女看守「閉じ込められた」 (54)

一次創作です、よろしくおねがいします。

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「閉じ込められた...」









暗い洞窟の中で彼女はそうつぶやいた。

身体にフィットしたスーツを着て口元には小さなガスマスクのような物を付けている。

そして両手にはとても厳つい銃器を、右足には小型の銃器を装備していた。


女看守「...最悪」


彼女の名は女看守。

年齢は20代後半、まだ端麗な見た目だが交際経験は皆無。

そして職業は看守であり罪人を監視する役人である。


女看守「...あのヘボ操舵手、覚えておけよ」


暗い洞窟の中にある1つの小さな天窓を覗き込む。

その光景はとても幻想的であった、まるでこの世のモノではない様な。

当然であった、なぜならここは地球ではないのだから。


女看守「...母星に囚人を護送中に、まさか事故に合うだなんて」


女看守「しかも...この脱出ポッドは近場にあった未開拓の惑星に不時着...」


ここは遥か未来、宇宙開拓が進んだ世界。

そんな輝かしい世に反比例して女看守の表情が曇る。

今彼女にできることは、独り言を加速させることだけであった。


女看守「...黙ってないで、なんとか言ったらどうだ?」


???「...」


だがこれは独り言ではなかった。

脱出ポッドに乗り込んだ人物はもう1人いた。

それは看守である彼女とは正反対の人物であった。


女囚人「...ご迷惑をおかけました」


彼女の名前は女囚人。

その見た目は未来永劫において変わることのない囚人服。

当然丸腰であり両手には手錠がかけられていた、そして口元には小さなガスマスク。


女看守「...チッ、それよりもこれからどうするべきか」


女囚人「...助けは呼べないんですか?」


女看守「連絡系の設備は不時着時に全部ヤラれた...この整備不良は行政に報告するべきだな...」


女看守「母艦は不時着は愚か大破してどこかに撃沈したみたいだ...流石に救命部隊を寄越してくれるはず...」


女看守「それにここは母星到着まであと3日程度の場所...そこまで絶望的な状況ではない」


女囚人「...そう、じゃあこのまま待ちましょう」


女看守「...」


女看守、その口調はやや荒れている。

これは状況によるモノではない、彼女は元々やや粗暴な人物であった。

その一方で女囚人は落ち着いた口調であった、とても犯罪者とは思えない。


女看守「...問題は、助けが来る前にこの洞窟から脱出しないといけないことだ」


女囚人「あぁ...そうですね、地表に行かないと助けが来ているかどうかすらわからないですからね...」


脱出ポッドを出るとそこには暗闇が待ち受けていた。

どうやら不時着の勢いで地盤にまで突入し、洞窟に訪れてしまった様子。

天窓は1つだけあるがここからは脱出できない、ならばどうするべきか。


女看守「進むしかない...」


女囚人「そうですね...そうしましょうか」


女看守「...そのまま付いて来い、逃げようとするなよ?」


女囚人「両手の自由がないのに、こんな未開の星で逃げても野垂れ死ぬだけですよ」


女看守「...とにかく、"死刑宣告"が出ているお前を母星に連れていくのが私の仕事だ」カチャ


コミュニケーションは最悪だった。

脱出ポッドに備えてあった救急キットを手に持ち、この未知の洞窟を歩み始めた。

そしてアサルトライフルのような銃器、それに付属したライトで前を照らした。


女囚人「...」スタスタ


女看守「...」スタスタ


無言で進んでいくが空気は完全に死亡している。

だがそれは良くない、たとえ犯罪者が相手だとしても行わなければならない。

このまま沈黙を続ければ精神的によろしくない、必要なのは他愛のない会話である。


女看守「...それにしても、奇跡的に重力や空気圧は母星と同じ程度で助かったな」


女囚人「そうですね...ただ酸素があるかどうかはわかりませんね、このマスクに助けられました」


女看守「...ヘッポコの脱出ポッドだが、これと救急キットが設備されていただけで幸いだったか」


未来の技術が可能にした酸素変換器。

それはタバコの箱程度の大きさまでに小型化が成功した。

これがあれば酸素のない惑星旅行もバッチリ、それがこの製品の広告の謳い文句。


女看守「...」スタスタ


女囚人「...」スタスタ


──シュー...シュー...

会話が終わってしまった。

そして聞こえるは、ガスマスク特有の呼吸音。

沈黙は当然、彼女らは囚人と看守、余計な会話などできるはずがない。


~~~~


~~~~


女看守「...!」ピクッ


────ポタッ...ポタッ...

歩き始めて数時間は経とうとしたその時。

女看守の視覚と聴覚を刺激したのは、あの重要な物質。

なにかが流れている音、それに伴うのは適度な湿気であった。


女看守「...地底湖か?」


女囚人「そのようですね...ですがこの水は飲めるのでしょうか...」


女看守「いや...そもそもこのマスクを外すことすらできない、しばらくは飲まず食わずだ」


女囚人「...そうなりますよね」


この惑星の空気成分などわからない、もし酸素でない場合に待っているのは死あるのみ。

生命線はこの酸素変換器であるこのマスク、これを外すことはできない。

これは口と鼻を覆っている、食事時には外さないといけないがそんなことはできない。


女看守「とんだ欠陥品だな、なにが"惑星旅行もバッチリ"だ」


女囚人「...そうですね」


綺羅びやかな地底湖だが我々にはどうすることもできない。

この地点を通過することしかできない、彼女らは地底湖の岸の部分を進む。

そうすることでこの大きな水たまりを超えることができた、洞窟の先を歩み続ける。


女囚人「...そういえば、なぜ母艦は大破したのですか?」スタスタ


女看守「...あの光景を見ていなかったのか?」スタスタ


女囚人「私の部屋には...窓なんてありませんでしたから」


女看守「あぁ...それもそうだったな...」


1時間近く沈黙が続けば、嫌でも言葉を放ってしまうだろう。

女囚人が出したその問いかけが2人で行動しているということを実感させる。

なぜこのような目にあったのか、その原因が明らかとなった。


女看守「...母艦は大型の流星群に接触した」


女看守「恐らく操舵手が居眠りでもしていたんじゃないか? ともかく直撃だった」


女看守「...後は言わなくてもわかるだろ?」


女囚人「えぇ...居眠りで数百人単位が亡くなられたってことですね」


女看守「そういうことになる...これはあの操舵手を雇っていた会社に行政指導が入るだろうな」


女囚人「...」


女囚人「...少し、"もったいない"ですね」


女看守「...?」


もったいない、その言葉に少し違和感を覚えた。

人が死ぬこと、命を失うことはもったいないことなのかもしれない。

だがそのような表現をする者は少ないだろう、だからこそ引っかかった。


女囚人「...どうかされました?」


女看守「...いや、なんでもない」


女看守「それよりも、少し休もう...」


女囚人「わかりました」


そう言うと彼女は座り込んだ。

両手を封じている手錠を鳴らしながら、洞窟の冷たい床に座り込む。

丁寧な口調、そして地味ながらも愛嬌のある顔立ちをしている彼女が、なぜ。


女看守「...お前の罪状は?」


女囚人「知らないのですか?」


女看守「...いいから言え」


女囚人「...」


彼女の罪状、それは分かっている。

だが納得ができない、だからこそ彼女の口から聞こうとする。

その余りにもアンバランスな女囚人の罪が顕となる。


女囚人「..."連続殺人"です」


女看守「...やはり、そうだよな」


彼女は連続殺人の罪を犯した。

どれだけ時代が進もうと、その罪は変わることのない重さ。


女看守「...」


女囚人「...」


沈黙が再び訪れる。

仲は良くなければ、それを改善しようともしない。

このような犯罪者に話すことなどない、女看守の正義感がそう結論する。


女看守「...」


女囚人「...あの」


女看守「...なんだ?」


女囚人「すみません...少し催してしましました」


女看守「...あぁ、わかった」


彼女は両手を塞がれている、服を脱ぐことすらできない。

だから介助をしなければならない、それが女看守の役割である。

話す気も起きないこの女の世話をしなければならない、仕事と割り切るしかない。


女囚人「...すみませんね」


女看守「...さっさと済ませてくれ」


女囚人「はい...」


聞こえたくない音、例えそれが愛する者であっても。

だが目をそらしてはいけない、不審なことをしていないかを。

どちらにしろ今後は自分自身も同じ立場になる、理を捨てなければならない。


女囚人「...終わりました、すみません」


女看守「あぁ...わかった」


女囚人「...」


ありのままの一部を見せているというのに照れもしない。

それは当然、彼女らは同性である、意識をするわけがなかった。

彼女の服装を整えてあげると彼女は歩み始めようとする。


女看守「...進むぞ」


~~~~


~~~~


女看守「...」


女囚人「...どうやら道は合っていたようですね」


しばらく歩いていると、ある変化に気づく。

それは進んだ道がどれだけ正しいかを示してくれる要素であった。

肌に感じるその何かが通り過ぎる感覚、それは誰でも答えを導き出せる。


女看守「...向かい風か、どうやら出口はこちらの方向にあるみたいだな」


女囚人「ですが...一向に明かりが見えませんね」


女看守「まだ道のりは遠いみたいだな...だがここを進めば出口にたどり着けるはずだ」


女看守「...だが、今日はもう休もう」


歩き始めて7時間は経とうとしている。

飲まず食わず、その疲労値は当然訪れるだろう。

足が乳酸でパンパン、例え訓練を積んだ看守という立場でもそれは変わらない。


女囚人「わかりました...もう寝ましょうか」


女看守「...あぁ」


洞窟の中は冷酷なほどに寒い。

だが未来の服装の保温性というものはとても素晴らしい。

このまま布団をかけなくても凍死する可能性は限りなく低いであろう。


女看守「...」


女囚人「...すぅ...すぅ」スピー


女看守(...もう寝たか)


女看守(こんな虫も殺せないような顔をした女が、連続殺人犯だなんて...)


女看守が眠ろうした瞬間、眠っている彼女の顔を見つめる。

不審な様子はないか、仕事として彼女を見つめたわけではない。

ただ単純に視線に入ったからであった。


女看守(...私も寝よう)


~~~~


~~~~


女看守「...っ」ピクッ


一体何時間眠っただろうか。

洞窟の中では朝日すら感じることができない。

彼女が起きれたのは体内時計のおかげであろう。


女囚人「...すぅ...すぅ」スピー


女看守「...少し寝すぎてしまったか」


その言葉の意味は文字通りのモノではなかった。

寝すぎたということは、長時間寝てしまったということではない。

囚人を監視する立場にも関わらず、熟睡してしまったからだ。


女看守「...」ゴソゴソ


目を覚ましたらすぐに銃器を手に取ろうとした。

アレにはライトが付属されている、目を覚ます為に視界に灯りを確保しようとしたのだ。

それは手元に置いていたはずだった、しかし感じたのはそのような無機質なモノではなかった。


女看守「...?」


女看守(...なんだ? これは?)


────ぬるっ...

感じ取ったのは、ぬるついたナニかであった。

銃器がこのような粘りを見せるわけがない、なにか別のモノに触れたようだ。

だが問題はそこではなかった、何に触ったのかを気づいた彼女はもう1つの銃器を抜いた。


女看守「────クソッ!」スチャ


────ピシュッ!

右足に装備していた小さめの銃器。

ハンドガンに属するその形状、だが聞こえた射撃音はそのようなモノではない。

まるで光線銃のような音と共に放たれた1つの閃光が何かを貫いた。











「────ピギャアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」










女囚人「──うわっ!? 何事ですかっ!?」


女看守「────原生生物だっ! それよりも私の銃器を探せっ!」


寝ていた女囚人が飛び起きた。

女看守は手元に居たのは原生生物、つまりは野生動物であった。

その大きさは大型犬程度、危険性は明確化されていないが危険ではない可能性はとても低い。


女看守「あれがないと辺りを灯りで確認できないっ! 早く見つけてくれっ!」


──ピシュッ! ピシュッ!

彼女の判断が正しいのかはわからない。

だが身に迫る危険を回避するべく、銃のトリガーを引き続ける。

頼りになるのは聴覚、耳をすませば原生生物のモノであろう唸り声がもう1つ聞こえる。


女看守(手応えがない、やはり暗闇での射撃は厳しいか...っ!)


女看守「おいっ! まだか────」


────ドサッ...!

その時だった、身体に猛烈な衝撃が襲いかかった。

気がついたときには既に押し倒されていた、一体誰に。

答えは1つしかありえない、奴らは暗闇に住んでいる、つまりは見えているはず。


女看守「──ぐ...っ!?」グググ


女看守(物凄い力だっ...しかも完全に私に覆いかぶさっている...!?)


女看守「ぐっ...お、おいっ! まだかっ!?」グググ


覆いかぶされた、そして聞こえるのは荒い声。

原生動物の口元が迫っている、これから行われる行動など容易にわかる。

このままでは捕食されてしまう、だが絶望的な状況を打破するのは彼女の一声。


女囚人「──ありましたよっ!」


女看守「────ライトをつけろっ!」


────カチャッ...!

それは銃器に取り付けられたライトのスイッチ音。

そして見えるのは眩い灯り、それが照らすのは奴ら。

その見た目はとてもグロテスクな虫、まさに宇宙人と形容できる四足歩行の獣。


女看守「──撃てっ!」


女囚人「────...」スチャ


────バシュシュシュッ!

これもまた近未来的な音であった。

女囚人は手錠をかけられた状態であの大きな銃器を射撃した。

複数の閃光が、ブレることなくあの気味の悪い生き物を狙いすました。


女看守「────っ...!」


女囚人「...大丈夫ですか?」


女看守「あ、あぁ...なんとかな...」


原生生物は沈黙した。

女看守に伸し掛かっていた奴は力を失いもたれかかる。

それを重そうに押しのけると、彼女は彼女に訪ねた。


女囚人「お返ししますね」スッ


女看守「おう...いい腕だったな」


女囚人「...ありがとうございます」


女看守(...こいつ、両手の自由が利かないにも関わらずに射撃したな)


女看守(連続殺人犯だからか...? 銃の扱いには相当なれているみたいだ)


女看守(...なおさら気が抜けない、銃を奪われたら簡単に反逆されるかもしれん...)スッ


そんなことを考えながらも彼女は受けとった。

銃を奪われることを考えながらも銃を受け取った。

その矛盾めいた光景を他所に、女看守はあることに気がつく。


女看守「...?」


女囚人「...」


女看守(...なんだ? どこか雰囲気が変わったか?)


女看守「...おい、どうかしたか?」


女囚人「...な、んでも...ありません」


まるで熱にうなされているような顔つきであった。

額に手を当ててみれば発熱していることが伺えるかもしれない。

だがそんなことよりも重要なことが残っている、それは奴らを灯りで伺うこと。


女看守「...でかいな」


女囚人「...そうですね、簡単に食べられちゃいそうですね」


女看守「宇宙開拓が進み、様々な生命体を見てきたが...こいつは凶暴そうだな」


女看守「...厄介な"クリーチャー"だ」


CREATURE「────」


2つの死骸はクリーチャーと名付けられた。

その意味は、広い意味での生き物というモノ。

未開拓の惑星の新種生物、学会で報告すれば多大な栄光を掴めるだろう。


女看守「...進もう、群がられたらお手上げだ」


女囚人「そうですね、行きましょうか」


気づくと女囚人の熱は冷めていた。

雰囲気も元に戻り、目立った異変も見当たらない。

それを認識した女看守はライトで前を照らしながら、慎重に歩み始める。


~~~~


~~~~


女看守「...」


女囚人「...」


女看守「......」


女囚人「......」


歩むこと半日、休憩を挟みつつとはいえハイペースで洞窟を進む。

だが彼女らを待ち受けていたのはどうやっても抗えないモノであった。

お腹が何かを求めている、それは己の感覚は愚か聴覚ですら察することができる。


女看守「...腹が減った」


女囚人「...おなかが空きましたね」


女看守「しかし我慢しかすることはできない、このマスクを外すわけにはいかないからな」


女看守(...既に体調が悪くなりつつある、食事は愚か水すら飲めない状況だからか)


女看守(この惑星に不時着して1日と半日が経った...最低でも後半分程度が限界か...)


女看守(...そもそも、この星にある水分を摂取する勇気などない)


女看守(何の成分が入っているかわからないからな...我慢するしかないのか...)


人の生死のライン、絶食というものは厳しすぎる。

食べ物は愚か水すら摂取できない状況では、3日程度しか生存はできない。

だからといって、このマスクを外してしまえば窒息は免れない。


女看守「...」ピクッ


そんな時だった、彼女は何かを察知する。

それは微かに視認できた、銃に取り付けられたライトが一瞬何かを照らした。

答えは1つ、この惑星で緊張感を産ませるモノは奴らしかいない。


CREATURE「...」


まるでスポットライト。

ライトで洞窟の先を照らすとそこには先程の原生生物が。

幸いにも1匹だけであった、それも動く気配はない様子。


女囚人「...うわ」


女看守「──シーッ、シーッ...」


女囚人が声を上げようとするとそれを制止した。

彼女にはある説が思い浮かんでいた、洞窟内の生物なら妥当といえる説が。

静かにしろ、そのようなニュアンスは見事に女囚人に伝わった。


女看守(...ライトで照らしても、こちらに気づかない)


女看守(つまり視覚は皆無か...嗅覚や聴覚で捕食対象を認識するみたいだ)


女看守(...なら、遠くから撃てば安全に対象できるか...どうやら1匹だけみたいだしな)


女看守「...」スチャ


────バシュシュッ!

近未来的な銃器の射撃音が響く。

それは的確にあのクリーチャーを貫いた。

だが彼女は気づけなかった、それがどれだけ悪手なのかを。


CREATURE「──ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


大きな断末魔だった。

やけに耳に残る、嫌な感覚が耳を襲う。

硬い外殻に包まれているわけでもない、原生生物は絶命するしかない。


女看守「...やったか────」


────バコンッ!

突然聞こえたそれは、何かが爆発した音である。

だがなぜこの洞窟で聞こえるのか、グレネードを投げた覚えはない。

原因は絞られた、よく見ればこの個体の腹部は先程の奴よりも膨らんでいた。


女看守「──うっ...!?」


女囚人「────爆発したっ...!?」


絶命したクリーチャーは先程の亜種なのかもしれない。

どうやらこの原生生物は絶命時に爆発するような生態であった。

だが知識を深めるよりも、行わなければならないことが1つあった。


女看守「ぐっ...がぁ...」


────ぽたぽたっ...

洞窟に聞こえるのは、水が滴る音。

だがここには地底湖は愚か水たまりすらない。

どうやら水源は彼女のようであった、爆発時に弾け飛んだ奴の一部が。


女囚人「だ、大丈夫ですかっ!?」


女看守「げほっ...腹に刺さったこ、れを...どうにかしてく...れ...っ!」フラッ


その激痛に彼女は倒れるしかなかった。

弾け飛んできたのは、クリーチャーの前足に該当する一部。

それが彼女の腹部を刺した、出血多量とまではいかないが紅が流れ続けている。


女看守「痛い...っ!」


女囚人「...救急キットは? 脱出ポットから持ってきてましたよね?」


女看守「こ、これだ...頼んだ...ぞ」スッ


ギリギリの理性が受け渡しを可能にした。

その一方で女囚人は冷静の一言、救護者はそうでなくてはならない。

だが当人はそういう訳にはいかない、激しい痛みや絶食状態が彼女のメンタルを崩す。


女看守「嫌だぁ...こんなところで死にたくないぃ...」


女囚人「...大丈夫ですよ、深くは刺さってますが臓器には当たっていないかもしれません」


女囚人「落ち着いてください...いいですね?」


そう言いながらも、彼女は処置を始める。

手錠をされているというのに、とてつもないテクニシャンである。

彼女の腹部に刺さった原生生物の一部、それは意外にも細かった。


女看守「っ────」


だが細いが身体に食い込んでいる。

今までこのような怪我などしたことがない。

傷口が熱く燃えたぎるような感覚が彼女の意識を奪っていった。


~~~~


~~~~


???「...私は死ぬのだろうか」


そこにいるのはある1人の女性。

ここは洞窟ではないどこか、真っ白な世界。

彼女はただそこに立ち尽くしていた、どこを見つめずに。


???「死にたくない...」


???「まだやりたいことが沢山あるんだ...」


???「事故で亡くなった両親に誇れる仕事に就いたんだ...投げ出すわけにはいかない」


???「行きたい星や食べたい料理だってまだある...」


???「...それに、まだ恋人すら作ったことがない」


そこにいた彼女は願望を垂れ流していた。

それらが彼女の精神を支える柱であった、だから過酷な仕事を頑張れる。

例えそこで事故が起き、サバイバルを強いられても全うしなければならない。


???「..."キス"もしたことがない」


???「人を愛するということは...どのようなモノなのだろうか」


それは乙女の願望であった。

全ての欲望の深淵には、ソレが存在していた。

今までしたことのないその未練が彼女の不安を取り払う。


???「...」ピクッ


そして感じたのは、手のひらであった。

意識が吸い込まれる感覚が彼女に纏わりつく。

この白き世界から一転して、見えるのは暗黒であった。


~~~~


~~~~


女看守「────っ」ピクッ


時が一瞬で過ぎ去った。

気絶とはそういうもの、彼女は目を覚ました。

ある感覚が彼女を刺激する、それは腹部と手のひらであった。


女看守「...」


女囚人「...すぅ...すぅ」


女看守「...いて」


身体を少し動かすと腹部に鋭い痛みが走る。

液体が流れている感覚はない、つまりは処置は完了していた。

だが腹部に感じる違和感よりも、彼女が興味を示したのは手のひら。


女看守「...」


女囚人「...すぅ...すぅ」


女看守(...どうしてだろうか、こいつは連続殺人の犯罪者)


女看守(なのに...どうして安心してしまえるのだろうか)


女看守(...人の温もりというのは...これ程暖かかったのか)


────ぎゅっ...

寝ているというのにも関わらず。

女囚人は女看守の手を握っていてくれたであった。

親密な関係でないとそれは嫌悪感を伴うはず、だがそうではなかった。


女看守「...」


女囚人「...お目覚めですか?」


女囚人を見つめていると彼女は起きてしまった。

そして握られていた手をそっと離した、離されてしまった。

怪我人に対して、不安を取り払うための握手はもう必要ないからであった。


女看守「...あぁ、ありがとう」


女囚人「どういたしまして」


女看守「両手の自由が聞かないのに、よく処置したな」


女囚人「...元々、手元は器用なので」


女看守「...」


1つ彼女の中に疑問が生まれた。

それは無防備であった女看守をどうして生かしてくれたのか。

気絶中に銃器を奪い、自由を掴むことができたかもしれないのに。


女看守「...なぜ逃げなかった?」


女囚人「へ...?」


女看守「あのままなら逃げて、自由の身になれたかもしれないじゃないか」


女囚人「...両手の自由すら利かないのに、この洞窟を脱出できると思えますか?」


女看守「...それもそうか」


目覚めたばかり、だから混乱しているのかもしれない。

当たり前な答えを受けてようやく納得することができた。

絶食状態が続いているので思考回路が狂う、そのはずだった。


女看守「...あれ?」


女囚人「あぁ...気づきました?」


女看守「...腹は減ってるが、身体の調子が良くなったような」


まるで点滴で栄養を補給したような感覚。

空腹状態ではあるが飢餓状態ではない、身体に染み渡る動力。

それを説明するべく、彼女はライトであるものを照らした。


女囚人「...救急キットに注射型の栄養剤が2本ありました」


女囚人「それを注射したんですよ、これで3日以上は生きていけそうですね」


女看守「あぁ...そうだったのか...そんなものが入っていたのか...」


女囚人「そうです、ついでに私にも注射させてもらいました」


思わぬ栄養源に救われた。

これで3日は愚か1週間は生命活動できるだろう。

とてつもない安堵感が彼女を包み込む、それは思わず口を滑らした。


女看守「...よかったぁ」


漏らした言葉、それは本心であった。

仕事中の彼女の口調とは程遠い柔らかな声色。

彼女はまだ生きることを許された、不安を完全に取り払うことができた。


女囚人「...生きる目的があるみたいですね」


女看守「──っ! あ、あぁ...そうだ」


そんな女性らしい声を聞かれてしまった。

あろうことがこの犯罪者に、己を生かしてくれた犯罪者に。

暗闇で伺うことはできないが、今女看守の顔は真っ赤に染まっていた。


女囚人「恋人でもいるんですか?」


女看守「...からかうなよ」


女看守「生まれてこの方、一度も好きなった男がいないんだ」


口がどんどん滑っていく。

潤滑剤でも塗られたのだろうか、だが打ち解け始めていた。

先程の握手が解していたのは不安だけではない、彼女へ対しての警戒心もそうであった。


女囚人「...そうなんですね」


女看守「...お前は?」


女囚人「...一度だけ、交際していた男の人がいました」


女看守「そうなのか」


女囚人「...」


女看守「...そ、その..."シタ"ことはあるのか?」


職務を全うするという強い理性、下世話な話を抑える羞恥心と自制心。

それらより優先されたのは好奇心である、先程死に近づいたからこそ勝ってしまった。

一度でもいい、女として生まれたからはその手の感想を聞いてみたかったのであった。


女囚人「...ぇ」


女看守「────ぁ...」


だが、ふと冷静に顧みてしまった。

これがどれだけ踏み込んだ質問なのかを。

身体が急速に火照り始める、洞窟の寒気など寄せ付けない。


女看守「...忘れてくれ」


女囚人「...」


女囚人「...いいですよ、教えてあげましょうか?」


女看守「...え?」


それは願ってもいない返答であった。

彼女にも当然友人はいるが、一度もこのような会話を交わしたことがない。

初めて女の身体のことについて話す事ができる、まるで思春期の男の子のような。


女囚人「...勢いと"スイッチ"に負けて、当時交際していた男の人に何度も────」


女看守「────っ!」


あらすじが終わると、彼女は深い話題を続けていく。

女囚人の話術にはかなりのリアリティと生々しさが込められていた。

キスもしたことのないこの女は、目を見開いてその赤裸々話の聞き手になる。


女囚人「────っと、こんなものですかね」


女囚人「私としては、あまりいい思い出話ではないのですが...」


女看守「...ぁ...ぅ」


とても公共の場で話せる内容ではなかった。

彼女のキャパシティは、映画等での濡れ場程度であった。

それを遥かに超えたエゲツない内容に、彼女は顔面を熱くするしかない。


女囚人「...私は"スイッチ"が入ってしまうと、どうも抗えないみたいなんですね」


女看守「う...」


どこか立場が逆転したような。

看守は囚人の上に立たなければならないというのに。

変わらぬ暗闇が更けていく、洞窟内での活動2日目が終わる。


~~~~


~~~~


女看守「...」ピクッ


女囚人「...すぅ...すぅ」


起きた、今度ばかりは寝首を狙われていない。

しっかりと手元に置いておいた銃器で辺りを確認する。

安全を確認すると、彼女は優しく女囚人の肩を揺すった。


女看守「...おい、起きろ」


女囚人「ん...おはようございます」


女看守「...体内時計が狂っていなければ今日が3日目だ」


女看守「もし母星の救命部隊が出動しているのなら...早ければ今日にはこの惑星に訪れているはずだ」


女看守「だから、ペースを上げてこの洞窟を進むぞ」


女囚人「わかりました、お願いしますね」


女看守「あぁ」


そして彼女は銃器を構える。

昨日は不意を突かれてしまったが今日ばかりは違う。

絶命時に爆発する個体と、そうでない個体を見分けなければならない。


女看守「...」スチャ


暗闇の洞窟の前方をライトで照らす。

爆発する個体は腹部が膨張しているのが目印だ。

絶対に見落とさないように、それに突然現れてもいいようにクリアリングを行う。


女看守「...いいぞ、こっちだ」


安全を確認したら、声で知らせる。

本来ならハンドサインのほうが望ましい。

だが暗闇でそれを視認しろというのは酷、だからこそであった。


女囚人「...」スタスタ


とても簡単そうに見えるが、これはとてつもない行動。

暗黒という不安を煽る闇、そして凶暴なクリーチャーと対峙する可能性。

そのクリーチャーを瞬時に見分ける作業も残っている、極度の集中状態が煽られるはずだ。


女看守「...」


だが彼女はこの作業を数時間におよび卒なく熟していく。

途中何度もクリーチャーと遭遇したが、なにも支障が出ることはなかった。

空腹状態ではあるが栄養は足りている、正しい判断力を備えた彼女の前に敵はいない。


~~~~


~~~~


女看守「...少し休もう」


女囚人「4、5時間は経ったでしょうか...この数日間で数年分は歩いた気がします」


女看守「そうだな...私も仕事柄、よくトレーニングを行っているが...これはキツい」


彼女たちは3日目にして打ち解けていた。

これが早いのか、それとも遅いのかは誰にもわからない。

だがこれにより女看守の精神が和らぐ、暗闇が産む不安など寄せ付けない。


女看守「...いくら栄養が足りているとはいえ、腹が減るな」


女囚人「そうですね、それは変わらないですねぇ」


女看守「あぁ、仕事終わりにいつも食べるケーキが恋しい...」


女囚人「...意外と、可愛らしいモノが好きなんですね」


女看守「悪かったな、私は甘い物が大好きなんだ...体重計は怖いがな」


女囚人「...ふふっ」


女看守「...お前は、好きな食べ物とかあるのか?」


女囚人「そうですねぇ...食べ物ではないですし、ここ数年は刑務所に居たので飲んでいないのですが...」


女囚人「...私は、ビールが好きです」


女看守「酒か...呑める方なのか?」


女囚人「まぁ人並みには...あなたは?」


女看守「私は駄目だ、一滴も飲めない...甘い酒でもな」


女囚人「あら...それは残念ですね、おいしいですよ?」


女看守「どうしても苦味が苦手でな...」


女囚人「...そうですね、ちょっとしたアドバイスですが」


女囚人「楽しいときに飲むと、すんなりと飲めますよ?」


女看守「そうなのか...仕事の酒の席の時に試してみるか」


情事の話よりも後にした他愛もない会話。

2人の仲は、なにをキッカケにしてここまで進展したのか。

だが問題が1つ生じる、それは彼女が犯罪者であるから故。


女看守(...出会い方が違えばな)


女看守(...こいつに待っているのは、死刑執行だ)


女看守(そして、その身柄の受け渡しをするのは...私だ)


女看守「...」


女囚人「...どうかしましたか?」


女看守「...お前は、なんで人を殺したんだ?」


女囚人「...」


他愛のない会話の後に続く地獄のような話題。

これは興味によるモノではない、それはまるで。

罪を犯してしまった人に対して、面会する友人のようなソレ。


女看守「...どうしてだ?」


女囚人「...」


女看守「...言えないか」


女囚人「...」


重たすぎるその唇。

それはガスマスクにより視認することはできない。

だが表情を見ればわかる、彼女は真実を開こうとしなかった。


女囚人「...1つだけ、言います」


女囚人「それは...私の私利私欲の為に、人を殺し続けました」


女看守「...そうか」


それ以上は追求しなかった。

なぜだろうか、この女囚人という人物に情が湧いたのか。

手当されたからか、手を握られたからか、今まで話せたことのない内容を話せたからか。


女看守「...進もう」


~~~~


~~~~


女看守「...」スタスタ


女囚人「...」スタスタ


世界から孤立したかのような感覚であった。

ここに居てくれるのは、女囚人ただ1人。

この女によって殺された人物は複数いる、だけども。


女看守「...」


女看守(...なんだ、この感覚)


女看守(今まで味わったことのない...なんだろうか)


女看守(胸が締め付けられる...なぜだろうか)


危機的状況にいるからか。

それとも、怪我をした時の興奮が収まらないのか。

様々な原因が挙がるがとにかく苦しい、まるで胸を淡く鷲掴みにされたかの様に。


女看守「...」ピクッ


その時だった、その痛みを押し殺す。

それはなぜなのか、答えは見えてしまったからであった。

初めて対峙するその物量、これは奴らの群れの他にはなかった。


女看守「...群れだ、気をつけろ」


女囚人「...はぃ」


声を押し殺して返事をする。

どう足掻いても回避することはできない。

このまま戦闘に移行する、群れを相手に緊張感が高まる。


女看守「────っ!」スチャ


────バシュシュシュシュッ!

光線と共に弾幕がばらまかれる。

それは複数の、それも腹部が膨らんでいる奴らに向ける。

当然狙い通りだ、起爆こそがこの群れに対する特攻であった。


女看守「──伏せろっ!」グイッ


女囚人「────っ!」


────ガバッ!

半ば強引に女囚人の肩を掴む。

そしてそのまま己の身ごと地面に伏せさせた。

こうすることで爆発の危機を軽減することができるだろう。


CREATURE「──ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」


────バコンッ! バコンッ! バコンッ!

そして聞こえたのは数回の爆裂音。

しかもそれは連鎖する、そう彼女は誘爆を狙ったのであった。


女看守「──...っ!」ギュッ


女囚人「...うぅ」ギュッ


女看守が覆いかぶさるように彼女を爆風から護る。

押しつぶされて苦しそうな声を漏らすが我慢しなければならない。

洞窟内が爆風により塵芥が舞うが、やがて状況が見えてきた。


女看守「...今ので半分も処理できなかったか」


女囚人「...まずいですね、もう腹部が膨らんでいる個体はいませんよ」


女看守「むしろ好都合だ、後はただ撃てばいい...」スチャ


──バシュシュシュシュッ!

群れはまだ大量に残っている。

だがそれに恐れることなく彼女は射撃を続ける。

手錠をかけられた彼女を護りながら、ひたすらにクリーチャーを射殺する。


CREATURE「──ピギャッ!」ダッ


女看守「────っ!」スッ


────バキィッッ!

クリーチャーの1体がこちらに飛びかかってきた。

幸いにもその予備動作はライトの灯りにより見えていた。

女看守は銃器を鈍器のように扱う、そうすることで奴を弾き落とした。


女看守「...チッ」


女囚人「...」


女看守(...後ろにはこいつがいる、下手に動けない)


女看守(今のはたまたま予備動作を目視することができたが...次はそうはいかない)


女看守(何度も飛びかかってくるやつを弾き落とすのは無理だ...)


背中に感じるぬくもり。

仕事とはいえ護らなければならない。

だがこのままではそれも厳しくなる、ならばこうするしかない。


女看守(...チッ、減給で済めばいいが)


女看守「──おい、手を前に出せっ!」


女囚人「...え?」


女看守「早くしろっ! いいからとっとと出せっ!」


女囚人「は、はいっ!」スッ


彼女は手錠に繋がれた両手を差し出した。

そして女看守は禁忌を犯す、正当な手段ではないが。

いま手元に鍵などない、ならば物理的に破壊するしかなかった。


女看守「──っ!」スチャ


────バシュッ!

1つの衝撃が手錠を砕いた。

両手にはまだ輪が残っている、だが中心をつなぐ部分は破壊した。

つまり彼女は自由を手に入れた、その自由に賭けるしかない。


女看守「──自分の身は自分で護れっ! ある程度は私が援護してやるっ!」スッ


そうして彼女に渡した、それは足に装備していた小さな銃器。

護送中の罪人の手錠を破壊し、あまつさえは銃器すら手渡してしまう。

これがどれだけ罪深いことか、もしかしたら減給以上の罰を受けるかもしれない。


女囚人「...」スチャ


──ピシュッ! ピシュッ!

その返事は銃声で答えた。

的確な射撃、威力は申し訳程度だが肝心なのはそこではない。

彼女が狙った箇所はクリーチャーのある部分、これは生物共有の動力である。


CREATURE「──ピギャアアアッ!?」バタッ


女看守「...いい腕だっ! 人を殺しなれているだけはあるなっ!」


女囚人「褒めてるんですかそれは...まぁ、関節を砕けば動けないのは人間と同じですが...」


女囚人「...銃の腕には自身がありますが、ライトで照らしている奴しか狙えませんからねっ!」


女看守「上等だっ! 早くここを切り抜けるぞっ!」


──ピシュッ! ピシュッ!

────バシュシュシュシュシュシュッ!

2種類の未来の銃撃音が洞窟に響く。

2人の猛攻がクリーチャー共を蹴散らしていく。

なぜだろうか、彼女と共に闘えることが女看守の最大の原動力に。


~~~~


~~~~


女看守「──はぁっ...はぁっ...」


女囚人「──はぁっ...はぁっ...はぁっ...」


お互い身体のあちこちに浅めの傷を作った。

彼女らは五体満足である、先程の群れとの闘いでは勝利をつかめた様子であった。

だがいくらなんでも体力が限界であった、女囚人に至っては熱にうなされ始めていた。


女看守「はぁっ...はぁっ...いくらなんでも多すぎた...」


女看守「害虫駆除の業者とは...あんな気分なんだろうなぁっ...はぁっ...」


女囚人「そう、ですねぇっ...はぁっ...動物とはいえ、あそこまで命を奪ったのは初めてです...」


女看守「汗が止まらないっ...これじゃ流石に寝るときに冷えるぞっ...」


興奮冷めやらぬ達成感が煽る。

大量にかいた汗が彼女らの体温を急激に冷ましていた。

それでも火照る身体は安々と寒気を寄せ付けなかった。


女囚人「...」ジー


女看守「...?」


だが、ふと気がつくことができた。

彼女の視線がこちらを向いていることに。

凝視にも近いソレ、思わず彼女は質問した。


女看守「...どうした?」


女囚人「...」










「...しませんか?」










女看守「...なにをだ?」


思わず聞き返してしまった。

なにをするのか、本当にわからないからであった。

だがそれはすぐにわかる、熱の篭った視線を送る女囚人が答えた。


女囚人「...すみません、"スイッチ"が入りました」


女看守「...え?」


スイッチ、一体何の。

だが女看守は覚えていた。

昨夜のガールズトーク、そこに答えはあった。


女看守「...じょ、冗談だろ?」


女囚人「...すみません、無理です」


女囚人「私は...抗えないんです...」


女囚人「...ごめんなさい」


────とさっ

なぜなのだろうか。

あの群れでの討伐数、それは女看守が遥かにスコアを稼いでいた。

それを考慮すれば当然彼女の方が疲労度は高い、だから押し倒されたのか。


女看守「────ゃ」


だが彼女は受け入れてしまった、好奇心だけではない。

吊り橋効果なのか、ストックホルムシンドロームなのか。

本気で抵抗すれば回避できるのに、受け入れてしまったのであった。


~~~~


~~~~


女看守「...」


女囚人「...」


気づけば2人は暗くて見えない洞窟の天井を見上げていた。

それも寝転がって、寄り添って、そして手の指は絡みついていた。

聞こえるのは両者の呼吸音、そして淡く鼓動。


女囚人「...ごめんなさい」


女看守「...なにが、ごめんなさいだ」


女看守「私は...初めてだったんだぞ...?」


女囚人「......ごめんなさい」


女看守「ばか...謝るなよ...私が惨めじゃないか...」


女看守「暗闇でお互いの顔も見えないで、それにマスクのせいで"キス"だってしてない...」


女看守「酷いぞ...私の初めてをどうしてくれる...っ!」


女囚人「...ごめ、んなさぁい」


お互いに声が震えていた。

先に動いたのは女囚人の方であった。

彼女は女看守の二の腕付近に顔をあて、濡らしてきた。


女看守「泣くなよ...泣きたいのは私のほうなんだからな...っ」


────ぎゅっ

そんな言葉とは裏腹に、彼女はそのまま抱き寄せた。

どうしてこんなにまで胸が痛むのか、どうしてこんな奴に。

彼女は知ってしまった、極限状態が狂わせた愛という感情を。


女看守「お前は女だというのに...恋しくてたまらない...」


女看守「どうしてくれるんだ...離れたくないじゃないかぁ...っ」


彼女にこの行為は酷すぎた。

まともに人を好きになったことがない。

耐性などあるわけがない、それが例え同性だとしても。


女看守「...」


女囚人「...」


そして出来たのは沈黙であった。

熱い抱擁が時を加速していき、そして感情を強める。

自分の匂いと彼女の匂いが混ざっていく、それが更に深くする。


女囚人「...昔付き合ってた人がですね」


数時間にも渡るただの密着。

ようやく口を開くことができたのは女囚人であった。

昨日は真実を告げることができなかった、だが今は違う。


女囚人「...四六時中セックスのことしか考えない最低な人でした」


女囚人「しかもそれだけで飽き足らず...人殺しまでする鬼畜でした」


女看守「...」


女囚人「...今思い返せば、なぜそんな男と付き合っていたんでしょうかね」


女囚人「きっと浮かれてたんでしょうね、冴えない私を必要としてくれる男の人がいると」


女囚人「...気づけば、私も人殺しの手伝いをするようになっていました」


女囚人「別れた後も、人を殺した後にするセックスが...とても快感で忘れられなかったんです」


女囚人は己のリビドーに抗えなかったのであった。

珍しいことではない、この世にはそのような人間は多々いる。

だたリビドーに達する条件が特殊すぎたのであった、だから重い罪を背負ってしまった。


女看守「...あのクリーチャー共を大量に殺して、それを思い出したのか」


女囚人「...そうです」


女看守「そうか...」


女囚人「...私は、生きていちゃいけない人間なんです」


女囚人「早く、刑を執行されるべきなんです」


女看守「...」


普段の彼女なら、そんな自分勝手な理由で人を殺すなど理解できなかっただろう。

現状も理解はできていない、だが彼女を黙したのは理ではない。

世界を敵に回してでも手を差し伸べる、それが愛を知った女性。


女看守「...私にはお前が必要だ」


女囚人「────っ」


女看守「だからそんなことを言わないでくれ...」


彼女は泣き崩れるしかなかった。

罪を背負ってからようやく出会うことのできた本当の愛。

なぜ私は女性なのか、なぜ私はあのようなことをしてしまったのか。


女看守「...」ギュッ


女囚人「ヒックッ...ヒックッ...」ギュッ


彼女と共に生きるとということ。

それはどれだけ修羅の道になることだろうか。

己の全てを捨てなければ不可能、両親に誇れる仕事ですら放棄しなければならない。


女看守「...」


だが今はそのようなことを考えずにいた。

未来の暗黒よりも、現在の暗黒を切り抜ければならない。

まずは洞窟脱出、そして惑星脱出を試みなければ未来などない。


~~~~


~~~~


女看守「...おはよう」


女囚人「...おはようございます」


ギクシャクとした挨拶。

ワンナイトラブに溺れた若者がよくやる光景であった。

だが彼女たちはソレとは違う、確かな愛という感情は一夜限りではなかった。


女看守「...一先ず、この洞窟を脱出しよう」


女看守「いい加減恒星による明かりを浴びたいからな」


女囚人「そうですねぇ...私もあなたの顔をじっくりみたいですからね」


女看守「──なぁっ...!? ば、ばかぁっ!」


女囚人「...かわいいですね、なんでソレで今まで恋人がいなかったんですか?」


女看守「う、うるさい...っ!」


顔が熱くなる、今日は4日目。

身体に走る妙な違和感と共に彼女らは歩み始める。

きっともうすぐ、この暗黒の出口から脱出できるであろう。


女看守「...行こう」


女囚人「...はい」


────ぎゅっ

洞窟の暗さとは反比例するその輝かしさ。

それは彼女らがお互いに握る手を見れば明白だ。

暖かい、それを知ってしまえばもう恋愛映画を見ただけでは満たされない。


~~~~


~~~~


女看守「...」スタスタ


女囚人「...」スタスタ


濃い時間が過ぎ去っていく。

それは洞窟内でに長距離歩行を忘れされるだけではない。

疲労感までもが忘却される、愛の力というモノはとてつもない。


女看守「...」ピクッ


だがそれに水を差す無粋な者たちが現れる。

人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死ぬばいい。

だが現れたのはクリーチャーだけではなかった、そこにあったのは。


女囚人「...やっと、しっかりと顔を見ることができましたね」


女看守「...あぁ、お前は可愛らしいな」


女囚人「...あなたは、とても美人さんですね」


一筋の光が、彼女たちの顔を照らした。

そこにあったのは洞窟の出口であった。

4日、ほぼ歩きっぱなしでようやくたどり着くことができた。


女看守「...さて、この邪魔者たちを蹴散らすとするか」スチャ


女囚人「そうですねぇ...数は昨日よりかは少ないみたいですね」スチャ


──ピシュッ! ピシュッ! ピシュッ!

────バシュシュシュッ! バシュシュシュシュシュッ!

2種類の弾幕がこの原生生物を蹴散らす。

過去も未来も、人ですら銃器に敵わない、このクリーチャーも同じである。


CREATURE「──ピギャアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


女看守「────このままある程度殲滅し、切り抜けるぞっ!」


女囚人「──わかりましたっ!」


夥しい量のクリーチャーが死骸へと変貌していく。

銃撃が、絶命時の爆発が、どんどんと墓場を作り上げていく。

あと少しでこの暗い洞窟から脱出できる、明るい大地が待ちわびている。


女看守「────っ!」ピクッ


だがある異変が彼女らを通せんぼする。

異変、むしろその逆かもしれない、なぜなら。

眼の前の光景が変わらないからであった、こんなにも殺害しているといのに。


女看守「──減っていないっ!?」


女囚人「...どうやら、こいつらの巣は洞窟入り口にあるようですね」


女看守「くそっ! 増援が止まらないっ!?」


彼女らが相手にしていたのは群れではない。

そこにあったのは敵本拠地である、有限の群れとは違う。

洞窟のあちらこちらにできた穴から奴らが現れ続ける、まるで無限のような。


女看守「────っ! 待てそっちには撃つなっ!!」


女囚人「──っ!」ピクッ


的確な判断であった。

ただ闇雲に敵の数を減らしているわけではない。

そこに現れたのは腹部が膨張した個体、だがその数はあまりも。


女看守「あれは数が多すぎるっ! 撃ったら誘爆が連鎖するぞっ!」


5匹10匹という数ではない。

少なく見積もってもその倍以上は存在していた。

これを撃てば激しい爆破が起こるだろう、それは落盤を引きこすかもしれない。


女囚人「──まずいですっ! こちらの処理速度が追いついていませんよっ!?」


女看守「チッ...わかっているっ!」


──バシュシュシュシュシュッ! バシュシュシュシュッ!

────ピシュッ! ピシュッ! ピシュッ!

奴らの個体が多すぎる、それはまるで波のように。

2人が持っている銃器では押し負ける、このままだと。


女看守(...どうする、このままじゃ群がられて終わりだ)


女看守(そもそも弾薬数も限られている、くそっ...出口が近いから強行しようとしたのが失敗だったっ!)


女看守(このままじゃ...このままじゃ────)


────じわり...

このままじゃ、せっかく掴んだ幸せが。

目尻に貯まる温かい水の感覚、それが視界を鈍らせる。

だが愛する者の涙ほど、冷静にさせるモノなど存在しない。


女囚人「...」


女看守「く、そぅ...っ!」


女囚人「...泣かないでください、あなたには涙は似合いませんよ」


女看守「──っ!」ピクッ


あと僅か数十メートルその先には。

こちらに向かってくるクリーチャーたちがいる。

だというのに、女囚人はあまりにも場違いな優しい声をかけた。


女囚人「...一か八かです、全力で走って...出口に向かいましょう」


女看守「...だが、それでは」


女囚人「そうですね、確実性はありません...でも、もうやるしかないですよね?」


最後の策、銃器で奴らを処理しながら発案された。

もう賭けるしかない、無傷での脱出は不可能。

多少の怪我を受け入れ、強行突破するしかなかった。


女囚人「...いいですか? 合図したら走り出しましょう」


女看守「...」


女看守「...わかった、やるしかない」


女囚人「...私が合図したら、一緒に走り出しましょう」


女看守「前方10時の方向が比較的手薄だ、あそこに向かいながら射撃を続けよう」


女囚人「わかりました、あとはタイミングがくるまで...」


──ピシュッ! ピシュッ! ピシュッ!

────バシュシュシュシュシュッ! バシュシュッ!

奴らの個体も無限ではない、ある一定の波があるはず。

まだまだ攻撃の手は止まらないが、絶対に抜け目が生まれるはずだ。

それを狙うしかない、残り少ない銃弾、それが来るのをじっと待ち続ける。


女看守「────っ!」ピクッ


そして、その時は来た。

このタイミングしかない、予想通り前方10時の方角の個体数が比較的減っている。

あの穴に向かえば負傷は免れないが、サッカー選手のように掻い潜ることができる。


女囚人「────今ですっ!」


女看守「────っ!」ダッ


──バシュシュシュシュシュッ! バシュシュシュッ!

────ピシュッ! ピシュッ!

アサルト、突撃しながらの射撃が穴を生み出した。

多少狭いものの、人1人分はなんとか通れる空間が生まれた。

だが生まれたのは空間だけではなかった、彼女の聴覚がそれを捉えていた。


女看守「────えっ」


女囚人「...ごめんなさい、1人だけなら確実でしたからね」


2人で2人分の穴を作るのは難しい、だが2人で1人分の穴を作るのなら。

一緒に走り抜けようというのはこの女の嘘であった、女性というのは嘘つきである。

どちらにしろ、ここを切り抜け洞窟外へと逃げたところで奴らは追ってくるだろう。











「...最期に、私を必要としてくれてありがとうございました」










──ピシュッ!

1人走り出していた女看守があの塊を通り過ぎたのを確認すると。

1つの射撃音が響いた、それは当然奴らに向けて。

そうして起こるのは強烈な爆風と、爆風により背中が思い切り洞窟外へと押される感覚。


女看守「────なっ」


もうここからあのクリーチャー共が出てくることはないだろう。

尤もそこに取り残された彼女も同じこと、連鎖する爆発によって洞窟の入り口は落盤した。

彼女は愛する者為に、我が身を犠牲にしてまで奴らを足止めしたのであった。


??1「──なんだっ!? すごい爆発音がしたぞっ!?」


??2「...あっちだっ! あそこに人がいるぞっ!」


すると聞こえるのは、4日前は渇望していた者たち。

この未開の惑星になぜ人がいるのか、それは当然であった。

彼らの腕章には十字のマークが、この者たちこそが救命部隊の一員であった。


救命部隊1「だ、大丈夫ですか?」


女看守「あっ...あっ...」


救命部隊2「...どうやらあの洞窟から脱出したみたいだ、4日も暗闇の中にいれば精神衛生が穢れるはずだ」


救命部隊1「もう大丈夫ですよ、明るい場所で温かい食事も待ってますからね」


女看守「あぁ...あぁぁぁぁぁぁ...」


彼女は泣き崩れるしかなかった。

ようやく掴んだ平穏にだろうか、いや違う。

ようやく掴んだのは愛するもの、だがそれはもう掴めない。


救命部隊2「...だめだ、このまま持ち上げて運ぼう」


救命部隊1「よっぽど過酷な数日間だったようですね...無理もない」


────グイッ!

そうすると簡単に持ち上げられてしまった。

彼女は女性であるからだ、男性2人の救命部隊からすれば軽い荷物であった。

彼女は女性だ、だが初めて愛してしまった人物も女性であった。


女看守「────っ」


視界に捉えていた洞窟の入り口が遠ざかっていく。

あそこには彼女が閉じ込められているのに、遠ざかってしまう。

そして気づけば女看守は救命宇宙船のある部屋に連れ込まれ、閉じ込められてしまった。


救命部隊1「──よいしょ...しばらくここでお待ち下さい」


救命部隊2「...今、通信があった...どうやら生存者はこの女性だけらしいぞ」


救命部隊2「あとは全て、死亡が確認されたようだ...」


救命部隊2「1人だけ遺体を確認できなかったようだが、この大事故だ...全ての確認は無理だな」


救命部隊1「...やはりそうですか、母艦は速攻で撃沈したみたいですしね」


救命部隊2「あぁ、だが1人でも助けることができてよかったな────」


女看守「...」


すべてが灰色に感じる。

もう何も聞こえない、何もすることはできない。

しっかりと探せば、彼女はまだ生きているかもしれないのに。


女看守「...」


だが、わざわざ死刑囚を探すことなどあり得るのか。

昔の自分ならこう決断するだろう、死に場所が違うだけで刑は執行されたと。

己の思考回路の奥底にそれが存在していた、だからこそ彼女はふさぎ込む。


女看守「...」


もう彼女にまともな恋愛は不可能だろう。

たった一度愛してしまったストックホルムシンドロームがそれを許してくれない。

ましては同性愛者に染まった彼女に新たな恋など許されるだろうか。


女看守「...」


それは未来の世界でも許されていなかった。

女性が女性を好きなるということは、世論では一般的ではない。

ようやく呟くその言葉、看守であるはずの彼女は女囚人という名の檻の中に。










「...閉じ込められた」



















~~おわり~~










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下記は過去作です。

隊長「魔王討伐?」
隊長「魔王討伐?」 - SSまとめ速報
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