魔王「停戦協定を結びに来た」受付「番号札をとってお待ちください」 (40)

地の文あり。中編予定。のんびり投稿。
剣と魔法のファンタジーでバトルが書きたかったんです。

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 言葉は宙に解けて消えました。俗に言う「空振り」ってやつです。

 机の向こう側にいる係員の対応はあくまで冷静なものでした。いや、恐らく彼の言葉など聞いてはいないのでしょう。正しい手順を踏まない者に用はなく、故に容赦もない。そんな姿勢が見て取れます。
 あたしはどうしたものかと思案して、順当に隣を見ました。予想外の言葉に固まっている影を。

「……ですって。どうします? 魔王様」

「呼び方を変えろと言ったはずだ。どこで誰の耳に入るかわからんだろ」

 浅黒い肌のその悪魔は、フードを目深にかぶり直しながら、人目を気にしつつ小声で話します。確かに周囲に人は多いですが、みんな自分のことで手いっぱい。そんな気にすることかなぁ?
 とはいえ用心に越したことがないというの事実ではあります。もともと抗弁をするつもりもないので、あたしはのんびりあくびをしました。


「りょーしょー。大人しく番号札をとることにしましょうか、えーと、アトレイ?」

「どうやら書類の記入も必須らしい。頼めるか、ハルルゼルカル」

「えー? 多分自筆じゃないと駄目だと思いますよ」

「む。そういうもんか?」

 いや、多分ですけどね、多分。
 面倒くさいから適当言っただけというのは、この際黙っておくことにして。

 あたしは人の流れに目をやりました。沢山の、本当に沢山の人間たちが、用紙にちまちま文字を記入しているのです。それだけで眩暈がしそう。
 魔王様……失礼。アトレイは大人しく用紙をとると、空間に固定された空気の層を土台にして、記入を始めました。魔術的処理が施されていて、記載に抜け漏れがないか、適正かどうか、その場で判断がされているようです。未記入の欄が朱色に薄く光っています。


 手持無沙汰になってもう一度周囲を窺います。窓口は八つ。手前三つが「総合案内・証明書発行」、奥に向かって「魔術使用許可申請・特許申請」が二つ、「転移申請」「未踏地名簿閲覧・探検要綱閲覧」「小規模紛争相談」が続く。
 受付に使われているのは無垢のハチフの天板。それはエルフの大森林の奥でないと、よっぽど手が入らない逸品です。随分と見栄を張ったものだと驚嘆するばかりですが、アトレイが言うにはここは「王都」というもので、……なんだっけ? まぁいいや。

 受付で対応する係員の後ろには、魔術式が浮かんでは消え消えてはまた浮かび、恐らく書類の写しだとか、質疑応答だとかを吐き出していました。それに応対するのは小型の人工妖精。ルーン文字を束ねて引っ掴み、あちらこちらを行ったり来たり。
 がんばれー、と小さく呟きました。あんな小間使いで一生を終えるなんて、虫けらの命はかくも安っぽい。同情の一つでもしてあげないとバチが当たります。


 人工妖精を監督しているのはどうやらエレメンタルのようでした――おっと。今は「聖霊」と呼ばなければ差別だなんだのうるさい時代なんでしたっけ?
 あんまりにも馬鹿らしい話にも思えましたが、あたしも「長耳」と揶揄されるのは気持ちがいいものではありません。精霊族もエルフ族も、きっと根幹は同じなのでしょう。ただ互いを理解できないだけで。
 精霊が人工妖精たちに指示を出すたび、苛々しているのか、口の端から火の粉が舞います。

 受付番号を見るに、窓口が三つある「総合案内・証明書発行」に用事のある人間が多いようです。あたしは人間の生活様式に詳しくありません。制度や事務なんてもってのほか。なにがなんやらちんぷんかんぷん。
 そもそもですね、表意文字と表音文字を組み合わせて使うという発想が、ごちゃごちゃしすぎていてあまり感心できません。言葉の音から発する神秘性を殊更に低くして、一体どうしようというのでしょう。だから魔術への親和性が低いのです、人間族は。


 興味のないことにはとことん無関心を貫くのがエルフ流の生き方。あたしは随分と長い間、里から離れて暮らしていますが、そういった価値観は変えられずにこんなところまで来てしまいました。
 そうです。大体の話、あたしはアトレイの停戦協定にさえさして興味はなくって、ならばなんのためにこんな敵地のど真ん中へと足を運んだかと言えば……。

 鼻をヒクつかせます。スパイスが火に炙られる芳ばしい香り。上薬草の爽やかさ。熟れた果実の甘味と酸味。魅力的なにおいが風に乗ってあたしのもとへと来ているじゃあありませんか!
 瘴気に満ちた魔界では決して出会えない芳醇さの数々に、思わず喉がなりました。街中の屋台でさえこれなんだから、もっと本格的なお店を探せばどうなるんでしょう!

「アトレイ、少し外を歩いてきても?」

「んー……」

 渋られました。理由は明白で、あたしの食欲が筒抜けだから。


「そろそろ食事時じゃないですか? アトレイだってお腹空きましたよね? なんか買ってきますよ」

「わかった、わかったよ。こっちも、まだ時間がかかりそうだ」

 そう言って番号札をひらひらとさせます。
 窓口の上の方には、魔術式で定義された四角い空間が、群青色の文字を浮かべていました。38。アトレイが見せたその紙には、51が。なるほど。

「魔ブルゲーでいいですか? 串焼きの」

 ていうか、食べますか? 食べられますっけ?

「俺はブルゲーのほうが好きだ」

「あ、そうなんですか? 魔ブルゲーのほうが食いでがあっていいじゃないですか。あの少し筋張った感じも、逆に歯ごたえがこりこりしてて、あたしは好きだなぁ」

「人の好物にケチをつけるのがお前の流儀か?」

 そうですね。失礼しました。

「そっちしかないならそれでいいさ。果物よりは、ま、肉が喰いたい気分だ」

 その意見にはあたしもおおむね賛成でした。


 庁舎の広間からアーチ状の欄間をくぐり、あたしは外へと出ます。勿論鼻をくんくんとやりながら。
 外は石畳が敷き詰められていて、まず左右に曲がる道と、そして真っ直ぐ先に大きな広場があります。左右に進めば別の建物へと行きつくようでした。そちらには興味も用もありません。
 匂いにつられて、前へ、前へ。

 広場の中心には噴水がありました。そこをぐるりと囲む様に、円弧の線上に点々と石が置いてあります。ちょうど腰かけるのによいくらいの高さのもの。ゆったりと二人、詰めれば三人くらいは座れそう。
 家族連れや恋人といった休日を楽しむ人間たち。そして食材を積んだ荷馬車と、冒険者風の一団と、ギムナジウムの徽章を胸に見せびらかしている男と……沢山の往来があります。
 気難しそうな顔をしている人間もいましたが、それよりもずっと多くの笑顔が眼に飛び込んできます。

 まるで魔族と戦争をしているようには見えません。


 四大種族のうちが一つ、人間。いま、あたしの前でわちゃわちゃとしているこいつらは、「国」とかいう大きな共同体の中でもっぱら生活をしているそうです。
 エルフにも共同体という概念はあります。ただしそこはあくまでも小規模集団。その性質は大きく異なっていました。

 優劣の問題ではなく、それこそ生物としての特性の問題。人間は個々の力量で言えば四大種族のうちで最も非力だと言えます。力が弱く、魔術的な素養も個々人で大きくばらつきがある。そんな彼らが生き延びるための手段として、連帯を択んだのは納得がいく帰結です。
 魔族は一個体一種という存在も珍しくはなく、種の保存には無頓着。代わりに数百年を生きる個体もいます。精霊族も似たようなもので、生殖と言うよりも転生といったほうが近いでしょう。
 エルフはどちらかと言えば人間寄りですが、繁殖期、発情期は人間のそれとは比べ物にならないほどのスパンがあります。常時発情している人間族とは違い、エルフは数年に一回。そのため個体数の爆発的な増加はありません。


 あたしは歩きながらすれ違う人間を横目で観察し続けます。

 陽気に中てられて実に朗らかな笑顔。非戦闘員の日常なんてのは、案外こういうものなのかもしれませんが、生憎あたしには縁のないものでした。
 ここは魔界との境界線からはかなりの距離が離れています。人間には翼は生えていません。転移魔法もおいそれとは使えないでしょう。千里眼もなければ、遠くのことを我が身のように感じるのは、きっと難しいのです。

 庁舎から少し歩けば露店や屋台が並んでいます。目抜き通りは芋洗い。肩と肩がときたまぶつかりながら、あたしはお目当ての屋台をようやく見つけました。

「おじさん、串焼きちょうだい。魔ブルゲーとブルゲー、一本ずつ」

「あいよぅ」

 にかっと笑いながら、壮年の男性が四角いぶつ切りの肉の串刺しを差し出してきます。

「二本で八〇ミーナ。保温魔術つきなら一〇〇ミーナだ」

「保温魔術はいらない。けど……」

 ミーナ? なにそれ。


 と小首を傾げようとして、思い至ります。そうだ、人間たちは「通貨」とやらを流通させているんだ。完全にあたしは頭から抜け落ちていました。
 兌換のための証書であり記号。あたしの辞書にはない言葉。思わず戸惑ってしまいます。

「あ、その、いま、なくって」

 その答えにおじさんは一気に怪訝な顔をしました。

「はぁ? お嬢ちゃんまさか、金払わずに持ってくつもりじゃないだろうね」

「じゃなくて、その……」

 困ってしまいます。そう言ったものを媒介して商品をやり取りするという感覚は、そもそもあたしの中には根付いていないのです。勿論理屈としては理解できるのですが。

「治癒魔法の魔術符ではだめですか? 四肢の欠損まで止血できる逸品ですけど」

 別に引き返してもよかったのですが、アトレイに「お金とやらがなかったから買えなかった」と申告するのは、なんだか負けたような気になりそうでした。少しだけ往生際悪く取引します。
 そう、取引――信頼に裏打ちされた。

 あぁなんて心地のいい言葉!


 取り出した魔術符に刻まれた式を、おじさんは矯めつ眇めつしていましたが、すぐに首を横に振って、

「いやいや、俺はそんな冒険者じゃあねぇからな、腕と脚がってなぁ……。それに、申し訳ないが、知らんやつの治癒魔法なんて怖くて使えねぇよ。
 嬢ちゃんはエルフの、なんだ、おのぼりさんか? それでも金を知らねぇのは珍しいが、ならまずは、庁舎にいって換金してもらうといい。ここをまーっすぐ歩いていくとある、石造りの立派な建物だ」

「あぁ、はい……」

 まるっと無駄足になってしまったようです。うーん、アトレイに合わす顔がないというか、意気揚々と出かけての釣果がこれでは、面目が立たないというか。

「あ」

 そうだそうだ。あたしは袖をごそごそ漁り、親指の爪くらいの大きさの、黒紫色にぼんやり光る鉱石を取り出しました。

「鉱瘴ではだめですか? これくらいの大きさなら十分ですよね?」

「おいおい、十分を通り越してるって。ここの商品全部買えちまう」

 おじさんは困った顔で言いました。黙っていればよかったのに、と思いますが、そうできないたちなのでしょう。あたしなんかとは大違い。


 それも実に魅力的な提案に思えましたが、しかし、のんびりできるというほどには時間がないのもまた事実。アトレイはそれほど食事を必要としませんし、余ってしまうでしょう。
 鉱瘴で支払えるならばそれに越したことは勿論ありません。あたしには大して必要のないものです。
 それをおじさんの手のひらに乗せると、おじさんは慎重にそれを前掛けのポケットへと入れました。瘴気が年月をかけて固形化したそれは貴重な品です。魔道具屋か、あるいは鍛冶屋などにいけば、そこそこの貴重なものとして扱ってくれるでしょう。

 あたしは串焼きを二本手に取り、お釣りももらい、アトレイのもとを目指しました。

* * *

* * *

 あたしの手にはほかほかの串焼きが二本あります。茶色いほうはタレに付け込まれた魔ブルゲー。桃色の肉の隙間から白い脂身が覗いているのは、軽く塩を振って炙られたブルゲー。どちらからもいい香りが立ち上っています。
 冷めないうちにと小走りでアトレイのもとへとたどり着くと、彼はあたしが戻ってきたのにも気づかぬ様子で、紙を目の前になんだか唸っていました。

 うーんうーんと言う声だけ聴けば、まるで洞穴に住むベイクィックの発情期にも似ていました。あたしは書類仕事のことはさっぱりわかりません。契約書に瑕疵がないかどうか、それさえわかれば問題ないように生きてきましたから。
 そっと脇から覗き込んでも、やっぱり何が何だか。アトレイと同じく首をかしげるばかり。

 と、匂いで気づいたのでしょう。やっとアトレイがこちらを振り向きました。

「おう、お帰り」

「ただいま。ね、どうしたの」

「ん? あぁ、これなぁ」

 アトレイはブルゲーの串焼きをあたしの手から取って、がぶり、かぶりつきます。


 差し出された書類は上から順に埋められていましたが、真ん中より少し下あたりから空白が続いています。具体的には、職業欄を皮切りに。

「職業欄に魔王って書いてもいいかな?」

「さぁ……」

 そもそも魔王は職業なんでしょうか。

「そこからだよなぁ。無職? それとも冒険者? あたりが無難なんだろうが」

「でもまお……アトレイは停戦協定を結びに来たんでしょ? なら堂々と『俺は魔王だ』って名乗っておいたほうがいいんじゃないですか?」

 それは周囲への説得力の問題でもあり、本人の矜持の問題でもあり。

「そもそも俺はやりたくて魔王やってるわけじゃねぇし」

「そんなこと言っちゃだめですよ。アトレイ以外にやれる人がいないんですから」

「だから嫌だっつってんだよ」


 意地の悪い言い方である自覚はあります。やりたくもないことをやらされる悲哀は身に沁みてわかりますから。
 ただ、才能のある存在を世の中は放っておいてはくれないのです。そして本人も、口では嫌だと言いつつも、自らの責務と理想を熟知しているからこそこうしてわざわざ人間族の本拠地まで足を運んでいるわけでして。

 アトレイはため息をつきました。それがあたしの言動に対してのものなのか、それとも自らの境遇についてのものなのかは、あたしにはわかりません。

「ま、受理されなかったら、そんときゃそんときか」

 意を決してアトレイが職業欄に「魔王」と書き、その後もサラサラと書き連ねていきます。

「まだかかりそうです?」

「いや、もう少しだ。椅子にでも座って待ってろ」

「はーい」


 あたしは外に出て、噴水の周りにある四角い石へと腰を下ろします。燦々と照らす青の太陽。くすみ雲がいいアクセントで、思わず息をつきました。
 沢山の人間が目の前を過ぎ去っていきます。この人間たちそれぞれに、それぞれの生き様があり、物語があるのだと考えると、眩暈がしそう。

 でも、悲しいことにみぃんな死ぬのだ。このままだと。

 陽光を体にいっぱい浴びながら笑いあう家族や恋人や、あるいは忙しそうに荷馬車で野菜を運ぶ商人や、腰からナイフをぶら下げた冒険者、一切合財まとめて軒並み、魔族に蹂躙されて死ぬ。
 いま戦争が起きていることを彼ら彼女らはどれだけ真剣に考えているのだろうか。真摯に向き合っているのだろうか。人間族のことは、あたしにはよくわからない。文化も、生活様式も、考え方も。

 庁舎を破壊し、噴水を吹き飛ばして、魔族や魔獣がこの広場になだれ込む姿を想像した。逃げ惑う人々。悲鳴。血飛沫。それはとても愉快な光景に思えたけど、同時に酷く不愉快な結末でもあった。
 あたしは人間族に対して特別な感情は抱いていない。ただ、おいしい料理を作る技術は評価している。それが失われるのは非常に業腹だ。

 生物たるもの生きて喰わねば。ならば、よりおいしいものを食べたいと思うのは、当たり前の欲求だろう。


「すいません」

 と、声をかけられた。あたしは想像を振り払い、笑顔を張り付けて対応する。

「あ、はい。なんですか?」

「隣に荷物置かせていただいてもよろしいですか?」

 石のど真ん中に座っていたのは流石に邪魔だったらしい。あたしはへらへら笑いながら隅の方へと移動する。

 男女が二人ずつの、軽装を見るに冒険者のようだった。傭兵かもしれない。正規軍のメンバーではない。戦場で見たあいつらはやたらと邪魔くさそうなプレートメイルを身に着けていたから。
 どっしり構えて戦う人間とは別に、活路を切り開く人間も戦いには必要だ。その類の人間ではなかろうか。

「いやぁ、すいませんねぇ……」

 へらへら笑いが解けそうになる。

 その四人組の顔は、どこかで見たことがあった。

 「勇者」と呼ばれる厄介者に違いなかった。


――殺すか?

 一瞬だけ剣呑な考えが頭をよぎるも、あたしはかぶりを振ってその暗い雲を弾き出した。ここは戦場ではない。アトレイはそうすることをあたしに望んでいない。例え仇敵であろうとも。
 それは傭兵としてのあたしの打算であったけど、同時に、あたしの「ハルルゼルカル」としての欲求は別のところにあった。

 戦ってみたい。

 今ここで活性のルーンを四肢に向けて多重起動し、身代わりの護符を懐に忍ばせ、魔力の矢をぶちまけたらどうなるだろう。それさえも捌かれたら、魔法だって解禁できるかもしれない。
 一体何分と原形を保っていてくれるだろうか? 五分? 十分? それ以上だったら、最早歓喜の歌だって唄える気がした。

 あたしの菫色の虹彩が光に満ちる――輝きを放つ瞳は、魔法使いの特徴だ。魔術師ではなく。そんなごまんといるものじゃなく。


 喉が鳴る。傭兵としてのあたしが戻ってくる。
 いやいや、だめだ、だめでしょ。落ち着いて。傭兵は雇い主の意向が絶対なのだ。そこを放棄しては矜持に関わる。次の仕事にもありつけない。悪評は振り払おうにも、どうしたって着いて回るものだから。
 あくどいことに躊躇はなくても、それは決してお尋ね者になることを厭わないということでは、ない。あたしはまだ往来を闊歩したいのだ。

 それにしたって、この目の前の四人、「勇者」とやら。本来なら一介の人間が逆立ちしたって敵いっこない魔族を、既に三体倒しているというのは、かねてからあたしの耳にも届いていた。

「……」

 ちらり、横目で伺う。見てくれは十分に若い。人間の年齢の類推は、エルフのあたしには難しいけど、まぁ熟練を究めたというようには見えない。
 ただ、それでも明らかに、そのへんを歩いている一般市民とは一線を画す気配があった。努めて隠しているようだけど、隠しきれないほど強大なオーラ。人間の強さは個体差があるとは知っていたけど、きっとこの四人は規格外。埒外。外れ値。


 とはいえそんなのは人間に限った話ではないのかもしれない。どこの世界にだって、どの種族にだって、よくも悪くもはみ出し者はいる。
 あたしだってそう。アトレイだってそう。

「……」

 四人は荷物を降ろしながら雑談に興じていた。次の旅路の予定を話し合ったり、空間移動魔術のポータルの位置を確認したり、足りない薬品を買うにはどこそこがいいとか、なんとか。
 幸いあたしのことなんて微塵も気にも留めていないようだった。殺気が漏れていないかひやひやしていたけど、大丈夫だったらしい。ともあれあたしの面が割れている可能性も考慮に入れて、とりあえず警戒を続行する。

 直截的にこいつらとの面識はない。ただ、あたしが強者としてのこいつらのことを知っているのと同じくして、四天王たるあたしの存在が認知されていてもおかしくはなかった。


 四人全員が純血の人間だ。二刀を携えた剣士、禿頭の探検家、前髪で目を隠した魔術師、蛇のような雰囲気の僧侶。和気藹々と話しこんでいるように見えて、どこか……なんていうのか、嫌な空気を身に纏っている。
 あたしが魔族側についているからそう感じているだけ? だったらどんなにいいだろう。

 どんなにいい人物に見えたって、魔族との開戦の口火を切ったのは、こいつら人間族の一方的な侵略だってことを忘れるつもりはなかった。

「おぉい、ハル」

 遠くから声。

「げっ」

 このタイミングでこっちにくんじゃない! ばか魔王! ちょっとは空気を読みなさいってば!

――――――――
ここまで。

設定厨による設定厨のための話。
一年くらいかけて、十万文字くらいで完結できればいいなぁと思っております。
勿論他のやつも疎かにするつもりはありません。

一言「乙」を頂ければ幸いです。

待て、次回。


* * *

 心臓がばくばくと鳴っている。唇が引き攣る感覚に苛立ちながらも、あたしは手を軽く上げて応えた。
 平静を装うことがこんなに難しいことだって思う日が来るなんて!

 四人は、勇者のパーティは、まだ会話に花を咲かせている。そうだ、それでいい。どうかそのままでいてほしい。

 そんな内心の嵐など露知らず、アトレイはてくてくとこちらへ歩いてきていた。あたしのように手さえひらひらさせながら。それがまた一層苛立ちを加速させる。

 いや、大丈夫だ。あたしよ、そんなに焦るんじゃない。
 アトレイはまだ外套を被っている。肌は悪魔特有の浅黒さがあるけど、注視しなければわからないだろう。魔力漏出の遮断も完璧だ。
 そうでなくてもこの「王都」とやらは人種の坩堝のように見えるので、問題なく看過される。看破されることはない。よし、平気平気。


 そもそもアトレイは生粋の魔王ではなく、その出自故に、恐らく人間族には面が割れていないという確信があたしにはあった。寧ろ、傭兵なんて賎業に身を窶すあたしのほうが、いくらか知られているかもしれないくらいには。
 だからあたしが気づかれていない以上、アトレイも気づかれない。証明終了。

「……」

 出会ったのがもしもこんな人通りの多い場所ではなくって、たとえば荒野の片隅であったり、あるいは大森林の奥深くであったり、もしくはあたしやアトレイの塒であったりしたのならば、何の心配もなかったろう。
 だけど、いまはだめだ。アトレイは停戦協定を結びに来ている。結ぼうとしている。あたしは傭兵として、雇用主の意を極力汲む義務がある。

 こんな街中でドンパチをおっぱじめては、何もかもがおじゃんになってしまう。

「どうでしたか、首尾は」

「受け取ってはもらえたよ。あとは向こうがどう出るかだな」

「ま、ま。それは歩きながらでも話しましょうよ」

 立ち上がり、歩き出す。なるべく四人から離れたかった。


「呼ばれるから、そのときにまた受付の方へ来てほしい、だとさ」

「なるほど。どれくらいかかりますかね」

「さぁなぁ。あの混雑具合だと、すぐってわけにはいかなさそうだが」

「どうします? 食べ歩きますか?」

「お前なぁ……」

 呆れ顔のアトレイでしたが、うっすらと笑ってもいました。あたしが食べ物に目がないのは、ずっと前から知っています。

「それでも構わんが、俺ァ腹がいっぱいだぞ」

「大丈夫です! あたしはまだまだ全然ですから!」

 アトレイの小食は種族によるものですが、あたしが健啖家なのは単に個人の特質です。別にエルフが全員ばくばく食べるというわけではありません。
 またもアトレイは呆れ顔。付き合いもそろそろ短くないのですから、そんなふうにしたって今更ですよ、今更。

 こんな馬鹿話で盛り上がっていれば、勇者のパーティもまさかあたしたちが魔王と四天王であるとは思うまい、という打算も少なからずはあったけど。


「さっきの串焼きのお店がこの先にありまして、ずうぅぅうっと露店やら屋台やらが出ていたんですよ! 市場とは違ってて、なんていうんでしょ、あれ」

「いや、俺も知らんが、そう言う文化なんだろう。たぶん」

「アディルデ」

「……え?」

 突如横から差し挟まれた聞き慣れぬ単語。思わずそちらを向けば、蛇のような雰囲気の僧侶が、こちらを窺っていました。

「い」

 つの間に。悲鳴と疑問をぐっと堪える。

 限りなく白に近い水色の貫頭衣は膝丈まで。足首の部分を紐で絞った法衣も同じく空の色。きらきら太陽を反射するのは金糸で、不思議な文様に刺繍が施されている。渦のようにも見えるし、チッタの茎にも見えた。
 左の腰に括り付けられている袋は道具入れ。反対側にはいくつもの徽章。傭兵が持ち歩く階級章ではないようだから、きっと聖職についている人間の階位を顕しているのだろう。
 胸のあたりが少し不自然に膨らんでいるから、貫頭衣の下に胸当てか何か、魔術と干渉しないタイプの防具を身に着けているようだ。普遍的ならブルゲーの皮革製だけど、勇者なのだからもっと上等なものを使っている可能性は十分に有る。


 左手に錫杖。僧侶の全身の半分くらいの長さはあるだろうか。先端に三つの輪のついた金属製で、不規則に走査する紫の光から、それが鉱瘴を使って打たれたものだとわかる。恐らく魔術式が刻まれているはずだ。
 右手は空いているけど、中指の指輪と、滑らかな生地の篭手が気になった。あれにも魔術式が刻まれていると想定すれば、握手さえあたしは拒むだろう。

 すぐに装備を把握しようとするのは、完全に傭兵としての職業病だった。強い存在がいい傭兵になれるのではない。危機管理能力が高い存在こそが、一流足りえる。
 あたしの眼は特別性だ。神様から賜った武器、その名は観察眼。

「アディルデ、って言うんです。大通りの敷地を色々な人に貸し出して、自由に使ってもらう。一日だけのところもあれば、五日くらいやっているところもありますし、長々と営業しているところも」

 その僧侶は薄く笑った。とにかく細い、切れ長の瞳が、さらに一層細められる。

 あたしはやっぱり、蛇のようだな、と思った。


「……」

 ぽかんとしているあたしたちに、その僧侶はまたも薄く笑って見せた。だけど今回は自身に対して笑っているようで、反応に困る。

「あ、すいません、急に。驚いちゃいましたよね。でも、お二人はどうやらこの国が初めてのようなので」

「あぁ、いや、その、まぁ」

 しどろもどろのアトレイでした。意識的にか無意識的にか、外套のフードを少し下に落とします。

「あ、自己紹介をすっかり、私ってば。トリプルスピンと申します」

 僧侶――トリプルスピンは、相好を崩さないままに握手を求めてきました。あたしは本能が拒否しています。アトレイにだってさせたくはありません。しかし、ここで拒むのは、無駄に怪しまれるだけですし……。
 いや。あたしは一歩前に出て、左手を差し出しました。

「ハルルゼルカルです。こっちはアトレイ。ご丁寧にありがとうございます」


 トリプルスピンは左手に錫杖を持っています。怪しいのは右手です。あたしが左手を出したからには、向こうも左手で応じなければいけないのは道理。
 あたしたちはそうしてしっかりと握手をしました。左手。そこからは魔力の波動も脈動も感じません。錫杖の残滓が微かに残っているくらい。

「……」

 握ったり、開いたり。特に変化はなし。変哲もなし。

 やはり、あたしの考えすぎだったのでしょうか。念には念を入れ、警戒するに越したことはないとは思いますが。
 目の前の四人の冒険者は、どこかの偉い人から「勇者」の称号を得、生きた旗印として未踏を切り開いています。そして魔族との争いの急先鋒でもある。

「恋人と旅行ですか?」

「まさか」

 そんなはずはありません。

 あたしたちは揃って首を振りました。どこをどう見たら仲睦まじく見えるのでしょう。もう少し、その細い眼を広げてごらんなさい。
 さすが常時発情期の種族は考え方が違います。これもまた一つの文化、風俗だと思いました。


 寧ろその認識は逆に利用できるのでは? 脳裏に閃きが走ります。男女二人で流浪の民をするよりは、こと人間族の領土に紛れ込む限りでは、そちらのほうが無難なのかもしれません。

「まぁ、色々ありまして」

「……そうですか。色々、ですか。そうですね。確かにそうです。色々ありますものね、人生」

 まぁあたしたちは「ヒト」ではないんですが。

「この国はどこでもやっていますよ、アディルデ。各地方で、その地方ごとの特色があって、とても面白いです。文化、風俗、食事……」

 食事はよいですね。とてもよい。
 もし時間があるのなら、この国のアディルデ? を、回る旅をするというのも楽しそうです。

「トリプルスピン、そろそろ」

 剣士が呼んでいました。

「ごめんなさいね、クーヤ。いま行くわ」

 トリプルスピンは「それでは」と軽く目配せをしてきた……ように見えました。眼が細くて、いまいち感情の機微が掴みづらいのです。


 そのまま小走りで一向に混じり、そして人ごみの中へと消えていきます。方角的には役所へ用事があるのかもしれません。ポータルがどうのこうの言っていたから、その申請という線はありました。確か役所の受付に、そんな文字が浮かんでいたように記憶しています。

「……」

 ほっと一息、胸をなでおろします。

「あれが件の勇者か」

 と、アトレイ。

「知ってたんですか」

「そりゃな。さすがにな」

 魔族との戦いの最前線には、常にあの四人の姿があります。人間族の希望を一手に引き受ける彼ら彼女らを、この国では「勇者」と呼び、最上級の誉れとしているようでした。
 アトレイが四人の姿を見たことがあるのは、驚くべきことではありません。ですが、それならばもっと目立たないようにこちらへ来てほしかったものです。


「あの距離で気づけってのは難しいだろう」

「肝が冷えましたよ」

 アトレイは四人の消えたほうを見据えながら、小声で、

「勝てそうだったか?」

 と尋ねてきました。

「どうかな。全員魔法使いっぽかったから、それ次第の部分は大きいけど……」

 顎を押さえて考えるふり。

「一対一なら、九割勝てる。四人全員揃ってれば、半々くらいですかね」

「大きく出たな」

「そりゃね。あたしを舐めてもらっちゃ困りますよ。
――個人相手になら、あたしは負けない。そういうふうになっているんです」

――――――――――――
ここまで

魔術は科学。魔法は才能。

待て、次回。

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