相棒「目撃者・後日談 ~16年ぶりの再会~」 (210)

例のバグで速報Rの方に立ってしまったので、立て直し実験です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1555823709

成功したので、改めて最初の部分を書かせて頂きます。

以前、相棒と聲の形のクロスオーバーSS「灯台下暗し(相棒×聲の形「灯台下暗し」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1526886958/))」を投下したものです。
二度目のSS投下となります。

以下は、読む前に把握していただきたい事です。

1.本作品はタイトル通り、相棒のシーズン1第5話「目撃者」の続編というコンセプトのオリジナルSSです。
該当エピソードを視聴していれば、より楽しめるかと思いますが、
それ故に同エピソードのネタバレが多分に含まれます。

2.時系列はシーズン17第3話と第4話の間。
なので相棒は冠城君で、特命係に青木君がいて、花の里も営業中です。

3.ストーリーの都合でオリジナルキャラや独自設定も出てきます。
苦手な方はご注意ください。


最後に、先述のクロスオーバーSSと世界観は共有していますが、
本作においては全く触れる事はないので、読んでいなくても大丈夫です。
むしろ、「目撃者」を観ていた方が、より楽しめるかと思います。

―2018年・11月某日―


深夜……人気のない場所で密かに事件が起きていた。

その場所には、胸から血を流した、みすぼらしい風貌の男性が1人倒れている。

外見からして、ホームレスであろうか。

そのホームレスらしき男性を黒服の男が見下ろしており、
手には何かを持っている様子であった。


更に翌日、深夜1時過ぎ……

東京都世田谷区のとある公園で、また事件が起きる。

胸に何かが刺さった1人の男性が、倒れたまま動かなくなっていたのである。

そして、彼の目の前には、黒い服の青年が1人立ち尽くしている。


その青年の手には、ボウガンらしきものが握られていた。

>>4いきなり抜けている個所がありました…

×→深夜……人気のない場所で密かに事件が起きていた。

〇→雨が降りしきる深夜……人気のない場所で密かに事件が起きていた。

そして場面は、警視庁特命係に移る……


右京「……」

冠城「……」

青木「~♪」


事件発生を知らない特命係は、相変わらず暇だった。

係長の杉下右京は、高々と紅茶を注ぎ舌鼓。

相棒の冠城亘は、新聞に目を通し
とある事件を起こした罰として、ここへ左遷させられた青木年男は暇なのを利用して、
『サイバーセキュリティ対策本部分室』と書かれたのれんと
パーテーションの向こうで、のん気にパソコンでゲームを楽しんでいる。

そんな中、隣の組織犯罪対策五課から課長の『角田六郎』が
「暇か?」と言いながらコーヒーを集りにきた。


冠城「まあ、暇ですね」

角田課長「だろうな。お隣さんも、サボってるみたいだし」

青木「違いますよ。暇だから、頭の体操やってるだけです」


サボりではないと言い張る青木。

一方、角田課長は「あ、そうそう。お前ら知ってるか?」
と言いながら、ある情報を特命係にもたらす。

角田課長「さっき鑑識課で益子から聞いたんだけど、昨日世田谷の公園で殺しがあってよ…」

「一課の連中は、通報してきた第一発見者の男を、容疑者として捕まえたみたいなんだ」

冠城「通報者を捕まえた?」

右京「つまり、第一発見者に不審な点があったという事ですか?」

角田課長「それがその男、殺人の前科があった上に凶器を持ったまま現場にいたんで、そのまま確保したらしい」

冠城「随分と間抜けな犯人ですね」

角田課長「だろ?正直羨ましいよ」

「俺達が今追ってる連中も、こんぐらい簡単に捕まえられたらいいのによ……」


羨ましがりながらコーヒーに口を付ける角田課長。

話を聞いた右京は、「ちなみに、被害者はどのような方なんですか?」と問い掛けると
角田課長は「え?んーっと…確か……」と言って、自分の記憶を掘り起こした。


角田課長「確か、『栄第三小学校』って学校の教師だっつってたっけな」

「容疑者も、被害者と同じ学校で働いている教師らしい」

右京「栄第三小学校。久し振りに聞きましたねぇ……」

冠城「行った事、あるんですか?」

角田課長「あぁ…アンタは、知らねぇと思うけどよ、何年か前にも、あの学校の教師が殺される事件が起きたんだよ」

「しかも驚く事に、犯人はその学校の生徒だ」

冠城「学校の生徒……つまり、子供が殺人犯だった訳ですか」

「じゃあ、あなたはその事件の解決の為に、栄第三小学校に?」

右京「そんなところです」

冠城「その事件の犯人は、どんな子だったんですか?」

右京「それは……」

芹沢「お邪魔しま~す」


と、右京が犯人の少年の事を話そうとしたその時、捜査一課の『芹沢慶二』が特命係に入ってくる。


角田課長「あ…芹沢」

右京「おや…どうなさいましたか?」

冠城「一課は今、世田谷の殺しの件で忙しいんじゃありませんか?」

芹沢「やっぱり…もう、ご存知でしたか」

冠城「たった今、課長から聞かされたもので」


冠城の返事を聞いた芹沢は「じゃあ、話しは早いですね」と言って、ここに来た理由を説明しだす。


芹沢「実は、容疑者が働いてる学校で聞き込みしてみたら、被害者を殺す動機が充分あった事が分かりましてね」

「殺人容疑で逮捕状を取って聴取してるんですが、黙秘を続けてるんですよ」

冠城「随分と、手強い人を捕まえちゃったみたいですね」

芹沢「まったくですよ」

「もうあんまりにも口が堅いんで、先輩が業を煮やしてどうやったら口を利いてくれるんだと聞いたら……」

「『杉下さんと話をさせてくれたら、現場での出来事を全部話す』と言ってきたんです」

右京「僕と話をさせてくれたら……ですか」

芹沢「ですので、至急取調室に来て下さい、『今すぐに』」


「今すぐに」を強調する芹沢の様子に、右京と冠城はお互い顔を見合わせる。


右京「分かりました。そういう事でしたら、早速……」

冠城「でも、何で容疑者は右京さんを?その容疑者、右京さんの知り合いか何かなんですか?」

芹沢「俺もあんまり知らないんだけど、先輩曰く杉下さんとは『顔見知り』らしいんだよ」

「とにかく、実際に確かめてみれば、分かると思いますよ」

右京「もちろんです。行きましょう」

冠城「はい」


こうして特命係の2人は、芹沢とともに部屋を出て行った。

角田課長「おいおい…何がどうなってんだよ?」

青木「……」

角田課長が少々困惑している一方で、青木はゲームを続けている。


角田課長「で…お前さんはサボりか?」

青木「だから…サボってるんじゃありませんって!」

角田課長「けどよ、今はアンタも特命係なんだから、留守番のひとつくらいちゃんとやっとけよ?」

青木「特命でもない人に言われたくないですね」


そう青木が返した直後、隣から「課長!いつまでコーヒー飲んでるんすか?」
「『例の奴』の調査に行きますよ!」という声が聞こえてくる。

それを聞いた角田課長は「もうそんな時間か?分かったすぐ行く!」と言って
急いでコーヒーを全て飲み干すと、足早に特命係から出ていった。

そして、残された青木はというと……


青木(しかし、一課が直々に特命係を呼び出すなんて、いったい何事なんだろうね?)


と、何だかんだで2人が芹沢に呼び出された事が、少し気になっている様子であった。

―取調室―


芹沢「先輩連れてきましたよ」

伊丹「ご苦労…」


芹沢に連れられた彼らを出迎えたのは、捜査一課の『伊丹憲一』である。


右京「お邪魔します」

冠城「珍しくお呼びがかかったので、参上にあがりました」

伊丹「ほんとは、そうしたくなかったんだがな……」

右京「容疑者の方は?」

伊丹「……」


右京に言われ、伊丹がデスクを見るよう促す。
促された方を見ると、そこにはデスクを挟んだ向こう側の椅子に座った1人の黒服の青年がいた。

年齢は26歳前後といったところで、妙に落ち着いた様子で右京と目を合わせる。

右京は、その青年の顔に既視感を覚えた。


右京「話を伺っても、宜しいでしょうか?」

伊丹「どうぞ…ご勝手に」


そのまま椅子に腰掛け、右京は青年と向かい合った。


右京「お待たせしました。特命係の杉下右京です」

「いきなり、このようなことをお聞きするのも、失礼かもしれませんが……前にも、お逢いになりましたか?」

青年「えぇ…お逢いましたよ」

「久し振りだな……16年前に、栄第三小学校で逢ったのが最初でしたね」

右京「16年前…栄第三小学校…!」

「もしかしてあなたは…!」

青年「もしかしなくても、僕です」



「手塚守ですよ」



~相棒シーズン17 オープニング~

No.EX


右京「本当に久し振りですねぇ…」

手塚「『あの事件』以来、お互い顔を見せていませんでしたからね」

「ちなみに、恭子先生も実家で元気にやっていますよ」

右京「それを聞いて、安心しました」

「しかし…どうして君は、ここにいるのですか?」

手塚「上京したんですよ」

右京「上京?」

手塚「あの事件以来、先生と一緒に僕は探し続けたんです」

「僕の犯した罪をどう償えばいいのか…罪を背負った僕は何をすべきなのか…」

「その答えを……」

右京「……」


手塚「そうして見付けた答えが、『恭子先生みたいな教師になって、僕みたいな子を増やさないようにする事』でした」

「何が正しいのか、何が悪いのか…それを教えたい。そう考えたんです」

右京「それで、恭子先生の元から独り立ちしたわけですか」

手塚「でもって、3年前に栄第三小学校の教師になったんですよ」

右京「自らの母校の教師にですか……」

「色々と、大変だったんじゃありませんか?」

手塚「もちろんですよ。最初はなかなか信用されなくて、苦労しました」

「それでもめげずに続けた結果、何とかやっていけています」


まるで、昔からの友人のように会話を交わす2人の姿……

それを見た冠城は「確かに、顔見知りみたいですね、あの2人」と、伊丹に言った。


伊丹「あぁ…なんせ『ある事件の関係者同士』だからな」

冠城「事件関係者同士……」

伊丹「ここだけの話……この手塚って奴は、ガキの頃に自分の学校の教師を殺した事があるんだよ」

冠城「自分の学校の教師を殺害……」


伊丹のその言葉に、冠城は手塚の正体が何者なのか察しがついた。

そんな中、右京と手塚の会話は続く。

右京「しかし、どうして君が、吉田先生殺害の容疑者に?」

手塚「それはですね……」

「あ、一課の刑事さん達。今から話しますんで、しっかり聞いてて下さい」


手塚は右京の問いに答える前に
彼らの後ろにいた伊丹と芹沢にも声をかけると、ここに来るまでの経緯を説明する。


まず最初に彼は、今日の午前1時ごろ、自宅の電話に奇妙な電話がかかってきたことを話す。

電話をかけてきた何者かは、鼻を摘まんだような男の声で……


『今すぐ近くの公園に来い』

『お前の過去について、話したい事がある』


と、言ってきたそうである。


手塚「それで言われたとおり公園に行ってみたら、同じ学校で働く『吉田敏行(よしだ としゆき)』先生が死んでいたんです」

「胸には矢が刺さっていて、現場にもボウガンが落ちていました。思わずそれを拾った僕は、確信しました」

「『吉田先生はこれで殺されたんだ』って……」

右京「…………」


手塚「それからすぐに、そちらの刑事さん達を呼んだのですが…」

「ボウガンを持ったままなのがいけなかったのか、前科ありの人間と明かしたのがいけなかったのか、そのまま取っ捕まっちゃいましてね」

「しかし、僕みたいな人がいくら容疑を否認しても、絶対信じてくれない」

「だからここは、16年前にお知り合いになった、あなたに話すのが適当と判断しました」

「というわけで、刑事さん達……今回、僕は殺していませんよ」


無実を主張する手塚守。

しかし、特命係の2人を含めたその場にいる警察官全員は、何も言わずに彼を見ている。


手塚「…やっぱり、信じてくれるわけないですよね」

「けど、嘘は言っていません。調べてみれば、分かると思いますよ」

右京「それはつまり…我々に自分の無実を証明しろと?」

手塚「あなた達特命係って、そういう所なんじゃないんですか?」

「あれから色々調べましたよ。捜査権は持っていないけど、特別に与えられた命令はなんでもやるって」

「この頼みだって、特別な命令に相当するはずですよ」

右京「…………」


しばし無言で見つめ合う2人。

手塚の目をジッと見据えた右京は、何かを理解したかのように「……分かりました」と言って席を立った。


右京「冠城君、行きましょう」

冠城「あ…はい」

「じゃあお二人とも、後はどうぞお好きに…」



そのような台詞を残し、冠城は上司とともに部屋を後にした。

それと入れ替わるように、伊丹が乱暴に椅子に座りながら、手塚を睨む。

伊丹「変な奴から電話がかかって公園に行ってみたら、既に吉田先生が死んでいた?」

手塚「えぇ」

伊丹「現場のボウガンは、思わず拾っただけだった?」

手塚「そうですけど」

伊丹「嘘吐くんなら、もっとマシな嘘吐きな」

「証拠だって揃ってるし、何しろお前には吉田を殺す『充分な動機』がある事も分かってるんだ」

「それでいて、あの2人に無実を証明するよう頼むとは、どういう風の吹き回しだ?」

「そんな事しても、無意味なんだぞ?」

手塚「…………」

伊丹「チッ!まただんまりかよ……!」


伊丹は、手塚に対する苛立ちを隠す気もないようだ。

それを察したのか、手塚はこう言い出した。


手塚「そこまで僕が犯人だと仰るのなら、もっと他に証拠をあげてみて下さいよ」

「そうすれば、認めますよ」

伊丹「……」

「逮捕されておいて挑戦状か?いい度胸だ」

「だがな……そんな態度取っていられるのも今の内だぞ?」

手塚「……」

―警視庁 廊下―


冠城「右京さん、ひょっとしてあの先生……」

右京「彼こそ、先程話していた16年前の殺人事件の犯人です」

冠城「まさか、過去に自分が殺した教師がいた学校の教師になっていたなんて、驚きですね」

右京「同感です」

冠城「でも…どうして彼は、殺人事件なんか起こしたんですか?」


先程聞けなかった手塚の犯行動機を聞かれ、右京は少し間を置いてから説明を始めた。


右京「既に知ってのとおり、16年前に栄第三小学校の男性教師がボウガンで殺害されました」

「被害者の名前は『平良荘八』。かつて、手塚先生の担任であった『前原恭子』さんの同僚でした」

「しかし被害者は、酒と女癖が悪い大変素行の悪い人間で、恭子さんにも手を出そうとしたのです」

冠城「それじゃあ、彼は自分の担任を守るために?」

右京「手塚先生は、その当時から大人顔負けの頭脳の持ち主で、それが災いして友人もいなければ自分を引き取った親戚とも不仲でした」

「彼にとって唯一心を許せる相手が、前原恭子さんだったんです」

冠城「だからこそ手塚先生は、恭子さんを襲おうとした平良荘八が許せなかった。だから、殺したと……」

右京「そんなところです」

冠城「子供に殺意を向けられるような事をしておいて、その平良って男はよく教師としてやっていけてましたね」

右京「どうやら、周りの大人は彼の仕返しを怖がって、見て見ぬふりをしていたようなんですよ」

「これは後から知った事ですが、当時の校長も平良荘八の仕返しと周囲から糾弾される事を恐れ、教師達に強く口止めしていたようです」

冠城「つまり、平良荘八を止める大人がいなかったから、手塚先生は自分の手で制裁を加えた訳ですか……」

右京「そして、自分に疑いの目が及ばないよう、学校の近所アパートに住んでいた『佐々木文宏』という男に自身の罪を擦り付けようとしました」

冠城「佐々木…そいつが、ボウガンの所持者ですか」

右京「佐々木は親のすねをかじっているばかりの男で、常日頃から通学中の小学生をボウガンで脅かしていました」

「それでいて、平良荘八にその事を注意されたことがあります」

「手塚先生がスケープゴートに彼を指定したのも、その一連の出来事があったからでした」

「彼曰く『クズを殺した犯人は、クズがなるのが一番だ』と……」

冠城「そして、手塚先生の罪をあなたが暴いた」

「暴いて……その後、どうしたんです?」

右京「僕の『かつての相棒』が『かつての親友』と彼を引き合わせました」

「そうする事で、手塚先生を犯罪の道から引き離したのです」


そう語る右京の脳裏に『初代相棒』の『亀山薫』と
今は亡き『平成の切り裂きジャック』にして『亀山の親友』だった『浅倉禄郎』の姿が思い浮かんだ。


右京「事件が終息した後、手塚先生は恭子さんに引き取られて東京を去りました」

「自身の犯した罪を、どう償えばいいのか。その答えを、彼女とともに探す為に……」

冠城「その出した答えが、自分が慕っていた人と同じ教師になり、同じ悲劇を繰り返さないようにすること…その為に、東京に帰ってきた」

「けれどその彼が、またしても殺人事件の容疑者になってしまった」

「いったい、何が起きたんだ?」

右京「まずは、鑑識課に行きましょう。吉田先生がボウガンで殺されたというのが気になります」


こうして特命係の2人は、ボウガンの事を確かめるため、
鑑識課にいる伊丹の同期の男、『益子桑栄』の下を尋ねた。

益子「凶器のボウガンを見せて欲しい?」

右京「えぇ…」

冠城「どうしても、気になる事があるそうで……」

益子「そう言われても、容疑者はとっくに逮捕されてるしなぁ……」

冠城「見せてくれたら『コレ』……あげますよ?」


そう言って冠城は小さい紙を見せる。


益子「……ん!?」


冠城が見せた紙を見た瞬間、益子は目の色を変えて紙を凝視する。
その紙は映画のチケットであり、『キャット・ザ・ドキュメント』というタイトルが書かれてあった。


益子「そ、それは…!今度上映されるキャット・ザ・ドキュメントの前売りチケット!?」

冠城「えぇ…益子さんの為に、恥を忍んで買っておいたんですよ」

益子「な…なんだよ!そんなもの持ってんなら先に言えよ!」

冠城「じゃあ見せてくれますね?凶器と思われるボウガン」

益子「もちろんだ。ちょっと待ってろ」

右京「これが、吉田先生殺害の凶器ですか…」

冠城「この矢が吉田先生に刺さっていたんですね?」

益子「あぁ…コイツで心臓を射抜かれたのが致命傷になったようだ」

「死亡推定時刻は、今日の深夜1時から3時の間……」

「ボウガンと矢の形式、矢に付着した血液が被害者のものと一致している。コイツが凶器で間違いない」


冠城「1時から3時の間……」

「右京さん、手塚先生が電話で呼び出されたのは確か……」

右京「深夜1時頃です」

冠城「手塚先生は、吉田先生が殺された前後に呼び出された」

右京「…ボウガンの指紋は?」

益子「手塚の指紋が検出されたが、それ以外の指紋は出なかった」

冠城「手塚先生の逮捕は、それが決め手ですか……」

益子「それだけじゃない」

「伊丹に言われて、米沢が16年前に担当した事件の資料と照合してみたら、このボウガン16年前に手塚が平良荘八殺害に使用したボウガンと、同じタイプだったんだよ」

冠城「16年前と同じタイプ……見た感じ古そうですし、同一のものでしょうかね?」

益子「さあな…そこまでは分からねえよ」

右京「……」

右京は目の前にあるボウガンを神妙な面持ちで見た後、
「ところで、他に何かありませんでしたか?」と改めて益子に尋ねた。

益子「何だよ。凶器が見たかったんじゃ……」

冠城「教えてくれたら、このチケットあげますよ」

益子「分かった待ってろ」


再び猫ちゃんパワーに負け、益子は毛が数本入った袋を持ってくる。

右京「毛髪ですか」

益子「手塚が証拠隠滅を図った可能性があったからな、周辺を徹底的に調べてみたんだ」

「それで、現場にあったトイレから見付けたってわけだ」

「とはいえ、手塚や吉田のものと一致するDNAを持つものはなかったがな」

冠城「トイレなんて誰でも使うから、事件と関係ない人の毛は、いくらでもあるでしょうね」

益子「まあ、そうなんだが……」

右京「どうしました?」

益子「実は、トイレ以外にも被害者の衣服や、現場から出入り口にかけての場所からも見付かったんだ」

「調べてみたら同一人物の毛髪だったが、前科者に一致するものがなくて、誰のものかは不明だ」

「けど妙なのは、コイツから陽性反応が出ている事なんだ」

冠城「陽性反応…という事は、ウイルスにかかったもしくは薬物に手を染めた人間のものという事ですか」

益子「だが、ガイシャも容疑者も徹底的に調べてみたが、そっちは陰性だった」

「そしたら、急に組対の課長がやってきて『これは自分達が調べるべきヤマかもしれない』つって、髪の毛の持ち主の捜査権を一課から持っていっちまいやがった」

「何でも、今追っている麻薬の密売グループと関係あるかもしれないとか……」

冠城「そういえば角田課長、確かにさっきあなたの所に行ったと言っていましたね」

益子「まぁ、伊丹達は殺人とは無関係だろうと思って、ほっといてるみたいだけどよ」

右京「……」

益子「どうだ?満足か」

右京「えぇ…どうもありがとう」

冠城「コレ、お礼です」

益子「うおぉ~!ありがとなぁ」


益子が嬉しそうに、冠城から猫映画のチケットを受け取る中
右京は、気になるような視線を、ボウガンと髪の毛に向けていた。

―東京都 世田谷区―


特命係の2人は、栄第三小学校を訪れた。

右京が16年ぶりに訪問してみたその学校は、ある程度整備された様子が見られたが、
それ以外は16年前とほとんど変わりなかった。

しかし今の特命係の2人にとって、学校の見た目の変化はまったく重要ではなかった。

2人は、手塚と吉田のことを聞きに、校長室を訪れる。


校長「どうも……校長の『為房栄三(ためふさ えいぞう)』です」

教頭「教頭の『時田正敏(ときだ まさとし)』です」


校長室にいたのは為房と名乗る校長だけでなく、時田と名乗る教頭も一緒であった。
頭を下げながら名を名乗った2人に対し、特命係の二人も自分の身分と名前を明かしながら頭を下げる。

そして為房校長に「さ…お掛け下さい」と促され、特命係の二人は椅子に腰かけ、
校長たちもそれに続いて机を挟んだ向かい側の椅子に座る。


右京「既に、ご存知だと思いますが。昨晩、こちらに努めている吉田先生が何者かに殺害されました」

「現場の状況などから、捜査一課は手塚先生を容疑者として確保しました」

「現在、正式に逮捕され、警視庁で拘束されている状態です」

為房校長「えぇ…ですから、先程緊急の会議を済ませたばかりなんですよ」

時田教頭「でも、どうして?逮捕したんでしたら、わざわざここに来る必要なんてないはずでは……」

右京「本来ならそうなのですが、相手が容疑を否認しているものでしてねぇ……」

冠城「それどころか、『自身の無実を証明してくれ』と我々に頼んできたのです」

時田教頭「それだけで…ですか?」

冠城「僕達、誰かに頼まれたら断れないものでして……」

右京「ですので、また同じような質問をする事になるのを、ご了承下さい」

時田教頭「は、はあ……」

為房校長「分かりました」

特命係の2人の説明を聞き、了解の意思を見せる教頭と校長。

そうして、右京は話の本題に移る。


右京「手塚先生が、吉田先生を殺害するのに充分な動機があると伺ったのですが、それはどのようなものなのでしょうか?」

為房校長「……」

時田教頭「……」


右京の質問に為房校長と時田教頭は、お互い顔を見合わせた後、時田校長が口を開いた。


時田教頭「1週間前の事なんですが……」

「吉田先生が、手塚先生を怒鳴って突き飛ばした事がありましたね」

右京「吉田先生が手塚先生を……」

冠城「どうして?」

為房校長「我々も吉田先生に理由を尋ねたんですが、我々には関係のない事だと言って、話してくれませんでした」

「手塚先生にも同様の事を聞きましたが、『彼が凄く焦っている様子だったので、気にかけたら怒られた』との事で、それ以上の理由は知らないと」

時田教頭「私も現場を見たのですが……『前科者が同情なんかするな!』と言っていたのは覚えています」

右京「他にもその現場を目撃した方は?」

時田教頭「多くの教職員が目撃しています。嘘だと思うのでしたら、聞いてみて下さい」

「会議も終わって間もないですし、まだ何名か残っているはずです」

右京「そうさせて頂きます」

冠城「ちなみに、殺された吉田先生はどんな人物だったんですか?」

為房校長「普通の方でしたよ。あまりにも普通で、恨まれる要素を探す方が大変な人です」

「それだけに、焦っていた様子が際立っていたくらいで……」

右京「なるほど……」

冠城「ところで、話しが変わりますが……手塚先生は、かつてこの学校の生徒だったんですよね?」

為房校長「はい…前の校長と、こちらの時田君から話は聞いています」

時田教頭「……」

右京「ちなみに、この学校でこの事を知る方は……」

為房校長「この学校の職員全員が把握しています。手塚先生が、自ら話したそうです」

右京「なるほど、手塚先生がご自分で……」

冠城「こんな事を言うのも何ですが……よく、この学校で3年もいられましたね」

為房校長「実を言うと彼、教師として腕がかなり立つ方でしてね、研修の時点でプロかと思えるような腕前だったんですよ」

「おまけに、人当たりもかなり良くて……この3年で、彼のことを頼りにする職員や彼を慕う生徒も増えていました」

右京「人当たりが良かった……ですか」


人当たりがかなり良い……

当時小学生だった手塚守は、大人顔負けの頭脳の持ち主であり、
そのことが災いして響子以外の人間をあまり寄せ付けないような人物であった。

それが、人当たりが良いと評価される日が来るとは……

16年前の手塚を知っている右京は、
あの事件がきっかけで手塚の性格が変化した事を感じ取った。

時田教頭「しかしその矢先、今回の事件ですよ」

「平良先生に引き続き、今度は吉田先生が、あのボウガンで殺されるなんて……16年前と全く同じです」

「結局、前科者は前科者でしかないのしょうか?」

為房校長「時田君…そう決めるのはまだ早いよ」

時田教頭「し…しかし、現に手塚先生は逮捕され……」

「あ…!」


その時、急に時田教頭の手が震え始める。


冠城「大丈夫ですか?」

時田教頭「し、失礼……」


と言って教頭は、懐から栄養剤のラベルが張られた薬瓶を取り出すと、
ふたを開けて中の錠剤を出し、それを噛んで飲み込んだ。


冠城「……」


それを見た冠城は、何故か時田教頭に顔を近づけ薬瓶や彼をまじまじと見つめた。

時田教頭「な…なんですか?」

冠城「あぁ、いえ……」

「それって、栄養剤ですよね?噛んで大丈夫なのかと思いまして……」

時田教頭「あ…実は私、昔から薬は噛んでイケるクチなんですよ」

冠城「変わってますね」

時田教頭「よく言われます…」

右京「そういえば、随分とやつれていらっしゃいますねぇ……」

時田教頭「最近、栄養失調気味で……」

「ほら、昔手塚先生のことで色々ありましたし……」

右京「確か、平良荘八の件で批判を受けたそうですね?」

時田教頭「はい…事件解決後、平良先生の悪行が何処からか流れ、その上犯人が手塚先生であるという噂も広まりましてね……」

「『平良先生に対する学校の抑止力不足が、罪もない子供を人殺しにしたんだ』とか、言いたい放題いう人も多かったんです」

右京「その際、前の校長先生は退職。教頭先生も、心労でお辞めになられたとか……」

時田教頭「その前の教頭が、私の兄です。兄が辞めた後、経験を積んでいた私が後を継ぐ形で、今の教頭になりました」

「それから校長と共に体制を立て直すのに、どれだけ苦労したことか……」

右京「なるほど……だから、手塚先生の事をよく知っていらしたのですね?」

「しかし、その時からこの学校の…それも、教員だったとは驚きです」

時田教頭「刑事さん、手塚先生や恭子先生とばかり会ってましたからね……知らないのも無理ありません」

右京「……」

右京「さて、本題に戻りますが……」

「吉田先生が手塚先生を突き飛ばした事以外に、特に変わった点はなかったのですね?」

時田教頭「はい」

為房校長「私達の知る限りでは……」

右京「分かりました」

冠城「お時間取らせて、すみませんね」

為房校長「滅相もない!むしろ、あまり力になれなくて申し訳ないくらいですよ」

「とにかく、一刻も早く手塚先生の無実が証明されることを、願っています」

右京「では、これで……」


一通り話し終わって両者立ち上がり、特命係の2人はお辞儀をして立ち去ろうとする。


右京「あ!最後に、ひとつだけ……」


だが右京は、そう言ってパンッと手を叩いて人差し指を立てると、時田教頭に向き直る。

右京「教頭先生…その両手の甲は、どうされたのでしょうか?」

時田教頭「え…?」


右京の指摘した通り、時田教頭の両手の甲には絆創膏が2・3枚ほど貼られていて、
更に良く見ると、細かな傷らしき跡がはみ出ているのも散見された。


時田教頭「じ、自分で料理しようとした時、誤って包丁で切っちゃいまして……」

右京「そうですか。野暮な事を聞いてしまいましたねぇ……」

時田教頭「気にしないで下さい…こんなの着けてたら、誰だって何かあったって思うでしょうし……」

右京「……」


申し訳なさそうにしている教頭。

そんな彼をジッと見た後、今度こそ特命係の2人は部屋を後にした。

時田教頭「……」

為房校長「時田君……」

時田教頭「大丈夫です。それより重要なのは、今回の件をどうするのかという事ですよ…」

為房校長「……」

「そうだったな……」

―職員室―


特命係の2人は、まずは男性教師の1人に話を聞いてみることにした。


男性教師A「手塚先生と吉田先生の事ですか?」

右京「はい」

冠城「先程、校長先生たちにも話を伺いましたが、1週間前に吉田先生が手塚先生とちょっとしたトラブルがあったそうですね?」

男性教師A「はい」

冠城「そうなった原因に、心当たりありませんかね?」

男性教師A「多分…吉田先生が焦ってたからだと思います」

冠城「吉田先生が、焦っていた?」

右京「校長先生も言っていましたが、何故吉田先生は焦っていたんですか?」

男性教師A「分かりません」

「なんせ、その事を気遣った手塚先生に対して、ああだったわけですし……我々が聞いたところで、たかが知れてますよ」

右京「そうですか…それは残念です」

男性教師A「ところで、吉田先生を殺した犯人は手塚先生のはず…ですよね?」

右京「確かに、その事で逮捕されましたが、否認しているのでまだ何とも……」

冠城「ですので、吉田先生に変わった事は他にもなかったのか、聞きにきた次第で……」

男性教師A「……」


冠城がその事を聞いた途端、男性教師は急に気まずい顔をして黙ってしまった。


冠城「……」

右京「…どうかされましたか?」

男性教師A「い…いいえ。特に何も……」

「それより、手塚先生と吉田先生の事ですけど。他に心当たりはありませんよ」

右京「そうですか?」

冠城「本当に何も知らないんですか?」

男性教師A「知りません。あんな事があったから手塚先生、つい頭に血が上って殺ってしまったんでしょう」

「嘘だと思うなら、他も当たってみて下さいよ」


突き放すように言うと、男性教師は話を終わらせてしまう。

その様子を不審に思いつつも、特命係の2人は他の教師に話を伺ってみたが……

男性教師B「手塚先生を突き飛ばした以外で、吉田先生に何かなかったかって?」

右京「えぇ…」

冠城「他に何か知りませんか?」


男性教師B「そ、そんなの知りませんよ!原因も他に考えられません」


女性教師A「わ、私…!その時の事以外、何も知りません。先週の事が原因に決まっていますよ……」


男性教師C「吉田さんが手塚さんを突き飛ばしたこと以外、何も知らないよ。だから、手塚さんが犯人じゃないか?」


男性教師D「でなきゃ、アンタらあの人捕まえないだろうよ」


と、全員口を揃えて『吉田が手塚を突き飛ばしたこと以外、何も知らない』

『手塚が犯人なのではないか』と証言した。


そして、特命係が最後に話を伺った女性教師も……

女性教師B「す、すみません…私、その時の事以外は何も……」

冠城「そうですか…」

右京「……」


こうして、一通り話を聞き終えた特命係の2人は、
有力な証言は得られないだろうと判断し、教職員の態度に不信感を募らせながら学校を後にした。

学校を後にした2人は、吉田の殺害現場である世田谷区某所の公園に足を運んだ。

到着すると、右京は現場を見て回り、
冠城がこの公園から手塚の自宅まで歩いてどれほど掛かるかを確かめに向かった。

そして数分して、右京のところへ冠城が戻ってくる。


冠城「右京さん。手塚先生の自宅とこの公園の距離を確かめてみましたが、それほど離れていませんでした」

「歩いて10分程度の距離です」

「確か吉田先生の死亡推定時刻は、午前1時前後……」

右京「手塚先生でも、余裕をもって来ることは可能……ですか」

冠城「それと、付近の防犯カメラなんですが……」

「どうも昨日の夕方、何者かに全て壊されてしまったようで、犯行のあった時刻の映像は記録されていませんでした」

右京「壊されていた?」

冠城「はい。警備会社にも確認を取ったので、間違いありません」

「しかし、壊される直前の映像を見せてもらったところ、妙なことに犯人が映っていなかったんですよ」

右京「……」


監視カメラに映らないようにしながら、監視カメラが破壊された。

それも、昨日の夕方に全て同時に……

余程慣れた人間でなければ、できない芸当だ。
しかも、壊されたカメラは犯行現場付近一帯のもの。

とても偶然とは思えない。

報告を聞いた右京は、今度は自分がこの場で確かめたことを冠城に伝える事にした。

右京「僕もこの現場一帯を見て回りましたが、この場所で隠れられそうな所は、あのトイレしかありませんでした」

冠城「あそこって確か、髪の毛が見つかった場所ですよね?」

右京「おまけに、吉田先生の遺体の比較的近くにありました」

「ですが…あの場所から、手塚先生の髪の毛は見付かっていません」

冠城「妙ですね……」

「ボウガンは、音もたてずに離れた相手を殺傷するのに特化してはいるけど、あれほどの大きさの物を持ったままでいるのは得策ではない」

「何処かに隠すか、ボウガンごと隠れる必要があります」

「手塚先生がそうするには、あのトイレに隠れる以外に手はなかったはずです。なのに、彼のいた痕跡が見付からないなんて……」

右京「それも気掛かりですが、それ以上に気になる事があります」

「吉田先生は、何故この場所に来たのでしょうか?それも、夜の1時という夜更けに……」

冠城「確かに…何ででしょうね」

「この公園は、昼間も利用者が少なくて、夜に至ってはほとんど無人……」

「誰もいない公園で、何を…?」

右京「やはり、学校で焦っていた事と、何か関係があるのでしょう」

冠城「じゃあ、吉田先生の自宅に行ってみましょう」

「こんなこともあろうかと、住所なども調べておきました」

「どうやら彼、会社勤めの奥様と2人暮らしであったようです」

右京「君、先を読むのが得意ですねぇ…」


こうして特命係の2人は、吉田の自宅を訪れる。

そこで、吉田の妻である『吉田みさき』と対面した。

みさき「申し訳ございません……特におもてなしもできなくて……」

冠城「いえいえ…僕たち、話を聞きにきただけですので、どうかお気になさらず……」


吉田の件でバタバタしていたのだろう、
お茶を満足に出せなかったことをみさきは真っ先に謝罪した。


みさき「ところで、主人を殺した犯人を捕まえた事は、今朝そちらから聞かされたばかりなのですが……」

冠城「それが…容疑者が、無実を主張していましてね。念の為に再度、事実確認をして回っているんです」

右京「お手数をおかけします」

みさき「そ、そうですか……」

「…で、主人の何を?」

右京「先程、ご主人が勤めている学校で聞いたのですが…」

「ご主人は最近、ひどく焦っていらしたとか……」

冠城「どうやら、その事で容疑者と少しばかり揉めたそうですが、旦那様が焦っていた理由に、何か心当たりはありませんか?」

みさき「……」

「それはきっと、私のせいですよ……」

冠城「あなたのせい?」

みさき「……実は私、会社での失敗が原因で、借金を背負ってしまいまして……」

右京「借金を、ですか?」

みさき「はい……」

「はじめは、主人とお金を出し合って順調に返済を進めていたのですが、結局それだけでは間に合わず、現在返済期限が差し迫っている状況で……」

「学校で焦っていたのは、その事で間違いありません」

「私も、それで何度か主人と衝突したことがあります。しかし……」

右京「しかし…?」

みさき「この間、主人が妙なこと言ってたんですよ」

「『もうじき、借金を全部返せるようになる』と……」

右京「もうじき借金を返せるようになる…」

冠城「それは、どのようにして?」

みさき「聞いてみたんですが、教えてくれませんでした」

「変ですよね…冬のボーナスとか、まだ先なのに……」

冠城「……」

右京「…ところで、ご主人の遺体が公園で見付かったわけですが、殺される前にご主人は何か言っていませんでしたか?」

みさき「分かりません」

「昨日、出掛ける際に『今日は用事があって帰りが遅くなる』としか言っていなくて……」

「しかし、朝になっても帰ってきていなくて……探しに行こうと思ったら、刑事さん達がやって来て、主人が殺された事を聞かされたんです」

右京「用事があって遅くなる…ですか」

冠城「どんな用事があったんでしょうか?」

みさき「さあ?あの人とは結婚して随分経ちますが、こんなこと初めててで……」

右京「ちなみに、ご主人が借金を返せると言い出したのは、いつ頃あたりか覚えていらっしゃいませんか?」

みさき「確か……1週間ちょっと前あたりだったと思います」

右京「1週間ちょっと前……そうですか」


こうして、みさきから話を聞き終えた特命係の二人は吉田家から離れ、『とある場所』を目指して歩き出す。

その間、彼らは吉田の情報の整理をはじめた。

冠城「吉田先生が焦っていた理由は、今ので大体分かりましたね」

「彼は、奥さんが背負った借金を、奥さんと協力して返済していた」

「しかし、それだけでは間に合わず、返済期限が目前に迫りつつあった」

「学校でも、その事が頭の中を駆け巡っていたんでしょうね。だから、最近焦っていた」

「誰にもその事を話さなかったのは、あくまで家庭の問題であり他人を巻き込みたくなかったから……」

「手塚先生を前科者呼ばわりして突き放したのは、そうしようと思うあまりついカッとなって言ってしまっただけで、本心からの言葉ではなかったのかもしれませんね」

右京「しかし、吉田先生は殺され、手塚先生が容疑者になってしまった……」

冠城「吉田先生はもうすぐ借金を返せると、奥様に言っていて、しかも殺される前日は遅くなると言って家に帰らなかった」

「恐らく、あの公園に行く為なんでしょうが、そうなると……」

右京「『あの公園で何者かから返済のお金を受け取る予定だった』と、考えるべきでしょう」

冠城「おまけに深夜の公園……後ろめたいやり方で、得ようとしたものであった可能性は高い」

右京「それに、借金を返せると言い出した時期も気になります」

冠城「1週間前というと、手塚先生とトラブルがあった時期と重なります」

「いったい、何の関係があるんでしょうね?」

右京「……」

冠城「ところで、今度は何処に…?」

右京「『ここ』ですよ……」


そう言って右京が指し示した場所は、一軒のアパートであった。

冠城「アパート?」

右京「かつて、佐々木文宏が暮らしていた場所ですよ」

冠城「やっぱり、あのボウガンが気になってますね?」

右京「えぇ、とても……」


そうして特命係の2人は、佐々木が住んでいた2階の部屋の玄関まで足を運ぶ。


キンコーン!

それから呼び鈴を鳴らしてみたが、反応がない。

ノックをしても同様だ。

よく見れば、玄関のドアの側にある表札がかかっていない。

冠城「表札がありません」

右京「今は住んでいないようですねぇ……」

冠城「アパートの管理人に聞いてみましょうか?」

右京「そうしましょう」


特命係の2人は、アパートの管理人のところに行き、佐々木の所在を確かめることにした。

管理人は中年の女性であり、16年前からずっと管理を担当している人物であった。

アパートの管理人「佐々木文宏さん?」

右京「えぇ…先程、話を伺いに行ったところ、既に住んでいなかったようでして……」

冠城「それで、何があったのかお聞きしたくて参りました」

アパートの管理人「あぁ…あのろくでなしなら、16年前に追い出しちゃったよ」

冠城「追い出した?」

アパートの管理人「警察なら知ってるでしょ?あの人のボウガンが盗まれて、人殺しに使われた事件」

「その事件がきっかけで、あの人がボウガン使って近所の子供脅かしてる事が親にバレちゃってね、滅茶苦茶怒られたんだよ」

冠城「怒られて、どうなったんですか?」

アパートの管理人「ボウガンは取り上げられなかったようだけど、その代わり1円もお金を出してくれなくなっちゃったようでさ」

「家賃を払ってもらえなくなったんで、そのまま追い出したわけよ」

右京「なるほど…あの後、そのような事があったんですね」

アパートの管理人「正直、あの人を追い出した時は、それはもう気分が良かったね」

「あの人、口も態度も悪いし、近所の人にも偉そうだしで感じ悪くって……」

「不謹慎な事言うようで悪いけど、事件の犯人には正直感謝してるよ。アレがなかったら、今も色々言い訳つけて居座ってたろうからね」

冠城「……」


この話を聞いて、冠城は思った。

『アパートの管理人にここまで言わせてしまうなんて
佐々木という男は、一体どこまでろくでなしだったのだろうか?』と……

右京「では、彼のその後は知らないんですね?」

アパートの管理人「もちろんよ。親んところにも戻ってないらしいし、多分どっかでホームレスかなんかやってんじゃないの?」

右京「そうですか。では、最後にひとつだけ……」

「アパートから出られた際、彼はボウガンを持っていっていませんでしたか?」

アパートの管理人「持っていったも何も、あたしが持っていかせましたよ」

「あんな物騒なもの、置きっぱなしにされちゃ困るし、何しろあんなもん二度と見たくなかったかったからね」

右京「なるほど…つまり、彼は今もあのボウガンを持っているかもしれないと……」

アパートの管理人「それは分かんないよ。あれから大分経ってるし、もうとっくに捨てちゃってるんじゃないかしら?」

右京「そうですか、分かりました」


納得して見せた右京に対し、アパートの管理人が「もう充分かしら?」と聞き返した。

右京「えぇ…貴重な情報を、ありがとうございます」

アパートの管理人「お礼を言われるほどじゃないよ」

「そんな事より、お仕事頑張ってね」

右京「もちろんです」

冠城「お邪魔いたしました」


そうして特命係の2人は、管理人の部屋から出ていった。

だが……

伊丹「お邪魔します」


少しして、入れ替わるかのように捜査一課の伊丹と芹沢が入ってきたのだ。

そして入って早々、2人は警察手帳を見せる。


伊丹「警察の者です」

芹沢「16年前、こちらに住んでいた佐々木文宏の事で、お知らせに来たんですが……」

アパートの管理人「あら?また来たの?」


管理人の反応に、一課の2人は「「またぁ?」」と間抜けな声で言いながら、首を傾げた。

一方、そんな事を知らない特命係の2人は、佐々木の両親も尋ねたが、管理人の言うように16年間帰っていないらしく
その上佐々木とほとんど縁を切っている様子であった為、結局佐々木の所在を確かめる事はできなかった。


その後、時間は夜になり、今日の勤務を終えた特命係の2人は、行きつけの居酒屋『花の里』に足を運び
現在この店を切り盛りする、2代目女将『月本幸子』に、今回の事件や手塚の事を話した。


幸子「小学生の時に殺人を?ちょっと、信じられませんね」

冠城「まあ、10歳の子供がそこまでするなんて、普通はあまり考えられませんよね」

右京「しかし、探せば割とあるケースですよ」

「1968年にも、イギリスで10歳の少女が2人の男児を殺害した事件を起こした、という前例がありました」

冠城「そういや、俺が特命係に出向していた頃にも、少年時代に殺人を犯してしまった人が関わった事件があったな……」

幸子「けど、その手塚守さんって人、今は立派に教師やってたんでしょ?」

冠城「えぇ…校長先生曰く、プロと思うくらいの腕前だったらしいですよ」

右京「恐らく、恭子さんから教師としてのノウハウを叩き込まれたのでしょう」

「そして、少年時代から持っていた頭脳も、彼を手助けしていたに違いありません」

幸子「だとしたら、可哀想ですね。せっかく更生して、大好きな先生みたいな教師になれたのに……」

「何か同情しちゃいます……」

冠城「そう言えば、女将さんも真面目にやり直した前科者の一例でしたね」

幸子「まあ…私は幸運が重なったのが大きいですけど」

「…あ!お酒、切らしちゃいました。ちょっと取ってきます」


そう言って幸子は、店の奥に消えていく。

それを見計らい冠城は
「右京さん…色々と気になる事が、あるんじゃないんですか?」と右京に尋ねた。

右京「何がですか?」

冠城「とぼけないで下さいよ」

「あの学校の教師たちの態度……明らかにおかしかったでしょう?」

右京「えぇ…まるで、聞かれたくもない事を聞かれたかのような顔をしていました」

冠城「あの学校……16年前も、平良荘八の悪行を見て見ぬふりをして、黙っていたんでしょう?」

「だとしたら、今回も誰かからの報復を恐れて、本当の事を黙っている可能性は、充分あり得ます」

「実際、教頭先生に気になる点が多い……」

「本人は、栄養失調気味だと言っていましたが、そうだと考えると、あの手の震えがどうにも説明できません」

「後は、あの手の甲の傷跡。包丁で切ったんだと言ってましたが、包丁を使って手を切るんなら、普通指を切りますよね?」

右京「仮に本当に誤って切ったとしても、絆創膏数枚では済みませんよ」

冠城「あと他に謎なのは、陽性反応が出た髪の毛ですね」

「伊丹さん達は、組対の案件だと思っているようですが、そうだとしたら被害者の衣服に付着していたのがよく分からない」

右京「それもそうですが、僕はもっと他に気になる事があります」

冠城「なんです?」

右京「君は、教頭先生が錠剤の瓶を開けた際、顔を近づける程に気にしている様子でしたが…」

「あれは何故ですか?」

冠城「……」

冠城「『匂い』が、したんです」

右京「匂い…?」

冠城「えぇ…瓶を開けた瞬間に、甘い匂いが漏れてきたんです」

「例えるなら、大河内監察官のラムネみたいな……」

右京「ラムネのように甘い匂い……ですか」

冠城「まあ、気のせいかもしれないけど……」

右京「……」

右京「とにかく、明日は朝一番に青木君に、佐々木の所在を調べさせましょう」

冠城「そんなに、あのボウガンが気になりますか?」

右京「今回の吉田先生殺害には、ボウガンが使用されていました」

「手塚先生が16年前の事件で使用した凶器も、ボウガンです」

「更に凶器に使われたボウガンの汚れ……あれは、長い間手入れがされていなかったと見て間違いありません」

「それでいて、佐々木がボウガンを持ったまま追い出されたという事実……」

「とても、偶然とは思えないんですよ」

冠城「これらが仕込まれたものだとしたら、相手は16年前の事件を良く知る人物……」

「しかしそうなると、ボウガンの出所や監視カメラを破壊した人物が気になりますね」

「無論、吉田先生の奥様の借金がどう絡んでいるのかも……」

右京「いずれにせよ、明日は捜査の範囲をもう少し広げましょう。話はそれからです」

冠城「了解……」


明日の捜査内容を決定する特命係の2人。

しかし、彼らがそのようなことをしている同じ頃……

警視庁特命係でもある動きを見せる人物がいた。

青木年男だ。

彼は珍しく、遅くまで残ってあるデータを確認していた。

それは、手塚守が16年前に起こした事件と彼の人物像
そして、スケープゴートにされかけたろくでなしこと佐々木文宏のものである。

中でも、佐々木のボウガン関係の記載に特に着目していた。




青木「佐々木……ボウガン……」


~補足~

No.EX・・・シーズン1~シーズン2で用いられていた、
オープニングの後にその回の話数が表示される演出のオマージュ。
S1第5話の続編という事で取り入れました。
EXなのは、言うまでもなく本作が本編のエピソードに属さない作品であるため。

ろくでなしの本名・・・公式名です。
S1第5話で守君が言っていた通り、ろくでなしにはちゃんとした名前があって、佐々木文宏と言う名前が設定されているのです。
実際、エンディングでクレジットされているので、暇があるならば確認してみて下さい。

平良荘八・・・これも公式名です。
クレジットでは平良表記ですが、S1第5話でイタミンや美和子さんがフルネームで呼ぶ場面があります。

時田教頭の兄・・・S1第5話の最初の方でイタミンから、平良先生殺害を聞かされていた、薄毛&眼鏡のおじさんです。
特にそれ以上の描写がないのをいい事に、弟がいたり時田と言う苗字があったり
16年前の事件と引っ掛けて破滅させてしまったりと、勝手に味付けしてしまいました……

また、今回の為房校長と時田教頭、そして吉田先生はオリジナルキャラです。
名前の元ネタはありません。

それと、右京さんの語る「1968年にイギリスで10歳の少女が起こした連続殺人事件」
と言うのは、「メアリー・ベル事件」という実際に起きた事件のことです。
詳しく書くと本編と脱線してしまうので、ググってみて下さい。

一方、冠城君の言う特命係に出向していた頃に起きた、少年時代に殺人を犯してしまった男の事件と言うのは、S14第6話のこと。
こちらも、詳しく説明すると本編と脱線してしまうので、ググるなりDVDレンタルで確認するなりしてみて下さい。

例のバグに遭遇するというアクシデントがありましたが、今日はここまでです。

前回、知ってる別ジャンル単体でやると言っておいて、結局相棒単体のオリジナル作品になりました。
(原作エピソードを下敷きにした内容ですが…)

しかし今回もまた、知識不足だったり話半分で書いたりなので、
自分で言うのもなんですが、突っ込みどころ満載だと思います。
そもそも、一から事件モノを書く事自体ほとんど初めてなものでありまして……

ちなみに何故、こうなったのかと言いますと、目撃者が気に入っているのと、
相棒単体のガチモノのオリジナルSSを見掛けなかったので、
そういうのをやってみようかと思ったんですね。

本当はもっと早めに投下するつもりでしたが、
色々あって平成最後の今月に投下する事になってしまいました……


次の更新は未定ですが、4月中には終わらせるつもりです。

時間が取れたので、続きとなります。

―翌日―


右京と冠城が普段通りに出勤して特命係の部屋入ってみると、青木が後ろ手を組んだ格好で彼らを待ち構えていた。


青木「お二人とも、おはようございます」

右京「おはようございます」

冠城「今日は随分と早いな」

青木「悪いですか?」

冠城「悪いなんて言ってないだろ」

右京「丁度いいところにいらっしゃいました。実は……」

青木「手塚守の事件のことですね?」

冠城「なんだ、調べたのか」

青木「いきなり芹沢さんに呼び出されてたんで、少し気になりまして……」

「一晩かけて調べてみましたが、今捕まってる先公、相当ヤバいガキんちょだったようですね?」

「気に入らない教師を殺っちゃったどころか、他人に罪まで擦り付けようとしてたなんて……」

「あぁ、恐ろしいったらありゃしない」


わざとらしく身震いして見せる青木。

それに対し右京は「そんな事よりも、これからやって欲しい事があるのですが……」
と言ったのだが、当の青木は「『佐々木文宏の所在を突き止めろ』でしょう?」と即答した。


冠城「そんな事まで先読みしていたか……」

青木「そりゃ、16年前の事件の凶器の実質的な出所ですからね。調べないはずがないじゃないですか」

「まあおかげで、色々と『面白い事』が分かりましたけど」

冠城「面白い事?」

青木「僕も、今回の事件に同じ凶器が使われていたのが気になりましてね、周辺でボウガンを持った人物の目撃情報がなかったか、調べてみたんですよ」

「そしたら、16年近く前からボウガンを持ったホームレスの目撃情報が、世田谷区やその周辺区域で確認されていた事が分かりました」

「警察に通報された事も何度かあったようです」

冠城「まさか…そのボウガンを持ったホームレスが佐々木文宏?」

右京「確かに、目撃されるようになった時期が、佐々木がアパートから追い出された時期と重なりますね」

青木「でしょう?けど、話はこれで終わりじゃないんですよ」

「実は、昨日あなた達が色々嗅ぎまわっている間、捜査一課の方でも動きがありましてね……」

「何でも事件の証拠を探していたら、栄中央署に呼び出されて、あるものを確認させられたみたいなんですよ」

冠城「確認させられたって…何をだ?」

青木「ホームレスの遺体です」

冠城「ホームレスの遺体?」

青木「どうやら、何者かに襲われて殺害されたそうなんです」

「ちなみに、誰なのかも既に判明しています」

「いったい誰だと思いますか?そのホームレス……」

冠城「勿体ぶってないで、さっさと言え。こっちは遊んでんじゃねぇんだぞっと」


勿体ぶる青木の顔を両手で挟み込んで、ぐりぐり回す冠城。

された本人はすぐさま振り払うと、
「はいはい分かりましたよ!せっかちだなぁ……」と言いながら、ホームレスの正体を話す事にした。


青木「そのホームレスなんですけどね、どうやら『佐々木文宏』らしいんですよ」

冠城「え?!」

右京「それは、確かなんですか?」

青木「杉下さん…16年前の事件の時に、あの男を公務執行妨害で逮捕していますよね」

「その時に取られた指紋や顔のデータ等が、一致したんだそうです」

右京と冠城「「……」」


思いがけない形で判明した、佐々木の衝撃的な現状に、さしもの特命係の2人は絶句してしてしまった。

だが、2人を襲う衝撃はこれで終わらなかった。

青木「驚くべき事は、それだけではありませんよ」

「佐々木を殺害した犯人も、手塚守らしいんですよ」

右京「手塚先生が……ですか?」

青木「えぇ…現場に証拠が残っていて、調べてみたら手塚の所持品だったみたいなんです」

「おまけにこれまで確認されていた、ボウガンを持ったホームレスとも特徴が一致しています」

「しかし現場にボウガンはなく、その代わり佐々木の住処から、吉田に刺さっていた矢と同じものが見付かっています」

「凶器のボウガンが、佐々木のものであった可能性は非常に高い」

右京「……」

青木「これで、あの先公が犯人なのは決定的ですよ」

「残念ながら、あなた方の出る幕はもうないでしょうね」


嬉しそうに語る青木。

だが、右京は……

右京「……青木君。今、手塚先生は?」

青木「伊丹さん達から取り調べを受けていますが、相変わらず黙秘を続けているみたいです」

「やれやれ……さっさと吐けばそれでおしまいなのに……」

右京「そうですか……」

「では、行きましょうか冠城君」

冠城「はい」


冠城を連れて、何処かへ行こうとし始めた。


青木「ちょっと、何しに行くんですか?」

右京「取り調べの様子を見に……」

青木「さっきの話し聞いてませんでしたか?『あなた方の出る幕はもうない』と…!」

「行ったところで同じでしょう」

右京「無意味かどうかは、実際に見て確かめてから決めますよ」

「君は、他に頼み事ができた時のため、ここで待機していてください」

「これは命令です」

冠城「そういう訳だ。何かあるまで動くなよっと!」


冠城はそう言って青木の鼻先をチョンと突きながら、右京と共に部屋を出ていき、
青木は、まるで汚い物を落とすかのように、冠城に突かれた鼻先を払う。

その直後、右京が思い出したかのように、出入り口から顔を出すと
「それと、頭の体操もほどほどにしておいて下さい。これも、命令ですよ」
と、暗にゲームをしてサボらないように釘を刺してから、出ていった。

青木「……」


苦虫を噛み潰したような表情で、特命係の2人の背中を睨む青木。

その時、組対策五課に誰もいない事に気が付いたが、
関係ないだろうと思い大して気にも留めないまま、分室に入っていくのだった。

―取調室―


青木が話したとおり、芹沢が見守る中、伊丹による手塚への取り調べが行われていた。

特命係の2人は、隣の部屋からマジックミラー越しに、その様子を静かに見守る。


伊丹「お前が昔通っていた学校の近所にいたろくでなし……ホームレスになったアイツが、遺体で発見された」

「遺体の側に手帳が落ちていた。それが、アンタの所持品だって事も分っている」

手塚「……」

伊丹「何で、アイツの襲撃現場にアンタの手帳が落ちてたんだ?」

「なんて……聞くまでもねぇよな」

「アンタが、栄第三小学校教諭・吉田敏行殺害の凶器の調達の為、アイツを殺したからだ!」

「言い逃れはできねぇぞ。殺害現場にあったボウガンが、佐々木の物だって事も分かっている」

「ここまで決定的な証拠はねぇよな?」

手塚「……」


人相の悪い表情で問い掛ける伊丹。

だが、手塚は動じる様子は見せず、無言を貫いている。

その姿に、伊丹は苛立ちの色を隠せなかった。

伊丹「この質問……何度だと思う?黙ってないで、いい加減認めたらどうなんだ?」

「アンタには、吉田を殺す充分な動機もある!証拠と状況が全てを物語ってるんだ」

手塚「……」

伊丹「何とか言えよおい!」


バンッ!!

デスクを叩き、怒声を上げる伊丹。

しかし、手塚は表情一つ変えないで固く口を閉ざしたままだ。


冠城「右京さん……」

右京「行きましょう」


彼らの様子を確認した、特命係の2人は取調室に向かった。


伊丹「クソ…!別の証拠見付けたら、認めるんじゃなかったのかよ……!」

芹沢「先輩、ずっと気になってたんですけど、この先生、子供の時からこんな人なんですか?」

伊丹「コイツが子供の頃と言ったらは、お前が一課に配属される前だったな……」

「コイツとは、平良荘八を殺した犯人の目撃情報を聞いた時にしか会った事がないんだが、あの時点で、小生意気なガキんちょだとは思っていたんだよ」



16年前の事を振り返る伊丹。

そこへ「失礼します」と言いながら、右京と冠城が入ってきた。

芹沢「もう嗅ぎ付けたんですか……」

伊丹「警部殿…今取り込み中なんで、お引き取り願います」

冠城「けど、随分と苦戦してるようですねぇ?」

伊丹「うるせえ!さっさと出てけって!」

冠城「しかし、俺達も彼から依頼を受けて動いています。顔を合わせる権利は、あるはずですよ」

伊丹「顔合わせなら、これが終わってからにしてくれませんかぁ~?」

右京「依頼された事をおざなりにされたまま進められても、こちらとしては困るものでしてねぇ……」

「ほんの少しだけ、話しをさせてもらえませんか?」

伊丹「……」

「ほんの少しだけですよ」


長年の付き合い故だろう、断っても無駄だとすぐさま察した伊丹は、潔く取り調べの交代を了解した。

それを聞いた右京は、足早に手塚の向かい側の席に座った。


手塚「待っていましたよ、刑事さん。そちらの成果は、どうでしたか?」

右京「その前に、僕から聞きたい事があります」

手塚「何です?」

右京「……」


右京「…どうしてあなたは、証拠を残した上で犯行に及んだのですか?」

手塚「え…?」

右京「昨日、あなたが働いている学校で伺いましたが……」

「あなたは、自身に殺人の前科がある事を、周囲に明かしていたそうですね?」

手塚「そうですよ。事実を隠してても、しょうがないですから」

右京「それでいて、16年前のあなたの犯行の手口は、我々警察も把握しています」

「栄第三小学校と警視庁両方に、あなたの前科が知れ渡っていたと言える」

「そんな中で、あなたとちょっとしたトラブルを起こしたのが、吉田先生で…」

「その吉田先生が、よりにもよって、16年前と同じボウガンで殺されてしまった」

「しかも、持ち主のろくでなしは殺害され、現場にはあなたの手帳が落ちていました」

「そうなると、真っ先にあなたに容疑がかかる」

「つまり、自身が犯人である事を隠してなさすぎなんです」

「だから、とても気になります」

「ここまで証拠を残したのは、何故ですか?」


ジッと手塚の目を見ながら問い掛ける右京。

手塚「刑事さん。あなたまで、僕を疑うんですか?」

「昨日も話したじゃないですか、吉田先生の遺体を見付けたから通報したんだって」


彼の眼差しから、手塚は右京の意図を悟ったのか、黙秘ではなく否認の言葉を述べた。


右京「では、何故あなたの手帳が、ろくでなしの殺害現場に落ちていたのですか?」

手塚「無くしたんですよ。1週間前に……」

芹沢「無くしただって?」

伊丹「何で無くした手帳が、ろくでなしの殺害現場に落ちてたんだよ!」

手塚「それは、こっちが聞きたいですよ」

右京「では、無くした時の状況を教えてくれませんか?」


と、右京が聞くと手塚は
「あれは確か、吉田先生とトラブった次の日の事です」と言って、手帳を無くすまでの経緯を語り出した。

手塚「教頭先生が、その時の事でもう一度話があると言って、僕を呼び出したんです」

「けど、行ってみたら教頭先生、凄く遅れてやって来て、しかも……」

「『昨日の事を蒸し返すのはよくないと思ったから、やっぱり止めにするよ』とか言い出してましてね」

「結局何も話さずに職員室に戻ったんです」

「無くした事に気付いたのは、その後ですよ」

右京「なるほど、教頭先生に呼び出された後ですか……」

冠城「けど、よく1週間、見付からない事を不審に思いませんでしたね?」

手塚「そりゃ、あの手帳には仕事のこと以外、何も書いていませんでしたから……」

「同じ学校で働く職員が盗んだところで、何の得もないからそんなのあり得ないと思ったんです」

「大体、無くなった時の事も考えて、予備の手帳に内容を丸写ししていましたし……」

右京「要するに、単純に無くしただけだと思っていたら、何者かに盗まれていて…」

「それが、あなたに罪を擦り付ける手段に利用されてしまった……と、いう事ですね?」

手塚「恐らくそうだと思います」

「吉田先生はともかく、あのろくでなしがホームレスになってたなんて、そこの刑事さんに言われて初めて知りましたから」


そう言って、伊丹の方に顔を向ける手塚。

当の伊丹は、忌々しそうに手塚を睨み返していた。

その様子を確認した後、手塚は右京の方を向き直る。


手塚「それじゃあ、今度はこっちが聞く番ですね」

右京「その事ですが、吉田先生は奥様の借金の事で焦っていた事が判明しました」

手塚「奥さんの借金で?」

右京「完済が出来ないまま、返済期間が差し迫っていたそうです」

手塚「そうだったんですか。だったら、最初からそう言ってくれれば、よかったのに……」

右京「……」

手塚「吉田先生が殺されたのは、その事と関係あるんでしょうかね?」

右京「まだ、何とも言えません」

「しかし、いずれ全てを明らかにしてみせます」

手塚「それを聞いて、安心しました」

「引き続き、お願いします」


文字通り安心した表情を浮かべる手塚に対し、右京は「えぇ…」と軽く答えた。

それを見計らい、伊丹は「警部殿…もうよろしいですか?」と右京に聞いてくる。
すると右京は、すかさず「最後にひとつ……」と言って、ある事を手塚に聞いた。


右京「現場の公園を訪れて、伊丹さん達が来るまでの間、誰か見かけませんでしたか?」

手塚「いいえ…刑事さん達が来るまで、あの公園では僕と死んだ吉田先生だけでした」

右京「分かりました。では、これで……」


そう言い残し、右京は冠城と共に取調室から立ち去った。

―警視庁 廊下―


冠城「妙ですね…」

右京「えぇ、妙です」

冠城「あの髪の毛は、遺体に付着していただけでなく、現場のトイレなどにも落ちていた」

「仮に手塚先生が犯人で、被害者殺害後に現場にいたと仮定した場合…」

「彼はその髪の毛の持ち主を見ていないはずがない」

「しかし、手塚先生はそんな人物は見ていなかったと証言した……」

「となると、あの髪の毛が、手塚先生が現場に来る前に落ちていたものでなければ、辻褄が合わない」

「手塚先生の再犯の可能性が、限りなく薄くなりましたね」

右京「……」

冠城「次は、どうします?」

右京「佐々木の殺害現場から見付かったという、手塚先生の手帳の鑑定結果を青木君に取り寄せてもらいましょう」

「吉田先生殺害の現場同様、他に何か出ているはずですよ」

冠城「猫で釣る作戦は、昨日使っちゃいましたからね」


こうして、特命係に戻った2人は、青木に佐々木の殺害現場から見付かった
手塚の手帳の鑑定結果の資料を持ってこさせた。

こうして、特命係に戻った2人は、青木に佐々木の殺害現場から見付かった
手塚の手帳の鑑定結果の資料を持ってこさせた。


青木「はい、これが手塚の手帳の鑑定結果です」

右京「ご苦労様…」

青木「まったく……待機を命じたと思ったら、いきなりパシられるとは思いませんでしたよ」


愚痴をこぼす青木に対し、冠城は「暇じゃないだけマシだろ?」と言ってみせる。


そんな2人を尻目に、手帳の鑑定結果に目を通す右京。

そこには、指紋と筆跡が手塚のものと一致しているという事実が載っていたのだが……

右京「おや…手帳に、手塚先生以外の人間の毛髪が挟まっていたとありますねぇ……」


右京のその言葉を聞き、冠城はすぐさま彼の横までやってきて、確認の為に横から資料を覗き込む。


冠城「確かに、そのようですね」

右京「DNAの型も、吉田先生の殺害現場にあった毛髪と一致しているようです。陽性反応も出ている……」

冠城「だけど、伊丹さん達は重要視していないみたいですね」

青木「そりゃそうでしょう。状況的に考えても、あの先公の方が真っクロけなんですから」

「他部署の案件なんか、いちいち気にしてなんていられませんよ」

右京「しかし裏を返せば、これは大きな盲点と言えますよ」

「冠城君、行きますよ」

冠城「分かりました」

右京「そして青木君。君は、引き続き、待機していて下さい」

青木「それは構いませんが、まだ何か調べるおつもりなんですか?」

右京「事件はまだ終わっていませんからねぇ……」

冠城「そういう訳だから、サボるんじゃないぞ?」


そう言って、右京と冠城はまた特命係から出ていった。

―世田谷区某所の空き地付近―


冠城「それで、最初に何をするんです?」

右京「別行動と行きましょう」

「僕は、栄中央署に行って、佐々木の殺害現場の事を調べます」

「君は、栄第三小学校に行って……」

「…………おや?」

女性教師B「あ…!」


と、右京が指示を入れたその時であった。

彼らの側にある空き地から、昨日話しを聞いた女性教師Bが出てきて、彼らと鉢合わせしたのである。


女性教師B「昨日の刑事さん?」

右京「…どうやら、こっちが先になりそうですねぇ……」

こうして、女性教師Bもとい『広田(ひろた)かなえ』と出会った特命係の2人は、
そのまま彼女の自宅に移動する事になった。


―広田の自宅アパート 居間―


広田「どうぞ……」


広田はそう言って、ちゃぶ台を挟んだ向こうに座る特命係の2人にお茶を出した。


右京「ありがとうございます」


出されたお茶を、ありがたく頂く特命係の2人。

そして、一旦飲む手を止めると、右京が口を開いた。

右京「実は、あなたにも話を伺おうと思っていたんですよ」

冠城「まさか、学校を休まれていましたとはね」

広田「まあ、色々あって……」

「それはそうと、手塚先生は?」

右京「詳しい事は言えませんが、また新たな嫌疑をかけられている状態です」

「状況は、すこぶる悪いと言えます」

広田「そ、そんな……」

右京「だからこそ、あなたのお話を聞きたいんです」

広田「わ、私に何を聞きたいんですか?お話なら昨日……」

右京「いいえ…あなたは、まだ何も話していないはずですよ」

「あなただけではない、あの学校にいる方たち全員が……」

広田「だったら…何故私なんですか?」

右京「昨日、他の教員に話を伺ったところ、全員が手塚先生がやったかもしれないと答えていました」

「しかしあなたは、何も知らないとは答えましたが、手塚先生を犯人扱いするような事は言わなかった」

「この違いが気になったんです」

広田「それだけ……ですか?」

冠城「この人、細かい事が気になる人なんですよ」

広田「……」

右京「あなたがお休みで、助かりました。ここでなら、学校で言えない事も話せるはずですよ」

広田「……」

右京「ここで聞いた事は、絶対に他言しません。だから、お願いします」

「手塚先生の身の潔白を証明するには、あなたの協力が不可欠なんですよ」


真摯な言葉を投げかける右京。その顔をじっと見る広田。

彼の瞳に何かを感じたのだろう、広田は少しすると「何を聞きたいんですか?」と問いかけた。


右京「無論、吉田先生の事です。確かに彼は、手塚先生とトラブルを起こした事があったようですが…」

「今回殺害されたのは、それだけが関係しているとは思えないんです」

「学校の教員は、その事に『心当たり』があり、その『心当たり』からの報復を恐れているから、全てを話そうとしない……」

「違いますか?」

広田「……」


右京の言う事に、広田は少し間を置くと「えぇ、その通りです」と答え、そしてこう続けた。

広田「教頭先生には、昨日お会いしたんですよね?」

右京「もちろんです」

広田「あの人、なんだかやつれていたでしょう?」

右京「確かにやつれていましたねえ」

冠城「本人は、最近栄養失調気味と言っていましたが……」

広田「確かに、あの人がああなったのは、割と最近です。ちょっと前までは普通だったんですよ」

「けど、あまりにも急過ぎるんです…」

「私、まだ3年しか務めていませんが、去年までは特に何も問題ない人でした。それが突然ああなったんです」

「なので、私達教員の間で噂になってたんです。『ヤクザの友達か何かできたんじゃないか』って……」

「そして先週……見ちゃったんです。あの人が吉田先生と揉めてる現場を……」

右京「教頭先生が吉田先生と揉めていた……」

冠城「ちなみに、どうしてそんな事に?」

広田「遠目からだったので、よく分かりません」

「けど、他にもその光景を見た人もいたらしくて、例の悪い噂の信憑性が強くなっていました」

「その矢先、彼と揉めてた吉田先生が殺されてしまって……」

「だからみんな、今回の事件は例の悪い噂と関係があると思って怖がってるんですよ」

「だから…前科のあるあの人のせいにしたいだけなんです……!」

「そう考えると、あんな所にいたくなくって……!」

冠城「だから、仮病を使って休んだわけですか」

右京「なるほど…あなたは、嘘でも手塚先生のせいにしたくなかったわけですね」

広田「私…他の学校から転勤してまだ3年ですが、その3年間あの人と一緒にやってきたから分かるんです」

「確かに手塚先生は、16年前おじさんを殺しました」

「でも…今は違う。過去の過ちをどう繰り返さないようにしているのか、真面目に考えている……」

「そんな人が、また事件を起こすとは思えません」

「だから刑事さん…お願いします!手塚先生の無実を証明してください!」


手塚守の無実を証明して欲しい……

頭を下げて頼み込む広田に対する、特命係の2人の答えはひとつだけだ。


右京「よく話してくれました。あなたの証言は、彼の潔白を証明する重要な手掛かりになるでしょう」

冠城「後は俺達に任せて下さい」

広田「あ…ありがとうございます!」


こうして、広田から情報を得た特命係の2人は、広田の自宅を後にした。

そして人気のあまりない道で、これまでの情報の整理を始めた。


冠城「事件の背景が一気に見えてきましたね」

右京「教頭先生は、16年前あの学校の教師を務めていました」

「しかし、手塚先生の起こした事件が原因で、前の教頭である彼の兄は精神を病んでしまい退職」

「そこに原因となった人物が再び姿を現し、真面目に働く人間になっていた……」

「それを見て、心中穏やかでいられるはずがありません」

冠城「おまけに、彼は吉田先生と何か揉めていた……」

「何故揉めていたのかは不明ですが、少なくとも吉田先生の方は奥さんの借金が関係している可能性がありますね」

右京「では、今度こそ別行動といきましょう」

冠城「分かりました。」

「それで、俺は何をすればいいんです?」

右京「それはですねぇ……」


右京は、冠城にして欲しい事を話し、彼はそれを了承。

こうして2人は、別行動を開始した。


まず、冠城と別れた右京は、世田谷区栄中央署を訪れたのだが、
そこで思いがけない人物と再会した。

それは、16年前の平良荘八殺害の現場に居合わせた、所轄の刑事である。

しかもこの16年間、何があったのか警部に昇進していた


所轄の警部「いやぁ…お久し振りですね」

右京「こちらも、久し振りです」

所轄の警部「あの後、あなたが何者なのか調べましたけど、まさか噂の特命係の係長でしたとは……」

右京「大した事ではありませんよ」


謙遜の言葉を述べる右京。

その後、所轄の警部は「あ…私、『輿水聖治(こしみず せいじ)』と申します。以後よろしく」と自己紹介を入れた。

輿水警部「ところで、用事は確か……」

右京「佐々木文宏殺害の件です。少しばかり、現場の資料を見せて頂けませんか?」

輿水警部「構いませんが、犯人の目星は付いているはずでは…?」

右京「それが、どうにも不審な点が多いものでしてねぇ……今一度、調べてみようかと」

輿水警部「……分かりました。ちょっと待ってて下さい」


若干腑に落ちない様子を見せながらも、輿水警部は佐々木の殺害現場の資料を持ってくる。


輿水警部「こちらです」

右京「……」


そして右京は、出された資料や現場写真に目を通す。

現場写真には、殺された佐々木文宏も映っており、
その顔は16年前に出会った当時より老け込み尚且つ無精髭を生やし
髪の毛がボサボサな、みすぼらしいものに変わってしまっていた。

右京はそんな変わり果てた佐々木の顔を確認すると、次は死因の方に目を通した。

右京「刃物で心臓を一突きにされ、即死……ですか」

「それ以外に、目立った外傷はないようですね」

輿水警部「この事から最初、犯人は殺人のプロだと思ったんですが……」

「手帳の内容を調べてみたら、16年前の平良荘八殺害事件の犯人が捜査線上に浮かび上がってきましてね」

右京「それで、伊丹さん達を呼んで確認を取ったわけですね」


輿水警部の話を聞きながら、右京は遺体の死亡推定時刻や状態に関する記載に目を通す。


右京「死亡推定時刻は、3日前の深夜11時~1時の間……」

「その時間帯には雨が降っていて、事実遺体は濡れていた」

「しかし発見時は、屋根のある寝床に戻された状態で、手塚先生の手帳も寝床の中から見付かったそうですね」

輿水警部「引きずった跡もありましたし、何しろ寝床の外に血痕が多く残されていましたからね、移動させられたのは間違いありません」

右京「ちなみに、第一発見者は?」

輿水警部「分かりません。何せ、『とくめい』の電話だったもので……」

右京「『とくめい』ですか……」

輿水警部「決して、あなたの事じゃないですよ?名前を名乗らない方の『匿名』です」

右京「それは言われないでも、分かっているのですが?」


右京に突っ込みを入れられ、輿水警部は「す、すいません…」と謝った。

それを確認して右京は、改めて電話が何処から掛けられたものかを尋ねた。


輿水警部「現場近くの電話ボックスから掛けられた事だけは、分かってるんですが……」

右京「どうしました?」

輿水警部「それが、あの付近の防犯カメラが、何者かに壊されていましてね……」

「特定しようにも、手掛かりがないんですよ」

右京「では、カメラを破壊した犯人は?」

輿水警部「死角から壊されたみたいで、そちらも特定は難しそうです」

右京「……」


防犯カメラが壊された……

確か、吉田の殺害現場付近のカメラも同様の状態だった。
それでいて壊した犯人は、カメラに写らないようにしながら破壊している。

右京は、とても偶然とは思えなかった。

そして、これまでの話から、大きな違和感も感じていた。


その後右京は、輿水警部にお礼を言って署を出ると、スマホで青木に電話を繋ぐ。


右京「青木君…今、暇ですか?」

青木『えぇ、暇ですよ。誰かさんが待機を命じたおかげでね』

右京「それでは、今から調べて欲しい事があります」

青木『何ですか?』

右京「……」



「栄第三小学校の、広田かなえさんの事です」


―栄第三小学校・校長室付近のトイレ前―


教頭の時田が、用を終えて出てきたのだが……


時田教頭「…?」


トイレから出てきた彼の目の前に、冠城亘が待ち構えていた。

冠城「どうもこんにちは、教頭先生」

時田教頭「昨日の刑事さん……」

「あれ?もう1人の方は……」

冠城「上司部下とはいえ、必ずしも一緒にいる訳じゃないんですよ」

時田教頭「ところで、今日は何の用ですか?お話は、昨日もしましたけど……」

冠城「いや実は、手塚先生から気になる事を伺ったもので……」

時田教頭「何ですか?」

冠城「先週、あなたは吉田先生とのトラブルの事で、再度手塚先生を呼び出した事があったとか……」


時田教頭「そうですよ。けど、やっぱり聞いても無意味だと思って、結局止めにしたんです」

冠城「しかしあなた、自分で呼び出しておいて、来るのが随分遅かったらしいじゃないですか」

「それでいきなり話を断ち切るなんて、随分とご勝手ですね?」

時田教頭「べ、別に構わないじゃないですか!私の判断なんですし」

「大体、警察がそんな事を聞いてどうするんですか?違法でも何でもないでしょう!」

冠城「そうですね、失礼しました。しかし……」


冠城「手塚先生と合流するまでの間、何処で何をしていたんです?」

時田教頭「…!」


冠城の質問に、教頭の表情が青ざめた。

その様子を、冠城は見逃さない。


冠城「…どうしました?」

時田教頭「い、いや…あの時、急にトイレに行きたくなって、それで遅れたんですよ」

「そんな事より、手塚先生の事件はどうしたんです?」

冠城「その事と、関係があるかもしれないんですよね」

時田教頭「と、言いますと?」

冠城「実は、16年前に近所のアパートに住んでいた佐々木文宏……通称ろくでなしが、遺体で発見されました」

「その、ろくでなしの殺害現場に、手塚先生の手帳が落ちてたんですが……」

「何でも手塚先生曰く、あなたに呼び出され、戻ってきた後に手帳が無くなっている事に気付いたそうです」

「この事から、手塚先生の手帳は何者かに盗まれた可能性があります」

「しかも、この学校の中で……」

時田教頭「……」


冠城の話を聞き、時田教頭は冷や汗を滲ませる。

その事を確認しながら、冠城は話を続ける。

冠城「もし、盗んだ人間がいるとしたら、この学校の関係者でしょう」

「そのような事をしそうな人物に、心当たりはありませんか?」

時田教頭「……」

「……あ、ありません」

冠城「そうですか……」

「ん…?」


その時、突然冠城は、時田教頭の頭を見ながら彼の目の前まで接近。

突然の行動に時田教頭は「な、何ですか?」と聞いたが、
冠城は無視して彼の頭を、パッパッと払う。


時田教頭「何するんですか!?」

冠城「失礼…ゴミが付いてるように見えたもので……」

時田教頭「最近の警察は、断りもなしに人の体に触れるのが趣味なんですか?」

「気持ち悪いから止め……あ!」


冠城の行動に憤慨していたその時であった。

突然、何故かまた両手が震え始めたのである。

冠城「どうかしましたか?」

時田「い…いえ!」

「こ、こんな事する暇があるなら、早いとこ事件を片付けて下さいよ!こっちも、それで忙しいんですから!」

「それではッ!!」


と、慌てたように時田は強引に話しを切り上げると、逃げるようにその場を立ち去った。


冠城「……」


一方、冠城は何処からか視線を感じて後ろを振り返ると
そこには、教師達が覗き見しており、彼と顔を合わせるや、全員逃げるように立ち去った。


冠城「……」


一旦周囲を見回して、教師が全員いなくなった事を確認すると、
冠城はどういう訳か、先程教頭が立っていた場所に目を向けるのであった。

―校長室―


冠城を振り切った時田教頭は、急いで懐から薬瓶を取り出すと、中の錠剤を2・3粒口にした。


為房校長「時田君」

時田教頭「!」

「こ…校長先生……」

為房校長「先程、警察の方が聞きに来ていたようだけど?」

時田教頭「え、えぇ…実に、無礼な奴でした。あんな人、もう入れないで下さいよ」

為房校長「……」


憤慨する時田教頭。

その姿に為房校長は、何か思うところがある様子であったが、
あえて表には出さず「大丈夫かい?」と問い掛けた。


時田教頭「え…?」

為房校長「何だか、疲れているように見えてね……」

「少しは休んだらどうだね?」

時田教頭「し、心配しなくても大丈夫です」

為房校長「……」

「なら、いいんだよ」


そうは言うものの、為房校長は複雑な表情を浮かべていたが、
時田教頭は、その事に全くとして気付かなかった。


世田谷区某所の人の気配が限りなく薄い、寂れた街路地……

別行動をとっていた右京と冠城は、この場所で合流した。

右京「戻りましたか」

冠城「右京さん、そっちはどうでしたか?」

右京「栄中央署によると、佐々木は刃物で心臓を刺されて即死であり、抵抗した形跡もなかったそうです」

「抵抗する間もなく、一瞬で殺害されたとみて間違いないでしょう」

冠城「だとしたら妙ですね」

「手塚先生にそこまでのスキルがあるなら、わざわざ佐々木のボウガンを奪って犯行に使う必要なんてなかったはず…」

「手塚先生が犯人である可能性は、これでゼロになりましたね」

右京「ところで、そちらは?」

冠城「頼まれた通り、手に入れてきました」


そう言って冠城は、白ハンカチに包み込んだ『ある物』を右京に見せた。

それは時田教頭の髪の毛数本であり、それを見た右京は「確かに、手に入れたようですね」と返した。

冠城「正直、あっさりと取れて、ちょっと驚いています」

「……いや、むしろ必然か」

「もしも、この毛髪が現場の毛髪と一致すれば、教頭先生は違法薬物に手を染めていた事になる」

「薬物の中には、副作用で毛が抜けるものも少なくないんですよね?」

右京「えぇ、もちろんです」

冠城「だとしたら、一番考えられるのは、あの錠剤……」

「本人は、栄養剤と言っていましたが、あれが麻薬の類である可能性は非常に高い」

「ヤクザの友達がいるという噂の件も合わせると、犯罪の世界の人間とも繋がっていた可能性すらある」

右京「そう考えれば、防犯カメラの破壊や佐々木が一瞬で殺害された件も、それで説明がつきます」

冠城「じゃあこの髪の毛、益子さんの所に持っていって、組対にも知らせます?」

右京「えぇ…恐らく課長も、あの髪の毛の持ち主を知りたがっている事でしょう」

冠城「ではさっさと戻りましょう…と、言いたいところですが……」

右京「何ですか?」

冠城「その前に、少し腹ごしらえしませんか?」


冠城の提案を聞いた右京は、「そう言えば、もうお昼ですねぇ……」
と言いながら自分の腕時計の示す時間を確認する。


冠城「じゃあ、この近くにマイナーな名店がありますから、そこに行きましょう」

右京「確かに、この近辺にはそのようなお店がありましたねぇ……」

冠城「えぇ、わさびたっぷりのお茶漬けも売ってるそうですよ」


こうして2人は、昼食をとるべくマイナーな名店に向かったのだが……




ガッシャ―――ン!!



その道中の途中にあるバーから、突如大きな物音がしたかと思えば、1人の黒い服を着た男が飛び出してくる。


角田課長「おい待て!」


そして、それに続いて組対の角田課長を始め、部下の『大木長十郎』と『小松真琴』が店から出てくる。

組対とそれから逃げる男……

目の前の光景を目の当たりにした特命係の2人は、すぐさま状況を把握した。

右京「どちらへ行くおつもりですか?」

冠城「警察の人がご用みたいですけど?」


そう言って男の前に立ちはだかる特命係の2人。

前には特命、後ろには組対。

二組の警察官に挟まれ、男は逃げ道を失い、しばらく両者の様子を確認。
そして、一番年を食ってて倒しやすそうだと思ったのか、右京に突撃する。
だがこの杉下右京、こう見えて格闘戦は大得意であり、互角の取っ組み合いになる。

コロコロ.....


その最中、男の懐から瓶が1つ、こぼれ落ちる。

一方、右京と男の取っ組み合いに冠城も参戦。

これを好機と言わんばかりに、組対の3人もやってきて、
男は瞬く間に取り押さえられ、手錠をかけられたのだった。


大木「よし!」

小松「確保完了」

角田課長「たく…手こずらせやがってよ!」

「あんがとな……後ちょっとで取り逃がすところだったぜ」

右京「礼には及びませんよ」

冠城「それにしても、こんな所でガサ入れですか?」

角田課長「例の『新型の麻薬』売りさばいてる密売グループらしき連中が、昨日からこのバーをアジトにしてるって情報掴んでよ…」

「朝からずっと張ってたんだ」

冠城「新型の麻薬?」

角田課長「俺達が前々から追ってた連中だ」

「アンタらももう知ってるだろうけど、例の陽性反応の出た髪の毛あっただろ?」

「そいつの持ち主を探してたら、ここ最近世田谷区で怪しい動きみせてる連中がいる事が分かったんだ」

「その連中がコイツらだったって訳だよ」

右京「……」


課長の話しを聞き、右京は地面を確認してみると、
先程の取っ組み合いで男が落とした瓶が目に留まり、それを拾う。
その瓶には、見覚えのあるラベルが貼ってあり、中には見覚えのある錠剤が入っている。

ラベルを見た右京は、蓋を開けて中の匂いを嗅いでみる。
その傍ら、角田課長は「それよりお前さんら、ここで何やってんだ」と問い掛ける。


冠城「ちょっと腹ごしらえをしに行く途中だったもので……」

右京「ところで…その新型の麻薬と言うのは、『コレ』の事ですか?」


そう言って右京は、今拾った錠剤入りの瓶を見せた。

角田課長「あ…それそれ!」

右京「なるほど……では冠城君、少し匂いを嗅いでみて下さい」

冠城「え…?」

「匂いを嗅げって……コレの?」

右京「他に何があるんですか?」

冠城「わ、分かりました」


突拍子のない上司の指示に少し困惑しつつ、
冠城は蓋の開けられたところから、中の錠剤の匂いを嗅いだ。


角田課長「あー、おいおい!何やってんだよ」


特命係の2人の行動を前に、慌てる角田課長。

一方、麻薬の匂いを嗅いだ冠城は、ピンときたような素振りを見せた後、再度麻薬の匂いを念入りに嗅いだ。

右京「どうですか?」

冠城「コレだ…!コレですよ、昨日俺が嗅いだ匂い!」

右京「やはりそうでしたか」

冠城「右京さん、どうやら……」

右京「薬の事を調べ回る手間が、省けたかもしれません」

角田課長「え?お、おい……何、勝手に納得し合ってんだ?」

右京「角田課長、この麻薬はどういうものなのでしょうか?」

角田課長「コイツ?それはよ……」


角田課長は、右京の持つ麻薬の詳細を説明した。

右京「なるほど、そういうものでしたか……」

冠城「これで繋がりましたね」

角田課長「繋がったって?何がよ……」

右京「僕達も、陽性反応の出た髪の毛の持ち主を探していたのですが……」

冠城「実は、それらしき人物に心当たりがあるんですよね」

角田課長「それは本当か!?」

冠城「えぇ…今、その人のものと思しき髪の毛も採取しました」

「それで丁度、お昼を食べてから益子さんに預けて、あなた達にその事を知らせようと思っていたところなんです」

右京「しかしどうやら、その手間も省けたようですね」

角田課長「そうだったのか!そういう事なら、協力してやってもいいぜ」

「んで、何したらいい?」

右京「とりあえず、摘発したグループを警視庁に連れていきましょう。話しはそれからです」


こうして特命係の2人は、組対五課と共に麻薬の密売グループを連行した。

今この瞬間……事件は、終焉へと進み始めた。

~補足~

栄中央署の輿水聖治警部・・・オリキャラではありません。
S1第5話の序盤で、イタミンに「あの人達(特命係の2人)何者なんですか?」と聞いて、
イタミンに凄まれてしまったちょっと可哀想な所轄の刑事さんだった人です。
確認してみたら名無しだったので、今回名前を付けてあげました。
名前の元ネタは、S1第5話の脚本を担当した輿水泰弘さんと、同話の監督の和泉聖治さんから。
どちらも、昔から相棒を支えてくれた方ですね。
ただ、警部に昇進したって設定は要らなかったかな……とか思っていたりします。

なお、イタミンの「何で、アイツの襲撃現場にアンタの手帳が落ちてたんだ?」~「ここまで決定的な証拠はねぇよな?」
右京さんの「…どうしてあなたは、証拠を残した上で犯行に及んだのですか?」~「ここまで証拠を残したのは、何故ですか?」
あたりのくだりは、S1第5話でのろくでなしに対する台詞を踏襲したものです。
輿水警部の「とくめい」のネタも、同エピソードで出ていたものであります。

ちなみに、本作のろくでなしなんですが、当初重傷を負って病院送りにする予定でしたが、
それだと後で疑問が出てくる展開となってしまうので、勝手ながら死んでもらう運びになりました。

なんか、ごめんなさい……

今日はここまでです。

実は、今回のパート、どうにも納得できない内容だったので、丸っと書き直したんですよね。
本作を投下するのがこの時期になったのは、これが原因だったりします。


何はともあれ、次回で真相が全て判明し、おしまいとなります。

続きです。

本日の更新で完結となります。


―翌日―

時田教頭は学校へ出勤すべく、家から出てきたのだが……


時田教頭「あ…」

右京「どうも…」

冠城「おはようございます」


彼の前に特命係の2人が待ち構えていた。

時田教頭「こ、こんな朝早くなんですか…?」

右京「実は…昨日の事でお詫びしたいことがありましてねぇ…」

時田教頭「お詫び…?」

右京「こちらにいる部下の者が、あなたに無礼を働いてしまったようでしてね……」

「その事を謝罪しに参りました」

冠城「昨日は、急に頭を叩いたりして、申し訳ありませんでした……」


と言って、冠城は深々と頭を下げ、右京も一緒に頭を下げた。


右京「僕の目の届かない所だと、好き勝手な事をしてしまうものでしてねぇ…」

「後でまた、きつく言って聞かせますので……」

時田教頭「いえ…あなた方が謝る必要なんかありませんよ。気にしていませんので」

冠城「本当ですか?」

時田教頭「えぇ…」

冠城「そう言って頂けると、大分気が楽です」

右京「君、調子に乗らないで下さいよ?」

冠城「調子になんか乗ってませんって……」

時田教頭「あ、あの…そろそろ、仕事に行かないといけませんので……」


そう言って、学校に行こうとする時田教頭であったが、
右京は「待って下さい」と言って引き止めた。


右京「実は、話しはこれだけではないんです」

時田教頭「と、言いますと?」

右京「ここでは何ですので、場所を移しましょう」

時田教頭「し、しかし…」

冠城「大丈夫です。学校へ遅刻なんて事はさせませんから」

時田教頭「は、はい…」


言われるがまま特命係の2人に着いて行く時田教頭。

その様子を、向かいの家の中から覗く人物が2人いると知らないまま……


数分後……

教頭は特命係の2人に案内され、寂れた街路地に足を踏み入れた。


時田教頭「あ、あの……何処まで行くんですか?

冠城「……」

右京「……着きました」

時田教頭「!!!!」


そして、案内された末に辿り着いたのは、
昨日、組対五課が摘発した麻薬の密売グループがアジトに使っていた、寂れたバーであった。

その店が目に入った瞬間、教頭は驚愕した。

冠城「知ってるお店ですか?」


冠城の問いに、時田教頭は「い、いえ……」と言葉を濁しつつ、
「そ、それより、こんなお店連れてきて、いったい何があるというのですか?」と聞き返した。


右京「実は、あなたに会いたがっている方達がいましてねぇ……」

「お店の中で待ってもらっているんですよ」

時田教頭「わ、私に…?」

右京「えぇ…」

冠城「そういう訳ですから、さっさと中に入りましょう」

時田教頭「……」


こうして、店の中に入った3人。

すると、店の中には3人の男が待ち構えていた。

組対五課の角田課長と大木と小松である。

角田課長「やっと来たか…待ちくたびれたぜ」

右京「お待たせして、すみませんね」

冠城「けど、安心して下さい。この通り、しっかりお連れしましたので…」

時田教頭「あ…あなた達は?」

角田課長「紹介が遅れたな…俺達も、警察だ」


そう言って角田課長と小松は、警察手帳を教頭に見せた。


角田課長「アンタが、栄第三小学校教頭の時田正敏だな?」

時田教頭「そ…そうですが?」

角田課長「じゃ、早速で申し訳ないけどよ…」

「詳しい話し、聞かせてくんねぇか?」

時田教頭「お、お話って…?」

角田課長「だから、俺達が追ってる事件に関してだよ」

時田教頭「あなた方が追ってる事件?な、何を言って……」

角田課長「おいおい、とぼけんじゃねぇよ…」

小松「時田正敏さん…あなたに、違法薬物所持及び常用の容疑が掛かってるんですよ」

時田教頭「!!」


伊丹「それだけじゃねぇぞ」


ここで入口から、芹沢を連れた伊丹がやってきてこう続けた。


伊丹「殺人の容疑もだ」

時田教頭「い、違法薬物…?殺人…?な、何を言ってるんですか?」

右京「今、彼らが言った通りですよ。何故なら教頭先生……」




「あなたが、この一連の事件を仕組んだ犯人なのですから」


指を差して、右京はそう言い切った。

これに、時田教頭は「…わ、私がですか?」と動揺の色を見せた。


右京「他に誰がいるのですか?」

時田教頭「ま、待って下さいよ。本当に、何がなんだか……」

角田課長「じゃあ…これは何だ?」

時田教頭「!!」


と言いながら小松に証拠品袋に入った、
昨日の密売グループが持っていた錠剤入りの瓶を見せさせる。

その瓶には、時田教頭が服用していた錠剤の瓶と同じラベルが貼ってあった。


角田課長「ここをアジトにしていた麻薬の密売グループ…昨日そいつらを、俺達は摘発した」

「この薬は、その摘発したグループから押収した、『ヘヴル』っていう麻薬だ」

時田教頭「へ、ヘヴル……」

角田課長「服用すれば、ストレスを大幅軽減し、集中力が向上する効果がある新型の麻薬だよ」

「効果ゆえに、日頃から鬱憤が溜まっている奴が買い求めるが……」

「この薬の恐ろしいところは、効き目が切れた時だ」

「コイツは効き目が切れると、薬で押さえられていたストレスが一気に湧き出てきて神経に異常をきたし、体が震えたり、痒みや痛みが起きたと錯覚したりしてしまう」

「その苦しみから逃れるため、服用者は薬を手放すことができなくなり、無くなればまた買わされる……」

「まさに、『ヘヴン(天国)』と『ヘル(地獄)』を味わされる悪魔の薬だよ。コイツのせいで、自ら命を絶った人間も出ている」

「しかも怪しまれないようにしながら、何処ででも服用できるように、栄養剤のラベルで偽装してラムネみたいな甘い味がするというおまけつきだ」

右京「そして奇妙な事に、あなたはこのヘヴルとそっくりな栄養剤を、お持ちになられています」

「いや……そもそも、あなたの持つ栄養剤は、本当に栄養剤なんですか?」

時田教頭「え、栄養剤に決まってるじゃありませんか!変な言いがかりは、止めて下さい!」

冠城「じゃあ、その栄養剤…見せてくれませんか?」

「今も持ってるんでしょ?」

時田教頭「え…?」


冠城の提案に、時田教頭は一瞬固まってしまった。

そして、躊躇するような素振りも見せ始める。


冠城「どうしたんですか?」

伊丹「持ってるもん出せって言ってんのに、なんで出さねぇんだ?」

芹沢「警察に調べられたら、困る事でもあるんですか?」

時田教頭「い、いえ……」

右京「じゃあ、お出ししてくれますね?」


そこまで言われ、見せないのはさすがに拙いと感じた時田教頭は、
渋々ながら、懐から例の錠剤を入りの薬瓶を出し、冠城に渡した。

渡されて早々、冠城は瓶の蓋を開けて、錠剤の匂いを嗅いだ。

冠城「間違いありません。課長達が押収した麻薬と、同じ匂いです」

角田課長「これで確定だなあ」

右京「しかし、これだけではないはずです。恐らく、複数買って自宅に保管している事でしょう」

角田課長「よし!大木、他の連中連れて、コイツの自宅洗ってこい」

大木「分かりました」

時田教頭「家も調べるんですか?!」

大木「すみません、捜査令状も出てますんで……」


そう言って令状を時田教頭に見せると、大木は足早に店を出て行った。

それを見て時田教頭は、ヘヴルの事を黙っているのは無駄だと悟った。

時田教頭「まさか、あの人達が捕まってたなんて……」

角田課長「残念だったな。根気強く聞き続けてみたら連中、アンタのこと全部白状しちまったからな」

右京「一昨日会った時から、あなたの手の震えや手の甲の傷が気になっていましてね……」

「単なる栄養失調ならば、手が痙攣する事はあり得ませんし、包丁で誤って切ったのなら、絆創膏で済む様な細かな傷にはならないはずです」

「しかし、ヘヴルが切れた時に起こる症状を課長から聞かされ、この疑問は一気に氷解しましたよ」

冠城「大方、ヘヴルが切れて痒みが走ったんで、掻きむしったんでしょう?その手の甲……」

時田教頭「……」

右京「それと、もう一度言いますが……」

「あなたが犯した罪は、これだけではありません」

「あなたは、1人の人間を殺害し、1人の人間に濡れ衣を着せようとました」

「言うまでもなく、吉田先生と手塚先生です」

時田教頭「ち、違います!何で私が、そんなこと……」

右京「いいえ……あなたには、吉田先生を殺害し、手塚先生をスケープゴートにする充分な動機があります」

「あなたは、言っていましたよね?『手塚先生の事件が原因で、お兄様が精神を病んだ』と……」

「こんな事があったならば、あなたは手塚先生に良い感情を持っていなかったはずです」

「彼をスケープゴートに指定したのは、お兄様に対する復讐だったと考えたら合点がいきます」

時田教頭「じゃあ、吉田先生は?吉田先生は、普通の人ですよ?わざわざ殺す必要なんか……」

右京「それがあなたにはあったんですよ。吉田先生を殺す必要が……」

時田教頭「ど、どういう意味ですか?」

右京「あなたが何故、吉田先生を殺さなくてはならなくなったのか」

「それは…あなたが麻薬に手を染めていた事が、関係しています」


それから右京は、一呼吸置いて自身の推理を語り始めた。

右京「まず、あなたがヘヴルを使うようになった経緯から説明しなければなりません」

「あなたがヘヴルを使うようになったのは、今年に入ってからです」

「そうなった原因は、手塚先生にありました」

「あなたは、自分のお兄様を精神的に追い詰める原因を作った彼が、まともな人間として生きているのが許せず、この3年間、大きな苛立ちを感じていた」

「そんなあなたの前に現れたのが、このバーをアジトにしていた密売グループでした」

「彼らから提供されたヘヴルの効果に酔いしれたあなたは、次第にヘヴルにのめり込んでいった……」

時田教頭「……」

右京「しかし、そこまでして何の変化がないはずがありません。学校職員の中にも、その事に気付いた者も数名いたはずです」

「その気付いた者の中に、吉田先生が含まれていたとしたら?」

「そう考えると、話しは簡単なんですよ」


そこまで言って右京は、教頭の方を向き直してこう続けた。




右京「教頭先生…あなた、吉田先生に麻薬をネタに、脅されたんじゃありませんか?」


時田教頭「……!」

右京「恐らく、吉田先生はあなたからお金を強請り取ろうと考えたのでしょう」

冠城「彼は、期限までに奥様の借金を返済できない事で悩んでいました」

「あなたから金を取る動機は、充分あったと言えます」

右京「吉田先生の奥様は、彼がもうすぐお金を返せるようになると話していた事があったことを、証言してくれました」

「この事からも、あなたから強請り取ったお金を、返済に当てようとしていたのが分かります」

「しかし、吉田先生からヘヴル常用の情報が漏れる事を恐れたあなたは、彼を殺害して口を封じようと考えました」

「そこで、前日のトラブルと手塚先生の前科を、今回の事件に利用しようと考えたのです」

「その為にあなたは、密売グループにその話を持ちかけた」

角田課長「連中、目を付けた客には決まって、『困った時はどんな相談にも乗る』って言ってたそうだぜ?」

右京「彼らの協力を得たあなたは、現場を偽装する準備の為、密売グループに佐々木の居場所を探らせた」

「一方あなたは、前日の出来事の話がしたいと言って手塚先生を呼び出し、彼が自分の机から離れるよう仕向けた」

「その間に、人目を盗んで彼の手帳を盗み出し、結局何の話もなかったと言って、その場を丸く収めた」

「そして、手塚先生の手帳を彼らに渡した」

時田教頭「……」

右京「その後、密売グループは佐々木を発見し、彼を殺害」

「殺害後、遺体を寝床に移し、遺体の側に手帳を置いてボウガンを持ち去った」

「わざわざ佐々木の遺体を寝床に運び込む必要があったのは、手帳を無傷な状態で警察に発見させる必要があったからです」

「佐々木が殺された当時、雨が降っていました」

「万が一、雨で濡れてしまえば、手帳が手塚先生のものである証拠が消えてしまう恐れがあったからでしょう」

「佐々木を殺害後、密売グループはあなたにボウガンを渡し、翌日には電話ボックスから通報を入れた」

「姿が割れないよう、付近の防犯カメラを仲間に破壊させた上で……」

時田教頭「………」

右京「準備が整ったあなたは、翌日に犯行を実行に移す事にしました」

「まず最初に姿が映らぬよう、グループの仲間に監視カメラの破壊をさせ……」

「あなたは『訳あって直接渡せないからお金だけ置いておく』と言って、吉田先生があの公園に行くよう仕向け、自身は公園内のトイレに身を潜めた」

「そして深夜1時……呼び出された吉田先生がやって来て、あなたが置いたお金の封筒に気を取られている隙に、あなたはトイレから姿を現し、心臓目がけて矢を放った」

「吉田先生が死んだのを確認するとお金を回収し、電話で呼び出した手塚先生の為に指紋を拭き取ったうえでボウガンを残して公園を去った……」

冠城「ちなみに、今回摘発されたグループのメンバーですが…」

「数十年前に世間を騒がせたテロ組織、『赤いカナリア』にかつて所属していた人物が大多数を占めていました」

「かつてテロ組織に所属していた人間なら、姿を見せないまま監視カメラを破壊したり…」

「抵抗する暇も与えないまま、佐々木を一瞬で殺害する事も造作もない事です」

「もっとも、味も匂いも甘い麻薬まで作れるなんて、さすがに意外でしたが……」

角田課長「まあ、発毛剤そっくりな踊りが止まらなくなる薬とか作ったりしてた、変な連中でもあったからな」


右京「何はともあれ…以上が、今回の事件の真相ですよ」


それを聞いた時田教頭の表情は真っ青であったが、すぐに……


時田教頭「なんとも、良くできた話ですね……」

「小説家にでも、なったらどうですか?」


と言って、シラを切った。

角田課長「おいおい…さっき言った事忘れたか?」

「密売グループは今回の事、全部白状したってのによ」

時田教頭「けど…証拠は?私が手塚先生の手帳を盗んだり、吉田先生を殺した物的証拠はあるんですか?」

冠城「それが、ここにあるんですね」


そう言って冠城は、髪の毛が入った証拠品袋を出した。


時田教頭「それは…?」

冠城「昨日採取した、あなたの髪の毛です」

「俺は、この髪の毛を調べてもらうよう、伊丹さん達にお願いしました」

伊丹「そしたら、奇妙な事が分かったんだよ」


冠城が昨日教頭にした事を回想しながら話した後、伊丹も髪の毛が入った証拠品袋を2つ取り出した。

伊丹「コレは、今回の事件で採取された髪の毛だ」

「右が吉田先生殺害現場の公園のトイレや出入り口から……」

「左が手塚守の手帳に挟まっていたものだ」

右京「そしてこちらは、ここから見付かった髪の毛です」


続いて右京も、同じような証拠品袋を取り出して教頭に見せる。


伊丹「昨日、冠城が持ってきたアンタの髪の毛と…」

「現場や手帳、そしてこっからから出てきた髪の毛のDNAが、アンタのものと一致したんだよ」

「しかもどれも、陽性反応まで出てる」

冠城「つまりこれって、あなたが手塚先生の手帳に触れたり、事件現場やこのバーに行った事があるということですよね?」

時田教頭「そ、それは……」

右京「確かヘヴルを常用していると、副作用で頻繁に毛髪が抜けるそうですねぇ…角田課長?」

角田課長「あぁ、そうだ。酷い時は、一瞬で禿げ頭になっちまう事もある」

伊丹「それだけじゃねぇぞ」

「アンタん家の近所で聞き込んでみたら、事件のあった晩、お向かいさんがアンタが家を出るところを偶然見たと証言してくれたんだ」

芹沢「さっき、本人にあなたの姿を見せて確認取ったので、間違いありませんよ」


一課の2人は、先程向かいの家から特命係に連れられる時田教頭の姿を見せながら、
吉田殺害の晩の出来事を住民から聞いた時の様子を回想した。


伊丹「教頭先生…アンタ、吉田先生が殺された晩、何処行ってた?」

芹沢「黙っててもしょうがないですよ?」

時田教頭「……」


捜査一課に聞かれる時田教頭。

いや、彼らだけでなく、特命係の2人も組対の2人も、
無言の圧力と言わんばかりに時田教頭を見た。

もはや時田教頭が、事件のことを黙っていられるのは不可能であった。


時田教頭「まさか…たかが、髪の毛だけで……」

右京「それだけではありませんよ」

「僕は、最初からあなたに目星を付けていました」

「一昨日、あなたはこう言っていましたね?」



『平良先生に引き続き、今度は吉田先生が、あのボウガンで殺されるなんて……16年前と全く同じです』

右京「僕達が学校を訪れた時点で、凶器のボウガンが佐々木のものである事は不明だったはずです」

「なのにあなたは、まるで16年前の事件と同じボウガンが犯行に使われたのを、知っているかのような口振りでした」

「それが、非常に気になったんですよ……」

時田教頭「……」


たったこれだけで、目を付けられていたなんて……

右京の視野の広さに、ただ驚く事しかできなかった。


時田教頭「とんでもない人ですよ……手塚先生の罪を見抜いたのも納得です」

右京「認めるんですね?」

時田教頭「はい……全部、あなたが話した通りですよ」

「何処から掴んだのか…吉田は私がヘヴルを持っている事を突き止めて、『1500億円出さないと、その事をみんなにバラす』と言って脅してきたんです」

「私はバレるのが怖くて、吉田の口を封じる事にしました」

「もちろん、それだけじゃないですよ。他の教員達も、最近私の事を色々と噂していましたからね……」

「彼を殺せば、みんな黙ると思ったんです」

「だから私は手塚先生を罠にはめようと、ろくでなしを襲ってボウガンを持ってくるよう、あの人達に頼んだんです」

冠城「しかし…あなたが常用していた薬の副作用が、あなたの首を絞めてしまった」

「何とも皮肉ですね」

時田教頭「まったくです…こんな間抜けな事ってないですよ」

右京「間抜けですか……」

伊丹「学校の教頭でありながら、麻薬をやってたのにか?」

時田教頭「警察官であるあなた方からしてみたら、馬鹿な事したと思うかもしれません」

「けど……けど、自分の身内を不幸にした原因を作った奴が、普通の人間のようにのうのうと働いてる姿を見てると、本当にむかっ腹が立つものなんです」

「私達は、確かに平良先生の悪行を見て見ぬふりをしてきました」

「けど、それは仕方がなかった……あの人を怒らせたら、どんな目に遭うか、分かったものじゃなかった」

「悪いのは、あの人とあの人を殺した手塚先生なのに……なんで、私達が非難されなければならなかったんですか?」

「学校もよく、あの人を採用したもんですよ。あれだけ我々を苦しめる原因を作ったというのに……!」

右京「……」


手塚らへの不満をもらしだす時田教頭。

6人の警察官は黙って聞いていたが、特に納得も否定もするような表情は見せていない。

右京「確かに、あなたには手塚先生に対して色々と複雑な感情はあったと思います。しかし……」

「あなたは、一校の教頭でありながら、超えてはならない一線を超え、己の罪から逃れるために1人の人間の命を奪い、そして…」

「更生した人間の尊厳を傷つけたのもまた、事実です」

「きっかけがどうであれ、決して許される行いではありませんよ」

冠城「それに、このまま行ってたら、あなたは命すら失っていましたよ?」

時田教頭「薬のせいでですか?」

冠城「いえ…もっと別な原因でですよ」


冠城の返事に時田教頭は「え…?」と言って首を傾げる。

そんな彼に説明するように、右京らはある事実を伝えた。

右京「確かに、あなたには手塚先生に対して色々と複雑な感情はあったと思います。しかし……」

「あなたは、一校の教頭でありながら、超えてはならない一線を超え、己の罪から逃れるために1人の人間の命を奪い、そして…」

「更生した人間の尊厳を傷つけたのもまた、事実です」

「きっかけがどうであれ、決して許される行いではありませんよ」

冠城「それに、このまま行ってたら、あなたは命すら失っていましたよ?」

時田教頭「薬のせいでですか?」

冠城「いえ…もっと別な原因でですよ」


冠城の返事に時田教頭は「え…?」と言って首を傾げる。

そんな彼に説明するように、右京らはある事実を伝えた。

ミスで、2つ書いてしまいました……

>>153はないものとして下さい。

右京「今回摘発したグループが、何故あなたの計画に協力したのか……角田課長と共に理由を尋ねてみたんですよ」

角田課長「どうやら奴っこさん、アンタを使って吉田を殺させた後、最終的にアンタも消す気だったそうだぞ?」

時田教頭「私を……消す?」

角田課長「そうだ。ほとぼりが冷めたら、他の購入者もろともアンタを消して、他の街に行く気だったんだとよ」

時田教頭「な、何故……?」

角田課長「それが、闇社会に生きる奴らのやり方だよ」

「人の心に付け込んで、絞るだけ金を絞って、そして使えなくなったらゴミみたいにあっさり捨てる……」

「そういう奴らなんだよ」

時田教頭「そ…そんな……」

角田課長「いい加減、目ぇ覚ましなよ……」

「違法薬物持ってるような連中が、他人様をストレスから救うなんて虫のいい事する訳ねぇだろ?」

「アンタはずっと、あいつらの金ズルとして利用されてただけだったんだ」

「実際、連中が昨日ここで集まってたのも、事後処理の事を話し合っていたからそうだぜ?」

右京「それに、あなたも利用されていた事に薄々気付いていたはずです」

「しかし、ヘヴルにのめり込んでしまった以上、もう後戻りはできなかった……」

「違いますか?」

時田教頭「……」


右京の問いに時田教頭は黙っていたものの、否定している様子でもなかった。

それを確認すると、右京は最後にこう言い放つ。


右京「いずれにせよ、一時の感情に任せて麻薬に手を出した時点で、あなたは終わっていたんですよ」

「あなたはこれから、その罪を一生背負い、そして後悔しながら生きていく事になります。そう……」




「手塚先生のように」


時田教頭「………」

「あ、あぁ………!!!」


とどめを刺されたかのように、時田教頭は……いや、時田はその場に膝をついた。

右京は手塚のようにとは言ったが、自分は成人男性……
それでいて、麻薬、殺人そして冤罪にすら手を染めてしまったのだ。
16年前の手塚以上に重い罰を受ける事になるだろう。
そうなれば、身内である兄も、何を言われるか分かったものではない。

今この瞬間、時田は重大な過ちを犯した事に気付いたが、それももう遅い……

伊丹「…行きましょうか」


それを見計らうと、伊丹と芹沢は時田を立たせ、連行していく。

そんな彼らの跡を、組対の2人が慌てて追う。


角田課長「おい!何さり気なく、自分達の手柄みたいに連れてこうとしてんだよ?麻薬の件が先だろ!」

伊丹「何言ってるんですか?こっちは危うく冤罪生みかけたんですよ?こっちが先です」

角田課長「何だと?!」


お互い手柄について争いながら、一課の2人と組対の2人は時田を連行していく。

その姿を、特命係の2人は黙って見送った。


それから少しして、時田の自宅からヘヴルが複数発見され、押収された。

こうして、時田は麻薬の所持・常用及び殺人と手塚への冤罪の罪で、逮捕されたのだった。

数時間後……


―警視庁の取調室―


芹沢と右京に見守られる中、伊丹が今回の事件の顛末を手塚に報告していた。


伊丹「今回の事件だが……確かに犯人は、アンタじゃなかった」

「犯人は時田正敏。アンタの学校の教頭だ」

「時田はアンタの事が気に入らなくて、麻薬に手を染めていた。それを吉田先生に嗅ぎつかれて、金を出せと脅されていたんだ」

「それで周囲にバレるのを恐れて、密売グループと共謀して彼を殺し、あんたに罪を着せようとしたんだ」

「ま、その時田も、最終的に消される予定だったらしいけどな」

手塚「やっぱり、そうでしたか……」

右京「……」

伊丹「…話は、これで終わりじゃない」

「実は時田の逮捕に際して、校長の為房が出頭してきたんだ」

手塚「校長先生が?何で……」

伊丹「時田が麻薬に手を染めていた事を、黙認していたからだそうだ」

「理由は、アンタへのストレスが原因で、そうなっちまった事を薄々感付いてしまったから、言い出したくても言い出せなかったみたいなんだ」

「そうしている間に事件が起きてしまって……余計に、話したくても話せなくなっちまったんだ」

手塚「なんて馬鹿な事を…」

「そんな気遣い、要らないのに……」

伊丹「……」

手塚「僕があの学校に入ったのは、単純に自分の望みを叶える為だけではありません」

「僕がいない16年の間、何が変わったのか確かめる為でもありました」

「けど…結局あの学校は、何も変わっちゃいなかった」

「校長先生は要らない気遣いで犯罪を見逃し、教頭先生は犯罪に手を染めてしまった……」

「その事を咎める人は、誰もいなかった」

「平良先生がいた頃と、まるで成長していない」

「いや、それとも……」


手塚「僕のせいでしょうかね?」

「僕が、教頭先生への影響を考えないで、あの学校に入ったのがいけなかったんでしょうか?」

伊丹「……」


そのような疑問を投げかける手塚。

黙って聞いていた伊丹は、次のように答えた。


伊丹「さあな…そんなの俺には、分かんねぇよ」

「けど…散々疑った俺が言っても説得力無いかもしれないが……」

「アンタは、自分みたいに馬鹿な奴を増やしたくなかったから、教師になったんだろ?」

手塚「そうですよ」

伊丹「だったら…それでいいんじゃねえか?」

「正しい事する為に先生になったんだ……それだけで立派だよ」

「だから…今回捕まえた奴らは、俺達が絶対に罪を償わせてやる」




伊丹「絶対にな…!」


手塚「……」


真摯な言葉を投げつけてくる伊丹。

その表情は、最初に手塚のことを疑っていた時とは、大違いな程真面目で真剣そのものあった。

彼の真剣な眼差しを確認し、手塚は口を開く。


手塚「刑事さん…僕、あなたの事を誤解していたみたいです」

「あなたは、緻密さに欠けた無礼な人だと思っていましたが…」

「今のあなたは、『あの人』と同じ目をしています。僕を犯罪から救ってくれた『あの人』と……」


そう言って手塚は、亀山の顔を思い浮かべた。

それを聞いた伊丹は、誇らしげにしたものの、
その直後、手塚に「でもまぁ…出世できない人である事も、間違いないみたいですけどね」
と言われ「それは余計だ…」と言って溜め息を吐いた。

手塚「ごめんなさい。けど……」

手塚「僕が、あなた方を引っかき回したのは事実です」

「そのせいで、犠牲者も出てしまいましたし……」

伊丹「……」


手塚のその言葉に、伊丹は何も答える事はできなかった。

そして、右京もそれを黙って聞いていた。


手塚「……もう、帰ってもいいですよね?」

伊丹「今日のところはな…」

「もっとも、被害者として明日また証言を取ってもらう事になる」

「だから、今の内に伝えとく……」




「もう二度と、来るんじゃねえぞ」


二度と来るな……

荒っぽい言い方だったが、もう事件に巻き込まれて欲しくないという伊丹なりの願いの現れであった。

手塚もそれを悟ったのか「えぇ…こんな所、二度と来るものですか」と、笑顔で返して席を立った。


右京「行きましょうか?」

手塚「はい…」


そして手塚は、右京に連れられて取調室から出ていった。

その姿を、伊丹と芹沢は静かに見送った。

―警視庁の外―


手塚「こんなところにまで、着いてこなくていいんですよ?もう、子供じゃないんですから」

右京「……」

手塚「……あ」


手塚がそんな疑問を抱いたその時であった。

目の前に、広田を連れた冠城が現れた。


手塚「広田先生……」

広田「手塚先生…!」

手塚「……」


手塚「なるほど、そういうわけですか?」

冠城「彼女、あなたの無実を信じていましたからね。すぐにでも、会わせてあげようと思ったんですよ」

広田「話は全部、こちらの刑事さんに聞かせてもらいました」

「手塚先生…本当に、良かった……」


目の前の手塚の姿を見て、彼の無実が証明された事を改めて実感し、広田は喜びをあらわにした。

右京「さて…無事に再会できたところで、次の話題に移らなくてはなりません」

広田「次の話題って…?」

右京「あなた方をこうして会わせたのは、事件の顛末を知らせる為だけではありません」

「残された謎をすべて明らかにする為、広田先生にもお越し頂いた次第なのです」

広田「謎って何ですか?」

手塚「……」


右京の言葉に小首を傾げる広田。
その一方で、手塚は落ち着き払った様子でいる。

そんな彼に、右京はこう言った。


右京「手塚先生…実は、今回のあなたの行動に、いくつか不可解な点がありました」

「まずは、その事から始めたいと思います」

手塚「……」


右京の言う事を黙って聞いている手塚。

それを確認しつつ、右京は彼の行動の不可解な点を語りだした。

右京「最初に引っ掛かったのは、あなたが一課に通報を入れた後も、凶器であるボウガンを拾ったまま現場に留まっていた事でした」

「ボウガンによる殺人を犯した前科のあるあなたが、そんなものを持っていれば、真っ先に疑われるのは分かっていたはずです」

「そして、次に引っ掛かったのは、あなたが時田の電話の要求に応じた事です」

「時田は、あなたに自分の過去について、話したい事があると言って、あの公園にあなたを呼び出したそうですが…」

「そのあなたの過去と言うのは、間違いなく16年前の事件のことでしょう」

「しかし…そう考えると、ある疑問が浮かび上がってきます」

「それは、あなたが周囲に殺人の前科がある事を、自ら明かしていたという事実です」

「自身の前科を周囲に明かしていたのならば、あなたにとって16年前の事件のことは、秘密と呼ぶには相応しくなかったはず……」

「つまり、その時点で事件の夜に掛かった電話が、罠であった事に気付けたはずなんです」

「なのにあなたは、あっさりと罠に引っ掛かり自分を不利な状況に追い込んでしまった……」

手塚「……」

右京「そして…最後に気になったのは、手帳が無くなった事にあまり関心を持っていなかった事です」

「いくら内容を丸写した予備を持っていたとはいえ、仕事に関する事柄を書き記した手帳です。そんな大事なものが無くなること自体、一大事であるはず……」

「しかも、学校内で無くしたものなのに1週間経っても見付からないとなると、その時点で盗まれた可能性も考えられたはずです」

「なのにあなたは、昨日まであくまで無くしただけという認識で、そこまで関心を持っている様子ではありませんでした」

「16年前の時点で、明晰な頭脳を持っていたあなたとは思えない行動です」

「何故あなたは、ここまで詰めの甘い行動をとってしまったのか?」

「その謎の答えが、先程の取調室でのあなたの言葉に集約されていました」



『やっぱり、そうでしたか……』

『僕が、あなた方を引っかき回したのは事実です』

『そのせいで、犠牲者も出てしまいましたし……』


右京「やっぱり……」

「僕達を引っかき回した……」

「自分のせいで、犠牲者が出てしまった……」

「これらの3つの言葉から察するに、あなたは自らの意図があって時田の罠にかかったように感じます」

「実際、真犯人の正体を聞かされた時と、為房が時田の行動を黙認したと知らされた時のあなたの反応は、まったく違っていました」

「つまり……」


右京「手塚先生…あなた、最初から時田が事件を起こす事を、予見していたのではありませんか?」

手塚「……」

広田「え…!?」


右京の一言に驚く広田。

一方、手塚はこう答えた。

手塚「刑事さん…相変わらず鋭いですね」

「その通りですよ。僕は、あの人が何か事件を起こすだろうと考えていました」

「教頭先生は最近悪い噂が絶えなかったし、何しろ吉田先生と揉めてましたからね」

右京「なるほど…広田先生が他にも見ている職員がいたと仰っていましたが…」

「やはり、あなたもその現場の目撃者の1人だったんですね?」

冠城「わざと罠にはまったのも、俺達を利用して教頭先生の罪を暴く為だった……」

手塚「僕が事件に巻き込まれたと知れば、あなたは絶対にあの学校の出来事を調べて、教頭先生に行き着くと確信していましたからね」

「だってあなたは、僕の罪を暴いた人ですから」

「だからあの人の罪を全て、暴いて欲しかったんです」

右京「……」

冠城「でも…だったらなんで、こんな回りくどい事を?」

「最初から時田が怪しいと思ってたんなら、すぐにでも知らせてくれたら良かったのに」

手塚「確かに、教頭先生が怪しいと睨んではいましたが、状況証拠と直感だけで物証がありませんでした」

「独自に調べても良かったんですが、前科者の僕が変な動きを見せれば、どうなるか分かったものじゃありません」

「それに、事件を起こすと予見してたと言っても、本当に起こすかどうかも分かりませんでしたし…」

「何をしてくるのかも、見当つきませんでしたから」

冠城「だから、様子見するべきだと判断した訳か…」

手塚「でも…そのせいで、吉田先生どころか、ろくでなしが犠牲になってしまいました……」

「僕は、またしても人の命を奪ってしまったんです。それも2人も……」

「だから……裁判が終わったら、またこの街から去ろうと思っています」

広田「そ、そんな…!」

手塚「安心して…また別の街の学校で、教師をやりに行くだけだから……」

「でも、その前に吉田先生の奥さんやろくでなし…いや、佐々木の家族に今回の事を謝らないとね」

「そして、吉田先生の奥さんには、借金の返済費用もあげなくちゃならない」

「それで許してくれるかどうか、分からないけど……」

広田「だったら、私も一緒に行きます!」

手塚「え?でも……」

広田「私…あなたの力になりたいんです。お願いします!」


真剣な面持ちで頼み込む広田。

手塚は少しばかり戸惑ったが、その真剣な様子を見てすぐにその頼みを受け入れる事にした。

手塚「分ったよ。君がそこまで言うなら……」

広田「ありがとうございます!」

冠城「良かったですね、あなたに着いて来てくれる人がいてくれて」

右京「しかし…話はまだ終わっていませんよ」

広田「え…?」

右京「広田先生……実は、僕はあなたの事も気になっていました」

広田「私も……ですか?」

手塚「……」


右京の一言を聞いて、手塚は急に真剣な面持ちになる。

その様子を確認しつつも、右京は話を続ける。


右京「昨日、あなたが現われた空き地なのですが……」

「あの後、またあそこに行ってみたんです」

「その結果あの場所は16年前、僕が『ある事件』の捜査に行った事がある場所だと判明しました」

広田「……」

右京「更に僕が気になったのは、あなたのこの一言です」



『確かに手塚先生は、16年前おじさんを殺しました』

右京「手塚先生が16年前におじさんを殺した……」

「手塚先生が16年前に殺した人物は、1人しかいません」

「平良荘八…かつて、あの学校で働いていた教師です」

「そして、あなたが現われたあの空き地は、その平良荘八が殺害された現場だった」

広田「……」

右京「なので僕は、部下にあなたの経歴等を調べさせました」

「その結果、ある事実が判明しました」


そう言って右京は、昨日栄中央署を出た後、
青木に調べさせた結果出てきた、その『ある事実』を話し始める。

右京「あなたは、父『広田小城(ひろた こじろ)』さんと母『広田紀子(ひろた のりこ)』さんの間に生まれた娘さんで、家族3人暮らしでした」

「しかし16年前、『ある出来事』がきっかけで、小城さんと紀子さんとの関係にひびが入り、最終的に離婚してしまった」

「離婚後あなたは、小城さんに引き取られ、12年間彼の下で暮らしてきた……」

「それが祟ったのか……小城さんは過労で倒れ、亡くなられてしまった。それ以来あなたは、1人で職を転々としながら生活を続けていた」

広田「……」

右京「しかし……ここで重要なのは、お父様の方でなくお母様の方です」

「調べによると、あなたのお母様の紀子さんの旧姓は『平良』……」

「『平良紀子(たいら のりこ)』……そう、16年前に殺害された平良荘八の妹である事が分かったんですよ」

「つまり、広田先生……」


右京「あなたは、手塚先生が16年前に殺害した平良荘八の姪御さんですね?」

「離婚の原因も、平良荘八の件が関係していた……違いますか?」

広田「……」


右京の推理を静かに聞いていた広田。

最後に投げかけられた問いに、素直に「はい…そうです」と答え、その時の出来事を語り出した。

広田「16年前、叔父さんが手塚先生に殺され、更に学校での悪行のせいで殺されたという記事が出回ってから、色んな所から非難の声が上がって……」

「それに耐え兼ねて、父は母と縁を切ったんです」

「そして、『叔父さんと血の繋がった母なんかに、私の事を任せられない』と言って、私を母から引き離し、育てました」

「でも……私からしてみれば、非があるのは叔父さんの方なのに、どうして父は母と別れる必要があったのか……とても、理解ができませんでした」

「そんな複雑な気持ちで過ごしたせいでしょうか…5年前に父が亡くなってから、私は生きる為に必要な事だけ繰り返すだけの人間になっていました」

「まるで、心が空っぽな……そんな感じでした」

冠城「そして3年前…手塚先生が栄第三小学校で教師をやっているという噂を聞きつけた」

広田「本当にあれは、偶然でした。Twitterを見ていたら、その事で騒いでいる人がいて……」

「それで独自に調べてみたら、確かに叔父さんを殺した犯人だって分かったんです」

右京「なるほど…3年前に栄第三小学校の教師になったのは、やはり手塚先生に近づく為でしたか」

冠城「けど近づいて、どうするつもりだったんですか?」

広田「それが…自分でも分かんないんですよね……」

「多分…『叔父さんを殺した人と会ってみたら、何か変わるんじゃないか』とか、そんな曖昧な事を考えていたのかもしれません……」

冠城「でも…心中あまり穏やかじゃなかったんじゃないですか?」

広田「始めはそうでした。けど……」

「手塚先生は生徒に対して、時に優しくて時に厳しくて……まるで、教師の鑑のような人で、生き生きしていたんです」

「空っぽになった私とは、まるで正反対でした」

「それで、どうしてそこまで出来るのか、一度聞いてみたんです。するとこの人は、こう答えました……」


『これが…僕がしなくちゃならないことだからさ』

『理由はどうあれ、僕は一人の人間を手をかけ、無実の人間に罪を擦り付けようとしてしまった……』

『同時に、この事件から学んだからこそ、僕は前を向いて進んでいってるんだよ』

『そうじゃなきゃ、僕は恭子先生を守るためと言って、今も人を殺し続けてただろうからね……』

広田「これを聞いて、私は感動しました…そして、今まで何事にも無関心だった自分が恥ずかしくなったんです」

「『叔父さんを殺した犯人は、自分の罪と向き合ってしっかりと自分の人生を歩んでいるのに、そうじゃない私は何でそれができてなかったんだろう』って……」

「だからこそ、今回の事件やみんなの対応がショックで…」

「それで思わず、叔父さんにも手塚先生を不幸にしないでと、頼みにあの空き地に行ってたんです……」

手塚「……」

冠城「なるほど……だからあなたは、被害者遺族でありながら、手塚先生をあそこまで信じていたんですね?」

広田「けど……今までずっと、黙っていました」

「お互いが被害者の遺族と加害者だと知ってしまえば、今までの関係が壊れてしまうような気がして、怖くて……」


手塚に自身の正体を明かせなかった理由を話す広田。

しかし、手塚は……


手塚「いや……知ってたよ」

広田「え…?」


その一言に、広田はきょとんとした表情で手塚の顔を見る。

手塚も、視線を合わせたままこう続けた。

手塚「君が、平良先生の家族だってこと…途中から気づいてた」

「だって君、他の先生達と僕を見る目が違っていたし、それに……」

「前に殺した相手だったからかな?君からは、平良先生と似た何かを感じたんだよ」

「けど僕も、君とは教師同士という関係でいたくてね……平良先生の遺族だって事に、気づいてないふりしてたんだ」

「だから……お互い様だよ」

広田「手塚先生……ッ!」


その言葉に感極まってか、広田は手塚に抱き着いた。

これに手塚は「止めろよ……刑事さん達がいる前で」と言いながら恥ずかしがった。


右京「手塚先生…君の選択は、間違っていなかったようですよ?」

「やはり…恭子先生に君を預けて正解でした」


右京「君は、立派な大人になれましたよ……」

「守君」


守君……16年前の手塚に対する呼び名を引っ張り出した右京に、手塚は誇らしげな表情を浮かべた。


手塚「いえ…これも、あなたの部下の刑事さんのおかげです」

「どうもありがとうございました……刑事さん」

「いや、杉下右京さん……!」

「そして、冠城亘さん」


初めて右京と冠城の名を口にした手塚。

そして、両者離れて深々と特命係の2人に向かって彼らに頭を下げた。


手塚「じゃあ、平良先生のところに行こうか?」

広田「はい…!」


それから2人は、平良荘八殺害現場に向かって歩き出す。

仲良く並んで歩み出した2人の姿を、右京と冠城は優しく見送るのであった。

―夜 花の里―


幸子「そう…被害者の遺族と和解できたんですね?手塚先生」

冠城「と言っても、姪御さんとだけですけどね」

右京「しかし、あの様子なら何とかなるでしょう」

「これからは、かつての加害者と被害者遺族の枠を超え、お互い助け合いながら生きていく事になるでしょうねえ」

幸子「悪い人達も捕まって、手塚先生の更生の努力も報われて……めでたしめでたし、ですね」


嬉しそうにする月本幸子。

だが、冠城は何故か「いや……まだ、終わってませんよ」と言い出す。


右京「おや…それはどういう事でしょうか?」

冠城「実は、僕も手塚先生が起こした事件の事、調べてみたんですよ」

右京「そうですか…」

「しかし、君の興味を引くような出来事は無かったと、記憶していますが?」

冠城「確かに、事件の内容は概ねあなたが話した通りでした」

右京「なら、それでいいじゃありませんか」

冠城「ところが、ひとつだけ明らかになっていない謎があった事が分かったんですよ」

右京「謎ですか…それは、どういったもので?」

冠城「すっとぼけるのは止めて下さい。その謎には、あなたが関係している可能性があるんですよ」

右京「僕がですか?」


疑問符を浮かべる右京を見ながら、冠城は次のような質問をする。

冠城「右京さん…16年前の事件の当事者である、あなたにお聞きします」

「16年前の事件は、所轄とあなたの元に第一発見者からの通報があった事で、判明したんですよね?」

右京「えぇ…それで、亀山君と米沢さんを連れて現場に向かいました」

冠城「しかし、あなた方に通報を入れた人間は、自身の正体を一切明かさなかったんですよね?」

「なので当初は、その人物が事件と関係していると疑われていたようですが…」

「すぐに佐々木が容疑者に上がり、真犯人が手塚先生だと判明した為、結局事件とは無関係な一般人として片付けられた」

右京「それの何が、おかしいのでしょうか?」

冠城「警察に色々と聞かれるのが苦手で、匿名で通報するだけのケースもなくはありません」

「しかし…俺が気になっているのはそこではなく、その人物が所轄だけでなく、わざわざあなたにまで通報した事です」

「特命係に直接通報する人って、大体が特命係と面識がある人ですよね?」

「という事は、その通報者はあなたと縁の深い人間……」

「そして右京さん……あなたの事ですから、通報者の正体も知ってるんじゃありませんか?」

「しかし、通報者の事情を汲んで、あなたは正体を知りながら黙っている……」

「違いますか?」

右京「…………」


冠城の問いに、右京は焼酎を飲んでから軽くため息を吐いた。

右京「本当に君は、時と場合によっては僅かな手掛かりで、踏み込んだところまで行き着いてしまうんですねぇ……」

冠城「そのような言葉が出るという事は、当たり……ですか?」

右京「そう取って頂ければ結構です」

冠城「じゃあ、いったい誰なんですか?あなたにも通報した人物」


通報者の正体を聞く冠城。

その彼と顔を合わせる右京。

その様子を固唾を呑んで見守る幸子。

これがテレビなら、ドン!っという効果音と共に
右京と冠城の顔が交互に映される演出でも入りそうな光景だ。


そして、右京の口から出た答えは……




右京「ちょっとした知り合いです」



冠城「……」

右京「……………」

冠城「…………………」

「え…?」


予想外の答えに間抜けな声を出してしまう冠城。

そんな彼をよそに、右京は「……幸子さん。焼酎のお代わりを」と言って焼酎のお代わりを注文。

幸子も少し戸惑いつつも、「は、はい」と言って焼酎のお代わりを出した。

冠城「ちょっと…それだけですか?」

右京「えぇ、これだけです」

冠城「あのですね…僕が聞きたかったのは、もっとはっきりした答えをでしてね……」

右京「そこまで辿り着けた君なら、はっきりした答えがなくても自ずと分かるはずですよ」

冠城「そう思っているんなら、答えを教えてくれるのが礼儀なんじゃないんですか?」

右京「君…うるさいですよ」

冠城「いや…教えて下さいよ右京さん!」

「右京さん!!」




「右京さーんッ!!!」




その後、冠城亘は通報者の正体を何度も上司に尋ねたが、結局最後まで教えてくれなかったという……



~この作品は、二次創作です~

~補足~

広田かなえ・・・オリキャラ。無論、平良先生に妹がいたと言うのも捏造設定です。
正直、いてもいなくても問題ないキャラだったかな…と書いている最中に思いましたが、
手塚の更生の努力が実らなければ、救いがないと思い登場させました。
…が、出番が少なくて、かえって陳腐な感じになってしまったかも……
名前の元ネタは特にありません。

ヘヴル・・・今回の話の為に用意した架空の麻薬。
当然ながら、現実にこんな麻薬存在しませんし、効果が切れて神経が異常をきたすものもないと思います。
麻薬の知識に疎いので、なんともいえませんが……
名前の元ネタは、本編にもある通りヘヴン(天国)とヘル(地獄)

発毛剤そっくりの踊りが止まらなくなる麻薬・・・裏相棒第1作目の第三夜に出ていた奴。
米沢さん曰く「赤いカナリアが資金源に開発した、頭皮から摂取するタイプの特殊な麻薬」(ちなみに正式名称不明)
で、一度摂取したものは音楽を聴くと体が反応して、踊りが止まらなくなるという代物。
なお、この麻薬の事に触れてる角田課長と今回未登場の中園参事官)にとっては、ある意味黒歴史な一品かもしれません。
どういう事か気になる方は、レンタル店のDVDを借りるなどして見てみましょう。
確か、シーズン6のDVDとして単品レンタルされていたはず……

16年前の事件の通報者の正体・・・昔からの相棒ファンなら言わないでも分かるかもですが、正体は小野田官房長。
彼が孫を立ちションさせに、空き地に行ってみたら、偶然にもそこが平良先生の殺害現場であったのが、S1第5話の始まりとなっています。
当初この話しは一切触れない予定でしたが、さすがにそれは可哀想だと思ったので、オチに持ってくる運びになりました。

なお、手塚の「相変わらず鋭いですね」という発言は、
S1第5話でも右京さんに対して言っていた台詞の引用です。

冠城君の質問に対する答えも、S1第5話で亀山君に通報者の正体を尋ねられた時と同じものです。

以上で、当作品はおしまいです。

お気に入りエピソードの続編という自己満足的なものなので、
更生した前科者という重いテーマを扱っている割に、
話しが軽くなってしまった感が否めなかったりします……

そもそも、今回もまた勉強不足なまま書いていたり……

それでも楽しめたというならば、幸いです。

しばし様子見してからHTML化の依頼を出そうと思いますので、
それまで感想等がございましたら、どうぞお気軽に……

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom