北沢志保「そんなに気持ちいいんですか」 (14)

志保「おはようございます」ガチャ


P「んっ……ぉほぉ~~~~」グリグリ


志保「………」

P「ああ、おはよう志保」

志保「お疲れさまでした」

P「待て待て、なんで帰ろうとしてるんだ」

志保「え?」

P「『え?』はこっちのセリフだよ。朝一番に言う言葉として、もっと他に適切なものがあるだろう」

志保「お世話になりました」

P「事務所を辞めるつもりか」

志保「すみません。いきなり想定外の音波を受信したせいで少し混乱していました」

P「音波って……ちょっと孫の手でマッサージしてたら気持ちよくて声が出てただけだろう」

志保「ちょっとじゃありません。凄惨な声が出ていました」

P「志保は難しい言葉を知っているなぁ」

志保「……そんなに気持ちいいんですか。それ」

P「ん? ああ、すごくいいぞ。社長からもらったんだけど、俺の身体にばっちりフィットって感じだ」

志保「肩、凝ってるんですね」

P「そうだな、特に最近は結構自覚症状が……俺も若くはないってことか。あ、でもこれで志保の好みのおじ様に近づいたかも」

志保「私、ただのおじさんは別に好みじゃないです」

P「手厳しいな、はは……と。そろそろ会議の時間だ。行かないと」

志保「ちょっと待ってください」

P「え?」

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志保「多分、お昼過ぎまで会えないと思うので渡しておきます。今日のお弁当です」

P「あ、そうか。今日は作ってきてくれるって言ってたな」

志保「忘れるほどのものなんですね。私の手作りお弁当……」

P「いや、そういうわけじゃなくてだな……」

志保「冗談ですよ」クス

P「ほっ……」

志保「ほら、早く受け取ってください」

P「ありがとう。いつもおいしいお昼ご飯が食べられて、本当に助かってる」

志保「プロデューサーさんに恋人ができるまでは、こうして用意してあげますから」

P「かなり長期戦覚悟だな」

志保「そういう覚悟はしないでください」

P「はい」

志保「はい。では、いってらっしゃい」

P「こうしてると、なんか本物の新婚夫婦みたいだな」

志保「おじいさん、孫の手はこの前買ったばかりですよ」

P「50年くらい飛んだな」

P「ただいまー……あ」


志保「すぅ………」


P(お休み中か……机の上に台本があるし、読んでるうちに疲れちゃったか)


志保「………」スヤスヤ

P(こうして寝顔を見てると、本当に年相応って感じなんだけどな。無垢で無邪気な中学生で……)ジーー

志保「………」



志保「そんなに面白いですか? 私の寝顔」

P「あ、ごめん。起こしちゃったか」

志保「いえ。もともと眠るつもりはなかったので、むしろ助かりました」

P「コーヒーでも飲むか?」

志保「淹れていただけるんですか」

P「普段は俺がよく淹れてもらってるからな」

志保「なら、お願いします」

P「了解」


P「どうぞ」コト

志保「ありがとうございます」

P「どういたしまして」

志保「………」フーフー

P「いただきます」ズズッ

志保「………」チラ

志保「いただきます」ズズッ

志保「あつっ」

P「ん、んんっ!」

志保「今笑ったのを咳払いで誤魔化しませんでしたか」

P「そんなことはないぞ」

志保「……まあ、いいですけど」フー、フー

P「コーヒー飲んでると、生きてるって感じがするなあ」

志保「カフェイン中毒とか、気をつけてくださいね」

P「大丈夫大丈夫」

志保「最近暑くなったり寒くなったり忙しいので、体調には気を遣ってください」

P「体調か……」

志保「何か、心当たりでも?」

P「恋の病とか?」

志保「………」

P(あ、これ下手な冗談やめろって睨まれる流れだな……)

志保「誰ですか」

P「え?」

志保「いつ、どこで、誰に恋したんですか」

P「あ、えっと。……ごめん、冗談」

志保「………冗談?」

P「うん」

志保「………」

志保「顔、こっちに近づけてください」

P「こうか?」ズイ

志保「そのまま動かないでください」

P「ああ」

志保「………すぅーっ」


つんつんつんつんっ


P「いてっ! 志保、いたいたいっ」

志保「………」ツンツンツンツン

P「む、無言でデコを突っつくのはやめてくれ!」

志保「つんつんつんつんつん」

P「無言じゃなくなってもダメだって!」

志保「まあ、プロデューサーさんの額が赤くならないうちにやめておきます」

P「助かった……」

志保「冗談の種類には気をつけてください」

P「わかった。志保も女子中学生だもんな、色恋の話は動揺しちゃうよな」

志保「きっとそういうことだと思います」

P「なんか他人事みたいな言い方だな」

志保「自分の心は、自分でもよくわからないことがありますから。そういうことにしておいたほうが、きっと安全です」

P「?」

志保「それより、プロデューサーさんはこの後空いてますか」

P「ああ……午後は、特に予定ないけど」

志保「なら、たまにはレッスンを見てくれませんか。この後、ボーカルレッスンなので」

P「わかった」

志保「ありがとうございます」

トレーナー「はい! では今のところをもう一度!」

志保「~~~♪」


P「相変わらず志保の歌声は綺麗だな……」

トレーナー「プロデューサーさんもご一緒にどうですか?」

P「えっ? 俺もですか」

トレーナー「見ているだけだと退屈でしょうし。北沢さんもいいですよね」

志保「私も、プロデューサーさんの歌声には興味があります」

P「ええ……わかりました。後悔しないでくださいよ」

トレーナー「後悔?」





30分後


トレーナー「あ、あはは……これは」

志保「ひどい音痴……」

P「お恥ずかしながら、これが実力です」

志保「そういえば、大人組の人達が『プロデューサーさんはカラオケ行きたがらないんですよねー』って言ってたけど……こういうことだったんですね」

P「人の歌を聴くのはもちろん好きなんだけどな」

トレーナー「すみません。無理言って参加していただいて」

P「いえいえ、たまには自分で歌うのも嫌いじゃないですし」

トレーナー「あはは……時間なので、今日のレッスンはここまでにしますね」

志保「ありがとうございました」

P「ありがとうございました」

トレーナー「お疲れさまでした! では、私はこれで失礼します」ソソクサ


ガチャ、バタン



P「……気を遣わせてしまったな」

志保「………プロデューサーさん。この後も、予定はないんですよね」

P「そうだけど。でも、志保も今日はこれでレッスンは全部終わりのはず――」

志保「はい。なので、ここからは自主レッスンです」

志保「……付き合ってくれますよね?」

P「……それって、まさか」

志保「そのまさかです。一緒に、歌いましょう」

P「いや、でも俺は」

志保「やればいいじゃないですか。できるようになるまで。私も……ううん、私達も、そうしてきたんですから」

志保「自分で歌うの、嫌いじゃないんでしょう?」

P「……そんな真剣な目で言われると、断れないな」

志保「もともと、断らなくていいんです」

P「わかった。よろしくお願いします、先生」

志保「はい」

夕方


P「………は~~」

P「志保は、鬼トレーナーの才能があるな」

志保「褒め言葉ですか」

P「半分恨み節も入ってるかな」

志保「じゃあ半分しか受け取りません」

P「鬼だ……」

志保「ふふ……でも、よかったじゃないですか」

P「何が」

志保「ちゃんと、歌えましたよね? できるようになったじゃないですか」

P「ちゃんとって言えるのか? あれだけやって、歌詞のワンフレーズ分音を外さなかっただけだぞ」

志保「プロデューサーさんはアイドルじゃないんですから、完璧に仕上げる必要はないんです」

P「それはそうだが、ならどうして俺にレッスンだなんて」

志保「そんなの、決まってます」


志保「うまく歌えると、気持ちいいでしょう?」

P「………」

P「そうだな。ありがとう、付き合ってくれて」


帰り道



志保「プロデューサーさんが私をアイドルとして育ててくれたおかげで、いろんなことを知れました。いろんな経験、いろんな気持ち」

志保「だから……私からも、何かを教えてあげたかったんです。私が知ることのできた気持ちの少しだけでも、分けてあげられたらって。そう思ったんです」

P「志保は優しいな」

志保「別に、普通です」

P「おかげで俺も、歌うことの楽しさを知れた気がする」

志保「気持ちよかったですか?」

P「ああ。少しはみんなの気持ちがわかったと思うよ」

志保「よかったです。これからも、時々練習していきましょう」

P「多分毎回リセットされると思うから、そのたびに志保に一から教え直してもらおう」

志保「ちゃんと復習してください」ツンッ

P「ひょっ!?」

志保「………?」

P「ちょ、脇腹をいきなり突っつくのはやめてくれ。変な声が出ちゃうから」

志保「………」

つんっ

P「ひゃんっ!」

つんつんっ

P「おほっ!?」

志保「………」ツンツン

P「きゅふっ!? 志保、どういうつもりで」

志保「ふふ……孫の手よりよっぽど気持ちよさそうな声ですね」

P「いや、確かに刺激的だがこれは気持ちいいわけじゃなくて」

志保「そんなに気持ちいいんですか? なら、もっと小突いてあげます」ニヤリ

P「あ、悪魔だ……」

志保「今日はハロウィンですから。コスプレは用意していないので、行動で悪魔を演じます」

P「お菓子ならあるぞ。だから今すぐやめてくれ」

志保「今はプロデューサーさんのおかしな声が聞きたいです」

P「くそっ、ちょっとうまいことを……ひゃうんっ!」

志保「そんなに笑って……ひょっとして、デレましたか?」

P「デレてない!」

志保「私と同じですね。また、気持ちを伝えられました」

P「なんかいいように解釈されてるような気がしてならない」

志保「どうでしょうか。とにかく、まだまだ伝え足りないことが、たくさんありますから」

P「それを言うなら、俺だって志保に伝えたい気持ちはたくさんあるぞ」

志保「私のほうがたくさんあります」

P「いやいや、俺だって負けてない」

志保「プロデューサーさんは普段からそのまま気持ちを口にしているじゃないですか。だから、私のほうが残弾は多いはずです」

P「だったら志保も普段からさらけ出せばいいじゃないか」

志保「変態……」

P「なんで!?」

志保「自分で考えてください」スタスタ

P「あ、ちょっと待てって」

志保「………」

志保「とにかく」クルッ





志保「……そこまで言うなら、覚悟しておいてください」クスッ

志保「いつか、全部伝えてやりますから」

P「………」

P「わかった。いろいろ、覚悟しておく」

志保「長期戦覚悟で、お願いします」フフ




おしまい

おわりです。お付き合いいただきありがとうございます

シリーズ前作
北沢志保「メイドの土産に教えてあげます」

その他過去作
黒埼ちとせ「私の、すけべ魔法使い」
田中摩美々「おはようからおやすみまで」

などもよろしくお願いします

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