【ミリマス】育「おもちゃのチャチャチャ」 (38)

年末。クリスマスイベントを終えた765プロライブ劇場のアイドルたちは、その翌日大掃除に励んでいた。


真「よし。倉庫の大きいゴミもこれでほぼまとめ終わったかな」

のり子「そうだね。台車が届く前に、燃えるゴミだけこっちに分けておこうか。多分先にそっちを出してもらうことになるだろうから」

歩「粗大ゴミもこの量となると台車に載せるだけでも大変そうだ。……おっ、噂をすればジャストタイミング。おーい、律子ー!」

律子「みんなお疲れ様。台車持ってきたわよ」

真「お疲れ様、律子。育と環も手伝ってくれたんだね。ありがとう」

育「えへへ。これくらい当然だよ」

環「けど、粗大ゴミいっぱいあるんだね。台車5台で足りるのかな?」

律子「そこは私も計算済みよ。まずは比較的軽い燃えるゴミをこっちの小さめの台車に全部載せて運び出しましょう」

のり子「そう来ると思って準備は万端だよ。早速載せていくね」

律子「力仕事は引き続き三人にお願いするとして……育、環、燃えるゴミの台車をバックヤードのゴミ捨て場まで運んでもらえるかしら」

育・環「はーい!」

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育・環「いってきまーす!」

律子「いってらっしゃい。ケガしないようにね」

歩「まああの二人なら心配ないよね」

のり子「けど育も環も今年は大活躍だったよね。ハロウィンイベントも楽しかったなぁ」

真「52人みんなでマイディアヴァンパイアを着られて、ボクも嬉しかったよ」

歩「そういえば、あの時期に育はCDも発売したんだったよね?」

律子「ええ。ハロウィンイベントの後すぐ、同時期に新曲を発売した桃子と一緒にリリイベも開催したわ。こちらも大好評だったわよ」

真「やっぱり年少のみんなが頑張ってるとボクらも身が引き締まるよね」

律子「そうね。――というわけでそろそろ作業を再開しましょうか。私も持ち場に戻るわ。こうしている間にもサボり魔が現れている予感が……」

のり子「あはは……」

真「律子もいくらPが不在だからってあまり根を詰めすぎないようにね」

歩「そっか。今日はP、星梨花たちの映画の舞台挨拶に付き添ってるんだったっけ」

律子「そうよ。あの映画もおかげさまでロングラン上映が続いてるから――」

真「って律子、後ろ見て。廊下の向こう――」

律子「ん? あーっ! 亜美、真美、待ちなさーい!」

ガラガラ…

育「だけど冬休み前からずっといそがしいね。クリスマスが終わったら、今度はすぐ新春ライブだし」

環「うん。みんなで大そうじできる日も今日しかないからしっかり終わらせるんだってりつこも張り切ってたからね」

育「大そうじが終わったら、明日からすぐ新春ライブに向けたレッスンが始まるもんね。……Pさんは、今日はずっと来られないんだね」

環「舞台挨拶の後は、せりかとももこの映画雑誌のインタビューに付きそうんだって今朝おやぶん言ってた。そのときもすぐ電話が鳴って忙しそうだったぞ」

育「年末はおとなはみんないそがしいんだね」

環「たまきたちもいそがしいから、なんかおとなみたいで面白いぞ」

育「あはは、そうだね。そういえば環ちゃんが前に出た映画のDVDがもうすぐ出るんだったね」

環「そうなんだ。ジュリアやももこたちといっしょに発売記念イベントもやるんだぞ」

育「桃子ちゃん、すごいなぁ。新しい映画のイベントの後は、前に出た映画のイベントにも出るんだもん」

環「ももこならきっとこう言うぞ。『当然でしょ。桃子はプロなんだから』って」

育「あっ、ちょっと似てるかも」

――バックヤード、ゴミ捨て場


環「よーし。ゴミ出し完了だぞー」

育「おつかれさま、環ちゃん。わたしたちだけでもちゃんとできたね」

環「うん! あとはりつこのところにもどって報告だね」

育「……あれ?」

環「?」

育(こんなところにドレスを着た女の子が一人で……どうしたんだろう)

環「育、どうしたの? もしかしておもしろい生き物でも見つけたの?」

育「え? ちがうよ。ほら、あそこに女の子が――あれ?」

環「女の子? だれもいないぞ?」

育(おかしいな……さっきまでいたはずなのに)

育(それにしても、きれいな子だったな。エミリーさんや星梨花ちゃんにも負けてなかった)

育(どこかの事務所のアイドルの子なのかな? でもそれならどうしてバックヤードのゴミ捨て場に……?)

環「りつこー、ゴミ出ししてきたぞー!」

律子「あら、二人ともお疲れ様。ちょうど良かったわ。今、キッチンの掃除を終えた春香やひなたたちがお菓子を作り始めたところなの」

育「あっ、もしかしてアップルパイ?」

律子「ええ。完成までまだ時間かかるし、二人ともしばらく休憩していていいわよ」

育「それじゃあわたし、春香さんたちのお手伝いがしたいな」

環「じゃあたまき、まことたちにアップルパイのこと知らせに行ってくるぞ~」タタタ

律子「あら、もう行っちゃったのね……。じゃあ育、エプロン用意しておくから手を洗ってらっしゃい」

育「はーい!」

――エントランス


育(えへへ。お菓子作り楽しみだな♪)

???「あなた、中谷育ちゃん……よね」

育「あれ? あっ、あなたはさっきの」

???「こんにちは」ニコッ

育(本当にきれいな子だなぁ……見つめてると、なんだかすいこまれそう)

育「そうだ。えっと、ごめんなさい。今日は劇場は開館してなくて……関係者以外立ち入り禁止なんだよ」

???「そうみたいね。ウェルカムボードにもCLOSEって書いてあったし、お客さん用の入口も鍵が閉まってたから」

育「閉まってたからって……じゃあ、あなたはどうやってここに入ったの?」

???「簡単なことよ。わたしはゴミ捨て場のある場所なら、どこにだって行けるの」

育「……どういうこと?」

???「……自己紹介がまだだったわね」

人形「わたしは人形。あなたが生まれる何十年も前に、粗大ゴミとして捨てられたおもちゃの人形なの」

育「ええっ、待って。何を言ってるのかわかんないよ」

人形「この手に触ってみればわかるわ」

育「ひゃっ、冷たい……それに肌が固くてつるつるして……」

人形「そうね。人形から変化したお化けって言えばわかりやすいかしら」

育「そんなお化けが、どうして劇場に……?」

人形「育ちゃん、わたしはあなたに会いに来たの。どうやらあなたは、わたしに似ているようだから」

ガヤガヤ…

人形「あら? 今日はお客さんは来ないはずだったんじゃ」

育「まつりさんたちが舞台挨拶から帰ってきたんだ。ねぇ、隠れて!」

人形「平気よ。あなた以外にわたしの姿は見えていないもの。ほら、さっきあなたと一緒にゴミを捨てに来た子もそうだったでしょ」

育(そういえばそうだ。環ちゃん、すぐ近くにこの子がいたのにぜんぜん気づいてなかった…)

響「ただいまー!」

昴「おっす育。大掃除手伝えなくてゴメンな」

育「響さん、昴さん、まつりさん、おかえりなさい」

まつり「はいほー! ただいまなのです。おや、育ちゃん――」

昴「もしかして育、エントランスで一人でオレたちのこと待っててくれたのか?」

育「えっと……うん、そうなんだ。見て。お掃除も環ちゃんたちといっしょにしっかりすませたよ。すごいでしょ?」

響「ほんとだ! 床もぴかぴかだね」

まつり「ほ……ではファンのみんなにこのきれいな劇場で新春ライブを楽しんでもらうためにも、レッスンをぱわほー!に頑張るのですよ」

昴「そうだな。――って、今日はこの後レッスンの予定だったか?」

響「予定はないけど、自分今日はまだまだ動けるぞ。少しなら自主練しても大丈夫だよね?」

育「そうだ。今、春香さんたちがアップルパイ作ってるんだよ。練習の前に、みんなで食べようよ」

昴「マジで!? そういうことならオレもちょっとキッチン覗いてこようかな」

響「自分も手伝うぞ。それじゃあ育、また後でね」

育「うん!」

育「……」

人形「あなた、わたしの素性もわからないのに、どうして隠れてなんて言ったの?」

育「だってあなたは、わたしに会いに来たんでしょ。わたし以外の人には会いたくないんじゃないかと思って、それで――」

人形「お化けだとわかっても、まるで怖がらないのね」

育「それは、なんとなく……かな」

育「わたしに会いに来たってことにも、何か理由があるんだよね。ねぇ、もしかしてあなたはわたしが捨てたおもちゃのお化けなの?」

人形「違うわ。わたしを捨てたのはあなたじゃない」

育「それじゃあ、あなたはどうしてわたしを知ってるの?」

人形「それは、このCDを見たからよ」スッ

育「これって、わたしが今年の秋に出したCD……」

人形「前にいたゴミ置き場にそれが捨てられていたの。あなたのことを知ったのは、それがきっかけよ」

育「ねぇ、わたしがあなたに似てるって……どういうこと?」

人形「そうね。それじゃあわたしのことを話すわ。わたしがどんな風に捨てられたのか。そしてどうしてお化けになったのかをね」

わたしは長い間ある家の物置部屋にいた。

元々わたしの持ち主はその家の娘だったのだが、大人になって他の家に嫁いでしまい、以来わたしは箱に入れられ物置にしまわれていたのだ。

あるときわたしはそこから運び出され、何十年ぶりに箱から取り出された。

わたしを抱えたのは、10歳くらいの女の子だった。

彼女はこの家の夫人の遠縁の子で、元々は母親と二人暮らしをしていたそうだが、

この母親というのが何やら問題のある人物だったらしく、それが原因で一時的にこの家に預けられることになったそうだ。

裕福な家主夫妻は、憐れな少女を大いなる慈しみで迎え入れた。しかしそのどれよりも彼女はわたしとの時間を大事にした。

内気な子だから、いくら優しいお金持ちとはいえ知らない夫婦に優しくされても不安なだけだったのだろう。

知らない土地で、知らない人たちに囲まれ、心を許せる相手もいない生活。

わたしは彼女に名前を与えられ、彼女のたった一人の遊び相手になった。

彼女は長い時間を部屋で一人で過ごしながら、頻繁にわたしを呼び、微笑んだ。

彼女はわたしに何かを話しかけると、その度にわたしを片手で持って"わたし"に扮して喋り、まるでわたしと会話しているかのように振る舞った。

彼女が演じる"わたし"は、彼女の何をも否定しなかった。

彼女が演じる"わたし"は、彼女のことを「大好きなお友達」だと言った。

彼女が桃色のワンピースを着るときは、"わたし"も桃色のワンピースを着た。花柄のときは花柄を。水玉模様のときは水玉模様を。

そしてエプロンドレスを着るときは、エプロンドレスを着た。

その度に"わたし"は「お揃いの服が着られて嬉しいな」と言った。

彼女と"わたし"がカードゲームやボードゲームに興じると、いつも決まって彼女が勝った。

その度に"わたし"は「すごいね!」と目を輝かせた。

それから半年ほどで、彼女はあっさりと母親の元へ戻ることになった。わたしも彼女と共にそこに連れて行かれた。

以前よりは"わたし"と遊ぶ機会の減った彼女だったが、それでも日に何度かは必ず"わたし"に話しかけ、"わたし"もそれに応えていた。

数年後、中学生になった彼女は"わたし"に全く話しかけなくなった。

どうやら新たな友人ができ、そして恋もしたらしい。"わたし"と話す時間もなければ、必要もなくなったというわけだ。

そしてその年の暮れ、彼女と母親はある相談をした。わたしを質屋に入れようというのだ。

結果、質屋がわたしに値を付けることはなく、わたしの入っていた上等な桐の箱だけが買い取られることとなった。

母親に連れられ家に舞い戻ったわたしに、彼女はため息をついた。

「金にならないなら、もう捨てるしかないよね。箱がないなら邪魔になるだけだし」

気がつけばわたしは捨てられ、ガラクタの山の中にいた。

かつて人の営みの中で何かの役目を与えられていたであろうモノたちが、見る影もなく雑多に折り重なって造られた山だ。

わたしは認識した。ここが終わりの地。わたしにとっての墓場なのだと。

ふと、"わたし"として話す彼女の声が蘇った。

「わたしはあなたが大好き。ずっとずっと一緒にいようね」

わたしはおもちゃの人形。人の姿をした無力なからくり。人に好きなように操られることで初めて役目を得る。

"わたし"として孤独な少女の傍にいること。それがわたしの役目だった。

その役目を果たし終えたのだから、あとは消滅を待つだけだった。

しかしわたしは消えなかった。魂を宿し付喪神となり、この世に留まり続けた。

わたしをこの世に留めたものは何なのか。

怨みなど抱いた憶えはない。そもそも怨めるほど彼女に肩入れした憶えなどないのだ。なにせ彼女はわたしの当初の持ち主ではなかったのだから。

この世に未練があるはずなのに、わたしの内側には果てのない虚無が広がるばかり。

その虚無こそが、おもちゃの人形として生まれたわたしに定められた末路であったのだろう。

未練を残し魂を宿したゴミたちは、人や人の営みを怨み、呪う。それが付喪神の一種たるものの性質という。

しかしわたしには怨念などない。あるとすれば諦念だ。おもちゃの人形として生まれたのだから、こうなることは避けられなかったという諦め。

だからわたしは、誰も恨むことも呪うこともなく、ふらふらと何十年も様々な町のゴミ捨て場をさまよい続けた。

目的などなかったはずだ。標的なんていなかったはずだ。

しるべのない旅の中で、わたしは彼女の存在を知った。

この世に生を受けた自由な人の身でありながら、わたしの諦念が共鳴を憶えた少女、中谷育。

別に取り憑きたくなったわけではない。ただふと、会ってみたい。そう思ったのだ。

人形「――不要になったおもちゃは捨てられる運命。だけどあなたは人間。わたしのようになってはいけない」

育「うん……あなたがどうしてお化けになったのはわかったけど、どうしてわたしがあなたに似てるって思うの?」

人形「あなた……本当に心当たりがないの?」

育「そんなこと言われても、ちゃんと説明してくれなきゃ何が言いたいのかぜんぜんわかんないよ」

人形「育ちゃん……あなたは本当に純粋で優しい心の持ち主なのね。さっきだってわたしを他の子の前から隠そうとしたり……」

人形「だけど少し自覚したほうがいいかもしれない。さもなければ、あなたのその優しさがいずれあなた自身を滅ぼすことになる」

育「ほろぼすって……どうして?」

人形「……もしあなたを人形のように捨てようとする者が現れたなら、わたしはお化けとして初めて人を呪うことになるかもしれないわね」

まつり「はいほー! 育ちゃん、お菓子作りのお手伝いをするんじゃなかったのです? 律子ちゃんたちが呼んでいたのですよ」

育「あっ、ごめんまつりさん。今行くね」

人形「長話に付き合わせてしまってごめんなさい。今日はもう十分よ。また明日来るわ」

育(うん……)コクリ

タタタ…


まつり「……」

まつり「……どういうつもりなのです?」

人形「!……あなた、わたしが見えるというの……?」

まつり「ええ。最初にエントランスに入ってきたときからずっと見えていたのです。さっきのお話も、途中から全部聞いていたのですよ」

人形「それなら、わたしが何者かも理解しているということね」

まつり「もちろん。あなたが捨てられたお人形のお化けさんで、何か目的があって育ちゃんに会いに来たことも……」

人形「目的……そうね。目的もないのに、こんなに遠くまで来たりしないですものね」

まつり「もしも育ちゃんを危ない目に遭わせるつもりなら、容赦はしないのですよ」

人形「別にあの子に危害を加えるつもりはないわ。しいていうなら、忠告をしに来たというところね」

まつり「捨てられた人形が化けた姿、つまり付喪神の一種……ならあなたにはそうなるだけの怨みや未練があるはずなのです」

人形「……さっき本人にも言ったとおりよ。わたしはあの子に、わたしのようになってほしくない」

まつり「あなたはまつりや育ちゃんが生まれるよりもずっと前からお化けだったはず。育ちゃんのことは、どうやって知ったのです?」

人形「そうね……ここ二十年ほど、わたしは国中の様々な粗大ゴミ置き場を転々と見てきた。あの子を知ったのはそんな中でよ」

人形「二ヶ月ほど前、あの子の写真がジャケットに入った同じCDをまとめて捨てに来る人が何人も現れた。中には何十枚って程の束で捨てる人もいたわ」

まつり「封入特典目当て……けれどそんなことアイドルなら誰でも――まさかそのCD、桃子ちゃんとの合同リリースイベントの抽選シリアルが入っていた……」

人形「再生紙ゴミの山にあった色んな雑誌を読んで知ったわ。育ちゃんと桃子ちゃんのCDが同時期に発売され、合同イベントの開催が告知されていたこと」

人形「そしてこれまでの芸能界での桃子ちゃんの境遇についてもね」

まつり「……」

人形「桃子ちゃんは育ちゃんよりも芸歴が長く、何本も映画に出演している。二人が一緒に舞台に立つ限り、こういうことは今後何度でも起きるんでしょうね」

人形「アイドルとしての育ちゃんも、あの子の持つ優しい心も……桃子ちゃんやそのファンのためだけに存在しているわけじゃないはずよ」

人形「もし今後も育ちゃんがアイドルとしてではなく、周防桃子ちゃんを様々な意味で引き立てる人形として扱われるのなら、それがわたしが付喪神として人を呪える理由になるわ」

まつり「あなたの言いたいことはよくわかったのです。けれど、あまり育ちゃんを見くびらないほうがいいのですよ」

まつり「あなたの目的が桃子ちゃんやCDを捨てた桃子ちゃんのファンを呪うことではなく、育ちゃんに会いに来ることにあったなら……きっとじきにわかるのです」

人形「……どういうこと?」

まつり「それはきっと、育ちゃん本人が教えてくれるのですよ」

――その日の夜


律子「それじゃあ明日はいよいよ全体での初レッスンよ。朝一番からビシバシ行くからしっかり準備してくること」

亜美「えーっそりゃないっしょ。亜美たち冬休みサンジョーでずーっと頑張ってるんだから、まずはご褒美をくれないと」

律子「それを言うなら返上でしょ。この時期に忙しいのはアイドルにとっては喜ばしいことなんだから、その事実がご褒美よ」

真美「そんなー!」

律子「あと、ステージは午前中に舞台装置の設置と調整をするから立ち入り禁止ね。安全確認が終わり次第、午後から班ごとに順番でステージリハを行うわ」

律子「トップバッターは亜美たちの班なんだから、明日の午後までにリハができるまでに仕上げておくのよ。でなきゃ他のみんなにまで影響出るんだから」

律子「というわけで解散!」

全員「お疲れ様でしたー!」

エミリー「育さん、お疲れ様でした」

ひなた「今日はたくさん動いたからねぇ。ゆっくり休むんだよぉ」

環「また明日ねー!」

育「うん。みんなお疲れ様」

育(あの子……結局あの後一度も会えなかったな。明日また来るって言ってたけど……)

……

…… ……

少女のかけた魔法によって、ゴーレムは目覚めた。

ゴーレムは少女を守った。

世界に平穏が訪れた。少女とゴーレムは世界中を旅して回った。


そんな冒険から数十年後、別れは訪れた。

人ならざる者と心を通わせ世界を旅した女性は、その巨大な友人に見守られながら生涯を閉じた。

魔法を与えてくれる存在を喪い、ゴーレムは動かなくなった。

事情を知る者が様々な魔術を施して動かそうと試みたものの、うんともすんとも動かなかった。

やがて人間の女性を心を通わせたゴーレムを知る者は、みなこの世を去ってしまった。

月日は止まることなく流れ、彼女とゴーレムの冒険を記した書物さえすべて朽ちていった。

けれども何十年、何百年もの時が流れても、ゴーレムはそこにいた。

もはや人々にとっては、なんのためにそこにあるのかわからない、土でできた謎の構造物でしかなかった。

その正体が何であるかを理解できる者は、もう誰もいない。

ゴーレムが彼らに自らの存在や大切な友人との思い出を語る術も、もう残されていない。

――翌朝


育「……ん…」

育(ゴーレムの夢……そっか。ゴーレムは桃子ちゃんとお別れしたら、もう二度と目覚めることはないんだ)

育(魔法の力で動いて、絆の力で女神様の姿にならないと、人とおはなしできないんだ)

育(桃子ちゃんがそばにいない限り、自分を知らない人に自己紹介することも、大切なお友達との思い出を話すことだってできない…)

育(……あの子も、そうだったのかな。それは確かに、さみしいな……)

育「わたしがあの子にしてあげられること、何かあるのかな……」


育(あの子はお友達がほしいわけじゃないって言ってた。だれを呪ったこともないって言ってた)

育(忠告しに来たとは言ってたけど、それにしたってどうしてわざわざわたしに会いに来たんだろう)

育(ゴミ捨て場でわたしのCDを見つけたから? それならCDや本や絵とか、わたし以外の人のものだって見つけててもおかしくないよね)

育「……そっか!」

――765プロライブ劇場


育「まつりさん!」タタタ

まつり「育ちゃん、おはようございますなのです」

育「ねぇまつりさん……まつりさんもあの子のこと、見えるんだよね?」

まつり「……気づいていたのですね」

育「うん。昨日まつりさんが劇場に帰ってきたとき、みんなとちょっと反応がちがってたから」

育「わたしをキッチンに呼んだあと、きっとあの子とお話してたんだよね。昨日あの後一度もあの子がわたしの前に来なくなったのは、そのせいもあるのかなと思って……」

まつり「育ちゃんは、あの子に会いたいのです?」

育「そう。わたし、あの子に会って伝えたいことがあるの。おねがいまつりさん、力を貸して」

まつり「もちろんなのです。育ちゃんには何か考えがあるのですね」

育「うん。あの子は捨てられてたCDでわたしを知って、わたしに会いに来た。それって、アイドルのわたしに会いに来てくれたってことでしょ」

育「ってことは、あの子はわたしのファンってことだよね」

まつり「育ちゃん……なるほど、そうなのです。きっとそういうことなのです!」

育「だからあの子のためにわたしができること、わかるよ」

育「わたしはアイドルだもん。ファンの子が悲しい気持ちになっているのなら、元気になってほしい。勇気づけてあげたい。それがアイドルの魔法でしょ」

まつり「そういうことなら、することは一つなのです」

育「だけど……今日は劇場のステージはセットの組み替えが済んだら、すぐリハーサルに使っちゃうんだよね」

まつり「そこはまつりにおまかせなのです。Pさんと大道具さんにお願いしてみるのです」

まつり「だから育ちゃんの魔法……あの子に見せてあげてほしいのです。育ちゃんなら、あの子を救えるのです」

育「うん!」

――バックヤード、ゴミ捨て場


育「ねぇ! いるんでしょ? いるなら返事してよ」

シーン…

育「だいじょうぶだよ。まつりさんもわたしも、おこってなんてないから」

育「……わたし、あなたをライブに招待したいんだ! 今日のお昼ごはんの後、劇場の客席に来て!」

育「あなたに聴いてほしい曲があるの! ぜったい観に来てね。約束だよ!」

――レッスンルーム


ひなた「亜美シショー、真美センセー、頑張るべさ」

エミリー「次は左足を前です。さんはい」

亜美「うあうあー! こんな急ピッチで覚えるなんて無茶だよー!」

律子「ほら、口を動かす暇があるなら手足を動かす!」

真美「ひーっ!」


まつり「ふむ……リハーサルの開始まで、まだ少しだけ余裕がありそうなのです」

育「行くなら今のうちだね」

まつり「ええ。お姫様の秘密は魔法の味……なのです♪」

育「えへへ。そうだね」

――ステージ裏


まつり「時間的に歌えるのは一曲だけなのです。本当にこの曲でいいのです?」

育「うん。今あの子に歌いたい一曲をえらぶなら、この曲だと思うから」

育「この曲のメッセージと、わたしの気持ち……伝わるようにがんばりたい。わたしのやり方で」

まつり「ええ。育ちゃんなら、必ずあの子に届けられるのです」

まつり「なぜなら育ちゃんはみんなに夢を届けられる、立派なアイドルだからなのです」

育「えへへ。ありがとうまつりさん。それじゃあわたし、行ってくるね!」

……

人形「……」

育「おまたせ。約束を守ってくれてありがとう。本当はわたしの曲もたくさん聴いてほしいけど、今日はどうしてもあなたに聴いてほしい曲を選んできました」

育「一曲だけだけど、最後まで楽しんでいってね。それじゃあ、聴いてください――」


まつり「……」ポチッ

♪~

育「色とりどりにデコった夢の中 今日はどんなわたしになろうかな~♪」

人形「……」

育「ベッドはね馬車になっちゃって パジャマはねドレスになって お星さまのシャンデリア ほらね舞踏会~♪」

人形(なんだろう、この歌は……)

人形(初めて聴いたはずなのに、どうしてこんなに懐かしいんだろう)

人形(どうしてわたしは「懐かしい」なんて気持ちがわかるんだろう)

人形(そうか。これは……あの子とわたしが過ごした記憶……)


育「――ありがとうございました」

人形「……」パチパチパチ…

人形「ありがとう。とっても素敵なパフォーマンスだったわ。これがアイドルのライブなのね」

育「この曲は、夢を見る女の子の歌なんだよ。だけど女の子はただ夢を見てるだけじゃない。聴く人を夢の中に招待するんだ」

人形「そっか……あなたがわたしを、素敵な夢の世界に連れていってくれたのね」

育「ねぇ……おもちゃは子どもを幸せにするために生まれてきたんだよね」

育「わたしにもあるよ。大好きなおもちゃ。シャイニーアイドルの変身アイテムだってそうだもん」

育「わたしが演じたトゥインクルプリンセスの変身コンパクトがおもちゃで発売されるって教えてもらったとき、すっごくうれしかった」

育「だってわたしの変身した魔法少女でみんなが夢を持ってくれて、幸せな気持ちになってくれるんだよ……こんなにすてきなことってないでしょ?」

育「そんなすてきなことができるおもちゃって、魔法みたいにすごいものなんだよ。だからわたしは、おもちゃをただ捨てられちゃう悲しい存在だなんて思わない」

育「たとえいつかお別れするときが来るとしても、夢中で遊んでたときの気持ちはまぼろしなんかじゃないもん」

まつり「そうなのです。人はみんな少しずつ大人になっていき、心も移り変わる。けれどもらった夢はきっと心の片隅でその人を優しく照らしているのです」

まつり「人はそれを、思い出と呼ぶのですよ」

人形「思い出……」

まつり「あなたはきっと、もっと人の役に立ちたかった。それが未練になっているのだと思うのです」

まつり「でも大丈夫なのです。あなたとの思い出は、きっと持ち主の心に力を与えたはずなのです」

まつり「そしてその力がまた別の誰かの心を照らして、そうやってこの世を巡り巡っている――まつりはそう信じているのです」

人形「そう。あなたはそれを信じられるだけの、強い心の持ち主なのね」

まつり「実は今の曲、周防桃子ちゃんがアイドルになって初めて歌った曲なのですよ」

人形「えっ――」

育「桃子ちゃんもアイドルだよ。さみしがり屋さんだけど、ちゃんと人の心をてらせる子だもん。わたし、知ってるよ」

まつり「育ちゃんも桃子ちゃんも、今はまだ一歩ずつでも、これからもっと素敵なアイドルになっていくはずなのですよ」

人形「信じられる強い心……いいえ、そう信じたいからこそ強くなれるのかもしれないわね」

人形「徳川まつりちゃん、だったわよね。どうしてあなたにわたしの姿が見えるのか、少しわかった気がする」

まつり「ほ?」

人形「育ちゃん、ありがとう。とっても素敵なライブだったわ。こんなに温かな気持ちになれたこと、初めてかもしれない」

育「えへへ。楽しんでもらえてうれしい! わたしこそ最後まで聴いてくれてどうもありがとう」

人形「あなたがわたしに似ているなんて、勘違いも甚だしかったわね。脅かすようなことを言って、本当にごめんなさい」

まつり「いいえ。そうとも言い切れないのですよ」

人形「えっ」

まつり「育ちゃんがあなたに似ていると言うより、あなたが育ちゃんに似ていると言ったほうが適当かもしれませんね」

まつり「誰かの役に立ちたい気持ちが未練だったのなら、あなたも『育ちゃん系アイドル』の資質を備えているといえるのですよ」

人形「いいえ。さすがにそれは少し大げさね……だけどわたしにも、こんなに温かな気持ちになれるだけの思い出があったのね」

パァァ…

人形「……あなたたちのように、夢や思い出を大切にしながら誰かの夢や思い出になれる子がいてくれるなら、もうわたしに未練を抱く必要はないわね」

育「行っちゃうんだね……」

人形「ええ。だけど寂しくはないわ。……本当にありがとう。これからもずっと、みんなに夢を届け続けてね。応援してるわ」

キラキラキラ…


育「……行っちゃったね」

まつり「ええ。けれど、とっても晴れやかな表情だったのです」

育「ねぇまつりさん、まつりさんがあの子のことを見えた理由、わたしにもわかるよ」

まつり「ほ?」

育「まつりさんはきっと、子どもの頃の思い出をずっと大切にしてるから、あの子のことが見えたんじゃないかな」

まつり「姫の思い出はただの思い出ではないのです。いつでも姫に勇気と元気をくれる、とびっきりの魔法なのですよ」

育「ねぇ、まつりさんは子どもの頃どんなおもちゃで遊んでたの? わたしにも聞かせて!」



それは年の終わりに訪れた不思議な出逢い。

太陽は昇り、おもちゃは眠るように空へ帰っていった。

けれど心に夢見るおもちゃ箱があれば、空に帰ったおもちゃにもいつでも会えるのかもしれない。


おしまい

ありがとうございました。

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