勇者「彼は正しく英雄だった」 (451)

第一話

受付嬢「いらっしゃいませ」

魔法使い「おいっす~。契約書が出来たって聞いたけど?」

受付嬢「ええ、出来ております。大変お待たせしました」

魔法使い「いいっていいって。って言うか珍しいこともあるもんだよね。いつもなら依頼が出た時点で出来てるのにさ」

受付嬢「依頼者様にも様々な事情があるのでしょう。依頼が依頼ですから」

魔法使い「近くの廃村に居着いた魔物を倒すだけでしょ? そんなの全然珍しくないじゃん」

受付嬢「……そうですね。では、こちらが契約書になります。確認次第、拇印をお願いします」スッ

魔法使い「はいはい。え~っと、金額は問題ないし、依頼内容にも変更はなし……?」

受付嬢「どうしました? 何か不備が?」

魔法使い「いや、不備はないけどさ。これ、おかしくない?」

受付嬢「何がでしょう」

魔法使い「何がでしょうじゃないよ。この依頼は私個人で引き受けたはずだよ」

受付嬢「此度の依頼、貴女だけでは達成が難しいと判断しました」


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魔法使い「依頼者の判断ってわけ?」

受付嬢「いいえ、此方の判断です」

魔法使い「なっ、ふざけないでよっ!! 報酬が減るじゃない!!」

受付嬢「貴女が死亡、または依頼失敗した場合、此方に損害が出ます。これは当然の判断です」

魔法使い「そんなに危険な依頼でもないでしょ!! 私一人で出来るってば!!」

受付嬢「声を荒げても契約は変わりませんよ。これは既に決定したのですから」

魔法使い「だったら私に協力者を選ばせてくれても良かったじゃない!!」

受付嬢「仮に協力者を募ったとして、貴女と組む者がいると思いますか?」

魔法使い「それはっ……」

受付嬢「ですから、此方で決めたのです。御心配なく、彼は頼りになりますよ」


魔法使い「……どんな奴なのさ」

受付嬢「彼は傭兵と呼ばれています。傭兵稼業で傭兵と言うのも可笑しな話ではありますが」

魔法使い「聞いたことないよ? そいつ、実績あるの?」

受付嬢「勿論です。経験は豊富ですよ? 今のように魔物が現れる以前から傭兵として」

魔法使い「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなの二十年は前の話じゃない!!」

受付嬢「そうですね」

魔法使い「そうですねじゃないよ!! その頃から傭兵って、もう四十、五十のオッサンなんじゃないの!?」

受付嬢「正確な年齢は存じ上げませんが、四十代ではないと思いますよ? まあ、貴女からすれば、私もオバサンなのでしょうけれど」

魔法使い「いや、流石に受付さんをオバサンとは言わないよ。私とそんなに歳変わらないし」

受付嬢「そうですか。それはありがとうございます。それで、依頼は受けますか?」


魔法使い「まあ、受けるけどさあ……」スッ

受付嬢「やけにあっさりしていますね」

魔法使い「お金がいるからね。それじゃあね、受付さん」

受付嬢「まさかとは思いますが、今から行くつもりですか? お一人で」

魔法使い「二人で行けとは書いてない。悪いけど、私一人でやる。で、報酬は全部貰う」

受付嬢「……」

魔法使い「その傭兵って奴がよっぽど厚かましい奴じゃなきゃ、金を分配しろなんて言わないでしょ?」

受付嬢「御安心を、彼はそのような人物ではありません」

魔法使い「それなら良かったよ。そいつには適当に言っておいて」


受付嬢「分かりました。では、お気を付けて」

魔法使い「ありがと。受付さん、またね」スタスタ

ガチャ バタンッ

受付嬢(……こうなるとは思っていました。でもまさか、こんなにも早く単独行動を選ぶとは)

カチッ

カチッ

カチッ…

受付嬢「……」

ガチャリ…

受付嬢「お待ちしておりました。お久しぶりですね。お元気でしたか?」

受付嬢「それは何よりです。しかし、貴男がこの街に戻ってくるのは何年振りになるでしょうか」


受付嬢「二年? いいえ、違います。二年と三ヶ月と四日です」

受付嬢「それより、また傷痕が増えたようですね相変わらず、無茶な依頼ばかり……」ポツリ

受付嬢「いえ、何でもありません。早速ではありますが、此方に拇印をお願いします」

受付嬢「ありがとうございます。依頼内容に変更はありませんが、念の為確認しますか?」

受付嬢「必要ない?」

受付嬢「そうですか、分かりました。それから、少々問題が起きました」

受付嬢「ええ、そうです。彼女、魔法使いが想定していたより早く単独で現場に向かってしまったのです」

受付嬢「ええ、場所はそう遠くありません。事は急を要します。急ぎ、向かって下さい」

受付嬢「ご心配なく、馬は既に用意してあります。借りたものですが、とてもよい馬ですよ?」

受付嬢「いえ、料金は必要ありません。貴男の報酬から天引き致しますので」

受付嬢「……あの、今のは冗談ですよ?」

受付嬢「分かりづらい、ですか? そうですか、それは失礼致しました」ペコリ


受付嬢「では、彼女を宜しくお願いします。彼女はまだ若く、才能のある貴重な存在です」

受付嬢「彼女を失うのは此方にとっても大きな損失。近頃は妙な失踪も相次いでいます」

受付嬢「……ええ、そうです」

受付嬢「失踪したのはいずれも魔力が特級の者。やはり、ご存知でしたか」

受付嬢「簡単な依頼内容で高い報酬。つまり今回のような依頼に釣られて、と言うものもあります」

受付嬢「既に調査はしています。しかし、依頼者に訊ねても名前を貸しただけだと……」

受付嬢「その影にいるのは魔術結社という話もありますが、未だ全容は見えていません」

受付嬢「だからこそ貴方に協力を仰いだのですが、何もなければそれで構いません」

受付嬢「……分かりました」

受付嬢「もし何者かが現れた場合、その際の判断は貴方に任せます」

ガチャ…

受付嬢「あの」

クルッ

受付嬢「……いえ、何でもありません。引き留めて申し訳ありませんでした。お気を付けて」

バタンッ…


受付嬢「お帰りなさい、傭兵さん……」


第一話 帰還

終わり


第二話 

魔法使い(この辺りでいっか。双眼鏡、双眼鏡)

ガサゴソ

魔法使い(ん~っと? 確認出来るだけでも五匹か。なんだ、下級も下級じゃん。野犬みたいなものだけど、一応様子見とこ)

魔法使い(……変化ナシ)

魔法使い(何だかなぁ。あの数は少な過ぎる。群れからはぐれたのかな)

魔法使い(ま、そんなのどうでもいっか。さっさと終わらせよ)

ジャリッ

魔法使い「!!」バッ

魔法使い「……誰よ、アンタ」

魔法使い「傭兵? あ~、そう、アンタがねぇ……」ジロジロ

魔法使い「ふーん。思ったより若いんだね。って言うかさ、折角追い掛けて来たのに何だけど、アンタは必要ないから」

魔法使い「それにアンタ、魔術使えないでしょ? それで良く私に協力するだなんて言えた……え?」


魔法使い「何で分かるかって?」

魔法使い「だって、アンタから魔力を一切感じないし。って言うか、私くらいの子は普通に出来るよ、これくらい」

魔法使い「魔術は日々進歩してんの。魔力の探知なんて今は当たり前なの」

魔法使い「まあ、アンタみたいな旧世代のオッサンには分からないだろうけどね」

魔法使い「って言うかさ、アンタの世代だって魔法使い使えて当たり前だったでしょ?」

魔法使い「この際だから言うけど、今時魔術使えないとか有り得ないから」

魔法使い「多少は鍛えてるみたいだけど、筋肉なんて必要ないの。今は魔術主体なの、分かる?」

魔法使い「はぁ……」

魔法使い「大体さ、今の時代に魔術も使えないのに傭兵やってるのってアンタくらいじゃない?」

魔法使い「そうそう、この世界は世代交代も入れ代わりも激しいしさ」

魔法使い「それにさ、魔術使えないってだけで依頼受けられないこともあるんじゃないの? 受けたくても依頼者から弾かれたりさあ」

魔法使い「そんなことない? あっそ、まあ別にアンタのことなんてどうでも良いけどさ。んじゃね」スタスタ


魔法使い「あ、そうだ」クルッ

魔法使い「受付さんには言っておいたけど、私一人でやるわけだから報酬は全部貰うよ?」

魔法使い「……しつこいな」スッ

ボゥッ!

魔法使い「あのさ、私の邪魔しないでくれる? それ以上付いてきたら、次は当てるから」

魔法使い「はあ? 終わるまで此処で待ってる? 何それ、保護者気取り?」

魔法使い「……約束?」

魔法使い「あぁ、そう言うことね……受付さんから頼まれたんだ。だったら好きにすれば?」

魔法使い「言っとくけど、一緒に戦っただなんて嘘は吐かないでよ?」

魔法使い「そんな嘘は吐かない? ま、アンタが何を言おうが金は私が貰うから別に良いけどさ。んじゃね」


第二話 時代遅れ

終わり


第三話

魔法使い「五匹目っと」スッ

ボゥッ!メラメラ…

魔法使い(まだいるみたいだけど、こいつら相手なら余裕でしょ。なんか大人しいし)

魔法使い(でもまあ、こんなのが相手でも報酬が高いんだから魔物討伐はやめられないんだよね)スッ

ボゥッ!メラメラ…

魔法使い(八匹、九匹、今ので終わりかな? 固まってるから焼きやすくていいや)

魔法使い「……あ、そうだ、アイツは」チラッ

魔法使い「……………いないし。何が約束だよ。ま、そんなもんだろうと思ったけどさ」


「いやいや、遅れて申し訳ない申し訳ない」


魔法使い「!?」クルッ

「ああ、驚かせて申し訳ありません。私は呪術師と申します」

魔法使い(コイツ、どこから……)

呪術師「いやいや、お手並み拝見しましたよ。貴方には才能があるようですね。どうです? 私と共に来ませんか?」

魔法使い「あのさ、いきなり現れた奴に付いていく奴がいると思う? 馬鹿言わないでくれない?」

呪術師「まあまあまあ、聞いて下さいよ。近頃の魔術の進歩は凄まじいですが、魔術師の社会的地位はまだまだ低い」

魔法使い(同業者っぽいなあ。魔力は私の方が上だ。どうする、一発かますか)

呪術師「古い価値観に囚われ、魔術師を差別する老人達は大勢いる。まあ、その老人達が国を動かしているのだから当然ですがね」

魔法使い「……だから?」

呪術師「貴方の世代は特に魔術に優れている。世代を重ねるごとに体内魔力も上がっているという統計も出ています」

魔法使い「話が見えないんだけど」

呪術師「私はね、近々優れた魔術師が世界を動かすと思うのですよ」


魔法使い「何それ、国盗りでもする気?」

呪術師「乱暴な言い方をすれば、そうなりますかね。だからこそ、貴方のような優れた魔術師が必要なのです」

魔法使い「アホらし、付き合ってらんない。悪いけど他を当たってくれる?」ザッ

呪術師「貴方、魔力判定は特級でしょう?」

魔法使い「……だったらなにさ?」

呪術師「なのに何故、傭兵紛いのことをしているのです? もっと違った道があったのでは?」

魔法使い「そんなの私の勝手でしょ?」

呪術師「確かにそうですね。あぁ、そう言えば魔法使いさん。貴方、両親を火事でなくしていらっしゃる。そう、火事で」

魔法使い「……」

呪術師「貴方のような境遇にある者は此方に沢山います。居場所の失った、才能溢れる子供達……」

魔法使い「そうやって口説いて、体良く使い捨てられる奴を集めてるわけ?」

呪術師「使い捨てだなんてそんな。同志ですよ、同志。私達は魔術師への正当な評価が欲しいだけです」


魔法使い「悪いけど興味ない。もう行くから」

呪術師「もう戻ることは出来ませんよ? 貴方は罪人なのですから」

魔法使い「………はぁ。あのさ、アンタって頭おかしいんじゃないの?」

呪術師「頭がおかしいのは、罪のない子供達を殺した貴方の方ですよ」

魔法使い「何言って……!!」

魔物の死体が転がる場所を指差してそう言った。

しかし、そこにあるはずの魔物の死体はなく、そこには幼い子供の遺体があった。

炭化したそれは抱き合うようにして身を寄せ合っている。

その有様を見て、魔法使いの意識は子供の遺体に大きく傾いた。


魔法使い(そんな、何で……)

呪術師「子供は容易いな」

魔法使い「しまっ」

ガツン! ドサッ…

呪術師「戦いってのは魔力の大きさじゃあないんだよ。しかしまあ、子供ってのは楽でいい……」

魔法使い「」

呪術師「全く全く可愛げのないガキだ。大人しく口車に乗れよ。運ぶ身にもな」

ドンッ…

呪術師「……?」

突如、右肩に殴られたような衝撃。

その衝撃に肩を持って行かれ倒れ込み、続いて焼けるような熱、肩から突き出た矢尻が目に入る。

そこでようやく、矢で射られたのだと理解する。


呪術師「ッ!!」

すぐさま体を起こして振り返ると、朽ちかけた民家の影から男が現れた。

剣と弩、肩当て胸当て、これといって特徴のない装備、魔力を一切感じさせない、ただの男。

呪術師「……あぁ、そうですかそうですか、なるほど、貴方でしたか。状況は把握しました」

呪術師「魔力を欠片ほども持たないと言うのは話に聞いていた以上に厄介ですね……」

男は無言のまま剣を抜き、呪術師に詰め寄る。

奇襲には慣れているようで、汗一つない。

呪術師(やれやれ、これだから傭兵って生き物は……躊躇いなく背後を刺しやがる)

呪術師に動く様子はない。

それどころか頭を垂れるように膝を突き、再び倒れ込んだ。

多量の発汗、体は忙しなく震え、涎を垂らしている。矢尻には毒が塗り込まれていたのだろう。

男は、既に眼前に迫っていた。

呪術師「亡国の傭兵、魔術師を愛する赤い羊よ、お目にかかれて光栄です」


その声は明らかに震えている。

痙攣が引き起こした不規則な笑み、居心地悪そうに動き回る眼球。

その様を見ても、亡霊の傭兵と呼ばれた男は呪術師に一切の関心を払うことはなかった。

傭兵はやはり無言のまま呪術師を見下ろして、肩の矢をゆっくりと引き抜く。

呪術師「ぐっ、うぅっ…」

呪術師(……矢の一本でさえも私にくれてやるつもりはないと言うことか。けちな奴だ)

矢尻が引っ掛かったが無理矢理に引き抜かれ、更に大量の汗が流れる。

呪術師「……一つ、お訊ねしたいのですが」

今まさに剣が振り下ろされようとしているのだが、呪術師には見えていなかった。


視界は毒によって既に奪われていた。

この様子では、首など刎ねなくとも数分の内に死亡するだろう。

呪術師「貴方は私を追っていたのですか? それとも偶然に?」

答えはない。

呪術師「もし偶然なのだとしたら、私も運が悪」

全てを言い終える前に首が舞った。

呪術師「る ぃ」

亡国の傭兵。

そう呼ばれた男は、やはり無言のままだった。


第三話 亡霊

終わり


第四話

あれから数日後

受付嬢「……」カリカリ

受付嬢「……」ペラッ

受付嬢「……」カリカリ

受付嬢「……」ペラッ

ガチャバタン!

魔法使い「受付さん!! アイツは!?」

受付嬢「……静かに入って来て下さい。この部屋には私しかいませんが、待合室とは名ばかりの酒場に入り浸るお客様もいらっしゃいますので」

魔法使い「いるのはお客様なんかじゃなく、どいつもこいつも私と同じ、傭兵兼賞金稼ぎだよ」

受付嬢「一応、お金を払ってお酒を飲んでいますからお客様です」

魔法使い「そんなことはいいの、アイツは何処にいるのか教えてよ」


受付嬢「アイツ、とは?」

魔法使い「傭兵だよ、傭兵、オッサン」

受付嬢「傭兵もオッサンも酒場に腐るほどいますよ」

魔法使い「いやいやいや、そうじゃなくってさ。って言うか分かってるでしょ?」

受付嬢「……はぁ、会ってどうするつもりですか? 金を渡せとでも?」

魔法使い「違うよ。助けてもらっといてそんなこと言わない。寧ろ逆だよ、逆」

受付嬢「逆? それはどういうことでしょうか」

魔法使い「このお金、私の分の報酬を渡す」

受付嬢「はい?」


魔法使い「あの、さ……」モジモジ

受付嬢「何でしょう」

魔法使い「なんか、さ……」モジモジ

受付嬢「はぁ」

魔法使い「あんな醜態を晒しといて金を受け取るのってさ」

受付嬢「ええ」

魔法使い「めちゃくちゃダサくない?」

受付嬢「それが我慢ならないわけですか」

魔法使い「そうなの……だからさ、これを渡したら少しは楽になるかなって思ってさ」

受付嬢「そういうことでしたら良いでしょう。彼はこの街に暫く滞在します。立ち寄る場所はある程度決まっているので、お教えします」

魔法使い「ホントに!? いや、って言うか何で……」


受付嬢「何でしょう?」

魔法使い(受付さん、何でそんなことまで知ってるんだろ? 仲介業だし色々詳しいのは分かるけど、そんなことまで知ってるってちょっと変じゃない?)

受付嬢「何か」

魔法使い「ううん、なんでもない(ま、別にどうでもいっか)」

受付嬢「では、此方が彼の立ち寄る場所の一覧になります」

魔法使い「うわ、こんなにあるの?」

受付嬢「上から順に、居る確率が高い場所になります」

魔法使い「はぇ~、凄いね」

受付嬢「それから、貴方は休日を過ごす傭兵の後を付けるわけですから、注意して下さい」

魔法使い「はいはい、分かってます。これ、ありがとね。それじゃ、ささっと渡してくるよ」


受付嬢「お待ち下さい」

魔法使い「な~に?」

受付嬢「聞くのが遅れましたが、もう大丈夫なのですか? 杖か何かで殴られたと聞きましたが」

魔法使い「……うん、もう大丈夫。あのさ」

受付嬢「はい」

魔法使い「私を襲った呪術師って奴は?」

受付嬢「貴方が生きて帰って来たと言うことは、そういうことです」

魔法使い「……だよね。ごめん、変なこと聞いた」

受付嬢「……」

魔法使い「んじゃね」

コツコツ ピタッ

魔法使い「……」クルリ

受付嬢「まだ何か?」


魔法使い「ありがとう……」

受付嬢「お礼は私にではなく彼に言って下さい」

魔法使い「アイツに頼んだのは受付さんなんでしょ?」

受付嬢「違います」

魔法使い「何で嘘吐くのさ」

受付嬢「嘘ではありません」

魔法使い「別にそれでもいいよ。ありがとうって言いたいの、気持ちくらい受け取ってよ」

受付嬢「受け取れません」

魔法使い「あっそ! ならいいよ!」ガチャ


受付嬢「魔法使い」

魔法使い「なにさ!」

受付嬢「お帰りなさい」

魔法使い「ぁ………………っ、ただいま!!!」

バタン!

受付嬢「……」

シーン

受付嬢「……」

受付嬢「……」カリカリ

受付嬢「……」ペラッ

受付嬢「……」カリカリ

受付嬢「……」ペラッ

受付嬢「……」カリカリ

受付嬢「………………魔法使いがいないと静かですね」


第四話 嵐の後に

終わり

ここまで


第五話

魔法使い「此処も外れか……」

傭兵を捜し歩き、此処で三ヶ所目。

見慣れた街並み、数多く立ち並ぶ店、普段は便利で何の不足もないが、今はその街並みが意地悪く思えた。

魔法使い「この街、こんなに広かったっけ……えっと、次は」カサッ

魔法使い(教会か。ああいう静かな場所って苦手だ……って言うかお腹空いてきた)チラッ

魔法使い(……まだお昼になってないし、教会行ってからにしよ)

テクテク


>>>>教会

魔法使い(やっぱり、この雰囲気って苦手だ)

魔法使い(結構人もいるし、ぐるっと回って顔見よう)

コツコツ

魔法使い(足音響くなぁ……)

コツコツ

魔法使い(ふむ、誰も彼も神妙な顔をしてますな。くすぐってやりたくなるぜ)

コツコツ

魔法使い(………不思議なものだ)

コツコツ

魔法使い(こうして静かな場所に来ると、何故だか無性に大声を出したくなる)


魔法使い(やらないけどさ……ん?)

周囲とは様子の違う男がいた。

その男は椅子の背もたれにだらしなく体を預け、足を投げ出し、明らかに眠っている。

魔法使いはその男を見付けると笑みを浮かべ、教会内を颯爽と駆けた。

そして人違いを避ける為にしっかりと男の顔を確認すると、言った。

魔法使い「起きろ!!!」

それによってその男、傭兵は目を覚まし、魔法使いはそれに満足したようだった。

傭兵は訳が分からないと言った様子、間の抜けた顔で魔法使いを見ている。

魔法使いはその様を見て、けらけらと笑った。


二人は教会から追い出された。


>>>>お食事処

魔法使い「いや、だから悪かったってば」

魔法使い「私だって、教会の中で大声出すなんて思わなかったんだよ」

魔法使い「だ、だって三ヶ所も回ったんだよ? あっち行ったり、こっち行ったりさ」

魔法使い「うん? 結局何の用かって?」

魔法使い「それは、え~っと……そ、その前に食べてよ。お代は私が払うからさ」

モグモグ

魔法使い「どう? 美味しいでしょ?」

▼傭兵は満足そうだ!

魔法使い「でしょ? 初めて来た? ってことは、前にもこの街に来たことあるの?」

魔法使い「ふーん、何度か来てるんだ」

魔法使い「私? 私はこの街出身だよ。歳? 十六だけど? アンタは?」


▼傭兵は正直に答えた!

魔法使い「……ふーん」

魔法使い「見た目よりも歳行ってるね。受付さんに聞いた時は、もっとオッサンだと思ってたけどさ」

魔法使い「え? いや、まあ、オッサンと言うほどオッサンではないけどさあ」

魔法使い「もしかしてオッサンって言われたの気にしてた? 傭兵って呼ぼうか?」

魔法使い「でもそれだと分かりにくいか。二つ名とかないの? アンタって有名なんでしょ?」

魔法使い「ないの? でも、そういうのって誰が付けるのかな。やっぱり自分で付けたり……ん?」

魔法使い「ああ、ごめん」

魔法使い「えっと、その、この前はありがとう。助けてくれたって聞いた」

魔法使い「なんていうか、お礼がしたくてさ。それと、これを受け取ってよ。私の分の報酬」スッ


魔法使い「え? それは確かに魔物を倒したのは私だけどさ」

▼傭兵は遠慮している……

魔法使い「い、いいから受け取ってよ。そうしないと私の気が済まないの」

魔法使い「ん、これで良し……え?」

魔法使い「そんなの気にしなくても大丈夫だよ。お金はまた稼げばいいしさ」

魔法使い「後、アンタに頼みがあるんだ」

魔法使い「え~っと、何て言うか、その……」

魔法使い「ち、違う違う! お金のことじゃないよ」

魔法使い「頼みって言うのは、アンタがこの街にいる間、依頼を手伝わせて欲しいんだ」


魔法使い「理由?」

魔法使い「魔物が子供に変わったのは見たでしょ。あれは幻なんかじゃなかった……」

魔法使い「何をしたのか分からないけど、絶対に許されないことだってのは分かる」

魔法使い「何とかしたいって、そう思うんだ。きっと、呪術師みたいな奴は一人じゃない」

魔法使い「アンタ、あいつらを調べてるんでしょ? 私を助ける為だけにこの街に来たわけじゃない。そうでしょ?」

▼傭兵は迷ったが頷いた。

魔法使い「お願い、私にも手伝わせて」

魔法使い「危険なのは分かってる。助けられたクセに厚かましいって分かってる。迷惑なのも分かってる」

魔法使い「だけど、何かしたいんだ。あれを忘れられる程器用じゃないし、あんなのを受け入れられる程腐ってない」

魔法使い「だから……え、いいの?」

魔法使い「本当に? 後からやっぱり無理とか言ってもついて行くからね?」

魔法使い「……明日の昼に酒場ね、分かった。あ、うん、もっと食べても大丈夫だよ」


▼傭兵は料理に夢中だ!

魔法使い「あのさ、今更だけど、ごめんなさい」

魔法使い「だってあんなに馬鹿したのに、手伝わせてとか頼んでさ。嫌だよね、普通に……」

魔法使い「うん、今まで一人でやって来たのもあったし、意地になってたのもあったんだ」

魔法使い「そう。今まで組んだことない……仕方ないよ。私、こんなんだしさ」

魔法使い「そ。魔力評価は特級だけど、だから嫌われてるってのもある」

魔法使い「それにほら、魔術師って昔から嫌われてるでしょ?」

魔法使い「昔よりは理解されてるっぽいけど、やっぱり消えないよ。そういうのは……」

▼傭兵は心配そうな顔をしている……

魔法使い「いや、別にそこまで悩んでるわけじゃないよ。慣れてるし」


▼傭兵は再び料理に夢中になった。

魔法使い「アンタって変わってるね」

魔法使い「きっと強いんだろうけど、無害そうって言うか、傭兵っぽくないって言うかさ」

魔法使い「分かってる」

魔法使い「傭兵は汚い真似だってする。勝手に期待して、勝手に幻滅したりしない」

魔法使い「でも、やっぱり傭兵っぽくないよ。その辺歩いてても気付かないと思う」

魔法使い「子供と歩いてても不思議じゃないって言うか、そんな感じがする」

魔法使い「そうかな? 案外、親子に見られてるかも知れないよ? そこら辺にいる普通のお父さん……」

魔法使い「……」

魔法使い「あ~、ごめん。私、そろそろ行かないと、お金は払っておくから食べてて大丈夫だから。明日の昼に酒場ね? それじゃっ!」


▼傭兵はぼーっとしている。何かを考えているようだ。


>>>>応接室

受付嬢「……」ペラッ

コンコンッ

受付嬢「はい、どうぞ」

▼傭兵が現れた。

受付嬢「あっ……」

受付嬢「いえ、まさか貴方が来るとは思っていませんでした。それより、魔法使いが貴方にお金を渡すと言って捜しに行きましたが」

受付嬢「そうですか、無事に会えたようで何よりです。はい、何でしょう?」

受付嬢「魔法使いが?」

受付嬢「……へえ。協力、ですか。魔法使いも強引ですね。勿論、断ったのでしょう?」

▼傭兵は首を横に振った。

受付嬢「……………はい?」

受付嬢「つまり貴方は、娘と言われても不思議ではない年頃の子供に押し切られたわけですね?」

▼傭兵は否定した!

受付嬢「言い訳は結構です」

受付嬢「貴方も随分と変わったのですね。まだ傭兵として経験が少ない者と組むだなんて」


▼傭兵は優しく指摘した!

受付嬢「はい? 私はもう大人ですが?」

受付嬢「……別にいいです。貴方からすれば、私など子供でしょうから」

受付嬢「なんでもありません」

受付嬢「それで、彼女を頼みを受け入れたのは何故ですか? まさか若い子に迫られて気を良くしたわけではないでしょう」

▼傭兵は事情を説明した。

受付嬢「……確かに。彼女の場合、断っても素直に聞き入れるとは思えません」

受付嬢「しかし危険ではありませんか?」

受付嬢「魔法使いには才能があるとは言え、経験が足りません。はい? 後進の育成ですか? 貴方が?」

受付嬢「いえ、駄目というわけでは……貴方が決めたのなら文句はありません」

受付嬢「魔法使いは、私にとってただの傭兵ではないのです。騒がしい方ですが、嫌いではありません」

▼傭兵は約束した。

受付嬢「……そうして下さると助かります。彼女を守って下さい。再び狙われる可能性もあります」

受付嬢「申し訳ありません。こんな体でなければ、お手伝い出来たのですが……」


▼傭兵は深く謝罪した……

受付嬢「貴方は謝らないで下さい」

受付嬢「これは貴方の責任ではありません。貴方には感謝しているのです」

▼傭兵は悲しそうだ。

受付嬢「……相変わらず、おかしな人です、貴方は。私のことなど、忘れてくれても良いのに」

受付嬢「だってもう、母はいないのですよ?」

受付嬢「……」

受付嬢「貴方は変わりませんね……」

受付嬢「時代はこんなにも動いているのに、貴方だけが変わらない。それがよいことなのか悪いことなのか、私には分かりません」

受付嬢「いつか貴方が傭兵ではなくなったら、その時は、会いに来てくれますか?」

受付嬢「……ごめんなさい。忘れて構わないなんて言いながら、こんな事」

受付嬢「っ、はい、分かりました。では、明日の昼に。お待ちしております」

▼傭兵は立ち去った。

受付嬢「……」

受付嬢「……分かっています。貴方が傭兵ではなくなる時、それはきっと……」


第五話 彼女達の依頼

終わり


第六話

>>>>翌日

魔法使い(暇だな。お酒飲めないし……)

一応早めには来たものの酒場に彼の姿はなく、隅っこの席で待つことにした。

出来ることなら受付嬢の所で時間を潰したかったのだが、応対に追われているようだった。

予想していた通り、先日のことを聞きつけた同業者に笑われたりもした。

彼女を妬む者にとって、若く才能ある者が躓いた姿はさぞ愉快だったのだろう。

(ま、別にいいけどさ……)

彼等が向ける好奇の眼差しも、先のような嘲笑も、彼女にとっては特別なものではない。

風景の一部、同じ顔をしたその他大勢、誰かを見下すことでしか安心を得られない大人達。

嫌なら酒場を出れば良いのは分かっている。だが、逃げたと思われるのは我慢ならなかった。


魔法使い(あんなの、退屈なだけだ……あっ)

その時、酒場の扉が開いた。

喧騒は止み、誰もが息を呑んだ。

その傭兵はこれといって大した特徴のない男だが、それ故に特徴的と言えた。

若くはないが、それほど老けてもいない。

気の抜けたような、隙なく構えているような、強いような、弱いような、温和そうであり、冷酷そうでもある。

よく分からない男だが、その矛盾した印象が与えるのは恐怖によく似たものだった。

彼に関する尾ひれのついた噂や伝説。

それが尊敬や畏怖、疑念を煽り立て、場の空気は更に凍り付く。

今やたった一人の男に、酒場にいる屈強な傭兵達は呑まれていた。


「あ、来た来た。遅かったね」

唯一、魔法使いを除いては。

「いいよ、別に遅れたわけじゃないしさ。それより早く行かない? 此処、煙たくてちょっと苦手なんだ……」

そう言って連れ立って出て行こうとする二人を見て、一人の傭兵が声を上げた。

「亡国の傭兵、あんたもまだまだ若いんだな」

それが嫌味、或いは挑発だと分かるのに、それほど時間は掛からなかった。

「……最っ低」

「最低? 事実だろう? 役に立たない若い傭兵、女を連れて行く理由が他にあるのか?」

手を引いて店を後にしようしたが、魔法使いはその場を動こうとはしない。

「依頼を遂げる。それ以外に理由なんてない」


魔法使いの答えに、大きな笑いが起こった。

「お前が相棒に選ばれたってのか? 笑わせるなよ、小娘」

「……あ~、そっか、そういうことか、なる程ね。アンタ、私に嫉妬してるんだ」

笑い声がピタリと止んだ。

その場の誰もが息を吸い込む。次の瞬間には罵詈雑言として吐き出されるだろう。

それを察した傭兵は素早く魔法使いの手を引いて今度こそ酒場を後にした。

扉を閉じたと同時に、爆発したかのような怒号が響く。

傭兵はそのまま手を引いてその場を後にしたが、魔法使いは酒場の扉の先にいるであろう輩を睨み続けていた。


暫く歩くと背後で響く怒号が止んだ。

おそらく、受付嬢が酒場に顔を出したのだろう。

魔法使い「ああいう奴が嫌いなんだよ……」

▼傭兵は穏やかに注意した。

魔法使い「分かってるよ。賢い人なら相手にしないんだろうけど、私にそれは無理っぽい」

魔法使い「一回は我慢しろ?」

魔法使い「分かった分かった、次は我慢する。出来るか分かんないけど努力はする」

魔法使い「真面目に聞いてるよ」

魔法使い「今は一人じゃないんだ。ああいうのは避けるべきだってことは分かってる。だけど、我慢出来なくってさ」

▼傭兵は優しく微笑んだ。

魔法使い「うるさい、子供扱いすんな」

魔法使い「って言うか、若いなあ、とか言わないでよ。それは流石にオッサンっぽいよ?」

▼傭兵は少し落ち込んでいる……

魔法使い「ご、ごめんて。そんなに落ち込まなくてもいいじゃんか……」

魔法使い「でさ、調査って何するわけ?」


第六話 子知らず

終わり


第七話

街の外れ。

二人は双眼鏡を手に屋根に寝そべり、幾つかの空き家が立ち並ぶ一画を監視していた。

受付嬢に会うことは出来なかったが、傭兵は既に依頼内容に目を通していたようだ。

魔法使い「戦士? 誰それ?」

魔法使い「へ~、私と同期なんだ。いや、知らん。他の街の傭兵とか気にしたことないし」

魔法使い「で、そいつがどうしたのさ」

▼傭兵は説明した。

行方不明になったはずの傭兵、戦士が、最近この街で目撃されている。

腕は立つらしく早々に国から引き抜かれたという噂もあったが国はそれを否定している。

特に依頼を受けたりするわけでもなく、この街に潜んでいるらしく、この辺りにいる可能性が高い。

戦士に何が起きたのか、その真意を確かめるのが今回の依頼である。


魔法使い「国にも聞いたんだ。その依頼って国側から? それともこっち側、請負業界から?」


▼傭兵は答えた。

魔法使い「こっち側の依頼か……」

魔法使い「そりゃそうだよね。国は傭兵がどうなったかなんて気にしないよね」

魔法使い「で、どうするの? 空き家を片っ端から調べてく?」

魔法使い「は? 夜まで!? まだ昼だよ!? 夜からで良かったじゃんか……」

魔法使い「はいはい、まずは何時何処に出入りしてるのか調べるわけね。分かりましたよ」

魔法使い「……あっ!!」

魔法使い「あそこの空き家を見て下さい!! 若い男女が入って行きました!!」

魔法使い「う~ん、女の子は渋々って感じだねえ。男に押し切られたのかな。まったく最近の若いもんは……」

▼傭兵は双眼鏡を取り上げた!

魔法使い「なにさ、別にいいじゃんか」

魔法使い「だって見られる覚悟あってのことでしょ? だったら果てるまで見届ける責任があると思わない?」


▼傭兵は魔法使いの頭をぺちんと叩いた!

魔法使い「あいたっ、冗談だってば……」

魔法使い「でもさ、欲望に忠実そうで羨ましいな。ある意味真っ直ぐじゃん」

魔法使い「ああいう熱を保つのって難しそうだけど、見てる分には楽しいしさ」

魔法使い「……あのさ」

魔法使い「あの二人、引っ付いて出て来るのかな。それとも口も利かないで出て来るのかな……」

▼傭兵は慎重に言葉を選んで答えた!

魔法使い「男の子次第か、まあそうだよね」

魔法使い「アンタはどっちだと思う? さっきの男の子は終わった後に愛を囁くと思う?」

魔法使い「……現実的だね。でも、私もそう思うよ。あの女の子には気の毒だけどね」


魔法使い「冷めてる?」

魔法使い「そうかなぁ、多分これくらいが普通だよ。恋に恋する女なんてとっくに絶滅してる」

▼傭兵は現実に絶望した。

魔法使い「いや、まだ絶滅してないか。少なくとも、あの空き家の中に一人いるわけだし」

魔法使い「出て来る頃には冷めてるかもだけど今はまだ……あ……絶滅しちゃった」

上着を手に足早に立ち去る同じ年頃の女性を、魔法使いは気の毒そうに見つめている。

魔法使い「アンタの言う通りだったね……」

魔法使い「いや、男はああいう奴ばかりじゃないとか言われても説得力ないって。あれが現実なんだからさ」

▼傭兵は何故か謝罪してしまった!

魔法使い「何でアンタが謝るのさ……」

魔法使い「あ~、もしかしてそういう経験がおありで? 若い頃は遊んでたんだ?」


▼傭兵は咄嗟に否定した!

魔法使い「ふーん。まあいいけどさ」

魔法使い「あっ、男の子が出て来たよ!?」

魔法使い「何してんのかな? 落ち込んでる暇があるなら何でさっさと追い掛ければ良いのに」

▼傭兵は答えに窮した!

魔法使い「そしたら、まだ望みはあったかも知れないじゃん。すぐ諦めるからダメなんだよ」

魔法使い「アンタだったらどうする? って言うか、今の若い子とアンタが若い頃って何が違うの?」

▼傭兵は矢継ぎ早の問いにたじろいでいる!

魔法使い「あっ、でも世代が違ってもやることは同じか。人間って進歩しないね」


▼傭兵は世代の違いに衝撃を受けた。


>>>>数時間後

魔法使い「……」カクンッ

ゴチン!

魔法使い「あいたっ……あ、ごめん。うとうとしてた。覚悟はしてたけど中々現れないね」

魔法使い「あっ」

魔法使い「え? 違う違う。今度はまぐわい目的の男女じゃないってば! ほら見てよ」

魔法使い「あれが戦士? どうするの?」

魔法使い「まだ様子見? さっさと取っ捕まえた方が早くない?」

魔法使い「あ、そっか。他にも現れるかも知れないもんね。でも、こういうの苦手だなあ」

その後も監視を続けたが戦士の他には誰も現れず、その日は戦士が出て来ることもなかった。

傭兵は引き続き監視することを決め、慎重な姿勢を示した。

魔法使いは不満そうであったが逆らうことはせず、それに従ったのだった。


>>>>時は過ぎ、それから七日後

魔法使い「ふあぁ、やっぱり今日も同じだよ」

魔法使い「行動するのは日没から夜明けまで、それ以外は空き家にいる」

魔法使い「外出中に空き家を調べたけど目立ったものは何もなかったしさあ」

魔法使い「それに他の奴が出入りしてる様子もないし、街から出てる様子もない」

魔法使い「かと言って何をするわけでもなく、ああやって深夜の街をぐるぐる回るだけ」

そう言って戦士の背中を指差した。

魔法使い「確かに気味は悪いけど、悪さはしてない。声掛けても大丈夫じゃない?」

魔法使い「勿論、慎重にさ」


▼傭兵は思案している。

魔法使い「もう監視で得られる情報はないよ。慎重過ぎると逃げられるかもよ?」

魔法使い「それに、最近同じ姿勢ばっかで体がバキボキ言うんだよね……んっ」

ポキポキッ

魔法使い「ふ~っ。で、どうする?」

▼傭兵は決断した。

戦士を尾行、比較的開けた場所で接触。

傭兵が話し掛け、魔法使いは念の為に離れた位置からそれを監視する。

もしもの時は、魔法使いが援護することとなる。

魔法使い「分かった。じゃあ、行こう」

尾行に問題なく、戦士にも変化は見られない。

だが、街には変化があった。

魔法使い「あ、馬車……あれって兵士だよね。あの兵士達も調査に来たのかな」


▼傭兵は走り出した!

魔法使い「え、えっ、ちょっと待っ……!?」

そう言い掛けて、魔法使いは傭兵の後に続いた。傭兵が走り出した理由は直ぐに分かった。

これまで目立った動きのなかった戦士が馬車の進路を塞ぎ、剣を抜いている。

魔法使い(今まであんなことしなかったのに、何でいきなり……)

傭兵は馬車と戦士の間に割って入り、馬車には迂回するように指示を出す。

訳が分からない様子ではあったが、一人の兵士が傭兵の顔を見ると何かを察し、馬車を走らせその場を去った。

戦士「騒ぎを起こすつもりはなかった。ただ、いい加減、待つのも限界だったんだ」

通常よりも刀身に厚みのある剣を構えながら、特徴的な犬歯を覗かせにやりと笑う。

野生的なその笑みは不敵で挑戦的、その様は若く精力に満ち溢れた獣のようだった。


魔法使い「……」

魔法使いは手筈通り戦士の背後で杖を構える。

戦士「亡国の傭兵、慎重なのは歳だからか?」

構えを解いてだらりと腕を垂らすと、上半身をゆらゆらと揺らしながら、ゆっくりと傭兵に近付く。

やや細身で長身、すらりと伸びた手足、前傾をとる姿はしなやかだった。

戦士「確かめさせてもらうぜ。あんたより強くなったのかどうかをな」

魔法使い(悪いけど、させないよ)

拳大の火球を一瞬にして作り出し、戦士の背中に向けて躊躇いなく放つ。

魔力は抑えているものの、容易に避けられる速度ではない。

戦士「魔法使い、お前も我慢出来なかったんだろ。分かるぜ」

背後から迫っていた火球を事もなげに避けて見せると、戦士は傭兵に斬り掛かった。

火花、軋る金属音。戦士は長身を生かし傭兵に被さるようにして圧を掛ける。

競り合いは戦士が優勢、迷わず押し込み体を入れ替えると、更に続けた。

戦士「逸るのは分かるが終わるまで邪魔はするな。まあ、邪魔したくても出来ねえだろうけどな」


両者の動きは明らかに違っていた。

戦士の繰り出す素早く重い攻撃に対して、傭兵は防御に徹することしか出来ていない。

初見ながらに防いでいるのは、並外れた経験あっての業だろう。

しかし押し切られるのも時間の問題。

尚も苛烈な攻撃を仕掛ける戦士は先程と変わらぬ獰猛な笑みを浮かべている。

一方、魔法使いは焦っていた。

(人間相手に何も出来ないのは初めてだ。ううん、これで二度目……)

これまで協力して戦った経験は一度もなく、無論、援護に徹したこともない。

才能はあるが経験がない。攻撃以外に魔力を生かす方法を知らない。

受付嬢が危惧した通り、経験不足。

このままでは二対一で戦うことすら出来ない。

数の優位を一切活かせないまま、実質一対一で勝敗は決する。

(密着してる。距離を取ろうとしてるけど、すぐに詰められてる。あれじゃ火球を放ってもオッサンに当たる。攻撃じゃダメなんだ)

魔法使いは考える。

自分が攻撃せずに戦士を倒す方法、傭兵に戦士を倒させる方法を。


第七話 逸る若者達

終わり


第八話

戦士「亡国の傭兵、何故再び現れた」

戦士「伝説のまま消えていれば、無様な姿を晒さずに済んだはずだ」

至近距離の攻防から一転、戦士は大きく飛び退き距離を空ける。

やや前傾の半身になり、刀身を体で隠すように剣を構えた。

「実を言うとあんたに憧れてたんだぜ? いつかは俺もって、そう思ってた」

どう考えても届くはずのない距離から剣を振り抜くと再び火花が散った。

目を凝らすと暗闇に薄い銀色の糸が引いている。細く引き伸ばされたような何かだ。

魔法使い(今のは何?)

魔法使い(魔力で刀身を引き伸ばしてるの? それとも刀身自体が魔術? アイツ、見掛けに寄らず繊細な魔術を……)

相変わらず、傭兵は防戦一方。

頬や腕にうっすらと血が流れている。それだけで済んでいることが幸運と言えた。


しかし、更に速度が上がる。

どうやら、傭兵が反応出来る速度を見極めていたようだった。

傭兵の胸当てに深い傷がつく。敢えてそうしたのか、戦士には明らかな落胆の色が見えた。

「憧れてたよ。今は悲しいだけだけどな」

急激に距離を詰めて一層強く振り下ろされた戦士の剣は、傭兵の剣を叩き落とした。

傭兵はただじっと戦士の瞳を見つめ、何かを察したようだった。

「覚悟は出来てんだな」

「あんたには憧れのままでいて欲しかった。安心しろ、このことは話さない。あんたは伝説のままだ」

喉元に切っ先を突き付けながら、落胆と後悔が入り混じった声で戦士は言った。

攻め続けた結果戦士は肩で息をしており、額から頬に幾筋もの汗が伝っている。


「……冗談だろ」

異様だった。

傭兵の額には汗一つなく、じっと戦士を見つめている。それは観察しているようにも見えた。

幾ら防御に徹していたとしても重圧はある。当然、しくじれば死ぬ。

にも拘わらず、汗一つない。

表情にも一切変化はない。戦士にも、自分の生死にさえも関心がないように見える。

と言うことは、既に死を受け入れていたのか。或いは体質という可能性もある。

前者だとしたら疑問が残る。

何故、亡国の傭兵は攻撃を防ぎ続けたのか。

本当に防戦一方だったなら、顔に出さないとしても冷や汗の一つは流れるはずだ。

その時、戦士の脳裏に一つの仮説が浮かび上がる。

(なら、俺は最初から……)

その時視界の隅、傭兵の後方に何かが浮かび上がった。ぼんやり光る、真ん丸の何かだ。


魔法使い「オッサン、ごめんっ!!」

戦士「バカかテメエは!!」

決着が付き気を抜いたのか反応は遅れ、疲労に足が縺れたのか動き出しも遅れた。

(巻き込まれるなんて冗談じゃ)

傭兵の背中目掛けて放たれた火球は寸分の狂いなく向かってくる。

だがそれは着弾目前に上昇して爆ぜた。威力はないが発する光は尋常ではない。

「何だよ、邪魔出来たのかよ、魔法使い……」

眩い光の中、戦士は視界を奪われ膝を突く。

瞼を開くと、そこには想像通りの光景があった。

見上げる自分、それを見下ろす傭兵と喉元に突き付けられた切っ先。


戦士「……殺せよ。亡国の傭兵」

戦士「俺はそうするつもりだったんだ。そうされる覚悟は出来てる」

その声に偽りはなく、これから起きるであろうことに納得もしている様子だった。

だが満足はしていない。

憧れに挑み、憧れを超える。その望みは叶うことはなく心残りだけがあった。

「あんたがどれだけ強いのか、ずっと知りたかったんだ。最後に教えてくれねえか」

傭兵はやはり無言だった。

「あの野郎が言った通り、けちだな」

振り上げられた剣を眺めながら、傭兵の傍らに立つ魔法使いを見つめた。

「お前は良い先生に恵まれたなあ、魔法使い。まあ、精々大事にしろよ。年寄りなんだからな……」


魔法使い「……殺すの?」

▼傭兵は答えない。

戦士「殺すさ」

魔法使い「アンタは黙ってて!! オッサン、生け捕りにしよう。何か分かるかも知れない」

▼傭兵は答えない。

戦士「亡国の傭兵に挑んで生きてる奴はいないんだ。そんなことも知らねえのかよ」

魔法使い「知るか、そんなのに興味ない」

戦士「先生のことくらい知っとけよ。亡国の傭兵は凄かったんだぜ?」

魔法使い「知らん。誰が強かったとか誰が凄かったとか、そんな『かった』に私は興味ない」

戦士「……」

▼傭兵は無言のまま剣を振り下ろした!

魔法使い「!?」

戦士「じゃあな、楽しかったぜ」

▼傭兵は戦士を倒した。

戦士の望みは傭兵によって絶たれた。


第八話 先生の教育方法

終わり

ここまで


第九話

翌日早朝

受付嬢「ですから、戦士は昨晩に死亡しました」

将校「ならば遺体を引き渡せ」

受付嬢「遺体を? 何故でしょうか?」

将校「貴様には関係ない。遺体は何処にある」

受付嬢「存じ上げません。遺体の処理は依頼を担当した傭兵に任せております」

将校「いい加減にしろよ、小娘。俺の部下が此処に戦士を担ぎ込んだ所を見ているんだよ」

受付嬢「だったら何だと言うのです。我々には貴方に協力する義務はありません」

将校「国の庇護を受けていながらその言い分は通用しない。薄汚い傭兵にも、それを斡旋する貴様等のような乞食にも、国に協力する義務がある」

受付嬢「その薄汚い傭兵と乞食があなた方に代わってこの街を守ってきたのです」

受付嬢「貴方は庇護と口にしましたが、戦時のどさくさで奪われた時から今まで庇護を受けた記憶はありません。母にも、私にも」

将校「貴様が国を恨んでいようが関係はない。こうして兵を引き連れてやって来たのが庇護でなくて何だ」


受付嬢「明確な協定違反です」

将校「貴様……」

受付嬢「彼が国の命に従うのを条件として、この街に自治を認め不可侵とする。私のような小娘は知らないと思いましたか?」

将校「『一定の自治権』だ。間違えるな。このような場合は適応されない」

受付嬢「では突然現れた挙げ句に何の説明もなく受け入れろと? そもそも、このような場合とは何でしょうか? あなた方の衣食住は誰が負担するのです?」

将校「負担? 守ってやると言っているのだ。提供するのは当然の義務だ」

受付嬢「口振りは略奪者のそれですね」

将校「何とでも言え。本来なら貴様のような輩に顔を出す必要などないのだぞ。こうして話してやるだけでも有り難いと思え」

受付嬢「貴方には呆れました」

将校「此方の台詞だ。さっさと戦士を引き渡せ」

受付嬢「そうですか、仕方ありませんね。いいでしょう。その代わり、この街から兵を連れて引き上げて下さい」


将校「良いだろう」

受付嬢「随分と聞き分けが良いですね。最初からそれだけが目的ですか? 兵士を多く引き連れて来たのもこの交渉の為だけに?」

将校「答える必要はない。そんなことよりさっさとしろ。こんな街、一分一秒も早く出て行きたい」

受付嬢「ではどうぞ、此方が戦士になります」

ゴトンッ

将校「何だそれは……」

受付嬢「見ての通り遺骨です。捕縛することは叶わず、交戦中に放った魔術で燃えて尽きてしまったようです」

受付嬢「我々としては戦士がそれほど重要人物だと思っていませんでした。まあ、こうなっては仕方がありません。
    兵士を先に向かせるのではく上官である貴方が先に来ていればまた違った結果になっていたかもしれませんね」

将校「ふざけるな!!」

受付嬢「喧しいですね。これはお渡ししますので、約束通り街からお引き取り下さい」


将校「認められか、こんなこと」

受付嬢「此方としては最大限譲歩したつもりです。各地の請負人、各地の傭兵と敵対することなく生きて帰ることが出来る。それだけでは不満ですか?」

将校「こんな街一つを落とすのは容易いぞ」

受付嬢「そうでしょうね。そして、彼が国に従う理由も失われる。そうなれば彼は王を殺すでしょう」

受付嬢「彼は執拗に王の命のみを狙う。何年何十年経とうと必ずやり遂げる。犠牲も出るでしょう。例えば唯一の男児であり、武勇で名を馳せている王子ですとか」

将校「……」ギリッ

受付嬢「王は死ぬまで怯え続けることとなる。つまり貴方は、王の平穏を脅かすと言っているのですよ?」

将校「…………っ、いずれは例の傭兵も死ぬ。この街の平穏など長くは続かない」

受付嬢「しかし、それは今ではありません。さあ、お引き取りを」

将校「後悔することになるぞ」

受付嬢「お気を付けて。この街には多く傭兵が暮らしています。大半は気のよい良識ある方々ですが、中にはそうでない方もいますので」


将校「ッ、失礼する!!!」

ガチャバタンッ!

受付嬢「……」ペラッ

受付嬢「……」カリカリ

受付嬢「……」ペラッ

受付嬢「……最近は噂や伝説ばかりが一人歩きして、約定を知らない方が増えましたね。兵士にも、傭兵にも、街の人々にも」

受付嬢「……」カリカリ

受付嬢「……」ペラッ

受付嬢「……」カリカリ

受付嬢「…………しかし、国があれ程まで躍起になっているのは少々気になりますね。何か情報は得られたでしょうか」


第九話 枷

終わり

短いけどここまで


第十話

酒場の地下。

この机と椅子二つだけが置かれた狭い室内で、魔法使いと戦士は机を挟んで対面していた。

傭兵は戦士の背後に立ち、二人の様子を眺めている。口を出すつもりはないようだ。

壁に掛けられた光源がどこからか吹く隙間風でかたかたと揺れている。

魔法使い「もう話せる?」

戦士「……ああ、もう何ともねえ。ただ斬られた感覚が残ってるだけだ。首が妙にむず痒い」

魔法使い「アンタはどこも斬られてないし何もされてない。ただ気を失っただけだよ」

戦士「実際はそうなんだろうが確かに斬られた感覚があった。首を剣がするって抜けてくっつーか、首の中に冷たい息を吹き掛けられたみてーな」

魔法使い「ち、ちょっとやめてよ、聞いてるとゾワゾワしてくるから言わないで。そもそも聞いてないし」


戦士「なあ、どうやったんだ?」クルッ

▼傭兵は首を振り、魔法使いを指差した。

魔法使い「アンタに何が起きたのか、それが先だよ」

戦士「……分かったよ」クルッ

魔法使い「まず、失踪したって聞いたけど」

戦士「報酬貰いに行く前に宿で夕飯食ってた。そんで急に眠くなって、起きたら妙な場所に居た」

魔法使い「妙な場所?」

戦士「真っ暗な部屋で素っ裸で台に寝かされてたんだ。声がやたら響いてたから広かったのは分かる」

魔法使い「そこで何かされたの?」

戦士「何かをされたんだろうが何をされたのか分からねえ」


魔法使い「何かされたって分かるのは何でさ」

戦士「感覚が冴えてんだ。調子が良いっつーか、絶好調の状態が続いてる。魔術も前より素早く使えるしな。大したことねえと思うかも知れねえが、これはかなり大きい変化だ」

魔法使い「……そこにいた奴は? 顔とか分かる?」

戦士「姿は見えなかったけど男の声だった。お喋りな奴だったよ。こっちは意識が朦朧としてんのにずっと喋ってた」

魔法使い「なんて?」

戦士「はっきり覚えてるのは、お前のことと亡国の傭兵のことだ。同志がお前を迎えに行ったら酷い目にあったと言ってた」

魔法使い「……(同志)そいつの名は分かる?」

戦士「いいや、名は言わなかった。分かるのはお喋りな男だったってことだけだ」

魔法使い「(呪術師の仲間か)それで、アンタはそこからどうやって逃げたの?」

戦士「逃げたんじゃない。また目が覚めたら野っ原に転がってたんだ。服と装備は戻ってた」


魔法使い「この街に来た理由は?」

戦士「がらにもなく悩んだ結果、どうせ死ぬならやりたいことやって死のうと思ったんだ」

魔法使い「それ、どういう意味?」

戦士「近い内に死ぬ、そう言われた。何かされたのは事実だ。これも本当だろう」

魔法使い「何で分かるのさ。そいつの嘘かも知れないじゃん」

戦士「俺がそう感じるからだ」

おそらく本人だけが感じ取れるものなのだろう。

戦士の確信に満ちた表情を前に、魔法使いは否定することが出来なかった。

魔法使い「なら、アンタは死ぬ為にこの街に来たってわけ?」

戦士「そんな後ろ向きな理由じゃねえよ。悔いのない生き方をしようとしただけだ。本当なら素で挑みたかったけどな」


魔法使い「他にはない? その真っ暗な場所には何かなかった?」

戦士「他にも俺のような奴がいると言ってたが、この目で見た奴はいねえな」

魔法使い「子供はいなかった? 小さな子供」

戦士「子供? そいつ以外には誰もいなかったぜ? 声も聞こえなかった」

魔法使い「……」

戦士「子供がどうかしたのか?」

魔法使い「私を襲った呪術師って奴は強い魔力を持つ子供を集めてるみたいだった。そいつらは多分、子供を攫って何かしてる」

戦士「何かってのは?」

魔法使い「それは分からない。でも、私が倒した魔物の亡骸が子供の遺体に変わった。何かしてるのは間違いないよ」

戦士「……チッ、何だそりゃ。俺ぁそんな奴等に体弄られたのか、ついてねえな」


魔法使い「あのさ……」

戦士「何だ?」

魔法使い「アンタにその気があるなら、一緒にそいつらを追わない?」

戦士「急だな」

魔法使い「オッサンに頃合いを見て頼んでみろって言われたんだけど……下手くそだったかな?」

戦士「下手くそじゃねえけど唐突な感は否めねえな。つーか言っちまうんだな、そういうの」

魔法使い「こういうの慣れてないんだよね……」

戦士「下手に口が上手い奴よりはマシさ」

魔法使い「で、どうすんの? これは強制じゃない。断っても構わないよ?」

戦士「やるよ、断っても死ぬのを待つだけだしな。お前は良いのか?」

魔法使い「アンタは嫌な感じしないから構わないよ。オッサンも褒めてたし」


戦士「褒めてた? 亡国の傭兵が俺を?」

魔法使い「うん。しっかり自分を理解して長所を上手く生かしてるってさ」

戦士「そうかあ、褒められると悪い気はしねえなあ……へへっ」

魔法使い「惚れ惚れするくらい単純だね 」

戦士「うるせえ。で、何すんだ?」

魔法使い「調査っていうか、そんな感じ。情報足りないしね。今回のも調査の延長だし」

戦士「調査ね。それって俺とお前の二人でやるのか?」

魔法使い「なわけないでしょ。私とアンタとオッサンの三人だよ」


戦士「亡国の傭兵も一緒にか!?」ガタッ

魔法使い「なに興奮してんのさ……」

戦士「お前、これがどれだけ貴重な経験なのか分からねえのかよ。伝説の存在なのに……」

魔法使い「助けてもらったから感謝はしてるけど憧れとかはないし、そもそも伝説とか知らん」

戦士「この機会に教えといてやる。いいか良く聞け、亡国の傭兵は」

魔法使い「それさ、長くない?」

戦士「あん?」

魔法使い「亡国の傭兵って呼び名だよ。アンタ、これから一緒に行動するんだよ?」


戦士「そ、そうか……」

魔法使い「どしたの?」

戦士「なあ」

魔法使い「なにさ」

戦士「……なんて呼んだらいいと思う?」

魔法使い「うわ気持ちわるっ!! 憧れの年上男子と付き合いたての女子かお前は!!」

戦士「うるせえ!! これはアレだ、憧れてるからこそのアレなんだよ!!」

魔法使い「いや、アレって言われても分からんし……あ、そうだ」

戦士「先に言っとくけど、お前みたいにオッサンとか呼ばねえからな。普通に失礼だから」

魔法使い「うっさいな、それくらい私だって分かってるよ。っていうか真面目か……」

▼傭兵は二人の様子を眺めて微笑んでいる。


魔法使い「なに笑ってんのさ……」

戦士「で? 思い付いたやつは?」

魔法使い「先生だよ、先生。アンタもそう言ってたし先生でいいじゃん」

戦士「……」クルッ

戦士「先生、短い間でしょうがご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します」

▼傭兵は困ったように頬を掻いた。

魔法使い「堅苦しいよ。オッサンも困ってんじゃん……」

戦士「礼儀だよ礼儀。俺は先生に対して友達感覚で接するつもりはない」


魔法使い「あっそ。で、この後はどうすんの、センセ」

▼傭兵は答えた。

魔法使い「受付さんに報告ね、分かった。じゃあ一旦上に戻ろうか」

戦士「何でお前が仕切ってんだよ」

魔法使い「オッサンに任されたの。不満ならオッサンに言ってよ」

戦士「なあ先生、何でこいつに任せてんだ?」

魔法使い「先生にタメ口かよ、礼儀はどうした」

戦士「あんなのは最初が良ければいいんだよ。細けえ奴だな」

魔法使い「……」イラッ

戦士「何だよ」

魔法使い「次、私に反抗的な態度取ったら追放ね」


戦士「ガキかよ……」ボソッ

魔法使い「はい追放」

戦士「横暴過ぎんだろ!!」

魔法使い「うっさいなぁ……」

▼傭兵はにこにこ笑っている。

魔法使い「ほ、ほらっ、さっさと行くよ!」

戦士「はいはい……」

▼傭兵は嬉しそうに眺めている。

戦士(……笑うんだな、この人も。つーか、もう二度と戦えねえのか。出来ることなら)

魔法使い「何してんの、行くよ」

戦士「おう」

戦士(出来ることならもう一度……いや、生かされといてそれはダセえ)

戦士(けど、戦って死にてえなぁ)


>>>>応接室

▼傭兵は説明した。

受付嬢「話は分かりました。では、戦士も調査に加わるわけですね?」

▼傭兵はにこりと笑った!

受付嬢「そうするに至った経緯は後でしっかりと聞かせて下さい。良いですね?」

▼傭兵は真面目に頷いた。

受付嬢(この短期間に二人……きっと、何か考えがあってのことなのでしょう)

魔法使い「受付さん、そっちはどうだったの?」

受付嬢「変わったことはありません。将校は兵を引き連れて街を出ました。長居したくないというのは本当だったようです。安心しました」


魔法使い(冷たい声だ。嫌なこと言われたのかな……)

受付嬢「しかし、折角捕らえたと言うのに大した情報を得られなかったのは残念ですね」

戦士「そいつは悪かったな」

受付嬢「貴方の発言は許可していません」

戦士「え、酷くねえ?」

魔法使い「何か分かったことはある?」

戦士「無視すんな」

受付嬢「集団の仕業であるのは確実でしょう。魔術師が複数関与していると思われます」

戦士「なあ」

魔法使い「ん~、戦士の話だと他にも何かされた傭兵がいるみたいだからね」

戦士「……」

受付嬢「ですが今のところ戦士以外にそのような存在は確認出来ていません」


魔法使い「だけど、まだいるかもしれない」

受付嬢「念の為、各地の同業者には失踪後に現れた傭兵に注意するよう呼び掛けます。しかし、肉体を強化するなど……」

魔法使い「本当に出来るのかな、そんなこと」

戦士「嘘じゃねえからな。証明しろって言われても出来ねえけどよ」

受付嬢「本人が明確な変化を感じている以上、気のせいではないのでしょう。もし可能なのだとしたら現代の技術ではないことは確かです」

魔法使い「戦士に何をしたんだろ?」

戦士「それは俺も気になるとこだな」

受付嬢「将校は遺体でも構わないと言った風でした。その道に詳しい人物に依頼して解剖すれば分かるかもしれません」

魔法使い「解剖は止めとこう……ところでさ、国もそいつらを追ってるんだよね?」

受付嬢「はい、傭兵だけならば無視するでしょうが、子供の失踪事件とも関連性がある以上無視出来ないでしょう」


魔法使い「それなのに将校って人は何も言わなかったわけ?」

受付嬢「向こうは向こうで解決するつもりなのでしょう。私のような請負業者や傭兵の手など借りたくないのですよ」

魔法使い「だとしても、何の説明もなく戦士を引き渡せってのは無理があるよ」

受付嬢「何か言えない理由があるのでしょうね。例えば、戦士に施されたであろう何かを流用しようとしているとか」

魔法使い「うわあ、だとしたら汚いなぁ」

受付嬢「そんなものですよ。たかが傭兵一人の為に大勢でやって来るなど絶対に有り得ませんから」

魔法使い(絶対、か……)

受付嬢「魔法使い」

魔法使い「なあに?」

受付嬢「まだ朝ですが、今日のところは休んで下さい。他の街の同業者などから情報提供があれば彼を通して報せます」


魔法使い「え、でも……」

受付嬢「一週間続けての調査など初めての経験だったでしょう? この先も調査は続きます、無理は良くありません」

魔法使い「……ありがとう。あ、そうだ、戦士はどうなるの? 寝床とかさ」

受付嬢「此方で提供しますのでご安心を」

戦士「お、そりゃ助かるな」

受付嬢「監視は付けます。ご理解下さい」

戦士「構わねえよ」

受付嬢「ありがとうございます。では魔法使い、戦士を案内して頂けますか。場所はこの紙に書いていますので」


魔法使い「ん、分かった」

戦士「で? 今日はもう終わりか?」

受付嬢「ええ、二人は下がって結構です。貴男は残って下さい」

▼傭兵は頷いた。

魔法使い「……戦士、行こう。んじゃ、またね」

戦士「先生、またな」

ガチャ パタン

受付嬢「さて、魔法使いに続いて戦士ですか。依頼を受けた時からそうするつもりだったのですか?」

受付嬢「保護?」

受付嬢「確かに、将校の様子から察するに国に狙われる可能性はあります」

受付嬢「ですが、保護であれば此方でも可能です。貴男の傍に置く必要はないと思いますが」


受付嬢「魔法使いとの相性が良い、ですか?」

▼傭兵は説明した。

戦士は近接戦闘、魔術を使用すればやや遠隔での戦闘も可能である。

経験も豊富であり、魔法使いが多大な集中力を要する魔術を使用する際は援護も期待出来る。

歳が近いと言うのも理由の一つのようだった。

受付嬢「随分と高い評価ですね」

受付嬢「しかしながら当人は遠からず死亡すると言っていました。それについてはどうです?」

受付嬢「……そうですか」

受付嬢「もしも戦士がそうであるなら、貴男の傍に置いた方がよいのでしょうね。その時はお願い致します」

▼傭兵は悲しそうに頷いた……

受付嬢「落ち込まないで下さい。まだそうなると決まったわけではないでしょう?」


▼傭兵は嘆いた。

受付嬢「……お気持ちは分かります」

受付嬢「戦士が本来歩むはずだった未来は破壊されてしまった。確かに不憫だと思いますが、どうすることも出来ません」

▼傭兵は怒りに震えている……

受付嬢「その怒りは尤もです」

受付嬢「しかし、才能溢れる若者が悪意ある大人によって消費されるのも世の常です」

▼傭兵は驚愕の表情で受付嬢を見つめた!

受付嬢「二年もあれば変わります」

受付嬢「貴男がこの街を去ってからの二年間、私はそんな人々を沢山見て来ました。貴男は私以上に見てきたはずです」

▼傭兵は何も言えない……

受付嬢「消費される若者」

受付嬢「貴男も、そうだったでしょう?」


受付嬢「だった、ではないですね。今も尚、貴男は縛られている」

▼傭兵はぐっと息を呑んだ。

受付嬢「……貴男が戦士の未来を案じるように、母も貴男の未来を案じていました」

受付嬢「自由に生きて欲しい。いつまでも鎖に繋がれたままでいて欲しくない。そう言っていました」

受付嬢「私もそう思っています」

▼傭兵は俯いた……

受付嬢「もう、よいのではないですか?」

▼傭兵の肩が僅かに揺れた。

受付嬢「一度自由に生きてみては如何です? 何ものにも囚われずに、自由に」

受付嬢「貴男になら、きっと何かを変えられます。私はそう信じています」

▼傭兵は答えない。

受付嬢「私ならもう大丈夫ですよ? 今では一人で歩くことも出来ます」


▼傭兵は答えない。

受付嬢「母もこの脚も、もう過去のことです」

▼傭兵は答えない。

受付嬢「こうして会えることは素直に喜ばしく思います。ですが、私はこんな形で貴男と繋がっていたくないのです」

▼傭兵には応えられない。

受付嬢「…………っ……ごめんなさい。今のは聞かなかったことにして下さい」

▼傭兵は頷いた……

受付嬢「ありがとうございます」

受付嬢「では、依頼は一旦区切りです。新たな情報が入るまでは待機して下さい。私からは以上です。お疲れ様でした」

▼傭兵は立ち去った……

受付嬢「……」

受付嬢「……」

受付嬢「……」

受付嬢「…………縛り続けるくらいなら、私は」


第十話 束縛

終わり


第十一話

>>>>帰り道

戦士「来た時から思ってたけど、この街は広いな。店も人も多い、傭兵も」

魔法使い「確かに傭兵は多いかもね。それにこの街、今は綺麗だけど私が小さい頃は汚かったんだよ」

戦士「この街の生まれか?」

魔法使い「生まれたのはこの街だけど子供の頃に都に引っ越して、また戻って来た」

戦士「都はどうだった? 行ったことねえんだ」

魔法使い「ごちゃごちゃしてたかな。教育は進んでるんじゃない? 魔術に関しては特にね」


戦士「………お前、特級だよな?」

魔法使い「そうだけど?」

戦士「ってことは、それで都に引っ越したのか?」

魔法使い「まあ、そんな感じ。学費とかも出るみたいだった。私より両親の方がやる気だったよ」

戦士「なる程なあ、娘に魔術の才能があるって分かればそうなるのも仕方ねえか」

魔法使い「かもね」

戦士「でもよ、戻ってきたってことは親御さんも一緒なんだろ? よく傭兵なんて許してくれたな」

魔法使い「喧嘩別れしちゃって一緒にはいないんだ」

戦士「そうなのか、そんなに期待してんなら連れ戻しに来そうなもんだけどな」


魔法使い「……それは絶対にないよ」

視線を外して呟くように言った。

言葉通り、連れ戻しになど絶対に来られない。魔法使いの両親は既に他界している。

戦士「そんなもんかね……」

その絶対という言葉に引っ掛かったが、それ以上追及することはしなかった。

魔法使いの態度から、両親との間に何かがあったということを察したのだろう。

恵まれた才能があっても順風満帆な人生を歩めるわけではない。それは戦士もよく知っていることだった。

魔法使い「そんなもんだよ。アンタは?」

戦士「あん?」


魔法使い「何で傭兵やってんのさ」

戦士「父親が傭兵だった。で、亡国の傭兵の話を聞かされて憧れた」

魔法使い「男の子って好きだよね、そういうの。英雄とか、ウソ臭い伝説とかさ」

戦士「男ってのはそういうのを聞くたびに強くなりたいって思っちまうんだ。ウソ臭くてもな」

魔法使い「信じてるの? その、オッサンの伝説ってやつ」

戦士「戦ってみて、伝説は全て本当だと思ったよ。聞いてた以上の人だった」

魔法使い「伝説の一つは確実に間違いだけどね」

戦士「は? 何がだよ?」

魔法使い「オッサンと戦った奴は死ぬって話だよ。アンタは生きてるでしょ?」

戦士「……そういや、そうだな」

魔法使い「ほらね? カビの生えた伝説なんて何の当てにもならないんだよ。オッサンは過去に生きてるわけじゃないしさ」


戦士「……」

考え無しに口にしただけの言葉なのだとしても、その言葉は妙に心地良く響いた。

眠気と疲労で気怠げな魔法使いの横顔を、戦士は珍しい物でも見るような顔で見つめている。

その表情は魔法使いという人物を図りかねているようにも見えた。

才能はあるが自信過剰、あまり素直な質ではないが顔に出やすく、外見とは異なり子供っぽい女。

それが戦士の抱いていた魔法使いの第一印象だったのだが、どうやら違うらしい。

そんな視線に気付く様子はなく、魔法使いは酷く眠たそうに大きな欠伸を重ねている。

魔法使い「あ、此処みたいだね。へ~、割かし良いとこじゃん。良かったね」

戦士「ありがとな、魔法使い」

魔法使い「受付さんは監視付けるって言ってたし妙なことしないでよ?」


戦士「しねーよ」

魔法使い「なら良いけどさ。んじゃ、またね」

スタスタ

戦士「……」

通りの角を曲がるまで背中を見送ったが、魔法使いは一度も振り向くことはなかった。

その背中が先程語ったことを体現しているように思えて、戦士にはそれが眩しく見えた。

同世代の傭兵、しかも女性にこれほど強い衝撃を受けたのは初めてのことだった。

姿が見えなくなってからも呆けたように立ち尽くしていたが、ふっと笑った。

(先生には感謝しねえとな……)

闇の中で近々死ぬと告げられた時から、戦士は諦めと恐怖に囚われていた。

それは決して拭い去れるものではなく、心の奥底にしっかりと根付いている。

けれど今はただ、清々しさだけがあった。


十一話 初めて見る景色

終わり


第十二話

>>>>翌日昼

ガチャ パタン

魔法使い「おい~っす」

戦士「よう、受付サン」

受付嬢「お待ちしておりました」

魔法使い(ねむ……)

戦士「呼び出すの早かったな」

受付嬢「急な呼び出しで申し訳ありません」

戦士「構わねえよ。で? 昨日の今日だけど、もう何か分かったのか?」

受付嬢「いえ、今回は調査の件で呼び出したわけではありません。調査に無関係とも言えませんが」


魔法使い「どういうこと?」

受付嬢「特訓です。今後の戦いに備え、今の内に息を合わせておいた方が良いとのことでした」

戦士「先生が言ったのか?」

受付嬢「はい、魔法使いにとって他の傭兵と組むのはこれが初めてのことですから」

戦士「は? お前一度も組んだことねえの?」

魔法使い「別にいいじゃん……」

戦士「通りでぎこちなかったわけだ」

魔法使い「そんなこと分かるの?」

戦士「目眩ましするまで随分時間掛かってた。慣れてるなら、もっと早く使ってたはずだろ?
   あの時は機を見計らってんのかと思ってたけど、単に何をしたら良いか分からなかったのか」


魔法使い「……仕方ないじゃん、ああいう戦い方したことないんだから」

戦士「何ふて腐れてんだよ、別に責めてるわけじゃねえよ」

受付嬢「魔力の高さとその面倒な性格が災いして、今まで誰とも組むことがなかったのです」

魔法使い「あいつらが好き勝手言って嫉妬して嫌がらせしてくるのが悪いんだよ……」

受付嬢「始めた頃は協力を持ち掛けられた時もあったではないですか。それを断ったのは貴方ですよ」

魔法使い「だって、一人で出来るし……」

受付嬢「すぐそれですね。本当は寂しがり屋な癖に一人になろうとする。少しは素直になったらどうですか?」

魔法使い「はあ? 寂しがり屋とか受付さんに言われたくないかも。オッサンに甘えてるクセにさ」

受付嬢「甘えてなどいません、馬鹿馬鹿しい」

魔法使い「嘘だね。オッサンがいる時、表情がちょびっとだけ優しいじゃん。声も違うしさ」


受付嬢「有り得ません」

魔法使い「そういうのは本人には分からないんだよ。って言うか昨日だって二人っきりで話してたじゃん」

受付嬢「仕事の話です。誤解を招くような言い方はしないで下さい」

魔法使い「はん、どうだか……」

受付嬢「嫉妬しているのですか?」

魔法使い「はあ?」

受付嬢「オッサンなどと言いながら彼を頼っています。父親に接する思春期の娘のようです」

魔法使い「なわけないでしょ、それこそあり得ないから」

受付嬢「そうでしょうか、私には甘えているように思えます。優しい父親を取られたのが気に障ったのではないですか?」

魔法使い「何その言い方、むかつくんだけど」

受付嬢「そうでしょうね、私も頭に来ています」


戦士「ガキかよ」ボソッ

受付嬢「ガキ? 誰がです?」

戦士「お前等二人共ガキだって言ってんだよ。もうすぐ先生が来るんだろ? 少しは良い子にしてろよガキ共」

受付嬢「……」

戦士(こ、こえぇ……)

魔法使い「あれ、受付さん何怒ってんの? あ、そっか、受付さんはオッサンに子供扱いされたら嫌だもんね~」

戦士「煽んなバカ!」

魔法使い「ふん」

戦士「ったく。ほら、もういいだろ。先生が来るまで黙ってろよ」

魔法使い「はいはい」

受付嬢「……」

戦士(魔法使いはまだ分かるが、受付サンまでこんなんだとは思わなかった。顔も声も冷たそうに感じたんだが、意外だな)


受付嬢「……」ジー

魔法使い「な、なにさ、そんな目で見たって怖くないから」

受付嬢「張り込み二日目のことです」

魔法使い「は?」

受付嬢「彼と一緒に食事をして終始楽しそうに笑っていたのは十六才の女子。証言によれば随分とはしゃいでいたようです」

魔法使い「え、ちょっ何で」

受付嬢「しかし張り込み三日目、これ以上汗臭くなるのが嫌でお風呂に入りたいと我が儘を言って彼を困らせ」

魔法使い「おいやめろ」

受付嬢「張り込み四日目、少しでも彼を休ませようとしたのでしょうね。アンタ汗臭いからお風呂に入って来てと言って」

魔法使い「やめて下さいお願いします」

受付嬢「……」

魔法使い「……」


受付嬢「……」

魔法使い「……」

受付嬢「………三日目の時点で予め購入していた替えの衣服を彼に渡し」

魔法使い「それはマジでやめろ」

受付嬢「……」

魔法使い「……」

受付嬢「…………購入する際男性用の召し物がよく分からず」

魔法使い「ちょおいっ!! おい受付っ!!」

受付嬢「はい?」

魔法使い「受付さん、それ以上はいけないよ」

受付嬢「恥ずかしがりながら店員にどれが良いか訊ねている姿が目撃され」

魔法使い「ちょっと待って聞いて?」


受付嬢「お父様にですかと聞かれて、『あ、違います。でもその人、お父さんに似』」

魔法使い「だあああああああい!!! おいッ!! おい貴様っ!!」

受付嬢「気が触れましたか?」

魔法使い「世の中、知ってても言っちゃあならないことってのがあるよ」

受付嬢「素敵な話ではありませんか、話さずにおくのは勿体ないですよ。どうですか戦士、魔法使いはとっても優しい女の子でしょう?」

戦士「そっすね」

魔法使い「卑怯だよ、こんなの……」

受付嬢「酷いですね。私はただ、貴方が心配で監視を付けていただけです」

魔法使い「そうなんだ、それは素直にありがとう」

受付嬢「折角なので、この心温まるエピソードで貴方の評価を改めようと」

魔法使い「それが必要ないんだよ!! 得た情報を何でもかんでも話すのはやめてよ!!」


受付嬢「何でもかんでもは話していません」

魔法使い「そういうのやめて? 腹立つから」

受付嬢「………………あっ」

魔法使い「えっ、なに、どしたの?」

受付嬢「五日目と六日目の話をしていません」

魔法使い「しなくていいんだよ!!」

受付嬢「そうですか、それは残念ですね。とても良い話なのですが……」

魔法使い「私は知ってるからいいよ……」

受付嬢「分かりました。二人だけの思い出にしておきたいのですね?」

魔法使い「言い方!! 言い方が悪意に満ちてる!!」


受付嬢「それにしても遅いですね」

魔法使い「くっそ、覗き趣味の眼鏡女が、くっそ……」

受付嬢「口が悪いですね。お嫁に行けませんよ?」

魔法使い「性格が醜く歪んでる女よりはマシだよ」

受付嬢「五日目」

魔法使い「オッサン遅いね~!」

受付嬢「ええ、そうですね」

戦士(先生、早く来ねえかな。つーか仲良いんだな、こいつら)


>>>>それから数分後

▼傭兵が現れた!

戦士「先生、遅かったな。待ってたぜ」

受付嬢「……」

魔法使い「……」

戦士「いや、別になんもねーよ。で、特訓って何すんだ?」

▼傭兵は依頼書を差し出した!

戦士「この依頼を俺と魔法使いで?」

戦士「なる程な、こういうのから馴らしていくわけか。でもよ、もう少し上位の魔物でも良いんじゃねーか?」

戦士「……いや、理屈は分かるけど優し過ぎねえかな? 幾ら魔法使いに組んだ経験がないからって、こんな下位の魔物じゃ相手にならねえよ」


▼傭兵は思案している。

戦士「単体で中位の魔物とかはいないのか? 先生が指示を出せば良い訓練になるぜ?」

▼傭兵は数枚の依頼書を取り出した!

戦士「何でそんなに持ってんだよ……」

戦士「つーか、連携より先に懐に潜り込まれた時の対処法から教えた方が良いんじゃねーか? 俺が相手になるからよ」

▼傭兵は戦士の提案に感心している!

戦士「へへっ、じゃあ、そうしようぜ」

▼傭兵は頷いた。

戦士「魔法使い、行こうぜ。まずは入り込まれた時の距離の取り方からだ」

魔法使い「そんくらい出来るってば」


戦士「俺が相手でもか?」

魔法使い「……だったら見せてあげるよ。怪我しても知らないからね」

戦士「決まりだな、行こうぜ」

受付嬢「依頼は受けないのですか?」

▼傭兵は説明した。

受付嬢「近距離でどこまで出来るか確かめてから、ですか。分かりました」

受付嬢「街からは出ないのですね?」

受付嬢「では傭兵訓練場に行ってみては如何ですか? 現在利用している傭兵は極僅かですから多少のことなら問題はないかと思います」

▼傭兵は頷いた。

受付嬢「では、お気を付けて。魔法使い、頑張って下さいね」

魔法使い「うん、任してよ。んじゃ、またね」

戦士(さっきのやり取りが嘘みてえだ、さっぱりしてんなあ)


魔法使い「ほら、さっさと行くよ」

戦士「はいはい。んじゃな、受付さん」

受付嬢「はい、戦士もお気を付けて。あまり無茶はしないで下さい」

戦士「了解」

▼三人は応接室を後にした。

受付嬢「戦士、まるで以前から居たかのように馴染んでいますね。あれも才能なのかも知れませんね……」

受付嬢「……」カリカリ

受付嬢「……」ペラッ

受付嬢「……」カリカリ

受付嬢「……」ペラッ

受付嬢(戦士が羨ましい)

受付嬢「……」

受付嬢(あの輪の中に入れたなら、笑い合えたなら、どんなに幸せでしょう……?)カサッ

受付嬢(これは手紙ですね。依頼書に紛れ込んだのでしょうか? 差出人は……!?)

受付嬢(この印は、まさか……)

受付嬢(…………………………間違いない。これは、勇者の)


>>>訓練場

戦士「塀に囲まれた刑務所みたいだな」

魔法使い「へ~、中はこんな感じなんだね。人いないなら子供達に使わせたら良いのに」

▼傭兵は手を叩いて合図した。

戦士「うっし! じゃあ始めるか!」

魔法使い「え、もうちょっと下がってよ」

戦士「何だよ、仕方ねえな……」

魔法使い「今だ、えいっ」ボッ

戦士「あぶねっ!? バカじゃねえの!?」


魔法使い「でも避けたじゃん」

戦士「こ、この野郎、やってやるよ……」スチャッ

▼戦士は半身を取って剣を構えた!

魔法使い「え、それ使うの狡くない?」

戦士「峰打ちだし手加減するから安心しろ」

魔法使い「ちょっ」

▼戦士は横一線に振り抜いた!

魔法使い「あぶなっ!?」

▼魔法使いは咄嗟に杖を構えて防いだ!

魔法使い(重っ!? これでも手加減してんの!?)

戦士「チッ、眼も良いのかよ。それともただの勘か? どっちにしろ才能ある奴は違うなあ!!」


戦士「何だ!! 動かねえのか!?」

魔法使い(笑ってる、痩せた狼みたい。あ、これは褒めてないか……でも、間違いなく強い)

▼戦士は剣で杖を押し込んだまま距離を詰める!

魔法使い「……」

戦士(あれは何かあるな。でもまあ、突っ込まねえと特訓にならねえからな!!)

魔法使い(……今!!)

▼魔法使いは戦士との間に幾つもの火球を作り出した!

戦士(凄えな、飛ばさずに設置出来んのかよ。それにこの数、流石は特級……)

魔法使い「どうだ!! 避けらんないでしょ!!」

戦士「嘗めんな」

▼戦士は火球の隙間を縫うように向かって来る!

魔法使い(嘘でしょ、速度も落とさずに……っ、ダメだ、下がらな……きゃ!?)

▼戦士は剣をぐっと押し込んだ! 魔法使いは態勢を崩して倒れてしまった!


戦士「終いだ、魔法使い」

魔法使い「ズルい、今のナシ」

戦士「魔物相手にそれは通じねえぞ」

魔法使い「……」

戦士「素早い相手に火球を当てんのは難しい。だから止めてんだろ? それは分かる。あれは確かに有効だ」

戦士「でも抜けられたら意味がねえ。抜けられると思ったら、あれ全部を俺に集めて爆発させるくらいやれよ。油断すんな、本気出せ」

魔法使い「分かったよ。見せるよ、私の本気……」スッ

▼魔法使いは倒れたままで軽く杖を振った。

戦士「寝転がって何やって……オイ!!」

▼空中で制止していた全ての火球が、戦士に向かって放たれた!

戦士「このバカ!! 今じゃねえよアホかくたばれボケ!!」


魔法使い「冗談だって今止め」

▼戦士は一瞬にして前方の火球を剣で打ち払い、爆発範囲から逃れた。

魔法使い「るから……」

戦士「っぶねえ」

魔法使い「……すご」

戦士「この野郎……」

魔法使い「え、ちょっと待ってよ、ちゃんと爆発する前に消したよ!?」

戦士「才能と魔力を無駄遣いした本気の悪戯はやめろ。タチ悪りぃから」


魔法使い「でも、本気でやれって……」

戦士「本気で不意を突けとは言ってねえよ!! お前はあれか、脳味噌腐ってんのか!?」

魔法使い「もうやらないから許してよ!!」

戦士「何で態度がデケえんだよ……」

魔法使い「まあまあ、お互いの実力分かったし良かったじゃん」

戦士「……はぁ。お前、見えてたのか」

魔法使い「剣?」

戦士「ああ」

魔法使い「反応出来ただけで見切ったわけじゃない。さっきのは偶々だよ。あの距離から何度も打ち込まれてたら負けてた」

戦士「偶々ってことはねえだろ」

魔法使い「一度見たからタネは分かってるし、反応するだけなら出来た。どっちから来るか分かれば、後は杖を縦にして構えればどこかに当たる。でしょ?」


戦士「勘かよ。博打じゃねえんだぞ」

魔法使い「戦うってそういうもんじゃない? アンタ、火球避けた時のこと説明出来る? 一度目なら兎も角、二度目なんて口では説明出来ないでしょ?」

戦士「まあ、確かに」

魔法使い「でしょ? そんなもんだよ」

戦士(天才ってやつか? こいつに剣を持たせたら良い線行くんじゃねえか?)

魔法使い「どしたの?」

戦士「これ、ちょっと振ってみろよ」

魔法使い「え、何でさ」

戦士「いいから」

魔法使い「……分かったよ。うわ重っ」ヨタッ


戦士「振ってみろ」

魔法使い「………下手でも笑わないでよ」

戦士「おう」

魔法使い「よっし……うりゃっ!!」

▼剣は魔法使いの膝下で空を切った! まるで持ち上がっていない!

戦士「……」

魔法使い「はぁ~、もう無理疲れた。はい、返す。これ以上は筋肉痛になりそうな気がする」スッ

戦士「お、おう……」

魔法使い「何? 言いたいことあるなら言ってよ。振らせたのアンタでしょ?」

戦士「なんつーか、お前に不得手なものがあって安心した……」


魔法使い「は? 何それ?」

戦士「いや、もしかしたら何でも出来るんじゃねーかと思ってな」

魔法使い「はあ? なわけないじゃん。こんな腕でどうやって振るのさ」

戦士「それでも振れちまうのかなと思ったんだよ。変なこと言って悪かったな」

魔法使い「別に良いけどさ……」

戦士(魔術特化型の天才、だから先生は俺を引き取ったのか。愛されてんなあ、こいつ)

魔法使い「……あ、お腹空いた」

戦士(本人が気付いてねえってのがな……でもまあ、こういう奴は分かりやすくて好感持てる)

魔法使い「センセー、お腹空いた~。何か食べよ~」

戦士(いや、感覚的に分かってんのか? だから懐いてるのかも知れねーな。明らかに態度が違う)

魔法使い「何してんのさ、ご飯食べに行くよ。あ、戦士は何か食べたい物ある?」


戦士「食べたい物? ん~、肉」

魔法使い「いいね!! よしっ、お肉食べよう。センセ、戦士、早く行こ!!」

戦士(はしゃいじまって、これが素ってわけか。親とも何かあったみてーだし、受付サンの言う通り甘えてんのかもな)

▼傭兵も穏やかな表情で微笑んでいる……

戦士(……これがアンタの救いなのか?)

▼傭兵は魔法使いと共に歩き出した。

魔法使い「明日から依頼受けるよ。え? 大丈夫だよ、戦士だっているし一人じゃない」

魔法使い「戦士とならやってけるよ。さっきの見たでしょ? アイツ、私の火球避けたんだから」

▼傭兵は黙って話を聞いている。

戦士(いや、あれは違うな)

戦士(あれは救いを求めてるっつーより単なる親の顔だ。年も年だし、そうとしか見えねえ)

▼傭兵は振り向き、戦士に手招きした!

戦士(俺のこともガキ扱いかよ、嬉しそうな顔しやがって……まあ、付き合うさ)


十二話 戯れの期限

終わり


第十三話

訓練場での手合わせから十日、新たな情報が入ることはなく調査は停滞していた。

この間、魔法使いと戦士の二人は傭兵による特訓を受けていた。

特訓内容は、傭兵が選んだ依頼を二人で達成するというものだ。

依頼は全て魔物討伐。傭兵も同行したが馬車の運転が主で、依頼は二人に任せている。

日に複数の依頼をこなし、馬車での移動範囲は街周辺の農村から都近辺までと広範囲に及んだ。

このような過密日程のため、傭兵は二人から不平不満が出ることを覚悟していたのだが、意外なことに魔法使いですら不満を漏らすことはなかった。

魔法使いにとって各地を巡る旅は非常に新鮮で、あまり苦にはならなかったのだ。

野宿することになった際は憤慨したものの、傭兵と戦士の二人が作った手料理には大層満足したらしく、すぐに笑顔を見せた。

傭兵と戦士はその笑顔にほっと胸を撫で下ろしたが、笑顔を見せた理由は手料理以外にあった。

それはとても単純なもの。

魔法使いは、三人での旅が楽しかった。


こうして瞬く間に十日が経った。

この特訓での魔法使いの成長は目覚ましく、魔術の幅も広がりを見せ始めた。

危険な場面は幾度もあったものの、それら全ては戦士の援護によって事なきを得ている。

その献身的とも言える戦いぶりによって、戦士は早期から魔法使いの信頼を得るに至った。

近距離、遠距離共に優れた力を発揮する戦士の存在は非常に頼もしく、魔法使いは安心して戦うという感覚を初めて体験する。

信頼出来る存在を得たことにより攻撃一辺倒だった魔法使いの思考も変化し始め、徐々に献身的な行動を取るようになった。

傭兵はこの変化に確かな手応えを感じ、以前より危険度の高い依頼に切り替える決断を下す。

それによって魔法使いに更なる変化を促すと同時に、広い視野を身に付けさせる狙いもあった。

その後も精力的に依頼を受け続けて更に数日が経った頃、二人は前衛後衛に囚われない柔軟な戦法を見せ始めた。

それこそが傭兵の二人に求めた理想であり、その形は出来上がりつつある。

この先も特訓は続き、先生と生徒二人の関係は長らく続くものと思われた矢先、傭兵は忽然と姿を消した。


>>>>

魔法使い「センセはどこ」

受付嬢「お答えすることは出来ません」

魔法使い「何で」

受付嬢「お答えすることは出来ません」

魔法使い「ふっざけんなっ!!」

戦士「落ち着け、話にならねえぞ」

魔法使い「だって!!」

戦士「怒鳴ったところで何も変わらねえんだ」

魔法使い「……っ……分かってるよ、うるさいな」


受付嬢「魔法使い」

魔法使い「なにさ」

受付嬢「この街にいる間、私にも調査を手伝わせて欲しい。貴方はそう言ったはずです」

魔法使い「それは……」

受付嬢「彼が街を離れた以上、その約束は適応されません。違いますか」

魔法使い「聞きたいのはそういうことじゃない!!」

受付嬢「何も言わずに行ったのは、何も言えないということ。分からないはずはないでしょう」

魔法使い「知らないよっ!! 分かんないよそんなのっ!!」

受付嬢「……」

魔法使い「…………っ……ごめん、ちょっと出て来る」

ガチャ パタン

受付嬢(魔法使い……)


受付嬢「……」

戦士「急にいなくなっちまったのが寂しいんだ、分かってやってくれ」

受付嬢「分かっています」

戦士「あんたはどうなんだ。どんな関係か知らねえが先生とは長いんだろ? 寂しくねえのか?」

受付嬢「慣れていますから……」

戦士「……そうか」

受付嬢「戦士」

戦士「あん?」

受付嬢「これを受け取って下さい」

戦士「手紙?」

受付嬢「彼からです。貴方になら、ここに書かれている意味が分かるはずです」


戦士「先生から……」

受付嬢「彼は貴方達の成長を楽しそうに語っていました。彼にとっても特別な日々であったことは間違いありません」

戦士「……」カサッ

受付嬢「それから、貴方に伝言が」

戦士「伝言? 何だ?」

受付嬢「貴方は大丈夫だそうです。何の心配もない、安心してよいと、そう言っていました」

戦士「大丈夫ってどういう意味だよ……つーか、先生は俺が何をされたのか分かってんのか?」

受付嬢「そうかもしれませんね。私には分かりませんが」

戦士「何者なんだよ……」

受付嬢「傭兵ですよ。それも、私や貴方が生まれる前から……」

戦士「それは分かってる。つーか、確実なことはそれしか知らねえ」

受付嬢「私もです。さあ、そろそろ迎えに行って下さい。一人では寂しいでしょうから」


戦士「だな。行ってくる」

ガチャ

受付嬢「戦士」

戦士「あん?」

受付嬢「貴方はどうなのです。貴方は寂しさを感じるのですか」

戦士「手の掛かるガキがいるから寂しがってちゃいられねえんだ。きっとこういう役割を期待されてんだよ、俺は」

受付嬢「兄のような役割を、ですか」

戦士「……実際はどうなんだろうな、父親役に聞かなきゃ分からねえよ」

受付嬢「この二週間、私には本物の家族のように見えましたよ」

戦士「気持ち悪ぃこと言うなよ。魔法使いにはそれが必要だった、だからそうしただけだ」

受付嬢「貴方がそうでも、魔法使いは違った感情を抱いていると思います」

戦士「だからガキなんだよ、あいつは……」

バタンッ

受付嬢「……幾ら大人ぶってみても子供ですよ。貴方も、そして私も」


>>>>訓練場

魔法使い「……」

戦士「此処にいたのかよ、捜したぞ」

魔法使い「ごめん……」

戦士「ほら、行くぞ。受付サンも心配してる」

魔法使い「今はちょっと無理かも」

戦士「……」

魔法使い「……」

戦士「あの人はお前の父親じゃないし、俺達は捨てられたわけでもない。あの人は傭兵で、どっかの依頼を受けただけだ」

魔法使い「……言われなくたって分かってるよ、そんなこと」


戦士「はぁ、ほら、これ読め」

魔法使い「手紙?」

戦士「先生からだ。先に言っとくけど居場所については何も書いてないからな」

魔法使い「……」カサッ

戦士「……」

魔法使い「…………故郷を守って欲しい。これだけ?」

戦士「それだけだ。でも、そこに込められた想いは途轍もなく大きくて強い」

魔法使い「そんなこと言われても私には分かんないよ。私、オッサンのこと何も知らないし……」


戦士「かつての戦乱、国家統一戦争」

魔法使い「?」

戦士「この最後の国家間戦争の最中、一人の傭兵が伝説となった」

戦士「彼は人並外れた身体能力と卓越した戦闘技術によって数多くの戦果を上げ、自国防衛に幾度も貢献した」

戦士「その戦果を聞いた誰もが歴戦の傭兵と信じて疑わなかったが、実際は十代そこそこの少年だったと言う」

戦士「脚色されたとしか考えられない華々しい活躍は民衆を奮い立たせ、希望を与えた」

戦士「一方、敵は彼を怖れた。異常なまでにな。敵国の王さえも彼一人を怖れた」

戦士「しかし、奮闘も虚しく彼は国を喪った。現国王によって国は統一され、幾つもの国が国ではなくなった」

戦士「だが、故郷は残った」

戦士「この街が彼の故郷であること知った現国王が敢えて滅ぼさなかったんだ。ここで、彼の戦いは終わった」

戦士「現国王は故郷の安全を約束し、彼に服従を誓わせた。彼は自国を滅ぼした連中に従わざるを得なかったんだ。故郷を守るためにな」


魔法使い「それ本当なの?」

戦士「だから、亡国の傭兵なんだ」

魔法使い「……」

戦士「先生が俺達に故郷を守ってくれと言っている。それだけ大切なものを俺達に託したんだ」

魔法使い「正直、ぴんと来ない……」

戦士「あのなあ、そこは大人しく感銘を受けろよ馬鹿者」

魔法使い「そう言われても私にはただのオッサンだし、優しいセンセなんだよ……」

戦士「そのオッサンの故郷を守るんだ。国は手出ししないってだけで守ってくれるわけじゃない。
   この先どんなに魔物が出ても助けちゃくれない、この街を守れるのは傭兵しかいないんだ」

魔法使い「……」

戦士「やらねーなら、俺一人でやる」

魔法使い「何でそこまでするのさ、憧れてるから?」


戦士「理屈じゃねえだろ、こういうのは」

魔法使い「……確かに。でもさ、守って欲しいとか言われてもどうしたら良いのかな?」

戦士「分かんねー。出来ることなんて魔物討伐くらいだろ。調査は先生ありきだしな」

魔法使い「じゃあ、今まで通り?」

戦士「まあ、そうなるだろうな……」

魔法使い「何それ、悩んで損した」

戦士「はぁ。ほら、もう行こうぜ? 飯でも食おう」

魔法使い「……ねえ」

戦士「あん?」

魔法使い「この先も私と組んでくれるの? もうセンセはいないんだよ?」

戦士「……理由なんて、何だっていいだろ」


魔法使い「ありがと……」

戦士「……おう」

テクテク

魔法使い「センセはさ、私達のことどう思ってたのかな」

戦士「さあな、今後会ったら聞いてみろよ」

魔法使い「会えるかな?」

戦士「会いたいと思ってれば会えるだろ」

魔法使い「うわキモい」

戦士「うるせ」

魔法使い「……あのさ」

戦士「何だよ」

魔法使い「楽しかったよね? 三人でいるの」

戦士「……」

魔法使い「戦士?」

戦士「……そうだな。ああいうのも、悪くなかったな」


>>>>

カランカラン

老人「おお、あんたか、随分久し振りだな」

老人「あんたが都に来るのは何ヵ月振りだったかなあ。また、あの小僧にでも呼ばれたのか?」

老人「本当なら都になんて来たくないだろうに……で、今度は何だい? また剣術の稽古でも頼まれたのかい?」

老人「……」

老人「そうかい、今回は依頼か……」

老人「まあ、勇者なんて言われているが王子だからなあ。断るわけにもいかないわな」

老人「さ、座りな。飲み物くらいは出すよ。小僧が来るまでゆっくりするといい。近頃は抜け出すのも一苦労だろうからな」

老人「何だい? ああ、これか?」

老人「近頃話題の傭兵の記事だとさ、前に来た客が置いてったんだ。欲しけりゃやるよ?」


業界に新星!

今回紹介するのは何と、伝説の傭兵に育てられたと噂の二人だ!

一人目、魔法使いは若干十六歳の美少女、炎の魔術に特化した超攻撃型の魔術師。

威力、精度、持続力、そのどれもが一級品。集中力には難ありと言われているがご愛嬌。

普段は後衛、支援に徹しており、相棒の戦士が魔物を引き付けている間にも火球を放つ。

火球の精度は百発百中、近頃は追尾させる術を身に付けたらしく、その才能は留まることを知らない。

これだけ見ると優れた魔術師だが、相棒が危険と見るや恐れず前に出る勇気も持ち合わせている。

凡百の魔術師にはない大胆さ、気の強さ、相棒の戦士も彼女のそこに惹かれたのだろう。

前衛の際は広範囲に高威力の炎を放ち、一瞬で火の海にしてしまうという。

どんな魔物だろうと、彼女に掛かればあっという間に火達磨に違いない。


続いて二人目!

相棒の戦士は十八歳の野性味溢れる男子、魔術と剣術を融合させた新時代の使い手だ。

普段は前衛で魔物を引き付けながら、刃を自在に伸縮させて魔物を翻弄する。

ただ、上記のような様子見も兼ねた戦術は中級以上の魔物に限り、それ以外ならば様子見などせずに一瞬で切り刻んでしまう。

後方から刃を伸ばす一撃は目にも止まらぬ早業、遠距離からでも切り刻んでしまうというから驚きだ。

視野も広く、魔法使いに危機が迫った時は迷わず飛び込み身を挺して守る。

顔からは想像も付かない献身的な戦いぶりが、魔法使いの心を射抜いたに違いない。

こんなに頼れる相棒がいるからこそ、魔法使いも安心して魔術を使うことが出来るのだ。精度の高さも頷ける。

戦士は攻守優れた実力を持ち、遠近自在、正に万能型の傭兵であると言える。


※二人は交際を否定したが、筆者は引き続き見守っていこうと思う。乞うご期待!


老人「さっきから何をニヤニヤしてんだい?」

老人「なんでもないことはないだろ、そんなに面白い記事なら儂にも見せてくれ」

サッ!

老人「確かにくれてやるとは言ったが、そこまでするかね……しかし、そこまでされると気になるな」

老人「え~っと、それ何て雑誌だい?」

スッ

老人「月間傭兵特集?」

老人「そんなもの聞いたことないぞ。三流紙か? 次から買ってみるとしよう……」

カランカラン

老人「おお、どうやら来たようだな」


第十三話 旅立ち

終わり

今日はここまでです。ありがとうございます。


第十四話

女騎士「お待たせした」

老人「おや? 騎士さん、あんた一人なのかい? 小僧はどうした?」

女騎士「訳あって、勇者様は此処に来ることが出来ない。その説明も含めて貴公に話がある」

▼女騎士は席に着いた。

女騎士「挨拶が遅れたな」

女騎士「私は魔術騎士団所属の騎士だ。此処へは勇者様の代わりに来た。宜しく頼む」

▼傭兵は神妙な顔で頷いた。

女騎士「簡潔に言うと、国王陛下は件の失踪事件の黒幕であると思われる魔術結社の捜査を打ち切った」


▼傭兵は驚愕の表情を浮かべた!

女騎士「勇者様が来られないのはその件についての抗議だ。捜査継続を求めて訴えている」

女騎士「次に、貴公への依頼の件だ。勇者様は貴公と共に調査することを強く望んでいた」

女騎士「しかしこうなった以上、勇者様に捜査は不可能。加えて捜査打ち切りによる新たな問題が起きた。その対処に協力して欲しいと言うのが勇者様の依頼だ」

女騎士「依頼とは教会の警護。捜査打ち切りによって軍による警護は解かれ、現在は無防備な状態だ」

▼傭兵は疑問に思った。

女騎士「確かに魔術騎士団は軍ではない。我々は勇者様の発案で新たに組織された、軍には属さない部隊だ」

女騎士「勇者様の部隊といっても過言ではないだろう。軍に代わって我々が警護することも可能だ」

女騎士「そこで勇者様は魔術騎士団に警護を命じたのだが、軍からの圧力が掛かった」


▼傭兵は不審に思っている。

女騎士「だからこそ勇者様は国王陛下のご判断を疑問視し、抗議しているのだ」

女騎士「私はあくまで個人的に勇者様に従っている。今の私は、魔術騎士団に所属していた騎士と言っていい」

女騎士「しかし騎士を志した者として、教会にいる子供達を危険に晒すわけにはいかない」

女騎士「勇者様は貴公を強く信頼しておられた。どうか、協力して欲しい」

▼傭兵は頷いた。

女騎士「有難い……」

女騎士「勇者様から貴公の話は聞いている。様々な意味で師であると、そう仰っていた」


▼傭兵は困ったように頬を掻いた。

老人「騎士さん、一息吐いたらどうだい?」コトッ

女騎士「お茶? すまないな……」

ゴクッ

女騎士「美味しい……」

老人「それは良かった。で、あんたは大丈夫なのかい?」

女騎士「分からない。勢いで出て来たようなものだからな。しかし後悔はない。正しい決断だと信じている」

老人「随分と信頼しているんだな」

女騎士「女だからと入隊を拒否されたところを勇者様に拾われてな。いつも気さくに接して下さった。十分過ぎる程に与えられた」


老人「あの小僧がなあ……」

女騎士「ご老人、貴方の話も聞いている。素性を知っても小僧として接してくれる数少ない人物、理解者だと」

老人「本当か? 口うるさいクソ爺とは言ってなかったか?」

女騎士「ハハハ、そんなことは言っていない。今日会えないことを残念だと言っていた」

老人「落ち着いたら来ればいい」

女騎士「私も早くそうなることを願っている。さて、そろそろ行こう。教会に案内する。お代は」

老人「今日は要らないよ。また今度、あんたが騎士に戻った時で良い」

女騎士「お気遣い感謝する……では、行こう」


▼傭兵は頷いた。

老人「あんたのお代も今度でいい。また顔を見せに来てくれ、傭兵」

▼傭兵は深く頭を下げた……

老人「二人共、気を付けろよ。何だか最近は都の空気もおかしいからな」

▼二人は店から立ち去った。

老人(しかし、突然の調査打ち切りとは確かに妙だな。あの王が敵を見逃すとは思えない……)

老人(むう、何ともないと良いが嫌な予感がしてならない。何かが起きる、そんな気がする)

老人「……」

老人「……」

老人「……店、早めに閉めるか」


>>>>教会へ

女騎士「言い忘れていたが、教会を警護する理由は他にもある」

女騎士「僧侶と呼ばれる人物だ。稀有な魔術を扱うらしい。その人物を守るのも依頼の一つだ」

女騎士「いや、彼女の魔術について詳しくは分からない。勇者様も説明が難しいと仰っていた。友人とだけ聞いている」

▼傭兵は質問した。

女騎士「私? 私は勇者様の友人とは言えないよ」

女騎士「勇者様は王子であるし、私のような者が友人と呼んで良い方ではない」

女騎士「いつも気に掛けて下さるけれども、私にはどうしたらよいのか分からない。決して迷惑なわけではなく嬉しいのだが……」


▼傭兵は微笑みながら言った。

女騎士「対等に? いいや、私には無理だよ」

女騎士「どうしても身分を意識してしまうし、同世代だからこそ尚更緊張すると言うのもある」

女騎士「正直、何を話したらよいのか分からない。きっと私の話など退屈なただけだよ」

▼傭兵は首を横に振った。

女騎士「……」

▼傭兵は女騎士の言葉を待っている。

女騎士「いや、済まない」

女騎士「傭兵であると聞いていたから荒々しい人物かと思っていたんだ。それがこんなにも心穏やかな人物で今更ながら驚いている」

女騎士「団には年配の騎士の方々もおられるが、貴公からは彼等とはまた違う印象を受けるよ」


▼傭兵は質問した。

女騎士「ああ、世間一般では今でも傭兵は荒くれ者という印象が強いんだ」

女騎士「だがそれは傭兵に限ったことではない。魔術師にとっても同じことだ。一度根付いたものは中々消えない」

女騎士「たった一人の魔術師がしでかしたことが魔術師の印象を決定付け、それが今でも消えずにあるのだからな」

▼傭兵は顎を摩っている。

女騎士「確かに……魔術が進歩した今、いつまでも過去に囚われていては先へ進まないだろう」

女騎士「現に魔術師の数は増加しているのに、活躍出来る場は限られている」

女騎士「だからこそ勇者様は魔術騎士団を創設したわけだが、未だ理解は得られていない。魔術師に平和は守れないなどと言われる始末だ」

女騎士「……」

女騎士「ところで質問があるのだが、傭兵にも女性はいるのだろう?」


▼傭兵は頷いた。

女騎士「ふむ、貴公の言葉だと、こちらより女性が受け入れられているように思えるな」

女騎士「自主性の強い女性が多いようにも思える。いつかは会ってみたいものだ」

▼傭兵は魔法使いのことを話した。

女騎士「十六? 随分若いのだな。驚いたよ。十六か、私の六つ七つ下だ……」

女騎士「しかし残念だな、そのような女性にこそ魔術騎士団に入って欲しかった」

女騎士「傭兵の低年齢化は社会問題になりつつあるし、軍でも世代交代を計らなければならない頃合だろう」

女騎士「ふむぅ……」

女騎士「す、済まないな。聞かれてもいないことを長々と語ってしまった……」

▼傭兵は首を振った。

女騎士「ためになる? そ、そうか? こういう話しか出来ないのだ。済まない……?」

女騎士「ああ、あれが教会だ」

女騎士「そうだな、勇者様の説得が終わるまでは二人だけでの警護となる。一刻も早く軍の警護が戻ることを祈ろう」


第十四話 待ち人

終わり


第十五話

勇者「父上、答えて下さい」

国王「いずれ調査は再開する。今は干渉しないというだけだ」

勇者「俺はその理由を聞いているんです!!」

国王「声を荒げるな。お前にも分かるだろう、あの技術には目を見張るものがある」

勇者「父上!!」

国王「案ずるな、目星は付いている。絞首台に送るのが少しばかり遅れるだけのことだ」

勇者「ならば、その人物の居場所を教えて下さい」

国王「息子よ、あまり困らせないでくれ……」

勇者「それは俺の台詞です。父上の考えが正常だとは到底思えない」


国王「よく考えろ、肉体の強化と言うのは医療の進展に多いに役立つ。失うには惜しい」

勇者「犠牲がなければ俺も喜んで賛成してる。何が大切なのかよく考えて下さい」

国王「お前は頭が固い。敵を滅ぼすだけでは何も生まないのだ。利用することを覚えろ」

勇者「今はそうすべきではないと言っているんです。民に被害が出ているなら戦うべきだ」

国王「一時のものだ。技術が確立されれば多くの者達を救うことが出来る」

勇者「未来を語るのは狂人のすることです」

国王「私はいつでもそうしてきた。そして語った通りの未来を手に入れた。今の私を見れば分かるだろう? 私を信じろ」

勇者「父上、お願いです。俺の言葉を聞いて下さい……」

国王「……」

勇者「今は戦時ではない。王には民を守り平和を維持する責任がある。父上、貴方は王でしょう?」

国王「王の責任は果たす。いずれ調査は再開すると言ったはずだ。お前は何をそこまで怖れている?」


勇者「父上、何故分かってくれないのですか……」

国王「心配はない。私は今まで敵と見做した者を見逃したことはない。一度もな」 

勇者「……」

国王「まだ不安か?」

勇者「……俺には、今の父上が分かりません」

国王「……」カツン

勇者「父上、あまり無理は」

国王「よい、一人で歩ける。息子よ、よく聞いて欲しい」

勇者「…………はい」

国王「お前が抱く思いはよく分かる。危険な集団である以上、速やかに排除すべきだ」

国王「以前の私ならそうしただろう。しかし、私はこの通り老いた。自分の体でさえ自由に出来ん」

国王「若いお前には分からんだろう。緩やかに朽ちていくような、死を待つ感覚など……」


国王「私は、希望が欲しいのだ」

勇者「その希望がまやかしであるとは、何故考えないのです……」

国王「分かってくれ、息子よ」

勇者「……」

国王「すぐに終わる。ほんの少しの間だ」

勇者「……申し訳ありません、失礼します」

国王「そうか、残念だ……」

勇者(父上は何かに囚われている。でなければ、子供を攫う連中を野放しにするはずがない。
   教会に行こう。師なら、きっとよい知恵を授けてくれる)


国王「息子よ」

勇者「……何です」

国王「教会には行かぬ方が良い」

勇者「父上、貴方は何を……まさか……」

国王「いつもそうだった。新しい時代には、それが必要なのだ」

勇者「っ!!」

ガチャバタンッ

勇者(父上、何故……)

勇者(考えるのは後だ。教会に急がなければ……)


第十五話 錯綜

終わり


第十六話

女騎士「……うっ」

目覚めると、そこには誰もいなかった。

傭兵と僧侶の姿もなく、子供達の姿もない。教会の中は静寂に満たされている。

女騎士はよろよろと起き上がり、辺りを見渡す。

その足取りはふらふらと覚束ない。

壁に肩を預けながら何とか歩みを進めるものの、一歩進むごとに痛みに喘いでいる。

「これは……」

大きく抉れた床、紙きれのように千切られた椅子、壁には大きな爪痕が残っている。

「何が、起きた……」

女騎士は膝を突き、壁を背に蹲った。額から流れた血が頬を伝っている。

頭を抑え、朦朧とする意識の中、女騎士は懸命に記憶を探った。



▼ぼやけていた記憶が、徐々に鮮明になる。


>>>>数時間前

僧侶「そうですか、勇者君が……」

女騎士「今頃は国王陛下を説得している最中だろう。警護が戻るまでは私と彼が警護を担当する」

僧侶「でも、そう上手く行くでしょうか?」

女騎士「どういう意味だ」

僧侶「だって警護を外したのは此処だけですよ? 王には何か企みがあってそうしたと思います」

女騎士「企みとは?」

僧侶「そうですねえ、国王陛下が失踪事件の黒幕と繋がっているとか」

女騎士「何を……」

僧侶「だって、そう考えるのが普通じゃないです? 私には教会を差し出したように思えますけどね」


女騎士「大胆な発想をする方なのだな……」

僧侶「勇者君の話では魔術結社は進んだ技術を持っているようです。王はそれに目が眩んだんじゃないですかね?」

女騎士(有り得ないとは言い切れない……陛下は望んだものを全て手に入れた御方だ)

僧侶「数ある国をまとめ上げたようですが、私からすれば単に欲深い人間ですよ。いつか必ず罰が当たります」

女騎士「……」

僧侶「何です?」

女騎士「いや、言葉が出ないだけだ。それは明らかに王家に対する侮辱では?」

僧侶「侮辱? 貴方は面白い人ですね。王は神ではない。あれはただの人間です。幾ら文句を言っても罰は当たりませんよ」

▼傭兵は声を出して笑った!

僧侶「あれ、笑われるようなこと言いました?」


女騎士「それは極めて危険な思想だ」

僧侶「そうですか? 私、間違ったことは何一つ言ってないと思いますけど」

女騎士「貴方個人が何を思おうと勝手だが、口にするのは止めた方が良い」

僧侶「勇者君はその通りだって笑ってましたよ? 貴方もそうだと思ってました」

女騎士「勇者様は変わっているからな……」

僧侶「貴方だって本当はそう思ってるんでしょ? 悪人を野放しにするなんて、もっと悪い人のすることですよ。そう思いません?」

女騎士「……」

僧侶「素直じゃないですね」

女騎士「私は貴方のように強くないんだ。そのような批判は口に出来ない。まして王家になど」

僧侶「身分なんて人間が作り出したまやかしに過ぎない。まやかしは、いずれは消え去ります」

女騎士「また大胆な……」

僧侶「この世界には男と女しかない。違いなんてそれだけです。王だって一人の男に過ぎない、素っ裸になれば同じですよ。女もそうです」


女騎士「……」

僧侶「身分になんて囚われず、好きなように生きた方がいいです。一度きりの人生ですから」

女騎士「私には悪魔の囁きに聞こえるよ」

僧侶「天使も悪魔も必要だから存在しています」

女騎士「貴方の思想は危険過ぎる……」

僧侶「危険だと思うのは、私の言葉が魅力的に感じるからでしょう?」

女騎士「……否定はしない」

僧侶「だったら素直になればいいのに」

女騎士「もうやめてくれないか、貴方と話していると大事な何かが壊されそうだ……」

僧侶「あはは、騎士さんは可愛いですね。貴方みたいな人は大好きですよ?」

女騎士「……勇者様が貴方を友人と呼ぶのが分かる気がするよ」

ギィィ

▼教会の扉が開いた。一人の男が立っている。


武闘家「情報通りみたいね」

女騎士「何だ、貴様は……」

武闘家(まずは僧侶からだったわね。で、あれが亡国の傭兵かしら? 錬金術師も無茶言ってくれるわね)

▼武闘家は姿を消した!

女騎士「何だ、今の気色悪い男は……」

僧侶「きゃっ!?」

女騎士「何!?」

▼僧侶は武闘家に拘束されてしまった!

女騎士「彼女を離せ!!」

武闘家「はいはい、面倒だから動かないで頂戴、まずは剣を床に……あら?」


▼武闘家の右腕がするりと床に落ちた!
 傭兵はいつの間にか剣を構えている!

女騎士(擦れ違い様に斬ったのか……)

武闘家「やるじゃない……」

▼武闘家は左腕で僧侶を掴むと、飛び退いて距離をとった!

女騎士「出入口は此方にある。貴様に逃げ場はない、彼女を解放して降伏しろ」

武闘家「それは無理よ。さあ僧侶、私の腕を治しなさい」

僧侶「嫌です、腕毛がチクチクして痛いので離して下さい」

武闘家「言っておくけど来たのは私一人じゃない。仲間がいるのよ。彼は今頃子供達のところにいるわ。隠したみたいだけど無駄。それから腕毛のことは言うな」

僧侶「!!」

武闘家「何をすべきか分かるわよね」

僧侶「……」

▼僧侶は武闘家の右腕に手をかざした。
 武闘家の右腕がみるみるうちに再生していく!


女騎士「馬鹿な……」

武闘家「これが彼女の力よ。さあて、ちょっとごめんなさいね?」

僧侶「うっ……」

▼武闘家は僧侶を気絶させた!

武闘家「亡国の傭兵、次は貴方よ」

女騎士(想定通りと言った風だ。我々が此処へ来ることを予め知っていたのか)

武闘家「亡国の傭兵、武器を捨てて此方に来なさい」

女騎士「何を馬鹿な、自分の置かれた状況が分からないのか」

武闘家「あのね、その男を相手に何の策もなく来ると思う? 貴方は知らないでしょうけど、彼はと~っても危険な男なのよ?」


▼武闘家は懐から何かを取り出した!

女騎士「……眼鏡?」

武闘家「気になるなら確かめたら?」

▼武闘家は銀縁の眼鏡を傭兵に投げ渡した。

武闘家「どうかしら? 貴方になら、それが誰の物か分かるはずよ」

女騎士「貴公、それは一体……」

武闘家「僅かに動揺したわね。と言うことは当たり。なのね?」

▼傭兵は凄まじい速度で武闘家に斬り掛かった!
 武闘家はひらりと身を躱した!

女騎士(あれを避けただと? 傭兵殿は勿論、あの気色悪い男も次元が違う)

武闘家「貴方にも可愛いところがあるのね。でも、私は何をされても喋らない。と言うより、居場所は知らされていない」

武闘家「良い? 貴方の帰る場所は私達の手中にある。失いたくなければ従いなさい。従わなければ殺すわ。言っておくけど、私達は本気よ」

▼傭兵は剣を納めたが、怒りに震えている……


女騎士「傭兵殿……」

武闘家「私は反対したんだけどね。やるからには何でもやるって聞かなかったのよ……」

女騎士「貴様等の目的は何だ、傭兵殿に何をした……」

武闘家「すぐに分かるわ。近々、時代は動く。今は眠りなさい」

▼武闘家は下から抉るように拳を振り上げた!
 切り裂くような暴風が教会内に吹き荒れる!

女騎士「この程度で……」

▼女騎士は正面に手をかざした!
 その周囲だけが穏やかに凪いでいる。

武闘家「あら上手、貴方も風を使うのね」

女騎士「何が起きたのか、何をしたのか、貴様を拘束した後で聞かせてもらう」

武闘家「ごめんなさい、もう時間みたい」

▼女騎士の背後、入口から年老いた男が現れた。
 傭兵は年老いた男の顔を見て固まっている。


錬金術師「首尾はどうだ、武闘家」

武闘家「彼は従うわ」

錬金術師「そうか。では傭兵、早速で悪いが私と共に来て欲しい。済ませたい用事がある」

女騎士(仲間か。何が起きているのか分からないが、せめて彼女だけは……)

錬金術師「申し訳ないが部外者は消えてくれないか? これは君のためでもある」

▼錬金術師は杖を振るった!
 巨大なツタのような植物が床から突き出し暴れ回る!

女騎士「うぐっ……」

▼女騎士は吹き飛ばされ、壁に頭を打ち付けて気を失ってしまった!

錬金術師「んん、頭がくらくらする……」

武闘家「魔術なんて使うからよ。大丈夫なの?」


錬金術師「少々気分が悪いようだ……」

武闘家「呆れた。子供達は無事なのよね?」

錬金術師「いや、もう送った」

武闘家「話が違うわ!! もう止めるって言ったじゃない!!」

錬金術師「これで最後だ。次はない。約束する」

武闘家「……信じて良いのね」

錬金術師「勿論だ。さて、君は僧侶を連れて先に帰れ。私は彼と用事を済ませる」

武闘家「……」

錬金術師「どうした、早く行かないか」

武闘家「無事かどうかくらい教えてあげなさいよ。彼が可哀想だわ」


錬金術師「彼は口で言っても信用しない」

▼傭兵は堅く目を閉じている。

武闘家「大丈夫、貴方の帰る場所は無事よ。手出しはしないわ」

▼傭兵は堅く目を閉じている。

武闘家「……」

錬金術師「そろそろ勇者が来る頃だな。我々は彼と入れ代わりで城に入る」

▼傭兵は倒れた女騎士の下へ行き、懐に何かを入れた。

武闘家「……」

錬金術師「……行くぞ」


第十六話 略奪

終わり


第十七話

>>>>現在

女騎士(城へ急がなければ)

女騎士(頭が痛い、私はどれ程の時間気を失っていたのだ? 勇者様が教会に来るより早く……)

▼教会の扉が開き、足音が鳴り響いた。

女騎士(あぁ、来てしまわれた……)

勇者「女騎士!!」

女騎士「勇者様、今すぐ城へお戻り下さい」

勇者「何?」

女騎士「僧侶様は武闘家という男に連れ去られ、その仲間であると思われる年老いた魔術師は、傭兵殿を連れて城へ向かいました」

勇者「師が? 何故?」

女騎士「脅されていたように思います。銀縁の眼鏡を差し出され、酷く動揺しておられました」


勇者「眼鏡……」

女騎士「今は老いた魔術師を追って下さい」

女騎士「おそらく軍も魔術騎士団も手出しはしないでしょう。頼りになる者は城内に残っていないと思われます」

女騎士「状況を変えられるのは勇者様だけです。この機に捕らえてしまえば、まだ目はあります。逃してはなりません」

勇者「……医者を寄越す。信頼出来る者に預けるように言うから、そこで待っていてくれ」

女騎士「奴等は勇者様の動きを把握していました。全てが仕組まれていたように思えてなりません……」

勇者「分かってる……」

女騎士「勇者様、お気を付けて」

勇者「ああ」

▼勇者は走り去った。

女騎士(もし彼女の言った通りなら、国王陛下は最初からあの連中と? 民を売ってまで、何を欲すると言うのだ)


>>>>

国王「随分早かったな」

錬金術師「急いでいるのでな」

錬金術師の傍には傭兵がおり、その周囲を軍の兵士達がぐるりと囲んでいる。

国王「ところで、何故その男が此処にいる?」

錬金術師「貴方が最も恐れ、最も信頼する傭兵だ。何の不都合もあるまい。さて、取引に入ろう。これが貴方の希望だ」

▼錬金術師は輝く液体の入った瓶を取り出した。

国王「それは?」

錬金術師「今に分かる。さあ、飲め。陛下に効果の程を見せるのだ」

▼傭兵は渡された瓶の蓋を開くと、輝く液体の半分を飲んだ。


国王「……」

▼傭兵は直後に倒れ込み、苦しみ藻掻いた!
▼周囲の兵士達はざわついている!

国王「落ち着け、よく見るのだ」

▼なんと、傭兵が二十代にまで若返った!
▼しかし、立ち上がることは出来ないようだ。

国王「素晴らしい」

錬金術師「ご要望とあらば私も飲むが」

国王「その必要はない。その瓶を近くの兵士に渡してくれ」

▼錬金術師は兵士に瓶を渡した。
▼兵士は国王の前に跪き、輝く液体の入った瓶を捧げた。

国王「……」

錬金術師「……」

▼国王は意を決して液体を飲み干した!
▼国王は玉座から崩れ落ち、苦しみに喘いでいる!


錬金術師「……」

▼兵士達は錬金術師に武器を突き付けた!

国王「よせ……」

国王「私を見ろ、武器を下ろせ」

▼なんと、国王は二十代にまで若返っている!
▼兵士達は驚愕した表情を浮かべている。

国王「活力に満ちている。体も、声も……」

錬金術師「これで約束は果たした。これからも不干渉であることを願う」

国王「勿論だ」

錬金術師「それから、この傭兵を戴きたい」

国王「何を企んでいるのか知らんが、その男には私を殺すことは出来んぞ」

錬金術師「王の命など興味はない。私の研究に必要なのだ、死んでしまうかも知れないが構わないだろう?」


国王「……好きにしろ」

錬金術師「では、失礼する」

▼錬金術師が杖を振ると、傭兵と共にその場から姿を消した。

国王「愛想のない男だ……」

ギィィッ

国王「何だ? 誰も通すなと言ったはずだが」

▼勇者が兵の制止を振り切って現れた!

国王「おお、勇者よ、よくぞ戻った」

勇者「魔術師が此処に入ったと……父上? 父上なのですか? その姿は一体、まさか」


国王「何をしている、兵に戦の準備をさせろ」

勇者「何を……」

国王「これ以上、奴等を泳がせておく必要はない。奴等の根城は西の砂漠にある。指揮はお前が執れ」

勇者「ふざけるなっ!! どの口がほざく!! 自分が何をしたのか分かっているのか!!」

国王「王の命に従わないと言うのか」

勇者「貴方には従えない」

国王「ならば、お前に用はない。従えないのなら何処へでも行くがいい。この際だ、王位継承権は剥奪する。王は一人でいい」

勇者「……所詮は猜疑心の塊か。その異常なまでの怖れが貴方を統一王にまでしたのだろう」

勇者「以前から気付いてはいた。息子の目を見ようとはしなかったからな。貴方は息子の俺を怖れていたんだ」

国王「自惚れるな」

勇者(このまま暴走を続けるのなら、今此処で……)


▼勇者は、剣の柄に手を掛けた。

国王「お前にしては大胆だな」

勇者「……」

国王「お前には父を殺せない。だが、私には息子を殺せる。それが私とお前の違いだ。やれ」

勇者「!!」

▼勇者に兵士が押し寄せた!
 勇者はあっという間に囲まれてしまった!

国王「私の玉座、私の王冠、私の城、私の兵、此処にはお前の物など何一つない」

勇者「……」

国王「躊躇うのなら剣など捨ててしまえ、勇者」

▼勇者は力なく崩れ落ち、床に手を突いた。

国王「王の前で剣に手を掛けたのだ。その意味が分からぬわけではあるまい」

▼兵士の一人が、勇者の頭に剣の柄を振り下ろした!


勇者(もう、後戻りは出来ない)

▼勇者の掌から雷が迸る!
 雷は床を這い、周囲の兵士達を吹き飛ばした!

勇者「……」

国王「……」

▼国王は無傷。
 紋章の刻まれた盾を構えた兵士が立っている。

勇者(あの盾は……)

国王「機を逃したな」

▼廊下からは鎧の鳴らず音が響く。
 他の兵士達も向かって来ているようだ。

国王「……」

勇者「……」

▼勇者は玉座の間から走り去った……

国王「いいや、追う必要はない。城の守りを固めろ。騒ぎにはするな。今は戦だ。戦の準備をしろ」


第十七話 激流

終わり

ここまでです。ありがとうございます。


第十八話

「何だってこんな事に……」

寝息を立てる女騎士を横目に茶を啜りながら、老人は溜め息交じりに独り言ちた。

そろそろ店を閉めようかと思っていたところに突然運ばれて来た女騎士。

勇者の願いと聞いて断る訳にもいかず、医師に言われるままに奥の仮眠室に寝かせたがやることはない。

医師によって治療は既に済んでおり、後は勇者を待つのみである。

ただ、教会で何かが起きたことは確実であり、傭兵の姿もないのだから不安で仕方がない。

老人(無事だと良いが……)

カランカラン

老人「!!」

▼老人は仮眠室を飛び出した!


勇者「……」

老人「……………酷い顔だな。さあ、取り敢えず奥の部屋に入れ。話はそれからだ」

▼勇者は無言のまま、仮眠室へ入った。

老人「飲め。少しは落ち着く」

勇者「お爺さん、ありがとう……」

▼勇者はお茶を飲んだ。

老人「……何があったんだ」

▼勇者は疲れ果てた声で話した。

老人「なら、王は若さを手に入れる為に?」

勇者「そうさ。その為に警護を解き、教会の者達を差し出したんだ。王は狂った。いや、きっとそれ以前から狂っていたんだよ」

▼その声には強い後悔が滲んだ。
 父の本心が見抜けなかったことに悔いているのだろう。

老人「しかし、警護を解いたのは不自然だ。民も馬鹿じゃない、今回の襲撃は不審に思うはずだ」

勇者「大した騒ぎにはならないよ。大方、警護が離れた僅かな隙を突いて襲撃されたとでも言うつもりなんだ」


老人「そんな説明が通用するか?」

勇者「王は戦の準備を始めてる。魔術師連中を捕らえて公開処刑にでもすれば疑念は塗り潰せる。そう考えているんだよ」

勇者「民を苦しめる悪しき魔術師達、それに立ち向かう正義の王。分かりやすい図式だろ……」

老人「……これからどうする。城へは戻れんし、取り敢えず都を出た方が」

勇者「王の暴走を止める」

老人「お前一人でか!? どう考えたって無茶だ!! 今のお前に味方はいないんだぞ!? 今頃は魔術騎士団も拘束されてるはずだ!!」

勇者「……」

老人「冷静になって考えろ。取り敢えずは都から出た方が良い。逃げるんだ」

勇者「俺は逃げるなんて出来」

老人「意地を張るな!! お前は王に敵対したんだぞ!! 全てを支配した男にな!! お前の師もその一人だ!!」


勇者「……」

▼勇者は拳を強く握っている。
 掌には爪が食い込み、血が流れた。

老人「冷静なれ。逃げることは恥ではない。何があっても生きるんだ。機会は必ず訪れる」

勇者「……」

老人「……店の裏に馬を用意してある。嬢ちゃんは任せろ。さあ行け、いつ追っ手が来るかも分からない」

勇者「…………分かった」ガタッ

老人「ま、待て」

勇者「?」

老人「危うく、これを渡すのを忘れるところだった」

勇者「それは?」

老人「医師に渡された物だ。嬢ちゃんの鎧の隙間に挟まれていたらしい」

勇者「……月間、傭兵特集?」


老人「それからこれもだ。これは、その雑誌に包まれていたようだ」

勇者「小瓶? 中身は?」

老人「それは分からん。だが、その記事には見覚えがある。傭兵が持って行った物だ」

勇者「師が? なら、この記事にも何か意味があるはずだ。何か手掛かりが……」

▼勇者は紙面に目を通した!

勇者「……」

老人「どうだ? 何か書いてあったか?」

勇者「……頼るべき者達とその居場所が書いてある。この記事そのものが伝言だったんだ」

老人「頼るべき者達……傭兵か。確かに軍を頼れない今、頼れるのは傭兵しかいない。場所は?」

勇者「国の干渉を受けない場所、軍の存在しない唯一つの街、彼等はそこにいる」


勇者「師の故郷、傭兵の街に」


第十八話 微かな光

終わり

短いですがここまでです。 


第十九話

>>>>同日

魔法使い「今日はどうする?」

戦士「朝飯まだだろ? 朝飯食ってからにしようぜ」

魔法使い「え、もう食べたんだけど……」

戦士「あのな、前から思ってたけど合流すんの早くねーか? もうちょい遅くてもいいだろ」

魔法使い「早めに依頼受けた方がゆっくり出来るじゃん」

戦士「そりゃそうだけどよ……妙なとこで真面目だな、お前」

魔法使い「ほら、朝ご飯食べるんでしょ。行くよ」

戦士「はいはい」

傭兵が街から姿を消してから一ヶ月半程が経ったが、二人は今も変わらず共に行動をしていた。

昼前には合流し、二人で依頼を選び、二人で依頼を達成する。


>>>>お食事処

戦士「食わないのか?」

魔法使い「うん、温かい飲み物だけでいいや」

戦士「分かった」

▼戦士は注文した。

魔法使い「あのさ」

戦士「どした?」

魔法使い「安定して戦えるようになってきたし依頼の難度上げたいと思うんだ。お金も増えるし」

戦士「そんなに貯めて何に使うんだよ」

魔法使い「別に良いじゃん」

戦士「まあ良いけどよ……でも慣れてきたとは言え、まだ危険な場面もある。今はまだ中級上級の討伐に専念して経験を積むべきだ」

魔法使い「何それ、センセみたいなこと言わないでよ」

戦士「そんなつもりはねーよ。つーかお前、何を急いでんだ?」


魔法使い「だって……」

戦士「仮に俺達の評価が急激に上がったとしても、先生と同じ依頼は受けられねーぞ。先生が受けたのは国からの依頼だろうからな」

魔法使い「別にそんなこと言ってないし」

▼魔法使いは俯いてしまった。

戦士「……はぁ、上級討伐以上の依頼って言ったら特級だぞ? 上級とはわけが違う」

魔法使い「それは知ってるよ。めっちゃ強い魔物でしょ? 数は十体にも満たないって話だけど」

戦士「えらく雑な知識だな、幾ら歴が短いって言ってももう少し知っとけよ」

魔法使い「仕方ないでしょ、そういう話する人いなかったし……」


戦士「あ、独りぼっちだったもんなあ」

魔法使い「うっさいな……」

▼料理が届いた。

戦士「受付サンからは聞いてないのかよ」モグモグ

魔法使い「そういう話はしないんだ。普段は服とかお料理の話しかなあ。後はお化粧とか」

戦士「気持ちわるっ、脳内女子の十代か?」

魔法使い「女子なんだよ!! 十代の!!」

戦士「仕方ねーから教えてやるよ」

魔法使い「おい、無視すんな」

戦士「特級ってのは自分から襲ってくる奴等じゃない。基本的には大人しくて臆病らしい」

魔法使い「えっ? そんな奴等が何で上級って言われてるわけ?」

戦士「魔物だからって取り敢えず殺そうとした傭兵やら兵士やらが、ことごとく返り討ちに遭ってるからだ」


魔法使い「戦った人は殺されてないってこと?」

戦士「みたいだな。全部が全部そうでもないだろうが、生き延びた多くの傭兵や兵士が危険性を広めたんだ。で、それが繰り返されてる内に特級なんて言われるようになったのさ」

魔法使い「じゃあ、特級の魔物って討伐されてないの?」

戦士「いや、何体かはやられたって聞いた。特級個体は非常に数が少なく、生殖活動も確認されてない。基本は放っといてるんだろう」

魔法使い「ふ~ん」

戦士「で、どうすんだ? 受付サンに頼めば依頼内容くらいは見せてくれるはずだ。居場所も分かるだろう」

魔法使い「え、そうなの?」

戦士「特級の監視は今でも続けられてるからな」

魔法使い「はぇ~、知らんかった」

戦士「お前が知らなすぎるんだよ。でもまあ、依頼は見るだけで受けられないと思うけどな」


魔法使い「え、何でさ」

戦士「実績がねーだろ。俺もお前もまだまだ新人だ。そんな大きな依頼は受けられない。死なれて迷惑するのは受付サンだしな」 

魔法使い「そうだよね……でもさ、この前取材受けたじゃん」

戦士「よく分からねー雑誌の記事だろ? あんなもん何の得にもならねえって」

魔法使い「そうかなあ」

戦士「読んでる奴見たことないぜ?」

魔法使い「でも、それで少しでも名が売れれば儲けもんじゃん? きっとセンセも喜んでくれるよ」

戦士「だと良いけどな。つーか、今頃は何処で何してんだろうな? あれから受付サンも元気ねーし、手紙でも出してくれりゃあ良いのに」


魔法使い「忙しいんだよ、きっと……」

戦士(寂しそうにしてんのはコイツもだな。依頼受けて紛らわしてるようなとこもある。受付サンもだが、コイツにも何か特別な思いがあるんだろう)

魔法使い「……」

戦士(このままだと危ねえ気もするな。たまには気分転換でもしてみるか……)

魔法使い「どしたの?」

戦士「取り敢えず、特級に関わる依頼内容だけ見てみようぜ? 今日どうするかはそれからだ」

魔法使い「うん、そうだね」

▼支払いを済ませ、二人は酒場へ向かった。


>>>>応接室

魔法使い「おいっす~」

戦士「よお、受付サン」

受付嬢「おはようございます。今日も早いですね」

戦士「早速で悪いが、特級討伐の依頼を見せてくれるか?」

受付嬢「お二人には早過ぎます。許可出来ません」

戦士「それは分かってる。見せてくれるだけで良いんだ。魔法使いが興味あるみたいでな」

受付嬢「そうですか。では、此方になります」

▼受付嬢は古い依頼書を差し出した。

魔法使い「へ~、なんか紙も今のとは違う気がする。何て言うか、時代を感じる」


受付嬢「初期の依頼ですからね」

魔法使い「ってことは二十年も前の依頼?」

受付嬢「いえ、そこまで古くはありません。古くても十四、五年程でしょう」

魔法使い「そうなんだ。ねえ、戦士」

戦士「何だ?」

魔法使い「倒された特級もいるって言ってたでしょ? 何で討伐対象になったの?」

戦士「金のなる場所に棲み着いたからだ。金鉱とかな。国も全力で殺しに行っただろうよ」

魔法使い「なるほどね。でもさ、そうじゃない場所はどうなるの?」

受付嬢「重要ではないと判断された場合、その土地の所有者は諦めるしかなかったでしょう」


魔法使い「そっか……」

戦士「どうする? 見てみるか?」

魔法使い「何を?」

戦士「特級を監視してる傭兵んとこに行くんだ。最近は戦ってばかりだったから、たまにはそういうのも良いだろ」

魔法使い「え? そんなこと出来るの?」

受付嬢「監視者に会いに行くだけならば問題はありませんよ。いい顔はされないでしょうけれど」

魔法使い「まあ邪魔だよね。普通に……」

戦士「どうする? 近場ってわけじゃねーけど、今から行けば今日中に帰って来られる」

魔法使い「ん~、そうだね……うん、たまには良いかもね。折角だし行ってみたい」

戦士「んじゃ、早速行こうぜ」

魔法使い「……」

戦士「何だよ」

魔法使い「なんでもない。私、先に行って馬車用意してくる」


戦士「お、おう、頼むわ」

魔法使い「あっ、運転はアンタね。行き帰りどっちも」

戦士「はいよ」

魔法使い「受付さん、またね!」

受付嬢「はい、お気を付けて」

▼魔法使いは足早に立ち去った!

戦士「ちょっと露骨だったか……」

受付嬢「割と自然な誘い方でしたよ?」

戦士「そうかあ? 何つーか、ご機嫌取りっぽくなかったか?」

受付嬢「そう感じたのなら誘いは受けませんよ。貴方の意図が分かったから承諾したのだと思います」

戦士「それはそれでダセエな。こういうのって悟られないようにやるもんなのによ」

受付嬢「それでも良いではありませんか。魔法使いにも貴方にも、よい気分転換になりますよ」


戦士「あいつが途中で臍曲げなきゃな」

受付嬢「魔法使いはそこまで子供ではありませんよ。これで少しは落ち着いて考えるようになるでしょう」

戦士「……」

受付嬢「どうしました?」

戦士「今度、三人で飯でも食わねーか?」

受付嬢「はい?」

戦士「だから、俺と魔法使いと受付サンでご飯でも食べに行きませんか?」

受付嬢「いえ、それは分かります。貴方の意図が分かりません」

戦士「余計な世話だろうが、あんたも気分転換した方が良い。最近は魔法使いとも出掛けてないんだろ? まあ、あいつが依頼受けてばかりだったからだろうけどよ」


受付嬢「……」

戦士「無理にとは言わねえ。でも、少しはゆっくりした方が良い。そんなんだと先生が心配するぜ?」

受付嬢「……考えておきます」

戦士「ありがとよ。んじゃな、受付サン」

受付嬢「戦士、お気を付けて。魔法使いを頼みます」

戦士「おう、またな」

▼戦士は立ち去った。

受付嬢「……」

受付嬢「……三人」

受付嬢「……」

受付嬢「……もっと早く、私から言っていれば」


>>>>数時間後

受付嬢「……」ペラッ

受付嬢「……」カリカリ

カチコチ

カチコチ

カチコチ

カチコチ

受付嬢(そろそろ到着した頃でしょうか?)

受付嬢(あそこの監視者は特別変わった考えを持った方ですから、退屈はしないでしょう)


コンコンッ

受付嬢「はい、どうぞ」

錬金術師「初めまして、錬金術師と申します」

受付嬢「魔術師の方ですね。どのような依頼でしょうか?」

錬金術師「いや、依頼を願いたくて訪ねたわけではない。私は君達が言うところの魔術結社の長だ。個人的に話がある」

受付嬢「……」

錬金術師「座っても宜しいかな?」

受付嬢「どうぞ」

錬金術師「その前に」

▼錬金術師は杖を振るった。
 杖から伸びたツタが全ての出入口を塞いだ。


錬金術師「では、改めて」

▼錬金術師は席に着いた。

受付嬢「個人的な話とは何でしょうか」

錬金術師「彼についてだ」

受付嬢「誰を指しているのか分かりかねます」

錬金術師「それは済まない。君の父についてだ」

受付嬢「父はいません。私が生まれる前に他界しています。話せることなどありません」

錬金術師「君がそう主張するなら受け入れよう。では、亡国の傭兵とでも言えば分かるかな?」

受付嬢「はい、存じています。しかし、居場所をお教えすることは出来ません」

錬金術師「そうではないよ。場所なら既に知っている。今の君より詳しいと言える」


錬金術師「彼は今、我々と共にいる」

受付嬢「信じられません」

錬金術師「そう思って、これを持ってきた」

▼錬金術師は道具袋から剣を取り出した。

錬金術師「彼の剣だ。見覚えはあるだろう?」

受付嬢「偽物である可能性があります」

錬金術師「そうだな、確かにそうだ。しかし、そうと分かっていても従わざるを得ない。彼も、君もな」

受付嬢「どういう意味でしょうか」

錬金術師「これを使って君を人質にしたと言ったところ、彼はすぐに協力してくれた」

▼錬金術師は銀縁眼鏡を差し出した。

受付嬢「……」

錬金術師「この眼鏡は私が精巧に作った偽物だが、彼にとっては本物に見えた。或いは偽物と疑ったけれども可能性がある以上は従わざるを得なかった」


受付嬢「何故私を……」 

錬金術師「君の存在そのものが彼の守る故郷であり、帰る場所だからだ」

受付嬢「有り得ません」

錬金術師「彼は君のために王と決別した。今後は私達と共に国軍と戦うことになる」

受付嬢「下らない戯れ言です」

錬金術師「何故そう言い切れる? 私が直接此処に来たのが何よりの証明ではないのか?」

受付嬢(これ以上は無意味。彼の迷惑になるのなら今此処で)

▼受付嬢は短剣を握り締めた。

錬金術師「彼は既に此方側にいる。その行為は無意味だ」

▼受付嬢は自分の喉元に短剣を突き付けた!

錬金術師「君が死ねば彼は絶望するぞ? それは救いにはならない。苦しめるだけだ」


▼受付嬢は喉元に短剣を押し付けた。
 薄く血が滲み、喉を伝っている。

錬金術師「まあ無理にとは言わない。君の偽物なら既に用意してある。後に発覚すればより深く絶望するだろうが仕方ないだろう」

▼受付嬢は錬金術師を睨み付けた!
 短剣を握り締めた手が悔しさに震えている!

受付嬢「………私に何をしろと言うのですか」

錬金術師「戦の準備は出来ているが人手が足りない。私達の組織は少数精鋭なものでね」

受付嬢「先に言っておきますが、私は満足に動くことが出来ません。戦闘など不可能です」

錬金術師「問題はない。私と共に来れば以前と同じように動けるようになる」

▼受付嬢は驚愕に目を見開いた!

錬金術師「聞こえなかったのか? 君は再び戦うことが出来るのだ。かつて、踊り子と言われた時のようにな」

▼受付嬢は明らかに動揺している。
 生じた迷いを振り払おうとしているようだ。

錬金術師「戦が終われば彼も君も自由だ。王の束縛から解放され、自由の中を彼と共に歩ける」


受付嬢「……」

錬金術師「君は魔法使いと戦士に奪われた場所を取り戻す。親子であることを隠す必要もなくなる。父と娘として生きられる」

受付嬢「……」

錬金術師「ただ、それまでは従ってもらう。君にとっても悪い話ではないと思うが」

▼受付嬢は無言のまま椅子から立ち上がる。
 受付嬢は杖を突かず、机を支えに歩き出した。

錬金術師「掴まりたまえ」

受付嬢「結構です。貴方になど触れたくありません」

錬金術師(気丈な娘だ)

▼錬金術師は杖を振るった。
 二人はツタに呑み込まれ、姿を消した。


十九話 希望

終わり

今日はここまでです。


第二十話

魔法使い「あっつ~」グテー

戦士「水飲め、水」

▼魔法使いは水を飲んだ。

魔法使い「ぬるっ……」

戦士「文句言うな。あるだけ有難いと思え」

魔法使い「あいあい……」

戦士「もうすぐ岩山が見えてくる。その岩山沿いに監視所があると書いてあった」

魔法使い「砂漠の入り口だっけ? って言うかさ、気温ってここまで急激に変わるものなの?」

戦士「詳しくは知らねーが、岩石砂漠の地熱も影響してるとかって話だ」

魔法使い「それ、昔授業で聞いたかもしれない。内容はさっぱり思い出せないけど……」

戦士(そういや都の学校に通ってたって言ってたな。良いとこのお嬢様だったりすんのかね)


魔法使い「地下には何があるのかな?」

戦士「さあな。太陽に焼かれた蛇が潜ったとか、そんな昔話なら聞いたことがある」

魔法使い「砂漠の地下で蛇が熱冷ましてるんだ」

戦士「昔話が本当ならな」

魔法使い「ふ~ん、変なの」

戦士「昔話なんてそんなもんだ」

魔法使い「……」

戦士「……」

魔法使い「……ねえ」

戦士「あん?」

魔法使い「さっき、受付さんを誘ったって言ってたでしょ。三人でご飯食べようってさ」


戦士「おう」

魔法使い「来てくれると思う?」

戦士「あの人の場合、嫌なら即断るはずだ。本当に少し考えたいんだと思うぜ?」

魔法使い「ん~、どうだろ。受付さんは弱味を見せない人だし、人に甘えたりするの苦手だし」

戦士「類は友を呼ぶんだな」

魔法使い「うるさいなぁ……」

戦士「でもよ、あの人はどこか違う気がする。何つーか、しっかりし過ぎてるだろ?」

魔法使い「ああいう職業だし、しっかりしなきゃって思うんじゃないかな? 私にだってそこまで砕けた態度は取らないよ?」

戦士「お前の前だと特にじゃねーか? 年上だし弱いとこは見せられないだろ。先生が絡まなければな」

魔法使い「そんなの気にしなくて良いのに……」

戦士「そういう風に生きてきたのかもな。身に染み付いた生き方っつーかさ」


魔法使い「どういうこと?」

戦士「頼る人間がいないから全てを自分で何とかするしかない。隙を見せてはならない。とかな」

魔法使い「……分かる気はする」

戦士(……そうか、こいつも色々あったみたいだからな。似たような境遇だからってのもあるかもな)

魔法使い「受付さんはさ」

戦士「ん?」

魔法使い「受付さんはね、私が傭兵になったばかりの頃から色々助けてくれたんだ。
     依頼とかも選んでくれた。だから何かしたいんだけど、受付さんはあんな感じだからさ」

戦士(珍しいな……)

魔法使い「欲しい物とか探ろうとしてもはぐらかすし、料理とかも教えて貰ってばかりだし」


戦士「何か作って渡せばいいじゃねえか」

魔法使い「いやいやいや、料理上手に手料理渡すとか無理だって」

戦士「そんなの気にすんのかよ。若妻二人の料理格差みたいな話だな。女かよ」

魔法使い「女なんだよ!! 日に二度も言わせんな!!」

戦士「気にしなくても良くねーか? そういうのって気持ちだろ?」

魔法使い「じゃあ、可愛い女の子が手料理作ってきてマズかったらどうするわけ?」

戦士「そりゃあ全部食うさ」

魔法使い「今のは質問が悪かったよ。同性の友達が急に料理作ってきたらどうする? ちなみに味は保障しません」


戦士「……」

魔法使い「ほらぁ~!!」

戦士「それはちょっと考えるだろ!!」

魔法使い「それって困るってことでしょ? だから渡せないの。困らせたくないの。分かる?」

戦士「そんなもんか? 喜ぶと思うけどな」

魔法使い「無理無理。それよりさ、身に付ける物とかを渡した方が良くない?」

戦士「身に付ける物って?」

魔法使い「眼鏡の入れ物とか、髪留めとかさ。日常生活で使えるやつだよ」

戦士「俺はそっちの方が難しいと思うけどな。趣味の合わない物を渡されたらキツいだろ?」


魔法使い「むぅ……」

戦士「そんなに悩むことか?」

魔法使い「こういうのは外すと痛いからね。慎重にやらないと駄目なのさ」

戦士「そんなもんかね。考え過ぎてると渡す機会を逃すぞ?」

魔法使い「……」

戦士「どうした?」

魔法使い「………手伝ってよ」

戦士「はあ?」

魔法使い「帰ったら眼鏡買うから手伝ってよ」

戦士「眼鏡って何だよ。さらっと難易度上がってんだろ」

魔法使い「だから手伝って欲しいの。私は強気に行くって決めた。勝負だよ、勝負」

戦士「……お前、好みに合わないって言われたら俺が選んだとか言うつもりだろ」


魔法使い「……」

戦士「……」

魔法使い「そんなことしないよ」

戦士「今の間は何だよ」

魔法使い「いいから手伝ってよ!!」

戦士「大声で誤魔化すのやめろよ」

魔法使い「なにさ、こんなに頼んでるのに……」

戦士「誠意を毛ほども感じねえんだよ。まあ、良いけどよ」


魔法使い「いいの!?」

戦士「俺も何かお礼したいしな」

魔法使い「え、もしかして受付さん狙ってんの? それはちょっと引くわ」

戦士「この前の記者みたいなこと言うな。何でもかんでも恋愛に結び付けようとしやがって」

魔法使い「止めはしないよ。だけどさ、まずは己の身の程を」

戦士「話を聞けよ。つーか身の程を何だよ」

魔法使い「己の身の程を知れ」

戦士「言うのかよ……」

魔法使い「冗談はさておき、何で?」

戦士「寝床用意してくれたりしたからな。それから日頃の感謝ってやつだ」

魔法使い「日頃って?」

戦士「他の街では傭兵の扱いが結構雑なんだよ。あんなに傭兵を大切にする人はいないぜ?」


魔法使い「へ~、そうなんだ」

戦士「反応薄いな」

魔法使い「私はいつも世話になってるからね」

戦士「胸張って言うことか?」

魔法使い「えっ、変なとこ見ないでよ」

戦士「……」

▼戦士はある一点をじっと見つめている。


魔法使い「な、なにさ……」

戦士「………ふっ、他愛ねーな」

魔法使い「待て、何故笑う。他愛ないって何だ」

戦士「哀れに思えてな。ちなみに他愛ないってのは手応えがなく張り合いがないってことだ」

魔法使い「は? そこそこあるから、着痩せするだけだから」

戦士「笑わせんな身の程を知れ。そういうのは受付さんくらいになってから言うんだな」

魔法使い「謝罪しろ、今すぐにな」

戦士「おっ、見えた。あれだな」

魔法使い「おい!!」


>>>>監視所

監視者「見学をしたい?」

戦士「ああ、特級の監視を体験させて欲しいんだ。迷惑だろうが何とか頼む」

監視者「まあいいさ、別に構ないよ」

魔法使い「え、いいの?」

監視者「正直言って邪魔だが彼女の理解を深めるには良い機会だな。我慢しよう」

魔法使い「ありが……ん?」

監視者「ちょっと準備をするから待っていてくれ」

戦士「おう、分かった」


▼監視者は奥の部屋に入った。

魔法使い「……」

戦士「小屋みたいなとこ想像してたけど、結構しっかりしたとこだな。研究所みてーだ」

魔法使い「……」

戦士「どうした?」

魔法使い「いや、あの人ちょっと」

ガチャ

監視者「来たまえ」

戦士「魔法使い、行こうぜ」

魔法使い「う、うん」

パタンッ

監視者「普段はこの望遠鏡で監視している。彼女の方からどうぞ。固定しているから覗くだけでいい」


▼魔法使いは望遠鏡を覗き込んだ。

戦士「見えるか?」

魔法使い「……うん、いる」

戦士「どんな感じだ?」

魔法使い「白いくて大きな狼? みたいな感じかな。なんか、普通に寝てるっぽい」

監視者「美しいだろう?」

魔法使い「いや、あれ魔物だし」

監視者「美しいだろぉ?」

魔法使い「……はい」

戦士(変人相手だと敬語になるのか)


監視者「彼の方もどうぞ」

▼戦士は望遠鏡を覗き込んだ。

戦士「本当に真っ白だな。綺麗なもんだ」

監視者「ンフフ、そうだろぉ?」

戦士「あんたみたいに大声じゃ言えないけどな」

監視者「分かる、分かるよ。美しいものを美しいと言えないのは非常に悲しいことだ」

戦士「あんたは違うみたいだな」

監視者「私は違いを怖れていないからな。私は彼女を美しいと感じている。人間の女性など足下にも及ばないよ」


魔法使い「あのさ」

監視者「何だ?」

魔法使い「あの魔物が好きなの? その、異性として……」

監視者「恋をしていると言っても過言ではないな。何時間見ていても全く飽きないよ。最近は望遠鏡越しに熱く見つめ合っている。もう最高さ」

魔法使い「無理キモい!!」

監視者「アハハッ!! それはそれで真っ当な意見だ。正しい反応だが、間違いでもある」

戦士「見つめ合っているって大丈夫なのか?」

監視者「勿論だよ。縄張りに入らなければ問題はない。でも、あの視線には何かを感じるよ。目が合う回数も増えているし、私を求めているのかもしれないな」

監視者「それに、彼女には他の魔物にはない知性を感じる。何かを訴えかけているのかもしれない。あくまで個人的な見解だが」


戦士「面白いな、あんた。興味が湧いてきた」

監視者「ンフフ、お茶でも用意しよう。掛けたまえ」

▼戦士と魔法使いは席に着いた。
 魔法使いはとても帰りたそうにしている。

監視者「どうぞ」

▼監視者は冷たいお茶を差し出した。

監視者「さて、戦士と魔法使いだったな。君達は私を変人、変態だと思っているだろう?」

魔法使い「だってそうじゃん」

監視者「アハハッ! それが普通の感覚と言うやつだ。否定はしない。だが、私の言い分も聞いて欲しい」

戦士「ああ、いいぜ?」

監視者「簡単に言うと、愛おしいんだよ」


戦士「愛おしい?」

監視者「彼女は人間より優れた力を持ちながら子を残すことは出来ない。人間を怖れ、こんな場所に隠れて生きている」

監視者「もし彼女に人間と同等の知性があれば、彼女に限らず特級と呼ばれる魔物に知性があれば、もっと違った結果になっていただろうね」

戦士「もしそうなれば、人間は消えるな」

監視者「人間もそうやってのし上がった。他の生物を追いやり、彼等の土地を奪った。絶滅させもした。人間を絶滅させる生物が現れても不思議ではない」

監視者「どんな生物にも生きる権利があり、同時に命を奪う権利がある。それが人間だけの特権と勘違いするからおかしなことになる」

監視者「彼女は襲われて身を守った。それで人が死んだ。それの何が悪い。魔物を狩るなら、魔物に狩られることを覚悟すべきだ」

監視者「もし彼女に何かがあれば、私は彼女を守るだろう。傭兵ではなく、人間としてね」

魔法使い「……」

監視者「ああ、済まない。私は別に人間が悪だとかそんなことを言いたかったわけではない。話を戻そう」


監視者「さて何だったかな。ああ、彼女に惹かれた理由だった」

監視者「何と言えば良いかな。彼女は生きているだけで美しいんだ。人間には出せない美しさとでも言うべきかな」

戦士「自然だからか?」

監視者「正にそれだよ。人間は不自然な生物だろう? こうした方が良いと分かっていながら、それとは全く別の行動を取る」

監視者「他人と比較して考えを変えたり、嘘を吐いて誤魔化したりもする。私は人間の方が危険だと思うよ」

監視者「一方、彼女は思想に惑わされることもない。嘘を吐くこともない。ありのまま生きてるんだ。それが美しいのさ」

魔法使い「だったら他の生き物でもいいじゃん。猫とか犬とかさ」

戦士「そういやそうだな。自然に生きてる生き物なんて他にもいるだろ?」


監視者「犬? 猫? 駄目だ駄目だ」

魔法使い「何でさ」

監視者「あれは媚びる。それに人間より弱い生物だ。魅力は感じないよ」

戦士「……なあ」

監視者「何だい?」

戦士「つまりあんたは、強い女が独りで生きてるってのが良いのか? 女って言って良いのか分かんねえけど、人間に置き換えると何となく分かる気はする」

監視者「君は面白いな、感覚的にはそれに近いのかもしれない」

戦士「とは言え、そこまで入れ込むのは全く理解出来ねえけどな」

監視者「ん~、もっともっと人間的に分かりやすく言うなら、そうだな」


▼監視者は考え込んでいる。

監視者「この世の者とは思えないほどの美女がいたとする。彼女は極めて原始的で服を着ることもしない。いつも裸だ」

監視者「更には意思疎通は出来ない。安易に近付けば直ぐさま殺される。とても危険な女性だ」

監視者「彼女は水場で水を飲み、腹が減れば獣を狩り、喰らう。彼女はただ生きている」

監視者「着飾りもせず、媚びもせず、自分を曲げることもしない。彼女の心はいつも自由の中にある」

監視者「そして私は、そんな彼女の私生活を覗き見て涎を垂らす変態だ」

魔法使い「紛う事なき変態じゃん」

戦士「間違いねーな」

監視者「やっと理解してくれたようで嬉しいよ。さて、とっとと帰ってくれ。語っている内に気が昂ぶってきた。私にはやらなければならないことがある」

戦士「今すぐ帰る。席から立ち上がるのは俺達が出て行ってからにしてくれ」


監視者「早く行け、長くは持たん」

魔法使い「アンタさ、下半身に脳味噌付いてんじゃないの? 間違い起こさない内に切除した方が良いよ?」

監視者「心配はない。私は人間の雌になど一切興奮しないからな」

魔法使い「それはそれで問題だと思うけどね」

戦士「つーか、コトを済ませたいから帰らせるとか相当だな。抑えが効かねーのかよ」

監視者「人間も所詮は獣ということだ、少年」

戦士「やかましいわ」

魔法使い「じゃあね変態、話は楽しかったよ」

監視者「ああ、さらばだ。また遊びに来たまえよ」

▼二人は返事をせずに立ち去った。


>>>>帰り道

戦士「とんでもねえ奴だったな」

魔法使い「そうだね。でも面白かったよ。ああいう人間がいても良いんじゃないかな」

戦士「意外だな、毛嫌いするもんだと思ってた」

魔法使い「言ってることは真っ直ぐだったじゃん。性癖はねじ曲がってるみたいだけどさ」

戦士「俺は圧倒されたよ。あそこまで欲望に正直な人間は見たことねえ」

魔法使い「人間も所詮は獣なんだよ」

戦士「本当にそうかもな。こんだけ殺し合ってる生き物は他にいねえし」

魔法使い「だね。って言うか、魔物かぁ……」

戦士「ん?」

魔法使い「突然現れて、人間に目の敵にされて、殺されて、絶対人間のこと憎いよね」


戦士「心があればな」

魔法使い「ないのかな?」

戦士「考えたこともねえよ」

魔法使い「私も」

戦士「……」

魔法使い「……」

戦士「魔物がいなくなったら、傭兵はどうなるんだろうな?」

魔法使い「どうなるんだろうね? きっと、困る人が多いと思う」

戦士「だろうな……」

魔法使い「変だよね。いつも殺してる生き物に生かされてるなんてさ」 


戦士「何かが間違ってんのかもな」

魔法使い「……魔物がいなくなったら、どうする?」

戦士「分かんねえ。お前は?」

魔法使い「私にも分かんないや」

戦士「……でも、魔物がいない方が良いのは分かる。それは間違いない。だから俺達がいる」

魔法使い「そうだね……」

戦士「……」

魔法使い「……」

戦士「取り敢えず、街に着いたら眼鏡でも見ようぜ? 店が開いてたらだけどな」


魔法使い「そうだね、どんなのが良いかな?」

戦士「あんまり攻めない方が良いだろ」

魔法使い「でもさでもさ、赤いのとか似合いそうじゃない?」

戦士「それは分かる。分かるが、受付サンが使うどうか分からねーだろ」

魔法使い「赤いの買って、別のも買おうよ」

戦士「二つもか? 迷惑だろ」

魔法使い「そうかなあ……気分で替えるとか良いじゃん」

戦士「そんな奴いるか?」

魔法使い「分かんない。受付さんに先駆けになってもらおうよ」

戦士「お前は受付サンに何を求めてんだよ……」

魔法使い「求めてないよ。私はただ色んな顔の受付さんが見たいだけ。出来れば笑って欲しいけどさ」

戦士「ま、お前が納得するまで付き合うさ」

魔法使い「ん、ありがと……」


第二十話 惚け

終わり


第二十一話

>>>>夜

戦士「おい、おい起きろ」

魔法使い「……ん~? 着いたの?」

戦士「ああ着いた。でも、眼鏡を買いに行く暇はないみたいだ」

予定より早く到着したが、何やら街が騒がしい。

魔法使い「何か、街の様子が変じゃない?」

戦士「ちょっと聞いて来る。お前は待ってろ、動くなよ」

すぐさま馬車を降りて見知った傭兵達に話を聞くと、次のような答えが返ってきた。


「受付嬢が消えた」

「受付嬢が逃げた」

「軍が攻めてくる」

事実確認出来ないまま憶測は憶測を呼んでおり、街の傭兵達は酷く混乱している様子だ。

見ると、受付嬢の同僚であるらしい街の仲介業者達も質問攻めにされている。

傭兵達にとって受付嬢は街の顔とも言える存在、彼女が姿を消した影響は大きいようだ。

戦士「……」

魔法使い「何て言ってた?」

戦士「まだ分かんねえ。酒場に行くぞ」

魔法使い「……受付さんに何かあったの?」

戦士「言ったろ。まだ分かんねえ」

それ以上のことは何も言えず、戦士は酒場に向けて馬車を走らせた。


>>>>

酒場に到着したが、そこに傭兵達の姿はない。

二人は静まり返った酒場の中央で呆然と立ち尽くし、暫く動くことが出来なかった。

どれだけ時間が経とうと賑やかさが戻ることはなく、落ち着かない静けさだけがある。

床に転がる酒瓶が、からからと音を立てた。

二人は顔を見合わせると意を決して応接室へと足を踏み入れたが、そこに受付嬢の姿はない。

机はいつも通り綺麗に整理整頓されていて、作成していたであろう依頼書が置かれてある。

杖も車椅子も何もかもがそのままの状態で残されており、不自然な程に変わりはない。

ただ、彼女の姿だけがない。微かに残された彼女の存在感が、二人の心を余計に締め付けた。

そこにいるはずの人物がいない。そこにいるはずの人物が突然姿を消す。それは二人にとって二度目の経験だった。


戦士「……攫われたのか」

魔法使い「黙って攫われる人ようなじゃない。抵抗しないなんて絶対変だよ」

戦士「だが杖も椅子もそのままだ。見た感じ、乱れたところはない。抵抗したなら散らかったりするもんだ。誰も声を聞いてねえってのも妙だ」

魔法使い「まだ分からないよ。変わったとこがないか調べよう。部屋暗いから照らすね」

戦士「頼む」

▼二人は部屋を調べた。

魔法使い「……ない」

戦士「ない? 何が?」

魔法使い「短剣がない」

戦士「短剣? そんなのあったか?」

魔法使い「うん、引き出しの裏側に隠してあるんだ。前に受付さんが見せてくれた」


戦士「戦おうとしたのか」

魔法使い「かもしれない。それから、相手は魔術師だった」

▼魔法使いは床を照らした。

戦士「これ擦り傷か? 随分細かいな」

魔法使い「うん。這い回ったみたいな細かい擦り傷が沢山ある。向こうの扉にも、こっちにも」

戦士「近付かないと分からねーが、来客用の椅子の辺りから放射状に伸びてるみたいだな」

魔法使い「植物っぽいね。でも、これだけじゃ何も分からない……」

戦士(……コイツの手前口には出せねえが、付いて行った可能性もある。だが、だとしたら何故?)


魔法使い「ねえ、戦士」

戦士「どうした?」

魔法使い「皆はさ、受付さんがいなくなったから混乱してるんでしょ?」

戦士「ああ、どうやら本当にそうみたいだ。この目で見るまでは信じたくなかったけどな」

魔法使い「……」

▼魔法使いは杖を握り締めて目を閉じた。

戦士「おい、大丈夫か?」

魔法使い「うん、大丈夫。このまま止まってても始まらないし、まずは混乱を鎮めよう。
     この街を守れるのは傭兵しかいないんだ。私達がしっかりしないとダメだよ」

▼魔法使いは自分に言い聞かせるように言った。
 瞳は潤んでおり、その声はか細く、震えている。

魔法使い「だから今は出来ることをしよう? 考えるのは後でも出来るしさ」

▼魔法使いは明るく笑った。
 細めた目尻からは涙が溢れ頬を伝った。


戦士「お前……」

▼魔法使いは咄嗟に背を向けた。

戦士「魔法使」

魔法使い「さ、行こう!」

▼魔法使いは戦士の言葉を遮り、背を向けたままで言った。

戦士「……」

魔法使い「立ち止まってちゃダメだよ」

戦士「……そうだな、行こう」

▼二人は応接室を立ち去った。
 二人の背中に声を掛ける者はいなかった。

▼扉が閉じられた。
 独り言は聞こえない。誰もいないようだ。


>>>>翌日

事態が収束したとは言えないが、ひとまず暴動が起きるような状態は脱した。

酒場には傭兵達の姿が戻り、応接室に代わりの仲介業者が入ったことで落ち着きを取り戻しつつある。

しかし、当然のことながら不満を漏らす傭兵も数多くいた。

明らかな拒否反応を示す者、事実を受け止めて渋々ながら従う者、反応は様々である。

以前から街にいた仲介業者とは言え、新顔の受付は信用出来ないのだろう。

中には街を立ち去る傭兵もいた。それだけ受付嬢の存在は大きかったようだ。

冷淡とも言える態度と事務的な口調。そうした態度を取りながらも傭兵の身を案じる受付嬢。

そんな彼女が消えたことは非常に衝撃的であり、裏切られたとすら感じる者もいたようだ。

裏切り行為であるかは別としても、この街の仲介業者に対する不信感が高まったと見ていい。

信用回復は容易なことではなく、時間が掛かることは間違いないだろう。


戦士「何とかなったな」

魔法使い「だけどさ、酒場の雰囲気とか全然違うよ。なんか、ぴりぴりしてる」

戦士「安心して仕事出来ないんだ。そりゃ、ああなるさ。新しい受付は苦労しそうだな」

魔法使い「気の毒だけど、こればっかりは時間だよ。何とか頑張って貰うしかない」

戦士「そうだな……」

魔法使い「……」

戦士「俺達はどうする。依頼受けるか?」

魔法使い「ん~、今日はやめとく」

戦士「じゃあ飯でも食うか。帰って来てから食ってねえしな」

魔法使い「お肉食べたい」

戦士「はいよ。んじゃ、行こうぜ」


>>>>お食事処

戦士「……」モグモク

魔法使い「……」

戦士「どうした? 食わねーのか?」

魔法使い「……ねえ、戦士」

戦士「あん?」

魔法使い「受付さん、何処に行ったのかな」

戦士「魔法使い」

魔法使い「分かってるよ。沢山調べたし、何も残ってないし、見慣れないお爺さんが来たってこと以外に情報ないし、それに」

戦士「……」

魔法使い「付いて行ったのかもしれないし……」


戦士「そうだな……」

魔法使い「もしそうなら、もし本当にそうだとしたらさ、追わない方が良いのかなあ」

▼魔法使いは涙を流した。

戦士「……」

魔法使い「先生も受付さんもいなくなっちゃって、街の雰囲気も変だし、なんかもう分かんないよ」

戦士「出来ることをする。街を守る。お前は昨日そう言っただろ?」

魔法使い「言った……」

戦士「だったら強がれ」

魔法使い「ちょっと無理っぽい」

戦士「あのなぁ……」

魔法使い「だって先生はどっか行くし、受付さんは消えちゃうし、それに」

戦士「何だよ」

魔法使い「やっぱり寂しいし……」


戦士「……………はぁ」

魔法使い「溜め息吐くことないじゃん。本当のことだよ? って言うかこれが普通だよ……」

戦士「そりゃあ俺だって寂しいさ。受付サンを捜したいのも分かる。でも、手掛かりがないんじゃ捜しようもないぜ」

魔法使い「そうだけどさ……?」

▼見知らぬ男がやって来た。

戦士「何だよ、俺達に何か用か?」

勇者「戦士と、魔法使いか?」

魔法使い「そうだけど、誰?」

勇者「良かった、やっと会えた。街に到着してから随分探した」

魔法使い「いや、だから誰? 出来ることなら放って置いて欲しいんだけど」

勇者「ああ、済まないな。俺は勇者だ」


第二十一話 子供達

終わり


第二十二話

戦士「勇者? あんたが?」

魔法使い「勇者って王子でしょ? お供も連れずに一人で来たわけ? かなり嘘っぽいんだけど」

勇者「疑問や質問は後にして今は話を聞いて欲しい。二人にとっても無関係な話じゃない」

▼勇者は返事を待たず語り出した。
 王の暴走と教会襲撃、傭兵の失踪と人質の存在、そして追放、順を追って説明していった。

戦士「……大体の話は分かった。だが、何で俺達を?」

勇者「これを師が持っていたそうだ。俺はこれを見て二人を頼ることにした」

魔法使い「あ、この記事……」

戦士「本当に売ってたんだな。つーか先生も読んだのかよ。何か恥ずかしいな」

勇者「先生か……」

魔法使い「なあに?」

勇者「いや、先生と呼んでいるから、師が二人を育てたのは本当なんだと思ってな」


戦士「あんたも師って呼んでるな」

勇者「俺も一時期教育を受けていたんだ。師のことはとても尊敬している」

魔法使い「ふーん。故郷を材料にセンセを脅して従わせた癖にね」

勇者「ぐっ……その点を含めて尊敬してるんだ。第一、あれは父のやったことだ。俺ならそんなことはしない」

戦士「そうやって歯向かった結果、若返った父親に城を追い出されたわけか。難儀だな」

勇者「父だろうと王だろうと間違いは間違いだ。それに、あれはもう父ではない」

戦士「……」

勇者「それから、これもあった」

▼勇者は小瓶を取り出した。

戦士「何だそれ?」

勇者「中身は俺にも分からない。この記事に包まれていたらしい。二人なら分かると思ったが、どうだ?」


戦士「俺には分かんねーな。お前は?」

魔法使い「ん~? どっかで見たけど、どこだっけな? ちょっと貸して?」

▼勇者は小瓶を手渡した。
 魔法使いはしげしげと眺めている。

魔法使い「あ、毒だこれ」

勇者「毒?」

魔法使い「センセが持ってたやつで矢尻に塗って使うんだ。数分で視神経がやられるらしくって、それはもう凄い毒なんだってさ」

戦士「何だってそんな物騒なもんを……」

魔法使い「そんなの分かんないよ。必要になるってことかな? それとも暗号とか?」

勇者「それはひとまず魔法使いに預ける。それより本題だ。手を貸して欲しい」

魔法使い「王様を何とかするのはセンセと受付さんを助けた後、それで良いなら協力するよ」


勇者「最初からそのつもりだ。俺にも助けなければならない友がいる。攫われた子供達もな」

戦士「なら、戦の混乱に乗じて忍び込もう。その方が楽だ。だが、子供達を救い出すのはかなり厳しい。三人助けるのとはわけが違う」

勇者「厳しいのは承知の上だ。だが、何としても救い出さなければならない」

魔法使い「うん、そうだね……」

戦士「魔術師の隠れ家は砂漠だったか? 場所は分かるのか?」

勇者「いや、砂漠にあるとしか聞いていない。軍の後を付けようかと考えてる」

魔法使い「それは良いけど人は増やさないの? 流石に三人じゃ無理だよ」

勇者「君達以外の傭兵を信用しろと? 師との繋がりがあるからこそ君達を頼ったんだ。そうでなければ此処にはいない」

戦士「傭兵は嫌いか?」

勇者「好き嫌いじゃない。信用ならないだけだ。そもそも渡せる金がない」


魔法使い「お金は必要ないと思う」

勇者「どういうことだ?」

魔法使い「この街には受付さんに世話になった若い傭兵が沢山いる。事情を話せば協力してくれる傭兵は絶対いるよ」

戦士「そうか、そうだよな。それでも少ないだろうが三人よりはマシだ」

勇者「傭兵が誰かの為に戦うのか? 金も要求せずに?」

魔法使い「王子様は分かってないね、薄汚れた傭兵にだって矜持があるのさ」

勇者(矜持……)

戦士「はっ、何が矜持だよ。さっきまで寂しい寂しいって泣いてたくせに格好付けんな」

魔法使い「は? 泣いてないから。泣いたこととかないし」

戦士「はいはい。なあ、勇者」

勇者「ん、何だ?」

戦士「俺や魔法使いには兵を率いた経験はない。あんたが先頭に立って指示を出してくれないか」


勇者「俺で良いのか? いや、俺は構わないんだが、傭兵達が素直に従うとは思えないな」

魔法使い「そこはあれだよ。俺様が玉座を奪った暁には褒美を与えるとか言えば良いよ」

勇者「君は簡単に言ってくれるな……」

魔法使い「そうかな? 城を落とすなんて聞いたら小躍りしそうだけどね」

戦士「城の前に救出だろ。勇者、魔法使い、今の内に飯食っとけ。俺は先に酒場に行って人を集める。食い終わったら酒場に来い」

勇者「了解した」

魔法使い「うん、すぐ行くよ」

▼戦士は立ち去った。

魔法使い「で、何食べる? お肉が美味しいよ?」

勇者「そうだな……じゃあ、同じものにしよう」


▼魔法使いは注文した。

勇者「戦士は頼りになる男だな」

魔法使い「そうだね。私が温かいお肉食べられるように、先に注文してた冷えたお肉食べてってくれたし」

勇者(おそらく幼子に対するそれだな、単に甘やかしているとも言えるが)

魔法使い「なにさ」

勇者「いいや? ところで、戦士はいつもああなのか?」

魔法使い「うん、戦ってる時もあんな感じ。どんな時も周りを見てるんだ。何度も助けてくれた」

勇者「戦士とは長いのか?」

魔法使い「まだ二ヶ月三ヶ月くらいだよ。でも、ずっと一緒にいる。苦にならないんだ」

勇者「苦にならないか、攫われた友人がそんな感じだったな。身分を気にせず話してくれた」


▼料理が届いた。

魔法使い「いただきます。その友達は男の子? 女の子?」

勇者「いただきます。名は僧侶、女性だ。俺と同世代だから女の子って歳じゃあないな」

魔法使い「アンタと同世代ってことは二十三、四歳くらい?」

勇者「そうだな。顔立ちは幼いが言動が過激なんだ。とても面白い人物だよ」

魔法使い「へ~、僧侶さんは可愛い?」

勇者「顔は可愛らしいな。いつもからかわれているから素直に可愛いとは言えない」

魔法使い「仲良いんだね。きっと待ってるよ。絶対に助けてあげようね」


勇者「……ああ、そうだな」

魔法使い「どしたの?」

勇者「快く引き受けてくれたばかりか、こうして一緒に食事をするとは思わなかった。礼を言うよ」

魔法使い「それは私達もだよ。受付さんが消えて、何の手掛かりもなかったところにアンタが来た。本当に助かった」

勇者「師のお陰だな、これがなければ二人に辿り着くことはなかっただろう」

魔法使い「そうだね…………あのさ、王子様」

勇者「何だ?」

魔法使い「話聞いて思ったんだけど、王様って年老いて狂ったのかな?」

勇者「いいや、元から狂っていたんだと思う。あの人は猜疑心と恐怖心の塊だ。きっと正常ではいられなかったんだろう」


魔法使い「……お父さんと戦うのは怖い?」

勇者「ああ、怖い。躊躇いなく民を犠牲に出来るあの人が怖ろしい。でも、だからこそ、俺はあの男を許せない」

魔法使い「そっか、それなら大丈夫だよ。怖いって言えるなら、きっとお父さんより強いから」

勇者(不思議な子だ。子供かと思えば大人のように、そうかと思えば子供のようだ)

魔法使い「でもまあ、それはまだ先の話だし、今は救出に集中しないとね。さて、行こうか」

勇者(戦士と魔法使い、この二人が師に何を与えたのか、ほんの少しだけ分かった気がする)

魔法使い「どうしたの? 行くよ?」

勇者「ああ、済まない。今行くよ」

▼支払いを済ませ、二人は店を出た。


>>>>酒場前

魔法使いと勇者が到着した時、酒場の前には二十名近くの傭兵達が集まっていた。

戦士が声を掛け、声を掛けられた傭兵がまたそれを広め、そうして集った志願者の中から選ばれた者達だ。

一対多、または共闘に慣れている者を選抜しており、各々の力量には若干の差はあるものの高水準でまとまっている。

加えて彼等、彼女等は受付嬢に恩義を感じている傭兵の中でも特別熱心な者達であり、忠誠を誓っていると言っても過言ではない。

受付嬢を救うという今回の任務に限り、絶対に裏切る心配はないだろう。正に精鋭と言えた。

まるで何年も前から存在する部隊のような団結力、得体の知れない貫禄がある。

戦士の口から勇者が指揮を執ると告げられても不満を漏らすことはなく、黙して従う姿勢を見せた。

次に戦士は砂漠到着までの流れと、到着してからの大まかな流れを伝えた。


戦士「行商人に話を聞いたが軍の姿は見ていないらしい。今から行けば先回り出来るかもしれない」

戦士「そこで、監視所に向かう。あそこになら全員隠れられるし望遠鏡で周囲を観察することも出来る。待つには良い場所だ」

戦士「軍が到着してからは勇者に任せる。兵を率いた経験はこの中の誰よりも豊富だ。信頼して良い」

戦士「それから、到着する頃には日が暮れているだろう。中に着込むか羽織る物が必須になる。かなり冷えるから注意しろ」

戦士「装備を整えたら再度此処に集合して出発する。食料は持って行くが、此処でも食っておけ。焦らなくて良いが、出来るだけ急いでくれ。俺からは以上だ」

▼傭兵達は短い返事と共に散開した。

戦士「さて、俺達も準備しようぜ?」

魔法使い「俺からは以上だ、だってさ~」

戦士「どうせ茶化されると思ったよ」


勇者「戦士」

戦士「あん?」

勇者「君には部隊を率いた経験があるのか?」

戦士「はあ? ねーよ。適当にそれっぽいこと言っただけだ。足りないことあるなら後で皆に言ってくれ。解散って言う前に解散しやがって」

勇者「はははっ、きっと居ても立ってもいられなかったんだろうな。気持ちは分かる」

魔法使い「私、ボウガン買ってくるよ」

勇者「武器屋に行くなら案内してくれないか、俺も武器防具を揃えたい」

魔法使い「分かった。戦士も行こ?」

戦士「おう」

▼三人は武器防具屋に向けて歩き出した。


魔法使い「あの人達、頼りになりそうだったね。女の子までいたから驚いたよ」

戦士「話を聞いたら受付サンを崇拝してるみたいなもんだったからな。信仰に性別は関係ないんだろ」

勇者「その受付嬢という女性が銀縁眼鏡の持ち主だったな。そこまで人気のある女性なのか?」

戦士「一部にな。冷ややかで割り切った態度と仕事に対する真摯な姿勢が好きなんだってよ。まあ顔は綺麗だし普通に魅力的だと思うぜ?」

勇者「師との関係は? 彼女が人質に取られたのを知り、師は魔術師に従ったと聞いた」

魔法使い「それが私達にも分からないんだよ。受付さんに聞いたことないし、話さないし」

戦士「普通に娘とかじゃねーのか? そんくらいしか思い付かねーよ」

魔法使い「それは私も思ったけど、単に親子ってわけでもなさそうじゃない? 王子様は何か知らないの?」

勇者「師も身の上は話さなかった。あくまで噂だが、愛した女性がいたと聞いたことはある。何だったかな……」

戦士「その噂は俺も知ってる。踊り子って言われた伝説の女傭兵だろ?」

勇者「そう、それだ!! 死の舞踏だったか?」


戦士「へ~、あんた中々詳しいじゃねーか」

勇者「いや~、幼い頃は亡国の傭兵について調べ回ったものだよ。まさか同志がいるとはな」

戦士「世代的にどうなんだろうな? 俺の世代で詳しい奴は多くなかったぜ?」

勇者「俺にも分からないな。話せる人はいなかった。しかし、師の伝説が世代を超えているのは確かだろうな」

戦士「確かにな。ところで、先生に直接聞いたことあるか? 俺、はぐらかされちまってよ」

勇者「残念ながら俺もなんだ。幾ら聞いても駄目だった。だが、どれも本当だと信じてる」

戦士「だよなぁ……疑う奴もいるが、一度戦えば本当だって分かるはずだ」

勇者「俺は特に城門前の一騎打ちの話が好きなんだ。巨漢の敵将を相手に単独で挑み、打ち勝つ」


戦士「敵将の武器は大槍だろ!?」

勇者「そう!! それがまた格好いいんだ!!」

魔法使い(……男の子って、こういう話が本当に好きなんだなあ。ちょっとは緊張感持って欲しいけど、張り詰めるよりはマシか)

魔法使い(あんまり考え過ぎても滅入るだけだし正直助かるけど、本当に子供だなあ。センセにもこんな時があったのかな?)

戦士「槍を踏み付けて抑えるとかやべえよな」

勇者「実は、何度か真似した……」

戦士「俺も!!」

勇者「だよな!!」

魔法使い「ほら小僧共、そろそろ口を閉じなさい。武器屋に着きましたよ」


>>>>何処か暗い場所で

錬金術師「お前には此処の守りを頼みたい」

錬金術師「お前の兄姉も一応戦力には入れてあるが、どれも危うい者達ばかりだからな」

▼傭兵は機械的に頷いた。

錬金術師「そうむくれるな。この戦が終われば、お前は自由になる。彼女と共に生きられる」

錬金術師「何も隠す必要はなくなる。父と娘として生きられる。保証しよう」

錬金術師「彼女は此処にはいないが、必ず会わせると約束しよう。見違えたように見えるはずだ」

錬金術師「それに、お前は若返った。娘と同じ時間を生きられるのは嬉しいだろう?」

錬金術師「……」

錬金術師「脅し? いいや? 彼女は自ら望んで私に付いてきた。お前の為、いや、お前の自由の為にな」

▼傭兵は何も話さない。

錬金術師「私の言葉が信じられないか?」


▼傭兵の肩がびくりと震えた。

錬金術師「お前を創ってから四十年か五十年か、様々な生物を創造したが、唯一、お前だけが、魔術に愛されなかった」

錬金術師「だが皮肉にもそんなお前が、人間の姿を留めたお前が、あの戦乱の中で生み出した生物の中で最も優れた能力を発揮した」

錬金術師「知性を削ってまで創り出した生物は魔物と蔑まれ、人間のお前だけが認められる始末だ。単に私が失敗しただけなのだろうがな」

錬金術師「……」

錬金術師「私が憎いか。ならば憎め。私は憎しみを拒まない。ただ、私から自由になりたいのなら私に従え」

錬金術師「……」

錬金術師「お前の望み通り、お前の生徒達も来るようだな。勇者、戦士、魔法使いだったか」

錬金術師「どれも殺すには惜しい逸材だ。中でも戦士は素晴らしい。お前同様、変異していない」

▼傭兵は拳を握って俯いた。

錬金術師「……お前の最も大切なものが何なのか、それはよく分かっているだろう。さあ、そろそろ軍が来る頃だ。傭兵よ、成すべきを成せ」


第二十二話 間近

終わり

今日はここまでです。ありがとうございました。


後編


第一話

円天井のだだっ広い空間、その中央には大きな卵型の物体が置かれている。

明滅するそれは床に根のようなものを張り、壁に幾つも埋め込まれた一回り小さな同型の物体と繋がっている。

その物体の前に女性が一人。女性としては長身で、線がはっきりと分かる服を着ている。

胸や尻が強調されてはいるものの性的ではなく、引き締まった肉体と四肢の美しさが際立つ。

中でも臀部から太股、膝、脹ら脛、足首までの脚線は比率が計算されているかのようである。

無言のまま物体を見つめる彼女の表情は冷淡で無感情だが、瞳の奥には決意めいた光がある。

「……」

一向に物体の前から動こうとしない彼女の背後に、音もなく近付く影があった。


武闘家「踊り子ちゃん」

踊り子「貴方でしたか、何でしょう」

武闘家「その格好だと冷えるわ。これを羽織っておきなさい」

踊り子「ありがとうございます。しかし、すぐに冷えるので意味はありません」

武闘家「見ているこっちが寒いのよ。着るだけ着なさいな」

▼踊り子は渡された外套を羽織った。

武闘家「やっぱり綺麗な子は何を着ても似合うわね。羨ましい」

踊り子「……」

▼踊り子は、そっと自分の両脚に触れた。

武闘家「どうしたの? 痛むの?」

踊り子「いえ、痛みはありません。ただ、このように歩けるとは思っていなかったので……」


武闘家「そう……」

踊り子「私の脚を治してくれた方、確か僧侶さんでしたか」

武闘家「ええ、そうよ」

踊り子「彼女はどうなるのですか?」

▼踊り子は卵型の物体を指先でそっと撫でた。

武闘家「さあ、私にも詳しいことは分からないわ。彼女が最適とか言っていたけど」

踊り子「あの魔術師の仲間なのでは?」

武闘家「私の目的と錬金術師の目的は違う。正直、あまり興味はないの」

▼踊り子は卵型の物体を見つめている。

武闘家「踊り子ちゃん、割り切りなさい。何かを得る為には何かを切り捨てなければならないわ」


踊り子「……」

武闘家「いい? 余計なことは忘れて、求めるものだけを思いなさい。年長者からの助言よ」

踊り子「……はい、お気遣いありがとうございます」

▼踊り子は深く頭を下げた。

武闘家「あら、綺麗なお辞儀。確か受付嬢をしていたのよね?」

踊り子「はい、そうです」

武闘家「仕事は楽しかった?」

踊り子「そうですね。変わった方が多いので退屈はしませんでした。貴方は傭兵なのですか?」

武闘家「傭兵とはちょっと違うわ。私、こう見えて結構歳行ってるの。色々あったのよ……」

踊り子「だから、そのようにおかしくなってしまったのですか」

武闘家「フフ。そうねえ、人生、おかしなことばかりだもの」

踊り子「そうですね……」


▼その時、大きな揺れが起きた!

武闘家「ただの地震じゃないわね……」

踊り子「私の気のせいでなければ上昇しているようです」

武闘家「此処は地下よ。どうやって……」

▼地響きと共に尚も上昇する。

▼長い間上昇し、ようやく制止した頃にはすっかり揺れに慣れていた。

武闘家「きっと錬金術師の仕業ね。あら?」

踊り子「壁が……」

▼壁に張り巡らされていたツタがするすると床に下り、縦に裂けたような窓を幾つも作った。

▼眼下には広大な岩石砂漠が広がり、点在する岩山が粒のように見える。

武闘家「かなり高いわね。こんなものが地下に埋まっていたなんて信じられないわ」

踊り子「この高さからすると元々は塔のような建造物だったのしょう」

武闘家「いつからあったのかしら……」


錬金術師「随分前からだ。随分な」

▼床から声が響いた。

▼根が蠢き、その隙間から錬金術師が現れた。

踊り子「……」

武闘家「始めるのね?」

錬金術師「ああ、そろそろ国軍が来る。これなら迷わずに来られるだろう」

武闘家「わざわざ晒すことはなかったんじゃないの?」

錬金術師「何処から何が現れたのか、それはとても重要なことだ。地の底から現れるのは印象が悪い」

武闘家「……」

錬金術師「さて、あの王のことだ。最初から主力を出撃させ、全力で叩き潰しに来るだろう」


武闘家「どうするの? もう出る?」

錬金術師「いや、最初期の個体を用意してある。あまり頼りにはならないが時間は稼げるだろう」

踊り子「お話の途中に申し訳ありませんが、最初期の個体とは何でしょうか」

錬金術師「君達が特級と呼称している魔物だ。私が創造した。お世辞にも出来が良いとは言えないが数体は私に従う。極めて単純な命令に限ってだがな」

踊り子(創造……)

錬金術師「初期個体が国軍を相手にしている間、武闘家には王子を任せたい」

武闘家「王子? 彼、城を追い出されたはずよね? まさか一人で来たの?」

錬金術師「いや、傭兵達に協力を仰いだようだ。王子が城を離れたのは非常に大きい。王には礼を言わなければな」

武闘家「あらそう。で、部隊の規模は?」

錬金術師「二十名程度の部隊のようだ。戦士と魔法使いもいる。目的は救出だろう」


武闘家「言っておくけど私一人では無理よ? やれと言われればやるけどさ」

錬金術師「問題はない。此方にも頼りになる傭兵がいる」

武闘家「彼も来ているの?」

錬金術師「勿論だ」

踊り子「……」

武闘家「一度くらい会わせてあげたら? ちょっと気の毒だわ」

錬金術師「それでは意味がない。再会は王家を排除した後だ。その後は自由にして良い。と言うより、そうしなければ真の自由は掴めない」

踊り子「……」

武闘家「……踊り子ちゃん、彼は強いわ。私もいるし、きっと大丈夫よ。お友達の心配も要らないわ。標的は王子だもの」

▼踊り子は目を閉じて何も答えなかった。

錬金術師「踊り子には私と共に来てもらう」

踊り子「……分かりました。私は何をすれば良いのでしょうか」

錬金術師「戦が始まった後で、王の首を取りに行く」


踊り子「王を? 殺害するのです?」

錬金術師「そうだ。王は魔術師に戦を仕掛け敗北する。王は死に、王子も死に、血は途絶える」

武闘家「この前殺せば良かったじゃないの。亡国の傭兵も一緒だったんでしょう?」

錬金術師「以前はそれで失敗した。私の至らなさが原因で、後の魔術師には多大な迷惑を掛けてしまった。単に殺害するだけでは意味がない」

錬金術師「人々の理解を得る為にも、我々魔術師には王を殺害する正当な理由が必要だ」

踊り子「正当な理由とは?」

錬金術師「我々魔術師は迫害され、利用され、今こうして軍によって滅ぼされようとしている。だから我々は抵抗する。そして今夜、魔術師は勝利する」

錬金術師「夜明けと共に世は大きく変わり、服従するしかなかった魔術師達もこれを機に立ち上がるだろう。今度こそ、優れた魔術師が支配する世が訪れるのだ」

武闘家「それ本気? 呪術師の坊ちゃんは信じてたみたいだけど、どうも話が大きすぎるわ」

錬金術師「無理に信じる必要はない。君には君の望みがある。そうだろう」

武闘家「……そうね、私には関係のない話だったわ」


▼遥か下方から激しい音がする。
 
▼どうやら軍と特級の魔物が戦っているようだ。

錬金術師「始まったようだな。しかし、軍の主力を相手に初期個体だけでは流石に無理か。それに一人おかしな男がいるようだが、まあいい」

▼錬金術師は杖を突いた。塔が激しく震え出す。

武闘家「……今のは何?」

錬金術師「階下の扉を開いた。軍を相手に戦う勇敢な魔術師達だ。彼等は理想の為に散る」

踊り子「貴方の思想に共感した者達ですか」

錬金術師「いいや、そんな者は最初からいない。現代の魔術師は理想を求めず、大多数は不満を抱えながらも従属している。嘆かわしいことだ」

武闘家「じゃあ彼等って誰よ。私、呪術師以外に会ったことないわよ? 今まで何処に」


武闘家「今まで何処に」

錬金術師「造った」

踊り子「……」

錬金術師「魔術師達とは言ったが所詮は感情を持たない獣の群れだ。形は人間だがな」

▼武闘家は言葉を失い、凍り付いた。

錬金術師「さあ、そろそろ頃合いだ。武闘家は空から索敵を行い、王子を襲撃しろ。私と踊り子は城へ向かう」

▼錬金術師は再び杖を突いた。

▼杖から伸びたツタが二人を呑み込み、消えた。

武闘家「……」

武闘家「今更だけど、私は頼る人間を間違えたかもしれないわね。本当に、今更だけど……」

▼武闘家は窓から飛び去った。

▼そこには明滅する物体だけが残された。


第一話 言い分

終わり


第二話

勇者「……」

戦士「……」

魔法使い「……」

勇者、戦士、魔法使い、そして街で集めた二十名程の傭兵達は軍よりも早く監視所に到着。

彼等は監視者に事情を説明して数台の望遠鏡を設置してもらい、周囲の様子を観察している。

今のところ周囲に変化はなく、静寂に包まれた室内には微かな呼吸音だけがあった。

既に日は落ち、気温は急激に低下したが、室内は押し掛けた人数のお陰か僅かに暖かい。

そんな中、監視者だけが酷く不安そうな顔で座り込んでいる。


勇者「来たぞ」

戦士「数は?」

勇者「正確な数は分からないが先頭に立つ男には見覚えがある。あれは確か賢者だ」

戦士「俺達は軍と戦うわけじゃない。指揮官が誰だろうが関係ねーな。で、行くのか?」

勇者「もう少し後で良いだろう。出来れば早く戦闘が始まって欲しいな。その方が」

ガタッ!

監視者「馬鹿を言わないでくれ!! 彼女が巻き込まれたらどうする!!」

魔法使い「ち、ちょっと大声出さないでよ。今のところ軍の進路は縄張りから逸れてるから大丈夫だよ」

監視者「す、すまない……でも、今日はまだ姿を見ていない。こんなことは初めてだ、心配なんだよ」


勇者「魔物のことよりも自分の」

監視者「王子、その先を言ったら何をするか分からんぞ。大体、人の命がそんなに上等かね」

勇者「君が魔物に襲われていたら、俺は魔物を倒して君を助ける。それは間違いない」

監視者「ほざくな、民を売った化け物の息子が命を語るな」

勇者「貴様……」

戦士「やめろ、こんな所で熱くなるな。大切なものは人それぞれだ。今はそれで良いだろ」

監視者「フン。綺麗事だな、少年」

戦士「俺、あんたのことは結構好きなんだよ。あんたを嫌いにさせないでくれ」

監視者「私にそんな趣味はない。人間の雄になど抱かれてたまるか」

戦士「そういう意味じゃねえよ。つーか、直ぐさま交尾を連想すんのやめろ」


監視者「……フン」

勇者「監視者」

監視者「何だね」

勇者「先程の発言は君を案じて言っただけなんだ。ただそれだけで、他意はない」

監視者「そんなことは分かってるさ。さっきのはただの八つ当たりだ。悪かったな」

勇者「いいさ、別に気にしてない。本当のことだからな」

監視所「……」

▼その時、大きな揺れが起きた!


戦士「地震か?」

魔法使い「結構大き………ん?」

勇者「どうした、魔法使い」

魔法使い「あれ……」

▼魔法使いは窓の外を指さした。

勇者「地中から生えているのか?」

戦士「でけえ、何だありゃあ……」

▼なんと、地中から塔が現れた!

魔法使い「あれが、魔術結社の隠れ家?」

勇者「恐らくな、軍もあの塔に向かっているようだ」

戦士「場所が分かれば軍の後を付ける必要はねーな。迂回して塔に入ろうぜ」


監視者「……なんてことだ」

▼望遠鏡を覗き込みながら監視者が呟いた。

魔法使い「変態、どしたの?」

監視者「彼女が軍の進行方向にいる。いや、あれはどう考えても待ち構えているように見える。先程までは何処にもいなかったのに」

戦士「特級は怖がりだ。姿が見えれば逃げるさ」

監視者「いいや、そうは見えない。それに彼女の傍には他の特級もいる」

勇者「何!?」

監視者「私にも意味が分からない。群れるのを嫌うはずなのに三体同時に同じ場所に現れるなんて……!!」

▼監視者は突然出口に向かって走り出した!


戦士「お、おいっ!! あんたまさか」

監視者「胸騒ぎがする。行かなくては」

魔法使い「馬鹿言わないで!! 死んじゃうよ!?」

監視者「死? それは君達も同じだろう? 私には私の、君達には君達の、それぞれ大切なものがある」

勇者「本気なのか? 君は本気で魔物の為に」

監視者「王子、君は僧侶とやらを救いたいと言っていたな。確か、友人と言っていたね」

勇者「ああ、大切な友人だ」

監視者「助けたいんだろう?」

勇者「勿論だ」

監視者「私も同じだよ。いや、少し違うかな」


勇者「……」

監視者「私はね、愛しているんだよ」

勇者「魔物をか……」

監視者「違う、彼女を愛しているんだ。彼女の為なら死んでもいい。友人を助ける為に死地に赴く君達と何が違う? 命の重さか? 私にとって、彼女の命は私の命より重いんだ」

勇者「……」

監視者「きっと何を言っても理解はされないだろうな。それは分かっている。誰も分かってくれないから、私が行かなくてはならないんだ」

▼監視者は監視所を飛び出した!

魔法使い「変態っ!!」

戦士「よせ、何を言ってもあいつは止まらない。してやれることはないんだ、半端なことはすんな」

魔法使い「でも、一人でなんて……」

戦士「それはあいつが一番良く分かってるさ。それでも行ったんだ。本気なんだよ、あいつも」


魔法使い「……」

戦士「勇者、頼む」

勇者「分かった。三隊編成、俺、戦士、魔法使いを先頭に六名ずつだ。俺の隊が先頭、中間に魔法使い、後方に戦士、一番二番三番だ」

勇者「前進、後退、停止、待機、敵影有り、このように合図を出す。周囲に問題がなければ声で指示する。行けるな?」

魔法使い「うん、大丈夫」

戦士「問題ない。先頭頼むぜ」

勇者「最善を尽くす。皆、宜しく頼む」

▼傭兵達は頷いた。

魔法使い「……」

魔法使いは窓から監視者の姿を捉えた。

彼自身が望んだことだとしても、死地に向かう者の背中を見るのは胸が苦しかった。


勇者「魔法使い」

魔法使い「ん?」

勇者「彼は覚悟していた。俺達もそうだ。ただ、互いに救いたい存在は違う。行くべき場所も違う」

魔法使い「……あの人、変態だけど面白い人だったからさ、いなくなるのが寂しいだけだよ」

勇者「いなくなるのは俺達の方かもしれない」

▼魔法使いはびくりと体を震わせた。

勇者「今から向かうのは戦場だ。それは誰にでも起こり得る。だから魔法使い、気を引き締めろ」

魔法使い「……そうだね、うだうだ言ってごめん。行こう、私達が行くべき場所に」

勇者「ああ、急ごう」

▼勇者達は監視所を立ち去った。


>>>>

「ハァッ、ハァッ」

監視者は走っていた。戦場は目前にあり、魔術の炸裂する爆音が響く。

彼女の姿は確認出来ないが、狐が火球を放ちながら空中を駆け、大猿は岩の拳を兵士達に叩き付けている。

しかし兵士達は翻弄されることなく対処しており、徐々にではあるが確実に魔物の体に傷を増やしている。

楯で円陣を組みながら魔術を防御し、楯の内側から槍で突く、これを堅実に繰り返している。

楯には何やら紋章が彫り込まれており、それによって強力な魔術の防御を可能にしているようだ。

「見えた。彼女だ」

戦場が眼前に迫った瞬間、吠え声が轟いた。

内蔵を振るわす吠え声が兵士達を揺さぶる。魔術ではなく単純な音圧。

近場で聞いた兵士達は膝を突き、視界さえも揺さぶられ、狐と大猿がその隙を逃さず襲い掛かる。


「獣が知恵を使うのか、小賢しい」

しかし、一人の男がそれを防いだ。

その男が杖を振ると、空を駆ける狐は目に見えぬ弾丸に打たれ、大猿の岩拳は分厚い透明の膜に遮られた。

「……水? もしや、あれが賢者なのか?」

監視者の予想通り、それは水だった。兵士達は打ち落とされた狐に槍を構え、拳を遮られ困惑する大猿に突進する。

そこに再び狼が吠え声を響かせ、兵士達に足止めを食わせる。狐と大猿は狼の下に後退した。

「あれから排除しなければならないな」

指揮官と思しき男が再び杖を振るう。すると突如狼が宙に浮き、声なき声を上げた。

(窒息させる気か!!)

監視者は居ても立ってもいられず、何の策も考え付かないまま指揮官に突撃した。


賢者「所詮は獣か、他愛ない」

監視者「彼女に何をする!!」

賢者「何っ!?」

誰一人として反応出来なかった。

突然現れた男は明らかに一般人であり、満足な防具もなく武器も持たない。

そんな一般人が困惑する兵士達を掻き分け、指揮官にその身一つで突っ込んだのだ。

誰もがその男を注視し、戦場は時が止まったかのように静まり返っている。

魔物さえも凝視したまま動けずにいた。彼はそれほどまでに異質な闖入者だった。

(よし、彼女は無事だ)

狼は水の膜から解放されており、酸素を貪っている。


賢者「魔術師ではないな、ただの気狂いか」

▼賢者は杖を振った!

▼監視者は水の弾丸に打ち抜かれ、その場に倒れ込んでしまった。

賢者「狙いが逸れたか? 何をしている、殺せ」

▼兵士達が監視者に襲い掛かった!

監視者(ああ、これで終わりか。呆気ない……)

死を覚悟した時、再び兵士達の動きが止まった。

兵士達は監視者の後方にいる狼、その更に後方にある塔を見つめている。

監視者が振り向くと、塔の一階部分から魔術師の軍勢が此方に向かって来ている。

賢者「陣形を整えろ!!」

止まっていた時は動き出し、再び戦が始まった。

魔術師達が国軍に突っ込むと、止まっていた三体の魔物も同時に動き出した。


第二話 それぞれの戦

終わり


第三話

塔の一階部分から魔術師の軍勢が現れる瞬間を、勇者達は岩陰から確認した。

魔術師の軍勢は雪崩を打って国軍へ突っ込み、後方の魔術師達は仲間が巻き込まれるのも関係無しに魔術を放ち続けている。

兵士達は頭上に楯を構えて防御しながら徐々に前進、楯の間から突き出される槍が突撃する魔術師を次々と貫いている。

魔術師の登場により戦場は一気に広がり、勇者達が身を潜める岩場にさえ接近しつつあった。

(このままでは此処も巻き込まれる。速やかに離れなければ)

勇者は腕を振って追従を促し、主戦場となっている塔東側の裏、塔北西側へと大きく回り込んだ。


勇者「随分遠回りしたが、一先ずは安心していいだろう」

戦士「妙だな」

魔法使い「何が?」

戦士「魔術師と一度目が合った気がしたんだよ。でも、俺には目もくれずに兵士達に突っ込んで行った。あの目、気味が悪かったぜ」

魔法使い「気がしただけじゃないの? 砂煙もあるし、見えてないと思ったけど」

戦士「かもな。まあいい、扉を探そうぜ」

勇者「向こうにあるな。東側の大扉は開かれていたが、此方側は開いていないようだ」

魔法使い「鉄扉だね。時間掛かるけど溶かして穴を空ければ何とか入られると思う」

勇者「いや、上の方に幾つか穴がある。壁にはツタが絡んでいるから……!?」

▼突然、勇者の頭上に何かが落ちた。
 勇者が立っていた場所は抉れ、激しく砂煙が俟った。


魔法使い「けほっ、けほっ、勇者!? 戦士!?」

勇者「大丈夫だ!! それより円陣を組んで仲間に背を預けろ、敵に背を見せるな!!」

戦士「勇者、どこにいる!! 敵もそこにいるのか!!」

勇者「いや、いない!! おそらく移動している!! 魔法使い、存在を感知出来るか!!」

魔法使い「今やってる!!」

戦士(少し掛かりそうだな。だったら……)

▼戦士は剣を構えた。

戦士「全員伏せろ!!」

▼戦士は横一線に振り抜いた!

勇者「手応えはあったか!?」


戦士「いや、躱された!!」

勇者「仕方ない。魔法使いが感知するまで」

▼勇者の声が途切れた。

勇者「うぐっ……」

▼勇者は何者かに首を掴まれた!

▼何者かはそのまま跳躍し、砂煙の中から抜け出した!

勇者「離せ……」

▼勇者は電撃を放った!

▼しかし、何も起こらなかった。

勇者(何!?)

▼勇者は地面に向かって投げ落とされた!

▼しかし、勇者は空中で身を捩り着地した。

勇者(何処にいる……)

勇者(あの力、戦士のように肉体を弄られた者か? 他にも攫われた傭兵がいるとも聞いたが)

▼背後の岩場に何者かが降り立った。

▼勇者はすぐさま振り向き、剣を抜いた。


勇者「貴様、何者だ」

▼何者かは答えない。

勇者(俺と変わらない歳、おそらく魔術師ではないな。まさか、軍の回し者か?)

勇者(いや、しかし、あの若さであれ程の実力者なら知らないはずがない。奴は一体……?)

▼勇者は何かに気付いた。

勇者「……間違いない。その剣は師の物、何故貴様が持っている? 師はどこにいる、答えろ」

▼何者かは無言のまま剣を構えた。

▼勇者は、その構えにとても見覚えがあった。

勇者「まさか、そんなはずは……」

傭兵「……」

勇者「何故、貴方が……」


▼亡国の傭兵が現れた。


傭兵「……」

勇者「っ、師よ、俺達は囚われの者達を救いに来ました。受付嬢のこともです」

傭兵「……」

勇者「剣を納めて下さい、共に行きましょう。戦士と魔法使いも来ています。若い傭兵達も力を貸してくれました。彼女を救うためにです」

傭兵「……」

勇者「目的は同じはず、俺達が戦う必要は」

傭兵「言葉は不要だ」

勇者「何を……」

傭兵「傭兵に、自由はない」

▼勇者の声は届かない!

勇者「師よ、お願いです!! 俺の話を聞いて下さい!! 貴方が戦う必要はないんだ!!」

傭兵「赦しは請わない。ただ恨め、勇者」


▼傭兵は、勇者に襲い掛かった!


>>>>

ようやく砂煙が晴れ、戦士と魔法使いは互いの姿を確認した。しかし、勇者の姿はない。

周りを固める傭兵達にも傷一つなく、勇者が消えた以外に異常はないように思われた。

戦士(敵も消えたのか? 敵は最初から勇者が狙いだったのか? 何処行きやがった)

魔法使い「……」

▼魔法使いは俯き、杖を握り締めている。

戦士「おい、どうした」

魔法使い「何も感じなかった……」

戦士「は? どんだけ微弱でも魔力を持たない奴はいない。この世に魔力を持たない人間なんて」

魔法使い「まだ、気付かないの?」

戦士「…………そうか、そうかよ」

魔法使い「……こうなる可能性はあったし覚悟もしてた。信じたくないけど、さっきの奴は」


▼遠方で雷鳴が轟いた!

戦士「勇者だ、あんなとこまで離れたのか……」

魔法使い「行こう。でも、その前に」

▼魔法使いは鉄扉に超高温の大火球を放った!

▼鉄扉はたちまち溶けていき、数人が楽に通れる穴が空いた。

魔法使い「私達は勇者を助けに行く。皆には塔内に入って囚われてる人達を解放して欲しい。勇者が言ったみたいに六人ずつに別れて行動して」

戦士「悪いが、頼む。どうしてもやらなくちゃならねーんだ。勇者一人じゃ持たねえ、俺達が食い止めてる間に受付サンを見付けて救出してくれ」

▼傭兵達は意を汲んで頷いた。

魔法使い「受付さんを解放出来たら、すぐに雷が落ちた所まで連れて来て欲しい。そうすれば止められる。私達で何とか出来たら、すぐに向かう。だから、お願い」


▼傭兵達は強く頷き、塔の中へと向かった。

魔法使い「戦士、急ごう。勇者が待ってる」

戦士「ああ、そうだな」

▼二人は勇者の下へ走りだした!

▼しかし、空から何者かが降り立ち、二人の前に立ちはだかった!

武闘家「向こうに行っちゃ駄目よ」

戦士「……」

武闘家「戦士君と魔法使いちゃんよね?」

戦士「テメエは」

武闘家「私は武闘家、貴方達の足止めをお願いされてるのよ。彼も一人でやるって聞かないし」


魔法使い「っ、ふざけんな!!」

▼魔法使いは幾つも火球を放った!

▼しかし、火球は瞬く間に燃え盛り消失してしまった。

武闘家「苛立つ魔術師は三流よ」

魔法使い(風だ。あのオカマ、かなり使う……)

武闘家「別に塔の中に入るのは構わないわ。子供達を助けるのは大賛成なのよ? でも、向こうに行っちゃ駄目」

戦士「いいから、退け」

▼戦士は間合いを詰めて剣を振り下ろした!

▼しかし、剣の軌道は乱れ空を切った。


戦士「野郎……」

武闘家「二人は助けを求めてないのよ? 彼も彼女も自由の為に戦う道を選んだわ。貴方達がやってることは邪魔なの」

魔法使い「だったら何さ。私達は絶対に勇者を見捨てないし、絶対にセンセと受付さんを連れて帰る。二人が嫌がってても関係ない。一緒に街に帰る」

武闘家「ワガママね……」

魔法使い「私、まだ子供だから」

▼魔法使いは地を這う炎を放った!

▼武闘家はふわりと浮いて炎を躱した。

戦士「待ってたぜ」

武闘家「単純な攻撃ね」

戦士「言ってろ」

▼戦士は腹を狙って突きを繰り出した!

▼武闘家は掌で軽く受け流し、蹴りを繰り出した!


戦士「ぐっ……」

▼武闘家の蹴りが腹に直撃した!

武闘家「経験不足ね」

戦士(コイツ、強ぇ……)

魔法使い「戦士!!」

戦士「いいから下がってろ」

武闘家「まるで彼女の騎士ね」

戦士「……」

▼戦士は刃を伸ばし、横一線に振り抜いた!

▼しかし太刀筋は大きく乱され空を切った。


魔法使い「今」

▼魔法使いは火球を

武闘家「早いけど隙があるわ」

▼武闘家が手をかざすと、火球は魔法使いの手元で激しく燃焼した!

魔法使い「きゃっ!!」

武闘家「大人と子供にはこれだけの差があるの。貴方達はまだ成長途中、死に急ぐのは止めなさい」

戦士(見切り、体術の技量が違う。魔力は魔法使いの方が上だが魔術の理解度が違う。いつも戦法じゃ通用しねえ)

魔法使い「……」

▼魔法使いは目を閉じ、杖をかざした。

戦士(あいつ、何を……)

武闘家「あら?」

▼武闘家の足元から火柱が上がった!

▼武闘家は咄嗟に飛び退いて躱した!


魔法使い「負けないよ、絶対」

武闘家(私から学んだのね。この短時間で遠隔発動させるなんて、子供の成長って怖いわぁ)

▼戦士は隙を見逃さず一気に間合いを詰めた!

▼一撃狙いから切り替え、連続攻撃を仕掛ける!

武闘家「元気いっぱいね」

戦士(こんだけ手数を増やせば、気流操作だけじゃ防げねえはずだ)

武闘家(流石に押されてきたわね。ちょっと距離を取らないとマズいかしら)

▼武闘家は砂を巻き上げて飛び退いた!

▼戦士は砂煙に飲み込まれてしまった!


戦士(逃がすかよ)

▼戦士は刃を伸ばし、砂煙の中から何度も振り抜いた!

武闘家(無茶苦茶だけど、こういう攻撃が一番厄介だわ。もう少し離れましょ)

魔法使い「……」

武闘家「ふぅ」スタッ

魔法使い「今」

▼武闘家が着地した瞬間、足下から火柱が上がった!

▼飛び退いて躱したが、着地するたびに火柱が上がる!

武闘家「か、可愛い顔してえげつない魔術使うわね!?」

魔法使い「アンタのお陰だよ。勉強になった」

武闘家(一度の戦闘で此処まで……才能もあるんでしょうけど、伸びが速過ぎる)


武闘家(上に逃げるしかないわね)

▼武闘家は宙に浮いた。

武闘家(でも、飛んだら飛んだで……)

戦士「……」

武闘家「そうよね~」

▼戦士は容赦ない連撃を繰り出した!

▼出鱈目な太刀筋が襲い掛かる!

武闘家(これはもう、私じゃ無理ね……)

▼武闘家は胸を切り裂かれ、地に落ちた。

武闘家(血が……でも、当然の報いよね。沢山悪いことしたんだもの)
 


戦士「……」

魔法使い「……」

武闘家「さあ、殺しなさい。殺して、彼の所に行きなさい。まだ、間に合うわ」

魔法使い「殺さないよ。これは仕事じゃないし、殺したってお金にならないし、得るものないし」

武闘家「そう言えば、傭兵だったわね……」

戦士「魔法使い、このままだと死んじまう。傷口を焼いてやれ」

魔法使い「うん。行くよ、オカマ」

武闘家「……彼は貴方達を待ってるわ。私には分かるの。きっと、本当は、そうなることを望んでる。そういう、目をしてたわ」

魔法使い「……」

▼魔法使いは傷口に燃え盛る炎を押し付けた!

▼武闘家は気を失った。

戦士「……行こうぜ」

魔法使い「うん、行こう」

▼二人は走り出した。


第三話 講座

終わり


第四話

「ハァッ、ハァッ」

戦場は死に溢れていた。魔術師は今尚も突撃を繰り返し、命を散らし続けている。

恐怖も、戸惑いも、躊躇いもない。軍勢の意思は死に向かっている。

兵士達もその異常性に心を挫かれつつある。無感情に突撃を繰り返す様は、悪夢に違いなかった。

賢者は今や狂ったように魔術を連発し、敵が滅び去ることのみを欲している。

それは勝利の為ではなく、戦を終わらせる為でもなく、この地獄から一刻も早く抜け出す為に藻掻いているようだった。

(酷い、酷過ぎる。この戦には何もない。意志も目的も野望も未来も見えない。ただの殺戮だ)

監視者はその有り様を眺めるしか出来なかった。血止めはしたものの、体は自由に動かない。

霞む目を凝らして辺りを見渡すが、彼女の姿は見当たらない。


軍勢の魔術に巻き込まれてしまったのだろうか、それとも既に逃げ出したのだろうか。

監視者は後者であることを祈りながら戦場を這い回り、何処にも彼女の姿がないことを確認しようとした。

這い回る彼を気にする者は一人もなく、彼だけが戦場にいながら戦場を眺めていた。

軍勢でありながら、まるで一つの意思を持つ生物のように魔術師達は突撃を繰り返す。

命に尊さなどないと、命に価値などないと、それを命を以て証明しているかのようだった。

「君たち、もうやめたまえ。やめたまえよ」

監視者には、最早耐えられなかった。

彼は人間が幾ら死のうと自分の心が動くことはないと、そう思っていた。

どの生物より知性がありながら、どの生物よりも野蛮で愚かな人間が心底嫌いだった。

彼女だけが心の拠り所だった。彼女の自由を尊敬し、羨望し、時には癒されもした。

そんな彼女を脅かし、下らぬ戦にさえも巻き込む人間を、彼は更に嫌った。

だがそれでも、ざまあみろとは思えなかった。何故なら、彼はまだ人間であるからだ。


「頼む、やめたまえ……」

最早、戦場に人の声は届かない。命を擲つ獣と、命を奪う獣しか存在しない。

「君たち、もう、死ぬのはやめたまえ」

「命は美しい。それを捨てるなど、あってはならないよ」

「だから君たち、やめたまえよ」

戦場にあって命の尊さを説くなど馬鹿げていると彼自身も思った。しかし、言わずにはいられなかった。

五体を投げ出して懇願を繰り返す彼を、無感情な魔術師達が見ていた。

彼はそれに気付かず懇願し続けたが、耳を傾ける者はない。彼は遂に諦めかけた。

その時だった。

何処からか彼女の声が聞こえた。か細く、弱々しく、今にも息絶えそうな声がした。

監視者は声のする方向へ向かおうとしたが、今や正確な方向など分かるはずもなかった。

視界はぼやけ、音もはっきりとは聞こえない。さっきの声も幻聴である可能性がある。

(あれは確かに彼女の声だった。こっちだ、きっと、こっちから聞こえた)


彼女がいるなど信じたくはなかった。

しかし彼は、彼女もこの地獄に囚われ、血肉と骨の海で藻掻いていることを確信した。

(あの声はきっと助けを求めているに違いない)

彼には満足な防具も武器もないが、医療箱ならあった。

中には万が一彼女が傷を負った時の為に作った物が入っている。監視所で日夜作り続けた治療薬。

様々な生物に試したが、彼女に効くかどうかなど分からない。それでも作ったのは、こんな時が来ると分かっていたからかもしれない。

一心不乱に這い続け、彼は遂に彼女の下へ辿り着いた。彼女も彼同様、地に伏している。

「ああ、なんてことだ……」

胸には槍で貫かれたであろう深い傷がある。他にも傷はあるが、これが致命的な一撃だったのだろう。

彼は彼女に寄り添い、体に巻き付けていた医療箱から小瓶を取り出した。


「許してくれ」

調合した薬を傷口に垂らすと、体がびくんと跳ねた。彼はそこに、そっと手をかざした。

すると、傷口に垂らした液体は弾力性と粘着性のある膜のようなものに変化した。

それは傷口を被い、血止めの役割も果たしている。彼は他の傷も同様に治療した。

更には新たな薬品を垂らし、膜の成分を変えたりもした。それは彼女の反応を見て下した決断だった。

実際に医療経験はなく勘に頼っただけの治療だったのだが、奇跡的にその全てが的中したようだ。

最後は懐から水筒を取り出し、その全てを彼女に飲ませた。これが、彼の精一杯だった。

彼女は少し楽になったのか、彼の顔を見つめている。彼も、彼女を見つめ返した。

しかし、彼女はふいと目を逸らした。


「君よ、どうした?」

彼女はじっと一点を見つめている。視線の先には狐と大猿がいた。

此処から程近い場所に倒れていることから、三体には何か特別なものがあったのだろう。

狐と大猿は彼女同様に深く傷付き、この地獄の更に底へと誘われようとしている。

「酷い……」

彼が気付いたのを見て彼女はもう一度、彼を見つめた。その双眸には強い願いがあった。

「彼等を救えと、君はそう言うのかい?」

彼女は答えない。ただ彼を見つめている。魂に訴え掛けるように。

「……分かった。やってみるよ。君が望むならば、私はそれを叶えよう」

彼は彼女の下を離れ、這って彼等の下へ向かった。満身創痍ではあるが、気力はかつてない程に漲っていた。

彼女に託された願いを叶えんと使命感に燃え、激しい痛みすら気にならなくなった。


「やはり、酷いな」

辿り着くと、彼女と同様の治療を開始した。

極度に集中している為か戦場の音は消え去り、負傷した彼等以外の者は目に入らない。

彼は治療を終わらせると、直ぐさま彼女の下へと戻った。

「終わったよ。きっと助かる。少し、休ませてくれないか」

触れられる距離にありながら彼女には一切触れず、傍らに横たわった。

彼女の傍らにいられるだけで彼は満足だった。

彼女も何をするわけでもなく、ただ彼の様子を眺めている。

「何だ?」

先程まで治療に集中していたため気が付かなかったが、周囲に魔術師達が集まっていた。

何も言わず、彼と彼女に背を向けながら取り囲むようにしている。

「君たち、私達を守っていてくれたのか?」


答えはない。

魔術師達の輪は幾重にも重なっているようで、兵士達の姿は確認出来ない。

音も止んでいる。どうやら突撃も停止しているようだ。

監視者は不思議に思ったが、もう一度だけ言ってみることにした。

「君たち、もうやめたまえ。命は、こんなにも美しいのだから」

すると、魔術師達が一斉に振り向いた。足音が何重にも重なって聞こえるのは気のせいではない。

彼の言葉に全ての魔術師が振り向いた。彼は心底驚いたが、不思議と怖ろしさはなかった。

「分からないが、終わったのか? であれば、こんな所にはいない方が良い。もう沢山だ」

魔術師達は何も言わず、彼を見つめている。

何かを求めているような目で、彼の言葉をじっと待っている。

「……良ければ、私達を安全な場所に送ってくれないか? 彼女を休ませてやりたいんだ」

すると、数名の魔術師が彼を担ぎ、更に数名が彼女を丁重に持ち上げた。

そして魔術師達は、彼と彼女を担いだまま何処かへと向かって歩き出した。


第四話 伝導

終わり

ここまでです、ありがとうございます。


第五話

爆音轟く戦場の反対側、塔の西側では、剣の鳴らす金属音だけが響いていた。

そこは無数の岩石が転がる足場の悪い岩山。

二人は岩から岩へと飛び移り、鮮やかに舞いながら幾度も衝突する。

一人は消極的に避けながら戦っているが、もう一人がそれを猛追し、決して逃がそうとはしない。

回避、追跡、衝突を繰り返す。そのたびに足場の岩は崩れ落ち、狙いの逸れた剣が岩を割った。

一人が再び回避を試みる。しかし、もう一人が回避方向にある巨大な岩の上に降り立った。

両者は向かい合って剣を構えた。その構えは鏡に映したかのように酷似している。

両者の剣を見ると僅かな刃毀れしか確認出来ない。おそらく、特殊な方法を用いて作成されたのだろう。

剣の強度に差は見られないが、その所持者には明確な差が出始めていた。


(このままでは……)

幾度の衝突と激しい攻防の中で、勇者は徐々に傷を負い始めていた。

傷は浅いものの、それは防具に助けられた結果であり、胸当てだけを見ても夥しい数の傷跡が刻まれている。

今のところ体力が尽きる心配はないが、一度でも下手を打てば死に直結する逼迫した状況下では、それも時間の問題と言えた。

経験に差はあれど技術面では決して劣っていない。にも拘わらず、ことごとく打ち負けている。

(何故、何も言ってくれないのですか)

その最大の要因は、勇者の迷いにあった。

彼は傭兵を師として信頼し、慕っている。過ごした時は戦士や魔法使いと比べものにならない。

その師が自分と同年齢にまで若返り、言葉なく襲い掛かって来たのだから動揺するのも当然のことだろう。

何を問おうと答えてはくれないが、師が自分を殺そうとしていることだけは否定しようのない事実だった。


一方の傭兵には傷一つなく、巨大な岩の上から悠然と勇者を見下ろしている。

ほんの一瞬、何処か遠くを見るように目を細めたが、すぐに視線を戻した。

その表情は冷酷で無慈悲。一見すると心ない人形であるかのように見えるが、瞳の奥には窺い知れない何かがある。

そんな彼を見上げる勇者の姿は、父に突き放された息子のようであった。

悔しさ、歯痒さ、苛立ち、悲しみ、様々な感情が綯い交ぜになって表れている。

その姿は父である国王と決別した時以上に苦悩し、打ち拉がれているようにも見えた。

(師よ、教えて下さい……こうなった理由、戦う意味を……でなければ、俺は……)

父と気軽に話すことの出来なかった彼にとって、傭兵はかけがえのない存在だった。

幼い頃から剣術の師として傍におり、おそらく、父である国王よりも多くの言葉を交わしただろう。

幼かった彼は、父にはない気軽さで接してくれる傭兵を大いに慕った。


兄とも父とも呼べない師という存在が、父の愛を求める少年の支えになったのは想像に難くない。

そして年齢を重ね、師は国王によって祖国を滅ぼされた傭兵、亡国の傭兵であることを知った。

素性を知っても師への信頼が揺らぐことはなく、祖国を滅ぼした憎き国王、その息子である自分に笑いかける師を、彼は敬った。

それと同時に、何かを守る為には如何なる屈辱や苦痛にも耐えなければならないと知ったのだ。

(そうだ、どんな痛みにも……)

勇者は遂に迷いを振り払った。自分にも守らなければならないものがあると意を決した。

攫われた僧侶と子供達。狂った国王に生贄として差し出された民を一刻も早く救い出さなければならない。

そして、その狂った王を打倒する為には此処で終わるわけにはいかない。

勇者は逃げ回るのを止め、師に立ち向かうべく駆け出した。


>>>>

戦士「見えるか」

魔法使い「うん、見つけた。今は離れてるっぽい。って言うか、何でセンセは勇者だけを?」

戦士「そうしなけりゃ人質殺すって言われたのかもな」

魔法使い「……受付さん、無事だよね?」

戦士「無事だからこそ先生は従ってる。そう思いたいけどな」

▼二人は双眼鏡で勇者と傭兵の姿を確認した。

▼岩場に身を隠し、飛び出す機会を窺っている。

魔法使い「あのさっ、あれは本当にセンセなのかな? もしかしたら別人かも」

戦士「魔力を欠片も持たない人間が二人もいるかよ。動きを見たろ、あれは先生だ」

魔法使い「でも、勇者と同い年くらいだよ? 勇者は王様が若返ったとか言ってたけど、何でセンセまで……」


戦士「分からねえ。つーか、問題はそこじゃねえ」

魔法使い「分かってる。勇者が魔術を使ってないんでしょ?」

戦士「そうだ。勇者が消えた直後の雷鳴以降、音は一度もしなかった。今も使う気配がない。それが引っ掛かる」

魔法使い「確かに不可解だけど勇者は押されてた。単に使えないのかも知れない。戦士、行こう? もう考えてる時間はないよ」

戦士「待て、どう加勢するかが問題だ。判断を間違えると大変なことになる。それに、先生は俺達に気付いてる」

魔法使い「は? なわけないじゃんか、気付かれないようにこうやって離れてるんだよ?」

戦士「さっき大きな岩の上に立った時、こっちを見た。一瞬だけ、ちらっとな」

魔法使い「さすがに考えすぎじゃない?」

戦士「そうだと良いんだけどな……」


▼戦士は思案している。

魔法使い「戦士、勇者が!!」

戦士(勇者、何故向かって行く。あのまま逃げ回ってりゃ……)

▼勇者は振り下ろされた剣を防いだ!

▼しかし、傭兵は剣に体重を掛けて押し込んだ!

▼勇者は何とか耐えているものの、身動きが取れない!

魔法使い「センセは本気だよ!? あのままだと勇者が殺される!!」

戦士(勇者が魔術を使わないのは何故だ。それが分からないままコイツを連れてくのは危険じゃねえのか?)

魔法使い「戦士ってば!!」

戦士「……俺が引き付けて勇者を逃がす。お前は後から来い、様子を見ろ。迂闊に飛び出すな、いいな」


魔法使い「はあ? 逃がすなら一緒にやった方が」

戦士「勇者が魔術を使わない理由を確かめたい。勢いに任せて出て行くべきじゃない」

魔法使い「でもっ!!」

戦士「魔法使い、頼む。今だけは俺の言うことを聞いてくれ」

魔法使い「……っ、分かったよ」

戦士「ありがとよ……じゃあな」

▼戦士は勇者を救出すべく駆け出した!


>>>>

勇者(剣を、逸らさなければ……)

▼しかし、剣はぴくりとも動かない!

▼ぎりぎりと音を鳴らし、剣が押し込まれる。

▼勇者の左肩に刃が深くめり込み、血が流れた。

勇者「ぐっ……」

傭兵「……」

勇者(これが、亡国の傭兵………!?)

▼傭兵の背後に戦士が現れた!

▼戦士は首を打ち据えようと剣を振った!

▼しかし、傭兵は勇者を蹴り付けて前に飛んだ!


戦士(背中に目玉でも付いてんのかよ)

勇者「戦士、すまない。助かった……」

戦士「遅れちまって悪い。じっとしてろよ」

▼戦士は勇者の左肩に傷薬をかけ、破った布できつく縛った。

戦士「ひとまずは大丈夫だ」

勇者「それより魔法使いは?」

戦士「様子を見るように言ってある。あんたが魔術を使わないのは妙だと思ってな。使わない理由は何だ」

勇者「見せた方が早い」

▼勇者は傭兵に向けて雷撃を放った!

▼しかし、雷撃は傭兵の体を通過した。


戦士「冗談だろ……」

勇者「変な表現になるが、魔術が認識していないように思える。そこに何もないかのようにすり抜けるんだ」

戦士「なら魔術は」

勇者「意味を成さない。物質を伴う魔術ならば可能性はあるが、俺と魔法使いの魔術では無理だ。剣で対抗する以外に術はないだろう」

▼傭兵は剣を構えた。

▼徐々に速度を上げて向かって来る。

戦士「行け」

勇者「何?」

戦士「先生の狙いはあんただ。俺が来た以上、あんたが馬鹿正直に戦う必要はない。
   そもそも俺達は救出に来た。先生を倒す為に此処へ来たわけじゃない。だろ?」


勇者「それはそうだが……」

戦士「勇者、他の奴等は塔にいる。俺が足止めするから魔法使いを連れて塔へ行け。
   あいつは渋るだろうが、その時は髪を引っ掴んでも連れて行け。いいな」

勇者「戦士、聞いてくれ。師は本気だ。君一人に任せるより、共闘して無力化を狙った方がいい。
   俺は距離を取りながら戦えたが、足止めする以上、君は攻め続けるしかなくなる」

戦士「大丈夫さ、魔術込みならあんたに譲るが剣術だけなら俺に分がある。大体、傷だらけのあんたに何が出来る」

勇者「……」

戦士「迷っちゃ駄目だ。あんたにはこの後もやるべきことがある。そうだろ?」

勇者「…………分かった。だが用心しろ。正直な話、まだ底が見えない」

戦士「俺にも見えねえよ。ほら、さっさと行け。さっさと行って人質を救い出せ。それが馬鹿げた戦を終わらせる近道だ。頼んだぜ」


▼勇者は頷き、走り出した!

▼傭兵は直ぐさま勇者の後を追った!

▼しかし、戦士が立ちはだかった!

傭兵「……」

戦士「させるかよ」

▼傭兵は激しく斬り掛かった!

▼戦士は剣を受け止め、逆に押し込んだ!

傭兵「……」

戦士(……受付さんは幸せ者だな。こんなにも必死になってくれる人がいるんだからよ)

▼傭兵は戦士の剣を弾き、斬り掛かった!

▼戦士は紙一重で躱した!

戦士(半端な攻撃じゃ止まらない、殺す気で行って何とかってとこか)


▼戦士は斬り掛かった!

▼しかし、傭兵はそれより早く喉元を突いた!

戦士(あ、危ねえ……)

傭兵「……」

戦士(つーか、あんだけ勇者と戦った後だってのに疲弊した様子がねえ。体力どうなってんだ? 若返ったからか?)

▼傭兵は剣を振り下ろした!

▼戦士は身を躱し、なんと剣を踏み付けた!

▼戦士はそのまま横一線に振り抜いた!

▼しかし、傭兵は身を捩って躱した!

傭兵「……」

戦士(何だよ今の動き……でも、嬉しくて笑っちまいそうになるな)


傭兵「……」スッ

戦士(何だ?)

▼傭兵は腰に手を回し、短剣を取り出した。

▼傭兵は左手に短剣を持ち、逆手に構えている。

戦士(もう駄目だ、耐えられねえ。自然と顔がにやけちまう。もう受付サンのことも、何もかもがどうでもよくなっちまってる)

傭兵「……」

戦士(俺の望みは断たれちゃいなかった。もう一度、亡国の傭兵と戦える。戦って死ねる)

▼傭兵が一気に間合いを詰める!

▼傭兵は剣と短剣の連撃を繰り出した!

戦士(余力があるな。まだ、上があるってのかよ)

▼連撃は更に激しさを増す!

▼戦士は攻撃を防ぎきれない!

戦士(……どうせ死ぬなら)


▼戦士は構わず前に出た!

(どうせ死ぬなら、あんたがどれだけ強いのか、最期に教えてくれ)

▼戦士の体がたちまち傷だらけになっていく!

傭兵「……」

戦士(あんたを止める。俺の全てを擲っても)

▼戦士は剣に魔力を篭めた。

▼すると、刃から刃が次々と枝分かれし、爆ぜるように咲き誇った!

戦士(どうだ、これは一度も見せてねえ)

▼傭兵は複数箇所を貫かれた!

▼身を捩り急所を外したようだが、傷は深い。

傭兵「……」

▼しかし、傭兵の動きは止まらなかった!

戦士(ハ、ハハハッ、何だよ、これでも止まらねえのかよ、俺にはもう打つ手がねえんだぞ……)


▼傭兵は刃の華を剣で叩き割った!

▼刃の破片が宙を舞う!

▼傭兵は戦士に斬り掛かった!

戦士「ぐっ……」

▼戦士は右瞼を切り裂かれた!

▼流れる血液が視界を染める。

戦士(あんだけやっても届かねえのかよ、止めるだけなら何とかなると、そう思ったんだけどな……)

▼傭兵は尚も攻め続ける!

▼戦士の体が、瞬く間に血に染まっていく!

戦士(やることはやった。俺にはもう何もない。もう、死に怯える必要もない……)

▼その時、攻撃がぴたりと止んだ。

▼傭兵が何かに気が付いたようだ。

▼戦士は傭兵の視線を追った。


魔法使い「戦士!!」

戦士「……馬鹿野郎」

▼魔法使いが現れた!

▼魔法使いは傭兵に数多の火球を放った!

▼しかし、火球は傭兵の体を通過した……

魔法使い「センセ、もうやめてよ……戦士が死んじゃう……お願い……」

▼魔法使いは泣いている。

傭兵「……」

▼傭兵は何も答えない。

戦士「ッ、この大馬鹿野郎!! 手を出すな!! 殺されるぞ!! さっさと逃げろアホ!!」

魔法使い「嫌だ!! 絶対に誰も死なせない!!」

▼魔法使いは滅茶苦茶に火球を放った!

▼しかし、傭兵には何も届かない……


傭兵「……」

魔法使い「センセ……もうやめよ? ねえ、こんなの嫌だよ、一緒に帰ろう?」

戦士「いいから逃げろ!! 何もしなけりゃ」

▼傭兵は魔法使いに向かって走り出した!

魔法使い「ひぅっ……」

▼魔法使いは恐怖でへたり込んでしまった!

傭兵「……」

魔法使い「あ、あぁ……」

戦士「やめろ!! おい、ふざけんな!! そいつには何も出来ねえんだ!!」

▼戦士は動けない。

▼魔法使いは震える手でボウガンを構えた!


傭兵「……」

▼傭兵は魔法使いをじっと見ている。

魔法使い「うっ、うぅっ……」

▼魔法使いは意を決して矢を放った!

▼しかし、矢はあらぬ方向に飛んでいった!

▼すると、傭兵は悲しげに魔法使いの首筋に手刀を

魔法使い「今」

傭兵「!?」

勇者(卑怯であることは承知の上。師よ、どうか許して下さい)

▼勇者は傭兵の背中に矢を突き刺した!

傭兵「……」

魔法使い「センセ、ごめんね……」

▼傭兵は蹌踉めき、膝を突き、倒れた。

▼すると、傭兵の呼吸は荒くなり、体は忙しなく震え、多量の汗を吹き出した。


魔法使い「服を破いて!!」

勇者「あ、ああ!!」

▼勇者は急いで傭兵の衣服を破いた!

魔法使い「いくよ、センセ」

▼魔法使いは傭兵の左胸に何かを打ち込んだ!

▼すると体の震えは徐々に治まり、呼吸も少しずつ安定の兆しを見せ始めた。

勇者「どうなんだ?」

魔法使い「かなり早めに解毒薬打てたから大丈夫。でも毒が毒だし、しばらくは目を覚まさないと思う」

勇者「……そうか。しかし魔法使い、いつ解毒薬を?」

魔法使い「街を出る前に買ったの。毒薬を預かった時、必要になる気がしたんだ……上手く言えないけど、何となく、そんな気がした」

勇者(何となく……予感と言うやつか、馬鹿には出来ないな)


魔法使い「勇者、ごめん……」

勇者「突然どうした?」

魔法使い「だってさ、後ろから刺すなんて嫌な役目を押し付けちゃったし……」

勇者「君が策を授けてくれたから戦士も師も死なずに済んだ。必要なことだったんだ、気にするな」

▼魔法使いは瞼を擦っている。

勇者「……さあ、早く戦士の所に行ってやれ。俺は此処で師の様子を見る。まずは傷を塞がないと」

魔法使い「そ、そうだね。傷口にはこれを貼り付けて縛って、何かあったらすぐに言ってね」

勇者「ああ、任せてくれ」

▼勇者と魔法使いは戦士の下へと駆け出した。


魔法使い「戦士!!」

▼戦士は岩に背を預け、空を見上げている。

魔法使い「戦士、生きてる!?」

戦士「……おう、見た目ほど悪くねえ。それより先生は?」

魔法使い「いいから、じっとしてて」

▼魔法使いは治療を開始した。

▼服を切り、傷口を消毒し、瞼には薬を塗り込み、傷口を縫い始めた。

戦士「こんなの、いつ覚えたんだよ」

魔法使い「アンタの見張りをしてた時、センセが教えてくれた。色々勉強したんだ」


戦士「……なあ」

魔法使い「なあに?」

戦士「先生は最初から分かってたのか? だから毒薬を?」

魔法使い「それは本人に聞いてみないと分かんないよ。でも、使って欲しいから渡したんだと思う」

戦士「俺達に殺されたかったのか、だから自分を確実に殺せる術を俺達に授けた……」

魔法使い「さあね……でも、センセは死なない。解毒薬打ったし、死なせないよ」

戦士「……」

魔法使い「どしたの?」

戦士「………さっきの嘘泣きか?」

魔法使い「使えるものは使おうと思ってさ。当たりもしない魔術よりは役に立ったでしょ?」

戦士「女は怖ぇな……」

魔法使い「うっさいな、私はどんなに不様でもセンセを止めようと思っただけだよ。
     あ、でも、女の人って本能的に涙の使い方を分かってるって聞いたことある」


戦士「それは肝に銘じとく」

魔法使い「……ねえ、戦士」

戦士「あん?」

魔法使い「次に死のうとしたら許さないから。アンタは生きるの。生きなきゃダメ、死のうとしたって私が死なせない」

戦士「どんだけわがままなんだよ、人の気も知らないでよく言うぜ」

魔法使い「死ぬのが怖いなら、私が傍にいる」

▼魔法使いは戦士の目を見て言った。

▼すると、戦士の鼓動がどくんと跳ねた。

戦士「お前は怖ろしい女だな……」

魔法使い「うっさいな。はい、終わったよ」

戦士「ありがとな」

魔法使い「さ、センセのとこに戻ろ? 勇者も待ってるしさ」

▼二人は勇者の下に向かった。


勇者「来たか。戦士、傷はどうだ?」

戦士「あちこち縫われて調子が良くなった。あんたはどうだ?」

勇者「別れてすぐに魔法使いが治療してくれた。さっきよりは随分と楽になったよ」

▼魔法使いは傭兵に寄り添っている。

▼呼吸は先程よりも落ち着いていて、まだ発汗はあるものの出血も抑えられている。

戦士「どうだ?」

魔法使い「今のところ大丈夫そうだけど、こんなに冷えるとこで寝かせてたら悪くなる。傷も深いし、お医者さんに見せた方がいい。戦士」


戦士「何だ?」

魔法使い「センセをお願い」

戦士「でもお前」

魔法使い「次はアンタが言うこと聞く番だよ。そんな体で戦わせるなんて出来ない」

戦士「なのに先生を背負わせんのか、人使い荒いな……」

魔法使い「あ、そうだね。勇者も一緒に行く?」

勇者「いや、そうなると君が……」

戦士「お前が一人になるだろうが……」

魔法使い「私はどっちでも良いよ? 皆が心配だし早く決めよう?」

戦士「……分かった。俺一人でいい。勇者、そいつを頼む」

勇者「分かった。戦士、少し休んでから行くと良い。まずは監視所を目指して、馬に乗るんだ」

戦士「ああ、時間は掛かるだろうが出来るだけ急ぐさ」


勇者「戦士、師を頼む」

戦士「……おう、任せとけ」

魔法使い「んじゃ、もう行くね?」

戦士「早く来いよ? 先に街に行って待ってるからよ」

魔法使い「うん。勇者、行こう」

勇者「そうだな、随分と時間を食ってしまった。急ごう」

▼勇者と魔法使いは塔に向けて駆け出した。

▼戦士は二人の背中を見送った。


戦士「……」

戦士「先生、大丈夫さ。きっと上手く行く」

▼傭兵は気を失っている。

戦士「……さてと、行くか」

▼戦士は傭兵を背負って歩き出した。

戦士「……」

戦士「にしても、あいつも頼もしくなったもんだ」

▼その時、塔の頂上から眩い光が溢れた。

▼放出された光の柱は闇夜を切り裂き、天を突き、やがて消え失せた。

戦士「……何だ?」

▼一粒の光だけが残った。

▼塔の上空でたゆたう光は何度か明滅し、消えた。


第五話 救出

終わり


第六話

錬金術師「んん、着いたな」

踊り子(教会、でしょうか……)

地中から突き出たツタの中から、二人は現れた。

半壊した教会に人影はなく、夜更けということもあり静寂に包まれている。

穴の空いた天井から降り注ぐ月明かりを見て、踊り子は夜が明けていないことを疑問に思った。

砂漠の塔から都までは半日は掛かるはずなのだが、それ程時間が経過している様子はないからだ。

瞬間的に移動する魔術など存在しない、もしあるのならば広く普及しているはずである。

それとも錬金術師のみが可能にした魔術なのだろうか、だとしたら錬金術師とは何者なのか。

あの塔も、明滅する物体も、死をも怖れぬ軍団も、人々が魔物と呼称する生物も、全て彼が作り上げたのだろうか、踊り子の疑問は膨らむ。


錬金術師「兵の気配でも感じるのか?」

踊り子「いえ、便利な魔術だと思っただけです」

錬金術師「仕組みは実に簡単なものだ。そうだな、動きがあるまで少し話さないか」

▼錬金術師は壊れた椅子に腰掛けた。

▼その表情はとても穏やかで、塔で見せた冷酷非常な顔とは異なっている。

踊り子「動きとは? 他にも仲間がいるのですか?」

錬金術師「私に仲間などいない。すぐに分かる。さあ、君も座れ。待つのは退屈だろう」

踊り子「……」

錬金術師「私と話すのが嫌か?」

踊り子「はい、嫌です」

錬金術師「君は実に正直な子だな。では、これは命令だ。私の話に付き合ってくれ」


▼踊り子は心底嫌そうに椅子に腰掛けた。

▼錬金術師は満足そうに微笑み、語り出した。

錬金術師「時に、栂という木を知っているか」

踊り子「栂とは、咎人を磔にする際に使用されたと言われている木です」

錬金術師「その通りだ。若いのに良く知っているな。父親より頭の出来が良いようだ」

踊り子「……それで、その栂と貴方の魔術にどうのような関係があるのでしょう」

錬金術師「この杖は栂で出来ている。長い時の中で最も多くの咎人が磔にされた栂の木だ。では次に、人類に共通するのは何か」

踊り子「魔力でしょうか」

錬金術師「素晴らしい、実に模範的な不正解だ。答えは罪だ」


踊り子「罪」

錬金術師「罪とは普遍であり何処にでも存在する。どんな人間にも罪はある」

錬金術師「教会も罪を象徴する一つと言えるだろう。人は此処で祈り、告白する。人はいつも苛まれている」

踊り子「人そのものが罪であると言いたいのですか?」

錬金術師「それは行き過ぎだ。私はただ、罪は誰の心にもあると言っているだけだ。
     人はほんの些細な間違いをすら後悔し、己を縛り付ける。罪の芽生えは必ず起こる」

錬金術師「先程の魔術はそれを利用したものだ。関連付け、意味を持たせ、魔術とする。この栂の杖は、正に最適な素材だった」

踊り子「罪は何処にでもある、ですか」

錬金術師「少し違う。咎は何処にでも生える」

踊り子「では、貴方の考えでは栂の生らない場所などないと言うわけですか」

錬金術師「遙か昔、私はそう考えた。あの頃は楽しかった。新たな発見に満ちた日々だった。
     私は知識を独占せず、人々に役立てた。だが、人は更に魔術を嫌った」

▼錬金術師は寂しげに笑った。


踊り子「……」

錬金術師「……私はね、これは非常に傲慢な言い方になるけれども、魔術に愛されていた。
     当時としては魔力に恵まれていたし、比類なき魔術師であると自負していた」

錬金術師「だからだろうな。人々がそれを享受しないことが耐えられなかった。魔術を忌み嫌う、排他的な人々に暗い怒りを燃やした」

錬金術師「若かった私は、魔術を嫌う世相を変えようとした。魔術には有用性があり、人々の暮らしを豊かにする。そう信じていたからだ」

踊り子「貴方は戦ってしまった?」

錬金術師「怒りに任せてな。結果、私は全てを失い、魔術師は危険な存在であると決定付けられた。
     私が招いたのは理解からは程遠い、更なる不信と差別だった」

踊り子「それはきっと、遠い昔なのでしょう」

錬金術師「そう、遠い昔だ。国は数多くあり、戦はなく牧歌的で、和やかに停滞していた時代。今よりも遙かに平和だった」

▼錬金術師は杖を弄びながら遠くを見た。

▼遠い過去に思いを馳せているようだ。


踊り子「平和だからこそ、魔術が忌み嫌われたのでしょうか」

錬金術師「そうだな、戦があれば違っていただろう。当時、魔術に傾倒するのは愚か者のすることだった。
     そもそも異端であったし、悪魔と取引きしただとか根も葉もない噂も信じられていた」

錬金術師「魔術は世を乱す術、使用者は皆悪人であるとも言われた。実際、その通りになってしまったのだから間違いではないのだろうが」

▼錬金術師は自嘲的に笑った。

▼杖を握る手には力が篭もっている。

踊り子「それなのに再び戦うのですね。私には理解出来ません」

錬金術師「戦わなければ自由を掴めない。これだけは変わらない。その為に戦う理由を作った。これは贖罪であり、過ちを雪ぐ為でもある」

踊り子「そうまでして魔術師の支配する世を目指す意味が分かりません」

錬金術師「私が招いた結果とは言え、自由を奪われたままでは時代も魔術も進歩しない。それに、私個人としても王家には貸しがある」


錬金術師「王家に限った話ではないがな」

踊り子「やはり、私には理解出来ません」

錬金術師「それでいい、私は誰かに話したかっただけだ。今夜は特にそんな気分だった」

踊り子「気紛れに付き合わされる身にもなって下さい。答えのない会話は疲れます」

錬金術師「……」

▼錬金術師は踊り子をじっと見つめている。

踊り子「何でしょうか」

錬金術師「初めて会った時にも思ったが、君は母に似たな」

踊り子「はい?」

錬金術師「君の家系とは縁が深い。君の母があの男と結ばれたと知った時は驚いた」

踊り子「父は既に他界していると言ったはずです。私は彼の子ではありません」

錬金術師「君がどう認識していようと両親が誰であるかは変わらないぞ」

踊り子「私の両親が誰であろうと貴方には関係ないでしょう」


踊り子「違いますか」

錬金術師「そうだな。君の両親が誰であろうと私には関係ない」

▼錬金術師は息を吐いた。

錬金術師「そして、君が誰を愛そうとも」

踊り子「貴方が嫌悪された理由が良く分かりました。世相を変えるより、その傲慢で人を見下した態度を矯正した方がよいと思います。少しは自分を見つめ直したら如何でしょうか」

錬金術師「……」

▼錬金術師は顎を摩っている。

踊り子「聞く耳など持たないでしょうね。貴方のような人間は変わらないですから」

錬金術師「いいや、聞いている。ただ懐かしくてな、昔を思い出しただけだ。君との会話は想像していた以上に楽しい」

踊り子「意味が分かりません。不愉快です」

錬金術師「嫌われたものだな。私のお陰で脚が治ったと言うのに」


踊り子「私の脚を治したのは貴方ではなく僧侶という女性です。そういう所が気に嫌悪される原因なのではないですか」

錬金術師「それも良く言われた。恩着せがましく知りたがりで、傲岸不遜で厚顔無恥な最低の男だとな」

踊り子「そうですか、その方とは気が合いますね。とても仲良くなれそうです」

錬金術師「……やはり、よく似ているよ」

▼その時、足音がした。

呪術師「いやいや、お待たせしました」

踊り子「呪術師……」

呪術師「私をご存知で?」

踊り子「貴方は彼に殺されたはずです。遺体もこの目で見ました。焼かれる瞬間も」

呪術師「私が亡国の傭兵に? あ~、アハハハハ、成る程成る程、そうですか、そういうことですか」

錬金術師「報告しろ」

呪術師「申し訳ありません。そろそろ城が慌ただしくなる頃です。確か魔術騎士団でしたか? 彼等が脱走します。しかし、このような手間を掛けなくとも直接玉座の間に移動すれば容易く」


錬金術師「もういい」

呪術師「もしかして、そのお嬢さんとお喋りしたくて」

▼錬金術師が苛立たしげに杖を突いた。

▼すると呪術師の体は粉々に砕け散った。

▼そこには何も残っていない。

踊り子「今のは」

錬金術師「作り物だ。気にするな」

▼その表情は、塔で見せたものだった。

▼人としての温かさは、最早感じられない。

錬金術師「今宵、我々は自由を手にする。君にも協力して貰うぞ。躊躇いなど見せてくれるなよ」

踊り子「分かっています」

錬金術師「では、行くぞ」

▼錬金術師は杖を突いた。

▼すると、二人はツタに飲み込まれて消えた。

>>>>

国王「今は放っておけ」

魔術騎士団の脱走について、国王は然したる関心を示さなかった。

何者かが脱走を幇助したのは明白であり、その目的が城内の混乱だろうということは容易に想像出来た。

(おそらく魔術師結社の差し金だろうが、兵は動かさん)

僅かでも城内の兵士を減らすべきではない。国王はそう考えた。

魔術騎士団は勇者が設立した部隊、大方、勇者の下にでも向かうつもりなのだろう。

それより気掛かりなのは現在の戦況である。国王は玉座の傍らに跪く女性をちらと見た。

更にその傍には大量の武器の束を持つ大男が立っているが、黙して動く様子はない。


「占い師、戦況はどうだ」

占い師と呼ばれた不惑の女性は黒い装束に身を包み、目隠しをしており、鼻と口元は薄手の布で覆い、手も同様に薄手の手袋で隠れている。

見えるのは目と鼻の僅かな隙間くらいだが、薄手の布は若干透けていて、見れば整った顔立ちであることが分かる。

全身を覆う黒い装束の上からでも胸の膨らみは見て取れ、彼女が豊満な肉体であることも想像出来た。

その極端に肌の露出を嫌ったような衣装が、却って彼女の妖艶さを際立たせている。

「賢者を通して見ているのですが、何者かに襲撃されました。どうやら一般人のようです。
 今新たに魔術師の軍勢が現れました。今のところ問題はありません。冷静に対処しています」

占い師は淡々と告げた。

国王「その一般人とは何だ」

占い師「何の力もない一人の男です。賢者にも傷はありません。余程の運がない限り、魔術に巻き込まれ死亡するでしょう」


国王「勇者の姿はあるか」

占い師「いえ、賢者の目からは見えません」

国王「彼奴のことだ。どこぞにいるのだろうが、魔術師と事を構えるのなら我々にも有利に働く」

占い師「……」

国王「どうした」

占い師「何かが来ます。剣士、構えろ」

占い師は素早く王の傍に立ち、剣士と呼ばれた大男は大楯を構えて王の前に立った。

周囲の兵士達も警戒しているが、何が起きようとしているかなど分かるはずもない。

すると突如、床から木の根が生え、そこから伸びる触手のようなツタが次々と兵士達を薙ぎ払った。


「初めて見る魔術だ」

とは言うものの王に驚いた様子はなく余裕を見せている。玉座から動く様子もない。

兵士達を貫いた触手に動く気配はない。すると中央の根が裂け、そこから錬金術師が現れた。

国王「最初からこうすれば良かったものを、随分と回りくどい真似をするものだな」

錬金術師「そう急がずとも今夜中に終わる。朝日を拝むのは魔術師だけで良い」

国王「抜かせ、貴様にもう価値はない。砂の城など一夜で崩れ去る」

▼国王は雷撃を放った!

▼しかし、木の根によって防がれた。

国王「魔術だけでは、一筋縄ではいかんか」


錬金術師「踊り子」

国王「何?」

▼玉座の背後から木の根が襲い掛かった。

▼剣士は木の根を大剣で受け止めた!

▼すると木の根が裂け、中から踊り子が現れた!

▼湾曲した二つの短剣が振り下ろされる!

踊り子「覚悟」

国王「フン」

▼剣士が身を挺して攻撃を防いだ!

▼短剣は鎧を貫いて突き刺さった!

踊り子(血が出ていない。浅かったのでしょうか、確かに手応えはあったのですが……)

▼踊り子は剣士の肩を蹴り、錬金術師の傍に降り立った。


国王「小賢しい真似はするな、望むならば此処でケリを付けてやる」

錬金術師「若いな、血気盛んなことだ。貴様が国を奪い尽くしていた頃を思い出す」

国王「……傭兵はどこにいる」

錬金術師「相も変わらず恐怖に取り憑かれているようだな。あの男は戦場で貴様に何を見せた。まさか壊されたのか、王が、たった一人の傭兵に」

国王「答えろ」

▼国王は再び雷撃を放った!

▼しかし、木の根が防いだ。

錬金術師「まるで赤子だな。だが安心しろ、此処には来ない。ただ殺すだけでは意味がないからな」スッ

占い師「剣士!!」

叫んだが間に合わない。錬金術師は既に杖を突いている。のたうつ木の根が全員を呑み込んだ。

>>>>

「此処は……」

気付けば都中央の記念広場にいた。

真夜中であるにも拘わらず、広場の外周、円形交差点に沿って多くの人集りが出来ている。

突如現れた若返った王の姿に民衆は一様に驚き、中には王子だと思い込む者もいた。

しかし、身に付けた装飾品と所持する杖は間違いなく王の物であり、その人物が王であることは明らかだった。

(何故、民が此処にいる。これも錬金術師の仕業か、何を企んでいる)

占い師と剣士の姿はない。おそらく錬金術師の魔術によって分断されたのだろう。

「民の前でこそ、王が戦う意味があるだろう」

国王は錬金術師の姿を確認すると、声に答えることなく雷撃を放った。

それは王の証とも言える雷の魔術、広場は一瞬にして光に包まれ、民衆は王の放つ威光に息を呑んだ。


だが、光はもう一つあった。

広場の両端から放たれた二つの雷撃は轟音を立てて衝突し、やがて消滅した。

「たかが雷だ。術式を学ぶことが出来れば、誰もが使えるようになる」

その光景を前に国王は唖然とし、民衆は酷くざわついている。

驚くのも無理はなかった。雷は王家の者のみが持つ魔力の性質によって発現可能とされている。

この四大属性に属さない非常に稀有な魔術体系は、正に王家の象徴とも言える。

それを何処の誰とも分からぬ老人が使用した。これは冒涜と捉えられて当然の行為であった。

錬金術師は意に介した様子もなく、頭痛に顔を顰め、眉間を押さえたまま語り出した。

「今も昔も、支配者という生き物は変わらない。
 魔術師から世界を守るなどと言いながら私の魔術を羨み、妬み、忌避し、その上で全てを奪った。
 何よりも許せないのは、奪った知識と魔術を民に分け与えずに秘匿したことだ。
 魔術と知識の独占、差別、統制の保持。魔術を怖れ、魔術に魅入られた権力者達。
 かつて王と呼ばれた連中も、今や統一王などと呼ばれる貴様も、私にとっては盗っ人に過ぎん」


「何を言っている……」

「元々、全ては自由だった。よって、支配者の束縛から解き放たれ自由意志の下に生きるべきなのだ。
 今宵、時は動くぞ。貴様等によって長らく停滞していた時が動き出す。そして、罪人には裁きが下るだろう」

捲し立てる錬金術師の言葉を聞いて、国王は一人の魔術師を思い浮かべた。

魔術がまだ浸透していない時代、偏見と差別に満ちた時代に現れた始まりの魔術師。

魔術の基礎を築きながら正当な評価されることなく蔑まれ、その結果当時の世相を変えるべく、たった一人で世界を敵に回し、敗れた男。

魔術に愛され、魔術に狂わされた男。ありもせぬ理想、幻影を追って破滅した狂騒の魔術師。

(そんなはずはない)

「さあ、戦え」

その言葉には有無を言わさぬ力があった。国王は弾かれたように錬金術師へと迫る。

雷の魔術を利用をした高速移動、錬金術師がツタを繰り出すものの全て回避され、瞬く間に接近を許し、あっという間に斬り裂かれ膝を突いた。


「大口を叩いてその程度か」

「この私は前座だ。真打ちが現れる」

「誰であろうと、王を裁くなど出来はしない」

「この血に刻み付けられた苦痛が呼び起こす。それこそが、貴様を滅ぼすだろう」

錬金術師は不敵に笑って見せた。

その笑みがやけに似合って見えるのは、これまで幾度となく敵対者に見せてきたからに違いない。

唇の片端を吊り上げ、しぶとく、それでいて嘲るような笑みは、相手を煽り立てるに十分なものだった。

国王は膝を突く錬金術師に対して剣を振るい、今や容易く命を奪えるにも拘わらず、不必要なまでに切り刻んだ。

だが、錬金術師は呻き声一つ上げず、かっと目を見開き睨み付け、更に歪んだ笑みを浮かべた。

それは憎悪のようにも、嘲笑のようにも、挑発のようにも、憤怒のようにも見える。


(何だ、この表情は……)

国王は背筋に虫が這うような不気味な感覚に囚われたが、決して目を逸らすことはなかった。

それどころか睨み返し、目の前の存在が何者であるのかを探ろうとしている。

錬金術師の瞳の奥で煮え滾る感情の熱、それが十年二十年で作り出せるものではないことを、国王は即座に見抜いた。

(この目は、知っている)

国王は、以前にも見たことがあった。

それは遠い過去、統一戦争の折、一人の男が見せた眼差しに良く似ていた。

その男と一度目が合った時から危険な存在であると分かった。そして、その予感は的中した。

王でありながら先陣を切り、幾多もの戦いの全てに勝利した彼に、初めて敗北を与えた男。

喰われたのか、折られたのか、それ以降、王は以前のように戦うことが出来なくなってしまった。


その相手こそが亡国の傭兵。

拭えぬ怖れを刻み付けた男、国を滅ぼされて尚も戦おうとした不屈の男、王に傷を付けた唯一の存在。

やがて終戦を迎え、故郷の安全と引き替えに従えた後は、幾度となく亡き者にしようとした。

不可能と言える暗殺を命じ、ある時は特級と呼ばれる魔物の単独討伐を命じた。

だが死ななかった。そのどれもを成功させ、あろうことか信頼を勝ち取ってみせた。

最も怖れ、消し去りたい存在。それでいて臣下の誰よりも強く、頼りになる存在。

信頼と恐怖、羨望と嫉妬、怒り、憎しみ、複雑に絡む感情が、王を狂わせた。

そして今尚、それは王を縛り続けている。

(そうだ。彼奴と同じ目をしている。これは、私を脅かす者の目だ)

「どうした、亡霊でも見えたのか」

その言葉に、国王は我を忘れた。

「貴様など怖れはしない。怖れるものか、私は王だ。敵などいない。いるはずがない」


第七話

占い師「……っ」

木の根に吐き出され、占い師は膝を突いた。

辺りを見渡すと、どうやら郊外の原野のようだ。幸い、都はすぐそこに確認出来る。

(剣士はいる。しかし陛下のお姿が何処にも見えない。分断されてしまったか)

占い師は目を閉じ、何かに意識を傾けた。

(中央広場、敵の姿はない……)

占い師には国王の居場所が分かるようだった。占い師が立ち上がると、剣士も同じく立ち上がる。

二人が都に向かって走り出そうとした瞬間、新たに生えた木の根から踊り子が姿を現した。


踊り子「お待たせしました」

占い師「意外だな、私を遠ざけ、二人掛かりで挑むものと思っていたぞ」

踊り子「私はそうした方がよいと言ったのですが、聞く耳を持ちませんでした」

そう言って腰に手を回すと、踊り子は二本の短剣を取り出した。

短剣と呼ぶには大きく、やや湾曲した鉈のような形状をしている。

それを逆手に持ち、構えは取らず両腕をだらんと下げ、占い師を真っ直ぐに見据えた。

直立不動、一見隙だらけであるが、それでいて隙の見えない独特の雰囲気がある。

踊り子「準備は宜しいですか?」

占い師「傭兵が敵を気に掛けるか」

踊り子「傭兵と言えど不意討ちや騙し討ちばかりではありません。正々堂々と戦うこともあります」

占い師「これが果たして正々堂々と言えるのか疑問ではあるが、まだ人間のようで安心した。
   (魔力は上級寄りの中級と言ったところか、聞き間違いでなければ踊り子と呼ばれていたようだが)」

踊り子「時にその装束……それは、家族や伴侶以外に肌を見せない為の物では?」


占い師「そうだが」

踊り子「これは個人的な質問ですが、一線を退いて家庭に入ろうとは考えなかったのですか?」

占い師「先程から何だ、これから殺す相手への問い掛けとは思えんな」

踊り子「申し訳ありません。ただ、伴侶や家庭がありながら戦に身を投じるのは何故かと思いまして」

占い師「意味は分かるが意図が分からん。近々家庭を持つのか? まさか、腹の中に子がいるのではないだろうな?」

踊り子「子はおりません。私はただ、後学のために知っておきたいのです」

占い師「どうにもおかしな娘だ。ならば、まずは私の質問に答えろ。お主は、何故錬金術師に荷担する」

踊り子「どうしても欲しいものがあるからです」

占い師「今在る平和を脅かし、維持を司る王の命を奪ってもか」


踊り子「はい」

占い師「お主に大義はないのだな」

踊り子「傭兵に君主は在りませんから」

占い師「私の知る傭兵は君主に仕え、君主に尽くした。傭兵だからと言うのは理由にならん」

踊り子「彼のことなら知っています。彼は仕えたわけではなく、そうせざるを得なかっただけです」

占い師「違う、奴自身がそれを望んだ」

踊り子「踊り子はそれを望んでいませんでした」

占い師「……やはりな、踊り子と聞いた時からそうではないかと思った。母の名を継いだか」

踊り子「母を知っているのですか?」

占い師「奴とどのような関係であったかも知っている。踊り子の望みは奴の自由か」


踊り子「はい。後にも先にも、踊り子が望むのはそれだけです」

▼その答えに迷いはなかった。

占い師「戦場に舞い戻った踊り子は、再び同じ男を愛したか」

踊り子「かれは再びではなく一度目です。踊り子が愛したのは生涯唯一人なのですから」

▼踊り子は寂しそうに笑った。

▼何もかもを分かっているようだった。

占い師「……そうか、ならば何も言うまい」

踊り子「貴方の答えがまだです」

占い師「そうだったな……済まないが、質問の内容は何だったか」

踊り子「家庭がありながら何故戦うのですか? 手にした暮らしは自身が望んだもののはずです。
    そうであるなら、もう戦う必要などない。貴方は既に満たされたのではないですか?」


▼占い師は顎に手を当てた。

▼これから口にする言葉を選んでいるようだ。

占い師「念願叶って平穏無事な暮らしを手に入れた。だがそれでも、心身は闘争を求めた。
    そして、生を実感出来るのは戦いの中だけだと気付いた。この欲求だけは如何に良き伴侶にも埋められない」

踊り子「戦などなくとも日々の暮らしの中で生を実感出来るでしょう?」

占い師「私もそう思うよ。だが不思議なことに、私は今もこうして此処に立っている」

踊り子「……」

占い師「私は何かを求めて此処に立つ。だが、未だに納得のいく何かを得たことはない。
    そういう人種は必ず此処に舞い戻って来る。何かを探しにな」

踊り子「何か……」

占い師「ごく少数ではあるが、戦を居場所にする人種はいる。理想の相手と結ばれ理想の家庭を築こうと、何かを求めて此処に立つ」

踊り子「そんなものなのでしょうか?」

占い師「そんなものさ。だから、あまり過度な期待はするな。その方が傷は浅く済むだろう。
    但し妥協はしないことだ。自分にも、相手にもな。その妥協は諦めだ」

踊り子「よく覚えておきます。貴重な御意見をありがとうございました」

占い師「何よりだ。それが今後の人生に役立つかは分からんがな」

踊り子「大丈夫です、決して無駄にはしません」


占い師「気の強い娘だ」

踊り子「では、行きます」

▼踊り子は跳躍し、一気に距離を詰めた。

占い師「剣士」

▼そこに剣士が割って入り、攻撃を受け止めた。

▼踊り子は空中で器用に態勢を変え、宙に浮いたまま剣士に攻撃を繰り返す。

▼占い師はその様子をじっと見ている。

占い師「潰せ」

▼剣士は宙に浮く踊り子を弾き飛ばした!

▼そのまま距離を詰め、大剣を叩き付ける!

踊り子(やはり彼は何かがおかしい。違和感はありますが、今一つ掴めない)

▼踊り子は身を捩り、乱暴に叩き付けられる大剣の連撃を全て躱して見せた。

▼そのまま軽やかに跳んで距離を取ると、先程同様に都を背にして立ち塞がった。


占い師「大した身の熟しだが魔術は使わんのか」

踊り子「病み上がりなもので、今少し調子を確かめたいのです」

占い師「それが本当ならば待ってやる必要はないな。剣士、武器を出せ」

▼剣士は背負った武器の束をばら撒いた!

▼大小様々な形状の武器が宙に放り出された。

占い師「……」スッ

▼手をかざすと、全ての武器が空中で静止した。

▼その切っ先は全て踊り子に向いている。

踊り子「……」

占い師「貫け」

▼宙に浮く大小様々な武器が一斉に動き出す!

▼複雑な軌道を描き、踊り子に襲い掛かる!

踊り子(少々不安ですが、やってみましょう)


▼踊り子は瞳を閉じ、踵で地面を叩いた。

▼すると、地面から数多の氷柱が突き出した!

▼氷柱は周囲をぐるりと囲み、迫る武器の群れを弾いた。

踊り子(未だ、全身に魔力が通っていない気がします。まずまずと言ったところでしょうか)

▼踊り子は再び踵で地面を叩いた。

▼すると氷柱は浮き上がり、宙に浮く武器を弾きながら占い師に迫った!

占い師「……」スッ

▼占い師が手をかざすと氷柱は急激に反転、踊り子に向かった。

▼氷柱だけでなく、弾かれた武器も同様に踊り子に向かって発射された。


踊り子(今ので見えた気がします)

▼踊り子はもう一度踵で地面を叩き、分厚い氷壁を生み出した。

▼氷柱と武器の群れが次々と衝突する。

▼所々が砕け、大きなヒビが入ったものの、氷壁は崩壊することなく耐えきった。

踊り子「……っ、はぁっ、はぁっ」

▼踊り子は膝を突いた。

踊り子(思った以上に消耗が激しいです。少しずつ馴らしていった方がよいでしょうか。
    脚が治ったからと言って、一日二日で数年の月日を埋めることは……?)

▼踊り子は突然その場から飛び退いた!

▼元いた場所に大剣が深々と突き刺さっている!

剣士「……」

踊り子(少しずつなどと、甘いことを言っている暇はないようです)


▼踊り子は白く輝く息を吹き掛けた!

▼すると剣士は、凄まじい力で引っ張られたように後方に飛び退いた!

▼残された大剣はたちまち凍り付き、がしゃりと崩れ落ちた。

占い師「母娘揃って氷の魔術か、魔力の性質もよく似ているな」

踊り子「母と戦ったことが?」

占い師「戦時には嫌というほど戦った。あれはもう三十年以上前になるか、私も年を取るわけだ……」

▼そう言いながら、占い師は微笑んでいる。

占い師「氷上の踊り子、冷徹の仮面、内に秘めた燃え盛る激情、その魔術は凍て付いた炎のようだった」

踊り子「……」

占い師「母娘だものな、似るのも当然か……お主を見ていると、自分だけが年老いたような気にさせられる」


踊り子「……」

占い師「母娘だものな、似ないはずもないか……」

踊り子「踊り子はどのような関係だったのですか」

時間稼ぎが目的の問いではあったが、全く興味がないわけではない。

同じ男を愛した女が過去に何をしたのか、それが何よりも知りたかった。

占い師「年も考えずに言えば、恋仇か」

踊り子「……」

占い師「そう鈍い女でもあるまい? 剣士の顔を見て分からぬはずもなかろう」

▼剣士は、傭兵によく似ていた。

踊り子「何故ですか……」

占い師「なにゆえ? なにゆえに亡国の傭兵が私を抱いたのかと、お主はそう言いたいのか?」

踊り子「いいえ? 貴方を抱かざるを得ない状況を貴方が作った。私はそう考えています。
    例えば、踊り子を生かしたければ『そうしろ』と迫ったとか」

占い師「あはははっ!!! わけを探すか踊り子の娘よ、お主はそうであったら幸せか?」

踊り子「そうであったらと願っています。軽蔑したくはありません。母も、父も」

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