【サムライ8】アン『侍来たりて笛を吹く』【NTR】 (25)

間に合ったな



一応登場人物紹介

アン(通称アン八):
どもり癖のある地味なそばかす娘。メンヘラの気がある。姫(侍のバフ担当兼雑用係)。

五空(通称五八、オナ八):
比較的紳士だが幼女以外の家族を見殺しにしたサイコパスな一面も持つ男。花一(通称犬八)の弟子で黒人。

八丸(通称八八):
低ステータスな主人公。眼鏡が消える。
アンをバフ要員兼飯炊き女として扱う。達麻(通称猫八)の弟子で
飯を作れと指示しておいて姫が買い出しに行ってる間外食する程度の優しさを持つ。

千(通称黙八):
「静寂の」という二つ名を持つ隊長。黙と描かれたマスクをつけている。
八丸を礼儀正しい少年と見たり素晴らしい指揮()を見せたりする少し残念な侍。

キリク姫(通称黙姫):千の姫。

苺(通称爆八):幼女。花一に家族や友達を見殺しにされて攫われる。

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「アン姫、手伝いますよ?」

五空さんは言うが早いか、私の隣に立ち、汚れたお皿を手にしました。

「あ……あの、私が……」

「はは、良いですよ。食器を洗うのは姫、なんて決まりに縛られる必要はありません」

彼は、私がもたついている間にもう二枚目の皿に取りかかっています。

「こうした仕事を手伝うか否かは、侍など関係ありません。男の器量です」

「あ……ありがとうございます……」

私の後ろではキリク姫が千隊長と共に食材のチェックをしてくれていました。

五空さんの料理の腕は確かでとても美味しかったのですが

あれだけ豪勢な料理を作った後は、やはり食材の在庫が気になってしまいます。

チェックしたキリク姫さんが言うには、食糧の備蓄分には問題ないそうです。

「悩みですか、アン姫?」

五空さんはドキッとする言葉を時折かけてきます。

「えっ、どうして……」

「ボクもサムライの端くれですから、当然心眼を備えています。
 まあ、師匠に比べたら大したものではありませんが……」

「……」

「八丸くんの事でしょう。
 料理を食べている間もずっと彼を見ていましたよ?」

ここまで見透かされたら、隠していた事自体恥ずかしくなってきました。

八丸くんはさっきから手伝いにも来ないでただただ私と五空さんをムスッとした顔で睨んでいます。

私たちが仲良く食器洗いをしてる事が気に入らないようです。

気に入らないとか、信用におけない相手だ、とか

小さい子供のようにずっと呟いていて対応に困ります。

特に皆の前で負けてからは露骨にその嫌悪感を五空さんに見せてギスギスとしています。

竜さんはいつも通り、骨河さんはむしろこの様子を楽しんでいるようです。

達麻さんは例のごとく我関せずと花一さんと

分かったような分からないような問答めいた話をしています。

まあ、話に入ってきた所ではぐらかされるだけなので

私も彼らに悩み相談は望んでいません。

「ご、ごめんなさい……彼、は、本当は……礼儀正しい人で……」

「気にする事はありません。礼儀正しいかどうかは見ていれば分かります」

五空さんは少し手を止めました。

「師匠たちは利害の一致で同盟を組みましたが、それでも警戒を解いた訳ではない。
 依然としてボクと師匠の立場はここでは一番低いのです。
 言わば居候の身……こうして料理を振る舞い、活け花を披露したのも
 来るべき戦いを前に少しでも皆さんに心の緊張を解いてもらいたいがため……」

「……」

「はは、押し付けがましいですか?」

「い、いえ、その……」

「ボクの悪い癖です。とはいえ、話はここまでにしましょうか……」

「おい五空! 稽古に付き合え! 早く来いよ!」

大声の方を見ると、険しい顔をした八丸くんが堪りかねて五空さんに突っかかってきました。

最近いつもこうです。

彼の態度にはパートナーである私も辟易としています。

「――待って下さい、アン姫」

八丸くんが向こうを向いている僅かの間に、五空さんは私に近づきました。

何ですかと言おうと思ったが出来ませんでした。

私の口は五空さんの唇で塞がっていたからです。

「!!?」

「話の長くなったお詫びです」

水が上から下に流れるような自然体のキスでした。

幸い八丸くんは見ていないようです。

千隊長さんたちは既に各々の持ち場に戻ろうと背を向けています。

キリク姫は苺ちゃんの手を連れて艦内を案内しに行ってました。

本当に僅かに目の離れた時間です。

あれも侍の心眼か何かでしょうか。

私は微かに残っている五空さんの唇の感触に今更ながら耳朶まで真っ赤にしてうつむきました。

   #  #  #

「八丸。もう勝負は着いた」

竜さんが首だけになった八丸くんを爪先で小突いて言いました。

そう、また八丸くんは五空さんに負けたのです。

「勝負にならないわ。差がありすぎるの」

少し離れた所で苺ちゃんも言っています。

一緒に研鑽をし合うか師匠に教えを乞うかすれば良いかもしれませんが

素直でない八丸くんは断固としてそれを拒否して

不毛な稽古という名の玉砕を繰り返していました。

「ちっ! 腹も減ったし、ここまでにしておいてやるよ!
 アン、ぼけっと見てないで飯作ってこい!」

気がつけばそんな時間になってました。

苺ちゃんは食器の準備をしに早くダイニングに駆け出しています。

故郷の星を破壊され、天涯孤独の身になったというのに

強く自立しようとするその姿は健気に映ります。

「あっ……あの、キズが……」

私は五空さんに近づき、タオルを持った右手を彼の左頬に添えました。

「……? いえ、楽勝でしたので傷は……」

私はサッとキスをしました。タオルで顔が隠れている一瞬です。

流石の五空さんも私がこのような行動に出る事は

予測出来なかったようで、目を丸くしています。

「こ、これでっ、貸し借りなしですっ!」

「……! ふふ、情熱的なお返し、どうも」

自分でやった事なのに私の方が顔から火が出ているように火照っています。

八丸くんに隠れてのキスは、今までの人生で一番ドキドキしました。

   #  #  #

「……最近、彼の行動は目に余りますね」

五空さんは私に言いました。

八丸くんに黙って、自室でこっそりと活け花を教わっていた時の事です。

こっそりとしないと五空さんは八丸くんに稽古に駆り出されます。

もちろん私と五空さんが一緒になる時間を削りたいが故の行動で、稽古がしたいという訳ではありません。

その証拠に彼は全然上達していません。

元々の力量の差に加えて、弱点を意識して補う気が全くないのです。

達麻さんは相変わらず何も教えてませんし、八丸くんも五空さんの助言を聞こうともしません。

「貴女を奴隷か何かと勘違いしている節がある」

「わ、私は、彼の姫……ですから……」

「それにしても、です」

練習用の造花を挿して、五空さんが続けました。

「私だったら、自分の姫をこのように扱いはしません。
 侍と姫は互いに好ましいと思い合って初めて祈りが強くなる事は知っていると思います。
 都合の良い飯炊きやお茶汲みに使っている侍に、果たしてどれだけの想いを姫は抱きますか?」

「……でも、私の運命の侍は……」

「アン姫」

コバルトブルーの海のように、澄んだ、それでいて

強さと恐ろしさを併せ持つあの瞳が私を捉える。

「差し出がましいようですが、貴女は最近、ずっと無理をしている。
 事の発端が私と八丸くんの不仲にあるのは否定しませんが……
 貴女一人でその悩みを背負い込む事はありません」

私は五空さんを見つめ返します。

彼の真摯な言葉からは私に対する思いやりに満ちていました。

今まで交わしてきた八丸くんとの結び付きが上澄みに思われるくらい、情念が籠っています。

私でも分かりません。恐らく心細かったのだと思います。

今まで兄のような八丸くんを想う気持ちに、どこかいびつさを感じてしまった瞬間でした。

「……ご、五空さんは……どんな風に姫を扱いますか……?」

私は大胆にも五空さんに寄り添い、太股を密着し、その体を彼に預けたのです。

「……。アン姫、ボクは八丸くんと仲が悪い。軽はずみな事は……」

諭すその言葉は私に逆効果でした。

多分、それまで煮え切らない思いで八丸くんたちの世話をしてきたからでしょう。

そんな膿みが一気に込み上げて来るのを感じました。

「……教えて下さい。わ、私、知りたいんです……」

五空さんの大きな手が両頬に添えられました。

五空さんは私をあの深い瞳で見透かしてきます。

彼に裸をさらけ出したような気持ちでした。

「……。愛らしい乙女に恥をかかせるのは男の義に反します。……少し長くなりますよ?」

五空さんはそのまま私の唇を再び奪いました。

舌の動きを少しずつ確かめるような、優しいキスでした。

恥じらいを捨てた私は彼の唇を、舌を、歯列を、その裏を

なぞり、舐め、唾汁まで交わし合いました。

互いの形や熱を確かめていくこの所作が

これほどまで興奮させるなんて思ってもみませんでした。

八丸くんを思うと申し訳ないと思います。

しかし、唇にもたらされる熱く甘い感触は抗えません。

優しさとは時に良心をも掻い潜る無比の武器に成り得るのだと知りました。

火照り始めた私の体を、彼はまさぐってきます。

女になりつつある体が、男の掌の来訪に喜んでいます。

温かな湯に包み込まれているかのような充足感に私は芯から蕩けそうになりました。

「アンさん、居ますか?」

夢現を醒ましたのはドアの向こう側の声でした。

キリク姫です。

五空さんはハッとして私から離れました。

彼が離れた瞬間、あの火照りが霧消して儚いものとなり、急に名残惜しくなりました。

   #  #  #

部屋から出た私は、キリク姫さんと道すがらあの悩みを相談しました。

先輩の姫として彼女は五空さん同様、私の事に親身になって相談にも乗ってくれます。

達麻さんたちがよくはぐらかすので、自然と彼女も私も気が合います。

「侍は姫をどう見るべきか、彼は私にそう尋ねてきたわ」

キリク姫さんは八丸くんから相談された事を私に漏らしました。

彼も彼で私との関係に悩んでいる様子です。

というか、私たちの問題はどうも周知の事実のようで、千隊長もキリク姫も心配しているようです。

「侍と姫は運命共同体のようなものですが
 必ずしも出会った者同士が好きになるとは限りません……」

キリク姫さんは私を自室に招いて諭します。

側にはあの千隊長も居るのに、そんな話をして大丈夫なのでしょうか。

「侍の力を最大限に発揮するためには愛し合って『いなければならない』訳です。
 中途半端な関係では発揮される力も相応のものとなる。
 ですから、侍にとっても姫にとっても、真に愛し合える侍を探し求める必要がある訳です」

キリク姫さんは千隊長を手招きして椅子に座らせました。

「良い機会です。私たちのやり方を見て学んで下さい。
 姫が、侍をどう慰安し、心を掴むのかを……」

すると彼女は千隊長のズボンの切り込みに手を伸ばし、中から例のものを出してきました。

私は見ていられなくて顔を両手で覆いました。

しかし、網膜にこびりついたあの帽子を被った可愛らしい造形の影が離れませんでした。

少し時間を空けて指の股から覗くと、キリク姫は膝をつき、千隊長の股の間に顔を埋めています。

そして舌と唾液の跳ね踊る音が部屋に響いているのです。

上手くは言えませんが、お世辞にもそれをしている

キリク姫さんの端整な横顔は醜く歪んでいて、台無しに感じました。

しかし、ふしだらなのにどことなく羨ましいくらい美しく感じるのです。

「んう……サムライは大抵機械の体を持っています。
 しかし、ここまで機械化してるサムライはほとんどいません。
 ですからここは、原初の悦びを得られる唯一の器官なわけです……
 はふはふ……人間の感覚の残っているここを愛して差し上げなさい……んふ……」

呆気に取られている私の前でその笛吹きは続きます。

「恥ずかしがる事はありません……この尺八の儀は
 『源侍物語』にも記されている基礎の基礎……
 『雲居雁』の章で、侍である夕霧の心を射止めんと幼馴染の姫の行った由緒ある心の通い合わせです……
 んう……侍の心を解き、その穢れを拭い浄める事もまた、姫の役目なのですよ……」

その時千隊長はうっと呻きました。一方で彼女は済ました顔をしたままじっとしています。

「……出ましたわ」

「う……うむ、大儀だった……」

ようやくキリク姫は顔を上げました。

私の反応を他所に千隊長は役目を終えたそれをズボンの中にしまい込んでいます。

口を手巾で拭いた後、何食わぬ顔で彼女は私と向き合いました。

「多くの姫は教育施設でこの作法を学びません。
 ですから、侍からせがまれて拒み、そのまま別れる方々も多いのです。
 好みも人それぞれ。千さんのは少し小さく早いですが……顎が疲れないので私は大好きです」

千隊長は眉を八の字にしたまま後ろで後頭を掻いていました。

「初めて私の尺八の儀を彼は褒めて下さいました。
 初めて私にプロポーズして下さったのも彼です。
 相手を好ましいと思う、その想いこそが姫の強さなのです」

キリク姫さんのアドバイスを受けた私は八丸くんと

二人きりで話をした後、教えられた通りにしました。

最初は戸惑いましたが、彼はすぐこの御奉仕に夢中になりました。

しかし千隊長と違って彼は乱暴で喉を何度も強くつつくので

している間はずっと咽喉が痛くなります。

「あー、さっぱりしたぁ! 腹空いたから早く飯作ってよアン!」

   #  #  #

このコミュニケーションを交わしてから八丸くんとの関係は一応改善されました。

私が五空さんと一緒にいてイライラしてる時も笛を吹けば機嫌を直すのです。

一方で私は五空さんとこっそりキスする仲になっていました。

というのも八丸くんと付き合えば付き合うほど

彼の悪い所が見えてきてうんざりさせられるのです。

私の喉が痛くなるほど突きまくったり、自分が気持ち良くなったら

さっさと行ってしまったり、相変わらず料理を催促するだけだったり

……根本的に優しさが足りません。

そんな時、五空さんの優しさがスッと効いてくるのです。

これは内緒ですが五空さんにも尺八までしてしまいました。

八丸くんよりずっと大きく、黒々として立派なサムライの笛。

キリク姫さんや源侍物語から教わったやり方を五空さんで試したいと私が申し出たのです。

彼はいつものようにあのスマイルを浮かべて承諾してくれました。

五空さんと八丸くんの違う所はまだまだあります。

それはお返しをしてくれる事です。

八丸くんは汚いと言って全然してくれないのです。

私が尺八するのはやって当然だとも公言してました。

結局今夜も五空さんに沢山甘えさせてもらいました。

枕を並べて彼と話す事は、決まってあの事です。

「姫の想いが祈りとなり、祈りがまた力となる。
 しかし、それは時に侍と姫の二人に互いを愛することを強要するシステムでもあります」

この話をする時の五空さんはいつも真剣です。

私は彼の素敵な横顔を見ながら、話を聞いていました。

「男に女を安直に結び、縛りつける、星間旅行の出来る世界で
 あまりに古臭い、歪な形……疑問を抱きませんか?
 男女の関係はもっと自由であっていいはずです」

「あっ……」

服の裾から彼の大きな手が滑るように潜り込みました。

それは膨らみかけの私の胸を愛でるように撫でていきます。

嫌悪感は全くありませんでした。

むしろもっと触って欲しい、もっと私の体を

その優しい手で熱くして欲しくて堪りませんでした。

「アン姫、貴女は幸せですか?
 八丸くんといる時の貴方の笑顔はどこかぎこちないままです。
 反りの合わない人間を愛さなければならない
 そんな強制された恋情は負担となって貴女を蝕むでしょう」

彼の手は私の服をするすると脱がしていきます。

私は気恥ずかしくなって胸を彼の胸板に押し付けました。

腰に腕を回すと、彼の逞しい胸板に密着します。

ああ、このままずっとこうしていたい……。

「アン姫。私は、もっと自由に笑う貴女を見たい……そのためなら
 このようなあまりに不完全で、歪んだ
 欠陥でしかないシステムを作った武神にすら刃を向けます」

畏れ多いその不敬は静かな怒りを帯びていました。

その怒りは侍という歪な不死の存在に支配された私への憐憫でした。

そこまで彼が自分の幸せを思ってくれている事に

心が今までとは比べ物にならないくらい熱くなっていくのを覚えました。

そして、それに私は抗えませんでした……

いえ、彼の腕の中に、自らまだ見ぬ未来を捧げたのです。

彼なら私も、この世界も変えてくれるはずだと。

そんな彼を、どこまでも愛し支えていきたいと。

薄暗い部屋で重なり合った私たち……彼の熱い想いが私の芯を深く貫きました。

生まれて初めて味わう、繊維を千切るような痛みでした。

ですが、それ以上に彼と繋がった喜びの方が強いのです。

「痛いですか。焦らなくていいですよ……」

繋がったまま五空さんは私を愛でました。

八丸くんが絶対しないような、優しさがスッと染み込んでいく愛撫を。

その間に私は五空さんの形をしっかりと覚えてしまいました。

彼は両手の指を絡めて握り、キスまでしてくれました。

この関係がバレたら彼も終わりです。

彼だって私を命懸けで愛してくれているのです。

燃え上がり続ける情炎は私たちを心地良く焦がしていきます。

私と五空さんの関係は日増しに深くなっていきました。

   #  #  #

「アン姫、これを」

ある夜、五空さんは私に服の帯を渡してくれました。

きっと昼間に買ってくれていたに違いありません。

手触りが良くて、綺麗な光沢と模様が刺繍された素敵な帯……。

「こ、これ……! わ、私に、似合いません……」

「ふふ、着けてみて下さい」

私は五空さんの前で新しい帯を着けてみました。

彼は、とても気に入ったのか柏手を打ち褒めてくれました。

「お似合いですよ。コソコソと買っておいた甲斐がありましたね」

「で、でも、どうして?」

「帯がボロボロになっていましたのでね。思い出の品を大切にするのもよろしいですが
 姫として恥ずかしくない服を調えるのも仕事の一つです」

私はこの帯がすごく気に入りました。

これを着けていると、ずっと彼の温かな優しさに包まれているように感じになります。

もう私の中で、日に日に五空さんという存在が無視できないくらい大きくなっていきました。

それと逆に、八丸くんの事が急にどうでも良くなりました。まるで夢から覚めたようです。

以前はあんなに想っていたというのに、どうしても今は五空さんと比べてしまいます。

新しい帯を買ってくれなかったからではありません。

五空さんはずっと私を、姫として以前に意志のある人間として見てくれます。

何より、皆のお茶汲み女としてではなくアンとして見てくれます。

それが私、すごく嬉しいんです。

「アン姫」

私はまた五空さんの腕の中に居ました。

就寝前、話がしたいという彼の誘いのままに部屋を訪れました。

軽くするはずだったキスが思いの外燃え上がり

二人とも互いの体に夢中になってしまいました。

「ボクは貴女が好きになりました」

一戦を終えて腕枕で寝ていた私に、五空さんは

あのどこまでも真っ直ぐな眼差しを向けて告白してきました。

真摯な想いが震えるほどに伝わり、心が容易く貫かれました。

「私も、あ、貴方の事が、好き……!」

「八丸くんよりも、ですか?」

「……。はい、ずっと……」

「本心ですね?」

私はうなづきました。もう嘘はつけませんでした。

五空さんと逢瀬を重ねていくうちに、八丸くんへの恋は

亡き兄さんの幻影が見せていたものだと知ってしまったのです。

時代錯誤な姫の制度の見せたシステマチックで空虚な幻だと気づいたのです。

「八丸くんよりボクを選んでくれますか?」

「……喜んで」

私は顔前に据えられた彼のに口づけをしました。

私に、もう迷いはありませんでした。

八丸くんを捨てて五空さんと一緒になる。

彼に姫として心身ともに仕えたい、いえ、アンとして彼と自由な恋を踊りたくなりました。

この歪んだ醜い世界の終わりなど、この恋以上に価値のあるものとは思えません。

私は、私の意志で五空さんを選び、五空さんに祈りを捧げたいのです。

五空さんのが私の芯を深く貫きました。

私の奥が、五空さんを欲しがって火照り狂います。

なだらかな胸を優しく愛撫する大きな掌が愛しくてたまりません。

私たちのカラダ全体が、この道ならぬ恋を祝福しているような気分になってきます。

……眩い閃光と強かな迸りが私を彼の色に染め上げていきます。

罪の意識さえも上書きされた、人生で最も幸せな瞬間でした。

五空さんは笑って、あの厚いあの唇を重ねてきました。

私は甘えるように何度もその唇肉を吸い、舌と舌を絡み合わせます。

「ねぇ、五空さん……もう一度……」

「……どうやらそれは出来ないみたいですよ……アン」

上体を起こした五空さんの口調で私はハッとしました。

入り口には怒りの形相を示した八丸くんが刀を持って立っていました。

「……何してやがる!」

八丸くんは私に花瓶を投げつけました。

すんでの所で五空さんが腕を伸ばしてきました。

花瓶は彼の腕を傷つけ、床に割れ散りました。

八丸くんはそのまま私たちに詰め寄り、五空さんを蹴り飛ばしたのです。

私を被っていた彼は、そのため、反応が遅れ

その蹴りをまともに受けて部屋の端まで飛びました。

「やぁ……っ! 止めて……っ!」

八丸くんが刀を抜いて、体勢の整ってない五空さんに斬りかかりました。

私は考えなしに五空さんに駆け寄り覆、その体に覆い被さりました。

八丸くんの刀は、帯を一枚を斬っただけで止まりました。

私が庇わなければそのまま五空さんを斬り捨てていたでしょう。

「いえ、怪我はありませんか……?」

「……アン、その汚い帯を捨てたら許してやるからソイツから離れろ!」

私は八丸くんをキッと睨み返し、五空さんから離れませんでした。

たとえ世界を失っても五空さんだけはもう失いたくありません。

五空さんは静かに立ち上がり、部屋にあった剣を手に取りました。

顔は険しく、憎悪を剥き出しにしてました。

私の事を怒ってくれている……そう思うと自然と私は祈りを捧げていました。

八丸くんではなく、本当に大好きな守りたい人のために……!

   #  #  #

――ストッ。

勝負は一瞬で決着がつきました。

八丸くんと刃を交えた五空さんは、十合足らずで、彼の刀を腕ごと斬り飛ばしたのです。

腕のついたまま、刀が床に刺さりました。

「……まだ左手が残っています。そこの剣を使いなさい」

壁にかかった剣を指差して五空さんは言います。

もう誰の目にも八丸くんの負けは明らかです。

しかし八丸くんは壁の刀を手にして再度向かいます。

今度は五合の後に、あっさりともう片方の腕が斬り飛ばされました。

両腕を失った彼はそれでも私と五空さんを睨み続けています。

「ちっ……二人ともさっさとどっか行けよ!
 アン! もう土下座してもお前の臭い飯なんか食ってやらねえからなぁ!」

「八丸くん……」

寂しいですが、キリク姫の言った通り

相手を見ようとしない侍と姫は別れるしかありません。

私と八丸くんは運命の侍と姫ではありませんでした。

斬られた五空さんの帯を大事に箱にしまい、服を調えました。

こうなってはこの場所には居られません。

自分の心に偽りはないとはいえ、世間でいう不義理を働いた私たちは、船を逃げるように出る事にしました。

「……!」

私を連れ立って五空さんが背を向けて部屋から去ろうとしました。

その時です。八丸くんは壁の刀の柄を歯で咥えて体当たりしてきました。

――五空さんではなく、身に寸鉄を帯びてない私を狙ってきました。

――ズバッッ!

危ないと身を強張らせるより早く、五空さんの電光石火が放たれ、首を飛ばしました。

彼の首は壁にぶつかった後、コロン……と床に転がりました。

「……仕方ありません。こうしなければ、彼は貴女を斬っていたでしょうから」

小型艇に向けて走っている最中、彼は四肢の散らばったあの部屋を見て言いました。

「頑なに頭を下げない姿……ボクにとっては一番侍らしく見えるよ」

   #  #  #

暗い宇宙空間へと去っていく一艘の小型艇の姿を、達麻と花一が窓から見ていた。

「達麻……結果を聞くか?」

「よい……拙者は導き役。この度の不始末、八丸には『どう見えるか』だ」

「……ふ、我々もまだ心眼が足らぬ」

小型艇の姿が溶けるように宇宙の彼方へと消えていった。


散体したので失礼する

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