中野五月「あの……膝の上に、乗ってもいい?」上杉風太郎「は?」 (10)

「上杉君、少しよろしいですか?」
「ん? なんだ、五月。どうかしたか?」

近頃、他の姉妹の様子がどうもおかしい。
それぞれ時間を作って、家庭教師である上杉風太郎君と何やら親交を深めているらしい。

とはいえ、私にはどうでもいいことだ。
姉妹の誰が上杉君と仲良くなって距離を縮めようと私には関係ない。別に拗ねてなんかない。

しかし姉妹が挙動不審なのは彼とコソコソ会っている時だけではないのが、どうも気になる。

「あなたに聞きたいことがあります。他の姉妹の目がありますので私の部屋に来てください」
「あ、ああ……わかった」

いきなり私室に招かれた彼はどうやら戸惑っているらしく、珍しく緊張した面持ちで頷いた。

「どうぞ、入ってください」
「お、お邪魔します」

そんな風に固くなられると、なんだかこっちまで緊張してしまって、そう言えば男の子を自分の部屋に入れるのは初めてだと思ったら急に恥ずかしくなったので、慌てて釘を刺しておく。

「い、言っておきますが、おかしな真似をしたらすぐに他の姉妹に助けを求めますから!」
「どんだけ信用ないんだよ、俺は」

男の子のことなんて信用出来る筈ありません。

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「それで、話ってなんだ?」

取り乱した私を見て、彼は幾分か冷静さを取り戻したらしく、部屋のドアに背を預けつつ、腕を組んで真面目な顔で話を促してきたので。

「ひとまず、座っては如何ですか?」
「どこに座ったらいいのかわからん」
「そこに座布団があるでしょうに」
「あれは座布団なのか? ぬいぐるみではなく? なんだかあれに座るのは気が引けるぞ」

キャラクターもののクッションを座布団代わりにすることを躊躇う彼がなんだかおかしくて、クスクス笑いつつ、私は自分が腰掛けているベッドの隣をポンポン叩いて、呼んであげた。

「では、こちらにどうぞ」
「お前のベッドに座っていいのか?」
「いいから早く座ってください。あなたに遠慮されると、私のほうが落ち着かなくなります」
「わ、わかった。では、遠慮なく」

ギシッ。

彼が隣に座り、ベッドが軋んだ。
それだけで、なんだかすごく恥ずかしい。
これも全て上杉君のせいだ。遠慮するから。
なんだかいけないことをしてる気分になる。

「それで、話ってなんだ?」
「へっ?」
「俺に何か話があるんだろう?」
「あ、そうでした。すみません」

意識するあまり失念していた本題を思い出し、こほんと咳払いをしてから私は切り出した。

「近頃、姉妹たちの様子がおかしいのです」
「おかしいって、具体的には?」
「それぞれ時間を作ってあなたと会っていることを、私が気づいていないとお思いですか?」

単刀直入に問いただすと彼は神妙な面持ちで。

「ああ、たしかに個別指導を行なっている」
「やっぱり」

白状されるも、別に驚きはない。知ってた。
そして私は別にそれを咎める立場にもない。
付け加えると、別に怒っているわけでもない。
もちろん、全然、ちっとも拗ねてなどいない。
ただ単純に何をしてるのかを知りたいだけだ。

「どんな指導をしているのですか?」
「……言えない」

む。これは怪しい匂いがプンプンしますね。

「まさか、姉妹に手を出して……」
「それだけはない。そこは信じてくれ」
「では、何をなさっているのですか?」
「そ、それは……」

目を泳がせるのは、隠し事がある証拠だ。
しかしこれ以上追求する大義名分はない。
問い詰めれば、それはただの駄々になる。
ならば、別の角度からアプローチしよう。

「近頃、姉妹たちがトイレを占領してまして」
「ッ!?」
「以前よりも長くトイレに篭っているんです」
「そ、それは不思議だな……」
「上杉君、何かご存知ありませんか?」
「さ、さあ……さっぱり心当たりがないな」

ダラダラと冷や汗を流す彼は、真っ黒だった。

「上杉君、ちょっと失礼しますね」
「え? お、おい……やめろって」

彼の頭に顔を近づけて、匂いを嗅ぐ。そして。

「ふうん? そういうことですか」
「な、なんのことだ……?」
「上杉君、おしっこ臭いですよ?」
「ッ……!?」

慌てて、自分の肩や腕を嗅ぐ彼は滑稽だった。

「嘘です」
「な、なんだ、嘘か……」
「何をほっとしているんですか?」
「べ、別に、なんでもねーよ」
「あの匂いは……三玖、でしょうか?」
「ッ!?」

彼からは何も匂いはしなかった。
強いて言うなら、男の子の匂いがした。
なので私は彼にカマをかけることにした。
一番最近彼と会っていたと思しき三玖の名を出すと、顔色が変わった。それを見て確信した。

「上杉君」
「……違う」
「あなた、もしかして……」
「違う! 俺は何もしていない!」
「三玖におしっこをかけられたのですか?」

核心をつくと、彼は諦めたように項垂れて。

「ああ、そうだよ」

今度こそ、白状した彼の告白に、絶句した。

「でも、俺は後悔してない」

暫しの沈黙の後、顔をあげた彼はきっぱりと。

「俺はあいつらのやりたいようにやらせる」
「あいつらって、他の姉妹も……?」
「ああ。みんな、すげー可愛かった」

何を言ってるんだこの人は。それではまるで。

「私だけ……可愛くないみたいに言わないで」
「えっ?」
「どうせ、私は可愛くありませんよっ!!」
「い、五月……?」

気づくと、私は怒鳴っていた。
姉妹にそんな趣味があることを知らなかった。
私だけみんなとは違うのが悲しかった。
彼が私以外の姉妹だけを可愛がるのが、嫌だ。

「上杉君は私のことが嫌いだからっ!!」

悔し涙が溢れる。それと共に想いを吐き出す。

「だから、私だけを、除け者にしてっ!!」
「ち、違うんだ。そうじゃないんだ、五月」
「だったら、私のおしっこも浴びてよ!?」

もう自分が何を言っているのかわからない。
ただ、私は彼に認識して欲しかったのだ。
ひとりの女の子として、見て欲しかった。

「わかった」
「ふぇっ?」

泣きじゃくる私の頭に優しく手を置いて彼は。

「お前のおしっこを浴びてやる」

そう言って、不敵に笑う。思わず、見惚れた。

「う、上杉君……」
「なんだ、五月」
「わ、私……私ね、素直になれなくて……」
「ああ、わかってる。それがお前の良さだ」
「上杉君は、そんな私が嫌じゃない……?」
「俺はそんなお前がいいんだ」

そんなお前がいい。
そんなことを言われたのは生まれて初めてだ。
私たちは五つ子で、五人一組で育った。
だから個人を見てくれる人なんか居なかった。
でも彼は上杉君はひとりひとりを見てくれた。

「上杉君……私ね、君が家庭教師で良かった」
「はっ……そりゃ、光栄だな」

今だけは素直になれた。
涙で顔がぐちゃぐちゃの今だから言えた。
今ならば、嬉し涙を見られても困らない。

「ありがとね……上杉君」
「その喋りかた」
「えっ? あっ……ごめん、なさい」

敬語を忘れたことを謝ると、彼は首を振って。

「いいんだ、五月」
「で、でも……」
「これから小便をかけられる身には、その方が気楽でいい。だから、敬語なんていらねーよ」

もう少し言い方はないのだろうかとは思うが、ここはひとまず彼の優しさとして受け取ろう。

「上杉君……そろそろ」
「よしきた。床に寝ればいいか?」
「ううん。そのまま座ってて」

催したことを告げると、おもむろに床に横になろうとした彼をそのままベッドに座らせて。

「あの……膝の上に、乗ってもいい?」
「は?」
「膝の上でしたいの……だめ?」

我ながら思い切った。頑張った。すると彼は。

「ああ、いいぜ。こいよ、五月」
「うん! 今いくー!」

快諾してくれたので、彼の膝に乗る、間際。

「お、重いかも知れないけど、本当に平気?」
「舐めんな。遠慮せずに座れ」
「う、うん! し、失礼します」

一応、気遣ってから恐る恐る腰掛けたら彼は。

「うお。マジで重いな、お前」
「……降ります」
「じょ、冗談だって。いいから、乗ってろ」
「ふぁっ」

即座に膝から降りようとした私を引き留めようと、彼が背中に手を回して抱きしめてきた。
彼の胸に顔を埋めながら思わず変な声が出た。

「あ、すまん。苦しかったか?」
「う、ううん。このままがいい」

素直な自分が変だ。今日の私はどうしたのか。

「なんかいいね、これ」
「ああ、たしかにいいな」

私も彼の背中に手を回して、抱きしめながら。

「こうしてると、すごく落ち着く」

向かい合わせで膝に乗ってお互いに抱きしめ合うと、全身が密着してすごく気持ち良かった。

「そ、そうか……それは、困ったな」
「どうして困るの?」
「お、俺だって一応、男だからさ」
「あっ」

言われて気づく。たしかに、異物感があった。

「上杉君、駄目ですよ」
「だから、敬語はやめろって」
「私はあなたの教え子なんですからね?」
「……肝に銘じておく」

よし。敬語で忠告すると異物感がなくなった。

「ふふっ」
「どうした、五月」
「なんかおかしくって」
「おかしいって、なにが?」
「いがみ合っていた私たちが、仲良しなんて」
「めでたいことじゃないか」

出会いは最悪。
それからの進展もとくになし。
それでも私は彼を意識していた。
好きか嫌いかと言えば、好きだった。
少なくとも、抱きしめられて喜ぶくらいは。
このまま彼の膝から降りたくないほどには。

私は、彼のことが、大好きだ。

「ねえ、上杉君」
「なんだよ、五月」
「おしっこしたい」
「ああ、いいぜ」
「上杉君も一緒にしよ?」
「そ、それは……」

せっかく仲良しになれたのだから苦楽を共にするべきだと思ってそう提案したのだけど、家庭教師として思うところがあるのか彼は迷っているようだったので、私はそんな彼の耳たぶを。

「はむっ」
「おっ?」

ちょろろろろろろろろろろろろろろろろんっ!

「フハッ!」

耳たぶを噛んだら彼が漏らした。私の勝ちだ。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

ちょろろろろろろろろろろろろろろろろんっ!

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

哄笑しながら私もおしっこをぶちまけた。
すると今度は彼が愉悦を漏らし、ユニゾン。
熱い尿を互いに感じながら、共に悦に浸った。

「上杉君」
「なんだ、五月」
「離れたくないよぉ」

事後、そんな駄々を捏ねるとぎゅっとされて。

「こんな可愛い教え子を、誰が手離すかよ」

もう駄目だった。
これ以上はよくない。
本当に離れられなくなる。
だから私はいつもの私に戻ることにした。

「上杉君、今日はありがとうございました」
「なんだ、もう満足したのか?」
「はい。ひとまず満たされました」
「そうか……なら、俺の役目は終わりだな」

どことなく寂しそうな彼にくすりと微笑んで。

「また、お願いしますね?」
「はっ……そりゃ、こっちの台詞だ」

今日ようやく一線を越えることが出来た。
彼と私の新しい関係は始まったばかりだ。
これまでとは違う関係性を築いていこう。
今までよりもずっと素敵な生徒と先生に。

そうなりたいと私は望み、彼が叶えてくれる。


【五月の一線】


FIN

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