ターニャ・フォン・デグレチャフ「私は副官の無防備さを甘くみていたらしい」 (12)

「総員、傾注!」

早朝。第二〇三航空魔導大隊の隊舎にて。
ザッと、軍靴が一斉に揃う音が広間に響く。
副長の号令を受け、総員は沈黙し耳を傾ける。
昨晩の宴会の名残か、酒臭い隊員が多いもののその規律には一切の綻びは見られなかった。
専用の台の上に立つ、大隊長が口火を切る。

「諸君。本日未明、由々しき事態が発生した」

由々しき事態。物騒な響きに隊員が凍りつく。

「隊の中で盗難事件が発生した。被害者はセレブリャコーフ少尉。盗まれたのは下着である」

大隊長付きの副官の下着の盗難事件。
これには帝国軍が誇る精鋭にも動揺が生じた。
あるものは狼狽え、あるものは憤り。
身の潔白を周囲に喧伝する者すら出る始末。
舌打ちする大隊長に代わり、副長が一喝する。

「黙れ! 大隊長の話はまだ続いている!」

それだけで、嘘のように静まり返る広間。
伊達に阿鼻叫喚の戦場を経験してはいない。
彼らは知っている。何よりも恐ろしい存在を。

「さて、我が親愛なる大隊戦友諸君」

全隊員の脳裏に同じ言葉が浮かぶ。『悪魔』。

「端的に言って、私は猛烈に怒り狂っている」

あ、終わったと、誰もが思った。
自分たちは戦場で死ぬのではない。
今ここで、隊舎の中で命を落とすと理解した。

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「諸君らも知っての通り、セレブリャコーフ少尉と私は共にライン戦線で死線を潜り抜けて今日まで生き抜いた、それはそれは長い仲だ。当然、私は部下として少尉のことを信頼しているし、副官としてはもはやかけがえのない存在とすら言っても過言ではないだろう」

知っている。それは全隊員の周知の事実。
だからこそ、少尉には誰も手が出せない。
そんや神聖不可侵な少尉は今更頬を染め。

「もう、デグレチャフ少佐ったら。かけがえのない大切な存在なんて……照れちゃいますよ」

などと、呑気に惚気ているものだからもう手に負えず、しかしながら俺たちを巻き込むなよ、他所でやってくれとは口が裂けても言えず。

「そんな私の大切な副官の下着を盗み、そしてそれを汚いイチモツに巻きつけて劣情を満たしているクズがこの大隊の中に潜んでいる可能性が少しでもあるのならば、私は皇帝陛下より賜りし大隊長としての権限を最大限行使して、諸君らの中から大罪人を炙り出すことに一切の躊躇いはない! 総員! 戦闘服を脱げ! 今より所持品検査を強制執行する!!」
『はっ!』

大隊長としての権限の行使。
それは言わば、大隊内における絶対命令権。
如何なる理由があっても拒むことは許されず、命令を下命された隊員は即座に戦闘服を脱ぐ。

「ふん。どうやら女性用下着を身につける度胸がある変態は我が隊には居ないらしい。それは喜ばしい限りであるが……ノイマン中尉」
「は、はっ!」
「これはなんだ?」
「それは大隊長殿のブロマイドであります!」

カツカツと閲兵する大隊長は脱ぎ捨てられた戦闘服を漁り、一枚の写真を見つけた。
髪を下ろしたデグレチャフ少佐のブロマイド。
明らかな盗撮であり、当然、軍規違反である。

「これは没収とする」
「そ、そんなっ!?」
「喚くな。ノイマン、尻を突き出せ」
「しょ、少佐殿……?」
「早く尻を出して歯を食い縛れっ!!」
「は、はっ!」

ブロマイドを没収した少佐は怒りに任せて痛烈な蹴りをノイマンのデカいケツに叩き込んだ。

「はうっ!?」
「ほう? 豚が悲鳴を上げるとは驚きだ!」
「あぐっ!? ひぐっ!?」
「豚は! 豚らしく! ぶーと鳴けっ!!」
「ぶ、ぶひぃいいいいいいいいいっ!?!!」

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!

「フハッ! 他愛もない……さて、グランツ」
「は、はっ!」

悪を懲らしめ、満悦な少佐は次の獲物を発見。

「私の記憶によると、たしか貴様はセレブリャコーフ少尉と親しくしていたと思うが……」
「はっ! 親しくさせて頂いております!!」
「それで今回の犯行に及んだというわけか?」
「はい、いいえ! 大隊長殿! 自分には一切身に覚えがなく、心当たりもありません!!」
「ええい、見え透いた嘘を吐くなっ!!」

デグレチャフ少佐は所謂異世界転生者である。
もとは日本でサラリーマンをしていた中年だ。
故に、グランツくらいの青年が毎日何を考えて生きているのかについては極めて詳しかった。

「貴様のような若い男は四六時中淫らなことを考えているに決まっている! 違うか!?」
「は、はい、いいえ! 違います!!」
「グランツ」
「は、はっ」
「命令だ。今後一切の虚偽虚言を禁ずる」
「しょ、少佐殿……どうか、お許しを……!」
「ならん! ちょん切られたいのか!?」

大隊長の脅しに合わせて副長が鋏を鳴らす。

「い、嫌だぁ!? 俺は無実だぁっ!?」
「貴様はいやらしい男だ! そうだろう!?」
「は、はい! 小官はいやらしい男です!!」
「最低ですね」
「あ、あはは……さようなら、俺の初恋……」

誘導尋問に屈したグランツに無表情のセレブリャコーフ少尉がトドメを刺し、ガックリ項垂れて失禁する彼の戦闘服を少佐が漁るも、結局、目当ての下着は見つからずに当てが外れた。

「チッ。絶対にグランツだと思ったのに」
「これで捜査はふりだしに戻ったわけですか」
「ヴァイス大尉。貴官は誰が怪しいと思う?」
「小官は、ケーニッヒ中尉が怪しいかと」

いきなり名指しされたケーニッヒは堪らず。

「待ってくれ! 俺じゃないぞ! そもそもセレブリャコーフ少尉は俺の趣味じゃない!!」
「な、なんですかその言い草は! 酷いっ!」

趣味じゃないと言われたセレブリャコーフ少尉が頬を膨らませるのを尻目に、捜査は進む。

「ケーニッヒ中尉」
「はっ。なんですか、大隊長殿」
「これはなんだ?」
「そ、それは……」

わざわざ戦闘服の裏地に縫い付けてあった1枚の写真を発見したデグレチャフ少佐に戦慄する。

「何故、ノイマンの写真など身につけている」
「え? 俺の写真……? うわ、マジかよ……」

その衝撃的な事実にケツを蹴られて盛大に脱糞したノイマンが息を吹き返し、ドン引きした。

「そ、それは何かの手違いです!」
「ああ、わかったわかった。もう何も言わなくていい。たしかにセレブリャコーフ少尉のような若い『女性』士官は貴官の好みではないらしい。喜べ、ケーニッヒ。貴様は無実で潔白だ」
「……不潔」

それっきりデグレチャフ少佐は興味を失って尋問を打ち切り、セレブリャコーフ少尉に軽蔑されたケーニッヒの肩にノイマンが手を置き。

「ま、仲良くしようや」
「ノイマン……俺は、お前のそんなところが」
「やめんか! 馬鹿者共! 軍規違反だ!!」

副長のヴァイスに仲良く拳骨を落とされた。

まーた糞SSだよ(褒め言葉)

「これでめぼしい隊員は調べ尽くしたな」
「しかし、結局見つかりませんでしたな。やはり今回の事件は外部の人間の犯行では?」
「いや、そう決めつけるのはまだ早い。まだ1名ほど、取り調べを受けていない隊員がいる」

尊厳を奪われ泣き崩れる隊員達を睥睨しつつ、ヴァイスと言葉を交わしていた少佐は不意に。

「セレブリャコーフ少尉」
「はっ。副隊長、失礼します!」
「お、おい、何をするんだ、少尉!?」
「動くな、ヴァイス。これは命令だ」

まだ取り調べを受けていない隊員。
それは他でもない、ヴァイス大尉である。
無論、デグレチャフ少佐は大隊副長である彼のことをそれなりに評価していて信頼を置いているが、それでも男は狼であることに違いなく。

「出ました、少佐殿! 私の下着です!」

ついに見つけた。
共に戦場を駆け抜けた、少尉の下着。
シンプルな白いパンツを高らかに掲げた。
現行犯のヴァイスは目を白黒させている。

「えっ? はっ? な、なんで……?」
「貴様ァ……見損なったぞ、ヴァイス!!」
「そ、そんな、まさか……これは誤解です!!」
「下着泥棒の罪で貴官を逮捕する!!」

大隊長権限で副長を拘束。捜査は終了した。

「それで、ヴァイス。何故こんな真似を?」
「しょ、小官には身に覚えがなく、何が何やらわからないとしか申し上げられません……」
「ふん。そんな言い分がこの先軍法会議の場でも通用すると思うなよ? 心証を少しでもよくしたいと思うなら調書の作成に協力したまえ」

拘束したヴァイスを別室に連行して犯行に至った動機を引き出そうとするも、彼は知らぬ存ぜぬを繰り返すばかりで埒があかなかったので。

「少佐殿! 証人を連れてきました!」
「ご苦労、副官。入れ」
「失礼します!」

副官であり被害者でもあるセレブリャコーフ少尉に先導されて、取り調べ室に証人が来た。

「俺は初めから副長だと思ってました!」
「ああ。いかにも怪しい人だからな」

冤罪被害者であるノイマンとケーニッヒの証言は私怨が含まれており、信憑性に欠けていた。

「あの、少佐殿。ひとつだけよろしいですか」
「なんだ、グランツ。言ってみろ」
「実は昨夜、我々はヴァイス大尉と一緒に酒を飲んでいまして。その際、大尉はかなり泥酔していました。記憶の混濁はそれが原因かと」

なるほどと、デグレチャフ少佐は得心がいく。
ヴァイス大尉は酒好きであり、悪酔いしがち。
泥酔した際に犯行に及び、記憶を失ったのだ。
ノイマンとケーニッヒもそれぞれ頷き合って。

「そう言えば昨夜は酷い酔いっぷりだったな」
「泥酔した挙句、隊舎のベランダに干してあった白い布切れを見つけて、白旗だ! けしからん! とか言ってよじ登って回収してたっけ」
「なんだと?」

気になる単語があり、少佐は追求した。

「白い布切れと、そう言ったか?」
「ええ、かなり目立ってましたよ」
「確かにありゃ白旗に見えました」

白い布切れを白旗と誤認した。それはつまり。

「少尉。まさかとは思うが、貴官は下着を外に干していたのではあるまいな?」
「はい、お外に干してました! 帝国軍人たるもの常在戦場の精神に則り、常日頃から速乾を心がけてお洗濯をすることにしております故!」

元気な返事に頭痛を堪えながら副長に告げる。

「ヴァイス中尉、釈放だ」
「は?」
「私は副官の無防備さを甘くみていたらしい」
「小官には、何が何だか……」
「今後、酒の飲み過ぎは控えるように」

副官のあまりの無頓着さに呆れた少佐は、何が何だかわからない様子のヴァイスを釈放した。

「まったく! ひと騒がせな!」
「あぅ……も、申し訳ありません」

ヴァイスたちを帰し、白パンツを白旗と間違われて回収された副官を少佐は厳しく叱責した。

「貴官も乙女ならば相応の振る舞いをしろ!」
「ひゃあっ!? ご、ごめんなさぁい!?」

こっぴどく叱られて泣きじゃくる副官を見ていると、なんだかあのライン戦線での地獄のような日々がまるで昨日のことのように思えて。

「ふっ……あの地獄のような日々を思い出すな」
「ふぇっ? 少佐殿……?」
「漏らして泣いていた頃が今となっては懐かしい。あの頃と比べれば幾分かマシと言えよう」

そんなちょっと良い話で説教を締め括ろうとした少佐の親心になど、少尉はまるで気づかず。

「あの……実は、誠に申し上げ難いのですが」
「なんだ、言ってみろ」
「少佐殿のお説教が思いの外長く、しかもあまりに苛烈を極めた為、小官は情けないことにお小水を漏らしてしまいました! ごめんなさい!」

なるほど、よく見れば、水溜りが生じている。

「フハッ!」
「しょ、少佐殿、どうかご容赦ください!!」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

何を馬鹿なことを。容赦などするものか。
戦とは衝撃力であるとルーデルドルフ少将閣下が仰っていた通り、圧倒的な哄笑によって戦場を制圧することこそが、帝国軍人としての誉高き務めであり、そこに一切の躊躇いがあってはならない。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

たとえ万雷の拍手と共に尊厳を失うことになろうとも、愉悦と喝采を躊躇うなかれ。
母なる祖国に幸あれ! ライヒに黄金の時代を!

「ふぅ……おや?」
「ひっく……えっく」
「やれやれ、少尉は相変わらず泣き虫だな」

狂ったように愉悦と哄笑をぶち撒けて部下を怯えさせた挙句に泣かせたのは紛れもなく少佐のせいなのだが、こんな時だけは優しかった。

「よしよし。貴官はそれでいい」
「ぐすっ……デグレチャフ少佐ぁ」
「あまり澄ましてばかりいると可愛げがないからな。たまには可愛いところも見せてくれ」
「……好き」

事情を知らない者からすればなんて頭の悪い会話なのだろうと思うかも知れないが、当人たちは至って真剣であり、これはもうキスくらいするのが上官としての務めなのではないかと少佐は一瞬考えたが、それは明白な軍規違反であることを思い返して、なんとか己を律した。

「こほん……今の発言は不問としよう」
「……少佐殿のいじわる」
「とはいえ、聞こえてしまったものは仕方ないからな。しっかりと記憶に留めておくので安心したまえ。貴官の気持ちは……とても嬉しい」
「少佐殿! 小官は感激しております!」
「ふっ……感激しすぎて嬉ションはするなよ」
「やだもう、デグレチャフ少佐ったら」
「貴官の幸せの黄ばんだハンケチーフに免じて、此度の一件は不問とする! 以上!!」

厳粛なる軍法会議の結果、第二〇三航空魔導大隊内で発生した盗難事件は不問に処された。


【少尉の幸せの黄ばんだハンケチーフ騒動】


FIN

>>6
いつも汚いお話でごめんなさい!
それでも読んでくれた読者の皆様に心からの感謝を!
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

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