「今日、白だから」
「そうか」
よく晴れた日の昼下がり。すっかり春だ。
お袋手製の弁当をありがたく頂いていると、いつものようにハルヒが現れて耳打ちする。
そしてキッとこちらをひと睨みして去った。
「今日は白、か……」
肩を怒らせて歩き去るハルヒの後ろ姿というか尻を眺めつつ、ぼんやりとそらんじる。
視線を気取られまた睨まれた。やれやれ。
さて、それでは果たしてその色の意味とは。
察しの良い読者諸君ならば既になんとなく気づいているだろうが敢えて言わせて頂こう。
今日の涼宮ハルヒの下着は白であると。
白はいい。
やはり、下着は白に限る。
なんたって清潔感がある。
ま、別に黒でも青でも柄物でもいいけどさ。
なにはともあれ。
本日のハルヒの下着は白である。
それをあいつはわざわざ教えてくれた。
そのことに意味があり、それが一番重要だ。
「なにを考えてんだか……」
今日に限らず、ここ最近毎日の日課だった。
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「今日は青だから」
「なあ、ハルヒ」
「なによ……気に入らないわけ?」
翌日。例によって例の如くいつものように自分の下着の色を告げたハルヒを呼び止めた。
勝気そうに吊り上がった大きな瞳を不安げに泳がせるハルヒが、俺は大層不満だった。
「たしかに、気に入らないな」
「じゃあ、何色ならいいのよ」
「色の問題じゃなくて、お前の態度だ」
何が悲しくて自分の下着の色を毎日毎日報告してくるのかについて、そろそろ追求するべきだと判断して、俺はハルヒに尋ねた。
「こんなことに何の意味があるんだ?」
「……たくないから」
「は? なんだって?」
ハルヒらしくない小さな声で呟かれ、その萎縮した態度に苛立ちながら、問いただすと。
「だから! もう覗かれたくないの!」
ハルヒもハルヒで焦れたらしく、恐らく羞恥と怒りによってだと思われるが、顔を真っ赤にして意味不明なことを怒鳴り散らした。
「覗くって、誰が?」
「あんたに決まってんでしょ!?」
俺が? ハルヒの下着を覗く? Why? 何故?
「すまん。いちから話してくれ」
「先々週、キョンにパンツ見られた」
「ああ。そのことか……」
たしかに先々週、ハルヒのパンツを見た。
とはいえ、別に覗いたつもりはない。
完全なる不可抗力であり、スカートという衣類の特性上、起こり得る事故であった。
「あれはお前が机の上にあぐらかいて……」
「そんなことはどうでもいいのよ!」
棚上げかよ。じゃあ、なんだって言うんだ。
「私のパンツを見たことが問題なのよ!」
「誰だって目の前にパンツがありゃ見るだろ」
「そこで考えました! 見られる前に色を伝えておけば恥ずかしくないと! 天才でしょ?」
自信満々なところ申し訳ないんだがこれほどまでの馬鹿は見たことも聞いたこともない。
「で、恥ずかしくなかったか?」
「う……そ、それは……」
「青」
「い、言うな、バカキョン!」
もはや呆れ果てて言葉もない。
盛大に照れつつ、色を伝えるなど。
本末転倒以外の何物でもない。
「じゃあ、どうすればいいのよ……」
ようやく自分の馬鹿さ加減がわかったらしく、途方に暮れて涙ぐむハルヒを見ていると、どうにも居た堪れなくなった俺は。
「練習する、とか……?」
「ふぇ?」
「だから、見られても恥ずかしくないように練習すればいいだけの話だろう?」
我ながらアホみたいな提案だとは思う。
そもそも練習ってなんだ。意味不明だ。
ただハルヒの下着が見たいだけだろう。
いつもならばぶん殴られて終了だった。
しかし、今日のハルヒはひと味違った。
ぐしぐし涙を脱ぐって、こくりと頷く。
「ん……やってみる」
驚天動地だ。ハルヒが俺の言葉に従った。
「じゃあ、ゆっくりスカートの裾を上げろ」
「や、やだ……恥ずかしいもん」
「馬鹿やろう! いったい俺が誰のために練習に付き合ってやってると思ってんだ!?」
「わ、わかった! やるから、怒らないで!」
おっと。いけない、いけない。
俺としたことがついカッとなっちまった。
やれやれ。先が思いやられるぜ。
「こ、これでいい……?」
「ふむ……青だな」
「ま、まじまじ見んな! バカキョン!」
駄目だこいつ。完全に照れてやがる。
「ハルヒ。それだと練習の意味がない」
「あ、そっか……ご、ごめん」
「いいんだ。少しずつ、慣れていこうぜ」
何故だろう。
いつもよりもハルヒに優しく接することが出来るのは、どうしてなのか。同情だろうか?
いいや。そうじゃない。同情などではない。
健気なハルヒがかわいいからだ。そうだ。
いつもよりハルヒがかわいいから俺もいつもより優しくなれるのだ。優しい世界である。
「もう一度」
「は、はいっ!」
良い返事だ。健気すぎて泣けてくるぜ。
「んっ」
「頑張れ、ハルヒ」
「わ、わかった……頑張る」
スカートを捲り上げて羞恥に震えるハルヒを鼓舞しつつ、俺は観察を続ける。青い下着。
青と言っても薄い水色だ。実に可愛らしい。
「かわいいぞ、ハルヒ」
「か、かわっ!?」
はいダメ。思いっきり照れたハルヒを叱る。
「ハルヒ、お前やる気あるのか?」
「あ、あるに決まってんでしょ」
「なら、どうして照れた? ん? お前、もしかして俺をおちょくってんのか? あ?」
「お、怒んないでよ……ごめん」
あー楽しい。なんだろう、コレ。最高だな。
「もう一度チャンスをやろう」
「あ、ありがとうございます!」
まったく、いつも返事だけは良いんだよな。
「上げろ」
「はい!」
再び出会えたハルヒの下着。目が癒される。
「どれどれ……」
もっと間近で拝むべく、顔面を近づける。
「ちょ! キョン! 近すぎ!」
「俺は極度の近視なんだ」
「そ、それなら仕方ないわね……」
なにが仕方ないだ。
んなもん、嘘に決まってんだろ。
ん? さては、こいつ。
「ハルヒ」
「な、なによ……息当たるから喋んな」
「お前、見られて悦んでるだろ?」
「ち、違うし! んなわけないでしょ!?」
本当だろうか。怪しい臭いがぷんぷんする。
「ハルヒ、ひとつ教えてくれ」
「な、なによ、改まって……」
「毎日どんな思いで色を伝えていたんだ?」
遠回しな言い方を避け、直球で尋ねると。
「は、初めのうちはすごく嫌だったわ……」
「だろうな」
「でも、だんだん、なんか変になってきて」
「詳しく」
「あんたに、そうかって言われると、なんか認めて貰えた気がして、嬉しくて……」
あ、やっぱりこいつおかしい。頭おかしい。
「ハルヒ、もういい」
「へ?」
「悪かったな、意地悪して」
「あ、うん。ゆ、許してあげる」
「もう覗かないと誓うから言わなくていい」
「えっ?」
ここが正念場だ。真剣な表情を作り告げる。
「俺はもう、お前の下着から手を引く」
「ま、待って!」
きた。いや、待て。焦るな。慎重にいこう。
「ハルヒ、これはお前のためなんだ」
「勝手に私の気持ちを決めつけないで!」
「ハルヒ……」
酷く傷ついたような顔をしてハルヒが叫ぶ。
「私だって自分が変だってわかってる!」
「だったら……」
「でももうどうしようもないのよ! 毎朝あんたに見て欲しくて下着を選んで、授業中も放課後も落ち着かなくて、嫌われたら、どうしようって……なんなのよ、この気持ちは」
ひとはそれを恋と呼ぶが、こいつの場合は。
「それは一種の精神病ってやつだ」
「キョン……」
「前にお前が自分で言ってただろう?」
「私が精神病なんて……最悪」
恋愛なんて一時の気の迷いで精神病の一種。
ハルヒはそんな自説を持ち合わせていた。
そしてそれは残念ながら俺にも当て嵌まる。
「俺と同じだな」
「えっ?」
「俺も最近、朝起きてお前がもうパンツ穿いたか気になって、授業中も何色か気になって、色を教えられたら今度はデザインが気になって気になってしょうがないんだよ」
「なにそれ……バカみたい」
そうさ。馬鹿馬鹿しい話だ。だから泣くな。
「泣くなよ、ハルヒ」
「ぐすっ……だって、だって……!」
「泣くな。お前の涙なんざ、見たくない」
たとえそれがどれだけ喜ばしい嬉し涙だろうとも、俺の涼宮ハルヒに涙は似合わない。
「ほら、泣いてると見逃すぞ」
「ふぇっ?」
「俺の一世一代のサービス・ショットだ!」
くるりと後ろを向いて、ズボンを下ろした。
「ちょ! キョン! なにやってんのよ!?」
「これでおあいこだろ?」
俺だけが下着を見るのは不公平だ。
故にハルヒにも下着を見せてやった。
それが功を奏して、涙は引っ込んだらしく。
「ふふっ……ありがとね」
「泣きやんだか? なら、もう仕舞うぞ」
「あ、ちょっと待って……やっぱり」
やっぱり? なんのことだろう。気になる。
「どうかしたか、ハルヒ」
「あんた、下着汚れてるわよ」
「ふへっ?」
どこからそんな声が漏れたってくらい間抜けな吐息が口から溢れた。下着が汚れている?
Why? 何故? 昼前にトイレに行って……あ。
「……どうやら拭きが甘かったらしい」
「フハッ!」
ああ、やはり。こうなる運命。ウンだけに。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
一方的に嗤われるのは癪なので。
やむなく共に哄笑することにした。
知れず、頬に涙が伝う。畜生。糞ったれ。
「キョン……泣かないで」
「ハルヒ……」
「あんたと精神病になれて、すごく嬉しい」
俺たちは今日、精神がイカレちまった。
客観的に見れば大惨事であるものの。
主観的に見れば大満足である。天晴れだ。
「今度はお前のウンパンを見せてくれ」
「……今度、ね」
そっと囁く耳打ちが耳朶を打ち、震える。
なんなら顔面に直接塗りたくってくれても一向に構わないとさえ思えるのは、やはり俺の頭がおかしいからであり、だからこそ愉悦を感じれることが、心の底から嬉しかった。
【涼宮ハルヒの耳打】
FIN
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