藍子「私の、大切なプロデューサーさんへ」 (21)


「俺と一緒に、最果てへ行きましょう!」

まっすぐな瞳と、不思議な言葉。
誠実な方と信じられるけれど、でもいきなり手を取る、ちょっと失礼な人。
それが私にとっての、貴方の第一印象でした。


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プロデューサーさん。
私が貴方と出会って、もう何年かが過ぎようとしています。
今日は5月9日。
私は明日、あなたと一緒に、自分のアイドル人生をかけた大一番に挑みます。
それを目前に控え、私はこの手紙を書いています。

もちろん、プロデューサーさんに渡すための物ではありません。
未央ちゃんやりあむさん、つかささんに茜ちゃん……
事務所のみんなや、知り合いのアイドルに読んでもらうためでもありません。

「考えたことは紙に書く!悩みも不安も、嬉しい気持ちも楽しみにしてることも、全部です!頭がすっきりするんですよ」

そう、プロデューサーさんも言っていましたよね。


だからこれは、貴方のまねっこ。
ただ、私の今の気持ち、今の思いをまとめるために、この手紙を書いています。

見せもしない手紙に、こんなことを書くのはヘンかもしれないけれど。
よろしければ、ちょっとお付き合いください。


プロデューサーさんにスカウトされたときは、それはもう驚いちゃいました。
初対面の人。それこそ、すれ違いざまにご挨拶した方にスカウトされたんだから。

アイドル。
テレビや雑誌に載って、たくさんのカメラに囲まれて、キラキラ輝く人。
私が、そんなアイドルに?夢にも思わなかったことが、目の前で起きたんです。

落ち着いて考えたら、疑うべきかもしれません。

「高森さんはあんまり人を疑わないから心配だよ」

そう、プロデューサーさんは言いますけれど……
私だって人を疑ったりすること、あるんですから!ねっ?


けど、その時は信じられた。……なんでかな?
貴方の目が、それだけ真剣だったからでしょうか。
この人は嘘を言ってない。
本気で、私をその『最果て』へ連れて行こうとしている。

驚きと戸惑いと、周りから向けられる視線にちょっと恥ずかしさを覚えながら
私はあらためて、貴方の手を取りました。

「お話を、聞いてもいいですか?」


プロデューサーさんに連れられて、事務所についてからは、驚きの連続でした。
テレビでしか見たことない、可愛い女の子たち。
電気屋さんでも見たこともない、たくさん並んだ大きなカメラたち。
部屋一面に並べられた、煌びやかなステージ衣装たち。
大きな部屋で真剣にレッスンに取り組む、アイドルの人とトレーナーさんたち。
どれもこれも、初めてみるものばかり。

私なんかが、この世界でやっていけるのかな。アイドルになれるのかな……。
スカウトされた喜びや、新しい世界への期待よりも、
これから先、どうなるのか。そんな不安が先に来てしまったのを覚えています。

「大丈夫!高森さんは素敵なアイドルになれます!なんせ、俺がスカウトしたんですから!」

そんな私の心を察してか、プロデューサーさんはそう言い切ってくれました。
なんとか私の不安を払おうと、一生懸命に話す貴方を見て、「この人となら、きっと大丈夫」と、そう思えました。


「ところで……先ほどの『最果て』って、なんですか?」

「……やっぱり、分かりづらかったでしょうか」


その言葉の意味も、この時初めて教えてもらえたんですよね。
がっくりとする貴方を見て、ちょっとだけ笑っちゃいました。
失礼だったら、ごめんなさいね?


その日から今日まで、長い長い時間を、プロデューサーさんと一緒に過ごしました。
貴方との日々は、毎日が宝物ですけれど。
その中でも、ひとつ……。とても心に残っていることがあります。

あれは、初めてのLIVEバトル、その1ヶ月前でした。
それまでにいくつかの雑誌に載ったり、小さなステージに出演したりと、
いくつかのお仕事は出来るようになっていました。

けれど他のアイドルの人と勝負して、優劣をつけるのは、今回が初めてでした。


私は、他の人と競うのが苦手です。
お菓子を選ぶとき、誰かと被ってしまったら、ついつい譲ってしまいます。
本当は食べたいけれど。でも私が我慢して、その人が喜ぶなら……って。
けれど、アイドルはそうはいきません。
譲れば席を取られるだけ。待っていても、次にテーブルが用意される保証もありません。
正直不安でした。その時の私は、自分に自信なんてありませんでしたから。


「そうしたら……ちょっと、考え方を変えてみましょう」

「考え方、ですか?」

「勝ち負けを気にされるのでしたら、今回は置いときましょう」

「まずは今、高森さんができることをやり切ることに集中してください」

「……それは。負けてもいい、ということでしょうか」

「そうです」

ぴたり、と。時が止まったように感じました。
予想はしていました。けれどいざ、その言葉をプロデューサーさんから口にされると、
すこし……いえ、はっきりと、心が沈んだのを覚えています。

「……そう、ですよね。いえ、ごめんなさい。……わかっては、いたはずなんです」


ぐっと手を握り締めて。ぎゅっと悔しさを抑え込んで。
「こんな私なんかじゃ」………そう言葉を続けようとした、私の口を。


「『勝ち負け』なんて些末な問題で力を出し切れないなら、そんな言い訳は捨ててください」

プロデューサーさんは、はっきりとそう言って遮りました。

「高森さん言ってたじゃないですか。『ファンの皆さんに幸せな気持ちになってほしい』って」

「確かにアイドルは甘い世界じゃないです。今回のように、優劣だって勝ち負けだってつきます」

「いえ……もっと厳しいことを言えば、今回が最後のステージなんてこともあり得ます」

「けど俺たちが頑張るのは、相手を負かしてその上を行くためじゃありません」

「応援してくれる誰かのために。見てくれている人のために。自分のために、全力を尽くすんです」


その言葉に、ハッとさせられました。


「大丈夫ですよ」

「高森さんが全力を尽くして、今できることをやり切れたなら、結果は後からついてきます」

「だったら、相手を負かすためじゃなくて、目の前のファンの人達のために頑張りましょう」

「応援してくれる人が幸せになれるように、優しい気持ちになれるよう、全力を尽くしましょう」

「そのための道筋は、俺が作ります。俺が、何とかしますから」

「だから高森さん。あなたの精一杯を、俺に預けてください」

そう、私に話してくれたプロデューサーさんの目は。
あの日と同じ、まっすぐに私をみていました。


誰かと勝負するのは、とても怖いことです。
もしかしたら、上手く行かないかもしれない。もしかしたら、負けるかもしれない。
もし負けたら、もし続けられなくなったら……。
そんな「もし」ばかりが、私の心に影を落としていました。

けれどプロデューサーさんの言葉で気付いたんです。
これは、私自身との戦いなんだって。

この人は、私のために全力を尽くしてくれる。こんな私を信じて、全力で背中を支えてくれる。
それなのに、私はやるまえから、やったこともないことに対する不安ばかり。
まだ、始まってもいないのに。


「プロデューサーさん」

「はい」

「私……もしかしたら、上手く行かないかもしれません」

「はい」

「ステージで転んだり、歌詞を忘れちゃったり、笑顔になれないかもしれません」

「……はい」

「けれど、ファンの人達は私のことを待っていて。プロデューサーさんは、私のために、頑張ってくれてるんですよね」

「はい」

「だったら……私、頑張ります。ファンの人達のために、プロデューサーさんのために、頑張ります」

「はい」

「出来る限りのことをやります。だから、どうか私に力を貸してください」

「はいっ!」


その時の私は、どんな顔をしていたかわかりません。
けれどプロデューサーさんは、笑顔で私の背中を押してくれました。

結局、LIVEバトルには負けてしまったけれど……。
その日私は、アイドルとして大切なものを、プロデューサーさんから受け取ったんです。


その日から、私とプロデューサーさんの「アイドル」が始まりました。
大変な時もありました。
正直、苦しいこともありました。
悔しいことも、悲しいことも……ちょっとじゃないくらい、ありました。

けれどそれ以上に、たくさんの嬉しいことがありました。
数えきれないほどの楽しい時もありました。
隣にはいつもプロデューサーさんがいて、私の背中を押してくれました。

何か一つ、私ができるようになったときは、私以上に喜んでくれました。
もっともっと、喜んでもらいたい。貴方の期待に応えるために、私は頑張れました。

「もうダメだ」って挫けそうになった時、プロデューサーさんのほうを見たら、片時も目を離さずいてくれました。
そのたびにもう一歩、もう一度、と踏みとどまることが出来ました。

そして、お仕事のない日。
プライベートな時間でも、プロデューサーさんと過ごす時間が増えていきました。
貴方と一緒に過ごす時間は、とても居心地が良くて……。ついつい時間を忘れて過ごしてしまいます。
二人してレッスンに遅れた時もあって。……あの時は、トレーナーさんに悪いこと、しちゃいましたね。


誰にも教えたことのないお気に入りのカフェは、貴方と一緒に過ごした思い出の場所になりました。

最初に私の手を取った失礼な手は、私が何より安心できる大きな手になりました。

そして、ファインダー越しにみる、貴方のぎこちない笑顔が、私は大好きでした。

一枚、また一枚と、私のお部屋には、貴方との写真が増えていきました。
一緒の時間を過ごすうち、プロデューサーさんは私にとって、心地よい陽だまりのような、幸せな人になっていたんです。

そうして、今。
私は、貴方と一緒に、明日のステージへ臨みます。


私とプロデューサーさんが過ごしてきた時間。その答えが、結果として出ます。
これまでの時間が正解になるのかどうか、私にはわかりません。

明日のステージが、とても素晴らしいものになっているのか。
プロデューサーさんが言っていた、「最果て」の景色が見られるのか。
それとも、これからもっともっと頑張ろうってなるのか。
今の私には、想像できません。

けれど、どんな結果になろうとも、プロデューサーさんは私を応援してくれる。
最後まで私から目を離さず、私の背中を押してくれる。
それはきっと絶対なんです。


だから私は、これまで応援してくれたファンの人達のために。
ずっと私の傍にいてくれた、プロデューサーさんのために。
みんなを幸せにできるアイドルになれるよう、プロデューサーさんが言ってた『最果て』に行けるよう、
高森藍子、頑張ります!!

そしてこのステージが素晴らしいものになった時には……。
私から貴方に、伝えたいことがあります。
どうかその時まで、私から目を離さないでくださいねっ。



プロデューサーさん。明日のステージ、一緒に頑張りましょう!


―――そうそう。
これは私の勝手な予想なんですけれど……。
もしかしたら、プロデューサーさんも、私に言いたいこと、ありませんか?

私、みんなからのんびりしてるとか、ゆるふわ~っていわれること、多いですけれど……。
そんなに鈍い女の子じゃ、ないつもりですよ?
いえ、むしろプロデューサーさんのほうが鈍いです。私、結構頑張ってるんですよ。これでも!

これが私の思い込みだったら、ちょっと恥ずかしい女の子になっちゃいますけれど、
でもこれは、間違いないと思ってます。
いえ。もしかしたら、プロデューサーさんがバレバレなのかもしれないですね?
…………乙女の勘、です♪


プロデューサーさんっ。
もし、私が考えていることが、本当だったら…………。
その時は観念して、そろそろ認めちゃってくださいね♪


以上でおしまいになります。
ここまで読んで下さいましてありがとうございました。

高森さんちの藍子さん、ゆるふわ乙女と言いつつ芯がすごくしっかりしてて、
そのうえお茶目とか、かなりいいキャラしてるなーって思います。
アイドル同士のユニットだけでなくてプロデューサーとの関係も映える子なので
今後も頑張ってほしいです。

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