北条加蓮「藍子と」高森藍子「梅雨の晴れ間のカフェテラスで」 (33)

――おしゃれなカフェテラス――

高森藍子「~~♪」

北条加蓮「……なんでご機嫌なの? いや……ううん、当ててあげよっか」

藍子「?」

加蓮「久しぶりに晴れて、嬉しいな――」

藍子「くすっ♪ その通りですよ、加蓮ちゃん。でも、」

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レンアイカフェテラスシリーズ第123話です。

<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

~中略~

・高森藍子「加蓮ちゃんの」北条加蓮「膝の上に 3回目」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「南風のカフェテラスで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェでの離席と天気雨」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「紫陽花のカフェで」

加蓮「それを加蓮ちゃんと一緒に見れて、ここで過ごせて嬉しいな……まで入ってる?」

藍子「!」

加蓮「あったりー。やったねっ。さ、景品は何をもらおっかな」

藍子「……あはは。私、まだなにも言ってませんよ?」

加蓮「先に景品付きにしてないからって言うつもり? 別に勝負じゃないもん」

藍子「そうでは……」

加蓮「んー?」

藍子「もう。嘘をつくヒマも、分けてくれないんですね」

加蓮「まぁね」

藍子「……。加蓮ちゃん」

加蓮「ん?」

藍子「なにか、かわった?」

加蓮「……何かって」

藍子「うまくは説明できませんけれど、何かが変わったような……」

藍子「ほら、例えば、ずっと前は、私のことをぜんぜん好きって言ってくれなかったじゃないですか」

加蓮「そんな時期もあったね」

藍子「私が言っても、全然信じてくれなかったり――」

加蓮「あったあったっ」

藍子「……加蓮ちゃん……?」

加蓮「ん……。あぁ、さすがに不気味?」

藍子「そこまでは言いません。ただっ……。よく見返す写真が、ぜんぜん違うものになっていたような……」

藍子「……、」

加蓮「写真じゃないよ? 本物の加蓮ちゃん」

藍子「……自分で言って、いま、自分で違うんだって気がつきました」

加蓮「変わった、のかな……。そうだね……。景色が、動くようになったかな」

藍子「景色が動く……?」

加蓮「うん。大昔――の話はもういっか。前までは……いつ頃のことなんだろ。うーん……。藍子なんてお前らに渡してやるかーっ、って言ってた頃?」

藍子「それは、今でもときどき言われているって、未央ちゃんが言っていましたよ」

加蓮「それはほら、クセ?」

藍子「癖……」

加蓮「クセ。とりあえず未央を見たら藍子を盗っておこうっていう感じ」

藍子「私の知らないところで、いつも私の取り合いが行われていたんですね……」

藍子「私の取り合い!?」

加蓮「あははっ。藍子、ここにいるのにねー。あぁでも今は私が時間を取っちゃってるか」

藍子「取られては……と、とりあえず、その時間を取られているっていうのはやめましょうっ」

加蓮「時間をもらってる」

藍子「ここに私がいるのは、私の意思ですから。加蓮ちゃんに誘われたっていうきっかけはありますけれど、ず~っとここにいて、ゆっくりお話をしようって決めているのは、私で……」

藍子「って、違うお話になるところでしたっ」

加蓮「今の藍子の話をゆっくり聞いてもいいけど? ホント大したことのない話だし」

藍子「それならあとでお話するとして、今は私の取り合いのことです!」

藍子「……私の取り合いって、何回言っても変な感じがしますね」

藍子「とにかくっ。たいしたことがなくても、ちゃんと聞いておきたいですからっ」

加蓮「って言ってもホントに変なことはしてないよ? 別に、藍子の時間を奪って奪われてなんてしてないし」

加蓮「ただ勝ったら勝った側がドヤ顔するだけ。たまーにSNSにアップして、藍子ちゃんの取り合い勝負に勝ったよー、今日はこんな勝負をしたよー、みたいなのを書くくらいかな?」

藍子「……ちなみに、どんなのを?」

加蓮「この前は原点に立ち返って、叩いてかぶってじゃんけんぽん」

藍子「思ったより子どもっぽかったっ」

加蓮「他には……茜の提案で、どっちが奏にご飯を食べさせるか、みたいなの?」

藍子「……どういうことでしょうか?」

加蓮「デートに誘って奏が選んでくれたら勝ち。おかしいよね。取り合う対象は藍子なのに、奏を誘わないといけないなんて」

藍子「茜ちゃんが、そんな勝負の提案を……」

加蓮「あぁちなみに、その時は未央ちゃんイケメンモードとかいうのにやられた。完敗。しかも奏からダメ出しされるし……」

加蓮「いつも通りが一番いいなんて、加蓮も随分と影響されたのね? ……とか嬉しそうに言いやがるの。誰のことを言ってるんだか」

藍子「……?」パチクリ

加蓮「……、そういえば未央のヤツ、そのままあーちゃんも誘ってみようっ、とか言ってたけど、大丈夫? 餌食にされてない?」

藍子「……あ、はいっ。えじき? にはされていませんよ。この通り、元気ですっ」

加蓮「それならよかった」

藍子「未央ちゃんなら、この間卯月ちゃんを誘っていたような……。そういえば、あの時の未央ちゃんはなんだかいつもと様子が違っていましたね」

加蓮「途中でターゲットが動いたのかな? 浮気性なんだ」

藍子「卯月ちゃん、壁際まで追い詰められちゃって、なんだかブルブル震えてて――」

加蓮「……今度未央をシメとこ」

藍子「その時、凛ちゃんが助け船に……えっ? ……ええっと、あんまり、ひどいことはしないであげてくださいね?」

加蓮「やだ」

藍子「やだ!?」

藍子「加蓮ちゃん、卯月ちゃんに、助けてあげる、って約束でもしたんですか? それで、未央ちゃんが追い詰めていたから――」

加蓮「ん?」

藍子「……あれっ?」

加蓮「えーっと……。あぁ、そう聞こえちゃったんだ。そうじゃないそうじゃない。予定通りなら、卯月が顔真っ赤にするようなことを藍子にしようとしてたんでしょ? それは……ねぇ?」

藍子「あぁ~……」

加蓮「ま、未遂で終わったから、今回は大目に見てあげよっか」

藍子「そうしてあげてください。そして、できればまた、一緒に未央ちゃんと遊んであげてくださいね」

加蓮「ふふっ。何目線なのよー、それ」

藍子「あははっ。何目線でしょうか? 私にも、分かりません。う~ん……。友だちの目線?」

加蓮「そういう訳で、ときどき勝負とか遊ぶ時の建前に藍子を使わせてもらってます。いつもありがとね」

藍子「…………」ジトー

加蓮「ダメぇ?」

藍子「……………………」ジトー

加蓮「ダメかぁ」

加蓮「ふうっ。ね、何か注文しない?」

藍子「……なんだか、逃げられているみたいで腑に落ちませんけれど……。では、注文しちゃいましょうか」

加蓮「そういえば結局、ライチのブレンドジュースに入ってるライチ以外の、果物? 果実? は分かったの?」

藍子「ううん。店員さんに、せめてヒントだけでもと聞いてみたんですけれど、すっごく嬉しそうな表情で……。なんだか、聞ききれませんでした」

加蓮「じゃあ店員さんが考えたメニューなんだろうね」

藍子「そうなんですか?」

加蓮「悪戯っ子は、自分の悪戯に引っかかってくれた子を見るのが何よりの喜びだもん。店員さんも、ポーカーフェイスならぬ店員フェイスを保てなかったんじゃないのかな」

藍子「……くすっ。では、今度加蓮ちゃんが何かあやしいことをしていたら、加蓮ちゃんのこと、じ~っ、と見るようにします」

加蓮「はぁ?」

藍子「誰かがいたずらに引っかかったら、喜んでいる加蓮ちゃんが見られる、ってことですから♪」

藍子「あっ、でも、そのために誰かを犠牲にしてしまうのは、駄目ですよね」

藍子「う~ん……。あらかじめ相談して、誰かにいたずらに引っかかったフリをしてもらう、っていうのはどうかな……」

加蓮「そういう時、モバP(以下「P」)さんはオススメしないよ」

藍子「あれっ、そうなんですか? 私、ちょっとだけお願いしてみようかな~……なんて、思っていたのに」

加蓮「察しが良すぎて気遣いをしすぎて、なのに演技がヘタだから、明らかにやりすぎってくらいのオーバーリアクションになるだけでしょ」

藍子「あっ……それはなんとなく分かります」

加蓮「あと、こーいうのって、びっくりさせるのが目的なの。びっくりしてもらうんじゃ、ただの台本でしょ?」

加蓮「……それ以前に私の真ん前でやる話じゃないでしょ、今の」

藍子「……なんだか、前にも同じことがあった気がしますね」

加蓮「これで藍子から漏れてるっぽい秘密の話とか一切無さそうなのが逆に不思議なんだよねー」

藍子「これでも、肝心なところはちゃんと守っていますからっ」

加蓮「変なパッション」

藍子「今日も、ジュースを注文しますか?」

加蓮「んー……。雨の日に飲んだらさっぱりして美味しいけど、今日は晴れてるし……」

藍子「確かに、それもそう」

加蓮「……メロンソーダ、解禁しちゃおっかな」

藍子「お~っ」パチパチ

加蓮「いや、やっぱやめた。夏まで取っとこ」

藍子「あらら」

加蓮「梅雨が明けた時のお楽しみ、ね。今年の夏も、いっぱいやらなきゃ」

藍子「はいっ♪」

藍子「ゼリー……も、雨が降っているからこそのメニューですね」

加蓮「雨を食べて梅雨を乗り切ろう! だよね」

藍子「今日は、雨は降っていません」

加蓮「他のメニューは……増えてないかぁ。店員さん、気が利かないなー。梅雨の合間の晴れも想像できないなんて」

藍子「加蓮ちゃん、加蓮ちゃん……。聞こえちゃってたら、店員さんが落ち込んでしまいますよ?」

加蓮「少しは藍子を見習いなさいよ」

藍子「……私? どうして私……あっ、待って。もしかして――」

加蓮「藍子はきちんと今日みたいな日を想定して行く場所の予定を立ててるんだからね?」

加蓮「なのにオフの日と晴れの日が全く重ならないから、靴ひもを結びながら"たまには晴れないかなぁ……"って言っちゃったりして」

加蓮「そうしたらちょうど、新品の雨合羽を着た仁奈ちゃんが"藍子おねーさんは、雨の日はきらいでごぜーますか……?"なんて言われるから、慌てちゃって――」

藍子「も~っ! やっぱりっ。なんでそのことを知ってるの、加蓮ちゃんっ!」

加蓮「仁奈ちゃん本人から」

藍子「仁奈ちゃん本人から!?」

加蓮「行き先、聞いてないんでしょ。あの時私と同じ現場だったんだよ」

藍子「そういえば、何のお仕事かは聞いていませんでした……」

加蓮「なんか落ち込んでるから話を聞いたら、ね? 藍子おねーさんから、酷いことを言われたって?」

藍子「うぅ……。……だって……」

加蓮「……あれ、ガチ凹みだ」

加蓮「あははっ。仁奈ちゃんが、藍子から酷いことを言われたって直接言ってた訳じゃないよ? ちょっと脚色つけただけー」

藍子「…………今、本気で落ち込みそうになりました」ジトー

藍子「そうですか……。あの時はごめんなさい、って伝えておいてください」

加蓮「……? 今更蒸し返すの?」

藍子「あっ――」

加蓮「ふふっ。藍子らしくない。落ち込んだり失敗したりしてミスったことを、また掘り返そうなんて」

藍子「そうですよね。終わったお話を、また蒸し返してしまうのもよくありませんよねっ」

藍子「……っていうことは、加蓮ちゃん。仁奈ちゃんのこと、元気にしてくれたってことですね?」

加蓮「別に? 私じゃなくてPさんか、あるいはスタッフさんが元気づけてあげたかもしれないじゃん」

藍子「……加蓮ちゃんがそう言うなら、そういうことにしておきますっ。でも、ありがとう」

加蓮「どーいたしましてー。……そーいう、分かってますよー、みたいな顔って何度見てもムカつくなぁ」

藍子「~♪」

加蓮「その日、仁奈ちゃんずっと雨合羽を脱がなかったんだよね。別の衣装は用意されてたのに。結局、そのままでずっと撮影」

藍子「ふんふん」

加蓮「それはそれで、梅雨らしい画が撮れたって監督さんも大喜びだったけどね」

藍子「思わぬ魅力が、見つかっちゃいましたねっ。仁奈ちゃんは、どうして雨合羽を着たままで? ずっと、雨が降っていたとかでしょうか」

加蓮「いや屋内の撮影だし。励ましてあげる時に、雨合羽の話ばっかりしちゃったからなぁ。似合うよー、とか、可愛いねー、とか。Pさんに買ってもらったの? とか。……あぁ、私じゃなくて他の誰かがね?」

藍子「誰かさん、ですね♪」

加蓮「仁奈ちゃんもすぐに笑顔になったし、大変とか迷惑とかじゃ全然なくて、ただそれが面白かったよーってだけ」

加蓮「……Pさんに、加蓮おねーさんの分も用意してくだせー、お揃いにしたいです! とか言い始めた時には、さすがに止めたけど」

藍子「……!」

加蓮「オイコラ」ムギュ

藍子「いひゃい、いひゃいっ。まだ何も言ってないですよ~」

加蓮「私に似合う訳がないでしょーが、雨合羽なんて」

藍子「そんなことないと思いますけれど……。そうですね~。クールな色だけど、雨の中でも加蓮ちゃんだって分かる色で、フードがついていてっ」

藍子「雨の中で着ている加蓮ちゃん、きっと、ぶすっ、ってしちゃっているんだろうな……」

藍子「雨合羽姿の加蓮ちゃんをいっぱい撮ったら、今度は合羽を脱いでもらって、傘をさしているところを撮るんです。子どもっぽい雰囲気が一気に――」

藍子「……加蓮ちゃん、聞いてますか?」

加蓮「聞いてないでーす」パラパラ

藍子「聞いてくださいっ」

加蓮「ツメの甘い限定メニューは放っといて、サンドイッチでも食べとこっか。あとコーヒー。ふふっ。ただのカフェだ」

藍子「む~」



□ ■ □ ■ □


「「いただきます。」」

加蓮「ん……」ズズ

藍子「あむっ……」モグモグ

加蓮「……ただのカフェテラスだ」

藍子「ごくんっ。いつものカフェテラスですねっ」

藍子「雨が降っていると、それだけでちょっと特別って感じがしちゃうから……。今日は、雨の中にある、いつもの1日です♪」

加蓮「梅雨の合間の晴れって逆に特別感がない?」

藍子「そう言われてしまうと、確かにそうも思えてくるかも……?」

加蓮「どっちが特別で、どっちが日常か」

藍子「加蓮ちゃんは、どっちがどっちだと思いますか? アイドルと、そうではない時と」

加蓮「……なんだか難しいことを聞いてくれるね?」

藍子「つい♪」

加蓮「そうだねー……」ズズ

加蓮「ふうっ。……とりあえず、カフェのコーヒーを飲んでる私は、もう特別な私じゃないよね」

藍子「うんっ」

加蓮「サンドイッチも。もう慣れた味。……じゃあ、アイドルでもオフでもない時、っていうのは卑怯?」

藍子「……?」

加蓮「例えば、なんにも考えないで藍子のお散歩に付き合ってあげてる時。予定はないけど、ぶらっと出かけた時」

加蓮「逆に、前々から約束をしてて遠くまで遊びに行った時」

藍子「その方が、特別――」

加蓮「アイドルバレとかしちゃうと、一気に日常に引き戻されちゃうんだけどねっ。いつもやっていることを思い出すみたいな感じで」

加蓮「あはっ。改めて考えると変なの。アイドルの加蓮ちゃんですか! 握手してください! って言われるのって、特別なイベントだと思うんだけどなぁ」

藍子「私は、今でもまだ慣れないところがあるから……。加蓮ちゃんは……そうですよね。ふふっ♪」

加蓮「やったことがないなら特別で、やり慣れてたり見慣れてたりしたら普通のこと……。じゃあ、梅雨の晴れは普通のことかな? 晴れた日なんて山ほど見てきてるもんね」

藍子「ごく普通の1日ですねっ。あ、でも、"梅雨の間"っていう条件なら、そんなに山ほどは見ていないかも……」

加蓮「難しいね」

藍子「難しいですね」

加蓮「っていうか、最初は藍子が普通って言ってたのに、いつの間に特別な1日派になってるの? 変なんだっ」

藍子「いつの間にか。加蓮ちゃんに、つられてしまいました。……加蓮ちゃんだって、それを言うなら、私につられてますっ」

加蓮「ホントだ。……あははっ」

藍子「くすっ♪」

藍子「あむあむ……。加蓮ちゃん、あ~ん」

加蓮「あむ。……うんっ。美味し」

加蓮「いつも通りって、なくなってはじめて有り難みに気付く――なんて、よく映画やドラマであるよね」

藍子「ありますよね。その時は、たいてい言った人が悲しんでいたり、泣いていたりして……」

加蓮「こっちまでもらい泣きするよねー」

藍子「しちゃいますっ」

加蓮「感情移入できる作品だと、特に?」

藍子「お母さんからは、アイドルの出るお話はあまり見ない方がいいって言われちゃいました……」

加蓮「やらかしたかー」

藍子「……加蓮ちゃんがいなくてよかったです」

加蓮「ほぉ?」

藍子「ま、まあまあっ。じゃあ、なくならないうちから、ありがたみ――大切さに気がつくことができた私たちは、きっと幸せなんですよ」

加蓮「ふぅん……。サンドイッチが無くなる前に、藍子に食べさせてもらうことでもっと美味しくなるってことに気付けたこととか?」

藍子「違います」ジトー

加蓮「あははっ」ズズ

加蓮「ああいうのを見ると、たまに馬鹿だとも思っちゃうんだよね」

藍子「え?」

加蓮「なんでそんなことになるまで気付けないの、って。でも、そういうのって当事者じゃなくて、外から見てるから言えることなんだろうけど」

藍子「きっとそれは、加蓮ちゃんがそれだけ、物語の登場人物に入れ込んでいるからですよ」

藍子「加蓮ちゃんなら、どうでもいいって思っちゃった相手に、その……ばかみたいだ、なんて、思ったりもしないでしょ?」

加蓮「そうかもね。っていうか、どうでもいいって思ったら佳境まで見続けたりしないし」

藍子「あぁ~……」

加蓮「作り物なんだけどね」

藍子「作り物だからこそ、かもしれませんよ」

加蓮「ね」

藍子「はい。加蓮ちゃん。あ~ん」

加蓮「あーん。……って、そういうことじゃないんだけどー?」

藍子「食べさせてほしい、っていうことではなかったんですか? 加蓮ちゃん、直接言うと照れちゃうから……って」

加蓮「今更その程度で照れると思う? はい、お返し」アーン

藍子「あむっ。……確かに、こっちの方がちょっぴり美味しいような気がしますね♪」

加蓮「でしょー?」

藍子「加蓮ちゃんのまわりには、どれくらいの"いつも通り"があるのでしょう」

加蓮「……、どゆこと?」

藍子「いつも通りの大切さに気がつくことで、幸せになれるなら――」

藍子「その"いつも通り"が多ければ多いほどに、加蓮ちゃんは、いっぱい幸せになれるってことですよね?」

藍子「もしも、加蓮ちゃんが見つけるのが苦手なら、私も手伝いたくて……」

藍子「もしも、加蓮ちゃんが既に見つけているなら、よかったね、って言いたくてっ」

藍子「どうですか? どれくらいの、いつも通りが。そして――加蓮ちゃんの周りには、今、どれくらいの幸せがありますか?」

加蓮「……そんな風には、考えたことがなかった」

加蓮「私、さっき言ったでしょ? 景色が動いてるって」

加蓮「動いてるの。景色も、私の世界も。……ホントに動き出したのは、Pさんに拾ってもらった時なんだろうけど、あの時とは違ってて……」

加蓮「私の世界が、今も動き続けてるんだって、よく分かるの。ずっと、私の好きなものが動き続けてるの」

加蓮「……その中にぽつんってある、普通のもの、今まで見てきたものだって、なんだか愛おしく感じるのは……藍子の今言ったことなのかな、って」

加蓮「ふふっ。ワケ分かんなくなっちゃった。なんのポエムだっての」

藍子「加蓮ちゃん」

加蓮「ん……」

藍子「……、はい。あ~んっ」

加蓮「あむ」

藍子「おいしい?」

加蓮「……うん。美味し」

藍子「いつもの味ですか?」

加蓮「慣れた味。いつもの味。ちょっとだけ美味しいけどね」

藍子「じゃあ、きっとそういうことなんですっ」

加蓮「そういうことかな……」

藍子「新しい幸せを見つけながら、ときどきだけ、足元も見てみましょう。なくす前に、大切なものを大切だって思い出せるように!」

加蓮「分かった。……うん、分かったよ」

藍子「よかったっ」

加蓮「サンドイッチ、最後の1個だね。今日は、藍子にお礼ってことで譲ってあげる」

藍子「ううん、私こそ。すてきなお話を聞かせてくれた加蓮ちゃんに」

加蓮「いやいやいいってば。たまにはお礼くらいさせて?」

藍子「私こそ、いいですよ~。加蓮ちゃんには、何度だってありがとうって言いたいくらいですから」

加蓮「いやいや、」

藍子「あっ。じゃあ、もう1つ。加蓮ちゃんが、なんでもない、ごくふつうの――でも、とっても大切な幸せに、ちゃんと気づき直せた記念ということで♪」

加蓮「……」

藍子「これなら、加蓮ちゃんが食べるべきですよね? ほらほら、どうぞっ」

加蓮「……こーいう時の藍子は手強いなぁ。じゃ、いただきまーす」

藍子「ふふ――って、あ、あれっ? ここは、私が加蓮ちゃんに食べさせてあげる流れなんじゃ……?」

加蓮「?」モグモグ

藍子「あっ! 分かってて食べましたね、加蓮ちゃんっ!!」

加蓮「ごくん。ま、せめてもの仕返しってことで」

藍子「む~……。あとで、おかわりを頼んじゃいますから!」

……。

…………。

加蓮「んーっ! っと。テラス席ってなんだか久しぶり。他の時は雨でも晴れでもいいけど、ここにいれるのは晴れの時だけだよねー」

藍子「そうですね。雨も好きですけれど、今日は、この天気に感謝ですっ」

加蓮「でも藍子はよかったの? せっかくの晴れの日に。仁奈ちゃんに愚痴るくらい待ち遠しかったんじゃ――」

藍子「そんな風に言っていませんっ」

加蓮「たははっ」

藍子「それに、予定なら1番上に"加蓮ちゃんと、いつものカフェテラスでゆっくりする"って書いたんですから」

加蓮「……へ、へぇ? そっかー」

藍子「じ~」

加蓮「はいはいこっちをじーっと見ない。よかったね、念願が叶って」

藍子「Pさんに相談して、オフの日を少しだけ一緒にしてもらったかいもありました」

加蓮「偶然だと思ってたら何してんのアンタ。Pさんもよく引き受けたなぁ……。藍子の頼みならしょうがないか」

藍子「……」チラ

加蓮「ん?」

藍子「ううん。私たちは、晴れたら嬉しいことがいっぱいありますけれど……今日は、ここの紫陽花、ちょっぴり寂しそうにもしていますね」

加蓮「紫陽花。あぁ、店員さんが置いたっていう店の壁際の……」

藍子「ほら、ここ。なんだか少し元気がないような……?」

加蓮「水はちゃんともらってる感じかな」

藍子「土を見る限り、もらっているみたいですよ」

加蓮「なら安心だね。明日になったら、また元気になるよ」

藍子「……ふふっ。明日もまた、様子を見に来たくなっちゃう」

加蓮「お仕事帰りにでもちょっとだけ寄ってみる?」

藍子「いいですねっ――あ、でも、そうしたら今度は、加蓮ちゃんと一緒にいたくなっちゃって、遅くなって……お母さんに、叱られてしまうかもしれません」

藍子「来たい気持ちはいっぱいですけれど、……うぅ。諦めます」

加蓮「……カフェに、ってならどうしようもないけど、私といたいだけなら1泊くらいは付き合ってあげるよ?」

藍子「! ほんとうっ!?」

加蓮「う、うん。なんかすごい勢いだね……?」

藍子「さっそく、お母さんに連絡しておきますね」ガサゴソ

加蓮「……変なの。そんなに最近泊まりに行ったりしてないっけ」

藍子「もしもし、お母さん? あのねっ」

加蓮「うん。してなかったね、最近はホントに忙しかったもん。藍子もだし」

藍子「明日加蓮ちゃんが泊まりに来てくれるのっ。……あ、ええと、ご飯は私も作るから、お母さんもできれば――」

加蓮「……?」

藍子「うんっ。今日は早めに帰るね。……お待たせしました、加蓮ちゃん。お母さん、いいよって言ってくれました!」

加蓮「それはよかったけど……。アンタそんなキャラだった?」

藍子「ふぇ?」

加蓮「お母さん相手にそんなはっちゃけってた? なんかこう、子供っぽいけどもっと落ち着いてたような……」

藍子「……、…………」カアァ

加蓮「無自覚だったんだ……」

藍子「……加蓮ちゃんが泊まりに来るって教えてあげようって思ったら、なんだか、テンションが上がっちゃって……。ろ、録音とかしていませんよね? 動画とか撮っていませんよねっ?」

加蓮「撮ってない撮ってない。びっくりしちゃっただけだもん」

藍子「ほっ」

加蓮「……あははっ」

藍子「?」

加蓮「ううん。いつもよりあんまり元気のない紫陽花と、いつもより元気に溢れてる藍子を並べてみたら、なんだかおかしくなっちゃってっ」

藍子「う゛……。そんな日も、ありますよね……?」

加蓮「あはははっ! 紫陽花に話しかけてるっ」

藍子「……も、もうっ。も……もう~っ!」ポカポカ

加蓮「痛い痛いっ。私が悪いんじゃないでしょー? こら、やめなさいってばっ」

藍子「ふ~っ、ふ~っ……!」

加蓮「そうだね……。梅雨の日の晴れだし、それくらいの特別感があってもいいかも。……ふふっ。藍子。ほら、どうどう。叫んでるのが聞こえたら、中にいる人がびっくりしちゃうからねー。落ち着いてねー。ほらほらっ♪」


【おしまい】

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