北条加蓮「藍子と」高森藍子「線香花火のカフェテラスで」 (43)

――おしゃれなカフェテラス――


北条加蓮『――ごめんっ! ほんっとにごめんっ。今収録終わったとこで今からっ……今日もう遅いし帰った方がいいし埋め合わせは今度絶対するから! その……ごめんっ!!』


高森藍子「……ううん。私は大丈夫ですよ。だから加蓮ちゃん、落ち着いて? ほら、深呼吸、深呼吸♪」


電話の向こうからとても切迫した声が聞こえたのは、空に赤みがかかり始めた頃のことです。

今日は、加蓮ちゃんは午前中に番組の収録があって、午後すぎからはここでゆっくりしようって、加蓮ちゃんに誘われていました。
1日使うことはできないけれど、たまにはここでのんびりしたいから。他のアイドルの誰にも見られない場所で、ゆっくりお話したいから、って。
約束の時間は、お昼過ぎの1時か2時。
その頃にはここに来られるって、加蓮ちゃんが言ったんです。

今の時間は、夕焼けのはじまりの頃。午後5時すぎ。

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レンアイカフェテラスシリーズ第126話です。

<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

~中略~

・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「紫陽花のカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「梅雨の晴れ間のカフェテラスで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「30分だけのカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「時間がたくさんあるカフェで」

念の為に記しておきます。これは最終話ではありません。
いつもの2倍程度の長さです。ごゆっくりお読みくださいませ。

加蓮『落ち着ける訳っ……藍子のことずっと放ったらかしにしててっ、連絡もしないで……藍子、なんで怒らないのっ……』

藍子「加蓮ちゃん。まずは落ち着いて? 今は私のことよりも、自分のことを先に考えてください。深呼吸、深呼吸……」

加蓮『えっ、何モバP(以下「P」)さん――今からでも行けって、でも時間、』

藍子「Pさんも、そっちにいるんですね。Pさ~ん。Pさんからも、加蓮ちゃんに落ち着くようにって言ってあげてくださいっ」


電話の向こうで加蓮ちゃんは、泣きそうな声色で何度も何度も謝るんです。
落ち着いてほしいのに……。
予定が変わったり、思ったよりも忙しくなったとしても、私は気にならないのに。
だから私は、かける言葉を変えることにしました。

スマートフォンを、持ち替えて。
加蓮ちゃんがいじわるを言う時の顔は――にぃっ。こんな感じ、かな?
ふふっ。確認してくれる誰かさんは、今とても焦っているみたいですけれど。

加蓮『だってもう夕方だし、ずっとほったらかしにしてたんだよ! 私、今からどんな顔して会えばいいって言うの――』

藍子「加蓮ちゃん」

加蓮『っ』

藍子「何を言われても、私は帰りません。カフェで、ずうっと、加蓮ちゃんのことを待っています。遅くなっても、暗くなっても、絶対、帰りませんからっ」

加蓮『えっ……いや……でも、』

藍子「待ってますからね♪」


電話を切りました。静けさが戻ってきても、まだ、耳の中では加蓮ちゃんの声が反響しています。
スマートフォンをゆっくりとテーブルの上に置いて、同じ手でカップを手に。
コーヒーは、ぬるくなっちゃった。店内から5度鐘がなった時に、なんとなく、そろそろ加蓮ちゃんが来てくれるかな? って思ったから、合わせて注文してみたのに。
直感は、半分、ううん、4分の1くらい的中でしたね。

遠くから、からすの鳴き声が聞こえます。

空の端に生まれた赤色は、ちょっとずつ、ちょっとずつ、青色を上塗りしていきます。
陰影の生まれた雲が、なんだか帰り道を急いでいるように見える、初夏の夕暮れ。
ほのかな夕焼け色も、いつもとは様子が違う雲も、とっても綺麗。
指でファインダーを作ってのぞきこんでみたら、しばらく焼き付いて離れません。

そして、夕焼けは1日の終わりを想像させる色。
寂しくない、って言ったら、嘘になっちゃいますけれど――。
今の私にとっては、明日のことが楽しみになる色です。

明日は、どんな風景が見られるかな。
どんなことが起きるかな。
もしかしたら、何も起こらないかも?
私の知っている場所で、私の知っていることだけが起きる世界。
それはちょっぴりものたりないかもしれないけれど、たまにはのんびりするのもいいかもしれませんね。

私の知っている場所、知っている世界。
家、学校、事務所、通学路、事務所へ向かう道。
友だちと出かけた場所、アイドル仲間と一緒に行ったお店、みなさんのいる場所。

加蓮ちゃんが、一緒にいてくれる場所。
カフェだけではなくて、これまでの――

いつもよりはしゃいじゃった温泉街。
一緒に虹を見た事務所の屋上。
扉越しに優しさを感じた真夜中の病院。
散ってしまった桜の木の前、花筏のきらめく川の広場。
一緒に巡ったカフェ。
加蓮ちゃんが連れてきてくれたカフェLIVEのステージ。
形を変えた想いを伝えあったひまわり畑。
違う意味でドキドキした握手会会場。
過去と向き合い成長した加蓮ちゃんのサンタ姿。
1日中ずっとコラムを書いていたこの場所。

1つ1つを思い浮かべてみると、びっくりするくらいに私の世界は広がっていて、そして、たくさんの思い出ができていることに気がつきました。

そしてきっと、加蓮ちゃんは私よりも、さらにたくさんの世界へ触れてきました。

最初の頃は、周りの人のことを信じるだけでも難しくて、独りだった加蓮ちゃん。
私のことも、なかなか信じてくれなくて、いくつもの言葉を積み重ねて来ました。
何度もお互いに、傷つけあって、確かめあって、それで少しだけ変わることができた加蓮ちゃんは、いつしか、事務所の中心にいることが多くなっていました。

こんなことを言ってしまうと、加蓮ちゃんや、加蓮ちゃんの世界を大事にしているPさんに、怒られてしまうかもしれませんけれど……。

昔はきっと、私の方がたくさんのものを見ていたのだと思います。
私の方が、世界を多くを知っていました。
今はきっと、加蓮ちゃんの方がたくさん世界を知っています。

もちろん、私と加蓮ちゃんを比べて、どっちがすごいとか、どっちが幸せなんて、言うつもりはありませんよ。
私だって……ちゃんと、私のこと。高森藍子という1人の存在を、大切にしてくれる人たちがいます。
私が、私のことを「自分なんて」って言ったら、そんな方々にとても失礼だってことは、分かっていますもんっ。

比べるつもりはありません、でも――


『……加蓮ちゃん、なんだかすごいアイドルになりましたね』


前よりもずっとキラキラしていて、前よりもずっと前を向いていて。
まぶしいほどに大きく成長していた加蓮ちゃんは、いくつも高い壁を乗り越えて、けわしい道でも歩き進めて、頂上にたどり着きました。
かつて狭い世界の中で、ちいさく膝を抱えていた女の子は、いつしか誰よりも煌めく、そして、たくさんの方々に応援されるアイドルになっていました。

もちろん加蓮ちゃんは毎日こつこつ、ううん、できることをぜんぶ頑張って、そこに辿り着いたんです。
その努力の姿を、ぜんぶではなくても見てきました。
……それなのに、いつの間にか――いつしか――なんて思ってしまうのは、私が長い間、加蓮ちゃんを見続けていたからでしょうか。
夜空に瞬く星を見続けていると、逆にそれが動いていることや、輝きを増していること――そこにも確かに時間が流れていることに、気がつきにくいように。

昔の私なら、もしかしたら加蓮ちゃんから離れようとしていたかもしれません。
そんなすごいアイドルの隣に、見た目も性格もアイドルらしくない私がいるべきではない、加蓮ちゃんの邪魔をしたくない……って。
私なんかより、もっと他の人と一緒にいた方がいい……なんて、考えてしまって。
そうして言葉も交わさないまま遠ざかって、外側の輪の中にいる加蓮ちゃんのことを、よかったね、って言っていたのでしょうか。

残り少ないコーヒーをゆっくりと啜って、空を見上げます。
徐々に青色がなくなりつつある夕焼け色。きっと加蓮ちゃんも、今ごろ走りながらも見ていることでしょう。

今の加蓮ちゃんは、きっと友だちよりもうちょっと大切な女の子として私の隣にはいてくれるけれど、同時にアイドルとして途方もなく高い山の頂上に立っているんです。
私が手を伸ばしても、指先さえも同じ空気を共有できないほど、遠い遠い場所に。
そこから見ることのできる景色は、加蓮ちゃん――
トップアイドルとなった加蓮ちゃんにしか見ることができなくて、加蓮ちゃんしか知らない景色。

以前、世界が変わっていっている、動いている、って教えてくれました。
たくさんの新しいことと、その中にある、今までもあったもの。
それらがぜんぶ、以前よりも幸せに感じるんだって。

以前、今が充実している、って教えてくれました。
とっても忙しいけれど、自分がすっごくアイドルをやっているんだって!
そうお話する加蓮ちゃんは、見とれてしまうくらいの笑顔でしたっ。

(大変申し訳ございません。1つ文章が抜けてしまっていました。
>>8>>10(これ)→>>9の順番でお願いします……)



ううん、今でもたまに、悩んでしまいます。

ここのところ、加蓮ちゃんはすごく忙しくて、それなのに私が誘ったら予定を空けてくれて、一緒の時間を過ごしてくれるんです。
加蓮ちゃんから誘ってくれた時は、とても嬉しくて、ついお話が弾んでしまって。
遅い遅い時間になってしまうことも、多くあるんです。
ここにいる間はとっても楽しいけれど、家に帰ってからは、よかったのかな、邪魔になってないかな……って。やっぱり、時には思ってしまいます。

でも、大丈夫。
加蓮ちゃんに連れてきてもらったカフェLIVEと、その時の、大好きです、だから隣に――っていう言葉。
そして、私たちの時間というテーマで綴ったカフェコラム。
私にとって、加蓮ちゃんと過ごす時間は、かけがえのない大事なものだって分かっているから。
大切な思い出と、自分の中で確かめた気持ちがあるから、後ろ向きな感情が生まれたとしても、この幸せを、捨ててしまおうなんて思ったりはしない。

……なんて。そんなのは、もしかしたらいいわけなのかも?

やっぱり私は、加蓮ちゃんの顔を思い浮かべるから。
アイドルのことを楽しげにお話していたり、ちょっとしたことで私にいじわるを言ったり、落ち込んでしまってもまた前を向く、そんな加蓮ちゃんの顔を。
そして、加蓮ちゃんの目を思い浮かべるんです。
私のことを見てくれる目。色鮮やかな世界をいっぱいに捉えて、ちいさなものも、大きなものも、たくさんのものを見続ける目。
次はこうしたいな、って、本音をすぐに隠しちゃう加蓮ちゃんの代わりに教えてくれる、綺麗で、加蓮ちゃんの中でいちばん素直な場所。

「加蓮ちゃん」


中身のなくなったカップを置いて、目を瞑ります。
瞼の裏にかすかに入り込む夕焼けの中、同じ空の下にいる加蓮ちゃんの姿が思い浮かびました。
いつもは顔や目が浮かぶのに、今日は、背中を向けた加蓮ちゃんの全身姿。

これまでの数多の時間、たくさんたくさん……本当にたくさんのことを話して過ごしてきました。
お話をすることで、加蓮ちゃんのことを知ったり、私のことを知ってもらえたり――
……加蓮ちゃんは、自分のお話をする時に、色々な表情を見せて来ました。
そして、最近の加蓮ちゃんはいつも楽しそうにしています。
幸せそうにしています。
私がお話を聞くことで加蓮ちゃんが笑顔になれるのなら、それをもっと見ていたい。

そして、私も。


「もっと、教えてほしいな……。頂上まで昇りつめられることのできた、トップアイドルの想いを。あなたが今、見ている物のお話を」


もっと聞いてみたい。加蓮ちゃんの想いを。今、広がっている風景のことを。
最近は加蓮ちゃんがとても大忙しで、お話をする時間も減っちゃったから、いつもより、もっと。
私の大切な人が、大好きな人が幸せであるっていうことを、テレビ越しや、輪の中を遠くから見るだけではなくて、加蓮ちゃんの口から、もっともっと教えてほしい。
それに……おそれおおいかもしれないけれど、私も加蓮ちゃんと同じく「アイドル」という存在なのだから……アイドルが、努力を積み重ね、ついに1つの形となったことって、どういうことなのかって知りたい。

楽しいことも、嬉しいことも、幸せなことも知ってるよ。
でも、もっと聞いてみたいの。
加蓮ちゃんの、ありったけの言葉をぜんぶ、聞いてみたい。


「そこから見える景色は、どんな色に彩られていますか――?」



□ ■ □ ■ □

……。

…………。

加蓮「藍子……っ!」

藍子「……ん……あ、加蓮ちゃんっ」

加蓮「藍子、ごめんっ、私っ!」

藍子「こんにちは♪ 待っていましたよ、加蓮ちゃん」

加蓮「私っ……」

藍子「加蓮ちゃん? 今日、初めて会った時には、まずあいさつからです。こんにちは、加蓮ちゃん♪」

加蓮「……っ、…………。……こんにちは、藍子……」

藍子「どうぞ、座ってください。今日は、もう残り短くなってしまいましたね。でも――」

藍子「でも、まだ終わっていませんから。夕暮れのお茶会へようこそ♪ 加蓮ちゃんが満足するまで、ここにいていいんですよ」

加蓮「…………、」

藍子「なんて……。カフェが閉店しちゃったら、それまでですけれど」

加蓮「……」

藍子「……もうっ。そこは、だいなしだよ、って言うところです! いつもの加蓮ちゃんなら、きっとそう言いますよね?」

加蓮「藍子、」

藍子「はい」

加蓮「私さ……」

藍子「加蓮ちゃん。でも、何かお話したいのなら、まずは座ってください」

藍子「あっ、椅子を引いてあげた方がよかったですか? では……どうぞっ」ズッ

加蓮「……、」

藍子「加蓮ちゃんが座ってくれるまで、私、これ以上のことは何も言いませんもんっ」プイッ

加蓮「…………、」

藍子「あっ。1つだけ言い忘れていたことがありました」

藍子「加蓮ちゃん。今日は、来てくれてありがとう♪ 無理をさせてしまったのは、ごめんなさい。でも、あのまま家に帰っちゃう前に、1度顔を見ておきたくて……」

加蓮「……あ、……はは。何も言わないって言いながら、結局何か言うんじゃん……」

藍子「くすっ♪ いつも通りの加蓮ちゃんですね!」

藍子「加蓮ちゃん、電話ですっごく焦っていたから、そのまま家に帰っちゃうといろいろ考えてしまうかなって思ったんです」

藍子「それなら、ちょっとの時間だけでも、こうしてここで会って。言いたいことや、……う~ん……」

藍子「言いたいことですね。言いたいことを、顔を見ながら言った方がいいかなって……。だから加蓮ちゃん、座って? そうしないと、何も始まりませんから」

藍子「それに、私……」

藍子「加蓮ちゃんに、……加蓮ちゃんのお話を、聞きたいなって思ったんです」

藍子「だから、ずっと待っていたの。私が待ちたくて、待っていただけですから」

加蓮「…………、」

藍子「だからまず、座りましょう? 立ったままだったら、落ち着いてお話もできませんよ」

加蓮「……うん。じゃあ、座るね……」スッ

藍子「♪」

藍子「さてっ。何を注文しましょうか。お昼ご飯を食べたのってけっこう前だから、お腹がぺこぺこなんです。晩ご飯にしちゃおうかな――」

加蓮「……叱ってよ」

藍子「えっ?」

加蓮「叱ってよ、私のこと。なんで連絡もしなかったんだって……。何時間待たせてんだって……」

藍子「…………」

加蓮「藍子のこと、何時間も放ったらかしにしてたんだよ?」

藍子「……そうですね。ほったらかしにされちゃいました。でもそれって、その時間の間もずっと、加蓮ちゃんはどこかで活躍していたってことですよね」

加蓮「違うの」

藍子「違うんですか? 朝から収録が始まって、電話では、さっき終わったって。電話越しだけれど、嘘には聞こえませんでしたよ」

加蓮「違うの……。それは嘘じゃないんだけど、そんな立派な話とかじゃなくて……」

藍子「じゃあ加蓮ちゃん、教えて? 加蓮ちゃん、どうしてあんなに、必死にごめんって言い続けていたんですか」

加蓮「……」

藍子「きっと、加蓮ちゃんは何か考え込みすぎていて、だけどそれはぜんぶ、自分を責めているだけではない……思い込みだけではない、何か自分を責めるだけの理由があるんだなっていうのは、分かります」

藍子「でも、何があるのかは、教えてくれないと分かりませんよ? 私は加蓮ちゃんから教えてほしいな」

加蓮「…………」

藍子「叱るかどうかは、その後に決めることですっ」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……何もお話してくれないで、目の前で自分のことばかり責め続けるのを見ている方が、よっぽど辛いんですよ」

加蓮「っ……」

藍子「もう……。注文しますから、その後になったらお話してくださいね。すみませ~んっ」

藍子「ご飯……ご飯は後にしますっ。コーヒーは、さっき飲んだから……うう~ん」

藍子「じゃあ、加蓮ちゃんが落ち着けるように、ハーブティーと……。私は……。同じもので、お願いしますっ」

加蓮「……、」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……あっ、店員さん。ありがとうございます。せっかく加蓮ちゃんも来てくれたので、もう少しだけ、のんびりさせてくださいね」

加蓮「……ずず」

藍子「いただきます。……ふふ。落ち着く味っ♪」

加蓮「…………」

藍子「加蓮ちゃん、ほんのちょっとだけいつもの顔になりましたっ。どう? 冷静になれましたか?」

加蓮「……」

加蓮「……収録の間……ずっと、心が燃えてたの」

藍子「うん」

加蓮「藍子のこと、ずっとすっぽかしたままで……それどころか、約束してたことさえも途中から忘れてて」

藍子「うん」

加蓮「思い出したのって、ホントに電話する直前で」

藍子「うん」

加蓮「これがさ、……こういうこと言っちゃダメなのかもしれないけど、他の知り合いとか、クラスメイト程度なら何も思わないんだ。悪かったな、ってくらい」

藍子「うん」

加蓮「いつも、私のことを見てくれる……私の隣にいてくれた、大切な女の子のことを――」

加蓮「いくらアイドルのお仕事だったからって、燃えていたからって。それを忘れるのは……」

藍子「隣に――」

加蓮「……?」

藍子「あ、いえっ。ごめんなさい。続けて?」

>>17 重ねて申し訳ございません。1行目の加蓮のセリフを訂正させてください。

誤:加蓮「……収録の間……ずっと、心が燃えてたの」
正:加蓮「……収録の間……ずっと、気持ちが燃えてたの」


加蓮「……藍子に電話して、ここに来いって言われた時に、どんな顔して会えばいいんだろうって、ずっと……。そのまま……でも、帰ったら、もっと顔を合わせられなくなると思ったから」

加蓮「ここに走ってくるまでの間ずっと……忘れてた自分のこと、許せなくて」

加蓮「収録にだって休憩はあったし、お昼休みだって。予定を捻じ曲げて、変えたのも私。スタッフさんにも、Pさんにも、いいよって言ってもらえたから――」

加蓮「……ん、ごめん。ちょっとぐちゃぐちゃだ」

藍子「ううん。大丈夫。分かりますよ」

加蓮「だからなんでっ――」

藍子「アイドルのお仕事に夢中になっていた加蓮ちゃんは、もっとやりたいこと? ができて、もっとたくさん撮ってもらうことにしました」

藍子「その間、私に連絡をすることや、約束をしていたことそのものを忘れてしまっていました」

藍子「加蓮ちゃんは、私のことを……その、大切に思ってくれているから、自分のことを許せないって思ってしまっています」

加蓮「――!」

藍子「これで、合ってますか? 何も知らない方が相手でも、分かりやすいように説明してみたつもりですけれど……」

加蓮「……なんで」

藍子「なんで?」

加蓮「ちょっとくらい叱ってよ……。怒ってよ。なんでそんなに、いつもみたいに優しいの……?」

藍子「う~ん……。本当に、加蓮ちゃんに対して怒っていないんです。嘘でも、つよがりでもなくて」

加蓮「……なんで」

藍子「どうしてでしょう? 私にも分からないかもっ」

加蓮「…………、」

藍子「ハーブティー、ごちそうさまでした。……ね、加蓮ちゃん。私、加蓮ちゃんが言うほど、優しい子ではないのかもしれません」

加蓮「は……? 何言っ」

藍子「加蓮ちゃんは、叱ってほしいって思っているのに、私は叱るよりも、加蓮ちゃんのお話を聞きたいなって思ってるんです」

藍子「それに、加蓮ちゃんには自分を責めてほしくないって思って。ずっと、自分の気持ちを優先させてばかり」

加蓮「……、」

藍子「私は……それでいいなって、自分で思っていますよ。いつだって、私たちはやりたいことをやってばかりだったじゃないですか」

藍子「加蓮ちゃんは、加蓮ちゃんのお話したいことをお話して。私は、私のお話をして」

藍子「加蓮ちゃんも、それでいいんです……あっ。でも、自分をいつまでも許せなくて、責め続けるのは、駄目ですからねっ」

加蓮「……」

藍子「ハーブティー。どうぞ、飲んでください」

加蓮「……」ズズ

藍子「ねっ?」

加蓮「……藍子」

藍子「はい」

加蓮「最後に1回だけ言わせて……ごめんね」

藍子「いいえ。疲れているのに、顔を合わせたくないって思っていたのに、それでも来てくれてありがとう、加蓮ちゃん♪」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……人をさ」

藍子「?」

加蓮「人を泣かせようとするの、やめてくれない?」

藍子「……! ……泣きたい時には、泣いてもいいと思いますよ~?」

加蓮「そうやってすぐ泣き顔を撮ろうとするんだっ」

藍子「そんなことしませんよ。泣き顔なら、加蓮ちゃん。この前の総選挙の発表の時にもみんなが見ているカメラの前で、」

加蓮「やめろ! やめっ……あ、あの後も色んな意味で超顔合わせにくくて!」

藍子「逃げちゃいましたよね、加蓮ちゃん♪」

加蓮「ああああああ、もおーーーーーっ! ……今日は私がやらかしてるからあんまり強く言えないし!」

藍子「ということは、今の加蓮ちゃんならお願いを聞いてくれたり……?」

加蓮「……藍子の気が済むならお願いの100個や200個くらい」

藍子「ではっ♪」

加蓮「待って、やっぱやだ!」

藍子「え~っ!」

加蓮「藍子がいいって言ったのが悪いんだ! 最初から交換条件を出してないんだから。ノーカンだよこんなの。ノーカン! お願いなんて聞いてやるもんかっ」

藍子「ズルいですっ。加蓮ちゃん。いつもみたいにズルいです! いつもみたいに……ふふっ♪」

加蓮「……もうっ」

――おしゃれなカフェ――

藍子「もう7時を回っていたんですね。いつの間にこんなに……」

加蓮「店員さんも中に入るのを勧めてくれる訳だね。っていうか、こんな時間までここにいていいの……?」

藍子「……加蓮ちゃん。それは、さすがに今さらではないでしょうか。前だって、8時までとか、閉店までいたこともありましたよね。それも何回も」

加蓮「……確かに。いやあれはだいたい藍子のせいだけど」

藍子「う……そ、それは」

加蓮「ふふっ。付き合ってた私も私だし、いいんじゃない?」

藍子「ひょっとして、まだ弱気になっちゃっているんですか? 誰かに迷惑をかけているかも……なんて」

加蓮「だってさぁ……」

藍子「気持ちは分かりますけれど、大丈夫ですよ。ここにいる人は、私も、店員さんも、加蓮ちゃんに迷惑だなとか、イヤだなって思った時には、素直に言うことができる人ですから。加蓮ちゃんだって、それくらい知ってるでしょ?」

加蓮「……うん」

藍子「そういえば……収録が長引いたってお話、聞いてみたいな」

加蓮「ん……。さっきも言ったんだけど、予定の時間より長くしたの。私が。……前から話してる、他のアイドルにゲストに来てもらって何かするっていうヤツ」

藍子「新しいことに挑戦したり、加蓮ちゃんが教えてもらったりする番組ですよね」

加蓮「そうなんだけど……今日だけは違って。勝負する企画で」

藍子「勝負する企画……」

加蓮「私が……ほら、……トップになったから、歴代のトップアイドルと対決したら面白いんじゃないかって」

藍子「それを、加蓮ちゃんが?」

加蓮「うん。……ね」

藍子「ふふ。今の加蓮ちゃんなら、だいたいの相手には勝てちゃいそう」

加蓮「今日は収録の半分くらいまで進める予定だったんだけど……。相手が、凛だった」

藍子「あ~……」

加蓮「お互いにLIVEパフォーマンスを見せたり、アイドルとして輝いたり、時に愛される姿を見せたりっていう、ホントにガチの勝負」

加蓮「見に来てくれた観客や、ゲストで参加してくれたアイドルが判定役になってくれて……」

藍子「勝負は、どうだったんですか?」

加蓮「それが、ホントに一進一退。ステージだけじゃない、全部の勝負でほとんど互角だったの。だから凛も、私も、絶対に負けたくないって……企画とか番組のことなんて忘れるくらいに、熱中してた」

加蓮「観客のみんなもゲストアイドルのみんなも……特に奈緒がすごく盛り上がってて、スタッフさんも熱い感情を共有してたから、私達がもっと勝負したいって言っても、誰も止める人がいなかったんだよね」

藍子「ふふっ。なんだか想像できちゃうな……」

加蓮「最近は一緒にLIVEしたり、3人で何かに参加したりってことが多かったから……。お互い全力で勝負するなんて、すごく久しぶりで……」

加蓮「凛も、ずっとユニットを組んでた私達でさえ初めて見るくらいに燃え滾ってた」

加蓮「絶対やってやる、絶対勝ってやる、って、ずっと思い続けてた」

加蓮「……藍子との約束の時間とか、ずっと現場にいてくれたPさんのその後の予定とか、全部無視して」

加蓮「Pさんにも迷惑をかけちゃったし……。時間のこと、頭にも思い浮かべなかった」

加蓮「せめて一言だけ送って、また今度にしようねって言えば、藍子を待たせることもなかったのに――」

藍子「そうだったんですね。お疲れさま、加蓮ちゃん」

加蓮「えっ……あ、うん、ありがと。じゃなくて――」

加蓮「待って? 藍子、ひょっとしてずっとここに……」

藍子「はい。ここにいましたよ。空を見上げたり、今までのことを思い出したりしながら……。思い出したりしながら、加蓮ちゃんのことを待っていました」

加蓮「……ホントにごめんっ……! 私、」

藍子「大丈夫。私は……悪いなんて思わないで、いいなって思いますよ」

藍子「アイドルとして、負けず嫌いの加蓮ちゃん。時間を忘れて、一生懸命に熱中して……絶対に勝ってやるっ、ってなっている時の姿は、きっと、みんなが応援したくなるものだったんでしょうね。早く見てみたいな……♪」

加蓮「……、」

藍子「自分を責める時間は、もうさっき終わったじゃないですか。加蓮ちゃんが楽しそうだったことも、よく分かりましたっ」

藍子「いいなぁ……。私――」

加蓮「……」

藍子「あれ?」

加蓮「……? ……凛のことなんだけどさ」

藍子「あ、はい。凛ちゃんのこと?」

加蓮「もともと収録は午前で終わる予定だったっていうのは、もちろん凛も知ってたんだけど……凛、最初から今日の収録は1日かかるって思ってて、その為に予定を空けておいたんだって」

加蓮「火が点いた自分達が、簡単に立ち止まることなんてしない――って。私の性格も、ちゃんと分かってくれてた」

藍子「だって、ずっとユニットを組んでやってきてますもんね」

加蓮「私は……自分のことが、分かってなくて」

藍子「……めずらしい」

加蓮「うん。……忙しさにかまけてたとは思ってないけど、目の前のことばっかり見てたかもしれない。自分の……分析っていうのかな。自分のことを見忘れてた気がする」

加蓮「……最初から、叶えられない約束をしちゃってたのかも。私」

藍子「それもあるから、ずっと責めちゃっていたんですね……」

加蓮「ん……」

藍子「では、ここにいる間くらいはいったん立ち止まっちゃいましょ?」

加蓮「……叱ってよ」

藍子「叱りません。加蓮ちゃんが、もうじゅうぶん叱っていますから」

加蓮「もう……」

藍子「でも、聞くだけじゃなくて、私も――」

藍子「……」

藍子「そうだ。晩ご飯にしませんか? 私、お昼を食べたのがずっと前だから、もうお腹がぺこぺこでっ」

藍子「加蓮ちゃんも、頑張った後ですもん。お腹が空いているんじゃないですか~?」

加蓮「うん。実は私もぺこぺこ……。ずっと走ってきちゃったし、収録合間もあまり食べなかったから」

藍子「たくさん食べられそう?」

加蓮「あははっ……今日だけは大食いになろっかな」

藍子「それなら今日は、定食のご飯を……大盛りにしちゃいましょう!」

加蓮「え、できるの? 大盛りなんて書いてあったっけ……」パラパラ

藍子「書いてありますよ~。ほら」

加蓮「ホントだー。普段しないから目に入らなかったんだね」

藍子「すみませ~ん。今日の定食を、2人分お願いします。白ご飯は、大盛りで!」

加蓮「あはっ。店員さん、今手を止めたでしょ。意外だったー?」

藍子「普段言われないことを言われると、びっくりしちゃいますよね」

加蓮「ね。お願いねー」

藍子「でも加蓮ちゃん。さっきのお話ですけれど、収録が終わって帰る時には、私のことを思い出してくれたんですよねっ」

加蓮「…………」

藍子「えっ。どうしてまた、"ず~ん"ってなっているんですか?」

加蓮「その……。思い出したのもきっかけっていうかさ……」

藍子「きっかけ」

加蓮「えーっと……。確か今も鞄の中に……あった。これ」

藍子「花火セット? 夏になってから、コンビニやスーパーでもよく見かけるようになりましたよね」

加蓮「撮影の時に小さな演出として使う予定だったんだけど――」

藍子「意外と庶民的……」

加蓮「大掛かりより、こっちの方がらしさが伝わるって感じのだったから。ただ途中から演出も変わりまくって、余っちゃって」

加蓮「みんな解散した後に、収録合間とかでよく喋ってたスタッフさんが分けてくれてさー。事務所のみんなでどうぞ。小さな子達も喜んでくれますよ! って」

藍子「加蓮ちゃん、ちいさい子たちから懐かれているって知られているんですね♪」

加蓮「……あ、これってそういうことになるんだ」

藍子「別の番組でも、共演していた相手だけではなくて参加した小学生たちにもとっても優しかったから。きっとそのスタッフさん、加蓮ちゃんの番組をいっぱいチェックしているんだと思いますよ~」

加蓮「そういうことにもなるかも……え、なんか今さらこっ恥ずかしくなってきたんだけど」

加蓮「しかも私、これ見た時に藍子のことを思い出してね。で、ヤバ、ってなって……」

藍子「花火を見て、私のことを?」

加蓮「この前お祭りの話したじゃん。その時の藍子の顔とかカフェの中とか思い出して、そういえば今日約束がって……」

藍子「なるほどっ」

加蓮「……電話しながらPさんに慌てて言ったら滅茶苦茶怒られた。約束を破るなって」

加蓮「どんなにすごいアイドルになっても大切なことを忘れるな、それがプライベートだったとしても今まで支えてくれた相手を蔑ろにするな、って言われて。ホントにその通りだって思ったから……」

藍子「……」

加蓮「スタッフさん、私のことすごく応援してくれてたのかな……。それも、大切なことだよね。Pさんの言ってた、大切にしないといけないこと」

加蓮「はぁ……。自覚なさすぎだ、私」

藍子「……」

加蓮「藍子?」

藍子「ううん。……あっ、店員さんが晩ご飯を持ってきてくれたみたい。続きは、食べてからにしましょうっ」

加蓮「そうしよっか。わ、ホントにご飯が大盛りだ!」

藍子「大盛りって注文しちゃいましたからね。湯気が立ってていい匂い……♪ お腹が鳴ってしまう前に、頂きますっ」

加蓮「頂きます」

藍子「うんっ。美味しい!」

加蓮「……」モグモグ

加蓮「……藍子」

藍子「はい。何ですか?」

加蓮「待っててくれて、ありがと」

藍子「は、はあ。どういたしまして……? 急に、どうしたんですか」

加蓮「……一緒にご飯食べてたら、なんかまだじんわりと来ちゃって……。私、ひどいことしたなって。でもそうじゃなくて、待っててくれたことが嬉しくなっちゃって」

藍子「ふふ……。もう。加蓮ちゃん。泣かないで?」

加蓮「いやいや。泣いてないし」

藍子「本当に? 今、なんだか泣きそうな顔をしてたように見えましたよ」

加蓮「してないしてない。白ご飯の湯気が目に入っちゃったんじゃないの?」

藍子「入りませんよ~」

加蓮「入るってば」

藍子「入っていませんっ」

加蓮「入った!」

藍子「はいってないもんっ」

……。

…………。

「「ごちそうさまでした。」」

加蓮「花火セット、どうしよう。事務所に持っていってもいいけど、たぶんみんな同じこと考えてるよね。余ってそー」

藍子「紫陽花のお花と同じですよ。たくさんあったら、その分楽しめます♪」

加蓮「あれも結局、凛どころじゃなくてホントにみんな同じこと考えてたもんねー……。埋もれちゃった」

藍子「加蓮ちゃんとしては、恥ずかしくならなくてよかったんじゃ?」

加蓮「別に紫陽花を持っていくのは恥ずかしいことじゃないでしょっ……って、最初に言い出したのは私だったっけ」

藍子「はい、そうですね♪」

加蓮「……ぐぬぬ」

藍子「事務所に持っていかないのなら、家族でやるというのはどうでしょう。お母さんや、お父さんを誘って」

加蓮「この歳になって親と花火ってどうなのよ」

藍子「加蓮ちゃん、小さい頃に家族で花火をやったことってあるんですか?」

加蓮「あっ……え? ……えー、それ藍子が言う……?」

藍子「昔話を、もう普通にお話してもいいって言ったのは、加蓮ちゃんですよ」

加蓮「それもそうだった」

藍子「ねっ?」

加蓮「……無いことはないけどさ。っていうか、今日の藍子、手強すぎ」

藍子「あはは……。あの、本当に加蓮ちゃんを待っていたことは怒っていないんです。怒ってはいないけれど――」

藍子「電話で、加蓮ちゃんにここに来てって言って、すぐ切っちゃった時から」

藍子「……ほんのちょっぴり、いじわるしたいなって思ってしまって」

藍子「だ、だってほら、そうやって冗談や笑えることにした方が加蓮ちゃんも気にせずに済むじゃないですか! 電話の時の加蓮ちゃん、すごく焦ってたから……!」

加蓮「たはは……。優しい気遣い、どうも」

藍子「ふふ。ずっと、やりたいことをやっているだけですよ」

加蓮「藍子はいつもそうだよね。ううん。私もか……」

藍子「なんといっても、加蓮ちゃんは――」

加蓮「私は?」

藍子「……加蓮ちゃんの」

藍子「加蓮ちゃんの、今いるところから――」

藍子「……」

藍子「ね、加蓮ちゃんっ。花火、使うあてがないのなら、今やっちゃいませんか?」

加蓮「今……え、今って。カフェで?」

藍子「もちろん外で。あまり騒がしくしたら迷惑ですから、ちいさな花火をちょこっとだけ。……そうだっ。線香花火、やってみたいです♪」

加蓮「線香花火――」

藍子「私、線香花火って大好きなんですよ。ちいさく燃えているところを、じっ、と眺めていると、心が穏やかになれて……ちょっとしんみりしちゃうけれど、みなさんも、あたたかい気持ちになるんです。私、それを見るのも好きで♪」

加蓮「藍子らしいね。お母さんと一緒にやったら、その後何か買ってくれるかな? 優しい気持ちで♪」

藍子「もうっ。そういうのじゃないですっ」

加蓮「あははは! 分かってるって。じゃ……外でやっていいか聞いてみよっか。あと着火する物と、念の為バケツも借りなきゃね」

藍子「他にお客さんがいなくてよかったですね。店員さんと、じっくりお話ができますから。すみませ~ん」


□ ■ □ ■ □


そういえば結局、ライチのブレンドジュースに入っている他の果物は分からないままでした。

梅雨に入った頃から今まで、ずっと限定メニューに入っているドリンク。限定? って加蓮ちゃんが首を傾げると、店員さんは、夏季限定です、と言いました。
それがなんだか、ちょっとだけ対抗心を見せているみたいで。
何に対してなのかよく分かりません。きっと加蓮ちゃんも分かっていません。
よく分からないまま加蓮ちゃんは店員さんとにらめっこを始めようとしていたので、慌てて止めました。このままだと閉店時間になっちゃうっ。

そうして何回目になるか分からない限定のドリンクを頂いた後で、店員さんに相談してみると、表で線香花火を点すことを許してもらえました。
梅雨の頃、私と加蓮ちゃんが写真を撮った場所でなら、燃え移るものもないだろうって。
簡単な着火道具と水入りバケツを貸してもらって、カフェの外へ。
途端に夜の風が頬上の髪を撫でて、両手で持っていたバケツを落としてしまいそうになりました。見上げれば、木々の合間からわずかばかりの星と、対照的にくっきりと輝いている半月の姿。


加蓮「なんだかこうしてると、ぜんぜん都会って感じがしないよね」

藍子「ですねっ。いつも住んでいる場所とは、ぜんぜん違う感じ……」

加蓮「昔の私にも見せてあげたいけど、昔の私だと怯えちゃうかな。……ふふっ。なんて。今いる加蓮ちゃんは、今いる加蓮ちゃんですけどー」


どこかおどけたように言う加蓮ちゃんは花火セットの包装をてきとうに破いてしまって、そこから細い束をいくつか取り出します。
線香花火を1つ受け取って、火をつけて……。
ほどなくして、ちいさなちいさな灯火が夏の夜に浮かび上がりました。

灯火は、しゃがみこんだ私と加蓮ちゃんのちょうど体の真ん中の辺りから、じわり、と広がっていき……さざなみのようなコントラストと共に、加蓮ちゃんの口元辺りまでを照らしています。
ぜんぶが見えないでいると逆に見つめていたくなって、線香花火をちょっとだけ掲げてみせました。
灯りが広がることで、加蓮ちゃんの顔がしっかり見えるようになります。この方が、なんだか安心できるかも……♪
それに、ちいさな花火に照らされた加蓮ちゃんの表情は、人工の光で見る時とはまた少し違った雰囲気で……これも、夏だから見られる加蓮ちゃんなのでしょうか? なんてっ――


藍子「あっ……」


灯りをもうちょっと近づけたいって思って、腕を伸ばそうとすると、勢いがつきすぎてしまったのでしょうか、線香花火は灯火を残したまま、ぼとりと落ちてしまいました。


加蓮「あははっ。藍子、せっかちなんだからー」


なんて笑った加蓮ちゃんも、笑った拍子に手元が揺れてしまったためか、同じく火が落下して――
一瞬にして暗闇に戻った、カフェの前のちいさな空間。
どこか遠くで木々が揺れて、それに合わせるようにして、私も加蓮ちゃんも大きく笑いました。

今日は2人だけの花火大会ですから、線香花火はまだ何本か残っています。
2本目に火を点けて、また生まれた夏の幽光に、再び吸い込まれていきました。

藍子「素朴で、だけど目が離せない、月とは違う美しさは……夏の間だけ見られる、すてきな物ですよね」

加蓮「夏と言えば、花火! なんて、エラソーに言えるほど知ってる訳じゃないけどっ」

藍子「花火を見て、夏がやってきたなぁ、って言ったら、加蓮ちゃんにのろまだってからかわれちゃいますか?」

加蓮「さすがに、こういう時にそんな無粋なことは言わないよ」


火の玉は、よく見るとほんの少しだけ揺らいでいるみたい。
こんなにもちいさな存在でも、1秒ごとに、ほんの瞬間ごとに、形を変えていきます。
そして線香花火は、いずれはさっきみたいに落ちてしまう。
星も、花火も、そして、人も。時間はどこだって、いつだって流れ続け、さまざまなものが変化していきます。

夏になれば出会える、馴染み深いもの。
いつもそこにあるんだって思えるもの。
しっかりと覗き込んでみれば、決して同じではないもの。
名前や存在が同じでも、その時ごとに変化し、違う顔を見せ、そして新たな思い出を生み出してくれます。

だから私は、この時間を大切にしたいなって、いつも思うんです。

輝き続けている間は、ずっと見ていたい。終わってしまった後は、心の大切な引き出しへ。そうしてまた、次を探す。
例え繰り返されたことでも、あるいは、他の誰かがやっていたことだとしても、自分の好きなものを、自分で見てみたい。

そう。自分で見てみたい――。

カフェで加蓮ちゃんのお話を聞いているうちに、足の下の方がちょっとだけ熱くなりました。
そして「私も」と、何度も言いかけました。

私も――それに続く言葉は、まだ分かりません。
私が手繰ることのできる言葉は恐らく、今ここにはありません。
加蓮ちゃんの見ることができる景色は、立つことができた場所は、今は加蓮ちゃんの物で、私のものではないから。

だから教えてほしいと思った。もっともっと聞きたいなって思った。けれど加蓮ちゃんの姿を見てからは。


藍子「あっ……。また、落ちちゃいました」


何分かほどが経った頃。
線香花火がパチリと大きな音を立てて、思わず手元を揺らしてしまい、私の線香花火は地面へと落ちてゆきました。
砂に埋れてからも、ほんの2度ほど、ぱちっ、ぱちっ、と音を立てて、やがて完全に消えてしまいます。

加蓮ちゃんの分は――。
顔を上げると、加蓮ちゃんの線香花火はまだ続いていることが分かります。
夜の中に佇み、手にした灯火に照らしてもらっている加蓮ちゃんの顔は、とてもとても美しく見えました。

藍子「加蓮ちゃん」


ゆらり、と。顔を照らす光が角度を変えます。右目は夜の中、左目は夏の光。やがてはその不思議な陰影も姿を失います。
音もなく、まるで手にしていたものをゆっくりと床に置くような自然さで、加蓮ちゃんの線香花火がぽとりと落ちて――
再び、夜に包まれました。
カフェは遠く人の在り処を示しているだけで、生活音を届けることはありません。
遠くから自然の音が聞こえるだけの、私と加蓮ちゃんだけがいる空間。


藍子「私ね……加蓮ちゃんに、教えてほしかったの。加蓮ちゃんのお話を聞きたかったの。今までずうっと頑張ってきた加蓮ちゃんが、たどりついた場所のお話。輝くことができたあなたの気持ちや、そこから見える風景の色のお話……」


もし、ズルをするなら今しかないんだなって思います。
その山は昇らなくても、頂きからの風景を知る方法がある。
ううん。それはきっと、手段や方法ってだけではなくて。
私の知らないことだから、そのお話はきっとすっごく楽しい。
加蓮ちゃんの好きなお話だから、加蓮ちゃんもきっとたくさん笑ってくれる。
1日でも、1週間でも、1ヶ月だってずっと聞くことができるだろうし、加蓮ちゃんも話すことができるでしょう。


藍子「頂上まで辿り着いたアイドルは、何を想いましたか? そこから見える風景は、加蓮ちゃんの目には、何色に映りますか――」


さっきまで絶妙な力加減で線香花火を持っていた右手を、今度はぎゅっと、ぎゅっと握ります。


藍子「でも、それを聞くのはやめることにしました」

藍子「もし、そのお話が、この世界のどんなものよりもすばらしいもので……お話することで、加蓮ちゃんが笑顔になれたとしても」


私と加蓮ちゃんはいつも、長い時間を過ごすと共にお話をしました。
顔を見て、相手の気持ちを知って。かける言葉を探したり、背中を押してあげて、押してもらって。そこには、言葉がありました。

言葉を交わすことは、とても楽しいことです。
加蓮ちゃんのお話を聞くことは、すっごく楽しい時間です。
時に何もしない時もあって、カフェに何時間もい続けるだけの日もありましたけれど――
けれど最後には、言葉を交わしていた。そんな気がします。

たくさんのことをお話したから、今、ここで私は加蓮ちゃんと一緒にいられるんだと思います。

でも。


藍子「でも、今だけは、加蓮ちゃんの口から聞くのではなくて……自分で見てみたい。それがどんなに険しい山でも、どれほど難しいことでも、歩き続けて、たどりつきたいって思ったんです」


息を呑みました。額に汗が浮かびます。足元が、急に重たくなったみたい。
普段歩く道とは違う、まるで沼や流れの激しい川を詰め込んだような道。頭上には何層にも積み重なった雲があって、雨が降っても傘なんて持っていない。
そんな道が目の前に広がったような気がして、私は、もしかしたらそこを歩かなくてもいいのかもしれない。きっと加蓮ちゃんは、教えて、って言えば、教えてくれる。

……何度でも、ためらう気持ちも、やめようって思ってしまう心も生まれます。
私の中から離れきれない、アイドルに対する傍観的な憧憬が、外側にいるんだという錯覚を起こしてしまいます。

でも、夜の暗さにも、加蓮ちゃんは確かにそこにいてくれるから。


藍子「あなたが今、アイドルとして立っている場所に……今度は私が追いついて、立ってみせます。だからそれまで、ほんの少しだけ待っていてください。そして私が立つことができたら……絶対に立ってみせますから……その時には、加蓮ちゃん。あなたが今、見ている世界のことを、たくさん教えてください……!」


その時は、また、この場所で。たくさんの言葉を交わした、いつものカフェで。

加蓮ちゃんは、少しだけ息を吐き出した後、手を伸ばし……何かを掴む前にくるりとひっくり返してから握りこぶしを作りました。
しゃがみこんだ体勢から立ち上がり、膝を軽く払って。
私が続けて立ち上がるのを見てから、とても、とっても嬉しそうに微笑みました。


加蓮「……嬉しいな。今の藍子、すごくアイドルの顔をしてる」

藍子「そう……ですか?」

加蓮「うん。自分の欲しいものは、人からもらうんじゃなくて、自分で手に入れるんだって顔。……そっか。そんなことを思ってたんだ」


気付けなかったなー……と呟く時は、ほんの少しだけ茶化すような声。
くすくすと笑いながら、「もうアイドルらしくないなんて言えないね?」「ふふっ。もしもまた言うことがあったら、加蓮ちゃんが叱ってくださいね」「私のことは叱ってくれないのにー?」なんて。よく考えてみたら、すっごく自分勝手なお話ですよね。でも、それでいいんです。だって、私も加蓮ちゃんも、今までずっとそうしてきたのだから。


加蓮「私のいるところに、藍子が来てくれるんだ。……私ね、正直言うと藍子を呼んじゃおっかなって思ったの」

藍子「私を――」

加蓮「アイドルとしてすごく忙しくなって。藍子は隣にいるんだけど、なんかアイドルやってる時だけ隣が空席になったような気がしてさ……」

藍子「ふふ。それ、私もっ。加蓮ちゃんはここにいてくれるのに、すごく遠いところにアイドルの加蓮ちゃんがいるの」

加蓮「あははっ。だから、いっそ強引に引っ張っちゃおうかなって。いつかのカフェLIVEの時じゃないけど」

藍子「あの時のことがあるから、今、こうして頑張ろうって言えるんだと思います。でも今回は――」

加蓮「今度は、ちゃんと待ってあげる。もちろん、私が手伝う必要があるっぽい時には手伝うけど……歩きたいんでしょ? 私のいるところまで」

藍子「自分で歩いて、自分で見てみたいの……! 自分で、加蓮ちゃんの隣まで追いつきたいっ」

加蓮「分かった。じゃあ、見ててあげるね。あなたが、ここまで歩いてきて――そしていつか……うんっ。その時には、今日みたいな対決企画に藍子のことを呼んであげる。同じトップアイドル同士として……今度は、私が呼ばれる番かな?」

藍子「じゃあ、加蓮ちゃんを呼ぶ側になれるくらいまで、頑張って歩いてみせますねっ」

加蓮「ふふっ。頼もしいね。いいよ。絶対に待ってあげるから、藍子も絶対に、ここまで来てよ?」


それはきっと、とてもとても難しい約束です。今までお話してきた中でもいちばん難しいことかもしれません。
加蓮ちゃんは、それでも待ってくれている。
ついさっき、約束を破ってしまったことでひどく落ち込んでしまった加蓮ちゃんが、私のことを信じて待つって言ってくれた。

胸の内に宿ったのは、線香花火のような小さな火。
流れる時間の中で、形を変えていくかもしれない。けれどこのひとしずくは、絶対に落ちることだけはありません。

藍子「ありがとう。加蓮ちゃん……」

加蓮「どういたしまして。もう9時になりそうだし帰ろっか。迎えに来てもらわなきゃ。今日は……くすっ。ちゃんと寝れそう? めらめら燃えて、夜も眠れないなんてことになっちゃう?」

藍子「う。眠れないかも……」

加蓮「はいはい。泊まりにおいで。ちゃんと藍子のことは見ててあげるんだから」


絶対に大丈夫。
だって、私は加蓮ちゃんと同じアイドルで、たくさんの時間と、待ってくれる加蓮ちゃんが、私を支えてくれますから。


だから――長い上り坂の先、煌めくあなたに会いに行こう。


【おしまい】

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