【たぬき】小日向美穂「令和狸合戦ぽんぽこひなた ~さらわれたPさんを追え~」 (203)


 モバマスより小日向美穂(たぬき)の事務所のSSです。
 独自解釈、ファンタジー要素、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。


 前作です↓
【たぬき】前川みく「女子寮の開かずの間?」
【たぬき】前川みく「女子寮の開かずの間?」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1574089785/)


 最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
小日向美穂「こひなたぬき」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/)



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1576423889




 はんにんは たぬ




美穂「ど、どうしてこんなことに……」

卯月「一体誰が……?」

響子「そんな……プロデューサーさんが……」


P「」チーン


三人「毛まみれになって、温泉に浮かんでる……っ!!」


  ◆◆◆◆


 事の発端は地方ライブでした。


 私達ピンクチェックスクールは、愛媛県は松山市の道後温泉に宿泊していました。

 あちこちの観光地に旅行客がなだれ込む中、温泉街に更なる繁盛を見込んで、旅館協同組合が私達を呼んでくれたのでした。
 ちなみにどうして私達なのかというと、「なんとなくティンと来た」からだそうです。


「――みんなーーっ! ありがとーーーーーっ!!」

 というわけで、とっても久しぶりな感じのするP.C.Sのステージ!
 卯月ちゃん響子ちゃんと並ぶ舞台はとってもキラキラしていて、もちろんライブは大盛り上がり。
 愛媛のお客さんや遠方から来てくれたお客さん達みんなで、楽しくて可愛いステージを大成功させられましたっ。

 
 ……という感じに本番は終わったんですけど、問題はその後に起こったんです。



   〇


 ライブ本番を乗り越えた後は、みんなでゆっくり温泉観光ができました。

 プロデューサーさんの計らいでライブ後の二日をオフにして貰っちゃったんです。
 一日ここでゆっくりして、翌日電車でのんびり帰る……という流れです。
 これには私びっくりしちゃって、ほんとにいいんですかって聞いたらプロデューサーさんは、

「三人ともいつも頑張ってくれてるから、ご褒美だ。みんなには内緒だぞ?」

 ですって。えへへ。


 道後温泉は昔ながらの風情溢れる温泉街で、ハイカラ通りと呼ばれるアーケードには観光客がいっぱい歩いていました。
 中には浴衣の人もいたりして、冬の寒さに温泉の湯気がほんのり絡む独特な空気でした。

「あ、ほら見て美穂ちゃん。たぬきさん!」


 と卯月ちゃんが指し示す先には、信楽焼のたぬきが鎮座していました。

「美穂ちゃん、こっちにもありますっ」

 響子ちゃんは壁に書かれた立派なたぬきの絵を指差しました。
 そう、たぬきです。
 なんでも愛媛はたくさんのたぬき伝説が残る地らしくて、あちこちの神社や史跡にたぬきの曰くがあります。
 もちろん観光地の道後温泉もたぬき推しで、お店の軒先に信楽焼があったりイラストがあったりと、まるで本物がいるようなにぎやかさです。

「なんとなく親近感があるかも……」

 たぬきなので。
 組合さんが私達に声をかけてくれたのも、なんとなくそういうたぬっとした感じがセンサーに引っかかったからなのかもしれません。

 みんなへのお土産を選んだり、正面入り口の坊ちゃん電車やからくり時計を見物したりして日中は街を楽しみました。
 夕方になる頃にお宿に戻って、お夕飯の前にゆっくり温泉で温まろうということになり……。

 そこで、ある事件が……。


  ◆◆◆◆

  ――露天風呂


  カポーン


卯月「はぁぁ~~っ……気持ちいい~♡」

美穂「ぽこぉ~……」フニャー

響子「美穂ちゃんが溶けてる!」

美穂「とけてないよぉ~……」フニャニャー

卯月「あははっ。美穂ちゃんお饅頭さんみたい♪」プニプニ

響子「どれどれ……あ、ほんとだ。ほっぺたぷにすべ!」プニュプニュ

美穂「ふにゅにゅ。もーやめてよーっ」プニー

卯月「きゃーっ♪」


  パシャパシャ キャッキャ…


響子「――そういえば、プロデューサーさんはお風呂に入れたんでしょうか?」

美穂「ここ、時間帯で男湯と女湯が入れ替わるらしいもんね。さっきまでは男湯だったみたいだけど……」

卯月「でも、出てきたところ、見てないよね?」

響子「もうお部屋に戻った後なんでしょうか。ちゃんと休めてるといいんだけど……」

美穂「ふふっ。響子ちゃん、心配?」

響子「そりゃあ心配ですっ。だってライブのセッティングから何から、ずーっと働きづめだったし」

響子「帰ってもお仕事があるんですからっ。こんな時くらい、体を癒してくれなきゃ!」

美穂「大丈夫だよっ。出発前に、たまにはゆっくり温泉に浸かるか~って言ってたし」

美穂「きっと今頃は、お部屋でのんびりしてるんじゃないかなぁ?」

響子「そうだといいなぁ。いつもはシャワーで済ませそうな人だから……」

卯月「もし一緒に入れれば、背中を流したりしてあげたいのにねっ♪」

響子「い!?」

美穂「いっしょに!!?」

卯月「え? ……あ、あれ? あ! いや、そそそそそういう意味じゃなくてぇ!」

卯月「あうぅ~……肩たたきと同じ感覚で言っちゃった……」

美穂(む、娘目線……)

響子(かわいいけど、卯月ちゃんは自分の破壊力をもっと自覚した方がいい気がします……!)



美穂「でも、プロデューサーさんほんとにどうしてるんだろ。ゆっくり休めてればいいんだけど」

響子「あとでお部屋にお邪魔してみましょうか?」

卯月「うんっ! お菓子も持っていって、明日どうするかとかたくさんお話して――」


  バシャーーーーーーーーンッ!!!


美穂「ぽこっ!?」

卯月「きゃあ!?」

響子「な、なに……!?」


  シーン…………


美穂「い、今、なにかお湯に落ちた…………よね?」

響子「あそこの岩の影、ですよね……」



  …………


卯月「ちょっと、見てみる……?」

美穂「大丈夫? 危なくない……?」

響子「今のところは静かみたいですけど、何かの事故だったりしたら……」

三人「「「…………」」」


美穂「きょ、距離を取って回り込んでみよう。私はこっち行くねっ」

響子「じゃあ私はそっちを……」

卯月「私はあっちから近付いてみるね……!」ワクワク


  チャプ チャプ……


美穂「じゃあ、せーーーのっ」


  バッ!!



P「」プカー…


三人「「「ぷ、プロデューサーさん!!?」」」


 ――そんなわけで、冒頭に戻るのでした。


   〇


卯月「か……完全に、気絶してる……ね」

P「」チーン

美穂「い、一体何があったんだろう……!?」

P「」チーン

響子「と、とにかくっ、お風呂から出してあげましょう! このままだと風邪引いちゃいます!」

美穂「そ、そうだね! 外まで運んで、服を着せてあげて……は、運んで……」


P「」 ←温泉なので全裸



卯月「よいしょっ、よいしょ……っ!」ズリズリ

美穂「み、見ないように見ないように……っ」ズリズリ

響子「あ、ぁ。わぁ~……」マジマジ

美穂「響子ちゃーんっ!?」

響子「はっ!? ななな何も見てませんっ!?」ワタワタ


   〇

  ―― 脱衣所


卯月「な、なんとか連れてこられたね~……」ヒィフゥ

美穂「浴衣を着て……ぷ、プロデューサーさんにも着せて……っと」


P「」チーン


響子「いまだに目覚める気配がありませんね……」

美穂「何があったんだろう。それにこの、たくさんの毛」ヒトツマミ

美穂「くんか、くんか。ふすふす……」


美穂「――――たぬきの毛!!」カッ


卯月「美穂ちゃん!?」

響子「どうしてこんなことを!?」

美穂「私じゃないよぅ!!」ポコーッッ


  ◆◆◆◆


 とにかく、プロデューサーさんを介抱しよう。
 私たちのお部屋は広めですから、お布団が余分にあります。

 プロデューサーさんをお部屋に運びながら、私はあることを思い出していました。

 出発前夜、寮で晩ご飯を食べてる時、確か紗枝ちゃんは、こう言いました。


「あんじょう気を付けなはれ、美穂はん」


「? 気を付けるって……どうして?」
「四国へ行かはるんやったら、油断しぃひん方がええ。あそこは昔からたぬきの楽園と言われとりますさかい」

 熊本の出身とはいえ、私も一介の化け狸。四国が世に言う「たぬ聖地」であることは知っています。
 隠神刑部、太三郎禿狸、金長一門……世に名だたる有名狸の本拠地。サッカーで言えばブラジル、カレーで言えばインドな地なのです。

「あそこの化け動物の勢力図は、たぬきがほとんどを占めとりますよって……」


 シチューを一口ほおばって、周子ちゃんが疑問を呈します。

「なにそれ。そんなにたぬきまみれなの? 狐とかうさぎはいないん?」
「狐は追い出されてしもうたんどすっ」

 ポンッ!

 と、紗枝ちゃんの頭にきつねみみが。
 珍しく怒っちゃってるみたいです。こんな紗枝ちゃん初めて見た……。

「たぬきが弘法大師様と手ぇを組んで、四国に鉄の橋がかかるまでいうて、狐をあの地から放逐してもうたんよっ」
「でも瀬戸大橋かかったじゃん。もうオッケーってことじゃないん?」
「今さら戻ったかて四国はたぬき王国やっ。狐がのこのこ戻ったところで、簀巻きにされて瀬戸内に放り投げられるんがオチどす!」


「確かに、四国にはたくさんのたぬきさんがいるって聞いてます。中にはすっごく化け力の強いたぬきさんもいるとか……」

 サラダのレタスをさふさふ齧りながら、智絵里ちゃん。
 神使のうさぎさんである智絵里ちゃんは、全国各地の化け動物事情に詳しいみたいでした。

「だけど悪さをするとか、人間さんを化かすとかっていう話は聞きません。大丈夫じゃないでしょうか……?」
「どうだかっ。外様のたぬきが来たと知れたら、縄張りを守るために何をしでかすかわかりまへんえ」

 ぷんぷん紗枝ちゃん。狐的には、四国のたぬきには思うところがあるみたい。

 だけど私的には、そんなに怖いことはないのかも、と思ったり。
 むしろちょっとだけ楽しみだったり……向こうのたぬきにもご挨拶できたらいいなぁ、なんて。



 それは、冬毛のたぬきのようにモフモフゆるく、お砂糖みたいに甘い考えだったのかもしれません。


 この出来事は、四国の地で起こる、大きいようで小さく、小さいようで大きい、たぬき大騒ぎの序章に過ぎなかったのですから……。

一旦切ります。
誕生日当日に投稿してさえいればセーフのはず……はず……

  ◆◆◆◆

 【プロデューサー】


「くぅ……くぅ……」
「すー……すー……」
「ん~ぅ~……プロデューサーさぁん……」
 

「――――はッッ!!?」



 目が覚めれば、深夜だった。
 え、どこここ。
 俺は確か露天風呂に入って……それから……それから……なんだっけ?

 電気の消えた客室。俺が荷物を置いた一~二人用の和室より二回りは広い。
 敷き詰められた布団の上に、浴衣姿の美穂や卯月や響子がばらばらに寝転がっていて……。


 ………………???

 ちょっと状況を整理しよう。

 うん。できん。


 枕元にあったスマホを見ると、午前零時ちょっと過ぎ。
 ……え~~っと待てよ? 冷静になれ? どこで記憶が途絶えた?
 それはもちろん、入浴中だ。この隠れ家的旅館の露天風呂に入っていて、気を失って……。

 ……そうか。
 美穂たちが俺を見つけて、こうして引き揚げてくれたんだな。
 状況から考えるとそうとしか思えない。まさかこんな形で負担をかけてしまうなんて……。

 ん? その状態から回収されたってことは俺その時アレじゃない??

 ………………。
 ………………………………。

 やめるか考えるの。


「んむにゃ……へぅ~……」
「ぷろりゅーさ……ちゃんと……たべ……」
「すぴー……ぷー……ぽこぉ~……」

 三人とも熟睡している。
 傍にはお湯(冷めてる)を張ったタライに濡れタオル、ポカリに風邪薬など各種お薬、果物にエビオス(?)と、病人看病フルコース……。
 俺を必死に介抱してくれようとしたんだろう。スマホや財布などの私物も回収して……。
 それで、耐えきれなくなって次々寝落ちしちゃったってところか。

 ……余計な心配をかけてしまった。本当に優しい子たちだ。
 本来の主役は彼女らで、明日からは楽しいオフが待っていたっていうのに。
 起こすのは忍びないが、もう心配ないってことだけは伝えておかなければ。俺はすぐそばで寝転がっている美穂の体を揺さぶる。

「お~い、美穂。美穂」
「はにゅ……ん~……」
「……熟睡してるな。なあ美穂、美――」



「旦那様」




 窓が開いていた。


 気付かなかった。座敷の奥、広縁の向こうにある大窓が全開になっている。
 午前零時の夜空はひどく澄み、凍えるほどの風の果てに、煌々と輝く温度の無い月がある。

 その光を背にして、獣がちょこんと座っていた。

 広縁にずらり、みっしり。月の逆光でよくは見えないが、そのたぬっとしたフォルムには見覚えがある。

「…………たぬきか?」

「いかにも。我らは伊予国久万山を本拠としまするたぬきの一党にございます」
「何の用だ? いや、そもそも旦那様って何のことだ? 俺は――」

「委細承知しております。我々は、旦那様をお迎えに来たのです」

 …………はぁ?


「おい待て、説明が足りてないぞ。どういうことだ? というかまず窓閉めろよ! 三人が寒くて起きちゃうだろ!」
「ご心配なさらず。その娘らは、朝が来るまで起きませぬ。そのように化かしましたゆえ」


 途端に、こいつらの見え方が変わる。

「この子たちに何をした」
「ご心配ですか」
「質問をしてるのはこっちだ」
「そう目くじらを立てなさるな。ただ眠ってもらっているだけです。私どもとしては、人の子二人にも、たぬき一匹にも、なんの害意もございません」

 ただ――

 と言い添えて、たぬきはヒゲをぴくっと動かす。

「旦那様が、どうしてもお嫌と仰られるのであれば、お約束はできませぬ」

 とんだ狸野郎だな。
 要するに、最初から選択肢なんて無かったと言いたいんだろう。

 
 前には居並ぶたぬきの群れ。後ろには眠る担当アイドル。
 いずれろくな事態ではないのだろうが……。

「……俺がついて行けばいいんだな?」
「賢明な判断にございます。さすがは旦那様。当家の次代を担うに相応しいお人柄」


 ぽこぽん、ぽこぽん、ぽこぽん。

 たぬきのお囃子に合わせて、豪勢な籠が用意されてあった。
 空は恐ろしいくらいの冬晴れ。氷の月と星がちかちかまたたいて目に痛いほどの夜だった。


「……なあ、ひとつ聞いていいか? その旦那様ってなんなんだ? 次代ってのもさっぱりなんだが……」

「おや、お忘れでございますか。私どもが旦那様を迎えに来た理由は、ただひとつ――」






「旦那様を、当家に婿入りさせるためにございますよ」



一旦切ります。
微速更新すみません。年内に完結できるといいな……

?「ダメ、完結させて」

一旦乙

伊予(愛媛)で婿入り…なんか清良さん以外アカン年齢の娘しか想像できないんだがw

>>32
舞浜歩「ん?」


という、万が一の可能性も(なわけない)

  ◆◆◆◆

  【美穂】


「――んぅ……ん~……ままぁ……?」
「は、ぁ……あぅ……寝ちゃってた……?」

「あ、ぷろでゅ……ぷろでゅーさーさん、プロデューサーさんは……?」

 時刻は、午前7時。
 とっても寒いけど、気持ちいいくらい晴れている、冬の朝です。
 私たちはもそもそ起き出して、目を見合わせます。

 …………プロデューサーさんは?

 ゆうべは介抱してる途中に寝ちゃってたみたいで。色んな道具が置きっぱで、ばらばらに限界が来ちゃって……。
 起きてみれば、三人にそれぞれお布団がかけられていました。
 きっと彼がかけてくれたんです。ということは、どこかでプロデューサーさんが起きた筈なんですけど――


「プロデューサーさん……?」

 いない。
 どこにも、いないんです。

 出かけたのかなと思っても、お部屋の鍵はかかりっぱなし。旅館の合鍵はテーブルの上に置かれっぱなしです。
 どこかに隠れてる? そんなわけない。じゃあどうして、一体どこに――


「美穂ちゃん! 響子ちゃん!」


 最初に気付いたのは卯月ちゃんでした。
 広縁の大窓はぴっちり閉まっているけど、ひとつだけ鍵のかかっていないところがあって。
 そして私は、そこに残った獣のにおいを確かに聞き分けました。



「……たぬき……」

 たぬき。
 そう、間違いありません。
 毛もにおいも、疑いようもなく同族のそれ。


 プロデューサーさんは、四国のたぬきにさらわれてしまったのです。


   〇


「さささ、探さなきゃ探さなきゃっ、見つけなきゃっ!!」
「おおお、落ち着いてください美穂ちゃんっ、大丈夫ですっきっと大丈夫っ」

「――えっと、そうなんです。はい。はい。だから、今から探してみて――」

 すっかり日が昇った後、私たちは人でにぎわう観光地でわちゃわちゃしています。
 卯月ちゃんはちひろさんに電話して状況を伝えています。
 しばらくやり取りした後、通話を切って……

「お仕事の方は大丈夫みたい。私たちは、早くプロデューサーさんを見つけよう!」
「う、うんっ! たぬきのいるっぽいとこを探そう!」
「っていうと、やっぱりお山とかでしょうか? この辺かなぁ……?」

 道後温泉は丘陵を背にした場所。そのまま登ると、高縄山、北三方ヶ森、明神ヶ森……などの山岳に至るようです。
 においを辿れればいいんだけど、さすがに外となるとわかりません。
 やみくもに山を登るわけにもいかないし、一体どうすれば――


「きゃっ……?」

 と。
 不意に、強く冷たい風が吹きました。

 その風は地を這うように足元をさらって、ぶわっと斜めに吹き上がって突き抜けていきます。
 不思議なのは、風がまるで葉っぱを集めているようなこと。
 枯れ落ちた木の葉が、どこにそんな量があったのかと思うほどたくさん、風に乗って舞い上がっていきます。

 まるで空へと注ぐ木の葉の河のよう。

 普通の風ではありません。
 私は、その現象が何であるかを知っていました。


「――たぬきの婿入り……」




「へ? み、美穂ちゃん??」
「たぬ……何ですか??」

 きょとんとされちゃいました。
 でもでも、ほんとにあることなんです。

 有名なのは「狐の嫁入り」ですけど、たぬきにもそういう現象があって。
 天気雨の代わりに、木の葉を運ぶ突風がそうであると言われています。
 それはたぬきの祝言の合図。木の葉と共に福を集め、その日生まれる夫婦を寿ぐ……。

 嫌な予感がしました。

 プロデューサーさんがいなくなって、たぬきの婿入りが吹いて。
 風の先がどこかはまだわからないけど……。


「もしかしたら、プロデューサーさんと何か関係があるのかも……!」
「えっと、この風の先にプロデューサーさんがいるの?」
「追いかけたら何かわかるでしょうか……!?」

 どのみち他に手がかりはありません。今も風は吹き続けています。心なしか、たぬきのにおいもするような……。
 走って追おうかどうしようか考えていたところ、たまたまタクシーが通りがかりました。


「あっ、すみませーん! タクシーっ!」

 渡りに船とはこのことです。私たちはタクシーを呼び止めて、急いで乗り込むのでした。


   〇


「あの、変なこと言ってると思うかもですけど、今吹いてる風を追ってほしいんです!」
「はぁ、風……ですか??」

 案の定、運転手さんはきょとん。
 無理もないことです。前の車を……っていうのはあるけど、風をなんてちょっと聞きませんから。
 それでもなんとか了解してもらって、風向きに向かって車を走らせてもらいます。

「お嬢さんたちは、ご旅行ですか?」
「あの、お仕事なんです。それでちょっと人を探してて」
「そうですか、それは大変ですなぁ。でしたら、行けるだけ行ってみましょうか」


 ぶーんと走り出すタクシー。たくさんの葉っぱが舞ってるから、風向きがわかりやすいのが不幸中の幸いでした。


「しかし、妙な風が吹いているものですなぁ。お客さん、ご存知ですか? これ『たぬきの婿入り』って言うんですわ」

 さすがにたぬき王国の四国の運転手さんは、たぬきにまつわるお話にも詳しいようでした。
 とはいえ、私がたぬきってことを普通の人には明かせないから、いい感じにお話を合わせます。

「そ、そうなんですか。不思議なこともありますねぇ」
「ねぇ。またぞろ、山でたぬきが結婚式でも挙げるのでしょう」

「プロデューサーさん……」

 ぽそりと呟く卯月ちゃん。心配です……。


「この風を追うとなると、あなたがたもたぬきにご興味が?」
「え? あっ、いえいえ! 偶然っていうかなんていうか、ね、響子ちゃんっ!」
「は、はいっ! ちょっと事情があって、あはは!」

 そうですかぁ、と呟く運転手さん。特に気にしていないようでした。
 車を走らせながら、彼はふと――



「この風ね。久万山に続いてるんですわ」


「へ? くま……やま?」

「愛媛と高知にまたがる山々でしてな。そのあたりの高原に町がありまして、まあ良いとこなんですわ」


 ――して、そこには昔からたぬきの群れがおりましてなぁ。

 ――刑部狸をまつる祠もございまして、まあ、そんな曰くがございますから。たぬきにとっては最大の霊場であり、聖地なんですなぁ。

 ――不思議なことのひとつやふたつ、十や二十はこれ、日常茶飯事と言えましょうなぁ。


 ぽつぽつと、そう語る運転手さん。
 その語り口調は真に迫っていて、本当のことを言ってるんだとわかるものでした。

 けど、どうして急に。

 まるで、私たちの目的がわかっているかのような……。


「あ、ぇ、美穂ちゃん、あれ……っ!」

 卯月ちゃんの指摘にハッとなります。
 運転手さんの帽子の下で、何かが動いてる。もぞもぞ、ぴくぴく、頭に何かある感じ。
 これって。これって……?



「我らが姫の大事な場面でしてな」

 運転手さんは、帽子を取ります。
 その下には、ふさふさのおっきな耳が……!!


「あなたがたに、邪魔をさせるわけにはいかんのですわ」



 ポンッ!!



一旦切ります。ぼちぼち進行していければと思います。


  ◆◆◆◆


「う……う~ん……ぽこぉ……」


「――はっ!!」


 目が覚めたら、山の中。
 しかも夜です。空にはまんまるお月様が浮かび、地上に影を作るほどぴかぴか光っています。

「卯月ちゃんっ! 響子ちゃん!?」

 きょろきょろ見渡してみても、二人の姿はありません。
 私は二人のにおいを探しながら、山の中を歩き回りました。

 スマホを見てみても、位置情報は出てきません。

 また攫われちゃった? まさか京都の時みたいな結界の中なんてことは……ない……とは言い切れないけど。
 さわさわと風の吹く山中。森のかおりが漂っていて、なにやら故郷の鏡山を思い出しました。


「――卯月ちゃーん! 響子ちゃーーんっ!!」

 大声を出しながら、そこらじゅうをホテホテ歩きます。
 二人のにおいは、あるようなないような……風に乗ってなつかしい香りが鼻をくすぐっては、すぐに消えちゃう。
 まるで二人ともすぐそばにいるような、そうかと思えば遠くへいっちゃうような……変な感じです。

「こんなのおかしい。においを辿れば、すぐわかるはずなのに……」

 と――

 嗅ぎ慣れないにおいがして、何かが背後に「どすんっ!」と落ちます。
 私は慌てて振り返り、ずんぐりむっくり大きな「それ」を見ました。


 見上げるほど大きな、だるまでした。


「…………」

 ………………。

「……………………」

 ぴょいんっ!!

「ぽこ!?」

 だるまが跳ねました。その質感はおもちみたいで、赤い体をぶよぶよもちもちさせて跳ね回ります。
 その動きに合わせて――

 ぼとととととんっ!!

 大小さまざまなだるま達が、落ちては跳ねて私を追いかけてきました!!

「ぽ、ぽこ~~~っ!?」


 びっくりして逃げる逃げる逃げる、だるま達は追う追う追う。
 坂道を駆け下ると、夜の森がすごい速さで流れ去っていきます。
 だるまは振り切れましたが、このペースってどう考えても私の足の速さじゃない……ような……?

 !?

 気が付けば足元はベルトコンベア。山肌に沿ったそれが私を導いて、超高速で下り坂の終わりまで導きます!


「ぽこーーーーーーーーーーっ!!?」

 しゅぽーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!


 終端に何故かジャンプ台があって、高く高く飛び上がる私。
 目が回る中、これはまずいかも……と思った瞬間。

 ぼふんっ、と私の体を受け止めるものが。


 助かった……? と思いながら顔を上げると、そこは野原一面を埋め尽くす座布団の海。
 と思いきや、座布団ひとつひとつが飛び上がって、私をもみくちゃの座布団まんじゅうにしちゃうのです。

「わぷっ、むーっ! むむぅ! みゅーーーーっ!!」


 その後も、群れをなす白い象さんの行列、足が生えた大きなサメさん、黒い肌のいなせなチキン・ジョージ、
 動いて喋る変なおもち、行進を続けるホーロー看板、猫、鵺、アルパカ、ヒバゴン、南極のニンゲン……。

 私はパニックになりながら、頭の隅で、この珍事の正体に勘付いていました。


 どことなく、たぬきのにおいがする。




 これは『偽山』。

 山そのものが、化けだぬきなんだ。



 私は京都のある伝説を思い出していました。

 その名も「偽如意ヶ嶽事件」――山に化けた、一匹の大だぬきの逸話。

 発端は京都に住まう天狗同士のいさかいだったと言われています。
 如意ヶ嶽を根城とする大天狗と、鞍馬天狗たちの縄張り争い。あわや京都分け目の大喧嘩となるところ、大天狗に味方したたぬきが一匹。

 如意ヶ嶽が欲しいかそらくれてやるぞと、呼んだ山がまさにそのたぬきの化け姿。
 鞍馬天狗は山中で起こるヘンテコスチャラカあらゆる怪事件にすっかり肝を潰し、ほうほうのていで逃げ帰ったといいます。

 京都どころか、全国のたぬきの中でも快挙中の快挙。天狗にとっては歴史的汚点そのものだという逸話です。

 人づてたぬきづて狐づてに、紗枝ちゃんから聞いたことがあります。


 この山も同じとしか考えられません。
 だったら、相手はとっても化け力の強いたぬき……!?


「ぽこっ!」

 ポンッ!!

 私はたぬき姿に戻って、野山を駆け回ります。
 化かそうと迫り来る怪現象は、タネがわかってしまえば怖くありません。

 今はただ、風に混じるわずかなたぬきのにおいを追っかけます……!


   〇

 もちろん、山ひとつに化けるのなんて並大抵のことじゃありません。
 私はたぬき的直感に従い、ある程度の推測をつけていました。

 どんなに化け力が強いといえど、これほどの規模の偽山を形作るたぬきなんて百年に一匹いるかいないかです。
 たぬき聖地の四国でだって、それは同じはず……。なにしろ、これだけの規模なんですから。


 ずばりこれは――四国は久万山のたぬきたちの、合体技!


 一匹でさえ化け力の強いたぬきが結託して、ひとつの大変化を成し遂げる話は過去にいくつも聞いています。
 そこではどんな怪異の魑魅魍魎百鬼夜行も思いのままなんだとか。

 かつて多摩ニュータウン開発期に世間を賑わせた「妖怪百鬼夜行騒動」も、力を合わせたたぬきの仕業であるというのが通説です。



 ――だけど、そこには必ず「へそ」があります。


 いわば変化における要、突かれてしまえばダメ的な弱点の部分です。
 それは京都の化け狐の結界にすらありました。へそを突かれて、京都の摩訶不思議な結界屋敷は瓦解したんです。
 複数の化け動物が結託した空間だからこそ、みんなの集中が集まる力点がある。私はそう学習したんです。

 だって……私だって、いろんな修羅場をくぐってきたんだから!

 とてとて走って、ぽこぽこ転がる。のそのそ潜り込んで、ぷにぷに切り抜ける。
 もふもふたぬきの身体能力すべてをもって、たぬきのにおいが濃い方へと一心不乱にダッシュです。


 走り抜けるうちに、私はなんとなくこの偽山の「癖」が見えてきました。

 きっと、音頭を取っているたぬきはまだ若い。私と同じか、大して変わらないくらいだと思います。
 妖怪の突飛さとか地形のヘンテコさに、溢れ出るアイディアと盛り盛りのやる気が見て取れるのです。

 それが突破口になりました。怪現象がわかりやすくて、隙を探しやすいのです。
 これがもっと巧妙に「山」を偽装し迷わせていたら、私はすっかり化かされていたと思います。

 化け力は物凄いけど、古だぬき流のズルさが無い……って、それは私も似たようなものですけど!


「ぽこ……!」

 ついに、それらしきものを見つけました。

 山林を抜けて橋を渡り、崖を駆け下って洞窟を進み竹林を抜けた先のなんでもない地面。
 落ち葉が山積したその下に、マンホールがありました。
 地面にマンホールなんてありえません。あからさまです。しかも隠されてあったし。

 私はそこに、そっと尻尾を乗せて……。


「ぽこっ」

 こちょこちょ。

 ふさふさ尻尾で、マンホールの蓋をひたすらくすぐります。

 こちょこちょ、こちょこちょこちょ。ぷにふさっ、さわわ~。もふもふ。
 こちょこちょこちょ~……!



『ふぁ』


 あ。


『ふぁ、ふぁ……』


 どこからともなく、声がして――――



『へっぷちっ!!』




 ぐにゃんっ!!


 崩れた……っ!

 誰かがくしゃみをした瞬間、山の風景が大きく歪みました。
 ひしっと地面にしがみつく私。このまま変化が解ければそこはきっと違う場所で、ばらばらになったたぬき達と対面するはずです。
 勝負はそこからです。卯月ちゃんと響子ちゃん、そしてプロデューサーさんをどこに隠したか聞き出さなくちゃ……!


 ポンッ!!



 途端に、全身が浮遊感に包まれました。
 あまりにも眩しくて、視界が真っ白に塗り潰されます。


 気付けば私は青空の下。さんさんと輝く冬の太陽に照らされて、たぬきが一匹、くるくる回って落下します。


「ぽ、ぽこ……っ!?」

 本当は、夜ですらなかったんだ。

 偽の山と、偽の空。時間さえも騙してみせる大仕掛けだなんて。
 一体、どれほどのたぬき達が……


 ――と、私の顔に影が差しました。

 見れば太陽の逆光を背負い、もうひとつの毛玉が、くるくるもふもふ宙を舞っています。
 狙いは明らかに私。一直線に、落ちてきて――



「ぽこーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 気合一発、たぬきの威嚇。
 その鬼気迫る迫力よりも、何よりも――


 ――たったの、一匹!!?


 あんなに大きな偽山が消失して、飛び出してきたのはたぬき一匹。
 しかも私より明らかに年下の……たんぽぽみたいな、もふもふ小さな仔だぬきだったのです!


「ぽこっ!!」
「ぽこぉ!?」

 しゅばばっ!

 仔だぬきの、鋭い肉球ぱんち! 私はそれを前脚ではっしと受けます。

「ぽこっ、ぽこぁ!」
「ぽこぽんっ!」

 くるっと回って尻尾ビンタ。それも危ないところで回避。
 更にずばばばばばっと後ろ脚連続肉球蹴りが繰り出され、私は防戦一方。
 これは……タヌキカラテ! この子もかなりの使い手……!?

「ぽこぽこーーっ!!」
「ぽこっ、ぽこぽんっ! ぽぽんっ!」
「ぽっぽこぽーん!! ぽこぽこーっ!!」
「ぽこぉーーーーっ!!」


 二匹はわちゃわちゃもつれ合いながら、お池にぽちゃんと着水。
 並んで岸までちゃぷちゃぷ泳いで、なんとか溺れちゃうのは避けました。

 はぁ……はぁ……。せーのっ。

 ポンッ!!


「あなた誰!? ど、どうしてこんなことするのっ!?」
「ぽこ~……!」

 人の姿になって疑問を投げかけます。
 ぶるるんっとたぬ回転で水滴を払った仔だぬきは、警戒心たっぷりの目でじりじり後ずさります。
 改めて見ても、本当に小さい子でした。辺りには他のたぬきはおろか、どんな獣も一匹もいません。

 全身の毛を逆立て、仔だぬきはむぅっと気合を入れて――


 ポンッ!!



 その姿を見た時、私は不意に、紗枝ちゃんの言葉を思い出していました。


 ――せや。もひとつ、伝えなあかんことがありました。
 ――うちがまだ京都におったころ、お父はんが言うておったことや。

 ――なんや珍しいことやったさかい、覚えとるんどす。京都に根を張るお父はんが、四国のたぬき事情を気にしはるなんて……。


「だんなさまを取らないでっ!」


 ――四国は愛媛に、どえらいもんが産まれはったてなぁ。

 ――そのたぬきこそ、大だぬき「隠神刑部」の血を最も濃く受け継ぐ者。
 ――幼くして、化け力は既に父を超えて最強。
 ――間違いなく、八百八狸の次期頭領と言われとります――




「せんせぇは、かおるのおムコさんになるんだもんっ!!」


 ――姓は龍崎。名は薫。 


 ――まだ十にも満たへん、ちぃちゃな仔だぬきやって話どす。


一旦切ります。
すいません……おしごと村が炎上しておりますため、更新ペースこのくらいになりそうです。
京都編や熊本編ほどの長編にはならない予定ですので、今しばらくお待ちください。


  ◆◆◆◆


 ~前回までのあらすじ~


 四国は松山、道後温泉にライブに来た美穂たちP.C.S。
 ライブは無事に終わったのだが、その夜、プロデューサーが四国のたぬきに攫われてしまう。

 プロデューサーを探す三人だったが、途中でたぬきに化かされて散り散りに。
 巨大な「偽山」に迷い込んだ美穂は、機転を利かせて変化を解かせ、ついにそのたぬきと対峙する。

 たった一匹で山そのものに化けたたぬきは、龍崎薫。
 齢九歳にして化け力最強と称される、隠神刑部の直系の少女だった。


 彼女は一体、どうしてプロデューサーを「旦那様」と定めたのか。

 偽山での一件から時を遡り――


  ◆◆◆◆

  【プロデューサー】

  ――少し前
  ――温泉旅館 露天風呂


「ふぅ~~~……っ」

 いやぁ、いい湯だ。
 広い風呂に足を伸ばして入るなんて何年ぶりだろう。
 疲労回復・肩こり腰痛などに効能があるという天然温泉は、まさに極楽の湯加減だった。

 少し浸かるだけにして明日に備えるつもりだったが……すっかりハマってしまって、もうお湯から出ることができない。
 体中から疲れが抜けて、お湯に溶けていくかのようだ。本当に溶けてるかもしれない。
 じんわりと体の芯まで温められていって、心地よい溜め息が湯気と共に夜空に投じられていく。

 シャワーばっかりじゃ疲れが取れない……って紗枝が心配してたっけ。
 いい機会だから、体中の垢もコリも綺麗さっぱり流してしまおう。


 ――がささっ。

「……ん?」

 露天風呂の外、茂みで何かが動いた。
 大きいものではないようだ。

 それは徐々に近付いてきて、なんだなんだと思っていたところ、がさっ、と顔を出した。


「ぽこっ」


 あ、たぬきだ。

 しかも小さい。たぬきモードの美穂より更に年下っぽい、まだまだ子供って感じだ。
 仔だぬきはつぶらな瞳で俺を見て、しばしぽかんとしているようだった。

「ぽこ?」
「どうも」
「ぽこ!」

 びっくりされた。
 その場に10センチほど跳ねて逃げようとするのを慌てて呼び止める。

「ああ、待て待て! 大丈夫、危害は加えたりしないから!」


 ………………。
 …………。
 ……。

「ぽこ」

 がさっとまた茂みから顔を出す。
 おいでおいでをすると、まだちょっと警戒しているようだが、慎重に寄ってきた。
 ぬいぐるみみたいな毛玉がよちよち歩み出て、前脚でお湯をちゃぷちゃぷかき混ぜる。

 そして、湯加減を確かめ、とぷんと湯船に浸かった。

「ぽこ~♪」

 たぬきがぷかぷか、極楽気分で湯船に浮かぶ。
 長野だかどっかの温泉地では、野生の猿が露天風呂に入りに来ることもあるらしい。
 さしずめ四国はそのたぬき版といったところだろうか。最初こそビビっていたようだが、この子もさして人を恐れてはいなさそうだ。


「ぽこぽこ」
「そうだなぁ、いい湯だなぁ~……」

 なんて、たぬきの言ってることはわからんが。これも何かの縁だと、一人と一匹でのーんびりする。
 ふと思い立って、仔だぬきに話しかけてみる。

「なあ、これ見てみ」

 浮かぶたぬきに、いたずら心で両手を見せてみた。
 仔だぬきは「わりと興味がある」くらいのテンションでこちらを注視する。フフフ見て驚くなよ。

「とうっ」

 右手親指が取れた。

 …………というのは錯覚で、そういうマジックだ。
 小学生の頃とかに流行っただろう。実は俺、これがかなり得意である。
 クラスではよく「めっちゃ指取れるPっちゃん」という名誉ある称号を貰ったりもしたっけフフフ……。

 まあ子供だましではあるのだが。
 変化できるたぬきからすれば(この子がそうなのかは知らないが)失笑モノのトリックに過ぎないだろうが、まあ軽い見せ物には……。



「ぽ……ぽこ…………!!!」


 えっ。

「ぽこっ! ぽここーっ!! ぽこっ!?」

 ガチでびっくりしていらっしゃる?
 仔だぬきはぱちゃぱちゃこっちまで泳いできて、今のはなんだ何をどうしたんだと言わんばかりにぽこぽこぺちぺち肉球で叩いてくる。
 俺の右手をつぶさに観察して、取れたはずの親指がくっついたことにマジで慄いている。


 …………もしかしてこのトリック知らない?


「ぽこ!」
「じゃあ次、小指な。はいっ」
「ぽこぉ!?」
「薬指」
「ぽここーっ!!」
「中指と人差し指を同時に」
「ぽこぽーーーんっっ!!?」

 た……楽しい……!!
 新鮮なリアクションだ……こんなの今までに無かったぞ。
 誰とは言わないがアイドルたちに見せた時の反応はだいたい「かいらしなぁ」「そっかすごいね。ラーメン食べ行かん?」「そんなコドモ騙しで喜ぶかッ」なんて雑~なもんだったから、こうなんか、ストレートに驚いてくれるのめっちゃ嬉しいぞ。

 調子に乗って余技のマジックを見せまくると、仔だぬきはぽんぽこ驚きまくって次は次はと催促するし、俺の方もどんどんノってくる。

 素手でできるものをほぼ全て披露し、落ち着くころにはすっかりたぬきは尊敬のまなざしを向けてくるまでになっていた。
 まるで先生と言わんばかりの……。

「よし、じゃあちょっと種明かしをしてやろう。あのな――」


 ――がららっ。


 とその時、露天風呂の入り口が開く。
 ……ん? 別の客かな?
 いや、確か今日は男性客は俺だけだったはずだが。飛び入りとか? そんな気配も無さそうだったが……。

 あ。

 記憶に蘇る、仲居さんの説明。
 確かこの露天風呂は時間ごとに男湯と女湯が切り替わるという。
 てことは気付かないうちに切り替わっちゃって、女性客が入ってきちゃった……とかか?

 …………ははは、まさか。
 今時そんな一昔前のラブコメみたいなこと――


「わぁ、広ーいっ!」
「本当……! お月さまもよく見えますねっ」
「美穂ちゃんっ、響子ちゃんっ、早く入ろうっ♪」


 あったわ。


 しかも三人。よりにもよって担当アイドル。
 慌てて俺は岩陰に隠れる。まずい……!
 そんなに広い露天風呂ではない。しかも出口はひとつだけで、ここからだとどう回り込んでも三人の視界に入る。

 正直に名乗り出る? まさか! 三人が出るまで待つ? いやいや。その間ずっと隠し通せるかわからないし、第一のぼせちまう。

「ぽこ?」
「しっ! いい子だから大人しくしててくれよ……」

 仔だぬきも一緒に隠れる形だ。彼(彼女?)は状況がわかっておらず、いいからさっきのトリックをもっとやれやれとつついて催促してくる。


「はぁぁ~~っ……気持ちいい~♡」
「ぽこぉ~……」
「美穂ちゃんが溶けてる!」
「とけてないよぉ~……」


 岩ひとつを隔てた向こうでは、三人娘が湯船に浸かってゆったりしている。
 考えろ、考えろ。なんとかこの危機を切り抜ける一手は……。


「ぽこ、ぽこっ」

 ぱちゃぱちゃ。

 ……と、仔だぬきが泳ぎだした。
 向かう先はなんと、美穂たちの方向……!?

「ちょ、待っ、どこ行くんだおい……!?」
「ぽこ!」

 振り返る仔だぬきの顔は、何故かとても頼もしげ。

 安心しろ。
 お前の超スゴいトリックは、向こうの雌たちにもちゃんと布教してやる。

 …………と言っている気がしたがそれじゃマズいんだって!!


「ぽこ、ぽこーっ」
「だから待てって……!」


 がしっ!!


 と、咄嗟に伸ばした手が、たぬきの尻尾を強く掴んだ。

 それがいけなかった。

「ぽ…………っっ!?」
「え!? な、なんだ……!?」


「――――ぽこぉ!!!!」



  バシャーーーーーーーーンッ!!!


 突然、たぬきの身が翻り。
 ものすごい突風に晒されたかと思えば、逆巻く湯柱で上も下もわからなくなって。

 結果、毛まみれで気絶する、全裸の俺が生まれたというわけである。


 その後の顛末は、前回までに述べた通り。
 俺は美穂たちに介抱され、深夜に目覚めたかと思えば、四国のたぬきたちに迎えに来られた。

 なんでも俺を「婿」にするとのことだったが、なにがなにやら、正直わからないままで――


  ◆◆◆◆

  ―― 久万山 四国たぬきの村


 連れられた先は、久万山というところにある村だった。

 巣穴だとか森とかじゃなくて、れっきとした村里だ。
 それも結構大きい。山間の一部分、国道と繋がる開かれた場所に、家や畑や各施設が過不足なく揃っている。
 郵便局や診療所、コンビニや、小さいながら図書館や学校まである。

 だが移動中の説明によれば、ここに暮らすのは一匹残らずたぬき。
 たぬきたちが独自の村を築き、みな現代的で文化的な生活しているのだという。

 中には街に職業を持つたぬきもいるのだとか。彼らは一見人間とは区別がつかず、金を稼ぎ、人間社会を回し、互いに繋がりを持って存続しているのだ。


 たぬき王国たる四国ならではの村だ。ちょっと信じがたい。ヒキコモリの京都の狐たちが見たらなんと言うだろうか。


「――よくぞおいて下さった、婿殿。儂は本村のたぬきを率いる、龍崎玄葉と申します」
「はあ、ご丁寧にどうも……」

 通されたのは、村役場近くの講堂。いわゆる体育館的な空間で、正面にはささやかな舞台がある。
 中に入ると、ヒゲを生やした毛むくじゃらの大柄なおっさんが待ち受けていた。後ろには大小さまざまなたぬきがずらっと並ぶ。

「遠路はるばるお疲れでございましょう。配下の者に鯛しゃぶを用意させておりますゆえ、それで腹を満たすがよろしい」
「いえ、それはありがたいんですが」

 何もかも急な話ではあるものの、相手に敵意の類はなさそうだ。
 とはいえ、詳しい思惑を聞かなければどうにもしようがない。

「婿に迎える……というのは、どういうことでしょうか? 私はこの四国へ来たのも、あなたがたと出会うのも始めてです。正直、一体何が何やら……」
「ふむ、疑問に思うのもごもっとも。ここは本狸(たぬ)を呼んでご説明いたしましょう。――薫!」


 薫?
 龍崎氏が奥へ声をかけると、舞台にかかった緞帳の陰から、一匹のたぬきがおずおず顔を出した。

 ……あ!


 あの子は、前夜に露天風呂を共にした仔だぬきだ。間違いない。
 そういえばあの子の尻尾を掴んでから天地がひっくり返って、わけもわからず意識を失っていたわけだが……。

「ぽこ……」

 てちてち歩み出る仔だぬきに、龍崎氏が目配せ。
 すると小さな毛玉がむぅんっと気合を入れ、そうかと思えば、


 ポンッ!!


「な……お、女の子……!?」

 とても小柄な、小学校低学年くらいの少女がそこにいた。
 ぱっちり開いたお日様色のどんぐりまなこと、ひまわりに近いオレンジがかった茶髪。
 正直言ってめちゃくちゃかわいい。
 これならアイドルになったって誰にも見劣りしないだろう。
 そうだな、ヨネさんのところの部署はジュニアアイドルがメインだったから、彼のところに預けたりすれば……

 と、いかんいかん、職業病が……。



「一人娘の龍崎薫です。親の欲目を差し引いても、見事なものでございましょう」


 確かに、これが化け姿ならかなりのものだ。
 一発で人間と寸分たがわぬ姿を取り、耳も尻尾もまったく出していない。
 そもそも人に化けきること自体がなかなかの高等技術だと美穂から聞いたことがある。
 彼女の年齢が見た目相応のものだとしたら、この歳で人化けを完全にマスターしていることになる。

 ……ん? 年齢……。

「あの。彼女は、幾つですか?」
「九つになります。たぬきの平均寿命はもっと短いものですが、我ら化けだぬきは別。人と同等かそれ以上に生きられますゆえ、人の九歳とほとんど変わりはありません」
「で、その薫さんが……」
「貴殿が夫婦となる相手にございます」
「ナンデ!?」

 九歳でしょ!?
 一回り以上も年下なんですけど!?


「う……ぁの……」

 娘さん――薫ちゃんは、りんごみたいに赤い頬をぺたぺた撫でながら、伏し目がちに俺を見上げる。
 はっきりとした太めの眉は、今は困ったようなハの字に下がり、どうしていいかわからないといった風だ。
 本来もっともっと元気な子なのだと思うが、今は未体験の事態に戸惑いを隠せないでいるようだった。

「し、しっぽをね? しっぽを、掴まれた……から……」
「婿殿。貴殿は昨夜の露天風呂にて、薫と裸の付き合いをしたと聞きます」
「た、確かに成り行きで風呂には入りましたが……」

 まさか雌だったなんて。

「まあそこまではよろしい。薫もしばしば道後の湯を楽しみに行く身。時には観光客の男衆や、地元の爺様たちと共に風呂に浸かることもあります」

 ならば何故。そういえば薫ちゃんは、さっきからずっとお尻を気にしている。


「貴殿は、薫の尾を力強く鷲掴みにしたそうですな」
「そういえば……」

 咄嗟に止めるためのことだった。
 思えばあれが、薫ちゃんが突然爆発したきっかけではなかったか。


 厳かに腕を組み、龍崎氏は断言する。


「たぬき界にて雄が雌の尻尾を強く掴むことは、『お前を嫁に貰う』という意味を持つのです」


「そうなの!!!???」

 初耳だが!!!!????

「たぬき……特に化けだぬきにとって尻尾は妖力の核。すなわちそのたぬきの全て、ある意味で心臓や金玉よりも大切な部位にありますれば」

 金玉とか言うな。

「然るにその尻尾を強く掴むということは、『お前のすべては俺のもの』『お前の最も大切なものを引き受ける』……という意味になるのですな」
「そ、そんなことが……!」
「無論、薫は当家の未来を担うたぬき。いかに幼きとて尻の守りは盤石、そう易々と余人に尾を晒すことなどあり得ぬ話です。
 であれば貴殿に気を許していたか、あるいは相当に油断していたことになりましょうが……いずれにせよ、掴まれたからには百年目」
「待ってください! あれは偶然のことで、そんな意味があったなんて私はまったく……!」


 あれこれ言い合う俺と龍崎氏を、娘の薫ちゃんは交互に見比べていた。
 やがて、ぽっ、ぽぽぽっ、とその頬が赤みを増し、

「だ、だめ~~~~~~っ!! やっぱり恥ずかしいよぉ~~~~~~~~~~っ!!!」

 ぴゅーーーーーーーーっ!!

 と、一目散に逃げていってしまった。
 ちっちゃな歩幅でトテテテテテテテと走り去り、その背中がどんどん遠ざかっていく。

 龍崎氏は敢えて止めようとはせず、まずは、と俺に向き直る。

 ――ざざっ!

 氏をはじめ講堂のたぬき一同が、一斉に俺に頭を垂れる。
 その一糸乱れぬ統率に驚嘆すると同時に、遅まきながら事の重大さを実感しつつある俺だった。



「改めまして――龍崎家ならびに本村のたぬき一同、貴殿を薫の婿殿として迎え入れようと」

「お断りします」


 …………………。

「……貴殿を婿として当家に迎え入れようと」
「やり直すな! お断りしますって言ってるでしょ!」
「なにゆえ」
「いえ、だって彼女はまだ九歳でしょう? だいいち本人は納得してるんですか!?」
「薫が承服しているか否かは関わりのなきこと。これはたぬきの決まり事であり、忽(ゆるが)せにはできぬ掟にありますれば」
「そんなっ……じゃあ、偶然の出来事で彼女を好きでもない男とくっつけるっていうんですか!?」
「これも天命でありましょう。この世には人やたぬきの力が及ばぬ天地神明の理なるものがあります」
「だからって幼い娘の将来を勝手に決めるのか!? あんたには人の心ってもんが無いのか!?」
「たぬきなので」
「それはそうだが!!!!!」

 くっ、何を言ってものれんに腕押しだ……!
 重厚な雰囲気だが、どこかのらりくらりと手応えの無い感はまさにたぬきオヤジ。


「――それに当方とて、なにも考え無しの決定ではございません。
 いかに掟といえど、どこの馬の骨とも知れぬ凡夫に娘をやる決定など致しませんとも。
 まして伊予は久万山、いや四国、いや日ノ本に不世出の天稟を持つ、薫ほどのたぬきを」

 さっ、と氏が合図を出した途端、恐ろしいことが起こった。
 周りのたぬきが一斉に俺に殺到し、群がり、くっついて動きを封じてきたのだ。

「うわぁ!? なっ何をする!?」

 くんくんくんくんくんくん。
 ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん。
 はすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはすはす。

 か、嗅がれてる!
 全身余すことなく、たぬきの鼻をくっつけられて嗅ぎ回されてるゥー!!!

「フムン……ふんふんふん。くんくん、くんかくんか」

 ヒゲモジャのおっさんにも嗅がれてる!!!
 なんら敵意を感じないことが、かえってぞわぞわした。やだ何この空間。志希のハスハスがかわいいものだ!


「やはり。婿殿、貴殿はなにやら奇天烈な匂いを漂わせていなさる」
「えっ臭いっすか。昨日ちゃんと洗ったんですが……」
「温泉の芳香でも打ち消せぬ、体中に染み入った類まれなるものどもの香りが……」

 スルーされた。
 いや、てことは体臭じゃないんだろうが、じゃあなんだ?


「たぬき。人。ここまではよろしかろう。加えて狐、兎、ふむ……西洋の化生の気配もある。続いて鹿……否、トナカイ。
 更には桑の葉……そういえば桑を神体とする東北の農耕神がおりましたな。仄かな花の香は柊。魔除け、退魔の血筋にゆかりのあるものです。
 直接匂いは感じませぬが、鼻先をくすぐる冷気も尋常のものではない。雪女など久しく見たこともありませぬが、いや珍しい。

 それから――とても旧い、旧く永い土と樹の匂い。およそ生き物の匂いではありませぬが、覚えがあります。
 幼き頃、父に連れられて巡礼した果ても知れぬ紀伊の路。あれは確か、山伏の聖地……熊野古道と言いましたかな。あの場所の匂いと似ている。

 ……そして山とは真逆に、気も遠くなるような潮(うしお)の匂い。
 これは果たして何者の匂いかすらもわかりませぬ。母なる海そのもののような……遥か遠き島にでも迷い込んだようです」


 戦慄した。
 嗅いだだけでここまでわかるものか。
 今なお鼻をふんふんヒクつかせる配下のたぬきたちが、ぽこぽこ龍崎氏に何かを訴えている。
 おそらく一匹一匹が俺を嗅ぎ、気付いたことを逐一報告しているのだ。

「総じて言えば、まるで人の匂いではない。貴殿そのものは人の身であろうが、なれば猶更、何者なのかが気にかかる」

 何者かもなにも、芸能事務所のプロデューサーですが。
 …………と言っても、信じてはくれないような気がする。

 沈黙を保つ俺に、龍崎氏は眉ひとつ動かさずに話題をシフトした。


「時に、四国のたぬきは日本各地に間者を放っておりましてな。南は琉球、北は蝦夷と、人に紛れてあらゆるたぬきが網を張っておるのです。
 殊に現代は情報化社会。絶えず流るる社会情勢やら、あるいは裏の怪異事情などを的確に掴まねば時流に乗り遅れるぞと……」
「……それが?」
「彼らから、『京の狐が敗れた』と聞き及びました」

 ぎくりとした。


「儂らは狐を好きません。四国では弘法大師様のお導きもあり、彼奴らを一匹残らず追い出すことに成功しましたが、奴らは悪賢い。
 特に京都の狐などは最悪です。悪知恵が働く上に性格がしこたま悪い。なれど、彼奴らの化け力だけは、認めざるをえません」

 龍崎氏は黒々とした顎髭を撫でさすりながら、まるで見てきたように続ける。


「あの結界は我らたぬきが総出になっても真似できぬもの。まして破るなどは夢のまた夢、互いに関わりを持たずにいるべし……
 と、思っていたところに、これです。
 晴明公、はたまた稲生様の生まれ変わりの豪傑でも現れたかと色めき立ったものですが、事実は真逆。
 配下もはっきりと掴めてはおりませぬが、少数の人間とたぬき、あとは片手で足りるばかりの物の怪どもの仕業のようだと」


 下手なことは言えない。
 と黙っていたのが裏目に出た。龍崎氏は、俺の顔から片時も目を離さない。

「……心当たりがおありのようですな」

 やっぱりこいつ、かなりの食わせ者だ。
 熊本の海老原一家、京都の小早川家と違い、敵意というものが最初から無い。
 むしろ歩み寄る姿勢を見せているのが、かえってこれまでの相手と違う凄味を放っている。


「ご覧の通り、我が村は人間社会と深く関わりを持ちます。儂は時代の流れに従い、人とたぬきの血を混ぜ合わすもやぶさかではないと考えておりましてな。
 であれば相手もまた、ただの人であってはならない。そこに現れたのが婿殿、貴殿のような奇妙奇天烈な客人(まろうど)というわけです。
 薫はまだ子を成せる歳ではありませぬが、色々な意味で将来有望と確信しております。いかがですかな?」

「いかがですかったって、そんな勝手に決められても――」

「憚りながら、婿殿。事はもう『偶然のなりゆき』で修正の利かぬところにまで進んでいると自覚した方がよろしい」

 返す言葉は、これまでより一段低く、厳かだった。
 その圧に息を呑むと、一瞬前までの威圧感はどこへやら、龍崎氏はにっこりフレンドリーに微笑んだ。


「……まあ、急な話で戸惑うのも無理からぬ話。しばしこの村にご滞在なされませ。豊かな自然と旨い飯でも楽しみつつ、ゆるりと考えましょうや」


   ○


 驚いたことに、普通~に解放された。

 何の束縛も無しに講堂を歩み出る。
 よく晴れた午前の空は真っ青で、山の空気はものすごくうまい。

 目の前を、農作物を積んだ軽トラがゆるゆる通り過ぎる。
 小さな分校で子供達の遊ぶ声が聞こえる。
 赤い郵政カブが手紙を積んで農道をのんびり走っている。

 ……あれらは全部、たぬきなのだ。

 脱出を考えはした。だがすぐに現実的ではないことに思い当たる。
 早朝からここまで相当な距離を移動した。土地勘の無い男が一人で下山できるとも思えないし、車も簡単には盗めまい。
 そうだスマホは、とポケットを漁ってみたが、ご丁寧にいつの間にか没収されていた。


 つまりこれは、事実上の軟禁だ。


「美穂……卯月、響子……」

 頭に浮かぶのは彼女たちのことだった。
 心配をかけていないだろうか。
 せっかくライブが大成功に終わったのに、こんな形で迷惑をかけてしまった。
 せめて彼女たちだけでも先に戻り、事務所に状況を伝えて欲しいのだが……。


「あの……」


 と、横から声がかかる。
 見ると電柱の陰から、渦中の娘さんが見ているではないか。

「君は……薫ちゃん?」
「う、うん。あの、あのね」

 勇気を出して物陰から出てくる。
 しゃがみ込んで目線を合わせると、薫ちゃんは意を決してこう言った。

「む、村! この村のこと、案内してあげたいなぁ」
「村の案内?」
「うん! えっと、来たばっかりでよくわかんないと思うし。かおる、村のことなら詳しいから……」


 もじもじしている。
 まるで好きな男の子に、一緒に帰ろうと言っている女子のようだ。
 というかニュアンス的にはほとんど同じようなものに思えた。

 ……うん。
 一人でうだうだ考えていたって仕方ない。

「わかった。お願いしていいかな?」
「! ほんとに!?」

 ぱぁっと彼女の表情が華やぐ。
 本当に太陽のような笑みだった。これが彼女の本来の顔なのだろうと、直感でわかる。

「もちろん。連れてってくれるか?」
「うんっ! じゃあねじゃあね、こっちに来て! かおるが教えてあげまーっ!!」

 あげまーって。かわいいな。テンション上がった時の口癖だろうか。
 小さな手が、はっしと俺の手を握る。
 そうかと思えば、小さな体のどこにそんな力があるのか、小さい重機みたいな勢いでのっしのっし歩き出す薫ちゃんだった。



 ……まずは彼女と、この村のことを知らねば。


 一方、美穂たち三人がたぬきのタクシーに引っかかってしまったことを、俺はこの時まだ知らないままだ。
 

一旦切ります。更新バリクソ遅れてしまい申し訳ありません。
公私ともにあれこれ作業があり、なかなか手が回らずにおりました。
過去長編ほど長くはなりませんので、これで半分過ぎたくらいです。
今後も遅めのペースになりますが、せめて少しずつでも進めていければと思います。


   ◆◆◆◆


 ―― 久万たぬきの村


薫「それでねそれでね、こっちが図書館! いっぱい本があるんだよ!」

P「へぇ、小さいながらもしっかりした……」

薫「あそこは学校で、向こうには畑! あとねあとね、コンビニもあるんだよ!」

P「ああ、さっき見たよ。こういうところにもあるんだな」

薫「おばーちゃんがやってて、8時に開いて7時に閉まるの!」

P「田舎によくあるやつだ……!!」


  ~しばらくして~


P「ここは公園か。少し休もうか」

薫「うんっ」

P「いい天気だなぁ……山の上だから、空気がうまいんだな。なんか心が和むよ」

P(今の状況忘れそうになるくらいには……)


薫「じー……」

P「ん?」

薫「じぃーー……っ」

P「ど、どうかした?」

薫「あのね、えと」

薫「……おなか、すいてない?」

P「腹? ああそういえば、朝からなんも食ってないなぁ……」


  グゥゥ…


P「っと……はは。自覚した途端にこうだ。さっきのコンビニで何か買おうかな」

薫「あのねっ!!!」

P「うわぁびっくりした! 何!?」

薫「かおる、おにぎり作ってあるのっ! だんなさまに食べてもらおうって!」


P「おにぎり」

薫「うんっ。食べて……くれる?」オズオズ

P「そっか……それは嬉しいな。ありがたくいただくよ」

薫「! えへへっ、待っててね! 今出すからっ」ゴソゴソ


P(龍崎薫ちゃん……上の思惑はともかくとして、この子はすごくいい子だ)

P(不可抗力とはいえ、この子を嫁に貰うとは、俺もとんでもないことをしてしまったな……)

P(なんとか誤解を解かなければ……)


薫「はい、どーぞ!」

P「お、ありがデカァァァァいッ!!?」

薫「え? そうかなぁ」

P「すごいデカい! メロンくらいある!」

薫「でも、おとうさんはいつも五つくらい食べてるよ?」

P「すげーなお父さん!?」

薫「男のひとは、たくさん食べなきゃいけませんっ。はいっ、めしあがれーっ♪」

P「う、うむ……これは激しい戦いになりそうだ」


P「おっ、うまい……!」

薫「ほんと!?」

P「うん、うまいよこれは。具にたどり着くまで、結構遠いけど……」モグモグ

P「からあげに卵焼き、昆布におかか……バクダンおにぎりってやつだな。これは、具も君が?」

薫「うんっ! おかあさんに教えてもらったのっ!」ブンブン

P(尻尾出てるのかわいいな)

P「あ、お茶もらえる?」

薫「はい、どーぞっ」パタパタ

P「ありがとう」



P「……ふうっ、ごちそうさまでした。腹いっぱいだ」

薫「おそまつさまでしたっ」

P「うまかったよ。何かお返ししたいところだけど……なんも無いな」

薫「おかえし……」


薫「じゃあ、お話が聞きたいな」


P「話?」

薫「だんなさまのこと。ねえ、東京から来たんだよね? おしごと? 何のおしごとしてるの?」

P「俺の仕事は、アイドルのプロデューサーだよ」

薫「ぷろでゅーさー? アイドルって……テレビで見るやつ?」

P「そう、そのアイドル。歌ったり踊ったり、ドラマや色んな番組に出たりするんだ。そうだな……高垣楓って知ってる?」

薫「! 知ってるー! 歌がじょうずなおねえさん!」

P「彼女もうちのアイドルなんだ。他にも、たとえば……」


  ………………
  …………
  ……


薫「わぁ~~……! それ、ほんとなの!?」

P「本当だとも。最近の大きな仕事だと、ドームでライブやったり……ここにもステージの仕事で来たんだ」


P(美穂、卯月、響子……今ごろどうしているだろう。余計な心配をかけていなければいいが……)


薫「すごいすごいっ。アイドルって楽しそう! だんなさまが、みんなに色んなこと教えてあげてるんだね!」

P「いやいや、ほんの少し手伝いをしてるだけだよ。むしろ、俺が教えられることだって多いくらいで」

薫「んーん。かおる、わかるよ。みんな、だんなさまのこと大好きだって! そんなにおいがするの!」

P「におい?」

薫「ぽかぽかした、おひさまみたいなにおい。なかよしなんだなって、わかるの!」

P「そうか……みんなもそう思ってくれてたら嬉しいな」

薫「なんか、だんなさまって先生みたい。あのね、学校では人間のことばとか、化けかたとか、いろんな先生が教えてくれるんだよっ」

P「ははは。本職の人に比べればまだまだだけど、ある意味近いのかもな」


薫「うんっ。ねえ、『せんせぇ』って呼んでもいい?」


P「せ、先生?」

薫「だめ……?」

P「いや、そりゃ構わないけど……」

P(旦那様っていうのも、なんかくすぐったいしな)

薫「やったぁ! これからもよろしくねっ、せんせぇ!」

薫「あ、でも、かおるとケッコンするんだから、プロデューサーはもうしないのかなぁ……?」


P「…………」

P「薫ちゃん。そのことなんだけど……」


薫「ごめんね」


P「え……」

薫「かおる、ほんとはわかってたんだ。せんせぇがかおるのしっぽ掴んだの、わざとじゃないって」

薫「でも、きまりだから。おとうさんもそうしなさいって。せんせぇは、ここのたぬきじゃないのに……」

薫「だから……」


P「…………」ワシャワシャ

薫「わわっ。せ、せんせぇ?」

P「薫ちゃんは何も悪くないよ」

薫「そ、そうかな……」

P「悪いとしたら俺の方だ。ここのしきたりを知らないのに、無作法なことしちまった」

P「だから、俺からきっちり話をつけて解決するよ。何の心配もしなくていい」

薫「…………」

P「結婚がどうとかなんて早すぎるだろ? 君には、これから色んなことがあるんだから」

P「今のうちから将来を決めてしまわないで、自由に育って。嬉しいこととか、悲しいこともたくさん経験して」

P「そうして、ちゃんと自分の心で好きになった人と、幸せに一緒になる。結婚ってそういうものだと思う」


P(…………なんて)

P(多感な時期の女の子にアイドルやらせてる男が言うのも、説得力ゼロかよって話だが)

P(この子はアイドルじゃないし、まして自分で望んだわけでもない。こんなことで人生狂わすわけにもいかない)


P「それに、薫ちゃんは俺にはもったいないよ」

P「かわいいし明るいし、おまけに料理がこんなにうまい。もっと素敵な、ふさわしい相手がいるさ。間違いない」


薫「………………」ポケー

P「ん? 薫ちゃん?」

薫「んーん。かおる、やっぱりせんせぇとケッコンする」

P「んん!?」

薫「おかあさんが言ってた。ケッコンするなら、どきどきできるトノガタにしなさいって……!」キラキラ

薫「かおる、いますっごくどきどきしてる! こんなの初めて! ね、せんせぇ、ケッコンしよ! しよしよ!」

P「ちょっと待……!」


  ――――ヒュンッ


P「わぷっ!? ……な、なんだ!? 葉っぱが顔に!?」

薫「…………!!」



  ヒョイ マジマジ…


P「……薫ちゃん?」

薫「まちの方から……この色のはっぱ……こんなにはやく……」

薫「数は――うん。……うん。そっか……うん。タクシーのおじちゃんが……」


薫「……わるいヤツが来たんだ」


P「悪い奴……!? ちょっと待ってくれ、どういうことだ!?」

薫「だいじょうぶ! せんせぇのことは、かおるが守るから! ――ここで、待っててっ!!」


  ピューーーーーーッ!!


P「薫ちゃっ……速ッ!? 時速何キロあんの!?」

P「くそっ、追わなきゃ……!」


P(もしかしたら、美穂たちかもしれない……!)


  ◆◆◆◆


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 辿り着いた先は、村はずれの原っぱだった。
 山の中にぽっかり開いた、木が一本も無い草原。ちょっとした池があるくらいで、抜けるような青空が広がるばかりの場所――

 その真ん中に、薫ちゃんがぽつんと立っていた。

「薫ちゃ……!」


 息を呑んだ。
 彼女の背にみなぎる気迫は、これまでのかわいらしい少女のそれではなかった。


 今まで見たこともない――
 熊本のたぬきの群れとも違う――
 京都の狐の結界とも趣を異にする――



 信じられないほど深い、9歳の少女が出すものとはまるで思えない、生半可な妖怪変化が束になっても敵わない圧倒的な「怪異」の気配。
 凡人にもわかる、常識や日常などまったく及びもつかない、想像さえもできないもの。

 俺がこれまで見た――楓さん、芳乃、茄子さん、こずえ、紗枝、智絵里、アーニャ、まゆ――

 みんなとも、こと「力強さ」という点において、隔絶とすら言えるほどの違いがあって。


 ぶわっ!!


 風が巻き上がる。薫ちゃんを中心に渦を巻き、葉っぱを乗せて、目に見える螺旋を描いて天へと投じられていく。
 奇妙なのは、中心に立つ彼女は、一切風にあおられていないことだ。
 髪の毛一本、服のシワひとつ、何の影響も受けていない。成人男性の俺すら立っていられない風が集まる中――
 彼女に何の影響も無いということは、すなわち薫ちゃんが「台風の目」になっていることに相違ない。



「ん~~~~~~~……っ!」


 寒気を巻き上げる巨大な渦の中で、薫ちゃんは念じる。頭に耳が、お尻に尻尾がぴょこんと生えている。
 その毛が、まるで敵を威嚇するように膨れ上がり――


「むぅぅ~~~~~~~~~~~っ……!!」


  ポ ン ッ ! !


 ――――そして、「山」が生まれた。



  ◆◆◆◆


  ―― 偽山


「い……一体、どうなってるんだ……?」


 起きたことをそのまま言うならば。

 真昼の草原だと思っていたのが、突如真夜中の緑深い山中になった。

 何を言っているかわからねーと思うが、俺にもさっぱりわからない。
 催眠術とか超スピードとか、そんなチャチなもんじゃ断じてなくて……これは、たぬきの化け術だ。

 理由はわかってるが、それでもやっぱり信じられない。

 だって、山ひとつだぞ? 空さえも夜にしてる。こんなものが、たった一匹のたぬきにできるのか?
 化け術についてはある程度知っているつもりだが、俺がこれまで見てきたものとはあまりにもレベルが違いすぎる。

 四国どころか、日本でも最高クラスの天才……父親はそう言っていた。確かにこれが薫ちゃん一人の仕業なら、桁が違うとしか言いようがない。


 でも本人は、人懐っこくて優しい女の子だ。
 そんな薫ちゃんが敵意を露わにするほどの相手とすれば……。

 外部からやってきて、龍崎家の祝言を阻止しようとする相手。
 この状況で、それが誰なのかというと……考えるまでもない。

 美穂、卯月、響子。


 優しい子たちだ。俺を心配して、探しに来てくれたのかもしれない。
 あの三人が巻き込まれていたとなれば、なんとしてでも保護しなくては……!!

「ん……!?」

 途端に、目の前の地形が大きく揺らいだ。
 地面は地面ではない。薫ちゃんが生み出した、幻術の山なのだ。

 それが化け主の意思に呼応し、まるで誰かを迎撃するように激しく蠕動し――


 ぐわんっ!!!


   ○


「――はぁ~……くっそ……」

 次に目が覚めれば、景色が激変していた。
 さっきまでは上り坂を歩いていたはずが、今は崖っぷち。どこがどこだか。空の月がくっきり地上を照らしている。
 けど、俺もこの偽山に巻き込まれたことはかえって好都合だ。
 美穂たちもここにいるのなら、会わなければ何も始まらない。


 俺は、歩いて……
 歩いて……………………
 歩いて…………………………
 歩いて……………………………………


「…………一ッッッ向に、どこにも着かねぇ!!?」


 たぶん当たり前である。
 凡人が、たぬきの化けた偽山を攻略できるわけがないのだ。

 ただただ、ひたすら何も無い山道を歩いて歩いて、迷って、迷って迷って……。

 砂漠を進んでいるにも等しい。
 なんか昔、似たような状況に陥らなかったっけ? ひたすら無限の桜吹雪が吹き荒れる世界。あれもヤバかったな。って懐かしんでる場合じゃないが。

 とにかく進むしかない。俺も化かされているのなら、化かされ上等。
 同じ状況に陥っている誰かを、見つけることさえできれば……。



「――た、助けてください~~~~~~~っ!!」



 !!!



   ○


 声のする方へ、ひたすら走って走って走りまくった。
 他の一切には目もくれなかった。
 波打つ木々とか、渦を巻く草原とか、象とかチキンジョージとか、なんかよくわからんあらゆるものを全部駆け抜けて、全身全霊で急いだ。

 助けを求めるその声に、聞き覚えがあった。

 間違えるものか。声の主は、間違いなく――


「卯月!!」


 果たして、卯月は本当にいた。
 背が高い木の上にしがみついて、ひんひん泣きながら、叫ぶ。

「わ、私っ、食べてもおいしくないですよぉ~~~~っ!!」 



 見れば木の根元に、やっぱりなんかよくわからんものがうごうごしている。
 妖怪、というか。クレヨンで描いたみたいなアバウトでカラフルなバケモノたちが、うおーがおーこわいぞーたべるぞーと卯月を全力で威嚇している。
 それに卯月は本気で怯えて、べしょべしょ泣きながら命乞いしている。

 ……いやまあ、怖いのはわかる。
 こんなよくわからん状況で、妙ちくりんな作画の妖怪に襲いかかられたら誰だってビビる。俺だってビビる。
 幸いなのは、俺にはこの源が誰なのかわかっていることだ。

 あれらの妖怪は、薫ちゃんの化け力によって生み出されたもの。ならば……。


 ――ザッ!


「卯月、大丈夫だ! もう少しそこで耐えててくれ!」
「えっ……えっ!? ぷ、プロデューサーさんっ!?」

 一歩踏み出し、ネクタイをゆるめる。
 根本が薫ちゃんなら、この『技』も通用するはず……ッッ。


「これを見ろ!」

 妖怪たちが、こっちに意識を取られる。

「指が……!!」

 構える……!!

「取れた!!!」


『!!!!!?????』


 ポポポポポポポンッ!!!!


 驚愕の表情を最後に、妖怪たちが消えてなくなる。
 やはり……!!
 化け合戦は、タネはどうあれ「ビビらせたもの勝ち」……。
 こうしたトリックであっても、薫ちゃん自身がタネを知らないのであれば、ガチビビリから少しでも変化を打ち消せる……はず!

 ……いや、こんなんでいいのかとは自分でもちょっと思うが……!!!!


「卯月! 俺だ!」
「ぷ、ぷろっ、ぷろでゅ、プロデューサーさぁん……!!」
「俺は問題ない! ほら、地上はもう大丈夫だ! 降りてきていいぞ!」
「で、でも、ゆびっ、指が取れちゃって……!!」
「卯月このトリック知らないの!!!??」


 ……そこから、ちょっと「指が取れちゃったテク」の説明を挟み。
 なんとか無事らしいと理解してもらって、もぞもぞ木から降りようとすること数分、


 ドシーーーーンッ!!!


「グワーーッ豊満な尻!!!」
「ああぁっ!? ご、ごめんなさいぃ!!」

 ……ご褒美、もといトラブルがあったのは置いといてだ。


 話を聞くに、卯月は目覚めたら一人だったらしい。
 美穂と響子がどこにいるかは、見当もつかないと……。

「よし。じゃあ、探すか……!」
「は……はい! 島村卯月、がんばりますっ!!」

 きっと今にも、美穂と響子も戦っているはずだ。
 すぐに合流して、みんな敵ではないと薫ちゃんに説明しなくては……!!

一旦切ります。
美穂の誕生日に始めた話が、卯月の誕生日まで終わってないとかなんなの……
体調は一切問題ないのですが、おしごと村がヤバすぎて諸々滞っておりました。
お待たせしてしまい、誠に申し訳ありません。

島村卯月さん、誕生日おめでとうございます……(過ぎてるけど……)


   ◆◆◆◆


 それからまた、しばらく歩いた。
 相変わらず先行きの見えない道のりだが、さっきまでより気は楽だった。

「卯月、大丈夫か? きつくなったら言うんだぞ」
「は、はいっ」

 慣れない山歩き、それも胡散臭い化け山となれば何が起こるかわからない。
 何かあった時に身を挺してでも守れるよう、常に卯月の前を歩いていなくては。


 ~しばらくして~


「ヴッ、卯月……ま、待って……ヴォエッ……も、き、キツい……」
「えぇっ!? も、もうですか!?」

 そりゃそうである。相手はピチピチのJK、しかも日々のレッスンと長時間のライブもこなす現役バリバリアイドル。
 対するこっちは運動不足気味のおっさんだ。体力の差は歴然というもの。
 にしてもペースめっちゃ早いこの子……。


 なんやかんやで卯月に待ってもらいながら、ほうほうのていで進む成人男性。情けないことこの上ない。
 卯月は月明かりの下をさくさく歩きながら、ふと、お腹を気にしていた。

「どうした? 腹が痛むのか?」
「あっ、いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
「無理はするなよ。……って俺が言うのもなんだけど。何かあったらすぐに言ってくれ」
「ほんとに大丈夫ですっ。島村卯月、がんばりま」


 ぐぅぅぅぅ~~~~~~っ。


「…………」
「…………」
「…………腹減ってんの?」
「…………あ、あの、えと……えへへ……はい」


 聞けば朝からほとんど何も食っていないらしい。
 俺を探しに外へ出て、美穂や響子ともどもたぬきに拉致られ、それっきりだと。

 うーむ……なんとかしてやりたいが、こっちは手ぶらだ。
 ついさっき大きなおにぎりを腹いっぱい食べたのが申し訳なくなってくる。
 とにもかくにも、一刻も早くこの謎の偽山を脱するのが先決だとは思うが……。

「歩けそうか? 無理なら俺が背負っていくぞ」
「大丈夫ですっ。美穂ちゃんと響子ちゃんを見つけるまで、休んでなんて……


 ――?


 今、何か。
 これは……匂い……か?

「……おいしそうな匂いがしますね……?」
「あ、ああ……料理だな。どこかに食事できるところがあるのか?」
「で、でもっ、ここってたぬきさんのお山なんですよね?」
「そうだな。もしかしたら何かの罠ってこともあるかもしれない」
「そ、そふ、でふよね。なにがあるかわからな、ずびじゅる」
「ヨダレ出てるヨダレ」
「あぇっ!? ご、ごめんなひゃい私ったら!」


 ……う~~む。

「……一応、見るだけ見に行ってみるか?」
「! は、はいっ! そうですよねっ何かの手掛かりかもしれませんしっ!」

 ぱぁぁ、と輝く卯月の瞳。素直な子だなぁ。
 どのみち、このまま何も無いところを闇雲に歩くよりは、目標があった方がいいというもの。
 何より腹を空かせた卯月に我慢を強いるわけにもいかない。

 そして俺たちは、匂いを辿って木々の間を抜け……


「あ、あれ! あの建物じゃありませんか!?」
「そうっぽいな。あれは……妖怪たちが行列を作ってる……?」
「人気のお店なんでしょうか……?」
「こんなところで人気ってのもおかしい話だが……おっ看板が見えたぞ。なになに……」




 ――『お食事処いがらし』。



 ……………………。


「…………『お食事処いがらし』って何?」
「な、なんでしょう……???」



「――いらっしゃいませー!」


 !!


「こ、この声……響子ちゃん!?」
「店の中からだな! いがらしってことは、やっぱり響子の店なのか……!?」

 なんでこんなとこで店なんか開いてるんだ!?

 ともあれ行くしかない。俺と卯月は頷きあい、『お食事処いがらし』へと飛び込んでいくのだった。


   ○


 ガララッ!!


P「響子!」

卯月「響子ちゃん!?」


響子「いらっしゃ……あっ!!」


P「響子! 良かった、無事で……!」

卯月「怪我はありませんか!?」

響子「わぁ……卯月ちゃん……!!」パァァ

卯月「えっ」


響子「卯月ちゃん久しぶりっ! 来てくれて嬉しいです!!」ガシッ



卯月「え、ひさ? え?」

P「???」

響子「今日はどうしてここに? お仕事で近くに寄ったんですか? それとも、私たちに会いに?」

響子「あっ、ちょっと待っててねっ。子供を呼んできますから! おーいっ! 卯月ちゃんが遊びに来てくれたよーっ!!」

卯月「え、え、え? ちょっ、なんですか? こ、子供? 誰の?」

P「ちょ、ちょっと待ってくれ響子、どういうことか全然わからん。一体何を言って――」

響子「あっ、やっと帰ってきた! もう――」


響子「遅いですよっ。どこで寄り道してたんですか、あなたっ?」プンプン


P「」

卯月「」

P「」

卯月「」


P「…………ごめん、なんて?」

響子「なんて、も何もありますかっ。早くお仕事に戻ってください!」

響子「あ、まさか昔みたいに女の子をスカウトしようとしてたんですか? だめですよ、もうプロデューサーじゃないんですから!」

P「あのう、響子さん」

響子「はい? なんです、改まって?」

P「俺とあなたは、つまりどのような関係にあるとお考えで……?」

響子「どういうも、こういうも……。もう結婚して10年になるでしょ?」


卯月「そうだったんですか!!!!???」

P「違うからね!!!!???」


響子「あれ? え? でも私、ずっと前にPさんと結婚して……」グルグル

響子「それで、2人でこのお店を開いて……」グルグルグル

響子「5人の子供に恵まれて、みんなで助け合って幸せに暮らしていたりいなかったり……」グルグルグルグル


P「か、完全に化かされとる!!!」

卯月(子供産まれるペースが凄い……)

P「響子! 目を覚ましてくれ! お前はまだ15歳でアイドルで健全でみんなの寮母さんなんだ!!」(※寮母さんではありません)

響子「あぁあぁあぁ?? あれぇ……? およめさん? ごりょーしんにあいさつ? けっこんしき? しんこんりょこう……???」

P「響子ーっ!?」

響子「あははうふふ、えへへそんなぁ……ママドルだなんてぇ……♡」


卯月「――プロデューサーさん、下がっていてください。かくなる上は……」

P「えっ何?」



卯月「ピンクチェックちょっぷ!!」シュバッ

響子「あうっ」ペチコーンッ

P「何その技!!?」



響子「あたた……あれ? 卯月ちゃん? プロデューサーさん……?」

卯月「良かった! 目が覚めたんですねっ」

P「ねえさっきの技何……?」


響子「あっ……ぷ、プロデューサーさん! 無事だったんですね! あれ? 美穂ちゃんは?」

卯月「かくかくしかじかで、こういうことなんです。あとは美穂ちゃんを探さなきゃ!」

響子「なるほど……! じゃあ、急がなきゃ!」

P「さっきの……まあいいかこの際なんでも! 行こう!!」


   ○


 響子が正気に戻るやいなや、『お食事処いがらし』は客の妖怪ごとポンッと消えてなくなった。
 俺達は美穂を探して走る走る――

 途中、立ちはだかる妖怪たち。だが止まっていられるわけもなく、

「ああっと指が取れちゃったー!!」
『!?!?!?!?!?!?』

 ポポポポポポポポーンッ!!

 なんか出来の悪いなろう小説みたいになってきたな。
 指取れトリックで片っ端から蹴散らして、進んでいくうちに――


 ぐにゃんっ!!!



「おわ!?」
「きゃあっ!?」
「ひゃ……っ!?」
 
 いきなり、地面が大きく波打った。
 地震とかそういうのともまた違う。山全体がスライムにでもなったかのような、普通ありえない変化だ。

「2人とも、俺から離れるなよ!!」


 お互いに庇い合いながら、大きな地面のうねりに呑まれる。
 そのまま気が遠くなり、天地が逆さまになったような感覚があって――



   ○


 気が付けば、雲ひとつ無い真昼の原っぱ。もう月も森も無い、開けた空間に倒れていた。

「いてて……卯月、美穂、大丈夫か?」
「は、はい、なんとか……」
「ここは……?」

 お互い怪我が無いことを確かめて、辺りを見渡す。
 山は消えた。日常風景だ。
 これ以上、変わったことは何も無いようだが――


「ぽこっ!」
「ぽこーーーっ!!」


 !?


 青空の下、二つの小さな毛玉が、もふもふころころ揉み合っている。
 あの見覚えのある毛並みと、更にそれより一回り小さい毛玉は……!

「美穂! 薫ちゃん!!」

 2人が戦っているのだ。黙ってはいられない。
 止めなくては――その一心で駆け出して、ほとんど何も考えず間に入っていた。

「あっ!」
「プロデューサーさっ……!」

 卯月と響子の声ももはや遠い。
 当然、若きたぬきは急には止まれず――

「ぽこっ……!?」
「ぽこ!!?」


 ぷ に っ っ …………



 あっ……右の頬に肉球、左の頬にも肉球……っっ。


「あふぅん」

 ぱたり。


「せんせぇ!?」
「プロデューサーさんっ!!」

 ポンッ!!

 瞬時に肉球ぷにぷに天国へといざなわれ、崩れ落ちる俺。
 そこへ人間の姿になった美穂と薫ちゃんが駆け寄ってくるのが見える。

 ともあれ、良かった。二人が戦いを中断してくれて……。

 言い知れぬ安堵とぷにぷに余韻に包まれながら、俺の意識は闇に飲まれた。

一旦切ります。
ようやく美穂がお話に戻ってきたわけですが……(白目)

次回は明日更新できると思います。すみませんが今しばらくお付き合いください。

168で響子が美穂になってるような

>>172
すみません誤字でした。こちら

「いてて……卯月、響子、大丈夫か?」

が正しいですね


  ◆◆◆◆

 ~久万山たぬき村 講堂~


龍崎父「――なるほど。話は聞かせていただいた」

P「はい」

卯月(両方のほっぺに肉球の跡が……)

響子(かわいい……)

龍崎父「そちらは――熊本の、小日向一族のたぬきですな」

龍崎父「未熟であったとはいえ、薫の偽山を破るとは。並のたぬきではない。いやはや大したものです」

美穂「………………」ムーッ

P「……美穂、美穂。ちょっと苦しい」

P「大丈夫だ。相手は、すぐにこっちをどうこうしようって手合いじゃないから」

美穂「で、でも……」チラッ


薫「う~……」ガルル

美穂「むむ~……」


卯月(二人ともプロデューサーさんの両腕にくっついてる……)

響子(かわいい……)


龍崎父「しかしながら、こちらも既にご説明申し上げたように、婿殿を当村にお迎えする用意があります」

美穂「か、勝手に決めるなんて酷すぎますっ! こういうのって2人の気持ちが大事なんでしょう!?」

龍崎父「薫の気持ちでしたら、ご覧の通りです」

薫「せんせぇとケッコンするもん……」ムーッ

龍崎父「更に言えば、これはもう決定事項。村で決めたことゆえ、婿殿がどうお考えなのかも、極論すれば無関係なのですな」

美穂「そんなっ横暴ですっ! 人のやることとは思えません!!」

龍崎父「たぬきなので」

美穂「そうでした!!」ポコーッ


龍崎父「そういうわけで、お三方にはお引き取り願いたい」

龍崎父「今後我が娘の婚姻に手を出さないとお約束いただければ、危害は加えません。麓までも送りましょう」

龍崎父「なにも取って食おうというわけではないのです。……いかがですかな?」

美穂「そんなこと……!」


卯月「――いいえ。プロデューサーさんは、薫ちゃんとは結婚できません」ズイッ


美穂「う、卯月ちゃん?」

卯月「確かにお話はわかりました。けどプロデューサーさんには、そうできない理由があるんです……!」

龍崎父「ほう。その理由……とは?」

卯月「それは……」

響子「ごくっ……」

美穂「どきどき……」

薫「……?」

P「……??」



卯月「プロデューサーさんは……もう結婚してるからです!!!!!」ババァァーーーンッッ



美穂「え、えぇーーーーーーっ!!?」ガビーーン

薫「そうなのーーーーーーーっ!!?」ガガビーーーン

P「なんだってぇぇーーーーーーっ!!?」ガビガビガビーーーーン

龍崎父「ほう」

美穂「ちょっちょっちょ、ちょっと待ってください話し合いますからっ!!」


美穂「ちょ、うづ、卯月ちゃん……っ!?」ヒソヒソ

卯月「嘘ですっ!」ブイッ

美穂「あ、そうなんだ良かっ……じゃなくて! どうしてそんな嘘……!?」ヒソヒソ

卯月「聞いて美穂ちゃん。たぶんこのままだと、たぬきさん達はプロデューサーさんを返してくれないと思うんです」ヒソヒソ

響子「な……なるほど! それなら、もう既婚者ですってことにして、諦めさせるんですねっ」ヒソヒソ

卯月「うん! 響子ちゃんが教えてくれたんですよっ♪」

響子「私が? え、私何かしましたっけ……?」

卯月「えっと……とにかく教えてくれたからっ♪」ブイッ

響子「???」


美穂「じゃあとにかく、その設定で進めればいいんだね……!」

卯月「うん! そうすれば、きっと諦めてくれるはず……!」

響子「それしかありませんね……!」


卯月「P.C.S……!」ピシ

美穂「だ、団結……!」ガシ

響子「いぇーい……っ!」グッグッ



美穂「プロデューサーさんっ! 実は話が……!」ヒソヒソ

P「ああ、みんなで口裏を合わせて俺が既婚者だってことにすれば向こうさんも諦めてくれるってことだな?」ヒソヒソ

美穂「そうなんですけど察しがよすぎますね!?」ヒソヒソ

P「これでも何度となくスチャラカ事態に巻き込まれた身だぞ。それに、なんとなく俺もそれしかないような気はしてた」

P「すまない、合わせてくれ。行くぞ……!」

美穂「はい……!」


P「そう、実は俺はもう結婚していたのでしたーわははー!」

薫「せ、せんせぇがケッコン……おくさんいるんだ……」ガーン

龍崎父「ふむ」

美穂「も、もう奥さんいるんだから、不倫ってことになっちゃいますよねーそうなりますよねー!」

龍崎父「ほう」

龍崎父「して、奥方はいずこに?」

P・美穂「うっっ」


P「ま、まあそれはその、ここ出張先なので、すぐには、な?」

美穂「ね、ねぇ? だってほら、し、仕方ないっていうかっ」

龍崎父「……」ジー

P(どうする? 思いっきり証拠を見せろって顔してるぞ……!)

美穂(ででで、電話するとか、それでなんとか話を合わせてもらって……!)


P(けど打ち合わせする時間も無いし、だいいち誰に……!)


   テレレーレレーテッテッテレー テレレーレレーテッテッテレー


         楓さん

   ちひろさん     茄子さん


P(……誰を選んでもろくなことになる気がしねぇ!!)ババ-ンッ


(※建前上、「そういうことで通じそうな成人女性」のみが選択肢に上がります)


龍崎父「よもやとは思いますが、その場しのぎの嘘を――」

P「ま、まさか!!」

美穂「う、卯月ちゃん、響子ちゃん、どうし――」



卯月「ぱぱー♡ ばぶばぶーっ♡♡」ダァダァー


P「卯月が俺の娘に!!?」

美穂「しかもだいぶ幼い設定!!」

P「これは流石に……なあ、響子――」


響子「はいっ、なんですかお兄ちゃんっ♪♪」ジャジャーン


P「そっちは妹かい!!!」

美穂「しかもノリノリです!!!」

美穂「ま、待って!? それじゃその、えと、奥さんって……!!」


卯月(ジー)

響子(ジー)


美穂「わ、私ぃっ!?」


美穂「ちょちょちょちょっと待って、もう一回考えよう!? ちゃんと設定から――」

響子「お義姉ちゃーんっ♪」ダキッ

卯月「ままーっ♡」ムギュ

美穂「あうあーっ!?」


美穂「……い、イイかも……」ポワポワ


P「ああっ美穂がやられた!!」


龍崎父「」

薫「」

たぬき達「」


P「いや、これはですね、つまり……」


卯月「ぱぱーっ♡♡」スリスリー

響子「お兄ちゃーんっ♪♪」ダキー

美穂「あ、あ、あ、」

美穂「あ…………あなたーっ!」ムギュー

P「グワーーーーッッ♡♡♡♡」


P「そういうことなんですよ(即堕ち)」

卯月「ぱぱはわたさないばぶー」

響子「お兄ちゃんは私達と一緒に東京に帰るんですっ」

美穂「だ、だだ、だだゃだン旦那さまは、わたわたたわたひの、わたしとけっこんしてるのでーっ!?!?!?(ヤケクソ)」

P「おおよしよしマイドーターマイシスターそしてマイワイフ(ヤケクソ)」



龍崎父「ふ~~~~む…………」


龍崎父「そういうことなら仕方ありませんなぁ」


P(話早っ)


龍崎父「しかし……事をこのように運んだ以上、我々にも面子というものがありましてな」

龍崎父「そして、うちの薫が聞き分けよく諦めてくれるかどうか、という話でもあります」

薫「うぅ゛~~~~~~……!」ナミダメ

P(……!)

P(そ、そうか……この場を逃れるためとはいえ、薫ちゃんを傷付けることになってしまっていた……)

龍崎父「どうだ、薫? 婿殿を東京へ返すか?」

薫「やだっ! やーだーっ!!」ブンブン

龍崎父「しかしながら、幸せな家庭を壊すのはわしらとしても本意ではございませんでな」


龍崎父「そこで提案なのですが……いっそのこと、ご家族全員でここに住むのはいかがでしょう?」


P「ぜ?」

美穂「ん?」

卯月「い?」

響子「ん?」


龍崎父「なに簡単な話です。薫の婿となるに当たり、そちらの奥方を捨てよとは申しません。一緒に来ればよろしい」

龍崎父「婿殿はいずれ四国のたぬきを背負って立っていただく存在。英雄色を好むとも申します。愛妾の1人や2人、10人や20人を囲うのはむしろ当然の器量」

龍崎父「我らたぬき一同、皆様を歓迎いたしますぞ。いかがですかな?」


卯月(……あいしょうって、何?)

美穂(わかんない。ニックネームのことかなぁ……?)

響子(え、えぇえ……/// そんなことって……/////)

美穂(響子ちゃん、何か知ってるの?)

響子(はぇ゛!? いやいやいや、そんなのいけませんよ! いけませんからね!?)


P「…………」

P「やはり、お断りします」

龍崎父「なにゆえ」

P「誰と結婚するとか、何を捨てるか連れてくかとか以前に、俺には東京でやらなきゃならないことがあります」

P「だから……何があっても。この四国に留まるわけには、いきません」

龍崎父「どうあっても、妻子とともにここを出てゆくと……」

P「ンッ妻子。はぁまあ。そういうことですハイ」

薫「……せんせぇ」

薫「せんせぇは……かおるのこと、キライなの……?」

P「嫌いなんかじゃない。むしろ、こんなに可愛くて良い子は他にいないよ」

P「でも、俺達は『結婚するかしないか』だけしかないわけじゃ無いはずだ。友達として、いつだって会うこともできると思うんだ」


薫「…………ぐずっ」

龍崎父「いかに、薫」

薫「…………おとうさん」



薫「かおる、やる。おとうさんが最初に言ってた、あれ……」


美穂「え……」


薫「もし、だんなさまに好きなひとがいて。かおるとケッコンするの、やだって言ったら。……あれが、はじまるんだよね?」

龍崎父「しかり。よくぞ覚悟した薫。それでこそ我が娘じゃ」


P「……!!」

P「3人とも! 今すぐここから逃げ、」


龍崎父「囲めいっ!!」


  ポポポポポポポポポポポポポンッ!!!


美穂「ぽこっ!?」

卯月「ひゃ!?」

響子「これって……!?」

P「たぬき達が、周囲を囲む壁に化けて……!?」


薫「…………」

龍崎父「ご安心めされ。先ほども申し上げた通り、何も取って食おうというわけではございません」

龍崎父「ただ、どうしても出ると仰るなら――ひとつ。我ら久万山のたぬきに伝わる『儀式』を乗り越えていただきたい」

P「儀式……?」



龍崎父「いかにも。我が村における婚姻にて、ひと悶着ありと申さば!」バサッ!


美穂「あ、扇子」


龍崎父「誇り高きたぬきの名において、後世に決して遺恨を残さぬよう!」ヨイヨイ

薫「むんっ!」ポンポンッ!


卯月「腹鼓!」


龍崎父「ぁ正々堂々たる勝負にてェ、白黒はっきり着けんが為のォ!!」イヨォーッ

薫「むむーんっ!!」ポコポーンッ!!


響子「スポットライトと紙吹雪が!?」


龍崎父「『お嫁五番勝負』ゥゥーーーーーッ!!!」カカァーッ!!!

薫「しょうぶーーーーーーーーーっ!!!!」スッパァァーンッ!!!


P「お嫁五番勝負」


P「………………って何?」


龍崎父「読んで字のごとく。どちらが婿殿の妻となるに相応しいか、いざ尋常に勝負――という儀式ですな」

龍崎父「審査は公正に行いまする。うちの薫と、そちらの奥方。どちらが貴殿の隣に立つべきか、五つの項目にて見極めるわけです」

薫「かおる負けないもんっ!」

美穂「……!!」


美穂「わかり……ました。やります! 私、お嫁五番勝負で、薫ちゃんと戦いますっ!」


卯月「美穂ちゃ……ままっ!」

響子「み……お義姉ちゃんっ!」

P「美穂……!」


龍崎父「その意気や良し!!」

龍崎父「ちなみに勝負においては、お身内の助力も認められまする。なんとなれば、妻となることは家庭人となること。姑に義理の兄弟姉妹、息子や娘の助けも借りるものですからな」

龍崎父「つまりそちらからは、娘御と妹君の参加も許されるというわけです」

卯月「ばぶっ!」

響子「お兄ちゃんとお義姉ちゃんは渡しませんっ!」

P「二人ともノリノリなんだよな」

龍崎父「一方、薫はまだ幼い。勝負にあたり、こちらからも一人、味方を用意させていただきたい」


龍崎父「お願いいたします――柳先生!」


??「こちらの村で、大きな催しがあるといいますから来てみれば……」

??「大変なことが起こっていたんですね。――こんにちは、薫ちゃん。お元気でしたか? どこも悪いところは無いかしら?」


美穂「この人は……?」

P「び、美人だ……!」

薫「きよらおねーさんだーっ!!」


清良「はじめまして。柳清良と申します。お呼ばれしたのは、成り行きですが……」

清良「薫ちゃんは、私の大切なお友達。全力でサポートさせていただきます。――よろしくお願いしますね、皆さん♪」



P「ヌッッ」

美穂「名刺を取り出さないでくださいっ!」モファーッ

P「グワーッ尻尾ビンタ!」

一旦切ります。
もうあと最終決戦(?)です。
すみませんが今しばらくお付き合いくださいませ。

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