高峯のあ「牛丼とか……言ってる場合じゃない」【番外編②】 (105)


●注意●
・短編形式
・日常系SS
・のあさんのキャラ、口調、クールなイメージが『著しく』崩壊します
・独自解釈している点が多々ありますので、ご了承下さい

●登場人物●
高峯のあ
http://i.imgur.com/eI0rjo6.jpg
ご近所
http://i.imgur.com/jE0lU93.jpg
その他
http://i.imgur.com/r4C6rPM.jpg

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1540781116


●過去作
第1作:高峯のあ「牛丼並……あっ大盛りで」
高峯のあ「牛丼並……あっ大盛りで」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1447664976/)
第2作:高峯のあ「和風牛丼並……あっあとから揚げ」
高峯のあ「和風牛丼並……あっあとから揚げ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1448875583/)
第3作:高峯のあ「(プレミアム牛めし……あっあと焼のり)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1453369628
第4作(総集編):高峯のあ「牛丼大盛り……つぇ、つゆだケで……っ!」【番外編①】
高峯のあ「牛丼大盛り……つぇ、つゆだケで……っ!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1466684201/)
第5作:高峯のあ「牛丼並……4つでいいかしら?」
高峯のあ「牛丼並……4つでいいかしら?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1479041217/)


━━━━━━━━━━━━━━
【事務所・中庭】


周子「そうなの?」

のあ「………」

周子「週7で吉野家通って、体は牛肉で出来ていて、生粋の吉ラーである、のあさんが……」

周子「就職の面接で『あなたを物に例えると?』って質問で迷うことなく『吉野家の牛丼』と答える、高峯のあさんが……」

周子「自分の存在を否定するんだ?」

のあ「……その表現は、些か的確ではない」

周子「うん?」

のあ「…………………………週、8」

周子「そっかそっか」モグモグ

のあ「……そのどら焼き、ひとつ私も貰ってもいいかしら?」

周子「たーんと召し上がれ」

周子「で」

周子「どないしはったん? 一体」

のあ「………」パクッ

のあ「話は簡明。事実とは得てして、深淵にあるとは限らない」モグモグ

のあ「先日……」


~~~~~~回想・昨日~~~~~~
【高峯宅】


のあ「………っ」

管理者『ですから……』

のあ「ス、すみ……、すみませんっ……!」

管理者『お送りした督促状に記載した通りです。家賃2か月滞納』

管理者『このまま滞納が続くと、強制退去等の手続きをさせて頂く場合もありますので』

のあ「きょ、強制退去……!?」

管理者『ご了承下さい』

管理者『それと一応、連帯保証人様にも既にご連絡させて頂きました』

のあ「お、お母さんに!? じじじ、じゃあ、支払いは……!」

管理者『貴女に、娘さまに全て任せる。もし未納が続けば仕事を辞めさせて実家で引き取るから、好きにしてくれ……と』

のあ「ォ………!?」

管理者『こちらが賃貸借契約解除の手続きを行えば、貴女はその部屋を所謂“不法占拠”しているわけですから、再三お送りしている催促が叶わない場合は、明渡請求、及び訴訟手続きを───』

のあ「チ、ちょ、ちょっ……!!」

管理者『?』

のあ「も………!」

のあ「もっと、分かる言葉で……、や、優しく言って………っ!」グスッ

管理者『………家賃を、その、払ってくれたら嬉しいですね』

のあ「は、払います払いますっ! すみません……」

管理者『お仕事をしていない訳ではないんでしょう?』

のあ「あ、ハイ。アイドルを」

管理者『えっ?』

のあ「は、ハイパードリームクリエイターを」

管理者『………………ハイ?』

のあ「アッ、ア、ヲ、その………」

のあ「………………………………営業職です」

管理者『極力お支払いを早めにお願いします、何かありましたらご連絡を……、失礼致します』

のあ「すみません……すみません………っ」


~~~~~~回想終わり~~~~~~








のあ「……ということ」

周子「ピンチだよ」


──────
────
──

──
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──────
【事務所・応接室】


周子「ふぅ」

周子「(のあさんも大変だなぁ。最悪の場合、あたしのアパートでルームシェアでもいいけど)」

周子「(でも本人にも危機感を持って貰わないと、彼女自身のためにならないよね)」

───ガチャ


美嘉「おつかれー♪」

奏「周子、お疲れ様」

周子「おっつー」

周子「美嘉ちゃん、ネットニュース観たよ」

周子「ツイッターに載せた服が翌日、全国のユニクロから売れて消えたって」

美嘉「ふふ。アタシも焦っちゃったなぁ」

奏「とか言って、内心は?」

美嘉「いやぁ、それは満更でもないよねー★」

周子「だよね」

美嘉「ねえねえ、そのお菓子一個いい? どら焼き……?」

周子「あいよー」

奏「城ヶ崎美嘉の発信力は、本当に市場経済を動かすレベルよね。末恐ろしいわよ」

美嘉「プチプラのコーデだったし、みんな手軽に真似できるからウケたんじゃないかな?」

美嘉「反響が大きいのはウレシイ限りだけどね」

奏「流石はSランク」

周子「そだね」

美嘉「これオイシーね♪ どこの? ねー写真撮っていい??」

奏「あ、話題逸らした。照れ隠しかしら、ふふっ」

周子「今度はそのどら焼きが売り切れちゃうね」


周子「奏ちゃんもどう? このどら焼き」

奏「結構な大きさね。申し訳ないけど私、この後レッスンだから………」

美嘉「そうなの?」

周子「そういやさっき、のあさんも美味しいって褒めてたな、コレ」

奏「食べる!」スッ

周子「えっ?」

奏「あぁ、もう美味しいって分かる。素敵……」

周子「さ、触っただけで?」

美嘉「のあさんって、ウワサの『寡黙の女王』?」

周子「ん?」

美嘉「銀髪で無表情で不思議なオーラがあるって話だけど、アタシ会ったことが無いし、よく分かんないなー」

奏「………」ピクッ

美嘉「Gランクだっけ。まあ、新人にしちゃよく頑張ってるほうじゃない?」

周子「まあ……、そんなもんだよね」

美嘉「ちょっとジュース買ってくるね」スタスタ

───グチャ!


周子「!?」

奏「………美嘉」

周子「あぁ………勿体無い。そんな潰さんでも」

奏「美嘉。貴女は、貴女と同じ高みにいる彼女の真価に、気付いていないだけ」

奏「近すぎて分からないだけ、見えていないだけ。あるいは、認めたくないのかしら」

周子「何言ってるか知らないけど、餡子でベッタベタだから早く手を拭こ?」

奏「いいえ、美味しかったわ。高峯さんと同じ感想よ、美味しかった。あの人と同じ……」

周子「え、何? 手から食べたの? ど、どゆこと??」








━━━━━━━その頃━━━━━━━
【ユニクロ】


のあ「ウ、売り切れ……!?」

店員「申し訳ありません。有名なアイドルがツイッターに上げたとかで、急に女性のお客様が一斉にお買い求めになりまして」

のあ「(め、迷惑な……!)」

のあ「(私はユニクロの上客なのに、にわかユニクラーアイドルのせいで………くっ!)」

のあ「(私の欲しかった服が……、ど、どうしよ……)」シュン


──────
────
──

──
────
──────
【岡崎家】


泰葉「家賃滞納ですか……」

のあ「そうよ」

泰葉「危機感抱いてます?」

のあ「……然り」

泰葉「他のライフラインは大丈夫なんですか?」

のあ「ガスは………止まっている」

泰葉「あぁ……、とうとう止まったんですね。頑張って動画投稿してたのに」

のあ「問題ない。支払いも滞りなく終わり、明日開栓予定」

泰葉「(滞ってたから止まったんじゃ……)」

泰葉「というか、それまでどう生活していたんです?」

のあ「シャワーは事務所。料理は外食、あるいは……」

のあ「電気は生きているから、水を適量と、乾麺のうどんを半分に折って炊飯器に入れて10分少々で、良い塩梅に調理できる」

のあ「電気があれば何でもできる」

泰葉「(泣きたくなってきた)」

のあ「泰葉」

泰葉「はい?」

のあ「お風呂を貸して欲しい」

泰葉「今日はそのために来たんですものね。いいですよ、温まって帰って下さい」

泰葉「あっ、それと私明日から────……って、お風呂場行くの早っ!!」

泰葉「もう……」


━━━━━━━翌日━━━━━━━
【泰葉宅前】


のあ「(ふふっ♪ 無事にガスが復活したわ♪)」

のあ「(泰葉ちゃんにはご飯とかお風呂とかお世話になりっぱなしだったし、お礼をしないと♪)」

のあ「(いいとこのケーキも買ってきたし、さっそく一緒に……♪♪)」

のあ「……♪」

ピンポーン♪


のあ「…………」

のあ「……」スッ


ピンポーン♪ ピンポーン♪



のあ「………………?」

のあ「……………………………」

───カチカチ


のあ「………………………………………………………………………………………」カチッ



~~~~~~~LINE~~~~~~~

泰葉【いないですよ。今日から仕事の撮影で長崎ですので】11:00

泰葉【一週間は家を空けます。昨日言いませんでしたっけ?】11:00

~~~~~~~~~~~~~~~~~



のあ「ッ!?」ドンッ!

のあ「(そ、そんな………き、聞いてない!)」ドンッ!

のあ「(わ、私の最大のライフラインが……!! あわよくば節約のためにお邪魔させて貰おうと計画してたのに……!!!)」ドンッ!

のあ「ぁ、あうぅ………!」ドンッ! ドンッ!

のあ「(泰葉ちゃんがいなくなったら、一体だれがマトモなご飯を作ってくれるの? だれが私の面倒を見てくれるの!?)」ドンッ!

のあ「(私、もう自分の部屋より泰葉ちゃんの部屋でくつろぐ方が遥かに居心地がいいのに……!!)」ドンッ! ドンッ!

のあ「(なんで……、せめて合鍵を残してくれなかったの……!?)」ドンッ! ドンッ!

のあ「(酷いよっ、こんなあんまりだよ………っ)」ドンッ! ドンッ!

のあ「(こんなの……、絶対おかしいよ………!)」ドンッ!






───ガチャ!!!!!





時子「うっっさい!!!! 打ち殺すわよこのクソニートがッ!!!!!!!」←お隣

のあ「アヒッ!! スス、スミマセン……!!!」


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──
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──────
【ファミレス】


時子「……」

楓「のあさん、大変でしたね」

のあ「社会で生きるという営為、それ即ち労働に辿り着く」

のあ「働かなければ普く、人として生きることは叶わない」

楓「つまりアイドルとして………お仕事を?」

のあ「…………」←Gランク

楓「…………」←Gランク

時子「……………」ズズッ…

楓「あっ! そうだ!」

のあ「?」

楓「ちひろさんに相談しましょう」

のあ&時子「…………」

のあ「オ、お金の?」

楓「いえいえ。お仕事のですっ!」

のあ「仕事を増やして欲しい、と?」

のあ「ランクは私達の実力。仕事の量はそれに見合うもの………彼女の負担が───」

楓「それも少し違います。えーっと、つまり」

楓「バイトですよ!」

のあ「……バイト?」


時子「………私は先に帰る」ガタッ

楓「あっ、は、ハイ! 御馳走様でした!」

のあ「お疲れさま」

楓「えーっと、つまりですね? 自虐的で言うのも少しツライんですが」

楓「芸人でも、役者でも、アイドルでも。売れてなければ兼業するんですよ」

楓「売れてなければ、給料が少なく、生活できないですからね」

のあ「……当然ね」

のあ「“二足の草鞋”……かしら」

楓「“備えあれば憂いなし”……とも言いますね」

楓「労働形態は様々ですが、やはりアルバイトが基本ですね」

楓「大抵は自分で探すんですが、事務所で斡旋してくれる簡単なバイトもあるはずです」

のあ「……なるほど」

楓「ただ」

楓「“アイドルとしての仕事”というよりは、“一般的のアルバイト”になっちゃいますけど」

のあ「構わない」

楓「私もお付き合いします♪ 早速明日にでも、詳しい話を聞いてみましょう♪」

のあ「フフッ……」

楓「ふふふっ♪」








━━━━━━━━━━━━━━
【レジ】


のあ&楓「………」

店員「先ほどの方は既に、ご自身のお飲み物の代金を支払われていたので……」

店員「あとは、やわらかチキンのサラダ、ミラノ風ドリア、デミグラスソースのハンバーグ、グラスワイン、ですね」

店員「お会計、こちらになります」

楓「(時子ちゃん、てっきり全部払ってくれたと思ったのに……)」

のあ「(余計な出費が……)」


──────
────
──

──
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──────
【事務所】


ちひろ「モチロン、ありますとも♪」

のあ「(……!)」

楓「私達でも、出来ますか?」

ちひろ「ええ。そうですね、簡単に説明しますと」

ちひろ「貴女達はアイドルですので、アイドル活動は最優先です。その活動に支障が出ない範囲の……」

ちひろ「つまりシフトや人員という点でいつでも補充が利く、リスクが低いアルバイトの斡旋になります」

楓「矢継ぎ早にすみません。例えば、どのような?」

ちひろ「二種類あります」

ちひろ「一つは、アイドルとしてのスキルや容姿が活かせるアルバイト」

ちひろ「デッサンモデル、コスプレ撮影、フロアレディ、着ぐるみスタッフ、etc……」

のあ「(き、着ぐるみスタッフ……!!)」

ちひろ「もう一つ、無資格未経験でこなせる簡単な軽作業系主体のアルバイト」

ちひろ「グッズ袋詰め、ティッシュ・風船配り、警備・清掃・販売スタッフ、etc……」

ちひろ「どちらも期間は短く、お給料は日払い可です」

ちひろ「お二人だけでなく、多くのアイドルも同じような悩みを持たれています。不安も当然お持ちでしょうが……」

ちひろ「気軽に頼って下さいね。アシスタントとして全力でバックアップしますから♪」

のあ「(や、優しい……!)」

楓「(天使……!)」


ちひろ「そうだ!」

ちひろ「今、漠然としたカンジでよろしいので、希望のお仕事職種や時間帯など、簡単にこのメモに書いていただけませんか?」スッ

ちひろ「こちらもバイト紹介の際、それを参考にさせていただきますので♪」カサッ

のあ「(……希望の仕事、時間)」カチッ

のあ「(この希望通りに、ちひろさんが厳選して紹介してくれるわけね。結構重要だわ!)」

のあ「(うーん………お金が欲しいから選り好みしている場合じゃないけど)」

のあ「(でも、これはある種の権利よね。こういうところで妥協しちゃダメ)」

のあ「(仕事の内容……、あまり大勢の前に立つ仕事はムリかな。緊張で吐いちゃうし、協調性とかのアレもあるし)」

のあ「(時間帯……、出来れば早めに帰れればいい。見たい番組いっぱいあるし、ここは譲れない)」

のあ「(アイドルのスキルを活かす……、いや、Gランクアイドルってそもそもアイドルなの? ランクとか正直に答えたら鼻で笑われそう)」

のあ「(じゃあ無資格未経験でこなせるバイト? でも……着ぐるみスタッフとかやりたい。やりたい)」

のあ「(あっ! 楓さんと相談を……)」

のあ「(いやでも、彼女も都合があるだろうし…………うーん…………………)」

のあ「………………」カリカリカリ

ちひろ「はい、じゃあお預かりします。メールで連絡しますので」

ちひろ「(どれどれ、二人とも何を書いたのかな?)」カサッ




【簡単で裏方寄りのアイドル的な可愛い仕事/時間帯は定時希望  @高峯のあ】




ちひろ「…………」







【楽で裏方でアイドルっぽい可愛らしいお仕事/時間帯は定時希望  @高垣楓】








ちひろ「(………!?)」


──────
────
──

──
────
──────
【松屋】


のあ「(ちひろさんからメールが来たけれど、幅広い仕事でチャレンジすることになった)」

のあ「(人生何事も経験。確かにそうね、ちひろさんも本当にいい人、頑張ろ)」

楓「どんなお仕事がくるか、ワークワークしますね。ふふっ」

のあ「………そうね」

楓「のあさん、本当に食べなくていいんですか?」

のあ「ええ。私はドレッシングだけで満足」

楓「いくら節約だからって、お腹空いてるんでしょう? はんぶんこにしません?」

のあ「!!」

楓「松屋の牛めしを、二人で分け合う」

楓「自虐じゃないですけど、駆け出しアイドルっぽくてイイですね」

楓「これで言葉通り、私達は“同じ釜の飯を食った仲”」

のあ「(か、楓さん……っ)」

楓「ふふっ、ちょっと恥ずかしい」

のあ「楓……。友情の証として、有り難くいただくわ」

楓「明日から早速アルバイトです。精をつけましょう!」

のあ「ええ。そうね」


隣の客A「じゃあそろそろ行く?」

隣の客B「うわ、お前めっちゃ残してるじゃん。もったいないわー」

隣の客A「いやこんなに無理だし。早く行こ、講義遅れるよ?」

隣の客B「ごちそうさまでーす」




のあ&楓「(……!!!)」




のあ「……………」

のあ「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

楓「(えっ?)」

楓「(のあさん、隣にいた女性の食べ残しをすっごい凝視してる。クールな視線で観察して……、いや、まさか………えっ?)」

のあ「………………」ジー

店員「ありがとうございましたー」カチャ

のあ「アッ」

のあ「あっ、あの」

店員「??」クルッ

のあ「あっ」

のあ「その残り物……、アノ、ど、どうせ廃棄するなら、その……」

のあ「よ、よければで構わないんですけど、その、もッ、貰えたりとか…………っ」

店員「アー……」

店員「コレ、あくまで他のお客様に提供したものッスので……」

のあ「デ、でででももう帰ったし、あ、貴方が、それ、を、ワタシに、て、提供する分には………」

店員「あーそうすね。ただ当店の規約とかで、衛生的にそういうのダメなんスよね」

店員「融通効かなくて、ホント申し訳ありません」スタスタ

楓「…」

のあ「…………」プルプル

楓「の、のあさん?」

のあ「松屋は…………、国民のニーズが、分からない……っ」プルプル

のあ「お、大手飲食チェーンとはおお、思えない……っ」プルプル

のあ「国辱……、松屋は国辱……っ!」プルプル

楓「そ、そうですか??」

のあ「ウゥ……」グスッ


──────
────
──

──
────
──────
【某大学・美術作業室】


のあ「(………)」

生徒A「(………)」

生徒B「(………)」

生徒C「(………)」

楓「………」

のあ「(美大のデッサンモデル、のアルバイト)」

のあ「(………帰りたい)」

のあ「(ヌードじゃなくて安心した。いやでも流石に布きれだけって恥ずかしいけど)」

楓「………」

のあ「(……楓さん、すごいなぁ)」

のあ「(たったまま平静を保って、微動だにしない)」

のあ「(流石はモデル経験者。とても綺麗)」

楓「………」

のあ「(……そう言えば)」

のあ「(一応はモデル経験もあって、こんなに美人なのに……、どうして彼女はまだデビューもしないで、Gランクなんだろ)」

のあ「(………私なんかより、ずっと凄いのに)」

楓「………」


楓「(………)」

楓「(のあさん?)」

のあ「(!!)」

のあ「(……何かしら)」

楓「(あの……)」

楓「(さ……、さっきから緊張して、もう気が気じゃないんです。吐きそう……)」

楓「(おおお、大勢の男子生徒に、舐めまわすような視線を向けられて……ッ!)」

楓「(な、何か、気の紛らわすことでもしませんか?)」

のあ「……!!」






生徒A「(………美人だ)」

生徒A「(自然の永続性とは真逆の、儚げで退廃的な芸術性すら感じる。素晴らしい……)」

生徒B「(片や……、パリのチュイルリー庭園の木洩れ日の下、小鳥と戯れる少女のようなあどけなさが残る、まさしくルノワールのイレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢を彷彿とさせる容貌……)」

生徒B「(そしてもう一人は、日本絵画のような静謐な空気を纏い、肌の色たるやモネの睡蓮の如く清らかで薄明な白。無駄なく洗練された細身の肉体と、憂いを帯びながらも罪を咎めるような厳しい瞳は、まるでギリシア芸術の彫刻が象る完璧な美!)」

生徒C「(こ、これほど非凡なモチーフをお目にかかれるとは、まさしく青天の霹靂!)」

生徒C「(しかし……)」

生徒C「(その表情に宿す感情は、一体何なんだ! 二人の女神が何に思いを馳せているのか、いち表現者としてそれを汲み取る事が出来ないのが歯痒くて堪らない……!)」

生徒B「(ああぁッ!! まさしくダヴィンチのモナ・リザの双眸に隠された文字を読み解き、その絵画の謎を究明するが如き難解さ! この苦悶と痛恨は、ゴッホの壮絶な人生を追体験しているようだ……!!)」

生徒A「(彼女達のこの、圧倒的なオーラは一体!?)」

生徒A「(何を経験し、何を考え、何を心に秘めれば、そのような非日常的な佇まいが出来るんだ……!!)」






楓「(……りんご)」

のあ「(……ごたんだ)」

楓「(……だいこんのおひたし)」

のあ「(……しまうま)」

楓「(ま……、ますから)」

のあ&楓「(………………………………………)」

のあ「(……フフフ♪)」

楓「(……ふふっ♪)」


──────
────
──

──
────
──────
【学生食堂】


楓「すみません」

楓「このロコモコ風レタスメンチカツ丼と、あと冷奴下さい」

のあ「昔風醤油ラーメンと、海老シュウマイを」

学食スタッフ「はーい、お待たせしました」ゴトッ

のあ&楓「(早っ!!!!)」

楓「あっ、のあさん。窓側の席空いてますよ」

のあ「………ふぅ」

楓「デッサンモデル、結構疲れましたね。あとは午後から事務所でまた別のアルバイト……」

のあ「………いただきます」

楓「アルバイトはさておき、せっかく大学まで来たんですし、学食でも堪能して帰らないと損ですね♪ いただきまぁす♪」

のあ「こうして学生達に囲まれると、時を遡ったかと錯覚するわ」

のあ「(あ、意外に美味しい。思ったよりしっかりと味付いてる、量もそれなり)」

楓「そうですね。ちらほら、私達と同じくらいの歳に見える人もいますし」

楓「(あ、結構イケる。しかも冷奴にはおろしショウガと天かす……、通だわ)」

のあ&楓「(………♪)」


のあ「……稀有な経験だけれども、不思議と悪くは無い」

フレデリカ「そうなの?」

のあ「今回のデッサンモデル、断らないで正解だった」

楓「私はむしろ慣れていた仕事だったので、ちひろさんから連絡来た時はすぐに返事を返しましたけどね」

楓「幅広い仕事って言われてたから、最初の仕事がこれでむしろ安心したというか嬉しかったというか」

フレデリカ「分かる分かるー☆」

フレデリカ「あたしもこの間、愛用してるコスメのメーカーさんからパッケージイラストをお願いできませんか、って持ちかけられてときは」

フレデリカ「二つ返事で『やりますやりますやります!』って飛びついたよ! 返事したのは三回だけど☆」

のあ「慣れているにもかかわらず、嘔気を?」

楓「そ、それは……………その、多少は……」

フレデリカ「大丈夫? 食欲は??」

楓「平気ですよ。食欲なくってショックよ、クッ………とはなりませんから。ふふっ……」

フレデリカ「おもしろーいっ☆」

フレデリカ「ちょっと何言ってるか分からないケド、そのシュウマイ一つ貰ってもいい?」

のあ「どうぞ」

フレデリカ「あはっ、メルシー セ ジャンティ♪」

楓「あっ、私も欲しいです♪ ここの大学、なかなか学食のクオリティは高そうですね!」

のあ「ええ。中々の一品」

フレデリカ「ン~……♪」モグモグ

フレデリカ「これで午後からの講義も頑張れるっ! でも今日はあったけ?」

フレデリカ「まあオッケー! じゃあバイバーイ♪」

楓「あ、ハーイ」

のあ「午後からは事務所で……」

のあ「……どんな内容だったかしら?」

楓「んー、確か他の事務所のアイドルとコラボ予定の……」

楓「サンプル品? のチェック? だったような……???」

のあ「興味深いわ。………………ところで」

のあ「先程の学生は、貴女の知り合いかしら」

楓「……?」

楓「いいえ。のあさんのお友達じゃあないんですか?」

のあ「……えっ?」

楓「……えっ?」


──────
────
──

──
────
──────
【事務所 応接室】


のあ&楓「(………)」

楓「(何でしょう。向こうのデスクにある、カップ麺の列は)」

のあ「(……分からない)」

ちひろ「お二人にはモニターをやって頂きます」

楓「モニター?」

ちひろ「他プロダクションのアイドルさんが、都内有名ラーメンチェーンとコラボをすることになりまして」

ちひろ「商品企画にあたりまして、店舗にて提供するものとは別の、コンビニ向け製品に関してのモニタリングです」

ちひろ「正面のデスクにある10種類の試作品がありますので、その味の感想を聞かせて下さい」

のあ&楓「(ウッ……!)」

ちひろ「ここに用紙があります。項目ごとにパッケージデザイン・味・麺とスープの種類、味の調査項目も細かく分かれていまして、下には自由な感想を───」

楓「(が、学食でガッツリ食べて来てしまいましたね………デザートもおかわりしましたし)」

のあ「(誤算)」

楓「(よく知りませんが、コラボ製品なんてそんなの相手企業にテキトーに任せるもんじゃないんですか?)」

楓「(既製品のラーメンに出来合いの顔写真を一枚貼ってコラボと言い張るだけで、充分にコラボ成立ですよ)」

のあ「(……こだわりが強いアイドルなのではないかしら。そこは素晴らしいけれど)」

のあ「(しかし、ラーメンに執心するアイドル……、全く珍妙ね)」

楓「(あはは! そうですね!)」

━━━━━━━10分後━━━━━━━


楓「良かったですね。一口でも大丈夫なんて」

のあ「………」ズズー

楓「むむ………ニラに豆腐に……、最近の技術はすごいですね。食感もなかなかしっかりしていて、これがフリーズドライですか?」

のあ「………」ズズー

楓「こっちのは鶏塩。あっさり味の透明なスープ、麺も極細でつるんとしたのど越し………付属のコショウのアクセントも良いですね」

のあ「………」ズズー

楓「酸辣湯麺風! わっ、これ花椒がすごい効いてて、うわっ、舌がスースーしますよ! これが本当のスー辣タン……!!」

楓「ゴフッ! げほっ!! えッほ!!!」

のあ「………」ズズー

楓「ああぁっ、エホッ」

楓「……おなかいっぱい。持って帰って家で食べたいなぁ」

のあ「(………)」ズズー





━━━━━━━後日━━━━━━━
【某所】


*「あなた様?」

*「如何でしょう。件のらぁめんの感想は集まりましたか?」

「うん? 嬉しそうだな」

*「はい。らぁめんの商品企画に携わることは、アイドルとしての、私の悲願とする所ゆえ」

「そ、そうなのか。それは初耳だ」

「モニタリングの方は上々だよ。今回は他の事務所にも協力して貰ってるし」

「一部だけど、コレ、参考程度にな。匿名なのに名前を書いている感想は、まあ無視していいよ」

*「……有り難く拝見させていただきます」

【四条貴音さんのイメージ的に合致するのは、月の光のように透き通る白湯のスマートな細麺でした。脂っこいのはあまり想像できません】by匿名

*「ふむふむ。私は脂っこいのは大歓迎ですが……」ピラッ

【お酒の〆のラーメンはやはりストレート細麺の、鶏ガラと煮干しの風味が香る、まろやかな味わいの西銀座のお店が鉄板ですね。鰹節を入れるとさらに鶏ガラの味がガラッとほがらかに変わってすごい美味しいです!】by匿名

*「ふ、ふむ……! それは要ちぇっくですね……!」






【結論から述べると、賞味した全ての製品はアイドルという表現者として恥ずべき低次の完成度であると断ぜざるを得ない。重視する製品の質、即ち味。これらを吟味する際、個人的な嗜好や感情を排除しても、用意されたサンプルを噛むたび、啜るたび、所詮はサンプルだと落胆するばかりであった。味わったラーメンからは、貴女の色が何も感じられない。手前勝手ではあるが、こだわりを持つアイドルと尊敬の念を抱いた直後の試食でこれら粗雑な品々を振る舞われ、非常に残念極まりない。
食とは……、あらゆる責任を内包する。命を奪い、喰らう責任。健やかな身体を育む責任。他者に提供し、心ゆくまで満足させる責任。貴女がプロデュースをした製品を口にし、その理解へ到達しているか大いに疑問を感じた。吉野家の牛丼を参考にすると良い、あれは生命のリアルを一瞬で感じることが出来るだろう。
其れはともあれ、単なるインスタント。元来、この企画はアイドルとしての仕事の一端であり、突き詰めるとただの話題作り。そこまで予算を掛ける事も心を砕く必要もない。人並の完成度で庶民の舌をごまかし、それなりの売り上げと評価を受ければ世間のインプレッションは上々。企画的にもそれで万事成功の筈だ。
しかし貴女が真に食を……、ラーメンを愛する女だというのならば、私はその先が見てみたい。型に囚われず既存の味を凌駕し、事務所の既定方針を打破し、妥当な評価に甘んじることなく、限界に挑み貴女の情熱を注ぎこんだ一杯を。アイドルとしての貴女の色で染められたラーメンを食すことが出来る日を、私は楽しみにしている】



by高峯のあ





*「───ッッ!?」ガタッ

*「めっ、面妖なっ!! こここ、この御方は一体……!?」

「??」

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──

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【事務所 応接室】


奏「周子の家って、物が少ないわよね」

周子「まーね。埃被るのイヤだし」

周子「実家にお金入れて、あとは服とか買うくらいだしね」

奏「偉いわね。貴女、ミニマリストだったかしら」

周子「イヤそこまで極端じゃないよ。奏、うちの部屋来たことあるやん」

奏「伊吹ちゃんの部屋なんていっつもごちゃごちゃしてて。なんて言ったかしら、あのアングラで、アウトローで色々な雑貨が置いてある店……」

周子「アングラ? アウトロー?」

フレデリカ「ヴィレッジヴァンガードかな?」ヒョコッ

奏「ああ、そうそれヴィレバン。ああいう店ですぐ変な物ばっかり買って」

周子「フレちゃん、お疲れ」

フレデリカ「おつかれー♪」

周子「高校生とか大学生の御用達っていうイメージというか」

周子「伊吹ちゃんの家にお邪魔した時は、そんなに気にならなかったけどね?」

奏「貴女達はしょっちゅう隣同士出入りしてるからよ」

フレデリカ「ロックでポップな品物ばっかりだよね。アタシはあんまり馴染みが無いかな?」

周子「講義終わったん?」

フレデリカ「終わったー」

奏「志希は?」

フレデリカ「んーん。今日は一緒じゃないよ」

フレデリカ「そーいえばさー、今日大学で、あの人に会ったんだよ」

奏&周子「あの人?」

フレデリカ「んーっと。実際に今まで会ったことは一度も無かったんだけど」

フレデリカ「なんだっけ、あのセリエAのインテルで活躍してそうなサッカー選手みたいな名前の人」

周子「それセリエAのインテルで活躍してるサッカー選手なんじゃないですかね」

奏「大ニュースね」


フレデリカ「あー、高垣………楓さん?」

奏「楓さん? お仕事かしら」

フレデリカ「学食でごはん食べてたよ。あと一緒にいたのが、あの、プロレス団体みたいな………たかみね、のあさん?」

奏「大ニュースね……。フレちゃん、詳しく聞かせてくれる?」ガシッ!!

フレデリカ「う、うんうん! なに、そんなに顔近付けて、キス態勢?」

フレデリカ「確か、どっかの学科のデッサンモデルとして来たんじゃないかなー? 割とそういう話聞くし」

周子「あー、楓さんが一緒なら納得。あの人ランクは低いけど、モデル方面の仕事は結構多いって言うし」

奏「で、デッサンモデル……!」

奏「ぬ、ヌード!?」

周子「視点がおっさんやな」

フレデリカ「ヌードじゃなーい?」

周子「っ!? ちょ、奏ちゃん鼻血鼻血!!」

フレデリカ「よく分からないけど、咄嗟に高峯さんのシュウマイ一つもらって、お別れしたよ」

奏「ッ……!!」

奏「い、今まで会ったことも無かったのに!? 名前もうろ覚えだったのに………それなのに!!」

フレデリカ「う、ウン……?」

奏「ほぼ赤の他人のシュウマイをなんの躊躇も無く奪ったの!? その人が仮に貧困に喘ぐホームレスだったらどうするの!?」

周子「のあさんは貧困に喘ぐホームレスじゃないから。落ち着いて奏ちゃん」

奏「貴女は……っ! 貴女の人懐っこいフレンドリーさは長所ではあるけど、時にそれは失礼にあたる場合もあるのよ!!」

奏「私、心配なんだからっ……!」グスッ

フレデリカ「う、ウン! ご、ごめんね……?」

周子「(泣いてる。なんで?)」

奏「私だって………私だって、高峯さんのシュウマイ食べたい……」グスッ

周子&フレデリカ「……」


───ガチャ



伊吹「お疲れさまー。奏いるー?」

周子「あっ」

伊吹「(………えっ!?)」ビクッ!

伊吹「か、奏……? ど、どうしたの? 泣いてるの?」

伊吹「周子? 何話してたの?」

周子「あー、えっと……」

周子「その……、伊吹ちゃんの部屋が物で溢れてごちゃごちゃしてるなーって話を」

伊吹「エッ!? あ、アタシのせいなの!?」

伊吹「ご、ごめん。今度整理します………ハイ」


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【駅前】


のあ「(フフッ……♪)」

スタッフA「それじゃあ、この辺りで始めましょう」

スタッフA「カゴの分がなくなったら、ここのダンボールにストックがあるので、各自判断で補給してください」

のあ「(今日のアルバイトは、ポケットティッシュ配り♪)」

のあ「(アイドルになる前も何度かお世話になったことがある、陰キャでもコミュ障でも出来る簡単なバイト♪)」

のあ「(あぁ、いいわ。早く全部渡して早上がりしたい)」

のあ「(懐かしいなぁ。思えば、アイドルになって自分のデビューCDをティッシュ配りの要領で間違って無料配布してしまったあたりから、私の金欠生活は幕を開けたんだわ)」

のあ「(……さて)」

のあ「(狙うのは人が足を止める信号前や入り口付近。ターゲットは主に女性、外国人。道行く人の手元を目掛けて……!)」

のあ「ドッ」

のあ「ドゥゾー」

通行人「……ぁ。どうも」ガシッ

のあ「(……!)」

のあ「(やっ、た! フフフッ、さすが私!)」

のあ「(この要領で、一気に……!)」








━━━━━━━1時間後━━━━━━━


のあ「……………」

スタッフB「ありがとうございまぁーす♪」

のあ「……………」

スタッフC「いかがですかー♪ あ、どうもぉー♪」

のあ「……………」

のあ「ど、…………」

通行人「…………」スタスタ

のあ「……………」

のあ「(あれっ、私だけ捌けてない?)」


のあ「(私だけ? やっぱり声を出す陽気なパリピには勝てないの?)」

のあ「(いや、私はやりきる。声の小さい陰キャだって、出来るバイトだって証明してみせ───)」

通行人M「あっ。ティッシュください!」

のあ「ヘアッ!!?」

のあ「ア……、ハイ」スッ

通行人M「ありがとうございます♪」

のあ「(………)」

のあ「(よし、頑張ろ)」

のあ「(これ終わったら、久しぶりに吉野家でも行こうかなあ……)」








━━━━━━━1時間後━━━━━━━
【カフェ】


アーニャ「オーチン フクースナ♪」

アーニャ「美波、このパフェ、生クリームがたくさんで、美味しいです♪」

美波「こっちのミルクレープも美味しいよ、交換っこしよっか♪」

アーニャ「ダー♪ ダヴァイ ズドーラヴァ♪」

美波「あっ? アーニャちゃん?」

アーニャ「??」

美波「ほっぺに生クリームが付いてるよ。ちょっと待ってね、今ティッシュで……」

ドサドサドサッ!!!


美波「(あっ……)」

アーニャ「美波? アー……??」

アーニャ「ポケットティッシュが、カバンから床に落ちましたよ?」

アーニャ「20個ほど」

美波「これは………駅前で配ってたから、つい沢山貰っちゃって………」

アーニャ「一つ、ください♪ 私も欲しいです♪」

美波「うん、いいよ」

アーニャ「バリショーエ スパスィーバ♪」


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【吉野家の前】


のあ「……」

のあ「(あぁ、吉野家だ。なんて良い匂い………意識がトびそう)」

のあ「(でもダメ。節約)」

のあ「(この間の学食はあくまで交際費。自分の食費は抑えなきゃ)」

のあ「(もう一週間も吉野家の牛丼を食べてない……。心と体がおかしくなりそう、これがスーパーサイズミーってやつかな)」

のあ「(ハァ……)」






周子「……あ」

紗枝「あっ!」






のあ「(!!!!!!!!!)」

のあ「シ、周子ち……………、周子、紗枝」

周子「(みんなの前でもちゃん付けでいいのに)」

周子「やっほー」

紗枝「お疲れさんどす~♪」

のあ「……奇遇ね」


のあ「二人で遊んでいたのかしら」

周子「ウン、今女子寮に帰る所。そっちは?」

のあ「……仕事(アルバイト)を終えた所」

のあ「(………ん??)」

のあ「……『女子寮』? 周子、貴女は寮ではなく───」

紗枝「あっ! 周子はん!!」

紗枝「ほら、せっかく聞かはってんやし! さ、誘ってみよか??」ドキドキ

周子「ん? ンー……」

のあ「???」

周子「うん。のあさん、あのね?」







━━━━━━1時間後━━━━━━
【女子寮 ロビー】


のあ「(………)」

小梅「あっ……、た、高峯さん?」

涼「あ? ホントだ、珍しい」

のあ「(………)」

紗南「あ! こんばんはー♪」

美玲「うわッ! 真ん中に突っ立っててビックリしたぞ………どうしたんだ?」

のあ「(………)」

まゆ「こんばんはぁ♪ 今日は、楓さんとご一緒じゃないんですか?」

悠貴「こんばんはっ! あっ、今日はお一人なんですねっ!」

のあ「(………?)」

笑美「わっ!? なんや、くいだおれ太郎かと思ったら、高峯さんやないですか!」

鈴帆「こんばんは、高峯しゃん。 今ココごちゃごちゃしとるから、ちょこっと騒がしとよ。勘弁せんね」

のあ「(………)」

周子「のあさん。ロビーのど真ん中にオブジェみたいに立ってたら、流石に目に付くよ」

周子「移動しよっか」

のあ「………周子」

周子「なに?」

のあ「………私、こんな大勢のアイドルに囲まれて、女子寮に勝手に入って」

のあ「その………、捕まったりしないのかしら」

周子「のあさん、貴女もアイドルですやろ。お忘れかえ?」


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とりあえず今日はここまで、また次回。

今回のお話は、少し短めの番外編です。
前回の5作目と、現在執pixivにて執筆公開中である次作、【高峯のあ「牛丼並……玉子とみそ汁もつけて」】の間のお話になります。

不可抗力により途中までR板にて投下していたり、確認不足でスレを乱立してしまい、大変申し訳ありませんでした。
これからはここにて執筆・投下をする予定です。
久しぶりの投稿なので、温かい目で見守って頂けたら幸いです。

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【続 女子寮・共同キッチン】


のあ「(あぁ……、すごいイイ香り。これが女子寮)」

のあ「(柔らかい色彩の壁、可愛い家具、みんなのふわふわのパジャマ。見続けていたら視力が回復しそう)」

のあ「(これ動画で上げたらすごい再生数稼げるだろうなぁ……、泰葉ちゃん許してくれないかなぁ)」

周子「で」

周子「お菓子作りを試みようと思ったけど、あたしの家には天板とかの器具や調味料がなかなかどうして足りなかったわけで」

周子「いっそ、女子寮の共同キッチンを借りちゃおうと思った次第です。ね、紗枝ちゃん?」

紗枝「よっ、と……」ゴトッ

周子「………」

周子「……紗枝ちゃん? そのゴツイ三脚とビデオカメラは何かな?」

紗枝「ふふふっ♪ これでな、周子はんの家庭的な様子をばっちり映したろ思おてな♪」

周子「カメラがあたしじゃなくて高峯さんの方にばっちり向いてるのは気のせい?」

のあ「(立派な対面キッチンだなぁ。オシャレな瓶とかケースがいっぱい)」

周子「のあさん。ご飯がまだなら、お菓子作りの前に、なんかテキトーに作ったげよっか?」

のあ「ぜ、是非!!」

周子「うんうん。いい食い付き」

周子「……ン!」

周子「おやおや」

のあ「……?」

紗枝「まあ、先客がおいやしたんどすなぁ」






みく「……エ? なに?」



のあ「(この声は、みくちゃん? キッチンの奥にいるのかな?)」


紗枝「こら、じぶんどきにお邪魔してしもて堪忍どす、みくはん」

みく「あっ、ごめんね紗枝チャン? これからキッチン使う?」

周子「晩御飯かい、みくちゃんや?」

みく「うん。次のお仕事、調理系のやつでね?」

みく「みく、あんまり得意じゃないから、少しでも技術を磨けたらと思って……」

周子「(うわ。偉っ)」

のあ「(みくちゃん、陰で努力してるんだなぁ)」

周子「だってさ。のあさん?」

のあ「みくの手作りでも一向に構わない」

みく「うわッ!? の、のあにゃん!?」ビクッ

みく「す、座ってるから見えなかったにゃ。な……、なんで女子寮にいるの?」

のあ「星の巡り合わせ」

みく「そ、そう」

みく「……そっか! のあにゃんには借りがあるし!」

みく「よーし、ちょっと待ってて! みくがパパーッと美味しいご飯を作ってあげるにゃあ♪」

紗枝「……あじない出来やったら?」チリッ

みく「オ、美味しく出来なかったら謝りますっ。確かにその可能性は充分あるし」

周子「おきばりやす~」

のあ「(………♪)」







━━━━━━━数十分後━━━━━━━


みく「ど、どうかにゃ??」

みく「お手製の、メキシカンミートパイのお味は???」

のあ「………」パクッ

のあ「……………」

のあ「………………………えふっ」

のあ「えふっ、……………えふッ!」

みく「の、のあにゃん!!!!」ガタッ!

みく「ごめんなさい! 無理して飲み込まなくていいから!! いいって!! それ以上箸付けなくて!!!」

のあ「オ、美味シ………エフッ!!」

みく「そんな壊滅的なフォローいらないから!? のあにゃんが咳き込むトコなんて初めて見たよ!!」

周子「ていうか……、みくちゃんも何故そんな小難しい料理をチョイスしたし」

みく「今朝MOCO’Sキッチンでやってたにゃ……」

周子「あの料理コーナーは初心者向けじゃないからなあ」


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【続々 女子寮・共同キッチン】


のあ「ス、少し席を外す」

周子「どちらへ?」

のあ「ト、イレッ」

のあ「メ、メイクを直しに……!!」ガタッ

紗枝「(あぁ、流石は高峯はんやわぁ♪ 女の子に気遣おて、耐えとったんやね)」

周子「(耐えてたというか、耐えられて無かったけどね)」

周子「どれっ?」パクッ

周子「オ、オォウ…………、ごくん。なんとも………前衛的な味ですね」

みく「芸術作っちゃった? みく」

周子「よし。じゃあシューコちゃんが口直しに何か作るよ」

みく「本当にごめんなさい。ハイ、口直しに何かお願いします………すみません」

周子「(ニチレイの冷凍チャーハンとかでいっかなぁ)」






━━━━━━━━━━━━
【女子寮・トイレ】


のあ「オ゙エ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙!!!!」ビチャビチャ!!

のあ「オ、オッ……、ンン、ッハー、ハー、ハー、ハー……」

のあ「(さ、最近金欠で、あんまり、食べてないのに、すごい勢いで、たくさん、出てk────)」

のあ「オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ぉぉ!!!!!」ビチャビチャビチャ!!!

のあ「(コ、こんな……、こんなことって……!!)」

のあ「(で、でも、最低限の威厳は保てたっ……、み、皆の目の前で嘔吐するという最悪の展開は避けらr───)」

のあ「ゥヴッ、オ゙!! オ゙ロ゙ロ゙ロ゙ロ゙……!!!」ビチャビチャ!!

のあ「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー、はぁー、はぁー………っ」

のあ「まずっ…………ゲホッ」

のあ「あー、まず。不味い、みくちゃん、あれは流石に無いわ」

のあ「すきっ腹にあれはキツイ。全人類の90パーは絶対不味いって言うわね」

のあ「見た目がもう完全にウ○コだもの、ウ○コ。あれはアイドルが作っていいものではないわ。メキシカンミートパイ? あれをメキシコの人に見せたら国交が断絶するんじゃないかしら」

のあ「築年数が古い家の押入れのすえた匂いがして、舌触りはさながら、いつまでも口に残り続けるザラザラとした歯磨き粉に近いものがあった。喉をソレが通る瞬間、脳裏には自分の過去の記憶が走馬灯のように浮かんだわ」

のあ「あれは調理じゃなくて、なにか、憎悪とか嫉妬とか、負の感情を形にしたある種のアートよね。見た目は完全にウ○コだけど」

のあ「あー………、なんか自己嫌悪。こんな酷いこと言うなんて」

のあ「不摂生でストレス溜まってるのかな……。戻ったらみくちゃんに謝───」

キィ……


のあ「(ッッ!?)」バッ!






蘭子「…………あっ…」ガクガク


のあ「」ピシィッ


蘭子「カ、哀しき無窮の幽玄姫……!」(訳:た、高峯さん……!)

のあ「」

蘭子「溢れ出す言葉は呪いとなりて、妖精の郷を慟哭に染め上げ、そ、その、……!」(訳:さっきの悪口みたいなのは一体……!)

蘭子「ク、口調がッ、た、高峯さん、いつもと、やっぱり、ち、違うっ………、ト、というか、ななな、なんで、じょ、女子、寮に………!?」プルプル

のあ「ら、蘭子っ……! ちがっ……、そ、その…………!」

のあ「お、美味しかったの、ホント………、その、ウ○コというのは、その、私の事で……」

蘭子「あ、あぅ、ぅ……!」プルプル

蘭子「うっ、ぅうわあああァァーーーーーっっっ!!」ダッ!

ガチャ! バァン!

タタタタタタタタ!







━━━━━━━━━━━━
【女子寮・キッチン】


みく「あっ!」

蘭子「はぁ、はぁ、はぁ……!」

紗枝「蘭子はん? えらい顔色悪いけど、どないしはったん?」

蘭子「こほっ! えほっ! ぜえっ、ぜえっ……!」チラッ

蘭子「ッッ!? ヒッ!?」ビクゥッ!

紗枝「??」

みく「蘭子チャン、もしお腹が空いてたら───(これから周子チャンの料理が出来るからどう?)」

蘭子「あ───」

蘭子「暗黒物質!!」

蘭子「き、狂気の汚泥……、不浄なるマクスウェルの悪魔……!!」

蘭子「う、うわああぁぁっっーーーーーーーー!!!!!!」ダッ!








みく「」

紗枝「あっ♪ 高峯はん、具合の方はどないどすか?」

のあ「………」

のあ「………」カチャ

のあ「………」パクッ

みく「!?」

のあ「あむっ………ふむ。やはり筆舌に尽くし難い……」モグモグ

のあ「醜悪な見た目とは裏腹、その味は魂を揺るがす程に、とても…、エフッ!!!」

みく「のあにゃん!? お願い無理しないでいいからホント!!! ティッシュティッシュ!!!!」ガタガタ!

紗枝「(あぁ、素敵やわぁ……♪)」ポワポワ


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【事務所 応接室】


ちひろ「今回のアルバイトは、ツイッターを使用します♪」

ちひろ「お二人とも、アカウントは作成して頂けました?」

楓「はい。作っただけで特に何も弄っていませんけど……」

のあ「私は慣れるため適当に、トレンド上位の『城ヶ崎美嘉』を“ふぉろー”しておいた」

のあ「ただ、この“ついーと”や“りついーと”や“りぷらい”の仕様が不可解」

楓「“いいね”だけは、二人ともなんとなく分かりましたが」

ちひろ「簡単ですよ♪」

ちひろ「“フォロー”は自分からのお友達登録。そうすると自分はその人のフォロワーとなり、逆に相手が自分をフォローしたら相手がフォロワーです」

ちひろ「“ツイート”は個人の発言。“リツイート”は他人のツイートを周囲に広く紹介してあげる機能です」

ちひろ「“リプライ”はツイートに直接、意見や感想を投げかける機能です」

のあ&楓「(?????)」キョトン

ちひろ「(分かってなさそう)」

ちひろ「(楓さんはとにかく、高峯さんは機械と会話できそうなカンジの人なのに、こういうSNSとかは結構疎いのかな?)」

楓「あのっ、とりあえず……!」

ちひろ「はい?」

楓「こ、こういうツイッターはいわゆる『リア充』のツールだから、そこはかとなく使っておけば、私達もリア充の仲間入り出来ると聞いたんですけどっ……!」ドキドキ

のあ「これでついに私も『映え』が可能に。夢にまで見たあの『映え』が……!」ワクワク

ちひろ「(聞かなかったことにしましょう)」


のあ&楓「………」ワクワク

ちひろ「アー…………えっと、試しに、高峯さん?」

ちひろ「美嘉ちゃんをフォローしたのなら、その機能を使ってみませんか?」

のあ「ええ」

ちひろ「ツイッターは全て相手に通知が届きます。ただ、彼女なら恐らく通知を切っているから問題ないかと」

のあ「…………」カチカチッ

のあ「【いいね】、【リツイート】………」

楓「これがウチの事務所のSランクアイドルですか。まわりの反応の数が桁違いですね」

ちひろ「あぁ、そのツイートですね」

ちひろ「この間それ、彼女がツイートしたコーデの服が、翌日一瞬で完売したって話題になってましたね?」

のあ「(あれ、美嘉ちゃんの事だったんだ。悪く言うのはやめとこう)」カチカチ

のあ「……【リプライ】。一体何を言えば」

ちひろ「後で彼女には説明しますので、何か当たり障りのない事をコメントしてあげてください」

のあ「(………………)」

楓「それで、今日のアルバイトって何をするんです?」

ちひろ「あ、ハイ。じゃあ説明しますね、本日は───」

のあ「…………………」カチカチ







━━━━━━━その頃━━━━━━━


ピロン♪
ピロン♪ ピロン♪

莉嘉「お姉ちゃん? なんか来てるよー!」

莉嘉「ていうか、通知切らないの?」

美嘉「イイじゃん。反応されるのはウレシいしね♪」

美嘉「誰だろう。来週のナイトプールの件かな?」

美嘉「………?」






【高峯のあさん: まずはお友達から始めませんか。あと映えを教えてください】






美嘉「」ヒクッ

莉嘉「お姉ちゃーん?」

美嘉「ハァ!? な、ななななにコレッ!?」

莉嘉「な、なになに?? そんなに慌ててどーしたのー??」


──────
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──

──
────
──────
【事務所 中庭】


美嘉「(居たッ!)」

莉嘉「お姉ちゃん……」

莉嘉「どうしたの。木の後ろに隠れて、コソコソして」

美嘉「(た、確かあの人よね……)」




のあ「………」




美嘉「(銀髪で無表情の女性。しかもあのコーデは、アタシがツイッターであげたコーデっぽい)」

美嘉「(アタシを意識してる? たまたまよね、でもさっきのリプは……)」

莉嘉「今日はいい天気だねー。雲一つないよー?」

美嘉「(事務所のメローな中庭のベンチで、ゆったり優雅に休憩中?)」

美嘉「(ハー……、寡黙の女王さながらの体裁ってワケね)」

莉嘉「あっ。カブトムシー!」

美嘉「(静かに。莉嘉)」




のあ「………」


美嘉「(!! 何か取り出した)」

美嘉「(アレはお弁当箱? えっ……、ぼっち飯??)」

美嘉「(……いや、むしろ目に付きやすい中庭で女子力アピ? 女王は人気獲得にも余念がないってワケ?)」

美嘉「(ッ!? ハ!?)」

美嘉「(さっきから食べれど食べれど、モヤシのみ!? 金欠、いや、ダイエット!? しかもめっちゃ噛んでる……!!!)」

美嘉「(あるいはあの人、異星人ってウワサもあるし、主食がモヤシの生命体……!?)」

莉嘉「ねえお姉ちゃ~ん、莉嘉お腹空いたんだけど~??」



のあ「………」

ヤッホー



美嘉「(!!!)」

美嘉「(周子!? な、なにそのフランクコミュニケーション!!)」

美嘉「知り合い!? いや、すでにお友達から始めている関係……!?」

美嘉「あっ! あーんしてる!? 周子の『からあげクン』をあーんで要求した!! 食べた、めっちゃ嬉しそう!!」

美嘉「アッ拒否った!? 高峯さんからモヤシのあーんを拒否る周子!! ウワッ、めっちゃテンション下がってる…………いや、まあモヤシはいらないよねフツー……」

美嘉「な、なんか予想と違って庶民派なのかな、あの人」

美嘉「……でもアレは、以前アタシがツイッターに投稿してた番組のダイエット企画のモヤシ料理?」

美嘉「いや、それは流石に自惚れすぎ? でも万が一……」

莉嘉「お姉ちゃん、途中から声出てる。なに実況してるの???」


──────
────
──

──
────
──────
【某所・事務室】


のあ「………」カチャカチャ

のあ「(この小包と、この箱を上に乗せて入れて……)」

のあ「(ラッピングテープで巻いて、切るっ…………、よし、終わり!)」

のあ「(……次)」カチャカチャ

主任「いやー助かるよー」

のあ「(!!!)」ビクッ!

のあ「ァ………」

主任「グッズ詰めのバイトなんて、同じ工程を延々と繰り返すから飽きるでしょ?」

のあ「………」

主任「気が狂う単純作業とかよく言われるし、堪え性のない女の子なんてすぐやめちゃうんだよねー」

のあ「……いいえ」

のあ「単純明快。私の性に、適している」

主任「たしかにキミ、我慢強そうだよね。図太そうで、何も考えてなさそうな顔して……」

のあ「……そうかしら(嬉しい)」

主任「なんかロボットみたいだよね。まさしく機械作業に向いてるカンジだなぁ」

のあ「」ピシィッ

主任「この調子であと700個、定時までに終わらせちゃおうか。頑張ってー」

のあ「(………………)」


━━━━━━━後日━━━━━━━


のあ「(………♪)」

のあ「(ショッピングモールで、可愛いミニスカ穿いて、風船配り……♪)」

のあ「(キッチンウェア特売係の人が叩き売りしている傍で、子連れに声をかけて、主婦層の足を止めさせるのが私の役目)」

のあ「(フフッ。いくらコミュ障の私でも、小さい子供には負けないわ!)」

のあ「(~~~……♪)」

子供「ねえ」

のあ「ッ!!!」ビクゥッ!!

のあ「ハ……!?」バッ!!

子供「ふうせん」

のあ「(ふ……、フウセン!? 風仙!?)」

のあ「(アッ!! 風船!!!)」

子供「………?」

子供「お母さん。これ、ペッパーくん」

のあ「(ぺ、ペッパーくん!?)」

母親「違うわよ、その女の人はペッパーくんじゃないわよ」

母親「ほら、こんにちわーしなさい。こんにちはー」

子供「ペッパーくん」

母親「すみません。風船いただけませんか?」

のあ「ァッ!!!」

のあ「ハ、ハイ! ふ、風せッ……!!」ガタガタ

母親「(あっ。一個飛んでった)」

子供「こんにちはー」

のあ「ヘッ!? あ、コ、こ───」

子供「………………」

のあ「コ、ン、ニ、チ、ワ……!!」

子供「………………」

子供「何だよ。故障かよ」

のあ「」ピシィッ

母親「あ、貰っておきますね。ありがとうございます」

のあ「………………………………………」










━━━━━━━夜━━━━━━━
【居酒屋】


のあ「ぅ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙~~~ッ…………ン゙ン゙ン゙ッ゙」グジュリ

周子「(何だろ。デジャヴ?)」


──────
────
──

──
────
──────
【続 居酒屋】


周子「チーズケーキひとつ」

店員「かしこまりました」

のあ「ウグゥ……、ぐすっ……!」

周子「前もこんなことあったよね、のあさん。落ち込んでるアナタが、居酒屋にあたしを呼び出して」

周子「で、今日はどうしたん?」

のあ「子供が、に゙、憎イッ……!!」

周子「恐ろしい事を言い出すなあ」

のあ「中年の無遠慮なおじさんもイヤだぁ……」グスッ

のあ「初対面なのに、揃いも揃って私の事をロボットロボット……!!」

周子「あぁ、また言われちゃったのね」

周子「………」

周子「……でも、それはひとつの個性として受け止めるって」

周子「変わることも強さだって……、のあさん言ってたんだよね?」

周子「泰葉ちゃんから聞いたよ。のあさん良い事言ってたって」

のあ「…………」グスッ

店員「失礼しまぁす。お待たせ致しましたー」

店員「こちらチーズケーキです。前から失礼します」スッ

周子「おっ。早い、そして美味しそう♪」

店員「こちら生ひとつと、……少々お待ちくださいね」

店員「串盛り合わせと、石焼ビビンバと、サーモンの手毬寿司、と……」ゴトッ

店員「たこわさ、あんきもポン酢、シーザーサラダ、桜ユッケになりまーす」ゴトゴトッ

周子「───ちょっ、ちょっと!?」

店員「えっ?」

周子「こ、これ全部ウチの席の注文?」

のあ「………そう」

周子「せ、節約は!?」

のあ「日払いだし………お、お金あるよ?」

周子「日給をその日使ったら貯まらないやないかーい……!!」

店員「ごゆっくりどうぞー♪」







━━━━━━━30分後━━━━━━━


のあ「……確かに、受け入れるとは言ったけど」

のあ「最近は吉野家にも行けないし、アルバイトばっかりで、色々ストレス溜まってるの。だからいいのっ!」モグモグ

周子「(お金は貯まらないねぇ)」

周子「……いや、むしろ良い傾向かな」

周子「のあさんは普段から寡黙な人だから、不安な時はこうやってストレスをぶちまけてくれた方が、むしろ安心するよ」

のあ「……っ!」グビッ


周子「でもさ? 酔った時って、そんなに気が大きくなるというか……」

周子「喋る方だっけ? 前は『酔いが回ったら周囲に迷惑を掛けたくないからひっそりと死んでいくタイプ』って言ってたよね?」

のあ「………ぷふぅ」

のあ「ふ、フフ……、気持ちいい……♪」フラフラ

周子「(あかん。あかん傾向かもしれない)」

周子「ま、まぁ……、そのアクティブさを普段も出せたら、一歩前進だよ」

のあ「ああー、もうっ!」

のあ「人の気も知らず、私のことをロボットだペッパーくんだ、何だかんだって……!!」グビグビ!


ppppppppppp……♪



周子「のあさん。電話」

のあ「電話にでんわっ♪」

周子「(クソギャグ)」

のあ「あっ! 楓さん! 楓さんだっ♪」

のあ「ンンッ……! ………………高峯よ」

周子「(クールキャラへの切り替え早いな)」

楓『あっ、のあさん。お疲れ様です♪』

のあ「……ええ」

楓『今お時間大丈夫です? あの、お金稼ぎの件でですね!?』

のあ「お金稼ぎ?」

楓『はい! その、動画配信なんですが……』

のあ「動画投稿………、それは……」

のあ「愉悦という感情に流され、彼女の“家”を業火に焚べたあの時から………誓った筈。悔い改める、と」(第5作参照)

のあ「ヒトは過ちを犯す宿命……。そして学び、進歩出来るのもヒトの崇高な美点であるの」

楓『あっ。違うんです』

のあ「?」

楓『今度は生放送じゃなくて、収録・編集という形を活かして……!』







楓『バーチャルYoutuberに挑戦しませんか!!』

楓『のあさんの人間離れした無表情さを活かして、バーチャルな、その、ロボットみたいなアバターとして出演して頂いてですね……!?』










のあ「オ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙ッッ!!!!!!!!」ビチャビチャ!!

周子「店員さん!!! 店員さーーん!!!!!!」


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【事務所・休憩室】


志希「あたしは一ノ瀬志希。今日はよろしくねー」

楓「カ、楓です。よろしく」

のあ「……高峯のあ」

志希「握手握手っ♪ にゃはー♪」

楓「(のあさん。本当に大丈夫なんでしょうか?)」

楓「(今日のアルバイトは、この子の指示に従うってちひろさんが仰ってましたけど……)」

のあ「(……流れに身を任せるわ)」

志希「ちひろさんから聞いてると思うけど、今日はあたしのサンプル調査に付き合ってくれるんだって?」

楓「サンプル……。お、オオゴトなんですか?」

志希「んーんー。単なる私的研究論文の調査」

のあ「……無償でも協力を惜しまないのに」

志希「にゃはは♪ アリガト、謝礼は正当な対価だよ、等価交換ってゆー」

志希「ある程度拘束はするし、多少のストレスも覚悟して貰うよー。とりあえず年代ごとに十数人ぐらい抽出して、100人を目処にデータが欲しくてね?」

志希「幅広い年齢層が集まるこの事務所は、あたしにとっては割とスペシャルな実験教室ってワケ!」

楓「えっ。不躾な質問でごめんなさい、えっと………ポケットマネー??」

志希「モチロン♪」





のあ&楓「(………!?)」


のあ「貴女………年は?」

志希「うん? 18」

楓「(た、確か………1時間のアルバイトで、三千円!?)」

のあ「(都合100人で、さ、三十万!!)」

楓「(18歳にして、口にするには重すぎる額ですよ!?)」

のあ「(是非ともお近付きになりたい)」

楓「……も、もうひとつ質問が」

志希「ウンウン。志希先生、何でも答えちゃうよー、学問は全ての人に開かれている知識の門であるっ♪」

楓「アイドル以外に何かお仕事を?」

志希「お仕事と言う程に胸を張れるようなものではないけど、ンー、そうだね、前は………」

楓「(お金稼ぎの参考程度に……)」

志希「製薬企業や化粧品メーカーの開発部の特別顧問だったり、あと大学の客員教授とかかな? 株取引もしょーしょー」

楓「(……ならない)」

のあ「今の住居の家賃と間取りは?」

志希「都内には3つあって、気分でコロコロ変えるんだけどね? 今は3LDKで44万のお部屋かな」

のあ「………」クラッ

楓「(の、のあさんっ!! 気をしっかり持って下さい!!)」

楓「……ッ!」

楓「(か、彼女の横にある財布……、あれは紛れも無くLV(ルイ・ヴィトン)!!)」

楓「(私には分かる。以前にLB(ルイ・ビトン)というコピー品を掴まされたことがある私には……)」

のあ「(言われてみれば、彼女の全身のコーデからは見栄を張りたいお年頃独特の『とりまブランド物で固めとけばよきよき』感が…………り、リア充!!)」

楓「(あれですよ!!“映え”ってやつですよ、“映え”!!!)」

志希「質問は以上かにゃ?」

のあ「ちょ、貯蓄はいくらでしょうか?」

志希「おっと、それは刺激的なpK値の質問。 ノーコメントってことで♪」

楓「さ、財布には普段からいくら程入れていらっしゃるのでしょう?」

志希「カードしか持ってないよ今は」

楓「(パーフェクトナチュラルセレブリティ!!)」

のあ「し……、使用人とかの雇い入れは如何程に?」

志希「まさか! 束縛と監視は志希さんのストレッサーになりかねないよ、落ち着かないってゆーか」

楓「せ、僭越ながら申し上げますと、些末事は志希様のお手間を取らせる程にあらず、全て給仕に一任させお時間を有意義に過ごされた方が宜しいかと」

志希「そーかな? まー、考えようにもよるのかな?」

志希「ンン~……! 喉が渇いたなー少し」

のあ&楓「!!!」

楓「わ、私めが直ぐにお茶をお持ち致します!」ガタッ!

のあ「 で、では私めは御御足のマッサージでも……!」ガタッ!

志希「にゃはは♪ アリガト♪」


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【続 休憩室】


志希「共感覚現象って、知ってるー?」ズズッ

楓「共感覚現象?」

志希「そう。シナスタジアとも言うんだけど」

志希「一つの刺激に対して、本来起こる感覚以外にも他の感覚が引き起こされる知覚現状の事」

のあ&楓「………」

志希「一部の人にはね? 文字に色が浮かび上がったり、音に匂いを感じたりするんだ」

志希「バッハの平均律クラヴィーア曲集のプレリュードを弾いていると暖かな色調を感じたり、特定の数字に母親の柔肌やスチームの湿り気のような感触があると認識していたり、リバプールを訪れる観光客がビートルズを想起したり………最後のはちょっとメルヘンチックかな? にゃはは♪」

のあ&楓「………」

志希「知育で発達したとか、遺伝的性質を唱えたりとか、共感覚についてまだ分かっていないことが多いケド」

志希「志希さんはコレ、嗅覚が側頭葉の扁桃体に結線するシステムに近いと考えてるんだよね」

のあ&楓「………」

志希「そもそも匂いというのは概念的ではなく知覚的な物であって、過去の記憶というのは眼窩前頭皮質と左下前頭回で知覚されていて、視床を介する他感覚とは異なり、嗅覚として嗅細胞が───」

のあ&楓「………」

のあ&楓「………………????」

志希「───ふふふ♪ よく分かんないって顔してるね楓ちゃん。よきよき♪」

楓「(エッ!? 私だけ!?)」

のあ「(………)」


志希「夕飯時、空いた窓を通り抜け、隣の家からカレーの匂いが風に誘われやってきたとしよー」

志希「その匂いをくんくんしてカレーと認識する前に、自分の実家の食卓や過去の思い出が貴女の脳裏によぎったことは無いかな? あるいはそれに近い経験は?」

志希「芝の匂いを嗅ぐと、学生時代の校舎の校庭を。干したてのフトンを嗅ぐと、故郷の日向陽光の縁側を」

楓「それは、ハイ、ありますね! これは分かりやすいです!」

のあ「(確かに……)」

志希「ただ、これはプルースト効果ってゆー反応でね? 厳密に言うと共感覚現象とは違うモノ」

志希「でもこの反応のプロセスが、超人しか持ちえない共感覚の仕組みを解き明かすヒントになると考えてる。現代でも、学習力向上や認知症改善とかに着目して研究している人は大勢いるんだ」

楓「へえぇ。ニオイって、なんかその、色々と奥が深いんですねぇ」

志希「(………♪)」

志希「楓ちゃーんっっ♪♪」

───ガバッ!


楓「わっっ! え…………、なな、な、何かありました?」

志希「ンーン、なーんにも。ただご覧の通り、ハスハスしてるだけー」ハスハス

志希「ん~。残り香のように微かなアルデヒド、オレンジやレモンの爽やかでフルーティなシトラスノート……」

志希「あたしとこの部屋で話し始めて、だいたい30分。ふんふん………じゃあお化粧直しに付けたばかりかな?」

楓「あっ! まさか……!」

志希「これはシトロネロール♪ 今のミドルノートとしては、ローズやイランイランの濃厚な香りっ♪」ハスハス

志希「上品で女性的、かつ大胆なパフューム……、これはかの有名なシャネルの5番の中の、新作フレグランス『ロー オードゥ トワレット』かにゃ???」

楓「すごいっ! 当たってますよ!」

志希「楓ちゃん、結構香水とかってこだわってるの? 物静かな性格だと思ったけど、結構グイグイ行くタイプかな?」

楓「これでも昔はモデル一本でやってた時もありましたからね。香水を付けない女性に未来は無い、というやつです!」

志希「うんうん♪ そんなカンジだよね、楓ちゃん、所々のアクセもファッショナブルでやっぱりオシャレだと思ったよー♪♪」

楓「(……デパコスに憧れて最近たまたま頑張って買ってきた、とは言えない)」

のあ「(………)」

楓「それにしてもすごい特技ですね、志希ちゃん! なんか、その、警察犬みたいです!」

志希「んん~、個人的には猫の方が良かったけど、まあいっかー♪」

志希「得意というか、割と当たるんだ。その人が纏う匂いで人柄や個性を当てるの♪」

志希「………で!」

志希「隙ありっ! のあちゃんにも、イッツ・ハスハスタ~イム♪♪」ガバッ!

のあ「っ!」

志希「貴女の個性は微香性? それとも刺激物??」

志希「ンンー♪ ん~……? ……─────~~~~~

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『い ら っ し ゃ い ま せ ー ッ !!!!!!』






志希『────ハッ!?』

志希『こ……、ここは………飲食店?』キョロキョロ

志希『あたし、さっきまで事務所の休憩所にいたハズなのに───』

店員『ハイお客様お好きな席へドウゾ!!!!!!』

志希『ワッ!! は、はあ……』

店員『ご注文お決まりになりましたらお呼び下さい!!!!!!』

志希『………』

志希『のあちゃんをハスハスしてたんだっけ。んん……』

志希『……力強い中性脂質香気成分のコンポジション。頭をよぎるのは、ラクトン、ケトン、リモネン、それにペプチド』

志希『とっても食欲をそそる、お肉の豊かな香りだ。加熱調理によって揮散する玉ねぎ特有の甘いフレーバーも』

志希『甘み成分のプロピルメルカプタンやジプロピルジスルフィド等の含硫香気物質の矯臭・抑臭効果も相まって、ズバリお肉との相性は───』

店員『ご注文お伺い致します!!!!!!』

志希『ひにゃっ!? は、はいッ!!』ビクッ!

志希『ソ、そのっ、オススメは……』

のあ『大盛りよ』

志希『!!』

志希『のあちゃん、いつのまに隣に───』

店員『並!!!! いっちょう!!!!!!』

志希『の、のあちゃん? えっと、あの……、これは一体?』

志希『固有結界? それとも領域展開? のあちゃんに抱き着いてハスハスしたら、いつの間にかこの変なお店に、あたし───』

店員『ハイこちら牛丼特盛になります!!!!!! お待たせ致しました!!!!!!』

志希『ヒグッ!? え………』

志希『…………… え っ ???』

店員『ご ゆ っ く り ど う ぞ !!!!!!』

志希『……………………』ポカーン

のあ『……、一ノ瀬志希』

志希『!!』

のあ『貴女にはまだ早い。私という世界の謎を紐解くには』

のあ『この店を、この場所を、この条理を………認識出来ないうちには、真理に辿り着くことは叶わない』スッ

志希『あっ、ま、待って!! のあちゃ─────~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~

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志希「───…………」パチクリ

楓「し、志希ちゃん? どうしたんですか、のあさんに抱き着いた瞬間、額を強く弾かれたみたいに仰け反ったまま、硬直して……」

志希「…………………」グウゥ

志希「……お腹すいた。なんか、とってもお腹すいちゃった」

志希「出前でも取ろっか。いいよ、あたしの奢りで」

楓「えっ! い、いいんですか!」

のあ「………」

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今日はここまで。また次回。
次の投下で番外編②は最後ですー

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【事務所 カフェ】


菜々「えっ! 高峯さん!」

のあ「……!」

菜々「あれっ? えーっと」

菜々「もしかしてアルバイトですかぁ?? 制服、すっごく似合ってますよぉ♪」

のあ「………ええ」

菜々「(あれ。リアクションが薄い……)」

菜々「(正直この方とあまり絡んだことは無いし、ファーストコンタクトは………うぅ、思い出したくもない)」

菜々「(未だに菜々がネグレクトを受けている可哀想な子と思っているんでしょうか?)」

菜々「(……ともあれ)」

菜々「ナナもここで働いているんですよ♪ もし分からないことがあったら何でも聞いてくださいねっ☆」

菜々「短期間のアルバイトですか? いつまでここに?」

のあ「恐らく………今日で最後よ」

菜々「えっ??」

店長「あぁ、ナナちゃん。おはよう」

菜々「おはようございます♪」

店長「千川さんから斡旋を受けて、今日からここで働くことになった高峯君だ」

店長「ナナちゃんも先輩として、このカフェについて色々と教えてあげて欲しい」

菜々「はいっ♪」

店長「………と思ったんだが」

菜々「え?」





店長「今日でクビだ」

店長「コーヒーカップ12個、ケーキ皿30枚、サイフォン5本、窓ガラス1枚、机とテーブル一組。これは彼女が仕事を始めて3時間で壊した物品のロス数だよ。怒って帰ってしまったお客様2人、関係者1人。一人はコーヒーを服にぶちまけ、一人はケーキを顔にぶつけ、一人は注文を5度聞き間違え1時間半待たせてしまった。いや、でも最後のはここの所属アイドルだったか、長時間待っていた割にずっと満足げに高峯君を眺めていたな、確か………いかん、名前を忘れてしまった。厨房からテーブルに運ぶまでの挙動が不安だったから今思えばあそこで留めておけば良かったのかもしれない。おまけに火災報知機を誤作動させ、店内は台風が通ったかのように水浸しだ。極め付けには、バランスを崩した彼女を支えようとした私の左脛骨と左上腕骨にひびが入ってしまったようでね、先ほどから激しい痛みが襲っているんだ。まあその際に彼女のふくよかなおっぱ、ンンッ、いや、彼女に怪我が無かったのが幸いだよ。しかし、とにかくだ。生産性的にも私の精神衛生的にも鑑みるに、高峯君の雇用は継続できかねると判断したわけだ」

店長「すまないね……。店舗の浸水、食器の欠損、私の怪我もあるし、2週間はここを封鎖する予定だ。経営管理部にも既に報告はしてある」







━━━━━━━━━━━━
【事務所 休憩室】


菜々「……」

のあ「……」

菜々「その………えっと」

菜々「……元気出してくださいね」

菜々「(どうしてこうなった)」


菜々「意外でした。オールマイティに卒なくこなしそうな高峯さんでも、ミスはするんですね」

のあ「私の存在自体がミスみたいなものよ」

菜々「そんなコトないですよ! な、何でそんな卑屈になってるんですか」

のあ「……昔から焦がれていた。純真さと優雅さを併せ持った制服を纏い、健気に従事することを」

菜々「はえ? ああいうメイド服みたいのですか??」

のあ「憧れは常に無情を孕む……、輝く星にどれだけ手を伸ばそうが届かないように」

菜々「(………)」

菜々「(普段は感情を失ったかのように無表情な人ですけど、こんな風に落ち込んだりするんですね。微妙な変化で気付きにくいですが)」

菜々「高峯さんっ、またチャンスはありますよっ。ナナでよければ愚痴でも相談でも聞きますか───」

のあ「はぁ……」

のあ「このままだと家賃が払えず強制退去になるどころか、今月の光熱費すら危うい………というか今日の食費さえ厳しい」ブツブツ

のあ「流石にこの前飲みすぎたかな………日払いの給料全部使っちゃったし。こんなことなら先月課金しなきゃよかった」ブツブツ

のあ「あぁ、周子ちゃんの部屋でお世話して貰えないかなぁ。いや、あるいは志希ちゃんでもいい、この前に楓さんと一緒に無理言ってお邪魔したけどあの子のマンションは3人くらいは余裕で養える規模よ、面積的にも金銭的にも」ブツブツ

のあ「近くのパン屋で無料のパンの耳を貰ってきて、近くの中華料理屋さんの店舗外のダクトの下で漏れてくる匂いをオカズにパンの耳を貪るのも、そろそろ周囲の目も気になってきたしマズイかな。あとの生命線はスーパーの試食の備蓄ね……」ブツブツ

のあ「椎名法子ちゃんと大原みちるちゃんが出勤した時は事務所内で二人が余らせたパン系の食糧が手に入ると噂で聞いたけど、あれはデマだったし。あとは三村かな子ちゃんが作りすぎたお菓子をおすそ分けするという噂を信じて、人がいなくなったのを見計らってこっそり回収するのに今週は賭けるしかないかな……」ブツブツ

のあ「早くいいお婿さん見つけて、こんな貧乏生活とはおさらばしたい。というか入院したい、そうすれば栄養管理が徹底した三食昼寝付きの生活が確約されるわけだし、いっそどこかで転んで骨でも折れてしまえばいいのに。でも私って子供のころから体は頑丈でトラックに跳ねられても傷一つ無かった時は流石に周子ちゃんも引いてたなぁ」ブツブツ

のあ「はぁ……」

菜々「(────っ?!)」

のあ「あぁ、そう言えば菜々」ピラッ

菜々「ッ!? な、何ですかこのお金!?」

のあ「私があの店を通えなくした分、その期間の貴女の賃金よ。お詫びも込めて」

菜々「要りませんよ変な話聞かされて受け取りにくいですし!! ご自身で使ってくださいよ!?」

のあ「ヘ、変な話……、ァ、あぁ」

のあ「先程の独り言は、その……」

のあ「あらゆる未来を仮定した、いわゆる一つの可能性。空想でしかないわ。私は裕福」

菜々「そんな極貧を描いた空想を突然し始める貴女に今恐怖を感じているナナですけど、とりあえず本当に要りませんからお金は」

のあ「けれど、それでは………貴女の家族が激怒しないかしら」

菜々「や、やっぱりまだそう思ってたんですね!? な、ナナはネグレクトも受けてませんし、家族もちゃんとした普通の人ですから!!」

菜々「勘違いですっ! 一人暮らしで、お仕事もお金も自分の好きな風にしてますっ!! あの時、スーパーでナナが持っていたビールだって………!!」




【酒は自分で飲んだとは口が裂けても言えず、ネグレクトの誤解は解けぬままとりあえず購買のパンを奢って渡して猛ダッシュでその場を去った菜々だった】

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【スポーツジム】


のあ「ふっ、ふっ……」

のあ「ふっっ」

のあ「(よぅし、スクワット終了)」

のあ「………」

のあ「(貧乏人の傾向と笑われそうだけど、お金が無いからここ数か月はジムに入り浸っている)」

のあ「(お金の余裕は心の余裕。さしずめお金が無ければ心は荒む)」

のあ「(ならば、『健全なる精神は健全なる身体に宿る』の実践よ。確か長州力が言ってたわ)」

のあ「(月会費払っといて良かった)」

のあ「(………)」

のあ「(それにしても)」

のあ「(最初このジムに来た頃はお年寄りばかりだったけど、最近、若い人が増えたわね)」

のあ「(しかもみんなリア充っぽい。体を鍛えるのが流行ってるのかしらね……)」

のあ「(ホント苦手……。どこか違うジムに行ってくれないかな)」

のあ「………」カチャ

のあ「………」ゴクゴクゴク

のあ「(まあ良いわ。良いのよ、私の方が古参だし多分年上だし)」

のあ「(あまり関わらないようにして───)」





真奈美「ここは半年少し前に新しく出来たらしいんだが、なかなか充実したところだな」

真奈美「フィットネスというよりは、本格的に鍛えたい人向けの場所かもしれない」

美嘉「広ーっい! 良いね良いね★」





のあ「ンフッ」

のあ「げほっ!! げほ、げほッ!!!」

真奈美&美嘉「??」


のあ「(なッ……)」

のあ「(何故!? 何故っ………私の安住の地にあの二人が!?)」

のあ「(む、無理! タイマンならまだしも、3人以上の会話とか絶対無理っ!)」

のあ「(き、気付かれないように帰る、帰らないと……!)」

真奈美「あっ」

美嘉「あっ!?」

のあ「ヒッ!」

美嘉「えーっと。初めまして、かな (うわっ、やばっ、初対面。色々と聞いてみよっかな)」

真奈美「やあ奇遇だね、のあ (向こうにあるダンベルブロック、あれは最新式のものか、是非使ってみたいな)」

のあ「………」

のあ「……予期せぬ巡り合いだわ」

真奈美「のあは、結構ここに通っているのかな? 私達は初めてでね」

のあ「ええ」

のあ「良い場所よ。純粋に肉体と向き合い、対話し研ぎ澄ますことが出来る」

のあ「貴女達も楽しめると思うわ」スッ

美嘉「(あれっ。もうどっか行っちゃった)」

美嘉「(ま、いっか。後で話す時間あるでしょ、周子達からも噂は聞いてるし)」

美嘉「てか、あーっ。イヤホン忘れたし、最悪ぅ……」

真奈美「それにしても今日は久しぶりのお誘いだね、美嘉。外のジムに行きたいなんて」

真奈美「最近はもっぱら事務所のジムを使っていただろう、パーソナルトレーナーも付けていたのに」

美嘉「うーん、確かに手軽なんだけどね、アタシってずっと同じ場所で続けられないっていうのかな?」

美嘉「要は刺激、たまーのリフレッシュみたいなカンジ♪ それに教えてくれるならやっぱり真奈美さんの方が上手ですしっ★」

真奈美「フフッ、その気にさせてくれるじゃないか。さっそくウォームアップから始めよう」






━━━━━━10分後━━━━━━


真奈美「最初はどうしようか? レッグプレスかバックエクステンションか」

美嘉「そーですね、最初ちょっと見て回りたい気もあるけど。あっ、真奈美さん?」

美嘉「高峯さん、しばらく帰ってこないけど、どこ行ったのかな?」

真奈美「ん? あぁ、彼女か?」

真奈美「彼女なら……」










真奈美「……帰ったんじゃないか?」

美嘉「ハァ!?」


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【続 スポーツジム】


美嘉「マジで? い、意味不なんだけど……」

真奈美「恐らくな。彼女ならありえるという話だよ」

美嘉「いや、だって、え? フツーに考えてありえなくない?」

美嘉「真奈美さん、結構あの人と話とかしてるんですよね? さっきのカンジだと」

真奈美「うん。ほどほど、かな」

美嘉「でしょ? で、アタシ、初対面」

美嘉「同じ事務所のメンバーとたまたま会って、初対面の人もいたら」

美嘉「そこからトークしてバイブス上がってからのカフェ直行のアスリート飯って流れじゃん?」

美嘉「そう思いません? 真奈美さん?」

真奈美「大手町の?」

美嘉「幡ヶ谷! ヤバイ綺麗なカフェ出来たらしくて、終わったら行きましょうよ♪」

真奈美「ああ、是非とも。君のチョイスはハズレが無いからな」

美嘉「わーい♪」

美嘉「 じ ゃ な く て っ !」

真奈美「人それぞれ、という言葉で片付けてはダメかな。ジム通いもいい例だと思うよ?」

真奈美「誰にでも自分のペース、自分のメニューというものがある。彼女はストイックだから……」

美嘉「ならフツー、離れた場所でやればよくないですか??」

真奈美「(……不器用、とは言えないな)」

美嘉「(……てか、アタシSランクなんだけど。まさかまさか、なんとも思われて無いカンジ? マジありえない……)」

美嘉「(でもそれを言うと真奈美さんに調子乗ってると思われそう。絶対口には出せない)」

美嘉「ちょ、ちょっとロッカー探してきますっ」

真奈美「あ、あぁ」

真奈美「(寡黙なのあと、アグレッシブな美嘉。これは極端な組み合わせだ)」

真奈美「(手助けはナンセンスかな………どうするべきか)」






━━━━━━━━━━━━
【ロッカールーム前】


美嘉「(まだいるかな……、いや、きっといる! フツーは最低でもシャワー浴びて帰るよね?)」

美嘉「(……ていうかアタシ、少しムキになってる?)」

美嘉「(周子や奏が最近よくウワサしてたから、興味? 大型ルーキーと囁かれてるから、嫉妬? アタシのコーデを真似してたから、優越? 変なDMを送られたから、疑問?)」

美嘉「(お、落ち着いてSランク! アタシ!)」

美嘉「(これはそう、単純なコミュニケーション。気を遣う必要なんてない、何故ならアタシはSランクだから)」

美嘉「(アタシが振り回されるんじゃない。振り回すのが、トップアイドルの仕事だから)」


━━━━━━━━━━━━
【ロッカールーム】

ガチャッ!!


「おっつー★ たかみ───」

『………っ!』

「───アッ……」

「ゴ、ごめんなさい、着替え中……」

「て、ゆ……、か……、か、から、だ……」

『……………』

「オ、オォ………ッッ」

『……………』

「え、えっとその……」

「あ、アタシ。城ヶ崎美嘉、Sランク……」

「よ、よろしくね……?」

『ええ』

『高峯のあ……、よ』

「あの、それで………」

「ケケ、けっこう……、その、体、き、鍛えていらっしゃるんですか……?」

『……そう。肉体は、魂の発露』

『磨き上げる事こそ、朧気な感情を深淵から呼び醒まし、私をヒトたらしめる』

「そ、その………チ、ちょっと、触っても………私、え、Sランクだし……」

『……エ、ええ……』

「じゃ、じゃあ………お、お邪魔シマス……」

「……………ォ、オオゥ……」

「ナ、ナカナカ、ソノ………ハ、ヘ、ヘェ……」

「……カ、カタチモ………ホ、ホホゥ……?」

「ア………アシ、アシモ………フ、ヒ、ヒエェ……」

『……………』

「あ、ど、どうも………。マ、ま、ままあ、まあ、まあまあね………私のほうが、ソノ、あの、………え、Sランクだし……」

「じゃあ、その、あのっ………、お、お疲れさまっ………!」


───バタン!!






━━━━━━1分後━━━━━━

真奈美「早かったな。彼女には会えたのか?」

美嘉「………………」

真奈美「……美嘉?」

美嘉「………………」

美嘉「……………………………え、Sランクで良かった……っ」

真奈美「美嘉、鼻血でてるぞ」

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────
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【イベント会場・駅前広場】


伊吹「あッ!」

伊吹「いたいた! お~い奏~」

奏「声が大きい、伊吹ちゃん」

奏「貴女との遊びに、別にスリルは求めていないのだけど………というか」

奏「また何か買ってる、それ」

伊吹「“チーズハットグ”だよ? JKなのにトレンドをご存じないので??」

奏「別に名前を聞いているワケじゃないの。よく食べるわね」

伊吹「ねえねえ! 写真撮って、ホラ、載せるから!」

奏「……貴女の方がよっぽど、今時のJKらしく感じるわ」パシャ

伊吹「あっ! 見て見て!」

伊吹「ぴにゃこら太のファースーツだよっ! ピンクのもいるし!!」

ぴにゃこら太『………』

奏「着ぐるみでしょう? こんな炎天下で大変ね」

伊吹「かなでかなでっ。写真撮って写真♪♪」ギュー

ぴにゃこら太『………』

奏「ちょ、ちょっと………もう、いきなり抱きついて……」

奏「中に入っているのが男の人だったらどうするのよ」パシャ

伊吹「だいじょーぶっ♪ あ、こっちのピンクのとも!」ギュー

奏「物怖じしないというか、色々とオープンというか………はい、撮ったわよ。ちゃんといつも通り3枚ずつ」

伊吹「ありがと♪ 奏も撮る?」

奏「いい。早くステージに行きましょう?」

伊吹「奏はも~、そういうトコはウブというか乙女というか、ねー??」

奏「逆。貴女のような落ち着かない子と連れ立っていると、かえって平静なのよ」スタスタ

ぴにゃこら太『………』








━━━━━━10分後━━━━━━
【イベント会場・更衣室】


ばすっ

のあ「……ふぅ」

のあ「(着ぐるみのバイト……、あつい、熱い)」

のあ「(けれど)」

のあ「(………楽しい。楽しいっ、これが一番楽しいっ!)」


*「お疲れ様。高峯、のあさん」

のあ「……!」クルッ

のあ「(───ッ!?)」ビクッ

*「私と貴女に最後、写真をせがんだのは、あれは伊吹くんと奏くんかな? 逢瀬の所を覗き見るようで少し申し訳ない気分だが……」


ガチャッ

みく「おつかれにゃー!」

のあ「!」

*「あぁ、みく。お疲れ様、これで私もお役御免かな」

みく「あいさん! 本当にありがとう!」

みく「今まで代わりにシフト入って貰って。午後からはみくがバッチリ仕事するにゃ♪」

あい「いいや、気にしないで。急な予定だったんだろう?」

あい「こちらもなかなかに貴重な経験が出来たよ。また何かあったらいつでも頼って欲しい」

のあ「………」

みく「逢瀬って、誰が?」

あい「伊吹くんと奏くんだよ。いやなに、今日は奏くん、随分とマニッシュなコーデだったからね」

みく「土曜だし、観にきてる子もやっぱりいるんだね」

みく「あいさんあいさん、このピンクぴにゃの着ぐるみ、どう着るの? 難しそうにゃ」

あい「手間取るのはバッテリーの接続くらいで、至極簡単さ」

みく「あれっ? のあにゃん、ドコいくの?」

のあ「………」スッ


あい「さて。兼ねてというより、本命は川島さん達のライブを観に来たのだし」

あい「では私は御暇するよ。お疲れ様、みく」

みく「おっつにゃー♪ 本当にありがとう♪♪」






━━━━━━━━━━
【トイレ前】


あい「(さて、メイクも直したし)」

あい「(……ん?)」

のあ「……!!」

あい「あぁ、高峯さん。お疲れ様」

のあ「………」

あい「(……用を足しに来たのか)」

あい「(ずっと外にいたからな、おまけにこの暑さでかなり水分も摂っただろうし)」

あい「(ただ彼女、汗ひとつかいていない。無汗症? まさか。難病じゃあないか)」

あい「(体質か、珍しい。けれども彼女も人間だ、表面上問題無さそうでも、先ほど更衣室で無言で去ろうとしたのは私達に気を遣ってか)」

あい「私はもう出て行くよ。午後からも───」

のあ「……えっ」

あい「───ん?」

あい「ああ、いや………少しメイクを直しただけだから」

のあ「……メ、メイク?」

あい「う、うん……(圧力が凄いな)」

あい「(いや、圧力というよりはどことなく距離を感じる凄みだ。初対面だからか)」

のあ「……あの」

あい「うん?」





のあ「……えっと、ソノ、こ、ここ、女性用」

のあ「紳士用は、ム、向かいに………」

のあ「……っ、思慮が欠けていたわ。貴女の、いえ、貴男の心は………いいえ、ごめんなさい」スッ





───バタン

あい「…」

あい「(で、……出て行ってしまった)」

あい「(な、何だ今の痛恨の眼差しは………何故謝られる)」

あい「(何か強烈な思い違いをされているような……)」


──────
────
──

──
────
──────
【続 イベント会場・客席スペース】


奏「……」

伊吹「奏? どったの、さっきからスマホ睨んで」モグモグ

奏「!」

奏「う、うん………大丈夫よ」

伊吹「美波のツイート? なに、事務所内のカフェ?」

伊吹「自撮り写真だね。そう言えばあそこ、しばらく休業らしいけど」

伊吹「あれ? 後ろに小さく写ってる後姿の女の人、これって───」

伊吹「って、奏!? 拡大しすぎだから!! スマホちぎれるよ!?」

奏「ここ最近、美波は何なのかしら。勝ち誇っているつもり? 私には理解に苦しむわ」

伊吹「(でもしっかりと“いいね”と“リツイート”はするんだ)」

伊吹「そういえば、さっきあいさんに会ったなぁ」

奏「へぇ……」

伊吹「変装しているのに何ですぐアタシと分かったんですかって聞いたら、バイトでピンクぴにゃに入ってたんだってさー」

奏「はぁ……」

伊吹「あいさんもこういうイベント系のバイトするんだなぁ。かくいうアタシも客席埋めとかやったことあるけどね」

奏「そう……」

伊吹「あと、緑のぴにゃの着ぐるみは高峯さんがやってるんだって」


ガタッ!!

奏「あくして!!!!!!」

伊吹「なにが!?」


奏「はやくして!! はやくするの!!!」バシバシバシ!

伊吹「痛ェ!! ちょちょっ、ちょっと、たっ、叩かないでよ!!」

奏「私も緑のぴにゃこら太と写真が撮りたくなったの!!」

伊吹「いきなりどうしたの!? もうすぐ川島さん達のライブ始まるよ!?」

奏「まだ20分あるしココ入場料とか無いんだから大丈夫よ!!」

奏「というか伊吹ちゃんも何で抱き着いた時点で高峯さんって気付かないの!? 貴女パッションでしょう!?」

伊吹「はぁ?! ぱ、パッションがみんな握手しただけで相手の力量とかデータが分かる系の人種とかそういうのだと思ってるのなら大間違いだからね!?」

奏「伊吹ちゃん、お願い……っ」

伊吹「(ぐっ……)」

伊吹「(強引かと思ったら一転、子犬のように目を潤ませてせがんできて………なんとあざとい演技をするんだこの子)」

伊吹「わ、分かったから。大声出さないで」







━━━━━━10分後━━━━━━
【イベント会場・駅前広場】



ぴにゃこら太『ぴにゃ~♪』



奏&伊吹「「 いたッ!! 」」

ぴにゃこら太『ぴにゃ?』

奏「伊吹ちゃん走って! そのチーズハットグとかもう捨てていいから!! どうせインスタ映え用でしょう!!!」

伊吹「これアタシのお金ですけど!?」

ぴにゃこら太『にゃ~♪ ぴにゃ、ぴにゃ♪♪』

伊吹「と、とりあえずホラホラ! 写真撮りに来たんでしょ!」

奏「一眼レフは!?」

伊吹「ないよ!! スマホで我慢しなさい!!」


ぴにゃこら太『ぴにゃ?』

奏「ん~~……♪」

伊吹「アー、抱き着いちゃって。臆面も無く」

伊吹「欲しかった物をクリスマスに貰った子供みたい。こんな無邪気な奏は久しぶりに見たかも」

伊吹「あ、ごめんなさい。写真撮ってすぐ捌けますので」

伊吹「かなでー、写真撮るよ。もーほら早く、まわりが見てるからっ」

ぴにゃこら太『ぴっ、ピニャッ!?』ビクッ!

伊吹「……………」

ぴにゃこら太『ぴ、ぴにゃ! ピ、ピ……!?』ガタガタッ!

伊吹「……………ん??」

奏「フ、フフ……」スリスリ

奏「ちょ、ちょっとだけ………ね? あ、握手だけでも、ふ、フフフ♪」ゴソゴソ

伊吹「ちょッ!!!」

伊吹「なんで着ぐるみのファスナー開けようとしてるの!? 握手!? 直で!?」

奏「もう、限界なの………謎に私だけ高峯さんと直接的な絡みが少ないし、周囲からは自慢されるし………彼女のぬくもりが欲しいのよ、伊吹ちゃん、分かるでしょう?」

伊吹「ダメダメダメだって! ていうか何の事!?」

伊吹「おねがいだから正気に戻って!! 最近の奏、なんかおかしいよ!?」

奏「離して! 寂しさに押し潰されそうな儚い女の子が貴重な休日に、抑圧されたストレスを発散させようとする行為のどこに責められる謂れがあるの!?」

伊吹「休みにカラオケみたいなノリで言ってるけど、着ぐるみにセクハラしようとしてるただの変質者だからね!?」

ぴにゃこら太『ピ……、ちょっ、ちょっと………!』ガタッ!

奏&伊吹「 !! 」


ジーーッ









みく「か、奏チャン………伊吹チャン???」

奏&伊吹「……………………………………………」

みく「な、何ごとにゃ!? チャック無理矢理開けようとして………い、今お仕事中だからっ!」

伊吹「みく」

みく「ホラッ! あんまり開くと、お客さんに中身見られちゃうから」

奏「みく」

みく「えっ??」

奏「お疲れ様。喉乾いた………喉乾かない?」

奏「差し入れにドリンク持って来たの。はい」スッ

みく「わぁ♪ ありが………って、おしるこ!? この暑さで致命的なミスチョイス!?」

みく「ァアア゙ツツツッッ!! 何で肌に押し付けるにゃッ!?」

奏「あと、お腹も空いてるだろうと思って、コレ。チーズハットグ。トレンドよ」

みく「いやトレンドなのは知ってるけどドコに挿し込もうとしてるにゃ!!! アツッ、熱ッッ!!!!」

伊吹「…」


──────
────
──

──
────
──────
【幕間】


のあ「……みく」

みく「にゃ?」

のあ「ヒトの成長とは、能動的であり、変わろうとする意志によって齎されるもの」

みく「つまり?」

のあ「……前半は緑だったから、次はピンクの方を着てみたい」

のあ「(ピンクの方が可愛いし……、思いのほか人も寄っていた気がする)」

みく「にゃっ♪ りょーかい!」

みく「じゃあみくが緑のぴにゃこら太を着るね。ちょっとベルト付けるの手伝って欲しいにゃ」

のあ「ええ」


──────
────
──

──
────
──────
【夜】


のあ「……」グウゥゥ

楓「今日も疲れました」

楓「長時間にわたって単純作業をしていると、やっぱり肩が凝りますね。ふぅ」

のあ「……(お腹空いた)」

楓「明日もバイトですし、早めに今日は帰りましょうか」

のあ「……そうね」

楓「あっ」

楓「今日はどうします? 寄っていきます?」

楓「ちょうどおなかも空いてますしね」

のあ「?」

のあ「……??」クルッ




【松屋】




のあ「グッ!?」

のあ「(こ、国辱の松屋!!)」

のあ「(心底入りたくない、でも楓さんのお誘いだし)」

のあ「…………」






━━━━━━━━━━━━━━
【松屋】


店員「いらっしゃいませー」

楓「フ、ふふ……。飲食店に堂々と入るなんて」ドキドキ

楓「私達もアイドルとしてけっこう成長しましたね。松屋なら券売機でお手軽ですし」ピッ

のあ「(まあ……、たしか財布に300円くらい残ってたかな)」ガサガサ

のあ「………」

のあ「………(あれっ。130円しかない)」

のあ「(ッッ!! し、しまった………バイト中に500mlペットを買ったんだったわ!!!)」

のあ「(あ、あぐっ……)」


のあ「(ど、どうしよう!)」オロオロ

のあ「(楓さんと金額を合わせて注文して……、いえ、もう彼女は発券してしまっている)」

のあ「(じゃあ前みたいにはんぶんこに……、ダメ。そんな卑しい乞食みたいな真似、プライドが許さない)」

のあ「(最終手段としては何も頼まず備え付けのドレッシングだけを……、無理だわ。人間として大切な何かが終わる気がする)」

のあ「(ぐ、くっ……!)」

のあ「(……………)」

楓「よっこいしょっ」

店員「食券をお預かりします。牛めし並おひとつと、冷奴ですね」

のあ「………」

店員「そちらのお客様? 食券をお持ちですか?」

楓「のあさん?」

のあ「………っ」





のあ「………ライス、ミニ盛りで」





楓「………」

店員「かしこまりました」スタスタ

のあ「………」

楓「………」

のあ「………」

楓「………」

のあ「ち」

のあ「違うの、楓。これは、誤解しないで欲しい」

のあ「食事制限の一環」

楓「の、のあさん。その滝のような汗は?」

のあ「発汗ダイエット」

楓「ア、あはは……」

のあ「フ、フヘ……」

店員「お待たせしました」

のあ&楓「!!」ビクッ

店員「まずこちら、牛めし並と冷奴のお客様はー……」

楓「っ、アー、んー?……ンー…………」

楓「……………………………………ワ、わたしです」

のあ「(死にたい)」


店員「こちらライス、ミニ盛りです」

楓「い、いやあ! ドレッシングが色々あるので、ライスにかけて味比べしても面白そうですね!」

楓「ドレッシング、どれっすん? なぁんて!」

のあ「(死にたい。今すぐ死にたい)」

のあ「(だから、だから嫌だったのよ松屋は……!)」

のあ「(これだから松屋は、この国辱は……! 何故こんな惨めな思いをしなければならないの!?)」

のあ「(たまたま知っていた裏メニューの知識が日の目を浴びたけれども、牛丼チェーンで白飯ミニ盛りを頼むアイドルなんて未だかつていたかしら?)」

のあ「(楓さんなんて上手い切り返しを必死に探そうとして、奥歯に肉のスジが引っかかって頑張っても舌で取れないような複雑な表情してるし)」

楓「………」

のあ「(あぁ、もう明日から楓さんの顔を見て話せない。いえ、そもそも人の顔や目を見るのは苦手だけれども)」

のあ「(うぐぅ、うぅぅ……)」

店員「大変申し訳ありません」

のあ&楓「ヒッ!?」ビクゥ!

店員「こちら、サービスの味噌汁になります。牛めし並をご注文の方」コトッ

楓「あ、ああ……。松屋って味噌汁付きますものね、忘れてました」






店員「ライスをご注文の方にも」

コトッ




のあ「えっ」

店員「ごゆっくりどうぞ」

のあ「あっ……」

のあ「い、いいんですか?」

店員「?」

のあ「そ、その、私、ライスだけなのに……」

店員「……サービスですから」

のあ「っ!!!」

のあ「………ご、ごめんなさい」

店員「ああ、いいえ。とんでもないです」

のあ「今まで松屋のこと、国辱呼ばわりして……」

店員「えっ?」

のあ「ネットでも色々とこき下ろして……、肉はセロハンみたいに薄いし、米はべちゃべちゃだし、客層はヤンキーが多いし、店員は融通利かないし、もう何か場末の掃き溜めみたいな地獄って思ってたの松屋。でも今日、こんなに思いやりのあるサービスに出会ってほんの少しイメージが変わった。ありがとう……本当に……」グスッ

店員「えっ? えっ?? あ、あの……??」オロオロ

楓「(………)」モグモグ


──────
────
──

──
────
──────
【???】


のあ「………」

楓「………」

楓「……のあさん」

楓「この数週間、私達はせっせとお小遣い稼ぎに奔走しましたね」

のあ「………」

楓「デッサンモデルやモニター調査を初め、街頭リサーチ、グッズ袋詰め」

楓「他にも私、色々やりました。講演会のキャンセル分の客席埋め、ブログの校閲、バミったテープをひたすら剥がす作業」

楓「果てには、撮影で海外ロケに行くアイドルの飼っている犬のお世話とかもやりました」

楓「散歩中、フンの処理の仕方が分らなくて小一時間、皇居付近でスマホとにらめっこした時はもう焦りと恥ずかしさで気が狂いそうでした」

のあ「………」

楓「でもまさか、今日はそれ以上に……」

楓「フ、フヘヘッ……」プルプル

のあ「……楓」

のあ「今日のバイトを無事完遂したら、一献交わしましょう」

楓「うううっ、うう~~~っ……!」

楓「今飲みましょうよぉ!! こんなの生殺しですよぉ……」

のあ「それは………出来ないわ」

のあ「確かに、豪奢な飾りのカクテルも、食欲を唆るサンドイッチも目の前にある」

のあ「けれど貴女は、そこに辿り着けない。何故なら……」

楓「だって! だって……!」

楓「ナイトプールがこんなにハイレベルなパリピの巣窟だと思わなかったんですよぉ!」

楓「今だって、のあさんと二人、物陰で縮こまってることしか出来ないですし……っ」

のあ「………」


楓「ナイトプールって、一昔前はもっとこう御淑やかなセレブが嗜むオトナの社交場みたいな感じでしたけど……、けどっ……」

楓「みんなキャピキャピのギャルで、なんか普通に18歳以下っぽい子供もいるし、みんな自撮り棒を振り回して……」

楓「というか、まさか男性もいるとは本当に予想外で、しかも私が最も苦手とするウェーイ系……。8割方はサングラスしてるし」

楓「その群れに飛び込むなんて、初期値で五丈原に出陣するようなもんですよ……!」

のあ「………」

楓「帰りたい………ちひろさん」グスッ

のあ「(……楓さん)」




~~~~~~回想~~~~~~


ちひろ『今回のお仕事は、ナイトプールの監視係です♪』

のあ&楓『 !! 』

楓『な、ナイトプールって、あれですか? 高級ホテルのプールで開催されている、その………よく分からないですけど』

ちひろ『はい♪ このお仕事はなかなか人気で、毎年すぐ他の事務所からも定員集まっちゃうんですよー♪ 今回は慰労会でもありますし♪』

ちひろ『お仕事内容は簡単です。個人撮影の補助、ごみの回収、飛び込みの注意……、とか色々ですね』

ちひろ『終わった後は、少しならプールで遊んでいいみたいですし♪』

楓『本当ですか!? や、やりましょうのあさん!』

のあ『貴女と二人なら、良いわ』

楓『わーい♪ ああいうラグジュアリーなプール、一度行ってみたかったんですよっ♪♪』

楓『(息抜きできそうですね、それにお金も稼げるなんて♪)』

のあ『(ええ。一石二鳥)』

ちひろ『あっ、一応はスタッフ用のラッシュパーカーは用意されるみたいですけど、水着は自前らしいので、事務所で貸しますよ。このあと見てきます??』


~~~~~~回想終わり~~~~~~




のあ「(………)」

のあ「(楓さん、泣いてる。こんなリア充空間とは、きっと予想していなかったのね)」

のあ「(私も噂には聞いていたけど実際目の前にしたら嘔吐しそうだったし)」


━━━━━━━━━━━━━━
【ナイトプール 監視台】


のあ「(……結局)」

のあ「(楓さんを落ち着かせて、私だけでもバイトに戻ることにした)」

のあ「(思えば、私もだいぶこういう場所に慣れたなぁ。東京に来た時は、一人で服も買えなかったのに)」

のあ「(………)」キョロキョロ

のあ「(き、気のせいかしら。同じバイトの子達………普通に遊んでる気がするけど)」

のあ「(まあ、私も私でちょっとドリンクを失敬してきたのだけれど。でも監視員はみんな飲んでるし良いよね?)」

のあ「(……?)」

のあ「(あれは………一ノ瀬志希ちゃんと、この前に大学の学食で会った子……、いいえ、人違いかな)」

のあ「(………)」

のあ「(陽キャやパリピ達が半裸でカクテル片手に自撮してる。この監視台の下には、私には一生縁が無いであろう世界が広がっているわ)」

のあ「(しかもなにアレ、DJ? こんな湿気多い場所で音響機器って壊れないのかしら)」

のあ「(ハァ……)」

のあ「(別に騒ぎを起こす人もいないし、このまま黙って過ごそう)」

のあ「(………)」チュー

のあ「(美味しい。よく分からないオレンジのドリンクだけど、後でもう一本貰ってこよ)」

のあ「(………………………)」チュー






美嘉「ちょっ……、ねえヤメてってば」

男「ねー、いいじゃんいいじゃん♪ ちょっと付き合ってよー」

美嘉「酔ってる? ホント有り得ないんだけど」






のあ「ンフッ」

のあ「げほっ!! げほ、げほッ!!!」


のあ「(ア………あれはナニ!?)」

のあ「(じ、城ヶ崎美嘉ちゃん!? なんでこんな場所に………、いや、こんな場所だからの可能性はあるわね)」

のあ「(人違い、ではなさそうね。というよりも)」





のあ「(ち、チンピラに絡まれてる!?)」





のあ「(じ、時代錯誤過ぎない? 何かの撮影?)」キョロキョロ

のあ「(いや、そんな雰囲気は無い。じゃあ多分あれは……)」

のあ「(きっとエスコート! リア充や陽キャでいうところの、ちょっとガツガツした肉食系の誘い方だわ!)」

のあ「(ハー、納得。青春ね青春)」グビッ






美嘉「ちょっとウザいっ! ねえ人呼ぶよー?」

男「おーこわ! 怒った顔もカワイイねー♪♪」






のあ「(………………………)」

のあ「(かっ………会議ッ! 会議ッ!)」

のあ「(秘技・のあ会議を……!)」


【☆ のあ会議】
【高峯のあの頭の中に住む数人の高峯のあ達が、色々な意見やちょっとした小話などを言い合う状態。フィナーレには高峯のあ達による牛丼早食い大会等が行われる(らしい)】


~~~~~~脳内~~~~~~


俯瞰的のあ「これより第348回、のあ会議を始めたいと思います」

俯瞰的のあ「今回の議題は“城ヶ崎美嘉ちゃんの救出について”」

俯瞰的のあ「今回も有意義な時間となるよう、皆さんには建設的な意見をお願いします」

楽観的のあ「助けに行きましょうっ!」

楽観的のあ「事務所の一員でもある彼女に、颯爽とデキる大人であるところを見せ付けてポイントアップ!」

感情的のあ「そうね。少し退屈していたし、刺激が欲しいわ」

感情的のあ「あと、俯瞰的のあ。アイス取って」

中立的のあ「楽観的のあと感情的のあは賛成ね? まあ監視員としての大義名分で接触も容易だし」

中立的のあ「更には立場を利用して救出も容易でしょう。もし『本当にチンピラに絡まれている』のだったら、ね」

感情的のあ「どういうこと?」

中立的のあ「状況を整理したいわ。何かが引っかかる」

中立的のあ「まずSランクアイドルである彼女が、プロデューサーや関係者を周りに置かないで、都内近郊とは言えこんな場末のイベントスポットに遊びにくるかしら?」

俯瞰的のあ「些か不用心すぎると?」

楽観的のあ「でも、彼女のようなギャルはもうナイトプールが生息地みたいなものだし……?」

感情的のあ「確かに! ナイトプールと言えばナントカ映え! ナントカ映えと言えばギャル!」

俯瞰的のあ「それに、先ほど一ノ瀬志希ちゃんとあともう一人の女の子も見かけました。似ているだけかもしれないですが」

中立的のあ「なるほど。仲良しで遊びに来ているだけの線は強い、と。ただ、何かを忘れているような……」

批判的のあ「で、でも……」

俯瞰的のあ「批判的のあ。貴女の意見を伺いましょう」


批判的のあ「し、正直今回は静観しても問題ないのではないかしら」

批判的のあ「美嘉ちゃんはSランク。私達が思いも及ばない修羅場を潜り抜けているだろうし、処世術も身に付けているハズ」

批判的のあ「それに………そんなドタバタを快刀乱麻と一人で解決できるほど、私の技量は高くないわ……」

楽観的のあ「大丈夫よ! 通信空手と通信ムエタイを修了してるし!」

批判的のあ「そ、それは騒ぎを大きくするだけなんじゃ……」

感情的のあ「多少お酒も入っている輩だしね。手荒に場を収めることになるのも致し方ないのではないのかしら」

俯瞰的のあ「ふむふむ………では、創造的のあ。貴女はどう思いますか?」

創造的のあ「ええ」

創造的のあ「まず楽観的私も感情的私も、落ち着いて」

創造的のあ「俯瞰的私。二人に私から一杯」

俯瞰的のあ「承ります」

創造的のあ「まず、チンピラ相手だからこちらも荒事で収めようとする考えが、頂けないわ」

創造的のあ「相手と同じ土俵に上がるのはスマートじゃない。もっと多角的な視点から考えて」

創造的のあ「そもそも、美嘉ちゃんを助けに行くのは私でなくともいい。周りのバイトの人や、責任者を呼んで一緒に行けば良い」

中立的のあ「なるほど。それなら楽観的・感情的のあが意見した監視員と年上としての面目躍如も果たされるし、批判的のあが懸念したアウトローで分不相応の単独行動を起こさなくても済む」

批判的のあ「そ、それなら……、まあ……」

楽観的のあ「とにかく、美嘉ちゃんが助かるならそれでいいわ」

俯瞰的のあ「よし。では結論は出ましたね」

理想的のあ「……あまいわ」

俯瞰的のあ「……理想的のあ。既にこの議題は終着が見えています」

感情的のあ「早く牛丼も食べたいしね?」

俯瞰的のあ「意見があるのならば、端的に。そしてそれが創造的のあより正解に近い意見でなければ棄却します」

理想的のあ「正解? 正解とは私の意見に他ならない」

理想的のあ「私は高峯のあの理想形。私がなりたい私。つまり───」

理想的のあ「───高峯のあ、そのものよ」

中立的のあ「(まあ最終的にたいていは批判的のあか創造的のあの意見で会議は決着するのだけれどもね?)」

俯瞰的のあ「(あくまで理想は理想)」

批判的のあ「(だ、だけど………たまに理想的のあの意見が通る時もあるから油断はできないわ……)」


理想的のあ「自分を信じるのよ。高峯のあ」

理想的のあ「現状に甘えるのではなく、自分の殻を打ち破るの。城ヶ崎美嘉が助けを求めているのならば、彼女のもとに真っ先に向かう以外選択肢はないわ」

創造的のあ「理想的私? だから、円満に解決する意見を私が述べたわ」

創造的のあ「事を荒立てなくても、スマートなデキる大人の対応をね。第一、彼女のもとに向かったとして何をするの?」

理想的のあ「“デキる大人”……、そう。私は常々、この言葉を口にしていた」

理想的のあ「確かに貴女の意見は正解に近い。けれども、それは本心ではない」

理想的のあ「本心ではなく自分をごまかす……、それは妥協案というのよ」

創造的のあ「くっ!」

理想的のあ「確かに私はアイドル活動の一環として、慣れないスポーツジムに通いつめ体を鍛えていた」

理想的のあ「でも、本当にそれだけが目的だったかしら」

理想的のあ「通信空手と通信ムエタイをマスターしたのも、酔拳をテープが焼切れるまで鑑賞したのも、KOFをやり込んだのも……」

理想的のあ「心のどこかで、こういうシチュエーションを望んでいたのではないかしら」

楽観的のあ「そう、そうだわっ!」

感情的のあ「カッコよく決めてあげましょう! Sランクアイドル城ヶ崎美嘉の目の前で!」

理想的のあ「Gランクアイドル高峯のあ、ここにあり!」

批判的のあ「ひ、ひえぇ……!」

中立的のあ「けれども、そんな騒ぎを起こしたら美嘉ちゃんの顔にも泥を塗ることになるんじゃないかしら。勿論、私も」

中立的のあ「俯瞰的のあ。どう思う?」

俯瞰的のあ「………」

俯瞰的のあ「先ほどのオレンジのドリンクは……」

中立的のあ「……はい?」

俯瞰的のあ「スクリュードライバーというウォッカのカクテルらしいです……」

批判的のあ「よ、よよ、酔ってる………俯瞰的のあがっ……!」

俯瞰的のあ「まあ………ね? 喧嘩とかしなくても、ちょっと腕引き離して啖呵を切るくらい………なら、ね?」

俯瞰的のあ「それほど………オオゴトにはなりませんよね?」

理想的のあ「俯瞰的のあ! さあ、意志決定を!」

俯瞰的のあ「決定!! 理想的のあの意見を採用します!!!」

俯瞰的のあ「ただし、なるべく暴力は控え、城ヶ崎美嘉の救出に務める事!これにて第716回のあ会議を修了します!!」




~~~~~~会議終了~~~~~~
【ここまで0.1秒】


のあ「……っ!」

のあ「(美嘉ちゃん、今助けに行くわっ!)」ドキドキ




ゴッ!!




男H「痛ッ………、ウッ!!」

のあ「ッ!!」


男H「ゴホッ! ゲホッ!!」

のあ「アッ」

男S「だいじょーぶ?」

男T「オイ」

のあ「ヒッ!?」

男T「あんた、ぶつかっておいて謝罪も無しか?」

男H「ぶつかったというか、モロに肘打ちだったけどね」

のあ「ァ………ゴ、ゴメ…」

男S「いやいやー、まあ貸切と言っても、これだけ人がいたらぶつかるのもしょーがないと思うよ?」

男T「甘えって。だってよ、コイツ悪びれても無さそうな無表情だし」

のあ「」

男H「ヴッ゙、げほっ! うぐっ……!!」

男T「お………、おい。ほ、本当に大丈夫か?」

のあ「」






のあ「(…………………………)」

のあ「(……………………エッ)」

のあ「(こ、これ………………)」

のあ「(わ、私………チンピラに絡まれてる………????)」

男T「オイ、無視かよ」

男S「もう! 突っかかりすぎだって!」

のあ「」













美嘉「あれっ?」

美嘉「えっ、高峯さん? なんで?」

のあ「 !? 」

※訂正>>89

●誤
男H「ぶつかったというか、モロに肘打ちだったけどね」

○正
男S「ぶつかったというか、モロに肘打ちだったけどね」


のあ「ァッ、………そ、ソノ……」

男H「ぐっ………」

のあ「ス、すみません……」

男H「い、いいえ、こちらこそ申し訳ない……」

男H「俺も前方不注意でした。むしろ貴女に怪我が無くて良かった」

美嘉「どゆこと? お互い謝って、何かあった?」

男S「美嘉さん聞いてー! 冬馬くんったら、チンピラみたいに絡んじゃってさー?」

男T「だっ! 誰がチンピラだよ!!」

美嘉「あははっ、冬馬くんは眼光鋭いからよく小さい子からも怖がられるしねえ」

のあ「(!? ……!!?)」

男T「だってよ、北斗がすげーリアクションするからヤバイと思ったんだよ」

男S「いーけないんだ冬馬くん、人のせいにしたらー?」

男T「うるせェ翔太! それより、そっちも絡まれてなかったか、美嘉?」

美嘉「え? アー、さっきの?」

美嘉「ぜーんぜん? 酔っ払った芸人さんがフザケてただけだし」

のあ「(ッ!? っ……!???)」

美嘉「相方さんが回収してくれたから、今頃はホテル戻ったんじゃないかなー?」

男H「雰囲気にのまれて女性に茶々を入れるのは感心しないね。慰労会とは言え、羽目を外しすぎるのも如何なものかと……」

男S「あっ、そう言えばさっきお疲れパーティで志希さんとフレデリカさんを見かけたけど?」

男T「出演者じゃねえだろ。なんでいるんだよ」

男H「冬馬、どんなに小さな仕事でも共にした女性を覚えておくのは好かれる男の基本スキルだよ」

美嘉「エキストラでちょい役だったけど、ね? アタシに免じて★」

美嘉「あっ、そうだ!」

美嘉「た、高峯さん? ………ってアレ」

男S「さっきまで後ろにいたのにね? どっかいっちゃった」

男H「いつの間に……」

男T「美嘉、さっきの奴、知り合いか?」

美嘉「え? う、うん………知り合いって言うか、その……」

男H「同じ事務所の『高峯のあ』さん、だよね?」

美嘉「え! し、知ってるの北斗さん?」


男H「美嘉ちゃんの事務所はこの業界でも最大手の規模だからね。身内でも知らないのも無理はないのかな」

男H「Gランクだけど、ごくごく一部では有名だよ。容姿も歌声も、ライブパフォーマンスも」

男S「あっ! あの首吊りの!」

男T「あぁ……。いたな、そんなの」

美嘉「へ、へえー……(知らない)」

男H「近くで見たときは、息をのむほどに綺麗な方だった」

男T「本当に息が止まりそうだったけどな、北斗」

男H「いやぁ、ハハハ。結構いい肘打ちだったよ、みぞおちに深く沈んで」

男S「けど、なんでここに居たのかなぁ?」

男T「察しろよ。Gランクならバイトだろ?」

男H「そこの監視台から降りて来たしね」

美嘉「ううん、多分……」

男S「なに?」

美嘉「コーデのマネといい、あのDMといい、ジムでもこのプールでも先回りして………きっと……」

美嘉「アタシのファン……」

男T「は?」

美嘉「そうだったんだ……」

男H「み、美嘉ちゃん?」

美嘉「あんな綺麗な人が……」

男S「(うわー………ニヤニヤを隠しきれてない)」




















━━━━━━一方その頃━━━━━━


─────はい♪ このお仕事はなかなか人気で、毎年すぐ他の事務所からも定員集まっちゃうんですよー♪ 今回は慰労会でもありますし♪─────


のあ「…」

楓「のあさん………私達には無理だったんですよ、このバイトは」

のあ「…」

フレデリカ「なんだろなんだろ、高峯さんと楓さんは何でうずくまってるんだろ??」

志希「あれだよ、仁奈ちゃんで言うところの『道端の石ころの気持ちになるですよ』ってやつですな」

志希「まあ無機物だけどね」

フレデリカ「有機物に例えますと??」

志希「『狂犬病予防注射に連れていかれる事を悟って絶望するポメラニアン』かな?」

フレデリカ「大丈夫だよ、二人とも! 今年のインフルエンザは対象年齢割引だから!!」


━━━━━━後日━━━━━━
【事務所】


奏「………」プルプル

周子「………?」

奏「こ、これは………一体何事なの………」プルプル

奏「何故………あの二人が……っ」プルプル

周子「どしたん?」

奏「し、周子………これ………」

周子「フレちゃんのインスタ? この前、美嘉ちゃんにおよばれしたナイトプールのやつだね」

奏「ふ、フレちゃんと志希が………何故………」

周子「あたしも行きたかったなー。わあ、二人とも盛れてるねー」

周子「……………お、おっ?」

周子「……………………………」

周子「ふ、二人とも、たのしそーだね?」

奏「違うっ! 何故あの二人が、その………ッ!!」

奏「たっ、高峯さんと!!」

奏「一緒に写真を撮っているのよ!?」

周子「(……アカン、これは良くない)」

周子「落ち着いて奏ちゃん。きっと偶然だよ」

周子「のあさんの隣。楓さんもいるし、きっと───」



───ガチャ


フレデリカ「おっすおっすばっちし☆☆」

志希「おっつにゃーん♪」

美嘉「おっつー★」

奏「」ピキッ

周子「(伊吹ちゃん助けて)」


奏「ふ、二人とも。な………なんなのこの写真」

志希「ウン? 昨日の?」

フレデリカ「んふふ、けっこう盛れてるでしょ~♪」

周子「ねー」

美嘉「(………!!)」

志希「けれどやっぱり大人の色香には敵いませんなぁ」

フレデリカ「ねー? 楓さん? は、本当にキレイで脚まですらーっとしてるし、高峯さん? は本当にお肌白くてスタイル抜群で」

フレデリカ「あのパーカー脱いでもらうのには苦労したよ?」

志希「ま、志希さんのケミカル話術で即効だけどね♪」

奏「グ、グギ……ッ」ギギギ

周子「(奏ちゃんから奇怪な軋む音が)」

フレデリカ「奏ちゃんもシューコちゃんもこれば良かったのに、用事があるなんでバッドタイミング~」

志希「たまたま居合わせたバイト中の高峯さんと楓さん、そしてあたしとフレちゃんのナイトプール無料エンジョイ勢とのフォアショット」

美嘉「へ、へえぇ~。高峯さんと楓さん、来てたんだ?」

志希「わぁお! バズってるバズってる、コメントもスゴイ!」

奏「消して!! 気高い彼女をこんな蠅が群がる衆目に晒さないでっ!!」

志希「にゃ、にゃはは! く、くすぐったいくすぐったい!!」

志希「ひひっ……、いやーでも、その高峯さんって人、なかなか興味深いね♪」

周子「ん? なんかあったの?」

志希「前にあたしの調査に付き合って貰った時、興味本位で抱き着いてハスハスした───」

志希「───んでい痛い痛い!!!! 奏ちゃんそれはダメそこの脇腹は抓ったらちょっと呼吸器官半壊胃袋全摘しちゃうからダメダメ痛痛痛いいだだだだだだっっ!!!!!!!!」

フレデリカ「ブレイク!! ブレイクブレイク!!!」

周子「でも美嘉ちゃんはその時いなかったの?」

美嘉「うん? え、えっと」

美嘉「まあ、アタシは挨拶回りとか忙しかったし?」

周子「もともとはドラマ撮影の打ち上げだしねえ」

美嘉「それに……」

美嘉「前も言ったけど、その高峯さん? って人にあんま興味ないしね」

奏「……」ピクッ

周子「」


美嘉「あの『寡黙の女王』でしょ?」

周子「ま、まあ、ね? き、興味が無いなら仕方ないよね? ね、奏ちゃん?」

奏「……」

美嘉「銀髪で無表情で不思議なオーラがあって……」

美嘉「24歳、独身。住まいは都内のアパート、隣部屋には高垣楓さん、岡崎泰葉さんが偶然にも入居中」

美嘉「入社したのは約9ヶ月前。街中で事務所のプロデューサーにスカウトされ現在に至る。もともと歌唱・運動能力などの基本的な技能はかなり高水準であり上達も早く、あの『マスタートレーナー』青木麗さんも太鼓判を押すほど」

美嘉「最初の仕事は秋コーデの特集誌。そこで初めて寡黙の女王という呼称が使用される。事務所では美波ちゃんや美優さんや真奈美さんが接触し、彼女らも少しずつ親睦を図ろうとするが打ち解けるまでには至らず、孤高の女王は、いつしか事務所で孤独の存在に」

美嘉「しかし、みくちゃんやアーニャちゃんとの共演を皮切りに、少しずつ仕事も増えCDデビューにまで至り、LIVEバトルでもあのロック・ザ・ビートと肉薄する演技を披露する。類は友を呼ぶ如く、『神秘の女神』高垣楓さんと邂逅し昵懇の間柄かの様子が確認される」

美嘉「感情の読み取りにくい美貌と、鮮やかな銀の髪をなびかせる、類まれなる容姿の持ち主。その端麗な容姿を活かして広告媒体・雑誌モデルでの仕事を中心に、いわゆるモデルアイドル方面での活動を行う人物」

美嘉「悠然として、その刺すように冷たい視線はやはり寡黙の女王の通り名に恥じぬ気品と凄味があって、でも時折覗かせる悲しい表情はどこか慈愛を漂わせ私達の心を擽りつつ優しく包むような印象を思わせる」

周子「(───!?)」

美嘉「……そんな寡黙の女王が、ね? まあSランクであるアタシに心惹かれちゃうのも仕方ないよね~★」

美嘉「いやさ、アタシは興味ないよ? けっこういい腹筋してたし脚も締まってたし胸も柔らかかったし、めちゃ美人だけどね?」

美嘉「ホント興味ないんだけど、でも、その、ね? 向こうが友達になりたいって言ってるし? コーデもお弁当もパクってるし、きっとツイッターもインスタもガン見に違いないんだと思うし?」

美嘉「この間、りり、莉嘉も確かサイン欲しいって言ってたっぽい気がしないでもないでもないし、確かに美人で後光も差してるカンジでこりゃ女が惚れても仕方ないなって思けど、まあアタシの方がランク高いし?」

美嘉「カリスマギャルからしたら寡黙の女王なんて吹けば飛ぶようなアレだけど、ね、その………、向こうが友達になりたいっていうんだから仕方ないからなってあげても………てかアタシまだ本人と碌に会話してないケド」

美嘉「いや、それは向こうがSランクのアタシにきっと緊張してるからしょうがないよね。断じてアタシが緊張してるわけじゃなくて、そもそも向こうが友達になりたいってDM送ってきたんだし、『まずは』お友達からって………致し方ないよね?」

美嘉「要するに、アタシは全く興味ないんだけどね!」

美嘉「───って!?」

周子「うわっ! 奏ちゃん!?」

フレデリカ「さあ始まりました! 第一回キャットファイトinプロダクション、解説は志希先生をお呼びしております」

志希「速水選手、猫というよりも野獣のように組みつきましたねー。城ヶ崎選手、早くも防戦一方の様相を呈して来ました」

志希「キレている、キレている速水選手。その怒りの矛先は明らかに城ヶ崎選手に向けられていますが、その原因は全く分かりません」

フレデリカ「きっと女の子の日なのでしょう」


───ガチャ


伊吹「お疲れさまー。奏いるー?」

周子「あっ」

伊吹「………エッ!?」ビクッ!

奏「うわあぁぁぁん!!」

奏「ママ!! ママぁ!!!」ガシッ!

フレデリカ「おおっーと! ここで速水奏、飛び入りの小松選手に十八番ベアハッグーーーー!!」

志希「これは強烈ゥ~!」

伊吹「痛だだだだだッッ!! なにコレ!!?」ギュウウウゥゥ!!

周子「また例の奇病だよ、伊吹ちゃん」

美嘉「ぜぇっ、ぜえっ……!」

奏「いじめたっ、美嘉ねぇが! かなでのこといじめたの……!」

美嘉「み、美嘉ねぇ? ママ?」

伊吹「ごめんね美嘉? 最近の奏、忙しいのか分からないけど、たまにこうやって幼児退行するんだ」

奏「たすけてママぁ……! ひっぐ……!」

美嘉「た、大変だね………伊吹ちゃん」

志希「ちなみに退行とは、精神が危機的状況に陥った際、そのストレスを軽減しようとする防衛機制の一種であるのだ!」

フレデリカ「かなでちゃん、かなでちゃん! 美嘉ちゃんが美嘉ねぇならあたしはあたしは???」

周子「もうみんな、テキトーに好きな事言えばいいと思ってるよね」

奏「うぅっ……、ふ、フレデリカ屋さん……」

フレデリカ「オッケー☆ じゃあ今日はかなでちゃんにフレデリカ屋さんがお菓子をあげよう♪」ナデナデ

周子「フレちゃん適応早いな」

志希「ねーねーかなでちゃん? あたしは何?? 志希先生かな?」

奏「ぐすっ……、わ……」

志希「わ?」

奏「わんわん……」

志希「これは予想外! 人間ですらないっ!!個人的には猫の方が良かったけど、まあいっかー♪」

周子「ちなみに奏………いや、かなでちゃん? シューコちゃんは??」

奏「………」















奏「………………てき」

周子「なんでやねん」


━━━━━━夜━━━━━━
【ファミレス】



のあ「………」モグモグ

泰葉「バイトかぁ……」

泰葉「……へえ」

楓「なっ!?」

楓「なんですかその淡白な反応!! 本当に激動の毎日だったんですよ!?」

楓「吐きそうになるまでラーメン食べ続けさせられたり! 椅子に座って8時間延々とカウンターをカチカチしたり! リア充パリピの巣窟に放り込まれたり!!」

時子「………」モグモグ

泰葉「い、いえ、だって私バイト経験無いですし」

楓「ふーんだ。泰葉ちゃんはまだお子ちゃまですからね、これから私達の苦労が分りますよーだ」

泰葉「まあ………私は、そういう家柄でしたし」

楓「(あっ)」

時子「ねえ。ドリンクバー」

楓「はっ?」

時子「取りに行きたいの。案内しなさい、ホラそこの」スッ

楓「あっ、は、ハイハイ。ドリンクバーですね」ガタッ

のあ「………」モグモグ

泰葉「……相当お疲れだったみたいですね?」

のあ「………」ゴクン

のあ「………貴女もね」

泰葉「いえいえ」

泰葉「撮影地の振興組合の肝いりで、ちょっと高い旅館を用意して貰いまして」

泰葉「景色が最高の部屋でした。あとでライン、送りますね」

泰葉「映画撮影も前乗り含めて10日で終わりましたし。学園ものですけど、こういうのって本当にスケジュールが早くて助かりますよ」

のあ「憧れるわ、泰葉。貴女に」

のあ「色々な経験が出来て……」

泰葉「いえいえ、私なんて子役のネームバリューでやってるものですから」

のあ「旅館……」

泰葉「あ、あぁ。ソッチですか」

泰葉「もう少し頑張ったら、色々な土地に行けますよ。高峯さんも、北海道、前に行ったんですよね?」

のあ「ビジネスホテルだったわ」

泰葉「(高いトコに泊まりたいのかな……」


のあ「ふぅ」

のあ「久々に、人らしい食事をした」

泰葉「本当に大変だったんですね」

泰葉「で」

泰葉「どうなったんですか? アレは」

のあ「アレ?」

泰葉「家賃滞納の件ですよ。資金繰りのバイトだったんでしょう?」

のあ「言うも更なり。この通り、家賃1か月」

のあ「余剰分は荒野行動に課金したわ」

泰葉「も、もっとマトモな使い道しましょうよ。将来に備えたり、美味しい物を食べに行ったり……」

泰葉「あっ、それこそ旅行とか!」

のあ「宵越しの銭は持たないわ」

のあ「渇望する力とは、何かに打ちひしがれ絶望したり、極限の窮地に追いやられた時にひときわ眩く光る物」

のあ「闇が強ければ光もまた。人間の向上力とその衝動は、消える間際に轟々と煌めく炎の如く」

泰葉「……高峯さん、多分、学校の宿題は最終日に慌ててまとめてやるタイプでしょう?」

のあ「チ、違うわ……」

泰葉「(計画的な性格とは思えないなぁ)」

のあ「……さて、私は失礼するわ」

泰葉「あれ? 用事でもあるんですか?」

のあ「家賃の支払い期日、それが今日。会計は私が済ませておくわ、お釣りは取っておきなさい」

泰葉「い、いいですよそういう見栄は。お金の事はキッチリしましょうよ」

のあ「……じゃあ、また」

泰葉「はい。お疲れさまでした」

時子「なに、アレ。食い逃げ?」

泰葉「おかえりなさい。高峯さんは用事があるらしいです」


楓「あ、あの………泰葉ちゃん。さっきはごめんなさい、無神経な発言をしてしまって」

泰葉「や、やめてくださいよ! 謝られると、なんか私が不憫だと思われるじゃないですか!」

泰葉「それより、今度いつか旅行とか行きたくありませんか?」

時子「何よ藪から棒に。海外かしら」

泰葉「い、いえもちろん国内ですけど。なんか、この4人で骨休めに行くのも悪くは無いなってちょっと思っただけです」

時子「まあ、ないでしょうけど。気が向いたら考えてやらなくもないわ」

楓「良いですね♪ 沖縄と、北海道に行ってみたいです!」

泰葉「あぁ、良いですね! 沖縄なら美ら海水族館、北海道なら小樽とか……!」










━━━━━2時間後━━━━━
【岡崎宅】


泰葉「………旅行かぁ」

泰葉「いつも撮影ばかりだったし、ゆっくり観光とか今までしたことなかったかも」

泰葉「でも時子さんはさておき、あの二人は迷子になりそう………いや、絶対なる。それで前みたいに私の事をアナウンスで……」

泰葉「あはは……」


ppppppp……!!

泰葉「!」

泰葉「高峯さんから電話? なんだろ」

泰葉「もしもし?」

 『モ、もしもし………、ヤやや、泰葉ちゃんっ……』

泰葉「(うわっ。すごい狼狽して声震えてる)」

泰葉「ど、どうしました? 支払は終わったんですか?」

 『ソ、その、あの………お、お金が……』

泰葉「えっ?」

 『いい、1か月分じゃ、じゃなくて、その、チ、違ったの……!』

 『ど、どうしよ……、その、た、足りなくて………っ!』

泰葉「………………」

泰葉「(旅行は………無理だなぁ)」




おわり
──────
────
──

これにて第6作・番外編②、終了です。

本当にお待たせしてました。帰ってきました。
近々、某所では既にあげている、この続きの第7作を追記修正込みで投下予定です。

また目にする機会があればどうぞよろしくお願いします

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