【ミリマス】箱入り星梨花 (15)


その非常に奇妙な物体は、突如として劇場の中に出現した。

場所は事務室。

俺専用デスクのすぐ隣、
机と棚の狭間に位置するとっても窮屈な空間にだ。

朝にはまだ無かったと思う。

午前中、そして昼と、外で行う業務を完了させ戻って来たら置いてあった。

初めにソレを見つけた時、俺は青羽の美咲ちゃんが置いたのかな?
なんて無難な予想を立てたものだ。

ただし、動機は一切不明とする。

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さて――結論から先に言ってしまえば、
この予想はすぐにも間違っていたということが分かるのだが。

しかし、依然として疑問は残るのである。
いいや、謎はもっと深く。そして目的もわからぬままだった。

……なので、ここはこちらから尋ねるべきだろう。

誰あらん、何の変哲も無い段ボールの箱を、
とんだ奇天烈に変えてしまっている本人に。


「星梨花はソコで何してるんだ?」

「わたし、箱入り娘になってます!」

返事は俺が思ってたより、随分即答簡潔で。
……そうか、なるほど、箱入りか。

劇場にはつい最近所属したばかり。

世間知らずなお嬢様は、自分の小さな体一つじゃ
持て余す程のスペースがある大きな段ボール箱の中で座っていた。

口元をにんまりさせたまま、体育座りで両膝を揃え、
背筋を伸ばしてこちらをじぃっと見上げている。

「……箱入り娘になってます」

そうして、あまりにも俺が呆気にとられたからだろう。
今度はちょっと自信無さげに、困ったように繰り返した。


「中学生の間じゃ、そういう遊びが流行ってるのかな?」

訊けば、彼女はふるふる首を振った。
その動きに合わせて頭の左右についている大きな髪の房が揺れる。

うーむ、実に可愛らしい……なんて、俺がお気楽に視線を奪われていると。

「あの、えっと、プロデューサーさんは」

「何だい?」

「箱入り娘を知りませんか?」

「心当たりならすぐ目の前にいるな」

答えれば、星梨花は頭上に大きな『?』マークを浮かべて辺りを見回した。
その動きはまるで道に迷った時の紬のようで。


「悪い、ちょっとだけからかった。
……でも俺からも質問させてほしい。星梨花こそ箱入り娘を知ってるのかい?」

すると星梨花は少しだけ怒った顔になって。

「今、アナタの足元にいます」

……だな、確かに箱入りだ。

俺は目線を合わすために膝を折ると改めて彼女に問いかけた。

結局何してるんだってね。

すると彼女はもじもじと、ちょっと照れたように視線を逸らし。

「プロデューサーさん、わたしアイドルになって分かったんです。
わたしは自分で自分が思ってたより、もっとずっと、物を知らない女の子だったんだなって」

「物を知らない?」

「はい。765プロに入所する前は、自動販売機を使ったことも、缶ジュースだって飲んだことがなくて」

はにかむ少女は、ほんの数ヶ月前の初体験を思い返しているようだった。
そんな彼女を見ていると、俺も何となく懐かしい気持ちにさせられる。


「そう言われればそうだったな。随分思いつめた顔で、
相談があるなんて言われた時は何事かと思ったものだけれど」

「覚えてます。プロデューサーさんすっごく困った顔でした。
でもちゃんと、わたしの質問に答えてくれましたよね? それからジュースの買い方だって教えてくれて」

そうして星梨花は、えへへと可愛らしく笑うと。

「あの時にプロデューサーさんと一緒に飲んだジュースの缶、記念にお部屋に飾ってあるんですよ?」

言われ、俺は何ともむず痒い気持ちになった。

まだ彼女と出会って日は浅い。

それでも少女が俺を見つめる目には、確かな信頼の光が見て取れる。
……まぁ、うぬ惚れた考え方をすればだけど。

それから星梨花は、少し考えるように静かになると
「あとは、プロデューサーさんが言ってくれたことです」なんて、真剣な表情で俺を見つめたのだ。


「プロデューサーさんは覚えてますか?」

訊かれた俺は頭を掻いた。……別に忘れていたってワケじゃない。
ただ、我ながら随分とクサイ台詞を言ったものだといまさら恥ずかしく思ったんだ。

「……覚えてる。君からの質問はこうだった」

アイドルのお仕事って何ですか? ――それは星梨花が事務所に入ってすぐの事。
まだ彼女が、新人アイドル候補生だった時に口にした大きすぎる疑問だった。

それまでテレビの中にいる"アイドル"の姿しか知らなかった星梨花にとって、
各種イベントでのトークや司会、ラジオや演劇握手会といった"外"で行われる活動はどれも新鮮なモノに映ったという。

加えて、業界内でも癖の強いウチには妙な仕事もよく舞い込む。
例えば新開発された迷子用ナビのテストだとか、地元B級グルメのメニュー考案だとか。

だからこそ、そんな良く言えばバラエティに富んでいる先輩たちの仕事ぶりに、
他のメンバーより輪をかけて無垢だった星梨花は大いに戸惑ったってワケだ。


で、自動販売機の使い方と一緒にそんな質問をされた俺は、
買ったばかりのジュースを彼女と並んで飲みながら、そのことについて長々と話し込んだことを覚えている。

……そしてその時、俺たちが導き出した一つの答えというモノが。

『つまりさ、アイドルってのは皆を楽しい気持ちにできる人かな』

『みんなを楽しい気持ちにできる人……』

『うん。その子が頑張る姿を見て、自然と笑顔になれるような』

その後に星梨花が言った言葉、彼女の決意表明は俺も覚えている。
今、目の前で箱に入っている彼女も絶対に忘れちゃいないだろう。

その証拠に、俺の答えを聞いた星梨花は小さくこくんと頷くと。


「だからわたし、今日は箱入り娘になってみちゃいました。……プロデューサーさん」

「ん?」

「アイドルって、人を笑顔にできるお仕事なんですよね」

「ああ」

「わたし、家族は笑顔にできますけど、お仕事で会う色んな人を。みんなを笑顔にするのはまだ難しくって」

ぎゅっと唇を強く結ぶ。俺も何度か目にした悔しいという感情の表情。
星梨花曰く、泣きたくなるけどアイドルになるまで知らなかった気持ち。

そんな少女がグイッと顔を上げ、強い意志を感じさせる眼差しで俺と視線を合わす。

「だからわたし、どうしたらいいかを考えて。いつも傍にいてくれるプロデューサーさんを、
まず笑顔にできるアイドルになりたいって思ったんです」

今度こそ、どうして『箱の中にいるか』についての理路整然とした答えだった。
なるほど、それで彼女はこんなことを……。


「つまりその、箱入り娘が箱に入れば、俺を笑顔にできると思ったのか」

「はい! ……そんなに面白くなかったでしょうか?」

でも星梨花、それを世間じゃしょうもないと言うのだ。
「あの」すっかり押し黙ってしまった俺を見つめ、星梨花が不安げに口を開けた。

けれど、俺は彼女がその先を言わなくてもいいようポンと頭を撫でてあげると。

「星梨花」

「はい」

「面白くないな」

「あぅっ!?」

たちまち星梨花の顔色がショックに染まる。
反応の初々しさについ、もっとからかいたくもなってしまうものだけれど。


「おっと待った。勘違いしちゃダメさ、別に笑えなかったって話じゃない」

「……じゃあ、どうして」

「だって星梨花はもう立派に――色んなことを経験して、自分なりに物事を考えてる。
それで失敗することはあったっても、そんな君を箱入りなんて言えないじゃないか」

途端、彼女の顔がぱぁっと明るくなった。
照れ臭そうな笑みにつられ、俺の頬だって思わず緩んでしまう。

それはいまさら言葉にするまでもなく、紛れもない立派なアイドルの"お仕事"だった。

===
以上おしまい。

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