海未「『ひとりぼっち』の、君となら」 (248)

[AD 2013 08/15 09:43]

~音ノ木坂学院:廊下~

海未(今日の練習は十時からですが、早く来過ぎてしまいました…)

海未(今は練習に行くため、部室に向かっています)

海未(夏休み真っ只中ですが、まだ早朝なので涼しいですね)

海未「誰か来てますかね…」

ガチャ


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1534311686

初投稿です。
・あくまで「ことうみ」中心のパロディSS。
・途中より、多少呼び方の改変があります。ミスではございません。

ことり「♪」イヤホン

海未「…おや?ことりではありませんか」

ことり「あ!海未ちゃん!おはよ~」

ことりはこちらに気付き、イヤホンを外した。

海未「おはようございます。ことり、何を聴いているのですか?」

ことり「これだよっ」スマホサッ

海未「カゲロウ…デイズ?曲ですか?」

ことり「まあ聴いてみてよ!多分びっくりすると思うから!」

~~~視聴中~~~

海未「…何と言ったらいいのか…ストーリー性があって凄いですね」

海未「VOCALOIDと言うものは知っていましたが、こんな曲もあるとは」

ことり「同じ投稿者さんの他の曲とも繋がってるの。音楽がストーリー仕立てになってるんだぁ~」ニコッ

海未「そうなんですか。では他の曲も聴いた方がいいですか?」

~~~『コノハの世界事情』視聴中~~~

海未「確かに歌詞も繋がっていて、メロディーもところどころ似通っていますね」

ことり「の曲の参考にもなりそうだね。あと、小説や漫画もあるんだよ」

バタン!!

穂乃果「おっはよー海未ちゃん!ことりちゃん!」

すると、スーパーのレジ袋を持った穂乃果が、乱暴に扉を開けて入ってきた。

海未「おはようございます穂乃果」

ことり「おはよう穂乃果ちゃん!」

穂乃果「今日は暑いから飲み物買って来たよ!」

穂乃果「売り切れちゃっててこれしかなかったんだ。ごめんね~」

穂乃果はレジ袋から『世界一有名な黒色の炭酸飲料』の缶を三つ取り出す。

海未「こっ、これは…!」

海未「炭酸ではありませんか!私は飲みませんよ!」

穂乃果「え~せっかく買ってきてあげたのにぃ~!」プンプン

穂乃果「ぅ絵里ちゃんにあげるからいいもん!もう海未ちゃんって呼ばないからね!」バタン!!

穂乃果はそう言い放つと、炭酸飲料の缶の一つを握り、開けっ放しになっていたドアを乱暴に閉めて廊下に出て行った。

海未「…はぁ…何を言ってるんですか…『海未ちゃんって呼ばない』とは…」

ことり「後で一回話せば多分大丈夫だよ。穂乃果ちゃんはいい子だから」ニコニコ

ことり「…あ、そういえば話が途中だったね」

ことり「練習の休み時間に他の曲も聞かせてあげるから!」

海未「解りました。それでは練習の準備を始めましょう」

ことり「うん!」

第一話「カゲロウデイズ」



[AD 2013 08/15 11:01]

~音ノ木坂学院:屋上~

パンパン!

海未「はい!休憩ですよ!水分補給をしっかりしてくださいね~」

凛「あついにゃ~!」ダッ!

穂乃果「死んじゃうよぉ~!」バッ!

にこ「暑いにこ~!」シュン!

絵里「今日も元気ね~」ニコニコ

三人が猛ダッシュで日陰に向かうのを、絵里は遠くから笑って眺めている。

真姫「…見事に三馬鹿だわ…」ヤレヤレ

にこ「なぁっ!?真姫ちゃ~ん?それは聞き捨てならないわねぇ!」

穂乃果「ちょっと真姫ちゃん!酷いこと言わないでよ~」

凛「そうにゃそうにゃ!」

真姫「事実デッショー!?」

希「合宿の後最初の部活やけど、今日も皆平常運転やね~」

ことり「私も暑いけど頑張るよ!」

海未「ふぅ…」

海未はペットボトルを右手に持ち、もう片方の手のタオルで汗を拭きながら、ことりのことを見つめていた。

海未(全く仲が進展しませんねぇ…私が積極的でないのが原因でしょうか…)

海未(私自身、嫌われたらどうしよう、とか断られたらどうしよう、って思ってるんですけど)

海未(まぁとにかく、今は練習を頑張って、学園祭でのライブを絶対に成功させます!)

「…海未?」

海未「?…あぁ、絵里。どうしたのですか?」

絵里「少し話があるの。来て?」

海未(何でしょうか?緊張しますね)

海未(まぁ、今すぐ異世界に飛ばされたりしても、冷静でいる覚悟は出来ていますからね。何のために武道をやっていると思っているんですか)

~音ノ木坂学院:屋上階段~

海未「…それで、何の用でしょう?」

海未はペットボトルに口を付ける。

絵里「…あなた、ことりのこと好きでしょ?」ニヤリ

海未「ブッ!」

絵里「ちょっと海未!急に吹き出さないでよ!量が少なくて良かったけど!」

海未「…すいません…驚いたもので…」フキフキ

海未「…そして、何でそれを知っているんですか!」

絵里「練習中の態度で解るわよ?ずっとことりを見てるじゃない?」

海未「うぅ…え、絵里だって!」

絵里「何?」ニヤニヤ

絵里も自分の水を飲もうと、口を付ける。

海未「…恋する乙女の顔でにこを見つめてるじゃないですか!」

絵里「ブッ!」

絵里「…はぁ…はぁ…何でそれを…」フキフキ

海未「…誰でも解りますよ、無自覚かもしれませんが!いつでもニヤニヤしながらにこを見ていますからね!」

絵里「フフフ…おあいこってところね…早く練習に戻るわよ」

絵里「あ、そういえば」

海未「…?」

絵里「ことりの一人称に気を付けて話をしてみたらどう?」

海未「…?」

海未「はい?」

[AD 2013 08/15 12:20]

~通学路~

練習終わり。

海未とことりは二人で炎天下の中を歩いていた。

海未「暑いですねぇ~。何処かで休憩したいです」

ことり「もうちょっとで公園だから、一回休憩する?」

海未「そうしましょうか。暑くて倒れてしまいますよ…」

ことり「…ねぇ、海未ちゃん?」

海未「はい?何でしょう?」

ことり「海未ちゃんの一番好きなものって…なに?」

海未「…え?そうですね…」

海未「ことりとこんな風に話す、こんな日常が好きですよ」ニコッ

海未(よし、かっこいいことを言えました!)グッ

ことり「…そ、そう」シュン…

海未(え?何故?)

ことり「…あ!そういえば!」

海未「?」

ことり「今日の六時過ぎくらいに海未ちゃんの家に行くから!」

海未「どうかしたのですか?」

ことり「う、うん」

ことり「…言いたいことがあるの」

[AD 2013 08/15 12:29]

~音ノ木公園~

滑り台の頂上に座る二人。

黒猫「ニャーン」

黒猫がことりの膝の上に乗る。

海未「この辺りに猫とは。珍しいですね」

ことり「凛ちゃんがいるよ?」

海未「そういうことではないですよ…」

黒猫「ニャー」トテトテ

すると、黒猫は急に起き上がって走っていった。

ことり「あ!」

ことり「追いかけてみよっ!」

ことりは無邪気に、大通りの方に向かって走り出す。

海未「待って下さいよ~!ことり~!」

しかし、海未は少し進んだところで見てしまった。





『信号機が赤に変わっているのを』





海未(これじゃあまるであの歌と同じ…)

焦りながら走る速度を上げる。

少し先、黒猫が車道に飛び出していくのが見えた。

それを追ってことりも。

海未「はぁ…はぁっ!」ダッ

海未はやっとの思いでことりに追いつくが、案の定トラックが迫っている。

ことりはまだ気付いていない。

海未「危ない!ことり!」

ことり「え?海未ちゃ…あ」



クラクションの鳴る方を見て、呆然とすることり。



海未は手を強く伸ばした。やっとの思いでことりの手を握ったが、もう遅い。



全身に鈍い痛みが走る。



最期のその時、轟音と共に二人が見たのは、





大きな口のようなものだった。





[AD 2013 08/15 12:32]



第一話「カゲロウデイズ」



END

第二話「アウターサイエンス」

[×× ×××× ××/×× ××:××]

海未「ここは…?」



とにかく暗い場所だ。



右も、左も、上も下もない。



寒くもなければ暑くもない。



そんな場所だ。

『…願うか。愚かな人間よ』

唐突に耳元で、そんな言葉を囁かれたような気がした。

海未「…!」

海未「ここは何処なんですか?そして貴方は…」

海未「…そうだ」

海未「ことりっ!?」

???『…ことりとは、こいつの事か?』

急に闇の中から、蛇のようなものに纏わりつかれ、気を失っていることりが現れた。

少しだけ、涙が溢れる。

海未「どうしたら…どうしたらことりを返してくれるんですか!?」

少なくとも今は、得体の知れないこの声に縋るしか無かった。

すると、少しずつ闇が固まり何かの形を成していく。

気付けば、目の前には巨大な蛇の頭があった。

蛇はシュルシュルと舌なめずりをしている。

???『こいつが愛しいのなら、願え』

『「助けたい」と』

そう言われた途端、夢中になって願った。

海未「助けたい…ことりを助けたいです!」

大好きな人を助けたい、と。

???『そうか』

???『じゃあ「夢」の中のゲームを始めようか』

その瞬間、何故か、つい先程まであった意識が朦朧として来た。

何もかもが闇に溶け込んでいくような感覚。

途切れそうになる意識の中で、最後に聞いたその言葉が、消え入る心に染み付いた。



『ゲームをクリアすれば、お前は夢から目覚め、こいつを助けることが出来る』



『逆に言えば、クリアできるまでお前は夢から覚めることは無い。こいつも助からない』



『日が沈むまでに「終わらないセカイ」を壊せ』



『それが、こいつを助ける方法だ』

[×× ×××× ××/×× ××:××]

第二話「アウターサイエンス」

END

――――――――――
ここから夢の中に突入です。
建物や背景は基本的にシャフトっぽい感じと思っておいてください。
あと、描くタイミングが無かったので夢の中のストーリー開始時の学年を書いておきます。
ただし全員学校に行っているとは限りません。
海未:中三
ことり:中三
絵里:高一
にこ:高一
希:中二
花陽:中二
凛:中二
穂乃果:中一
雪穂:小六
亜里沙:小六
――――――――――

第三話「ことりの幸福理論」

海未「うわああああああああ!!」

勢いよくベッドから起き上がった。全身汗びっしょりだ。何が起きたか分からなくなっている。

海未「はぁ…はぁ…ふぅー…。はぁー…」

一旦落ち着いて深呼吸をし、情報を確認する。

海未(確かに、ことりと私はトラックに…轢かれました)

海未(急に見た『夢』の中で私は、ことりを助けたいと願った)

海未(そして、交差点に居たはずなのにどこか知らない、未来的な場所に寝ています)

海未(轢かれたのに、何処か身体が痛いわけでもないです)

海未(自分でも意味が解りません…とりあえずここが何処なのか知らなければ)

海未(…かなり広い部屋ですね…)キョロキョロ

海未(まず、時間を確認しましょう。今は…)

海未は時計を探し、辺りを見回した。

海未(向こうの机にはパソコンのデスクトップ、ハサミなど文房具の入ったペン立て…)

海未(ベッドの横には小さい机がありますね。…あ、デジタル時計がありました)

海未「え~っと…え!?」

[054170 AD 2198 07/24 06:28]

海未(嘘…2198年…未来ではないですか…)

海未(そういえば、外の景色も未来的ですね…)

ドンドンドン!!!

急にドアが乱暴に叩かれた。

海未「ひッ!」ビクッ

ガチャ

穂乃果「お姉ちゃんうるさいよ!まだ六時半なのに!」プンプン

海未(穂乃果!?お姉ちゃん!?何でですか!?)

海未(どうやら『夢』の中では私の妹が穂乃果になっているようです!)

穂乃果「お姉ちゃん!聞いてるの!?お母さんがご飯作って置いてったから早く食べないと!中学校に遅れちゃうよ!?」

海未「…あ、ぁあそうですね、食べましょうか」

穂乃果「早く来てねっ!冷めちゃうから!」ドタドタ

海未(穂乃果には悪いですが、その前にもう少し情報が欲しいです)

海未(机の上には中三の数学の教科書…今私は中学生ですか…)

海未(部屋のレイアウトは変わっていないようですが、和室ではなくなっていますし、何より独創的でハイテクになっています)

海未(デスクトップに表示されたものが、大きな窓にも映し出される仕組みのようですね…)

海未(とにかく、朝食を食べて中学校に急ぎましょう。何か情報が得られるかもしれません)

海未は辺りを見回しながら階段を下りて行った。

[054170 AD 2198 07/24 07:27]

~通学路~

着替えて朝食を食べ、歯を磨いた海未。

穂乃果はまだ準備中だ。

海未(玄関を開けると、そこには奇抜な街並みが広がっていました)

海未(そして少しの時間通学路を歩いていると、ついに見つけたんです)

ことり「おはよ~海未ちゃん!ちょっと遅れちゃった」

海未(ことりが生きている…)

海未(ここは現実でないとは解っていますが…良かったです)

海未(しかし…なぜ真夏なのに赤いマフラーをしているのでしょう?)

ことり「おーい海未ちゃん?どうしたの?」

海未「…あぁすいません、ちょっと考え事をしていまして」

ことり「早く行かないと遅刻しちゃうよぉ~」

ことり「学校まで競争しよ!しゅっぱ~つ!」ダッ

海未「あっ!待って下さい!」

海未(しかし…『終わらないセカイ』とは何なのでしょうか?)

海未(…後々解ることでしょう)

海未(今はとにかく、ことりを追いかけましょうか!)

海未は朝早い街並みの中を走り出した。

[054170 AD 2198 07/24 11:28]

~音ノ木坂中学校~

サッシ越しに蝉の声が薄く聞こえる、クーラーの効いた教室で、ことりが後ろの自分のロッカーに物を仕舞う。

そして、ローファーが床とぶつかる音を鳴らしながら、自分の席へ戻ってきた。

海未はその姿を目で追っている。

校内での内靴はしっかりと指定されている訳ではないようだ。

ことり「…あの先生、きっとエイリアンだよね。何言ってるか全然分かんないもん」

ことりは座ってから辺りを見回したかと思うと、ヒソヒソとそう言った。

海未(外は快晴。明日から夏休みだからか、他の生徒たちもやる気が無いようですね)

海未たちはそれぞれ、教室の一番後ろの窓際の席とその隣に腰掛けている。

海未「あなたが授業を分かってないだけでしょう?教えてあげましょうか?」ハァ…

海未(この『夢』の中のことりは勉強ができないようですね。穂乃果みたいです)

ことり「別に海未ちゃんに教えてもらわなくてもできるもん!」プンプン

海未「でも、この前のテストも赤点だったらしいじゃないですか。このままだと夏休みは補習だらけになってしまいますよ?」

ことり「…それは嫌だ」

ことり「だってことりにも色々用事あるもん…」

ことり「海未ちゃんとだって遊びに行きたいし」ウワメヅカイ

海未「…!!///」ドキッ

海未「…教えてあげます。ここはこうで…」

夏休み直前の休み時間が進んでいく。

[054170 AD 2198 08/15 00:14]

~海未の部屋~

深夜の大都市には雨が降っている。

海未は部屋の電気を消してベッドに寝転がり、雨の音を聞いていた。

天井の模様はやけに手が込んでいる。

海未(これまでに手に入れた情報を整理しましょう)

海未(まず、この『夢』が『ゲーム』の中であること)

海未(最初のあの蛇の言葉から推測できますね)

海未(地理的には、ほとんど元の世界と一緒ですが、見た目が未来的になっています)

海未(家自体も和風ではなくなっており、道場はどこにもありません)

海未(穂乃果の家があったところは何の関係もない民家になっていました)

海未(次に、現実での記憶を保持しているのは私だけということ)

海未(試しにことりと穂乃果にラブライブのことを聞いてみたら知らない様子でした)

海未(インターネットや本で調べたりしても同様、何の情報もありません)

海未(あと、ことりと穂乃果以外にも出会えていませんね)

海未(あとは…現実より物覚えがいいくらいですかね)

海未(何日か前のことでも鮮明に思い出せます)

海未(…これは関係ないですよね。気のせいでしょう)

海未(やることは一つです)

海未(他のメンバーを見つけて、記憶の有無を確かめ「ヴーッ、ヴーッ」

海未「…?」

海未(…なんでしょうか。LINEが来ました)

ことり:夜遅くにごめん!

ことり:明日…いや今日か

ことり:車で多摩のほうに出掛けてくるよ

ことり:だから明日の勉強会は中止で!

海未:わかりました

海未:楽しんできてくださいね

海未:でも後でもう一回勉強会をしますよ

ことり:いいよ!おやすみ!

ことりは最後に小さい鳥が「OK」と言っている可愛らしいスタンプを送ってきた。

海未(ふふ…ことりらしいですね)ピッ

スマホの電源を切る海未。

海未(しかし、どうして明日多摩の方に…)

海未(…考えても流石に解りませんよねぇ…寝ましょうか)

海未(規則正しい生活はここでもしていますから)

海未(明日も普通に起きるとしましょう)

[054170 AD 2198 08/15 12:45]

~園田家~

雨が降っていて、少し暗い朝。

海未「…はっ!」

海未はベッドから飛び起きた

海未「寝坊してしまいました!」

海未(夏休みですけど、規則正しい生活は崩したくありません!)

急いで気に入っている部屋着に着替えを済ませ、一階に降りる。

リビングでは穂乃果が昼食を取りながら、お昼のニュース番組を見ていた。

穂乃果「あ、おはよう!お姉ちゃん見てよ」

穂乃果はテレビを指差す。

「多摩の方でさっき土砂崩れがあったんだって」

テレビではヘリコプターからの実況映像が放送されている。

そこには、雨によって崩れて山肌が剥き出しになった山と、巻き込まれたらしい数台の車が映っていた。

海未「…え」

『ことり:明日…いや今日か』



『ことり:車で多摩のほうに出掛けてくるよ』



瞬時に駆け巡る絶望。

その瞬間、考えるより先に足が動いた。

海未「ことりッ!」ダッ

穂乃果「あっ!お姉ちゃんどうしたの~!」

玄関扉を乱暴に開けて外に出ると、夢中で走った。

お気に入りの服が濡れるのもお構いなしに。

新しい靴が汚れるのもお構いなしに。

またことりがいなくなってしまったら。

あぁ、でも最悪の事態は想定してはいけない。

本当になってしまうかもしれない。

そんなことを考えながら無我夢中で走って、ことりの家の前に辿り着いた。

海未「ことり!」



…見慣れた後ろ姿が、そこにはあった。

目の前には、傘も差さず、西の方を見て、道のど真ん中に突っ立っていることりがいる。

海未はすぐに駆け寄った。

海未「ことり…。良かった…」ギュッ

ことり「海未ちゃん…」

海未は振り向いたことりを抱きしめた。

ことり「『ことりは』大丈夫だよ、海未ちゃん」

海未「どうしてここにいるのですか?多摩に行ったのでは…」

ことり「今日朝起きたら、急に調子が悪くなっちゃって。『妹たち』に看病してもらってたんだ」

海未「…そういえば、お父様とお母様は?」

ことり「…連絡が取れないの」

ことり「巻き込まれたみたい」

海未「…悲しく…ないんですか?」





「悲しくなんかないよ」





ことり「妹たちに泣いてる姿を見せたらダメだもん」

ことり「だから…」

ことり「全然、悲しくないよ…」ニコッ

言葉に反し、ことりの目から雨に混ざって涙が滴り落ちる。

それを海未は、言葉をかけることもできずに、見ていることしか出来なかった。

[054170 AD 2198 08/15 13:02]
第三話「ことりの幸福理論」
END

第四話「追想フォレスト」
[054170 AD 2198 08/25 12:31]

~デパート:エントランス~

夏休み最後の日。蝉の声はまだ五月蠅い。

海未(今日は、ことりに誘われたので、少し古いデパートの屋上にある遊園地に行きます)

海未(宿題は勉強会をして終わらせましたし、心配ないですね)

海未(あの日…ことりが無理をしていないといいんですけど)

海未(勉強会のときはいつもの元気なことりでしたが)

海未(それより、かれこれ三十分ほど待っていますね。大丈夫でしょうか?)

すると、不意に元気な声が聞こえてきた。

ことり「海未ちゃ~ん!おまたせ~!」

ことり「遅れてごめん!」

ことり「海未ちゃんの為にお洒落してたら電車乗り過ごしちゃったんだぁ~」

いつもの赤いマフラーをしたことりが笑顔で言った。

海未「そうなんですか。とても可愛いですよ、ことり!」ニコッ

ことり「えっ!///」パアッ

ことり「ありがと!嬉しい!」

海未「では、屋上に行きましょうか!」

ことり「うんっ」

~屋上遊園地~

屋上に直接行くエレベーターは無く、二人は階段を使って屋上に来た。

開けっ放しの鉄扉を通り抜けると、昼下がりの街並みが一望出来る。

海未「どうやらこのデパート、明日から改装工事で休業のようですね」

海未「店舗の全システムをコンピュータで制御できるように改装するらしいですよ」

ことり「ことりバカだから、コンピュータとか全然分かんないや…」

ことり「それよりそれより!あれ乗ろう!」ビシッ

ことりが指差した先には、レールの上を高速で走り回る絶叫マシンがあった。

海未「ちょ、ちょっと待って下さい!最初からあれでは…」

海未(この『夢』の中の私は、道場が無いせいか身体が貧弱なんです…!ん?元の世界でも同じだろって?胸の話ではありませんよ!?)

ことり「大丈夫大丈夫!早く行こう!レッツゴー!」グッ

海未「ぇえ…」ズルズル

――――――――――

海未「…はぁ…はぁ…」

息も絶え絶え、日陰のベンチに腰掛ける。

大きく深呼吸をするも、未だに三半規管は機能せず、船に乗ったような感覚が続いていた。

ことり「大丈夫?ごめんね…最初から絶叫マシンなんて流石に無理だよねぇ」

ことり「はい、お水買ってきたよ」スッ

海未「…あぁ、ありがとうございます…」

海未(そう!私は初デートで!ジェットコースターで酔い!)

海未(もどしたのですよ!)

海未(現実でも三半規管は貧弱でしたが、こちらではもっとひどいです!)

ことり「落ち着いたら次のアトラクション行こうね!」ニコッ

海未(もう何処にも行きたくないことは言ってはいけません…)

海未(だってことりは、お父様を失っているんですから)

結局あの後、ことりの父親は懸命な捜索がなされたが見つからず、行方不明扱いになった。

母親は少し怪我を負っていたが、命に別状は無かったそうだ。

海未(あの日、ことりは大丈夫と言いましたが、無理して笑っているはず)

海未(私が笑顔にしてあげなければいけないんです!)グッ

海未「……よし!」

海未「もう大丈夫です!さあ!次のアトラクションに行きましょう!」

ことり「じゃあ次!あそこ!」

指差した先には…。



『おばけやしき』



海未「え、ちょ、待って下さい」ガクガク

ことり「海未ちゃん!お化けからことりを守って?」ウワメヅカイ

海未「はうッ!?/////」ドキッ

海未「…わっ解りました!!行きましょう!!」

海未(私意外とビビりなんですよ?)

海未(しかし、ことりのために行くしかないです!)

海未(この後どうなったか皆さんは分かりますね?)

海未(あの上がったり下がったりするアレに乗せられたり)

海未(VRがなんだかとかいうアトラクションに乗せられたりして)

海未(心も身体もボロボロになりました)

海未(そしてそのまま、重大イベントが来てしまったんですよ…)

ベンチに座る二人。時間も遅くなってきている。もうすぐ閉園時間だ。

海未「…疲れました」

ことり「じゃあ、疲れない観覧車に乗ってから帰ろう?夕方だから多分キレイだよ!」

海未(ことりは何故ピンピンしているのでしょうか…)

海未「…そうですね、行きましょうか。休憩も出来そうですし」

二人はベンチから立ち、人ごみに入る。

海未「少し混んでいますね」ドンッ

観覧車に向かって人ごみの中を歩き始めると、人にぶつかってしまった。

海未「あっ、申し訳ありません」

すると、後ろからこんなことを囁かれた。

「…あまり姉ちゃんに近づくと容赦しないにゃ」ボソッ

海未「!?」ビクッ

海未(…後ろには誰もいない…?)

ことり「どうしたの?海未ちゃん」

海未「…いえ。なんでもありません」

海未(…今のは凛でしょうか。ことりを『姉ちゃん』と呼んでいることから推測すると、凛も記憶が無いようです)

ことり「海未ちゃん、本当に大丈夫?」

海未(今凛?を追いかけてもことりを放っておくことになりますね…)

海未「…」ウーン

海未「…大丈夫ですよ!さて、早く行きましょう!」

観覧車は頂上まで移動した。広大な都会の風景が美しい。

ベストな時間帯でもあり、夕焼けが更に街並みの美しさを高めていた。

海未(私とことりは隣り合って座っています)

ことり「海未ちゃん?」

海未「何でしょうか」

ことり「…ことりたち、いつまで一緒に居られるのかな」

ことりは窓の外を見ているため表情が読めないが、海未は自信たっぷりに言った。

海未「ずっと一緒です」

海未「少なくとも私は、ことりと離れたくありませんよ」ニコッ

ことり「…!」

ことりがこちらを向く。

ことり「海未ちゃん、ありがとう」



「ことりも、海未ちゃんとずっと一緒に居たいな」



ことりは、小さく笑った。

海未(その、夕焼けに照らされた笑顔を見たとき)

海未(あんなに「この子」を取り戻したかったのに)

海未(現実に戻りたかったのに)

海未(ずっと『夢』の中に居てもいいかな、とも思ってしまいました)

[054170 AD 2198 08/25 18:24]
第四話「追想フォレスト」
END

第五話「夕景イエスタデイ」
[054170 AD 2198 09/02 08:54]

~通学路~

朝早い街中を歩く人影が二人。

海未「まだ少し暑いですねぇ…残暑です」

ことり「そうだね~。その暑そうなジャージで言われてもだけど…」アハハ

海未「う…」

ことり「でもとっても似合ってるよ♪」

海未「そうですか!褒めて頂けて嬉しいです」ニコッ

海未(私はタンスに入っていた青いジャージで、ことりはいつものセーラー服とマフラーで歩いています)

海未(今日は音ノ木坂学院高校の学園祭です)

海未(他のµ‘sメンバーにも会えるかもしれませんね)

ことり「あっ!海未ちゃん着いたよ!」

海未「おお、久しぶりに来ました」

目の前には街並みと同様、スタイリッシュに変貌した学校があった。

海未(どうやら基本的な造りは一緒のようですね)

海未「では、いろんな店を回ってみましょうか!」

ことり「うん!」

[054170 AD 2198 09/02 15:27]

~音ノ木坂学院:廊下~

海未「ふぅ~。楽しかったですね。出し物も良かったです」

ことり「そうだねぇ。出店も良かったし!」

海未「…ん?」

海未(アイ研部室があるはずの場所の前に人だかりができていますね)

海未(江戸時代のような恰好の女性でいっぱいです)

海未「見てみましょうか」

ことり「…あっ!」

海未「どうしたんですか?」

ことり「いや、この前家に来てた先輩が居たから」

ことり「ここのクラスの担任、ことりのお母さんなんだよね。だから、ことりの家に作業しに来てたんだ」

そう言うとことりは、入り口の前に立って客の整理をする金髪の女子生徒に近づき、声を掛けた。

海未(あれは…)

海未(絵里…?)

絵里「―――!」アハハ

ことり「(^8^)!」チュンチュン

何を話しているかは遠いため解らないが、見慣れたブロンドの髪と優しい笑顔は、まさしく絵里だ。

海未(とにかく一度並んでみましょうか…)

海未はコスプレの女性たちの間をすり抜け、部室の中を見た。

中は薄暗く、明かりは二台置かれたパソコンのディスプレイと、蛍光塗料のようなものの淡い光でしか照らされていない。

海未(ディスプレイの前には、コスプレの女性と、心なしか疲れているように見えるツインテールの少女がいました)

にこ「はぁあ…」カカカカカッ

海未(にこですか!一気に二人発見しましたね。あのコントローラーの連打…早すぎです)

海未(しかし何故、死んだ目をしてゲームを…)

海未(…どうやらこのゲームは、武器を選んでモンスターと戦う仕組みのようです)

海未(キャラクターは、豪華絢爛な着物や、戦国風の鎧を纏っています)

海未(和風なゲームですね…。集まっている人たちはゲームの中身に合わせて町娘のコスプレをしているのですか)

口元にホクロのある黒髪ロングの少女「流石『Love Arrow Shooter』の全国二位YAZAWA様!おほーっ!痺れますわ~!」

海未(にこは全国二位なのですか!)

海未(武器も日本刀など…。にこは脇差の二刀流使いですかね)

海未(というかなんですかその題名!まんまラブアローシュートじゃありませんか!)

海未(しかし、あの動き…)

海未(言いたいことは山ほどありますね)

考え込んでいるうちに、ことりが絵里と話し終えて戻ってきた。

ことり「海未ちゃん、これ対戦型アクションゲームらしいんだけど、やっていかない?」

海未には、何故か闘志がみなぎっていた。

海未(にこも上手いですが、私と比べれば大したことはないです)

海未(…本物の凄さを見せてあげましょう!)

海未「…勿論参加します。終わり次第帰りましょうか。並ぶ時間も込みだとちょうどいいでしょう」

ことり「うん!応援してるよ!ん~と、ルールは…」

絵里「次のお客さんは入ってくださ~い!どうぞどうぞ!」

海未「失礼します」

にこ「…」ズーン

絵里「―――」ミミウチ

にこ「!」バッ

絵里がにこに耳打ちをすると、にこは急に機嫌を取り戻したようだ。

にこ「あなたが次の挑戦者ですか?よろしくお願いします!ルールの説明、しておこうか?」

にこは先程までとは打って変わって、いつもの笑顔で言う。

しかし。

海未「結構です」

海未「…そしてあなたは武器の良さを活かせていません」

海未「ゲームも現実も一緒です」

海未「本当の使い方を教えてあげますよ!」ビシツ

海未は高らかに宣言し、にこを指差す。

にこ「…ふぅ~ん」

にこ「にこに勝てるっていうのね…」

にこ「大銀河宇宙No.2剣士≪無双の歌姫・YAZAWA≫の名に懸けて、絶対に負けられないわっ!」ドンッ!!

にこ「あんたが勝ったら何でも言うこと聞いてやるわよ!なんならあんたの下僕にでもなって『お嬢様』って呼んであげたっていいからね!!」

少女たち「キャー!!!痺れるぅ~!!!」

海未「そうですか、では私も言うことを聞いてあげましょう。まあ、負けるということはありえませんがね」

プッツン

にこ「あんた…ボッコボコにしてやるわ」キッ

海未「…受けて立ちます」

すると、絵里がにこに再び耳打ちをした。

絵里「―――」コショコショ

にこ「…はぁ!?」

にこ「これは真剣勝負よ真剣勝負!こっちも本気で行かせてもらうわ!ほら!入口に戻ってお客さんの整理しなさい!」

絵里「はぁ…」ヤレヤレ

絵里「あ、え~っと、君?」

海未「…はい?」

絵里「あの子、凄い強いよ?頑張ってね」

そう一言呟き、絵里は客の整理に戻っていった。

にこ「…あんた?」

海未「はい」

にこ「モードは『MASTER』でいいわね?最高難易度よ」

海未「構いません」

にこ「それじゃあ行くわよ…!」ポチッ

にこがコントローラーのボタンを押すと、決戦の火蓋が切って落とされ、画面にモンスターが溢れかえった。

――――――――――

結果、にこはその日の自己最高得点を叩き出したが、敗北。

一方海未のディスプレイには「WIN」の文字に加え、「PERFECT!!」という金色の文字が表示されていた。

絵里も口を開けて結果を眺めている。

にこ「…つ、強い…」

にこは俯いてうわ言を言っている。

海未「約束は無しで大丈夫ですよ」

海未「…煽ってしまってすいませんでした。つい頭に血が上ってしまって」

海未「武士にあるまじき事ですね」

海未「では」

海未は教室を速足で出て行った。

海未(…)スタスタ

海未「…酷いことを言ってしまいましたぁ…」ハァ…

海未「後で謝らなければいけませんね…」

海未「あ、ことりは何処に行ったんでしょうか」

海未「もう帰る予定でしたし、玄関前で待っていれば大丈夫でしょうかね」

海未は無駄に天井が高い廊下を速足で進んで行く。

「ま、まってよぉ~…!」

すると、後ろから息が切れた声が聞こえた。

海未「?」クルッ

海未(え、絵里?)

絵里「はぁ…はぁ…うぅ…」

海未(大きいし、重たそうですね…何かの標本でしょうか…)

海未(それより、絵里は大丈夫なんですか?わざわざここまで持ってきたということですよね?)

絵里「…はぁあ…」

絵里が海未にやっと追いついた。

海未「なんですか、これ?」

絵里「射的の景品なんだけど…。届けに来たの」

海未「え?」

絵里「だから…景品なのよ。えぇっと、あなたのものよ」

海未「…?」

海未「…まぁ景品というなら、一応貰っておきます」

絵里「…ありがとう!お礼に飲み物奢ってあげるわ!」

絵里は人混みの向こうのドリンク売り場のノボリを指差して笑う。

海未(貰ってくれたお礼とは…何か事情があるんでしょうか…)

[054170 AD 2198 09/02 15:56]

~音ノ木坂学院~

校舎各所に設置されたフリースペース。その内、玄関から程遠い簡易ベンチに、海未と絵里は座っている。

絵里「これしか残ってなかったわね」

海未「…」ジイッ

海未は自分と絵里との間に置かれた『世界一有名な黒色の炭酸飲料』の缶をじっと見つめていた。

結露した水滴が、涼しそうに缶の上部からベンチへと垂れていく。

絵里「どうしたの?飲まないの?」

海未「…飲んだことがないんです」

絵里「何でも挑戦してみたらどう?いいことあるかもよ?」

海未「…」

海未「…はぁ」

海未「解りましたよ…」プシュッ

海未「…」ゴクッ

海未「…!」ゴクゴク

海未は一心不乱に缶に口をつけている。

海未「…ぷはぁ…」

海未「…す、凄く美味しいですね、これ…!」パアァ…

絵里「ね?挑戦したらいいことあるって言ったでしょ?」

絵里「でもこれ、そんなに珍しいものじゃないわよ?」

海未「もちろん知っています。でもこんなに美味しいとは思っていませんでしたよ」

絵里「じゃあ、食わず嫌い…いや、飲まず嫌いだったわけね」

海未「…まぁ、そういうことですかね」ニコッ

海未「あ、この標本は妹にあげることにしました」

海未「妹は『変なもの』が好きなようなので」カンッ

海未はベンチ横のごみ箱に空容器を捨てた。

絵里「それにしてもあなた、ゲーム上手いわよね。何かの大会にも出たりしてるの?」

海未「あれは日々の鍛錬の成果です」

海未「ゲームでも現実でも、間合いを計って動きを見切り、精神を統一して行う。そうすれば勝てますよ」

海未「しかし、にことの勝負の時は調子に乗ってしまいました。あとで謝らなければ…」

絵里「そう。すごいわねぇ…。積み重ねが大事ってことかしら…」

絵里は驚いたような、悔しいような顔をしていた。

海未「…?」

海未「挑戦したいのなら、すればいいのではないですか?」キョトン

絵里「…え?」

海未「いや、だから、やりたいのならあのゲームでも何でも、やりたいことをすればいいんですよ。誰かに止められてる訳では無いんですよね?」

海未(絵里は自分のやりたいことをやるべきだと思いますから)

絵里「…と、止められてる訳じゃないけど…」

海未「では何でも挑戦してみたらいいのでは?私も一緒に調べてあげます…よ?」

海未は少し驚いてしまった。

絵里が目を輝かせてこちらを見つめているからだ。

絵里「よ、よろしくお願いします!」バッ

学園祭の終了アナウンスと同時に、絵里は勢いよく頭を下げた。

[054170 AD 2198 09/02 16:00]
第五話「夕景イエスタデイ」
END

第六話「lost days」
[054170 AD 2198 09/08 20:51]

[054170 AD 2198 09/08 20:51]

~海未の部屋~

海未はヘッドフォンをつけてデスクトップに向かっている。

戦闘画面は大きい窓にも映し出され、大迫力だ。

海未(今は絵里とゲーム中です)ズドン!

海未(ハロウィンが題材の、お化けを退治するシューティングゲームをプレイしています)ガガガ!

海未(あのときゲームをやったことで、新たな楽しみができました)ドシュウ!

海未(あっ、『キモかわいい』と評判のゾンビが現れましたね)カチカチ

ドガガガガ!

グオォ!

クリアー!オメデトウ!

海未(よし、撃破です)

海未(…さて、プレイ実況はここまでにしておきましょう)

海未(どうやら絵里はにこに対戦をお願いしたいらしいのですが…)

海未「弱いって思われたらもう対戦してもらえなくなるとか思ってますよね?」

絵里『う…。い、いいのよ!私のタイミングでお願いするから放っといてよ!』

海未「まあ、私の知ったことではありませんがね」フフン

ガチャ

穂乃果「…お姉ちゃん、ちょっといい?」

海未「部屋に入るときはノックしてください!」

穂乃果「あ!あのゾンビのやつやってる!やっぱりゾンビくんはかわいいなぁ~」

海未はヘッドフォンを外す。

海未「今は人とやってるんですよ?あっちに行っててください」

穂乃果「な、なにさ、そうやって他の人とばっかり…。穂乃果とは全然やってくれないくせに…」

海未「だってあなた、負けると泣いたり殴ったりしてくるでしょう」

穂乃果「んんっ…」ウルウル

海未(これはやってしまいましたかね?)

穂乃果「…実はね、今日ゲームセンターに寄ったら、そこの店長さんが『来週末のイベントに出て欲しい。かわいい声だから人気者になれる』って言われて…」

穂乃果「私、一応お姉ちゃんに相談しておこうかなって思って…」

海未「ステージに立つということですか?」

穂乃果「穂乃果、もうそれやることにしたから!お姉ちゃんが何言っても聞かないからね!」バン!

海未(部屋を出てしまいました…)

海未(しかし、穂乃果がアイドルに…。どの世界でも必然なのでしょうか?私の夢だからかもしれませんが…)

海未「あっ」

海未「えっと、すいません、通話を忘れていました」カチッ

絵里『いいわよ、大丈夫。それより、妹さんは…』

絵里『親御さんに相談してみたらどうかしら…?』

海未「いえ、穂乃果がゲームセンターに行ったことを話したら、たぶん外出禁止になってしまいます」

海未(最近、穂乃果が異常に『人の注目を集めてしまう』んです)

海未(街を歩いたらすぐ人だかりができてしまって…)

海未(お母様も心配なのでしょう)

海未(あぁそういえば。私たちのお母様は、こっちの世界では私のお母様になっている様子です)

絵里『そう…。じゃあ私たちでどうにかするしかないわね』カチャカチャ

海未「…え?」

海未(何を調べているのでしょうか…?)

程なくして、絵里の声が聞こえた。

絵里『海未!』

絵里『来週末、ゲームセンターに行くわよ!』

[054170 AD 2198 09/12 13:32]

~ゲームセンター~

海未「絵里ぃ~!」

海未(すごい人だかりです!すぐ絵里を見失いそうになってしまいます!)。

絵里「ここよぉ~!」

海未は人の波を掻き分けて進み、絵里の待っている少し空いたスペースに辿り着いた。

海未「はぁ…はぁ…」

海未「…こんなに人がいるなんて聞いていませんよ!」

海未(穂乃果が出演を依頼されたイベントは、ちょうど私たちがプレイしていたお化けを退治するゲームの大会だったようです)

海未(集まった人たちは皆、思い思いの仮装をしています)

海未(私は吸血鬼、絵里はフランケンシュタインの仮装をして訪れています)

海未「でも、さっき一瞬穂乃果を見かけましたよ」

絵里「すごいわね。この人ごみの中で見つけるなんて」

海未「いや、簡単ですよ。一番変な恰好してるのを探せばいいんです」

絵里「…え?じゃあ、あの人?なによあれ…。頭からアルパカの足が…」

海未「…そ、それです!行ってきます!」

海未は人ごみを掻き分けて進んでいく。

海未「穂乃果!探しましたよ!」

穂乃果「…あ、お姉ちゃん」

穂乃果が冷たい声で言うのが聞こえた。

海未は穂乃果に駆け寄ろうとする。

海未(やっと会えましたぁ…!)

…しかし。

グッ

海未「!?」

海未「痛っ!」ドサッ

バツンッ!

海未(これは…照明のコードですか。周囲が暗くなっています)

周囲がざわざわとし始める。

係の人が駆け付けてきた。

係の人「大丈夫ですか?お怪我は」

海未「すいません、引っかかってしまいまして」

係の人「すぐに直しますので。注意してくださいね」

海未「はい…」

係の人が去ったところで、穂乃果が海未に歩み寄り、話しかける。

穂乃果「…穂乃果はステージに出るわけじゃなくて、『ちょうどいい声の人が見つからなかったから、カボくんの声だけやってくれないか』って言われただけなの!」

穂乃果「なのになんでわざわざ来て余計な事するの!?もうお姉ちゃんって呼ばないからね!」

海未「…え」

穂乃果はまた人ごみの中に紛れてしまった。

酷く哀しそうな顔をした海未を見かねたのか、絵里が人混みを掻き分けて横に駆け寄って来た。

絵里「大丈夫?海未」

海未「あぁ、絵里…。私、やらかしてしまいました…」ズ~ン

絵里「まぁまぁ、それはしょうがないわよ。それで、穂乃果ちゃんはなんて言ってたの?」

海未「『もうお姉ちゃんって呼ばない』って…。はは、笑ってしまいますよね…」

そう言うと、海未は燃え尽きたと言わんばかりに、近くの柱に背中を付けて体育座りをした。

海未「私…もうお姉ちゃんじゃないんですよ。なんだか信じられません。あぁ…絵里。私、今どんな感じに見えてますか?」

海未(よくよく考えると、最初は穂乃果の姉になっていることに驚いたのに、今は妹になった穂乃果に嫌われて悲しんでいる…。随分この世界に馴染んでしまいましたね)

絵里「えぇと…。ちょっと気持ち悪い感じに…」アハハ…

海未「あぁ、そうですか。もうダメです。絵里もどうぞ今後は私のこと『お姉ちゃんじゃなくなった海未』って呼んでやってください。はは…」ドヨ~ン

すると絵里は海未の隣にしゃがみ込み、笑顔を見せる。

絵里「でもほら、こんなところで座り込んでてもしょうがないでしょう?それに、穂乃果ちゃんを何とか説得しないと…」

海未「あぁ、それなんですけど、私たちは勘違いしていたようですね。ほら、あれ…」

海未がそう言いメインステージを指差すと、会場の中心にあるステージ脇からバニーガールの格好のお姉さんとカボくんが登場した。

お姉さんはステージ中央に立つと、軽快な口調でイベント参加の最終呼び込みを始める。

呼び込みが終わった後、カボくんは「パンプキーン!」と言いながらファンシーなポーズを取った。

周囲の観客からは声援が上がる。

すると絵里は、何かに気付いたような顔をした。

海未「気付きましたか?あの『パンプキーン』って声だけ録らされて、穂乃果の役目はおしまいだったらしいです。なんかちょうどいい声の人がいなかったらしくて」

絵里「とにかく、大事にならなくて良かったわ。それで、この後はどうするの?」

海未「あぁ、散々付き合わせてしまったので、もう絵里は自由にしてください」

海未「私はもうお姉ちゃんも辞めたし、柱にでもなってますよ。はは、硬いですね」ゴンゴン

ワアアア

そんなことをしていると、会場から大きな歓声が上がる。

海未(ん…?)クルッ

海未(いつの間にか、カボくんの横には例のキモいゾンビの巨大ぬいぐるみがあります)

海未(ぬいぐるみには、「優勝賞品」と書かれた襷がかけられていますね)

すると絵里が、何かを思いついたような顔をした。

絵里「…ねぇ海未!あれをプレゼントすれば、穂乃果ちゃんも喜ぶんじゃないかしら?」

海未「確かにそうですね…。穂乃果はあのキャラクターが好きですし、それにこのゲームのアーケード版はタッグ制です。二人で出れば優勝できるかもしれません!」

絵里「海未、一緒に出ましょう!このチャンスを逃す手はないわ!」

二人は急いでエントリー受付へと向かう。

途中ですれ違った「二人組の魔女の女の子」には、二人とも気づいていなかった。

[054170 AD 2198 09/12 15:37]

~ゲームセンター~

絵里「…どうしましょうか」

海未「全く不運な一日です…」

海未(先程にこから絵里に電話がかかってきました)

海未(『今日はことりの誕生日だから、海未が何処にいるか教えて欲しい』という内容です)

海未(そりゃ慌てますよ!でも穂乃果も心配です)

海未(電話は上手く誤魔化して、私たちは順調に勝ち進み、遂に決勝に進出しました!)

海未(しかし、もう一回の準決勝を見ていて、一つ大問題が発生します)

海未(ことりとにこも出場していたのです!)

海未(今は幸い貸し出されていた仮面舞踏会のようなマスクで誤魔化せていますが、いつバレるか解りません!)

海未(とにかく、バレる前に勝利して、ゾンビのぬいぐるみを勝ち取ります!)

海未(…さて、ゲーム筐体は対面式なので、私の向こうにことり、絵里の向こうににこという構図です)

絵里「海未…」

海未「なんでしょうか?」

絵里「わ、私、にこと戦うのは初めてだわ…!」

海未「大丈夫ですよ」

海未「いつもの調子でやれば絶対勝てます。頑張りましょう!」

海未「今、発作が起こるわけないですし」フフッ

海未は冗談めかして言う。

海未(私は絵里の身体が生まれつき弱く、発作が起きたりすることをつい何日か前に知りました)

海未(それからは、絵里をもう少しだけ労わって生活することにしたんです)

絵里「ふふっ…そうね」

絵里「ありがとう。頑張るわ!」

海未(少し懐かしい感じがします)

海未(あのオープンキャンパスの時も…)

――――――――――

絵里「…緊張してきたわ…」

海未「絵里先輩、どうしたのですか?」

絵里「…海未ちゃん…でしたっけ?私、μ'sとしては初めての本番だから緊張しちゃって…」

海未「大丈夫ですよ」

海未「いつもの調子でやれば絶対成功します。頑張りましょう!」

絵里「ふふっ…そうね」

絵里「ありがとう。頑張るわ!」

――――――――――

海未(…そうだ)

会場の照明が落とされる。

海未(私は今まで、ことりの事だけ考えていた)

海未(ことりが一番大切な人なのは事実です)

海未(でも、ことりのことだけ考えて、他人を顧みないことを、彼女が望むわけがない!)

海未(他にもたくさん、夢の外に大切な人がいる)

海未(絶対に帰ってみせます)

海未「…絶対にこのゲームをクリアしてみせます」

絵里「うん、そうね。絶対勝ちましょう、海未」

海未「…あっ」

海未「はい」

[054170 AD 2198 09/12 17:24]

~矢澤邸~

海未(私、ことり、絵里、にこ、穂乃果の五人は矢澤邸のにこの部屋にいます)

海未(何故かというと、ことりの誕生日パーティーという事で、にこが沢山ミニケーキを作ってくれたので食べているんです)

海未(ことりは家に帰ってもパーティーがあるので、食べる量を調節できるものにしました)

海未(そして、どうやらにこの弟妹の存在も消えています)

穂乃果は、『満面の笑み』とはこのことを言うのだろうというほど、嬉しそうに笑っている。

穂乃果「ね、ね、お姉ちゃん。これホントのホントに貰ってもいいの?」

海未「何度も言わせないでくださいよ」

穂乃果「本当にありがとうございますっ!絢瀬先輩!」

絵里「そんなに何回もお礼言わなくても大丈夫よ?」ニコッ

にこ「にしても絵里、事情があるんならちゃんと言いなさいよ。今回は穂乃果ちゃんのためだから許すけど」ギロリ

絵里「はい…解りました…」シュン…

ことり「別にいいんじゃない?こうやって穂乃果ちゃんとも仲良くなれたんだし!」

にこ「それはそうだけど…」

海未「それにしても狭いですね…九月なのに暑くなってきましたよ」

にこ「はぁ!?にこの部屋が狭いって言ってんの!?」

海未「…にこ。それより、早く食べないと穂乃果に全部食べられてしまいますよ?」

穂乃果「ホントに美味しいね~このケーキ!矢澤先輩の料理の腕前はすごいです!」モグモグ

にこ「えぇ!?もう五分の一くらいないわよ!?食べるの早っ!」

ことり「私はチーズケーキだけで大丈夫だからね~」

絵里「私も早くチョコケーキ食べないと!」

にこ「ぬわぁんでよ!にこの分も残しなさ~い!」

ワイワイガヤガヤ

海未(さっきは早く帰らなければいけない、と思いましたが、楽しそうな皆を見ていると、そんなことも忘れてしまいますね)

海未(一刻も早く帰りたいのは事実です。しかし『終わらないセカイ』の手掛かりが見つからない以上、今は楽しんでおくべきですね!)

海未(よし!)

海未「私にも分けてくださいよ!」

にこ「んん?じゃあ勝負で決めましょう!ジャンケンするわよ皆!」

エーハヤイモノガチデモイイジャナイ

ヌワァンデヨ!

アハハハハハ!

音ノ木の夜は更けていく…。

[054170 AD 2198 09/12 17:49]
第六話「lost days」
END

第七話「透明アンサー」

それからは、ただ楽しかった。

――――――――――

[054170 AD 2198 12/21 12:23]

~雪合戦~

海未「それっ!」

バッ

にこ「きゃっ!冷たっ!…やったわねぇ~!」

絵里「いくわよぉ~!」

ことり「えいっ!」

――――――――――

――――――――――

[054170 AD 2199 02/13 14:34]

~バレンタイン~

海未「大丈夫なのでしょうか…?」

絵里「早く食べたいわね~」

にこ「もうちょっとでできるからあっち行ってなさい!」シッシッ

ことり「よ~し!もう少しだよ!」

――――――――――

――――――――――

[054170 AD 2199 04/06 15:43]

~入学式~

絵里「海未、ことり、入学おめでとう!」

ことり「はぁ~良かった!ギリギリでしたから!」

海未「私が勉強を教えましたからね!」

絵里「にこもギリギリ合格じゃなかったかしら?」

にこ「にこはぶっちぎりで合格よ?」フフン

絵里「え~?嘘よね~?」ニヤニヤ

にこ「ぬわぁんでよ!」

――――――――――

――――――――――

[054170 AD 2199 06/14 14:56]

~音ノ木坂学院~

海未「また100点ですか…」

海未「この答案はあげますよ」

ことり「うん。じゃあ、こうしてこうして…」

ことり「…はい完成!折り鶴!」

ことり「海未ちゃんにあげる!」

海未「…ありがとうございます」ニコッ

――――――――――

――――――――――

海未(でも、その日は突然訪れた)

――――――――――

[054170 AD 2199 08/15 17:27]

~音ノ木坂学院:廊下~

夕方前の長い廊下。

海未「いや~今日の補修も疲れましたね。難しくはなかったですが」

ことり「…ことり、全然分かんなかったよ…。海未ちゃん、後で教えて?」

海未「いいですよ!あなたの成績が下がったら、私も困ります」

ことり「ありがと、海未ちゃん!」

海未「…さて、今は何時でしたっけ…」ガサゴソ

海未「…あれ?」

ことり「どうしたの?今は五時過ぎだけど…」

海未「スマホを教室に忘れました!」

海未「取りに行ってきます!玄関で待っててください!」

ことり「分かった!行ってるからね~」

~海未の教室~

海未「…ん~っと…。…ありました!」

海未「早く戻らないと。ことりが待っています!」

海未は廊下を走る速度を上げる。曲がり角に差しかかる。

すると。

ドンッ!

海未「うわっ!?」

「痛った!」

にこ「ちょっと!どこ見て走ってんのよ!」プンプン

海未「申し訳ありません。にこでしたか」

にこ「あぁ、海未じゃない。どうしたの?ことりちゃんと帰るんじゃないの?」

海未「教室にスマホを置き忘れまして。ことりは玄関で待たせてしまっています」

にこ「あぁ、そうなの。…そういえば」

海未「?」

にこ「絵里は大丈夫?補修にも来てないじゃない」

海未「昨日行ったときは元気でしたよ?何か伝えておきましょうか?」

にこ「あぁ、そうね。これ、渡しといてくれる?」バッ

にこは保冷バッグを取り出した。

海未「これは…?」

にこ「絵里の大好物だから」

にこ「あとで行く、って言っておいて」

海未「はい。解りました」

にこ「あとさ、」

海未「…?」

にこ「…もうちょっとことりちゃんのこと気にかけてあげて」

にこ「多分喜ぶから」

にこ「…聞いたなら早く行きなさい?待たせてるんでしょ?」

海未「…」

海未「…ありがとうございます」

ダッ

海未(あのとき、声をかけておけばよかったみたいですね…)

――――――――――

少し前の夕方。綺麗なマジックアワー。

海未(私は用事があり、帰りに教室前の廊下を通りかかりました)

海未『…さて、帰りましょうか。…ん?』

海未(ことりが窓際の自分の席で、外を眺めながら涙を流しているのが見えました)

海未『どうしたんでしょうか…?』

海未(でも、話しかけたくても、声が出なかった)

海未(どう話を切り出せばいいか、解らなかった)

海未(私はその場を立ち去るしかありませんでした)

――――――――――

海未(あの時の事を聞かなくては)

海未「ことり~!」

ことり「あっ!来た!」

ことりは、優しい笑顔でこちらに手を振っている。

海未「すいません、遅くなりました」

ことり「大丈夫大丈夫!急いで来て海未ちゃんが怪我とかしたら大変だもん」

ことりが笑う。

海未「…ことり」

ことり「?」

海未「…ッ!」

海未(あのことを聞いたら、ことりの何かが壊れてしまうかもしれない…!)

海未「…やっぱりいいです」

ことり「…?」

ことり「…じゃあ、気を付けて帰ってね」

海未「ん?ことりは帰らないのですか?」

ことり「さっきお母さんに用事があるの思い出して」

ことり「だから先に帰ってていいよ♪」

海未「わかりました。今日は絵里の家に寄ってから帰りますね」

靴を履き替え始める海未。

その時。

ことり「…あの、」

海未「…?」

ことり「いつもありがとう」

ことり「ずっと、一緒だよ」

海未「…?どうしたのですか急に…。私はことりと一緒に居たいですよ?」

ことり「そうだよね…安心した」

海未「…ではまた明日、補修で会いましょうね!さようなら」

ことり「うん、分かった!じゃあね、海未ちゃん!…」

帰り際に一瞬だけ見せた、ことりの寂しそうに見える笑顔が、何故か海未の目に『焼き付いて』いた。

[054170 AD 2199 08/15 17:56]

~絢瀬家~

夕方近くなっても、蝉の声が五月蝿い。

海未はクーラーの効いた洋室のドアを開けた。

海未「お邪魔します。…こんな時間になってしまってすいません」

海未(絵里は最近、ずっとベッドの上にいます)

絵里「あぁ、海未。今日もありがとう。今日は暑かったでしょ?」

海未「いや、暑いなんてものではありませんでしたよ。今年の最高気温なのではないですか?」

海未はベッドの横の椅子に腰を落とし、顔を手で扇いだ。

絵里「身体壊したらダメよ?」

海未「はは。大丈夫ですよ。あ、そうだ。これ、渡してほしいと頼まれて」スッ

海未「チョコレートです。にこの手作りですから、どうぞ」

絵里「そうなの!ありがとう!早速頂くわ…」モグモグ

絵里「…『美味しいわね』!後でにこにお礼を言わなくちゃ!」

海未「…にこがここに来たことはあるんですか?」

絵里「…それが、無いのよねぇ」

絵里「にこ、元気そうだった?」

海未「はい、心配していましたよ。あとで行く、とも」

絵里「…そう」

絵里は窓の外を見つめている。

しかし暫くすると、目線を下に落とした。

絵里の顔が、みるみるうちに青ざめて、深刻になっていくのが解った。

海未「…え、絵里?」

絵里「…はっ」

絵里は我に返ったようだ。

海未「誰か呼んできます!」

部屋の外に出ようとする海未の腕を、絵里が掴んで引き留めた。

絵里「大丈夫…わ、解るの。これは大丈夫だから」

そう深刻な顔をして言う絵里に、海未は思ったことをそのまま言った。

海未「だ、だって絵里…」

海未「辛そうではないですか…」

そう言って、海未は絵里の背中をさする。

絵里「はぁ…はぁ…」

海未(絵里は何度か深呼吸をすると、徐々に調子が戻ってきたようでした)

海未「…早く、よくなるといいですね」

海未がそう呟くと、絵里は少し迷ってから、こう言った。





「よくなんて、ならないわよ」





海未「…え?」

絵里は海未の方を絶対に見ず、窓の外を見ていた。

海未は絵里を心配そうに見つめて言う。

海未「…な、何言ってるんですか絵里。ほら、最近暑いから、きっとそのせいで…」

絵里「違う。…違うのよ、海未」

絵里「私、死ぬの。もう何日も生きられないと思う。海未と仲良くなる、ずっと前から解ってたの」

絵里「海未、私ね、こんなに仲のいい『友達』ができたの、生まれて初めてだった」

絵里「だから、海未には本当に幸せになって欲しい。この先どんな辛いことがあっても、私の分まで長生きして欲しいの」

海未「…!」

夕暮れの色が濃くなり、部屋中が橙色に染め抜かれていく。

絵里は、傍らの時計を一瞥してから海未に声をかけた。」

絵里「ごめんね、海未。今日はもう帰ってもらってもいい?時間もあれだし…」

海未「私…」

つい、口が動いてしまった。

海未「私…え、絵里が居なくなるのは…い、嫌です…ッ!」

海未は涙を零しながら叫んだ。

絵里「私だって…」

絵里は出てくる言葉を抑えきれなくなったようだった。

絵里「わ、私だって死にたくないわよ…ッ!なんで…なんで私なの!?おかしいわよこんな…!」

絵里の涙が、布団に染みを作る。

絵里「どんどん身体もおかしくなって…ご、ご飯の味も、もう解らないの!」

絵里「さっき言った…チョコレートが美味しいって…それも嘘よ…ッ!」

絵里「こ…怖いわ…誰か!誰か助けてよ…!」





ピンポーン





一瞬の静寂。





絵里「!?」ビクッ

海未「…にこですかね」

絵里「…え?」

海未「邪魔してはいけないので、私はもう帰ります」

海未「にこにお礼を言ってくださいね」

絵里「…ありがとう、海未」

絵里は先程とは一転、満足げな表情を浮かべ、こう言った。

絵里「…さよなら」

海未「さよなら」ガチャ…バタン

海未はドアを開け、廊下に出た。

後ろは絶対に振り向かなかった。もっと涙が零れてきそうだったから。

海未は玄関の扉を開ける。

扉の前には、案の定にこがいた。

海未「…にこ」

にこ「…何よ」

海未「私に向けて」

海未「『こんなに仲のいい「友達」ができたのは、生まれて初めてだった』と、言っていましたよ」

にこ「…!」

にこ「分かった」キッ

海未「…頑張ってください」

海未は玄関を開けたまま、すぐに立ち去った。

(その後は、何も考えず着の身着のままベッドに寝転がり、目を瞑った)

(誰かがもうすぐいなくなってしまうと思うと、なんのやる気も起きなかった)

(聞こえてきた救急車の音は気にも留めなかった)

(そして次の日解った)

(ことりは自殺、絵里とにこは失踪)

(それを知った時は、叫ぶことさえ出来なかった)

(さらにお母様も病気で倒れた)

(唯一近くにいた穂乃果も家計を助けるために、スカウトされたアイドルになり、家に毎日は帰って来れなくなった)

(私はたった数日で、一人になった)

(学校でも、一人だった)

(毎日同じ時間に家を出て、誰とも話さず漂うように授業を受けて、家に帰って寝るだけ。その繰り返し)

(でも勉強はできた。持ち前の記憶力で)

(代わりに、最期に見た、ことりの寂しそうな笑顔と、絵里の満足そうな顔、そしてにこの真剣な表情が目に焼き付いて離れない)

(いつでも昨日のことのように思い出せて死にたくなる)

(反面、『夢』の外のことは忘れそうだった)

(今いる世界の人が死んだら元も子もないと思った)

(そんなことをしているうちに、月日が流れた)

[054170 AD 2200 07/25 06:29]

~海未の部屋~

海未(『夢』の中に来てからちょうど二年と一日経った)

海未はベッドから身体を起こし、机の前に座る。

海未(今日から夏休みだ)

海未(時間は過ぎるのが速い)

机には埃を被ったデスクトップと、ハサミなど文房具の入ったペン立て。

そして、去年貰った、『答案で作られた折り鶴』が見える。

海未(絵里とゲームをしたのが懐かしい)

海未(ことりに折り鶴を貰ったのが懐かしい)

海未(というか、久しぶりに自分の顔を見る)

デスクトップには、驚くほど変わっていない自分の顔が映っている。

海未(大事な人が死んでも、何も思わない)

こんなことを思うと、前までは泣いていたのに、既に涙腺は機能しなくなっていた。

海未「こんな馬鹿な人間…」

海未はペン立てからハサミを抜く。

そして両手で握り、切っ先を自分に向けた。

海未「必要ありません…!」グッ





海未は自分の喉元に、ハサミを突き立て









…ようとした。

正確には、『突き立てることが出来なかった』。

突然、電源が切れていたはずのデスクトップが、光り始めたのだ。

デスクトップには、『見慣れているが、何故か見慣れない』黒いツインテールが表示され、揺れている。

海未「…え?」



『死んだら二人とも悲しむわよ、「お嬢様」』



懐かしい声に、強く握っていたハサミを取り落とす海未。

デスクトップの中には、頼もしい友人の姿があった。

にこ?『「一緒に」助けるわよ。二人を』

[054170 AD 2200 07/25 06:45]
第七話「透明アンサー」
END

第八話「ニコの電脳紀行」
[054170 AD 2200 07/25 07:13]

海未「…つまり、にこの発言をまとめると…」

海未「にこの担任の南先生によって何らかの方法で身体と精神が分離させられて、精神がインターネット空間に放り込まれてしまったわけですね」

にこ?『そうよ。でもあの南先生は先生であって先生じゃなかった。南先生はもっと優しそうで、あんなに「冴えて」ない』

にこ?『あと、『覚める』だか『醒める』だか言ってたわね。よく分からないけど』

海未「それは調べる必要がありますね」

にこ?『…あぁ、それと、この状態のときの表記は「ニコ」にしといてね』

海未(…何の話でしょうか?)

海未「…まぁいいです。本題に入りましょうか」

ニコ『「なんでことりちゃんが自殺したのか」についてね』

ニコ『その為には、まず「能力」の話をしなきゃいけないわ』

ニコ『これを見て。ことりちゃんから』スッ

ニコは懐から便箋を取り出し、封を開ける。

すると、メールが画面に表示された。

海未「…こういうこともできるんですね」

ニコ『元大銀河宇宙No.2剣士≪無双の歌姫・YAZAWA≫を舐めるんじゃないわよ』フフン

海未「…そうですね。この状況には頼もしい限りです」

ニコ『そうでしょ?感謝しなさいよね』

From:south-chun-lo8ol

To:bguno2-yazawa-252521

件名:伝えておきたいこと

2199年8月14日 18:44

本文:急にごめんね。

そろそろ言っておこうと思って。

信じられないかもしれないし、ちょっと長くなるかもしれない。あと、しっかりまとまってないかもしれないけど、真面目に聴いて欲しい。

まず、『目の力』について。

私の三人の義妹…東條希・小泉花陽・星空凛は、8月15日にそれぞれ姉、兄、母と一緒に死亡し、得体の知れない世界に飲み込まれ、その後生き返って帰ってきた。

そして三人は、ひとりぼっちになってしまった。

飲み込まれた片方の人は、未だ見つかっていないの。

希は『自他の視覚情報を操る』、花陽は『他者の思考を読み取る』、凛は『強く思い浮かべた生物に見た目を変化させる』能力を持ってる。

聞いた限りだと、多分穂乃果ちゃんも、『他者の感覚を強制的に自分に惹きつける』能力がある。

お父さんとお母さんは、能力に関係があると思われる、多摩地域の伝承について調べてた。

だから、能力から三人を助けようとして、入っていた孤児院から引き取った。

そして、皆で暮らしてたんだけど、ある日迷子になった後帰ってきた花陽が『森の中で赤くて長い髪の女の子と会った』って言ってきたんだ。

会った場所は、その伝承が伝えられる地域と一致していた。

そして、出掛けるという名目で三人と一緒に森に行こうとしたのだけれども、私が熱を上げちゃって、妹たちは看病の為に留守番になった。それが去年の8月15日。

ここまでが、お父さんのレポートに書いてあった内容。



そしてここからが、私と凛で調べた内容。

お父さんとお母さんは、土砂崩れに巻き込まれて死んだ。

そして、8月15日に死ぬと飲み込まれる世界に入り、お母さんは能力を得た。

そいつは他の能力と違って、明確に人格を持ってる。しかもとんでもなく頭のいい。

だから、数か月間で東京のほとんど全体を掌握した。

その能力は、伝承の内容から予測すると「宿った人の願いを叶える」能力。

多分お母さんの願いは「もう一度お父さんに会うこと」だから、能力はどんな手を尽くしてでも願いを叶えようとするはず。

だから、明日そいつと話してみる。

もしダメだったら、海未ちゃんのこと、お願い。

絶対成功させるから。待っててね。

南 ことり

――――――――――

ドンッ!

海未は悔しそうに、泣きながら強く机を叩いた。

海未「…私と笑っている裏でこんなことが起こっていたなんて…」

海未「私は何も気づけなかった…!」

海未「私なんかに…ことりを好きでいる資格なんてありません!」

ニコ『…』





ニコ『後悔しても意味はないわよ?』





海未「…!」

ニコ『今は、どうやってことりちゃんを助けるのか考えないと』

海未「…そうですね…」

海未(ことりはまだ、『8月15日に死ぬと飲み込まれる世界』の中にいるはず)

海未(私が…『夢』の中のあなたを絶対助けます!)

海未「まず、去年の8月15日に何が起きたか調べましょう!手伝ってください!」

ニコ『ふふっ…ばっちりやる気になったわね!やるわよ!』





もう一度、園田海未の戦いが、始まる。

[054170 AD 2200 07/25 08:00]
第八話「ニコの電脳紀行」
END

第九話「人造エネミー」
[054170 AD 2200 08/14 16:00]

けたたましいアラームの音で目を覚ました。

心臓が一気に高鳴り、白い天井が目に映る。

状況を全く理解できぬまま、脇にある小さい机をなぎ倒しベッドから転げ落ちた。

小さい机の上の目覚まし時計も同時に床へと落下する。

海未「…ッ!」

右のすねを大きく打った。

焼けるような痛みが一瞬遅れて脳に伝達される。

痛みと爆音への恐怖で涙目になりながら、雪崩落ちた布団を手繰り寄せ身体に巻き付けると、アラームの音が止んだ。

ニコ『おはようゴザイマス!お嬢様』ニコッ!

海未「…あなたねぇ…」イラッ

ニコ『…まぁまぁ、昨日も徹夜だったし、いつもよりかーなーりー遅く起こしてあげたのよ?』

海未「…そこにはお礼を言いますけど、明日はもう8月15日。早く手掛かりを見つけないと、新しい犠牲者が出てしまうかもしれません…」

海未(私たちは七月下旬からインターネット等を使って情報を集めましたが、ことりの自殺や絵里の失踪についての情報は全くありませんでした)

海未(ニコも、身体の在処の心当たりが無い)

海未(次の方法として、ことりの妹たちと接触するため、ことりの家を調べましたが、ことりお母様以外が出入りしている様子は無かったです)

海未(そして、何の進展もないまま、8月15日は目前という状態になってしまったんです)

海未はキッチンから炭酸飲料とあんこパンを持ってきた。炭酸飲料を一口飲んでから、ニコと意見を交わす。

ニコ『やっぱりそれ食べるのね。てか合うの?それ』

海未「意外といけますよ?私が好きなだけかもしれませんけどね」

ニコ「は、はぁ…」

海未「…さて、今日はどうするんですか?」

ニコ『とりあえずまた外に出るしかないんじゃないの?』

海未はキャップを開けたままの炭酸飲料をキーボードの左に置いた。

海未「まぁそうでしょうねぇ…。インターネットに何の情報も無い以上、外出は不可欠です」

ニコ『でも今日は真夏日…昼は最高35℃だったってさ。もう夕方だけど、最近はあんたも疲れてる。ぶっ倒れちゃうかもしれないわよ?』

海未「そうですね…。流石に…」スッ

そう言いながら炭酸飲料の左にあるパンに、ノールックで手を伸ばす海未。

海未「倒れてしまうかもしれませんね…」コツン

すると、左手に嫌な感触がした。

ニコ『あぁ!海未!飲み物飲み物!』

海未「え?」

―――キーボードとマウスに飲みかけの炭酸飲料が注がれていた。

海未「あああああああああああ!」

海未は傍らにあったティッシュを慌ててキーボードに叩きつけた。

拭き取りを終え、各キーを入力するも、反映されるのは「i,m,u,n」のキーのみ。

海未「…うう…。結構長持ちしていたのに…これでは自分の名前しか打てません…」

ニコ『ちょうどいいんじゃない?』

海未「え?」

ニコ『ちょうど行くところもなかったし、デパートに行ってみたら何か変わるかもしれないわよ?』

海未「…まぁ、その可能性は限りなく低いですが…」

海未「行く価値はありますね」

海未はクローゼットを開け、青いジャージとカーゴパンツを取り出す。

着替え終わると、机に置かれていたスマホのコードをパソコンに繋いだ。

スマホにロード画面が表示され、「100%」になると、ニコが画面内に現れる。

海未「いつもみたいに、行きましょうか」ニッ

ニコ『そうね』ニッ

海未はスマホにイヤホンを挿してトランシーバーのように構え、部屋のドアを開けた。

[054170 AD 2200 08/14 16:59]

[054170 AD 2200 08/14 17:23]

海未たちは外に出て、一路デパートを目指している。

ニコ『あんた歩くのおっそいわね…』

海未「…つ、疲れました…あなたはスマホの中に入ってるだけですからいいでしょうけど…」

海未(元の世界とは身体の使い勝手が違いますからねぇ…)

ニコ『あ、もうちょっとでデパートの前に出るわ』

すると、交差点の向こうに巨大なデパートが現れた。

ニコ『あれみたいね。ちょっと前に内装工事が終わって新装開店したらしいわよ?』

屋上の少し古びたジェットコースターを見て、海未は思い出した。

海未「…あぁ」

海未(…そうだ…ここは…)

――――――――――

『どうやらこのデパート、明日から改装工事で休業のようです』

『店舗の全システムをコンピュータで制御できるように改装するらしいですよ』

『ことりバカだから、コンピュータとか全然分かんないや…』

『それよりそれより!あれ乗ろう!』

――――――――――

ニコ『…海未?どうしたの?』

海未「…はっ」

海未「…キーボードとマウスを買う前に屋上の遊園地に行きましょう」

ニコ『…?何で?』

海未「『もう一度』、行ってみたくなっただけです」

ニコ『…?…まぁいいわ。信号が変わったわよ』

海未たちは大きな交差点を渡り始めた。

ニコ『うわぁ…。凄いわね…。ここまで来るとデパートより城って感じね』

海未「そうですね。遊園地もありますし」

ニコ『まあにこはこんな状態だから、今行っても多分楽しくないけどねぇ~』

海未(そうです…!ニコの身体も…。遊園地もありますが、手掛かりも探さないと…)

ちょうど横断歩道を渡り終えた海未は、考え事をしていたせいか人にぶつかってしまった。

海未「あ、わ、すいませ――」



顔を上げ、不意に会ったその『目』を見て…一瞬時間が凍り付いた。



海未「!」

真夏だというのに薄紫の長袖のパーカーを着込んでおり、深く被ったフードの下からようやく目線が覗けるという程度ではあったが、海未はすぐに誰なのか解った。

海未(の、希…!)

海未(そして何より赤い『目』…。能力者の存在は本当でしたか)

海未(下手に出るよりは謝ったようが良さそうですね)

海未は頭を下げて言う。

海未「すいませんでした。考え事をしていまして」

希「別にええよ。ほな」

海未「…!」

頭を上げた時には、もう既に希の影も形もそこには無かった。

海未(…周りには人が多いといっても一瞬で人が消えるような密度はない…。隠れ蓑になるようなものも存在しません)

海未「…『自他の視覚情報を操る』能力ですか…」

ニコ『「東條希」って子?』

海未「そうです。ここに居たという事はこの建物に用事があるという事です」

海未「ここに来て正解でしたね」ニッ

海未「おおお…。自販機です…!」

何故か、「ここに着くまでは…」と我慢していた飲み物を手に入れる時が来た。

財布から160円ちょうどを取り出し、自販機に吸い込ませていく。

狙うは、世界一有名な黒色の炭酸飲料。

ボタンが点灯すると同時に速攻で押す。その時間わずか0.3秒。神がかり的な速度だ。

ゴトン

取り出し口に落ちてきたボトルの音が耳を潤す。

おもむろに手を入れ掴み取ったボトルは、この世のものとは思えない程に冷え切っていた。

できるだけ中の温度が上がらないよう、ボトルの液体の入っていない部分を持ち、素早くベンチに座る。

いよいよキャップを掴み開ける。「プシュッ!」という音が再び耳を刺激し、弾ける炭酸の香りが鼻腔を撫で回す。そして、口を付け喉に流し込む…。

海未「ぷはぁ…ああぁ…」

ニコ『海未…』ヒキッ

海未「あなたも飲んだらこうなりますよ絶対!」

チーン

ぞろぞろとエレベーターから出てくる人を横目に、海未は炭酸飲料のペットボトルを飲み干し、ベンチ横のゴミ箱に空容器を捨てた。

ニコ『階段でしか行けないみたいよ?遊園地』

海未「それは知っていますよ。大丈夫です」

[054170 AD 2200 08/14 18:16]

海未「…!」

海未の前には、「工事中:着工08/16より:立入禁止」と書かれた看板が立っている。

ニコ『立入禁止みたいねぇ…』

海未「行きます」

ニコ『えぇ?いいの?』

海未「いいんですよ」

海未(こうでもしないと、『あの子』の事を忘れてしまうから)

看板の横をすり抜け、前は開けっ放しになっていた重たい鉄扉を開けると、懐かしい風景が広がっていた。

お化け屋敷や上がったり下がったりするアレなどが、所々錆びた状態で放置されている。

観覧車は流石に動いていなかった。

前も座ったことがある気がする日陰のベンチに腰を下ろし、空を見上げる。

綺麗なマジックアワーだった。

そのままそっと、『あの子』の名前を口にする。

海未「…ことり」

海未(『夢』の中のあの子はどうしているのでしょうか)

海未(『夢』の外のあの子はどうしているのでしょうか)

海未(そんなことが最近、頭から離れなくなった)

海未「絶対に助けます」

海未「…『夢』の中でも、『夢』の外でm『あの~…』

海未「ッ!?」

ニコ『…なんか熱くなってるところ申し訳ないんですが…早く行きませんか…?』

海未「…」

海未「~~~~~!」

海未「解りました!///行きましょう行きましょう!////」

海未は恥ずかしがりながら小走りになって、西日の入り込む階段を下りていった。

[054170 AD 2200 08/14 18:24]
第九話「人造エネミー」
END

第十話「RED(ANIME Ver.)」
[054170 AD 2200 08/14 18:29]

海未「おお~!凄いですね!」

その空間は、一面ガラス張りの窓に覆われ、未来的なホログラムのオブジェが荘厳さを醸し出す、家電売り場とは到底思えないような場所だった。

窓からは、オレンジ色の夕光が入り込んでいる。

遠くを見ると、「マウス・キーボード」と書かれた吊り看板が見えた。

海未はレジのあるスペースや、「PCとスマホを繋いで高画質ビデオ通話!」と称した、やたらと大きい看板の特集コーナーを横目に、吊り看板の真下に向かう。

ニコ『あっちみたいね。さ、早く買いましょう。暗くなっちゃうわ』

海未「いや、折角希が居たんですよ!?もう少し探し回ってもいいのではありませんか!?」

ニコ『まぁそうね…早く選んで東條希を探しま…』





―――突然だった。





バンッ!

本当に突然、イヤホン越しでも十分すぎるほどの爆音がフロアに鳴り響き、同時に叫び声が方々から聞こえてきた。

海未「!?」ビクッ

ニコ『な、なに!?え、ちょ、待って、イヤホン外さn―――

海未は咄嗟に両耳のイヤホンを外す。

海未「いったいなんで―――!?」

狭い通路を警戒しながらエレベーターホール方面に逃げようとすると、鉄製の何かが崩れ落ちるような音がした。

音の出所であるエレベーターホールの方に目をやると、先程自分が通ってきた通路をシャッターが塞いでいる。

シャッターの手前、少し広くなっているレジの周辺を見ると、爆音の正体が完璧なまでに理解できた。

レジ側では拳銃を持った、黒服でサングラスの少女たちが、フロアにいた人々を着々と一箇所に集めており、人々は後ろ手に縛られていく。

黒服のリーダー「これで全員ですか?」

黒服の下っ端4「リーダー!あと一人居ルビィ!」ギロリ

黒服の下っ端4「捕まえルビィ!」

海未「…!」

海未は人々と同じように後ろ手に縛られてしまった。

海未(捕まってしまいましたね…流石に銃を持つ相手は…)

海未(しかし、勝機はあります)

凛「もうちょっとで隙ができるにゃ。安心して」

海未の隣で、何故か凛も捕まっていた。

海未「…凛!どうしてここに!」

海未(しかし、何分か隣にいたはずなのに、気付かなかったのは何故でしょうか…?)

凛「…?何で凛の名前を知ってるの?」

海未「…それは…その…とにかく!手伝ってくれませんか?」

凛「え?何か作戦でもあるのかにゃ?」

海未「はい、あります。絶対に成功する、とっておきが」

凛「…」ウーン

凛「まぁいいにゃ。さっきも言ったけど、もうすぐ明らかに奴らに隙ができる瞬間が来る。そこを狙って君の作戦を成功させるにゃ」

海未「…本当に信じていいんですか?」

凛「うん、保証する」

海未「しかし…!」

黒服のリーダー「さっきからごちゃごちゃうるさいですわ!」

黒服のリーダー「あなたには一足先に死んでもらいます!」カチッ

黒服のリーダーは拳銃の銃口を海未に突きつける。

海未「くっ…」

海未の身体は未だかつて感じたことのない恐怖心で、ガタガタと震えていた。

周囲の人質たちもざわざわとし出す。

しかし、退いてはいられない。



戦うんだ。



黒服のリーダー「見た感じ外にも出てないんじゃないの?」

黒服のリーダー「あなたのような引きこもりであれば、死んでも誰も悲しみませんわ!」

海未「…いてください…」

黒服のリーダー「はい?何を言っているんですか?よく聞こえませんわ!」

海未はサングラス越しのリーダーの目を見て、確かに言った。





海未「あなたみたいな人こそ…一生牢屋に引きこもっていてください!」





黒服のリーダー「は?」ポカーン

凛「みんな!」



そう凛の声が聞こえた瞬間、黒服たちのすぐ斜め上の壁にかかっていた大型テレビが、ものすごい音と共に床に叩きつけられた。

あまりにいきなりの事態に、その場にいた全員がそちらに注意を向ける。

続けてその下に並んだ大型スピーカーが「何もされていないにもかかわらず」次々に倒れだした。

黒服のリーダー「えぇ!?何が起こりまして!?」バッ

海未「ぐっ!」ドサッ

リーダーは海未を叩きつけるように放すと、拳銃を手に駆け寄る。

黒服のリーダー「そこに誰か―――!?」

そう言い終わりもしない瞬間、今度はリーダーの近くの商品陳列棚が、中身を撒き散らしながら倒れてきた。

黒服のリーダー「ですわぁぁぁぁぁ!?」

他の黒服たちも倒れた棚などに巻き込まれていく。

海未(姿が見えないという事は…希の能力でしょうね)

そして、倒れた棚の奥に、「PCとスマホを繋いで高画質ビデオ通話!」と書かれたやたらと大きい看板が見えた。

その瞬間、ふっと手の緊張が解ける。

凛「それじゃあよろしくお願いするにゃ~」

後ろを見ると、凛は縛られていたはずの手を振りながら、ニコニコと笑っていた。

心臓が今日一番に高鳴る。今朝のアラームの時よりも、力強い高鳴り。

床に手をついて立ち上がり、散乱した商品や棚を飛び越え、全力で先程の特集コーナーのパソコンの前に走り込む。

元々店のスマホに繋がれていたパソコンのケーブルを抜き取り、自分のスマホに挿した。

カチッ

海未「頼みましたよ…ニコ!」

『ふふん!』

ニコ『や~っと私の番ね!』

パソコンのスピーカーから、いつも通り元気な友人の声が聞こえた。

その姿が、一瞬で周囲全てのディスプレイを駆け抜けていく。

すると突然、少し見覚えのある薄紫のパーカーが目の前に現れた。

「君のおかげや」

海未「…!?」

続いて虚空から、『見慣れたサイドテール』と『赤くて長い髪の女の子』が現れる。

希「『メカクシ…完了』!」

赤い目の希は、海未の方に振り返って笑った。



閉まっていたシャッターが開き、フロア中に夕焼けが充満する。



疲れ果てたのか、だんだん目が回って、白い床に仰向けに倒れた。



一面ガラス張りの窓からは、燦々と空に散っていく夕映えが見え、意識が朦朧としていく海未の目に滲んでいったのだった。

[054170 AD 2200 08/14 18:51]
第十話「RED(ANIME Ver.)」
END

第十一話「失想ワアド」
[054170 AD 2200 08/14 20:56]

カチカチと室内に時計の音が響く。

時刻は、もう午後九時になろうとしているところだった。

打ちっぱなしで配管が露出した天井には所々裸電球がぶら下がり、明るすぎることのない絶妙な生活空間を演出している。

海未(私はあの後気を失いましたが、希たちに助けられ、デパートを脱出。そして、『メカクシ団』と名乗る、能力者たちの団体のアジトに来ています)

海未(私を助けてくれたし、なにより全員μ'sメンバーです。悪い方々ではないでしょう)

海未(結局ニコはNo.6、私はNo.7という形でメカクシ団に加入しました)

海未は心地良い疲れを感じながらソファーに腰掛けている。

が。

海未(…ちょっと待って下さい)

海未(いつの間にやら完全に友達の家にお泊りに来た感覚になっています!!)

海未(まぁ、前に合宿はしましたけどねぇ…)

穂乃果「んにゃ…もう食べられません…あ、やっぱ食べましゅ…」

海未の左では、涎を垂らした無惨な穂乃果が、幸せそうな表情で眠りに落ちている。

海未(穂乃果は学校に行く途中で能力が暴発して逃げていたら希と出会ったようです)

海未(その後、お茶をこぼされてしまってスマホが壊れ、デパートに買いに行ったら私と立てこもり犯たちに遭遇した。簡単に言えば、そういうことらしいです)

海未(今は皆さん自分の部屋で寝ていますが、私たち二人は寝場所が無いのでとりあえずソファーに座っているわけです)

希は六人分の食器を洗い終え、エプロンを外しながら穂乃果に歩み寄る。

希「ふぅ。流石に六人分は堪えるね~。それより…」

希「穂乃果ちゃ~ん?部屋で寝た方がええんやないの~?」ペチペチ

そう言いながら希が穂乃果の頬を優しく叩くも、本人は「えあ~、意外と食べれますね…」と、夢の中で食事を敢行しているようだ。

海未「穂乃果は一回寝たら朝まで起きません。放っといてもいいですよ?」

希「そういう訳にもいかないやん。しょうがないから運んで…ッ!?」ズシッ…

希「穂乃果ちゃん…ッ!意外と…ッ!」ノシノシ

希は穂乃果の予想以上の何かに顔を歪めたまま、自分の部屋へと穂乃果を運んで行った。

部屋に一人だけになった海未はスマホを取り出す。

海未「…ニコ?起きてますか?」

スマホ『』シーン

海未「…まぁ、もうじき帰って来るでしょうね」

バタン

海未がそう言ってスマホの電源を落とすと、ドアが閉まる音と共に、希が肩を回しながら戻って来た。

希「穂乃果ちゃんはご飯の量を減らした方がええかもしれんね…花陽もやけど…」ハァ…

海未「お邪魔してしまって悪いです」

希「ええんよ。ウチらもちょっと寂しかったし。久しぶりに賑やかになって嬉しかったで」

海未「…そうなんですか」

海未「あの…あなたたちって…」

希「ん?なに?」

海未は聞いていいものなのか言葉に詰まるが、疲れと眠気も手伝って口を開いてしまう。

海未「あなたたちのその『目』、やっぱり普通じゃないですよね。だいだいのことは知っていますが、もっと詳しいことを知りたいんです」

希はキョトンとした顔で海未の話を聞いていたが、話し終わった途端、温和な笑みを浮かべる。

希「そういえば、詳しく話しておくべきやったなぁ」ニコッ

海未「え、いや、別にいいんですが、やっぱり詳しいことが聞きたくて…」

希「いや、話すべきことなんやけど…この能力のおかげでウチらは虐げられもしたんや。だから、すぐに話すことはできなかった」

希「まず、ウチがこの能力を手に入れたときの話からや」

希は、瞬きをして自分の目を赤く染めてみせた。

希「ウチの能力は、自分や周りの物体への認識を薄くする能力」

そう言うと、希はテーブルに置いてあった雑誌を手に取った。雑誌にはでかでかと穂乃果のグラビアが載っている。

穂乃果の目は、フラッシュが眩しくて目を瞑ってしまったのか半開きになっていた。

希がそれをテーブルの下に隠して数秒すると、テーブルから出した手には何も無くなっていた。

希「発動の瞬間を見られてると効果が無いんや。だから隠したんよ」

希「『これ』を手に入れる前、ウチにも親が居た。と言っても母親は血が繋がってなかったけどね。酷い父親だったんよ。毎日遊んで回った挙句に会社は倒産。それでもって最期は家に火をつけた」

海未「ぇえ…そんなことが…」

希はその壮絶な過去を落ち着いた口調で語った。

希「はは、酷い話やろ?でも、本題はここからや」

海未「は、はい…」

希「父親が火をつけたとき、ウチとウチの家族は全員家の中に居たんや。ウチは姉と二人で逃げられなくなっちゃってね」

海未「し、死んでしまうではありませんか…」

希は海未が怯えているのに気づき、意地悪な笑みを浮かべて話を続ける。

希「そう、死んだんや。いよいよ息も出来なくなって、身体も燃えた」

海未「ひいぃ…」

希「そして、その時見たんや」

希「家の壁がぐにゃりと裂けて、大きい牙の付いた口みたいなものが拡がったのを!」

海未「うわぁあ!」

希はノリノリでそう話したが、一向にその先を話さず、腕を組んで得意げな表情をしていた。

海未「………それで?」

希「ん?終わりやよ?」

海未「え?」ポカーン

肩透かしを食らったような感覚に、開いた口が塞がらなくなる。

海未「じゃ、じゃああなたはその口みたいなものに食べられているはずでしょう!?それに能力が何なのかも解らないし…」

希「能力は家の焼け跡で目が覚めたら使えるようになってたんよ。負ったはずの火傷もある程度消えてるし、不思議な話やね」

海未「そ、そのぱっくり開いた口ってものは何だったんですか?」

希「それも姿を見ただけで、その後の記憶が何にも無いんや。恐らく飲み込まれたんやけど、助かったのはウチだけやし、一体何がどうなってこうなったのかは、よう分からんよ」

海未「なるほど…ってことはあなた達も案外よく分かっていないということですか」

希「うん。もちろん、お姉ちゃんの持ってた情報も含めて、調べられる限りのことは調べているつもりや」

海未(しかし、私がこちらの世界に来たときも、何か口のようなものに飲み込まれています。では、『夢』の外にも『夢』の中にも同じものが存在しているという事ですかね?)

海未「他の二人はどうなんですか?凛や花陽もその『大きな口』に飲み込まれたって言っているんですか?」

希「凛はまったく同じものを見たって言ってたけど、同じように記憶がないみたいや。花陽は川で溺れて以来らしくて、見たかどうかも曖昧みたいやね」

海未(それでは、穂乃果が能力者ならば、三人と同じことが穂乃果にも起きていたと考えられますね)

海未「今までの話をまとめると、あなたたちの言う目の能力は、死ぬ直前に見た『大きな口』が原因だと私には思えます」

希「ん~…。あとなぁ…」

海未「?」

希「いや、ウチらは三人とも『誰かと一緒に』死にかけているんや」

希「でも、助かっているのはウチらだけ。しかも一緒に居た人間は『消失』してる」

海未「…!」

海未「あの、希の家が火事になったとき、一緒に居た家族はどうなったんですか?」

希「父と母だけ見つかった。ただ、姉は見つかってない。焼け跡から生きて発見されたのはウチだけや」

海未「ってことは…」

海未「あなたたちは、誰かと一緒に『大きな口』に飲み込まれて、その後それぞれ一人だけ能力を得て帰ってきた…?」

希「そして、一緒に飲み込まれた人間は誰一人発見されてない…。とすると、『大きな口』の中に飲み込まれたままになってるって考えるのが妥当やね」

海未(ん…?)

海未「…じゃあ、真姫は?真姫には能力があるんですか?先程の様子を見るに、何か人間をフリーズさせる能力を持っているんじゃ…」

海未「あの後すぐに倒れたので、一瞬しか見ることができていませんけどね」

海未(そういえば…何故か真姫が小さくなっていました…何時ぞや『夢』の外でも見ましたね。まぁ、何の影響も無いとは思いますが)

希「…!確かに…。真姫が能力を手に入れた経緯は分からんね…」

希「花陽が真姫を連れてきてから、能力に関してのことは聞いたこと無いよ」

海未「じゃあ、花陽から何か聞いていないんですか?」

希「いや、聞こうとすると、途端に悲しい顔をするから聞くのをやめといてるんや。多分、真姫の辛い記憶かなにかを能力で読み取ってしまったんやろね」

海未「…じゃあ、真姫の家に行ってみるのはどうでしょうか」

希はハッとした顔をする。

希「それや」

希「ウチらも後々行こうと思ってたんよ。でもなぁ…」

海未「でもなぁ…とは?」

希「明日はお姉ちゃんの命日やから、お墓参りにも行きたいし…」

希「それに穂乃果ちゃんの携帯の事もあるし、申し訳ないけどウチらはノータッチになってしまうかもしれへんなぁ…」

海未(やはりそうですよね…でも)

海未「…場所さえ教えてくれれば、私だけでも行きます」

海未(私は二人のことりを救わなければいけない。少しでも手掛かりがありそうなら…)

希「真姫は家の主やから絶対行くと思うし、花陽もついていくと思うよ」

希「さ、そうと決まれば明日は早起きや!早く寝た方がええで。それじゃあお休み~」

希は、さっさと部屋から出て行ってしまった。

海未はソファーに力を抜いて座ったまま、薄暗い部屋に一人残される。

海未「今日は色々なことがありましたねぇ」

アジトには壁掛けの鳩時計やらデジタル時計やらが至る所に置かれている。棚の上に置かれた、よく解らない液体のようなものが垂れている機械も、時計なのかもしれない。

時計たちは、各々の方法で午後十時を示していた。

そんなことを考えていると、どっと眠気が襲ってくる。

海未「今日はここで寝てしまいましょうか…」

海未は、家のベッド以外で寝るのは合宿の時以来だなと思いながら、目を瞑った。

[054170 AD 2200 08/14 22:01]
第十一話「失想ワアド」
END

第十二話「シニガミレコード」
[054170 AD 2200 08/15 08:04]

海未「はぁ~…疲れましたぁ~…」ゴロン

海未は草の絨毯の上に寝転んでいる。

海未「…それにしても真姫はとんでもないところに住んでいたんですね。というか周りに何も無いではありませんか。食べ物などはどうしていたんでしょうか…」

花陽「ん~っと…食べてなかったみたいだよ?飲み物は飲んでたみたいだけどね。私だったら、ずっと何も食べないなんて無理だよぅ」

木々の生い茂る森の中心部。

いや、中心部なのか分からなくなるほどに、ぐにゃぐにゃと複雑な進路の先にあった真姫の家に、海未たちは来ていた。

森の中に、急にこんな棒状の巨大な建物が現れたら、驚きを禁じ得ないだろう。隣には蔵のような建物もある。

海未「…それで、いつになったら中に入れるんですかね?」

花陽「真姫ちゃんが部屋を片付けるって言ってたから、しょうがないと思います…」

海未(…何故ここで友達の家に遊びに来た感が生きているのでしょうか…)

パタン

まき「遅くなってごめんね~。もう入って大丈夫だよ!」

そんなことを考えていると、真姫がそう言って窓から手招きをしたので、海未と花陽は家に入る。

玄関を開けると、そこはまるで原寸大になったドールハウスのような空間だった。

部屋中を本棚が囲い、その中はびっしりと古書で埋め尽くされている。

まき「わたしはそっちの蔵の中を探してみるから、二人はこっちを探してね。疲れたら休んでてもいいよ!」

そう言うと真姫は、持っていた二つの鍵を鳴らしながら先程の玄関からトコトコと出て行った。

花陽「じゃあ、とりあえず座ろう?」

二人は部屋の中心にあるテーブルについた。

海未「ところで花陽」

花陽「はい?」

海未「そもそもあなたは…何故真姫と出会ったのですか?」

花陽「…は、はい」

花陽「ちょっと長くなるけど、話すね」

海未「…お願いします」

花陽「私の能力は他人の考えてることを読み取れる能力」

花陽「だから、どこに行っても虐げられたりしてきたんです」

花陽「ずっと一緒だったお兄ちゃんも、私が川で溺れたときに私を助けて、そのまま行方不明になっちゃったから、分かってくれる人がいなくなっちゃったんだ」

海未「…」

花陽「その後は孤児院をたらい回しにされちゃって…その時に希ちゃんや凛ちゃんと同じ部屋になって、追い出されないように三人で色々考えてみたんだけど、虐げられることに変わりはなかった」

花陽「そんな時に私たちを引き取ってくれたのが、ことりお姉ちゃんのお母さん。そこで、お姉ちゃんにも出会った」

花陽「そしたら、毎日がすごく楽しくなって。外で遊んでたら、いつの間にか森の中に迷いこんじゃってたんだ」エヘヘ

海未(遊んでいるだけで迷い込むものなのでしょうか?)

花陽「そんな時に、能力が暴発しちゃって。そしたら、声が聞こえてきたの」

花陽「『お願い。誰か、誰か助けてよ』」

花陽「『寂しいよ』って」

花陽「声のする方向に走っていくと、この家があって、ベランダに真姫ちゃんが居た」

花陽「それが、真姫ちゃんとの出会い」

花陽「そして、『今の』メカクシ団ができる時にアジトに真姫ちゃんを連れてきた。こんな感じだよ」

海未「…ん?」

海未「『今の』とはどういうことですか?前身があったという事に捉えられますが…」

花陽「あ、まだ誰も話してないんだ。もともとメカクシ団はことりお姉ちゃんが、私たちを楽しませるために『秘密組織ごっこ』として始めたものだったんだ」

花陽「その後、お姉ちゃんがいなくなっちゃって、私たちが家を出て行ったとき、今の団長の希ちゃんがその名前を気に入ってたから、そのまま使い始めたって感じかなぁ」

海未「…だから、ことりは赤いマフラーを夏でもつけていたんですね」

[054170 AD 2200 08/15 08:45]

まき「…怪しいよね?」

海未「…怪しいですね」

花陽「…怪しいね」

テーブルの上には、長方形の古びた木箱が置かれている。

海未(真姫が蔵の中から見つけて来たこれは、側面に鍵穴がついており、真姫が持っている鍵のもう一つと一致する形をしていました)

まき「…じゃあ、開けるよ」

海未「…はい」

真姫は鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと回す。

カチャッ

すると、小気味のいい音が部屋中に響いた。

何が入っているかは全く解らないため、蓋を慎重に開けていく。

海未「…!」

中には、深い紺色の辞典のようなものが入っていた。

海未はそれを取り出し、テーブルの上に置く。

RPGなどに出てくる魔法書のような風体のそれは、ものすごい威圧感を放っていた。

海未「何年ほど前から使われているのでしょうか…」

まき「…少し曖昧だけど、百回くらい夏を数えたから、百年以上前からだと…」

海未「…ひゃ、百年!!?」

花陽「ピャア!」

海未「…すみません、驚いてしまって…」

海未「…それを信じるとすれば、百年以上の間、何をしていたんですか?だいたいご両親とかは…」

海未がそう言うと、真姫はビクッと肩を震わせ、膝の上で拳を握りしめた。

海未(何か聞いてはいけない事だったのでしょうか…)

海未「…も、もし尋ねてはいけないことだったのであれば…「いいの」

まき「海未ちゃんは初代団長さんを助けようと頑張ってるって、希ちゃんから聞いたの。だから何か役に立つと思うから、話すね」

花陽「…無理して話さなくてもいいんだよ?」

まき「大丈夫。わたしは海未ちゃんの助けになりたいの」

花陽「…うん」

まき「…ちっちゃい頃お父さんが死んじゃって、その後はお母さんと二人だった」

まき「でもわたしが言いつけを破って外に出ちゃったときに、そこに怖い人たちがいて、多分お母さんを連れて行っちゃったの」

海未「…そ、それってどういう…」

まき「えっと、お父さんは違うんだけど、わたしもお母さんも生まれたときから目が真っ赤で、お母さんは『私たちは絵本の中に出てくるメドゥーサなんだよ』って言ってた」

まき「『外の人は自分たちと違う私たちを怖がるから』って。だからお母さんは外に出ちゃダメって言ってたのに、わたし…」

海未「…」

花陽「…」

部屋がシンと静まり返る。

海未(ん…?)

海未(メドゥーサというのはギリシャ神話の蛇の怪物…。蛇と言えばあの伝承…)

海未(伝承の中身はニコと一緒にだいたい調べてあります)

海未(そして、真姫の母親が『いなくなった』と言う話)

海未(昨日の希の話を思い出します。もう少し詳しく聞きたいですね)

海未「…真姫のお母様がいなくなったのは何月頃でしたか?」

まき「う~ん…。確か暑かった気がするなぁ…」

海未(やはり!)

――――――――――

『私の三人の義妹…東條希・小泉花陽・星空凛は、『8月15日に』それぞれ姉、兄、母と一緒に死亡し、得体の知れない世界に飲み込まれ、その後生き返って帰ってきた』

――――――――――

海未(真姫の母親も、夏に得体の知れない世界に飲み込まれている!)

海未(これなら真姫が『生き返って帰ってきた』ことになって、真姫が能力を持っている理由が証明できます)

海未(…しかし、それでは真姫の母親の目が赤いことが証明出来ません)

海未(…他にも聞いてみましょう)

海未「真姫とお母様は生まれた時から能力を持っていた、と考えていいんですか?」

まき「え?うん、そうだよ。ちっちゃい頃からお母さんに『使っちゃダメだよ』って言われてたけど」

海未(真姫と真姫の母親だけ、生まれた時から能力を持っている?希の話で能力の生まれ方には見当がついてきたというのに…)

海未「お母様がいるなら、お祖父様とお祖母様もいるはずです。何か知りませんか?」

まき「わたしは会ったことないよ。おじいちゃんは普通の人間だったから、おばあちゃんより早く死んじゃって、おばあちゃんは悲しんでどこかに行っちゃったんだって」

まき「その時のことは、お母さんも小さかったから、あんまり覚えてなかったみたい」

海未(祖母も何処かに行ってしまった…?自主的なものであるという事は、飲み込まれた訳ではない…?)

まき「それに、その本は日記みたいだよ。お母さんが毎日つけてたの。もともとおばあちゃんのものって言ってた」

海未「…!」

海未は目の前の深い紺色の『日記』を見た。

海未(…これを見れば、全てが解るという事ですか…?)

花陽「これって真姫ちゃんのみたいなものなんだし、先に真姫ちゃんが目を通した方がいいと思うんだけど…」

まき「別にいいよ。わたしは、皆の『辛いこと』がちょっとでも良くなるかも知れないなら、大丈夫」

海未「…解りました。では、拝見させて頂きます」

二人が海未の周りに集まる。

海未は、ゆっくりとその表紙を開いた。

[054170 AD 2200 08/15 9:23]
第十二話「シニガミレコード」
END

第十三話「エリの世界事情」
[054170 AD 2200 08/15 12:15]

~東京:公園~

まき「やっぱり、そうなっちゃうよね…」

海未、花陽、まきの三人は、天気がいい大都会、東京に戻ってきていた。

先程昼食を摂り、今は公園近くのベンチで『日記』の内容を論議している。

海未「真姫には悪いです。『自分のお祖母様が原因で皆に迷惑がかかっている』ということになってしまいますからね」

花陽「で、でもここまで正確に書かれてたら、信じるしかないよ」

海未「『日記』の内容は、大まかにまとめましょう」

海未「真姫の祖母は、世界が生まれる前から概念として存在していたが、ある日、自分が何者なのかを考えたことにより、身体と蛇の能力を手に入れることができました」

海未「彼女は自分のことを知るため旅に出た。しかし『化け物』として虐げられてしまう。彼女は、人間を嫌うようになります」

海未「そして、蛇の能力を使って『この世で一番人に注目されないような場所』を探し当て、そこに一人で居続けようとしたが、そこに真姫の祖父が現れます」

海未「彼女は、彼に『一人で家を作れ』という無理難題を課して追い払おうとしたが、彼は本当に家を作り始めました」

海未「家の建設の最中、なかなか帰ってこない彼を心配したりもし、彼女は彼に好意を抱き始めます」

海未「そして家の完成後、彼は彼女にプロポーズをし、二人はめでたく結ばれました」

海未「…ここまではいいんです」

海未「『能力』について書かれているここからが本題ですよね」

海未「ではもう一度、私たちが把握している能力のことについて話し合いましょう」

花陽「まず、『目を隠す』。対象への認識を薄くする、希ちゃんの能力だね」

まき「『目を盗む』は、相手の思考、記憶を読み取る花陽ちゃんの能力」

海未「『目を欺く』は、生物に見た目だけ変化する、『目を奪う』は対象の注目を集める能力。それぞれ凛、穂乃果のものです」

海未(能力については、伝承の説明と全く一致しましたね)

花陽「真姫ちゃんの『目を合わせる』を抜けば、今のところ分かってるのは四人だけど、海未ちゃんはまだいると思ってるんでしょ?」

海未「少なくともニコはそうです。詳細が語られなかった『目が覚める』か『目が醒める』のどちらかでしょう」

海未「そして、ニコの話を聞くには、穂乃果の担任であることりのお母様が、一連の事件の原因となっている能力者だと思われますね」

海未「あと、ニコはことりのお母様が『覚める』や『醒める』と言っていたところを聞いている…」

海未「ということはこの二つの能力はことりのお母様の実験に使われた能力だと推測できます」

海未「こういうことが出来る『目が冴える』は相当に手強いですね」

まき「『目が冴える』…その能力だけ明らかに他と違うもんね」

海未「他にも能力の定着には時間が必要だという趣旨の内容もありましたね。花陽はどうだったんですか?」

花陽「う、うん。私も能力を使えるようになったのが六歳くらいの時で、十五歳になったら急に操れるようになったよ」

海未「結果をまとめれば、『目が冴える蛇』が真姫のお祖母様を唆し、十の能力を使わせて『得体の知れない世界』を創らせた、ということになります」

海未(『得体の知れない世界』は、『目が冴える蛇』の言葉を信用すると、一生死なずにループし続ける、『終わらないセカイ』であると考えられますね)

海未(『終わらないセカイ』の手掛かりも、やっとありました)

海未(要するに、『「終わらないセカイ」を終わらせろ』ということは『ループを止めろ』という事ですか)

海未(このまま突き詰めれば、『夢』の外に帰れるかもしれません…)

花陽「ん~…」

まき「どうしたの?」

花陽「なんか…『得体の知れない世界』だと呼びにくくないかな?」

海未「そうですね…」

うみぱなまき「う~~~ん」

海未(8月15日に飲み込まれる、得体の知れない世界…)

海未(…!)

海未「……イズ」

まき「?」

花陽「何か思いついた?」

海未「…『カゲロウデイズ』というのはどうでしょうか」

花陽「…カゲロウ?」

まき「…デイズ?」

海未(あの世界の特性を鑑みれば、終わらない二日間を描いたあの曲にぴったりです)

海未「『カゲロウ』は現れてはすぐ消えるという意味でですね。『デイズ』には二つの意味があって、眩むという意味のdazeと、dayの複数形であるdaysをかけたものです」

まきぱな「お、おお~」パチパチ



「あ、いたいた。海未ちゃ~ん」



海未「?」

誰かに呼ばれ、後ろを振り向く海未。

後ろには希と穂乃果が立っていた。

海未「…希ですか。携帯は買えましたか?」

希「まぁちょっと混んでたけど買えたよ。な、穂乃果ちゃん」

穂乃果「う、うん。でも…」

まき「…どうして凛ちゃんがいないの?」

花陽「確かにそうだね…」

希「いや、レジの辺りまでは居たんだけど急にいなくなっちゃって、連絡もつかなかったから、とりあえず集合場所に来たんや」

海未「そうですか。後で探さなければいけませんね。しかし、相変わらずニコはいませんし…」



ピーポーピーポー



海未「ん?救急車ですか?」

希「大通りの方からやね」

穂乃果「見に行ってみる?」

海未「気になりますし、行ってみましょうよ」

[054170 AD 2200 08/15 12:32]

~大通り~

海未「何ですかね…」

見てみると、自分たちより少し下、中学生くらいの女の子が倒れている。

周りには人だかりができているため、誰なのかは判別できない。

人と人の間から、その中心にいる、自分より少し年上に見える少女の姿が見える。

海未「…!?」



その姿には見覚えがあった。

ブロンドの髪と、日本人離れした顔立ちは、着ている服こそ違えど、



まさしく絵里だった。



海未「…え?何で…絵里が?」

少女は駆け付けた救急隊員によって担架に乗せられ、そのまま救急車に運ばれる。

絵里らしき人物もそこに乗り込むと、救急車の後部扉が閉まり、絵里らしき人物の姿は見えなくなった。

海未「…くっ」

海未「あの救急車を追いかけます!ついてきてください!」

花陽「えぇっ!?急にどうしたんですかぁ!?」

海未「走りますよ!」ダッ

希「…まぁ、とにかくついていった方がええね!」

穂乃果「…あの人、どっかで見たことある気が…」ウーム

まき「えぇ~っ!走るのぉ!?」

五人は、救急車を追って大通りを駆けていく。

[054170 AD 2200 08/15 13:21]

~病院:診察室前~

病院は大通りに面しており交通量が多いため、車のエンジン音が病院の中にまで聞こえてくる。

海未「本当に何も覚えていないのですか?」

海未「…絵里」

海未は、病院の診察室の前で待っていた絵里らしき人物と、会話を交わしている。

他のメカクシ団メンバーはロビーでダウン中だ。

エリ「…多分、いろいろ勘違いさせちゃってると思うチカ」

海未(…やっぱり変です)

海未(絵里はもっとこう…キリっとしているはずですが…)

海未(簡単に言えば、アホっぽいです)

海未(何故か語尾に『チカ』と付いていますし…)

エリ「どうしたチカ?」ズイッ

海未「!?」

海未(ちょ!顔が近いです!)

エリ「熱でもあるチカ?」

エリが自分の額を海未の額に当てようとする。

海未(えええええ!?)

その時。



ガシャン!



今にも額同士が触れそうな瞬間、エリが抱きかかえていた少女が運ばれた診察室から、大きな物音が聞こえた。

エリ「チカッ!?」

海未「!?」グイ

海未はエリを押しのけ、慌てて診察室の扉を開ける。

するとそこには、先程の少女が床に倒れ込んでいた。

海未「…!?」

海未「あなたは…ゆ、雪穂…!?」

倒れ込んでいる雪穂は四つん這いの姿勢から立ち上がろうとするも、立ち上がれないようだった。

海未「とにかく寝ておいた方がいいですよ!ほら!」

海未は雪穂に手を差し伸べるが、雪穂は怯えるように手を振り払う。

『夢』の中で初めて真っ向から見る雪穂の顔は、大量の涙で濡れていた。

海未(これは…)

海未(黒目が赤く染まりかけています…)

雪穂「誰…!?邪魔…しないでッ…!」

海未(まさか…『カゲロウデイズ』に…?)

雪穂は一度ふらつくも、その後しっかり自立し部屋の出口に向かって歩き出した。

海未「待って下さい!話だけでも…」

雪穂「亜里沙…亜里沙のところに行かなきゃ…」

海未「…亜里沙」

海未(この口ぶり、そして今の時刻…)

『8月15日の午後十二時半くらいのこと』

海未(亜里沙は『カゲロウデイズ』に飲み込まれた?)

そう考え込んでいるうちに、雪穂は部屋を出て少ししたところでエリと対面していた。

海未はそれに気付いて雪穂を追いかける。

雪穂「あんたのせいだ…あんたさえいなければ…」

エリ「…」

エリは言葉を返せずにいる。

雪穂「もういい。私が行く…行かなくちゃ…!」ダッ

そう言った瞬間、雪穂は休日で無人の病院の廊下内を駆け出した。

海未「あっ!待って下さい!」

エリ「雪穂、私のせいで怒ってるチカ…ついてきてくれない?」

海未「…は、はい。いいですよ。…でも追いつけるんですか?」

海未(雪穂はかなりの速度で走っている…あのまま走れば病院の敷地内を抜け出してしまうでしょう)

海未(…それに雪穂は『カゲロウデイズ』に接触したとみられます。そうなると能力を持っているはず。何の能力か分からない以上危険です。捕まえるしかない)

エリ「ごめんチカ。ちょっと痛いかもしれないけど…」グイ

海未「…う、うわああああ!」

エリは、海未を赤ん坊のように軽々と持ち上げ、肩に担ぐように乗せる。

エリ「いくチカ」

そうエリが呟いた瞬間、爆音と衝撃と共に、ものすごい勢いで廊下の風景が流れ出した。

海未「ぎゃあああああ!!!」

エリが足を踏み込み、その勢いで何十メートルもひとっ飛びしているのだと気づくのにおよそ二秒。

エリ「ご、ごめん。もうちょっと我慢するチカ」

エリは軽々と着地し、もう一度足を踏み込む。すると、今度は地面が一気に遠のいていく。

それは、上への大ジャンプだったのだ。

海未「……!!!」

海未は声も出せないまま、蝉の声が五月蝿く、蒸し暑い屋外へ飛び出した。

先程飛び出した窓が、既に小さくなり始めている。

エリ「あっ、みつけたチカ」

エリはそう呟くと、海未への衝撃に備えてくれたのか、担ぐような姿勢から脇の下に抱え込むような姿勢に切り替えた。

海未「…ッッッ!!!」

海未はギュッと目を瞑る。

ダンッ!!!

海未とエリは病院の前の横断歩道に降り立った。

しかし雪穂は全速力で、青信号が点滅する横断歩道を渡っていく。

エリ「あ、行っちゃったチカァ…」

すぐに信号は変わってしまい、信号無視して渡ろうにも、交通量の多さが邪魔をして渡れない。

エリ「ど、どうしよう…」アタフタ

海未「…ちょっと…降ろしてくださいぃぃ…」

エリの腕の中では、海未がグロッキー状態になっていた。

エリ「あ!ご、ごめんなさい!」バッ

海未「あ、はい…いいんですよ…」

海未はフラフラしながら立ち上がる。

ふとエリの目を見ると、その目は赤く染まっていた。

海未(やはりエリも能力者…名前からして『凝らす』の可能性は低いので、『覚める』か『醒める』のどちらかでしょうね)

「お~い!」

すると、後ろから声が聞こえ、海未は振り返る。

希「海未ちゃ~ん!」

海未「あぁ、希たちですね」

希たち四人が病院の入り口から、海未の元に歩いてきた。

海未(そうですね…希たちが居れば…)

希「…あれ?その人はどちらさま?」

海未「エリ、という名前らしいです。さっき倒れていた女の子の知人で、記憶がないんです」

エリ「よろしくお願いするチカ」

希「へぇ、記憶喪失…」

穂乃果「…やっぱりこの人、どっかで見たことある気がする…」

海未「どうやら、さっき倒れていた女の子は能力者のようです。先程見失ってしまったので、みんなで探そうと思いまして」

花陽「の、能力者…?だったら、捕まえないと大変だね」

まき「手分けして探すのがいいと思うよ?」

海未「そうですね。じゃあ、私、真姫、花陽と、穂乃果、希、エリの二チームに分けましょうか」

希「いい考えやね!」

海未「それでは、捜索を開始しましょう!」

[054170 AD 2200 08/15 13:27]
第十三話「エリの世界事情」
END

第十四話「夜咄ディセイブ」
[054170 AD 2200 08/15 16:49]

~住宅街~

海未「はぁ…とんだ失態です…」

海未(まさか探している最中に、真姫と花陽からはぐれてしまうとは…)

海未(スマホの充電は…)

『2%』

海未(…電話は無理ですね…。アジトで充電しておけば…)

すると、知人の後ろ姿が目に入った。

オレンジ色の髪と、小さな体躯。

海未「凛!」

凛「!?」ピクッ

海未「何故ここにいるんですか?」

凛「…海未ちゃん」ニコニコ

振り返った凛の顔は、『夢』の外での笑顔とそっくりだった。

しかし、何処か違和感がある。

海未(能力を使っているのでしょうか…)

凛「…知りたいなら付いてくるにゃ」

そう呟くと、凛は一人でどんどん進んで行く。

海未「あっ!待って下さい!」

[054170 AD 2200 08/15 17:06]

~音ノ木坂学院~

海未「こんな隠し階段があったんですね…」

海未と凛は、互いに一言も会話を交わさないまま住宅街を歩き、今は音ノ木坂学院内の隠し階段を降りている。

凛「…ここにゃ」

階段を降り終わると凛が照明を付けた。

すると目の前には、水槽の中で薬品漬けにされたにこの身体があった。

『やっと…戻れる…』

海未「…ニコ!?」

凛「ここにいるよ」

凛がスマホを見せると、ニコの姿が映し出されていた。

ニコはただ、呆然と自分の抜け殻を見つめている。

凛「戻るのには多少時間がかかる…その間に凛の昔話をするから」

海未「…はい」

[054170 AD 2200 08/15 17:06]

~音ノ木坂学院~

海未「こんな隠し階段があったんですね…」

海未と凛は、互いに一言も会話を交わさないまま住宅街を歩き、今は音ノ木坂学院内の隠し階段を降りている。

凛「…ここにゃ」

階段を降り終わると凛が照明を付けた。

すると目の前には、水槽の中で薬品漬けにされたにこの身体があった。

『やっと…戻れる…』

海未「…ニコ!?」

凛「ここにいるよ」

凛がスマホを見せると、ニコの姿が映し出されていた。

ニコはただ、呆然と自分の抜け殻を見つめている。

凛「戻るのには多少時間がかかる…その間に凛の昔話をするから」

海未「…はい」

[054170 AD 2199 05/15 17:21]

~公園~

凛はことりに『相談したいことがあるから公園にいて』と言われ、ブランコに座って考え事をしていた。

凛「一体何の話なのか…気になるにゃ」

凛「姉ちゃんは勉強のこととか、そういうことで相談してくるような人じゃない。まさか…」

凛「…恋愛、とか」

凛「いやいやそんなわけないよ!特撮ヒーローとか少年漫画しか見ないのにそんな少女漫画みたいな!」

凛「…そういえば」

凛「結構前に『いい友達ができた』って言ってたにゃ」

凛(去年はその『友達』と音ノ木坂学院の学園祭にも行ってたはず。尚且つ同じクラスになったらしい…)

凛「…そいつかにゃ?」

凛「もし姉ちゃんに手を出した日には…」

ことり「遅くなっちゃった!」

凛「!?」ビクッ

ことりは威勢のいい声と共に現れ、凛の座っていたブランコの右のもう一つに腰掛けた。

ことり「…?どうしたの?」

凛「いやいや、なんでもないにゃなんでも!」アタフタ

ことり「…?それより、いきなり呼び出しちゃってごめんね?」

凛「いいよいいよ。いきなりなんていつもの事だよ。で、話ってなんにゃ?」

ことり「あ、うん。えっと…」

凛「ど、どうしたの?」

ことり「いや、ちょっと言いにくいことでね。何から話そうかな~って」アハハ

凛「…そんなに重い話?」

凛(凛がそわそわし出すと、姉ちゃんは決心がついたのか、口を開いた)



ことり「…いや、ね。お父さんの…死んじゃった理由、なんだけど」



凛「え?」

ことり「お父さんさ、土砂崩れに巻き込まれたって話だったでしょ?」

凛「うん。…その日、凛たちも行く予定だったよね」

ことり「私が熱を出したから…私たちは死ななくて済んだ」

凛「う、うん。…皮肉だけど、そうだよ。それと、何で凛たちもついていかなきゃいけなかったの?」

ことり「説明するためには、これを見た方が分かりやすいと思う」ガサゴソ

ことりはそう言って、学生鞄の中から大きな茶封筒を取り出した。

「伝承についての調査記録書」と書かれたそれは、随分色々な所に持ち歩かれたのか、よれよれになっている。

ことり「これ読んでもらう前に、ちょっとお話ししてもいい?」

ことりは、凛の目を覗き込みながら言う。

その目には覚悟を決めたような強い意志が感じられた。

凛「もちろん、何だって聞くにゃ!」

ことり「…ありがと。それじゃあ本題に入るね」

ことり「覚えてる?ちっちゃい頃皆で『秘密組織ごっこ』して遊んだこと」

凛「…『メカクシ団』のこと?」

ことり「そう。皆の『目の力』は私たち四人の秘密だったよね」

凛「なんでそんな昔の話するの?姉ちゃんの相談事と関係あるのかにゃ?」

ことり「…うん」

ことりは大きく深呼吸をし、再びゆっくりと語りだした。

ことり「お父さんね、『目の力』のこと、最初っから全部知ってたの。三人を『蛇の力』から助けるために、あの孤児院から引き取ったの」

凛「…う、嘘」

凛「必死で隠したのに…この家からは追い出されないようにって…!」

ことり「とにかく、この封筒の中身を読んで。花陽が言ってた『赤くて長い髪の女の子』らしきことも書いてあるの。ここ…」

――――――――――

[054170 AD 2199 07/09 17:28]

~公園~

ことり「…やっぱり、お母さんに取り憑いた『冴える蛇』、お母さんの願い事を叶えようとしてるみたい。『お父さんにもう一度会いたい』って願い事」

凛「そ、そんなことできるの?」

ことり「『こっちの世界』に『化け物』を創ればできるんだって。そしたら、『向こうの世界』の人に会える…!」

凛「そ、それ最高にゃ!凛たちも手伝お「ダメッ!!」

凛「…え?なんで…」

ことり「…『化け物』を創るためには、命の代わりになってる蛇を最低でも五匹、集めなくちゃいけない」

ことり「しかも五匹だけだと願いが暴走して、完全に制御できない。九匹でもダメ。だから…だから…お父さんを取り戻すには…必ず十匹分の蛇が必要なの…」

凛「…!」

凛「…じゃあお父さんを取り戻そうとすると…」

凛「凛たちが、死ぬってこと…?」

ことり「そう…!お父さんだったら、私たちの大好きなお父さんだったら、絶対にそんなことは望まない…!」

――――――――――

――――――――――

[054170 AD 2199 08/14 17:15]

~公園~

凛「姉ちゃんの先輩って…にこさんと絵里さん?」

ことり「そう、あの蛇、二人に向こうにいる残りの蛇を取り憑かせようとしてる。多分、あの世界に飲み込ませるんだと思う」

凛「それって人を殺すことになるにゃ!いくらなんでもそんなことしたら…」

ことり「…無理なの」

ことり「あの蛇はもう、お母さんの身体でたくさん悪いことをしてるの。病院も、警察も、学校も…他もみんな、あの蛇に協力してる」

凛「…そ、そんな…」

ことり「ねぇ、凛。私、あの蛇と話してみる。もう、それしかないから…」

凛「え…!?そんな…話なんて出来っこないよ!簡単に人を殺すような奴なんだから!」

ことり「そうかなぁ?逆に拍子抜けしておしゃべりしてくれるかも」

凛「ふざけないでよ!姉ちゃんまでいなくなったら凛たちは…凛たちはどうすればいいの!?」

ことり「大丈夫!平気だって!私は皆とず~っと一緒に居るつもりだよ?」

ことり「だから、世界を嫌いにならないで?きっと、幸せになれるから」ニコッ

凛「…!」

――――――――――

[054170 AD 2199 08/15 18:24]

~音ノ木坂学院:屋上~

夕焼けの屋上には、親子が立っていた。

母の目は夕焼けのように、赤く染まっている。

娘の赤いマフラーは、屋上の強い風になびいていた。

ことり「…あなたは間違ってる!」

ことり母「…随分酷い言い様じゃない。私は願いを叶えようとしてるのよ?」

ことり「違う!」

ことり「お母さんは、皆が死ぬことなんて望まない!にこさんも、絵里さんも、家族の皆も、殺そうとしたりなんかしない!」

ことり母「確かにそうね。私の宿主はそんなこと望んではいないわ」

ことり母「しかし貴方たち人間にはつくづく呆れる。まぁ、それがいいところなんだけどね」

ことり母「…相応の願いには相応の犠牲が伴う。貴方たちだって口ではよく言うじゃない」

ことり母「私は願いを叶える能力よ?宿主の願いがあるから、能力である私は存在できる」

ことり母「私は自分が消えさえしなければ、他の事はどうでもいい」

「人の心も」

「命も」

「理想も」

ことり母「願いの前では等しく無価値なの。解る?」

ことり「…ッ!」ギリッ

ことり「…狂ってる…!」

ことり母「…!」

ことり母「それは光栄なことねぇ。そして貴方はどうするつもりなの?」

ことり母「まさか『誰も殺さないでください』でどうにかなるなんて思っていないわよね?」

ことり母「いくら貴方が馬鹿とは言っても、それじゃあまりにも、愚図ってものね」

ことり「…作戦ならあるよ?」

ことり母「…?」

ことり「…『こっちの世界』に全部の蛇が集まらなかったら、お母さんの願いは叶わないんでしょ?」

ことり母「…まぁそういうことになるわね」

ことり母「死んだ命を生き返らせるには、全ての蛇を司る『化け物』が必要不可欠よ」

ことり「…だったらさ」

ことり母「…?」

ことり「もしも私が蛇の能力の一つを手に入れて…」



「『向こうの世界』から戻ってこなかったらどうなるの?」



ことり母「…!」

ことりは後ろ歩きで屋上の柵の方まで移動していく。

心配になり、ずっと聞き耳を立てていた凛は、たまらず屋上のドアを開け放った。



バンッ!



凛「姉ちゃん!ダメにゃ!」

夕風が屋上の端に立つことりの髪とマフラーを棚引かせている。

辺り一面の橙に包まれたその姿は儚く、今にも消えてしまいそうに思えた。

ことり「凛…なんで…!」

凛「変な事言わないでよ!…ずっと一緒だって言ってくれたでしょ!」

ことり母「馬鹿なことはやめなさい?そんなことをしたらどうなるか…」

ことり「もう成功しないって分かった作戦なら、続ける意味は無い」

ことり「にこさんも、絵里さんも、家族の皆も、殺す意味なんて無くなるよね?」

ことりはフェンスの上に座り、空へ手を伸ばす。

すると、何も無い空間から沢山の蛇が現れた。

ことり「…死んだ人を引き込むんだよね、これ」

凛「やめてよ!姉ちゃん!」

ことり「ごめん、凛。やっぱりお姉ちゃん、カッコ悪いね。ちょっとだけ…」










怖いや。










(姉ちゃんは、そう言って、涙を零しながら、)



(落ちた)



(沢山の蛇が姉ちゃんの落ちて行った先に喰らいついていった)



凛「…あ、あぁ…」

凛「ああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!」

凛は、泣き叫びながら膝から崩れ落ちる。

ことり母「…はぁ、まさかこんなことになるとはね…。つくづく、貴方たちには呆れてものも言えないわ」

凛「…殺してやる…ッ!」

凛は立ち上がって、襟に掴みかかる。

凛「殺してやる殺してやる殺してやるッ!」グイッ

ことり母「貴方も分かってるでしょ?貴方の母親を生かしてあげてるのも私よ?だったら殺すも何も無いじゃない」

ことり母「…とはいえ、あの子のおかげで計画は失敗だわ。こっちに全ての蛇を集められなくなった以上、宿主の夫は連れ戻せないわね」

凛「だったらもう何もしないでよ!お母さんだけでも返してよ!」

ことり母「…やっぱり馬鹿ね」

ことり母「失敗したならやり直せばいいのよ、最初から」

凛「…え?」

ことり母「…そうねぇ」

ことり母「貴方、あの子の死体のフリでもしてたらどう?そういうの得意でしょ?」

凛「何言ってるの…」

ことり母「勘違いしないでね?貴方も、貴方の家族も、生かしてあげてるのは私なの」

ことり母「自分の家族が惨たらしく殺されるのが見たい?見たくないわよね?」

凛「う…あ…」

ことり母「貴方の能力はそこそこ使える。いう通りにしてれば悪いようにはしないわ」

ことり母「いい?貴方が何をしようと、運命は変わらないわ。家族そろって早死にしたくなければ、気を付けなさい」

凛「…あ、あぁ……」

ことり母「貴方たちは私の掌の上で生きてるのよ?忘れないで」

[054170 AD 2200 08/15 17:11]

~音ノ木坂学院:地下~

二人は薄暗い研究施設の廊下で座って話していた。

海未「…そんなことが…」

海未「…絶対に許せません。自分の利益のためだけに、誰かの大切な人を殺すなんて」

凛「…今、奴はこの建物内にいる。奴の下僕になってた時に聞いたよ」

海未「じゃあ、このまま奴を倒すことも出来るという事ですか…」

凛「そういうことにゃ」

凛「今は、協力してくれるみんながいる。知ってることは全部話すよ」ニコッ

凛は、『夢』の外と全く同じ、本当に晴れやかな笑顔でそう言った。

シューッ

すると、自動ドアが開く。

「先生も親切ね。制服がそのまま置いてあったわ」

海未「…!」

海未「にこ…!」

にこ「大銀河宇宙No.2剣士≪無双の歌姫・YAZAWA≫!ふっかーつ!」

にこ「…って訳だけど、何かあっちから穂乃果ちゃんの声聞こえない?」

『だって~可能性感じたんだ』

『そうだ、ススメ~』

海未(『ススメ→トゥモロウ』ですか。『夢』の中でも…)

海未「…とにかく奥に進んでみましょうか」

凛「そうにゃそうにゃ!行ってみた方がいいよ!」

にこ「そうね!」

三人は奥の方へと駆けていった。

[054170 AD 2200 08/15 17:12]

~音ノ木坂学院:地下~

海未「しかし…一体何処から聞こえているのか…」

すると。

ドガァン!

うみりんにこ「!?」

にこ「…何よ~…あっちの方から?」

凛「あ!あれ!希ちゃんたちにゃ!」

廊下の奥の方に、少し明るくなっているところがあり、瓦礫が散乱している。

そこには希、穂乃果、エリ、雪穂、花陽、真姫の姿があった。

にこ「…え」

にこ「…嘘…絵里が…」

にこは目を丸くして突っ立っている。

海未「…にこ」

なるべくショックを与えないよう、語るように話す海未。

海未「あの絵里には記憶がありません。私との記憶も、あなたとの記憶も…」

にこ「そ、そうなの!?元には戻るの!?教えてよ!?」グッ!

海未に掴みかかるにこ。

海未「お、落ち着いてください!」

にこ「ご、ごめん…」パッ

海未「さっきの凛の話と照らし合わせれば、彼女の精神は『カゲロウデイズ』の中にあると考えられます」

にこ「じゃあ、『カゲロウデイズ』を壊せば…」

海未「彼女の記憶も戻るはず。今はどうやって壊すか、それを考えましょう」

希「海未ちゃん!良かった!」

希たち六人が駆け寄ってくる。

海未「色々なことが解りました。説明するので、皆さん聞いてください」

海未「今から、『カゲロウデイズ攻略作戦』を開始します!」

[054170 AD 2200 08/15 17:12]
第十四話「夜咄ディセイブ」
END

第十五話「チルドレンレコード」
[054170 AD 2200 08/15 17:16]

~音ノ木坂学院:地下~

学校の地下を駆けるメカクシ団。

にこ「つまりまとめると…」

穂乃果「私たちは雪穂ちゃんを捕まえたんだけど」

希「その後、白い服の人たちに捕まって、牢屋みたいな部屋の中に放り込まれたんや」

エリ「けど、ホノカの歌が聞こえたから私とハナヨとマキが助けに駆け付けて、私が部屋を壊して三人を助けたチカ」

雪穂「そういう事」

雪穂「あと、さっき能力で調べた通り、もう少しで『あいつ』がいる部屋に着くよ」

希「…あと、凛…」ジトー

凛「…!?」ビクッ

花陽「後でゆっくり、もう一回聞かせて。もうすぐ目的地なんでしょ?『全部終わってから』、ね?」

希「そうやね。今最優先なのは凛ちゃんのことじゃなくて、『カゲロウデイズ』の方や」

凛「みんな…」

凛「…うん!」

海未「とにかくもう少しで例の部屋です。気を引き締めましょう」

海未「エリは私の合図に合わせて扉を蹴破って下さい」

エリ「…解ったチカ」

[054170 AD 2200 08/15 17:21]

~地下空間~

そうして作戦を確認しているうちに、例の部屋の前に辿り着いた。

海未「凛。準備は大丈夫ですか?」

凛「全然オーケーにゃ~」ニコニコ

凛の笑顔は少しだけ『夢』の外とは違っている。

海未「さて、私と凛とエリ以外は『隠れ』ましたね…」

海未「…それではエリ、頼みます」

エリ「…いくチカ!」グッ



ドガン!!



途端、ホルマリンの香りが立ち込める。

辺り一面には有色のケーブルが這い回り、研究機材が乱立していた。

他にも、夥しい数のモニターが光っている。

薄暗い研究室の最深部、海未たちに真向かうようにして「奴」は座っていた。



「…もう夕方よ?」



ことり母「学校で騒ぐなんて…教育がなってないんじゃないの?」

海未「気に食わないのなら説教でもしてみてください!」

海未は怯えた様子も見せずにことりの母に歩み寄っていく。

海未(この『作戦』なら…必ず成功します!)

海未「あなたの策略はもう解っています。『カゲロウデイズ』のことや、『化け物』のことも」

海未「どんなつもりかは知りませんが、もう終わりです。今すぐ降伏して、あなたの息がかかっている連中を全員止めてください」

海未「さもなくば、エリがあなたを酷い目に遭わせますよ?」

エリ「今の先生は先生じゃないチカ!絶対許さないチカ!」

すると、少しの間をおいて、ことりの母が立ち上がった。

ことり母「…ふふっ」

ことり母「…じゃあ、こういうのはどう?」

ことりの母は、おもむろに懐からハサミを取り出して両手で握り、自分の首に向けた。

凛「…な、何してるにゃ!」

ことり母「え?何って…」

「貴方の母親を殺そうとしてるのよ?」

凛「…!」

凛の顔はどんどん青ざめていく。

ことり母「さぁ、どうするの?貴方たちの命と宿主の命…どっちが大事?」

凛「…ッ!」

海未「…」

ことり母「…待たせないでくれる?さっさとしないと…」

海未「…だから、『もう終わりだ』と、さっき言いましたよね?」

ことり母「…え?」





「『メカクシ完了』…やね」





突如空間が揺らめいたかと思うと、眼前に紫色のフードが現れた。

続けざまに表れた赤髪の少女の瞳が、ことりの母の双眸を捉える。

一つの言葉も残さずに、ことりの母は動きを止め、握っていたハサミを取り落とした。

希「…ふぅ。どうやら上手くいったみたいやね」

凛「どう?凛の演技力!すごいでしょ~」

希「能力使ってたやろ…」

海未「向こうが宿主の身体を人質にするのは予測がついていましたから。相手を慢心させるためにも、凛の存在は必要でした」

まき「じゃあ、この人を縛って、アジトに連れて行けばいいんだよね」

海未「はい。身体の自由さえ奪えば危機は避けられるでしょう。あとは煮るなり焼くなりして『カゲロウデイズ』の情報を吐かせますよ!」

凛「…言っておくけど、身体は凛たちのお母さんのものだからね?」

海未「はい?解ってますよ。さてエリ。そのワイヤーで縛っちゃってください」

エリ「チカッ」

エリは海未の指示を受けて取り出した鉄ワイヤーで、ことりの母の身体をグルグルと巻き始める。

雪穂「これで亜里沙を…」

にこ「やっと、これで終わり…!」

その場にいる全員が安心しきっていた。





しかし。





それは一瞬だった。

ことりの母の身体から黒くて長い『何か』が出現し、エリの身体に巻き付く。

エリ「え?」

海未「…!?」

エリ「ぐ…!に、逃げて…ッ!!」グルグルグル

エリが叫んだ次の瞬間、エリの身体からどす黒い影のようなものが飛び出し、その身体を縛り上げていく。

海未「…エリッ!聞こえますか!…くっ!一体どうなって…!」

今や黒い塊のようになったエリの身体は、ドクンドクンという音を立てながら変貌していく。

海未が近付こうとすると、塊の中から酷く歪んだ声が漏れ出してきた。

エリ「ダ…ダめ…チカ付かナイで…!」

海未「待っててください!今助けます!」

そう言って海未が塊に手を伸ばした瞬間、弾けるようにそれが霧散する。

塊のあった場所には、見た目こそエリと瓜二つだが、下卑た笑みを浮かべる少女が立っていた。

海未「え…?」

少女はゆっくりと口を開き、エリの声でこう言った。



「ゲームオーバーよ、園田海未」



海未「…な!?」

少女は落ちていたハサミを目にもとまらぬ速さで拾い上げ、握りしめる。

そしてそのスピードのまま、





…ハサミを海未の喉元に突き刺した。

海未「……?!」

海未「…あっ…がっ……はっ…はあっ…!」

目の前がだんだん暗くなっていく。



首元が熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。仲間たちの叫び声が聞こえる。



薄れゆく意識の中で、最期に見たのは、










大きな口のようなものだった。

[054170 AD 2200 08/15 17:35]










――――――――――――――――――――










[054170 ×× ×××× ××/×× ××:××]

目が覚めると、どこまでも真っ白で、自分の影さえ見つからない。

そんな世界にいた。

目の前では、古びたアナログテレビがエンドロールらしきものを垂れ流している。

遠くには何故か、ハサミが落ちていた。

海未「…ここは」

海未(確かに私は…)

――――――――――

「…あっ…がっ……はっ…はあっ…!」

――――――――――

海未「…刺された」

でも、そこまでの記憶が無い。

首元を触っても何の異常もなく、何故か着ていた制服に血がついているわけでもない。

何故か、『ハサミで首を刺された』という事実だけを知っている。

海未「…しかし、何処なんですか?ここは」

海未(辺りを見回しても、白、白、白…)

海未「…とにかく、このテレビを見てみるしかないです。何かここがどこなのかの情報が…」

海未「…?」

テレビには、多種多様な国の言語を混ぜ込んだような文字列が流れている。

海未「流石に読めませんねぇ…」ハァ…

海未はその場にどっかり腰を落とし、大きくため息をつく。

海未「…どうすれば…」

海未「…ん?」

すると、海未は奇怪な文字列の中に読み取ることのできる一文を見つけた。

海未「なになに……『主演…園田……海未』?」

海未(生まれてこの方、同姓同名の人なんて見たことはありません。つまり、主演の項目に書かれているのは、間違いなく…)

海未「私の名前」





脳がそう認識した瞬間。





ズキンッ!!!

海未「…!?」

目が、滲んだように不完全に赤く染まり、脳味噌が焼けるように痛む。こんな痛みは体験したことが無い。とにかく痛い。痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

大量の記憶が雪崩れ込んでくる。

海未「…かッ…!はッ…!…何なん…ッ!ですか…これは…!!」

母親の胎内での記憶。
自分が生まれた時の記憶。
穂乃果が生まれた時の記憶。
穂乃果が溺れた時の記憶。
ことりと始めて話した時の記憶。
ことりの両親が死んだ時の記憶。
ことりと観覧車に乗った時の記憶。
絵里、にこと出会った時の記憶。
絵里とゲーム大会で優勝した時の記憶。
あの『8月15日』の記憶。
死んだように学校に通った時の記憶。
ニコと再会した時の記憶。
立てこもりに巻き込まれた時の記憶。
『メカクシ団』に出会った時の記憶。
自分が殺される記憶。
メカクシ団がエリに似た『あの少女』に嬲り殺されていく記憶。
暴走した真姫が能力を使い、全てを『巻き戻す』記憶。
そして自分が、この場所で狂って自殺する記憶。

これら全ての記憶が、過去、未来含め、幾重にも重なって雪崩れ込んでくる。

それを見ているだけで容易に想像がついた。



「『夢』の中の園田海未とメカクシ団は、何万回ものループを繰り返している」ということを。

海未「…あっああ…はぁああはっ…!」

特に、嬲り殺されていくメカクシ団を見るのは堪えた。

視点は動かず、ただ見ているだけ。動けないのだ。助けられないのだ。

せっかく『終わらないセカイ』を壊せるところまで来たのに。

発狂しながら辺りを見回すと、あるものが目に入った。



ハサミだ。



海未は、ハサミの方へ、這いずりながら移動していく。

海未「…はぁあ…!もう…!もういいですッ!」ズルズル

海未はそれを掴み取る。





「もう……疲れました」

海未はハサミを握り、自分の首元に突き刺

…せない。何故か手が動かなくなる。





海未「…何で…また…また……死ねないッ…!!」ググッ…

そうだ。

フラッシュバックする、『μ'sの皆』との思い出。

海未「…!!!」

海未「…嫌だッ…!絶た…いッ…」フラフラ

海未「嫌ですッ!」ブンッ

海未は全力を振り絞って立ち上がり、ハサミをできるだけ遠くに、力一杯投げた。





海未「私は…!ことりと…ッ!『メカクシ団』でなく…!『μ'sの皆』と…!一緒に居たいんですッ!」





…助けたい。戻りたい。





海未「…はぁ…はぁ…はぁ…」

そう強く願った瞬間、頭痛がスッと引いていく。

俯いて息を整える海未。

その目はしっかりと、赤く染まっていた。

海未「…はぁ…はぁ…」

『…海未ちゃん、って呼べばいいのかな』

海未「…?」

直接脳味噌に語りかけてくるようなその声は、大好きな『あの子』の声によく似ていたが、何処かが違った。

???『随分と時間がかかったけど、やっと思い出せたみたいだね』

海未「…あなたは…誰ですか?」

???『君の能力さ。この世界から君が生まれるずっと前から、君の中に在った力』

???『ずっと昔、君と「女王」は誓ったんだ。この「悲劇」を絶対に忘れないって』

???『いつもの君は、この直前に絶望し、自ら命を絶っていた。どうして踏みとどまることができたのかは分からないけど、この能力を持つ君が居れば、「カゲロウデイズ」を壊すことができる』

海未(…μ'sの皆のおかげですね)

海未「…不思議に思ってたんです」

海未「『この世界』では物覚えだけは良かった」

???『「目に焼き付ける能力」を持っていたんだ、不思議なことはないよ』

すると。

「海未」

海未「…?」

どこからか、懐かしい声が聞こえた。

???『…おっと、もうお出ましか。じゃあ言っておくべきことがあるね』

海未「…な、なんですか?」

???『君はこの能力を持っていれば、何時でも「この場所」を出入りできる』

???『この能力は「新しい女王」の能力だからね。「前時代の女王」の能力で創られたここの干渉は受けないんだ』

海未「そんな力が…」

???『あと、この中にいる人間と空間、そして意識は密接に関連している』

???『その証拠に、ほら。君の服も高校の制服に変わっているだろう?』

海未「先程気付きました。そういう理由があったんですね」

???『まぁ、今すぐここを出てもいいけど、「あの少女」に勝つためには「あの人」と「あの子」の協力が必要不可欠だ。だから、行く必要がある』

???『ほら、黙っててあげるから行ってきなよ』

海未「…はい」

海未の目の赤色はスッと引いた。

海未(と言っても何処に行けばいいのやら…)

すると。

ピッ…ピッ…

海未は声に続いて、短く鋭い電子音が等間隔で鳴り始めていたのに気付いた。

無機質に、何かを示すように響き続ける電子音。

これは、『心臓の鼓動』を表すときに使う音だ。

今までに何度か聞いたことがある。

俯いていた海未が顔を上げると、少し離れた空間に、何処からともなく鉄製の扉が現れていた。

周りには壁などは無く、ただドアだけが立っている。

扉の上には『手術中』と書かれた赤い電光板が光っていた。

海未「…行けばいいんですね」

電子音に導かれ、海未はドアの前まで辿り着いた。

海未(皮肉な話ですが…この先に居るのが『あの人』ならば、これが『手術室』の扉であることも納得がいきますね…)

海未「……開けてください」

パチン

ドアの前に立った海未がそう呟くと、電光板の光が消え、鉄製の扉が開いた。

すると、強い消毒液の匂いが拡がる。

扉の奥にあったのは、縦横無尽に乱立した、夥しい数の点滴台がある空間だった。

点滴台には無色の液体が入ったパックがぶら下がっており、そこから延びた細い管は全て一つの終着点に向かっている。

どうやら、電子音もその方向から響いているようだ。

海未「…終着点はここからでは見えませんね…行ってみますか」

海未は点滴台を掻き分けるように退かして進む。

消毒液の匂いはどんどん濃くなっていき、それに伴って電子音も大きくなっていった。

ガシャッ…ガシャッ…

派手な音を鳴らしながらしばらく行くと、無数の管が集まる終着点に到着する。

そこには医者の姿も、点滴台以外の医療機器もなく、白いシーツにくるまれた一台のベッドが鎮座していた。

ベッドの上、目が合った『あの人』の変わらぬ姿に、海未は息を呑む。

ブロンドの髪と、日本人離れした顔立ち。

それから、一呼吸おいて、こう話した。





海未「…久しぶりですね、絵里」





絵里「うん、本当に久しぶりね、海未」





絵里は見慣れた優しい笑顔で、そう返す。

海未「…外で何が起こっているか解っているなら、教えてください」

海未「『あの日』…何があったのかを」

絵里「…もちろん。外の事は全部解ってる」

絵里「いいわよ…教えてあげるわ」

そう言ってから絵里は、『自分一人しか体験し得なかったこと』を、語るように話し始めた。

[054170 ×× ×××× ××/×× ××:××]
第十五話「チルドレンレコード」
END

第十六話「サマータイムレコード」
[054170 AD 2199 08/15 18:00]

~絢瀬家~

夕方だというのに、まだ蝉が鳴いている。

絵里「…チョコレート、ありがとう。『美味しかったわ』」ニコッ

にこ「そう!喜んでくれて嬉しいわ!」

にこ「なんたって『大銀河宇宙No.2剣士≪無双の歌姫・YAZAWA≫』が作ったチョコレートなんですもの!不味いわけないわ!」ドヤァ

…胸が痛い。

食べ物の味も分からない程、おかしくなっているなんて言えない。

さっき作った布団の染みに気付き、それを隠す。

何の話をしに来たのだろうか。何だろう。病気の話だろうか、ゲーム大会の話だろうか、学校の話だろうか。

どのみちあと数日しか生きられない身体、それを聞いてもただ悲しくなるだけだ。

どうしたら…どうしたら…この悲しさを…。

にこ「…り?絵里?」

絵里「…はっ」

にこ「大丈夫?」

最近、こんなことがよくある。

考え込んでしまって、話しかけられても気付かないのだ。

絵里「いや、なんで今日、うちに来てくれたのかなって」

にこ「…!」

にこは、途端に表情を暗くした。

絵里「…え?どうしたの?」

にこ「…いや、あの…言いたいことがあって」

絵里「…え?何?何か重大なことなの?」



にこ「…実は…」



瞬間。



絵里「あ………」ドサッ

一瞬で意識が飛んだ。

にこ「…!?」





にこ「…え、絵里!?大丈夫!?今誰か呼んでくるから!」

そう言って、にこは慌てて部屋を出て行く。

絵里「…」

私は、夕焼けに染まった部屋の中、呻き声すら出せずに、ベッドの上に一人仰向けになったまま、残された。





白い天井がオレンジ色に変わっていくのを見つめながらゆっくりと目を閉じる。

多分、この人生で見る『色』はこれが最後だろう。

最期に見る色が夕焼けのオレンジ色なんて、なんだかロマンティックね。

そう思うと、何か熱い液体が、目からこめかみの方にかけて流れていく感触がする、



ような気がした。

[054170 AD 2199 08/15 18:32]

あの日、8月15日は、平凡でいい一日だったと思う。

救急車のサイレンの音と、微かな振動。途切れ途切れになる意識の中で、にこの声を聞いていた。

もう、目の前は真っ白になっていて、何も見えない。

「大丈夫」とか「しっかりして」とか、多分そんなことを言っていたと思う。

さっきまでは苦しくて苦しくてどうしようもなかったけど、今はもう、そういう風にも感じなかった。

でも、もう苦しくもなくなった。多分もう、私の中の「苦しい」っていうのを感じる部分が、死んでしまったんだと思う。

ガシャ…

担架が救急車から降ろされるような音。病院に着いたみたい。

音が耳の周りでボワンボワンと反響する感じになって、いよいよにこの言葉もニュアンスだけでしか聞き取れなくなってきた。

長い電子音も聞こえる。心臓も止まってしまったのだろう。

でも、『多分病院のベッドの上である場所』で聞いた、にこの言葉だけは聞き取れた。

…いや、『脳味噌が、そう聞き取ったように無理矢理判断した』という表現の方が正しいだろう。



こう言ったの。



『…何でいなくなっちゃうの…ただ一緒に居たかっただけなのに…』



『…ただ…ただ…』





『絵里に大好きって言いたかっただけなのに…!!』





…そんなこと言わないでよ。

一言も返せないのに。





私もにこに「大好き」って言いたかったのに。

にこ、海未、ことりちゃん、南先生…。

もっともっとみんなと一緒に居たかった。もっとたくさん遊びたかった。

こんな弱い身体に生まれたくなかった。

もっと強い…それこそ『ゲームの主人公みたいに強い身体だったら』、いつまでも、ずっとみんなと一緒にいられたのに…。





いつまでも……みんなと……。






『願うか。愚かな人間よ』

突如暗闇を満たしたそんな言葉は、何処から届いたのだろうか。

そんなことを考えようとした矢先、まるで電源コードが千切れたみたいに、私の意識は途絶えた。

[054170 ×× ×××× ××/×× ××:××]

絵里「……そして、この場所にいた」

絵里「その後私は…いや、『私の身体』は能力を得てここを出た」

絵里「私の身体は、水槽の中で揺蕩っていた」

絵里「私の身体の感覚とここにいる私の感覚はリンクしているようだから、水槽に入った私を嘲笑う南先生…いや、『冴える蛇』が言っていたことは覚えてる」

絵里「『一年かけて準備をして、私とにこを「カゲロウデイズ」に接触させた』…という旨のことを言っていたわ」

海未「…という事は、『全ては仕組まれていた』と言って間違いない訳ですね?」

絵里「そうよ。その言葉が一番適してる」

海未「やはりそうですか…」

海未「…ん?」

絵里「どうしたの?何か気付いた?」

海未「…そういえば、『あの人』と『あの子』の協力が必要、って言われたんです。『あの人』が絵里だということは解りましたが…」

絵里「へぇ…誰かは知らないけど、こっちの事情はよく分かってるみたいね」

海未「それより、『あの子』とは…まぁ、薄々勘付いてるんですけどね」ヤレヤレ

海未は少し迷惑気に笑う。

絵里「強く…強く、願ってみて」

「『会いたい』、って」

海未「はい」



海未(会いたい…会いたいです!)



そう願いながらゆっくりと目を閉じ、もう一度見開く。

海未が目を閉じた一瞬の隙に、真っ白なセカイは、





いつか見た夕焼けの教室に、挿げ替えられていた。

様々な色が交じり合う、マジックアワー。



何処からともなく響く、聞き覚えのある音。

懐かしい、ローファーが床とぶつかる音だ。

「えっと…久しぶり、だよね?」

海未「…そうですね。本当に、お久しぶりです」





「ことり」





ことり「さぁ、行こう?海未ちゃん」



「みんなを、助けに」

[054170 AD 2200 08/15 17:35]

~通学路~

目を開けると、少し久しぶりの通学路に立っていた。

海未(服がジャージに戻っていますね…ということはここは『カゲロウデイズ』の中ではない…)

海未(外に出られたのですね)

「…あの『作戦』で本当に大丈夫なの?」

声の聞こえた後ろを振り向くと、いつもの赤いマフラーをしたことりが立っている。

夏めくことりの笑顔は、全く変わっていなかった。

海未「…大丈夫ですよ」

海未は清々しい笑みを浮かべていた。

海未「行きましょう。全てを終わらせに」

海未「あと、久しぶりに…」

海未「学校まで競争、しましょうか」

ことり「…!」

ことり「そうだね!」ニコッ

二人は、夕焼けの街並みの中を走り出した。

[054170 AD 2200 08/15 17:37]
第十六話「サマータイムレコード」
END

第十七話「ロスタイムメモリー」
[054170 AD 2200 08/15 17:49]

学校の地下に到着する頃には、もうすでに世界は巻き戻されてしまう直前だろう。

でも、勝てる。助けられる。この『悲劇』を止められる。

園田海未にはその確信があった。

『終わらないセカイ』…『カゲロウデイズ』を壊せば、『夢』から覚めることができる。それはそれで寂しい気もするが、あのゲーム大会の日に決めた。

『絶対にこのゲームをクリアしてみせます』、と。

絶対に帰る。絶対に帰る。

待っていてくれる人たちが、この夢の向こう側に居る。

だから絶対、助けてみせる。

そんなことを考えながら走っていると、既に例の部屋に着いていた。

案の定、部屋中の実験器具は赤く光り出している。

真姫は十の能力のうち八を手に入れて、世界を巻き戻そうとしている最中だ。

真姫の背後では空間に大穴が空き、拡大を始めている。

周りには『冴える』に蹂躙されたメカクシ団メンバーが無残に倒れていた。

花陽「真姫ちゃん…ずっと一緒って…言ってたのに…」

海未(この光景を見るのはこれで54170回目…)

海未(見飽きました)

海未(だから、絶対に終わらせます。54171回目は、絶対に見たくない)

海未「…ことり、お願いします」

ことり「うんっ」キンッ

ことりの目が赤く染まる。

まき「…っ!」

真姫が一瞬何かに気付くと、大穴の拡大が止まった。

海未(まず、ことりの能力による真姫の能力の一時停止。メカクシ団メンバーの真姫への思いを伝える…)

ことり「私の能力は人に記憶と心を伝える力…『目をかける』」

エリ?「な…!」

エリ?「最後の蛇!何故此処に!?それに貴方が何故そんなことを知っているの!?」

海未「こちらには!」

海未「あなたに奪われた全ての世界の記憶がある!」

海未「あなたは知らないでしょう?ずっと前の世界の私たちが隠した、真姫に生まれた力を!」

エリ?「何…?」

エリ?「邪魔を…しないでッ!」バッ

こちらに飛び掛かってくる少女。しかし。



『それはこっちのセリフよ』



エリ?「…なッ!?」ガクンッ

エリ?「ぐ…!」ドサッ

『冴える』の動きは空中で止まり、派手な音と共に地面に落下した。

海未(…絵里が自分の身体に干渉し、『冴える』を止める)

――――――――――

[054170 ×× ×××× ××/×× ××:××]

海未「絵里の精神…つまりここにいる絵里は、自分の身体とリンクしているんですか?」

絵里「まぁそうね。でも、私の意識より蛇の意識のほうが優先されているみたいなの」

絵里「だから、外の情報は『身体』の目を通して入ってくるけど、動かすことは出来ない」

絵里「もっとも、動かせたら今こんな状況にはなってないわ」

海未「う~ん…」

海未(ここから出れば、絵里の意識と成り代わっている『醒める蛇』は既に真姫のもとにいる。前までのループと流れが一緒ならそうなっているはず…)

海未「…ん?」

――――――――――

『「あと、能力の定着には時間が必要だという趣旨の内容もありました。花陽はどうだったんですか?』

『う、うん。私も能力を得たのが六歳くらいの時で、十六歳になったら急に発動を制御できるようになったよ」』

――――――――――

海未「…そうだ!」

絵里「え!?なに!?」ビクッ

海未「…いけますよ!」

――――――――――

[054170 AD 2200 08/15 17:53]

海未は少女に歩み寄る。

海未「『冴える蛇』…あなたはまだ絵里の身体に定着しきれていない状態で、『醒める蛇』を真姫のもとへと弾き出した」

海未「それが迂闊でしたね」

海未「まだ絵里の精神は身体と繋がっている」

海未「即ち!」ビシッ

海未「あなたより高い優先度で身体を動かせるんです!」

エリ?「くっ…『日記』からの情報か…」

エリ?「それに…十匹の蛇が集まってしまったら…『みんなと一緒に居たい』という女王の願いは暴走しない!」

そして海未は瞬きをし、目を赤く染めてみせた。

海未「私の全ての記憶…全てはこのためにあったんです!」

海未(あとは真姫に全ての記憶を伝えるだけ!)

海未「ことり!」

ことり「大丈夫…」

ことり「全部伝える!」

ことりの目が再び、赤く染まる。

海未(絶対に、助けます)

エリ?「あぁ…あぁ…」

エリ?「やめろおおおおおおおおおお!!!!!」



















――――――――――――――――――――

――――――――――










[000001 AD 2200 08/15 18:14]

あの後。

真姫は『カゲロウデイズ』を完全に操り、全てを飲み込んだ。

『冴える蛇』は、ことりの母がことりの父に会えたことにより願いを失い、エリの『亜里沙を助ける』という願いを叶えるため、亜里沙の能力となってループは阻止された。

飲み込まれた人間たちは生き返り、メカクシ団の能力はそのまま。『カゲロウデイズ』は最終的に消滅させられた。

皮肉だが、全てが都合良く収まったのだった。

そんな突飛なことをした後、海未とことりは、あの夕暮れの通学路を平日の学校帰りのように歩きながら、話をしていた。

もう日没は近い。

海未「あはは。そうなんですか?では、また」

海未は電話を終え、ことりから借りていたスマホの電源を切る。

海未「終わりました。どうぞ」

ことり「うん、ありがとう。みんなはどう?何してるの?」

海未「まだ学校で話をしているようです。絵里は泣きじゃくっていて、何を言ってるか解ったものではありませんでしたよ」ヤレヤレ

ことり「そうなんだ~」

ことり「…絵里ちゃんも、やっとにこちゃんと会えたんだもんねぇ」

海未「そうですよね…」

海未(私もやっとことりに会えた)

海未が西の方を見やると、もう夕陽の半分がビル群に埋もれてしまっていた。

海未(でも、多分私はこのまま…タイムリミットでしょうね)

ことり「…ことりね」

海未「…?」

ことり「久しぶりに海未ちゃんに会えて、すっごーーーーーい、嬉しかったんだ」

ことり「いっぱい話したいこともある」

ことり「…でもね」

ことり「今は、まとまらなくて話せない」

ことり「だから、後でゆっくり話したいの」



海未「…『後で』ですか」



ことり「…?」

海未「いや…なんでもないですなんでも!こっちの事情です!」

ことり「え~教えてくれないの~」ジトー

海未「え…いや…その…」

海未(何か…かっこいいことを言わなければ…もう時間もありませんし…)

ことり「あ、そうだ!そういえば!聞きたいことがあるの」

ことり「海未ちゃんの…」

「一番好きなものって…なに?」

海未(…はっ)

――――――――――

『海未ちゃんの一番好きなものって…なに?』

――――――――――

海未「…私は」

海未「ことりとこんな風に話す、この日常が大好きですよ」

海未「…それと」ギュッ



ことりを、そっと抱き寄せた。ことりの身体の温もりが伝わる。

ことり「…え?///」





「あなたのことも、大好きです」





「ことりも…海未ちゃんのこと…」





その瞬間。

突如目の前が日が沈んだかのように暗転し、落ちていくような感覚に襲われた。

返事を聞けなかったことが残念だ。

『あの時』も、こうやって言えば良かったのかもしれない。

でも、この夢から覚めたらまた出会える。言える。





大好きな『あの子』に。





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第十七話「ロスタイムメモリー」
END

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第十八話「daze」





――――――――――――――――――――

海未「…はっ」

目を覚ますと、自分の部屋のベッドに寝ていた。

服はジャージではなく、制服の夏服に戻っていた。

海未「…と、時計は…」

布団から這い出て、デジタル時計を見やる。

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海未「…!」

海未「…はぁぁ…」

海未「戻ってこれたんですね…」

部屋も狭くなって窓の大きなディスプレイも無くなり、机の上にあったデスクトップやハサミ、折り鶴もきれいさっぱり無くなっていた。

海未(少し寂しい気もしますが…戻って来れて良かった)

海未「…ん?」

海未「そうだ!ことりは…」

『今日の六時過ぎくらいに海未ちゃんの家に行くから!』

ピンポーン

海未「…!」

海未「…行きましょうか」

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ガチャ

ことり「…今はこんにちは、かなぁ?」

海未「ことり、どうしたのですか?」

海未「…それより!」

海未「今まで何処にいましたか?」

ことり「え?ん~と、何故か公園のベンチで寝てたの。起きたらもう夕方近くて、『海未ちゃんの家に行くんだった』って思って連絡したんだけど、返事が来なくて」

ことり「だから心配になって、来たの」

海未(そうですか…他の事についても聞きたいですが、今はことりの要件を聞くべきですね)

海未「そういえば、どうしたんです?」

ことり「…あのね……」

ことり「あの…う…えぐ…」

ことり「海未ちゃん…海未ちゃん…うぇえ…えぐ…」ポロポロ

海未「…」

海未(泣いている好きな人を見たら…抱きしめてあげるしかないでしょう)

ギュッ

ことり「ふぇ!?///」

海未「…私が夢で見たことりも、一人で背負い込んでしまう人でした」

海未「そして一人で、セカイに閉じ籠ってしまう」

海未「私はそんなことりが、嫌いです」

ことり「…!」

海未「だから話してください」

海未「一人で考え込ませたりなんてさせません」ニコッ

ことり「海未ちゃん…」

ことり「分かった。話すね」

ことり「…ことりね、海外留学しようと思ってるの。服飾関係の学校に」

ことり「留学はしたい」

ことり「でも、せっかく皆がラブライブに向けて頑張ってるのに、いいのかなって思って…」

海未「…」

海未「私個人の意見をお聞かせします」

海未「聞き流してくれてもいいです」

海未「まず、私はことりに留学してほしくありません」

ことり「…!」

海未「いつでも、何十年でも、何百年でも一人でいることは出来ます」

海未「でも、『誰かと一緒に居られる時間』は有限です」

海未「それに、一人で居たら、必ず誰かと一緒に居た時のことを思い出して悲しくなる」

海未「だから私は、少ししかない『μ'sの皆で一緒に居られる時間』をことりと一緒に楽しみたい」

海未「私が『寂しさも、涙も、分け合います』」

海未「もう、『一人で泣かないで』ください。私が『一緒に』います」

――――――――――――――――――――

ふと思い出した、夕焼けの観覧車。

「赤いマフラーの」、ことり。

『海未ちゃん、ありがとう』

『ことりも、海未ちゃんとずっと一緒に居たいな』

――――――――――――――――――――

海未「私は…ことりと離れたくありません…!」ギュッ

涙を流して、ことりを抱きしめる海未。

ことり「…分かった」

ことり「私も、今は皆と、海未ちゃんと一緒にいる!」

ことり「それに…」ス…

ことりが海未のもとを離れる。

海未「?」

ことり「いつも優しい海未ちゃんもヒーローみたいで素敵だなって思うけど…」



ことり「ちょっと強引な海未ちゃんも…好きだよ?///」



ダッ

海未「…え?」ポカーン

海未「…まさか!!///」カッ

海未「…ちょ!ちょっと待って下さいよことりいいい~!」

――――――――――――――――――――

少し遠くには赤いマフラーを付け、黒髪をボブカットに整えた、紺色のセーラー服の少女がいた。

その目は赤く染まっている。

???「いやぁ~『カゲロウデイズ』の暴走って聞いたときはヒヤッとしたけど、『蛇』とあの子のがんばりのおかげで大丈夫だったみたいだね」

???「まぁ、あの子も、誰かにとっての『ヒーロー』になれたからいいよね」

???「…それに」

ダダッ

ことり「///」

海未「待って下さいよ~!」

???「とっても楽しそう」

「だからこそ、絶対忘れないで欲しいことがある」

マフラーの少女の目が赤く染まる。

海未「待って下さあああああい!」

『…ねぇ』

『ねぇ、君。そこの君だよ』

海未「…?」

どこからか声が聞こえ、海未は立ち止まった。

『「孤独」は塗り替えることが出来る』

『「ひとりぼっち」を変えようとした、君の力なら』

海未「…誰でしょうか?」

海未「…でも、そうですね」

海未「私たちはもう、『ひとりぼっち』ではないのですから」

夕暮れの街中が揺らめき出す。

海未は、小さくなっていく『あの子』の背中を見ながら、こう呟いた。

海未「挫けそうになってしまっても、大丈夫な気がします」





海未「『ひとりぼっち』の、君となら」





――――――――――――――――――――

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第十八話「daze」

END

――――――――――――――――――――

海未「…ん?」

海未「絵里が言っていたことりの一人称のこと…結局解りませんでしたねぇ…」

海未「もう一度思い出してみましょうか…」

――――――――――――――――――――

数Ⅰ数Aの点を犠牲にした「カゲロウプロジェクト」のパロ、これにて終了です。
あくまで「ことうみ」を中心として書きましたので、他キャラクターの描写が疎かになったり、展開が速すぎたりしてしまっていると思います。
申し訳ないです。
ちなみにループ回数の54171回はμ's全員の誕生日を足して9をかけたものです。
(例:穂乃果:8月3日→803)
現在は絶賛休載中のジャンプ漫画(新しい方)のパロを執筆中です。
冬~来夏公開(予定)なのでお楽しみに。
ありがとうございました。

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