国王「勇者よ、周りの者に別れの挨拶をすませておくんだな」 (38)

プシュッ

トットットッ

ゴキュゴキュゴキュ

プハー

勇者「いやー、まさに至福ですね。朝から横になって飲むエールというのは」

勇者「一人きりというのがちょっと引っかかりますが……」

勇者「仲間はみんな王都を離れてしまったのだから仕方ありません」

勇者「しかし暇ですね……」

勇者「どれどれ、魔道幻影で学生どもが白球と戯れる姿でも観覧しますかね」

勇者「えーっと、リモコンリモコン……あった」ピッ

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カキーン

勇者「お、打った! けどショートの正面じゃないか。これはアウトですね」

勇者「……っと、どこに送球してんだバカ! あーあー、余裕でセーフだよ」

勇者「しかし、球場は相変わらず快晴で暑そうですね」

勇者「暑い中死闘を演じる愚民どもを涼しいところから野次る……」

勇者「これに勝る娯楽はありませんなあ!」

勇者「……っと、何でバントに失敗してるんだ。だから言ったろう、2回続けてバントしようとしても成功しないって!」

勇者「ったく、マトモな采配もできない奴が監督やってんじゃねーよ」

勇者「ふっ……、まあ、それも良しとしましょう」

勇者「そもそもですが、こんな真夏に激闘を演じたところで、彼らは何も生み出さないのです」

勇者「魔王軍の進軍は止められません。スクリーン上の彼が死に物狂いで白球を投げ切ろうとしているとき、彼の村は魔族の襲撃を受け、彼の母親はバケモノに陵辱されているのかもしれません」

勇者「にもかかわらず、彼らはこの大会に向けて持てる力を出し切るのです」

勇者「ある者は肩を壊し、ある者は肘を壊します」

勇者「この乱世に大切な人を助けるわけでもなく、ただ無意味な死闘を演じて魔族と戦えない体に成り下がるのです」

勇者「こういうあまりにも残念かつ無駄な自爆っぷりを見ていると……」

勇者「心が奥底から躍りだしちゃいますね!」

プルルルルル・・・

勇者「っと、誰ですかね。人が心の洗濯をしているときに魔道通話をしようとしているのは」ピッ

勇者「はいもしもし、勇者ですが」

国王「おお、勇者かね」

勇者「ええ、一人暮らしの私のところに掛けているのですから勇者しか出ませんよ」

国王「うむ、休暇中でも朕からの魔道通話にはワンコールで出る心掛け、まずは良しとしよう」

勇者「あー、はい。どうも、です」

国王「久しぶりの休暇だから、てっきりまだ寝ているのかと思ったぞ」

勇者「とんでもありませんよ、陛下」

国王「いや失敬、これは誤解だったようだな」

国王「して、何をしていたのだ?」

勇者「休暇こそ、私が守らんとする民の生活を知るまたとない機会なのです」

国王「ほう……」

勇者「今、懸命に生きる民のひたむきな姿を魔道幻影で拝見し、魔王討伐への思いを新たにしていたところです」

国王「むっ! 見上げた心掛けだ。さすがは勇者!」

勇者「ところで、一体何用でしょうか?」

国王「うむ、実は魔王軍がまた王国に向けて進軍を開始する準備を始めたとの情報が入ってな」

勇者「それはいけませんね。では早速、迎撃計画の策定に着手しましょう」

勇者「魔王軍の規模と王国への到着時期、到着予想地点に関する情報を……」

国王「いや、そうではなくてだな」

勇者「……っと、どういうことでしょう?」

国王「そなたには、即刻、魔王城に向けて出立してもらいたいのだ」

勇者「あのー……」

国王「何だ、言いたい事があるなら申してみよ」

勇者「このくだり、もう何年繰り返してます?」

国王「何の話だ?」

勇者「お盆に出立させようとしてドタバタするくだりですよ!」

勇者「二番煎じどころか千番煎じくらいですよ。お茶の味がしない次元を通り越して、お茶っ葉が腐葉土になって土の味がしますよ!」

国王「貴様……っ! 黙って聞いていれば敵に背を向けるような発言を次々と!」

勇者「『申してみよ』と言ったのは陛下でしょうが!」

勇者「だいたい誰が敵に背を向けたんですか? 世の中が動いていない期間に迎撃計画を策定し、世の中が動き出すと同時に体勢を整えるのが、最も効果的に敵を……」

国王「黙れ国賊がぁ!!」

勇者「あぁ!?」

国王「敵前逃亡の罪で軍法会議に掛けてやる。覚悟しておくんだな」

勇者「軍人じゃない者を軍法会議に掛ける国がどこにあるんですか!」

国王「では、こうしよう」

勇者「ふっ、一体何ができるって言うんですかね!」

国王「貴様から勇者の称号を剥奪しよう」

勇者「……っ!」

国王「これまで、魔王討伐中の負傷や死亡以外で勇者の任を解かれた者が、どういう末路を辿ったかは知っているな?」

勇者「突然の事故死、謎の病死、動機不詳の行方不明……」

国王「貴様はどんな末路を辿るんだろうな」フフッ

勇者「フフッじゃねーだろ! みんなあんたの差し金だろうが!」

国王「はて、朕は客観的事実を述べただけだがな」

勇者「…………」

国王「改めて訊こう。速やかに出立してくれるな?」

勇者「ああもう! 行きますよ! あんたに殺されるより魔王に殺される方がマシだ!」

~~~~~

勇者「さて、早速王都の市街地に繰り出したわけですが……」

勇者「案の定、往来に人っ子一人いません」

勇者「しかし、仲間を集めなければいけません。仲間集めといえば酒場ですが……」

“8月13日(月)~15日(水)まで休ませていただきます”

勇者「ま、そうでしょう。この貼り紙を確認するために来たんですから」

勇者「では、気を取り直して、ギルドに行ってみましょうか」

“恐れ入りますが、夏季休業のため以下の期間は営業いたしません
8月11日(祝)~8月19日(日)”

勇者「う~ん。これはまた大胆な大型連休ですね」

勇者「こいつらフリーランスの分際で、大型連休とか社会人を舐めてるとしか思えませんね」

勇者「1分1秒を惜しんで意地汚く小金を稼ぐのがあんたらの生態でしょうが」

勇者「……んじゃ、最近王都に設立されたという傭兵派遣企業に行ってみましょう」

“社員の福利厚生のため、8月13日(月)から16日(木)までの4日間を休業日とさせていただきます”

勇者「社畜風情が一斉に休暇を取るとか、何を勘違いしているんでしょう?」

勇者「てめーらは伝令一つで10分以内にクライアントの元に駆けつけるのが仕事だろうが! お盆だろうと! 正月だろうと! 子供が熱を出そうと! 親が危篤だろうと! 誰が金払ってると思ってんだ!」

勇者「……あ、請求書は私宛ではなく国王宛でお願いしますね」

~~~~~

勇者「さて、手は尽くしたのですが……」

勇者「ここで努力を怠ると国王陛下に暗殺されちゃいますから、もう少しだけ頑張った感を出しておきましょう」

勇者「そんなときに便利なのが、この魔道石版です」テッテレー

勇者「この魔道石版のグループトーク機能で、グループの仲間に一斉にメッセージを送信します」

勇者「私にかかわった人はなぜか急速に私の元を去っていくので、私が参加しているグループはひとつしかないのですが」

勇者「でも、その唯一のグループが“勇者パーティ”ですから問題ないでしょう」

勇者「最初から勇者パーティに招集掛けろよって話なんですけどね」

勇者「でも、そうすると“結果的に駄目だったけど手は尽くした感”を演出できないじゃないですかー」

勇者「重要なのは“結果的に駄目だったけど”。ここですここ」

勇者「こんな時期に魔王討伐に行く奴なんて、高○○児を超える愚か者ですよ、ええ」

“おつです
 早速ですがバカンスを兼ねて魔界に行きましょう!
 明日の朝9時頃に王都の南門のあたりに集合で
 ではでは”

勇者「う~ん、この行間から漂う怪しさといい加減さと気持ち悪さ。これですよ」

勇者「だって、本当に集合されたら困りますからねっ。送信!」エイッ

勇者「おっ、早速戦士と僧侶が既読になりましたね。この二人はクソ真面目ですからね」

ピコーン

勇者「と思ったら早速僧侶から返信が来ましたよ。脅威の返信速度です。さすがは女の子ですね」

“お誘いいただきありがとうございます。
 さて、私は今、王都から5日ほど西に歩いたところにある聖都に来ています。
 神に仕える身として、年に一度聖都を訪れて神を身近に感じることは、欠かすことのできない修養であり、勤めです。
 そのため、お誘いいただきながら誠に恐縮ですが、この度の魔界バカンスは参加を見合わせさせていただきたいと思います。
 聖都巡礼から戻った後、これまでにも増して勇者様の力となるよう努めてまいりますので、引き続き宜しくお願い申し上げます。”

勇者「文面全体から僧侶のクソ真面目さが滲み出ていますね」

勇者「それにしても、私のメッセージに既読が付いてから2~3秒後にこの返信が来たんですが……」

勇者「僧侶は時を操る魔法を使えるんですかね?」

プルルルルル・・・

勇者「ああ……、戦士からは魔道通話の着信です」

勇者「彼は古風な男ですからね。話が込み入ると、すぐ通話に頼ろうとします」

勇者「込み入った話をしようとしている時点で、嫌な予感しかしませんけどね」ピッ

勇者「あー、もしもし。勇者ですが」

戦士「勇者であったか」

勇者「そりゃそうでしょ。あんたはグループトークから私を選んで魔道通話を発信したんでしょうから」

戦士「相変わらず、どうでもいいところに食いつく男だな、貴殿は」

勇者「まーまー、時候の挨拶は抜きにして、用件は何でしょうかね」

戦士「ああ……、貴殿が提案する魔界への慰安旅行についてなのだが」

勇者「あー、はいはい。ちょっと急だったでしょ。無理なら無理でいいんですよ、うんうん」

戦士「無理なら参加しなくてもよいようなことで勇者隊を招集しようとしたのか、貴殿は」

勇者「いや、まあ……その、そういうわけではないんですけど……ね」

戦士「魔界に赴こうというのだ、当然であろうな」

勇者「ま、そうなんですけどね、急だし、お盆だし」

戦士「お盆の招集だからこそ、火急の用件なのではないか?」

勇者「まー、国王陛下がうるさいっちゃうるさいんですけどねー」

勇者「こんな時期に出立してもいいことないでしょ。武器屋も道具屋もお休みだし」

勇者「女神様がお休みだと、私の卑怯なチート能力が発揮されないし」

勇者「教会がお休みだと、魔物に殺されても復活できないし」

戦士「馬鹿なことを申すな」

勇者「ま、世の中が程よく動き出してから、のんびり魔界に出立しましょうよ」

戦士「それが貴殿の魔王討伐に対する想いなのか?」

勇者「想いとか……なんか重いですねえ」

戦士「この国の平和を願うこと、民の幸せを望むこと、それを貴殿は重いと申すか」

勇者「うーん、そういうことを考えて楽しいですか?」

戦士「明るい未来に思いを馳せる以上の喜びがあると申すか?」

勇者「んー、朝からエールを飲みながら、愚民どもに野次を飛ばすこととか?」

戦士「冗談でも笑えぬな」

勇者「まあまあ、人それぞれということですね」

戦士「そんなそれぞれは誇れぬ」

戦士「貴殿は民を蔑む言動が目立つが、民を蔑んで何のための魔王討伐であろうか」

勇者「愚民と魔王関係なくない?」

戦士「関係ないことあるか。魔王を討伐し、王国に平和をもたらした後、平和を謳歌する民とともに暮らしていくのだぞ」

戦士「貴殿は確かに強い。然し小生には貴殿が哀れに映るのだ」

勇者「そういう逆説っぽいこと言って『俺賢いだろドヤァ』するのやめましょうよー」

戦士「逆説ではない」

戦士「王国に平和が訪れ、民が主役となって世の中を盛り上げていく世が必ず来よう」

戦士「そのとき、主役を『愚民』などと馬鹿にしていた貴殿の居場所がどこにあるというのだ?」

勇者「確かにちょっとふざけたことは悪かったですけど、魔王討伐は計画が大事ですよ」

戦士「では、いる人間で、できる準備からでも始めようではないか」

勇者「……という態でのんびり適当にやっていきましょうよ」

戦士「……………………」

勇者「あれ、戦士くん……?」

戦士「…………わかった」

勇者「わかってくれました?」

戦士「もう小生は貴殿に何も言わぬ」

戦士「魔王討伐には小生も微力を尽くさせてもらうが……」

戦士「これからは互いに意見を交わすことなく、互いに違う空を見て、互いに違う夢を信じて、同じ敵に向かっていこう。時間をとらせてすまなかった」ガチャン

勇者「……ふう」

勇者「話のわからない凡人との会話は疲れますね。私のHPは削られまくりですよ」

勇者「さて、これだけ時間を浪費したというのに、勇者パーティの残り一人からは未だに返信がありません」

勇者「それどころか、まだ既読にすらなっていません」

勇者「でも、これくらいで私は驚きません」

勇者「彼女は魔法使いなのですが、孤独が好きすぎて、用がないときは森の中に一人で引きこもっています」

勇者「しかも森には魔道通信を妨害する結界が張ってあります」

勇者「私の送信したメッセージは、間違いなく彼女に届いていません」

勇者「仕方ないので、早速森に行ってみましょう」

勇者「ちなみに彼女は勇者パーティの一員ですが、王国からは正式なメンバーとして認められていません」

勇者「実力がないから?」

勇者「とんでもありません。攻撃力は勇者パーティで最も高いです」

勇者「彼女は魔道アカデミーの学生なんです。なので、まだ正式な職業に就くことができないのです」

勇者「ちなみに、引きこもっているので魔道アカデミーの単位が足りないそうです」

勇者「単位が足りないと、魔道アカデミーを卒業できません」

勇者「魔道アカデミーを卒業できないと、彼女は正式な勇者パーティの一員になれません」

勇者「私、実はピンチなんですね。お盆に魔界どころではありませんです」

勇者「……独り言を言っているうちに、彼女の家に着いたようです」

勇者「おーい、魔法使いー!」ドンドン

ガチャ

魔法使い「……誰?」オソルオソル

勇者「私ですよ、私」

魔法使い「……勇者!」パアッ

勇者「おやおや、元気そうで何よりです」

魔法使い「うん、元気!」

魔法使い「今日は何? 魔王征伐に出発?」

勇者「魔王征伐も近そうですが、まずはバカンスでもと思いましてね」

魔法使い「やったー!」

勇者「でもまず、魔法使いは魔道アカデミーを卒業してもらわないと困りますよ」

魔法使い「…………」

勇者「ちゃんと魔道アカデミーに行ってますか?」

魔法使い「今、夏休みだよ?」

勇者「おっと、私としたことが。そうでした、夏休みでした」

魔法使い「だから、バカンスにも行けるよ?」

勇者「んー、では、夏休みの宿題はやってますか?」

魔法使い「……やってる、よ?」

勇者「なんか反応がおかしいですね」

勇者「どれくらいやりましたか?」

魔法使い「……10ページ」

勇者「進んでいるのか進んでいないのかよくわかりませんが……」

勇者「宿題は全部で何ページあるんですか?」

魔法使い「500ページ……」

勇者「何がバカンスに行けるだ! 絶対無理! むしろ今日から徹夜しろ!」

魔法使い「えぇぇぇぇぇぇ……」

勇者「魔王討伐に行きたいなら、アカデミーに行く! 宿題は終わらせる! 分かりました?」

~~~~~

勇者「さて、私は頑張りました」

勇者「手は尽くしましたけど、魔王討伐に出立する準備が整いませんでした」

勇者「整わなかったけど、本気で頑張りましたよー!」カメラメセン

勇者「どうせ、その辺に国王の放った間者がいるんでしょう。いやー、頑張ったなー!」

プルルルルル・・・

勇者「おやおや、国王から魔道通話です」ピッ

勇者「人が出立に向けて頑張っている(感を出している)ときに何ですか!」

国王「いや、そういうのはいいのだ」

勇者「そういうの? そういうのをやらせてるのはあんたでしょうが!」

国王「事態は急を要するのだ」

国王「魔王が動き出した」

勇者「なっ……!」

国王「魔王は単身でこの王国に乗り込んでくるようだ」

国王「王国への到着予想時刻は16時頃。到着予想地点は東経……北緯……」

国王「速やかに向かってくれるな」

勇者「わかりました」

今日の投下はここまでです。
続きは明日……というか明日完結です。

勇者「というわけで、到着予想地点に来てみましたが……」

勇者「王都園球場じゃないですか、ここ」

勇者「まずいですよ、これは」

勇者「いや、愚民どもが魔王に殲滅させられるのは一向に構わないんですがね」

勇者「勇者が魔王の攻撃に対して成す術がなかったと、白日の下に晒されるのがまずいですね」

カキーン ワーワー

勇者「しかも試合中じゃないですか。私に何をどうしろと」

勇者「魔王がここに来ると分かっているのなら、国王の権限で試合を中断させればいいんですよ」

勇者「どうせ『王都の民の娯楽を中止にはできん』とか言って愚民に媚びたのでしょう」

勇者「愚民からは『権力に執着することしか知らない暗君』と思われているのですから、開き直ればいいんですけどね」

勇者「……そうこう言っているうちに、魔王がおでましになる時間ですよ」

実況「東陵騎士道高校と西光魔導学院の対戦、2対3で9回の表、1アウトランナー2塁です。8番の東打者1がバッターボックスに入っています」

実況「1球目の投球……大きい当たり……ライトにあがって……!」

魔王「フハハハ! 人間どもに暗黒の明日というものを見せてくれよ……グフッ!」

実況「ああっと! 打球が大きな魔物のような飛翔体に当たりました! ボールと飛翔体がそれぞれ離れた位置に落ちてきます!」

実況「ライトの西守備、守備範囲に入りました……取りました、アウト。ランナーは2塁のままです」

実況「おっと、1塁側ダッグアウトから東陵の監督が出てきましたね。これはどういうことでしょう」

解説「今の打球がホームラン相当ではないかと監督に抗議しているようですね」

実況「東陵の監督がリクエスト権を行使してリプレイ検証を求めています」

勇者「いやいやいや、高校野球ですよねこれ? リプレイ検証って何ですか?」

審判「ただいまの打球、リプレイ検証の結果、本塁打相当ではないため、判定はそのままとします」

勇者「リプレイ検証しちゃうのかよ! そもそもプロでもリプレイ検証の対象じゃないでしょこれ」

実証「球場は異様な空気に包まれていますが、試合はそのまま続行します」

勇者「あのー、魔王がライト付近で倒れたままなんですが」

実況「バッター9番の東打者2。ピッチャー1球目の投球……」

魔王「ぐぬぬ、我を愚弄するとは許さん! 棒を構えている貴様の仕業か!」

実況「ああっと、今度は魔物のようなものがバッテリーの間に現れて……投球が魔物に当たった!?」

魔王「ぐ、ぐあああぁぁ……っ!!!」

実況「魔物のようなものはその場にうずくまって動けません。これはどうしたことでしょう?」

勇者「これはどうしたことでしょう。人間ならともかく、魔王が投球程度で動けなくなるほどのダメージを受けるとは思えないのですが」

勇者「その程度ならこの私がとっくに討伐していますよ」

勇者「まっ、まだ魔界にも行ったことがないんですけど」テヘッ

実況「おや? 魔物らしきものに当たった球がまばゆい光を放っていますね」

勇者「!! 聖芯弾!?」

????「うん」コクコク

勇者「いやいやご冗談を。あれは祝福の剣と同じ素材を弾の芯に埋め込んだ特殊な弾で、勇者以外は持つこともできない聖なる武器……」

勇者「って、魔法使い!? なんでここにいるんですか?」

魔法使い「やっぱりバカンスに行きたくて、勇者を追ってきた」

魔法使い「追ってきてみたら、球場で魔王が攻撃されていたので、つい……」

勇者「いや、別に魔王は攻撃されていたわけではないんですけどね」

勇者「それはそれとして、聖芯弾を愚民に持たせてはいけませんよ。人によっては二度と正気に戻れなくなるほどの強い聖気を帯びているのですから」

魔法使い「知ってる。だから……」

実況「おっと、ここで審判が耳に手を当てるジェスチャーをしています」

勇者「見間違いでしょ! そんなジェスチャーありませんからね!」

解説「審判は魔道動画アシスタントレフェリーを求めていますね」

勇者「私はお盆に並行世界に来てしまったようですね。私の知っている世界では、それは野球じゃないスポーツのルールですから!」

実況「主審が指で長方形を描いています。どうやらOFRを行うようですね」

勇者「いや主審って……」

解説「間違いなくOFRですね。主審がピッチサイドのモニターをチェックしています」

勇者「もうコピペが下手糞! ピッチサイドって単語くらい置換しとけよバカ!」

審判「ただいまの投球ですが、投球時に公式球以外の球を投げたのであれば偽投としてボークになるところでしたが……」

審判「魔道動画をチェックした結果、投球時は公式球が投げられていたことが確認されましたので、投球が障害物に当たったのみと解釈し、ノーカウントとします」

勇者「いや、これは一体どういう……?」

魔法使い「審判の言うとおり」

魔法使い「投手が球を投げた直後に、魔法で私が持ってきた聖芯弾とすりかえた」

勇者「確かにそうすれば、愚民が聖なる武器を手にすることなく、魔王にダメージを与えられますが……」

実況「魔物のようなものは既に運び出され、まもなく試合が再開されそうですが、スタンドは再び異様な空気に包まれています」

実況「東陵にしてみればせっかくのチャンスを2度も無駄にされたわけですし、西光にしても投手にあらぬ疑いを掛けられた形になりますが、これがこの後の試合展開に影響するのでしょうか?」

解説「そうですね……、お互いにペースを乱されたことは間違いないですからね」

勇者「魔王戦線に愚民を巻き込んで、話がこじれないといいんですけどね」

実況「バッター9番の東打者2。ピッチャー2球目の投球です」

魔王「そこの弾を投げている人間と棒を持っている人間よ! 我に歯向かうということがどういう意味か思い知るがよ……うおっ!!」ザシュッ!!

実況「ああっと、東打者2選手が思い切りバットを振りぬいたところに再び魔物が現れ、バットで打ち据えられた魔物がその場に倒れこみました!」

魔王「」

解説「魔物はバットで打たれたのではないようですね。血しぶきを上げて倒れこんでいます」

実況「確かに、東打者2選手が手にしているのはバットではなく七色に輝く剣です」

勇者「ええっ!? なんで? なんで?」

勇者「それって祝福の剣ですよ! 私が今、脇に下げている……」

勇者「あれ?? なんで私はバットを脇に下げてんですか?? えっ? えっ?」

魔法使い「バットと勇者の持ってる剣を魔法ですりかえた」

勇者「ああ!? あなた真性の馬鹿ですか?? なんで愚民に祝福の剣をフルスイングさせちゃってんの???」

魔法使い「あの選手、見たところ聖なる武器の耐性がありそうだった」

勇者「だからって愚民を戦線に巻き込んじゃいけないの!」

勇者「愚民が死ぬのは勝手ですけど、それが我々の責任として跳ね返ってきちゃうとめんどくさいの!!」

実況「この投球はノーカウントになるようです」

実況「あっと、今度は3塁側ダッグアウトから西光の監督が出てきて……審判に話しかけていますね」

解説「西光の監督としては、今の打者がバット以外でボールを打とうとしたからアウトだろうと言いたいのでしょうね」

実況「この抗議は認められるのでしょうか」

解説「投球は捕手のところに届いていませんでしたから、先ほどと同様に、投球が障害物に当たったとみなされるでしょうし、無理でしょうね」

実況「しかし、西光の監督はまだ粘っているようですね」

解説「再三にわたりペースを乱されたのに、ただなかったことにされるのを見過ごすわけにはいかないのでしょう。選手は爆発寸前でしょうし」

東打者2「おい西光! 散々俺達のチャンスを潰しておいて、今度はくだらない時間稼ぎかよ!」

西投手「んだと? バッターボックスで武器を振り回すてめーが何ほざいてんだコラ!」

西投手「騎士はルールより武器が大事ってか、クソ脳筋どもが!」

東打者2「ネチネチと陰険な魔術にうつつを抜かす卑怯者に言われる筋合いはない!」

西投手「なめんなコラ!」

東打者2「貴様は万死に値する!」チャキッ

西捕手「待て、東打者2。私だってこんな試合に納得はできぬ。されど我らが怒りの矛先を向けるべきは、互いのチームではなく異世界より現れし闖入者ではないのか?」

東打者2「いや、貴様のところのバカ投手が喧嘩を……」

西捕手「それはすまない」

西捕手「おい西投手! 我らが雑言を浴びせるべきは試合相手ではなく……って、止まれ。何でこっちに向かってくるんだ!? 話を聞け!」

実況「大変です! 西投手が叫びながら東打者の元に駆け寄っています!」

解説「この様子を見て両校のナインがバッターボックス付近に集まっていますね……。魔物を挟んで、両校のナインが対峙する形となってしまいました」

実況「ああっと、魔物を挟んで乱闘が始まってしまいました! 球史に残る汚点として語り継がれることでしょう」

勇者「だから言ったんですよ。愚民を意図せぬ形で戦闘に巻き込むと、話がこじれると……」

魔法使い「ごめん勇者。武器のすりかえタイミングが難しいから黙ってて」

勇者「魔法使い、この期に及んで魔法で遊んではいけません!」

魔法使い「うるさい……っ!」

実況「両校の監督が駆け付け、乱闘を収めます」

実況「どうやら両校ともに落ち着きを取り戻したようですが……」

実況「魔物は完全に乱闘に巻き込まれてしまったようです」

実況「それどころか、魔物が完全に息絶えてしまったようですね」

解説「本来なら大問題ですが、侵入者が魔物であれば結果オーライと言ったところでしょう」

勇者「まさか、これは魔法使いが……?」

魔法使い「うん。彼らの乱闘を利用して、魔王に打撃が加わる時だけ聖なる武器にすりかえた」

魔法使い「選手に聖なる武器の打撃が当たると即死してしまう恐れがあるから、コントロールが大変だった」

勇者「うーん、自分の手を汚さずに魔王討伐を行うとは……」

~~~~~
??「皆の者、そこまでだ!」

実況「あっと、国王陛下がグラウンド上に現れました。どういうことでしょうか?」

国王「皆の者には報告が遅くなって申し訳ない」

国王「実はこの球場に魔王が単身でやってくるという情報があり、取り急ぎ勇者を向かわせて対応させたのだ」

東MOB「えっ、じゃあ、ここでうずくまっているのは……」

西MOB「まさか……」

国王「ああ、魔王だ」

東MOB「ひいっ!」

西MOB「まだ生きていたら皆殺しにされる!」

国王「心配には及ばん。既にこと切れておる」

東打者2「しかし、勇者とやらは見かけませんでしたが」

西投手「そうだそうだ。グラウンド上にはこの魔王と俺たちしかいなかったぞ」

国王「いや、勇者隊の魔法使いが陰ながら魔王に攻撃を仕掛けていたのだ」

国王「勇者! 魔法使い! 出てくるがよい」

魔王使い「……どうも」ペコ

勇者「うむ、いかにも予が勇者である。皆の者、勇敢に魔王に向かってくれたこと、嬉し……」

国王「試合中に球が入れ替わったり、バットが入れ替わったり、奇怪なことが立て続けに起きたであろう」

西投手「ああ」

東打者2「確かに」

国王「あれは、ここにおる魔法使いが魔王による攻撃を防ぐべく、とっさの判断で行ったことなのだ」

西捕手「怪奇現象の裏にそのような真実があるとは思わなんだ」

国王「しかしその結果、このゲームをめちゃくちゃにしてしまったことはこの国を預かる者として深くお詫びしたい」

東MOB「いえ、そんな……」

国王「明日以降、魔王の襲来した時期に遡及し、9回表の最初から改めてゲームを続けることとさせていただく」

西MOB「ありがとうございます!」

国王「さて、この後なのだが……」

国王「唐突で申し訳ないが、魔王を倒してくれた両校の選手に対する表彰式を挙行したい」

国王「この王国は、両校の選手の奮闘により、魔王の脅威を取り除くことができたのだ。朕はこの国を預かる者として、この国に住むものとして、この国で幼き我が子を育てるものとして、心からの感謝を表したいのだ」

国王「スタンドにいる者たちよ、異存はないか? 今日、この瞬間だけは、戦った両校の選手共に勝者なのだ。この王国の英雄なのだ!」

ワーワー

実況「スタンドが歓声に沸いています。球史に残る名試合となることでしょう」

国王「そして魔法使いよ」

魔法使い「……はい」

国王「学生の身として自ら戦闘行為に加わることなく、そして、誰一人犠牲を出すことなく、魔法によって魔王にダメージを与えたそなたの行動は、魔法使いの鏡と呼ぶにふさわしい」

国王「追って、魔道アカデミーを通じ、名誉学士の称号を授けることを約束しよう」

魔法使い「……ありがとうございます」

魔法使い「……ということは、卒業は?」

国王「無論、確約される」

勇者「おお! よかったですね、魔法使い」

魔法使い「うん!」

勇者「ところで国王陛下。この魔法使いを含む勇者パーティを率いているのは私なのですが」

勇者「私に対する褒賞は……?」

国王「うむ、もちろん忘れてはおらんぞ」

国王「そなたにも儀式を執り行う故、夜に王宮に来るがよい」

勇者「ほんとですか!? ありがとうございます!」

勇者「パーティとかですか? 正装とかしていった方がいいですかね?」

国王「準備は必要だろうが、その服装のままで構わん」

国王「勇者解任の儀だからな」

勇者「へっ……?」

勇者「あっ、そうかそうか。魔王が死んだのだから、もう勇者という職も必要ありませんもんね」

勇者「新たな役職は大臣ですかね? 将軍ですかね?」

国王「人事異動ではなく、懲罰による称号剥奪だ」

勇者「はい!? いやいやいやいや! 今日一日、魔界出立に向けて、こんなに頑張ってきたんですよ? ちゃんと見てました?」

国王「ほう、リプレイ検証をリクエストするのかね?」

国王「朕は一向にかまわんぞ。そなたの鬼畜な発言や、のらりくらりと出立を先延ばししようとする行動の数々を加味して懲罰を再検討するだけだからな」

勇者「ちょっと、魔法使いからも一言言ってやってよ」

魔法使い「……これまでお疲れ様」ニヤァ

勇者「魔法使い!!??」

勇者「あの……、陛下、それでは、必要な準備というのは……?」

国王「うむ」

国王「勇者よ、周りの者に別れの挨拶をすませておくんだな」

【おわり】

というお話でした。
以上です。

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