見崎鳴「教室で脱糞してみる」榊原恒一「……は?」 (33)

その日の昼休み。
僕と鳴はいつも通り、屋上で昼食を済ませた。
屋上には僕ら以外に誰もいない。当然だ。
僕達が通う中学にまことしやかに伝わる現象を回避するべく、僕と鳴はいないものとして扱われているのだから。だから、2人ぽっち。

鳴「ご馳走様。美味しかったよ」

空っぽの弁当箱の蓋を閉めつつ、鳴はお礼を口にした。そして空の弁当を手渡そうとして、何やら躊躇している。

恒一「口に合ったなら良かったよ」

いつだか約束していた手料理を振る舞う約束。
それを果たし、賞賛を受けた僕は照れ臭さと嬉しさを誤魔化しつつ、弁当箱を受け取ろうとしたのだが、鳴はなかなかそれを渡そうとしない。

鳴「やっぱり、洗って返すね」

決心したような、有無を言わさぬ口調。
そういうところにはわりと無頓着かと思いきや、変なところで律儀さを発揮するようだ。
僕としては別にそのまま返してくれても構わないのだが、本人が決断した以上、それに対してとやかく言うのは無粋だろう。

恒一「わかった。それじゃあ、教室戻る?」

鳴「そうね……戻ろっか」

そろそろ昼休みが終わる。
授業前に教室に戻るのは当たり前だが、その当たり前が今の僕達には当て嵌らない。
いないものとして扱われている現状、クラスメイトにとっても僕らが戻らない方が都合がいいからだ。

そうすれば、いないふりをしなくて済むから。

鳴「ねえ、榊原くん」

恒一「ん?」

屋上から校舎の中に戻ろうとする僕のワイシャツの袖を摘み、引き止められた。
何事かと振り向くと鳴は片目を覆う眼帯をひと撫でして、脈絡なく、こんな提案をしてきた。

鳴「教室で脱糞してみる」

恒一「……は?」

ごごごごぉ……と、雷鳴が遠くで轟いた。

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場面は変わって、教室内。
僕と鳴は午後の授業に少し遅れてやってきた。
もちろん、それに対するリアクションは皆無。
生徒はおろか、教師でさえ、反応を示さない。

いないものとは、こういうものだ。

教壇には副担任の三神先生が立っている。
LHRの最中だったらしく、久保寺先生も傍に控えている。話の内容は現象についてらしい。
どうやら有効な対処方法を検討している様子。
三神先生としては、複雑な立場なので、僕と鳴の現状を打破しようと必死なのだろう。
その気持ちは有り難いが、今の僕には何も出来ない。なにせ、発言権すらないのだから。
しかしながら、そこまで思い詰めてはいない。
以前、鳴が言っていた。

これで犠牲者が出ないならば、それでいい。

最近は、僕もそう考えられるようになった。
陰惨な事件が起きるよりは、断然いい。
鳴と2人っきりの世界は静かで居心地良かった。
だから、積極的に現状打破するつもりはない。

もちろん、正直に言えば和気藹々とクラスメイトと戯れたい気持ちは少なからず存在しているが、それで新たな犠牲者が出てしまっては本末転倒だろう。和気藹々となんて、不可能だ。

三神「他に、何か案のある人はいませんか?」

これと言った打開策が見つからぬままクラスメイトは口をつぐみ、教室内が静寂に包まれる。
そんな折、1人の女生徒が、手を挙げた。

鳴「はい、提案があります」

聞き覚えがあるその声に気づき、思わず振り返ると、逆光の影から白?めいた真っ白な手を天にかざした見崎鳴と、目があった。

三神「……他に、誰かいませんか?」

三神先生は鳴の挙手に応じず、無視をした。
それが、このクラスの決まりだ。
他の生徒も、そして正担任である久保寺先生もまた、見崎鳴の存在をなきものとして扱う。
恐らく、僕が挙手しても同じだろう。
その理不尽さに憤りを覚えるよりも先に、僕は安堵していた。心から、良かった、と。

今日の昼休み、鳴はおかしかった。

『教室で脱糞してみる』

その常軌を逸した発言は、記憶に新しい。
もちろん、僕は即座に止めた。
やめろと、強く静止した。
しかし、鳴は頑なだった。
だからこそ、午後の授業に出遅れたのだ。
根気強く、何度も考え直すように勧めて、ようやく渋々納得した様子だったのに……まさか。

嫌な予感がする。
焦燥感が募り、口の中が酷く乾いた。
なんとかしないと。
そうは思っても、手段がない。
いないものである僕には、何も出来ない。

そんな諦観に囚われずに今すぐ皆を教室から叩き出すべきだった。無視されようが力ずくで、殴ってでも蹴ってでも、行動するべきだった。

しかし、鳴の次の一言で、後の祭りとなった。

鳴「今から、脱糞します」

予感が確信に変わり、現実となって押し寄せる。

恒一「やめろ、鳴ッ!!」

堪らず怒鳴ったことを、覚えている。
普段、僕は見崎鳴を下の名前では呼ばない。
なんとなく、気恥ずかしいからだ。
しかし、この時ばかりはその名を叫んだ。
酷く現実味がなく、悪夢を見ている感覚。
夢なら覚めるべきだが、生憎、夢ではない。

一瞬、生徒たちがざわついた。
しかし、赤沢泉美がそれを宥めた。
明確な言葉を発したわけではない。
ただ単純に、握り拳で机を叩いただけ。
いわゆる、机ドンだ。
それだけで、教室に静寂が戻った。

事ここに及んでも、3年3組は夢の中だった。

恒一「鳴! そんなことをして何になる!?」

鳴「憑き物を、落とすの」

恒一「憑き物を……落とす?」

意味がある問答のつもりはなかった。
とにかく、異を唱えたかっただけだ。
だが、鳴の言葉に引き寄せられた。
クラスメイトも同じで、黙して次の言葉を待つ。

鳴「もし、このクラスに取り憑いているのが死霊ではなく、し尿、だったとしたら?」

恒一「何を……言ってるんだ……?」

鳴「この呪いが、『怨念』ではなく、『うん念』だとしたら……やってみる価値は、ある」

僕には、もう。

鳴が何を言っているのか、わからない。

恒一「うん念って、駄洒落じゃないんだから……」

鳴「とにかく、試してみる」

恒一「だから、やめろって!!」

鳴の言動で脱力して、こっちが漏れそうだ。
しかし、向こうが漏らす気満々なのだから、気を抜くことは出来ない。その瞬間に、終わる。
いや、始まるのかも知れない。

鳴「大丈夫。私を信じて」

恒一「そんなことを言われても……」

何やら自信満々な鳴。
どこからその自信が湧いてくるのやら。
このままでは押し切られそうだ。
誰かの加勢が欲しいところだが、いないものである現状、それは望めない。
クラスメイトはこちらを完全に無視しながらも、聞き耳は立てているのが丸わかりだ。
皆、興味があるのだろう。
もちろん、鳴の脱糞にではない。
それによって、現象が止まるかどうか、だ。

無論、止まるわけがない。
止まる要素が、見当たらない。
しかし、不思議と自信がある様子。
だからこそ、もしかして、とも思える。

僕自身、僅かに信じたくなっている。

鳴「信じて、榊原くん」

恒一「……そんな目で見ても駄目だ」

鳴「……お願い、恒一くん」

恒一「ッ……!」

両手を組んで、上目遣いでの懇願。
なかなかの破壊力だ。かわいい。
しかも、下の名前を呼ばれてしまった。
意趣返しのつもりだろうか。とても嬉しい。

だが、ここで、仕方ないな、とは言えない。

言ってしまえば、最後。
恐ろしい事態を招くのは目に見えている。
だけど、それでも、鳴は可愛かった。
その可愛さに、言葉を奪われる。

そうして生まれた刹那の猶予は、鳴を力ませるのに充分すぎる時間となってしまった。

鳴「……んっ」

ぶちゅっ!

静寂を引き裂き、おぞましい水音が、轟いた。

ぶちゅっ!!

ぶりゅりゅりゃりゅりゅっ!!!!

恒一「鳴っ!?」

なんてことだ。
とうとう、やってしまった。
現象が、始まった。始まって、しまった。

鳴「んっ……恒一くん。ちゃんと、見て……?」

ちゃんと見るも何も、僕以外は見ちゃいない。
いないものに振り向くのは、同族だけだ。
窓から差す逆光の影で、鳴は脱糞していた。

ボタボタボタッ!!

椅子から便が溢れ落ちる。
僕は思わず駆け寄って、それを掬おうとした。
それを元に戻したくて、でも不可能で。
排便とは不可逆的なものであると、思い知った。

恒一「もうやめろ、鳴っ!!」

鳴「もう、ちょっと……!」

恒一「やめてくれ! 頼むからっ!!」

もう、どうしたらいいのかわからなかった。
とにかく、鳴の脱糞を止めたくて。
滴り落ちる便を、せき止めたくて。

僕は、鳴の小柄な身体を、抱きしめた。

鳴「恒一、くん……」

恒一「鳴……お願いだから、もう……!」

鳴「ん。全部、出たよ……?」

恒一「ッ……!」

健気なその言葉に、泣いた。
彼女のつむじに顔を埋めて、泣きじゃくる。
すると、鳴のシャンプーの良い匂いに、便の香りが混ざって……余計に泣けてきた。

恒一「鳴……なんて、馬鹿なことを……」

鳴「大丈夫。もう、終わったから」

泣きじゃくる僕をあやす鳴。
優しく背を撫でながら、大丈夫と繰り返す。
僕に抱擁された彼女の頭から、眼帯が外れる。
すると、びくっと、身じろぎをした。

恒一「どうか、したのか……?」

鳴「ああっ……そんな……!」

怪訝に思って尋ねると、慄いた様子。
そう言えば、鳴は言っていた。
彼女の左目の義眼は、特別だと。

恒一「何か、見えたのか……?」

鳴「ええ、くっきりと」

恒一「いったい、何を……?」

鳴が何を見たのか。
それを尋ねるよりも、先に。
今まで沈黙を守っていた久保寺先生が、動く。

久保寺「私は、皆さんに謝らねばなりません」

いきなりそんなことを口にした久保寺先生。
突然のことに困惑していると、鳴が囁く。

鳴「気をつけて」

恒一「気をつけるって、何を?」

鳴「もう、始まっていたのかも知れない」

その物言いに、疑問が深まる。
始まった、ではなく、始まっていた?
どうして過去形なのだろう。
その疑問の回答は、すぐに明示された。

久保寺「私は……実は、もう……!」

おもむろに、ズボンのベルトに手を伸ばす久保寺先生。そしてそのまま、スラックスを脱いだ。

久保寺「私は、脱糞してしまいました!!」

宣言と共に、後ろを向く久保寺先生。
彼は白いブリーフを着用しており。
そして、その尻の部分には。

ベッタリと、茶色い染みが付着していた。

久保寺「皆さん、申し訳ありません……!」

絶句する一同に汚れた尻を見せつけながら謝罪する久保寺先生。三神先生は唖然としている。
いったい、いつから漏らしていたのか。
てっきり、鳴の脱糞が現象の始まりだと思っていたが、どうやら既に『始まっていた』のだ。

久保寺「くっ……かくなる上は……!」

驚愕に包まれ、誰一人として反応が出来ない。
そんな反応がお気に召さなかったようで、久保寺先生は事もあろうに尻を突き出し、後退。
生徒達に汚れた尻が迫り来る。狂気の沙汰だ。

教室内はパニックに陥った。

皆、我先に逃げようと押し合いへし合い。
這ってでも教室内から逃げだそうと、もがく。
しかし、その選択は謝りだった。

ぶちゅっ!

今しがた聞いたばかりの水音。
音がした方向を見やると、這々の体で教室から脱出した女生徒の尻が汚れていた。
彼女だけでなく、教室から出た他の生徒達の尻も、皆一様に汚れていた。廊下に下痢が滴る。
なんてことだ。完全に現象を見くびっていた。
教室から脱出すると、漏らしてしまうらしい。

久保寺「皆さん! 揃って卒業しましょう!」

意味不明な言葉を口にしながら、迫り来る久保寺先生の尻。しかし、後ろ向きで、且つ、ズボンをずり下げたままでの歩行は、無謀だった。

久保寺「揃って、無事に……あがっ!?」

散々暴れ回った久保寺先生の末路は、転倒。
机に衝突して、もろとも転げた。
したたかに後頭部を打ち付け、でんぐり返しの途中のような尻を上に向けた姿勢で気絶した。

恒一「終わった、のか……?」

鳴「ううん、これは始まりに過ぎない」

危機は過ぎ去ったと安堵する僕に、鳴の不吉な予言が突きつけられた。事実、その通りだった。

久保寺先生が気絶して、騒乱は一旦収まった。
ほとんどの生徒は教室から逃げ出し、犠牲となった。廊下には便に塗れたクラスメイト達の啜り泣きがこだましている。まさに地獄絵図だ。

残ったのは、僕と鳴。
そして、勅使河原直哉、風間智彦、望月優矢、赤沢泉美。あとは、副担任である三神先生だけ。

鳴は、既に脱糞している。
だが、意識はしっかりしていて、元気そうだ。
ちらりと、そのスカートに目を向けると、まるで鮮血のように便が滴るのが見て取れた。
あまりに痛ましい、その有様。
それでも、目を逸らすことが出来ない。
湧き上がる劣情に、必死に抗っていると。

鳴「そろそろ、かな」

恒一「えっ?」

まるで見計らったかのように、鳴がパンツを脱ぎ始めた。慌てて、目を背ける。

恒一「な、何をしてるんだ!?」

鳴「お裾分け、しようと思って」

お裾分け? なんだそれは。意味がわからない。
しかし妙に語感が良い。期待せざるを得ない。
わけもわからず胸を膨らませる僕の予想とは相反して、汚れたパンツを足から引き抜いた鳴は、それを携えて目の前をとことこ通過。

恒一「そ、そんな……あんまりだ」

失意を感じて呆然と見送る僕を、文字通り尻目に、鳴は真っ直ぐ赤沢泉美の元へと向かった。

鳴「はい、次はあなたの番よ」

赤沢「……は?」

瞠目する赤沢泉美の机に汚れたパンツを置く。
当人だけでなく、僕らも呆気に取られた。
しかし、その言葉の意味は、すぐに判明した。

赤沢「次はあたしの番って、どういう意味……ッ!?」

疑問を口にした赤沢泉美に異変が現れた。
腹を抱えて、何やら苦しそうだ。
鳴はそんな彼女を見下ろして、呟く。

鳴「私の左目は、人の便意が見えるの」

恒一「な、なんだって!?」

思わず悲鳴が口をついた。
どうやら、鳴は人の便意が見えるらしい。
言われてみれば、なるほど。
久保寺先生の異変にいち早く気づいたのも、その左目のおかげなのだろう。蒼い、義眼。
普段は眼帯に隠された、鳴の左目。
よもや、そんな特殊能力が備わっていたとは。

鳴「私には、赤沢さんが茶色く見える」

赤沢「そ、そんなの……嘘よっ!!」

鳴「嘘かどうかは、貴女が一番良くわかってるでしょう? ねえ、ア・カ・ザ・ワ、さん?」

まるで人形のような無機質な笑みを顔に張り付けて、赤沢泉美を追い詰める鳴。
赤沢が便意を堪えているのは、明らかだ。
これには流石に僕も同情を禁じ得ず、止めようと一歩踏み出したその時、鳴が釘を刺した。

鳴「現象を止めたいのなら、邪魔をしないで」

恒一「ど、どういう意味だ?」

鳴「このクラスの最後の一人が漏らすまで、この現象は止まらない。お願い、信じて」

クラス全員の脱糞。
それが、現象を止める手段らしい。
言われてみれば、納得だ。
漏らす者がいなくなれば、それで終わる。
だが、それは解決したと言えるのだろうか。
もちろん、そう単純な話ではないようで。

鳴「死者は、排泄をしない」

恒一「ああ、だから……」

鳴「そう。排泄は生きとし生ける者の証。だからこそ、最後まで便意を感じない者が、死者」

これは、クラスに紛れ込んだ死者を見つけ出す為の、儀式。鳴の理論は、完璧だった。

恒一「勅使河原ッ!!」

勅使河原「合点承知!!」

僕は赤沢泉美のすぐ近くにいた勅使河原直哉の名を呼んだ。それで、彼には伝わったらしい。
現象を止めるべく、いないものである僕の意をすぐさま汲み取り、彼は赤沢泉美を拘束した。

赤沢「ちょっと!? 離しなさいよ!!」

勅使河原「悪いが、それは出来ない相談だ」

赤沢「いいから離してっ!!」

勅使河原「赤沢、お前も対策係なら覚悟を決めろ。もう、これしか方法はないんだよっ!!」

駄々をこねる赤沢に対して、勅使河原は怒鳴り、そして後ろから彼女を抱え上げた。

赤沢「ちょっ!?」

勅使河原「へへっ。駅弁って奴だな」

駅弁体位。
背面から赤沢の足を広げるように持ち上げて、勅使河原はそのまま歩き出す。酷く卑猥だ。
当然、下着は丸見えで、赤沢は赤面している。
そのまま、彼は教卓に向かい、降ろした。

勅使河原「あらよっと!」

ドンッ! と、乱暴に降ろされ、次の瞬間。

赤沢「ひぐっ!?」

ぶばっ!!

衝撃によって、便が決壊。

風間「ひ、ひぃぃいいいいいっ!?」

丁度、教卓の目の前に居た、風間智彦の顔面に飛散した便が付着。大惨事である。
彼は机をひっくり返して、尻餅をつき。

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅっ!!!!

風間智彦もまた、犠牲者となった。

勅使河原「これで、粗方片付いたな」

一仕事終えて、満足げな勅使河原。
彼は風間智彦とは幼馴染らしい。
なんだか居た堪れなくなって、頭を下げた。

恒一「すまない……嫌な役目を押し付けて」

勅使河原「へっ……いいってことよ。んじゃ、俺もそろそろいくぜ?」

恒一「ああ、達者でな……」

勅使河原「あばよっ!」

ぶびっ!!

爽やかな笑みを浮かべて、勅使河原も脱糞。

これで、残すところは僕と望月優矢。
そして、三神先生だけだ。
この中に、死者が紛れている。

さて、どうやって絞り込もうか。
僕が思案に耽るよりも、早く。
望月優矢が、発狂した。

望月「三神先生! 出来ましたっ!!」

彼は何故か、着座したままだった。
この状況下で、何故座っていたのか。
その答えが、白日の下に、晒された。

望月「僕の作品を見てくださいっ!!」

そう言って立ち上がり、ズボンを下ろす望月。
プリンと形の良い尻がパンツを突き上げる。
何故か彼は、女性用の下着を着用していた。

しかしながら、趣味は人それぞれだ。
とやかく言うまい。全然、ありだと思う。
望月優矢は女性用の下着を穿きこなしていた。
しかし、振り向いた途端、台無しとなった。

望月「これが僕のパンツの『叫び』です!!」

彼のパンツは、確かに叫んでいた。

茶色い染みが、絶望感を醸し出している。

ムンクならぬ、パンツの『叫び』だ。

三神「も、望月くん……!」

望月「先生、褒めてください!」

三神「ひっ!? ち、近寄らないでっ!!」

満面の笑みで褒められることを望む、望月。
三神先生はそんな彼を拒絶した。
望月は一瞬キョトンと首を傾げて、怒鳴る。

望月「そんな……先生にはこの作品の良さがわからないんですかっ!?」

三神「わ、わかるわけないでしょう!?」

望月「もっとよく見てください!!」

乱心した望月が三神先生に襲いかかる。

三神「や、やめてったら!!」

恐慌状態の三神先生は望月に金的を見舞った。

望月「ぐえっ」

望月優矢はその場で気絶。
三神先生はそれに巻き込まれてしまった。
彼の下敷きとなり、苦しげに呻く。

三神「だ、誰か、助けて!」

その救援を求める声に、僕は反応出来ない。
なにせ、それどころではなかった。
ずぅぅううううんと、現象が僕に襲いかかる。

恒一「はうっ!?」

お腹、痛い。
腹を抱えて蹲る僕。
それを見て、確信した様子の見崎鳴。

鳴「ようやく、死者を見つけた」

だから、それどころじゃないんだってば。

恒一「め、鳴……僕は、もう……!」

鳴「ええ、わかってるわ。あとはこっちでやっておくから、恒一くんは楽にしなさい」

腹痛に喘ぐ僕に、楽にしろと言う鳴。
つまり、漏らせということだろう。
厳しい物言いのようで、実は優しい言葉。

何故ならば。
三神先生が難しい立場であるように。
僕もまた、難しい立場なのだから。

だから、鳴は僕を慮ってくれた。
僕の代わりに、始末をつける気だ。

僕の叔母である、三神怜子を死に還すのだ。

鳴は、優しい子だ。
その優しさに、つい甘えそうになる。
このまま楽になれたら、どんなに幸せか。
何も考えず、脱糞して、真っ白になる。
それが、それだけが、唯一の救い。

しかし、そんな甘ったれた結末は、御免だ。

恒一「僕が……やる」

鳴「でも……」

恒一「いいから、どうすればいい?」

鳴を押し退けて、僕は怜子さんを見据えた。
彼女は未だに望月の下から抜け出せない。
やるならば、今しかない。
死者である三神怜子を死に還す方法。
それを尋ねると、鳴は逡巡して。

鳴「……便を、かけるの。頭から」

恒一「……えっ?」

鳴「それしか、方法は、ない」

頭から、便を、かける。
甥である僕が、叔母である怜子さんに。
それしか方法は、ないらしい。

意識して、深呼吸を繰り返す。
その度に、肺が軋みを上げた。
経験のある、気胸特有の独特な痛みが走ったが、逆にそれで冷静になることが出来た。

恒一「……わかった」

鳴「出来るの?」

恒一「どの道、やるしかないんだろう?」

鳴「うん……生の証を頭からかけることでのみ、死者を死に還すことが出来るから」

恒一「なら、仕方ないな」

問答は、あってないようなものだ。
疑い出したら、キリがない。
鳴の理論は一見完璧だが、穴だらけだ。
しかし、この世の真理とはそういうものだ。
そう、思うことにした。

僕はズボンを下ろし、三神先生を跨いだ。

三神「こ、恒一くん、やめて……!」

眼下で懇願する怜子さん。
目尻には涙すら浮かんでいる。
鳴は排泄は生者の証と言っていた。
では、この涙は? 涙だって、証ではないのか?

生きているからこそ、泣ける。
死者は、泣かない。泣けない。
だとしたら、怜子さんは、僕の叔母は。

やはり、早計ではないかと思い直そうとして。

鳴「恒一くん……信じて」

恒一「ッ……!」

僕は、鳴を、信じる。

三神「お願い、やめて、恒一くん……!」

恒一「ごめんなさい、怜子さん」

ぶりっ!!

もっとだ。ひと思いに、もっと。

ぶりりりっぶびゅっブブォッ!!!!

恒一「フハッ!」

便と共に、愉悦が溢れる。

恒一「フハハハハハハハハハハッ……ぎっ!?」

盛大な哄笑。
そして衝撃。
襲いかかる、胸の痛み。

どうやら、肺気胸が再発したらしい。

呼吸がままならず、意識が暗転する。
足元の怜子さんがどうなったのか。
それすら確認することも出来ずに、気絶した。

恒一「うっ……ここは……?」

水野「おや? やっとお目覚めかい、ホラー少年くん。やっほー久しぶりだね」

目を開けると、そこは病室。
看護師の水野沙苗さんと再会した。
何やら作業中らしく、身を乗り出している。

恒一「僕は、どうして……?」

水野「気胸が再発して、呼吸困難で運ばれて来たんだよ。今回は内視鏡手術で穴を塞いだから、もう再発することはないよ」

恒一「しゅ、手術……?」

水野「とはいえ、大したことじゃないって。1週間もすれば元の生活に戻れるから、安心して」

突然、手術と言われて動揺を隠せない僕に、水野さんは柔らかな微笑みと共に簡単な術後の説明をして、安心させてくれた。
その間にも、作業は続いているようで。

そこで、下半身の違和感に気づいた。

恒一「あの、水野さん……?」

水野「ん? なに?」

恒一「何を、してるんですか……?」

水野「オムツ交換だけど、どうかした?」

やはり、そうか。
下半身の違和感の正体。
それは、オムツだった。
どうやら、手術後に穿かされていたらしい。

そしてそれを、今から交換するのだと言う。

恒一「じ、自分でやりますから!!」

水野「だぁめ。これは私のシ・ゴ・ト」

恒一「か、からかわないでくださいよ!?」

水野「ふふふっ。照れるな照れるな。ホラー少年はホラー少年らしく、ホラー小説でも読んでいればよろしい!」

恒一「こんな状況で読めませんよっ!?」

断固拒否する僕と、意地悪な看護師。
そのやり取りは、そんなつもりはなくとも、どうもイチャついているように見えたらしく。

鳴「恒一に、ちょっかい出さないで」

水野「ひゃんっ!?」

突如現れた、見崎鳴。
その手は水野さんの臀部に伸びており。
僕の角度からは見えないが、奇声をあげた看護師の反応を窺うに、何かをしたようだ。

水野「ご、ごめん、ホラー少年くん! ちょっと急用を思い出したからまたねっ!!」

何やら足早に立ち去る水野さん。
両手でお尻を隠す仕草。
その隙間から、僕は確かに目撃した。

純白のナース服に浮かぶ、茶色い染みを。

鳴「これでよしっと」

恒一「もしかして、君は便意を操れるの?」

鳴「まさか。あの人が我慢していただけ。私がお尻をつねったら、驚いて漏らしたみたいね」

恐る恐る尋ねてみると、それだけらしい。
拍子抜けして、心から安堵する。
便意を見抜けるだけならまだしも、便意を操れる特殊能力などタチが悪すぎる。
ほっとしていると、鳴はにやりと嗤い。

鳴「じゃあ、オムツを交換するね?」

恒一「ちょ、ちょっと待った!?」

鳴「待って、あげない」

クスクス嗤って、鳴は聞く耳を持たない。
参ったなと、途方に暮れつつも、嬉しい。
もしかしたら、現象は終わっていないのかも。
そう思い至った僕に、鳴が説明した。

鳴「現象は、あれで終わったよ」

恒一「てことは、やっぱり怜子さんが……?」

鳴「うん。あの人が、死者だった。だから他の生徒の記憶からは失われてしまった」

三神怜子は、死者だった。
その最期に居合わせた僕と鳴だけが、覚えている。他の生徒は覚えていないらしい。
そして、それだけでなく、なんと、あの日の記憶をまるごと、忘れてしまっているらしい。

それはなんとも、都合がいい現象だった。

恒一「僕らもいずれ、忘れてしまうのかな」

ぽつりと、そんな呟きを漏らすと、鳴は笑い。

鳴「忘れたく、ない?」

そう云って、おもむろに弁当箱を取り出す。
それはあの日、僕が鳴の為に作った手料理を詰めた物で、洗って返すと言われていた。
しかし、受け取ってみると、ズシリと重い。

恒一「何が入ってるんだい?」

鳴「忘れられないもの」

要領の得ない返答に首を傾げつつ、蓋を開いてみると……そこには。

恒一「フハッ!」

僕は中身を確認して、そっと蓋を閉じた。

どうやら『弁当箱』ならぬ。

『便当箱』……だったらしい。

恒一「フハハハハハハハハハハハッ!!!!」

鳴「ふふっ。そんなに喜んでくれるなら、またいつか、持ってきてあげるね」

哄笑する僕に、優しく微笑む鳴。
人形めいたその笑顔とは裏腹に、僕は彼女が確かに生きた人間であることを、実感した。
この手の中の箱の重みが、その証だ。

またいつかと、彼女は言った。
そのいつかは、この先何度でも訪れる。
だって僕らの現象は、始まったばかりだから。

鳴が僕のオムツを取り替え。
便当箱から漏れ出た臭気と、混ざり合う。
病室の消毒液の匂いよりは、よっぽど芳しく、愛おしい香りであると、そう思えたのだった。


FIN

【作品解説】

この作品は『本格ミステリ小説』ならぬ、『本格ミステイク小説』であり、『推理小説』ならぬ、『便意小説』となっており、3W2Hによって構成されています。それは、すなわち。

Who・・・誰が?

What・・・何を?

Why・・・何故?

How・・・どうやって?

Hentai・・・『フハッ!』と噴き出す瞬間

以上の観点を踏まえた上でお読み頂ければ、より一層本作をお楽しみ頂けると思います。
末筆ながら、最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました!

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