【ミリ×デレ】桜守歌織「わたしのうた」 (79)


・ミリシタ・桜守歌織さんのSS
・ミリとデレのクロスです
・短い
・ゆっくり書きます
・お久しぶりです


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「……ありがとうございました」

 赤くともるカメラのサイン。私は、深くお辞儀をしました。
 パチパチと、まばらな拍手の音。
 スタッフさんや共演の方々の視線に見守られ、私はひな壇へと戻るのです。

 ふう。

 テレビの歌番組でこうして歌を届けること。私は、未だ慣れずにいました。
 カメラの前、その先にたくさんのファンの方が待っている。それは理解しています。でも。
 熱気、視線、息遣い。
 それを想像し、自分に落とし込んで、ここで歌い上げることに難しさを感じているのです。
 それでも、多くの歌手の方や同じアイドルが共演している中、私は私の歌を、その先の見えない方々へ届けようとして。
 そして。


 今日もまた、届けられたでしょうか。
 次の方のインタビューが、続いています。私の身体は、浮いた感覚を残したまま。
 ひな壇で、時が過ぎます。

「それでは、お聴きください」

 司会の方が曲紹介をします。そしてイントロ。歌が始まりました。
 私は、ぼんやりした視界が急に戻ってくる、そんな錯覚に襲われました。
 それは。

 ああ。
 もし、一目惚れならぬ、「ひと耳惚れ」という言葉があるのなら……
 私はたぶん、その声色に囚われたのでしょう。
 圧倒的ななにかに、私は息をすることも忘れてしまうようでした。

 彼女の名は、高垣楓。
 346プロダクションのアイドルであり、そして。

 シンデレラガール。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「みなさん、お疲れさまでしたー!!」

 ADの方のお疲れさまでしたの声が、スタジオ内に広がります。
 生放送の本番が終わり、私は楽屋へと戻ります。

「歌織さん」
「あ」

 楽屋に向かう廊下で、私は声をかけられました。

「お疲れさまでした」
「ありがとうございます」

 それは、いつも傍にいてくださる声。プロデューサーさんが私を出迎えてくれました。
 楽屋までの短い時間、私たちふたりは今日の感想を語らいます。

「今日の私の歌、どうでした?」
「ええ、しっかり伝わってました」


 プロデューサーさんは「よかった」ではなく「伝わった」と、そうおっしゃいます。その言葉に、私は安堵を覚えるのです。
 私の歌は、画面の向こう側の皆さんのために。それを分かっているからこその「伝わった」
 この上ない賛辞です。

 楽屋に着くと、あるものが目に留まりました。
 ドレッサーの前に、水分補給の飲み物。それも、小さな紙コップに半分ほど。
 一気に水分と取りすぎないようにとの、プロデューサーさんの心遣い。その気持ちがすうっと、私の中に染みとおっていくようです。

「いつも、ありがとうございます」

 心遣いに、感謝を込めて。私は笑顔を贈ります。
 衣装がしわにならないようゆっくりと腰を掛け、まずは飲み物をひと口。そして、もうひと口。
 鏡の中には、安堵の表情の私。
 頑張ったねと心でつぶやき、私はメイクを落とす準備を始めました。

「じゃあ歌織さん、ちょっとスタッフさんに挨拶してきます」
「はい、いってらっしゃい」


 プロデューサーさんは私の様子をうかがうと、挨拶まわりに中座するのでした。
 私はコットンにクレンジングを含ませ、肌にあてます。ひやりとした感触。
 先ほどまでの照明の熱さと、スタジオの熱気。
 中てられた熱が洗い落とされるような、そんな気がします。

 ふう。
 ため息を、またひとつ。

 鳴り響く歌を、思い出します。
 その歌が、私の心を締め付けます。上手いとか素晴らしいとか、そんな、簡単に表現できることではなくて。
 なんと言えば、いいのでしょう。意図することなくただ、心を締め付けるのです。
 それは、表現力? 存在感? あるいは?
 いえ。そのどれでもなくて、でも、どれも当てはまって。

 考えるほどに、頭の中がかき混ぜられていくようです。


 照明の熱さでひりつく肌に、化粧水を与えて。
 鏡の中の私が、少しずつ変化していきます。
 ええ、そうですね、と。気持ちをリセット。
 そう、私は私のできることを。歌を皆さんに届けることを。それを嬉しく思えばよいのです。
 果たして、それは成功したのですから。

 今日のお仕事はこれで終わり。
 事務所にはまだ、小鳥さんがお仕事をこなしながら、私たちの帰りを待ってくれていることでしょう。
 保湿クリームをつけ、眉を整えれば、いつもの私に。

 これで、よし。
 そろそろ、着替えることにしましょう。

「おつかれさまです」

 ふと。
 背中越しに、声をかけられました。
 それは先ほど、スタジオで聞いた、声。そして心を締め付ける、声。

「あっ」


 私は慌てて振り向き、挨拶を返します。

「……高垣さん、おつかれさまです!」

 振り向いた先には、優しげな微笑み。高垣楓さんご本人。
 立ち姿は、高貴なお姫さまのようでした。

「ふふっ、どうぞ。お座りください」
「は、はい……」

 高垣さんは、あわてて立ち上がった私を、席へと促してくださいます。
 かああ、と。恥ずかしさに顔がほてります。

「……桜守、歌織さん、ですよね?」
「……はい」
「素敵な歌でした」
「あ……ありがとう、ございます」
「本当に、素敵でした……私、大好きです」


 そうおっしゃる高垣さん。その言葉に私は顔を上げました。
 目の前には先ほどと変わらぬ、柔らかい笑み。

「歌織さん?」
「……はい」
「今日は私この後もお仕事なので、ご挨拶だけですけど」

 私の目に映るは、吸い込まれそうな瞳。
 高垣さんは私に、こう、言葉を残したのです。

「また、お会いしましょう」

 と。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ぽーん……
 ピアノの音が、レッスンスタジオに響きます。
 いつものように、星梨花ちゃん達と歌のレッスンを行って。そして。
 私はひとり、スタジオに残ったのです。

 あの歌が。
 高垣さんのあの歌が、今も耳に残ります。

 幼い頃から歌に親しんでいて、もちろん、私などよりはるかに上手な方の歌も、多く耳にしています。
 でも。彼女の歌は。
 言葉では表現し難い、なにか。そう……なにか。
 理由を探す心の澱が、私の中を駆け巡るのです。

 ぽーん……
 指先に感じる鍵盤の重み。
 ぽーん……
 ぽーん……


 C(ツェー)の音に促され、私はピアノを弾き始めました。
『ローレライ』 ジルヒャーの曲です。
 小さいころから弾き慣れた曲を、紡いでいきます。
 一音、一音。私は、漂う音に身をゆだねるのでした。

 そして弾き終わると。
 ふう。
 私は、ため息を吐いていました。

 本当に、このところの私はため息ばかり。レッスンもお仕事も、楽しいと思う気持ちは間違いない、のに。
 鍵盤をさまよう、指先。定まらない視線。

「あら? 歌織ちゃん?」
「……あ」

 ふと、顔を上げると。

「……このみさん」

 このみさんがレッスンスタジオへ入ってきたのでした。


「どうしたの? そんな浮かない顔して」
「……え」

 ふいにこのみさんから出た言葉に、私は戸惑います。

「……あの、私。そんな顔、してました?」
「ええ、そりゃあもう。ね」

 このみさんはそばにあった椅子を持つと、にこりと微笑んで私のとなりへやってきました。

「なにか、悩みごと?」
「いえ……そんなんじゃなくて」
「ふーん……」

 椅子にまたがるように座り、このみさんは私の顔を伺います。

「ひょっとして」
「……」
「楓ちゃん……かな?」


 え?
 驚く私に、このみさんはくすりと笑います。

「んふふ、そっか……図星ね」
「……あ、あの」
「ん?」
「このみさん、高垣さんのことご存じなんですか?」

 そう私が尋ねると、このみさんはからからと笑いました。

「まあそりゃあ、ね。彼女、私のお友達だし」
「……」
「楓ちゃん、すごいわよねえ」


 このみさんは、語り始めます――

 楓ちゃん、あのとおり美人だし歌もうまいし、そんでもって気さくだし飾らないし。
 人気になるのもわかるわね。
 なるほど、シンデレラガールに、なるべくしてなったなあって、感じ。でも。

「セクシーなら私に敵わないけどね!」 このみさんはそう言って笑いました。


 楓さんの話は、続きます――

 楓ちゃんと初めて会ったのは、歌織ちゃんと一緒。歌番組だったなあ。
 なーんか浮世離れした雰囲気でね。つかみどころなくて、ちょっと違うアイドルだなって、思ったの。
 そこでお話もできなかったしね。彼女忙しそうだったし。
 ところが。
 そのあと、ばったり出会ってね。
 どこだと思う? 居酒屋よ、チェーンのとこの。

 ちょうど莉緒ちゃんと一緒に飲んでてね、そしたら。
 いたのよ。楓ちゃん。
 早苗さんと瑞樹さんと一緒に来てて、あ、瑞樹って言っても、うちの真壁の瑞希ちゃんじゃないわよ?
 川島瑞樹さん、あちらの事務所のね。

 ほら、私、早苗さんと同じセクシーが売りだから。なんか意気投合しちゃって。
 で、莉緒ちゃんと一緒に混ざったの。

「それが今じゃ、一緒に飲んで歩く仲って、わけ」

 このみさんはにこにこと、今までのいきさつを話してくれました。


 わあ……
 このみさんのコミュニケーション力はすごいなあ、と。
 私は感心せずにいられません。

「実は昨日ね。たまたま楓ちゃんと飲んでたのよ。そのとき、楓ちゃんが言ってたの」

 このみさんは私に「なんて言ったと思う?」と訊ねます。

「いえ……さすがに」
「このみさんのとこの、桜守歌織さん、でしたっけ……すごいですね。って」
「……」
「まったくもう。楓ちゃんにそう言わせるなんて。ほーんと歌織ちゃん」

 このみさんは、私の肩をぽん、と叩き。

「すっごいじゃない!」


 その言葉を聞いて、私はしばし呆けてしまいました。

 すごいのは高垣さん、貴女のほうです。
 私は貴女の歌に、惹かれているのです。何とは言えない、なにかに。

 好意を持った評価を受けたこと、大変喜ばしいことです。
 ただ、それ以上に、高垣さんの歌が耳に残って。いえ。
 記憶に、残って。

「……歌織ちゃん?」

 むにゅ……

「ひゃっ!」


 私の頬を、このみさんがつまみます。

「ほーら……変な顔しないの!」
「……あの……変な顔、してましたか?」

 私は頬をさすりながら、このみさんに尋ねました。

「うん、さっきみたいな……思案顔しちゃって、さ」

 このみさんはくすりと笑い、そう言います。

「歌織ちゃんがなにを思ったのか、私には判らないけど……」

 このみさんは椅子から立ち上がると伸びをして、「でも」と続けます。

「楓ちゃんは楓ちゃん。そして」

 私を指さして。

「歌織ちゃんは、歌織ちゃん。でしょ?」

 そう言ってウインクをひとつ、私に投げてくれました。


 私は、私。
 そう、ですね。はい。
 ひどく当たり前のことが、私の心に染みてきます。

「だいぶ遅くなったし、一緒に帰ろっか? 歌織ちゃん」

 外はもう、すっかり夜の帳。

「そうですね。よければご一緒に」

 ふたりでレッスンスタジオの後片付けをして、消灯。
 ぱちん。
 スタジオに静寂が訪れます。

「このみさん」
「ん?」
「……ありがとう、ございます」


 私の言葉に、このみさんはふわりと笑い。

「なーに水臭いこと言ってんだか」

 と、返してくれました。

 街の明かりに照らされて、床に伸びる影が、ふたつ。
 私は、温かい気持ちを、もらったのです。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

ゆっくり書いていきます。よろしければゆっくりお付き合いください
次は来週あたりで

では ノシ


お待たせしました。投下します。

↓ ↓ ↓




 休日。
 久々のオフに、私は楽器屋へやってきました。

「……んーと」

 今日の目的はいくつかのピアノピース。劇場のみんなとレッスンするための教材です。
 みんなアイドルなのだから、と。私はできるだけ最新ヒット曲を選んでいました。
 ここ最近のヒット曲も、今やすぐにピアノアレンジされ、こうして手元に届けられるのです。本当に、すごいです。

 あれと、それからこれも、いいかな。
 みんな、喜んでくれるかしら。
 レッスン中のみんなの表情を想像してつい、私の顔もほころんでしまいます。
 私とみんなのいつもの練習風景に、ちょっとしたアレンジを。
 そんなことを考えながら、私は譜面を吟味していきます。

 中には。

「あっ」


 私の歌もあったりして。
 思わず、赤面してしまいます。でも。
 こうして、ファンの皆さんに届いている。そのことがとても、うれしく思うのです。

 決して安くない買い物。でも、私はずっと笑顔。
 そうして選んだ譜面を手に、楽器屋を後にしました。
 目的は果たしたけれど、せっかくのオフ。ちょっとウィンドウショッピングも、いいものです。
 表通りのショーウィンドウを眺めながら、ゆっくりと。

 天気もよくてほんと、気持ちいいなあ。

「……あら? 歌織、さん?」

 ふと。
 私は声をかけられました。


「え? あ、は、はい」

 私が振り向くと、そこには。

「お久しぶりです」

 高垣さんが、立っていたのでした。


「あ……あ! こ、こんにちは、高垣さん!」
「ああ、よかった。人違いだったらって、結構心配だったんです」

 高垣さんは、ロングブラウスにクロップドパンツと、だいぶラフな格好をされていました。
 その立ち姿は、ほんとうに綺麗で。
 見惚れてしまいます。

「歌織さんは、オフか何かで?」
「は、はい。そうです……ひょっとして、高垣さんも、ですか?」

 私がそんなふうに答えると、高垣さんは小首をかしげ。

「……楓、で」
「え?」
「名前で、呼んでください」
「……えっと」
「……ね?」

 そうおっしゃったのでした。


「あ、あの……じゃあ」
「……」
「……楓、さん……」
「……はい」

 私は頑張って楓さんの名前を呼び、そして。
 楓さんは、それはもう素敵な笑顔で返事を下さったのです。

「ところで、歌織さんは」
「あ、はい」
「ご用事、済んだのかしら」

 楓さんは私の手元を見て、そう言います。

「ええ、まあ」
「ひょっとして、譜面?」
「え?」


 なぜ、私の買い物が分かってしまったのでしょう?
 私が驚いていると。

「ほら。袋に楽器屋さんの名前が」
「……あ」

 すごい。本当に。
 楓さんは頭の回転が速い方なのだと、思いました。楓さんはまたもにこりと笑い、私に問いかけました。

「もしお時間があるのだったら」
「……」
「私にお付き合い、いただけません?」


 えっと……
 正直、緊張しています。でも。
 とても、気になるのです。

 今、こうしているときも、そして。あの時も。
 スタジオでの、一言が。

『また、お会いしましょう』

 ひょっとして、今この時が。それは私の直感。ですから、私は答えるのです。

「はい、ぜひ」

 と。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

※ とりあえずここまで ※

誤字がありました。

>>15 1行目

×「楓さんの」 → 〇「高垣さんの」

では ノシ

本当に少しですが。投下します。

↓ ↓ ↓




 女ふたり。ウィンドウショッピング。
 楓さんはメガネをかけているくらいで、あまり変装らしい格好をしていませんでした。
 かなり目立つのだろうなあと思っていました、けど。
 意外と。
 声をかけられることは少なくて、私たちはこうして、散策を楽しんでいたりします。

 それにしても。
 楓さんは、私が想像してたよりさらに、ユニークに思える方でした。
 例えば。


「うーん……」
「……どうしました?」

 楓さんは輸入食材のお店で、真剣に悩んでいます。

「ええ、実は」
「……」
「パッタイなら、シンハーが王道かと思うんですけど」
「……」
「青島(チンタオ)も捨てがたいなあ、と」
「……はい?」

 どうやら楓さんは、食材に合うビールで悩んでいたようでした。


 ユニークという言葉は決して、悪い言葉ではない、と。
 高校の時の先生に教わりました。
 一意的というか、唯一というか。ですから、楓さんのユニークさは私にとって、とても好ましかったのです。

 なんだか、素敵だなあ。
 スタジオでお会いした時の、少し近寄りがたい雰囲気も彼女なら。
 今こうしてウィンドウショッピングに興ずる彼女もまた、高垣楓本人。
 私はたちまち、楓さんのファンになった、気がしました。


「歌織さん?」
「……はい」

 和装小物の店で、楓さんは私に話しかけてきます。

「私、実は綺麗なものが好きなんです」

 気になったタオルハンカチを手に、彼女はそう言います。
 ああ。はい。
 それは、分かるような気がします。
 決して華美ではないけれど、ポイントをひとつ押さえた、シンプルな愛らしさ。
 私の気持ちにすとんと、落ちるものがありました。

 知り合えてよかった、と。実感するのです。

「楓さんのお選びになったもの、私も、好きです」
「ふふっ。それならよかった」

 そうしてショッピングを続けることしばし、夜の帳が、降りてきました。


「ところで、歌織さん」
「なんでしょう?」
「この後、もう少しお時間、頂戴できます?」
「え、ええ。特に用事はありませんけど、なにか?」

 私がそう答えると、楓さんはやさしく微笑み。

「ちょっとだけお酒、お付き合いください。ね?」

 と。
 私を誘ってくださったのでした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

もう少し書き溜められるように頑張ります。
では ノシ

お待たせしました。投下します。

↓ ↓ ↓




「いらっしゃいませ」
「こんばんは」

 そこは、通りから少し入った、小さなワインバルでした。


 お店に着くと、楓さんが店員さんに一言二言。
 私たちは、個室風にパーティションで区切られたボックスへ、案内されました。
 時間がまだ早いせいか、お客は私たちだけ。

 お酒と、料理を少々注文。
 しばらく店内を眺めていると、お酒が私たちのテーブルへ。
 楓さんは赤ワイン。私はスプリッツァー。

「では今日の良き日に……乾杯」
「乾杯」

 ちん。
 静かなお店に、グラスの音が響きます。


「落ち着いたお店、ですね」
「ええ。ここには時々、お邪魔するんです」

 楓さんはそう答えました。

 料理が、運ばれてきます。
 鯛のカルパッチョと、キッシュ。

 キッシュにナイフを入れて。さくりとパイ生地を切れば、湯気がほのかに立ち上ります。
 卵がふわり。中のチーズがとろりと。
 おいしい。
 口福を噛みしめる私を、楓さんはにこやかに見つめていました。


「気に入ってくれました?」
「あ……はい。とても」
「ふふっ、よかった」

 穏やかに静かに、時間が流れます。
 アルコールの心地よさを、感じつつ。

「実は私」
「はい」
「楓ちゃん、なんです」
「……はい?」

 突然。楓さんはそう言いました。


「か、楓ちゃん……ですか?」
「はい。楓ちゃん、です」

 楓さんはマイペースに、語り始めました――


 ちょうど、私と瑞樹さんと早苗さん、三人で飲んでた時だったと思います。
 このみさんと莉緒さんと、初めて飲むことになったのは。
 最初に気づいたのは早苗さんで。「ちょっと! そこのセクシーコンビ!」って、声をかけて。
 おふたりとも驚いてたようでしたけど。でも、嬉しそうでした。

 後から伺ったら、「いきなりセクシーって言われて、ちょっと舞い上がっちゃったかな」なんて。
 このみさん、おっしゃってました。
 うちの事務所のセクシー担当ですから、早苗さんは。

 早苗さんと、このみさんと莉緒さん、打ち解けるのはすぐでした。
 瑞樹さんも「ふたりともピチピチでいいわー。うらやましい」って、ニコニコしてて。
 私もそんな姿を見てると、すごく幸せになれるんです。

 このみさんから声をかけてくれたんです。「楓さんは……」って。
 そうしたら、早苗さんが「あー、楓ちゃんにそんな気を遣うことないの! 彼女はね、うちのオヤジ担当だから!」って。
 このみさんも莉緒さんもきょとんとして。でも。
 これはもう、間違いなく早苗さんからのパスでしょう?

 ご挨拶、したんです。
「おふたりとも初めまして。ガンマGTP高垣、です」って。

 おふたりとも、呆気にとられて。そして――

「なにそれなにそれ! 信じらんない! こっちなんかめちゃくちゃ緊張してたのに!」って。おふたりとも笑ってくださって。
「そうね! 早苗さんの言うとおり! あなたは『楓ちゃん』だあ!」って――


「ですから、私。『楓ちゃん』なんですよ」
「……」

 驚きに、言葉が出てきません。
 楓さんの、超マイペースと。
 このみさん、莉緒さんの、コミュ力の高さと。

「そういう訳なので、歌織さんも」
「……あっ」

 私は、あまりの驚きから戻ってきました。

「ぜひ『楓ちゃん』と」
「……い……いえいえ! それはさすがに! 無理ですから!」
「……残念」

 必要にして十分。
 私と楓さんとの距離が、一足飛びに縮まるのを感じました。


 楓さんの話す声が、耳に心地いいです。
 飲み会のこと。シンデレラガールのこと。

「あまり自分は、なにが変わったということも、ないんですけど」
「はい」
「お仕事を沢山いただけるようになって、皆さんに広く知ってもらえて、嬉しいです」

 お互いに、お酒も程よく廻り。
 私も、楓さんと同じ赤ワインをいただきながら、卵黄のみそ漬けを少しずつ口に。
 コクのある塩気が、ワインと馴染みます。

「ところで、歌織さん?」
「なんでしょう」
「歌は、お好きですか?」
「ええ。それはもう」

 楓さんは私の返答を聞くと、「よかった」と微笑み。

「私も、大好きです」
「幸せですよね。皆さんに聴いていただけること。本当に」
「ほんと、そうですよね……ですから、私は」

 楓さんの瞳が、私の瞳を捉えます。そして。

「歌織さん。あなたがとても、うらやましいです」


※ とりあえずここまで ※

相変わらずの遅筆ですが。ゆっくりお付き合いください
では ノシ

お待たせしました。投下します。

↓ ↓ ↓


 えっ?
 歌が、好き。それは、とてもよく分かります。
 そして。
 私が、うらやましい。
 ふたつが結びつかず、ただ惑いの色を見せる、私。

「なぜ、ですか?」

 私は楓さんに問いかけるのでした。

「……そうですね」

 楓さんは困ったように、答えます。

「私がそう感じているから……では、ダメですか?」
「いえ、ダメとかそういうのではないですけど……なぜ、私なのだろう、って」
「……」
「……私も、楓さんがうらやましいと……思っているので」
「……歌織さんが?」
「はい」

 私の耳に、先日の歌が、甦ります。


「先日、スタジオで共演させていただいて」
「はい」
「楓さんの歌を拝聴して」
「……はい」

 私の言葉が、止まりません。

「あの……魅せられてしまったんです」
「……」
「聞き惚れたんです! 楓さんの、歌に……」
「……まあ」

 楓さんは、驚いた表情を映し。私は……
 あの日のスタジオで感じた、込み上げるなにかを、覚えるのです。

「本当に……ひと耳惚れ、なんです」


 私は、打ち明けました。
 楓さんは目を細め、にこりと微笑みます。

「……ありがとう、ございます。実は」
「……」

 お酒と恥ずかしさと。頬を赤くしうつむく私。そして、楓さんは。

「私も、ひと耳惚れ、だったんですよ?」

 そう、おっしゃったのでした。

 楓さんが?
 私の、歌を?

 望外の喜びです。
 それが妙に照れくさくて、嬉しくて。

「……あ、ありがとうございます」

 としか。
 私は、言えなかったのでした。


 そして私たちは、互いの事務所のこと、同僚のアイドルのこと、いろいろと。
 いろいろと。
 ゆっくり語らいながら、お酒を嗜みます。

「私も赤、頼んでみたいですね」
「ええ、ぜひ。よかったら」

 楓さんに勧められ、私もバローロを頼みました。

 とても力強く、がつんとくる赤。
 仔羊のローストと、とても合います。

 ああ、おいしい。そして。
 楽しいな……

 なにかふわふわと。夢のようです。
 憧れの楓さんと、こうして美味しくお酒をいただき、いろいろと語らい。
 ただゆったりと、時間を過ごす。
 贅沢。


 デザートのソルベをいただきながら、私は思います。
 ああ、終わってしまう。
 あと少し、もう少し。と。

「歌織さん」
「はい」

 楓さんが私に、語りかけます。

「まだお時間があるようでしたら、ちょっと」
「……」
「酔い覚まし、しません?」

 私に否は、ありませんでした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

ゆっくりですが。余韻を楽しんでいただければ
では ノシ

お待たせしております。来週前半にはアップしたいと頑張っております。
今しばらくお待ちください ノシ

待たせたな!!!(コント赤信号)

投下します。

↓ ↓ ↓




「ふう……気持ちいい……」

 夜の海浜公園。辺りに人はまばらで。
 楓さんは夜風にあたりながら、そうつぶやきました。

「歌織さん?」
「はい」
「今日は本当に」

 楓さんが私へと振り向き、にこりと微笑むと。

「ありがとうございました」

 お辞儀をひとつ、私へ向けたのでした。


「い、いえ! 私のほうこそ、とても楽しくて」

 私はあわてて、返事をするのです。

「楓さんとこんなにお話ができて、お酒もご一緒できるなんて……なんだか、夢のようです」

 偶然。ふいに。たまたま。
 私が今、この時間を過ごしているのは、本当に偶然で。でも、かけがえのないもので。

「私こそ、ありがとうございました」

 私は、お礼を返しました。

「私、思うんです」
「なにを、ですか?」
「私、まだ歌織さんに、ご縁のお礼、返せていないなあ、って」

 幾分かほろ酔いの楓さんが、ゆったりと言います。
 ご縁のお礼だなんて……私のほうこそ、お返ししたいのに。

「ですから、せめて」

 楓さんの瞳が、私を捉えます。

「歌で、お返ししますね」

 目を伏せて。すう、と。
 息の音。


   ――高鳴りに少し 戸惑いながら
   ――見上げてた 空の輝きを


「え?」

 私の耳を打つ、その曲は。
『ハミングバード』 私の歌、でした。


   ――ああ どこまでも高く 雲をはらって
   ――風のように 飛んでいけるなら

 緩やかに、柔らかに。
 私が歌うテンポより少し遅めに、楓さんは歌い上げていきます。

「……そん、な」

 ……ああ。
 私は手で口元を押さえ、ただ聴き入るばかり。
 なぜ。何故。

 私の、歌なのでしょう?


   ――知らない世界に 指先すくむけど
   ――知りたいこの気持が 翼に変わる

 私と楓さんの周りだけ、時が止まってしまった錯覚に囚われます。
 そこだけが、色めいて華やかで。
 私の中に、言いようのない感情が生まれました。

 悔しさ? いいえ。
 悲しさ? いいえ。
 感動? いいえ。

 そのどれもが正しくて、どれも当てはまらない。
 本当に、表現しがたい衝動。


   ――私が今 できること それは歌うこと

 その通りです。私がそうであり、楓さんがそうであるように。
 アイドルであること。私であること。それは、歌うこと。
 歌は、私そのものなのです。ですから。

「……!」

 悔しさも、悲しさも、感動も、驚きも、全て。
 私の中に、あるもの。
 私の目に涙があふれてくるのを、感じ取りました。


   ――奏でていく 明日の希望(ひかり)
   ――願うの 歌うの

 歌が、終わろうとしています。
 もっと聴いていたい、浸ってしまいたいと思う気持ちと。歌いたい、私の歌を届けたいという気持ちと。
 それは、私の歌ですという、渇望と。
 そんな私の想いとは裏腹に、彼女はあまりにも、美しく……

 歌が終わり。周りが再び、動き始めます。
 楓さんはこちらを見つめ、深くお辞儀をしました。そして、私へ歩むと。

「ありがとう」

 と、一言。


 ……ああ。
 私はその場にしゃがみ込み、顔を伏せます。
 楓さんは私の肩に手をかけると、こう言ったのです。

「歌織さん……私は本当に、あなたがうらやましいんです。ですから」

 その言葉に顔を上げると、彼女はさらに、こう言うのでした。

「歌ってください……あなたの、歌を」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


※ とりあえずここまで ※

速報がしばらく落ちていて、他の掲示板に移動することも考えましたが、やはりここがいいので。
落ちてる間、モチベーションが著しく低下して、しばらく筆を休めておりました。
また、よろしくお願いします。

では ノシ




 ぽーん……
 ぽーん……

 いつかの、ように。
 私はピアノの前に座っています。
 以前もそうであったように、私は楓さんのことを考えて、こうしてピアノを前に黄昏ているのでした。

 どう表現すればいいのでしょう。
 楓さんの歌は、最上と言えるものでした。しかし、その紡がれた歌は『ハミングバード』
 そして、楓さんから告げられた一言。
 歌ってください、と。私の歌を、と……
 あの日から、心は乱れたまま。私は私自身を、持て余していたのです。

 私の歌を楓さんが歌ってくださったこと、それはとても光栄なことで。
 その歌に私は、心を奪われました。
 そう思いながらなぜ、私の歌なのですか、と。嫉妬と呼ぶべきものなのでしょうか。
 そうかもしれません。
 それでも彼女の歌は、あまりに完璧だったのです。

「……」


 涙があふれてきます。
 なぜ、私は。『楓さんではないのだろう?』

 思ったところで、詮方ないことです。私は、彼女ではないのだから。
 わかっています。
 彼女には、なれない。その事実が、肌に痛い。

 私が好きなこと。それは歌うこと。
 そのことにおいて、これほど心乱れることは、今までなかったのでした。
 私の歌、って? なに?
 考えるほどに、苦しくなるのです。

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