北上「我々は猫である」 (983)



北上「我輩は猫である」
北上「我輩は猫である」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1500349791/)
の続き。
ここから読み始めた方への配慮は多分出来ていないのでこちらも読んでくれると嬉しいです。
凄く嬉しいです。

随分と長くなったしまだまだ長くなりそうですが絶対に書ききってやるので何卒


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1521225718

54匹目:招き猫






験担ぎ。おまじない。儀式。神頼み。願掛け。

良い結果を出そうと、あるいは悪い結果を避けようと人々は様々な方法で何かにすがる。肖る。

例えば私達の艦娘に関わるものでも千人針とか幸運艦の一部を御守りにするとか、オスの三毛猫を乗せるとか。

効果の程はともかくそういった気持ちは分からなくもない。

猫といえば、招き猫なんかもそうだ。

北上「えいっ」

招き猫は右手を挙げていると金を、左手を挙げていると客を呼ぶという。

この手、というか前足は己の獲物を捕らえるものであって別に金なんかを呼ぶものではないと声を大にして言いたいところである。

第一猫に小判などとバカにしておいて困った時は金を呼ぶと奉る辺人間は本当に都合がいい。

なんて心で悪態をつきながら差し出されたスマホの画面中央を右手人差し指で触れ、そのまま下に下げる。

するとボールが画面の上に飛んでいき代わりに金の卵が転がってきた。

阿武隈「…」ドキドキ

北上「お、なんか虹色だ」

阿武隈「ホントですか!?」パシッ

恐ろしく早い手際でスマホをひったくられた。阿武隈のだしいいんだけど。

北上「どうだった?」

阿武隈「…被りました」orz

北上「あっそう」

阿武隈「うぅ…なんで来ないのぉぉ…」

北上「そんなもんでしょ」

宝くじで一等狙うよりはマシ程度のものだろう、多分。

阿武隈「北上さん!もっかい!もう1回お願い!」

北上「えー無理だって。というか無理だったじゃん」

阿武隈「星5は出たからきっといけます!いって!」

北上「んな無茶な」

阿武隈「今日の北上さんならいけます!」

北上「そういえば今日の占い2位だったっけ」

阿武隈「いけます!」

ガチャ。

もちろんガチャガチャの事ではなくいわゆるソシャゲというやつである。

金だけが貯まっていきやすい艦娘にソシャゲが大人気であるというのは以前にも言った気がするけど、

その金がもっとも注ぎ込まれているのがガチャというやつだ。

北上「はぁ…」

その後足の指までつかって5回ほどガチャを引かされた。

結果阿武隈が灰になって部屋(しかも球磨型の部屋)で倒れたので放置してきた。

北上「出るわきゃない」

ガチャにも旬がある。

基本的に四季とバレンタインやクリスマスなどのイベントに沿っているらしい。

今の時期だと秋の何かなのかな。

響「あ、いたよ。皆」

北上「ん?」

曲がり角から出てきた響が私を指して言った。

皆とは?

暁「ほんと!?」ヒョコ
雷「見つけた!」ヒョコ
電「なのです」ヒョコ

北上「うおっ!」

ろっくの ぐんだんが あらわれた 。

さんにんは ガチャをひいてほしそうに こちらをみている 。

きたかみは どうする

たたかう
>にげる

北上「南無三!」ダッ

雷「あっ!」
暁「逃げた!」
電「逃がすな!」

響「了解だよ」サッ
北上「げっ」

しかし まわりこまれた 。

まあ別にはっきりと引きたくない理由があるわけでもないからいいのだけれどね。

それぞれのスマホで10連を数回引かされた。

ちなみに結果として暁が当たりを引いて電雷はダメだった。

響は既に自力で目当てのものは出したらしい。

電「その運よこすのです!」コチョコチョ

暁「アハハハダメェそこはダメアハハハ」

雷「ほらほら!これでもかー」コチョコチョ


北上「あれ大丈夫なの?」

響「死にはしないさ」

相変わらず怖いことを言う。

やれやれだ。

このまま鎮守府を彷徨いていたら何回引かされるか分かったもんじゃない。

ここは提督室に避難しておこう。

北上「北上さまが入りますよー」ガチャ

提督「おー北上。丁度いいところに」

北上「…」

扉を開けかけたところで動きを止める。

北上「提督」

提督「ん」

北上「そのスマホは」

提督「ちょうど良かった。お前にこれ「リセット」おい!」

バタン

ここもか…

北上「とまあ散々な目にあってね」

明石「散々って、別に気にすることでもないんじゃない?」ニコニコ

なんやかんやで1番安全な気がする、工廠。

北上「そう言われたらそうなんだけどさ。でもやっぱ引く度によく分からないけど一喜一憂されるのはなんかね」

明石「北上はソシャゲ、もといスマホに全く関心がないものね」ニヨニヨ

北上「…明石」

明石「ん?」ニヤニヤ

北上「引けたの?」

明石「ピックアップは私を見捨てなかった」ニンマリ

素敵なオリジナル笑顔だった。

北上「よくもまあそこまで熱心になれるものだよねえ。あーいや別に否定するつもりはないんだ。それでもやっぱりお金のかかることだから率直に言うとドン引きというか、ね」

明石「それ課金してる人には基本的にクリティカルな発言だからね」

北上「払う金額と対価は人それぞれの価値観とはいえ数十分に数十万が消えるってどうなのよ」

明石「モノの価値は希少性であがるし、その点で言えば私は納得してるわよ。博打性があるのは否定しないけど」

北上「納得してるなら、まあそうか」

明石「真面目な理由をつけるなら、そうねー。私達が兵器だからとか?」

北上「というと?」

明石「練度や装備があるとはいえ生まれつき私達は性能に限界がある。どんなに努力してもね。だからこそこうして金を払って私ツエーみたいな事が出来るのは魅力的なの、かも?」

北上「もっともらしいね。もっともらしいだけだけど」

北上「ところで夕張は?」

明石「さっき奥の倉庫に入ってったわよ」

北上「何故に」

明石「儀式だって」

北上「あー、あぁ…」

察した。

北上「ところで夕張は?」

明石「さっき奥の倉庫に入ってったわよ」

北上「何故に」

明石「儀式だって」

北上「あー、あぁ…」

察した。

夕張「マイマーリン…」チーン

北上「Oh…」

明石「わー綺麗」

ウィトルウィウス的人体図を知っているだろうか。

名前は知らなくてもダ・ヴィンチ関連の絵で見た事がある人は多いだろうと思う。

円の中に両手足が異なる位置で二人の男性が重ねられていてそれが円と四角に内接している、というものだ。

意味は私も知らないけれど。

まあ、なんというかそれが、倉庫の床に表現されていた。

夕張の体で。

北上「このもう一人分の腕と足なに?」

明石「マネキンよ。艤装とか試着させるやつの」

北上「あーね」

夕張「もうダメぽ」グッタリ

明石「ほらほら起きて起きて」ツンツン

仰向けで目を閉じている夕張をスパナでつつく明石。

なにやらもう片方の手でスマホを弄っている。

夕張「どうして現実は辛く厳しいの…」

明石「目覚めよ。さすれば与えられん」

夕張「ハッ!」パチッ

明石「それ」

明石が夕張の目の前にスマホ画面を差し出す。




夕張「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」ゴロゴロゴロ

両手で顔を覆い物凄い勢いで転がり出した。

北上「何見せたの…」

明石「私にあって夕張に無いものよ」

北上「鬼か」

画面には白いローブと黒い杖を持った青年が写っていた。

明石の顔に愉悦って書いてある。

夕張はしばらく転がり続けた。

夕張「皆にガチャを引いてって言われる?」

北上「うん。何故か私ばかり」

明石「別に運がいいってわけでもないのよね」

北上「特にそんなに出来事はないと思うけど」

明石「なんでかしらね」

夕張「そりゃあやっぱ特別だからでしょ」

北上「特別?」

夕張「何回引いても同じ結果しか出ないから何か特別な方法を試す事で違う結果を出したいと思うわけよ」

明石「凄い説得力」

北上「でも私が特別って?」

夕張「スマホを持っていないこと」

夕張「北上は特に意識してないだろうけど、今どきスマホを持ち歩かないって結構異端よ異端。だからこそ物欲センサーをすり抜けるのでは!と思わずにはいられないのよ」

北上「なるほど。凄く納得させられた」

明石「それはそうと基本的には連絡用なんだから持ち歩きなさいよ」

北上「何かを身につけるって割とストレスなんだよね」

夕張「慣れよ慣れ。そのうちパンツと同じくらい身につけて当然になるわ」

北上「つまりたまに身につけないということか」

夕張「ノーパンの事は過去に置いてきてほしい」

明石「というか気づけば心臓と同じくらい身につけるのが必然になるわよ」

北上「無ければ死ぬというのか」

夕張「死ぬでしょ」

明石「死ぬわね」

北上「日本の戦線が崩壊寸前になっている…」

夕張「それにほら、私達仕事でもガチャやってるし」

明石「開発建造改修。どれもリアルラック」

北上「アレってなんでランダムなの」

夕張「結局は妖精さん次第だから」

明石「妖精さん曰く、(・ヮ・)あいまいないめーじゆえ、だそうで」

北上「それ違う妖精さんだよね」

夕張「髪の色的に明石が私ちゃんか」

明石「私が妖精人間か~。夕張は?」

夕張「んー、助手?」

明石「アロハシャツ買おっか」

北上「それはいいから」

明石「まあそんなわけで改修や建造が上手くいかなくても私達のせいにしないで欲しい」

夕張「むしろどうにか成功率をあげようと日々努力しているのに一向に報われない私達を労って欲しい」

北上「ガチャも出ないしね」

明石「日頃の行いなんて結局運には関係ないのよね」

夕張「死にたい…」

北上「むしろ日頃の行いが悪いから?」

明石「それだと私が出てるのがおかしいじゃない?」

北上「そんな堂々と自分は日頃の行いが悪いと宣言されても」

夕張「死にたい」

明石「不運と踊っちまったのね」

夕張「提督も改修や建造でこんなに顔になる時がある」

明石「FXで有り金全部溶かす人の顔」

北上「リアルだからねそっちは。余計に辛いでしょ」

明石「北上が来る前とかも中々悲しい顔してたわよね」

北上「私?なんで」

夕張「大井ちゃんと二人で来ねー来ねーって嘆いてた」

明石「球磨型も丁度揃うところだったしね」

夕張「今日こそは!って二人で変な儀式してダメだったらワーキャー喧嘩して」

明石「仲良いよねぇ」

北上「前からあんな感じなんだね」

夕張「そうそうそう」

明石「ところで北上ってスマホ何処に置いてるの?」

北上「部屋、だと思うけどどうだろう。最後に見たのがいつかも覚えてないや」

夕張「連絡とかどうしてるの…それ」

北上「大体大井っち経由。もしくは直接呼び出し」

明石「携帯しよう携帯を」

北上「携帯ねぇ」

夕張「えーっと、あホントだ。部屋にあるぽ」

明石「てことは一応充電は生きてるのね」

夕張「ほぼ新品未使用のバッテリーだものね」

北上「ちょ、なんでわかんのさ」

夕明「「GPSで」」

そんなさも当たり前のように部屋単位で位置特定できることを暴露されても…

夕張「というか図書室で使ってないの?」

明石「あ~そういえば図書カードアプリ入れたんだっけ」

北上「管理者権限って事で適当に持ち出してる」

夕張「これは酷い」

明石「さんはい」

夕明「「これは酷い」」

北上「何も二回言わなくても」

夕張「大事な事なので」

北上「まーほら、スマホがないってのも悪い事ばかりじゃないしさ」

夕張「ほほう」

明石「例えば?」

北上「例えば、例えば…社会問題ともなっているスマホ依存やSMSによる人間関係問題などに悩まされずにすむじゃないか」

夕張「私達社会とは無関係だし」

明石「問題とともに上司からの連絡まで絶ってどうするのよ」

北上「…スマホからは実は有害な電波が」

夕張「どんなに有害でも敵の砲撃よりはマシでしょ」

北上「くそうこれだから理系は」

提督「おーいたいた」

夕張「ありゃ提督?どーしたんですか」

提督「北上を探してたんだよ」

北上「私?なんでさ」

提督「お前が連絡手段を持ってないからだ」

明石「ほーらやっぱり持ってた方がいいじゃない」

北上「うー、ごめんなさい」

提督「別にいいさ。そう悪い事ばかりでもないしな」

夕張「例えば?」

提督「た、例えば?例えばー、例えば君が傷ついて」

明石「挫けそうになった時は」

北上「必ず僕がそばいて」

夕張「その姿を撮ってSNSに上げていいねを稼ぐよ」

提督「これは酷い」

北上「やはりスマホは悪い文化だ」

明石「いやそれはおかしい」

提督「さて行くか」

北上「いずこへ~」

提督「提督室。大井もいるぞ」

北上「お、じゃあ行くか」

提督「いなかったら来ない気だったのかおい」

夕張「で、例えばなんなのよ提督」

提督「ほーら行くぞー北上ー」

北上「はいはーい」

夕張「あちょっと!無視しないでよぉ」

提督。これも華麗にスルー。

提督「そういや北上。さっきなんで急に部屋出てったんだ?」

北上「ガチャはもうお腹いっぱいだったから…」

提督「ガチャ?」

北上「ありゃ、違うの?」

提督「俺はただ北上用に腕時計型のスマホとかどうかなと聞こうとしててな」

北上「あー」

早とちりだったか。これは悪い事をした。

北上「大きさじゃなくて常に持ち歩くってのがなんかねぇ」

提督「そこは正直我慢してほしいんだがな」

北上「善処します」

提督「しないやつだこれ」

北上「てへ」

提督「てへじゃねえ」

そう言って苦笑する提督は私の歩幅に合わせて少しゆっくりと横を歩く。

提督室までのそう長くない時間だが、まあ、スマホがないというのも、悪くない。

北上「ところで大井っちはなんで部屋に?」

提督「北上と連絡が取れないんだけど何処にいるか知らね?って連絡したら部屋に来た」

北上「ほほう」

なるほどなるほどそれが例えばの内容だったわけか。

大井っちも私を理由に提督に会いに行くとは相変わらずだねえ。

提督「なにニヤニヤしてんだ?」

北上「いやぁ、今日の占いが良かっただけだよ。2位だよ2位」

提督「ん?北上もおひつじ座?」

北上「ありゃ、提督も?」

提督「俺は先祖代々おひつじ座よ」

北上「なにそれ」

提督「いや代々は冗談だけどな。両親ともにおひつじ座だったんだ」

北上「わお。そりゃ大したカップルだ」

提督「だからどうって話だけどな」

北上「私はここに来たのが春だったからね。テキトーにおひつじ座って事にした」

提督「そんなもんか」

北上「そんなもんそんなもん」

北上「やほー大井っち」ガチャ

大井「もう、どこ行ってたんですか」

提督「ただいま~」

吹雪「おかえりなさ~い」

提督「お邪魔しましたー」
吹雪「待てい」グワシッ


北上「今度はなにやったの?」

大井「装備の開発に資源注ぎ込んだらしいですよ」

北上「あー…」

さっき夕張達が言ってたのはそれが原因か。という事は結果は…


提督「いけると思ったんだよ!占いがそう言ってたんだよ!」

吹雪「なら消費した資源と実際にできたものを一言一句間違えずに読み上げてください」

提督「スミマセンデシタ」

大井「どう思います?」

北上「どうとは?」

大井「あそこでワーキャー言い合ってる二人ですよ」

北上「んーそだねぇ」


提督「確率は偏るんだ!こういう日もあるさ!」

吹雪「それでしばらく開発控えるならいいですけどどうせ日を置いたらまた大量に注ぎ込むじゃないですか」

提督「何を根拠に」

吹雪「過去の事実」


北上「ガチャは悪い文化」

大井「おあとがよろしいようで」

北上「よろしいのかなあ」

大井「あ、北上さんもお茶飲みます?」

北上「飲む~」

用法用量を正しく守ろう。

ご指摘ありがとうございます。完全に失念してました。

徹子の部屋?
徹子の部屋…
徹子の部屋!(納得)

56匹目:猫とサンマ





秋刀魚。

秋に捕れる美味しいお魚。

魚特有の初見殺し的読み方。

なんだよ秋の刀の魚って。

意味を聞けばなるほどと思わなくもないけど、それを並べてサンマとは読まんでしょと。

ところでこのサンマ、かどうかは定かではないけど、意外な所で使われていたりする。

球磨「行くよ」

多摩「来いにゃ…」


球多「「三!式!弾!」」

掛け声とともに出されたのはチョキとグー。

球磨姉の勝ちだ。

カウントは球磨姉が3で多摩姉が2。つまり

球磨「勝ったぁぁぁあ!!!」

多摩「ニャ…にゃぁぁ」orz

木曾「はい球磨姉の勝ち」

大井「では多摩姉さんお願いします」

多摩「ニャァァ…」

北上「頑張って~」

サンマ。

及びごーま。

じゃんけんの一種である。

ジャンケンポンのリズムでさーんーま、ごーおーまと掛け声を出しながらじゃんけんをするものだ。

では一体何がじゃんけんと違うのかというとサンマは3点先取。ごーまは5点先取の勝負なのだ。

3マ、と5マ。雑だ。だけどわかりやすい。

どちらかが規定の回数勝つまでじゃんけんをする単純なルール。

1回きりのじゃんけんより心理戦の趣が強く読み合いのレベルが高いのが特徴。

基本的には流れを掴んだものが勝つ。

ちなみに地方によってルールや掛け声に差異がある。

発祥がどこなのかはさっぱり謎だ。

その鎮守府バージョン。

それが三式弾。

ちなみに5回ならごーや。

10回勝負の徹甲弾もあるがあまり好まれない。

多摩「トイレ掃除ってもしかしてやらなくてもいいんじゃないかにゃ」

木曾「残念ながら点検対象だ」

大井「多摩姉さんがサボった場合私達全員の責任なんですからね」

球磨「ふははははは!負けを認めてさっさと行くクマァ!」

ちなみに今回はトイレ掃除をかけた勝負だ。

秋に向けた、鎮守府衣替え兼大掃除の日である。

北上「あれ?一個足りない」

カーテンを付け替えていたのだがあの引っ掛ける部分が1つ足りない。

木曾「一個ズレたんじゃないか?」

北上「ズレた…あーホントだ。うひー付け直しだよぉ」

木曾「テキトーにやるからだろ」

北上「キソー代わって~」

木曾「断る」

北上「ちぇー」ガタッ

台にしている椅子を体の反動で右にスライドさせる。

なんだかサーフィンでもしている気分だ。

大井「あ!北上さん危ないです!ちゃんと降りてください!」

北上「だいじょーぶだいじょーぶ」ガタ

大井「わかりましたともかく一度ストップです。私が支えるのでそれに合わせて移動してください」

北上「はいはい」

相変わらず過保護な。

木曾「おい姉ドアの掃除はいいのか?」

大井「もう終わったわ」

木曾「はやっ!」

北上「よっし終わり」

木曾「いかにも秋って感じのカーテンだな」

北上「でもわざわざカーテンまで変えなくても」

木曾「一応外気を遮断するために分厚いものになってるしビジュアルだけが目的じゃないんだよ」

北上「あーなるほど」

大井「夏は海風が心地よいですけれど、冬は中々堪える寒さになりますからね」

北上「うひー…怖い怖い。しっかり閉じましりとこう」

大井「さてお次は机の掃除ですかね」

球磨「みんな~濡れ雑巾持ってきたクマ~」

北上「よーし机掃除開始~」

「「「お~」」」

北上「と言ってもさほど掃除することもないなあ」

自分の机を濡れ雑巾で磨きながら思った事を口に出してみる。

木曾「上姉は所有物少ないもんな」

北上「お気に入りの本と筆記用具に少しの紙と、あ!スマホここに入れてたのか」

大井「携帯してくださいよ」ヤレヤレ

北上「たは~善処しま~す」

球磨「そういう木曾もそんなに物はないクマ」

木曾「まあこんなもんだろ。球磨姉だってそうだろ」

北上「というか大井っちが多い」

球磨「大井が多い…」ボソッ

大井「…球磨姉さん?」ニッコリ

球磨「なんでもない」キリッ

北上「手伝うよ大井っち」

大井「そんな悪いですよ」

北上「いーじゃんいーじゃん。素直に甘えたまえよ」

大井「じゃあここの棚の物を1回全部下ろして貰っていいですか」

北上「あいよ」

木曾「よし、俺も手伝うよ」

球磨「球磨も手伝うクマ!」

大井「球磨姉さんは多摩姉さんの机を磨いといてください」

球磨「なぁ!怒ってた、やっぱり怒ってたクマ!?」

大井「怒ってません」

球磨「怒ってるクマ!」

大井「怒ってません」

木曾「この雑誌とかはどうする?」

大井「そうねえ。後で捨てるものと分けるからそこに詰んでおいて」

木曾「あいよ。お、これいいな」

大井「手伝うなら読んでないで手を動かしなさい」

木曾「う、サーセン」

北上「わーこれ美味しそう」

大井「!それはですね!ハロウィンのお菓子特集のやつで!」

木曾「おい手を動かすんじゃないのかよ」

大井「北上さんはいいんです」

木曾「開き直りすぎだろ!」

球磨「キソー」

木曾「なんだい」

球磨「これなんだと思う?」

木曾「猫のー、猫の…猫の?置物?」

球磨「でもなんか触るとふにふにしてる」

木曾「多摩姉のか?」

球磨「そう。ホコリかぶってるけどなんか下手に触るのが怖い」

木曾「ライト、とかか」

北上「なになに?うわ…なに?」

球磨「それがわからんから苦労してる」

大井「ここだけ何か硬くないですか?」

球磨「ホントだ。スイッチみたい」

木曾「押しみるか」

北上「どうぞどうぞ」

球磨「爆発しそうでいやだ」

木曾「いや爆発はしないだろ…」

球磨「じゃあ木曾が押せ」

木曾「え……やだ」

球磨「やっぱり怖がってるじゃないか!」

北上「姉ちゃんここはクマを付けて愛らしく」

球磨「木曾に押して欲しいクマァ」
木曾「やだ」
球磨「キサマぁ!」

大井「えい」ポチ


置物「ニャア(低音」

「「「「……」」」」

球磨「多摩はよくわからん物ばかり持ってるクマ」

木曾「あんなもの一体どこから手に入れたんだか。あ球磨姉、引き出しの一番下には手をつけるなよ」

球磨「わかってるクマ」

北上「…一番下?」

球磨「そう、ここだけは開けるなと念を推していた。多摩らしくもない真剣な顔で」

北上「へえ」

ダメだと言ってはいたのか。罪悪感と背徳感が今になって押し寄せてきた…

木曾「日記が入ってるだけだったけどな」

北上「え」

球磨「恥ずかしがり屋な妹クマ」

北上「え」

大井「あ、日記なら私もつけてますよ。北上さん見ます?」

北上「え゛」

まだ 最終海域が 終わって いない

ロリ金剛と同士でっかいのはタシュケられたので…

球磨「見るなとか言われて見ない方がおかしいクマ」

北上「それはおかしいでしょ」

木曾「別にじっくりは見てないさ。流石にそこまでするのは悪いからな」

北上「いや悪いでしょ既に」

大井「ポエムでも書いてるのかと思いましたけどただの日記なら特に言うこともないですね」

当然のようにみんな見ていた…まあここで私がいくら言っても盗人猛々しいというだけの話なのだが。

球磨「せっかくだし北上も見ておくクマ?」

北上「遠慮しとくよ…逆に見る気がなくなった」

木曾「衣替えと掃除はこんくらいかな」

皆日記を見ていながら何も反応がないということは最初の方は見ていないのか。

大井「あら、衣替えなのに衣を変えてなかったわね」

パッと見て日記だと分かったらその時点で読むのを止めた、という感じか。

球磨「衣?服の事かクマ」

まあ下手に目撃者が多いよりはいいか。騒ぎにしたくはないし。

木曾「でも俺達服なんてほとんどないぞ」

球磨「北上なんて特にそうクマ」

北上「へ、私?何が」

大井「服ですよ服」

北上「あぁね。水着も結局借りちゃったものね」

木曾「上姉はその制服と下着だけだもんな」

球磨「球磨達も水着と夏用冬用の服とで、多分10着もないクマね」

大井「私はかなり多いですけど、それでもやはり女性としては少ないほうですね」

北上「大井っちはともかく他は服とか着る機会あるの?」

木曾「ぶっちゃけないな」

球磨「皆で出かけた時に買っただけクマ」

北上「みんな?」

木曾「一度球磨型4人で外に買い物に出かけたことがあってさ」

大井「そうですよ!せっかく5人全員揃ったんですしまた行きましょうよ」

外に遊びに、か。そりゃ悪くない。

球磨「予定が合うか、だ」

木曾「そこだよなあ。提督にはおい姉が頼めばなんとかなるだろうけど」

大井「吹雪が許してくれるといいのだけれど」

北上「あーそこかあ」

割と暇な時間の多い艦娘だが1日暇かと言われるとそうでもない。

まだまだ練度上げ中の私や大井っちは演習やらがあるし、貴重な雷巡の木曾も出番は多い。

練度の高い多摩姉も遠征や出撃などの引率役として意外と忙しい。

木曾「そこへいくと1番暇なのは球磨姉さんだよな」

球磨「クマッ!?」

大井「微妙に出番がないですものね」

球磨「クマァッ!?」

球磨「意外と傷つきやすい球磨ちゃんってよく言われるクマ…」グスン

多摩「ただいまに…どういう状況だにゃ」

木曾「また球磨型皆で外に遊びに行かないかって話してたんだ」

多摩「とてもそうは見えないにゃ」

大井「球磨姉さんはそっとしておいてあげてください」

多摩「お、おうにゃ」

北上「おーよしよし、いいこいいこ」ナデナデ

球磨「クマァ」

川内「球磨型のしょくーん」

多摩「にゃ?」

球磨「川内、どうした?」

川内「相変わらずクマがつかないね。じゃなくて、てーとくが物置小屋に応援求むってさ」

球磨「何かあったのか、クマ?」

川内「予想以上に物置に物があったらしいよ。だから各部屋から1人ずつ人柱を立てるようにって」

木曾「人柱ってお前な…」

人柱は川や海を沈めるためにも用いられたという。私達には少し笑えない話とも言える。

川内「あーちなみに川内型の犠牲者は私ね」トホホ

川内「そいじゃね~」


多摩「だってにゃ」

球磨「さてどうするクマ」

大井「それはもう決まってますよ」

木曾「だな」

北上「やっちゃいましょうかねえ」

多摩「ところで多摩はさっき負けているので今回h「出さなきゃ負けクマ」聞けに゛ゃあ゛!」

北上「5?」

木曾「3で」

球磨「3」

北上「よし」

多摩「よくないにゃ」
北上「出さなきゃまけよ」

「「「「三 式 弾!」」」」




ちなみに、数分の死闘の後普通に木曾が負けた。

駆け抜けた(乙)

甲にしてたらと思うと…
E1でフル改修にした卵焼きが得意な嫁が大暴れしてくれたので満足です
エンディングの存在は、後で知りました…

58匹目:寝る子



猫とは、ねるこ、が語源だとかそうじゃないとか。




北上「…にゃ」

徐々に意識が覚醒していく。

陽炎のように揺れながら思考の奥へと消えていく夢の世界を必死に追いかけようとするが、ある一言が私をいっぺんに現実世界に引っ張り出す。

大井「朝ですよ、北上さん」

北上「…はよ」

大井「はい。おはようございます」

観念して目を開ける。

私の枕元に座り優しくほほ笑みかける大井っちは、紛れもない現実だ。

大井っちは私を起こしてくれる。

無論頼んだわけではない。自主的にだ。

最も私もその優しさにガッツリ甘えているわけで、実際大井っちがいなかったら寝坊の北上と言う不名誉な称号を貰っていた事だろう。

北上「あーあ。出撃なんてなけりゃいいのにさ」

大井「今日は演習ですよ」

そう言いながら優しく私の髪にクシを通す。

北上「似たようなものでしょ」

大井「全然違いますよ」

北上「早起きならどっちも同じだよ。はぁやだやだ、大井っち一緒に二度寝しない?」

大井「着替えここに置いておきますね」

北上「ちぇー容赦ないや」

もっとも毎日起こしてくれるわけじゃない。

あくまで私が出撃やらなんやらで起きなくてはならない日だけだ。

それ以外の日は決して私の眠りを邪魔しない。

つまり

秋雲「お、北上サンおはー。おは?おはじゃないか」

北上「おそよう」

秋雲「あははそれそれ。遅ようだ」

部屋を出て右に真っ直ぐ行くと共有の洗面所がある。

このフロアだと使うのは主に駆逐艦と軽巡だ。

現在時刻は正午、を少し過ぎたあたり。

少し、随分と遅めではあるが私はまだ完全に覚めていない顔を洗っていたところだ。

秋雲「相変わらず遅いっすね~」ジャー

北上「そういう秋雲こそ遅いじゃん」パシャパシャ

お互いまずは顔を洗う。

秋雲「いやぁ、原稿がねぇ…」パシャパシャ

北上「進捗どうですか」ジャー

秋雲「ダメです」キュッ

北上「ダメじゃん」キュッ

水を止め濡れて顔を拭く。顔を濡らすより濡れて顔を吹いた瞬間の方が私は気持ちいいと思う。

秋雲「気づいたらこの手は筆ではなくコントローラーを握っていた」プルプル

北上「自制心を鍛えよう」ホイ

タオルを見失ったらしい秋雲にタオルを渡す。

秋雲「お互い様」フキフキ

北上「私は夜更かししてるんじゃないもの。寝すぎてるだけ」

秋雲「それもそれでどうなんだろ」

北上「自由な時間のために睡眠を削るんじゃなくて自由な時間をいくらか睡眠に
当ててるだけだよ」

秋雲「お、なんかカッコイイ」

北上「だしょ」

秋雲とは夕張明石繋がりで割と話すようになった。

なんというか凄く空気が読める子だ。距離感がうまい、とでも言うのかな。

凄く親しいという訳でもないけれど会話に困らない程度のいい友人である。

秋雲「北上サン今日はお仕事あり?」

北上「ヒトゴーから演習」

今度はお互い髪を結ぶ。

演習もあるししっかり結んでおかないと。ちなみに無い時はポニテか結ばないでほおってる。

秋雲「後2時間半くらいかあ」グッ

北上「適当に腹ごしらえせにゃ。秋雲はお仕事あり?」スルスル

秋雲「今日はなし。明日はあり」シュッ

北上「秋雲先生はお仕事ありあり?」ギュ

秋雲「今日も明日もありありぃ…」

北上「気を落とすならやらにゃいいのに」

秋雲「気は落とせても原稿は落とせんのです…」

北上「だれうま」

三つ編みめんどくさい…やっぱ後で大井っちにやってもらおう。

秋雲「これをやめたら死ぬのよ秋雲は。書く事と心臓が動くことは同義」

秋雲はポニテ、でいいのかな。

長いけど量は少ないので楽そうだ。

秋雲「ほいじゃまったね~」

北上「また~」

秋雲「あそーだ。今度バリちゃん達とアニメ一挙視聴やるんだけど来る?」

北上「うーん内容による」

秋雲「オーキドーキ。決まったら連絡するね」ノシ

北上「あいあい」

たっぷり寝過ごした昼の洗面所。

意外な人と二人っきりになったりしてそれが少し楽しみになっているところがあるのは否めない。

別の日。

北上「おや」

叢雲「あら」

ばったりと。

そんな唐突な出会い。

北上「おはよー」

叢雲「おはよーって、もう昼…あぁおはよう」

どうやら私のボサボサの髪とクシャクシャの顔を見て察してくれたようだ。

しかしそれはともかくとして、

北上「叢雲もおはよう?」

叢雲「えぇ、おはようよ」

そう。叢雲も同じように起きたてほやほやと言った格好だった。

北上「珍しいじゃん」

叢雲とも話す機会はそれなりに多い。

提督といると吹雪がやってきてそこに叢雲もいて、みたいなことばかりだけど。

叢雲「たまにはね。夜遅くまで遊んでたから」

二人並んで髪をとかす。叢雲もかなり髪が長いほうだ、色々大変そうである。

北上「なんでまた?」

叢雲「吹雪が皆と遊びたいーっていうから相手してあげたのよ」

北上「吹雪が?」

叢雲「吹雪が」

そりゃまたさらに意外な。真面目、優等生、学級委員長の擬人化みたいなやつなのに。

北上「雪でも降るのかね」

叢雲「あの子も人の子よ。息抜きくらいしたくなるんでしょ」

北上「息抜きねえ」

そういえば休憩中に隠れてアルコールいれたりしてたっけ。

叢雲「まったく、付き合う身にもなって欲しいわ」

北上「でも付き合うんだ」

叢雲「仕方ないでしょ」

バレないように鏡を利用して隣で髪をといている叢雲を見る。

口元がにやけてることを指摘するとまたぞろどんな言い訳が飛び出すか分からないので黙っておく。

北上「皆って吹雪型の皆で?」

吹雪型というと吹雪叢雲に雪が3人と、あれ?後誰だっけ…

叢雲「いいえ。特型姉妹の皆、よ」

北上「特型」

めちゃくちゃ多かった気がするが。

叢雲「今日仕事の娘もいるし最後まで起きてたのは10人もいなかったけれど」

十分多い。さすが駆逐艦。

北上「姉妹が多いってのも大変だね。それで何やってたのさ」

叢雲「トランプとかワードウルフとか」

北上「どうだった?」

叢雲「初雪が妙に強かったわ…」

北上「なんかわかる」

叢雲「後雷も強かったわ」

北上「それは意外。で主催者はまだ寝てるの?」

叢雲「起きたらいなかったしどうにも普通に秘書艦やってるみたいよ」

北上「え、徹夜してるのに」

仕事人間すぎるのでは。

人の子ではなく艦娘だからこそ出来る芸当、なのかな。

叢雲「ちょっとは寝たと思うけれどそういう問題じゃないわ」

北上「だろうね」

叢雲「だから朝…昼ご飯を食べたらふん捕まえてはっ倒してでも寝かせるつもりよ」

パン、と両手で頬を叩き鏡を睨みつける叢雲。

コワイ。

叢雲「アナタはなんで夜更かしを?」

北上「私は寝すぎてるだけで夜更かしはしてないよ。10時には寝てるもん」

叢雲「その睡眠欲吹雪に分けてあげてほしいわ」

北上「吹雪は欲があっても寝ないでしょ」

叢雲「そうね。だから困るのよ」

北上「さもありなん」

叢雲「よかったら一緒に来ない?私一人じゃ捕まえるの苦労するし」

北上「遠慮しとくよ。なんかあとが怖いし」

叢雲「あら、秘書艦に日頃の鬱憤を晴らす貴重な機会よ?」

北上「別に鬱憤なんかないよ。晴らすとしたら、あー…」

叢雲「ん?なにかあるの?」

北上「いや、やっぱないや」

叢雲「え~気になるじゃない」

北上「プライベートで~す。黙秘権黙秘権」

晴らすなら、謎の期待を少しやめていただきたい。

叢雲「それじゃ」

北上「頑張れー」

叢雲「応援より増援が欲しいわ」

北上「嫌厭しとく」

叢雲「残念」

なんて特に残念そうな素振りもなく手をヒラヒラとさせながら提督室の方へと去っていく。

北上「ふむ」

しかしせっかくの機会だったというのにまた聞きそびれてしまった。

艤装をしていないのにも関わらず叢雲の頭上に当然のように浮いているあのファンネル(仮)。

北上「何なんだろう」

なんなんだろう

特に物語に絡む要素ではないので明言していませんが例えば吹雪、叢雲と聞いて未改造、改造後のどちらが先に思い浮かぶかは人によりそうです。
私は前者は改造後、後者は未改造ですかね。

吹雪「それ何?って聞いたらこれ以上ここにはおれませんって飛び去っていきそうで聞けてないんですよね」

北上「鶴の恩返しじゃあるまいし」

叢雲と会った次の日のお昼。

今度は吹雪と出会った。

吹雪「何せ生まれた時からありますからね」

北上「でも海で泳いでた時は確かなかったよ」

吹雪「お風呂とかの時も消えますね。あと寝る時も」

北上「消える?消えるの?アレが?」

吹雪「消えますね。スッ…って。この前も疲れた~って布団に倒れ込んだ瞬間に消えてました」

北上「なにそれこわい」

吹雪「消える時も現れる時も気づいたらそうなってるんですよね~」

そりゃ聞きたくても聞けんわ。

北上「で、今日はなんでこんな遅くにおはようなの?」

吹雪「またまた~知ってるくせに」

北上「結構騒ぎになったものね」

叢雲の「はっ倒してでも寝かせる」はホントにはっ倒して寝かせる事だったようで、提督室で一悶着あったらしい。

吹雪「ビックリしましたよ。いきなり部屋に入ってきたと思ったらつかつかと私の前まで来てグーパンですよグーパン。右ストレート」シュッシュッ

北上「そんなにハードだったのアレ」

吹雪「めっちゃハードでした。面食らって思わず受け止めちゃいましたもの」

かわせずに受け止めた、という話なのだろうが咄嗟に防御できるあたり吹雪の練度の高さが伺える。

北上「そのまま殴り合い?」

吹雪「まさかー、そこまではやりませんよ」

やりそうだよ君らなら。

吹雪「叢雲がこう続け様に二三発打って防いでる隙に脚を払われてお終いでした」

北上「わーお」

吹雪「カッコよかったですよー。倒れ込んだ私の上に馬乗りになって胸ぐらをグッと掴んでですね、この程度もあしらえないくらいフラフラの癖に仕事なんかしてんじゃないわよ!寝ろ!って」

迫真の演技。やられた張本人だけあって臨場感がすごい。

北上「それ提督の前でやったんでしょ…?」

昨日見た叢雲のコワイ表情を思い出す。

私ならチビるな。

吹雪「私も提督もあまりの事にフリーズしましたね。その後提督がまず話を聞かせろと言うので事の発端を話して、まあ最終的に私に休暇命令がでました」

北上「ちゃんと対応したんだ提督。てっきりビビって何も出来なかったのかと」

吹雪「そこはまあ仮にも提督ですからね、提督」

北上「仮ねえ」

それくらいの信頼はおいているのか。

北上「そもそも吹雪が皆で遊びたいって言うからでしょ」

吹雪「へ?私そんな事言ってませんけれど」

北上「え」

吹雪「ん?あー」

北上「何その分かってしまったみたいな反応」

吹雪「誰から聞きました?」

北上「誰って、叢雲だけど」

吹雪「はーん。はは~ん。へへぇ~」ニヨニヨ

段々と顔が緩んでいく吹雪。

北上「まさかそのまま1人だけ納得して終わりってんじゃないよね」

吹雪「いいでしょう。可愛い妹の可愛い所を教えてあげましょう」フフン

吹雪「一週間くらい前かな。叢雲に何の気なしにポロッと愚痴ったんですよ。そういえば最近妹達と遊べてないなーって」

北上「ちなみに最後に遊んだのはいつ?」

吹雪「春頃に鎮守府で花見した時ですかね。そこからはあまり」

北上「そりゃまた随分時間が空いてるね」

吹雪「そうなんですよ。それで思わず寂しくなっちゃって、という程じゃないですけど」

北上「口から漏れちゃったと」

吹雪「ええ。次の日には言った事も忘れてましたけどね」

北上「叢雲はしっかり覚えてたってわけか」

吹雪「まさかあんなサプライズをくれるなんて、愛がヒシヒシと伝わってきますね~」

北上「案外叢雲の方も寂しかったんじゃない?」

吹雪「ん…それは、考えてなかったですね。毎日アレだけ可愛がってあげてるのに寂しいとは生意気な」プンスカ

北上「可愛がるねぇ…」

主にからかってばかりじゃん。可愛いがるのニュアンスが少し違うのでは。

北上「でもさ、そのサプライズは叢雲が企画したものなんでしょ?気が付かなかったの?」

吹雪「仕事中に白雪ちゃんから今日みんなで遊ぶんだって事を聞いただけだしたから。事の始まりも暁姉妹と漣がきっかけみたいでしたし」

北上「じゃ叢雲は隠してたのかな」

吹雪「多分そうなんでしょうね」

北上「ふーん。となると昨日私に漏らしちゃったのはそれだけ気が立ってた、ってことなのかな」

チラと吹雪の顔色を伺ってみる。

吹雪「そういうこと、なんですかねえ」

流石に困った表情を浮かべる。

吹雪「叢雲も叢雲で、恥ずかしがらずにハッキリと言ってくれればいいんですけど」

北上「確かに。なんでそんなに恥ずかしがってんだろ」

吹雪「思春期かな」

北上「青春の秋か~」

吹雪「反抗期とか」

北上「成長の秋だね」

吹雪「デレ期が来た」

北上「恋愛の秋?」

吹雪「さて、私はもう一眠りしてきちゃおっかな」

北上「まだ寝るの」

吹雪「休めと言われた以上はとことん休まなきゃ。仕事の方はどうやら叢雲がしっかりやってくれてるみたいですし」

北上「秘書艦代理?」

吹雪「ええ。あと提督の世話も」

北上「世話って…」

吹雪「ちゃーんと宿題やってるか監視しなきゃですし」

北上「おかーちゃんかっての」

吹雪「でも叢雲ってお母さんっぽさありますよね、性格は」

北上「言われてみれば。厳しそうなカーチャンだね。最近じゃそういうのバブみっていうとか」

吹雪「バブ?」

北上「ソースは夕張達なんだけどね」

吹雪「わ~テレビとかでやってる流行語大賞並に信用出来ない」

吹雪「それではおやすみなさい」

北上「いい夢を、眠り姫」

吹雪「キスで起こしに来るように叢雲に言っといてください」

北上「それじゃシンデレラだよ」

吹雪「え、白雪姫じゃ」

北上「あれ」

吹雪「まあどれも似たようなものでしょ」

姉妹愛か。それはとても、羨ましいものだ。

北上「おや」

洗面所から水の音がする。

さて今日は誰がいるのだろうか。

ひょいと中を覗いてみると白というよりは銀に近い色の髪を邪魔になるからか後ろで軽く結わえ顔を洗っているちびっ子がいた。

北上「ハラショー」

とりあえず声をかけてみる。

響「それは挨拶じゃない」

水を止め顔を拭いた後所々に黒い跡が残る顔でそう言った。

北上「ってうわ、何その顔」

響「マジックの後だよ。幸いにも油性じゃないみたいだ」

ハラショー、と私の挨拶に返してくれた。

響「電にやられてね」

北上「なんでまた」

響「プリンを食べたのがバレた」

北上「…なんでまた」

響「美味しそうだったから」

北上「情状酌量の余地なしな犯行理由だね」

響「いけると思ったんだけどね」

北上「確信犯か」

大人びているようで、むしろだからこそ根は随分と子供っぽいやつだ。

響「…」ジャー

北上「…」

響「…」ゴシゴシ

北上「…」パシャパシャ

響「…取れない」

北上「手伝おうか?」

響「いや、問題ない」

北上「でもまだ黒ずんでるよ?」

響「流石にこれは、恥ずかしいな」ゴシゴシ

北上「油性じゃなくてよかったじゃん」

響「流石にそこまではしない、と、思うよ」

北上「不安になってるじゃん」

響「悪いのは私だし甘んじて受け止めるさ」

響「…」

北上「…」

無言の空間。

多少意味合いが違うがお互い顔を洗いに来ただけだし特に喋ることもないといえば無いのだが。

響「取れた」

北上「…ホントだ」

響。

普段は4姉妹で行動していて私を見つけ次第寄ってくるウザったい奴らなのだが、

こうして個別で会ってみると対応に困る。

響「どうかな」

北上「キレイだよ」

響「何だか恋人同士の会話みたいだね今の」

北上「その発想はなかった」

北上「そういえばこの前夜通し吹雪を労る会やってたんだってね」

響「ん、知ってたんだ。吹雪の事」

北上「あーうん。叢雲と、吹雪から直接聞いちゃってね。叢雲の方は口を滑らしたって感じだけど」

響「そうか、そうかい…」

北上「どしたの?」

響「当日、叢雲に夜みんなで遊ぼうと提案されてね。勿論内緒にするように言われて」

北上「案の定だね」

響「色々と察しはついたから行動力のある暁達と影響力のある漣を最初に巻き込んで、後は流れる様に皆で集まったよ」

流石に叢雲が任せるだけあって行動が的確だ。

北上「いいねぇ、侘び寂びだねぇ。家族愛ってのはいいものだよ」

響「…そうだね。その通りだと思うよ」

北上「なにさ。さっきから少し顔が怖いよ?」

響「吹雪はね、何も言わないんだよ」

北上「何も?あんなにいつもペラペラと喋ってるのに?」

響「そういう意味じゃない。何も、話してくれないんだ」

北上「何も…」

響「忙しくてそういう機会が少ないのは確かだ。それでも同じ艦隊の仲間で、一応姉妹艦だ。なのに私達を頼ったりしないんだ」

北上「1人で何でもやっちゃうタイプか」

響「そう。でもそうじゃない。頼ったり愚痴ったりする相手がいないわけじゃないんだ」

頼ったり愚痴ったり。それはつまり

北上「叢雲か」

響「そして北上さんも」

北上「え?私?」

響「うん」

北上「いや私ゃ別に頼られたり…」

そういえば謎の期待をされてたっけ。

北上「愚痴られたり…」

色々と話してくれる事は多いかもしれない。

北上「されてるか」

響「ほら」

北上「いやでも、うーん、なんでだろ」

響「それは分からないかな」

北上「なに、嫉妬した?」

響「それも少し」

少しはしたのか。

響「私達がその役でないのは少し悔しいけど、結果として頼ったり愚痴ったりする相手がいるのはいい事さ」

北上「私としてはあんまり頼られてもなあ」

響「私達がやりたくても出来ないことをやってるんだ。頑張ってみてよ」

北上「いじわる」

響「嫉妬してるのさ」

そう涼し気な顔でニヤリと笑う。

響「おねーちゃんをよろしくね」

北上「あっこら。行っちゃった…」

押し付けて行きやがった。

子供っぽくて大人びていてちぐはぐで、人ではなく船でもなく、だから艦娘なのかもしれない。

北上「あれでも艦娘としては私より年上なんだよなあ」

ややこしい。

暁「う~~」バシャバシャ

北上「…」

暁「ん~~!」ゴシゴシ

北上「…どう?」

暁「全然取れない!」

北上「一応聞くけど誰にやられたの?」

暁「響よ!響に決まってるわ!」

北上「デスヨネー」

後日、響はしっかり仕返ししてた。

全然甘んじて受け止めてないじゃん。

暁「あーんこんなんじゃレディ失格よお!!」

北上「…ハラショー」

ダラダラと続いてゆく

書いていて好きになったタイプなので実は吹雪が鎮守府にいなかったり
そもそも特型駆逐艦が叢雲と暁姉妹以外誰もいなかったり

うおぉ…完全なるミス
こっそり電→暁に脳内変換してください

毎日ちょこちょこ書いてると話の中身がズレるのが怖い

60匹目:猫車




猫車、と聞くと日本を代表するアニメ映画に登場する足が何本も生えた猫のバスを想像するかもしれないがコレとは一切関係ない。

猫車とは手押し車の事だ。

何故猫なのかは諸説あるがそれだけ猫という存在は人に近いところにあった事がわかる。

それとは全然話が違うのだが猫は車酔いとかあるのだろうか?

少なくとも艦娘になってからの私が車で酔わない事はこの日に判明した。

そう、その日は案外早く来た。

球磨「みんなー準備はいいクマァ?」

「「「「おー」」」」

球磨姉の前に四人並んで掛け声に答える。

球磨型の長女としての行動に満足したのか誇らしげな笑みを浮かべる球磨姉の後には、

車。

あののっぺりとした、軽自動車?とかじゃなく四角い感じの大きめのやつ。

なんというのだろう。船なので車はとんと分からない。

提督「朝からテンション高いな」ファ~

吹雪「眠いなら寝ててもいいんですよ。どうせ起きてても仕事量変わらないんですし」

提督「覚めるわ~めっちゃ目ぇ覚めるわ~」

多摩「朝から痴話喧嘩とは元気いいにゃ」

木曾「見送りに来た保護者みたいだな」

北上「実際立ち位置は保護者だよね」

北上「でもよかったの?こんなにあっさりと5人で外出なんて」

吹雪「あくまで買い出しって体でですからね。そこの所忘れないよーに」

提督「まあそういうこった。それにこれからは秋刀魚漁で忙しくなるしその前にな」

北上「サンマ?」

大井「北上さーん。もう出発しますよ~」

北上「あいはーい」

振り返ると左後部座席の中から大井っちが手を振っている。

皆も既に乗り込んでいるようだ。

大井「これをこうして、ここにカチッと」

北上「おおーこれがシートベルトかぁ」

多摩「多摩達の身体なら大抵の事故には耐えられるけどにゃ」

球磨「交通ルールの問題クマ。か弱い人間に合わせるしかないクマ」

木曾「球磨姉言い方言い方」

球磨「気にするなクマ。とりあえず木曾はナビの準備頼むクマ」

そう言いながら球磨姉はミラーとかを調節してる。

座席の上から飛び出ているアホ毛がなんだか可愛い。

ちなみに席順は運転手が球磨姉。助手席に木曾。後部座席に右から多摩姉大井っち私だ。

木曾「ん?おい球磨姉、窓窓。助手席の」

球磨「窓?あー今開けるクマ」

見ると助手席の窓を提督が叩いている。

提督「最終確認だ。あくまで今日は買い出し。それを忘れない事」

球磨「はーい先生」

提督「誰が先生だ。買い物メモはさっきスマホで送った通り。追加があったらまた連絡する」

多摩「はーいお父さん」

提督「誰がお父さんだ。後いつでも連絡は取れるようにしとく事。特に北上」

北上「うっ、はーいパパ」

提督「誰がパパだ。ホントに大丈夫なのか大井?」

大井「電話の使い方は昨日みっちり教えたので大丈夫ですよ過保護」

提督「誰が過保護だつか呼び名ですらねえだろそれ。それに過保護はお前もだ」

大井「は?」

提督「あ?」

木曾「もう窓閉めてもいいかな…」

北上「いいんじゃない」

球磨「それでは!」

「「「「抜錨!」」」」


時刻はマルキュウマルマル。

季節は少しづつ色めき立つ木々とは裏腹に心地よい涼しさが戻ってくる秋。

艦娘などと名乗っておきながら1度も船に乗ったことのない私は今日、

初めてのドライブに出た。

木曾「こんな田舎道特に混むこともないし、1時間弱で着くだろう」

球磨「まだ少し暑いクマ?」

多摩「冷房はいいにゃ。窓開ければ事足りるにゃ。後今日はクマはいいにゃ」

球磨「おおそうだった」

北上「いらないの?」

木曾「処世術ってやつかな」

北上「処世術…」

ということは。

北上「2人のそのかっこうもそうなの?」

前に座る2人に向かって朝から抱いていた疑問を投げかける。

球磨「その通りだ」

普段の愛らしい言動から忘れがちなスラリと長い足にジーパンを履き、

毛皮のように広がる髪をこの時期にはまだ少し暑そうなフワフワのモッズコートで隠し、

何よりクリンとした瞳をグラサンみたいな色の伊達メガネで隠している。

木曾「変装みたいなものだけどな」

木曾も同じような服装だ。

グラサンに露出の少ない服。いかした帽子が木曾にピッタリだ。

北上「で、一体どんな意味が」

多摩「多摩が説明するにゃ」

球磨「えー」

大井「2人は運転に集中してください」

ちなみに私と大井っちと多摩姉はラフな格好だ。

(※Availファッション)

多摩「まず想像してみて欲しいにゃ」

北上「ほう」

多摩「いつもの格好の球磨が運転席に座っている姿を」

北上「いつもの」

ともすれば中学生にも見える我らがマスコット球磨姉が運転している姿。

多摩「それをお巡りさんが見たらどう思うにゃ」

北上「アウトだね」ウンウン

大井「そういうことです」

北上「なるほど」

球磨「実際大変だった」

北上「前例あるの!?」

球磨「免許取り立てで調子乗ってたんだ」

大井「前に話した4人で出かけた時です」

多摩「デパートの駐車場前で交通整理してたお巡りさんに見られたんだにゃ」

木曾「あの時の警官の表情はなんというか、正直面白かった」

球磨「でも笑い事じゃねー。こっちは職質されてんだ」

大井「お互いにすごく戸惑ってましたね」

北上「そりゃそうでしょうよ」

怪しいヤツならともかく高校生か中学生4人組が保護者なしでデパートに車で来てる図なんて想像しようにも出来るものではあるまい。

木曾「他にもナンパとか」

球磨「カード使う時もいちいち確認されて面倒だった」

北上「それでその、大人っぽいというか、イケイケな恰好なわけ」

木曾「そ。効果があるかはまだわからないんだけどさ」

球磨「今日は球磨達が保護者役だ」

多摩「クマを取れってのもそういうことだにゃ」

大井「基本的に外部の人間との会話は2人に任せることにしたんです」

北上「色々対策済なのね」

球磨「そういうことだ」

木曾「次の信号右な」

球磨「おう」

北上「免許、もってるの?皆も」

多摩「球磨型は多摩と球磨だけにゃ」

大井「持ってる人はそこそこいますね。最近だと夜戦バカが大型二輪取ったとか」

北上「えぇ…あいつが?」

いつ乗るんだ…

木曾「阿武隈とかも持ってるぞ。大型の」

北上「えぇ嘘ぉ!?」

北上「免許ってそもそも何処で取るのさ」

大井「年に一、二回くらい地方ごとに海軍で合宿があるんです。大きい鎮守府とかをしばらく借りて」

多摩「ここら辺だと、あれにゃ。最近勲章貰って話題になってた白ヒゲの提督のとこを借りるんだにゃ」

北上「へー。結構しっかりしてんだねえ」

木曾「だから見た目的にはアウトでも一応合法なんだよな」

多摩「だからこそ余計ややこしいんだにゃ」

北上「一応成人扱いなんだっけ」

球磨「球磨達は基本的に軍人だ。そして軍人は当然成人。逆説的ではあるけど成人って事になってる」

木曾「あ、次左だから車線へんこー」

球磨「おう」

大井「お酒も飲めますしね」

多摩「北上も持ってるにゃ。身分証明書」

北上「あぁこれね」

大井「それがあれば問題なしです」

木曾「確認したりするのは面倒なんだけどな」

球磨「あの時の警官も、えマジ?これが噂の艦娘?どないする?みたいな感じでえらく手間取ってた」

北上「ご愁傷様」

多摩「ちなみにこれが免許にゃ」

北上「おーなんか少しカッコイイ」

多摩「艦娘のは特別仕様なんだにゃ」ドヤァ

木曾「球磨姉、なんか曲かけるか?」

球磨「別になんでもいい。後ろのレディ達は何かリクエストある?」

北上「語尾だけじゃなくて話し方までその方向でいくの?」

多摩「海、その愛」

大井「相変わらず好きですねそれ」

木曾「CDここに入れてたんだっけ。あ、なんか飴がいっぱい入ってる」

大井「飴?」

木曾「この車って最後誰が乗ってたんだ?」

球磨「提督だと思う。ミラーとか座席が提督仕様になってた」

多摩「あー前にお偉いさんに会いに行く時に乗ってったんだにゃ」

木曾「じゃこれ吹雪のかな」

多摩「多分にゃ」

北上「吹雪の?」

球磨「吹雪のやつ乗り物ダメなんだ」

北上「船なのに?」

球磨「船なのに」

大井「むしろ船だからこそ地上の乗り物が合わないのかも知れませんね」

木曾「あ、酔い止めもあった。間違いなさそうだな」

大井「北上さんは乗り物大丈夫ですか?」

北上「うん。今のところ特になんにも」

多摩「吹雪は車移動の日だけはめちゃくちゃ機嫌悪くなるんだにゃ」

北上「そんなに嫌なんだ」

木曾「相当辛いらしい」

球磨「ありゃ。工事中だ」

木曾「げっ。っと、じゃあ2つ先の信号まで行って左折かな」

なんだろう。木曾と球磨姉のコンビって新鮮で面白いな。

木曾「後ろもなんかあるかもだぜ」

北上「こっちはしまうとこないよ」

他になにかありそうなところはー、ここか?

多摩「飴が欲しいにゃ」

木曾「何味?」

多摩「何があるにゃ?」

木曾「あー、オレンジレモンメロン、イチゴ」

多摩「レモンにゃ」

大井「私もレモンで」

木曾「あいよ」

北上「んー」ゴソゴソ

大井「北上さん何やってるんですか?」

北上「何か挟まってないかなーって」

大井「シートの隙間って結構汚いと思いますよ」

北上「うえ、じゃあ止めとー…あ」

既に割と奥まで突っ込んでいた手を引き抜こうとした時、何かに触った。

大井「あ?」

北上「なんかあった」

大井「何でしょう」

人差し指と薬指を交互に動かしてなんとかそれを引っ張りあげる。

北上「袋みたい。飴かなー。ほら」バッ

ようやくと釣り上げた獲物を大井っちにも見えるようにスっと持ち上げたところ、

コンドーム「やあ」

大井「…」

北上「…」

多摩「どうしたに…わお」

とんでもないものが出てきた。




木曾「どうした?なんか見つかっt「なんでもない!何でもないよ!」「そ、そうね!ただの飴の袋だったわ!」お、おう、そうか」

多摩「いやこれはどう見てもコムグッ!?」
大井「どうぞ私の飴も頂いちゃってください!」

北上「…」

コンドーム。

知識としては知っている。

知っているが、まさかこんな所にいらっしゃるとは…

多摩「なんで言わないにゃ?中々面白そうなものなのににゃ」ヒソヒソ

大井「こんなもの見せてビックリして事故でも起きたらどうするですか!」ヒソヒソ

北上「前の2人絶対凄いリアクションするよこれ。ハンドルもナビも機能しなくなること受合いだよ」ヒソヒソ

多摩「そんなコンドームくらいでそんなまさか…いやあの二人なら」ヒソヒソ

北上「でしょ?」ヒソヒソ

球磨「後ろがなんか静かに騒がしい」

木曾「球磨姉は前見ろ前」

球磨「じゃ木曾が実況しろ」

木曾「ナビはどうする気だよ。とりあえず今入ってるCD流すか」ポチ

球磨「おーこれは」

木曾「俺は知らないなこれ」

球磨「アクセルを全開にしたくなる」

木曾「よし止めるか」

球磨「冗談だ」

木曾「心臓に悪い」

球磨「はーいうぇ~とぅーざーでんじゃぞ~ん」

北上「まさか提督…」ヒソヒソ

大井「いくらなんでもそれは…例えそうだとしても吹雪が許さないですよ」ヒソヒソ

多摩「もしかして外に女がいるかもにゃ~」ヒソヒソ

大井「…」

うわ、凍った。大井っちの表情が凍った。

北上「でもあのヘタレ提督だよ?」ヒソヒソ

大井「…それもそうね」ヒソヒソ

多摩「妙な信用があるにゃ」ヒソヒソ



球磨「木曾ー」

木曾「待てって、今ナビ見てるから」

北上「と、ところでさ、この車って他に誰が乗ってるの?」

木曾「提督以外だと阿武隈とか潜水艦組とか」

北上「意外なメンツしか出てこない」

多摩「阿武隈は遠征メンツで、潜水艦も似たようなもんにゃ」

大井「まとめて休暇が取りやすいグループですからね」

北上「なるほどね」

球磨「後はー夕張が使ってた」

北大「「それだ(それよ)!」」
球磨「うおう!?」

多摩「アイツなら納得にゃ」

木曾「さっきから何話してんだよ」

球磨「気になるー」

北上「着いたら話すよ」

大井「今は運転に集中を」

北上「夕張はなんで?」

球磨「夏と冬に東京に遠征に行ってるらしい」

北上「あー」

木曾「なんでも全国の夕張が一堂に会す日らしい」

北上「なにそれこわい」

下手な深海棲艦の艦隊よりも怖い集まりだ。

多摩「秋雲も一緒にゃ。たまに明石もにゃ」

球磨「多摩だけに」

多摩「うるせえ」

球磨「えっ」

多摩「そろそろデパートが見えてくるにゃ」

北上「アレでかいもんねえ」

球磨「多摩の方の窓から見えるんじゃないか?」

北上「どれどれ」

多摩「あ、アレだにゃ」

北上「大井っちちょっとごめんね」

見づらいので体を大井っちの前に倒して無理やり覗きこんでみる。

大井「危ないですよ北上さん」

北上「へーきへー…」

大井「もう。…北上さん?」

北上「あーいや、なんでもない」

球磨「どうした?」
木曾「おい球磨姉!赤赤!」
球磨「クマア゛!」キキィッ

球磨「すまん…」

多摩「気をつけるにゃ」

木曾「艦娘が事故なんて起こしたらまたぞろどっかの政治家が躍起になって叩いてくるぞ」

大井「これ以上不自由にされるのは勘弁ですね」

球磨「スマンクマ…」

北上「なんか面白いね」

球磨「北上はジェットコースターとか好きなタイプみたいだ」

木曾「球磨姉」

球磨「ハイ」

大井「あら、駐車場って裏から入った方が混んでなくて良かったんじゃなかったかしら」

木曾「そういやそうだったな」

多摩「あの時は迷った結果裏から行ったんだったにゃ」

球磨「じゃ次で左だ」

木曾「だな」

球磨「とうちゃーく!」

木曾「こっからが大変なんだけどな」

多摩「2人とも、半舷上陸するにゃ」

北上「私達?」

大井「駐車のお手伝いです」

木曾「球磨姉駐車ヘッタクソだからさ」

球磨「下手くそとはなんだ下手くそとは!運転する機会も限られてるし仕方ない!」

多摩「はーい降りるにゃー」ガチャ

大北「「はーい」」








球磨「完璧な駐車だった」

木曾「多摩姉の迫真の止まれえ゛!がなかったら擦ってたけどな」

球磨「結果オーライだ」

多摩「やっぱり多摩が運転した方がいいんじゃにゃいかにゃ…」

北上「ちなみに多摩姉の運転スキルはいかほど?」

大井「免許の試験は満点だったそうですよ」

北上「球磨姉は」

球磨「擦った」

北上「なんで受かってんのそれ…」

木曾「身内での試験なんて余程じゃなきゃテキトーに合格して終わりなんだと」

北上「海軍陸の事はテキトーなんだね」

球磨「さて。本題の買い出しだが、基本的にこのデパート内で揃うものだ。まずはそれらを先に買い車に積む。その後思いっきり遊ぼう!」

木曾「手分けするか?」

多摩「数があるし2組に分かれるのが良さそうにゃ」

大井「となると保護者役の2人をそれぞれリーダーにして私と北上さん、多摩姉さんで分かれる形ですね」

北上「当然のように私達は一組なんだね。いいけど」

多摩「なら多摩は球磨と行くにゃ」

球磨「必要数が多いものは運ぶのに人がいるし木曾達に任せる」

多摩「キーはこっちが持ってるし多摩達が先に戻るのが理想にゃ」

木曾「ならそこは随時連絡取り合って調整かな」

球磨「よぉーしそれでは、出発!」




球磨「反応が欲しいクマ」

北上「いや流石に1日に何回もやるのはね」

まさか木曾が多摩を呼び捨てとは

この話は多分やたらと長くなると思う

木曾「炭ってこれでいいのかな」

大井「えーっと、そうね。メモと同じやつみたい」

北上「網あったよ~」

大井「メモの大きさと合ってましたか?」

北上「メモってどうやって開くんだっけ」

大井「すみません私が確認します」

木曾「…とりあえずここで買うものはこれで全部かな」

北上「そもそもさ、口実だってのは分かるけど買い出しって必要なの?」

木曾「それが意外と必要なんだよな」

北上「ほほう」

大井「数や量が大きいものは業者に頼んで鎮守府に運んできて貰いますけど、細かいものまで一々やるのは面倒なんですよ」

木曾「仮にも軍だしな。手続きとか色々ややこしいんだと」

北上「お役所だねえ」

大井「だから細かい買い物はこうして自分達でやった方が楽なんですよ」

木曾「サイズ合ってた?」

大井「バッチリ」

北上「後は箒だっけ」

木曾「確かこの上のフロアだったな」

大井「あら、追加注文が来たわね」

北上「なになに?」

大井「プリンターのインクですって」

木曾「インクはもっと上のフロアだったか」

大井「あ、そっちは多摩姉さん達が向かうみたい」

北上「おや、これは」

木曾「どしたー?」

北上「見て見て~。単装砲!」

銀色のジョウロを持って片膝をつき構えをとる。

木曾「すげえ違和感がない」

北上「あんなんでも分厚い鉄板ぶち抜ける威力が出るんだから不思議だよねぇ」

大井「北上さん!私もできました!」

木曾「おい姉も!?」

北上「お、酸素魚雷かあ」

大井「連装ではないですけど」

ペットボトルを固定するバンドを太腿に巻き私と同じポーズを取る大井っち。

木曾「よし、なら俺はー…こ、これだ!」バッ

北上「…」

大井「…」

木曾「なんか言ってよ」

コースターを片目に当てながら言う。

剣でもマントでもなく眼帯をチョイスするあたり無意識に自分のトレードマークと認識しているようだ。

北上「しかもまさかお買い上げとは」

木曾「これも何かの縁さ…」

大井「何変なところで拗ねてるのよ」

木曾「拗ねてない。しかしアレだな、こうしてお金を払うという行為をするのは新鮮でいいな」

北上「鎮守府じゃ使わないものね」

大井「今じゃ精々ネットで買うくらいよね」

木曾「アレはなんだかお金を払うって感じじゃないよな」

北上「でもこれだって結局カード払いでしょ?」

木曾「店員を通してカードとはいえ直に取引をするってのはなんというかちょっとした感動すらあるぜ」

北上「私はアレだ、釣りはいらねぇよって言ってみたいな」

木曾「それって普通の店でやったら迷惑そうだよな」

大井「ここでいったん荷物をまとめちゃいましょうか」

木曾「そうだな。このままだと持ちにくいし」

大井「マイバッグとか持ってくればよかったわ」

木曾「マイバッグ持ってたのか」

北上「あ、あそこベンチあるよ」

木曾「少し休憩もしてくか」

大井「そうね」

北上「既に妙な疲れが」

木曾「慣れない人混みだからなあ」

大井「こればっかりはしょうがないわね」

北上「ふーどっこいしょ」

木曾「ババ臭い座り方だな」

北上「ババ臭いとはなんだ。これでも生まれは大正なんじゃよ」

大井「そう考えると皆ババアみたいなものなのかしらね」

木曾「そこは否定しておきたいところだが」

北上「そういえばこれどうしよう」

木曾「これ?」

北上「ほら」

近藤さん「やあ」

木曾「…なんだそれ」

北上「避妊具」
木曾「ブハッ!」

大井「よしよし、落ち着いて落ち着いて」ポンポン

木曾「いやっ、ゲホッ!…なんでんなもんを」

大井「車にあったのよ」

木曾「あぁ…それでさっき」

北上「どうせ夕張達か、秋雲辺りがくだらないことに使ってるんでしょうよ」

木曾「むしろそうでなかったら問題だろ…」

大井「こんなもの何に使う気なんでしょうか」

木曾「昔バイブ徹甲弾を作って工廠が半壊した事件があったよ」

北上「えぇ…これ大丈夫?爆発とかしない?」

大井「北上さん、見られてもアレなのでもう捨てちゃいましょう」

北上「そだね」

ベンチから離れゴミ箱へ向かう。

北上「やれやれ、ホントにすごい人だ」

デパート。

その大きさだけあって平日なのに随分と人が多い。

人。

いつ見ても慣れない。

人なんて見慣れているはずなのに、それをはっきりと自分達(艦娘)とは違うものだと認識してしまう。

行き交う人達は誰一人私が艦娘だなんて気づかないだろう。

なのに私は彼ら彼女らが自分と違うとはっきりと認識している。

大井「北上さん」

一体何がそう思わせているのやら。

大井「北上さん!」

北上「わっ、どしたの大井っち」

大井「どうしたじゃありませんよ。まとめ終わったから移動しますよ」

北上「へーい」

人とすれ違う。

人々と行き違う。

人間とは生き方が違う。

北上「あ」

大井「どうしました?」

設置されていた大きなモニターにニュースが流れていた。

そこには艦娘の2文字が確かにあった。

木曾「行くぞ、上姉」

大井「行きましょう北上さん」

北上「あ、うん」

2人の圧力に素直に従う。

口には出さなくとも確かにそういう意図があった。

関わるな、考えるな、見るな。

私達(球磨型)は、いや私達(艦娘)は世界からどう見られているのか。

こうして外には出られるが、なんというか籠の中の猫と言った感じだ。

北上「あ」

木曾「今度はなんだ?」

北上「いやあなんでもないよー」

木曾「?」

やっば、ゴム捨てるの忘れてた。

せっかくだし夕張にこれがなんなのか聞いてからにするか。

正直結構気になるし。

ものによっては大井っちにでもプレゼントしちゃおうか。

多摩「これで全部、だにゃ」

球磨「思ったより量あった」

はじめてのおつかい開始から約2時間。車のトランクがギュウギュウになるくらいには多かった。

木曾「というよりかさばるものが多かったな」

北上「これホントに必要なものなの?」

大井「勿論。多分」

このドクロのお面なんて絶対不要なものでしょ…やたらかさばるし。

球磨「流石にお腹減った」

木曾「だな。もう昼すぎてるし」

大井「逆に人が少なくなって丁度いいかもしれませんね」

多摩「北上、何か食べたいものあるかにゃ?」

北上「んーせっかくだし普段食べないものがいいよね」

木曾「イタリアンとか?」

北上「それいいね」

球磨「となればあそこ一択だ」

大井「どうせならもっとちゃんとしたところ行きません?」

多摩「質は問題じゃないにゃ。のんびり出来るのが1番にゃ」

大井「それは、まあそうですけど」

木曾「決まりだな」

大井「結構上ですね」

地下駐車場から建物のほぼテッペンまで行かなきゃいけないようだ。

北上「何度乗ってもなれないなあエレベーター」

球磨「球磨も慣れたとは言い難い」

多摩「多摩もにゃ」

木曾「お、止まった」

大井「人が乗ってきますね」

北上「はーい多摩姉お口チャック」

多摩「にゃぁ…」

球磨「じゃあ今のうちに午後どこに行くか相談するか」

多摩「!?」

北上「私ペットショップ行きたい」

大井「いいですね。私はまたお洋服見たいですね」

木曾「そういや上の方に映画館出来たらしいぞ」

球磨「おお、名案だ」

多摩「ッ!」ブンブン

北上「多摩姉が何か言いたそうです」

多摩「ー!ッー!フッ!!」ブンシュッサッ

木曾「全然伝わらない…」

球磨「あんまり暴れると周りの迷惑だ」

多摩「…」シュン

大井「行きたい場所話ですか?」

多摩「!」フンフン

球磨「あ、わかった」

多摩「!」キラキラ

球磨「トイレだ」

多摩「…」ギュッ
球磨「イタタタタ取れる取れる髪の毛取れる!」

大井「あんまり騒がないでください」

北上「あー球磨姉のアホ毛が…」

別に語尾を取れば周りから変な目で見られることもなかろうに、何故しないのか。

木曾「さー着いたぞー」

大井「並んでますね」

多摩「いっても2組位にゃ。すぐ入れるにゃ」

木曾「他の店は、同じようなもんか」

大井「なら並んじゃいましょうか」

多摩「…大人5人でいいのかにゃ?」

木曾「あー…まあ一応大人5人だが」

大井「別にお酒を飲む訳でもないし未成年って事にした方が楽じゃないかしら」

多摩「じゃそうするにゃ」

球磨「お姉ちゃんの髪の毛生きてるクマ?大丈夫クマ?」

北上「…そのうち生えてくるよ」

球磨「え?」

「オオイさまー。5人でお待ちのオオイさまー」

大井「わ、私達ですよね」

多摩「だにゃ」

大井「はーい!」

木曾「なんでおい姉の名前で」

多摩「タマもキソもクマも書くと妙に嘘っぽい感じがしてにゃ…」

球磨「確かに…」

木曾「別に落ち込むことではないだろ」

北上「私と大井っちは何となく実際にいそうだよね」

大井「禁煙と喫煙どっちにします?」

球磨「どっちでも」

木曾「空いてる方で」

北上「良かったー早めに入れて」

木曾「思ったより腹減ったなー」

「ご注文はいかがなさいますか」

球磨「どうする?」

大井「ミラノ風ドリア1つ」

「ミラノ風ドリアがお1つ」

北上「ペペロンチーノ」

「ペペロンチーノがお1つ」

木曾「マルゲリータ1つ」

「マルゲリータピザがお1つ」

球磨「ミートソース1つ」

「ミートソーススパゲッティがお1つ」

多摩「…ア」

「はい?」

多摩「アラピアータ1つにゃ!」

「アラピアーt…アラピアータがお1つ」

球磨「あ後ドリンクバー5つ」

大井「凄かったですね」

木曾「プロだな。あの定員プロだったな」

球磨「よく立て直せたものだ」

多摩「代わりに誰か言えにゃ」

というか多摩姉はなぜ頑なに語尾を取らないのだろうか。

球磨姉ほど疎かにするのもあれだが。

木曾「やはり自分の注文くらい自分でしなきゃな」

球磨「そうそう。それくらいできなきゃダメだ」

多摩「意味わかんねーにゃ。あとドリンクバー行くから早くどけにゃ」

大井「私が残っておくので先に行ってきてください」

北上「じゃあ大井っちの取ってきてあげるよ。何がいい?」

大井「ホントですか!ではアップルティーを」

北上「これがドリンクバーというやつか」

球磨「北上分かる?」

北上「これくらいは。あーアップルティーってどこ?」

木曾「お茶はあっちだ。流石にこれは分からないか」

多摩「多摩がやってきてあげるにゃ」

北上「お願ーい」

木曾「午後はどうするかねえ」

球磨「んーもう何気に1時過ぎてるからやれる事は限られる」

北上「車の移動を考えたら8時くらいまでしかいられないものね」

木曾「げっ、コーラ切れてる」

木曾「ただいまー」

北上「入れ方わかんないから多摩姉にやってもらったよ」

多摩「はいにゃ」

大井「ありがとうございます」

多摩「気にするにゃ」

大井「ところで多摩姉さん」

多摩「なんだにゃ?」

大井「1口飲んでみてくれませんか?」ニッコリ

多摩「…」タラリ

大井「…」ニコニコ

多摩「……」ダラダラ

球磨「何か入れたか」

木曾「さっきの仕返しか」

北上「皆が標的というわけだ」

球磨「北上、とりあえずそのタバスコ端っこに隔離しろ」

北上「あいあい」

多摩「不味いにゃ」チーン

大井「それは良かったです」

球磨「さて、午後はどうする」

北上「食べ終わったら2時すぎるかな」

木曾「門限は何時だっけか」

多摩「一応九時頃ってパパが言ってたにゃ」

北上「門限厳しいなあパパは」

木曾「もっと自由にさせて欲しいよなあ」

球磨「可愛い娘達を放ってはおけないんだ。分かってやれ」

大井「だから過保護なんですよ。あの人は」

木曾「そうなると移動に1時間と考えてここを8時にでなきゃならないわけだ」

北上「あと6時間か~。長いようで多分短いんだろうね」

多摩「あっという間にゃ」

球磨「木曾がさっき映画館があるって言ってた」

木曾「ああ。確か最上階にあるとか」

多摩「映画、悪くないにゃ」

大井「映画館なんて行く機会は早々ないですからね」

北上「よし映画館けってー」

木曾「いや何が何時にやってるかにもよるだろ」

多摩「今だと何が旬なのかにゃ」

大井「リアルタイムで映画なんて見ないですからねえ」

木曾「鎮守府で見るのは借りてきたやつだけだもんな。旬な映画と言われても」

球磨「あ、料理がきた」

北上「大井っちのも美味しそうだね」

大井「1口食べます?」

多摩「マルゲリータも良さそうにゃ」

球磨「みんなで一切れずつ分けるか」

木曾「俺のはどうすんだよ!」

北上「あれ、何の話してたんだっけ」

木曾「映画だよ映画。なに盗ろうとしてるんだ多摩姉」

多摩「にゃっ!」ビクッ

球磨「じゃあ映画は球磨が調べておくクマ」

多摩「語尾」

球磨「…調べておく」

多摩「それでいいにゃ」

球磨「別にここなら問題ないだろ」

多摩「意識の問題にゃ」

球磨「自分だけずりぃ」

多摩「普段から蔑ろにしてるくせに何をこだわってるにゃ」

球磨「なにを!」

多摩「やるかにゃ?」

木曾「料理冷めるぞー」

大井「北上さんはペットショップに行きたいんでしたよね」

北上「そうそう。さっき見かけたからさ」

木曾「俺もちょっと行きたいところあるな」

多摩「多摩もペットショップ行ってみたいにゃ」

木曾「猫か」

多摩「猫にゃ。いや猫じゃないにゃ」

北上「紛らわしいね」

球磨「映画はー、ドラえもんとか」

木曾「ネコ型ロボットか」

多摩「猫だにゃ。いやだから猫じゃないにゃ」

北上「何回やるのさ」

球磨「ホラーは?」

木曾「いやだ」

多摩「いやにゃ。あと猫じゃないにゃ」

北上「ダメなんだ」

大井「多摩姉さんが特に」

球磨「海外のは?」

木曾「ヒーローものか」

北上「スターウォーズとか今やってるんだっけ?」

大井「あまりグッとくるものはないですね」

多摩「大井は恋愛ものとかにゃ?」

大井「いえ、特にそういう趣味もないですね」

球磨「ほほう、意外だ」

多摩「意外にゃ」

木曾「意外だな」

北上「意外だね」

大井「えっ?」

球磨「あとは何があるか」

多摩「プリキュア?」

木曾「いや流石にそれはなあ」

大井「私って恋愛ものとか好きそうに見えます?」

北上「割と見える」

球磨「あ」

北上「お?」

球磨「君の名は」

木曾「あー」

多摩「見たことある奴はいるかにゃ」

大井「ないですね」

北上「いいんじゃない?評判良いし」

木曾「時間は?」

球磨「1時間後」

大井「席取れるかしら…」

多摩「それほど混んでるわけじゃないしいけるにゃ」

球磨「よし。球磨がひとっ走り席だけ取ってくる」

木曾「いいのか?」

球磨「それで取れたら時間までここでゆっくり出来るし行くだけお得だ」

北上「じゃあここは球磨姉に甘えちゃいますかね」

大井「そうしましょう」

球磨「ふふん、任せろクマ」ドヤァ

ミートソースをペロリと平らげて颯爽と去っていく球磨姉。

木曾「随分張り切ってたな」

多摩「お姉ちゃんっぽい事したいんだにゃ」

北上「なるほどね」

大井「普段は全然出来てませんからね」

サラリと酷いことを言う。

多摩「その通りにゃ」

北上「まあ確かに」

木曾「何にせよもう少しここでゆっくりしていかないとな」

大井「何か追加で頼んじゃいましょうか」

北上「ピザ分けて食べようよ」

木曾「俺はもう食べちゃったし、フォッカチオとかでいいや」

大井「ではそれで」

多摩「ハンバーグステーキにゃ」

北上「まだそんなに食べるの」

多摩「ピッツァどう分けるにゃ?」

北上「ピッツァ2」

木曾「ピッツァ0」

大井「1で」

多摩「じゃ多摩がピッツァ3にゃ」

北上「さらに食べるか…」

木曾「球磨姉のは?」

多摩「冷めたらもったいないねえから食っちまうにゃ」

木曾「お、おう」

大井「あら、メッセージが…チィッなんだ提督から」

相変わらず反応が怖い。

多摩「なんて言ってるにゃ?」

大井「楽しんでるかーですって」カチカチ

北上「なんて返すの?」

大井「仕事しろ」

ごもっとも。

大井「こんどは球磨姉さんからメッセージが」

北上「どれどれ?」

大井「北上さん。自分のスマホで見たらいいんじゃないですか」

北上「え、なんてゆーかさ。出すのも億劫で」

大井「はあ、まあいいですけれど」ハイ

北上「さんきゅー」

木曾「画像が送られてきたな」

多摩「なんおがおうあ?」モグモグ

木曾「食べ終わってからにしてくれ」

北上「おーチケット取れたみたいだね」

大井「館の中で自撮りしたみたいですね…」

木曾「何してんだ姉さん…なんか周りの人も見てるし」

木曾「後で行ったらぜってー受付の人とかに、さっきの変な人の連れだーって見られるぜこれ」

北上「グラサンつけたイケイケなねーちゃんがやる事じゃないよねぇ」

大井「私達一応あまり目立たっちゃいけないんですけれどね」

多摩「これはお仕置きが必要だにゃ」

北上「お仕置き」

多摩「木曾」ヒョイ

隣の木曾に手を差し出す。

木曾「…え?」

多摩「木曾!」

木曾「いやわかんねえよ」

多摩「タバスコに決まってるにゃ!」

木曾「いやわかんねえよ!」

多摩「これをピッツァの最後のひとつにたんまりかけてやるにゃ」ニヤリ

大井「あまり食べ物で遊ぶとバチが当たりますよ」

木曾「多摩姉、ドリンクバー行くからちょいとどいてくれ」

多摩「にゃ」

北上「あーそっか、ドリンクバー飲み放題か」

大井「北上さんも行きます?」

北上「いくいくー」

大井「何を御所望で」

北上「メロンソーダぷりーず」

大井「了解です」

木曾「鎮守府の食堂にもこういうメニュー増えないかなあ」

多摩「パスタはともかくピッツァは厳しいと思うにゃ」

北上「お」

木曾「メニューが増えた事ってあるのか?」

多摩「何回かあるにゃ。フレンチトーストもそうにゃ」

北上「木曾木曾ー」

木曾「ん?」

北上「チクマー」ベロン

木曾「ブッwww」

多摩「な、なんにゃ…その顔は」

北上「この前食堂で事件があってさ」

木曾「めっちゃ再現度たけえ…ww」

大井「何笑ってるの。はい北上さん」

北上「サンキュー」

北上「で、最後にこんな顔でチクマーってなってたの」

多摩「それほとんど川内のせいじゃないかにゃ」

木曾「まあそうなんだが流れが完璧すぎてさ」

球磨「ただいまクマァ!」

北上「うお、おかえりー」

多摩「語尾にゃ」

球磨「ただいま諸君」

木曾「チケットは?」

球磨「えーっと、それ!」

北上「なぜ胸元から」

球磨「洋画とかにありそうだと思って」

多摩「この中で胸に挟めそうなのは大井くらいだにゃ」

大井「多摩姉さんもできるんじゃ…」

多摩「ちょっとお手洗いにゃ」ガタッ

多摩姉逃げる気か。

球磨「お、ピッツァが!貰っていい?」

多摩「いいにゃ。ご褒美にゃ」

北上「なに、ピッツァって流行ってるの」

球磨「ピッツァはピッツァだ」

木曾「ピッツァだな」

北上「どういうことだってばよ」

大井「前に出かけた時に色々あったんですよ」

北上「色々とは」

木曾「結論から言えば多摩がやらかしたんだ」

球磨「いっただっきまーす」パク

木曾「あ」

大井「あ」

あー。

づほの5周年ボイスしゅごい…

子供の時、食べ物に何か仕込むのは定番でした。
タバスコより塩コショウの方がダメージがでかいです。
まだ続く

多摩「た、ただいまにゃ」プルプル

必死に笑いをこらえている。さては遠くから見てたな。

球磨「ユルサンクマ」

机に突っ伏したまま呪詛の言葉を吐く球磨姉。

木曾「そろそろ行くか」

大井「そうね」

北上「私ポップコーン食べてみたい」

木曾「上姉も結構食べるな」

多摩「会計はどうするにゃ」

木曾「小銭とかないしまとめてでいいんじゃないか?」

大井「普段現金を使わない弊害ね」

北上「細かいのは帰ってからのがいいもんね」

北上「というわけで球磨姉ごちになりまーす」

球磨「クマァ…」

木曾「やっぱ入れすぎだったんじゃないかタバスコ」

多摩「にゃ…」

罪悪感あるならやめときゃいいのに。

球磨「もういい。とりあえずこの残ってるドリンクバーは全部飲んでけ」

北上「はーい」

多摩「律儀だにゃあ」

北上「うわ氷が溶けたせいで殆ど水だこれ」

多摩「ブッ!?ゲホッゲホッ!!」

球磨「ふっはっはー!引っかかった!そいつには同じくタバスコをぶち込んでおいた!」

多摩「き!ゲホッ貴様ァ…」


大井「行きましょう2人とも」

木曾「だな」

北上「慣れてるね2人とも」

北上「球磨姉はともかく多摩姉まであんなにはしゃぐとは」

大井「多摩姉さん外に出るとやけにテンション上がるんですよ」

木曾「気持ちはわかるけどな。らしくないというか、普段落ち着いてる多摩姉も外界の魅力には勝てないのかね」

北上「んじゃ映画館向かっちゃいますかねー」

木曾「あの二人は」

大井「まだ何かやってるわね」

店の入口で店内を振り返る。

ふと、私達のいた所とは逆の方に女子学生のグループが座っているのが見えた。

私達の制服と似たセーラー服。中学生だろうか。

セーラー服ねえ。以前海軍の軍服が元になっていると聞いたな。

何やら一人のスマホの画面を皆で覗き込んだかと思ったら急に爆笑しだした。

女子特有の甲高い声はここまでよく聞こえる。

こりゃ私達も大分周りに迷惑かけてたかねえ。

しかしまあ、なんら変わらないものなんだな。

私達も今まさに女子学生のようにこの世界を満喫しているんだ。

私達だって。

球磨「何ぼおっとしてる。早く行こう」

北上「あーごめんごめん」

2人ともようやく支払いを終えたらしい。

多摩「時間も丁度いい具合にゃ」

北上「よし行ってみよう」

北上「薄暗いね」

大井「映画館っていうのはどこもこうなのかしら」

多摩「眠くなってきそうにゃ」

木曾「買ってきたぞー」

球磨「思ったよりビックサイズがビックだった」

北上「うわホントだ」

木曾「こっちがキャラメルでこっちが塩だ」

大井「北上さん本当にいらないんですか?」

北上「ポップコーンって喉乾くからさ」

球磨「んでこっちがオレンジジュース、コーラ、カルピスだ」

木曾「ポップコーンどうわける?」

球磨「どうって?」

木曾「上姉がいらないとして、4人でこの2つをわけるわけだろ。横一列なんだから2人で1つに別れなきゃ」

多摩「じゃあキャラメルがいい人手を上げるにゃ」

球磨「ん」ノ

木曾「ホイ」ノ

大井「あら」ノ

多摩「塩は多摩だけかにゃ…」

北上「なんでキャラメル人気が」

木曾「塩は普段から嫌という程味わってるからな」

大井「もし身体が人だったら今頃塩分の過剰摂取でぶっ倒れてそうです」

球磨「あ、甘いのが好き、クマ…」

北上「おぉ…」

よもや職業柄だったとは。

多摩「じゃあ今からゲームをするにゃ。負けたヤツが塩行きだにゃ」

大井「ゲームですか」

木曾「ジャンケンとかでよくないか」

多摩「とりあえず木曾。このポップコーンをよく見るにゃ」

木曾「おう」

塩味のポップコーンを1粒手に乗せる多摩姉。

多摩「にゃ」ヒョイ

それを少し上に放り、その後素早く両手をクロスさせながらキャッチした。

多摩「さあポップコーンが入ってないのはどっちにゃ」

木曾「げ、そういうやつか。普通入ってる方が当たりじゃないのか」

多摩「塩を選んだら塩行きという事にゃ」

球磨「大井、今の見えた?」コソコソ

大井「正直さっぱり」コソコソ

実際多摩姉はかなり上手かった。でも

北上「ねえねえ多摩姉」

多摩「なんにゃ」

北上「両手、開いて」

多摩「…なんでにゃ」

北上「まあまあいいからいいから」

木曾「どういうことだ?」

多摩「さ、さっぱりだにゃ!」

球磨「ほれほれ」コチョコイョ

多摩「ニュワッ!」ポロツ


木曾「なんで2つあんだよ」

多摩「バ、バイバイン」

北上「やっぱり猫じゃん」

木曾「完全に俺をはめる気だったじゃねえか」

多摩「ぬぅー思わぬ伏兵がいたにゃ」

大井「北上さんよく気づきしたね」

北上「目は自信があるんだ」

球磨「どうやったんだ?」

北上「上に投げた時に逆の手でもう1個を掴んでた」

多摩「騙す時の基本にゃ。右手を見ろと言って左手で仕込むんだにゃ」

大井「何処で教わったんですかそんな技術」

多摩「提督にゃ。あー、うん、提督だにや」

北上「なんでそこで歯切れ悪くなるのさ」

球磨「何にせよキャラメルは球磨と大井ということで」

大井「そうですね」

木曾「あズリぃ!こういう時だけ躊躇なく妹売りやがって!」

多摩「塩からは逃れられんにゃぁ」

北上「逆になんで多摩姉はそんなに塩好きなの」

多摩「なんでだろうにゃ。なんとなくにゃ」

木曾「猫って塩はあまり良くないんだろ?」

多摩「猫じゃねえにゃ」

球磨「そろそろ時間だ」

大井「スマホはちゃんと鳴らないようにしてくださいね」

北上「大井っちー、これ鳴らないようなってる?」

大井「えっとー…まず電源がついてませんね…」

北上「わお」

木曾「やっぱ連絡取れるようになってないじゃないか…」

木曾「何番?」

大井「3番シアターだから、あそこね」

多摩「ドキドキが止まらないにゃ」

球磨「なんかメガネ貰った」

木曾「おいそれ違う映画のじゃないか」

球磨「なんと!」

大井「ちゃんと戻してきてください」

多摩「これが3Dメガネにゃ」

球磨「ちょっとかけてみる」

木曾「いいのか、勝手に使って」

球磨「おおー」

多摩「どうにゃ?」

球磨「なんか、ぼやっとしてる」

大井「そりゃ普通にかけたら何も起こりませんよ」

なんてくだらないやりとりを眺める。

北上「ほらほら早く入ろうよ」

本当に女子高生にでもなった気分だ。

目覚ましボイス…だと…?

予約は全滅してました






球磨「面白かった」

木曾「内容もそうだけどやっぱ映画館ってすごいな。迫力が違う」

球磨「女版瀧くんはなんだか摩耶を思い出した」

大井「言われてみるとそうですね」

多摩「なら男三葉は天龍だにゃ」

木曾「いやいやそれはねぇだろ」

北上「あー確かに」

球磨「近いものがある」

大井「違和感はないですね」

木曾「あれ?」

木曾「51cm砲で隕石って壊せないかな」

球磨「空想科学みたいだ」

多摩「質量の暴力には勝てんにゃ。何より下からじゃ重力というハンデもあるにゃ」

木曾「すげぇ真面目に返答された」

大井「波動砲なら」

木曾「それは違うヤマト砲だ」

北上「そういや流れ星って見たことないな」

多摩「もうすぐなんたら流星群が来るってテレビでやってなかったかにゃ?」

木曾「そうだっけ?」

球磨「北上はどうだった?」

北上「あーんー、面白かったよ。特に、時間差トリックが、ね」

木曾「あれなー、全然気づかなかったよな」

大井「でも私達も似たようなものですよね」

多摩「確かににゃ。あの戦争から、もう何年なんかにゃ」

球磨「正直イマイチピンと来ない」

木曾「俺もだ」

そう、時間差。

北上が生まれてからもう百年は経つだろう。

北上が死んでからは、この場合何をもって船を死んだと定義するかによるが半世紀以上は経ったはずだ。

北上が消えて、こうしてまた生まれるまでに時差がある。

問題はそこだ。

すっかり忘れていた、というか考えが至らなかった。

大井「次はどこ行きましょうか」

球磨「座りっぱなしで疲れた。少し歩いて周りたい」

木曾「さんせー」

多摩「にゃ~」

大井「なら服見に行きましょう!先に買っておけばその場で着て周れますし」

球磨「じゃそれでいくか」

多摩「北上もいいかにゃ?」

北上「あ、うん」

生まれ変わりというかはわからないが、何にせよ死んでから生まれるまでに時差がある。

じゃあ、私はいつ死んだ。

猫の私はいつ死んだ。

猫の寿命などたかが知れている。

10年も生きれば大往生だろう。

室内であればもう少しいくかな?

最も新しいと思われる記憶から私の飼い主は恐らく50代だろう。

例えば私がその時点から10年もの長期間を生きたとしよう。

そうなると飼い主は60代。彼が寿命で死んでいる可能性は現代においてそれほど高くはない。

問題は私が死に、北上になるまでにどれほどの時が経ったかだ。

これが10年20年ともなれば飼い主が生きている可能性は著しく下がる。

現状でさえ見つけるのが困難なのに生きていなければより難易度が上がる。

なにより、再開が果たせなくなる。

北上「糸でも繋がってりゃいいのに…」

球磨「ん?なんだ、想い人でもいるのか?」ニヤニヤ

北上「そうじゃなくてさ」

大井「糸ですか…」

多摩「何真剣に考えてるにゃ」

木曾「ほら、早く行こうぜ」

別に運命の赤い糸なんていらないよ。

リードでも繋がってりゃそれでいいのに。

【服屋】

大井「ジャン!」バサッ

木曾「おお~」

多摩「ギャップが凄いにゃ」

球磨「流石我が妹」

北上「大井っち」

大井「はい!」

北上「マフラーはまだ早いのでは」

大井「これからに備えてです!」

北上「なるほど」

振り返って改めて更衣室の中の鏡を見る。

白くて結構大きめのフワッとしたマフラー。同じく白のセーターに茶色っぽいブーツ。

流石球磨型唯一の女子力。パーフェクトだ大井っち。

正直これがセンスいいのか分からないけど。

大井「…やっぱりもう少し黒を…でもこの方が黒が映えるし…」ブツブツ

北上「あーいいよいいよこれで!これが気に入った」

大井「ホントですか!」

北上「う、うん」

一生懸命選んでくれるのは嬉しいけれどこれ以上時間をかけられても困る。

多摩「大井はそれでいいのかにゃ?」

大井「はい」

木曾「こうして見るとおい姉の方が年上に見えるな」

球磨「今度から保護者役は大井に任すか」

少し濃いめの緑ロングコートに白のレディースパンツ、黒のトップスとパンプス。

落ち着いた茶色のダブルロングと大井っち特有の雰囲気は確かにすごく大人っぽく見える。

何よりも胸が…

(※三越ファッション)

木曾「多摩姉はそれでいいのか?」

球磨「せっかくだし大井に全身コーデしてもらうといい」

大井「そうですよ。多摩姉さんの服も色々考えたんですから」

多摩「これは多摩なりのこだわりにゃ。譲れないのにゃ」

黒タイツに黒カーディガン、妙に短いスカートと艦娘の制服に近い服装。

その上に白のフードパーカーを羽織っている。

(※秋刀魚漁ファッション+α)

木曾「こだわりねぇ」

球磨「こだわり」

多摩「なんにゃ、その反応は」

大井「いえ別に」

北上「…」

フードに猫耳がついていることに、結局誰もつっこめなかった。

白を選ぶあたりは無意識なのかな、白猫は。

球磨「おー結構なお値段、なのか?」

木曾「金銭感覚ゼロだもんな」

大井「どうせお金は腐るほどありますし」

多摩「富豪の気分だにゃ」

北上「現物じゃないけどね」

木曾「よし、皆で写真撮ろうぜ」

球磨「賛成!」

大井「どうやって撮ります?」

多摩「この際だし自撮り棒でも買うにゃ」

北上「あれあれ、1階の噴水広場で撮ろうよ」

建物の真ん中を通る吹き抜けの一番下を見下ろす。

球磨「おーでっかい」

木曾「決まりだな」

大井「これでいいんですかね」

木曾「多分…このボタンで撮るのかな」

球磨「えいっ」パシャ

多摩「ウニャッ!眩しいにゃ」

北上「フラッシュはいらないよね」

大井「えーと、はい!OKです」

木曾「順番は?」

球磨「球磨が真ん中だ!」

多摩「撮るのは大井なんだから球磨が真ん中じゃダメにゃ」

球磨「なんと!?」

大井「なら球磨姉さんお願いします」

木曾「すげえ不安なんだが」

球磨「舐めるなクマァ」

多摩「不安だにゃ」

大井「北上さん!もっと寄らないと映りませんよ」ギュッ

北上「噴水映しすぎなんじゃないの?」

多摩「木曾もこっち来るにゃ」

木曾「あいよ、これでキレイに映るかな」

球磨「…」

北上「どったの球磨姉?」

球磨「こういう時なんて言えばいい?」

大井「普通にはいチーズとかでいいんじゃないですか?」

球磨「なんか味気ない」

木曾「そここだわるとこか?」

やれやれ、呑気なもんだ。

球磨「あ、いいのを思いついた」

私としてはもっとこう色々と考えたいことがあるのだけど。

多摩「ホントに大丈夫かにゃ…」

でもまあ、

球磨「任せろ」

きっと今はこれでいい。

北上「ピースでいいかな?」

木曾「お!丁度噴水が」

多摩「球磨!急ぐにゃ!」

球磨「よし!ちゃくだ~~ん…」

大井「えぇ…」

北上「よりによってそれ…」

球磨「今!」パシャ

ずっとこうしていたい。

深海鶴棲姫のボイスで笑わなかった提督0人説

その後ソロ写真をいくらか撮りあった。

北上「あれ食べようよ」

撮った写真を皆で見ていた時ふと前方の看板が目に止まった。

大井「あれ?」

木曾「クレープか」

多摩「いいにゃ」

球磨「クレジットも使えるみたいだ」

多摩「あのデカいの食べたいにゃ」

大井「多摩姉さんのお腹どうなってるんですか」

球磨「大井なんて食べて太ってはダイエいてててて!痛い痛いクマァ!」

大井「何か言いましたか?」

球磨「ナンデモナイクマ」

この姉いつも一言多い。

木曾「俺はイチゴのやつかな。でも1人で食うにはちと量が多いような」

北上「じゃ私と半分こしようよ」

球磨「球磨は多摩から少し分けてもらおう」

大井「じゃあ私も多摩姉さんから」

北上「えっ?」

大井「はい?」

北上「あ、いやなんでも」

木曾「…意外な」

大井「何がよ」

球磨「ほらさっさと買うよ」

多摩「何処で食べるにゃ」

木曾「食べ歩くか?」

大井「それはお行儀が悪いわよ」

北上「あそこテーブル空いてるよ」

木曾「俺らで席取っておくか」

球磨「頼む」

木曾「おい姉、大人しいな」

北上「てっきり私と食べたいって言うものかと」

木曾「最近あんまり上姉にベッタリじゃなもんな」

北上「女は男ができると変わるんだねえ」

木曾「で、結局提督とはどうなんだ?」

北上「私もよくわかんない」

木曾「聞いてないのか」

北上「流石に直接はね」

木曾「それもそうか」

北上「2人とも照れ屋さんだしねえ」

木曾「それもそうだな」

北上「なんか女子っぽい会話だね」

木曾「え?」

北上「恋バナだよ恋バナ」

木曾「友人じゃなく姉の恋事情だけどな」

北上「まあね」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「でっか」

木曾「見てるだけで腹が膨れそうだ」

多摩「美味そうにゃ」

球磨「とりあえず1口欲しい」

多摩「ほれにゃ」

球磨「クレープ!クレープを1口!バナナ一欠片貰ってもしょうがない!」

多摩「ほらあーん」

大井「あーん、あら。意外と甘さ控えめね」

北上「木曾ー、私も私も」

木曾「ほらよ」

北上「…え、あーんは?」

木曾「やる気かよ!?いや、流石に少し恥ずかしいな」

北上「それでも木曾か!」

木曾「どういう意味だよ!?」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

大井「結局ほぼ1人で食べましたね…」

球磨「我が妹ながら恐ろしい」

多摩「戦士たるもの食える時に食っとくもんにゃ」

木曾「これも食べるか…?」

北上「もう食べらんないやー」

多摩「いただきにゃ~」

木曾「今日だけで何カロリー食べてんだか」

北上「草とか食べる?」

多摩「なんで草にゃ」

大井「猫は草を食べるんですよ。本能的なものなので何でと聞かれると分かりませんが」

北上「消化を助けるためとか諸説あるみたいだよ」

私は草を食べてたっけな…?覚えてないや。

多摩「へえ…いや猫じゃないにゃ」

北上「よぉし次行こう次」

大井「もう移動ですか?」

北上「時間は限られてるんだしちゃっちゃといこう」

多摩「…まあそれもそうにゃ」

球磨「どこ行く?」

木曾「行きたいところバラバラだしな」

多摩「一旦分かれるかにゃ?」

大井「…そうですね」

北上「む、まあしょうがないか」

球磨「何か買いたいものがあったら球磨か木曾を呼ぶといい」

木曾「あーそっか、ならさっきと同じ分け方で行動した方がいいんじゃないか?」

多摩「多摩はとくに買いたいものはないにゃ」

北上「私も~」

大井「2人はペットショップでしたね」

球磨「なら2人は一緒で、後は各自自由行動だ」

木曾「あいよ」

大井「北上さんのことくれぐれも頼みますよ」

多摩「任せろにゃ」

うわー信用ないな私。確かに連絡を取れる自信は無いけど。

球磨「じゃ球磨は下の方にいく」ノシ

北上「じゃーねー」

多摩「…どこ行くのかにゃ」

木曾「さあね。俺は、うわ結構上だな」

北上「どこ行くの~?」

木曾「ひ、秘密だ」

眼帯、眼帯だきっと。

ん?眼帯?眼帯ってデパートにあるのか?

木曾「エレベーターかなこりゃ」

北上「私達はこの上だね」

多摩「にゃ」

大井「私はその上ですね」

北上「大井っちはどこに?」

大井「ん~小物とか見たいですね」

木曾「また後で」

多摩「またにゃあ」

北上「エレベーターはー、あれか」

多摩「アレ?木曾と球磨が離れたらまずいんじゃないかにゃ」

大井「あ、確かに」

北上「そういや保護者役だったね」

大井「デパート内だったら滅多な事は起きないでしょう。多分」

北上「それに余程じゃないと私達が怪我することもないでしょ」

多摩「それくらい強いからこそ問題なんだけどにゃ…まなんとかなるにゃ」

北上「エスカレーターいいねえ。鎮守府にも欲しいよこれ」

大井「物凄く電気代かかりそうですね」

多摩「動く廊下とか楽そうにゃ」

大井「2人はもう少し積極的に動いてください」

北上「動くコタツとか欲しいなあ」

多摩「コタツ型艤装もいいにゃ」

大井「あら」

北上「どったの大井っち?」

大井「いえ、あの店。ちょっと良さそうだなって」

多摩「んー行ってみるかにゃ?」

北上「もう食べるのはいいかな」

大井「私もちょっと…」

多摩「にゃぁ、じゃあまた来た時にゃ」

北上「そだね、また、また来た時に」

【ペットショップ】

多摩「猫って、可愛いにゃ」

北上「…そだね」

自画自賛。

大井っちとも分かれて私達はペットショップの猫達をひたすら眺めていた。

生後数ヶ月程度の子猫達はそれぞれのゲージの中で遊んでいたり寝ていたり、

主にこの二択だが思い思いの行動をとっていた。

北上「生まれてからずっと商品としてここに並べられるってどんな気分なんだろ」

多摩「本人は特になんとも思ってないんじゃないかにゃ。多摩達も生まれつきのこの立場にこれと言って疑問は抱いてないにゃ」

北上「それもそっか」

多摩「あ、この子可愛いにゃ」

北上「白黒だね。ダルメシアンみたい」

多摩「ダル?多摩は牛かと思ったにゃ」

北上「猫に牛ってどうなのよ」

北上「ふふ、いいねぇ。鎮守府で猫とか飼えないかねぇ」

多摩「どうだろうにゃあ。犬とかなら番犬みたいな感じで役に立ちそうだけどにゃ」

北上「帰ったら提督に聞いてみよ」

多摩「そんなに猫が好きなのかにゃ?」

北上「多摩姉こそ、飼いたくならないの?」

多摩「可愛いけど、可愛いだけにゃ。きっと多摩達じゃこの可愛い生き物を幸せに出来ないと思うんだにゃ」

北上「…達」

それは、私も含まれてるのだろう。

多摩「あっ、ごめんにゃ。他意はないにゃ」

慌ててフォローする多摩姉。

でも別に私は傷ついたとかそういうわけじゃない。

ただ

北上「多摩姉はさ、猫に対してこう、シンパシーというか、親近感?みたいなのって感じたりしない」

多摩「猫じゃないにゃ」

北上「ふざけてるんじゃなくてさ、真面目な話」

多摩「んー?いまいち意図が読めないけれど、多分北上が言うような何かを感じた事はないと思うにゃ」

北上「そっかあ」

嘘や隠し事をしているようには見えない。

自分の前世の、白猫の事を、本当に覚えてはいないのだろうか。

いやそもそも本当に多摩がそうなのだろうか。

前に麦畑を見たことがあるような事を言っていたが、それはあの写真の事である可能性もある。

北上「だーもぉいいや!次行こう次!」

多摩「どうしたにゃ、急に」

北上「他にも面白そうなところ探そう。行こっ」

多摩「もう少しここでゆっくりしてもいいんじゃないかにゃ?」

北上「時間は有限なんだし色々見て回ろうよ」

多摩「…」

北上「多摩姉?」

多摩「今日の北上はなんか変だにゃ」

北上「そお?多摩姉だってテンション高いじゃん」

多摩「楽しいからにゃ」

北上「私もだよ」

多摩「北上は、楽しんでいるというより楽しんでいようとしている感じにゃ」

楽しんでいようと。

北上「どういうことさ」

多摩「必要以上に、無理に楽しもうとする時の顔だからにゃ」

北上「…なんでそんなこと」

多摩「多摩もその顔をよく知ってるからにゃ」

北上「多摩姉も?」

多摩「昔、鎮守府から皆がいなくなった時の事だにゃ」

北上「…」

吹雪の言っていた、前の提督、前の鎮守府か。

多摩「やっぱり知ってたんだにゃ。吹雪から?まあなんでもいいにゃ」

北上「日記、ちゃんと棚に鍵とかしといたほうがいいよ」

多摩「そうもいかないのにゃ」

北上「なんでさ」

多摩「誰かに見つけて欲しいと、そう思ったりもするからにゃ」

多摩「無理に笑うもんじゃないにゃ」

北上「教訓?」

多摩「にゃ」

北上「そっか」

これ以上は多分聞いても答えてくれないのだろう。

吹雪は口止めしていると言っていた。

北上「なんかさ」

多摩「にゃ?」

北上「人間みたいにさ、容姿相応に、パーっと楽しめるのかと思ってさ。人みたいに」

多摩「多摩も楽しいにゃ。でも楽しみ方はそれぞれにゃ。自分なりに楽しめばいいにゃ」

北上「そうだね」

多摩「北上はなんで人みたいにと思ったんだにゃ?」

北上「え?んー、なんでだろ?」

多摩「分かってないのかにゃ」

北上「なんか、あったと思うんだけどなあ。んー?思い出せないや」

多摩「ならいいにゃ」

北上「うん」

多摩「で、次はどうするにゃ?」

北上「…もう少し、ここでゆっくりしてこ」

焦る必要は無い。

私達と人とでは流れている時間が違うんだ。

決定的に。

北上「あり、大井っちから連絡来てる」

多摩「なんて言ってるにゃ?」

北上「本屋の近くを回りたいから一緒に行きませんか、だって」

多摩「受け渡しだにゃ」

北上「なんで私が子供みたいな扱いなのよさ」

多摩「不満ならスマホに慣れろにゃ」

北上「連絡ってそんなに大事?」

多摩「仮にも軍にゃ。緊急時は鎮守府に戻る必要があるし、事件に巻き込まれでもしたら後々が面倒なのにゃ」

北上「騒がれそうだもんね私達」

多摩「管理という点だけ見れば、こうして外に出すのだってあまりいいとは言えないだろうにゃ」

北上「提督が優しくてよかったよ」

多摩「全くだにゃ」

北上「はいっと」

多摩「スタンプ使えるんだにゃ」

北上「はいといいえのスタンプだけ使い方教わった」

多摩「だけ…」

北上「今何階ですか?」

多摩「ここは2階だにゃ」

北上「2と」

多摩「数字だけ…」

北上「数字は打てる」

多摩「練習しろにゃ」

北上「今から向かうので2階のエスカレーター付近で待っていてください、だって


多摩「じゃ向かうにゃ」

大井「北上さーん」ブンブン

多摩「手ぇ振りすぎにゃ」

北上「やほー大井っち。あれ?何も買わなかったの?」

大井「え?あー、はい。見て回ってただけですから」

北上「ふーん」

多摩「多摩は置物とか見てくるにゃ」

北上「また後でー」

多摩「にゃー」

大井「…またあの妙な猫の置物とか買ってくるんでしょうか」

北上「んーどうだろう」

大井「では私はこのフロアを回ってますから後でまた迎えに来ますね」

北上「はーいママー」

大井「提督と同じ扱いはやめてください」

北上「どちらかというと私の扱いが皆同じなんだけどね」

大井「北上さんはどうにも危険意識が低いからですよ」

北上「えーそうかなあ」

大井「そうです」

北上「ちぇ、大井っちは私と一緒に回らなくていいの?」

大井「北上さんと?でもあまり北上さんが見て面白そうな物はないと思いますよ」

北上「いや、ならいいんだ。またね」

大井「はい、また」

本屋に1人。

しかしどうにも気が乗らない。

北上「大井っちやっぱり変わったよね」

前なら絶対に私と回ったはずだ。

北上「考える事がいっぱいだなあ」

まーた頭ん中がぐちゃぐちゃになってきた。

とてもじゃないが本を落ち着いて読める状況じゃないや。

どうしよう。

北上「ゴムの事夕張にでも聞いてみるか」

夕張「もしもしー」

北上「あー夕張?やほー」

夕張「北上!?え北上が電話!?ホンモノ!?」

北上「失礼な。私だって教われば電話くらい出来るんだから」

本屋を一旦出て人気のない通路で初めての電話をした。

夕張「あははゴメンゴメン。えーっと、ああ街に出てるんだ。そういや買い出しとか提督が言ってたっけ」

北上「サラッとこっちの位置を特定しないでほしい」

夕張「気にしなーい気にしなーい。でなんのよう?」

北上「いやね、車に乗ってきたんだよ」

夕張「あーあれね」

北上「そこにコンドームがあってさ」

夕張「げっ!落としてたかぁ」

北上「やっぱお前かい」

夕張「年に二回各地の夕張が東京のとある場所に集まるのよ」

北上「それ大丈夫なの?」

夕張「ヤバイわよ。だから皆で場所被らないように担当決めて買い物してんだから」

北上「この情報化社会で中々にリスキーな」

夕張「多少変装はしてるしね。で、その集まりでちょっとした発明の発表会とかしてんのよ」

北上「あーオチが読めたわ」

夕張「言いたいから言わせて」

北上「どーぞ」

夕張「前回のテーマがコンドームだったのよ!」

北上「ひっどいテーマだ」

夕張「面白かったわよー。5mくらいまで伸びるやつとか発光するやつとか、ユニークなのだと段々萎んできて締め付けるのとか」

北上「拷問器具かなにかで」

夕張「個人的にお気に入りなのは使おうとしたら、北上ってゴムの使い方知ってる?」

北上「知ってても知ってなくてもここで知ってるって言ったらアウトだよね私」

夕張「そりゃそうか。袋破いて出したらね、音が鳴るやつかな。あの時はチクマーチクマーってなってた」

北上「鬼か」

軽くホラーである。

北上「夕張はどんなの作ったの?」

夕張「私?私は使うとGPSで居場所が特定出来るやつ」

北上「なんで何でもかんでも居場所特定したがるのさ」

夕張「システム使いまわせるから楽でさー。残念ながらゴムの大きさの都合上破って1時間で電池切れちゃうんだけどね。これで提督の浮気現場もばっちしよ!」

北上「もっとまともな用途は…ああゴムの時点でまともじゃないや」

夕張「ふっふっふー。RubberでLoverを見つけ出すってね!」

北上「別れはいつも唐突で」
夕張「あ、ちょ!ちょっと待って切らないで!」

夕張「袋は何色だった?」

北上「少し緑っぽい?ピンク」

夕張「なら大丈夫。グリーンは安全なものだから」

北上「色分けしてるんかい」

夕張「物騒なのもあるからね。なんかあったらヤバいからそこら辺の管理はしっかりしてんのよ」

北上「もっとしっかりすべき所は別にある…」

夕張「まあまあ、せっかくだし記念に持ってたら?」

北上「何故そうなる」

夕張「コンドームってなんか持ってると金運が上がるって聞いたわよ」

北上「ものっすごい嘘くさいんだけど」

夕張「ホントホント!あーただ聞いたってのは本当だけど話の中身が本当かはやっぱ分からないわ」

何処の夕張が言ったか知らないが夕張の時点で信用ならない気が…

北上「そもそもどこにしまえってのさ」

夕張「財布とか、スマホとか?」

北上「スマホに入れるとこある?」

夕張「ケースに、北上ケースって付けてるっけ」

北上「ないよ」

夕張「デスヨネー。今買っちゃえば?」

北上「それはアリかもね」

夕張「ゴム入れるためにケースを買うという前代未聞の購入理由ね」

北上「やっぱやめようかな」

夕張「捨てるにしてもそん時は破いて中身が何だったか教えてよ」

北上「えーここでやれと?まあいいや、じゃね」

夕張「ばははーい」

北上「…」

夕張「…」

北上「…」

夕張「切らないの?」

北上「どうやるの?」

夕張「oh…」


タッチひとつで電話を切れるとは。

でもこれ間違えて電話中にピッとおしてしまわないのだろうか。

北上「ケースかあ」

言われてみればみんなケースは付けている。形は多種多様だが。

さてそろそろ本屋に戻ろうか。

来た道を戻る。

角を曲がり、

北上「おっと」
「おっと」

曲がろうとしたら人とぶつかりそうになった。

北上「ごめんなさい」
「いやあこちらこそ」

女性だった。髪型も服装も私とは全く違う。

ただ身長が同じくらいで

北上「あれ?」
「んん?」

心做しか声も似ていて

北上「え」
「うわ」

どことなく顔も近くて

北上「マジか」
「ウソん」

というか

北上「北上?」
北上「北上?」

私がいた。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「へぇ、皆でショッピングか~。いいねえ侘び寂びだねぇ」

北上「まあね」

どうやらこの私も侘び寂びを適当に使っているようだ。

先程と同じ人気のない通路。そのベンチに2人で腰掛けた。

北上「その服ってさ、もしかして大井っちが選んだやつ?」

北上「そそ。ちょっと窮屈というか、分不相応な感じがしてムズムズするけど」

北上「あー分かるなぁそれ。だから私は髪を解いてるんだ」

北上「意味あるのそれ?」

北上「変装してる気分になるっていうかさ、違和感があることに違和感がなくなる感じかな」

北上「なんじゃそら」

北上「私も言ってて分からんくなってきた」

聞けば彼女は提督の付き添いで遠くの鎮守府からここに来たそうだ。

北上「もう一山超えたとこの鎮守府に提督が用があるらしくてさ。長い時間話すっていうからその間ここでブラブラしてたの」

北上「付き添いなのに付き添わなくていいの?」

北上「鎮守府の中なら大丈夫だよ。それにあそこまで行くと周りなんもないんだもん」

北上「昼寝とかしてたら?」

北上「そんな、猫じゃあるまいしさ」

一瞬ドキッとした。

北上「ねえ、本って好き?」

北上「本?ん~漫画とかなら読むけど」

おお、やはり同じ北上でも色々と違いはあるのか。なんか感動。

北上「私の服も大井っちが選んでくれたんだぁ。余所行きの良い奴をって張り切ってさ」

北上「大井っち流石だねえ」

私の服と違って可愛いというよりは綺麗よりな服装だ。派手な色はないがだからこそ際立つ。

北上「そうだった。大井っちへのお土産探してたんだった」

北上「どんなのを探してたの?」

北上「服とかハンカチとか、そういうのかな。ペアルックなのがいい」

北上「ペアかあ」

北上「君はそういうのしないの?」

北上「大井っちと?」

北上「そうそう」

北上「私は、しないかな」

北上「へえ」

そう言ってまじまじと私を見つめる。

向こうも自分と違う北上に思うところがあるようだ。

北上「あれ?それって」

ふと彼女の左手に目が止まる。

北上「これ?あーこれね。昨日阿武隈に噛み付かれた跡でね」

北上「そっちじゃなくて。いやそっちも凄く気にはなるんだけど」

北上「じゃあ、こっち?」

北上「そう、それそれ」

謎の噛みつきあととは逆の手にハマっている、指輪だ。

北上「ケッコンのやつだよ」

北上「結婚!?提督と?」

北上「提督と…もしかしてケッコンってしらない?」

北上「知ってるよそりゃ、結婚でしょ?」

北上「待って、多分違う。絶対齟齬があるこれ」

北上「なんと?」

北上「君は艦歴いくつ?」

北上「半年位だけど」

北上「なら知らなくてもおかしくはない、のかなぁ。まあ説明しとくか」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「へぇケッコンカッコカリか」

北上「酷いネーミングセンスだよね」

北上「確かに」

北上「こんな名前だから欲しがる娘は多くてさ。提督ラブな娘なんか特に」

北上「カッコカリとはいえケッコンだものね」

金剛さんが真っ先に思い浮かんだ。

北上「もう何人にも渡してるのにそんな特別な意味なんてないだろうにさ」

北上「いっぱいいるの?」

北上「うん。十、いや二十はいたかな。信頼関係ではあっても恋愛関係ってわけじゃないよ」

北上「その辺の違いは議論の余地がありそうだけどね」

北上「かもね。でも私は別に提督の事を好きってわけじゃないよ。極上の信頼は置いてるけどさ」

北上「極上?」

北上「極上だよ。命を預けてるわけだし」

北上「私はどうなんだろうなあ」

北上「おやおや?恋に恋する乙女的な悩みがあったり?」

北上「どっちかと言うと恋に悩めるかな」

北上「相手をどう思うとかじゃなくて、恋自体に悩んでると」

北上「流石私物分りがいい」

北上「別に無理に男女じゃなくたってさ…」

北上「なに?急にフリーズして」

北上「ちょっとこっち向いて」

北上「いいけど、一体なn!?

唇を塞がれた。

しかも唇で。

並んで座っていたというのに恐ろしく早く手慣れた手つきで私の顔を引き寄せた。

驚きで目を瞑ってしまい、暗闇にとらわれる。

えなに何やってんこいつと軽くパニクったがようく考えてみるとこれはキスというやつだ。

勿論知ってはいるが半ば空想上のモノと認識していただけにこのリアルな体験はかなりの衝撃があった。

ここが人気のないところでよかった。

うわ舌を入れてきた。世の中には魚の踊り食いなんてものがあるらしいが口の中で自分以外の何かが動くというのはこんな感じなのだろうか。

控えめに言ってもあまり気持ちの良いとは言い難い感じなのだが。

視界がゼロなせいか余計に感覚が鋭く舌の動きを脳に伝える。

実際には1分もなかったであろう時間もやたらと長く感じられた。

北上「プハッ」

北上「…」

あ終わった。

北上「恐ろしく無反応だね」

北上「拒否反応じゃなくてよかったじゃん」

北上「どう?何か感じた?」

北上「若干引いた」

北上「そうじゃなくてさ」

北上「んー艶かしい…いや生々しい。有り体にいえば気持ち悪い」

北上「えーそれだけ?」

北上「それだけ…第一何でこんなことを」

北上「私はよく大井っちとするんだ」

北上「マジで」

北上「マジでマジで」

北上「キスって好きな人とするものじゃん?」

北上「初対面の、しかも自分のドッペルゲンガーを好きだとは思わないよ私は」

北上「そうじゃなくてさ、実際にやってみたら好きとかそういうのがなんかわかるかなーって」

北上「それだけで?」

北上「それだけで」

北上「…本当、に?」

北上「…キスしてる時の自分の顔ってどんなのか気になってちゃったりしちゃったり?」テヘ

そう言ってチラリと舌を出す。

うーむこいつの前世は蛇だな間違いない。

北上「提督にはしないの?」

北上「そんなことしたら戦争が起きるよ」

北上「言わんとすることはわかるけどよく考えるととんでもない事だよね」

北上「へへ。そっちこそ提督にはしないの?」

北上「なんで私がさ」

北上「してみたら好きかどうかわかるじゃん」

北上「わかる、かなぁ?」

北上「多分ね。何の保証もしないけど」

北上「ちぇー無責任め」

北上「おっと提督から連絡だ」

北上「なんて?」

北上「そろそろお迎えに行かなきゃだ」

北上「ならお別れだ」

北上「そうだね」

北上「元気でね私」

北上「息災でね私」

北上が立ち上がる。

不思議とまた会うこともあるだろう、とは全く思えなかった。

北上「ねえ」

北上「なに?」

北上「大井っちの事どう思ってるの?」

北上「大井っち?大井っちかぁ」

少し考えた後、振り返った北上はこう教えてくれた。

北上「大好きだよ。何よりも。他の誰にも、提督にだって渡したくないくらい、ずっと独り占めしていたいくらいに」

北上が去った後も、その言葉とあのなんとも言えぬ表情がまるで蛇のように私の頭の中に絡みついて離れなかった。

同じキャラ同士での絡みって意外と少ない増えて

すり減った資源と精神にすうっと効くミニイベント

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「おかえりー」

大井「あら、本は買わないんですか?」

北上「どうも興が乗らなくてさ。大井っちは?」

大井「私も収穫はなしです」

北上「何探してたのさ」

大井「まあ、色々と」

北上「色々ねえ」

提督へのお土産と言ったところか。

北上「大井っちキスって興味ある?」

大井「キス…キス!?どうしたんですか急に!?」

北上「本で読んでさ、なんか気になっちゃって」

大井「もしかして北上さん、キスしたい相手でもいるんですか?」

北上「えー私はいないよ」

大井「でもでも!キスに興味があるんですよね」

北上「う、うん」

なんか物凄い食いつきっぷりだ。目をキラキラさせてるし。何故に。

北上「私じゃなくて大井っちの意見が聞いてみたいんだよ」

大井「そうですねぇ。ないと言えば嘘になりますね」

嘘つけ絶対興味ありありだよ。なんなら既に…

北上「まあいっか」

大井「えーそれだけですか。もっとこう乙女チックな何かないんですか?」

北上「単に興味本意だったからさ」

大井「まあいいです。次行きたいところありますか?」

北上「んー。うんにゃ、なんか疲れちゃったし休憩したいかなぁ」

大井「休憩、ですか」

北上「?」

大井「いえ。なんだかいつもの北上さんらしくって」

北上「そうかな」

大井「そうです」

おっと、大井っちにも変なテンションだと思われていたのか。

だとしたら、大井っちもやはりらしくないと言える。

言わないけど。

家具売り場の木製のゆったりとした椅子に2人で腰掛ける。

北上「おーいいなあこれ。買っちゃおうかな」

大井「買っても何処に置くんですか」

北上「図書室ならいけるっしょ」

大井「そうやって何でもかんでも放り込んでいくといつの間にか収拾がつかなくなりますよ」

北上「む~」

痛いところをつかれた。

足を突き出し思い切り伸びをしながら誤魔化してみる。

北上「こうして足を伸ばせるのは意外と貴重だね」

大井「毎日スカートというのも考えものです」

北上「ぶっちゃけ私は気にしてないけど」

大井「そこは気にしてください…」

北上「私ゃなんだか眠くなってきたよ」

大井「疲れましたか?」

北上「みたいだね、思ったよりも。慣れないことすると後から来るみたいだよ」

大井「眠ってもいいですよ。私はここないますから」

北上「そりゃ悪いよ。それにせっかくのお出かけなのに昼寝に使うなんて…ふぁ…ぁ」

大井「無理してもしょうがないですよ。もう来れないわけでもないですし、北上さんがそうしたいならそうすればいいんです」

北上「むー、それに、あれだ、スマホケース買わなきゃだ」

大井「ケースですか?なぜまた急に」

北上「ちょっとね。別に今すぐ絶対欲しいってこともないんだけどね。ついでついで」

大井「でしたら、あ、いや…急ぎでないならまたの機会でもいいでしょう」

北上「…そうしますかね~」

瞼がまるで錨のように重く垂れ下がってきた。

深く深く、意識の底まで。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

パシャッ

北上「ん?」

聞きなれない音で目が覚めた。

大井「あら、ごめんなさい。起こしちゃいました?」

スマホを持った大井っちが視界に映る。また写真を撮っていたようだ。

球磨「丁度いい。そろそろ戻る時間だ」

多摩「満喫したにゃ」

木曾「上姉も、まあ満喫したみたいだな」

北上「うん…たっぷり寝た」

まだ意識が浮上しきっていない。

みんな揃ってる?今戻ると言っていたが。

大井「もう帰る時間ですよ。北上さん」

北上「マジか」

大井「マジです」

北上「寝過ごした」

大井「それはもうぐっすりと」

北上「おぅ…」

でもなんだかすごくスッキリした。

色々あったけど、楽しかったというのは間違いない。

球磨「それじゃさっさと地下駐車場に戻」

球磨姉は最後までそれを言い切ることができなかった。

木曾「うわ揺れ」
北上「なにこれ」
大井「北上さん!」

多摩「全員店の外にでるにゃ!」

それは揺れだった。

海の上とは少し違う、うねる様な揺れではなく割れるような揺れだった。

木曾「地震か」

北上「地震、これが」

走るのが困難というわけでもなくとりあえずは周りに何も無いふきぬけ近くまで避難した。

大井「長いですね」

周りにも開けた場所に慌てて移動する人々がいくらかいた。

北上「!」

少し先で小さな女の子が転んだ。

しかし思わず乗り出した身体は多摩姉の手に遮られた。

多摩「関わる必要はないにゃ」

北上「いや、でも」

多摩「最悪ふきぬけから飛び降りるにゃ。4階程度ならなんとかなるにゃ。そしたら」

木曾「…」

大井「収まりましたね」

多摩「木曾は地震の震源と大きさを調べろにゃ。大井は津波。多摩は鎮守府と連絡取るにゃ」

木曾「おう」
大井「はい」

多摩姉がテキパキと指示を出す。流石。

ちなみに肝心の長女は、

球磨「」プルプル

丸まって震えていた。今こそ長女としての行動をすべきなのでは。

北上「…」

ちなみに私もスマホを使いこなせないのでこの場では役立たずである。

木曾「震源は隣の県だな。マグニチュード4。ここの震度は3か4だろう」

大井「津波の心配もないそうです」

多摩「吹雪からも特に招集はなしだそうにゃ」

北上「結構揺れたのに何も無いんだね」

木曾「高いところにいるとよく揺れるからな。さっき食べてる途中に来てたらもっと揺れてたろうよ」

大井「そういえば北上さん地震は初めてでしたね」

北上「うん。ビックリした」

球磨「球磨もビックリした」

木曾「球磨姉はいい加減慣れろよ…」

大井「地震大国ですからねえ」

北上「やなとこだぁ」

多摩「地震とかの大きな災害があると艦娘も色々と忙しいのにゃ」

北上「なんでさ」

木曾「人と同じ形で力はあるからな。救助に復興にと色々便利なんだよ」

多摩「本当にやばい時は上から指示が飛んでくるのにゃ。その場合は急いで戻らなきゃなのにゃ」

北上「人助け、か」

大井「そうなりますね」

北上「ならさっきなんで止めたの」

木曾「さっき?」

木曾と球磨姉がハテナマークを浮かべている。見ていなかったようだ。

多摩「緊急時、多摩達は国のために動く必要があるにゃ。個人のために割く余裕はないにゃ」

なるほど。理は通っている。大局的にということか。

私達はあくまで船の力を持つ人なのではなく人の形をした船という話。

少しだけ寂しい話。

球磨「1度揺れたらまた揺れる可能性も大きい!さっさと戻ろう!」ドヤァ

木曾「うおビックリした」

大井「急に元気になりましたね」

多摩「まあ球磨の言う通りにゃ。さっさと戻るにゃ」ヤレヤレ

確かに何度もあの揺れを体験するのはゴメンだ。

北上「やっぱ生き物は地に足つけていなきゃねえ」

木曾「船だけどな」

球磨「津波に巻き込まれるのも中々恐怖だ」

北上「さもありなん」

大井「鎮守府って耐震工事とかしてましたっけ?」

多摩「ぶっちゃけ半分くらいしかされてないにゃ」

木曾「ええ!?マジかよ」

球磨「艦娘は丈夫だしとかいって予算ケチられてると聞いたことがある」

木曾「ひでえ話だな」

北上「今日は初体験が多いや」

大井「あまりいいものじゃないですけどね」

多摩「いずれは体験するんだし早いに越したことはないにゃ」

北上「そりゃそうかもだけど」

さっきの光景思い返す。

突然の振動。揺れる家具。空気がいっぺんに不安と恐怖に染まる感覚。隙間で縮こまり震える。

可能ならば二度と遭いたくはない。

北上「縮こまる?」

思わず足を止めてしまった。

大井「北上さん?」

狭いところ。そうだ。確かあれはソファの下だ。わけのわからない現象に戸惑い、外敵から身を守るのに最も適した場所に避難したんだ。

私は。

猫は。

北上「ねえ!ここ数年で海外で大きな地震とか起きてない?」

球磨「ど、どうした?いきなり海外だなんて」

北上「場所は、えっと、殆ど地震とかのない大きな国、とかでさ」

木曾「海外って言われてもなあ。でもニュースになるような地震とかって最近見た覚えはないな」

大井「ありましたよ」

北上「ホント!?」

大井「これとか」

スマホの画面を目の前にかかげる。

そこにはある地震の記事があった。

場所も心当たりがある。そして日付は、

北上「2年前…」

多摩「よくそんなもの知ってたにゃ」

大井「たまたまですよ」

球磨「…タマ」

多摩「にゃっ」キッ

球磨「い、言わないクマ!睨むなクマ!」

球磨「歩きスマホは危ない」

北上「待ってもう少しだから」

木曾「どうしたよさっきから。地震がそんなに気になるのか?」

大井っちに貸してもらったスマホで記事を見る。

なんでもその地域では数十年ぶりの大揺れだったらしい。

この地震が私の記憶のモノと同じである可能性は高い。

つまり、

私が生まれ変わるまでの期間は短い。

飼い主が生きている可能性は高い。

北上「よし」

大井「もう、急にどうしたんですか?」

北上「色々とね」

色々とあった。

だが終わりよければすべてよしだ。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

球磨「皆シートベルトはしめた?」

多摩「バッチリにゃ」

大井「はい」

北上「あーい」

球磨「よぉっしそれでは!」




球磨「反応がないクマ」

木曾「皆疲れてんだよ」

球磨「球磨も疲れたクマ」

木曾「頼むから事故るなよ」

夜だというのに街は明かりで溢れている。

灯台いらずだ。

所々何やらイルミネーションみたいなのが飾られているが、お祭りでもあるのだろうか?

大井「北上さん。眠かったら着くまで寝ててもいいんですよ」

北上「もう十分寝たよ。それに景色が見たいから」

多摩「行きもずっと外見てたにゃ」

北上「こうして景色が変わるのってやっぱいいなあって」

木曾「確かになあ。沖に出りゃ見渡す限り海だし」

球磨「あれは確かに飽きるクマ」

多摩「語尾、はもういいかにゃ」

大井「その癖しっかり目を凝らして敵影を探さなきゃですからね」

多摩「多摩はちょっと寝るにゃ」

大井「私も少し眠くなってきました」

球磨「球磨もクマー」

木曾「運転手はダメだ」

球磨「無理クマ寝るクマみんなずるいクマ」

木曾「俺が話しててやるから耐えてくれ。曲でもかけるか?」

球磨「頼むクマ」

木曾「何かリクエストは?」

球磨「太陽にほえろ」

木曾「なんでいつも選曲が古いんだよ」

イチャラブ書きたいな

休日にまとめてできない分収集の方が辛いのでは…?
報酬がカタパルトなので取り逃しが痛くないのが救い

次第に灯りが減っていく。

街を離れ周りを建物や街頭ではなく木が囲んでゆく。

もう少しで鎮守府だ。

景色が私に教えてくれる。

目印となるものがあるというのはいいものだ。

次に何処へ行けばいいのか、何をすればいいのか。



昔、北上に乗っていたという人達も船から見える景色に退屈さを感じていたりしたのだろうか。

北上「へへ」

顔がにやける。

確証はない。が確信があった。

飼い主が生きている。

きっとまた会える。

木曾「何にやけてんだ?」

北上「色々あったけど最終的にいい事があったんだ~」

球磨「大丈夫か?さっきの地震の後からなんか変だ」

木曾「結局あの質問は何だったんだよ」

北上「内緒~」

木曾「…どう思う球磨姉?」

球磨「落ち込んでいるならともかくその逆なら深くつっこまなくてもいいんじゃないか?」

木曾「そりゃあ、そうかもだけど」

北上「あれ?」

鎮守府が見えてきた。

見えてきたのだが、

その他に見えるはずがないものも見えてきた。

木曾「どうした?」

北上「…あー、ん?」

球磨「お、鎮守府が見えてきたクマ」

北上「なんか煙出てない?」

木曾「煙!?」

球磨「煙ー?暗くてよく見えんクマ」

北上「いや絶対煙だよあれ」

木曾「あれかな、秋刀魚用のやつ試してんのかな」

北上「秋刀魚?前にも聞いたことがあるような」

球磨「七輪とか試運転してるクマ?」

北上「もう夜なのに?」

木曾「それもそうだな」

北上「後なんか黒いよあれ」

球磨「黒か。そりゃ見えんクマ」

木曾「まさか地震で火事が!?」

多摩「そんな緊急事態なら連絡がくるはずにゃ」

北上「うぉう多摩姉いつのまに」

球磨「帰ればわかるクマ」

木曾「そりゃそうだが。ん?あれ提督か?」

北上「どれどれ?」

多摩「北上、あんまり身体を乗り出しちゃだめにゃ」

北上「ホントだ。わざわざお出迎え?」

球磨「一旦止めるクマ」

鎮守府の門の前。そこで車を止め窓を開ける。

提督「よお。無事おかえりみたいだな」

球磨「当たり前だクマ。球磨がいるんだからクマ」

木曾「提督はここで何やってんだ」

提督「いやぁお前らが少し心配でなー」

北上「あの煙何?」

提督「んー。それよりちょっと車乗せてくれないか?」

球磨「どっか行くクマ?」

提督「ちょっと隠れるのにな」

木曾「はあ?」

多摩「今メッセージが回ってきたにゃ」

大井「どうしたんですか?」

北上「おっはー大井っち」

大井「おはようございます」

木曾「なんて?」

多摩「…提督が指名手配されてるにゃ」

木曾「は?」

球磨「何したクマ…」

提督「ちゃうねん…ちゃうねん…」

多摩「賞金は間宮だにゃ」

球磨「行くぞ木曾ぉ!」

木曾「おう!」

提督「待って!後生だから!!後生だから!!」

球磨「来世では間宮に負ける提督にならないように祈ることだクマ」

提督「おのれ間宮ぁ!」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「地震の少し前にね、磯風が俺の部屋に七輪持ってきたのよ。ガスの」

北上「大丈夫?オチが確定したけど大丈夫?」

先程と同じ車内。なのだが場所が変わった。

鎮守府の駐車場。そこに止めた車の中で私と大井っちは提督の話を聞いていた。

提督「秋刀魚焼く道具が足りなくてさ。お前らにもおつかいたのんだろ?」

北上「そういやあったね」

提督「それで事足りるなって思ってたら磯風が倉庫から引っ張り出してきたんだよ。すっげえ古いの」

大井「それで」

あの後提督の首を狙う球磨姉達を何とかなだめ私と大井っちはとりあえず事情を聞くことにした。

提督が車を駐車場に戻し、今は運転席に提督。後部座席に私と大井っちだ。

球磨姉達は状況確認のために鎮守府に戻った。

提督「地震がさ、来たじゃん。慌てて俺は自分の机の下に隠れてさ、磯風にも早く身を隠せって叫んだのよ」

北上「正しい判断、だよね?」

大井「一応は」

提督「そしたらアイツこの七輪は!?とか聞いてきてさ。お前ら頑丈なせいか危険意識薄すぎだろ」

大井「そこは否定出来ないですね」

提督「それでさ、んなもんどっかにほおってはよ隠れろや!って言ったのよ」

北上「何その言い方」

提督「いやもっと緊迫した感じに言ったけどさ、ともかくアイツも言われた通りにしたわけよ」

北上「つまり」

提督「マジに放り投げやがった」

大井「それで」

提督「ああなった」

北上「どうしてこうなった」

提督「見事にボカンといったよ」

大井「どんな七輪よそれ」

提督「俺が知りたい」

結局提督室はそこそこ焼けちゃったらしい。

大事なものとかは特に被害がなかったらしいがそれでも火事は火事。

机とかソファーとかは全滅だとか。床や天井も貼り直さなきゃならない。

大井「磯風は?」

提督「流石は艦娘だよ。地震が来たから艤装で最低限の防御はできるようにしてたみたいでな、髪の毛がギャグマンガみたいになる程度ですんだ」

北上「提督は?」

提督「机が守ってくれた。その後真っ先に磯風を風呂に突っ込んで消化活動」

大井「そして?」

提督「磯風が吹雪にこってり絞られてるすきに逃げてきた」

北上「でも提督は悪くなくない?」

提督「俺の言い方が悪かったっちゃ悪かったし、監督責任ってやつもあるしな。俺に怒るのは仕方ない」

大井「でも、怒られるのはいやなんですね」

提督「だって俺悪くないし」イジイジ

北上「どっちやねん」

提督「被害は大した事ないって言ったけど、道具とか結構焼けちまってんだよな」

北上「あのホワイトボードとか?」

提督「そうそう。また買い直さなきゃなあ」

大井「もう少し早く燃えてれば私達が買ってこれたんですけどね」

提督「もしもの話をするなら家事を防ぐ方向でいきたい」

北上「なんなら明日また私らでかいにいこっか?」

提督「明日からは仕事だろお前ら」

北上「むむむ」

提督「俺はそうだなあ…ここで一晩過ごしちまおうかな。どうせ寝室も使えないし」

北上「燃えたの?」

提督「いや。でも復旧作業があるから今日明日は無理だろ」

北上「あれま」

大井「…」

北上「大井っち?」

球磨「ただいまクマァ」

提督「おーどうだったよ」

多摩「吹雪はそんなに怒ってなかったにゃ」

提督「マジで!?」

木曾「不幸な事故って話だしな。ただ謎の七輪については要調査だと」

北上「そりゃそうだ」

球磨「ただ」

提督「ただ?」

球磨「机の引き出しにあったいくつかの写真について話があると言っていたクマ」

提督「」

北上「写真って?」

木曾「なにかは教えてくれなかったよ。ろくなもんじゃなさそうだが」

提督「やっぱしばらくここで過ごしますはい」

北上「何隠してたのさ」

提督「黙秘権!黙秘権を行使する!」

球磨「ここに留まってると皆にバレるしさっさと戻るクマ」

木曾「だな。上姉もおい姉も戻ろうぜ」

北上「ほーい。んじゃね提督」

提督「おう」

大井「あ、私は少し残ってますね」

多摩「にゃあ?逢引ですかにゃあ?」

提督「ちげーよ!で何のようだよ?」

大井「秘密です秘密!ほら、バレたらまずいですし戻っていてください」

北上「はーい」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・

【食堂】

北上「で、さっき提督と何話してたのさ」

大井「黙秘権を行使します」

木曾「やっぱここも少し騒がしいな」

多摩「火災事故だからにゃ、仕方ないにゃ」

阿武隈「北上さーん!」

北上「おーおーどったの」

阿武隈「聞きました!?見ました!?火事!」

北上「聞いた聞いた、見てはないけど」

阿武隈「もう凄かったんですから、私ちょうど外から見てたんですけど」

木曾「それ俺も聞きたい」

あーなるほど。

食堂を見渡すとどうやらこの騒がしさは事件の事を話す側と聞く側で成り立っているようだ。

各テーブルで遠征や出撃で鎮守府にいなかった組が一部始終をここで聞いているようだった。

当然話題は晩御飯だけに収まるわけもなく。

【風呂】

神風「びっくりしましたよ。火事っていうからてっきり工廠で夕張さん達がやらかしたんだと」

北上「至極真っ当な推理だけどなんかヒドイよね」

神風「工廠は以前爆発事故で半壊とかしてますからね」

北上「うそん」

神風「ホントですって。原因は、確か宇宙の方のヤマト砲をどうとかこうとかって」

北上「波動砲かよ」

何してんだあの二人。

北上「しかし相変わらずというかなんというか、騒がしくわあるけど緊迫感はゼロだよね」

神風「日本でいう地震と同じ感じですよ」

北上「希によくあるって感じか」

神風「そんな感じですね。結局のところみんな慣れちゃってるんでしょうね」

北上「それはそれでどうなんだろうか」

神風「言ってみれば私達歩く兵器ですからね。ちょっとした事でとんでもない事故に繋がる訳ですし」

北上「本物の船もそういう事故は多かったらしいよね」

神風「艦娘の宿命って事なんでしょうね。なまじ普段から戦火に身を晒してる分この程度の事故じゃ特に危機感は抱きませんし」

北上「神風はなんか事故に遭ったりした事ある?」

神風「私はとくになにも。あーでも旗風が電ちゃんとぶつかった事があったかしら」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

【提督室前】

北上「立ち入り禁止テープってホントに貼るもんなんだ」

推理小説なんかで見る黄色いテープが入口にはられていた。

ドアは開けっ放しで中が見えるようになっている。今は暗くて見えないけど。

興味本位で来てみたが見えないんじゃしょうがない。

吹雪「気になりますか?北上さん」

北上「吹雪、どったの?」

吹雪「まだいくつか書類がここに残ってたんで回収に。せっかくだし中見ていきます?」

北上「そりゃありがたいね」

吹雪「よっと」カチッ

北上「え?」

テープを潜り中に入ると吹雪がスイッチを入れた。

すると部屋の明かりがついた。

当たり前だ。当たり前、だが

北上「電気つくの!?」

吹雪「そりゃまあ」

北上「火事だったんでしょ?」

吹雪「あー、火事って言ってもホントにしょぼいもんですよ。ボヤですボヤ」

北上「ボヤって、でもソファーとか」

部屋のソファーを見る。

背もたれにいくらか焦げた後があった。しかし半分以上は特に被害がなくちょっとした修理で使えそうに見える。

北上「机とか色々と」

提督の机を見る。

爆発で飛んできたのか銃痕のようにいくつかの黒い跡が残っていた。でもそれだけだ。

北上「ダメになって、ない?」

吹雪「ね?火事自体は大したもんじゃないんですよ」

北上「ならなんでこんなに大げさに」

吹雪「ソファー触ってみたらわかります」

北上「ソファー?」

なんだろうか。言われた通り手をソファーに押し込む。

北上「うえぇ」グチャ

濡れていた。それも尋常じゃない濡れ方で。

吹雪「ボヤで済んだのはこうしてスプリンクラーや消火作業で辺り一面水浸しにしたからですよ。部屋が使えなくなったのもそれです」

北上「なるほど、そっちは考えてなかったや」

吹雪「火で全部燃えることを考えたら必要な犠牲って感じですけどね。水はなんとか抜いたんで後は床の張替えですねえ」

北上「大変そうだね」

吹雪「そこら辺は夕張さん達の頑張り次第ですかね。でも明日中には終わると思いますよ?」

北上「意外と早い」

吹雪「腕は確かですから。あったあった」

探し物は見つかったらしい。

何にせよ部屋の被害はたいしたことなさそうだ。

北上「ん」

扉を見つめる。

この先は確かに提督の部屋になっていたはずだ。こっちは無事なのかな?

あれ、というか今更だがこの部屋入った事ないや。

吹雪「そこは、普段から立ち入り禁止ですよ」

北上「…後に目でも付いてるの?」

吹雪「そんなもの使わなくてもだいたい分かりますよ」

北上「付いてるのは否定しないんかい」

吹雪「基本的にそこは提督の許可無しでは立ち入り禁止です。鍵もかかってますし」

北上「基本的に?」

吹雪「例外的に私が合鍵使う時もあります」

吹雪「さ、行きましょう」

北上「はいはーい」

テープを潜り部屋をあとにする。

北上「てーとくどこ行ったのかね」

吹雪「知りませんよ」

少しムスッとした表情で答える吹雪。

北上「怒ってる?」

吹雪「火事の件に関しては特になにも。事故ですからね。それにまず何よりも磯風の事を優先してますし」

今度は、なんだろうか、安心というか信頼というか、言葉に表せない表情をする。

北上「そーいや写真が見つかったんだって?」

吹雪「あーアレですか。しっかり回収してやったんで安心してください。それじゃ、おやすみなさい」

北上「おやす~」ノシ

安心して?どういう意味だ?あ、大井っちの写真だったのかな。

さもありなん。

【屋上】

谷風「いやぁ大変だったよ。磯風のやつ責任取って腹を切るとか言い出す始末でね」

北上「吹雪にこってりしぼられたんだって?」

谷風「まあ事故だしね、そんなにこってりってわけじゃあないよ。ただ反応が面白いから色々といじってたら段々おかしくなってきちまってし」

北上「それ笑い事なの?」

愉快犯め。姉妹に対しても容赦がない。

谷風「そういや君は今日姉妹でデートだったんだってね。いいねぇ熱々だねぇ」

北上「まあね」

谷風「どうだった?外の世界は」

北上「楽しかったよ。相容れないなとも思ったけど」

谷風「ま、そんなもんさね。だからこそたまに行くくらいで楽しいのさ」

北上「後初めてまともにスマホに触った」

谷風「そこはもう少し努力してみてもいいと思うけどねえ。この谷風さんだってこいつはそれなりに使いこなしてるんだぜい」

北上「使いこなすねぇ」

ポケットからスマホを出す。新品同様のピカピカのそれは外の世界と同じかそれ以上に相容れない気がする。

谷風「おや?メッセージが来てるみたいだね」

北上「そうなの?」

谷風「ホントに使ってないんだね…ほらこれこれ」

北上「おー凄い。これは、提督から?」

谷風「何かあったのかね?」

北上「さあ。えー、今から会ってくれって」

谷風「ほほぉう」ニヤニヤ

うわすっごい悪い顔してる。

やれ逢引だの密会だの散々囃し立てる谷風を何とか振り切って駐車場に向かう。

そういうのは大井っち相手にして欲しいもんだ。

しかしそうなると一体全体私にどういった要件だというのか。

少しづつ駆け足になる。

気になるからだ。

それだけだ。

最後のお茶を求めて

無理だこれ

63匹目:A cat may look at a king



私は言わばなり損ないみたいなものかもしれない。

人でも船でも猫でもない。

でも、そんな私でも、ちょっとばかし夢を見るくらいの権利はあると思う。

少しくらい、いい目にあってもいいと思う。

提督「…」

北上「やほー、さっきぶりだね」

提督「だな」

北上「で、何のよう?」

車内には辛うじて運転席に座る提督の顔が認識できる程度の薄い明かりだけが灯っている。

提督「あーっと、そのだなあ」

何やら歯切れの悪い提督。

提督「…ッシ、実はその、お前にお願いがあってな」

意を決したというふうにそう会話を切り出す提督。

北上「お願いって、まあ提督の頼みなら早々断ることもないけど。でなにさ?」

お使いかなにかだろうか。まさか自分の寝巻きを持ってこいとかか?

確かにここで一晩過ごすなら必要かもしれないがよりによってそれを私にという事もあるま「パンツを見せてくれ」

ん?

北上「え?今なんて?」

提督「パンツを見せてくれ」




はい?




提督「いや、待て、間違えた。今のはなしだ。もう一度言い直す」

北上「う、うん、だよね。もう一度聞き直すね」




提督「下着を見せてくれ」
北上「変わってねぇよ」

ロスタイムに落ちた奇跡のお茶

毎度のアドバイスに感謝の気持ちしかないのです
だから頑張って書くのです

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「つまり、大井っちへのプレゼントとして下着を買いたいから手伝ってくれと」

提督「ハイ」

蚊の泣くような声で答える提督。

北上「はぁ…」

提督のあまりのぶっとんだ発言に逆に冷静になれたので一つ一つ問い詰めていくとつまりはそういうことだった。

北上「それにしてももうちっと言い方があるでしょうに…」

仮にも私達の命を預かる立場なのだ。言動に少しは気を使ってほしい…

提督「ゴメンなんかテンパった」

北上「別にパンツくらいいいんだけどね」ペラ

提督「ちょぉお!?…お?」チラ

北上「この時期は少し寒いのでスパッツを履いてみたり」

提督「くっ!」

提督「いやでもほら!普段からパンツなんて見慣れてるしな!」

北上「その通りなんだけどそれはそれでどうなのよ」

艦娘なんて半数くらいがパンツ丸見えみたいな服装だしそこは仕方ない。

というか見慣れてるとか言いつつチラ見してきたじゃんか…

北上「でもなんだって今このタイミングでプレゼント?」

提督「あいつがここに来て丁度2年くらいなんだよ。それで」

北上「へぇ」

それは知らなかった。

北上「まあ手伝うのはいいけど、私でいいの?というか私じゃない方がいいと思うけど」

提督「なんで?」

北上「私オシャレとかさっぱりだし」

提督「そりゃーほら、大井といつも一緒だし好みとかそういうの詳しいかなって」

北上「それなら球磨姉や多摩姉でいいじゃん。いや球磨姉は微妙か…でも私よりはマシでしょ」

提督「お前そんなにセンスないのか?」

北上「センスというか、興味が無い。そもそも大井っちと違って私ブラしてないし」

提督「へー、え!?してないの!?」

北上「そんなに大きくないしさ」

提督「へ、へぇ~」チラ

北上「…いや、あれだよ?ブラしてないだけでスポブラみたいな、カップ付きみたいな下着はしてるからね?」

提督「アーナルホドネー」

ブラ1つでこんなに心動かされるとは男って楽しそうだな。

北上「まあともかくそんなわけで私以外にした方がいい」

提督「ぐっ…いや待て!」

北上「なにさ」

提督「ひとつ決定的な理由がある」

北上「その心は」

提督「お前以外にこんな事頼めるやついない」

私以外に?

提督ラブな人達なら…いやそれはそれで色々問題がありそうだ。

他は大抵参考にならなそうだったり参考になり過ぎて逆に危なげだったり…

アレ?他誰がいる?



北上「引き受けた」

提督「感謝」

北上「で、私はどうすればいいの?」

ネット通販とかだろうか。

提督「明日、一緒に買いに行こう」

北上「え?買いに行くの?」

提督「そりゃそうだろ」

北上「でもいいの?提督外に出て」

提督「燃えちまったもの買い足さにゃならんしな。それにほら!俺いなくてもなんとかなるしな!」

北上「嬉嬉として言うことじゃないでしょそれは」

それに大井っちのためとはいえ私達二人で出かけるというのはあまり知られてはいけないと思うが。

提督「安心しろ。皆には内緒でいく」

北上「それこそまずいのでは?」

提督「そこら辺は任せろって。策はある」

北上「不安しかないけど…まあいっか、任せるよ」

提督「よし。じゃあ集合時間は明日の11時な。ここなら球磨型はお前以外遠征か出撃だ」

既に計画済みだったらしい。

北上「で、こっそり出てこいと」

提督「そゆこと」

北上「提督はどうすんのさ」

提督「燃えた書類関係で隣の鎮守府行ってくると言っときゃ大丈夫だろ」

北上「ホントかよ」

提督「あたぼーよ。もう吹雪の協力は取り付けた」

北上「マジか」

提督「燃えたもの新調しなきゃ行けないのはホントだしな。お土産を要求されたけど」

北上「意外だなぁ吹雪がOKだすなんて」

提督「アイツは意外とそういうやつだぜ」

北上「覚えとくよ」

提督「じゃ明日、鎮守府前のバス停って事で」

北上「りょーかい」

提督「んじゃおやすみ」

北上「おや…提督マジにここで寝るの?」

提督「ここで寝た方が明日スムーズに外でれるし」

北上「そこまでせんでも…まあいいや、おやすみ」

やれやれ妙な事に巻き込まれた気がする。

車から部屋への帰り際に掲示板に貼られていた明日の予定表を見る。

ならほど確かに球磨姉多摩姉木曾は出撃のようだ。

あれ?大井っちはいるのか。でも1人くらいなら問題なかろう。

廊下から外を見る。

真っ黒な窓には私の顔だけが映る。

北上「何ニヤけてんだ私」

イチャイチャさせよう

試合時間もう少し早くできないですかね…
度重なる夜更かしに耐えられる歳ではもうないのです。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

時刻。きっかり11時。

もちろん私が時間に正確というのではなく、慌てて準備した結果なんとか時間丁度には間に合ったという、つまり私の性格がルーズなだけである。

提督「おう、おまたー…せ?」

北上「はよーてーとく」

提督「おはよう。北上?」

北上「ん?どったの提督」

提督「髪型」

北上「あーこれね。結ぶの面倒だったからそのままにした」

提督「一瞬誰かと思ったぞ」

北上「いっつも髪は大井っちに任せてたからさ、自分でやるのはめんどくさい」

提督「それくらいはやれよ」

北上「毎日毎日やってる飽きるものだよ」

提督「そういうものか。ってやってるのは大井なんだろうが」

北上「てへ」

実は別の鎮守府の北上に感化されてたり、とは言わなくてもいいか。

北上「どーかなこれ?私的には楽でいいんだけど」

提督「あーうん、いい、と思うぞ。凄く」

北上「なんか煮え切らない反応だね」

提督「だってここでその髪型褒めたらいつものは微妙みたいな感じになりそうじゃん」

北上「言っちゃうんだ。提督にしては珍しい気遣いだね」

提督「女性の容姿を褒める時は慎重にってよく言われてるから…」

北上「ほー」

大井っちにかな。案外吹雪とか?

北上「別に私ゃオシャレとか興味ないし見たまんまの感想でいいよ」

提督「そうか?じゃーあれだ、慣れない」

北上「風呂上がりとかも髪ほどいてるし何回か見たことあるじゃん」

提督「服装までちゃんとしてると全然違うよ。普通にロングの美少女」

北上「それは重畳。これなら変装効果もあるしね」

提督「なんつーか照れくさいな」

北上「見た目変わっただけでそんなに?」

提督「うん」

北上「どーてー」

提督「うるせー」

本気で不満そうな顔をされた。

北上「…」ジー

提督「んだよ?」

北上「むしろ提督の服装の方が珍しいと思うけどね」

提督「確かにな、俺もこれ着たのすげぇ久々だ」

北上「いっつも制服かシャツだもんね」

提督「この生活じゃどうしたって機能性利便性重視になるからな」

仕事場とはいえ年がら年中同じ施設に閉じこもってるのだから服装なんて誰も気にしないのだ。

北上「こうしてみると金髪が映えるね」

提督「カッコイイか?」

北上「いやチャラい」

提督「ダメかな」

北上「金髪にしなきゃいいのに、染めてるんでしょ?」

提督「ここは譲れん」

北上「こだわるのね」

提督「お、バスが来たな」

北上「ホントだ」

あれ?そういや提督の服って部屋から持ってきたってことだよね。

取りに帰ったってことは無さそうだしこれも吹雪の協力なのだろうか。

提督「バスってのも久々だ」

北上「今日は車じゃなくてよかったの?」

提督「車だしたら目立つじゃん」

北上「あーね」

「おー嬢ちゃん。その人が前に言ってた兄ちゃんか」

提督「兄?」

北上「げっ」

まさか同じ運転手とは…

提督「兄ちゃんってのは?」

くそう全く対策してなかったい。

北上「そうなんですよー今日久々の休日でしてー」ギュゥ

提督「ッァタ!そ、そうなんすよー」

「そいつはよかったな」

北上「あはは」

提督「わはは」

提督「で?どういう事だよ」

北上「前に咄嗟の嘘で鎮守府の兄に会いに来たって言っちゃって」

提督「なるほどね」

北上「完全に忘れてたよ…」

提督「ところで捻られたケツが地味に痛い」

北上「ゴメン、マジゴメン」

バスの一番後ろ。運転手から可能な限り離れた場所に座る。

北上「窓側は譲らないよ~」

提督「なんだよ、車酔いでもするのか?」

北上「窓際と関係あるのそれ?」

提督「外眺めてると酔いにくいんだと」

北上「へ~、私は単に景色を見たいだけ」

北上「昨日皆とも話してたけどさ、私達って長時間海上にいる事が多いじゃん?景色がどこを見ても同じようなものだから退屈でさ」

提督「あー、あー!確かに、そりゃ考えた事無かったな」

北上「まあそれはいいんだけどさ」

提督「いいのかよ」

北上「それはそれだよ。でさ、提督もいっつも机で書類とか画面とかと睨めっこじゃん?退屈じゃないのかなって」

提督「俺はよくゲームの画面みてたりするけどな」

北上「これはひどい」

提督「でも、そうだなぁあんまし退屈はしないかな」

北上「そうなの?」

提督「1番目に映るのはお前らだしな、退屈しないよ」

北上「おー提督っぽい事言った」

提督「どーよ少しは尊敬したか」

北上「これが普段からならなぁと」

提督「バッカおめえこういうのはここぞという時に言ってこそなんだよ」

北上「今がその時ぃ?」

提督「違ったかな」

北上「いいけどね、私はちょっと嬉しかったよ?」

事実だ。なんというか、つい顔が綻んでしまうような嬉しさがあった。

提督「…」

北上「え、何その沈黙は」

提督「なんでもないっす」

北上「うっそだーなんだなんだ何を考えてたコノヤロウ」

提督「うわ揺らすな揺らすな」

北上「…」

提督「…今度はそっちが沈黙かよ」

北上「大井っちってさ、最近変わったよね」

提督「あ、アイツが?んなことないだろー」

棒読みくさい。

北上「前はこんな風に私が引っ付くと反応が凄かったんだ」

提督「例えば」

北上「んー一言で言えばトロけてたね」

提督「あーうん分かるわ想像つくわ」

北上「なのに最近全然そういうのなくなってさ」

提督「寂しいのか?」

北上「どっちかって言うと嬉しい」

提督「あ、そこは普通なのね」

北上「私はノーマルだよ」

提督「別にアイツもアブノーマルなんてことはないと思うんだがな」

北上「それには同意するけどね。ぽさはあるけど」

提督「何やかんやで常識はしっかり持ち合わせてるからなアイツ」

北上「だよねぇ。いつから変わったのかなあ大井っち」

提督「改ニ辺りからじゃねえか?」

北上「やっぱ変わってんじゃん」

提督「げっ」

北上「正直者だなぁ提督は」

提督「うっせ」

北上「褒めてるんだよ?」

提督「はいはい。でもさ、俺もなんで急にアイツが変わったのかよくわかんねぇんだよ」

北上「そうなの?」

これは本当っぽい。カンだけど。

提督「ま、きっかけなんて些細な事だったりするからな。俺らが話しててもわからないだろうさ」

北上「そりゃそうだ」

きっかけ、きっかけねぇ…

北上「えい」スッ

提督「…あんまり寄りかかると危ないぞ」

北上「私にもきっかけがあったのだよ」

提督「きっかけ?」

北上「もう一人の私が囁いたのだ」

提督「なんだそりゃ」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「一日ぶりだ」

提督「俺は、どれだけぶりだろうな。覚えてねぇや」

お馴染みのでっかいデパート。あれだけ新鮮だったこいつも僅か二回でお馴染みと思えるようになるんだから面白い。

提督「丁度お昼だしなんか先に食べちまうか」

北上「さんせー」

提督「何かご注文は?」

北上「タバスコ入りピッツァ以外ならなんでも」

提督「は?」

北上「エスカレーターは、あれか。いやあっちかな?」

提督「覚えてないのかよ」

北上「あんまり使わなかったからさ」

提督「あと多分北上が探してんのはエレベーターだ」

北上「え?えーっと、箱の方がエレベーター?」

提督「エレベーター。階段の方がエスカレーター」

北上「移動手段としては車と電車くらいに違いがあるのになんでこんなに名前がややこしいんだ」

提督「気持ちはわかる」

北上「そしてやっぱ場所がわからない」

提督「なら丁度いいや。エスカレーター使おうぜ」

丁度いいって何がだ?

北上「エ、スカレーターは噴水の横だったよ」

提督「噴水。あー写真撮ってたやつか」

北上「見たの?」

提督「おうよ」

昨日大井っちに見せてもらってたのかな。

北上「どうだった?」

お洒落した大井っちなんて提督もあまり見ることはないだろう。

提督「そりゃあ、うん、凄く良かったと思う」

北上「良かったって、具体的には?」

提督「か、可愛かったよ」

何赤くなってんだこの野郎。なんかイラッとする。

こういうのをちゃんと大井っち本人に言ってあげてるのかねぇ。

北上「あ」

提督「どした?」

北上「あのお店」

提督「お店、アレか」

北上「大井っちが気にしてたんだよね」

提督「噴水横のお店、なるほど。よっしあそこ行こうぜ」

流石の食いつきだ。大井っちの名前出せば月でも行くんじゃなかろうか。

北上「で何の店だろ」

提督「喫茶店じゃないか?」

北上「あ、Cafeって書いてある」

提督「じゃカフェか」

北上「Cafeと喫茶店って何か違うっけ?」

提督「カフェはカフェが出てくるんじゃね?」

北上「いやCafeくらい何処でもあるんじゃないかな」

提督「そうなのか」

北上「というかCafeってコーヒーって事じゃん」

提督「マジか。知らなんだ」

北上「今は普通に飲食店って意味で使われてると思うけど。やっぱ喫茶店と同じか」

提督「言葉ってめんどくさいな」

北上「外来語って大抵意味と響きのどっちかが置いてかれて伝わるからね」

提督「世界で統一してくれりゃいいのにな」

北上「ヤード・ポンド法とかね」

提督「何それ」

北上「夕張と明石がよく呪ってた」

提督「何それ…」

店内は木の色に近い茶色をメインにしたシックな感じで、

ところでシックな感じってつまりどういう感じなのだろうか。私としてはあーよく小説なんかである感じの落ち着いた喫茶店だーとしか言いようがない。

北上「なんか大井っちを思い出すや」

提督「なんで?」

北上「ほら、髪の色」

提督「あー、確かに似てるな」

北上「茶髪って聞くとなんとなくチャラチャラしたイメージだけど大井っちの髪って凄く落ち着いた雰囲気があるよね」

提督「それはチャっていう響きのせいだろ…それにこの色は俺にとってはやかましいイメージが強いな」

北上「そんなの提督の前だけだよ、多分」

提督「お前の前じゃ違うのか?」

北上「子犬みたい」

提督「子犬?」

北上「遠くにいると尻尾ブンブン降って物凄い勢いで近づいてくるんだ。で近くまで来ると物凄い落ち着いてゆったりしてくれる」

提督「なるほど、そりゃ子犬だな」

北上「そんな感じ、だった」

提督「今は?」

北上「どこにいても落ち着いてる」

提督「子犬から成長したとか?」

北上「かもね。っと、それよりメニュー決めようメニュー」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「俺が知らねぇとこでそんな事になってたのか」

北上「最終的にゴキブリは金剛さんが捕まえて終わり」

提督「え、どうやって」

北上「素手」

提督「やだ怖い」

北上「瑞鶴さんが爆撃機取り出した時はビビったね」

提督「あいつのあの何でも爆撃しようとするクセはどうにかしたい」

「お待たせ致しました」

北上「お、きたきたきましたよ」

提督「グルメかよ」

北上「提督って意外とネタが通じるよね」

提督「俺としては北上がネタを降ってくるのが意外なんだけどな」

北上「そこはほら夕張達が」

提督「あんにゃろ余計なことばかり」

北上「余計でもないよ」

提督「それにしても…」

北上「まあ、こうなるな」

私の前にはオレンジジュースとフレンチトースト。提督の前にはコーヒーがとスパゲッティ。

北上「提督って舌が結構お子様だよね。カレーも辛いのダメだし」

飲み物を交換する。

提督「舌が若いと言ってくれ。それに普通に考えたら苦いものや辛いものを美味いと思うのってむしろ変じゃないか?」

コーヒーを飲んだ訳でもないのに苦い顔をしながらそういう。

北上「それは、言われてみるとそうかもね」

提督「それに北上がコーヒーを飲むってのも意外だな」

北上「好きってわけじゃないよ。嫌いじゃないだけ。こんな場所だしなんか飲んだ方がいいかなぁって」

提督「雰囲気の問題かよ」

北上「いつもは牛乳とかお茶とかだよ。ジュースはあんまり飲まないかも」

提督「へぇ、俺もお茶かな。あと炭酸」

北上「お酒か」

提督「俺はそんなに飲まねえよ。吹雪はやたら飲むけどな」

北上「さすふぶ」

提督「うちだと何派が多いんだろうな」

北上「駆逐艦なんかは結構コーヒー紅茶を飲む子が多いよ。コーヒーは阿武隈の影響が強いのかな。紅茶は言わずもがな」

提督「阿武隈ってコーヒー派なのかよ。意外すぎる」

北上「私としては1番以外なのは六駆でコーヒー飲めるのが電だけってとこかな」

提督「全員酒は飲めるくせにな」

北上「ねえ」

提督「スパゲッティなんて久々に食べたわ」

北上「いつも和食?」

提督「和食、というか米だな。ご飯がなきゃダメだ」

北上「私は結構なんでもかな。朝も和食だったりパンだったり」

提督「気分か?」

北上「そんな感じ。他のみんなは和食だね。多摩姉はキャットフードだけど」

提督「ええ!?嘘だろ!?」

北上「嘘だよ」

提督「おい」

北上「ジョーダンのつもりだったんだけどさ…」

提督「いやぁなんか多摩ならあるいはって思えて…」

気持ちはわかる。

北上「せっかくだしどう?コーヒー」ハイ

提督「え、それはちょっと」

北上「そんなに嫌い?」

提督「そーゆーんじゃねえけどさ。ええいままよ」ゴクッ

北上「おーいい飲みっぷり」

提督「にっげぇ…」

北上「苦いのは当たり前だよ。それが美味しいかどうか」

提督「俺はきっと生まれる星を間違えたんだな」

北上「そんなにダメか」

提督「…でもちょっと甘い」

北上「え?」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「ごちそうさま」

提督「さて。でこれが今日の買い物内容だ」

北上「んー、ん?少なくない?」

提督「被害は主に床と家具だからな。そういうのは流石に業者に頼むさ」

北上「そりゃそうか」

提督「それにあの部屋あんまり書類とか置いてないしな!」

北上「仕事しろ」

提督「実際今じゃ仕事の殆どはパソコンだし」

北上「それは大丈夫だったの?」

提督「ダメだった。でも新しいのを明石達が組み立てるってさ」

北上「…パソコンって組み立てられるものなの?」

提督「らしいぞ」

北上「流石だね2人とも」

提督「ホンマそれ」

提督「じゃあ行くか」

北上「あいあいさー」

提督「買い物は少しだしサクッと終わらせちまおう」

北上「そしたらパンツか」

提督「それはもう忘れてくれ」

北上「え~どうしよっかなぁ。吹雪とか大井っちとかに話したら面白そうじゃない?」

提督「待て、それは待てマジで待って頼むから」

北上「じゃあなんか奢りって事で」

提督「あのなぁ…今自分の上官を脅してるって分かってんのかよ。それに奢られほど金に困っちゃういねぇだろ」

北上「でもさ、だからこそ奢られるって中々ないじゃん?」

提督「なるほど。いやなるほどじゃねえよ」

北上「さあ行こう」

提督「無視かおい」

北上「とっかーんすすめー」

北上は髪解くとヤバイ

もうまる1年も経つんですねこれ
これしか書けていない…

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「これ良さそうだな」

北上「ファイルとかなら夕張達がいっぱい持ってるよ。キャラものの」

提督「あの手のを仕事に使うってのはちょっとな」

北上「身内しかいない職場だしいいんじゃない?」

提督「そもそも夕張とかはその手のファイル使ってんのか?」

北上「燃えたり焦げたりの事故が多発してやめたらしいよ」

提督「それは辛い」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「ペンってやたら種類が多いよね」

提督「正直どれがいいとかわかんねぇよな」

北上「どうすんのさ?」

提督「前使ってたのと同じのでいいだろ」

北上「無難だね」

提督「そもそも今は書くより入力する時代だしなぁ」

北上「秋雲も言ってたよ。今の方が便利で良いけれど唯一性が減ったというか、絵一枚一枚が消費される時代になったって」

提督「つまりどういうことだってばよ」

北上「私も理解したとは言い難いけど、本と電子書籍とかに置き換えてみると分からなくもないかなって」

提督「なんでも電子化ってのも困りものか」

北上「一長一短でしょ。便利になったのは間違いないんだからさ」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「テレビを新調しようか迷っててさ」

北上「どこの?食堂の?」

提督「俺の部屋の」

北上「部屋にテレビあったんだ」

提督「テレビっつーかモニターだな。ゲーム用だよ」

北上「まさか経費で」

提督「提督権限で」

北上「悪い大人だー。きっとこの後私が食べるアイスも経費で落とすつもりに違いない」

提督「んな細かいのするかよ。つかアイスの奢りをご所望か」

・・・
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・・・・・・・・・

北上「てーとくの部屋に入ったことないんだよね」

提督「まあ基本人は入れないようにしてるしな」

北上「なんで?」

提督「秘密の書類とかあるしな。うっかり見ちまうと命を狙われるぜ」

北上「私ら球磨型を甘く見ちゃあいけないよ。並の軍隊なら球磨姉がぶっとばしちゃうからね」

提督「大井は暗殺とか得意そうだよな。ニコニコしながらサクッとやってきそう」

北上「多摩姉はあれかな、ボケっとしてそうに見えて実は裏切り者で、とみせかけて二重スパイみたいな」

提督「北上は、そうだなあ。スナイパーとか似合いそう。バレットとかさ」

北上「対物じゃんそれ。木曾はー、木曾は、真っ先にやられそう」

提督「何故かそういうイメージになるな」

北上「強いんだけどね。なんか生き残るイメージないよね」

提督「純粋に良い奴なんだけど純粋過ぎて死亡フラグ乱立した挙句やられそう」

北上「世の中を生きていくにはあまりにもバカ正直だからねぇ」

提督「…これは悪口だろうか」

北上「褒めてるという事にしておこう。実際褒めてるし」

提督「そうだな。そうかな」

北上「いい子だよ」

提督「そうだな」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「よし。買い物はこれで終わり」

北上「ではアイスを食べよう」

提督「そんなに食べたいのかよ」

北上「ちょうど小腹すいたしちょうどいいじゃんか」

提督「それもそうか。あそこでいいか?」

北上「いいよ。何食べる?」

提督「俺はバニラでいいや」

北上「じゃあ私ゃメロンでお願いしますよー」

提督「あいよお姫様」

近くの椅子に座りパツキンの背中を見送る。

周りには随分と人がいるけれど2回目ともなると少しは慣れてきたようだ。

改めて見るとカップルが多いな。

私達もそう見えるのだろうか。

北上「だとしたらやはりパツキンはいただけない」

あれ?そういえば私の飼い主も金髪だったがあれはどうだったっけな。

記憶としてはかなーり微妙な感じだ。

写真の女性は確かに綺麗な金髪だったけど。

北上「ん?」

鳴き声がした。

おっと字が違う。泣き声だ。

見ると店の横のテーブルのひとつで小学校低学年くらいの男の子が泣いていた。

側で膨れっ面になっているのは姉だろうか。

こちらも男の子の方とそう年は離れていないように見える。

「ほら、いったい何があったの」

提督と同じようにアイスを買いに行って戻ってきたらしい母親が必死にとりなす。

「お゛ね゛え゛ぢゃんがぁ!」
「違うもん!私は取り返しただけだもん!」

姉弟喧嘩というやつか。

兄弟、姉妹。いや、

北上「ケンカかぁ…」ハァ

提督「どうした?ため息なんかついて」

北上「おかえりー。って、ありゃ?都会のメロンアイスクリームってオレンジ色なの?」

提督「メロンの方は生憎と売り切れでな。変わりにオレンジにした。嫌いだったか?」

北上「うんにゃ。甘けりゃかまいませんよー」

差し出されたオレンジアイスクリームを受け取りひと舐めする。

北上「うんうん。いいねぇ、侘び寂びだねぇ」

提督「そういうのは抹茶味とかに言う感想なんじゃねーの」

そう苦笑しながら提督もアイスクリームを食べる。

私達(艦娘)は喧嘩をしない。

勿論小さな喧嘩。小競り合いというか言い合いというか取っ組み合いというか、それくらいはある。

というか日常茶飯事だ。

でも大きな喧嘩はない。滅多にない。

結局のところ少しばかり言い合いをしたり、ちょっとばかし取っ組みあったりするのはコミュニケーションのうちだ。

中には全力で拳で語り合う者もいると聞くが。

それでも本当に殴る蹴るだとか、無視するだとか、仲違いをするだなんて事が起こらないのは、私達が知ってるからだ。

それはもう刷り込まれていると言ってもいい。

戦場においてそういった亀裂は死を招くことを。自分にも、相手にも。

だから本気で本音を言い合える人間が羨ましい、と言う訳では無い。

別にどちらがいいとか悪いという訳ではなく、要は隣の芝生という事なのだ。

冷静に考えれば喧嘩なんて起こらない方がいいに決まってるのだから。

自分達にないものというのはどうにも輝いて見えるものだ。

北上「…提督はよく大井っちと喧嘩してるよね」

提督「喧嘩…喧嘩かなぁ?いや喧嘩かぁ。あんまし考えた事なかったな」

北上「いいよねえ、仲睦まじくて」

提督「そう見えるのはおかしくないか?」

北上「喧嘩するほど仲がいいっていうじゃん」

提督「まあ仲が悪いわけじゃないけどさ。ならやっぱ喧嘩じゃねえのかなあ」

北上「じゃあなんなのさ?」

提督「んー取り合い?」

北上「何の?」

提督「…秘密」

北上「えーズルいなぁ」

提督「なんでだよ」

北上「お詫びにアイス1口ちょーだい」

提督「何がお詫びだ食いしん坊め」

北上「食いしん坊といえば多摩姉だね。すごいよ多摩姉のお腹は。四次元ポケットだよあれ」

提督「猫型ロボットだったのか」

北上「えい」ペロッ
提督「うわあっぶね、零れたらどうすんだよ」

北上「うーんバニラ」

提督「そりゃバニラだからな」

北上「もっと甘いのがいい」

提督「ホント好きな甘いの」

北上「はい」

提督「?」

北上「私のメロン、もといオレンジアイスを1口やろうじゃないか」

提督「えっと、いいのか?」

北上「そんなに躊躇するとこじゃなくない?」

提督「いやだって、食べかけだしさ」

北上「そこ気にするところ?」

提督「はぁ、わかったわかったいただきます」

北上「どお?」

提督「…めっちゃ甘い」

北上「そんなにかな」

コーヒーもそうだったが提督、なんでも甘いと感じる舌でも持ってるのだろうか。

北上「でさ、考えたんだけどさ、別に下着じゃなくてもいいんじゃないって」

提督「俺も出来ればそうしたいけど他に思いつかなくてな」

提督の言わんとすることは分かる。

艦娘はオシャレをしない、しにくい。

着飾っても基本的に鎮守府の中だけ。出撃は不思議と入渠で回復する制服しか着ない。

バックなんかも使わないしキーホルダーなんかも付けるところもない。

普段から身につけてくれるようなものをあげたいとなると選択肢がヒジョーに狭いのだ。

北上「となると髪留めとか寝間着とかいいんじゃないかなって」

提督「あいつ髪留めなんか使うのか?」

北上「邪魔だからってまとめる事は割とあるよ。貰ったら積極的に使いたくもなるだろうし」

提督「北上だったら何が欲しい?」

北上「私?なんで?」

提督「参考までに」

北上「私はもっと普段使うものが少ないしなぁ」

今欲しいものかあ。本とかしか思い浮かばない。

北上「あ、スマホケースだ」

提督「スマホケース?北上とは1番縁遠い単語だな」

北上「私だってこいつと仲良くなろうと頑張ってるんですよ~。で、手始めにというか訳あってケースが欲しくて」

提督「昨日買わなかったのか?」

北上「買おうと思ったのが結構後の方でさ。大井っちにもまた今度にしたらって言われたし」

提督「はぁん、流石だぜ大井っち」

北上「え?」

してやられたというような顔でよくわからない事を言う。

提督「じゃケース買いに行くか」

北上「そんなんでいいのホントに?」

提督「下着よりはいいだろ」

北上「そりゃまあ」

提督「北上にも買ってやるよ。今日のお礼って事で」

北上「いよっ太っ腹」

提督「腹と言やあそろそろダイエットの季節だな」

北上「食欲の秋?」

提督「そゆこと」

北上「それならこの前阿賀野が減量失敗宣言してたよ」

提督「早くない!?」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「これ」

提督「相変わらず猫好きだな」

北上「可愛いじゃん?」

提督「そりゃそうだがな」

私が選んだのは猫のマークがあしらわれた黒いケース。

北上「ここにカードとか入れるポケットもあるしね」

提督「なんか入れるのか?」

北上「えーっと、今運の上がるお守りとか?」

提督「なんだそりゃ」

ゴムとは言えない。

北上「てーとくは何買うか決めたの?」

提督「モチのロン」

北上「どれどれ?」

提督「これとかどうよ」

北上「…え?」

提督「変か?」

北上「変、じゃあないけどさ」

それは私のと色違いの、白いケースだった。

提督「北上とお揃とかいいんじゃないかなって」

北上「喜ぶとは思うけどね」

提督「じゃあいいんじゃね?」

そこは普通提督とお揃いにする流れだろうよ。天然なのかこの人。

北上「じゃあこれでいっか」

提督「よっし買ってくるぜ」

北上「あいあい」

まあいいや、別に私がそこまであの二人を応援する理由もないし。

考えてみればお揃いのものなんて恥ずかしくって出来なさそうなら2人である。

北上「面倒なカップルだ事」

お店を出て入口で提督を待つ。

これで今日の買い物は終わりかぁ。

案外あっという間だ。

あっという間すぎて少々、もったいない。

提督「おまたー」

北上「意外と荷物増えたね」

提督「かさばるものも多いしな。つってもどれも軽いから問題ない」

北上「エー、スカレーターはあっちか」

提督「他になんか買いたいものあるのか?」

北上「ん?帰るんじゃないの?目的のブツは買えたんだし」

提督「いやいや、せっかくなんだしもう少しいようぜ」

北上「いいの?」

提督「多少遅くなったって問題ないだろ」

北上「ホントかよ」

提督「そのための今日だ」

北上「ふーん、そっかあ」

提督「あ、いや、帰りたいってんなら別にそれでもいいんだぞ?」

北上「まさかでしょ。せっかく、なんだしね」

提督「だな」

北上「へへ、じゃあもうちょっとだけたくさん遊びましょうかねぇ」

人間は、例えばズル休みとかそういう少しだけ背徳感のあるわるーい事を妙に楽しいと感じる生き物だ。

北上「ねっ、てーとく」ニッ

そんな背徳感は例えば秘密を共有する悪友なんかがいるとさらに気持ちよくなって、ついついニヤリと笑ってしまう。

提督「」

北上「…てーとくー、おーい」

提督「お、おう。わりぃわりぃ」

また長くなってきてる

地獄のように暑いですが夏イベまで頑張って生きましょう

提督「で、北上はどこ行きたい?」

北上「んーそだねぇ」

何処か。

大井っち達と来た時は時間の都合でそう多くは回れなかった。

夕張達の言ってたアニメやら漫画やらの店も行ってみたいし、

ペットショップじゃなくて魚や鳥なんかも見てみたい。

ブックカバーや栞なんかを探すのも悪くないかな。

他にも…

北上「ん」

提督「ん?」

北上「ほら」

提督「いや、なんだ?その手は」

北上「てーとくが連れてってよ。私が行きたい所じゃなくて、提督が連れてってくれる所に行きたい」

提督「…いいのか?俺なんかで」

北上「私が行きたい所ならまた大井っち達と、なんなら私一人でも来れるからさ。なら今は今しか行けないところに行きたい」

提督「やれやれ。責任重大だなこりゃ」

北上「そんなに固く構えなくてもいーよ。お散歩気分でいいんだよこーゆーのは」

提督「仮にも男だからな。エスコートくらいしっかりやれって言われてんのさ」

北上「…」

まぁた大井っちか…もうデートとかしたのかな。

提督「よし決めた!いつまでも女性を待たしちゃいけねえやな」

そう言って差し出した私の手をしっかりと握ってくれた。

北上「今日は提督が羅針盤だね」

提督「変なところに連れてかれないように祈っとくんだな」

北上「で、進路は?」

提督「お前ゲームとか興味あるっけ?」

北上「夕張達とやったりしてるよ、色々と。一人の時は読書優先なだけ」

提督「オーケーオーケー。ならまずは、ゲーセン行こう!」

北上「わお」

遊んだ。ひたすらに遊んだ。そりゃもうネジの二三本落っことしてきたんじゃないかってくらいに。

北上「私運転の才能ないのかな」

提督「レ、レーシングゲームで負けたくらいで運転の才能はわからんだろ」

北上「まさか曲がりたい方向に身体を傾けちゃうような奴が実在した上にそれが自分だとは…」

提督「免許取るつもりとかあったのか?」

北上「原付くらいは乗ってみたかった」

上司と部下とか提督と艦娘とか人とか船とか猫とか男女とか関係なく、気の合う友人との愉快な時間だった。

提督「死んだ…」orz

北上「情けないなあ。仮にも軍人でしょ」バババ

提督「俺は銃なんか訓練した事ねえっての。なんでお前はそんなに得意なんだよ」

北上「そりゃまあ実際に撃ってるしね」リロード

提督「え」

北上「え、あ、あれね、単装砲とかをね」バババ

提督「あーそゆこと。確かに大きさ的には銃と変わらないものな」

ゴメン、本物の銃握ってます。

北上「よしクリア。次のステージ行く?」

提督「もういいや、他のやろ」

北上「拗ねた…」

北上「リズムゲームって意味がわからない」

提督「でもクリア出来たじゃん」

北上「流れてくるアイコンに合わせて太鼓を叩くって意味なら別にそう難しくはないよ。でも曲にのってってのがサッパリ。多分無音でやっても私の得点は変わらないと思うよ」

提督「あーそういうことか。でもこればっかしは感覚的なもんだしなあ」

北上「だよねえ」

提督「うんうん」

北上「ところで提督」

提督「なんだ?」

北上「イージーでやったら?」

提督「ノーマルより下げたら負けかなって」

北上「クリアしてから言おうよそれは」

提督「これがプリクラ」

北上「お金を入れてくださいだって」

提督「お、始まった」

北上「なんか色々選べるね」

提督「おい時間制限あるぞこれ」

北上「短っ!初見殺しじゃん」

提督「とりあえずノーマルで」

北上「補正もいっぱいあるね」

提督「目の大きさってなんだよ」

北上「若さ補正まである」

提督「若さ、若さってなんだ」

北上「振り向かないことだよ」

提督「これでいいかな」

北上「うわ始まった」

提督「早くね!?早くね!?」

北上「ど、どーする?ポーズどうする?」

提督「なんかこう、かっこいいやつでいこう!」

北上「よし来た!」


パシャッ


提督「なんで2人してガイナ立ち」

北上「咄嗟に簡単に取れるかっこいいポーズ」

提督「まあそうだけど」

北上「次来た」

提督「やっぱ短ぇ!」

北上「次は?」

提督「今度は北上が指定してくれ」

北上「うわぶん投げたこの人」

提督「ほら時間ねぇぞ!」

北上「えぇえじゃ初代プリキュアで!」


パシャッ



北上「なんで咄嗟にポーズ取れるのよ」

提督「飲み会の罰ゲームでコスプレ付きでポーズさせられた話する?」

北上「kwsk」

提督「あれは大規模作戦後の夜だった…って次々!」

北上「ちくしょうちょっとは待てないのかねえ!」

提督「もっとこう2人だからこそできるポーズがいいな」

北上「プリキュアはそうじゃない?」

提督「それは忘れてくれ」

北上「はい次ー」

提督「え、えーと、知性と恍惚のポーズ!」


パシャッ


北上「ゼロいいよね」

提督「このポーズは見れないけどな」

北上「悲しいね」

提督「北上はどことなく栗栖っぽいな」

北上「胸か、胸の話をしているのか」

提督「違、わないけど」

北上「何さ提督なんてそんなに身長ないくせに」

提督「オカリンが高すぎる」

北上「次ラストじゃん」

提督「プリクラっぽい写真を1枚も撮れていない気がする」

北上「プリクラっぽいってなんだっぽい?」

提督「哲学っぽい」

北上「えーい時間ない」

提督「なんかプリクラっぽいので」

北上「じゃ、じゃあこういうの?」

提督「マジか」


パシャッ


提督「2人でハートマーク作るってもう時代遅れな気がする」

北上「正直同意」

提督「今のアベックは何が流行りなのかね」

北上「案外プリキュアとかナウいヤングにバカ受けかもよ」

提督「次はお絵描き。お絵描き?」

北上「撮った写真をコラ出来るらしい」

提督「コラって言うなコラって」

北上「うわ!提督目がデカい!」ブハッ

提督「キモっ!なんだこれ!」

北上「パツキンなのに目が!目がキラッキラしてる!プリキュアに違和感ない」ワハハ

提督「おりゃ」

北上「あー目線はズルいよ隠すなよ~」

提督「あれ、目線引いた方がなんかヤバい奴に見える」

北上「」プルプル

提督「お前さっきから笑いすぎだろ」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「出来たな」

北上「会心の出来だね」

提督「じゃあボッシュート」

北上「あぁ!なぜに!」

提督「バカめ!こんな醜態をタダで晒すと思うてか」

北上「むむ、ならばどうすれば」

提督「こいつよこいつ」

北上「コイン?」

提督「そそ」

北上「さっきコインゲームで惨敗して残ったのをどういうわけか思い出とか言ってポッケに入れたやつじゃん」

提督「そこは言わなくていい」

提督「というわけで今からこいつを投げて掴む。北上は俺の右手と左手、コインを握ってない方を選んだら価値だ」

北上「え?それって」

提督「ほっ!」

北上「提督もか…」

提督「え、何が?」

北上「あーそっか、提督が教えたんだから当たり前か」

多摩姉は確かそう言っていた。

提督「もしかしてバレてる?」

北上「両手出して」

提督「バレテーラ」

北上「あと写真も出せペテン師め」

提督「チクセウ」

北上「多摩姉ちゃんも同じ事やってたんだ。そっちは普通に見破ってやったけどね」

提督「さっすが、動体視力いいなお前は」

北上「まあね」

提督「俺のはどうだ?」

北上「バレバレ」

提督「マジかよ。親父直伝の技なのに…」

こんなせこい技で落ち込まれても。

北上「そういえば姉ちゃんは提督に教わったって言ってたよ」

提督「げっ、俺かよ。ん?俺か?」

北上「あれ?違うの?」

提督「あーいや、俺か。俺だな」

北上「お、おう」

歯切れが、そういえば多摩姉も歯切れが悪かったっけ。

提督「後は、UFOキャッチャーとかやるか?」

北上「景品ものはいいかなあ。置く場所に困るし」

提督「切実な」

北上「しかしあれだね。まるで男子高校生みたいな事しかしてないね」

提督「男子高校生とか知らねぇだろお前」

北上「アニメで見た」

提督「多分だけどそれは日常詐欺のやつだ」

北上「もっとこう普通の事したいね」

提督「普通って?」

北上「デートっぽいこととかさ」

提督「」

北上「女子高生の感じは昨日味わったんだ」

提督「」

北上「男子高校生のノリは、まあ今のでいいや」

提督「」

北上「後はカップル的な事を体験しておきたいなって、提督?」

提督「ゴメン。処理が追いついてない」

北上「はい?」

一体何をそんなに慌てて…

北上「提督」

提督「はい」

北上「デートしたことある?」

提督「ナィ」

北上「うぇー…」

考えてみたら提督である。おいそれと外に、まして部下とデートでなんて出来るはずもなし。

なし?いや今日みたいにできなくもないはずなのに?

北上「提督…」

提督「やめろぉ!そんな悲しい目で見るなぁ!」

北上「いや、うん。だからゲーセンだったんだね。結果的に楽しめたから、セーフセーフ」

提督「すげぇ的確に心を殺しに来てる」

北上「まあ私も他人の事言えないけどねぇ」

いや、他人の事というよりは人の事か。

提督「いいんだいいんだ…俺は好きで提督やってんだ…」

北上「おーよしよし」

ちょっと言いすぎたかな。

北上「よし!ならばこの北上様が一肌脱ごうじゃあないか」

提督「え?」

北上「やろうよデート」

提督「え゛!?」

北上「予行練習にさ。2人でちょっと大人になろうじゃないさ」

提督「やるっつったって、何する気だ?」

北上「んーとりあえず手を繋ぐとか」

提督「他には」

北上「んー」

提督「他には」

北上「んー」

提督「お互いダメじゃねぇか」

北上「なんかそれっぽい事すればいいっしょ」

提督「適当だな」

北上「堅苦しくやるもんじゃないしね」

提督「だな。よし!やるか」

北上はもう少し自分が美少女ということを自覚して

艦娘は基本全員美少女なので基準がおかしくなっている娘が多いと思うのです。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

【洋服店】

提督「やっぱオシャレだろ」

北上「私達にとって1番難易度高くない?」

提督「だからこそだろ。さぁ行くぞ」

北上「うわぁやだやだ。キラキラしてるよ、輝いてるよ。川の魚はね、綺麗すぎる水じゃ生きていけないんだよぉ」

提督「今のお前の格好なら浮かないって。大丈夫大丈夫」

北上「う~…というか提督なんで余裕なのさ」

提督「入るのは北上だしな」

北上「え、ここは男が選ぶものじゃない?」

提督「マジで?でも女物だぞ」

北上「だからどっちが似合う?みたいなのやるんじゃないの?」

提督「あーなるほど」

北上「でしょ?」

提督「いってらっしゃい」

北上「おいこら」

「あのー、何かお探しでしょうか?」

北提「「大丈夫デス!」」

北上「どれも如何にもお洋服って感じだね」

提督「あまりに見慣れないものばかりだな」

北上「えーっと、じゃこれとこれどっちがいいかな?」

提督「ん?ワンピース、でいいんだよな」

北上「多分」

提督「白のワンピースってなんかいいよね」

北上「じゃこっちか」

提督「このての黒のワンピースってあんまり見ることないよな」

北上「ワンピースっていったら白で夏と田舎と幼馴染と麦わら帽子だよね」

提督「その通りなんだけどそこまで分かられてるとなんかやだな」

提督「鎮守府にはワンピースいないもんなあ」

北上「みんなスカートかスパッツとかだもんね」

提督「基本短いし」

北上「濡れにくいし風通しいいから楽でいいけどね。四六時中あんな格好だと見られるのも慣れるし」

提督「俺も見慣れたわ。夏なんか酷いときゃシャツとパンツだけで過ごすやつもいるし」

北上「隠す意味もないからねえ。暑かったら露出度上げればいいやって思考になるわけよ」

提督「あの金剛が扇風機の前で下着オンリーであぐらかいてたの見たときゃ暑さって怖いなってなった」

北上「大丈夫だったのそれ?」

提督「太陽より真っ赤になってガラス窓突き破ってった。しばらく大変だったよ」

北上「でしょうね…」

北上「大井っちとかワンピース似合いそう」

提督「あー分かる」

北上「こういう長いのはみんな嫌がるみたいだけどね」

提督「なんで?」

北上「短いのになれてるからね」

提督「職業病みたいだな」

北上「神風とかならいけるかな」

提督「珍しく露出度低いものな。後は隼鷹とか」

北上「あの人はドレスとかのが良さそう」

提督「ところで北上って妙に神風好きなイメージあるけどなんでだ」

北上「んー、なんかこうあの子って見てるといじりたくなるというか、ムラっとこない?」

提督「俺ここで頷いたらアウトだよなこれ」

北上「秋、というかもう冬物も売ってるね」

提督「お前ら冬もあの姿だもんな」

北上「艤装付けてる時は寒さには強いからね。暑さが弱点だよ」

提督「部屋着とかは?」

北上「ドテラとか着て後はコタツに」

提督「コタツはまだ出さねぇぞ」

北上「ちぇー」

提督「鎮守府には冬服派とドテラ派がいる」

北上「そうなの?」

提督「空母とか和服よりなやつらはドテラが馴染むんだと。まあ海外艦のクセにドテラ愛好家なのもいるけど」

北上「ほほう。駆逐艦はかなり好みが別れそう」

提督「実際そうだな。後吹雪は冬でもあの服装だ」

北上「逞しいね秘書艦」

提督「さっむ!とか言いながらも鳥肌ひとつたてずに仕事すんのな」

北上「凄いね秘書艦」

北上「お、てーとく~見て見てー」

提督「なんかいいのあったか?」

北上「じゃん!」

提督「紫外線照射装置…クソTシャツってやつか。なんでよりによってそれ…」

北上「どうせ使うのは部屋着くらいなんだしこういうネタ的なのがいいっしょ」

提督「まあそりゃそうかもだが。いやそうなのか?」

北上「てーとくはこれね」

提督「なになに、クソT?なんてクソTにクソTって書いてあるんだよ…」

北上「まさにクソTシャツだね」

提督「それになんでこれが、あ!そういうことか、曙かよ」

北上「提督的にはクソ提督呼びってどうなの?」

提督「例えばクソ親父とかクソババアってどこか愛情を感じさせるところあるじゃん」

北上「ふむ、なるほどね」

提督「1番キツいのはおいとかお前とかでしか呼ばれなくなった時。時点でロリコン呼び」

北上「なんか生々しい意見だけど実体験?」

提督「北上に似合いそうなのはっと」

無視しやがった。

提督「これとかどうよ」

北上「台風?風関係は駆逐艦の特権じゃない?」

提督「そういや台風って艦はいないな」

北上「物騒だからね」

提督「そりゃそうか」

北上「で、台風の意味は?」

提督「ニュースでよくやってるだろ?台風北上とか」

北上「うん、うん?」

提督「漢字だよ漢字」

北上「あー北上か。あー、確かにそうだね。考えた事無かった」

提督「あれ見るたびに北上が浮かぶんだよな」

北上「自分の事って案外気づかないもんだねぇ」

提督「文字入りのTシャツは川内型がよく着てたな」

北上「夜戦って文字のを着てるのは知ってるけど、那珂とか神通もなの?」

提督「元々那珂ちゃんがサイン入りの服を作る!って服に試し書きしたのが発端らしくてな。それを川内が真似した」

北上「神通は?」

提督「2人に合わせて」

北上「あーうんそんな感じだろうね」

提督「でも楽しそうだったな」

北上「2人のこと大好きだもんね」

提督「後は金剛達とかか」

北上「提督LOVEって?」

提督「その通り」

北上「わかりやすい…で比叡さんがお姉様LOVEでしょ」

提督「榛名と霧島はなんだと思う?」

北上「榛名さんもお姉様LOVE、いや、と見せかけて提督LOVEとか?」

提督「なんで分かるんだよなんか怖ぇよ」

北上「あってるんだ…霧島さんは、霧島さんは?なんだろう」

提督「カタカナでヨタロウって書いてあった」

北上「何故に?」

提督「さぁ…?」

北上「お、これは阿武隈にでもあげようかな」

提督「熊注意か。クマってだけで阿武隈なのは安直じゃないか?」

北上「ほらほら、ここにdangerってあるでしょ」

提督「デンジャーは、危険ってことか」

北上「そ、熊危ないって事」

提督「あ、危熊か」

北上「Yes」

提督「言われなきゃ気づかないぞこれ」

北上「今んとこ3着か。神風はあの服気に入ってるから着てくれないだろうなあ」

提督「っておいさっきの2着も買う気かよ」

北上「せっかくだしいーじゃんか」

提督「結局こーゆーのになるわけね」

北上「身の丈にあったものを身につけるべきだと思うのだよ」

提督「大井とかには買わないのか?」

北上「球磨姉ちゃんも多摩姉ちゃんも制服派だし大井っちは自分でお洒落してたりするし、木曾は運動着とかだしね」

北上「提督は何か買わないの?」

提督「自分のセンスが羅針盤以上に信用出来ない」

北上「それはまたなかなかに…」

提督「んーさっきのワンピースとか?」

北上「え、提督着るの?」

提督「なんでだよ!北上へのプレゼントって事だよ」

北上「あー、ビックリした」

提督「普通そうなる流れだろ…」

北上「ちなみにどっちが似合うと思う?さっきは聞きそびれたけど」

提督「黒はなぁ。やっぱ白で」

北上「ほほーう。あでも私着るつもりないからいいよ」

提督「おい」

それに私は黒猫だしね。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「化粧品とかってどう?」

北上「絶ッ対に嫌」

提督「すげぇ拒否」

北上「まず口紅とか。唇に何か塗るってのがもうムリ」

提督「そんなに?」

北上「リップクリームとか好き?」

提督「嫌い」

北上「そういう事」

提督「なるほど」

北上「何が嬉しくって顔とか目とかになにか付けたり塗ったりするのかねぇ」

提督「何かが嬉しいからなんだろうな。でもそんなに嫌がるってことはやった事はあるのか」

北上「大井っちと、あと駆逐艦にやられた」

提督「どうだった?」

北上「顔を白っぽくして口紅塗ると呪いの日本人形になると分かった」

提督「日本人形…ブフッ」

北上「あ!笑った!笑ったな!」

提督「いや違う違う!いてて引っ張んなって」

北上「だぁーまだニヤついてるー」

提督「はは、お前日本人らしいっていうか、元がいいからな。変に着飾らなくていいってことだろ」

北上「…」

提督「…北上?」

北上「誤魔化せると思わないでよね」ジトー

提督「サーセン」

北上「化粧してる艦娘は結構いるんだって。程度に差はあるけど」

提督「そうだな。それこそ口紅とか俺でもわかるくらいのをしてる奴は多いと思う」

北上「服は何かあったら破けるけど化粧は緊急時でも邪魔になることはないからだって」

提督「改めて大変な仕事だな」

北上「提督がそれ言う?」

提督「俺だから言うのさ」

北上「さいで」

提督「ちなみに香水とかは?」

北上「臭いからいや」

提督「えぇ…」

北上「どうせ潮の香りの方が強いしね」

提督「じゃ化粧品はやめて他のとこに、北上?」

北上「…あの子」

提督「あの子?」

そこそこの人混みの中1人の幼い少女が立ちすくんでいた。

北上「さっきアイス食べた時にいた子だ。喧嘩してた」

提督「あーそういや声が響いてたな。そんなに気になるか?」

北上「だってほら、周りに誰もいないよ」

提督「え」

そう。周りに弟やあの母親らしき人物は見当たらない。

道の真ん中にいるあたり例えば店で買い物をする誰かを待っているとも考えにくい。

それにきっとあの肩の震えは先程の喧嘩が原因ではないだろう。

提督「行くか。北上はどうする?此処で待ってるか?」

北上「このご時世パツキンの男が幼女に話しかけたりしたら即事案だよ。私も行く」

提督「…それもそうだな。なんか悲しくなってきた」

北上「でどうすればいいの?」

提督「迷子センターとか連れてきゃいいんじゃないか?」

北上「ならそれで」

北上「やほーお嬢さん」

「!?誰?」

北上「普通の人間だよ。ただ君みたいなちっちゃなお嬢さんが1人でどうしたのかなって」

「…ママを探してるの」

提督「いや迷子なのは君n「そっかーママが迷子かーそうかそうかー」…」

「うん」

北上「じゃあさ、お店の人達にちょっと探すの手伝ってもらおうよ」

「お店の人に?」

北上「そそ、すぐ見つかるよきっと。だからほら、行こ?」

「…うん」

警戒されるだろうなぁと思いつつ出してみた手は思いのほかあっさりと小さな手に掴まれた。

提督「なんかお前が駆逐艦とかに好かれるのがわかった気がする」

北上「どーゆー意味それ」

「おじさんは誰?」

提督「おじさん!?」

北上「ぶっ!…だ、誰だと思う?」プルプル

「んー…お父さん?」

提督「oh…」

不思議そうな目で見てくる少女を前に私はしばらく腹を抱える羽目になった。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「へー、フラワーガーデンかぁ」

「うん。みんなでお花を見に来たの」

迷子センターなるものは一階にあるらしく、少女の手を引きながら下へ向かっていく。

提督「ここの屋上ってそんなに広かったのか」

北上「後で行ってみる?」

提督「それはありだな」

「すーっごくキレイだよ!」

北上「そりゃいいや」

「うん!」

北上「ところでさ、さっき弟くんとケンカしてたのを見ちゃったんだけどね」

「え」

提督「お、おい北上」

北上「仲直りできた?」

「…向こうが謝ってこないんだもん」

北上「そりゃそうか。謝ってくれなきゃ許すって言えないもんね。でもじゃあ謝ったら許すんだ」

「…わかんない」

北上「わかんない?」

「まだムカついてるもん私」

北上「ムカついてたらしょうがないね」

「うん」

北上「ねぇ、もしこのまま仲直りできなかったらどうなる?」

「…遊べなくなる」

北上「他には?」

「一緒にお話出来なくなる」

北上「他には?」

「たっちゃんとかみーちゃんに変に思われる」

北上「他には?」

「つまんない」

北上「そっかあ」

「そうだよ」

提督「…」

「あ!ママだ!」ダッ

提督「え?」

北上「アレかな?」

一階の迷子センターの窓口に小さな男の子を連れた女性がいた。

提督「先に着いてたのか」

北上「めでたしめでたしだねぇ」

提督「お前、なんであんなこと聞いてたんだ?」

北上「ん?」

提督「いやさ、なんつーかあやし方というか、子供と扱い慣れてるなって」

北上「別にそんなんじゃないよ。ただ本当に純粋に聞いてみたかっただけ」

提督「ご感想は?」

北上「人も艦娘もそう変わんないなーって」

家族だからとか姉妹だからとか、同族だからとか。そういうのじゃなくて、一緒にいたいから一緒にいられるように努力してるんだ。

「おじ、お兄さんは結局誰だったの?」

北上「ん?んー、上司かなぁ」

「じょうし?」

北上「そそ」

「ヤクザのボス?」

北上「それは知ってるんだ…」

迷子センターで母親に泣きながら感謝されて若干たじろいでいる提督を眺めながら少女と最後の会話を楽しむ。

北上「さて、そろそろさよならかな」

「えー一緒に帰ろうよー」

北上「帰る場所が違うんだよ。仕方ないさ」

「お姉ちゃんは何処に帰るの?」

北上「普通の世界にだよ」

「でもお姉ちゃん普通じゃないよ」

北上「え?」

「なんかね、キラキラしてる」

北上「キラキラ、ねえ」

一瞬焦った。子供は妙に鋭いというがまさか艦娘だとバレちゃいまいな。

北上「さて、それじゃ」

「行っちゃうの?」

北上「うん」

「…またね!」

北上「うん。さよなら」

サヨナラを言うのは三度目、いや二度目かな?

提督「いやぁ参ったぜ。俺なんか何もしてねぇのにあんなに感謝されて。悪い気はしないけどさ」

北上「…」

提督「もし名前とかそういうの聞かれたらどうしようかと焦ったけど大事になってなくてよかった。北上?」

北上「またねって言われた」

提督「?あの子に?」

北上「凄く寂しそうな顔してさ、それで願うようにまたねって」

提督「よっぽど気に入られたんだな。良かったじゃん」

北上「そうじゃなくてさ。別れたら会えないんだなって」

鎮守府にいると忘れてしまう。誰かと出会う事と別れる事を。

一度別れるとどんなに再開しようとしても中々出来ない事もあると私はよく知っているはずなのに。

北上「またね、か」

提督「寂しくなったか?」

北上「思い出したって感じかな」

提督「なんだそりゃ」

北上「ねえねえ。屋上行ってみようよ」

提督「フラワーガーデンか。でももう日は沈んでるんじゃないか?」

北上「秋だもんねぇ。まあ暗かったら諦めよう」

提督「だな」

北上「さあ行くよおじさん」

提督「まてこら」

所謂アニメ提督なのでアルペイベが羨ましい

そろそろ夏の一大イベントですが皆さん命を大切に

知らなかったそんなの
艦これを始めてからゲーム外の知識がやたらと増えていく

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「ほお、こりゃすげぇ」

北上「わーお」

屋上。

空は確かに暗くなっていたがガーデンは様々な照明で昼よりも明るいのではないかというくらいにライトアップされていた。

提督「すっげぇ電気代食いそう」

北上「うわー経営者目線ー」

提督「だって、なあ」

北上「なあって言われてもよ。とりあえず色々見て回ろう」

提督「これなんて花だ?」

北上「彼岸花だって」

提督「あー聞いたことはある」

北上「花言葉なんだと思う?」

提督「サッパリだよ。女ってなんで花言葉とかよく知ってるんだろうな」

北上「さあね。ちなみに花言葉は私も知らない」

提督「知らんのかい」

北上「言葉は花に込めるより相手に伝えるものでしょ」

提督「それだと 花がない だろ?」

北上「おー、提督にしては上手いこと言うね」

北上「あ、ベンチある」

提督「休んでくか」

北上「さんせー」ヨイショ

提督「流石に疲れたな」

北上「肩こったー」

提督「なんで肩」

北上「普段からねー魚雷が重いんだよ魚雷が」

提督「艦娘でも肩はこるのか」

北上「多分?」

提督「本人が疑問持ってどうするよ」

提督「今度マッサージでもしてやろうか?」

北上「おーいいねぇ。マッサージは好き、どんどんやって」

提督「好きって事は、普段は大井がやってるな」

北上「分かってるじゃん提督。もしやるなら大井っちを超えないと満足はできませんよぉ」

提督「ハードルたっけぇなおい」

北上「目標は高く」

提督「身の丈にあったものをってさっき言ってたろ」

北上「時には無茶しなきゃ」

提督「無茶と言い切ったなコノヤロウ」

北上「てへ」

北上「…」

提督「…」

北上「明るいね」

提督「大きい街だからな」

北上「陸にはこんなに人がいるんだね」

提督「これだけの人を守るのが俺たちの仕事なんだよ」

北上「提督はさ、どうして提督になったの?」

提督「んだよ急に」

北上「言い方は変かもだけど、提督元は一般人だったわけでしょ?」

提督「まあな。一応」

北上「なのに提督なんて立派なものになるなんて何があったのかなって」

提督「立派ねえ。そうご立派なもんじゃねえよ俺は」

北上「?」

提督「昔は人手不足だったから問答無用で戦地へ送られたらしいけど、今は戦局も安定してるからな。提督を育てる学校なんてのもあるらしい」

北上「へ~。それは知らなかった」

提督「お国を守る仕事だし、給料もいいってんで倍率は高いらしい。その分内容も難しいとか」

北上「人気なんだね」

提督「そして、入った奴の八割は辞めたり諦めたりだとさ」

北上「え、なんでさ」

提督「現実を知るからだよ」

北上「現実?」

提督「周りには初めて会う異性のみ。外界からは切り離されて缶詰。知り合いはおろか親兄弟にだって早々会えないし外部との連絡もおいそれと取れたりはしない」

北上「…改めて聞くと凄まじいね」

提督「金があったって使い道なんて限られるしな。ブラック企業のがなんぼかマシだ。人にもよるんだろうけど」

北上「それを良しとする少数が提督になってくわけか」

提督「そう。提督になる奴なんてどっか変なやつばっかだよ」

北上「提督もその選ばれた少数なの?」

提督「俺はコネで提督になった」

北上「うっわ、うっっわぁ」

提督「そこまで引くなよ」

北上「大暴落だよ。提督の株が急降下爆撃だよ」

提督「でもまあ、変なやつってのは同じだよ。俺もさ」

北上「提督が変なのは知ってる」

提督「さいで」

提督「お?これは、薔薇か」

北上「流石に薔薇の花言葉は分かる」

提督「愛だろ」

北上「そそ」

提督「…なあ、北上は好きな人っているか?」

北上「へ?なになにどうしたのさ急に」

提督「いやなんとなく」

北上「好きな人、ねえ」

飼い主、は少し違うかな。ご主人様だし。

大井っちや多摩姉ちゃん達は、やっぱり違うかな。

他にも神風や日向さん、吹雪に叢雲に…

北上「いまいちピンとくる人はいないなあ」

提督「そっか」

北上「提督はいるんでしょ」

提督「断定された」

北上「流れでわかるよ」

なんてのは嘘だけど。

提督「そりゃそうか」

北上「この景色を見て俺は人類を愛してるーだから守るんだーとかいう気なの?」

提督「そんな大層なやつに見えるか?」

北上「いや全然全くこれっぽっちも」

提督「デスヨネー」

北上「何が言いたいのさ」

提督「たださ、愛する者がいたとして、それが最優先にはなるかは別問題だと思うんだ」

北上「?まあそれはそうだと思うけど」

どういう意味だろうか。提督という立場上大井っちに現を抜かせないとかそういう話?

そんなわけないかこのずぼら人間が。

提督「帰るか」

北上「いいの?懐かしの人界をもっと楽しまなくて」

提督「長らく閉じこもってたせいですっかり人としての感覚を忘れちまってよ。さっさと愛しの鎮守府に戻りたいのさ」

北上「ただ引きこもりのくせに」

提督「警備員だからな。でも守るのは自宅じゃなくて海域だぜ」

北上「随分大幅にジョブチェンジしたね」

提督「ジョブチェンジってんなら北上だって」

北上「え」

提督「軽巡から雷巡って」

北上「あーそっちかあ」

提督「そっち以外にあるのか?」

北上「いやいや何でもない」

元々の職業は猫と言ったらどう反応するだろうか。

北上「あ」

提督「どした?」

北上「うーん、いやなんでもない」

どうして提督になったのか、というのをなんだか上手いことはぐらかされた気がする。

まあまた聞く機会もあるだろう。

興味本位でつっこんでいくところじゃないだろうし。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「…ッハ、ゴメン意識飛びかけた」

提督「別に寝ててもいいぞ?」

帰りのバス。意外にも座り心地のいい座席と程よい揺れに思わず寝てしまいそうになる。

北上「ならお言葉に甘えて」コテン

提督「甘えてるのは言葉だけじゃないだろ」

北上「まぁねえ」

提督の肩に。いや正確には身長差があるため方の少ししたによりかかる。

あー、もうこのままね 眠り姫になってしまいたい。

提督「大井はさ」

北上「うぇ?」

提督「大井は何か吹っ切れたみたいだったよ。てっきり北上がきっかけだと思ってたけど」

北上「私?」

私何かしたかな?

そう言えばあの夜の大井っちは確かに覚悟というか、吹っ切れた感じはあったような。

ダメだ意識が持たない。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

【鎮守府正面】

北上「あー着いたー」

提督「改めて鎮守府周りって暗いな」

北上「これから風呂も入らなきゃ」

提督「夜飯もくってねえや」

北上「明かりだいぶ消えてるねー」

提督「就寝時間だからな」

北上「明日も仕事だしねえ」

提督「大変だよなぁ」

北上「いや提督もだよ」

提督「大変だよなぁ…」

北上「頑張りなよそこは」

北上「あー私の部屋も明かり消えてる」

提督「あの部屋は、空母か。また飛龍達だな」

北上「常習犯なの?」

提督「瑞鶴と飛龍はしょっちゅうな」

北上「ふ~ん」

提督「そうだ、夜飯作ってやろうか?」

北上「え、提督作れるの?」

提督「意外と自炊できる系男子なんだぜ。出来るってのはあくまで食えるものが作れるって意味だから過度な期待はNGな」

北上「ほほう、モテ要素ですなあ」

提督「よせやい照れるぜ」

北上「秋刀魚食べたい」

提督「流石にさばくのは勘弁してくれ」

北上「ならメニューはシェフに任せるよ」

提督「あいよ。作ってる間に風呂入っとくか?」

北上「そーしますかね~。あり?提督っていつもいつお風呂入ってるの?」

提督「皆が入り終わったら」

北上「女世帯って大変だね」

提督「ホントにな」

北上「そうだ!」

提督「どした?」

北上「一緒に入ろう」

提督「あー」

北上「時間短縮になるしさ。お互い疲れたっしょ」

提督「せやなー」



提督「ちょっと待って」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

意外な事に私は服というものを着る行為にあまり違和感を感じなかった。猫なんて年がら年中素っ裸なのに。

やはり人としての意識が合わさったからなのか、それとも体毛の代わりとなっているからなのか、ともかく服を身に付けることに何か感じたことはなかった。

だけど逆に服を脱ぐことにも何も感じなかった。

つまり素っ裸に抵抗がないのである。

北上「これは利点なのだろうか」

提督「何が?」

北上「別にー」

背後から提督の声がする。

お風呂と呼ばれるここだが一般的には銭湯と言うべきだろう。

何せこの人数が暮らすのだ。家庭にあるような小さなお風呂では断じてない。

更衣室はあるしシャワーは沢山あるしお風呂もでかい。残念ながら露天風呂とか卓球台、マッサージ椅子はないが。

ちなみに牛乳とかを売る自動販売機はある。

その更衣室で私と提督は服を脱いでいた。

北上「ちなみに提督の右側の棚がさっき話したゴキ事件の場所ね」

提督「できれば今言わないで欲しかった」

北上「もう流石にいないでしょ」

提督「いや精神的にな」

お互い背中を向けての会話。まどろっこしいったらない。

北上「ふぅ」

絶対にタオルを巻くこと。それが提督からの条件だった。

別に私は気にしないと言ったのだけれど年頃の娘がそう易々と裸を見せるな云々と聞き入れてくれなかった。

親父か。

提督「準備できたか?」

北上「モチのロン。って別に準備ってほどの事じゃないでしょ」

提督「それはそうだけだあ゛あ゛っ!?」クルッ

こちらを向いた瞬間カエルを握りつぶしたような奇声を上げる提督。

北上「え、何その反応」

提督「何処がいいんだよ!!タオルを巻けタオルを!」

北上「巻いてるけど」

提督「腰じゃなくて!胸から!上も隠せ!」

北上「提督も腰じゃん」

提督「俺は男だろぉ!!」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「ふぃ~~」

提督「ふぅ……」

そこそこの広さの湯船も二人きりだとやたら大きく感じる。そんな大海原で二人並んで停泊する。

北上「なんでお風呂に浸かってるのにため息なのさ」

提督「お前のせいだお前の」

北上「別に隠すほどのものじゃないけどなあ。ほら谷間だってないし」

提督「だから見せるなっての。しかしこうして誰かと風呂に入るのも久々だな」

北上「昔は入ってたの?」

提督「ここに来たばっかの時はな」

北上「ほほう。吹雪とかと?」

提督「ああ。親交を深めるには裸の付き合いだーって言ってよ。勿論タオルは巻かせたけどな」

北上「なんで今はやらないのさ」

提督「むしろなんでやると思ってんだよ…」

北上「別にいいんじゃない?家族みたいなもんでしょ」

提督「どうも北上はそこら辺の意識がズレてるよな。それに一緒に入ろうものなら確実に息の根を止めてきそうな奴らが何人か思い当たるし」

北上「案外入ってみたら大人しいかもよ」

北上「ホントはこうやって髪の毛を湯船に付けるのってルール違反らしいよね」

提督「別に家の風呂にルールもクソもないだろ」

北上「じゃマナー違反かな。それで言ったらこうしてタオル巻くのもダメらしいね」

提督「それは知らなかった」

北上「だから取っていいかな?」

提督「なんで頑なに脱ごうとするんだよ」

北上「濡れた布がずっと肌に張り付いてるのって結構キモチワルイ」

提督「我慢してくれ。お互い様だし」

北上「お互い様?」

提督「気にするな」

北上「提督って意外と鍛えてる?」

提督「ん、そうか?」

北上「ちゃんと腹筋あるし」

提督「これくらいの腹筋なら割と誰でもあるんじゃないか?」

北上「提督以外の人間の裸なんて見ないからなあ」

提督「見てたら大問題だわ」

北上「それもそうだ」

提督「俺は、そうだな。朝大鳳たちとランニングしたり木曾達と剣道したりとフツーのリーマンよりは運動してるかもな」

北上「仕事はしてないくせにね」

提督「決まり文句にしないで」

北上「さてと」バシャ

提督「ん?」

北上「やっぱキモチワルイ。肌に張り付く。ぴったり張り付くまとわりつく」

提督「濡れた服みたいなものか。俺は嫌いじゃないけど」

北上「私の話をしてるんだよぉ。これだからスパッツとかも嫌いなんだ」

提督「肌に張り付くから?」

北上「そそ。履いてる娘は皆動きやすいとか言うけどそんなことないと思うんだ。ねえ?」

提督「俺に同意を求められてもなぁ」

北上「ほら、いこ」

提督「行くってどこに」

北上「体洗いに」

提督「なんで俺も?」

北上「背中洗えないじゃん」

提督「え?」

北上「え?」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「鎮守府の常識と自分の常識がズレてて怖い」

北上「常識ってほどじゃ、あーでもどうだろ。みんなやってたりするのかな」

提督「確かに姉妹の繋がりが濃いというのはあるけどな」

北上「いつもは私と大井っちが背中洗いっこして、木曾と多摩姉ちゃんが洗いっこして、最後に球磨姉ちゃんの髪をみんなで洗うんだ」

提督「背中洗えよ」

北上「球磨姉ちゃん凄いんだよ。シャンプーしてるとメデューサとか作れるんだもん」

提督「完全に遊びなのな」

北上「まあね。でもさ、自分で洗うより洗ってもらった方が綺麗になるじゃん?」

提督「それはその通りだな」

北上「後ね、洗ってもらってると暇になるから色々話せるんだ」

提督「ん?それはわからんな」

北上「お互いに自分を洗ってると忙しくて話しにくいけど、片方に集中すれば話しやすくなるの」

提督「それさっさと洗って湯船で話した方がいいんじゃ」

北上「もー分かってないなあ提督は。顔を合わせずそれでいて近くにいるからこそ話せるものもあるのだよ」

提督「ほー。やっぱみんな女の子なんだな」

北上「どゆこと?」

提督「男はそんなに話さないからさ。背中洗わせようものなら絶対イタズラとかに発展する」

北上「それって、経験談?」

提督「俺だって、昔は普通の学生だよ」

北上「んじゃま、とりあえずよろしく」ハイ

提督「はい?」

北上「まずは提督が洗ってよ」

提督「え、なにをaまてまてまて取るなタオルを取るな!」

北上「えー背中ならいーじゃん。おっぱいは前についてるんだよー」

提督「…それもそうか」

北上「そうそう」

提督「そっかーってなるかボケェ!」

北上「いっそがしい人だねぇ」

提督「じゃ、じゃあ行くぞ」

北上「そんなに身構えなくても…」

まるで湿布でも貼るかのようにそっとスポンジが私の背中に押し当てられる。

そのまま背骨に沿って静かに下まで行き、まるで蝉の抜け殻でも取るかのようにそうっと背中から離れるとまた同じ位置にいき

北上「ストァーップ!!」

提督「ハ、ハイ!」

北上「提督」

提督「な、ナンデショウカ」

北上「優しすぎ」

提督「え」

北上「ゆっくり過ぎ」

提督「はい」

北上「弱すぎ」

提督「はい」

提督「スマンなんか緊張した」ゴシゴシ

北上「私の身体はガラス細工じゃないんだから。むしろ提督より頑丈だしね」

提督「だって、こんなふうに触るの初めてだし…」ゴシ

北上「気にしすぎでしょ」

いくら私の背中を流すのが初めてと言っても基本的に人間と同じなのだ。そんなに身構えなくてもいいのに。

北上「大井っちなんかは結構肉付きいいんだよ」

提督「なんでここであいつが出てくんだよ」

北上「べっつにー」

提督「変なの」

北上「まあね」

提督「…」

北上「…」

提督「…」

北上「…」

提督「あれ?話さねーの?」

北上「あ、ごめん。いっつも大井っちが話してばっかだったからつい」

提督「あいつはよく喋るからなあ」

北上「せっかくだし提督が話してよ」

提督「俺が?そーだなぁ。今日楽しかった?」

北上「遠足帰りの子供に感想求める親かよ」

提督「ブッ、確かにそれっぽいな」

北上「でも、うん楽しかった。貴重な経験だったよ」

提督「北上はもっとダラーっと生きてるイメージだったけど、今日のお前はやたら積極的だよな」

北上「鎮守府に今更目新しいものもないしね。やっぱ外は未知に満ち満ちてるよ」

提督「経験か」

北上「そ、経験」

提督「興味本位で?」

北上「そう。だけど、それだけじゃないかな。目標というか、目的が無いわけじゃないし」

人間の事を知りたいと思う。飼い主の事も含めて。

提督「それは秘密か」

北上「乙女は秘密が多いらしいよ」

提督「確かに男は少ないかもな」

提督「艦娘なら戦乙女か」

北上「ワルキューレだっけ。北欧神話の」

提督「そこまでは知らねえな。流石に物知りだぜ読書家は」

北上「ゲームのせいなんだけどね」

提督「そっちかぁ」

北上「みんなソシャゲとかやってるから自然と耳にしてさ。提督はやらないの?」

提督「スマホより普通のゲーム機の方が」

北上「仕事しなよ」

提督「今のはあんまし関係な!くはないか…」

北上「よっしこうたーい」

提督「こんなんでいいのか?」

北上「ぶっちゃけたいして汚れてるわけでもないしね」

提督「そりゃな」

北上「じゃスポンジ貸して」クルッ

提督「だからこっちを向くな!」

北上「…おっきい」

提督「なんか卑猥に聞こえる」

北上「何がさ」

提督「ナンデモナイデス」

北上「変なの」

目の前には提督の背中がある。身長差はあるがこうして互いに座ってしまえばそんなに気にならない。

と思ってた。

いやはや一応とはいえ鍛えている男性の背中というのはこれが中々ごつい。普段から華奢な女体ばかり見ているせいで余計にそう感じるのかもしれない。

北上「ゴツゴツしてる」ゴシゴシ

提督「そりゃみんなそうだろ。骨とかあるし」

北上「そうだけど、そうじゃなくて。大井っちとか、みんなは抱き心地良さそうな感じで提督のは乗り心地が良さそう」

提督「分かるような、分からないような」

北上「お加減いかがでしょ」ゴシゴシ

提督「丁度いいよ」

一応男性だしと少し強めに洗ってみるが提督はそれでちょうど良さそうだ。

しかしこれが男性の身体か。私はあの大きく太い毛むくじゃらの腕しか飼い主の身体を覚えていない。

抱っことかはあまりしなかったのかな?

北上「…」

提督「終わりか?」

北上「…」ピトッ
提督「ヒウッ!?」

なんだその情けない声は。

身体を提督の身体に宛てがう。

抱きつくというよりはまさに背負われるような形だ。

体を前に倒しているのもあってか提督との体格差で私の顔は丁度心臓の裏辺りになった。

北上「おー心臓動いてる動いてる」

提督「イ、イキテルカラナッ」

北上「私の鼓動って聞こえる?」

提督「いえ全然全く!」

おかしいな。胸が薄いと鼓動が伝わりやすいとかいう話を夕張から聞いたのだが。まあ夕張だし。

北上「あり?鼓動がすっごい早くなってきた」

提督「風呂だから!血圧とか上がってなんか心臓が早くなんだよ!体も熱くなんだよ!」

北上「へえ」

人間ってそこまで温度変化に弱いのか。

北上「じゃ次は髪洗うね~」

提督「か、かみ?あー髪か。いや髪はいいよ。わざわざやってもらうほどじゃないし」

北上「なら私のをお願いしようかな」

提督「え」

北上「ほら交代交代」

提督「マジ?」

北上「マジマジ。卍」

提督「マジかぁ…」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・


提督「えーっと、ですね。まずどうやって洗いますのです?」

北上「ふつーに?」

提督「ふつーってなんだよ」

北上「逆に提督はいつもどうやってんの」

提督「てきとーにさーって」

北上「それで」

提督「いいの?それで」

北上「それ以外にあるの?」

提督「ないか」

北上「ないよ」

提督「おっしじゃあ行くぞー」

北上「おー。提督のお手並み拝イタタタ!ストップストップ!」

提督「あり?弱かった?」

北上「違う違う!強い!雑い!」

提督「そ、そうか?いつも通りさーっとやったんだが」

北上「え、なに?提督いつもこんなふうに髪の毛わしゃわしゃやってんの?」

提督「おう」

北上「わお」

提督「こんな感じ?」

北上「そうそう。髪の毛に指を通してすーっと」

提督「これ洗えてるのか?もっと髪の毛同士でゴシゴシした方が」

北上「それやると髪の毛痛むんだって。私達には関係ないかもだけどね」

提督「ほーなるほどね。ん?」

北上「あ」

どうやら髪に指が引っかかったらし
提督「えい」ブチッ
北上「ッタァア!」
提督「あ、ごめん」

北上「ゴメンじゃないでしょ!なんで今の力任せにぐいっと行ったの!」

提督「ひ、ひっかかってるから解こうかと」

北上「雑すぎる…」

いっつも大井っちにドヤされてるのはこういうところに原因があるのかもしれない。

提督「髪長いのってホントにめんどくさいのな」

北上「神風なんかもっと凄いよ」

提督「髪長すぎるやつ多いもんな」

北上「悲しい運命だね」

提督「北上も結構。腰まであるよなこれ」

私の髪の先に手を当てたのだろう、提督の手が腰に少し触れた。

提督「あ、すまん」

北上「いや別に謝らんでも」

そういえばどうも先程から提督は極力私の身体に触れないようにしているようだ。

この扱いというのはそれだけ私達艦娘を大切に思ってのことなのだろうか?

北上「私の背中ゴツゴツしてる?」

提督「してねーよ。髪であんまり見えないけど」

北上「真っ黒?」

提督「真っ黒。いい髪してるよ」

さっきの逆だと考えると提督からしたら私の背中はさぞ小さい事だろう。やたら繊細に扱ってしまうくらいに。

改めて考えると提督は今私の真後ろにいるんだよね。

提督が髪をすくたびになんだか自分が小さく、まるで人形のように感じられた。

大井っちの手と同じで、優しく、丁寧に私を撫でる提督の手に、なんだか嬉しくなって、妙にこそばゆくて、なんというのだろうかこういうのは。

提督「これってどれくらいやりゃいいんだ?」

北上「…」

提督「北上?」

北上「へ?あーなに?どしたの?」

提督「のぼせたか?なんか顔赤くないか?」

北上「そう?気のせいだよ気のせい。うん、もう大丈夫。流しちゃって」

提督「あいよー」ザバッ
北上「ブエッ!?」

桶に貯めていたらしいお湯が一気に頭上から降ってくる。

提督「よしオッケー」

北上「…」

オッケーじゃない。

多分今鏡を見たらずぶ濡れの幽霊みたいになってる事だろう。

提督「あとは身体洗ってさっさと上がるか」

北上「そだねー」

提督「あれ、スポンジどこいった」

北上「提督がザバッとやるからながれてったんでしょ」

提督「あホントだ」

北上「もぉー」

少し後ろに流されていたスポンジを取りに椅子から立ち上がる。

ずっと座ってたからかな、なんだかふらつく。

さっきからなんだか鼓動がうるさい。

少しだけ目眩がして

北上「あ」ツルッ
提督「え?」

やっと時間が取れたと思ったらメンテだこれ

腹いせにセクハラシーンを盛り込む

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「…」

目が覚めるとそこには見知らぬ天井が。

北上「ホントに体験できるとは」

提督「やっと起きたかドジっ子め」

横に目をやると回るタイプの椅子に逆向きに座る提督が見えた。

北上「提督?ここどこさ」

提督「俺の部屋」

北上「あー」

提督「うん」

北上「…なんで提督部屋?」

提督「はぁぁぁぁ……」

地獄の様に深いため息を吐かれた。

提督「マジで死んだかと思ったわ」

北上「あーそういやツルッと転んだっけ」

提督「丁度こっちに倒れてきたからキャッチはできたんだけどさ。そのまま気ぃ失ってるし」

北上「面目ない…」

提督「まあのぼせたんだろ。ちょっと迷ったけどとりあえずこっそり俺の部屋に運んだ」

北上「のぼせるってこういう事なんだね。いい経験だったよ」

提督「お前なぁ」

北上「ごめんごめん冗談だって」

提督「でも風呂につかってた訳でもないのにな」

北上「やっぱ外行ったりして体調が変な感じになってたのかなあ」

提督「さあね。まあ無事でよかった」

北上「ところでなんでこっそり提督の部屋に?」

提督「みんな大体寝てるからわざわざ起こすのもな。それに素っ裸のお前を抱えてる状況を誤解なく説明できる自信が無い」

北上「はは、確かに…あ、もしかしなくても私今」

上半身を起こす。どうやら提督のベットらしき物に寝ていた私の身体にはタオル一枚だけが巻かれていた。

提督「取るなよ…」

北上「取らない取らない」

提督「とりあえず北上も起きたし風呂場に置いてきた着替えとってくるよ」

北上「あー、私着替えないよ」

提督「は?着替えなしで風呂はいったのか?」

北上「タオル一枚巻いて部屋に戻りゃいいかなって」

提督「嘘だろおい…」

北上「今日来てたのも洗濯物んとこに放り込んじゃったし」

提督「あれか?船ってのは服を着るって意識が薄いのか?」

北上「それは案外冗談じゃないかもね」

北上「妙案がある」

提督「聞こう」

北上「とりあえず服を貸して」

提督「ここは俺の服しかないぞ」

北上「それでいいから」

提督「…まあタオルよりはいいか。ここはお前の妙案に期待しておこう」

北上「うんうん」

提督「俺は、とりあえず飯でも持ってくるか。食えるか?」

北上「ペコペコ」

提督「オーケー、部屋に持ってくるよ。仮にも病人みたいなもんなんだしあんまり変な事するなよ」

北上「メニューは?」

提督「お粥」

北上「完全に病人扱いだ!」

提督「冗談。適当にありもので作ってくる」

ガチャリと扉を閉めて部屋を出ていく。

まさか立ち入り禁止の提督の部屋にこんな理由で入る事になるとは、願ったり叶ったり。

北上「ん、でかいな」

提督から借りたシャツは私より二回りくらい大きかった。

しまった髪留めは更衣室に置きっぱなしだ。後でとってきてもらおうかな。

北上「まあそれはさておき」

部屋を見渡す。

立ち入り禁止と言うくらいだ。何か見られたらまずいものがあるに違いない。

ここで夕張とかならエロ本なんかを探すんだろうが私にそんな余裕はない。

探すのは提督、もしくは提督の前任者なんかの記録がないかだ。

北上「ここは、おー機能的だ」

ベットの下はそのまま衣装ケースになっているようだ。

横にある机にはPCと、

北上「それだけか」

書類とかなんもない。絶対この机使われてないぞ。

横には少し大きめのテレビといくつかのゲーム機材が散乱している。子供部屋といった感じだな。

他にはタンスと、本棚。

北上「ここしかなさそうだね」

天井にまで伸びる大きな本棚には私の好む本とは全く別のものが並んでいた。

北上「うへー読んでるだけで頭痛くなりそうだ」

航海術とか海や船に関する専門書。他にも歴史とか武器兵器とかとかとか。

ここだけはなんだか提督って感じの内容になっている。読まれているかは定かではないが。

北上「これも資料かな?」

タイトルのない太いファイルを取り出す。

そこには写真が並んでいた。つまりアルバムか。

最初にあったのはどこか居心地の悪そうな提督とニッコニコの吹雪のツーショット。

しばらく飛龍さんや日向さん、多摩姉達の写真が並ぶ。提督が着任してすぐの頃だろう。

そして徐々に艦娘が増えていく。

叢雲はここか。結構早いところで着任したらしい。

1冊目のアルバムが終わる。無意識に2冊目を手に取った。

写真に映る艦娘はどんどん増え、活気が増していく。

私の知らない色々な事がここであったのだろう。

北上「お、大井っちじゃん」

ブスっとした顔で提督と並んでいる。その顔が最初の写真の提督とそっくりな顔で、それが妙におかしかった。

3冊目。少し見覚えのある風景になっていく。どうやらここからは私の知っている鎮守府らしい。

しかしどうにも私の写真が少ない、

北上「というか大井っちのが多いな」

露骨すぎる。2冊目だとそうでもなかったのに。この時期から大井っちの事を気にしだしたのかな?

写真自体の数も増えてきて3冊目がすぐに終わってしまった。

さて4冊目。なんだか変わった形だなこれ。

北上「…?人間?なんだこれ」

1ページ目にあったのは沢山の人間の顔写真だった。男も女もいて、でも全員子供のようだ。思い出、というより記録といった感じの載せ方で、

北上「!」

慌てて表紙を見る。

なるほど。

北上「卒業アルバムか」

さっき言ってたな。俺も昔は学生だったとかなんとか。当たり前っちゃ当たり前だけど。

さぁて若かりし頃の提督はどーれかなっと。並びはどうやら五十音順みたいだ。苗字はMからだから後ろの方のはず。

1組にはいなくて、2組には…いた!うわ普通に黒髪だ。こっちのがカッコイイのに…

せっかくだし提督のご両親も探してみよう。どっか写ってるんじゃないかな。

遠足に運動会。これは、文化祭か。修学旅行も。凄い、本やアニメで見た通りだ。ホントにあるんだなぁこういうの。

こっちは合唱かな?提督はどこに
北上「!?」パタンッ


壁の向こうで扉の閉まる音がした。


つまり提督室に誰か入ってきたという事。そんなのもう提督に決まってる!

慌ててアルバムを元に戻してベットにダイブする。ちくしょうアルバムに気を取られて肝心なものを探せなかった!

ガチャリと再びドアが開く。

提督「ただいブホッ!?」

北上「え」

また変な声を上げてる…

腹ばいの姿勢から顔を後ろに向けてみる。

そこには入口でいくつかの料理を載せたお盆を持ったまま顔を背けて固まっている提督がいた。

北上「何してるのさ」

提督「こっちのセリフだおい。服はどうした服は」

北上「だから借りたんじゃん」

提督「それは俺が貸したヤツだろお!」

北上「え、うん」

提督「何、それ着て取りに行くとかじゃなくてもうそれで過ごすつもりなのこの娘」

北上「上は隠したからいいじゃん?」

提督「下が丸見えだボケェ!」

北上「あー…」

ワンピース気分で着ていたが確かに今の姿勢だと提督から丸見えだ。

北上「エッチ」

提督「露出狂め」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「ごちそうさまー」

提督「おそまつさん」

北上「いやはやまさかホントにお粥にするとはね」

提督「何も風邪の時に食べるだけがお粥じゃねえのさ。白だしとか入れて卵で包めばオムライスっぽくなるわけよ」

北上「他にはどんなの作れるの?」

提督「どんなのって、それなりに色々作れるけど。あーでもパスタとかは作ったことねえな」

北上「すごいね。私ゃ包丁すら握った事ないよ」

提督「両親が結構料理好きでな。教わってたのさ」

北上「提督の親かぁ。今どこにいるの?」

提督「遠いとこ」

北上「海外?」

提督「内緒」

北上「ケチー」

北上「それじゃ私はそろそろお暇しますかねー」

提督「おう帰れ帰れ。というかまず着替えろ」

北上「分かってるって、っと!?」ペタン

提督「お!おいおい、まだのぼせてんのかよ」

北上「なんか立ちくらみが」

提督「んー、よし。今日はここで寝てけ」

北上「え、いいの?」

提督「嫌ならいいけどよ。なんか体調悪そうだしさっさと寝た方がいいんじゃないか」

北上「えー提督の枕臭そう」

提督「知ってるか。下の話と髪の話と匂いの話は男のハートを著しく傷つける凶器なんだぞ」

北上「わお顔がガチだ」

北上「提督はどうするのさ」

提督「隣の部屋のソファーで寝るよ」

北上「あれ寝心地いいよね」

提督「昼寝とかならな。本格的に寝るとなるとどうだろうか」

北上「ちなみに提督の部屋で絶対に弄っちゃダメなとことかある?漁っとくから」

提督「あっても言うかそんなやつに。別にないしな」

北上「えー?いつもは立ち入り禁止だからエロ本でも隠してるのかと」

提督「どんな偏見だよ。どうせ夕張辺りの入れ知恵だろ」

北上「That's right」

北上「ダメな理由はなんなのさ」

提督「そりゃー、ほら、空母共が勝手に飲み会開いたりするし」

北上「あーよく執務室は乗っ取られてるよね」

提督「駆逐艦達がかくれんぼに使ってたりするし」

北上「前に提督の机の下に隠れてたよね。速攻で見つかってたけど」

提督「仕事中なのに躊躇なく足元入ってくるからな。この部屋開けたら確実にくるぜ」

北上「他には」

提督「ポーラの酒の隠し場所にされたりとか」

北上「え、そんな事してるの」

提督「前にあんまり使ってなかったダンボールの中に入れられててな。吹雪が見つけた」

北上「禁酒中の時か」

提督「ニッコニコで飲み干したと思ったら調理室から借りた酢を入れだしてビビったわ」

北上「想像にかたくない」

提督「さすがのポーラもアレで一週間は懲りてた」

北上「一週間かぁ。それで一週間かぁ…」

提督「まあうん、そんなわけだ」

北上「人気者は大変だね」

提督「笑って済ませらんねぇんだよ」

提督「じゃおやすみ」

北上「おやすー」


パタンと再び扉が閉まる。

ふらつくフリは思った以上に効果的だった。これで今晩はこの部屋を漁り放題だ。

しかし流石に今すぐじゃバレる。もう少し、提督が寝静まった後だ。

それまでこうして、

ベットに横になって

静かに

音を立てずに

寝て

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

「一緒にお風呂ですって!?」
「ちげえって!アイツから!アイツから誘ってきたの!!」
「犯罪者は大体そう言うんですよ」
「誰が犯罪者だゴルァ!」
「それで一体何をしたのよ!」
「し、してねぇ!何も!あいや、背中と髪を、洗った」
「洗った!?」
「それは別に悪くねぇだろ!アイツから言ってきたし!」
「それだけなの!?そこまでいってそれしか出来なかったのこのヘタレ!!」
「キレるのそこかよ!」
「いきなりお風呂プレイとは流石ですね司令官」
「プレイとか言うな!つかなんでお前ら仲良く俺を犯人扱いなんだよ!」
「共通の目的のために」
「共闘中です」
「は?」

北上「…うわぁ……」

ベット横のカーテンから光が差し込む。ここが北極付近でもない限りこれは間違いなく朝が来たという事だろう。

つまり、私はあの後ごく普通に寝てしまったという事になる。

最悪の気分とは裏腹にタップリと睡眠をとった私の体は実に心地よく目を覚ました。

身体を起こす。隣の執務室からはまた言い争いが聞こえる。

大井っちに提督、吹雪の声だ。

さてどうしよう。ここでノコノコ出ていくと巻き込まれそうだし。

そうだ!

北上「痛っ!?」バタン

ベットから転げ落ちる、フリをする。

すると案の定、

大井「北上さん!?北上さん大丈夫ですか!?」バタン

北上「あー大井っち~。おはよー」

大井「よかった無事、じゃない!北上さん!?シャツ!?シャツオンリー!?」

北上「これねー提督に借りて「提督!?どういう事!!!」」
提督「勘弁してくれー…」
吹雪「音をあげるのは早いですよ犯罪者」
提督「北上ぃ~助けてくれ~」

北上「うーん」

流石に今回は私の責任が大きいし、ちょっとフォローしとくかな。

球磨「北上ぃ!提督に襲われたって本当か!?」バタン
多摩「あの色欲魔はどこにゃあ!」

北上「うわぁ」

面倒くさい事になってるぞ。

大井「姉さんいい所に!」
球磨「ぬわあぁぁ北上があられもない姿に!」
多摩「避難にゃ!とりあえず避難するにゃ!」
提督「おいお前ら一体誰からそんな情報を!?」
球多「「大井(にゃ」」
提督「てめぇ!」

木曾「スマン、抑えられなかった」コソ

北上「いいよ、ありゃどうしようもない」

球磨「北上!早く着替えに帰るぞ!」
多摩「にゃ!」
北上「あーはいはい引っ張らない引っ張らない」

提督「ちょ、待って北上俺まだ」
北上「後は頑張ってね~」
提督「ちょっとぉおぉ!?」

面倒なので逃げる事にした。

北上「いやね、違うんだよホントは」

球磨「分かってるクマ。どうせ提督の優柔不断が原因クマ」

多摩「でもそこが提督の悪いところにゃ。少しは反省してもらうにゃ」

木曾「ありゃこってり絞られるだろうな」

北上「でも意外だね。吹雪と大井っちのコンビなんて」

球磨「確かに珍しい組み合わせクマ」

多摩「提督に対する厳しさ的に馬は会いそうにゃ」

北上「確かに」

阿武隈「あ、おはようごさいうわ!なんですかその格好」

北上「おはよー」
多摩「にゃー」
球磨「クマー」
木曾「おはよう」

阿武隈「流さないでください!なんだか提督室が騒がしいのもそれですか?」

北上「阿武隈はこれから出撃?」
球磨「今日は忙しくなるクマよー」
多摩「待ちに待った決戦の時にゃ」
木曾「決戦って」

阿武隈「だーかーらー!!」

かん高い声でまくし立てる阿武隈をあしらいながらいつもの廊下を歩く。

騒がしいながらもまた、日常が始まる。

北上「いい夢見れたなー」

多摩「そんなに良く眠れたのかにゃ?」

北上「そうじゃないけど、まあそんな感じかな」

良い夢を見れた。

私にはやる事がある。行くところがきっとある。

でもこうして、ここにずっといたいと思えるような、そんな1日だった。

艦これ二期 まさか本当に来るとは

解像度の向上で印象が変わる娘が実に多いですね。
妄想が止まりません。
個人的に1番印象が変わったのは葛城です。

64匹目:泥棒猫



お魚くわえたドラ猫、なんて言うけれどしかし野生の猫に店頭に並ぶ魚を餌以外に認識しろという方が無茶である。

なんてのも中々無茶な屁理屈だが。

ところでドラ猫というのは悪い猫という意味だとか。私はてっきり泥棒猫の略だと、いやそれが訛ってドラ猫になったかもしれないのか。

そこへ行くと今の私達は、

間違いなく泥棒猫だ。

多摩「盗み食いをするにゃ」

北上「だから気に入った」

ぐらいの軽い気持ちで私達は食堂へやってきた。

北上「でもなんで急に?盗み食いなんてキャラじゃないでしょ」

多摩「この時期だけは特別なんだにゃ」

北上「この時期とは」

多摩「秋刀魚にゃ」

北上「あー秋刀魚か」

秋刀魚。秋刀魚ねぇ。

気軽に漁に船を出せない以上魚はそこそこ貴重な食材となってる。

そんななか秋刀魚は群れで大量に押し寄せるためなんとしてもこの時期に大量に確保しておきたいとか。

どんだけ魚好きなんだこの国は。命懸けぞ。

無論私達艦娘を護衛につけての一大イベントとなる。

とはいえ命懸けなんてのは建前である程度海域を取り戻した現在では護衛の私達も正直暇である。

そこで何を思ったかどこかの鎮守府が「じゃあ自分達でも秋刀魚漁するか」と言い出しあろう事か見事に一定の成果をだした。

さらに上は艦娘へのご機嫌取りなのか漁の邪魔にならなければ釣った分は貰っていいとか言い出したものだから大変だ。

食の大戦争の幕開けである。

多摩「さっき第一陣が秋刀魚を釣り上げて持って帰ったという話にゃ」

北上「おー」

私が提督んとこで寝てる間に開戦していたようだ。そういえば前から色々準備はしていたっけ。

多摩「今年最初の1匹にゃ」

北上「記念すべき1匹だね。秋刀魚からしたら哀れな生贄第一号だけど」

多摩「そいつを頂くにゃ」

北上「生で?」

多摩「猫じゃないにゃ。流石に調理後を狙うにゃ」

まあ多分艦娘なら生でも問題はないと思うけど、美味しくはなさそうだ。

多摩「基本的に秋刀魚は焼かれた後ここ食堂に運ばれてくるにゃ」

北上「あーあの七厘か」

多摩「調理場の裏で間宮さん達が焼いてるにゃ。その後この食堂で護衛任務に付いたものから順に振る舞われるのにゃ」

北上「自分達で取ったものを自分達で食べれる。いい仕組みだね」

多摩「んなもん待ってられるかにゃ。今すぐ頂いちまうにゃ」

北上「うわーなんか理由聞いたら協力する気なくなってきた」

多摩「な!北上だって食べたいはずにゃ!」

北上「そりゃ食べたいは食べたいけど、別にそこまでじゃないし」

多摩「頼むにゃ!一生のお願いにゃ!」

絶対これ毎年言ってくるよね。

食堂は大人数が利用する。カウンター形式でお盆を持って列に並び料理を注文してといった感じ。

社員食堂とかがこんな感じだと聞いた。そして厨房と食堂の出入り口はカウンターの端の一箇所だ。

多摩姉とそこに1番近い席に向かい合わせで座り厨房を見張る。

北上「慌ただしいね」

鳳翔さんが右に左に行ったり来たりしている。

多摩「年に一度の大騒ぎだからにゃ」

何かを探しているらしい。あ、どうやら見つけたようだ。

北上「鳳翔さんいるから忍び込むのは厳しくない?」

上の棚にあるらしいお皿を取ろうと鳳翔さんが必死に背伸びをする。

片脚立ちで手を伸ばしたりグッと手を伸ばす度にポニーテールが揺れる。

多摩「だからこそ待つのにゃ。チャンスを、じっと」

全然届きそうもない。諦めて台か何かを探し始めたようだ。

北上「そのチャンス来た事あるの?」

どうやら台は見つかったらしい。得意顔で台を設置して再チャレンジする。

多摩「一度もないにゃ…」

グッと手を伸ばす、が、届かない。中々に頼りない大きさの台のようだ。

北上「なのに毎年チャレンジしてるの?」

二、三度手を伸ばすが諦めたのかダラりと手を下ろした。こちらからは背中しか見えないがその表情は想像に難くない。

多摩「諦めたら終わりにゃ」

おや、今度は間宮さんが奥から出てきた。しばらく鳳翔さんを見つめると状況を察したのか若干放心状態の鳳翔さんと位置を交代する。

北上「そこは諦めなよ」

あっさりと降ろされた皿に鳳翔さんの顔が綻ぶ。見張りとかじゃなくて鳳翔さんを眺めてるだけで幸せ指数が上がるなこれ。

多摩「今年は北上の協力があるにゃ。色々工夫ができるにゃ」

奥から伊良子さんも出てきた。三人が並んで何やら楽しそうに話している。

北上「別に手伝うとは言ってないけどねぇ」

こうして並ぶと鳳翔さんほんとにちっこいな。それに私よりも細いんじゃないかと思うくらいに華奢だ。

多摩「貸一つにゃ」

それでもたまに艤装を付けてる姿はあのスラリと長い脚と引き締まった表情から妙な気迫が感じられるのだから不思議だ。

北上「よかろう」

成功しても失敗しても貸一つだ。適当に手伝っておこう。

多摩「まずカウンターに鳳翔さんがいるにゃ。そして奥の厨房には恐らく間宮さん。外の七輪に伊良子ちゃんにゃ」

北上「それぞれに一人か」

というか伊良子さんだけちゃんなんだ。なぜに。

多摩「伊良子ちゃんは恐らく何人かと外で魚を焼いてるはずにゃ。さっき見た時は阿賀野と雷電、蒼龍とかがいたにゃ」

北上「外なら大丈夫だね」

多摩「問題は鳳翔さんと間宮さんの二人だにゃ。とくに厨房の間宮さんはここからじゃ見えないから動きが読めないにゃ」

北上「秋刀魚は厨房に運ばれるの?」

多摩「一旦厨房に入ってお皿に盛り付けられてからすぐ出せるようにカウンターに並ぶにゃ。狙うなら厨房にゃ」

北上「入ったらすぐバレちゃんじゃないのさ」

多摩「意外と広いから隠れられるにゃ」

北上「さいですか」

多摩「第一の問題は鳳翔さんと食堂の皆にゃ」

北上「皆、ねえ」

食堂全体を見渡す。

昼前という事で人は少ないが消して無視できる人数ではない。

奥の方で遅めの朝食か早めの昼食を食べている妙高さんと那智さん。

その二つ横のテーブルで何か作業をしている瑞鳳さんと清霜と江風。

中央付近で恐らくスマホゲームで遊んでいるであろう飛龍さん瑞鶴さん川内赤城さん。

赤城さん?マジか…意外な。

それに今しがた自販機でなんの躊躇もなく買った缶コーヒーを片手に比叡さんと並んで歩く金剛さん。

少ないが、多い。特にこれからは時間が経つにつれ増えていくだろう。

北上「となるとまずは鳳翔さんを何とかしなきゃだね」

多摩「入口は左端のここ一箇所だけにゃ。鳳翔さんを右端に寄せつつ周りのみんなの注意をどこかに引く必要もあるにゃ」

北上「…無理なのでは?」

多摩「北上が暴れるとかすればなんとか」

北上「貧乏くじってレベルじゃないでしょそれ。でも確かに騒ぎを起こすのが現実的、なのかな?」

多摩「料理を零すとかならどうにゃ」

北上「食べ物を粗末にするのはなしの方向で」

多摩「出来のいい妹が今は怨めしいにゃ」

北上「理不尽だ」

改めて辺りを見渡す。

北上「あのテレビでなんか流すとか?」

カウンターの反対側に大きなモニターがある。

今は誰も見ていないが夜なんかは見たい番組がある人達で取り合いになったりもする。

多摩「流すって、今は大したもんってないにゃ」

北上「夕張に頼めばいいじゃん」

多摩「なんで夕張が出てくるにゃ」

北上「機械だったらとりあえず夕張に頼めばなんとかなるでしょ」

多摩「そんな安易にゃ…」

夕張:できるできる。何すればいい?最近のオススメアニメとか流す?

北上「おー流石夕張」

多摩「何故できるにゃ…」

スマホの画面に表示された夕張からの返信に多摩姉が呆れる。

北上「何流せば皆の気を引けるかな」

多摩「一瞬じゃダメにゃ。CMくらいの長さは注意を逸らしていたいにゃ」

北上「じゃこれだ。これ流そう」

多摩「何かあるのかにゃ?」

北上「多摩姉の猫の仕草練習動画」

多摩「にゃ!?いつの間に!」

北上「撮ったのは球磨姉だけどね」

多摩「あんにゃろぉ」

殺気がすごい。

夕張:ならこれはどう?

北上「なんかきたよ」

多摩「なんの動画にゃ?」

北上「えっと、な、ん、の、ど、う、か、あれ?が、どうが…ハテナってどこだ」

多摩「打つの遅すぎにゃ…」

北上「約50もある平仮名をたった10のパネルで打つって無茶だと思うの」

多摩「それは、慣れにゃ」

北上「慣れかぁ」

夕張:じゃ今から流すね

北上「見せてくれるって」

多摩「時間かかりそうだにゃ」

北上「そうなの?」

多摩「動画を送るのは時間かかるものなんだにゃ」

北上「あー今送ってるのか」

多摩「読み込み中ってなってないかにゃ?」

北上「んーいや特になにも」

多摩「それは変だにゃ。ちょっと見せるにゃ」

北上「やだ多摩姉のエッチ」

多摩「うっせーにゃどうせろくにスマホで会話なんてしてないくせに」

北上「まあね」

多摩「…ホントだにゃ」

北上「だしょ?」

多摩「というか流すってなんにゃ」

北上「見せるってことでしょ」

多摩「なら送るって言うはずにゃ」

北上「言われてみれば」

多摩「…北上」

北上「うん。なんか嫌な予感がするね」

直後残念ながら期待を裏切らずにテレビの電源が入り映像が流れ始めた。

そこそこ静かだっただけに急に流れ始めたそれに皆が注目することになる。

そこには昨日見たばかりの提督の部屋と、ほぼ全裸の提督とシャツと下着姿の夕張が映っていた。

どうにも酔っているらしいテンションで何やら騒いでいる。スマホで撮っているのか妙に画面も揺れている。

多摩「」

多摩姉の顔には絶句って書いてある。

辺りを見渡してみる。

文字では表せない奇声を上げながら缶コーヒーを握りつぶす金剛さん、とそれを宥める比叡さん。

清霜江風を両手で目隠ししつつ画面を凝視する瑞鳳さん。

冷静に食事を続ける妙高さんとチラチラと目をやる那智さん。

意外にもそれ程慌てずテレビとそれに対する周りの反応をスマホで面白そうに撮る飛龍さんと顔を真っ赤にして騒ぎ立てる瑞鶴さん。

依然ゲームに没頭している川内と赤城さん。

北上「カオスだ」

夕張は間違いなく吹雪あたりに制裁を食らうであろうことを考えてはいないのだろうか。

多摩「はっ!これはチャンスにゃ!」バッ

北上「あっ、ちょっ待って待って」

振り返るとカウンターに何故か鳳翔さんがいなかった。

流れるようにカウンター横を潜り抜ける多摩に慌ててついていく。

後ろの騒ぎは、とりあえず考えないことにしよう。

しかしカウンターにいないということは鳳翔さんも厨房にいる可能性が高い。

厨房がどういう構造かは知らないけど間宮さんと鳳翔さんの二人の目を盗み秋刀魚をいただくというのはなかなか難易度が高いんじゃ…

ダンボールを持ってくるべきだったか。

北上「多摩姉ぇー」ヒソヒソ

多摩「静かにするにゃ。ここからが勝負にゃ」ヒソヒソ

ダメだこりゃ。なるようになれ。

低い姿勢のままそろりと厨房に入る。

間宮「んーいい焼け具合。伊良湖ちゃんまた腕を上げたわね」

鳳翔「もっと沢山捕れれば皆にお出しできるんですけれどねぇ」

間宮「それはしょうがないわ。これでも年々量は増えてきているわけだし」

伊良湖「伊良湖、戻りましたー」

間宮「お帰りー。どう?外は」

伊良湖「今は霧島さん達が火を見ていてくれてます」

鳳翔「なら大丈夫そうですね」

間宮「それでは毎年恒例のいっちゃいましょうか」

「「「いただきます」」」

伊良湖「ん~おいしい!」

鳳翔「油がよくのっていますね~」

間宮「こうなると大根おろしも欲しくなりますね」

伊良湖「醤油さして」

鳳翔「ホカホカのご飯」

間宮「…大根おろしくらいなら」

伊良湖「ホントに我慢できます?」

鳳翔「私はちょっと自信ないですね」

間宮「まあ流石に二匹目まで食べるわけにはー…あ」チラ

あ、目が合った。

間宮さんが気まずそうな表情で硬直する。

伊良湖「もう少しでほかも焼ける頃合ですかね」

鳳翔「私もお手伝いしましょうか?」

伊良湖「いえいえ。既に何人か手伝ってくれてますし、鳳翔さんは盛り付けとかで忙しくなりますから」

鳳翔「今のうちに食べておかないとですね」

伊良湖「その通りです。ねぇ間宮さん。間宮さん?まみ…あー」チラ

今度は伊良湖さん。何とも言えない表情で凍る。

鳳翔「魚の目って食べると目が良くなると言いますけど、私この部分苦手なんですよねぇ。お二人共?さっきから何を」チラ

そして最後に鳳翔さん。

調理場の台の横からまさに猫のように首だけ覗かせている私達二人。

状況を理解できないのかしばらくこちらをじっと見つめた後、

サッと一瞬だけ青ざめて、

徐々に顔を赤くし、

鳳翔「ち、チガウンデス」サッ

両手で顔を隠しながらそう言った。

可愛い。

伊良湖「鳳翔さん…」

間宮「可愛い」

多摩「秋刀魚寄越すにゃ」



その後口止め料として皆で秋刀魚を頂いた。

これはもうダメなのでは、と思い別の話を書いていたらいつの間にか復活していました。
ネットの繋がりって案外脆いものですね。

またダラダラと、でもいつ同じ事が起こるかわからないのでしっかりとゴールに向かっていきますので何卒お付き合いお願い致します。

北上「と、以上が事の顛末になります」

吹雪「はぁぁぁぁぁ…」

うわすっごい深い溜息。

北上「秋刀魚は残さず食べたので」

吹雪「それはどうでもいいです。つまみ食いに関しても、まあ鳳翔さん達が食堂の責任者ですし私がどうこう言う気はないです。問題なのは映像だけです」

食堂の騒ぎを聞き付け即鎮圧。現場にいた者一人一人に事情聴取と口止めをして夕張をとっちめた後きっかけである私の元に聞きに来る。

ここまで1時間強。刑事とか向いてるんじゃないかなこの子。

北上「そんなにまずかった?ギリギリモザイクの入らない内容だったと思うけど」

吹雪「そこも別に問題じゃないんですよ。駆逐艦にだってモザイクじゃ済まないような内容のもの見てる子だっていますし」

北上「え」

吹雪「問題なのは司令官の部屋で遊んでるっていう事実です」

北上「提督同伴なら別にあの部屋入ってもいいんでしょ?」

吹雪「一応そうなってはいますけど基本的には司令官も誰かを入れたりしませんよ。それこそ夕張さんや明石さんくらいしか」

北上「何故あの二人」

吹雪「気兼ねなく遊べるからでしょうね。あの映像も飲みながら罰ゲームありでゲームやってた時見たいですし」

北上「提督お酒強くないのにねえ」

つまり撮影者は明石だったわけか。

吹雪「そのクセお酒は好きなんですよね。ちなみにゲームも弱いらしいです。でも好きだとか」

北上「じゃ何が問題なのさ」

吹雪「あんなのみたら皆司令官の部屋に行きたがるじゃないですか」

北上「あーそっちかあ」

吹雪「大変でしたよ…金剛さんなんか私が行った時には既に比叡さんと司令官の部屋に乗り込む算段立ててましたから」

北上「今は大丈夫なの?」

吹雪「零したコーヒー拭いてるはずです」

北上「あーね」

吹雪「飛龍さんなんか撮った動画で逆に私を脅してきましたからね」

北上「あの人そんなことすんの」

吹雪「加賀さんのお酒盗み飲みしてる事を引き合いに出したら消してくれました」

北上「あの人そんな、事しそうだね確かに」

北上「でもそうなると私もダメなんじゃない?昨日提督の部屋で寝てたし」

吹雪「公にはダメです。でもOKです。北上さんは」

サラッと矛盾した事を言われた。

北上「どういうことよそれ」

吹雪「だから個人的にですよ、個人的。前にも言ったじゃないですか、貴方には期待してるって」

北上「そうやってそれっぽい感じで内容ぼかすの、私はあんまり好きじゃないよ」

吹雪「そうですか?私は好きなんですよ」

しれっといいやがる。秘書艦殿にゃ口では勝てなさそうだ。

吹雪「司令官はどうでした?」

北上「?」

吹雪「司令官の様子ですよ」

北上「昨日の?」

吹雪「ええ」

北上「どうって言われてもねえ。いつも通り?」

吹雪「ホントに?」

北上「いや、なんかぎこちなかったかも」

吹雪「ヘタレですからねえ」

北上「手を出さなかったって話?そりゃいくら提督でもそんな事はしないでしょ」

思えば二人で出かけた時点で浮気みたいなものじゃないかこれ。

吹雪「見境なかったら流石にダメですけどね」

北上「一体どうしたのさ。今朝も大井っちと二人し提督に詰め寄ったりしてたし」

吹雪「大したことじゃないですよ。ただこれからも司令官の事、よろしくお願いしますね」

北上「はぁ…」

もっとこうスバっと物申してくれる人はいないのだろうか。

吹雪「じゃ私はまだ多摩さんの始末が残ってるんでここら辺で」

北上「ナチュラルに始末とか言わないで」

吹雪「痛くはしないので」

それが一番怖い子なんだよなあ。

北上「でさ」

吹雪「まだ何か?」

北上「提督の部屋にそんなに入られると困る理由って何」

吹雪「秘密です」

短く答えて颯爽と去っていく秘書艦。

これ以上は何も言ってくれなさそうだ。

大井「あ!北上さん!!」

北上「およ?大井っちー、提督は生きてる?」

大井「命はあります」

北上「さいで」

こってり絞られたらしい。後で謝りに行こう。

大井「で!ホントに大丈夫なんですよね!?」クワッ

北上「おお?何がさ」

大井「提督に襲われたり犯されたり処女奪われたりしてないんですよね!!」

北上「」

あーいたわ。ズバッと物申してくる人。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

【図書室】

北上「ここもなんだか久々だなぁ」

大井「なるほど、ここなら誰にも邪魔されませんね」

意味深に聞こえるけど単に話を聞かれたくないだけである。

北上「神風はいるかもと思ったけど」

大井「今の時期駆逐艦は秋刀魚漁で大忙しですからね」

北上「そっか、護衛に引っ張りだこか」

大井「私達は暇ですね」

北上「幸せだねえ」

大井「そうですねえ」

座椅子を並べて二人で座る。

日中の陽の光が閉じ込められたこの部屋は包み込むような温かさがある。

大井「北上さんはどうでした?」

北上「私?」

大井「北上さんは昨日どうでした?」

北上「昨日ねえ」

それは少し意外だった。

吹雪は「司令官はどうでした?」で
大井っちは「北上さんはどうしでた?」か。

同じようで、二人はちょっと違う目的があるようだった。

てっきり大井っちも提督の様子を聞いて浮気チェックするものかと。

北上「楽しかったよ」

大井「無難な回答ですね」

北上「波風立てるのは嫌いなのさ」

大井「船なのに?」

北上「船なら波も風も拾うものでしょ」

大井「それもそうですね」

提督といるのは楽しい。

楽しい、というよりは落ち着く?かな。

何せ鎮守府で唯一の人間だ。本能的にそう思うとかもしれない。

って猫が決して本能的に人に懐くわけじゃないのだが、でもそれだけ長い間人と猫は共に生きているのかもしれない。

大井「何かこう、普段と違った感覚はありませんでしたか?」

北上「普段と違った、ねえ。あーそういえば」

背中を洗ってもらってる時に、何かあった気がする。

大井「あったんですか!」

北上「いやでものぼせてたんだっけな」

大井「お風呂に入ってた時ですか、一緒に」

北上「いやあ気のせい気のせい」

大井っちの前であまり提督との話をするべきじゃない気がする。今更だけど。

そういえばのぼせたなんて経験も初めてだったなあ。

大井「…」ジーッ

北上「…なに、その慈愛に充ちた優しい眼差しは」

大井「いえ、でも北上さんはもっと自分の思ったようにするべきだと思いますよ」

北上「割とそうしてるつもりだけど」

大井「私はいつでも北上さんの味方ですからね!」

北上「いつでも?どんな時でも?本当に?」

大井「あー、基本的には、です」

北上「あはは、そりゃそうだ」

これで私が提督の事好きなんだとか言ったら流石に味方してはくれないだろう。

別に私は二人の間に入る気は無い。二人のそばに居られればいい。

大井「あ、秋刀魚は美味しかったですか?」

北上「げっ!何で知ってるのさ」

大井「フフ、秘密です」

北上「くわばらくわばら。秋刀魚はそりゃもう言うまでもなくだね」

大井「なら私達も釣りに行かなきゃですね」

北上「出番あるかなぁ」

大井「なければ作るんです!」

北上「どうやっ、あー提督か」

大井「さっ、提督室に行きましょう!」

北上「あんまり怒んないであげてね。昨日のは私も悪いんだから」

大井「分かってますって」

分かってて怒ってたのか。

北上「でも、眠くなってきた」コテン

大井っちの肩に寄りかかる。

大井「暖かいですからね、ここ」

大井っちは、特にこれといった反応はない。

肩に頬を乗せ、耳元に頭を擦り寄せてみる。

北上「大井っちはちっちゃいなあ」

大井「私が?北上さんと同じくらいだと思いますけど」

北上「まあね」

提督のことを思い出していた。提督は寄りかかっても肩の上には届かなかった。

それに比べれば私も大井っちも随分小さく思える。

そういや猫だった時はもっと小さかったんだよなぁ。

大井「私、北上さんとずっと一緒にいたいです」

北上「私もだよ~」

大井「相思相愛ですね!」

北上「そうだねー」

大北「「ふあぁ…ぁ」」

二人して大欠伸をする。

北上「眠くなるよね」

大井「ええ、本当に」

北上「少し寝ていこっか」

大井「はい」

この後部屋の温かさが消えるまで寝ていたため私達は見事に夕食をすっぽかし、大井っちは初の秋刀魚を食べ損ねてしまうことになるのだが、

お互い幸せだったと思う。

週一で書きたいなあと思いながら生きてはいるのです

谷風改二、なんだこの美少女。でも改派です。似た理由で長波サマも改です。

65匹目:like the cat that stole the cream



クリームを盗んだ猫のようだ。つまり満足そうだという意味の慣用表現。

球磨姉が姉としての威厳を示せた時、もしくは本人がそう思い込んでる時とか。

多摩姉が秋刀魚を食べてる時とか。

木曾が戦闘後に決めポーズをしっかり取れた時とか。

大井っちが私と一緒にいる時とか。

そんな感じ。

なので、今私の目の前にいる人物とは真逆の様子ということになる。

【工廠】

夕張「納得がいかないわ!」

北上「どうしたのさ急に。いやいつも急か」

夕張「重複をじゅうふくと読まない事くらい納得がいかない」

北上「それは分かる」

夕張「ポンドが未だに蔓延ってる事くらい納得がいかない」

北上「それは知らない。あれ、ヤードはいいの?」

夕張「あれは正直慣れたわ」

北上「結局慣れか」

北上「で何が納得いかないの」

夕張「まずさ、私と明石ってずっとここにいるじゃない?」

北上「自室も工廠だしね。ゲームも漫画も本も全部だしね」

夕張「そりゃあ明石は工作艦だし?作って遊ぼうだし?ここにいてしかるべきじゃん」

北上「工作の規模がやたら小さく聞こえるけどまあそうだよね」

夕張「で私。兵装実験軽巡夕張」

北上「だね」

夕張「おかしくない?」

北上「何が」

夕張「艦娘が日本発祥なのに嫌がらせの如く単位規格変えた部品で装備作ってくる国外のあんちきしょう共くらいおかしくない?」

北上「その一々例えるのやめてよしかも長いというかそんな高度に政治的かつ低度で幼稚な嫌がらせみたいなことされてんの?」

夕張「終いにゃ尺貫法持ち出すわよコルァ」

北上「落ち着いてメロン」

北上「凄く納得してないのは分かったけど、何に納得がいかないの」

夕張「北上は他の鎮守府の夕張って知ってる?」

北上「私は特に知らないかなあ。似たり寄ったりの変人ってのは聞いたけど」

夕張「変人とは失礼ね」

北上「否定すると?」

夕張「ちょっと変わってるだけよ」

北上「だから変人って言われてるんだよ」

夕張「人は皆、誰かと同じにはなれないのよ…」

北上「常識がズレてるって話だよ」

夕張「この容姿端麗頭脳明晰な軽巡夕張」

北上「頭脳明晰て…容姿は皆そうだろうけど」

夕張「胸もCよ」

北上「嘘だBだB!」

夕張「あります~由良がCなんだから私もCあります~」

北上「自分で測ったんじゃないんかい」

夕張「ち、違ったら辛いし…」

北上「なんでそこで自信なくすのさ」

夕張「明石なんてEよE!あの口搾艦めえ!」

北上「なんだろう、凄く悪意を感じた」

夕張「今度鎮守府中の画面に細工してサブリミナル効果でピンクは淫乱って刷り込んでやるわ!」

北上「それ禁止されてるやつ。しかも大掛かりな割に陰湿。巻き添えによる被害者も多いし」

夕張「夕張って船は装備枠が4スロット。その特殊性から戦力としてもオンリーワンの性能で輸送や潜水艦キラーとして出撃する事も多いのよ」

北上「へーそりゃ知らなんだ」

夕張「なんで4つも積めるのかしらね。やっぱり頭いいからかな」

北上「うわ頭悪そう」

夕張「INT値高いからかな」

北上「うわゲーム脳」

夕張「まあその座も今は昔だけどね…」

北上「駆逐艦も対潜強くなったらしいよね。秋刀魚漁で引っ張りだこだって聞いたよ」

夕張「軽巡のライバルは由良と阿武隈だけど、由良には手を出せないし阿武隈には勝てる気がしない」

北上「ナチュラルに手を出そうとしないで」

夕張「ともかく、夕張ってのは普通に出撃できるしするものなのよ。だったのよ」

北上「そりゃ軽巡だしね」

夕張「なのに私はいっつもここに閉じこもってる」

北上「引きこもりかな」

夕張「最後に出撃したのいつだ」

北上「引きこもりだね」

夕張「そもそも食事ですら最近ここで済ます事を覚えた」

北上「引きこもりだこれダメだこれ」

夕張「やっぱり違うと思うのよそれは」

北上「でもさ、色々弄るの好きでしょ?」

夕張「モチのロン」

北上「だったらいいんじゃない?適材適所でさ。提督もそれを分かって出撃させてないんだろうし」

夕張「提督には感謝してるわよ。吹雪にもね」

北上「さっきも言ってたじゃん。夕張は夕張だよ。別に今更でしょ」

夕張「分かってるわよそれくらい」

北上「ツンデレめ」

夕張「私は幼馴染属性じゃない?もしくはクラスメートの女友達ポジ」

北上「何にせよとりあえずこの件は解決と「でもそうじゃない」あるぇー…?」

夕張「例えばよ?北上は明石が出撃したらどう思う?」

北上「あー提督やっちまったかー吹雪いなかったのかなー後で怒られるんだろうなーって」

夕張「中途半端にレベル高いものね明石」

北上「前に、これが私が戦火に晒された回数を物語ってるのよ、とか言ってたもんね」

夕張「なまじ大規模作戦中とかだと皆ももしかして工作艦にも役割があるのでは?とか考えて誰も止めないのよね」

北上「で結果死んだ目であー貴重な修復剤体験ーとか言うわけだね」

夕張「まあそんな感じね。他の娘にも聞いてみたりしたけど大体同じ感想よ」

北上「既に調査済みだったとは」

夕張「何かを考えるのにまずデータをとるのは基本よ」

北上「なんか急に頭良さそうなこと言い始めた」

夕張「それでよ、もし私が出撃したらどう思うとも聞いてみたのよ」

北上「なるほど」

夕張「なんて答えたと思う?」

北上「え、んー…わー珍しい工廠で変な発明品作る以外の事をしてるーとか」

夕張「なんで分かるの…」

北上「いやなんとなく、えっ、当たってるの?ウソ、マジで?」

夕張「しかもあの由良がよ?ラブリーマイエンジェル由良よ?しかも悪気なし。マジ無垢1000パーセント」

北上「身内に厳しいね」

夕張「流石の私も堪えたわ。半日くらい」

北上「由良が言っても半日で回復するのか」

夕張「ダメージでかかったわ」

北上「どれくらい?」

夕張「ゲームのプレイに支障が出た」

北上「ゲームかい」

夕張「荒れに荒れたわね。馬車とか民家強盗しまくったもん。極悪アーサーになったもん」

北上「何の話だ」

夕張「つまりね、本来出撃するべき軽巡なのに工廠に篭もってる天才美少女ってのが私のポジションのはずなのよ」

北上「細かいところはもう置いておくとして実際そうなってるじゃん」

夕張「そう!そうだけど!ここにいるってのが当たり前になっちゃってるのよ!ピンクは淫乱なのと同じくらいに!」

北上「私ゃたまに夕張と明石の仲が良いのか悪いのかからなくなるよ」

夕張「イメージの問題よようするに」

北上「引き篭りじゃなくて理由があって引き篭らざるをえないと思われたいと」

夕張「その言い方はなんか辛い」

北上「事実だよ割と」

夕張「故にこのイメージを払拭したい」

北上「現状、というか己を変えればいいのでは」

夕張「私ではなく周りを」

北上「発想が駄目人間のそれだ」

夕張「由良にも言われたもん。たまには一緒に出撃しようよって」

北上「一応聞くけど返答は」

夕張「敵が来い」

北上「うーんこの」

夕張「出撃するくらいなら工廠に作業中って札下げて自室で爆音上映会やる」

北上「いっそ清々しいね。見るなら何見るの」

夕張「ん~らんまとか?」

北上「何故爆音でそのチョイス」

北上「せめて装備の試験運用くらい自分でやったら?そこの海でやればいいし」

夕張「いやぁ人材は腐る程いるんだし開発者がやらんでもいいっしょ」

北上「おい兵装実験軽巡」

夕張「あ、中で出来る実験はしてるよ?流石にね」

北上「流石にのハードルが低いあまりに低い」

夕張「砲の試験運用も可能な限り陸からやってるし」

北上「そんな事してるから波動砲爆発で工廠ダメにしたりするんでしょうに…ところで爆発した時工廠の中の自室は無事だったの?」

夕張「並のシェルターより硬いわよあそこ」

北上「技術の私物化が酷い」

北上「現状のイメージを何とかしたいって、夕張的にはどんなふうに思われたいの?」

夕張「戦えるけどあえて開発研究に没頭しいざって時にとびきりの最終兵器もってヒーローは遅れてやってくる的なそういうの艦娘に私はなりたい」

北上「拗らせてない方の厨二病だこれ」

夕張「いいじゃない天才美少女。これは人気出るわよ」

北上「現実は天才変態少女」

夕張「私は助手じゃない」

北上「ユウバリーナ?」

夕張「あ、なんか可愛い」

夕張「助手は北上で」

北上「厨二病に振り回されている点ではその通りかもしれないね」

夕張「胸とかもね」

北上「おっと久々にキレちまったよ」

夕張「ギルティとブレイブルーどっちがいい?」

北上「テトリスで」

夕張「え」

北上「ぷよぷよは認めない」

夕張「明石キレるわよ」

北上「ぷよぷよ派なのか」

夕張「なんで!なんでそんなに強いの!!」カチカチカチカチ

北上「あーこれは天才美少女の座は私で決まりかなー」カチカチ

夕張「あ゛あ゛あ゛ずれたぁぁ!!」

北上「オセロにする?」

夕張「格ゲーよ!格ゲーで勝負よ!」

北上「天才美少女なのに?」

夕張「天才美少女だから格ゲーも嗜んでいるのよ」

北上「テトリスはダメなのに?」

夕張「パズルゲームなんて陰キャのやる事よ!」

北上「うわ色んな人に喧嘩売った」

夕張「くっ、私の頭脳派キャラとしてのイメージがぁぁ」

北上「少なくとも勤務時間にこんなことしてるうちはただのサボり魔だよ」

北上「出撃がいやならもっと皆が驚くようなもの作るとかは」

夕張「この前連装砲の自動餌やり器作ったわよ」

北上「エサ、え?エサ?あれエサ食べるの?何食べるの?」

夕張「飛んでもない速さで口に打ち出されて一人が大破して反乱起こさたけど」

北上「そりゃ怒るでしょーよ。しかも打ち出されるってどんな構造してたの」

夕張「バッター用のボール打ち出すあれを元に」

北上「発想元から何から狂ってやがる」

夕張「皆の役に立つものは結構作ってると思うんだけどなー」

北上「家電はなんでもいじれるしね。でもそれだとただの便利屋だよね」

夕張「ハッ!?」

北上「いや驚くとこじゃないでしょ。どう見てもそうだよ」

夕張「やはり艦娘としては出撃するしかないというの…」orz

北上「そういうの関係なく出撃はしなよ」

夕張「やだぁしろとか言われないししたくもないしぃ」

北上「確かに提督はともかく吹雪も言わないんだね。吹雪ならケツひっぱたいてでも出撃させそうなのに」

夕張「そこら辺は私も不思議なのよね。資材とか勝手に色々やってても見逃してくれること多いし」

明石「夕張ー!いるー!?」バタンッ

夕張「あ帰ってきた。何ー?」

明石「急患!港来て!」

夕張「なんで!?」

明石「例の脱出装置が爆発して叢雲が大破した!」

夕張「爆発!?ちょっと出力強すぎたかな」

北上「叢雲かぁ、吹雪怒りそうだなぁ」

夕張「こ、怖い事言わないでよ…」

夕張「んー安全な撤退方法だと思ったんだけどなあ」

明石「とりあえず装置の方をお願い。私は叢雲診るから」

夕張「はーい。それでその、吹雪はもう知ってるの?」

明石「さっき連絡が行った後に提督室から飛び降りてきたって聞いたわ」

夕張「急ぎ過ぎでしょ…」

北上「三階だよあそこ」

明石「とりあえず行きましょ」

夕張「遺書書かなきゃ」

北上「その時は見届けてあげるよ」

バタバタと二人が工廠から出ていく。

北上「天才ねえ」

夕張こそまさに努力型だと思うのだが。

方向性はちょっとあれだけど。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

【後日】

夕張「納得がいかないわ!」カチャカチャ

北上「吹雪にこってり絞られたみたいだね」

夕張「私はただこの発明が役に立つと思って…」

北上「それが例の脱出装置?」

夕張「改良中」ガチャガチャ

北上「今度はどうすんの」

夕張「いっそ思いっきり爆発させてぶっ飛ばそうかなって」

…やっぱり変人だコイツ。

インフレには勝てなかったよ…

昔「4スロの軽巡!?化け物じゃん!」と思ってよく出撃させていました。

66匹目:Cool cat



カッコイイ猫

という意味では勿論ない。

カッコイイ人という意味の表現で基本的に男性に対して使われるものだ。

スラリとした出で立ち。飄々とした立ち居振る舞い。

日本猫のようなフワッと丸っとしている猫とは違う、例えばロシアンブルーみたいなそういうカッコよさを指す。

これを聞いて私が一番に思い浮かべたのは

北上「大井っ…ち?」ガチャ

昨日話していた秋刀魚漁に球磨型のみんなで行こうという計画を提督に伝えるためにと部屋を出た大井っち。

折角だしついてって提督室にお邪魔しちゃおうかなと私も部屋を出て大井っちの背中に声をかけようとした時だった。


木曾「」コソコソ


何かいた。

私今尾行中ですという空気を醸し出しながらもの陰に隠れて頭を覗かせるマントがいた。

というか木曾がいた。

大井っちが廊下の角を曲がり階段へ向かう。

木曾「ヨシ」

小声でわざわざ掛け声を出しながらもの陰から出て廊下を追う木曾、と私。

このまま尾行の尾行というのも面白そうだがさてどうしよう。

北上「そぉい!」バサア
木曾「ひゃあっ!?」

後ろからスカートとマントを思いっきりバサッとやってみる。

木曾「な、なんだぁ!?って上姉か…一体何の用だ、大事な時に」

相変わらず男勝りな口調と内股気味にスカートを抑えるギャップに加虐心が擽られる。

木曾は制服姿だった。つまり眼帯付き。

当然だが風呂や寝る時は外す。

初めて外すのを見た時は私も驚いたものだ。

考えてみりゃ当たり前なのだけれど、ねえ?

ちなみにあの目は光る。

今みたいに脅かしたりくすぐってやったりすると光る。何故か。

本人も意味はよくわかってないらしい。

自分の体の一部がよく分からないけど光るってめちゃくちゃ怖い気もするけど特に気にはしていないようだ。

北上「大事って、大井っちの尾行が?」

木曾「上姉も気になるだろ?提督とおい姉の仲が」

北上「あーそれで尾行か」

木曾「最近おい姉の態度も少し変だし」

北上「あ、やっぱ分かる?」

木曾「色々と推測しててもしょうがない。この目で確かめなきゃな」

北上「別に私はいいかなあって」

木曾「え?この前まで気にしてたじゃないか」

北上「気にはなるけど、そっとしとくのがいいんじゃないかな。馬に蹴られたくないし」

木曾「馬?」

通じない慣用句って虚しい。

木曾「どうしたんだ急に。おい姉とケンカでもしたか?」

北上「まさか」

木曾「ならどうして」

北上「どうしてと言われるとなんでだろ」

木曾「なんでだろと言われてもな」

北上「だよねえ」

木曾「だな」

神通「お二人共、廊下の真ん中で何をしているんですか?」

北上「あー神tくさっ!魚くさっ!?」

木曾「そっちこそどうしたんだ!?」

神通「色々ありまして…」

死んだ魚の目をしてらっしゃる。

北上「かわうちのやつ?」

神通「えぇ…」

木曾「いやでも何やったらこうなるんだよ…」

神通「大丈夫です。川内姉さんにはこれからカタを付けに行くので」

北上「あ、うん」

と思ったら水面下の獲物を狙う海鳥のように鋭い目付きで恐ろしい事を言う。

神通「では」

木曾「お、おう」

北上「凄い、オーラだよオーラ。殺気がみえるよ」

木曾「かわうちのやつ何しやがったんだ」

北上「…神通って川内の事かわうちとは絶対言わないよね」

木曾「結局のところお互い姉妹には甘いんだろうな。あいつの場合尊敬、か?」

北上「見習っていきたいねキソー」

木曾「俺も神通の容赦のなさを見習うべきかもしれないな」

北上「やだなぁ冗談だよジョーダン。そういえば私もケンカとかした事ないなあ」

木曾「なんだ、やってみるか?」

北上「ジャンケンならいいよ」

木曾「上姉らしいな…とりあえず部屋入るか」

北上「尾行はいいの?」

木曾「今更だろ。まあ今日のところはな」

北上「ケンカって言うならそれこそ大井っちと提督がそうじゃん。いっつも痴話喧嘩」

木曾「確かにな。でもあれもごく最近の話だぞ」

北上「そうなの?そういや昔の二人って私知らないな」

木曾「今と似たようなもんだよ。だから気づきにくいんだと思うけど」

北上「どゆことさ」

木曾「おっとこの先はタダとは行かないなあ」

北上「くぅ足元見やがって」

木曾「ギブアンドテイク、基本だろ?」

北上「夕食で秋刀魚一匹」

木曾「のった」

木曾「昔と言ってもおい姉が来たのは約二年前だから最近と言えば最近だ」

北上「着任順だと多摩姉球磨姉木曾大井っちなんだっけ」

木曾「ああ。おい姉はほら、俺ら以外には正直結構当たりが強いだろ?提督にもそうだった。むしろ提督にこそそうだった」

北上「今でもじゃないの?」

木曾「そうだけど、なんというかなぁ。昔はもっと冷たいというか、無愛想?な感じだった。作戦に文句言ったり上姉はまだかぁって文句言ったり」

北上「大井っちらしいや」

木曾「ちなみに前者は完全に提督が悪い」

北上「提督らしいや…」

木曾「それに比べて今のおい姉は熱を持って提督に当たってる感じだな。生き生きしてる、ってのは少し違うかな。でもそんな感じだと思う」

北上「流石木曾。よく見てるぅ」

木曾「姉妹だしな」

北上「そうなると大井っちは私が来てから提督とお熱になったという事になるのかな?」

木曾「時期的にはそうだと俺は思うな」

北上「何かきっかけとかあったのかな」

木曾「もしくはそれまで上姉の事ばかり考えていたけど改めて上姉が来たら提督の事を見る余裕が出来て、的な?」

北上「おーなんかロマンチック、なのかな?」

木曾「さあ」

北上「恋愛系の話はとんとわからんね」

木曾「俺らの中じゃそういうのはおい姉くらいしか興味無さそうだしな」

北上「外に行った時とか男の人見てドキッとかしない?」

木曾「いや全然。というかあんまり人間を見たりしないなあ」

北上「興味なしか」

木曾「年に数度しか人間に会わないしな。魚とかの方がまだ興味が湧く」

そんなもんなのか。人と艦娘というのも。

これ程人に近いのに人に飼われていた猫の方がまだ人への興味があるとは不思議なもんだ。

木曾「上姉は結構人間に興味ありそうだよな」

北上「そ、そう?ほら、私本とかで人の話とか読んだりするからさ」

木曾「あーなるほどな」

北上「でも木曾も映画とか漫画とか、人に触れる機会が無いわけじゃないでしょ」

木曾「ああいうのはフィクションだし」

北上「そういう認識なのか」

木曾「大抵はそういう認識なんじゃないかな」

北上「金剛さんとかは違うのかね」

木曾「あーどうだろうな。提督一筋って感じだし、別に人間に興味はないんじゃないかな」

北上「…あぁ、かもね」

凄く意外な事にしかし今更ながら気がついた。

そっか、皆にとって「人間」と「提督」は別物なんだ。

そういえば前に日向さんは提督を女王蜂と言ってたっけ。

でも唯一の人間だとも言ってたな。そこに違いはなんだろうか。

前任の提督を知っているから?つまり提督意外の人間を知っているから?

北上「むむむ」

木曾「どうした急に」

北上「頭痛が痛い」

木曾「そんな船に乗船みたいな」

北上「金剛さんと言えばさ、大井っちと提督の仲について他の皆はどう思ってるんだろ」

木曾「さっきも言ったけど、皆はおい姉の変化については多分それほど気づいてないと思うぞ。相変わらず馬が合わないなあ位の認識じゃないかな」

北上「おー、流石大井っち。ライバルに気付かれずにゴールインする気だな」

木曾「そう取れなくもないけど、おい姉もおい姉で無意識にやってるんだろうな」

北上「だろうね。提督の方は誰かに気があったりはしなかったの?金剛さんとかモーレツアタックしてるけど」

木曾「俺か知る限りはないな。だからこそおい姉とこんなに仲良くなってたのは意外だったよ」

北上「へぇ。提督とか抱きしめてキスのひとつでもすればOKしそうに見えるのに」

木曾「それは流石にひでぇな」

北上「そうかな」

木曾「もう一つ気になるのは最近のおい姉だ」

北上「私もそこがわからない」

木曾「喧嘩ってのは、やっぱなさそうだよなあ。痴話喧嘩はしても喧嘩はしなさそうだし」

北上「別に提督と仲が悪くなった感じもないんだよねえ」

木曾「なんつーかおい姉が提督を避けてる、距離を置いてる感じがあるな」

北上「そう?」

木曾「俺はそう思った」

北上「じゃあそうかもね」

木曾「そんなあっさりと」

北上「木曾の目は信頼に値すると思ってるからね」

木曾「そりゃ、妹冥利に尽きるね」

最初は提督に悪態つくだけで、

そうして接する内にいつの間にか距離が近づいて、

私が来てからいつも私と居るようで、提督ともそのまま一緒にいたりして、

でも最近提督を少し避けてる。

そして多分、私との距離も変わってる。

北上「改二になってからだよね」

木曾「前に上姉が言ってた通り服装か?」

北上「本気?」

木曾「まさか」

北上「だよねぇ」

木曾「上姉は何か気づかなかったのか?一緒に工廠行ってたんだろ?」

北上「別に普通だったけどなあ。その後なんかため息ついたりしだして、段々とって感じで」

木曾「さっぱりだな」

北上「木曾は改装後なんかあったりした?」

木曾「俺は…いや別に何も無いな」

北上「あ、今チラッとマント見た。やっぱ気に入ってるな、マントカッコイイと思ってるな」

木曾「お、思ってねえ!そりゃカッコイイとは思うけど別にそこまで気にしてねえ!」

北上「天龍と一緒にマント作ったりしてるのに?」

木曾「なんで知ってんだよ!?」

北上「龍田が言ってた、って阿武隈が」

木曾「アイツは龍田にだけ口が軽すぎる…」

北上「姉妹だもんねぇ。いいなぁウチの妹も見習って欲しいなぁ」

木曾「俺は、上姉にこそ見習って欲しいけどな」

北上「え?」

片方だけのクールな目が私をじっと見つめてくる。

鋭い観察眼は、私をどう見ているんだろう。

というかなんで眼帯なんだろうか。色が違ったりするけど普通に見える目のはずだが。

明石に頼んだら目くらいどうにでもなりそうだし。

北上「あ」

木曾「お?」

北上「そういえば改装した日大井っちがなんか明石のとこに行ったとか言ってたっけ」

木曾「ほぉ。なんさ手掛かりになるかもな」

北上「今度聞いてみるよ」

上の方から騒がしい声が聞こえ始める。

北上「また始まったね」

木曾「いっそこの方が落ち着くよ」

北上「確かに」

木曾「さて、着替えるか」

北上「なんで制服だったの?」

木曾「言わせないでくれ」

北上「あーマントか」

木曾「言わないでくれ」

北上「…」ジー

木曾「な、なんだよ」

北上「なんで眼帯なんだろうね」

木曾「これか?なんでって言われると、なんだろうな」

北上「お風呂とか寝る時は普通にとるもんね」

木曾「邪魔だしな」

北上「なら外しちゃえば?」

木曾「こっちで慣れちまったからなあ。外すとかえってやりにくい」

北上「そうなの?」

木曾「上姉急に片目で暮らせって言われたらキツイだろ?」

北上「無理だね」

木曾「逆ではあるけどそれと同じことだよ」

北上「ふーん」

北上「スキありっ!」バッ
木曾「どわぁっ!?」ドサッ

木曾の眼帯を取ろうと襲いかかる。

慌てて防ごうとしたようだけど叶わず適わず、押し倒される木曾。

木曾「痛え」

北上「畳だしだいじょーぶ」

木曾「コンクリよりマシってだけだ」

北上「おー黄色く?黄金かな。光ってるね」

木曾「夜だとちょっとした明かりになるぜ」

北上「それだと寝る時眩しくない?」

木曾「その時は消してる」

北上「消せるのか…」

無意識に消えてるわけじゃないらしい。

北上「私が写ってるね」

木曾「レンズだからな。映ってなかったら一大事だ。ところでそろそろ上から降りてくれ」

北上「私の形してる」

木曾「どういう意味だよ」

北上「猫とか鳥の形だったら面白いなあって」

木曾「魔法の鏡じゃないんだぜ。まあもしかしたら、船の形とかはあるかもな」

北上「船かあ」

大井「北上さーん。提督に秋刀魚漁の話取り付けてきま…あ」ガチャ
木曾「あ」
北上「いやん」

大井「そっち!?」

そっちってどっちだ。

大井「提督ぅぅぅぅぅ……」ダダダ

北上「行っちゃったよ…」

木曾「これめんどくさい事になるんじゃないのか」

北上「どーだろ」

木曾「しかしあれだな、こういう時は真っ先に提督のとこに行くんだな」

北上「なんだかんだでやっぱり提督なんだね」

木曾「ツンデレってやつだな」

北上「木曾は提督の事どう思ってるの?」

木曾「俺か?改めて言われると、そうだな。相棒?」

北上「カッコイイね」

木曾「上姉こそどう思ってるんだ?なんやかんやと提督とはよく一緒に居るし、この前なんか部屋で寝てたじゃないか」

北上「提督かぁ。んー手掛かり?」

木曾「はい?」

北上「容疑者、いや目撃者的な」

木曾「推理小説の話はしてないぞ」

北上「事実は小説よりも奇なりなんだよワトソンくん」

木曾「勘弁してくれホームズ」

呆れて肩をすくめる妹をよそに、私はあの日神社で出会ったような、出会わなかったような、不思議な友人を思い出していた。

木曾「お」

北上「あ」

上からまた騒がしい二人の声がする。

木曾「俺は知らないぞ」

木曾がまた肩を竦めて立ち上がる。

北上「クールだねぇ」

木曾「別にそんなことは無いさ」バサッ

そしてマントを翻しながらカッコよく取る。

木曾「うわっ」バフッ

あ引っかかった。

木曾「…」

北上「…」

木曾「れ、練習中だ…」カァァ

実に可愛い妹である。

しまった66じゃなく67匹目だ。内容に影響はないのでいいのだけれど。

木曾や加古などのあの目はなんなんでしょうね。連装砲ちゃんと同じくらい謎です。

かわう、川内には後で活躍してもらう

このネタ何が元なんだろうと思ったら瑞鶴の時報だったんですね。
JAZZコンサートに行けるかドキドキなので少し書いていきます。

69匹目:猫と船

三毛猫のオス。

その珍しさからどういう訳か一緒に船に乗ると沈まないなんて言い伝えがあるとか。

もし私が生前三毛猫のオスだったら不沈艦になれたのかな。

それはそれとして、私達は1日の内殆どを地上で過ごす。

出撃があるとはいえ長くても半日といったところか。遠征ともなると少し事情が違うけれど。

船にあるまじき生活だがそれでも私達にとって海というのは生きる上で大切なものだ。

私達は陸に住んでいる。それは間違いない。

だが私達に陸という意識は恐らくほとんどない。

艦娘にとってこの世界にあるのは海と空と鎮守府、と陸だ。

鎮守府は鎮守府であり、決して陸ではない。

陸と海の間。

人と船の境界にいる私達には大切な場所。

故に陸への愛着がある者は少ない。陸で何かあっても他人事にしか思えない。

私達にとって日常を揺るがすような何かとは決まって海での事なのだ。

北上「うーみーはー広いーなー大きーいーなー」

木曾「呑気に歌ってる場合かよ」

北上「だってさあ、こうして最速で現場に向かってるってのに見えるのは海海海。太平洋の広さが身にしみるってもんだよ」

大井「問題の場所はもう少しのはずなんですけれど」

多摩「最後に連絡があった時はまだ交戦していたらしいからにゃ。移動している可能性は大きいにゃ」

北上「もしくは、もう沈んで消えたか」

だだっ広い海のど真ん中で沈黙が走る。

状況から言って件の船がまだ生きている可能性は極めて低い事は皆も分かっている。

球磨「煙クマ」

多摩「何っ!」

周囲を偵察していた球磨姉ちゃんが指を指す。

そこには空を彩る様々な雲とは明らかに違う黒い硝煙が上がっていた。

木曾「だいぶ位置がずれてるな」

大井「煙という事は沈んではいないようね」

球磨「でも敵影もなし。なんだか不気味だ」

多摩「警戒しつつ接近するにゃ。敵がいるようなら雷巡トリオですかさず魚雷。基本的にはそのまま即離脱にゃ」

「「「「了解」」」」

先行する球磨姉ちゃんと多摩姉ちゃんに続く。

やはり有事の際の2人はとても頼もしい。

大井「…」

ただ、大井っちが妙に険しい表情なのが気になった。

事の発端は僅か1.2時間ほど前。

秋刀魚漁の護衛。つまり秋刀魚漁に来ていた時のことである。

普段よりも沖に出ての出撃。

大井っちによる提督の説得、内容はともかくその説得の結果私達球磨型五人による出撃が許可された。

もうそろそろ漁場に着くという頃、その連絡は入った。

飛龍「ええ!?なになにどういうことよ?」

球磨「?」

多摩「どうしたにゃ」

引率役の旗艦、飛龍さんが急に慌て出す。

飛龍「えっと、提督から連絡が来てて、待って待って提督、皆に話した方が早いから」

直後、艦隊の全員に回線が繋がった。

提督『悪いがあまり時間が無い。手短に話すぞ。今から漁船は引き返す。護衛は飛龍だけだ。後はこれから送る座標に向かえ』

飛龍「私だけって、本気?」

提督『見張りとしてだから攻撃機積んでないだろ。船には全速力でそこを離脱してもらう。索敵だけなら飛龍だけでいい』

私達が囲んでいた漁船が徐々に速度を落とす。どうやら撤退の準備を始めたようだ。

多摩「それで、何があったにゃ」

提督『海外からの船が日本に向かう途中深海棲艦に襲われ連絡が途絶えた。詳しい話は向かいながらだ。今はとりあえず動いてくれ』

飛龍「…りょーかい。旗艦は球磨ちゃんでいい?」

提督『構わん』

球磨「任された」

飛龍「それじゃ皆、気をつけてね」

そう言い残して踵を返す飛龍さん。

その真剣な表情に私も少し緊張する。

木曾「で、何がどうなってるんだ」

大井「救援にしたって私達じゃ大した力にはならないわよ。空母も戦艦もなし。装備も秋刀魚漁用のものが多いし」

提督『そこが少し複雑でな。今日船が来る予定は正式にあったんだ。特定のポイントまで向こうの艦隊が護衛して後は日本の艦隊がそれを引き継ぐ予定になっていた』

多摩「予定、にゃ」

提督『ああ。その船が現れなかった。何事かと問いただしてみりゃ今から1時間ほど前に深海棲艦と接触したという連絡があったっきり音信不通だと』

球磨「1時間も前?」

提督『色々言ってはいたが要は俺らに借りを作りたくないって事だろ。結局どうにもならないと思って助けを求めた訳だが』

多摩「くだらねえにゃ」

提督『全くだ』

政治的な話、ということなのだろうか。

いまいちピンと来ないがくだらないというのは分かった。

提督『そのくせご注文が多くてな。無事なら助けろ、無事じゃなくても船には触れるな、とさ』

大井「何か見られたくないものでもあるんでしょうか」

提督『多分な。出来れば回収したい、でも日本には渡したくない。そんなものがあるのかもな』

木曾「俺らに関すること、だろうな」

提督『艦娘生み出したのは日本だしな。おかげで日本と海外との力関係は妙な事になってる。皆ちっぽけな島国を出し抜こうと必死だし、日本も出し抜かれまいと必死だ』

多摩「で、多摩達は結局どうすればいいにゃ」

提督『船が無事なら助ける。だがそうでないなら即撤退だ。幸い秋刀魚漁用に偵察装備は多めに積んである。要索敵。敵が強力なようならすぐ逃げろ』

球磨「妙な作戦だ」

提督『変更も考えられる。何せ見られたくないものを詰んでるんだからな。こっちもそれをエサに交渉してる途中らしい』

木曾「日本としても是非手に入れておきたいところだよな」

提督『後はまあポーズだな。一応救援に向かったっていう。だから急いでは貰うが正直助けるとかは考えなくていい。そもそも最後の連絡が1時間前。移動を考えたら着くの頃には2時間経ってる。まず助からん』

連絡が途絶えたという時点で絶望的なのにさらに2時間も経つとなれば、当然そうなるか。

提督『そこに向かったという事実があればいい。後は自分達の安全を最優先しろ。釣竿でやつらと戦うわけにゃいかんだろ』

北上「そりゃそうだ」

提督『じゃ頼んだぞ』

球磨「了解」

多摩「とんだ秋刀魚漁だにゃ」

木曾「釣りをしてんのは上の連中ってわけか」

大井「何が釣れるのやら」

北上「私達がエサじゃないといいけど」

それから1時間弱。私達は煙と、船を発見した。

木曾「こりゃ、酷いな」

大井「無事、と言っていいのかしら」

船は確かに浮いていた。あちこちに穴があき、ドス黒い煙を吐いていたが。

艦橋はまるで踏まれたかのようにひしゃげ、甲板は波のように捲り上がり、人影もなく、何より一切の生が感じられなかった。

多摩「敵影はなしにゃ」

球磨「こっちもだ。どうなってる?」

北上「船がこんなになってるって事は護衛の艦隊は、そういう事だよね」

多摩「なのに船がまだ無事なのがよく分からんにゃ」

球磨「無事とは言えない」

多摩「まるで人だけを殺すような痛め付け方にゃ…これは」

多摩姉の表情が強ばる。

なんというか、恐怖とかではなく嫌悪感とか、気持ち悪いものでも見るようなそんな表情に見えた。

吹雪『見つけたみたいですね』

北上「吹雪?提督は?」

吹雪『今お偉方とお話中です。あちらも色々と大変そうで。それでそちらは?』

球磨「護衛は見当たらず。船は大破。人影はなし。深海棲艦も見当たらず」

吹雪『それは…いえ、とりあえず生き残りがいるかどうかですね』

多摩「探索に入っても問題ないかにゃ?」

吹雪『とりあえずは。どうせその分だと沈むでしょうし証拠もなくなります。あちらさんにとやかく言われることもないでしょう。お宝があるなら持ち帰りたいところですし』

球磨「了解」

球磨「となるとどうするか」

多摩「多摩と北上と木曾で船内に入るにゃ。大井と球磨は見張りを頼むにゃ。大井もそれでいいにゃ?」

大井「はい…」

木曾「あいよ」

北上「え、入るの?燃えてるよこいつ」

多摩「少しくらいなら平気にゃ。戦艦の砲弾に比べりゃ炎も煙も子供のオモチャみたいなものにゃ」

北上「さいですか」

木曾「でもどうやって入るんだ?」

多摩「あー」

球磨「これがあるクマ!」ツリザオー

北上「マジで?」

球磨「これをフックに」

多摩「確かに糸は丈夫だけどにゃ…」

木曾「それしかないか」

北上「マジで…」

北上「ホントに登れるし」

この糸何でできてるんだ。

木曾「人の手でやったら絶対指切るよなこれ」

下を見下ろす。意外にも結構な高さがあることに驚きを隠せない。

考えてみりゃ船ってめちゃくちゃでかいよね。

艦娘はみんな人型だからは おー流石戦艦身長高いなーくらいの認識しかなかった。

実際の戦艦とかってどれだけでかいんだろ。鎮守府よりでかい?

思えば船なのに船に乗ったのはこれが初めてである。

北上「…」

下を向くと大井っちが何処か遠くを見つめているのが見える。

私の方を、というより船の方を一切見ようとはしていない。

多摩「木曾は後ろの方を頼むにゃ。多摩と北上は前と艦橋を」

木曾「おう。生き残りがいたら?」

多摩「状態にもよるけどとりあえずは救出にゃ」

北上「何か持って帰るの?」

多摩「よっぽど怪しいものがあったらにゃ。後は、遺品の1つでも持ち帰るにゃ」

木曾「了解」

多摩「緊急時は砲弾で壁ぶち破って脱出にゃ」

北上「あーい」

ラスボスの予感

政治的要素は物語に一切絡まないので適当です。史実とか実際の船の知識とかもさっぱりなので深く考えずにお読みください。
皆様のお声のおかげで長く続けてきましたが年内に終わりそうもないですこれ…

中は、地獄だった。

北上「これ全部血か」

多摩「船が沈んでないわけにゃ。人だけ殺すように機銃ぶち込んでるにゃ」

辺りには夥しい数の穴が空いていた。

開けるまでもなく中の様子が分かるほどにドアの下から血が流れでている部屋。

最早判別もつかない黒い何かの燃えカス。

北上「でもさ、機銃ってこんな中まで貫通するもんなの?」

多摩「…どうだかにゃ」

北上「どうだかって」

多摩姉の顔が段々険しくなる。

事態の重さや惨状を見てでは無く、今度は何か確信しつつあるような顔だった。

多摩「大井の事、気づいてるにゃ?」

北上「そりゃね」

多摩「前に話した通りにゃ。今回みたいに船の救出に向かって、間に合わなかった。それがトラウマになってるにゃ」

北上「だから見張りにしたんだよね」

多摩「できれば連れてきたくはなかったにゃ」ガンッ

歪んだ扉を蹴破る。

多摩「ここから先は流石に火の手が激しすぎるにゃ」

北上「引き返そっか」

煙が辺りに充満している。

蒸されているような熱さと鼻にツンとくる血と肉と鉄が焼けた匂い。

人間ならとても耐えられない空間だ。

多摩「北上はこれを見てどう思うにゃ」

北上「んー」

第一印象は、人ってこんなに血が流れてるんだなあ、だった。

何処か他人事。それが私が猫だからなのか艦娘故なのか、よく分からないけれど。

多摩「あんまりって感じだにゃ。北上らしいと言えばらしいにゃ」

北上「臭いがきついとかかな」

多摩「艦娘はそういうやつが多いにゃ」

北上「臭い?」

多摩「あんまりこういうのを気にしないって話にゃ。実感がわかないというか、まあ船だからにゃ」

北上「そりゃそうか」

多摩「こういう事は珍しくもないんだにゃ。最近はだいぶ減ったけどにゃ。だから慣れといた方がいいにゃ。苦手なら、そうだと知っておいた方がいいにゃ」

北上「多摩姉もあったの?」

多摩「昔はしょっちゅうにゃ。船だけじゃなく、陸でも」

北上「へえ」

多摩「人は脆すぎるにゃ。私達は、頑丈すぎるんだにゃ」

木曾『多摩姉!』

北上「うおっ」

突然通信がはいる。

多摩「どうしたにゃ」

木曾『機関部がやられてる。今まで爆発してないのが不思議なくらいだ。中にはいない方がいい!』

多摩「先に脱出してろにゃ。ぶち破ってかまわんにゃ」

木曾『多摩姉達は?』

多摩「上に少し用があるにゃ」

北上「上?」

艦橋はひしゃげて崩れていたが司令部のような部分だけは辛うじて形を保っていた。

多摩「せい」ズゴッ

中に生存者がいたらどうするんだと言いたくなるような勢いでその壁をぶち破る多摩姉。

どうせ居ないとは思うけど。

北上「え?」

中は案の定悲惨な事になっていた。

だが、それはどう考えてもありえない状態だった。

頭がなかった。

四肢がちぎれていた。

穿たれ、喰い破られていた。

それらはどう考えても艦上で受ける被害には思えないものだった。

多摩「アイツに出会わなかったのは実に幸運だにゃ」

北上「アイツって?」

多摩「深海棲艦だにゃ」

北上「確かにね。相当強い相手みたいだし…」

でも深海棲艦を指してアイツと呼ぶものだろうか?何か、何か知っているようにしか思えない。

多摩「これが艦長かにゃ」

北上「わかるの?」

多摩「着飾ってるからにゃ」

北上「ならほどね」

多摩「んしょ」ゴソゴソ

北上「何漁ってるのさ」

多摩「遺品の1つでも持って帰りゃいいお土産になるにゃ」

多摩「これとか良さそうにゃ」

北上「家族の写真ってホントに持ってるもんなんだね」

多摩「北上」

北上「なにさ」

直後、爆発音と激しい揺れが襲う。

北上「うわっ、いよいよ逝ったかな!?」

多摩「スタコラサッサだにゃ!」

来た時とは別の壁をぶち破って甲板に出る。

後は走って海に飛び込んで、飛び込んでいいのかな?結構高さあるけど艦娘なら平気?

北上「これ飛び降りるしかないの?」

多摩「北上」

北上「ん?」

多摩「さっき見た事は誰にも言うなにゃ」

北上「え」

多摩「多摩が提督に話しておくにゃ」

北上「いや今はそれよりもね」
多摩「急ぐにゃ」ピョン

うわサラッと飛び降りよった。

北上「ええいままよ!」ピョン

球磨「そい!」ガシッ
北上「わわっ!?」

木曾「ナイスキャッチ」

北上「死ぬかと思った…」

大井「無事ですか北上さん!!」ガシッ

北上「平気平気~」

多摩「あれくらいなら平気にゃ」

北上「先にそれ言ってよね」

木曾「別艦隊が見えてきたな」

北上「何それ」

球磨「ちゃんとした救援部隊だクマ。現場の事はむこうに任せてさっさと秋刀魚食べに戻るクマ」

多摩「だにゃあ」

北上「疲れたぁ」

大井「お風呂入らなきゃですね」

木曾「本当だ、色々と臭いな」

北上「さてと、行きますかね」

大井「北上さん」ギュッ

北上「どったの大井っち?」

大井っちが私を抱きしめてきた。なんだかこういうのも久々な気がした。

大井「その…ごめんなさい…」

北上「え?」

思わず振り返ろうとしたけどしっかりと抱きつかれてるから大井っちの顔は見れなかった。

というより、大井っちが表情を見せまいとしているようだった。

北上「別に怪我とかないから平気だって。それより早く帰ろうよ」

大井「…はい。そうですね。秋刀魚もありますし」

北上「私はもう食べちゃったけどね」

大井「そんなに食べたかったんですか?」

北上「なんか面白そうだったし」

炎上する船から離れる。

北上「まだ沈まないんだね」

多摩「余程丁寧に攻撃されたみたいだにゃ」

球磨「穴さえあかなきゃ案外丈夫なもんクマ」

木曾「外はどうだった?」

球磨「静かなもんクマ。船の一部が浮いてたくらいクマ」

北上「私もそっちのが良かったなあ」

球磨「どっちの船かも分からない状態だったけどクマ」

どっちの、か。

あの燃える船か、

影も形もなかった護衛の方の艦か。

大井「中は、中はどうでしたか?」

多摩「酷いもんだったにゃ」

大井「そうですか」

立ち上るドス黒い煙を振り返る大井っち。

トラウマになるくらいだ。大井っちは私と違って随分と人間に思い入れがあるらしい。

共感と言うべきかな。

こういうのも案外、提督への想いから来ているのかもしれない。

大井っちにとって人間は結構自分に近い存在なのだろう。

私は飼い主以外どうでもいい感じなのかな?改めて考えるとなんだか酷く冷たい気がするけど。

帰投してみると鎮守府は随分と騒がしくなっていた。

何があったか情報が錯綜しているようだった。

そのせいか皆帰投した私達に妙によそよそしいというか、どう対応するべき決めかねているようだ。

仕方ないといえば仕方ない。

飛龍「おかえりーー!!」ビュン
多摩「にゃ」サッ
球磨「ヘブゥッ!?」ドゴ

多摩姉に向かって飛んできた人間ロケット、もとい飛龍さんだったが多摩姉=サンのネコ動体視力による回避で球磨姉=サン刺さった。ナムアミダブツ。

飛龍「皆!大丈夫だった!?」

多摩「今腕の中で息絶えたヤツ以外は無事にゃ」

球磨「」

飛龍「よかったぁあ!!」ギュウ
球磨「グォォオォオオォ」

多摩「だからよくないにゃ」
木曾「く、球磨姉!」オロオロ
大井「空母の腕力…」
北上「こりゃ球磨姉もお風呂かな」

多摩「提督への報告は多摩がしておくにゃ」

飛龍「私も行こっか?」

多摩「こっちはいいから球磨を風呂に連れてけにゃ」

飛龍「はーい」
球磨「」

また球磨姉は飛龍さんの腕の中だ。というか飛龍さん球磨姉をぬいぐるみ扱いしてないだろうか。

木曾「俺らも風呂入るか」

北上「だねー。このまま部屋には行きたくないや」

大井「折角ですし私も」

北上「あっ」

木曾「どうした?」

北上「忘れてた、ちょっと提督んとこ寄ってくね」

大井「私も行きましょうか?」

北上「いやあちょっと寄るだけだからいいよ、先行っといて」

木曾「おう」

飛龍「…北上も中見たんだっけ」

北上「船の?見たけど」

飛龍「そっか。じゃ先行ってるね」ヒラヒラ

木曾「球磨姉さん生きてます?」

飛龍「髪の毛モコモコだからまだ生きてると思う」

大井「そこで判断しないでください…」

提督に聞きたい事があった。

大井っちのあの反応。提督はアレについてどう思っているのだろうか。

それと、多摩姉が誰にも言うなといったあの惨状。

今多摩姉は提督と話しているはず。それを聞いておきたい。

皆にぞんざいに扱われるせいか妙にボロっちい提督室の扉に耳を当ててみる。

提督「間違いなしか」

多摩「間違いなしにゃ。他にもあんな事する奴がいる可能性について考えなければ、だけどにゃ」

提督「それは考えないでおこう」

多摩「いいのかにゃ?最悪を想定しなくて」

提督「自分じゃどうしようもないことにまで頭を悩ませても意味は無いだろ」

提督「詳細は吹雪に伝えておいてくれ」

多摩「書類は嫌にゃ」

提督「書類はいいよ。前に記録を全部PCに移したんだ」

多摩「おー。時代の波だにゃ」

提督「だからレポートはスマホかPCで出してくれ」

多摩「結局書かなきゃダメなのかにゃ」

提督「手書きよりは随分とマシだろ」

多摩「それはまあそうにゃ」

提督「見た映像は明石に頼んでいくらかデータ化して貰ってくれ」

多摩「はいにゃ」

会話が止まり足音がした。

まずい多摩姉部屋を出る気だ!

急いでドアから離れ
多摩「あ、そうだにゃ」

足音が止まると同時に私も思わず止まる。

提督「なんかあったか?」

多摩「北上も見てるにゃ」

提督「な!?アイツ連れてったのか!」

多摩「球磨と多摩で分かれて、大井があれだから編成上仕方なかったにゃ」

提督「外の見張り増やすか木曾に付けるか出来ただろ」

多摩「木曾じゃ頼りないにゃ」

提督「でもなあ!」

多摩「提督はまだ諦めるつもりはないのかにゃ」

提督「まだも何もこれからだろ」

多摩「にゃ」

提督「多摩、お前」

多摩「多摩は基本的に姉妹第一にゃ。提督にとってそれが第一のようににゃ」

多摩「それじゃあにゃ」ガチャ

あ、やば、忘れてた、

扉が私のいた方に開く。

木の板にさえぎられ多摩姉は見えないし、多摩姉も私はまだみえてない。

扉の影で体育座りで体を縮める。

お願いだからこのまま気付かずにどっかへ…

多摩「…」チラ

北上「ぇ」

一瞬チラと、でも確かにこっちを見た。

でもまるで何事も無かったかのように部屋を後にした。

どういうことだ?

予想外の事につい体育座りのまま閉まる扉の横で固まってしまう。

するとまた部屋の中から声がした。

吹雪「予想外でしたね」

提督「というかお前知ってたろ。あん時お前が無線出てたんだから」

吹雪「そう言えばそうでしたね」

提督「おい」

吹雪「いえ、実際多摩さんの言う通り仕方ないことだったとは思いますよ」

提督「それは分からなくもないけどさあ。というかなんで今隠れてたんだよ」

吹雪「なんとなく?」

提督「お前のなんとなくは信用できん」

吹雪「あはは、それはともかく仕方ないと言えるといえば言えます。でもその上でどうして多摩さんが北上さんを連れていったのか気になったので」

提督「仕方ないから、だけじゃないと?」

吹雪「だからまあ本人の言う通り姉妹第一ってことなんでしょうね」

提督「家族想いだな」

吹雪「ええ、本当に」

北上「…」

家族ねぇ。

吹雪「で、北上さんはどうします?見ちゃったみたいですけど」

提督「向こうから何か言わない限りは特に何も」

吹雪「言ってきたら?」

提督「…どうすっかなあ」

吹雪「ありゃりゃ、悩んでますねえ。即決かと思いましたけど」

提督「そうもいくかよ。でもあんまり悩んでる余裕はないよなあ」

吹雪「北上さんなら即聞きに来そうですしね」

提督「知識欲とかすげぇからなアイツ」

もう暫く聞いていても良さそうだが流石にそろそろお風呂に向かわねば皆に怪しまれる。

多摩姉は一体どういうつもりなのだろうか。

それに私は何を見たんだろうか。

今まであまり意識していなかった。

海には化け物がいて、私達はそれと戦うためにいるんだ。

私もそうあるべきなのだろうか。

艤装を付けていない今なら、私も何かあればあの人達のようにこの深緑の制服が血に染まるような弱い存在だ。

北上「やっぱ怖いよねぇ」

猫はやはり海に出るべきじゃない。

そろそろ佳境。

船って以外と簡単に沈まない、という根拠の無いイメージがあります。

様々な知識が!

あの時代の船は基本棺桶なんですね…
でも輸送船がやたら硬いというイメージは多分ワ級のせい

70匹目:mad enough to kick a cat



猫のケツを蹴るくらいイカれてる、という意味。

つまり頭おかしいよってこと。




夕張「あんっ//」

明石「どう?」

夕張「ごめん普通にくすぐったい」




目の前の状況をごく簡単に説明するとしたら

制服姿で両手を後ろで組み目隠しをした状態で椅子に座っている夕張と

その夕張のおへそ辺りを筆でいじっている明石

となる。

どう考えても何も見なかったことにして逃げ出した方が賢明な状況なのだがあまりにも訳が分からなすぎて聞かざるを得なかった。


北上「何やってんの」


夕明「「兵装実験」」

嘘をつけ。

北上「とりあえず吹雪に報告をば」
夕張「違う!違うの!これにはマリアナ海峡より深いわけが!」
明石「」ウンウン

北上「目隠し拘束状態の痴女に説得されてる私」

あとマリアナは海峡ではなく海溝だ。

夕張「私今そんなに見た目酷いの?」

明石「言わなかったけど正直誰かに見られたら人生終わるくらいには」

夕張「マジっすかサンデー。というかなんで!なんで言わなかったのそれ!」

明石「いやほら、ギャグボールは流石にやめようってなったから相対的にまともに見え始めたというか」

北上「サラッとギャグボールとか言わないで欲しい」

夕張「うぅ…ここは第一発見者が北上で良かったと安堵すべきか」

北上「目撃した身としてはもう気が気じゃないけどね。惨殺死体に負けずとも劣らないレベルのショックだったけどね」

夕張「エr、薄い本でよくへそとかで感じてるのあるじゃん」

北上「そんな知ってて当然みたいな前提で話を振られても困るんだけど」

明石「アレってほんとに感じるのかなあって思って」

北上「そんなところで研究者魂見せないで」

夕張「物は試しと」

明石「感覚を鋭くするために目隠しを」

北上「あれ?ギャグボール要らなくない?」

夕明「「気持ちが入るかなぁって」」

北上「あぁ、そう…」

北上「そもそもなんでおへそなのさ」

夕張「胸はなんか1人だと虚しくなるし、二人だと凄く気まずい空気になる」

北上「え、実践済み?実践済み!?」

明石「下はクセになるのでこれ以上はヤバいってなった」

北上「何してたのホントにさ!?」

夕張「オモチャは作り放題なので」

北上「弄るのは身体じゃなくて兵装だけにしてよ…」

明石「ほら!私達も兵器みたいなものだし」

北上「だとしたら欠陥にも程がある…」

夕張「不思議な事にオn、自慰とかそういう事にのめり込んでる娘っていないのよね」

北上「不思議な事なのそれ」

明石「皆が普通の人間だとしてもヤってる人はヤってるもんでしょ?」

北上「知らないよ…」

夕張「ましてここは戦場。ストレスマッハのブラック職場なのにその捌け口としてオナニーや慰めックスレズックスに走るものがいないのは異常よ」

北上「さっきから頑張ってオブラートに包んでたのに一気にアウトなワードぶち込んできたね」

明石「男は提督1人なんだし同性愛者がワラワラ出てきてもおかしくないのに」

北上「そんな発想がワラワラ出てくる方がおかしいんだよ」

夕張「その提督だってヘタレパツキン(笑)だから手を出したりはしてないし。逆レされてる可能性は否定しないけど」

北上「そこははっきりと否定してくれると嬉しい」

明石「私達も別にストレスとかでこんなことしてるわけじゃないものね」

夕張「そうそう。あくまで知的好奇心」

北上「でもクセになりかけたんでしょ」

明石「そう、そこなのよ」

北上「え」

夕張「当たり前だけど私達も普通の人間みたいに快楽というか、そういうのは感じるのよ」

明石「例えばほら」ムニッ

夕張「アッ//」



夕張「」スッ
明石「ゴメン、マジごめん。だから白熱電球はやめてマジやばい」

北上(何故白熱電球…)

夕張「私はここの、ほら。胸の下あたりが弱い。あと脇」ヌギ

北上「見せんでええわ」

明石「私は「明石のはちょっと刺激が強いからNG」えー」

北上「なんかすっごい気になるけど聞かないことにする」

夕張「まあそんなわけで私達にも性感帯はある」

明石「にも関わらずそれに溺れたりする者がいないのよ」

夕張「生物の三大欲求にも挙げられる性欲だけど何故か私達はそれが薄い。食欲睡眠欲は人並みにあるのに」

明石「慰安は様々な戦場で問題になるくらい切り離せない問題なのに何故か。私達が女だからか」

北上「前半のアレがなければ真面目な話に聞こえるのに…」

夕張「まず基本的に私達は子孫を残せない。生殖能力がないから」

明石「ゴムなしヤリ放題よ」

北上「サイテーだよ台無しだよ」

夕張「でもそうなると余計に快楽だけを目的にしてしまうと思うの」

北上「そこはまあ確かに」

明石「つまり艦娘にないのは生殖能力というより生物としての基本的な意識。能力ではなく遺伝子を残さなきゃという意識」

夕張「ヒトの形をしてはいるけれど生き物としてある意味もっとも根本的な意識が欠落していると思うのよ」

北上「んーどうなんだろ。普通の人間の意識って私達にはわかりようがないからなんとも言えないや」

夕張「一般人と触れ合う機会もないものねー」

明石「あー聞きたい弄りたいー」

夕張「JKをハイエースでダンケダンケしたい」

明石「怪しい薬とか触手とか試してみたい」

北上「二人にないのは常識だよ」

夕張「お腹はすくから食欲はある。眠くなるから睡眠欲はある」ゴソゴソ

明石「でも何も食べてなくても燃料と弾薬があれば戦える。不眠不休でもそれで死ぬ事は無い」ヌギヌギ

夕張「人間らしさはあるけれど生き物とはおおよそ考えられない」ギシギシ

明石「血は流れてるけれどそれはあくまで身体を維持する機能で、親から子へと受け継がれる遺伝的な血ではない」ゴロン

夕張「血は水よりも濃いというなら私達の場合血は海水よりは薄いってとこでしょうね」チャキ

北上「真面目に語っているところ悪いんだけどなんで明石は服脱いで横になってて夕張は筆と目隠しの用意をしているの」

明石「次私の番だから」

夕張「さっきは私がやられたので」

明石「お互い平等にと」

夕張「被験体は多ければ多いほどいいものね」

北上「なんでそういうとこだけ良識あるのさ」

夕張「北上もどう?気持ちいいよ」ナデナデ
明石「んーそこは微妙」

北上「興味が無いと言ったら嘘になるけど本能が全力で拒否してる」

夕張「そういえば大井はどうなの?」コショコショ
明石「ちょ、そこ鼻は、ハックション!!」

北上「んー。そういう事はしてこないなぁ。単純に姉妹として私の事が好きってことなんじゃない?」

夕張「ちぇーつまらないのー」コチョコチョ
明石「アハハハだめぇ脇は弱アヒヒヒィッ」

北上「私はほっとしたけどね」

夕張「そういえば大井の機嫌は治ったの?なんか調子悪かったって」ギュッ
明石「え、何結んでるの?」

北上「治ったよ。提督と無事ゴールインできたからじゃないかな」

夕張「え!?結ばれた!?」ガタッ
明石「わっ!びっくりした…目隠しって結構怖いわね」

夕張「ちょっとちょっと~その話詳しく聞かせなさいよ~」
明石「あれ?夕張~?」

北上「いや私も詳しくは知らないよ?」

夕張「よーし調査よ!ありとあらゆる手を尽くして暴いて洗ってさらけ出してやるのよ!」
明石「ちょ、どこ行くの?ねぇこれ私縛られてない!?手が動かないんだけど!」

北上「さらけ出すのはともかく私も気にはなってたんだよねえ」

夕張「そうと決まれば早速、善は急げ!」
明石「怒ってる?やっぱさっきの怒ってる?」

北上「え、明石は?」

夕張「ほっとこう」
明石「怒ってたぁぁ!!思った以上に怒ってたあぁぁ!ゴメンて!謝ったじゃん!仕返しにしてもこれはやりすぎよ!」

ホントに明石を置き去りにしたぞこのお中元。

夕張「よし」カタン

北上「別に作業中って札を下げればいいというものでは無いと思うんだ」

夕張「マジにヤバかったら艦娘パゥワァーでなんとかなるでしょ多分」

北上「…で調査って一体なにするの」

夕張「とりあえず提督室に盗聴器をね」

北上「当たり前のようにそういう発想が出てきて尚且つ当然のように盗聴器持ってるってのが…」

夕張「探偵七つ道具のひとつだもん!」

北上「残りは」

夕張「嘘発見器」

北上「推理する気ねえ」

なんの躊躇もなく提督室へ向かう。

夕張「前々から盗聴器は仕掛けたいなって思ってたのよ」

北上「えぇ何故に」

夕張「提督の弱み握って手篭めに」

北上「男女逆じゃんか」

夕張「ジョーダンジョーd」バコン
北上「うわっ!?」

突如横の部屋の扉が思い切り開き夕張の顔面にぶち当たる。

もし私が廊下のそっち側を歩いていたと考えるとゾッとする。

北上「ってあれ、吹雪?」

吹雪「きーきーまーしーたーよー夕~張さん」

夕張「顔は、顔はアカンて吹雪ちゃん…」

吹雪「はいはい今治療してあげますからね~お話はそこでじっくり」

夕張「違うの!ちゃうねん!これには吹雪ちゃんの胸の谷間くらい深い理由が!」

吹雪「海抜ゼロメートルじゃないですか!!」

夕張「自分でそこまで言わなくても…」

北上「何故流れるように煽るのか」

吹雪「はーいとりあえず工廠行きましょうね~」

夕張「ちょ!なんで?なんで工廠!?」

吹雪「どーせ碌でもない事してたんでしょう」

夕張「してない!断じてしてない!」

吹雪「してたんですね」

北上「してたね」

夕張「北上ぃぃぃ!!」

北上「アレに関しては私無関係だし…」

吹雪「言い訳は海の底で聞きます」

夕張「ヒィッ!?」

夕張が連れ去られていく。

北上「もしかしてマゾなのでは」

割と有り得そうな仮説だ。

北上「そういやこの部屋ってなんだ?」

吹雪が出てきた部屋を見る。

印刷室。と書いてある。

最近印刷機は使わないからと例の倉庫に置かれていたはずだが。

中を見ると何故か部屋はがらんとしていた。

机が壁際にあるだけ。壁や床、机の上の跡から察するに印刷系の機材は捨てた後という事だろう。

つまり元印刷室か。

そんな中奥に一つだけ機材が置いてあった。

北上「確かー、シュレッダーか」

印刷室時代の唯一の生き残りか。

印刷機達の後処理としてまだ使われているらしい。それもいずれ、廃棄されるのだろうけれど。

いずれ役目は終わる。

なんだか親近感が湧く。

北上「てこれ途中じゃん」

シュレッダーの電源は入れっぱなしだし横には処分予定の書類が置いてあった。

まだ文庫本くらいの太さの量が残っている。

好奇心のままに書類を手に取ってみる。

内容は、海域の何やら難しい情報。

深度とか海流、温度に風。頭痛くなりそう。

北上「あまり読む価値はなさそうかな」

パラパラと流し読みに変える。

すると急に沢山の画像が目に入ってきた。

それは船だった。私達ではなく船としての船。

そしてその画像には見覚えがあった。

船ではなく、その傷、損傷に、弾痕に。

日付は10年も前のだ。

ページをめくるとその被害などが細かく書かれていた。

同じような事件は他にも何件もあるようで、残りのページは全てそれらに関するものだった。

いや、既にシュレッダーにかけられた分も考えれば更にか。

まだ無事な書類の1番最後のページをめくる。

これ以降は既にシュレッダーに喰われている。故にこの事件についての情報量は少ない。

画像はなく僅かな文字だけが書いてあった。

日付は1年前の夏。

大型の船が沈み多くの被害が出たそうだ。

一字一句しっかり読み進めていく。

それはこの前私達が関わったあの海外船の事件と似ていた。

船から連絡が途絶え護衛艦隊は全滅。生存者のいない船だけが残った。

違ったのは、駆け付けた救援の艦隊がそこにいた深海棲艦と戦闘をし、追い払っている事。

最後の数行で目がとまる。

北上「やばっ」

この時その音を聞き逃さなかったのは実に運が良かったとしか言いようがない。

廊下から聞こえた音が吹雪達である確証はないけれど可能性がある以上ここにいるのはまずい。

これが見られていいものとはとても思えない。

しかしどうしようか。廊下に出れば確実に見つかる。

しかしここには廊下に繋がるドアと窓しか…

吹雪「はぁ…」

窓越しに深い溜息が聞こえた。

暫くしてシュレッダーが紙を食べる音がする。

どうやら気づかれてはいないようだ。

窓がちゃんと開くタイプでそれなりの大きさであることも、ここが一階だった事も実に運がいい。

猫の体だったら小さな窓でも部屋が二階でもなんとかなったろうに。

いや高さはこの身体ならなんとかなるか。

窓から見えないように姿勢を低くしながらその場を離れる。

頭の中では二つの単語がずっと反復していた。

最後の数行。

作戦に参加したという艦隊の中にあった大井っちの名前と、初めて聞く深海棲艦の分類名。

レ級という単語が。

ラスボス!君に決めた!

誰にするか迷いましたが最近サラトガ任務でトラウマを植え付けられたのでコイツにしました。ダブルはだめですよダブルは…

アニメ盛りなんてお父さん認めません!

謹賀瑞雲
遅くなって申し訳ない
年末年始って何やかんやで忙しいのはどうしてなんでしょう、新年ボイスを聞きたいだけだというのに
まだ続くので今年もお付き合いくださいませ

72匹目:猫と天敵







天敵。

それは絶対に関わりたくない危険な相手。

見た瞬間脳が危険信号を発し全身が逃げの体制をとる。

本能的にヤバいと察するもの。

すなわち


阿武隈「あ、北上さん!」

北上「げっ」

と思わず声が漏れたのは廊下の角から阿武隈が見えたからではない。

阿武隈が私の天敵を連れて歩いてきたからだ。

それも、大量に。

暁「あ、ホントだ」

江風「おっしゃ捕まえろー!」

響「ypaaaaa!」

神風「うらーー!」

浦風「浦ーー!」

北上「なんでっ!?」ダッ

踵を返し全速力で元来た道を戻る。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「って、まあ捕まるんですけどね」

浦風「息切れるの早すぎやない?」

北上「私ゃもう歳だよ」

江風「何言ってンすか。身体はバリバリのJKッスよ。いやJCかな?」

神風「じゃあ私達は小学生かしら?」

響「一名小学生とはかけ離れた駆逐艦がいるけどね」

江風「そもそも小学生ってどれくらいの大きさなンだろ」

浦風「見た事ないけん、イマイチピンとこんねえ」

暁「ねえねえ、じぇーけーとかじぇーしーって何?」

北上「ピチピチのレディーって意味だよー」

響「暁もいずれJC、JKとレディーの階段を登っていくんだよ」

暁「れでぃー!!」

阿武隈「ちょとぉ!変なこと吹き込まないでくださいッ!!」

全速力で逃げた、のではなく風がヒヤリと冷たくなってきたこの時期一番暖かい場所に移動したというのが正しい。

鎮守府の一角にある休憩室と呼ばれる場所。

日当たりがよくまだ解禁されてはいないがストーブまである素晴らしいところだ。畳なのも実にGood。

北上「皆は遠征帰り?」

江風「そーそー。この後もまたお使い」

浦風「段々海は寒くなってきとるし、そろそろ防寒具出さんとなぁ」

神風「浦風さん、この中だと一番寒そうよね」

暁「袖がないものね。幾ら私達が寒さに強いと言っても限度があるわ」

響「私は既に完全防寒だよ」

暁「いいわよねぇ響のこのモコモコ」

阿武隈「江風は改装で少し厚着になったのよね」

江風「おうよ!首元の白いのも川内さン見たいでカックイィっしょ!」

北上「あーね」
阿武隈「あの夜戦バカね…」
神風「あの人かぁ」
浦風「まあ見た目は…」
暁「五月蝿そう…」
響「ハラショー」

江風「おっと反応が鈍い…」

北上「川内ってアレでよく旗艦とか務まるよね」

前々から疑問ではあったことだ。

江風「いやいや、確かにちょっと騒がしいけど」

響「ちょっと?」

江風「…かなり騒がしいけど、水雷戦隊の旗艦なら確かにあの人だぜ」

浦風「海に出とる時は間違いなく川内型の一番艦じゃけんね」

北上「およ、意外と評価が高い」

阿武隈「あーそっか。北上さんは組んだ事ないですもんね」

暁「私もないわね。那珂ちゃんとなら訓練とかで一緒になった事はあるけど」

江風「うわぁあの人の訓練かぁ」

神風「どうだった?」

暁「あまり思い出したくないわ…」

北上「色々あるんだねえ」

一応軽巡という区分けに入れられてはいるが私達雷巡はあまり駆逐艦や軽巡との関わりはない。

というか駆逐、軽巡による水雷戦隊組の繋がりが濃すぎるという感じだ。

阿武隈「機会があったら一緒に訓練してみるといいですよ。あんなのでも技術は一流ですから、あんなのでも」

2回言った。何か恨みでもあるのだろうから。

江風「凄いンだぜ!この前なンかル級相手にさ」
浦風「あー江風がヘマして取り残された時の話やね」
江風「違っ!わないけど違う!」

神風「夕立ちゃんが、敵見たらすぐ突っ込んでくっぽい!神通さんっぽい!って呆れてたわよ」

暁「わー似てる似てる!」

阿武隈「この前神通さんと那珂ちゃんが編成変えるかどうかって話してたのそれなのかな」

江風「みんな知ってるンかい!」

北上「流石に水雷組は噂の広まりが早いね」

響「魚雷より早く伝わるからね」

江風「だってよぉ、私だってもっと活躍活躍してぇンだよぉ」

暁「もう!敵を倒すだけが活躍じゃないのよ」

北上「ぐう正論」
神風「流石れでぃ」
阿武隈「イヨっ!ネームシップ」
響「自慢の姉だね」

江風「うわーんアイツらがいじめるよママー」

浦風「誰がママじゃ、はいはいよしよし」

北上「身長ほぼ同じなのにああやって抱き着かれる様は母性を感じさせる不思議」

暁「私達にはぼせい?が足りないのかしら」

神風「母性…」

阿武隈「母性…」

北上「母性かぁ…」

お互いに胸を見比べ合う。

北上「なるほど足りないね」

阿武隈「うぅ…いつか、いつかはきっと…」

神風「旗風はあんなにあるのに…」

響「暁はそのままでも大丈夫だよ。需要はある」

暁「え、なんのこと?」

浦風「ちょっと!流石にくっつきすぎじゃ!」
江風「えぇーいーじゃンか減るもンでなし」

北上「そういえばさ、さっきのル級で思い出したんだけど」

江風「まだなンかあるンすか!?」

北上「いやそうじゃなくてね。皆レ級って聞いたことある?」

阿武隈「レ級?」

暁「えっと、アイウエ」
響「イロハだよ」

浦風「イロハニは駆逐やよね」

阿武隈「ホ、ホ?」

江風「あの対潜ヤローだな」

北上「あーどこが口だがわかんない奴か」

神風「ヘトが軽巡でリが雷巡」

浦風「チが雷巡やなかった?リは重巡で」

暁「ヌオは空母ね!ルは戦艦で、ワなんていたっけ?」

北上「輸送船だね。よく相手するから覚えてる」

江風「カ、カー。カ?」

浦風「全然思い出せんね」

神風「タは戦艦よね。後はー」

阿武隈「ナ!あの凄ーくかったい駆逐!」

江風「あー!あれな、ズリぃよな絶対」

北上「ツは言わずもがな」

響「アイツも妙に硬いよね」

神風「空母の皆さんが呪詛を吐くやつですものね」

暁「あっ!潜水艦がいない」

浦風「となると抜けとるとこは潜水艦やね」

神風「潜水艦は相手にする事は多くても姿が見えないから子細がよく分からないのよね」

暁「カヨとレソ、とネが潜水艦?」

北上「そんなにいたっけ?」

阿武隈「普段合わない相手は覚えてないものですね」

北上「だねー。結局レ級は謎か」

神風「鎮守府の資料か海軍のデータバンク覗けば一発ですよ」

暁「スマホで見れたっけ?」

浦風「スマホだと漏洩が怖いから提督のPCやないと無理じゃって吹雪が言っとったよ」

響「資料じゃ古いかもしれないし提督に聞くのが一番だね」

北上「うわーなんか皆が難しい話してる」

江風「まだスマホ慣れてないンすか」

北上「最近ようやく持ち歩く事を覚えたよ」

神風「そこからですか…」

阿武隈「今は?」

北上「部屋に忘れた」

江風「でもなンで急にその、レ級ってやつを?」

北上「いやあ居るのかなーって。ラ級とかはいないの?」

浦風「今のところナ級が最後じゃね」

神風「ラ行はなんか可愛く聞こえますよね」

暁「ラ級の次なんてム級よむきゅー」

響「ゆるキャラみたいに聞こえるね」

江風「それでいて戦艦だったりしてな」

北上「戦艦ムキューか」

阿武隈「でも最近新種の深海棲艦が見つかったって噂が」

神風「そうなんですか?」

響「浮き輪がどうこうって噂だよ」

浦風「浮き輪?」

北上「なんじゃそりゃ」

江風「お、そろそろ時間かな」

阿武隈「それじゃあ私達はここら辺で」

北上「大変だねぇお使いは」

神風「明日は休暇なので頑張りどころです」

江風「また面白い話聞かせて欲しいっス!」

北上「気が向いたらね」

響「じゃあ雷達も呼んでこよう」

暁「いいわねそれ!」

浦風「ウチも浜風達に声掛けてみようかね」

北上「え」

阿武隈「それでは出ぱーつ!」

北上「あちょっと!」

行っちゃったよ。

油断した。駆逐艦は1人来たら4倍に増えると思わなくちゃいけない。

まったくこれだから

北上「駆逐艦、ウザイ」

さてどんな話をしてやれば満足するか考えなくては、

北上「って違う違う」

レ級の件だ。資料と言っていたが恐らくそっちは今頃ゴミ箱だろう。

となると提督のPCだがそちらは提督や吹雪に気づかれる。

どうしたもんか。

北上「こうなるとあの二人に頼るしかないか」

実に気が進まないが。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

夕張「こう?」

明石「もっと最初はガッチリ腕を組んで。直角、九十度で」

夕張「こう?」

明石「それ!それそれ!そのままスーッとシャツを脱ぐ、南半球と脇を同時に見せる感じで」

夕張「来た!ここまで来た!最後は?」

明石「後は脱ぐだけ」

夕張「…ん?待ってこれ脱ぎにくい。あ、引っかかった。ポニテに引っかかった」

明石「もぉーなにやってんのよサッと脱いでサッと」

夕張「だってこれ後ろ髪引っ張られてイタタタタ無理やり引っ張るな抜ける抜ける!!!」




北上「…」

こいつらはアレか?私が来るのを見計らってこんなことしているのだろうか?

それとも四六時中こんなことしかしていないのだろうか?

後者だとは思いたくないのだが。

夕張「提督のPCをバレずに覗く?」

北上「正確には軍のデータバンクとかなんとかってやつ」

明石「一体何を覗き見する気なのよ」

北上「それは秘密」

夕張「んーでもせっかく頼ってくれたとこ悪いけどそれはきついかなあ」

北上「マジで」

明石「提督のPCだけならまあって感じだけど流石にそっちはね」

北上「そんなに?」

夕張「そんなに。詳しく説明する?」

北上「いやぁ理解出来る気がしないからいや」

明石「なら代わりにさっき私達がやっていたことを説明するわね」

北上「いいです」

夕張「今回の議題は1番エロい服の脱ぎ方についてでね」

北上「いいと言っとろうに」

北上「提督のPCなら見れるの?」

夕張「ザルだからね」

明石「でも個人的な要件ではPCを使ってないみたいで面白いものはなかったのよねえ」

北上「当然のように覗いてやがるぜ」

夕張「提督意外とアナログなのよ」

明石「写真は現物でとってるあるしね」

北上「そっかあ」

夕張「…」

明石「…」

北上「え、なに、どしたの二人とも」

夕張「いや、なんか、ね」

明石「思ってたより残念そうというか」

北上「んーまあ残念と言えば、残念かな」

夕張「ほほぉう」

明石「提督の事を知れなくて」ニヤ

夕張「ガッカリしちゃった?」ニヤ

北上「う、うん。そんな感じ…?」

何ニヤついてんだこの人達。

って違う違う。私が知りたいのはレ級とかいう野郎についてだ。

夕張「いやぁまいりましたなぁ」ニヤニヤ

明石「いやはや全くですなぁ」ニヤニヤ

北上「…」

なんだろうすごくイラッとくる。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

木曾「結局捜し物とやらは見つからなかったのか?」

北上「まあねー。工廠組はなんかニヤついてばっかでよくわかんないし」

雷「あーそこそこ!そこで右よ!」

北上「え、こっち?」

電「それじゃ逆そうなのです!」

北上「こ、こう?」グイーン
雷「体!体だけ曲がってる!」
電「はわわわわ!」

木曾「…それは何をやってるんだ?」

雷「あちゃー壊れちゃった」

北上「レースゲーム。私こういうの苦手なんだよねぇ」

工廠からの帰りに私は六駆の部屋に連れ込まれた。暁と響は遠征中だ。

今は雷を膝に、電が私の背中におんぶするような形でもたれかかっている。

レースゲームは苦手だがそうでなくてもこの体制ではやりづらくてしょうがない。

秋雲「やほー、響いるー?ってありゃ。珍しい組み合わせだねえ」

北上「響はお使い中だよー」

雷「リトライよリトライ!」

電「次こそなのです!」

北上「なんで私にそこまでやらせたがるのさ」

雷電「「見てて面白いから(なのです」」

北上「サラッと怖いこと言うね」

秋雲「木曾さんは?」

木曾「廊下を歩いてたら意外な所から姉の声がしてな」

秋雲「なるほどなるほど」サラサラ

木曾「何書いてるんだ?」

秋雲「ほら、あの三人。すごく絵になると思いません?」

木曾「…なるほど」

北上「さてそろそろ行こうかね」

雷「えーもう行っちゃうの~」

北上「1回1位取れたんだしいーじゃんか」

電「あ、阿武隈さん達もうすぐ帰ってくるみたいなのです」

雷「ホントだ、メッセージ来てる」

北上「ならちょうどいいや」

木曾「俺も行くかね」

北上「まだ居たのかね木曾くん」

木曾「姉のハンドル捌きが中々に面白くてついな」

北上「にゃろう」

秋雲「あそーだ、北上サン。今度また同人誌制作手伝ってよ。そろそろ描き始めないとなんだよねぇ」

北上「はいはい。報酬は弾んでよ」

木曾「上姉絵描けるのか?」

秋雲「チッチッチッ。絵を描くだけが漫画じゃあないんですよ。何せセリフもあるんですから」

木曾「あぁ言われてみれば」

北上「別にただの読書好きってだけなんだけどねぇ」

木曾「こういう事ってよくあるのか?」

北上「こういうとは?」

木曾「さっきみたいに一緒にゲームしたりとかだよ」

北上「そうだねー。鎮守府うろついてると良く絡まれるかな。ちょっと移動するだけでもだよ、うざいよねー」

木曾「ほぉ」

暁「あ、北上さーん!」

北上「ヤホー。お使い帰りか」

響「そうだよ」グイグイ

北上「待て待てさりげなく引っ張るな」

響「夕飯までゲームタイムだ」グイグイ

暁「いいわねそれ」

北上「いまさっきしてきたとこだよ。あ、そういや秋雲が響の事探してたよ」

響「秋雲が?なんだろう」

北上「それは聞いてない」

暁「なら早く部屋に戻りましょ」

響「そうだね。じゃあまた」

暁「またねー」

北上「はいはい」

木曾「…うざいか?」

北上「うざいねー」

黒潮「北上は~ん」

北上「おズッコケ三人組」

陽炎「誰がズッコケよ」

北上「訓練上がり?」

不知火「はい。先程まで神通さんと」

北上「うわおっかねえ」

黒潮「なあなあ。これからウチらのとここおへん?」

北上「ポーカーなら付き合うよ」

不知火「残念ながら今回はチンチロリンです」

陽炎「ポーカーは北上さんが強すぎるからダメー」

北上「えーじゃあパス」

黒潮「ありゃ、ふられてもうた」

不知火「木曾さんはどうですか?」

木曾「いや、俺もパスかな」

不知火「ふられてしまいました」

陽炎「あんたまでやるのそれ。ほら早く戻るわよ」

黒潮「ほなまた」
不知火「失礼します」

木曾「いつもこんな感じなのか?」

北上「そだね~」

北上「ただいま我が家ー」ガチャ

木曾「ん?神風?」

神風「北上さん木曾さんおかえりなさーい」

北上「私らの部屋でなにしてんの?」

神風「ほら、この前借りた本を返しにと」

北上「それだけ?」

神風「ついでに他にもなにか借りようかと」

北上「棚の一番下はまだ読んでないゾーンだからダメー」

神風「リョーカイです」

木曾「…なあ神風、一つ質問いいか?」

神風「?なんでしょう」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

神風「北上さんが駆逐艦に人気の理由ですか」

北上「確かになんかやけに絡まれるんだよねぇ」

木曾「本人がこの調子だからよく一緒にいる神風に聞こうかと思ってな」

北上「こんな調子ってどういう意味さ」

神風「あー」

北上「あれ、なんか伝わっちゃってる?」

神風「距離感、じゃないですかね」

木曾「ほう」

北上「距離感?」

神風「来るものは拒まず去る者は追わずって感じのです」

木曾「それはわかるな」

北上「わかるんだ」

私はわからん。

神風「北上さん、私達がベタベタくっついても拒まないでしょ?」

北上「ウザイけどね」

神風「でも拒まないでしょ?」

北上「うっ」

私をまっすぐ見つめる目に思わず怯む。

木曾「確かにそうらしいな」クツクツ

北上「笑うなこら」

神風「それでいて北上さんから絡んでくることはない。なんて言うか、遠慮とかがいらないというか、仲がいいとは違う遠慮のなさがあるんです」

木曾「上姉は基本的に誰に対しても同じ接し方をするからな」

北上「それはまあそうかも」

神風「あとあと、拒みはしないけれどいつの間にかサッとどこかへ行っちゃったり」

木曾「さっきもまさにそんな感じだったな」

北上「長居したってしょうがないしさ」

神風「まさに猫って感じなんです。猫女子ですね」

なんだ猫女子って。

木曾「なるほどな」

こいつまさか適当に頷いてるだけじゃあるまいな。

バタン!

神風「ひゃあっ!?」
木曾「おわっ!!」
北上「お?」

突如扉が開かれる。なんでみんな静かに出入りできないんだ。

大井「神風!!」ツカツカ

神風「お、大井さん!?」グワシッ

大井っちが神風の両手を掴む。なんだ何をする気だ。

大井「よく分かってるじゃない!」

神風「へ?」

大井「そうよ!そこが北上さんのいいところなのよ!昔から!誰にでも懐くようで誰にも靡かない!まさに猫!でしょ!!」
神風「は、はい!」

木曾「はぁ…」

大井っちに掴まれたまま気圧される神風と手を額にあて俯き深い溜息をつく木曾。

よし。

北上「私ちょっと図書室行ってくる」

神風「あズルい!ズルいですよ!!」

北上「ほら私猫だから」

木曾「俺もちょっと用事が」

神風「あーー!!!」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「神風の悲鳴ってなんか可愛いよね」

木曾「上姉はそういうとこもっと自重した方がいいぞ」

北上「そういうとこ?」

木曾「加虐的なとこ」

北上「猫だからね」

木曾「免罪符にするなよ」

北上「木曾だって見捨ててたくせに」

木曾「身を守っただけだ」

北上「はいはい。それでどこ行くの?」

木曾「少なくとも図書室以外かな」

北上「それじゃまた後で」

木曾「おう」

木曾と別れる。

さてと誰かに見つかる前に移動しなくては。

吹雪「おやおや」

北上「げっ」

まるで幽霊のようにヌルりと現れた。

吹雪「げってなんですかげって。職場の廊下で出くわした上司に向かってげって」

北上「上司だからだよ」

吹雪「ふふん、そうですよ偉いんですよ。敬ってもいいんですよ」

思わず鼻あたりをつまみたくなるようなドヤ顔をする秘書艦殿。

北上「敬うより謝る事の方が多いからなあ」

吹雪「それは自分の責任です」

こういうとこはハッキリ言ってくるよねこの娘。

北上「それで、なにかよう?」

吹雪「捜し物について」

北上「はい?」

吹雪「どの道無理ですよ。ああいうのって観覧権限みたいなのがあるんで、提督じゃ無理です」

北上「なんのこと」

吹雪「何ってレ級の話ですよ」

ああ、ほら。そうやっていつもの子供らしい笑顔をすっと引っこめる。

北上「だから げってなるんだよね」

天敵と言うなら、まさに今目の前にいるこの吹雪がそうだ。

吹雪「駆逐艦達の噂は砲弾よりも早いですから。迂闊に漏らすもんじゃあないですよ」

北上「なるほど」

吹雪「強力な深海棲艦については関わっていい人間とそうでない人間がいるんです。ウチの提督はまだまだ新米ですからね」

北上「でもそういう情報って隠してていいものなの?運悪く邂逅する可能性はあるじゃん」

吹雪「そこまで運のないやつはどの道死ぬって話ですよ。力の差ってのは下からじゃよく分からないものですから、武勲を上げたくて身の丈に合わないことしようって輩を出せないためにです」

北上「本当にそれで効果はあるの?」

吹雪「例えば北上さん、敵主力がいる座標だけ渡されてそこにたどりつけますか?勝てると思いますか?敵の編成も艦種も装備も不明で道中の海路や深度や波風、それらの情報一切抜きで」

北上「…」

吹雪「海を進むって本当に難しい事なんですよ。僅かな事で私達は簡単に沈みます。深海棲艦はその要因のひとつに過ぎません。馬鹿な輩でもそこら辺は心得てるもんなんです」

北上「そっか」

吹雪「そうです」

吹雪「それでは」

あっさりと踵を返し立ち去ろうとする。

北上「それだけ?」

吹雪「それだけですけど?」

北上「そっか」

吹雪「そうです」


北上「私がレ級を知ってる事に対して何も言わないんだ」


吹雪「…」

だってそうじゃないか。それを聞かないと言うなら、それはつまり、

吹雪「北上さん。もしどうしても開けて欲しくないパンドラの箱があったらどうします?鍵をかけます?コンクリートで固めます?ドラム缶にでも詰めて海に流します?」

私はこの時引かないと決めていた。

吹雪「まあそれもいい手ですけど、例えばその箱を特定の誰かにどうしても開けて欲しくない場合はどうします?」

目の前の天敵相手に、引かないと。

吹雪「開けるなって言うと気になるものですからね。忘れようとしても気になるものです」

北上「私みたいなのは特に、ね」

吹雪「だから私は、あえて箱の中身を見せるんです」

北上「見せる?」

吹雪「そう。それがどういうものなのか。あなたが今開けようとしているものはこういうものだと教えるんです。そして聞くんです。あなたはそれでもこれを開けますか、と」

北上「私は今、そう問われているの?」

吹雪「いえいえ、まだですよそれは」

触れてほしくないからあえて触れさせる。

確かに理屈としては間違っていない。

北上「それを開けたらどうなる?」

吹雪「さあどうでしょう。開け方にもよりますから」

北上「開け方…」

吹雪「それでは」

今度こそ、恐らく引き止めることは出来ないだろう。

パンドラの悪魔は去っていった。

北上「私に期待してるってのは、その開け方の事なのかな」

でも徐々に、確実に箱の蓋が開かれていくのを感じた。

JAZZコンサートしゅごい

言い出したらキリがないので以上です。

だんだん話が長くなってきました。
次も多分長いです。
また週一くらいで書いていけたらなあと思っては、思ってはいます。

73匹目:バター猫のパラドクス

猫は高いところから落ちる時必ず足の方から着地する。

バターを塗ったトーストは必ずバターを塗った方から落ちる。

なんて実際のところ猿も木から落ちるように着地に失敗することはそう珍しくもないのだけれど、

これはあくまで考え方の話。

気の利いたジョークみたいなものだ。

必ずそうなると言われる2つを、例えば猫の背中にバタートーストを乗せて高所から落としたらどうなるか、という話だ。

足から着地すればバタートーストを美味しくいただけるし、バターが床を台無しにしてしまえば猫は恥をかくことになる。

必ず起こりうるというそれはどちらか一方だけになってしまう矛盾。パラドクス。

私に言わせればそれは猫でもなくバタートーストでもなく「バタートーストを乗せた猫」という全く別の存在なのだから矛盾はない、と思うのだ。

最強の矛と最強の盾を一緒に装備してできるのは最強の勇者だ。

そこへいくと猫であり船である私は、一体何なのだろうか。

提督「お前なんかやらかしたか?」

北上「なんの事?」

急に提督室に呼び出されたかと思えば見た事ないくらい真剣な顔つきをした提督と吹雪が私を待ち受けていた。

前に本で読んだ問題を起こした生徒が校長室に呼び出されるシーンを思い出す。

提督「今朝急に呼び出しがあったんだよ。しかも名指しでお前にな」

北上「誰から」

提督「元帥のおっさんから」

北上「誰それ。偉いの?」

提督「俺の上司的なやつだな。めちゃくちゃ偉い」

北上「校長先生くらい?」

吹雪「知事くらいですね」

北上「わお」

マジか。

北上「でも私そもそもその人に会ったことなくない?」

提督「まあそうなんだがな」

吹雪「演習をした事はありますけど基本向こうの鎮守府に出向いてますし、北上さんは参加してませんからね」

提督「前に外出した時になんかあったりしたか?」

北上「あいにく知事のおっさんに会った記憶はないけどなあ」

提督「どうなってんだ…」

吹雪「相変わらず読めない人ですね…」

2人の反応からして知り合い、っぽい感じなのかな?

北上「一体なぜ私が」

吹雪「一応向こうは友人が会いたがってる、とか言ってきましたけど」

北上「だから誰よそれ」

提督「俺に聞くなよ」

分からん尽くしだ。

北上「私ゃどうすりゃいいのさ」

提督「あちらの鎮守府に呼び出しだよ。しかも今日」

北上「今日!?」

吹雪「最近お馴染みの例の駅にお迎えが来てるそうですよ」

北上「またバスか」

提督「三回目だ。流石に慣れたろ」

北上「どうだかねえ」

吹雪「待ち合わせは一時。なので軽く昼食を食べたらすぐ向かった方がいいですね」

北上「そっかぁ…ん?一人?私一人なのもしかして」

吹雪「はい」
提督「うん」

北上「マジか…」

北上「死ぬほど心細い」

吹雪「でも向こうから一人でって言われてるんですよ。何故か」

北上「何故だ」

提督「それがわからんからどうにもな」

北上「何かあったらどうするのさ」

提督「そん時ゃ迷わず連絡しろ」

北上「どうやって」

提督「いやスマホあるだろスマホ」

北上「あーうっかりしてた」

提督「そこはしっかりしててくれ頼むから」

吹雪「不安なら提督の手とか持ってきます?」

北上「いやそんな趣味はない」

提督「俺はいつからサイボーグになったんだよ」

そんなこんなでまたバスに揺られて街に向かう事になった。

北上「何がどうなってるんだか」

ともかく失礼のないようにな、と提督には念を押された。

襲われるような事はないと思うんでそこは安心してください、と吹雪は言っていた。

街が見えてくる。ここ最近でこう幾度も訪れる事になるとは。

北上「ヤバいな」

今になって凄く不安になってきた。

どうしよう。心細い。Help me提督。

あ、スマホで話せばいいのか。

北上「えっと確か」

北上:ハロー

これで提督に届いてるはず。多分。届いてるのかな?

提督:どうした!?

うわ凄い速さで返信が来た。暇なのかよ。

北上:なんか不安です

…なんだろう。普通に話すべきなんだろうけどこうして文字で会話するとどうにも他人行儀な話し方になる。

手紙のようで会話のテンポは直に話しているのと変わらない。ネットとは不思議なものだ。

提督:マジで大丈夫なのか!?ヤバいなら戻ってきていいからな!後先考えなくていいから!

北上「うわぉ」

余計に心配させてしまったようだ。

提督は今どうしてるんだろう。

私の文面を見て慌てて返信しているのだろうか。提督は案外過保護だ。

前に帰りが遅くなった時だって大井っちと二人でえらい大騒ぎしてたし。

そうだ、大井っちにも連絡を…

北上「いや、よそう」

ここまで飛んできかねない。

木曾や多摩姉、球磨姉も無駄に心配かけかねない。

北上:緊張解す方法ない?

提督:掌に人という字を書いて飲み込むとか

北上:艦娘って人食べるの?

提督:忘れてくれ

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

吹雪「服装は一応制服の方がいいですね」

北上「でもそれで外歩いちゃまずいっしょ」

提督「なんか上に着てくしかないか。最近寒くなってきたし」

北上「大井っちのコート借りようかな」

吹雪「普通艦娘の移動は海上か車での移動なんですけれどね。なんで待ち合わせなんでしょうか」

提督「俺は知らねえよ」

吹雪「提督には期待してませんから」ニッコリ

提督「なんで満面の笑みなんだよコノヤロウ」

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「これでホントにいいのかな」

服装も髪型もいつも通り。コートを着ただけで誤魔化せるのだろうか。

それとも一般人の認識なんてそんなものか。

しかしどうするんだ?駅に来たはいいけどここからどうやって合えばいいのだろう。

相手が誰で何処で待っているのかもわからない。

すると、

「おーい」

とても聞きなれた声がした。

正確には普段聞いている声と少し違う。

何せ普段は空気を通さず直接聞いているのだからこうして離れて聞くとなんだかむず痒いものがある。

バス停から少し離れたところで手を振る彼女を見つけてそこへ向かう。

あの時と同じく髪は解いていた。

北上「久々、というには早い再開だったね私」

北上「全くだね。でも元気そうで何よりだよ私」

北上「で、もしかしなくても君がお迎え?」

北上「そそ、はいこれ」

北上「何これ」

北上「ヘルメットをご存知でない?」

北上「物は分かるけど意図がわからない」

北上「そりゃあだって」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「おーーーーー!」

バイクに二人乗り。

陸でこんなにも風をを感じる事があるとは思わなかった。

最初は怖かったけど慣れてくるとそんな事どうでもいいくらい気持ちがいい。

北上「楽しんでるねぇ」

北上「すっごいやこれ。立ってみてもいい?」

北上「死にたいならいいよ」

北上「よし辞めた」

北上「賢明賢明」

北上「これ君のなの?」

北上「いんや、提督の。私のはもちっとちっちゃいやつなんだ。だから借りた」

北上「へえ」

北上「いつか私もこんなカッチョイイの買うんだ」

北上「これはなんて言うやつなの?」

北上「カタナ」

両脇の木々がものすごい速さで通り過ぎてゆく。

紅に染まった美しい山々もこうして走り抜けているとまた違った風情がある。

私がバスで超えてきた山と反対側の山を抜けていくようだ。

北上「最初ヘルメット渡された時はびっくりしたよ」

北上「顔を隠せるから一石二鳥だよ」

北上「キスも防げるしね」

北上「あれ?怒ってた?」

北上「怒ってはいないけどもうゴメンかな」

北上「提督にはしたの?」

北上「しないよ。そういうのは、まだわかんない」

北上「のんびりしてると欲しいものが取られちゃうかもよ」

北上「焦って取り逃すよりいいさ」

北上「それもそうか」

北上「木ー木ー木ー。森ってほんと木ばっかだ」

北上「そりゃそうだ。海だって海ばっかりだもの」

北上「あ、今の木折れてた」

北上「あんまりキョロキョロしないでよ。バランス崩れちゃうから」

北上「はーい」

北上「次右にカーブ」

北上「ほいほい」

北上「おー慣れてるねえ」

北上「バランスの取り方は海に出てる時と変わんないね」

北上「それもバイクのいいところさ」

北上「ところでなんで駅で待ち合わせなの?」

北上「これで鎮守府にお迎えでーすってきたら流石に引かれるから」

北上「駅で見た時も引いたけどね」

北上「カッコイイのになあ」

北上「そういう問題じゃないよ」

北上「ところでどう?バイクは」

北上「うん。好き。私も乗ってみようかなあ」

北上「いいよぉバイクは。車と違って体で操作するからね。さっきみたいに海に出ている時と似てるんだ」

北上「分かる分かる。この風感じるのがいいね」

北上「おお!同士だ!」クルッ
北上「ちょ!?前!前見てちゃんと!!」

北上「私他の鎮守府行くの初めてだ」

北上「へぇ、それじゃ今日が初体験か。光栄だね」

北上「君は結構他のとこに行ったことはありそうだね」

北上「しょっちゅうね。新鮮なのは最初の数回だけだよ。大体は公的なやつで外に遊びにも行けないし」

北上「そりゃ辛そうだ」

北上「悪くは無いんだよ。特別良くもないだけ」

北上「そっちの鎮守府ってでかい?」

北上「デカいよー。君のとこと比べたら更に。何せウチの提督お偉いさんだからね」

北上「偉くなるとでかくなるのか」

北上「お墓と一緒だね」

北上「その例えはどうかと思う」

北上「あ、今日はおめかししてないんだね」

北上「うん。お偉いさんとこ行くから制服でって」

北上「ちぇー」

北上「何企んでた」

北上「大井っちに見せたかった」

北上「なんでまた」

北上「可愛かったから」

北上「自画自賛なのでは」

北上「そりゃね、自分の事くらい自分で褒められるよ」

北上「さいですか」

書いてる場合か!!

札が少ない時でないと挑めないと思いE3甲に挑んでますが分不相応な感じが否めない。
でももしかしたらがあるのが希望でもあり引けなくなる理由でもあります。
運営さん頑張って…

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「…でっか」

北上「でしょ?」

徐々に見えてきた鎮守府は想像を遥かに超えるスケールだった。

なんだろう。お城というのが一番近いかもしれない。

北上「凄い、見張りまでいる」

北上「提督の命は高価だからね」

北上「偉いって大変なんだね」

北上「いい事も多いけど、私はなりたくはないね」

門の前でバイクを止める。

見張り「おかえりなさ、え?その後ろの人誰っスか」

北上「私だよ」

見張り「いつから影分身覚えたんですか北上さん」

北上「実は火影を目指しててね」

見張り「そこは水影にしましょうよ」

やけに親しげに話しているな。こっちの私はバイクが好きというし出入りの度に話しているのだろうか。

北上「聞いてない?今日お客が来るって」

見張り「あー他所の鎮守府からって、は?それがこの人?バイクで連れてきたんスか!?」

北上「そだよー。特別に提督からカタナ借りちった。いいでしょ」

見張り「羨ましいっス。じゃなくて!なんの為に俺らがいると思ってるんスか!」

北上「こうして出かける度に私と話す為じゃないの?」

見張り「そんな村人Aみたいなやつに金を払う程今の世界は余裕ないッスよ!大体普段のバイクでの散歩だって厳密にはアウトなんスよ…」

北上「別に事故らなきゃ問題ないっしょ」

見張り「こんなデカブツを見た目中学くらいの女子がまして二人乗りなんて通報されても文句言えないっスよ」

北上「偉いってのは大変だけど偉い知り合いがいるってのは便利だよね」

見張り「あのおっさんも艦娘に甘すぎるんスよ」

北上「既婚者だしね!」

見張り「普段は指輪をどこに置いたかも忘れるくらいなのに都合のいい時だけ」

北上「あーそういうこと言うんだー言っちゃおっかなーてーとくの事おっさん呼ばわりしてるのー」

見張り「あ!ずりぃ!それはずりぃっスよ!!」

北上「まあまあ、今度カタナ乗せたげるからさ」

見張り「マジッスか!?」

北上「大井っちがOKだしたら」

見張り「あ、無理っスね」

北上「いつまで門で止まってるつもりさ」カポッ

ヘルメットを取りつつ終わらない押収に思わず口を挟む。

見張り「あ、すいません。ってホントにそっくりっスね」

北上「そりゃあ私だもん」

見張り「いつもの髪型だったら多分見分けつかないッスよこれ」

北上「お、じゃあ髪型戻しちゃおうかな」

見張り「変な事しそうなんでやめ欲しいッス」

北上「ちぇー」

見張り「では、ようこそ北上さん」

中に入ると改めてその大きさに驚かされた。

何よりも驚いたのが人の多さだ。

というか人がいる事だった。

軍服だったりそうでなかったりとマチマチではあるが人間が多いのだ。

鎮守府の施設にも艦娘ではなく人用の物がいくつもあるようだった。

車やヘリや港には大きな船も見える。

私の思う鎮守府とは全く違う世界だった。

艦娘の方もボチボチ出歩いているのは見えるがそこまで多くはなさそうだ。

出撃とか色々忙しいのだろうか。何せ元帥殿だし。

北上「とうちゃーく。さ降りた降りた」

北上「はーい、よっと」スタ

建物裏の駐車場にバイクを止める。

他にもいくつかバイクがあるな。北上の、もしくはここの提督の私物なのかな?バイクには詳しくないのでみてもわからない。

北上「おりゃ」ガタン

北上「…よくつま先たちで支えられるね」

北上「慣れだよ慣れ。あ、持ってみる?」

北上「それを?」

北上「そうそう。ほら、ハンドルんとここう持って、こんな感じで支えるの」

北上「えっと、こうで、こう?」
北上「それ」

パッ、とバイクを支える北上の手が半分になる。途端

北上「うお゛!?」

重い!!

北上「あはは、ビックリした?」

すぐさま支えに戻るもう1人の私。すると不思議な程にバイクが軽くなる。

北上「魔法?」

北上「そこはほら、艦娘の力よ」

北上「あーそういうことか」

便利だな。

艦娘の人間とはかけ離れた身体能力。

私みたい低練度だと大雑把にしか扱えないがこっちの私のように高練度だと細かく出力を調整出来るらしい。

北上「この小さな体でこんなデカブツを御せる。これがまた気持ちいいんだよねえ」

北上「事故った事はないの?」

北上「ないない。免許はキラッキラのゴールド」

北上「そりゃそうか」

北上「まあこいつの持ち主はシルバーだけどね」

北上「君の提督が?どんな事故やったの」

北上「高齢者って事」

北上「ああ」

中々小洒落た事を言う。

鎮守府を歩く。

北上が二人。

そりゃもう目立つわけで、周りの注目度が凄かった。

北上「でも誰も寄ってこないね」

北上「他所の娘が来る時って大体公用だし、そこら辺は皆ちゃんと弁えてるんだよ」

北上「他所からくるのもしょっちゅうなの?」

北上「割と。こんなふうに同じ顔が並んで二人だけってのは今回が初めてだけどね」

北上「こんなに目立っていいのかな」

北上「後で噂になったら面白そうだなあ」

北上「えぇー」

面倒くさいと思うんだけど。

大井「北上さーん!」

北上「「あ、大井っち」」

大井「北か、え、北上、さん?北上さん?北上さんと北上さん?ダブル北上さん!?やだ両手に花だわ」

おっと、つい癖で私も反応してしまった。

隣を見るともう一人の私が何やら楽しそうにニヤニヤしている。

ろくな事を企んでそうにないので私から大井っちに事情を話した。

大井「なるほどなるほど。事情はわかりましたけど、バイクでお迎えはどうかと思いますよ」

北上「え~いーじゃん。乗りたかったし」

大井「ならしょうがないですね」

おう、予想はしてたけど激甘だ大井っち。

大井「でも一体なんの用事でここに?」

北上「それそれ、私もそれを聞いてないんだよね」

北上「それはまだ秘密」

大井「えー教えてくださいよぉ」

北上「提督に秘密って言われてるしさ」

大井「提督と私どっちが大切なんですか!」

北上「この場合それほど差はない」

大井「凄い真面目に返された…でもそんな所も好きです」

北上「これも仕事だからね。知りたかったら提督に聞いてみてよ」

大井「分かりましたぁ。それでは、北上さん。と、北上さん?」

北上「またね大井っち」
北上「じゃね大井っち」



大井「…すみませんやっぱりひとつお願いがあります」

北上「君のとこと比べてどう?大井っちは」

北上「大体同じ。あそこまで積極的じゃないけど」

あの後大井っちの頼みで私と私で大井っちの両腕に抱きつくというリアル両手に花ポーズをした。

幸せそうに気を失った大井っちをこっちの私はサラッと放置して行ったけどよかったのだろうか。

北上「そりゃ私と大井っちは一線を超えた関係ですからねえ」

北上「一線ねぇ」

こっちの大井っちは私の知ってる大井っちと何ら変わらないように見えて、やはり別人だと確信できる何かがあった。

ガワだけ大井っちで、中身というか根本的なところは違う。

北上「自分や仲間が二人いるってどう思う?」

北上「二人どころじゃないでしょ。私は自分とだけでもう十人くらいは会ってると思う」

北上「十…」

想像もできない数だ。

北上「でもさ、会って話してみるとやっぱりどこか違うんだよね。環境による違いは大きいんじゃないかなあ。私だって提督のせいでバイク乗り始めたし」

北上「それはあるだろうね」

艦娘にとって環境とはそのまま提督と言い替えてもいいだろう。

北上「球磨型の皆は言うならてんでバラバラなようで何処か繋がってる姉妹って感じで、もう1人の自分は全く同じなようでどこか違う双子ってところかな」

北上「姉妹に双子か。言い得て妙だね」

北上「別人のようで、そうは思えない。みたいな。君はそう思わない?」

北上「私は…どうだろ」

自分が周りとは明らかに自分が浮いてるという感覚がある。

それはきっと私の根源的な部分が北上でもあり猫でもあるからだ。私はかなり特殊な例と言える。

北上「わからないや」

鎮守府内で一番立派な建物に入る。

うわここにも見張りがいるのか。

しかし凄い。建物めちゃくちゃ綺麗だ。王室か何かみたい。

北上「そこへいくと君は少し違うんだよね」

北上「私?」

北上「うん」

そう言うと当たり前のように身体をすっと近づけてくる。

前回のキスの件があるので身構えてしまう。

北上「…べつに取って食いやしないよ」

北上「食われたようなもんだけどね」

北上「君は他の私とはまるで違う。もちろん私とも」

北上「どうしてそう思うの?」

北上「んー、カン」

北上「えぇ…」

北上「さて、ここが提督室」

北上「おー、てあれ?扉だけ妙にボロいね」

北上「みんな煩雑に扱うからねー」

北上「そこはウチと一緒だ」

北上「お偉いさんとかも始めてくる人は皆あれ?ってなるから面白いんだ」

北上「そんな所で面白がらなくても」

北上「てーとくー入るよー」ガチャ

返事を待たずに扉を開ける北上。提督の扱いは確かに似ているのかもしれない。

元帥「おう、どうじゃったカタナは」

北上「もう最っ高!提督死んだら私に譲ってよ」

元帥「勝手に殺すな。第一アレはわしが死んだら一緒に埋葬しろと電に伝えとるわ」

北上「えー勿体ない。孫に残していきなよ」

元帥「誰が孫じゃ。どうせわしが途中でくたばったら山程の仕事を残していく事になるんじゃ。バイクまで任せられんわい」

北上「おーおー部下思いですこと」

元帥「さて挨拶が遅れたな。わしがここの提督だ。元帥と呼んでくれ」

北上「えー提督は提督でいいじゃん」

元帥「…このように誰も元帥と呼んではくれんのでな。まあ提督でも構わんよ」

北上「あーえっと、初めまして、私は北上と、申します?」

失礼のないようにってどうすりゃいいんだ。よくわからん。

北上「いーよいーよ普通に喋って。私は気にしないから」

元帥「なんでお前が決めるんだ」

北上「でも提督も堅苦しいの嫌でしょ?」

元帥「そりゃあな」

北上「じゃ決まりね」

北上「まあそれでいいなら私としても有難いけど」

部屋の中央にテーブルとそれを囲む四つの椅子があり、その一つに少し大柄の老人が座っていた。

どう見ても還暦はとっくに迎えてそうではあるが身体はウチの提督よりも強そうに見える。

僅かな白髪を残し頂点がツルって逝ってる頭にはその矍鑠とした見た目とは裏腹に柔和な表情を浮かべている。

あのデッカイのバイクに乗るというのも納得である。

元帥「立ち話もなんじゃ、二人とも好きな所に座りなさい」

北上「はーい」

北上「お邪魔しまーす」

元帥「…」

私の隣に私。向かい側に提督。

元帥「いやお前はわしの隣に来るもんじゃないか?」

北上「えーやだよ提督と自分だったら自分選ぶでしょ」

元帥「一応指輪渡した仲じゃろ」

北上「ただの強化アイテムじゃん」

元帥「わしとて上の連中の戯言を間に受けた訳じゃないがもう少し信頼してくれてもいいじゃろ」

北上「やだなんか年寄りが移りそう」

元帥「あーいかんわ年寄りは涙腺が緩くなっていかんわー」

北上「いつまでそれやるの…」

北上「ほら、君の緊張をほぐそうかなって」

元帥「楽にしてて構わんよ。腹が減ってるならお菓子もあるぞ」

なんだろう、孫が来て喜んでるだけのおじいちゃんに見える。

北上「あ、提督お茶も出てないじゃん」

元帥「それくらいお前が入れろ」

北上「私は北上だから実質お客」

元帥「どんな理屈じゃ」

電「いや少しは働いてください」

北上「うわ!?」

気がつくと後ろに電が立っていた。手にはお茶とお菓子が乗ったお盆を持っている。

元帥「紹介しよう。うちの嫁だ」

電「秘書艦の電なのです」ニッコリ

そういいつつお茶をテーブルにおく。

あ、顔が笑ってない。

北上「ありがと」

北上「サンキュー、てあれ?」

電「働かざる者飲むべからずなのです」

北上「そんなあ!」ガビーン

元帥「はっはっはっやーい怠け者めー」

電「それではごゆっくり」

元帥「あり、ワシのは?」

電「なのです」バタン

北上「行っちゃった」

北上「え、嘘。お茶一個とお菓子だけ置いてきやがったよ」

元帥「お茶なしでお菓子あってもなぁ」

北上「提督が変な事言うから」

元帥「前々から温めてた必殺のギャグだったんじゃがなあ」

北上と北上で紛らわしい!
同じ艦娘が複数いると世界観だと居合わせた時ややこしそう、と思って書いているので分かりにくさは仕様。

延長戦、有難い限りです。
何言ってるんだこいつと思われるかもしれませんが旗艦が軽空母(嫁)でネルソンも長門もないとなると水上である意味ってもしかして、ないですか

北上「なんでそんなもん温めてたのさ」

元帥「普通の客人には流石に言えんからな」

北上「普通誰に対しても言わないでしょあんなん」

北上「…あのー、それで私はどうすれば?」

元帥「おーすまんな、ついつい」

北上「それより私にもそのお茶頂戴」
北上「それはダメ」
北上「はやっ!?」

元帥「さてと、北上」

北上「はい?」
北上「ん?」

元帥「えーっと、ウチじゃないほうの北上な」

北上「ややっこいねこれ」

北上「何を今更」

元帥「おめぇが呼べっつったんだろ」

北上「テヘペロ」

元帥「よし!じゃあウチの北上を北ちゃん!もう一人の北上を上ちゃんと呼ぼう!」

北上「うっわ」
北上「えぇ…」

元帥「おっと反応が悪い」

北上「いやだっていくらなんでもねぇ?」

北上「まあ言わんとすることは分かるけどね」

元帥「おお?じゃあなんか代案あるのか?お?言うてみい!」

北上「うわ年端も行かない娘に逆ギレしたきたよこのお爺ちゃん」

北上「ちなみに代案は」

北上「私が北上1号で君が2号ね」

北上「よし北ちゃん上ちゃんでいこう」

北上「なんと!」
元帥「よっしゃ!」

元帥「でだ、北ちゃん」

北上「私?」

元帥「おめぇじゃねえこっちだ」

北上「だってさっき私の方が北ちゃんだって」

北上「うんうん」

元帥「あれ、そうじゃったか?」

北上「おいジジイ」

元帥「うるせぇ年寄りいたわれ」

北上「話が進まないよこれ」

元帥「上ちゃんな、上ちゃん、よし」

元帥「改めて上ちゃん」

北上「はい」

元帥「ここに呼んだのは他でもねえ。お前さんとこの提督の様子を聞きたいんだ」

北上「様子?」

妙な事を聞く。意図が読めない。

元帥「具体的にどうこうって感じの報告じゃのうて、本人がどんな様子かって話よ」

北上「どうって言われても、元気、だよ?」

元帥「あ~そうじゃなくて、あれじゃよあれ」

北上「あれ?」

元帥「…ん?」

北上「え?」

元帥「おい北ちゃん」

北上「あ、私で合ってる?」

元帥「合っとる。こいつホントに知っとるのか?」

北上「さあ?」

元帥「は?」

北上「いやあこの前知り合ったからなんとなく会いたいなあって思って」

元帥「お前しばらく間宮抜きな」

北上「なぁ!?」

北上「えっと、つまりどういうことなんでせう?」

元帥「あぁーどうするかのお」

北上「話しちゃえばいーじゃんかYo」

元帥「お前が言うなこら」

北上「でもこのまま何も言わず帰してもしょうがないでしょ」

元帥「まあそうなんだがなあ」ハァ

北上「私気になります」

元帥「分かった分かった。そこは北上を信じよう」

北上「今のは私?」

北上「それとも私?」

元帥「どっちも、だ」

元帥「お前、アイツがなんで提督になったか知ってるか?」

アイツとは、やはり随分親しい仲のようにだ。

北上「前に聞いたけど、あん時ははぐらかされたなあ」

元帥「ま、そうじゃろうな」

北上「でもコネで提督になったとは聞いたよ」

元帥「ほお」

北上「それは話したんだ」

北上「なんで提督を提督にしたの?」

元帥「なるほどな。随分アイツに信頼されてるのは確からしいのお」

北上「ほらやっぱり。流石私」

元帥「はいはいおめぇさんの目は正しかったよ」

元帥「別に今どき珍しくもない。ただの復讐じゃよ」

北上「復讐…」

元帥「こんなご時世じゃ。やつらに恨みがないやつなんてそういない」

北上「深海棲艦か」

元帥「アイツの父親は優秀な提督じゃった。少なくともあの激動の時代を生き抜くくらいには」

昔はもっと戦いは激しく、悲惨だっと聞いた。

谷風は鎮守府に50年前からいるとか言ってたっけ。その時か。

元帥「いつの間に見つけてきたのか綺麗な嫁さんとくっついて、まあ幸せだったんじゃろうな。その嫁さんが亡くなるまでは」

北上「それが、深海棲艦のせい」

元帥「殆ど事故みたいなもんだったが、そうじゃな。後悔して、泣いて、そして提督を辞めると言い出した」

北上「なんでそこで辞めるってなるのさ」

元帥「今のままじゃ指揮官としてやっていけないと思ったんじゃろうな。激情に駆られて動く指揮官なんて確かにろくなもんじゃねえだろうが、やつにも色々あったんじゃろう」

愛する者を失うとはどんな気持ちか。そこには本当に色々、色々あるのだろう。

元帥「当然そんな理由で優秀な提督を失うなんて本来認められるわけもない。だがやつには息子がいた。それが特別に提督を生きたまま辞めるという事を許された理由になった」

北上「提督がいなくなった鎮守府を機能させる実験、なんだよね」

元帥「…随分と知っとるようじゃな」

元帥「これまで提督がいなくなるってのは鎮守府か壊滅する事と同義だった。だが今のように戦況が安定してくると鎮守府は機能しているのに提督だけが病や寿命でいなくなる事が考えられる」

提督が消えた鎮守府がどうなるか。

女王蜂が消えた蜂の巣。

蜜蜂はどうなるのか。

鎖が解かれた猛獣はどうなるのか。

元帥「親族ならば提督という核を受け継ぐことが可能かもしれない。そういう理由で運良くやつは円満退職となった」

北上「円満ねぇ」

元帥「そう言うな。だが息子とは決裂したようでな。言ってしまえば復讐から逃げた親父と復讐を誓った息子だ。どちらの気持ちも間違っちゃいない。結果親父の方は海外に、嫁の故郷へ向かったらしい」

北上「海外なんだ」

元帥「ここまではまだよかったんじゃ。ここまでは。問題はその後じゃ」

お爺ちゃんがお茶を一口飲む。

ってそれ私のじゃんか何やってんだ。

と思ったら今度はそれをもう一人の私も飲み始めた。

なんなんだ。私がおかしいのか?くそう二対一は分が悪い。

元帥「一年ほど前その親父も死んでな」


北上「え?」

元帥「海外から日本に船で来る途中だった。海路はかなり安全なものだったし護衛もしっかりついていた。だが沈められた。深海棲艦に」

一度ならず二度も、か。

元帥「大型の船で大量の物資や人が乗っていた。強力な護衛艦隊もいた。普通の深海棲艦じゃあねえ。もっと強力な、例外的な個体だろう」

じゃあきっとそれが、そいつが、レ級だ。

元帥「息子の方はそれから変わったよ。それまでは仕事も真面目にやってたし、俺が強くなって奴らを滅ぼすんだみたいな、こういうのもなんじゃがまあ可愛いもんじゃった」

そんな立派なもんじゃねえよ。そう提督は言ってたっけ。

元帥「今じゃ随分と適当なやつになっちまった。にも関わらず艦隊の練度だけドンドン上がっている」

北上「ん?それはなんで知ってるの?」

元帥「吹雪から聞いたんじゃよ」

北上「吹雪が?」

そういえば吹雪もこのお爺ちゃん提督を知っている風だった。知り合いどころか提督の様子を伝える程の仲だったのか。

考えてみれば吹雪も提督の前任者、親父さんの時から鎮守府にいたのだから繋がりがあって然るべきというわけか。

元帥「あいつは牙を研いでるのさ。ただ深海棲艦を殺るんじゃあねえ。両親を殺った大物を殺るためにな」

北上「でも、それっていい事なんじゃないの?危険な、危うい動機かもしれないけど、現に戦力は強くなってるんだし」

元帥「海軍には深海棲艦に関するデータが大量にある。だがそれには情報事に階級があってランクの高いものは普通の提督には見られないようになっておる」

吹雪が言っていたやつだ。

北上「武勲を焦って身の丈に合わないことをする輩を出さないため、って聞いたよ」

元帥「お前さんワシらが姫と呼ぶあの化け物共の親玉と殺り合った事あるか?」

あるはずもない。黙って首を横に振る。

元帥「一時は真実本当に人類を滅亡寸前まで追いやった元凶そのもの、それがヤツらじゃよ」

先程と変わらない表情。だがその威圧感というか、凄みはこれまでのこの人の経験を察するには十分なものだった。

元帥「並の艦隊が挑んだって肥やしにもならん。それにそんな事すれば当然提督の首が飛ぶ。そうさせる訳にはいかんじゃろ」

あぁそうか。だから吹雪はこの人と繋がっているのか。

鎮守府を任された彼女は、提督を失う訳にはいかない。鎮守府を守らなくてはならない。

元帥「情報を隠しとるおかげで今のところは大丈夫そうじゃがな。それでも気をつけるに越したことはない。じゃからたまに様子を聞いとるのじゃよ」

北上「なるほど。色々腑に落ちた」

元帥「今回もまた吹雪に聞こうと思っとったんじゃが、こやつがそれなら丁度よさそうなのが他にもいるとか適当吹きよってな」

北上「テヘペロ」

元帥「長期遠征にでも出してやろうかこいつ」

北上「ああ!それだけはご勘弁を~」

北上「私完全に巻き込まれたわけだね」

北上「でも結構事情は把握してたよね?どうして?」

北上「いや、まあ、吹雪から聞いたりしてて」

盗み見したり盗み聞きしたりとかはさすがにいえない。

元帥「吹雪がのお」

北上「なんでだろ」

北上「コネでなったって話は提督から聞いた」

元帥「正確にはわしのコネじゃなく海軍の総意なんじゃがな」

北上「ほほぉう。やはり随分と提督とは親しいようですなあ」

元帥「あーそういうあれか」

北上「そういうあれのようですなぁ」

北上「な、何さ二人して」

ニヤニヤと気持ち悪い笑みが並ぶ。

元帥「じゃから吹雪のやつお前さんに話したのかもしれんな」

北上「どゆこと?」

北上「提督を止めてくれって事でしょ」

北上「…あー、なるほど」

期待してる、とはつまりそれか。

元帥「さて、それを踏まえてもう一度聞こう。提督の様子はどうじゃ?」

北上「…迷ってる、と思う」

北上「迷ってる?何と?」

北上「復讐が鎮守府にとって危険な行為だと理解してるなら、多分それをするか否か、提督は迷ってる」

だってそれは、大井っちと一緒に居られなくなるという事になりかねない。

一年前と今とじゃ提督の心境は変わっているのではないだろうか。

元帥「ふむふむ。何にせよいい兆候じゃな」

北上「ねえねえなんで?なんでそうなってんの?」

元帥「あまり首を突っ込むんじゃない愉快犯め」

北上「ちぇーいーじゃんか」

元帥「今後は吹雪だけじゃなく上ちゃんにも様子を聞くとするかの」

北上「なら次からはその呼び方辞めて欲しいかなって」

北上「えー私と見分けつかないじゃん」

北上「ややこしいからもう会いたくないって意味」

北上「酷い!」ガビーン

元帥「あ、当然じゃがこの事はないしょな」

北上「わかってまーす」

北上「今日の事は私がただ会いたくて呼んだって事にしときゃいいよ」

北上「実際半分くらいそれだよね」

北上「まあね」

元帥「もうカタナ貸さんぞ」

北上「すんませんでしたホントマジで」

北上「あ、一つ質問いいかな?」

元帥「なんじゃ?」

北上「提督の親父さんってどんな人だったの?」

元帥「あー、そうじゃな」

昔を思い出しているのか、上を向き少し考えているようだ。

元帥「オンオフの切り替えが激しい男でな。優秀だし真面目なやつじゃよ。真面目に、自分は海を取り返して海外の美女と結婚するんだとか言うやつじゃった」

北上「えぇ…」

北上「すげぇ」

元帥「実際その通りになったわけじゃし実力も運も確かにあったな。だからこそ、実に惜しい」

凄い人だったんだな。鷹が鳶を、て提督も実はやればできる子なんだっけか。

元帥「わしもやつが深海棲艦にやられたと聞いた時は即座に艦隊を動かそうとしたものじゃよ。じゃがまあ、沈めた奴が誰か分からなければどうしようもない。それこそ深海棲艦を滅ぼさなきゃならん」

北上「疑わしきは滅ぼせか」

元帥「気持ちはよぉく分かるんじゃよ。事件当時息子の艦隊は近くにいてな。救援要請を受けて向かいはしたが雑魚共に邪魔され到着した頃には船も犯人も海に消えていたそうじゃ」

北上「それマジ?」

元帥「本人から聞いたよ。もっともその時は船に父親が乗っとるとは知らなかったようじゃがな」

北上「そりゃ悔しいよね。間に合っていればもしかしたらって」

元帥「間に合っていたところでどうにかなるとも思えんがな。結果的にそれで艦隊は命拾いしたと言える」

そうか。一年前大井っちが遭遇したあの事件がそれなのか。

なら

北上「え?」

北上「どったの?」

北上「いや、えっと」

おかしく、ないか?

今なんて言った?

沈めた奴が誰か分からない?

そんなはずはない。提督は間違いなくレ級を追ってる。吹雪もそれを知ってるし加担している。

知らないなんてことはありえない!

艦隊だってその犯人に出会っていたはずだ!

北上「あ、日が沈みそう」

元帥「早いとこ送ってった方が良さそうじゃな」

北上「暗くなるの早いもんねぇ」

元帥「バイクは危ないからのお」

北上「車は嫌だからね」

北上「ほら、行こ」

北上「う、うん」

思考がまとまらない。

何故提督はそれを黙っていた?

いやそれはハッキリしてる。提督はそいつに復讐するつもりだ。だから自分の獲物の事を誰にも言ってないんだ。

でも提督を止めるつもりならなんで吹雪もそれを黙っていた?

矛盾している。

まだ何かあるのか、まだ私はパンドラの箱を開けていないのか?

元帥「またのぉ北上」

聞くべきだ。言うべきだ。

だが私はまだ決めかねていた事があった。

私はまだ、自分自身が提督を止めたいのかどうか分かっていないのだ。

北上「意外とショック受けてるね」

北上「そりゃあ、まあね」

北上「ほいヘルメット」

北上「また駅まで?」

北上「せっかくだしこのまま鎮守府まで送ったげる」

北上「それは助かるね」

なんというか、疲れた。

このまま布団まで運んで欲しいくらいだ。

こっちの大井っちに見送られて、見張りの人とちょっと話して、バイクで来た道を戻る。

北上「別に深く考えなくてもいいんだよ?」

北上「へ、なんて?」

北上「考え過ぎってこと。嫌なら関わらなくたっていいんだ。逃げじゃない。君子危うきに近寄らずってね」

北上「そうはいかないでしょ」

北上「別にいいけどさ。君にとって提督がそうまで悩んで苦しむに値する事ならそれでもいい。でもそうじゃないなら」

北上「値するよ。もちろん」

北上「なら、悩みたまえ。なあにどうしても相談相手がいないなら私を呼ぶといい」

北上「それだけはないかな」

北上「どうも私って信用度低いよね」

北上「信用はしてる。信頼はちょっとあれだけど」

北上「ほらほら。夕日でも見て落ち着いたら?」

北上「夕日って、山の向こうだから見えないんだけど」

北上「空が赤くて綺麗じゃん」

北上「山火事みたいだね」

北上「不吉なこと言うなぁ」

北上「山か。こんなにマジマジと見たのは初めてだ」

北上「艦娘は陸に縁がないからねぇ。船だから当たり前なんだけどさ」

北上「そりゃそうだ」

船ねぇ。ふとすると忘れそうになる。

自分が北上という名前の船なのだと。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「そろそろ鎮守府だ」

北上「ん?あぁもうか」

北上「ずっと黙りこくってたけど、ホントに大丈夫?」

北上「考え事してただけ」

北上「そっか」

北上「…鎮守府までってこんな道通ったっけ?」

北上「バス使ってたんだよね?私はナビに従ってるだけだけど、ルートはバスと違うかもね」

北上「なるほど」

山を抜けるとまた古い家がいくつか立ち並ぶ、まるで村のような場所が見えてきた。

山奥に住むのって大変じゃないのだろうか。バスくらいしか通ってないし。

北上「お?」

北上「どったの」

北上「古本屋って書いてあった」

北上「寄ってく?」

北上「流石に今はいいよ。今度一人で行こっこな」

北上「見えた見えた。鎮守府だよ」

私の頭越しに見慣れた建物が見えた。

さあいよいよだ。

北上「パンドラの箱があってさ」

北上「なになにどうしたの。ヘルメットに変なもの憑いてた?」

北上「そうじゃなくて。ただ私はそれを開けるべきなのかなって」

北上「んーよくわかんないけど、パンドラの箱って最後に残ってたのは希望なんでしょ?」

北上「そうなの?」

北上「知らずに聞いたんかい。私も別に詳しくはないんだけどね、聞いたことがあるだけで」

北上「希望かあ。それって誰の希望?」

北上「誰の?誰、だろうね。神様とか?」

北上「神様は当てにならないなあ」

北上「それには同意」

バイクに揺られながら沢山のことを考えた。

でも、考えてわかることなんて結局は何もない。

ぶっつけ本番。箱に手をかけるしかない。

願わくば、その中の希望が私の願いにそうものであって欲しい。

頑張れシリアス。
違って当たり前の人間が共通点を探すように、同一人物がいて当たり前の艦娘は非共通点を探してそうだなって。

やはり機動部隊かなと計画を立てていたら妙高さんと雪風が1/4スナイプを共に決めてくれました。コミケ友軍後に1/4ですから状況はお察しです。可能性がゼロじゃなければ勝てちゃうのいいですよね。
アドバイスありがとうございます。

74匹目:シュレーディンガーの猫



よく聞く言葉だ。なので意味を調べて見たことがある。

さっぱり分からなかった。これに比べれば艦娘だとか妖精だとかの方がまだわかりやすいんじゃないかとすら思えた。

だからとりあえず思ったのは猫をそんな事に使うなと。

箱。

開けるまでどちらか分からない箱。

もし開けたら犬がいたなんて事になったら、どうなんのかな。

北上「ただいま~」カチャリ

吹雪「」
提督「」

提督室の扉を開けてあえて普通に帰還を報告してみたところ、空気が止まった。

二人で同じパソコンの画面を見て何やら話し合っていたようだったが、今はお互い私の事をまるで幽霊でも見たような顔で凝視している。

吹雪「い、いつのまに戻ってたんですか!?しかもそんな軽い感じで!」
提督「バス乗る時連絡しろって言ったろ!」

北上「いやバイクで来たから」

吹雪「は?」
提督「は?」

二人並んでそっくりな反応をする。兄妹みたいだな。

北上「向こうの私にバイクで送ってもらった」

提督「北上がバイクに北上乗せてきたのか?」

北上「うん」

吹雪「タチの悪い冗談としか思えないんですけどバイクって事は多分本当ですね」

提督「あのジジイバイク好きだもんなあ…」

吹雪「だからってなんの護衛もなしでここまで送りますか普通…」

北上「その意見には概ね賛成だけどね。あでもバイクはすっごい気持ちよかった。私も乗ろうかなって」

提督「これ以上心配事増やすな頼むから」

吹雪「それで、一体なんの用だったんですか」

自然な、ごくごく自然な感じで吹雪が聞いてくる。

白々しい。まさか予想がついていない訳じゃあないだろう。

提督「そうだぜ。そこが一番の謎だったんだ」

提督はどうなんだろうか。自分の復讐を邪魔される可能性については警戒しているのだろうか。

北上「前に話したでしょ?街でもう一人の私と出会ったって」

提督「あー聞いたな。ん、じゃあそいつが今回の北上なのか?」

北上「YES」

吹雪「あの人またそうやって勝手に外出許可を…」

北上「外出自体は提督の判断で別にいいんじゃないの?」

吹雪「元帥ですよ元帥。国内でも選りすぐりの戦力。北上と言えばその中でもさらに特筆すべき実力者と聞きます。当然扱いも私達なんかとは比べ物になりませんよ」

北上「なる、ほど。あれ、なんか改めて考えると凄いやばい事してたな私達」

提督「やべぇってレベルじゃねぇぞ、マジで。でその北上がどうしたって」

北上「会いたかったんだって」

提督「はい?」

北上「私にまた会いたくなったんだってさ」

提督「何考えてんだ北上」

北上「私じゃないよ。私だけど、でも私ならそうは考えない」

提督「何話したんだ?わざわざお出迎えまでして」

北上「色々だよ。向こうの提督と一緒に、色々とね」

チラと吹雪を見る。特に普段と変わったところはない。でも吹雪も結構狸だしなあ。

提督「おっさんとも話してたのか?どんな?」

提督が先に食いついてきた。

北上「どんなって、まあ色々と聞かれたよ」

提督「それで…お前は答えたのか?」

やはり警戒しているのかな。少し目が変わった。

また吹雪を見る。こちらはやはり反応はない。

北上「うん。隠すようなこともないし。なんか提督の事凄く心配してたよ」

提督「あぁ…だろうな…」

提督も元帥のじいちゃんが自分を止めようとしているのは気づいているはずだ。私が何をどこまで言ったか、聞きたくて仕方なかろう。提督の中では私は何も知らない新人のはずだが。

吹雪は、微動だにしない。

やれやれ。私はこういう駆け引きみたいなのよく分からないんだけどねえ。

北上「提督の目的ってなんなの?」

我慢できずに口を開いたと言うべきか、私は提督だけを見て問いを投げかけた。

提督「…それ改めて聞くことか?」

北上「ああいや、そういうんじゃなくてさ。究極的には深海棲艦を倒す事、ひいては海の平和を取り戻す事ってのはわかるよ。

でもそれって提督というより海軍という組織の目的であって、その目的にそう提督になる理由ってのはまた違うじゃん?

例えば治安維持が目的の警察官に正義感を持って入ることは別に不思議でもないけど、それ以外にも憧れとか親が警察官とか逮捕したいやつがいるとか刑事ドラマに憧れてたとかとかとか。

ともかく何か理由があるのかなって思ったんだ」

提督「なんで、なんで今それを聞くんだ」

提督はわけがわからないという感じで私を見ている。私の意図を測り兼ねているのだろう。

北上「なんとなく、かな」

提督「北上はたまに核心的なとこ突いてくるよなあ」

提督「復讐だよ。特に深いものは無い」

北上「両親の?」

提督「やっぱ聞いてたか。おっさんも、なんでまた北上に話したんだか」

北上「それについては本当にただの偶然って感じなんだけどね」

提督「おっさんはなんて?」

北上「提督はどんな様子かって聞いてきた」

提督「それで返答は」

北上「…迷ってるんじゃないかって。そう言ってきた」

提督「迷ってる?」

北上「うん」

提督「俺が?」

北上「うん」

提督「…なんで」

北上「うーん、なんとなく?」

大井っちのせい、とは流石に言えない。

提督「適当過ぎないかそれ」

北上「なんとなくだよ。でも、適当じゃない」

提督「そっか」

北上「うん」

やけにあっさりと納得された。図星だっ?

吹雪「迷ってるじゃないですか、実際」

提督「まあ、そうだな」

吹雪が唐突に口を開いた。

吹雪「それで、北上さんは何処まで話したんですか?」

北上「今言った通りだよ。私が話せるのなんてそれくらいでしょ」

吹雪「そうですか。そうですよね」

残念そうにも、安堵したようにも見えない。

私が何も話してないなら提督は復讐できるかもしれない。

私が洗いざらい話していたら提督は復讐することはできなくなるかもしれない。

吹雪はどっちを望んでいるのだろうか。

彼女にとって前任の提督は大切な人だったはずだ。なら復讐したいというのは自然に思える。

でもその大切な人にこの鎮守府を、皆を任されているなら、破滅を呼びかねない提督の行動を止めようとするのもまた不自然ではない。

提督「俺は追ってるんだ。親父を殺した奴を。そいつが誰かを」

誰かを提督は知っている。

私はそれを知っている。

私が知っているのを提督は知らない。

ここに来てもまだそれを私に秘密にしたがるのは元帥のじいちゃんと同じ理由からだろうか。私を関わらせたくないという。

提督「なりふり構わず、何をしてでも。そう思ってたんだがな」

提督が少し下を向く。提督がいつも使っている机。残念ながら仕事だけに使っているわけではなさそうだが、そこにはきっとこれまでの思い出があるのだろう。

提督「親父がなんで躊躇してたのかわかる気がするよ。お前らといるうちに、俺も変わってた」

いつもの優しげな目を私に向ける。以前は、私が知らない提督は、違う目をしていたのだろうか。

提督「一人、置いて行きたくないやつがいてな」

吹雪「!」

ここで初めて吹雪が動揺を見せた。慌てて提督の方を見ている。

いや私も驚いたさ。なんなら大井っちに対する思いを自覚してないんじゃないかとすら思ってたし。

提督「でも、やめる訳にはいかないんだよ。復讐に変わりはない。ただもうあんな事が起こらないようにとは思ってるけどな」

やめる気はないか。そっか。

提督「なあ北上。お前はどう思った?おっさんの話を聞いて。今の話を聞いて」

なら、私は提督を止めよう。私はみんなでここにいたい。大井っちとも、提督とも。

北上「…ねぇ、親父さんってどんな人だったの?」

私は決めた。

復讐なんて私には分からない。でもきっとそれは全てを不意にして良いものじゃ無いはずだ。

提督「ん?そうだなあ」

身を屈めて机の引き出しを弄り出す。鍵がかけてあるのかカチャカチャと音がした。

提督「頑固もんだったよ。しかも母さんに夢中でな。俺の事も見ろって昔はよくきれたよ」

今度はガサゴソと紙を漁るような音がした。写真でも探しているのかな。

それにしても元帥のじいちゃんと言い方は真逆だな。現してる人柄は同じだけど捉え方でこうも違うとは。

一歩一歩、提督の机に向かってゆく。

吹雪「北上さん?」

目と目が合った。流石秘書艦、直ぐに私が決意したことを察したようだった。

それでも何も言わなかった。結局何が目的なのかさっぱり分からなかったや。

期待に添えてるのかは分からない。でも私はパンドラの箱の開け方を決めた。

世界平和なんてどうでもいい。私にとって世界とはこの鎮守府でしかないんだ。

提督「あったあった。これが親父だ。俺が産まれる前のだけどな」

一枚の古びた写真が机の上に置かれた。

この時確かにパンドラの箱は開けられた。

私の手ではなく、誰の手でもない。

強いて言うなら神とか悪魔とか。そういった何かに。

中身はもう猫でも犬でもない。はっきりと観測されてしまった。

もしかしたらと、そう思う事がなかったわけじゃない。むしろだからこそ私はそれに蓋をしていたんだ。

でももう遅い。

災厄は撒き散らされた。

北上「提督は、復讐するとして、どうやるつもりだったの」

提督「今はもう皆を巻き込むつもりはねえよ。ここには親父の時から居て俺に着いてきてくれた奴がいてな。何人か仇討ちに協力するってのもいたんだ」

北上「誰と」

提督「ん、飛龍と日向、だけなんだけどな。随分と無謀な話だろ」

北上「そうだね」

吹雪「北上、さん?」

北上「提督」

提督「おう」

北上「なら私が三人目だ」

提督「は?」
吹雪「へ?」



北上「私も協力する」

写真に写っていたのはかつて神社で見た、金髪でこそなかったが、確かに私の探していた人物だった。

私が愛した人。恩を受けた人。会いたかった人。

提督の瞳に映る自分を見て理解した。

きっと昔の提督もこんな眼をしたのだろう。

思考が徐々に薄れる。

身体の中を何か黒くて熱い、少し心地よいもので満たされていくのを感じた。

箱の中に、もはや希望はなかった。

セッツブーン
5-5には絶対に行かない

吹雪は長女感と妹感と芋感が絶妙にブレンドされていてカワイイ。
そろそろ可愛い大井っちも書きたい。

「古都」調べてみると非常に興味を唆られる内容だったので機会があれば読んでみようと思います。

76匹目:like a cat on a hot tin roof

熱いブリキ屋根の上の猫。

熱い砂浜なんかを裸足で歩いてみたらどうなるか。そんなの猫でなくても慌てて足を動かしながらパタパタと駆けて行くことになるだろう。

故にイライラしている、落ち着かない様子を表す。

でもこの時私は非常に落ち着いていた。

苛立って、内心グチャグチャだったけど、いつも通り、いやいつも以上に落ち着いていた。

北上「はあ」

あれから三日経った。

考えさせてくれ。それが提督の出した答えだった。

そりゃ驚いてたもんね。あの吹雪ですらフリーズしてたし。

そういや提督が置いてきたくないやつがいるーって言った時も驚いてたな。アレはなんだったんだろ。私と同じで提督は無自覚だと思ってたのかな。

大井「きーたかーみさん」

まあ何にせよ三日経った。何があっても時間というのはあっさり進んでいくものだ。アインシュタインの嘘つき。

あれから提督とも吹雪ともまともに話していない。殆ど日課になっていた提督室にも行っていない。

でも大して変わらなかった。任務はやってるし出撃もしてる。僅かな事務的な会話だけで淡々と日々が過ぎていく。

大井「北上さーん」

提督だけじゃない。結局のところ私も保留にしてしまっている。

現実を、心を。

でもひょっとしたら、このまま何も変わらず、何も進まず始まらず終わらずにずっといた方が
大井「北上さんっ!!」
北上「うわっ!?」ガッ

北上「ったぁ…」

仰向けになって読んでいた本が驚いた拍子に顔に落ちてきた。

まあ実際のところ読んではいなかったというか、頭に全然入ってこなかったんだけど。

大井「もぉ、どうしたんですか最近。死んだ秋刀魚みたいな目になってますよ」

北上「そりゃまた美味しそうだね」

大井「そうとらえますか…」

大井っちを見る。制服姿だ。髪も少し乱れてる。そういえば今日は出撃だったんだっけ。

北上「お疲れさん」

大井「ありがとうございます」

私の横に座る大井っち。

ふむ。胸はデカい。腰にはクビレがあるが決して痩せてるという程ではない丁度いい肉付き。顔は美女揃いの艦隊の中でも中々に綺麗な方だし、髪もツヤツヤだ。あ、髪は皆そうか。

そりゃ提督も惚れるわけだ。でも何がきっかけなんだろう。最初はケンカばっかりだと聞いたけど。

大井「北上さん」

北上「何?」

大井「提督と何かありましたね」ジトー

北上「疑問形ですらない」

しかも深海棲艦を見る時より冷たい目をしておる。

北上「まあそうなんだけどね」

流石に大井っちには隠せないな。

大井「三日。三日間ですよ。まさかなんの進展もないとは思いませんでした」

三日というのも分かってるのか。流石大井っち。略して流っち。

大井「どうせ提督が悪いんでしょうけど」

北上「いや、それが違うんだ。今回ばかりは私も悪い」

大井「そうなんですか?」

北上「うん…その、なんていうかな」

大井っちに全部言う訳にはいかないしなあ。

北上「お互い保留にしちゃってるんだ。決めなきゃいけない事を決めずに、言えずに」

大井「お互い、に?」ジトー

北上「えっと、主に提督が…」

大井「やっぱりあの人ですか」スッ

流れるように立ち上がる。ってまさかこのまま提督のとこに行くつもりじゃ!?

大井「ちょっと提督に一発入れてきます」

北上「待て待て待て落ち着いて!提督はただ、考えさせてくれって、なんでかそのままで…」

大井「…そうですか」スッ

あっさり座る大井っち。あ、さては私を焦らせるために立ったな。

大井「北上さん。あの人は馬鹿です」

北上「え」

大井「間抜けです。意気地無しです。空気も読めないし私達の心も読めません。そのくせ自分では分かった気になってる無能です」

聞いてるだけでこっちまでダメージを受けそうなくらい容赦も躊躇もなく罵詈雑言を並べていく。提督がこれ聞いたらどう思うか…

大井「でも考えなしじゃありません。的外れで空回りしてばかりですけれどそれでもあの人なりに考えがあるんです。あの人なりに私達の事を考えてはいるんです」

北上「…うん」

凄い、凄い説得力だ。

大井「でもどんな考えであれ北上さんをこんなに待たせるなんて許せないので一発殴ってきます」

北上「結局そこ!?」

またしても大井っちが立ち上がる。誘いとわかっていても乗らない訳には行かない。

北上「ストップ!」ガシッ

寝転んでいた状態からなんとか起き上がり大井っちの腰にしがみつく。

大井「まだ何かありますか?」

無反応。真面目モードの大井っちだ。これは手強い。

北上「大井っちに、大井っちに解決されたら嫌だ」

口をついてでたのは子供みたいな言い訳だった。

大井「北上さん。物事の解決に時間が必要な時は多いです。でも時間が全てを解決することはありません」

北上「ご最もです…」

大井「本当にわかっていますか?」クルリ

大井っちが体を回して私の方をむく。

北上「分かってるよ。分かってるから、無理なんだ」

大井「ほら、しゃんとしてください!」
北上「うわっ」

無理やり正面に立たされる。大井っちの鋭い眼差しが私の目に泳ぐことを許さない。

大井「こんな風にちょっとあの人のけつを引っぱたいてくるだけです。後はお二人で好きにしてください」

北上「…分かったよ。こーさん。大井っちに任せる」

大井「ええ、任せてください!あの人の事はよぉく分かってますから」

意気揚々と、自信満々に部屋を出ていく。

北上「はあ」

適わないなあ。

でもまあ確かに、大井っちの方が適任だろう。なんせ

北上「いてっ」

痛みが走る。さっき本を顔に落とした時傷でも出来たかな?

気が緩んでまたゴロンと寝転ぶ

提督はどうするだろうか。

私はまだまだ練度の足りない新兵だ。危険な相手に、まして三人で挑むなんて自殺行為だ。当然止めたいだろう。

でも迷った。保留にした。

それだけ提督にも復讐心があったからだろう。提督も引く訳にはいかないのだろう。

それは私も同じだ。

心にぽっかりと穴が、なんてありふれた表現がしかしピッタリと当てはまってしまう。

これまで私を支えていた希望はあっさり折られた。私はきっとそれを許せない。

そうする事が、きっと今私にできる唯一の恩返しだ。

大井っちが知ったらなんて言うだろう。

多分大井っちは提督から聞き出すだろう。首を突っ込んだからには大井っちは絶対に諦めない。

復讐。もしかしたら私も提督も戻ってこれないかもしれないんだ。大井っちなら止めるだろう。

何よりも提督を。

提督と大井っち。

二人は今きっと話している。

私が知らないような話を。

提督室を思い出す。

所々凹んで草臥れたソファ。

年季の入った床。

シミのある机。

ラクガキのあるテーブル。

人の顔に見えるという天井の模様。

部屋に似合わず新品のライト。

よく使われる綺麗な棚。

誰も使っていないのかホコリだらけの棚。

しょっちゅう新しくなる窓ガラス。

古臭い匂いがする椅子。

皆で刺繍をしたというカーペット。

よく仰向けになって本を読んだソファ。

提督に本の内容を話したりもした。

新しいライトが明るすぎると文句を言ったりもしたっけ。

机のシミは、誰だっけな。駆逐艦なのは覚えてるけど。

天井の模様は女性に見えたな。提督はぬらりひょんとか言ってた。

提督に似合わない厳かな椅子は、肘掛が妙に座り心地よかったな。

アルバムでもめくるかのように様々なことを思い出す。

でも私がした決断は、それらを燃やすのと同じ事だ。

それにあの場所は、私のものじゃないんだ。

もしかしたらここには戻ってこれないかもしれない。

でもいいや。提督には大井っちがいる。大井っちを置いてくのは少し気が引けるけど、私は私のために向かわなきゃ行けない所がある。

北上「…」

痛い。

あそこは提督や大井っちがいる所だ。

私は、北上のまがい物の私はあそこにいるべきではない。

あるべき者をあるべき所に。

私は帰るべきだ。

北上「痛い」

どうにも痛い。まさか本が当たったところ擦りむけていやしないか。

重苦しい身体を引きずり起こして部屋に置かれた鏡を見る。

北上「お前、なんで泣いてるんだ?」

そう言ったのは私だ。

鏡の中の北上じゃない。

そこには泣いている北上がいた。

でもそれなら、私が泣いてる事になるじゃないか。

何だかすごく気味が悪い。

とても悲しそうで、悲痛に歪んだくしゃくしゃの表情を見ているとこちらまで悲しくなってくる。

でもそれは私なんだ。今私が見ているのは。

訳が分からず、でもこれ以上見ていられなくてそのまま後ろにバタりと仰向けに倒れる。

畳は私を怪我をしない程度に受け止めてくれた。

背中が痛い。

でもこんなんで泣いたりはしない。

自分の事なのに自分のじゃないみたいだ。

私は少し考えるのをやめて目を閉じた

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「ん?」

目が覚めた。

というかいつの間にか寝ていた。

そして何やら後頭部に違和感がある。柔らかくて暖かい何かの上に頭が乗っている。

大井「起きましたか北上さん」

北上「大井っち」

膝枕だったか。

大井「ビックリしましたよ。戻ってきたら大の字で寝てるんですから」

北上「私もビックリした」

大井「あれからずっと寝てたんですか?」

北上「あれからって、どれくらい経った?」

大井「2時間くらいでしょうか」

北上「多分寝てた。って2時間も話してたの?」

大井「1時間半くらいです。後は北上さんを膝枕してました」

北上「十分長い…多摩姉達は?」

大井「部屋には来てたみたいですよ。北上さんを見て察したのかすぐ出ていったようですけど」

北上「何を察したって言うのさ」

大井「泣いていたから」

北上「!」

大井「先程拭いちゃいましたけど、泣き腫らした跡がありましたよ」

北上「そっか」

大井「何か、ありましたか?」

北上「わかんない。でもなんでか泣いてた」

大井「そうですか、そう」

北上「提督は?」

大井「待ってますよ。北上さんを」

北上「私を」

大井「もう待たせないって言わせました。後の事を決めるのは二人です」

北上「大井っち」

大井「はい」

北上「ありがとね」ムクリ

大井「私は。私は此処で待ってます。ずっと」

北上「うん。ありがとうね」

大井「安心してください、あの人はちゃんと受け止めてくれますよ」

あぁまただ。

北上「どうかなあ。船って結構重いよ?」

また痛い。

大井「そうですねえ。猫一匹くらいなら?」

北上「はは、提督に猫は似合わないよ」

大井「そうですか?ギャップ萌えってやつですよ」

さっきの鏡と同じだ。大井っちを見ていると、締め付けられるように痛い。

北上「大井っち」

大井「はい」

北上「行ってくるね」

大井「はい」

逃げるように部屋を出た。

心臓が荒波のように脈打っている。

平静を装って歩いてみた。深呼吸をしてみた。

でも落ち着かない。

私は少し駆け足でパタパタと提督の元へ向かった。

北上を攻略しようとすると大井っちとの距離が近づいて大井っちの好感度をあげようとすると北上と親密になる恋愛ゲームがやりたい。

瑞瑞コンビのポスターが可愛すぎて遅くなりました。
凄く可愛いです。
一緒にショッピング行って着せたり着せられたりしたいです。

78匹目:bell the cat



猫の首輪に鈴をつける。

言うのは簡単だけれど、はたしてその危険な役割を誰がやるか。

幸いにも猫は私だ。

なら進んで鈴をつけようじゃないか。

提督「よお」

北上「…痛む?」

提督「肉体的にはさほど」

北上「そっか」

提督「でも痛え」

北上「みたいだね」

提督の右頬が少し赤くなっていた。誰にひっぱたかれたかは考えるまでもない。

大井っち、ケツじゃなくて頬を叩いたのね。

提督はいつもみたいに奥の机にはおらず手前のテーブルにいた。

なんとなくその場の雰囲気で私も提督の向かい側に向き合うように座る。

提督「こっぴどくやられたよ。大井のやつ容赦なさすぎてな」

北上「そっか」

提督「頬は別にいいんだけどな。手より口がその何倍も怖い」

北上「だろうね」

提督「昔っから言う時は言うやつでな。もしかしたら言葉で人を殺せるんじゃないかと毎回思うよ」

北上「…」

提督「さっきだってまた大「いいよもう」ん?」

北上「大井っちの話は、もういい」

提督「わりい。はは、ダメだな。また逃げだ」

北上「?」

提督「北上」

提督が真っ直ぐ私を見る、

久々に提督と目が合った。

目を見られた。目を見れた。

提督「力を貸してくれ」

真っ直ぐ、そう言った。

北上「いいの?」

提督「巻き込みたくないというのが本音だが、戦力が足りないのも本音だ。でもだからって捨て石にさせるつもりはない。やるからには必ず討つ。討って、全員で帰投させるさ」

目は口ほどに物を言う。上手いことを言うものだ。

確かに提督の眼差しからは言葉よりも確かな決意が伝わってきた。

提督は決めたんだ。はっきりと、どうするかを。

その目に私は少し後ろめたさを感じてしまった。

だって私はまだ、迷っている。

復讐。その気持ちは本物だ。提督に協力すると言ったのは間違いなく本心だ。

でも今まで通りここで幸せに暮らしていたいというのも紛れもなく本心なのだ。

北上「うん。協力する」

提督「おう。頼むよ。それじゃま手始めに、文字通りな」スッ

提督が手を差し出してきた。大きくて広い手。

北上「提督にしては洒落たこと言うね」

提督「たまにはな」

北上「じゃあ」スッ

私も覚悟を決めなくちゃいけない。

提督「ただし」
北上「え」

握手、の前に提督が遮った。

提督「別にいつでも止めていい。逃げたっていい。こんな事、やらないにこしたことはないよ」

北上「それ、今言う?」

提督「わり。でもそうだろ?」

北上「そりゃあ、まあね」

提督「俺だってそうさ。今だって何かのっぴきならない事情で断念せざるを得なくなりやしないかって、そんな事を何時も考えてる」

北上「土壇場になって中止なんて言うつもり?」

提督「そうなるかもな。ギリギリになって勇気が出ないかもしれん。それを踏まえての握手だ」

勇気か。

復讐する勇気か。

それを諦める勇気か。

北上「分かったよ」

協力者同士。いや共犯と言うべきかな。でもとても暖かい握手を交わした。

私は決意した。提督の思いに応えよう。

未だ迷ってる。だからハッキリさせよう。

私がどうしたいのか。

北上「へへへ」

提督「なんだよ変な笑いしやがって」

北上「初めて提督と会った時の事思い出しちゃってさ」

提督「あー。あれももう随分前に感じるな」

提督が上を向く。昔を思い出しているのだろうか。

北上「てーとく」

提督「ん?」




北上「名前は軽巡、北上。まーよろしく」

提督「おう、よろしくな」

提督「でだ」

北上「はい」

提督「俺達は目標達成のためには余りにも色々なものが足りない」

北上「確かにね」

提督「その中で最も補いやすいのがお前の練度だ」

北上「ぅ、ですよね…」

提督「残念ながら一朝一夕で練度をどうこうするのは無理だ。だがだからと言ってやらない理由はない」

北上「つ、つまり」

提督「と「特訓です!!(バァン」はっ!?」
北上「えっ!?」


大井「特訓です!!!!」


北上「いやなんでいるの」

提督「聞いてたなてめえ!」

大井「そりゃあもちろん提督が変なこと言わないか見張りを」

当然のように部屋に入ってきた。

提督「言わねえよ何考えてたんだよ」

北上「あのー特訓って?」

大井「提督の言う通り練度は直ぐには上がりません。私も北上さんよりは高いですけれどそれでも一線で通用するかは微妙なレベルです」

提督「だ「だから基礎的な訓練以外に何か飛躍的に力をつける方法が必要です」

北上「ふむふむ」
提督「…」

大井「ここで大事なのが私達にとって今倒すべきなのは深海棲艦ではなくあのレ級一体という事です。つまり一点集中で対策が練れるんです」

あ、提督が完全に話すのを諦めた。

大井「なんであれアイツを沈めれば勝ちなんです。その点で見ると私達雷巡はチャンスがあります」

北上「あー、魚雷か」

大井「元々私達は対空や砲撃は苦手です。ですが魚雷による致命的な一撃であれば他の船と比べても練度の低さを補ってあまりあるものがあります」

北上「確かに」

大井「そして!何よりも大きいのは私と北上さんのコンビネーション!!」ンバッ

北上「うんうん。え?」

大井「コンビネーション!!」シュバッ

北上「2回も言わんでも」

しかもポーズ変えて。

提督「実際ポイントだと思うんだ。普段艦隊は色んな艦種をバランスよく編成するから忘れがちだが同じ艦種同士だからこそ出来る動きってのは確かに強い」

北上「なるほどね。確かに練度が低くても二人合わせてなら補い合えるかも。でも大井っちと二人で出撃した事ってほとんどないんじゃ」

大井「普段の以心伝心っぷりを戦場でも発揮すればいいんですよ。戦闘経験はこれから積んでいくんですから」

北上「そう何上手くいくのかね」

相変わらず大井っちは…

北上「ん?」

あれ?

提督「どした」

北上「え、何?大井っちも?大井っちも一緒なの!?」

大井「当たり前じゃないですか」フンス

北上「いやいや全然当たり前じゃないでしょ!」

提督から事情は聞いてると思ったけどまさか参加してくるとは…待てよ、よく考えたら実に大井っちらしい行動だな。

大井「大丈夫ですよ。北上さんを一人で行かせたりなんかしませんから!」

北上「って言ってるけど、いいの?」

提督を見る。

大井っちをこんな危険な事に巻き込む。それは提督が一番嫌がりそうなものだが。

提督「止められると思うかこいつを?」

北上「思わない」

提督「そういう事だ」

提督弱いなー。

大井っちは、あードヤ顔してる。

大井「愛にも色々ありますけれど、少なくとも私は愛する者を宝箱にしまうようなことはしません」

提督「お前みたいにスパッと割り切れりゃ楽なんだがな」

大井「提督は肝心なところでいっつもウジウジしてますからねえ」

提督「はっはっはっ今度は耳が痛え」

北上「大井っちは凄いよねぇ。私もそんな風になれたらいいのに」

大井「いいんですよ北上さんは。今の北上さんこそ北上さんなんですから」

提督「北上に甘すぎるだろお前」

大井「提督は甘えすぎなんですよ。誰にとは言いませんけどお?」

提督「てめぇ…」

大井「それに私だって悩んだりはしますよ。でも決めるべき時はそうするだけです」

北上「決めるべき時か」

大井「何にせよ、私と北上さんのコンビならどんな壁だって超えていけます!」

北上「いや別に二人だけというわけじゃ」

提督「サラッと俺を無視すんな」

大井「不純物が混ざるとコンビパワーが落ちるんです」シッシッ

提督「あそーいうこと言う、そーいう言っちまうんだ。飛龍と日向が悲しむだろうなぁ」

大井「あの二人は別です」

提督「適当過ぎんだろ!」

北上「それでも五人かあ」

提督「これでもマシになった方だよ」

大井「最初三人でどうするつもりだったんですか…」

提督「自暴自棄な所があったのは否めない」

北上「だろうねぇ」

提督「が、今や五人だ。一世一代の大仕事だぜ。ほかの奴らが血眼になって探してる鬼の首、俺らでもぎ取ってやろうぜ!」

大井「今のところ鬼の素顔を知ってるのはウチだけですからね。提督が報告してないせいですけど」

提督「これから首持って謝りに行くから大丈夫だよ。歴史はいつも勝者が作るもんだろ?」

大井「実際勝ち目が無いわけじゃないですからね。敵は自分が狙われているとは思っていない」

提督「対するこっちは徹底的にメタを張れる」

大井「戦争じゃなくて仇討ちですからね。ルールも何も無し」

提督「例えどんな手を使ってでも」

大提「「討つ」」ニヤリ

実に楽しそうに二人が笑う。

提督「ま、そういうわけで明日から二人は特訓だ」

北上「具体的にはどういう?」

提督「飛龍に頼むつもりだ。内容はあいつに任せる。二人のコンビと雷撃が一番の伸び代だがだからと言って基礎訓練をしない理由にはならない。やれることは全部やるぞ」

北上「うへ~気が滅入る話だ」

大井「ならやめますか?」

北上「そうもいかんでしょ」

提督「訓練は明日からだ。今日はとりあえず休んで明日に備えとくといい」

北上「提督は?」

提督「具体的な作戦はこっちでやっとく。お前らはそっちに集中しとけ」

北上「ほ~い。それじゃ」

提督「おう」

いよいよだ。

死にたくないから、怖いから。

ずっと戦いから逃げていた私だけど、初めて自分から戦いに向かう理由ができた。

大井「あぁ提督」

提督「ん?」

部屋を出る直前に大井っちが提督を呼ぶ。

大井「約束、忘れないでくださいね」

提督「おう。信じろ」

二人はどんな話をしたんだろうか。

二人は何を知っているんだろうか。

二人はどんな約束を
北上「大井っちは、なんで提督に協力してるのさ」

大井「そうですね。私にとっても、大事なリベンジですから」

リベンジ。

一年前に大井っち達がレ級に遭遇した件か。

海の化け物。

首輪に鈴をつけるどころじゃない。私達でそれを倒すんだ。

カレンダーをめくる時期。今年は児ポじゃない。

週一で書、けてないですね。きっとお出掛け吹雪が可愛すぎるせいですね。
基本的に鎮守府にいない娘は書かない主義ですが実はウチに吹雪はいません。書いてて好きになったタイプなので、これを機に着任してもらうつもりです。
ゲーム内だけでなく、読んで、または見て、あるいは書いて描いて。出会うきっかけが色々あるっていい事です。

80匹目:Cat has nine lives



猫は9つの魂があるという。イギリスのことわざだったかな。

高いところから難なく着地したり、狡猾で、急にいなくなったかと思えばフラっと現れる。

そこから猫は幾つも命を持っているのだろう。だからしぶとい。そういう意味になったそうだ。

確かにそうらしい。1度は死んだ身でありながら、あろう事か船として蘇ったのだから。

でもならばこの身体には、猫以外に一体幾つの魂が宿っているのだろうか。

『次!三時方向!』


北上「!」

大井っちと共に無線で指示された方向に砲塔を向ける。

向かってくるのは流星。飛龍さんの操るそれは確かにその名に恥じぬ起動を描いていた。

流れる星に対空射撃を行う。最も私達の対空能力はたかがしれている。だが少しでも回避運動を取らせることが出来ればそれでも十分だ。

北上「来た!魚雷五本!」
大井「二と三!」

私に二本大井っちに三本か。

回避行動を取りながら魚雷に狙いを定める。

『七時と十一時!』


北上「早っ!?」

慌てて狙うのをやめて次の方角を見る。魚雷を撃つ練習は後回しだ。

大井「北上さん!」
北上「うん!」

ぐるりと魚雷を避けながら大井っちと出来るだけ近づく。

二方向からそれぞれ魚雷が放たれる。

対空射撃をやめ、同時に私達もバラバラな方向に一斉に動く。これで狙いはつけ辛い、はずだ。


『で次は上ね』


北上「は?」
大井「え?」

上、上から?そんなんどうしろってんですk

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「あぁぁぁぁぁ…」

机に顔を擦りつけ体に蓄積された疲れを声とともに絞り出す。残念ながら疲れの方は一切取れやしないのだが。

大井「カレー冷めちゃいますよ」

北上「食べる気力も湧かないよぉ」

ハード。ハードだった。飛龍さんの訓練は。

朝っぱらからいきなり訓練やるよ~と連れ出されたかと思えばお昼までみっちり対空訓練である。

北上「死にそう」

大井「初日からそんなんじゃ持ちませんよ?」

北上「既に持ってない…」

私がバテたのでお昼とはいえ少し早めの時間の昼食。食堂にはあまり人気がない。

「午前はこの辺にしとこっか」と飛龍さんは言っていたが、午後はもっと長いのかな…

北上「大井っちはよく平気だね」

大井「平気とは言い難いですけど、北上さんよりは丈夫ですから」

北上「むむ」

負けてはいられんな。少し冷めて食べやすくなったカレーに手をつける。

大井「北上さん、今日は少し力み過ぎてませんでしたか?」

北上「そりゃ今までみたいに逃げ回る訳にはいかないしさ」

大井「それはそうですけれど」

日向「随分と頑張っているようじゃないか」

大井「日向さん」

日向「一緒にいいかい?」

北上「もちろん」

向かい側に座る日向さん。

和風定食か。この人洋物とか食べるのだろうか?少なくとも見た事はないし想像ができない。

日向「提督から聞いたよ。まさか君が、君達がね」

大井「私もですか?」

日向「そうだ。少なくとも私から見たらな」

大井「必然ですよ」

日向「何がきっかけかは知らないが以前の君ならそうしなかった。違うか?」

大井「…」

日向「まあ一番わからないのは北上なんだけれどね」

北上「それについては内緒ですよ」

日向「では私のデザートをやろう」

デザート。おしるこか…

北上「カレーにおしるこはちょっと…」

日向「それは残念」

ちっとも残念そうには見えないが。

日向「君達二人だけの秘密というわけか。素敵な話じゃないか」

それは違う。私は大井っちには

大井「私も知りませんよ。北上さんだけの秘密です」

先に口を開いたのは大井っちだった。

日向「ほお…」

表情を変えずにサラッと言ってのけた大井っちと、それに驚いた私の表現を見て日向さんがどこか納得したように頷いた。

日向「どうやら中々に込み入った事情があるようだね。まあそこに口は出さないさ」

北上「日向さんこそ、どうして?」

日向「分かりきっているだろう?飛龍のやつと同じ、何処にでもあるような極々単純な復讐心さ」

そう言って味噌汁を啜る。

日向「というのは違うか」

北上「え」

大井「違うんですか?」

日向「そういう気持ちが無いわけじゃあないんだ。だが私が協力している理由は、提督に頼まれたからさ」

大井「頼まれたって一体どんな風にです?」

日向「何も土下座されたり脅されてるわけじゃない。普通に、実に紳士的に、とても真摯に頼まれただけだ。私は船だからね。船長が舵を切ったらそちらを向くだけさ」

北上「船、まあそうりゃそうだけど」

大井「それじゃあ自分の意思ではないみたいじゃないですか」

日向「北上には前に話しただろう。艦娘とはそういうものだよ。多かれ少なかれ。だからこそ君達の反応は、私から見ればかなり意外でとても興味深いね」

相変わらずだなこの人は。アナタ以上に変わっている人もそうはいないと思うけれど。

日向「だからまあそんな変わった後輩に私からのアドバイスだ。ひとつの事に夢中にならずに周りを見ることだ」

北上「なんだか抽象的過ぎてちょっと」

日向「憎しみは人の無意識のセーブを外すのには有効かもしれないが私達艦娘にとっては逆効果だ。私達の力とは艦の部分であり個々の意思ではない」

大井「復讐そのものを否定するような言い方ですね」

日向「もちろんそうさ。私はそれを肯定した事は一度もないし、これからもしないつもりだ」

キッパリと言い切って箸を置く。

いつもそうだ。日向さんは自分の考えをきっちりと持っている。

それが相手を真っ向から否定する事だとしても。

日向「安心するといい。基本的に君達の見方だよ、私は」

北上「日向さんはその基本的って所が怖いんだよねぇ」

日向「おや、それは心外だな」

日向「そうだな、なら具体的なアドバイスをしようか。北上」

北上「私?」

日向「図書室に行くといい。神風のやつが最近寂しそうだぞ」

北上「!」

そういえば最近行ってなかったな。そんな余裕がなくて、

北上「余裕か」

日向「必死になる事はいい事だが余裕がなくなるのはいけない。余力を残せという意味じゃないのは分かるだろ?」

北上「まあ、なんとなく?」

日向「ふむ、そうだな」

何やら考え込む日向さん。何が飛び出すのやら…

日向「八八歩」

北上「へ?えー、えっと七五歩?」

将棋だろうと当たりをつけて適当にそれっぽい事を返してみる。

確か最初の数字が将棋盤の座標なんだっけか。そもそもアレって縦横幾つなんだっけ?

日向「将棋、まあチェスでもいいが、これが戦争と言うやつだ」

大井「王を取れば勝ち、という事ですか?」

日向「ルールがあるということさ。守るかどうかは別としてだが。そして」

ギシリと木製の椅子が、いや床そのものが軋む音がする。

無理もない。戦艦の背負う巨大な砲塔はその重さだけで十分な破壊力を持っているのだから。

日向「これが私達がやろうとしている事だよ」

そう言いながら今しがた何食わぬ顔で身につけた艤装を、砲塔をこちらに向ける。

とてつもない威圧感だ。本来戦艦の砲塔をこれ程間近で向けられる事などまずない。

日向「ルールなど気にする必要は無い。戦略などない。如何なる手段を使ってでも敵を討つ」

北上「なら将棋なんていらなかったんじゃ」

日向「そうでもない。こうして無防備なまま私の前に座ってくれるだろう?」

大井「ルールを守るのではなく使えと」

日向「そういう事も視野に入れろ、という話さ。さて、王手だ」

北上「こーさん」

無茶苦茶だな。でもその通りだ。

大井「ところでそろそろ椅子が限界のようですけれど」

日向「ふむ、そうだな。提督には内緒にしておいてくれ」

なんでもお見通しなのか、案外考えなしなのか、読めない人だ。

北上「余裕、視野か」

大井「ふふ、午後はもう少し上手く出来そうですね」

北上「かもね。うんにゃ、そうだね」

どこか穏やかな空気が流れ出した食堂。だったのだが、そこに突風が吹いた。

飛龍「さぁ午後の!!ってあり?二人ともまだ食べてた?」

大井「飛龍さん?」

食堂に飛龍さんが駆け込んできたのだ。

北上「え、まさかもう食べたの?」

飛龍「別に私ら消化とか気を使う必要も無いし詰めこみゃ大丈夫よ。それよりほら、時間は有限なんだから!」

思わず大井っちと顔を見合わせる。

スパルタだ。もちろんやる気はあるけれど流石にこれは。

日向「飛龍」

飛龍「ん?あ、日向も一緒にやる?」

やる気スイッチMAXの飛龍を横目に日向さんが懐から本を出す。

いや、本ではない。その本に挟んであった栞を出した。あれは確か鏡の着いている栞だったはずだ。

それを無言で飛龍さんの前に突きだした。

飛龍「ッ!!」

鏡を見て飛龍さんが妙な反応をする。強ばるというか、怯えたような、そんな感じの。

日向「甘い物は乙女の動力源なのだろう?デザートを食べる余裕はあるか?」

飛龍「…勿論」

日向「奢ってやろう」

飛龍「…ごちになります」

そう言うやいなや来た時と同じように駆けて行った。

大井「えっと、今のは一体?」

日向「余裕が無い、ということさ」

北上「?」

やはりさっぱり分からない。古株同士なにか通じていたようだが。

大井「私達もデザートいっちゃいますか」

北上「私お汁粉で」

日向「私は餡蜜で頼む」

大井「何サラッと押し付けてるんですか」

なんやかんやでデザートを取りに行ってくれる大井っち。

飛龍さんと並んでメニューを見ているようだ。

北上「日向s、あれ?」

いない。いや体を屈めているのか?どうやら椅子と床の損傷を確かめているらしい。

やらなきゃ良かったのに…

日向さんに飛龍さん、大井っちと私。この四人で、挑むのか。

まあとりあえずは白玉でも頬張っておきますか。

瑞雲師匠も好きだけど仙人じみた日向も好き

ボスはとりあえず雷巡CIに祈る時代も今は昔。
戦闘に関してはゲームに忠実にすると味気ないしかと言って実際のお船の知識は皆無なので割と無茶苦茶書くと思います。
五月雨ちゃんを見るような暖かい目で見て頂ければ嬉しいですしご指摘があっても嬉しいです。
吹雪ちゃんにはこの後色々やってもらいます。

82匹目:香箱






猫の香箱座り。

後ろ足を曲げ腹を地面につけ前足の先を折りたたむように胸元にしまいまるで箱のようにコンパクトに座るその様を指して香箱と呼ぶ。

これを海外だとcat loafと呼ぶ。

loafはパン1斤の意味で、まるで焼きたての四角いパンのように見えるかららしい。

顔を地面につけた姿などはまさに箱だ。今思うと我ながら凄い格好である。

人間で言うならどんな格好だろうか。

二足歩行なので流石に地面に腹をつけてとはいかないが、例えば椅子に座り机に両腕をまるで枕にするかのように組みそこに頭をのせ突っ伏す。

そう、まるで

北上「うわっ!」

咄嗟に防御体制をとる。

直撃かと思ったがどうやら至近弾だったらしい。直ぐに体制を立て直しつつ自分へのダメージを確認する。

北上「ちぇ、防御力はないんだよぉ」

右足の魚雷発射管がダメになっている。爆発がないのは有難いが使えないものは使えない。

飛龍「動ける!?」

北上「はいっ!」

消えた選択肢を惜しんでも意味は無い。まだ敵は残っている。

鎮守府から少し離れた海域。敵はそう強くはないが、それでもいつもと違う戦闘に私は苦戦していた。

私と大井っちと飛龍さん。

三人編成による戦闘に。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「ふへぇ~」

大井「中々、思っていたより、キツイですね」

飛龍「本番はこんなもんじゃ済まないわよ。制空にも余裕がなくなるからね」

普段の戦艦などに守られながらの安全な戦いと違い自分の身を自分で守る戦い。

先制雷撃の緊張感も半端じゃない。何せ少しでも数を減らさないと手が足りなくなるのだ。

飛龍「どう?キツそうなら引き返す?訓練なんだから無理する意味は無いからね」

北上「私はまだ大丈夫」

これまでの逃げの技術が役に立っているのかそれでも私は小破で済んでいる。

大井「私も大丈夫です」

大井っちは逆に殺られる前に殺れ精神だ。チャンスを見つけて飛かかる様はネズミを追う猫の様だった。

飛龍「おーけーおーけー。次でラストね」

飛龍さんは、汗一つかいてない…分かってはいるけれどレベルが違う。

軽い足取りで進んでいく。

大井「行きましょう北上さん」

北上「うん」

真剣な顔の大井っち。

私はそれが気になっていた。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

リベンジ、と大井っちは言った。

かつて大井っち達は件のレ級に遭遇し逃げられている。

その時の詳しい状況は知らないが、少なくとも大井っちにとってそれはトラウマのようなものらしい。

リベンジ。私の事を差し引いてもそれは大井っちにとってとても重大な意味を持つもののようだ。

一体何が?

大井「北上さん!!」
北上「んなっ!?」

ギリギリのところで砲弾を躱す。

ちぇっ、余裕を持てと言われたがこれじゃあただの余所見でしかない。

しかしどうにも気になってしまう。大井っちの事が、無性に。

なんなんだろうか。初めての感覚だ。

また少し痛みが走る。

艦載機に気を取られた敵駆逐艦に砲弾をぶち込み改めて周囲の状況を確認する。

北上「!!」

魚雷だ。敵軽巡が魚雷を放った。

あの方向は、大井っちだ!

大井っちは重巡の方に集中している。今当たると確実に大損害になる。

大井っちに知らせなきゃ!

北上「ッ!」

でも、そこで詰まった。

あのまま、あのまま魚雷が当たったらどうなるだろうか。

側面から魚雷がぶち当たる。艤装は壊れ魚雷発射管や砲塔の大半がダメになるだろう。

そうなれば攻撃は疎か回避もままならない。そうなればいい的だ。最悪轟沈しかねない。

そんなことになれば

そうなれば

もしそうなったら

北上「…」

なってくれたら?

飛龍「大井!!」

飛龍さんが叫ぶのと艦載機が軽巡を沈めるのは同時だった。

一瞬そちらに気を逸らした大井っちが魚雷に気づく。

間一髪の回避。その隙に私が最後の重巡に魚雷を放つ。

北上「大井っち!大丈夫!?」

大井「はい!なんとか…」

飛龍「ひゃー焦ったぁ。冷や汗かいちゃったよ」

北上「私も…」

私はホッと胸をなでおろした。

飛龍「よしっ。今日は帰りますか」

北上「今日は、ねぇ」

大井「明日もあるんですね…」

飛龍「さぁさぁ帰ってご飯だよ、ご は ん」

北大「「はぁ…」」

空は少し赤みがかってきていた。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「…」

夜、食堂。

午前午後のスパルタ訓練による疲れで逆に寝れなくなったので自販機で甘い物でも買おうかとやってきたのだが、

飛龍さんがいた。

窓際の、月明かりが差し込む暗くて明るい机に突っ伏していた。

まさに香箱。周りにあるのはお酒かな?酔って寝てしまったようだ。

でもなんでこんな所で?しかも一人で。

北上「…」

触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず。

ここはスルー決め込んでさっさとジュース買って

飛龍「ぁ、きらかみだ」ムクリ

北上「わっ、起きてた…の?」

飛龍「今起きた…の…ん~…ッ」ノビー

大きく伸びをする飛龍さん。意外と細身の彼女だが横から見るとやはり出るとこは出ている。

飛龍「あり、もう月があんなに登ってる」

北上「もう日付変わりますよ。一体いつからここに?」

飛龍「んー10時くらいからかなあ。覚えてないや」

そう言ってゆっくりと酒を片付け、いや違う!まだ入ってるのを探してんだこれ!飲む気だ!!

飛龍「さあ一緒に飲もう!」ドン

北上「あー、私お酒はあんまし」

飛龍「いーよいーよジュースでも。飲みで大事なのはお酒を飲む事じゃなくてアルコールがあるって事だからね」

北上「なんかそれっぽい事言ってるけど飲みたいだけですよね」

飛龍「まあね」

まあいいか。この人にも聞きたいことがある。

急ぎ足でジュースを買って飛龍さんの向かい側に座る。

飛龍「さーって、乾杯ってのもなんか変だけど、今日も一日お疲れ様っ」

北上「お疲れ様~」

缶とおチョコという妙な組み合わせ。月光の下で乾杯をした。

北上「それ何杯目なんですか?」

飛龍「ん~…何杯目だろうね」

北上「さいですか」

空母の皆さんはしょっちゅう飲んでるイメージがあるがどうやらそれは間違いではないようだ。しかし、

飛龍「ンッ…っあー生き返る~」

一口ずつ味わって飲む姿はなんというか上品というか、普段の豪快な飛龍さんとは打って変わって滑らかさみたいなものを感じる。

まあこんだけ飲み散らかしてりゃそれも薄れるのだが。

北上「どうしてこんな所で?」

飛龍「あーダメダメ。次は私が質問する番だからね」

北上「そーゆー感じですか」

しかし話が進めやすいのも事実だ。ここは乗っていこう。

飛龍「なんでこの件に関わったの?」

北上「それは…」

いきなり答えにくいものが来たな。というかみんな聞いてくるよねこれ。当たり前かもしれないけど。

北上「きっかけに関しては半ば強制的に知らされたというか、まあ吹雪に色々言われたもので」

少し本筋から逸らしつつ別の話題で興味を惹いてみる。

飛龍「吹雪が?」

北上「うん。何故か私に色々と」

飛龍「へぇ~。吹雪が、ねえ。吹雪が。なんだろうね」

北上「なんでだろう」

飛龍「吹雪の事は私もよくわかんないのよ。協力的なようで非協力的というか。この件について賛成なのか反対なのかイマイチ掴みにくいのよね」

飛龍さんもよく分かっていないらしい。

北上「じゃあ次はこっちの番で」

飛龍「ばっちこい」

北上「何故一人で飲んでるんですか」

飛龍「ノーコメント」

北上「あズルい!それはズルい!」

飛龍「だぁーってぇ~」

またしても机に突っ伏した。

ちゃんと容器は避けているのが少し可笑しい。

飛龍「…怖がられちゃったんだもん」ボソッ

北上「怖がられた?誰に?」

飛龍「…蒼龍に」ムクリ

起き上がった飛龍さんの表情はまるで捨てられた子猫のように弱々しいものになっていた。

酒の入ったおチョコを、まるで穏やかな海をゆく船のように揺らしながら静かに話し始めた。

飛龍「私、自分じゃそんなつもりないんだけどさ。この件に関することだとついムキになるっていうか、変なスイッチ入っちゃうのよ」

北上「あー」

昼間のあれを思い出す。鏡を見て、自分を見ての反応はそれか。

飛龍「別に気が触れるみたいな事じゃないんだけどね。ただ分かる人には分かるって感じで」

北上「それが日向さんとか蒼龍さん?」

飛龍「そ。日向は事情知ってるからいいんだけど、蒼龍は何も知らないから」

そうか。

話していないんだ。

飛龍「蒼龍も何かは分かってないの。分かってないけど、私を見て怯えるような目をするの」

私にはいつもとそう違いはないように思えたけれど、やはりこの二人だからこそ分かるものがあるのだろう。

飛龍「それでね、向こうもそれを誤魔化そうとして距離をとるのよ。それがまたなんてゆーか、すごくクるのよ」

北上「だから一人で」

飛龍「ヤケ酒よヤケ酒」

そう言って寂しそうに笑う。

こうしている今の自分を周りはどう思うか。考えたこともなかった。

飛龍「はい終わり。次は私の番ね」

おぉ切り替えが早い。

北上「どーぞ」

さてお次はなんだろうか。

飛龍「午後になってから急に注意散漫になってた。というか大井ちゃんばっか気にして、何かあった?」

それは、

北上「それは、自分でもよくわからなくて…」

飛龍「わからない?」

北上「えっと、でもその答えは同時に次の質問でもあって」

飛龍「つまりどういうことよ」

北上「大井っちはなんであんなに強くこの件に関わろうとしてるのか」

私は誤魔化した。大井っちが気になる理由はきっとほかにある。

でもこの疑問自体は本物だ。

飛龍「…」

また一口。お酒を流し込む。

飛龍「それが気になる、って?」

北上「まあ、そんな感じです」

飛龍「そっかぁ」

また一口。まるで口の滑りを良くするための潤滑油のように。

そうでもなければ話せないというように。

飛龍「ねえ、これから話す事は誰にも言わないでよね」

北上「は、はい」

お酒が入っているとは思えないほどとても真剣な顔で確認とる飛龍さんについ緊張をしてしまう。

飛龍「一年前の、つまり私達が初めてアイツに会った時の話よ。

輸送大型船とその乗客乗員。そしてその護衛艦隊。それら全員が謎の深海棲艦に沈められ、私達がたどり着いた時には跡形もなかった。

記録上はそうなっている、あの時の。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

知ってると思うけど私達は間に合ってたの。

いや、間に合ったとは言い難いかな。

着いた時には船は火災でドス黒い煙を吐いていて、護衛の艦娘達はその船より先に全員沈んでた。

深海棲艦は一体もいない。そう思って私達は船に近づいた。

そこで出会ったのよ。アイツに。

艦載機は出してた。でも黒い煙に隠れていたし、何よりあの状況で一体だけで残り船を破壊するでもなく溺れる人々を見て楽しんでるようなのがいるなんて想像もしてなかった。

予想外の邂逅。でもそれは向こうも同じだったみたい。

これほどまでに早く援軍が来るとは全く思ってなかったのよ。

至近距離。私達にとってはね。

特に空母の私からすればスナイパー持ってるのに殴った方が早いみたいな距離よ。それほどの距離で私達とアイツは出会った。

お互い同様で一瞬動けなかったのを覚えるわ。

私達にとって幸運だったのはアイツが大きな損傷を抱えていた事ね。護衛艦隊は本当に優秀だったのよ。

レ級のダメージは控えめに見ても中破。だから私は勝てると踏んだ。提督も。

思っちゃったの。

空母1、重巡2、雷巡1、駆逐2。

手負い相手に至近距離。実際勝てる戦いだったわ。ただ状況と、相手が異質すぎた。

こっちが突っ込むなりアイツは下がったのよ。

船と人々の方へ。気持ちの悪い笑みを浮かべながら。

撃てるわけがない。私達は船や人々を救出するために来たんだもの。

敵の異質な行動による動揺もあって皆どうしていいか分からなくなってた。後は一方的嬲られるだけよ。

こっちは撃てない。向こうは撃ち放題。良い的よ。

ただ私達にはまだ幸運があった。

船が爆発したの。どこかは分からないけど、突然それまでとは比べ物にならない量の煙を吐き出した。

それらは風に乗って私達全員を包み込んだ。

だから私達は突っ込んだ。砲撃じゃない。肉薄して直接ぶち込むために。

今思えば馬鹿よね。何も見えない中策もなしにただ突進する。感情だけで動いてたわ。

それに空母の私は外から見てるだけ。あれで誰か沈んでたらと思うと今でもゾッとする。

飛龍「だから結局そこで何があったかはよく知らないのよ。

確かなのはレ級には逃げられた事と、

あそこで提督が、前の提督が死んだ事よ」

北上「…」

飛龍「って、あー前の提督の事とかって北上知ってるっけ?」

北上「うん、まあ」

飛龍「私もね、後から知ったの。あの船に乗ってたって。というか皆そう。日向も吹雪も、提督も」

北上「なんで船に?」

飛龍「海外に隠居してたんだって。んで、なんでかこっちに向かってる最中に運悪く、ね」

なら、だとしたら、間に合わなかったというのは、飛龍さんにとってそれは…

飛龍「でさ、その時大井ちゃんの様子が変だったのよ」

北上「変?」

飛龍「多分、人間の死を見ちゃったからでしょうね。たまにいるのよ、そういうのに敏感な娘」

たまに、か。前にも聞いたっけ、艦娘は人とは違う。違うから人に感情移入しにくい。人の死を、人のように悼むことが出来ない。

飛龍「大井ちゃんにとってトラウマなのよ。きっとね。リベンジってのはそういう事、なんじゃないかな。まあ憶測なんだけどね?」

北上「うん、でもすごく参考になった。流石に本人に聞くのはちょっと気が引けるから…」

飛龍「デリケートなところだもんねえ」

北上「そうなるとやっぱり吹雪がなんであやふやな立場にいるのか分からないなぁ」

飛龍「私的には北上がなんで参加してるのかもかなり謎なんだけど」

北上「それは!そのぉ…。ん?」

飛龍「何何?話してくれちゃう?」

北上「あれ?飛龍さん、前任の提督の事私に話しちゃっていいんですか?」

飛龍「え、まあ事実知ってる相手なら別にいっかなって。他の娘になら話さないわよ」

北上「いえ…そうじゃなくて」

飛龍「?何が?」

あれ?おかしくないか?

北上「だって、前任者について話さないって…」

谷風が言ってた。以前からこの鎮守府にいた皆は吹雪が言わない限りはそれについて口を閉ざしていると。

結果的に私は知ってしまっているからいいということなのか。

飛龍「あ~、あ?まあ迂闊に話すことじゃないけどさ。でも別に、聞かれれば答えるわよ」

北上「え」

飛龍「そもそも普通前の提督がいることなんて気にもとめないもんね。一応隠してはいるけど、知らないと嘘をつく事じゃないと思うし」

なんのことも無いという感じで話す。

飛龍「それにさ、私としては少し、その事はむしろ知っていて欲しいなぁって。そう思ったりもするから…」

そう言って最後の一口を飲み干した。

北上「そう、ですか」

じゃあ何故だ。あのウミネコ。

何故隠すだけじゃなく嘘をついた。

協力すると言ったのに、どうして。

北上「はぁぁぁぁ。皆何考えてるのかサッパリだぁ」

飛龍「皆?皆ねぇ。そうね、きっと各々色んなこと考えてるんでしょうねえ」

北上「そりゃそうでしょうけどぉ」

飛龍「北上。明日は訓練お休みね」

北上「なんで!?」

飛龍「一回頭を冷やそ。お互いに、ね?」

北上「頭を、冷やす」

視野を広く。

余裕を持って。

北上「お休みかあ」

何をしようか。

久々に球磨型皆で遊ぼうか。図書室も行こう。阿武隈でもいじりに行って、駆逐艦に絡まれるのも悪くない。

後は、後は…

飛龍「あとこれ」ドンッ

北上「お酒?」

瓶1本。一升瓶って言うんだっけ。

飛龍「分からないことはね、お酒飲んで話し合えば解決するのよ!」

北上「酔ってますよね」

飛龍「よっれない!」

うわダメだこれ。だいぶまわってきてる。

北上「でも確かに話し合うのは大切だよね…」

飛龍「そうよ!私達がこの体で得た一番のポイントは言葉なんだから!」

北上「!」

言葉。なるほどその通りだ。

猫のままなら私は自分の気持ちを誰かに伝える事は出来なかっただろう。

言葉を理解していなかったらこれ程色々な感情を抱く事もなかった。

みんな私が北上になったからの物だ。

飛龍「北上。私はね、日向も言ってたけどさ、復讐は何も得ることの出来ないものだと思ってる」

北上「ならどうして?」

飛龍「復讐したって私から失われた物は何一つ戻らない。でもね、やっぱりすごくスカッとすると思うの」

北上「スカッとって、そんな適当な」

飛龍「うん。すごく幼稚で安易な考え。でもそれが私の気持ち」

真っ直ぐで素直な気持ち。それが飛龍さんの動機か。

日向さんも飛龍さんも自分の信念がある。

私もはっきりさせなくちゃね。

北上「もっと話し合わなきゃ」

飛龍「おっいいねいいねぇ。ほら、一杯いっとく?」

北上「…一杯だけ」



この後、疲れた体に覿面だったらしいアルコールによって気を失ったかのように机に突っ伏して寝てしまった私を飛龍さんが部屋まで運んでくれた事を朝起きて大井っちに聞いた。

飛龍蒼龍はお互いに引け目を感じてるみたいなのが凄く好きだと伝えたい

わかりやすいのでアーケードの規模を目安にしてみようと思います。
コメントがいつもとても嬉しいのでこれからも私の好きを書き殴っていきたいです。

83匹目:猫の日常





それらは全てまるで夢のような体験で、

ふとすれば消えてしまいそうなほどフワフワとしたものだったけれど、

気がつけばハッキリと私の中に入り込んでいて、

でもそれはきっと周りではなく私がそこに入り込んでいたからで、

だから私にとって二度目の生である今は、確かに日常と呼べる程当たり前のものになっていた。

神風「…」

北上「…」ジー

神風「…」ペラッ

北上「…」ジー

神風「…」

北上「…」ジー

神風「…」ペラッ

北上「…」チラッ

神風「…」ピタッ

北上「!」

神風「ヘクチッ」

北上「…」

神風「…」ペラッ

図書室。図書館。なんであれ文字を読む、書く空間というのは独特の雰囲気がある。

本を読んでいるといつの間にか時間が過ぎ去っていて、

こうして読んでる人を後ろからこっそり覗き込んでいると時計の針の音がやけに時間の進みを遅くさせているような錯覚に陥る。

常に誰か他人がいてその他人と交わる事を前提とした設計となっている鎮守府だが、ここ図書室だけは例え他に誰がいようと個人の空間として機能する。

神風「…」ペラッ

北上「そいつが犯人だよ」
神風「ひゃあっ!?」ビクンッ

文字通り飛び上がる神風。うん、やはり楽しい娘だ。

神風「ききき北上さん!?いつの間に!?」

北上「さっきのまにまに」

神風「そんな神のまにまにみたいに言われても」

北上「神風だけに?」

神風「そんな事言ってません!」

神風「…」

北上「…」

何処かポカンとした表情で私を見つめる神風。そして

神風「なんだか久しぶりですね」ニヘラ

北上「うん、そだね」

まるで喉をかかれている時の猫のような緩んだ表情に変わる。私も釣られて口元が緩んでしまった。

神風「一応この部屋の責任者なんですからね北上さん」

北上「え、そうなってたっけ?」

神風「なってますよ、もぉ」

北上「あはは、別に何も無いからいーじゃんか」

神風「そうじゃなくて…ねえ」ギュッ

北上「?」

手を握られた。恐る恐る。でも、しっかりと。

北上「なにさ?」

神風「なんだか最近忙しないですね」

北上「あーまあ色々あってさ」

神風「そのまま」

北上「?」

神風「そのままどこかへ行ってしまいそうで」

北上「…私は猫タイプらしいもんね。きっと行きたいところに行くよ」

神風「茶化さないでください!」

北上「本心なんだけどなあ」

神風「だったら尚更ダメです」

北上「手厳しい」

神風「別に、別に何処へ行くのも北上さんの勝手ですけど、でもきっとここには帰ってきてくださいね」

北上「ホントにどっかへ行ったりはしないよ。ここが私の家だしね」

神風「きっと、きっとよ!」

北上「分かってるって」

神風「でも心配なのよ。世の中何が起こるか分からないもの」

北上「そうだね。本当に。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもんだよ」

神風「私達の境遇もまるでお伽噺みたいなものですもんね」

北上「本にしたら売れるかな」

神風「軍事機密とかで捕まりそうですけどね」

北上「でもそうすれば記録には残るじゃん?」

神風「司令官が覚えてくれているなら問題ないわ」

北上「…」

その司令官がずっといてくれる保証はないと教えたら、どう反応するだろうか。

北上「ねえねえ、なにかオススメの本ない?アクション物がいいな」

神風「アクションですか。珍しいですね」

北上「ちょっと参考にね」

神風「何の参考になるんですか…」

北上「わかんないよ?世の中何が役に立つか」

神風「そうですねぇ、最近読んだのだと…あ、その前に」

北上「ん?」

神風「この人が犯人って、本当ですか?」

目が笑ってない。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

夕張「カーンカーン、ハロー鎮守府」

明石「助手のヒートパイラーです」

夕張「え、そういう方向でいくの?」

明石「受けループ愛好家の方がよかった?」

夕張「じゃあそれで。えー運命力論者です」

明夕「「イエーイ(ヤッホー)」




北上「揃わないのかい」

明石「…」

夕張「…」

北上「グダグダすぎる…」

久々の読書を堪能した後、工廠に来てみた。

ちなみに神風へのネタバレは勿論適当についた嘘である。とはいえその適当が当たってる可能性も無きにしも非ずなので後が怖い。

夕張「はい今日ご紹介するのはこれ!」バッ

北上「無理やり行くね」

明石「わお!小型の拳銃ですか?」

夕張「そう!かの有名なベレッタポケットをモデルにしたものよ!」

明石「有名だっけ?」

夕張「あれ、有名じゃなかったっけ?」

明石「正直ぱっと出てこない」

夕張「なんかスパイ物とかでよく出てこなかった?」

明石「普通のベレッタとかワルサーが目立ちすぎてる疑惑が」

夕張「なんてこった」

明石「そもそもこれ実在したんだっけ?」

夕張「…多分」

北上「打ち合わせとかないのこれ」

明石「ライブ感大事かなって」

夕張「まあいいわ。私が今からでもこいつを有名にしてあげる!」

明石「頑張れー」

夕張「なんとこれ、驚きの」

明石「驚きのー」

夕張「ジャララララララ」

明石「…」

北上「…」

夕張「…」

明石「夕張巻舌ってできないんだっけ」

夕張「うるさいバカあ!」パン

明石「ちょお!!撃つのなし撃つのなあし!!」

北上「提督にバレるよー」

巻舌は私もできない。

明石「ジャラrrrrrrrダン!」

夕張「実弾なのです!」

明石「おおー」

夕張「え?それって違法なんじゃ?と思ったそこのあなた!」

北上「今更でしょ」

明石「まあそうなんだけどねえ」

夕張「でもでも、これはなんと実弾であって実弾ではないのです!」

明石「つまりどういうことなんです!?」

夕張「なんと艦娘の弾薬とかいう謎成分から弾を精製するのです!」

明石「つまり!?」

夕張「法律上セーフ!」

明石「わお!」

北上「どの道銃の方はアウトでしょうが」

北上「つまり装備だよね?」

明石「一応?」

夕張「分類は、機銃とかかな…」

北上「ちなみに威力は」

明石「普通の拳銃と同じくらい」

北上「つまり」

夕張「深海棲艦に対しては豆鉄砲」

北上「ダメだこれ」

明石「至近距離で装甲薄い所ならワンチャン…」

北上「まだ魚雷で殴った方がマシでしょそれ」

明石「やっぱりヤマト砲作ろうよ」

夕張「宇宙戦艦の時代か~」

北上「でもそれで前に爆発事故起こしたんでしょ?」

明石「それは水に流しましょう」

夕張「船も水は流すしね」

北上「冷却水とかだっけ?」

明石「ほとぼりが冷めるまで待つ的な意味で」

夕張「うまい!」

明夕「「ワハハ」」

北上「なんかイラッとする」

夕張「で、今日はなんか用?」

北上「あ、もう終わりなんだ」

明石「飽きた」

北上「身も蓋もない」

夕張「YouTuber目指そうかなって」

明石「まあ鎮守府内の映像とか勝手に流したらそくコレよコレ」クビチョンパ

夕張「私達の場合首より足とかなのかしら」

明石「雷撃処分じゃない?」

夕張「ヒエッ」

北上「相変わらず暇そうで安心したよ」

明石「チッチッチッ、実は最近真面目に忙しいのよこれが」

夕張「提督から装備の開発改修の注文が沢山来てるのよ」

北上「なのにそんなに遊んでていいの?」

明石「急に忙しくなったからどうしていいか分からなくなっちゃって」

夕張「とりあえず遊んでた」

北上「これはひどい」

明石「今回は吹雪からも念を押されちゃってるのよ」

北上「吹雪が?」

夕張「無駄遣いとかなしで真面目にお願いしますね?って。可愛らしい頼み方だったけど顔は笑ってなかった」

北上「一番怖いやつだ」

明石「なんか最近提督と何か企ててるっぽいしね」

夕張「前みたいに自由にはできなさそうかなあ」

北上「それが普通なんだけどね」

明石「それじゃ仕事しますかあ」

夕張「とびきりイかしたの作るわよ!」

久々に二人の職人顔を見た気がする。前に見たのは、改装した時かな。

北上「あ」

明石「どうしたの?」

北上「あのさ、前に私と大井っちが改装した時の事覚えてる?」

明石「そりゃもちろん。ついこの前だしね」

北上「あの時大井っちが何か聞きに来なかった?」

明石「えーっと、あーきたきた。なんか体調が優れないみたいな事言ってた」

北上「それで!それでなんて?」

明石「まあ改装すると身長とか身体の造りが少し変化したりするし、力加減も変わるから慣れれば平気よーって言ったくらいかな。後ほら、北上にも話したけど別の記憶が混じったりするよって話とか」

北上「あーそんな事言ってたような」

夕張「改装後のテンプレみたいなもんよ。よくある質問みたいなやつ」

明石「後、服装については諦めて、と」

北上「やっぱそこか」

夕張「ヘソ出しは慣れよ慣れ。別に艦娘だからお腹壊す事はないし」

明石「実際に臍出してるから説得力凄い」

夕張「えっへん」

明石「準備出来た?」

夕張「バッチグー」

北上「それじゃ私はこれで」

夕張「また遊びに来てもいいのよ~」

明石「というか来て」

北上「口実にするつもりか」

せっかく二人が真面目に仕事をするというなら邪魔をするわけにもいくまい。

しばらくはそっとしておいてやろう。

日向「やあ」

北上「あれ、夕張達に用事?」

日向「まあな。サボっていたか?」

北上「サボってた。今はちゃんとやってる、と思う」

日向「そうか。なあに、やる時はやるやたらだ。きっと大丈夫だろう、多分」

全然大丈夫じゃなさそうな言いぶりだ。

北上「ねえ日向さん。前の提督ってどんな人だったの?」

日向「ん?提督から聞いてなかったのか。そうだな、随分と思い切りのよい人だった。読書家でもあったが彼の場合勉強という側面が強かったらしい」

北上「ふーん」

日向「何故急に?」

北上「興味本位かな。でも随分あっさりと話してくれるのが意外だった」

日向「別に隠す事もないからな。吹聴する事でもないが」

やはり隠す気はなし、か。

日向「君は何処へ?」

北上「私は、ちょっと倉庫へ」

ポケットに入れた鍵を触る。

扉は壊れてもう無用の長物となったものだが、なんとなく必要な気がした。

前の提督の書庫。そこへ再び足を運んでみようと思った。

作者隻狼中につき…一日が短いのが悪い

船と艦娘じゃあまりに作りが違いすぎるので比べるのが難しいですが、個人的に船から人型になった場合一番便利に感じそうなのは少し体を捻るだけで砲の狙いを360度動かせるところかなと思いました。
お船の細かい所はあまり知りません。

85匹目:猫と海猫








北上「相変わらず埃っぽい」

私以外訪れる者はいないであろう書庫はその静けさをしっかりと保っていた。

北上「本、好きだったんだなあ」

私がそうなのも飼い主に似たということなのだろうか。

それにまだハッキリとしていないことがある。

私の知ってる飼い主は麦畑の中にいた金髪のオッサンだ。

私の知らない飼い主は元提督で、提督の父親だ。

それにあの神社で見た黒髪のオッサンと金髪の女性。

未だにしっくりこない。

北上「日本人、なんだよね。英語の本ばっかりだけど」

提督に直接聞くのが早いんだろうけど、なんとなく憚られる。

床に座り目の前に並ぶ本を眺める。

そういえば前に提督と閉じ込められたっけ。

一緒に本を見て、膝枕をしてもらったり。

北上「…」ムズ

なんだか無性にこそばゆい。

楽しい思い出なのに妙に体が熱くなる。

北上「…」

姿勢を変えたりしてみたがどうにも変な感じが治まらない。

ノミでもいるのか?

北上「猫じゃあるまいし」

谷風「いやいや立派な猫じゃあないか」ヒョコ
北上「うわっ!」

谷風「やあやあ喜んでくれたようで何よりだ。谷風さん冥利に尽きるね」

北上「そのまま尽き果ててしまえ…」

ちくしょう腰が抜けた。

脅かされるって結構ビックリするもんだな。人の振り見て我が振り直せか。やめないけど。

北上「なんでまたここに」

谷風「丁度ここに入ってく君が見えてね」

北上「やっぱりストーカーなの」

谷風「それは買い被り過ぎだよ」

北上「褒めてはないから」

谷風「まあ私の好きなのはつけまわす事じゃなくてお喋りの方だからね」

北上「…ひよっとしてstalkingと掛けてる?」

谷風「おいおいジョークは説明したらおしまいじゃあないか」

北上「それじゃあオヤジギャグと変わんないよ」

谷風「よっこらせ」

私の向かい側に私と同じように本棚を背に座る谷風。

北上「今日は何を話してくれるの?」

谷風「そうだねえ。でももう私が話すような事もないんじゃないかな」

北上「いや、話してもらうよ」

谷風「?」

北上「なんで嘘なんてついたの」

谷風「…」

北上「私に協力すると言ってくれた。それは決して嘘じゃあなかったけど正しくもなかった」

前の提督の事を知っていた。知っていて黙っていた。いや知らないと、言えないと嘘をついた。

北上「どうして?」

別に怒ってるわけじゃない。

ただ不思議だった。

谷風「もうそんなに色々と知ってるのかい。吹雪かな?彼女も、なんだかよく分からないよね。いや逆か。私と同じで」

北上「同じ?吹雪と」

谷風「正直に答えよう。だから君にも応えて欲しい」

真っ直ぐ見つめてくるその目は、私と同じ人間の目だった。

谷風「本当に君は帰ってくる気があるのかい?」


北上「…」


谷風「谷風さんはね、寂しいんだ。君が何処かへ行ってしまいそうで。私には姉妹がいる、仲間がいる。でも君とのそれは唯一無二なんだ。

失いたくない。行って欲しくない。

だから隠した。ごめんね。それについては謝るよ。でもだからハッキリと言おう。

行かないでおくれよ」


北上「…」



谷風「いやもっとハッキリと言おう。帰ってこないよ、君は。そういう目をしてる」

北上「私にもわからないよ」

谷風「ならハッキリとさせるべきだ。それとも頭の中では分かっていつつも言葉にはしないようにしていたのかい?

なら私がしよう。

君は提督、君の言うところの飼い主の元へ行くつもりだ」

北上「…」

谷風「勿論それだけじゃあないだろうさ。ここに残りたい気持ちがまさかないとは思わないよ?

でもそれでも今のままなら君はきっと行ってしまう。そう断言しよう。この谷風さんが」

北上「…」

谷風「なんとなくそんな気はしてたんだ。話し相手が欲しい、そう言ったろ?私の願いはそれだけさ。

君を応援したい、協力したい。その気持ちは真実だよ。でもそれはそれだ。単純で複雑な話さ。君もそうだろ?それはそれとして、願いがある」

あぁ、そうか。そうだね。その通りだ。

ここは好きだ。でもそれ以上に私はあの人に会いたい。

でも、やっぱりなにか引っ掛る。

喉に魚の骨でも引っかかったような違和感が。

北上「まだ、まだ分からないよ。でも谷風の言ったことはその通りだ」

谷風「だろうね」ハハ

なんて事ない風に笑う。

谷風「私は寂しいんだ」

北上「気づかなかった」

谷風「君は一途だからね。いい事さ」

北上「ゴメンね。でも私はやっぱりまだわからないや」

谷風「いいよ。ハッキリとさせる気はあるんだろ?」

北上「うん」

谷風「ならいいよ。言ったろ?君に行って欲しくないのは確かだ。でもそれはそれとして君の願いが叶う事を、やっぱり望んでもいるんだ」

北上「ややこしいね」

谷風「ややこしいんだ。それが人だよ」

北上「艦娘でしょ?」

谷風「人さ。船も人も、海猫も猫も、人が想うから船であり人なんだ。人を想うなら、海猫も猫も人と変わらないんだ。

例えば君は私から見れば猫だ。

でも君の姉妹から見れば君は妹だったり姉だったりする。他にも友人や同士やら。提督から見れば、なんだろうね。

君にはそれだけの君がいるんだ。人は人でできている。君を見る人の数だけ君がいる。

皆提督一人しか知らないから勘違いしているんだよ。私達艦娘は、十二分に人だよ」

人。そんな話をまさか海猫からされるとはおもわなかった。

谷風「艦娘の中には様々な思いが宿っていると言うけど、それは人もそうだよ。矛盾した色々な自分を抱えて生きているのさ。

別にいいんだ。矛盾してたって、どれかを選ばなくたって。

でも選ばなくっちゃあいけない時がある。今がそれだよ。君は決めなくっちゃあならないんだよ」

北上「分かってるよ。それは分かってる」

谷風「それは重畳」

よく喋る口がようやく落ち着いた。

北上「色んな自分かあ。多分そうなんだろうね。私の中に私がよくわからない自分がいる。それが問題なんだ」

谷風「きっと大変だろうけど、大いに悩むといい。私達がこうして人だから出来ることだよ、それは」

人だから。そうなんだろう。あまり考えた事はなかったけれど、今の私の想いもこうしてこの体になれたからあるものだ。

猫の時にはこんなにもしっかりとした想いはなかっただろう。

でも

北上「ねえ谷風」

谷風「なんだい」

北上「自分はここに居るべきじゃない、と感じた事はある?」

谷風「そりゃまた、随分後ろ向きな考えだね」

北上「明石から聞いたんだ。艦娘は色々な人の魂で出来てる。そして時折その記憶やらが混ざる時があるって。だから私の猫の記憶は不純物なんじゃないかって。

だって猫の私がいるから北上は北上でなくなってる。たまたま混ざった私のせいでこんな事に巻き込まれて、私は随分我儘をしてるなって」

谷風「ふむ、そうだねえ。さっき私は艦娘も人も変わらないと言ったよね」

北上「まあ、そんな感じのことだったね」

谷風「実際のところ違いが一つある」

北上「それは?」

谷風「艦娘は人より人らしい」

北上「それはよく分からない」

谷風「例えるなら、そう、ニセモノなのに本物よりホンモノらしく見えるって話に近い」

北上「んーまだ分かんないや」

谷風「なら本で例えよう。とても有名な作家がいる。その人は独特な書き方の本を数冊出していて世界中で人気になった」

北上「実際に思い当たるものがあるね」

谷風「ところが次に出した本が売れなかった。次もその次も。何故かな」

北上「何故って、そんなヒントもなしに」

谷風「今出た情報の中にしか答えがないとしたら」

北上「独特な書き方が変わったとか?」

谷風「そう、変わった。最初の数冊はたまたまその書き方になっただけだった、という事にしよう。

さてその売れなくなった作家はショックで隠居した。ところがどういうわけか世間にその作家の復活作品として一冊の本が出回った。それも昔のような人気で」

北上「隠居したのに?」

谷風「隠居したのに。まして文章なんて庭先に貼ったペットの糞は持って帰れの張り紙を書いたのが最後なのにだ」

北上「その情報いらないでしょ絶対」

谷風「ジョークだよ。さてではその謎の本は何故売れたのかな」

北上「誰が書いたのか、とかじゃないんだね」

谷風「そこは誰でもいいんだ。谷風さんという事にしておくかい?」

北上「じゃあそうしよう贋作者め」

谷風「で、答えは?」

北上「独特な書き方を真似たから」

谷風「そう。それもこれ以上なくこってりと、昔よりもマシマシ濃いめにした。

結果世間はそれをホンモノにした」

北上「あー。本物よりホンモノらしく、か」

谷風「そういうことさ」

北上「でもそれが、艦娘は人より人らしいに繋がるの?」

谷風「人は人になろうとして人にはならないのさ。まっさらな赤ん坊として産まれて、色々な人を取り込んで自分ができるんだ。

艦娘もほぼそうだ。環境によって大きく変わる。でも一つ違いがあるよね」

北上「…まっさらじゃない」

谷風「そう。私達には元がある。大元が。谷風なら谷風が、北上なら北上が。そうあれかしと人々が望んだ、人となるための人となりがね」

確かにそうだ。私もあの鎮守府の北上も大小差異はあれど根本的には北上に違いない。

谷風「私達は最初から表面上だけ見栄えがいいようになってるのさ。でもやっぱり中身はからっぽ。そこから何を経験してどうなるかは艦娘それぞれだよ。

経験とは記憶だ。君や私の場合、前世の記憶がある、その経験によって皆とは少し違う価値観を持ってる。とまあ私はそう考えてるよ。あくまで谷風さんはね」

北上「経験かあ。言い得て妙だね」

でも全部納得は出来なかった。筋は通ってるようだし説得力もある。でも納得出来ない。

それは猫の時の私の気持ちや想いを捨ててしまうような気がしたから。

谷風「腑に落ちないって顔だね」

北上「そんなに顔に出てた?」

谷風「そりゃもうとびきり湿気た顔してたね。自分で焼いた秋刀魚を自分で食べてみた時の磯風みたいな顔だったよ」

北上「どんな顔だ」

想像に難くないけど。しかし姉妹の事を話す谷風を見て思った。

私も球磨型の皆の事を話す時こんな顔をしてるのだろうか。

きっとそうなのだろう。私はその時、確かに球磨型軽巡洋艦の三番艦、北上でいるのだろう。

北上「猫の私も今の私も、確かに私なんだけどね」

谷風「船だったという昔の私達も、この身にある沢山の魂とやらも、全部私達なんだよ」

北上「でも最近の私は、猫じゃなくて少し北上に近いかもしれない」

谷風「どうしてだい?」

北上「わかんない。わかんない私がいるから、そうなのかなって」

谷風「なるほど」

北上「谷風は今、どの谷風なの?」

谷風「私かい?そりゃあ勿論君の友人だよ。秘密の友達さ」

北上「読書仲間?」

谷風「読書かぁ。生憎と私ゃぁ本はあんまし読まないからねえ」

そう言いながら背もたれにしている本棚から無作為に本を一冊取り出す。

谷風「ん、これ読みかけかい?」

北上「読みかけ?」

谷風「栞が挟まってるから」

北上「どれどれ」

読みかけの本をここにしまった覚えはない。その本自体も私の知らないものだ。

谷風「ほらこれ」

北上「んー見たことない栞、栞?あー、ん?あっ!?」

谷風「ぉお?なんだい素っ頓狂な声上げて」

栞に書いてあった妙な模様、マークに見覚えがあった。

以前に提督とここに閉じ込められた時にも同じ栞を見たのだ。

いやそれよりも、

北上「ここって」

以前見た栞より随分状態が良いおかげが、下の方に文字が書いてあるのが分かる。

谷風「住所だね。えぇっと、ん、地名はここと同じか。艦だからね、地理はサッパリだけどそう遠くは無さそうだ」

北上「これには心当たりがある」

谷風「ほおほお」

北上「この前近くに古本屋を見つけたんだ」

谷風「近くにかあ。なるほど外には出てみるものだね」

北上「もしそこで買っていたなら、提督の事が聞けるかもしれない」

谷風「行くのかい?」

北上「当然」

谷風「なら私はここで祈っておこう。君にとって何かいい未来が待ってるようにさ」

北上「止めないの?」クスッ

祈る、という単語がおかしくて意地悪な質問をしてみる。

谷風「止めないよ。雛は一度巣立てば後は自分で飛びものだからね」

北上「そういうものなの?」

谷風「そういうものなのさ。寂しくても、見送らなくっちゃあね」

北上「そっか。なら、行ってくるよ」

谷風「その背中を追うことは出来ないけど、帰りはしっかり待っててあげるから安心して行ってくるといいよ」

北上「粋だねえ海猫さん」

谷風「行くのは君だよ猫さん」ニカッ

楽しそうに笑う海猫。前にもこんな会話をしたなあ。

谷風にとって大切な、唯一無二だというこの関係を、私は断つ事になるのかもしれない。

後ろ髪を引かれる思いだが、見送ってくれた友人のためにも淀みない足取りで壊れた扉から書庫を出た。

由良シューが一番好き

艦娘とはなんなのか、のような話。
もし想いや魂の集まりなら例えばそこに猫の魂が混ざったら?というのが書き始めたきっかけだった気がします。
次スレにすべきかは悩むところ。しかしまさか三つも立てることになるとはよもやよもや…

86匹目:猫目






提督「本屋?またか?」

北上「すぐそこだよ。歩いて20分くらい」

提督「いやな、例え一歩でも外出は外出になるわけでな」

吹雪「あーあそこですか」

提督「あれ、知ってんの?」

吹雪「ええまあ。いいんじゃないですか?近いし」

提督「いやだから近くても許可とか色々とな」

吹雪「いーじゃないですか近いし」

提督「そうは言ってもよ」

吹雪「別にそんなとこでいい子ちゃんぶる必要もないじゃないですか」

提督「…それもそうか」

吹雪「だしょ?」

提督「だな」

北上「…」

いいのか?ありがたいけどさ。

だいぶ寒くなってくる季節なので以前皆で買った洋服を着て鎮守府を出る。

北上「このオシャレさはド田舎には不釣り合いだよね」

そんな独り言をバス停近くの草むらに投げかけてみる。

ふと、もしかしたら彼も私のように艦娘になるなんて事があるのかもなんて思った。

そうしたら一体何を考えるのだろうか。

そんな益体もない事を想像しながらバイクで通った道を辿る。

北上「ここか」

古本屋というものがどういうものかは知っていた。と言っても本で読んだだけだが。

木造の古ぼけた店の中には人が歩けるギリギリまで本棚が並べられていて、そこには長い歴史を纏い変色した本達が所狭しと並んでいる。

うん、イメージ通りの店だここ。

開け放されている入口からそおっと店内に入る。

鎮守府の書庫と同じ匂いが一瞬にして私を包み込んだ。

いやあ、落ち着くなあこの感じ。

「いらっしゃい」
北上「!」ビクッ

奥から声がした。

思わずビクッとなったがよく考えればお店なのだから人がいるに決まってる。

少し入り組んだ棚を超えて店の奥を覗く。

奥の部屋は私の立っている所から床が一段高くなっていた。縁側みたいな作りなのかな?

その縁側に置かれたレジの奥にいかにもな老人が奥に座っていた。私の身長だとレジ台から老人の顔がギリギリ見える程度だ。

あ、いやレジじゃない。ただの机だ。レジがないぞここ。

老人「ほう。客人とは珍しい」

おっとここで艦娘と名乗るわけにゃいかない。聞かれたらお爺ちゃんのウチに遊びに来た孫という事にしよう。

北上「ちょっと聞きたい事があってさ」

老人「何かね」

北上「この栞ってここのモノであってる?」

例の栞を差し出す。

老人「んー?ちょっと待ってなさい」

奥に引っ込んでく老人。どうしたんだろ?

老人「待たせたな」メガネ

あーそういえば人間は歳をとると目が悪くなるんだっけ。

老人「どれどれ、ほほおまた懐かしい物を…」

北上「じゃあやっぱりこの栞って」

老人「ウチのだね。間違いないよ」

やはり、ならかつて提督はここに来ている。この人ならきっとその事を

老人「…お前さん、艦娘だね」

北上「…へ?え、え?いや、いやいやまさかそんな、私は、えーっとおじいちゃんの家にですね」

老人「隠さんでもいい。同じ匂いがするんだ。遠い海の匂いだ」

北上「遠い、海」

ゆっくりとメガネを取る。見えないはずのその目は、どこか遠く、遥か昔の事を思い出しているようだった。

老人「もう随分昔だよ。それを渡したのもね」

北上「その話、詳しく聞かせてもらっていい?」

老人「かまわんよ。お前さんの目には、見覚えがあるからな」

私の目?

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

随分と、本当に随分と昔だ。30年、いや40年か?詳しくは覚えてないがね。

最初はただの客だった。

「これを」

たった一言ぶっきらぼうに男はそう言って英語の本を買っていった。

ボサボサの黒髪、雑に剃られた髭、やたらとデカくてガタイのいいやつだった。

それから男は何度か訪れた。その度英語の本を買っていってな。

そしてある日、とうとうまともな会話を男がふってきた。

「なあじいさん」

「もっとこう、読みやすい英語の本ってのはないか?」

読みやすいとはどういう意味か、イマイチ意図が読めんかったからそのまま聞き返した。すると

「だからこう、あれだ、英語があまり得意じゃなくても読めるような、そんなな」

男はどうやらあまり英語が堪能と言うわけじゃないらしかった。

以前買っていったのはそんなに難しかったのか、ワシも一々覚えてはいない。

確かに古めかしい英語だったりすれば読みにくかったりはするかと思い、最近のモノを探してやろうと思った。だが

「いや待ってくれ、やっぱりダメだ。あれだ、その、英語が読めなくても読めるような本ってないか?」

はあ?と思わず言ったのは覚えている。

聞けばその男英語を勉強しようと思い何を思ったかいきなり本物の英語に触れようと考えたらしい。

「いいのか?貰っても」

随分な阿呆だったが熱意は本物だと思いワシは辞書をくれてやった。

「…ならじいさん、俺の教師になるつもりはないか?」

そこまで面倒を見る気はなかった。

男はいつも突然ふらりと来た。次の日にも来たり一ヶ月来なかったりと規則性はなかった。

決まって午後、お昼をいくらかすぎた頃に来た。

良く喋るやつで、ワシもそれは嫌いじゃなかった。

辞書を渡してから一月経った頃だ。あの娘が現れたのは。

「だからな、俺は英語をマスターしてやりたい事はただ一つ。異国の美少女とお近づきになる!それだけだ」

「くだらなくはないだろう。モテるためになにかするのは男のサガってやつだ」

「海?ああそうだ、今は海を自由に行き来できない。英語以前の問題だ。だからこそ俺は提k「あーー!!!」うわっ!?」

心臓が止まるかと思った。

しっとりとした空気の漂うこの古びた家を吹っ飛ばさんばかりの高い声が突き抜けて行った。

「吹雪!?お前なんでここに!」

「こっちのセリフですよもお!司令官こそ勝手に出かけたと思ったらなんでこんなところに」

大男とは対象的な華奢な少女だった。見たことない学生服を着ていたな。

「よく分かったな」

「外に行ったようだという目撃情報があったので周りを探索してたら声が聞こえたんですよ。たまぁに突然いなくなるから心配してたんですよ?」

甲高いとは違う響きの良い活発な声と太く低くしかし通りの良い声とが部屋を行き交う。

「いやぁちょいと野暮用でな」

「外出時は外出許可とか必要なんですよ?」

「この位の距離なら別にいいだろ」

「良くないです。ルールなんですから」

「ほほぉルールねぇ」ニヤリ

「な、なんですかその嫌な笑は」

「そうだなその通りだとも。一般人に知られたりしないよう外出時は気を使わなきゃだしな」

「そうですよ。特に司令官は私達艦娘より大切な存在なんですから」

「ありがたい心遣いだなあ。なあじいさん?」

意地の悪い笑みを浮かべてワシに話しかけてきた。

「?」

どういう意味がわからなかったのか一瞬の沈黙の後、背伸びをした少女の顔が台の上から覗いた。

今ちょうどお前さんが立っとる位置だな。

ワシからも見えなかったように少女からもワシの姿は見えなかったらしい。

「あわわわわわ」

海より青ざめた顔で口をパクパクさせておった。

「いやぁお前司令官とか艦娘とか色々口走ってたよなあ」

今思えばあやつ吹雪が来る前に提督と言いかけておったな。

「どどどどうしましょう司令官!!」

「えー俺が知るかよ」

「け、消しますか…それしか…」

「…お前ホントに優等生なのか?なあ?」

それがあの鎮守府の提督と吹雪との初めての出会いだった。

「そんなわけでな、俺はあそこで提督をやってる者だ。ほれお前も挨拶しろ」

「え、えぇ!?挨拶なんてそんな呑気な!!」

「いーじゃねえか。変に隠すより仲良くしておいた方がいいだろこういうのは」

「うぅ…はじめまして、吹雪です…」

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

老人「あれから二人とは長い付き合いだ。もっとも吹雪は提督を連れ戻す以外で来る事はなかったがね」

北上「へぇ。吹雪がねえ」

今の吹雪は提督の姉のような振る舞いだが、提督の父親に対しては妹のような感じだ。

振り回されている吹雪というのはなんとも新鮮味がある。

老人「それから何年後だったかな、本当に異国の美少女を妻として連れてきたのは」

北上「え、ホントに連れてきたの?英語役にたったんだね」

老人「いや、英語はとうとうまともに喋れなかったよ」

北上「勉強してたのに?」

老人「本ばかり読むだけで喋れるわけないだろう。ワシだって真面目に教えちゃいなかったしな。殆ど駄弁っていただけだ」

北上「えぇ…」

老人「なんでも海外での大規模作戦中助けた女に戦場のど真ん中で告白したらしい」

北上「英語話せなかったのに?」

老人「本で読んだキザな告白セリフをそのまま使ったらしい」

北上「うわぁ」

老人「しかも女の方は日本語が話せてな。そんな男が面白くて恩返しにと付き合ってそのまま、だそうだ」

北上「ドラマチック、なのかなあ」

老人「幸せそうだったからな。当人達は満足だっんだろう」

北上「…ねえ、その女の人って金髪だったりする?」

老人「おう。スラリと背の高い金髪の女だ」

じゃきっとあの神社で見た二人組がそうなんだ。きっと、かつての夫婦なんだ。

老人「結婚してから何度か二人でここに来た。提督のやつはここで英語を習ったから出会えたんだと誇らしげにしていたよ」

北上「実際そう言っても間違いではないでしょ」

老人「どうだかな。どうあれ二人は出会っていたようにも思えるがね。英語の方は女と出会ってから随分と上達したよ。やはり生きた言葉に触れるのは大切な事だ。昔はイニシャルすら書けなかったというのに」

北上「イニシャルが書けないってどういうことさ」

老人「逆にしちまうんだよ。日本式で苗字、名前の順にな」

北上「ブフッ」

老人「ん?」

北上「い、いや、なんでもない…」

そ、そんなオチか…以前に書庫で見たイニシャルが提督とは違ったからと思っていたが…確かに逆にすると提督と同じ苗字だ。

老人「吹雪も二人の護衛だと毎回着いてきてな。その度に親子みたいだとからかったもんだ」

からかわれる吹雪…うーん気になる。

老人「とはいえそういつまでもここに来るわけはない。女の方は鎮守府とは違うところに住むと言っていた。ここいらは不便だし当然だな。二人とは、それっきりだ」

北上「寂しくはなかったの?」

老人「寂しくはないさ。ただ少しその時は騒がしかっただけだ」

それっきり、という事はこの人知らないのか。

二人がもう死んでいる事を。

老人「その栞は二人に餞別代わりに渡したモノだ。実はその場で適当に作ったモノなんだがな」

北上「あのさ、ちょっと言い難いんだけど」

老人「なんだ」

北上「その二人、なんだけどさ」

老人「あぁ、死んだらしいな」

北上「え?なんで知ってるの!?」

老人「言ったろ、二人とはそれっきりだと。吹雪はその後一度だけ、ここに来た」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

数年前だ。

ある日突然店にやって来た。

いつの間にか背伸びをしなくてもギリギリ顔が見えるようになっていたよ。

ポツリと、二人が死んだとだけ伝えて来た。

提督はついこの間、女の方は数年前に、と。

驚いたさ。だがそれより目の前のあの娘の方が気になった。

吹けば飛んでいってしまうような、触れれば消えてしまいそうな、なんというか凄く危うく見えた。

だから聞いたんだ。泣いてないのか、と。

驚いた顔をされた。そしてこの台の影にしゃがみ込んで嗚咽を上げ始めた。

しばらくずっとそうしていた。

「もう行きます。多分、もうここには来ないと思います」

「何故だ」

「ここにいると、いや。あなたに会うとまた泣いてしまいそうなので」

「泣いちゃダメなのか」

「泣いてる余裕なんてないですから」

「そうか」

「はい」

「なら泣きたくなったらまた来い。どうせ客なんて滅多に来ない」

「…はい」

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

老人「よくわからんやつだったよ、それも、それっきりだがな」

北上「そっか」

なんとなくわかる気がする。

鎮守府もあの書庫も、吹雪にとっての提督との思い出の場所は色々あるはずだ。

でもそれらで感傷に浸るようには思えない。

吹雪にとってこの人は数少ない一人だったんだ。

提督以外の自分を知る人間。

そして今は唯一の。

日向さんの話はやはり正しいのかもしれない。

私達にとって親しい人間とは自身を作る核のようなものなのかもしれない。

提督を失った。核を失った。それでも任された鎮守府を守るために必死になっていた吹雪。

以前とは全然違う自分で新しい提督と新しい鎮守府を支えて。

そんな吹雪の昔が唯一残るっている核が、この人なんだろう。

北上「ありがと、話してくれて」

老人「気をつけろよ」

北上「?」

老人「吹雪と同じ目をしている。またぞろ碌でもない事を考えてる目だ」

碌でもない事、は確かにそうだ。復讐、だもんね。

でも吹雪と一緒とはどういうことだ。

老人「わからんのならいいさ。お前さんが提督とどういう関係なのかは知らないが、気をつけろよ」

北上「うん、ありがとね」

北上「吹雪の今の立ち振る舞いって前の提督そのまんまなんだなあ」

本人は意図してやっているのだろうか?

まあそれはいい。

もう頃合だろう。

ここに行くと言ったのにまた吹雪は止めなかった。

何を考えているんだアイツ。

ここらで一度、しっかりと向き合わなきゃ。

私ももう先延ばしてばかりはいられないんだ。

艦娘って目上の人や関係者以外に敬語使うって意識がなさそうだなって。

祝艦これ六周年。平成中に言えたからセーフセーフです。
しかしこれ一年半も書いているんですね…四周年になる私の艦これ人生のうち半分をSSに注ぎ込むとは…
もう少しで終わる予定ですので、続きは次スレで、書くよ書くよ

北上「私は黒猫だ」
北上「私は黒猫だ」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1557947149/)

書くんだよ艦これSSを!!

二年もやってるんだからこの先十年だってやって行ける。

早まった!?

小ネタを書く余裕はあまり期待できないですが、何か質問等があれば答えられると思います。
イベント日記も需要があるのならば、少しは

小話:猫と手袋





猫に限らず主に四足歩行の生き物で足のところだけ体と色が違ったりするとまるで靴下のようだともてはやされる。

私には残念ながらなかった。

これ以外にもハートマークやら国や地域の形やらと人は模様を様々な何かに似ていると騒ぐ。

つまりは親バカ、飼い主バカということなのだろう。

北上「谷風、というか駆逐艦って手袋してる子が多いよね」

谷風「そーだねぇ。でも他の艦種でもつけている人は多いじゃないか。単純に駆逐艦は数が多いだけさ」

北上「それもそうか」

谷風「どうして急に手袋を?」

北上「谷風の見てたら気になってさ」

谷風「何を今更。会う度に見ているじゃないさ」

北上「だからこそだよ。だって手袋って出撃とかでもないのに付けるもんじゃないでしょ」

谷風「言われてみればその通りだけど、そうさねえ。意識した事はなかったけどもうすっかり付けてない方が違和感になってるのは否めないねえ」

北上「邪魔じゃない?」

谷風「こうして屋上に登ったり屋根を伝ったりする時には便利なのさっ」ドヤァ

盗み見盗み聞きはこの手袋に支えられていたのか。

ドヤ顔する事じゃない。

谷風「そもそも船には手がない。私だってそうさ。羽だったからね。だからか君とは手に対する考え方に差異があるのかもしれないね」

北上「確かに、私は元々素っ裸が普通だったからね。何かを身に付ける事が違和感なのかも」

谷風「元々手がない私達は自分の手が覆われていたり、極端な話手がなくても違和感を覚えないかもしれないわけだ。

うむこうして考えると何やら薄ら寒い話じゃあないか」

北上「手かあ。最も私だって正確には前足なわけだけど」

谷風「艦娘は沢山の人間とその思いの集合体だとか言うけれど、もしそうならこうして一つの意思で何かを掴み取れるというのは極々自然なようで極まりきった奇跡なのかもしれないね」

そう言って掌を太陽に翳す。

白い手袋から伸びる腕はまるで猫のように細い。

谷風「まーっかぁにぃ流~れる~僕のちぃしぃお~ってなっ」

北上「…みんなみんな生きている、か」

谷風「一度や二度死んでいても、今こうして生きている事に変わりはないってこった」

北上「生きてる。そうだね。生きてるから、寒いね」

季節は冬である。

谷風「かぁーなっさけないねえ!よし早く中入ろう!」

北上「寒いんじゃん」

手袋はエッチ

イベントはやべぇやべぇって話しか聞かないので戦々恐々です。
基本的に御札がかつかつ、というより根本的に足りないのでじっくり様子見中。
でもつよいれっぷー欲しいよね…

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

多摩「手?」

球磨「なんだクマ?急に」

北上「なんとなぁくね」

多摩「まあ便利なもんにゃ。こうしてみかんを剥いて食べれるからにゃ」

球磨「多摩は一々白いの外すのが好きだクマ」

多摩「だってこれサバサバするにゃ。いらないにゃ」

北上「コタツでミカンはこの体のおかげだねえ」

球磨「掴むってのは確かに便利クマ」

木曾「セミも捕まえられしな」

球磨「ぅ…あれは忘れろクマ」

5人も集まるとコタツはすぐ暖まる。

北上「木曾はやっぱ剣振れるから?」

木曾「そうだな。艦ってのは言っちまえば足だ。究極的には移動手段でしかない。だからこの手は俺達が艦でなく人である確かな理由だ。大事な事だよ」

北上「カッコイイもんね」

木曾「う、うん…」

そこで恥ずかしがるなよ。

北上「大井っちはどう?」

大井「私ですか?そうですねえ」

ギュッと、コタツの中で大井っちが私の手を握る。

指と指が絡み合う感覚は肉球のある体では感じ取れない暖かさがあった。

大井「こうしてまた離れないように出来るのはこの身体だからこそですね」

北上「ふふ、そだね」

多摩「おうおうお熱いにゃあ」

木曾「実際暑くないかこれ?」

球磨「温度下げるクマ?」

北上「え~丁度良くない?」

球磨「球磨はどっちでもいいクマ」

多摩「下げるにゃ」

木曾「下げよう」

球磨「下げる派二」

北上「反た~い」

大井「なら私も」

多摩「ならとか言うなら無投票にしろにゃあ」

球磨「二対二だクマ」

木曾「仕方ない。せっかく手があるんだ」

多摩「手っ取り早くいくにゃ」

北上「勝者がルールね」

大井「いいでしょう」

「「「「じゃ~んけ~ん」」」」

書かねえ作者に発言権はねえというスタイル

局戦はそこまで要らないかなと現在甲乙甲と来てE3ラストで足止めです。
ウチにはネルソンタッチも胸熱砲も火遊びファイヤーもないので…
期間は長いし友軍を待ちでじっくり行けそうです。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「で、勝ったはいいけど結局暑くて抜けてきたと」

北上「コタツは温度調整が難しい」

提督「おいおい」

いつも通り部屋のソファに寝転がる。

机に向かいなにかしている提督と仰向けで寝転がる私。

声だけが行き交う会話だけれど、不思議と落ち着く。

北上「この部屋暖房完璧過ぎない?一応節電なんでしょ?」

提督「そこは、ほら。お前ら温度変化には強いじゃん?」

北上「うわ職権乱用かまさか」

提督「待て待て、俺が風邪とか引いたら大変じゃん?ヤバいじゃん?予防大事じゃん?」

北上「吹雪でいいじゃん?」

提督「刺さるわー冬の海風より刺さるわー」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「手ってどう思う?」

提督「て、手?ハンド?」

北上「そそ」

提督「急に言われてもなぁ。あ、インクうつっちった」

北上「船って手がないじゃん。でも私達はあるから、なんかこう面白いなあって」

提督「ほぉ…」

沈黙。

考えているのだろうか。

不意に提督が席を立つ音がする。

椅子をしまいこちらに向かってくる。

私が猫なら耳がぴくぴくと動いていたことだろう。

仰向けで天井をボケっと見上げていた私の視界に突然提督の手が入る。

顔の方に伸ばされたその手に反射的に目を瞑る。

するとその手はゆっくりと私の前髪をサラサラと撫で、そのまま頭の上にゆきやさしく、それこそ猫を撫でるかのようにゆっくりと動かされた。

北上「…なに?」

提督「知ってるか?世の中にゃ色んな生き物がいて様々なスキンシップを取ってるけど、こうしてただ撫でるって行為をするのは人間だけらしいぜ」

北上「へぇ。それは知らなかった」

ゆっくりとではあるがしかし提督のガサツな撫で方は大井っちに編み込まれた髪型を崩してしまいそうなものだったけれど、

なんだか昔からずっとこの手に触れられていたような気持ちになって、とても、とても心地よかった。

北上「夕飯までそれお願い」

提督「バカ言うな」

なんて言いつつ私が寝るまでずっとそうしていてくれたようだった。

ミサイルはいっぱいあるし士魂隊や内火艇もあるし同士三人もいてテンプレ装備編成は出来てるのに燃料が十万飛ぶまで割れませんでしたが私は元気です。何かもう色々と決定的に運が悪かったんじゃないかと…
この先は御札の都合で丙になるので安心、安心?

またギリギリだった!
三点セットはしっかり第一だったのですがいやはや…
E4は基地航空隊に全部持ってかれました。
最終海域はまた以前のように御札なしの殴り合いとか来て欲しいですね。丙の好きな艦隊で蹂躙も好きですが

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの岡People?!   2018年06月11日 (月) 18:23:04   ID: h5xvEYLO

見てます

2 :  SS好きの774さん   2018年06月21日 (木) 00:39:11   ID: _aupNq4B

元スレに書いてあげて

3 :  SS好きの774さん   2018年10月03日 (水) 02:03:31   ID: o1VWYiUJ

楽しみに読んでたけど、ssvipが落ちてから見られなくなっちゃったのがとても残念。
続き待ってます!

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