小日向「先輩! 今日はいっしょに帰りませんか?」【お散歩M@STER】 (26)

初登校です。

アイドルがアイドルをせずに年相応のことをしてる世界線で、
彼女たちと一緒に下校したりお散歩したりするやつです

こっひに「先輩」呼びされながら一緒に下校したい人生だった……
という己の欲望を満たすために書きました。お納めください。

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春のおわり。夏のはじまり。

夕陽がもったいぶって傾いてゆく午後五時過ぎの図書室を出て、西日の差す階段をこつこつ下りていると、後ろから聞きなれた声がする。

「おっと。一週間ぶりだね、小日向さん」

「はいっ。教室で勉強してたら先輩が下りてくるのが見えたから、追いかけてきちゃいました。えへへ......えっと、ご、ご迷惑じゃなかったですか?」

小日向さんが僕の立っている踊り場まで下りてくると、ぴょこんとはねた髪の毛が目の前で揺れて、その下に朱く染まったはにかみ顔がある。

「もちろんOKだよ。テスト勉強も飽きてきたし、久しぶりにのんびり川原でも歩きながら帰ろうか」

「やった! 私も勉強ばっかりで気が滅入っちゃってて。早くクラブのみんなと一緒におさんぽしたいな、って思ってたんですっ」

「でも、テスト期間中に教室でこの時間までひなたぼっこしてたら、また赤点ぎりぎりになっちゃうよ?」

「えっ、も、もしかして、うとうとしてたの見られてました?」

「アハハ、腕枕でお昼寝してたんでしょ? ここらへん、ちょっと赤くなってる」

自分の目元を指さすと、さすがに小日向さんも気づいたらしい。制服の大きなリボンの上に乗っかった丸顔が、リンゴみたいに赤くなって、かわいい。

「うぅ、本当に勉強しなきゃ、って思ってたんですけど、いい天気で日差しがあったかかったから、つい眠くなっちゃって......」

「気持ちはよく分かけどね。でも、まだこの時間は涼しくなるから、風邪をひかないようにしないと」

「えへへ、気を付けないとですね」

「もちろん勉強の方も」

「あうぅ~」


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夕焼け色に沈む町並み。堤防上の道は、少し火照った体を川沿いの空気が冷やしてくれて気持ちいいです。ちょっとこそばい感じもしますね。

「風が涼しくって気持ちいいですね」

「うん。少し遠回りだけど、くたびれたときはここを通るようにしてるんだ」

先輩が両腕を空に持ち上げて、大きなノビをする。
普段のすまし顔がくずれて、眠そうなあくびをひとつ。肩の力が抜けた先輩は、ちょっと背が小さくなったみたいです。

「今日もがんばってたんですね。お疲れさまです!」

「ありがとう。まあ、受験生だから。これくらいで音を上げてはいられないさ」

「受験かぁ。先輩って、もう進路は決まってるんですか?」

「ある程度は。フレさんのところでもいいんだけど......」

フレさん......フレデリカ先輩は、私が一年生だったとき、クラブの三年生だった先輩で、今年から近くの私大に通ってます。この前も街で会って、一緒におさんぽしました。ちょっといきあたりばったりだけど、お洒落で優しい素敵な先輩です。

「一応、第一志望は〇〇大かな。やっぱり国公立の方がいいし」

「〇〇大......けっこう遠いところですね」

県外かぁ。P先輩の行きたいところだから、フレデリカ先輩みたいに会えなくなったら寂しい、なんて言えないけど......

「フフッ、僕もみんなと会いづらくなったら寂しいよ」

「えっ、わ、私、声に出てました!?」

「ん、何のことかな?」

びっくりして見上げると、先輩の顔はいたずらっぽくニヤニヤしてて。本当に、先輩は私が考えてることをすぐに見破っちゃいます。私って、やっぱり分かりやすいのかなぁ。

「ま、長い休みの間は帰ってこれるだろうし、受験生の間もクラブに顔を出せると思うから、もうしばらくは先輩風を吹かさせてもらおうかな」

「そうですよ! P先輩がいてこそのお散歩クラブなんですからっ」

「うーん、そこまで言われちゃうと責任重大だなぁ」

先輩はそっぽを向いて困ったように髪を掻きます。面倒くさそうに言っているけど、それが先輩の照れかくしっていうの、私だって知ってるんですよ!

......私もちょっと恥ずかしいこと言っちゃったなぁ。えへへ。


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こっひに「えへへ」って言わせたいだけ感はある

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『黄昏に沈む赤光の宝玉よ! 感傷≪サンチマン≫の灯を映じ出さん!(わぁ、きれいな夕日! ちょっと寂しい気分になっちゃうなぁ)』

「ん?」

「えっと、何でしょう、今の」

どこかから、突飛な声が聞こえてきた。小日向さんと二人で足を止めて辺りを見回すと、少し先の川原に制服を着た女の子が二人、夕日の方に向かって立っている。

「あの制服は......うちの中等部か?」

「あの髪が白い子の方は中等部のときに見たことありますよ! 私が3年生のときに1年生だったから......今は3年生なのかな?」

小日向さんが言っているのは、手前に立っている銀髪の子のことだろう。顔は見えないけれど、スラリと背が高くて、色白なのが遠目でもよく分かる。

「ハーフの子らしくて、中等部でもすっごくカワイイ、ってよく噂になってたんです」

「へえ、知らなかったな。じゃあ、奥の......中二病をこじらせたような子は?」

多分、さっき大声を出していたのもあの子だ。右腕を夕日に向かって真っ直ぐ伸ばし、左手には黒い日傘? を握っている。いくらうちの校則が緩いといっても、あのグレーの髪は怒られないんだろうか。

「うーん、あの子は分からないです......何ていうか、すごく個性の強そうな子ですね」

「面白そうだし、ちょっと眺めていようか」

雑草の生えた堤防の端に腰かけて、少し身を乗り出す。やっぱり顔までは見えないけれど、声なら辛うじて聞こえそうだ。

「ええっ、そういうのは、あんまり......」

そう言いつつ、小日向さんも僕のとなりで膝を曲げた。


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「ダー、きれいな夕日ですね、ランコ。でも、そんなに大声を出したらおひさまもウディヴレイツァ...びっくり、してしまいますね」

「いと優美なる斜陽の灯ゆえ......狂気の閃きに自我≪イド≫を委ねし非礼を償わん......
(とっても綺麗だったから、つい......えっと、びっくりさせちゃってごめんなさい......)」

「ニェット、アーニャはそんなランコもクラッシーヴァ...かっこいい、と思いました」

「天使に宿りし小悪魔の微笑み......(むぅ、からかわれてるような気が......)」

「そんなこと、ありませんね? クスターチ、今日のテストは良かった、ですか?」

「凡俗の詞≪デモティック・コード≫は我が知恵の光の下に!
(今日の国語は得意科目だから結構自身あるんだ!)」

「ハラショー...すごい、ですね アー、アーニャは国語、まだ上手くないです。ランコよりお姉さんなのに、いけませんね」

「異境の血を受けし姫君の宿命≪サダメ≫か......しかし、世界の暗号と数の真理を知る才は天賦のもの
(アーニャちゃんは仕方ないよ~、それに、英語と数学が得意なのはうらやましいなー)」

「それでも、この国の言葉、もっと分かりたいです。まだまだスタラーニエ...努力しないとですね」

「高潔なる信念......範としなければ
(すごいなぁ、私も見習わないと)」

「ダー、きれいな夕焼けを見ていると、またがんばろう、って気持ちになりますね?」

「いかにも!! 永遠の炎に再起を誓おう!
(そうだね!! 明日のテストもがんばらなきゃ!)」


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ランコ、と呼ばれていた女の子が、もう一度夕日に向かってポーズを取った。しっかりとした芯があって、よく通る声だ。

「何というか、話してることは分かるけど、なんで会話が成り立ってるのか分からないな......」

「やっぱり、とっても個性的?な感じですね......」

「あんな子たちが来年うちに入ってきてくれるといいんだけど。そうだ、今のうちから勧誘してみようか」

「えぇっ、い、今からですか!? 怪しまれちゃうんじゃ......」

「そうかな。小日向さんに初めて声をかけたときの僕って、怪しかった?」

「そ、そんな、先輩が怪しいなんて全然っ......でも、あのときは新歓の時期でしたし~」

「それはそうだけど、......」

と、腰を浮かせようとしたとき、遠くから慌ただしい足音が聞こえてきた。

「こらーー! 待ちなさーいっ!!」

「ん、今度はなんだ?」

腰の行き場を失ったまま、大声の聞こえた方へ首を回すと、夕焼けに染まる堤防の道を、
これまた夕焼け色をした髪の毛の女の子が、制服の上にいかにもなインバネスコートをはためかせながら駆けてくる。

「えっ、都ちゃん!?」

小日向さんがびっくりした声を上げるけれど、安斎さんはまるでこちらに気づいていないようだ。
彼女が疾走する先には、モコっとした丸顔の、白い小型犬が一匹。やはり全力で、安斎さんに捕まるまいと逃げている。

「!!」

と思ったら、その犬は思い切りジャンプして、こちらへ跳び込んできた。

「きゃあ!?」

「これは美穂さん、ちょうどいいところに! そのままその犬を放さないようにしてくださいねっ」

「えぇっ!? えっと、えぇっと!?」

小日向さんは、いきなりのことで驚いて目をグルグルさせているけれど、小日向さんの懐に跳び込んできた犬は、
ぴったりと両腕の中に収まって、ヒューヒューと肩で息をしている。


「安斎さん、今日の依頼は犬の捜索だったの?」

ようやく探偵少女が僕たちの前までやってきて立ち止まる。僕の問いかけに、彼女はピンと胸を張って、

「そうなのです! 飼い主が少し目を離した隙にいなくなってしまったというので、この名探偵、安斎都が居所を突き止め、見つけ出したのです!
ですが、どうにも逃げ足が速くて、なかなか捕まえられなかったというわけです。私は推理専門ですからね!」

と言う。

「なるほど、とても分かりやすい状況説明をありがとう。それじゃあ、これで事件も一件落着かな?」

「その通りです! いや~、捜査にご協力ありがとうございました。
......いやしかし、なぜこの犬が飼い主さんのもとから逃げ出してしまったのかという謎がまだ残されているような......」

安斎さんは右手を口元に当てて、ウムム、と唸り声を上げながら考え始めた。
いつもそうやって謎を追いかけて街中を駆け回っているところに遭遇するから、いつのまにかお互い顔見知りになってしまった。
相変わらずすごいバイタリティだ。

「それにしても、かわいいワンちゃんですねっ。とってもフワフワしてて大人しいし、ちょっと困り顔に見えるのもかわいいです~」

小日向さんも慣れてきたのか、モコモコの毛並みに頬ずりをしたり、犬の背中を撫でたりしている。確かにかわいい。

「安斎さん、この子の名前って分かるのかな」

「犬の名前ですか? えーと、確か飼い主さんは『アッキー』と呼んでおられました」

「へぇ、アッキーちゃん、っていうんですか。毛並みもしっかり手入れされてるみたいですし、
きっと飼い主さんもすっごくかわいがってあげてるんでしょうねっ
......あっ、それなら早く飼い主さんに返してあげないと......」

「そうですね。連絡先は教えていただいていますから、暗くなる前に連れて行きましょう!
ほら、アッキーくん、飼い主さんのところへ帰りますよ......って、あれ?」

安斎さんがアッキーに手を伸ばすが、アッキーは困り顔をいっそう困らせて、小日向さんの腕にしがみつく。そりゃあ、あれだけ追いかけられれば怖がっても無理はない。

「アッキーちゃん、都ちゃんのこと怖がってるのかな?」

アッキーちょっと場所変わろうか


「むむ......困りましたね。暗くなる前には返してあげたいのですが」

「そうだよね......そうだっ、それなら、私も一緒に飼い主さんのところまで返しにいってあげる!」

小日向さんは、アッキーを抱いたまますくっと立ち上がった。

「それは助かります! お礼に美穂さんを私の名誉助手第4号に任命しましょう!」

「えっと、あはは......ありがとう、なのかな?」

ちなみに、第3号は僕、ということになってるらしい。

「でも、いいのですか? おふたりは、えっと...デート中?だったのでは」

おっと、これは大した名推理だ。

「えっ、で、で、デートなんて、ち、違いますよっ! 偶然いっしょに帰ってただけでっ」

「アハハハ、そうだよ、安斎さん。デートっていうのは、前もって日時を決めて会うことなんだ。だから僕たちはデートをしてたわけじゃないよ」

「むむっ、なるほど、そうでしたか。私としたことが早とちりをしてしまいました!」

「そ、そうですよ! ってあれ? 何か違うような......」

「......つまり、お二人はたまたま一緒の帰り道で、放課後の密会をしていたのですね!」

「ブッ、ふふっ」

「だ、だから違います~!! もうっ、先輩も笑ってないで何か言ってくださいよぉ」

「いやあ、そんなふうに言われちゃうと否定のしようがないからなぁ。うん、そうだね、安斎さん。これは密会だから、他の人にはこのことを話しちゃいけないよ。これからも僕が名誉助手第3号でいられるためにも、ね?」

「もちろんです! 探偵は事件の秘密厳守ですから!」

「“小日向さんと密会”なんて噂が広がったらいろいろと大変そうだからね。なにせ小日向さんは学校のアイドル......マスコット?なんだから」

「~~ッ! もうっ、先輩までそんなふうに......いいですっ、そんなに言うなら都ちゃんと二人で飼い主さんのところに行ってきますから、先輩は先に帰っててくださいねっ!」

「あー、ごめんごめん。もちろんそんなふうに思ってるわけじゃ......」

「もう知りませーん。さ、行こっか、都ちゃん!」

「あ、はいっ」

二人とも、すたすたと歩いていってしまった。

後ろから見えた小日向さんの顔が真っ赤だったのは、怒っていたせいか夕焼けのせいか、それとも......

とにかく一人残されてしまった僕は、川の向こうの街並みに沈んでいく夕日をぼんやり眺めてから、
心の中で「それも人生だ!」とつぶやいて、帰り道に足を踏み出した。行くも帰るもなんとやら。

川原のあの二人も、どこかへ行ってしまったらしい。
同じ学園の生徒なら、またそのうち会えるだろう。

川の流れる音と道を急ぐ車の音ばかりが聞こえてくる堤防の上。
テストが終わったら、クラブのみんなで川辺のホタルを見に行くのもいいかもしれない。

春のおわり。夏がはじまる帰り道――

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春の陽気にうかされて書いたプロローグはここまでです。
本編はあるかもしれないし、ないかもしれません。
ともあれお粗末さまでした。

丹羽「お散歩クラブ『散歩之心得九箇条』!」

校庭のクスノキの下で、軍配のレプリカを青空に掲げる部長の声が高らかと響いた。

「一つ! 興味のある場所、躊躇うべからず! ……次、P!」

「ふた~つ、不埒な悪行三昧~」

「こらーっ! 早速ネタを入れてくるな! キメるところはキメてよね」

「はいはい。ふたーつ、部長の迷子はみんなで探すー」

「むぅ、こやつめ……まあいい、二年生、まずはみほりん!」

「み、三つ、えっと、買い物は700円まで…?」

「いかにも! 次、かなこちゃん!」

「四つ、おやつはカバンに入るだけっ!」

「うーん、相変わらず今日のカバンもおっきい……次、ライラちゃん!」

「イツーツ、アイスは一日三本までですねー」

「えっとー、それは個人目標的なやつかなー? まいっか、次、なほっち!」

「は~い、むっつー、動きやすい服装で~」

「なほっちはもう少し遠慮してもいいんだぞ~?
よーし、この調子で一年生! どんどんいってみよー」

「ななぁつ! えっとね、えっとね、バナナはおやつに入らない!」

「流石みおちん、いいところ突いてくるね~。次、あーちゃん!」

「八つ、うーんと……夕ごはんの前には帰ること?」

「OK! あんまりゆるふわしてると日が暮れちゃうからねっ。
最後、タケピーびしっと殿≪しんがり≫キメよう!」

「九つ、笑顔で挨拶を忘れずに」

「おおう、タケピーはもっと傾いてもいいんだぞ?
ってことで、これより第3回一斉お散歩会を始める!」

「部長、これ本当に毎回やるの?」

「もちろん!」


よく晴れた休日には、のんびり散歩すると楽しい。
みんなで歩けば、もっと楽しい(はず)。

という理念のもと、どこからともなく人が集まって始まったのが、我らの「灰ヶ丘高校お散歩クラブ」だ。

正式な部活ではないから部室はないし、部費も下りない。
それでもどういう巡り合わせか、クラブ創立者の卒業生が教師として赴任してきて、
顧問のような形で面倒を見てくれているから、何かと都合はつく。
ヘレン先生さまさまだ。

授業のある日は、帰る時間が合うメンバー同士で道草を食いながら帰るだけの“帰宅部寄り道派”に過ぎないけれども、
週末にはこうして全員で集まって、適当に企画を出しながら街をぶらぶらしている。

「と、いうことで! 今日はP発案の『ウグイス川ホタル観賞会』を執り行う!」

「おー!!」

相変わらずノリのいい本田さんを中心に、パチパチと拍手が起こる。
部長も満足げだ。

「でも、まだお昼ですし、ホタルを見れる時間まではけっこう時間がありますよ?」

「うむ! あーちゃんいい質問だね。今日のお散歩会はなんと拡大版、その名も“お散歩合戦”なのだ!」

もう一度軍配が空に掲げられる。割と見ている方が恥ずかしい。

「お散歩合戦……ですか?」

武内君が首をかしげる。いつもの如く険しい目つきだけれど、顔の上にはポップ体のはてなマークが浮かんでいる。

お散歩合戦というのは、お散歩クラブ伝統のお散歩対決だ。
ルールは簡単で、いくつかチームに分かれて別々にお散歩をし、その道々で出会った人や物、出来事などを自慢し合う。
それで、一番面白い体験をしたチームが勝ち……といっても、案外勝ち負けの判定はいいかげんだ。

「……ってわけだから、さっそくチーム分けをするよ。今年は初めてだから、アタシとPがリーダーで東西2チームね。
もちろんアタシは西軍、Pは東軍!」

「はいはい。慶次は西軍だったんだっけ。でもいいの? だいたいそういうのは東が勝つって相場が決まってるけど」

「む、そこを引っ繰り返すのが傾奇者の流儀ってやつなんだから。相変わらず分かってないなー。
じゃ、あとのみんなはくじ引きね。ほらほら、ちこうよれちこうよれ♪」


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ここの武内君は15歳か16歳です。いろいろとヤバそうだね


恨みっこなしのくじ引きが終わって、全員が二手に分かれました。
私はP先輩のチーム!
って、べ、別に先輩と一緒だから嬉しいってわけじゃ……ない、ですよ?

丹羽先輩の西軍チームには、菜帆ちゃんとかな子ちゃん、未央ちゃんに、それから武内くんのあわせて5人。
P先輩の東軍チームには、私とライラちゃん、それから藍子ちゃんの4人チームです。
東軍はみんなのんびりしたチームで、ちょっと安心、かも?

「ああっ、あーちゃんと離れ離れになって争わなければならないなんて、なんてっ、なんて不幸な運命……
しかーし! この本田未央、必ずや試練を乗り越えあーちゃんのもとへっ!」

未央ちゃんが、明後日の方向へ足を踏み出してポーズを決めました。
いきなりでちょっとびっくり。そういえば、少し前にもこんな感じのを見たような?

「お、みおちん気合が入ってるねぇ役者だねぇ。士気の高さは西軍有利かな?」

「ふふっ、未央ちゃん、おおげさだよ。
写真、いっぱい撮って送るからね♪」

「やった! あーちゃん写真撮るの上手だもんね。楽しみ~」

「むむっ、これはまさか、リアルタイムで東軍のお散歩自慢をして、西軍の士気を乱す謀略!?」

ええっ、ふわふわしてて優しい藍子ちゃんがそんなこと……

「やっぱり歴史は繰り返すみたいだね」

「うぐぐ、三河の狸親父め、小早川め~」

「えっと、そんなつもりは、ないですよ?」

「そうですよねっ、みんな仲良くやりましょう!」

「あはは、みほりん、分かってるって。冗談冗談♪
こっちもたくさん写真撮って送りつけちゃおう!」

丹羽先輩とP先輩、いっつも意地悪を言い合ってるように見えて、ちょっとハラハラしちゃいます。
それだけ仲が良いってことなのかなぁ。

「さて、チーム分けもできたことだし、お散歩合戦の火蓋を切って落としちゃうぞ~」

「火蓋は切っても落とさないよ」

「むぅ、細かいことはいーの。
じゃ、次に両軍相まみえるのは17時、アマノ橋の南側ね! ではでは、全軍、出陣~!!」

わた雲がゆっくり流れていく青空に、丹羽先輩の元気な声が響き渡りました。
今日も、ぽかぽかお天気のおさんぽ日和です!


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「じゃ、部長が暴走したりみんなが買い食いばっかりしないようにしっかり見ておいてね、武内君」

「は、はあ……」

「こらー! 変な入れ知恵しない!」

「おやつはたくさん持ってきてるから大丈夫だよー」

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「さて、と。僕たちは東軍?だから、東回りで歩いて行こうと思うけど、最初はどこを目指そうか。もちろん適当に歩いてもいいし」

校門を出れば、そこは既に天下分け目の関ケ原……もとい我らが美城の街並だ。
城下町由来の大通り沿いに歩けば手っ取り早いし、めぼしいものはたいてい揃っている。
でも、せっかく散歩をするなら、よく見慣れた街がまるで見知らぬ土地に見えるような、そんな裏道を通っていくのも悪くない。

「小日向さんは何か案があったりする?」

「え、えっとぉ……ごめんなさいっ、私、家が反対側だから、あんまり東の方に行ったことがなくて」

「オッケー。じゃあ、いろいろ開拓しないとね」

ふむ。街の東側と言えば、何があったかな。商店街に、植物園……

「今日はけっこう暖かいですし、並木の日陰をたどっていってもよさそうですね」

高森さんの首にかかったデジカメのレンズがキラリと光る。
確かに今日は少しばかり日差しに容赦がない。

「なるほど、新緑の木洩れ日散歩っていうのもいいかな」

「それならわたくしは、あっちの道がいいと思いますねー」

ライラさんが褐色の指で示したのは、信号を渡った先で車道から小さく枝分かれしている砂利道。
確かに背の低い並木があって、風が涼しそうだ。

「ライラさん、何かアイデアがあるの?」

「あの道はお寺につながって、公園になってるのでございますよ」

お寺、っていうとその方向なら道命寺のことかな。
あの砂利道から行けるのは知らなかった。

「週末になると、かき氷屋さんが来てるのでございますです」

綺麗な碧色の瞳がいつもよりキラキラしているのを見れば、その先は言わずもがな、か。

「かき氷ですかぁ、いいですね! 私も冷たいものが食べたいな、って思ってたんです。
……あれ? でも、ライラちゃん、さっきアイスは一日三つまでって言ってたけど、さっそく食べちゃってもいいの?」

「アイスは一日三本までですけど、かき氷は……別腹?でございますねー」

「あははは、ずいぶん便利な日本語を覚えたね。じゃあ、まずはかき氷屋さんを目指そうか」

「P殿、ありがとうございますでございます」

「どういたしまして。でも、別腹でも食べすぎるのはよくないよ?」

「ライラさん、気を付けますですよー」

横断歩道の信号が青になると、ライラさんが先頭を切ってすたすた歩いて行く。
水を得た魚……氷を得たライラさん?に率いられた我らが東軍の初陣は、腹ごしらえから始まりそうだ。

お散歩クラブは準公式課外活動だから、休日の活動も制服だよ。
制服は、女子はスカートが紺でシャツが白なら後は何が付いてても文句は言われないよ。
男子は学ランだよ。
ボタン開けがどこまで許されるかは生徒指導の木場せんせーの匙加減だよ

「営業」の編成考えるの楽し過ぎでは

「おっちゃん殿、ライラさんはブルーハワイをひとつお願いしますです」

「えっと……私は苺ミルクで!」

「私はマンゴーでお願いしますね」

「あいよ! そこの兄ちゃんは決まったかぁ?」

道命寺の参道の一角。ピンク色に塗装されたガーリーな移動販売車の中から、どだい不似合いな野太い声が飛んでくる。

「んー、それなら、メロンで」

「あいあい、お勘定はこっちね。そんじゃあそこに座って待っとってくれや」

僕らは“おっちゃん殿”に促されるまま、移動販売車から伸びる庇の下のベンチに腰かけた。

これもやはり、いかにも乙女チックなセンスの代物で、こういうのを何て呼ぶのかは知らないけれど、
映画とかで白雪姫なりシンデレラなりが座っていそうな、真っ白なベンチ。

販売車の中や僕たちが座っている足元にも、ところせましと造花やぬいぐるみが並んでいて、
今目の前で演歌調の鼻歌を歌いながらかき氷にシロップを垂らしている“おっちゃん殿”の店とはとても思えないのだけれど……

「あ、こんなところにくまさんが! かわいいですね~」

小日向さんが、ベンチの下のレンガタイルに座っていた、小さなくまのぬいぐるみを拾い上げる。

「ほんとだぁ。このかき氷屋さん、なんだかとっても女の子向け、って感じですね。メニューもおしゃれなのがたくさんありますし」

高森さんの言う通り、カラフルに彩られたブラックボードのメニューには、見たことのないような名前のメニューが並んでいて、
見本写真はどれも“インスタ映え”しそうなものばかりだ(そしてそれなりに高い)。

ライラさんは慣れているようだけれども、自然、僕たちの視線は、年季の入ったエプロンを掛けた、脱サラ中年風の“おっちゃん殿”の顔に集まった。
“おっちゃん殿”もその視線に気づいたようで、しばし手を止めて、バツが悪そうに首をぽりぽりと掻く。

「ああ、なんだ。よく言われるんだがな、この店のしつらえは俺の趣味ってわけじゃなくてよぉ……おーい、ミサキ!」

“おっちゃん殿”が販売車の奥の方に声をかけると、「はぁい」と返事が返ってきて、エプロン姿の女の人が首を出した。

「なぁに? おっちゃん…って、ライラちゃんだぁ。今日も来てくれたんだねー☆」

「ミサキ殿、また来ましたですよー」

なるほど。だいたい分かった気がする。

「いやー、一昨年までは俺一人でやってたんだけどな、いっぺん姪っ子のこいつに手伝いを頼んだら、ドハマりしちまってよぉ。
ま、この方が若ぇ子らには受けがいいみてぇだし、文句はねぇんだが」

「そぉそぉ。雑誌の取材だって受けたことあるんだからぁ。ライラちゃんのお友だちちゃんたちも、これからもよろしくー☆」

ミサキさんがウインクをすると、まるでメイクばっちりのまつげから星のかけらが飛び散るようだ。

「OL辞めるなんざ言い出した時は驚いたがなぁ……おっと、融けねえうちに食べてってくれよ」

いつの間にか、売り台の上に色とりどりのかき氷が並んでいる。縁日の屋台で売っているようなのとは違って、綿のようなふわふわのやつだ。

「わぁ、さっそくいただきますねっ……んん~、おいひ!」

「シロップも濃厚でおいしいですね♪」

「ライラさんのお気に入りでございますよー」

なんだかグルメリポートじみてきたなぁ、と思いつつ、自分もひと口。

「やったぁ、ちょーうれし~! シロップはあたしの特製なんだぁ。
あ、そうだ! ちょーど今、夏の新作の試作品を作ってたんだけどぉ、けっこう自信作ができそーだから、後でサービスしてあげる!」

「え、いいんですか? やった♪」

「アッハッハ。むしろタダで毒見してくれるってんなら大歓迎ってもんだ。
いつも俺が最初に食わされるんだからよぉ」

「も~、おっちゃんひどーい。じゃ、ちょーと待っててねぇ☆」

そう言うと、再びミサキさんは販売車の奥に引っ込んでいった。中は厨房みたいになっているんだろうか。

「楽しみだなぁ、新作かき氷。よかったね、ライラちゃん」

「~~、急いで食べたら、頭が痛くなりましたよー」

目をつぶって、両手で押さえた頭をゆするライラさんに、皆の間で朗らかな笑い声が起こった。
ライラさんの痛む頭を撫でるように、涼しい風が参道を通り抜けていく。
お散歩合戦の話のネタも、まずは一つ目……かな?

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「あ、あーちゃんから写真が来てる! なになに?
『ライラさんおススメのかき氷屋さんに行ったら、新作の試作品をサービスしてもらえました』
だって。いいなー」

「なにー!? Pのやつ、アタシたちには買い食いを注意しておきながら、さっそくおいしそうなもの食べてるじゃんっ!」

「新作かき氷……おいしそう……」

「えっとー、かなこちゃーん? 帰ってきてー……?」

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こんにちは~、海老原菜帆で~す。
今日は丹羽さんチームでお散歩合戦をしてるんですよ~。

Pさんのチームはかき氷屋さんに寄ってたみたいですね~。
私もおいしい和菓子屋さん見つけられるといいなぁ。

「むう、東軍に先を越されてしまったか……」

「というよりも、先程から似たようなところを行ったり来たりしているようなのですが……」

「おっかしいなー、ここら辺に面白いものがありそうな気がしたんだけどなー」

「丹羽さん、今日は勘が冴えませんね~」

冴えてるときにはすっごい発見をしちゃったりするんですけどね~

「そんなときもありますよー。でも、私も新作かき氷食べたかったなぁ」

「ややや、早速西軍の士気が下がっている…? よしっ、かくなる上は!」

「かくなる上は!?」

かくなる上は~?

「山に登ろう!」

丹羽さんが指さしたのは、近くにある神社の裏山。
なんて名前だったかな~?

「あの山に、ですか」

「おお、ハイキング? いいねいいね! 楽しそう♪」

「でも、なんでお山に登るんです~?」

「いい質問だねなほっち! なぜなら合戦に勝つには相手よりも高いところに本陣を構えて戦場を見渡せるかが勝負の決め手!
それに、少しは運動しておかないとね~?」

「な、なんで私を見ながら言うんですか!?」

「乱世を生き抜くには日々の鍛錬が大事だかれねえ。ぬかるでないぞ、ふにふに~♪」

「ひゃうぅ、も~っ、やめてくださいよ~」

うーん、私も少しは運動した方がいいかなぁ。ふにふに。

「よしっ、ふにふに分も補給できたことだし、気を取り直して、道明山に出陣~!!」

「おー!!」

相変わらず丹羽さんも未央ちゃんも元気一杯ですね~。
私もみんなに置いてかれないようにがんばりますね♪

こらそこ! なんとかと煙は高いところが好きとか言わない!

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