【オリジナル】札束を拾った。 (9)
札束を拾った。
場所は〇〇町の小学校の通学路。
時間は下校途中。
雑学に定評があるAくんによると、お金というものは100万円で一束になっているらしくて、それが6つ、いつもの登下校の道端に落ちていた。
一番最初に見つけたのは、控え目な性格のBちゃんだった。
いつも何となく不安げにキョロキョロとあたりを見渡すような子である彼女が、これまたいつも通り私達のグループから一歩遅れてついてきていると、
「っ」
と声にならない声を上げて彼女は立ち止まった。
話題を振られない限り、会話にはあまり参加しない彼女が小さく声を上げたので、私達はなんだなんだと振り向くと、Bちゃんは顔を青くして左方を見つめていた。
同じ方向を数人が見やる。
「あほ、そんなぼーっとして、また転ぶぞ」
Bちゃんは凄く可愛い子だったので、やんちゃなCくんはいつもみたいに彼女を小突いてからかおうとしていて、それをAくんがたしなめていた。
(Aくんは知らないが、CくんがBちゃんを好きなのは私達の間では有名な話だ)
「どれ?」
「なにー?」
まあ、同じ方向を見つめたところで必ずしも目的の物が見つかるわけではない。
口々に私達が疑問の声を上げていると、Bちゃんはずっと左に顔を向けたままキョロキョロしてた目線を私に向けた。
「帰ろ!」
今までで初めて聞いた、Bちゃんの大声だった。
「え、え」
面食らった私の肩を掴む彼女を他所に、Cくんは気付かぬうちに左の原っぱを歩き回っていて、次にみんなを大声で呼んだ。
「すげぇぞ、これ」
Bちゃんが止める声などお構いなしにみんなが集まっていく。
私は顔を横に降る彼女の手を引き、その輪に加わる。
するとそこには6つの札束と、かたっぽだけの革靴が無造作に転がっていた。
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ざわめくみんなを他所に、Bちゃんはどんどん青くなっていく。
みんながすごいすごいと騒ぎ立て、しばらくしたところで、Dくんが交番に持って行こうと言いだした。
もちろんこんなものを持って帰った日には、お母さんに怒られるどころでは済まない。
当然みんな賛成する。
Bちゃんを除いて。
でも普段存在感が薄いのが災いし、一人手を挙げなかった彼女なんてお構いなしに交番に持っていくことに決まった。
あっちまではちょっと距離があるが、日が沈み切る頃にはみんな家に着くだろうし、問題はない。
空きの少ないランドセルに分担して落とし物を詰めて、私達は交番に足を向けた。
歩く。
CくんとAくんが意味もなくお金の使い道を喋り合う。
歩く。
Bちゃんの挙動が一層不審になった。
歩く。
私は革靴担当だった。
汚れたそれをたまたま持っていたビニール袋に詰めている。
EちゃんFちゃんは交番につくまでの道に家があったので、そこで別れた。
そうして交番に着くと、そこにいたお巡りさんはいつもの人と違う人だった。
「落とし物?ありがとうね」
何でも、今は忙しいのに、今日はいつもの人は風邪で寝込んでしまって、この前から臨時で入ったこの人が一人でやってるらしい。
交通安全教室の時は身体に気を付けろなんてみんなに言ってたのに、そのお巡りさんが風邪じゃあダメじゃないか。
と、一人で笑いそうになる。
Dくんがお金を拾ったと切り出すと、ランドセルから6つ、みんなでそれらを机に載せていく。
「うわ、こりゃあ……」
どんどん出てくるお金の束に驚いたのか、だんだんと神妙になっていくお巡りさんの顔。
眉間にはたくさんシワが寄っていた。
その一方でBちゃんは少し落ち着いたみたいで、今はじっとお巡りさんのことを見つめている。
お巡りさんは一瞬無表情になると、
「ありがとうね。でもこういうのは拾わなくていいよ」
厳しい顔で私達全員に言い放った。
大の大人に睨まれたのは初めてだったので、少し怖かった。
「こういうのはお巡りさんに場所だけ教えてくれればね、最近物騒だし」
と付け加えると、お巡りさんはお金を裏に持っていく。
いつも先生と格闘しているはねっかえりのCくんも、この時ばかりは大人しくしていたように思う。
そうしていろいろと話し終えて、
「じゃあ、気を付けて帰ってね」
帰っていく私達に手を振るお巡りさん。
それにみんなで手を振り返して、みんなそれぞれの帰路についた。
時が経つにつれて、一人、また一人と道を別れて行く。
そうやって一番最後まで一緒の帰り道のBちゃんは、その頃にはもういつも通りに戻っていた。
あまり騒がしいのが好きではないBちゃんと、学校でよく話すのはもっぱら私だ。
でも今日は、いつにも増してやけに不安そうだったから、元に戻ったのを見て少し心が安らいだ。
帰り道。
最後に一人になって、さっきまでのことを思い返す。
いいことしたな。
今日はよく眠れそうだ。
かたっぽの革靴を渡してなかったことに気付いたのは、夕飯を終えてからだった。
お母さんには、今日のことは話さなかった。
心配かけたくないし、何だか後ろめたい気持ちがあったからだ。
晩ごはんのカレーもあまり美味しくなかった。
寝る前、布団の中で、悶々と靴のことを考える。
ずっと前に、ネコババっていうものがあって、落とし物を持っていくのは悪いことだと聞かされていた。
それがかたっぽの靴でも、悪いことは悪いことだ。
悪いことをした奴は、ちゃんと神様が見てて、後でそれ相応の罰を与えるのだ。
「っ……」
少しだけ目に涙が滲んだ。
ネコババって言葉が頭の中で妖怪めいた老婆に形を変えて、ちっぽけな罪悪感を責め殺そうとしているみたいだった。
カーテンがでっかいお化けに見えた。
もうそういうのは卒業したと思ってたのに、言い様もない不安感が心を苛んでいく。
でも。
「……でもでも、間違っただけだしっ」
仕方ないよね、と。
そう思うことにした。
誰でも間違いはあるんだ、ってお父さんはいっつもお母さんに言ってるし、それを同じように使わせてもらおう。
お父さんの真似しちゃ駄目ってお母さんは言うけど、今だけは真似しちゃおう。
そう思うと、ふっと心が軽くなったような気がした。
単なる強がりで口にした言葉は、ちっちゃい子がバレバレの様子で自分の悪さを隠そうとするのみたいで、何だかすごく笑えた。
頭の中の老婆は、いつの間にかよく分からないおっきい猫に変わっていて、それも面白かった。
明日ちゃんと本当のことをお巡りさんに話して、謝ろう。
お母さんも、悪いことをしたのなら謝ることが大事なのと言っていたし。
何だか、私が少しだけ成長できたように思えた夜だった。
次の日。
登校して、Bちゃんだけにそのことを話した。
すると、またまた見る見るうちに顔を青くして、
「放課後すぐ交番いこっ!」
とまくし立てられた。
大きな声を出すこと自体が不得意そうなBちゃんの様子は、見ていて可愛かった。
何だか昨日今日でこの子の意外な一面を見れた気がして、こんなトラブルもたまにはいいなと考える。
そして、そういうことを考える自分もまた、歳の割にはひどく達観しているみたいで、何だかおかしかった。
放課後になると、先生が止めるのも聞かず、まだ明るいからと二人っきりで小走りで交番に向かった。
いつものグループは今頃私達を探して首を傾げてるだろう。
交番につくと、やっぱり昨日と同じお巡りさんが顔を出した。
風邪はまだ良くなってないみたいだ。
心を決めてお巡りさんに打ち明ける。
「これ、昨日渡し忘れてたんです! ごめんなさいっ」
平謝りする私とおろおろするBちゃんを交互に見ながら、まあ、忘れてたならしょうがないと言って、お巡りさんはそれをまた奥に持って行った。
「はぁ~……」
肩の荷が一気に下りたような感じがとても心地良い。
またちょっと滲んでいた涙を拭うと、
「よかったね」
そうやってBちゃんが笑いかけてくれた。
こんなに可愛くて頭もいいBちゃんが、こうして私のことを第一に心配してくれるなんて、私って凄く果報者だな。
そんな想いもまた、共に気持ちを落ち着かせてくれていた。
「それじゃあ、気を付けてねー」
昨日と同じようにお巡りさんに見送られて、二人歩き出す。
帰り道、とりとめもない話が続く。
歩く道は同じだけれど、今日は珍しく二人っきりの下校。
いつになくBちゃんが饒舌で、とても新鮮な気分がした。
たまには二人で帰るのも悪くないかもね。
「あ」
そういえば、聞いてなかった疑問が一つあった。
「Bちゃん、なんで昨日とかあんなに慌ててたの?そりゃ札束なんてびっくりだけどさ」
「……だって先週、隣町で事件があったじゃん。ニュース見てない?」
私がニュースなんて見るわけない。
私の朝は天気予報と星座占いから始まるのだ。
「強盗だよ強盗。まだ犯人捕まってないんだって」
「ひぇー、こわ」
「だから先生も集団下校しなさいーって、言ってたでしょ。そんなとこにあのお金の山だもん。拾ってもし何かあったらって」
「あー……そういえばそうだったかも」
「もう」
まあ結果的には何もなかったわけで、良かった良かった。
「じゃ、こっちだから。またね」
それにこれでもっとBちゃんと仲良くなれたし、むしろ私にはいい出来事だ。
なんて言うとまた怒られそうだから言わないけどね。
「うん、ばいばい」
彼女に向けて手を振る。
今日こそよく眠れそうだ。
そんな、一夜の私の成長譚なのでした。
数日後。
トーストを齧りながら、Bちゃんを見習ってニュースを見始めた私が目にしたのは、この前の時の事件の速報。
殺人の容疑は、どこかで見た顔の男にかかっていた。
被害者の写真は、今まで何度も目にした顔だった。
終
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