理樹「病院からの脱出」 (63)

理樹(真っ暗で静かな病院だった。4人で一つの大部屋に患者が寝ている中、僕もそれに漏れず固いベッドに寝かしつけられていた。両腕は柵に手錠をかけられていて動かせないようになっている)

理樹「どう…?」

理樹(静かな声で聞くと、すぐ横に立っていた謙吾は手錠を触りながら小さく唸って答えた)

謙吾「ううむ…これは流石に破壊出来ないな……万一出来たとしても音が大き過ぎる」

理樹(謙吾がそう言うと今度は向かいに立っている真人が口を開いた)

真人「いや、方法なら一つある。ただ、こいつはちょっと理樹には難しいかもしれねえが……」

理樹「どういう意味さ?今の僕ならなんだって…」

恭介「シッ!見回りだっ」

理樹(確かに遠くから小さな足音が聞こえた。そこで僕は慌てて口を開け、寝たふりをした)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1519219951

半年前



鈴「ううーん……むうぅ………」

理樹(鈴はもう長い間、レストランのメニュー表とにらめっこをしていた)

笹瀬川「うう~!いつまで迷ってらっしゃるんですの棗さん!?私はもうお腹がペコペコですのよ!」

理樹(隣の笹瀬川さんが吠えた。二人は高校卒業後、同じ大学に入っている)

鈴「ち、ちょっとだけ待ってくれ…これでも凄く絞った。もう残すはこのハンバーグオムライスかデミグラスオムライスかオムライスインハンバーグだけなんだ!」

笹瀬川「全部一緒ではなくて!?」

理樹「まあまあ。鈴もこんなお洒落な店は中々来ないんだろうし…」

笹瀬川「もう少しで二十歳だというのにこの子はもうっ」

理樹「ははは……」

理樹(あのバス事故の後、学校を卒業しても僕らはこうやって月に何度か3人で集まっている。まるで残った僕らだけでも散り散りにならないよう互いの手を繋いで固まるように)

鈴「決めた!このデミグラスにする!じゃあお手洗いに行ってくるから先に頼んでおいてくれ!」

理樹(そう言うと鈴は落ち着きのない様子で立ち上がっていった)

笹瀬川「本当に落ち着きのない子ね…」

理樹「ところで笹瀬川さん、鈴は大学でも元気?」

笹瀬川「ええ、まあ。この間もご友人と食堂で楽しそうにしていらしたわ」

理樹「そう…それは良かった…」

笹瀬川「ふふっ、あなたはあなたで心配性ですわよ。会うたびに棗さんの事ばかり気にかけて」

理樹「えっ、そ、そうかな……」

笹瀬川「ええ。それに心配するのはあなたではなくて?」

理樹「どう言う意味?」

笹瀬川「ズバリ棗さんとの関係ですわっ!」

理樹「ギクーッ!」

理樹(そう。依然、鈴との関係は前に進んでいない。というより高校からむしろ後退している。「あちら」の世界での僕達は確か付き合っていたと思われるが、それはあくまでその時の話。現実に帰還してから今に至るまで状況が状況のため、鈴とそういった空気になる事がなかった。これでは恭介達も草葉の陰で泣いていることだろう)

理樹「……っていうかなんで笹瀬川さん僕の気持ち分かったの!?そんな素振りあったっけ!?」

笹瀬川「いや……なんというか、あなたの動き全てがそういう素振りですわ……」

理樹(笹瀬川さんは呆れた顔でため息をついた)

理樹「でもさ…まだあれから一年しか経ってないんだよ。まだまだこれからゆっくり関係を縮めていければ……」

笹瀬川「そんな悠長なことを言ってられて?」

理樹「えっ?」

笹瀬川「確かに急ぎ過ぎるのは色々と良くありません。ですがそれはあくまであなたと棗さんの問題。他の殿方はそんな事御構い無しですわよ」

理樹「そっ、それってどういう意味!?」

笹瀬川「実は、棗さんと最近仲のよい男性がいらっしゃいますの」

理樹(笹瀬川さんの口から出てきた言葉は未だかつてない程、僕の頭に重くのしかかった)

理樹「そ、それはどういう……」

鈴「さっきは待たせて悪かったな!」

理樹「あっ、おっ、お帰り!」

笹瀬川「………」

理樹(そう言いながら笹瀬川さんの方を見ると彼女はおそらく「後で話す」といった目配せをした)

鈴「なに、まだ頼んでないのか?」





……………………………………


……………………


……

鈴「今日もいっぱい遊んだな。もう財布がすっからかんだっ」

理樹「そうだねぇ」

理樹(あれから遊ぶ所の気分ではなかった)

鈴「じゃあ帰るか佐々美」

笹瀬川「ええ」

理樹「いやいやいや笹瀬川さん…っ!」

理樹(そのまま何も言わずに帰ってしまいそうなので思わず腕を掴んでしまった)

鈴「ど、どうした理樹?」

笹瀬川「あっ……」

理樹(笹瀬川さんはそこでようやく合点いったようで申し訳なさそうに鈴に見えないよう片手で謝るジェスチャーをした)

笹瀬川「オ、オホホホ……そういえばこれから直枝さんと少し用事がありましたわ。棗さんは先に帰ってくださいな」

鈴「よーじって?」

笹瀬川「ええと……その……野暮用ですわ!」

理樹(本当に野暮用なんて言う人は初めて見た)

鈴「そーか……?まあ、あんまり遅くならないようにな」

理樹(そう言って鈴はタタタッと駅の方に走っていった)

笹瀬川「申し訳ございませんわ。私としたことが自分からけしかけておいて……」

理樹「それより話の続きをっ!」

笹瀬川「え、ええ……あれは2日前のことですわ……」

二日前

笹瀬川(私が彼女らを見つけたのはサークルの練習終わりでしたわ)

鈴「~~~」

男「~~~」

笹瀬川「おや……あれは……」

笹瀬川(いつもなら一人でベンチに座って私の帰りを待っている棗さんが今日は男性と談笑をしていましたの。女性のご友人とならたまに見かけますが殿方は初めてでしたわ)

鈴「!」

笹瀬川(棗さんがこちらに気がつくと何度か話して殿方は去って行きました)

笹瀬川「棗さん。さっきの方は?」

鈴「んー?ああ、授業で同じだった奴だ」

笹瀬川「そうですか。ではさっきは授業のことを?」

鈴「ああ。今度一緒に昼飯食べる事になった。授業のコツを教えてくれるらしい」

笹瀬川「お、お食事を!?」

鈴「どうかしたのか?」

笹瀬川「あ、いえ……ゴホン!」

鈴「あっ、そうだ!ご飯といえば今日は秋刀魚が食べたい!」

笹瀬川「ダメです。昨日のカレーがまだ残っているでしょう?」

鈴「なにィ!?」

笹瀬川「……以上が私の知るところです」

理樹(笹瀬川さんの報告で一つ思い出したことがあった)

理樹「……そういえば昔、恭介がこんな事を言ってた気がする」

恭介『鈴はまだ恋というものを知らない。だから誰かが言い寄ってくるたびに俺が鈴の代わりに丁重に断っているんだ』

笹瀬川「なるほど。今や棗さんは大学生。それこそ狙ってくる人は多くなると」

理樹「…………」

笹瀬川「……私は棗さんの友達ではあっても姉妹ではありません。明らかに厄介と分かる火の粉は払えても真面目に考えてらっしゃる方たちにNOと言える大義名分はありませんわ。そりゃ、私も直枝さんがお似合いかと思いますが……」

理樹(そうだ。高校の頃はまだそれで良かったのかもしれない。でも鈴は今こうしていながら大人になりつつある。そんな時、何もしていない癖に彼等を止める事なんて出来ない。そんな事が出来るのは今のところ恭介ただ一人だ)

理樹(家の時計の針が12時を指していた。大学は大いに遅刻だ)

理樹「……今頃、鈴は食事か」

理樹(あれからずっとあらゆる事を考えた。その男性とはどういう人なのか、鈴はその人とどこまでいくのか、今すぐ僕が付き合おうなんて言うのは不自然過ぎるのではないか……どれも最後は鈴に行き着く。僕は自分でも気づかないうちにあの事故から唯一共に生還した鈴のことを必要以上に依存しているのかもしれない。鈴にみんなの存在をまとめて重ねているのかもしれない)

理樹(馬鹿みたいだ。そんなことでは恭介に顔向けできない。だけどこうしている間にも鈴がまたその男の人と喋っていると思うと悔しくてたまらない。どう割り切ったって割り切れない)


…………………………



鈴「……で、佐々美は理樹となんか喋った後そのまま別れていったんだ!」

男「なるほどなぁ。鈴ちゃんはどう思う?」

鈴「全く分からないからお前に聴いてるんだろ!」

男「うーん……別にそのままどっか一緒に行ったとかじゃないなら怪しい事はないと思うけどな~」

鈴「も、もしかしたら私が引き返して隠れて見てたのがバレて解散したのかもしれないだろ!」

男「本当にそうだったらスパイ地味た誤魔化し方だね……まあでも疑いだしたらきりがないし、気にしない事にしたら?割り切るのが大事だぜ」

鈴「どう割り切ったって割り切れないっ」

男「ええ…」

男「とにかく二人がどっかで君に隠れて会ってたりしない限り疑わなくてもいいでしょ。だいたい佐々美さん?も君の大事な友達なんだろ?君に疑われちゃ可哀想じゃない」

鈴「そ、そうだが……そうなんだけど……」

男「ん~~もうそこまで思い詰めるなら思い切って告ったら?今までの聞いてたら絶対イケるって」

鈴「こ、告……!そんなのまだ……」

男「大丈夫大丈夫。なんなら後ろからついて行ってあげるから」

鈴「う、うぅ~~~」

鈴「………分かった。次3人で集まる時に言う」

男「よし!」


………………………



理樹(とりあえずこのままだとどうにかなりそうだった。この間、遊んだばかりだけどもう一度鈴の顔が見たい。そう思うと自然と腕が携帯に伸びた)

プルルルル

笹瀬川『もしもし?どうしましたの』

理樹「次の日曜、また3人で会わない?」

笹瀬川「………しょうがないですわね。今回は私が火をつけたようなものですから……」

続く

レストラン

笹瀬川「棗さんは遅れるらしいですわ」

理樹「そう……」

理樹(いつもの店で僕らは待った。普段の雰囲気ならここで世間話の一つでもするんだろうが、どうも僕からそんな事を言う気にはなれなかった。だが、笹瀬川さんはそんなの御構いなしに…あるいはあえて空気を読み取ろうとせず僕に話しかけてきた)

笹瀬川「…直枝さん。そんな緊張した顔にならなくてもいいのですわよ?」

理樹「いや、まあ……」

笹瀬川「確かに不安を煽るような事を言ったのは悪かったですわ…ですが、私から見てもあれはただの友情しか読み取れませんでしたし、前はああ言いましたが今時男女が二人で食事をしてもデートのうちには入りませんもの」

理樹「………」

笹瀬川「……これはとても重症ですわね」

理樹(笹瀬川さんはため息を吐いた。確かにその男の人が鈴を狙っているなんて誰も言っていない。でも鈴は凄く可愛いし割と社交的になった今、鈴自体そういう気持ちになっていく恐れがある。僕からしたら可能性があるだけでもう重要な事件になる)

理樹「分かったよ笹瀬川さん……僕、今日この後鈴に自分の気持ちをきちんと伝える!」

理樹(少し大きめの声を出したせいで周りが少しざわついた)

笹瀬川「は、恥ずかしい事を大声で言わないでくださいまし!……で、でもそれはいい考えですわ。これで私もようやく一息つけるというものです」

理樹「ただ一つ問題があるんだけど……」

笹瀬川「はい?」

鈴「いいか?お前は店に入ったら近くの席に座ってずっと隠れてろ。私が2人とご飯食べてる最中にトイレに行くから私がいない間の二人の会話を聞いておいてくれ」

男「それで二人が付き合ってるがどうか見極めろと」

鈴「そうだ!」

男「随分ずさんな気もするけど分かった」

鈴「じゃあ入るぞ……気づかれないようにな……」




理樹「告白の仕方を……教えてほしいんだ」

笹瀬川「は……はぁ!?」

理樹「だ、だって告白だよ?他の誰でもない鈴に一世一代のアプローチをするって言うんだから失敗出来るわけないじゃないか!僕はこういうの全然分からないからせめて笹瀬川さんにアドバイスを聞こうと思って!」

理樹(僕は彼女に突っ込まれるより早くありのままの言い訳を並べた)

笹瀬川「いやいやいや!そんなの私だって得意じゃありませんのよ!なんで聞くんですの!?」

理樹「だって女の子じゃん!」

笹瀬川「女性だからと言って恋愛事に慣れてると思ったら大間違いですわ!」

理樹「でもさっきは僕らのことについて散々どうのこうの言ってたじゃないかっ」

笹瀬川「それとこれとは別ですわ!」

理樹「そんな頼むよ!」

理樹(僕は藁にもすがる気持ちで思わず笹瀬川さんの両手を握った)

笹瀬川「そんなこと言われたって気の利いた言葉なんか………あっ…!」

理樹(その時、笹瀬川さんが急に低い声で驚いた。視線が僕の後ろにあったので振り返ってみると、なんとそこには鈴が立っていた)

鈴「り、理樹……」

理樹「なっ……り…!」

理樹(正直言って事件以降これ程までに狼狽したことはない。僕は今鈴の前で笹瀬川さんと手を重ねている。これ程までにタイミングの悪い事もなかなかないんじゃないだろうか?)

鈴「………っ」

男「!」

理樹(鈴は僕の方をじっと見据えたまま、少し震えながら隣にいる男の人の袖を掴んだ。今まで一度も見たことはなかったが、彼が笹瀬川さんの言う例の男性である事は直感で分かった)

理樹「は…ははっ!違うよ鈴!これはちょっとした…おふざけみたいなもので……」

理樹(僕が笑って誤解を解こうとすると鈴は軽く首を振って僕の方をまた見た。今度は涙が溜まっている。そうだ、鈴はそういうのを嫌うんだ)

鈴「理樹のバカ!!」

理樹(騒然とする店内から踵を返す鈴。男性もそれに倣って後をついていった)

理樹「そんな………嫌だ……」

理樹(今起こった事に呆然としながらは数秒その場で立ち尽くし、僕が今置かれている立場と、鈴の涙の意味をようやく理解すると、僕の足は自然と動いていた)

笹瀬川「直枝さん!」

理樹(笹瀬川さんの声を無視して僕は店を出た)

理樹「鈴……!鈴……っ!!」

理樹(店を出ても鈴の姿はどこにもなかった。ただただ当てもなく勘でショッピングモールの中を走り回っている間、頭の中で色んな考えが飛び交って、あらゆるマイナスの感情が身体の中心を傷つけていく感覚がした)

鈴「~~~!」

男「…………」

理樹(ショッピングモールの入り口まで来た時、ふと外を見ると鈴がすぐ近くの交差点で信号待ちをしながら例の彼に大きな声で何かを口走っている姿が見えた。その姿は激情に駆られていてとても恐ろしかったし、とても脆そうだった)

理樹「鈴!」




理樹(僕が走り出したと同時に鈴達もまた僕に気づかず信号を渡っていった。入り口を抜けて交差点にたどり着く頃には既に信号は赤だったが、僕にとってそれはとても些細な出来事だと思った。もうここで見失ったら二度と会うことが出来ないような気がしたからだ。しかし、本当なら引き返すべきだった。冷静に考えれば誰だってそんな事をすれば後がどうなるか分かる。横から大きなクラクションが聞こえた時、僕はとうとう横断歩道を渡りきることは出来いことを悟った)



病院


看護師「直枝さん。これを受け取ったら奥に進んでください」

理樹「はぁ……」

看護師「はい。ではお水です。一緒に飲み込みましょうね」

理樹「……ゴクン」

看護師「ではあちらに移動しましょうか。また用があればいいますので…」

理樹「はぁ……」


TV『さあ薮田投げた!ストライクです!』

理樹「………」

患者「よう!野球の時はいつもTVの一番前に陣取るなオタク。野球が好きなのか?」

理樹「はぁ…」

患者「野球が好きなのは構わないがスタジアムに行く時は気を付けろよ?うっかりビールの売り子に見惚れてビールを買っちゃいけねえ。あれにはほんの微量だが、人の思考を低下させる薬が入ってるんだ。そう、政府の息がかかってるんだよ。奴らはそれで庶民を自分たちのコントロール下に置こうって画策してる訳さ。なんたって野球は一番人気のスポーツだからな……おい、聴いてるのか?」

理樹「………」

理樹「はぁ」

訂正



………………………………………………



………………………………



……





病院


看護師「直枝さん。これを受け取ったら奥に進んでください」

理樹「はぁ……」

看護師「はい。ではお水です。一緒に飲み込みましょうね」

理樹「……ゴクン」

看護師「ではあちらに移動しましょうか。また用があればいいますので…」

理樹「はぁ……」


TV『さあ薮田投げた!ストライクです!』

理樹「………」

患者「よう!野球の時はいつもTVの一番前に陣取るなオタク。野球が好きなのか?」

理樹「はぁ…」

患者「野球が好きなのは構わないがスタジアムに行く時は気を付けろよ?うっかりビールの売り子に見惚れてビールを買っちゃいけねえ。あれにはほんの微量だが、人の思考を低下させる薬が入ってるんだ。そう、政府の息がかかってるんだよ。奴らはそれで庶民を自分たちのコントロール下に置こうって画策してる訳さ。なんたって野球は一番人気のスポーツだからな……おい、聴いてるのか?」

理樹「………」

理樹「はぁ」

続く
合宿免許中だけどこんなも忙しいとは思わなかった
これからも更新が遅くなってしまうと思う。観てくれている人がいたらとてもすまない

…………………………………………



………………………



……



看護師「さあ直枝さん、起きましょう!今日もいい天気ですよ」

理樹「…………」

理樹(頭に靄がかかっている。それだけはなんとなく分かる)

看護師「立てますね~…それじゃ席に行きましょう。直枝さんは端っこが好きですもんねぇ」

理樹「はぁ……」

理樹(覚醒はしているはずなのにとても眠たい感覚に襲われる。勉強をしながら懸命に起きようとしてもついつい睡魔で意識が飛ぶ瞬間。これを延々と繰り返しているような……)

ガヤガヤ

看護師「はい。皆さん、今日はベーコンエッグですよ。なんとマンゴーもついてますからね~」

患者2「よっしゃ~っ!」

患者3「……ブツブツ」

理樹「……………」

理樹(これ以上は何も考えられなかった。ずっと頭の中でどうでもいい事の果ての果てを想像している最中のようだ)

看護師「では皆さん。食後の運動に庭へ出ましょう!」



理樹(庭に出るとみんな思い思いの行動を取っている。ベンチに座って青空をずっと眺めている人、ブランコを力一杯漕ぐ人、網にしがみ付いて出れない外を見つめる人。様々だ。……あの網もうボロボロだな。いつか針金が破れてしまったら誰が直すんだろう。いや、あんな小さな穴くらい破れたところで誰も気にしないだろう)

理樹「う……あぁ……」

理樹(…………いや、僕が考えなければならないのはそれじゃない……もっと大事な事があったはずだ。ええと……恭介……いや、鈴…)

患者「はっはっはーー!!」

看護師「あっ!こらやめなさいっ!」

理樹(ブランコを漕いでいる人がいつの間にか立ち漕ぎになっていた。スピードもとても上がっている。前に出ると身体を乗り出し、後ろに引っ込むと今度は身体をくの字に曲げ、また前に出ると身体を乗り出す。とても楽しそうだったが、看護師の人は本当に怒っているようだった)

患者「ハッハッ…………うぉっとと!!」

理樹(その時、彼は手を滑らせたのか右手を前に突き出した。それに伴い左足もブランコから離れ、十分に固定出来なくなった身体が前の方に吹っ飛んだ。つまり、僕の方に)

看護師「ああ!!」

理樹(彼は変な体勢で僕の元へ向かってきた。勢いが載っていたせいか彼の身体はブランコの柵を越え、静観していた僕の方まで来た。僕はそれを当たり前のように避けずにただ見ていた。そしてみんなが僕らを見守る中、僕らの頭は衝突した)

…………………………………………………


……………………


……


理樹「………はっ!」

理樹(目を覚ますとまず壁に写された夕焼けの光が目に入った。あたりを見回す限り、どうやら僕は個室に移動させられていたようだ)

理樹(どうやら先ほどの衝突で脳震盪か何かが起こり、今の今まで寝ていたという事だろう……と、ここまで考えてから僕は静かに自分の中で大きな変化が起こったことを悟った。そうだ。まともな思考が出来ているのだ)

理樹「は……はは!」

理樹(ここまで余計な事を考えずにいられるのはとても久々だ。過去の事もすぐ思い出す事が出来る!)

理樹「あっ、……いや……ちくしょう……」

理樹(そう思って過去を振り返った瞬間、頭に第二のショックが起こった。あの日から今日までの事だ。僕は鈴を追って事故を引き起こした後、なんと半年もの間この病院精神が安定しないまま無駄な日々を過ごしていた!笹瀬川さんがたまに面会しに来たのを覚えている。あれから半年だと!)

理樹「くそっ……そうだ……鈴は一度も顔を出して来なかった……いや、それにしても半年もここで……」

理樹(正直言ってさっきまでの正気じゃなかった僕はあまり思い返したくない。何か思考しようとする度に至極どうでもいいことを横から考えてしまう毎日。はっきり言って人として絶望的だった)

理樹「いや…待てよ。逆にこれは治ったと考えていいんじゃないか!?」

「ああ。事態はとても良い方向へ向いている」

理樹「恭介!」

理樹(恭介が横に立っていた)

恭介「恐らくさっきの衝撃が要因になったんだろう。元々、理樹の障害も外的要因によるものだったしな」

理樹「確かにそうかもしれない……鈴の事もショックだったから色々重なった結果だとは思うけど」

西園「立てますか直枝さん?」

理樹「うん、なんとかね……幸い身体の方はどこにも怪我は残ってないようだ」

理樹(ベッドから降りて手足がちゃんと動くか試してみたが調子は悪くなかった)

来ヶ谷「これからどうする?まずは看護師に報告した方がいいと思うが」

理樹「確かにこれから検査もあるだろうしまずは起きれたことだけでも伝えに行かなきゃね」

葉留佳「くっくっくー!急に元気になった理樹君を見るとびっくりするでしょうナァ~!」

……………………………


理樹(看護師は最初僕が話しかけるとかなりビックリした様子だった。そりゃ今まで言われないと身動き一つしないような人間が一人で歩いてるとそうなる)

看護師「なるほど。確かに今の直枝さんは"だいぶ"と落ち着いていますね。そしてその友人と言うのは?」

理樹「ああ、それは…ほら、あちらの方でテレビを見ています」

理樹(他に誰もいないベンチでお笑い番組を見ている恭介たちを指した)

看護師「……ああ、なるほど。それではまた手続きがあるのでしばらくはここでの生活を続けてもらうことになると思います」

理樹「えっ、それはいつまでですか!?」

理樹(正直今日のうちにでも外に出られると思っていたので少しがっかりした)

看護師「それは手をつけてみないと分かりません……ああ、でもちょうどさっき直枝さんに面会したい方から連絡が来ていましたよ」

理樹「笹瀬川さんですか?」

看護師「いえ、確か棗鈴さんです。笹瀬川さんと共通の知り合いだとか」

理樹「鈴!」

面会室

看護師「では終わったらまたお声をかけてください」

理樹「あ、はい……」

鈴「………」

理樹(半年の月日は鈴にとって思った以上に長いように見えた。心なしか少しやつれていて目に少しクマが出来ていた。僕とは目を合わせにくいのか鈴はずっと自分の靴を見つめていた)

鈴「理樹……」

理樹「久しぶり……だね。はは、喋られるようになって驚いた?」

鈴「いや、来る前に電話があったから……」

理樹「あ、そうなんだ……」

理樹(半年前は色々とあったが今僕と鈴の間を挟んでいるのはガラスのテーブルしかない。そのはずなのにまるで電話越しに話しているような感覚だった)

理樹「それで今日はどうしたの?」

理樹(我ながら酷く間の抜けた質問だった。しかし鈴は少しも笑わずに返してきた)

鈴「謝りに来たんだ。色々と」

理樹「………」

鈴「まず今まで来なくてごめんなさい。怖かったんだ…ここに来るのが……」

理樹「もういいんだ鈴……こうして来てくれたんだからもうそんなことどうでもいいじゃないか」

鈴「理樹……っ」

恭介「そうさ。少し仲直りするまでの時間が無かっただけで、ちゃんと話せばお互い分かり合える」

理樹「恭介…」

鈴「……?」

謙吾「今度こそ鈴を逃すんじゃないぞ理樹」

理樹「恥ずかしいこと言わないでよ謙吾!」

真人「へへっ……」

鈴「…………」

理樹(こうして話しているとなんだかまるで学校にいた頃に戻ったみたいだ)

鈴「……あのあと佐々美から事情を聞いた。それで私がすっごく馬鹿な勘違いをしてたことに気付いたんだ。り、理樹が私のことはもう嫌いになってたんじゃないかって…」

理樹「そんなことないよ…僕の方こそもう鈴が僕の元から離れて行くんじゃないかって……」

理樹(そこでハッとなった。そうだ。あの男!鈴に近づいていたあの男とはどうなったんだろう?)

理樹「ね、ねえ鈴……それであと人とはどうなったの?」

鈴「えっ?」

葉留佳「おーそこそこ!わたくしもそこが気になりますなあ!」

理樹「葉留佳さん。今は静かにしてて」

葉留佳「あっ…ご、ごめんなさい」

鈴「あの人って誰のことだ…?」

理樹「ほら、最後に会った日、鈴の隣にいた人」

鈴「あ、あいつか。あいつとは今も友達だ。でも理樹の思ってるような……」

理樹(鈴の言葉を聞いた時、なにか心の中にドス黒いものが湧いた気がした)

理樹「友達だって?」

鈴「っ!」

理樹(鈴はビクッと肩を揺らした)

理樹「それってどういう意味?」

鈴「と、友達は友達だ。深い意味はない」

理樹「それって鈴がそう思ってるだけじゃないかな」

来ヶ谷「理樹君。少し落ち着け」

理樹(そのなにかは僕の背中をぬるりと流れていった。そこでもう気持ちの歯止めが効かないのが分かった)

鈴「どういう意味だ…?」

理樹「鈴には友達でもその人には友達以上のものを感じているかもしれないでしょ?」

鈴「そっ、そんなことない!」

理樹「どうして鈴がそんなこと言い切れるのさ?」

恭介「よせ理樹!」

鈴「あいつは理樹のことだってずっと心配してるんだぞ!」

理樹「そんなのフリに決まってるじゃないか…本当のところは……」

パシンッ!

理樹(言葉の途中で鈴から平手打ちを食らった)

理樹「………」

鈴「最低だ……。最低の理樹になった…!」

理樹(鈴は泣いていた。何に対する涙だろう?どうでもよかった)

理樹「最低なのはどっちだよ…!今ので分かった!やっぱり鈴はあの男が好きなんだ!僕を騙したな!」

鈴「なっ!?」

理樹「あのレストランで君を見た時、あの男と手を握ってたね?それでよく友達だって言えたもんだ……ああ、そうか。ここに来たのもその罪悪感なんでしょ?」

理樹「物言わない僕に一方的に謝って、それで済まそうとした訳だ!でも当てが外れたね!もう僕は正気さ。ここだってすぐに出られる。そうなったらどうしてやろうか……」

小毬「理樹君!ダメッッ!!」

美魚「馬鹿なことを言ってはいけません!鈴さんがどんな気持ちでここに来たか……!」

理樹(もはや誰の声も耳に入らなかった。ただただ鈴が憎らしくなった)

理樹「いいや、その前に今ここで……」

鈴「ひっ!」

理樹(僕は鈴の肩を掴んだ。そしてその瞬間、扉から男性職員が二人出てきた)

職員「やめなさい!」

理樹「ぐぅっ!り、鈴……!!」

理樹(あっという間に鈴から引き離され、強制的に地べたへ伏せられた。もう僕に残された自由はただ声を荒げることだけだった)

理樹「鈴ー!くそっ…!!」

理樹(鈴は看護婦に手を引かれて部屋から出て行こうとしていた)

鈴「理樹…もう恭介達はいないんだぞ……」

理樹「………!!」

理樹(少し考えてからようやく意味が分かった。そしてそのあとすぐ腕に針が刺された痛みがやってきた)

……………………………………………


……………………





夕方

理樹(目が覚めるとベッドで寝かされていた。腕は手錠で拘束されており、安易に身動きが出来ないようにされていた。まだ就寝時間ではないからか他のベッドには誰もいる気配はしなかった)

理樹「………」

恭介「……起きたか理樹」

理樹「………分かったよ恭介……」

恭介「………」

理樹「君達は僕が作った幻影。まだ僕はまともじゃないって訳だ」

恭介「……確かに俺たちは本当に存在してる訳じゃない。だが俺たちが空想の中の存在と認知しているにも関わらずまだこうして喋っている。この時点で統合失調というよりゲームマスターとしてNPCをまるで本物のように見せるという事の方が近くないか?」

理樹「どっちでもいいよ」

恭介「良くないさ。お前はそれを無意識にやっているだけでまだまともなんだって事なんだから」

理樹「はは…だったらこんな風に縛られてないよ」

恭介「それは鈴と喧嘩したからだろ?今はどうだ」

理樹「……馬鹿なことをしたと思ってる」

恭介「だったらいい。今度鈴を泣かせたら承知しねーからな」

理樹「承知もなにも、もう二度と会えないと思う」

恭介「お前はどうしたい?」

理樹「……会いたい。そして謝りたいよ」

恭介「その言葉を聞きたかった」

理樹「……?」

恭介「ここを出るぞ理樹」

理樹「こ、ここを出るって……当分は難しいよ今日みたいなこともあったし」

恭介「俺達に不可能はない。ここから脱出すればいいんだ」

理樹「だ、脱出!?」

恭介「恐らくしばらくは鈴との連絡も取らせてくれないだろう。平和的解決は出来ない。だったらこっちから会いに行くしかない」

理樹「そんな……」

謙吾「全てを投げ打ってでもする価値があるかどうか……だ」

来ヶ谷「恐らくバレたりしたら拘束はその手錠だけじゃすまないだろうな」

理樹「………」

理樹(その時、看護師達が数人、こちらにやってきた。なんとなく寝たふりをした)

看護師「明日様子を見て隔離室に移動らしいですよ」

看護師2「皮肉なものだな。中途半端に覚醒したらこれだ」

理樹(おそらく僕のことだろう。二人は僕の様子を確認しにきたのか近くに来てすぐまた帰って行ったようだ)

恭介「……時間はない。どうする理樹?このままこの病院でやっかいになるか、俺達の手を借りてここを出るか」

理樹「………行こう」

理樹(恭介達と相談_____実際は独り言という事になる_____して脱出は夜ということになった。恐らく一人で脱出を考えようとすればあせって今からでも暴れていたんだろうが、奇妙なことに自己が生み出した他人というのは僕にとって究極の客観視となった)

理樹「………」

小毬「ねえ理樹くーん」

理樹(いや、実際にはもういない彼らの思考を正確に読んだ超人的なシミュレーションゲームをしていると言った方がいい)

小毬「理樹くん?」

理樹「あっ、ごめん。なに小毬さん?」

理樹(こうして小毬さんと会話しているのも現実ではなく僕の妄想……なんだか本当に奇妙な感覚だ)

小毬「うん。少し気になってまして」

理樹「なにが?」

小毬「理樹君、また自分を責めたりしてないかなって……誰だってあんな事があったら……」

理樹「大丈夫。大丈夫だよ小毬さん。もう頭はスッキリしてる。確かに馬鹿なことはしたとは思ってるけど今は脱出のことを考えたいからね。後悔なら全部終わったあと、好きなだけすればいい」

小毬「そっか………」

理樹(本当のところを言うとまだ燻りはあった。だが、例え空想の人間相手でもそういう事は口に出し難い。頭でそう考えているのと独り言でも口に出してみるのとでは実際大きく違うものだ)

理樹「……そうだ。ねえ小毬さん」

小毬「?」

理樹「今どんな柄のパンツ穿いてる?」

小毬「なっ!!!」

理樹(小毬さんは一瞬にして顔を真っ赤にさせた)

小毬「り、理樹がすけべさんになった~~!!!」

理樹「うっ……」

理樹(小毬さんは刺さる言葉を残すとパタパタと開いた扉のずっと向こうへ去っていった。)

理樹「やっぱり実際に話しているようにしか感じないな……」

…………………………………………



…………………………



……

理樹(真っ暗で静かな病院だった。4人で一つの大部屋に患者が寝ている中、僕もそれに漏れず固いベッドに寝かしつけられていた。両腕は柵に手錠をかけられていて動かせないようになっている)

理樹「どう…?」

理樹(静かな声で聞くと、すぐ横に立っていた謙吾は手錠を触りながら小さく唸って答えた)

謙吾「ううむ…これは流石に破壊出来ないな……万一出来たとしても音が大き過ぎる」

理樹(謙吾がそう言うと今度は向かいに立っている真人が口を開いた)

真人「いや、方法なら一つある。ただ、こいつはちょっと理樹には難しいかもしれねえが……」

理樹「どういう意味さ?今の僕ならなんだって…」

恭介「シッ!見回りだっ」

理樹(確かに遠くから小さな足音が聞こえた。そこで僕は慌てて口を開け、寝たふりをした)




看護婦「……………」

スタスタ……

理樹「………行ったね。それでさっき言ってた方法ってのは?」

真人「お、俺は止めたぞ?その方法っていうのはな……」

今日再開したい

理樹「ッグゥ……ッッ!!」

理樹(この歳になって初めて悶絶という言葉の意味を理解した。映画やドラマではよく見る「関節外し」だ。
この方法を使うヒーロー達は少し痛がるくらいでするっと抜け出すが、僕の場合ただの親指を外すだけでも声を抑えるのが精一杯だった。もし仮に悲鳴をあげて他の患者が起きて騒いだりでもしたらその瞬間すぐに看護師が駆けつけて来る。実際、ずっと前に似たようなことが起きてすぐに別のもっと厳重な場所に移されていた)

理樹(ともあれ1時間ほど時間をかけてようやく手錠を外し、両手の指をはめ直した。真人直伝の痛みの和らげ方_____そのやり方自体も昔、僕自身がどこかで見聞きしたことなんだろう_____を教えてもらってもまだ尋常じゃない感覚が残っていた)

真人「起き上がれるか理樹?」

理樹「大丈夫……なんとか…」

理樹(指のあたりがどこかに掠れるだけで衝撃が襲ってくる。だけどまだ指が考えている通りに動くというのはまだ運が良いほうだろう。誰も起こさないようゆっくりと起き上がった)

理樹「ええと次は…ああ、そうだ。檻に鍵がかかってたね…」

理樹(病院内のあらゆる所には僕らが勝手に出れないように檻が設けられている。それは室内も同じで、刑務所のそれとは違う真っ白な檻は精神病院という奇怪な空間の演出に一役買っていた)

葉留佳「へっへっへー!ここはあっしに任せてくだせえ!」

理樹(僕にしか聞こえないとはいえ葉留佳さんの声は思わずここに眠っている全員を起こすんじゃないかと心配するほどの声だった)

理樹「なにか策でもあるの?」

葉留佳「そりゃーありますとも!あらゆる場所でいたずらをするためにいくつもの扉を開けてきたはるちんスッよ!?」

理樹「あはは…確かに」

理樹(そういえばよく二木さんに怒られてたっけ。そういえば二木さんは今何をしているんだろう?)

葉留佳「さて、理樹クンの為にも力技じゃない方法でいきますか……」

理樹(それから葉留佳さんの鍵開けレクチャーが始まった。今回の鍵は南京錠だから簡単だと葉留佳さんは言っていた。事実開ける方法というのはそれなりの知識はいるが、とても単純で室内にある小さな針金などで簡単に開けられるものだった。親指を上手く使えないから時間はかかったが)

ガコンッ

理樹「っとと……」

理樹(外れた瞬間、向こう側の南京錠を慌てて空中でキャッチした)

来ヶ谷「うむ。やはりこういう人間が収容される場はセキュリティが若干甘めだな。それだけ今まで起こった問題が少なかったという事でもあるんだろうが」

理樹(となると僕のお陰でこれから若干厳しくなるだろうか)

理樹(廊下に出ようと扉に手をかけた瞬間、恭介からストップがかかった)

恭介「待て理樹っ!!」

理樹「な、なに…?」

理樹(恭介がなにやら扉の端々をじっくり観察すると「やはりな」と一人で頷いていた)

恭介「なにか室内に紙のように薄いものはないか?本当に紙のような質感のものではダメだ」

理樹「えっ?」

理樹(いきなり妙なことを言うなと思ったが、恭介のことだ。何かあるのだろうと特に反対せず部屋を見渡した)

クド「あっ、リキー!ここにトランプがありますよ!」

理樹(そういえば部屋の棚にプラスチック製のトランプがあったことを思い出した。それを取り出して恭介に見せると満足げに頷いた)

恭介「よし、それをだな…」

理樹(恭介が扉の隙間を慎重に上から下へ見つめて行くと一番下を注視して僕を呼んだ)

恭介「理樹、トランプのカードを扉のここに挟め。それからぴったりくっつけたまま開けるんだ」

理樹(よく分からない指示を受けるもその通りに動くことにした)

恭介「よしそのまま絶対カードを離すなよ…そのまま出て閉めるんだ」

理樹(扉を閉めた。外側の空気はとても綺麗で、静かで、少し肌寒かった)

恭介「よし、カードを引き抜いていいぞ。念のためそれは持っておけ」

理樹「うん…それはいいけどどうしてこんな事を?」

恭介「実はあれはレーザーポインターのようなセンサーが付けられていたんだ。最近は学校にもよく設置されてあるんだがあれを不用意に開けると警報が鳴って危うくゲームオーバーになる所だったな。はははっ!」

理樹(恐ろしい話を軽く話す恭介だった)

理樹(その後はセキリュティも流石に薄く、ライトとタオルを手に入れると内側から大窓を開けて外に出れた。当然のように病院の周りには万里の長城のように柵が設けられていた)

謙吾「おっ、見ろ理樹!あっちの隅にボロボロの部分があるぞ!」

理樹(謙吾が宝物でも見つけたかのような声で僕に言った。確かに長年直すのを面倒臭がっていたのがよく分かるほど穴が空いているフェンスがあった)

理樹「本当だ。一応タオルを持ってきたけど必要なかったみたいだね」

理樹(最悪フェンスの上の有刺鉄線をこのタオルで被せて登り切ろうと思っていたが大きく体力を温存出来そうだった)






ズッ

理樹「よーし!」

理樹(フェンスを抜け出し、ようやく大きな声を出せた)

小毬「脱出おめでと~!」

理樹「ありがとう!さあ、出て行ったのがバレる前にさっさとここから離れよう」

理樹(病院から何キロか離れると光源が持ってきたライトしかなくなった。山道とはいえ裸足で歩いていたからアスファルトの工事がなされているのは不幸中の幸いだった)

美魚「しかし星降る夜とはよく小説で見る表現ですが実際、街の灯りが無いところで見てみると納得がいきますね」

理樹「うん……」

理樹(確かに色々不安が残り、厳しい条件に立たされている最中の今、びっくりするほど綺麗な星だけがこうなってよかったと思える要素だった)

理樹「ふふっ……そういえばこの半年間で夜に出歩くのは初めてだな」

美魚「おっと、ちゃんと足元は見てくださいね?この暗さだといつコーナーの目の前を歩いていてもおかしくありませんから」

理樹「う、うん…」

美魚「…………」

理樹「……………」

理樹(本当はこうやって一緒に歩いている西園さんも想像の産物に過ぎないと分かっていたが、話さずにはいられなかった)

理樹「鈴……やっぱり怒ってるかな」

美魚「直枝さん…」

理樹「鈴は僕を本当に心配していたし、最後まで僕の為に行動してた。なのに僕は妙な嫉妬なんかしてさ、あの男の人と仲良くしてるんじゃないかって勘繰ってさ、酷い言葉を……なんなら僕よりよっぽどお似合いだよ、彼は」

美魚「直枝さん。そういう事はいくら考えても解決はしません。もう鈴さんにはただ謝る、そう決めたんでしょう?だったらそれ以外はあまり考えない事です」

理樹「でも、実際僕は酷い奴だ。鈴も謝られたところで……」

美魚「鈴さんはちゃんと分かってくれますよ。あなただってそんな事くらい分かっているでしょう?」

理樹「………」

美魚「頑張りましょう直枝さん」

理樹「うっ……ぐすっ…」

理樹(幻が相手だから、いや本物だったとしても一緒だったかもしれない。僕は誰もいない、全くの暗闇の中でわんわんと泣いた。もう流し切ったと思った涙がもう一度溢れ出た)

……………………………….


……………




理樹(途中から誰とも喋ろうとせず一人で歩いた。足は既にぼろぼろであちこちに切り傷が出来ていた。そこからばい菌がいくら入ろうと全く構わない気分だったけど)

理樹「もう朝だな……」

理樹(山を降りる頃には空が完全に明るくなっていた。身体は凄く疲れているんだろうけどそれを意識するともう動けなくなるような気がしたので必死にただ鈴の事を考えていた)

恭介「理樹、金はあったか?」

理樹「うん。さっき100円玉と10円が落ちてあったよ」

恭介「でかしたぞ。流石理樹だ」

理樹「まあ何時間も歩いてたらね…」

理樹(恭介は僕に道端に小銭が落ちてないか探しながら歩くように言っていた。公衆電話にかけるためだ)

恭介「よし、あそこにあるのを使おう」

ッツーッツー

理樹「ダメだ……かからない」

理樹(佐々美さんの電話番号自体は覚えているはずだが何故か電話に繋がらなかった)

真人「まずいな…そろそろ病院の連中も理樹がいない事に気付いてすぐこっちに来るぜ」

謙吾「誰か他に頼れる人はいないのか理樹?」

理樹「ううん…大学の知り合いはいるけどこんな事情を説明したらどうなるか……」

美魚「出来ればあの事故の事を知っていてなおかつ信頼出来る人が望ましいのですが……」

クド「あっ!だったら……」

理樹「?」








プルルルルル

「ううん………」

ゴソゴソ

プルルルルル

「……誰よこんな朝っぱらから…」

プルルルルル

ガチャ

「はい……もしもし?」

『あっ、もしもし?突然こんな時間から電話してごめん。直枝理樹だけど……』

佳奈多「………は?直枝?」

続く
まだ見てくれていてありがとう!あと少しだ(∵)

車内

佳奈多「…………ああもう……くっそ~……ブツブツ…」

理樹「………ええと…」

佳奈多「……高校の頃の知り合いが急に遠い片田舎に呼び出したかと思いきや身体はぼろぼろ、何故か着ているのは病院服、オマケにその死にそうな顔!絶対変な事に巻き込まれたわ!もう、なんで乗せたのかしら私ったら!こっちはあなたのせいで小言言われながら当日に有給取ったのよ!?」

理樹(ここまで言われると電話で半泣きになりながら二木さんに助けを求めたのが急に申し訳なくなった。時間がなかったため、あまり深い事情は話せなかったにも関わらず二木さんはよく僕を助けたものだ。おそらく死にそうな声で助けを求めたせいか判断力が鈍っていたんだろうけど)

葉留佳「ふっふっふっ…それでも助けてくれるおねーちゃんはやっぱり優しいなぁ」

理樹(後部座席で倒れるように寝かせてもらいながら二木さんの怒声を聴き続けた)

佳奈多「今にも死にそうだからまだ全部の事情を説明させるのは勘弁してあげるわ。だけどひとつだけ答えなさい!」

理樹「な、なに?」

佳奈多「今やらかしてること、棗先輩や葉留佳に顔向け出来るような事なんでしょうね?」

葉留佳「……ふふっ!」

恭介「ふっ……」

理樹「うん。きっと二人も見守ってると思う」

佳奈多「……そう、ならいいわ。とりあえず寝てなさい」

理樹(僕はそこで緊張の糸が切れたのか催眠術にでもかかったかのように気を失った)

佳奈多家

理樹「ぐっ……」

理樹(足のピリッとした痛みで目を覚ました)

佳奈多「動かないで。垂れるわ」

理樹「えっ?」

理樹(足元を見ると二木さんが僕の擦り傷だらけの足を治療してくれていた。側にはお湯の入った桶やピンセットが置いてあった。どうやら足をすっかり洗ってくれたようだが、まさかそんな事にも気付かないくらい寝ていたとは……)

佳奈多「ふう……消毒はしておいたけど後で一応病院にも行くわよ」

理樹「うん、ありがとう…」

佳奈多「……じゃあ、なにがあったのか教えてもらおうかしら?」

理樹「うん……」

…………………………………


…………………


……


理樹(これまでの出来事を話した。流石に恭介達のことは誤魔化したけど)

理樹「……と言うわけで…」

佳奈多「……また厄介なことしたわね」

理樹「ごめん。ここはすぐに出るよ。助けてくれて本当にありがとう!もちろん二木さんに助けられた事は絶対漏らさないから!」

理樹(布団から立ち上がろうとすると肩を掴まれた)

二木「待ちなさいよ。ここから出て行ってどうするつもり?鈴さんの今の居場所分かってるの?」

理樹「実家の方は病院の人達がもう向かってるだろうから大学の方に行こうと思う」

佳奈多「まだ冷静になれてないわよ直枝理樹。大学なんて高校じゃないんだから偶然会える確率なんて低いわよ?それに大学までまた歩いて行くなんて言うんじゃないでしょうね」

理樹「あ……」

理樹(本当に二木さんに助けてもらえて良かった。どうも頭がまだはっきりしていなかったようだ)

佳奈多「ここまで来たら最後まで面倒見てあげるわよ……とりあえずシャワー浴びなさい。髪が脂っこいわ」






理樹(僕がシャワーを浴びている間に二木さんが近場で適当な服を見繕ってくれた。この借りはいつか3倍にして返したい)

佳奈多「鈴さんの電話番号覚えてる?」

理樹「うん。言っていい?」

佳奈多「………私の時もそうだったけど今時、家族のでもない電話番号をよく覚えてるわね」

理樹「……記憶力がいいんだよ。最近」



……………………………………………


佳奈多「棗鈴さん?……ええ。覚えているかしら?葉留佳の姉の……」

理樹「……………」

佳奈多「~~~~」

佳奈多「……そう。本当にいいんですね?……はい」

理樹(奇妙な感覚だった。ずっと会いたかった鈴が電話の向こうに、とてもあっさりと届く距離にいるんだ)

佳奈多「……じゃあそこで今から2時間後に」

理樹「なんだって?」

佳奈多「会ってくれるらしいわ」

理樹「良かった……」

佳奈多「でも分かってる直枝?鈴さんと話した後はまた病院に戻るのよ」

理樹「うん……」

理樹(そう。このうまく行きすぎているようにも思える状況は最後に必ず終わりを迎える。まるで死刑囚が最後の晩餐に自分の好きな物を食べているように、爽やかながらもいくらか悟ったような辛さだった)

ショッピングモール

理樹(鈴との待ち合わせはショッピングモールのフードコートだった)

佳奈多「もうそろそろね」

理樹(なにから話したものかずっと考えていたが、とうとう鈴が現れるまでに整理しきることが出来なかった)

「………理樹」

理樹(後ろから待ち望んだ声が聞こえた)

理樹「鈴」

鈴「…………」

理樹「鈴、僕は………」

佳奈多「待って、あなたの後ろの方にいる人達はなに?」

理樹「えっ?」

理樹(二木さんが指差す方向には普段着であるが異様に浮いている人たちがいた。というのも明らかに食事を楽しみに来たのではなく、はなから僕らをジッと見つめていたからである)

理樹「り、鈴?」

佳奈多「まさか……」

鈴「ち、違う……!」

理樹(ふと最悪の場合が頭をよぎったが、鈴の表情からしてそれはなさそうだ。しかし、何も言わなくても鈴が問いの意味を理解出来たようにゆっくり歩いて来るあの集団は間違いなく病院の関係者だ。僕の妄想ではなく)

恭介「走れ理樹!!」

理樹(恭介の怒声が後ろから轟き、思わず椅子から飛び上がった)

理樹「行こう鈴!」

鈴「理樹!?」

理樹(僕は鈴の手を握って無理やり引っ張り出した)

職員「行ったぞ!追え!」

真人「ここは任せて先に行け!」

謙吾「馬鹿言うな!」

理樹「はっ…はは!」

鈴「な、なァー!?」

理樹(遠くから追って来る人達を尻目に一気に駆け出した)

鈴「ちょっと待て!どこ行く気だ!」

佳奈多「……ふふっ」


……………………………



理樹(エスカレーターを何度も乗り換え、とうとう追っ手を巻いた。そして最後にゆっくり話すため、エレベーターでここを出る時のことだった)

理樹「はぁっ…はぁっ……」

鈴「……くっくっくっ……」

理樹「鈴?」

理樹(鈴が笑ったのだ。よく考えてみると鈴のこんな笑顔は例の事件以来のことだった)

鈴「久しぶりだ。こうやって走ったの」

理樹(そう、確かにそうだ。ずっとずっと昔から、本当に小さい頃からこんな風に僕らは走っていたんだ)

理樹「鈴……今までごめん。ちょっと…どうにかしてた」

理樹(もっと謝るべき言葉はあったが、鈴を前にすると頭が真っ白になってこれしか思い浮かばなかった)

鈴「ううん。もういいんだ理樹。私も悪かった」

理樹(この受け答えがまるでなにも捻りがなくて思わず笑ってしまった)

理樹「ふふっ、まるで子供の喧嘩みたいだね」

鈴「大人の喧嘩なんてない。みんな喧嘩するときは子供だ」

理樹(エレベーターの扉が開いた)

理樹「……じゃあこのまま病院に戻ろうかな。もう目的が終わっちゃった」

鈴「まだ戻らなくていい」

理樹「えっ?」

鈴「どうせならいっぱい遊ぼう。理樹がいない間に最近出来たお店があるんだ!」

理樹「ハハッ!鈴、それ最高だ!」

小毬「じゃあ理樹君、私達はここまでだね~」

理樹「えっ」

理樹(エレベーターが閉まる瞬間、向こうから声がした。そこには小毬さんや恭介、みんながいて、僕ら二人を見ていた)

恭介「あばよ」

理樹「……………」


…………………………………………………



…………………………



……




理樹(それからもう恭介達を見ることはなくなった。恐らく僕の願いが叶ったからだろう。それからしばらくして鈴や笹瀬川さん、二木さんの協力もあって無事に退院出来た)

鈴「さあ早く理樹!次はこっちの店だ!」

理樹「ええ~ちょっと待ってよ!」

鈴「なんだこれくらいでへこたれるのか?私に会いに来てくれた時は裸足で凄く歩いたって聞いたぞ!」

理樹「毎回あんな必死になれないよ!」

理樹(本物の恭介達は僕らの姿を見てどう思うだろうか。彼らに報いるためにこれまでの僕らは何かに必死になっていた。だけど鈴はこうやってなんでもない日々を過ごして行く事こそが恭介達の願いなのかもしれないと言っていた)

鈴「なんだ。じゃああたしとの買い物は必死になれないのか?」

理樹「鈴とはこれからずっとやって行く事になるでしょ?体力が持たないよ」

鈴「……ふふん、まあ、そうだな!」

理樹「えっ、なに今の間は?」

鈴「なんでもない!じゃあ行くぞ!」

理樹「いやいやいや!」






終わり

約2ヶ月か……待たせて申し訳なかったと同時にそれでも見てくれてありがとう!(∵)
次こそテンポよく行くぜ

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom