少女「私を忘れないで」(788)

(プロローグ)
~体育館裏・少女さん~
男子「少女さん、わざわざ来てくれてありがとう!」

少女「……」

男子「えっと、その……明日から冬休みだね」

少女「そうですね」

男子「それでその……クリスマスの日は予定が開いてますか」

少女「クリスマスの予定?」

男子「は、はいっ!」

少女「ひとつ聞きたいのですけど、あなたと私は今日はじめて会いましたよねえ。それなのに、どうして教えないといけないんですか」

男子「それは少女さんのことが好きだからっ!」

少女「……?!」

男子「文化祭のときに笑っている少女さんを見て可愛いなって思って、それで一緒に話が出来たらいいなってずっと思っていたんです。だから、僕と付き合ってくれませんか!」

少女「えっと、私を好きになってくれてありがとうございます」

少女「でも……ごめんなさい。あなたとは付き合えません」

男子「ど、どうして……」

少女「私は今、好きな人がいるんです。だから、気持ちだけ受け取っておきますね」

男子「……」

少女「それでは、さようなら」ペコリ

男子「少女さん、待ってよっ!」

少女「えっ?! あ……あのっ、手を離してくれませんか!」

男子「どうして、僕の気持ちに応えてくれないだよおっ! こんなに少女さんのことが好きなのに!!」

少女「も……もう一度言いますけど、私には好きな人がいるんです」

男子「うあ゛あ゛あ゛あああぁぁっっ! な゛んでっ、何でなんだよおっ!!」

少女「ご、ごめんなさい。さよならっ!」タタタタッ・・・

少女「……はあはあ」

友香「少女、用事って何だったの?」

少女「えっと、な……なんて言うか告白されちゃった」

友香「こ、告白?! 相手は誰よ!」

少女「それがその、全然知らない人で……」

友香「手紙にも名前はなかったの?」

少女「うん。それでね、断ったら腕を掴んで怒鳴ってきて、すごく怖かった」

友香「うっわあ、何もされなくて良かったね」

少女「う……うん、そうだよね。もう思い出したくないし、何か温かいものでも食べに行かない?」

友香「じゃあ、いつもの喫茶店に行こっか」

少女「うん、行こいこっ!」


友達の友香ちゃんと過ごす冬休み。
クリスマスやお正月といった楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
そして、三学期が始まった。

(2月15日)mon
~学校・お昼休み~
友「ようっ、男。昨日はどうだった?」


お弁当を食べ終えて漫画を読んでいると、友が話しかけてきた。
昨日は柔道部の交流試合があり、朝から北倉高校に遠征していたのだ。
試合結果を言うのを忘れていたので、恐らくそのことだろう。


男「何とか俺たちの勝ちだった。夏に試合をしたときは圧勝だったんだけど、向こうも相当稽古をしているみたいだな」

友「お前、何の話をしてるんだよ」

男「何の話って、昨日の交流試合の話だけど」

友「そうじゃなくて、チョコは貰えたのかって聞いてるんだ」

男「試合じゃなくて、そっちのほうか」

友「それで、どうなんだよ」

男「もちろん貰ったぞ。双妹からだけど!」

友「なんだそりゃ。そんなもん、ノーカウントだっつうの」

男「彼女がいない俺たちには、まったく関係ないイベントだな」

友「はあ、確かに……」

友「そういえばさあ、中学生のとき隣のクラスの女子に告白していただろ。その子は今、どこで何をしているんだろうな」

男「……さあな。学校でお弁当でも食べているんじゃないのか」

友「いやいや、そういうことじゃなくてだなあ」

男「もう3年も前のことなんだから、考えても仕方ないだろ」


俺が少女さんに告白したのは、中学1年生のときだ。
その後3年生のときに同じクラスになったけれど、失恋した相手に告白する勇気を出せなくて、結局何も起こらないまま少女さんは北倉高校に進学した。
卒業してから一度も顔を見ていないし、もう二度と会うことはないだろう。


友「それはそうかもしれないけど、今のお前なら彼女なんて楽勝で出来ると思うぞ。あのときみたいに突貫してみろよ。来月のホワイトデーにっ!」

男「それを言いたかっただけだろ。いい加減忘れてくれよ」

友「はははっ。あんな面白いこと、絶対に忘れてやるものか!」

双妹「ねえねえ。二人とも、今は大丈夫?」


友と雑談していると、双子の妹が話しかけてきた。
そういえば、今日は友にチョコを渡すとか言ってたな。


男「大丈夫だよ」

双妹「なら、ちょうど良かった。友くんに渡したい物があるんだけど」

友「俺に?」

双妹「昨日はバレンタインデーだったでしょ」

友「うおおぉぉっ! 双妹ちゃん、ありがとう!!」

双妹「いえいえ、どういたしまして」

友「男っ! 見ろよ、双妹ちゃんからチョコをもらえたぞ!」

男「大げさだなあ」

友「これって、本命チョコだよな」

男「それは絶対にない。俺が受け狙いで選んだチョコレートだし」

友「……」

友「……またまたあ、そんなご冗談を」

男「俺からの気持ちをぜひ受け取ってくれ」

友「お前の気持ちだけ選り分けて食べてやるよ!」

~放課後~
顧問「今日の稽古はここまでだ」

男「お疲れさまでした!」

部員「お疲れさまでした!」

男「それじゃあ、帰るとするか」


俺は更衣室で制服に着替えて、外に出た。
空はすでに暗くなっていて、雪がドカドカと降り続いている。
昨日の激しい雨がまるで嘘だったかのように、今では真冬の装いだ。

この調子だと、明日の朝は大変なことになっているかもしれないな。
そう思いつつ足早に歩いていると、校門脇で女子生徒に声をかけられた。

女子「部活、お疲れさまでした」

男「えっ? ああ、お疲れさま」


俺は彼女に返事をしつつ、彼女の制服に目を向けた。
どうやら彼女はうちの学校の生徒ではないらしく、北倉高校が指定している冬用コートを着用している。
雪が降っているというのに傘も差さず、こんな所で何をしているのだろうか。


男「寒くないの?」

女子「大丈夫です。私、寒さには強いんです」

男「ふうん、そうなんだ。誰を待っているのか知らないけど、風邪を引かないように気をつけてね」


俺はそう言って、彼女から視線を外した。
部活仲間に見られて勘違いされると面倒だし、さっさと帰ることにしよう。

女子「わわっ、待ってくださいよ。男くんですよねえ」

男「そうだけど」

女子「私のこと、覚えていませんか」マジマジ

男「あっ! もしかして、少女さん?」

少女「えへへ♪ 久しぶりだね」

男「ああ、久しぶり! 中学生のときと雰囲気が違っていて、まったく気付かなかったよ」


お昼休みに少女さんのことを思い出して、まさかその日のうちに会うとは思わなかった。
もしかして友のやつ、知っててネタ振りしてきたんじゃないだろうなあ。
しかし、俺が告白した相手を知っているのは双妹だけだ。
双妹が友に話したとは考えられないし、きっとただの偶然だろう。
そうなると、少女さんがここにいる理由はひとつしか考えられない。

男「それで、今日はどうしてこんなところに?」


昨日はバレンタインデー。
しかも少女さんは学校帰りに来て、ずっと俺のことを待ってくれていたようだ。
もしかすると、これはかなり期待しても良いのではないだろうか。


少女「男くんに会いたくて、ここまで来たんです」

男「そ、そうなんだ!」

少女「えっと、実は渡したいものがあって――」

少女「あれっ!? あっ、ああ、そっか……」

男「どうかした?」

少女「あはは、家に置いて来ちゃったみたいです」テヘッ

男「じゃあ、取りに帰ればいいんじゃないかな。傘に入れてあげるよ」

少女「それは……出来ないんです」

男「出来ないって、どういうこと?」

少女「家に帰りたくないというか、帰ってはいけないというか――。何となく、近付いてはいけないような気がするんです」

男「もしかして、お母さんがそういうことに厳しいとか?」

少女「……いえ。私、死んでしまったみたいなんです」

男「死んだ?!」

少女「はい――」


久しぶりに会えてうれしいと思っていたけど、とんでもない言葉が彼女の口から出てきた。
こうして話をしているのに、死んだとか訳が分からない。
そして、さらに彼女が言葉を続ける。


少女「私自身、どうしてこんなことになってしまったのか分かりません。記憶がすごく曖昧で、気が付くと病院のベッドで横たわる自分の姿を見下ろしていました」

男「ふ……ふうん、大変だったね」

少女「とりあえず、男くんの家に行ってもいいですか?」

男「えっ、俺の家に?! ドカ雪が降っているし、今日は早く帰ったほうがいいんじゃないかな」

少女「だから、帰りたくないんですよね……」


俺が知っている少女さんは、こんなことを言うような人ではなかった。
しばらく会わないうちに、性格が変わってしまったのかもしれない。
家に帰りたくないと言ってはいるけど、俺が帰れば少女さんも家に帰ってくれるだろう。


男「それじゃあ、俺は部活で疲れているから。少女さん、またね」

少女「……」


俺は少女さんに手を振って、駅に向けて歩き始めた。
そして校門を出てすぐ、少女さんがどうやって帰るのかが気になった。
彼女は同じ中学校に通っていたのだから、今から俺と同じ電車に乗ることになるはずだ。
もしそこで出会ってしまうと、絶対に気まずい。

少女さん――か。
久しぶりに会えてうれしかったし、バレンタインチョコを渡しに来てくれてすごくうれしかった。
やっぱり、どうしてあんなことを言ったのか最後まで聞いてみよう。
俺はそう思い、足を止めて振り返った。
しかし、少女さんはすでにいなくなっていた。

今日はここまでにします。
ジャンル的には、
女幽霊/双妹(いもうと)SSです。

~自宅・部屋~
少女「ふうん、ここが男くんの部屋なんだ~」

男「……ええっ?!」


背後から声が聞こえて振り返ると、なぜか少女さんが立っていた。
校門で別れたはずなのに、どうして俺の家にいるのだろう。
というか、付いてきている事にまったく気が付かなかったぞ。


少女「お邪魔してます♪」

男「お邪魔してますって、どうやってここに?!」

少女「それはだって、私は幽霊だもん」

男「幽霊?」

少女「はい。だから、姿を消して付いていくことも出来ちゃうんです」ドヤァ

男「それ、本気で言ってるの?」

少女「もちのろんです」

男「じゃあ、証拠を見せてほしいかな」

少女「証拠ですか?」

男「俺には霊感なんてないし、少女さんが死んでいるとか信じられる訳がないだろ」

少女「それもそうですね。それじゃあ、私に触ってみてください」


少女さんは得意げに言うと、手を差し出してきた。
それを見て、俺は彼女の手を握ろうとした。
しかし握手をしようとした瞬間、手がすり抜けてしまった。

男「……んなっ!?」

少女「これで私が幽霊だと証明出来ましたよね」

男「し、信じられない」

少女「でも、これが現実なんです」

男「そう……だよな。少女さんに触れないし、よく見たら空中にも浮いてるし」

少女「何だか魔法少女みたいですよね♪」


少女さんはそう言うと、ふわふわと空中に舞い上がった。
そして、俺のベッドに着地した。


少女「えへへ、すごくないですか!」

男「確かに魔法みたいだ」

少女「実は私、子供のころに憧れていたんです。るんらら~♪」

もしこれが魔法だったとすると、少女さんに実体がないことの説明が出来ない。

少女さんの身体を触ることが出来ないこと。
少女さんがベッドに座っても、物理的に体重が加わっている様子がないこと。
そして、少女さんの影が出来ていないこと。

やっぱり、少女さんは幽霊なのだ。
そんな彼女に、俺は一体何が出来るのだろう――。


男「あのさあ、うまく言うことが出来ないけど、俺もお通夜とかお葬式に行ったほうがいいのかな」

少女「男くんは私の家を知っているんですか?」

男「知らないけど、同級生だったから行ったほうが良いと思うんだ」

少女「気持ちはうれしいですけど、お葬式は終わっていると思いますよ」

男「終わってる?」

少女「はい。私が死んだのは一昨日なんです」

男「一昨日ってことは13日か。どうして、その……死んでしまったの?」

少女「それなんですけど、なぜ死んでしまったのかよく覚えていないんです」

男「そうなんだ」

少女「……はい。バレンタインデーの前日に死んでしまうなんて、一生の不覚です!」ショボン

男「もしかして、誰かにチョコを渡す予定だったとか?」

少女「そ、それは……//」

男「そういえば校門で会ったとき、俺に渡したい物があると言ってたよね」

少女「は……はうぅっ//」


どうやら図星だったらしく、少女さんは顔を赤面させた。
そして照れ笑いを浮かべながら、恥ずかしそうにベッドの上で丸くなった。
何だか乙女チックで、すごく可愛い。

そんなことを思いながら見ていると、少女さんの身体がふいにベッドの中に沈み込んだ。
さすがにシュールすぎる光景だ。

少女「わわっ、前が見えない~」


少女さんがじたばたともがきながら、慌てた様子で言った。
かなり深く潜っているようなので、もしかすると親父の書斎に天井から足が生えているかもしれない。
どうやら、天然っぽいところは変わっていないようだ。
それからしばらくして、少女さんが照れ臭そうに毛布から顔を出した。


少女「あははは// 修学旅行とかでいますよね~。テンション上がって、布団の上で水泳始める子」アセアセ

男「そうだな。いるいる、まさに少女さんみたいな人が」

少女「ううっ、男くんのいじわる~」プンスカ

男「あはは、ごめんごめん」

少女「じゃ、じゃあ、許してあげる代わりに、今日からここに泊めてくれませんか//」

男「それって、どういうこと」


少女さんのはにかんだ表情に、俺は一瞬ドキッとした。
しかし、よくよく考えてみると彼女は幽霊なのだ。
普通ならうれしいシチュエーションだけど、警戒せずにはいられない。


少女「えっと……実は私、男くんに取り憑いているんです」

男「ちょっと待った! 俺に取り憑いてる?!」

少女「えへへ、そうですよ//」テレッ

PiPoPa...


男「もしもし」

友『もしもし、男か。どうしたんだ?』

男「実はさあ、幽霊に取り憑かれたんだけど除霊してくれないかな」

少女「えっ、ええぇっ!! 私、いきなり除霊されちゃうの?!」

友『幽霊に取り憑かれたって、どういうことだよ』

男「そのままの意味だ。除霊、出来るんだろ?」

友『やろうと思えば出来るけど、見える……のか?』

男「ああ、冗談抜きで見えてる。何とかしてあげてくれないかな」

友『分かった。少し待ってろ』

男「じゃあ、待ってるから」

少女「久しぶりに会えたのに、もうお別れなんですね……」


電話を切ると、少女さんが悲しげな表情を向けてきた。
何だか悪いことをしているみたいだけど、彼女は人に取り憑く幽霊なのだ。
少しでも早く成仏をするほうが、きっと少女さんのためになる。


男「もう少し話をしたかったけど、早く成仏をしたほうが少女さんのためになると思う。だから、分かって欲しい」

少女「成仏をしたほうが私のためになる……か。つまり、私のことが嫌いだから除霊するわけじゃないんですね」

男「そうだよ」

少女「そっか……。嫌われた訳じゃなくて、本当によかった――」

男「それじゃあ、友が来るまでの間、何か話でもしない?」

少女「……そうですね、そうしたいです」


少女さんはそう言うと、かすかに微笑んだ。
そして、俺たちは中学校の思い出を話し合うことにした。

少女「――そういえば男くん、中学生のときに告白してくれたよね。よく知らない人だったし、あのときは恋愛に興味がなくて断っちゃったけど」

男「それが本当の理由だったのか。それじゃあ、3年生のときに告白し直していたらチャンスがあったのかな」

少女「それはその……たぶん付き合っていたと思います//」

少女「男くんと同じクラスになって、ずっと意識していたんだよ。告白してくれた人だし、部活動を頑張っていることがすごく伝わってきたから――。でもへたれで弱くて、いつも負けてばっかりだったけどね」

男「へたれって言うけど、入部して早々に小学生の頃からやっていた奴らに勝てるわけないだろ」

少女「あはは、それもそうだね。でも、どうして部活を始めたの?」

男「それはまあ、少女さんに振られたから……かな」

少女「えっ、私に振られたから?」

男「少女さんのことが好きだったし、何かスポーツを頑張って見返してやりたいと思ったんだ」

少女「そうだったんだ。男くんは見違えたと思うよ//」

男「ありがとう」

中学3年生のとき、どちらかが勇気を出していれば俺たちは交際が始まっていたのかもしれない。
その時間を埋め合わせるかのように、楽しかった学校行事を振り返る。
春の運動会の話からはじまり、文化祭や修学旅行、そして日帰りのスキー実習の思い出を話し合う。
やがて話に一区切りが付いたところで、来客のチャイムが鳴った。
どうやら、友が来てくれたようだ。
俺は部屋を出て、玄関に向かった。


友「――あのチョコ、ネタに走りすぎじゃないかなあ」

双妹「男が友くんはなんば辛いものが好きだと言っていたから、あれにしたんだけど」

友「確かに好きだし美味しかったけど、まじで男が選んだのかよ……」

双妹「そうだよ。友くんは幼馴染みたいなものだし、男が選んで私が買えば、二人でチョコを渡したことになるよねって」

友「あ、ああ……そういうことか」ショボン

少女「あれっ? この女子は――」

双妹「男、友くんが来てるよ~」

男「分かってる。少し用事があって呼んだんだ」

男「ドカ雪が降ってるのに、わざわざ来てくれてありがとう。とりあえず、家に上がってくれ」

友「ああ、お邪魔します」


友はそう言って、俺の隣をちらりと見た。
そこには少女さんが立っている。
どうやら、幽霊が見えるという話は冗談ではなかったらしい。


友「おいっ、男。取り憑かれたって、まさか――」

男「その話は部屋でしよう」

友「そうだな」

双妹「……?」

友を部屋に招き入れると、友は担いでいたカバンを床に置いた。
恐らく、その中に除霊グッズが入っているのだろう。
少女さんがしきりにカバンを気にしている。


少女「……友くん、お久しぶりです。というか、今朝も会いましたよね」

友「あ、ああ……あれは少女さんだったのか。まさか亡くなっているだなんて思ってもみなかったから、まったく気が付かなかったよ」

少女「やっぱり気付いてなかったんだ」

友「ごめんごめん。なんて言えばいいのか困るけど、お悔やみ申し上げます」

少女「あっ、はい……ありがとう」

男「少女さんのこと、双妹には見えていないみたいだけど友には見えるんだな」

友「当たり前だろ。俺の家はそういう家系だからな」

少女「それで、友くんは私を除霊するために来たんですよねえ」

友「そのことだけど、俺は少女さんの除霊をするつもりはないよ」

少女「えっ、そうなんですか?!」

友「ああ。除霊っていうのは、その必要があるときにするものなんだ」

男「除霊をしないって、どういうことだよ。成仏させてあげたほうが少女さんのためになるんじゃないのか?」

友「人が亡くなったとき、故人が極楽浄土に行けるように四十九日の法要を営むだろ。宗派によって違いはあるけど、少女さんは今、成仏をするために気持ちの整理をしている時期なんだ」

友「そんな大切なときに除霊をしてしまうと、成仏をする機会を与えずに霊魂を破壊することになってしまう。だから、除霊をしないんだ」

男「なるほど」

少女「それじゃあ、私はこれからも男くんと一緒にいられるんですね」ルンルン

友「一応そういうことになるけど、男に取り憑いていることが気になるんだよな」


友はそう言うと、険しい表情になった。
そして、俺と少女さんを交互に見比べる。

男「取り憑かれていることは俺も気になるけど、やっぱり不味いのか?」

友「まあな。こういう言い方はしたくないけど、少女さんがしていることは悪質な憑依霊と同じことなんだ。本来ならば、問答無用で除霊してしまいたいくらいだ」

少女「私は悪いことをするつもりはありません! ただ、その……男くんと一緒にいたいだけなんです」

友「それが成仏をするために必要な気持ちの整理ってことになるんだろうけど、どう考えても異常なんだよな」

少女「私が異常って、どうしてですか」

男「少女さんに対して、そういう言い方はないんじゃないか!」

友「じゃあ聞くけど、男は今まで幽霊を見たことがあるのか?」

男「ある訳ないだろ」

友「そういうことだよ。男が少女さんの姿を見て、普通に会話までしている。例えどんな死に方を選んでいたとしても、普通の浮遊霊がこんなに強力な力を持っているはずがないんだ」

トントン
不意にノックをする音がして、双妹が部屋に入ってきた。


双妹「晩ご飯の準備が出来たんだけど、どうする?」

男「俺は後で食べる」

友「男、ご飯時なら俺はもう帰るぞ」

男「帰るって、今の話がかなり気になるんだけど」

友「現状では深刻な問題は起きないから、気にしなくても大丈夫だ。もう少し考えを煮詰めてから話をしたいし」

男「ということは、この状態が続くと問題が起きるということか……。分かった、雪も心配だし続きは明日聞かせてくれ」

友「ああ、任せとけ」

男「来てくれてありがとうな」

友「それじゃあ、今夜は変なことをするなよ」ニヤニヤ

少女「変なこと?」

男「何もしないっつうの!」

友「ははっ、冗談だ」


友はそう言うと、カバンを持って立ち上がった。
そして俺と双妹は友を玄関まで見送り、リビングに向かった。
その傍らには、少女さんが付いてきている。


男「やっぱり、双妹には見えていないんだな」

双妹「見えていないって、何が?」

男「いや、何でもない」


少女さんには、普通の浮遊霊では考えられないほどの力があるらしい。
その力が俺に対する未練に関係しているのなら、それを解消する手伝いをしてあげたい。
俺は晩ご飯を食べつつ、そう思った。

男「ふぅ、食った食った」


俺は部屋に戻り、ベッドの上に座った。
そして、傍らに少女さんがちょこんと座る。


少女「あの……男くんって、妹がいたんですね」

男「そうだよ。知らなかった?」

少女「はい」

男「実は、俺と双妹は双子の兄妹なんだ」

少女「ええっ! 双子なんですか?!」


俺と双妹が双子だと教えると、少女さんは目を丸くして驚いてくれた。
この様子だと、俺たちが一卵性双生児だということも知らないのかもしれない。


男「男女の双子って珍しいだろ」

少女「そうですよね。そっか、そう……だったんだ」

男「ところで、少女さんの未練って何なのかな」

少女「私の未練ですか?」

男「普通の浮遊霊では考えられないほどの力を持った理由が俺にあるなら、それを解消する手伝いをしたいなと思って」

少女「男くんに会いたいという願いは叶ったし、他にあるとすれば……その、あれかもしれないです」

男「あれって、バレンタインチョコを渡せなかったこと?」

少女「……たぶん//」

男「じゃあ、明日の放課後、部活を休んで少女さんの家に行ってみよう。それで何か分かるかもしれないし」

少女「だ、だめです!」


少女さんが慌てて声を上げた。
家に帰りたくないとは聞いていたけど、俺が行くのもだめらしい。


男「だめって、どうして?」

少女「私、男くんに取り憑いているんですよ。男くんが私の家に行けば、私も家に帰ることになるじゃないですか」

男「あのさあ、自分の家だろ。どうして帰りたくないの?」

少女「何となく、近付いてはいけないような気がするんです。きっと良くないことが起きると思います」

男「良くないこと?」

少女「それが何かは分かりません。でも……いやなんです」


少女さんはそう言うと、顔を伏せた。
もしかすると、生きているときに余程のことがあったのかもしれない。
それを何とかして克服しなければ、少女さんが未練を解消することは出来なさそうだ。


男「家に帰るのが嫌なら、まずは家に帰りたくない理由を探すしかなさそうだね」

少女「……そうですね」

男「それじゃあ、とりあえずお風呂に入ってくるから」

少女「もうそんな時間なんだ」

男「悪いけど、少女さんは部屋で待っててくれるかな」


俺はそう言って、洋服ダンスから着替えを取り出した。
そして部屋を出ると、なぜか隣に少女さんが立っていた。


男「あのさあ、部屋で待っててくれたらいいから」

少女「……はい」

男「……」トテトテ

少女「……」フワフワ

~お風呂~
男「えっとさあ、ここがお風呂なんだけど」

少女「わ……分かっています」アセアセ

男「じゃあ、どうして付いてくるの」

少女「それがその、男くんから離れられないというか――」


距離にして、約1.5メートル。
それ以上は離れようとしても離れられないようだ。
少女さんの背丈もそれくらいだし、もしかすると関係があるのかもしれない。


男「こうなったら、浴室の壁の向こう側で待っていてもらうしかないな」

少女「い、いやですよ。外は寒いし雪が降っているじゃないですか!」

男「寒さには強いって言ってなかったっけ」

少女「そ、そんな設定はなくなりました!」アセアセ

男「それなら、俺と一緒に入る?」

少女「それはその……仕方ない…………ですよね」


少女さんはそう言って、視線を泳がせた。
やっぱり、いくら幽霊だとはいっても一緒に入るのはまずいよな――。
何か良い方法はないだろうか。


男「そうだ! 部屋から水着を取ってくるよ」

少女「水着、ですか?」

男「それなら安心して一緒に入れるだろ」

少女「そうですね。気を使わせてごめんなさい」

男「別に謝らなくても良いから。それじゃあ、取ってくる」

俺は少女さんを連れて部屋に戻り、洋服ダンスから水着を取り出した。
そして、お風呂場に戻って制服を脱ぐと、少女さんは慌てて両手で顔を隠した。


少女「わわっ// 急に脱がないでくださいよ」アセアセ

男「えっ? ああ、ごめんごめん」

少女「水着に着替えるなら、バスタオルを腰に巻くとかその……してくれませんか」

男「それもそうだな。でも俺も見られていたら気になるし、少女さんは後ろを向いてくれるかな」

少女「そ……そうですね」アセアセ

双妹「ねえ、男。ちょっと良いかなあ」


少女さんと話をしていると、双妹がひょっこりと脱衣所に入ってきた。
そしてすぐに俺が持っている水着に気付き、呆れた顔を向けてきた。

双妹「もしかして、水着を着てお風呂に入るつもり?」

男「いろいろと事情があってな」

双妹「事情ねえ……。身体を洗うときはどうするの」

男「そのときは脱ぐし」

双妹「脱ぐなら、着る必要なくない?」

少女「これは……双妹さんの言うとおりですね」

男「はあ、分かったよ」

双妹「分かればよろしい♪ ところで、来週からお父さんが海外出張でしょ」

男「土曜日に出発するんだっけ」

双妹「そうそう。だから、今週は私がバス停まで迎えに行ってあげようと思っているの。それでね、今日はお父さんと一緒に入るから設定を変えておいてね」

男「分かった。雪が積もってるから気を付けて行けよ」

双妹「うん、ありがとう。それじゃあ、行ってきます♪」

少女「あの……双妹さんって、未だにお父さんとお風呂に入っているんですか」


双妹が脱衣所から出て行くと、少女さんが困惑した面持ちで口を開いた。
そんな当たり前のことに、どうして驚いているのだろう。


男「そうだけど、それがどうかした?」

少女「いえ……私だったら嫌だなと思って…………」

男「ふうん、そうなんだ。とりあえず、水着を着るのはやめるから」

少女「そ、そうですね//」

少女「こうなれば実習の時間だと思って、洗い方をしっかりと確認させていただきますから! 覚悟しておいてくださいね!!」

男「覚悟しろって、変に意識しちゃうんだけど……」

少女「べべ……別に変な意味じゃないですし//」アセアセ


少女さんは声を上ずらせながら、俺の下半身をガン見してきた。
恥ずかしさを誤魔化そうとしているのが見え見えだけど、意外と肝が据わっているのかもしれない。
そう思いつつ脱ぐのを躊躇っていると、少女さんははっとした表情で我に返り後ろを向いてくれた。

ガラララッ・・・
少女さんと久しぶりに再会した日に、そのまま二人で一緒にお風呂。
俺は気まずい視線を背中に感じながら、緊張した足取りで浴室に入った。
そして湯船に浸かると、少女さんが浴室の中に入ってきた。
約1.5メートルの距離以上に離れることが出来ないからだ。

まあ、そこまではいい。
服を着てさえいれば――。


少女「わわっ、何これ! 男くんの家のお風呂、すごく広いし!」

男「ちょっと少女さん、どうして裸なんだよ!」アセアセ

少女「えっと、実は一昨日からずっとお風呂に入っていなくて……。恥ずかしいので、あまり見ないでください//」


見ないで欲しいと言われても、裸でいられると気になって仕方がない。
控えめな乳房と女性らしい腰付き。
少女さんを見ないように顔を背けてはいるけれど、どうしても意識がそちらに向いてしまう。

そんな俺の心境を知ってか知らずか、少女さんが湯船に入ってきた。
もちろん水位は上がらないし、波も立たない。

男「――?!」

少女「ごめんなさい。やっぱり、気に障りましたか」

男「いや、そうじゃなくて……」


俺はそれを見た瞬間、急速に興奮が冷めていった。
少女さんの首に何かで絞められた痕が残っていたからだ。


少女「もしかして、私の身体がどこかおかしいですか?」

男「それはその――」

少女「あっ、ああ……そういうことだね//」ドキドキ


少女さんは何を思ったのか、期待の眼差しを向けてきた。
だけど、彼女は死んでいるのだ。
それを強く実感してしまった今、浮ついた気分にはならなかった。

~部屋~
男「……」

少女「……」


お風呂場から戻ってくると、部屋が気まずい沈黙に包まれた。
いや、正確にはお風呂に入っているときからかもしれない。


男・少女「あ……あのっ!」

男「少女さんから言ってよ」

少女「えっとその……すごく緊張しましたね//」

男「あ、ああ、そうだね」

少女「緊張……し過ぎていたんですよね?」

男「し過ぎていた……か。確かにそうかもしれない」

少女「やっぱり、そうだったんだ。あまり元気がないようだったので、どうしたのかなって気になっていたんです」

男「なんと言うか、少女さんが死んでいることを実感させられて……。それで、ずっと考え事をしていたんだ」

少女「考え事って、どんな事ですか?」


少女さんはそう言うと、真剣な眼差しを向けてきた。
彼女は今、北倉高校の冬用の制服を着用している。
そのおかげで、今は首を絞められた痕が見えなくなっている。


男「別に話してもいいけど、かなり不快な気分になると思うんだ。それでも大丈夫?」

少女「そう言われると少し迷うけど、私に関係がある話なんですよねえ」

男「そうだよ。もしかすると、少女さんの死因が分かったかもしれない」

少女「ええっ?! そういう話なら、ぜひ聞かせてほしいです!」

男「それじゃあ言うけど、恐らく少女さんは誰かに殺されたのだと思う」

少女「誰かに殺された?! それって、どういうことなんですか!」

男「少女さんの首に紐か何かで絞められた痕があったんだ」

少女「……」

少女「それって……首を絞めて殺されたということですか?」

男「……うん。そうだとしか思えない」


少女さんは家に帰りたくないと言っている。
それは、家に侵入してきた何者かに殺されたからなのかもしれない。
だから近付きたくないのだ。


少女「でも、記憶がすごく曖昧であまり覚えていないんですよね」

男「それが証拠だよ。心が思い出すことを嫌がっているんだ」

少女「そっか――」

男「とりあえず、人が殺されたら新聞記事になるはずだろ。今から調べてみる?」

少女「そうですね。家に帰りたくない理由を知るためにも、私はなぜ殺されたのか知りたいです」

男「それじゃあ、取ってくる」


俺はそう言って、リビングから古新聞を持ってきた。
そして、少女さんが亡くなった13日の新聞から目を通すことにした。

・・・
・・・・・・
リビングから持ってきた新聞を読み終わり、俺は小さく溜め息をもらした。
どうやら、この近隣で殺人事件は発生していないようだ。
最初は事件が発覚していないだけかと思ったけれど、少女さんは『気が付くと病院のベッドで横たわる自分の姿を見下ろしていた』と言っている。
したがって、事件が発覚していないなんてことは有り得ない。


少女「載っていませんでしたね」

男「そうだな。これで殺人事件の線がなくなった」

少女「良かった~。誰にも殺されていなくて」

男「俺も少女さんに話した後で、そんなことがある訳ないと思ってた。変なことを言って、本当にごめん」

少女「別に良いですよ。気にしないでください」


少女さんはそう言うと、にこりと微笑んでくれた。
しかしふと、俺は新しい可能性に思い当たった。
誰かに殺された訳ではないのならば、自分で死んだことになってしまうのではないか?

そう。
首吊り自殺だ――。

今年の冬休み、少女さんが通っている北倉高校で男子生徒が自殺をした。
詳しいことは知らないけれど、ニュースによれば遺書が遺されていたらしい。
そこまでは、まあよく聞く話だ。
きっと、少女さんもいじめに遭っていたのだろう。

しかし、少女さんの場合はそれだけでは終わらない。
風紀活動が厳しくなっていた中でのいじめだから、より巧妙で陰湿なものになっていたはずだ。
さらに北倉高校はただの進学校ではなくて、看護科や福祉科など医療系の勉強を教えている専門学校として有名だ。
そんな学校が、短期間のうちに二人目の自殺者を出してしまったらどうなるか。
もしかすると少女さんが死亡した記事がないのは、学校の評価が下がることを恐れて揉み消しているからなのかもしれない。

男「そうだ!」

少女「どうかしたんですか?」

男「新聞に載っていないなら、スマホで検索してみようよ。ニュースサイトに記事があるかもしれないだろ」

少女「……いやです」

少女「私の名前を検索するのは……何となく嫌なんです」


男「――」


ふいに思考が途切れ、軽い眠気を感じた。
今日はいろいろありすぎて、少し疲れが出てきたのだろう。


男「そうだな。今日はこれくらいにして、また明日にしようか」

少女「……ごめんなさい」

男「それじゃあ、もう寝ようかと思うんだけど、明日は少女さんも俺の学校に来るのかな」

少女「……そうですねえ、そうなりますね。男くんの学校ではどんなことを勉強しているのか、すごく楽しみです♪」

男「へえ、そうなんだ」


俺はそう返しつつ、予想とは違う反応に驚いた。
少女さんが学校でいじめを受けていたのなら、あまり気が進まないのではないかと思ったからだ。
しかしそんな様子はなく、純粋に楽しみにしているように見える。
それは違う学校だからだろうか。


少女「それはそうと、準備が出来たのでお布団の中に入ってください//」


明日のことを考えていると、いつの間にか少女さんが枕元に移動して正座をしていた。
しかも、なぜか期待の眼差しを向けている。

男「ひとつ聞きたいんだけど、そこで何をしているの?」

少女「えっと、ほら! 幽霊は夢枕に立つって言うじゃないですか」

男「いやいやいや、すごく縁起が悪そうなんだけど!」

少女「ふふっ、いい夢を見させてあげますよ// だめ……ですか?」

男「だからそれ、すごく怖いんだけど!」

少女「むうっ……それじゃあ、洋服ダンスの中で寝ることにします」

男「何でタンスなんだよ。ていうか、幽霊なのに寝るのかよっ」

少女「そんなことを言われても、昨日からずっと寝ていないので眠たいんです。それに、女幽霊は洋服ダンスの中から現れるのがお約束なんですよ!」

男「そんなの初耳だし」

少女「えー、知らないんですか」

男「よく分からないけど、それも縁起が悪そうだから却下な」

少女「それじゃあ、私はどこで寝ればいいんですか?」

男「双妹の部屋が隣にあるから、そっちで寝れば良いんじゃないかな。そこなら二段ベッドがあるし、そのほうが健全だと思う」

少女「双妹さん、ねえ……」

少女「私の未練は、男くんと一緒に寝ることだったような気がします//」

男「今、思い付いただろ」

少女「そんなことない……ですよ。ねえねえ、一緒に寝ようよ~」

男「はあ、仕方ないな。もう好きにすればいいよ」

少女「わ~い♪」


結局、少女さんに押し切られてしまった。
これで未練がひとつ解消するなら、協力してあげよう。

少女「男くん、おやすみなさい//」

男「おやすみ」


明かりを消してベッドに入ると、少女さんが隣に入ってきた。
そして目が合い、少女さんがにこりと微笑んだ。

少女さんが同じ部屋にいる。
中学生のときに好きだった少女さんが、今は俺のベッドの中にいる。
一緒にお風呂に入って、そのときは裸で何も着ていなくて――。

やばい、緊張して眠れなくなってきた!
彼女は俺に取り憑いている幽霊なんだぞ。
触ることも出来ないし、ムフフな展開とかあまい期待はするだけ無駄なんだ。

そう。
俺は少女さんが成仏できるように協力しているだけだ。
だから、何も起こらない。

俺は自分にそう言い聞かせながら、ゆっくりと目を閉じた。

今日はここまでにします。
レスありがとうございました。

(2月11日)thu
~お買い物・少女さん~
バレンタインデーが迫り来る、2月11日。
私は友香ちゃんと一緒にショッピングモールにやってきた。
もちろん、チョコレートを買うためだ。


少女「どのお店のチョコが美味しいんだろ」

友香「想像以上にたくさんあるんだね。こうなったら、一通り試食してから決めようよ」

少女「それ、賛成!!」

友香「まずは有名ホテルの専属パティシエが作ったシフォンケーキから♪」

少女「しっとりしてて、すっごく濃厚だね」

友香「うますぎ~。これを自分で食べずに彼氏にあげる人がいるだなんて、もう信じられないよ」

少女「あはは、そうだね」

友香「このトリュフもカカオパウダーが絶品過ぎるしぃ。ねえねえ、今度はあっちの和チョコを食べに行こうよ!」

・・・
・・・・・・
友香「はあ、どれも美味しかった//」

少女「そうだね~」

友香「それで決めたの?」

少女「えっと……和チョコにしようかなって思ってる」

友香「ああ、すっごく和風で美味しかったよね」

少女「そうそう。男くん、喜んでくれるかなあ//」

友香「きっと大丈夫だよ!」

少女「そう……だよね。じゃあ、買ってくる!」

男くんに渡すチョコレートを買い、今度は友香ちゃんの買い物に付き合うことにした。
行き先は紳士服売り場で、お父さんに渡すネクタイを買うつもりらしい。
その移動中、催事場の一画にバレンタインコーナーが設けられているのを見つけた。
さっきまでいた有名店の特設会場とは違い、お菓子売り場の延長のような雰囲気になっている。


友香「少し寄っても良いかなあ」

少女「うん、いいよ」


私は二つ返事で応え、友香ちゃんと催事場に入った。
そこには子供向けの駄菓子やBig系のパーティーお菓子、笑えるダジャレ系のチョコレートが並んでいて、見ているだけで楽しい気分になってくる。
私もお父さんに何か買って帰ろうかなあ。
そう思いつつ見て回っていると、セクシーなチョコを扱う一画で友香ちゃんが立ち止まった。

友香「ねえねえ、これなんてどう思う?」

少女「ええっ?! そういうのは良くないんじゃないかな」アセアセ

友香「お兄はこういうのが好きみたいだし、面白いでしょ」

少女「あ、ああ……お父さんじゃなくて、お兄さんにあげるんだ。でも、どっちにしても普通のチョコのほうが喜んでくれると思うよ」

友香「えー、そんなの面白くない!」

少女「バレンタインチョコに面白さって必要なの?!」

友香「当たり前でしょ。本命チョコじゃないんだから、くすっと笑えて楽しいほうが良いじゃない」

少女「それはそうかもしれないけど、それなら普通のチョコのほうが――」

友香「決めたっ! 今年はこれにしようっ!」

友香ちゃんはそう言うと、セクシーなミルクチョコを手に取って、堂々とレジに並んだ。
もしかして、本当にそれを買うの?!
私はさすがに気恥ずかしくなり、催事場の外で友香ちゃんを待つことにした。

周りにはたくさん人がいるのに、恥ずかしくないのかなあ……。
何だか感心してしまう。
だけど、私も友香ちゃんくらい大胆になったほうがいいのかもしれない。
カマトト女子は受けが悪いって聞くし、そんなことで男くんに嫌われたくはない。

私はそう思い、羞恥心を堪えてセクシーなチョコ売り場に目を向けた。
すると、無意識のうちに視線が一点に奪われた。
その場所には男くんがいて、見知らぬ女子と一緒に楽しそうにチョコを選ぶ姿があった。

あの人は誰なの。
どうして、あんな場所で一緒にバレンタインチョコを選んでいるの?


友香「少女、お待たせ~♪」

少女「……」

友香「どうかした?」


友香ちゃんはそう言うと、私の視線を追った。
そして、困惑した様子で言った。


友香「もしかして、あの人が男くんなの?」

少女「……うん」

友香「そうなんだ。思い切って声をかけてみる?」

少女「無理だよ。そんなこと――」

女子「ねえ、男。見てみて、おっぱいチョコ。大人のミルク入りだって~」

男「恥ずかしいから、そういうことを大きな声で言うなよ」

女子「あはは、もしかして想像しちゃった? 男はえっちぃ事が好きだし、これも買ってあげるわね♪」

男「そう言って、双妹が食べたいだけなんだろ。そんなことより、あれを見てみろよ」

女子「ん、どれどれ? チョコに唐辛子が入ってるんだ」

男「そうそう。チョコに唐辛子が入っているなんて、絶対に受け狙いだよな」


聞き耳を立てると、男くんと女子は名前で呼び合っていることが分かった。
しかも、えっちな話もオープンに出来る関係らしい。
このタイミングで、こんなことは知りたくなかった。


少女「男くんには彼女がいたんだ……。邪魔をしたら悪いし、早く行こっ」

友香「ちょっ、それでいいの?!」

少女「だって、名前で呼び合っているんだよ」


何だか気分が優れない。
私は逃げるようにして、紳士服売り場に向かった。

(2月16日)tue
~自宅・部屋~
少女「男くん、朝ですよ~♪」

男「……少女さん?! あっ、ああ、そうだった」

少女「おはようございます」

男「うん、おはよう」


朝起きて、隣に少女さんがいる。
それはとても不思議な感覚だった。
彼女が成仏をするまで、これからずっとこんな生活が続くのだろうか。

俺はそう思いつつ、ベッドから降りて暖房と明かりをつける。
そして着替えることを伝えて、パジャマから制服に着替えた。


男「ふと気になったんだけど、幽霊も夢って見るの?」

少女「夢ですか」

男「寝言をしゃべっているようだったから、どんな夢を見ているのかなと思って」

少女「……寝言って、どんな?!」

男「俺の彼女がどうとか」

少女「あうぅ、恥ずかしい……」

男「で、どんな夢を見ていたの?」

少女「生きていたときの思い出です。友香ちゃんとバレンタインデーのチョコを買いに行く夢でした」

男「友香ちゃんって、少女さんの友達?」

少女「はい、同じクラスの友達です。それで夢の中で、双妹さんのことを男くんの彼女だと勘違いしていたんです。笑っちゃいますよね」


少女さんは双妹のことを知らなかった。
それならば、双妹を俺の彼女だと勘違いしたとしても仕方がない。
一卵性なので小学生の頃は瓜二つだったけれど、中学生になった頃から容姿や体格などの性差が顕著になってきたからだ。
実際に、勘違いをされたことが何度かある。


男「それが笑い事じゃないんだよな……。小学生の頃は双子の姉妹だと勘違いされたこともあるし、もしかしたら『双子あるある』なのかも」

少女「へえ、そうなんですね。男くんは見た感じが優男だし、何となく分かる気がします」

男「まあ、俺たちは母親似だからね。あの頃は本当に大変だったよ」

双妹「男、起きてる~?」


少女さんと話をしていると、双妹が入ってきた。
いつも決まった時間に起こしに来てくれるのだけど、今日はかなり早い。
つまり、昨夜から降っている雪の影響があるということだろう。


男「おはよう」

双妹「おはよう♪ お父さんがね、雪どかしを手伝って欲しいんだって」

男「やっぱり、相当積もったみたいだな。それじゃあ、行ってくるよ」

双妹「うん。私は朝ご飯を用意しておくから」

少女「男くん、頑張ってきてくださいね――って、わわっ! 引っ張られる!!」


部屋を出ると、少女さんもふわふわと部屋を出てきた。
俺から離れることが出来ないので、付いてくるしかないらしい。


男「少女さんも手伝ってくれるのか。それは助かるよ」

少女「ふえぇ、そんなあ……」ショボン

~最寄り駅~
少女さんの声援を貰いながら雪をどかし、早めに朝ご飯を食べて学校に行くことにした。
昨日から降り続いているドカ雪の影響で、電車が遅延しているかもしれないからだ。
しかし、意外と大丈夫だった。


双妹「電車、意外と大丈夫だったわね」

男「そうみたいだな」

少女「あの~、私は定期券を持ってないんですけど……」

男「ああ、そっか。少女さんは切符を買わないといけないのか。それじゃあ、昨日はどうやって電車に乗ったの?」

少女「駅員さんが普通に通してくれましたよ」

男「だったら、今日も大丈夫だろ」

双妹「ねえ、一人で何を言ってるの?」


双妹が怪訝そうに俺を見た。
そして少女さんが立っている場所を見て、首を傾げる。

男「なあ、真面目な話なんだけど、双妹は幽霊っていると思うか」

双妹「……幽霊?」

男「うん。どうやら、取り憑かれてしまったみたいなんだ」

双妹「もしかして、先週から始まったえっちな漫画の話?」

男「そうじゃなくて、本当の話。何とかして成仏させてあげたいんだけど、双妹も手伝ってくれないかなあ」

双妹「真面目な話って言うから何事かと思ったけど、幽霊なんている訳がないでしょ。でももし本当にいるなら、私じゃなくてお母さんに相談したほうがいいんじゃないかなあ」

男「そうかもしれないけど、双妹じゃないと駄目なんだ」

双妹「それじゃあ、横断歩道から融雪剤を持ってきて清めてあげれば?」

少女「融雪剤は塩化カルシウムですから! そんなものでお清め出来ませんから!」

男「思いっきり突っ込みいれられてるぞ」

双妹「はいはい、もう分かったから。そんなことより、待合室に行こうよ。もう寒くて寒くて――」


双妹は声を震わせながら言うと、有人改札を抜けて暖房の利いた待合室に入っていった。
やっぱり、少女さんの姿が見えないと信じてもらうことは出来ないのかもしれない。
俺は相談を諦めて、双妹と一緒に電車を待つことにした。

少女「……はあ。せっかく男くんと一緒にいるのに、お話できませんね」


待合室で暖を取っていると、少女さんが残念そうにつぶやいた。
だけど、それは仕方がない。
こんな所で話をすれば、俺は不審者扱いを受けてしまう。

しかし、それでは少女さんと話を出来る場所が限られてしまう。
何か良い方法はないだろうか。
そう思っていると、待合室の学生たちがしきりにスマホを操作する姿が目に入った。

そうか。
メモアプリを使って、筆談すればいいんだ!


男『そうでもないよ。スマホを使えば話が出来る』

少女「さすが、男くん! まったく思い付かなかったです」

男『それじゃあ、外で話したいことがあるときはスマホを使うから』

少女「うん、了解です♪」

少女「ところで、この制服は似合ってますか」

男『それって、うちの制服?』

少女「はい。双妹さんの制服姿を参考にして、ちょっと着替えてみました」

男『似合ってるよ』

少女「えへへ//」

男『ふと思ったんだけど、こんなところで着替えて脱いだ服はどうなったの』

少女「それはまあ、私は幽霊ですから。魔法少女みたいに、ぱーっと変身したんです」

男『そんなことが出来るんだ』

少女「すごいでしょ~♪」ドヤッ

双妹「ねえ、そろそろ電車が来るみたいよ」

男「じゃあ、ホームに移動しようか」

双妹「そうだね」


俺たちは待合室を出て、雪が積もっているホームに移動した。
俺の後ろを歩く少女さんの足跡は、当然残らない。
それにしても、少女さんはどうやって電車に乗るのだろうか。
重力の影響や慣性の法則など、物理法則がどうなっているのかはっきり言って謎が多過ぎる。


男『少女さんって、電車に乗れるの?』

少女「もちのろんです。昨日、男くんと一緒に帰ったんですから」

男『そうだったね』


文章を入力して改行すると、ちょうど電車が入ってきた。
俺は自動ドアのボタンを押して、ドアを開ける。
そして、俺たちは電車に乗り込んだ。

~学校・HR~
少女「あれが男くんの教室ですよね」


学校に着いて廊下を歩いていると、少女さんは俺の教室を見つけて駆け出した。
そしてドアの前まで行ったところで、1.5メートルの制限に縛られた。


少女「あうぅ、中に入れない~」

男「何やってるんだよ。ほら、もう入れるはずだよ」


俺はそう言いつつ、少女さんに歩み寄る。


少女「えへへ。ちょっと、はしゃぎすぎちゃいました」

双妹「言われなくても、普通に入るし……」

男「いや、双妹のことじゃないから」

双妹「……?」

男「友、うっす」

友「うっす! 双妹ちゃん、おはよう」

双妹「おはよう」


すでに席に着いていた友と軽く挨拶を交わして、双妹は自分の席に向かった。
それを見やり、友がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてきた。


友「少女さん、おはよう。昨日の夜はどうだった?」

少女「えっ?! そ、それは……//」


少女さんはそう言うと、俺を見た。
そして、恥ずかしそうに視線をそらした。

友「ちょっと待て! まさか、何かあったのか?!」

少女「そ、そんなことない……ですよ//」

男「そうそう! 一緒に話をしたくらいで、何もなかったから」

友「……はあ、もう分かった。皆まで言うな」

男「そんなことより、昨日の話は忘れてないだろうなあ」

友「昨日の話?」

男「少女さんには普通の浮遊霊では考えられないほどの力があるって言ってただろ。その話が気になっているんだけど」

友「ああ、そのことか」

男「もうすぐHRが始まるし、昼休みになったら聞かせてくれないかな」

友「分かった」

男「それじゃあ、またあとでな」

席に着くとチャイムが鳴り、HRが始まった。
教室に担任の教師が入ってきて、出欠を確認する。
そしてそれが終わると、HRに続いて1限目の数学の授業が始まった。


教師「――であるからして、角度と斜辺の長さが分かっていればsinθを活用することで、三角形の高さを計算することが出来るのです。それでは、各自で問題を解いてみましょう」

少女「三角関数を活用した面積の計算ですね」

男「ちょっ、少女さん……顔が近いって」ヒソヒソ

少女「はわわ、ごめんなさい//」


少女さんはそう言いうと慌てて身体を離し、今度は机の横から教科書とノートを覗き込んできた。
俺はそんな少女さんのことが気になりつつ、問題を解いていく。

少女「あっ! その問題、答えを間違えていますよ」

男「ああ、ほんとだ。ありがとう」

少女「どういたしまして♪」

男「この問題も難しいな」

少女「それは余弦定理を使えば解けますよ!」

男「なるほど、余弦定理か」

教師「男っ! そんなに喋りたいなら、前に出て模範解答と解説を頼もうか」

男「……ええっ?! マジッすか!」

少女「ふふっ、授業中に私語なんてしているからって……わわっ?!」フワフワ


席を立って教壇に向かうと、少女さんも引っ張られて一緒に付いてきた。
どうやら、解説を手伝ってくれる――訳ではなさそうだ。
俺は小さくため息をつき、少女さんと双妹の視線を感じながらチョークを手に取った。

今日はここまでにします。

>>73訂正
そう言いうと

そう言うと

~学校・お昼休み~
お昼休みになり、俺はお弁当を食べて友の席に行った。
そして隣の席の椅子を拝借し、少女さんの話の続きを促した。


友「それじゃあ、少女さんがどれほど強力な力を持っているのか。まずはその話から始めよう」

少女「それなんですけど、私ってそんなにすごい力を持っているんですか?」

友「そうだよ。男が少女さんの姿を見て、普通に会話までしていることは異常なことなんだ」

男「異常って、どういう風に……」

友「人はなぜ、物を見たり音を聞いたりすることが出来ると思う?」

男「それは目や耳があるからだろ」

友「目や耳があるだけでは、見たり聞いたりすることは出来ない。たとえば物が見えるのは、目の網膜で受容した情報が視神経に伝わって、最終的に大脳の視覚中枢が情報を受け取っているからだ」

男「まあ、厳密に言えばそうだな」

友「これが物を見るために必要な要素のひとつなんだ」

友「では、物を見るために目以外で必要なものは?」

男「目以外で?」

少女「光、ですね」

友「そうだね。光がないと目に情報が入って来ない」

男「そんなの当たり前だろ」

友「当たり前かもしれないけど、それが物が見えるということなんだ。だけど、実はもう一つ必要なものがある」

男「まだ必要なものがあるのか?!」

友「それは見る対象となる物体だ。それがなければ、人は物を見ることが出来ない。これら三つの要素が揃うことで、人はようやく物を見ることが出来るようになるんだ」

男「三つの要素か」

友「それじゃあ、少女さんはこの三つの要素が揃っていると思うか?」

少女「……私には身体がないから揃っていないです」

友「そうだね。幽霊には生身の体がないから、絶対にその姿を見ることが出来ないんだ」

男「それはおかしくないか? 生身の体がなくても、俺や友は少女さんの姿を見ることが出来ているだろ」

友「そのことなんだけど、幽霊は幽体と霊体、魂で構成されていて、魂が霊波動を発しているんだ。俺みたいに霊感が強いと幽体や霊波動を感じ取ることが出来るから、幽霊の姿を見ることが出来るって訳だ」

男「霊波動を感じ取るとか思いっきりオカルトだな」

友「俺はスピリチュアリズムを信仰している訳じゃないから、オカルトだと批判されても異論はない。だけど霊的解釈の一部は正しいみたいだし、男や少女さんにとって分かりやすい部分もあると思うんだ。超ひも理論とかユニバーサル余剰次元モデルだとか言われても困るだろ」

少女「そ……そうですね。心霊番組や小説で馴染みのある言葉を使ってくれたほうが、私も分かりやすいです」

男「まあ、そうかもな」

友「じゃあ説明を続けるけど、問題は霊感がない男の場合なんだ」

友「少女さんには生身の体がないから、三つの要素が揃っていないだろ。そして男には霊感がないから、幽体や霊波動を感じ取ることが出来ない。それなのに、少女さんの姿を見ることが出来る。それは少女さんが男に自分の姿を見せているからなんだ」

男「もう少し分かりやすく言ってくれよ」

友「つまり少女さんが男に取り憑いて、大脳の視覚中枢に直接情報を与えているんだ」

男「えっ、ええぇぇっ! そんなことが出来るのか?!」

少女「……」

友「論理的に考えたら、それ以外に考えられないだろ」

男「確かに……」

友「少女さんと会話が出来るのも、それと同じ理屈だ。空気の振動を声として感じ取っているのではなくて、大脳に直接情報を与えて操っているからなんだ」

男「それを少女さんがしているのか」

友「信じられないかもしれないけど、そういうことになる。少女さんがどんなに強力な力を持っているのか、もはや説明するまでもないだろ」


視覚情報と聴覚情報の操作。
そんなに強力な力を持ってまでして、少女さんは最期に俺に会いたかったということだろう。
そう思うと、嬉しいような怖いような複雑な気分になった。

少女「私が今さら言うのも変な話ですけど、そんなことをして大丈夫なんですかねえ」

友「現状では大きな問題はないと思う。だけど四十九日を過ぎても同じ事をしていたら、お互いに悪影響が出てくるだろうな」

少女「悪影響って、どんな事が起きるんですか」

友「生身の体を持たない少女さんが俺たちと会話が出来るのは、幽体を介して一部の電磁波や生きている人間の霊波動を意味のある情報として感じ取っているからなんだ。だけど、波には干渉する性質があるだろ。そのせいで幽体が劣化して、霊魂を傷付けてしまうことになるんだ」

少女「それじゃあ、普通に成仏するまでは大丈夫ってことですね」

友「まあ、そういうことになると思う」

男「でも、どうして少女さんはそんなに異常な力を持ってしまったんだろ」

友「その理由はいくつかある」

男「いくつかって?」

友「まず、今年がうるう年だということかな。星と暦の巡り合わせが影響して、霊的な力が強くなりやすいんだ」

少女「今月は29日まであるんだっけ」

友「そうそう。ちなみに西暦2000年のときは、いろいろ重なってかなりヤバかったらしいぜ」

男「……ふうん」

少女「ところで、うるう年以外の理由は何なんですか?」

友「詳しいことは霊視をしてみないと分からないんだけど、何と言うか……少女さんの死因も関係しているみたいなんだ」


友は少し言葉を濁し、俺に目配せをしてきた。
さすが霊感が強いだけあって、死んだ原因も分かっているのだろう。


少女「私の死因が分かるんですか?!」

友「それはまあ、目に見えて痕跡が残っているからね。恐らく、死因はそれだと思う」

男「俺も気が付いていたんだけど、つらいことを思い出すんじゃないかと思うと、なかなか言い出せなくて――」

少女「そうだったんですね」

友「どうする? やっぱり言うのをやめようか」

少女「いえ、大丈夫です。私はそれでも知りたいです。知らないといけない気がするんです」

男「それじゃあ、悪いけど頼む。俺よりも友のほうが詳しく知っているだろうし――」

友「そうだな。分かった」

友「少女さんの首を見れば分かるだろうけど、少女さんは自殺霊なんだ」

少女「自殺……ですか」

友「何と言うか、首を吊って自殺したんだと思う」

男「少女さん、大丈夫?」

少女「はい。でも、あまり実感が湧かないです」

男「そっか」

友「それで自殺霊についてだけど、大きく分けて二種類いるんだ。一つは絶望や怨嗟を抱えながら自殺をした霊で、もう一つは欲望を叶えるために自殺をした霊だ」

少女「私はどっちの自殺霊なんですか」

友「それがその、少女さんの場合は何かがおかしいんだ」

少女「何がおかしいんですか?」

友「少女さんの行動が自殺霊らしくないんだ。男に憑依して呪詛を吐き散らしている訳ではないし、心中のように望んで自殺をしたようにも見えない。しかも自殺霊が未練を抱えているなんて、俺はあまり聞いたことがない」

男「言われてみれば、それは違和感があるな」


未練とは、志半ばで死んでしまった人が抱く心残りのことだ。
それは怨恨や怨嗟といったネガティブなものではなくて、前向きでポジティブな気持ちの表れだというイメージがある。
生きることが嫌になって自殺をした人が、ポジティブな願いを抱くものだろうか。


少女「そうなると、私は自殺をしていないことになりますよね」

友「だけど少女さんには自殺痕が残されているから、他殺だとは考えにくいんだ」

男「まるでミステリだな」

少女「家に帰りたくない理由が分かれば、謎が一気に解明するんですかねえ」

男「やっぱり、それが最大のネックだよな」

友「一つ聞きたいんだけど、どうして家に帰りたくないの? 日本独自の死生観で考えるなら、四十九日を迎えていない浮遊霊は自宅で過ごしているはずなんだけど」

少女「何と言うか、家に帰ると良くないことが起きるような気がするんです」

友「良くないこと?」

少女「……はい」

男「ちなみに、家に帰れないせいで俺に対する未練も解消できないんだ」

友「もしかしたら、少女さんは事故死霊の特徴を持っているのかもしれない」

男「それって、どういうことだよ。少女さんは自殺霊じゃないのか?」

友「少女さんの死因は首吊り自殺で間違いないけど、それだけではないような気がするんだ」

男「自殺だけど、事故死でもある――か。一体、何があったんだろ」

友「それはまだはっきりとしたことは言えない。だけど少女さんが家に帰れない原因は、それが関係しているはずだ」

男「結局、肝心なことは何も分からないのか」

友「そうは言うけど、昨日の今日で解決しろっていうほうが無茶なんだ。とりあえず、今は家に帰りたくない理由を解明することから始めよう。まずは、少女さんの未練を解消させてあげたいだろ?」

男「そうだな。それは俺たちも話していたところだ」

少女「友くんは私を無理やり家に連れて帰る、なんてことは言わないですよね」

友「帰りたくない理由が分からない以上、そんな危険なことはしないよ」

少女「良かった……」

男「それじゃあ、そろそろお昼休みが終わる時間だし、俺たちは席に戻るから」

友「もうそんな時間か。また何か分かったら話をしよう」

男「ああ、そうしてくれると助かるよ」

少女「友くん、今日はありがとう。またよろしくね」ペコリ

~自宅・部屋~
部活が終わって自宅に帰ってきたときには、午後6時を過ぎていた。
俺の隣には今日も少女さんが立っている。
何だか付き合っているみたいだなと思いつつ、俺は遠慮がちに彼女を招き入れた。


少女「今日は楽しかった~♪」

男「俺は少し疲れたよ。部活、今日はハードすぎ……」

少女「それじゃあ、私がマッサージをしてあげましょうか//」

男「えっ?! でも、少女さんは触れないだろ」

少女「そういえば、そうでしたね」

男「ま……まあ、触ることが出来たとしても遠慮するけど」

少女「どうしてですか?」

男「だって、少女さんにマッサージをしてもらったら緊張しそうだし」

少女「緊張するって、ただのマッサージですよ。もしかして、変なことを考えてる?」

男「いやいや、そんなことないって!」

少女「ふうん、それなら良いけど――。せっかく私のテクニックを披露するチャンスだったのに、すごく残念です」ショボン

男「それはそうと、少女さんが家に帰りたくないのはどうしてなんだろうな」

少女「わわっ、急にまじめな話にシフトしないでくださいよ」

男「ごめんごめん」

少女「家に帰りたくない理由ですけど、やっぱりよく分かりません」

男「俺、少し考えたんだけど、小学生や中学生のプチ家出が問題視されているだろ。ああいうのって、何が原因なんだろ」

少女「家庭環境が良くないとか、もっと自分を見て欲しいとか、そういった理由がほとんどじゃないかなあ」

男「少女さんは親と仲が悪かったとか、そういうのはないの?」

少女「別に普通だったと思いますよ」

男「普通?」

少女「バレンタインデーにお父さんにネクタイを渡すつもりだったし、それくらいには仲が良かったと思う」

男「そっか、そうなんだ」

男「それじゃあ、今まで家出をしたことはないの?」

少女「したことがないです」

男「まあ、少女さんってそんなことをしそうには見えないもんな」


家庭環境に問題はないし、今まで家出をしたこともない。
それなのに、なぜ家に帰りたくないと言っているのだろうか。

いや、待てよ。
少女さんは『きっと良くないことが起きる』と言っていた。
そして少女さんの死因は、自殺だけど事故死でもある。
事故に遭ってしまったせいで、家に帰りたくないと思うようになってしまったのではないだろうか。


男「俺、ひらめいたかもしれない!」

少女「ひらめいたって、何をですか?」

男「少女さんが家に帰りたくない理由だよ」

少女「ぜひ聞かせてください!」

男「それじゃあ、話すよ。少女さんは自分の家で、とある事故に遭ってしまったんだ」

少女「とある事故?」

男「ああ。その事故で少女さんは意識を失い、病院に運ばれて入院することになった。そして入院することになった少女さんは、医師から衝撃の事実を聞かされたんだ」

少女「それって、何なんですか?」

男「それが何かは分からないけど、それを聞いて絶望した少女さんは自殺をしてしまった。つまり、そういうことだったんだ」

少女「はあ……それで結局、どういうことですか」

男「少女さんは自殺を考えるほどの事故に遭ってしまったから、良くないことが起きると思って家に帰りたくないんだ」

少女「話は面白いですけど、私は違うと思います。良くないことが起きるっていうのは、そういうことじゃないような気がするんです」

男「じゃあ、どういうことかな」

少女「それは分かりません。それに意識不明で救急搬送されてきた患者に、自殺を選択させるかもしれない内容の話を告知するとは思えません」

男「でも、病院で自殺をしたんだろ」

少女「そんなのあり得ないです。出来るわけがないじゃないですか」

男「少女さん、自分で言ったことを覚えてる?」

少女「何のことですか」

男「昨日、病院のベッドで横たわる自分の姿を見下ろしていたと言っていたじゃないか。もし家で自殺をしていたのなら、病院よりも警察のお世話になっているはずだろ」

少女「それはそうかもしれないけど、何だか腑に落ちないです。病院で首吊り自殺をしたなら、ベッドで横たわる姿を見下ろすことは出来ないと思います」

そう言われ、俺は眉を寄せた。
確かに病院で首吊り自殺をすると、ベッドの上で横たわる姿を見下ろすことが出来ない。
しかし、家で自殺をした場合も警察のお世話になるので同じことだ。

少女さんの記憶と、首に残された自殺の痕。
そして、家に帰りたくない理由。
どんなに考えても、これらが一つに繋がらない。

そういえば記憶がすごく曖昧になっていると言っていたし、まだ足りない情報があるのだろう。
もしそうだとするならば、現段階ではこれ以上考えることは難しそうだ。

男「まだまだ、分からないことが多いな。これ以上考えても意味がなさそうだし、そろそろ着替えようと思うんだけど」

少女「そうですね。それでは、私は後ろを向きますね//」


少女さんはそう言うと、後ろを向いた。
それはつまり、少女さんが俺の視覚中枢を操作して、後ろを向いているという姿を俺に見せているということになる。

あれっ?
そうなると昨日お風呂に入ったとき、少女さんが裸だったのは俺になら見せてもいいと思っていたからなのか?


少女「もう着替えましたか」

男「いや、まだ着替えてない」


俺はそう言いつつ、少女さんのほうに振り返った。
すると、少女さんの服装が制服姿から洋服姿に変わっていた。
しかもそれに合わせて、髪形がアレンジされている。
少しでも可愛く見せようと、俺のために頑張ってくれているのだ。

だけど、彼女はすでに死んでいる。
気持ちはうれしいけれど、それに応えられるはずがない。
そう、応えられるはずがないのだ――。

(2月17日)wed
~学校・お昼休み~
友「なあ、男。少女さんのことで試したいことがあるんだけど」

男「試したいこと?」


お昼休みになり、お弁当を食べ終えると友が話しかけてきた。
試したいこととは、一体どんなことだろう。


友「心霊催眠っていう交霊術を使って、少女さんの記憶を呼び覚ましてみようと思う。普通は気持ちの整理が出来るようになった段階で思い出していくものなんだけど、少女さんの場合は特殊な状況だから必要なことだと思うんだ」

男「催眠術か……。それではっきりと思い出すなら、試してみる価値はありそうだな」

少女「でも、それで何を調べるんですか?」

友「少女さんの死因は首吊り自殺で確定だけど、事故死の要素も孕んでいるだろ。だからどんな状況で自殺に至ったのか、その経緯を知りたいんだ」

少女「なるほど。自殺の動機を調べるんですね」

友「それも気になるけど、今提案しているのは現場検証に近い感じかな」

少女「現場検証?」

友「いつどこで、どのように死んだのか。それを思い出すことで、自分を見詰めることが出来るようになるはずなんだ」

少女「自分を見詰めることが出来るようになれば、いろんなことが分かるようになりますよね。ぜひお願いします!」

友「それじゃあ、準備があるから土曜日に俺の家でってことで良いかな」

男「悪いけど、土曜日は予定が入ってて――」

友「予定?」

男「俺の親父が海外出張に行くんだけど、家族で見送りをすることになっているんだ。だから日曜日でも良いかな」

友「おう。そういうことなら、日曜日に準備をしておくから」

男「ああ、分かった」

少女「日曜日が楽しみだね。私が曖昧になっている記憶を思い出せば、男くんの推理が正しいかどうかも分かるようになりますよ」

男「俺の推理?」

少女「ほらっ! 私が家で事故に遭って、そのことがきっかけで病院で自殺をしたと言ってたじゃないですか」

男「ああ、あのことか。だって、それ以外に考えられないだろ」

友「あのさあ、病院で首吊り自殺をするとか、普通に無理だと思うんだけど」

少女「ですよねえ。私もそう思います」

男「そうは言うけど、家で自殺をしたら病院で気が付くって状況にならないだろ。警察沙汰になるんだから」

少女「でも、気が付くと病院にいましたし――」

友「ただ単に家族が救急車を呼んで、病院に運ばれて死亡したってことじゃないのか? まあ、どこで自殺をしたのか、少女さんの記憶を呼び覚ませばすぐに分かることだけどな」

男「言われてみれば、そう考えるのが普通かもな」

友「事故にこだわるから、変なことになるんだ」

少女「それじゃあ、自殺の経緯は友くんが解明してくれるとして、自殺の動機は何なんでしょうね」

男「それも催眠術で同時に分かるんじゃないのか?」

少女「それもそっか」

男「少なくとも、いじめで悩んでいたってことはなさそうだけどな」


少女さんが話してくれた、生きていた頃の記憶。
それによると、少女さんは友達と一緒にバレンタインチョコを買いに行っていたらしい。
もしいじめられていたならば、そんな気持ちの余裕はなかったはずだ。


少女「でも、つらいことはあったような気がします」

男「つらいこと?」

少女「はい。でもクラスのみんなが私を励ましてくれて、すごくうれしかったことを覚えています」

男「つらいことって何があったの」

少女「何がって……あれっ? うまく思い出せないです」

男「死んだときだけじゃなくて、つらい記憶も曖昧になっているのか」

少女「そう……みたいですね」

友「少女さんって、どこに行ってたの?」

少女「学校ですか? それなら、北倉高校ですけど」

友「クラスは?」

少女「看護科の1年A組です」

友「看護科って女子しかいないんだよなあ」

少女「そうですよ」

友「なあ、男。ちょっと双妹ちゃんに聞いてみようか」

男「聞いてみるって、何をだよ。双妹は少女さんと面識がないんだぞ」

友「だけど、看護科に友達がいるかもしれないだろ。そうすれば、何か分かるかもしれないじゃないか」

男「そうかもしれないけど、どうやって説明するんだよ」

友「それは任せた!」

男「……仕方ないなあ」


俺は小さくため息を吐き、少女さんと双妹の席に向かった。
どうやら、双妹は妹友さんとファッション誌を読みながらだべっているようだ。
内容的に説明しづらいけれど、やるしかない。

男「双妹、少し聞きたいことがあるんだけどいいかな」

双妹「聞きたいこと?」

男「北倉高校の看護科の1年A組なんだけど、そこに友達っているか」

双妹「いや、いないけど。それがどうかしたの?」

男「実は少女さんのことで知りたいことがあって」

双妹「……えっ、まだ諦めていなかったんだ」

妹友「何なに? もしかして、男くんに好きな人がいるの?!」


妹友さんが好奇の眼差しを向けてきた。
しかも、少女さんは期待で目を輝かせている。
こういう場合、どうやってやり過ごせば良いのだろう。

男「それはその、何と言うか――」アセアセ

双妹「えっとね、少女さんは男が中学生のときに告白して断られた女の子なの」


どのように説明すればいいのか困っていると、双妹がストレートに説明してくれた。
俺は「そうそう」と頷き、妹友さんに目を向ける。


妹友「あっ、ああ。もしかして、未練たらたらってやつ?」

男「そうじゃなくて、日曜日に北倉高校に行ったんだけど、そのときに良くないうわさを聞いたから気になって――」

少女「ええっ、良くないうわさですか?!」


話を聞き出すための方便なのに、少女さんが驚いてどうするんだよ。
でも、そんな天然っぽい反応がちょっと可愛い。


双妹「ふうん、そうなんだ。それで、妹友ちゃんは聞いたことある?」

妹友「それかどうかは分からないけど、聞いたことがあるわよ」

男「ほんとに?!」

妹友「うん」

双妹「ねえねえ、どんな話なの?」

妹友「私の友達が普通科に通ってるんだけどね、冬休みに自殺をした男子生徒と同じクラスなの。それで、警察やマスコミの人に聞き込みをされたんだって」

双妹「あれって、いじめ自殺なんでしょ」

妹友「それがそうじゃなくて、本当は告白をして断られたことがショックで自殺したらしいの」

双妹「うわあ、何それ~」

男「そんなの有り得ないだろ!」

妹友「それでね、その相手の女の子っていうのが看護科の1年生なの」

男「まさか、それが少女さんなのか?!」

妹友「さあ、そこまでは……。それでその子、今は学校に来ていないんだって」

双妹「そうなんだ」

少女「……」

双妹「その看護科の女の子、すごく可哀想」

妹友「そうだよね! その男子が自殺したのは自分のせいだって、思い込んでいるんだろうね」

双妹「彼女は命を守るための勉強をしているのに、こんなの許せないよ……。一生消えない心の傷を背負い続けることになるんだよ!」

男「そうだよな――」


男子生徒は自殺をすることで、女子生徒の未来を奪ったのだ。
それはきっと少女さんのことで、看護師を目指していた彼女にとってその苦しみは計り知れないものだったに違いない。
男子生徒がしたことはあまりにも身勝手で、とても許されるようなことではないと思う。


妹友「その女の子は今も落ち込んでいるのかもしれないけど、告白を断ったのは正解だよね」

双妹「そうそう! もし付き合っていたら、絶対に酷い目に遭わされていたと思う。自殺したのはそいつの勝手だし、さっさと忘れちゃえばいいんだよ」

妹友「ほんと、それ! サイッテーなオトコだよね!!」

少女「……男くん、席に戻りませんか」


そう言われて少女さんを見ると、彼女の表情が曇っていた。
さっきまでの快活な笑顔は微塵も感じられない。
もしかすると、今の会話を聞いて曖昧になっていた記憶が戻りつつあるのかもしれない。


男「二人とも、ありがとう」

妹友「うん」

男「じゃあ、俺は席に戻るから」

双妹「……」

友「どうだった?」

男「かなり胸くそ悪い話だった。恐らく、それが動機に繋がっているのだと思う」

友「どんな話だったんだよ」


そう言われ、俺は少女さんを見た。
泣いてはいないものの、とてもつらそうな表情をしている。
今はそっとしておいたほうがいいだろう。


男「悪いけど、今は勘弁してくれ」

友「そっか。何か事情があるみたいだし、日曜日までに話してくれたら良いから。今は焦らずに慎重にいこう」

男「そうだな」

少女「……ありがとう」

~自宅・部屋~
学校が終わり、家に帰ってきた。
昨日はずっと楽しそうだった少女さんも、今日はお昼休みからずっと気落ちしたままだ。
きっと、自殺した男子生徒のことを考えているのだろう。
そう思っていると、少女さんが小さくため息を漏らした。


少女「……はあ」

男「少し落ち着いた?」

少女「はい。お昼休みに話していたことをずっと考えていたんですけど、ようやく気持ちの整理が出来ました」

男「そうなんだ」

少女「もしよければ、聞いてくれませんか」


少女さんは儚げに微笑んで、俺を見詰めてきた。
そんな彼女に、俺は無言でうなずいた。

少女「私は二学期の終業式の日に、少年くんに告白されました。もちろん断ったんですけど、そのあとに彼が自殺をしたんです」

少女「私がそのことを知ったのは三学期になってからでした。そのときは彼の名前を知らなかったので『普通科は大変だなあ』くらいにしか考えていなかったんですけど、次の日、生徒指導室に呼び出しされたんです」

少女「そこで待っていたのは警察の人で、私は彼との関係について事情聴取をされました。そして、遺書の内容を聞かされました。少年くんが自殺をしたのは、私のせいだったんです」

男「それでどうなったの」

少女「私は告白を断っただけですし、事件性がないということで厳重注意をされただけで済みました。それから彼の家族と面談することになって、友香ちゃんやクラスのみんながたくさん励ましてくれました」


少女「すごくうれしかった――」


少女さんが苦しそうに気持ちを吐き出していく。
そしてふいに見せた表情に、俺ははっとさせられた。

男「俺、思うんだけど、少女さんは何も悪くないと思うんだ」

少女「……うん、分かってる。それでも、私が告白を断ったことが原因であることに変わりはないんです」


これが少女さんの自殺の動機なのだろうか。
そうだとすれば、あまりにもつらすぎる。
自分を追い詰めて追い詰めて、ずっと苦しんできたのだろう。


少女「だからこそ、私は前に進み続けるつもりです」

男「えっ?」

少女「看護師になれば楽しいことばかりではなくて、終末期の患者さんを看取ることで人の死と向き合い、つらい思いもたくさんすることになると思います」

少女「だからといって、私はそこに留まるわけにはいかないんです。より多くの患者さんをケアするために、その経験を繋げていきたいと思うから――」

少女「少年くんのこともそれと同じだと思うんです」

男「……」

少女「男くん……聞いてくれてありがとう」


少女さんはそう言うと、寂しそうに笑った。
だけど、どういうことだ。
今の話を聞く限り、少女さんは男子生徒の自殺を乗り越えている。
しかもそれだけではなくて、将来の夢を真剣に考えていたことも分かった。


つまり、少女さんには自殺をする動機がないのだ――。


それならば、なぜ少女さんは自殺をしたのだろうか。
もしかすると、男子生徒の自殺以上につらい出来事があったのかもしれない。
その記憶を思い出すことは、少女さんにとって幸せなことなのだろうか。


少女「……!!」


俺は左手を伸ばし、隣に座っている少女さんの右手に触れた。
しかし実際には右手はなく、お互いの手が触れることなくすり抜けてしまった。
それでも気持ちが伝わったのか、少女さんははにかんだ笑顔を見せてくれた。

(2月12日)fri
~放課後・少女さん~
友香「ねえねえ。駅前にスイーツのお店がオープンしたんだけど、一緒に行ってみない?」


放課後になってすぐ、友香ちゃんが話しかけてきた。
私は気分が乗らず、上の空で返事を返す。


少女「……そうだね」

友香「豆乳を使ったクリームの風味が良くて、しかもヘルシーなんだよ!」

少女「……そうだね」

友香「私はシュークリームを注文しようかと思っているんだけど、少女は何を頼む?」

少女「……そうだね」

友香「ううん、残念。そのお店にはソーダがないんだよね~」

少女「……」

友香「もしかして、昨日からずっとあのことを考えているの?」

少女「……うん」


バレンタインデーのチョコを買いに行ったとき、男くんが見知らぬ女子と一緒にチョコを選んでいた。
二人はお互いに名前で呼び合っていて、とても仲睦まじそうにしていた。
そのことが、ずっと頭から離れてくれない。

中学校を卒業して、もうすぐ1年。
男くんに彼女がいないと考えるほうが、どうかしているんだ……。


友香「私はあの女子、絶対に男くんの妹だと思うな」

少女「どうしてそう思うの?」

友香「だって、雰囲気がすごく似ていたし、彼氏と一緒にバレンタインチョコを買いに行くっておかしいでしょ」

少女「そうなのかなあ」

友香「それにあの二人のこと、何となく知っているような気がするんだよね」

少女「友香ちゃん……その話はもういいよ。ありがとう」

友香「それじゃあさあ、どうして男くんのことが好きなの?」

少女「それはなんと言えば良いのか分からないけど、男くんの頑張る姿が私の心に訴えかけてくるの。最初はへたれですごく弱かったんだけど、今ではうちの学校で試合をするくらい強くなっているんだよ//」

少女「私は男くんに告白されてから、ずっとそれを見てきたの……」

友香「そっか。一度は告白を断った相手だけど、それがきっかけで気になるようになっちゃったんだ」

少女「う……うん//」

友香「だったら、少女も勇気を出さなくちゃ!!」

少女「勇気?」

友香「好きな人に告白するっていうのは、本当に勇気がいることなの。断られたらどうしようって、もうそれだけで世界が終わってしまうような気持ちになるくらいに――」

少女「……うん」

友香「不安な気持ちは分かるけど、男くんも同じ気持ちだったはずだよ。それに、少女は前に進み続けるんでしょ?」

そうだよね。
私は前に進み続けるんだ!

もしかしたら、友香ちゃんが言うようにただの兄妹かもしれない。
すでに付き合っていて、あっけなく振られてしまうかもしれない。
だけど、それは告白してみないと分からない。


少女「友香ちゃん。私、決めたよ!」

友香「ほほう、決めましたか~」

少女「うん。14日の日曜日に、男くんにチョコを渡して告白するっ!」


14日の日曜日。
その日は私の学校で柔道部の交流試合がある。
その試合が終わったら、男くんに気持ちを伝えるんだ!


友香「ようし、それじゃあ作戦会議よ!」

少女「駅前のスイーツ店だよね。行くいくっ♪」

私たちは学校を出て、スイーツ店へと向かった。
その道すがら、私は何となく落ち着かない気持ちになってきた。


少女「ねえ、友香ちゃん」

友香「どうしたの?」

少女「何だか、誰かに見られているような気がしない?」


そう言って、きょろきょろと周囲を見渡す。
だけど、不審な人影は見当たらない。


友香「少女、走るわよ」

少女「う、うんっ!」

友香ちゃんの合図と同時、私たちは人ごみに紛れながら街中を駆け出した。
また、嫌なことをされるのかなあ……。

少年くんのことで私を一番傷付けてきたのは、週刊誌の心ない記事だった。
私が少年くんを自殺に追い込んだかのように書き、SNSやデートDVについて問題提起をしていたのだ。
お父さんがクレームを出していたけれど、出版社からの謝罪は一度もない。
こんな理不尽な仕打ちをしてくるのが大人なのだとしたら、すごく悲しい。


友香「……はあはあ、ここまで来れば大丈夫かも」

少女「はあっ……はあはあ、うんっ。気配が……消えたみたい」

友香「マスコミ、かなあ」

少女「分からない。でも、だとしたらどうして今頃――」ハアハア

友香「少年くんの法要、昨日が四十九日だったんでしょ。だから思い出したんじゃないの?」

少女「私も遺族の人に呼ばれて参列したんだけど、マスコミの人は誰もいなかったわよ」

友香「だったら、狙いは少女の写真かもね」

少女「私の写真?!」

友香「少年くんを自殺に追い込んだ少女が、バレンタインデーをどのように過ごすのか。そんな記事を書きたいのかも――」

少女「まさか……」


いくら何でも、私のプライベートに興味を示す出版社があるとは思えない。
だけどあそこならば、また心ない記事を書いてくるかもしれない。
そうなれば、男くんに迷惑を掛けてしまう。

友香「少女、私たちでマスコミを出し抜くわよ!」

少女「……えっ、ええっ?!」

友香「出版社が欲しいのは、少女のスクープ写真でしょ。それさえあれば、いくらでも印象操作が出来るんだから」

少女「……うん」

友香「だったら、隠れているパパラッチに写真を撮られなければいいのよ」

少女「それはそうなんだけど、うまく行くかなあ」

友香「私が付いていれば、全部うまく行くって! だから、少女は男くんのことだけを考えていればいいのよ♪」

少女「はうぅっ//」


何だか頼もしい。
友香ちゃんがいれば、何でも出来る気がする。
彼女が友達になってくれて、本当によかった。

だけど、言えるわけがない。
だって、私はもう死んでいるんだから。
幽霊になった私が告白しても、男くんと恋愛なんて出来るわけがない。
どんなに頑張っても、もう前に進むことは出来ないんだ。


だからといって、
気持ちを伝えないなんてことはしたくない。


4月1日が私のタイムリミット。
その日までに成仏を出来なければ、きっと友くんに除霊されてしまう。
そしてこの世界から、私の想いを消されてしまう。


そんなの、絶対にいやだから――。

双妹「男、朝だよ~」


双妹さんが今日も男くんを起こしに来た。
男くんと双妹さんは、とても仲がいい。
同じ学校なので一緒に行っているし、夜はリビングや部屋で気兼ねなくおしゃべりをしている。
二人が話をしないのは、学校の教室にいるときくらいだ。

私にもお兄ちゃんがいれば、こんな感じだったのかなあ。
双妹さんのこと、何だかうらやましいな。


男「双妹、おはよう」

双妹「おはよう。早く着替えて下りてきてね」

男「分かってるって」


男くんが眠そうに返事を返すと、双妹さんは部屋を出て行った。
そして、男くんが私に挨拶をしてくれた。
それがうれしくて、私は笑顔で応える。


少女「男くん、おはよう//」

(2月19日)fri
~学校・お昼休み~
週末の金曜日、俺はいつものようにメモアプリで少女さんと雑談を楽しむことにした。
生きていた頃の話をすることで、自殺の原因を推察する手掛かりになるかもしれないからだ。


少女「それでね、文化祭の出し物が喫茶店に決まったんです」

男『それで?』

少女「それで普通、喫茶店っていえばメイド喫茶じゃないですか。だけどメイドは縁起が悪いからって、ナース喫茶に決まったんです」

男『ナース喫茶?』

少女「はい、みんな実習服を着て接客したんですよ。そうしたら普通科と福祉科から男子がいっぱい集まって、すっごく繁盛したんです!」

男『そうなんだ。行ってみたかったかも』

男『そういえば、少女さんは魔法少女みたいに着替えが出来るんだっけ。実習服姿を見てみたいな♪』

少女「えっ、ええぇっ?!」

男『少女さんの可愛いところ、見てみたい』

少女「ええぇっ// 恥ずかしいから、今回だけですよ!」


少女さんは照れながら言うと、思案めいた。
恐らく、実習服を着た自分の姿をイメージしているのだろう。
そして表情が柔らかくなったかと思うと、次の瞬間には実習服姿になっていた。


少女「えへへ、どうですか//」

男「どうって、マジで可愛いし//」


看護科の実習服。
それを着た少女さんは笑顔がすごく魅力的で、男子が集まるのは当然だと思った。
ナース姿の少女さん、マジ天使!


男「というか、脱がないのかよ!」

少女「何を期待していたんですか、何をっ!」プンスカ//

友「男、今は大丈夫か~」


少女さんと雑談を楽しんでいると、友が無粋にも話しかけてきた。
少女さんもナース服のままで、何事かと友を見る。


男「別にいいけど、どうかした?」

友「今日は少女さんの初七日だから、ちょっと様子を見に来たんだ」

少女「あっ、ああ。そういえば、今日なんだ」


少女さんが自殺をしたのは13日だ。
だから、今日が初七日ということになる。


友「それで、三途の川に行ってきた?」

少女「三途の川? いえ、行ってないです」

友「初七日なのに三途の川が気にならないってことは、冥土の旅をするつもりがないってことか」

少女「そんなことを言われても、私は男くんから離れることが出来ないし――」

男「やっぱり不味いのか?」

友「必ずしも冥土の旅をしないといけない訳じゃないけど、成仏できないコースをまっしぐらって感じだよな」

少女「ふえぇ、そんなあ……」ショボン

男「あまり少女さんを脅かすなよ」

友「ごめんごめん。三途の川は宗派によって違いがあるし、冥土の旅をする必要がない場合もあるから」

少女「ううっ、分かりました」

友「でも、なるべく早く家に帰ったほうが良いのは確かだろうな」

少女「そうかもしれないけど、家には近付きたくないんですよね……」


少女さんはそう言うと、小さくため息を漏らした。
この数日でいろいろな記憶を思い出したけれど、未だに家に帰りたくない理由は分かっていない。
恐らく自殺をした理由が分かったときに、その理由も分かるのだろう。

友「とりあえず、心霊催眠をすれば何かが分かるはずだ」

少女「そうですね」

男「少女さん。またつらい思いをすることになるかもしれないけど、それは大丈夫?」

少女「……はい、私はなぜ自殺をしたのか知りたいです」

男「そっか」

少女「ところで、友くん」

友「何?」

少女「私を見て、何か気付きませんか?」フリフリ


少女さんはしなを作り、アイドルのようにポーズを取った。
ナース姿がとても可愛くて、かなりあざとい。

友「……」

少女「……//」ドキドキ

友「それじゃあ、日曜日に待ってるから」

少女「……えっ?!」

男「お、おうっ!」


友は少女さんを一瞥し、何事もなかったかのように席に戻っていった。
一言くらい感想を言ってあげればいいのに、釣れないやつだ。


少女「はあっ、スルーされたし」ショボン

男「友のことなんか放っておいて、俺たちだけで話をしよっか」

少女「そうですね」

今日はここまでにします
レスありがとうございました

~市街地・料亭~
学校が終わり、午後7時過ぎ。
明日から親父が海外出張で家を空けるということで、今夜は家族四人で外食をすることになった。
寒ブリや加納ガニ、地元の野菜を使った伝統料理。
冬の味覚をこれでもかと堪能することが出来る大名コースだ。


男「やばいな。この刺身、美味すぎるし!」

双妹「ねえ、男。煮物もすごく美味しいよ♪」

少女「……」

男「ちょっ、親父! なんで、カニばっかり食ってるんだよ」

親父「早く食べないとなくなるぞ」

男「双妹、ぶりしゃぶは後回しだ! カニを攻めるぞっ」

双妹「ええぇっ!! さっき食べてたお刺身って、ぶりしゃぶ?!」

母親「じゃあ、わたしがぶりしゃぶを頂こうかしら」

少女「……いいなあ」ショボン

双妹「ごちそうさまでした」

男「ふう、食った食った~」

双妹「ねえ、お父さん。ゴールデンウイークには帰って来れそう?」

親父「そうだな。早めに仕事を片付けて、4月の半ば頃には帰って来られるように頑張るよ」

双妹「そうなんだ! お仕事、頑張ってね//」

親父「男や双妹は、将来やりたい仕事とか決まっているのか?」

男「いや、まだ……」

双妹「私は保育士になりたいと思ってる」

親父「仕事っていうのはな、自分のためだけじゃなくて人々の生活を支えるためにすることでもあるんだ」

男「人々の生活を支えるため?」

親父「お父さんがしている設計の仕事の場合、書いた図面の通りに機械を作っている人がいて、その機械で仕事をしている労働者がいることになるだろ。そして、完成した製品を販売して購入してくれる人がいるから、また新しい仕事が入ってくるんだ」

男「ああ、そういう話か……」

親父「保育士の仕事も、子供を預かることで母親の就労支援をする時間を作ることが出来るから、子供の発育支援と家庭の生活基盤を支える仕事だと言い換えることも出来ると思う」

双妹「……うん」

親父「将来の夢とか何のために生きているかとか、そういうのは人それぞれだろうけど、人はみんなでみんなを支えて生きている。そのことだけは絶対に忘れてはいけないと思うんだ」

男「分かってる」

双妹「そうだよね」

親父「将来どんなことをしたいのか。男はまだ決まっていないみたいだし、2年生になってからの宿題だな」

男「ちゃんと考えておかないと――」

親父「それじゃあ、そろそろ帰る準備をしようか」

母親「そうね、そうしましょう」

~自宅・部屋~
食事が終わって家に帰ってきたときには、すでに10時を過ぎていた。
親父はまた母さんとどこかに出掛けたので、今は双妹が自分の部屋にいるだけだ。
俺はそう思いつつベッドに座ると、少女さんが隣に座って話しかけてきた。


少女「男くんのお父さんって、立派な人ですね」

男「立派と言えるのかは分からないけど、いつも何かをしていないと気が済まないみたい」

少女「そうなんだ」

男「立派っていえば、少女さんも立派だよね」

少女「私がですか?」

男「看護師になりたいっていう目標があって、それを叶えるために北倉高校の看護科に進学したんだろ」

少女「あ、ああ……そうですね」

男「少女さんはどうして看護師になりたいと思ったの?」

少女「それはその……なんというか、小学生のときに入院したことがあって、そのときに担当してくださった看護師さんがすごく優しくしてくれたんです」

男「憧れってやつ?」

少女「そういうことになるのかなあ。私もその看護師さんみたいに、病気で苦しんでいる人に笑顔を届けたいと思ったんです」

男「少女さんらしいね」

少女「でも、私は将来の夢を諦めちゃったんですよね……」

男「余計なこと……聞いてごめん」

少女「ううん、いいんです」


少女さんは寂しげな表情を浮かべ、声を落とした。
看護師になりたいという叶うことのない将来の夢。
少女さんは三途の川に行っていないみたいだし、このまま渡らずに帰ってくることは出来ないのだろうか。

少女「もう遅いですし、そろそろお風呂に入りませんか?」


少女さんは時計を見ると、ふわりと立ち上がった。
将来の夢の話はあまりしたくなかったのかもしれない。


男「そうだな」

少女「それでは、今日も一緒に入りましょう♪」

男「相変わらず、お風呂場の外で待つっていう選択肢はないの? 今日で初七日だし、行動できる範囲が広くなったとか――」

少女「もしかして、私とお風呂に入るのが嫌なんですか」

男「そ……そんなことはないし、少女さんと一緒なのはうれしいんだけど、そろそろ何と言うか、あれな感じで――」

少女「あれな感じって、何なんですか?」

男「いや、まあ、俺もオトコだし溜まるものがあるというか、いくら幽霊だとはいっても少女さんは女子だからその――」

少女「男子には、何か溜まるものがあるんですか?」

男「えっとその……少女さんに会ってから、俺たちはずっと一緒にいるだろ。だから、アレが溜まってきてもう我慢できないというか――」

少女「よく分からないけど、溜まって良かったですね。私は100円玉貯金をしていたことがあるんですけど、200枚も貯まったときはすっごくうれしかったですよ♪」

男「あ、ああ……そうなんだ」


だめだ、分かってもらえそうにない。
少女さんは看護師になる勉強をしていた訳だし、性知識がないなんてことはないだろうけど……。
だからといって、直接的な説明をするのは憚られる。


少女「こつこつ頑張って、たくさん溜めてくださいね♪」

男「……はあ、そうだな」

~お風呂場~
結局、いつも通りに一緒にお風呂に入ることになった。
さすがにもう裸ではないけれど、ちょっとセクシーな水着を着ている少女さん。
最近は首の自殺痕を見慣れてしまったので、それを見ても何も感じなくなってしまった。
そうなると、女性的な曲線に目が行ってしまう訳で……。

小ぶりで控えめな微乳の膨らみ。
体育座りをしている少女さんの綺麗なヒップライン。
見ては駄目だと思っていても、抑えきれない情欲がいきり立つ。


少女「ねえ、男くん」

男「えっ?!」

少女「こうして一緒にお風呂に入るのも、何だか慣れてきたと思いませんか。最初はすごく緊張してたのに……」

男「そ、そうだっけ」

少女「そうですよ。私はまだ恥ずかしいけど、何だかうれしいです」

男「うれしいって、どうして?」

少女「だって男くん、私の水着姿を見て元気になっている……よね//」


少女さんは顔を赤らめて、恥ずかしそうに微笑んだ。
俺は慌てて勃起した陰部を両手で隠し、少女さんから目を逸らす。
そして顔を俯けて謝った。


男「それはその……ごめんっ!」

少女「ふふっ、別に怒ってないですから// それってつまり、触ることも出来ない幽霊の私に興奮してくれたってことなんでしょ?」

男「えっと……少女さんについ見惚れてしまって――」

少女「良かった~// ずっと私に魅力がないのかなって思っていたの」

男「そんなことないって! 少女さんは可愛いし、スタイルも良くて魅力的だと思う。だからそれでその……」

少女「男くん、ありがとう。あのね――」

ガラララッ・・・
急に浴室のドアが開き、俺は驚いて振り返った。
するとそこには、髪を束ねた全裸の双妹が立っていた。

少女さんとは目に見えて差がある、半球型のふっくらとした乳房の膨らみ。
くびれた腰と丸いお尻が作り出す女性らしい曲線美。
双妹はそれらを恥じらう様子もなくさらけ出し、薄毛の陰部からは女性器の割れ目が覗き見えている。


少女「……ええっ?!」

双妹「男、一人で何をしゃべってるの?」


双妹が不思議そうな顔で浴室を見渡す。
そして首を傾げると、俺に心配そうな眼差しを向けて中に入ってきた。
双妹には少女さんの姿が見えていないと分かっているけれど、何だか見咎められたような気分で少し気まずい。

男「今日は一緒に入ろうとか言ってたっけ」

双妹「言ってないけど、今日は駄目だった?」

少女「ねっねえっ! これってどういうこと?!」

男「ま……まあ、見ての通りだと思う」

双妹「隣が空いてるし、大丈夫って意味だよね。ふふっ♪」


双妹は浴槽のお湯を汲んで浴びると、俺の隣に足を踏み入れた。
そこには少女さんがいて、彼女の身体を笑顔で蹴り飛ばす。
そして全身で圧し掛かると、身体を重ね合わせるようにして湯舟に浸かった。

ちゃぷんと音がして、水位が高くなる。
双妹は少女さんとは違い、生身の体があるからだ。

少女「……」

双妹「ねえ、脚を伸ばしたいからこっち向いてよ」


双妹に促されて、いつものように向かい合う。
それと同時に、双妹の足が太ももの付け根に滑り込んできた。
その反動で水面に波が立ち、双妹の身体がゆらゆらと揺らめいて見える。


双妹「はああ~//」


心地好さそうな声を出し、双妹はとてもご満悦な様子だ。
その一方で、少女さんは浴槽の隅に追いやられて不満そうな顔をしている。

双妹「やっぱり、男と一緒のときが一番落ち着くわね//」

少女「男くんはいつも双妹さんとお風呂に入ってたんだ……」

男「そうだけど、いつもって訳じゃないから」

双妹「えー、そうなの?」

双妹「でも言われてみれば、少し気まずいときもあるよね。だけどそんなときでも、私は男と過ごせる時間を大切にしていきたいと思ってるよ」

男「えっ? ああ、そうだな」

少女「……」

双妹「そんなことより、聞いてくれる?」

男「聞くって、何を?」

双妹「今さあ、お父さんとお母さんが一緒に出掛けているでしょ。こんな時間に開いているお店なんてないし、私たちに弟か妹が出来ちゃったりしてね//」

男「いやいや、それはないだろ」

双妹「でも明日からしばらく会えない訳だし、お母さんも寂しいんじゃないかなあ。こうしていつまでも仲がいい夫婦って、すごく憧れちゃうよね//」

男「そうだな」

双妹「私たちもいつか、こんな幸せな家庭を築いていくのかなあ」

少女「幸せな家庭……か」

男「そういうのって、まだ先の話だろ」

双妹「そうだけど、私はもう結婚できる歳になっているでしょ。まあ、そんな相手はいないんだけど」

少女「……私、お風呂場の外で待っています。どうぞ、ごゆっくり」


少女さんは不機嫌そうに言うと、約1.5メートルの範囲内。
浴室の壁をするりと抜けて、お風呂場の外に出て行ってしまった。
少女さんは家族ではないのだから、一緒にお風呂に入っていた今までがおかしいのだと思う。
それなのに、今は彼女のことを少し遠くに感じた。

双妹「ねえ、男。どうかした?」


少女さんが出て行った場所を見ていると、双妹が不思議そうな顔で聞いてきた。
そして、双妹も壁をちらりと見て言葉を続ける。


双妹「最近よく何もない場所を見ているよね。さっきも一人でしゃべっていたし、疲れているんじゃないの?」

男「まあ確かに憑かれているけど、別に大丈夫だと思う」

双妹「それならいいんだけど、月曜日からずっと気持ちがそわそわして違和感を感じるんだよね。生理前だからPMSの影響かもしれないけど、男のことが気になる感じだから関係ないと思うし――」

男「そういうことなら、少し気を付けたほうが良さそうだな」

双妹「うん、そのほうがいいと思う」

男「それじゃあ、俺はもう上がるから」

双妹「上がるって、何言ってるの? まだ身体を洗っていないみたいだし、そんなの有り得ないと思うんだけど」

男「うぐっ……」

双妹「そうだ! 今日は一緒に洗いっこをしようよ♪」

男「ええっ?!」

双妹「だってほら、この前、水着に着替えて入ろうとしていたじゃない。ちゃんと洗っていないみたいだし、私がきれいにしてあげるから//」


双妹は目を輝かせると、俺に身体を寄せてきた。
そのせいで俺は股を開くことになり、太ももの間に双妹を挟み込む。
すると双妹は何食わぬ顔で、勃起したままの陰茎に手を伸ばしてきた。
指先が触れてびくっと反応し、包皮を剥かれてお湯の温度を敏感に感じ取る。
双妹に卑猥な意図がないことは分かっているけど、さすがに今日はいろいろとヤバ過ぎる。


男「悪いけど、自分で洗うから大丈夫だ」アセアセ

双妹「え~っ、何なに? 別に恥ずかしがらなくても良いじゃない。ほらっ、早く洗い場に移動しようよ。泡あわですごく気持ちいいわよ//」

男「別に恥ずかしいわけじゃなくて、ちょっと事情があるんだ」

双妹「私はそんな事情なんて気にしないし」

男「俺は気にするんだってば。えっと……そう、今日はあれな感じで――」

双妹「それくらい気付いてるし、ついでにすっきりさせてあげるわよ//」

男「いいって、そういうことは自分でするから」

双妹「でも、12日から一度もしてないんでしょ。今までこんなことはなかったし、少し心配なんだよね――。もしかして、病院で何か言われたの?」

男「そうじゃなくて、したいけど時間がなくて出来ないだけだから。というか、双妹は女子なんだから、もう少し恥じらいを持ったほうがいいんじゃないのか」

双妹「恥じらいねえ。私たちは同じ双子なんだから別に恥ずかしいなんて思わないし、女子もそういう話をするんだよ」

男「そうかもしれないけど、人前でそういう話はしないだろ」

双妹「今は私たちだけしかいないじゃない。それに兄妹だからこそ、えっちな話も気兼ねなく出来るんじゃないのかなあ」

男「まあ、そうだけど……」

双妹「ねえ、私たちはどうして性別が分かれちゃったんだろうね」

男「それは染色体が――」

双妹「理屈は知ってるからいい。私はね、一卵性の双子なのに性別が違って、そのせいで身体の悩みを共感し合えないことが嫌なの。私たちはお互いに同じ自分なんだから、性の悩みも包み隠さずに相談したいしされたいじゃない」

男「それは分かっているんだけど、俺の言い方が悪かったよ。ごめん……」

双妹「ううん、私のほうこそ少しイライラしちゃってごめんなさい」

双妹「えっとね、私はどんなことでも気兼ねなく話をしたいし、男と一緒にお風呂に入る時間がすごく好きなの。もう一人の私のことを身近に感じていられるから――」

双妹が言いたいことは、俺もよく分かっている。
俺と双妹は、普通の兄妹ではないからだ。

もし二卵性の双子だったなら、俺たちは普通の兄妹という感じで落ち着いていたのかもしれない。
しかし俺と双妹は一卵性双生児なので、性別が違っても、どこかで必ず自分の片割れだという意識が入り込んでくる。
そして、性別が違うもう一人の自分に興味を抱くことになる。
俺と双妹は、そんな普通の双子とは異なる特殊な環境で育ってきたのだ。

男「うまく言えないけど、俺も双妹と同じ気持ちだから……。俺も双妹のことをちゃんと知りたいし、もっと本音で話をしたいと思ってる」

双妹「……」

男「だけど、性別が違うから出来ないこともあるんじゃないかなって思うんだ。さすがに今日は洗いっこは無理だけど、背中を流してくれると嬉しいかな」

双妹「……! じゃあ、私も背中を流して欲しい」

男「仕方ないな」

双妹「ふふっ、やったあ~♪」


双妹がうれしそうに顔をほころばせ、俺たちは洗い場に移動した。
何だかんだで、俺もこの時間が好きなのかもしれない。
俺はそう思いつつ、風呂椅子に腰を下ろした。
そしてスポンジが背中に触れると、浴室にボディーソープの香りが広がった。


双妹「さっきの話だけど、どちらかが結婚するまで、ずっとこうして一緒にいようね」

男「そうだな」

双妹「うん、そうだよね//」

~部屋~
お風呂から上がり、部屋に戻ってきた。
少女さんは不機嫌な様子で、さっきから一言も口を聞いてくれない。


男「もしかして、双妹のことで怒ってる?」

少女「別に私は怒ってなんかいないです」プイッ

男「怒ってるし」

少女「怒ってないです!」

男「まあ、なんて言うか、うちではこれが普通なんだ。月曜日は双妹が――」

少女「言い訳なんて、しなくて良いです。双妹さんが未だに男くんやお父さんと入っていても、だからお風呂場が広いんだなって納得します。家族のあり方はそれぞれだし、やましいことがないなら別に構わないです」

男「じゃあ、何に怒っているんだよ」

少女「それは……そう、私がもう死んでいるから」

男「死んでいるからって言うけど、それは少女さんの個性みたいなものだろ。俺はそれを受け入れているつもりなんだけど」

少女「……」

双妹「ねえ、男。今なんだけど、少し大丈夫?」


黙り込んでしまった少女さんの機嫌を直す方法を考えていると、双妹が部屋に入ってきた。
すると、少女さんが不愉快そうな顔で何かを呟いた。
やはり少女さんが怒っている原因は、双妹とお風呂に入っていたことが関係しているのだろう。
俺は切っ掛けが掴めるかもしれないと思い、双妹の用件を聞くことにした。


男「あまり大丈夫じゃないけど、少しだけなら――」

双妹「うふふっ// それじゃあ、手短に済ませるわね」

男「ああ、それで頼む」

双妹「……えっと、少女さんのことなんだけど、お風呂に入っているときに妹友ちゃんからラインが来ていたの」

男「ライン?」

双妹「男がこの前、少女さんの悪いうわさを聞いたって言ってたでしょ。それで私、妹友ちゃんに北倉高校の友達に会えないかなあって相談していたの」

男「へえ、そうなんだ」

双妹「そうしたらね、その友達が友香さんって人と同じ部活をしていて、うわさが本当か聞いてくれたんだって」

男「友香さんって、少女さんの友達だっけ」

少女「……そうです」

双妹「そうそう。少女さんと同じクラスの人で、一番仲がいい友達なんだって」

男「もしかして、何か分かったのか?!」

双妹「そういう訳じゃないけど、友香さんに男のことを話したら、会いたいって返事が返ってきたらしいの。日曜日に待ち合わせをしているんだけど、男は行ける? もしかしたら、少女さんにも会えるかもしれないわよ」


友香さん……か。
彼女に会えば、少女さんの自殺の動機がはっきりするかもしれない。
そうでなくても、かなり有益な情報を聞くことが出来るだろう。
しかし、日曜日に会うことは出来ない。

男「悪いけど、日曜日は友と約束があるんだ」

双妹「そうなんだ。じゃあ、男は行かないって返事をすればいいかな」

男「とりあえず、そう言っておいてくれるかな。でも、日曜日以降で会える日があったら話をしたいって、友香さんに伝えておいてほしい」

双妹「うん、分かった。男がまだ少女さんのことを諦めていないのなら、私はもう一度チャンスが来るように応援してるから」

少女「……」

双妹「だから、まずは友香さんの話を聞いてくるわね!」

男「双妹、ありがとう」

双妹「それじゃあ、頑張ってね// おやすみなさい♪」

男「ああ、おやすみ」


そう返すと、双妹は軽い足取りで部屋を出て行った。
どうやら、今度の日曜日は少女さんのことで大きな動きがありそうだ。

少女「双妹さんって、男くんのことが好きなんですね」


双妹が出て行くと少女さんの表情が和らぎ、かすかに微笑した。
理由は分からないけど、少しは機嫌が良くなってくれたみたいだ。


男「まあ、双子の妹だし仲がいいと思う」

少女「双子の妹か……。よくテレビや漫画で、双子は見えない絆で結ばれているとかテレパシーがあると言ってますよね」

男「それ、分かる気がする」

少女「やっぱり、そういうのがあるんだ。男くんと双妹さんは特別な絆で結ばれていて、何だかうらやましいです」

男「まあ確かに、俺と双妹は特別な絆で結ばれているんだろうな」


奇跡のミックスツイン。
俺と双妹は、極めて稀な男女の一卵性双生児なんだから――。


少女「あっ、そういえば!」

少女「外まで声が聞こえてきて気になったんですけど、一卵性の双子ってどういうことなんですか?」

男「少女さんって、看護科だろ」

少女「そんなことを言われても、性別が異なる一卵性双生児なんて聞いたことがありません。男女の双子は絶対に二卵性双生児なんですよ」


少女さんの言葉を聞いて、俺は小さく嘆息した。
俺と双妹が一卵性双生児だと知った人は、大抵が少女さんのような反応を示す。
そして、頼みもしないのに語り始めるのだ。

面倒くさいから黙っていたのに、こうなったら話し合う以外に方法はない。
俺は仕方なく、今まで何度となく繰り返してきた説明をすることにした。


男「平たく言うと、受精卵が多胚化したときに性別を決める染色体が抜け落ちて、性別が男女に分かれたんだ」

少女「そんなことが本当にあるんですか」

男「ああ、本当にあるみたいだよ。異性一卵性双生児は世界中で数例しか報告されていなくて、ごく稀にしか生まれないんだ」

少女「でも、それだと異数体になってしまいますよね。少しおかしくないですか」


異数体とは、染色体の数が通常よりも1~数本多くなったり少なくなっている個体のことだ。
そんな生物用語が出てきたということは、少女さんは知識が邪魔をして受け入れることが出来ないタイプなのだろう。

男「おかしいって何が?」

少女「男くんの説明だと、XYの受精卵が双子になったときに『XYとXO』に分かれたことになりますよね。そうなると、双妹さんはX染色体が1本しかないからターナー症候群を患っていることになります」

少女「だけど平均的な身長だし、胸もその……大きいですよね。性的発達が遅れているわけではないし、双妹さんがターナー症候群を患っているとは思えません」

男「たしかに双妹はターナー症候群を患っていないし、その他の検査でも異常はなかったみたい」

少女「それじゃあ、男くんのほうに染色体異常があるんですか?」

男「いや、俺も異常はなかったみたい。まさしく健康そのものって感じだな」

少女「でも中学生のとき、よく学校を休んで病院に行ってましたよねえ。何だか信じられないです」

男「それじゃあさあ、親父の書斎に行ってみる?」

少女「お父さんの書斎ですか」

男「俺たちが生まれたときに話題になって、マスコミの取材を受けたらしいんだ。それで、親父がそのときの科学専門誌や週刊誌を保存しているんだ」

少女「すごく気になるし、読んでみたいです!」

~親父の書斎~
少女「男くんのお父さんの部屋の本棚、難しそうな本ばっかりですね」

男「そっちは設計とか工学関係とか、親父が仕事で使う資料が収められている本棚だからね。少女さんに見せたい週刊誌は、こっちの本棚に収まってるよ」

少女「わわっ! ここにある雑誌が全部そうなんですか?!」

男「そこにあるのは最近のやつだな。親父が特集記事を気に入って、それ以来ずっと定期購読しているんだ」

少女「へえ、そうなんだ。それじゃあ、このDVDは何なんですか?」

男「それは俺たちが5歳のときに出演した、民放のおつかい番組のやつじゃないかなあ」

少女「ほんとだ! あの番組名が書いてあるし!!」

男「その放送局が2分の1成人式を企画して家庭訪問バラエティにも出演したから、そのDVDもあると思う」

少女「男くんと双妹さんって、もしかして有名人だったの?!」

男「そんな訳ないだろ。現に少女さんは、俺と双妹のことを知らなかったじゃないか」

少女「そんなことないですよ。きっと、私が知らなかっただけですから」アセアセ

男「いいって、そんなフォローをしなくても」

少女「ところで、週刊誌は見つかりそうですか」

男「ああ、うん。これがさっき言ってた特集記事が載ってるやつだよ」

少女「えっ?! これって――」


少女さんに週刊誌を見せると、不快そうに顔を曇らせた。
これは男性向けの写真週刊誌なので、表紙に性的な言葉が載っている。
女子に見せるのだから、最初から目的のページを開いておくべきだった。


男「……ごめん! えっとほら、この記事が俺たちのことなんだ」アセアセ

少女「この記事が男くんのことなんだ……」

男「そうだよ。生物学的なめずらしさと話題性があったから、こうして記事にしてくれたんだと思う」

少女「そっか……。それじゃあ、読んでみるね」

例えばXYの受精卵からY染色体を喪失することで生まれる異性一卵性双生児(XY正常男児とXOターナー女児)では、次のようなモザイクが考えられる。
仮に発生の初期段階に1つの細胞でY染色体を喪失し、そのまま卵割を繰り返して桑実胚期まで成長した場合、その受精卵はXYの正常な細胞とXOの異常な細胞を併せ持つ『モザイク胚』になってしまう。
そしてこのモザイク胚が2つに分離して多胚化すると、双子の双方が『X/XYモザイク型』の性染色体異常を持って生まれることになってしまうのだ。

この例のように核型が『45,X/46,XY』のモザイクを有していると混合性性腺異形成症などの性分化異常を伴い、病態として内外性器に異常がみられるようになる。
その障害の程度はさまざまで、外性器が正常な女性または正常な男性に近い外観になって病気に気が付かないこともあれば、曖昧な外性器になってしまうこともある。
また社会的な性別の決定が要求される場面では慎重な判断が必要となり、そのことが本人や家族に与える影響は計り知れない。
それはXXYの受精卵から生まれる異性一卵性双生児の場合も同様である。

以上のことから、健全な男女の一卵性双生児は天文学的な確率で生じた奇跡によって生まれてくることがお分かり頂けたであろう。
いくつもの偶然が重なり、ふたつの胚が無事に着床して妊娠が成立し、新しい生命が誕生したのだ。

ところで、異性一卵性双生児の誕生にはまだ大きな疑問が残されている。
男女の双子は二卵性だと判定するのが通常であり、一卵性だと判定することは絶対にあり得ないからだ。
それでは、なぜ一卵性だと判明したのだろうか。

妊婦検診で多胎妊娠だと判明した場合、速やかに膜性の診断をしなければならない。
なぜなら膜性の種類によって妊娠や分娩のリスクが大きく異なり、母体と胎児の周産期管理がとても重要な課題になるからだ。
その膜性診断の結果、二絨毛膜二羊膜性双胎(DD双胎)という状態になっていることが判明し、2つある胎盤は癒合していないことが確認された。
このDD双胎の状態になるのは受精後3日以内に分離した一卵性双胎とすべての二卵性双胎であり、そのリスクは単胎妊娠の約5~10倍だと言われている。
やがて性別診断で男女だと判明したので、双子の卵性はDD双胎になる条件と矛盾しない二卵性だと判定された。

ところが、出産後に状況が一変した。
切迫早産でNICUに入院することになり、そのときの血液検査で男女ともにA型だと判明したからだ。
血液型がO型とB型の父母から、通常はA型の子どもが生まれることはない。
しかもそれが二卵性の双子で起きたものだから、周囲は大変な騒ぎになった。

両親の血液型から生まれるはずのない血液型の子どもが生まれる理由は、さまざまな可能性が考えられる。
今回のケースでは減数分裂のときに染色体がねじれて一部が入れ替わる乗換えという現象により、血液型を決定する遺伝子で組換えが起きていたことが原因だった。

血液型はABOの3種類ある遺伝子のうち、2つが組み合わさることで決定される。
その3種類の遺伝子はA遺伝子を基本の形として、B遺伝子とO遺伝子には、それぞれ次のような特徴がある。

B遺伝子は、前半部分がA遺伝子と同じ構造をしている。
O遺伝子は、後半部分がA遺伝子と同じ構造をしている。

つまり遺伝子の組換えにより、B型の母親が持っていた遺伝子(B遺伝子とO遺伝子)の後半部分が入れ替わってしまい、B遺伝子がA遺伝子と同じ構造になってしまったのだ。
そしてそのA遺伝子を持つ卵子が受精して、A型の双子が生まれたのである。

しかし、この現象が2つの卵子で同時に発生していたとは考えにくい。
そこでDNA双子鑑定を実施した結果、ついに男女の一卵性双生児だということが判明したのだ。
この血液型騒動がなければ、恐らく一卵性だと判明することはなかっただろう。

・・・
・・・・・・
特集記事を読み終わり、俺はゆっくりと息を吐いた。
16年前に書かれたそれには、俺と双妹が生まれてくるまでの記録が残されている。
今でこそ笑い話になっているけれど、血液型騒動があった当時は本当に大変だったらしい。
だけど、それがあったから今の俺たちがいるのだと思う。

記事の最後は、両親の言葉でまとめられている。
誕生の喜びと不安、戸惑い、そして夫婦の絆。
多くの人に支えられて生まれて来たのが、異性一卵性双生児の俺と双妹なのだ。

少女「ありがとう。読み終わりましたよ」

男「特集記事はどうだった?」

少女「生命が生まれるって、本当に奇跡的なことなんですね。すごく興味深かったです。それに男くんと双妹さんのご両親の想いや、医療従事者の方との連携が伝わってくる、そんな優しい気持ちになれる記事でした」

男「これを読むと、もっと頑張らないといけないなって思うんだ」

少女「そうだよね。それなのに、それなのに……」


唐突に少女さんが悲痛な声を出した。
そして、週刊誌が収められた本棚を見上げた。


少女「この出版社は私を苦しめるんです――」

男「それって、どういうこと?」

少女「私、この出版社の人にストーカーをされていたんです!」

男「ストーカーをされていた?!」


俺はその言葉に驚き、少女さんを見詰めた。
すると、少女さんはぽつぽつと語り始めた。

男子生徒の自殺に関連して、この週刊誌に心無い記事を書かれたこと。
そのことでクレームを出したけれど、出版社からの謝罪がないこと。
そして、12日から気味の悪い視線を感じていたこと。
少女さんが口を開くたびに、怒りと苦しみが吐き出されていく。


少女「きっとこの出版社は、少年くんを自殺に追いやった私がどんな恋愛をしているのか、それを記事にするつもりだったんです」

少女「こんなに優しい記事を書けるのに、どうしてそんなことをするの?」

少女「どうして、私がそんな仕打ちを受けないといけないの?!」

男「少女さん……」

男子生徒の自殺を思い出したとき、少女さんはとてもつらそうな表情をしていた。
それでも少女さんはそれを乗り越えて、将来の夢を真剣に考えていることを話してくれた。
つまり、生きていたときの少女さんがそんな気持ちになっていたのだろう。

しかし、マスコミはそれを許さなかった。
男子生徒の自殺は形を変えて、少女さんを追い詰めていたのだ。

2月12日。
それは少女さんが自殺をした前日。
彼女は悪意の視線に気付いてしまった――。

だけど、この出版社が悪意のある記事を書くとは思えない。
実際には記事を読んでいないので何とも言えないけれど、少女さんの当事者意識による思い込みが誤解を招いてしまっただけのような気がする。
ストーカー行為も本当にあったのだろうか。

男子生徒の自殺の記事を読めば何かが分かるかもしれないが、今はとても探して読めるような雰囲気ではない。
そっとしておいたほうが賢明だろう。


男「少女さん、部屋に戻ろうか」


俺は少女さんを連れて部屋に戻ることにした。
彼女はふわりふわりと、力なく浮いていた。

(2月21日)sun
~友の家~
日曜日になり、俺は少女さんと友の家に向かった。
少女さんは一晩寝れば気持ちが落ち着いたらしく、昨日の朝には普段と変わらない様子に戻っていた。
そして今は、自殺の記憶が戻るかもしれないことに緊張しているようだ。


少女「友くんの家って、神社の隣だったんですね。知らなかった……」

男「友に霊能力があるのは、この神社の息子だからなんだ。ちなみに俺の母さんがこの神社で働いていたことがあって、その縁があってここで結婚式をしたらしいよ」

少女「へえ、そうなんだ~」

男「それで俺と双妹が生まれたときにこの神社も話題になって、今では縁結びと子孫繁栄にご利益がある神社ってことで有名になっているみたい」

少女「縁結び神社かあ。生きているときに来たかったな」

男「今から寄ってみる? 御守りとか、すごくご利益があるらしいから」

少女「幽霊の私が神社に行くだなんて、怖くてとてもじゃないですよ。そんなことより、早く友くんの家に行きませんか」アセアセ

男「そっか、少女さんがそう言うなら仕方ないな」


神社は穢れを嫌う場所だし、幽霊の少女さんが嫌がるのも無理はない。
俺は神社の前を通り過ぎ、友の家の呼び鈴を鳴らした。

ピンポ~ン♪
ガチャリ


友「待ってたぞ。二人とも中に入ってくれ」

男「お邪魔します」

少女「お……お邪魔します」

友「少女さんのことだけどさあ、昨日メールを読んだんだけど、それから何か分かったか?」

男「いや、特に進展はない。今日は夢を見ていないみたいだし――」

友「そうか」


友はそう言うと、少し思案めいた。
今から催眠術をする訳だし、次の一手を考えてくれているのだろう。
そう思いつつ友の部屋に入ると、少女さんがはっとした表情で床に置かれているカバンに目を向けた。
その様子から察するに、催眠術の道具が入っているのかもしれない。

男「もしかして、ここで催眠術をするのか?」

友「そうだよ」

男「俺はてっきり、神社のほうでするのかと思ってた」

友「そっちでするなら初穂料を頂くことになるけど……」

男「お金を取るのか?!」

友「当たり前だろ。素人の俺が部屋で個人的にするから、サービスしてやれるんじゃないか」

男「まあ、それもそうだな。今度何か奢ってやるよ」

少女「でも、大丈夫なんですかねえ」

友「俺の実力のことなら、大船に乗ったつもりでいてくれ」

少女「う……うん」

友「それで先に話しておきたいことがあるんだけど、金曜日の放課後、学校帰りに少女さんの家に行ってきたんだ」

少女「私の家?!」

男「おいっ、聞いてないぞ」

友「男に話せば、少女さんの耳にも入るだろ。それを避けたかったんだ」

少女「もしかして、住所を調べたんですか?!」

友「調べるも何も、俺たちの中学校は体制が古いから卒業アルバムに住所と電話番号が載ってるじゃないか」

少女「……言われてみれば。でも、勝手に行かないでくださいよ!」

男「それで、何をしに行ったんだ?」

友「お線香をあげるついでに、少女さんの話を聞きたいなと思っていたんだ。まあ、家に行っても誰もいなかったけどな」

少女「勝手なことをするから、そうなるんです」プンスカ

友「ただ、誰もいなかったのは生きた人間の話だ」

男「どういうことだよ、それ――」

友「少女さんの家には浮遊霊がたくさん集まっていた」

少女「ええっ! 私の家に幽霊がいるんですか?!」

友「そうだよ。少女さんが家にいないから、近所の浮遊霊が様子を見に来ていたんだと思う」

男「もしかして、少女さんが家に帰るのを嫌がっているのは浮遊霊が集まっているからなのかな」

友「それはどうだろう。ただ今後のことを考えて、男の守護霊の力を高めておこうと思う」

男「守護霊の力?」

友「少女さんが家に帰れるようになったら、男もお線香をあげに行くだろ」

男「ああ、行かせてもらおうと思う」

友「そのときに低級霊が寄ってきたらうざいからな」

男「それで守護霊の力を高めるにはどうしたらいいんだ?」

友「この御守りを身に付けていれば、半年くらいは効果がある。まあ、鞄の中にでも入れっぱなしにしておいてくれ」


友はそう言うと、カバンの中から御守りを取り出した。
神社の名前が刺繍されているので、普通に売っているものなのだろう。


男「そんなことで良いのかよ」

友「御守りはあくまでも補助的なもので、特に大切なことは健康な心身を保つことだ。しっかりと食事を取って、運動をして体力づくりをして、よく寝てストレスを溜めないこと」

友「そんな健康的な生活を送ることで、守護霊は強くなるんだ」

男「それって、もう守護霊とか関係なくないか?」

友「あと、守護霊がいるって信じることも重要な」

少女「あのー、男くんの守護霊の力を高めて私に影響はないんですか」

友「害意があるなら、すぐに弾き出されるんじゃないかな」

少女「はうぅっ、そんなあ……」

友「でも今は成仏をする前の浮遊霊だから、四十九日までは守護霊も理解を示してくれると思う」

少女「そうなんだ」

友「でも、快くは思われていないだろうな」

少女「……ですよねえ」

男「ふと思ったんだけど、少女さんは守護霊の姿が見えないの? 守護霊も幽霊なんだろ」

少女「私には見えないです」

友「守護霊は妖怪や神格を伴った神霊だからな。ただの人間や浮遊霊程度の霊性では、その姿を見ることは出来ないよ」

男「そういうものなのか」

友「それじゃあ、そろそろ始めようか。少女さん、準備は良いかな」

少女「は、はいっ!」


少女さんが緊張した面持ちで答えると、友はカバンから御札を取り出した。
そして、二人は向かい合う。


友「心霊催眠で呼び戻す記憶は2月13日、少女さんが自殺をしたときってことでやってみるから」

少女「お願いします」ドキドキ

友「我が名は友。己に囚われし少女の幽体を取り払い、魂の記憶と交わらんとすることを欲す。我が求めるは死の要素、喪われし生命の記憶――」


本人は大真面目だけど、何だか中二っぽいぞ。
この前口上は本当に必要なのか?
そう思っていると、友は少女さんの鳩尾に御札を押し当てた。


少女「うぐっ……」

友「いざ、解き放てっ!!」

(2月13日)sat
~部屋・少女さん~
土曜日の午後、外は暖かい雨が降っていた。
天気予報によれば、明日にかけて低気圧が急速に発達して春の嵐になるらしい。
それはまるで、私の気持ちを暗示しているかのようだ。


少女「男くん……」


私は窓のカーテンを閉めて、小さく呟いた。
今日は暖かいし、あの女子とデートをしているのかなあ。
きっと、そうだよね――。

どうして、去年のバレンタインデーに告白をしなかったのだろう。
あの時にほんの少し勇気があれば、男くんの隣にいたのは彼女ではなくて私だったはずなのに。
悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。

少女「……はあっ」


でも、私は決めたんだ!
もしかしたら、あの二人はすでに付き合っているのかもしれない。
告白をすることで、週刊誌に嫌な記事を書かれるかもしれない。
それでも、私は男くんに気持ちを伝えるんだ!


少女「するよ! 明日、絶対に好きだって告白するよっ!!」


私はうさぎのぬいぐるみを手に取り、ぎゅっと抱き締める。
野原をぴょんぴょんと跳ねていくうさぎのように、私も前に進み続けるんだ。
だから、キミも応援してくれるよね?


(でも、本当に上手く行くのかなあ)


不意に気味の悪い視線を感じた。
それは、昨日の放課後に感じた視線と同じだった。

見られている。
この部屋も見られている。
どうして、マスコミの人はこんなことをするの?!


(それは人を殺したからじゃないか)


違うっ!
確かに少年くんが自殺をしたのは私のせいかもしれないけど、私は絶対に人殺しなんかじゃない!


(でも、他の人はどう思っているんだろうね)


それは……。


(みんな人殺しだと思っているよ)


私は本当は人殺し……なの?


そう思うと同時、不安な気持ちが膨らんできた。
私はうさぎのぬいぐるみをじっと見詰め、何度も繰り返した思考のループに迷い込んでいく。
そして、答えを探し続ける。

(もう分かっているんだろ)


分かっている?


(そうだよ)


確かにそうかもしれない。
きっと、告白しても惨めな想いをするだけだ。


男『悪いけど、キミと付き合うことは出来ない。実は付き合っている人がいるんだ』

少女『あの人と付き合ってるの?』

男『それじゃあ、今から彼女とデートだから。さよなら』

少女『男くん、待ってよっ!! あんな女子より、私のほうが――』

男『はあ?! はっきり言わないと分かんないのかよ。お前みたいな人殺しとは付き合えないって言ってるんだよ!!』

少女「ううっ、ひっく……ひっく…………」


妄想をしていると、涙があふれてきた。
男くんと付き合うことが出来ないのなら、彼に告白しても意味がない。
男くんと付き合うことが出来ないのなら、生きている意味もない。


だったら、死んでしまえばいい――。


そうだ。
もう楽になってしまいたい。
悲しい想いはしたくない。

私は机の引き出しから、お父さんに渡す予定だったネクタイを取り出した。
団子結びをして輪を作り、ドアノブに引っ掛ける。
そしてそれが外れないことを確認すると、体育座りをして右手でネクタイを掴み、ドアに背中を押し付けながら腰を浮かせた。

今日はここまでにします
レスありがとうございました

・・・
・・・・・・
~友の部屋~
催眠術が成功し、少女さんは友の誘導に従って当時の状況を語り始めた。
告白の決意と不安。そして、首吊り自殺――。
そのすべてを話し終えたとき、少女さんは催眠状態から復帰した。


少女「……はあはあ」

友「少女さん、お疲れさま」

少女「私、死んだ。本当に……自殺していたんだ」ハアハァ

友「そうみたいだね。そしてこの直後に家族が少女さんを見つけて、すぐに病院に搬送したんだと思う。魂が抜け落ちて幽霊になったのは、そのときだ」

少女「あまり実感が湧かないけど、そういうこと……だったんだ」

男「どうして……どうして、こんなことで死ねるんだよ!」

少女「こ、こんなこと?」

男「だって、少女さんは俺に告白するつもりだったんだろ。それなのに、こんなの現実から逃げ出しただけじゃないか!」

少女「それは……」


少女さんの気持ちも分からなくはない。
男子生徒が自殺し、さらに週刊誌に心ない記事を書かれて、少女さんは精神的に追い詰められていたからだ。
そのせいで、恋愛に対して強い劣等感を抱いていたのかもしれない。

だけど、頑張って告白してほしかった。
そしてそれ以上に、こんな形で将来の夢を諦めないで欲しかった。

友「そう熱くなるなよ。まさか、本当に少女さんが逃げ出したと思っているんじゃないだろうな」

男「思いたくないけど、そうとしか考えられないだろ。こんなことで自殺をするなんて、少女さんらしくないじゃないか!」

友「そういうことだよ。それが分かっているなら、もっと他にすることがあるんじゃないのか」

男「……!」


友の言うとおりだ。
いきり立つだけなら、誰でも出来る。


男「少女さん、ごめん。記憶を思い出してつらいときなのに、責めるようなことを言ってしまって……」

少女「いえ、いいんです。現実から逃げたのは本当ですから」

友「……」

友「それじゃあ、気を取り直して少女さんの自殺の動機を考えてみようか」

男「それは、やっぱりアレなんだろうな」

少女「……」

友「確かにそれが関係ないとは言えないけど、ひとつ気になっていることがあるんだ」

男「気になること?」

友「ああ、少女さんには事故死霊の特徴があるだろ。それなのに、偶発的な要素がまったくないんだ」

男「足が疲れたことが原因だから、半分は事故みたいなものだろ」

友「いや、俺たちの業界筋では、能動的または受動的な要因で偶発的に死ぬことを事故死と言うんだ。その代表例が交通事故なんだけど、突然発生した事件や事故に巻き込まれて死亡した被害者には、ある共通した特徴が見られる」

男「それって、何なんだ?」

友「彼らの多くは、自分がなぜ死んだのか分かっていないんだ。そして、その現場に近付くのを恐れるようになる。そのせいで死を実感する事ができないから、事故死霊は成仏できない場合があるんだ」

少女「それって、私と同じ状況ですね」

友「そうだよ。だから、少女さんは間違いなく事故死霊なんだ」

男「そう言われると、足の疲れは体力的な問題だから事故ではないよな」

友「ああ。マスコミに盗撮されていたことやネガティブ思考も、極論すると精神的な問題だから事故だとは言えないだろう」

少女「そうなると、やっぱり私の死因はただの自殺ってことになるんじゃないですか?」

友「いや、少女さんの自殺にはもっと他の要因が隠されている」

男「他の要因って、どういうことだよ」

友「そうだな、俺はうさぎのぬいぐるみが怪しいと思っている。少女さん、いつも話をしているの?」

少女「んなっ// そこですか?!」

男「それは俺も気になったかも。双妹がぬいぐるみと話しているところって見たことがないから、すごくメルヘンだなって思ったし」

少女「それはその……」

少女「何と言うか……私には歳が離れたお姉ちゃんがいるんですけど、私が小学生になる前に一人暮らしを始めて――」

少女「だからその、家ではぬいぐるみがお友達なんです//」

友「なるほど」

少女「あうぅっ……//」

友「どうやら、うさぎのぬいぐるみを調べてみないといけないみたいだな」

少女「ええっ! あの子を調べるの?!」

友「うさぎのぬいぐるみを手に取ったときから、少女さんの感情が急激に落ち込んでいるだろ。もしかすると、何らかの痕跡が残されているかもしれない」

少女「何らかの痕跡って、どういうことですか」

友「悪いけど、それはまだ言えない。もしかしたら盗撮カメラや盗聴器を仕掛けていた痕跡が残されているかもしれないし、それとは違うもっと別の何かが見付かるかもしれないからな」

少女「もっと別の何かって、何だか怖すぎるんですけど……」

男「でもさあ、うさぎのぬいぐるみを調べたとしても、少女さんの自殺から1週間も過ぎているから、あまり期待は出来ないんじゃないかな」

友「そうかもしれないけど、今は少しでも情報が欲しいし、何もしないよりは良いだろ」

男「まあ確かに――」

今日はここまでにします
レスありがとうございました

少女「あのっ、解離性同一性障害の可能性はありませんか」

男「解離性同一性障害?」

少女「いわゆる二重人格のことです」


二重人格なら、小説や映画の中で聞いたことがある。
1つの身体に二人の人格が入っているというものだ。
その場合、もう一人の人格は破壊衝動や自殺願望を持っている場合が多いらしい。


男「つまり、うさぎのぬいぐるみは別人格のメタファーだったということか」

少女「はい。それなら別人格が自殺をしていても、主人格の私は何も知らないってことになりますよね。辻褄が合っていると思います」

友「確かに偶発性の説明は付くけど、その可能性はないだろうな」

少女「はあ……。帰りたくないんだって、察してくださいよ」

友「それは分かってる。ぬいぐるみを調べるときに少女さんも来てくれって訳じゃないから」

少女「でも、私の部屋に入るんですよねえ」

友「あっ! 俺が一人で行っても入れないのか」

少女「そうですよ。残念でしたね♪」

友「少女さんの友達を紹介してもらえたら助かるんだけど、他に何か上手い方法はないかなあ――」


少女さんの友達?
そういえば今、双妹が友香さんに会っているはずだ。
しかも、彼女は俺に会いたがっているらしい。

男「少女さんの友達なら、俺が紹介できるかもしれない」

少女「紹介って、まさか友香ちゃんを?!」

友「マジかっ! 男に宛があるなら、俺に紹介してくれよ!」

男「良いけど、実は俺もまだ会ったことがないんだ」

友「どういうことだよ、それ」

男「何だか俺に会いたがっているらしくて、近い内に会う約束をしているんだ。だから、そのときに友の話を振ってみる」

友「……」

友「少女さんのことを考えると、訳ありなんだろうな。とりあえず、いい感じで頼む」

男「分かった」

友「さてと、上手く行けば、来週の日曜日には調べられそうだな」

少女「来週の日曜日って、そんなに急ぐ事なんですか?」

友「そりゃあ、少女さんも早く安心したいだろ」

少女「それはそうですけど、散らかっている部屋を見られたくないです」

友「大丈夫。ご両親がきれいに掃除してくれているはずだから」

少女「そういう問題じゃなくて、家に帰ると本当に良くないことが起きると思うんです」

友「だから、俺がそう思う原因を取り除いてあげるよって言ってるんだ」

少女「でも、でも……」


ぬいぐるみの調査が現実味を帯び始めて、少女さんが渋り始めた。
友に自分の部屋を見られたくない気持ちは分かるけど、それでは今までと何も変わらない。
そう思い、友に助け舟を出すことにした。

男「少女さんは催眠術の提案をされたとき、『自分を見詰めることが出来るようになれば、いろんなことが分かるようになる』って、そう言っていただろ」

少女「……はい」

男「死んだときの記憶を思い出して、何か分かった?」

少女「分かったと言うか、やっぱり私が自殺をするなんておかしいです。だって、男くんに告白するって決めたんだもん!」

少女「……あっ! いえ、これは違うんです!!」アセアセ

男「いいよ、ありがとう。少女さんはつらいことがあっても、前向きに頑張っていける人だと思う。俺はそう思ってる」

少女「……うん」

男「少女さんの記憶は戻ったけど、少女さんの主観だけでは分からない部分があるんだ。だから、もう少し一緒に頑張ってみようよ」

少女「そう……ですね。調べてみてください、私の部屋を――」


少女さんはそう言うと、友を見詰めた。
その表情には、強い意志を感じられた。

男「そうだね。少し休んでいこうか」

少女「……」


俺はぬかるんだ地面に気を付けながら、公園の中に入った。
その隣を少女さんがふわふわと付いてくる。
そして、二人でベンチに座った。


少女「えっと、その……さっきの告白のことなんですけど――」


少女さんは不安げな様子で言い、顔を俯けた。
もしかして、告白の続きをしてくれるのだろうか。
その気持ちはとてもうれしいけれど、彼女はすでに死んでいる。
付き合うことなんて出来るはずがない。

だけど、理屈ではなくて……。

彼女の気持ちと前向きな想い、そして自殺の悲しみ。
それらを二人で分かち合いたいと思った。

男「……少女さん!」


俺は力強く立ち上がり、まっすぐに少女さんを見詰めた。


少女「は……はいっ……」

男「俺は少女さんのことが好きです!」


これが今の俺の気持ちだ。
それを伝えると、少女さんは唖然とした表情になり、やや遅れて驚きの声を上げた。


少女「ええぇっ?!」

男「こういう時ってさあ、やっぱり男子のほうから告白するべきだと思うから」

少女「本当に私なんかで良いんですか?!」

男「ああ、俺は少女さんのことが好きなんだ。だから、付き合ってください!」


きっと、大丈夫。
この告白は絶対に成功するはずだから――。
しかし、ややあって少女さんは冬の空のように顔を曇らせた。

少女「……どうして、どうしてそんなことを言うんですか?!」

男「俺じゃあ、駄目なのかな」

少女「だって、私は死んでいるんですよ! 恋愛なんて出来るわけがないし、付き合うことなんて出来るわけがないじゃないですか」

男「でも、少女さんは俺に告白するつもりだったんだろ。そう言ってたじゃないか」

少女「それは……それは、生きていたときの話です!」

少女「私は結婚が出来ないし、赤ちゃんを産むことも出来ません。だからあのとき、私は双妹さんの前から逃げ出したんです」

少女「男くんのことが好きだからこそ気持ちを伝えないって、そう決めたんです!」

少女「それなのに――」


自殺の動機に、俺と双妹が関わっていた。
そしてその記憶と告白の決意を、催眠術を通してしゃべってしまった。
それは、少女さんにとって想定外のことだったのだ。

男「人が人を好きになるのに、そんな理屈は関係ないんだよ!」

男「確かに少女さんは死んでいるし、幽霊だから付き合えないって思ってた」

男「だけど少女さんが記憶を思い出していくにつれて、つらいことがあっても前向きに頑張っていける人なんだなと思った。そして、そんな少女さんと気持ちを分かち合いたいと思ったんだ」

少女「でも、でも……私は4月1日でいなくなるんですよ!」

男「だから、そんな理屈は関係ないって言ってるだろ!」

少女「ふふっ……」

男「何がおかしいんだよ」

少女「ご……ごめんなさい。ちょっと、友香ちゃんの言葉を思い出して」

男「友香さんの?」

少女「好きな人に告白するのは、本当に勇気がいることだと話していたんです。それでその後スイーツ店でおしゃべりをしていたんですけど、やっぱり強引さも必要だったんだなと思って」

少女「男くん……本当に幽霊の私なんかで良いんですか?」

男「だから、そう言ってるだろ」

少女「私も男くんのことが好きです。付き合って欲しいです!」

男「これで俺たちは恋人同士……だね」


そう言うと、少女さんは気恥ずかしそうに立ち上がった。
そして、右手を差し出してきた。

少女さんの手が触れて、そのまますり抜ける。
そう思った瞬間、彼女の右手が俺の左手に触れた。


少女「私ね、実は触ることが出来るんです」

男「それって、俺に姿を見せている方法と同じ理屈でってこと?」

少女「理屈なんて関係ないですよ//」

男「そうだな」


俺たちに理屈なんて関係ない。
今までは触れることが出来なかった、少女さんの身体。
その身体に触れることが出来て、体温を感じることが出来ている。
その事実だけで、俺の心は満たされていた。

~自宅・部屋~
少女「な……何だか緊張しますね」ソワソワ

男「緊張するって言うけど、今朝までと何も変わらないだろ」アセアセ

少女「でも、付き合い始めたその日にお泊りだなんて//」


少女さんはそわそわと落ち着きがない様子で、ベッドに座った。
あまり離れられないので、俺もその隣に座る。


男「お、お泊りとか言うなよ」

少女「そ、そうですよね」

男「でもその……これってお泊りというか同棲だよな」

少女「はわわ// 同棲とか言わないでくださいよ」

男「あの、少女さん――」

双妹「男、おかえり」


少女さんと落ち着いて話をしようかと思った矢先、双妹が部屋に入ってきた。


男「双妹、ただいま」

双妹「……」

双妹「…………」

男「どうかしたのか、黙り込んで」

双妹「ごめん、何でもない――」

男「何でもないってことはないだろ。もしかして、何かあったのか」

双妹「……うん」


双妹は力なく頷くと、俺の隣に腰を下ろした。
そして、そこに座っていた少女さんが慌てて横によける。


少女「もうっ、そこは私が……って、あ、ああ、そっか」


少女さんは言葉を詰まらせると、悲しげな表情を見せた。
双妹も同じく、悲しげでつらそうな表情をしている。

双妹は友香さんに会い、知ってしまったのだ。
少女さんの死を――。

男「話しにくいことなら、今日でなくても大丈夫だけど……」

双妹「ごめん、大丈夫」


双妹は気丈に言うと、軽く笑って見せた。
それだけで、これから話す内容があまり思わしくないものであることが分かる。


双妹「友香さんのことなんだけどね、明日のお昼に学校を休んで会えないかな」

男「学校を休んで?!」

双妹「……うん。ちょっと事情があって、多分その時間じゃないと駄目なの」

男「事情?」

双妹「驚かずに聞いてくれる?」

男「あ……ああ」

双妹「少女さんね、病院でずっと寝たきりになっているの」

男「それって、どういうことだよ」


少女さんが病院でずっと寝たきりになっている?
だったら、どうしてここに少女さんがいるんだ。
まるで訳が分からない。


双妹「13日のお昼に友香さんが少女さんの家に行ったら、少女さんが部屋で倒れていたんだって。それで病院に運んだんだけど、まだ意識が戻ってないの」

双妹「それでね、友香さんと一緒にお見舞いに行ってきた。本当は家族しか会えないんだけど、ご家族の方がいらして特別に会わせてくれたの」

男「少女さんに会ったのか?!」

双妹「……うん。でも、でもね……機械がいっぱいつながっていて、私はとても見ていられなかった――」

男「じゃあ、少女さんは……」

少女「そんなの、あり得ないです!」

双妹「ねえ、友香さんに会える?」

双妹「友香さんは男が少女さんに会えば、目が覚めるんじゃないかって。奇跡が起きるんじゃないかって、そう思ってる」

男「明日、友香さんに会いに行く。そして、病院で寝ている少女さんに会ってみたい!」

少女「……」

双妹「じゃあ、友香さんに連絡しておくわね。あと、私も一緒に行くから」

男「分かった。双妹、ありがとう」

双妹「少女さんに会えるかどうか分からないけど、本当に奇跡が起きるといいよね――」


双妹は肩を落とし、力なく立ち上がった。
そして「晩ご飯の手伝いをしてくる」とだけ言い残し、部屋を出て行った。

男「少女さん! 少女さんは死んでなんていなかったんだ!」


思いも寄らない報せに、俺は声を上げた。
死んでいると思っていた少女さんが実は生きていただなんて、こんなにうれしいことはない。
考えてみれば、少女さんが生きていることを示す証拠はいくらでもあった。

少女さんが最初に病院で気が付いたこと。
新聞に少女さんの死を報じる記事がなかったこと。
妹友さんが『今は学校に来ていない』と言っていたこと。

恐らく、少女さんは幽体離脱をしてしまったのだろう。
だから入院している少女さんは、ずっと寝たきりで意識が戻らないのだ。


少女「私は首吊り自殺をしたんですよ。生きているはずがありません!」

男「じゃあ、友香さんと双妹が嘘を吐いているってこと?」

少女「それは……」

男「友香さんのこと、友達なら信じてみようよ。もしかしたら、本当に奇跡が起きるかもしれないだろ」

少女「でも、私には分かるんです」

男「分かるって言うけど、少女さんが生きているのは事実だろ。少女さんが病院に戻れば、ぱちって目が覚めるんじゃないかな。それがハッピーエンドってやつじゃないか」

少女「そんな小説みたいなこと、起きる訳がありません」

男「もしかして、少女さんは生き返りたくないの? 俺たちは付き合い始めたわけだし、生き返れば色んなことが出来るようになると思うよ」

少女「私だって生き返れるならそうしたいです。でも、無理なんです。奇跡なんて起こりようがないんです!」

男「どうして、そう思うんだよ。もっと前向きに考えてみろよ」

少女「心肺蘇生法の救命率はご存知ですか」

男「心肺蘇生法の救命率?」

少女「病気などで心肺停止状態になってしまったとき、その時間が長くなると救命率が下がっていくんです。一般的に、2分以内に心肺蘇生法が開始された場合の救命率は90%程度だと言われています」

男「それなら、保健体育の授業で習ったかも」

少女「それでその救命率なんですけど、4分後で50%程度、5分後には25%程度にまで下がってしまいます。どうして、こんなに早く下がると思いますか?」

男「それは心臓が止まって酸素が回らなくなるからだろ」

少女「そうです。その時間がわずか3分で、脳細胞がダメージを受けてしまうんです。だから、早期の救命活動が必要なんです」

男「少女さんの場合も同じだって言いたいのか」

少女「私の場合は首吊り自殺なので、頸部の動脈が締められて脳に血液が流れなくなります。だから発見が遅れれば遅れるほど、脳に致命的な障害が残ることになるんです」

男「じゃあ、少女さんは……」

少女「それが分かっていても、前向きに考えられるんですか!」

男「それでも、希望はあると思うんだ!」

少女「そんなのないですよ!」

男「だって、友香さんも看護科の生徒なんだろ」

少女「その友香ちゃんが奇跡にすがっている時点で、もう駄目ってことじゃないですか」

男「だったら、俺が傍にいてやるよ」

少女「えっ?」

男「意識が戻ったら、今度は俺が傍にいてあげるから」

少女「……私の身体は自殺の後遺症が残っているかもしれないんですよ」

男「告白したときに言っただろ。少女さんはつらいことがあっても、前向きに頑張っていける人だと思う。俺はそんな少女さんと気持ちを分かち合いたいんだ」


少女さんは変に知識があるせいで、希望を持つことが出来ないのかもしれない。
だけど、助かるはずの命が消えてしまったら、それはもう二度と取り返しがつかないのだ。
自殺の後遺症なんて、一緒に克服して行けばいいと思う。

今日はここまでにします
レスありがとうございました

少女「気持ちを分かち合う……か」

男「そうだよ、一緒に頑張ろう。そうすれば、後遺症があったとしても乗り越えられるはずだから!」

少女「……」

少女「ありがとう。私、まだ死にたくない。もっと生きていたい!」

男「絶対に大丈夫。奇跡を信じて、友香さんに会ってみようよ」

少女「うんっ!」

男「じゃあ、友に連絡してみるか」

少女「友くんに?」

男「幽体離脱をした少女さんが身体に戻れなくなっているなら、俺たちよりも友のほうが詳しいはずだろ」

少女「そうだね」

男「それじゃあ、電話してみる」

PiPoPa...


男「もしもし」

友『もしもし、男か。どうしたんだ?』

男「実はな、少女さんは死んでいなかったんだ。それで友に相談したいことがあるんだけど、大丈夫かな」

友『ちょっと待て! 死んでなかったって、どういうことだよ』

男「双妹によれば、少女さんは病院でずっと寝たきりになっているらしいんだ」

友『いや、普通に考えて、少女さんは間違いなく死んでいる。誰かと間違えているんじゃないのか』

男「そんな訳ないだろ。間違いなく死んでいるって、どうしてそんなことが分かるんだよ」

友『それは少女さんの霊子線が切れているからだ』

男「霊子線?」

友『霊体と肉体を繋ぐ幽体の線のことで、いわゆる命綱みたいなものだ。少女さんに生きていて欲しいって気持ちは分かるけど、それが切れているってことはもう死んでいるってことなんだ』


そう言われ、俺は少女さんを見てみた。
しかし、線のようなものが繋がっているようには見えなかった。


男「確かにそんな線は見えないけど、双妹は実際に会ってきたんだぞ」

友『本当の本当に、双妹ちゃんが会ってきたのは少女さんなのか?』

男「当たり前だろ。友香さんと一緒に行ったんだから」

友『もしかすると、少女さんは何らかの理由で生かされているのかもしれない』

男「生かされている?」

友『霊子線が切れている状態で心臓が動いているはずがない。それなのに生きているとしたら、それは人工的に延命されているからだ』

男「人工的に延命されているって、どういうことだよ」

友『最近の医療技術はすごく発達しているから、ごく稀にそんな浮遊霊がいるらしいんだ』

男「へえ、そうなのか」

友『……んっ? ちょっと待て!』

友『もしかして、男は少女さんを生き返らせたいと考えているのか?!』


スマホの向こう側で、友が声を上げた。
さすが、察しがよくて助かる。


男「ああ、少女さんの身体が生きているのなら魂が戻れるはずだろ」

友『そうなんだけど、霊子線が切れているからなあ。戻れないことはない……と思うけど、期待は出来ないと思う』

男「明日の昼、友香さんと一緒に少女さんが入院している病院に行くんだけど、友も来てくれないかな」

友『明日の昼?』

男「午後の授業を休んで、お見舞いに行くんだ。少しでも早く、少女さんを自分の身体に戻してあげたいだろ」

友『でも、マジでそんなことが出来ると思っているのか?』

男「さっき、戻れないことはないって言ってたじゃないか」

友『確かにそう言ったけど、一度切れた霊子線は二度と繋がらないんだ。奇跡でも起きない限り、少女さんの魂は肉体に定着しないと思う』

男「だから、俺たちはその奇跡を起こしに行こうって言ってるんだ」

友『奇跡を起こす……か』

男「ああ。助けられるかもしれない命を何もせずに諦めるなんて、出来るわけがないだろ」

友『そうだな。やれるだけやってみるか!』

男「おうっ! ありがとう」

・・・
・・・・・・
交際が始まって初めての夜。
お風呂から上がって話をしていると、いつの間にか午後11時を過ぎていた。


男「明日は月曜日だし、そろそろ寝ようか」

少女「そうですね。おやすみなさい//」

男「うん、おやすみ」


俺は電気を消してベッドに入った。
しかし、まったく眠くならない。

俺のすぐ隣で、少女さんが眠っている。
しかも彼女は幽霊なのに、身体に触れることが出来る。
あまりにも無防備すぎて、意識するなと言う方が無理なのだ。

少女「あれっ? 男くん、まだ起きているんですか」

男「ちょっと、寝付けなくて……」

少女「実は私もなんです」

男「少女さんもなんだ」

少女「うん// 眠れないなら、もう少し話をしませんか」

男「そうだね」


そう言うと、少女さんは今日の出来事を振り返り始めた。
それを聞いていると、改めて今日は色んなことがあったんだなと実感させられた。

少女「ところで、お風呂はドキドキしましたね//」

男「それはだって、少女さんが相変わらず一緒に入りたいって言うから」

少女「男くんも健全な男子だもんね。やっぱり、私とその……えっちなことをしてみたいですか//」

男「えぇっ?!」

男「それはまあ何と言うか、少女さんは可愛いし、はっきり言うとしたい……と思ってる」

少女「ふふっ、そうなんだ//」


少女さんは恥ずかしそうに微笑み、上目遣いで俺を見詰めてきた。
すると俺はその視線に興奮し、急激に性衝動が湧き起こってきた。
心臓が激しく脈を打ち、陰茎が勃起してガチガチに硬くなる。

そんな状況の俺に、少女さんが手を重ねてきた。
そして、あまい声でささやく。


少女「それなら、一緒に触りっこをしませんか//」

男「いやいや、さすがにそれは駄目だろ」

少女「駄目じゃないよ。初めてだから、その……優しくしてほしいです//」

男「そういうのはまだ早いって」

少女「私には時間が残されていないし、付き合っているんだから……ね?」


少女さんはそう言いつつ、俺の上半身から下半身へと指先を滑らせる。
そして、その手が硬くなっている陰茎に触れた。
しかし、性的な刺激はほとんど感じない。


少女「今度は男くんが触る番だよ//」

男「……それじゃあ、優しく触るから」

少女「……んっ//」

男「少女さん、すごく柔らかい」


少女さんの胸に軽く触れると、手のひらにその柔らかさが伝わってきた。
可愛らしい表情とお皿のような微乳の膨らみ。
このままでは、限界まで溜まっている欲望が一気に溢れ出してしまいそうだ。

というか、もう1週間以上もオナニーをしていないのだ。
今までずっと我慢してきたけれど、もうしたくてしたくて堪らない。


少女「私ね、今ドキドキしているの//」

男「そんな事を言われたら、途中で止めることが出来なくなるけど」

少女「良いよ、もっとたくさん触ってほしいです//」

男「それじゃあ、本当にするから」


俺は少女さんを見詰め、優しく撫でるようにして身体に触れた。
胸の膨らみを、そして少女さんの柔肌を。
しかし次の瞬間、俺が感じたのは毛布とシーツの激しい抵抗だった――。

男「……!」

少女「期待させてごめんなさい」

少女「私は触っていると錯覚させることは出来る。だけど、本当に触ることが出来る訳じゃないんです」

少女「だからもし我慢できなくなったら、そのときは新しい彼女を作ってください。幽霊の私に好きだって言ってくれただけで、もう十分だから……」

男「その言い方、俺が身体目当てで告白したみたいに聞こえるんだけど」

少女「そう聞こえたのなら、ごめんなさい。でも、今のうちに話しておきたかったんです」


少女さんはそう言うと、毛布をすり抜けて背中を向けた。
実際のところ、少女さんはどの程度の障害を負ってしまったのだろうか。
自分の身体に戻ったあと、いつも通りの生活に戻ることが出来るのだろうか。

男「不安なのは分かるけど、奇跡を信じて前向きに考えようよ。たくさんお見舞いに行くから、一緒にリハビリを頑張ろうぜ」

少女「……うん」


結局、明日になってみなければ何も分からないのだ。
だから、今は奇跡を信じるしかない。


男「少女さん、おやすみ」


俺は少しでも気持ちがほぐれるように、優しく声を掛けた。
そして、どうしようもないほど興奮している欲望を必死に抑えながら、明日に備えて目を閉じた。

(2月22日)mon
男「なあ、少女さん。俺、すごいことに気が付いたんだけど!」

少女「すごいことですか?」

男「俺が少女さんに触ろうとしたら、力加減が出来なくて通り抜けてしまうだろ」

少女「そうですね」

男「でも、少女さんが触ろうとすれば俺に触れるわけだ」

少女「正確には触っていると錯覚させているだけですけど」

男「その触っている感覚を工夫すれば、えっちなことも出来るんじゃないかと思うんだ!」

少女「すごいことって、そういうこと?!」アセアセ

男「ちょっと試してみようよ!」

少女「ええぇっ! ほ……本当にちょっとだけですからね//」

・・・・・・
・・・

~自宅・部屋~
少女「男くん、おはよう♪」

男「んっ……あ、ああ、おはよう。なんだ、夢だったのか」

少女「ふふっ、今朝はどんな夢を見ていたんですか。すごく気持ち良さそうな寝顔でしたよ//」

男「どんな夢だったっけ……」


俺はまどろむ頭で、夢の内容を振り返った。
少女さんが恥ずかしそうに服を脱ぎ、いやらしい手付きでしごいてくれる夢。
その刺激で興奮が高まっていき、俺は欲望を吐き出した。

そんな夢だったとは、とても言えそうにない。
俺はそう思いつつ身体を起こすと、下半身にぬるりとした違和感を感じた。


男「やべっ、夢精してるし!!」

少女「むせい?」

少女「それってもしかして、噂で聞くオトコの人のアレってことですか?!」

男「ご、ごめん! とりあえず、後ろを向いてくれるかな」

少女「は、はいぃっ!!」アセアセ


少女さんが背中を向けたことを確認し、ベッドから下りてパジャマを脱いだ。
そして下着をめくると、想像を絶する惨劇が繰り広げられていた。
しかも、イカ臭いにおいがむわっと部屋中に拡散していく。

もう完全に気付かれているだろうな。
そう思いつつ下着を脱ぐと、部屋のドアが開いた。
いつの間にか、双妹が起こしに来てくれる時間になっていたようだ。

双妹「男、おはよう♪」

男「おはよう」

双妹「ふふっ、やっぱり夢精しちゃったんだ//」

男「なんて言うか、あれから一度も出来なくて」

双妹「ふうん。でも、お互いにこういう日ってあるよね。私も生理の血が下着に付いちゃって、朝からすごくショックだよー」

男「ああ、双妹は今日から生理なのか。いつもちゃんとしてるのに、失敗するって珍しいな」

双妹「うん。準備はしていたんだけど、予定より1日早く来ちゃったみたいで――。これってさあ、双子のシンパシーかなあ」

男「いや、さすがにそれは微妙なんだけど」

双妹「あはは、冗談だってば。それじゃあ、下着をもらっていくわね」


双妹は俺の下着を手に取ると、未だかつてない惨劇を見て口元を緩ませた。
そしてティッシュで軽く拭き取り、ゴミ箱に手を伸ばす。


双妹「はあはぁ……//」

男「なあ、双妹。ついでに、パジャマも持っていってくれないかな」

双妹「ん? うん、良いよ。お風呂を温めておくから、身体を拭いたら下りてきてね」

男「ああ、ありがとう」

少女「ねえ、男くん」

少女「双妹さんのことなんですけど、いくら兄妹でも、さすがにおかしくないですか?」


双妹が部屋を出て行くと、少女さんが困惑した様子で口を開いた。
兄妹なのにおかしいと言われても、俺と双妹にとっては普通のことだ。
少女さんには男兄弟がいないらしいので、そういう部分で感覚が違うのだろう。


男「おかしいとか言われても生理現象だからよくあることだし、これくらい兄妹なんだから当たり前だと思うけど」

少女「そういうものなのかなあ」

男「それはそうと、見られたら恥ずかしいんだけど」

少女「えっ? ああ……ふふっ//」

少女「もしかして、私が誘惑したからえっちな夢を見ちゃったんですか」

男「それはまあ、そうかもしれない」

少女「えへへ、ちょっとうれしいかも// オトコの人のって初めて見たけど、何だか初夏の匂いがするんですね」スンスン

男「少女さんは匂いも分かるのか。意外とむっつりスケベなんだな」

少女「はわわ、そんなことないですから//」


少女さんは力強く否定すると、慌てて後ろを向いた。
俺はそんな彼女を見やり、身体を拭いて着替えることにした。

~最寄り駅~
今にも雪が降ってきそうな寒い朝。
最寄り駅に着いた俺と双妹は、暖を取るために待合室に入った。


双妹「今日からしばらく、座席争いはしなくて良さそうだね」

男「そうだな。3年生がいなくなっただけで、こんなに変わるのか」


一昨日の土曜日、俺たちの学校で卒業式があった。
そのおかげで、電車を待っている学生の数が半分くらいに減っている。
新学期が始まるまでは、ゆっくり座ることが出来そうだ。


双妹「うちの学校って、他より卒業式が早いよね。やっぱり、進学とか就職の準備をしないといけないからなのかなあ」

男「そうだろうな。県外に行く人は引越しの準備もあるだろうし、早いほうが助かるんじゃないか」

双妹「そうだよね。私は県内の大学に進学するつもりなんだけど、ゆっくり準備が出来るしそのほうがいいと思う」

男「大学って保育士の勉強?」

双妹「うん。子どもたちの力になりたいから、障がい児保育とか専門的な勉強もしておきたいの」

男「ふうん、ちゃんと考えているんだな」

双妹「ところで、今日のお昼のことなんだけど」

男「お弁当を食べたら、速攻で行くって事でいいんだろ」

双妹「そうなんだけど、その……会えるとは限らないから」

男「友香さんがいれば、何とかなるんじゃないの?」

双妹「集中治療室って、基本的に家族以外の面会は禁止されているらしいの。それで面会可能な時間も限られているから、私たちは家族の人がいる時間に合わせて行こうってことになっているの」

男「そうなのか。何とかして会いたいんだけどな……」


俺はそう言いつつ、ちらりと少女さんを見た。
不安に思っているのか、とてもつらそうな表情をしている。


双妹「友香さんもそのことを心配してた」

男「そのときは強行突破も持さない覚悟が必要かもな」

双妹「……いやいや、それは普通に無理でしょ」

男「そうなると、友だけが頼りだな」

双妹「そういえば、友くんも来るんだっけ」

男「ああ。少女さんのことで、色々と協力してもらっているんだ」

双妹「協力?」

男「まあ、ちょっとな」


霊能力でどんなことが出来るのかは分からないけれど、いざとなれば友が何とかしてくれるだろう。
俺は邪魔をしないように、サポート役に撤すればいい。


男「とりあえず、病院に行ってみないと分からないな」

双妹「そうだね」


まずは、面会が出来ますように。
俺はそう願いつつ、電車を待つことにした。

今日はここまでにします
レスありがとうございました

~学校・HR~
男「友、うっす」

友「うっす! 双妹ちゃん、おはよう」

双妹「おはよう。今日のお昼、友くんも来るって聞いたんだけど」

友「そうそう。少女さんの件で、俺もちょっと用事があるんだ」

双妹「ふうん、そうらしいわね。でも、面会が出来るとは限らないわよ」

友「えっ、何でだよ」

双妹「私たちも会えるか分からないし、一度に面会できる人数が決まっているから」

友「やっぱり、普通の病室じゃないのか」

双妹「うん。そういうことだから、そのつもりでいてね」


友はそう言われ、双妹の説明を聞きながら双妹の席までついて行った。
俺はそんな二人を見やり、自分の席に座ることにした。

男『少女さん、今朝のことで何か怒ってる?』

少女「……別にそんなことはないです」

男『それなら良いんだけど、ちょっと気になったから』


いつもは俺の隣でふわふわと浮いている少女さん。
それなのに、今日は俺の後ろにいることが多い。
ちょっとしたことだけど、何だかそれが心に引っかかる。


男『もしかして、緊張してる?』

少女「そうかもしれないです」


少女さんはそう言うと、窓の外を眺めた。
やっぱり、病院のことが気になっているのかもしれない。

そう思っているとチャイムが鳴り、HRが始まった。
そしてHRが終わると、1限目の英語の授業が始まった。

女教師「今日は仮定法過去完了について勉強しましょう」

女教師「もしあのとき~だったら、……だったのに」

女教師「仮定法過去完了はこのような意味で、if節に過去完了、主節に助動詞の過去形+have+過去分詞を用いるのが原則です」


男「少女さん、分かる?」ヒソヒソ

少女「……」

少女「ごめんなさい、聞いてなかったです……」

男「少し調子が悪そうだけど、大丈夫?」

少女「何だか胸が痛いというか、お腹もちょっと調子が悪くて……」

男「幽霊なのに、胸が痛い?」

少女「……ううっ、あうううぅっ!!」

女教師「If I had known she was in hospital, I would have・・・」

男「えっ?!」

少女「うぐううぅっ、んんっ! んんんっ……んぐぅぅっっ!!」


少女さんは呻き声を上げながら、床に崩れ落ちた。
必死な形相で胸を押さえ、丸くなって身悶えしている。
そんな彼女に、俺は慌てて席を立ち声を掛けた。


男「少女さん! 大丈夫っ!?」

少女「んんっ! むうぅぅっ……!!」


俺の呼びかけに応え、苦しそうな表情で首を横に振る。
こんなとき、どうすればいい。
保健室?
いや、急病人が出たなら救急車だ!

男「今から救急車を呼ぶから! すぐに楽になるから!!」

少女「ぅぅっ……」

女教師「男くん、何度言えば分かるの! 席に着きなさいっ!」


その言葉と同時、女教師が俺の前にやってきた。
そして、苦痛で呻いている少女さんの頭を踏みつけた。


男「……なっ! 何してんだよっ!!」


俺は立ち上がり、女教師を睨み付ける。


女教師「な……何ですか、その態度はっ!」

双妹「男、だめだよっ!」

双妹「先生、そこに立たないでください! そこを踏みつけないでくださいっ!!」

女教師「双妹さんまで授業妨害ですか!」

双妹「そんなつもりはありません。でも、理由があると思うんです!」

双妹「ねえ、前々から、ずっと気になってた。男には何が見えているんだろう、誰と話をしているんだろうって」

双妹「やっと分かったわ」


双妹は厳しい視線を足元に向けた。
そして、すべてを見透かしたかのように優しい視線を向けてきた。


双妹「男には少女さんが見えているのね――」

男「……!」

男「今、少女さんが苦しんでる。俺は何とかして、彼女を助けたいんだ!」

双妹「助けたいって言われても、私たちには男が一人で騒いでいるようにしか見えないんだよ。まずはみんなに分かってもらわないと、助けることなんて出来ないと思う」


確かに双妹の言う通りだ。
少女さんの姿はみんなには見えていない。
だから、少女さんを助けるためには、その存在を知ってもらわなければならないのだ。


男「くそっ! どうやって説明すればいいんだ――」

友「男、遅れてすまん。少女さんのことは俺に任せてくれ!」

男「友っ!」

双妹「……友くん?」

女教師「あなたは席に戻りなさい!」

友「いや、男がこうなったのは俺のせいなんです」

女教師「あなたの?」

友「はい。昨日、俺の家で心霊催眠の実験をしまして……。どうやら、それがうまく解けていなかったみたいなんです」

女教師「心霊催眠?!」

友「催眠術の一種です。とりあえず、保健室で休ませてもらっても良いですか?」

女教師「そうね、そうしなさい」


友は俺に目配せをすると、内履きを履きなおす振りをして少女さんを抱き上げた。
両手にはめている手袋が霊的な道具なのか、少女さんの容態が落ち着いていく。
それを見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。

今週はここまでにします
レスありがとうございました

~保健室~
保健室に入り、俺と少女さんはベッドに横になった。
俺が横になる必要はないと思うのだけど、催眠術で情緒不安定になっているという設定なので仕方がない。
少女さんの容態はすでに落ち着いていて、友によればすぐに目を覚ますだろうとの事だ。


男「友、ありがとう」

友「気にするな。俺のほうこそ、出るタイミングを逸して遅くなった」

男「いや、助かったよ。その手袋が霊的な道具なのか?」

友「まあ、一応な。これで触れば、興奮した霊を鎮めることが出来るんだ」

双妹「興奮した霊を鎮めるって、どういうこと?」

友「それは少女さんが目を覚ましたら説明するよ。そのほうが手間が省けるし」

双妹「……分かった」

少女「……うっ、ううん」


しばらくして、少女さんが目を覚ました。
そして周囲を見渡し、俺に気が付くと困惑した様子で呟いた。


少女「えっと……ここは?」

男「少女さん、おはよう。ここは保健室だよ」

少女「保健室?」

男「ああ。俺の体調が悪いことにして、少女さんを連れてきたんだ。どこか痛いところはない?」


俺は身体を起こし、隣で寝ている少女さんに尋ねた。
すると少女さんは思案めき、掛け布団をすり抜けてふわりと浮かび上がった。

少女「もう大丈夫です。ご心配おかけしました」

男「良かったあ。心配したんだよ!」

少女「ごめんなさい。周りを気にせずに声を掛けてくれて、すごく嬉しかったです//」

双妹「ねえ、気が付いたの?」

少女「……」

少女「えっ、ええっ! もしかして、私の姿が見えているんですか?!」

男「見えていないけど、少女さんのことはもう知ってるよ」

少女「そ……そうなんだ」

友「それじゃあ、場所を変えようか」

男「場所を変えるってどこに?」

友「駅前の喫茶店でいいんじゃね?」

男「授業はどうするんだよ」

友「どうせ昼で帰るんだし、早退しようぜ!」

男「そうだなあ。どうせ午前中で帰るんだよな」

双妹「だったら、家で話をしようよ。喫茶店だと人目に付くし、落ち着いて話が出来ないだろうから――」

男「そうだな。それじゃあ、担任の教師に早退するって言ってくる」

双妹「あっ、待って。私も行くっ!」


俺はベッドから下り、双妹と少女さんを連れて職員室に向かった。

~自宅・部屋~
俺たちは学校を早退し、みんなで俺の部屋に集まることにした。
そして部屋に入ってすぐ、友が話を切り出した。


友「双妹ちゃん、休みの日とか遊びに行くときに身に着けているアクセサリーって、何か持ってない?」

双妹「持ってるけど、何に使うの?」

友「少女さんの姿を見えるようにしてあげようかなと思って。多分、そのほうが話を理解しやすいと思うし」

男「そんなことが出来るのか」

友「まあな。でも、霊感がない人間に浮遊霊の姿を見えるようにするのは、本当は良くないことなんだ」

男「双妹、どうする?」

双妹「姿が見えないと話にならないし、部屋から持ってくる」


双妹はそう言うと、部屋を出て行った。
そしてしばらくして、ブレスレットを持って戻ってきた。

双妹「これで良い?」

友「大丈夫、いけると思う。それじゃあ、儀式を始めるから」


友は双妹にブレスレットを持たせ、その上に御札を重ねた。
そして、何やら怪しい言葉を念じ始める。
相変わらず、中二っぽいぞ。


友「我の名は友。我が作り出したるは、幽界の者を見し霊具。この器にて彼の者を捉え、共鳴する力を生み出したるは――」

双妹「な……何これ、すごく胡散臭いんだけど」

男「大丈夫だ。俺もそう思ってる」

友「じゃあ、少女さん。これに触れて、意識を集中させて欲しい」

少女「はい。分かりました」

少女さんがブレスレットに触れると、双妹がとっさに手を引いた。
そして、不機嫌そうに友を見詰める。


双妹「今、ビリッとしたんだけど」

友「大丈夫、今ので完成だから。少女さん、ありがとう」

少女「あっ、はい。どういたしまして」

友「それじゃあ、双妹ちゃん。それを着ける前に、この御守りを受け取ってくれるかな」


友は通学鞄から御守りを取り出すと、双妹に手渡した。

双妹「これは?」

友「幽霊が見えることを低級霊たちに知られると、面倒なことになる場合があるんだ」

双妹「低級霊?」

友「平たく言うと、四十九日を過ぎても現世に留まっている悪霊のことだ」

双妹「悪霊……」

友「そう。だから、守護霊の力を高めておく必要があるんだ。半年くらいは効果があるから、カバンの中にでも入れっぱなしにしておいてくれるかな」

双妹「別にいいけど、守護霊の力ってこんなことで強くなるものなの?」

友「この御守りはあくまでも補助的なもので、特に大切なことは健康な心身を保つことだ。しっかりと食事を取って、運動をして体力づくりをして、よく寝てストレスを溜めないこと」

友「そんな健康的な生活を送ることで、守護霊は強くなるんだ」

双妹「それって、もう守護霊とか関係ないような気が……」

友「あと、守護霊がいるって信じることも重要な」

双妹「何だか信じられないなあ」

男「大丈夫だ。俺もそう思ったから」

友「それじゃあ、双妹ちゃん。そのブレスレットを着けてみて」

双妹「う……うん」


双妹は恐る恐る、ブレスレットを右腕にはめた。
そして、緊張した面持ちで顔を上げる。


双妹「……!」

双妹「見える。見えるよ、本当にっ!!」

男「マジかよ! すげえな!!」

少女「わわっ! えっと、双妹さん。はじめまして」ペコリ

双妹「は、はじめまして」アセアセ

友「ふふん、成功だな」

双妹「友くん、ありがとう。えっと……男から少女さんの気配を感じるんだけど、それは何なの?」

友「少女さんは憑依霊だから、男の身体を共有している状態なんだ。双妹ちゃんが感じているものは根っこみたいなものだよ」

双妹「ふうん、そうなんだ」

双妹「それで、これは外しても大丈夫なの?」

友「ああ、霊力が馴染めば3週間くらいは効果が持続すると思う。霊具として使えるのは少女さんが成仏するまでだから、理論上は4月の半ばくらいまで使える計算になるかな」

双妹「効果があるのは3週間で、使えるのは4月半ばまで――か」

友「もちろん、少女さんが身体に戻れたらすぐに使えなくなるけどね」

双妹「ふうん、そうなんだ」

双妹「でも、びっくりしたあ! まさか、本当に見えるようになるとは思わなかったわ」

友「俺のこと、ちょっとは尊敬しただろ」どやぁ

双妹「あはは。霊能力があるって、絶対に冗談だと思ってた」

友「これを機に惚れてもいいんだぜ」キリッ

双妹「ごめん、それはあり得ないから。いつも女の子の幽霊の裸ばっかり見ていそうだし」

少女「それってもしかして、双妹さんには私のことが裸のように見えているんですか?」

双妹「そうだけど、違うの?」

少女「違うに決まっているじゃないですか。私はちゃんと服を着ていますから」

双妹「ねえ、男。少女さんって、本当に服を着ているの?」

男「当たり前だろ。何言ってるんだよ」

双妹「もしかして、裸だと思っているのは私だけ?!」

男「なあ、友。そのブレスレット、失敗じゃないのか」

友「あのさあ、常識で考えて、幽霊が服を着ているほうがおかしいじゃないか。だって、生身の体がないんだぞ」

少女「はいぃぃっ?!」

男「ちょっと待て! 少女さんが服を着ていると思っているのは、もしかして俺だけなのか?!」

友「逆に聞きたいんだけど、男には少女さんがどんな服を着ているように見えるんだ?」

男「どんなって、少女さんは今、俺たちの学校の制服を着ているじゃないか」

双妹「……どう見ても裸でしょ」

友「ああ、そういうことか! 男は少女さんの姿が見えているんじゃなくて、少女さんが見せている姿が見えているんだ」

男「おい、ちょっと待て。そうなると、友は今まで少女さんの裸を見続けていたことになるよなあ。かなり気に入らないんだけど――」

友「安心しろ。浮遊霊の裸には興味ないから」キリッ

男「はあ?! それはそれで微妙に気に入らないんだけど」

少女「二人とも喧嘩はやめてください。こうすればいいんですよねえ」ポンッ

友「マジかよっ! 少女さんって、そういうことも出来るのか?!」

少女「ふふん、すごいでしょ~!」ドヤッ


少女さんは得意げに言うと、ドヤ顔になった。
友もかなり驚いているし、一体何をしたのだろうか。


男「俺にはよく分からなかったんだけど、少女さんが何かしたのか?」

双妹「今、少女さんがうちの学校の制服姿に変身したの」

男「……変身?」

男「つまり、俺が見ている姿と同じ姿が見えるようになったってことか」

双妹「多分、そうだと思う」

少女「男くん、その……今まで気付かなくてごめんなさい」

友「俺も悪かった。てっきり、男も同じように見えているものだとばかり思っていたから」

男「まあ、今まで助けられてばっかりだったし、今回だけだからな」

友「分かってるって」

友「ところで、少女さん。それは幽体の見た目を変えたってことだよね」

少女「ああ……はい、そうです。だから、この制服も私の身体の一部で――」

少女「……?!」

少女「それって結局、私は裸のままって事じゃないですか!」

男「……!!」

友「いやいやいや! 制服を着ているように見えている時点で、裸じゃないから!」

少女「そ……そうですかねえ」

友「そうだから! あまり変なことを言うと、男と双妹ちゃんからの心象が悪くなるからっ!」

双妹「あまり時間もないし、そろそろ本題に入ろうよ」

男「そうだな」

双妹「それじゃあ聞くけど、少女さんは入院しているはずでしょ。それなのに幽霊とか浮遊霊とか、どういうことなの?」

男「実は――」


俺たちは双妹にこれまでの経緯を説明した。
その要所要所で思い当たる節があるらしく、双妹はときどき小さく頷いていた。


双妹「ふうん、そういうことがあったんだ。それで、これからどうするの?」

友「少女さんの魂を身体に戻せないか試そうと思ってる」

双妹「そんなことが出来るの?」

友「やってみないと分からないけど、勝算がないわけでもない」

少女「私、本当に生き返ることが出来るんですか?!」

友「少女さんは英語の授業中、胸を押さえながら倒れてしまっただろ。それで気になって詳しく霊視をしてみたんだけど、少女さんは普通の浮遊霊よりも幽体が少ないことが分かったんだ」

少女「幽体が少ない?」

双妹「ねえ、友くん。幽体とか魂って、結局何なの?」

友「そう聞かれると超ひも理論の説明をしないといけなくなるんだけど、イメージ的にはこんな感じかな」


肉体:現世の体、死んだときに脱ぎ捨てる。
幽体:肉体と霊魂を繋ぎとめる役割がある。死後の世界で体として利用し、成仏をするときに脱ぎ捨てる。
霊体:成仏をした後の体。
魂:人間の本質で霊波動という波を発している。


友「――つまり、魂は三つの体を重ね着しているんだ」

双妹「何となく分かったかも」

友「それで話を戻すけど、少女さんの幽体が少ないのは肉体に幽体が残されているからだと思うんだ。病院で幽体離脱をしたとき、頭に銀色の線がつながっていなかった?」

少女「あっ……ありました! でも、自分で切ってしまったんです」

友「なるほどな。少女さんは幽体が肉体から完全に離れてしまう前に霊子線を切ってしまったから、普通の浮遊霊よりも幽体が少ないんだ」

男「つまり、少女さんが授業中に倒れてしまったのは、幽体が少なくて霊的に不安定だったからなのか」


もしそうだとするならば、一刻も早く自分の身体に戻ったほうが良いだろう。
そう考えていると、友が少女さんを一瞥して思案めいた。

友「いや、むしろ幽体が少ないから、少女さんは普通の浮遊霊では考えられないほど霊的な力が強いんだ」

少女「えっ、そうなんですか?!」

男「少女さんの霊的な力が強いのは、うるう年の影響とか特殊な死因だからじゃなかったっけ」

友「それも関係あるんだけど、特に幽体の少なさが影響しているみたいだ。例えば、ホースの先を摘むと水が勢いよく出るようになるだろ。霊的な力もそれと同じような原理で強くなるんだ」

男「へえ、そういうものなのか」

少女「それで、どうすれば生き返ることが出来るんですか?」

友「それなんだけど、少女さんは幽体の状態を変化させることが出来るだろ。だから、自分の身体に憑依して肉体に残されている幽体を変化させれば、霊子線をつなぎ直すことが出来るはずだ」

少女「銀色の紐をつなぎ直せば、私は生き返ることが出来るんですね!」

友「まあそうなんだけど、実は一度切れた霊子線は二度と繋がらないんだ」

少女「……!」

友「でも、自分で霊子線を切ってしまった浮遊霊なんて聞いたことがないから、少女さんならば奇跡を起こすことが出来るかもしれない。いや、起こせるはずだ」

男「少女さん、俺と双妹がすでに奇跡みたいなものだから――。だから、諦めなければ絶対に大丈夫だ」

少女「うん、そうだよね。私は絶対に生き返るんだ!」


きっと、少女さんはたくさんの不安を感じているだろう。
それでも、彼女の言葉にはそれを感じさせないほどの力が込められていた。

今日はここまでにします
レスありがとうございました

~北倉駅前・バス停~
お昼になり、俺たちは友香さんとの待ち合わせ場所に向かった。
少し早く着いたらしく、北倉駅に併設されているバス停にはそれらしい人の姿はない。


双妹「ねえねえ、友くん。このブレスレットを使えば、友香さんも少女さんの姿が見えるようになるの?」

友「いや、見えるようにはならないよ。その霊具は双妹ちゃんの魂の力を利用して作っているから、他の人では使えないんだ」

双妹「……ふうん、私と同じ魂じゃないと使えないのか」

男「それじゃあ、友香さんも少女さんの姿が見えるように出来ないかな。そのほうが説明しやすくなると思うし」

友「確かにそうかもしれないけど、友香さんは少女さんが目を覚ます望みを捨てていないんだろ。だったら、今の時点で浮遊霊の少女さんと対面させるのは慎重になったほうがいいと思う」

少女「私も友くんの意見に賛成です。今の私が友香ちゃんに会うと、不必要につらい思いをさせてしまうことになると思うんです」

男「言われてみれば、そうかもしれないな」

友「少女さんが自分の身体に戻れれば良いだけだし、今は友香さんには内緒にしておこう」

男「分かった」

双妹「そうだね」

少女「あっ! 友香ちゃんが来ましたよ!!」


自分の姿は見えないというのに、少女さんが手を振って呼びかけた。
どうやら、こちらに歩いてくる学生服姿の女子が友香さんらしい。
さすが看護師を目指しているだけあって、とても清楚な感じがする外見だ。
そう思っていると、俺たちに気付いたらしく慌てた様子で駆け寄ってきた。


友香「すみません。お待たせしました」

双妹「ううん、私たちも今着いたところだから」

友香「……うん、ごめんね。それでこちらの男子が――」

双妹「えっと、紹介するわね。こちらが私のお兄ちゃんで、そっちが友くん」

男「はじめまして、男です」

友「友です」

友香「こんにちは、友香です。今日は来てくれて、本当にありがとうございます!」

男「こちらこそ、会ってくれてありがとう」

友香「一応確認しておきたいのですけど、男くんが少女に会いたがっているという話は間違いないですか」


友香さんは真剣な眼差しを向けてきた。
俺もそれに倣って、言葉を返す。


男「はい、俺はそのために来たんです」

友香「双妹さんから聞いていると思うけど、少女は今、病院のICUで寝たきりになっています。もう意識が戻る見込みがないそうです」

男「……」

友香「でも、男くんが会ってくれれば少女は目を覚ますかもしれない。そう思うんです」

男「俺もそう思う。ICUには面会制限があるみたいだし、まずは会えることを祈らないとな」

友香「そうですね!」

男「そういえば、少女さんが入院している北倉総合病院にはどれくらい掛かるのかな」

双妹「バスに乗って10分くらいだよ」

男「10分も掛かるのか」

双妹「でも、バスを降りたら目の前だから」

男「そっか、早く来ないかなあ」


俺は待ち遠しく感じて、道路の向こう側を見やった。
しかし、バスの姿はない。


友香「あのっ、失礼ですけどひとつ聞いてもいいですか」

男「えっと、俺に?」

友香「はい。男くんと双妹さんは一卵性双生児なんですよねえ」

男「あ……ああ、そういう話か。確かに、俺と双妹は一卵性双生児ですよ」

友香「えっとね! 昨日も双妹さんに言ったのですけど、ずっと会ってみたいと思っていたんです」

男「俺たちに?」

友香「はいっ!」

友香「お二人は雰囲気がすごく似ているけど、身長や体格がまったく違いますよね。性染色体がたった1本違うだけなのに、すごく興味深いです」

男「性別が違うんだから、体格が違うのは当然のことだと思うんだけど」

友香「それってつまり、従性遺伝と限性遺伝の影響が大きいってことですよね」

友香さんの口から、唐突に生物用語が飛び出してきた。
従性遺伝は常染色体上の遺伝子の優劣関係が雌雄で異なる遺伝のことで、限性遺伝はY染色体上の遺伝子による遺伝のことだ。

他にも双妹にはライオニゼーションの影響があり、2本あるX染色体のうち1本がランダムで不活性化されている。
そのことは伴性遺伝の発現にも関係しているし、一卵性双生児だとはいっても違いがあるのは当然だ。


男「詳しいことは分からないけど、そうだと思うよ」

友香「――ですよね。だから発生や遺伝って面白いし、生命はとても神秘的だなって思うんです」

双妹「こんな反応を示す人、初めて見た」

男「ああ、そうだよな」


ほとんどの人は異性の一卵性双生児は絶対に生まれないと主張してくるし、中には人格まで否定してくる人もいる。
そうでなくても、興味本位で迂闊なことを言ってくる人が多い。
しかし、友香さんは生命の誕生や遺伝子のほうに興味があるらしい。
とりあえず、生物の授業が好きなんだろうなということは分かった。


友香「……!」

友香「すみません。初対面なのに一人で舞い上がってしまって……。私のこと、変な女子だと思いましたよね」アセアセ

双妹「いえ、友香さんって優等生タイプだなって思っただけです」

男「少女さんもそんな感じだったし、別におかしくないですよ」

友香「……あれっ? 少女はお二人が双子だと知っているんですか」

男「そうだけど、それがどうかした?」

友香「それはおかしいです。少女は双妹さんのことを知らないはずなんです。いつ話したんですか」

……しまった!
俺が少女さんに双子の妹がいることを話したのは、先週の月曜日だ。
しかし自殺未遂をしたのはその前の土曜日なので、友香さんの視点では辻褄が合わないことになってしまう。
本当のことは言えないし、一体どうやって答えればいいのだろう。


少女「はあ、仕方ないですね。12日の夜に私が電話をしたことにしましょう」

男「えっと、12日の夜に少女さんから電話が掛かってきたんだ」

友香「12日の夜に?」

男「それでそのときに聞かれたから教えたんだけど、何かおかしいですか」

友香「いえ、おかしくないです。でも、そうだとすると少女は――」

少女「ねえ、男くん。バスが来ましたよ!」

男「ほんとだ。ようやくバスが来たみたいだ」

双妹「友香さん、行きましょうか」

友香「そ……そうですね」

今日はここまでにします
レスありがとうございました

~総合病院・入院患者病棟~
バスで揺られること10分。
ようやく少女さんが入院している総合病院に到着した。


少女「いよいよですね。何だか緊張してきました」

男「俺も緊張してきたかも。ちゃんと中に入れるかなあ」

双妹「どうなんだろ」

友「まあ、いざというときは少女さんだけでもどうにかしてみるから」


俺たちは不安に思いつつ、面会者用の出入り口から中に入った。
すると、すぐ脇に窓口があった。
どうやら、ここで受付を済ませないと面会することが出来ないようだ。


友香「あのー、すみません」

受付「こんにちは。いかがされましたか」

友香「少女さんに面会したいのですけど、よろしいですか?」

受付「少女さんですか。その女性でしたら、申し訳ありませんが本日、退院なさいました」

少女「えっ?!」

友香「それって、どういうことなんですか! 少女はとても退院出来るような状態ではなかったですよねえ」

受付「そう言われましても――」

男「だったら、少女さんはどこの病院に転院したんですか? それだけでも教えてください。どうしても会いたいんです!」

友香「お願いします!」


俺たちが強く訴えると、受付の女性がどこかに電話を掛け始めた。
そして俺たちのことを話し、険しい表情で受話器を置いた。

受付「皆さんは少女さんのご友人ですか?」

友香「はいっ!」

受付「そうですか……」

受付「個人情報が含まれるので詳しいことはお伝え出来ませんが、少女さんは2月20日にお亡くなりになられました。申し訳ありませんが、ご家族の方以外はお引取りください」

友香「亡くなったって、少女が……死んだ?」

少女「そんな! うそでしょ?!」

男「本当に、少女さんは――」

受付「申し訳ありません」

友「ちょっと待て! 2月20日って、一昨日だよな。おかしくないか?」

男「……!」

友香「そ、そうよ! 昨日、私たちはおばさんに許可を頂いて面会することが出来たんですよ!」

双妹「そうですよね。一昨日に少女さんが亡くなっていたのなら、どうして昨日は面会することが出来たんですか?」

受付「それは個人情報ですので、お答えすることは出来ません」

友香「今は面会可能時間ですよね。本当は、おじさんやおばさんが来ているんじゃないんですか? どうしても会わせて欲しいんです!」

受付「申し訳ありませんが、他の患者さんのご迷惑にもなりますし、お引取り願えませんか」

友香「でも、でもっ……!!」

少女「私、そんなの信じられない。自分で確かめてくる!」


その言葉と同時、少女さんの姿が見えなくなった。
俺に取り憑くことよりも、自分の身体に戻ることを優先したのだろう。
それほどまでに、少女さんの中で生き返りたいという想いが高まっていたのだ。


男「少女さん!」

双妹「外で待っていて欲しいだって」

友「一度、出直そう。まだ終わりだと決まった訳じゃないんだから」

男「そう、だな……」

今日はここまでにします
レスありがとうございました

俺たちは入院患者病棟を出て、近くにあったベンチに腰を下ろした。
そしてややあって、友香さんが申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。


友香「男くん、本当にごめんなさい。せっかく来てくれたのに――」

男「ICUは家族だけしか面会出来ない場所だし、仕方ないよ。それにしても、20日に亡くなったというのはどういうことなんだろう」

双妹「まったく意味が分からないよね」


双妹の言う通りだ。
まったく意味が分からない。

もし本当に少女さんが20日に亡くなっていたとするならば、昨日はすでに死亡している患者を治療し続けていたことになる。
しかし、病院がそんなことをするはずがないので、昨日の時点では少女さんが生きていたことになる。
つまり、受付の女性の言葉を信じると辻褄が合わなくなってしまうのだ。

友香「私、少女の家に行って話を聞いて来ます。そのほうが確実みたいだし」

双妹「私も気になるし、一緒に行ってもいいですか?」

友香「別に良いですけど、おばさんがいなかったら帰ってくるまで待つことになりますよ」

双妹「それは大丈夫。男も気になっているはずだし」

男「双妹、悪いな」

双妹「いいって、いいって」

友香「じゃあ、念のために連絡先を交換しませんか?」

男「ああ、そうだね」

友「俺も交換していいかな」

友香「ええっ、あなたも?」


友香さんは少し嫌そうな表情になり、しぶしぶ友と連絡先を交換した。
そして俺と連絡先を交換し、双妹と友香さんは少女さんの自宅に向かった。

男「少女さんの家には浮遊霊がたくさんいるんだろ。大丈夫かなあ」

友「双妹ちゃんが見えるのは少女さんだけだし、御守りがあるから何の心配も要らないよ」

男「それなら良いんだけど……」

友「あっ、おかえり」


話をしていると、ふいに友が挨拶をした。
俺は少女さんが帰ってきたのだと思い、視線を追う。
すると、何か違和感を感じて少女さんの姿が見えるようになった。


男「……少女さん、おかえり」

少女「ただいま」


その声に覇気はなく、表情が重く沈んでいる。
つまり、望むような結果を得られなかったということだろう。

男「それで、その……どうだった?」

少女「私が入院していた病室には誰もいませんでした」

男「じゃあ、少女さんの身体は一体どこに……」

少女「分かりません。全部の病室を覗いてみたけど、どこにも私の身体はありませんでした。やっぱり、私はもう――」


少女さんは悲痛な表情で、言葉を飲み込んだ。
そんな彼女に、俺は何と声を掛ければいいのだろう。
少女さんが生きていると知っていれば、もっと早く病院に行っていたのに……。


友「いや、まだ答えを急ぐ必要はない」

男「そうか。友には何か考えがあるんだよな!」

少女「そ……そうなんですか?!」

友「俺が想定していた中でも最悪のパターンだから、あまり期待はしないで欲しいんだけど――」


友はそう言いつつ、通学鞄から何かの組み立てキットを取り出した。
そして、パーツを組み上げていく。


男「友、それは?」

友「平たく言えば、幽霊探知機だ。これをスマホにつなげば、地図アプリと連携して浮遊霊の居場所を探すことが出来るんだ」

少女「スマホのアプリで探すって、すごく説得力がありますね!」

男「何だか、不思議な感じだな」

友「まあ、そうだろうな。昔は式神を使役して霊的存在を探していたんだけど、広域探索の現場ではアプリで探す時代になったんだ」


そう説明してくれている間に、幽霊探知機が完成した。
何だかパラボラアンテナみたいな見た目で、友いわく、霊的な波動を効率良くキャッチすることが出来るらしい。
今回は少女さんの肉体に残されている幽体を探すので、霊的残留物質ではなくて少女さんの霊力を登録することになった。
よく分からないけど、そういうものらしい。

今日はここまでにします
レスありがとうございました

友「それじゃあ、アプリを起動するぞ」


その言葉と同時、パラボラアンテナが上下に首を振りながら時計回りに動き始めた。
そのゆったりした動きが緊張感を高めていく。


少女「いよいよですね」

友「……これが少女さんの幽体だ」

男「もう見付かったのか?! 俺にも見せてくれ!」


俺と少女さんは友のスマホを覗き込んだ。
それには周辺地図が表示されていて、俺たちが今いる場所に赤い点が表示されていた。
どうやら、これが少女さんの幽体反応らしい。


男「すげえな!」

少女「本当ですよね! すごいです!」

友「いや、ちょっとまずいかもしれない」

男「まずいって、どういうことだよ」

友「少女さんの身体に幽体が残されているならば、赤い点が2つ表示されるはずだろ。それなのに、ここにいる少女さんの幽体しか表示されていないじゃないか」

男「確かに……」

友「もしかすると少女さんは本当に20日に亡くなっていて、もう幽体が消えてしまったのかもしれない」

男「幽体って消えるのか?!」

友「男の家で、幽体は肉体と霊魂を繋ぎとめる役割があるって説明しただろ。だけど少女さんはその繋がりを自分で切断してしまったから、肉体に残されていた幽体は離脱をするとそのまま消失してしまうんだ」

少女「友くん、ちょっと待ってください。地図が広域になりましたよ!」

友「ええっ?! どういうことだよ、これっ!」

男「どうかしたのか?」


もう一度、友のスマホを覗き込む。
すると周辺地図だったものが県内地図に変わり、南南西の方向に約70キロ。
彩川市の中心街にもうひとつの赤い点が表示されていた。

男「どうして、こんなに離れた場所に少女さんの反応があるんだろ」

友「いや、よく見てくれ」


友はそう言うと、何かのアイコンをタップした。
すると県内地図がさらに広域になり、日本地図に切り替わった。
それを見て、俺たちは唖然とさせられた。

少女さんの幽体を示す赤い点。
それが北は北海道から南は九州に至るまで、全国各地に表示されていたからだ。
それらを数えると、なんと全部で10個も表示されていた。


少女「これって、どういうことなんですか?!」

友「俺にも分からない」

男「とりあえず、これを信じると少女さんの身体がバラバラになっていることになるよな」

少女「わ……私の身体がバラバラに?!」

男「もしかしたら、これを全部集めないといけないのかもしれない」

少女「こんな時にいい加減なことを言わないでくださいよっ!」

男「ごめん。そういうホラー小説を読んだことがあって、それで可能性としてあり得るかなと思ったから……」

友「確かにホラーだとありそうな展開だけど、入院中の患者をバラバラにしたら殺人事件どころか社会問題になるだろ。もう少し常識で考えてから発言しろよ」

男「それじゃあ、専門家的にはどうなんだよ。幽霊のことについては、俺たちよりも友のほうが詳しいはずだろ」

友「可能性としては分霊が考えられる」

少女「それって、どういうことをするんですか?」

友「神道では神様を無限に分けることが出来て、その分霊した神様にも同じ力が宿るとされているんだ。それを新しい神社に迎え入れて祀ることによって、大元の神社と同じご利益を授かることが出来るようになる。これが全国各地に同じ名前の神社がある理由なんだけど、もしかすると少女さんの幽体にも同じことをしたのかもしれない」

少女「分霊かあ。共通点がたくさんあるし、バラバラにされたと考えるよりはありそうかも」

友「ただ、病院が分霊をするなんて考えられないし、まあ何と言うか――」


友は言い淀み、パラボラアンテナに目を向けた。


友「その……少し言いにくいんだけど、少女さんの霊力が強すぎてオーバーフローを起こしてしまったのかもしれない」

少女「それってつまり、私がそのアンテナを壊しちゃったってことですか?」

友「この異常な反応を見る限り、そう考えるのが自然だと思う」

男「だったら、これ以外の方法はないのか?」

友「俺としては、これが最後の手段だと思っていたんだ。ここに身体がないなら魂を戻す交霊術も使えないし、手の打ちようがない」

少女「そんな……」

友「少女さん、期待させてごめん――」

男「こうなれば、双妹と友香さんだけが頼りだな」

少女「そういえば、二人の姿がありませんね」

男「ああ、何だか訳が分からないことばっかりだし、少女さんの家に行って事情を聞いてみることになったんだ」

少女「そうなんだ。やっぱり、お母さんに聞くのが一番確実かもしれないですね」

男「じゃあ、家に帰って双妹を待つことにする?」

少女「そうですね。そうします……」


一度家に帰ることになり、北倉駅に向かうバスの中。
俺は不安そうに俯いている少女さんに、そっと手を差し出した。
すると少女さんの手が触れて、俺の手をぎゅっと握り締めてきた。
その力強さが、生き返りたいという彼女の思いを表しているかのようだった。

今日はここまでにします
レスありがとうございました

~自宅・部屋~
友は自転車通学なので一度学校に戻ることになり、俺たちは最寄り駅で別れることにした。
何かが分かったときは、すぐに友に連絡することになっている。
そして2時間半が過ぎた頃、双妹が帰ってきた。


双妹「……ただいま」

男「おかえり。どうだった?」

双妹「会うには会えたんだけど、あまり話は聞けなかった」

男「そうなのか」

双妹「私たちが行ったときには家に誰もいなくて、しばらく待っていたらおばさんたちが帰ってきたの。それでその……葬儀会社の人も一緒で、少女さんの部屋に身体が運ばれて――」

少女「それって、私の遺体が病院から帰ってきたってことですか」

双妹「……うん。今夜がお通夜で、明日がお葬式なんだって。でも家族だけでしたいから、私たちが行くのは遠慮して欲しいみたい」

男「お葬式をするってことは、少女さんは……」

少女「そんな……私は間に合わなかったんだ。もう死んでしまったんだ」

少女「死にたくないっ、死にたくないよお!」

少女「ううっ……うわあああぁぁん!!」


今までどんなにつらい記憶を思い出しても、少女さんは気丈に振舞っていた。
それなのに、今は涙を見せて泣き崩れている。
悲痛な表情で声を上げて泣いている。

その悲しみは俺のせいだ。
俺が奇跡が起きると信じさせて、期待させてしまったからだ。
俺が彼女を苦しめてしまったのだ――。

双妹「……私、部屋に戻ってる。男は少女さんの傍に居てあげて」


双妹はそう言うと、きびすを返した。
そしてその後ろ姿を見やり、俺ははっとさせられた。
少女さんのことで、自分を責めている暇はない。
彼氏の俺が、少女さんを支えてあげなければならないのだ。


男「少女さん、俺が傍にいるから」


俺はそう言うと、むせび泣く少女さんを優しく抱き締めた。
すると、少女さんの温もりを感じた。

それからどれほどの時間が過ぎたのだろうか。
少女さんの温もりがふっと消えて、彼女は俺の腕をすり抜けた。


少女「……男くん…………」

男「気持ち、落ち着いた?」

少女「……うん。昨日も話したけど、私、分かっていたんです」

男「……」

少女「首吊り自殺をして助かるわけがないって。意識が戻っても、以前の生活を取り戻すことは出来ないって――」

少女「そう、分かっていたんです」

男「ごめん、俺が期待させたから……」

少女「ううん、男くんは悪くないよ。みんなが私の命を諦めていなくて、だから私も生きていたいと思ったの。奇跡を信じてみようかなって思ったの」

少女「自殺をした私がそう思えたことは、とても素敵なことだと思う。だから、ありがとう。私に生きていたいと思わせてくれて――」


少女さんは涙を拭くと、頬を緩めて微笑んだ。
それはまるで、憑き物が落ちたかのような表情だった。
そして、そのことが逆に俺の心を不安にさせた。

男「少女さん、何を考えているの」

少女「ちょうど良い機会ですし、今から家に帰ろうかと思っています」

男「家に帰る? でも、今まですごく嫌がっていたじゃないか」

少女「そうなんですけど、そこには私の身体があるので――」

男「あっ……ああ、そうか。生き返ることが出来るか試すってことだな」

少女「いえ、違います」

少女「今日、男くんから離れることが出来ましたよね。つまり、私の未練はもう叶っているのだと思います。だから私が死を受け入れるとしたら、今しかないのかもしれません」

男「死を受け入れる?!」

少女「はい、男くんが一緒なら帰れるような気がするんです。だからその、一緒に来てくれませんか」


少女さんはそう言うと、力強く俺を見詰めてきた。

男「ちょっと待ってくれよ! 俺たちは昨日、付き合い始めたばかりだろ。それって、成仏するってこと?」

少女「……そうなるかもしれません」

男「でも4月1日までまだ日があるし、もっと恋人らしいことをしてからでも遅くないんじゃないかな」

少女「恋人らしいこと……」

男「そう、俺たちはまだ一度もデートをしていないだろ」

少女「男くんが告白してくれたとき、私のことをつらいことがあっても前向きに頑張っていける人だと言ってくれましたよね」

男「ああ、言ったけど」

少女「だったら、私を支えて欲しいです。家に帰る勇気を出せるように――」

男「……」

男「……分かったよ。少女さんを家まで送り届けてあげるよ」

少女「男くん、ありがとう」

男「でも家に帰ることが出来るようになったら、待ち合わせをしてデートをしよう。約束だからな」

少女「うんっ、約束だね」

双妹「どこに行くの?」


俺たちが部屋を出ると、双妹が自分の部屋から出てきた。


男「今から少女さんの家に行って来る」

双妹「そうなんだ。少女さんが身体に戻れるか試しに行くの?」

男「いや、家まで送ってあげるんだ」

双妹「……」

双妹「だったら、私も行く」

男「大丈夫だって。少女さんがいるから場所は分かるし」

双妹「そうじゃなくて、男は少女さんのお母さんと面識がないでしょ。私がいれば、少女さんの家に入れるかもしれないわよ」

少女「家に入れるなら、双妹さんにも来てもらいませんか」

男「そうだな」


もし少女さんの家族の誰かの手が空いていれば、いろいろと話を聞けるかもしれない。
それに少女さんの魂が身体に戻れるか試してみるべきだ。
そう考えると、双妹の提案を断る理由はない。


男「それじゃあ、双妹も一緒に来てくれるかな」

双妹「うんっ」

男「じゃあ、少女さん。事情が変わったから、友に連絡してみる」

少女「友くんに?」

男「やっぱり、自分の身体に戻れるか試してみるべきだと思うんだ。それに、ぬいぐるみを調べることが出来るかもしれないだろ」

少女「……そうですね」

PiPoPa...


男「もしもし」

友『もしもし。何か分かったのか?』

男「ああ。少女さんの身体なんだけど、どうやら家に帰っているみたいなんだ」

友『家に?! それって、まさか――』

男「双妹の話では、お葬式の準備をしているらしい」

友『そう……なのか』

男「それで今から少女さんの家に行くんだけど、生き返ることが出来るか試しておきたいんだ。友も一緒に来てくれないかな」

友『……すまん。俺は今、そっちに行くことが出来ないんだ』

男「行けないって、何か用事でもあるのか?」

友『いや。そうじゃなくて、彩川医科大学附属病院に来ているんだ。ここからだと2時間半は掛かると思う』

男「どうして、友が大学病院に?」

友『少女さんの幽体反応で、ひとつだけ行けそうな場所のやつがあっただろ。それで、そこに行ってみたんだ』


彩川医科大学附属病院は、俺と双妹が2ヶ月毎に精密検査を受けている病院だ。
そしてその検査結果と問診表の回答を実質的に有償で提供し、同じ遺伝子を持つ異性一卵性双生児の成長や性的発達の記録、遺伝子の発現などの研究を行うことに協力している。
つまり、彩川医科大学附属病院は最先端医療や医学の研究を行っている病院なのだ。
そんな場所に、どうして少女さんの幽体があるのだろう。


男「それで、友のほうは何か分かったのか?」

友『いや、来てはみたものの手詰まりだ。ちょっと異常過ぎて訳が分からないし、本格的に壊れてしまったんだろうな』

男「……そうか」

友『これがないと困るし、家に帰ったら修理に出しておくよ』

男「ところで、少女さんを身体に戻すにはどうしたらいい?」

友『少女さんは幽体の状態を変えることが出来るし、霊的な力も強いだろ。だから戻れる状態にあるならば、自分の身体に憑依して霊子線を繋げば戻れると思う』

男「自分の身体に憑依すれば戻れるんだな」

友『あくまでも、戻れる状態にあるならば……だけどな。もしそれで駄目なら、俺も行くから交霊術を試してみよう』

男「分かった。じゃあ、俺たちは先に行ってるから」

友『ああ、最寄り駅に着いたら連絡する』

男「じゃあ、また後で」


俺はそう言って、通話を切った。
そして双妹と一緒に、少女さんを家まで送ることにした。

今日はここまでにします
レスありがとうございました

~最寄り駅~
少女さんの家は最寄り駅から歩いて10分ほどの場所にあるらしく、俺たちは歩いて行くことにした。
どうやら俺が南側の出入り口を利用しているのに対して、少女さんは北側の出入り口を利用しているという、それだけの違いしかなかったようだ。
俺と少女さんは小学校が別々で中学校が同じなのだから、そんなものなのかもしれない。

ちなみに外はにわか雨が降っていて、少女さんはレインコート姿になっている。
雨粒が全部すり抜けているみたいだけど、着替えた意味はあるのだろうか。


少女「なんだか緊張してきた」

男「緊張してきたって言うけど、自分の家だろ」

少女「そうですけど、もう一週間以上帰っていないから」

男「ああ、そうか。これが初めてのプチ家出だね」

少女「やっぱり、これって家出ですよねえ。私の家に浮遊霊が集まっているらしいし、もしかして怒られたりするのかなあ」

男「それはあり得るかも」


そんなことを話しつつ、駅舎の中を通り抜ける。
そして、北側の出入り口から外に出た。

男「少女さんの家はここから……はぐぅうっ!!」

双妹「どうしたの?」

男「えっ、いや……ええっ?!」

双妹「雨が降ってるんだし、早く行きましょ」

男「なあ、双妹。ここって、何もないよなあ」

双妹「何もないわよ。ほらっ……」


そう言って、双妹が俺の手を取る。
そして「何言ってるの?」といった表情で、俺を見た。


男「じゃあ、俺だけか。ここに見えない壁があるのは」

双妹「見えない壁?」

男「ああ。自分でも信じられないんだけど、ここに何かがあるんだ」


俺だけが通ることの出来ない壁。
その壁の向こう側に、少女さんの家がある。
そう思ったと同時、双妹の視線が俺の後ろに向かった。

少女「……ごめんなさい」

少女「私、やっぱり帰りたくない」

双妹「家に浮遊霊が集まっているから?」

少女「ううん、そうじゃなくて怖いんです。きっと良くないことが起きると思う」

双妹「それでも、家に帰るって決めたんでしょ。自分の身体に戻れるかもしれないし、頑張って帰りましょうよ」

少女「それは分かっているけど、どうしても近付きたくないんです」


少女さんの行動を制限する、約1.5メートルの行動範囲。
今までは俺がその行動範囲から出ようとすると、少女さんの身体が強制的に引っ張られていた。
行動を制限されているのは、いつも少女さんのほうだった。

それなのに、今は俺のほうが制限を受けている。
そこまでして、家に帰りたくはないということなのか?

少女さんの首吊り自殺の偶発性。
それが、彼女をこんなにも苦しめているのだ。

――「あれっ? 男くんと双妹ちゃんじゃないか!」


不意に名前を呼ばれて、俺と双妹は振り返った。
するとそこには、スーツを着た男性の姿があった。


男「えっと、記者さん?」

記者「ああ、こんにちは」

男・双妹「こんにちは、お久しぶりです」

記者「二人とも、大きくなったねえ。もう高校生くらいかな」

男「はい、今は1年です」

記者「そっか、早いなあ」

双妹「記者さんは取材でこちらに?」

記者「そのつもりだったんだけど、さすがに先方の都合が会わなくてね。それで休憩がてら喫茶店を探していたら、君たちを見かけたって訳だ」

双妹「そうなんですね」

少女「あのっ、この方はお知り合いなんですか?」

男「この前見せた双子の特集記事を書いてくれた人だよ。2分の1成人式の撮影にも顔を出してくれたり、親父が懇意にしている人なんだ」

少女「へえ、あれを書いた人なんだ。でもそれって、あの出版社の人ってことですよね」

男「まあ、そういうことになるかな」

少女「そっか、そうなんだ――」


少女さんはそう言うと、記者さんを見据えた。
その視線には、明らかに敵意が込められている。
それに気付いた双妹が、小さな声でささやいた。


双妹「少女さんって、記者さんと何かあったの?」

男「例の男子生徒の件で、記者さんが勤めている出版社と険悪な関係になっているんだ」

双妹「……ふうん」

男「記者さん。雑誌記事のことで、いくつか聞いてもいいですか」

記者「別にいいけど、この後も仕事で17時には戻らないといけないんだ。だから手短に頼むよ」

男「分かりました。冬休みに北倉高校で男子生徒が自殺したんですけど、それを記事にしたのは記者さんですか」

記者「……なるほど」

記者「話が長くなりそうだから、そこの喫茶店に入ろうか」

男「そうですね」

双妹「えっ、いいんですか?」

記者「雨の中で立ち話をするのもあれだし、もともと休憩するつもりだったからね」

双妹「そうなんだ。ありがとうございます♪」

~喫茶店~
駅前の喫茶店に入り、俺たちは記者さんと向かい合わせに座った。
少女さんは俺の隣に立ち、記者さんをじっと見据えている。

それも無理はない。
記者さんは、少女さんを盗撮して精神的に追い詰めた出版社に勤めているからだ。
俺は彼氏として、その辺りのことを聞き出さなければならない。
そして謝罪させなければならない。

そう考えていると、ウエイトレスさんがやってきた。
とりあえず、俺と双妹はミルクティーとホットココアを注文した。

記者「さっきの質問に答える前に聞きたいんだけど、男くんは自殺をした男子生徒と友達だったのかい?」

男「いえ。俺が聞きたいのは、男子生徒のことではなくて少女さんのことです」

記者「少女さん?」

男「はい。少女さんが男子生徒を自殺に追い込んだかのように書いたせいで、少女さんはずっと苦しみ続けているんです」

少女「そうです!」

男「あの記事を書いたのは記者さんですか」

記者「あれを書いたのは俺じゃあない。知っているだろうけど、俺は健康や医療に関するテーマの記事を担当しているんだ」

男「だったら、誰が書いたのか教えてください」

記者「それは出来ないけど、あの記事に関する質問なら聞いてあげるよ」

少女「ねえ、男くん。この人も同じ出版社に勤めているんだから、まずはこの人から謝罪の言葉を聞きたいです!」


少女さんは強い口調で言った。
どうやら、質問よりも先に謝罪の言葉を聞きたいらしい。


男「それなら、まずは謝罪の言葉を聞きたいです。あの記事のせいで、少女さんが傷付けられたから」

記者「謝罪……ねえ。それは俺ではなくて、編集長や担当者がするべき仕事だろ。しかも、家族ですらない男くんに対して、なぜ謝罪しなければならないんだい?」

男「家族ではないかもしれないけど、少女さんは俺の彼女だからです」

記者「そう……だったのか」

記者「しかし、男くんが彼女の彼氏だったとしても安易に謝罪することは出来ないよ」

男「どうしてですか!」

記者「ただ単に謝罪の言葉を聞きたいだけなのかもしれないけど、それはとても大変なことなんだ。もし俺が謝罪をすると、『男子生徒が自殺をした事件を扱った記事で女子生徒の名誉が毀損されたこと』について、事実とは反することを認めてしまうことになるじゃないか。担当ではない俺に、そんな権限があると思うかい?」

少女「何、それっ! 開き直らないでください!」

男「つまり、出版社は少女さんに謝罪するつもりはないって事ですか」

記者「謝罪するつもりも何も、係争問題に発展することなく解決しているんだから謝罪する必要はないんじゃないかな」

少女「……ええっ?!」

男「ちょっと待ってください。俺は出版社からの謝罪が一度もないと聞いているんだけど」

記者「ご家族の方の誤解が解けて、それで解決している案件だからだよ。それはそうと、男くんは記事を読んだ上で謝罪をするべきだと言っているのかい?」

男「……いえ、読んでいないです」

記者「それだと話にならないね。彼女の期待に応えたいという気持ちは分かる。だけど自分でよく考えることをせずに、ただ単に同調するだけではお互いのためにはならないよ」

記者「彼女が正しければ、一緒に共感する。彼女がもし間違っていれば、それを正してあげる。それも大切なことなんじゃないかな」


そう言われ、俺は何も言えずに俯いた。
少女さんに話を聞いたとき、一度は記事を探して読むべきだとは思ったけれど、結局、俺は探すことすらしなかった。
それなのに聞きたいことがあるとか、出来るはずがない。


男「記者さん、すみませんでした。家に帰ったら、記事を読んでみることにします」

少女「……むぅっ、何だか納得いかないです」

話が一息つくと、注文した飲み物がタイミングよく運ばれてきた。
俺はミルクティーを口に含み、冷えた身体を温める。
双妹はホットココアを飲みながら、サービスの麩菓子を摘まんで口に運ぶ。
俺も食べてみると、フレンチトースト風でカリカリの焼け具合がとても香ばしかった。


男「意外と美味しいな」

双妹「そうだよね。すごく素朴なんだけど、甘くて美味しい//」

記者「とりあえず、聞きたいことはもういいのかな」


記者さんはコーヒーカップを置いて、話の続きを促してきた。
その言葉を受けて、少女さんはストーカー行為のことを口にした。
自殺の偶発性に関わる問題なだけに、この話題は絶対に聞かなければならない。
俺はティーカップを置き、記者さんを見据えた。


男「いえ、まだ聞きたいことが他にもあります」

男「少女さんがマスコミにストーカー行為をされていると言っているんですけど、彼女の部屋を盗撮しているなんて事はないですよねえ!」

記者「そのマスコミって、うちのことなのかい?」

少女「もちのろんですっ!」

男「彼女はそう思っているようです」

記者「うちがそんな犯罪まがいの取材をする訳がないじゃないか。今からでも遅くないから、警察に相談したほうがいい。ご家族の方はそのことを知っているのかい?」


この反応は想定外だった。
確かにストーカー行為をされているのならば、すぐに警察に相談するべきだ。
少女さんは警察に相談したのだろうか。


男「そこまでは聞いてないです」

記者「そうか。それで、そのストーカー行為がいつからあったのか聞いているかな」

男「今月の12日に気が付いたと聞いてますけど」

記者「じゃあ、彼女がそれ以外に悩んでいたことは?」

男「えっ、それ以外に悩んでいたこと?」

記者「何でもいいから、心当たりがあれば教えてくれないかな」

双妹「あのー、質問をしているのは私たちですよ」

男「……そういえば!」

少女「これがマスコミのやり口なんですよね。油断をすれば、いつの間にか情報を引き出されているんです」

記者「そういうつもりはなかったんだが、気に障ったのならごめんね」

双妹「それで、何を聞きだそうとしていたんですか。ここには少女さんのことで取材に来ていたんですよねえ」

少女「ええっ! この人が私のことを調べている?!」

記者「双妹ちゃん、取材の相手と内容は答えられないよ。先方との信頼関係が壊れることになるからね」

双妹「それはそうかもしれないけど、これは偶然なのかなあ――」

記者「……この話は終わりにしよう。男くんは他に聞きたいことがあるかな」

男「北倉高校の件は解決しているし、ストーカー行為もしていないんですよね」

記者「そうだよ」

男「だったら、どうしようか」

少女「とりあえず、今日はもういいです」

男「それじゃあ、聞きたいことはもうないです。ありがとうございました」

記者「そうか、納得することが出来たのなら良かったよ。ところで、お父さんはもう行ったのかな」

男「行きましたよ。一昨日の土曜日に飛行機で――」


親父の話を皮切りに、俺たちは記者さんの思い出話に付き合うことになった。
それからしばらくして、記者さんのスマホが鳴った。


記者「どうやら、編集長がお呼びのようだ。久しぶりに二人に会えて、とても楽しかったよ。ここの御代は払っておくから、ゆっくりしていってくれ」

男・双妹「……はい、ごちそうさまでした」

記者「もしつらいことがあったら、兄妹で支えあって頑張るんだぞ。それじゃあ、お母さんにもよろしくね」

男「これからどうしようか」

少女「とりあえず、友くんを待ちませんか?」

男「そうだな。友がいれば、何とかしてくれるかもしれないし」

双妹「そんなことより、私に言わないといけないことがあるんじゃないの」

男「双妹に言わないといけないこと?」


それは一体何のことだろう。
そう考えていると、双妹が不機嫌そうに口を開いた。


双妹「二人は付き合っているんでしょ。それって、どこまで本当なの?」

男「あ……ああ、そのことか。双妹には話していなかったけど、昨日、少女さんに告白して付き合い始めたんだ」

双妹「ねえ、どうして一言も相談してくれなかったのよ」

男「少女さんに取り憑かれたことは、双妹に相談しただろ。でも、信じてくれなかったじゃないか」

双妹「それは――」

男「だから、双妹に少女さんのことを話すのを止めたんだ」

双妹「そうだったんだ……。私はどんなことでも分かり合えると思ってた。どんなことでも話をしたいと思ってた。それなのに、ごめんなさい」

男「いや、俺のほうこそごめん。昨日の内に、少女さんのことを説明しておけば良かったと思うし」

双妹「昔は、気持ちがすれ違うことなんてなかったよね……」

双妹「だから、私たちはもっと話し合わないといけないんだと思う。今まで以上に、お互いのことを知ろうとしないといけないんだと思う」

男「それは大切なことかもしれないけど、双妹はもう少女さんのことを信じてくれているんだろ」

双妹「うん、そのことはもう信じてる。だから、言わせて欲しい」

双妹「私は二人が付き合うことは、絶対に反対だから」

男「この前は応援しているって言ってくれただろ」

双妹「そのときは少女さんの状況を知らなかったから、応援しているって言ったの。でも今は――」

少女「私が幽霊だから認められないってことですか?」

双妹「そうだよ」

男「それがどうしたって言うんだよ! 人が人を好きになるっていうのは、理屈じゃないだろ」

双妹「そんなこと、私も分かってる。分かっているけど、好きになってはいけない相手もいるんだよ!」

男「じゃあさあ、少女さんが自分の身体に戻れれば応援してくれるのか」

双妹「それは分からないけど、本気なの?」

男「当たり前だろ」

双妹「……はあ、仕方ないわね」


双妹は呆れたように言うと、ホットココアを一気に飲み干した。
そして軽くお腹をさすり、バッグの中からサニタリーポーチを取り出した。

双妹「ちょっと、お手洗いに行ってくる」


双妹はそう言うと、少女さんを一瞥して席を立った。
わざとらしく生理中であることをアピールしていくあたり、少女さんに対する牽制が始まっているのだろう。


少女「双妹さんには認めてもらえませんでしたね」

男「そうかもしれないけど、少女さんのことで協力をしてくれているし、今は機嫌が悪いだけじゃないかな」

少女「そうなんですかねえ」

男「とりあえず、今は家に帰ることだけを考えよう。双妹のことは、その後でも遅くないだろ」

少女「……そうですね」


少女さんはそう言うと、お手洗いを見据えた。
俺はそんな彼女を見やり、ミルクティーを手に取る。
そして口に含むと、それはすでに冷たくなっていた。

今日はここまでにします
レスありがとうございました

~最寄り駅~
1時間半が過ぎた頃、友から電話が掛かってきた。
そして状況を説明し、俺たちは最寄り駅で合流した。


友「男、待たせたな」

男「いや、大丈夫だ。思っていたより早かったくらいだよ」

友「それで、少女さんが家に帰れないんだっけ」

男「ああ。不思議な力が働いて、まったく近付けないんだ」

双妹「そうそう。押しても引いても駄目なんだよね」


友が来る30分ほど前に雨が止んだので、俺たちは少女さんを家に帰らせることが出来ないか何度も挑戦してみた。
しかしその度に見えない壁に阻まれ、まったく近付くことが出来なかった。
少女さんの家に帰りたいという気持ちは、自殺の偶発性よりも弱いということなのだろう。

友「依り代の行動を制限するとか、さすがに憑依霊としての力も強力だな」

少女「友くん。どうすれば、私は家に帰れるんでしょうか」

友「少女さんを捕縛して連行する方法もあるけど、探知機を壊すほどの霊力を持った浮遊霊だからなあ。俺の力だと拘束具のほうが持たないだろうし、その方法は使えないだろうな」

男「じゃあ、他に方法はないのか?」

友「親父に依頼すれば、本格的な霊具を使って対処することが出来るはずだ。だけど、俺は気持ちの問題なんじゃないかと思ってる」

男「気持ちの問題?」

友「事故死霊が自分が死んだ現場に戻ることが出来ないのは、一種の心的外傷後ストレス障害に囚われているからなんだ。帰りたいという気持ちがあるなら、少しずつ克服していくしかないだろうな」

少女「結局、私の心が弱いから帰れないってことなんですね」

友「少女さんが悪いわけじゃないよ」

少女「ありがとう……」

男「少女さんが家に帰れないと、自分の身体に戻れるか試せないよな」

少女「男くん、ごめんなさい」

男「いや、俺の方こそごめん。少女さんを家まで送ってあげるつもりだったのに……」

双妹「ねえ、男。もう6時を過ぎてるし、今日は諦めたほうがいいんじゃない?」

男「俺はもう少し頑張ってみたいんだけど」

少女「そのことなんだけど、少し気持ちの整理をさせてください。生き返るチャンスを失ってしまうけど、もともと死を受け入れるつもりだったし、やっぱり家に帰るのは嫌なんです――」

男「そっか、少女さんの気持ちが優先……だよな」

少女「……」

双妹「じゃあ、みんなで帰りましょうか」


俺は小さくため息をつき、しぐれ模様の空を見上げた。
そして、仕方なく家に帰ることにした。

~自宅・親父の書斎~
自宅に着くと、俺と双妹は親父の書斎に向かった。
北倉高校の男子生徒が自殺した一件について、週刊誌の記事を読むためだ。


男「少女さんが読んだのは、この記事だよな」

少女「……うん」

双妹「とりあえず、読んでみましょ」

男「そうだな」

今日はここまでにします
レスありがとうございました

・・・
・・・・・・
双妹「何これ、本っ当に最低なオトコじゃん!」

男「そうだよな。こんなことをして許されると思っているのかよ!」


俺と双妹は記事を読み終わり、声を荒らげた。
男子生徒が遺書を遺していた事は知っていたけど、まさかブログで公開していたとは思わなかった。


双妹「私、デートDVなんてものがあるなんて知らなかった。すごく怖いんだけど、少女さんはその……大丈夫だったの?」

少女「ブログは削除されているんだけど、私の名前や学校名を検索すると拡散された遺書がヒットするんです。たくさんの人が私のことを知っているのかと思うとつらいけど、友香ちゃんやクラスのみんながたくさん励ましてくれました」

少女「だから、私は大丈夫です」

男「大丈夫って言うけど、こんなことをされて平気なはずがないだろ!」

双妹「……そうだよね。私たちもネット上に色んな情報や動画が拡散されているけど、それとはまったく意味が違うもんね」

少女「もういいんです。少年くんの遺族の人と話をしてたくさん謝罪をしてくださったし、もう解決したことですから」

男「そんなの強がっているだけだと思う」

少女「心配してくれてありがとう」


少女さんはそう言うと、笑顔を浮かべた。
その表情はどことなく冷めていて、やんわりと拒絶の意思を感じられた。


男「もしつらいことがあったら、いつでも話を聞くから」

少女「……うん」

少女「ところで、出版社の人の話を聞いてからこの記事を読んで印象が変わりましたよ」

男「それって、どういう風に?」

少女「最初に読んだときは、私が少年くんを自殺に追い込んだかのように書いている記事だと思っていたのだけど、本当は私のことを守ろうとしてくれている記事だったんですよね」

男「ああ、それは俺もそう思った」


この記事の主題は少女さんに対する名誉毀損ではなくて、SNS上のデートDVによる被害者である少女さんの救済と問題提起だった。
恐らく、当事者意識による思い込みが誤解を招いてしまったのだと思う。
俺は少女さんの言葉を真に受けるのではなくて、あのときに読んでおくべきだったのだ。


少女「こんな記事を書いてくれる出版社が、私のことをストーカーするはずがありません。何だか申し訳ない気持ちでいっぱいです」

男「とりあえず、誤解が解けたみたいだね」

少女「はい。双子の特集記事も素敵だったし、ちょっと好きな雑誌になりそうです」

双妹「まあ、えっちな記事とかヌード写真も多いけどね」

少女「そ……そういうところは、あまり好きになれないかも//」

双妹「あはは、私もあまり好きじゃないかな。でも、男はそういうのが好きみたいだよ。スマホでもよく動画を見ているみたいだし」

少女「ええっ?! そ、そうなんだ//」

男「おい、少女さんに余計なことを言うなよ」アセアセ

双妹「余計なことじゃなくて、大切なことだよ。少女さんは男に取り憑いているから、24時間ずっと一緒にいるんでしょ」

男「まあ、トイレ以外はずっと一緒だな」

双妹「それってさあ、少女さんが成仏するまで続くんだよねえ」

男「多分、そうだと思う」

双妹「そんなの、どう考えても普通じゃないんじゃないかなあ」

男「そうかもしれないけど、離れることが出来ないんだから仕方ないだろ」

双妹「それは少女さんの都合でしょ。この世に未練があるのかもしれないけど、だからと言って、男のプライバシーを侵害してもいい理由にはならないと思うの」

少女「それじゃあ、私が取り憑くのをやめれば良いってことですか?」

双妹「それが出来るのなら、私と男だけで少女さんの家に行くことが出来たはずですよね」

少女「それはそうなんですけど――」

双妹「つまり、少女さんは男のプライバシーを確保する方法を考えないといけないんです」

男「プライバシーの確保って言うけど、今のままでも大丈夫なんじゃないかな。トイレに行くときは外で待ってくれているし、着替えるときも後ろを向いてくれてるから」

少女「そうですよね。私なりに気を使っているつもりです」

双妹「あのさあ、男にとって、プライバシーはそれだけじゃないでしょ」


双妹は不機嫌そうに言うと、週刊誌を手に取った。
そして、カラーページを開く。
するとそのページには、巨乳アイドルの扇情的なヌードグラビアが掲載されていた。

双妹「男は少女さんが一緒にいても、こういう画像とかアダルトサイトを見たりしているの?」

男「いや、双妹じゃないんだから、そういうサイトを一緒に見たりするとか出来るわけがないだろ」

双妹「金曜日の夜、『したいけどそんな時間がない』って言ってたよねえ。少女さんがいるせいでえっちなことを我慢するしかないのなら、性的なプライバシーが確保されていないことになるんじゃないの?」

男「まあ、そう言われるとそうかもしれないけど――」

双妹「それって、デートDVの被害に遭っていることになるんじゃないのかなあ」

少女「私が男くんにデートDV?!」

双妹「そうだよ。少女さんのせいでオナニーをしたくても出来ないんだから、そういうことになると思う」

少女「そ、それって、一人でするアレのこと……ですよねえ//」

双妹「そう。男はいつも週に4、5回くらいしているんだよ。それなのに夢精するまで10日以上も我慢させるとか、私だったら絶対に有り得ない!」

少女「ごめんなさい。私、兄弟がいないから、男子のそういう欲求がよく分かっていなくて……」

男「別に謝るようなことじゃないし、少女さんは何も気にしなくていいから」

少女「でもその……男くんは、ひとりでえっちなことをする時間が欲しいんですよねえ」

男「それはそうだけど、でもなんて言うか、しばらく俺が我慢すればいいだけの話だろ」

双妹「そんな状態で、少女さんと付き合っているとか言うつもり?」

男「特殊な状況だし仕方ないじゃないか」

双妹「そんなのおかしいよ。少女さんが一方的なデートDVをしているのに、男がそれを我慢し続けるなんて間違っていると思う」

少女「それじゃあ、私はどうすればいいんですか」

双妹「さっきも言ったけど、男のプライバシーを確保する方法を考えればいいと思う。離れることが出来ないのなら、とりあえず一緒に現状を改善する方法を探しませんか」

少女「一緒に?」

双妹「みんなで考えれば、きっといい方法が見つかるだろうし」

少女「そう……ですね」

男「それで、双妹には何か考えがあるのか?」

双妹「ううん、まだ考えているところ」

少女「あの……ふと思ったんですけど、双妹さんはどうしていたんですか。双妹さんの部屋に二段ベッドがあるってことは、最近まで男くんも同じ部屋で寝ていたってことですよねえ」

双妹「そうだけど、あまり参考にならないかも」

少女「そうなんですか」

双妹「うん。私たちにはプライバシーが必要なかったから」

少女「えっ?」

双妹「だって、男はもう一人の私なんだよ。そういうことが恥ずかしいなんて思ったことがないし、一時期、お互いに暗黙のルールがあったくらいじゃないかなあ」

少女「それって、普通……なんですか」

双妹「どうなんだろ。私は普通だと思うけど――」


双妹がそう言うと、少女さんが困惑の眼差しを向けてきた。
男子生徒の自殺の記事を読みに来ただけのはずなのに、どうしてこんなことになっているんだよ。
勘弁して欲しい。

男「あのさあ、よくよく考えてみれば、俺がトイレですればいいだけだろ」

双妹「それって、不衛生なんじゃないの?」

少女「そ……そうですよね。あまり好ましいとは思えません」

男「それじゃあ、少女さんが双妹の部屋に行けば良いんじゃないかな」

双妹「……えっ、私の部屋に?!」

男「双妹なら女同士だし、それですべて解決だろ」

双妹「ちょっと待ってよ。私にもそういうプライバシーがあるんだから、少女さんがずっと部屋に居るのは困るんだけど」

男「それは分かっているけど、他に良い方法がないだろ」

双妹「だったら、男が私の部屋に戻って来てよ。それで少女さんにずっと隣の部屋に居てもらえば、私たちもアレだし一番良いんじゃないかなあ」

男「確かにそういう方法もあるけど、さすがにちょっとアレだよな」

双妹「ん~、まあ、少女さんがいるし……ねえ」

少女「あのっ! 私は時間を決めれば良いと思います。例えば11時まで男くんの部屋で過ごして、その後は朝まで双妹さんの部屋で過ごすとか――」

男「なるほど。それが一番いいのかもしれないな。時間が決まっていれば、双妹に迷惑を掛けることもないだろうし」

双妹「まあ、少女さんが時間を守ってくれるなら別に良いけど、もう少しルールを決めて欲しいかな。急に壁をすり抜けて入って来られたら、びっくりするし」

少女「それもそうですね」


そんな訳で、少女さんは双妹の部屋の洋服ダンスを通って中に入ることが決まった。
そこならば、部屋に入る前に声を掛けることが出来るからだ。
そして、夜は以前まで俺が使っていた二段ベッドの上段で寝ることになった。


男「結局、俺が最初の日に提案したことに落ち着いたな」

双妹「ふうん、そうなんだ」

少女「……ごめんなさい」

双妹「ちなみに、今日から毎日、私も男と一緒にお風呂に入るからね」

男「ああ、分かった」

少女「ええっ?! それはきっぱり断ってくださいよ!」

双妹「ふふっ♪ それじゃあ、話が纏まったみたいだし、私は晩ご飯の準備を手伝ってくるわね」

少女「……はあっ。男くんと双妹さんって、本当にツイコンだよね」

男「ツイコンって何だよ」

少女「兄妹とは思えないくらい仲が良いと言うか、そういう事です」


少女さんは呆れたように言うと、ぷいっとそっぽを向いた。
とりあえず、双妹が一緒にお風呂に入ると言うのなら、それを利用してこちらから歩み寄っていくしかないだろう。
上手く行けば、少女さんのことを認めてくれるかもしれない。


男「何だかんだ言って、双妹も少女さんのことを知ろうとしているみたいだな」

少女「そうなんですかねえ」

男「そうでもなければ、少女さんと一緒にお風呂に入るなんて言わないだろ」

少女「私たちを二人きりにしたくないだけなんだろうけど……まあ、そういうことにしておきます」

今日はここまでにします
レスありがとうございました

少女「ところでその、今夜は一人でえっちなことをするんですよねえ?」


少女さんは一転して、好奇の眼差しを向けてきた。
俺たちの前には、週刊誌のヌードグラビアが広げっぱなしで置かれている。
双妹もそうだけど、どうしてこういうことを聞きたがるのだろう。


男「そういうことって、普通は女子に話すようなことじゃないと思うんだけど」

少女「そ……そうだよね。それじゃあ、男くんはどの女優さんが好みなんですか」

男「それなら、ぱっと見た感じはこの人が好みかも」

少女「ふうん、そうなんだ。私と違って胸が大きいし、すごく可愛いですよね」

男「まあ、グラビアアイドルってそんな人ばっかりだし」

少女「やっぱり、男子は双妹さんみたいに胸が大きい女性のほうが良いのかなあ」

男「それは人それぞれだと思うし、俺は控えめな女性も好きだよ」

少女「……それは言わないほうがよかったかも。どうせ、私は胸がないもん」プイッ

~部屋・夜~
晩ご飯を食べた後、双妹の部屋で洋服ダンスや二段ベッドの位置を確認し、3人でお風呂に入った。
そのときに双妹が生理中でちょっとしたアクシデントがあったけれど、やがて夜も遅くなり、少女さんが双妹の部屋に行く時間が迫ってきた。


男「そろそろ時間だな」

少女「そうですね」

男「……」

少女「……」


すぐに会話が途切れてしまった。
今日はいろいろな事がありすぎて、お互いに疲れている。

少女さんは自殺後、しばらく意識不明の状態で入院していた。
つまり浮遊霊ではなくて、生霊だった。

しかし、死亡が確定してしまった。
いまだに家に帰ることが出来ず、自分の身体と対面することも叶わない。
俺がそんな少女さんにしてあげられることは、一体何なのだろう。

少女「あの、双妹さんの部屋に行ってきます」

男「そっか」

少女「それじゃあ、今夜はその……頑張ってくださいね//」

男「頑張るって、何をだよっ」

少女「何をって言われても、お……おな――」

少女「うぅっ、おなすみなさいっ!」


少女さんは顔を赤らめると、ふわりと浮かんで壁をすり抜けた。
恥ずかしいなら言わなければいいのにとは思うけれど、えっちな単語を言おうとする姿はすごく可愛かった。

俺はそう思いつつ、スマホを片手にベッドの上で横になる。
それからしばらくして、壁の向こう側から双妹と少女さんの話し声が聞こえてきた。
俺と少女さんが離れることが出来るのは、およそ1.5メートル。
壁を一枚挟んでいるだけとはいえ、今夜は一人で過ごす久しぶりの夜だ――。

私は気を取り直し、駅がある方向を見た。
歩道の雪はすでに踏み固められていて、その上を多くの生徒が列をなして歩いている。
人も増えてきたし、そろそろ男くんが登校してくるだろう。

そう思っていると、歩道の脇に溜まっていたシャーベット状の雪を車が踏みつけた。
そのせいで、歩いていた男女に氷水が撥ねる。
しかし、間一髪のところで男子生徒が傘を倒して防ぎ、難を逃れることが出来たようだ。

そして、走り去った車を見据える男女。
その二人は、男くんと彼女と思しき女子だった。

男「双妹、浴びてないか?」

女子「大丈夫だよ。ありがとう」

男「融雪道路に出てきた途端、これだもんな。勘弁して欲しいよ」


どういうこと……。
二人は一緒に登校するくらい仲がいいの?!

以前、友香ちゃんは彼女のことを妹かもしれないと言っていた。
しかしそれが正しいとすると、彼女は男くんと同い年だということになってしまう。
普通に考えて、そんなことがあるはずがない。

やっぱり、男くんは彼女と付き合っているんだ――。

そう思うと、心がちくりと痛んだ。
でも、これで良かったのかもしれない。
私は自分にそう言い聞かせ、男くんを見送った。

それからしばらく立ち尽くしていると、ふいに背後から視線を感じた。
私は慌てて振り返り、周囲を見渡す。
すると男子生徒が自転車に跨ったまま、じっとこちらを見ていることに気が付いた。

お互いに目が合い、彼がしまったという顔で目を逸らす。
その顔には見覚えがあった。
中学生のときに同じクラスだった友くんだ。


少女「もしかして、私のことが見えているんですか?」

友「……そうだけど」

少女「すごいっ! 私のことが見えているんだ!!」

友「俺は今、浮遊霊なんかに構っている暇はないんだけど」

少女「あっ、ああ……ですよね」

友「じゃあな」

友くんはそれだけを言うと、私を一瞥して校舎裏に向かって自転車を漕ぎ出した。
その後ろ姿を見つつ、私はふと疑問に思った。
友くんには、どうして私の姿が見えていたのだろう。

そもそも、見えるとは何だろうか。

私は生物の授業で勉強したことを思い出す。
目の働きと視覚情報の伝達経路。
ものが見えるのは、網膜に映った像が視神経を通じて大脳に伝達されるからだ。

大脳に伝達される?

……あっ!
分かったかもしれない。

~お昼休み・少女さん~
男くんの教室を探して中に入ると、友くんと例の彼女も同じ教室だということが分かった。
男くんは一人で漫画を読んでいて、彼女さんは友達と雑談をしているようだ。
その様子を窺っていると、友くんが席を立った。
彼には私の姿が見えているので、もしかすると勝手に教室に入ったことで何か言われるかもしれない。
私はそう思い、急いで隠れることにした。


友「そうじゃなくて、チョコは貰えたのかって聞いてるんだ」

男「試合じゃなくて、そっちのほうか」

友「それで、どうなんだよ」

男「もちろん貰ったぞ。双妹からだけど!」

友「なんだそりゃ。そんなもん、ノーカウントだっつうの」

男「彼女がいない俺たちには、まったく関係ないイベントだな」

友「はあ、確かに……」

その会話を聞いて、私は自分の耳を疑った。
『双妹』は男くんの彼女の名前だ。
その彼女からチョコレートを貰ったのに、男くんは彼女がいないと言っている。

もしかして、ただの女友達なのだろうか。
そう思っていると、例の彼女さんがやってきた。
そして、友くんにチョコレートを手渡した。
しかも、それは男くんが選んだものらしい。

これって、私にもまだチャンスがあるってこと?

そう考えると、急激に気持ちが高まってきた。
私がここに存在していることを知ってもらいたい。
そして、男くんに気持ちを伝えたい。

こんなとき、友香ちゃんならどんなアドバイスをしてくれるのだろう。
それを頭に思い浮かべながら、私は校門脇に戻って男くんの帰りを待つ。
やがて辺りが暗くなり、男くんが雪の中を歩いてきた。
私は勇気を出して、さり気なく声を掛ける。


少女「部活、お疲れさまでした――」

いつもありがとうございます
諸事情により、今回から一区切り兼お礼の下げ更新を控えようと思います

(2月23日)tue
~自宅・部屋~
翌朝、目が覚めて隣を見ると、そこに少女さんの姿がなかった。
いつもなら俺を起こしてくれたり、掛け布団をすり抜けて寝姿を晒している少女さん。
その彼女が隣にいないことが、何だかもの寂しく感じた。
いつの間にか、一緒に寝ることが当たり前になっていたらしい。


男「まあ、着替えるとするか」


俺はベッドから降りて、暖房と明かりをつける。
そして洋服ダンスに歩み寄り、パジャマから制服に着替えた。


少女「えっ、あれっ?!」


ふいに背後から少女さんの戸惑う声が聞こえた。
背丈ほどの高さの場所で横になり、寝ぼけた表情で浮遊している。
どうやら、俺に引っ張られて双妹の部屋からすり抜けてきたようだ。

男「少女さん、おはよう」

少女「えっと、あの……男くん、おはよう」アセアセ

男「壁をすり抜けるとか、ものすごい寝相の悪さだね」

少女「そ……そんなことはないです//」


少女さんは恥ずかしそうに否定すると、ふわりと浮かんだままゴミ箱を覗き込んだ。
そして顔を赤らめ、まじまじと好奇の視線を向けてきた。
昨日のこともあって軽い冗談で爽やかな朝を演出しようとしたけれど、少女さんは俺がオナニーをしたのかどうかが気になるようだ。
我慢できなくなって抜いてしまったけど、ひょっとすると失敗したかもしれない。

男「どうかした?」

少女「いえ、昨日の朝と同じ匂いがするから、あのあと本当に一人でしたんだなと思って//」

男「あ、ああ、どうしても我慢できなくなって……」

少女「ふふっ、男くんは健全な男子だもんね。えっちな事をしたくなるのが普通なのに、今まで我慢をさせてごめんなさい」

男「いや、良いって。別に謝るようなことじゃないし」

少女「でも私、双妹さんに言われるまでずっと性的なことをないがしろにして来たと思うんです」

少女「男くんが週に5回もえっちな事をしているなんてびっくりしたけど、そういう一面も好きになるから、これからは我慢をしたりしないでくださいね//」

男「そんな事を言われると恥ずかしいけど、少女さんに嫌われなくてほっとしたかも」

少女「ふふっ。男くんがどんなにえっちでも、私が男くんを嫌いになることは絶対にあり得ないですから//」

男「ありがとう。俺も少女さんのことが好きだよ」

少女「うん、私も男くんが大好きです//」

双妹「男、おはよう♪」

男「おはよう」


少女さんといい雰囲気になってきたところで、双妹が部屋に入ってきた。
そして、ゴミ箱に視線を向けて少女さんを見据える。


少女「双妹さん、おはようございます」

双妹「おはよう。少女さんは早起きだね」


双妹は皮肉混じりに言いつつ、お腹をさすった。
今日は生理2日目ということもあり、ちょっと辛そうだ。

男「やっぱり、今日は少し辛そうだな」

双妹「まあね」

男「俺が朝ご飯の準備を手伝ってくるから、双妹はゆっくりしてろよ」

双妹「うん、ありがとう。そうしてくれると助かる」

男「それじゃあ、行こうか」


俺は少女さんに声を掛け、部屋を出た。
すると双妹が俺の隣に駆け寄り、頬を緩めた。
まあ、こうなるだろうなとは思った。


双妹「ふふっ♪」

少女「……」

男「お線香か……」


少女さんのお葬式は身内だけで行うことになっているので、友香さんは日を改めて弔問することにしたのだろう。
そのお誘いメールが来たわけだけど――。


男「少女さんが家に帰れないと、俺も行けないんだよな」

少女「ですよね」

男「とりあえず、土曜日は部活があるから都合が悪いって返そうか」

少女「でも、朝から夜まで部活って訳じゃないですよねえ」

男「そうだけど、行けないだろ」

少女「私、男くんだけじゃなくて友香ちゃんも一緒なら、今度こそ家に帰れると思うんです。だから、行くって返事をしてください」

男「……分かった。少女さんがそう言うなら、昼から行こうって返信するから」

少女「はい、お願いします」

友「男、二人で何を話してるんだ?」

男「今度の土曜日、少女さんの家にお線香をあげに行こうって友香さんからメールがあって」

友「そうなのか。俺には来てないんだけど!」

男「それは知らないけど、友も行くだろ? うさぎのぬいぐるみを調べないといけないし」

友「そうしたいのは山々なんだけど、ちょっと無理かもしれない」

男「何かあったのか?」

友「昨日の英語の授業のことで、俺の家に連絡があったみたいで――」


昨日の英語の授業中、少女さんが胸の痛みで苦しみ始めた。
しかし他の人には少女さんの姿が見えないので、俺と双妹が騒いで授業妨害をしているかのように見えていたのだ。
それを友が上手くフォローしてくれたのだけど、心霊催眠が解けていなかったと説明したことが不味かったようだ。
そのせいで家に連絡があり、親にひどく叱られたらしい。

友「そんな訳で神社の評判にも関わるから、しばらくは大人しくしていないといけないんだ」

男「そうなのか、俺のせいで……ごめん」

少女「ごめんなさい」

友「まあ、良いってことよ」

男「じゃあ、今日の放課後、俺も友の親父さんに謝りに行かせてくれ。元はといえば俺が原因だし、ちゃんと事情を説明しておいたほうが良いと思うから」

少女「そうですよね。私も謝ります!」

友「……悪いな」

男「そのついでに、期末テストの勉強も一緒にしようぜ」

友「そうだな」

~友の家・神社~
放課後になり、俺と少女さんは友の家に向かった。
今回は神社の宮司である親父さんに会うということで、前回以上に少女さんは緊張している。
怖い人ではないけど、さすがの俺も緊張してきた。


友「親父は社務所で仕事をしていると思うから、そっちに行こうか」

男「そうだな」

少女「あ……あの、神社に行くんですか?!」

男「そういえば、少女さんは神社に入るのが怖いんだっけ」

少女「そっ、そうなんです。いきなり除霊されたりしませんよねえ」オロオロ

友「それは大丈夫だよ。少女さんは除霊する必要がない浮遊霊だから」

少女「そうかもしれないけど、神社は神聖な場所だし――」

男「少女さん。ここには謝るために来たんだから、ごねるのはやめにしようよ。もし除霊されそうになったら、俺が守ってあげるから」

少女「ううっ、そうですね。ごめんなさい……」

少女さんを説得し、俺たちは鳥居をくぐった。
そして境内に入ると、授与所にいた巫女さんが俺たちに挨拶をしてくれた。


友「巫女さん、ただいま。親父に会いたいんだけど、今は大丈夫かな」

巫女「大丈夫だと思いますよ。今は社務所にいらっしゃるはずです」

友「そっか、ありがとう。じゃあ、行こうか」

男「そうだな。それじゃあ、お邪魔します」


俺はそう言って、巫女さんに会釈をした。
すると笑顔を返してくれて、俺の背後に視線を向けた。
そこには、少女さんが立っている。


少女「あの巫女さん、私の姿が見えているみたいですね」

友「うちの神社では、本職巫女の霊的な神聖性を高めているんだ。そのおかげで神事や祭事にも定評があって、巫女舞を奉納するときには神霊の気配も感じ取ることが出来るほど高まっているんだ」

少女「へえ、そうなんだ!」

男「お祭りのときに見たことがあるけど、そんなにすごい舞だったのか」

友「ああ、密かにすごいんだぜ。うちの神社は――」

~社務所~
友に連れられて社務所に入ると、友の親父さんが仕事をしていた。
見たところ、桃の節句の準備をしているようだ。


男「えっと、こんにちは」

友父「こんにちは。男くん、久しぶりだね」

男「今日はちょっと謝りたいことがあって来たんですけど、少しいいですか」

友父「それは、そちらの可愛いらしいお嬢さんのことが関係あるのかな?」

男「はいっ」

友父「それじゃあ、3人ともそこに座りなさい」


そう言われ、俺たちは中に入って正座をした。

やばい。
かなり緊張してきた。

男「昨日のことなんですけど、友は俺たちを助けてくれただけで何も悪いことはしていないんです」

少女「……そうなんです。友くんは何も悪くありません」


俺たちは友の親父さんに事の成り行きを説明した。
少女さんに取り憑かれて、友に相談したこと。
記憶を思い出すために、少女さんに心霊催眠を試してみたこと。
少女さんが授業中に苦しみ始めて、介抱するために力を貸してくれたこと。


男「だから、悪いのは俺なんです。本当にすみませんでした!」

少女「すみませんでした」

友「俺は二人に協力したいんだ。迷惑をかけないように気を付けるから、もう少し続けさせてくれ!」

友父「大体の事情は分かった」

友「じゃあ、続けさせてくれるんだ」

友父「こちらの浮遊霊は少女さんだったかな。かなり強力な力を持っているようだが、それをどのように考えているんだ?」

友「事故死霊の特徴を持った自殺霊で、幽体が通常よりも少ないから霊波動の影響が強く現れやすいと考えているんだけど」

友父「事故死をした自殺霊……ねえ」


友の親父さんはそう言うと、少女さんの首元を見据えた。
そこには、首吊り自殺をしたときの自殺痕が残されている。
やがて首元から視線を外し、優しい表情で少女さんに話しかけた。


友父「人はみな、生まれてきた意味を持っている。貴女はそれを探しなさい」

少女「生まれてきた意味を、ですか?」

友父「そうです。生きた証が見付かったとき、貴女の救いがそこにあるはずです」

少女「……はい」

友父「男くん、友。二人とも、彼女の力になってあげなさい」

男「もちろんです!」

友「それって、許してもらえたってことでいいのかな」

友父「まだまだ未熟者で足を引っ張っているみたいだけど、まあ、やれるところまでやってみなさい」

友「分かった、全力でやってみる!」

少女「男くん、友くん。よろしくお願いします」ペコリ

男「ああ、俺に任せてくれ」

友「そうだな。俺たちがいれば、大船に乗ったつもりでいてくれて大丈夫だ」


少女さんの生きた証。
それを見付けたとき、少女さんは家に帰ることが出来るようになるのだろうか。
そして、成仏をすることが出来るのだろうか。

そのためにも、まずは期末テストを片付けなければならない。
俺は友の家に行って、一緒にテスト勉強をすることにした。

~自宅・部屋~
1時間ほど友の家で勉強をし、外が暗くなってきたので家に帰ることにした。
明日は得意科目だし、いざとなれば少女さんもいる。
少しくらい勉強をしなくても、期末テストは楽勝だろう。
そんな訳で、俺は家に着くと古新聞を部屋に持って上がり、少女さんの生きた証を探すことにした。


少女「私の生きた証が新聞に載ってますかねえ」

男「載っているとは思えないけど、少女さんが亡くなったときの記事を読めば手掛かりを掴めるかもしれないだろ」

少女「……そうですね」

男「とりあえず、探してみようよ。少女さんが亡くなったのは、公式には2月20日だよな」

少女「ICUの受付さんを信じるなら、そうなりますね」

男「じゃあ、20日の朝刊から探してみよう」

俺は少女さんと一緒に、20日の新聞を隅々まで読む。
しかし、それらしい記事は掲載されていなかった。
同じく21日と22日、そして今日の新聞も読んでみたが、少女さんのことはまったく書かれていなかった。


男「ないなあ」

少女「そうですね。私のことは報道する価値もないってことなのかな」

男「そんなことはないと思うけど、もしかしたら報道規制をされているのかもしれない。北倉高校は看護系の専門学校だし、二人目の自殺者が出たとか報道できないだろ」

少女「たしかに……学校のイメージが悪くなってしまいますもんね」

男「もうすぐ受験シーズンだし、それが影響しているのかもしれないな」

少女「もしそうだとしたら、すごく悲しいです」

~リビング~
結局、新聞を読んでも何も分からないことが分かり、俺は仕方なく晩ご飯の準備を手伝いに行くことにした。
そして古新聞を元の場所に戻し、キッチンを覗きみる。
すると、ふわりとみその香りが漂ってきた。
どうやら、今日の晩ご飯はとり野菜鍋のようだ。


母親「男、ちょうどいいところに来たわね。おこたの上にお鍋を運ぶから、新聞を敷いてくれない?」

男「ああ、うん」


俺は食器類を運び、さっき読んだ古新聞をコタツの上に置いた。
そして、ふと思った。
母さんにとって、生きた証は何なのだろう。


男「なあ、母さん。ひとつ聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

母親「良いけど、何を?」

男「母さんにとって、生きた証って何かなあと思って」

母親「生きた証?」

男「そう」

母親「変なことを聞くのね」


母さんはそう言うと、コタツの上にお鍋を置いて首を傾げた。
双妹も俺の言葉を聞いて、コタツから顔を出す。


双妹「ねえねえ、私も聞きたいかも」

母親「ええっ?!」

少女「……私もぜひ聞かせて欲しいです!」

母親「二人がそう言うなら仕方ないわねえ。わたしの生きた証は、男と双妹が生まれてきてくれたことかしら」

男「俺と双妹が?」

双妹「どうして私たちが生きた証なの?」

母親「どうしてって、男と双妹も子どもが出来れば、きっとそう思うようになるはずよ」

男「ふうん、そういうものなんだ」

少女「子ども……か」

双妹「じゃあ、子どもがいない人にとって、生きた証は何なのかなあ」

母親「それは人それぞれだろうけど、そもそも生きた証は考える必要がないことなのよ」

双妹「考える必要がない?」

母親「そうよ。お父さんがいつも言っているでしょ。人はみんなでみんなを支えて生きているって。そうすることで、自分の想いがみんなに繋がっていくの」

母親「つまりね、精一杯生きることがそのまま生きた証になるのよ。だから、二人とも今は自分のやりたいことを頑張りなさい」

双妹「そうだね」

男「そうだな。ありがとう」

少女「……」

母親「それじゃあ、冷める前にお鍋を食べましょ。今日は白菜がすっごく安かったのよ♪」

男「そうなんだ。いただきます」

双妹「いただきます♪」

~部屋~
晩ご飯を食べた後、少女さんはとり野菜鍋のシメについて語り始めた。
少女さんの家では素麺を入れてシメるのが定番で、うどんやラーメンはほとんどしたことがないそうだ。
作り方は下茹でした素麺を入れて、かまぼこと刻んだねぎを浮かべるだけ。
それが少女さんのマイベストらしく、部屋に戻っても延々と語り続けている。


少女「とにかく、試してみてくださいよ! おみそ汁にお素麺を入れるでしょ? それと同じじゃないですか」

男「いやいや、それとお鍋のシメは別問題だから」

少女「そういえば、私の未練はみそ素麺を普及させることだったような気がします」

男「まあ、そこまで言うなら食べてみてやろうじゃないか」

少女「ふふっ♪ 一度食べたら、もうラーメンには戻れなくなりますから」

男「さあ、それはどうだろうな。超少数派の素麺ふぜいが我が家の定番を覆すつもりだとは、片腹痛いわっ!」

少女「……その言葉、食べ終わった後でも言えますかねえ」

男「ふはははは、言うではないか!」

双妹「テスト勉強もせずに、二人で何をやってるの?」


うどん・ラーメン派と素麺派の戦いを繰り広げていると、双妹が俺たちに呆れたような視線を向けていた。
いつの間にか部屋に入ってきていたらしい。


男「お鍋のシメを素麺にするべきか否かで、論争を繰り広げていたんだ」

双妹「まだ続いてたんだ……」

少女「双妹さんもぜひ食べてみてください!」

双妹「そんなことより、そろそろお風呂に入らない?」

少女「そんなことより?!」ショボン

男「お風呂って言うけど、まだ晩ご飯を食べたばっかりじゃないか」

双妹「でも今のうちにお風呂に入っておけば、ゆっくりテスト勉強が出来るでしょ」

男「……それもそうだな。もう一度復習しておくか」

双妹「じゃあ、先に行ってるわね」

男「分かった」

~お風呂場~
双妹が部屋を出た後、俺は5分ほど時間をずらしてお風呂場に向かった。
昨日から3人で入ることになった訳だけど、今は双妹が生理中なので布ナプキンを洗わないといけないからだ。
別に時間をずらす必要はないと思うのだけど、昨日はいつも通りに双妹がじゃぶじゃぶと洗い始めて、経血で赤くなっていく水を見た少女さんがドン引きしてしまった。
それで、少女さんに配慮することになったのだ。
この辺りの感覚も、やっぱり普通の兄妹とは違うようだ。


少女「ねえ、男くん」

男「どうかした?」

少女「お風呂なんですけど、やっぱり双妹さんと一緒に入るのは変だと思います。このまま上がってくるのを待つことにしませんか」

男「それをすると、少女さんの印象が悪くなるだけだと思う。昨日も言ったけど、歩み寄るチャンスだと思ったほうがいいんじゃないかな」

少女「それはそうかもしれないけど、双妹さんを見ていると何かが違うような気がするんですよね」

男「それって、どういうこと?」

少女「それを聞かれると困るんだけど、何となく距離感が近すぎるような気がして。一卵性双生児の兄妹は普通の兄妹とは違って、私が想像している以上に仲が良くなったりするものなのかなあ」

男「んー、それはあるかもしれない。双妹は俺にとって、本当にかけがえのない存在だと思うし」

少女「あ、ああ……やっぱり、そうなんだ…………」

男「異性一卵性双生児は世界中に俺と双妹だけしかいないから、この感覚は俺と双妹だけが分かるものなんだろうな」

少女「そう……かもしれないですね」

男「それじゃあ、あまり遅くなると双妹の機嫌を損ねるし、そろそろお風呂に入ろうか」

少女「はあっ、そうですね」


少女さんは小さく嘆息し、後ろを向いた。
どうやら双妹に対して不満があるみたいだけど、絶対に嫌だという訳ではなさそうだ。
とりあえず、俺は着替えを棚に置いて服を脱ぐことにした。

ガラララッ・・・
浴室に入ると、双妹がまだ洗い物をしていた。
今日は生理2日目なので、布ナプキンを使った枚数が多かったのだろう。
俺は双妹が寒くないのか気になりつつ、少しぬるめのお風呂に浸かって少女さんを招き入れた。


双妹「少女さん、今日はビキニ姿なんだ。男にもその水着姿が見えているの?」

少女「……そうですよ」

男「多分、双妹が見ている姿と同じだと思う」

双妹「ふうん、すごく可愛いよね」

男「ブラにフリルが付いてて、それが可愛いよな」

双妹「自分のイメージで好きな水着を着られるって、ちょっと羨ましいかも」


双妹はそう言うと、布ナプキンを浸け置き用のミニバケツに入れてふたをした。
そしてスポンジを手に取り、身体を洗い始める。

双妹「そういえばさあ、どうしてお母さんに生きた証を聞いていたの?」

男「実は今日、友の家の神社に行って、親父さんに生きた証を探したほうがいいって言われたんだ」

双妹「そうなんだ」

少女「双妹さんは生きた証って何だと思いますか?」

双妹「それは少女さんのって意味? それだったら、お母さんが言っていた通りじゃないかなあ」

少女「でも、それは死んでしまった私に言えることではないですよね」

双妹「そんなことはないと思うよ。生きていたときに頑張っていたことの中に、少女さんの生きた証があると思う」

少女「頑張っていたこと……か。私は将来の夢を諦めてしまったんですよね」

双妹「でも1年間頑張っていたんだから、振り返ってみれば気が付くことがあると思う。一度、学校に行ってみたら良いんじゃないかなあ」

少女「そうだね。あまり気が進まないけど――」

男「逆にさあ、今から生きた証を残す方法もあるんじゃないかな」

少女「それって、どうやるんですか?」

男「ほらっ、少女さんは超マイノリティーな素麺を普及させようとしていただろ。それを俺がネットに投稿すれば、少女さんの想いが残り続けることになると思うんだ。つまり、そういう感じかな」

少女「超マイノリティーは余計ですっ」プンスカ

双妹「私は反対だな」

少女「ええっ?! 美味しいですよ、みそ素麺!」

双妹「そっちじゃなくて、ネットに投稿して生きた証を残すことに反対だと言ってるの。少女さんはSNSでデートDVに遭っているんだよ。生きた証がそれと一緒にヒットするって考えたら、私なら絶対に嫌だと思う」


そうだった。
少女さんはSNSでデートDVの被害に遭っているのだ。
双妹が言うように、ネットに投稿するなんて論外だ。

少女「……」

双妹「あれっ? ネット投稿は意外と嫌じゃない感じ?」

少女「いえ、そんなことはないです。本当に早く削除されてほしいし!」

双妹「やっぱり、そうだよね」

男「少女さんはSNSで被害に遭っていたのに、気持ちをまったく考えていなかった。本当にごめん……」

少女「別に謝るほどのことじゃないです。あまり気にしないでください」

双妹「それはそうと、今度みそ素麺を試してみようと思ってるの」

少女「えっ、本当ですかっ?! ぜひ試してみてください!」


双妹は少女さんに笑顔を返し、身体の泡をすすぎ落とした。
どうやら、双妹も少女さんのことを考えてくれているようだ。
そしてそのことが少女さんに伝わったのか、何となく少女さんの態度が軟化したかのように感じられた。
何だかんだ言いつつ、女同士で分かり合える部分があるのだろう。

少女「ところで、双妹さん。布ナプキンって、洗うのが面倒じゃないですか」

双妹「え? もみ洗いをして浸け置きするだけだし、明日の朝に洗濯かごに入れておけばお母さんが洗ってくれるから、別に面倒だと思わないけど」


双妹はそう言いつつ、風呂椅子を洗い流して湯舟に浸かってきた。
さすがに3人だと狭いので、俺が入れ替わりで湯舟を出て身体を洗う。


少女「そうなんだ。でも、どうして普通のナプキンを使わないんですか」

双妹「私は事情があって2ヶ月毎に精密検査を受けているんだけど、肌トラブルのことで女医さんに相談したら布ナプキンを勧めてくれたの。肌触りがすごく良いし、蒸れないから快適だよ」

少女「へえ、そうなんだ」

双妹「そうそう。慣れるまで戸惑うことがあるかもしれないけど、少女さんも少ない日から試してみたら?」

少女「それがその、私にはもう来ることがないだよね……」

双妹「……!」

双妹「ごめん、今のはうっかりしてた」

少女「いいですよ、別に――」

双妹「え……えっと、少女さんは今日がお葬式だっけ」

少女「……多分」

双妹「それでお昼休みに友香さんからラインが来たんだけど、土曜日にお線香をあげに行く約束をしているんでしょ。少女さんは家に帰れるの?」

少女「それは分からないけど、今度こそ家に帰れるように気持ちの整理をしたいと考えています」

双妹「そうなんだ。じゃあ、私たちが期末テストを受けているときに、少女さんも試験勉強を頑張らないといけない感じだね」

少女「そうなりますね」

双妹「私に出来ることがあれば協力するから、遠慮なく言ってくださいね」

少女「はい、よろしくお願いします」

(2月27日)sat
~市街地~
期末テストが無事に終わり、土曜日になった。
今日は少女さんの家にお線香をあげに行く日だ。
俺は朝から部活に行き、学校帰りにお昼ご飯を食べてから待ち合わせ場所に向かった。

その途中で、空を見上げる。
雲行きは少し怪しい感じだけど、今日は久しぶりに晴れ間が覗いている。
昨日のドカ雪のせいで歩道には雪が残っているけれど、それも歩くことに支障はない。


男「少女さん、気持ちの整理は大丈夫?」

少女「たぶん大丈夫です。お葬式も終わったんだし、いつまでも現実から目を背けているわけには行かないから――」

男「そっか、一緒に頑張ろうな」

少女「うんっ!」

~最寄り駅~
最寄り駅に着いて有人改札を抜けると、北側の出入り口でみんなが待っていた。
それぞれ学生服を着ていて、友香さんは胸に供花を抱いている。
俺は急いで駆け寄り、3人に声を掛けた。


男「お待たせっ」

双妹「やっと来た。遅いわよ」

男「ごめんごめん」

友香「男くん、こんにちは」

男「こんにちは」

友香「それじゃあ、供花代をお願いします」


俺はそう言われ、友香さんに500円を手渡した。
供花は白を基調とした花が多く、とても可愛らしくまとまっている。
少女さんはそれを見て、笑顔がこぼれていた。

友香「それじゃあ、みんな揃ったし、そろそろ行きましょうか」


俺たちは友香さんに付いて歩き、駅舎を出て歩道に出た。
すると、双妹が小声で話しかけてきた。


双妹「ねえ、男。少女さんは大丈夫なの?」

男「どうだろうな。大丈夫だと思いたいけど……」

少女「今日は友香ちゃんもいるし、頑張ります!」


少女さんは威勢よく答えると、ふわふわと俺たちの前に浮かんだ。


双妹「意気込みだけは十分みたいだね」

少女「意気込みだけじゃないですっ」


しかしすぐに少女さんは立ち止まり、俺たちと肩を並べた。
そして、約1.5メートル。
やっぱり、今回も同じだった。

双妹「駄目だったね」

少女「すみません」ショボン

男「でも、先週より前に進んでいるだろ。もう少し頑張れるんじゃないか?」

少女「そ……そうですよね!」

男「ぐぬぬぬ――」


全力で右足を踏み出そうとしたが、やはりピクリとも動かない。
それだけ、少女さんの心の闇が深いということだろう。


友香「……あの、どうかしましたか?」


友香さんが歩みを止め、振り返った。
そして歩道の真ん中で立ち往生をしている俺たちを見て、眉をひそめた。

男「何て言うか、身体が動かなくて」

友香「身体が動かない?」

双妹「えっと、ほら。好きな人の家に行くのかと思って、それで緊張しているのかも」アセアセ

友香「あ、ああ……なるほど」

男「そ、そうなんだ」

友「……」

友「友香さんに話しておきたいことがあるんだけど、いいかな」

友香「私に?」

友「俺たちは今、少女さんが亡くなった理由を調べているんです。そのことで少し協力してくれませんか」


その言葉に俺は驚いた。
まさか少女さんのことを話すつもりなのか?!
しかし、現状を考えると友香さんの協力が必要なことは間違いないだろう。

友香「亡くなった理由を調べているって、どういうことですか」

友「単刀直入に言って、少女さんを成仏させるためです」

友香「あの、言っていることの意味が分からないんですけど」


友香さんはそう言うと、怪訝そうに友を見据えた。
そして、友が慎重に口を開く。


友「少女さんは今、自分が死んだ理由が分からなくて現世をさまよっています。そんな彼女の魂を救うためには、どうしても友香さんの協力が必要なんです」

友香「こんなときにふざけるのは止めてください!」

男「友香さん、俺たち3人には少女さんの姿が見えているんだ。彼女は今もここにいて、家に帰ることが出来ずに苦しんでいるんです!」

双妹「信じられないかもしれないけど、本当のことなの」

友香「少女が今も苦しんで……いる?」

男「そうです。俺たちではなくて、少女さんに力を貸してあげてください」

友香「信じられないけど、その……分かりました。それで私は何をすればいいんですか」

少女「もしよければ、友香ちゃんと話をしたいです」

友「そうだな、そのほうが手っ取り早いもんな。それじゃあ、最初に友香さんも少女さんの姿を見えるようにしたいと思います」

友香「そんなことが出来るの?」

双妹「友くんには霊能力があって、私も見えるようにしてもらっているんです」

友香「霊能力?!」

友「今、日常的に身に着けているアクセサリーを持っていますか?」

友香「持ってないけど、それがないと駄目なんですか」

友「いや、大丈夫です」

友「……少女さん。今回は前と違って霊具を作ることが出来ないから、友香さんの鳩尾に手を添えて意識を集中してくれるかな」

少女「は、はいっ。分かりました」

友「それでは、友香さんは俺が合図を送るまで目を瞑っていてください。次に目を開いたとき、少女さんの姿が見えるようになっているから」

友香「う……うん」

友香さんが言われるがままに目を瞑ると、少女さんが歩み寄りそっと友香さんの鳩尾に手を添えた。
そしてその手に、友が御札を重ねる。


友「我の名は友。心の臓より送りたるは幽界の者を見し力。此の者は彼の者を捉え、干渉する力を生み出したるは――」


本人は真剣にやっているのだろうけど、相変わらず胡散臭い。
この中二っぽい呪文はどうにかならないのだろうか。
やがて儀式が終わり、友が少女さんの手から御札を離した。


友「もう目を開けても大丈夫ですよ」

友香「……」

少女「友香ちゃん。私のことが見えていますか」

友香「えっ……うそでしょ。本当に少女なの?!」

少女「そうだよ。たくさん心配掛けてごめんね」

友香「どうして? どうして、自殺なんてしちゃったのよお!」

少女「それは――」

友香「つらいことがあるなら、一人で悩まずに相談して欲しかった。だって、私たち親友でしょっ!」


友香さんは気持ちを昂ぶらせ、供花を手にしたまま、悲痛な表情で少女さんを抱き締めようとした。
しかし、その腕は身体をすり抜ける。
そして友香さんはそのまま泣き崩れた。


友香「ううっ、うわあああんっ!」

少女「友香ちゃん、ごめんなさい――」

男「これで良かったのかな」

双妹「これで良かったんだよ、きっと……」

男「……そうだな」

やがて気持ちが落ち着いたのか、友香さんがしゃくりあげながら立ち上がった。
そんな彼女に友が説明を始める。
少女さんの姿を見ることが出来る期間や守護霊の力を強めるための御守り。
それらの説明が終わると、友香さんは赤く腫れた目で少女さんを見詰めた。


少女「友香ちゃん。私は私がどうして死んでしまったのか、その理由を知りたいの。だから、私に協力して欲しい」

友香「……ひっく、分か……ってる。私は何を……したらいいの」

友「うさぎのぬいぐるみを調べたいので、少女さんの部屋に案内してほしいです」

友香「少女の……部屋?」

友「少女さんの自殺は意図的なものではなくて、偶発的な事故によるものなんです」

友香「あれが、事故だって言うの?!」

友「その事故原因が分からないせいで、少女さんは家に帰ることが出来ないんです。詳しいことを話すと長くなるので、まずは少女さんの家に行きませんか」

友香「そう……ですね」

男「なあ、友。俺たちは少女さんの家に行けないんだけど」

友「行けないものは仕方ないだろ。ちゃんと調べてくるから、後のことは任せてくれ」

友香「あの……どうして男くんは行けないんですか」

友「憑依霊には霊的占有範囲というものがあって、男の霊的中心が少女さんの占有範囲から出られない状態になっているんです」

友香「ふうん、そんなことをしているんだ」

双妹「ねえ、少女さん。このままだと男がお線香をあげられないわよ」

少女「そうなんだけど、やっぱり怖くて……」

双妹「そっか。それじゃあ、仕方ないわね」

男「友香さん。そういう訳だから、ごめん」

友香「ひとつ聞きたいんですけど、その動けないのって、いわゆる金縛りなんですか?」

男「多分、金縛りとは違うんじゃないかなあ」

双妹「金縛りって言うより、男が無意識に全力で抵抗している感じだよね」

男「もしかしたら、少女さんが運動神経を操作しているのかも」


少女さんは視覚や聴覚、触覚の操作をしている。
それくらい霊的な力が強いのだから、さして驚くほどのことではない。


友香「私に良い考えがあるんだけど」

男「良い考え?」

友香「男くんが自分で動けないなら、誰かに運んでもらえばいいんです」

双妹「それはもう考えたし、押しても引いても駄目でしたよ。さっきも言ったけど、全力で抵抗して来るんです」

友香「だったら、抵抗しても無駄な状況を作ってしまえばいいじゃないですか」

友香さんはそう言うと、スマホを取り出して何かを調べ始めた。
そして少し距離を取り、どこかに電話を掛ける。


双妹「何をするつもりなんだろ」

男「……さあ」

少女「友香ちゃんのことだから、突拍子もないことだと思うけど――」

双妹「突拍子もないこと?」


そうこう話していると、友香さんが戻ってきた。
何となく、にこやかな表情をしているように見える。


友香「電話で聞いたら、すぐに来てくれるって」

男「来てくれるって、誰がですか」

友香「タクシー」

男「ええっ、タクシー?!」

双妹「ね……ねえ、本当にタクシーがこっちに来てるよ!」

男「まじかよっ!」

双妹「もしかして、あれに乗って強引に連れて行くってこと?!」

友香「そうですよ。男くんが少女から離れられないなら、少女も男くんから離れることが出来ないはずですよね。私も供花を持って歩くのが大変だから、ちょうどいいかなと思うんです」

友「なるほど。車に乗せるのは盲点だったな」

双妹「ちょっと待ってよ! もし少女さんの留まる力のほうが強かったら、男はどうなるの?!」

男「あ、ああ……確かに」


車の中でぺちゃんこになるとか、魂が身体から抜け落ちるとか。
最悪の場合、そんな状況になるんじゃないのか?!

男「でも少女さんに一歩を踏み出す勇気があるなら、俺は友香さんの提案を試してみたいと思う。少女さんはどうしたい?」

少女「今のままだと、私は何も変われない。だから、死を受け入れるために家に帰りたいです」

男「そうか。じゃあ少女さん、一緒に頑張ろう!」

双妹「男、何を考えているのよ! もし万が一のことがあれば、死ぬかもしれないのよ!」

男「そうかもしれないけど、俺は少女さんを支えてあげたいんだ」

双妹「じゃあ、少女さんは責任を取れるの?」

少女「双妹さんの気持ちは分かります。だけどここで私が頑張らないと、男くんの気持ちに応えることが出来ないと思うんです」

少女「双妹さん、私は前に進みたいんです!」

双妹「口で言うのは簡単だけど、そもそも少女さんは――」

友「まあ、はっきり言って大丈夫だけどな」

男・双妹「えっ?」

友「男は守護霊を強化しているだろ。最悪の場合、少女さんが弾き出されるだけだから」

双妹「……」

少女「……」

双妹・少女「そういうことは先に言ってよね!!」

友「ご、ごめん」アセアセ

友香「えっと、タクシーに乗るのは大丈夫ってことで良いんですか?」

双妹「まあ、そうだね」

友香「じゃあ、待たせているから行きましょうか」


そう言われて友香さんが指差したほうを見ると、タクシーが駅前に停車していた。
いつの間にか到着して、俺たちを待っていたらしい。


男「少女さん、頑張ろう!」

少女「はいっ」


俺は少女さんの手を取り、駅前のタクシーへと歩みを進めた。
その足取りは少しぎこちなく、まるで自分の身体ではないかのようだ。
しかし、それは少女さんが勇気を出している証なのだ。

一歩、一歩、また一歩。
前に向かって足を踏み出していく。
そして、ついに少女さんはタクシーに乗ることに成功した。

~住宅街~
駅からタクシーで走ること数分。
さっきまで帰ることが出来なかったのが信じられないほど、簡単に少女さんの家に到着した。
タクシー代はみんなで割り勘にし、車から降りる。
そして、俺は少女さんの様子を確認した。


男「家に着いたけど大丈夫?」

少女「だ……大丈夫です」


その声はわずかに震えていた。
自分が死んだ場所に戻ってきたのだから、もちろん怖いに決まっている。
それでも、少女さんは気丈に振舞って頑張っているのだ。


男「ここまで着たら、もう一息だな」

少女「そうですね」

双妹「そういえば、少女さんの家って浮遊霊が集まっているんだっけ」

友香「ええっ、そうなの?!」

友「確かに浮遊霊の集会場みたいになっているけど、そのほとんどは少女さんのことが心配で来ているだけだから特に気にする必要はないと思う」

友香「……ふうん。よく分からないけど、少女は謝っておいたほうが良さそうだね」

少女「そうかもしれないけど、本当に浮遊霊が集まっているんですか?」


少女さんはそう言うと、友に疑いの眼差しを向けた。
どうやら、少女さんには他の浮遊霊の姿が見えないらしい。


友「少女さんは男の守護霊が守っている範囲の中にいるから、他の浮遊霊の姿が見えないんだ」

少女「じゃあ、取り憑くのを止めれば見えるようになるってことですか」

友「そういうことになるね」

少女「ずっと家に帰っていなかったし、怒られたりするのかなあ」

友「それはあり得るかも」

少女「いやだな……」ショボン

男「とりあえず、心配をかけているなら早く帰って安心させてあげようよ」

双妹「そうだね。もう2週間近く帰っていないんだし」


ピンポーン♪
ガチャリ


少女「……お母さん、ただいま」

少女母「友香ちゃん、双妹さん、いらっしゃい。中学校の同級生も一緒だと聞いていたけど、男の子だったのね」

少女「……」

友香「……はい、そうなんです」

双妹「私のお兄ちゃんと友くんです」

男「こんにちは、男です」

友「友です」

少女母「みんな、今日はありがとう。どうぞ上がってください」

~少女さんの家~
友香さんが供花をおばさんに渡すと、俺たちは仏間に案内された。
仏壇の横に中陰壇が置かれ、遺影や遺骨が安置されている。

少女さんの死が、すぐそこにある――。

月曜日に自分の死を知り、泣き崩れていた少女さん。
死を受け入れるために、勇気を出していた少女さん。

ようやく自分の身体がある場所に戻ってくることが出来て、彼女は一体何を考えているのだろうか。
寡黙に佇んでいる彼女の心境は、生きている俺では推し量ることが出来ない。

そう考えていると、友香さんが仏壇の前に座った。
俺たちもそれに倣い、仏壇と向かい合う。
そして、友香さんがお線香に火をつけるとお香の香りが仏間に広がり、俺たちは静かに手を合わせた。

少女母「お友達が来てくれて、きっと少女も喜んでいるわね」

少女「……」

友香「そ……そうですよね」

少女母「それじゃあ、みんな。お菓子を用意するから、ぜひ食べていってね」


おばさんはそう言うと、あんころ餅とコーヒーを座卓に並べてくれた。
一口食べると小豆の優しい甘さが口いっぱいに広がり、それがコーヒーのほろ苦さを中和して風味を引き立ててくれている。
小腹を満たして冷えた身体も温まり、とてもほっとさせられた。


男・双妹「ごちそうさまでした」

友香「ごちそうさまでした」

友「なあなあ、友香さん。あの話を――」

友香「えっと……ああ、うん」

友香「あの、おばさ……」

少女母「そうだ! 男くんって、もしかして柔道部をやってる男くん?」

男「はい、そうですけど」

少女母「やっぱり、そうなんだ。思い出したことがあるから、少し待っててくれるかしら」


おばさんは笑顔を見せると、仏間を出て行った。
そのせいで、友香さんは言葉を切り出すタイミングを逸してしまったようだ。
それからしばらくして、おばさんが戻ってきた。


少女母「少し迷ったのだけど、これを受け取ってくれませんか?」


おばさんはそう言うと俺に向かって座り、小さな箱を差し出してきた。
その箱は四つ葉のクローバーがデザインされた包装紙に包まれていて、緑色のリボンで十字にラッピングされていた。
それはとても温かく、まるで優しい気持ちが伝わってくるかのようだ。

少女「わああぁぁっ!」

少女「ちょっと、お母さん! みんなの前で、何やっちゃってくれてるのよお!!」アセアセ

友香「あのっ、おばさん。私たち、少女さんの部屋に行っても大丈夫ですか」

少女母「でも、あそこは――」

友香「それは分かっていますけど、私たちがいたら少女さんが恥ずかしいかもしれないし」

少女母「それもそうね。みんなの前で渡したりなんて出来ないわよね」

友香「じゃあ、私たちは少し席を外させていただきます」


友香さんは立ち上がり、仏間を出て行った。
その後を友が付いて行き、双妹が少女さんを一瞥して席を立つ。
どうやら、無事に少女さんの部屋の調査が出来そうだ。

少女母「これをお渡しする前に、娘の話をしても良いかしら」

男「……はい、ぜひお願いします」

少女母「男くんのことは、よく少女から聞かされていたの。夏の大会で頑張っていたこととか、14日に学校で練習試合があることとか――。他所の学校の生徒なのに、とても熱心に応援していたみたいだわ」

男「そう……なんですね」

少女母「だけど少しつらいことがあって、それでも男くんにチョコレートを渡すんだってすごく照れ臭そうに話してくれたときは、私も応援してあげたい気持ちでいっぱいだったの」

少女母「それなのに、どうしてこんなことになっちゃったのかしらね――」

少女「お母さん……」

男「今週の月曜日、妹と一緒に少女さんのお見舞いに行ったんです。でもそうしたら土曜日に亡くなったと聞いて、すごく驚きました。少女さんはどうして亡くなったのですか」

少女母「あの娘は看護師になるのが夢だったの」

男「それは知っています。小学生のときに入院したことがあって、そのときに看護師に憧れたと話してくれました」

少女母「……」

少女母「ごめんなさい。やっぱり湿っぽい話になってしまうわね」

少女母「ところで、男くんには好きな人はいるの?」

男「はい」


俺はそう答え、少女さんを一瞥した。
そして、名前を告げる。


男「少女さんのことが好きなんです」

少女「……!」

少女母「男くん、ありがとう――」


おばさんの表情はとても寂しげで、それでいて気恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。
もしかすると、お世辞だと思われたのかもしれない。

少女「男くん」


少女さんが緊張した面持ちでおばさんの隣に座り、俺と向かい合った。
そして、彼女は声を振り絞った。


少女「私もあなたのことが好きです。遅くなってしまったけど、私の気持ちを受け取ってくれませんか」


およそ2週間遅れのバレンタインチョコ。
俺は少女さんの死を肌で感じながら、彼女の気持ちを受け取った。

~住宅街~
弔問を済ませ、俺たちは少女さんの家を後にした。
何だか、今はとても複雑な心境だ。

少女さんの死と家族の悲しみ。
おばさんは娘を亡くして、それでもその現実を受け入れようとしていた。
それなのに、俺たちの前には少女さんが当たり前のように立っている。

それは少女さんが成仏をしていないからだ。
きっと、この状況は望ましいことではないのだろう。
俺と少女さんは、いつかは――。


少女「ねえ、友くん。私の部屋を調べて何か分かりましたか?」

友「少なくとも、盗撮カメラが仕掛けられていた痕跡はなかった。マスコミは関係ないと思う」

少女「そうなんですね」

友「それはそうと、男も無事にチョコを貰えたようだな」

男「俺は本命だけど、友は義理じゃないか」

双妹「そうそう。男に絡む余裕があったら、早く彼女を作ったほうがいいんじゃないかなあ」

友「ぐぬぬ……双妹ちゃん、容赦ないな」ショボン

少女「そ、そうだ! 友くんって、意外と友香ちゃんと気が合うかも」

友香「……えっ?」

少女「友くんはすごく親身になってくれるし、良い人だよ。試しに話だけでもしてみたらどうかなあ」

双妹「それは良いアイデアかも!」

友香「ちょっ、え……ええっ?!」

友「それじゃあ、あの喫茶店で少し休んで行きませんか? 少女さんのことで、今までのことを話しておきたいし」


嫌そうな顔をしている友香さんに対して、友は少女さんを誘う口実に使った。
今までのことを話すとなれば容易には断れないし、友香さんが困り切った表情で俺と双妹に視線を向ける。


友香「もちろん、みんなも来てくれるんでしょ?」

男「俺たちが聞いても仕方がないし、雨が降りそうだから帰ります」

少女「友香ちゃん、まずは最初の一歩が肝心だよ!」

友香「えええぇぇっ?!」

友「そこまで嫌そうにされると、さすがの俺もちょっと傷付くかも――」

友香「はあっ、分かりました。少女のこともあるし、話を聞かせてもらうだけですからね」

友「了解。それじゃあ、友香さん。行こうか」

俺たちは駅前で二人と別れ、駅舎へと入っていった。
そして様子を見るために一度振り返ると、友と友香さんがこちらを見ていた。
あの二人は喫茶店に行かずに、俺たちを見送って何をしているのだろう。
俺は疑問に思いつつ、駅舎の中を通り抜けて南側の出入り口から外に出た。


双妹「今頃、友くんたちはいい雰囲気になってるのかなあ」

男「少女さんのことを話すわけだし、楽しい話題にはならないんじゃないか?」

双妹「それもそっか。でももし二人が付き合うことになったとしたら、男もうかうかとしていられないわよ」

男「……は?」

双妹「だって少女さんは幽霊だし、私は絶対に交際を認めないもん」

男「絶対なんだ」

双妹「当たり前でしょ」

少女「でも双妹さん、北倉駅前の図書館で幽霊ものの恋愛小説を借りてきて、最近ずっと読んでいますよね」

男「ふうん、そんな本を読んでいるんだ」

双妹「そうだけど、どうして内容を知ってるの?!」

少女「私、本を読むのが好きなんです」

双妹「べ……別に二人の交際を認めるつもりはないんだからね!」プイッ

少女「ところで、バレンタインチョコの消費期限は大丈夫ですか」


双妹がただのツンデレだと察した少女さんが、チョコレートの話題を切り出してきた。
ここでアピールをしてくるとは、なかなかの策士かもしれない。
俺は通学鞄からチョコレートを取り出して、消費期限を確認した。
すると、それには一度はがして貼りなおした痕跡が残されていた。


男「まだ1ヶ月くらいあるみたい」

少女「そっか、よかった//」

双妹「それはそうと、少女さんはどうしてまだ男に取り憑いているの。チョコは渡したし家にも帰れるようになったんだから、自分の家に帰るべきなんじゃないかなあ」

少女「確かに家に帰れるようにはなったけど、今度は家の中にいるのが嫌なんです」

双妹「もしかして、知らない浮遊霊が集まっているから?」

少女「そうじゃなくて、良くないことが起きるような気がするんです」

双妹「それって、杞憂なんじゃないの? 実際、何も起きなかったし」

少女「でも、もやもやした気持ちは変わっていないんですよね――」

男「家に帰ったとは言っても、自分の部屋には戻っていないだろ。それが関係しているのかも」


少女さんが自殺をしたのは自分の部屋だ。
しかし今日は家に帰っただけで、自分の部屋には戻っていない。
友香さんたちを呼びに行こうとしたけれど、少女さんの行動範囲に縛られて2階に上がることが出来なかったからだ。
気持ちの整理も出来ていなかったし、今回は家に帰れただけでも前進したと考えるべきだろう。

双妹「……そっか。結局、まだ気持ちの整理が出来ていないし、家に帰れただけでも前進したと考えるべきなのかもしれないわね」

男「そうそう、俺もちょうどそう思ってた」

少女「すみません。次は部屋に入れるように頑張ります」

男「まあ、そんなに焦ることはないよ」


俺はそう言い、話題を変えて雑談をすることにした。
しかし会話が盛り上がってきたところで、冷たい雨が降り始めた。


双妹「男は傘を持ってる?」

男「ああ、降りそうだったし持って来てる」


俺はそう言いつつ、傘を差して双妹を入れてあげた。
その一方で、少女さんは幽体の見た目を変えてレインコート姿になっている。
何だか可愛い。
それからしばらくして雨が強くなり、俺たちは足早に家に帰ることにした。

~自宅・部屋~
自宅に着いて部屋に戻ると、俺は暖房をつけて部屋着に着替えた。
そして通学鞄からチョコを取り出し、ミニテーブルの上に置いた。
少女さんは俺の隣で、そわそわと浮いている。


男「じゃあ、いただきます」

少女「……うん//」


俺は若葉のような色のリボンを解き、四つ葉のクローバーがデザインされた包装紙を破った。
すると土色の小箱が出てきて、和チョコというラベルが貼られていた。
中は10個入りのアソートになっていて、5種類の味が楽しめるようだ。


男「抹茶と小豆は分からなくはないけど、醤油ショコラ?!」

少女「試食したんだけど、すごく美味しかったよ」

男「へえ、そうなんだ」


醤油ショコラを手に取り、ぱくっと食べてみた。
噛むと舌の上で溶け、優しい甘さと香ばしい風味が口の中で広がっていく。
奥深い味が絶妙で、今までにない楽しさを感じることが出来る。

男「確かに、すごく美味しいな!」

少女「でしょでしょっ♪」

男「他にもほうじ茶生トリュフと桜チョコがあるのか」

少女「そ……それとね、包装紙にも意味があるんですよ//」

男「包装紙に?」


俺は抹茶チョコを食べ、包装紙を手に取った。
四つ葉のクローバーが描かれているので、幸せとか幸運といった意味だろう。


少女「その4枚の葉っぱにはそれぞれ願いが込められていて、すべて揃って『真実の愛』を表しているんです。そして四つ葉のクローバーにも花言葉があって――」

男「花言葉?」

少女「そのひとつが『ビー・マイン』なんです」

少女「だ……だから、私はその包装紙に包み変えたんですっ//」

ビーマイン。
Be mine.

直訳すると、私のものになって――か。

チョコレートは手作りではなくて、市販のものかもしれない。
だけど包装紙を交換し、ちゃんと少女さんの想いが込められている。
俺はそれがすごくうれしかった。


男「少女さん、ありがとう。俺はもう少女さんの彼氏だから!」

少女「……うん//」

男「それで明日、一緒にどこかに行かない? 付き合い始めたのに、まだデートらしいことをしていないだろ」

少女「そうですよね。デートに行きたいです//」

トントン・・・
ノックの音がして、双妹が入ってきた。


双妹「そろそろいい雰囲気になってる頃かなと思って、邪魔をしに来たわよ」

男「双妹、ちょうど良いところに来てくれたな」

双妹「ちょうど良いところ?」

男「明日少女さんとデートに行くんだけど、お勧めの映画って何かないかな」

双妹「映画デートに行くの?」

男「そうそう」

双妹「それなら、『魔王の命令なんて聞かないんだから!』って映画はどうかな。すごく話題になっているみたいだよ」


俺たちの交際は認めないと言いつつ、素直にお勧めの映画を教えてくれた。
それにしても――。
何だよ、そのラノベみたいなタイトルの映画は。
よく分からないけど、魔王軍を裏切った側近が勇者と共闘するファンタジー映画なのだろう。
それはそれで面白いかもしれない。

少女「双妹さん、それって今日から公開されている映画ですよねえ!」

双妹「うん」

少女「私、すごく楽しみにしていたんです!」

双妹「へえ、そうなんだ」

少女「ねえねえ、男くん。一緒に観に行こうよ」

男「別にいいけど、それって勇者系のファンタジー映画とか?」

少女「もうっ、違いますよ!」

少女「魔王役の外島くんと天使役の知波くんがヒロインを奪い合う、胸きゅんラブストーリーです//」

男「……ふうん、恋愛映画なんだ。それじゃあ、明日はそれを観に行こうか」

少女「やったあ♪」


俺は喜ぶ少女さんを見やり、二人分のオンラインチケットを予約した。
そして映画の話題で盛り上がる少女さんと双妹の話を聞きながら、その後の予定を考えることにした。

(2月28日)sun
~映画館~
雲の隙間から晴れ間が覗く日曜日。
俺と少女さんは電車とシャトルバスに揺られて、ショッピングモールに併設されている映画館にやってきた。


少女「見てみて、今日の上映分はもう満席みたい。予約しておいて良かったね」

男「ああ、やっぱりすごく人気があるんだな。それじゃあ、チケットを発券してくる」


俺はそう言って、券売機を操作した。
後方通路側の座席を2枚。
そこが俺と少女さんの席だ。


少女「あれっ? 私の分の座席も予約していたんですか」

男「隣の人と重なり合うわけには行かないし、落ち着いて観られないだろ」

少女「……そうですよね。男くん、ありがとう」

やがて上映時間になり、俺たちは席に着いたのだが……。
観客は若い女性や女子中高生ばかりで、男性は俺だけしかいなかった。
もしかして、俺ってものすごく場違いじゃないのか?!


少女「男くん、いよいよだね♪」

男「あ……ああ、うん」


閉じた状態の座席にふわりと腰をかけている少女さん。
照明が暗くなり、予告編が始まっただけですでに興奮を隠し切れない様子だ。
まあ恋愛映画は主に女性が観るものだし、少女さんが楽しんでくれればいいだろう。
俺は居心地の悪さを感じつつ、スクリーンに目を向けた。

・・・
・・・・・・
映画の上映が終わり、俺たちは表に出た。
最初はどうなることかと思ったけれど、ヒロインを中心とした三角関係が複雑に絡み合っていて面白く観ることが出来た。
とはいえ、女性たちの黄色い声のせいで居心地は良くなかったが――。


少女「はふぅっ// 魔王くん、格好良かったね♪」

男「ヒロインにバイオリンを手ほどきするシーンとか、気障っぽいけどすごく良かったよな」

少女「そこ、面白かったよね。みんなも笑ってたし」

男「でも友達の皐月ちゃん、少し可哀想だったな」

少女「うーん、そうだよね。でも、舞踏会の帰りには気付いていたんじゃないかな。ヒロインのことを疑っている感じだったし」

男「そうだけど、俺はヒロインが告白する前に皐月ちゃんにチャンスを与えてあげるべきだったと思うんだ。皐月ちゃんのほうが先に魔王のことを好きになっていたんだから」

少女「えー、それって嫌味に聞こえない?」

男「そうかなあ。恋愛ものじゃないんだけど、魔法少女もののアニメで三角関係の話があって――」

少女「多分あれのことだと思うけど、それとは状況が違うと思うよ」

~ショッピングモール~
少女さんは意外とアニメに詳しいことが分かり、フードコートでお昼ご飯を食べながらアニメの話に花が咲いた。
しかしふと、少女さんが寂しそうな表情になっていることに気が付いた。


男「どうかしたの?」

少女「えっ、どうして?」

男「ちょっと寂しそうな顔をしているような気がしたから」

少女「……気のせいだよ」ニコッ


少女さんは笑って誤魔化したが、視線は気持ちを訴えていた。
恐らく、一緒にお昼ご飯を食べられないことに心を痛めているのだろう。
このままだと、今日一日、少女さんに寂しい思いをさせてしまうかもしれない。

何かないだろうか。
俺と少女さんが二人で一緒に出来ることは――。

アニメの話で盛り上がった後、俺はスマホのゲームアプリの話をした。
そしてその流れで、俺は少女さんをゲームコーナーに連れて行った。
もちろん、考えがあってのことだ。


男「ここに来たら、やっぱり太鼓のベテランだよな!」

少女「ふうん、そうなんだ。私、こういうところに来たことがなくて……」

男「ゲーセンで遊んだことがないんだ」

少女「はい」

男「そっか。太鼓のベテランは音楽に合わせて流れてくるアイコンを太鼓で叩くゲームなんだけど、まずは俺がプロの技を見せてあげるよ」ポチッ

太鼓くん『いよっしゃー! ドンパチかましてやろうぜ!!』

~♪
ドドドンッドドド・・・
カツカツ、ドドドンドンッ!!

男「ふうっ、ざっとこんなもんかな」

太鼓くん『やるじゃねえか。漢がたぎってくる熱いスピリットを感じたぜ!』

少女「すご~い!!」

男「少女さんもやってみる?」

少女「ええっ?! 私じゃあ触れないし無理ですよ」

男「ほらっ、少女さんの家に帰るとき、俺を動けなくしていただろ。それを逆に考えれば、少女さんは俺の身体を操ることが出来るってことになると思うんだ」

少女「でも……」

男「いいから、一緒にやってみようよ。すごく楽しいから」

少女「そう……ですね。やってみます」

太鼓くん『せいやあ! もういっちょ、魂の鼓動を感じて叩いてくれや!!』


開始の太鼓を叩くと曲が流れ始め、俺はまず全身の力を抜いた。
すると何となく身体が熱を帯びてきて、両腕がゆっくりと上がり始めた。
そして自分の身体ではなくなってしまったかのような浮遊感を感じ、俺は少女さんにすべてを委ねることにした。

~♪
ドンッパチパチ・・・
ドド・・・ドドドンドドン

少女さんがぎこちない動きで、太鼓くんを叩き続ける。
それはリズム感があるとは、とても言えるようなものではなかった。
しかし、喩えようのない高揚感で心が満たされていく。


太鼓くん『ふははは、遅い遅いぞっ! バーニング太鼓アターーック!!』

少女「はわわっ?!」アセアセ

太鼓くん『くうぅっ、まったく俺の太鼓魂に響いて来やがらねえ! もっと熱い想いをぶつけてみせろや!』

少女「……」

男「どうだった?」

少女「すっごく気持ちいい!!」


少女さんはゲーム画面を見詰めて、目を輝かせた。
そして、真剣な表情で太鼓を叩く真似をする。

少女「男くん、もう一回挑戦させて」

男「じゃあ、リベンジと行こうか」

少女「うんっ!」

太鼓くん『応っ! その言葉を待っていたぜっ!!』


俺の身体を使って、必死に太鼓くんを叩いている少女さん。
コツが分かってきたのか、最初にプレイしたときよりもリズム感が良くなっている。
そんな彼女のプレイ内容に太鼓くんも満更ではなさそうだ。


太鼓くん『ちょっとは腕を上げたようだな。この調子で、もっと俺の熱い太鼓魂を震わせてくれ!!』

少女「ねえねえ。もう一回、太鼓くんを叩きたいっ!」

男「ああ、リズム感が良くなってきたし、太鼓くんが満足するまで叩きまくろう!」

少女「ありがとう。今度こそやるわよっ!」

・・・
・・・・・・
太鼓くんに褒められて満足し、俺たちはゲームコーナーの休憩所に移動した。
そこで火照った身体をクールダウンし、俺は冷たい棒茶を買ってきて喉を潤す。


少女「はあ、すごく楽しかった♪」

男「最後は連打が決まっていたし、初めてにしてはいい感じだったんじゃないかな」

少女「だよね! 太鼓くんも褒めてくれたし」

男「そうだな。少女さんはリズム感があると思う」

少女「そうかなあ//」

男「それで、次はどうする? そろそろ、場所を変えようかなと思うんだけど」

少女「私は男くんが行きたいところでいいです」

男「それじゃあ、ウインドウショッピングをしようか」

少女「うん、そうだね」

俺たちはレディースファッションが集まる一画に移動し、色んなお店の服を見て回ることにした。
ブランドによって雰囲気が違うので、見ているだけでも面白い。


少女「このブラウスとスカートのコーデ、すごく可愛いと思いませんか?」

男「良いんじゃないかな」

少女「試着してみようかな~♪」


少女さんはそう言うと、マネキン人形の観察を始めた。
一体、何をするつもりなのだろう。
そう思っていると、少女さんの着ている服がマネキンと同じになった。


少女「えへへ、似合うかなあ//」

男「そっか、少女さんは服を自由に変えられるんだっけ。清楚な感じですごく可愛いよ」

少女「ありがとう。この機会に色んな服を試してみたいな」

少女さんは満面の笑みを浮かべると、最初に着ていたデート服の姿に戻って店の奥に進んでいった。
俺はその後を付いて歩き、約1.5メートルの行動制限に引っ掛からないように気を付ける。
そして、少女さんのファッションショーが始まった。


少女「ねえねえ、今度はそっちのお店に行こうよ」

男「さすがにそこは不味いだろ」

少女「でも、可愛い下着も着てみたいな//」


少女さんは動ける範囲で店内に入り、下着を指差した。
そうだなあ……。
俺も一人のオトコとして、少女さんの下着姿をたくさん見てみたい。


男「まあ、少女さんがそこまで言うなら仕方ないな」

少女「ふふっ、ありがとう//」

下心に負けてランジェリーショップに入ったものの、女性客の視線を感じて居心地が悪くなってきた。
こういう感覚は双妹の買い物に付き合ったりして慣れてはいるけれど、今回は少女さんと来ているので俺が一人で物色しているかのように見えている。
それを考えると、さすがに今日は少し気まずい。


少女「このランジェリー、すごくセクシーだね」

男「ああ、うん」

少女「男くんだったら、私にどれを着て欲しいですか?」


俺はそう言われ、いくつか見比べてみた。
店頭にあったような可愛い下着やセクシーなランジェリー。
それを着ている少女さんの姿を妄想し、はやる気持ちを隠しながら実際に手に取ってみる。

店員「お客様、何かお探しですか?」

男「うわあっ! びっくりした……」

店員「本日は何かお探しですか?」

男「えっと、彼女に似合うものをと思いまして――」


俺はそう言って、女性店員に苦笑いを返した。
すると女性店員は怪訝そうな顔になり、俺が持っているピンク色のベビードールとブラ&ショーツに目を向けた。

ヤバい……。
これは事案発生か?!

店員「もしかして、恋人へのプレゼントですか」

男「えっと、そうなんです」

店員「それでしたら、サイズ等はご存知でしょうか」

男「バストサイズですか?」


俺は少女さんに目を向け、水着姿を思い浮かべた。
身長は150センチくらいで、小柄な体型。
胸もかなり小さくて、お皿を伏せたような扁平な形をしている。
きっと、Aカップかそれ以下のサイズだと思う。
そう考えていると、少女さんが恥ずかしそうな顔でねめつけてきた。


少女「それは禁則事項です!」アセアセ

男「……すみません。詳しいサイズはちょっと」

店員「それでは仕方ありませんね。ブラジャーは採寸をしたほうが良いですし、今度はお連れの方とご来店ください」

男「……はあ、体よく追い出された感じだな」

少女「そうですね」

男「少女さんが教えてくれたら、もう少しいられたのにな」

少女「だって、胸がないから恥ずかしいんだもん。ちなみに、さっきのランジェリーが男くんのお気に入りなんですか?」

男「それはその……着たところを見てみたいと思った」

少女「ふふっ、男くんのえっち//」

男「それでどうする? まだ服を見て回る?」

少女「それじゃあ、今度は男くんの服をコーディネートしませんか」

男「うん、そうだな」


そう決まり、俺たちは紳士服ブランドのお店を見て回ることにした。
そして、時刻は15時。
俺たちはシャトルバスに乗り、暗くなる前に家に帰ることにした。

~電車内~
シャトルバスが終点に着き、俺たちは電車に乗換えて二人がけの椅子に座った。
周りに乗客はほとんどいないけれど、念のために少女さんが窓側で俺が通路側だ。
そして流れ行く景色を眺める振りをしながら、少女さんの横顔を見詰める。
するとそれに気付いた少女さんが、にこりと微笑んだ。


少女「今日はありがとう。すごく楽しかったです//」

男「俺もすごく楽しかったよ」

少女「今日観た映画ね、年末にドラマが放送されてずっと楽しみにしていたの」

男「へえ、そうだったんだ」

少女「魔王くんってオラオラ系で強引なんだけど、実は誠実でシャイな一面があるんだよね。それがすごく可愛くて、いいなあって感じで――」

男「少女さんって、そういう男性がタイプなんだ」

少女「うーん、それはどうだろ。映画だから見ていて楽しいけど、現実にそういう男子に迫られるのは苦手かも」

男「要するに、適度にリードして欲しいってことか」

少女「そういうことかなあ。もしかしてやきもち妬いてた?」

男「そ、そんなんじゃないし!」

少女「だけどよく考えてみたら、男くんも強引なところがあるよね。私に告白してくれたとき、すごく嬉しかったよ//」


少女さんはそう言うと、俺の左手に触れた。
そして、真っ直ぐな視線を俺に向ける。

男「……」

少女「……」


お互いの視線が交錯し、無言で向かい合う。
これって、そういうこと――だよな。

だけど、どうすればいいのだろう。

俺は混乱した頭で、映画のキスシーンを思い出した。
しかし、強引に奪うようなキスは出来ない。

緊張で心臓が早鐘を鳴らし、呼吸が荒くなる。
もう、少女さんのことしか考えることが出来ない。
俺は身体がすり抜けないように、出来る限りゆっくりと。
そして、優しく唇を重ねた。

少女「……初めてのキスが電車の中だなんて//」

男「えっ、ああ……でも景色が綺麗だよ」

少女「そんなことを言われても、ロマンチックな気分にはなれないです!」

男「少女さん、拗ねた顔も可愛い」

少女「も……もうっ、誤魔化さないでくださいよ//」


口ではそう言っているけれど、キスが出来た時点で少女さんがそれを望んでいたということになる。
それなのに、少し拗ねている少女さん。
そんな彼女が可愛くて仕方がない。


男「今日は本当に最高の一日だよ//」

少女「そうだね。ずっとこうしていられたらいいのに――」


少女さんは面映げに言うと、俺に肩を寄せてきた。
だけどその言葉には、少し憂いが含まれているような気がして……。
だから俺は、その不安を打ち消すかのように少女さんの肩に腕を回した。

~自宅~
男「ただいま」

少女「……お邪魔します//」

母親「あら、お帰りなさい」


家に帰ると、わざわざ母さんがキッチンから出てきて俺を迎えてくれた。
何か良いことがあったらしく、とてもニコニコしている。
早く話したくて仕方がない、ということだろう。


母親「男、聞いたわよ~」

男「聞いたって何を?」

母親「今日はデートだったんでしょ。男も隅に置けないわねえ」ニヤニヤ

男「んなっ?! どうしてそれを知ってるんだよ!」

母親「ふっふっふ、お母さんの情報ネットワークをあまく見ないことね!」

男「いやいや。普通に考えて、双妹が話しただけじゃないか」

母親「それでどうなの」

男「どうって、何がだよ」

母親「もうキスまでしちゃったの?」

男「べ……別にそれくらいしても良いだろ」アセアセ

母親「ふうん、男も隅に置けないわねえ。でも、無責任なことはしちゃ駄目よ。大丈夫だと思うけど、もしものときは避妊をするのが最低限の優しさなんだからね」

男「わ……分かってるって!」

少女「……」

母親「はあっ、早くお父さんが帰って来てくれないかしら~//」

男「この流れでそういうことを言うなよ……」

母親「うふふ~♪ お母さんだって、お父さんとデートをしたいんだもん//」

男「可愛く言っても一緒だし。それじゃあ俺、部屋に戻るから」

母親「もうっ、男はノリが悪いわねえ」プンスカ

~部屋~
母さんから解放されて、俺たちはどうにか部屋に戻ってきた。
しかし今の話をした後に少女さんと二人きりになるのは、性的なことを想像してしまって微妙に気まずい。
そのせいで沈黙と緊張が張り詰め、部屋に重たい空気が漂っている。

だからといって、このまま黙り込んでいる訳には行かない。
俺は状況を打破するために、意を決して少女さんと向かい合った。


男「えっと……少女さん」

少女「……! は、はいっ」

男「その、さっきは母さんが変なことを言ってごめん」

少女「え……ああ、そんなこと全然ないです。逆に避妊するように教えていることを知って、すごく感心しました。いいお母さんですよね」

男「そうかなあ」

少女「私はそう思います。だけど、私たちには必要のない物……ですね」

男「それって、この前の話?」

少女「……はい」

少女「私には身体がないから、男くんを包み込んであげることが出来ないんです。だから好きな人と離れ離れになって愛し合うことが出来ないお母さんの気持ち、分かるような気がします」

少女「やっぱり、それを思うと寂しいです」

男「寂しい……か」

少女「べ、別に変な意味じゃないんだけど、触れ合うことが出来ないことは私にとって存在を否定されていることと同じなんです」


少女さんは顔を伏せ、力なく言った。
確かにそう言われると、俺と少女さんは本当の意味で触れ合うことが出来ない。
あくまでも、少女さんに触れていると錯覚しているだけに過ぎない。

男「それはそうかもしれないけど、俺は今日、少女さんと一緒にデートをしてすごく楽しかった。キスをしたときはドキドキしたし、もっと少女さんのことを知りたいと思った」

男「こうして色んなことが出来るのに、もし触れ合うことだけが出来ないのだとしたら、それは少女さんが本音ではまだ望んでいないからってことになるんじゃないかな」

少女「……」

男「今は出来ないことがあるかもしれないけど、一緒にそれを乗り越えて出来ることを増やしていこうよ」

少女「私ね、ずっと思っていたことがあるんです。私がここに存在していることを知ってもらいたい。そして、男くんに気持ちを伝えたい――って」

少女「だけど、いつの間にかそれに執着していたのかもしれません。だから、これからは思いやりの気持ちを忘れないようにしたいです」

男「思いやりの気持ち?」

少女「はい。今までは自分の気持ちに囚われていて、あまり男くんの気持ちを考えていなかったような気がするから――」


少女さんはそう言うと、爽やかな笑みを浮かべた。
それはまるで、真冬の空に広がった青空のようだった。

~双妹さんの部屋・少女さん~
午後11時になり、私は双妹さんの部屋に移動することにした。
いつもと同じように洋服ダンスの中から声を掛けて、返事を待つ。


少女「双妹さん、入りますよ」

双妹「どうぞ」

少女「お邪魔します」


部屋に入ると、双妹さんは抱き枕をクッション代わりにして小説を読んでいた。
私も読んだことがある幽霊ものの恋愛小説だ。
その内容を思い返しながら二段ベッドに歩み寄ると、双妹さんが意外そうな顔で話しかけてきた。

双妹「ふうん、ちゃんと時間通りに来るんだ。てっきり、今日は来ないのかと思ってた」

少女「そう言われても、これが私たちのルールだし」

双妹「そうだけど、今日はデートだった訳だし遅くなるのは仕方ないかなって考えていたから」

少女「じゃあ、今から戻ってもいいですか?」

双妹「だめに決まってるでしょ!」

少女「……ですよね。ところで、今日は違う本を読んでいるんですね」

双妹「ええ、読み終わったから新しいやつ」

少女「それも幽霊ものの恋愛小説ってことは、やっぱり私のことを認めるつもりはないんですか」

双妹「まあ、それもあるけど、ちょっと気になることがあって――」

少女「気になること?」

双妹「少女さんって、いつかは成仏するんでしょ」

少女「そう……ですね」

双妹「それって、この世からいなくなるってことだよねえ。それじゃあ、そのあと男の気持ちはどうなるの?」

少女「それは……」

双妹「もちろん、少女さんに未練があることは分かってるよ。だけど男のことが好きなら、自分が幽霊だということを受け入れて後腐れなく別れて欲しいです。だって、男には未来があるんだから」


男くんと後腐れなく別れる――。
少し険悪な雰囲気になったときもあったけど、今日はとても幸せな一日だった。
だから、これからも男くんと良い関係を築きたいと思っていた。
それなのに、そんなことを考えながら交際しないといけないの?

だけど、私はすでに死んでいる。
男くんの将来を考えるなら、お互いに納得して綺麗に成仏しなければならないのだ。

双妹「ごめんね、嫌な気持ちにさせて……」

少女「ううん、大丈夫です」

双妹「えっ?」

少女「指摘してくれないと、たぶん気付かなかったと思うから」

双妹「そっか――」


双妹さんは申し訳なさそうに言うと、読んでいた小説に視線を戻した。
その小説のラストは、生まれ変わったヒロインが16歳になったときに主人公と再会して結ばれる、というものだ。
私と男くんにも、そんなハッピーエンドが用意されていればいいのに――。
私はあまい夢想をしながら、二段ベッドの上段に移動した。

(2月29日)mon
~学校・HR~
うるう年の2月最終日。
今日は朝から激しい雨が降っていて、相変わらずの空模様だ。
週末は暖かくなるみたいだけど、しばらくは寒い日が続くらしい。


男「友、うっす!」

友「うっす! 双妹ちゃん少女さん、おはよう」

双妹・少女「おはよう」

友「ひとつ聞きたいんだけど、男は少女さんとデートに行ったりしてるのか?」

少女「デ……デートですか//」


少女さんは友の言葉を反芻し、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
もう、その反応を見ただけでバレバレだ。

男「まあ、行ったりしてるかな」

友「マジかよっ! このリア充めっ!!」


友はそう言うと、シャドーボクシングを繰り出した。
友なりに祝福してくれているのだろうけど、オーバーリアクションで何だか気恥ずかしい。


男「分かったから、やめてくれよ」アセアセ

友「ははは、これくらいで勘弁しておいてやるよ」

双妹「ちなみに、友くんは友香さんとどうなったの?」

友「俺は少女さんのことで話をしただけだし」

双妹「ふうん……」

少女「デートに誘ったりとか、そういう話はしなかったんですか」

友「そういう話はしてないけど、少女さんを水族館に誘ってあげようって話にはなったかな」

双妹「へえ、そうなんだ~」

友「それで今度の土曜日なんだけど、男と双妹ちゃんの予定は空いてる?」

双妹「あー、ごめん。その日は妹友ちゃんと映画を観に行く約束をしてるんだよね」

男「俺も部活があるから、土曜日は無理だ」

友「そっか、日曜日なら大丈夫かな」

双妹「その日なら大丈夫だよ」

男「ああ、俺も大丈夫」

少女「私はもちろん大丈夫ですっ!」

友「じゃあ、友香さんに日曜日ってことで伝えておくから」

男「分かった、日曜日な。ところでさあ、連絡し合えるようになってるってことは脈ありなんじゃないのか?」

友「そうかなあ」

男「どうやら、俺たちが取り持ってやらないといけないみたいだな」

友「え……いや、別にいいって」アセアセ

少女「ふふっ、そんなことを言わずに頑張ってね♪」

~学校・お昼休み~
お昼休みになり少女さんと話をしていると、友が奇行に走っている姿が目に入ってきた。
何もない空中にパンチを繰り出し、さらに教室の隅に何かの印を書いている。
はっきり言って、訳が分からない。
そんな友の姿を眺めていると、ついにクラス委員長が重たい腰を上げた。


委員長「友くん!」

友「ああ、委員長さん。何か用?」

委員長「何か用じゃないでしょ。教室に変な落書きをしないでくれませんか」

友「うるう年は霊的な力が強くなって悪い霊が活発になりやすいんだ」

委員長「悪い霊?」

友「ああ、結構いるんだ」

委員長「友くんがオカルト好きなのは勝手だけど、教室はみんなで使っている場所なんです。こういう事はしないでください。この前、英語の授業を妨害して怒られたばっかりですよねえ」

友「くそっ、仕方ないな。別の方法を考えるか……」

男「なあ、友。一体、何やってるんだよ」

友「んっ、ああ……ちょっとな」


助け舟を出そうとして声を掛けると、友は歯切れの悪い口調で言葉を濁した。
何か言いにくいことでもあるのだろうか。


委員長「男くん、ちょうどいいところに。今から消すので手伝ってください」

男「でもさっき、悪い霊がどうとか言ってただろ」

少女「そうですよね」

委員長「先週、あなたも授業中に騒いでいましたよねえ。同じ理由で怒られる前に、ちゃんと消しておいたほうがいいと思いますよ」

友「男、悪いな。そういうことだ。俺たちが消し終わるまで少し待っててくれ」

男「俺も手伝うよ」

友「……すまん、サンキューな」

10分ほどで教室に書いた印を消し終わり、俺は友から事情を聞くことにした。
悪い霊がどうとか言っていたし、友の奇行には何か理由があるはずだ。


友「単刀直入に言って、低級霊が少女さんのことを連れて帰ろうとしているみたいなんだ」

少女「私のことを?!」

男「……そっか、そうなのか」

少女「やっぱり家に帰らないといけないですよね……」

友「それはそうなんだけど、問題は神霊ではなくて低級霊が来たってことだ」

男「どういうことだよ」

友「低級霊は四十九日を過ぎても現世に留まっている悪霊だから、関わると碌なことがないんだ。もしかすると、少女さんを引き込もうとしているのかもしれない」

男「少女さんを引き込む!?」

友「ああ。やつらに目を付けられた以上、何か良くないことが起きるのは間違いないだろう」

少女「良くないことって、何が起きるんですか?」

友「それは分からないけど、少女さんは男に憑依している状態だし、今は守護霊に護られているから大丈夫だと思う」

少女「そうなんですね」

男「少女さんがいつも『家に帰ると良くないことが起きる』と言っていたけど、それはこのことだったのか」

友「たぶん関係があるだろうな。実はうさぎのぬいぐるみに霊的残留物質が残されていたんだ」

男「霊的残留物質?」

友「霊的な痕跡のことだ。少女さんの家には浮遊霊や低級霊が集まっていたから、その痕跡がいつ付いたものなのかは判然としないんだけど――」

男「判然としないんだけど?」

友「とりあえず、今はそれを調べようと思ってる」

友「それと少女さんの家にお線香をあげに行った帰りなんだけど、結構な数の低級霊が俺たちの後を付けて来ていたんだ。尾行されないようにすぐ除霊してやったんだけど、制服を着ていたから学校がバレたんだろうな」

少女「全然気が付かなかった……」

友「そんな訳だから、男にこれを渡しておくよ」


友は学生服のポケットに手を入れると、手袋を取り出した。
以前、少女さんが苦しんでいたときに使っていたものだ。


男「これで触れば、興奮した霊を鎮めることが出来るんだっけ」

友「あのときよりも強力な霊具に作り変えておいたから、低級霊に触れば男でも除霊することが出来るはずだ」

男「すげーじゃん!!」

友「まあ、少女さんクラスの力を持っている怨霊が相手になると、動きを抑えるだけで精一杯なんだけどな。少女さんに触らない限り悪影響はないから、いざってときに使ってくれ」

少女「でも、私と男くんは低級霊の姿が見えないですよ」

友「いざってときは、少女さんなら姿を見ることが出来るはずだ。もしそのときが来たら、男の脳みそを弄くればいいと思う」

少女「なるほどっ!」

男「お前ら、さらっと怖いことを言うなよ」

友「それはまあ冗談として、今日から俺も電車で帰ろうと思ってる」

男「友は自転車通学だろ」

友「そうだけど、低級霊が少女さんを引き込もうとしているなら、次の狙いは男の家のはずだ。だから、もし最寄り駅に低級霊がいたら除霊しておきたいんだ」

男「だったら、教室に書こうとしていた結界を俺の家に書いてくれたらいいじゃないか」

友「それが出来れば良いんだけど、俺がその中にいなければ発動しないんだ。今は地道な除霊が一番だと思う」

男「そっか、そう都合の良い話はないよな」

少女「でも除霊をしているだけで、根本的な解決になるんですか?」

友「ならないけど、それ以外に方法はないし。とりあえず、春休みになるまでが勝負だ」

少女「……そうですね」

男「ところで、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

友「何を?」

男「やっぱり四十九日を過ぎても現世に留まり続けることは、良くないことなのか?」

友「以前も話したと思うけど、霊波動は波だからお互いに干渉する性質があるんだ。そのせいで幽体が劣化して、霊波動の波源である魂をも傷付けてしまうことになる。そうなると悪霊や怨霊になってしまうだけではなくて、魂も壊れて消えてしまうんだ」

男・少女「ええっ?!」

友「少女さんは幽体が少ないから、霊的な力が強い代わりに霊波動の影響も受けやすくて……。仮に四十九日を越えてしまった場合、浮遊霊としての寿命はとても短いものになると思う」

少女「私は寿命が短い?」

男「やっぱり、四十九日を越えることは出来ないのか」

友「そう考えておいたほうがいいだろうな。離脱日基準で4月1日が少女さんのタイムリミットだ」

少女「じゃ……じゃあ、生まれ変わりってあるんですか!」

友「生まれ変わり?」

少女「小説だと、成仏をしたヒロインが美少女に生まれ変わって、主人公と結ばれたりするストーリーがよくありますよね」

友「確かによくある話だけど、仏教の最終的な目的は六道輪廻から解脱して極楽浄土に往生して成仏することなんだ。だから、成仏をしたヒロインが人間界で生まれ変わる話は破綻していると思う」

少女「つまり、生まれ変わることは……ない?」

友「ああ。期待するような返事ではないと思うけど、少女さんは成仏をするか魂が壊れて消えてしまうか、そのどちらかしかないんだ」

少女「そっか、そうなんだ……」

男「……」

~自宅・部屋~
低級霊が少女さんを道連れにしようとしていること。
そして少女さんの寿命は短く、生まれ変わる可能性もないこと。
それらのことがずっと頭の中で引っ掛かっている。

俺は小さくため息をつき、手袋を棚の上に置いた。
少女さんにとって幸せな結末は、やはり成仏しかないのだろうか――。


男「……少女さん」

少女「何ですか?」

男「ずっと考えていたんだけど、友の言っていたことは本当なのかな」

少女「私は友くんのことを信用しています」

男「でも仏教以外にキリスト教とかイスラム教があって、それぞれ考え方がまったく違うだろ。だから、友が絶対に正しいとは言えないんじゃないかな」

少女「もしかして、友くんのことを疑っているんですか?」

男「そうじゃなくて、ずっと一緒にいられる方法を探してみようって言ってるんだ」

少女「……」

少女「ねえ、男くん。幽霊の私には身体がありません。それなのにどうやって物事を考えたり、記憶したりしていると思いますか」

男「えっ?」

少女「私は魂が大脳の代わりをしているんだと思います」

男「何が言いたいんだよ」

少女「生きている人と同じように外部からの刺激に対して反応を返すことが出来るということは、何らかのエネルギーを消費して変化し続けているということなんです。つまり、魂が老化して壊れてしまうことは避けられないんです」

男「そんなことを言うなよっ!」

少女「私も今日、ずっと考えていたの!」

少女「魂が壊れて消えてしまうなら、私は一日一日を大切に過ごしたい。そして、そうなる前に笑顔で送ってもらいたい!」

男「本当にそれしかないのかな」

少女「仕方ないよ。だって、私は死んでいるんだもん――」

男「そう……だよな。少女さん、分かったよ」

少女「……」

男「4月1日に笑顔で成仏できるように、今を大切にして過ごしていこう」

少女「……うん」


俺たちは無言で向かい合い、唇を重ねた。
そして、お互いに気持ちを確かめ合う。

あと1ヶ月。
それまでに少女さんの自殺の偶発性を解明し、未練を叶えなければならない。
そして、俺は彼女を笑顔で送ってあげるんだ――。

(3月1日)tue
~最寄り駅~
今朝は厳しい冷え込みになり、昨日から降り続いている雨が雪に変わっていた。
積もるほどではなさそうだけど、歩道が凍結していて歩きにくい。
そんな悪路を友が平然と自転車で走ってきた。


友「うっす!」

男「うっす!」

双妹・少女「友くん、おはよう」

友「おはよう。じゃあ俺、自転車停めてくる」


駐輪所に行った友が戻ってくるのを待ち、駅舎に入る。
そして、俺たちは待合室で暖を取ることにした。

友「……思ったよりいなかったな」

少女「いなかったって、低級霊のことですか」

友「ああ。式神に構内を探査させながら除霊していたんだけど、数えるほどしかいなかった」

少女「構内にいるってことは、私のことを待ち伏せしていたってことですよね」

友「そうだと思う」

少女「嫌だな……」

双妹「ふと思ったんだけど、その式神っていうのをボディーガードにすることは出来ないの?」

友「それが出来れば良いんだけど、俺がいないと使役することが出来ないから、ボディーガードにするのは無理だと思う」

双妹「ふうん、そうなんだ」


俺は3人のやり取りを聞きつつ、最寄り駅で待ち伏せされていたことが気になった。
もしかすると、すでにここが特定されているのかもしれない。

男「なあ、友。待ち伏せされていたってことは、ここが特定されたんじゃないのか?」

友「いや、それはないと思う。昨日は学校前の駅に少しいただけだったからな」

男「それって、登下校の手段が電車だとバレたことになるだろ。それでもし、今朝はこの周辺のすべての駅で待ち伏せをしていたとしたらどうなると思う」

少女「どうなるんですか?」

男「相手からしてみれば学校前の駅とこの駅で待ち伏せしていた低級霊だけが除霊されたことになるから、俺たちがその2つの駅を利用したことが分かるんだ」

少女「そっか、そうですよね!」


最寄り駅を特定された以上、もし低級霊たちにすべての交差点で待ち伏せをされたとしたら、あっという間に家も特定されてしまうことになる。
そうでなくても、俺たちには低級霊の姿が見えないのだ。
少女さんが姿を消して俺の家まで付いて来たことがあったように、俺たちだけならば簡単に尾行することが出来るだろう。

友「でもそうだとすると、低級霊の意思が統率されていることになるだろ。あいつらが組織だって動けるとは思えないんだけど」

男「だったら、リーダー格の上級霊がいるってことになるんじゃないのか」

友「リーダー格の上級霊ねえ……。もしそんな悪霊がいるならそいつを除霊してしまえば解決することになるけど、それは幽霊探知機の修理が終わってからの話だな」

男「あのアプリのことか。それって、いつ直るんだ?」

友「まだ分からないけど、今月の中旬には帰ってくると思う。とりあえず、男と双妹ちゃんは守護霊を強化しているから手出しを出来ないはずだし、こちらから攻勢に出るのはその後でも大丈夫だと思う」

男「本当にそれで大丈夫なのかな」

友「大丈夫だって。待ち伏せが心配なら、毎日違う道を通ればいいだけの話だろ」

男「それはそうなんだけど」

双妹「とりあえず、今日も友くんと一緒に帰らないといけないのなら、私は男の部活が終わるまで待ってるから。たまには見学に行ってもいいよねえ」

男「ああ、構わないぞ」

双妹「やったあ♪」

少女「……」

~学校・お昼休み~
午前中の授業が終わり、待望のお昼休みになった。
そしてお弁当を食べようとすると、珍しく双妹が俺の席にやってきた。


双妹「ねえ、一緒に食べようよ」

男「いいけど、妹友さんは?」

双妹「インフルエンザなんだって」

男「ええっ、そうなんだ。昨日から天気が悪いし、寒い日が続いているもんな。妹友さんは大丈夫なのか?」

双妹「大丈夫ってことはないだろうし、今週は学校を休むんじゃないかな」

男「まあ、そうなるよな」

少女「まだインフルエンザが流行っているなら、気を付けないといけないですね」

双妹「うん、そうだね」

男「ところでさあ、友って何かを隠しているように感じないか」


俺はお弁当を食べつつ、友の席を見やった。
それに合わせて、双妹も友の席に目を向ける。


双妹「隠すって、何を?」

男「昨日、友が言っていたことだけど、うさぎのぬいぐるみの霊的な痕跡と低級霊の付き纏い行為には何らかの関係があるはずなんだ。それなのに、友は上級霊の存在に懐疑的だっただろ」

少女「言われてみれば、確かに……」

男「友は何かを知っていて、俺たちに隠しているんじゃないかなあ」

双妹「ねえ、男。あ~んして、あ~ん♪」


双妹は唐揚げを挟むと、臆面もなく俺の口元に持ってきた。
いやいや、さすがに学校でそれはおかしいだろ。
しかし、双妹はにこりとした表情のまま引き下がろうとしてくれない。
つまり、俺の口を塞ぎたいということか。

男「もしかして、双妹も何か知っているのか?」

双妹「……」

双妹「やっぱり、私たちに隠し事は出来ないわね。じゃあ、あ~んして♪」

男「みんなが見てるぞ」

双妹「私たちが特別な双子だってことは、みんなも知っているでしょ。好きなように言わせておけば良いし、もう気にすることなんて何もないよ」

男「はあ、仕方ないな」

ぱくりっ
もぐもぐ・・・

双妹「ふふっ// 少女さんは男とこういうこと、出来ないよね♪」

少女「むぅっ……」

男「ほれはいいはら、はやく教えろよ」

双妹「えっとね、少女さんの部屋を調べたときに聞いたんだけど、友くんは何も教えてくれなかったの。慎重にならないといけないことだからって」

男「それじゃあ、双妹も詳しいことは知らないってことか」

双妹「まあ、そういうことになるかなあ」

男「やっぱり、友に問いただすしかなさそうだな」

双妹「はい、あ~んして//」


今度はプチトマトを指で摘んで持ってきた。
少女さんやクラスのみんなが見ているし、さすがにそれはレベルが高すぎるぞ。


双妹「冗談だって、冗談」パクッ

双妹「私もね、友くんの話を完全に信じているわけじゃないの。だって、低級霊がいるとか言われても見えないんだもん」

男「まあな」

双妹「でも、少女さんがいるのは本当のことでしょ」

少女「……」

双妹「だから、少女さんの死因と低級霊のストーカー行為が無関係ではないのなら、私たちは忘れてはいけないんだと思う」

双妹「少女さんがいわゆるPTSDで苦しんでいるってことを――」

男「ああ、そうか。家に帰れるようにはなったけど、まだ完全に乗り越えてはいないんだよな……」

双妹「そうだよ。男の気持ちも分かるけど、少女さんのペースで歩いてあげないといけないの。だから、友くんを信じることも大切なんじゃないかな」

少女「……双妹さん」

男「ちょっと答えを急ぎすぎていたのかもしれない。双妹、ありがとう」

双妹「それじゃあ、あ~ん//」

男「今度は何だよ」

双妹「私の唐揚げをひとつ食べた」

男「俺にくれたんじゃなかったのかよ」

双妹「あ~んっ//」


俺は仕方なく、雛鳥のように大きく口を開けて待つ双妹に唐揚げを食べさせてあげた。
そして、満足そうな表情を浮かべている双妹を見て、たまには一緒に食べるのも悪くないなと感じた。

(3月3日)thu
~自宅・放課後~
今日はひな祭りということもあり、朝から双妹がとても浮かれていた。
リビングに飾られた、立派なひな壇。
そして雛人形と一緒に飾られている、華やかな金花糖。
まあ、俺には関係のないイベントだ。


双妹「お母さん、ただいま~」

男「ただいま」

母親「おかえり」

双妹「ねえねえ、今夜はちらし寿司なんでしょ」

母親「そうよ。今から治部煮を作るんだけど、どれを入れるの?」

双妹「今年は海老とマツタケにする」

母親「じゃあ、持ってきて」

双妹「は~い♪」

~部屋~
少女「双妹さんの家では、すぐに金花糖を食べちゃうんですね。うちではひな壇を片付けてから食べてましたよ」


双妹が俺の部屋に入って来ると、少女さんが笑顔で話しかけた。
女子にとって、ひな祭りは楽しい行事なのだろう。
それは幽霊になっても変わらないようだ。


双妹「あれっ? 少女さんの家でも金花糖を飾るんだ」

少女「はい。ひな祭りが近付いてきたら、お祖母ちゃんが送ってきてくれるんです。友達は飾らないって言うし、うちだけかと思ってました」

双妹「私もうちだけかと思ってた。すごく可愛いよね~」

少女「そうですよね」

双妹「少女さんはそのまま食べるの?」

少女「そのままでも食べるけど、煮物に使ったり、いちごジャムにしたりするかな」

双妹「ふうん、そうなんだ。いちごジャム、美味しそう♪」

少女「でも、どうしてひな祭りの日に食べるんですか」

双妹「うちでは、ひな祭りの日に私が選んだものを料理に使うことになっているの。縁起物だし、願いを込めて煮込むのが良いんだって」

少女「へえ~、おもしろい」

双妹「それで私は双子だから、毎年2つ入れることにしているの」

少女「へえ、そうなんですね。それじゃあ、今年は海老とマツタケだから――って、海老は分かるけど、どうしてマツタケなんですか?」

双妹「夫婦松茸っていう言葉があるんだけど、いつまでも兄妹で仲良く一緒にいられたら良いなと思って」

少女「いつまでも、兄妹で仲良く一緒に?」

双妹「そうだよ。男もそう思ってくれてるよね//」

男「ああ、当たり前じゃないか」

双妹「ふふっ、ありがとう♪」

~リビング~
晩ご飯が完成し、俺たちはリビングに行った。
今日はひな祭りなので、ちらし寿司と治部煮、ハマグリのお吸い物だ。
少女さんは、それらを美味しそうに食べる双妹を羨ましそうに見詰めている。
こればかりはどうにも出来ないし、今日ばかりは本当に可哀想だ。


母親「ふと気になったんだけど、双妹には彼氏はいないの?」

双妹「どうしたの、急に」

母親「男に彼女が出来たんだし、双妹はどうなのかなって気になるじゃない」

双妹「あはは、それがまだいないんだよねー」

母親「双妹が男にべったりだから、それが伝わるのかしらねえ。最近はまた、毎日一緒にお風呂に入っているでしょ」

双妹「それって関係あるの?」

双妹「私と男は同じ双子なんだよ。別にやましい事は何もしてないし、私は男と過ごす時間を大切にしたいだけなの。男もそうだよね」

男「そうだな、俺もそう思う」

母親「……はあっ。男と双妹がそういう心理的傾向になりやすいのは分かっているつもりだけど、やっぱりそれを理解してあげるべき――なのかしらねえ」

双妹「ふふん♪ やったあ//」

少女「ええっ?! もう高校生なのに、兄妹で一緒にお風呂に入るのを許してしまうんですか」

双妹「今夜は久しぶりに洗いっこをしようかな~//」

少女「双妹さんっ、そんなの絶対に駄目ですから!」

少女「男くんからも何か言ってくださいよ!」

男「双妹、俺には今、彼女がいるってことを忘れるなよ」

双妹「はいはい、分かってるって」

母親「それで、男はその彼女とどうなってるの?」

男「週末にみんなで遊びに行こうって決まってて、それなりに順調だと思う」

母親「ふうん、そうなのね。とりあえず、二人とも高校生らしい普通の恋愛を経験してみなさいね」


その言葉を聞いて、俺ははっとした。
もしかすると、母さんは少女さんが幽霊だということを知っているのかもしれない。
だけど、知っているかどうか聞くなんて出来るはずがなく、俺は適当に返事を返して晩ご飯を食べることにした。

(3月4日)fri
~学校・お昼休み~
久しぶりに雲の隙間から晴れ間が覗く金曜日。
今日も妹友さんが欠席をしているので、双妹とお弁当を食べている。


双妹「妹友ちゃん、明日は大丈夫かなあ」

男「一緒に映画を観に行くんだっけ」

双妹「そうそう。この前、男が少女さんと観て来たやつ」

少女「魔王くんがすっごく格好良かったですよ! きっと、双妹さんもキュンキュンすると思う」

双妹「へえ、そうなんだ。それで妹友ちゃんがね、入浴シーンを楽しみにしているんだけど、おかしいよね~」

少女「そうかなあ。そのシーン、すごくドキドキしましたよ// それで男くんなんてね、ヒロインのヌードを期待しちゃったみたいで『お前かよっ!』って突っ込みいれてて」

双妹「ええっ、何それ」クスクス

男「仕方ないだろ。お風呂場でシャワーの音がしたら、ヒロインのサービスシーンを見られると思うじゃないか」

少女「周りの女性客がすごく引いてて、見てて可笑しかったです」

週末の教室はにぎやかで、双妹と少女さんの会話も弾んでいる。
俺はそんな二人のたわいないおしゃべりに耳を傾けながら、お弁当を食べる。


ドガシャアアンッッ!


女子生徒「きゃあああぁぁぁっ!!」

不良「おらあっ、だらくそっ! くたばりやがれっ!!」

友「がふっ……がはぁっ…………!」


心地よい時間が流れるお昼休み。
それが突然、喧騒に包まれた。

怒声が聞こえた場所を見ると、不良グループの男子二人が執拗に友を蹴り続けていた。
友は座席ごと蹴り飛ばされたらしく、床に崩れ落ちて丸くうずくまり、必死に堪えている。


男「友っ!!」

友「うぐっ……っ……」

男「てめえらっ! 何やってんだよ!!」


俺は急いで駆け寄り、DQNを蹴り飛ばした。
そして不良が繰り出してきた右腕を逸らし、懐に入り込んで投げ飛ばす。


男「おりゃあぁっ!」

不良「がふっ!!」

男「友っ、大丈夫か!」

友「……げほっ……あ、ああ……すまん、何とか…………」

少女「お……男くんっ! 後ろっ!!」


少女さんの緊迫した声が聞こえて振り返ると、DQNが椅子を高く持ち上げて力強く構えていた。
そしてその直後、DQNが奇声を発しながら椅子を振り下ろしてきた。
俺はそれを全力で打ち払い、体勢が崩れたDQNに足をかけて転ばせる。
するとDQNは隣の机で身体を強打し、俺は流れるようにして腹に蹴りを追加してやった。


DQN「がはっ……ぐっ…………」ガクリ

男「ふう、片付いたな」

双妹「いやっ、いやあぁぁっ!!」


ほっと安心した直後、双妹の悲鳴が聞こえて俺は咄嗟に振り返った。
するとそこには男子生徒の姿があり、そいつらに双妹が押し倒されていた。
デブが双妹に馬乗りになり、ガリが双妹の両腕を押さえている。
普段は目立たないモブのくせに、双妹に何やってくれてるんだっ!

男「……ちっ、双妹っ!」

少女「双妹さんっ!!」

デブ「動くなっ! 俺がぴょんぴょんしたらどうなるか、試してほしいのか?」

双妹「うぐぅっ、ううぅっ……」

男「くそっ!」ギリッ

ガリ「きしゃしゃしゃ……。ボクたちのお遊びが終わるまで絶対に動くんじゃねえぞ」

ギャル「おらあっ! お前らも這いつくばれっ!」

才女「そうですわ!」

友「がふっ……」

男「……はぐぅっ…………」


ギャルさんと才女さんが突然豹変し、俺たちに殴り掛かってきた。
まったく注意を向けていなかったせいで拳が脇腹にめり込み、俺は激痛で膝を付く。

デブ「ぐふふっ! 双妹さんって可愛い上に巨乳だし、やっぱり上玉だよな」

双妹「うっ……ううっ…………」

ガリ「双子の兄妹ってさあ、いつも一緒にお風呂に入ったり、エロいことをヤりまくったりしているんだろ? 男に胸を揉まれて、こんなに大きく育ったのかもな。げへっげへっ」

デブ「それじゃあ、今度は俺たちのモノを大きくしてもらおうか!」

双妹「いやっ……触らないでっ! 男、男ぉっ!!」

男「くそっ、お前らっっ! 俺の双妹に手を出して、ただで済むと思うなよ!!」

才女「あらあら、怖い怖い。可愛い妹さんが素敵な声で鳴いているのですから、お兄さまも素敵な声で囀ってくださいませんか?」


才女さんは嗜虐的な笑みを浮かべ、その外見からは想像する事が出来ない力で蹴り込んできた。
まるで、全身を抉られているかのようだ。


男「……う゛あ゛あああっ…………」

才女「うふふ// そう、その声ですわ」ゾクゾク

男「才女さん。どうして、こんなことを――」

才女「どうしてって、したいからに決まっていますわ」

男「したい……から?」

才女「ええ、男子を蹂躙してみたい。そして、思うがままに服従させたいんですの!」


才女さんは強く言い放つと、俺を蹴り転がして内履きズックを脱ぎ、右足で股間を踏みつけてきた。
急所をぐりぐりと圧迫されて、足の裏の感覚とともに鈍い痛みに襲われる。


少女「お……男くんっ!」

男「うぐうぅっ……」

才女「あはははっ! このむにゅむにゅしている物は何かしらねえ♪」

男「くそっ! やめ……お゛う゛うぅっ!」

才女「少しでも暴れると踏み潰しますわよ。それとも、気持ちよくて身悶えしているのかしら!」

才女「ねえ、お兄さま。大切な妹が犯されている姿を見ながら、そしてそんな妹に見られながら、このまま卑しい劣情を吐き出しても宜しいんですのよ//」

委員長「ちょっと、あなたたち! こんなこと、今すぐやめなさいっ!!」

男「い、委員長!!」

委員長「みんな、分かってるの? 男くんと双妹さんは一卵性双生児なんですよ。デブ君とガリ君は、男くんにホモレイプをする趣味があるってことなんですか?」

デブ「あーっ、そうだったな。見た目は可愛いけど、こいつと男は100%同じなんだっけ。想像したらマジで萎えてきたぜ」

ガリ「げひゃひゃひゃひゃ……。脱がせたらアレが生えていたりしてな」

双妹「……」

双妹「そんなの……」

双妹「そんなの……もう聞き飽きたわよ! 離してっ! 離しなさいよ!!」

委員長「だまれっ、染色体の異常で生まれてきた出来損ないの癖に! 男くんと同じ遺伝子で性別が違うなんて、あなた気持ち悪いのよ!」

デブ「そうだそうだ。本当はオトコなんじゃねえのか?」

ガリ「きしゃしゃしゃしゃ! 私はオンナの見た目をしているだけの出来損ないですって、言ってみろや! それが言えたら、下の口にたこさんウインナーを食わせてやるよ!」

双妹「……いやっ、やめて…………やめてくださいっ。お願いだから!」

男「くそっ、ふざけやがって! この、だらくそがっ!!」


双妹がこんなにも傷付けられて、俺がいつまでもされるがままになっていると思うなよ!
俺は才女さんの右足を両手で掴み、全力で持ち上げながら立ち上がった。
そして、才女さんのスカートを捲り上げる。
普段はお淑やかな彼女にとって、この恥辱には耐えることが出来ないはずだ。


才女「んなっ?!」

才女「きゃああぁっ//」


才女さんは慌ててスカートを押さえ、恥ずかしそうな表情で俺をねめつけてきた。
その一瞬の隙を逃さず、俺は脇を抜けて双妹へと駆け出す。
そしてその勢いのまま、デブに跳び蹴りを食らわしてやった。


デブ「ひでぶうぅっ!」


デブが吹っ飛び、俺は続けざまにガリの股間を蹴り上げる。
すると、ガリは奇声を発しながら激しく悶絶し、白目を剥いて動かなくなった。

気絶したデブとガリを見やり、委員長が呆然とへたり込む。
俺はそんな彼女に睨みを利かせ、双妹に手を差し出した。
制服が少し乱れているけれど、特に怪我などはしていなさそうだ。


男「双妹、大丈夫か!」

双妹「うん……助けてくれるって信じてた// 男は怪我とかその、大丈夫なの?」

男「ああ、俺は大丈夫だ。とりあえず、みんなから距離を取れ。俺は友に加勢してくる!」


そう言って振り返ると、友が女子生徒5人から集団リンチを受けていた。
さて、どうしたものか。
女子を投げ飛ばす訳にはいかないし、割って入って友を引きずり出すくらいしか方法はなさそうだ。
そして双妹に合図を送って、教室から逃げるというのが無難なところだろう。

そう思った次の瞬間、教室にいた生徒たちがバタバタと倒れ始めた。
委員長も上体が脱力し、糸が切れた人形のように動かない。
そして、ふらふらと友が立ち上がった。

双妹「何なの……これ」

男「さ、さあ……何なんだ、これは――」

友「…ぐっ……つぅっ、これは憑依霊の仕業だ。俺が除霊しまくっているから、低級霊がみんなに憑依して俺を排除しようとしてきたんだ」


友はよろめきながら手近な椅子に座り、状況を説明してくれた。
この一週間、友が低級霊の除霊を続けていたので、低級霊たちは少女さんの依り代である俺の家を特定することが出来ないでいた。
だから低級霊たちは不良グループに憑依し、友を排除するために暴動を起こしたのだ。

しかし俺が倒してしまったので、低級霊たちは双妹を人質に取って俺を牽制し、反撃しづらい女子生徒に依り代を変えて攻撃してきた。
そして友が除霊に成功したおかげで、憑依霊の支配から解放されたみんなが意識を失った。
それが現在の状況らしい。

少女「私のせい……ですよね。ごめんなさい――」

友「いいって。これくらいの怪我ならすぐに治るだろうし、少女さんの気持ちだけで十分だから」

少女「でも……痛いですよね。ごめんなさい」

友「まあ、それはそうと、いくつか気付かれただろうな」


俺と双妹が兄妹で、一緒に住んでいること。
守護霊を強化していても、人間に憑依すれば物理的に接触できること。
そして物理的に接触は出来るが、依り代にして支配することは出来ないこと。


友「やつらは欲望や不安、抑圧した気持ちに付け込んで意識を支配して来るんだ。とりあえず、みんなに破魔の印を仕込んでおいたから、しばらく大丈夫だと思う。念のために広域結界を仕掛けておいて助かったよ……」

男「友、ありがとう」

双妹「……ありがとう」

それらの説明が終わる頃、気を失っていたみんなが意識を取り戻し始めた。
委員長も呻き声を上げ、呼吸を荒らげながら呆然としている。


委員長「はあはあ、私……どうして…………」

委員長「……! 双妹さん」


委員長はおぼつかない様子で立ち上がり、視界に双妹を捉えると顔を曇らせて視線を泳がせた。
双妹はそんな彼女の出方を、ただ黙って見据えている。


委員長「双妹さん、その……酷いことを言ってしまってごめんなさい。どうしてあんなことを言ってしまったのか、その……分からなくて。本当に私…………どうかしていたと思う……」

双妹「そんなこと、気にしないで。もう慣れてるから――」

委員長「ううっ、うううっ……ごめんなさい。ごめんなさいっ…………」

双妹「……」


双妹は泣き崩れる委員長を寂しそうに見詰めると、倒れたままのデブとガリに冷めた視線を向けた。
きっと今まで言われてきたことを思い出しているのだろう。

同じ双子でも女子のほうが力が弱いからなのか、心ない言葉を言われるのは双妹のほうが多かった。
もし普通の二卵性双生児だったならいじめられる事はなかったのだろうけど、少し特別だというだけで人の態度は大きく変わってしまうのだ。

俺たちのお弁当は騒ぎのせいで床に落ち、もう食べることは出来そうにない。
俺は小さくため息をつき、双妹の肩を抱き寄せて優しく頭を撫でてあげた。
すると、双妹が心地良さそうに身体を預けてきた。
そんな双妹に寄り添い、俺たちは心を通わせる。

少しでも早くつらい気持ちが癒えるように。
そして、少しでも早く双妹に笑顔が戻って来てくれるように――。

やがて夕方になり、今日のことがニュースで報道された。

北倉市の県立高校で集団パニック。
そのニュースを見ていて、思いも寄らない事が起きていたことが分かった。
病院に搬送されたのはうちのクラスだけではなくて、校庭に次々と入ってくる救急車に不安を感じた1年生から3年生の女子生徒34人も過呼吸のような症状を訴え、合計で58人もの生徒が病院に運ばれていたそうだ。
その症状はいずれも軽いが、女子生徒7人が大事を取って入院しているらしい。
その事態を重く見た校長先生は臨時休校の判断を下し、午後の授業と部活動をすべて中止にしたとのことだった。

この過呼吸も低級霊の仕業なのだろうか。
もしそうだとするならば、今後もこのようなことが続くのかもしれない。

~自宅・部屋~
男「学校、すごく大変なことになっていたんだな」

少女「……」

双妹「……そうだね。これからも今日みたいなことがあるのかな」

男「大丈夫だとは思うけど、早めに何らかの手を打たないと不味いよな」

双妹「例えば、何をするの?」

男「それを言われると困るけど、低級霊だったら友が除霊してくれるし、憑依していた場合は俺が投げ飛ばして倒せるだろ。しばらく、それで何とかするしかないんじゃないかな」

双妹「でも倒すって言うけど、相手は操られているだけなんだよ。本人は何も悪くないし、今度は退部させられるかもしれないわよ」

男「まあ言い方は悪かったけど、やりようはあると思う。こっちには除霊の出来る手袋があるんだし」


俺はそう言って、棚の上に置いている手袋を見た。
それさえあれば、触るだけで俺でも除霊が出来るのだ。


双妹「そっか、あれを使えば良いんだ。じゃあ、出掛けるときは持ち歩いておいたほうが良さそうだね」

少女「あの……これって、私が家に帰れば解決しますよね」

男「家に帰るってどういうことだよ」

少女「私のせいで男くんと友くんが怪我をして、双妹さんも危険な目に遭って、多くの人に迷惑をかけてしまいました。そんなことが続くなら、私はもういないほうが――」

双妹「ねえ、少女さん。私は正直に言って、早く貴女にいなくなってもらいたい。だけど、本当にそれで良いの?」

少女「良くないけど、私も同じなんです」

双妹「同じって何が?」

少女「私も男くんに取り憑いている憑依霊だから……」

男「少女さんはあいつらとは違って、人の弱さに付け込んで身体を乗っ取ったりしないだろ。だから、同じじゃないよ」

少女「私も同じことが出来るんですよ。同じじゃないはずがないです!」

男「……そうだな。少女さんは同じことが出来るよな」

少女「だから――」

男「でもっ! 少女さんには良心があるじゃないか。その心があるだけで、あいつらと少女さんは違う。そうだろ」

プルルル・・・
突然、電話が掛かってきた。
大事な話をしているというのに空気が読めない奴だ。
誰からだよと思いつつ確認すると、友香さんの名前が表示されていた。


男「ごめん、友香さんからだ」

少女「……」

男「もしもし、男です」

友香『もしもし、男くん? 友香です』

男「俺に電話って、珍しいですね。何かあったんですか?」

友香『実はネットを見てて、気になる記事があったから電話をしたんです』

男「気になる記事?」

友香『……うん。今日、男くんの学校で集団パニックがありましたよねえ。その原因が心霊現象じゃないかって、SNSやまとめサイトで話題になっているんです』

男「ええっ?!」

友香『だから少女が関係しているんじゃないかなと思って、少し心配で掛けてみたんです。よければ代わってもらえませんか?』

男「分かりました。それじゃあ、今から代わりますね」

双妹「何かあったの?」

男「今日のことがネットで話題になっているらしい。それで少女さんが心配だから、代わって欲しいって」

少女「……私に?」


少女さんは不思議そうな顔をして、手を差し出してきた。
俺はそれを見て何とはなしに少女さんにスマホを渡すと、そのまま手をすり抜けて落ちてしまった。
少女さんは幽霊なんだし、すり抜けて当然だ。
うっかりしてた。
俺はスマホを拾い上げ、苦笑いをしている少女さんの耳元に当ててあげた。


少女「もしもし、代わりました」

少女「えっ……あ、あれ? 声が聞こえない――」

少女「……ごめんなさい、私にはスマホを使うことが出来ないみたいです」

男「まあそっか、そうだよな」

男「もしもし、友香さん?」

友香『あ、ああ……男くん?』

男「実は少女さんがスマホを使えないみたいで」

友香『そうだよね。慌ててたから、私もさっき気付いたところ。多分、ビデオ電話も使えないですよねえ』

男「双妹もいるし、ちょっと試してみるよ」


俺はスマホをいじっていた双妹に声をかけ、少女さんの動画を撮ることが出来るか試してもらった。
ピロリ~ン♪という電子音が鳴り、少女さんにスマホを向ける。
そして、双妹は首を横に振った。


男「友香さん、やっぱり映らないみたい」

友香『そっか。じゃあ、メールします』

男「分かりました」

トゥルルル~ン♪

男「はやっ!!」


From:友香さん
件名:少女へ

本文:
少女はひとりじゃないんだからね!
日曜日楽しみにしてるよ(^_^)v
z♪

少女「友香ちゃん……」

少女「私、やっぱり頑張ろうと思います。こんなことをしてくる人に負けたくないです!」

男「そうだよな。みんなで頑張ろう」

少女「はいっ!」


友香さんのおかげで少女さんが元気になり、俺は少女さんと一緒にメールの返信をすることにした。
そしてそれが終わると、双妹がタイミングを見計らって話しかけてきた。

双妹「少し調べてみたんだけど、今日の集団パニックは心霊現象が原因じゃないかって言われているみたいなの」

男「友香さんもそう言ってた」

双妹「それでね、集団パニックは過去にも事例があるんだけど、そのほとんどが女子生徒だけが症状を訴えているみたいで、今回みたいに男子生徒を含むクラス全員が意識を失ったっていうのは前例がないんだって」

男「へえ、そうなんだ」

双妹「だから本物じゃないかって言われているみたい」

男「でも、それはネット上の話だろ。確かに心霊現象が原因だけど、友はそれを否定しているし俺たちが何かするのは止めておいたほうがいいと思う。ただでさえ学校全体が混乱しているんだし、騒ぎを鎮めるために黙っているのがベストなんじゃないかな」

双妹「まあ、そうかもしれないわね」

男「それじゃあ、少し早いけどお風呂に入ろうか」

双妹「えっ、もう入るんだ。私、着替えを取ってくるわね♪」

男「ああ、俺たちは待ってるから」

双妹「うんっ、すぐ行く//」


双妹は頬を緩め、軽やかに部屋を出て行った。
お昼にあんなことがあって心配だったけど、もう大丈夫のようだ。


少女「双妹さん、お昼にあんなことを言われたのに――」

男「俺もそのことは心配だったんだけど、もう大丈夫みたいだな。本当に良かったよ」

少女「……」

男「それじゃあ、そろそろ行こうか」

少女「そうですね」


俺は少女さんの様子が気になりつつ、着替えを準備して部屋を出た。
そして、ちょうど居合わせた双妹と3人でお風呂場に向かった。

~双妹さんの部屋・少女さん~
お風呂から上がり、男くんと一緒に集団パニックのことを調べていると、いつの間にか双妹さんの部屋に移動する時間になっていた。
私は壁をすり抜けて、洋服ダンスの中からいつも通りに声を掛ける。
しかし、今日は返事が返ってこなかった。

もしかして、もう寝ているのかなあ。

私はそう思い、双妹さんの部屋にそっと入る。
そして二段ベッドに目を向けると、上段のベッドで双妹さんが抱き枕に跨がってしがみ付いていた。


少女「あの、双妹さん」


――そこは私のベッドですよ。
そう言い掛けて、私は言葉を飲み込んだ。
双妹さんが寂しそうな表情で眠っていたからだ。


少女「そんな格好で寝ていたら、風邪を引きますよ。起きてくださ~い」

双妹「んっ……わわっ、少女さん?! え、うそっ、いつの間にか寝ちゃってた」

少女「寝るなら自分のベッドで寝ないと、風邪を引きますよ」

双妹「そ……そうだね。ごめん」

少女「少し気になったんですけど、今日言われたことはあまり気にしないほうがいいと思いますよ。どこまでが本心だったのか分からないし」

双妹「私は別に気にしてないよ。もう慣れてるから……」


双妹さんは淡々とした表情で言い、太ももまで捲れ上がっていたネグリジェの裾をそっと直した。
そして壁際に移動し、ぺたりと座り込む。
私はそれを見て、双妹さんの隣に腰を下ろすことにした。


少女「今までもそういうことってあったんですか?」


少しでもつらい気持ちが楽になってくれればと思い、話の続きをそっと促す。
すると双妹さんは抱き枕を抱えて、小さくため息をついた。
そしてややあって、心の内を話し始めた。

双妹「……まあね。小学生のときに、『オトコ女』とか『あそこを見せてみろよ』とかよく言われていたの。親が『一卵性双生児は同じ性別しか生まれない』とか『女の子は遺伝子の病気を持っている』って教えるから、子どもが学校でからかうようになるんだよね」

双妹「それから小学校の2分の1成人式がテレビで放送されて、その後はいじめがなくなったんだけど、人の気持ちは難しいらしくて――」

少女「……」

双妹「中学2年生のときに気になる人がいたんだけど、その人がグループの中心になって私の陰口を話していたの。それを聞いた男がすごく怒って、彼らと乱闘騒ぎになってそれっきり。でもあのとき、すごくうれしかった」

少女「そんなことがあったんだ……」

双妹「もうむかしの話だけどね。それ以来、みんなが双子の話題を避けるようになったから、逆にそれで良かったと思ってる。いじめや陰口って、すごくつらいし」

少女「はあっ、私たちって男運が良くないですよね」

双妹「うーん、まあ、そうかもね」

少女「ほんとそうですよ! 私は告白を断っただけで自殺をされて、SNSに遺書まで遺されたし!」

双妹「あー、少女さんには悪いけど探して読んでみたの。逆恨みされるだけでも迷惑なのに、個人情報まで書かれて本当に最悪だよね」

少女「そう! 私は人殺しなんじゃないかって、ずっと悩んでた。でも友香ちゃんに相談して、みんなが励ましてくれて、私は頑張ろうって思えたの」

双妹「友香さん……か。今日のことで電話をしてくれたり、優しい人だよね」

少女「うん、困ったときには頼りになる友達なの。マスコミにストーカー行為をされていたときも、友香ちゃんが色々と考えてくれたんです」

双妹「そうなんだ。でも、ストーカー行為は勘違いだったんでしょ」

少女「それはそうなんだけど、そのときはマスコミだと思っていたから」

双妹「……」

双妹「じゃあ、本当は誰にストーカー行為をされていたの?」

あれっ?
誰にストーカー行為をされていたんだろう。


双妹「少女さんって、記憶が曖昧になっていたんですよねえ」

少女「……はい。今でもはっきりとは思い出せない記憶があるんです」

双妹「それってさあ、今日あったことに似ていると思わない?」


はっきりとは思い出せない記憶。
憑依霊に取り憑かれて錯乱し、記憶が曖昧になっていたクラスメイトたち。
そして、うさぎのぬいぐるみの霊的な痕跡。


少女「もしかして、私も憑依霊に取り憑かれていたってことですか?!」

双妹「その可能性はあると思う」

少女「でも、どうして――」

双妹「それは分からないけど、ゆっくり思い出していったら良いんじゃないかなあ」

少女「そう……ですね」

双妹「少女さん、聞いてくれてありがとう。私、もう下りるわね」

少女「あっ、うん」


そう返すと、双妹さんは二段ベッドのはしごに足をかけた。
そして少し下りたところで、抱き枕に手を伸ばす。
わざわざ持って上がって抱き付いていたのかと思うと、何だか少し微笑ましい。

……わざわざ上に?

双妹さんはときどき抱き枕をクッション代わりにしているけれど、つらい事があって抱きしめたくなったのならば、思う存分、自分のベッドで抱きしめれば良いと思う。
それなのに私のベッドで――いや、男くんが使っていたベッドで1時間近くも何をしていたのだろう。

まさか、一人でえっちなことをしていた、とか?!
抱き枕に跨がってネグリジェの裾をはだけさせて、あらぬ妄想をしながら抱き付いて。
でも、だけどそうだとしたら――。


双妹「少女さん、電気を消すけど良いかな」

少女「えっ?! ああ、どうぞ」

双妹「それじゃあ、おやすみなさい」

少女「……おやすみなさい」

(3月5日)sat
~自宅・部屋~
いつも通りに双妹が起こしに来て一緒に朝ご飯を食べていると、少女さんが双妹に観察するような視線を向けていることに気がついた。
双妹もそれに気付き、少女さんがさり気なく視線を逸らす。
昨日の夜、二人の間で何かあったのだろうか。

俺は少し気になり、タイミングを見計らって聞いてみることにした。
部活動停止処分のせいで予定が空いているし、上手く行けば双妹に少女さんのことを認めてもらう手掛かりを掴むことが出来るかもしれない。


男「少女さん。昨日の夜、双妹と何かあった?」

少女「……いえ、何もないですよ」

男「だけど、双妹のことを気にしているみたいだったから」

少女「……」

少女「何と言うか、相変わらず仲が良いなと思って」

男「なんだ、そういう事だったのか。前も言ったと思うけど、俺と双妹は双子の兄妹なんだから仲が良いのは当たり前だろ」

少女「それは分かっているんだけど、最近は兄妹以上の関係があるんじゃないかって、そんな気がしてきて――」

男「もしかして、双妹にやきもちを妬いてる?」

少女「そんな事は……あるかも、です」


少女さんは不安そうに言うと、じっと俺を見詰めてきた。
今週は双妹と一緒にお弁当を食べたり、少女さんでは出来ないことを意識してしまうような時間が多かったのかもしれない。
俺はそう考え、少女さんの心配を打ち消してあげるためにそっと身を乗り出した。


少女「んっ……んんっ//」


優しく接すればキスが出来るし、身体を抱き締めることも出来る。
二人の気持ちがつながれば、もっといろいろなことが出来るようになる。


男「俺は少女さんのこと、好きだよ」

少女「……私も、好きです」

俺は少女さんを優しく押し倒し、彼女に覆いかぶさった。
そして身体が触れ合う微妙な位置で上体を固定し、唇を重ねあう。
力を抜くと少女さんの身体をすり抜けてしまうので、地味にキツイ体勢だ。

そのため今度は俺が横たわり、浮くことが出来る少女さんが俺に跨がった。
すると少女さんは一瞬はっとした表情になり、顔を曇らせた。


男「どうかした?」
少女「ううん、何でもない。男くん……今日はいやらしいね」

男「それは少女さんが可愛いからだよ//」

少女「ええっ、そうかなあ//」


少女さんは頬を緩ませ、にこりと微笑んだ。
俺はそんな彼女に手を伸ばし、控え目な膨らみを包み込む。

少女「ねえ、ぎゅう~ってしてもいい?」

男「いいよ」


そう言うと、少女さんは上体を倒して俺にぎゅうっと抱き付いてきた。
両腕が床をすり抜けて背中に回されているので、身体が完全に密着している。
そのおかげで少女さんの柔らかさが伝わってきて、俺はあそこが硬くなっていることを少女さんに伝えてしまった。
しかし物理的には触れ合うことが出来ないせいで、性的な刺激はほとんど感じない。
きっと、これが今の俺たちに許されていることなのだろう。

俺はただ、少女さんのぬくもりを全身で受け止める。
そしてそのまま、俺たちはお互いの身体を感じあう。

少女「男くん、我慢してない?」

男「……してないよ。今、すごくうれしいし」

少女「あ、あのっ……私が裸になって、その…………見ていてあげることなら出来る、かも//」

男「ええっ、それって一人でしているところを見たいってこと?!」


少女さんは顔を赤らめ、上目遣いで俺を見詰めてきた。
そして、艶っぽい声でささやく。


少女「だめ……かなあ//」

男「無理むりむりむりっ! 少女さんに見られるのは、さすがに恥ずかしすぎるって!」

少女「どうしても、だめ?」

男「どうしてもだめ。逆に、少女さんもそういうのは見られたくないだろ」

少女「それは、そうだけど……」

男「なっ。とりあえず、そういうことだから」

少女「う……うん。変なことを言って、ごめんなさい」

~双妹の部屋~
少女さんの提案を断ったせいなのか少し気まずい雰囲気になり、俺は気分を変えるために双妹の部屋に移動することにした。
少女さんは少し不満そうだったけれど、双妹に交際を認めてもらうことが出来れば、少女さんが余計な詮索をしないで済むようになるはずだ。
そう勇んで、双妹に話を振ってみたのだが――。


双妹「私、二人の気持ちは認めているわよ」

男「えっ、そうだったのか」


どうやら、すでに認めてくれていたようだ。
最近は少女さんともよく話をしているし、少しは気持ちが軟化してくれたのだろう。


双妹「でも、交際は認めない。それだけは絶対に駄目なの」

男「好きな気持ちはどうしようもないけど、付き合うのは駄目ってことか」

双妹「……うん。少女さんはもう死んでいる人だから」

男「そうは言うけど俺たちには見えているし、話も普通に出来るんだから個性みたいなものだろ」

双妹「個性みたいなものだなんて簡単に言わないでよ。二人がどんなに好きになっても結婚は出来ないし、周りの人から変な目で見られるだけなんだよ。お父さんとお母さんも簡単には理解してくれないだろうし、私はそんな恋愛は応援できない」

男「現実的に考えたら双妹の言う通りだけど、俺たちは話し合ったんだ。4月1日に笑顔で成仏できるように、今を大切に過ごしていこうって。俺は笑顔で少女さんを送ってあげたいんだ」

双妹「男は好きな人と笑顔で別れられるの?」

男「そのときになってみないと分からないけど、それしかないんだ」

双妹「少女さん、少し前に私が話したことを覚えてる?」

少女「あの話のことですよね。覚えていますよ」

双妹「ふうん、そう……」


双妹はそう返すと押し黙り、思案めいた。
少女さんとどんなことを話したのかは知らないけれど、二人は先々のことを見据えて話し合っていたのだろう。
そしてややあって、双妹は少女さんに鋭い視線を向けた。

双妹「私が幽霊ものの恋愛小説を読んでいることは知っているでしょ。それでいくつか読んでみて、ヒロインが生まれ変わってハッピーエンドになる小説に共感できないなと思ったの」

少女「生まれ変わり?」

双妹「……うん。例えば、生まれ変わったヒロインが主人公の前に現れて結ばれたり、主人公の娘として生まれ変わって前世の記憶を思い出したり――」

双妹「そんなのヒロインが主人公の人生を奪っただけだし、自分の娘が元カノの生まれ変わりだったと分かれば家族揃って不幸な結末が待っているだけだもん」

双妹「だから、もし生まれ変わりに期待しているのだとしたら、私は少女さんのことを絶対に許さないから」

男「あのさあ、双妹は知らないみたいだけど、少女さんは生まれ変わることが出来ないんだ」

双妹「えっ?」

少女「そういえば、双妹さんには話していなかったですね」

少女「えっと……友くんによれば、私は成仏をしても生まれ変わることはないそうです。それに、4月1日を越えてしまうと魂が壊れて消えてしまうんです」

双妹「ちょっと待ってよ! 少女さんは気持ちの整理が出来なかったら消えてしまうってこと?!」

男「だからこそ、俺は少女さんの未練を叶えて笑顔で送ってやりたいんだ!」

少女「双妹さん! あの約束は絶対に守るから認めて欲しいです」

双妹「ずるいよ、そんなの……」

双妹「私は少女さんに後腐れなく別れてもらいたいの。だからデートに失敗すれば諦めてくれると思っていたし、出来ないことがあると自覚させれば身を引いてくれると思ってた。それなのにそんなことを言われたら、さすがに未練を叶えてあげるしかないじゃない!」

少女「それじゃあ、私のことを――」

双妹「でも……それでも、少女さんは幽霊だから絶対に認めない! さっきも言ったけど、それだけは駄目なの」

少女「そんな……」

男「双妹の気持ちは分かったよ。また今度、一緒に話し合おう」

双妹「……うん、私も気持ちの整理をさせて欲しい。少女さんのことをどう思っていて、私はどうしたいのか、ちゃんと考えたいから」

少女「……」

ピンポーン♪
話が一旦落ち着いたところで、来客のチャイムが鳴った。


男「誰か来たみたいだな。ちょっと見てくる」

双妹「待って。男が行くと、少女さんも動くことになるでしょ。私が行くから、興味があればこの本を読んでみて」


双妹はそう言いながら立ち上がり、机の上に置いていた小説を差し出してきた。
そして、俺がそれを受け取ると部屋を出て行った。


男「せっかくだし、読んでみるか」

少女「そうですね」


俺は背表紙を向けて、あらすじを読んでみた。
それによると、これは雨の日にしか会うことが出来ない女幽霊の謎を解くミステリー小説らしい。
双妹がこうして勧めてきたということは、少なくとも生まれ変わりエンドではないのだろう。

妹友「お邪魔しま~す」


小説を読み始めてすぐ、双妹と妹友さんが部屋に入ってきた。
どうやら、さっきの来客は妹友さんだったようだ。
そういえば、今日は映画を観に行く約束をしていたっけ。


男「妹友さん、おはよう」

妹友「おは~♪ 男くんって、相変わらず双妹ちゃんと同じ部屋なんだ」

双妹「今は別々なんだけど、大体こんな感じかも」

妹友「ふうん……けほっけほっ…………やっぱり、仲が良いんだね」

男「妹友さん、風邪は大丈夫?」


まだ咳が出ているみたいだし、本調子ではなさそうだ。
そんな体調で映画を観に行って、風邪をぶり返したりしないだろうか。

妹友「熱が下がったから来たんだけど、ちょっと無理っぽい」

男「それじゃあ、今日は帰ったほうがいいんじゃない?」

双妹「私もそう思ったんだけど、外はまだ降ってるし、雨が止んでからのほうが良いかなと思って……」

少女「でも、妹友さんって、火曜日からずっと休んでいましたよねえ。早めに帰ってもらったほうがいいと思いますよ」

妹友「ごめんね、小降りになったら帰るから」

双妹「うん、そのほうが良いかも」

妹友「はあぁっ、外島くんに会いたかったよおぉっ~!」

双妹「仕方ないよ。風邪が治ったら、一緒に行きましょ」

妹友「うん……しょんぼり」

男「じゃあ俺、自分の部屋に戻る」

双妹「そうなんだ。あの話、ちゃんと考えておくから」

男「ああ、前向きに頼むよ」

少女「……」ペコリ

妹友「そういえば、男くん!」


部屋を出ようとすると、妹友さんに呼び止められた。


男「何かなあ」

妹友「昨日、学校で大変なことがあったんでしょ。悪霊の仕業とか話題になっているみたいだけど、男くんと双妹ちゃんは大丈夫だった?」

双妹「私は特に何も――」

男「俺も別に何ともないし、ちょっと怪我をしたくらいかな」

妹友「ふうん、そうなんだ。それだけで済んで良かったね」

双妹「うん、すっごく怖かったんだから! 妹友ちゃんは休んでいて、本当にラッキーだよ」

妹友「そうかもね。あ~、でもでも、外島くんに会えないからプラマイゼロだしっ!」

双妹「あはは、そうだね」

~部屋~
双妹と妹友さんの話が盛り上がり始めたので、俺は双妹の部屋を後にした。
そしてキッチンに行き、はちみつホットミルクを作って二人に出してあげた。
少しでも風邪予防になってくれれば幸いだ。

俺も自分の部屋に戻り、ホットミルクを飲む。
いろいろ話し合った後だし、はちみつの甘さが心地いい。


男「さっきの話だけど、少女さんは結婚をしたいとか思ってる?」

少女「男くんが告白してくれたときに、言いましたよね。私は結婚が出来ないし、赤ちゃんを産むことも出来ませんって。それを承知した上で付き合っているんですから、そんな願望はまったくないです」

男「そっか。でも、そういう言葉が出るのは憧れの裏返しなんじゃないかなって思うんだ。双妹もいろいろあって、結婚に憧れているような感じだから――」

少女「私だって、本当のことを言えば憧れはありますよ。でも、結婚式エンドは双妹さんが許さないと言っていた生まれ変わりと同じじゃないですか」

少女「それに、私たちはまだ結婚ができる年齢ではありません」

男「確かにそうだけど、俺たちが個人的に結婚式をするだけなら法律は関係ないだろ。付き合った証を残そうとすることは、そんなに悪いことなのかな」

少女「その後、男くんの人生はどうなるんですか」

男「……えっ?」

少女「私はすでに死んでいる幽霊なんですよ。それなのに永遠の愛を誓ってしまうと、男くんの未来を奪ってしまうことになるじゃないですか。気持ちはうれしいけど、男くんが死んだ女性と冥婚をするなんて、私は絶対に望みません」

男「何もそこまで真面目に考えなくても――」

少女「女の子はそれくらい結婚に対して真剣なんです」

男「ご、ごめん……」

少女「それに今の私が目指しているものは、私たちだけで自己完結をして終わりになるようなことじゃないんです」

男「それって、どういうこと?」

少女「それを聞かれると困るんですけど、私は私の気持ちが多くの人に繋がっていくような、そんなことが出来ればいいなと考えています。だから、男くんもそれを一緒に探してくれるとうれしいです」

トントン・・・
ノックの音がして、双妹と妹友さんが入ってきた。


妹友「男くん、さっきはありがとう。すごく美味しかったよ」

男「それは良かった。今から帰るの?」

妹友「ええ。あまり長く居て、双妹ちゃんに風邪をうつしても悪いし」

男「まあ、そうだね」

妹友「それにしても、男くんの部屋ってすごく綺麗に片付いているんだ。えっちな本はどこに隠しているのかにゃ♪」

双妹「まあ……私もいるし、男はスマホ派だよ」

妹友「へえ、そうなんだ。双妹ちゃんがいるのに、こっそりいやらしいサイトを見たりしてるんだ~//」

男「はいはい。それはもういいから、早く帰れよ」

妹友「けほっけほ……ごめん。それじゃあ、帰るね」

男「ああ、そのほうが良いと思う。風邪、気を付けてね」

妹友「うん、ありがとう。また月曜日に学校でね。バイバイ♪」

双妹と妹友さんが部屋を出て行き、俺は話を戻そうと少女さんに向き直った。
すると、少女さんは窓の外を眺めていた。
今は雨が止んでいるみたいで、妹友さんが濡れて帰る心配はなさそうだ。


少女「ねえ、男くん。窓を開けて空気を入れ換えませんか?」

男「別にそこまでする必要はないと思うんだけど」

少女「でも、気になるから。双妹さんにもそう言ってきます」

男「ああ、うん」


俺は少女さんを見送り、とりあえず部屋の空気を入れ換えることにした。
雨上がりの生暖かい空気が部屋に入ってきて、春の訪れを予感させる。
そんな季節の移ろいに感じ入りながら外を眺めると、妹友さんの姿が目に入った。
何やら歩道の植え込みが気になるらしく、いろいろな角度でスマホを向けているようだ。
そして今度は街路樹を見上げると、スマホを向けて覗き込んだ。

もしかして、妹友さんには雪吊り萌えの趣味があるのか?

とりあえず、見なかったことにしてあげよう。
俺はそっと窓を閉め、少女さんが戻ってくるのを待つことにした。

(3月6日)sun
~北倉駅前・バス停~
みんなで水族館に行く日の朝、俺と双妹は友と合流して北倉駅に向かった。
相変わらずの曇り空と春のような暖かい陽気。
今日は絶好のお出かけ日和だ。


友香「おはようございます」

少女「友香ちゃん、おはよう~」


待ち合わせ場所に着き、お互いに挨拶を交わす。
そして、友香さんが心配そうな顔で友を見詰めた。


友香「怪我、大丈夫ですか?」

友「腫れは引いてきたし、もう大丈夫。男がいなかったら、今頃は病院送りだったかもしれないけど――」

友香「そうなんだ。やっぱり、悪霊って怖いんですね」

双妹「ふと思ったんだけど、今から人が集まる場所に行く訳でしょ。そんなところで憑依霊に取り憑かれたりしたら、大変な騒ぎになるんじゃないかなあ」

友「恐らく、その心配はないと思う」

双妹「どうして?」

友「友香さんには説明していないからもう一度言うけど、憑依霊は欲望や不安、抑圧した気持ちに付け込んで意識を支配して来るんだ。だから、俺たちを排除するつもりなら、俺たちに対して悪意を持っている人に取り憑かなければならないんだ」

双妹「……そうなんだ」

友香「つまり、無い袖は触れないということですね」

友「まあ、そういうことです。最近、英語の授業中に悪目立ちとかしてたし、それがマズかったかなあ」

双妹「じゃあ、みんなは私のことを――」

男「双妹。あんな奴らのこと、もう忘れろよ」


これから遊びに行くのだから、委員長たちに言われたことを思い出す必要はない。
俺は双妹の頭をぽんぽんと叩き、笑顔を向けた。


双妹「うん、そうだね。ありがとう」

~水族館~
バスに揺られること約1時間、俺たちは海の見える水族館に到着した。
大人4人に特別料金の少女さん。
こういうときは、誰からも見えないのはお得だと思う。

そんな訳で俺たちは悠々と館内に入り、まずは目玉のジンベエザメ館に向かった。
そして建物の中に入ると、巨大水槽で雄大な泳ぎを見せるジンベエザメが迎えてくれた。
一気にテンション上げあげだ!


友「さすがジンベエだな。迫力が違うぜっ!」

男「この圧倒的な存在感、修学旅行で行った水族館に負けてないよな」

友「おうっ、絶対に負けてないっ!」

少女「エイが泳ぐ姿も可愛いよね」

双妹「それ分かる。すごく優雅な泳ぎ方だもんね」

友香「そうそう! 私はあの長い尻尾も可愛いと思うよ」

少女「ジンベエさんが泳いでいて刺さったりしないのかなあ」

友香「ああ……それ、絶対いそう!」

少女「だよね!」

ジンベエザメ館を満喫した後、俺たちは別棟の本館に移動した。
そこはテーマごとに水槽が分けられていて、水族館の醍醐味が集約されている場所だ。


双妹「回遊魚が泳いでいる姿を見ていると、何だか落ち着くよね」

男「そうだな。魚たちの洗練された泳ぎを見ていると、それだけで癒されてくるよな」

双妹「そうそう♪」

友「くそうっ! 今はマリンガールの餌付けショーをしてないみたいだ」

男「どうしたんだよ」

友「男も見たいだろ。可愛いマリンガールが餌付けされる姿を!」

男「それ、逆だから!」

友香「はいはい、見られなくて残念でしたね」

友「少女さん、ちょっと水槽の中に入ってみてくれる?」

少女「ええぇっ?! いやですよ。私でオチを付けようとしないでください!」プンスカ

友香「そんなことより、あっちに家族連れが集まっている場所があるわよ」

友「ほんとだ。ちょっと行ってみようか」


俺たちは何がいるのか気になり、人の少ない場所から中に入ることにした。
すると、そこには浅い水槽が設置されていた。
どうやら、ウニやヒトデ、イソギンチャクなどに触ることが出来るようだ。


友香「へえ、触れるんだ」

友「ヒトデって、確かひっくり返しても元に起き上がれるんだよな」クルクル

友香「だからって、本当にひっくり返すのは可哀想でしょ」

友「ふれあいコーナーだし、たくさん触って楽しまないと。ほら、可愛いから触ってみなよ」

友香「……あっ、ヒトデって結構しっかりしてるんだ」クルリ

双妹「友香さん、そっちでヤドカリが歩いてる」

友香「ほんとだ。触っても良いのかなあ♪」

少女「男くん、私たちはあっちの水槽を見に行きませんか?」

男「そうだな。ここは友に任せよう」

少女「見てみてっ。この水槽、魚がいっぱい生えてますよ!」

男「えっと、水族館の不動の人気者。チンアナゴとニシキアナゴだって」

少女「じっとして動かないし、砂の中はどうなっているんだろ」

男「雑草みたいに、ブワァーって根っこが生えていたりして」

少女「ええぇっ、変なことを想像させないでくださいよ~」

男「少女さん、見てみて。あのニシキアナゴ困った顔してる」

少女「どれどれ?」

男「あの手前に生えてるシマシマ模様のやつ」

少女「ほんとだ、困ってる。きっと根っこが生えてるとか言ったからだよ」クスクス

少女「ねえねえ、あれは何かなあ」

男「クラゲの光ファンタジーだって」

少女「何だか面白そうだし、行ってみようよ♪」


俺は少女さんの要望に応えて、暗闇の中に入って行くことにした。
すると、その奥に幻想的な空間が広がっていた。
円筒形の大水槽やアクアリウム水槽が透明感のある青い光で照らされ、その中をクラゲがふわりふわりと漂っている。
しかもピンクや黄色、緑といった光を当てることでクラゲたちが光り輝き、本当に幻想的な世界に迷い込んでしまったかのようだ。


少女「わあぁ、すごい……」

男「そうだね」


俺は少女さんの手を取り、クラゲたちを見上げた。
そして揺らめく光に包まれ、いつしか心を奪われていた。

双妹「やっぱり、ここにいた」

男「ああ、双妹。どうかしたのか?」

双妹「もうすぐ、イルカプールの時間だよ」

少女「わわっ! もうそんな時間なんだ。行くいくっ!」


イルカプールの時間が迫っていると知り、少女さんは慌てた様子で言った。
ここのイルカショーは触れ合い体験も実施しているので、俺もイルカに触るのが楽しみだ。


男「それじゃあ、行こうか」


俺たちは外で待っていた二人と合流し、急ぎ足でイルカの訓練施設に移動した。
そして、インストラクターの同伴でイルカプールに入場した。

イルカ「キューキュー」

少女「いやん、可愛い~//」

双妹「こっちに来てくれるかなあ」

友香「あっ、こっち見てるよ!」


スイスイ
ザバ~ンッ・・・


双妹「わわっ、2頭も来てくれた!」

イルカ「キュッ」「キュ~」

少女「……」

イルカ「キュキュッ」チラリ

少女「……」フワフワ

イルカ「キュゥ」「キューッ」チラッ

少女「……!」

少女「見えてる! このイルカさんたち、私のことが見えてるよ!!」

友香「イルカには健常者と障がい者を見分ける能力があって、障がい者を助けることが出来るって聞いたことがあるわよ。もしかしたら、それで少女の姿が見えているのかも!」

男「すごいな、イルカって」

友「霊感が人間以上に発達しているのかな」

双妹「多分、幽霊が珍しいんだよ。視線を独り占めだね」

イルカ「キューキュゥッ♪」ピトッ

少女「……?!」

少女「ねえ、みんな手を出してみて」

男「手を?」

少女「いいから、出してみて」

そう言われて俺たちが手を差し出すと、少女さんはみんなの手を触って回った。
俺と双妹、友に友香さん。
少女さんは幽霊なので、もちろん触ろうとしても手がすり抜ける。


少女「触れるよ! 私、イルカさんに触れるよっ!」ペタペタ

イルカ「キュウッ!」

少女「すご~い、ツルツルしてる//」

友香「いいな、私も触りたい!」

双妹「ほんとだ、ツルツルしてる~」

男「何だか、長靴のつま先みたいだな」

双妹「もう、そんなこと言わないでよっ!」

少女「見てみて~。イルカさんに乗ってみた♪」ふわふわ

イルカ「キュキューッ!」

友香「あはは、何やってるのよ~」

友香「そうだ! 写真を撮るから、そのままでいてね」

少女「ええっ?! 私は写らないんだけど」

友香「いいのいいの。スマホには少女が写らなくても、私の心には映っているんだから」

少女「……うん、ありがとう」


少女さんがうれしそうに微笑すると、友香さんはスマホを構えた。
こんな状況でも、二人は今を楽しもうとしている。
そして、イルカプールにシャッター音が鳴り響いた。

・・・
・・・・・・
イルカプールで盛り上がったあと、俺たちはお昼ご飯を食べることにした。
そしてイルカの訓練施設に戻ってイルカショーに参加し、ペンギンの散歩に同行して、海の生態館でアザラシの泳ぎを堪能した。
友と友香さんを取り持つ作戦が成功したのかどうかは知らないけれど、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
最後に思い出補正付きで集合写真を撮り、俺たちは水族館を後にした。


少女「はあぁ、今日はすごく楽しかった」

友香「少女が水槽にもぐってアザラシに突撃したときは、少しびっくりしたけどね」

少女「だって、触れるかな~って思ったから」

男「水槽にへばり付かされた俺の身にもなってくれよ」

少女「あはは♪ でも、どうしてイルカさんだけは触ることが出来たんだろ」

友「よく分からないけど、霊波動は波の性質があるから、イルカが出している超音波と干渉したのかもしれない」

少女「ふうん、不思議ですね」

~バス停~
友香「男くんと双妹さんに話したいことがあるんですけど、ちょっと良いですか」

男「俺たちに話したいこと?」

少女「あ、ああ……。それじゃあ、私は友くんの所に行ってるわね」

友香「うん、ありがとう」


少女さんは友香さんに目配せをすると、気を利かせて隣のベンチに移動した。
一体、俺と双妹にどんな話があるのだろう。


友香「えっと、その……今日は来てくれて本当にありがとうございました」

男「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」

双妹「私も気晴らしになって楽しかったです。今日はありがとう」

友香「そう言ってもらえて、本当に良かったです」

友香「先月の13日に少女が自殺をして、毎日がすごく苦しかった。でもこうして楽しい時間を一緒に過ごすことが出来て、別れは当然来るんだけど、それでも気持ちの整理が出来るようになりました。男くんと双妹さん、そして友くんのおかげです」

男「俺たちは何もしてないよ」

双妹「うん」

友香「それでも、男くんと双妹さんには感謝しているんです」

友香「こういう話をするのはどうかと思うのですけど、私が看護師になりたいと思ったのは、男くんと双妹さんのことをテレビで見たからなんです」

男・双妹「テレビで?」

友香「はい。2分の1成人式のバラエティー番組に出演して、異性一卵性双生児の解説やNICUに入院しているときのエピソードなどが放送されましたよね。実は私にも双子の兄がいるんですけど、だから余計にそれを見て、生命の神秘や人々の想いに共感することが出来たんです」

友香「それでその、私が小学校3年生のときに死んでしまったお母さんのことを思い出して、もし私に医学の知識や看護の知識があれば何かが変わっていたかもしれない。そう考えると、居ても立ってもいられなくなって――」

男「それで看護師を目指しているんだ」

友香「そうなんです。男くんと双妹さんがいなければ、私は少女と出逢うことはなかっただろうし、生きる目標も見つけることが出来なかったと思います」

双妹「そっか、私たちの想いは友香さんに繋がっていたんだ……。人の縁って不思議ですよね」

友香「そうですよね。もしよければ、今度はみんなでお花見に行きませんか? その頃には少女はいないかもしれないけど、この繋がりを大切にしていきたいんです」

双妹「そうですね。私も楽しみにしています」

男「ああ、俺も楽しみにしてるよ。またみんなで遊びに行こう」

友香「はいっ♪」

友香「それじゃあ、私は少女たちと話をしてきますね。聞いてくれてありがとう」


友香さんは軽く微笑み、隣のベンチに移動した。
そして少女さんと友の話に加わって、3人で談笑を始める。


双妹「ねえ、男」

双妹「今まで私たちのことを悪く言う人が沢山いたけど、それ以上に感謝してくれている人がいるのかもしれないわね。私が知らないだけで――」

男「そうかもしれないな。少なくとも俺たちが二卵性双生児なら、今日みんなでここに来ることはなかっただろうな」

双妹「……うん。それで今日、どうして少女さんは生きていないんだろうって思ってしまったの。今までは話を合わせていただけだったんだけど、一緒にいてすごく楽しかった」

双妹「少女さんの気持ちは誰に繋がっているんだろうね――」


双妹はそう言うと、少女さんを見詰めた。
その表情はとても優しく、そしてどことなく寂しげな面持ちになっていた。

(3月7日)mon
~自宅・部屋~
月曜日の朝、久しぶりに双妹が起こしに来るよりも先に目が覚めた。
とりあえずベッドから降りて、暖房を入れて制服に着替える。
そして、俺に引っ張られて双妹の部屋からすり抜けてきた少女さんに声を掛けた。


男「少女さん、おはよう」

少女「男くん、おはよう。今日は早いですね」

男「何となく目が覚めてしまったから、もう起きようかなって」

少女「いつもこれくらいに起きれば、双妹さんが起こしに来なくて済むのに」

男「そうかもしれないけど、双妹は目覚まし時計の代わりにちょうど良いんだ」

少女「でも、だからって甘えるのは良くないと思いますよ」

男「じゃあ、今日は特別に俺が起こしてやるか」

~双妹の部屋~
トントン・・・
軽くノックをして、双妹の部屋に入る。
そして二段ベッドを見ると、双妹はまだ横になっていた。


男「月曜日だぞ。双妹、起きろーっ」

双妹「んぅ、ぉひへふ~」


すでに起きていたらしく、くぐもった声で返事が返ってきた。
ちゃんと声を出せないのは、婦人体温計を口にくわえているからだろう。

異性一卵性双生児の俺たちが2ヶ月毎に受診している精密検査において、双妹は生殖機能の検査項目で基礎体温表を提出することになっている。
10歳の誕生日から毎朝測って記録していて、基礎体温表はもう5冊目だ。
大学病院がどのようにデータ活用をしているのかは知らないけれど、双妹は生理周期の把握や体調管理などに役立てているらしい。

それはそうと、いつもなら検温が終わっている時間のはずだ。
少し気になって様子を伺うと、双妹の顔色が悪く鼻をすすっていることに気が付いた。

男「もしかして、風邪を引いてるのか?」

双妹「……」コクリ

少女「昨日、水族館で冷えちゃったのかもしれないですね」


それだけなら良いのだけど、双妹のことが心配で心配で堪らない。
俺は検温が終わるのを待ち、双妹から婦人体温計を受け取った。

37.41℃


男「うわっ、かなり高いな……」

双妹「……はくちゅん……うぅっ、くしゅん……悪いけどノート取って」

男「ああ、分かったからじっとしてろ」


俺は基礎体温表とシャーペンを手に取り、双妹に手渡した。
そして記録が終わるのを待ちながら、折れ線グラフをぱっと見る。
今は生理後の低温期が続いている状態で、高温期の基礎体温と比べてみても、かなり異常な値を示しているようだ。


男「母さんに言っておくから、とりあえず寝てろよ」

双妹「うん、ごめん……くちゅんっ」

~最寄り駅~
双妹は学校を休むことになり、俺は少女さんと最寄り駅に向かった。
その道すがら、友と合流した。


友「うっす!」

男「うっす!」

少女「友くん、おはよう」

友「双妹ちゃんは?」

男「風邪を引いて、学校を休むんだ」

友「……風邪?」

男「かなり熱が出ているみたいで、もしかしたらインフルエンザかもしれない」

友「ええっ?! 先週は妹友さんがずっと休んでいたし、今年はまだ流行っているのか」

男「そうみたいだな。早く治ってくれたらいいんだけど、マジで心配だよ」

友「そうだよな。俺も心配していたって、双妹ちゃんに言っといてくれ」

男「ああ、分かった」

~学校・HR~
学校に着いて教室に入ると、クラスのみんながざわめき立っていた。
先週末に集団パニックが発生し、ネット上では幽霊原因説が論争されているのだから仕方がないだろう。
そのことについては否定し続ける方針で定まっているので、俺が何かを言うつもりはない。

そう思っていると、不良グループが絡んできた。
不良とDQNは最初に暴れた男子生徒だが、状況が異常だったので厳重注意だけで済んでいる。


不良「おっす、やっと来やがったか」

友「お……おっす」ビクッ

男「うっす、俺たちに用でもあるのか」

不良「あるから声を掛けたんだろうが。友、怪我はもう大丈夫なのか」

友「えっと、その……来週中には治ると思う」

不良「そうか、悪かったな。悪霊だか何だか知らねえが、クスリをやっているせいで幻覚を見たのかと思ったぜ!」

友「……」

男「いやいやいや、不良が言うと冗談に聞こえないからっ!」

不良「まああれだ、俺たちのせいでお前らに迷惑を掛けたのは間違いないしな。今度、ジュースの1本でも奢ってやるから許してくれ」

DQN「それじゃあな。アデュー!」

友「うおー、マジびびった……」ガクブル

少女「DQNくん、アデューって言ってたけど退学処分になったのかなあ」

男「いや、響きが格好いいから使ってるだけだろ」

少女「そうなんだ。それなら良いんだけど、もう学校に来なくなるのかと思って心配しちゃった」


不良グループはDQNを取り囲んで雑誌を読んでいるみたいだし、あいつらなりの謝罪だったのだろう。
憑依霊に乗っ取られて暴れていただけだし、これくらいがちょうど良いのかもしれない。
そう思いつつ席に着くと、今度は才女さんが話しかけてきた。


才女「あの……男くん。おはようございます」ペコリ

男「あ、ああ、おはよう」

才女「えっと……その…………」


才女さんは小さな巾着袋を抱えると、そわそわと視線を泳がせた。
そして、気まずい雰囲気に包まれていく。

男「もしかして、幽霊騒ぎのこと?」

才女「は……はいっ! えっと、少し言いにくいのですけど、お身体は大丈夫でしたか」

男「あ、ああ……。あれくらいなら、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」キリッ

才女「良かった……。私、あんなことをしてしまった自分が怖くて、それでずっと謝りたいと思ってて……。幽霊のせいとか信じられないけど、私がその……してしまったことだと思うから、だから…………本当にごめんなさいっ」

男「うん、もう大丈夫だから」

才女「そ……それで、少しでも早くお身体が良くなるようにと思いまして、カキフライを作って来ましたの。よろしければ、召し上がってください」


才女さんは上ずった声で言うと、巾着袋を机の上に置いた。
お弁当のおかずでカキフライって、食べても大丈夫なのだろうか。
俺は紐を緩めて、恐る恐る中を覗き見る。
すると、才女さんがカキフライに対する思いの丈をぶつけてきた。

才女「牡蠣には亜鉛が多く含まれていて、男性の精力増進に効果があるそうなんです。クエン酸やビタミンCを含む食べ物と一緒に食べると吸収率が良くなるので、レモンを搾って召し上がってくだされば宜しいかと思います。ですから、タルタルソースではなくてカットレモンを入れて――」

男「わわっ、説明はもういいからっ。気を使わせたみたいで悪いけど、本当にありがとう。お昼休みに美味しく食べさせてもらうよ」

才女「は……はいっ、どうぞ召し上がってください」ソワソワ


才女さんが席を離れると、今度はデブとガリがやって来た。
双妹が欠席していることに気付き、自分たちのせいで休んでいるのではないかと考えると怖くなってきたらしい。
そして半泣きになりながら、双妹にしたことを謝ってくれた。


男「お前たちが謝ってくれたことは双妹に伝えておくから、二度と同じことをするなよ」

デブガリ「ううっ……本当にすいませんでしたぁ!!」

男「……はあ、やっと席に戻ってくれたし」

少女「ネット上で幽霊のせいだと言われているのに、みんな謝ってくれるだなんて――。本当のことを言えないのが、何だか心苦しいです」

男「憑依霊のことは黙っているしかないんだから、それは仕方ないよ。内心では色々と思うところはあるのかもしれないけど、みんな本当に良いやつらだよな」

少女「……うん、そうだね」


少女さんは寂しそうに言うと、教室を見渡した。
俺も釣られて、教室を見渡す。
友の席には女子が集まっていて、何だか満更でもなさそうだ。

その様子を見ているとチャイムが鳴り、HRの代わりに校内放送を利用した臨時の全校集会が始まった。
憑依霊のせいで全校生徒を巻き込んだ集団パニックになってしまったが、雨降って地固まる。
小中学生の頃とは違う、そんな何かを感じられた。

~学校・お昼休み~
午前中の授業が終わり、お昼休みになった。
才女さんが作ってくれたカキフライは油っぽくなく、真牡蛎の濃厚な味わいを楽しみながらレモン汁でさっぱりと食べることが出来た。
これは他のおかずも食べてみたくなるレベルだ。


男「才女さん、カキフライありがとう。すごく美味しかったです。タッパーは洗って返したほうがいいのかな」

才女「そのままでも大丈夫ですよ。また明日も何か作ってきますね」

少女「……」ジー

男「それは気持ちだけ受け取っておくよ。彼女に怒られそうだし」アセアセ

才女「あ、ああ……それは困りますよね」

男「じゃあ、今日はありがとう。ごちそうさま」

才女「どういたしまして。私のほうこそ、申し訳ありませんでした」ペコリ

少女「ねえ、男くん」

男「何?」

少女「私だって、身体があれば美味しいお弁当を作れるんだからね!」

男「分かってるって。少女さんは家庭科の成績良さそうだし」

少女「むぅっ、信じてないでしょ……」

妹友「男く~ん、誰と話してるの?」


少女さんと話をしていると、妹友さんが不思議そうな顔で声を掛けてきた。
最近は文字入力が面倒で普通に話をすることが多かったけれど、やはり周囲の人からは異様な光景に見えるのだろう。


男「実は彼女と話をしていたんだ」キリッ

妹友「あはは、少しキモいよ」

男「ずばっと言うなあ」

少女「……」

男「それで、どうかしたの?」

妹友「双妹ちゃんからメッセが来てたんだけど、やっぱりインフルエンザだって」

男「そうだったみたいだな。それで、ぐったりした卵キャラのスタンプが送られてきたよ」

妹友「あっ、へばってて可愛い//」


スマホを見せると、妹友さんは頬を緩ませた。
インフルエンザは心配だけど、遊び心があるようだから精神的な余裕はありそうだ。
暖かくして寝ていれば、すぐに治るだろう。


妹友「双妹ちゃんには悪いことしちゃったな。これって、私がうつした感じだよね」

男「まあ、そうだろうな」

妹友「ううっ、映画は春休みまでお預けか」ショボン

友「なあ、男。大事な話があるんだけど、ちょっといいか」


妹友さんと話していると、今度は友がやって来た。
そして何を思ったのか、友はさりげなく手を伸ばして妹友さんの胸を触った。
妹友さんはそれに驚き、反射的に友の腕を払いのける。


妹友「いきなり何するのよっ!」

友「妹友さん、ごめん。足を怪我しててふらついて……」

妹友「はあ? もう信じらんないっ!」


妹友さんは不愉快そうに友を睨み付けると、自分の席に戻っていった。
友はその背中を見遣り、真剣な表情で俺の前の席に座る。


男「今のはさすがに不味いだろ。普段から仲が良いって訳じゃないんだし」

少女「そうですよ。セクハラだと思います!」

友「それなんだけど、妹友さんは憑依霊に憑かれていたんだ」

男「ちょっと待て! クラスのみんなには低級霊が寄り付かないようにしているはずだろ」

少女「……!」

少女「妹友さんは学校を休んでた」

男「そうか! あの日、妹友さんだけはいなかったんだ」

友「ああ、そうなんだ。俺もそのことを失念していて破魔の印を施すことにしたんだけど、どうやら少し遅かったみたいだ。鳩尾に触って調べてみたら、わずかに霊的な痕跡が残されていた」

男「でも、集団パニックがあったのは金曜日だよなあ。憑依霊に取り憑かれていた痕跡が残っているのは、おかしくないか?」

友「月曜日だ。双妹ちゃんも少女さんの姿が見えているから、低級霊たちは何かあると考えて、友達の妹友さんに監視の目を付けていたんだろう」

男「そうなると、この1週間、妹友さんには低級霊が憑きっぱなしだったことになるんじゃないのか?!」

少女「じゃあ、もう男くんの家がバレてる!!」

友「どういうことだよ」

男「土曜日に妹友さんが遊びに来たんだ。でも、憑依されているような感じではなかったぞ」

少女「そうですよね。私もまったく分からなかったです」

友「だけど、憑依されていた痕跡が残っていたんだ。間違いなく、何らかの欲望を利用して意識を支配されていたはずだ」

男「くそっ、映画だ! 双妹と一緒に映画を観に行く約束をしていたけど、風邪を引いていて我慢するしかない。その気持ちに付け込んで、双妹に会いに行かせたんだ」


憑依霊は欲望や不安、抑圧した気持ちに付け込んで意識を支配して来る。
そこから生じる攻撃的な衝動は、何も暴力だけとは限らない。
雨が降っている中、風邪を引いているにもかかわらず映画を観に行こうとする。
そのような強硬手段に出ることも、立派な攻撃衝動だ。


少女「じゃあ、どうして私たちに何もしてこなかったのでしょうか」

友「恐らく、少女さんの居場所を突き止めた時点で、妹友さんの役目が終わったからだろうな。それなのに不自然なことをしてしまったら、俺たちに警戒されてしまうだろ」

少女「あっ! そうですよね」

友「それにしても、男の家がバレたということは、いよいよリーダー格の悪霊が出てくる事になるだろうな。男から少女さんを引き剥がさないといけないし」

男「ついに直接対決ってことか」

友「問題はどうやって少女さんを引き剥がすかだけど、一番簡単な方法は男を殺すことだ」

男「……は?」

少女「男くんを殺すって、どういうことなんですかっ?!」

友「人間は死んだ後、肉体から幽体や霊魂が離脱して幽霊になるだろ。つまり、依り代が死ねば憑依霊も離脱することになるんだ」

友「でも、この一番簡単な方法が最も実行することが出来ない方法なんだ。本気で殺してしまいたいと思われるほど、誰かに恨まれているなんてことはないだろ」

男「そりゃあな」

友「つまり、男を殺す以外の方法で少女さんを引き剥がす必要があるってことだ。その場合に一番簡単な方法は、四十九日を過ぎるのを待つことだ」

少女「ただ待つだけなんですか?」

友「その日を境にして、少女さんは幽体が劣化して悪霊になるだろ。そうなれば、少女さんは男の守護霊に弾き出されることになるからな」

少女「ええっ、そうなんですか?!」

友「忘れているみたいだけど、少女さんが男に憑依出来ているのは四十九日を迎えていない浮遊霊だからだよ」

少女「そういえば、そんなことを言ってたっけ……」

男「殺せないし待つしかないってことは、当面は大丈夫ってことか。もし俺を殺すつもりなら、集団パニックのときに俺が優先的に狙われていたはずだしな」

少女「そうですよね。そうなると、私がちゃんと成仏できれば問題ないってことになりますね」

友「それがそうじゃないんだ。双妹ちゃんは風邪を引いているから、守護霊の力が弱くなっているはずだ。そして低級霊が妹友さんに付き纏っていたことから考えて、そのことに気が付いている可能性が高い」

男「じゃあ、今は双妹が危険な状態ってことなのか?!」

友「そうだと思う。でも、殺人衝動がなければ憑依する意味がないだろ。とりあえず相手の出方を見ながら、男は風邪をうつされないように気を付けてくれ」

男「分かった」

少女「破魔の印は効果がないんですか?」

友「守護霊の力を利用しているから、今の状態では効果を期待できない。風邪が治れば守護霊の力も強化された状態に戻るし、それまで様子を見るしかないと思う。双妹ちゃんは男と仲が良いし、何も心配はないと思うよ」

少女「仲が良い……ねえ」

少女「とりあえず、今日は帰りにマスクを買って帰りましょうか」

男「ああ、そうしよう」

友「んっ、ちょっと悪い。重要なメールが来たみたいだ」


友はそう言うと、スマホを取り出した。
そしてメールを読み始めて、目を丸くした。


友「――マジか!!」

男「どうかしたのか?」

友「例の幽霊探知機を修理に出していたのは知ってるだろ」

男「ああ、以前少女さんが壊したやつな」

友「それなんだけど、壊れていなかったんだ!」

男「良かったじゃないか」

少女「そうですよね。私が壊した訳じゃなくて、ほっとしました」

友「それだけかよ! 壊れていなかったということは、全国各地に少女さんの幽体があるっていう探知結果が正しかったことになるんだぞ!!」

男「ええっ?! あれって、確かたくさん表示されていたよな」

友「そう、それがすべて本当に少女さんの幽体だったんだ!」

少女「それって、どういうことなんですか?!」

友「ごめん、それはまだ分からない。業者に症状を説明しているんだけど、前例がなくて分からないみたいなんだ」

少女「そうなんですね。どういうことなんだろ……」

友「それと幽霊探知機が10日に返送されてくるから、うさぎのぬいぐるみに残されていた痕跡を調べてみようと思う。それでもしリーダー格の悪霊と関連性があれば、多くのことが一気に解決するはずだ」

男「おおっ、すげえじゃねえか!」

友「このピンチを乗り切って反撃するぞ!」

男「おうっ!」

~自宅・部屋~
放課後になり、マスクを買って自宅に帰ってきた。
友とはいつも通りに別れ、家には呼ばないことにした。
俺たちが気付いたことに気付かれないために、あえて除霊をしないという方法を選ぶことにしたからだ。


男「少女さん。双妹のことが心配だから、ちょっと様子を見てきてくれる?」

少女「そうですね。もし起きていたら体調も聞いてきます」

男「ああ、頼むよ」


少女さんは壁をすり抜けて、双妹の部屋に入った。
普通の風邪なら俺も様子を見に行きたいところだけど、インフルエンザは感染性が高いので仕方がない。
俺も部屋で大人しくしているほうがいいだろう。
そう考えていると、少女さんが戻ってきた。

男「おかえり、双妹はどうだった?」

少女「熱はかなり高いけど、食欲はちゃんとあるらしいです。大人しく横になっていれば、悪化の心配はなさそうですよ」

男「そっか、良かった」

少女「それでですね、双妹さんが図書館で借りている本なんですけど、明日が返却日らしいんです。返しに行けないから返してきて欲しいって頼まれたんですけど、どうしますか?」

男「明日までで良いなら、明日の学校帰りに返しに行こうか」

少女「……そうですね」


少女さんは気が進まないといった様子で、返事を返してきた。
俺も今は双妹の部屋に入るのを控えた方が良いとは思うけれど、特別な事情があるのだから仕方がない。
とりあえず、さくっと図書館の本を受け取りに行くことにした。

~双妹の部屋~
トントン・・・
俺は軽くノックをして双妹の部屋に入った。
双妹はちゃんとベッドで寝ているようだ。


男「双妹、風邪は大丈夫か?」

双妹「男、おかえり……。はくちゅん、くしゅん…………うぅ、何とか大丈夫」

男「ゆっくり休んで、早く治せよ」

双妹「……うん」

男「それで図書館の本って、どこにあるんだ?」

双妹「いつものところに3冊と男に渡した本が1冊。あれ、どうだった?」

男「少女さんとはタイプが違うけど、面白かったよ。主人公はあの後、日常に戻っていくんだろうな」

双妹「私は男と少女さんの関係も、そんな感じで終わってほしいと思ってる」

男「そっか……」

少女「……」

俺は双妹と軽く話をしながら、図書館の本を手に取った。
用事も済んだし、さっさと出て行くことにしよう。


男「じゃあ、明日返してくるから」

双妹「……くしゅんっ」

双妹「はうぅ……もうひとつ言いたいことがあるんだけど、今日から私が一緒じゃないからって、お風呂で変なことをしたら許さないからね」

少女「し……しませんよっ//」

男「そうそう」

双妹「……」

男「それじゃあ、もう部屋に戻るから」

双妹「うん、心配してくれてありがとう。図書館の本、お願いね」

男「ああ、分かったよ」

(3月8日)tue
~北倉駅・放課後~
授業が終わり、俺は双妹に頼まれていた図書館の本を返しに行くことにした。
学校前の駅から電車に乗って、自宅の最寄り駅を通り過ぎて北倉駅。
そこを出て、歩いてすぐのところに図書館がある。

そう、目の前にある。
それなのに、行くことが出来なかった。


友「男、どうかしたのか」

男「いや……何て言うか、ここに見えない壁があるみたいで」

友「見えない壁?」

少女「……ごめんなさい」


背後から少女さんのしょんぼり声が聞こえてきた。
俺はまさかと思い、振り返る。
すると、俺たちは約1.5メートルの行動範囲に縛られていた。

男「もしかして、図書館に行きたくないってこと?」

少女「そんなことはないんですけど、何となくここから出るのが嫌なんです」

男「ここから出るのが嫌だって言うけど、今までそんなことは一度もなかっただろ」


少女さんが入院していた北倉総合病院と、日曜日に行った水族館。
そのどちらに行くときも、少女さんが嫌がることはなかった。
それなのに、どうして今日は嫌なのだろう。


少女「……すみません」

友「とりあえず返却するくらいなら俺でも出来るから、代わりに行ってこようか」

男「そうだな。悪いけどそうしてもらえるかな」


仕方なく、通学鞄から図書館の本を取り出す。
そして友に渡そうとすると、ふいに女子生徒に声を掛けられた。

友香「こんにちは。こんな所で何をしてるの?」

友「あっ、友香さん。こんにちは」

男「こんにちは。俺たちは今から図書館に行こうとしていたんだけど、あのときみたいに動けなくなって。それで、友に本を返しに行ってもらおうとしていたところなんだ」

少女「……」ショボン

友香「ふうん」

友「友香さんは今、帰り?」

友香「そうだよ。今日は部活がないから」

男「……!」

男「もしかして、少女さんは学校に行きたくないんじゃないのか?!」


少女さんが通っている北倉高校。
そこに行きたくないのだと考えれば、総合病院や水族館に行けた理由が自然と分かる。
徒歩ではなくて、北倉駅に併設されているバス停を利用したからだ。

少女「……そうです」

少女「学校に行ってはいけないような気がするんです」

男「やっぱりそうか。学校に行きたくないから、通学路に出たくないということだったんだ」

友香「少女が自分の部屋に戻りたくないのは分かる。でも、どうして学校にも行きたくないの?」

男「そうだよな。少女さんは看護師になる夢を真剣に考えていたし、行きたくない理由がない」


いや、待てよ。
本当にそうなのか?


友「しまった!!」

友香「まさか、そんな――」

少女「……私、分かっちゃった」


そう呟いた少女さんの表情は、とても冷たくて――。
そして、ぞっとするような乾いた笑みを浮かべていた。

少女「あははは……、そっか……そうなんだ…………」

少女「私、少年くんに取り憑かれて自殺したんだ!」

少女「……どうして、どうしてなのっ?!」

男「少女さんっ!」


俺は通学鞄を投げ捨て、少女さんを抱き寄せた。
すると上半身と両腕に少女さんの身体を感じ、温もりが伝わってきた。
大丈夫だ。
彼女はまだ俺を求めてくれている――。


少女「ううっ……うわあああぁぁんっ…………!!」

少女「こんなことで死にたくない。いやだ、いやだよぉ……」

少女「ねえ、私は何のために生まれてきたの。何のために、今まで頑張ってきたの?!」

少女「分からない、分からないっ!」

少女「……ううっ、ううぅぅぅっ…………」

男「分からないことがあるなら、それが見つかるまで一緒に探そうよ。少女さんは一人じゃないんだから!」

友香「そうそう! 私もいるんだし、絶対大丈夫だよっ!」

少女「男くん、友香ちゃん……」

友「俺もだ!」

少女「みんな…………私は、もう……死んでいるんだよ。生きている人と一緒にいることなんて出来っこない!!」

男「そんな事はないっ! 少女さんは死んでないし、俺たちの心の中でずっと生き続けているんだ!」

友香「そ……そうだよ。水族館で撮った写真、私たちには少女の姿が見えているんだからっ!」

少女「ぐすっ、ううっ……そんなのいやだよ…………思い出の中でしか生きられないなんて――」

男「少女さん、ごめん。生きている俺たちでは、やっぱり少女さんの気持ちを分かることは出来ないのかもしれない。でも話をすることが出来て、姿を見ることが出来て、少女さんと一緒にいるとすごく楽しいんだ」

男「この繋がりを大切にしたい。そして、少女さんの気持ちがみんなに繋がっていくようなことを一緒に探したいんだ!」

少女「ううっ、うあああんんっ…………!」

理不尽な死を突き付けられ、ただただ泣き叫んでいる少女さん。
やがて気持ちが落ち着いたのか、少女さんの身体が俺の腕をすり抜けた。
その表情は暗く沈んでいるが、先ほどまでのような不安はまったく感じない。


男「少女さん……」

少女「……」

友「とりあえず、気持ちが落ち着いたなら移動しよう。人が集まってる」

少女「……はい」

友香「じゃあ、反対側に行きましょ」

友「そうだな」

少女「……」


俺たちは通学路とは反対方向に進み、駅前の広場に移動した。
ここならば人も少ないし、落ち着いて話すことが出来そうだ。

友「えっと……少女さんに言っておきたいんだけど、いや、言ったところで何も変わらないかもしれないけど、少女さんは少年に成すすべなく殺された訳ではなくて呪いに打ち勝ったけど死んでしまったんだ」

少女「どういう……こと、ですか」

友「憑依霊は依り代が死ねば、その肉体から離脱するんだ。だからもし少女さんに少年の霊が憑いていたとすれば、病院で少女さんが幽体離脱をしたときに少年の霊も一緒に肉体から離脱していたはずだ。でも、幽体離脱をしたときに少年はいなかった」

少女「……はい」

男「つまり、少女さんは憑依されていなかったということか」

友「そういうことだ。そもそも、少年は少女さんに憑依することが出来なかったんだ。だから、うさぎのぬいぐるみに霊的な痕跡が残っていたんだ」

男「うさぎのぬいぐるみの痕跡は少年のものだったのか?!」

友「それは未確認だけど、聞いた限りでは少年の痕跡で間違いないと思う。少女さんに心霊催眠を試したとき、うさぎのぬいぐるみを手に取ったときから感情が反転していたからな」

友香「うさぎのぬいぐるみに憑依しても、少女に憑依出来ないなら同じことじゃないの?」

友「それが同じじゃないんだ」

友「少女さんは男に彼女がいると思っていたし、男に告白するとマスコミに悪質な記事を書かれると思っていた。それでも男に告白しようと決意できるほど、前向きに考えることが出来る女子なんだ」

友「だけど少女さんには、うさぎのぬいぐるみに自己投影をして相談をする習慣があった。少女さんはそこに心の弱さを見出されて、少年に付け込まれて呪われたんだ」

少女「……」

友「でも、無い袖は振れない。自殺の意思がない少女さんは、意識を完全に支配される直前に打ち勝ったんだ。だけど、首を通した後だったので助からなかった。それが少女さんの自殺の真相だ」

友香「少女は少年くんに……自分の弱さに負けた訳じゃなかったんだ」

友「ああ、そうだよ。少年は少女さんが意識を取り戻して強引にぬいぐるみから切り離されたせいで、一時的に霊的な力を大きく消耗してしまった。だから友香さんや家族にも憑依できなかったし、救急車を追跡することも出来なかった」

友「そのおかげで、少女さんは男に会えたんだ」

少女「そっか……、私……頑張ったんだ…………」

友香「ねえ、友くん。何とかできないの?!」

友「何とかって、何をさ」

友香「少年くんを除霊することに決まってるじゃない! このままだと少女が救われないし、そんなの私も嫌だよっ」

友「明後日になれば、幽霊探知機が返送されて来るんだ。そこで一気に除霊する」

友香「明後日じゃなくて、今すぐ出来ないの?」

友「俺も出来ることならそうしたいけど、居場所を特定してから攻撃しないと双妹ちゃんが危ないんだ。だから、幽霊探知機が帰ってくるまで動かないほうが懸命だと思う」

友香「そういえば、男くんの家がバレてるんだっけ……」

友香「分かった。こうなったら明後日でもいいから、徹底的にお願いね!」

友「ああ、それは任せとけ」

男「それじゃあ、少女さん。俺たちは家に帰ろうか」


今日は少女さんにとって、いろいろあり過ぎた。
気持ちの整理をする時間が必要だと思う。
そう考えて声を掛けたが、少女さんは力強く顔を上げていた。


少女「ううん、私は図書館に行く」

少女「私は……少年くんなんかに…………負けたりしない!」


図書館は通学路を歩くことさえ出来れば、すぐ目の前にある。
しかし、そこに行くためには殺された恐怖に打ち勝たなければならない。
それでも、少女さんは前に歩み出した。

(3月9日)wed
~自宅・部屋~
少女「男くん、おはよう。朝ですよ」

男「……少女さん、おはよう」


水曜日の朝、いつもの時間に少女さんが起こしに来てくれた。
昨日は大変なことがあったというのに、いつもと変わらない表情で微笑んでいる。
やっぱり、少女さんは強い人だと思う。

それはそうと、何だか動く気になれない。
頭がぼんやりして、強い寒気を感じる。


男「……はっくしょん…………」

少女「もしかして、風邪を引いたのですか?」

男「そうかも――」


俺は身体を起こして、おでこに手を当てた。
何となく、少し熱い気がする。
マスクをしたり注意はしていたけれど、双妹から風邪をもらってしまったのかもしれない。

少女「双妹さんのインフルエンザがうつったのなら、学校は休んで病院に行ったほうが良さそうですね」

男「でも、今は大切な時期だし寝ている訳にはいかないだろ」

少女「気持ちはうれしいけど、今は休んでください。私のことより、男くんの身体のほうが心配ですから」

男「少女さん、ごめん……」

少女「とりあえず、お母さんに話さないといけないですね」

男「……そうだな……へっくしょん…………。うぅ、さむっ」


外は強い雨が降っているらしく、部屋がいつもより薄暗い。
俺は暖房と明かりをつけて、部屋着に着替えた。
そして少女さんを見ると、何となく落ち着かない様子で何もない場所を眺めていた。


男「どうかした?」

少女「いえ……何となく見られているような気がしたので――」

男「何だかんだで、俺と双妹は有名人だからなあ。気にしないほうが良いと思うよ」

少女「……」

~リビング~
男「……うぅ、母さん、風邪を引いたかも」

母親「熱はあるの?」

男「今から測ってみる」


俺は救急箱から体温計を取り出し、熱を測ることにした。
ぼんやりする頭で待つこと3分。


男「……37度9分」

少女「やっぱり、双妹さんからもらってしまったみたいですね」

母親「かなり高いわねえ。とりあえず、部屋で暖かくして寝てなさい。朝ご飯を食べたら病院に連れて行ってあげるから」

男「……分かった」

~部屋~
俺は気怠い足取りで部屋に戻り、ベッドの中に潜り込んだ。
それからしばらくして、スマホに電話が掛かってきた。
俺は仕方なく身体を起こし、棚の上に手を伸ばしてスマホを取る。
どうやら、友が心配して掛けてきてくれたようだ。


男「もしもし、友?」

友『もしもし。そろそろ電車が来るんだけど、どうかしたのか?』

男「実は風邪を引いてしまったみたいで、これから病院に行くんだ」

友『マジかよっ!』

男「悪いけど、今週は休むことになりそうだ」

友『大丈夫だとは思うけど、一応気を付けろよ。何かあったら、すぐに連絡してくれ』

男「ああ、そうする。じゃあな」

電話を切ると、ノックの音がして双妹が部屋に入ってきた。
どうやら、俺の様子を見に来てくれたようだ。


双妹「男、おはよう。私の風邪をうつしちゃったね」

男「おはよう。結構、気を付けていたんだけどな――」

双妹「熱はあるの?」

男「さっき測ったら、37度9分だった。双妹はもう大丈夫なのか?」

双妹「私は36.98だったよ。後で普通の体温計でも測り直すつもりだけど、熱も下がってきたし体力が出てきたかも……くしゅん」

少女「まだ大人しく寝ていたほうがいいですよ」

双妹「はいはい。じゃあ、部屋に戻るわね」

男「そうだな。来てくれてありがとう。双妹もゆっくり寝てろよ」

双妹「……うん//」

~かかりつけの病院~
朝ご飯を食べた後、俺は母さんに連れられてかかりつけの病院に行くことになった。
俺と双妹は異性一卵性双生児として研究協力をするために、大学病院で精密検査を受けている他に既病歴やカルテなども管理されている。
だから新しい病院に掛かる時は大学病院に連絡をしないといけないし、風邪などを引いたときは協力関係にあるかかりつけの病院に行かなければならない。


看護師「男くん、どうぞ~」


かかりつけの病院に着き、待合室で待つこと30分。
ようやく、俺の名前が呼ばれた。
そして診察室に入ると、医師は問診表を片手に俺を見た。


医師「熱が高いみたいですね。インフルエンザの検査をしてみましょう」

男「……はい」


検査の結果、インフルエンザウイルスに感染していることが判明した。
やはり、双妹からもらってしまったようだ。

~自宅・部屋~
薬局で吸入粉末剤を2本吸入し、家に帰ってきた。
治療はこれで終わりで、他には解熱剤を少し処方されただけだった。
たくさん薬を渡されると思っていたので、ちょっと拍子抜けだ。


少女「私がばっちり看病して見せますから、今日はもうゆっくり寝てくださいね」

男「……はあ、そうするか」


俺は意気込む少女さんを見遣り、パジャマに着替えてベッドに潜った。
すると少女さんの手が毛布をすり抜けて来て、俺の手に触れた。
こうして近くにいてくれるだけで、すごく安心する。


男「少女さん。風邪が治ったら、また一緒に遊びに行こうか」

少女「そうですね。楽しみにしています♪」

母親「男、ちゃんと寝てる?」


しばらくして、母さんが様子を見に来てくれた。
今からどこかに出掛けるらしく、冬物のコートを着ている。


男「うん、寝てる」

母親「それなら良いんだけど……ひとつ聞いていい?」

男「聞くって何を」

母親「少女さんのことで、何か隠してない?」

少女「……!」

男「隠すって何をだよ」

母親「先週の金曜日、学校で集団パニックがあったでしょ。その後から、家に何かがいるような気配を感じるのよね。気のせいかと思っていたんだけど、男なら知ってるんじゃないかと思って」


母さんは若い頃に友の家の神社で働いていた。
少女さんの姿は見えないようだけど、低級霊の気配は感じることが出来るのだろう。
だけど、低級霊に俺たちが気付いていることを気付かれる訳にはいかない。

男「今は風邪を引いてだるいから、治ってからにしてくれるかな」

少女「本当のことを言わないんですか?! お母さん、きっと私のことも知ってますよ」

母親「そう……まあいいわ」

男「……」

母親「それじゃあ、買い物に行ってくるから大人しく寝てるのよ」

男「分かった」

母親「あと……何かあったら、すぐに連絡しなさい。急いで帰るから」


母さんは言い含めるように言うと、部屋を出て行った。
きっと、これで良かったのだ。
明日になれば、低級霊たちをすべて除霊出来るのだから――。

少女「ねえ、どうして本当のことを言わなかったんですか」

男「言える訳ないだろ。少女さんが死んでいる人だなんて」


俺はそう言いつつ、少女さんに目配せをした。
この会話も低級霊たちに聞かれているかもしれない。


少女「あ……ああ、そうですよね」

男「ごめん」

少女「それじゃあ私、双妹さんの様子を見てきます。そっちも気になるので――」


少女さんは取り繕うようにして言うと、壁をすり抜けて双妹の部屋に入っていった。
そしてそれと同時、少女さんの悲鳴が聞こえた。

少女『きゃあああぁぁぁっ!!』

男「な……なんだ?!」


俺は何事かと思い、壁を見る。
すると、少女さんが青ざめた表情で俺のベッドに飛び込んできた。
そして声を震わせる。


少女「見える……見えるのっ!」

男「見えるって、何のことだよ」

少女「低級霊が双妹さんの部屋にいるの。あ……あああ、こっちに入ってきた」

男「低級霊が見えるって、どういうことだよ。少女さんには見えないんじゃないのか?!」


違うっ!
友が言っていたはずだ。
少女さんは俺の守護霊が守っている範囲の中にいるから、他の浮遊霊の姿が見えないのだ――と。
つまり、俺が風邪を引いて守護霊の力が弱くなってきたから、低級霊の姿が見えるようになったのだ。

少女「どうしよう。友くんに電話をしたほうがいいんじゃないの?!」

男「そ……そうだな!」


俺はそう言いつつ、重たい身体を起こす。
そしてベッドに腰をかけ、棚の上のスマホに手を伸ばした。

なぜ、急に低級霊の姿が見えるようになったのか。
それは見えるようになっていたけど、俺の近くに低級霊がいなかったからだ。

なぜ、俺の近くにいなかったのか。
それは、俺が母さんと一緒にいたからかもしれない。
巫女をしていた母さんならば、低級霊を追い払うことが出来るのだ。

そうだ。
電話をするなら、今は学校にいる友ではなくて母さんだ。


男「うぐっ?!」

少女「うそ……いやっ…………中に入ってくる。だめっ、だめえっ!!」

男「少女さん、俺にも見えるようにしてくれ!」

少女「えっ?!」

男「前に友が言ってただろ。少女さんが見ているものを、俺にも見せてくれ!」

少女「い……いいの?!」

男「早くっ!」


まるで金縛りにあったかのように動かない身体。
この状況を打開するためには、まずは見えるようにならないといけない。
そう思った次の瞬間、どす黒くただれた不定形の化け物が何体も俺にまとわり付いているのが見えるようになった。


男「うあああぁぁっ!!」

少女「男くんっ!」

男「だらくそっ! こんなやつらが俺たちに――!!」

双妹「ねえ、何を騒いでるの?」


ふと声が聞こえた場所を見ると、いつの間にか双妹が俺の部屋に入っていた。
俺たちの声に驚いて、様子を見に来てくれたのだろう。
だけど、最悪のタイミングだ。

いや……。
すでに双妹は若い男の低級霊に憑依されていた。


男「双妹っ!」

少女「あっ……あああ…………少年くん……」

男「何だって?! こいつが少女さんを!」

少年「少女さん、やっと会えたね!!」

少女「そんな……どうして、こんなことを――」


少女さんは及び腰ながら、声を振り絞った。
図書館に本を返しに行ったときのように、顔を上げて向き合おうとしている。


少年「僕がどんな気持ちだったのか、人殺しのキミには分からないんだね。少女さんのことが好きで好きで好きで好きで、好きで好きで好きだからずうっと探していたんじゃないか!!」

少女「私は……人殺しなんかじゃありません。自分の弱さを、わた……私のせいにしないでくださいっ!!」

少年「でも、周りの人はどう思っているだろうね」

男「俺は少女さんが人殺しだなんて思ってない!」


俺は少年と向かい合い、声を張り上げた。
失恋したショックで自殺をしておいて、それが人殺しだなんて一方的な逆恨みじゃないか。


男「少女さんのことが好きなら、どうして自殺したんだ。そのせいで少女さんがどれほど苦しんできたのか、お前には分からないのかよっ!」

少年「お前は僕のことが見えるのか。良いだろう、冥土の土産に教えてやる」

少年「そう! 僕は少女さんの永遠になったんだ!! 少女さんの心の中に僕を刻み込んで、世界中の人間に僕と少女さんの絆を刻み込んで、僕は自殺をして呪い続けることで永遠の存在になったんだ!!」

少年「でもさあ……死んでも世界が続いていくことを知ったんだよお。死んでも生きていくことが出来るんだ。だから殺した」

少年「少女さんが自殺をしてくれれば、僕と少女さんの絆をもっと深く刻み込むことが出来るじゃないか。そして、こっちの世界で一緒にいられるじゃないか!」

男「そんなことのために、少女さんを殺したのか?! ふざけんなっ!」

少年「そんなことだとっ! 好きな人と一緒にいたいと思って何が悪い!! 好きな人をお前から取り戻そうとして何が悪いっ!!」

少女「少年くんっ! あなたの気持ちはよく分かりました」

少年「じゃあ、僕と付き合ってくれるんだね!」

少女「いいえ。私は……死んでもあなたとは付き合いませんっ!」


少女さんは、その言葉をきっぱりと言い切った。
そして、鋭い視線を少年に向ける。


少年「どうして、どうして僕の気持ちに応えてくれないだよおっ! こんなに少女さんのことが好きなのに!!」

少女「少年くんは自分の気持ちを押し付けようとしているだけです。私のことを苦しめることしか考えていないし、だから嫌なんですっ!」

少年「僕は少女さんのことが好きなのにっ! う゛あ゛あ゛あ゛ああぁぁっっ!!」

少女「きゃああぁぁっ!」

男「少女さんっ!!」


少年の雄たけびと同時、浮遊していた低級霊たちが少女さんを取り囲んで羽交い絞めにした。
そして、俺の中に次々と闇が入ってくる。
息が苦しくなり、意識が朦朧としてきて俺はベッドに倒れ込んだ。


少年「全部お前のせいだ! お前がいなくなれば、少女さんは僕だけを見でぐれるんだあぁっ!!」

男「うっうううぅっ――」

少女「いやっ……いやあっ…………男くんの中に入ってこないで!」

少年「僕から少女さんを奪ったお前は絶対に許さない!!」

少女「……渡さない! 男くんは渡さない、絶対に死なせたりなんてしないんだからあっ!!」

男「……はあはあ…………」

少年「なんで! なんで、少女さんがこいつを守るんだよ!!」

少女「だって、好きな人だから!」

双妹「……はくちゅん…………」

双妹「もう話は終わった? 早くしないとお母さんが帰ってくるんだけど」


緊迫した状況の中、双妹は場違いなテンションで俺たちを見た。
そして畳んでいたミニテーブルを広げて、部屋の中ほどに設置する。


双妹「この辺かなあ//」

少年「ぶはっ! ぶははははっ!! まあいいや、お前の弱点が妹だってことはもう分かってるんだ」

男「……! 双妹に何をさせるつもりだ!!」

少年「言っただろう、お前は絶対に許さないって」

少年は禍々しい笑みを浮かべると、双妹の中に入り込んだ。

くそっ!
すぐ近くに除霊が出来る手袋があるというのに、まったく身体の自由が利いてくれない。
このままだと除霊をするどころか、双妹に殺されてしまう。

――殺される?
双妹が俺を殺したいほど憎んでいなければ、少年が憑依しても俺を殺すことは出来ないはずだ。
それじゃあ、一体どうやって俺を殺すつもりなんだ。

そう考えていると、双妹はポケットからスマホを取り出して床に座った。
そしてミニテーブルの上にスマホを置いて、真剣な表情で画面を覗き込む。
やがて納得したのかピロリ~ン♪という電子音が鳴り、用意していたスタンドにスマホを立てかけた。

少女「双妹さん、まさか――」

双妹「ふふっ♪」


双妹が俺とスマホの間に回りこんで、スマホの背面に顔を向ける。
そして、可愛い声を作って話し始めた。


双妹「私は、奇跡のミックスツインと呼ばれている異性一卵性双生児の双妹です。今から大好きなもう一人の私、双子のお兄ちゃんと一緒にラブラブセックスを始めます」

双妹「もちろん、それが許されないことだということは分かっているつもりです。だけど、私のことを分かってくれる人は男しかいないんです。そのことは、もう嫌になるほど思い知らされました」

双妹「だから、認めてください。これを見ているあなたに……くしゅん…………うぅ、私たちの関係を認めてもらいたいです//」

双妹「えへへ、大切なところでくしゃみをしちゃった//」


双妹は苦笑いをすると、羽織っていたガウンを脱いで床に置いた。
そしてネグリジェのボタンを外し、誘うような視線を向けてきた。
淡いベージュのぬくぬくインナーがあらわになり、肩先からネグリジェがするりと脱げ落ちる。
やっぱりこれが双妹の攻撃衝動、俺に対する気持ちなのか――。


男「双妹……本気なのか?! 今のお前は操られているだけなんだ!」

少女「双妹さんは双子の妹なんだよ! こんなの間違ってる!!」

双妹「そんなの、もう関係ない! 私は今まで、双子の兄妹だから好きになってはいけない人だと自分に言い聞かせてきた。でもね、少女さんに出会って気付いたの」

双妹「生きている人と死んでいる人の恋愛を認めれば、私の気持ちを認めてもいいんじゃないかって――」

少女「えっ?!」

少女「じゃあ、双妹さんは自分の気持ちを否定するために……」

双妹「私を認めないなら、私も少女さんを認めない。そう、私と少女さんは同じなんだよ。でも、私には少女さんには出来ないことが出来る。男とひとつになることが出来る!」

男「双妹の気持ちはうれしいけど、俺は今、少女さんと付き合っているんだ。だから、そういうことが出来るわけないだろ」

双妹「そうかもしれないけど、お願いしたら受け入れてくれるんでしょ♪ 最近はオナニーをしていないみたいだし、もう我慢なんて出来るわけがないもん」


双妹はそう言って微笑むと、ぬくぬくインナーに手を掛けた。
そしてゆっくりと裾をめくり上げ、豊満な乳房が見えそうになったところで手を止めた。
すると伸縮素材のインナーが乳房に張り付き、乳首の形がくっきりと浮かび上がった。


双妹「ほらね、私から目を離せない//」


双妹は挑発的な声で言い、誘うような視線を向けてきた。
その性的な雰囲気に心がざわつき、苦しくなってきた股間を楽に整える。
そんな俺に気を良くしたのか、双妹はインナーを脱ぎ捨て、さらに3分丈のぬくぬくボトムを下ろし始めた。
すると足の付け根くらいで生地が裏返り、陰毛があらわになって割れ目から透明な粘液がつうっと糸を引いた。
そして双妹は色っぽい仕草で前屈し、谷間を見せつけながらボトムから足を抜いた。

少女「……どうして!」

少女「どうして、双妹さんは男くんのことを異性として好きになってしまったの?!」

双妹「少女さんには話さなかったっけ」

双妹「男子はみんな、私が男と100%同じ遺伝子だから気持ち悪いと言ってくるの。男はいつも、そんな悪口を言ってくる男子から守ってくれた。すごくうれしかった。そして、集団パニックで襲われたときに思い知らされたの」

双妹「ああ、やっぱり私には男しかいないんだ。男が一番好きなんだ――って」


中学2年生のとき、双妹が失恋して少し様子がおかしい時期があった。
そのときにいろいろと話し合い、双妹は気持ちの整理をすることが出来た。
しかし、先日の集団パニックで再認識させられてしまったのだろう。


少女「男くんは兄妹なんだから、双妹さんに何かあれば守るのは自然なことでしょ。それに対して恋愛感情を募らせるのはおかしいと思う!」

双妹「人が人を好きになるっていうのは理屈じゃないんだよ。双子の兄妹だとしても、私は男が好き。それだけで十分なの!」

男「悪霊なんかに取り憑かれてこんなことをしたら、俺は双妹が傷付くだけだと思う! 今ならまだ引き返せるから、正気に戻ってくれ!!」

双妹「……」


双妹は口をつぐみ、わずかに眉を寄せた。
そして、スマホの背面を見詰めた。


双妹「……もう引き返せないよ。だって、SNSで生配信してるもん」

男「はっ?」

少女「生配信って、どういうこと?!」

双妹「もうみんなに見られてる。だから、何をしても同じなんだよ//」

これは間違いなく、ただの動画撮影だ。
それに双妹はSNSによるデートDVに対して、とても嫌悪感をあらわにしていた。
だから、撮影した動画をSNSに投稿するようなこともしないはずだ。

そう思っていると、双妹が俺のパジャマを脱がせてきた。
低級霊に身体の自由を奪われ、なすすべなく裸にされていく。


双妹「男のおちんちん、すごく大きくなってるよ♪」

少女「……!」

双妹「ヌルヌルも出てるし、いやらしいことを期待しているのかなあ//」


双妹は指先で我慢汁に触って糸を引き、鈴口の周辺をぬるぬると弄ぶ。
そして、カリ首に被っている包皮をゆっくりと剥き始めた。
亀頭が完全に露出し、双妹はそれでも包皮を引き下げていく。
やがてピンと伸ばされてキノコのようになり、双妹はそれを見ると満足そうに口元を緩めた。

男「SNSに生配信をしているなんて、ウソなんだろ! こんなやり方で俺とセックスをして、双妹は本当に満足できるのか?!」

双妹「もういいよ、そういう話は。男が口で何と言っても、身体は反応してる。私とやりたくて興奮してる」

双妹「ねえ、私たちはどうして性別が分かれちゃったんだろうね//」


双妹はにんまりと笑い、俺のスマホをミニテーブルの上に持っていった。
そして笑顔で戻ってくると、唇を重ねてきた。
そのぷるんとした柔らかさに心を奪われ、俺は双妹と舌を絡ませる。


男「んんっ……」

双妹「えへへ、キスしちゃった//」

男「……なんだ、これ…………」


ぼんやりとした頭に、何かが入り込んでくる。
そして、心の奥底に押し込んでいた感情が何かに引きずり出されていく。


少女「だめっ……少年くんが入ってくる…………。男くん、双妹さん。負けないで、少年くんなんかに負けないでよおっ!!」

(12月13日)thu
~大学病院・男13歳~
教授「――という訳で、今回から採精検査を実施します」

母親「ちょっと待ってください。その検査は本当に必要なんですか?!」

教授「同じ遺伝子を持つお二人の成長を詳細に記録することは、小児内科医療や遺伝子学などの進歩に必ず貢献します。それによって、成長障害をともなう子どもたちを救うことが出来るようになるんです。それは性発達も例外ではありません」

母親「そのことは承知していますけど、母親として戸惑いがあるというか……。男と双妹はもう中学生ですし、本当は恥ずかしくてしたくない検査もあると思うんです」

男「お母さん、俺は別に平気だから。俺たちにしか出来ないことだし、これからも頑張っていきたいと思う」

双妹「そうそう、私も男と一緒だよ。病気で苦しんでいる小さい子どもたちの力になれるのがうれしいし、もっといろんな検査に挑戦したい。それに女医さんが悩みを聞いてくれるから、専門の先生に相談できて助かるねってお母さんも言ってたでしょ」

教授「お母さん。お二人は本当に頑張ってくれていますし、我々スタッフもお二人の成長が楽しみでいつも元気を分けてもらっているんです。お子さまの健康管理のためにも、ぜひご協力お願いします!」

母親「……」

母親「ずっと継続していくのですよね」

教授「はい、それは変更ありません。18歳までは2ヶ月毎の調査研究で、その後は段階的に調査回数を逓減し、23歳から年1回の定期調査に移行する予定です。ただし成人後にお二人の合意を得られれば、何らかの双子研究にご協力をお願いすることがあると思います」

母親「……分かりました。でも、わたしは男と双妹の気持ちを尊重する姿勢を変えるつもりはありませんから」

教授「ありがとうございます」

教授の面談と問診表の記入が終わり、12月の双子調査が始まった。
まず最初は基本的な身体検査で、身長や体重などを測定しタナー分類に関する写真撮影をして性成熟度の判定を受けることになっている。
その次に体力測定を行い、外来患者の隙間を縫うようにして精密検査を受けていく。

検査項目は調査する月によって違っていて、血液検査や尿検査のように毎回するものもあれば、頭部と骨盤のX線撮影やMRI検査など調査する月が決まっているものもある。
そして、最後に経腹・陰嚢超音波検査を受けて男性器の診察が終われば、俺の双子調査はすべて終了だ。
しかし今回から生殖機能の検査項目に追加があるので、診察が終わった後にトイレを済ませるように言われ、検査室の中待合の通路を歩いて別室に移動することになった。

看護師「この部屋を使うときは、必ず最初に手を洗って消毒してくださいね」


検査室に入ると看護師さんに手を洗うように言われ、まず手指消毒を行った。
そして、新しい検査をするための場所を見渡す。
そこはカラオケBOXくらいの広さで、椅子やマットに座ってテレビを見たり漫画を読めるようになっていた。
どちらかと言うと、検査室ではなくて休憩室といった雰囲気だ。
そのことに少し戸惑っていると好きな場所に座るように言われ、俺はマットの上に座ることにした。


看護師「説明を始める前に聞きたいことがあるんだけど、前回実施した双子調査で保護者の問診表に『9月28日に夢精で精通した』と書いてあったのね。それなのに今回、男くんの性行動についての調査でマスターベーションの頻度を『したことがない』と回答しているでしょ」

男「はい」

看護師「もしかして、男くんがマスターベーションをしたことがないのは、自分の手で刺激をして射精する方法が分からないからなのかなあ」

男「えっと……はい、よく分からないです」

看護師「そっか。じゃあ、まずはこの部屋の使い方から教えてあげるわね」

俺は看護師さんに小冊子を渡され、それを読みながら説明を聞いた。
この検査室は採精室と言って、男性特有の病気を検査するときや赤ちゃんを作りたい夫婦のお手伝いをするときに使う部屋らしい。
本棚にはお母さんに買って欲しいとは言えない漫画や写真集が並んでいて、エッチなシーンがある深夜アニメもいくつか見られるようだった。


看護師「――それで勃起したペニスをしこしこしていたら気持ちよくなってくるから、失敗しないようにこの容器を被せて射精して欲しいの。そのときに必ず精液を全部入れて、採精した時刻を記入してください。もしこぼれてしまったら、そのときは必ず教えてくださいね。そして、培養室の窓口まで持って来てくれたら採精検査は終了です。あと、お風呂で洗うときと同じで、包皮を剥いたら元に戻すのを忘れないでね」

看護師「どう? 初めてだけど、一人で出来そうかなあ」

男「看護師さんは手伝ってくれないんですか」

看護師「ごめんね。お姉さんが手伝ってあげられると良いんだけど、そういうことが出来ない決まりになっているの」

男「……分かりました」

看護師「それじゃあ、1時間が過ぎても終わっていなかったら様子を見に来るから、それまでにリラックスをして採るようにしてくださいね♪」

看護師さんが採精室を出て行き、俺は適当に漫画を手に取ってペラペラと読んでみた。
するとどのページを開いても下着姿の女の子やおっぱいがいっぱいで、恋人同士でキスをしたり裸で抱き合っているシーンもたくさん描いてあった。

これって、たぶんアレをしているんだよな――。
俺はすごくドキドキしてきて、夢中になってページをめくり続ける。
そして2冊目をじっくり読んでいると、ふいにドアをノックする音が聞こえてきた。
俺は何となく双妹が来たのではないかと感じ、漫画を片付けてドアを開けた。


双妹「やっぱり、ここにいたんだ。男は今、何をしてるの?」

男「今日から始まった新しい検査をしてるんだ。双妹はもう終わったのか?」

双妹「うん。それで男が検査室に入ったまま出てこないから、どこにいるのか心配になって探しに来たの。そうしたら通路の奥にも部屋があったから、そこにいるような気がして……」

男「ああ、そっか」

双妹「私も一緒にいていい?」

男「良いけど、ここに入るときは必ず手を洗って消毒しないといけないんだ」

双妹「うん、分かった」

双妹「それで、新しい検査ってどんなことをしているの?」

男「男性だけの検査で、詳しいことはその小冊子に書いてあるよ」

双妹「どれどれ? 私も読んでみたい!」


双妹は小冊子を手に取ると、俺の隣に座ってじっくりと読み始めた。
そして読み進むに連れて赤面し、興味津々な様子で俺を見詰めてきた。


双妹「今から、男もこれに書いてあることをするんだよねえ//」

男「それはまあ、そういう検査だし。でも、初めてでよく分からなくて……」

双妹「じゃあ、一緒に頑張ろうよ! 男はもう一人の私だし、私もちゃんと知りたいから!」

男「ああ。俺も一人で不安だったし、双妹がいてくれたらうれしいよ」

双妹「やったあ~。ここの漫画、私も読んで良いんだよね♪」


双妹はそう言うと、本棚を物色し始めた。
俺も本棚を漁って写真集を取り出し、双妹と二人でマットに腰を下ろす。
そして、俺たちは一緒に本を読むことにした。

双妹「ねえっ! この漫画、セックスをしてるんだけど//」

男「こっちはほらっ、あの巨乳アイドルの下着姿とか裸の写真ばっかりだぞ」

双妹「ほんとだ。もしかして私たち、ものすごくえっちな部屋に入ってるの?!」

男「間違いなく、ものすごくえっちな部屋に入ってる」

双妹「そ、そうだよね。私たち、これからえっちな事をするんだもんね//」


双妹は恥ずかしそうに言うと、もじもじと太ももを擦り合わせた。
そして、うっとりとした表情で吐息を漏らす。
俺はそんな双妹から目を逸らすことが出来なくなり、心の奥底から期待感が込み上げてきた。

双妹とえっちな事をしてみたい――。
それが伝わったのか、双妹と視線が交わる。
しかも、その瞳はまるで何かを求めて待っているかのように潤んでいて……。
俺たちは気持ちが舞い上がり、完全にその場の雰囲気に飲まれていた。

双妹「男、どうしよう。検査もしないといけないんでしょ。やっぱり、そっちのほうが大切だよねえ」

男「あ、ああ、そうだよな。分かってる」

双妹「それで思ったんだけど、私が……してもいい?」


その言葉を受けて、俺たちはお互いに見詰め合う。
そして数秒後、双妹がいやらしい笑みを浮かべて、俺の股間に目を向けた。


双妹「うふふ、もう大きくなってるよ//」

双妹「早く脱いで。脱いでくれないと検査が出来ないし♪」


どうやら、双妹は俄然やる気になっているようだ。
俺はその期待に応えてパンツを脱ぎ、元の場所に座り直す。
そして双妹が俺の後ろに座ると、勃起した陰茎に手を伸ばしてきた。

双妹「そういえば、消毒をしないといけないんだっけ。確か、おちんちんの皮を剥いて中身を出してから拭くんだよねえ」

男「そうそう。それで看護師さんが、亀頭だけじゃなくて包皮も根元まで剥いてしっかり消毒するようにって言ってた」

双妹「うん、分かった。それじゃあ、痛かったら教えてね」


双妹は陰茎を指で挟み、包皮をゆっくりと引き下げた。
ピンク色の亀頭が露出し、裏返った包皮がさらに引き伸ばされていく。
そして、双妹は俺の背中に柔らかい膨らみを押し付けながらウエットティッシュを手に取ると、弛んで戻った包皮を左手で下ろし直して亀頭を拭き始めた。


男「ぬおっ?!」

双妹「ご、ごめん。痛かった?!」

男「まあ、ちょっとだけ痛かったかも。そういうので擦られると、本当に痛くて絶対に無理な感じだから――。でも、剥くときに触られたときはすごく気持ち良かった」

双妹「そっか。おちんちんの中身って、すごく敏感なんだ。じゃあ、しこしこするときは元に戻したほうが良いのかなあ」

男「そうしてくれたほうが痛くないし、剥いたら戻すように言われているから」

双妹「ふうん、そうなんだ。もう少し成長したら、お父さんみたいに中身が出たままになって平気になるんだろうけど、それまではちょっと痛くても我慢しないとだね」

男「んなっ?! ちょっ! だから、そこはマジで無理、むりぃっ!」

双妹「はい、終わったよ♪」

男「はあはあ、やっと終わった……」

双妹「ふふふ、よく頑張りました♪ それじゃあさあ、今度は男が私のおっぱい、触ってみない?」

男「えっ、双妹のおっぱいを?」

双妹「うん。男にも私のことを知ってもらいたいから//」


双妹はウエットティッシュを捨てると、セーターとブラウスを脱いでソフトブラを外した。
着替えのときやお風呂に入ったときにいくらでも見られる、膨らみが目立ち始めた双妹のおっぱい。
それがとても魅惑的なものに見えて、俺は立ち上がると双妹と向かい合い、そっとおっぱいに触ってみた。
すると想像していたよりも弾力があり、何かこりこりとした硬いものがあることに気が付いた。


双妹「……どんな感じ?」

男「おっぱいの中に硬いものがあるんだけど」

双妹「その硬いものは乳腺で、おっぱいが膨らむサインなんだよ。これから少しずつ丸く膨らんできて、柔らかくなるのはその後なんだって。あまり触ると痛いから、強く揉んだりしないでね//」

男「へえ、とにかく揉めばいいって訳じゃないんだ」

双妹「そう、そんな感じで触ってくれたら気持ちいい……//」

男「じゃあ、これはどうかな」


さっきまで読んでいた漫画のようにおっぱいを包み込み、優しく円を描く。
すると、双妹があまい声を漏らして身体を震わせた。


双妹「……はうんっ……んんっ…………//」

男「……双妹?」

双妹「変な声、出ちゃった//」

男「あははっ、何だよそれ」

双妹「だって、すごく気持ち良くなって急にびくんってなったんだもん//」

男「そうなんだ。でも今の声、初めて聞いたけど、俺は可愛いと思ったよ」

双妹「ええっ、そうなの? 私はちょっと恥ずかしかったんだけど……」

男「そんな事ないって。だから、もう一回やってみようか」

双妹「だ、だめだめ! 検査のほうが大切だし、おちんちんをしこしこしないといけないでしょ//」

双妹はマットの上に置いていた容器を拾うと、上目遣いで俺を見詰めながら手をしこしこと動かし始めた。
すると、その動きに合わせて半分くらい剥けては戻りを繰り返し、今まで経験したことのない心地よさに包まれてきた。


男「……双妹、気持ちいい…………」

双妹「これって、そんなに気持ちいいんだ」

男「もう、ずっと双妹にしこしこされていたいくらい気持ちいい」

双妹「ふうん、そうなんだ。いいよ、私がいっぱい気持ち良くしてあげるわね//」


双妹はお姉さんっぽい口調で言うと、手の動きを早くした。
そのおかげなのか急激に気持ち良くなってきて、俺は夢中になって双妹のおっぱいを触り続けた。
そしてキスをして、おっぱいを触って、割れ目がある大切なところを撫でてみて。
もう双妹のことを考えただけで気持ち良くて、心の奥底から愛しさが込み上げてくる。

兄妹でしてはいけないことをしているけれど、そんな事はどうでもいい。
今までお互いに知らなかった一面が次々と見えてくることが楽しくて、もう感情が溢れ出してしまいそうだ。
そんな中、抑えることが出来ない何かが押し寄せてきた。

男「双妹……何だか、ヤバイかも…………」

双妹「ヤバイって、何が?」

男「きゅぅって締まってる感じがする」

双妹「おちんちんがすごく硬くなってるからかなあ//」

男「ううぅっ、双妹…………もう我慢できないっ!」

双妹「もしかして、精液が出そうってことなの?! わわっ! いいよ、ちゃんと受け取ってあげる、いっぱい出してっ//」


双妹は亀頭の先端をを容器の中に入れ、陰茎を扱きながら好奇の眼差しを集中させた。
もう我慢できない。
双妹のおっぱいと募っていく快感、それ以外のことはもう考えられない。
そして限界まできゅぅっと引き締まると、一気に絶頂感が駆け抜けてきた。


男「ぅくっ……!!」

どぴゅっ
どぴゅどぴゅっ・・・

双妹「きゃあっ// 白いのがぴゅっぴゅって出て来たよ!」

男「はあっはあ……」


射精と同時、今まで感じたことのない高揚感に全身が満たされた。
頭がぼんやりとして、言い知れない幸福感に包まれている。
それは双妹も同じなのか、瞳をキラキラと輝かせながら容器の中の白っぽい液体を見詰めていた。
そしてお互いに目が合い、初めて見る双妹の表情が愛おしくて、俺たちは求めるようにして唇を重ね合った。


双妹「男って、こんな顔も見せてくれるんだ……//」

男「双妹、ありがとう。びっくりするくらい気持ちよかった//」

双妹「ふふっ、気持ちよくなれる検査もあるんだね。私たち、えっちな事をしちゃったのかなあ//」

男「一緒にえっちな事をしちゃったな//」

双妹「だけど、検査なんだから悪くないよね!」

男「そうだよな。検査だから悪いことじゃないと思う」

双妹「それじゃあ、容器を渡しに行ってくるわね。これで終わりなんでしょ」

男「そうなんだけど、その前に採精した時刻を書かないといけないんだ」


俺はそう言って、時計に目を向ける。
すると、いつの間にか1時間が過ぎていた。


男「あっ! もう約束の時間を過ぎてる!!」

双妹「じゃあ、急がないといけないんだ」


双妹は採精した容器に時刻を書き、俺たちはダッシュで脱いだ服を着た。
そして採精室を出ると、ちょうど様子を見に来た看護師さんが立っていた。

男「あの……今、終わりました」

看護師「終わったんだ、お疲れさま。ところで、双妹ちゃんも一緒に出て来たということは、もしかして二人でえっちな事をしちゃったの?」

男・双妹「は、はい……」


俺たちは怒られるのではないかと思い、恐る恐る返事を返す。
しかし、看護師さんは俺たちに変わらない笑顔を向けてくれた。


看護師「そっか、そういうことに興味が出てくる年頃だもんね。正直に答えてくれてありがとう。ただね、ここは男性の患者さんが多く出入りする場所だから、双妹ちゃんは外来患者さんのご迷惑にならないように気を付けてね」

双妹「は、はいっ。分かりました」

看護師「それで、初めての検査だったけど、精液は正しく採れたのかなあ。まさか、双妹ちゃんがお口を使ったりしてないよねえ」

男・双妹「おくち……ですか?!」

看護師「うん。採精検査をするときにお口を使ったりするとね、滅菌されている容器の中にお口の雑菌が入って検査が出来なくなってしまうの。だから、必ず清潔な手で採精しなければならないのよ」

男「ちゃんと綺麗な手でしたし、それは大丈夫です」

看護師「それなら良いんだけど、これからも気を付けてね」

双妹「看護師さん。清潔な手ですることは分かったんですけど、お口を使ったりする人が本当にいるんですか?」

看護師「んー、まあ、それも性行為のひとつだからね。オーラルセックスとかフェラチオって言うんだけど、興味があるなら女医さんに相談してみたら? 私たちも双妹ちゃんの性行動や性意識について悩みがあれば素直な気持ちを聞かせてほしいし、産婦人科の先生だから詳しく教えてくれると思うよ」

双妹「そうですね。今度、女医さんに相談してみます」

看護師「それじゃあ、培養室まで案内してあげるわね」


俺たちは看護師さんに連れられて、培養室の窓口に容器を提出した。
そのときに優しい声で「大人になったね」と言われ、気恥ずかしいと思いつつとてもうれしい気持ちになった。


双妹「男ももう大人だね♪ さっきの精液には精子がいっぱいいて、セックスをしたら赤ちゃんが出来るのかなあ」

男「たぶん出来ると思う。双妹も生理が始まってるし、セックスをしたら妊娠するんだろ」

双妹「そっか。じゃあ私たち、赤ちゃんを作れるんだ。何だか信じられないけど、こうして大人の身体になっていくんだね」

男「そうだな。俺も双妹も、大人の身体になろうとしているんだよな」

今日は13歳の誕生日。
俺は射精が出来るようになったし、双妹はおっぱいが膨らんできてすでに生理が始まっている。
そして、これからも大学病院の双子調査を通じて実感していくのだと思う。
身体が成長していくことを、双妹と二人で一緒に――。


双妹「これからも私たちは二人一緒だよ♪」

男「ああ、これからも二人一緒だな」


俺たちは手をつなぎ、お母さんがいつも待っている喫茶店に向かうことにした。
そして検査結果を聞いた後、研究スタッフの人たちが誕生日のお祝いをしてくれて楽しい時間が過ぎていった。

・・・
・・・・・・
~自宅・部屋~
俺と双妹にとって、お互いの性欲を満たしあうことは普通のことだった。
一緒に性的な経験をしてしまい、それが気持ちいいと知ってしまった俺たちを止めるものは何もなかった。

毎日のようにお風呂で洗いっこをしたり、ベッドの中でいちゃいちゃしたり。
双妹と過ごすそんな時間はとても心地良くて、今まで知らなかった一面を発見出来たときはとてもうれしかった。

俺たちは異性一卵性双生児だから、双妹は性別が違うもう一人の自分自身。
きっと、性別が分かれてしまったのは双妹と愛し合うためなのだ。

だから今は赤ちゃんが出来るようなことさえしなければ、それ以外のことは何をしてもいい。
二人で一緒にえっちな事をしてもいい。
そして、もっともっとお互いのことを大切に想い合いたい。


少年(そうだ。これがお前たち兄妹の本当の姿なんだ!)


男「双妹……」

双妹「あんっ……ああっ、男……やっとその気になってくれたんだ//」

少女「男くん、どうして?! こんなのいやだよ、いやだよぉっ!!」

俺は双妹とベッドの上で向かい合い、唇を重ね合った。
そして、舌を絡めながらおっぱいに手を伸ばす。

そのFカップもある膨らみは手に余るほどのボリュームで、程よい弾力と張りがあって形がいい。
しかも、円を描くようにして愛撫すれば手のひらに吸い付き、おっぱいを揉んでいる充実感とともに興奮が湧き起こってくる。
俺はそんな半球型の膨らみに魅了され、その感触を楽しみながら双妹の性感を高めていく。
そして指先で乳輪をなぞると、双妹があまい吐息を漏らした。


双妹「……んんっ、んっ…………」


双妹は乳首を触ってほしいらしく、焦れったいような表情を浮かべている。
俺はその表情を見ながら、おっぱいを弄んで焦らし続けた。
そして、ツンと勃起した乳首を軽く弾いてあげると、双妹は可愛い声を出して身体をびくんと震わせた。


双妹「あんっ……ああ、いぃ…………//」

双妹「私たち、兄妹なのにえっちな事をしていて、すごくドキドキするよね」

男「そうだな。双妹は可愛いし、俺もすごくドキドキする」

双妹「えへへ♪ 男……好きだよ//」

双妹は顔を赤らめながら言うと、上目遣いで見詰めてきた。
俺はそれで察して、仰向けになり脚を広げる。
すると双妹はその間に移動して座り込み、上体を倒してフェラチオを始めた。

まずは唇と舌を使って陰茎を横から舐めまわし、口の中に亀頭を入れてカリ首をくわえ込む。
そして頭を動かして亀頭を出し入れし、再び陰茎を横から舐めまわす。
しかも歯が当たることがないので、気持ちいい快感だけが脳髄へと駆け抜けていく。


男「双妹……それ、ヤバすぎる…………」

双妹「もっと、きもひよくひてあげふね//」


双妹が陰茎をくわえたまま声を出したので、それがくすぐったくて笑みがこぼれてしまった。
すると双妹はそんな俺を見て、機嫌よく竿をしごきながら頭を動かし始めた。
そしてその瞬間、急激に射精感が込み上げてきた。

舌が這うようにして裏スジを舐めまわし、ぷるんとした唇がカリ首に引っ掛かる。
さらに頬の内側まで亀頭が吸い付いて、温かい粘膜でねっとりと包み込まれているかのようだ。

じゅるじゅる、じゅぽじゅぽ――。
いやらしい音を響かせながら、よだれが溢れ出るほどくわえ込んでいる双妹。
俺はそんな双妹の姿が愛おしく感じ、右手を伸ばして頭を撫でる。

双妹「男のおちんちん、はむはむ美味ひい//」


双妹はふいに動きを止めて扇情的な表情で見詰めてくると、舌先でチロチロと裏スジを舐めてきた。
そのおかげで射精感が治まり、程よい刺激をゆっくりと楽しむ。
しかし、そのタイミングを見計らっていたのか、双妹は頬をすぼめて根元近くまでしゃぶり付いてきた。

髪の毛を乱しながら激しく頭を振り、唾液で滑りが良くなった竿も手でしごく。
しかも上下だけではなくて頭を左右に回転させているので、敏感な場所のすべてが絶頂に向けて追い込まれていく。


男「うあぁっ、ちょっ!」

男「双妹……それヤバい!!」

男「いくっ! もう、いきそうっ!!」


どうすることも出来ない快感が全身を駆け巡り、ギンギンに勃起した陰茎に射精感が押し寄せてきた。
もう我慢出来ない!
そう感じたと同時、双妹は上体を起こして小悪魔っぽく微笑んだ。

男「はあはあ……」

双妹「ふふふっ、まだ射精したら駄目なんだからね//」


双妹はお姉さんぽい口調で言うと、俺に起き上がるように目で合図を送ってきた。
そして俺が身体を起こすと、双妹はヌルヌルになっている陰茎を優しく握って、俺たちは求め合うようにしてフレンチキスをした。
それは何となく甘酸っぱい味がして、官能的な刺激が蓄積して意識がとろけてしまいそうで。
俺はそんな快感を双妹にも味わわせてあげたくて、少しだけ腰を引いて双妹の乳首に吸い付いた。


双妹「あふん……//」

双妹「んんっ、あうぅん……」


双妹はもう一人の自分だから、俺の気持ちいいところを察して的確に責めてくる。
どこが気持ちよくて何をされたら嫌なのか、お互いの身体のことをよく分かっている。
だから、俺も双妹の気持ちいい場所を的確に愛撫してあげることが出来る。

双妹「ひゃうんっ! んんっ……あぁっ…………//」


乳首を舌で転がし、右手は太ももを撫でながら陰裂へと向かわせる。
やがてふっくらとした大陰唇にたどり着き、割れ目に中にそっと指を滑り込ませた。
内側はすでにぬるぬるになって、小陰唇がぬるりと絡みつき、指の腹で膣前庭を優しく弄ぶ。
そして、濡れた指先でクリトリスの滑りを良くして、包皮の上からふわっと撫でてあげた。


双妹「あううぅっ!」

双妹「あふっ、あああんっ!! あぁっ…………それ、いぃっ//」


双妹が喘ぎ声を部屋中に響かせ、快感に身を捩らせる。
俺はそんな双妹の姿に興奮し、少しずつ刺激を強めながら執拗に責め立てる。
すると愛液が次々と溢れ出してきて、熱ささえ感じる膣口に指を入れるとくちゅくちゅと卑猥な水音が鳴り響いた。

男「双妹、いやらしい音が聞こえる」

双妹「そんなこと……言わないでよぉ…………//」


双妹は恥ずかしそうに顔を逸らし、陰茎への刺激を止めて手を離した。
そして身体を仰け反らせ、両脚をやや閉じる。


男「いっぱい感じて、気持ち良くなっていいんだぞ」

双妹「あうぅっ……だめだめっ、それはだめえぇ…………//」

双妹「ぁん……あぅっ、ああぁぁっ…………いっちゃう、いっちゃうぅっ!!」

双妹「んんっっ//」


双妹は嬌声と吐息を漏らし、身体をびくびくっと震わせる。
そして恍惚の表情を浮かべて、押し寄せる快感の波に飲み込まれていった。

・・・
・・・・・・
~男くんの部屋・少女さん~
双妹「はあはあ……」

双妹「すごく久しぶりで気持ちよすぎて……すぐいっちゃった…………//」


双妹さんが男くんとセックスをして、快感に身を委ねている。
なまめかしい声を出して、淫らに喘ぐオンナの顔になっている。
それは兄妹でしてはならないことのはずなのに――。

いくら叫んでも二人には声が届かない。
低級霊たちに取り押さえられ、それをただ見ていることしか出来ない。


少女「少年くん、こんなことはもう止めてよっ! これ以上、二人を傷付けないで!」

少年「うひゃっ! うひゃひゃひゃひゃっ!!」


必死に声を振り絞ると、少年くんが姿を現して高笑いをした。
そして蔑むような視線を向けてきて、にたりと笑った。

少年「少女さんは憑依しているんだから、直に感じているはずだろ。こいつの欲望を――」

少女「それは……少年くんがそう思わせているだけでしょっ!」

少年「違う、これがこいつの本性なんだっ! 毎日のように妹とセックスをしていた変態野郎なんだっ!!」


少年くんが男くんから引き出した、双妹さんとの馴れ初めの記憶。
その日を境に、男くんと双妹さんはお互いに対して性的な関心を向けるようになってしまった。

しかし、今の双妹さんは男くんの恋愛を積極的に応援していたし、性的な関係を持つことよりも共感して分かりあうことを大切にしているように感じる。
だから、男くんと双妹さんがツインセストをしていたのは思春期の一時的な過ちで、すでに終わっていることなのだろうと思う。

それに、セックスをしたいという欲求は誰でも持っているものだ。
私が自殺をさせられたときと同じように、歪んだ感情を引きずり出されただけなのだと思う。
憑依されても無い袖を振ることは出来ないので、その気がなければ、男くんと双妹さんは最後の一線を越える前に思いとどまることが出来るはずだ。
そう信じたい――。

少年「さあ、ここからが本番だ」

少年「一卵性双生児の兄妹がセックスをしているなんて、いろんなサイトで拡散されること間違いなしだぜっ!」

少女「――!!」


男くんと双妹さんの痴態は、すでにネット上に配信されている。
思いとどまってくれたとしても、もう取り返しが付かない状態になってしまっているんだ。


少女「私のせいだ」

少女「私が、男くんと双妹さんの人生を狂わせてしまったんだ――」


私がいなければ、双妹さんが少年くんに憑依されることはなかった。
集団パニックで男くんへの気持ちを再認識することもなかっただろうし、それを認めてもいいんじゃないかと考えることもしなかっただろう。
つまり、私さえいなければ男くんと双妹さんは普通よりも少し仲が良い兄妹でいられて、普通の高校生活を送っていけたはずなのだ。


少年「その顔だよ、少女さん。僕が見たいのはっ!」

少年「ああ、僕の想いがキミの魂に刻まれていく。僕だけが少女さんを永遠に愛することが出来るんだ!!」

双妹「どうしたの?」

男「そういえば、今は低温期だろ。今日は危険日じゃないのか?」

双妹「うん、そうだよ。風邪を引いて遅れているかもしれないけど、今日か明日が排卵日なの。膣内で射精したら、私たちの赤ちゃんが出来ちゃうかもしれないわね//」

男「それなら、ちゃんと避妊をしないと不味いよな」

双妹「それじゃあ、少し待ってて。部屋からコンドームを持ってくるから♪」


双妹はそう言うと、おもむろに上体を起こした。
そして、はっとした表情で俺を見詰めてきた。


双妹「……」

男「……」


コンドーム。
その言葉を受けて、俺と双妹は無言で見詰め合う。
それから数瞬後、心の隙間に何かが入り込んできた。

男「……双妹」

双妹「もしかして、また少女さんを選ぶつもりなの」

男「あ、ああ……ごめん。俺は今は……そう、少女さんと付き合っているんだ」

双妹「少女さんはもう死んでいる人なんだし、私は別れたほうが良いと思う」

男「それでも約束があるし、勢いに任せて抱いてしまうと双妹を傷付けることになってしまうと思うんだ。だから、俺は今の双妹とは……しないんだ!」


そう気持ちが固まった瞬間、身体の中から大量の闇が噴き出してきた。
俺に憑依していた低級霊たちが強制的に弾き出されたのだ。
それと同時、全身の力が抜けて意識がすうっと落ちそうになった。


少女「男くん!」


身体の中に少女さんの気配を感じ、必死に意識を繋ぎとめる。
まだ落ちる訳にはいかない。
双妹と少女さんのために落ちる訳にはいかないんだ!

俺は気力を振り絞り、おぼろげな頭で少女さんの姿を探した。
すると混乱状態に陥っている低級霊たちの中から、少女さんが飛び出してきた。

少女「良かった……。思いとどまってくれたんだっ!!」

男「少女さん、その……ごめん。俺は双妹のことが――」

少女「その話は後でいいから、今はまず双妹さんを助けないと!」


そうだ、双妹はまだ憑依されているのだ。
少年を除霊するまで安心することは出来ない。


少女「双妹さん、もうやめてっ! これ以上、自分を傷付けないでっ!!」

双妹「あなたが男と出会ってさえいなければ、あの日、私は男とひとつになれたはずなのに――」

少女「あの日?」

双妹「……負けたくない。もう死んでいる人なんかに負けたくないっ!」

双妹は強く言い放つと、俺を押し倒した。
そして、そのまま覆い被さってきた。


双妹「私が気持ちよくしてあげる。少女さんには出来ないことを、私がいっぱいしてあげる//」

少女「双妹さんは本気なんだ。少年くんを除霊しないと、双妹さんは絶対に止まらないんだ――」


少女さんは苦々しい表情で言うと、少年を睨み付けた。
そして、棚の上に置いている除霊が出来る手袋に手を伸ばした。


男「少女さん、何をっ?!」


くそっ。
全身が脱力しているせいで上手く力が入らない。
そんなもどかしさを感じると同時、双妹の手が陰茎に触れた。

双妹「男……挿入れるよ//」

少女「うぐうぅっ! ううっ……うううぅぅっ!!」


双妹がゆっくりと腰を下ろし、困惑した表情で俺を見る。
そしてその一方で、少女さんの呻き声が部屋中に響き渡った。


少年「ついに、ついにヤリやがった!!」

双妹「……」

双妹「ねえ、さっきまで硬かったのに小さくなってるんだけど」


騎乗位での挿入に失敗し、双妹はぬるぬるになっている割れ目をむにむにと押し付けてきた。
お互いの粘膜が擦れ合い、亀頭がぬるりと包まれる。
その感覚はとても温かくて、やっぱりどうしようもなく気持ちがいい。
しかし、陰茎が勃起しないので双妹は不満そうに頬を膨らませた。


双妹「……はくちゅん…………むうぅっ、元気がなくなっちゃった」

男「これで分かっただろ。俺はしないんだ」

双妹「こうなったら、本気ではむはむしちゃうもん。男がすぐにイっちゃう敏感な場所、私はぜ~んぶ知ってるんだからね//」

少女「だめっ……だめえぇっ!!」


少女さんが声を張り上げると、双妹は不快そうな顔で少女さんを見据えた。
俺も少女さんに視線を向けると、彼女は手袋を嵌めて苦悶の表情を浮かべていた。


双妹「うざいから、私たちの邪魔をしないで欲しいんだけど」

少女「私に出来ることは、もうこれくらいしか残っていないと思うから……」

少女「だからっ、少年くんだけは絶対に許さない!!」


少女さんが怒声を飛ばすと、どす黒い低級霊たちが一斉に飛び掛かってきた。
少女さんは必死の形相で身構え、それを思いっきり払いのける。
すると低級霊たちが手袋に触れた瞬間、弾けるようにして身体が砕け散った。


少年「なにっ?!」

少女「ぜったい、絶対に除霊してやるんだからっ!!」


低級霊が少女さんに襲いかかり、次々と砕け散っていく。
まるで波紋が広がっていくかのように、闇が弾けて消えていく。
そして、ついに少女さんが少年を捕らえた。

少年「く゛あ゛あ゛あ゛ああぁぁっっ……!!」


人の体をなしていた闇が不定形になり、どろりと崩れ落ちた。
少女さんはその様子を険しい表情で見届けると、力なく微笑んだ。


少女「やった……これで双妹さんは――」

少女「……!?」


双妹がゆらりとベッドから降り、少女さんに歩み寄る。
そして正気とは思えない言語を発しながら、少女さんの右手袋を掴んだ。

まさか、双妹はまだ憑依されているのか?!

そういえば、友が『少女さんクラスの力を持っている怨霊が相手の場合は、動きを抑えるだけで精一杯だ』と言っていたはず。
つまり、少年を除霊するにはその手袋では力不足だったのだ。

少女「うぐぅっ、ううぅぅっ……!」

双妹『&J%FVSB`_DQ`z!!』

男「くそっ! 少女さん、双妹っ!」


俺は何をやってるんだ。
少女さんが苦しんでいるときに、双妹が苦しんでいるときに――。
動いてくれ、俺の身体っ!


少女「……こっちも…………除霊しなく、ちゃ……」

少女「出来るっ! 私にも少年くんと同じことが出来るっ!!」


少女さんは力強く言い放つと、自分の身体を双妹と重なり合わせた。
すると、少女さんの身体が双妹の中に溶け込んでいった。

(2月17日)sun
~兄妹の部屋・双妹13歳~
とてもよく晴れた日曜日の夜。
お風呂から上がって部屋に戻ってくると、男がベッドの上でニヤニヤと妄想を膨らませていた。
買い物に行って帰って来たときから、ずっとそんな調子だ。


双妹「ねえ、今日は何か良いことでもあったの?」

男「本屋さんに行ったら、偶然、少女さんに出会ったんだ」


少女さんって、誰なんだろう。
そんな名前の人は、今まで聞いたことがない。


双妹「へえ、そうなんだあ。それで、少女さんって誰なの?」

男「隣のクラスの女子なんだけど、すごく可愛くて。今日、ついに一言だけ話すことが出来たんだ!」

双妹「ふ、ふうん……」

男「そう言う双妹こそ、今日は何か良いことがあったんじゃないのか。ずっと落ち着かない感じだし」

双妹「やっぱり、そう見える? 実はね、凄いモノを買ってきたの!」

男「凄いモノ?」

双妹「ふふん// お父さんとお母さんには、絶対にナイショだからねっ」


私は念を押して、バッグから紙袋を取り出した。
そして、二段ベッドの上段に上がる。


男「それ、ドラッグストアで買ってきたのか。ということは、生理用品?」

双妹「いいから、開けてみて//」


私は男に紙袋を手渡し、開けるように促した。
すると、男は紙袋を開けて中身を取り出し、それを見て不思議そうに首を傾げた。

男「これがそんなに凄いの?」

双妹「そうだよ。それがあれば私たち、セックスが出来るんだから!」

男「ええっ?! どういうことだよ!」

双妹「しーっ、声が大きいわよ」


想像以上に驚いてくれた男をたしなめて、得意げな顔で箱を受け取る。
そして、震える手で開封して中身を覗き込んだ。
箱の中には、連袋が2つと紙切れ1枚が入っているようだ。
私は3連袋を取り出し、1袋だけ切り離す。
それにはピンクいゴムが入っていて、触ってみるとぷにぷにしていた。


男「ごめん。それで、どういうこと?」

双妹「13日に大学病院に行ったとき、女医さんにセックスをして妊娠したらどうすればいいのか相談してみたの。そうしたらね、『自分の身体を大切にして新しい命に責任を持ちなさい』って注意されたんだけど、避妊法とか性感染症のことをいろいろと教えてくれたの」

男「あっ、ああ! あの話、本当に聞いたんだ」

双妹「うん。だって、したいんだもん。それでね、この『こんどーむ』を使えば妊娠する心配がほとんどないんだよ。ねっ、凄いでしょ!」

男「へえ、そんなものが売ってるんだ」

双妹「すっごく緊張して、死ぬほど恥ずかしかったんだからね//」

男「でも、どうやって使うんだろ」

双妹「おちんちんに被せるらしいんだけど、どこかに使い方を書いていないのかなあ」

男「それに説明書は入ってないのか?」

双妹「ああ、そっか」


紙切れを取り出すと、ちゃんとそれに図解されていた。
どうやら、勃起しているおちんちんの皮を根元まで剥いて被せるらしい。
そして、こんどーむを巻き下ろしたら被せた部分を亀頭方向に引き寄せて、根元で余っていた皮がぴんと張ったら再びこんどーむを巻き下ろして被せれば良いようだ。

何だか、すごくドキドキしてきた。
これがあれば、6回もセックスが出来る。
6回も男とひとつになれるんだ。

そのとき、私はどうなっちゃうんだろう――。

私は好奇心を満たすために、あまい表情で期待の眼差しを向ける。
すると、男は一人の世界に入り込んでいた。

男は今、何を考えているの?
こんどーむを使えば、洗いっこよりも凄いことが出来るんだよ。
一人でオナニーをしなくても、私と一緒にセックスが出来るようになるんだよ。
あそこが大きくなっているし、男もひとつになりたいと思っているはずだよね。


双妹「ねえ、男……」


声を掛けると、男が無言で顔を上げた。
お互いの視線が交わり、私はいやらしく微笑む。
そして、こんどーむの袋を開けた。


双妹「今から一緒にセックスしようよ//」

男「……そうだな。俺もセックス、してみたい」

双妹「……」


男の言葉を聞いて、私は直感的に温度差を感じた。
なんとなく、私を見てくれていないような気がする。


双妹「その言い方、少し冷たいね」

男「どうしたんだよ、急に」

双妹「男がセックスをしてみたい人は、私じゃなくて少女さんなんじゃないの?」

男「それは……」

双妹「やっぱり、少女さんとしたいんだ。男はその人のことが好きなの?」

男「そ……そんな訳ないだろっ」


男は慌てた様子で否定し、耳まで真っ赤にしながら俯いた。
なんて分かりやすいんだろう。
男は今、少女さんのことが好きなんだ――。

双妹「ねえ、男。私たちって、一卵性の双子でしょ」

双妹「だから私たちの間に隠し事をせずに、本当の気持ちを私に教えてほしい」

男「……分かったよ。誰にも言うなよ」


男はぶっきらぼうに言うと、恥ずかしそうに少女さんのことを話してくれた。

男が少女さんのことを知ったのは、先々週の土曜日に授業の一環で行った日帰りのスキー実習。
そのときに、ひと際目を引く女子がいることに気が付いたそうだ。
彼女は笑った顔がとても可愛くて、ゲレンデを滑る姿が妖精のように可憐だったらしい。

しかし隣のクラスということもあり、話をする機会がないまま今日の日曜日。
本屋さんで偶然、少女さんと同じ小説を取ろうとしてしまい、「すみません」と一言だけ話しかけてもらうことが出来たそうだ。
そのときにもっと話をすれば良かったのにと思ったけれど、少女さんが家族の人と一緒にいて、話しかけることが出来なかったみたいだ。

双妹「少女さん……か」

双妹「そういうのって、ゲレンデマジックって言うんじゃないの?」

男「そうかもしれないけど、とにかくスキー実習のときに少女さんと仲良くなりたいって思ったんだ」

双妹「ふうん、そうなんだ……」

双妹「もし……もしもね、少女さんが毎日のように家でお兄ちゃんや弟とセックスをしていたら、男はどう思う?」

男「少女さんがそんなことをしている訳がないだろ」

双妹「私はどう思うのか聞いてるの」

男「……それは…………嫌だな」

双妹「私たちは今、少女さんがしていたら嫌だなと思うようなことをしようとしているんだよ。もし少女さんにそのことを知られたら、私たちはどう思われるんだろうね」

男「……!!」

双妹「私はそれでも男とひとつになりたい。だから、選んでほしい」

双妹「今から私とセックスをするか、それとも少女さんに告白をするか」

男「俺は少女さんに告白しようと思う」

双妹「そっか……そう答えると思ったよ…………」


男が乗り気ではないのならば、それは仕方がない。
だけど、このままだと昂ぶった私の気持ちが治まらない。

私は興奮した面持ちで、こんどーむを弄ぶ。
左手の人差し指と中指を寄せて、陰茎に見立てて被せていく。
そして新たに袋を開けて、上目遣いで男を見詰めた。


双妹「ねえ、私たちはどうして性別が分かれちゃったんだろうね」

男「……」

双妹「私は男とセックスをしてみたい。私たち二人だけの秘密にして、えっちなことを楽しもうよ//」

男「……ごめん。少女さんに告白するって決めたから」

双妹「別に我慢なんてしなくていいのに。高かったんだからね、これっ!」


昨日のうちに勇気を出して買っていたら、男とひとつになれたのにな。
だけど、これで良かったのかもしれない。
セックスがどんな感じなのか興味はあるけど、今はまだ中学生だし不安もあったから――。


男「それじゃあ、来週の日曜日、お詫びにあまい物を食べに行こうか」

双妹「やったあ~。もちろん、男の奢りだからね♪」

男「分かってるって」

双妹「じゃあ、私はもう下りるわね」


私は満面の笑みを浮かべてみせて、二段ベッドの上段から下りた。
そして開封したこんどーむをゴミ箱に捨てて、未開封のものは引き出しの奥に隠すことにした。

双妹「ところでさあ、いつ少女さんに告白するの?」

男「今日会うことが出来た流れで、明日の放課後、体育館裏に呼び出して告白しようと思ってる」

双妹「え~っ、それはやめたほうが良いんじゃないの? 少女さんは隣のクラスなんでしょ。ほとんど話をしたことがない人に突然告白をされたら、びっくりして困るだけなんじゃないかなあ」

男「言われてみれば、そうかも」

双妹「話す機会を増やすのが一番確実だと思うけど、クラスが違うから難しいし、2年生になったときに同じクラスになれるとは限らないよね」

男「そうだよな」

双妹「そうだっ、3月14日なら告白できると思わない?」

男「いいんじゃないか、それっ!」

双妹「でしょっ! びっくりされるかもしれないけど、ホワイトデーなら告白される理由がないこともないし。少女さんもそのほうが気持ちが楽なはずだから、気負わずに返事をすることが出来ると思う」

男「双妹、ありがとう。ホワイトデーに告白してみるよ」

双妹「うん。私も応援しているから、告白が成功するように頑張ろうね♪」

・・・
・・・・・・
~自宅・部屋~
少女さんが双妹の中に入り込んですぐ、双妹が苦しみ始めた。
少女さんは戦っているのだ、双妹の中で少年と――。

俺は気力を振り絞って、身体を起こす。
全身に虚脱感が残っているけれど、そんなことは言っていられない。
少女さんは除霊が出来る手袋をはめ続けているので、想像を絶する苦しみを感じているはずなんだ。


双妹「コレいジョウ……」

双妹「これ以上、私の気持ちに入って来ないでよおっ!」


双妹が悲痛な声を上げた瞬間、少女さんが双妹の中から弾き出された。
そしてそれに続いて、禍々しい闇が噴き出してきた。

もしかして、少年が強制的に離脱させられたのか?!

そう思うと同時、双妹がずしりと倒れ込んできた。
全身が脱力していてぴくりとも動かない。
少年が離脱したので、双妹は意識を失ったのだ。


少女「うぐっ、うぅっ…………」

男「少女さん!」


少女さんの姿を探すと、彼女はミニテーブルの下に倒れていた。
苦悶の表情で丸くなってうずくまり、両腕を不自然に直立させている。
俺は急いで双妹をベッドに寝かせ、少女さんの介抱に向かった。

少女「……少年くんを…………」

男「分かってる。でも、その前に少女さんを!」


手袋を嵌めている限り、少女さんは霊的なダメージを受け続けることになる。
俺は目に付いた双妹のスマホを伏せて、ミニテーブルの上にある手袋を手に取った。
すると、女の子らしい細い指と華奢な手のひらの感触を感じた。


少女「あ゛あ゛あ゛ああぁぁっっ……!!」

男「ご、ごめん! すぐに外すからっ!」


俺は引き抜くようにして手袋を脱がせてあげて、少女さんの様子を窺った。
彼女は力なく崩れ、虚ろな表情でぐったりとしている。

少年――。
お前だけは許さない!
俺は手袋をはめて、少年を見据えた。

お前さえいなければ、少女さんと双妹が苦しむようなことはなかった。
お前さえいなければ、少女さんは看護師になる夢を叶えることが出来ていたんだ!


男「うおりゃああっ!」


俺は力強く踏み込んで、拳を繰り出した。
確かな手ごたえを感じて、脇腹をえぐる。
それと同時、蠢いていた闇が弾け飛んで土手っ腹に風穴が開いた。


少年「グオオオォォォッ……!」


少年にダメージが通った?!
もしかしたら、これはいけるかもしれない。

少年「……ミンナ……ミンナ、コワシテヤルッッ!!」

男「これ以上、俺たちに関わるな! 一人で死んでろっ!!」


俺は声を張り上げて、少年を睨み付けた。
今まで友が霊的な力を使うときには、相手の鳩尾に触っていることが多かった。
おそらく、そこに霊的な何かがあるのだろう。
ならば、次は鳩尾に叩き込む!


少年「オマエサエイナケレバ、ボクハッ!」


少年が吼えると、右腕が触手のように伸びてきた。
それを左手で受け止めて砕き、懐に入り込む。
そして、鳩尾に拳を抉り込んだ。


少年「ク゛ア゛ア゛ア゛アアァァッ!!」

少年「・・・ボク゛ハシ゛ナ゛ナインタ゛アァッ!!」


全身が総毛立つような怨恨に満ちた断末魔。
少年はどす黒い闇を撒き散らし、音もなく砕け散った。

男「終わった……のか?」


気配を探ってみたが、特に何も感じない。
低級霊たちも少年が除霊されたからか、まったく姿が見えなくなっていた。
これでもう少女さんが狙われることはないだろう。

俺は覚束ない足取りでミニテーブルに歩み寄り、双妹のスマホを手に取った。
それは背面が異様に熱くなっていて、液晶画面に『温度上昇を検知したためカメラを終了します』と警告が表示されていた。
どうやら、思った通りSNSには配信されていなかったようだ。

俺は手袋を外して動画を削除し、スマホをミニテーブルの上に置いた。
これで全部終わりだ……。


男「少女さん。これでもう――」

男「……?!」

男「少女さんっ! 少女さんっ!!」


呼びかけても返事はない。
ミニテーブルの下で倒れていたはずの少女さんは、いつの間にかその姿が見えなくなっていた。

男「急にいなくなるなんて、どういうことだよ……」


少年を除霊したから、思い残すことがなくなって成仏をした?
それとも、霊的なダメージが大きすぎて除霊されてしまったのか?!

俺は少女さんのぐったりとした姿を思い出す。
虚ろな眼差しと苦渋に満ちた声。
きっと今は危険な状態にあるはずだし、少しでも早く友に相談するべきかもしれない。


――ガチャッ!


そう考えていると、突然ドアが勢いよく開け放たれた。
俺は驚いて顔を上げると、そこにはなぜか巫女服姿の女性が立っていた。
女性は唖然とした表情になり、その視線が俺の下半身と裸の双妹に向かう。
そして後ずさり、勢いよくドアが閉められた。

巫女『きゃあああぁぁっっ!』

巫女『どうしよう、どうしようぅっ!!』


ドアの向こう側で女性が取り乱す。
どうしようって言いたいのは、俺も同じだし。
今の女性は、たしか友の家の神社の巫女さんだよな。
どうして俺の家に――。

そう思っていると、ノックの音がしてゆっくりとドアが開いた。
その隙間から巫女さんが顔を覗かせて、恥ずかしそうに部屋の様子を窺っている。
そしてミニテーブルの下に目を向けると、真剣な表情に変わって部屋の中に入ってきた。


巫女「えっと、あなたは少女さんだよね!」

巫女「……私が分かる? そう、そうなのね」


姿が見えなくなった少女さんは、どうやらそこに倒れているらしい。
俺はなりふり構わずに、巫女さんに声を掛けることにした。

男「あのっ、少女さんは無事なんですか!」

巫女「えっと、それはその……詳しく霊視してみないと分かりません」

母親「巫女ちゃん、さっきの悲鳴は何なの?!」

母親「……!」


母さんが部屋に入ってきて、俺の姿を見ると目を見開いた。
そして裸で横たわっている双妹に目を向け、うずくまっている巫女さんに目を向ける。


男「か……母さん…………」

男「これはその――」


俺はその先の言葉を飲み込んだ。
こんなの、どうやって説明すれば良いんだよ。

母親「……まあ、いいわ。話をするのは今度にしましょう」


母さんは溜め息混じりで言うとベッドに歩み寄り、双妹に毛布を被せた。
そして、巫女さんに真剣な眼差しを向けた。


母親「巫女ちゃん、悪霊の姿は?」

巫女「どうやら、男くんがその霊具ですべて除霊してくれたみたいです」

母親「男が……?」

巫女「はい。集団失神の件に関連して、友くんが護身用に渡されていたみたいですね。低級霊の気配がこの一帯から消えています」


ああ、そうか。
母さんは買い物に行く振りをして、神社に行っていたのか。
家に寄り付いている低級霊を祓ってもらうために――。


巫女「ただし男くんと双妹さんには強力な霊障が残っているみたいなので、それは祓ったほうが良いと思います」

母親「そうね。それじゃあ、申し訳ないけど今からお願いします」

巫女「今からって、私はただの巫女ですよ?!」

母親「本当は宮司さんにお願いするべきなんだろうけど、今日は地鎮祭でお忙しいでしょうし。霊具を使えば、巫女ちゃんでも祓うことが出来るはずでしょ」

巫女「そうですね……分かりました。でも、その前にお召し物を着ていただけたらなあと//」

母親「ほら、男。若い女性がいるんだから、早く服を着なさい」

母親「巫女ちゃん、ごめんなさいね。うちの子たち、人前で裸になっても平気だから」

男「その言い方、微妙に誤解をされそうなんだけど……」

巫女「そ、そんなことはないです。その……ご立派だと思いますよ//」


巫女さんはよく分からないフォローを入れて赤面し、恥ずかしそうに顔を俯けた。
俺はそれを見て何だか申し訳ない気持ちになり、急いでパジャマを着ることにした。


男「すみません。服を着ました」

巫女「それではお祓いをするので、楽な姿勢になってください」


俺はそう言われ、ベッドに腰を下ろした。
そして、巫女さんが俺と双妹に残っていた霊的な痕跡を祓ってくれた。

双妹「ん……んんっ……」


しばらくして、双妹が意識を取り戻した。
ぱちくりと瞬きをして、身体を起こす。


双妹「あっ、ああ……そっか…………」

母親「双妹、身体は大丈夫?」

双妹「……うん」


双妹は力なく答えると、ミニテーブルの下に目を向けた。
そして、少し不安そうな顔で巫女さんの様子を窺う。
どうやら、双妹には少女さんの姿が見えているようだ。


母親「巫女ちゃん。宮司さんには私が説明しておくから、ここで見たことは他言無用でお願いします」

巫女「そうですね、分かりました。では、私は帰らせていただきます」

男「あのっ、少女さんは大丈夫ですよね!」

巫女「彼女はまだ四十九日を迎えていない幽霊ですし、しばらく休めば霊的な力が回復すると思います。それまで依り代への憑依を解いて、うちの神社で預からせていただきますね」

男「お願いします」

母親「それじゃあ、神社まで送って行きましょうか」

巫女「ありがとうございます」

母親「男、双妹。二人ともインフルエンザなんだから、ちゃんと温かくして寝てなさいよ」


母さんは言い含めるように言うと、巫女さんと一緒に部屋を出ていった。
そして裸の双妹と部屋で二人きりになり、気まずい空気が広がった。
外は相変わらず、ザーザーと強い雨が降っている。
やがて双妹は何か言いたそうな顔で俺を一瞥すると、ベッドから下りて脱ぎ散らかした下着とネグリジェを着始めた。

男「なあ、双妹……」

双妹「なに?」

男「中学2年生のときのことなんだけど、あの夜のことを覚えてるか?」

双妹「……覚えて…………いるよ」

男「俺は双妹のことを、もう一人の自分だと思ってる。どんなことがあっても俺たちは一緒だし、楽しいことも苦しいことも二人で分かち合いたいと思ってる」

男「今は双妹の気持ちに応えられないけど、それだけは絶対に変わらないから」

双妹「……」

双妹「私も男のことは、もう一人の私だと思ってる。かけがえのない存在だと思ってる。私もどんなことがあっても、その大切な気持ちだけは失いたくない」

男「ああ、俺もだ」

双妹「うん……男、好きだよ…………」


双妹は不安そうな様子で言い、俺の隣に座ってきた。
俺はそんな双妹の腰に腕を回し、気持ちが落ち着くまで優しく抱き寄せてあげた。

少女「友香ちゃん、お見舞いにきてくれたんだ」

友香「うん、身体は大丈夫?」

少女「まだ本調子ではないけど、外に出られるくらい元気が出てきたよ」

友香「そうなんだ~。元気そうで良かったよ」

少女「ところで、二人ともどうして制服を着ているの?」

友香「ああ、これね。今から友くんと学校に行こうと思っているの」

少女「友くんと学校に?」

友香「うん。男くんがあの悪霊を除霊してくれたから、少女はもう学校に行けるはずでしょ。だから、危険な低級霊がいないか調べてもらおうと思っているの」

少女「低級霊がいないか調べるって、どうしてそんな事を?」

友香「そんなの、決まってるじゃない。この1年間頑張ってきたことを最後までやり遂げようよ」

友「以前、俺の親父が『生きた証が見付かったとき、少女さんの救いがそこにあるはずだ』と言っていただろ。それを見付けるためにも、学校に行ってみたらどうかな」


私はこの1年間、看護師になるために勉強を頑張ってきた。
もうそれが叶うことはないけれど、こんな形で諦めるのは絶対にいやだ。


少女「私……最後までやり遂げたい。みんなと一緒に頑張りたいっ!」

友香「うん、頑張ろう♪」


友香ちゃんのうれしそうな顔を見て、私ははっとした。
そういえば、双妹さんだったっけ。
生きた証を考えているときに、学校に行ってみたら良いんじゃないのと提案してくれたのは――。

(3月14日)mon
~自宅・部屋~
今日も相変わらずの雨模様。
俺はインフルエンザの出席停止期間中で部屋に引きこもり、ただぼんやりと風雨の音に聞き入っている。
すでに解熱していて体力が有り余っているせいで、じっとしていると気が滅入ってしまいそうだ。

今頃、少女さんは何をしているのかな――。
俺はスマホを起動し、昼過ぎに来た友のメールを読む。
それによれば、少女さんは霊的な力が順調に回復し、今日から友香さんと一緒に学校に行っているそうだ。
もしかすると、今日はお見舞いに来てくれるかもしれない。

だけど、何を話せば良いのだろうか。
少し気まずい。

とりあえず、友にお礼のメールを返す。
そして横になっていると、軽快なリズムで階段を上る足音が聞こえてきた。
どうやら、双妹が学校から帰ってきたようだ。

双妹「ただいま~。身体は大丈夫?」

男「もう熱はないし、退屈してたところ」

双妹「そうだろうと思ったよ」


双妹はくすくすと笑うと、ミニテーブルの上にカップを並べて紅茶を淹れた。
俺はあまい香りに誘われてベッドから下り、お菓子の箱を手に取る。
それにはプレゼント包装がされていて、淡い水色のリボンが施されていた。


男「これ、誰かに貰ったのか?」

双妹「今日、ホワイトデーだったでしょ。それで、友くんが私と男に半分ずつお返しだって」

男「俺の分もあるのかよ。ネタに走ってるんじゃないだろうなあ」

双妹「あー、ありそうだね。クッキーだと言っていたから、変なお菓子ではないと思うんだけど……」

俺は双妹に包みを返し、何が出てくるのか様子を見守った。
友がくれたものなら油断は出来ない。


双妹「鈴塩のハーブソルトクッキーか。何だかおしゃれだね」

男「そうだな。というか、友にこんなセンスがあったのが驚きなんだけど」

双妹「うん。私もびっくりした」


もしかして、友は本気で双妹のことが好きなのか?
そう思いつつ、1枚食べてみた。
とてもサクサクしていて、ハーブの香りがほのかに広がっていく。
しかも塩気がくどいことはなく、紅茶の甘みを適度に引き出している。


男「これ、ガチで美味しいんだけど!」

双妹「本当にすごく美味しい。あとでお礼を言わないと」

男「なあ、双妹」

双妹「それはないよ。友くんは幼馴染みたいなものだし、恋愛対象じゃないから」

男「でも、友が本気なら考えてみても良いんじゃないかな」

双妹「そんなの絶対にあり得ない。そもそも、友くんを好きになるとか想像できないし、考えることすら嫌だもん。まあ、いいお友達ってところかな」

男「そっか。それなら仕方ないな」

双妹「そうそう。私が好きなのは男だけなんだから//」


友には悪いけど、双妹は完全に脈なしだ。
俺も友と双妹が付き合うなんて想像できないし、もし好きならば諦めてもらうしかないだろう。

双妹「それはそうと、男はどうするの?」

男「どうするって、何がだよ」

双妹「バレンタインデーのお返しに決まってるじゃない。理由はどうあれ、私たちは少女さんの前でセックスをしようとしたのよ。どんな顔をして会うつもりなの?」

男「そうだよな……」

双妹「とりあえず、私が先に会っておいたほうがいいよね。今は私が無害だってことを分かってもらわないといけないし」

男「いや、そういうことは俺が話すべきだろ」

双妹「でも、少女さんにとって私は油断が出来ない恋敵なんだよ。そんな相手が一緒に住んでいたら、男がいくら大丈夫だと言っても安心することが出来ないと思う」

男「そうなるのか」

双妹「そういうことだから、明日、学校の帰りに少女さんと話をしてみようと思う。それでダメだったら、潔く諦めてね」

(3月15日)tue
~学校・少女さん~
火曜日になり、新しい1日が始まった。
学校に着いて慣れ親しんだ教室に入ると、今日も私の席に花瓶が置いてあった。
友香ちゃんによると、クラスのみんなが交代で水を替えてくれているそうだ。

学校の授業は私が死んで一ヶ月が経ち、今は平常通りに行われている。
看護関係の授業は楽しいし、実習の授業は参加できないことがとても悔しい。
そして、休み時間になったら友達のおしゃべりに耳を傾ける。

私はここにいるよ――。

その声が届くのは友香ちゃんだけだ。
だけどみんなを見ていると、それでも構わないと思えるようになってきた。

みんなの心の中で今も私が生きているから。
私の夢と目標がクラスのみんなに繋がっていると実感することが出来たから。

去年の4月にみんなと出会って、もうすぐ1年。
今となっては、最初の課題で書いた小論文が懐かしい。
そういえば、そのときに貰ったアレはどうなったのだろう。

~神社・少女さん~
今日の授業が終わり、私は友香ちゃんと別れて神社に帰ることにした。
男くんの家の近くを通り過ぎ、ふわふわと住宅街を抜けていく。
ふと街路樹に目を向けると、今朝まであった雪吊りが取り外されていた。
季節はもう春になろうとしている。

私も役目を果たした雪吊りのように、もうすぐこの世からいなくなるんだろうな。
望む望まないにかかわらず、そのときが確実に迫ってきている。

その前に、男くんと双妹さんを交えて話し合わなければならない。
家に帰ることにも挑戦したいし、お姉ちゃんやお祖母ちゃんにも会っておきたい。
力が完全に戻ったらやりたいことが、まだいっぱい残っている。


少女「ただいま」

巫女「お帰りなさい。ついさっき双妹さんが来られて、社務所でお待ちになっていますよ」

少女「双妹さんが?」

巫女「ええ、あの日のことで話をしたいと」

少女「……分かりました。ありがとうございます」

社務所に入ると、借り住まいをしている私の部屋で双妹さんが待っていた。
どうやら学校帰りに直接来たらしく、まだ制服を着ている。
私は双妹さんに声を掛け、ちゃぶ台を挟んで正座した。


少女「双妹さん、こんにちは」

双妹「こんにちは」

少女「……」

双妹「……」

双妹「あの日のこと、誰かに話しましたか?」

少女「あんなこと、誰にも言えないです」

双妹「……そう」

双妹「ところで、もう察していると思うけど、私……振られたから」

双妹「兄妹なのに恋愛が出来ると思っていた私が、どうかしていたんだよね。そういうことだから、安心して。私はもう少女さんの邪魔をしない」

双妹「自分の気持ちだけを正当化して少女さんの恋愛を認めないのは、私自身、納得が出来ないし。まあ、少女さんが笑顔で成仏してくれたらそれが一番良いのかなって」


双妹さんは淡々と言い終えると、苦笑した。
その姿を見て、私は何だか申し訳ない気持ちが込み上げてきた。


少女「双妹さん、ごめんなさい……」

双妹「ごめんなさいって、何が?」

少女「あの日のことが原因で、男くんと双妹さんの関係が壊れてしまったんじゃないかと思って……。私さえいなければ、少年くんに憑依されてあんなことにはならなかったはずだから」

双妹「あのさあ、何わけの分かんないこと言ってるのよ!」

少女「えっ……」

双妹「はっきり言わせてもらうけど、私と男は世界中にたった一つしかない特別な絆で固く結ばれているんだからね。あの程度のことで関係が壊れるとか、絶対にありえないし!」

双妹「そもそも少女さんさえいなければ、私は今頃、男と愛し合う関係になっていたはずなの。むしろ、出会って欲しくなかったくらいだわ!」

少女「……!」

少女「そっか、逆だったんだ」


私がいたから、男くんと双妹さんは最後の一線を越えなかった。
私が二人にとって、心理的なブレーキになっていたのだ。


少女「双妹さん。私は男くんを諦めないけど、だからと言って、双妹さんの恋愛観を受け入れるつもりはまったくないから!」

双妹「ふうん、私を否定するつもりなんだ。それじゃあ、私は男と少女さんの交際を認めたりはしない! それでも男と交際するつもりなら、少しでも早く成仏させていなくなってもらうから」

少女「双妹さんのほうこそ、本当に振られたのならば、私が成仏した後もずうっとただの妹でいてくださいね」

双妹「……はあっ、なんだかなあ…………」

双妹「私たちの恋愛は性的マイノリティーかもしれないけど、好きな人を想う気持ちは普通の人と同じはずでしょ。だから少女さんが幽霊だとしても、それを受け入れて応援してあげようと思っていたんだけどな」

少女「確かに好きな人を想う気持ちは同じかもしれないけど、私と双妹さんでは関係性が違いますよね。私は兄妹で愛し合うなんておかしいと思います」

双妹「ひとつ聞きたいんだけど、LGBTの人たちは社会的に認知され始めているのに、どうして兄妹で愛し合うのはおかしいの? 人が人を好きになるのは理屈じゃないんだよ」

少女「男くんと双妹さんは兄妹だし、血が繋がっているから駄目なんです。好きだからって、何をしても許されると思っているんですか」

双妹「血が繋がっていたら、何だって言うの? そもそも少女さんは男にデートDVをしていたくせに、よくそんなことが言えるよねえ」

少女「それとこれとは関係ないじゃないですか」

双妹「はあ? 憑依霊なんて、ただのストーカーでしょ。好きだからって理由でそれが許されるのなら、私の気持ちも許されるんじゃないかなあ」

双妹「結局のところ、同性愛者は好きな人が同じ性別だっただけ。私は好きな人が双子のお兄ちゃんだっただけ。同性愛者を性的指向で差別しないというのなら、近親性愛者も偏見をなくして受け入れるべきなんです」

双妹「まあ、結婚の話になると税金とかいろんな問題が関係してくるし、子どもを作れない同性愛者が普通の夫婦とまったく同じ権利で優遇されるのは、個人的にどうなのかなって思うんだけどね」

少女「同性婚に賛否両論があるのは分かるけど、その理屈だと不妊症のカップルや高齢者同士の結婚も駄目だってことになりますよねえ」

双妹「少女さんは法の下の平等を知らないの?」

少女「それくらい知ってるし! もしかして、双妹さんは兄妹で結婚が出来ないのは差別だとか言うつもりなんですか?」

双妹「正直に言うと、結婚したいなとは思うよ。だけど、家族だから色んな権利が認められているし、赤ちゃんも認知してくれれば大丈夫だと思うから――」

少女「えっ、赤ちゃんが欲しいと考えているの?!」

双妹「そうだけど、悪い?」

少女「悪いも何も、兄妹なんだよ! 劣性遺伝子病を発症するリスクがかなり高いと思います」

男くんと双妹さんは、常染色体と母親由来のX染色体が完全に一致している。
あまり想像したくはないけれど、そんな二人が赤ちゃんを作ってしまうと対立遺伝子がホモ接合になりやすく、もし双妹さんが劣性遺伝子病の保因者ならば4分の1の確率で発症することになる。
劣性遺伝子病の遺伝子は健康な人でも平均10個持っているといわれているので、双妹さんはなおのこと慎重になるべきだと思う。


双妹「えっとさあ、それを言うと高齢出産も染色体異常のリスクが高くなるし、先天的な障がい者に不妊手術を強制しろだとか、障がい児は産まれてくる前に中絶しろって話になりますよね」

少女「近親相姦がそれらと同じだって言うんですか」

双妹「そうだよ。もし障がい者にそんな事をしたら、絶対に社会問題になりますよねえ。それなのに近親相姦をすると障がい児が生まれやすいから駄目だとか言うのは、どう考えても矛盾していると思います」

双妹「それに私と男はもともと性染色体が3本あるトリソミーだったから、生まれてくる赤ちゃんの命を選別するような考え方は好きじゃないんです。普通の夫婦でも同じようなリスクがある以上、優生学上の理由で近親相姦を否定することは出来ません」

少女「確かに双妹さんの言う通りかもしれないし、優良な劣性遺伝子だけが発現して健康な赤ちゃんが生まれてくる可能性もあるだろうとは思います。だけど、子どもの気持ちを何ひとつ考えていないですよね」

双妹「どういうこと?」

少女「もし自分の両親が実の兄妹だと知ったら、心が深く傷付けられることになるはずです。学校でいじめられるかもしれないし、それ以上に恋愛観や家族観が大きく歪んでしまって健全に成長することが出来なくなってしまうと思います。もしそんなことになったら、子どもが可哀想だとか思わないんですか」

双妹「だからそういう偏見や差別をなくそうって、私は言ってるんです。そもそも、兄妹でセックスをして子どもを作ることは犯罪じゃないんだから、頑なに否定ばかりしている人は多様化している価値観に取り残されているだけだと思います」

少女「犯罪ではなかったとしても、兄妹でセックスをして子どもを作るだなんて倫理的におかしいです。だから、私は双妹さんの恋愛観を受け入れません」


そう言うと、双妹さんは小さくため息をついた。
そしてまだ言い足りないことがあるのか、目線を上に向けて何かを考え始めた。

双妹「これは実際にあることなんだけど、生まれてすぐ生き別れになった兄妹がそうとは知らずに出逢ったら、お互いに親近感が湧いて恋に落ちてしまうことがあるらしいんです」

少女「えっと……ジェネティック・セクシュアル・アトラクションのことですよね。それなら、テレビで見たことがあります」


それによると、両親の離婚や養子縁組などの理由で生後間もなく離れ離れになっていた近親者に対して、外見や性格などの類似点の多さから相手を魅力的に感じてしまう現象があるらしい。
しかもDNAの構造が近ければ近いほど好意的に感じて、お互いに強く求め合うようになるという説もあるそうだ。
それに対して、幼少期から一緒に暮らしてきた相手には性的な感情を持ちにくくなるという、ウェスターマーク効果も広く知られている。

そこまで思い出して、私ははっとした。

もしかすると、男くんと双妹さんはDNAの構造がほぼ完全に一致しているせいで、ウェスターマーク効果よりもジェネティック・セクシュアル・アトラクションのほうが優位に働いてしまっているのかもしれない。
健康な異性一卵性双生児は今まで前例がない訳だし、もしその可能性があるとしたら、私は男くんの彼女としてどのように向き合えば良いのだろうか。

双妹「それを知っているのなら、話は早いですね」

双妹「結論だけ言うと、近親相姦は本能なんです。それなのに、兄妹で愛し合うことは倫理的におかしいんですか?」

少女「近親相姦が本能だとか、訳が分からないです。もしかして、双妹さんがお父さんとお風呂に入るのもそういうことなんですか」

双妹「はあっ?! 変なことを言わないでよ! そんなこと、絶対にあり得ないし!」

少女「ですよねえ! 家族なんだし、それが普通なんです」

双妹「つまり、少女さんは兄妹だから結婚が出来ないと苦しんでいる人がいたら、家族なのに気持ちが悪いと非難するつもりなんですね」

少女「そうは言ってないです。男くんと双妹さんの場合は生き別れになっていた訳ではないし、それとは状況が違うじゃないですか!」

双妹「それじゃあ、ちゃんとした理由さえあれば、私が男とセックスをしても受け入れてくれるってことですか?」

少女「それは、そう……かもしれないですね」


あまりにもしつこいので、私は仕方なく部分的に肯定することにした。
男くんと双妹さんが本能的に惹かれあっているのならば、今は関係を悪化させるよりも話を合わせておくほうが良いかもしれない。

双妹「少女さんも結局はただの感情論なんです。この際だからはっきり言わせて貰うけど、少女さんはもう死んでいるんだから、生きていたときの常識で恋愛するのはやめた方がいいと思いますよ」

少女「私だってあんなことで死にたくなかったし、男くんと普通の恋愛をしたかった」


私の人生は本当になんだったんだろう。
少年くんに告白をされて断ったら呪い殺されて、幽霊になってなお粘着されて――。


双妹「この前ね、みんなで水族館に行ったでしょ。そのときに思ったの。少女さんの気持ちは誰に繋がっているんだろうって。それはきっと、私だったのかもしれないですね」


双妹さんがふいに優しい表情になった。
それに少し戸惑い、私は聞き返す。


少女「どういうことですか?」

双妹「ほらっ、私たちは同じ人を好きになったわけだし、何となくだけど」


男くんと双妹さんは一卵性双生児だ。
だから双妹さんのために生まれてきたということは、男くんのために生まれてきたと言い換えることが出来る。
そう考えると、私は何となくうれしく思えた。

少女「そっか、私の気持ちは男くんと双妹さんにつながっていたんだ」

双妹「ええっ! そんな言い方をしてくるの?!」

少女「私、何か変なことを言いましたか」

双妹「そういう訳じゃないけど、男のことが本当に好きなんだなと思って」

少女「ああ……はい、好きです」

双妹「えっとさあ、自分でこういうことを言うのは気が引けるんだけど、私と男に性的な関係があることを知ったのに、どうしてまだ男のことを好きでいられるの?」

少女「男くんは双妹さんといろいろあったのかもしれないけど、それは私との交際が始まる前のことですよね。私と付き合い始めてからは一度もしていないし、私が見てきた男くんの頑張る姿を嘘だと思わないからです」

双妹「……ふうん」

少女「それに今の私の恋愛はマイノリティーだから、双妹さんの恋愛と同じで立ち止まるわけにはいかないんです。双妹さんのことは絶対に認めないけど、さっきの忠告は受け入れたいと思います」

双妹「そっか、立ち止まるわけにはいかない……か」

双妹「そういうことなら、少女さんには1秒でも早く成仏してもらうしかないですね」

少女「……!」

少女「まさか、私がいなくなったら男くんに関係を迫るつもりですか」

双妹「言わなかったっけ。男と交際するつもりなら、少しでも早く成仏させていなくなってもらうって」

少女「あっ、ああ……それなら良いんだけど」

双妹「ふふっ、それではごきげんよう」


双妹さんは今日一番の笑顔でにこりと笑い、通学かばんを手に取って部屋を出た。
私も部屋を出て、社務所の入り口から双妹さんの後ろ姿を見送る。
もしかすると、私は本気で諦めるつもりだった双妹さんをその気にさせてしまったのかもしれない。
それが思い過ごしならばいいのだけど、それと同時に男くんと双妹さんの消えることがない絆をうらやましく感じた。

・・・
・・・・・・
~自宅・午後~
辺りが暗くなってきた頃、ようやく双妹が帰ってきた。
今日の帰りに少女さんと話し合ってみると言っていたけれど、上手くまとまってくれたのだろうか。
少し気になるけれど、双妹は晩ご飯の手伝いでキッチンに行ってしまった。
帰ってくるのが遅かったのだから、それは仕方がない。

さすがに今は聞くことが出来ないし、話してくれるのを待つしかないだろう。
やがて晩ご飯の時間になり、俺はリビングに行くことにした。


男「今日の晩ご飯はとり野菜鍋か」

双妹「もう下りてきたんだ。最後のシメは素麺だよ」

男「素麺? ああ、だいぶ前に少女さんが普及しようとしていたやつか」

双妹「お母さんが思い出したみたいに素麺を買ってきて、それで――。とりあえず、おこたに新聞を敷いといてくれる?」

男「分かった」

コタツの上に新聞を敷くと、母さんがお鍋を運んできた。
そしてふたを取ると湯気が上がり、リビングにみその香りが広がった。
ここしばらくお粥がメインだったので、この匂いだけでご飯を何杯でも食べられそうだ。
俺はもう早く食べたくて、双妹が持ってきた茶碗に急いでご飯をよそい、コタツに並べた。


男「いただきます」


スープをすくって器に取り分け、七味を振って食べる。
野菜のうまみがみそと七味の相乗効果で引き出され、トリオを奏でているかのようだ。
相変わらず美味すぎるぞっ!


母親「ねえ。男、双妹。ちょっといい?」

男・双妹「いいけど、何?」

母親「今日ね、書斎のお掃除をしていて、久しぶりに昔のDVDを観てみたの」

男・双妹「昔のDVD?」

母親「おつかい番組と2分の1成人式の番組に出演したでしょ」

男「懐かしいなあ」

双妹「……」

母親「今だから言うけど、男と双妹が小学生だった頃、苦しい思いをしていたことを覚えてる?」

双妹「……うん」


双妹の表情が陰り、食べる手が止まった。
あまり思い出したくないのだろう。

小学生の頃、双妹は性別に関する悪口を言われることが多かった。
保護者や教師に知識が足りず、『一卵性双生児は同じ性別しか生まれない』とか『女の子は性別を決める遺伝子に病気を持っている』などと教えていたからだ。
しかし小学校の2分の1成人式がテレビで放送されて、いじめがなくなった。


母親「一番ひどかったのが、小学校4年生のときだった。そのことを担任の先生から聞かされて、わたしとお父さんはテレビ放送をすることを思い付いたの」

双妹「えっ?」

母親「正しい情報を知ってもらうためには、異性一卵性双生児についてテレビ放送をするのが一番手っ取り早いでしょ。半分は賭けだったんだけど、成功してよかったわ」

男「あれって、テレビ局の企画じゃなかったんだ」

母親「そうよ。おつかい番組の放送をしてくれた知り合いのプロデューサーさんに相談して、2分の1成人式の企画が決まったの。それから学校の先生方や双子研究のスタッフの方と打ち合わせを繰り返して、みんなで番組を作ったのよ」

双妹「そんなことがあったんだ……」

母親「人はみんなでみんなを支えている。男と双妹は気が付いていないかもしれないけど、多くの人に支えられて今があるのよ。そのことを忘れないようにしなさいね」

男「それは分かってる。でも、どうして急にそんな話を?」

母親「少し前に少女さんと付き合っているって言っていたけど、彼女はもう亡くなっているんでしょ」

男「どうしてそれを?! ……って、巫女さんから聞いたのか」

母親「黙っていただけで、もっと前から知ってたわよ。お母さんの情報ネットワークをあまく見ないことね」ドヤァ

男「ええっ?!」


いつから知っていたのだろう。
もしかして、少女さんと初めてデートに行った日か?!
あのとき、母さんが同じようなことを言っていたような気がするし。

母親「とりあえず、今は少女さんを成仏させてあげることを考えなさい」

男「ああ、それは分かってる」

母親「そして、その後は高校生らしい普通の恋愛も経験してみなさいね」

母親「男も、そして双妹、あなたもね――」

男「……」

双妹「……」


高校生らしい普通の恋愛。
それは誰が聞いても、母さんが正しいと答えるかもしれない。
だけど俺は少女さんの未練を叶えてあげたいし、双妹の気持ちも大切にしたい。


母親「……」

母親「ほらほら、二人とも箸が止まってるわよ。冷める前に食べましょ」


母さんはにこやかに言うと、盛大に白菜と鶏肉をすくい取った。
ちょっと待て、これはマジで全部食べられるぞ!
俺と双妹は気を取り直し、晩ご飯の確保に尽力することにした。

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