果南「──揃わない誕生日。」 (15)

ラブライブ!サンシャイン!!SS

果南ちゃんの誕生日なので、果南ちゃんのお話です。

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海の中を漂う。

暗い。

2月の海は言うまでも無く水温が低く、水中での保温性の高いウェットスーツを着ていても、その冷たさを主張してくる。

音も無く、光も無く、温もりもない。

……でも、今の私からしたら、これがお似合いだと思う。





    *    *    *




高校生になって初めての冬──とは言っても2月ともなると冬は後半戦。

余り冷え込まない沼津は内浦でも、さすがに寒いと思う。

そんな寒さでも元気に吹き飛ばしてくれる、鞠莉は──もう居ない。

ぼんやりと自室のベッドに横たわりながら、お気に入りのイルカのぬいぐるみを抱きしめて、ぼーっと天井を見つめている。

──ブーブー


果南「ん……」


近くに置いてあったスマホが震える。


果南「ダイヤからだ……」


幼馴染から届いたメールには簡潔に『果南さん、お誕生日おめでとう御座います。』とだけ、


果南「……ダイヤらしいなぁ」


私も簡素に『ありがと』とだけ返して、スマホを放って、再び天井を仰ぐ。


果南「私……何やってんだろ……」


仰いで呟く。

…………。

──鞠莉、今頃どうしてるかな……。


果南「……あーだめだ、走ってこよう。」


私はパパっと身支度を済ませ、家を飛び出した。





    *    *    *





家から出て、ジェットスキーで淡島から内陸へと降り立つ。

淡島神社で階段ダッシュでもよかったんだけど、今日は平坦な道程を走りたい気分だった。

午前中の内浦を海岸線に沿って弁天島まで走ることにしよう。

ジェットスキーに鍵を掛ける際、ふと顔を淡島が目に入る。

──いや、ホテルオハラが目に入る。


果南「……」


私は頭を掻いた。この期に及んで未練がましいこと、この上ない。自分に嫌気が差して来る。

一旦思考をリセットするために、


果南「スゥ……」


深呼吸。


果南「ふぅ……」


外気に触れた呼気が白くなり、潮風に揺れて散っていく。


果南「……よし、行こう」


私は走り出す。

一人で──そう一人で、ね。





    *    *    *





────────
──────
────
──


私が教室の椅子に座ってぼんやり過ごしていると、突然目の前に、黒い制服姿の金髪美少女。


鞠莉「ねぇ、果南。今年のBirthdayは何する?」


珍しく鞠莉が自分から話し掛けてくる。

首から垂れる白いタイと冬服特有の長袖を見ながら、そういえばもうそんな時期かと思い至る。


果南「えー……普通でいいよ」

鞠莉「Usually... 船上パーティくらい?」

ダイヤ「何処の世界の普通ですか……せめて屋形船くらいでしょう」

果南「それがどこの世界の普通なのか、鞠莉とダイヤが近くに居るとおかしくなりそうだよ……」


自然とダイヤも会話に加わってきて、突拍子も無いことを言い出すから、頭が痛くなる。


果南「普通に女子中学生の誕生日でいいって……」

鞠莉「果南! あなたはそれでも日本人なのデースか?! 日本人といえば、お祭り大好き! 毎日がFestivalなくらいでもおかしくない国なのよ!」

果南「偏見だよ」

ダイヤ「偏見ですわ」


ダイヤと台詞が被る。まあ、偏見だし。


鞠莉「でも、果南のBirthdayでちゃんとしたPartyしたことないじゃない!」

果南「? 去年は鞠莉の家でパーティやった気がするけど……」

鞠莉「あれがParty!? 果南、それはちょっと感覚がおかしいわ!」

ダイヤ「……たぶん、鞠莉さんの方がおかしいと思いますけれど……」


全く、日本に来てからもうそこそこ経つのに、なんで日本人に対する偏見が鞠莉から消えないのか……。

いや、というか金持ち故の偏見だろうか。

船上パーティ──それはそれで楽しそうだなとは思うけど……やっぱりなんだかまだ子供の自分には分不相応な気がして気が引ける。

鞠莉やダイヤみたいなお嬢様だったら、多少は絵になるのかもしれないけど……


果南「とにかく、そんな奇とかてらわなくていいから」

鞠莉「キヲテラウ?」

ダイヤ「奇を衒う。変に普通と違うことをしなくてもいいとのことですよ」

鞠莉「……ふーん、ま、果南がその方がいいなら、それでいいけど」

果南「どうせ、誕生日なんて、来年も再来年もまたくるんだしさー……」

ダイヤ「……年寄り臭いですわよ」


──
────
──────
────────




果南「……そう、思ってたんだけどなぁ」


弁天島の社の前に腰を降ろして、ひとりごちる。

鞠莉が居ない誕生日なんて、何年振りだろうか。

小学生のときに転校してきたから、どんなにざっくり計算しても5年くらい前からは、誕生日には大体鞠莉が近くに居た。

時には鞠莉が家を抜け出して、実はホテルの方では大騒ぎだった、なんてこともあったっけ。


果南「……今考えてみると、鞠莉の部屋でパーティしてたのは脱走防止の為だったのかな」


──まあ、もはやそんな心配もいらないだろうけど。

決して社交的な性格とは言えないけど……主張が強い性格だし、留学先でもなんだかんだ元気にやっている……と思う。

誕生日だからかな。鞠莉とのエピソードばかり思い出してしまう。


果南「……私、寂しいのかな」


独り言には誰も答えてくれず、冬の空に溶けて消えていく。


果南「……私に寂しがる権利なんてないか」


だから、自分で答える。

半ば無理やり鞠莉の背中を押して留学させたのだ。

いろんなものを諦めて、終わりにして。

鞠莉と最後に交わした言葉はなんだったっけ……。


果南『──しつこい、もう何言われてもスクールアイドルはやらないから』


たぶんこんな感じだったと思う。


果南「……しょうがないよね」


だって、鞠莉は平気で自分の可能性を犠牲にしてしまう。

私みたいに思いつきで、頭空っぽで、とりあえずやってみればいいや、みたいな無責任な思いつきに対しても、平気で自分を犠牲にしてしまう。

だから、突き放したんだ。


果南「鞠莉は……もっと、高いところに居る人だから……」


急に風が吹き付けて、私の独り言は再び冬空へと攫われて消えていった。





    *    *    *





暗い。冷たい。そして、静かだ──。

1年前と同じ。今年もこの海は変わらない。

2月の海は水中での保温性の高いウェットスーツを着ていても、その冷たさを主張してくる。

落ち着く。冬の海だ。





    *    *    *





高校生になって2度目の冬──またしても冬は後半戦に突入しているけど。

最近はなんだか一人でいることが多い。

放課後とかは千歌が曜ちゃんと一緒に淡島まで回覧板を届けにくるけど。

それでも一人の時間が増えた気がする。

──ブーブー

そのときスマホが振動した。


果南「……誰だろ」


メールを開いて確認する。……ダイヤだった。

そこには簡潔に『果南さん、お誕生日おめでとう御座います。』とだけ


果南「律儀だなぁ……ダイヤらしいけど」


私も簡素に『ありがと』とだけ返信する。

気付けば、ダイヤとも余り喋らなくなった気がする。

ダイヤが生徒会に入ったからだろうか……。

──いや、本当はわかっている。

私はお気に入りのイルカのぬいぐるみを抱きしめて、天井を仰いだ。

なんだか何もかも、全部……“あのとき”に置いてきてしまったかのようで──


果南「……しょうがないじゃん」


私は一人、そう呟いた。





    *    *    *





暗い。冷たい。……そして、静かだ。

1年前も2年前も同じ、この海の中で漂いながら、そう思う。

2月の海は冷たくて、水中での保温性の高いウェットスーツを着ていても、その冷たさを主張してくる。

暗くて、冷たくて、ほとんど音の聴こえない、真冬の海の中。

──落ち着く。

程なくして、ゆっくりと海面へと登って行く。

ざばっと──水上に顔を出した、私の目に飛び込んできたのは、


鞠莉「……真冬なのに寒くないの?」


朝日を反射する、金色の髪と瞳。


果南「寒いけど……それがいいんだよ」

鞠莉「そういうもんなんだ……」

果南「そういうもんなんだよ」

鞠莉「……最後に潜っておくのも悪くないかも」


──最後。


果南「当分は潜る機会もなくなるだろうしね」


私たちはやっと、再び3人に戻ることが出来たのに、年度が明けるころには全員この内浦を去る。


鞠莉「果南」

果南「なに?」

鞠莉「今年のBirthday... どうする?」

果南「……普通でいいよ」

鞠莉「船上パーティ?」

果南「……普通がいいよ」

鞠莉「……そうね」


船上パーティには憧れるけど、今は普通でいい。

今はこの変わらないと思っていた時間を、抱きしめて居たいから。


果南「……鞠莉の部屋なら9人入るよね」

鞠莉「ええ、もちろん」





    *    *    *





「「「「「誕生日おめでとーう!!!」」」」」


揃った声が私を祝う。


果南「皆、ありがと」


私は簡素に返事をする。


千歌「主賓の果南ちゃん! 何か一言ありますか!?」

果南「え、いや、特に……」

善子「果南……貴方それでもリトルデーモンなの?」

梨子「逆に聴くけどリトルデーモンってそういうものなの……?」

花丸「とりあえず、マルからは世界の海の写真集を贈呈するずら♪」

果南「あ、この写真集欲しかったやつだ! ありがとう、マル」

曜「あ、あれ? プレゼントは後で……って、あー……ま、いっか。私からはダンベルを」

善子「誕生日にダンベルって……曜、貴方センスが」

果南「丁度新しいダンベル欲しかったんだよねー」

善子「……マジ?」

ルビィ「お誕生日プレゼントでダンベル贈る人、初めて見たかも……」

千歌「曜ちゃんは割と果南ちゃんに筋トレグッズ誕生日プレゼントにしたりしてるよ」

梨子「流石Aqoursのフィジカル担当二人……」

善子「花も恥らう女子高生がダンベルなんて……」

果南「そうかな? 案外筋トレ、やってみると楽しいよ?」

ルビィ「……ぴぎ……こ、これ……!!」

花丸「持ち上がらない……!! ずら……!!」

果南「ええ? そんな大袈裟な……」

曜「10kgの2個セットだからそんなに重くないと思うんだけど……」

梨子「いやいやいや、重いから」

善子「というか、曜はそんなもの持ってここまで来たの!? あんたたちは一体何になるつもりなのよ!」

果南・曜「「……スクールアイドル?」」

千歌「そこ揃うんだ……」





    *    *    *





ダイヤ「鞠莉さん」

鞠莉「ダイヤ? なに?」

ダイヤ「貴方は輪には入らないのですか」

鞠莉「んー……まあ、ちょっとね」

果南「何? ちょっとセンチメンタルにでも浸ってる?」


ベランダに出て、遠くを見つめながら話していた、鞠莉とダイヤに声を掛ける。


鞠莉「Sentimental... まあ、そうなのかも」

果南「……珍しく素直だね」

鞠莉「こんな時間も……もう終わるのかなって」

ダイヤ「……そう、ですわね……」


三人で空を仰ぐ。

冬の空は澄んでいて高い。


果南「昔はずーっと、続くんだと思ってたのにね」

ダイヤ「……けれど、どのようなことにも終わりは訪れます」

鞠莉「そんな当たり前のことに気付かなかったわたしたちは、子供だったのかなって……」

ダイヤ「逆に言うなら、それに気付くことが、大人になる、と言うことなのかもしれませんわよ?」

果南「あはは、そうかもね」


私の笑い声が、冬の空に溶けて消えていく。


鞠莉「いつでも言えるとか、いつでも出来るなんて……思うものじゃないわね」

ダイヤ「……そう思うのでしたら、今伝える言葉があるのではないですか?」

鞠莉「Yes.」


鞠莉とダイヤは二人して私に向き直って。


鞠莉「果南」
ダイヤ「果南さん」

鞠莉「Happy Birthday.」
ダイヤ「お誕生日、おめでとう御座います。」

鞠莉・ダイヤ「……」

鞠莉「いや、普通はここ合わせるでしょ?」

ダイヤ「合わせなかったのは、どう考えても其方だと思うのですが」

果南「二人とも」

鞠莉・ダイヤ「なに──」


私は二人を両の腕で抱き寄せた。


果南「ありがと……」


しっかりと、忘れないように。


鞠莉「果南……」

ダイヤ「果南さん……」


──ぎゅっと。


果南「……大丈夫、いつだって、心は繋がってるから」

鞠莉「……ええ」

ダイヤ「……はい」

果南「それにさ」

ダイヤ「?」

果南「最後まで揃わないくらいが私たちらしいよ」

鞠莉「あはは、確かにそうかも♪」

ダイヤ「うふふ……そうかもね」


二人は笑って、抱き返してくる。

──ぎゅっと。


果南「鞠莉、ダイヤ」

鞠莉「何?」

ダイヤ「なんですか」

果南「一度しか言わないからね。」


果南「──ずっと、一緒に居てくれて……ありがと」

鞠莉「ふふ……ずっと……ね……」

ダイヤ「……どういたしまして……」


ずっと、一緒に居てくれた──離れていても、心の中ではいつもお互いのことを考えていた。

事実と反していても、そんな私たちを一言で言い表すなら──これかなって。

鞠莉とダイヤの温度が伝わってくる。

忘れないように、またしっかりと抱き寄せて──。


千歌「あー! 果南ちゃんたちが抜け駆けでハグ会してる!」

梨子「ハグ会って何……?」

善子「堕天使ヨハネを無視するとはいい度胸ね……」

花丸「善子ちゃんは割と無視されてるずら」

善子「なんてこと言うのよ!? って言うか、ヨハネ!!」

ルビィ「……お姉ちゃん!」

千歌「ルビィ選手! 突撃しました! チカも突撃だー!」

善子「っく……乗るしかない、このビッグウェーブに!!」

花丸「あ、じゃあマルも!」


ルビィを皮切りに、千歌が善子ちゃんがマルが、まるで押し競饅頭でもするかのように、抱きついてくる。


曜「もう、収集つかないね……」

梨子「でも、私たちらしくて、いいんじゃない?」



そう言って、曜ちゃんと梨子ちゃんも抱きついてくる。

広い部屋なのに、何で全員ベランダに集まってるんだか……。

狭いスペースで9人がわちゃわちゃと騒ぐ。


ダイヤ「あ、あまり暴れないでください! 落ちてしまいますわ!」

善子「いた! ちょ、誰か足踏んだでしょ!」

ルビィ「ぴぎっ く、苦しいよぉっ あんま押さないでぇ」

鞠莉「ルビィはイチバンヤリだったもんね~」

花丸「ルビィちゃん!? 今助けるずら~!」

曜「わわ、花丸ちゃん!? こっちもう足の踏み場ないって!」

千歌「よーっし!! チカも負けてられないぞー!!」

梨子「ち、千歌ちゃん! ホントに落ちちゃうから!」


……でも──


果南「いいよ! 皆まとめて──ハグ、しよっ!」


Aqoursが、この9人で、よかったな。

なんとなく、そう思った。


2月10日──私、松浦果南の誕生日──当たり前に祝われていたと思ったら、突然出来なくなって。そしてまた突然当たり前に祝われて。

出来たり、出来なかったり、伝えられたり、伝えられなかったり。人生ってそういうことの積み重ねなのかな? なんて柄にもなく思ってみたりもして。

これからも広いこの空の下、離れ離れになったその先で、出来たり、出来なかったりを繰り返して、また少しずつ大人になっていくんだと思う。

時間は決して巻き戻ったりしないから。だから、今を精一杯、笑って、伝えて、楽しむんだよね。……鞠莉、ダイヤ、皆──大好きだよ。





<終>

終わりです。

お目汚し失礼しました。


改めて、果南ちゃん誕生日おめでとう!

また何か書きたくなったら来ます。よしなに。


こちら過去作です。よろしければ。


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