カチューシャ「は? 私の赤ちゃんがほしい……?」
カチューシャ「貴方と私の……?」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「ばっ……バッカじゃないの!? なぁにが赤ちゃんよクッダラナイ!!」
カチューシャ「子供なんて作ったってね、メンドクサイだけじゃない! わがままだし、うるさいし、生意気だしっ……」
カチューシャ「だいたい、カチューシャには子育てなんかしてる暇は無いの!」
カチューシャ「カチューシャには大シベリア平原にも収まらないくらいのでっーかい野望があるんだから! 子守りなんか、やってられないわっ」
カチューシャ「分かった!? 分かったら二度とそんなくだらない事…………な、何よ、何、残念そうな顔してんのよ……あ、あんたがバカなことを言うからいけないんでしょ……?」
カチューシャ「……何落ち込んでんのよ……」
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カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。わる、かったわよ……」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……わ……私だって、ほんとは……」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……っ」
カチューシャ「でも、自信、ない……」
カチューシャ「カチューシャのこんな小さな体で、こんな窮屈なおなかの中で、赤ちゃん、きっと狭くて嫌だって泣いてしまうもの。十分な栄養を分けてあげられるかだって分からない。胸だってだってこんなに、小さいのに……元気に産み育ててあげられる自信、ない……」
カチューシャ「っ!! きっと大丈夫だなんて、無責任な気休めはやめてよ!! 自分で産むわけじゃないくせに! カチューシャは……私は、お母さんにはなれない人間なのよ……」
カチューシャ「……え? な、何、これ……お医者様との、相談の、メモ? それに難しそうな医学書がこんなに……」
カチューシャ「……調べて、くれたの? こんなに、いっぱいいっぱい母体の勉強をしてくれたの……?」
カチューシャ「え……ほん、と? 本当にお医者様が? 可能性は十分にあるって、そう言ってるの?」
カチューシャ「私より身体の小さな女の人だって、ちゃんと赤ちゃんを……」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……っ」
カチューシャ「こ、コソコソかってなことしてんじゃないわよっ、私に隠れて、私に黙って、こんなっ……こんな……」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……。」
カチューシャ「……ありがとう……」
カチューシャ「!? ちょ、んむっ……ぷはっ……は、早とちりんするんじゃないわよ!? まだ産むって決めたわけじゃないんだから!」
カチューシャ「でも、と、とりあえず……病院の予約、いれてよ。……次は、私も一緒に……相談受けに行くし……」
カチューシャ「……っ、もーっ、頭なでるな!」
カチューシャ「い、いーこと!?、二度とこそこそこんな真似しないで! もしもまたこんなことしたら……しゅくせーしてやるんだから!!!」
ニーナ「へぇぁっ!? 子っこ!?」
ニーナ「こ、子っこ……ほぁぁ……子っこ……」
ニーナ「うー、あー、う、うれしかべぇ……んだげど、ほんとに良がっぺか? わぁみたいな、ちんちくりんな娘っこ嫁にして……おまさ、よがべか……?」
ニーナ「っ、ちょ、まてぇし! アホぉっ! お前ぁは、またそんなどぼげだ事言って! 歯ぁが浮くべ……」
ニーナ「もー……」
ニーナ「……。」
ニーナ「……。」
ニーナ「……。」
ニーナ「……んだけど、えへへ、嬉しかよぁ。私と赤んぼさ、欲してもらえるなべ……おっかさもおっとさぁも、孫ができたし、よろこんでもらえっべかなぁ……」
ニーナ「はぁー、わたすもとうとう、おっかぁに……」
ニーナ「……。」
ニーナ「……。」
ニーナ「……。」
ニーナ「……あ、いげねぇ!」
ニーナ「大事なこと忘れとったべなぁ……あぁ、どうすっべかなぁ」
ニーナ「あ、んにゃ、こっちの話というか……いんや、おまぁにも関係あるか……うーん」
ニーナ「……ええい、うなっててもはじまらね! ちょっとだけ、待ってくれぇ! 確認だけすっがら!」
ニーナ「ちゃんと後で説明すっから、ちょっと、ちょっとだけ、待っでてなぁ!」
ニーナ「……えっとぉ、アリーナの携帯番号は……あった……(ぷるるる、ぷるるる)、アリーナぁ、でてくんろぉ、頼むから電話にでてくれなぁ」
ニーナ「……あっ、アリーナけ! ちょっと、大事な話があって、うん、急ぎだべ」
ニーナ「実は——かくかくしかじかで——んにゃ嘘じゃね! ほんとだべ! 今も目の前におるべし!」
ニーナ「そういうわけで……どうじゃろか……うん、うん……ほんとけ!?」
ニーナ「そっか! あぁ、よかったぁ! じゃあこん人には私からよぉーっく聞かせて説明しとくべ! うん、うん! じゃあ、今夜三人でまたー!」
ニーナ「……こほん、えっと……じゃあ説明するべ……」
ニーナ「……あー……」
ニーナ「……私とアリーナは、生まれも育ちも同じ町なんだべ。津軽の北の方の古い町だべ。んで……古い町には古い町なりの伝統があって……
ニーナ「私とアリーナはな、『隣組』いう間柄で、子っこのときからずーっと一緒に育てられてきたんだべ。んで……それはまぁ、これからもそーいうわけで……うー、あー……、……えっと……」
ニーナ「……っ、あーもー! らちがあかんべし、担当直入にいうど!!」
ニーナ「アリーナにも、どーか、おまぁの子っこ産ませてやってくれぇ!!!」
ニーナ「び、びっくりするのは当たり前だべ! でも、そういうものだと思って! 私からもお願いだべ! どーか! アリーナも良いと言ってるだべ……!」
クラーラ「え、Ребенок(レベノク)……赤ちゃん……?」
クラーラ「……」
クラーラ「……っ」
クラーラ「貴方は、シャイなくせに、急に積極的にならないでください、困ってしまいます……」
クラーラ「……はっ! ま、まさか、これが、特攻ダマシーデスカ? 大和ダマシーデスカっ! もうっ、お父様の言った通りデス……お父様はいつも言っていました、『日露戦争』で味わされた屈辱を忘れるな。やつらを見くびるな、と……もう……」
クラーラ「急に、赤ちゃんが欲しいなんて……え? 急じゃない? ずっと前から……?」
クラーラ「……っ」
クラーラ「確かに私だって、その気がなければ、貴方とそういうことをしたりは……」
クラーラ「……っ、と、とにかく、これは卑怯です! 不意打ちです! トーゴーアタックです!」
クラーラ「ものにはセオリーと順序があリマスっ。いろいろ考えなきゃいけないこと、たくさんあリマス! まずは……」
クラーラ「……まずは……」
クラーラ「まずは……」
クラーラ「……」
クラーラ「……」
クラーラ「……」
クラーラ「……貴方は嫌がるかもしれないけど……」
クラーラ「一緒に、ノヴォシビルスクへ来てほしいのデス お父様やお母様にご挨拶を。それに親戚のおば様達にも」
クラーラ「私達の国は、家は、とても血族の結びつきが強いです。私は、いずれは故郷に骨をうずめなくては……当然、あなたにも……」
クラーラ「私と赤ちゃんをつくるということは、そういう事デス……この国の人には、理解しづらいかと思って、ずっと言えませんでした……」
クラーラ「……」
クラーラ「……へ?」
クラーラ「ら、来週? チケットをとってあるから挨拶にいく? ほ、ほんとですか? え?え? ロシア語の勉強もずっと前からしている? 何だったらロシアに移住してもいい……?」
クラーラ「……」
クラーラ「……」
クラーラ「……」
クラーラ「……し、信じがたいでス! 貴方はそれでいいんデスか!? 祖国をそんなにあっさりと! 貴方がたはオクニのためにハラキリするのではないのですか! もうっ、……日本の人は理解できません……!」
クラーラ「でも……」
クラーラ「……私はいまとてもうれしいです……」
クラーラ「……ハッ! 私はしてやられたのですか? これがニッポンの誇る捨て身のバンザイアタックなのですか!?」
クラーラ「まいってしまいました……こんな向こう見ずなアタックをされたら……私にはとても、防ぐことができません…… なんて無謀で、恐ろしい攻撃なのでしょう!」
クラーラ「……この屈辱は、きっといつか晴らさせてもらいます……それまでちゃんと、一緒にいてもらいますからね……」
ノンナ「赤ちゃん、ですか」
ノンナ「……」
ノンナ「……実は私も、そろそろ良い時期かなと、思っているんです」
ノンナ「はい、本当ですよ。だから……うれしいです」
ノンナ「……ただ、一つだけ、思うところがあって……」
ノンナ「……」
ノンナ「……え?」
ノンナ「は、はい、そうです、カチューシャのことです」
ノンナ「……ふふ、見透かされているのですね」
ノンナ「でも、悪い気分はしませんよ。貴方は私を理解してくれているのだなって、少し、嬉しかった」
ノンナ「けれど、だからこそ、私の考えていることを打ち明けた時、あなたに呆れられてしまったらどうしようと、それが恐ろしくて……」
ノンナ「……でも、きちんと、お話しします……」
ノンナ「カチューシャもきっと今頃、彼女の旦那様と、大切な話し合いをしているはずですから……」
ノンナ「……」
ノンナ「……っ」
ノンナ「……」
ノンナ「私……子供は、カチューシャと一緒に産みたいのです……」
ノンナ「カチューシャと二人、同じ時期に妊娠をして、同じ病院に通院して、お互いの不安を打ち明け合って……お互いの体の変化を、二人でともに見つめ合いたい……」
ノンナ「そうして、もし奇跡が起こったなら——カチューシャと同じ日に破水をして、同じ病院の同じ分娩室で、一緒に出産の時を迎えたい……産まれた赤子を、二人で一緒に抱き合いたいんです……」
ノンナ「ですが、カチューシャは今、とても悩んでいます。自分は本当に母親になれるのだろうか、と」
ノンナ「だから、カチューシャが決断を下すまで、私たちももう少し、子供は待ちたいのです。カチューシャはいつかかならず決心をします。だから、それまで……」
ノンナ「……分かって、もらえますか……?」
ノンナ「……」
ノンナ「……!!」
ノンナ「ありがとうございます。貴方と出会えて、本当によかった……っ」
ノンナ「……あの、もう一つだけ、あなたに相談をしたいことが」
ノンナ「貴方も知っている通り、カチューシャは体とても小さいのです。……本当に母親になることが可能なのか、彼女自身が不安に思うほどに……」
ノンナ「彼女がいかに勇敢な決断を下したとしても、もし、現実が彼女の勇気を拒んだときは……」
ノンナ「その、時は」
ノンナ「……その、時は……」
ノンナ「……」
ノンナ「……」
ノンナ「……」
ノンナ「……わ、私たちでたくさん子供を産んで、、どうかそのうちの一人を、カチューシャに……!」
ノンナ「……っ」
ノンナ「……」
ノンナ「……そう、ですよね。簡単に決めてよいことではありませんね……」
ノンナ「それに、カチューシャにだって相談はしていないのです。すべて、私が勝手に考えていることです。……彼女には、言わないでください。どうか、お願いです」
ノンナ「ともあれ今は、カチューシャの決断を待ちたいのです。だから、それまで、私たちも子供を待ってもらえますか?」
ノンナ「勝手なことばかりをいって、申し訳ないと思っています……」
ノンナ「……」
ノンナ「……」
ノンナ「……あ……」
ノンナ「……ありがとう、あなたがこうして私を抱いて支えてくれる。私は……本当に幸せです……」
ノンナ「……ん? 携帯が鳴っていますね? 誰でしょう」
ノンナ「……あ、カチューシャ……?」
ノンナ「はい、もしもし?」
ノンナ「……」
ノンナ「……!! 本当、ですか……っ」
ノンナ「……はい! はい! ……同志カチューシャ、やはりあなたは————誰よりも勇敢で誰よりも偉大な人……!!」
ノンナ「ええ、私もさっそく……! では、健闘を祈ります!」
ノンナ「——……ふぅ……」
ノンナ「……」
ノンナ「……っ」
ノンナ「……~~~っ」
ノンナ「あのっ、先ほど貴方に、もう少し待ってと言いましたが……あれは取り消しですっ!」
ノンナ「さぁ! 私たちも赤ちゃんを作らなくてはっ——————!!」
アキ「ふぇ!? あ、赤ちゃん!?」
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