リヴァイ「束の間の」(12)



ガタガタと廊下の窓が震えた。
外はどうやら風が強いらしい。窓の隙間から入る冷気が静かな兵舎内を冷やしていた。

そんな冷たい風が吹く外から振り下ろされる槌の音がする。
あれを「地獄の処刑人」と名付けたのはハンジだったか。そう思い、リヴァイは窓から見える壁に目を向けた。

巨人を掃討する為に作られた通称「地獄の処刑人」。エレンの硬質化能力で生み出されたそれらは幾つも壁に設置された。
その威力はすさまじく、来年の春か夏頃には壁の外にいる巨人共を消し去ってしまえるかもしれない。
調査兵士が幾人か掛かりで一体の巨人に向かい、犠牲を出して殺していた。それが今では……。

余計な感傷を振り払うかのようにリヴァイは軽く頭を振ると書類仕事をこなすために長い廊下を歩いていった。



後ろにある窓が風で揺すられる中、机に向かうハンジは頭を掻き毟りながら書類仕事をこなしている。ここ暫く調査兵団は忙しい。
それはそうだろう。ほとんどの調査兵は亡くなり、残っているのは幹部が2名と新兵が7名だ。それだけの人数、しかもほとんどが新兵という状況で職務をこなさなければならない。

業務は滞るばかりで遅々として進まない。そんな状況が始めの頃は続いた。駐屯兵団や憲兵団から応援を寄越されもしたが全てを賄うのはさすがに無理がある。幹部2人への負担は大きかった。
このところようやく新兵達が仕事を覚え、役に立つようになり少しは落ち着いた。

余裕が少し出来たからだろうか。何やら部下の様子がおかしいとハンジは思った。
そわそわとし、ちらちらとリヴァイや自分を見やる。しかし話しかけてはこない。業務の事だろうかと考えるがそれらはちゃんと聞きに来るので恐らく違うのだろう。
業務以外の事を聞きたいのかそわそわそわそわ。口を開きかけてはやっぱりまずいかというように口を閉ざす。

忙しかったので放置していたがさすがにそろそろ訊ねた方が良いのだろうか? とハンジは軽く首を捻った。
自分達が忙しいと知っている為何か聞きあぐねているのだろう。このままではずっとそのそわそわを見せつけられることになってしまう。


そろそろそのそわそわを解消してもいい頃か。最近はだいぶ楽になったしな、と考えていると扉を叩く音がした。
入室の許可を出すとそっと扉が開かれた。


「失礼します。あの、ハンジ団長」

「なんだい? ジャン」


入ってきたのは生き残った新兵の一人ジャンだ。恐る恐るといった体でハンジに話しかけてきた。
ジャンの後ろのまだ閉じられていない扉の隙間は満員御礼の様子。何かで負けてジャンが聞く係にでもなったのだろうか。
少々微笑ましく思いながら笑顔でジャンと向きあった。


「その……」


―――― その時出されたジャン達の提案に、ハンジは面白がりながら乗っかった。ジャン達は一抹の不安を覚えながらもハンジの協力の申し出に感謝を述べた。



ドアの外の気配が騒がしい。
実際は物音などほとんどしていないがリヴァイはそう感じた。

1、2、3……7……いや8人か?

気配の数を数えてみればそこにいる連中が誰かすぐにわかった。団長まで何をしてやがるのかとリヴァイは少し呆れた。

そっと扉に近づき、いきなり開いてみると雪崩のようにひよっこ共が流れ込んできた。
予測できたことだが埃が大きく舞う。馬鹿なことをしたとリヴァイは舌を打った。


「いきなり開けるなんて酷いねぇ」


一人扉から離れて様子を窺っていたらしいハンジが肩をすくめながら揶揄る。


「扉にへばりついている方が悪い。何の用だ」

「この子たちがそろそろ夕飯を食べないのかってリヴァイを呼びに来たんだよ。たまに遅く来ることがあるだろ? 心配だったみたいだよ」


それだけの為に全員で来るのか? と疑問を持ったが倒れて重なっている部下を見やり「そうか」と言って彼らを跨いで食堂へと向かった。そこを掃除しておけと言い残して。



いつもの食堂でいつものように食事をする。違うのは喧騒だ。食事時にくればガヤガヤと騒がしく笑い声も響いていた。
今はそれがない。変わりに聞こえるのは槌が地へ落ちる音。そろそろそれも途絶えるはずだ。あの槌の仕事は朝から夕までと決まっている。

掃除を終えたのか終えていないのかわからないが存外早く部下達が戻ってきた。各々何故か食事も摂らず、そわそわとこちらの様子を窺っている。
リヴァイは奇妙に思ったが部下達の近くでにやにやとしているハンジが目に入り、見ぬふりをすることにした。

リヴァイが最後の一匙のスープを口に入れると遠巻きにしていた部下達が慌ただしく席を立った。
何事だろうかと思っていると、


「す、すいません! そこで少々お待ちいただけるでしょうか!?」


両手を胸のあたりで広げ、その場で待機するようジャンに言われる。よくはわからないが一先ず従うことにする。
何やら必死でリヴァイを引きとめる役を担っているらしい。この寒いのにジャンの額からは汗が浮かんでいる。

その状態のままちらりと厨房を見て、またリヴァイに視線を戻し、すぐに逸らす。それを幾度繰り返しただろうか。
ふわりと良い香りが鼻を掠めた。



「お待たせしました!」

「遅ぇよ!」


サシャが厨房から出てくると必死だったジャンが叫ぶように声を裏返しながら返事をした。


「ジャンに言ってません」

「俺も待ってたんだよ! なんで俺一人だ! みんなで行くこたねぇだろ!!」

「うるせぇぞ、ジャン」

「負けたのはジャンだろ」



サシャの後から出てきたコニーとフロックが畳みかける。何かで負けたジャンがリヴァイを引きとめる役を請け負っていたようだ。


「なんで俺ばっかり……ハンジさ、団長に日にちを確認しに行くのも俺だったのに……」


どうやら負けてばかりらしい。災難だなとリヴァイは少々ジャンに同情した。


「どうぞ、リヴァイ兵長」


満面の笑みでサシャがリヴァイの前にカップを置いた。
そこには紅茶がそそがれていた。



「これも……どうぞ」


いつの間にかひっそりとやってきたミカサがケーキをリヴァイの前に置いた。
それをサシャが今にもよだれを垂らしそうにしながら見ている。ミカサはそんなサシャを真顔で見つめ手を出さぬよう威嚇しているように見えた。


「ごめんよ、ジャン。一人にしちゃって。紅茶は僕が淹れてたものだから」

「アルミンはそれが役目だろ。あとサシャとミカサも役割が決まってたし。その他の連中だ!」

「わりっ。俺ケーキ見たかったし」


ジャンの文句にコニーはそう返す。ジャンはコニーに言っても無駄かと残り二人を睨むが……フロックは気まずい思いがあるのだろうし、エレンは……。



「ケーキか。子供の頃以来かもしれねぇな」

「カルラおばさんが作ってくれたこともある」

「ああ、あったねぇ。僕も食べたことあるよ」

「エレン! てめぇはここに残ってろよ!!」


気を遣おうとしたところに楽しげに会話を繰り広げる幼馴染三人を見てジャンは怒鳴った。


「いきなりなんだよ。ジャンの役目だろ」

「そうだが全員厨房に行く必要もねぇだろうが!」


ぎゃあぎゃあとエレンとジャンが騒ぐ様子を見てハンジは腹を抱えて大笑いをしている。
騒がしい、とリヴァイは思った。



「今日はリヴァイ兵長の……じゅるり、誕生日と聞いて、じゅるっですね」


時折よだれをすするように説明をし始めたサシャをリヴァイは眉間にシワを寄せて見やる。傍から見れば睨みつけているように、というか睨みつけている。


「サシャ、ケーキは私達の分も用意してある。落ち着いて」


サシャの様子にさすがに止めなければと思ったのかミカサが間に入ってきた。
ハンジは相変わらず笑い転げている。


「えっと、大きく祝うのは嫌かもしれないと思ったのでせめて紅茶とケーキをと思いまして用意しました。ケーキ、大丈夫でしたか?」

「……ああ、問題無い」


見かねたアルミンが変わって説明をする。それでようやくリヴァイはどういうことなのか知ることができた。
このところそわそわとしていたのもいきなり夕飯だと呼びに来たのもこの為だったのかと。



「良かったです。リヴァイ兵長、お誕生日おめでとうございます」

「おめでとうございます! 兵長!」


アルミンを皮切りにサシャが後を追い、皆が口々に祝いの言葉を述べた。
ハンジは少し遠巻きに口許を綻ばせながらそれを眺めていた。


「ああ……ありがとう」


無表情に見えるがリヴァイは本当に有難く思い、礼を返した。
その辺りでサシャの限界が近づいたので皆にもケーキと紅茶が配られ、食堂は少しばかり騒がしく、暖かくなった。

結露で曇った窓からは白い雪がちらほらと落ちる様子がぼやけて見える。
食堂の喧騒を背に、薄ぼんやりとしたその雪を眺めながらリヴァイは紅茶を口にした。



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