黒井「夜空に惑う星」 (34)

ー 961プロ 社長室 ー


バタンッ


黒井「……くそっ」ドサッ

黒井「局の狸ジジイめ、何も分かっておらん! ジュピターがどれだけの逸材かということを!」

黒井「何が『芋茎は食えるが家柄は食えぬ』だ! 昔散々恩を売ったのを忘れおって!」

秘書「…………」

黒井「……なんだ。何か言いたいことがあるのか?」

秘書「……いえ」




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黒井「彼らはどうしている?」

秘書「今日は社長の指示通りダンスレッスンとボーカルレッスンを受け、お三方共に上々の成果を上げられたようです。今はもうご帰宅なされたかと」

黒井「何よりだ。本当ならば私が直々に様子を見に行きたいところなのだが……まあ、今は仕方あるまい」

秘書「プロデューサーを雇うべきでは?」

黒井「馬鹿め。どこの馬の骨とも分からん奴に大切なアイドルを任せられるか。私は私しか信用しないのだ」

秘書「しかし、かの765プロは優秀なプロデューサーを雇っていると聞きます。IU(アイドル・アルティメイト)制覇を成し遂げたのも彼の手腕によるところだったとすれば……」

黒井「黙れ」

秘書「…………言葉が過ぎました」



黒井「いいか。誰かに頼るのは力無き者のすることだ。自らの力で勝つことにこそ意味がある」

秘書「勉強になります」

秘書「そういえば、社長宛てに手紙が届いておりますが」

黒井「手紙……? 誰からだ?」

秘書「ええと…………四条貴音、という方からのようですね」

黒井「…………」



秘書「失礼ですが、名前からして女性のように見受けられます。社長とどのようなご関係で?」

黒井「お前が知る必要はない。外せ」

秘書「…………」

秘書「……私は961プロへ来てまだ日が浅いですが、『プロジェクト・フェアリー』という名前は存じております。三人からなるアイドルユニットで、その内の一人の名前が確か……」

黒井「いいから外せ」

秘書「……失礼致します」


バタン




黒井(新しく秘書を雇ったはいいが、まったくもって不気味な奴だ)

黒井(しかし、あれで仕事は出来る)

黒井(フン、人格などはこの際目を瞑る。実力さえあれば良いのだ)

黒井(そうだ。今はとにかくやれることをやって961プロの力を取り戻すのが先決だ)


黒井「…………」スッ

ピラッ


『黒井崇男様』


黒井(……相変わらず達筆だな、貴音ちゃん)



北国から紅葉の便りが届く錦秋の季節となりましたが、お元気で過ごされていますでしょうか。

その節は黒井殿には大変お世話になりました。

あれから謝罪の言葉を述べる機会を逸したまま袂を分かつこととなってしまった為、今こうして筆を執っている次第でございます。




黒井「……フフ、響ちゃんや美希ちゃんとは違って堅苦しいところは今も変わらんのだな」



先ずは、先日のわたくしの不甲斐なさをどうかお許し下さい。

黒井殿から沢山の指導、教育を受け、それをしっかりと胸に刻み込み、あの日わたくしは勝利を掴む為にあいどる・あるてぃめいとへと臨みました。

ですが、結果は貴方も良くご存知の通り、わたくしは貴方の期待には応えることが出来ませんでした。




黒井「…………」

黒井「貴音ちゃんが負ける姿は、はっきり言って想像がつかなかったよ」



敗因は、己の心の弱さから来るものでした。

黒井殿から与えられたもの、託されたもの。

そしてわたくし自身があいどるとして戦うべき理由。

その全ての重圧に、心が耐えきれなくなってしまったのです。

心に出来た隙は、あっという間にわたくしを飲み込みました。

まるで自分の身体ではないかの様に手足が動かなくなり、自分がすべき事も分からなくなり、わたくしの視界は闇に閉ざされました。




黒井「…………」



黒井殿にも見限られ、この世界でわたくしが頼れるものは無くなってしまいました。

もう、わたくしがあいどるとして出来ることなど無いのではないか。

自分の国へ帰るしかないのではないか。

そう思っていた時、765ぷろの方々から声を掛けて頂いたのです。

『共に歩もう』と。





黒井「…………フン」グビッ



散々目を掛けて頂きながら、敵対関係にある事務所に所属するわたくしを、どうかお許しください。

わたくしは思い出したのです。己の宿命を。

幾多の民の期待を背負っているのだということを。

ここで諦めてしまう訳にはまいりません。

民の皆を導く光となれるよう、これからもあいどるとして精進していくと改めて心に誓いました。




黒井「……そうだったな。君は重要な使命を持っているのだったな」

黒井「だからこそ君は私の手で輝かせたかったのだが……」



話は変わりますが、わたくしは最近知ったとあるものに心を奪われております。

それは、らあめんと呼ばれる料理です。

765ぷろのぷろでゅうさぁから教えて頂いたのですが、初めて味わった時はまこと、目から鱗の落ちる思いでした。

このように美味な食べ物がこの世界には存在していたのか、と。

961ぷろにいた頃に食した高級料理もとても美味しゅうございましたが、やはりわたくしの中ではらあめんが別格の存在になっております。

機会があれば、いつか黒井殿と共にらあめんを食べに行きたい、と思うのです。

どうかお考えくださいませ。





黒井「な、なんたることだ……! 三流プロのプロデューサーめ、高貴な貴音ちゃんになんて俗なものを食べさせているのだ!」

黒井「ああ、私の貴音ちゃんに妙なイメージが……!」

黒井「ぐぬぬ……やはり765プロは私の敵だ!」



とりとめの無いことを書いてしまいましたが、貴方に対するわたくしの気持ちをご理解頂ければ幸いです。

あまり長々と書くのも風情に欠けるので、このあたりで失礼しようかと思います。

それでは、お体に気をつけて。

黒井殿のご活躍をひっそりと願っております。




黒井「…………」グビッ

黒井「…………」

黒井「…………!」

黒井「…………おい」



ガチャ



秘書「……お呼びでしょうか?」



黒井「明日の予定はどうなっている?」

秘書「は。明日は朝からTV局へ営業が三件、午後からは作曲家の方へ挨拶、その後株主総会となっております」

黒井「夜の予定はキャンセルしろ」

秘書「しかし、社長が株主総会に出席しないというのは……」

黒井「言い訳ならば私がする。いいからキャンセルするのだ」

黒井「老いぼれ共の相手よりも数百倍重要な用事が出来てしまったからな」

秘書「……?」


ー 翌日、都内某所 ー



キキィッ

黒井「ここまでで構わん。あとは一人で行く」

秘書「この先は獣道、社長お一人では危険です」

黒井「大丈夫だ、問題ない。この辺りは昔よく散策した。それに、今日の用事だけはどうしても外すことができんのだ」

黒井「お前は先に戻っていろ」

秘書「し、しかし」

バタンッ





追伸


満月の頃に、貴方と初めて出会った場所でお待ちしております。




ガサガサッ

黒井「…………」

黒井「ここへ来るのは何時ぶりだったか」

黒井「そうか。考えてみればもう一年半になるのだな」

黒井「貴音ちゃん……」

スタスタ



「……ここへ来るのは何時ぶりでしょうか」

「以前訪れたのは確か……あの方と初めてお会いした日ですから、もう一年と半分になるのですね」






黒井「はぁ、はぁ……」

黒井「……待たせたかね?」

黒井「…………貴音ちゃん」



貴音「…………いえ」ニコッ



貴音「この様な辺鄙な場所ですが、貴方ならば来てくださると信じておりました」

黒井「こう見えて私はフェミニストでね。女性との約束は破った試しがないのだよ」

貴音「ふふっ、そうでしたね」

黒井「…………」

貴音「…………」

黒井「相変わらず美しいな、君は」

貴音「ありがとうございます。お世辞でも嬉しゅうございます」

貴音「黒井殿は……少し痩せましたか? お仕事が忙しいのでしょうか」

黒井「フン、君が気にすることじゃない」



黒井「何故私をここへ呼んだのだ?」

貴音「それは……手紙では言えなかった感謝の言葉をお伝えするためです」

黒井「感謝? 恨まれるなら分かるが、感謝されることなど私はした覚えが無いが?」

黒井「私は……」

黒井「私は自らの目的のために君を利用した。あまつさえ用が無くなると君をゴミのように投げ捨てた」

黒井「それを感謝だと? 765プロは頭のおかしい集団だと思っていたが、まさか君までおかしくなってしまったのか?」

貴音「…………」

貴音「黒井殿、貴方はわたくしにこの世界での生き方を教えてくださいました。あいどるとして生きることを教えてくださいました」

貴音「もちろん、黒井殿に見限られた時は絶望が心を支配しました。ですがそれは貴方にしてみれば当然のこと。わたくしは結果を出せなかったのですから」

貴音「どの様な別れ方をしたにせよ、わたくしの今があるのは黒井殿のおかげだと、そう思えるのです。本当に感謝しております」

黒井「…………」



黒井「……今があるのは、か」


キラキラ


黒井「東京だというのに、ここは相変わらず星が良く見えるな」

貴音「……ええ。満月に寄り添う星々が、まるで己の存在を主張するように輝いております」

黒井「…………」

貴音「…………」

黒井「そういえば、あの日も満月だったな……」



ーーーーーー
ーーー


「……ううっ、ぐすっ……」


黒井「……ん? 君、こんな山の中でどうしたのだね?」

「!? く、曲者っ!」

黒井「ま、待ちたまえ! 私は決して怪しい者ではないぞ! いぬ美ちゃんが逃げてしまったので響ちゃんと手分けして探している最中で!」

黒井「い、いや、こんなことを言っても君には理解できるはずもないか」

黒井「こういう場合はどうするのが良いのだ? と、とにかく落ち着きたまえよ! 私は不審者ではないからな!」

「…………」



「…………ふふっ」ニコッ

黒井「な、何がおかしい?」

「いえ、申し訳ありません。慌てる貴方を見ていたら何やら気持ちが落ち着いてきました」

「貴方は心優しき方なのですね」

黒井「ま、まあ……落ち着いたなら何よりだ」

黒井「失礼だが、先ほど君が泣いているように見えたのだが……どこか怪我でもしたのかね?」

「お心遣い、ありがとうございます。怪我をしたわけではありません」

「ただ、征くべき道を見失ってしまい途方に暮れていただけですので」

黒井「迷子というわけか。ならばまずは家族に連絡を取るべきだな」

「…………」



「わたくしの家族は……遠い場所におります」

黒井「そうか、君ひとりで上京してきたのか。住所を教えてくれれば車で送るが」

「……あの、初対面でこのようなこと、まこと申し上げにくいのですが……」

黒井「ん? ああ、いや! 住所を教えろというのは近くまで送ろうという意味であって、決して妙なことを考えているわけではないぞ!?」

「いえ、そうではなくて」

「この世界で人々を照らす輝きとなる方法を、貴方はご存知ですか?」

黒井「……は? 輝き?」

「故あって、わたくしは民を導く光とならねばならないのです」

黒井「…………ほう?」



黒井「事情はよく分からんが、人々を導く光となりたいのならば心当たりがある」

黒井「君にはとてつもないカリスマを感じる。高木じゃないが、第六感というヤツにピンと来たぞ」

「はて……?」

黒井「おっと失礼、私としたことがまだ名乗っていなかったな。私は芸能プロダクション961プロの社長、黒井崇男だ」

黒井「君の名前を訊いても?」

「……四条貴音と申します」

黒井「貴音ちゃん。私と共に来れば君のその願いもきっと叶うだろう」

黒井「君のような存在こそ、トップアイドルという称号が相応しい!」

貴音「とっぷあいどる……。分かりました。宜しくお願い致します、黒井殿。わたくしをどうか導いてくださいませ」


ーーー
ーーーーーー


貴音「……それから、わたくしの新たな生活が始まりました。あいどる活動は時に辛くもありましたが、充実した日々でした」

黒井「最初は私も戸惑ったものだ。なにせ君には基本的な常識というものが備わっていなかったようだったからな」

黒井「……っと、失言だったな、すまない」

貴音「いえ、良いのです。わたくしのいた世界がこの世界と大きく違う、というのは紛れもない事実ですから」

黒井「……高木は、765プロは君のその辺りのことを理解しているのかね?」

貴音「…………」

貴音「まだ、話せておりません。話せる時が来るのかどうかも」

貴音「ですが高木殿は勘の鋭いお方です。いずれその機会は訪れるのやもしれません」

黒井「フン、昔から直感だけは当たるヤツだったからな。まあ、高木が頼りないのならば私のところへーー」

貴音「黒井殿」

黒井「……そうだな。私は君を見限り、君は私を見限った。今さらもう交わることもないだろう」

貴音「…………申し訳ございません」ペコリ

黒井「頭を上げたまえ。君は私に感謝の言葉を伝えに来たのではなかったのかね?」

貴音「そう……でしたね。ふふっ、わたくしとしたことが」



貴音「僭越ながら、ひとつ申し上げても宜しいでしょうか?」

黒井「……聞こう」

貴音「貴方は先ほど仰いましたね。高木殿は直感の優れた方だと」

貴音「それは、そのままそっくり貴方にも言える言葉だとわたくしは考えます」

貴音「何故ならば、響や美希、そしてわたくしをあいどるとして見染めてくださったのは、他ならぬ貴方だからです」

黒井「……!」

貴音「どうか、ご自分の目を信じてください。黒井殿の目に止まった者ならば、必ずあいどるとして成功するでしょう」

黒井「……フフッ、ハッハッハッハ! 相変わらず貴音ちゃんの言うことは面白いな!」

黒井「水面下で動いてきたが、まさかジュピターの情報が筒抜けだったとは」

黒井「貴音ちゃん、私からも忠告しよう。君は765プロへ移ったことを後悔することになるかもしれんぞ」

黒井「何故ならば、私の見染めたアイドルが成功しないわけがないからだ!」

貴音「…………ふふっ」ニコッ

貴音「今日ここで貴方にお会いした時は、以前とはどこか別人のように見受けられました」

貴音「ですが、もう以前の覇気を取り戻されたようで安心致しました」

黒井「フン、余計な心配をかけてしまったか……」




キラキラ


貴音「…………」

黒井「…………」

貴音「星が……瞬いておりますね」

黒井「ああ……」

貴音「夜空というすてぇじで限られた時間を懸命に輝くその姿は、どこかあいどると通じるものがある。……そう思いませんか?」

黒井「アイドルの人気なんて水物だ。頂点を極めたところで、その人気がいつまで続くかなど誰にも分からん」

黒井「そしてそれは、宇宙からすればほんの刹那の出来事でしかない」

黒井「それでもその刹那に魅入られたものたちだけが栄光を掴める。それがアイドルというものだ。そういう意味では似ているのかもしれないな」

貴音「刹那の輝き……それもまた、儚いながらも風情のあるものですね」



黒井「……さて、随分長居してしまったな。風邪など引かないうちに早く帰った方がいいだろう」

貴音「ええ」

貴音「本日は、わたくしの我儘にお付き合い頂いてありがとうございました」ペコリ

黒井「なに、たまには君のような美人を相手にせんとな。ジジイ共の相手だけではいつか干からびてしまう」

貴音「何か他に大切な用事が?」

黒井「君の気にすることじゃない」



黒井「……それでは、次に会う時は敵だな。ステージでは覚悟したまえよ」

貴音「はい。黒井殿の元を去った以上、己自身が納得のいくあいどるとして精進していくつもりです」

黒井「体に気をつけて」

貴音「黒井殿も」



黒井「……ああそうだ。君が心を奪われているという、何だったかな。庶民の料理を一度食べてみるのもいいかもしれない」

貴音「えっ……?」

黒井「とはいえ、私も忙しい身だ。そう簡単に暇になることはないが、その、つまり……」

貴音「…………ふふっ」ニコッ

貴音「その日を、心待ちにしております」


ー 送迎車内 ー


ブロロロ…


秘書「ご無事で何よりでした」

黒井「余計な心配はいらないと言ったはずだ」

秘書「ですが、社長にもしものことがあれば我が社は……」

黒井「安心しろ、こんなことはもう金輪際ないだろうからな」

秘書「それならば良いのですが」



秘書「……しかし、今日は一段と星の多く見える夜ですね。私の田舎よりもよほど星が見えるような気がします」

黒井「…………」

秘書「…………」

秘書「星といえば、惑星という単語は造語だというのを社長はご存知ですか? 地動説を翻訳する際に、一部の不可思議な動きをする天体を表現するのに用いられたのが始まりだとか」

黒井「…………」

秘書「…………」

秘書「……すみません、つまらない話でしたね」



黒井「……きっと星たちは探しているのだろう」

秘書「は……?」

黒井「宇宙という海に惑う星たちは、自分が本当に輝ける場所を探しているのだ。自分の居場所を見つけ、輝くことを夢見ている。だから彷徨っているように見えるのだよ」

秘書「社長……」

黒井(貴音ちゃん。君の居場所はどこなのだろうな。私は君にアイドルとしての生き方を教えたが、それは君にとって本当に必要なことだったのか)

黒井(刹那の輝き……か。宇宙にとって刹那であったとしても、我々人間にとっては一生に値する時間だ)



秘書「……社長、そろそろ到着します。何やら考え込まれていたようですが」

黒井「…………」

黒井「たとえ輝けるのが刹那であったとしても、その時間を少しでも引き伸ばすのが私の役目だ。そうだろう?」

秘書「ご心配は無用です。社長の見出した彼らなら、必ずや成功されると信じております」

黒井「……そうだな」

黒井「さて、帰ってまずはジジイ共への言い訳を考えねばならんな」

秘書「微力ながら、お供させて頂きます」


ブロロロ…




おしまい

おわり
ワンダリング・スターのアフターのつもりです
貴音と亜美真美の話が好きでした

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