男「はあ!? お前ら、結婚すんの!?」(221)

新宿 
居酒屋

友「うん」

男「そうか…そうかー! いやー、めでたいのう!」

友「めでたいのうってお前」

男「で、いつ?」

友「ん、籍入れるのは来月。式は多分半年後くらい。わかんないけど」

男「披露宴もやんの?」

友「式だけ近親者でやって、その後に会費制のパーティーみたいなのをやるかって話にはなってる」

男「あー、最近そういうのが増えてるらしいね」

友「男の兄ちゃんもそうだったよな?」

男「うちの兄貴? いや、あいつは披露宴もしてたよ」

友「え? そうなの?」

男「うん、仕事関係の人呼ばなきゃいけなかったからね、あいつ」

友「そうかそうか…。相変わらず忙しいの?」

男「わかんねー、最近、会ってないし。イケメンとはちょいちょい会ってるみたいだけど」

友「イケメンも会ってねーなー。去年の飲み会以来会ってない」

男「ふーん…。今日も誘ったんだけどね。取引先と飲みに行ってるらしくて。早く終われたら来るみたいなこと言ってたけど」

友「あいつも忙しそうだよな。百貨店だっけ?」

男「うん、バンドも続けてるみたいだしね」

友「へー…、っと、電話だ、ごめん、ちょっと席はずすわ」

男「はいはい」

男「(そっか…結婚か)」

男「(……)」

男「(…女とするもんだとばかり思ってたけどなあ)」

同日
有楽町 路上
18時

女「後輩ちゃん」テクテク

後輩女「はい、なんですか女さん」テクテク

女「ビールが私を呼んでいる」テクテク

後輩女「呼んでません、幻聴です」テクテク

女「そうか、幻聴か…」テクテク

後輩女「そうです。ビールは口を聞きません」テクテク

女「そのとおり。ビールは喋らない…」テクテク

後輩女「喋りません」テクテク

女「…」テクテク

後輩女「…」テクテク

女「うるせええええ!!」

後輩女「わあっ!」ドキーン

女「後輩ちゃん。幻聴、幻想、理想、そういったものを追い求めること。それを人は……ダンディズムと呼ぶ」

後輩女「幻聴を追い求めるのは、ダンディズムではなく病気と呼ばれるものです」

女「後輩ちゃんは正論ばっかり。この正論女子!」

後輩「正論というか、つっこみです」

女「つーか、飲みいこーよ!」

後輩女「とうとうダイレクトに言ってきましたね。でも、ダメですよ、会社に戻るって課長に言ってたじゃないですか」

女「大丈夫、大丈夫、直帰してもいいよ的なニュアンスだったし。電話で報告入れたら大丈夫」

後輩女「ていうか私、予定ありますし」

女「げ、まじ? デート?」

後輩女「勉強会です」

女「べんきょうかい? こ、後輩ちゃん、学生でもないのにまだ勉強するの?」

後輩女「意識高い系ですから」

女「うおー自分で言いやがったよこいつ」

後輩女「なので、今日は女さんが何をどう言おうとも、私はまず会社に帰ります」

女「んー、じゃあ私も帰ろ。仕方なく。いた仕方なく」

後輩女「そうしてください」

会社

女「ただいま帰りましたー」

後輩男「お疲れ様ですー」

課長「お疲れ様」

女「(げ、課長まだいた。帰ってきてよかったかも)あ、課長、来月号の色校、直接もらってきました」

課長「お、見せて見せて」

女「で、再来月号用に、やっぱり近々に撮影しなきゃダメですねって話になりまして」

課長「うん、まあしゃあないよな。あれ、見積もりってどうなってたんだっけ」

女「共有フォルダに入ってますよ。出力します?」

課長「いや、いいや、自分で見る」

女「はーい。あ、後輩男君」

後輩男「はい?」ドキッ

女「いかにも飲みに行きたそうな顔してるね」

後輩男「……え? そ、そんなこと、生まれて初めて言われましたけど」

女「大丈夫、大丈夫。最初は皆そう言う」

後輩男「(大丈夫って何が)」

後輩女「…」

女「そこまで言うなら仕方ない。飲みに行こー!」

後輩男「え、えーと…」

女「いこーよー。後輩女ちゃんにふられちゃってさー」

課長「女ー」

女「あ、はーい」

課長「これさ、撮影費はもう、うちは払わなくていいってこと?」

女「そうです。もともと撮影は2回必要かもですねって話はしてて。で、いずれにせよこの撮影費の中でまかないますってことになってます」

課長「ほほう、いいね。ま、一応、確認はしといて」

女「確認済みです」

課長「さすが女。褒美にこれあげよう」

女「なんですかこれ」

課長「飴ちゃん」←禁煙中

女「飴ちゃん…」←甘いもん好きじゃない



後輩男「なあ」

後輩女「…なに?」

後輩男「いや、女さんに誘われたんだけどさ」

後輩女「うん、やったじゃん」

後輩男「いや、今日、俺も勉強会だしさ、どうしようかなって思って」

後輩女「私、あんたの保護者じゃないんだから、そんなこといちいち聞かないでよ。…勉強会、強制じゃないし、飲みに行けば?」

後輩男「んー。でも、お前は勉強会行くんだろ?」

後輩女「だって私、主催者だもん。当日キャンセルはさすがに無理。後輩男くんは別に行ってくりゃいいじゃん。チャンスだし」

後輩男「ちゃ!? いや、お前、何言ってんだよ、まじいみわかんねー」

後輩女「顔が笑ってますけど」

後輩男「ば、ばかなことを言うでねえ!!」

女「後輩男くんー」

後輩男「あ、はーい!」

女「どうする? 行けない?」

後輩男「えーと」チラッ

後輩女「…」カタスクメー

後輩男「じゃあ、お供させていただきます!」

女「お、いいね! 話せるね!」

後輩男「断腸の思いで!」

女「うるせえ! その腸、引きずり出すぞ!」

後輩男「ひいっ」

課長「女ー、俺も誘えよー」

女「えー…」

後輩男「(えー…)」

課長「えーって何だよ! 傷つくだろ!」

女「だって、課長誘っても答え決まってるんですもん」

課長「お前、何でもそうだけど、やる前から諦めちゃ駄目だって教えてるだろ?」

女「…課長、私、後輩男くんと飲みに行くんですけど、ご一緒にどうですか?」

課長「あー、そーだなー、んー、残念、今日は早く帰ってベイビーの顔を見てあげなきゃいかんのだよ」

女「はーい、お疲れ様でーす」

課長「ベイビーの写真見るか? 写真。かわいーぞー、よだれまみれで」

女「いや、朝も見せてもらったんで大丈夫です」

後輩男「あはは」



女「よし、そんじゃ行きますか。仕事終わった?」

後輩男「あ、はい!」

女「じゃあ、お先に失礼しますー」

課長「はーい、お疲れー」

後輩男「お疲れ様でした!」

後輩女「…お疲れ様でーす」

後輩女「…」

後輩女「(ばーか)」

銀座
居酒屋

女「おつかれ!かんぱい!」

後輩男「お疲れ様です!」

女「いやー、ビールが美味しい! 夏最高!」

後輩男「そうですねー」

女「夏がなぜ暑いか知ってるかい? それは、美味しいビールを飲むためさ!」

後輩男「いえーー!!」

女「…待て。待て待て」

後輩男「?」

女「ビールは季節問わず美味しいのではないだろうか」ゴゴゴ…

後輩男「は! 確かに…!」

女「ということは…」ゴゴゴゴ…

後輩男「…」ゴクリ

女「どういうこと?」

後輩男「えー!? そこを僕にぶん投げてくるんですか!?」

女「さて、おつまみはどうしよう」

後輩男「あ、お任せします」

女「おっけー」

後輩男「女さんってお酒強いんですよね」

女「んー、普通だよ? あ、そうか、もしかして後輩男くんと飲むのって初めてだっけ」

後輩男「初めてってわけじゃないですけど、仕事モード抜きで飲むのは初めてです」

女「そうかそうか。じゃあ今日はたんと飲んでくれたまえよ」

後輩男「はい、いかせていただきます。もしかしたら僕は今日のために生まれたのかもしれない……そう思ってしまうくらいにいかせていただきます」

女「…ふふ」

後輩男「な、なんですか?」ドキドキ

女「ん? なんかね、後輩男くん、私の親友にすごい似ててね、その人を思い出すんだよねー」

後輩男「親友…それは男性ですか?」

女「うん、最近会ってないんだけどねー…。似てんだよね、そういう微妙に寒いとことか。お! コチがある。後輩男くん、魚大丈夫?」

後輩男「……ああ、はい、好き嫌いないんで、何でも大丈夫です(び、微妙に寒いとこ?)」

女「よし、じゃあコチとー、お、蚕豆もあるじゃん。これもいきましょう」

後輩男「(親友かー…。しかも微妙に寒い親友。俺、脈ないのかな…)」

後輩男「(いや、でも…! 二人で飲めるなんて確かに大チャンスだし…諦めるにはまだ早い!)」

後輩男「(とりあえず今日は…彼氏がいるのかいないのか…そこらへんを聞こう)」

後輩男「(いないと思うけど…)」

後輩男「(いたらどうしよう…)」

女「すいませーん、オーダーお願いしまーす」

新宿

友「おまえは最近どうなの」

男「どうなのとは」

友「いや、仕事とか、恋愛とか」

男「仕事は忙しい。恋愛は忙しくない」

友「相変わらず気になる子もいないわけ?」

男「いやー。まず出会いがない。出会いってなんすかって感じ」

友「んなわけねーだろ、広告代理店だろ? 華やかなんじゃねえの」

男「そりゃ世間の勘違い。別に全部が全部華やかではねえよ」

友「ふーん」

男「俺なんかから見たらお前んとこのほうが華やかに見えるよ」

友「アパレルが? 冗談じゃねえよ」

男「結婚もするし」

友「いや、それは業種関係ねえだろ」

男「いいなあ…結婚…。プロポーズとかしたんですか」

友「まあそりゃ、するだろ」

男「どんなシチュエーション? 夜景の見えるビルディングの屋上とか、あれか、納涼船の上とかか。ホテルか。ホテルのスゥイ~トルームか」

友「ん、普通に俺んち」

男「そこらへん詳しく!」ガタン!

友「いや…別にそんなおもしろい話ではねえよ。二人で飯食って、テレビ見ながらコーヒー飲んでて、で、なんかこう…そういう雰囲気になってってかんじ」

男「ほう! ほう! その団欒の向こう側に、十年後二十年後の自分たちが見えたということですね!?」

友「な、なに興奮してんだよお前。怖いんだけど」

銀座
女「あ、そうだ。後輩男くんはさ」

後輩男「はい」

女「彼女とかいないの?」

後輩男「…」

女「(お、考えてる考えてる、面白い返しを考えている)」

後輩男「…いますよ、大、中、小と取り揃えております」

女「おお、すごいじゃん。大中小とはなんのサイズ?」

後輩男「なんの…ええと…む、胸っす」

女「…」

後輩男「…」

女「…へー」

後輩男「…すいません、間違えました。やり直させてください」

女「わりと最低だったけど」

後輩男「ほんと申し訳ないです」

女「まあ解ればいいのよ。そういえば後輩男くんさ、ロシアで殺し屋してたって聞いたけど、そのときのことを聞かせていただけますか?」

後輩男「…」

女「…(すごく目を見開いている!)」

後輩男「げ」

女「げ?」

後輩男「厳密に言えば、殺し屋ではなく始末屋ですね」

女「(そして、のってきた!)始末屋?」

後輩男「そうです。始末屋は直接人に手をかけません。遺体を誰にも気付かれないように始末するのがそのミッションです」

女「ほほう」

後輩男「あれは真冬のことでした。僕はシベリアのワタミでウオッカを飲んでいました」

女「ロシアにもワタミはあるのね…」

後輩男「すると、そこにいた、いかついロシア人が僕にからんできたのです」

女「ほう!」

後輩男「でれでれに酔っ払った奴は僕にこう言いました。『なんでこんなところに日本人がいるんだ? 俺は日本人が大嫌いなんだ。貴様をマトリョーシカにしてやろうか!』と」

女「…くく」

後輩男「僕も言い返しました。『うるせーこのシベリア超特急! 貴様をこけしにしてやろうか!』と」

女「ふふふ」

後輩男「ここに、第二次日露戦争、別名こけし・マトリョーシカ大戦争inワタミが勃発したわけですけどなんすかこれ、僕、なんでこんな話をしてるんすか」

女「あははは! 知らないよ! 始末屋はどこいったの!」

後輩男「もう最初のほうで見失ってましたっていうか、そもそも始末屋ってなんすか!! ガキ使じゃないんだから無茶ぶりしないでください!」

女「ひゃひゃひゃ」

イケメン「あれ、女ちゃん?」

女「う? …あーー! イケメンくんじゃん!」

イケメン「あー、やっぱり。超ひさびさじゃん」

女「わー! わー! わー! 懐かしー! え!? なになになに!? ここで飲んでたの!?」

イケメン「うん、仕事関係の人と。でも、向こうに急な仕事が入っちゃって、さっき解散したところ」

後輩男「(な、なんだこの超イケメン!)」

女「えー、じゃあ今暇なんじゃないの。暇すぎて泣きそうなんじゃないの」

イケメン「いや、この後はこの後で約束があってさ」

女「えーまじかー」

イケメン「んー、とはいうものの、一杯くらい付き合ってもらってもいい?」

女「やった! あ、後輩男くん、こちらイケメンくんていって、私の大学んときの友達。イケメンくん、彼は私の会社の後輩男くん」

イケメン「初めまして」

後輩男「ど、どうも、初めまして(彫り超深ぇ…)」

イケメン「女ちゃんて酒造メーカーだっけ?」

女「そう。酒好きが昂じて仕事にしちまったよ」

イケメン「だよね、この前、男と会ってその話になったとき、二人で大笑いしたよ。似合いすぎって」

女「そういうあいつは広告でしょ? そっちのが笑えるっちゅうの」

後輩男「えーと、イケメンさん、飲み物はどうされますか?」

イケメン「あ、そうか。えーと、どうしようかな、ここ、女ちゃんとこのお酒とか置いてないの?」

女「まさか。でもこういうとこで扱ってくれたらいいよねー最高だよねー」

後輩男「もー泣いちゃいますねー」

イケメン「そっか。じゃあ普通にビールかな。ごめんね、ありがと、気遣ってもらって」

後輩男「あ、いえいえ」

イケメン「すいませーん、生一つください」

女「二つで!」ぐびー

後輩男「あ、三つで! あ、違う、魚来るんだった。ええと、冷酒一合で!」ぐびー

イケメン「…おお、さすが酒を作る人たち」

女「それがさー、そうでもないんだよねー」ぷはー

イケメン「どういうこと?」

女「私と後輩男くんの部署って宣伝とか販促みたいなことするわけ。就職する前と全然イメージが違うの。就業中に開発を名目に飲みまくれると思ってたのに・・・」

後輩男「むしろ学生時代のときのほうが飲んでた気がします、僕」

女「私もそうかも」

イケメン「ふうん。宣伝とか販促ってどんなことすんの?」

女「今やってるのは…そうだ、うちから新商品が出て、スパークリングワインなんだけどね。これがパンフレットでございます…」

イケメン「あ、どうも。拝受します…」

女「結構会社も力入れてて、宣伝にもまあまあ予算がついたの。で、今やってんのは、月刊誌での宣伝とか」

イケメン「ふーん」

女「CMとか撮って、ばんばんテレビとかで流したいんだけどねー。テレビCMとかまじ高い。どうなってんのあの業界。あ、ビールきた。とりあえず乾杯しようぜー」

新宿

友「広告代理店ってさ、どんな仕事すんの?」

男「うえー」

友「なんだよ、うえーって」

男「仕事の話とかしたくねー」

友「いや、世間話的なレベルでいいんだけど」

男「簡単に言えば、クライアントの会社の商品ブランドをいかに高めるか考える、みたいな…」

友「マーケティングとは違うわけ?」

男「マーケティング…うーんと、マーケティングって教科書的に言うと、『モノを売るために行う全ての活動』なのね。確か」

友「ふん」

男「だから、広告っていうのはマーケティングの中に含まれる、あくまで一つのツール、みたいな」

友「ふむふむ」

男「まあ、俺もよく解ってないんだけどね。勉強中」

友「なんかあれだろ、イケメンと一緒に仕事とかしてんだろ?」

男「あ、そうそう、たまたまなんだけどね。イケメンくんの上司とうちの社長が仲良くて」

友「それは何したの?」

男「直近だと、バレンタインのときに、漫画家を起用して、『チョコレートと一緒に愛するあの人の似顔絵を渡そう』みたいなキャンペーンをした」

友「へー、面白そう」

男「面白くねーよ、超大変だった…」

友「でもその漫画家さんとかと会えるんだろ?」

男「会えたけど、超嫌なばばあだった」

友「へえ。男っておばさんキラーだからいいんじゃないの」

男「なんだその謎のキャラ付け。やめて」

友「だって弁当屋のおばちゃんとかとすげー仲良かったじゃん、お前」

男「あー、おばちゃんな。そういやなんか知らんけど、皆でカラオケとか行ったよな」

友「行った行った! なつかしー! てかまじ謎の会だったな、あれ」

男「…(女と意気投合してたよな、おばちゃん)」

友「今でも付き合いあんの?」

男「ん? うん、たまに弁当買いに行くぐらいだけど」

友「女はちょくちょく連絡とってたな、おばちゃんと」

男「…あー、そうらしいね」

友「…女と会ってる? 最近」

男「いや、うーん、今年はまだ会ってないかな。去年の年末に飲んで以来、会ってない」

友「そっか。…あのさ…」

男「いや、別にお前に気使ってるとかじゃないよ。単純に仕事が忙しいってだけ。ていうか気使われたほうがお前、嫌だろ? 解ってんだよ」

友「…ん」

男「そんなしんみりすんなよー」

友「いや、なんつーかさ、俺と女が付き合うとき、お前、色々…なんつーか…爆発したじゃん?」

男「した。ザ・若気の至りだった」
(詳しくは 男『はあ!?お前ら付き合ってんの!?』 で検索)←ステマ

友「そこらへんも含めてさ、ほら…結局俺らは別れちゃったわけだし、ずっと3人で仲良くやっていきたいみたいなお前の思いをさ、踏みにじったというか…」

男「なんだお前!? 結婚を前に、子供返りしてんじゃないの? そんなもん、気にしねーし、気にしてほしくねーんだけど」

友「…そか」

男「そりゃお前が『女にはもう会うな』とか、女が『もう友と会うな』とか言ってきたら話は別だけどさ。そこらへんは俺だってバランスとってやってけるさ」

友「…お前、大人になったなあ」

男「ふ、ふ、ふ。社会の歯車と呼んでくれ、あ、やっぱやめて呼ばないで傷つく」

とりあえず本日は以上です。

最後まで書けるかな。書けるといいな。

と、見せかけてもうちょっと

銀座

イケメン「あ、もうこんな時間だ。そろそろ行かなきゃな」

女「えー」

イケメン「また今度飲もうよ、男も呼んでさ」

女「うん、飲もう飲もう」

イケメン「なんか女ちゃん、楽しそうで良かったよ」

女「楽しいか楽しくないかで言えば間違いなく楽しいねー」

後輩男「(楽しいのか…よかった…)」

女「友とかとも、ほんとは普通に飲みたいんだけどなあ」

イケメン「…」

後輩男「(ん、何か空気が変わったような)」

イケメン「んー、まあ、そこらへんは、何だろ、俺らが立ち入っていい問題では、ない、気がするし」

女「あはは、まーねー」

後輩男「(こ、これは女さんの過去の恋の話なのでは・・・!?)」

イケメン「んじゃ、そろそろ行くわ」

女「うん。また」

後輩男「あ、お疲れ様でした」

イケメン「お疲れ様。後輩男くんも、今度良かったらまた飲もうよ」

後輩男「あ、はい、是非」

イケメン「じゃあねー」

女「ばいばーい」

後輩男「・・・」

女「・・・」

後輩男「(女さんは、もう結構、飲んでいる。酔っぱらっている)」

後輩男「(どうしよう・・・さっきの話、気になる・・・)」

後輩男「(聞いてみようかな・・・)」

女「過去のさ」

後輩男「え? あ、はい」

女「過去の記憶とか自分にひきずられるのって、ださいよねー」

後輩男「……え?」

後輩男「(それって……)」

後輩男「(…)」

後輩男「(いや、でも……)」

後輩男「俺は、結構、ひきずられますね」

女「…へえ?」

後輩男「ださいかださくないかで言えば、…ださいのかも知れませんけど、それで結構、幸せだったりもするし。無理する、ってのが俺、結構、苦手で。成長には痛みを伴う、なんてことも聞いたりしますけど、痛みなく成長する方法もあるような気もして」

後輩男「俺、まだまだ若造ですし、自分が大人であるなんて胸張るには全然自信ないですけど、それでも、10年前と比べれば大人になってるし、成長もしてると思うんです。じゃあ、何があって成長したのかって考えてみたら、うーん、なんも覚えてないんですよね」

女「・・・」

後輩男「そういう、覚えてないようなことばかりの積み重ねでも、人って成長するし、前に進めるんですよね。だから…過去に捉われないで前を向こう、みたいな言葉って、美しいし、理想だけど、そこに痛みが伴うなら、美しくなくても、理想通りじゃなくても、ださくても、逃げていいんじゃないかな、ラクしていいんじゃないかなって、思います」

女「……」

後輩男「(……ものすごく格好悪いことを偉そうにぺらぺらと喋ってしまった)」

女「なるほどねー」

後輩男「(そして納得されてしまった)」

後輩男「あの…そ、そういう考え方もありますよってだけで、その…、ずっとださいわけにもいかないっていうか、ときには格好よく決めなきゃいけないときもあるっていうか(なに言ってんだ俺…)」

女「うん、まあ、答えは一つじゃないってことよね」

後輩男「ええ、まあ、はい」

女「さっきさ、話に出た、友っていうのがいてね。私の前の彼氏なんだけどさ」

後輩男「!!…はい」

女「別に嫌な別れ方じゃなかったのよ。話し合いに話し合いを重ねたっていうか」

後輩男「…はい」

女「お互いに、嫌いあったり憎みあったりしないでおこうみたいに、決めてたわけじゃないけどそんな感じでさ。別れた後も友達同士でいようねーなんて言って」

後輩男「はい」

女「でも、実際、別れてから一度も会ってないのよこれがまた」

後輩男「そんなもん…なんですかね」

女「さー? そこらへんは人それぞれなんじゃん? それに、まあ、今更どうしても会いたいってわけでもないし」

後輩男「…」

女「よりを戻したいわけでもないし」

後輩男「(…ホッとしてしまう自分がいやだな)」

女「こうなってしまうとさ、思いきり傷つけたり、傷つけられたりして、もう二度と会うもんか! みたいにぐちゃぐちゃになって別れてたほうが、いっそラクだったんじゃないかなと思ってみたり」

後輩男「?」

女「ほら、なんていうか、別に二度と会えないわけじゃないし、会ってみたい気もする。それは多分、憎みあっても嫌いあってもないから、自然でしょ? 伊達や酔狂で付き合ってたわけじゃないんだから。でも、だからって会ってみたところで何がどうなるわけでもない。無駄だよ。この考え自体が無駄。無駄だけど、でも、たまに思い出しては、うーっ、てなる」

後輩男「今でも…思い出したりするんですか?」

女「楽しかった記憶がいっぱいあるからねー。思い出すよ。思い出すたびにもやもやする。もう好きじゃない人。でも、嫌いじゃない人。なのに、多分、もう、二度と会うことがないだろう人」

後輩男「……」

女「……」

後輩男「……」

女「ありゃ。後輩くん」

後輩男「はい」

女「何で泣いてんの?」

後輩男「わかりません。すいません」

女「あはは、後輩くん、おもしろいね。いい人だね」

後輩男「すいません、ちょっと、トイレ行ってきます」ガタッ

女「はいはい、ごゆっくり」


女「………はあ」

女「何にも関係ないのに、自分語りして後輩くん泣かせちゃったよ」

女「酔ってるな。何やってんだろ、私」

女「イケメンくんに会ったからだな」

女「はーあ」

新宿

イケメン「おーっす」

男「あ、イケメンくん、お疲れ」

友「おー! イケメン、久しぶり!」

イケメン「久しぶりー!」

友「忙しそうじゃん」

イケメン「いやいやいや、催事のときだけで、あとはそんなにだよ」

男「何飲む? 生?」

イケメン「うん、あ、いや、どうしよっかな、ハイボールにしよ」

友「そっか、お客さんと飲んでたんだっけ?」

イケメン「うん? まあ、そうだね。すいませーん、ハイボールください」

イケメン「(偶然とはいえ、女ちゃんと飲んできたっていうのは何か言いにくいな)」

男「そうだ、乾杯前に大ニュースがあります」

イケメン「ん?」

友「やめろよそんな大げさな。なんか、そういう会みたいになるじゃん」

男「そういう会でいいじゃん。めでたいことなんだしさ」

イケメン「ん? なに?」

友「あー、結婚すんだわ、俺」

イケメン「おお! まじか! そりゃおめでとう!」

友「うん、ありがとう」

イケメン「ええと、この前会わせてくれた子?」

友「うん、そう」

男「…………なぬ!? おい友! 俺は会ってねーぞ!」

友「そうだっけ?」

男「そそそそそうだっけー!!?」

友「会わす会わす、今度会わす」

男「覚えたぞその言葉! つーか、もっかい言え! 録音するけん!」

イケメン「(まあ、女ちゃんのこともあるし、男には会わせ辛かったってのがあるんだろうな)」

イケメン「(そういうのこそ、男は嫌がるし、友も男のそういうところ知ってるはずなのに)」

イケメン「(…大人って、面倒くせえなあ)」

翌日
女の会社

後輩女「後輩男くん」

後輩男「…ん?」

後輩女「昨日、飲んできたんでしょ? どうだった?」

後輩男「いや、まあ、普通に…」

後輩女「?? なんかあったの?」

後輩男「何かあったつーか…うーん、まあ、結論から言うと俺は泣いた」

後輩女「泣いた!?」

課長「おーい、後輩男ー」

後輩男「あ、はい!」ガタッ

後輩女「あ、ちょっと…」



後輩女「……」

後輩女「…泣いた?」

後輩女「(ふられたってこと?)」




課長「この企画書、いまいちだわ」

後輩男「そう、ですか」

課長「やり直しね」

後輩男「あ、あの!」

課長「んん?」

後輩男「具体的にどこが駄目なんでしょうか」

課長「ぜ・ん・ぶ」

後輩男「ぜ、ぜんぶ…」

課長「ついでに女!」

女「はーい」

課長「忙しいだろうけど、お前も早く提出しろよ」

女「解りましたー」

後輩男「(ぜんぶ…)」




部長「課長くん」

課長「あ、部長。お疲れ様です」

部長「企画書は集まってる?」

課長「集まってはいますが、これといってぱっとしたものがないんですよね、今のところ」

部長「そうかい。いや、さっきもX代理店の営業が提案書持って来てたんだけどね、こちらもどうもぱっとしないんだよねえ」

課長「あとで拝見しても?」

部長「もちろん。しかし、時間もないし、どうしたもんかなあ」

課長「うーん。他の代理店にも声かけてみましょうか」

部長「とはいえ、うちはずっとX代理店だからねえ。どこか知ってるとこあるかい? 予算的にまさかD通とかH堂に声かけるわけにもいかないし」

課長「部下にも当たって色々探ってみます」

部長「そうだね。そうしてくれ」




女「(うーむ)」

女「(細かい仕事に忙殺されてて企画まったく考えてなかったぜ)」

女「(どうしよっかな…)」

女「(あ、そうだ、昨日もらった名刺・・・)」

ガチャ ピ、ピ、ピ、ピ、ピ…

女「…あ、お世話になっております、わたくし、○○酒造株式会社の女と申しますが、営業企画部のイケメン様はいらっしゃいますでしょうか」



イケメン『イベントかあ』

女「うん、イケメンくんとこのデパートさ、広場みたいなのあるじゃん。そこで音楽とお酒を楽しもうぜみたいなイベント出来ないかな」

イケメン『んー、他のメーカーや問屋との絡みもあるから、一社だけと組んでイベントってのはかなりハードルが高いんだよなあ』

女「あ、そうか」

イケメン『ただ、店内でのサンプリングみたいなことなら協力できるよ』

女「それはでも、試飲ていうよりも…」

イケメン『うん、商品を配る感じ。お酒だからねえ」

女「だよねえ…」

イケメン『そうだ、男に相談してみれば?』

女「へ? ……うーん、男くんと仕事の話するとか果てしなくイメージできなくて、今の今までその手があることすら思いつかなかったよ」

イケメン『ははは。あいつ、意外と優秀だよ」

女「そっかーうーむ、解った、連絡してみる。ごめんね、忙しいのに」

イケメン『いえいえ。もしなんか進んだらまた教えてよ。てか、飲みいこうよ』

女「うん、また連絡するね!」

イケメン『はーい、じゃあまた』

ガチャ

女「男くんかー」

女「(なんか…連絡し辛いんだよなあ)」


男『おい女! 俺から友を取りやがったな! 許さねえ!』

男『あははじゃねえ! 友、お前もだ! 俺から女とりやがって!』


女「(うおお…なんちゅー大昔のことを思い出しているのだ、私は…)」

女「(無駄なこと考えちゃだめ、仕事、仕事…)」

男の会社

社長「男ー」

男「はい」

社長「本日の商いはどないだー」

男「ええと、○○に請求書送ります」

社長「なんぼ?」

男「200万ちょいちょいですかね」

社長「…ああ、前の展示会のやつか」

男「そうです」

社長「札幌のほうはどうなっとる?」

男「ほぼ仕込みは終わってますんで、あとはのんびりですね」

社長「ほうけ」

同僚女「ただいま帰りましたー」

社長「おう、おつかれさん」

男「お疲れー」

同僚女「…くっそ、あのスケベ親父!」

社長「おお、いきなり毒づいとるがな。どないした」

同僚女「○○製菓のHさんですよ。飯食いに行こう飯食いに行こう、ほんとそればっかり!」

社長「飯くらい行ったらええがな。なあ、男」

男「なんなら抱かれて来いよ。あ、ごめん、やめて、椅子を振り上げないで」

同僚女「ご飯行くくらいはいいんですよ。それも営業だし。でもあの親父、打ち合わせ中、その話ばっかしやがるんですよ。どこどこのホテルの最上階のレストランがいいとか、どこどこの鉄板焼き屋のステーキが美味しいだとか。それでお金出すの、こっちなんですよ!? ざっけんな! べたべた触ってくんじゃねえ! 触るんなら仕事発注しろ!」

社長「荒れまくっとるな」

男「仕事しよっと」

同僚女「男!」

男「な、なに」

同僚女「煙草付き合って!」

男「…い、いちいち怒鳴るなよこえーな、っと」

プルルルル プルルルル

ガチャ
男「はい、○○広告です」

同僚女「…」

男「ええ、私ですが。…え? おお、女かよ! ははは、久しぶり! 何だよ電話なんかしてきて! え? 私って言うだろそりゃ、社会の歯車としては」

同僚女「……」

男「ん? うん、そう、広告。え? 販促? 得意得意、それで飯を食っとるよ」

同僚女「………」

男「ん? はいはい、俺でよければ相談に乗るよ。…うん。そう、銀座。いやいや、俺が行くよ。有楽町だろ? 超近いし。今から? 全然よゆー」

同僚女「………」

男「うん、いや、大丈夫。解んなかったら電話するよ。うん。じゃ、あとで」ガチャ

社長「なんか、新規の仕事の匂いがする電話やったな」

男「ああ、ええと、大学んときの友達からなんですけど、いま、そいつ、酒のメーカーにいて、そこの新商品の販促について相談したいっていう電話でした」

社長「うっそ。めっちゃええ話やんけ」

男「詳しく聞いてみないと解んないですけどね」

社長「今から行ってくるん?」

男「はい」

社長「よっしゃよっしゃ、決めてきてまえ」

男「同僚女―、ついでに煙草吸いに行こうぜ」

同僚女「…ん」

男「(なんだこいつ。いきなり元気ないな。瞬間湯沸かし器みたいなやつ)」

外 喫煙所

同僚女「いい話になりそう?」

男「ん?」

同僚女「いや、さっきの電話」

男「あー、どうかなー。とりあえず概要の前段階くらいの情報しかないからね」

同僚女「決まるんじゃん? 前のデパートの仕事もそうだったし」

男「あー。あれはまあ、運が良かっただけだろ」

同僚女「運って大事でしょ」

男「んー、まあ、そうかもなあ」

同僚女「運だけじゃなくてさ」

男「ん?」

同僚女「男はすごいよね。持てるもの全部、過不足なく使ってる感じ」

男「…?」

同僚女「私はだめ。なんか、オンナを武器にする覚悟もないし、田舎から出てきてるからコネとかもないし、マーケティングとか広告とかの勉強もしてるけどなかなか身につかないし」

男「はいはいはいはい」

同僚女「ん?」

男「ん? じゃねえよ、ここは深夜1時の居酒屋か」

同僚女「あー…ごめん」

男「飲みながらなら、いつでも付き合ってやるからさ、昼にうじうじ考えるのはやめようぜ。それは何ももたらさない」

同僚女「…酒乱」

男「はあああ!?? なんだそれ!! どーゆー文脈でどーゆー結論だ!?」

同僚女「…ふふ」

男「笑ってんじゃないわよ」

同僚女「な、なんで急におネエが出てくるの」

有楽町
○○酒造株式会社東京本社

後輩男「女さん…」

女「ん、どうしたの死にそうな顔して」

後輩男「ちょっと、僕の企画書、見てもらっていいですか?」

女「ん? いーよ。貸してみ」

後輩男「お願いします…」

女「……」ペラッ ペラッ

後輩男「……」

女「……うーん」

後輩男「ど、どうですか?」

女「なんて言ったらいいか解んないけど、いいね! とは、なんないかな」

後輩男「…やっぱり。課長には全部駄目って言われてしまいました」

女「そりゃ、厳しい」

後輩男「はああ、どこがどう駄目なのかってのを課長がすぐに教えてくれないのは、多分、自分で気づけよってことなんでしょうけど、一所懸命考えたのになあ」

女「一所懸命が評価されるのは学生までだよ」

後輩男「…え?」

女「あー。ごめんね、生意気なこと言って。でも、私はそう思う。結果が伴わない『一所懸命』なんて、意味ない。無駄に頭使って、無駄にPCの電力使って、無駄に紙を使ってるだけ。それじゃ、駄目なんだよ」

後輩男「……」

女「私だったら、聞くかなー」

後輩男「え??」

女「課長に。どんなにうざがられても、どこがどう駄目なのか聞きだすまではしつこくつきまとう」

後輩男「つ、つきまといますか」

女「全部駄目って言われたくらいでへこんでどうすんのさ。慣れないうちに駄目なのは当たり前じゃん。後輩男くん。無理して成長すること、痛みなく成長すること、成長を放棄すること、これらは全部、違うことだよ」

後輩男「…」

女「がんばろうぜ」

後輩男「はい。ありがとうございます」

女「人に頼るってのもありだし」

後輩男「人にですか?」

女「うん。自分で無理なら、得意な人にやってもらうほうが早いし。大切なのはね、自分が何のために今その仕事をしてるのかっていうこと」

後輩男「何のために…」

女「そうです。そしてそれを遂行するために私は今から過去と向き合うのです」

後輩男「過去と……過去と!? なんすかそれ!!」

女「あー……ええと、昨日私がしゃべったこと覚えてる?」

後輩男「…元カレのことですか?」

女「そ。それに付随する色んなこと。で、今からね…」

新人男「あ、女さん。お約束の男さんて方がお見えになってます。第二会議室にお通ししてます」

女「あ、ありがとう」

後輩男「え、まさか」

課長「後輩男―」

後輩男「え、あ、はい!」

女「ふう。不本意ながら、超緊張する。じゃ、あとでね」

後輩男「あ、はい(まさか元カレがここに…?)」

第二会議室

男「……」

男「……」

コンコン ガチャ

女「失礼します」

男「あ、こんにちは。お世話に、なって……おります」

女「……」

男「……」

女「……」

男「……だっはっはっはっは!!」

女「……ひゃっひゃっひゃっひゃ!!」

男「な、なにお前、ひ、人の顔見たとたん、いきなり大爆笑し、してんだよ、ぶわっはっはっはっ!!」

女「そ、そ、そっちこそ! あっはっはっは!!」

男「はっはっはっは! いや、いや、ふう…落ち着け…。仕事の話をするんだろ…ふう、ふう」

女「ふう、ふう、ふふふ…」

男「くくく…」

女「………」

男「………」

男・女「………くっ、ぶわっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!」



男「いやー、笑った笑った」

女「人の顔見て笑うとか超失礼」

男「こっちのセリフだよ」

女「でも、そっかー、働いてんのね、男くん」

男「働くよ、そりゃ。……ニヤニヤしてんじゃねえよ」

女「そっちこそ」

男「ええと、で、なんだっけ。新商品がどうとか?」

女「ああ、そうそう、ええと、これなんだけどね」

男「スパークリングワイン。へえ。『カーニバル』。すげえ名前」

女「これの販促企画を考えてるんだけど、どうもパッとしなくてさー」

男「これの売りは?」

女「ちょっと面白いのよ。今さ、低アルコール流行りじゃん。そこをあえてこの子は、ガツンと強めのアルコール度数で、しかも炭酸も強め」

男「へえ」

女「いわゆる肉食系? ああいう人たちをターゲットにしてんの」

男「ストロン○ゼロみたいなもんか」

女「ああ、そうかも」

男「具体的に言うと、ターゲットはオトコになるのかな」

女「うん、20代~40代の肉食系男子がターゲット」

男「肉食系男子の定義は?」

女「え? あー、うちなりのってことよね。うーんと、たぶん、ない」

男「そりゃよくないね」

女「そうね。確かに」

男「今まではどんな販促とか広告やったの?」

女「えっとね、この、男くんには縁のないこういうイケてるメンズが読みそうな雑誌に広告ページを載せてます」

男「ふーん。たけーんじゃねえの?」

女「うん、すっごい高かった。けど、まあ、ここの出版社とは付き合いあったし仕方ないんだよね」

男「え、直でやってんの?」

女「うん、これに関してはね。で、12月号まで展開予定です」

男「だったらそれに連動させたいね」

女「ほほう?」

男「広告ページって、要は記事広告だろ?」

女「うん」

※記事広告
→雑誌・新聞でよく使われる手法。一見、ただの広告には見えないように、記事仕立てにし、読者の興味をよりよく惹かせる。

男「例えば、イベントとかサンプリングとかやるんなら、それの告知とか報告に誌面を使うとか」

女「あー、なるほどね」

男「ていうか俺に縁のないってそんなことねえし。読んでたし」

女「おそっ」

男「ていうか、なに? お前一人でやってんの?」

女「いや、チームで今、企画出しの段階なんだけど、全然良いアイディア浮かばなくてさ」

男「ふーん。で、うちはどうすればいいの? 企画案を持ってこようか?」

女「あ、うん、助かる。時間ないんだけど、いいかな?」

男「いいよ。プレゼンってことね。オッケー。じゃあ、もういくつかヒアリングさせて」

女「はーい」

めちゃくちゃ久々だな。7年ぶりぐらいに見たわ
愛子ちゃんの話以降ってあんの?

>>68
これがそれです。

1時間後

女「で、ですね。男くんは私に言ったんですよ。『おいお前、俺はお前が好きだぞ』と!」

課長「うわー、感動! すごく良いシーンじゃないですか!」←女がおせーから様子見に来たら男にはまった

男「いやもう、若気の至りってやつですよ」

女「そこで私は彼に、こう、黄金の右チョップを……」

男「んん? いや、それは順番が逆だろ。なんかそれじゃ俺がすげーワイルドにふられたみたいになるじゃん」

女「そうだっけ? もう昔のことだから忘れた」

男「うっそだろ、お前…」

課長「お前、『忘れられない彼との思い出があるんですよ』って言ってたじゃねえか…」

女「困っちゃいますね」

課長「もうほんとにねえ、いっつもこんな感じなんですよ。学生の時からそうでした?」

男「昔のほうがもっと無茶苦茶だったと思います」

女「成長しました」

課長「そうか…。もっと成長していってくれな」

女「承知しました」

男「…あ、もうこんな時間だ。すみません、長居してしまいまして」

課長「あ、いえいえ、こちらこそ長い時間ひきとめちゃって。それじゃ、男さん、企画のほう、お願いしますね」

男「ええ、急ぎつつ、考えられるだけ考えてみます」

課長「で、その、予算も調整しつつ、他のアイディアも出しつつなので…、その、必ずご一緒出来るっていう確約は…。それに予算も限られていますので…」

男「ああ、はい。委細承知しています」

課長「すみませんね」

男「とんでもない。それでは失礼します」

課長「はい。それでは、よろしくお願いいたします」

男「こちらこそ」

女「私、エレベーターまで送ってきます」

課長「うん、送って差し上げて。男さん、では」

男「失礼します」

エレベーターホール

女「イサイショウチシテオリマス」

男「…なに」

女「語彙が増えたね。人は変わるね」

男「お前は相変わらず俺を馬鹿にし続けるな、ずうううっと」

女「人は変わるね。でも、変わらない部分もあるね」

男「ふふ、やかましいわ」

女「でも、よかったよ、来てくれて」

男「ん?」

女「課長もたぶん男くんのこと気に入ってたし、私も勉強になった」

男「そう。そりゃ良かった」

女「飲み行こうね、近いうち」

男「うん、行こう」

女「普通に」

男「ん? ああ、普通にな」

女「一緒に仕事出来たらいいね」

男「そうだなー。ま、頑張りますよ」

女「うん。あ、エレベーターきた。じゃあね、男くん」

男「おう、じゃあまた連絡するー」

女「……また、無駄なこと思い出しちゃったよ。くそっ」

エレベーターホールの隅っこ
後輩男「(女さん……)」

後輩女「(なにこいつ、女さんのことずっと見てる…。ストーカーなの!? フラれてストーカーと化したの!?)」

後輩男「……働くぞ」グスッ



課長「ん?」

後輩男「ですので、どこがダメなのか、教えてください!」

課長「いやだから全部だって」

後輩男「ど、どういうふうに全部ダメなのでしょうか!」

課長「…カーニバルのターゲットは?」

後輩男「に、20代~40代の男性です!」

課長「この商品はそんなターゲットにどんなベネフィットを与えるべきか。そして我々はそれをどう訴求するべきか。ターゲットのインサイトはなんなのか。そもそもターゲット、20代から40代の男性と一口に言うけれども、彼らは何者なのか。そういったことに対するお前の考えがまったくこの企画書にはない。考えがないからビジョンもない。ビジョンがないから企画が空疎に見える。空疎な企画でモノが売れるか? いや売れない。……まだ言おうか?」

後輩男「」

課長「一言で言えば、『全部ダメ』ってこと。言葉を代えて言えば、『この企画書にはロジックがない』。はい、以上。やり直し」

女「(ひ、ひえー…)」

後輩男「あ、ありがとうございました」

課長「んー」

女「(おそろしー)」

女「(…あ、そうだ)」

男会社

男「帰りましたー」

社長「おう、男、どやった?」

男「いい話っちゃあ、いい話でした。社長、カーニバルってお酒、知ってます?」

社長「知らん。それがあれか、新商品か」

男「ええ、アルコール度数と炭酸が強めのスパークリングワインってことです」

社長「…売れなさそーーー」

男「そうですね、直感的にですけど俺もそう思います」

社長「で、どういう話になったんや。ぱーっとCMでも撮ろかいっちゅう話にでもしてきたか」←経営者兼CM監督

男「そんな予算はないでしょうね。社長、IマートのMさんに電話してもらっていいですか?」

社長「…ああ、Iマートでの販促案を提案すんのか」

男「流通おさえた提案が出来れば一番話が早いですし、現実的です」

社長「社長を顎で使う平社員なんてお前だけやで」

男「顎で使ってなんてないですよ、お慕い申し上げておりますとも」

社長「殺したろかこいつ……あ、もしもし、Mさんでっか、お世話になってますー。どうでっか、最近。え? あー、よろしいなー。はい、いやいや、ボチボチですわ。それにしても阪神はあきまへんなー。カープが強すぎいうのもありますけどそれにしても金本の采配が…」←トラキチ

男「こりゃ長電話だわ。じゃあその隙に俺は俺で電話っと…」

男「あ、もしもし、私、○○広告の男と申します、お世話になっております。営業男さんいらっしゃいますか? はい、お願いします。……あ、どうも、男です、お世話になってますー。ご無沙汰してすいません、いえいえ何をおっしゃいますか。どうですか最近。え? あはは、本当ですよねー。いやー、カープと言えば営業男さん、見ました? 昨日の菊池の守備。やばくないすかあれ。……そう! 松山が今年はいいんですよ」←カープファン

同僚女「あんたも同類じゃん」




男「――――とりあえずあれですね、最近飲んでないんで近いうち新橋の例のお好み焼屋で連覇を祈願して飲みに行きましょうよ。でね、今日電話したのは、営業男さんが担当かどうかはわかんないんですけど、御社にジョルジュって雑誌あるじゃないですか」

男「そうそう、俺には縁もゆかりもなさそうなってやかましいわ。で、いま、○○酒造が出稿してるでしょ? あれって……まじ!? 営業男さんが担当!? あれってクライアントと直でやってるでしょ? そこにうちが入っていいかなっていうご相談なんですが」

男「……うん、ていうのがね、たまたま、あそこのマーケに俺の知り合いがいて、ほら、カーニバルの販促企画を考えてくれって頼まれて。で、ジョルジュの話になったんですけど、どうせなら出稿記事とも連動した企画を提案したいんですよ。だったら記事制作からうちも関わっときたいなと思って」

出版男『そうなんですか、そりゃ先方がOKならうちは全然かまわないですよ』

男「オッケーオッケー、じゃあ、一回打ち合わせさせてください。えーと、あとでメールしますね。はい、はーい、失礼します」

社長「ええ、はい、あ、じゃあ一回そちらに伺わせますわ。はい、いやいや男の方から連絡させますんで。ええ、はい、よろしくお願いしますー」

同僚女「そして同じようなタイミングで電話を切るっていう。あんたら双子かなんかなんじゃないの」

社長「何をぶつぶつ言うとんねん同僚女。おう、男! Mさん、カーニバル? やったか、その話したら、『そらおもろいでんなー』言うてはったで。あのおっさん、何言うても『そらおもろいでんなー』言うて、まじウケるな。一回、お前の話聞きたい言うてたから、お前の方からも連絡しとき」

男「了解です、ありがとうございます…っと、メールが…、おお、女だ」

『男さま

いつも大変お世話になっております。〇〇酒造株式会社の女です。

本日はご足労いただき、誠にありがとうございました。あのあと上司とも話し合い、来週中には一度、ご提案をいただければという話になりました。
タイトなスケジュールではございますが、何卒よろしくお願いいたします。

これを書いている間、口がひん曲がって飛んでいきそうでございます。

ps.よければさっそく明日、飲みにでも行きませんか? ちょっと紹介したい男の子もいまして…』

男「紹介したい男の子?」

〇〇酒造

女「ねえ、後輩男くん、明日の夜、空いてるって言ってたよね?」

後輩男「え? あ、いや、いまいま、後輩女と飲みに行こうかって話になって」

女「あ、そうなんだ。しまったな」

後輩男「え?」

女「いや、さっき私が応対した人がね、私の学生時代からの…友達なんだけど、彼、広告の仕事してて、ほら、後輩男くん、悩んでるかんじじゃん? 彼に話を聞いてもらったりしたら何かの参考になったりするんじゃないかなと思って、で、明日空いてるって聞いてたから約束取り付けちゃったんだよねー」

後輩女「…(すごく自然に話しかけてるけど、これはフラれたわけじゃないのかな?)」

後輩男「あー、そうなんですか(元カレ疑惑のオトコ…!)」

女「しゃあない、超ひさびさにタイマン飲みでもするか」

後輩男「(そ、それはまずいのではないだろうか…いやしかし…)」

後輩女「(こいつ、あからさまにガッカリしてない? すげーむかつくんだけど)」

後輩女「……はあ」

後輩女「あのー、女さん」

女「ん?」

後輩女「それって、私も参加していいですか? もし良ければなんですけど…」

後輩男「!!」

女「わー! わー! もちろん大丈夫だよ! でも、いいの?」

後輩女「私は大丈夫です。後輩男くんは?」

後輩男「そ、そうですね、せっかくだし、滅多にない機会なんで…」

後輩女「(よく言うよ)」

女「後輩女ちゃんと飲むの久しぶりー! そっちのほうが嬉しいかも!」

後輩女「あはは…」



後輩男「お前…女さんにすげー気に入られてるのな」

後輩女「唯一、年下のオンナだからなんじゃない?」

後輩男「照れて照れてか」

後輩女「照れてないから」

後輩男「それにしてもお前、あれだな」

後輩女「ん?」

後輩男「俺のキューピッドだな。まじありがとうな」

後輩女「…痛い」

後輩男「え? 痛いっつった!? どうした、どっか痛めた?」

後輩女「…大丈夫。ありがと。後輩男には解らないところが痛いだけ」

後輩男「……あー(生理痛とかだな)」

後輩女「(生理痛とかだなとか思ってんだろうなこいつぶっ飛ばしたい)」

翌日 渋谷 居酒屋

女「おおおお、超ウルトラスーパー懐かしい…」

後輩男「よく来てたんですか?」

女「うん、学生のときにはよく。あ! あの店員さん、まだいる!」

後輩女「(はしゃいでる。女さんって可愛いな。私から見ても可愛いんだもん。あーあ)」

女「いやー、男くんの、あ、今から来る友達の名前なんだけどね、男くんのファインプレーだよこれは」

後輩女「思い出の場所なんですね」

女「あはは、そんな大げさなもんじゃないけどさ。大学卒業してから渋谷なんか来なくなったもんなー。なんか男くん、少し遅れるらしいから先に始めてようよ。二人ともビールでいい?」

後輩男「はい」

後輩女「はいじゃないよ、私たちが気を遣わせてどうすんの!」

後輩男「え、あ、そうか」

女「あー、いいっていいって、適当にいこうよ」

15分後

女「ちょっとお手洗いいってきまーす」

後輩男・女「あ、はーい」

後輩男「…どう思う」

後輩女「ん?」

後輩男「元カノと飲むのに思い出の場所を選ぶなんてさ。これは明らかにより戻しを狙ってんじゃないかと俺は思ってるんだけど」

後輩女「……え!? その男さんって人、女さんの元カレなの!?」

後輩男「多分」

後輩女「まじかー! えー、なにそれ。私、そんな場にいていいわけ!? 一気に帰りたくなってきたんだけど!」

後輩男「今さら何を言う」

後輩女「いやいやいや、ていうか知ってるんなら先に言っといてよ!」

後輩男「それはごめん」

後輩女「……あのさ、一つ聞いていい?」

後輩男「ん?」

後輩女「後輩男くんって、女さんに告白した?」

後輩男「え? いや、してないけど…」

後輩女「この前、女さんと飲みに行った次の日、泣いたって言ってたじゃん? あれは何で?」

後輩男「…あー」

後輩女「告白してフラれたんじゃないのまじウケるとか思ってたんだけど」

後輩男「おい」

後輩女「違うの?」

後輩男「それは…やばい帰ってきた」

女「ただいまーっと。…何か深刻そうな話してなかった?」

後輩女「いや、カーニバルの企画案について話してたんです」

女「あーね。しっかし課長も言うよね。この企画書にはロジックがないだって。あの人、この夏にマッキンゼー関連の本読み漁ってるらしいよ」

後輩女「…それは、見習うべきとこだと思いますけど」

女「もちろん。馬鹿にしてるわけじゃないよ。でも私、ロジカルがどうとか、すんげー頭痛くなっちゃうんだよね。こちとら美味しい酒を作って売りたいだけだってのむはは」

後輩女「(なんでこんな人のことを好きになったんだこのオトコは)」

後輩男「それな! むはは!」

後輩女「(笑ってるし)」

男「お、いたいた」

女「あ、男くん、お疲れ! 意外と早かったね」

男「そう? ごめんな遅れて。えーと…」

女「あ、紹介するね。こちら男くん。私の大学んときの友達。で、こちらがうちの会社の後輩男くんと後輩女ちゃん」

後輩男・女「初めまして。よろしくお願いします」

男「こちらこそ! ごめんさいね、テーブル越しに名刺交換しちゃって」

後輩女「(ふうん? 感じ良い人じゃん?)」

後輩男「(嫌な奴だ嘘くさい笑顔に嘘くさい感じの良さに嘘くさい嘘くさい)」

女「なんか男、お兄ちゃんに似てきたね」

男「やめて」

女「いやなんか、如才のなさ加減がそっくりよ。さすが兄弟」

男「血はつながってないけどね」

後輩男・女「!?」

女「なんでそんな人の道に反した嘘をつくの。しかも初対面の人の前で」

男「すいませーん、生ビールください!」

女「いやまじでお兄ちゃんそっくりだわ」

後輩男「(なんだこいつ、ふざけやがって! 女さんのフォローがなかったらめちゃくちゃ気まずい空気になってたじゃねえか! 信頼してんのか! 女さんを信頼してんのか! こいつだったら拾ってくれるわと!)」

後輩女「(なんか捉えどころのない人だなあ)」

カンパーイ

男「いやー、懐かしいね。そもそもお前と飲むのが久しぶりだし」

女「年末以来? あ、そうそう、言おうと思ってたんだけどお店のチョイス、ナイス。ん? チョイス、ナイス。韻をふんじゃったけど気にしない方向で」

男「なんか久々に来たくなってさ。女も久しぶり?」

女「卒業してから初めてだと思う」

男「まじか。俺はちょいちょい来てたなー。お二人はよくこいつと飲むんですか?」

後輩男「(こいつ呼ばわり!!! きーーーーっ!!!!)」

後輩女「私はそうでもないんですけど、後輩男くんはたまに飲んでるよね?」

後輩男「…そう、ですね」

男「ふうん、後輩男くんも結構飲むほうなの?」

後輩男「まあ、じゃないと酒の会社なんかに入りませんよね」

後輩女「(感じわるっ! 後輩男、気付けー! おまえいま、この店で一番感じ悪いってことに気付けー!)」

男「あ、そうだ、そこ俺も聞きたかったんだけどさ、下戸の人ってやっぱ酒造メーカーにはいないの?」

女「いないってことはないだろうけど、私は知らないなー。そう言われてみると、皆、やっぱ結構飲む人たちばっかかも」

後輩女「(変な空気になりそうなところをさりげなく戻した! この人、できるぞ! おい後輩男! お前、勝ち目あんのか!? 私はないと見た!)」

女「私なんかはやっぱ飲んで暮らしたい! という高尚な思いが昂じてこの会社に入ったみたいなもんだし。後輩男くんもそうだよね?」

後輩男「そうですね」

男「へえ。後輩女さんは?」

後輩女「私は…そうですね、人並みに好きだとは思いますけどこの二人には勝てません」

男「女と同じくらい飲めるって、そりゃ後輩男くん、すごいね」

女「あ、でもね、やっぱ学生んときみたいには飲めなくなったよ」

男「あー、まあそれは俺も同じかな。年齢ってこともあるんだろうけど、何より次の日のこと考えちゃうよな」

女「ほんとそれ。猪突猛進ができなくなった」

男「勇猛果敢に攻められなくなったよな」

女「乾坤一擲が難しくなった」

男「お前に一番似合わないセリフだな、それ」

女「弱肉強食が…」

男「それは関係ない」

後輩女「(ああ、このやりとり……)」

後輩女「(本当に仲のいい二人だったんだなあ…)」

後輩女「(なんで別れちゃったんだろう)」

後輩男「(呪呪呪呪呪呪)」

男「あ、でさ、カーニバルの話なんだけど」

女「あ、酔っぱらう前に話しときたい!」

男「ちょっといくつか考えてはみたんだ」

女「あ、その前にさ、ええと、後輩男くん、いい?」

後輩男「あ、はい」

男「ん?」

後輩男「(ここは女さんの顔を立てよう…)あのですね、僕もカーニバルのプロモーションの企画を考えてはいるんですけど」

男「うん」

後輩男「こう…なんて言えばいいんだろ?」

後輩女「ええ、私にふってくるの? 実際に企画書を見てもらったら?」

後輩男「え、いやでもこれ社内用の資料だし…」

女「別に社外秘が載ってるわけじゃないんだから問題ないよ。私も実際に持てもらった方がいいと思う。あ、男くん、いい? なんか先生みたいなことしてもらうかもしれないんだけど」

男「うん、全然かまわんよ」

後輩男「…あ、じゃあ、これなんですけど」

男「はい、拝見します」ペラ ペラ ペラ

後輩男「…どうですか?」

男「…これ、女には見てもらったの?」

後輩男「あ、はい、一応」

男「お前は何て言ってあげたの?」

女「なんて言ったっけ?」

後輩男「ええと、何て言ったらいいか解らないけど、いいね、とはならない、と」

男「頼りになる先輩だわ」

女「お、このやろー、大人になって皮肉を覚えやがったな?」

後輩男「それで、課長には『全部ダメ』って言われたんです。この企画書にはロジックがないって」

男「ふうん。…ああ、まあ、そうかもね」

後輩男「…」

男「この商品のターゲットって、30代以上の肉食系男子だっけ?」

女「うん」

男「肉食系男子ってのが何なのか整理できてない感じがするね。だから彼らのインサイトもうまく考察できてないし、そもそもこのカーニバルってお酒が彼らにどんな価値をもたらすのかというか、後輩男くんがどんな価値を与えたいと思ってるのかが見えてこない」

後輩男「!!」

女「あー、課長と同じようなこと言ってる」

男「俺さ、課長さんには一回しかお会いしてないから確信的なことは言えないけど…この企画書にはロジックがないっていうのは、上司がよく言ってくる言葉なんだって」

女「へー」

男「で、そう言ってくる上司には2種類あって、『とりあえずこう言っときゃ格好つくだろう』って人。つまり、自分もちゃんとロジカルにその企画書のダメなところを指摘できないタイプ。こういう人にはいくら『どこがダメなんですか』って聞いても教えてくれない。だって自分も解ってないんだから。こういう人は『自分で考えろ』とか『ダメなもんはダメなんだ』で逃げる。もう一つはちゃんとどこがダメなのかきちんとロジカルに把握しているタイプ」

女「あー。課長は…」

後輩女「間違いなく後者ですね」

男「あ、やっぱり? 人の会社の上役捕まえてこんなこと言うのも不躾だけど、頭よさそうな方だもんね」

女「甘いもんばっか与えてくるけどね。太るっちゅうの」

男「どこがダメなのか聞いた?」

後輩男「ええと…ビジョンがないみたいなことを言われました」

男「うん、その通り。ビジョンがないから行き当たりばったりな印象の企画書になってる。この、『ステーキ店でのプロモーション』っていうのも、『肉食』って言葉に引きずられてるだけじゃん? 肉食っていうのはもっと情緒的な意味もあると俺は思うけど」

後輩男「…」

男「一番大事なのは、ターゲットである『肉食系男子』とはどういう人たちなのか。そして彼らにこのカーニバルをどんな気分で買ってもらいたいのか、飲んでもらいたいのか。そこを決定することだね」

後輩男「………」

男「あー…ごめんね偉そうに色々言っちゃったけど、まあ一つの意見として参考にでも…」

後輩男「男さん…」

男「は、はい」

後輩男「兄貴って呼んで、いいですか?」

渋谷駅

女「今日はありがとうね」

男「いやいや、こちらこそ。楽しかったよ」

後輩男「俺はめちゃくちゃ勉強になりました! 男さん! 今度また飲みにつれてってください! ていうか連絡先教えてください!」

男「う、うん、さっき渡した名刺にLineのIDも載ってるからそちらからどうぞ」

女「超なつかれたね」ヒソ

男「う、うん」ヒソ

女「ええと、男くんはいまどこに住んでんだっけ?」

男「明大前だから井の頭線」

後輩女「え!? 私も明大前です!」

男「あ、そうなんだ。すごい偶然。じゃあ一緒に帰ろうか」

後輩女「はい、ありがとうございます」チラッ

後輩男「…」

後輩女「(いいな、って顔してる! あいつなんなの本当に!)」

女「私と後輩男くんは山手線か。じゃあ、ここで。男くん、またね。後輩女ちゃん、お疲れ様」

後輩女「はい、お疲れさまでした!」

井の頭線 ホーム

男「明大前のどこらへんに住んでんの?」

後輩女「下高井戸の方に歩いて行ったところです」

男「あ、そうなんだ。俺はむしろ新代田方面だわ」

後輩女「いつから明大前に住まれてるんですか?」

男「えーと、去年かな。それまでは四谷に住んでた」

後輩女「すごい良いとこじゃないですか」

男「まあ便利だったねー。新宿でも六本木でも終電気にせず飲めたし」

後輩女「やっぱり男さんも結構飲まれるんですね」

男「うん、女のほうが飲むけどね、多分。あいつより飲む人間は見たことない。俺とあいつと…あと、仲の良い友達が二人いたんだけど、その四人の学生時代の総飲酒量で50メートルのプール三つ四つ、埋められるんじゃないかなー」

後輩女「あはは! すごいですね!」

後輩女「…なんかすいません、今日、後輩男がやたら、その…うざくて」

男「ん? うざいとは思わなかったけど、なんか最初の方、やたら嫌われてんなーとは思ったかな。シャイな子なの?」

後輩女「シャイというか…」

男「ん?」

後輩女「(ああ…、なんかこの人、喋りやすいな…、私も酔っぱらってるし…、聞いちゃおうかな)」

後輩女「後輩男くんは、女さんが好きなんですよ。だから…」

男「ほう!?」

後輩女「(あれ、なんか急に、表情が子供っぽく、というか、悪魔的に…)」

男「いいねいいね、そういうあいつの話を待ってたんよ俺は! いやー、あいつさー、俺のことをいじってばっかりで自分のことは全然喋らないしさ、しかも学生時代は俺の親友と付き合ってたからなんつうの? こっちも気ぃ使って突っ込んで色々聞けなかったしさ」

後輩女「え?」

男「ん?」

後輩女「あ…私、勘違いしてました。男さんって、女さんの昔の彼氏だとばかり…」

男「だっはっはっはっはっは! ないない! 俺とあいつが無人島で二人っきりになったとしても俺らは仲良く滅びることを選ぶぜ?」

後輩女「……そうだったんだ…じゃあ、ああ…完璧、あいつの勘違いじゃん」

男「ん?」

後輩女「あの…後輩男が今日、最初の方、男さんに失礼な態度だったのは、その…彼も男さんが女さんの元カレだと思ってたからで…」

男「……ああ、そういうこと! なるほどね! 冗談じゃねえぞ!」

後輩女「よく言って、聞かせときます」

後輩女「(ああ、でも…)」

後輩女「(ガッカリしている自分も、いる)」

後輩女「(こんな素敵な人が、女さんとよりを戻したがっているんなら、後輩男くんに勝ち目なんてないだろうなって、思ってた)」

後輩女「(だから、後輩男くんがむしろ男さんを尊敬し始めたとき、ホッとしちゃったんだ)」

後輩女「(これで後輩男くんは、女さんを諦めるんじゃないかって…)」

後輩女「(そういう考え方をする自分が嫌だ…)」

後輩女「(ううん、そうじゃない…。そんなことより何より、男さんと女さんが何でもなかったってことによって、後輩男くんが女さんを諦めないだろうってことが…)」

後輩女「(何より、嫌だ…)」

あ、110の男のセリフ、「むしろ新代田方面」っての、ミスですね。そんなもん新代田で降りんかいって感じだ。ええと、「代田橋方面」に訂正です。まあ物語に関わる情報じゃないんでどーでもいーんですが。

よろしくお願いします。

山手線 車内

後輩男「……」ポチポチポチ

女「男くんにメッセージ書いてんの?」

後輩男「はい。早いうちにお礼をと思って」

女「社会人らしくて良いことです」

後輩男「女さんもありがとうございました。ご馳走してもらって」

女「いやいや、半分以上、男くんが出してるし。私は自分のぶんを出したくらいだよ」

後輩男「…その、今でもすごく仲が良いんですね」

女「ん? 男くんと? そうだねー。大学卒業してからは会う機会も減ったけどさ」

後輩男「…あの、つかぬことをお聞きするんですが、前、おっしゃってた元カレって、…男さんのことですよね?」

女「……」

後輩男「(固まってしまった!)

女「……」

後輩男「あ、あの、女さん?」

女「人間、あまりにもあまりなことを言われると、身動きが取れなくなるのね」

後輩男「へ?」

女「付き合ってない付き合ってない! そんな概念がない! 私たちの間には!」

後輩男「え!? そうなんですか!? 俺、てっきり…」

女「違うって! あー、びっくりした」

後輩男「そっか…そっか」

女「え、なに、そういうノリで今日、男くんと対峙してたの? ははは、ウケるんだけど」

後輩男「はい、あの、ぶっちゃけ…」

女「くくくくっ、それ、男くんにも言ってごらんよ」

後輩男「お恥ずかしいです…」

女「まあ面白いからもうちょっとその誤解を続けててほしかったけどね。あ、私ここで降りなきゃだ。じゃあね、後輩男くん。お疲れ」

後輩男「あ、お疲れさまでした。気をつけて帰ってください」

女「うん、ありがとー」

後輩男「……」

後輩男「(あー、よかったあああ…、男さんがより戻しを企む元カレじゃなくてえええ…)」

翌日

有楽町 〇〇酒造

後輩男「課長、いま、お時間よろしいでしょうか?」

課長「ん、どうした?」

後輩男「企画書のことなんですが」

課長「うん、なに、もう書き直したの?」

後輩男「はい」

課長「へえ…そこ置いといて。いま忙しいから、あとで見る」

後輩男「はい、よろしくお願いします」



女「ひいいい、頭いてええ…」

後輩女「女さん、大丈夫ですか?」

女「二日酔いがとどまることを知らないよ…」

後輩女「そんな飲んでましたっけ?」

女「いや、実はあの飲み会の後、拍車がかかって、家の近くの行きつけで2時くらいまで飲んでしまいまして…」

後輩女「ええ? だ、大丈夫ですか?」

女「大丈夫、午前は使い物にならないと思うけど、午前は経費精算にあてるから…今日の勝負は午後からだ…!」

後輩女「え! 経費精算まだやってなかったんですか!?」

女「恥ずかしながら…」

後輩男「後輩女、10時半から打ち合わせ、いい? 報告書の割り振り決めようぜって女さんどうしたんですか、めっちゃ辛そうですけど」

女「恥と後悔に苛まれているのさ」

後輩男「?」

プルルル

後輩男「はい、〇〇酒造、マーケティング部です。あ、お疲れさまです。え? あ、はい。お待ちください。…課長、経理からです」

課長「いない。俺はいま、いない」

後輩男「へ? えーと、…お待たせしました。すいません、課長、ちょっと席外してまして。はい、あ、はい。解りました、伝えておきます。はい、お疲れさまです」ガチャ

後輩女「?」

後輩男「課長、経費シートの提出を大至急お願いしますとのことでした」

課長「わかってる、わかってる! くそっ! 領収書が見つからねえ! どこだー!!!」

後輩女「(課長もかい…大丈夫なの、この課)」

女「なんで私、こんなに居酒屋で飲み食いしてんの…? これが20代女子の生活なの…?」ブツブツ

同日 〇〇広告

男「…」カタカタ

同僚女「ねえ、男」

男「んー?」カタカタカタ

同僚女「なんか手伝うことない? アポがキャンセルされちゃってさー。午後のアポまで時間空いてんだよね」

男「うーんそうだなー、…肉食系男子ってどんなんだと思う?」

同僚女「なにそれ。どういう種類の質問なの」

男「ほら、例の酒造会社の商品、あれのターゲットが肉食系男子なんだって」

同僚女「へえ。先方はどんなふうに定義づけてんの?」

男「あいまいだと思う。とりあえずこっちで仮に定義づけとかないと企画書の書きようがないんだよねー」

同僚女「うーん…こう、なんていうか…バリバリって感じのオトコのことじゃない?」

男「バリバリ?」

同僚女「バリバリ働いてバリバリ遊んでバリバリ飲む、みたいな」

男「そんな感じだよなー」

同僚女「うん」

男「そんなオトコが今時、どんだけいるんだって感じなんだよなー。ターゲット狭すぎ」

同僚女「うーん」

男「であればむしろ…んー、そうだな、それかな…」カタカタカタカタ

同僚女「(お、出たよ、お得意の異次元への旅)」

男「そうだそうだ、そうしよう」カタカタカタ

同僚女「あのー」

男「……ん?」

同僚女「もういいの? 他に手伝えることは?」

男「ないかなー。社長の肩でも揉めば?」

社長「社長の肩、空いてるでっておい、男、そらあかん、セクハラになるんちゃうか?」

男「肩揉めどころかお客さんに抱かれて来いって言ってたじゃないですか」

社長「お前やそれは! 恐ろしいやっちゃなお前は。よりによって社長を貶めるような捏造すな!」

同僚女「いやでも、本当、肩くらいいくらでも揉みますよ。ほんと、この時間、ぽっかり何もやることないんですよね」

社長「そうやなー、ほなお願いしよか」

同僚女「はーい」

男「(……いっぺん、女か後輩男くんに電話して作戦会議しとこうかな」

社長「しかしお前、力強いなー、ゴリラみたいな、いたた!! すまんすまん!!」

男「(の前に、IマートのMさんと〇〇出版の営業男さんと打ち合わせしとくのが先かな)」

同僚女「社長の肩、鉄板みたいじゃないですか。これくらいの力で泣きごと言わないで下さいよ」

男「(営業男さんとは午後、アポとってるし、Mさんに電話しとかなきゃ)」

社長「いたた…」

男「(ええと、Mさんの番号は…)」

社長「あー!!! いたたたたたた!!」

同僚女「え、そんなに!?」

男「うるせえな、あんたら!」

社長「ぐ……い、いたたた!」

同僚女「え、社長、どうしたんですか? え? 肩じゃなくて、胸、おさえて…?」

男「は?」

社長「」

同僚女「社長? 社長!?」

男「…いやいやいや、え? 社長!??」

同僚女「え、え、え、どうしよう、救急車?」

男「社長! 社長!!!」

同僚女「社長!!!!」

唐突な人物紹介3

社長(57)
広告会社経営者。妹の息子が男にあたる。15年前、大手広告代理店から独立。CM演出家としては結構な有名人なのだが、最近はCM撮影の仕事が少なく、ぶうぶう言っている。この物語の表現上、社員は少なく見せてはいるが、実際には10人ほど社員を擁する。

同僚女(30)
実は男より年上。もともとは北海道のTV局につとめており、その縁で男、社長と出会う。とあるトラブルで窓際業務にされるのだが、それを哀れに思った社長が「東京きてうちに入れば」と言ったら本当に上京してきてまじびっくりである。

〇〇酒造

課長「やっと終わった…」

女「終わりましたね…」

課長「おい、俺ら、ダメ社会人って言われたぞ」

女「メタなこと言わないでください。ダメ社会人なのは間違いないですし」

課長「そんじゃちょっくら俺、出かけてくるわ」

女「あ、はい、行ってらっしゃいませ」

課長「後輩男―」

後輩男「あ、はい!」

課長「ごめん、さっきくれた企画書、データ添付してメールでくれるか? 電車の中ででも見るわ」

後輩男「あ、はい、解りました!」

課長「じゃあ行ってくるわー」




女「うーし、じゃあ、郵便でも出してこようかなっと」

後輩女「あ、私行ってきましょうか?」

女「んーん、いいよ。飲み物とかも買いたいし」

後輩女「わかりました」

女「行ってきまーす」

テクテク
女「…げ」

経理女「…お疲れさまです」

女「お、お疲れさまです(エレベーター、一緒になっちった)」

経理女「…」

女「…(気まずいー! この人、同期なんだけど、あんま話したことないんだよなぁ)」

経理女「…」

女「…あ、あの」

経理女「はい?」

女「す、すいません、いつもうちの課がご迷惑おかけして…」

経理女「…」ジロジロジロ

女「(おおう、すげーじろじろ見られてる!)」

経理女「いえ、それも私たちの『仕事』ですから」

女「…すみません」

経理女「…」ジロジロジロジーロジロ

女(ひいい!!!)」

病院

男「安静時狭心症、ですか」

医者「ええ。もともと血圧の高い方のようなのですが、そこにストレスなんかも加わったのでしょう。まだ軽い段階なので失神するほどの発作というのは珍しいのですが、日ごろの疲労や睡眠不足もたたったんでしょうね。とりあえず今日一日は薬を投与しながら入院してもらいます」

男「そうですか」

医者「患者さんにご家族は…?」

男「…ああ、一応、とりあえずは僕が近親者ということでお願いします。彼の甥です」

医者「そうですか。解りました」

病室

社長「いやー、しかし焦ったで、正味な話。胸がぐわー痛ぁなってやな、あいたたたー思ぉてたら、すーっと気が遠くなるんやもん。こらあかん死んだわ、思えば僕の人生暗かったと、わしはそこでこの人生を振り返ったね」

同僚女「社長、病人なんだからもう少し安静にしたらどうですか」

社長「安静にするくらいなら死んだ方がましやってまじで! おう、そういえば同僚女、わしのPCは持ってきてくれとるやろうなあ?」

同僚女「んなわけないじゃないですか!」

社長「なんでやねん。ほな、悪いねんけど会社帰って持ってきてくれへん? あ、この病院、Wi-Fiあんのかな。それも聞いてきて」

同僚女「何言ってんですか。一日くらい仕事のこと忘れてくださいよ」

社長「誤解すんなよ。わしが仕事のこと忘れへんわけとちゃうぞ。仕事の方がわしを忘れてくれへんねん」

同僚女「何ですかそれ…」

社長「それはそうと、男はどこおんねん」

同僚女「男は下で先生の話を聞いてます。専務さんが多分もうすぐこっちに着くかと思います」

社長「専務に言うたんか。あー、こんでええ言うてくれ」

同僚女「へ?」

社長「死ぬような騒ぎちゃうねんから仕事してもろうたほうが経営者としては助かるしやな」

同僚女「いや、そうは言っても…」

看護師「社長さーん」

社長「はいはい!」

看護師「ご気分はいかがですかー?」

看護師「ご気分はいかがですかー?」

社長「ぼちぼちですわ。看護師さん、わし、いつ退院できまっしゃろか」

看護師「そのあたりの説明も含めて、今からもう一度先生に診察してもらいますからね。この車いすに乗ってくださーい」

社長「車いす! おい同僚女! 車いすに乗ったわしの写真撮ってくれ!」

同僚女「はいはい、どうにでもしてください…」

病院 ロビー

男「…」

専務「男!」

男「あ、専務、お疲れさまです」

専務「大変だったなぁ。社長はどこに?」

男「たぶん病室にいると思います。狭心症とのことで。とりあえず命に別状はないみたいです」

専務「そうかそうか、そりゃ良かった。…で、男はそこで何をしてたんだい? まるで途方に暮れた子供みたいな風情だったけど」

男「…いや、まあ、そりゃ、多少のショックを受けましたので」

専務「…」

男「…」

専務「まあ、あの人は殺したって死ぬような人じゃないし、まだまだ働いてもらわなきゃいけないんだけどさ。まあ…びびるよな」

男「…そうですね。少し」

専務「狭心症…心臓か…。まあ…、お前らには絶対言わないだろうけど、いま、会社の経営、良くないのさ」

男「そんな気はしてましたけど…」

専務「多分、お前が思ってるよりも深刻。俺が社長だったらあんな毎日うはうは笑ってられねえよ」

男「そんなに、なん、ですか…」

専務「うん。で、まあ、お前にくらいはそこらへん言ってもいいんじゃないかって俺は言ったのよ。まあ、甥だし? うちのエースだし? 危機感持ってもらいたいし?」

男「…」

専務「でも、社長は絶対あかん、ってな」

社長『そこの苦しみはわしとお前の二人だけで味あわなあかんことや。あいつにはなぁ、のびのびやってもらいたいんや。いらん心配せんと、クライアントのことだけを思って、仕事してほしいねん』

男「…」

専務「そもそも社長がこの会社立ち上げたのは、クライアント本位であるべきはずの広告の仕事が、前の会社で出来なかったってことがある。クライアントのためを思って、なんて考え方は、社長が前にいた会社だと青臭い笑い話としてしか扱われなかった」

専務「とにかく売り上げを! もちろん、それは、民間企業としては一つの正しい在り方だ。間違っちゃいない。けれど社長はそれにNOを突き付けた。NOを突き付けた人間が出来るのはただ一つ。自分の会社を作って、自分の理想を証明することだけだ」

専務「その青臭い理想に共感して、俺も前の会社からくっついてきた。でもさ、言うは易し、行うは難しなのな。会社が運営できなけりゃ理想もくそもない。開業当時、そりゃまあ俺らはそれこそ泣きながら毎日『ちくしょう』って気持ちをかみしめてた」

専務「社員も増え、なんとか経営も軌道に乗って、で、お前が入ってきた。お前はすぐに社長の理想通りのことをした。まだろくに敬語も使えないときに、お前は社長に啖呵を切ったんだ」

男『いや、おじさ…社長! それってつまりうちのための企画になってませんか!? クライアントのための企画にしなきゃ、こんな仕事の、意味が、ない、と、思い、ます、が、いかがでしょうか…』

専務「まあ、啖呵というか最後には独り言みたいになってたけどさ」

男「ものすごく睨まれた覚えがあります…」

専務「あれは、感動してたのさ。嬉しかったんだ。その日の夜、久々に俺は社長に誘われて飲みに行ってさ、そこで社長は言ったよ」

社長『なあ、専務。あいつにわしらの夢を重ねるっていうのは甘いやろうか。あいつがクライアントのためを思って仕事するのを、わしらが泥をかぶってでも守る…そんなふうにしてやりたいと思うのは、身内としての甘さやろうか』

男「…」

専務「なーに言ってんですか、あいつはまだガキじゃないですかって俺は言ったんだけどさ。まあ、叔父としてはそんなもんかなあと思ったんだ。つうか、本気にしてなかった。ただのうわ言だと思ってたよ」

男「…」

専務「でも、お前は実際、本当に、心から、クライアントの身になって考えられる人間だと俺も解った。能力もついた。クレバーさもある。で、もう30にもなるのに、青臭さを大事にとってる。馬鹿なお人よしだ」

男「…」

専務「それを、俺も育てたいし、守りたいって思った。経営のことでひいひい言うのは、確かに俺らだけで充分だと思った。お前は、なんつうか、社長と俺との、夢なんだ」

男「…」

専務「で、だ。お前にこんな種明かしをするのは武士道に反するところだ。絶対言ったらあかんって言われてるのにな」

男「…」

専務「ただ、状況が状況だしな。実は前から心臓が良くないとは、解ってたんだ。冗談半分で遺言でも書こうかみたいなことを言ってたけど、あながち冗談ばかりでもないと思う」

男「そうですか…」

専務「何より、あの人はお前の身内だ。……あの人を、支えてやってほしい」

男「……あたりまえじゃないですか」

〇〇酒造

女「報告書の割り振り終わった?」

後輩女「あ、はい」

女「たたき台出来たら、一回、私に見せてねー」

後輩女「了解です」

プルルル
後輩男「はい、〇〇酒造です」

課長『おう、お疲れ』

後輩男「あ、お疲れさまです」

課長『見たよ、企画書。見違えるくらいよくなった』

後輩男「本当ですか!」

課長『うん。まあ、施策案はちょっと弱いけど、ちゃんと論理的な企画書になってる。この調子でやってけば、そのうちホームラン打てるかもな』

後輩男「……めっちゃ嬉しいです」

課長『いや、結論から言うと、ダメなんだぞ?』

後輩男「でも、全然、は、とれたんですよね?」

課長『うん。まあ詳しくはまた帰って。女に代わって』

後輩男「はい! 女さん、課長からです」

女「はいよ。もしもし、代わりました。お疲れさまです」

後輩男「(やった! やった!)」

病院 病室

男「社長、専務来ましたよーって、あれ、社長は?」

同僚女「診察に行った。専務、お疲れさまです」

専務「おお、お疲れ様。社長はどんな感じ?」

同僚女「元気ですよ。会社からPC持ってこいとか言うし」

専務「とりあえず今日は入院だろ? で、今週いっぱい休んでもらおう。そこらへんのスケジュール調整しとかなきゃな。同僚女、ちょっと談話室行って打ち合わせしよう。お前今日の予定は?」

同僚女「14時からアポあったんですけど、リスケしました」

専務「オッケー。男は?」

男「えーと。いくつか電話とメールしなきゃですね。何か打ち合わせしとくことあります?」

専務「男とはとりあえず大丈夫かな。ここに残ってる?」

男「そうですね、そうします」

専務「オッケー。じゃあ同僚女、行こう。じゃあ男、あとで」

男「はい」

男「……」

男「……あーーーーー」

男「……」

男「(めっちゃ、聞きたくなかった話、されたなー)」

○○酒造

課長「ただいまー」

女「あ、お帰りなさい」

課長「後輩男は?」

女「お昼に出てます」

課長「あ、そう。せっかく改めて誉めてやろうと思ったのに、間の悪い奴」

女「褒める?」

課長「うん、書き直してきた企画書が、まあまあ良かったんだよ。まあ、企画案自体は子供の考えたみたいなものだけど、この前俺が怒ったことの意味がちゃんと伝わったみたいで、企画書に一本、筋が通った」

女「へえ(やっぱ男くんのアドバイスが効いたのかな。…あいつすげーな)」

課長「で? お前の企画書は?」

女「へ? あ、私は〇〇広告の男さんと共同でっていうか…」

課長「馬鹿言ってんじゃないよ。それはそれ、これはこれだろ。先輩のお前がそんなんでどうする。書きなさい」

女「……すいません、解りました」

新人「女さんー、〇〇広告の営業男さんからお電話です」

女「…あ」

課長「ん?」

女「いや、なんでもないです」

課長「…」

女「はい、お電話変わりました、女です。お世話になります。…すいません、バックですよね、申し訳ないです、あれで問題ないです。はい、はい、いえいえ、とんでもないです! はい、よろしくお願いします。はい、失礼します」

課長「…女」

女「は、はい」

課長「今の電話は?」

女「…ジョルジュの色校正、あれで問題ないですって連絡をするの忘れてて…」

課長「締切日って昨日だったよな?」

女「…はい」

課長「…昨日、確認メール、向こうさんから来てたよな。俺にもCCで入ってたけど」

女「……はい」

課長「……まあ、今回は修正なかったし、本当に切羽詰まってたら営業男さんから電話があるんだろうし、それ自体、大した問題じゃないけど」

女「…」

課長「たるんでない?」

女「…すみません」

課長「経費精算が遅れるくらいはいいよ。いや、本当は良くないけどさ。それくらいは俺が経理部に頭下げりゃ済む話なんだし。でもさ、本業のほうもおろそかになるって、それはどうだろ」

女「申し訳ないです…」

課長「お前、最近、何かおかしいぞ。悩みでもあるんじゃないの?」

女「え…」

課長「別に相談しろとは言わないけどさ。働いてお給料をもらうってことの意味を少し考えなおしなさい。以上」

女「すみませんでした…」

トイレ

女「……」

女「なんだよなんだよ」ボソっ

女「経費なんか課長だって遅れてんじゃん」

女「後輩男くんだってあれは男くんの話聞いたからまあまあいいのが出来たんだろうしさ」

女「……」

ジャー パタン
女「!!」

経理女「…」

女「(い、いたの!? 独り言、超聞かれちゃった!)」

経理女「…失礼」

女「あ、はい、すいません」

キュッ ジャー
経理女「…何か悩みが?」ゴシゴシ

女「え、いや、ええと」

経理女「もしお昼がまだなら、一緒にどうです?」

女「え?」

経理女「無理にとは言わないけど…ちょうど私は今から昼休憩だから…」

病院 病室

男「……」




男『ビーーーム!!』

クラスメイト『バリアー!!』

男『ずっこいぞ! バリアーは2回までだろ!!?』

クラスメイト2『ぎゃははは!』

ガラガラ
男兄『男!』

男『あれ、どうしたの? 兄ちゃん。先生も』

男兄『男、母さんが……!!』

男『……え?』





男『かあさああん!! うええええん!!!』

男母『あはは、どうしたの、男。そんなに泣いて…』

男『だって、う、う、た、倒れたって…だ、だ、大丈夫なの?』

男母『うん、大丈夫よ。ごめんね、びっくりさせちゃって。お兄ちゃんも。ごめんね? 心配させちゃったね』

男兄『……もう平気なの?』

男母『うん。今日は入院するけどね、大丈夫、大丈夫』

男父『最近、母さんも忙しかったからな。心臓がびっくりしちゃったんだって、お医者さんが言ってたよ』

男『びっくり?』

男母『そう。でももう、びっくりは治ったから大丈夫よ』

男『本当なの?』

男母『うん』

男兄『どういう病気なの?』

男父『病気って…だからびっくりしただけだって…』

男兄『子ども扱いすんなよ!』

男母『……』

男父『……お医者さんが言うにはな』

男父『あんせいじ、きょうしんしょう、だってさ』

ぎゃあああ間違えたあああ!!!

※171の「〇〇広告の営業男」ってところ、「〇〇出版の営業男」に訂正!! ちくしょう!!!





男『すー、すー』

男兄『男、起きろ、男!』

男『んんん……?』

男兄『……病院に泊まってた父さんから、電話があった』

男『んんん…』

男兄『……』

男『……』

男兄『………』

男『兄ちゃん』

男兄『………』

男『なんで泣いてるの?』





『心臓ですって』

『まだ小さい兄弟を残してお気の毒に…』

『男父さん、このたびは本当に…なんと言っていいのか…』

男父『突然のことで私も……何と言っていいのか……』

男『……』

男兄『……』

男『うっ、うっ』グス

男兄『……』ギュッ

男『……に、兄ちゃん』

男兄『……ん?』

男『力強いよ、痛い…』

男兄『我慢しろ、バカ野郎』ギューッ





男「……」

洋食屋

女「ええと、経理女さんとお話しするのって、初めてですよね」

経理女「新人研修のときに少しだけ話したかもしれないけど、そうですね、ちゃんと話すのは初めてかも」

女「経理女さん、同期会とかあまり来ないですもんね」

経理女「……部署の人間関係を円滑にするための飲み会ならまだしも、同期っていうくくりで仲良くなっても仕方ないですし。社内政治も興味ないし、出世したいわけでもないですから」

女「そ、そうですか…」

経理女「…」

女「(こ、この人、なんで私をランチに誘ったの??)」

経理女「私、課長さんが好きなんです」

女「ああ、そうなんですね…」

経理女「…」

女「……んん!?」

新宿
喫茶店

男兄「ああああああ、暇だなあおい」

後輩ノッポ「本当ですね…」

男兄「思い切ってビールいっとく?」

後輩ノッポ「それは思い切りすぎですよ」

男兄「そうでもしないとこの無駄な時間を乗り切れねえよまじで。ビールだめならモンハンでもするかい? おっちゃん、3DSくらいならおごってあげちゃうよ。ほらあそこで燦燦と輝くビックカメラが僕らを見てるよ」

後輩ノッポ「…あんまこういうこと言いたくないけど、ふざけてますよね。とにかく会社には、いるな。ただし営業も、するなって…」

男兄「んー」

後輩ノッポ「会社の売り上げより自分のメンツが大事なんですよ、あのハゲオヤジ。定年までこのスタンスで行くつもりなんですかね」

男兄「いや、無理でしょ。ていうかもう破綻は始まってるし」

後輩ノッポ「そうなんですか?」

男兄「……ノッポくんはあれだね、俺に引けを取らないくらい、社内政治にうといね」

後輩ノッポ「そういうのって仕事に必要ないと思いますし」

男兄「その心意気や良し、だけどさ、実際ノッポくんはしたい仕事も出来ず昼日中からこうやって喫茶店で3杯目のカフェラテを飲んでるわけじゃん」

後輩ノッポ「……男兄さんだってそうじゃないですか。去年までダントツ営業成績一位の人が、こんなところで時間無駄に使って」

男兄「俺、時間の無駄遣い、好きだよ」

後輩ノッポ「……」

男兄「まあ今は、神様がくれた夏休みをエンジョイしとけばいいんだよ。それが嫌ならあのハゲオヤジを告発でも何でもすればいいんだし」

後輩ノッポ「それが出来たら苦労しませんって…」

男兄「……」

後輩ノッポ「はあ…」

男兄「じゃあやっぱビックカメラで3DSを……っと、電話だ」プルルルルル

後輩ノッポ「…」

男兄「……?? はい、もしもし?」

男兄「どうしたの、珍しい。うん。うん? ……まじで? あ、ちょっと待って。場所替えるわ」

店外

男兄「それで? 叔父さんはどうなの?」

男『心臓が悪いみたいで、発作というか、そういうのを起こしたんだけど、とりあえず今は大丈夫』

男兄「ふん…。入院とか手術とかすんの?」

男『手術はわかんない。とりあえず明日まで入院しつつ様子を見るってことになってる』

男兄「……どこの病院?」

男『え? 築地の〇〇病院てとこなんだけど』

男「今から行くわ』

男『え? 兄貴、仕事は?』

男兄「こんなときにまでしなきゃいけない仕事なんてないだろ(ていうか仕事がないんだけど)」

喫茶店

男兄「ノッポくんごめん、俺、ちょっと行くとこ出来た」

後輩ノッポ「客先ですか?」

男兄「いや、完璧プライベートなんだけどさ」

後輩ノッポ「プライベート?」

男兄「俺の叔父が倒れたって連絡あってさ。いま、築地の病院に入院してるらしくって。どうせ仕事ねえし、行ってこようかなと思って」

後輩ノッポ「そうですか…。俺、どうしようかな」

男兄「ついてくる?」

後輩ノッポ「へ?」

男兄「どうせやることないんだし、俺もそんなに長居する気ないし。海鮮丼でも食って帰ろうぜ」

後輩ノッポ「海鮮丼……!」

過去作見てきた 全部見れたか不安だから教えてくれると嬉しい 楽しみにしてる

洋食屋

女「か、課長というのはあれですか、私の課の課長のことですか」

経理女「……」コクコク

女「いや、……えーと、あの人、結婚してますし、最近、ベイビーが生まれたばっかりで……」

経理女「違います。そういう意味での『好き』じゃないです」

女「あ、違うんですか?」

経理女「当たり前じゃないですか。そうだとして、それをあなたに告白する意味、ないじゃないですか」

女「わ、私にこう、橋渡し的なことをしてくれということかと」

経理女「友達でも何でもないのに? そんなに図々しくはありません」

女「そ、そうですよね(あんたのパーソナリティなんか知るか! ほぼ初会話じゃ!)」

経理女「常識で考えてください」

女「(な、なんていうかこの人…)」

女「(嫌な人なんじゃ…)」

経理女「好きというのは、先輩として、ということです」

女「なるほど…? 一緒に仕事とかしたことあるんですか?」

経理女「いえ、直接的にはないです」

女「……(話が見えん)」

経理女「私、出社する前にそこの角のカフェで豆乳スムージーを飲んでから出社するのが日課なんです」

女「あー、あそこのローストビーフサンド美味しいですよね(たけーけど)」

経理女「それは知りませんけど」

女「そ、そうですか」

経理女「で、課長さんもいつもいらっしゃるんです」

女「お店に?」

経理女「ええ」

女「へえ…それは知りませんでした(今度、偶然装って入ってローストビーフサンドおごってもらお)」

経理女「そこでいつも課長さんは基本、新聞を読んでらっしゃるんですけど、勉強もよくされてるんです。私なんかにはよく解らないけれどマーケティングの本ていうんですか? それを開いて、ペンで時折線を引いたりして……。あとはふと、上の方を見ながら静かに何かを呟くんです。とてもこう、真面目で……解ります?」

女「あー、まあ、そうですね、真面目なほうではあるかもしれませんね(いや課長のこと好きだろこいつ絶対。え? なに? 怖いんだけど)」

経理女「つまり私は課長さんのことを尊敬してるんです」

女「そうですか…。ええと…、自分の上司がそんなふうに言われて、嬉しいです」

経理女「……」

女「(なんなのまじでこの人)」

経理女「冷やし中華は好きですか?」

女「はい?」

経理女「私は冷やし中華が人よりも好きな方だと思います。ひと夏に15食は食べています」

女「はあ。それはだいぶ好きな方ですね」

経理女「本当は今日も冷やし中華を食べたかったところなんですけど、女さんに私の趣味を押し付けたくなくて」

女「…それはどうも、ありがとうございます」

経理女「店によって趣が全然違うんです、冷やし中華って。具材の種類、量、麺の硬さや太さ、タレの味…、そんな中でも私が一番好きなのは東銀座にある『K』という中華料理屋の冷やし中華です」

女「……へえ(何の話なの。私は何を聞かされているの)」

経理女「そこはランチで行くには少し遠いので、大体、勤務が終わってから、夕食をとりにいくんです。直近で行ったのは先週の水曜日です。その店にはテーブルとテーブルとの間に衝立があって、隣を簡単にはうかがえないようになっているんですが、声は聞こえます。私、びっくりしたんですけど、その日、課長さんの声が隣から聞こえてきたんです」

女「へえ!?」

経理女「しかも課長さんは、うちの課長とご飯を食べていたんです」

女「あー、そういえばあの二人、仲良かったですよね」

経理女「課長さんは、女さんの話をしていました」

女「へ!!?」

経理女「一語一句、完全に覚えているわけではないですけど、お二人はこんな話をしていました」

課長『いっつも迷惑かけてすまんね』

課長『精算の話? あー、まあ別に、デッド中のデッドは守ってくれてるし、うちの課の子たちも、お前んとこはそんなもんだってもう慣れてるし』

課長『かたじけない…』

経理課長『まあ、お前んとこっていうか、お前と女さんだけど』

課長『いやあ、そうなんだよなあ。あいつ、優秀なんだけど、似なくていいところが俺に似てんだよ』

経理課長『へえ』

課長『なに?』

経理課長『お前が部下褒めたの初めて見たぞ』

課長『うそつけ、結構褒めるぞ』

経理課長『いやー、部下を優秀って褒めたのは初めて見た』

課長『まじで? それは俺の求心力に関わる話だな』

経理課長『悔い改めたほうがいいんじゃないの』

女「……」

経理女「そういうわけで、女さんという人は、私の中で、気になる存在になってたんです」

女「ああ、それは、どうも…」

経理女「さっき、トイレの中で、不満というか文句、言ってましたよね」

女「いや、まあ、ええと」

経理女「あれは、課長さんに対してなのかなって私は思って、だから、ランチに誘ったんです」

女「……」

経理女「女さんが何に不満を持っているのかは私には解らないけど、上司が自分のことを評価しているってことを知るのって、その不満を解消するのに役立つんじゃないかなって」

女「なんでですか?」

経理女「え?」

女「ほら、私たちって、お話しもろくにしたことないじゃないですか。同期とはいえ、仲がいいとも言い難い。ごめんね、こんなこと言って。でも、だから、気になっちゃって。どうして経理女さんはわざわざランチにまで誘ってそんなことを教えてくれたんだろうって」

経理女「さっき言ったように、女さんは私にとって気になる存在だからです」

女「ええっと…それってどういう…?」

経理女「…? 言葉そのままの意味ですよ?」

女「…」

経理女「気に、なるんです。女さんが」ニコ

女「……!!」ゾワーッ

茶を濁しました。

>>200
このシリーズの過去作(ってほど大げさなものではないですが)は、
http://minnanohimatubushi.2chblog.jp/archives/1237209.html
http://minnanohimatubushi.2chblog.jp/archives/1284938.html
http://minnanohimatubushi.2chblog.jp/archives/1487150.html
以上、3つです。

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