【ポケモンSM】ヨウ「夢か、約束か」 (247)

シロガネ山――。

ジョウト地方に位置する巨大な山であり、過酷な環境に加えどの地方よりも桁違いに凶暴な野生のポケモンたちが巣食っていることから、オーキド博士に認められたトレーナーだけが立ち入ることを許されている。

かつては、生ける伝説と呼ばれたトレーナーが修行をし、その力を高めた場所と言われており、そこで修行することはトレーナーにとって一種の名誉とトレーナーたちの間では語り継がれている。

その山頂にて雪が降り注ぐ中、少年と少女が向き合うように立っていた。

ヨウ「……」

リーリエ「……」

ヨウは迷いを湛えた黒い瞳でリーリエを、
リーリエは強い意志と決意で燃えた翠色の瞳でヨウを、それぞれ見据えていた。

お互いの手にはモンスターボールが握られており、今まさにポケモンバトルが始まろうとしていた。

身体を突き刺すような風が吹き荒れる中、奇しくも相反する両者は『その時』がやってくるまでの間、お互いから目を離さないまま、ここに至るまでの出来事を振り返っていた。

全てが始まったのは、半月ほど前のことだった。

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ヨウ「夢か、約束か」

~約束の章~

――わたしは……トレーナーになって……ヨウさんと旅をしたいな……

――夢と呼べるかわかりませんけど……かあさまのことも、全部片付いたら、してみたいと思ったことです




わたしが困っていると、いつもいてくれた男の子

その人は、スカル団に襲われた時も、エーテル財団に捕まった時も、かあさまとの決着の時も、自分のことのようにそばにいて戦ってくれて……わたしを守ってくれた

強くて優しくて、とっても大きな夢を持っていて、そんなあの人の温かさに触れて、いつのまにか惹かれて……

でも……かあさまの全身に回った毒を治すため、そしてわたしの夢を叶えるため、カントーに行くことになったのですけど、それでも彼に対する想いは日に日に強くなって……

だから、あの人がいない間、全身が引き裂かれるような孤独と戦ってきました

でも、そんな日々とはサヨナラです

だって、これからあの人のいる、アローラに戻るのですから!

そして、彼と交わした夢と約束を一緒に果たすのです!

リーリエ「見てください、かあさま! アローラ地方が見えてきました!」

遠くに見えるアローラの島々を、わたしは嬉々とした表情で指さしました。
そんなわたしの様子を、かあさまは微笑ましげに見つめていました。

ルザミーネ「ふふっ、そんなにはしゃいじゃって……」

わたしは甲板から身を乗り出しながら、アローラの島の一つ――メレメレ島を眺めました。
あの島には、わたしを支えてくださった大切な人達が住んでいます。

ククイ博士、ハラさん、ハウさん

そして、ヨウさん

またみんなと出会える……そして、ヨウさんとの約束を果たせる。

そう思うと、自然にワクワクしてきました。ナッシー・アイランドで、ヨウさんと将来の夢を語り合った、あの時のように。
わたしは、ヨウさんから渡された大事な帽子を抱きしめながら、これから起きることに思いを馳せていました。

ハウ「おかえりー! リーリエ!」

ククイ博士「おかえり! リーリエ!」

バーネット「おかえりなさい、リーリエ」

リーリエ「……ただいま!」

メレメレの乗船場に着くと、さっそくみんなが出迎えてくれました。
特にバーネット博士なんて、帰ってきたわたしの姿を一目見て嬉しかったのか、目元から涙がこぼれています。

ククイ博士「カントーはどうだったかな?」

リーリエ「はい! アローラの島巡りとは違った発見と冒険が多くて……とっても大変でした。けど、それ以上にトレーナーとしてたくさんの大切なコトが学べました」

バーネット「リーリエ……ちょっと、背が伸びたね」

ハウ「なーなー、カントーってどんなところだったー? どんなポケモン捕まえたのー?リーリエが体験したこと、教えてよー!」

ククイ博士「こらこら、そう急かすものじゃないよ。リーリエだって、帰ってきたばかりなんだからな」

リーリエ「ふふっ、わたしも……カントーで見てきたこと、みなさんにお話したいと思ってますから。大丈夫ですよ」

笑みを浮かべながらも、わたしは三人から目線を外して、船着場のあちこちを見渡しました。



ヨウさんは、来ていませんでした。

仕方ないことです。あの人はアローラ地方を代表するチャンピオン。

リーグへの挑戦者の相手をするだけでなく、チャンピオンとして、アローラ地方のことを他の地方へPRしたり、トレーナーの模範となる活動をしなければいけません。
きっと、時間が合わなかっただけです。

それでも、あの人がこのアローラにいる――わたしの手の届くところにいる――それだけで充分です。

ハウ「どうかしたのー? リーリエ」

リーリエ「えっ? いえ、ちょっとぼうっとしちゃって……」

ククイ博士「実は、リリィタウンで君が帰ってきたお祝いをしようと思っているんだけど……どうかな?」

リーリエ「本当ですか? 嬉しいです! ぜひ行かせていただきます」

ククイ博士「それじゃ、さっそくハラさんにおいかぜ吹かせて会いに行こうよ!」

大切な人達に囲まれながら、わたし笑顔で快く了承しました。
わたしがいない間、アローラで何が起きたのか聞きたいですし、カントーではどんなことを体験してきたのか、たくさん話したいですから。

同時に……その笑顔の裏で、わたしは一番会いたかった、あの人がいないことに一抹の寂しさを覚えました。

ハラ「それでは、リーリエが帰ってきたことを祝って――」

「乾杯!」

みなさんが唱和した後、それぞれが掲げたコップの中身を口にしました。モモンの風味が口いっぱいに広がります。

ハラ「リーリエ、よくアローラに戻ってきてくれました。このハラ、感激して筋肉が脈動しますぞ」

リーリエ「アローラの人たちには返しても返しきれない恩があります。その恩を少しでもお返ししたいですし、トレーナーになった今なら、旅立つ前には出来なかった事もきっと出来ます」

ククイ博士「カントーでトレーナーになったってことは、今の手持ちはカントーのポケモンで固めているのかな?」

リーリエ「はい! 今手持ちにいるのはピクシーさんと、キュウコンさんですが……」

ハウ「キュウコンって、たしかアローラに住んでるキュウコンと他の地方のキュウコンってタイプとか覚える技が違うんだよねー」

リーリエ「ええ、わたしは逆に、アローラのキュウコンさんがこおりタイプであることにびっくりしましたけど」

ククイ博士「是非アローラのキュウコンと他地方のキュウコンが使う技を比較してみたいね。今度勝負してみようよ」

バーネット「もうククイ君ったら、こんな時に研究の話は無し、でしょ!」

ククイ博士「おっとっと、そうだね」

「ハッハッハッハッ!」

ハラさんとハウさんのお屋敷で行われている、帰ってきたわたしを歓迎するささやかな宴にみんなの笑い声が響き渡ります。
その笑い声を聞いて、帰るべき場所に帰ってきた安心感が蘇ってきた気がします。


――でも、やっぱりその輪の中にヨウさんはいませんでした。

どうしてヨウさんだけ、ここにいないのでしょうか。
チャンピオンのお仕事が忙しいのもありますけれど、ヨウさんもハウさんたちと一緒にアローラを旅した大事な人です。
あの人も欠けちゃいけないはずなのに……。

思い切って、聞いてみようかな……。

リーリエ「ハラさんは今でも四天王のお仕事を?」

ハラ「うむ、毎日のようにアローラを制するためにやってくる挑戦者の相手をしておりますな。戦うたび、挑戦者をハラハラさせますぞ」

リーリエ「では、チャンピオンのヨウさんは……お元気にしていますか?」

すると、時間が止まったようにみなさんの動きがぴたりと止まりました。
そして笑顔が消えて、苦いものでも飲み込んだように辛そうな表情に変わっていくのが分かりました。まるでその言葉が来て欲しくなかったかのように……。

ハウ「ヨウはねー……今、アローラにいないんだー……」

リーリエ「え……?」

その夜、わたしはどうしてもエーテルパラダイスに帰る気になれなくて、ククイ博士の研究所のロフトを使わせていただきました。

そのままソファベッドに寝転がりながら、さっきハウさんたちから聞いた話を、反芻しました。
アローラを旅立ってからも、博士は掃除をしてくださったようで、ソファベッドもあの時のまま、綺麗な状態を保っていて、程よい寝心地です。

でも――アローラは暖かい気候のはずなのに、とっても肌寒く感じます。

リーリエ「ヨウさん……どうして?」

クッションを抱きしめながら、寂しさをつい言葉に出しました。
ふと、机の上に置いたヨウさんの帽子と、ハウさんから渡されたマスターボールを見ていると、先ほどの、屋敷での出来事を思い出しました。

ハウさんから放たれた言葉は、わたしの頭にアームハンマーを放たれたような衝撃を与えました。

リーリエ『ヨウさんがアローラにいないって、どういうことですか?』ガタガタ

気が付けば、わたしはこわいかおでハウさんに詰め寄っていました。自分でもどうしてここまで、冷静さを失ったかわかりません。

バーネット『落ち着いて、リーリエ。ちゃんと話すから』

バーネット博士にたしなめられて、わたしはもとの席に座りました。それでも、わたしの胸の内側は嵐のように荒れ狂っているのがわかります。

ハラ『彼がアローラを出て行ったのは、今から数ヵ月ほど前のことですな』

ククイ博士『あいつは、自分の夢を叶えるためにチャンピオンをやめたんだ』

リーリエ『ヨウさんの夢……』

ハラ『ヨウはこう言ってましたな』

――僕は僕を受け入れてくれたこのアローラが好きだ。島巡りの時も、みんなが一丸となって応援してくれた。出来ることなら、ずっとここに住みたい。だけど、いつまでもここでチャンピオンの座であぐらかいていたら、僕の夢が遠のいてしまう

――チャンピオンを防衛している時やバトルツリーに行っているとき、アローラだけでなく、色んな地方のトレーナーと戦った。そこでは様々なトレーナーとポケモンたちが僕に多様な戦術を見せてくれた。僕は自分の視野がとても狭いということを理解したよ

――僕は世界中を回ってあらゆるポケモン、そしてトレーナーたちと戦いたい。改めてそう思ったんだ。そのためには、アローラのチャンピオンでいるだけではダメなんだ

ククイ博士『島巡りを終えて、ポケモンリーグのチャンピオンになる……それだけでも普通の人には大変なことなのに、彼はチャンピオンが自分にとって通過点に過ぎないと言い切ったんだ』

ハラ『彼の抱える壮大な夢と、それに向かう力と覚悟が、あの頃の彼には備わっていました。それがこのハラにもひしひしと伝わってきました』

だからヨウさんはチャンピオンを辞退して、アローラを発ったのです。自分の夢を叶えるために。

リーリエ『それじゃあ、今のチャンピオンは誰が……?』

ハウ『おれだよー。本気のじーちゃんにも勝ってー、ヨウにも何度か勝つ手前まで追い詰めたことあるからねー』

ハラ『我々四天王もしまキングたちもハウがチャンピオンになる事へ反対する理由もありませんからな。……ただ、リーグ本部にチャンピオンを変えるための手続きをするのは大変でしたが』

ククイ博士『それでもすごかったぜ! ハウの実力を見るため、カントーからやってきた四天王やジムリーダーに一歩も引かない戦いをしたんだからな』

ハウ『だからー、ヨウが帰ってくるまでの間はーおれがチャンピオンの椅子を守るのー。ヨウがアローラから帰ってきてーおれと戦うまでは誰もチャンピオンにさせないからねー』

リーリエ『……ヨウさんは、どこに行ったのでしょうか?』

ククイ博士『……わからない。あいつは誰にもどこへ行くか言わなかったからね。ヨウのお母さんも旅に出ることは知ってたんだけど、そこんところ心配してるん』

リーリエ『……』

納得できません。

あの人がみんなに黙ってどこかへ旅立つなんて。

それに、わたしとの約束も、どうなるんですか?

カントーにいたとき、寂しくて、心細かったわたしを支えてくれた一番の理由が、あなたと交わした約束だったのに。


ずっとアローラで、待っててくれるはずじゃ、なかったんですか?

ハウ『あのねーリーリエ』

床に視線を向けているわたしに、ハウさんはなにかを差し出してきました。
それは、どんなポケモンも必ず捕まえられるという最高の捕獲性能を持つボール――マスターボールでした。

そのマスターボールには、見覚えがありました。
このボールがいつ、どこで使われたのか、そして、このボールの中には、どんなポケモンさんが入っているのか、今でも覚えています。

リーリエ『それはソルガレオさん……ほしぐもちゃんのボール、ですか?』

ハウ『うんー。ヨウが、「リーリエが帰ってきたら渡して欲しい」って言ってたからー。おれや博士の言うこともきちんと聞いてくれて、いい子だったよー』

リーリエ『……ありがとうございます』

ほしぐもちゃんの入ったボールを受け取りながら、わたしは困惑するしかありませんでした。
なぜヨウさんは、わたしにほしぐもちゃんを託すようなことを……? ほしぐもちゃんは、あなたと一緒に旅することを望んでいたのに。

まるでわたしたちの関係を断ち切るようにも見えたのは、気のせいでしょうか。

リーリエ「ヨウさん……あなたはどこにいるんですか?」

ヨウさんに逢いたい。
逢って、自分の気持ちを全て伝えたい。

あの人の心を、わたしで埋め尽くしたい。

一体いつからでしょうか。ヨウさんに、こんな気持ちを抱いたのは……。

ヨウ『君は……?』

あの人と初めて出会ったのは、リリィタウンの近く――マハロ山道。
エーテルパラダイスからほしぐもちゃんを連れ出して、まだそう月日が経っていない時です。
その頃のわたしは、自分の意志も持てず、臆病な人間で――目の前でほしぐもちゃんがオニスズメさんに襲われても、足がすくんで動けませんでした。

ヨウ『あの子は、君のポケモンかい?』

リーリエ『あの、その……助けて……ください……ほしぐもちゃんを!』

リーリエ『オニスズメさんに襲われ……でも……わたし怖くて……足がすくんじゃって……』

ヨウ『そうか、ちょっと待ってろ』

わたしが弱々しい言葉を言い終えるよりも先に、ヨウさんは吊り橋を走って、揺れて崩れそうな吊り橋をものともせず、すぐにほしぐもちゃんをオニスズメさんから助け出しました。


結局、ほしぐもちゃんの力で橋は崩れてしまったのですが、カプ・コケコさんが助けて頂き、あの人は、かがやく石を授かったのです。

そして、ヨウさんたちはアローラの風習である島巡りを始め、わたしはほしぐもちゃんを元の場所に返すため、一緒に各地を旅しました。

あの頃は本当に楽しかった……。ククイ博士の言葉を借りるのなら、発見、体験、大冒険の毎日で、わたしもほしぐもちゃんも、自分が追われているという立場を時折忘れてる時があったほどです。

……ですが、ヨウさんと出会って最初の間、わたしはヨウさんを財団の人間と疑っていました。

その時のわたしは、かあさまの言いなりになっていたことに加えて、ほしぐもちゃんを守るために見知らぬ人たちに敏感になっていて、周りの人達全員が敵――それどころか、お世話になったククイ博士やバーネット博士でさえ、心の奥底では疑いの目を向けていました。


わたしは、自分の家族も、お世話になった人達のことも、誰も信じることが出来なかったのです。


ですが、そんな凍てついたわたしの心を溶かしてくれたのは、アローラの方々の大らかな人柄や、いっしょに来てくれたククイ博士やハウさん、そしてヨウさんです。

そしてヨウさんは島巡り中にも関わらず、わたしに色んなことを教えてくれました。

バシャバシャッ!!

リーリエ『……』

ヨウ『!』

ヨウ『よぉ、リーリエ』

リーリエ『ヨウさん……。なにをなさっているのですか?』

ヨウ『水切りだよ。こうやって石を投げると……』シュッ!

バシャバシャッバシャッ!

リーリエ『まぁ……』

ヨウ『決まるとかっこいいだろ? リーリエもやってみなよ』

リーリエ『え? でもわたしは……』

ヨウ『まーまーそういうなって。ほしぐもちゃんもリーリエのかっこいいところ、見てみたいだろ?』

コスモッグ『ピュイ!』

リーリエ『はぁ……分かりました。一回だけですよ?』スッ

リーリエ『……えいっ』ブンッ

ポチャン

リーリエ『……』

ヨウ『……』クスッ

ヨウ『リーリエ、そんな石じゃ飛ばないよ。なるべく平べったい石を選ぶんだ』

ヨウ『それで、下から投げるんじゃなくて、手首のスナップを効かせて、握り方もこう』

リーリエ『こ、こうですか?』

ヨウ『そうだよ。それでやってみな』

リーリエ『……えいっ!』ビュン

バシャバシャッ!

リーリエ『あ……』

コスモッグ『ピピュイ!』

ヨウ『おーっ! 結構飛んだじゃんか。初めてにしちゃ飲み込みが早いなぁ』

リーリエ『そ、そうでしょうか?』テレテレ

ヨウ『あぁ、リーリエには石投げの才能があるのかもな』

リーリエ『それは喜べばいいのか……イマイチ分かりませんね』

そして、アーカラ島では……。

ヌイコグマ『クゥー……』パタッ

ヨウ『よく頑張ったね、ニャヒート』

ニャヒート『にゃあ!』

ヨウ『ふぅっ、随分倒したな。最初、仲間を呼ぶのはやっかいと思ってたけど、ポケモンを鍛えるのにはうってつけだね』

リーリエ『……』

ヨウ『ン? どうしたんだ、リーリエ』

リーリエ『ヨウさん……わたし、よくわからないのです』

ヨウ『何が?』

リーリエ『ヨウさんやハウさんがポケモンさんと一緒に戦ってる姿を見てると、未来への扉を開けてるみたいで、素敵だなって思うんです』

リーリエ『けど、ポケモンさんが傷ついていると、つい目を背けたくなる時もあって、さっきもヌイコグマさんがダメージを受けたときも……』

ヨウ『……そういえば、最初に僕とハウが戦った時も、ゼンリョク祭りの時も、そう言ってたね』

リーリエ『……はい』

ヨウ『リーリエは、ポケモンが戦うのを見るより、触れ合っている方が好きかい?』

リーリエ『はい……というより、今まで勝負とは無縁の生活を送っていたから……というのもあるのですが……』

ヨウ『……そっか』

ヨウ『確かに、君のような人から見れば、ポケモン勝負は野蛮なものに見えるかもしれない。時折、目を覆いたくなる光景もあるから、苦手になるのも分かるよ』

ヨウ『でもね、リーリエの言ってたように、トレーナーたちはポケモンと一緒に未来への扉を開けているんだ』

ヨウ『その扉の先にあるモノ……叶えたい夢のためにね』

リーリエ『夢?』

ヨウ『それは人それぞれだよ。例えば、たくさんのポケモンと出会いたい、強いトレーナーと戦いたい、ポケモンを深く知りたい――老若男女、みんな夢を抱いて生きていくんだ』

ヨウ『トレーナーは、自分のポケモンにその夢と誇りを乗せているんだよ』

ヨウ『そして、ポケモンたちは、そんなトレーナーたちの力になりたいのかもしれないね。そのためなら、傷つくことだって厭わない』

ヨウ『だって、ポケモンにとっての夢は、トレーナーの夢と一緒なんだから。僕はそう思うよ』

ヨウ『そして僕も、ひとりの男としてニャヒートたちと夢を追い続けているんだ』

ニャヒート『にゃあ!』

ヨウ『夢もないまま、ただなんとなく生きていく。そんな空っぽの人生なんて、つまらないじゃないか』

リーリエ『……』ポカン

ヨウさんは石投げのような遊びから、トレーナーの在り方まで、色んなことを、わたしに教えてくれました。

もともとポケモンさんが傷つくことが嫌だったわたしは、ヨウさんの話を聞いて考えを改めて……そうしたら自然と、世界が広くなっていったのです。

子供のような無邪気さを見せたかと思えば、わたしと同い年の人とは思えないような大人びた考えと、それを実行できる行動力もあって……不思議な方でした。

だからこそ、わたしは次第にあの人に惹かれたのかも……。

気が付けば、ヨウさんと一緒にいる時間が多くなっていました。

いっしょにブティックで服を見たり、ポケモンセンターのカフェでカントーでのお話を聞いたり、トレーナーの視点でポケモンさんについて教えてくれたり……時には、偶然を装って、待ち伏せなんかもしちゃったり……。

きっと迷惑だったのかもしれないのに、ヨウさんは嫌な顔せず、こんなわたしに付き合ってくれました。

次第に、ほしぐもちゃんだけだったわたしの心は、ヨウさんで彩られていきました。

そして島巡りの最中……。

ウラウラ島で、ヨウさんがアセロラさんの試練を受けた直後、スカル団の方たちが襲ってきたのです。
その際人質として子供たちのヤングースさんが、スカル団のアジトがあるポータウンに連れ去られてしまい、交換条件としてヨウさん一人で来るよう言われてしまったのです。

ハウ『ポケモンを返してほしければ、ヨウ一人でポータウンに来いって、あいつら言っていたよね……』

アセロラ『スカル団の連中はポータウンを根城にしてるの。15番水道にいる着物の人を探せば、力になってくれるかも……』

子供『これ、あげるから……ヤンちゃん、ヤングース……のこと」

ヨウ『ふしぎなアメ……。わかった、必ず助け出すから、僕を信じて待ってて』

ヨウさんは出口へと向かいました。わたしはたまらず、ヨウさんの手首を掴んだのです。

リーリエ『本当に……行くんですか?』

ヨウ『子供に任せられたんだ。ここで放り出すわけにも行かないだろ』

リーリエ『……でも』

このまま行かせたら、ヨウさんが帰ってこない気がして、胸が詰まるような感覚がしました。ヨウさんを失いたくない。

ヨウ『心配してくれているのか。大丈夫、あいつらには慣れているし……なにより、僕をお呼びなんだろ? それなら堂々と行ってやるのが筋さ』

そのままヨウさんの手首がするりとわたしの手から抜けると、わたしたちに背中を向けてエーテルハウスを出て行きました。

ヨウさんの背中を見て、こんな時、何もできない自分が無性に悔しかったことと、ヨウさんに対する憧れと不安さは、今でも覚えています。

残されたわたしはハウさんやエーテルハウスの子供たちをスカル団から守るため、幹部のプルメリさんに連れられて、エーテルパラダイスに帰ることになったのですが、ほしぐもちゃんがかあさまの計画に利用されようとしていました。

その時も、ヨウさんはエーテル財団の職員さんも、スカル団も押しのけてわたしのそばに現れてくれました。

ヨウ『リーリエ、無事かい?』

リーリエ『……! ウソ……です。ヨウさん……が、助けに来てくださるなんて……。あ、ありがとうございます……!』

そしてほしぐもちゃんを取り戻すことはできたのですが――。
かあさまはグズマさんを連れてウルトラホールへ消えていって、ほしぐもちゃんは姿が変わって動かなくなってしまいました。

結局わたしは、守ろうと思って行動しても、ヨウさんやハウさんに守られてばかりでした。

立て続けに起きた辛い出来事に、わたしは気丈に振る舞うフリをしてかあさまのベッドに飛び込んだのですが……。余計悲しみが増して、無力感に苛まれてベッドの中で泣いて……。
気を紛らわせるために屋敷の外へ出ると、そこにはヨウさんがいて、月明かりに照らされるアローラの海を眺めていました。

リーリエ『ヨウさん……』

ヨウ『よぉ、リーリエか。眠れないのかい』

リーリエ『えぇ、まぁ……ヨウさんは?』

ヨウ『同じだよ。たくさん動き回って疲れてるってのにな。きっと夜のテンションって奴の仕業だね』

リーリエ『夜のテンション……?』

ヨウさんの言葉の意味もわからないまま、しばらくわたしとヨウさんは黙って海と月を眺めることにしました。
遠くを見つめるヨウさんの横顔を見ていると、自然に口から言葉と想いが、滑り落ちてきました。

リーリエ『不思議なんです』

ヨウ『ん?』

リーリエ『かあさまはわたしに……ほしぐもちゃんに、あんなヒドイこと、したのに』

リーリエ『かあさまがいなくなって……辛いんです』ツーッ

リーリエ『こんなにも胸が張り裂けそうで、わたし、どうしたらいいのかわからなくって……!』フルフル

ヨウ『……僕に聞かれたって、分からないよ。自分の親がいなくなるっていうの、まだ分からないからさ』

でも、とそこでやっとヨウさんはわたしへ顔を向けました。

ヨウ『ひとつだけ言えるのはさ、失っちまったんなら、取り戻せばいいんじゃないか?』

リーリエ『取り……戻す』

ヨウ『僕は君たちの家庭の事情がよく分からないけど、もし僕が君の立場だったらそうする』

ヨウ『無理矢理にでもウルトラホールから引っ張り出して、自分たちだって生きていることを、伝えてやるのさ』

リーリエ『言い方がちょっと乱暴な気がしますが……』

リーリエ『……そうですよね。諦めなければ、きっと見つかりますよね』

けれど、まだわたしの中で悲しみがくすぶっていて……ひとりぼっちのような気がしてならなくて――だから、ヨウさんにお願いしました。

リーリエ『少しの間だけ……甘えさせてもらって、いいですか?』

ヨウ『……いいよ』

わたしはそっとヨウさんの背中に手を伸ばすと、彼をぎゅっと抱きしめました。

ヨウさんよりわたしの方が背は高いので、抱きしめてもらう形としてはちょっぴり変な感じでしたが、それ以上にヨウさんのぬくもりが、悲しみで濡れていたわたしの心を癒してくれました。

リーリエ『ヨウさん……わたし、頑張ってみせます』

リーリエ『絶対にかあさまもほしぐもちゃんも、取り戻してみせますから……』

リーリエ『だから……そばで見守っててください』

ヨウさんは手を伸ばしてわたしの頭を撫でると、

ヨウ『ああ、頑張れよ』

リーリエ『ふふっ……ヨウさんからいっぱい、パワーもらっちゃいますね……』

困っている時も、悩んでいる時もいつもそばにいて……助けてくれた。
わたしにとってあの人は――かあさまから離れて、ほしぐもちゃんと一緒にあてもなく暗闇の中を彷徨っていたわたしを照らして導いてくれた、太陽のような人です。

ヨウさんがいてくれたから、わたしは頑張ることが出来ました……。

そしてナッシー・アイランドで雨宿りした時には、あの人の夢と憧れ――わたしがカントーへ旅立つきっかけの一つを聞くことができました。

リーリエ『アローラの雨……スカート、少し濡れました……』

リーリエ『……ヨウさん。わたし、雨を見ると思いだすことがあるのです』

ヨウ『なにを思い出したんだ?』

リーリエ『映画の真似をして、雨の中で歌い踊っていたら、驚いたかあさまが傘もささずに飛びだしてきて……そしたらかあさま、笑顔で……いっしょに歌ってくれたのです……』

リーリエ『もちろん、ふたり風邪をひき……一緒に寝ることになったのに、わたし嬉しくて、何度も何度も、かあさま、起こしちゃって……』

ヨウ『……』

リーリエ『なのに……かあさま、ウルトラビーストのコトだけ考えるようになって……ヌルさんや、ほしぐもちゃんを……』

リーリエ『……わたし、正直、わからないのです』

ヨウ『なにが?』

リーリエ『さっきのように、私と一緒に歌を歌ってくれた、優しいかあさまがいることを、今でもはっきり覚えています』

リーリエ『でも、自分のわがままのために、ほしぐもちゃんやヌルさんにひどいことするかあさまもいて……』

リーリエ『だから、なにが正しくてなにがいけないのか、よくわからなくなって――』

リーリエ『ククイ博士やバーネット博士のように、親切にしてくださる方がいることが分かっても、心のどこかで大人は怖くて、誰も信じることが出来なくなって……』

リーリエ『実はヨウさんのことも、最初に会ったときは、エーテル財団の追っ手と疑ってました……』

ヨウ『……』

ヨウ『そうだな、あんな大きな組織から逃げ出したら、「いつか見つかって捕まってしまうかもしれない」っていう恐怖に付きまとわれるからね』

ヨウ『だから、誰だって信用できなくなる気持ちは分からなくもないな。僕が君の立場だったら、同じ考えをしてたかもしれないな』

ヨウ『……でもね、君に優しくしてくれたルザミーネさんを信じるのか、それとも、エーテルパラダイスで見せたあのルザミーネさんを信じるのか、結局何が良くて何が悪いのか、それは君自身が決めることだよ』

ヨウ『難しいことかもしれない。だけど、誰かに判断を委ねていきながら生き続けても、なにも進歩できないよ』

リーリエ『そう、ですよね』

リーリエ『変わることって、難しいですね。こうやって頑張っても、まだ何もできなくて、なにも決められなくて……』

するとヨウさんは、自信を失っているわたしの右肩に、優しく手を添えてくれました。

ヨウ『大丈夫、これから変えていけばいい。少なくとも、君は変わろうと努力しているんだから』

リーリエ『……ヨウさん』

リーリエ『そういえば、聞きそびれていたことがありました』

ヨウ『なんだい』

リーリエ『アーカラ島でわたしが、ポケモンさんが傷つくのを悩んでいたとき、あなたは「トレーナーとポケモンは一緒に夢を追いかけている」とおっしゃってましたね』

ヨウ『そうだっけ?』キョトン

リーリエ『もうっ! ……それで、その時はヨウさんの話に聞き入って、つい忘れていたのですが……』

リーリエ『ヨウさんがガオガエンさんたちと一緒に叶えたい夢って、なんですか?』

ヨウ『僕の夢か?』

ヨウ『僕の夢は、ポケモンマスターになることだよ』

リーリエ『ポケモン……マスターですか?』

ポケモンマスター――ポケモンにおける、ありとあらゆる強さを極めた人に贈られる、至高の称号。

ポケモンリーグを制覇したり、ポケモン図鑑を完成させただけではそう呼ばれることはまずないです。

長いポケモントレーナーの歴史の中でも、未だにポケモンマスターと呼ばれる人はいません。あの『生ける伝説(リビングレジェンド)』と称された最強のトレーナーのレッドさんですら、そう呼ばれたことは一度としてないのだから。

そんな、右も左もわからない子供が見るような夢を、あの人は本気で目指していたのです。

ヨウ『きっかけは……本当に幼い頃、親と一緒に見たカントーのポケモンリーグの実況を見た時だね』

ヨウ『テレビ越しにトレーナーとポケモンたちが繰り広げる丁々発止の攻防の果て……最後にフィールドのど真ん中で、周りの人から祝福されながら新しいチャンピオンが生まれた光景を見た瞬間、僕は決めたんだ』

ヨウ『あれを超える何かになりたいってね』

リーリエ『ああなりたい、ではなくて?』

ヨウ『……』コクン

ヨウ『アローラの島巡りだって、始まりに過ぎないよ』

ヨウ『お楽しみはこれからだ』ニッ

リーリエ『……すごいです』

リーリエ『やりたいことが決まって、それに向かってもう努力しているなんて。やっぱり、すごいです』

リーリエ『わたしはまだ……そういうはっきりした夢は持ってないです』

リーリエ『持ってないですけど……』

リーリエ『わたしは……トレーナーになって……ヨウさんと旅したいな……』

ヨウ『……』

リーリエ『夢と呼べるかわかりません……ですが、かあさまのことも、全部片付いたら、してみたいと思いました』

ヨウ『……いいんじゃないかな。ささやかだけど、やりたいことがあるだけでも』

ヨウ『きっと叶うよ。諦めなきゃね』

リーリエ『はい! 絶対に叶えてみせます!』ニコッ

ヨウさんがポケモンマスターになるところを、そばで見ていたい。

ただヨウさんとずっと一緒にいたい。

あの人に、わたしの全てを知って欲しい。そして、ヨウさんの全てを、わたしは知りたい。

それだけなのに、そんなあいまいな言葉でごまかして、自分の気持ちに正直になれないまま、わたしたちは笛を手に入れて、ポニ島の祭壇へ向かい、全てを終わらせました。

だけど、チャンピオンになって、みなさんに囲まれて笑い合っているヨウさんを見ると――。どうしてだろう? 手の届かない、遠い存在に見えて、切なくなってしまいました。苦しくて苦しくてたまらない。

リーリエ(ヨウさん……)

やっぱりわたしは、あの人のことが好きで好きでたまらないのです。



自分の本当の気持ちに正直になって、そして初めて叶えたい夢が見つかったのは、あの人がアローラのチャンピオンになった後、ヨウさんが……

――ラリオーナッ!!

リーリエ「……!」

ほしぐもちゃんの声?

ソルガレオ「ラリオーーナッ!!」

リーリエ「ほしぐも……ちゃん?」

気が付けば、わたしは奇妙な浮遊感と供に、暖かくて心地よい空間にいました。
そして、わたしの目の前には、ほしぐもちゃんがいました。
きっとわたしは、ヨウさんとの思い出を回想していくうちに、夢の世界に入ってしまったのでしょう。

ソルガレオ「ラリオォ」スリスリ

リーリエ「まぁ……ほしぐもちゃん、お久しぶりです!」ナデナデ

ほしぐもちゃんがわたしとの再会を喜ぶように歩み寄って、身体を摺り寄せてきました。わたしも、ほしぐもちゃんの大きな頭を優しく撫でてあげました。

以前ヨウさんが、ソルガレオははがね・エスパーの二種類のタイプを持っていることをわたしに話してくれました。

エスパーやゴースト、あくといったタイプのポケモンは、人の精神や心に干渉する力を持っていると本で読みました。だから、ほしぐもちゃんも、こうやってわたしの夢に入ってくることも、おかしなことではないハズ。

ソルガレオ「ラリオ……」

リーリエ「ほしぐもちゃんも……ヨウさんがいなくなって、寂しいのね……」

ソルガレオ「ラリオーナ」

リーリエ「ほしぐもちゃん……?」

ほしぐもちゃんが咆哮を上げたかと思うと、わたしの目の前に映像が浮かんできました。まるで、シアタールームでスクリーンを見ているような感じです。

リーリエ「ヨウ、さん……」

その映像に映っていたのは、悲しげな微笑みを浮かべていたヨウさんでした。

これは……ほしぐもちゃんから見た、ヨウさんでしょうか?

ヨウ『ごめんな……ソルガレオ。僕はもう、君と一緒にいるわけにはいかないんだ』

ソルガレオ『ラリオーナ!』

カプッ

ヨウ『あ痛たっ!』

ソルガレオ『ガウウ……』ググッ

ヨウ『ソルガレオ……』

ヨウ『僕も君とは別れたくないさ。君は、僕とリーリエの思い出の象徴だ』

ヨウ『だからこそ、僕たちが紡いだ島巡りの思い出を、僕の夢で汚したくない』

ソルガレオ『ラリオ……』

ヨウ『リーリエが戻ってきたら、キミは僕ではなくリーリエの夢を叶えてやりな』

ソルガレオ『ラリオーナ……』

ヨウ『そんな顔するなよ。永遠の別れじゃないんだ。きっとまた会えるさ』ナデナデ

ヨウ『その時まで、サヨナラだ』スッ

シュンッ!

そしてほしぐもちゃんは、マスターボールから放たれた赤い光に包まれたところで、わたしは目を覚ましました。

リーリエ「……」

朝日を浴びて、ぼんやりさせた頭をなんとか覚醒させながらもわたしは夢の中でほしぐもちゃんが見せてくれたヴィジョンを何度も反芻しました。

わたしにはヨウさんの言葉の意味がわからなかった。

疑問の果てにわたしが得た結論は、たった一つ――。

ヨウさんに会いたい。

ヨウさんに会って、どうしてほしぐもちゃんを置いていっちゃったのか、どうしてヨウさんの夢がわたしたちの思い出を汚すことになるのか、聞かなきゃ。

そして、ヨウさんと交わした約束と――わたしの夢を叶えるのです!

ポニ島から始まったわたしとヨウさんだけの旅路は、まだ一歩踏み出したばかりなのだから。

目覚めたわたしは、最初にエーテルパラダイスへと戻ることにしました。

理由は二つ……ひとつはビッケさんやにいさまに帰ってきたわたしの顔を見せたかったこと、そしてもうひとつは、ひょっとしたらにいさまならヨウさんのことを何か知ってるかもしれないという――女の勘です。

早速わたしは博士たちに別れを告げて、メレメレ島の連絡船に乗ってエーテルパラダイスに向かいました。

ビッケ「お嬢様、お帰りなさいませ」

船着場に到着すると、早速ビッケさんと、先に戻っていたかあさまが出迎えてくれました。

ルザミーネ「ふふっ、久しぶりに知り合いと会えて楽しかったかしら?」

リーリエ「はい! ハウさんたちといっぱいお話できて……とっても楽しい時間を過ごせました」

リーリエ「……ところで、にいさまは?」

グラジオ「ここだ」

久しぶりに聴くにいさまの声が、中央エレベーターから聞こえてきました。
にいさまはエレベーターから降りると、アローラを出た時と変わらないおかしなポーズとしかめっ面のまま、わたしに近づいてきました。

グラジオ「……よく、戻ってきたな」

リーリエ「……はい!」

顔こそ無愛想そのものでしたけれども、その声色はとても喜びに満ちているものでした。
わたしもにいさまに会えて嬉しいことをアピールするように、にこやかに笑顔で返しました。

目覚めたわたしは、最初にエーテルパラダイスへと戻ることにしました。

理由は二つ……ひとつはビッケさんやにいさまに帰ってきたわたしの顔を見せたかったこと、そしてもうひとつは、ひょっとしたらにいさまならヨウさんのことを何か知ってるかもしれないという――女の勘です。

早速わたしは博士たちに別れを告げて、メレメレ島の連絡船に乗ってエーテルパラダイスに向かいました。

ビッケ「お嬢様、お帰りなさいませ」

船着場に到着すると、早速ビッケさんと、先に戻っていたかあさまが出迎えてくれました。

ルザミーネ「ふふっ、久しぶりに知り合いと会えて楽しかったかしら?」

リーリエ「はい! ハウさんたちといっぱいお話できて……とっても楽しい時間を過ごせました」

リーリエ「……ところで、にいさまは?」

グラジオ「ここだ」

久しぶりに聴くにいさまの声が、中央エレベーターから聞こえてきました。
にいさまはエレベーターから降りると、アローラを出た時と変わらないおかしなポーズとしかめっ面のまま、わたしに近づいてきました。

グラジオ「……よく、戻ってきたな」

リーリエ「……はい!」

顔こそ無愛想そのものでしたけれども、その声色はとても喜びに満ちているものでした。
わたしもにいさまに会えて嬉しいことをアピールするように、にこやかに笑顔で返しました。

グラジオ「リーリエ……朗報だ」

わたしとにいさまは、アローラにいた頃の昔話や、カントーに行ってる間、財団で起きたことなどに花を咲かせながら保護区を歩き回っていると、にいさまが切り出してきました。

グラジオ「オマエと母上がカントーに行ってる間……行方不明になっていた父上の居場所が、分かった」

リーリエ「それは本当なのですか?!」

わたしは思わず身を乗り出しました。

とうさま――モーン博士は、わたしが幼い頃に、ウルトラホールの実験中にほしぐもちゃんを残して行方不明になったのです。そしてかあさまが代わりに、ウルトラビーストの研究を始めるようになったのです。

……思えば、この時から全ての歯車が狂ったのかもしれません。

グラジオ「まだ本人と断定したわけじゃないが、黒に近いグレー……という奴だな。間違いなく、その人はモーン博士だ」

リーリエ「とうさまは……どこにいらっしゃるのですか?」

グラジオ「このアローラから遥か北東にある無人島……そらをとぶかライドギアのリザードンを使わない限りたどり着けない群島だ」

リーリエ「無人島……ですか?」

グラジオ「あぁ、無人島と言っても、相当人の手が入っていたがな。最初に見たときは驚いたが……父上はそこの管理人をしているようだ」

リーリエ「管理人? 管理ってなにをしてらっしゃるのですか……?」

フッ、とにいさまは苦い笑顔を浮かべました。

グラジオ「ヨウのポケモン、らしい。なんでも、島巡りの最中、ヨウがリザードンに乗って空を探索している時に偶然見つけたようでな……そこで父上と知り合ったらしい」

グラジオ「そこで父上に頼まれて、無人島をポケモンの楽園にするために、ポケマメやらきのみやら栽培をしたり、温泉を作ったりと……協力してリゾートのように改造したんだとよ」

リーリエ「……ヨウさん」

こんな奇妙な偶然、あるのでしょうか。

まさかヨウさんととうさまが仲良くしていたなんて……。もしも、この事実がわたし達の耳に入っていたら――きっと、あの悲劇は起きなかったのかもしれなかったのに。

グラジオ「だが、すぐに解決というわけにもいかないみたいだ。父上はどうやら、記憶を失っているらしい」

リーリエ「記憶を?」

グラジオ「一度、直接会いに行ったんだよ。父上に」

リーリエ「……それで?」

グラジオ「オレのことはおろか、かあさまも、エーテル財団のことも何一つ覚えていなかったんだ。覚えているのは二つ……自分の名前と、ポケモンが好き、ということだけだ」

グラジオ「あくまで父上はオレをヨウの友人、という風に扱ってるみたいだ」

リーリエ「それでも……記憶を失ってたとしても、とうさまが生きてくれただけでも充分です! 記憶がなくなっても、ゆっくり思い出していけばきっと……」

グラジオ「ああ、それに……前のようにいきなりいなくなる、というのも、無さそうだしな」

リーリエ「でも、どうしてにいさまが、父上と会うことができたのですか?」

すると、にいさまの顔が暗くなっていきました。

グラジオ「……ヨウがアローラからいなくなったことは、聞いたか?」

リーリエ「……はい」

グラジオ「ヨウが、旅立つ前にその無人島の場所を教えてくれたんだ。『僕が捕まえたポケモンを頼む。その島にはポケモン好きで色々詳しいおじさんがいるから、きっと仲良くなれる』だとよ」

グラジオ「だから今は、オレ『たち』があいつのポケモンを管理してるのと同時に、父上の記憶を回復させつつ、ポケリゾートのノウハウをここで活かせないか、意見交換をしている」

リーリエ「……でも、ヨウさんには、感謝してもしきれません。かあさまを助けてくださっただけでなく、とうさまも見つけてくださったなんて……」

グラジオ「あぁ、そうだな」

リーリエ「改めてわたし……ヨウさんに会いたいです。会って、みんなが心配してること、それからとうさまを見つけてくれたお礼も言って、それから……」

グラジオ「ずいぶんあいつに、熱心なんだな」

わたしの言葉を、にいさまが呆れたようにも、笑ったように言って遮りました。

グラジオ「どうしてヨウに会いたいんだ?」

リーリエ「……わたしは、ヨウさんと約束したんです」

そう言って、わたしはヨウさんの帽子を取り出して抱えました。

リーリエ「わたしがトレーナーになって、アローラに帰ってきたら、お互いに借りた大事なものを返した後、一緒に旅をして、ポケモンマスターを目指そうって」

リーリエ「わたしは……かあさまを治療するだけでなく、ポケモンマスターになろうとするヨウさんにふさわしい人になるためカントーを旅してきました」

リーリエ「正直なことを言えば、どこまで強くなれたかわかりません。ですが、昔のように何もできない自分と決別した今なら、ヨウさんと一緒にポケモンマスターを目指せると思っています」

リーリエ「ポケモンマスターになる上で、あの人はきっと過ちを犯すこともあります。今回がきっとそうです」

リーリエ「あの人は時々……自分の夢を叶えることに熱心になるあまり、周りが見えなくなってしまうこともあって……時には自分自身すら、傷つけてしまう時もあります」

リーリエ「もし夢への道を踏み誤っていたとしたら、かあさまにしてあげたように、わたしがヨウさんを元の道に戻してあげるのです!」

リーリエ「だからわたしは、ヨウさんとの約束を果たすため、そしてヨウさんを助けるために、あの人に会うのです」

グラジオ「……」

グラジオ「オマエらは本当によく似ているな。口を開けば夢に約束、か」

グラジオ「あいつが戻ってくるまで、待つ気はないのか?」

リーリエ「ありません。できるなら、今すぐにでも逢いたいです」

グラジオ「……」フゥ

グラジオ「あいつは今も、オマエの言う通りポケモンマスターへの道を突き進んでいるだろうな。なりふり構わず、誰にも頼らず」

グラジオ「だからと言って、リーリエの気持ちを無視していい理由にはならん。オマエがそこまで言うなら、とことん2人で話し合うべきだ」

リーリエ「!」

グラジオ「オレはあいつの居場所を知ってはいないが、探す手伝いぐらいはできる。オマエがその気だと言うならな」

リーリエ「にいさま……ありがとうございます!」

グラジオ「フッ、礼ならアイツを連れ戻してから言うんだな。それに、オレもシルヴァディも、まだあいつに勝っていないからな」

リーリエ「でも、どこから探せばいいのでしょうか……手がかりがないので、困りました」

グラジオ「まずはあいつの家から探してみたらどうだ?」

リーリエ「ですが、ククイ博士によると、ヨウさんのおかあさまですらどこへ行ったか知らないらしくて……」

グラジオ「あいつが無計画のまま、遠くへ行くとは思えん。親が知らなくても、何かしら行き先のヒントになるものが家に残されているハズだ」

リーリエ「分かりました。わたし、さっそく行ってみます!」

グラジオ「オレも、別のやり方であいつの行方を追ってみるつもりだ。家で何か見つけたら、すぐに教えてくれ」

リーリエ「はい!」

今日はここまで。

USUM発売までに終わるといいなぁ……

ヨウさんがどこへ行ったのか、その手がかりを探すため、わたしはメレメレ島へとんぼ返りすることになりました。

ヨウさんの家は、ハウオリシティのはずれにあるので、船着場から歩いてそう時間はかかりませんでした。

……そういえば、ヨウさんのおかあさまとは、あの人が島巡りを始める頃とゼンリョク祭り、そして島巡りを終えてお祝いのお祭りをした時にお会いしたことがありましたね。

とても明るくて、気さくな方でしたが……わたしのコト、覚えていらっしゃるのでしょうか?

ヨウさんはおかあさまに、わたしのこと、話したことがあるのかな……?

そう考えると、なんだか恥ずかしくなって、家の目の前に立っているというのに、とっても緊張しました。

ここでモジモジしてても仕方ありません! みんなからもらった勇気で、チャイムを押すのです! えいっ!

ピンポーン

「はーい!」

ガチャッ

ママ「どちら様……あら、まあ! リーリエちゃん!」

リーリエ「あ、あの……お久しぶりです」ペコリ

ニャース「ぬにゃあ」

玄関から出てきたのは、あの頃と変わっていない――ヨウさんのおかあさまでした。ヘアバンド替わりにサングラスで茶色の髪を後ろに伸ばしていて、口元に明るい笑みをたたえています。

そばには他の地方でよく見る姿のニャースさんが、ひょこひょことやってきて、わたしに挨拶するように声を上げました。

ママ「久しぶりね~! ヨウからカントーに行ったって聞いたけど、いつごろ帰ってきたの?」

リーリエ「は、はい、えっと……昨日です」ドキドキ

ママ「あらそう。さぁせっかく来たんだから上がって、上がって!」

リーリエ「お邪魔します……」

おかあさまに連れられる形で、わたしは初めて、ヨウさんの家に上がりました。
……ヨウさんが見せる明るさは、きっとこの人に似たのでしょう。

家に上がって椅子に座らせていただくと、おかあさまは冷えたモーモーミルクを出してきました。

わたしの好きな飲み物……ひょっとしてヨウさんがおかあさまに教えたのかな、なんて思っていると、

ママ「あなたがカフェでよくモーモーミルクを飲んでいるってヨウから聞いたのだけれども……お口に合うかしら?」

リーリエ「あっ、はい! ありがとうございます!」

ママ「うふふ、あの子……島巡りが終わったら、よくあなたの話をしていたの。今でもよく覚えているわ~」

リーリエ「どんな話をなさっていたんですか?」

ママ「そうねぇ……方向音痴で色んな街に着いてはすぐ道に迷ったり、人に頼りっぱなしで振り回す場面が多い子だったって」

リーリエ「……」ガックリ

ヨウさん……そんな風にわたしを見ていたのですね。でも、よく道に迷っていたのは本当ですし、ヨウさんやハプウさんばかり頼っていたのも事実です。ヨウさんがいなければ、かあさまを助けられたかどうかも、分からなかったです。

こうして見ると、本当にわたしは情けない人間です。だからこそ、カントーに行って、トレーナーとして自分を鍛えてきたのですが……。

ママ「でもね、ヨウは口癖のように言ってたわ。それでも、あの子なりに目標を作って頑張ろうとしている、そばで応援してあげたいって」

リーリエ「!」

ママ「ヨウがあんなこと言うの、初めてだったからびっくりしちゃったわ。いつもポケモンのことばかり考えていたから、彼女もきっとポケモンじゃないかってヒヤヒヤしてところよ」

ママ「きっとあなたが、ヨウを変えてくれたのね」

リーリエ「そんな……わたしは何も」

ヨウさんがわたしを変えてくれたのに。

あの人がいなければ、わたしは、何もできず、かあさまの思惑通り、アローラがウルトラビーストさんに蹂躙されていくのを、自分の無力さに後悔しながら黙って見守っていたのかもしれません。

リーリエ「あの、おかあさま」

ママ「なあに?」

リーリエ「わたし……ヨウさんを探しているのです」

わたしはエーテルパラダイスでにいさまに話したように、ヨウさんのおかあさまに、自分は何のためにカントーへ行ったのか、夢に向かうヨウさんへの想いを明かしました。

リーリエ「もしもヨウさんが自分の夢の所為で苦しんでいるのなら、わたしは助けたい」

リーリエ「わたしは……ヨウさんと一緒に夢を追いたいのです。わたしは、あの人の支えになりたい……」

リーリエ「だからわたしは、ヨウさんを見つけたいのです」

わたしは、ヨウさんから渡された、大切な帽子をテーブルの上に置きました。

ママ「それって、ヨウが被っていた……」

リーリエ「はい……。ヨウさんから借りた……大事な帽子です。いつか立派なトレーナーになってアローラへ帰ってきたとき、わたしが渡したピッピ人形さんと引き換えにこの帽子を返す……それがあの人と交わした約束なのです」

ママ「まぁ、あの人形はあなたのだったのね」

ヨウさんのおかあさまは優しく微笑んでいました。

ママ「……ヨウは幸せ者ね。こんな健気な子が、そばにいてくれるなんて。ママ、ちょっと感動しちゃったわ」

リーリエ「あ、ありがとうございます」

ママ「でも、ごめんね。わたしもヨウがどこへ行ったか、分からないの。連絡もひとつもよこさないし……」

ママ「子供はいつか旅に出るものだけど、やっぱり子供が無事かどうか、心配しちゃうわよね」

リーリエ「そう、ですね。ヨウさんは一人でなんでも背負おうとする方ですから……」

リーリエ「あの……もしよろしければ、ヨウさんのお部屋、見させて頂けませんか?」

ママ「え?」キョトン

わたしのふいうちに、おかあさまは一瞬びっくりしたようでした。

リーリエ「えっと、ひょっとしたら、なにか手がかりがあると思って……」

ですが、私の言葉を聞いてすぐに笑顔に戻ると、

ママ「ふふっ、探偵さんみたいなことを言うのね。いいわよ、あの部屋がヨウの部屋よ」

と、おかあさまはひとつのドアを指さしました。
茶色のドアには『ヨウ』と書かれた札がピンで止められていて、あのドアの向こうにヨウさんのお部屋があることがひと目で分かります。

初めて入る、ヨウさんのお部屋。他人に見せたことのないプライベートな部分。

リーリエ「失礼……します」

恐る恐る、わたしは室内に入りました。そこで見たものは――。

広々とした部屋。

青いカーペット。

地球儀とノートパソコンが乗っている机。

テレビのそばに置いてある名前の知らないゲーム機器。

大きいベッド。

ピカチュウさんのぬいぐるみ。

ニャースさんに傷付けられたであろう、メタモンさんのぬいぐるみとポケじゃらし。

わたしが借した、ピッピ人形はありませんでした。

わたしはにいさま以外の男の子の部屋を覗いたことはないけれども、きっと、普通の男の子の部屋って、こういうものなのかもしれない。
そう思わせるほど、ヨウさんの部屋は、目立ったものが無かったのです。

これがヨウさんの部屋……。

ううん、これが全てじゃない。
あの人には、誰にも話していない秘密がある。

ヨウさんが、わたしにしか教えていない秘密が。

わたしはまず、最初に目に付いた机に近付くと、その引き出しを開けました。

一段目の引き出しの中にあったのは、ヨウさん手作りのポケモン図鑑のノートでした。

とても年季が入っていて、ぺらぺらとページをめくっていると、カントー地方のポケモンさんのスケッチと一緒に、身長や体重、生態や覚える技に至るまで、1ページ1ページ、びっしりと書き込んでいてびっくりしました。

きっとこれは、トレーナーになる前、ヨウさんがポケモンさんの観察をして、勉強をしていたのでしょう。

その下には『カントーのベッド感触記録』という厳重に鍵がかかった革の手帳を見つけました。

そういえば、ヨウさんは昔、ベッドにとってもこだわりがあると話していました。

きっとこれは、さっきのポケモン観察記録と同じ、様々なベッドの寝心地を確かめた記録帳、といったところでしょう。


これはこれで気になるのですが……今回のコトとは関係ないと思います。

二段目の引き出しを開けてみると、今度は『トレーナーアナライズノート』と書かれたノートを見つけました。

ページをめくってみると、ホウエン地方のチャンピオンを勤めていらしているダイゴさんやわたしが初めてジム戦をしたカントー地方のジムリーダーのカスミさんなど、有名トレーナーについて使用ポケモンの傾向から、戦術、そしてその対策まで事細かく分析していました。

その中で、わたしは2人のトレーナーに注目しました。

レッドさんと、グリーンさん。

2人とも、世界に名を馳せる伝説的なトレーナー。ヨウさんもこの2人に注目しているのか、他のトレーナーさん以上に徹底的な分析を行っていました。
特にレッドさん……この人に関しては、顔写真を赤丸で囲みながら、使用ポケモンから経歴に至るまで、びっしりと書き込んでいました

『レッド マサラタウン出身』

『10歳の誕生日にオーキド博士からピカチュウを貰い、マサラタウンから旅に出る』

『大企業シルフカンパニーを占拠していたロケット団を一掃』

『チャンピオングリーンのサンダースにピカチュウをぶつけ、最後は持久力が決め手となり、勝利』

『シロガネ山で長期間の修業中、ジョウト地方出身のトレーナーに敗北。その後、世界各地の大会に参戦する』

『イッシュ地方のホドモエシティで行われたPWTにグリーン以下カントーのジムリーダーと供に参加。各地のトレーナーを退け、レッドが優勝を収め、生ける伝説と讃えられる』

改めて、レッドさんの偉大さが伝わってくると同時に、彼を乗り越えることが、ポケモンマスターへの大きな一歩となるという彼の意志が、ひしひしと伝わってきました。

そこで、あることを思い出しました。
ポニ島には強いトレーナーさんが集まる、バトルツリーという施設があって、そこのバトルレジェンドとして、レッドさんとグリーンさんが呼ばれている……とにいさまから聞きました。

この事をヨウさんが見逃す訳ありません。

チャンピオンの座を守る一方でレッドさんとグリーンさんに挑むため、バトルツリーへ戦いに挑んでいるのは間違いありません。

きっと、ヨウさんはレッドさんとグリーンさんと戦って、彼らから強くなるためのコツか何かを聞いて、それを実践するため、アローラを去ったのかもしれません。

リーリエ「バトルツリー、そこに行けばきっと……」

バトルツリーに行けば、ヨウさんに会える手がかりがある。わたしはそう確信しました。これは大きな収穫です。

ノートを引き出しの中へ仕舞って、元の状態に戻すと、不意にクローゼットと思われる折戸が視界に映りました。

リーリエ「……」

あの中にあるもの……そこには、もしかしてヨウさんが言ってた――。
わたしは折戸に手を掛けるとそれを右にスライドさせました。

リーリエ「……!」

折戸の向こう側にあったのは、おおよそこの歳の子……ましてやヨウさんのような人はとっくに卒業しているであろう玩具の山でした。

ミニチュアの電車や車。

バスケットボール。

メタグロスさんのフィギュア。

ゲームのソフト。

アートパネル。

ポケモンさんが描かれた、キラキラ光るカードの入ったホルダー。

他にもたくさん……。

そのどれもが、キレイに飾られていました。

間違いありません。
ここがヨウさんにとって、絶対に触れられたくない秘密の場所。

そして、あの人がポケモンマスターになるためのもうひとつの大きな理由。

一見すれば、ヨウさんが小さい時、親に買ってもらったおもちゃを大事に取ってある空間かもしれません。
だけど、ここにあるおもちゃ全てが、元々ヨウさんのものではないのです。

全て、ヨウさんがカントーの友達から『勝ち取った』モノ――あの人が背負っているモノの象徴なのです。

それを知ったのは、ヨウさんがチャンピオンになって数週間が過ぎたある日のこと――。

わたしは、ウツロイドさんの毒からかあさまを助けるため、治療法がないか、アローラ中を奔走していました。

その日のわたしは、傷や状態異常を自ら治せる、しぜんかいふくの特性やじこさいせいの技を覚えられるポケモンさんから、毒の治療に応用できないかククイ博士にお話を聞いて、そこから得た情報をエーテルパラダイスに持って行こうと研究所を後にした時でした。

帰り道、わたしはリリィタウンに向かっていくヨウさんの姿を見つけました。

ヨウさんはチャンピオンの防衛、わたしはかあさまの治療法を探すので忙しく、殿堂入り後はお互い会うことも無かったのでした。

なので、久しぶりに姿を見てお話がしたくてわたしはヨウさんの後を追いかけました。

ですが、わたしに気付いていないのか……ヨウさんはグングン進んで、メレメレの花園へと足を踏み入れました。

お日様を浴びて、黄金色に輝く花畑の中で、ヨウさんはしばらく進んでいったかと思うと、身をかがめてどこかへと姿を消してしまいました。

わたしは一瞬ためらいました。

メレメレの花園は、凶暴ではありませんが、ポケモンさんが飛び出してくるからです。

島巡りを始めた時も、ほしぐもちゃんがバッグから飛び出して、遠くに行ってしまった時も、わたしは怖くて花園に足を踏み入れられず……結局、わたしを探しに来てくれたヨウさんが、代わりに行ってきてくれました。

でも、あの時のようにわたしは弱くありません。ゼンリョクの姿になって、強くなった――。

そう自分を鼓舞して、わたしはスプレーも使わず花畑を突き進んで行きました。ポケモンさんが襲って来るようなコトにならなかったのは幸いでした。

そして、ヨウさんがいなくなったところを調べてみると、まるで花や草に隠れるように、小さな抜け穴らしきものを見つけました。

リーリエ(こ、この中にヨウさんが入っていったの?)

こんな小さな穴、通れる自信が無かったのですが……なんとか通り抜けることに成功しました。

そこは、薄暗い洞窟でした。
ズバッドさんやディグダさんを避けて奥へ進んでいくと、目の前に澄んだ水を湛えた、湖が広がっていて、差し込んでいる陽の光が印象に残っています。

アローラは自然に富んでいる地方で、たくさんの美しい自然の風景もばっちり目に収めて来たつもりなのですが、光と影、そして水が織り成す神秘的な場所を目の当たりにして、「アローラにこんな美しい場所があったなんて」と感動を覚えました。

そしてヨウさんは、その湖を、水着姿でのんびり泳いで――というより、ぷかぷかと水に浮かんでリラックスしていました。

ヨウさんはすぐにわたしの気配を察したのか、わたしのいる方向へ振り向きました。

リーリエ『よ、ヨウさん。お久しぶりです』

ヨウ『リーリエ? どうしてここに?』

リーリエ『その、ヨウさんを見つけて、話しかけようとつい追いかけたらここに来て』

ヨウ『あーなるほどなぁ。いつかはバレると思ったけどね……』

ここは僕が見つけた秘密の場所なんだ、とヨウさんは洞窟を紹介するように片手を広げました。

ヨウ『静かでポケモンも少ないし、ゆっくり休めるんだ。どうだ、リーリエも水浴びで涼んでいかないか。気持ちいいぞぉ』

リーリエ『いえ……水着も持ってきていないので――』

バシャッ!

リーリエ『ひゃあ!』

ヨウ『ははは! 水も滴るいい女ってな!』

リーリエ『……』ポタポタ

リーリエ『ヨウさん! お気に入りの服なのに!』プンスカ!

ヨウ『服って汚れてなんぼのもんだろ?』

リーリエ『ひどいです! ひどすぎますっ!』

わたしは怒りのままリュックを投げ捨てると、ヨウさんに逆襲するために、着の身着のまま湖に入り込んで、ヨウさんに突撃しました。

リーリエ『服を台無しにして! 許さないですっ!』バシャッ!

ヨウ『おおっ、ドサイドンに負けない勢いだ!』バシャッ!

そうやって互いに水を掛け合っていると怒りで昂ぶっていた気分が、冷水と疲れでどんどん落ち着いてきて、最後はふざけあうような形になって、収まりました。

ヨウ『……』

リーリエ『……』

ヨウ『……ふっ』

リーリエ『ふふふっ!』

ずぶ濡れになっているわたしたちの姿はなんだか間抜けに見えて、おかしくって揃って大きな笑い声をあげちゃいました。こんなこと、初めてです。

リーリエ『もうっ、ホントにひどいです。ヨウさん』

ヨウ『悪かったよ……僕の服でよければ貸してあげるから、乾くまで着てなよ』

リーリエ『……着替えてるとこ、覗かないでくださいね』

ヨウ『見ないよ』

湖から上がると、わたしはヨウさんのリュックからタオルと上着、ズボンを出すと、身体を拭いてそれに着替えました。

ヨウさんがいつも着ている青と白のストライプ模様のシャツに袖を通すと、不思議な香りと暖かさを感じました。

まるでヨウさんに直接肌の上から抱きしめられているような感覚がして――身体の芯から熱くなってきて、落ち着かないです。

わたしは自分の服が乾くのを待ちながら、その場でしゃがみながらヨウさんが湖を泳いでいるのを眺めることにしました。

一度水の中に潜り込んだヨウさんが出てくると、そこであることに気がつきました。

彼の右脇腹……そこに、何かで殴られたような痛々しい痣が残っていたのです。

リーリエ『ヨウさんっ、その痣は?!』

ヨウ『ん? あぁ、これか』

わたしの血相を抱えている様子とは逆に、ヨウさんはそういえばそんなものがあった、というふうに傷跡を眺めました。

リーリエ『なにがあったのですか?』

ヨウ『……みんなには内緒にしてくれないか?』

そう言いながら、ヨウさんは痣の秘密を明かしてくれました。

実はアーカラ島のオハナタウンにある牧場で、ケンタロスやミルタンク、育てているポケモンさんの世話をするお仕事を募集しているのを、ヨウさんはたまたま育て屋にポケモンさんを預けていたところ、その旨が書かれた張り紙が壁に貼られていたのを見たそうです。

ヨウさんはこっそり自分の素性を隠しながら、その仕事に応募したそうです。もちろん、ヨウさんにはポケモンさんに関する知識と経験をたくさん持っていますから、すぐに採用されました。

当初は順調にケンタロスたちのお世話をしていたのですが、しばらく経ったある日、気性が荒いケンタロスが暴れまわって、ひとりの育て屋の職員さんとミルタンクさんが襲われそうになったところ、その人たちを庇って、ヨウさんはケンタロスに撥ねられたのです。

幸い、大きな怪我はせずに済んだのですが、ケンタロスに突かれた箇所がちょうどヨウさんの脇腹で……。

その時に出来た痣だ、とヨウさんは語り終えました。

リーリエ『ヨウさんはチャンピオンなのに、そんな危ないこと、する必要が……』

ヨウ『金さ』

リーリエ『お金……?』

ヨウ『そう。ポケモンってのはね、エサやきのみだけじゃない――金もたくさん食べるんだよ。ポケモンを育成させたり、捕獲するためのボールやきずぐすりと言った道具を揃えたり、食べさせるものを買ったり……どれもタダじゃない』

ヨウ『チャンピオンという立場になれば、僕を王者の座から下ろそうと強いトレーナーたちがやってくる。彼らに対抗するためには、様々なポケモンを育てなきゃいけない。僕のパーティーは、もっと大きくなる必要があるんだ』

ヨウ『そのためには、たくさんの金がいるんだよ』

ヨウ『だから、育て屋の手伝いだけじゃない。予定が入っていないときは、スーパーやホテルしおさい、あとはナマコブシ投げでアルバイトをしたり、高い報酬と引き換えに人に言えないような仕事もやったよ』

リーリエ『でも、チャンピオンになれば、きっとポケモンリーグやスポンサーから補助金が……』

ヨウ『育成する身からすれば、大した額じゃないさ。あくまでチャンピオンは地方の代表トレーナー。言い換えれば、都合のいい広告塔みたいなものだよ。一応、それに甘んじることは出来るには出来るけど、それでも金が足りないから育成に大きな時間がかかってしまう。それじゃあ挑戦者には勝てない』

リーリエ『そんな……それならトレーナーさんと戦えば賞金が……』

ヨウ『強くなれば名前が知れ渡る。特に初代アローラ地方のチャンピオンとなればね。僕と戦いたがるトレーナーはいるにはいるけど、外に出て勝負を挑もうとしても僕と目を合わせようとすれば、大半は逃げ出すトレーナーばかりなんだよ。相手にしてくれるのは、ポケモンリーグにやってくるトレーナーたちだけ』

ヨウ『好きに稼ごうにも稼げないって話しさ』

リーリエ『だから、ヨウさんはそんな危ない仕事を掛け持って……傷だらけになるほどの無茶を?』

ヨウ『そうだ』

ヨウ『それに、こんな傷……大したものじゃないさ。ポケモン(あいつら)が勝負で受ける傷や、僕への挑戦者が失うものの程度に比べちゃあ、ね』

リーリエ『挑戦者が失うもの……?』

ヨウ『……夢、だよ』

リーリエ『夢?』

ヨウ『島巡りしてたとき、君が、ポケモンが傷つくのを見ていられないって言ったとき……僕は、トレーナーがポケモンと供に夢を賭けて勝負をしていると言ったのを覚えてるか?』

リーリエ『……はい』

ヨウ『僕に挑んでくるトレーナー達は、みんなチャンピオンになるため、さらにその先にある夢を抱えている人がほとんどだ』

ヨウ『ハウやハプウ、グラジオのように僕に勝つことが、夢を叶える上でひとつのプロセスになっている人にとっては、程よい壁になってるだろうね』

ヨウ『だけど……チャンピオンそのものになる人達にとっては、アローラの過酷な試練を終え、四天王という厚い壁を乗り越えて、最後の最後……僕に戦いを挑んでくる』

ヨウ『「ここまで来たら、必ず勝てる」「必ず勝って、チャンピオンになってやる」、そういう想いを抱えて来ている』

ヨウ『そしてチャンピオンである僕は、その人たちの希望と夢を奪っているんだ』

ヨウ『そのまま諦めないで再挑戦出来る人たちはまだいいさ。また別の道がある人も同様にね。だけど、夢が叶う直前で道が閉ざされたことで生まれる悔しさが、時には人の心を折ってしまうこともあるんだよ』

ヨウ『スカル団なんか、まさにそういう人たちの集まりだったじゃないか』

リーリエ『……!』

以前、ウラウラ島で、しまキングのクチナシさんのもとで修行しているプルメリさんと再会したとき、スカル団の団員は試練や大試練を受けても達成できず、そのまま脱落していった人たちで構成されている、という話を聞きました。

プルメリさんもその一人で、グズマさんに至っては、キャプテンになりたくて努力してもついにハラさんに認められなかったそうです。

ヨウ『根気が足りない、心が弱い、折り合いがつけられない、それで言い切ってしまえば楽なものだよ』

ヨウ『だけどね、夢が生きる上でどれだけ大事なものか知っている僕にとっては、そういう人たちの気持ちが痛いほど分かるんだ。どれだけその夢にゼンリョクをかけてきたのか、そしてその夢がぶち壊されたら、人はどうなってしまうか――』

ヨウ『そして、大切なものを取られたらどうなってしまうのかも』

ヨウ『勝ってしまった僕に出来ることはただひとつ。夢が潰れてしまった人たちの思いも背負って、これからも勝ち続けるしかないんだ』

ヨウ『だから、自分だけチャンピオンの椅子に座ってのうのうとしていられるほど、俺の目指す夢は軽いものじゃないんだ』

リーリエ『ヨウさん……』

ヨウさんは、まるでわたしではなく、自分に言い聞かせているように言葉を次々と紡いでいる。
そのうちだんだん、声に激しい感情がこもっていきました。

ヨウ『子供の頃にも、似たような経験をしたよ』

ヨウ『七歳くらいの時、ポケモンを戦わせるシミュレーションのゲームが流行っててね、僕の生まれ故郷では、おもちゃを賭けて対戦して、相手のポケモンを全滅させたら賭けたおもちゃを手に入れるルールが、友達たちの間であったんだ』

ヨウ『僕は街の中でも強かったよ。文字通り向かうところ敵なしで、友達は自分のプライドと大切なおもちゃを賭けてして、僕はそれを勝ち取ってきたんだ』

ヨウ『だが、僕は一度負けたことがあってね……。その時、僕の大切なものを取られたことがあったんだ』

ヨウ『なんとか取り返すことは出来たけれども……。その間、僕はそれを取り戻したくて、必死にゲームをやりこんだ』

ヨウ『逆におもちゃが僕の手に渡るとき、あいつらの悔しそうな顔や、無力な自分を呪う表情が、今でも忘れられない』

リーリエ『それなら、おもちゃを返してあげれば……』

ヨウ『ああ、返してやったこともあったさ。だけど、情けをかけて、あいつらに残された、プライドを傷つけたこともあったんだ。きっと僕も、負けた上で返されたら同じような気持ちになっただろうな』

ヨウ『本当の意味で大切なものを取り返すには、僕に勝つしかないんだ』

ヨウ『くくく……いいお笑い種だ。勝負に勝つことでたくさんの夢を踏み潰して、自分の夢の糧にしてきているのに。僕はいつも、負けてしまった人たちのことばかり考えている』

ヨウさんはわたしに背中を向けたまま、身体を震わせると、握っている拳から血が滲んで、湖に溶けているのが見えました。

リーリエ『ヨウさん、血が……』フルフル

ヨウ『ポケモンマスターへの道は、決して映画や小説のように輝かしいものじゃない。薄汚れた道だ』

ヨウ『オレ達は周りの期待だけじゃない。踏み潰したトレーナーたちの夢と希望の残骸とポケモンたちの期待を背負って、前へ進んでいくしかないんだ』

ヨウ『だから、今でも友達たちから賭けで手に入れたおもちゃも、自分の部屋のクローゼットに飾ってあるんだ。手入れをするのが日課になるほど、大事にしている。あいつらがどれだけ、あのおもちゃに誇りと想いを乗せてきたか、知ってるからな』

リーリエ『お願い、やめて……』

ヨウ『諦めてしまえば、俺が勝ち取ったもの、背負ってきたもの全てが無駄になってしまう。そんなことになるのはイヤだ』

ヨウ『だから僕は諦めるわけにはいかない。絶対になってやるんだ! 幼い頃から憧れたポケモンマスターに……!』

ヨウ『オレはっ、負けるわけにはいかない。負けられないんだよ! 僕が大切なものを奪ってしまったあいつらのためにも!』

リーリエ『ヨウさんっ!』

バシャッ!
ギュウウッ!

自分で自分を傷つけているように見えて、わたしはたまらず湖へ駆け出して、ヨウさんの背中を強く抱きしめました。

ヨウさんの背中は、震えていました。

あのヨウさんが、こんなに震えて。
強くて優しいヨウさんが、こんなに。

リーリエ『お願い……これ以上、自分を傷付けないで』

ヨウ『……』

リーリエ『ヨウさん……あなたは一人じゃありません』

リーリエ『あなたには、ガオガエンさんたちがいます! ハウさんがいます! ククイ博士も、ハラさんも、しまキングの方々もキャプテンの方々もいます!』

リーリエ『そしてわたしもいます!』

リーリエ『だから……ひとりで背負わないでください。そんなことをしたら……いつかあなたは……押しつぶされちゃう……』

ヨウ『そんなこと、ずっと前から分かってるよ』

リーリエ『――ッ!!』

優しくわたしから身体を離したヨウさんが、こっちへ振り返った瞬間、わたしは背筋が凍りつきました。

ヨウさんの表情は、完全に消えていました。昔のわたしを見ているように、空っぽで虚ろげで、疲れきっていて、今にも崩れて消えてしまいそうなほどに、乾ききっていて――。
本当に目の前にいる人が、ヨウさんとは思えない程、変わり果てていました。

ヨウ『でもね……ハウも博士も、アローラのみんなが、僕に期待を寄せてくれているんだ』

ヨウ『そんな人たちに、こんな情けない姿を見せて失望させるわけにはいかな――っ!』

気が付けば、わたしはヨウさんの両頬を掴んで唇を重ねていました。

これ以上、壊れかけたヨウさんを見ていられなかった。
自分のぬくもりと想いを分けてあげなきゃ、この人はきっと倒れてしまう……。すると自然に、身体が動いていました。

唇を離して、ヨウさんと視線を合わせると、さっきまでの虚ろげな表情は消えて、目をまん丸にしてびっくりしていました。

リーリエ『なら……みんなに見せなくていいです。だから……あなたが背負っているもの、少しでもいいから、わたしにください……』

ヨウ『……リーリエ』

再びわたしは、ヨウさんに寄り添うと、再び唇を重ね合いました。今度はかあさまに隠れてこっそり見た映画のラブシーンのように、互いを離さないように抱きしめ合って、何度も何度もお互いの名前を呼び合って、激しいキスを繰り返しました。

その時のわたしたちは、ひとつの太陽のようでした。唇だけでなく、心も重ねて、お互いを求めて、埋め合った……。

頭の中がヨウさんに対する欲望で満たされていく中、わたしはこう思ったのです。

ヨウさんは、強くなければいけない人だ、と。

大きな夢を抱えていればいるほど、背負っているものも比例して大きいことを、悟りました。

それだけじゃなくって、ヨウさんは優しいから、負けていってしまった人達の事も考えてしまって……。だから、ヨウさんはずっと、背負っているものに耐え抜いている。ヨウさんの心は、そのせいでボロボロになっているんです。

……かつて、かあさまの操り人形だった、わたし以上に。

ヨウさんと愛し合っていくうちに、ひとつの夢が生まれて、心に秘めました。

わたしは、ヨウさんにとって、必要な全てになりたい。

眠いので今日はここまで。

次回をお楽しみに!

夢のようなひと時を過ごして、ようやく熱が冷めると、ヨウさんは唇も密着していた身体もわたしから離れて、岸に上がってため息をつきました。

ヨウ『どうしてなんだろうな……』

リーリエ『え?』

ヨウ『リーリエが初めてだ』

ヨウ『よりにもよって、君に……』

ヨウ『僕はどうかしてるな……』

リーリエ『どういう……ことですか?』

ヨウ『んー? こんな、キスとか恋とか、したことがないからびっくりしただけだよ』

ヨウ『それにしてもリーリエって、意外と肉食系なんだな』クックックッ

リーリエ『か、からかわないでくださいっ。わたしだって、恥ずかしいんですから!』カアッ

ヨウ『……ありがとう』

リーリエ『……うぇ?』キョトン

ヨウさんは再び湖に入ってわたしに近付くと、今度はヨウさんから、わたしの頬に軽くキスして、優しく抱きしめてくれました。

ヨウ『僕のこと……聞いてくれて。嬉しいよ。ここまで自分のこと、話したのは君が初めてだ』

リーリエ『……』

わたしも、嬉しかった……。ヨウさんがわたしに、他の誰にも見せなかった弱さを見せてくれたことが。

わたしが、ヨウさんの特別になれたことが、嬉しかった。

あの人の心の中にわたしがいて……いつもわたしの手の届く場所に居てくれる。そんな気さえします。

こうしてヨウさんが認めてくれただけで、わたしは、自分の心臓が動いて、生きていることを実感します。

ヨウ『フッ、僕の服も濡れちゃったな』

リーリエ『あ……』

それからわたしたちは、時間があるとき、逢瀬を重ねてほしぐもちゃんと散歩したり、手を握ったり、一緒にマラサダを食べたり、海へ海水浴に行ったり、二人で抱き合ってキスして心の疲れを慰め合ったり……。

ほしぐもちゃんも、わたしたちの仲を応援するように嬉しそうに寄り添ってくれたこともありました。

……わたしにとって、この時がアローラに来て、一番幸せな時間でした。

どんなことも、ふたりで一緒に楽しみたい。
ヨウさんとわたしだけの世界が、たまらなく愛おしかった……。

リーリエ「……」

ヨウさん、あなたはまた一人で全部背負って、遠くへ行くつもりですか? わたしを置いて。
一緒に背負ってあげるって、言ったのに。どうしてわたしから離れようとするの?

リーリエ「絶対にあなたを見つけます。絶対に……!」

あの人を放っておくわけにはいかない。なにがなんでも、わたしのもとに取り戻してみせる。
そう心に誓うと供に、わたしの中では、知らず知らずのうちにほの暗い感情が渦巻いていました。

ヨウさんのおかあさまにお礼を言って家を出ると、すぐにメレメレ島を後にしてエーテルパラダイスに戻りました。
わたしはさっそくにいさまに、ヨウさんの家で得た手がかりを話しました。

グラジオ「なるほど……バトルレジェンドか。盲点だったな」

リーリエ「はい、ですが、わたしの実力でレジェンドに会えるかどうか……」

グラジオ「無理だな……オレですら、会ったのは一度だけだ」

レジェンドと戦うためには、ツリーにいるトレーナーたちと戦って、最低でも20連勝しなければいけません。

この類の施設にいるトレーナーたちは、チャンピオンですら気を抜けば敗北してしまうほど強い人ばかり……わたしの手持ちで、レッドさんたちに会うのはとても困難です……。トレーナーとして腕の立つにいさまですら、一度しかお会いしていないのですから。

グラジオ「……だが、それはあくまで勝負の世界での話だ。プライベートなら、また違ってくるだろう」

リーリエ「!」

グラジオ「一応、アポイントメントは取ってみるつもりだ。それでレジェンドから返信が来たらそれで良し、ダメだったら別の手段を考えるしかない」

リーリエ「本当ですか?」

グラジオ「喜ぶのはまだ早い。まずは向こうから返事が来るのを祈っているんだな」

にいさまはあくまで素っ気なく言ってきますが、わたしがヨウさんとの約束を果たすために動いてくれるのが嬉しくて、心の中で深く感謝しました。

その翌日。

グラジオ「リーリエ、返信が来た」

そう言ってにいさまは、レッドさんとグリーンさんから送られたメッセージについて語ってくれました。

グラジオ「ポニの花園、そこに夕方オレと一緒に来て欲しい、だとよ。今すぐ準備するぞ」

リーリエ「にいさまもですか?」

グラジオ「理由はわからんがな。向こうも何か意図があってオレを呼んだのだろう」

すぐにわたしたちはエーテルパラダイスからポニ島へ船を使って移動すると、まっすぐ海の民の村からポニの花園へと向かいました。
途中、ポニの古道に差し掛かると、ハプウさんの家が見えました。ハプウさんとバンバドロさん、元気にしているかな……なんて思っていると、

バンバドロ「ムヒイウン!」

ハプウ「おお、リーリエではないか!」

畑仕事をしていたハプウさんとバンバドロさんがわたしたちに気付いて、走り寄ってきました。

リーリエ「お久しぶりです。ハプウさん、バンバドロさん」

ハプウ「風の噂でお前がアローラに戻ってきたと聞いたが、本当だったとはな」

ハプウ「帰ってきたリーリエ……お帰リーリエ、じゃな!」

リーリエ「ふふっ、そうですね!」

ハプウ「ところで……お主らはなにやらただならぬ様子じゃが、急ぎの用事でもあるのか?」

リーリエ「……実は」

わたしはハプウさんに事情を説明しました。ヨウさんを探していること、そしてヨウさんの行方を知っているであろうバトルツリーのレジェンドに会いに行く途中であることを、かいつまんで説明しました。

ハプウ「そうか……ヨウを探す手がかりを求め、レジェンドを訪ねに来たのか」

リーリエ「ハプウさんは、なにかヨウさんについてご存知ですか」

ハプウ「いや、わらわもあやつの行方は分からん……。まったく、みなを心配させおって」

ハプウ「だが、リーリエの言った通り、あやつはよくバトルツリーに通ってたな。レジェンドと何度も手合わせしていただけでなく、意見交換をしているのも見かけた。あやつらならヨウがどこへ行ったか、知っている可能性はあるな」

グラジオ「ついでに教えてくれるとありがたいが、ポニの花園はどの方角に行けばあるんだ?」

ハプウ「うむ、ポニの花園は大峡谷への道に入らず、そのまま北東へ進んで行けばポニの広野に出る。そこから今度は海沿いではなく、北に進んでいけば花園にたどり着くじゃろう」

リーリエ「ありがとうございます、ハプウさん!」

ハプウ「いやいや、こっちこそ急いでいるところを引き止めてしまって悪かったな。いずれゆっくり話でもしようぞ。カントーでのお主の活躍、聞きたいしな」

リーリエ「はい!」

ハプウさんとバンバドロさんに見送られながら、わたしたちはまずポニの広野に向けて歩き出しました。

グラジオ「リーリエの友達、か」

今までわたしとハプウさんのやりとりを見ていたにいさまが、ふと呟きました。

リーリエ「どうかしましたか?」

グラジオ「フッ……なんでもないさ。さぁ行こう」

ハプウさんが示してくれた道順に進んでいくと、やがてポニの花園に到着しました。

最初、ポニの花園と聞いたときはメレメレの花園のようにたくさんの花が絨毯のように地面に広がっているものと思っていたのですが、その予想を裏切るような光景が広がっていました。

ポニの花園は、地面に花が咲いていない代わりに、頭上に藤の花によく似た花が、巨木の枝からぶら下がるように咲き乱れていて、独特の雰囲気を醸し出しています。

そして、草むらの真ん中でふたりの男の人たちが、わたしたちを待ち受けていました。

???「ボンジュール!」

???「…………」

オレンジ色の髪の方が、軽快にわたしたちに挨拶をしました。一方で赤い帽子を被った人は、無言のままこちらを静かに見据えています。

グラジオ「久しぶり、だな」

???「ああ、君のことは覚えているぜ。あんな自在にタイプを変えられる不思議なポケモン、忘れられるわけないからな」

???「そして、君がリーリエ、だね?」

リーリエ「あ、はじめまして……わたしがリーリエです」

2人の迫力に圧されて、緊張しながらわたしは頭を下げて目の前のトレーナーに挨拶をしました。
そう、この人たちがバトルレジェンド……グリーンさんと、レッドさんです。

グリーン「話はグラジオから全部聞いている。ヨウを探しているんだろ?」

リーリエ「はい! そ、それで……ヨウさんとの約束を果たすため、あの人を探しているのです。どこへ行ったか、ご存知ありませんか?」

レッド「…………」

グリーン「……」コクン

レッドさんとグリーンさんは一度、お互いに目を合わせて何かのやりとりをした後、再びわたしの方を見て、

グリーン「知ってるぜ。あいつがどこへ行ったのか」

リーリエ「ほっ、本当ですか?!」

やっと見つけた! やっぱり、レッドさんとグリーンさんたちが、ヨウさんの居場所を知っているのですね!
よかった……これでヨウさんを探しに行ける!

リーリエ「どうぞお願いします! ヨウさんがどこへ行ったか教えてください! わたしは、ヨウさんに会わなきゃいけないのです!」

グリーン「ああ、いいぜ」

ただし、とグリーンさんはわたしの目の前で人差し指を立てました。

グリーン「ここにいるレッドと、戦ってくれたらな」

レッド「…………」

リーリエ「レッドさんと、ですか?」

わたしは戸惑いを隠せませんでした。
いきなり、生ける伝説と呼ばれるトレーナーのレッドさんと戦うなんて。

グラジオ「何故そんな回りくどいことをする?」

グリーン「ま、テストみたいなもんさ。君がどれだけ本気で、ヨウを探したいか、その気持ちの強さを試させてもらうぜ」

グリーン「もちろん、それだけじゃない。ヨウが行った場所は凶暴なポケモンたちが闊歩する危険地帯! 軽々しく人に教えて行かせられるようなところじゃないんだ」

グリーン「とは言っても、そっちも急いでいるんだろ? だから、出すポケモンは一匹のみ。ジム戦のようにトレーナーによる道具の使用は無しだ」

リーリエ「……もし、負けてしまったら?」

グリーン「トレーナーは、負けたときのことなんて考えないもんだぜ」

リーリエ「……」

考える余地はありませんでした。
これが、ヨウさんへ続くたったひとつの希望。ここまで来て、それを失うわけにはいきません。

絶対に勝ってみせます!

リーリエ「分かりました。戦います!」

グリーン「おっ、いい目つきになったじゃないか」

レッド「…………!」スッ

グリーン「よーし、どっちも準備はいいか?」

グラジオ「まさか……こんなことになるとはな」

リーリエ「よろしくお願いします!」スッ

レッド「…………!」




ポケモントレーナーの レッドが
勝負を しかけてきた!


※戦闘の内容や技の構成や覚えている技の数などは適当なので、目をつむっていただくとありがたいです


レッド「…………!」ヒョイッ!

ピカチュウ「ピッカァ!!」ポンッ

レッドさんの出したポケモンは、ピカチュウさん。
マサラタウンから旅立つ際、オーキド博士から渡された最初のポケモンさんで、それからずっとレッドさんのエースとして活躍してきたポケモンさんでもあります。

わたしが全ての想いをぶつけるために出すポケモンさんは、この子しかいません。

リーリエ「お願い! ほしぐもちゃん!」ヒョイッ!

ソルガレオ「ラリオーナッ!」ポンッ

わたしとヨウさんとずっと旅してきたほしぐもちゃんがボールから飛び出して、咆哮を上げました。わたしの気持ちを読み取っているのか、力強さが伝わってきます。

レッド「…………!」

グリーン「あれがアローラに伝わる伝説のポケモンか! 初めて見るが、カントーの伝説のポケモンに負けない迫力だぜっ!」

ピカチュウ「ピッカァ~ッ!」バチバチバチッ

ソルガレオ「ラリオォッ!」

ピカチュウさんもほしぐもちゃんも、お互いの力を感じ取っているのか、闘争心をむきだしにしながらわたしたちの指示を待っています。

レッド「……!」

リーリエ「ほしぐもちゃん、コスモパワーです!」

ピカチュウ「ピカッ!」ダッ!

ほしぐもちゃんが宇宙のパワーを浴びて守りを固めるより先にピカチュウさんが動くと、目の前で両手を叩きました。

ピカチュウ「ピカッ!」バチンッ!

ソルガレオ「ラリオッ!?」ビクッ

ねこだましでほしぐもちゃんが怯んだ隙に、素早くレッドさんが指示を飛ばします。

レッド「……!」

ピカチュウ「ピーカッ……ヂュウウッ!!」バチチチッ

ソルガレオ「オオオオッ!?」ビリビリビリッ

リーリエ「ほしぐもちゃん……耐えてっ!」

ピカチュウさんの10まんボルトが降り注ぐ中、ほしぐもちゃんは全身を奮って電流を振り払うと、炎をまとい始めました。

ソルガレオ「ラリオーナ!」ゴウッ!!

リーリエ「ほしぐもちゃん! ニトロチャージです!」

ソルガレオ「ラリオ!」

そのまま炎をまとったまま、ほしぐもちゃんはピカチュウさんへと突っこんでいきます! ニトロチャージはすばやさを上げつつ、相手に攻撃する技。これならピカチュウさんにも――。

レッド「……!」

ピカチュウ「ピッ!」フッ

リーリエ「ピカチュウさんの姿が――」

グラジオ「消えた、だと?」

わたしたちが唖然としていると、ほしぐもちゃんの隣にピカチュウさんが現れて、そのまま突進してきました。そのままピカチュウさんの攻撃が横っ腹に直撃したせいで、ほしぐもちゃんは大きく体勢を崩してしまいました。

グラジオ「今のはでんこうせっかの威力じゃないな? しんそくか?」

グリーン「よく見抜けたな。その通りさ」

グラジオ「ほう……攻撃を当てさせる気はないってことか」

レッド「……!」

ピカチュウ「ピカァァッ!」

ピカチュウさんが声を上げると、ほしぐもちゃんの頭上に黒い雲が現れて、かみなりを落としました。

ゴロゴロゴロ
ピカッ!

ソルガレオ「ラリォォッ!」ビリビリビリ!!

リーリエ「ほしぐもちゃんっ!」

身体のところどころに黒煙を立ち上らせながらも、ふらふらとほしぐもちゃんは立ち上がりました。ですが、体力も大きく減ったのが目に見えてわかります。

グラジオ「マズイな……このままじゃ、何もできずに負けちまう」

リーリエ「そんな……」

ここで負けてしまったら、ヨウさんが遠くなってしまう。
だけど……強すぎる。レッドさんのエースだけあって、とんでもない強さを誇っています。

レッド「……」

突然、レッドさんがわたしと目を合わせてきました。
帽子の影から見える、鋭い茶色の視線は、わたしの心の奥底まで見透かし、ひとつの問いかけをしているように見えました。

――君の力はそこまでか。こんな攻撃で負けてしまうほど、脆いものなのか?

その時、目が覚めたような感覚になりました。

諦めるなんて選択肢は、今のわたしにはありません。だって、大切な人との約束を果たして、ずっと一緒にいたいから。

そのためだったら、悪魔に魂を売る覚悟でここまで頑張ってきたのです。

だから、負けるわけにはいきません!

リーリエ「……」スッ

グラジオ「あの帽子は……」

わたしはヨウさんの帽子を取り出すと、それを静かに被りました。

カントー地方にいた頃、トレーナーさんとの勝負でこれを被っていると、自然と頭が冴えて、ポケモンさんたちに適切な判断を下せるようになったことが何回かありました。

もちろん、ヨウさんが被っていた以外はただの帽子なのでそういった力はないのですが……わたしにとっては命より大事なお守りです。

どうしたらピカチュウさんを倒せるか、思考を張り巡らせていると、蘇ってきたのは島巡りをしている最中、ポケモンセンターのカフェスペースで、トレーナーに興味を持ちつつあったわたしに、ヨウさんがポケモンさんについて色々教えてくれた時の会話でした。

ヨウ『一番戦いやすいタイプは、「やられる前にやる」っていうタイプだね』

リーリエ『やられる前にやる……ですか?』

ヨウ『ああ。スピードとパワーでものを言わせて、相手の攻撃を通す間もなく体力を削りきる戦法ってところだな』

ヨウ『攻撃は最大の防御を地で行くやり方だ。だけど、弱点もないわけじゃない』

ヨウ『スピードがあるって言うことは、それだけ守りは薄いんだ。それに、攻撃しつつスピードを出していれば、いつかスタミナ切れを起こす』

ヨウ『だから、攻撃に耐え抜けば、いずれ反撃できるチャンスが見つかるってコトさ。そこを突けば、大きなダメージを与えられる。素早いやつっていうのは、案外脆い奴が多いんだ』

リーリエ「……!」

ここでわたしはひとつのことを思い出しました。

ピカチュウさんは、あくまで進化前のポケモンさんなので、どうしても種族としての力不足が目立ってしまいます。

でんきだまで火力を補うことは可能ですが、どうしても守りに関しては手薄になってしまいます。

ですから、レッドさんのピカチュウさんは、攻撃を当てられる前にこうやって素早さと火力で押し切ることで守りをカバーしているのでしょう。

レッドさんのエースであることに気を取られていて、すっかり忘れていました。戦っている最中だけでも思い出せたのが幸いでした。

リーリエ「ほしぐもちゃん! もう一度コスモパワーで守りを固めて!」

ソルガレオ「ラリオ!」パァァッ

もうさっきのようにねこだましで、ほしぐもちゃんを止めることは出来ません。
すぐさまほしぐもちゃんは、大空から光を吸収していきます。

レッド「……!」

ピカチュウ「ピカ!」

レッドさんもわたしの意図を読み取ったようで、すぐにピカチュウさんへ指示を送ります。

ピカチュウ「ヂュウウッ!」バチチチッ

ソルガレオ「……!!」

それでも、ピカチュウさんの10まんボルトを浴びながらも、どんどんほしぐもちゃんは星の力を溜めて守りを固めていきます。

リーリエ「その調子です! もっと、もっと! 頑張って!」

レッド「……!」

最初は大きなダメージを与えていた10まんボルトも、コスモパワーで守りを固めたおかげで、どんどん攻撃が通らなくなってきました。
次第にピカチュウさんにも、息が切れて来ました。

ピカチュウ「ピッ……ピカッ!」ゼェゼェ

レッド「……!」

ピカチュウ「ピカ……ッ!」グッ

レッドさんから命令を受けた一瞬、動きが鈍くなりました。わたしはそれを見逃しませんでした。

リーリエ「今です! ほしぐもちゃん! しねんのずつきですっ!」

ソルガレオ「ラリオーナ!」ダッ!

ほしぐもちゃんは素早く飛び出すと、一直線にピカチュウさんに向けて頭突きを放つと、そのままピカチュウさんの身体が宙に飛ばされました。

ドカッ!

ピカチュウ「ピカーッ!!」

レッド「……!」

グリーン「おっ……」

グラジオ「攻撃を当てた……!」

リーリエ(このまま一気に押し切りますっ!)

リーリエ「ほしぐもちゃん! メテオドライブ!」

ソルガレオ「ラリオーナッ!!」

ほしぐもちゃんの額に目のような模様が浮かび上がると、空高く飛び上がり、巨大な火の玉で覆われました。
そしてそのまま、一直線にレッドさんのピカチュウさんへ突進します。

レッド「……!」

ピカチュウ「ピーカッ……ヂュウウウウッ!!」

すると、ほしぐもちゃんのメテオドライブに対抗するように、ピカチュウさんも電気が走る青い光の玉に覆われていきます。あれは、ピカチュウさんが使える大技、ボルテッカーです。

そして、ピカチュウさんも跳躍して、落ちてくるほしぐもちゃんと、真っ向からぶつかり合いました。

ソルガレオ「ラリオォォォォッ!」ゴゴゴゴゴ!

ピカチュウ「ピカァァァァァッ!」バチチチチッ!

ドッカァァァン!!

レッド「!」

リーリエ「きゃあ!」

拮抗した二匹の力がぶつかりあった結果、周りを巻き込む大爆発が起こりました。その衝撃波で、花びらが散るだけでなく、わたしもふっとばされてしまいました。

グリーン「うおおっ!?」

グラジオ「どうなったんだ?」

リーリエ「……ほしぐもちゃんっ!」

煙が収まると、フィールドにはほしぐもちゃんとピカチュウさんが、力尽きて倒れていました。どちらとも、これ以上動くことはできないでしょう。

ソルガレオ「……」

ピカチュウ「ピ……カ」

リーリエ「これは……引き分けですか?」

レッド「…………」コクン


戦いを終えたわたしとレッドさんは、ひとまずそれぞれポケモンさんを元気にすることにしました。

グリーン「引き分けでも、レッドのピカチュウを倒せる奴はそうそういないぜ。大したやつだ」

リーリエ「あ、ありがとうございます……」

グリーン「どうだ、レッド? これなら教えても問題ないんじゃないか?」

レッド「…………」コクン

ひとまず、合格のようです。
安心したら、力が抜けそうになって、ちょっとよろめいてしまいました。
果たして、ヨウさんはどこへ行ったのでしょうか?

グリーン「あいつは、シロガネ山にいるぜ」

リーリエ「シロガネ山……」

シロガネ山は、カントー地方とジョウト地方の境目にある、巨大な山のことです。

他の山々と比べてとても激しい天候と起伏の激しい洞窟の内部に加えて、住んでいるポケモンさんが凶暴ということもあって、オーキド博士などから許可を貰えない限り立ち入ることを禁止されています。

また、レッドさんが昔、修行していた場所として有名で、シロガネ山でポケモンさんを鍛えることはトレーナーにとって大変名誉のある事だと言われています。

グラジオ「やはりな。レジェンドであるオマエらが過酷と口にするほどの場所で、やすやすと行かせられない場所と言ったら、そこしか思いつかない」

リーリエ「どうしてヨウさんはそこへ……?」

グリーン「あー……そりゃな……」

レッド「…………」

と、グリーンさんもレッドさんも、決まり悪そうにわたしから目を逸らしました。

グリーン「ヨウから、もっと強くなるにはどうしたらいいって頼まれてな。バトルツリーで戦う以上に強くなるには、あそこで修行するのが一番だぜって言ったんだ」

レッド「…………」

リーリエ「あなた達が……」

やっぱり、予想通りでした。

グリーン「だからアイツがチャンピオンを辞退して騒ぎになった時、オレたちも一応責任は感じたんだぜ? でも、レジェンドとしての仕事があるからな。アローラから離れようにも離れられなかったんだ。正直、君たちが来てくれてホッとしてる」

グラジオ「オマエたちが責任を負う必要はないさ……結局、アイツがオレたちに相談もなしに出て行ったのが問題だからな」

レッド「…………」

グリーン「とりあえず、君たちはヨウを連れ戻しにシロガネ山へ行くんだろ?」

リーリエ「もちろんです!」

グラジオ「オレも行く流れなのか……?」

グリーン「それなら、オレ達からじーちゃ……オーキド博士に話を付けておくぜ。多分まだ修行してるだろうけど、あいつがシロガネ山から離れていかないうちに、さっさと向かった方がいい」

リーリエ「レッドさん、グリーンさん、わざわざ教えていただきありがとうございます。絶対にヨウさんを連れて戻ります!」

グリーン「気をつけて行ってこい。住んでるポケモンたちも、バカになんねぇ強さだからさ」

グリーン「ああそれと、もしヨウに会ったら、バトルツリーで更に強くなったオレたちが待ってる、って伝えておいてくれよ? あいつと戦うのは、結構楽しみにしてるんだ。俺もレッドも」

レッド「…………!」

リーリエ「はい、必ず伝えますね。それではにいさま、さっそく準備をしにパラダイスまで戻りましょう」

グラジオ「フッ……仕方ない。こうなったら、最後まで付き合ってやるか」

わたしたちはレッドさんとグリーンさんにお礼を言うと、踵を返して、ポニの花園を出て行きました。
ヨウさんは、シロガネ山にいる。
もうひと頑張り、あともうひと頑張りでヨウさんに会える! そう思うと、自然と胸が高鳴ってきました。

グリーン「なぁお前、あいつと戦ってみてどう思った?」

レッド「…………」ボソボソ

グリーン「ああ、オレも同じものを感じた」

グリーン「戦ってる時のあいつの目――今までああいう目つきでポケモン勝負をしてきたトレーナーは、お前とヨウに続いて3人目だ」

グリーン「そういう奴は、決まって大きな目標と、強い意志と心を持っていやがる」

グリーン「リーリエは……ヨウのために必死で戦おうとしている。あの子にとってヨウは大きな存在なんだろうな」

レッド「…………」ボソボソ

グリーン「そうだな。強い意志と心っていうのは、夢を叶える上で心強いものだが、大切なものが手からこぼれ落ちていくのに気づけないモンだ。オレもお前も、そうだったからな」

レッド「…………」

グリーン「一人で突っ走ったって、夢は叶わない……あいつら、それに気付けるといいな」

今日はここまで。

明日の更新をお楽しみに!

エーテルパラダイスに戻ったわたしたちは、すぐにシロガネ山へ向かうための準備に取り掛かりました。

グリーンさんもおっしゃっていたように、シロガネ山は過酷な環境に加えて、強くて凶暴なポケモンさんがたくさん住んでいる場所。ほしぐもちゃんの力を信用していないわけではないのですが、この子だけでシロガネ山の中を進むのは危険です。

わたしがカントーを旅しているとき、捕まえて育てたポケモンさんの、力も借りなければ……。

にいさまもなんとなく行く流れになっちゃってますが、「どのみちお前を一人で危険な場所に行かせるわけにはいかないだろう」と、ついてくる事になりました。

にいさまが来てくれるのは嬉しいことなのですが……わたしとヨウさんだけの問題に巻き込ませてしまって、ちょっと申し訳ないです。

でも、まさかこんな形で再びカントー地方に戻るなんて思いもしませんでした。

ヨウさんがアローラを出て行ったのが数ヵ月前なら、わたし達が帰ってくるまでの間、偶然わたしたちは一緒の地方にいたのですね……。

その時は、わたしもかあさまのリハビリをしつつトレーナーの修行をしていたので、ヨウさんに気付くことはあり得ないのですが……もしも、ヨウさんがカントーに来ているのを知っていたら、カントーでも一緒にいられたかもしれません。

……いいえ、これからヨウさんと会いに行くのですから、すぐに現実のものにできます!

そういえば、昔、わたしは気持ちに赴くまま行動して、ヨウさんにもみんなにも、船で出て行く直前にアローラから旅立つことを話して驚かせちゃいました。今回はきちんと前もって話をしておかないといけませんね。

ハウ「ええーっ! またカントーに戻っちゃうのー?!」

一度メレメレ島に戻ってみなさんに、これまでの経緯を説明したのですが……やっぱり、ハウさんはショックを受けてます……。
わたしがカントーへ旅立った時も、とっても落ち込んでいたみたいでしたから、こんな反応をなさるのも無理はありません。

ククイ博士「おいおい、そうびっくりすることじゃないだろう。ヨウを連れて帰るために戻るってことだろ?」

リーリエ「はい!」

ハウ「せっかくリーリエが戻ってきたのにー」

リーリエ「大丈夫ですよ、ハウさん。今度はそう長く居ませんから。それどころか、次に帰ってくるときはヨウさんも一緒ですから、また昔のように戻れます」

ハウ「うー……」

ククイ博士「リーリエ。ヨウのこと、頼んだぜ。あいつはどこか強がって無茶してるところがあるからね……」

ククイ博士「ヨウはトレーナーとして天才的な才能を持っている。でも、だからといってまだ子供だからね、誰かがそばにいてあげなきゃな」

リーリエ「任せてください! ……もうヨウさんを一人になんてさせませんから」

ククイ博士とハウさんに、力強くそう宣言してわたしはリリィタウンを後にしました。

メレメレ島での用事を終えて連絡船で帰る直前でした。

誰かがわたしの名前を呼びました。振り返ると、ハウさんが息を切らしながらこちらへ駆け寄ってきました。

ハウ「よかったーまだ行ってなかったんだねー」ゼーゼー

リーリエ「ハウさん? どうかなさったのですか?」

ハウさんは走ったせいで乱れた息を整えると、いつもののんびりとしたハウさんと思えないほど真摯な眼差しで、口を開きました。

ハウ「リーリエはさー、ヨウのこと、好きー?」

リーリエ「えっ……」

急にストレートな質問を投げかけてきて、わたしはねこだましを喰らったように一瞬固まりました。

ハウさんの言う通り、わたしはヨウさんのこと、異性として好きです。
……いえ、好きという言葉だけでは表現できないほど、ヨウさんのことが愛おしくてたまらないです。あの人が、私の心の支えになっているのですから。

ですけど、この想いはヨウさん以外の誰にも明かしていません。2人だけの秘密みたいなものです。

その秘密がいきなり暴かれた感じで、あっけにとられてしまいましたが、すぐに冷静さを取り戻すと、わたしははっきり言いました。

リーリエ「……はい。わたし、ヨウさんのことが好きです。友達としてではなく、異性として、あの人のことを愛してます。だから、シロガネ山に行って、あの人を説得してアローラへ連れて帰るのです」

ハウ「……もし、ヨウが帰りたくないって言ったら、どうするのー?」

リーリエ「!」

ハウさんのこの言葉は、つのドリルを直接されたようにわたしの心に突き刺さって抉りました。

ヨウさんが帰りたくないと言ったら――もしシロガネ山でヨウさんと出会って、戻ってくるよう説得しても、彼が夢にこだわって「帰るつもりはない」と言ったら……?
ですが、すぐにその考えは払底しました。

わたしにとって、「ヨウさんが戻ってこない」なんてことは考えません。

そんなこと、あってはならないからです。

リーリエ「……有り得ません。ヨウさんはそんなこと、言いません」

ハウ「それこそ有り得ないよー! だってヨウはーポケモンマスターになりたいっていう夢があるんだよー。きっと、シロガネ山での修行に集中したいはずだよー。だからーリーリエが帰ろうって聞いても――」

リーリエ「やめて。そんなこと言わないでください!」

ハウ「!」

リーリエ「あの人は、みんなに強い自分を見せて安心させようと誰も知らないところでずっと努力してきている人なんです。それこそ、心が擦り切れて背負っているものに押しつぶされるほどに」

リーリエ「それを分かってあげられるのは、わたしだけなんです。あの人の抱えている悲しみも、辛さも、孤独さも癒してあげられるのはわたしだけ……ハウさんよりずっと、わたしの方がヨウさんのこと、知っているんです」

リーリエ「ヨウさんだって、わたし以外の誰にも、自分の口から弱音を吐いたことだって無かったはずです。あの人はわたし以外に頼れる人がいないんです。あの人がたった一人で遠くに行ってしまえば、きっと背負っているものに押しつぶされちゃう……。だから、わたしが無理矢理にでも連れて帰らなきゃいけないんです」

ハウ「リーリエ、落ち着きなよー!」

ハウさんの制止で、ようやくわたしは我に返りました。

気が付けばヨウさんのことをまくし立ててしまうくらい、わたしにとって、あの人が帰ってこないという未来が、おぞましいと感じていることに改めて気付かされました。

わたしの言葉を聞いていたハウさんはとても辛そうで、今にも泣いてしまいそうな表情でした。

リーリエ「ごめんなさい、ハウさん。わたし、ハウさんを傷つけるつもりで言ったわけでは……」

ハウ「ううん、平気だよー……おれも、ヨウがひょっとしたら帰ってこないかもしれないって不安でこんなこと言っちゃったからー」

ハウ「リーリエはーせっかくヨウを連れ戻そうと頑張っているのにー、嫌なこと言ってごめんねー」

リーリエ「気にしてませんよ。わたしとヨウさんのこと、心配で言ってくれたんですよね? ありがとう、ハウさん」

ハウ「うんー……」

そのままわたしは、嫌なものを引きずるようにエーテルパラダイスへの連絡船に乗って、メレメレ島を後にしました。船尾部へ出ると、ハウさんが手を振ってくれました。

わたしもハウさんに手を振り返してあげると、ふと、最初にカントーへ旅立つ時の記憶が、脳裏に蘇ってきました。


……ヨウさんに必要な全てになりたい。

わたしはメレメレの花園で見つけた秘密の洞窟で、ヨウさんが背負っているものと悲しみを知って、夢を抱きました。

一緒にいてあげたり、道具をあげたりするだけではダメ。もっと、本当にヨウさんがわたしのことをあらゆる意味で信頼してくれるようになりたい。

そのためには、もっとヨウさんのことを知らなきゃいけないけど、それはあの人のそばにいて学べばいいことです。

だけど、そばにいるために自分自身、学ばなきゃいけないことがたくさんあります。
その頃のわたしは、本で得た知識ばかりで、実践もなければ経験もろくにしていませんでした。

島巡りの最中、わたしはいかに外へ出て色んなものを体験していないのか、思い知らされました。

なにより、トレーナーではない時点で、あの人と対等な立場ではないのですから。

ハラさんからポケモンさんを貰って島巡りをすれば楽かもしれませんが、きっとヨウさん含め周りが手を貸してしまうのがわかります。それでは、わたし自身、ヨウさんたちに甘えて成長出来ません。

自分の夢と現実との板挟みにあって、どうしたいいのか悩みました。

そんな時でした。

わたしはエーテルパラダイスで、毒の治療やポケモンに関する事件が記述されている本を探していると、一冊の本の内容が目に付きました。

リーリエ『事故でポケモンとの融合……?』

何年も前、カントー地方で、マサキという方がポケモンの転送装置の事故で、誤ってポケモンさんと融合してしまったという事件の記述が掲載されていました。

かあさまはウツロイドさんと融合したことで毒を注入されて、意識を失いました。
ひょっとしたら、この技術を応用すれば、かあさまの体内にある毒を分離できるかもしれない。
同時に、カントー地方に行けば、自分の知らない場所、知らない人達、知らないポケモンさんと出会って大きく成長できる――ヨウさんと、対等になれる。そう感じました。

気が付いたときには、ビッケさんたちにこの事を話して、カントーへ行く準備を終えていました。

時間の都合もあって、わたしがカントーに行くことを直接話したのは、バーネット博士とククイ博士でした。それがハウさんに伝わって、最後にヨウさんに伝わったのです。

旅立つ直前、ククイ博士とハウさん、そしてヨウさんが、わたしの旅立ちを見送ってくれました。

ククイ博士『リーリエ、カントーは遠いからね。時差ボケには気をつけて』

ククイ博士『バーネットのヤツ……さみしいから見送らないってムリしてるけど、許してよ』

ククイ博士『研究所のロフトはずっとリーリエに貸すんだってさ。だから、研究所のロフト……また使っていいんだぜ』

ハウ『聞いてないよー!』

リーリエ『ハウさん、かあさまを治すために……そしてなにより、わたしのためにカントー行きを決めたのです』

リーリエ『アローラを離れるのはもちろんさみしいのですが……わたし……カントー行きに、胸をふくらませているんです……』

リーリエ『素敵なポケモンさんと出会い、トレーナーになり……島巡りのように、あちこちを旅するのです!』

さみしい、と口にした時、わたしはふと、悲しげな笑みを浮かべているヨウさんと目が合いました。

リーリエ『あの……ヨウさん』

お願い、一緒に来て。

そう言いたかった。この人が来てくれたら、カントーでの生活も、きっと楽しいものになる。ヨウさんと一緒にカントーを旅できたら、どれだけ幸せだろう。

だけど、それじゃあダメです。ヨウさんに甘えて、わたしの夢が遠のいてしまいます。それにヨウさんは、チャンピオンとしての勤めがあります。
チャンピオンになったばかりの彼に、こんなことを言うのは余りにも自分勝手です。

ヨウ『リーリエ、君はアローラを旅して、自分自身の夢を持つことが出来たみたいだな』

リーリエ『はい! わたし、かあさまを治すだけでなく、自分の夢を叶えるためにカントーへ行くのです』

ヨウ『そうか……寂しくなるけど、同時に君が夢を持てたことが嬉しく思うよ』

ヨウ『僕はリーリエの夢がどんなものなのか知らない。だけど、君が抱いた夢は君だけのものだ。誰にも奪えない。だから大事にするんだ』

リーリエ『もちろんです! この夢は、ゼッタイに叶えてみせます』

あなたさえいてくれればそれで叶うのだから。

リーリエ『ヨウさん、ちょっとくたびれていますが……わたしの宝物です』

わたしはリュックから、子供の頃から大事にしていたピッピ人形を、ヨウさんに差し出しました。
だけどヨウさんは笑みを浮かべたまま、首を横に振りました。

ヨウ『君の宝物を、受け取るわけにいかないよ』

リーリエ『えっ?』

するとヨウさんは、自分の帽子を外すと、そのままわたしの頭に被せました。

ヨウ『その帽子は、僕の父さんがアローラで島巡りするとき、お祝いで買ってきてくれた宝物なんだ』

ヨウ『君がアローラに帰ってきたとき、それを返してもらうよ。その代わり、君が僕に渡したピッピ人形を返す。それでどうかな?』

お互いを忘れないために。アローラで作り上げた思い出を忘れないために。

リーリエ『……はい!』

こうして、わたしはヨウさんの帽子を、ヨウさんはわたしのピッピ人形を交換しました。

リーリエ『ヨウさんも……頑張ってくださいね。あなたは、あなたの夢を叶えるために』

ヨウ『もちろんだ』

そして、わたしはヨウさんに近づいて、ハウさんたちに聞こえないくらい小さな声で言いました。

リーリエ『ヨウさん、お互いの宝物が戻ってきたら……その時は、その……』

心に秘めた想いをいざ口に出そうとすると、すごく勇気がいります。
それでも、頑張って、喉の奥から一気に押し出しました。

リーリエ『その時は、ずっとそばにいてもいいですか……? 今度こそ、ふたりで遠いところを旅したいです』

わたしの言葉を聞いたヨウさんは少し目を瞠らせて、それから穏やかな笑みを浮かべました。

ヨウ『……ああ、いいよ』

リーリエ『本当ですか? 約束ですよ? ゼッタイ破らないでくださいね?』

ヨウ『もちろん。だから、自分で決めたことを諦めるなよ。そうすれば、夢は叶うんだからさ』

本当は抱きしめて、あの時のようにキスしたかった。だけど、それをすれば余計別れが辛くなるから、我慢しました。

リーリエ『こういう時、さよならと言うのですね』

ヨウ『違うだろ、また会うんだから、「またね」って言うものさ』

気取ったように笑いながらわたしの頭を撫でるヨウさんを見て、無性に寂しさがこみ上げてきちゃいました。

リーリエ『じゃあ……またね、ヨウさん、ハウさん、ククイ博士』

ククイ博士『おう! いつでも帰っておいで!』

ハウ『言いたいこと、言ってないのにー。だから、だからっ! 手紙送るからね、すっごい長いやつー!』

ヨウ『リーリエも、夢が叶うといいな。頑張れよ』

リーリエ『はい! みなさん……アローラ!』

そしてわたしは、カントーへ旅立って行きました。

夢のことは、あえてヨウさんに明かしませんでした。恥ずかしいというのもあるのですけれど……口に出すより、きちんと行動に移すことが大事だと、ヨウさんを見てて学んだからです。

カントーにいる間、わたしは言葉通り、多くのポケモンさんやトレーナーさんと出会いました。

アローラでは経験したことも見たこともないことを体験して……時には一歩踏み出して、ジムにも挑戦しました。

ですが、同時に大きな挫折や、ヨウさんやアローラの思い出が蘇って、心が引き裂かれるような夜を過ごしたこともありました。

それでも、ひとえにわたしを支えてくれたのがヨウさんとの約束でした。

――その時は、ずっとそばにいてもいいですか……? 今度こそ、ふたりで遠いところを旅したいです
――もちろん。だから、自分で決めたことを諦めるなよ。そうすれば、夢は叶うんだからさ

ヨウさんと交わした約束。わたしにとってそれは、あの人の繋がりだけでなく、カントーで旅をする大きな原動力となりました。

この約束と、ヨウさんと繋がっている証であるあの人の帽子、ヨウさんの必要な全てになりたいという夢だけが、わたしを奮い立たせてきたのです。

なのに、どうしてヨウさんは――。

翌日。

わたしたちはメレメレから出ている大きな船に乗って、ククイ博士とハウ、そして今度はバーネット博士も加わって見送られながら、再びアローラを旅立ちました。

前は自分が強くなるため、そして今度は、強くなった自分をヨウさんへ見せるための旅です!

大型船の個室で、ゆっくり身体を休めたり、にいさまと一緒に船の中にいるトレーナーと勝負して、ポケモンさんのコンディションを整えました。

カントーに着いたのは、アローラから離れて3日が経ってからでした。
あの時と同じように、クチバシティの港に船が到着して、わたしは再びカントーに足を踏み入れました。

グラジオ「ここがカントー……レッドとグリーン出身の地か……」

???「おおーい、リーリエ君!」

穏やかな男性の方の声が聞こえて、顔を向けると初老の男の人が親しげに近づいてきました。

リーリエ「オーキド博士……しばらくぶりです」ペコリ

この方こそ、ポケモン研究の第一人者であるオーキド博士。カントーにいた頃、何度もお世話になりました。

オーキド博士「しばらくぶりじゃのう。こんなに早くカントーに戻ってくるとは……」

オーキド博士「おや、キミは? どうやらポケモントレーナーのようじゃが……」

グラジオ「グラジオだ。お初にお目にかかる」

リーリエ「わたしのにいさまです」

オーキド博士「おお、キミが孫の言っていた、タイプを自在に変化させるポケモンのトレーナーか! 是非そのポケモンについて色々教えてくれるとありがたいのじゃが――」

リーリエ「あの、オーキド博士。わたしたち、シロガネ山に行ったヨウというトレーナーを探していて……」

オーキド博士「む……そうじゃったな。わしとしたことが、うっかりしてしまったわい。さ、車に乗りなさい」

オーキド博士に促されて、わたしとにいさまは車に乗りました。運転は、オーキド博士がするようです。

オーキド博士「リーリエ君、お母さんの調子はどうかな?」

リーリエ「あっ、はい、すっかり元気になりました! 今はエーテル財団の代表に戻って、順調にお仕事をなさっています」

オーキド博士「そうか……それはよかった。わしもマサキ君も、頑張った甲斐があったものじゃ」

オーキド博士「いつかわしもアローラ地方へ行きたいと思っておるところじゃ。是非、ウルトラビーストについて研究してみたいと考えてのお、あっちにはいとこのナリヤもいるから、久しぶりにお互いの研究成果について話し合いたいと……」

グラジオ「博士……ひとつ聞きたい」

グラジオ「ヨウは今、シロガネ山にいるんだな?」

オーキド博士「……うむ。今のところ、彼が山から降りて来たという報告は無いから、恐らくはのう」

リーリエ「博士は、ヨウさんがカントーに来たことをご存知だったのですか?」

オーキド博士「もちろん。君たちと同じように、孫を通してわしに会いに来たのじゃ。じゃが、まさか君たちの知り合いとは思わなんだ」

グラジオ「昔はともかく、今ならアローラ出身のトレーナーがカントーへ行くこと自体は珍しいことじゃないしな」

オーキド博士「彼は確かに、トレーナーとしての実力も精神も申し分は無かった。シロガネ山は、ちょうど良い修行場になるじゃろう」

オーキド博士「……野暮な質問をするが、キミたちはヨウ君に会って、何をするつもりじゃ?」

リーリエ「わたしは……ヨウさんと約束しているのです」

リーリエ「本当はアローラで再会してから、その約束を果たすつもりだったのですけれども、彼は……自分の夢のため、こっちへ来てシロガネ山で修行してしまって……」

リーリエ「だから、あの人と会って、今度こそ約束を果たすのです。アローラから旅立つ直前、彼と交わした大事な大事な約束ですから」

オーキド博士はしばらく黙って前を見ていると、「ふむ」と小さく呟いてから、言葉を続けました。

オーキド博士「ヨウ君との約束を果たすため、わざわざ危険なシロガネ山を登る覚悟をしてここまで来た……」

オーキド博士「なるほどのう。ひょっとしたらリーリエ君は、ヨウ君の待ち人なのかもしれんな」

リーリエ「待ち人……?」

オーキド博士「シロガネ山には、奇妙なジンクスがあるのじゃ」

オーキド博士「ポケモンと供にシロガネ山での修行で心も身体も鍛え、山の頂に立つと待ち人が現れるそうじゃ」

オーキド博士「レッド君も修行の果てに山の頂に立つと、なんとジョウトからやってきたトレーナーと出会い、ポケモン勝負をして敗れた後、何かを悟って世界を旅するようになったのじゃ」

オーキド博士「だから、そのトレーナーとレッド君のように、キミたちがヨウ君の「何か」を変える人間なのかもしれんのう」

リーリエ「わたしが……ヨウさんを変える……」

アローラでは、ヨウさんがわたしを変えてくださいました。

今度はわたしが、シロガネ山でヨウさんと出会って、あの人の心を変えるのです。夢にとりつかれている、ヨウさんを、わたしが――。

その後は、オーキド博士と他愛ない話をしているうちに、わたしは眠くなってしまって、そのまま車に揺られながら、眠りについてしまいました。

グラジオ「おい、起きろ。着いたぞ」

リーリエ「!」

にいさまに肘で突っつかれて目を覚ますと、車は停まっていました。窓の外を見ると、最初に目に付いたのはお城のような立派な建物でした。

リーリエ「ここって……」

グラジオ「セキエイ高原だな」

目の前にある建物は、ポケモンリーグ総本部。現在はアローラにいるレッドさんの代わりに、ドラゴンつかいのワタルさんが、チャンピオンを勤めているそうです。
まだバッジを全部揃えていないわたしは、ここに入る資格は無いのですが……。

オーキド博士「そして、その奥にあるあの山が……」

オーキド博士が指で示したのは、ポケモンリーグの奥。
そこには、上層部が雪で覆われた、荘厳な山がそびえ立っていました。アローラ地方のウラウラ島にある霊峰ラナキラマウンテンとはまた違った、威圧感と神秘さが混じりあった雰囲気を漂わせています。

リーリエ「シロガネ山……」

あそこのてっぺんに、ヨウさんがいる。

徒歩でシロガネ山の麓に入ったわたしたちは、山へ登る人たちのために建設されたポケモンセンターでオーキド博士と別れると、すぐに出発しました。

モンジャラ「ジャラジャラッ!!」

ニューラ「シャーッ!」

グラジオ「ポリゴンZ! トライアタックだ!」

リーリエ「ピクシーさん! スピードスターで援護してください!」

ポリゴンZ「s@a/★\4&!!」

ピクシー「ピーッ!」

ドカァァン!!

ポリゴンZさんとピクシーさんが力を合わせて、襲いかかってきたニューラさんとモンジャラさんに攻撃をします。

リーリエ「……っ!」

グラジオ「気を抜くな! まだヤツらは倒れちゃいない!」

にいさまの言葉通り、トライアタックとスピードスターで起きた煙から、ニューラさんたちが飛び出して来ました。

ニューラ「ニュラーッ!」ブンッ

ピクシー「ギエピーッ!?」ザクッ!

リーリエ「ピクシーさんっ!」

ニューラさんのメタルクローが、ピクシーさんに命中してしまいました!
フェアリータイプのピクシーさんには、はがねタイプの技はこうかばつぐんです。
ですが――。

リーリエ「ピクシーさん、だいもんじですっ!」

ピクシー「ピーッ!」ゴウッ!

ボウッ!

ニューラ「シャーッ!?」ドサッ

ピクシーさんが放っただいもんじが命中して、ニューラさんが倒れました。
コスモパワーであらかじめ防御を上げておいたおかげで、大したダメージにならなかったのが幸いでした。
一方のにいさまも、ポリゴンZさんのシグナルビームでモンジャラを倒すことが出来たようです。

リーリエ「……確かに、並みのトレーナーが来ていい場所ではないみたい、です」

グラジオ「リーリエ、気を抜いている場合では無さそうだ」

にいさまに促されて、わたしが前方を向くと、リングマさんとドンファンさんが飛び出してきました。

リングマ「ガァーーッ!」

ドンファン「パオーーム!」

……いえ、周りを見渡せば、様々なポケモンさんが、わたしたちに敵意を込めた視線を向けています。

グラジオ「まともにコイツらの相手をしていたらキリがない。このまま突っ切って洞窟に入るぞ。行けるな?」

リーリエ「……はい!」


わたしたちはなんとか麓に住まうポケモンさんたちの群れから逃げ切って、滑り込むようにシロガネ山洞窟へ入ることができました。

シロガネ山洞窟は予想以上に起伏が激しく、時にはにいさまのルカリオさんが使うロッククライムを使って、上のフロアへと登らなければなりません。

外へ出ると、一面が雪景色に覆われていて、刺すような寒さが全身を凍えさせてきました。そんな中でも、ポケモンさんたちは、容赦なくわたしたちに襲いかかってきて、休む暇もなかったです。

ですが、着実に前へ前へと進んでいる。ヨウさんに近づいてきている……。そう思うと、自然と足が動いてしまうのです。

再び洞窟内に入ってしばらく進み、にいさまは周りにポケモンさんがいないことを確認すると、一息つきました。

グラジオ「……少し、休むか」

リーリエ「いいえ、まだわたし、歩けます!」

グラジオ「休めるときに休んでおけ。オマエ、結構無理してるだろ。ヨウと会う前に倒れたら元も子もないぞ」

リーリエ「……」

でも、と返そうとしましたが、ピクシーさんや他のポケモンさんたちが疲れているのも事実です。にいさまの言う通り、休める時に休まなくっちゃ、ヨウさんに会うこともできないかもしれません。

ポケモンさんたちに見つからないよう、わたしたちは岩陰に座り込むと、一息ついて休憩しました。

グラジオ「この調子だと、あいつはおそらく……頂上の近くにいるだろうな」

リーリエ「ですね。ヨウさんならきっと、てっぺんで修行していますよ」

グラジオ「昔から変わらず、憎いヤツだ……。こんなところまでわざわざ妹を来させるとはな」

リーリエ「にいさま……あまりヨウさんのこと、悪く言わないであげてください。あの人はただ、夢を叶えたいだけですから。それに、わたしは大変だなんて思ってませんよ?」

グラジオ「……リーリエ」

グラジオ「オレはな、あいつやハウと仲良しごっこをしているわけじゃない。特に財団に用事がなければ、いつも会えば勝負ばかりだ」

グラジオ「知ってるか、リーリエ」

リーリエ「何をですか?」

グラジオ「ある程度腕の立つトレーナー同士がポケモン勝負をすれば、相手のことがポケモンを通して分かっちまうんだ」

グラジオ「オレもハウもヨウも、そうやって勝負しながら、心と心で会話をしているんだ」

グラジオ「だがアイツは、決して自分の本音を見せようとしない。オレたちに多くを見せようとしない」

グラジオ「アイツにとって、オレやハウはどんな存在なんだ? 自分が強くなるための都合のいい相手なのか? それともライバルなのか? それすらハッキリさせようとしない……アイツの考えがオレには分からん……」

リーリエ「……ヨウさんは」

きっとあなたたちと、と続けようとすると、にいさまはわたしを手で制しました。

グラジオ「言わなくていい。それは直接、アイツから聞いてみるさ……。オマエは、ヨウから本音を聞き出せたんだろ?」

リーリエ「……はい」

グラジオ「正直、オマエが羨ましい。少なくともオマエは、ヨウにとって特別な存在なんだろうな。オマエの何がアイツに本音を引き出せたのか……興味があるな」

リーリエ「わたしは何も……でも、ホント、どうしてわたしなんでしょうね。あの人は、不思議な方です」

ヨウさんはどうしてメレメレ島の秘密の洞窟で、わたしにだけ弱みを語ってくれたのでしょうか。それもヨウさんに会えば分かるのでしょうか? それもきっと、にいさまの言っていたようにポケモン勝負で。

そんなことを考えていた時でした――。

ズズンッ!

リーリエ「!」

グラジオ「なんだ!」ガバッ

わたしたちはすぐに身構えて、あちこちを見渡すと、わたしたちが入ってきた道の奥から、巨大な影が近付いてきました。

バンギラス「ギャアアアス!!」

リーリエ「バッ、バンギラスさん?!」

グラジオ「こんな奴までいるとはな……!」ギリッ

バンギラスさんはいわタイプの中でもトップクラスの凶暴さとパワーを持つポケモンさんで、辺りの地形を変えることは朝飯前で、片腕で山を崩すことさえ出来ると言われています。

グラジオ「リーリエ、オレから離れてろ! ここじゃ二匹並べて戦うには狭すぎる!」

リーリエ「はっ、はいっ!」

にいさまに言われたとおり、わたしはにいさまから戦闘の被害が及ばないところまで下がると、すぐににいさまはボールを構えました。

グラジオ「行けっ! ルカリオ!!」ヒョイッ

ルカリオ「グルゥゥアッ!!」ポンッ

バンギラス「ガオォォッ!!」ブンッ!

ルカリオさんがボールから飛び出すやいなや、出会い頭に尖った岩を次々とルカリオさんに向けて投げつけてきました。

グラジオ「はどうだんで撃ち落とせ!」

ルカリオ「ガウッ!」

すかさずルカリオさんは素早くバンギラスさんのストーンエッジをはどうだんで打ち落とすと、バンギラスさんの懐へと飛び込んでいきました。

グラジオ「インファイトだ!」

ルカリオ「オォォォッ!」ドドドド!!

ルカリオさんのゼンリョクを込めた拳のラッシュが、バンギラスさんを圧していきます。しかし……。

バンギラス「ガアアアッ!」カッ!

グラジオ「――!」

一瞬の閃光と供に、極太のはかいこうせんが、わたしたちに襲い掛かりました。
幸い、わたしもにいさま達も当たらずに済んだのですが、はかいこうせんは天井に命中してしまいました。

ガラガラガラッ!!

リーリエ「きゃあああっ!」

グラジオ「リーリエッ! クッ……!」

なんと、天井が崩れ落ちて、にいさまとわたしは大きな岩の塊を隔てて、離ればなれになってしまったのです。

グラジオ「リーリエ! 無事か!?」

リーリエ「は、はい! なんとか……」

グラジオ「わかった! 絶対そこから動くな! コイツを倒したあと、すぐにオマエを助けに――うおおっ!」

ズズンッ!
ガラガラガラッ!

リーリエ「にいさま? にいさまっ!」

大きな揺れがしたかと思うと、にいさまの声が聞こえなくなってしまいました。まさか、にいさまの身に何かが起きたのでしょうか?
呼びかけても、返事がありません。

リーリエ「ど、どうしよう……」オロオロ

完全にわたしは、薄暗い洞窟の中に閉じ込められてしまいました。

頭の中が真っ白になって、しばらくそのまま、動けなくなってしまいました。しかも、さっきのバンギラスさんのような、凶暴なポケモンがあちらこちらにいるのは間違いないです。

助けを呼ぼうと、わたしはポケモン図鑑を取り出して連絡機能を使ってみたのですが、磁場の影響からか電波は繋がりませんでした。

遭難。

ソーナノさんでもソーナンスさんでもありません。完全にわたしは、遭難してしまいました。

リーリエ(どうしようどうしようどうしよう……!)ブルブル

わたしは完全にパニックになって、全身を震わせて身を屈める以外、なにも出来ませんでした。

情けないです。カントーで強くなったはずなのに、いざこうなると、昔のように何もできなくなってしまうなんて……。

ゴルバット「ゴルール!」バサバサッ!!

リーリエ「ひゃあ!」ダッ!

突然暗闇の中からゴルバットさんたちが飛び出してきて、思わずわたしはその場から駆け出しました。

怖い! 怖い! 怖い! たっ、助けて! ヨウさん!

石につまづいては転んで、坂道を登ったり下ったり、ゴルバットさんの群れから逃げるためにハチャメチャに道を走っていると、目の前に光が見えました。

リーリエ「出口……?」

わたしは洞窟の外へと飛び出すと、目の前に大きな一本道が伸びていました。

リーリエ「ここは……?」

キョロキョロと見渡すと、雪に混じって下の景色が見えました。上を見上げても、山肌らしきものも見当たりません。

ということは、ここが頂上――なのでしょうか?

ポンッ!

ソルガレオ「ラリオーナッ!!」

リーリエ「ほしぐも……ちゃん?」

何かを感じ取ったのか、ほしぐもちゃんがボールから飛び出すと、一本道の先に向かって咆哮を上げました。

ソルガレオ「ラリオ!」ダッ!

リーリエ「あっ、ほしぐもちゃん待ってっ!」

いきなり一本道を走り出したほしぐもちゃんを、わたしは追いかけていきました。何故ほしぐもちゃんは急にボールから飛び出したのでしょうか?

……まさか?

やがて、一本道が終わると、ぴたりとそこでほしぐもちゃんも動きを止めました。
わたしとほしぐもちゃんの目の前には、ポケモン勝負のバトルフィールドを思わせる大きな広場がありました。

そして、その広場の真ん中に、ひとりの人間が立っていました。顔は空が曇って暗くなっているだけでなく、背中を向けているのでどんな人なのか様子を伺えません。

ソルガレオ「ラリオーナ!!」

その人影に向かって、もう一度ほしぐもちゃんは吠え出しました。

「…………」

まるでほしぐもちゃんに呼ばれたかのように、人影は背中を動かして、静かにこちらへ振り返ろうとしました。

わたしは直感で、人影の正体が分かりました。

「リーリエ……ソルガレオ?」

すると、雲から日光が差込み、シロガネ山の頂上を照らし出しました。
同時に、人影の正体も光が暴いてくれました。

長い後ろ髪。

白と青のボーダーシャツ。

黒のハーフパンツ。

青い靴。

夢への想いを秘めた黒い瞳。

間違いない。アローラで別れた頃とほとんど変わっていない。

リーリエ「ヨウさんっ!!」

ソルガレオ「ラリオーナッ!」

わたしは溢れ出る感情に任せて、なりふり構わずヨウさんに走り寄ると、そのまま抱きつきました。

ヨウさんは見ない間に背が伸びていたようで、わたしの顔が胸元に埋められることが出来ちゃいました。

リーリエ「ヨウさん……。会えた……やっと、会えました……」

ヨウ「…………」

ああ……変わってません。この匂い、この温もり……。

自然と涙が出て、ヨウさんのシャツを濡らしてしまいました。
だけどヨウさんは怒ることもなく、ただ無言でわたしを受け止めていました。

リーリエ「会いたかった……会いたかった、です」

ヨウ「……そうか」

リーリエ「みんな……心配したんですよ? ハウさんも博士も、あなたのおかあさまも……わたしも、ほしぐもちゃんも……」

ヨウ「……だろうな」

リーリエ「いっぱい、話したいことも、カントーでわたし……」

ヨウ「……」

ヨウさんは抱きしめた腕を離すと、そのままわたしを横切って歩き出してしまいました。

リーリエ「ヨウさん……?」

ヨウ「ついて来なよ。話したいことが山ほどあるんだろ? ここじゃ凍えちまうよ」

言われてみればここはシロガネ山の山頂――雪も降っているし、寒くないわけありません。
そこでわたしは、にいさまの事を思い出しました。

リーリエ「あ、あのっ、実はにいさまがバンギラスさんに襲われて……洞窟が崩れて……」

ヨウ「グラジオが? あいつも来ているのか?」

リーリエ「はい……ヨウさんに会う手伝いをして下さったのです」

ヨウ「バンギラスがどうとか言ってたけど、アイツは今どこにいるんだ?」

リーリエ「それが……その、わたしもゴルバットさんの群れに襲われて……そのまま逃げ回ったらここに……」

ヨウ「……そうか。なら下手に山の中を動き回るわけにはいかないな」

再びヨウさんは歩き出しました。わたしは黙って、その背中を追って行きました。
ふと、ヨウさんの横顔を覗いた時、どこか憂いを帯びているように見えたのは、気のせいでしょうか……?

ヨウさんに導かれてたどり着いたのは、山頂近くに建てられていた古い山小屋でした。夜になって、ちらほらとムウマさんの群れが見え隠れしましたが、ほしぐもちゃんが唸り声を効かせると、そそくさと退散しました。

リーリエ「この小屋は?」

ヨウ「ここで修行している人たちが使っている小屋だよ」

小屋の中に入ると、中は外と比べてちょっぴり暖かかったです。中はまさに昔のカントーやジョウト式のお家という感じで、長年吹雪にさらされて壁の一部が壊れてしまっているのか、ところどころ板で補修した後が見受けられます。

それでも博士のクラシックヨットのように古き良き味わいがあって、わたしはこういう雰囲気は好きです。

ロトム図鑑「ケテ~! リーリエ、お久しぶりロト~!」

リーリエ「ロトム図鑑さん、お久しぶりです!」

わたしとヨウさんを出迎えてくれたのは、ロトム図鑑さんでした。島巡りを始めた時、ククイ博士がヨウさんに渡した、ポケモンのロトムさんが入った貴重なポケモン図鑑です。

ヨウ「ロトム、至急オーキド博士に連絡してくれ。緊急事態だ」

ロトム図鑑「何事ロ?」

ヨウ「リーリエと一緒に来ていたグラジオがバンギラスに襲われたみたいなんだ。早く博士にこの事を伝えたい」

ロトム図鑑「了解ロト。今ならきっと麓のポケモンセンターに繋げられるロト!」

リーリエ「お願いします、ロトム図鑑さん!」

「通信モード、起動ロト!」という掛け声と供に、ピコピコと音を鳴らして画面に映像が映っていきます。どうかオーキド博士に繋がりますように、とわたしは心の中で祈りました。

ザザザッ!

オーキド博士『……ウ君? ……ヨウ……君か?』

ロトム図鑑さんが映す乱れた映像に、ジリジリとオーキド博士の姿と、ノイズの入り混じった声が聞こえてきました。かろうじて電波が届いているという状態でしょうか。

ヨウ「お久しぶりです、博士」

オーキド博士『ああ、ヨウくん! やはりシロガネ山で修行していたようじゃな! 連絡が途絶えたものだから、心配しておったのじゃ……』

ヨウ「博士、それより緊急の話があるんですが」

オーキド博士『ん……? どうしたのかね?』

ヨウ「リーリエとグラジオの事については知ってます。そのことに関してです」

急いでいるので手短に話します、とヨウさんは冷静にわたしから聞いた話を博士に伝えました。わたしも会話に入って、その時の状況を事細かく説明したのですが……まだ落ち着かなくて、しどろもどろになってしまいました。

オーキド博士『わかった。すぐに捜索隊を手配しよう。リーリエくんはわしが連絡するまでヨウくんと待機していたまえ』

リーリエ「ありがとうございます、オーキド博士。助かりました!」

オーキド博士『いや、少なくとも君が無事でなによりじゃ』

リーリエ「ヨウさんも見つけられて……後はにいさまが無事だと良いのですが……」

オーキド博士『なあに、孫が太鼓判を押すほどのトレーナーじゃ。きっと無事じゃろう。それではヨウくん、リーリエくんのこと、頼んだぞ』

ヨウ「ああ」

そこで、博士との通信が切れました。

リーリエ「ヨウさん、ロトム図鑑さん、本当にありがとうございます」

ヨウ「いや、礼には及ばないよ」

ロトム図鑑「そうロトよ~。ヨウとリーリエの仲だロ?」

リーリエ「ふふっ、そうですね!」

リーリエ「ヨウさん……」

この半年間、ずっと逢いたくてたまらなかったヨウさんが目の前にいる……夢みたいです。
わたしはヨウさんに近付くと、そっと彼の両手を包み込むように握りました。

リーリエ「わたし、ヨウさんに話したいこと……いっぱいあるんです。ぜんぶ、聞いてくれますか?」

ヨウ「……ああ」

椅子に座ると、わたしは静かにヨウさんにアローラから離れたあとの話をしてあげました。

カントーに着いて、オーキド博士やマサキさんと会ったこと。

かあさまの治療をマサキさんと進める傍らで、オーキド博士からポケモンさんを頂いて、旅に出かけたこと。

初めてトレーナーさんとポケモン勝負をしたこと。

新しいポケモンさんをゲットしたこと。

カントーのポケモンジムに挑戦して、バッジを手に入れたこと。

ヨウさんやアローラが恋しくて、一人で泣いた夜を過ごしたこと。

そして最後に、アローラへ帰ってきて、ヨウさんの行方を知るためにアローラを奔走したことを話して締めくくりました。

リーリエ「……でも、わたしに黙ってシロガネ山に行くなんて、ひどいです。それに、アローラのみなさん、心配してたんですよ?」

ヨウ「それはお互い様だろ? リーリエだって、僕らに何も相談せずカントーに行ったんだから」

リーリエ「そう、ですね……。えへ、なんだかわたしたちって似た者同士、ですね」

ヨウ「……」

リーリエ「ヨウさんはどうしてシロガネ山に……って、決まってますよね。ポケモンマスターになるため、修行しに来ているんですよね」

ヨウ「ああ」

リーリエ「オーキド博士に認められて、ここで修行させていただけるなんて、やっぱりヨウさんはスゴいです」

リーリエ「わたしはこうしてバッジを集めて頑張っても、にいさまとはぐれたり、ゴルバットさんの群れに怯えたり……結局こうして、ヨウさんに頼ったり、あの頃からなにも成長できてないのかなって……」

ヨウ「そんなことはないさ。なにより、そのバッジは君と君のポケモンの手で勝ち取ったものだろ。少なくとも僕も周りのトレーナーも、リーリエの努力を認めるよ」

リーリエ「本当ですか? 嬉しいです」

リーリエ「……ヨウさん、覚えてますか?」

わたしはリュックから、ヨウさんの帽子を取り出しました。

リーリエ「アローラから旅立つ前に、あなたと交わした約束……」

それぞれの大事なものが手元に戻ったその時、わたしが、ヨウさんのそばにずっと一緒にいて、遠い地方を旅するという約束。

ヨウさんとわたしを結ぶ、とっても強い繋がり。

ヨウ「……」

リーリエ「本当はアローラで叶えるはずだったのですが……こうして会えたから、約束を破ったこと、許してあげます」

リーリエ「この帽子、あなたにお返しします。ヨウさんも……わたしのピッピ人形さん、持ってますよね」

ヨウ「ああ」

リーリエ「……じゃあ、ヨウさん……」

まるで結婚指輪を交換するみたい、っていうのは色ボケでしょうか?
……なんて考えながら帽子をヨウさんに渡そうとした時でした。

ヨウ「リーリエ、聞いて欲しいことがあるんだ」

リーリエ「え?」

ヨウさんはわたしが勇気を出して一歩踏み出す時にするように、大きく深呼吸して、続けました。



ヨウ「グラジオと一緒にアローラへ帰るんだ。僕は、ここに残る」


その言葉を聞いた瞬間、舞い上がっていたわたしの感情が一気に凍りつきました。

たっぷり三十秒ほどの間、わたしたちは呼吸をすることも忘れたかのように黙って、向き合っていました。

リーリエ「どう……して?」

ヨウ「リーリエなら……僕のすること、わかるだろ?」

リーリエ「分からないです。ちゃんと……説明してください」

舌がしびれたかのように、うまく回りません。自分でも、あまりに唐突で、どう反応していいのか、分からなくなっているのです。

ヨウ「僕は、自分の夢を叶えるためにここで修行しているんだ。ポケモンマスターになるためには、更に上へ上へ、果てしない高みを目指さなきゃいけない」

ヨウ「ここは君にとって過酷すぎる。それはグラジオの一件でよくわかっているはずだ。そもそも、ここは本来キミが来るべき場所じゃないんだぞ」

ここはわたしのような人が来てはいけない場所――そんなこと、重々承知しています。でも……。

リーリエ「じゃあ……わたしも、ここにいます」

必死に押しつぶされそうな気持ちを堪えて、気丈にヨウさんへ笑いかけながらわたしは言葉を続けました。

ヨウ「……」

リーリエ「わたしもここで、ヨウさんと一緒に修行します。それならいいですよね?」

リーリエ「わたし……カントーのジムバッジをたくさん集めるほどに成長しました。一度アローラに戻ったあと、レッドさんのピカチュウさんとも戦って……その時はあなたが育ててくださったほしぐもちゃんとでしたけれども……それでも引き分けに持ち込めたんです。ヨウさんの足を引っ張るようなことには、なりません」

リーリエ「あ……それに、お料理もできるようになったんですよ? 島巡りをしてた時はわたしにシチューとかジャムを作ってびっくりさせたのに……ほら、カップラーメンばかりでは、健康に悪いです。だから――」

ヨウ「ダメだ」

ヨウ「アローラへ、帰るんだ」

リーリエ「……どうして?」

リーリエ「どうしてそんな意地悪をするんですか?」

ヨウ「意地悪じゃない」

リーリエ「じゃあ、わたしのこと……嫌いになったんですか?」

ヨウ「そうじゃない。君のことは好きだ。今だって、君に対する想いは変わっちゃいないよ」

リーリエ「好きなら、一緒にいて何が悪いって言うんですか?」

ヨウ「好きだから、思い出を大事にしたいんだ」

ヨウ「キミがアローラから離れて半年間、僕は自分の夢と現実のギャップに直面したんだ」

ヨウ「ポケモン勝負で勝ち続けること、それは時にポケモンをものとして見做さなければいけない時もある。実質倒れるまで痛め続けなければいけない時もある」

ヨウ「僕は防衛戦やバトルツリーでそれを痛感したんだ」

ヨウ「だから、リーリエに僕がポケモンをモノ扱いして、傷つけあう事をしているところを見て欲しくないし、君にもソルガレオにもそういうことをして欲しくないんだ」

ヨウ「それで僕はソルガレオを君に託したんだ。ソルガレオは、アローラでの君と僕の思い出そのものだから」

ヨウ「でも、僕はポケモンマスターになるという幼い頃からの夢を、叶えたいんだ」

ヨウ「僕のポケモンたちも、そんな僕のためについてきてくれている。あいつらが僕に向けている信頼を裏切りたくない」

ヨウ「だから……僕自身の夢を叶えるまで、君との約束を果たす資格はないと思っている。僕がポケモンマスターになるまでは、リーリエといっしょにいられない」

ヨウさんが話を終えると、再び沈黙が小屋を支配しました。

ヨウさんがわたしを自分の夢を巻き込ませたくないという気持ちは伝わってきました。あの人が、どれだけポケモンマスターになることに命をかけているのかだって、痛いほど知っています。

だからこそ、わたしは強いショックと悲しみを覚えました。



そして、ヨウさんたちのポケモンさんに、強い嫉妬を抱きました。

リーリエ「わたし……わたし、ずっとヨウさんと一緒に居るために頑張ってきたんです」

リーリエ「カントーにいて、辛い時があってもわたし、あなたの帽子と約束があったから、ここまで強くなれたんですよ?」

――あいつらが僕に向けている信頼を裏切りたくない

――僕がポケモンマスターになるまでは、リーリエといっしょにいられない

リーリエ「ポケモンマスターになろうとするヨウさんと一緒にいるため、今まで頑張ってきた……なのに……」

ヨウさんとたくさん思い出を作りたいのに。
いろんなこと、出来るようになったのに。

あんなに愛してくれたわたしより、ポケモンさんを信じるなんて。

成長したわたしのこと、信じてくれないなんて。

リーリエ「……こんな仕打ち――あんまりです!!」

ガシャンッ!!

わたしはヨウさんを握っていた手を離すと、感情に任せて彼を突き飛ばしてしまいました。

ソルガレオ「!?」

ロトム図鑑「な、何事ロト!?」

物音で休んでいたロトム図鑑さんとほしぐもちゃんがびっくりして、こちらを見てきました。

わたしはヨウさんに馬乗りになる形で床に転がって、ヨウさんが抵抗しないように、彼の両手首を強く握りました。

リーリエ「ヨウさんがわたしから離れていくなんて絶対にいやです!!」

リーリエ「もう離しません! ゼッタイゼッタイに離しません! ヨウさんがわたしと一緒にいるって言うまで、わたし、ヨウさんから離れませんからっ!!」

リーリエ「わたしはヨウさんのもの! どこかへ行くというのなら、わたしも一緒に連れて行かなきゃ、わたしっ……!」

ハァッ! ハァッ!

わたしに抑えられても、ヨウさんは拒むどころか表情一つ変えませんでした。気が付けば、わたしは嗚咽を漏らして全身をわなわなと震えてさせていました。

アローラの時とはわけが違う……この先ヨウさんと逢える機会が永遠に失われるかもしれない――そう思うと、暗い闇の底へ落ちるような感覚に襲われました。

秘めていた心がむき出しになって、積もりに積もった黒い感情が、わたしを覆っていたのです。

我に返った瞬間、わたしはヨウさんにとんでもないことをしていることに気付いて、すぐに離れました。

リーリエ「ご、ごめんなさい……! わたし、そんなつもりじゃ……」

ヨウ「……わかったよ、リーリエ」

ヨウ「僕も、君との約束を破っちゃったからな。君の言い分は、きちんと聞かなきゃいけない」

ヨウさんは再び立ち上がって、わたしを指さしました。

ヨウ「僕とポケモン勝負だ。リーリエが勝ったら、僕は君との約束を守る。だけど僕が勝ったら、僕の夢のために、君は大人しく諦めてアローラへ帰るんだ」

リーリエ「わたしが……ヨウさんと勝負……」

勝てば、ヨウさんと一緒にいられる。
負けてしまえば、ヨウさんがいなくなってしまう。

ダメです……ヨウさんが、アローラから、わたしから離れるなんて。絶対許しません!

あなたは……わたしの太陽……わたしがここにいる理由で、わたしの夢。ヨウさんがいない世界なんて、耐えられない。

わたしは呆然としているほしぐもちゃんをボールに戻すと、ヨウさんと一緒に外へ出て、先ほどの広場へと戻りました。

ロトム図鑑「ろ、ロト~どういうことロ? なんでヨウとリーリエが勝負するロト?」

ヨウ「ロトム、黙って見守っているんだ」

ヨウさんは、6つのボールの中から3つを選ぶと、それをベルトから取り出しました。

ヨウ「使用ポケモンは3匹まで。ポケモンの制限は特になし。それでいいね」

リーリエ「……はい!」

執念に燃えているわたしの胸の内に同調するように、雪は激しく吹き荒れています。

わたしも、自分の手持ちの中から3匹のポケモンを選んで、勝負の準備を進めていきました。

――ひとつだけ言えるのはさ、失っちまったんなら、取り戻せばいいんじゃないか?

必ずヨウさんをもう一度この腕の中に取り戻してみせます!

たとえ、ヨウさんが傷つくようなことがあっても……!

たとえ、ヨウさんの夢が潰れてしまっても……!

一緒に旅をするんです!

わたしは、目の前にいる最愛の人に向けて、一つ目のボールを構えました。


~約束の章 完~

今日はここまで。
次回はヨウ視点の『夢の章』が始まります。

書き溜めのこともあるので、更新は明日かもしくは明後日になります。

お楽しみに!

ヨウ「夢か、約束か」

~夢の章~




――諦めてしまえば、俺が勝ち取ったもの、背負ってきたもの全てが無駄になってしまう。そんなことになるのはイヤだ



――だから僕は諦めるわけにはいかない。絶対になってやるんだ! 幼い頃から憧れたポケモンマスターに……!

「決まったァーっ! ピカチュウのでんこうせっかが、サンダースを打ち破った! 新チャンピオンの誕生ですっ!」

ママ「ヨウ、見て! また新しいチャンピオンが決まったのよ!」

母さんが僕を抱えながら興奮して、テレビを指さした。
僕は母さんとは逆に、打って返って無言のまま、まじまじとテレビ画面を見ていた。

テレビには、赤い帽子を被った、僕よりずっと年上の少年が、傷だらけのピカチュウと一緒に周りからの声援と脚光を浴びながら、ガッツポーズを取って笑顔を浮かべていた。

ヨウ「……」

僕にとって画面越しでもその光景と、中心にいる少年は、太陽と月よりも眩しく見えて、心を大きく揺さぶられた。

そして、僕は決めた。

僕はあの光よりももっと眩しいものに、なってみたいと。

その光になろうと色々探っていくうちに、僕は人とポケモンの心を読めるようになった。

……いや、心が読めるというのはオーバーかな?
僕はポケモンや人間を知ろうと、まずは外に出て、たくさんの人たちや野生のポケモンを観察した。

人々やポケモンが浮かべる表情や仕草――特に目の動きや光を見続けてノートに記録して、何冊ものノートを積み上げていくうちに、次第に、相手の考えていることが読めるようになっていった。

そして、最初に実践したのは、家から歩いて10分のところにある草むらで見つけた、野生のニャースだった。

ヨウ「……」

ニャース「ぬにゃあ?」

ニャースは、好奇心に満ちた目で僕を見つめていた。

人間を見るのは初めてなのか、じっとしている僕の周りをウロウロしながら、逆に観察し始めた。どうやら、そこまで警戒はしていないようだ。

僕が動き出すとちょっとびっくりしたけれども、ポケットから大きめのガラス玉を出してあげると、ニャースは喜んで飛びついた。

もともと人懐っこい性格なのか、僕とニャースは草むらでガラス玉を使いながら一緒に遊んだ。

そして夕暮れどき、ガラス玉をニャースにあげたまま帰ろうとすると、僕に懐いてしまったのか、ニャースもついてきてしまった。

ヨウ「……うちに来る?」

ニャース「ぬにゃあ!」

家に帰ると、母さんから野生に返しなさいと言われるものかと思っていたけれども、意外にもニャースが気に入ったことと、僕とポケモンが一緒にいる環境づくりのためにペットとして飼うことを許された。

これがある意味、僕が最初にゲットしたポケモンかもしれない。

それから僕は、ポケモントレーナーになることが許される11歳になるまでの間、トレーナーになるために様々なことを勉強した。

その中でも、地元であるカントーのジムリーダーから四天王、チャンピオンであるレッドさんはもちろんのこと、ジョウトや海の向こうにあるイッシュやカロス地方の有名なトレーナーの使用ポケモンや戦術、対策を分析することが、日課になりつつあった。

そんな時、僕が7歳の誕生日の時、母さんから誕生日プレゼントとしてあるゲームをプレゼントされた。

そのゲームは、ポケモンを育成しながら架空の世界を旅するRPGで、ワイヤレスアダプタを使用することで対戦することも可能なだけでなく、ゲーム内のポケモンも、実物の強さに近い再現率を誇っていることからバトルシミュレーションツールとしても使うことが出来るのだという。

言うまでもなく、僕はハマりにハマった。電子上の世界とは言え、ポケモンを育成することが出来るのだから。

無論、僕の住んでいる街でもこのゲームは流行ってて、街をぶらつけば、見知らぬ子供たちがゲーム機を向き合って対戦している光景を何度も見かけた。

そして僕が公園で、せっせとカイリューを育成していると、目の前に一人の男の子が現れた。

「ねぇ、対戦しようよ」

気が付けば、僕は同世代の子供たちから好奇と嫉妬の入り混じった目で見つめられていた。「どうやったらそんなふうに強くなれるの?」「珍しいポケモンあげるから交換してよ」なんて声も聞こえた。

ある日、一人の少年から挑戦を受けられた。
そいつは近所の子供たちに名の知れた悪ガキたちの一人で、ゲームでお互いの宝物を賭けさせては勝って奪っていくらしい。

どうやら彼は、公園のヒーローである僕が気に食わなかったらしい。要は出る杭は打たれると言う奴だ。

周りの友達たちは僕を止めようとしたが、僕は相手の挑発に乗った。相手が悪ガキだろうと誰だろうとどうでもよかった。売られた勝負は、必ず買うのがポリシーだからだ。

といっても僕が宝物と呼べるものなんて持って無いので、自分の持っているゲームを、相手はメタグロスのフィギュアを賭けてきた。

結果は当然、僕が勝った。相手が晒してきたパーティーの内容と、対戦中目と表情を読んでこちらから対策を打ったからだ。相手の様子が読めない分、ゲーム内の敵の方が厄介と思った程だ。

そいつは言い訳がましく負け惜しみを言ってフィギュアを渡すのを拒んだが、周りの子供たちの威圧感に負けて、泣く泣くフィギュアを僕に渡した。

なんで勝ったのに、こんな辛いものを見せられなきゃいけないのか。楽しくもなかった。大事なものなら、賭けなきゃいいのに。

次第に僕の噂は広がって、同じように挑戦してくる奴らがいたが、全員返り討ちにして、数々の戦利品を手にした。
中には、おもちゃを渡すことを泣いて嫌がっている子もいた。

何度か、僕はおもちゃを返そうとそいつらの家に行った。だけど、彼らから返さなくていい、と言われたり、返してもとても悔しそうな表情を浮かべていた。

その行為が、彼らに残されたなけなしのプライドを踏みにじる行為になることを、僕は子供ながらなんとなく察した。

もう一度おもちゃを取り返したいのなら、僕に勝つしかない。だけど、僕にこれ以上奪われることを恐れて、戦おうとしない。僕は実質、彼らの大切なものを奪ってしまったんだ。

僕が奪ったこの戦利品は、そいつらにとってかけがえのないものだ。
だから返せない代わりに、ずっと大事にしよう。僕が負かした奴らのぶんまで、僕は戦うんだ。

だが、そんな決意も、すぐに粉々に砕かれることになった。

僕の噂を聞きつけた隣町の子が、僕に賭け勝負を申し込んできた。とても凄腕のトレーナーで、みんなが僕とその子の対決に注目していた。

その子が僕に賭けるものとして要求してきたのは、なんとお互いの持っているポケモンと彼は言った。

僕が持っている――というより、飼っているポケモンはニャースだけ。普通なら、僕は賭けるつもりなんてないし、断るつもりだった。

しかし、連戦を重ねていた自信と、自分のプライドが悪い方向に働いてしまったこともあって、僕は了承してしまった。

だが僕は……負けてしまった。

敗因は単純にして明快。策を弄しても覆せないレベル差と、ポケモンの質だ。
相手は僕よりも手持ちのレベルが数段上で、そのままパワーで押し切られてしまったんだ。

そのせいで、僕はニャースを手放すことになってしまった。

そのまま相手を無視すればいいものを。だが、この時の僕はニャースよりも自分のプライドを選んでしまったんだ。

何も知らないまま間の抜けた顔をするニャースを見送った時、僕は自分の驕りを恥じた。

そして同時に、僕が奪ったおもちゃの持ち主である彼らが、僕に勝負で負けた時の悔しさと喪失感が、痛いほど伝わってきた。

あのニャースは、僕が初めて捕まえたポケモン。
ペットである以上に、トレーナーではなかったけれども、ポケモンマスターに一歩近づいた証でもあった。

ニャースを取り返さなければ、僕はこの先、人としてポケモンマスターになるものとして、生きる資格が無いとさえ思った。

そしてニャース自身、僕がいなくて辛い思いをしているはずだ。一刻も早く、助けてあげたかった。

僕はすぐに行動した。失ってしまったのなら、奪い返すまでだ。

寝る間も惜しんで育てたかったポケモンを、ステータスがMAXになるまで育て上げて、頭の中で考え抜いた理想のパーティーをいくつも作り上げていくと、あっと言う間にラスボスなんて片手でひねり潰せる程に強くなっていた。

もともとニャースは勝手気ままなところがあって、外に出ていくことも多々あったから、家から少しの間いなくなっても、母さんは気にしていなかったのが幸いか。

僕は自分の足で、隣町に向かうと再びその子に勝負を挑んだ。

なんとか勝負に勝ってニャースを取り返すことができた。
だが、この時の経験は、僕の考えに、人生に大きく影響することになった。

僕の大切なものは絶対に奪わせない。そして、僕が奪ってしまったものは、それを背負って奪ってしまったモノのぶんまで勝ち抜いていかなければならない。

負けることは、許されない。

それは、僕にとって後々まで残る「決意」と「呪い」になった。

そして、僕が11歳の誕生日を迎えた直後――。

ママ「ねぇヨウ、アローラ地方って、興味ない?」

ヨウ「アローラ地方……?」

母さんから誘われて、僕はとあるジムに足を運んだ。

なんでも、この地球の裏側――アローラ地方からやってきたトレーナーが、ポケモンリーグ創設に関わることでジムに挑戦してきたらしい。その見学をしないかと誘ってきたのだ。

そこで見たものは、今までの僕の常識を覆すようなものだった。

おおよそ他の地方では見たことのない姿になったカントーのポケモン、未知の特性を発揮するポケモン、ポケモンと心を合わせて放つZワザ、全てが新しい発見だった。

僕はすぐにそのトレーナー――ククイ博士と知り合いになった。
すると更に、かあさんは「なんならアローラ地方へ引っ越さない?」なんて言い出してきた。

11年生きてきて、最高の誕生日プレゼントだ。

僕らはその3ヶ月後、アローラ地方へ引っ越した。

アローラでは、11歳になれば、しまキングからポケモンを貰って、四つの島を旅する島巡りに挑戦する権利を与えられることを博士から教えてもらった。これを拒む理由なんて、僕にはなかった。

ククイ博士「ポケットモンスターの楽園、アローラ地方にようこそ! アローラでも人はポケモンと力をあわせ、暮らしている。なにより……ポケモンがいれば、どこにだって行ける!」

ニャビー「にゃぶ!」

ハウ「おれねーハウ。しまキングの孫! でねーモクローがパートナー!」

ハラ「なるほど、石までもらうとはなあ……! 君はアローラに来るべくして来たのかもな」

ロトム図鑑「ケテー! これからよろしくロト!」

したっぱB「オマエがポケモンを使いこなす、すごいとこみせられたのでスカ!?」

イリマ「キミは……いえ、キミたちは面白いチームですね!」

僕は、パートナーであるポケモンと一緒に、さっそくメレメレ島の試練を受け――そして、しまキングハラさんの大試練を突破した。

こんなに短い間だけれども、大勢の友達や面白い人たちに出会うことができた。

しまキングの息子であるハウなんかはまさにアローラのおおらかな気質を体現したような人で、のんびりした性格ながら僕と同様ポケモン勝負が好きで、すぐに意気投合した。

……ただ、僕が勝負に勝ったとき、心なしか笑って悔しいのをごまかしているようにも見えたのが、引っかかったけどね。

そして、僕が名実ともにポケモントレーナーとしてハラさんから貰ったポケモン、ニャビー。
3匹の中で目を合わせ、直感で「こいつとなら仲良くやっていけそうだ」と思って、彼を選んだ。

ニャビーはニャビーで、僕と距離を置きつつも、必要とあらば僕のために戦ってくれた。たぶん、ニャビーはあれこれ指示するよりある程度好きに暴れさせたほうが、活躍させられるタイプだ。

そして、向上心も強い。僕とニャビーは、お互いがパートナーになればより高みへ登れるだろうと思っていたからか、わりと相性も良い。

だが、彼ら以上に僕はある人物に興味を抱くことになった。

「助けて……ください……ほしぐもちゃんを!」

「オニスズメさんに襲われ……でも……わたし、怖くて……足がすくんじゃって……」

彼女――リーリエは、深窓の令嬢と表現するにぴったりな子だった。
透き通った白い肌に袖なしの綺麗なワンピースを着こなしていたし、歩き方や物腰も丁寧なものだった。

だけど僕はその時、大して気にも留めなかった。目の前の女の子より、これからポケモンマスターへの道に一歩踏み出せるワクワクがそれを上回っていたからだ。

むしろ、見たことのないポケモンである、コスモッグやカプ・コケコの方に興味津々になっていたほどだ。

そもそも、彼女はトレーナーですらなかったしね。

僕がリーリエを、ひとりの人間として興味を持ったのは、ハウオリシティでブティックから出てきた彼女とたまたま鉢合わせした時だった。

リーリエ「ヨウさんは、自分で服を選んでいるのですか?」

ヨウ「え? あぁ、まぁ……」

リーリエ「普通、そうですよね……。わたし……母が選んだ服だけを着ていて……自分にどんな服が似合うのか、よくわかっていないのです……」

ヨウ「だけどここだけの話、僕が選んだ服を着て外へ出て行こうとすると、たまに母さんとニャースが急いで止めに来るんだよ」

ヨウ「結局、母さんに無理やり別の服に着替えさせられるから、自分で選んでるかと言われたら、なんとも言えないけどね」

リーリエ「そ、それってヨウさんが……」

ヨウ「なんだよ?」

リーリエ「あ……そういえば、ヨウさん。ブティックでこれをいただいたのです。なにも買っていないのですが……なんでも、来店99999人目記念だそうです。ですが、わたし……同じものを持っていますから」

ヨウ「レンズケースとコスメってヤツか?」

リーリエ「はい……でも、コスメポーチはヨウさんが持っていても仕方ないですよね」

ヨウ「もらっとくよ、母さんへのいい土産になるよ」

そう言って、リーリエから二つの化粧品を受け取ったとき、僕とリーリエは至近距離で目が合った。

その時、僕は気づいた。

リーリエの綺麗な翠色の目には、彼女の言葉通り自分の意志が宿っていない。あるのは使命感と、外の世界に対する恐怖心だけだった。

僕の経験から言うと、人は誰しも、目に意志が宿っているのがほとんどだ。。

例えば、ハウだったら「祖父を超えてしまキングになる」「楽しいバトルをする」、ククイ博士なら「たくさんのものを発見したい」「技を追求していきたい」といった、何かしらの意志が宿っている。

だけど、彼女にはそれがなかった。

リーリエの目に映っていたのは、恐怖の他にあるのは常にコスモッグだった。僕の推察だが、彼女にとって自分が自分であることを保つには、コスモッグを元の場所へ返すという目的が必要不可欠だったのだろう。

言い換えれば、彼女はコスモッグ以外何もない、空っぽの人間だった。

表情は豊かではあったが、それも、自分が虚ろな人間であることを取り繕った仮面であることも、僕はすぐに分かった。

こんな人、生まれて初めてだ。

ククイ博士の助手をしているらしいが、彼女の言動含めて十中八九裏があると僕は睨んだ。だけど、島巡りの事もあるし、あまり深入りしようとは思わなかったけどね。

メレメレ島の試練を終えた僕らは、ククイ博士に導かれてアーカラ島へと訪れた。



ライチ「じゃああんたたち、ポケモンといっしょに島巡りを楽しんでよ。あたしも、あんたらとのポケモン勝負を待ってる。今から期待してるからね!」

マオ「あなたとあなた! ポケモン、いい感じ!」

デクシオ「さすが、島巡りをしているポケモントレーナーですね。ポケモンとの心の結びつき、ぼくには感じられましたよ!」

グラジオ「……フッ、なにしてやがる、オレ。強いヤツと続けて戦う心構えが足りてないのか」

スイレン「釣りをなさりたい気持ち……スイレンにはよーくわかります」

ハプウ「ヨウか、よい名前じゃな! それに、なんといっても心根の良い戦い方じゃ!」

ハウ「……しんどそう。みんなと仲良くする方が、絶対楽しいし、すごいことができるのになー!」

カキ「おいでませ、やまおとこ!」

モーン「わたしの名はモーン。ポケリゾートの管理人だ!」

バーネット「アローラの謎……それは、ウルトラホール!」

財団職員「アローラ! わたしたちは、エーテル財団! ポケモンの保護をしています!」

したっぱ「オレらもふくろだたきしたいわけ。そんな気分のおれらの前に現れる、おまえが悪いわけ」

プルメリ「わかる? かわいいあいつらをいじめる、あんたがジャマなのよ」

アーカラ島でも、僕はニャヒートや新たにゲットしたポケモンたちと一緒に、次々と試練を突破していった。

僕が出会った人間やポケモンたちは僕に様々な眼差しを向けてきていた。好意、尊敬、友情、憧憬、嫉妬、悪意、敵意……これらが殆どだった。

そういった感情を向けてくる時、僕がやることは決まっていた。友情や信頼、尊敬だったら、それに報いるようにしていたし、敵意を向けて来た相手は降りかかる火の粉を払うようにあしらった。

そして、リーリエにも変化が出始めた。

心が空っぽならば注いで満たせば済むこと、とでも言えばいいのか、リーリエは僕やハウの活躍に感化されて、次第にポケモントレーナーに対して興味が湧いてきたようだった。

僕がニャヒートを鍛えるため、ヌイコグマの群れと戦っていると、いつの間にかリーリエが現れて、僕とニャヒートの戦いぶりを見ていた。

だけど、もともとポケモンが戦うことに慣れていないのか、ニャヒートやヌイコグマが傷つくたび、何度か目を逸らしたこともあった。

リーリエ「ヨウさん……わたし、よくわからないのです」

ヨウ「何が?」

リーリエ「ヨウさんやハウさんがポケモンさんと一緒に戦ってる姿を見てると、未来への扉を開けてるみたいで、素敵だなって思うんです」

リーリエ「けど、ポケモンさんが傷ついていると、つい目を背けたくなる時もあって、さっきもヌイコグマさんがダメージを受けたときも……」

こういう人は特段珍しくない。
僕や母さんはポケモン勝負が好き――ましてや父さんなんて世界中を旅して回っているトレーナーだから、ポケモンが傷つくことに関して気にすることはない。

だけど、逆にリーリエのように、ポケモン勝負とは無縁の環境で育てられた人にとっては、トレーナーや勝負そのものが理解しがたいものに映るだろう。

カントーにいた頃、ポケモン愛に熱が入りすぎて、トレーナーやポケモン勝負に否定的な意見を持つ人と会ったことがある。

ヨウ「でもね、リーリエの言ってたように、トレーナーたちはポケモンと一緒に未来への扉を開けているんだ」

ヨウ「その扉の先にあるモノ……叶えたい夢のためにね」

リーリエ「夢?」

僕はリーリエに、トレーナーは夢や目標を持って戦っていることを教えてあげた。……あくまで持論だけどね。

ヨウ「人それぞれだよ。例えば、たくさんのポケモンと出会いたい、強いトレーナーと戦いたい、ポケモンを深く知りたい――老若男女、みんな夢を抱いて生きていくんだ」

ヨウ「トレーナーは、自分のポケモンにその夢と誇りを乗せているんだよ」

ヨウ「そして、ポケモンたちは、そんなトレーナーたちの力になりたいのかもしれないね。そのためなら、傷つくことだって厭わない」

ヨウ「だって、ポケモンにとっての夢は、トレーナーの夢と一緒なんだから。僕はそう思うよ」

ヨウ「そして僕も、ひとりの男としてニャヒートたちと夢を追い続けているんだ」

ニャヒート「にゃあ!」

ヨウ「夢もないまま、ただなんとなく生きていく。そんな空っぽの人生なんて、つまらないじゃないか」

リーリエは、ポカンとした顔で僕を見ていた。
しまった、しゃべりすぎて意図が伝わっていないかもしれない。多く語りすぎてしまって、相手に伝えたいことを伝えられないのは、僕の改善すべき点の一つだ。

だけど、リーリエの目には少しずつだが、恐怖心が消えてトレーナーへの憧れが現れ始めていた。

同時に、彼女は興味の視線を、僕に向け始めていた。

僕がカンタイシティのポケモンセンターでニャヒートたちが回復するまでの間、暇をつぶすためにカフェスペースでロトム図鑑を使ってネットサーフィンをしていた時だった。

ヨウ(予想通りデンチムシは進化するみたいだけど……特別な場所でしか進化しないのか)

ヨウ(だが、どこで……? ジバコイルのように、磁気が関係する場所なのかな?)

リーリエ「ヨウさん……」

ヨウ「ン? リーリエか?」

リーリエ「あの、お隣……よろしいでしょうか」

ヨウ「ああ、いいけど」

ちょっと緊張した面持ちで、リーリエは僕の隣の席に座った。

ヨウ「どうかしたの?」

リーリエ「あっ、いえ……たまたまポケモンセンターに入るヨウさんを見かけて……もし、時間がおありでしたら、是非また、ポケモンさんについて、お話を聞かせて欲しいのです」

ヨウ「アローラのポケモンならリーリエの方が詳しい気もすると思うけど」

リーリエ「その、トレーナーについて聞かせて頂ければ……」

こんな感じで、リーリエはよく僕からトレーナーについて色々教えて欲しがっていた。
たまに、

リーリエ「ヨウさん……これよかったら、是非……」

ヨウ「げんきのかけらか? いいのか、こんなもの?」

リーリエ「はい、少しでもお役に立てたらなと思って……迷惑だったでしょうか?」

ヨウ「いや、ありがたく使わせてもらうよ」

と、こんなふうに、道具やきのみをよく僕にあげては、彼女はちょっと嬉しそうに口元を緩めていた。

ここまで来れば、いい加減気付かないわけない。
リーリエが、僕に向けていた興味は恋慕へ代わり、出会うたびにその気持ちが少しずつ強くなっている。

恋慕の視線を向けられるのは、別に初めてじゃない。

ゲームが強くて近所の子供たちのヒーローになっていた頃、ひとりの女の子が熱の篭った視線を向けていたことを覚えている。

……結局、告白もされずに引っ越してしまったけれども。
あとは、キャプテンの中にも試練を達成した後、僕を意識し始めた子もいたしね。

ただ、女の子たちとリーリエのそれは、決定的な何かが違っていた。

アーカラ島にいた時は、何がどう違っていたのか分からなかったけれども、違いに気付いたのは、スカル団に絡まれていた財団職員と支部長のザオボーさんを助けたお礼でエーテルパラダイスに行った時のことだ。

ルザミーネ「わたくし、代表のルザミーネ。お会いできて、うれしいの」

その女性を見たとき、僕は不気味という印象を抱かざるを得なかった。

美人ではあるけれども目はギラギラと薄気味悪いほどに輝いていて、そのくせ、ポケモンの母になると言っておきながら、ポケモンたちに向けている感情はかあさんが僕に向けるような母性愛というより自分に酔っている印象だった。

ルザミーネさんから自己紹介を受けた直後、僕らの目の前でウルトラホールが開き、その中から異次元の生命体――ウルトラビーストが現れた。
そのウルトラビーストを、僕とニャヒートが追い払って、なんとか危険を回避した時だった。

ルザミーネ「……やはり、あのコが必要ね。連れ去られたあのコが……」

ハウ「ん? ルザミーネさん、なにー?」

ルザミーネ「今のはきっと、ウルトラビースト……。ウルトラホールと言われる、定かでない次元の生き物……」

ルザミーネ「見知らぬ場所に来て、苦しんで……そう見えたわ。そう! わたくしが助けて、深く深く、愛してあげないと」ニヤァ

ヨウ「……!」

ルザミーネさんが目を細めて、口を半月状に歪めたところを目撃した瞬間、背筋が凍ったよ。

彼女の目には、ウルトラビーストしか映っていなかった。自分の欲しいもののためなら、どんな手段を用いても手に入れてやるという泥沼のように深くて暗い意志を宿していた。
支配欲というか、執着心の塊というか、とにかく、こんな人間を生で見たのは初めてだった。

コイツは、ヤバイ奴だ。




だが同時に、リーリエと同じものを感じたんだ。

彼女が僕に向けている感情と、ルザミーネさんがウルトラビーストに向けている執着心が、似通っていた。

違うのは、その感情の強さと質か。
ルザミーネさんの執着心とリーリエが僕に向けている恋慕なんてライチュウとピチューを比べるようなものだ。

僕は言いようのない不安感を抱いたまま、ウラウラ島へと行かざるを得なかった。

リーリエは、僕に想いを寄せている。

だからリーリエも、ルザミーネさんのように、僕に執着するようになってしまうのか?

あんなおとなしくて優しい子が?

正直な話、リーリエには友達以上の感情を向けていないが、それでも彼女がルザミーネさんのようになってしまうのは嫌だった。そんな目で見られても嬉しくない。

もしそうなったら、僕はリーリエにどうしてやればいいのか、大いに悩んだ。

ウラウラ島に到着して、ククイ博士から10番道路で待ち合わせすることになり、その間マリエシティのポケモンセンターに行こうとしていた時だった。

リーリエとルザミーネさんの事であれこれ考えていると、当の本人がポケモンセンターの前で、僕を待っていた。

ヨウ「……!」

リーリエ「あ……ヨウさん」

コスモッグ「ぴゅう?」

やっぱり、僕の目に間違いはなかった。リーリエの目とルザミーネさんの目は、よく似ていた。外見もそれとなく似ていたし、もしかしたら血縁関係かも知れない。だとしたら、奇妙な偶然があったもんだ。

リーリエ「ヨウさん? どうしたのですか? なんだか、顔色が良くないようですが……?」

ヨウ「え? ああ、マラサダに当たって、ちょっとね」

リーリエ「ふふっ、マラサダって当たるものじゃないでしょう? 生ものじゃないのですから。面白いことを言いますね、ヨウさんは」

コスモッグ「ぴゅい!」

適当な冗談を言って誤魔化したのだけれども、正直リーリエのように笑うことは出来なかった。

こんなふうにリーリエは屈託のない微笑みを浮かべているけれども、いつかルザミーネさんのように、あの歪みきった笑顔を僕へ向けてしまうのか……?

いいや、これ以上考えるのはよそう。単純に、心配しすぎなだけだ。疑いの目を友達に向けたくもないしね。

今日はここまで。

次回の更新は明日です。
お楽しみに!

僕は複雑な思いを引きずりながら、ウラウラ島の試練を受けるために島中をめぐることになった。


ナリヤ・オーキド「君がヨウくんだね! ククイくんから聞いておるよ。ロトム、島巡りのサポートをよろしくな」

アセロラ「うん、お父さん! アセロラ、こうみえて大昔すごかった一族の娘なの」

ククイ博士「太陽の化身とされるアローラの伝説のポケモンに一番近い聖地! ラナキラマウンテンのてっぺん! あそこにポケモンリーグを造る!」

マーマネ「目標接近……。おそらく、試練が目的だと思われ」

マーレイン「ポケモンと供に強さを求め、島巡りで手に入れたZクリスタル、僕よりきみにふさわしいだろう! 遠慮せずに使ってほしい」


無事マーマネの試練を突破して、順調にウラウラ島の島巡りを勧めていた。
だが同時に、僕は認識を大いに変えると同時に、忘れかけていた自分の『枷』を思い出す出来事が起きた。

※誤字修正

勧めていた→進めていた

グズマ「Zリングか……」

グズマ「島巡りなんかして、なんになるんだよ?」

ヨウ「僕が叶えたい夢への足がかりにするだけだよ」

グズマ「はぁ? 夢だァ? なにもねえよ、くだらねえよ」

グズマ「まずはククイさん、あんたを壊す前にあんたが大事にしているものを壊す! 破壊という言葉が人の形をしているのがこのオレさま、グズマだぜえ!」

アローラの各地で、人のポケモンを獲ったり、島巡りの邪魔をするならず者――スカル団のリーダーのグズマ。

この人はならず者たちをまとめている人だというのに、ルザミーネさんのような嫌悪感はまるでなかった。

むしろ、僕がアローラに来る前――ゲームの対戦で、僕に大切なおもちゃを取り上げられた子供たちの目によく似ていたんだ。

大切なものを奪われて、空っぽになりそうな心をポケモンと一緒にモノを壊すことで埋めている。戦っている最中、僕はそう感じた。
そのせいで、一度隙を晒してしまい、あわや敗北というところまで追い込まれてしまった。

グズマさんを退けて、周りの人が庭園を去るグズマさんと取り巻きを貶め、僕に賞賛の言葉を投げかける中で、僕だけはそういう目線で彼らを見ることが出来なかった。

何故だ?

スカル団という悩みに僕は頭を抱えながら、アセロラの試練を達成した。
だが僕は、再びこの悩みに直面することになった。

アセロラと一緒にエーテルハウスに帰ると、スカル団の幹部のプルメリさんとその取り巻きたちが待ち伏せていた。

どうやらアーカラで警告したにも関わらず、したっぱを追い払い、あまつさえグズマさんに勝ったのが癪に障ったらしい。

もちろん、返り討ちにしたのだが……今回ばかりは事情が違った。スカル団の連中はエーテルハウスにいた子供達が連れていたヤングースを人質に取ったんだ。

さすがの僕も、これには頭が来た。

僕に因縁をつけるだけならまだいい。だが、無関係な人――ましてや子供を巻き込ませたんだ。本拠地だろうがなんだろうが関係ない、あいつら全員二度とポケモン勝負できないようにしてやろうかと思った程だ。

だが、怒り心頭の僕の頭の中で浮かんできたのは、グズマさんの目だった。夢を奪われて、目の前のもの全てを破壊することで心の隙間を埋めようとしている男……。

あの時のことが繰り返し起こるのではないか、と僕は心の奥底で恐れていた。

そもそも、スカル団とはなんだ? 島の人々は口を揃えて「厄介者」「アローラの外れもの」と言っていた。その原因は? あいつらだって、生まれついてそうなったわけじゃないはずだ。

僕はヤングースを取り返すだけではなく、スカル団の事を知るために、奴らのアジトがあるポータウンへ行くことにした。

もちろん、ハウやリーリエに止められかけた。リーリエに至っては手首を掴んで来たほどだ。
だけど、売られた勝負は必ず買うのがポリシーだし、なによりスカル団とは何なのか知らきゃいけない。

だから僕はリーリエたちの制止を振り切ってポータウンへと向かった。

「ケンカ、弱いけどよ、スカル団やってると、ケンカ売られないんだよ」

「あたいら、島巡りを諦めた連中を笑いに来たんだね」

「強いの嫌い! あんた、入れてあげない!」

僕を待ち受けていたのは、島巡りの証とZリングを持つ僕への嫉妬と自己嫌悪が入り混じった人間たちだった。

まさに、ゲームで僕が負かして宝物を取り上げられた奴らと同じ目をしていた人たちばかりだった。

本拠地に入ろうとしたが、堀にある扉を閉められて困り果てていたところを、しまキングのクチナシさんが開けてくれた。

彼はスカル団がどんなものか知っている気がしたので、僕はクチナシさんにスカル団とはなんなのかを訊ねた。

クチナシ「……そんなもの知って、どうする気なんだい? スカル団に入りたいのかい?」

ヨウ「いいえ、僕個人として知っておかなくちゃいけないんです。彼らは何故アローラの人々から疎まられているのか、そしてこんな不良じみたことをしているのか、教えて欲しいです」

クチナシ「……さっきの嬢ちゃんも言ってたがよ、スカル団っていうのは、島巡りから脱落したトレーナーたちの集まりなんだよ。もともとは別の組織だったんだがな」

ヨウ「脱落した理由は?」

クチナシ「色々さね。試練や大試練に挑んでも達成できず、そのまま島巡りを放棄しちまったり、どうにかしてかがやく石をもらおうと試練の場を荒らしてカプの怒りを買ったり……」

ヨウ「……」

やっぱり、そういうことだったのか。

彼らは、僕が大切なものを奪った子供達の成れの果てとも言える存在だったんだ。

スカル団たちは純粋な夢を持っていた。他の誰のものでもない、自分だけが抱いた夢。それを現実という壁にぶつかった時に打ち砕かれて、そのまま新しい夢を持つこともできず、何者にもなれず、空っぽのまま堕ちていった。

それでも認めて欲しかった。何者にもなれなかったけど、こうしてこの世界にいる自分を、大人たちに見て欲しかった。それが彼らなんだ。

スカル団に同情したわけじゃない。あいつらが僕に喧嘩をふっかけてくるのなら、返り討ちにするまでだ。だが、無意識に昔のことを思い出して、なんともいえない気持ちがこみ上げてきた。

そんな焦燥感を抱えながら、僕は再びグズマさんに挑み、勝つことができたのだけれども――ここでまた、トラブルが発生した。

スカル団の本当の狙いは僕ではなくリーリエとコスモッグだった。

リーリエとコスモッグを掌中に収める上で一番の脅威である僕の視線を逸らしている隙に、リーリエたちをさらった。

その黒幕が、エーテル財団だった。

しまキングのクチナシさんの大試練を達成した後、ボートに乗ってエーテルパラダイスに向かいながら、グラジオから詳しく話を聞くことが出来た。

そもそもスカル団とエーテル財団は理由こそ分からないが手を組んでいて、スカル団はエーテル財団の都合のいい手足に利用されているのだそうだ。

グラジオの話を聞いていくうちに、僕は無意識に怒りを覚えていた。

ヤングースが攫われた時のような、その場限りの衝動的な怒りじゃない。ふつふつと全身の血液が沸き上がってくるが如く、義憤に満ち溢れた激しいものだった。

エーテルパラダイスに乗り込んだ途端、僕は真っ先に飛び出してポケモンを繰り出して邪魔してくる職員たちをガオガエンたちと一緒に力づくで打ち破っていった。

正義の味方を気取るつもりはこれっぽっちもない。強いて言うなら、危ない目に遭っている友達を助けたくて乗り込んだだけだ。

だがそれ以上に、やりなおしさせる可能性を奪い、彼らに残されたちっぽけな誇りを利用したエーテル財団が許せなかった。

そして、ルザミーネさんの屋敷の前の広場で、僕らにスカル団のしたっぱ達が立ちふさがった時は、申し訳なさを感じていた。

夢を失い、大人たちから疎まられ、挙句の果てに捨て駒扱いされている彼らを、死体を蹴り飛ばすように倒していかなければいけないのだから。

胸を切り刻まれる思いをしながらしたっぱたちを倒していき、僕は入口の前に立つグズマさんに三度目の勝負を挑んだ。

グズマ「なんなんだよお前っ! どうしてブッ壊せないんだ!」

ヨウ「……当たり前だろ、目標も持たない奴が僕に勝てると思うなよ。夢って言うのは、人に生きる力と勇気を与えてくれるんだ」

グズマ「はぁ? バカバカしいこと抜かしてんじゃねぇよ!」

グズマ「夢っつうのはよ、所詮力のない弱い奴らの逃げ道よお! 実現しない夢なんぞ、コイキングのクソ以下だ! 現実はそんな優しかねぇんだ!」

グズマ「だからオレ様はブッ壊すんだ、この腐った現実をよ!」

ヨウ「だけど僕をブッ壊すことは出来なかったじゃないか。夢を持っている僕に、アンタは負けたんだ」

グズマ「……!」

ヨウ「そういうアンタだって、夢を持ってたんじゃないのか? なんになりたかったのか知らないけど、負けっぱなしで悔しくないのか?」

グズマ「あァ?」

ヨウ「島巡りで試練や大試練を達成できないまま、夢を叶えられないまま負けっぱなしで、挙げ句の果てにこんな奴らに使い捨てのきずぐすりみたいな扱いされて、お前たちはそれでいいのかって聞いてるんだ」

グズマ「……言うじゃねぇか」

グズマ「だったら、決めたぜぇ。オレ様はいつかオメェをブッ壊してやる! オメェの持っている夢ってやつもブッ壊して、オレ様とおンなじ痛みを味あわせてやる! それがオレ様がたった今抱いた夢だ!」

グズマ「楽しみだぜ。お前の夢がブッ壊れたとき、どんなツラすんのかよ……。その時になっても、オメェは夢を持ち続けていられるのか……」

ヨウ(……それでいいんだよ)

たとえその夢が歪みきったものでもいい。僕の夢を壊すことが夢でも構わない。
何も持たないまま、ぼんやりと生きるよりはずっとマシだからね。

グズマ「……けっ、だが負けは負けだ。通りな!」

こう潔くて、トレーナーとしての矜持を持っているから、彼らを憎めないのかもしれない。ポケモンも、ロケット団のような連中と違って、大事にしてるしね。

グズマさんを破り、僕はルザミーネさんの屋敷に乗り込んだ。リーリエは無事であったが、コスモッグは未だ囚われの身だった。
そして、ルザミーネさんもいた。あの時以上に野望と自己満足に溢れた輝きをその瞳に湛えながら。

やはりというか、ルザミーネさんはグラジオとリーリエの母親だった。グラジオはともかくとして、リーリエとルザミーネさんは目に篭っていた感じが似通っていたことからなんとなく察していたけれども。

結局、ルザミーネさんはコスモッグを使ってウルトラホールをアローラ中に開き、混乱に陥れたまま、後から駆けつけたグズマさんを連れてウルトラホールの向こう側へ消えてしまった。

コスモッグは姿を変えて動かなくなり、アローラにビーストが現れて混乱に陥る……と最悪の状況のまま……。

ビッケさんの提案で、ひとまずエーテルパラダイスで休ませてもらうことになったけれど、疲れているはずなのに眠ることが出来なかった。激戦が続いて、心が落ち着かないようで、外に出てアローラの海でも眺めていたら、同じように眠れないリーリエが現れた。

そのまましばらく僕らは並んで穏やかな水面と月を眺めていると、リーリエが口を開いた。

リーリエ「不思議なんです」

リーリエ「かあさまはわたしに……ほしぐもちゃんに、あんなヒドイこと、したのに」

リーリエ「かあさまがいなくなって……辛いんです」ツーッ

リーリエ「こんなにも胸が張り裂けそうで、わたし、どうしたらいいのかわからなくって……!」フルフル

こういう時、どんな言葉をかけてやればいいのか、僕は分からなかった。

僕の家族はアローラの人たちのようにのんびりしていて大らかで、それでいて僕の夢を応援してくれている。父さんは普段家に帰ることはないけれども、連絡はくれるし、トレーナーになった祝いに帽子をプレゼントしてくれた。

自分とは正反対ゆえに、理解し難かった。

ヨウ「……僕に聞かれたって、分からないよ。自分の親がいなくなるっていうの、まだ分からないからさ」

だから僕は、ありきたりな答えを用意してやることしかできなかった。

ヨウ「ひとつだけ言えるのはさ、失っちまったんなら、取り戻せばいいんじゃないか?」

リーリエ「取り……戻す」

ヨウ「僕は君たちの家庭の事情がよく分からないけど、もし僕が君の立場だったらそうする」

ヨウ「無理矢理にでもウルトラホールから引っ張り出して、自分たちだって生きていることを、伝えてやるのさ」

リーリエ「言い方がちょっと乱暴な気がしますが……」

リーリエ「……そうですよね。諦めなければ、きっと見つかりますよね」

よかった。僕の言葉は、リーリエに勇気を与えられたようだ。ちょっとやせ我慢するようにリーリエは明るい笑顔を僕に向けていた。
だけどそれはすぐに崩れて、悲しみの色が混じり始めた。

リーリエ「ヨウさん……少しの間だけ……甘えさせてもらって、いいですか?」

ヨウ「……いいよ」

するとリーリエはふわりと僕の胸に飛びこむようにきゅっと抱きついてきた。彼女の体はとても華奢で、いい匂いがする。

言葉通り、リーリエは甘えるように僕に頬ずりをして、更に抱きしめる力が強くなると、しばらくそのままの状態でいた。

……こうやって、人と触れ合うのは母さん以来だ。まさかこんなことをする日が来るとは思わなかった。

しばらくすると、リーリエと僕の目があった。

リーリエ「ヨウさん……わたし、頑張ってみせます」

リーリエ「絶対にかあさまもほしぐもちゃんも、取り戻してみせますから……」

リーリエ「だから……そばで見守っててください」

リーリエの表情と、彼女の瞳の奥に見える決意が見えたとき、僕は顔をほころばせた。
やっぱり……僕が間違っていたのかもしれない。

ヨウ「ああ、頑張れよ」

リーリエ「ふふっ……ヨウさんからいっぱい、パワーもらっちゃいますね……」

僕の心の中で鬱蒼としていたわだかまりが溶けていった。
親が親なら子も子、なんて偏見は抱きたくなかったし、それで正解だった。

リーリエは優しくて、芯の強い子だ。

リーリエは自分やコスモッグに対してひどい仕打ちをした人を「かあさま」と呼び続け、ウルトラホールの向こう側へ行こうと自分を変えたんだ。子供じみた素振りで自分勝手な欲求を満たすルザミーネさんとは違う。

別の視点から見れば、プラスの方面に働いたルザミーネさんとも言えるかもしれない。

リーリエの気持ちに応えられるかどうかは分からないけれども、彼女が自分にとってやりたいことがあるのなら、僕はゼンリョクで応援してやりたい――そう思った。

その翌日、髪型も服装も、自分の意志も一新させたリーリエと一緒に、僕は伝説のポケモンを呼び出す笛を探し求めてポニ島へと向かった。

完全にリーリエたちの問題に巻き込まれていったものの、それでも良かった。彼女が頑張るというのなら力になってあげたいし、アローラの伝説のポケモンやウルトラビーストにも興味があったからだ。ひょっとしたらゲット出来るチャンスがあるかもしれないし。

ただその代わり、ポニ島の過酷な自然の真っ只中でも、僕は自分のペースで突き進んでいった。

彼女のボディーガードになるつもりもないし、僕に甘えているようじゃ話にもならない。だけど、ポケモンに追い掛け回されたり僕に追いつくために走ったりしてボロボロになりながらも、彼女は文句も口にせず必死に僕についてきていた。

とりあえず彼女は、自分のしたいことをやり遂げられるだろう。余計な心配はいらないようだ。

ポニ島のしまクイーンになったハプウの導きで、もうひとつの笛があるナッシー・アイランドへと向かった。
途中、雨が降って洞穴で止むのを待っている間、リーリエが心の内をさらけ出してきた。

リーリエ「……わたし、正直、わからないのです」

ヨウ「なにが?」

リーリエ「さっきのように、私と一緒に歌を歌ってくれた、優しいかあさまがいることを、今でもはっきり覚えています」

リーリエ「でも、自分のわがままのために、ほしぐもちゃんやヌルさんにひどいことするかあさまもいて……」

リーリエ「だから、なにが正しくてなにがいけないのか、よくわからなくなって――」

リーリエ「ククイ博士やバーネット博士のように、親切にしてくださる方がいることが分かっても、心のどこかで大人は怖くて、誰も信じることが出来なくなって……」

リーリエ「実はヨウさんのことも、最初に会ったときは、エーテル財団の追っ手と疑ってました……」

ヨウ「……」

別に驚くようなことじゃなかった。

最初に出会ったとき、リーリエは外の世界に怯えていた。周りのことはおろか、会って間もない僕のことを信用できないのも無理はない。

それにしてもエーテル財団の追っ手とは! でも、それくらい彼女の心に余裕がなかったんだろう。

ヨウ「そうだな、あんな大きな組織から逃げ出したら、「いつか見つかって捕まってしまうかもしれない」っていう恐怖に付きまとわれるからね」

ヨウ「だから、誰だって信用できなくなる気持ちは分からなくもないな。僕が君の立場だったら、同じ考えをしてたかもね」

ヨウ「……でもね、君に優しくしてくれたルザミーネさんを信じるのか、それとも、エーテルパラダイスで見せたあのルザミーネさんを信じるのか、結局何が良くて何が悪いのか、それは君自身が決めることだよ」

ヨウ「難しいことかもしれない。だけど、誰かに判断を委ねていきながら生き続けても、なにも進歩できないよ」

リーリエ「そう、ですよね」

リーリエ「変わることって、難しいですね。こうやって頑張っても、まだ何もできなくて、なにも決められなくて……」

スッ

ヨウ「大丈夫、これから変えていけばいい。少なくとも、君は変わろうと努力しているんだから」

リーリエ「……ヨウさん」

リーリエ「そういえば、聞きそびれていたことがありました」

ヨウ「なんだい」

リーリエ「アーカラ島でわたしが、ポケモンさんが傷つくのを悩んでいたとき、あなたは「トレーナーとポケモンは一緒に夢を追いかけている」とおっしゃってましたね」

ヨウ「そうだっけ?」キョトン

ちょっと素で忘れてしまっていた。するとリーリエは頬を膨らませてあからさまに不機嫌になった。
そんなに印象に残ったのか? あの話。

リーリエ「もうっ! ……それで、その時はヨウさんの話に聞き入って、つい忘れていたのですが……」

リーリエ「ヨウさんがガオガエンさんたちと一緒に叶えたい夢って、なんですか?」

ヨウ「僕の夢か?」

そういえば、リーリエには話してなかった気がする。そもそも、他人に自分の夢を語るなんてことも、あまりしていない。このアローラに来て、自分の目標がポケモンマスターであることを明かしたのは、ハウやククイ博士ぐらいのものだ。

そもそも、夢を話す機会が無かっただけの話だが。

ヨウ「僕の夢は、ポケモンマスターになることだよ」

リーリエ「ポケモン……マスターですか?」

ヨウ「きっかけは……本当に幼い頃、親と一緒に見たカントーのポケモンリーグの実況を見た時だね」

ヨウ「テレビ越しにトレーナーとポケモンたちが繰り広げる丁々発止の攻防の果て……最後にフィールドのど真ん中で、周りの人から祝福されながら新しいチャンピオンが生まれた光景を見た瞬間、僕は決めたんだ」

ヨウ「あれを超える何かになりたいってね」

リーリエ「ああなりたい、ではなくて?」

ヨウ「……」コクン

ヨウ「アローラの島巡りだって、始まりに過ぎないよ」

ヨウ「お楽しみはこれからだ」ニッ

そう、アローラの島巡りも、これから始まるウルトラホールでの戦いなんて、ほんの一部。それどころか、終わってからが本番だ。
世界には、チャンピオンをゆうに越えるポケモントレーナーなんてたくさんいるのだから。
彼らを押しのけ、頂点に立つにはもっともっと、ポケモンたちと強くならなきゃいけない。

リーリエ「……すごいです」

リーリエ「やりたいことが決まって、それに向かってもう努力しているなんて。やっぱり、すごいです」

リーリエ「わたしはまだ……そういうはっきりした夢は持ってないです」

リーリエ「持ってないですけど……」

リーリエ「わたしは……トレーナーになって……ヨウさんと旅したいな……」

ヨウ「……」

リーリエ「夢と呼べるかわかりません……ですが、かあさまのことも、全部片付いたら、してみたいと思いました」

僕と旅がしたい、か。

こう面向かって言われると嬉しくもあり、恥ずかしいけど……現実的なことを言えば、今は自分のことでいっぱいいっぱいで、他の事には手が回らないというのが現状だ。チャンピオンになれば、なおさら忙しくなるだろう。リーリエが僕と会う機会も減る。

だけど――リーリエが本気で僕と旅がしたいのなら、それはいつか叶うかもしれない。とくに根拠はないけれど。

でも、夢っていうのは、それに向かって行動することで実現するものじゃないか。その道がどんなに過酷なものでも、夢さえ捨てなければ。

それに、誰かと一緒に夢を目指すのも、悪くはない……かも。

ひょっとしたらリーリエの頑張りが、僕の心を変えてくれるかもしれない。
そう思うと、彼女の夢が叶った時が楽しみになってきた。

ヨウ「……いいんじゃないかな。ささやかだけど、やりたいことがあるだけでも」

ヨウ「きっと叶うよ。諦めなきゃね」

リーリエ「はい! 絶対に叶えてみせます!」

奇妙な気分だ。自分も彼女のやりたいことに関わっている――というか、結局は僕の気持ちの問題なのに、リーリエの満面の笑みを見ていると、不思議と応援したい気になってくる。

なんだか、自分が彼女の兄か父にでもなった気分がする。グラジオの前じゃ、こんなこと絶対に言えないな。

そして僕らは、太陽の笛を手に入れ、旅を続けた。

プルメリ「ポケモンがいてはじめて、ポケモントレーナーなんだ。それを忘れたらカプの罰を……。あんたなら安心だけどさ」

ハプウ「そう! しまクイーン、ハプウの大試練じゃ! 若いが他のしまキング、しまクイーンにひけはとらん!」

リーリエ「見ててください、わたしの試練!」

マツリカ「あーあたし、マツリカ。キャプテンやってます!」

ソルガレオ「ラリオーナッ!!」

リーリエ「伝説のポケモンに進化する話なんて、そんなの本でも読んだことないのに……ソルガレオさん……ううん、ほしぐもちゃん! わたし、かあさまに会いたい!」

グズマ「なんにも恐れないスカル団ボスのオレだがよ。あの人は……ヤバい! ヤバすぎるぞ!! ウルトラビーストにすっかり夢中……もう、誰の言葉も想いも届かねえ!!」

ルザミーネ「ヨウ……! 憎いトレーナー。わたくしとウツロイドの世界にもやってきて……許しませんよ!! ウツロイドの能力で! あなたを打ちのめしてみせますわ!!」

リーリエ「ヨウさん、このコと向き合い、ボールに入れてあげてくれますか? このコの想い……あなたといっしょに旅をしたい想いを叶えてほしいのです!」

笛の力で進化したコスモッグ――ソルガレオと一緒にウルトラスペースに乗り込み、完全にウツロイドの虜になっていたルザミーネさんの正気を取り戻し、元の世界に帰った僕は、トレーナーではないリーリエから代わりに、ソルガレオを託された。

アローラの伝説のポケモンなのはもちろんだが、それ以上に、僕とリーリエが供にアローラを巡った旅の思い出の象徴でもあった。同時に、僕らにとって大きな力でもある。

ヨウ「僕らも行こうぜ、ソルガレオ」

ソルガレオ「ラリオーナ!」

大きなオマケも付いてきたが、とにかくポニの大試練も乗り越え、ついにククイ博士念願のアローラポケモンリーグも完成した。僕の旅も、いよいよ終わりを迎えようとしていた。

グラジオ「フッ……オマエらが強くなるなら、オレも負けてられない……。オレたちは仲良しではない。でも、悪くない関係だ。じゃあな、勝ちつづけろ!」

ハウ「引っ越してきたのがヨウで、おれ、ほんとによかったよー!」

ククイ博士「ヨウ、よくここまで来たぜ! 島巡りでの試練、大試練をすべて達成! 本当におめでとう!!」

ハラ「しまキングにして、四天王のハラですな。では……本気の本気、オニのハラでいきますかな!」

ライチ「アーカラで出会ったころの面影、見当たらないね。島巡りで、心に残る経験を刻んだのかい?」

アセロラ「ふぁー! あたしが勝って、新しいチャンピオンになるって目論見、こっぱみじん!」

カヒリ「四天王の先に……なにがあるのでしょうね。どうかご自身の目でご覧になってください」

新たに加わったソルガレオ、そして島巡りで出会ったガオガエンたちと供にハウ、グラジオ、そしてククイ博士が選んだ四天王たちを次々と打ち破った。

言うまでもなく、四天王全員を破った先にいるのはチャンピオンだ。しかし、チャンピオンの間にあった椅子は、誰にも座っていなかった。

これはどういう意味だ? と考えていると、ククイ博士がチャンピオンの間に入り、階段を登ってきた。

ククイ博士「ヨウ! これからはきみが、ポケモンリーグチャンピオンだぜ!」

ククイ博士「と言いたいところだが、じつはもう1人、戦わなくてはならない! そのトレーナーはもちろん、このぼくだぜ!」

ヨウ「……そういうことか」

実感はないけれども、僕はアローラのチャンピオンになった。

だがチャンピオンになったということは、僕は常にチャンピオンの座を狙われるということ。

挑戦者からチャンピオンの椅子を守ること、それがアローラチャンピオンとしての僕の仕事だ。

そして、ククイ博士がその第一号ということか。

ヨウ「……僕がチャンピオンとして最初に戦う相手が、まさか最初に出会ったアローラの人であるアナタだとはな」

ククイ博士「ああ! さぁ、島巡りのトリを飾り、新しいリーグの門出を祝うのにふさわしいポケモン勝負をしよう!!」

僕はチャンピオンの椅子から立ち上がると、ボールを構えた。さぁ、チャンピオンの初仕事だ!

ククイ博士「キュウコン! こおりのつぶて!」

ヨウ「ソルガレオ! メテオドライブだ!」

ククイ博士「カビゴン! ヘビーボンバー!」

ヨウ「ジャラランガ! まもるで防げ!」

ククイ博士「ルガルガン! アクセルロック!」

ヨウ「ラプラス! ハイドロポンプ!」

激しい技の応酬の末、最後に残ったのは僕のガオガエンと、博士のアシレーヌだけ。
さすがはポケモン博士にして、島巡りの達成者。はっきり言って、島巡りでこれほど苦戦したのはマオの試練以来だ。
さらに言えば、僕も博士も、まだZワザが使える余力が残っている。

ククイ博士「アシレーヌ! わだつみのシンフォニア!」

ヨウ「ガオガエン、ハイパーダーククラッシャーだ!」

そして最後はガオガエンとアシレーヌによる、禍々しい炎と清らかな水泡によるゼンリョクのZ技のぶつかり合いで、決着がついた。

勝利の女神は僕に微笑んだ。

ククイ博士「……素晴らしい! 以前、ぼくは言った……。そのときベストの技を選べるポケモンとトレーナーのコンビが繰りだす技が最強だと!」

ククイ博士「まさにその通りだった! 誰もが認める、チャンピオンの誕生だ!」

ヨウ「……」

言葉が出なかった。

アローラの島巡りを経て、僕はリーグのチャンピオンになった。

ようやく、スタートラインに立てたんだ。僕の心はまだ飢えている。まだ満足しちゃいない。こんなものじゃない。僕が目指すものはもっともっと、遥か高みだ。

……だけど今は、純粋にチャンピオンになれたことを喜ぼう。だって、アローラの全ポケモントレーナーの頂点に立てたんだ。並のトレーナーでは来れないところまで、僕はやってきたんだから。

リリィタウンに戻ると、チャンピオンになった僕を祝うため、母さんやハウ、リーリエ、そしてアローラ中のキャプテンやしまキングが集まって、お祭りを開いてくれた。

みんなが、島巡りを終えた僕を祝福してくれている。その光景を見たとき、幼い頃に見たテレビ越しに見たチャンピオン誕生の瞬間の光景を思い出した。今は僕がその真ん中に立っている。

そんな中、僕はみんなの輪から外れて、一歩引いた形で僕のことを見つめるリーリエの姿が目に付いた。

彼女は笑っていた。だけど、どこか辛さを抱えているようにも見えて、胸元に手を当てて僕を見ていた。

ヨウ「リーリエ、どうしたんだ? どこか痛いのか?」

リーリエ「あっ、いえ、なんでもないです!」

リーリエ「そ、その……ヨウさん、チャンピオンおめでとうございます! それにしてもすごいです……! こんなにたくさんのみなさんが、ヨウさんをお祝いするため集まって くださったんですね……大人も子供も、ポケモンさんも、みなさん、とても楽しそう……!」

ヨウ「あぁ……子供の頃のテレビで見た光景が、現実になった気分だ」

リーリエ「ヨウさんの夢……叶って良かったですね!」

ヨウ「……いいや、まだスタートラインに立ったばかりだよ。言っただろ? 島巡りだって、始まりに過ぎないって」

リーリエ「そうですね……ヨウさんの夢……ポケモンマスターになることですもんね。ヨウさんなら、絶対なれます!」

ヨウ「ありがとう、リーリエ」

リーリエ「わたし……色々ありましたが、アローラに来てよかったです! ヨウさんと出会えて、ううん……いっしょに旅もできて本当によかったです!」

ヨウ「……そうだな。旅っていうのはああいうのがいいの、かもな」

たくさんのポケモンや人と出会い、知らない場所を歩き回り、新たな発見をしてそれを糧に、新しい未知の世界に飛び込む……。

その傍らには友達や親しい誰かが一緒にいて、思い出や経験を共有しながら見知らぬ場所を冒険するのは、確かに楽しい。

事実、アローラでの旅は命の危機に晒されたことこそあれ、胸が躍るような大冒険だった。こんな経験、二度も出来るようなものじゃない。

こうして、僕の島巡りは終わった。
チャンピオンになり、ハウやリーリエとは会える時間が少なくなるが、なんだかんだでようやくアローラでの生活が始まる。そして、僕の夢を叶えるための旅路が始まる。


――そして、僕にとって本当の試練は、ここからだった。

今日はここまで。

次回の更新は明日です。
お楽しみに!

僕はアローラ地方のチャンピオンになった。つまるところ、今まで追う立場だったのが、追われる立場になるということだ。攻める立場だったのが、今度は守る立場になるんだ。

僕が今座っているチャンピオンの王座を狙うために、顔なじみから遠い地方よりやってきた見知らぬトレーナーまで、大勢の挑戦者がアローラポケモンリーグにやってきた。

ハウ「まだまだー! だってこれから超えるべきトレーナーが目の前にいるからねー」

グラジオ「ポケモントレーナーには何が必要か? 答えは人それぞれだろうが、少なくともオレは最強の相手を望む」

ハプウ「しまクイーンの歴史を紡ぐべく、わらわも精進するが、そなたもチャンピオンとしての歴史を紡いでいこうぞ」

マーレイン「アローラのすごさを世界に知らせる場所ですよ。そうなると、大事なのはチャンピオンがどのようなポケモントレーナーかということだね」

リュウキ「天下取るため海を越えて、はるばるアローラに来たのさ!」

ひっきりなしに、四天王を越えた挑戦者が僕に勝負を挑んでくる。しばらくして、僕はアローラに来て初めて壁にぶつかった。

大勢の強豪トレーナーに勝つためには多様なポケモンを育てなければならない。だけど、挑戦者は続々とやってくるし、育てるための金も時間も足りなかった。

リーグ運営からの支給や挑戦者の賞金、それからチャンピオンとしてのPR活動の際にもらえる報酬があっても、ポケモンを育てたり捕獲するための道具を揃えるためには、もっと多くの金が必要だった。

自分がチャンピオンである事を隠しながら、オハナ牧場でミルタンクやケンタロスの世話をするアルバイトもしたし、ハノハノリゾートでナマコブシ投げをするアルバイトもこなした。

それでも金額が足りない。どうしたらいいのかと思い悩んだ時だ。

ある日、怪しげなおじさんから貰ったカードに記された場所に向かうと、そこで待っていたのは国際警察を名乗る男女二人組……リラさんとハンサムさんだ。

ハンサム「わたしの名は『ハンサム』。所謂、国際警察です。そしてこちらは私のボス……」

リラ「私は『リラ』と申します。国際警察特務機関「UB」対策本部部長です」

彼らは僕がアローラチャンピオンであることを見込んで、ウルトラビーストの保護の協力を頼んできたんだ。

僕はそれを快く請け負った。アローラで起きた事件には僕だって少なからず関わっているからその尻拭いというのもあるが、ウルトラビーストと戦ってポケモンを鍛えることが出来るし、作戦成功の暁には多額の報酬がもらえる。

なにより、ルザミーネさんの一件では手に入らなかったウルトラビーストをゲットできるからだ。

だが当然、それは僕自身を命の危険に晒すことに他ならない。もっと言えば、僕自身にも相応の負担がかかる。

僕だって人間だ。疲れもするし、怪我だってする。ウルトラビーストの手にかかるより前に過労死になるんじゃないかと覚悟していた。

それでも、これが僕の夢につながる道だ。このぐらいでへこたれてしまえば、僕もその程度の人間だ。

だけどガオガエンたちは、僕がとてつもない苦労をしていることを、ボールの中からでも見ていたようだった。

ガオガエン「ガォォ……」

ウツロイド「じぇるるっぷ……」

ソルガレオ「ラリオ……」

ヨウ「……心配してくれたのか? ありがとう、僕は大丈夫だよ。お前たちも今日はよく頑張ったな」

挑戦者が僕に負けて帰ったあと、僕の身体を労わるように、ポケモンたちが近寄ってきた。
僕も撫で返してあげたけれども、彼らの表情はひどく浮かばれていないことが分かる。

本当にいい奴らだ。僕よりも苦労しているのは君たちだと言うのに。

ハウたちに僕がこんな状態であることを悟られていないのが不幸中の幸いか。

チャンピオンは、みんなの憧れでなければいけない。完全無欠の最強のトレーナー、チャンピオン・ヨウとして、僕は在らねばならない。だから、ハウやリーリエ、ククイ博士、ロトム図鑑――親友であろうと親しい間柄であろうと、誰にも相談するつもりもなかった。

信用していないわけじゃない。話せばきっと、力になってくれるかもしれない。

だけど、そこからボロが出て、アローラの人々が僕に対する憧れが失ってしまう可能性がありうるからだ。

最悪、ただでさえ辺境のポケモンリーグと揶揄されているアローラポケモンリーグを、さらに貶めかねない。

人間は完璧ではないのは分かっている。だけど、完璧でないと地方を代表するチャンピオンとして失格だ。特にSNSで簡単にメッセージを発信できる世の中では、特に隠し事は露見しやすい。チャンピオンとしての立場をうまく利用して隠していかなければならない。

みんなは、僕を見て舞い上がっていて欲しい。僕を目標に強くなって欲しい。

だから弱みを絶対に見せないつもりでいた。特に、四天王たちやキャプテンたちは、僕がアローラのチャンピオンだからこそ、張り合いが出るとよく僕に言ってたしね。

このくらい出来なきゃチャンピオンなんて務まらないだろうし、ましてやポケモンマスターにだってなれはしない。

なにより、僕のために身を削っているガオガエンやソルガレオたちの努力を裏切ることになってしまう。

幾重にも渡る挑戦者との勝負、過酷なバイトや死と隣り合わせなUB捕獲作戦――僕の心身は日に日に擦り切れていった。

怪我だってしたこともあるし、たったの1時間しか眠る時間がなかった日もあった。

みんながいないところで胃の中のもの全部吐いたこともあった。

ときには、僕は何のためにこんな生活を送っているのか、人生ってなんなのか、考えてしまうこともあった。

そんなギリギリの精神状態でも正気を保てたのは、皮肉にもチャンピオン防衛戦の時だった。

チャンピオンの椅子に座りながら、頭の中でポケモンたちのイメトレをしている最中、僕の前に現れたのは元スカル団の幹部――プルメリさんだった。

なんでも、マーレインさんとクチナシさんに言いくるめられて、トレーナーとして一からやりなおし、その結果Zリングも渡されたそうだ。

試合は当然、僕が勝った。だが、その後の彼女の言葉に衝撃を受けた。

プルメリ「半端だったアタイだからこそ 思ったんだよね。半端なことしてちゃダメだって! アタイ達、ここに立つために多くの……本当に多くのポケモンを倒してるんだからさ!」

ヨウ「……!」

そうだ僕は、挑戦者の夢を奪う立場なんだ。

ハウやグラジオのように、僕を倒すことでモチベーションを上げる人、もしくは僕を倒すことで新たな夢の足がかりにしようとしている人もいるけれども、チャンピオンになることに命を賭けている人だっているはずだ。

僕はその人たちの夢と希望を、知らず知らずのうちに自分の夢のために奪い続けているんだ。カントーにいた頃、近所のワルガキたちから、大切なおもちゃを奪った時のように。

負けた人間のことを考えず、勝つことのみに専念できれば、どれだけ楽だろうか。

僕が出来ることはただ一つ、僕が倒していった人たちの想いも背負って夢を叶えることだ。たくさんの夢の残骸を積み上げることで、僕の夢がやっと叶うんだ。だから諦めることも負けることも許されない。

負けてしまえば、僕もその夢の残骸のひとつになってしまうからだ。

僕が背負っているものだけが、極限状態に陥っている僕を、なんとか踏みとどまらせていた。チャンピオンであることを維持するため、ひたすら大事なものを投げ捨ててきたが、これと夢への想いだけは、残っている。

だけど、バレない秘密っていうのは無いものかもしれない。
いよいよ僕が防衛戦をしている裏で、相当無理している事がバレてしまった。

それもまさか、僕への挑戦者でもない人に。

その日は久しぶりに、挑戦者が来る予定もなく、幸運にも丸一日休める日だった。
僕はメレメレの花園に向かった。

以前、ここにウルトラビーストのマッシブーンを捕獲した後、花に隠されていた秘密の抜け穴を見つけたんだ。

抜け穴の先にあったのは、湖と、リリィタウンの崖下の浜辺に繋がる出口だった。しかも、中の状態を限りでは誰にも知られていない。僕はそこを海繋ぎの洞窟と呼ぶことにして、自分だけの秘密基地にしようと思った。

そこでのんびり水遊びでもして、日頃の疲れでも癒そうとしていたら、僕を追って洞窟の中に入ってきた人がいた。

リーリエ「よ、ヨウさん。お久しぶりです」

ヨウ「リーリエ? どうしてここに?」

彼女はどうやら僕をつけて来たようだ。

それにしてもリーリエの言葉通り、随分長い間会っていない気がする。

僕はチャンピオンとしての勤め+α、リーリエはウツロイドの毒に苛まれているルザミーネさんの治療法を探しているため、中々会う機会が無かったからだろう。

ヨウ「どうだ、リーリエも水浴びで涼んでいかないか。気持ちいいぞぉ」

リーリエ「いえ……水着も持ってきていないので――」

バシャッ!

リーリエ「ひゃあ!」

ヨウ「ははは! 水も滴るいい女ってな!」

リーリエ「……」ポタポタ

リーリエ「ヨウさん! お気に入りの服なのに!」プンスカ!

ヨウ「服って汚れてなんぼのもんだろ?」

リーリエ「ひどいです! ひどすぎますっ! 服を台無しにして! 許さないですっ!」バシャッ!

ヨウ「おおっ、ドサイドンに負けない勢いだ!」バシャッ!

からかって怒らせたリーリエと僕は思いっきり水を掛け合った。

気が付けば、僕もずぶ濡れになったリーリエも、おかしくなって大笑いしていたよ。こんな心の奥底から笑うなんて、本当に久しぶりだ。

リーリエ「もうっ、ホントにひどいです。ヨウさん」

ヨウ「悪かったよ……僕の服でよければ貸してあげるから、乾くまで着てなよ」

リーリエが着替えている間、僕は再びのんびりと湖を泳いでいた。だけど……泳いでいることに夢中にいたのが不味かったのか、僕の脇腹に残っている痣を彼女に見られてしまった。

リーリエ「ヨウさんっ、その痣は?!」

ヨウ「ん? あぁ、これか」

本当に僕はそこで痣の存在を思い出した。もっと大きな怪我を負ったことだってあるが、だいたいキュワワーに治してもらっている。

だけど、この痣は消し忘れていたようだ。心の奥底でマズったな、と悪態をついた。

リーリエ「なにがあったのですか?」

たいしたことない……って言っても、リーリエが素直に受け止めるとは思えない。正直に話したほうが良さそうだ。

ヨウ「……みんなには内緒にしてくれないか?」

仕方なく僕は、この痣が出来た経緯を話すことにした。

ヨウ「……とまぁ、こんなところかな」

リーリエ「ヨウさんはチャンピオンなのに、そんな危ないこと、する必要が……」

ヨウ「金さ」

リーリエ「お金……?」

心の中で、これ以上話すなと叫ぶ僕の声が聞こえる。

お前の弱さを誰かに握らせるな。

だけど、不思議とそんな意志に反して、僕の口から今の自分の抱えている現状や想いが、自然と滑り落ちていく。

リーリエ「だから、ヨウさんはそんな危ない仕事を掛け持って……傷だらけになるほどの無茶を?」

ヨウ「そうだ」

ヨウ「それに、こんな傷……大したものじゃないさ。ポケモン(あいつら)が勝負で受ける傷や、僕への挑戦者が失うものの程度に比べちゃあ、ね」

リーリエ「挑戦者が失うもの……?」

ヨウ「……夢、だよ」

リーリエ「夢?」

僕はリーリエに語りかけるつもりで、その実自分自身に話していた。
今のあり方に疑問を持っている、自分自身に言い聞かせていたんだ。

拳に力がこもる。
僕はなんのために戦っている? なんのために大勢の夢を踏み台しているんだ?

ヨウ「ポケモンマスターへの道は、決して映画や小説のように輝かしいものじゃない。薄汚れた道だ」

ヨウ「俺達は周りの期待だけじゃない。踏み潰したトレーナーたちの夢と希望の残骸とポケモンたちの期待を背負って、前へ進んでいくしかないんだ」

ヨウ「だから、今でも友達たちから賭けで手に入れたおもちゃも、自分の部屋のクローゼットに飾ってあるんだ。手入れをするのが日課になるほど、大事にしている。あいつらがどれだけ、あのおもちゃに誇りと想いを乗せてきたか、知ってるからな」

頭の中が熱くなっていく。周りの視界が真っ赤に染まっていく。
次第に感覚という感覚が無くなりつつあった。自分が何を話しているのかさえ、分からなくなってきている。
それでも、心の中にあるものを全て吐き出していく。

ヨウ「諦めてしまえば、俺が勝ち取ったもの、背負ってきたもの全てが無駄になってしまう。そんなことになるのはイヤだ」

ヨウ「だから僕は諦めるわけにはいかない。絶対になってやるんだ! 幼い頃から憧れたポケモンマスターに……!」

ヨウ「オレはっ、負けるわけにはいかない。負けられないんだよ! 僕が大切なものを奪ってしまったあいつらのためにも!」

リーリエ「ヨウさんっ!」

我に返ると、背後からリーリエが僕の胴に手を回していた。同時に、消えていった感覚や現実感も戻ってきた。

だけど、胸の中はこの湖の水よりも冷たいままだ。

リーリエ「お願い……これ以上、自分を傷付けないで」

ヨウ「……」

リーリエ「ヨウさん……あなたは一人じゃありません」

リーリエ「あなたには、ガオガエンさんたちがいます! ハウさんがいます! ククイ博士も、ハラさんも、しまキングの方々もキャプテンの方々もいます!」

リーリエ「そしてわたしもいます!」

リーリエ「だから……ひとりで背負わないでください。そんなことをしたら……いつかあなたは……押しつぶされちゃう……」

僕の脳裏に、心配しているガオガエンたちや、ハウ、ククイ博士、それからハラさんやしまキングたち、キャプテンのみんなの姿が浮かんでは消える。

ひょっとしたら、僕の知らないところでは、彼らはなんとなく僕の無茶を察しているのかもしれない。

だけど、リーリエ。そんなこと――

ヨウ「そんなこと、ずっと前から分かってるよ」

リーリエ「――ッ!!」

リーリエは、ありのままの僕を見て、まるでウルトラビーストかなにかでも見たような形相へと変わっていた。いったい僕はどんなふうになってるんだろうね。

ヨウ「でもね……ハウも博士も、アローラのみんなが、僕に期待を寄せてくれているんだ」

ヨウ「そんな人たちに、こんな情けない姿を見せて失望させるわけにはいかな……」

しゃべっている途中、一瞬のうちに僕の口が塞がれてしまった。代わりに、僕の唇に圧迫感と湿った暖かさが伝わってきた。

なにが起きたのか、僕は分からなかった。一気に眠りから覚めたような感じになって、状況を冷静に考える間もなかった。

僕に唇を重ねていたリーリエが僕から一歩引いて離れると、優しく僕の頬に触れてまっすぐ僕に微笑みかけた。

リーリエ「なら……みんなに見せなくていいです。だから……あなたが背負っているもの、少しでもいいから、わたしにください……」

ヨウ「……リーリエ」

そしてリーリエは再び僕の唇に、自分の唇を押し当ててきた。

今度はさっきのように軽く触れたものじゃない。ゼリーのように柔らかい彼女の舌が口の中に入って、僕の舌と絡み合わせ激しくさせていく。

ヨウ「んっ……」

リーリエ「ヨウひゃん……はふぅ」

唇を通して、リーリエが僕の心の中に入ってくる。リーリエが、僕の心に住み着いて暖かくさせてくれる。

それがどうしようもなくくすぐったくって、冷たかった僕の心を沸き立たせた。

その時、僕は気付いたんだ。
僕の想いを誰かに聞いて欲しかった。僕の心の底にあるものを、知って欲しかった。

でも、僕はチャンピオンとして、そしてポケモンマスターを目指す者として、自分のプライドを守るためにいつの間にか、みんなとの間に壁を作ってしまっていたんだ。

だから、僕は知らず知らずのうちに苦痛も自分の想いも自分の内側に溜め込んで、閉じ込めていた。その矛盾が次第に身体だけじゃなくって、僕の心も蝕んでいた。

リーリエが僕の心に閉じ込めていたものを見抜けたかどうかわからない。だけど、いつか彼女が、『わたしが困っていると、いつもヨウさんがいます』と言ってくれていた時とは逆に、今は僕が辛い時、彼女はこうしてそばにいてくれた。

それが、どうしようもなく嬉しくて、たまらなかった。

ヨウ「リーリエ……」

リーリエ「ヨウひゃん……んぅ」

不思議だ。人に愛されると、こんなにも愛してあげたくなるものなのか。気が付けば、僕はリーリエに夢中になっていた。

だけど、リーリエはそれ以上に僕に夢中になっていて、キスしながら僕を岸まで押していき、そのまま僕の上半身が傾くと、リーリエが覆いかぶさって、キスの雨を降り注がせる。

リーリエ「ヨウさん……酷い傷……わたしが癒してあげますね」

リーリエが艶かしい笑みを浮かべると、今度は僕の脇腹にある傷口に唇をくっつけて、舌で優しく舐め始めた。ぞくり、と足の根元から脳天まで、快感が僕を貫いたと同時に疲れきった心を慰撫させる。

次第にリーリエは僕の上半身を、あたかもイッシュへ観光した時に買ったヒウンアイスでも舐めるかのように味わい始めた。

腹回りや首筋、胸を、吸血するズバットよろしく甘噛みしてきた。僕がちょっと痛がっても、リーリエは溶接したかのように、離れようとしなかった。

ようやくリーリエが離れたとき、一度彼女と目があった。
リーリエの翠色の瞳には、僕以外のすべてが映っていなかった。力が抜けきって、浮かべていた笑みすらもとろけてしまいそうなものだった。

リーリエ「えへ……ヨウさん」

――うふふ、ビーストちゃん

ヨウ「……!」

不思議とその様子が、ウルトラビーストに執着していたルザミーネさんと重なってしまった。
なぜ今更、捨てたはずの疑念が湧いてきたんだ。僕はこんなにも、リーリエを愛し始めているのに。

ヨウ「……!」グッ

リーリエ「ヨウさっ……んんっ」

邪推している自分から逃げるようにリーリエを抱き寄せ、唇を重ねた。
今は、考えるのをやめよう。ただひたすら、僕を愛してくれる人の暖かさと優しさを感じていたい……。

リーリエ「ヨウひゃん……はふぅ……」

ヨウ「……」

再び海繋ぎの洞窟に、僕とリーリエが紡ぐ艶かしい水音が響いた。

しばらくして僕はキスを止めにして、惜しみながらもリーリエから離れた。僕とリーリエの口からキラキラと光る透明の糸が伸びたけれども、すぐにどろりと切れて湖の水に溶けていった。

岸に上がって昂ぶった気分を落ち着かせると、僕の心にはふたつの相反した気持ちが存在していることに気付かされた。

リーリエを愛してあげたい暖かな気持ち、そしてリーリエは僕に執着して、ルザミーネさんのようになってしまうのではという疑念。

ヨウ「どうしてなんだろうな……」

リーリエ「え?」

こんなにも愛しているのに、リーリエを疑わなきゃいけないのか。
それでも――。

ヨウ「リーリエが初めてだ」

僕の領域に踏み込んできて、そばに寄り添ってくれた人が――。

ヨウ「よりにもよって、君に……」

僕を独り占めしようとするかもしれない、下手をすれば僕の自由を奪って、夢を閉ざしかねないかもしれないかもしれない人を愛してあげたいなんて。

ヨウ「僕はどうかしてるな……」

リーリエ「どういう……ことですか?」

ヨウ「んー? こんな、キスとか恋とか、したことがないからびっくりしただけだよ」

ヨウ「それにしてもリーリエって、意外と肉食系なんだな」

リーリエ「か、からかわないでくださいっ。わたしだって、恥ずかしいんですから!」カアッ

リーリエも、さっきまで自分がやった行為を思い出して、顔が熟れているマトマのみよろしく真っ赤になっている。
いやぁ本当にびっくりした。もっとリーリエは奥手かと思っていたけれども、こんなふうにがっついてくるなんて。

でも、それほど僕のことを好きになってくれたってことだよな……。

ヨウ「……ありがとう」

リーリエ「……うぇ?」キョトン

僕は再び湖に入ると困惑しているリーリエに近づいて、彼女の頬に優しくキスして、抱きしめた。

ヨウ「僕のこと……聞いてくれて。嬉しいよ。ここまで自分のこと、話したのは君が初めてだ」

リーリエ「……」

リーリエは何も返さなかった。だけど、背中に手を回して僕を抱きしめ返してくれた。そして彼女の目元から、一粒の涙がこぼれ落ちるのが見えた。

……リーリエはよく僕のことを不思議な人、と言ってくれたが、そのセリフをそのまま君に返してやりたいほどだ。最初は正直、気味の悪い人間と思っていたのに……いつのまにか、僕の心の大きな部分を占めているのだから。

ヨウ「フッ、僕の服も濡れちゃったな」

リーリエ「あ……」

それからは何事もなく……お互いの服が乾いたところで、誰にも見られないところでこっそり手を繋ぎながらリリィタウンで僕たちは別れを告げた。

家に帰って風呂にでも入ろうと服を脱いだとき、僕はあることに気付いた。

ヨウ「リーリエ、いくら好きだからってやりすぎだよ……」

首からお腹にかけて、彼女が残していった夥しい数の痣を見て、僕は笑うしかなかった。
この痣は、まるで僕がリーリエのものであることを証明する焼印に見えたのは、気のせいでありたい。

だけど、鏡に映る僕の顔は、憑き物が落ちたかのように晴れやかで、島巡りをしていた時よりも、明るく、満ち足りたものになっていた。

僕はとりあえず、バイトを辞めた。
リーリエに諭されたことで、僕は自分の過ちに気付くことが出来た。夢を目指すことは大事だし、みんなに尊敬されるチャンピオンで在り続けるのも僕の仕事だ。

でも、みんなを――少なくともリーリエに心配されてまで、することじゃない事を気付かされた。もし過労で倒れてしまえば、元も子もないしな。もっと自分の体調と仕事に折り合いを付けることが、今の僕の課題だ。

幸い、僕のポケモンたちは防衛戦やウルトラビーストとの戦いを経て殿堂入り直後よりもはるかに鍛え上げられていた。

これなら僕のことを知り尽くしているハウやグラジオたちに負ける気はしなかった。バイトしていた時に稼いだ金もあるし、新しいポケモンを1~2匹育てる分なら平気だ。ポケリゾートもある。

休みが増えてプライベートでハウたちと会う機会も増えた。

ハウは僕が無茶していた事を知らなかったものの、「ヨウとは最近戦ってばっかでーこうやってマラサダをいっしょに食べるのは久しぶりだよねー」なんて嬉しそうに言っていた。……本当に、みんなには心配をかけてしまったね。

そしてなにより、リーリエといる時間ができたということだ。

リーリエもビッケさんやグラジオと協力してルザミーネさんを治療する方法を探してアローラ地方を奔走しており、とても忙しい身だ。

それでも、わざわざ時間を割いて僕に会いに来てくれた。遠くで目を合わせれば、すごく嬉しそうに笑って、僕に手を振ってくれる。

デートするときも、僕のために初めて会った時や気合を入れた時とは違う、新しい服装や髪型にイメージチェンジして現れてくれたこともあった。

リーリエ「ヨウさん! アマサダ買ったんです。いっしょに食べませんか?」

リーリエ「そ……その、ヨウさんたちと初めて会った時の服を参考にして着替えてみたのですが……どうですか?」

リーリエ「ふふっ、ラブラブボールという貴重なボールなのですが……欲しいですか?」

リーリエ「かあさまのことが全部終わったら、ヨウさんと旅したいです。でも、どうしたらヨウさんの助けになれるのか分からなくって……」

リーリエ「前みたいに無茶、してませんか? 辛かったら、いつでも言っていいんですからね……?」ナデナデ

リーリエ「ヨウさんって……とってもあったかいです。このままずうっと、こうしていたいな……」ギュウ

リーリエ「わたし、ヨウさんがいてくれたから、頑張れるんです」

マラサダを食べたり海で泳いだり、手をつないだり、人目のつかないところでキスしたり抱き合って慰みあったり……。

特にソルガレオは、もともとリーリエと過ごしていただけあってか、何かにつけて僕にお節介を焼いて、リーリエと僕をくっつけようとしていた。

午前に行われた防衛戦を終えたとき、お昼ご飯とポケモンたちのねぎらいを兼ねてマラサダを買いに行った時のことだ。
たくさんのマラサダが入った袋を片手に帰路に着いていると、ソルガレオがボールから飛び出てきた。

ソルガレオ「ラリオーナ!」

ヨウ「どうしたんだ、急に?」

ソルガレオ「ラリオ!」

ヨウ「マラサダ、食べたいのか。もう少し待ってなよ。家に着いたら食べさせてあげるから」

ソルガレオ「ラリオ!」ブンブンッ

ヨウ「……? じゃあなんだ?」

ソルガレオ「ラリオーナ」クイッ

ソルガレオが向いた方向は海の先――遠くに見えるのはエーテルパラダイスだ。
彼の性格を知っている僕は、なにをさせようとしているのか、すぐに理解した。

ヨウ「お、おいおい。会いに行けってのか」

ソルガレオ「ラリオーナ」

ヨウ「そういうわけにはいかないだろ、リーリエだって忙しいんだ」

ソルガレオ「……」プイッ

リーリエの事情を話そうとしても、「あっ、そう」と突っぱねられてしまった。

更にジロリと横目で僕を睨んで、「リーリエと一緒に食べないと、次の防衛戦で言うこと聞いてやらないぞ」と遠まわしに訴えてきた。

やむを得ない。このままの態度だと防衛戦にも影響が出かねないし、恥ずかしさ半分、仕方なさ半分でエーテルパラダイスに向かうことにした。

リザードンライドでエーテルパラダイスに向かい、ビッケさんに「リーリエに会いたい」と言うと、聞いてもいないのに、ニコニコ笑いながら「ちょうどお嬢様も調べものが一段落ついて、お昼の休憩をするところなんです」と話しながら、リーリエを呼びに行った。

リーリエがビッケさんあたりに僕と付き合っていることを話していたとしたら、かなり恥ずかしくなってきた。あまり僕とリーリエが付き合っていることを公にしたくなかった。

すぐにリーリエはポニーテールを揺らしながら僕のもとに来た。

リーリエ「ヨウさんがお昼ご飯のお誘いをしてくれるなんて嬉しいです! 是非ご一緒したいです!」

ヨウ「ああ、うん」

正直、いきなりの対面だったからか、心の準備が出来ていなくて目が合わせらないところがあった。

僕とリーリエは、彼女の住んでいる屋敷の前の広場でアローラの海を眺めながら、マラサダを食べることになった。僕はカラサダを、リーリエはホイップポップの入ったアマサダをそれぞれ口にした。

リーリエ「こうやって誰かと一緒にご飯を食べられるって、とても幸せなことですよね」

ソルガレオ「ラリオーナ」

リーリエ「ふふっ、ほしぐもちゃんもそう思いますよね?」

ヨウ「お前……いつ出てきたんだ」

すると、リーリエが僕の顔を覗いてきた。なにか変なところでもあるのか?

リーリエ「ヨウさん、ちょっとじっとしてて下さいね……」

ヨウ「?」

どうかしたのか、と返そうとすると、リーリエは僕の口元に指を伸ばして、くっついていたカラサダの中身を拭き取ったんだ。

そしてそのまま、自分の口の中に入れると……。

リーリエ「~ッ!!」ピクッ

ヨウ「……ふっ」

たぶんリーリエはドラマとかでよく見る男の口についた食べ物を女が拭き取るシーンの真似をしたかったのだろう。

だが、不幸なことに僕が食べているカラサダの中身は、確かトウガのみを細かく刻んだもの。だから、甘党のリーリエにとってはちょっとでも辛く感じてしまうだろう。

その様子がおかしくって、ちょっと笑ってしまった。さすがに可哀想だし、モモンのみジュースをリーリエに渡してあげた。

ヨウ「ほら、これ飲みなって」

リーリエ「ひゃい……ありがほうごひゃいまふ」

ヨウ「ククク……次は気を付けなよ?」

リーリエ「っっ……もうっ!」

僕の冗談にリーリエが恥ずかしがりながら軽く押すと、ソルガレオは、「もっとくっつけ」とたてがみで続けて僕の背中を小突いてきた。

もちろん、巨大な体格のソルガレオなんかに小突かれたら、勢いよく倒れるに決まっている。それも、リーリエの方向に向いていたのだから、やったらどうなるか、こいつは分かっていただろう。

リーリエ「ひゃあ! よ、ヨウさんっ!」

ヨウ「……」

ソルガレオ「ラリオーナ!」ヒューヒュー

ソルガレオの喜ぶような声を耳にしながら、いい加減余計なお節介するのはやめて欲しいと、心の中で念じた。

とりあえず、街中や道路でひと目も憚らずイチャイチャしているラブラブカップルに悪態ついたり、笑えるような立場でなくなったのは間違いない。

リーリエが僕に依存してしまうことが不安ではあったけれども、それ以上に心が満たされていく気分になる。

ただ、そうやってリーリエと逢引していると、次第に色ボケして戦いに集中できない時があった。それを見抜かれたカヒリさんが「最近たるんでますよ。もっと気をしっかり引き締めてください。あなたはチャンピオンなんですから」と注意されてしまった。

まったくだ、色ボケが原因でチャンピオンの座を明け渡すなんて笑い話もいいとこだ。きちんとメリハリを付けないと。

チャンピオンとして挑戦者と戦ってポケモンたちと高みを目指していく一方で、僕はリーリエやハウたちと、どこかへ行ったりデートしたり、いろんなものを見たり……島巡りとはまた違った、今まで夢を追い続けてきた時とは違う、穏やかな日常を過ごしていった。

これまで、ほとんどポケモンマスターになるための修行といっていい人生を送ってきた僕にとって、新鮮なもののように感じられた。
こんな生活を送るのもいいかもな、なんて思いながら毎日を過ごしていたのだが……。

その日常は、突然崩れ去った。

それは、僕が自宅で次の防衛戦の手持ちを考えていたとき、ハウが家に転がり込んできた時だった。

ハウ「ヨウーっ!! 大変ー! 一大事だよー!」

ヨウ「一大事? 新しい味のマラサダでも発表されたのか?」

ハウ「違う違うーっ! 急がないと船が行っちゃうんだよー!」

ヨウ「船……?」

最初、なんのことなのか分からなかった。
だけど、ハウに連れられてハウオリシティの船着場に向かうと、僕の心の中が一気にひっくり返った思いがした。

リーリエが、ルザミーネさんを治し……トレーナーになるため、そして自分の夢を叶えるために、カントーへ渡るのだという。

僕にそんな大事なことを黙っていた怒りも、リーリエが僕の前からいなくなる悲しみもあった。

だけどそれ以上に、リーリエが自分の夢を持って行動したことに、喜びを覚えていた。

彼女は僕に依存なんてしていなかった。自分自身の意志で僕から離れて、目標へと進んで行ったんだ。

僕は彼女に激励の言葉を送ると、リーリエはリュックからピッピ人形を取り出して、僕に差し出した。

リーリエ「ヨウさん、ちょっとくたびれていますが……わたしの宝物です」

ピッピ人形……。カントーじゃよく見かけたが、リーリエにとってはきっと子供の頃からの大事なモノなのだろう。

だけど、素直に受け取ることはしなかった。彼女から宝物を渡されただけじゃなんとなくカッコ悪いし、ちょっといいことを思いついたからだ。

ヨウ「君の宝物を、受け取るわけにいかないよ」

リーリエ「えっ?」

困惑するリーリエの頭に、僕は今まで外に出るときに必ず被っている大事な帽子を、リーリエに被せてあげた。

ヨウ「その帽子は、僕の父さんがアローラで島巡りするとき、お祝いで送ってくれた宝物なんだ」

ヨウ「君がアローラに帰ってきたとき、それを返してもらうよ。その代わり、君が僕に渡したピッピ人形を返す。それでどうかな?」

お互いの大切なモノが自分の夢になる励みになることを祈り、アローラで作った思い出と僕とリーリエがどんなに大きな存在か、忘れないために。

リーリエ「……はい!」

リーリエ「ヨウさんも……頑張ってくださいね。あなたは、あなたの夢を叶えるために」

ヨウ「もちろんだ」

するとリーリエは僕に近づいて、恥ずかしがりながら周りに聞こえないぐらいの小さな声で話しかけてきた。

リーリエ「ヨウさん、お互いの宝物が戻ってきたら……その時は、その……」

リーリエ「その時は、ずっとそばにいてもいいですか……? 今度こそ、ふたりで遠いところを旅したいです」

これは……告白なのか?
しばらくリーリエと会えないというのに、天にも登る心地だった。

そしてこれが、僕と彼女の二人だけが交わす大切な約束であり、遠くにいても僕とリーリエを結ぶ、絆とはまた違う強いつながりになった。

ヨウ「……ああ、いいよ」

リーリエ「本当ですか? 約束ですよ? ゼッタイ破らないでくださいね?」

ヨウ「もちろん。だから、自分で決めたことを諦めるなよ。そうすれば、夢は叶うんだからさ」

それ以上、リーリエは何も返さなかった。僕をひたすら見つめて、そして迷いを断ち切るように大きく息を吐いて呟いた。

リーリエ「こういう時、さよならと言うのですね」

ヨウ「違うだろ、また会うんだから、「またね」って言うものさ」

まだまだ、リーリエは世間知らずのところがあるな。カントーはなんだかんだ言って裏表入り乱れているところがあるから、めいいっぱい揉まれながらたくさんのことを学んでくるといい。

リーリエ「じゃあ……またね、ヨウさん、ハウさん、ククイ博士」

ククイ博士「おう! いつでも帰っておいで!」

ハウ「言いたいこと、言ってないのにー。だから、だからっ! 手紙送るからね、すっごい長いやつー!」

ヨウ「リーリエも、夢が叶うといいな。頑張れよ」

言うだけのことは言った。後は夢が叶ったあと、全部話すつもりだ。同時に彼女がトレーナーになって何を目指すかもあえて聞かなかった。

リーリエ「はい! みなさん……アローラ!」

彼女の乗った船が、水平線の向こうへ消えるまで僕たちは手を振った。彼女にとっては、夢に向かう船出だ。

いささか僕も休みすぎたかもしれない。

リーリエが僕から離れて、頑張っているんだ。僕だって、自分の夢を叶えなくちゃいけない。彼女が夢を叶えてアローラに帰ってきたとき、僕もポケモンマスターと呼ぶにふさわしい男になっていなければ。

リーリエがアローラから旅立ったように、僕も再び、夢への船出の時が訪れた。

リーリエが夢を叶えるため、アローラを離れたことをバネに、僕もチャンピオンの仕事と、夢へ向かうための鍛錬に精を出した。

一日でも早く、ポケモンマスターに近付くため、時にはアローラ各地に出向いては、強いポケモンやウルトラビーストを探し求めてはゲットして育成し、時にはハウやグラジオ、ハラさんやハプウさんといった仲間といっしょに修行に励んだ。

そんな時、ポニ島の遥か北にある、ポケモン勝負の施設の『バトルツリー』の新しいボスに、伝説のトレーナーが招かれたという。

バトルツリー……時にはポケモンリーグのチャンピオンですら苦戦すると言われる強豪トレーナーたちがひしめき合い、様々なルールのポケモン勝負を繰り広げる、まさにトレーナーのための施設だ。

何度か訪れたことがあるが、トレーナー達はアローラでは見たことのないポケモンや戦術を披露しており、防衛戦では無敗の僕ですら一筋縄では行かず、時には負けて連戦が途切れてしまうこともあった。

そんな施設のボスに立つのだから、伝説級のトレーナーでなければふさわしくないだろう。
バトルツリーに挑戦する傍ら、どんな人物がバトルツリーのトップに立つのか様子見しに行った。

そこで待っていた人を見て、僕は生まれて初めて身体が痺れた。

グリーン「はじめまして、アローラのチャンピオン!」

レッド「……」

テレビで見て僕の憧れであり、夢の原点であるレッドさんとグリーンさんが、僕の目の前に立っていた。彼らこそがバトルツリーに呼ばれたレジェンドだった。

その際、レッドさんに勝負を仕掛けられたのだが……あくまで様子見というレベルで、あっさり勝つことができた。彼らは、次に戦う時はバトルツリーで連勝を重ねた時――その時こそ、本気で勝負しようと僕に約束してくれた。

……こんなことを言われたら、是が非でも戦いたくなってしまう。トレーナーとしてのサガとして、ポケモンマスターを目指す男として、当然の反応だ。

そうして僕は防衛戦をする傍らで、レジェンドに勝つためにバトルツリーという戦場へ、身を投じていった。

グラジオ「オレが連れだしたのとは別個体のタイプ:ヌルだ……。隠された存在として、シークレットラボAにいてな。オマエならそいつに、広い世界をみせてくれる……!」

タロウ「チャンピオン! 今からおすすめの技、教えてよ!」

アクロマ「よろしいっ、なかなかのものですっ!」

グズマ「そんなもんかチャンピオン! オレ様はまだまだブッ壊れてねーぞ!」

マーマネ「試練のあと、今度は天文台で勝負っていった言葉を守るために来たよ」

シロナ「あんな楽しい勝負も必ず終わってしまうのね……」

ギーマ「負けて全てを失い……次に望むものも勝利!」

僕はバトルツリーにいる多くの強者トレーナーと戦い、勝ち抜いていった。

もちろん、ツリーにいるトレーナーもそうやすやすと倒されるわけもなく……僕の予想を超える戦術を取るトレーナーや、伝説のポケモンを使ってくるトレーナーも現れた。

幾重にも渡る戦いを経ていくうちに、多くのポケモンもトレーナーも知り、強くなれるだけでなくレッドさんたちやその先にあるポケモンマスターに一歩一歩近付くと実感できた。

だが……バトルツリーで勝ち進んでいくうちに、戦っている自分自身に疑問を覚えていくようになっていった。


――こんなことをして、リーリエは喜ぶのか?

僕はだんだん、バトルツリーで勝ち上がっていくために、手段を選ばなくなってきていた。

チャンピオンですらいちトレーナーとしかみなされないこの施設は、はっきり言ってレベルが高い。バトルツリーの連戦と比べれば防衛戦なんてハノハノリゾートでナマコブシ投げしているくらいのんびりしたものだ。

だから、伝説のトレーナーのレッドさんとグリーンさんと勝負して、この二人に勝つためなら文字通りなんでもやった。

孵化を繰り返し、生まれつき強い個体を持つポケモンの厳選をし、更に時間はかかるが勝てる戦法を考えたり、ポケモンに持たせる道具からトレーナーの戦術にいたるまであらゆるものを研究した。

ヨウ「この個体では……どう育ててもあのポケモンよりも遅くなってしまうな」

厳選だって、僕の望みでない個体はポケリゾートに送って施設の発展に貢献させたり、子供のトレーナーにあげてしまったこともある。

ヨウ「シルヴァディ、大爆発だ」

手持ちのポケモン一匹一匹を勝つための駒とみなした結果、役目を終えさせた後だいばくはつで道連れにしたこともある。

ヨウ「テッカグヤ、みがわりだ」

耐久力と持久力をモノにした戦術で、相手のポケモンを真綿で首を絞めるように倒したこともあった。

トレーナーとしては当然のやり方かもしれない。ひたすら勝つことを考えていくと、自然とそういう手段を取らざるを得ないのだから。

ヨウ「ありがとう。お前たちのおかげで、勝ち抜くことが出来たよ」

ガオガエン「ガオッ」

シルヴァディ「ドドギュウウーン!」

テッカグヤ「フー……!」

それに、僕のポケモンたちも、僕の気持ちを理解してくれている。ガオガエンやシルヴァディも、勝利のためにその身を捧げてくれた場面が何度かあった。

だけど、一般人の目線からすれば、著しく倫理に欠けたモノとして見られても仕方のない部分もある。

リーリエなんて、ポケモンが傷つくことを嫌っており、ソルガレオを「家族」と呼ぶほど愛情を注ぐほどのポケモン好きだ。

無論、カントーに行ってトレーナーとしての経験を積んでいるだろうから、ある程度は平気かもしれない。だけど、彼女が今の僕を見て喜ぶような顔をしないのは間違いない。

だが、バトルツリーで戦い抜いて、強豪トレーナーやその先にいるレッドさんたちに勝つためにはこの方法しかないのも事実だ。

時が過ぎて、リーリエと再会して、彼女と旅をすることになったら? ひょっとしたらリーリエは我慢して僕の考えに理解を示してくれるかもしれない。

……いや、リーリエに僕のやり方を強制させたくないし、彼女がポケモンをモノのように扱う姿も見たくもない。

現に、バトルツリーではルール上使えないというのもあるが、ソルガレオに手段を選ばない戦い方を強いることは出来なかった。
ソルガレオは、僕にとってアローラとリーリエとの思い出の象徴だから。

このままのやり方を続けていけば、リーリエとの約束を果たすことができない。かといって、今のやり方を捨てれば夢が遠のいてしまう。

――夢(ポケモンマスター)か、約束(リーリエ)か

夢に向かって進もうとするたび、僕の心の中に住んでいるリーリエが、アローラで彼女と育んだ思い出を蘇らせてくる。

約束を果たすために夢を捨てようとすれば。それまで僕が負かしてきたトレーナーたちが僕を押しつぶそうとしてくる。

だが……リーリエはもともと、自分の夢を叶えるためにアローラを出て行った。次にアローラに帰って僕に顔を見せるのは、彼女が夢を叶えてからだ。

なら僕だって同じだ。自分がポケモンマスターになる夢を叶えなければ、リーリエに会って、彼女との約束を果たす資格なんてないんじゃないのか。

少なくとも僕は……リーリエと対等になるまで、彼女と約束が果たせない。僕はそう思った。

今日はここまで。
次回の更新は明日の夜。お楽しみに!

そして僕は、バトルツリーのてっぺんに立つ、レッドさんとグリーンさんにそれぞれ挑戦する資格を得たんだ。

レッド「…………!」

グリーン「おてなみ拝見と行くぜ、初代アローラチャンピオン!」

シングルとダブルでそれぞれ相対する伝説のトレーナー。

僕はこれまでに培った経験と実力、そしてポケモンたちとの結束の力をすべて引き出し、彼らにぶつけた。

レッド「…………!」

メガフシギバナ「バナバーナ!」

ヨウ「ガオガエン、フレアドライブ!」

グリーン「バンギラス、じしん! ピジョット、フェザーダンス!」

バンギラス「ガオオオオッ!」

メガピジョット「ショオオーーッ!」

ヨウ「ギルガルド、ワイドガード! サザンドラ、ばかぢからだ!」

極限まで鍛え抜かれたポケモンたちが繰り広げるメガシンカ、Z技、かつてククイ博士と繰り広げたチャンピオン初の防衛戦での緊迫感を思い起こさせるものだった。

そして――僕は二人に勝った。

グリーン「なるほどなっ、なかなかやるみたいだなっ!」

レッド「…………」

最初は、実感がわかなかった。

余りにも自分のしたことが大きすぎて、理解が追いつかなかったから。

そしてだんだん冷静になっていくにつれて、気が付けば僕はみんなの前でバカみたいにゲラゲラ笑っていた。

レジェンドを乗り越えられたのが、とても嬉しかった。ポケモンマスターへの夢がまた一歩近づけた気がした。

レッドさんもグリーンさんも、僕との戦いが気に入ったらしく、時々会ってはポケモンについて意見交換したり、チャンピオンとはどうあるべきか、あれこれ語り合うようになってきた。

これなら、ポケモンマスターに近づける。彼女との約束を果たせるかもしれない。

もっと、強くならなければ。

ヨウ「レッドさん。僕はもっと強くなりたい……。強くなって、自分の夢を叶えたい。どこかいい修行場所はないですか?」

レッド「…………」

僕はレッドさんとグリーンさんの導きで、ジョウト地方のシロガネ山に向うことになった。

だけどソルガレオは今回ばかりは素直に言うことを聞いてくれなかった。
当然だ。彼とは長い付き合いだし、きっとソルガレオは僕とリーリエの約束のことも知っている。当分、僕とリーリエが会えなくなることもなんとなく分かっているんだろう。

ソルガレオ「ラリオっ!」

ヨウ「ごめんな……ソルガレオ。僕はもう、君と一緒にいるわけにはいかないんだ」

ソルガレオ「ラリオーナ!」

カプッ

ヨウ「あ痛たっ!」

ソルガレオ「ガウウ……」ググッ

いやだ、と抵抗するように、僕の手を軽く噛んできた。

ヨウ「ソルガレオ……」

ヨウ「僕も君とは別れたくないさ。君は、僕とリーリエの思い出の象徴だ」

ヨウ「だからこそ、僕たちが紡いだ島巡りの思い出を、僕の夢で汚したくない」

ソルガレオ「ラリオ……」

ヨウ「リーリエが戻ってきたら、キミは僕ではなくリーリエの夢を叶えてやりな」

ソルガレオ「ラリオーナ……」

ヨウ「そんな顔するなよ。永遠の別れじゃないんだ。きっとまた会えるさ」ナデナデ

ヨウ「その時まで、サヨナラだ」

ようやくソルガレオは諦めてくれたのか、素直にボールに戻ってくれた。
ともかく、リーリエが帰ってくるまで、ソルガレオの世話をしてくれる人も探さなきゃいけない。

幸い、その二つの条件を満たせる人は身近なところにいた。

ハウ「ええーっ! ヨウ、アローラを出て行くのー!?」

ヨウ「オーバーに捉えすぎだよ。修行の旅に出るだけだ」

ククイ博士「また急な話だね……。どうしてだい? 君は十分強いじゃないか」

ヨウ「……僕は僕を受け入れてくれたこのアローラが好きだ。島巡りの時も、みんなが一丸となって応援してくれた」

ヨウ「出来ることなら、ずっとここに住みたい。だけど、いつまでもここでチャンピオンの座であぐらかいていたら、僕の夢が遠のいてしまいます」

ヨウ「チャンピオンを防衛している時やバトルツリーに行っているとき、アローラだけでなく、色んな地方のトレーナーと戦った。そこでは様々なトレーナーとポケモンたちが僕に多様な戦術を見せてくれた。僕は自分の視野がとても狭いということを理解したんです」

ヨウ「僕は世界中を回ってあらゆるポケモン、そしてトレーナーたちと戦いたい。改めてそう思いました。そのためには、アローラのチャンピオンでいるだけではダメなんです」

ククイ博士「……君にとって、チャンピオンになって、バトルレジェンドたちに勝ったことは、ひとつの通過点に過ぎないって言いたいのかい」

ヨウ「はい。僕の夢は、それよりもずっとずっと、高いところにありますから」

ククイ博士「……そうだよな」

ハウ「きっとヨウならもっともっと強くなれるよー! 本当に、ポケモンマスターになれちゃうかもー!」

ククイ博士「ああ! ヨウならなれるさ!」

ヨウ「ありがとう。それでハウ、ひとつ、頼みがあるんだ」

僕はソルガレオの入ったマスターボールを、ハウに手渡した。

ハウ「このボールって、ソルガレオのー?」

ヨウ「ああ、リーリエがカントーから戻ってきたとき、渡して欲しいんだ」

ククイ博士「どうしてだい? 確かにソルガレオはリーリエにとって大事なポケモンだけど、君にとって、供に旅をしてきた相棒だろう?」

ハウもククイ博士も、さすがにこれには疑問を抱かざるを得なかったようだ。当然といえば当然だ。これまで防衛戦の時も一緒に戦ってきた仲間と別れなければならないのだから。

それに、僕とリーリエにとって大切なポケモンであることを、このふたりはわかっているはずだ。

ヨウ「だからこそ、です」

ヨウ「ハウは……僕の戦い方がどんなものなのか、知ってるだろ?」

ハウ「……!」

ヨウ「ソルガレオは、僕にとって一匹のポケモンだけじゃない。アローラの島巡りで育んだ、僕とリーリエの思い出そのものなんだ」

ヨウ「ソルガレオが喩え僕のやり方を分かってくれたとしても、僕自身が許せないんだ」

ヨウ「こんな……ポケモンをモノとして見るようなやり方してたら、きっとリーリエは怒るだろうしね」

ヨウ「ソルガレオに会うのも、リーリエに次に会うのは、自分の夢を叶えてからだ」

ヨウ「リーリエだって、自分の夢を叶えるために、カントーへ行ったんだ。あいつが帰ってきて、僕だけ夢を叶えていないなんて、そんな情けないことはしたくない」

ハウ「でもーリーリエが戻ってきたとき、きっと寂しがると思うよー。ヨウはそれでいいのー?」

ヨウ「……」

僕はすぐに言い返せなかった。僕がアローラから旅立つということは、リーリエとの約束を反故することを意味するからだ。
リーリエが帰ってくるまでにポケモンマスターになるなんて、無理だろう。

まったく、リーリエとの約束を果たすために、約束を反故にするなんてね。……ずいぶん矛盾しているよ。

軽く十秒ほど経って、僕は口を開くことができた。

ヨウ「……僕は自分の夢を裏切らない。そう決めたんだ。喩えそれが、リーリエと離れることになったとしても」

ヨウ「リーリエといるとき、すごく楽しいよ。あんなに他人と一緒にいて楽しいって思ったことはこれからもないかもしれない」

ヨウ「だけど、リーリエの事ばかり考えてはいられない。自分の夢を叶えるためには、我慢しなきゃいけないこともあるってことさ」

ハウ「……そっかー」

ハウはちょっと残念そうに笑いながら、ソルガレオの入ったボールを仕舞った。

ハウ「でもそれだけヨウが夢を大事にしてるってこと、よくわかったよー。リーリエもきっと、ヨウのこと待っててくれるよねー」

ヨウ「ああ、きっとな」

後ろ髪を引かれる思いをしながら、僕はチャンピオンの座を降り、家族を置いて、一人でアローラから出て行くことになった。

※修正

ヨウ「ソルガレオに会うのも、リーリエに次に会うのは、自分の夢を叶えてからだ」

ヨウ「ソルガレオに会うのも、リーリエに会うのも、自分の夢を叶えてからだ」

無論、アローラ地方は大きな騒ぎになった。それもそうだ。チャンピオンが他地方へ修行することはあれど、すぐに辞退するなんてそうそうないケースなのだから。

それに、初代のチャンピオンともなれば前代未聞だろう。

しまキングたちは元々ハラさんの言伝で知っていただろうけれども、キャプテンたちやグラジオには寝耳に水だったようで、僕の家に押しかけてきていた。

なぜチャンピオンをやめたのか、なぜアローラを出て行くのか、何回彼らに説明したか覚えていない。

ただ、反応もそれぞれで、わりと印象に残ったのが、必ず戻って来てね、と泣きじゃくるアセロラとマオ、それをなだめながらも「寂しくなるのう」としんみりと笑いかけるハプウ。

後は帰ってきたらテメー以上に強くなったオレがブッ壊しに来てやると息巻くグズマさん、次に相まみえるときはアローラの踊りの真髄を見せるつもりだ、とよくわからない約束をさせられたカキとやまおとこのダイチぐらいか。

彼らと話をしていて、本当にここでは、たくさんの大切なものを得ることができたんだな、と実感した。その中にはリーリエだって入っている。

だけど、僕はそれを全て捨てるつもりでここを出て行くんだ。

カントーへ向かう飛行機の中で、繰り返し繰り返し、僕は自分自身に問いかけた。「ポケモンマスターは、周りの関係を全て断ち切ってでも手に入れるものなのか」

……僕はまだ迷っているのか。もうアローラから離れたというのに。

久々に帰ってきた故郷の姿は、引っ越した頃と変わっていなかった。

感慨がないわけじゃないけれど、今の僕にとっては、都会の空気はいささか息苦しいものがあった。

引っ越す前に遊んだ友達たちも、みんなトレーナーになって各地を旅しており、誰にも再開することはなかった。もう僕はカントー出身のトレーナーではなく、アローラのトレーナーになっていた。そのことが妙に寂しかった。

マサラタウンへ向かい、オーキド博士に会うと、すぐにシロガネ山へ行くための手配をしてくれた。

ひょっとしたら、シロガネ山に入るためのテストとして、カントーのジムリーダーや四天王と戦わされるのかと思ったけれど、既にアローラのチャンピオンであり、レッドとグリーンに認められる強さを持っていることから、資質を確かめる必要はないのだという。

翌日、僕はすぐにカントーのポケモンリーグを通って、シロガネ山を登った。

シロガネ山のポケモンは……確かに修行にはうってつけだった。

ウルトラビーストたちと比べるとレベルは低いが、それでもアローラの野生のポケモンとは比べ物にならないほど、強いポケモンたちでひしめいていた。いったいなにをどうしたら野生のポケモンたちがここまで強くなったのか――気になるところだね。

僕は麓のポケモンセンターと山頂にある山小屋を行き来しつつ、修行に明け暮れた。

アローラのラナキラマウンテンとはまた違った過酷さ、休む間も与えず襲いかかってくる屈強なポケモンたち。
僕の手持ちはもとより、パソコンに預けている育成予定のポケモンたちも、次々と強くなっていった。

だが、なりふり構わず野生のポケモンたちに勝負を挑む僕の姿は――客観的に言えば、悪夢を振り払うように見えただろう。

時々、僕は山頂にあるバトルフィールドに場所に立っている時がある。

そこはかつて、レッドさんがジョウトからやってきたトレーナーと戦った有名な場所。そして、この場所にはあるジンクスがあることを、オーキド博士から教えられた。

オーキド博士「シロガネ山の修行で心身ともに極めたトレーナーが、山のてっぺんに立っていると、その人にとっての待ち人が現れるそうじゃ」

ヨウ「待ち人……」

僕の頭の中に浮かんできたのは、やはり――リーリエだった。

僕は大切なものを捨てようとしているのではないか。

ただリーリエの温もりを感じていれば、それでよかったのではないか。

ポケモンマスターなんてあやふやな未来のために生きるより、リーリエとそばにいるという今を選んでも良かったのではないか。

――そうですよ、ヨウさん

――まだわたしはカントーから離れていないと思います。今からでも遅くないです。会って、約束を果たしましょう

夢に対する疑念と、心の中にいるリーリエが、僕の耳元で誘ってくる。

それを無理やり押さえ込むように、僕は洞窟の中に潜って、修行を続ける。

だが、やはり頂上に立って、リーリエを待っている時がある。

自分に課した夢と、大切な人との約束で板挟みになる。

それでもなんとか、自分が幼い頃から立志した夢を思い出し、その度に正気に戻る。

どうしてだ? 自分の夢を叶えるまで、リーリエに逢わないって決めたのに。

結局僕はふらふらと夢と約束の狭間で浮沈しているじゃないか。

バトルツリーを攻略している時と、なにも変わっちゃいない。

どうしたらいい?

オレは……。

――ラリオーナッッ!

ヨウ「……!」

突然、シロガネ山に聞き覚えのある不思議な咆哮が轟いた。

振り返ると、アローラに置いてきたはずのソルガレオ、そして――。

リーリエ「ヨウさんっ!!」

ヨウ「リーリエ……ソルガレオ?」

ソルガレオ「ラリオーナッ!」

リーリエが僕の名前を呼ぶなり、胸に飛び込んで抱きついてきた。

リーリエ「ヨウさん……。会えた……やっと、会えました……」

ヨウ「…………」

なぜリーリエがここに?
カントーを旅しているんじゃなかったのか? それにソルガレオといっしょにいるなんて。

目の前の展開で頭が混乱して、冷静さを取り戻すので必死だった。

リーリエ「会いたかった……会いたかった、です」

ヨウ「……そうか」

リーリエはアローラから出て行った時と、ほとんど変わっていなかった。
長い金髪をポニーテールにしていて、活発さを感じさせる白いシャツとスカート、ピンク色のリュックサック。

鈴の音が鳴るような甘い声は、感情が高ぶっているからか上ずっていて、僕の胸元で埋まっている彼女の顔から湿っぽい感じがした。

リーリエ「みんな……心配したんですよ? ハウさんも博士も、あなたのおかあさまも……わたしも、ほしぐもちゃんも……」

みんな心配していた?
ということは、リーリエは一度、アローラに帰ったのか。

ヨウ「……だろうな」

リーリエ「いっぱい、話したいことも、カントーでわたし……」

ヨウ「……」

頭が冷静になったところで、僕の頭の中である考えが浮かんできた。

修行を経て高みに上り詰めた僕、シロガネ山のジンクス、成長したリーリエ。

そういうことか……。

僕がこの手で、夢を選ぶか約束を選ぶか、ケジメを付ける時が来たんだ。そのために、リーリエはシロガネ山に導かれたのかもしれない。

僕の今の気持ちをリーリエに伝えなければ。

ハウが自分自身の強さと向き合った時のように、リーリエが自分の意志を母親へ伝えた時のように、僕も変わらなければ。

だが、本当に二つに一つだけ……。両方を選ぶことは、できないのか?

僕は山小屋に向かって歩き出した。

リーリエ「ヨウさん……?」

ヨウ「ついて来なよ。話したいことが山ほどあるんだろ? ここじゃ凍えちまうよ」

僕が山篭りで使っている山小屋にリーリエを招くと、彼女は興味ありげに家の周りを見渡していた。きっと博士のクラシックヨットと重ね合わせているのだろうが、リーリエにとって、ここが趣あるようには見えるようだ。

リーリエはアローラに帰ったあと、僕を探すためにグラジオと供にこの山を登ってきたようだ。

だが、途中でグラジオはバンギラスの攻撃に巻き込まれて別れてしまい、偶然リーリエはここにたどり着いたようだ。

とにかく、行方がわからないグラジオを助けるために、ロトム図鑑の通信機能を使って、オーキド博士に連絡を取った。
幸い、オーキド博士に通信が繋がり、すぐに捜索隊が出されることになった。

リーリエ「ヨウさん、ロトム図鑑さん、本当にありがとうございます」

ヨウ「いや、礼には及ばないよ」

ロトム図鑑「そうロトよ~。ヨウとリーリエの仲だロ?」

リーリエ「ふふっ、そうですね!」

リーリエ「ヨウさん……」

リーリエがロトム図鑑から僕に顔を向けると、熱のこもった目線を送りながら、そっと僕の手を握った。

リーリエ「わたし、ヨウさんに話したいこと……いっぱいあるんです。ぜんぶ、聞いてくれますか?」

ヨウ「……ああ」

椅子に座ると、リーリエはポツリとアローラから離れて、カントーで冒険したことを話し始めた。

リーリエ「わたし……最初にかあさまの治療をするために、マサキさんという方と会ったんです。カントーに住んでいたヨウさんなら、ご存知ですよね?」

リーリエ「……かあさまのリハビリをしながら、わたし、オーキド博士からポケモンさんを頂いて、ヨウさんが島巡りした時のように、わたしもカントーを巡って旅をしたのです」

リーリエ「……トレーナーさんとのバトルで負けちゃったとき、とても悔しかったです。傷ついたピッピさんたちを連れて、ポケモンセンターに連れてって……」

リーリエ「たまにヨウさんとの思い出や、アローラでのコトを思い出して……ひとりで泣いた時もあります。ヨウさんに逢いたくて、胸が張り裂けたような思いが、何度もありました」

リーリエ「ハナダジムに挑戦して、カスミさんに勝って初めてジムバッジを手に入れたとき、わたし嬉しかったんです。ヨウさんに一歩近付けたって」

リーリエ「……ヨウさんがアローラからいなくなったって聞いたとき、とてもショックでした。レッドさんと戦って……あなたがここにいるって教えてくれたんです」

カントーを旅したリーリエの経験したことを聞いていくうちに、自分に対する惨めさを痛感した。

すごいじゃないか。それだけ変われれば大したものだよ。

僕は……このシロガネ山で修行しても、ポケモンが強くなるだけで……何も変われなかった。まるで成長していなかった。

むしろ、君に嫌われるぐらいに落ちぶれたかもしれない。

僕は君の約束を破り、あまつさえ君との関係すら、断ち切るかもしれないのだから。

リーリエ「……でも、わたしに黙ってシロガネ山に行くなんて、ひどいです。それに、アローラのみなさん、心配してたんですよ?」

ヨウ「それはお互い様だろ? リーリエだって、僕らに何も相談せずカントーに行ったんだから」

リーリエ「そう、ですね……。ふふっ、なんだかわたしたちって似た者同士、ですね」

ヨウ「……」

リーリエ「ヨウさんはどうしてシロガネ山に……って、決まってますよね。ポケモンマスターになるため、修行しに来ているんですよね」

ヨウ「ああ」

リーリエ「オーキド博士に認められて、ここで修行させていただけるなんて、やっぱりヨウさんはスゴいです。わたしはこうしてバッジを集めて頑張っても、にいさまとはぐれたり、ゴルバットさんの群れに怯えたり……結局こうして、ヨウさんに頼ったり、あの頃からなにも成長できてないのかなって……」

ヨウ「そんなことはないさ。なにより、そのバッジは君と君のポケモンの手で勝ち取ったものだろ。少なくとも僕も周りのトレーナーも、リーリエの努力を認めるよ」

リーリエ「本当ですか? 嬉しいです」

リーリエ「……ヨウさん、覚えてますか?」

リーリエはそっとリュックから僕が父さんからプレゼントされた帽子を取り出した。
大事に手入れしているのか、リーリエに手渡した時とほとんど変わっていなかった。

リーリエ「アローラから旅立つ前に、あなたと交わした約束……」

それぞれの大事なものが手元に戻ったその時、リーリエが、僕のそばにずっと一緒にいるという約束。

ヨウ「……」

リーリエ「本当はアローラで叶えるはずだったのですが……こうして会えたから、約束を破ったこと、許してあげます」

リーリエ「この帽子、あなたにお返しします。ヨウさんも……わたしのピッピ人形さん、持ってますよね」

ヨウ「ああ」

リーリエから渡されたピッピ人形は、今でもリュックの中に入っている。

リーリエ「……じゃあ、ヨウさん……」

だけど僕はピッピ人形を出さなかった。代わりに、言葉を喉から必死に絞り出す。

ヨウ「リーリエ、聞いて欲しいことがあるんだ」

リーリエ「え?」

もうここまで来たら、後戻りはできない。
僕は一度大きく深呼吸し、言った。

ヨウ「グラジオと一緒にアローラへ帰るんだ。僕は、ここに残る」

リーリエが僕の言葉を聞いた瞬間、時間が止まったかのように固まった。
そして、彼女の綺麗な翠色の瞳に絶望の色が浮かんでくる。

リーリエ「どう……して?」

ヨウ「リーリエなら……僕のすること、わかるだろ?」

リーリエ「分からないです。ちゃんと……説明してください」

よく見ると、身体も小刻みに震えている。寒さで震えているわけじゃない。
僕と離れ離れになってしまうことを、リーリエは恐れているんだ。

もっとも、それは僕も同じだが。
僕だって、リーリエと離れ離れになりたくない。

本当は抱きしめてやりたい。
「それじゃあ約束を果たそう」「これからはずっと一緒だ。どんなことがあっても一人になんてさせない」と言えばどれだけいいか。

だが、それを言うわけにはいかない。
夢を、自分の生きる意味を失ってしまうからだ。

ヨウ「僕は、自分の夢を叶えるためにここで修行しているんだ。ポケモンマスターになるためには、更に上へ上へ、果てしない高みを目指さなきゃいけない」

ヨウ「ここは君にとって過酷すぎる。それはグラジオの一件でよくわかっているはずだ。そもそも、ここは本来キミが来るべき場所じゃないんだぞ」

僕は自分の本心を押し殺しながら、あくまで冷静に、事務的に、言葉を並べた。

だけどリーリエは、持ち前の意志の強さでそれを跳ね除けた。再び笑みも取り戻して。

リーリエ「じゃあ……わたしも、ここにいます」

ヨウ「……」

リーリエ「わたしもここで、ヨウさんと一緒に修行します。それならいいですよね?」

リーリエ「わたし……カントーのジムバッジをたくさん集めるほどに成長しました。一度アローラに戻ったあと、レッドさんのピカチュウさんとも戦って……その時はあなたが育ててくださったほしぐもちゃんとでしたけれども……それでも引き分けに持ち込めたんです。ヨウさんの足を引っ張るようなことには、なりません」

リーリエ「あ……それに、お料理もできるようになったんですよ? 島巡りをしてた時はわたしにシチューとかジャムを作ってびっくりさせたのに……ほら、カップラーメンばかりでは、健康に悪いです。だから――」

そうやってリーリエは、気丈に振る舞いながらどれだけ自分が成長したのかアピールし始めた。

彼女が、どれだけ僕のために頑張ろうとしているのか、聞いているだけで胸が締め付けられる。

だが、僕の答えは変わらない。

ヨウ「ダメだ」

ヨウ「アローラへ、帰るんだ」

リーリエ「……どうして?」

再び、笑みが消えて絶望がリーリエの顔に浮かんでくる。

リーリエ「どうしてそんな意地悪をするんですか?」

ヨウ「意地悪じゃない」

リーリエ「じゃあ、わたしのこと……嫌いになったんですか?」

ヨウ「そうじゃない。君のことは好きだ。今だって、君に対する想いは変わっちゃいないよ」

リーリエ「好きなら、一緒にいて何が悪いって言うんですか?」

ヨウ「好きだから、思い出を大事にしたいんだ」

ヨウ「キミがアローラから離れて半年間、僕は自分の夢と現実のギャップに直面したんだ」

ヨウ「ポケモン勝負で勝ち続けること、それは時にポケモンをものとして見做さなければいけない時もある。実質倒れるまで痛め続けなければいけない時もある」

ヨウ「僕は防衛戦やバトルツリーでそれを痛感したんだ」

ヨウ「だけど、僕がポケモンをモノ扱いして、傷つけあう事をしているところを見て欲しくないし、リーリエにもソルガレオにもそういうことをして欲しくないんだ」

ヨウ「それで僕はソルガレオを君に託したんだ。ソルガレオは、アローラでの君と僕の思い出そのものだから」

ヨウ「でも、ポケモンマスターになるという幼い頃からの夢を、叶えたいんだ」

ヨウ「僕のポケモンたちも、そんな僕のためについてきてくれている。あいつらが僕に向けている信頼を裏切りたくない」

ヨウ「だから……僕自身の夢を叶えるまで、君との約束を果たす資格はないとすら思っている。僕がポケモンマスターになるまでは、リーリエといっしょにいられない」

言い切ってから、僕とリーリエの間に沈黙が流れていた。

リーリエは僕の話を聞いていくうちに、花がしぼむように頭を下に向けて両手でスカートを掴んでいた。

そこから表情は伺えないものの、身体はなにかを抑えるように小刻みに震えていた。

リーリエ「わたし……わたし、ずっとヨウさんと一緒に居るために頑張ってきたんです」

リーリエ「カントーにいて、辛い時があってもわたし、あなたの帽子と約束があったから、ここまで強くなれたんですよ?」

リーリエ「ポケモンマスターになろうとするヨウさんと一緒にいるため、今まで頑張ってきた……なのに……」

するとリーリエはきっと顔を上げて、僕と目を合わせてきた。

彼女の大きな翠色の瞳は、執念と嫉妬心で燃え盛っていた。

リーリエ「……こんな仕打ち――あんまりです!!」

するとリーリエはでんこうせっかのはやさで、僕に近付くと、そのまま僕を突き飛ばしてきた。

気が付くと、僕の腹の上でリーリエが馬乗りになっていて、僕の両手首を彼女が掴んで抑えていた。
いったいあんな華奢な体のどこからこんな力が出せるのか分からないほどの強い力で。

リーリエ「ヨウさんがわたしから離れていくなんて絶対にいやです!!」

リーリエ「もう離しません! ゼッタイゼッタイに離しません! ヨウさんがわたしと一緒にいるって言うまで、わたし、ヨウさんから離れませんからっ!!」

リーリエ「わたしはヨウさんのもの! どこかへ行くというのなら、わたしも一緒に連れて行かなきゃ、わたしっ……!」

そこでやっとリーリエは我に返って、すぐに僕から離れた。

リーリエ「ご、ごめんなさい……! わたし、そんなつもりじゃ……」

僕は、何も答えることができなかった。

リーリエが僕を詰ったとき、彼女はおおよそ見たこともないような表情をしていた。

目をカッと見開き、顔をくしゃくしゃにして、まるで懇願するように涙を流していた。怒り、絶望、悲しみ、それらを全て煮詰めたようなモノだった。

僕を失ってしまうことを、リーリエは何よりも恐れていた。この世界がなくなるより、僕が自分の前から立ち去ってしまうことが、彼女にとってこの上ない苦痛なんだ。

僕が恐れていた事態――リーリエが、かつてのルザミーネさんのように、僕に執着してしまうことが目の前で起きてしまった。

だが、それ以上に……彼女自身、母親に対して「自分たちは生きている」「子は親が好きにしていいモノではない」と諭していたのに、それを裏切るように「自分はヨウさんのモノ」と言い切ったことが、悲しかった。

アローラで冒険していた頃の優しいリーリエはそこにはいなかった。

ヨウ「……」

僕なのか、こんなふうにリーリエを変えてしまったのは。

だとしたら、僕がすることはひとつだけだ。

彼女とポケモン勝負して、もう一度、彼女の周りには何があるのか、僕以上に大切なものがどれだけあるのか、僕にすがらないで自分の意志で生きて欲しいことを、勝負を通して伝えなければいけない。

彼女が抱く、僕への思いを断ち切らせなければいけない。

でなければ、この先リーリエはずっと僕にすがるような生き方をしてしまう。

ヨウ「……わかったよ、リーリエ」

ヨウ「僕も、君との約束を破っちゃったからな。君の言い分は、きちんと聞かなきゃいけない」

ヨウ「僕とポケモン勝負だ。リーリエが勝ったら、僕は君との約束を守る。だけど僕が勝ったら、僕の夢のために、君は大人しく諦めてアローラへ帰るんだ」

リーリエ「わたしが……ヨウさんと勝負……」

突然の勝負の申し込みに、さすがのリーリエも困惑を隠せないようだ。

だが、すぐに納得したのか、リーリエは拳を握り締めて僕を見据えた。

リーリエ「……はいっ!」

困惑しているロトム図鑑とソルガレオをよそに、僕とリーリエは小屋の外へ出て行くと、さっき僕が立っていた広場へと向かった。

天候はあられってところか。果たしてこれが吉と出るか凶と出るか。

ヨウ「使用ポケモンは3匹まで。ポケモンの制限は特になし。それでいいね」

リーリエ「……はい!」

僕は自分の手持ちからポケモンを三匹選んだ。
今の手持ちの中では、この三匹が使い慣れていて、かつリーリエに今の僕がどんなトレーナーなのかを身を以て教えることができるだろう。

僕の胸のうちは、天候に反してひどく穏やかだった。

ここで彼女を止めなければ、きっと何か、取り返しのつかないことが起きる。

僕が夢を叶える機会が永遠に失われてしまうかもしれない。

それ以上に、リーリエが僕に執着するあまり、ルザミーネさんの二の舞になることだけは、絶対に阻止しなければいけない。

トレーナーの経験が浅いリーリエに負けるつもりは無いが、ゼンリョクで潰しにかからなければ、僕がリーリエに飲み込まれてしまう。

だから、必ず勝つ。

例えそれが、彼女と約束を果たす資格を失うことになっても。

――だが、僕にそれができるのか?

リーリエが僕に向けてボールを構えると同時に、僕も彼女に向けて、ボールを構えた。

~夢の章 完~

今日はここまで。
次回の更新は明日の夜。お楽しみに!

ヨウ「夢か、約束か」

~約束の章~



ポケモントレーナーの ヨウが
勝負を しかけてきた!

ポケモントレーナーの リーリエが
勝負を しかけてきた!

リーリエ「お願い! ピクシーさん!」ヒョイッ!

ピクシー「ピッピクシーッ!」ポンッ!

ヨウ「ゆけっ、ウツロイド!」ヒョイッ!

ウツロイド「じぇるるっぷ……!」ポンッ!

ヨウさんのボールから出てきたポケモンさんを見た瞬間、わたしは戦慄しました。

なぜヨウさんが、ウツロイドさんを?
不意に、わたしの脳裏にウツロイドと融合したかあさまの姿が蘇ってきました。

まさか、ヨウさんはウツロイドさんの毒にやられて……?

ヨウ「ウツロイド、ステルスロックだ!」

ウツロイド「じぇるるっ!」バッ!

リーリエ「!」

素早く動いたウツロイドさんが触手を振り上げたと同時に、周りの尖った岩がピクシーさんに向かって飛んできました。

動揺して回避する指示を送らせてしまい、ピクシーさんの周りに、岩が周囲に浮遊してしまいました。

ヨウ「ウツロイド、更にヘドロばくだんだ!」

リーリエ「ピクシーさん! ちいさくなるです!」

ピクシー「ピクーッ!」

ウツロイドさんの触手から発射された毒の塊がピクシーさんに直撃するより前に、ピクシーさんは身体を小さくして、逃げ切ることに成功しました。

このまま身を隠しながら、パワーを上げていきます!

リーリエ「ピクシーさん、めいそうです!」

さすがのリーリエもウツロイドの登場に対して、動揺は隠せないか。

それに予想通り、ピッピ系統をパーティー内に入れていた。今のところ、僕の読み通り事が運んでいる。

僕は雪に視線を移しながら、ウツロイドがステルスロックを放ったと同時に、雪の中にあるものを、彼女は落としていたことに気付いた。よし、起点作りは順調だな。

リーリエ「ピクシーさん、めいそうです!」

ピクシー「……」キィィン

ピクシーは多彩な技を覚え、戦法も多くあるが、リーリエのピクシーはちいさくなったりめいそうでステータスを上げて殴ってくるタイプか。

ステータスを上げる技の対策は出来ているが、僕の目論見がバレる可能性もあるし、長期戦に持ち込ませるわけには行かない。

リーリエがどのくらいウツロイドのことを知っているのか分からないが、まずは身動きを封じてから考えるか。

ヨウ「ウツロイド、でんじはだ!」

ウツロイド「じぇるるっぷ!」バチチッ!!

ピクシー「ピッ……!」ビリビリッ

リーリエ「ピクシーさんっ!」

さぁどうする、リーリエ。ピクシーをまひにした今、これ以上逃げ回りながらステータスを上げるのは難しくなったぞ……!

出してこい、ソルガレオを。ウツロイドを倒すには、ソイツか2体目のポケモンに賭けるしかないぞ。

リーリエ「……!」

ピクシー「ピッ……!」ビリビリッ

麻痺になったピクシーさんを目の当たりにして、わたしはヨウさんに視線を移しました。

たぶん、ヨウさんはウツロイドさんに寄生されたわけではないでしょう。

ウツロイドさんは、自分の身を守らせるために人に寄生して毒を注入するそうです。かあさまがウルトラスペースでウツロイドさんを捕獲しても勝負に使わなかったのは、きっとそれが理由です。

ですから、自分が傷つくであろうポケモン勝負でウツロイドさんを繰り出しているということは、ヨウさんは寄生された可能性は低いと思います。

かあさまと同じようなことがヨウさんの身に起きたわけではないことに安堵する一方で、

「寄生していれば、ヨウさんがいなくなったのも、ウツロイドさんのせいに出来るのに」

という、胸の内にいる邪な自分がそう呟きました。

ヨウさん……どうして? わたしより、ウツロイドさんたちと一緒にいるほうがいいんですか?

いいえ、泣き言を連ねたって、あの人に届きません。ヨウさんに勝つことが出来れば、一緒にいられるんです! もう、弱気になりません!

誰にも渡したくないです。わたしだけのヨウさん………!

……でも、今のピクシーさんではウツロイドさんに勝つのは難しいのも事実です。

アローラに帰ってきたとき、エーテルパラダイスでにいさまに頼んで、ウルトラビーストさんのデータを見せてもらいました。
ウツロイドさんのタイプはいわ・どく。フェアリータイプのピクシーさんとは相性が悪いです。

更に言えばまひになってこれ以上コスモパワーやめいそうでステータスを上げるのは困難でしょう。

わたしの手持ちの中でどくタイプに強いのはもう一匹のポケモンさんとほしぐもちゃん。特にはがね・エスパーのほしぐもちゃんなら、ウツロイドさんを一方的に倒すことが出来ます。

わたしはステルスロックのダメージ覚悟で、ほしぐもちゃんのボールに手を掛けようとした時でした。

――これがヨウさんの狙いだったら?

わたしにほしぐもちゃんを出させることが狙いだとしたら?

ヨウさんの手持ちにはどんなポケモンさんがいるか分かりませんが、わたしがほしぐもちゃんを手持ちに入れていることは、きっと知っているはずです。

つまり、ほしぐもちゃんへの対策も出来ているということ……。
ウツロイドさんは、わたしの動揺を誘って判断力を失わせて、ほしぐもちゃんを出すために手持ちに入れたのでしょう。

そうはいきません。
ここは攻撃して、ウツロイドさんを押し切ります!

リーリエ「ピクシーさん! ウツロイドさんにだいもんじです!」

ピクシー「ピッピクシーッ!」ビリッ

ボウッ!

ヨウ「……!」

ウツロイド「じぇるっ!?」

大の字型の炎が発射されて、ウツロイドさんに直撃すると、瞬く間にウツロイドさんは火だるまになりました。

わたしとピクシーさんの反撃に、ヨウさんも驚きを隠せていない様子です。

ヨウさん……これが今のわたしの実力です。ヨウさんをアローラへ連れて帰るためなら、わたしだってなんでもするつもりです。

ヨウ「……!」

やるじゃないか、リーリエ。僕の考えを読んでくるとは。さすが、カントーを旅しただけのことはある。

本当は出てきたソルガレオを麻痺にさせてウツロイドを引っ込めたあと、ガオガエンを出して倒そうと思ってたんだけどね。

だが、まだまだ甘いな。

ウツロイド「じぇるるっぷ……!」

ウツロイドは特殊攻撃に対しては打たれ強いんだ。反撃できるチャンスはいくらでもある。

ヨウ「ウツロイド、クリアスモッグだ!」

ウツロイド「じぇるるっぷ……!」バッ!

ウツロイドの全身から、不思議な色の煙が上がり、ピクシーを覆っていく。

ピクシー「ピッ!?」

リーリエ「そんな、ピクシーさんが!」

クリアスモッグで、ピッピのステータスは全てリセットした。無論、ちいさくなるも消えて大きさも元に戻る。

このまま押し切ってビーストブーストでウツロイドの能力を上げてもいいし、倒されたとしても、次のポケモンでピッピの体力を削り取れる。もうウツロイドは充分役割を果たしてくれた。

ヨウ「ウツロイド、ヘドロばくだん!」

ウツロイド「じぇるるっぷ……!」ドンッ!

ピクシー「ピーッ!!」バシャッ!

リーリエ「ピクシーさんっ!」

ヘドロばくだんが直撃して、ピクシーがリーリエのそばまで吹っ飛んで、そのまま倒れた。
ウツロイドが敵を倒したことで、赤いオーラを纏い、すばやさが上昇した。

これで先にリーリエのポケモンを2匹にする事ができた。更に言えば、ステルスロック+α、加えてウツロイドはビーストブーストですばやさが上がっている。相当有利な状態だ。

だからといって気を抜くわけにはいかない。次のポケモンの出方次第では戦況をひっくり返されかねないかもしれない。

バトルツリーで、勝ったと思ったら思わぬアクシデントで逆転されたという場面が嫌というほどあったからね。

リーリエ「ピクシーさん……ゆっくり休んで」シュンッ

ヨウさん……やっぱり強いです。作戦を見破ってやっとヨウさんに一矢報いたと思ったら、作戦を見抜かれたときの事もキチンと考えているなんて。

でもまだまだ、諦めるつもりはないですよ、ヨウさん。わたしにはもう一匹のポケモンさんと、ほしぐもちゃんがついています!

リーリエ「お願い! キュウコンさん!」ヒョイッ

キュウコン「コォーンッ!」ポンッ!

ザクザクッズグッ!

キュウコン「コンッ……!」ガクンッ!

リーリエ「キュウコンさん、大丈夫ですか?」

キュウコン「コーン……!」ググッ

ウツロイドさんが放ったステルスロックによって、キュウコンさんは少しダメージを受けてしまいました。だけどキュウコンさんはそれを堪えて、ウツロイドさんと対峙します。

キュウコン「コーン!」カッ!

ヨウ「天候が変わった……ひでりか!」

あられが止んで、目がくらむほどの日差しが場を照らし出しました。

ウツロイドさんはさっきのだいもんじを当てても、大きなダメージにはなっていなかったです。ということは、とくぼうが高いってコトですよね……。

なら、この技で……!

リーリエ「キュウコンさんっ、サイコショックです!」

キュウコン「コーンッ!」

ブゥゥン!
ドドドド!

ウツロイド「じぇるるっ……!?」

ヨウ「!」

キュウコンさんが放った不思議な念力が衝撃波となってウツロイドさんにダメージを与えました。

結果は……やっぱり、効果ばつぐんの大ダメージでした。ウツロイドさんは、とくぼうが高い代わりにぼうぎょはとっても低いようです!

リーリエ「このまま押し切りますっ! キュウコンさん、もう一度サイコショックです!」

ヨウ「ウツロイド、パワージェムで反撃しろ!」

キュウコン「コーン!」ブゥゥン

ウツロイド「じぇるるっぷ……!」キランッ!

キュウコンさんの念力と、ウツロイドさんのパワージェムが同時に飛び出して、それぞれの相手に向かって解き放ちました。

キュウコン「コンッ!」サッ!

ウツロイド「じぇるっ……!」ドドドッ!!

ですが、キュウコンさんはパワージェムが当たる直前で身を翻しつつ、サイコショックをウツロイドさんに当てることに成功しました!

ウツロイド「るるっ……ぷ」

そのままウツロイドさんは地面に倒れて、立ち上がらなくなりました。
これで、お互いのポケモンさんは2匹! ヨウさんに並びました!

ヨウ「……よくやったな、ウツロイド」シュンッ!

やはりそう上手くはいかないか。
それに、ひでり持ちのキュウコンとは中々いいポケモンを持っている。

だが、ウツロイドだってただやられたわけじゃない。
既に毒はキュウコンを蝕んでいるのに、リーリエは気付くことができるかな?

ガオガエンのあくタイプ技で押し切ってもいいが、ソルガレオのためにとっておきたい。だからここはお前の出番だ。

ヨウ「行けっ、シルヴァディ!」ヒョイッ

シルヴァディ「ドドギュウウーン!」ポンッ!

リーリエ「ヌルさんの進化系……。ヨウさんもゲットしていたのですね」

フィールドに、グラジオから譲り渡された金色の毛並みを持つシルヴァディが現れる。
タイプ:ヌルから進化させるのは本当に苦労したが……その苦労に見合った活躍をしてくれる、大事なパートナーだ。

ヨウ「シルヴァディ、ARシステム起動だ!」

シルヴァディ「!」

僕はメモリの入ったケースを取り出すと、その中から青いメモリを手に挟んで、シルヴァディの頭部に向かって投擲した。

リーリエ「キュウコンさん、だいもんじですっ!」

シルヴァディの頭部にメモリが装着されると、体毛の色が青色に変わっていく。

すかさずリーリエがだいもんじを放ってきたが、もう遅い。既にシルヴァディのタイプはノーマルからみずに変わっている。

ヨウ「キュウコンにマルチアタック!」

シルヴァディ「グォォン!」グワッ!

ザクッ!

キュウコン「コーン!」

だいもんじに当たっても、それをものともせず突き破りながら、シルヴァディはみずタイプの力が宿った爪でキュウコンを切り裂いた。

キュウコン「コーン……!」ゼェゼェ

仕込んである『罠』も相まって、あっという間にキュウコンの体力は風前の灯になっている。あと一回マルチアタックで攻撃すればすぐにでも倒れるだろう。

もちろん、リーリエだってみずタイプの対策はしているだろうが。

ヨウさんが繰り出してきたのは、にいさまが連れていた相棒のヌルさんの進化系、シルヴァディさんでした。

ビーストさんを倒すために作られた人工のポケモンさんで、力を制御するために被せられた重いカブトを外した姿です。

シンオウ地方に伝わる、宇宙を創造したポケモンさんをモデルにしていて、さっきのように各タイプのデータが入ったメモリを装着することで、変幻自在にタイプを変える特性を持っています。

にいさまからヨウさんに三匹いたうちの一匹を託したと聞かされていましたが……。

キュウコン「コーン……」ゼェッゼェッ

リーリエ「どうした……の?」

わたしはキュウコンさんの様子に、違和感を抱きました。

確かに、ステルスロックとみずタイプのマルチアタックで大きく体力を削られましたが、それでももう少し元気なはず。

今のキュウコンさんの体力は、瀕死になる手前と言っていい状態でした。

その様子はさっきの攻撃による傷よりも、病気などで弱っていた印象を受けました。

……病気? まさか!

わたしは地面の雪へと目を向けました。
そこで気づきました。

銀色に輝く雪の絨毯の中に、黒い不純物が混じっていたのです。

リーリエ「どくびし……?」

ヨウ「……」

わたしが口にすると、ヨウさんは「やっと気付いたか」というふうに無表情のまま肩をすくめました。

リーリエ「そんな、でも、いつ……?」

ふと、わたしの頭の中でヨウさんがウツロイドさんに指示を送る場面が蘇ってきました。

ヨウ『ウツロイド、ステルスロック!』

あの時、ヨウさんの指示に従うだけでなく、ウツロイドさんは自分自身の判断でどくびしをステルスロックに混ぜて雪の中に仕込んだのです。

そしてそのどくびしを、キュウコンさんは踏んでどく状態になったのです。

信じられません。ポケモンさんが、トレーナーの指示を受けずとも勝手に判断して試合を自分たちの有利に運んでいくなんて。

ヨウ「シルヴァディ、マルチアタックだ!」

シルヴァディ「オオンッ!」

リーリエ「――ッ、キュウコンさん、ソーラービームです!」

キュウコン「コォォーン!」カッ!

キュウコンさんは力を振り絞って、太陽から光を浴びて緑に輝く光線を発射しました。ひでりの状態なら、ソーラービームのエネルギーはすぐに溜まります。

そしてシルヴァディさんはみずタイプです。ソーラービームを受ければ、ひとたまりもありません!

シルヴァディ「!」

ドォォォン!!

爆発が周囲に広がり、煙がもうもうと立ち込めました。

一瞬ですが、シルヴァディさんにソーラービームが直撃したのが見えました。倒れなくても、これで大ダメージは与えられたはずです。

ですが、わたしの予想は、すぐに裏切られる結果になりました。

シルヴァディ「……」

リーリエ「……!」

確かにキュウコンさんのソーラービームでシルヴァディさんにダメージを与えました。

ですが、シルヴァディさんは、ソーラービームに直撃してもなお、大きなダメージを負った様子もなく、平然と立っていました。

どうして? 確かにシルヴァディさんはソーラービームに当たったはずなのに。

ギリギリ、間に合ったな。
いくらシルヴァディでも、高火力の技で弱点を突かれたらひとたまりもない。

僕は手に持っているウォーターメモリをメモリ入れに仕舞いながら、心の中で安堵した。

ソーラービームが放たれた直後、シルヴァディは身の危険を察知して自らウォーターメモリを外し、僕に投げ渡したんだ。

すかさず僕はほのおタイプのメモリであるファイヤーメモリをシルヴァディに投げて装着させた。
そしてなんとか当たる直前に読み込みが終わり、タイプが変更されてソーラービームに耐えることができた。正直、冷や汗ものだけどね。

これはトレーナーとシルヴァディ自身の判断力と信頼関係が築かれていなければ出来ない僕だけの技術。まさかそれをグラジオの妹であるリーリエとのバトルでやるとは思わなかったな。

案の定、リーリエはソーラービームをキュウコンに覚えさせていた。

自分の弱点であるみずタイプの対策でソーラービームを覚えさせ、更にひでりでソーラービームのチャージ時間を縮める……。お手本のようなキュウコンの運用の仕方だ。

だが、それで僕の夢を潰せると思うなよ。

このままメモリを変えず、ほのおタイプのままで攻める。攻撃を躱されて反撃でソーラービームを喰らうリスクを防ぐ意味もあるが、次の相手の事もあるしね。ひでりのアドバンテージは、こっちも使わせてもらうぞ。

ヨウ「シルヴァディ、つるぎのまい!」

シルヴァディ「オオオン!」

シルヴァディが舞を踊って自身を鼓舞させ、攻撃力を上げる。もちろんリーリエはその隙を見逃さない。

リーリエ「キュウコンさん、サイコショックです!」

キュウコン「コーン!」カッ!

シルヴァディ「グォォッ!」ビビビッ!

ヨウ「怯むな、大した攻撃じゃない! かみくだくだ!」

僕の激を受けて、シルヴァディは地面の雪を蹴ってキュウコンに突進すると、喉笛めがけて食らいついた。

シルヴァディ「ガウウッ!」

ガ ブ ッ !

キュウコン「……!」ガハッ

かみくだくを受けて、一瞬のうちにキュウコンは意識を失ってその場に倒れた。うまく急所に当たってくれたようだ。

リーリエ「キュウコンさん……!」ダッ!

心配そうに駆け寄るリーリエに、僕はあくまで冷酷に徹して声をかける。

ヨウ「さあ、出しなよ。最後のポケモンを……!」

これが勝負の世界に生き、夢に殉じる男の姿だよ。リーリエ。
今の君は、僕がどんな人間に見える?

ヨウ「……」

ヨウさんは、槍で貫くかのように、鋭い視線をわたしに送っています。
こんなふうにヨウさんに睨まれるのは初めてでした。

ヨウさんは……本気でわたしを倒そうとしています。

わたしを拒絶しているみたいで悲しくもあり、わたしがトレーナーになったことを認められたみたいで、嬉しくもありました。

わたしはキュウコンさんを戻して、最後のポケモン……ほしぐもちゃんの入ったマスターボールを手に取りました。

リーリエ「ヨウさん……」

強くて、優しくて、なんでも知っていて……。

困っていると、すぐに助けてくれて……。

いつもわたしのことを想っていてくれて、誰よりもわたしのことを愛してくれた。

空っぽだったわたしの心を埋めてくれた。

わたしにとって世界で一番大切な人。

そんな人が今、自分の夢のためにわたしを倒して、また一人で遠くに行こうとしている。

ほしぐもちゃん……お願い、わたしに力を貸して。

わたしに、大切な人と約束を果たすために、未来をつかむために、力を。

リーリエ「ヨウさん……」スッ

わたしはマスターボールを構えると、ヨウさんを見据えて宣言するように言い放ちました。

リーリエ「わたし、ゼンリョクで戦って、必ず勝ちます! あなたといっしょにいるために!」

リーリエ「あなたとわたしとほしぐもちゃんで、未来を掴む為に!」

愛する人と供に。
それがわたしとほしぐもちゃんの望みなのだから。

リーリエ「ほしぐもちゃん、お願いっ!」ヒョイッ

ソルガレオ「ラリオーナッ!」ポンッ!

ほしぐもちゃんも、わたしの想いに呼応するようにボールから飛び出して咆哮を上げました。

今日はここまで。
次回の更新は明日の夜。お楽しみに!

ついに出てきたか……。

ソルガレオ「ラリオーナ!」

ソルガレオ……ガオガエンに次ぐ僕の相棒だったポケモン。
そして、僕とリーリエが作り上げた、アローラの思い出の象徴。

ソルガレオをアローラに置いてきたあの日から、いつかこんな日が来るだろうと覚悟はしていた。

ソルガレオはまるで僕に「戻ってこい」と訴えかけるように青い瞳で僕を見ていた。リーリエと同じように。

リーリエに味方するのも当然だ。彼は進化前のコスモッグの時からリーリエと居たし、島巡りでもずっとついてきていた。

そしてなにより、ソルガレオは僕とリーリエが一緒にいた時間がとても好きだったのだから。
また僕とリーリエが一緒にいられるのなら、彼はリーリエに協力を惜しまないだろう。

だが、僕だってかつての手持ちだろうと、思い出の象徴だろうと容赦するつもりはない。
自分が切り札として育てていたポケモンだ。弱点だって知り尽くしている。

ソルガレオははがね・エスパー。ステルスロックのダメージは受けるものの、どくびしでどく状態にはならない。

ヨウ「シルヴァディ! ソルガレオにマルチアタックだ!」

リーリエ「ほしぐもちゃん! じしんですっ!」

シルヴァディ「グオオオッ!」グワッ!

ソルガレオ「ラリオーナ!」カッ!

ズズンッ!!

シルヴァディの爪がソルガレオを裂くより早く、ソルガレオが衝撃波を地面に走らせて、じしんを引き起こした。

シルヴァディ「オオオッ!?」フラッ

振動がシルヴァディを襲い、体勢を崩す。
それだけじゃない。ほのおタイプのシルヴァディにじしんは大きなダメージだ。

もちろん、じしんを繰り出してくるのは想定内だ。
そろそろキュウコン戦でのダメージも響いてくる頃だ。
ひざしも弱くなったし、そろそろ頃合いか。

シルヴァディ「……」コクン

ヨウ「……」コクン

シルヴァディは僕を見ると、準備は出来ていると言うふうに頷いて、ファイヤーメモリを僕に投げ返した。

僕はメモリを入れ替えることはせず、ノーマルタイプのまま、シルヴァディに指示を送った。

ヨウ「シルヴァディ、かみくだくだ!」

シルヴァディ「グァァ!」ダッ!

リーリエ「ほしぐもちゃん! しねんのずつきです!」

ソルガレオ「ラリオーナ!」ダッ!

シルヴァディさんが牙を剥き出しに突進し、ほしぐもちゃんは頭に意識を集中させて、シルヴァディさんを迎え撃ちます。

でもわたしは腑に落ちないことがありました。

どうしてヨウさんはシルヴァディさんのタイプをあくタイプにしなかったのでしょうか。
あくタイプのメモリに変えれば、ほしぐもちゃんのエスパータイプの攻撃を無効化できるだけでなく、かみくだくもタイプが一致して威力が上がるのに。

その疑問は、思いがけない形で解けることになりました。

シルヴァディ「グォォッ!!」

ガブッ

ソルガレオ「ガッ……!」

シルヴァディさんは自分よりも体格が大きいほしぐもちゃんに、ひるまず食らいつきました。

しねんのずつきも直撃したのですが、シルヴァディさんは諦めることなく、必死にほしぐもちゃんに食らいついて離れませんでした。

ソルガレオ「ラリォォォ!」ブンブンッ!

シルヴァディ「――ッ!」

ほしぐもちゃんが必死にシルヴァディさんを振りほどこうとする中、ヨウさんは冷静にその光景を見守りながら、命令を下しました。

ヨウ「シルヴァディ」





ヨウ「だいばくはつだ」



シルヴァディ「!」カッ!

ドッゴォォォォン!!!!

リーリエ「ひゃっ……!」

ヨウ「……」

一瞬、シルヴァディさんの全身が銀色に輝いたかと思うと、耳をつんざくような轟音と全身が引きちぎれそうな爆風がわたしたちを襲いました。

ゴゴゴゴ

ソルガレオ「ラ……リオ……ッ!」グググッ

シルヴァディ「グ……!」

リーリエ「そ……んな」

信じられない。どうして?

わたしはヨウさんがシルヴァディさんに送った指示にショックを隠せませんでした。

だいばくはつ……。ポケモンさんの体力全てと引き換えに、圧倒的な威力の爆発を引き起こす技。

ゴローニャさんやマルマインさなど、もともと爆発する性質を持っているポケモンさんを除けば、ポケモンさんにだいばくはつを指示させることは、トレーナーの……いいえ、人の倫理に反しています。

ポケモンさんの命を軽んじているのと同じことなのですから。

半年前のヨウさんなら、絶対にしないはずです。

ましてやシルヴァディさんは、トレーナーさんを友と認めることで自ら兜を壊して力を解放するポケモンさん。だいばくはつさせることは、その信頼を裏切ることになります。

さすがのほしぐもちゃんも、シルヴァディさんの大爆発を間近で受けたせいか、かろうじて立ち上がれる程に弱ってました。

それ以上にわたしは、ヨウさんがこんな冷酷な命令を、シルヴァディさんに下した事実が信じられませんでした。

やっぱり……やっぱりダメです。

このまま、ヨウさんを行かせちゃダメです!

よく頑張ったな、シルヴァディ、後は僕たちに任せてゆっくり休んでほしい。
僕は心の中で労いながら、シルヴァディをボールに戻した。

リーリエは信じられないと言った感じで僕を見ているが……ああ、これが普通の反応だ。

マルマインでもない限り、普通ポケモンにだいばくはつを指示するトレーナーは批判されて然るべきだからね。

だけど、それはあくまで一般論だ。

トレーナーの世界では、だいばくはつで退場する事もひとつの戦術だ。バトルツリーでも、追い詰められたベロベルトやメタグロスがだいばくはつで敵を道連れにする場面を何度も見かけた。

シルヴァディも元々ビーストキラーとしての能力に加えて、ノーマルタイプであることから、どのポケモンにも負けない高威力のだいばくはつを繰り出すことができる。
その証拠に、ソルガレオの体力はあっという間に半分を切っているようだ。

シルヴァディは、僕の指示でだいばくはつすることに一切の躊躇いはなかった。

必ず僕が勝ってくれると信じて、我が身を犠牲にしているからだ。

だから僕もまた、シルヴァディの信頼に報いるように努めた。事実、シルヴァディにだいばくはつをさせた勝負は、一度として負けたことはない。

最初はともかく、今はだいばくはつというポケモンの命を軽く見る技を使っても、僕とシルヴァディの信頼関係が崩れるようなことはなかった。
……グラジオとは、結構この事でもめたけどね。彼を納得させるために、何回も彼との試合を重ねたっけ。

だから、リーリエとの勝負でも僕は負けるわけにはいかない。
役割を遂行して倒れたウツロイドと、だいばくはつして散ったシルヴァディのためにも。

そして僕は彼らの期待を双肩に担いでいる最後のポケモンが入ったボールを取り出した。
この中に入っているのは、僕がトレーナーとして初めてゲットし――今まで連れ添ってきた相棒とも言うべきポケモンがいる。

ヨウ「行けっ、ガオガエンッ!」ヒョイッ

ガオガエン「ガォォオオッ!」ポンッ!

ボールから飛び出し、ゆっくりと立ち上がったのはヒールポケモンのガオガエン。島巡りを始める際、ハラさんから貰ったニャビーの最終進化系だ。

今まで島巡りでゲットしたポケモンのほとんどは、新しい世代のポケモンたちにスタメンの座を譲り渡し、ポケリゾートのわいわいリゾートでレベルの低いポケモンたちのコーチになっていった。

だが、ガオガエンだけはどうにもそうさせることができず、バトルツリーの時も防衛戦の時も手持ちに入れていた。

ずいぶん情が移ったと最初は思ったけれども、言い換えればガオガエンの全てを知り尽くしている。
一目見てどんな調子か、どんな技を使うかも分かるし、お互いの信頼も高い。言い方は悪いが、使い慣れているポケモンだ。

ヨウ「相手はソルガレオだ。手負いとは言え、気を抜くなよ」

ガオガエン「ガオオオッ!」

ガオガエンはかつての同僚であっても容赦しないというふうに雄叫びをあげた。やる気は充分のようだ。

はっきり言えば、リーリエの負けは確定していると言っていい。

ガオガエンはほのお・あくタイプ。タイプだけでなく、技のレパートリーにおいてもソルガレオの天敵とも言うべき存在だ。更に言えば、ソルガレオはシルヴァディのだいばくはつで、深手を負っている。

後は大技を出せば、全てが終わる。

僕の迷いも断ち切られる。

僕とリーリエとの約束もなかったことになる。

僕とリーリエの……アローラの思い出が……。

『助けて……ください……ほしぐもちゃんを!』

『オニスズメさんに襲われ……でも……わたし、怖くて……足がすくんじゃって……』

ヨウ「……っあ」

ヨウ「ガオガエン……おにびだ」

ガオガエン「ガオ……?」

ガオガエンは一瞬、僕の命令に戸惑いを見せていた。しかし、すぐに両手に火の玉を出現させると、ソルガレオに向けて投げつけた。

今のは……?

『光りかがやく石……なんだか暖かい感じです』

『このコのこと……誰にも言わないで……ください。秘密で……秘密でお願いします』

ヨウ「……!」

ソルガレオ「!」

リーリエ「ほしぐもちゃん、避けて!」

わたしの声に合わせて、ほしぐもちゃんは傷ついた身体に鞭打つように身を翻しておにびを避けることができました。

だけど、同時にヨウさんの指示に違和感を抱きました。

ガオガエンさんは、ヨウさんが島巡りする際に、ハラさんから頂いた最初のポケモンさんです。彼のことを、ヨウさんはとっても大事にしていて、殿堂入り後の防衛戦でも、手持ちの中にガオガエンさんがいない時が見たことないほどです。

だから、近くでヨウさんの戦いを見ていた素人のわたしでも、ガオガエンさんの強さはよくわかっているつもりでした。

もしもZワザや得意技であるDDラリアットを繰り出してくれば、ほしぐもちゃんは倒れていたでしょう。わたしも、負けるかもしれない不安がよぎる程でした。

ですが、それにも関わらずヨウさんはやけど状態にするおにびを指示したのです。

確かにほしぐもちゃんは物理攻撃が多い子ですから、やけど状態になれば、ますます勝ち目は無くなります。ですが、それをするくらいなら、先に攻撃技を繰り出せば、勝てるはずなのに……。

リーリエ「ヨウさん……?」

ヨウ「……!」

わたしが声をかけると、ヨウさんはさっきの無機質な目つきとは打って変わって、困惑してなにかを迷っている顔になっていました。

まるで見えないものに戸惑っていて、身体を震わせて弱々しく虚空を見つめていて……。

ヨウさんは……自分自身に抗っているのでしょうか。

心の中で、わたしとの約束を守ろうとする自分と、夢を追おうとする自分が戦っているのですか?

……ひょっとしたら、ヨウさんを、取り戻せるかもしれない。

希望が、見えてきました。

リーリエ「……!」ギュッ

わたしは、ヨウさんの帽子を被って、頭を冷静にしながら指示を送りました。

リーリエ「ほしぐもちゃん! じしんですっ!」

ソルガレオ「ラリオーナ!」カッ!

ズズンッ!!

ガオガエン「ガオッ!?」

シルヴァディさんにしたように、ほしぐもちゃんは衝撃波を放って、地震を引き起こしました。
じしんの衝撃で、ガオガエンさんは大きなダメージを受けてよろめきました。

まだまだ、ここから一気に畳み掛けます!

リーリエ「ほしぐもちゃん! ストーンエッジです!」

ソルガレオ「ラリオ!」

ドドドッ!

ガオガエン「グッ……ガアッ!」ザザクザクッ!

次々と尖った岩がガオガエンさんを襲い、身体中を切り裂いていきます。幸運にも、急所に当たって、ガオガエンさんは息を切らしつつあります!

リーリエ「ほしぐもちゃん!」

ソルガレオ「ラリオ!」

ほしぐもちゃんも、ヨウさんの心の変化に気付いているようです。

これなら……!

この調子で、わたしとほしぐもちゃんの思いを届けることが出来れば……!

なにをやっているんだ、僕は!

ソルガレオを倒すチャンスはいくらでもあるのに!

DDラリアット、フレアドライブ、じしん、Zワザ……いくらでもソルガレオにとどめを刺せる手段はあるじゃないか!

なのに……なんで僕はあんなミスを……!

リーリエ「ほしぐもちゃん! きあいだまです!」

ソルガレオ「ラリオォォ!」キィィン!

まずい! あれを喰らえばガオガエンでもタダでは済まない!

ヨウ「ガオガエン、かわしてDD……」

『マリエで買ったままの服……似合いますか?』

ヨウ「――ッ!」

まただ……リーリエの思い出が、僕の目の前に映し出される。

ドンッ!

ガオガエン「ガッ……!」ザザザッ!

そのせいで、ガオガエンへの指示が遅れてしまった。
あっという間に、ガオガエンの体力がソルガレオと同等……いや、それ以下にまで落ちてしまった。

ガオガエン「……」

ガオガエンが、僕へ顔を向けた。

僕にとってガオガエンは、トレーナーとしての僕の半身とも言える存在だ。だから、僕はガオガエンの癖や性格も全て知っているし、ガオガエンも僕がどんな人間なのか理解している。

ガオガエンは、一向に指示を出さない僕の身を案じていた。
自分自身ではごまかしていたのかもしれないけれど、ガオガエンはお見通しだったんだ。

僕の心が、夢を放棄してリーリエとの約束を守る方へ傾きかけていることに。

ガオガエン「ガオォ……」

ヨウ「すまない……ガオガエン」

頭痛がする。
頭の中がリーリエの事でいっぱいになろうとしている。

彼女の笑顔しか考えられなくなってきている。

やめろ、僕は、ポケモンマスターにならなくちゃ……。

リーリエ「ヨウさん!」

リーリエが僕を呼んだ。

リーリエは目から透明な雫をこぼしながら、むき出しになった僕の心に向かって呼びかけていた。

エーテルパラダイスのあの夜、リーリエはコスモッグの姿が変わり、母親が自分勝手な都合でウルトラスペースへ消えた時、彼女は僕に涙を見せていた。

だけど今度は、僕が彼女に涙を流させていた。

僕の夢のせいで、僕が一番見たくないものを見せつけられている。

リーリエ「わたしっ、ヨウさんが自分の夢で苦しむ姿なんて、もう見たくないですっ!!」

リーリエ「お願いヨウさん! 気付いて! あなたには、あなたの夢を支える大切な人がいます!」

リーリエ「わたし、ヨウさんの夢を叶えるためならなんでもします! わたしは、ヨウさんの支えになりたいんです!」

リーリエ「もう迷わなくていいんです。ヨウさん、わたしとほしぐもちゃんとあなたで、一緒にどこまでも行きましょう……!」

ヨウ「オレ……は」

リーリエは涙を拭くと、真摯な眼差しを僕に向けた。

リーリエ「今、目を覚まさせます!」

ほしぐもちゃん、とリーリエはソルガレオに呼びかけると、その想いに応えるようにソルガレオの身体が白く輝きだし、額に第三の目が浮かんだ。

ソルガレオが真の力を解放した姿……ライジングフェーズ。敢えてあの技で、リーリエは僕との決着をつけるつもりか。

ソルガレオ「ラリオーーナッ!」

地面を蹴って、ソルガレオがフィールドの遥か上空へ飛び跳ねた。
そして、ソルガレオ自身がひとつの太陽になったかのように炎を纏うと、隕石が落ちてくる勢いでガオガエンに向けて疾走してくる。

ヨウ「……」

ソルガレオが落ちてくる姿がスローモーになり、代わりに僕とリーリエの思い出が、次々と走馬灯のように浮かんでは消えていった。

『ククイ博士のお知り合いなのですね。よろしくお願いします』

『ポケモンさんが戦うのは傷ついたりするので苦手ですが、わたし……きちんと見ます』

『ヨウさんのまねをしてみました。あなた……キズついてばかりだったでしょ』

『あっ、いえ……たまたまポケモンセンターに入るヨウさんを見かけて……もし、時間がおありでしたら、是非また、ポケモンさんについて、お話を聞かせて欲しいのです』

『わたし……ヨウさんのように、どんな試練にも立ち向かえるようになりたいのです! ですからわたし、気合いれてみました! はい、全力の姿です!』

『わたしは……トレーナーになって……ヨウさんと旅したいな……』

『わたし……色々ありましたが、アローラに来てよかったです! ヨウさんと出会えて、ううん……いっしょに旅もできて本当によかったです!』

『ヨウさん……私の気持ち……聞いていただけますか?』

『ヨウさんって……とってもあったかいです。このままずうっと、こうしていたいな……』

『わたし、ヨウさんがいてくれたから、頑張れるんです』

『ヨウさん……。会えた……やっと、会えました……』

『もう離しません! ゼッタイゼッタイに離しません! ヨウさんがわたしと一緒にいるって言うまで、わたし、ヨウさんから離れませんからっ!!』

リーリエ、僕は……。

『ヨウさん、お互いの宝物が戻ってきたら……その時は、その……』

『その時は、ずっとそばにいてもいいですか……? 今度こそ、ふたりで遠いところを旅したいです』

『約束ですよ? ゼッタイ破らないでくださいね?』

『わたしっ、ヨウさんが自分の夢で苦しむ姿なんて、もう見たくないですっ!!』

『お願いヨウさん! 気付いて! あなたには、あなたの夢を支える大切な人がいます!』

『わたし、ヨウさんの夢を叶えるためならなんでもします! わたしっ、ヨウさんの支えになりたいんです!』

『もう迷わなくていいんです。ヨウさん、わたしとほしぐもちゃんとあなたで、一緒にどこまでも行きましょう……!』




『あなたが背負っているもの、少しでもいいから、わたしにください……』



ヨウ「……!」ギリッ!

リーリエ「届いてっ……!」

ソルガレオ「ラリオーーーーーナッ!!」

ゴォォォォォッ!!

ソルガレオが、目前まで迫ってくる。
ただ一言、ある技を命令すれば防ぐことが出来る。だけど、僕の心が、心の中にいるリーリエが声を喉の奥へ通しやって、指示をためらわせる。

夢か、約束か。

リーリエ「ヨウさんっ!」

ガオガエン「……!」

僕は……オレは……っ!!


決断の章 ~完~

エピローグ


数日後――
クチバシティの港にて。

オーキド博士「ポリゴンとも異なる人工のポケモン……。更に言えばタイプも入れ替えることができるとは、久しぶりに研究者としての血が騒いでしまったわい」

オーキド博士「今度はわしの方からアローラを訪ねたいものじゃ。アローラ地方を守護するカプ神や異次元に住むというウルトラビーストを、観察してみたいしのう」

オーキド博士「それに、孫の顔とレッドくんもどれほど成長したか見ておかねばなぁ」

グラジオ「母上やククイ博士もきっと喜ぶだろう。是非ともアローラに来て欲しい」

オーキド博士「うむ、腕の方も大事にの」

グラジオ「あぁ……あなぬけのひもを持っていたのが幸運だった。あの時は死を覚悟したが……生き延びようと思えば出来るもんなんだな。右腕を骨折しただけで済んで良かったというべきか……」

グラジオ「それじゃあそろそろ行く。博士も、お元気で」

オーキド博士「それと、リーリエくんにも……」

グラジオ「……あぁ」

グラジオは博士に一礼すると、荷物の入ったトランクを引いて船着場へと向かった。
これからアローラへ向かう船の船着場の施設の中に、彼女はいた。

グラジオ「リーリエ、そろそろ船が出発する。行こう」

リーリエ「……」

グラジオがトランクを置いて、左手でリーリエの右手を取ると、無言のまま、リーリエは立ち上がった。

グラジオ「さぁ、アローラへ帰るぞ。母上たちが待っている」

リーリエ「……」

グラジオの後をついていくように、リーリエはアローラへと向かう大型船へと乗り込んだ。

グラジオは自室に自分の荷物とリーリエの荷物を置くと、彼女を甲板へと連れて行って、海のよく見えるチェアへと座らせた。

グラジオ「……一度、海でも眺めて、気持ちを落ち着かせな。そんな顔じゃ、帰ってもハウたちが悲しむだけだ」

リーリエ「……」

グラジオがいなくなって、周りでは、他のお客さんがポケモン勝負に興じたり、海を眺めている。

リーリエ「……」

もうリーリエはしゃべらない。笑わない。視線はうつろで、綺麗に輝いていた翠色の瞳はガラス玉のようになっていた。

リーリエの心は、船が進むたび上げる水しぶきよりも粉々に砕け散って、そこらじゅうに転がっていた。

リーリエ「……」


……ヨウさん

リーリエ『ヨウさんっ!』

ほしぐもちゃんがガオガエンさんにぶつかった瞬間、シルヴァディさんがだいばくはつをした時以上に、大きなエネルギーと衝撃波がわたしたちを襲いました。被っていたヨウさんの帽子が、勢いで飛ばされてしまうほどでした。

あまりの眩さに、わたしはつい、目を逸らしていました。

次第に光が空中に溶け込むように消えていき、そこでやっとわたしはほしぐもちゃんたちの様子を伺うことができました。

もうもうと立ち込める煙。わたしはヨウさんに、自分の想いが届いたことを確信していました。

リーリエ『勝った……っ!』

ヨウさんに勝った。ほしぐもちゃんのメテオドライブは、間違いなくガオガエンさんに当たりました。

これでヨウさんとの約束を果たせる。あの人と一緒にいられる。

だけどその希望は、儚く打ち砕かれたのです。

ガオガエン『ガオオ……!』

ソルガレオ『ラリオッ……!?』

ほしぐもちゃんのメテオドライブは、ガオガエンさんの張っていた青いバリアに阻まれていました。

あの技は、「まもる」。Zワザでもない限り、どんな攻撃も短時間防げる技です。

ヨウ『……!』ギロッ

リーリエ『そん、な……』

わたしの想いは、ほしぐもちゃんの想いは、ヨウさんに届かなかった。
ヨウさんは、鋭い目つきに戻って、わたしたちを睥睨していたのです。

そして、ヨウさんはZリングを掲げ始めました。

リーリエ『ヨウさん……いや……目を覚まして……』フルフル

だけど、ヨウさんはわたしの想いも言葉を無視してZポーズを取ると、体力の切れかかっていたガオガエンさんに、Zパワーが宿りました。

ヨウ『ガオガエン……ハイパーダーククラッシャーだ』

ガオガエン『ガオォォォォッ!!』ダッ!

闇と炎をまといながら、ほしぐもちゃんに向けてガオガエンさんは飛びかかりました。

リーリエ『ヨウ……さん……』

ソルガレオ『ラリオ……』

い……や……。

消えていく。

アローラの思い出が。

ヨウさんと交わした約束が。

わたしの夢が。

ヨウさんと紡ぐはずの未来が。



わたしは、目の前が真っ白になりました。


気が付けば、わたしは瀕死になったほしぐもちゃんのそばで、膝をついて呆然としていました。

ヨウさんはガオガエンをボールに戻すと、わたしに目を合わせました。

ヨウさんの黒い目は、寂しげに物語っていました。

――さよならだ、リーリエ

と……。

リーリエ「……」

ヨウさんに全部奪われました。

ヨウさんとわたしが結んだ約束も。

あの人に足りない全てになりたいという夢も。

わたしの、生きる理由も。

冷たい……寒い……苦しい……。

わたしの心から、太陽すら消えていました。身体の芯から凍りついて、もう死体と変わりません。

どうして……? ヨウさんはわたしのこと、愛していたはずなのに、どうしてこんな酷い事が出来るのですか?

いっそ憎めればよかった……。
憎むことが出来れば、この身体だけでも、動かせたかもしれないのに。

ううん……あの人を憎むなんて、わたしには出来ない。
だって、あの人はわたしの全てだったから。本当に憎むのは、ヨウさんを止められなかったわたし自身です。

冷たい……寒い……苦しい……。

ヨウさん……ヨウさん……わたしを温めて。

助けて……ヨウさん。





もうわたしは……頑張れません……。




リーリエがいなくなったシロガネ山の山頂で、僕はバトルフィールドに上がる階段で、途方にくれていた。

ロトム図鑑「ヨウ……大丈夫ロト?」

ヨウ「……大丈夫」

切れた唇からにじみ出る血を拭き取りながら、僕は何度も悔やんでいた。

ああ、なんてことをしたんだろう。

僕は自分で何をしたのか、よくわかっているつもりだ。
僕はこの手で、リーリエを、アローラでの思い出を、全て断ち切ってしまった。

リーリエは間違いなく、大切な人だった。
初めて、僕の触れられたくない領域に入ってきて、心を許した人。

本気で愛していた人。

僕は……どうすればよかったんだ?

オレはただ、自分の事をしただけなのに。あの時、リーリエがカントーに旅立ったように、外の世界へ一歩踏み出しただけなのに。あいつのように、なりたかった。

自分の身勝手な夢にリーリエとソルガレオを巻き込ませたくなかった。

それだけだったはずなのに。

リーリエ『ヨウさんっ!』

ソルガレオが、ガオガエンに迫る。ここで指示を出さないと、ガオガエンは倒れてしまうだろう。

だけど僕は、それでも構わないと思った。

彼女が望むのなら、それでいいじゃないか。

僕はリーリエと一緒に居られるだけで、満足できるんだ。

本当になれるかもわからないポケモンマスターを目指すより、僕のそばにいるリーリエとずっといられる方が、幸せな人生を送れる。

それでいい。

ガオガエン「……」

僕がそう望もうとしたとき、ガオガエンがこちらを向いて、目を合わせてきた。

ヨウ「……!」

その時、僕はガオガエン越しに、たくさんの顔が見えた。

トレーナーが強くなるため、そしてより強いポケモンのために、犠牲になったポケモンたちの顔が見えた。

夢を諦めた全てのトレーナーたちの顔が見えた。

僕が夢を叶えることに期待する、全ての人とポケモンの顔が見えた。

両親の顔が、ハウの顔が、グラジオの顔が、しまキングたちの顔が、キャプテンたちの顔が、ウツロイドの顔が、シルヴァディの顔が見えた。

その中にはもちろん、リーリエと僕自身の顔も混じっていた。

ガオガエン「……」

ガオガエンはなにも言わなかった。
ただ、彼の青い瞳が全てを物語っていた。

ウツロイドが成し遂げた役割を、シルヴァディの犠牲を無駄にする気なのか。

お前の夢は、ここで終わっていいのか。

倒してきた奴らの想いが無駄になってもいいのか。

それでいいのなら、俺は何も言わない。

そうだ、僕は何のために戦ってきた?

僕はポケモンマスターになる。これまで僕に倒されていったトレーナーたちのためにも、勝利の糧になっていったポケモンたちのためにも。

ここでリーリエの約束に甘んじてしまえば、彼らの想いが全て無と消えてしまう。

僕のポケモンたちの信頼と犠牲が無意味なものになってしまう。

僕の生きる意味がなくなる。スカル団の人たちのように堕ちたくない。

終わるわけにはいかない。

僕は、諦めるわけにはいかないんだ!

ヨウ『ガオガエン、まもるだ』

ガオガエン『ガオッ!』

ガオガエンはソルガレオの攻撃を受けきると、そのまま流れるように、僕はZワザへ移った。

もうためらわない。

ガオガエン『ガオオォォォォッ!!』

ソルガレオ『――!』

ガオガエンがZワザを決め、ソルガレオを全身全霊で押しつぶしていく。

リーリエ『ヨウ……さん』

ヨウ『……』

僕の行動に呆然としているリーリエに、僕は微かに笑いかけた。

……リーリエ、君だけだよ。
アローラでたくさんの仲間ができても、たくさんのトレーナーと戦っても、

僕に夢を忘れかけさせた人は。君だけだった。


今まで、ありがとう。

僕は勝った。

リーリエは魂が抜けたように、ソルガレオのそばで膝をついて呆然としていた。

最後に僕は彼女に――アローラに別れを告げるように、彼女をケーシィのテレポートで、麓のポケモンセンターに戻してあげた。

ただ、僕は然るべき報いを受けなければならなかった。兄のグラジオに、きちんとこの事を話さなければいけない。

グラジオは右腕の骨を折っていたものの、あなぬけのひもで脱出し、捜索隊に連れられてポケモンセンターで入院していた。

久しぶりの再会と、リーリエの様子の変化に驚いていたグラジオに、僕は包み隠さず全てを話した。

僕が話を進めているうちに、彼の表情はこれまでにないほど怒りで歪んでいき、話を負えないうちに、怪我をしているにも関わらず僕の胸ぐらを掴んで揺さぶってきた。

グラジオ『なんでそんなことをした!』

グラジオ『あいつはどれだけオマエのことを想っていたか分かってたはずだろ!』

グラジオ『リーリエは! オマエがいなければダメなんだ!』

グラジオ『それをオマエは……オマエは……! リーリエの想いをッ!』

ポケモンセンターのおねえさんがやってくるまで左腕で散々顔面を殴られ、挙句の果てに『二度とオレたちの前にそのツラを見せるな』と吐き捨てられ、リーリエを連れて病室の奥へ消えた。

僕は何も返せなかったし、抵抗も出来なかった。

グラジオの言うことが、全てだったから。

これが、僕自身の望んだ結末。

もうやり直しはできない。

僕は、リーリエと永遠にいる資格を失った。

これでよかったんだ。

でなければ僕は、リーリエに負けてガオガエンたちを裏切り、背負ったものに押しつぶされていた。

夢を諦めて、僕自身スカル団のしたっぱたちのようになっていただろう。例え、リーリエがいたとしても。

それに僕に執着して見境が無くなりつつあるリーリエはどうなる? 僕に依存することが、彼女のためになるのか?

僕といることが、彼女の幸せに繋がるのか?

いや……勝った今となってはいくらでも理由付けが出来る。

だが、僕は間違いなくこの手で、最愛の人とアローラでの思い出を全て踏み砕いてしまったんだ。

僕は自分のリュックから取り出した、リーリエが大事にしていたピッピ人形を手にとった。

彼女が子供の頃から大事に使われていたであろうそれは、ひどくくたびれていた。

今の僕がリーリエに出来るのはひとつだけ……彼女の約束と想いも、背負っていくことだ。このピッピ人形も、僕の部屋にある折戸の中のおもちゃたちの仲間入りをさせる。

僕は、負けるわけにはいかない。

リーリエの想いも一緒に。

ヨウ「行こうロトム。僕は……リーリエのぶんまで勝たなきゃいけないんだ」

ロトム図鑑「ケテ……」

僕はリーリエが残していった足跡を踏みながら、シロガネ山を降りるべく歩き出した。

ふと、僕はそばに何かが転がっていることに気付いた。

それは、かつてリーリエがカントーに行く際、僕が渡した、自分自身の帽子だった。

そういえば、ソルガレオが巻き返して来たとき、リーリエはこれを被っていた。

どんなふうにこの帽子を使っていたのかわからないけれども、リーリエなりに僕の帽子を大事にしていた。

だけど、もうその必要はない。
約束はもう、無くなってしまったのだから。

僕は雪を払って帽子を被ると、歩みを再開した。

この先に待っているのは、リーリエの思いを踏みにじった僕への更なる罰が待っているかも知れない。

だとしても、歩みを止めるわけにはいかない。

どんな絶望が僕を待っていたとしても、歩き続けることを止めれば、そこで僕は、本当の意味でリーリエの想いを裏切ることになるのだから。



ヨウ「夢か、約束か」

あとがき

これでこのSSはおしまいです。

最初はヨウVSリーリエを書いてみようと思い立って筆を取った次第だったのですが、気が付けばこんな内容になってました。
以前は明るい話を書いたので、今度は暗い話にしようと思っていた結果でしょうか。

次回はハチャメチャで明るい話でも書けたらなぁ、なんて考えています。
今回のSSでも、ダメな部分が見えてきましたし、それを活かしていきたいです。


ちなみに元ネタは某有名なファンタジー漫画の黄金時代編で、ヨウとリーリエの性格も主要人物の二人からある程度拝借しています。
平沢進の『幽霊船』あたり聞きながらもう一度読んでいくと、もっと楽しめる……かもしれません。


こんなSSを読んでくださり、ありがとうございました!
またどこかで新作をお見せ出来れば幸いです。

――アローラ地方
――ナッシー・アイランド

アローラ地方に帰ってきたわたしは、なにかに導かれるように気付けばこのナッシー・アイランドにいました。

あの横穴で、わたしはずっと遠くを見ているようで何も見ないまま、うずくまっていました。

わたしが帰ってくると、様子がおかしいことにみんなはすぐ分かって声をかけてくれました。

だけど、どんな言葉をかけてきたのか、もう覚えていません。

もう、誰の言葉も思いも全部すり抜けて消えてしまうからです。

ヨウさんに負けてからわたしの心に太陽が消えて、どれくらい経ったのでしょうか。

わたしの心はとうに凍りついて、砕け散っていました。

それでもなお、小さくなったわたしは、叫んでいました。

寒い……苦しい……ヨウさん、助けて。

ヨウさん……。

……雨が、降ってきました。

半年前……島巡りしていた頃、この穴の隣でわたしを勇気づけてくれたあの人は、もういません。

わたし……なんのために生きてきたのでしょうか?

わたしはヨウさんに足りない全てになりたかった。

ポケモンさんの弱点を補うために別のポケモンさんを手持ちに入れるような――そういう存在に。

あるいは、パズルのピースがあるべき場所に収まるように。二人で一つの人間になれるはずだったのに。

わたしの心も、身体も、考えてきたことも体験したことも、全部ヨウさんのモノになるはずだったのに。

なのにどうして? どうしてヨウさんはわたしを拒絶したの?

たくさんたくさん、わたし……頑張ってきたのに。

空っぽだったわたしの心を埋めてくれたのは、あなただけだったのに。

あの人はわたしの全てを奪って、抜け殻になったわたしを……。

――勝ってしまった僕に出来ることはただひとつ。夢が潰れてしまった人たちの思いも背負って、これからも勝ち続けるしかないんだ

――チャンピオンである僕は、その人たちの希望と夢を奪っているんだ

奪う……?

そうだったのですね。




これがヨウさんの愛なんですね。



ヨウさんはわたしのことが好きだから、わたしとほしぐもちゃんを傷付けて、わたしの大切なもの全部、奪ったんですね。

だって、奪われてなにもかもなくなっても、わたしはヨウさんのことばかり、こうして考えていたのですから……。

そしてあの人は、大勢の人やポケモンさんの想いや夢を背負いながら、自分の夢を追いかけているのだから。

わたしもその中のひとりになった、それだけです。

嬉しい……。ヨウさんの中で、わたしはまだ生きているのですね。

だから。

――失っちまったんなら、取り戻せばいいんじゃないか?




今度はわたしがあの人の夢を、大切なものを奪う番です。



ポケモンマスターになろうとするヨウさんの夢をわたしが全部奪って、あの人がこれまで見てきたこと、聞いてきたこと、嬉しいことも悲しいことも、みんなわたしが背負うのです。

そうすれば、今のわたしのように、なにも出来なくなったヨウさんはずっとわたしのそばにいてくれる。

だって、ヨウさんが叶えたかった夢を。わたしが代わりに叶えるのだから。

ヨウさんの苦しみを知っているのはわたしだけ。ヨウさんの悲しみを癒せるのはわたしだけ。だからヨウさんは、わたしにしか頼れる人がいないんです。

わたしが、あの人の全てになります。

憎まれてもいい。蔑んでくれても構わない。ヨウさんの心が、わたしで占めてくれれば、どんな感情をわたしに向けても構いません。

その夢を叶えるためには今よりももっともっと頑張らなきゃいけませんけれど、必ず叶えてみせます。

自分の力で立ち上がって洞窟の外を覗くと、晴れ渡った空の向こうに、虹が見えました。

それはかつてヨウさんと見た色鮮やかなものではなく、漆黒に染まった闇の虹が、わたしを導くように差し込んでいました。

わたしは自然と金髪のポニーテールを解いて、昔のようにロングヘアーに戻しました。ポニーテールにした時よりも、自分が生まれ変わった気分がして……わたしの心は空っぽのままだけど、とっても晴れやかです。

これからきっと、いいことが起きそう。……っていうか、起こさせます。

そして、黒い虹に向かって笑いかけました。

大好きです、ヨウさん……世界中の誰よりも。

あなたがこの世界にいてくれるから、わたしはこれからも頑張れるんです。

あなたと出会えて、よかった。

だから、あなたの夢も大切なものもみんな、奪わせていただきますね。


To Be Continued…

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年10月20日 (金) 18:55:18   ID: FHLmNXKy

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