【進撃の巨人×異世界食堂】エレン「異世界食堂? なんだよそれ?」 (96)

 ――その日、エレン・イェーガー、ミカサ・アッカーマン、アルミン・アルレルトら三名の調査兵達は、未だかつてない程の窮地に立たされていた。

 人類の大いなる進撃の一歩となる筈であった、第57回壁外調査。

 だが、その作戦は、女型の巨人の突然の襲来により、思わぬ妨害を強いられる事となる。

 女型の巨人に対し、エレン・イェーガーは巨人化の力を使い、これに応戦。

 しかし、女型の巨人の強さは巨人化したエレンの力を遥かに凌駕しており、一時はエレンも女型の巨人に連れ去られてしまう。

 が、【人類最強】と謳われるリヴァイ・アッカーマン及び、ミカサ・アッカーマンら両名の活躍によりこれを打破、見事エレン・イェーガーの救出に成功する。

 ……しかし、女型の巨人の残した爪痕は予想以上に深く、数多の兵と精鋭を犠牲にしたにも関わらず、調査兵団は撤退を余儀なくされた。

 だが、それで悲劇が終わった訳ではなかった……。

 撤退の最中出現した、奇行種を始めとした数十に及ぶ巨人の軍勢が撤退中の部隊に対し、奇襲を開始。

 この奇襲により、部隊は完全に分断され、エレン、ミカサ、アルミンの三名は広大な森の中で孤立してしまう。

 巨人との戦闘で消耗しきった彼等では、その数の暴力とも言える膨大な数の巨人に対抗しきれず、三人は……命懸けの敗走を続けていた。

 既に馬を失い、信煙弾も切れ、ミカサ・アルミン両名の立体起動装置もガス欠間近……そんな生存は絶望的と思われた状況で奇跡的に見つけた、一本の古木に空いた穴。……三人がそこに身を隠してから、今日で既に三日が経過していた。

 
 これは、そんな彼等の元に訪れた一つの物語。

 絶望と恐怖に立ち尽くした彼等に起きた、奇跡の物語である――。

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 二年前、訓練兵専用訓練所、食堂


エレン「異世界食堂? 何だよそれ?」

コニー「噂なんだけどよ、なんでも世界のどこかに異世界の料理屋に通じる扉があって、その店じゃ、いくら食っても食いきれない量の牛の肉とか、すげえ量の砂糖を使った料理を作ってくれるらしいんだってよ」

ジャン「はっ、コニー、お前バッカじゃねえの、そんな店あるわけねえだろ。仮にそんな店があったとしても、俺たちみてえな訓練兵の給料じゃ、牛の肉なんか一生かかっても食えやしねえよ」

ライナー「まったくだ、どこの誰が言ったんだか知らないが、馬鹿馬鹿しいにも程があるな」

マルコ「ははは、でも、夢のある話だと僕は思うけど」

サシャ「食べきれない量の牛のお肉……いいですねぇ……そんな夢の様なお店……一度でいいから行ってみたいですねぇ……ごくり」

クリスタ「サシャ……よだれ出しすぎ……」

トーマス「へぇ……そんな店があるのか……」

ベルトルト「なかなか興味深い話だね、アニもそう思わないか?」

アニ「……別に、おとぎ話に興味はないさ」

 コニーの突拍子の無い話に、ある者は呆れ、ある者は夢物語と笑い。またある者は妄想の世界に浸っていた。

 そんな中、エレンとアルミンだけは呆れる事無く、その話に聞き入っていた。

ミカサ「でも、なんでそんな話が……」

アルミン「……きっと、絶望に瀕した人達を励ます為に誰かが話したお話……とかじゃないかな……そういう話って、聞くだけでも元気が湧いてくるでしょ?」

ユミル「馬鹿げた絵空事でも生きる力になる……か……でも、牛の肉が食べ放題ってのも、さすがに盛りすぎだと思うけどねぇ」

サシャ「いいじゃないですか! そういう素敵なお話があっても。私はあると思いますよ、いやむしろあって欲しい!!」

コニー「その店にサシャが来たら、店中の肉を食いまくって出禁か……いや、むしろ店を乗っ取るぐらいはやりかねねえな」

ジャン「はっはっは! 違ぇねえ!」

サシャ「も~、みんな酷いですよー」


エレン「……なあ、ミカサとアルミンはあると思うか? そんな店……」

ミカサ「私は、あって欲しいと思う。そんな夢みたいな所があれば、きっと、誰も飢えたりせず、皆が平和に過ごせる筈だから……」

アルミン「僕は正直分からない……でも、決して無いとも言い切れないんじゃないかな。だって、そのお店が無いって事を証明できた人はいないんだし。……エレンはどう思う?」

エレン「俺か? 俺は……あると思うぜ、前にアルミン話してくれただろ、炎の水とか、氷でできた大地の話とか……だったら、いくら食っても食いきれないだけの肉を出してくれる店があったって、不思議じゃないだろ」

アルミン「だね、エレンならそう言うと思ってたよ」

―――
――


エレン「っはっっ……っ」

アルミン「エレン、起きた?」

 いつの間にか寝てしまっていたのか、酷く不機嫌な顔でエレンは目を覚ました。


エレン「ああ……悪い、寝ちまった……状況はどうなってる……?」

ミカサ「残念だけど、何も変わってない」

エレン「そうか……」

 エレンは樹洞から外を見る。

 地上からおよそ4~5メートルはあろうかと言う高さから大地を見下げるエレンの眼下には、およそ3メートルから7メートル前後の巨人が複数、エレンの方を見据えながらうろついていた。

 ――その時だった。


アルミン「エレン! 危ない!!」

エレン「うわっ!!」

 外に身を乗り出したエレンの襟首をミカサが強引に掴み、穴の中へと引きずり込む。

 その刹那、先程までエレンがいた空間に、餌に飛びつく魚の如く、下方から飛びかかった巨人の口が空を裂く。

 あと少し引っ込むのが遅れていたら自身の身体がどうなっていたのかを想像し、エレンの身が思わず竦(すく)み上がる。

ミカサ「エレン、不用意な事はやめて」

エレン「わ、悪いミカサ……助かった……」

アルミン「間一髪だったね……」

エレン「くそ……一体いつまでこんな所にいなきゃならねえんだ……」

 今エレン達がいるのは、人三人が入ってもまだスペースに余裕がある程の大きな古木に空いた樹洞の中だった。

 幾重に渡る戦闘で疲弊しきった彼等の、命からがらの敗走劇の終着点。

 複数の巨人に見つかり、必死で逃げ延びた先。その開けた空間で、まるで三人を待っていたかのようにその頭上でぽっかりと口を開けていた一本の古木。

 その穴目掛け、エレンを抱えて立体起動で飛び込むミカサとアルミン。

 しかしその代償は大きく、結果としてミカサの立体起動装置はガス欠寸前になっていた。

アルミン「あの時、ミカサがこの穴に気付かなかったら、僕達は今頃……」

ミカサ「生き延びる為には、ああするしかなかった」

エレン「あの時は本当に助かったぜ……でも、このままじゃ本当にマズいな……」

 エレンの言う通り、未だに絶望的な状況だという事に何一つ変わりは無かった。

 既に食料は尽き、飲み水も枯れ、体力も精神も限界近く。更に、外には多数の巨人。

 戦う力も武器もほとんど残されていない彼等にとって、この状況はただ死を待つだけの状況そのものであった。


エレン「クソっ! こうなりゃオレが巨人になって、下の奴ら全員蹴散らしてやる!」

アルミン「駄目だよエレン! 体力の無い今のエレンに巨人化は危険すぎる!」

エレン「んな事言ったって、この状況を切り抜けなきゃどうしようも無いだろ!! ……あっ……っ?」

 突然立ち上がり、アルミンに怒鳴り声を上げるエレンだったが、突然の目眩に膝から崩れ落ちてしまう。

ミカサ「エレン、怒ると体力を使う、じっとしてて」

エレン「くっ…そぉ…っっ!」

アルミン「ほら、エレンだってもう立っているのもやっとじゃないか……」

エレン「……くっっ!! 体力が戻れば、あんな奴ら……!!」

 何度か行われたエレンの巨人化実験の結果判明した事だが、エレンの巨人化には幾つかの条件が必要だと言う事が分かっていた。

 その条件の一つが、『明確な目的』である。

 巨人に対する強い憎しみや、大岩を運ぶ、或いは誰かを守る為といった目的を迷いなく抱く事がトリガーとなり、エレンの巨人化は成功する。

 そしてもう一つの条件……条件と言っても、これは成功率に関わる話ではあるが、『心身共に充実している事』がポイントとなる。

 巨人化は過度に体力を消耗する上、その理性を保つ為に強い精神力が求められる。

 故に、相次ぐ戦闘による消耗に加え、その空腹から生じる疲労が重なった今のエレンの状態は非常に危険で、仮に巨人化できたとしても、理性を保ったまま下にいる巨人と十分な戦闘が行えるかどうか……アルミンの懸念はそこにあった。

ミカサ「アルミン……アルミンの立体起動装置はどう?」

アルミン「僕の立体起動装置もミカサのと同じ……使えてもあと二回ぐらいでガス欠だ……とてもあの巨人達を相手に戦闘は出来ない……」

ミカサ「そう……私が活路を開く。それで、その間にアルミンはエレンとここから逃げて」

エレン「ミカサ、お前何言ってんだよ……俺達にお前を見捨てて逃げろとか、そんなふざけた事、出来るわけねえだろ……!」

ミカサ「私は強い……だから、死なない、絶対に生き延びる」

アルミン「ミカサ……エレンの言う通りだ、そんな事、認める訳には行かない……!」

ミカサ「アルミン……」

 二人の強い拒絶の意志に根負けし、ミカサは自分の発言を撤回する。

 仮にミカサを捨てて逃げ果せたとしても、救助の確証が無い今、すぐに別の巨人に襲われるのが目に見えている。

 それはミカサ自身も考えれば分かる筈なのだが、そんな状況判断すらも出来なくなる程に、ミカサもまた追い詰められていた。

エレン「結局打つ手無しかよ……畜生っっ!!」

ミカサ「二人は死なせない……私は絶対に、諦めたりしない……っ!」

エレン「諦めねえぞ……絶対に生き延びてやる! 絶対に……!!」

 失いかけた闘志を再度滾らせるエレン達だったが、それでも空元気は長く続かず、次第に声から覇気が消えて行く。


アルミン(何か無いか……この状況を打破出来る方法……! くそ、考えろ考えろ……! この状況を突破できる案を……頭が擦り切れるまで考えろ!!)

アルミン(僕にミカサやエレン程の力は無い……じゃあ何が出来る? しぶとく生き抜いて来たこの頭で、この状況を切り抜ける方法を考えるしか無いじゃないか……!)

 必死でアルミンは考えを巡らす。

 この状況を打開できる術を、持てる全ての知識を総動員し、考えに考えを重ね続ける。


アルミン(やはりエレンに巨人になって貰うしか……いや、今のエレンの体力じゃ危険すぎる、確実じゃない……じゃあ狼煙を上げて救助を呼ぶ……駄目だ、まず火を起こせる物が無い……!)

アルミン(……体力の回復……食事……食べ物……)

アルミン「ねえ、その辺りに、何か食べられそうな物ってないかな。何でもいい、キノコでも苔でも、食べ物になりそうなものを、もう一度探してみよう……」

 アルミンの提案に、既に再三調べ上げた穴の中を再度見回すエレンとミカサだったが、それでも結果は変わらずだった。

エレン「ダメだ……やっぱり何も見当たらねえ……」

ミカサ「食べられそうなもの……何も無い……」

 微かな希望も虚しく、アルミンの案は水泡に帰した。

 それでも、物は試しと木を剥がして食べてみたりもしたが、あまりに硬すぎてとても食べれるものではなく、それも無理矢理飲み込んでみたりもしたが、結局嘔吐して余計に体力を減らすだけの結果となってしまっていた。


エレン「はぁ…はぁ……クッ……水……飲みてえな……」

ミカサ「水……」

 エレンの言葉にミカサに一つ案が浮かぶ。

 それを思い付くや否、おもむろに腰のブレードを抜き、ミカサが自身の腕にその刃を押し当てようとする。

 瞬間、その行為が何を意味するのかを悟り、エレンとアルミンが必死の形相でミカサのその行為を制止させる。

エレン「……馬鹿野郎! ミカサお前、何やってんだよ!」

アルミン「ミカサ! 落ち着いて! まだ諦めちゃだめだ……早まっちゃだめだ!」

ミカサ「離して……私の血を二人に分け与える、大丈夫、私は死なないから……」

アルミン「それじゃミカサの血が減るだろ! そんな事少し考えれば分かる事じゃないか!!」

エレン「いい加減にしろよお前……そうやって周りの心配はお構いなしに自己犠牲とか、ふざけんなよ……」

 エレンの胸に怒りが溜まる。

 追い詰められたストレスと逼迫したこの状況がこの場にいる全員を追い詰め、正常な判断力と忍耐力を奪い取って行く……。


ミカサ「私が二人を守る……その為なら、私は何でもする……」

エレン「それが迷惑だっつってんだよ! いい加減にしねえとブン殴るぞテメェ!!」

ミカサ「じゃあ、エレンにはこの状況を突破する案が浮かぶと言うの……?」

アルミン「やめてよ二人とも! 今ここで言い争ってたって何もならないだろ!!」

 一触即発の二人の間にアルミンが割って入り、二人を宥める。

アルミン(ちくしょう……何の為に今まで机にかじりついて勉強して来たんだよ……。こういう時に仲間を助ける方法も浮かばないで、どうして二人の仲間なんて言い切れるんだよ!!)

 何一つ打開策が浮かばない自分に苛立ちが募る。

 だが、幾ら考えを巡らせても状況を覆せる案は浮かばず、ただ徒(いたずら)に時間だけが過ぎて行った。


アルミン「あ……っ……」

エレン「アルミン! 大丈夫か!?」

アルミン「くそ……こんな……所で……っ」

 衰弱も限界を迎え、遂にアルミンはその場に倒れ込んでしまう。


ミカサ「アルミン……大丈夫?」

アルミン「ごめん……でも、少し休めば動けるようになるから……大丈……夫……」

エレン「もういい、アルミン、少し休んでろ……」

 アルミンの身体をマントで覆い、少しでも体温を逃がさないようにして休ませる。

 静寂が訪れ、時間と共に薄々感じていた、『ある感情』が一層強く、エレン達の胸中に込み上げて来ていた……。

ミカサ「…………エレ……ン……私……」

エレン「大丈夫だミカサ……絶対に助かる……絶対に……っくっ! こんな所で死んでたまるか……! 俺は……まだ何も成し遂げちゃいねえ……!!」

 震えるミカサの手を優しく包み、エレンは強く言う。

 それは何の根拠の無い一言ではあったが、その言葉だけでも、今のミカサの心を安心させるには十分だった。


エレン(死んでたまるか……死んで……たまるか……ッッ!)

 だが、その言葉を言うエレン自身の手もまた、微かに震えていた……。

 物が食べられない、水が飲めない、生物が普段当り前に行っている、生命を維持するための基本行動。それが出来ないと言う恐怖……。

 いつ外の巨人が痺れを切らし、今自分達がいる古木を薙ぎ倒しにかかるかも知れないという恐怖……。

 救助が来ないまま、このまま朽ち果てるかも知れないと言う恐怖……。


 静かに、だが確実に迫り来る、“死”の恐怖。

 空腹が、疲労が、恐怖が、心労が、エレン達の心を犯す。

 衰弱しきった肉体には力が出ず、焦りと絶望に意識が乗っ取られ、涙が溢れて来る。


 生きたい……死にたくない……助かりたい。


 生物が生きる上で抱く当然の欲求、それが今、潰えてしまうかも知れないと言う、抗いようの無い呪縛。

 三人の意識がそれに沈み切るのも、最早時間の問題だった――。

―――
――

 
エレン「喉が渇いた……水飲みてえ……」

アルミン「食事……食べ物さえあれば……」

ミカサ「温かいスープ……焼きたてのパン………」

 食事が取りたい。食べたい、飲みたい……。


 食べたい、飲みたい、食べたい、飲みたい……。

 うわ言のようにそれを呟く。


 そして、朦朧とした意識の中、何気なく覗いた外に……それはあった。


エレン「ん……?」

 穴の外、光に照らされ、きらりと一瞬何かが輝きを放つ。


エレン(何の光だ……?)

 見間違いかと思い、目を凝らしてその方向を見てみる。

 ――見間違いじゃない。確かに何かが光っている。

エレン「なぁ……あれ、何だ?」

ミカサ「エレン……どうしたの?」

エレン「あそこだよ、ほら……外、巨人達の近くの、あの木の辺り……何か光ってないか?」

アルミン「……?」

 エレンの言葉にアルミンが望遠鏡でエレンの示唆した方向を見る。


アルミン「確かに何かある……あれは……扉??」

エレン「何言ってんだよ……こんな所に扉なんかがあるわけが……」

 アルミンから望遠鏡を借り、エレンもまたその場所を覗いてみる……。

 そこには、確かに扉のような物が映っていた。

 エレンの見慣れぬ生き物を模した小奇麗な看板に、異国の文字なのか、見慣れぬ文字の書かれた一つの扉。

 森の中、多くの巨人達に守られる様に、その不思議な扉はそこにあった。

アルミン「何であんなところに扉が……まさか見落としていた……? いやまさか、そんなことはあり得ない……」

エレン「幻……なんかじゃねえよな、ミカサにもアルミンにも見えてるって事は……じゃあ、ありゃやっぱり本物……」

ミカサ「……行ってみよう、このままここにいても、どうにもならない……」

エレン「ミカサ……お前何言って………」

アルミン「でも、ミカサの言うとおりだよ……このままここにいても、ただ死を待つだけだ……だったら、あの扉に賭けてみるのもありだと思う」

 それはまさに、博打に他ならなかった。

 その扉の先が安全だと言う確証は何もないし、もしかしたら、扉に向かう途中で巨人に捕まってしまうかも知れない。

 それでも、このまま動かずにいるよりかは遥かに良い。


アルミン(それに、あの扉に描かれた不思議な生き物の看板……何故だろう、不思議と危険を感じさせない気がする……)

 その、扉に描かれた生き物から感じられる柔らかさが、不思議とアルミンの警戒心を和らげていた。

エレン「……分かった……二人の立体起動装置はまだ動くか?」

ミカサ「私のは大丈夫、でもアルミンの立体起動装置は温存させるべきだと私は考える」

アルミン「うん、万が一もあるし、可能な限り節約はしておくべきだと思う」

ミカサ「私が二人を抱えて一気に下るから、地面に降りたら、皆一気に扉まで走って」

アルミン「うん、分かったよ。……それで行こう」

 作戦が決まり、各々が準備に取り掛かる。

 立体起動の動作を確認し、ミカサが外に向けて足をかける。

 そしてエレンとアルミンがミカサの肩にしがみつき、残された体力と集中力を総動員し、周囲の巨人の動きに目を見張る。


アルミン「タイミングが全てだ……ミカサ、落ち着いて」

ミカサ「分かってる……任せて」

 そしてタイミングを計る事しばらく、その時が訪れた。

エレン「――今だ!!」

アルミン「行っっけええ!! ミカサぁ!!」

ミカサ「……ッッ!!」

 巨人達が扉から距離を取ったその瞬間、扉の傍の大地目掛け、ミカサが立体起動装置のアンカーを射出する。

 数日ぶりに感じるその独特の重力感に煽られ、三人の身体が宙を舞う。

 その数秒後、急激に三人に襲い来る衝撃と草の匂い。

 着地後すぐに態勢を整えると同時に、エレンの声が響き渡る。

エレン「走れえええええ!!!!!」

 エレンの声に合わせ、三人が扉目掛けて駆け抜ける。

 弱った身体に足腰にふらつくが、それを必死で堪え、転ばぬように走り出す。

 時を同じくして、周囲の巨人達がエレン達に向け、一斉に襲いかかる……!


エレン「くそ、前から巨人が!」

ミカサ「邪魔を……するなァァーーっっ!!」

 手を振り下ろす巨人の一撃を紙一重で避け、ミカサが腰のブレードを抜刀し、その不用心な腕を一刀で斬り飛ばす。

 その隙を縫い、エレンとアルミンが一気に扉との距離を詰める。

 そして扉を開け、三人は雪崩れ込むように扉の中に飛び込んだ……!

―――
――


 洋食のねこや、店内


 静かな店内に二人の客、ねこやはその日も平和に営業していた。


ハインリヒ(エビフライ)「ふむ……今日もまた美味いな、エビフライは」

タツゴロウ(テリヤキ)「うむ、やはり鶏肉は香ばしい照り焼きに限る……」

店主「アレッタさん、落ち着いたら休憩入ってくれ」

アレッタ「はーいっ」

ハインリヒ「しかし、あの娘もよく働いてくれる……屋敷のメイドにも見習って欲しいものだ」

タツゴロウ「美味い食事に美しいウェイトレス……いやはや、本当にここは楽園だな」

アレッタ「えへへ、お二人とも、ありがとうございますっ」

 和やかな一時が店内に流れて行く。

 しかしその一時は、突如として来訪した三名の客人により一時中断される事となった。


三人「うわあああぁぁぁっっ!!!」

 扉から転がり込むようにして飛び込んできた三人の客。

 大きな音と共に訪れたその客人に対し、その場の誰もが入口に釘付けになっていた。


エレン「痛ててて……みんな、大丈夫か?」

ミカサ「……私は平気」

アルミン「うーん……ここは……?」

アレッタ「い、いらっしゃいませ! お客様は何名様でしょうか?」

店主「なんだなんだ今の音……お、お客さん、大丈夫ですか……? それにその服は……」

ハインリヒ「あの者達はいったい……」

タツゴロウ「見た所、異国の戦士らしいな……」

 店中の誰もが、驚いた表情でエレン達を見ていた。

 それに対し、エレン達もまた、初めて見る異質な空間に驚きが隠せないでいた。

ミカサ「ここは……?」

アルミン「ここは……一体何なんですか?」

エレン「…………あれ……ここは?」

 疑問を、興味を抱きながら店内を見回すエレン達だった、そんなエレン達に向け。店主が簡単に店の説明をする。


店主「ここはねこやっていう洋食……いや、料理屋ですよ」

エレン「料理屋?? こんな森の中で……巨人達がいるのに……料理屋だって???」

アレッタ「巨人……?? あ、すみません、お客様達は一体どこから来たんですか?」

ミカサ「私達は、ウォール・ローゼからやって来た、途中で馬を失い、三日三晩、命懸けで巨人達から逃げ続けていた……」

ハインリヒ「ウォール・ローゼ? 聞いた事の無い国だな……」

アレッタ「また、新しい扉でしょうか?」

アルミン「あの扉は一体……あっ……」

ミカサ「アルミン、大丈夫?」

 アルミンの視界を目眩が襲い、倒れそうになる所をミカサが咄嗟に支える。

エレン「一気に走ったからな……俺ももう倒れそうだ……」

店主「……とりあえず、お客さん達、席に座ったらどうでしょう、見た所結構腹空かしてるみたいですし、もし良かったら何か食べてって下さい」

アレッタ「こちらへどうぞ、お席にご案内します」

 アレッタの案内でエレン達は席に通される。


店主「今、おしぼりと水をお持ちします、少しお待ち下さい」

 そうエレン達に向け、店主は告げる。

 その店主の後ろ姿を見ながら、ミカサが一言呟いた。


ミカサ「あの人……お母さんと同じ、東洋人……」

アルミン「うん……東洋人の男の人なんて、僕も初めて見たよ」

エレン「訳分かんねえ……外じゃ巨人達が大暴れしてるってのに……ここの人達はなんであんなに普通にしてるんだ?」

アルミン「分からない……ねえ、見てよ二人とも、ここの灯り、火を使ってる様子も無いのに、あんなに明るく光ってる……」

 アルミンが天井の電灯に触れながら言う。灯篭に似たそれは微かに暖かく、火も無いのに強い輝きを放っていた。

アルミン「これはもしかして……電灯?」

エレン「デントウ……? 何だよそれ?」

アルミン「何かの本で見た事があるんだ、『電気』っていう不思議なエネルギーを使って灯す、灯篭みたいな物があるんだって」

ミカサ「それが、これだと言うの?」

アルミン「僕も初めて見たよ……ここは一体……」

エレン「おい、見てみろよこれ……!」

 エレンがテーブルの端にある物を手に、驚きの声を上げる。

アルミン「まさかそれは……塩じゃないか?」

エレン「まさか、塩なんて壁の中じゃ黄金より価値があるんだぞ? それがなんで、こんな所に置いてあるんだよ?」

ミカサ「それが塩かどうかは、舐めてみれば分かる」

アルミン「そ、そんな事出来るわけないよ! もしこれが本当に塩だとしたら、一つ舐めただけでどれだけのお金がかかるか……」

エレン「ああ……あんま触らないようにしとこうぜ……ほんと、分かんねえ事だらけだ……」

ミカサ「でも、ここは確かに料理屋みたい……」

 ミカサの視線の先には、自分達の世界でも見覚えのある食器類と、別の客が食べている、肉と思わしき皿に乗った食べ物があった。

 確かに、ここは料理を食べる食堂のようらしい……だが、そこは明らかに自分達の知る料理屋とは違う、異質な雰囲気の漂う料理屋だった。

 そして、店内の内装も、テーブルに置いてある調味料も、そのどれもがエレン達の目には異質に見えていた。

アレッタ「お待たせしました、お水とおしぼりとメニューになります」

 アレッタがトレイを手に氷の入った水とおしぼりとメニューを持ってくる。


アルミン「とても綺麗な水だ……それに、このグラスの中に浮いてるのは……まさか氷じゃ……?」

エレン「なっ? ちょっと待ってくれ、なあ、この水一杯いくらするんだ?」

アレッタ「ええと、この氷水は無料ですけど……」

エレン「なん……だと……」

 氷水が無料だという言葉にエレンが驚愕する。それもその筈、エレン達の住む壁の中では、氷は非常に貴重な物だった。

 冬の時期にしか取れず、断熱の効いた特殊な作りの部屋でなければ保存が出来ない氷。……それを口にできるのは、壁の中では貴族や王族ぐらいだ。

 そして、エレン達は差し出された水を恐る恐る口に含んでみる。

エレン(こ……これは……!!)

 数日ぶりに飲む水の清涼感が渇いた喉に染み渡り、エレン達の火照った身体を心地良い涼しさが包み込む。


エレン「冷たくて美味え……い……生き返る……!」

アルミン「水がこんなに美味しいものだったんて……知らなかった……」

ミカサ「このおしぼりも……冷たくて気持ち良い……」

アルミン「うん……しかも、かなり上質な布だよ……ほつれも無く、丈夫できめの細かい刺繍がされている……」

エレン「なあ、もしかしてここ、実はすっげー高い店じゃないのか……俺達の今の手持ちの金で食えるのか??」

アルミン「どうだろう……メニューにも見た事のない文字が書かれているし……もしかしたらここは、王族御用達の隠れた高級店なのかもしれない……」

 塩や氷が簡単に客席に運ばれる店というだけでも十分に異質なのだ、そんな店で何が出て来るのか、エレン達には想像もできなかった。

 だが、それでもエレン達は、見る全ての物に目を輝かせていた。


 そして、そんなエレン達の様子を静かに見つめる者が店内に二人……ハインリヒとタツゴロウだった。

ハインリヒ「ふむ、彼等は一体……」

タツゴロウ「見た所、どうやら氷も塩も見た事が無いと言った様子だな、確かに気にはなるな……」

 彼等もまた、エレン達の姿に目が離せずにいた。

 彼等は皆、その腰に奇妙な機械と、剣に見える数本の刃と思わしき物を携えており……。

 まだ幼さの残るその顔立ちは酷く痩せ細っていたが、服の上からでも分かるその鍛え上げられた肉体と、血と泥で汚れた軍服を纏うその姿からは、戦士として幾重もの死線を越えて来た迫力が伝わって来ていた。

 三名の異国の兵士のその相貌に、ハインリヒもまた、公国に仕える一介の騎士として興味を抱かずにはいられなかった。


ハインリヒ「失礼、私はハインリヒ・ゼーレマンと申す、公国で騎士をしている者だ」

 ハインリヒが席を立ち、エレン達に声をかける。

 整った顔立ちと気品あるその貴族の様な仕草に、エレン達の背筋に僅かな緊張が走った。

ハインリヒ「見た所君達は兵士の様だが、一体どこから来たのだ、その血と泥は、その奇妙な機械は一体……」

エレン「オレた……いや、私達は、ウォール・ローゼから来ました」

ミカサ「巨人達に襲われ、逃げ場を失っていた時、ここの扉を見つけ、飛び込んだ」

アルミン「奇妙な機械って……まさか、立体起動装置を知らないんですか?」

ハインリヒ「興味があるな……是非話を聞かせてくれ」

 そしてエレン達は、ハインリヒに自分達がここに至る経緯を話し始めた。

 自分達が巨人と言う未知の存在と戦う兵士だと言う事、そして人類が今、壁の中で家畜同然に生きており、自分達はその壁を抜け、巨人達から自由を取り戻す為に戦っていると言う事。

 そして、作戦行動中に作戦は中断され、本部へと撤退している最中、巨人達に襲われ、退路を断たれたと言う事……。

 エレン達の世界では誰もが認識している事実に、ハインリヒとタツゴロウは、驚愕と共にその話に聞き入っていた。


タツゴロウ「まさか、そんな世界が存在しているとはな……」

ハインリヒ「では君達は、まだ少年だと言うのにその、巨人に立ち向かい、今も命を賭して戦っていると……?」

ミカサ「ええ、そして私達は今、作戦の途中で部隊と逸れ(はぐれ)、孤立している……」

ハインリヒ「そうか……そんな事が……」

エレン「今更何を驚いてんですか……まさかあなた、巨人を知らないって言うんですか?」

アルミン「まぁまぁエレン……それで、ここは一体何なんですか? この氷水も、この塩も、電灯も、僕たちは初めて見ました……ここは一体……」

ハインリヒ「ここは、異世界食堂だ」

一同「「「異世界食堂??」」」

 そのどこかで聞き覚えのある単語に、エレン達は驚愕する。

ハインリヒ「ああ、ここは……七日に一度、不特定に空間にひずみが生じ、異世界と繋がるという不思議な店なんだ」

エレン「なあアルミン、異世界食堂って……」

アルミン「昔、コニーが言ってた、あの……」

ミカサ「牛の肉や砂糖を使った料理が食べれるって言う料理屋、それが、ここ?」

ハインリヒ「ふふ、どうやら、この店の話だけは、そちらの世界にも通じているようだな……」

アルミン「信じられない………いやでも、この電灯や、氷水が普通に存在している事を見ると……でも……」

 全員が全員、とても信じられないといった様子でハインリヒを見ていた。

 その彼等を優しく諭すように、ハインリヒは話を続ける。


ハインリヒ「私も、初めてここに来た時は君達と同じだった……飲まず食わずで走り回り、もうダメかと思った時、ここの扉を見つけ、店主の料理に命を救われ、任務を果たす事が出来た……」

 ハインリヒには、エレン達の姿がかつての自分に重なって見えていた。

 絶望の淵でここに辿り着き、渇いた喉を潤す氷水に感動するエレン達のその姿に、懐かしさと共に不思議な感覚が込み上げて来る。

ハインリヒ「代金は私が支払おう、異世界の戦士達よ、ここで存分に休息を取ると良い」

アルミン「しかし……お気持ちは嬉しいのですが……その、私達には代価をお返しできる宛が……」

ミカサ「返せる宛も無いのに人に借りを作るなと、私達は親からそう教わった」

エレン「ああ……それに、どうあっても俺達は戦士だ……そんな物乞いみたいな真似、出来るわけが……」

 牛の肉や砂糖を使った料理にかかる金額なんて、今のエレン達に到底支払える様なものではない。

 あまりにも法外な額を請求される事が頭をよぎり、つい遠慮がちになってしまう。

 が、それ以前に、誇りある戦士だと言うプライドが、エレン達の胸中にあった。

 その意思の強さに、ハインリヒは大きく笑う。


ハインリヒ「はっはっは、その気高さ、ますます気に入ったぞ!……しかしだな」

 ひとしきり笑い声を上げた後、公国の騎士は刺す様な眼差しでエレン達に問い掛ける。

ハインリヒ「……一つ、君達に問おう、今……君達が成すべき事はなんだ?」

エレン「……仲間の元に帰還し、我々の無事を報告する事です……」

ハインリヒ「それが分かっているのなら結構だ」

 自分達が今何をすべきなのか、それをしっかりと把握している異世界の戦士達に向け、ハインリヒは一つの提案を持ちかける。


ハインリヒ「……ではこうしよう、どうしても腑に落ちぬと言うのなら、その腰に下げた不思議な機械……それを一つ、私にくれないか?」

アルミン「立体起動装置を……ですか?」

ハインリヒ「ああ、異世界の技術の結晶ともあれば、国王もきっと喜んで下さる事だろう、そしてその技術が応用できれば、きっと多額の報奨金が支払われる、それを君達の食事代として受け取る事にしよう」

 未知の世界の戦闘法にハインリヒの騎士としての血が騒ぎ出す。それに、何としてでも彼等には休息が必要だと、ハインリヒは思っていた。


ハインリヒ「その、立体起動装置と言ったか……話を聞けばその機械、馬を走らせられない市街地や森の中でも高い機動力を発揮できるようだ、構造を解析できれば、私達も今後の戦闘に大きく貢献出来るやも知れん」

エレン「だってよ、アルミン、どうする……?」

アルミン「…………」

 アルミンは考え込む、非常時とはいえ、見ず知らずの人間に立体起動装置を渡しても良いものかを。

 見ず知らずの者への立体起動装置の私的譲渡は重大な軍規違反……重罪だ、下手をすれば追放……或いは、死罪の可能性も十分あり得る。

ミカサ「そんな事、考えるまでもない……」

 アルミンの答えを待たずして、ミカサが自分の立体起動装置を外し、ハインリヒに手渡す。


アルミン「ミカサ……軍規違反だよ! それ!」

ミカサ「あれはもうガスが切れて使えないガラクタ、廃棄する手間が省けた。それにここは異世界……壁の中じゃない……だから、軍規も存在しない」

アルミン「そんな無茶苦茶な……」

エレン(壁の中じゃない……か)

 ミカサの一方的な持論に根負けし、アルミンはそれを見逃す事にする。

 そして、立体起動装置を抱え、ハインリヒが声高に店主に告げる。


ハインリヒ「異世界の戦士達よ、その心意気に感謝する……店主よ! 料金は私が支払う、彼らに肉を、とびきり美味い肉を食べさせてやってくれ!」

店主「はいよ、せっかくだし、精がつくように、たっぷりとニンニクを効かせましょうか?」

ハインリヒ「ああ、それで頼む」

店主「では、しばしお待ちを」

 そう言い、店主は調理場に移る。

 料理を待っている間、エレンはふと考え付いた事をアルミンに話す事にしてみる。

エレン「なあアルミン……もしここが異世界ってんなら……壁の中の人達をここに案内すれば、もう巨人を気にする必要なんてないんじゃないか?」

アルミン「それは僕も考えたんだけど……でも、数十万、数百万といる人類をみんなここに運ぶのって、きっと無理だと思う……」

ミカサ「私は反対……それは結局、巨人から逃げ出すと言う事になる、……なら、たとえ今が苦しくても、勝って道を切り開べきだと私は考える」

アルミン「うん、それに……僕たちの都合でここの人達を巻き込むのも、きっとそれは間違ってると思うよ……」

エレン「そっか……そうだよな……悪い、馬鹿な事を考えちまった」

タツゴロウ(僅かに抱いた甘い考えをすぐに捨て去る勇気……こいつら、なかなかの兵(つわもの)だのう……)

ハインリヒ(まだ二十歳にも満たない子供だと言うのに大したものだ……余程辛い事があったのだろう……)

 そして待つ事しばらく、美味そうな匂いと調理場から聞こえる音が、エレン達の腹を強く刺激し始める。

アルミン「良い匂いだ……これは……肉? 肉を焼く匂いだね……」

エレン「今一瞬見えたけど、ありゃ何の肉だ? 分厚くて赤みがあって……見た事ねえぞ」

ミカサ「前に……訓練兵だった頃に見た覚えがある……サシャとコニーとキース教官の料理対決の時……」

アルミン「もしかして……牛の肉? そんな、まさか……」

エレン「なんにしても……早く来てほしいぜ……腹減ったぁ…………」

 思えば、ここに来るまで三日三晩、彼等は一滴の水すら口にしていなかったのだ。

 それに加え、度重なる戦闘に幾人もの仲間の死を前にして、身体も精神も擦り切れる寸前だった。だが、ようやくそれも解放される。

 食事を取り、疲労が回復できれば、きっと事態は好転する。そう信じ、エレン達はただ静かに、料理の完成を待っていた。

―――
――


アレッタ「お待たせ致しました! サーロインステーキになります! 鉄板は大変熱くなってますのでお気を付け下さい!」

 目の前に出されたそれに、三人の身体と思考が停止する。

 ジュウジュウと脂が弾け、一口では食べきれない様な分厚い、赤みを帯びた肉の塊がそこにあった。

 その傍には彩りよく添えられた温野菜に、これまた美味そうな香りを放つニンニクのソースがあり、そのどれもが、未だかつて感じた事のない感覚をエレン達の脳に刻みつける。

エレン(普通に考えれば簡単にわかる……こんな美味そうなもん、一生食えねぇってことぐらい……)


 一目で分かる、自分達が一生かかっても食べられない、圧倒的な存在感。

 その迫力を前に、三人は初めて巨人の襲来を受けたあの日の様に震え、固まっていた……。


エレン「なあ……これは何だ……?? 夢か、幻か?? こんな美味そうなもんが、俺達の前にあっていいのか……??」

アレッタ「ええと、こちらはビーフ……牛肉のステーキになります」

アルミン「牛肉……これが、牛の……肉……」

ミカサ「初めて見た……なんて美味しそうな香り……」

 三人がそれぞれ、思い思いの感想を口にする。

 初めて見るそれは、彼等にとっては余りにも偉大だった。

ハインリヒ「まぁ、驚く気持ちも分かるが、まずは冷めないうちに是非食べてみてくれ……きっと口に合うと思うぞ」

エレン「い、いただきます」

 ハインリヒの言葉に息を飲み、各々がナイフとフォークで肉を切り分け、一口、それを口に運んでみる。


エレン「…………ッッッ!!!!」

 ――それは、決して美味いと呼べる物ではなかった。




 否、“美味い”などと言う浅はかな言葉では片付けられない程に、暴力的で、刺激的で、高貴な味だった。


 最初に感じたのは、初めて感じた事が無い程の、強い塩と胡椒の味だった。


 その塩の味に導かれるように、口の中を、肉と脂の味と食感が、縦横無尽に暴れ狂う。

 咀嚼する程に脂が口の中に広がり、一口、また一口と肉を嚥下し、胃に運ぶ。

 その仕草は……まさに巨人。普段彼等が憎み、脅威とする巨人の如く、大口を開けて肉を喰らう。

 もはや味の感想を口にする事すら惜しまれる、ただその動作のみが彼等のこの料理に対する評価であり、感想でもあった……。

エレン「………っっ………っっ!」

ミカサ「…………ッッ……」

アルミン「……………っっ………」

 がつがつと無言で肉を切り、ソースに浸し、口に運ぶ。

 ニンニクの効いたソースは舌を、鼻を抜け、胃を刺激し、エレン達に更に強く訴えかける。


 もっとだ、もっと肉を寄越せと、胃が、脳が叫ぶ……!


 付け合わせの野菜も、自分たちの世界には存在しえない程に瑞々しく、甘く、歯応えがあり、肉と脂に塗れた口内を優しく満たしてくれる。

 そして一口、二口、三口と肉が口に運ばれ、一切れの肉が消えるのに、三分も掛からなかった。

ハインリヒ「店主! まだ足りぬ! ステーキをあと三人……いや、六人分だ! 急いでくれ!!」

店主「はいよ、しばしお待ち下さい」

 ハインリヒの声に店主が再び料理を開始する。

 そして肉が無くなったエレン達は、次の目標をライスとスープに向けた。

 パン食が基本となるエレン達にとって、米はまさに未知の食べ物だった。

 炊きたての米特有の艶と、口に含んだ時のほかほかとした暖かさと、噛めば噛むほどに僅かに甘さが感じられるその食感に、エレン達の食欲は更に加速する。

 同様に、スープもまた絶妙な味わいだった。

 鶏肉と玉ねぎ、ジャガイモをベースに長時間煮込んだそのスープは香りも良く、口に含めば含む程、鶏肉の味が口の中で踊り出す。

ハインリヒ「ライスとスープもお代わりを頼む、大盛り……いや、特盛りでだ!」

アレッタ「はい、ただいま!」

 ライスとスープを平らげる間に二皿目のステーキが目の前に差し出され、再びエレン達は眼前の肉目掛け、ナイフとフォークを突き立てる。

 何度味わっても飽き足りぬ肉と脂の味……その深い味に、身震いすらする程の感動がエレン達を包んで行く。

 そして、次第にぽつり、ぽつりと、静かにエレンはミカサとアルミンに声をかけ始めていた。


エレン「美味ぇ………うめえ……なあアルミン……世の中、こんなに美味いもんがあったんだな……」

アルミン「うん……僕も……初めて知った…………ご飯が、肉がこんなに美味しい物だなんて……知らなかった……!」

ミカサ「美味しい……美味しいっ……っ! おいしい……っっ」

 そして二枚目の皿も完食し、三枚目の皿を手にした時、不意に三人の頬を奇妙な感覚が伝っていた。


 それは、涙……。

 気付けば涙が溢れて来た。

 涙を流しながら、彼等は……。


エレン「美味ぇ……ぐずっ……うめぇよぉ……っっ」

ミカサ「うん……っっうん……っっ美味しい……泣けるぐらい……美味しい……!!」

アルミン「んっ…うっっ………はぁ……っっ……涙が……止まらない……おいしい……っ」

エレン「美味え……美味ぇ……うめぇ……」

 これまで、何度死ぬ思いをして来ただろう。

 これまで、何度目の前で仲間の死を見て来ただろう。

 これまで、何度空腹を味わって来ただろう。

 飢えが、渇きが、恐怖が、どれだけ彼等を追い詰め、容赦なく襲いかかって来た事だろう、そして何度、絶望に挫けそうになっただろう……。


 それを思い出せば思い出す程に感じる。自分は今、生きているのだという安心感。

 仲間と共に今、生を繋いでいるという、幸福感。


 それ程までに、彼等は追い詰められていたのだ。

 そして、そんな彼等を一体誰が笑う事が出来ようか。否、いる筈がない。

 絶望の淵より生還した彼等の事を笑える者など、その場にはいる筈が無かった……。

アレッタ「皆さん、あんなに泣いて……でも、すごく幸せそうに食べてますね……」

店主「ああ……へへへ、なんか、こっちも貰い泣きしちまいますね……本当、作った甲斐があったってもんだ」

ハインリヒ「それ程までに過酷だったのだろう……だが、彼等は戦い続けた……己の心が壊れる寸前まで追い詰められ。それでも、仲間を信じ、助け合い……ここまで来たのだろう」

タツゴロウ「それもまだ年端も行かぬ子供だ……死と隣り合わせの戦場で戦い続けるのは、さぞ心苦しかった事だろう」

 騎士として、傭兵として時に戦場に身を置く二人にとっても、エレン達の境遇は他人事には感じられなかった。

 事実、エレン達程の年齢で兵に志願し、戦い、そして散って行った者達を、ハインリヒもタツゴロウも多く目の当たりにして来た。

 だからこそなのだろう、異世界と繋がるこの店で、彼等と同じ戦士と巡り合えたこの奇跡に、二人は感謝の念すら抱いていた。


ハインリヒ「店主よ、私にもステーキを頼む、勿論、付け合わせはエビフライでな」

タツゴロウ「おお、私にもテリヤキチキンとステーキを頼む」

アレッタ「はい、少々お待ち下さい!」

店主「ははは、お二人とも、ありがとうございます」

 店内に活気が戻る。

 そして再び、美味そうに焼かれた肉の香りが店内に漂い始めていた……。

―――
――


 食事からしばらく、エレン達は満腹の喜びを噛み締めていた。

 ハインリヒやタツゴロウ、アレッタとも打ち解け、それぞれがそれぞれの世界の話に聞き入っていた。

 エレン達が未だ見た事も無い海や広大な砂漠の話、エレン達の世界の巨人に似た、凶悪な悪魔との、命を賭した戦話など。

 その話の多くがエレン達を興奮させ、確かに壁の外に世界が広がっていると言う事実が、一層エレン達に生きる目的を強く抱かせる。

 そして、ハインリヒ達もまた、エレンの話に深く感銘を受けていた。

 壁の中の人々がどれだけ苦しめられ、エレン達がどれだけの修羅場を潜り抜けて来たのか……苦労話がほとんどではあったが、嬉々として仲間と共に過ごした日々を語るエレンの顔は、誇らしく、また勇ましくも見えた。

 どれだけ世界が、国が違っても、戦士は戦士であり、人は人なのだ。

 生きようとする気高き意志と、自由を求めて戦うその強さに国境は無く、変わる事がない。

 その事に安心し、ハインリヒの顔には自然と笑顔がこぼれていた。

エレン「しかし……美味かったよなぁ……」

ミカサ「本当に……美味しかった……生きてて良かった……」

エレン「なんか、便所行くのも勿体ねえな……ははは」

ミカサ「エレン、そう言う事言っては駄目」

アルミン「ははは……ハインリヒさん、本当に助かりました、ありがとうございます」

ハインリヒ「いいや、君達の食べっぷりには感銘した、私も奢った甲斐があったと言うものだ」

店主「……もし良かったらデザートもどうです、サービスしますよ」

 デザートと言う言葉にエレン達の心が僅かに揺れる……。

 あれだけの美味い料理を振舞う店だ、きっと噂の、砂糖を大量に使った料理とやらも、きっと甘美な味わいに違いないだろう……。

 だが、その誘惑を断ち、エレン達はハインリヒに向けて返す。

エレン「ありがとうございます。ですが、それは次の機会に取っておきますよ」

アルミン「そうだね、これ以上お世話になるわけにも行かないし……もう別腹も一杯だしね」

ミカサ「うん……甘えてばかりもいられない、今日ここで美味しい肉を食べられた。それだけで十分幸せ……」

ハインリヒ「そうか……分かった」

 その強い意志を持った眼差しに感銘を受け、ハインリヒは彼等を見据える。

 そして、宴も酣(たけなわ)となり、不意にその時は訪れた。


タツゴロウ「ゼーレマン卿、話の最中に恐縮だが、時間は大丈夫ですかな?」

ハインリヒ「っと……もうそんな時間か……あっという間だったな……戦士達よ、名残惜しいがそろそろ時間が来てしまった……続きはまた会った時に聞かせてくれ」

エレン「はい、本当に助かりました」

 言うや否、三人は立ち上がり、ハインリヒの見慣れないポーズを取り始める。

エレン「オレ達は、必ず帰還し、そして奴らに勝利し、再びここに戻って来る事を誓います!」

ミカサ「次は私達の仲間と共に……必ずここに来ます!」

アルミン「何年かかるか分かりませんが……必ず、成し遂げる事を皆さんに誓います!!」

 そして、三名の戦士は大きく胸を張り、握り締めた右の拳を心臓に当て、敬礼をする。

 それは公に、国に心臓を捧げると言うエレン達の誓いの敬礼……。だが、今この場に置いてその誓いは、この店にいる全ての人にのみ、立てられていた。

 異世界ならではの敬礼に対し、ハインリヒもまた、一人の騎士として、彼等の敬礼に敬礼を以て返す。


ハインリヒ「エレン・イェーガー、ミカサ・アッカーマン、アルミン・アルレルト……気高き異世界の戦士達よ……必ず、再び君達と相見える事を祈っている!……大いなる海と水の神よ、かの戦士達を守りたまえ!」

アレッタ「ありがとうございました! またのご来店をお待ちしています!」

店主「エレンさん、ありがとうございました、次も必ず来て下さいよ」

アルミン「ハインリヒさん、今度来た時に、もっと異世界の話を聞かせて下さい」

ハインリヒ「ああ、男同士の約束として胸に刻んでおこう、そなた達の勝利を、私も祈っている」

ミカサ「タツゴロウさん、良ければ、今度はあなたの戦話を聞いてみたい、私はまだ、もっと強くなりたいから……」

タツゴロウ「あまり女子供に聞かせる様な話ではない……が、ああ、一人の戦士なら別か……約束しよう、その時を私も待っているぞ」

エレン「マスター、アレッタさん、次はオレ達の仲間も連れて来ますよ」

アレッタ「あはは、それは楽しみですっ、ね、マスター?」

店主「ああ、たくさん食ってくれるなら大歓迎ですよ、きっとその日は、店中大忙しになりそうですね」

エレン「ははは……ああ、必ず来ます、それじゃあ!」

アルミン「ありがとうございました!」

ミカサ「では、行ってきます……!」

 そして、異世界の戦士達はそれぞれの戦場に戻って行った。

 いつか再び会うという誓いを立て、戻って来る為に。

 必ず勝利を掴み、仲間と共にここに来る為に。

 その誓いに応じるかのように、ハインリヒの胸の抱かれた立体起動装置だけが、微かに電灯の明かりに照らされていた。

―――
――


 エレン達が扉を出る少し前、三人は作戦を立てていた。


エレン「それでアルミン……ここを出たらどうする?」

アルミン「うん、もう作戦は考えてあるんだ……エレン、扉を出たらすぐに巨人化してくれ……できるよね?」

エレン「ああ、任せろ、気力も体力も十分戻った……今なら十分なれる自信があるぜ」

ミカサ「その後、私達はどうすれば?」

アルミン「エレンが巨人化したら、ミカサは僕に捕まって欲しい、僕が立体起動でエレンの肩にしがみ付くから」

ミカサ「うん、分かった」

アルミン「エレンは僕達が肩に捕まった事を確認したら、とにかく暴れ回って周囲の巨人たちを蹴散らしてくれ」

エレン「分かった……けど大丈夫か? 振り落とされたりしないか心配だ……」

アルミン「大丈夫だよ、髪の毛にしがみ付いてでも、絶対に振り落とされないようにするから」

エレン「分かった、信じてるぜ、相棒」

アルミン「そして、森を抜ける……森を抜ける最中も、出来る限り大暴れして、周囲に自分の存在を知らしめてくれ」

アルミン「10分ぐらい暴れ回って、何もなければそのまま森を抜けて、全速力で拠点に向かって撤退を開始するんだ」

アルミン「もしも何かしらの異変があったら、すぐに知らせるから……」

 もしも付近に救援部隊が展開しているのなら、物音に気付いた部隊が信煙弾を上げる筈である。

 それが確認できれば、すぐに救援隊と合流すれば良い。

 出来なければ、その時は全力で拠点に向かい、撤退を始めるだけである。

 しごく簡単な作戦ではあるが、不安要素はいくつもある。

 食事を取って体力が戻ったとはいえ、装備も体力も決して万全ではないのだ。

 三人無事に生還できるかどうかは分からない、が、それでも、この期を逃す訳には行かない……!


アルミン「撤退の際、もし運よく立体起動装置が見つかればそれも回収しよう……遺品を漁るのには抵抗あるけど……でも、万一の為だから」

エレン「分かった……へへ、アルミン、調子が出てきたな」

アルミン「……そう、かな?」

エレン「ああ……だからこそ安心できるんだ、この作戦もきっと……いや、必ず成功するってな」

アルミン「ああ……必ず、帰還するんだ……みんなで!」

―――
――


 扉を出た三人は、すぐさま巨人達の標的となった。

 空には薄く西日が射し、確かに時間が経過していた事がよく分かる。

 その中、エレンは眼前の巨人に向けて吠える。


エレン「もうさっきまでの俺達とは違うぞ……飯も食った、それも、とびきり贅沢で美味い肉をな…………!!」

エレン「俺達は必ず生きて帰る……! てめぇらそこを退きやがれ!! 俺達の邪魔を……するんじゃねええええーーーッッッ!!!!!!」

 『生きる』という何よりも強く、気高い意志のままに、エレンは己の手を噛みちぎる……!

 その刹那、雷光にも似た光が放たれ、エレンの巨人化は成功した。


エレン巨人体「ウヲオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!!!」


アルミン「やった、成功だ!! ミカサ! 僕に捕まって!!」

ミカサ「うん、アルミン、行って!」

 アルミンはミカサを抱き抱え、エレンの首元にアンカーを射出する。

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アルミン「……行っっけええ!! エレン!!」

エレン「グヲヲヲヲヲオオオオオオオ!!!!!!」


 巨人化したエレンは荒れ狂う力で次々と周囲の巨人を撃滅していた。

 縦横無尽に暴れ回るエレンの猛攻に、その肩にいるミカサ達も一瞬振り落とされそうになるが、それでも必死に喰らい付き、振り落とされぬようにしがみ付く。

 尚もエレンはその意思を、生きようとする己の意思を、巨人達に向けて叩き付ける……!


 ――それはまさに、夕日を浴び、獲物を屠る一人の狩人が如く。


 ――それはまさに、自由を求め、羽ばたき続ける一羽の鳥が如く。


 ――それはまさに、生きとし生ける者に仇成す敵を、人類の敵を撃ち滅ぼさんが為、進撃を続ける巨人。



 ――“進撃の巨人”そのものであった。

―――
――


アルミン「よし、周囲の巨人は蹴散らした……エレン! 森を抜けるんだ!!」

 アルミンの声に呼応し、エレンは森を駆け抜ける。

 その時だった、前方から4~5メートルはあるであろう巨人達が、徒党を組んでエレン目掛け、突撃を仕掛けてきた。


アルミン「くっ……キリがない!」

ミカサ「アルミン! あれを!」

アルミン「あれは……! 調査兵団のマントだ!!」

 ミカサが指差すその方角、そこには、二組の見慣れたマントが転がっていた。

 二人共、それを一目見ただけで、それが調査兵のなれの果てだと言う事が理解できていた。

アルミン「エレン、僕達をあの辺りで降ろしてくれ!」

 アルミンの言葉通り、エレンは調査兵の亡骸の傍にアルミンとミカサを降ろす。

 その間にも前方の巨人達はエレンに向かい、唸り声を上げながら突撃を開始する。

 迎撃に移るエレンだったが、その多勢に劣勢を強いられていた。


 それを視界に捉えつつ、遺体に駆け寄るミカサとアルミン。

 遺体の損傷は酷く、醜く潰された顔は判別が不能な程に腐臭を放ち、朽ちていた……。

 そして……。


アルミン「お借りします、どうか安らかに……」

 二人は数秒の敬礼と共にその兵士のドッグタグと思わしきネックを懐に仕舞い、装備を換装する。

 幸いな事に、ガスもブレードも十分にあり、使用するには問題なさそうだった。

アルミン「ミカサ……準備は大丈夫?」

ミカサ「うん、いつでも行ける」

アルミン「ミカサはエレンの援護をお願い、出来る限り、僕は索敵を続けてみる」

ミカサ「わかった」

 そして、立体起動に移り、ミカサとアルミンは木々の合間を駆け抜ける。


ミカサ「エレンから……離れろォォォ!!!」

 エレンの肩に喰らい付いていた巨人のうなじを、ミカサが的確に切り伏せて行く。

 装備も整い、撤退の準備はこれにて万全となったのだった。

 ――その頃、森から約3キロの地点。

サシャ「………ん?」

ミケ「……んん……?」

リヴァイ「どうした、何かあったか?」

サシャ「……森の中から、地響きと叫び声の様な音が聞こえます!」

ミケ「ああ、俺も感じた! この音は……巨人が暴れてる音だ!!」

エルヴィン「もしや、エレン達か?」

リヴァイ「さあて、どうだろうな」

ハンジ「でも、それはあり得ないと思うよ……補給も無いまま三日も経っているし、とてもエレンの体力が持つとは思えないんだけど」

エルヴィン「それはすぐに分かる事だ……総員! 信煙弾放て!!」

 エルヴィンの声に合わせ、各々が一斉に信煙弾を頭上に向けて打つ。

 その軌跡は遥か頭上に弧を描き、アルミン達の視界にも確かに写り込んでいた。

アルミン「見えた! 信煙弾だ! 救援隊はこの辺りにいたんだ!」

ミカサ「じゃあ、あの先に救助が!」

アルミン「ああ! みんなここに来てくれていた!! エレン、あっちだ! あっちに向けて走るんだ!!」

エレン「ウヲヲヲヲヲヲォォオォオオオオオオ!!!!!」

 目標を視認したエレン目掛け、前方と後方から多数の巨人が迫り来る。


ミカサ「エレンの邪魔はさせない……消え失せろぉぉおお!!!!」

 一足飛びでアンカーを射出し、次々とミカサがエレンの前に立ちはだかる巨人達を蹴散らして行く。

 それに遅れるように、アルミンもまた周囲を索敵しつつ、エレン達に必死で追い付いていた。


アルミン「エレン!後方と右舷から三メートル級計六体! 距離およそ200!」

エレン「ウヲヲヲオオオオオオ!!!!!」

 アルミンの的確な策敵により、エレンもミカサもいち早く巨人の迎撃に移る事が出来ていた。

 そして後方の巨人を振り切りつつ、会敵する巨人を撃破しながら森を走破する事しばらく、信煙弾の発射されたポイントは着実に迫って来ていた。


 そして……。

コニー「んん……あれは………?」

 木の上で索敵をしていたコニーが何かを見つける、次第にそれは疑惑から確信に変わり、コニーの顔に笑みがこぼれ始める。


コニー「間違いない、エレンだ!! おーいみんな! エレンだ、エレン達が戻って来たぞ!! ミカサとアルミンもいる! みんな無事だ!」

ジャン「へっ……あの野郎心配かけやがって!! みんな!! エレン達が生きていたぞ! 死に急ぎ野郎の生還だあああ!!!!!!」

一同「うおおおおおおお!!!!!!!」

 ジャンの声に合わせ、周囲から歓声が響き渡る。


ライナー「あいつ、やっぱり生きてたか!」

ベルトルト「今エレンに死なれるわけにはいかない……正直、安心したよ……」

コニー「へへっ……ジャンの言うとおりだったな」

ユミル「ったく、心配かけやがって! あいつら!!」

クリスタ「エレン……ミカサ……アルミン……! 良かった! 本当に良かった!!」

サシャ「ああでもっ! 凄い数の巨人に追われてますよ!」

エルヴィン「総員迎撃準備! リヴァイ、エレンの護衛は任せたぞ」

リヴァイ「ああ、おいガキ共、俺に付いて来い、迫って来る奴ら、全員で蹴散らすぞ!!」

一同「了解!!」

 リヴァイの声に合わせ、各々が立体起動の準備に移る。


 そして、およそ72時間に及ぶ時間が過ぎた今、ようやくエレン達と救援隊が合流に成功する。


アルミン「皆さんご心配をおかけしました!! エレン・イェーガーを始め、ミカサ・アッカーマン、アルミン・アルレルト、無事に生還しました!」

ミカサ「ですが、森の中から多数巨人が襲来しています、皆、気を引き締めて!」

リヴァイ「了解だ、後は俺達に任せておけ」

 その背後からも多くの巨人がエレン目掛けて襲いかかって来ていたが、エレンの無事に士気の上がった兵士達の敵ではなく、瞬く間に巨人の掃討は完了した。

 そして……エルヴィンの声が周囲の隊員に向け、響き渡る。

エルヴィン「総員撤退!! 急いでこの場所を離れ、拠点へ帰還する! 索敵怠るな! 全員必ず生きて帰るんだ!!」

一同「了解!!」


 巨人化したエレンを中心に索敵陣形が形成され、消耗したミカサとアルミンは馬車へと駆けて行く。

 拠点に向け、平地をひた走るエレン達に向けて尚も巨人達が群を成して襲いかかって来ていたが、満身創痍ながらも生きる意思をより堅固にしたエレン達の敵ではなく、次々と打ち倒されていった……。


 そして、一人の犠牲者を出す事無く、調査兵団は拠点への帰還に無事成功したのだった――。

―――
――


 調査兵団拠点

 星々が夜空を照らす頃、拠点に到着するや否、すぐさまエレンは解放された。

 エレン達の無事の一報を聞いた兵達はすぐに救助隊の元に向かい、その無事を喜び合っていた。

 ある者は抱き合い、ある者は笑い、ある者は泣きながらも、エレン達の無事を祝福していた。

 それはエレン達も同じだった。

 拠点に戻り、安全が確保されるや否、無事生還できた事の喜びに胸が溢れ、生き延びたという事実に心が躍りそうになる。


 だが、数度に及ぶ戦闘の疲労は確かに彼等の身体を蝕んでおり、その疲労感にエレン達は思わずよろけそうになるが、それでも震える足を奮い起こし、エレンは仲間達に向き合っていた。

エレン「みんな、本当に助かったぜ……ありがとうな」

コニー「ったく……お前らよぉ……本当に、本当に良かったぜ……」

ユミル「お前達が心配でクリスタなんて夜も寝られなかったんだぞ……見てみろよこのクマ……クリスタの綺麗な顔が台無しだ」

クリスタ「うんっ……うん……っっ……みんな……無事で良かった……生きてて良かった……っっ!」

アルミン「みんな……心配かけて本当にごめん……」

サシャ「うえぇ~ん……エレン、ミカサぁ、アルミン……みんな、本当に無事で良かったですぅぅぅ!!!」

エレン「わっ! サシャ! 急に抱き付くな!」

サシャ「……ん?? くんくん……なんですか、この微かに香る美味しそうな匂い……なんかすごく美味しそうな匂いがするんですけど……」

エレン・アルミン「げっ……!」

ミカサ「サシャ、それは……」

アルミン「あーー、それはほら!! アレだよ!! 森の中にすっごい良い香りのするキノコがあってさ!! それを食べたんだよ!」

エレン「あ、ああ! そうそう! いやぁーあれ超美味かったよなぁアルミン!!」

サシャ「あんなに巨人がいる森の中で……ですか?」

エレン・アルミン「ゔ……」

ミカサ「……巨人は私が引きつけて退治した、その隙にアルミンが私の考えもつかない様なやり方でそのキノコを調理してた」

アルミン「そ、そうそう! そうだよ!」

サシャ「……? ふぅーん……まぁ、いいですけど……でも、本当に無事で何よりです、今度あの森に行く事があったら、是非私にもそのキノコ、食べさせて下さいねっ」

エレン「あ……ああ、いつかな」

コニー「何か隠してないか、あいつら……」

ユミル「さぁ……」

―――
――


エレン「でも、一体なんでみんながあんな所に……」

ミカサ「調査兵団の数は限られていた……作戦が失敗したその後すぐに救援が来るなんて、私達は考えもしなかった……」

アルミン「確かに、信じられなかったよ……一体どうして?」

コニー「ああ……それはな……」

クリスタ「ジャン達が、リヴァイ兵長とエルヴィン団長に直談判しに行ってくれたから……なんだ」

ジャン「おいクリスタ! 余計な事言うんじゃねえよ……」

アルミン「……? どういう事?」

クリスタ「実は……」

 回想

 その日、ジャンは震える手で指令室の、エルヴィンのいる部屋の戸をノックしていた。


ジャン「失礼します、ジャン・キルシュタインであります!」

エルヴィン「入れ」

ジャン「ハッ!」

 扉の奥の声に答え、ジャンは指令室に入る。

 指令室には、椅子に腰かけたエルヴィンと、その横ではリヴァイがジャンを睨むように立っていた。

 エルヴィンとリヴァイに向け、敬礼を崩す事無くジャンは声高に言い放つ。

リヴァイ「おい、このクソ忙しい時に一体何の用だ?」

ジャン「恐縮ですが、リヴァイ兵長とエルヴィン団長に一つお願いがございます!」

エルヴィン「ふむ……エレン・イェーガー達の事か」

ジャン「はい! エレン達の救助の許可を、是非頂きたいと思います!」

リヴァイ「おいガキ……ふざけた事言ってんじゃねえぞ……作戦が失敗に終わった今、どの兵も満身創痍なんだ……そんな状態で、生きてるか死んでるかも分からねえ新兵の救援なんてそうそう出せるとでも本気で思ってんのか、ああ?」

ジャン「で、ですが! まだ死んだと言う確証もありません!」

リヴァイ「ハァ……いいか、てめえらが巨人に食われる為に行きてえんなら俺は止めん、勝手に探して勝手に死ね。だが、そんなてめぇの我儘に俺達まで巻き込む道理がどこにある」

リヴァイ「てめぇの独断で救助の途中で誰かが死んだとして、その責任を背負えんのかてめえは」

ジャン「そ……それは……!!」

ジャン(……恐ぇ!! ……リヴァイ兵長超恐ぇ!! ……でも、俺も腹括ったんだ、後には退けねえ!!)

 射抜くようなリヴァイの眼力にジャンの手足が震える……が、それでもジャンは折れる事無く、自分の思いを口に出す。

リヴァイ「どうなんだって聞いてんだ、答えろ」

ジャン「……もしも、もしもこの救助で死人が出たら……俺が責任を取り……そいつの家族に、俺の心臓を捧げます……!」

リヴァイ「はぁ……? てめぇの汚ぇ心臓如きで責任が取れるとでも、本気で思ってんのか」

ジャン「……っっ!」

リヴァイ「質問に答えろ、おい」

エルヴィン「待てリヴァイ……それは本当か、ジャン・キルシュタイン」

ジャン「………………っっ」

エルヴィン「本当かと聞いている、ジャン・キルシュタイン」

 刺す様なリヴァイの目線とは違い、エルヴィンのその眼は試す様に、まるで眼前の兵士の意思を計るように、ただ静かにジャンに向けられていた。

 その眼に対し、ジャンもまた強く己の意思を告げる。

ジャン「はい……もしもこの救助で一人でも死者が出たら、その時は……俺が責任を取り、腹を切って償います!!」

 指令室にジャンの声が響き渡る。その声に呼応するように、背後から複数の声が聞こえて来た。


「ちょっと待って下さい」

 声のする方に三人の目が向く、そこには、敬礼の姿勢を取ったままのライナー、ベルトルト、コニー達の姿が見えた。


ジャン「お前ら……!」

ライナー「ジャンだけじゃありません、俺達も責任を取ります」

ベルトルト「私も、ジャンの意思に賛同します」

コニー「お、俺もです!」

ジャン「なっ、てめぇら何言ってんだ! これは俺の問題だ! お前達を巻き込む訳には行かねえよ!」

コニー「はっ! なーに言ってんだ、ジャンにだけカッコつけさせっかよ」

ベルトルト「今エレンを死なせる訳には行かない、それは、ジャンだけじゃなく僕達もそう思っているんだ」

ライナー「ああ、ベルトルトの言うとおりだ、そしてその為なら、俺達も戦士として自分の命を懸けるつもりだ」

コニー「それによ……エレンもミカサもアルミンもみんな、俺達の仲間だ……なら、助けに行くのが仲間ってもんだろ」

ジャン「お前ら…………!」

 ジャンの横に並び、コニー、ライナー、ベルトルトの三名は再度敬礼をする。

一同「――エレン達の救出の許可を、どうか願い致します!!」

リヴァイ「ガキ共が……揃いも揃って何を勝手な事を……!!」

エルヴィン「分かった……君達の意思はよく伝わった……だがここは一先ず下がれ、詳しい事は追って知らせる」

リヴァイ「おいエルヴィン、俺はまだ良いとは……」

エルヴィン「リヴァイ、彼等の意思は確かに本物のようだ……確かに彼の言うとおり、エレン達はまだ死んだと決まった訳ではない」

リヴァイ「…………」

エルヴィン「それに、エレンの存在は今後の人類の勝利の為に必要不可欠な存在でもある……生きているにせよ、死んでいるにせよ、エレンの身体は必ず回収すべきだ、そうだろう」

ジャン「それじゃあ……」

コニー「エルヴィン団長……!」

 エルヴィンの眼は強く、扉の前の四人の兵士達を見据えている。

 臆することなく自分達に向けられた彼等の眼差しからは、確かな意思と覚悟が感じられる。

 その覚悟に嘘偽りが無い事を見届け、エルヴィンはただ静かに、彼等の意思に応えたのだった。

エルヴィン「ああ、すぐにエレン達の救助の為の作戦を立てよう。リヴァイ、残った兵の招集を急がせろ、これは命令だ」

リヴァイ「……了解した」

ジャン「エルヴィン団長……あ、ありがとうございます!」

 自分達の願いを聞き届けてくれたエルヴィンに向け、ジャン達の口から次々と感謝が告げられた。

 ――そして、ジャン達が扉を出てからしばらく。


リヴァイ「今日は随分と情に熱い団長様だな」

エルヴィン「しかしリヴァイ、お前の胸中も彼等と同じだった……そうだろう?」

リヴァイ「……ふん……兵を招集する」

 リヴァイはそれに答えず、無言で部屋を出る。

 その数時間後、エルヴィンの命令により、エレン救出の任務が残存の兵達に伝達された……。

―――
――


クリスタ「って事があったんだ……」

エレン「そっか……ジャン、ライナー、ベルトルト、コニー……助かったぜ、本当にありがとな」

ジャン「別に、俺はテメェが生きてようが死んでようがどうでも良かったんだけどな」

アルミン「はははっ、ジャンのその照れ隠しも相変わらずだなぁ」

ジャン「なっ! アルミンてめぇ!」

ライナー「ったく、本当に素直じゃないな、あいつ」

ベルトルト「ああ……でも、エレンが無事で良かった……」

ライナー「……ああ、そうだな…………」

ミカサ「ジャン……ありがとう、ジャンのお陰で私達は救われた、本当にありがとう……」

 ミカサの感謝の笑みがジャンに向けられる。

 自身に対し、初めて向けられるその笑みにジャンの鼓動が急速に早くなる。


ジャン「…………っっ!! なっ! べ、別に!! 大したことじゃねえよ! こんくらい、何でも……!」

サシャ「あははは、ジャン、顔真っ赤ですよー?」

ジャン「うっせーー! いいから戻んぞ!」

ジャン(ミカサのあんな顔……俺初めて見たぜ……! ああもう、本当にやって良かったぁぁああ!!)

 満身創痍の身体を振り起こしつつも、各々がエレン達の無事を祝っていた。

 だが、その浮かれた雰囲気も、唐突にやって来たエルヴィン、リヴァイ、ハンジ達の来訪により、四散する事となる。

 その姿を見たその場の全員が敬礼をしたまま、静かにエルヴィン達を見つめていた……。

エルヴィン「エレン、ミカサ、アルミン……皆、よく無事でいてくれた」

エレン「エルヴィン団長、オレ達の救援、本当にありがとうございます」

エルヴィン「いや、礼なら彼等に言うべきだ。……私はただ、君達の無事を信じ、指示を出しただけだからな」

アルミン「団長……」

エルヴィン「報告は後日でいい、とにかく今は、身体を休める事に全力を尽くしてくれ」

アルミン「ハッ! お心遣い、感謝します!」

リヴァイ「おい、お前達」

エレン「リヴァイ兵長……リヴァイ兵長もありがとうございました、今日オレ達がここにいるのも、兵長のお陰です」

アルミン「……そうだ、リヴァイ兵長、こちらを……」

 アルミンが懐から撤退の際に森で回収したドッグタグを取り出し、リヴァイに手渡す。

リヴァイ「……これは?」

アルミン「撤退の際、朽ちた遺体から回収しました……兵長にお返しします」

リヴァイ「…………そうか」

 それを静かに受け取り、掘られた名前を見る。

 血で錆びついた鉄製の板には二名の調査兵の名前が彫られており、それが、リヴァイの元で任務に就いていた兵士の物だと言う事がリヴァイ達には即座に理解出来た。

 アルミンから手渡されたドッグタグを大切に懐に仕舞い、リヴァイが一言告げる。


リヴァイ「これで、ようやくあいつらを家族の元に帰してやれる……アルミン、よく回収してくれた」

 そうして笑う事も無く、一言、リヴァイの声だけが風に流れて行った……。

ハンジ「ご苦労だったね、君達もさ」

ミカサ「はい、ですが……私が至らないばかりに、多くの犠牲を出してしまった……」

エレン「ああ……オレ達にもっと力があれば……あんな事には……くっ!!」

アルミン「分かっていたけど……それでも……僕達には何もできなかった………っ」

エルヴィン「過ぎた事を悔いても意味はない。なれば、失われた多くの命に報いる為にも、私達は生き続けなければならない」

リヴァイ「ああ、それが……生き延びた俺達が死者に出来る、唯一の手向けだ」


 そして沈黙の中、エルヴィンの声が響き渡る。


エルヴィン「今この場で生きている全ての兵士達に告げる!! 任務の為、人類の為に散って行った全ての勇者達に向け、総員、黙祷!!」

 静かに、ただ静かに、その場の全員が目を瞑り、祈りを捧げていた。


 散って行った死者に向け、志半ばで倒れた仲間に向け、自分達に未来を、夢を託し、散って行った数多の英霊達に向け、彼等の祈りが捧げられる。


 ある者は悲しみに涙を流し、またある者は怒りに拳を握り締めつつも、皆、新たな誓いを胸に抱いていた……。



 ――この世に生きる全ての生命の為、巨人を殲滅し、壁を抜け、自由を取り戻す。



 その場の全ての想いに応えるかのように、夜空には流星が一筋、遥か遠くの地に流れて行った――。

―――
――


 その夜、彼等は夢を見た。

 その夢はとても心地よく、幸福に包まれた、暖かな夢だった……。


サシャ「あれもこれも美味しい………ん~~!!! 最高れす………もがもが……っっゔ………」

コニー「おい誰か水だ!! サシャが肉を喉に詰まらせて息してねえ!!」

サシャ「ぼびく(お肉)……ぼびぐ(お肉)ぅ……」

マルコ「でも手だけは休まず動いている……」

トーマス「なんて執念だ……さすがサシャ……」


ジャン「おいアニ!! てめぇそれは俺の肉だ返しやがれ!!!」

アニ「いいだろ……別に減るもんじゃないんだし」

ジャン「減ってるよな……? なぁ、どう見ても減ってるよな!?」


ライナー「クリスタ、良かったらサラダ食うか、これ、すっげぇ美味いぞ」

クリスタ「うん、ライナー、ありがと」

ユミル「ちょーーっと待ったライナー、ほーらクリスタ、クリスタの眼差しよりも甘い、甘ぁーいお菓子だよ……こっちの方がいいだろ、な?」

クリスタ「うん、ユミルもありがとう……♪」

ユミル・ライナー(て、天使……いや、女神だ……)

ベルトルト「ライナー、顔、顔……」

リヴァイ「ちっ……ガキ共が、飯も静かに食えねえのか」

エルヴィン「はっはっは……うむ、どれも実に美味だ……こんな店が本当にあったとはな……」

ミケ「ええ、本当に楽しそうで……来て良かったですねぇ」

ハンジ「これさー、どうやって作ってんだろ……製造工程が気になる、すっげぇ気になる……ねえリヴァイ、私兵隊やめてここで働いていい?」

リヴァイ「黙れクソメガネ」

ハンジ「う~~~……ダメかぁ、ねえ、どうしてもダメ? ねえリヴァイってばぁ~」

グンタ「ハンジ分隊長! それ以上兵長に絡むと本気でブチ切れますって!」

リヴァイ「……………………」

エルド「やべぇ……兵長の顔がいつも以上にやべぇ……」

オルオ「美味ぇ……どれもこれも最高だぜちくしょー!生きてて良かっ……(がぶっ)……痛っってぇえぇ!!!」

ペトラ「オルオ……少しは黙って食事が出来ないの……?」

キース「うむ、しかし……本当に料理は最高ですな……私も長く料理をしてきましたが……こんなに美味な料理は初めてです……」

ピクシス「はっはっは……美味い酒に美味い料理、おまけに美人も多いと来た……特にほれ、あの金髪と黒髪の給仕の娘達、なかなかに美人じゃわい……ウチで是非雇いたいものじゃ」

アンカ「司令、少し自重して下さい」

ピクシス「ほっほっほ、こりゃなかなか手厳しいのう」


ハンネス「うぃぃ……エレーン、しっかり食ってっか~?」

エレン「ハンネスさん、あんた飲み過ぎだろ」

ミカサ「ほらエレン、肉ばかりじゃなくて野菜もちゃんと食べないと強くなれない」

エレン「ミカサっ! 俺の肉取んなよ! こんなに美味いもんがあるのに、野菜なんか食ってらんねえよ!」

ミカサ「だめ、エレンは野菜も食べるべき、好き嫌いは認めない」

ハンネス「はっはっは!! すっかり尻に敷かれてんなぁエレンよぉ!」

エレン「な、何言ってんだよハンネスさん!!」

ミカサ「エレンは私の家族……家族の事を考えるのは当然の事……」

アルミン「あははは、ミカサもエレンも本当に幸せそうだなぁ」

店主「アレッタさん、追加注文分完成だ、持ってってくれ!」

アレッタ「はーい! ステーキ五人前お待ちどうです!! ひー、い、忙しい~~!」

クロ『お待たせしました、ハンバーグ定食になります……』

タツゴロウ「はっはっは、しかし、この店がこうも賑わうとはな! 美味い、今宵の食事は一際美味く感じられるぞ!」

ハインリヒ「いやはや、彼等の幸せそうな顔、こちらも食欲をそそられますなぁ」

 暖かな喧騒が店内を支配する。

 彼等の宴は絶えず続き、その光景を店中の誰もが微笑ましく見つめている。


 それは、とても暖かく、心地よく、全ての争いから解放された彼等の夢。

 戦いに明け暮れる彼等に訪れた、ほんの一時の平和だった――。

―――
――


 翌日

 兵舎の広場、穏やかな風の流れる中庭に彼等はいた。


エレン「………………」

ミカサ「あ、エレン……こんな所にいたの」

エレン「ああミカサか、……どうしたんだ?」

ミカサ「少し、昨日の事を思い出していた」

エレン「ああ、オレも……ミカサと同じ事を思い出してた所だ」

ミカサ「今でも信じられない……あの森の中に、異世界に通じる扉があったなんて……」

エレン「でも、オレ達は確かにあそこにいた……あの店でメシを食って、体力を取り戻し、そして救援隊と合流できた……」

ミカサ「うん……」

エレン「ミカサ……必ず、また行こうな」

ミカサ「エレン……うん、必ず……次はみんなで……!」

 エレンの強い声に、ミカサは笑顔で応える。

 その時、遠くからアルミンの声が聞こえて来た。

アルミン「ああ、いたいた! おーい、エレン! ミカサ!」

エレン「アルミン! 団長達への報告は済んだのか?」

アルミン「うん……っても、さすがに異世界食堂の事は話せなかったけどね」

エレン「まぁ無理も無いか、かなりムチャクチャな話だもんなぁ」

アルミン「さすがに、森の中に異世界に通じる扉がなんて事、報告書に大真面目に書いたら精神疾患を疑われかねないからね……下手したら、今後の作戦から外されるかも知れないし」

ミカサ「それは駄目、アルミンの知識と閃きは、今後の私達にとっても必要不可欠」

エレン「だな、アルミンがいなきゃオレ達、生き延びれる気がしねえよ」

アルミン「そんな、買い被りすぎだよ……」

エレン「それで、報告書にはなんて書いたんだ?」

アルミン「うん、森の中でヘビや野草を捕えて食べて生き延びたって事にしたよ」

エレン「そっか……」

ミカサ「今、エレンと二人で約束をしていたところ」

アルミン「約束? 何の?」

エレン「ああ、またみんなで、あの店に行こうってな」

アルミン「うん……そうだね!」

エレン「巨人共を全て倒して、壁を抜けて……そしたら、あの店で祝勝会だ!」

アルミン「今度は、砂糖を使ったお菓子なんかも食べてみたいよね」

エレン「オレはやっぱり肉だな! あの店の肉料理、次は全部食いきってやる!」

ミカサ「その為にも、今日から倹約して貯金をしなければ……」

アルミン「ハインリヒさん、僕達の為に一体いくら使ったんだろうね……」

エレン「ああ、そのお返しもしっかりしないとな……」

 そして笑顔を一変させ、エレンは真顔で二人に向き直る。

エレン「ミカサ、アルミン……」

ミカサ・アルミン「うん……」

エレン「何があっても、オレ達は生き続けるぞ……必ずな!」

ミカサ「勿論、私は生きる……生きて、仲間を、家族を守る……!」

アルミン「僕もさ、世界の全てをこの目で見届けるまで……死ねない! 死ぬ訳にはいかない!!」

エレン「ああ……オレ達は生きる……!! 生きて! 必ず壁の外に出るんだ!!!」

 エレンの声が中庭に響き渡る。

 それは、森の中で立てた誓いとは別の、もう一つの誓い。


 巨人を駆逐する為ではなく、その先の為の誓い。


 己が生きて何を成し遂げるかを宣誓する、鬨(とき)の声だった――。



 これは、後に大いなる陰謀に巻き込まれ、そして仲間に裏切れつつも尚、その歩みを止めぬ、兵(つわもの)達の物語。


 ――数多の生と死が交錯する戦場で彼等が見出した、一時の至福の物語である。

 後日談


 チリンチリンと、閉店も過ぎた頃、唐突にその扉は開かれた。

 扉から一人の老人が入り、その老人は何も言わず、静かに席に腰をかける。

 薄暗い店内では店主が一人、店閉めの作業を行っていた。


店主「すいませんお客さん、もうへいて……おお、これはこれは、お久しぶりです」

老人「夜分遅くに失礼する、なかなか連中の隙を縫う暇がなくてな」

店主「せっかくですし、残り物で良ければご用意しましょう、如何いたしましょうか?」

老人「ああ、それで頼む」

店主「お酒は……今日は何にしましょう?」

老人「ウィスキーといったか、あれを氷で冷やしたやつを頼む、あれほど美味い酒、こちらではなかなか飲めんでな」

店主「はいよ、少々お待ちください」

 そしてしばらく、老人の元に酒とつまみが用意される。

店主「お待たせ致しました、ウィスキーのロックとおつまみになります」

老人「おお、待っておったぞ」

 そして老人は、琥珀色の液体が注がれたグラスを一口含み、その味を絶賛する。


老人「うむ、美味い……この透き通る様な氷の冷たさが酒の味をより引き立てておるわ……それに、この柔らかいつまみは何じゃ? この独特の臭みと塩加減、実に酒によく合う……」

店主「それはスモークチーズです、牛乳を発酵させて固めた物を、燻製にしたやつですよ」

老人「ほっほっほ、牛の乳がこんなにも美味くなるとはな……いや、長生きはするもんじゃのう……」


店主「喜んでもらえて光栄です…………ピクシスさん」

 その老人の名はドット・ピクシス。

 駐屯兵団の司令官にして南側領土を束ねる最高責任者その人だった。


ピクシス「ほっほっほ……そうじゃ店主よ、ワシの願いは守ってくれとるかの?」

店主「ええ、先代からの約束ですからね……前にもピクシスさんの服を着た兵隊さんが来てましたけど、言いつけ通りに、ピクシスさんの事は内緒にしておきましたよ」

ピクシス「そうか……来ておったか……いや、感謝する……どんな兵だった?」

店主「それがですね…………」

 薄暗い店内に、微かに賑やかな会話が響き渡る。

 そして、一人の老兵の晩酌は、日を跨ぐ寸前まで続けられるのであった……。


 fin...

これにて終了です、前にリゼロと異世界食堂のクロスも書いてみましたけど、それとは違った雰囲気が出ていたらと思います。

見て下さった方ありがとうございました。

それではまた今度は違うSSで。

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