・「アイドルマスター シンデレラガールズ」の二次創作です。
・花火アイプロやシンデレラガールズ劇場135話の後ぐらいに起こった話として書いています。
・独自設定あり。
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●秋、土曜の昼下がり/事務所前
ほたる「私は、黒猫が苦手です」
安部菜々「あら、それは初耳ですね」
菜々「理由を、聞いてもいいですか?」
ほたる「―――最初から苦手だったわけじゃないんです」
ほたる「私、昔から黒猫さんが寄ってくることが多くて」
菜々「あっ、うらやましい」
ほたる「小さなころは、そばにいてくれるのを喜んでいたんです……私、お友達が少なかったから、よく黒猫さんと一緒に遊んで……」
菜々「猫、かわいいですよねえ―――」
ほたる「―――でも、いつのころからか、言われるようになったんです。『ほら、白菊にまた黒猫が寄ってきた』って」
菜々「……」
ほたる「魔女の傍には黒猫がいる。白菊の傍に黒猫が居るのもきっと―――って」
菜々「紐付けされちゃったんですね」
ほたる「言われ続けるうちに、私も、黒猫さんが寄ってくるのが、まるで証拠みたいに思えて来て」
菜々「証拠?」
ほたる「私が、人を不幸にする、不吉なものだって、証拠」
ほたる「そう思うようになったら、黒猫さんが近づくと、胸がぎゅっ、て苦しくなるようになって。避けるようになって―――」
菜々「そういえば、この間の花火イベントのとき、ペロちゃんを怖がってましたね」
ほたる「……」
菜々「雪美ちゃん、『ペロ、悪い子じゃないよ』って言ってましたっけ」
ほたる「―――佐城さんに、悪いことしたって思っています。ペロさんはだいじな友達だそうですから、嫌がられるのは、いい気分じゃなかったはずです」
菜々「うん、それは、その通りでしょうね」
ほたる「だから、謝ったのは、本当の気持ちなんです。でもやっぱり苦手で、胸が苦しくて―――それがなんだか、佐城さんにとてもとても悪い気がして……」
菜々「……ところで、ナナからもうひとつ、聞いていいですか」
ほたる「はい」
菜々「黒猫が苦手なほたるちゃん」
ほたる「はい」
菜々「そんなほたるちゃんは、なぜペロちゃんを抱いて事務所の前で途方に暮れているんですか?」
ほたる「とても断れなかったんです……!(足元にキャットフード他一式)」
●前日のいきさつ
佐城雪美「ペロを……おねがい……」
ほたる「えっ」
雪美「……土、日、祝の3日……地方ロケ……泊りがけ」
ほたる「大変ですね……」
雪美「……ペロは……つれていけないって……だから……預かって、一緒にいてくれる人、探してた」
雪美「だから……あなたに、お願い……」
ほたる「あ、あの」
雪美「……駄目?」
ほたる「―――解らなくて」
雪美「……?」
ほたる「ペロさんは、とても大事なお友達だ、と聞いています」
雪美「うん……ずっと、一緒……」
ほたる「……この事務所には、私より佐城さんと親しい方もいるのではないでしょうか」
雪美「……いる、よ?」
ほたる「私より、猫に詳しい人も、きっと……」
雪美「……たぶん、いる……」
ほたる「……私が、あまり縁起の良くない子だと言う話しは」
雪美「……知ってる。よく犬に吠えられてるって……ペロが……」
ほたる「なのに、どうして私に……?」
雪美「……ペロが……あなたに……頼めと言った……」
●再び土曜日/事務所前
菜々「それで断れなくてつい預かってしまいましたと」
ほたる「たった今、ロケバスを見送ったところです……」
菜々「正直に、黒猫は苦手ですって言ってもよかったと思いますよ?」
ほたる「でも……佐城さん、人見知りなところ、あるじゃないですか」
菜々「……そうですね」
ほたる「練習熱心で、つらそうな顔を見せることも少ないけど……レッスンの後とか、時々人の輪から離れて、ぽつん、と居ることがあるんです。10歳の、女の子が」
菜々「……」
ほたる「それなのに、あまり親しくない私にわざわざ、お願い、って―――勇気が要ったんじゃないかなって。そう思ったら、断れなくて……」
菜々「にしても、ほたるちゃん。思いのほか雪美ちゃんのこと見てたんですね」
ほたる「……悪いことしちゃったから。ずっと、気になっていたんです。レッスン一緒になったらいつの間にか目で追ってたり」
菜々「なるほど、それならいい機会かもしれませんね。ナナも手伝ってあげますから、ちゃんとお世話してあげ……ほたるちゃん、ペロちゃん抱く手がこわばってますよー?」
ほたる「わ、解ってるんですけど、でも……!」
菜々「落ち着いて、落ち着いて。こわくないこわくなーい……ほら、黒猫は福猫なんてことも言いますし」
ほたる「……黒猫が、福猫……?」
ペロ「ンギャア(ほたるの手からするするっと抜け出す)」
菜々「あっ」
ほたる「あっ……ぺ、ペロさん?」
ペロ(そしらぬ顔であらぬ方向に走りだす)
ほたる「ペ、ペロさん待って!?」
菜々「な、ナナも追い(ビキィ)腰ィっ!?」
ほたる「な、菜々さん!?」
菜々「な、ナナのことは構わずに追ってください……(ばたり)」
ほたる「お、お大事に……!」
●おいかけっこ
ほたる「まって、待ってください……!」
ペロさんはぜんぜん待ってくれません。
右へ左へ、気ままに町中を駆け回ります。
私は必死にそれを追いかけます。
―――もし、捕まえられなかったらどうしよう。
ロケから戻ってペロさんが居なかったら、佐城さんはどんなに悲しむだろう。
こうして追いかけてる間に、ペロさんが事故にあったら?
いやな想像がどんどん膨らんで、気ばかりあせりります。
そんな私を尻目に、ペロさんは軽々と駆けて。
後ろ姿はいつも見えているのに、どうしても追いつけなくて―――
ようやくペロさんを捕まえられたのは、私が追いつけたからではなくて。
ついに走れなくなってへたりこんだ私に、ようやくペロさんが寄ってきてくれたからでした……
●土曜夜 女子寮白菊ほたる自室
菜々「……ともかく、連れ帰れてよかったですね」
ほたる「あんなに逃げたのに。あの後はおとなしく部屋まで来てくれて、私のベッドですやすやと……」
菜々「そんなに逃げたんですか」
ほたる「ずっと走ってたけど、ぜんぜん追いつけなくて。後ろ姿はいつも見えているのに、どうしても手が届かなくて」
菜々「え?ずっと見えてたんですか」
ほたる「え、は、はい……」
菜々「……(モシカシテ)」
ほたる「あ、あの?」
菜々「ああ、いえ―――そういえば、ほたるちゃんは福猫の話、知らなかったんですか」
ほたる「初耳です。不吉なものだ、ってお話は、よく聴かされていたのですけど……」
菜々「夜目が効いて目ざとく物を見つけるし、ネズミを取って穀物を守ってくれる。昔の人にとって猫はとっても有難かった―――だからそのうち『猫は福を招くに違いない』って、みんなが言い出したんですよ。だからずっと昔から、日本では猫は縁起物。外国でも、演技がいいって言うところは少なくなかったみたいです」
ほたる「……」
菜々「それで招き猫なんてあるわけです……あれに黒いのがあるの、見たことないですか」
ほたる「……そういえば」
菜々「色には、ちゃんと意味があるそうです。白は招福、金は金運。で、黒は魔除け・幸福・厄除け。だから『福猫』って言うんです」
ほたる「知らなかったです。でも、それならどうして……あ」
菜々「?」
ほたる「そういえば、あの……お腰は大丈夫でしたか?」
菜々「おかげさまで。明日には平気でしょう」
ほたる「よかった……」
菜々「まあしばらく動けなくてレッスン遅刻しちゃってトレーナーさんにすっごく怒られたりしましたけどーあははー」
ほたる「菜々さん……!」
●日曜日
ほたる「お願い、ペロさん、逃げないで……!」
日曜日、ペロさんは逃げないでいてくれました。
午後になって、私のレッスンが終わるまでは。
レッスンが終わるまでおとなしく待ってくれて、レッスンが終わったとたんにびゅーって逃げ出して。
私は今日もそれを追いかけます。
どれだけ走っても、先回りしようとしてもぜんぜんだめ。
どうしても追いつけなくて……
―――どうしてこんなに、逃げるのでしょう。
私が、ペロさんを苦手に思っているのが、伝わるのでしょうか。
苦手になってからずっと、黒猫さん避けていた罰というものなのでしょうか。
くよくよとそんな事を考える私を後目に、ペロさんはすいっと水路沿いに降りて、背の低い橋桁の下に入り込みました。
私も迷わず橋桁の下に駆け込んで……
ほたる「あ……!」
―――そこには一面に光の模様が広がっていました。
きらきらと揺れながら輝く水面。
それを映して、天井一面に幾重にも重なった光の紋様が踊っています
紋様は次々に姿を変えて揺らめいて、それがとってもとってもきれいで。
私は思わず、それに見とれて―――
ほたる「―――あ、ペ、ペロさん!!」
今度こそ、ペロさんを見失ったかもしれない。
冷たい汗をかきながら橋桁の出口に目をやると……
ペロ「にゃー」
ペロさんは、逃げずにそこにいました。
ほたる「……ペロさん?」
ほたる(歩いて近づくと、少し距離をとるけれど。私が立ち止まると、また止まって……?)
ほたる「……ペロさん、もしかして」
ペロさんは涼しい顔で、にゃあと鳴きました。
●日曜夜 女子寮・白菊ほたる自室
ほたる「……少し離れたビルからの反射が、川に差し込んでて。その橋桁の下だけすごく波紋がきれいに見えたんです。私、あんなの、知らなかった」
菜々「ナナも見たかったなあ……ペロちゃんはその後、逃げなかったんですか?」
ほたる「はい。ゆっくり二人で歩いて、寮まで戻れました……あの、菜々さんは」
菜々「はい?」
ほたる「きのう、菜々さんは、ひょっとして、気づいていたんですか?」
菜々「ええ、まあ―――猫はとっても素早いし、どんな隙間にでも入れますから。本気で逃げられたら、あっという間に見失っちゃいます―――でも、長く走るのは苦手」
菜々「ずっと見失わないのは、ほたるちゃんが遅れたら、ちょっと休みながら待っててくれたからじゃないかって、思ってました」
ほたる「……明日は、走らずに、ゆっくり歩いてみようと思います」
菜々「それがいいですよ。ひょっとしておもしろいことがあったりして」
ほたる「―――あの、菜々さん」
菜々「はい?」
ほたる「昨日のお話のつづき、聞いていいですか。昔から日本では福猫だったのに―――黒猫はどうして悪いものに?」
菜々「悪い魔女のおばあさんのお話が、西洋から入ってきたからですね」
ほたる「―――魔女」
菜々「『黒猫は闇に潜む。黒猫は魔女の使い魔に違いない』って、みんなが言って―――そのうち、黒猫を見かけた後に悪いことが起きたら、それは黒猫のせいだって思われるようになった」
ほたる「……」
菜々「それが西洋の習慣と一緒に日本に入ってきて、広がって、皆が『そうか、黒猫は不吉なのか』って思うようになって、みんながそう見るようになって―――」
ほたる「……」
菜々「かくして不吉の猫のできあがりです。猫はなにも変わってない。猫のまんまだっていうのに」
ほたる「みんなが、言ったから……」
菜々「ほたるちゃん?」
ほたる「あ、いいえ、その―――菜々さん、お詳しいんですね。私、びっくりです」
菜々「えへへ、ナナ、学生のころファンタジーとか魔法とか大好きで……ハッ!?いやいまでも17歳ですけどね。永遠の17歳!!」
ほたる「そうですね、菜々さんはお若いです……」
菜々「お願いだから目を見て言って?」
●月曜朝
ほたる「よろしくお願いします、ペロさん」
朝、私はペロさんと一緒に歩き出しました。
お水とお弁当、キャットフードも完備です。
昨日おもったとおり、私がゆっくりと歩いていると、ペロさんは決して駆け出しませんでした。
私が歩いただけ進んで、ときどき振り返って。
私が遅れると、待っていてくれるのです。
あの橋桁の下を見せてくれたみたいに、ペロさんは多分、はじめから私をどこかに案内してくれるつもりだったのです。
だとしたら、追いかけっこは不本意だったことでしょう。
ほたる「気付くのが遅れて、すみません」
ペロさんは気にしないと言うようににゃあと鳴いて、歩いていきます。
ゆらゆら揺れる尻尾は、さしずめ添乗員さんの持ってる旗でしょうか。
ペロさんと歩くと、今まで知らなかったものばかりが見えました。
ビルの間の取り残されたような空き地に、野菊の群生があること。
いつも通る道の一本隣に、花をいっぱい育てているおうちがあること。
都会の真ん中にあるのが信じられないような、苔むした神社が事務所のすぐ近くにあったこと。
二階の壁に、まるでお勝手口のようなドアが付いたおうち。
まるで水琴窟のように澄んだ音が聞こえてくる配水管があること。
見慣れたはずの町に、知らない道がいっぱいあるということ。
ペロさんが案内する道を通ると、意外なくらいたくさんの猫さんをみかけること。
ランニングをするときいつも通っている道をペロさんの目線で見ると、いろいろな物陰に小さな花が溢れていたこと―――
●月曜日・夕暮れ
ほたる「きれい―――」
夕陽の見える公園、芝生の上。
ペロさんと並んで座って夕陽を見て、私は息をつきました。
町は、私が知らない色々な色彩が溢れていました。
それはどれもきれいで、ペロさんが見せてくれなかったら、ずっと気がつかないままだったでしょう。
ペロさんをそっと撫でながら、私は、昨日菜々さんから聞いた話を思い出していました。
―――黒猫が福猫になったのは、皆が『黒猫はいいものだ』と言ったからで。
―――黒猫が悪いものになったのも、皆が『黒猫は不吉なものだ』と言ったからで。
だとしたら、黒猫さんを「不吉と結び付けられるようで苦手だ」と言った私自身も、黒猫さんを悪いものにしようとしていたのかもしれません。
『白菊ほたるは不幸を呼ぶ』と。
自分が言われることは、あれほどイヤだったのに。
少し落ち込んで、考えます。
……ペロさんは、私にステキなものを見せてくれました。
私が気付かなかっただけで、ずっと、見せようとしてくれていた。
そういえば、私が小さかったころ。
私の傍によく来てくれた黒猫さんは、私に避けられるようになってからも、よく姿を現してくれていました。
あの黒猫さんは、どうして嫌がられても、私の傍に来てくれたのでしょう。
もしかして、ペロさんのように―――
ほたる「―――ペロさん」
ほたる「ありがとう、ごめんなさい―――」
ペロさんは聞かないふりをするみたいに、黙って尻尾をゆらゆらさせていました―――
●月曜夜 事務所前
ほたる「ロケ、お疲れさまでした……はい、ペロさんを、お返しします」
雪美「うん……ペロ……おいで?」
ペロ(するりと雪美の腕の中に戻って、満足そうに喉を鳴らす)
雪美「ありがとう……ペロも、そう言ってる……」
ほたる「ううん、私の方こそ―――あの、聞いて、いいですか?」
雪美「……?……」
ほたる「私にペロさんを預けたのは。ペロさんがそうしろって言ったからだ、って」
雪美「……そう……ペロの、お願いだったから……」
ほたる「ペロさんは、どうして私のところに来たいと……?」
雪美「……ペロは、ね……」
ほたる「……」
雪美「ペロ……あなたに……自分は怖い猫じゃないよって……言いたかったの」
ほたる「……!」
雪美「だから……ステキなもの、いっぱい見せるって……張り切ってた……」
ほたる「……本当に、素敵なもの、たくさん見せてもらいました」
雪美「ペロのこと……もう、怖くない。ね?」
ほたる「―――はい。とっても素敵な、猫さんでした」
ほたる(ペロさんは、自分は怖くないって、証明しようとしました)
ほたる(―――私は、どうだったでしょう)
ほたる(不幸を呼ぶ、不吉だ、って言われて。黙ってしまって―――黒猫が、不吉な猫になったときのように。自分でも、そうじゃないかと思うようになって)
ほたる(もしもあのころ、『違うよ』って)
ほたる(私は怖くないよって言っていたら。もしかしたら何かが違ったのでしょうか)
ほたる(―――ううん。あのころ、じゃなくて。今だって)
ほたる「あ、あの、佐城さん」
雪美「……なあに……?」
ほたる「ペロさんが来てくれて、私、とってもとっても楽しかったんです。すごく、考えさせてもらいました―――」
雪美「……」
ほたる「だから、あの。そのお礼に―――ううん、考えさせられたとか、お礼とかじゃなくて―――」
ほたる「この機会に、わたし、佐城さんともお友達になりたいです。一緒に―――今度のオフが合うとき、遊びに行きませんか?」
雪美「……」
ほたる「駄目、でしょうか。佐城さんが不運な目にあったりしないよう、うんと気をつけます、から―――」
ほたる(きっと私も、ペロさんのように『違うよ』って言わなくちゃいけないんだ)
ほたる(自分から―――違うよ、って言って。そうじゃないものだと思ってもらえるように、頑張らないといけないんだ)
雪美「……」
雪美「……ペロも、一緒で、いい……?」
ほたる「―――はい!」
雪美「じゃあ……いいよ……」
ほたる「―――あ、あの」
雪美「……?」
ほたる「……握手、して、いいですか?」
雪美「……ん」
私は、差し出された小さな手を、そっと握りました。
それは、東京に来てから初めて、私が自分から求めた握手でした―――
●おまけ
ほたる「それで、あの、私も雪美ちゃん、って。呼んでいいですか……?」
雪美「……ダメ。それはちゃんと、親しくなってから……」
ほたる「ふふ。早く親しくなれるよう、がんばります―――」
(おしまい)
おしまい。
福猫と魔女の猫とか、言葉が呪いを作る話とか、思いついたこと詰め込んで書きました。
「あなた」が「P」になるまで段階を踏んでいるし、雪美さんは人の呼び方に拘るほうだと妄想。
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