勇者「出来る事は全部やる」戦士「……」 (15)



――……


いつかの惨劇。


湧き上る異形の者。


朽ちた文明。


急ごしらえの世界。



――……ん



今なお変わらない、世界のかたち。



だけど。

このところ、私はいつも夢に見るんだ。


……さーん


物静かで、暖かかった頃の、
あの人の顔を――





「せーんーしーさーん!!!」

「ほ、ほえっ!!」



「もー、起きてくださーい。今日は大事な日だって、昨日も寝る前言ったじゃないですかぁ」


私は戦士。
敵を討ち仲間を守る、武の体現者。

なーんてね。
私のレベル、27だし。


「ごめんごめん、行くって……。待っててよ、商人ちゃん」


この子は商人ちゃん。
秩序を失ったこの世界で、財源を支え組織をかたどる要の人材。

ま、レベル9なんだけどね。




仲間たちが毎日干してくれる布団から這い出て、くせっ毛を直す。

商人「それ直したら、来てくださいよー。お待ちしておりますからねー」

戦士「ふぁーい……」



私の意識は未だ半分夢の中。
憂いの心象に満ちた、現実の中。


半身を映す鏡には、私らしくないハの字まゆげが刻まれてましたとさ。



…………

タッタッタッタ!

戦士「待って待って待っててって言ってってー!!」


ドシーン!


商人「ぷぎ!!」


走ったら追い付いちゃった。
ので後ろからダイブしてみました。
スベスベの、ちんまい身体にのしかかります。


商人「なになになに、なにすんですか!!」

戦士「いいじゃない、私と商人ちゃんの仲だもん」

商人「痛ってってーですよ、こんにゃろめぇ!」




戦士「ところで。今朝、勇者ってもう出立したんだよね?」

商人「うー、何事もなかったかのように……そですよ。誰かさんが居眠りしている間にです」

戦士「まあ、勇者が居たら出来ない話をしようとしてるんだし、問題ないよ! 気にしない!」

商人「そ・れ・は!! わたしがあなたに言うはずのセリフです!!!」



そうです。
今から開かれる会合!は、とっても大事なお話です。


戦士「こまかいなーつんつんつん」

商人「んひゃう!? おへそっ、おへそつつかないで」

戦士「おなか出てるんだもーん、すべすべぷにぷにすべすべぷにぷに……」


けちゃけちゃと騒ぎ立てながら、みんなの待ってる食堂へと向かいましたとさ。




戦士「おっはよー!」



「おはようございます」
「……おそよう。」
「待ってて、今アンタの分作っちゃうから」


戦士「さんくす! お腹減った!」


食堂には今いる仲間が勢ぞろいしてました。



「何やら、賑やかだったようですが」
商人「きいてくださいよもー! 戦士さんがですねー――」

行儀よく座って待ってるのが僧侶さん。
レベル36、私たちの中ではもっとも手練れです。


「遅刻よくない」
戦士「まあまあ。今日も時間だけはたっぷりあるじゃん!」

ちょっとツンツンしてるこの子は盗賊ちゃん。
レベルは13。


「こ飯もたっぷりあるでしょ。ほら」
戦士「来たー!! ありがとー!!」

面倒見のいい厨房担当は魔法使いちゃん。
レベルは32で、私よりちょっと上。




パンパン!


商人「じゃ! 皆さん揃いましたし始めますよ!」

戦士「むぐむぐむぐむぐ……」

商人「……そこの。なんて美味しそうな顔して食べてるんですか」

僧侶「まあまあ、急かしても良くないですし。ひとまず、現在の状況を整理しませんか?」

魔法使い「それが良いわね」





――――

今、この世界はゆるやかに滅びの一途を辿っています。

多くの女性が異形と化し、文化圏を破壊してしまったからです。



ある時から地底より全世界に放たれ続けている力、不思議な波。
これを私たちは「星の呼気」と名付けました。

「星の呼気」にあてられ続けた女性は成すすべもなく、異形……モンスターとなってしまうのです。



しかしながら、この世界により多く残っているのは女性です。
それは何故か?

モンスターは男性の持つ力を嫌い、襲い掛かるという性質があります。
というのも、男性の近くにいる女性は「星の呼気」の影響を受けなくなるようで、モンスターがその力の持ち主を敵視するからです。

「星の呼気」が湧き出した初期の頃は、これが各地に浸透していませんでした。
多くの町や国は異形との戦いで男性を失ったのち、ゆるやかに女性も数を減らします。

亡命や移住を繰り返す事で、まだ男性より女性の方が生き残ってはいる。
ただ、既に地上の9割は異形の蔓延る地となりました。



残りの1割に属す土地にはある共通点がある。
それは、かつて平和だった頃の「不毛の地」である事。


今、私たちが拠点にしている場所は「礫地の孤城」。
例えば魔法使いちゃんなんかに言わせると、とんでもなく土地の力が痩せ細っている場所らしい。
作物なんか育ちっこない。

しかし、その場所こそが「星の呼気」への安全地帯。

「不毛の地」の上で生活するぶんには、女性は「星の呼気」には侵されないで済む。
この「礫地の孤城」では、念のために人工物の象徴である鉄板を多く地下室に敷き詰めていて、「星の呼気」を更に遮断している。


人の文化圏は細々と、世界各地の寂れた場所に望みを繋いでいるわけだ。


それでも勇者の話によると、「不毛の地」の中にモンスターが侵入してきたり、資源不足による生活の困窮であったり、土地に対する人口過多によって内乱が起きてしまったり。
人の生き残る「不毛の地」が、ひとつまたひとつと数を減らしているという。
この「礫地の孤城」のように、和気あいあいと過ごせる場所は大変貴重なのだそうで。



むぐむぐむぐ……
たんっ!


戦士「ごちそうさまでした!」

魔法使い「はい、洗っちゃうわね」

戦士「お、ありがとー」

商人「よし、それじゃ作戦会議始めますよ! 今日の議題は題してですね…………!」

盗賊「でれれれれれれ」




貼り出された紙には、でかでかと恥ずかしいものが書いてあった。

「私たちで世界を救おう計画!!!」




魔法使い「……はぁ。洗濯行っていい?」

戦士「たぶん」

商人「なんですかあ! 盗賊ちゃんも書くの手伝ってくれたんですよ!」

僧侶「びっくりマークの所だけ、ね」

盗賊「文字はむずかしい」



商人「とにかく。今の現状を、もう少し詳しくおさらいしましょう」

礫地の孤城では、生活の維持に手一杯な子……魔法使いちゃんみたいな子と、勇者の活動に対して話に加わっている僧侶さんみたいな人で二分されている。
不毛の地の中で、このふたつの考え方もバランスが取れていないと精神をいずれ病んでしまうと思う。


商人ちゃんは、僧侶さんからの又聞きで勇者の冒険の軌跡を追っていたんだ。





商人「まず、大異変当初に孤児であった勇者さんと戦士さん。
ふたりは偶然この孤城に迷い込み、周囲のモンスターを掃討してこの場所での生活を始めました」

戦士「はいはい」

商人「次によく知っていた港町に赴きますが、女性のモンスター化によるパニックに巻き込まれます。
この時、僧侶さんと私は襲撃から助け出されたのですが……港街は壊滅。勇者さんに同行し、孤城に居つくことになりました」

僧侶「その節は、本当にありがとうございました」

商人「その後、モンスター化の現象について人を探し歩く中で私のコネも使って世界が壊れていく様相を把握します。
そして「星の呼気」と男性の性質をおぼろげに掴みました。どーですか! 私もたまには役に立ってた時があったんですよ!」

商人「……反応してくださいよう」

商人「男性……勇者さんの近くであれば安全と分かった私たちは次の目標を学術都市に定めます。
学術都市は既に男性の優位性に気付いてはいましたが、男性ひとりが抑えられる「星の呼気」の上限について把握できておらず、
じわじわと、しかし一斉にモンスター化した女性によって壊滅してしまいました。その時逃げてきた研究員がただひとり、魔法使いさんです」

魔法使い「本当にあの時は死んだなと思ったわ。ありがとね」

商人「魔法使いさんと僧侶さんの知恵をもって、「不毛の地」が安全地帯であるという性質を掴みます。
仮であった礫地の孤城を本格的な拠点として使う事を決め、男性ひとりが抑えられる星の呼気の限界……女性3人を率いて冒険が始まったのですね」



商人「あの時の私が……レベル9。ずーっと、ベンチです」





商人「それからというもの、勇者さんは世界の各所へ赴き、いくつもの街や不毛の地を助けましたね」




商人「その中で、新しい移住者、もとい協力者と出会います。賊の仲間を失った者……盗賊ちゃん」
盗賊「ん」


商人「不毛の地で無い土地で、唯一永らえている軍事国家の精鋭……戦乙女さん」
戦士「……」


商人「もとより不毛の地に里を持ち、ついに重い腰を上げたくノ一の里の手練れ……上忍さん」
魔法使い「……」


商人「日々モンスターが襲い来る不毛の地を、ただひとりで守り続けた聖人……賢者さん」
僧侶「……」




商人「商人だなんて、戦士だなんて……ひとまずその場で生き抜くために私たちで割り当てた役割みたいなもんでして。
生業として力を振るう身にあった彼女たちに勝るところなんてなかったんです」

戦士「今、みんなのレベルいくつだっけ?」

僧侶「えーと、昨日帰ってきた時は勇者さんが61、戦乙女さんが59、上忍さんと賢者さんが58です」

盗賊「すんごい差」

商人「私だけ1桁……」

魔法使い「まあ、ひとたびとも油断ならない世界だし、勇者くんは私たちの希望。失えないのはもっともよね」

戦士「だから強い人を重用するのはもっともなんだけど……うーむ」



商人「……まあ、そっちの不満は置いておきましょう。今は」




商人「ここからは真面目な話です。勇者さんの冒険が佳境に入ってから、しばらく経ちます」



盗賊「……そだっけ」

商人「ひと月は。」

魔法使い「今の目的ってどうなってるんだっけ?」


商人「おおざっぱに、私の属していた商社のトップが悪の親玉って話ですよう」


魔法使い「ああ、それだそれ。最終的に、星の呼気を進化させて男にも効くように、不毛の地にも届くように、あと……命令も出来るようにして自分の管理社会にするんだっけ?」

商人「どーも。それです」

盗賊「超おおづめじゃん……」
僧侶「……今さらですが、理解しがたい、おぞましい話です」
戦士「もしそれが実現されちゃったら……私たち終わりだね」



商人「まったくですよ!」



商人「奴らも目的が割れた以上、準備してすぐに決行してくるはずです。こうしている今も、星の入り口から……古代封印宮……胎動する地……その奥底「原初の心臓」にて着々と進められてると聞きます」



戦士「……で、今日の出先は?」

商人「隣の国に薬を取り行くんですと!!」

……


戦士「ハァーッ!!!??」
僧侶「な……ゆ、悠長な!!」
盗賊「バカじゃないの……バカじゃないのまじ」
魔法使い「そんな調子で……ひと月も……?」


おんなのこ達は、納得できないところがあるとついつい合わせてテンション上がっちゃうんですね。
長らく振るってない戦士の腕がうずうずしちゃう。



盗賊「それ、どうしてなの」


商人「そりゃ聞きましたよ。商社の野望を阻止するのが先決なんじゃないか、って。そしたら
「それを成し遂げたら、すべて終わってしまう気がして」
って言うんです」

僧侶「・・・あの、よく意味が分からないんですが」



盗賊「それ……たぶん、コンプ厨ってやつ……」

こんぷ中……ってのは分からないけど、盗賊ちゃんの言ってる事は何となく分かる。


出来る事は全部やる。


自分が世界の手綱を握った気になっちゃってて、大義名分が背中にあるから何でもやりたくなっちゃってるのかもしれない。
私自身、勇者の雰囲気に何度となく違和感を感じる事が増えてて、きっとそれも関係してる。

魔法使い「はぁ……呆れたわ」

商人「だから、私たちが出来ることで何とかしないと、いよいよもって取り返しがつかなくなるんじゃないかって。それが本題です」



戦士「でも……待って。」

僧侶「……」
商人「うん?」
盗賊「なに」
魔法使い「ん」

戦士「勇者……はじめから、あんな性格じゃなかったと思うの」



戦士「思い出してみてほしいな。みんなが初めて勇者と出会った時のこと」

商人「……一番長いですもんねぇ、戦士さん。それこそ、育ちが孤児でなければ幼馴染って呼ぶくらいですよ」



僧侶「……」
危ないっ! 間に合って良かった……あなたは、僕が守る!


盗賊「……」
仲間の事……助けられなくて、ごめん。でも、君だけでも、守ることが出来たら……


魔法使い「……」
どけ……どけぇ! ひとりでも、ひとりだけでも、守らなくちゃいけない希望があるんだ!



商人「……まあ、そこは戦士さんの言わんとする通りです。私が出会った時は、すごい形相で事件が起きた場所への道案内を頼まれましたねぇ」

魔法使い「勇者くんが……心を歪めてしまった原因がどこかにあると?」

戦士「それは、私も勇者のこと何でも知ってるわけじゃないけど……」

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