【モバマス時代劇】神谷奈緒 & 北条加蓮「凛ちゃんなう」 (92)

過去回想と百合エロ。

後半になにかくっついてるけど、
エロシーン以外は読み飛ばしていいよ。

第1作【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」
第2作【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」_
第3作【モバマス時代劇】一ノ瀬志希「及川藩御家騒動」 
第4作【モバマス時代劇】桐生つかさ「杉のれん」
第5作【モバマス時代劇】ヘレン「エヴァーポップ ネヴァーダイ」
第6作【モバマス時代劇】向井拓海「美城忍法帖」
第7作【モバマス時代劇】依田芳乃「クロスハート」
第8作【モバマス時代劇】神谷奈緒 & 北条加蓮「凛ちゃんなう」
読み切り 
【デレマス時代劇】速水奏「狂愛剣 鬼蛭」
【デレマス時代劇】市原仁奈「友情剣 下弦の月」
【デレマス時代劇】池袋晶葉「活人剣 我者髑髏」 
【デレマス時代劇】塩見周子「おのろけ豆」
【デレマス時代劇】三村かな子「食い意地将軍」
【デレマス時代劇】二宮飛鳥「阿呆の一生」
【デレマス時代劇】緒方智絵里「三村様の通り道」
【デレマス時代劇】大原みちる「麦餅の母」
【デレマス時代劇】キャシー・グラハム「亜墨利加女」
【デレマス時代劇】メアリー・コクラン「トゥルーレリジョン」
【デレマス時代劇】島村卯月「忍耐剣 櫛風」
【デレマス銀河世紀】安部菜々「17歳の教科書」
【デレマス時代劇】土屋亜子「そろばん侍」
【デレマス近代劇】渋谷凛「Cad Keener Moon 」

神谷家は裕福ではなかった。

貧困の極み、というほどでもないが、

奈緒が温かい飯を食えた回数は少なかった。

その苦しみをばねにして、彼女は懸命に

勉学と剣術に打ち込んだ。

元からの才気もあったのだろう。

藩士の花形、馬廻に勤めることが叶った。

ここで、奈緒は少々天狗になった。

彼女のほどの境遇から、馬廻になった者は

いなかったからだ。

周りを見渡せば、家柄がよく、

はじめから成功が約束されたような輩ばかり。

自分は違う。この身1つで成り上がったのだ。

近所では奈緒の名前を知らぬ者がいない。

しかし、勤めに出て数ヶ月した頃。

奈緒は強大な壁にぶつかった。

渋谷凛。

千川家につらなる家柄の生まれで、

文武両道。

同性の心もくすぐる怜悧な面は、

一見冷たい表情を浮かべているが、

思いやり深く、とても気がきく。

奈緒は凛のことが気に食わなかった。

憎悪剣の前日譚?

奈緒は凛のことが嫌いだった。

ある時、馬廻内で

「誰が一番強いのか、はっきりさせようぜ!!」

と誰かが言った。

奈緒は自分だ、と叫びたかった。

ぼんぼんが習っている新陰流のような、にわか剣術とはちがう。

奈緒は実戦式の稽古が基本の、一刀流の名手だ。

家柄で自分を見下してきた連中を見返す、よい機会だった。

奈緒は、一回戦目で凛とあたった。

>>5 
そう。

もとからいけすかない相手だった。

吠え面かかしてやる。

ちょっとした広場に、枝木で円陣を描いただけの

舞台で、奈緒は凛と対峙した。

まずは両者一礼。剣士の習いである。

そこから構え。

奈緒は大上段に構える。

誰から見ても、振り下ろすのだとわかる。

躱すのは容易だろうか。

否。

奈緒の振り下ろしは、“伸びる”。

足運びの迅速さで、すぐさま相手を間合いに

引き摺り込み、一撃を加えるのだ。

そして、このこの技を防いだ者は、

その時までは誰もいなかった。

凛の構えは八相。

突きか、それとも柔軟に

手首をかえし、水平斬りでくるか。

奈緒には分からぬ。

分からぬから、相手が動くより早く仕留める。

「ええいッ!!」

奈緒が踏み出した。周囲は驚嘆した。

歩法というよりは、もはや縮地の領域。

あまりにも速い。

だが、それを全く危なげなく

受けた凛には、さらに驚愕した。

「速さと力を追うあまり、体が乱れてる」

迫る木刀を、一寸の震えもなく止めながら、凛は言った。

「凛殿の慧眼には恐れ入ります…なあ!!」

奈緒は相手の腹を蹴り上げた。

上品な武家様には、防げない攻撃。

凛は身体をくの字に曲げて、後ろへ下がった。

周囲は面白くなってきたと、盛り上がった。

元々剣術だけで食っていきたいと

思うような連中であるから、

多少の外法も歓迎する。

体勢を崩した凛に、奈緒は容赦なく迫り、

彼女の木刀を打ち払った。

そして、私の勝ちだと宣言しようとした時。

奈緒の意識が、ぷっつり途切れた。

井戸の水をぶっかけられ目を冷ました時には、

勝負は決していた。

油断した奈緒の水月と烏兎に、

凛が拳を叩き込んだのだという。

刀の勝負を拳で決するとは。

自分が先に蹴っておきながら、奈緒は憤った。

転機が訪れたのは、

山に現れる賊を討伐した時だった。

凛に負けてなるものか、と奈緒は

仲間の制止を振り切って敵陣に踏み込んだ。

そこで、賊を1人で皆殺しにした。

だが、皆と合流する時、

かすかに息があった者によって、毒の吹き矢を当てられた。

それが胸に刺さった。

まっすぐに駆け寄ったのは、凛であった。

奈緒は、服を脱がされるのを嫌がった。

傷のあたりに小さな黒子があって、

それを人に見せたくないのだ。

だが凛は、引き裂くように衣を剥ぎ取ると、

矢を引き抜き、傷口に唇を当てた。

ひゃっと、奈緒はくすぐったい声を出した。

凛のやわらかくて、ふにふにとした唇が、

肌に吸い付いて毒を吸い出す。

ちろちろと、かすかに舌があたって、それが

奈緒の背筋に電流を走らせた。彼女の陰部から、少し尿が漏れた。

そして、手当てが終わった頃、凛が倒れた。

聞くところによれば、隠していた虫歯があって、

そこから毒が入ってしまったのだという。

奈緒は悟った。

凛は承知していただろう。

つまり、彼女は身を呈して自分を救ってくれたのだ。

奈緒は床に伏せる凛のもとへ見舞いに行った。

そこで彼女に詫びた。

自分の勝手のせいで、このようなことになってしまったと。

凛は少し身体を起こして、

奈緒の髪をくしゃっと撫でて、微笑んだ。

その時から、奈緒は凛に心酔した。

だから、向井拓海らと袂を分かち、千川派についた。

東郷派の人間を何人も斬った。

だが、ただ1人、凛を守ることはできなかった。

北条加蓮は病弱であった。

しかし、彼女の母は厳しかった。

精神が弱いから身体も弱いのだと、

頭ごなしに加蓮を叱りつけた。

腰がうまく立たない彼女を、

新陰流の道場に叩き込み、稽古に従事させた。

木刀を握るには、あまりにも弱々しい腕。

体を維持するには、細すぎる足腰。

加蓮は稽古から置いていかれた。

はやく帰ると母から叱られるので、

彼女は最後まで道場に残って、修錬に励むようになった。

ある時、ふらふらになるまで木刀を振っていると、

髪の長い、怜悧な少女が加蓮に声をかけた。

渋谷凛。

道場、いや美城藩きっての天才剣士。

「あ、う…」

加蓮は口ごもった。

自分の情けない姿を見られるのが、ひどく恥ずかしかった。

顔を赤くしてうつむく彼女の手を、凛はそっと握った。

「加蓮は弱くないよ。
 
 膂力だとか段位じゃなくて、

 強くなろうって思うことが大事なんだから」

「で、でもアタシ、構えもうまく取れないし…」

 加蓮がそう言うと、凛は彼女の身体にぴったりと寄り添った。

「そのまま、足を、そう。それで、腕を前に伸ばして…」

凛が言うままに、身体を動かした。

心臓がものすごい速さで高鳴っていた。

凛の身体には、加蓮と違って、

ほどよく筋肉と脂肪がついている。

かすかにふくらんだ胸、なやましいくびれが、

この時間だけは、加蓮1人のものだった。

「そう、これで完璧」

きちんとした構えが取れた直後、

加蓮はきゅう、と倒れてしまった。


彼女が自慰を覚えたのは、この数日後のことであった。

【デレマス近未来】南条光「二足歩行の幽霊」

 平和な世が遠い過去になり、

 地球の大気が汚染し尽くされた頃。

 人々は生身の身体を捨てる代わりに、楽園を手に入れた。

 意識を電子空間に転送し、そこで享楽の限りを尽くす。

 喜び、楽しみ、気持ちいい。

 それが際限なくリピートされる、歪な幸福。

 程度の差こそあれ、

 誰しもがそれにあやかることができた。


 皆があまねく快楽を手にし、

 老い、病 怪我そして死からも解放されたように見えた。。

 「人類は、楽園への復帰を果たした」

 メディアなどはそう囃し立てた。

 しかし神は、人間を許してなどいなかった。

 電子空間は、容量の限界を迎えた。

 新たな技術を生み出すような、気骨のある人間は、

 数世紀前に絶滅していた。

 研究者の教育カリキュラムも形骸化していた。

 それならば、どうする?

南条光は、高性能フィルターのついたガスマスクを付けた。

さらに、特殊繊維で編まれた、

厚手のレインコートを羽織る。

部屋から出る準備だ。

彼女は、現実空間に生身で存在している、

極めて珍しい人間だった。

空は吐き気がするような真っ黄色。

雲はまるで泥のようだ。

降る雨は、数時間で石畳に小さなくぼみを作る。

最悪の環境。

いくら上品に表現しても、

地獄という以上にふさわしい言葉が見つからない。

それでも光が現実世界にとどまるのには、理由がある。

彼女はA級ロケーター、電子の世界の掃除人である。

違法に作られた電子空間(チャネル)を消し、

中にいる人間も根こそぎ抹消する。

こうしなければ、あっという間に容量の限界がきてしまう。

“掃除”は必要悪なのだ。

だが、死にたくないと泣き叫ぶ人間を

シャットダウンするのは、深刻な精神的苦痛を伴う。

なので光や、他のロケーター達も、

あえて現実世界で生きる。

“あれは、モニターの中の虚像に過ぎない”

そう考えるために。


『CRISIS』とペンキで

雑に書かれた5階建てのビル。

これがロケーター達の拠点であった。

外観はどこにでもある雑居ビルだが、

中は高度な空気清浄システムが作動しており、

さらに蛇口をひねれば綺麗な水が出る。

また、地下にある巨大な発電機で、

屋内の電気を全てまかなっている。

人々が電子世界にいるおかげで、

食料を除けば、資源にあまり困らない。

ロケーター達は、拠点でそこそこの

暮らしができるようになっていた。

モニタールームの扉の前。

光は室内で、猛烈な音量のパンク音楽が

流れていることに気づいた。

犯人は分かっている。

部屋に入ると、燻んだ金髪をトサカのように

逆立てて、ソファーでくつろいでいる女を見つけた。

音源はコンパクトプレイヤーと、

彼女のつけているヘッドフォンだった。

どんな耳してるんだ。

光は、プレイヤーの電源を落とした。

「………斬新な演奏法だな。聞いたこともない」

木村夏樹は、ヘッドフォンを外して光を見た。

別に怒った様子はない。

「よお、光。今日も生きてるな」

夏樹が尋ねる。

彼女がこんな質問をするのは、現在ロケーターが

相次いで殺されているためであった。

犯人は不明。証拠もあがらない。

死体だけが、足跡として残っている。

ロケーター達は、相手と自分達を皮肉って、

犯人を『二足歩行の幽霊』と呼んでいた。

「まだ捕まってないんだな」

光は呟いた。

恨まれる仕事だ。犯人の当ては膨大。

地道に捜索していたら、おそらく天から…

いや、奈落の底からお迎えが来てしまう。

「逆にぶっ殺すしかないわけだ!」

夏樹はからからと笑った。

物騒なセリフだが、まったくそうは感じさせない。

どこか達観した様子のある女だった。

「今日の掃除は、誰と組むんだ」

「アタシと、例の“漫才師(コメディアン)”」

「難波さんか…」

 仲間内でも、悪名高い女だった。

 しかし上の決定だ。文句は言えない。

「ダイブはきっかり15分後、

 それまでまあ、リラックスしてな」

 虐殺をする覚悟を決めておけ。

 光にはそう聞こえた。


「やあやあ、お2人さん!!」

馬鹿でかい声で挨拶をする女がいた。

鳶色の髪にゆるいパーマをかけて、おでこを出す髪型。

表情は、ロケーターの中で浮くほどの笑顔。

そして、この時世では珍しいスーツ、それも男性物。

極め付けに、それはピンク色であった。

「今日はウチの“公演”に付き合ってくれて、ありがとうな!」

笑美の言葉に

光は眉をひそめ、夏樹は苦笑した。


ロケーターは誰しもがなれるわけではない。

特殊な才能が必要だった。

生身の身体を、そのまま電子空間にダイブさせる才能だ。

特殊な薬剤を用いるのが、A級“ウィザード/ウィッチ”。

単身でダイブできるのが、S級“タイタン”

さらに、自分以外も潜らせるのが、SS級“アルティメット”だった。

この中では、夏樹がSSで、笑美がSである。

3人は手をつないだ。

効率的なダイブを行うためである。

夏樹はまたヘッドフォンからパンクを垂れ流していた。

かなり集中力を要するはずだが、

彼女にとっては音楽こそがトリガーのようだ。

「1,2…1234」

独特のリズムで夏樹がカウントをした後、

光の身体は頭が痛くなるような、

文字化けした言葉が羅列された滝を

落ちていった。

光が降り立ったのは、

なぜか現実世界と同じように汚らしい空間だった。

打ち壊されたビル、濁った水たまり…歪む大気。

これも人々の趣向だろうか。

3人は、肩に下げた機関銃を構えながら、

電子の町を歩く。

探すのはプロパイダー。

チャネルの開設を行う能力者だ。

それを抹殺すれば、この空間は消滅する。

とはいえ、顔に書かれているわけでもないので、

3人がやるのは片っ端から住民を撃つことである。

音も反動もなく、銃弾がばらまかれる。

人々がばったばったと倒れていく。

弾丸にはウィルスコードが仕込まれており、

当たった人間の意識構造体は、

ただの数字となるまで破壊される。

「待ってくれ! 投降する!!」

そう言って、人々がぞろぞろと出てきた。

一応、3人は銃を下げた。

「話を聞いてやろう」

木村が音楽に合わせて身体を揺らした。

周囲の音は聞こえていない。

「プロパイダーは差し出すから……!」

ぼろぼろになった男が、

縛られた状態で突き出された。

これまで住民のために空間を維持してきたのに。

そんな、悲しげな目をしていた。

光は、さっと彼から顔を背けた。

「まあまあ、みんな!

 落ち着いてくれや!!」

 笑美が両手を振りながら、人々の前にでた。

「ちょい、ウチの話を聞いてくれ。

 ウチの父ちゃんと母ちゃんな、最近な、猫飼い始めて。

 あー……知っとる? 猫わかる?」

 笑美は笑顔で、再び銃を上げた。

「……猫、わかるよなあ?」

 問いかけに、人々はすくみながらも頷いた。

「でな、ウチは両親と別居してるから、

 ときど〜き、メールくるねん。

 猫の写真付きでな。

 それでな、この前は、母ちゃんが猫だっこした

 写真が送られて来て」

 笑美はべらべらと話した。

“住民とは極力コミュニケーションは避けろ”

それがロケーターの鉄則であるにも関わらず。

「ウチ聞いたんよ。“今何ヶ月なんや”って。

 したらな、父ちゃんから“555ヶ月や”って。

 それ、それ…母ちゃんの年齢やないかーいっ!!」

 ぎゃははははと、笑美は笑った。

 住民達の中からも、小さく、くすくすと聞こえた。

「それでな…」

 笑美が話を続けようとうすると、住民の中から、

 1人の女が現れた。

「私には幼い息子がいるんです!

 どうか、どうか……」
 
 同情的なロケーターだと思ったのか、

その女は笑美に懇願した。

 「息子…?」

 笑美が、呟いた。

 「そうです、まだ5歳の息子が」

言葉を続けようとした女の頭が、弾け飛んだ。

「いま、ウチが話しとったやろ?

 なあ自分、耳ついとらんのか。

 耳……頭ごとないやんけ!!」

 笑美はぎゃはははと笑いながら、機関銃で住民達を撃った。

 同時に、夏樹がプロパイダーの男を始末した。

 3人が戻ると、モニタールームの

 機器が血まみれだった。

 チャネルを消去した際に起こる

 怪奇現象の1つだったが、

 今では皆が慣れてしまった。

 「それじゃあ…解散」
 
 伸びをしながら、けだるそうに夏樹が言う。

 笑美は興奮がさめやらないのか、

 スーツをがりがり掻きむしっていた。

一応ここまで。 続きは昼頃。
作品自体はもう書き終わってるから、心配nothing!!


 気分が悪い。

 仕事の後、光はすぐに自宅に戻った。

 あんな殺し方があるか。あんな…。

 顔をミネラルウォーターで洗いながら、光は鏡を見た。

 死人のような目。

 真っ白い肌に蒙古斑がいくつか。

 身体全体も、骨が浮き出るほどやせている。

 ダイブ中毒。薬の副作用だ。

 今日は夏樹が転送してくれたが、

 いつもは一度に錠剤を

半ダース分摂取している。

 まるでアタシが幽霊みたいだ。

 光は苦笑しながら、寝室に向かった。

「おかえり」

 そこには少女がいる。

 少なくとも、光には“そう見える”。

「ただいま、麗奈」

 光は幻像に向かって話しかけた。

 これも薬の影響だと、彼女は考えている。

 麗奈は、光が初めて消去した

 電子空間の住民だった。

そして、そこのプロパイダーの娘だった。

両親の死に呆然とする彼女をよそに、

光は電子空間から脱出した。

そういう風に記憶している。


ある日から、ぼんやりと部屋に

麗奈が現れるようになった。

症状が悪化した今は、ずいぶんくっきりとしている。

「今日は何人殺したんですか?」

「アタシが直接撃ったのは、8人だ」 

 光の答えに対して、麗奈は笑った。

「いいえ、貴女が見殺しにした人も、
 
 しっかり数えなくちゃ」

 子どものような、純粋な笑顔で、

 幻はゆらゆら揺れる。

 光の精神は、彼女によって圧迫されているのか。

 それとも限界の近い精神が、幻覚を見せるのか。

 光は麗奈に、ミネラルウォーターの

 ペットボトルを投げつけた。

 すると、ふっと彼女が消えた。

 光は浴びるほど酒を飲んだ。

 未成年であったが、殺人を犯すことに比べれば、

 ささいなことである。

 そして、ばくんと、自分の右肩の関節を脱臼させた。

 以前任務で外れてから、光の関節は緩くなっている。

 自殺をする度胸はない。

 リストカットをするほどハイになることもない。

 これは光なりの自傷、あるいは自罰行為であった。

 南条光は、いまは封鎖された阿波で生まれた。

 生まれてすぐにロケート適正を調べられ、

 10歳までに決断を出すように迫られた。

 両親はより上位の楽園へ至るために、

 光に徹底的な“正義心”を

植え付けた。

いや、厳密には悪への憎悪を。

その教育は功をそうし、

 光は迷うことなくロケーターの道を選んだ。

 全て順調だった。

 初任務の、その時までは。

翌朝、二日酔いで頭痛を覚えながら、

 受話器を取った時点で、相手がわかった。

 ごちゃごちゃしたドラムとエレキギターの音が、漏れている。

「こちら、南条」

『どうしてお前が出るんだ』

「…ここはアタシの部屋です」

 向こうから、小さく笑う声が聞こえた。

『良いニュースと悪いニュースがあるんだ。

 どっちから聞きたい?』

 夏樹はもったいぶって言った。

「悪い方から」

『幽霊がまた現れた。

 そんで良いニュースは、難波が死んだことだ』

 これには光も、くは、と声を漏らした。

『…難波はS級だった』

 音楽が止み、真剣な声が受話器から響いた。

『アイツを殺るってことは、少なくともS級

 下手をすればSS級だ。

 光、お前はしばらく引きこもっていた方がいい。

 上に話はつけておく』

「謝りたいけど、相手に許してもらえないとき、

 どうすればいい?」

 受話器に耳を当てながら、

 おぼつかない口調で、光は尋ねた。

 夏樹は、しばらく考えてから答えた。

『……謝る姿勢にもよるな。

 許してほしいからなのか

 謝りたいからなのか。

 それで相手の受け止め方も変わるだろ』

 光の視界の端で、血まみれの麗奈が笑った。

 電話が切れた。

「アタシは正義の味方になりたかった」

 吐瀉物にまみれたシーツの匂いを嗅ぎながら、

 光は呟いた。

 麗奈達がくすくすと笑った。

「悪い奴は、コテンパンにして、皆を助けたかった」

 ロケーターがやっているのは、

 どんなに飾っても弱者の虐殺。

 だが、誰かがやらねば、電子空間は

 全てシャットダウンされてしまう。

 こんなとき、家族に相談するのが10代の少女らしかった。

 しかし、光はそうしなかった。

 彼女は最近になって、

 自分が両親に売り飛ばされたことに、

 気づいてしまったから。

安斎都は、電子空間の海を泳いでいた。

特定のチャネルには入らず、文字化けした0と1の間を

するすると進んで行く。

彼女は今、失踪ロケーターの捜索を行なっていた。

最近職務の酷薄さに耐えかねて、電子空間に逃げ込む輩が増えている。

都も気持ちはわかる。

はじめは世界を守る仕事だと誇りを持っていたが、

数ヶ月もせずに辞職届を五枚も出した。

すべて却下された。

都が甘美な楽園に足を踏み入れるためには、

契約を取り消すだけの手柄を立てる必要がある。

周りは全くあてにならない。

先輩の木村夏樹は、

「10代なんてただの荒野だ」

などと、からから笑うだけだった。

失踪したロケーター達は、

特定のチャネルには留まらず、

海を泳いでいる時間の方が長い。

都も、同じようにして探す。

数列の残滓が身体をすりぬけて、またどこかへいく。

海水はデリートされた空間の破片でできている。

なので、それをすくってスキャンすると、過去に存在した

チャネルの情報が残っていることがある。

なにやら近頃は、現実空間を

汚れた景色をそっくり模倣したチャネルが増えているらしい。

楽園の中に、地獄を創造しているのだ。

都は苦笑した。

持続する快楽すらも窮屈になって、逃れたはずの現実を

電子空間の中に持ち込むとは、本末転倒ではないか。

南条光は、すでに化石になりつつある

 ビデオテープを、デッキに入れた。

 内容は特撮もの。光の趣味だ。

「レッドマ〜ン、レッドマ〜ン、ンフフフ」

 昔は難解なものを好んだが、この頃はシンプルな勧善懲悪

 いや、正義による一方的な蹂躙に偏っている。

 理由は、言うまでもない。

「そうよ、正義はこうでなくっちゃ!!」

 光が振り返ると、ソファに麗奈が座っていた。

「御託を並べて自己弁護をするのは、ただの臆病者。

 正義も悪も、ただ、“そうある”だけでいい!!」

「その通りだ」

 光は同意して、彼女の横に腰掛けた。

 紙コップにコーラを注ぐ。

 すると、それを麗奈が取って、

 ぐびぐびと飲み干してしまった。

「…これは、アタシが飲んだことになるのか」

 まあいいや、と南条はもう1つ紙コップを出した。

「アーう、あ゛ーあー」

 バッドトリップ。

 視界が、世界が、おぼつかない。

 気分が悪い、いや気分がいい時なんてあったか。

 正義の話、そうアタシは、世界が中心の、

 そう、まっすぐ、アタシなんだ。

 その顔は何だ!?その眼は何だ!?その涙は何だ!?

 自分自身の力で光になれるんだ。

 ヒーローが必要なんだ・・・。ヒーローが・・・。

 だってやるしかないだろ?

 テレビジョンが砂嵐に変わる。
 
 光は嘔吐しながら、ベッドに横たわった。

 「ざまあみろ」
 
 麗奈が言う。

「アンタなんて名前?」

 麗奈が尋ねる。

「アタシは…南条、光」

「「通りすがりの、仮面ライダー」」「キャハハハ!! 馬っ鹿みたい!!」

「人殺し!」「ピーマン嫌い?」「お肉ゥ!!」

「滅びゆく弱者に、涙など要らぬわ…」

「白いお部屋に子供が1人、まっくろい犬が2匹。

 でも首輪はひとつしかないの」 
 
 麗奈がいっぱいだ。麗奈がいっぱいて、


 寝室を埋め尽くしている。

 光はうずくまって、耳を塞いだ。

 しかし声は聞こえ続ける。

「許して…」

 そう呟くと、麗奈の1人が、光の頭を撫でた。

「__________?」

声が聞こえなかった。

彼女は、優しく微笑んでいた。

光が目を覚ますと、部屋は滅茶苦茶になっていた。

テレビは壊れ、ビデオはテープが千切られている。

フィギュアの大半が、五体が不満足になっている。

身体中が汗でびっしょりだった。

シャワーを浴びよう、そう思って寝室から出ると、

玄関の鍵が開いている。

まさか、この雨の中、

自分は外に出たのだろうか。

光は、バスタブにpH調節薬と

たっぷりのお湯を注ぎ、身を沈めた。

木村夏樹は単身でダイブを行なっていた。

掃除ではなく、幽霊探しのためだ。

彼女は犯人の目処をつけはじめていた。

現在、生身電子にかわからず、

人々の大半は識別用のチップを埋め込まれている。

例外は、違法な空間で“産まれた”子ども。

どこぞの変態技術者によるものか、

電子空間での生殖によって、

擬似的な精神プログラムが発生するような

チャネルが最近見つかっている。

仮にそのプログラムが、ロケート能力を持ち、

現実空間での身体を構築できるとしたら?

識別コードにも反応せず、ロケーターの殺害後は、

再び電子の海に消える。

奇々怪々な仮説だが、いかんせん自分達の能力や

機器からの流血を考えると、不可能とも言い切れない。

これが正解だとすると、かなり厄介だ。

特に、増殖などされた時には手に負えない。

わらわらと現実空間に這い出してきた日には、

ロケーターは1人残らず殲滅されるだろう。

 南条光は、部屋の片付けを始めた。
 
 壊れたものを全て窓の外に放り投げる。

 テレビも、ビデオも、フィギュアも、汚れたシーツも。

 一度誤って、自分が落ちそうになった。

 その時は、麗奈の1人が身体を支えてくれた。

 他の麗奈は舌打ちをした。
 
 それから光は、PCの前に立った。

 ラムネのような錠剤をばりばり噛み砕きながら、

 モニターに手を当てる。

「光の…オーロラ…身に纏い〜」

 光が口ずさむのに合わせて、

 彼女の身体が青い粒子に変わっていった。

 ダイブ。

 

 光は膨大なチャネルが、パルスの紐帯によって

 蟻の巣のように連なっている風景を幻視した。

 その中では、皆だらしない顔をして、

 快楽を享受している。

 ひどく退廃的だった。

 ただ生きているだけ。

 こんなやつらの生活を担保するために、ロケーターは……。

 光の中に、ふつふつと昏い怒りが込み上がってきた。
 
 「アンタは、この愚民どもの犬なの?」

 麗奈がふよふよと、そばを漂っていた。

「ちがう…とは言えないな」

 光は肩を落として、返した。

 大義はある。しかし、それは自分で掲げたものではない。

「アンタの正義は、どこにある?」

 光はすぐに答えることができなかった。

 正義とは、悪の相対によって生じるもの。

 逆もまた然り。

 ゆえに価値観、

 厳密には“決定的な悲しみや痛み”を

 共有できない世界では、正義も悪も存在しない。

 全てが他人事で、虚像に過ぎないからだ。


「…この世の悪の前にある」

 光は皮肉った。そんなものはどこにもない。

 電気信号に対する反射装置と化した人類に、

 難解すぎる概念だ。

「それじゃあやっぱり、光は正義の味方になれるわ!!」

 麗奈はけらけら笑って、電子空間の星々に手をかざした。

 そして、手をぎゅっと握ると、

 指の間から光の粒子がはらはらと散った。

「麗奈…?」

 光は呆然とした。これも幻覚か。

 A級ロケーターに、こんな真似はできない。

 いやSS級でさえも。

「今アタシは、けちなロケーター殺しから、

 人類の天敵になった…。

 ねえ光、これでアンタは戦える?」

 麗奈はまた笑った。

 こんな、悲しそうに笑う少女を、

 光は知らなかった。

 現実空間に戻ると、部屋が血と錆にまみれていた。

 外に出ると、アパート、いや区画そのものが、

 赤黒く染まっていた。

 まぼろし、光が言いかけた時、夏樹が現れた。

「無事だったか」 

 そう言う彼女に、光はぺたぺたふれた。

「本物の夏樹さん?」

「アタシ以外アタシじゃねえよ。

 偽物でも見たか?」

 夏樹はからからと笑った。

「正規のチャネルが複数、まとめて消滅した。

 上はカンカンを通り越して、便器に向かって懺悔してる」

 あの風景は幻覚ではなかったのか。

 光は両手を差し出した。

「アタシがやったんだ」

「嘘つけ。お前にそんなことする力はねえし、

 あっても絶対やらないだろ」

夏樹は光の手を、ぶっきらぼうに払った。


CRISISの会議室で、光は幽霊について報告した。

ある者は眉をひそめ、ある者は愕然とした。

前代未聞のSSS級ロケーター。

電子世界を自由に移動するだけでなく、

チャネルを丸ごと握りつぶしてしまう。

光の話が真実だとすれば、人類の危機である。

「これで皆、“目が覚めた”かな」

夏樹の言葉にロケーター達が苦笑した。

幽霊による虐殺さえも、楽園の住民達には

ちょっとしたスリルの追加でしかなかった。

こわいね、と一言、言ったきり

また快楽に耽っている。

もしかすると、彼、彼女達にとっては

生も死も、すでに曖昧なものなのかもしれない。

これからは、チャネル整理はしばらく休みだ。

各自、全力で幽霊の抹殺にあたってくれ」

統括部の東郷あいの言葉に、一同は曖昧に頷いた。

光は会議室の中にいる麗奈を、そっと一瞥した。

今ここにいる麗奈は、誰にも見えていないようだ。

したがって、彼女は幽霊ではない。

光は、麗奈が複数見えていることを口にしていなかった

なんとなく、話すのが面倒だった。

話したところで、混乱を生むだけ。

そんな自己弁護をしながら、光は部屋を出た。


家に帰って、ビデオの続きを見るのだ。

もう考えるのはやめた。

相手がSSS級のロケーターなら、

電子空間をジャンプして、

PCからPCへ移動ができるという。

いままさにCRISISにやってきて、

ロケーターを皆殺しにすることなど造作もない。

A級の光など一捻りだ。

かすかに緑色をした雨に、

建物のネオン灯が散って、

外の風景はひどく幻想的だった。

 木村夏樹は尾行相手を見た。

 薬の副作用のせいか、ふらふらだった。

 譫言のようになにかぶつぶつ言っている。 

 もう長くないな。

 夏樹はため息をついた。

 A級ロケーターは、S級やSS級の負担を

 減らすための消耗品だ。

 ロクな治療も手術も受けられず、雑草のように死ぬ。

 光は、水たまりにすべてすっ転んだ。

 そして倒れたっきり、起き上がらない。

 どうした…!?

 夏樹が物陰から足を出すと、

 世界が一変した。

 パネルを裏返すように、ぱたぱたと

 景色が入れ替わっていく。

 電子世界に引き摺り込まれた。

 夏樹はホルスターから拳銃を抜いた。

「…はあ?」

風景は一面灰色の、採石場だった。

特撮か。

夏樹が苦笑する前に、地平線から大量に、

おでこの広い少女が押し寄せてきた。

皆、黒一色の戦闘服を着ている。

拳銃で撃っていたら間に合わない。

夏樹は左手の指をこめかみに当て、右手を前にかざした。

「デリート」

彼女の声に合わせて空間が抉り取られ、

相手が12名ほど消滅した。
 
空間展開能力を逆用した、空間の強制封鎖。

SS級ロケーターのみ許される能力。

しかし、その負荷は重い。

彼女の瞳から、血が一筋流れた。


「ザコはザコらしくしてなさい」

「雑魚戦闘兵が何言ってやがる」

1人の言葉に、夏樹が返す。

強がってはいるが、デリートは何度も使えない。

「アタシと光の邪魔をしないでよ!!」

「ちょっと、光様はアタシのヒーローなのに!!」

「やろう、ぶっろしてやる」

「きゃあ、じぶんごろし」

肩で息をする夏樹をよそに、彼女達はお互いを攻撃し始めた。

皆、光に対する執着心が強すぎる。

正体のわからない相手に、夏樹は困惑した。

「「「この気持ちは何なのかしら!?」」」」

少女達がぐると一斉に、夏樹の方を見た。

夏樹は肩をすくめながら答えた。

「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」

光が、ロボット配達人からピザを

受け取っていた時、麗奈は現れた。

右肩から流血していた。

「アタシ、光のこと愛してるんだってさ」

「他人事みたいに 」

「今のアタシ達は、まだ他人だったの!

これからもっとお互いのことを知らなくちゃ!」

アパートの玄関で、

麗奈はしゅるしゅると服を脱いだ。

光は息を飲んだ。

光のやせ細った身体とは違い、つくべきところに

肉と脂肪がついている。

少女と女性のアンビバレンス。

ふくらみかけでも、強い自己主張をする胸。

きゅっとしなやかにくびれた腰。

つるりと卵のように艶のあるお尻。

肩口の傷にあって、そこから流れる血河が、

なめらかな肌の上をゆっくり流れて、陰部から地面に垂れる。

途方もなく、どうしようもなく、美しかった。

「キッスをしましょ!」

ドアを閉じて、麗奈は光に近づいた。

光は抵抗せず、身を任せた。

「あ…駄目。

 キッスしたら、好きになっちゃう」

唇がふれあう直前で、麗奈が身を引いた。

その代わり光のズボンのベルトに手をかけた。

「君みたいな女の子が、こんなことしちゃ…」

そこでようやく、光は麗奈を止めた。

だが実際は、両親を殺められた少女が、その犯人に対して

跪いて媚びるというシチュエーションに背筋がぞくぞくしていた。

背徳感、罪悪感、自己陶酔、怒り。

それらの感情が光の中をせめぎあって、ちくちくと

瞼の裏を刺激する。

「光だってまだ女の子のくせに、

 人をたくさん殺しているじゃない!

 それに、アタシはもう“女の子”じゃないわ!!」

 光の手を振りほどいて、麗奈は手際よく

 パンティを下ろした。

「ひゃっ…」

 麗奈の舌が、中に入ってくる。

 こんなことをされたのは、久しぶりだった。

 「あっ、あ」

 光のお尻から背筋にかけて、電流が走った。

 さらに失禁。そこで二度目の絶頂を迎えた。

 その尿すら麗奈はごくごくと飲んで、愛撫を続ける。

 「光、ねえ、気持ち…んんぐ!」

 話そうとした麗奈の顔を、光は自身の陰部へ押し付ける。

 舌が、さらに激しく暴れまわった。

 そこから2人はベッドに入って、ナメクジのように交わった。

 光は中毒と快楽でぐったりしていて、

 その身体に麗奈がまとわりついていた。

 震える舌で、光は麗奈の傷口をちゅうちゅうと吸った。

「光、んぅ!! アタシの赤ちゃん…」

 麗奈も震えながら、何度も達した。

 お互いの汗と愛液で、シーツがぐっしょり濡れた。

「アタシは、正義の味方に…なりたかった」

 絶頂して力がふっと抜けると、光は譫言のように呟いた。

 そのたびに麗奈は、光の顔を両手で優しく包んで、言い聞かせた。

「このレイナサマが、光を皆のヒーローにしてあげる」

 光はぼんやり、これって自慰になるのかなあと考えていた。

 部屋では、他の麗奈達が2人を食い入るように見つめていた。 


 安斎都は、奇妙なチャネルを発見した。

 CH555。

 数年前、新人ロケーター達が

 デリートしたはずのチャネルだ。

 報告よりも好奇心が優って、都は侵入した。

 構造物は、高層マンションと、

 そこに併設されたショッピングモールと遊園地。

 きわめて世俗的かつクラシカルな幸せ空間。

 メリーゴーランドに向かう足を引きずりながら、

 都はマンション内に入った。

 警備AIやセキリュティボットもいない。

 というか、人気が全くない。

 都はエレベータで最上階に向かった。

 そこらから階段を下り、

 一階ごと全部屋を確認していく。

 大半は何もない、空っぽの部屋だったが、

 二階の23号室は、他と様子が違っていた。

 部屋の前で、都は女の子が泣く声を聞いた。

 ドアを開けると、中から黒い犬が二匹、

 都に襲いかかってきた。

 よだれを垂らし、目の焦点が合っていない。

 まるで狂犬病にかかっているようだった。

 躊躇わず発砲し、デリートした。

 泣き声は止んでいた。

 玄関から正面すぐに、子供部屋があった。

 いや、配置を鑑みるに、23号室はすべて子供部屋で占められていた。

 その中を開けると、やはり他と同じで真っ白な空間。

 しかし、都は振り返った時戦慄した。

 内側のドアは、血塗れで、

 無数の引っかき傷があった。

 そして『ME』と、記されていた。

 そのドアを開けると、また別の空間が広がっていた。

 そこには都の後輩ロケーターの死体があった。

光は、容赦のない暴力によって目を覚ました。

 まず顔面を一発殴られ、次は横腹を蹴飛ばされ、

 ベッドから落とされた。

 卑怯な、悪の組織の襲撃か。

 光がよろよろと立ち上がって、相手を見ると、

 それは同僚の松永涼だった。

「涼さん…一体何が」

「何がだと?

 アタシが聞きてえよ、てめえっ!!

 夏樹を殺しやがって!!」

 鷲色の髪を逆立たせて、涼は激昂していた。

しかし、光にはなんのことだかわからない。

自分が? 夏樹さんを?

「今すぐにぶっ殺してやりてえけど、

 “現実空間に連れてこい”、って命令だからな!!

 半殺しで勘弁してやる。

 処分が決定したら、残り半分を殺してやる!!」

涼は銃弾で、光の両脚を撃ち抜いた。

痛みはなかった。薬のせいだろうか。

ただ、身体がどうしようもなく寒い。 

「頼む、涼さん。止血を…」

懇願する光に対して、涼は刺すような視線をぶつけた。

「人間のふりしてんじゃねえ!!」

どういう意味だ、と尋ねる前に、光の意識は暗転した。

松永涼は、ずたぼろにした光を、

いや厳密には、“光を完全に模した電子生命体らしき物体”を

抱えて、空間内をジャンプした。

安斎都はCH555で、生身の南条光の死体を見つけた。

彼女は初任務から帰って来ず、入れ替わっていたのだ。

さらに、木村夏樹が尾行していた光も、

死体としてCRISISに収容されている。

情報的には、どの死体も全くの同一人物。

2人目の南条光は、ダイブ中毒者のバイタルまで

完全に模倣していた。

おそらくこの光を調べても、全く同じ結果が出るだろう。

時折、「麗奈…麗奈」と呟いている。

涼は首をかしげた。

知らない名前だった。

使われなくなった会議室で、

光はテーブルに縛り付けられていた。

光は麗奈に問いかけた。

「アタシは、南条光じゃないのか」

安斎都から、状況について簡単な説明を受けた。

その最中、彼女はずっと怪物を見るような目をしていた。

「いいえ!

 アンタは紛れもなく南条光!!」

「情報的には、か」

悲しい思いはしなかった。

空っぽだった。

「一号はどうなったんだ」

「1人目のアンタは、初任務で自分に絶望してしまったの!

 せっかくアタシを助けてくれたのに!!

 ああでも心配しないで、今の光は、

 自殺をしなかった分岐の1つであって、

 偽物なんかじゃない!!」

「自分にとって都合のいいアタシを作ろうとしたのか」

「ちがうわ、光。

 これは1人目も、17番目のアンタも、全ての光が願った結果。

 ずっと言っていたでしょ」

 正義の味方になりたい。

 弱者を守り、悪者を倒す。南条光の原風景。

 しかし荒廃した楽園には、殺すべき弱者しかいなかった。

「アタシが見ていた麗奈達も、複製なのか?」

「アタシ何度か、アタシ達に殺されかけたわ!!」

 けらけらと、麗奈が笑う。光は苦笑した。

「光は、アタシとおんなじ

SSS級ロケーターになれるようにしてあるわ。

あるキーワードを呟くとね。

弱くっちゃ、ヒーローは務まらないもの!!」

それを早く教えてくれれば、自分はダイブ中毒に苦しむことは

なかったのでは。

光は半笑いで、麗奈に言った。

「光なら、すぐにキーワードに気づくと思ったの!!」

麗奈はまたけらけら笑いながら、答えた。

光にとってありふれた、当たり前の言葉であるという。

「でも教えてあげない!!

 自分で道を切り拓いてこそ、アタシのヒーローだもん」

 かすかに温かくなる胸をおさえながら、光は動かない肩をすくめた。

 光がCRISIS内に捕らわれてから数日後、

『幽霊殺し』が計画された。

 違法チャネルに、新たなウィルスコードをばらまき、

 住民を歩くモニターとして使う。

 その段階で意識は死ぬが、元々消去するつもりの

 チャネルだったので、誰も気は咎めなかった。

 さらに生け捕りにしたプロパイダーの

 脳髄を利用して、トラップを製作した。

 特定の空間を幽霊が通った際、

 強制閉鎖して彼女を抹消する。

 全国にいるロケーターもクラス問わずかき集めれ、

 皆が日夜、血眼になって幽霊を探した。
 
 楽園の住民達はCRISISと幽霊の攻防を楽しみ、

 それに飽きるとまた別の快楽に耽った。


縛り上げられたところで血流がとまって、光の身体は

 ひどく痛んだ。

 キーワードはわからない。

 わかったところで、どうすればいいのかも。

 自分は南条光の幽霊、それも偽物の幽霊だ。

 想いも、願いも、意志も贋作。

 光は自身の記憶の海をロケートした。

 どこからが“南条光”の記憶なのか、判別ができない。

 あるいは、全ては麗奈の作った幻か。

 それとも、実は南条光はロケーターなどになっていなくて、

 これは楽園の住民が見る1つの夢に過ぎないのか。

 過ぎ去った幻想(ヒーロー)に

 憧れる少女が見る、悲しすぎる夢。

 光は、自分がどうしようもなく空っぽに感じた。

 しかし、空っぽの心のすみに、麗奈がぽつんとしていた。

光は気づいた。

1人目の南条光と小関麗奈が創造した地獄の中で、

17番目の南条光として。

「そうだ、アタシが、本当に…」

分かっていた。

世界を守るようなヒーローは、自分には無理だと。

南条光は弱くて、不器用で、小さい。

だから、せめて、誰か1人だけでもいい。

その1人の笑顔のために、

立ち上がれるような“南条光”でありたかった。

「本当に謝りたかったのは、麗奈をまっすぐに見なかったことだ」

 ばくんと、彼女の身体の中で音がした。

 幽霊は、CH555で観測された。

 トラップは全て解除されたが、

 モニター上は動いていない。

 CRISISのロケーター全員が、CH555へダイブした。
 
 そこは安斎都が発見した時とは一変し、全てが

 灰色の採石場だった。

 小関麗奈は、1人で佇んでいた。

「アタシは、光以外に殺されるつもりはないわ!!」

 彼女は叫んだ。

 しかし、ロケーターの数はあまりにも多い。

 一人一人であれば、麗奈に瞬殺されるような者でも、

 寄り集まれば厄介だった。

 逃げようにも、空間を外から閉じている者がいる。
 
 麗奈は手を、ロケーター達にかざした。

 デリート。

 夏樹のものとは、精度も規模も段違いの一撃。

 しかし相殺された。

 出力を上げてもう一発打つと、ぶしゅと、肩の傷が開いた。

 相手には、それ以上の打撃を与えた。

小関麗奈は、血を吐きながらデリートを繰り返した。

脳味噌がすべて口から出てしまったのではないかというほど、

頭が軽くなっている。

視界はもう真っ赤で、ほとんど何も見えない。

身体中の筋肉がちぎれそうなくらい痛い。

こんなに痛くて、寂しくて、ひとりぼっちだった記憶が

蘇ってきて、気持ちが悪い。

だが、ロケーターはまだ何十人も残っていた。

「しぶとい女だ!」

鷲色の髪を揺らめかせて、松永涼が麗奈に迫った。

短距離の空間跳躍。

そして、頭上からの踵落とし。

麗奈はすんでのところで動いた。

しかし、右腕が小枝のようにへし折られた。

「がっ…!」

痛覚信号を遮断した。

再生をする行うためのメモリは、

トラップによって削りきられた。

倒れたところに、安斎都の蹴りが肋に入った。

サッカーボールのように、ぽてぽてと、

石の上を転がった。

立ち上がれない麗奈をロケーター達が取り囲んだ。

武器の弾はすでに使い果たしてしまったので、

彼女達は極めて原始的な手段に訴えて、麗奈を消去することにした。

それは、まるで鳥葬のような風景だった。

麗奈の端正な顔は、ぐしゃぐしゃにされた。

目は潰され、髪は引き抜かれ、鼻は折られ、

頰は原型をとどめぬほど腫れ上がった。

もう身体のどこから血が流れているのか、

麗奈自身にもわからない。

このままじゃ、光を正義の味方にしてあげられない。

麗奈は暴力の海嵐の中で、ぼんやりそう思った。

光、ひかる。

声を出す場所も、もう壊れている。

だが、名前を呼ぶ声がどんなにか細くても、

ヒーローは、必ず現れる。

麗奈を取り囲んでいたロケーターが、ばたばたと倒れた。

ウィルスコードの弾丸を受けていた。

「光、てめえっ!!」

涼は叫んだ。

光は、両手に機関銃を抱えて、ロケーター達を見ている。

どろりとした瞳。ダイブ中毒の末期患者の特徴。

彼女は、A級ジャンパーのまま、ここへやってきた。

「1人の女の子を大勢で嬲る。

 お前達は、悪だ」

ぽつりと呟いて、また機関銃を乱射した。

涼は空間跳躍で躱し、光の背後に移動した。

「くたばれ!」

頭部に向けての回し蹴り。

光はそれを銃身で防いだ。

しかし、機関銃の方が粉々になった。

涼は間髪入れず光に襲い掛かり、押し倒した。

馬乗りになり、顔面に拳を振り下ろす。

光の顔がみるみる腫れ上がっていく。

だが、涼の動きは次第に緩慢になっていた。

倒した時に、光のベルトが火を吹いていた。

バックル型拳銃。 

CRISISの武器庫に保管されていたものだ。

「光、…てめえ…夏樹…」

涼の身体が、光の胸に突っ伏した。

SS級も、S級のジャンパーも全滅した。

光が残りのロケーターを見ると、彼女達は

ふっと空間の外へ退避した。

このままチャネルごと強制封鎖する気なのだろう。

しかし光は逃げなかった。

てくてくと、ゆっくりした足取りで、

麗奈のそばに行った。


数分後、光のPCは咳き込むように、二人分の血液を吐き出した。
 

おしまい

読みたい人は読めばいいし、そうじゃない人はエロだけ楽しめるように書いた。

一読者の解釈でしかないが
・光と麗奈が創った世界の範囲
何のこと? 夏樹が引き摺り込まれたのは麗奈の作ったチャネルだろう
・夏樹『どうしてお前が出るんだ』
光の部屋とは別の場所に、新しい光のコピーが作られていた?
・23号室、黒い犬2匹、『ME』
麗奈が住んでいたのが23号室で、『ME』は私(麗奈)の部屋?
狂った黒い犬2匹は麗奈の両親で、麗奈は虐待(監禁)されていた?
「白いお部屋に子供が1人、まっくろい犬が2匹。でも首輪はひとつしかないの」
首輪は犬ではなく子供(麗奈)を縛り付けるもの?

キーワードは一度も本文に出てきていないが多分「変身」

あぁ両親……
犬が中毒症状を呈しているのと、わざわざ「黒い」と指定してるのが気になって。
2階の23号室は普通「223号室」と表すので、223という数字に意味があるかな…?
世界うんぬんは、
・「二人で創った地獄」というニュアンスの表現
・他に地獄という形容が2回(だったかな?)出てくる
・現実を再構築した様なチャネルが作られている
・涼が光を捕縛した所が光の部屋ではなくチャネルの中
なので、光の視点でも現実とチャネルが入り込んでる様です。
夏樹視点があるので全部が二人の創造では無いと思うんですが、
麗奈が絶大な力を持つのは、「現実」も全てチャネルであり、麗奈自身がプロバイダだからだという可能性も考えられます

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