一徹「できたぞ! 三ツ星シェフ養成ギブスだ!」 (25)

明子「お、お父さん……これをあたしに着ろと?」

飛雄馬「父ちゃん! 姉ちゃんにまで変なものを着せるな!」

一徹「お前は黙っとれい!」バシーン

飛雄馬「ああっ!」ドガシャーン

一徹「明子……わしはいつも美味い飯を作ってくれるお前に本当に感謝しておる」

明子「それなら何故……?」

一徹「だがどうせならもっと美味いものを食いたい。日雇い労働者のわしの楽しみと言えば、息子を殴ることとお前の飯しかないのだ」

飛雄馬「父ちゃん! 俺とやる野球は楽しくないってのかい?!」ガバッ

一徹「ええい、うるさい蠅め! 楽しいわけあるか!」バシーン

飛雄馬「ああっ!」ドガシャーン

明子「でもこんなの着てお料理なんて……」

一徹「この強力なバネの収縮に耐えてこそ、本当に腕の良いシェフとなるのだ。とりあえず着てみい」ガチャ

明子「ああ! 体が勝手に……!」グイン

一徹「負けるな! バネに抗うのだ明子!」

明子「む、無理だわこんなの……」ハアハア

飛雄馬「頑張れ姉ちゃん……///」ハアハア

一徹「この色狂いめ!」バシーン

飛雄馬「ああっ!」ドガシャーン

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明子「今晩は何を作ればいいかしら……?」ハアハア

一徹「そうだな……久しぶりに天ぷらが食いたいな」

明子「て、天ぷらですって?!」

一徹「そうだ。よく揚がったエビ天が無性に食いたい」

飛雄馬「俺はちらし寿司がいいな」

一徹「そんな軟弱なものが食えるか!」バシーン

飛雄馬「ああっ!」ドガシャーン

明子「こんなの着たまま天ぷらなんて揚げたら……」ビクビク

一徹「うむ。下手をすれば煮えたぎった油を身に浴びることになるだろう」

明子「そんな!」

一徹「だが! 決して浴びるわけにはいかないからこそ、バネにも負けぬ強靭な肉体と精神力が培われるのだ!」

明子「……。天ぷらの材料を買ってきます……」ヨロヨロ

一徹(許せ明子……。全てはお前をどこに出しても恥ずかしくない娘にするための修業なのだ……)


***

明子「ふうふう……」

一徹「どうした明子! そんなにゆっくりエビの殻を剥いておってはわしらは餓死するぞ!」

明子「ご、ごめんなさい……」

飛雄馬「腹減ったなぁ」ボソッ

一徹「お前には人間の心が無いのか!」バシーン

飛雄馬「ああっ!」ドガシャーン

一徹「さ、気にせず殻剥きを続けるのだ」バシバシバシバシバシ

明子「は、はい……」


***

明子(遂に油で揚げるところまで来たわ……)ドキドキ

明子(で、でもきっと大丈夫……自分を信じるのよ……)

一徹「さあ、揚げるのだ明子」

明子「はい……」ジュアッ

一徹(うむ……油を散らさぬ静かなドロッピング……)

一徹(ギブスをつけているにも関わらず、その手が握る菜箸の先には震え一つない……)

一徹(やはり明子は家事全般において天賦の才を持っておる……!)カッ

飛雄馬「す、すげえや姉ちゃん……」ゴクリ

一徹「飛雄馬よ、よく見ておくのだ……。台所に立ち続けた者の体幹の強さを……」

明子(ここまではなんとか……。あとはほんのり狐色になったところで油から上げるだけ……)ドキドキ

一徹(しかし気をつけるのだ明子……。最後の最後で気を抜けば、たちまち……)ドキドキ

中日新聞「ちわー! 中日新聞ですー! 定期講読の勧誘にきましたー」ガララッ

明子「!」ビクッ

明子「ああっ!」グイン

一徹「あ、明子! 危ない!」ドンッ

飛雄馬「おわっ!」

飛雄馬「ぎあああああああああああああああ!」バチャチャチャチャ

一徹「明子! 大丈夫か?! 火傷をしてないか?!」ガバッ

明子「あ、あたしは大丈夫よ」

一徹「そ、そうか……よかった」ホッ

明子「それより飛雄馬があたしを庇って……」

一徹「安心しろ。飛雄馬なら大丈夫だ……」

飛雄馬「ぎゃああああちちちちちちちちちちちちちちち!」バタンバタン

一徹「……!」キッ

中日新聞「ひっ! すみません! まさかお宅のお嬢さんがそんなよく分からないギブスをつけて天ぷらを揚げているとは夢にも思わなくて……」ガタガタ

一徹「貴様の不用意な行動のせいで、うちの子が大火傷を負うところだったのだぞ……」ギラリ

飛雄馬「わちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!」バタバタ

中日新聞「ち、治療費ならお支払いたします! だ、だから……!」アワアワ

一徹「その上……おい、貴様……何新聞だと……?」

中日新聞「へ……?」

一徹「何新聞かと訊いたのだ……」

中日新聞「ちゅ、中日新聞です……」ポロポロ

一徹「き・さ・まあああああああああああああ!」バシーン

中日新聞「ぎああああああああああああああ!」ドガシャーン

一徹「星家は読売新聞しか読まんと、何度言ったら分かるのだ貴様らはあああああああああああ!」バシバシバシバシバシ

中日新聞「ひいいいい! 僕この仕事始めたばかりで! お助けえええええええええ!」バンバンバンバン

一徹「死ね! 中日の回し者め!」バシバシバシバシバシ

明子(もう嫌、こんな生活……!)ポロポロ


***

飛雄馬「ふわーあ……。あ、おはよう姉ちゃん」

明子「おはよう飛雄馬。朝ごはん、もう少しで出来るから待っててちょうだい」ジュウジュウ

飛雄馬「あれから一か月か……。姉ちゃんも随分ギブスに慣れたみたいだな」

明子「ええ。お買い物にいくとき少し人目が気になるけれど、それ以外はいたって普通に生活できるもの」

飛雄馬「バネの数も日に日に増えて、俺が使っていた大リーグボール養成ギブスよりもすごいことになってら」

明子「むしろギブスを付けていないと違和感を感じるくらい。慣れって恐ろしいわ」

飛雄馬「ただ、味の方はそこまで変化が出たようには感じないんだよなあ」

明子「人並み以下の生活水準なのに三ツ星シェフの味なんて出せるわけないわよね。食材からして全然違うってのに」

一徹「ふわーあ……」テトテト

明子「あらお父さん、おはよう」

一徹「うむ、おはよう」

飛雄馬「父ちゃんおはよう!」

一徹「おはよう」バシッ

明子「お父さんも新聞でも読みながら待ってらして。あとは卵焼きだけだから」

一徹「……明子、そのギブスをつけてどれくらいになる?」

明子「一か月になるわ」

一徹「そうか……。よし、そのギブスを外してみい」

明子「でもこのギブスをつけてる方がしっくりきちゃって……」

一徹「いいから外してみい。そのあとで卵を溶いてみるのだ」

明子「は、はい……」ガチャガチャ

飛雄馬「うわ、ギブスを付けていないところを久しぶりに見たけど……」

明子「やだ、腕が太くなっちゃったわ……///」

一徹「さあ、この卵をとけい!」パカッ

明子「ええ」ズババババババババババババババ

明子「あら? もう終わったわ?」

飛雄馬「……」

一徹「……」

明子「どうしたの二人とも? 固まっちゃって?」

飛雄馬(ま、全く腕の動きが目で追えなかった……!)ビクビク

一徹(わ、わしの予想をはるかに上回る速度で成長しおっただと?!)ブルブル


***

飛雄馬「いただきます」ガツガツ

飛雄馬「うわ! この卵焼き全然美味しくねえや!」

一徹「超高速で黄身と白身が完全に混ぜ合わされたために、白身のもつふっくら感が失われたのだ」モグモグ

明子「つ、つまりギブスのせいで余計に下手になっちゃったってこと……?」

飛雄馬「あ、そんなことより父ちゃん。先生が給食費はいつになったら払うのかとうるさいんだ」

一徹「……何だと?」ピクッ

飛雄馬「だ、だから給食費はいつ払うのかって……」

一徹「少し待て……。何故食べてもいない給食費の催促をされる筋合いがあるのだ……?」ピクピク

飛雄馬「で、でも俺……給食食べてるし……」ビクビク

一徹「なん……だと……?」ブチブチブチッ

飛雄馬「だ、だって皆食べてるから……俺も食べていいのかと……」ブルブル

一徹「誰が給食を食べてもいいと言ったあああああ! うちの経済状況を考えろおおおおおおおおお!」ゴオオオオオオオオオ

飛雄馬「ひ、ひいいいいい!」

一徹「飛雄馬あああああああああああああああああっ!」ガシャアアアアアアアン

明子(で、出た! ちゃぶ台返しっ!)

明子(せっかく作った朝食が……!)アアアアアア

一徹「……」シーン

飛雄馬「……」シーン

明子「……あら?」

明子(お父さんも飛雄馬も固まっちゃってどうしたのかしら……?)

明子(それにひっくり返ったはずのお茶碗が空中で止まって……)

明子(い、いいえ……非常にゆっくりと動いているわ……)

明子(つまり私の感覚が超高速になっている……?)

明子(と、とりあえずちゃぶ台とご飯を元に戻さなくちゃ)シュバババババババババババババ


***

一徹「き・さ・まあああああああああ! ……?!」バアアアアアアアアン

飛雄馬「?!」バアアアアアアアアン

一徹(ひ、ひっくり返したはずのちゃぶ台が……?!)

飛雄馬(も、元の位置に……?!)

明子「お父さん、朝ごはんの時くらい静かに食べてくださいな」モグモグ

一徹「あ、ああ……すまん……」

飛雄馬(一体何が起こったんだ……?)


***

明子(最初は料理の腕と何の関係があるのか全く分からなかったギブスだけど……)

明子(体に強い負荷をかけながら日々の家事をこなすうちに、確かにあたしの潜在能力を開花させたんだわ……)

明子(筋力とそれに伴うスピードは勿論のことながら……)

明子(常に火傷と隣り合わせの揚げ物が、あたしの集中力を極限まで高めたのね……)

明子(遂には目に映るものすべてがスローモーションに見えるほどに……!)

明子(例えば今まで30秒くらいかかっていた玉ねぎのみじん切りも……)ズタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ

明子(1秒もかからずに終わってしまったわ……)

明子(恐るべきはみじん切りにした玉ねぎがいくつに切られたのかすべて見えたということ……)

明子(そして鋭い感覚は視覚だけにとどまらず……)

明子(この食べるラー油を一口食べると……)

明子(……)パクッ

明子(……)モグモグ

明子(味覚と嗅覚でどの食材が使われているのかが全て分かってしまう!)バアアアアアアアアン

明子(つまりこれならば、一度一流シェフの料理を食べてしまいさえすればほとんど再現が可能!)

明子(そんなお金、うちにないけど!)


***

一徹「飛雄馬よ、野球の特訓をするぞ!」

飛雄馬「や、やだよ父ちゃん! エラーしたら昨日みたいにバットでタコ殴りにするんだろ?」ブルブル

一徹「ええい! エラーするお前が悪いんだろうが!」バシーン

飛雄馬「ああっ!」ドガシャーン

一徹「では明子、空き地で特訓をしてくるから夕飯ができたら呼びに来てくれ」ズルズル

明子「え、ええ……」

飛雄馬「うわあああああ! 嫌だあああああああ!」ズルズル


***

明子「お父さん、飛雄馬。夕飯ができたわ」タッタカタッタカ

一徹「何、もうか? 特訓を始めてから5分も経っとらんぞ」ドコッドコッ

飛雄馬「ぐあああああああ!」

明子「お、お父さんやめて! 飛雄馬が死んじゃう!」キャアアアアア

一徹「こうでもせんとこの馬鹿は捕球を覚えんのだ!」ドコッドコッ

飛雄馬「ああああああ!」

一徹「立てい飛雄馬! もう一度だ! もう一度わしの球を捕るのだ!」

飛雄馬「うううう……」ヨロヨロ

明子「そ、そんなボロボロの体で! 無理よ!」

一徹「行くぞ飛雄馬!」ビュンッ

明子「飛雄馬!」


***

明子「……!」バアアアアアン

一徹「……」シーン

飛雄馬「……」シーン

明子(……ま、また極限の集中状態に入ったんだわ)

明子(この前まで弾丸に見えたお父さんの球が、地べたを這いずるカタツムリのようだもの)

明子(でも今の飛雄馬には捕れっこない……)

明子(それなら……)パシッ

明子「お父さんがこの球を受けてみなさいよっ!」ビュンッ


***

一徹「?!」ッパアアアアアアアアン!

明子「あ」

一徹「ぎえああああああああああああああああああああああああ!」ズガアアアアアアン

飛雄馬「……と、父ちゃんがブロック塀まで吹き飛ばされたぞ?! 一体この一瞬で何が……?」ハアハア

一徹「うぐうううううう……腹があ……腹があ……」バタンバタン

明子「ご、ごめんなさいお父さん!」タッ

飛雄馬「ま、待った姉ちゃん!」

明子「え?」

飛雄馬「い、いい機会だ……。父ちゃんにも少しは痛い思いをしてもらわねえと……」ヨロヨロ

一徹「ううううう……な、何をする気だ……」ビクビク

飛雄馬「何って……? このバットを見ても分からないかい?」スッ

明子「だ、ダメよ飛雄馬! 今お父さんを殴ったら!」

飛雄馬「俺は父ちゃんに毎日引っ叩かれ、煮えたぎった油をかけられ、しまいにはこれで殴られてたんだぜ……?」ヒヒヒ

一徹「ま、待ってくれい! わしが悪かった! 悪かったああ!」

飛雄馬「何エラーしてんだよ父ちゃん!」ドコッドコッ

一徹「ぎえええええええええ!」バタンバタン

明子(もう嫌よこんな家族……!)ポロポロ


***

明子「せっかく三ツ星シェフ並の腕になったってのに、作るのがおかゆだけじゃ世話無いわね」

一徹「ふがふがはがががが(飛雄馬め、わしの歯を全部折ってしまいおって)!」

飛雄馬「こっちはあばら骨折られてんだからお互い様だい!」イテテテテ

おしまい

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