ミミ「あと少しね」 (15)

アトリエSS
トトリちゃんと別れてしばらく後、メルル本編の少し前のミミちゃんの話です

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 もぞもぞと寝袋を脱いで穴の中から這い出る。どうやら風は止んだようだ。相変わらず肌を刺すような寒さにうんざりしながら、一面に広がる雪を見渡す。雪と雲と岩だけの景色。

 トトリに頼めばこんなに苦労することも無かったろうな。寒さを防ぐアイテムなんて簡単に作ってくれるだろう。

 そんなことが頭を過ぎり、すぐに首をぶんぶん振って考えを打ち消す。

 この依頼はギルドから私に直接依頼されたものだった。私という冒険者に対する信頼と共に、その難易度の高さを物語っている。当然他の冒険者と組んで取り掛かることを前提としているような依頼だ。しかし私は周囲の反対を押し切って、一人で依頼を達成することに拘った。トトリの作った道具も全て置いてきた。

 ざくざく。ざくざく。

「あと3日ってとこかしら」

 とにかく歩を進めなければ。雪原に入ってから既に4日経っている。

「あと少しね」

 最近独り言が増えたな。

「あと少し」

 何があと少しなのだろう。目的の場所に辿り着いても、居るのは吹雪を撒き散らし、雪を降らし続ける魔物だけだ。それでも私はあと少し、と自分に言い聞かせる。そうでもないととてもやっていられない。

 ざくざく。ざくざく。

 どれだけ歩いただろうか、前方に大きな岩が見える。日も暮れてきた。今日はあの岩陰で休もう。幸運にも岩には4,5人程度なら入りそうな空洞が空いていた。

 火を起こすと洞穴の中にふわあっと暖気が広がる。手を火に翳すと寒さに痺れた感覚がじんわりと蘇っていく。背嚢から鍋を取り出し火にかけ雪を溶かし、戻した干し肉と乾パンを食べる。

「まずい」

 にちゃにちゃした干し肉とやたらと硬い乾パンはお世辞にも美味しいとは言えなかった。強引に水で流し込む。トトリの作ってくれたパイが恋しい。

「……寝よう」

 さっさと寝てしまおう。夜はまずい。頭に浮かぶのは余計なことばかりだ。寝袋に包まって瞼を閉じると、疲れもあってか私はすんなりと眠りに落ちていった。

「ごめんなさい、ミミちゃん」

 今にも泣き出しそうな表情でトトリは告げてきた。トトリはアールズからの派遣に応じた。結果だけを見ると私との約束を破ることになる。

「仕方ないわよ」

 大丈夫、私はきっと笑えているはずだ。

「私は全然気にしてないわ。そっちでも頑張ってきなさい。」

 それでもトトリはしょんぼりと俯いている。ああもう、この娘にこんな顔をさせてはいけない。ましてやその原因は自分にあるのだ。

 どうしようか、数瞬迷った後、私はトトリを抱きしめる。

「そのうちアールズにも遊びに行くわ。その時に腑抜けた仕事してたら、承知しないわよ。」

 ああ、私らしくない、私らしくない。こんなこと、絶対に後で後悔する。しかし、

「ありがとう、ミミちゃん。私頑張るから」

 きゅっ、とトトリは腕を私の背中に回して抱き返してくれた。トトリの体温が、匂いが、心音が心地良い。

「     」

 その言葉を耳元で囁かれると愛しさで胸が締め付けられ、戻れなくなる。もうトトリは私の横に居ない。一人だ。一人で生きていかなければ。その言葉は聞いてはならない。理性らしきものが私を強引に眠りから引きずり出してくる。

 いつも通り寝覚めは最悪だ。何度こんな夢を見ただろうか。トトリと別れてから、見るのはトトリに関する夢ばかりだ。

 こんな時が来るのを想像しなかった訳じゃない、いつまでも一緒にはいられない。思っていたよりも少し早くその時が来ただけだ。もうよそう。私はただ歩いて、歩いて、依頼の魔物を狩ればいいんだ。

 背嚢に荷物を積み洞穴の外に出ると、忌々しい寒気が私を襲う。構わず足を前に進めることだけを考えろ。一人でやるんだ。

 ざくざく。ざくざく。

 トトリはロロナさんの師匠に多大な恩がある。ロロナさんが不在の今、アールズへの派遣を断ることは出来なかった。そう理屈では分かっていても、未練たらしくトトリのことを引きずっている自分が嫌になる。トトリは自分よりも仕事を選んだ。トトリは自分を捨てたんだ。

 そんなくだらない考えが浮かんでくる。雪を踏みしめる感触と音、寒さだけを感じながら、灰と白だけの代わり映えしない風景を延々歩き続けているせいだろう。そうに違いない。

 私はこんなに弱かっただろうか。お母様が死んでしまってから、ずっと一人でやってきたはずだ。トトリに出会ってからだ。私の中で彼女の存在はどうしようもなく大きくなってしまっている。

 目的地に近づくほどに吹雪は酷くなっていく。歩いて歩いて、吹雪が強くなれば穴を掘ってやり過ごす。吹雪が収まればまた歩き、眠り、まずい保存食を食べ、起きたら歩く。こんなことを5日も繰り返していると、「いかにも」という岩山が姿を現した。その山からは雪が渦を巻いて空に巻き上がり、麓に空いた洞窟からは吹雪の中にあってひときわ強い冷気を発している。

 吹雪に逆らい冷気の強い方へ強い方へ洞窟の中を進んでいくと、開けた空間に出た。アーランドの広場ほどの広さの空間から天井の大きく空いた穴へと雪が舞い上がっている。その中心には、少女のような風貌をした青く輝くエレメンタルが鎮座していた。

 背嚢を後ろに投げ捨て、無言で槍を構える。エレメンタルは応えるように閉じていた瞼を開き、ごう、と吹雪を吐き出した。冷気に痺れる私を余所に、エレメンタルは空中に私の槍の倍はあろう氷の槍を作り出した。

 次の瞬間、矢のような速さでその槍が打ち出される。なんとか躱すと、槍は壁に深々と突き刺さった。4、5、6本。最小限の動作で躱すと、エレメンタルの周囲の槍は尽きる。すぐさま攻勢に転じようと距離を詰めると、また吹雪を吐き出した。

 早目に終わらせるべきね。

 ただでさえここまでの道のりで心身ともに消耗しているというのに、この風はみるみる内に私の体力を奪っていく。吹雪を止め再び氷の槍を生み出すのを見ると、すぐに地面を蹴りエレメンタルに迫る。氷の槍は私の肉を僅かに削ぎながら後方へと通り過ぎていく。確かに速いが、私ならば躱せる速度だ。

 4本目、5本目の槍を躱す。エレメンタルとの距離はあと5歩。しかし、6本目の槍は私ではなくエレメンタルと私の間の地面に突き刺さった。

 石礫を防ぎながら、後退するエレメンタルとの開いてしまった距離を強引に詰め槍を振るう。喉を裂いたが、浅い。エレメンタルは氷で弓矢を作り出し、私の心臓に狙いを定めている。構うものか。地を踏みしめ振りかぶり、槍を投擲する。矢が放たれるよりも先に、私の槍がエレメンタルの額を貫いた。

 だが、絞られた弓矢は消えていない。矢は放たれ、私は入り口まで吹き飛んでいった。


 くらくらする意識が覚醒すると、まず倒れ伏すエレメンタルが視界に入った。依頼を達成したのだ。しかし強い痛みを感じ自分の身体を確認すると、右胸にはぽっかりと大きな穴が空いていた。ごぼっ、と気管から血が逆流する。致命傷だな、他人事のように胸に空いた傷口を眺めていた。

 死ぬのか。[ピーーー]るのか。お母様と同じ場所にいけるといいな。でも、その場所にはトトリはいない。

 こんな時まで考えるのはトトリのことか。あまりにも女々しい。私なんて、こんな薄暗い洞窟の中で一人死んでいくのがお似合いだろう。

 意識が遠のき目を閉じてしまおうとしたその時、後ろからほんのりと光が射す。背嚢を投げ捨てた方角だ。そちらを見ると、小さな瓶のようなものが浮かんでいた。瓶の中は緑色の液体で満たされており、ひときわ強い光を放つとその液体は瓶から飛び出しあたり一面に広がった。たちまち痛みは引いていき、胸の穴もみるみる塞がっていく。私は傷口が治る様子をぼーっと眺めがら、トトリの作った薬の中には持ち主が傷を負うと、自動的にその傷を治すものがあったこと。どんな怪我も一瞬で治してしまう薬があったことを思い出していた。

「くくっ、あはははっ」

 自然と笑いがこみ上げる。トトリは私に危機が迫った時のために、私がいつも使っている背嚢に薬を忍ばせてくれていたのだ。自分の作ったアイテムを使えない状況でも私を助けられるように。もしもトトリの力は借りない、と子供みたいに馬鹿な意地を張ってしまった時のために、こっそりと。

 ずっとうじうじ悩んでいた自分が馬鹿らしくて、馬鹿らしくて。私は洞窟中に響くような大きな声で笑い続けた。

 洞窟には光が差し込み、魔物が散らした氷の結晶をきらきらと照らしている。心の底から、美しいなと感じられた。

 洞窟を出ると空を覆っていた雲はすっかり晴れ、透き通るような青空が広がっていた。この空はアールズにも繋がっている。トトリも同じようにこの空を見ているといいな。

 無性にトトリに会いたくなった。会ってありがとうと伝えたい。できるかどうかは自信が無いけれど、抱きしめて私の気持ちを伝えたい。

 私と出会ってくれてありがとうと伝えたい。

 ざくざく。ざくざく。

 私は歩を進める。進む距離は同じでも、一歩一歩の意味はこれまでとは全く違うはずだ。

 トトリにパイを作ってもらおう。お茶を飲みながら、とりとめのない話をしよう。そんなことを考えながら、白く輝く美しい雪原を進んでいった。

おしまいです。
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