チラシの裏の裏(TPk5R1h7Ng短編集)【パート1】 (244)

1(TPk5R1h7Ng)が電波を垂れ流すだけのスレです。
何か思い付いた時に書き込むだけなので、更新は不定期です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1496680133

>2 指摘ありがとうございます!即死ルール…そんなのもあるのか!
>3 ありがとうございます!長編は、また電波が来たり好評な短編があればそこから拡張していくと思います!

では電波一発目、魔女っ子モノで『パラレルリリちゃん』
「癒し」をテーマにした、ほのぼのほんわこわストーリーです

タヌ太「僕の名前はタヌ太!上から読んでも下から読んでもタヌ太ポコ!」

リリ「うわっ、タヌキが喋った!?あ、でも…タヌキ……なの?」


タヌ太「突然だけど君には、望魔を退治して欲しいポコ」

リリ「望魔?何それ?」


タヌ太「望魔は、人に憑りついて皆を困らせるポコ。だから、キミに退治して欲しいポコ!」

リリ「うん!それで困ってる人を助けられるなら、私頑張る!」


タヌ太「おっと、さっそく望魔の反応ポコ!行くポコよ!」

リリ「わかった!でも、どうやって退治すれば良いの?」

タヌ太「その葉っぱ型ヘアピンを付けてから、呪文を唱えて変身するポコ」


リリ「えっと、これで良い?」

タヌ太「うん、OKポコ。じゃぁ自分がなりたい姿…そうポコね、今回は婦警さんになった姿を思い浮かべて、こう唱えるポコ―――」


リリ「パラレルルンルン パラレルルンルン 婦警さんにな~ぁれ!」



   ~パラレルリリちゃん~(前編)




………と言った感じで、正義のヒロインになったのが一か月くらい前の事。


そして今では―――


タヌ太「望魔の印が現れたポコよ!今がチャンスだポコ!」

リリ「よぉーーっしっ!!悪い子…出てけーーー!!」


あ、ちなみにこの杵みたいな道具は『封印スタンプ』


望魔に撮り付かれちゃった人の欲望を暴くと、望魔の印っていうのが浮かんで

その印をこの封印スタンプの裏側で叩くと、その人の中から望魔が飛び出して来て、更にそこから……


リリ「望魔ー…ふーいん!!」

お餅を突くみたいに、出て来た望魔を叩くと…封印スタンプの中に封印されて、退治完了。


こんな風に、一週間に一回くらい望魔退治で活躍しちゃってます☆


とまぁ、そんな感じの私な訳ですが…

最近ちょっと変な事がありました。

それが起きたのは…多分、放課後くらい。

いつも通り望魔を退治して、お家に帰る途中の事でした。


リリ「…………あれ?」


私は…玄関で目が覚めました。

いえ、目が覚めたと言うの正しいかどうかも判りません。

いつ眠ったのかさえもあやふやで…どこからどこまでが最後の記憶なのかもおぼつきません。


リリ「あれ……ちょっと頑張り過ぎて、疲れちゃってるのかな……?」


少しぼやけた頭のまま、台所に行くと…お母さんが、私を見て驚きました。

母「まぁ、どうしたの?どこか怪我でも…あら、違うわね…今日はお赤飯を炊かないと」


何故か上機嫌で喋るお母さん。

そして私は、今更ながらに…下腹部に走る痛みと違和感に気付いたのでした。



それから数か月…

前みたいに、血や膿が出て来る事は二度と無く……

そもそも、そんな事があった事さえも忘れていたある日の事です。


母「遅れてるのかしらね?最初の頃だから仕方ないわよねぇ」と言うお母さん。

私は、言われて初めて思い出しましたが…何が普通なのかもよく判らない事だったので、特に心配はしていませんでした。


ただ、ちょっと…違和感だけは残っていて、身体がだるいくらい。

そして、そんな出来事からさらにしばらくたった別のある日…


ある日…また望魔が現れました。


今回の望魔はお巡りさんに憑りついていて、ちょっと…ううん、すごく手ごわくて…私は大ピンチ。

タヌ太は、何かよく判らない横文字の職業になれって言ったけど、よく判らなかった私は、婦警さんに変身して望魔を退治しようとしました。


隙を見て望魔にとびかかる私。

浮かび上がった印を、封印スタンプの裏側で叩いたんだけれど…上手く当たられなくて、半分しか飛び出してない。


だけど、飛び出した部分に当てれば大丈夫。

後はこのまま、いつものように望魔を退治するだけの筈だったんだけど……


封印スタンプが望魔に当たったのと、同じくらいの時。

突然、鼓膜が破れそうなくらいに大きな破裂音がして……お腹の辺りに物凄い衝撃が走りました

物凄く熱くて…物凄く痛くて……体が上手く動かない。


私の意識はどんどんなくなって行って………


婦警リリ『…………誠一……さん……』

リリ「―――――――!!!?」


目が覚めると…そこは私の部屋でした。

リリ「え?何?私どうなったの?」


タヌ太「死んじゃったポコ。正確には『婦警の身体が』だけどポコね。だからちゃんと僕が言った通りに変身して欲しかったポコ…」

リリ「死んじゃったって…え?じゃぁ何?ここって天国なの?」

タヌ太「いや、だから。死んじゃったのは「婦警の身体」のリリで、君自身じゃ無いポコ」


リリ「ゴメン…どう言う事?私が生きてるなら…死んじゃった婦警の私って一体……何なの?」

タヌ太「まぁ、ザックリ言っちゃうとパラレルワールド…平行世界のリリって事ポコ。漫画やアニメなんかでよくあるポコ」

リリ「パラレルワールドは知ってるけど…それとどう関係あるの?」


タヌ太「だからポコ…リリの変身は、リリ自身を変化させてるんじゃなくて、パラレルワールドのリリの身体を借りてるってだけなんだポコ」


リリ「え?ちょっと待って?じゃぁ…死んじゃった婦警さんの私ってどうなったの?!」


タヌ太「死んじゃったんだからそのままポコ」

リリ「………え?」


タヌ太「ちゃんと、死んじゃったまま元の世界に戻ったって言ってるポコ」


リリ「…………………」


タヌ太の言っている事が判らなくて…

ううん…判るけど理解したくなくて……ぐらりぐらりと、目の前の景色が揺れました。


リリ「ねぇ、それじゃ…パラレルワールドの私は……私に身体を貸してくれてる間、どうなってるの?」

タヌ太「本人はその間の意識を失ってて、その世界からは居なくなってるポコ」


リリ「じゃぁ…お仕事中なんかだと、大変だよね」


タヌ太「何度も何度も呼び出されない限りは大丈夫じゃないポコ?君だって、婦警の身体になったのは2回だけだった筈ポコ」

リリ「……うん」

タヌ太「よっぽど…それこそ、持ち場を離れちゃいけない時に運悪く呼び出したりしない限りは良いんじゃないポコ?と言うかそもそも……婦警のリリ自身も、他のリリの力を借りてるんだからお互い様ポコ」


リリ「………え?他の世界の私も…別の私の力を借りてるの?」

タヌ太「そうポコよ?そのヘアピンの力を借りてポコ。まぁ、もちつもたれつの関係だから気兼ねせずに変身すれば良いと思うポコ。あ、でも…前回みたいに、死んじゃうのは困るから気を付けて欲しいポコよ?」


タヌ太の言葉が頭の中でぐるぐる回って……その意味が良く判りませんでした。

ただ、それでも…私は、その話を聞いておかなければいけない…そんな気がして、続きを聞く事にしました。

リリ「ねぇ…じゃぁ逆に、私も他の世界の私に身体を貸す事ってあるの?自分が知らないまま…死んじゃう事もあるの?」


タヌ太「前者は勿論だけど…死に直面しちゃうような場面に使われる事は、滅多に無いんじゃないかと思うポコ」

リリ「………そうなの?」


タヌ太「こう言うのもなんだけど…現時点の君には、特にこれと言った特徴も無いからポコ。身体面でも大人に劣る分、君の身体を借りるメリットはほとんど無い筈だから…変身を迫られる場面でも、まず別のリリを呼ぶ筈ポコ」


リリ「そっか………」


私はタヌ太の言葉に少し安心しました。

でも…安心した自分が、少しだけ嫌になりました。


リリ「あ、あと…夢かも知れないけど、目覚める前に婦警さんが、あのお巡りさんの名前を呼んでた気がする」

タヌ太「あぁ、それは多分…」

リリ「判るの?あれって何なの?婦警さんの意識じゃないの?」


タヌ太「それは、意識じゃなくて記憶ポコね」

リリ「記憶……?」


タヌ太「思い出して欲しいポコ。変身した時に持ってる道具の使い方とか、そういうのが最初から判っていた筈ポコ」

リリ「あ、うん…そう言えばそうだね」

タヌ太「あれって、変身の時にその道具を使っていた記憶なんかも一緒に借りてるからポコ。つまり…」


リリ「お巡りさんの名前を呼んでたのも…婦警さんだった私の記憶…って事?」

タヌ太「そう言う事だと思うポコ。あ、ついでに言っておくけど…変身の時に、意図して全部の記憶を借りようとしちゃダメポコよ?」

リリ「どうして?」


タヌ太「混ざり合うか、塗り潰されるか…どっちにしても、君が君でなくなっちゃう危険があるからポコ」

リリ「それは……ちょっと怖いね」

タヌ太「そうポコ。だから気を付けるポコ」


リリ「………うん」


色々納得出来ない事はあったけれど…どういう事なのか、判る事はできました。

その日の私は…もやもやした何かを胸の中に抱えたまま、眠りました。

………そしてまた、ある日の事。

ほんの少しだけ望魔が沢山出て来るようになって、忙しくなってきた頃の出来事です。


タヌ太「うーん…困ったポコォ…」

リリ「何…?どうしたの?」


タヌ太「ちょっとした手違いで…パラレルワールドとのトンネルが開いちゃったみたいなんポコ」

リリ「それって何?どう困るの?」


タヌ太「物凄く低い確率なんだけど…もしかすると、パラレルワールドのリリと出会ってしまうかも知れないんポコ」

リリ「それって困る事なの?」

タヌ太「うーん……絶対じゃないけど、多分ポコ。だから、もし別の世界の自分を見かけても絶対に声をかけないようにするポコよ?」

リリ「うん、わかった」


難しい話になりそうだから、あまり細かくは聞かないで…とりあえずは、注意するって覚えておく事にしてそのお話は終了です。

ですが、そんなやりとりがあってから数日後…その出来事は起こってしまいました。

女性「………お?おぉぉ?」


見ず知らずの女性に、私は絡まれました。

髪は長くてボサボサで…物凄く分厚いメガネ。肌は荒れててカサカサの、ジャージ姿の女の人。


勿論、見た事も会った事も無い人なのに…


女性「あぁ…こんな偶然てある物なんだねぇ。いやぁ、あの時は助かったよぉ」


どうしてでしょうか、女性の方は私を知っているようでした。


リリ「あの…人違いじゃありませんか?私、あなたに会った事なんて…」

女性「あーうん…だろうね。ま、立ち話も何だし、ちょっと食事でもしながら話そっか」


リリ「え?あ……ちょっっと…」

そして…その女性の有無を言わせない強引な誘いで、私は近くのレストランに連れて行かれる事になりました。


女性「じゃ、改めて……自己紹介は必要なんだけどうけど、わざわざ言う必要も無いわよね。ね?私」

リリ「私…って……え?じゃぁあなたはは…パラレルワールドの私なんですか!?」


女性「そゆ事ー。いやぁ、タヌ太から聞いてはいたけど、本当に出会う物なんだねぇ。って言うか何だよ、全然安全じゃない。驚かされ損?」

リリ「そうですね。あんな事言われた後だったか身構えちゃいましたけど、こうして話してみると…全然普通の人みたいで安心しました」


女性「だよねー…って、そう言えば話は変わるんだけど。私…って言うかキミは、他の私にも会った?」

リリ「いえ…私も貴女が初めてです」


女性「そかそかー。んじゃやっぱり、運命的な物を感じるねぇ。いやぁ…本当あの時は助かったよ」

リリ「助かったって……じゃぁやっぱり、そっちの世界でも望魔と戦ってるんですか?」


女性「うん、戦ってるよ?あ、でも…キミの身体を借りたのは、望魔との戦いじゃなくて……えっと、そうだね、接客みたいな感じ?物凄いクレーマーが居てさ…」


リリ「お仕事…ですか?やっぱり大人の人って大変なんですね…」


女性「ま、そんな所。で、これはその時のお礼だと思って遠慮なく食べてよ」

リリ「あ、はい…じゃぁ、そう言う事なら…頂きます」


最初は警戒して手を付けられなかったけれど…話して安心した私は、料理を食べ始めました。

女性「で……こっちの望魔はどのくらいの頻度で出て来るの?何か月くらいの暇があるの?」

リリ「えっと…少しずれたりはしますけど、1週間に1度…あ、最近はちょっと増えてるかなってくらいです」

女性「へぇ…そんなに出るんだ、大変だねぇ」

リリ「いえ…慣れましたから」

女性「んー…本来ここは年配者らしく、困った時はいつでも呼んでおくれー!って言いたい所なんだけど…何の取柄も無いニートな私だからね。力になれないイコール呼ばれる機会がないってのが悲しい所だわ」

リリ「もう、そんな冗談を」


落ち込む事ばかりで、沈みっぱなしだった私だけど…この出会いによって、ほんの少しだけど元気付けられた…そんな気がしました。


………そして


もう一人の私と別れた後…家まで帰る道の途中で、別れた時の事を思い出しました。


私は、この世界のタヌ太と会っていかない?って誘ってみたけど…

お母さんと鉢合わせてもまずいでしょ?と、もう一人の私はそれを断り、そのまま別れました。


私には気付かなった事も気付ける…大人な私。私を元気付けてくれた事も含めて、改めて感心しながら……



…家に入ろうとしたその瞬間。


辺りの景色が…ほんの少しだけ薄暗くなった気がしました。


そして…腕時計を見ると、時間は6時……別の世界の私と別れたのは4時で、家まで30分くらいだから………


リリ「嘘………90分……え?これって……」

そう…90分間、私の意識は消えていました。


つまり……


リリ「誰か…別の世界の私に呼ばれてた…って事……?」


説明出来ないような気持ちの悪さ…体中の痛みとだるさと、吐き気が私を襲いました。


私は急いで家に上がり…それらの全てを吐き出すように、お手洗いで吐きました。


そして………


思い出したようにまた時計を見てみると…今度は7時50分。


またです…また私は、別の世界の私に呼ばれて居たようなのです。

寒気と共に冷や汗がどっとあふれ出して、真っ白なはずの頭の中にじゅくじゅくとどどめ色の膿が滲んでいきました。


もう一度…さっき吐き出して無くなった筈の胃の中身を、もう一度吐き出した後……汗まみれになった体を洗うために…そのままお風呂に入る事にしました。


リリ「体…重い…お腹…痛い……」

身に覚えのない疲れと痛み…それは、何かがあった事を私に教えてくれているようでした。


リリ「でも……生きてるんだ……」


不幸中の幸い……と言って良いのでしょうか。

見ず知らずの誰かに自分の身体を使われたにも関わらず、命だけは残っている…死んでは居ない…


死んでしまったら…あの婦警さんみたいに死んでしまったら……そう考えると怖くてたまらない。


リリ「でも………他の私もそうだったんだよね」

リリ「私が呼んで、身体を借りたら………」


死んでしまうかもしれない…そう考えてしまいました。


リリ「でも………私だけじゃぁ、望魔を倒せないよぉ………」

リリ「だったら……だったら、私が倒さなくても……」


そう思った時に限って、タヌ太の言葉を思い出してしまいます。


タヌ太『リリじゃなければ、望魔は倒せないポコ。リリが望魔を退治しなければ、きっと他の多くの人に迷惑をかける事になると思うポコ』


リリ「なら…他の私が死なないように…望魔を倒すしか無いんだよね…」


ムシの良い事を言ってる事は判っている…でも、そうするしかありません。

それに、いざとなれば…自分が身代わりになれば……そんな事を考えながら、私はお風呂から上がって……


汗まみれになった服を、洗濯機に入れる途中…それに気付きました。


『こんな事しか出来なくて悪いんだけど、これはせめてものお礼。

 何か美味しい物でも食べて元気出しなよ!

 追伸・こっちも上手くやったから、君も上手くやんなよ』


ポケットの中に…1万円札と5千円札と一緒に、折りたたまれて入っていた手紙。

多分…夕方に別れる前に、もう一人のの私が入れた物でしょう。


リリ「もう…私の馬鹿。こんな沢山のお金貰えないよ」


気が付けば…私は大粒の涙を流していました。



そして………

タヌ太「そっか…それで、何事も無かったポコ?」

リリ「うん…ちょっと格好はアレだったけど、気の良い感じの私だった」


お風呂から上がって…思いっきり泣きじゃくってスッキリした後、私は今日の経緯をタヌ太に話しました。


タヌ太「何か変な事とか言われなかったポコ?」

リリ「うぅん?お礼を言われただけ。あ、あと…その世界に比べると、こっちの世界の望魔は沢山出てるって言ってた」


タヌ太「そうポコね…この世界はどちらかと言えば多い方ではあるポコね。ちなみに、多い所だと毎日のように出現する所もあるポコけど…望魔の出現頻度に関しては、どうしようも無い事ポコ。まぁとにかく、無事で何よりポコ」


何だかんだで…今まで気遣いとか足りなかったり選ぶ言葉が悪かったりとかはあったけど、タヌ太は私を心配していてくれていました。

思い出してみれば…婦警さんの私を死なせてしまったのも、タヌ太の指示をちゃんと聞いていなかったのが原因でした。


そう…そう考えれば、これから先もきっと上手くやって行ける。そんな風に自信を持つ事が出来ました。



昨日まではずっと、不安で不安で仕方が無くて…この先ずっと、安心して眠る事は出来ないだろうと覚悟していました。

でも今日は…今日会った別の世界の私と、タヌ太…二人のおかげで、ほんの少しだけ安心して眠る事ができそう………


そんな事を考えながら、私は部屋の電気を消して…目を閉じて……


リリ「私も…今日会った私のお手伝いをしたいな。出来れば…望魔退治じゃなくて、お仕事の方で」

タヌ太「仕事ポコ……それで、今日会ったもう一人のリリの、職業は何だったポコ?」


リリ「えっと、確か――――――――」

――


――――


――――――



リリ「………パラレルルンルン パラレルルンルン―――」



―――――――――


――――――――――――



…………………………………………


リリ「――――――っ…………」

薄暗い浴室の中で…私は、周囲に飛び散った血を洗い流して居た。


リリ「ぅっ………えぐっ……ふっ………」

悲しくて…辛くて………どうしようもなくて………


バスタブや……包丁に付いた血痕を、この記憶ごと流し切ってしまいたい…そんな気持ちに苛まれながら、洗い流して居た。

<後編ハイライト(嘘)>


リリ「どうして…どうしてぇ……殺したのに…殺した筈なのに、何でまだ終わって無いのぉ………」

―――終わらない悲劇


中学生リリ「そう…貴女、何も知らないのね。間違って居るけれど…それで気が晴れるなら良いんじゃない?」

―――現れる、別のもう一人の「私」


タヌ太「僕だって…僕だって!リリに巻き込まれたせいでこんな目に遭わされてっ……もう…うんざりなんだよ!!」

―――語られる真実


中学生リリ「誠一さん…彼女の婚約者の事も、貴女は知らなかった」

―――突き付けられる事実


リリ「私……一体いつまで、こんな事を続けないといけないの?」

―――深まる謎と疑念と…


中学生リリ「思い出しなさい…貴女が犯した過ちを…罪を。そして、その罰を」

―――襲い掛かる理不尽な運命


タヌ太「………もう二か月ポコ。酷かも知れないけど…生かすか殺すかは君が決めるポコ」

―――迫られる選択


リリ「やっぱり……私…嫌だよ………お母さん…私もう…疲れたよぉ……」

―――苦しみと悲しみの先に待つ物は?



「パラレルルンルン パラレルルンルン……本当の私になぁれ……」



後編…近日公開予定無し

と言った感じで、電波一発目の『パラレルリリちゃん』終了です。
行間に詰め込み過ぎて、人によっては「え?何これ?何でそうなるの?」になりそうなのが怖い所…
次回以降はその点の改善もしつつ、引き続き電波を垂れ流して行きたいと思います。

>7 ナイスボート!
>8 混乱と混沌はパラレルのサガ…!
>9 >16-17 ほのぼのです…ファミレスで元気付けられた辺りが。逆にこれ以降は落ちて行くばかりですがっ!
>15 平成たぬき合戦ぼんポコですね、判ります。えぇ判ります。
>18 ポケットの中身でお察し下さい。

>24 ダイジョウブダヨーコワイクナイヨー パラレル良いとこ一度はオイデー
>25-27 エゲツなくナイヨ!?現時点ではまだ全然エゲツな要素出てませんよ!?
 あと、チンポチンポ連呼しないでチンポ!不適切な表現でR-18スレになっちゃう!!
>29 ………楽しんで頂けたのであれば、結果オーライ!
>30 多分もっとスマートかつ効率的なやり方で、100レス以内にクリアされていたと思います。
>31 今の所まだありませんが、脳内ストックでは
  『悠久の中の一瞬の輝き』
   光速で動いているにも関わらず、超巨大なためパンチ1発放つのに100年かかるロボットのパイロット達の話。
  『エメト』
   自衛隊所属のパイロットがロボットに乗って、ゴーレムを操る魔法使い達と戦う話。
  『バハムートクロニクル』
   突如現れた神話上の怪物達手に、バハムートと名付けられた記憶喪失の人型機械が立ち向かう話。
  『オーバーギア』
   永遠に動き続ける歯車【ギア】このギアを用いる事で様々な武器や機械…そしてロボットを作り出した世界のお話。
  後は、タイトルはまだ決まってませんが…
  シャム双生児の切除した脳を再利用したロボットの話や、人間になるためにパーツを集めるロボットの話etc…
  と言った物が、腐りかけたまま眠っています。

>32 最近はアニメとかドラマの主題歌聞きながら書いてますが…機会があったらそちらの方も聞いてみようと思います!
   横文字の良く判らない職業は、略す前のOIPCとかFBIとかSOFとかの小学生リリには判り辛い系の物とお考え下さい。
>33 だいたいあってます
   形にしてないけど脳内で完結してる作品が幾つかあって、その中からゲストだったり中ボスの一部引っ張ってきたりして
   魔法少女ダークストーカーのバックグラウンドの一部になったり、逆に他の物語に繋がったりしています。

では電波二発目、退廃世界モノで『ヒトナシノヨ』
「生きる意味」をテーマにした、ぼの……冒険譚です

~ヒトナシノヨ~


  「あり……がと……う…………また………て………」


―――夢を見て居た

――――どこかで聞いた事がある声が、僕に向けて何かを言っていた

―――――だけど…その夢が長く続く事は無く……

「人間だ!人間が現れたぞ!!」

「女子供を優先して避難させろ!!」

「監視はどんな些細な変化も見落とすな!


離れた場所から響き渡る喧騒に…僕は叩き起こされた。


周囲に鳴り響くのは、警笛と忙しない足音。

心地良さとはかけ離れた不規則なリズムにより…

まるで業務用サーキュレーターでもかけたかのように半ば強制的に、頭の中を覆う霞が吹き飛ばされる。


僕「えぇと…何だっけ?人間が現れたとか言ってたよな」


まず、僕の居る場所は…木々に囲まれた部屋のような場所。中央に何か台座のような物があるけど、それが何かは判らない。

今まで聞こえて来た声は、この部屋の外からで…それこそ、四方から上がっているらしい。


ちなみに…既に目は完全に覚め、充分なまでに意識はハッキリとしている訳だが…

その上で尚、不可解な……その言葉の意味を、僕は考えた。


僕「人間……?」


人間を呼称する上での、あの内容……って事は当然、声の主は人間じゃぁ無い筈。

逆に言えば…声の主である、人間以外の存在が外に居ると言う事。

そして、そんな疑問を浮かべる僕自信は………


僕「うん……どこかだろう見ても人間だよな?」

鏡面になった台座の、側面を覗いて確認してみたけれど……うん、僕はまごう事無き人間だ。

つまり……外の声の主達の敵にあたる存在らしい。


僕「………………あれ?これって何かピンチ的な状況じゃね?」


改めて襲いかかる危機感に、寒気を覚える僕。

どうにかして…いや、どうすればこの状況を切り抜けられるのか考えるためにまず…僕は、木々の隙間から外の景色を覗き見た。

「人間の姿は見えたか!?」

「まだ報告は無い!それよりも避難を優先しろ!」


外に居る声の主たちは、耳の長い……指輪物語に出て来るエルフのような出で立ちの人々。

この周囲は集落らしく、木々の合間に小屋のような物が建てられ…そこから生活の跡を伺える。


となると………


僕「可能性その1…外の人たちが言っている人間とは僕の事で、僕を探している」

この場合…捕まってしまったら何をされるか判った物じゃぁ無い。


僕「可能性その2…僕以外の人間が、この村に襲撃をかけている…あるいはかけようとしている」

この場合も、捕まればただでは済まない。では、どう動くのが最善なのか…それを考えるが…


『ぐぅぅぅぎゅるるるる………』


……そもそも…選択肢なんて物自体が存在していないらしい。


まず…このままこの場所に籠城するなんて愚策は、餓死と言う名の自殺を行うに等しい行為…

となれば…どうにかして外に出るしか無い訳だ。



僕「かなり危ない橋になりそうだけど…これしか無いか」


まずは、近くに干してあったマントを手繰り寄せ……

マントの裾を破り…フードを深く被って、その上から破ったマントを巻いて固定する。


僕「変装完了…っと」


目以外は全て隠れるこの姿ならば、一目で人間とばれる事は無い。

見付かればアウトだが…外の騒ぎに乗じれば、多少の食料を拝借して退散する事も可能な筈。

僕は、外の人足が途切れるのを見計らい…木々を押しのけて外に出た。


幸いな事に、すぐ目の前に果物屋の屋台らしき物があり…皆が避難して行った道とは別方向に向かう横道もある。

このまま速やかに、この集落から立ち去る事が出来る…その光明を見つけて安堵した瞬間……


「おいお前、何をしている」

僕は後ろから肩を掴まれた。

まずい…見付かった?!


衛兵「食い物なら避難所にもある。まずは移動を優先しろ」

いや、まだセーフだ。見付かりはしたが、ばれては居ない。

手を振り解いて逃げる事も出来なくは無いが…ここで下手に抵抗して騒ぎを起こすのは、どう考えても得策じゃぁ無い。


僕「は、はい。すみません!」

衛兵「この先まっすぐだ。寄り道なんてするなよ!」

今は大人しく従っておいて、隙を見て抜け出す…その考えの下、この衛兵らしき人物の指示にし従うのだが……


避難所に到着したら到着したで、これまた次の問題に追い詰められた。


避難所は完全に四方を塞がれ、逃げ道は入って来た入り口と奥の裏口のみ。

そのどちらにも門番が二人居て、気付かれずに脱出する事は不可能。


こんな状態で正体がばれてしまう事だけは避けたい所。

僕は改めてフードを深く被ろうと、手を伸ばし―――――


『どんっ』


僕「………え?」

後ろから誰かにぶつかられた。

そして、その拍子に僕は床に倒れ………


不味い……不味い不味いマズイマズイ!!!


フードが捲れ上がり、素顔を晒してしまった。

集まる皆の視線………周囲から上がるざわめき。

この地において異質の存在である、人間…僕に向けて皆が注目し………


少女「アンタ、ここらじゃ見ない顔だね。他の集落から逃げて来たのかい?」

一人の少女が僕に声をかけると、皆はまた興味を失ったように視線を外に戻していった


僕「………え?あれ?」

見た目も殆ど同じ…使っている言語も同じ。

注意して見なければ、殆ど人間と区別も付かないような人たち。


セラ「アタシはセラ。アンタ名前は?」


だが…だからこそ沸き上がってしまう衝動に突き動かされ、俺はそれを口にしてしまった。

僕「いや、その……人間と…敵対してるんだよね?」

セラ「あぁ、そうだよ?何を当たり前の事を 言ってんだい?」


僕「僕の事見て、その反応っておかしくない?」

セラ「……は?」

僕「いや、だから。人間の姿を見たらその反応はおかしいじゃないかって」


セラ「いやお前、何言ってんだ?お前が人間?無い無い。頭でも打っておかしくなったか?」

僕「えっ…」

セラ「そーいやぁ、人間の幼体はアタシ達に似てるってホラ吹く行商人も居たりしたなぁ…って、そんな事ありえねぇけどな」


僕「ちょっ…ちょっと待ってくれるか?じゃぁ、君達が言ってる人間って何なんだ!?」

セラ「あぁん?あぁ…逃げては来た物の、肝心の姿は見た事無いってか?人間ってのは―――」


『ずしん…』


セラ「人間ってのは……あぁ、丁度良い。門の向こうに見えそうだから、行ってみようぜ」


『ずしん…』


僕「……え?」

僕は、その少女に手を取られ…門のすぐ近くにまで連れて行かれた。

そして、そこから見える景色の先に……


『ずしん…』


セラ「そら、あれが 人間 だ」



―――――――それは居た。

―――――――――


屈強な男「いっやぁー、さすがに今回は危なかったな」

衛兵「あぁ…虎の子のゴーレムまでやられちまった時は焦ったが、何とかなって良かったぜ」


人間と呼ばれる存在との闘いの後……集落では、祝勝会が催されていた。


真っ黒な石板の前で、火を囲んでの宴。

手にしたコップの中からは…とりあえずアルコール臭はせず、甘い匂いだけが漂っていた。


屈強な男「どうした兄ちゃん。あれだけの大物を仕留めたってのに浮かない顔してんなぁ」

セラ「あぁコイツ、人間を直に見たのは初めてらしいんだ」

屈強な男「そっかそっか、だったら無理は無ぇな。まぁでも、一度見れば次回からは幾らか馴れんだろ」


僕とは別の、人間と呼ばれる存在を僕は見た。

けれど…あれを人間と言われても、正直しっくり来ない…と言うよりも、何故人間と呼ばれているのかすらも判らない。


あれが、何をもって人間と呼ばれているのか……僕は、襲撃当時の事を思い出す。

僕「あれが……人間?」

セラに促された先に見えた物は…少なくとも、僕が知る人間とか似ても似つかない物だった。

例えるなら、山…砦………そんな物を彷彿とさせる、節足動物のような…そう……ヤドを被った巨大な昆虫のような物だった。


装甲とも外骨格とも見れる外殻を纏い、一歩…また一歩と歩みを進める巨大なそれ。

僕が呆気に取られながらその巨躯を見上げていると……


僕「あ…………」


そいつ……人間と目が合った。

正確には、まず始めに8つある目の内の一つと目が合い……残りの7つの目が、続けざまに僕の方へと向き直った。

そして更には、そいつの身体までもがこちあの方へと向かい始め……不揃いな大きさのハサミを振り上げて………


僕「やばっ………」

僕が叫び声を上げるか否か、僕の目の前に壁が現れた。


『ゴァァァァァァァ!!』


いや…壁じゃない。

壁と思われたそれは、巨大な両腕を振り上げ、人間の腕へと掴みかかった。


セラ「ゴーレムか…やっぱり今回は出す事になるよなぁ」


ゴーレムと呼ばれた物により…メキメキと音を立てながら、筋繊維のような物もろとも引き千切られる人間のハサミ。

しかし、人間も人間でやられたままでは居ない。もう片方のハサミで、ゴーレムの胴体を刺し貫く。

が…ゴーレムはそのハサミを掴んだまま離さない。


人間の武器は封じられ、その姿はまさに隙だらけ。

そして当然のようにその隙を突き…甲殻と甲殻の隙間に向けて、巨大な槍が突き刺さる。


槍を放ったのは恐らく…上空を飛び交う巨鳥と、それに跨るエルフ達。

更にそこから、止めとばかりに…遠方に備えられた投石器から雨あられと岩が降り注ぎ………


それが暫く続いた後、人間と呼ばれた化け物は微動だにしなくなった。

…………と言う事があった訳なんだけど…


一段落付いた今でも、一体何がどうなっているのか…何故あれが人間と呼ばれて居たのか。

……皆目見当が付かない。


当事者であるセラ達に、その理由を聞いても…

セラ「ん?理由も何も…人間は人間だから人間って呼んでるに決まってるだろ?」

と……彼女達にとっては至極当たり前の理由が返って来るだけだった。


何か…少しでも判断材料が無い物か。

幸いな事に、今ならば他者の目をあまり気にせず動く事が出来る。


僕「よし…まずは、あれを調べてみるか」

僕は祝勝会を抜け出して、人間の亡骸へと向かった。

僕「外殻は…さすがにキチン質とはいかないか。でも多分、チタンよりも固くて軽い材質だろうな」

装甲を見た限りでは、生物なのか否か…そもそも、有機物なのか無機物なのかさえ判別が難しい。


僕「となれば…」

次に探るべきは、先の戦闘で損傷した断面。

こちらは外殻とは打って変わり、明らかな生物の様相を呈している。


僕「うん…何ていう名前なのかは判らないけど、少なくとも僕の知って居る人間とは別の生き物だ」

散々探りまくった挙句、辿り着いた結論は最初と全く変わりの無い物。

どっと襲い掛かる徒労感から、肩を落とし……最後に、頭と思わしき部分に近付くと…


人間「…………とう へ……かえ れ………ひと なしの…よ………」

僕「……えっ?」

声が聞こえた気がした。


僕「今何て言った?もう一度言ってくれ!」


詰め寄り、更にそこから問い詰める。

だが、目の前の人間は喋るどころか微動だにせず……反応は無し。

空耳だったのだろか…と諦めた頃……

セラ「あ、居た居た!探したぞ!」

祝勝会場の方角から、セラが現れた。


僕「え?あ、そうだ…今の聞こえた?人間が、とうへ帰れって…」

セラ「塔?それってバベルの塔の事?」

僕「バベルの塔?」

それまたベタな…と思いつつも、それは声に出さずに聞き返す。


セラ「そう。一番近いのだと…ここからずっと南にあるけど、ここからじゃ見えないな。明日、見える所まで連れてってやろうか?」

僕「お願いしても良い?って言うか、何から何までお世話になっちゃって……」

セラ「良いって良いって、困った時はお互い様だからな。にしても…人間が喋ったってのは眉唾だけどな」

僕「まぁうん…言っておいて何だけど、僕自身も半信半疑なんだよね……っと、そう言えばさっき僕の事探してるとか言ってなかったっけ?」


セラ「あ、そうそう!住民登録はまだだろ?皆に紹介するついでに、そっちの方も済ませとこうと思うんだがどうだい?」

僕「住民登録?」

セラ「ん?前の集落ではやらなかったのか?ご神体に両手を合わせて名前を言う儀式さ」


僕「ごめん…ちょっと判らない。それって、やっておかないと何か不味いの?」

セラ「すぐ出てくってんなら無理強いはしないが…怪我とかした時に不便だぜ?」


僕「保険証…みたいな物かな?」

セラ「ホケンショー…?」

どうやら、僕とセラの間には致命的なまでの認識の食い違いがあるらしい。

お互いがお互いに頭の上にハテナマークを浮かべた後……


セラ「まぁとにかく、その気になったら戻って来いよ!」

僕「あぁ、うん。考えとく」

と言った結論が落とし所となり……セラは、祝勝会の会場の方に戻って行ったのだが……


その直後

僕「………だ、誰だ!!?」

人間の脚の向こうの更に奥…茂みの中に気配を感じ、僕は声を上げた。


アリシア「ひわっ!?わわ、私はミニマの里のアリシアと言います」

僕「…ミニ…マム?」

アリシア「ここから北の集落に住んでいるミニマ族ですよ!って…そう言う貴方はハイラントじゃありませんね?」


僕「…ハイラント?」

アリシア「毛が生えてない耳が長い人達です。ここに集落があるって聞いて来たんですけど…」

僕「あぁ…うん。それならあの火の方に居るけど……何の用事?」


アリシア「ひわっ!そ、そうでした!!危険です、この集落に人間が迫ってるんです!!」

当然ながら、このアリシアという子の言っている人間と言うのは…僕の事では無く、この怪物の事だろう。


僕「って…こんなバカでかい化け物がまた来るって言うのか!?」

アリシア「あ、いえ。今迫っているのは甲殻種じゃなくて汚染種です!それも…物凄い量の!!」


僕「…………汚染種?」



一難去ってまた一難……次から次に襲い来る、不可解な物達。

………人間と呼ばれる化け物。

だけど……この先僕を待ち受けて居る出来事に比べれば…

それさえも、ほんの些細な事だったと言う事を…嫌と言う程思い知らされる事になるのだった。

―――――――

―――僕はまた、夢を見た…


父さん「あれ?修学旅行って今日からじゃ無かったか?」

僕「違うよ、来週から」

父さん「あぁ、そうだったか」


母さん「それにしても…何て言ったっけ、アレ。大丈夫なの?」

僕「そもそも、大丈夫じゃなかったら実用化される訳無いだろ?」

父さん「そうそう。父さん達の時代には飛行機だって危ないって言われてたけれど、実際には車より安全だったろ?」


母さん「そうだけど―――――」


―――そして夢は、ここで途切れた。

第一話「The Working Dead」


セラ「あー…っと、じゃぁ、話をまとめるぞ?」


集落の中央…一際大きな建物の中。

ここでは今、とある脅威に対しての作戦会議が開かれていた。


セラ「まず、アリシア…そこのミニマの住んでいた集落が、人間…汚染種に襲撃されたらしい」

「汚染種だって?」

「そんな…」


セラ「それで、本題はこれからだ。アリシアの話じゃぁ…ミニマの集落を襲った汚染種は、この集落に向かって来て居るらしい」

「おい…それじゃぁ…この集落を捨てなきゃいけないのか?」

「折角ここでの生活も安定してきたってのに…冗談だろ…?」


ざわめき立つ室内。皆が皆、各々の言葉を好き勝手に吐き、続くべき言葉を停滞させて行く。


僕「えっと…物凄く基本的な事を聞いて申し訳ないんだけど…何でセラが仕切ってるの?」

屈強な男「セラは長の娘だからな。長が遠征から戻って来るまでの代理なんだ」

僕「あぁ…成程」

そして僕もまた、喧騒の中で無駄話を交わし……それが終わった頃。


セラ「皆、静粛に!」

セラの一声により、室内は再び静まり返った。


セラ「皆の不安や不満は判るが…来てしまう物は仕方が無い。どう逃げるべきか…それをまず、偵察隊が戻るまでに考えよう」

僕「えっと…その。物凄く基本的な事を聞いて悪いんだけど……逃げる以外の選択肢は無いの?この前みたいに、戦って倒すとか…」


セラ「あー…そうだな、復習も兼ねて説明しとくか。まず汚染種の特徴の一つなんだが…倒したとしても、その地の土壌が汚染されてしまう」

僕「汚染種って言うくらいだから、それもそうか……じゃぁ、この集落に来られる前に倒すって言うのは?」

セラ「集落の設備無しで…いや、全て導入出来たとしても…奴等全部を倒し切るのは難しいだろうな」


ん?何か今気になる事を言わなかったか?

僕「奴等って…複数って事?」

セラ「あぁ、そうだ。汚染種は、複数の個体により形成された人間だ。しかも今回は、集落のミニマも汚染種になっている可能性が高い」

僕「なってるって……え?まさか…汚染種に噛まれたら、噛まれた誰かも汚染種になるって事?」


セラ「何だ、知っていたのか?一応注意しておくが…汚染種に遭遇したら、近付いてはいけない。戦闘を行うにしても、接近戦は避けるんだ」

僕「噛まれたら汚染種になるし…汚染種は、リミッターが外れていて力が物凄い…って所か。あ、何か弱点とかは無いの?」


セラ「弱点と言えるかは判らないが…燃やせば動かなくなる。後は…極寒の地であれば活動出来ない」

僕「まぁうん、大抵の生物は弱点だしねそれ。あ、じゃぁ………森を焼いて、それに巻き込んだりとか出来ない?」


「………!?」

「なっ…!?」


何気なく立案したつもりのその言葉…そう…本当に軽い気持ちで発した言葉にも関わらず…

僕のその言葉で、周囲の空気は一変した。


「森を焼くだって!?そんな恐ろしい事を…!」

「ありえない…何て事を考えるんだ!!」

周囲の皆が…明らかな敵意を持った視線を僕へと向けて来る。

失言だった…が、今更撤回しようにももう遅い。僕は、皆の気迫に圧されてその場にへたり込み…


セラ「静粛に!!」

その場に溜まった空気を、セラの一言が吹き飛ばした。


セラ「森を尊ぶのはアタシ達の誇りだ!んでも…他種族がそれを理解しなかったからって、噛み付くような事じゃぁ無いだろ!」

「そりゃぁ……まぁ……」

「あぁ………ボウズ、すまねぇ」

僕「あ、いや…僕の方こそ……」

そして、セラの一声で場が収まった訳なんだが………


セラ「それに…いざとなったら、それも一つの手になるかも知れねぇ」


続けられた言葉により、一度収まった場が再びざわめき始めた。

「いくら長代理だって言っても…」

セラ「皆まで言うな、言いたい事は判ってる。森を失うって事は、アタシ達の誇りを失うって事だ。それは重々承知してる。でもな……」

「………」

セラの言葉に、皆が固唾を呑む。


セラ「誇りを守ろうとして、誇りを汚されちまったら馬鹿みたいだろ?それに…ただ逃げるよりも、人間相手に一矢報いたいだろ!!」

「………」

「…………」

当然ながら、セラの言葉のすぐさま賛同できる物は少ない様子…。


だが……

「そう…だな…黙ってやられるくらいなら……」

「そうだよな…ここで俺らが逃げても、次は他の集落が襲われる事になるんだろうし…な」


徐々にその場の空気は翻り…セラの案に異論を唱える者は居なくなった。


セラ「で……具体的にはどうする?」

僕「え?」

セラ「え?じゃねぇよ。言い出しっぺなんだから、当然勝算あっての事なんだろ?」


僕「あ、いや………」

深く考えずにした発言…なんて事は、口が裂けても言い出せない雰囲気。

僕「まず…この辺りの地形を把握したいんだけど。何か地図とかある?」


実際どこまで出来るか判らないが…とりあえずは、出来る事をしてみようと…僕は思った。

僕「この村がここで…ずっと北にある川沿いの集落が、ミニマの集落。左上の大きな…これは何?」

セラ「それは、エクリア火山だな」

僕「火山って…活火山?」


セラ「数週間前に噴火した火山で……周囲に火山灰こそ降り注いでいる物の、今は噴火はしていない」

僕「マグマは残ってる?出来るならそこに……」

セラ「いや…山頂までの道のりは険しいから、そこに誘い込むのは無理だ」


僕「えっと、それじゃぁ…エクリア火山と、この集落の間に走ってるこれは?」

セラ「それは…エクリアの谷だな。高さは人三人分程の小さな谷だ」


僕「この谷に落とす…ってのはどうかな?」

セラ「いや、それは無理だ」

僕「何で?」

セラ「谷の端はゆるやかな傾斜になっていて…更にその先は、この集落の近くに繋がっている。下手をすれば、ここに誘導する事になってしまう」


僕「成程…あ、そう言えば…エクリア火山の北から、ミニマの集落とここの間まで川が走ってるみたいだけど…ここに橋がかかってたりする?」

セラ「かかってはいるが…川はあまり深く無い。橋を外した態度じゃ、あまり足止めにはならないだろうな」

僕「そっか……」


……………と言った感じで地図とにらめっこをする事しばし。

悩みに悩み、考えも煮詰まった所で……ふと、ある事に気付いた

僕「ここって…実際に見に行く事が出来ないかな?」

セラ「大鷲を使えば出来なくは無いが…そんな所に何の用があるんだ?」


僕「もしかしたら……最小限の被害だけで、汚染種を一網打尽に出来るかも知れない」

―――――

僕「良かった…条件は揃ってくれてるから、何とかなりそうだ」


周辺の状況を確認して…ちょっとした実験も成功。

後は手順さえ間違えなければ、どうにかなる……と言った感じ。

最初に大鷲に乗った時、失神してしまったという失態を除けば……概ね良好な流れだろう。


一通りの打ち合わせや伝達を終え…僕は束の間の休息を満喫していた。


僕「ところで…ミニマだっけ?アリシア達って、僕と何が違うの?」

セラ「あぁ、そう言えばアンタは他種族に疎いんだったな。教えたげよう」

僕「お願いします」


セラ「まず一目で判るのは、その身長。成人しても120cmくらいにしかならないのが一番の特徴だね」

僕「あぁ…じゃぁ僕は実はミニマって言うセンは消えたのか」

セラ「だなだな。で、ちょっと判り辛い特徴だと…後ろ髪の毛の生え際。耳の付け根より下は生えてないんだ」


僕「ほうほう…ちょっと見せてもらっても良い?」

アリシア「え?あ、は…はいです!」

そう言って僕は、アリシアのうなじの辺りを見せて貰った。


僕「お、本当だ」


セラ「あ、ちなみに…さっきの生え際より下は、成人でも体毛が一切生えてないぞ」

僕「…………ほうほうほうほう…」

セラ「いや、何か妙に食い付き良いねぇ…んじゃ、折角だから見せて貰ったら?」


アリシア「…はいっ!?」

僕「え゛っ!?」


セラ「って…何で驚くのさ。ミニマの場合、素っ裸の時の方が多いんじゃないの?」

僕「マヂですか!?」


アリシア「そ、それは…っ。あ、あれは水の中に居る時だけですっ!他の種族に会う時は、裸になったりしませんからっ!!」

僕「………そういう物なの?」

アリシア「そういう物なんですっ!!」

是非とも水辺でお会いしたい…そう心の中で願ったのはここだけの秘密だ。


………と言った感じの他愛のない雑談を交わした後、セラは全体の進行具合の確認に…僕とアリシアは、別所の作業へと移る事になった。

アリシア「そう言えば…貴方は、セラさんとツガイなんですか?」

僕「え?」

アリシア「あ、いえ…私から見てそう見えただけなので、違って居たらごめんなさい!」

僕「えっと…ツガイって?」


アリシア「あ、その…ツガイって言うのは、将来を誓い合った男女の事を言うんです」

僕「あぁ、つがい…か」

イントネーションが微妙に違っていたので、最初は戸惑ったけれど…どうやら、そのままの意味だったらしい。


僕「ちなみに…どんな所がそう見えた?」

アリシア「お二人とも、息がピッタリ合ってますし…何て言うか、お似合いだなって」

僕「えーっと…そう言って貰えると嬉しいんだけど……そう言うのじゃぁ無いと思うな」


アリシア「そう…なんですか?」

僕「うん、残念ながら」

アリシア「じゃぁ………」


僕「ん?」

アリシア「私が立候補しても…良いですか?」

僕「………へっ?!」


アリシア「なーんて…冗談ですよ。あ、本気にしちゃいました?」

僕「な、なんだ…冗談か。ビックリさせないでよ」


アリシア「でも………」

僕「でも…何?」


アリシア「何でもありません。それじゃ、作業に戻りましょうか」

そう言ってアリシアは作業に戻り…気になる言葉を残したまま、話は切り上げられてしまった。

――――

そして…作戦決行当日。


僕「あれが……汚染種か……」

ある程度、事前に想定はしていた物の…実際に見るそれは、正に圧巻と言う他は無かった。


生物としての知性や生気を失い…文字通り、生きる屍と化した生き物たちの群れ…

それが人間…汚染種の姿だった。


一言で言ってしまえば、僕の知識の中にあるゾンビに限りなく近いそれ。

あえて差異を挙げるとすれば…人型に限らず、動物の姿もちらほらと見て取れる事。

後は……


僕「やっぱり…ざっと見た感じじゃ判らないか…」


人間…そう呼ばれる由縁となるような、それこそ本当に人間の姿をしている個体が居ないかどうか見回してみるも…

結果は、先の発言通り。


所々が破損し、人間どころか他種族であったとしても区別が付き難い者ばかり。

ここで手掛かりを得るという試みは、あえなく失敗に終わってしまった。


人間と言う存在について幾つかは仮説が立つ物の…結局は、そのいずれも確信に至るだけの確証を得られない。

口惜しさを噛み締めながらも、僕は…僕なんかの些細な疑問よりも優先すべき、もっと大切な事…作戦の次の段階へと移る事となった。

…………と言っても、僕はこの後何かする訳では無い。

邪魔にならない場所…汚染種の注意を引かない場所まで退くだけだった。


皆既にやるべき事は予め決まっていて、後は…不測の事態が無い限り、作戦の通りに行動するだけ。

ちなみに、どんな手順で作戦を進めるかと言うと………


その1

「何とか間に合ったぞ!火を放て!!」

予め木を切り倒しておいて、わざと最低限の山火事を起こし……汚染種達を灰の川へと誘導する。


その2

「ゴーレムはまだか!!」

「あと少し……よし!ギリギリ間に合った!!」

続けてエクリアの谷へ落とし、一か所にまとめた所で……集落に繋がる出口を、ゴーレムで封鎖。


その3

最後に……ここからがこの作戦の要。

「今だ!塞を外せ!!!」

近くの川から水を引き、エクリアの谷へと流し込む。


……と言っても、水攻めが目的では無い。


事前情報から、ひょっとして…と思って現地に行ってみたのだけれど、これがまた予想以上の結果だった。

エクリア火山から噴き出した火山灰は、案の定周囲に降り積もり…

中でもこの谷の中は、風に晒されなかったため大量の灰が溜まっていて……おまけに、少なくともここ数日は雨が降って居ない。


と、ここまで言えば察しが付くだろう。


「本当だ…どんどん固まって行く…」

「成程…火山の周囲にあった歪な岩は、こうやって出来たのか…」

後は中の汚染種達がもがいて動き回り、かくはん機代わりになって……


汚染種セメント詰め作戦は、大成功を収めた。

セラ「アンタ本当にお手柄だよ!まさか汚染種を相手にして集落を守れるなんてなぁ!」

汚染種を封じ込め…催された祝勝会。

コップを片手に肩を組んで来るセラに、ふと…アリシアの言葉が蘇り、僕は赤くなった。


僕「いや、今回のは色々条件が揃ってたおかげだから…」

アリシア「だとしても…貴方が立案しなければ、他の誰でも思い付かなかったと思います」

衛兵「そうだそうだ!今回は素直に称賛されとけって」

僕「ははっ……」


褒めちぎられる事に慣れていなくて…気恥ずかしさばかりがどうしても溢れてしまう。

このままでは僕の羞恥心がもちそうにないので、話題を変えようと試みる。


僕「あ、そう言えば……汚染種に取り込まれた人達の中に、見た事の無い種族が結構居たみたいなんだけど…他には、どんな種族が居るの?」

セラ「他には…って、ハイラントとミニマ以外、本当に何も知らないんだな」

僕「めんぼくない」


セラ「この辺りに住んでいる種族なら…オルグ族にクピド族。後は…滅多に姿を現さない、オピオ族や………」

アリシア「ヨミミ族………ですね」


そして何故か……ヨミミ族…その名前が出た瞬間、周囲の空気が凍り付いたように静まり返った。


僕「…え?何?何か…仲が悪いとか?良く無い話なら無理には…」

セラ「仲が悪いとか…そう言う問題じゃ無い。これは重要な事だから、アンタも知っておくべきだ」

僕「あ…うん。判った」


セラ「ヨミミ族ってのはな…人間を崇拝するイカれた連中だ」

僕「…………」

アリシア「自分達は人間に作られた存在で…人間に使える事こそが本当の役割…彼女達は、そう信じているんです」


セラ「直接正面からぶつかり合う事こそ無い物の…奴ら、人間絡みの事とあればすぐ首を突っ込んて来やがる!アンタも…充分に気を付けるんだぞ?」

僕「判った。肝に銘じておくよ」

と…口ではそう言った物の、ここに来て初めて見付けた手掛かりらしき手掛かりを放置しておく訳にもいかない。


機会があれば、そのヨミミ族ともコンタクトを図ってみよう……そう決意した。

―――

……宴もたけなわ

セラは皆を労いに席を立ち…酔い潰れていびきをかき始める者も出始めた頃。


アリシア「あの……この後ちょっと、良いですか?」

不意に……ほんのり赤みがかった顔のアリシアが、僕に声をかけて来た。


僕「えっと…それってどう言う…」

アリシア「私達が最初に会った場所…覚えてますか?あそこで待っています」

問いに問いで返し…それまた問いに問いで返される。


文脈からすれば、全く会話が成り立って居ないのだが……

流石に、アリシアの言葉の意味が判らない僕でも無い。


ゴクリ…と固唾を呑み込み……アリシアが会場を去って、少ししてから僕もその場所へと向かった。

人間…甲殻種の遺体置き場。

外殻は集落の施設に使うために、殆どが剥がされ…ヤド以外は原型を保っていないそれの足元に、アリシアは居た。


アリシア「あ………」

僕に気付き…ゆっくりとした足取りで近付いて来るアリシア。

僕「えっと…その……」


僕とアリシアの距離は縮まり…熱を持った息が混ざり合う。

僕「……………」

言葉は不要…なんてキザな常套句を言うつもりはない。純粋に…この時この瞬間に発するべき言葉が見つからなかった。


アリシア「………」

僕「……………」


アリシアの唇が、僕の唇に近付き…心臓がバクバクと激しく脈打つ。

そして、アリシアの唇が触れた瞬間…僕は反射的に目を閉じ………


僕「ッ――――!?」

次の瞬間。唇から頬にかけて鋭い痛みが走った。

僕「アリ……シア……?え?………何を?」

何が起こったのか一瞬判らず…僕は、間抜けな声で問いを向けた。

そして……僕の問いに対してアリシアは、スカートを捲り上げ…………


僕「――――――っ!?」

紫色に変色した…その太腿に巻かれた包帯を見た。


僕「え…?それって……え?え?え?え?え?」

僕は…全身から血の気が引くのを感じた。


アリシア「汚染種に襲われて…私の居た里は全滅したんですよ」

僕「何を…言ってるんだ?」

アリシア「エリシア…妹も噛まれて……でも、一人っきりじゃ寂しいだろうと思って…」


僕の言葉など意にも介さず…淡々と話し続けるアリシア。

その瞳には既に生気と言う物が感じられず…また、その事実が僕を更に追い詰めて行く。


僕は何に噛まれた?僕は一体何になってしまう?

体中の毛穴と言う毛穴から冷や汗が噴き出し、身体の芯まで冷え切るような感覚が襲い来る。


―――いや

そうなる前に…ここで死―――――

そんな考えが脳裏に浮かんだ瞬間………


アリシア「あ、そう言えば…貴方の名前、まだ―――」


どこからともなく放たれた矢が…アリシアの側頭部を貫いた。

衛兵「くそっ!汚染種だ!!火を持って来い!」


視界が霞む……世界が揺れる……


「た、大変だ!!裏門から…裏門から大量の汚染種が!!」

セラ「なん……くそっ!撤退だ!村を捨てて逃げるぞ!!」


「カァール!!どこだ、カァール!!」

「お父さん!お父さんはどこなの!?」

「とにかく逃げろ!後で合流するんだ!!」


周囲から巻き起こる叫び声…そんな中………


アリシア「ぐぷ……げばぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぎゃらばが!!」

脳をやられ…奇声を上げるアリシアの背後から現れる……大きな…おぞましい肉の塊を見て………


それが…人間…汚染種だと理解した。


人間とは…人間と呼ばれるあの化け物達は一体何なのだろうか?

僕は…果たして何者なんだろうか?僕は…人間なのだろうか?あの化け物達の仲間なのだろうか?

そんな疑問が渦巻く中………


僕は………意識を失った。

―――――――

―――夢……僕はまた夢を見た……


「皆様!この記念すべき日によくお越し下さいました!」

「遡る事100年前…始まりは――――――」


「―――――――――」


「これによりテラフォーミング計画は実用にこぎつき、今…人類は新たな大地を手に入れようとしているのです!」


―――そして夢は、ここでまた途切れた。

<嘘にならなくてネタバレにならない程度の次回予告>

第二話「APES OF THE PLANET」

揺れる馬車の中で目を覚ます僕。

………汚染種へと変貌してしまうまでの期限は3日間。

ワクチンを手に入れるために、遺跡と呼ばれる施設へと向かう僕達。


「W:1000011059151観察記録No.169」

「この現状が何者かに意図された物では無く、全て偶然の産物だと言うのなら…余りにも滑稽過ぎる」

「もし君が、この下らない世界からの脱却出来たのであれば…W:1000011058888の私を訪ねてくれ給え」


施設の最深部……

次々と汚染種と化して行く、集落の仲間達。


僕「あのさ……もし良かったらなんだけど……ここから生きて帰れたら、僕と――――」

セラ「…え?――――――――」


最後の希望を目の前にして……僕は…意識を失った。



第三話「Back to the Nature」

残された僅かな時間……

生き残った端末にアクセスを行い…そこから得られた、僅かな情報。


「我々は…このまま指を咥えて滅びを待つ訳にはいかない!」

「このアークオブゴフェルこそが、この地に遺された我等の最後の希望なのだ!」


手に入れた、最後のワクチン……最後の一本。

幕引きの末に現れたのは……ヨミミ族の少女達だった。



第四話「THE SALE」

地下鉄に乗り…ヨミミの集落へと向かう、僕とセラ…そして、ヨミミの少女達。


僕は、ヨミミの集落で予想外に手厚い歓迎を受け…そこで、彼女達の出生を知る。

そして、その真実は…僕の心を深く揺さぶった。


ミンチ「何か食べたい物はありませんか?」

僕「ここ最近レーションばっかりだったし…肉が食べたいかな」

ミンチ「かしこまりました。お任せ下さい!」


束の間の休息…

そして、ハイラント族の来訪。

第五話「Day Hard」

ヨミミの集落を後にして、地下鉄でバベルの塔へと辿り着いた僕ら。

バベルの塔の地下深く…そこには、人間達の暮らす区画があり……

僕は………人間の少女、マリアと出会った。


マリア「私…明日大人になるの。もし良かったら、貴方にも参加して欲しいな」


そして僕は……彼女達が大人になると言う事の、意味を………

人間とは一体何なのかを……知った。



第六話「Broad Runner」

人間を管理する者…マザーコンピューターとファーザーコンピューター。

僕は…僕が信じる事…やるべき事を行い……

古びた通信室…そこで見付けた端末で、僕はテレサと言う少女に出会った。


テレサ「その端末の権限なら、遠隔操作でこっちの隔壁を開けられると思う。お願い、私をここから出して」

僕「えっと…ここの、隔壁解除って所で良いのかな?」


僕は…テレサを助けたい…そう思っただけだった。


テレサ「ありがとう。これで……やっと私、自由になれた」



第七話「Total Rewrite」

僕は………全てを思い出した。

そして………

何故…僕がここに居るのか…その訳を……


全てを………知った………

>39 それ…ラストが不評だった場合の、お気楽ハーレムなセルフパロで使おうと思ってたタイトル。
>43 とりあえず、古典的ではありますがこのテのジャンルの定番で開始してみました。
>44 この中の内幾つが形になるかは判りませんが、その際はまたお付き合い頂ければ幸いです。あと、パーツ集めは生パーツです。
>49 むしろ、シェンガオサイズのネルスキュラがヤド被ってる姿でおkです。
>50 ワークワークも、このテの退廃世界モノで。迷い込んだ人間が主人公でしたね。そう言う意味では近いと思います。
>55 この作品の技術水準は…ヒミツで!
>56 どこからどこまでが主人公の「世界」かにもよります。
>66 移住先が持って居ない知識で活躍するのは、この手の(以下略)
>71 残念ながら今回の主人公は、特殊能力も体質も無しの普通の人間です!

引き続き電波三発目、怪奇譚モノで『さわりおとし』
「因果応報」をテーマにした、オカルトストーリーです。
あと…『短編集』を謳いながらも『長編の序盤だけお披露目』になってしまっていたので
今回はちゃんと1話だけでも纏まるお話にしたいと思いますorz

この世には…まだまだ私達の知らない物が沢山あります。

それは時に現象で…それは時に仕組みで…それは時に人で…


そして、このお語は……

そんな未知の中の一つ…『さわり屋』の人達の物語です。

アヤ「おっはは~、マッキマキー」

マキ「わっ…ちょっ!アヤ?!どこ触ってるのよ!」


私の名前はマキ、16歳。高校一年生。

私に抱き着いているのは、友達のアヤ。同級生。


何て事無い、いつもの朝…何て事無い、いつものやりとり。

…少なくとも、私はそのつもりだったんだけど……


アヤ「あれ?何か顔色悪くない?」

気が付いた時には…何時の間にか、私の日常は少しずつずれ始めていたのでした。



  ~さわりおとし~



マキ「そう言えば…何か身体が重くて、寒気がするかも」

アヤ「他には?何か無い?」

マキ「後は…あ、そうだ。何か最近…ツイてないってのも…」

アヤ「ついてないって…例えば?」


マキ「最近…痴漢によく遭うのよね」

アヤ「痴漢って…あぁでも、マキの事だもんね。他の人に迷惑かけたくないって、大人しくやられっ放しになってるんでしょ?」

マキ「うぐっ……まぁ、それはそうなんだけど……」


アヤ「そう言うヤツには、ガツンと一発くらわせてやらないとダメよ?黙ってても付け上がらせるだけなんだから」

マキ「うん……じゃぁ、次は頑張ってみる」


………と言ってはみたものの…多分、次も…そのまた次も、私は抵抗する事が出来ないと思う。

正直、あんな目に遭うのは嫌だけど…我慢すれば、他にの誰にも迷惑はかからない。

諦めと共にため息を一つ付いた時……


ほんの一瞬…こちらを見て居る女生徒の姿が見えた気がした。

マキ「何だろう………」

夜…シャワーを浴びる私。


気のせいか、体中がだるくて…お湯を浴び続けて居るのに、どんどん身体が冷えて行くような感じがする。

そんな中…朝方にアヤと交わした会話を思い出した。


マキ「病院…予約しとこうかな。あんまり酷いようなら、明日は学校休んで行かないと……」

がたんごとん…がたんごとん…と、電車が揺れる度に頭の中がぐらぐらと揺れる。


体調はすこぶる悪い…悪いけれども、ギリギリ授業を受けられなくも無いと言う微妙な所。

結局の所、私は病院に行かずに登校して…今こうして、電車に乗っている。


そして………


マキ「…………っ」

来た……

今日も来てしまった………


マキ「…………」

内股に始まり…腰回りへと滑る手。

ここ最近、私に手を出して来る…痴漢だ。


痴漢の手が触れた場所は、鳥肌が立つのと一緒に寒気が走り…

触られた場所が広がる度に、その寒気が全身に伝わって行く。


叫びたい…声を出して逃げ出したい。

でも………そんな事をすれば、きっと他の人達にも迷惑がかかる。

電車が止まって…駅員さんも出て来て……大きな騒ぎになるかも知れない。


そう考えると足がすくんで…

私という自我が、暗い底に沈み込んで行くのを感じた時……


  「この人!痴漢です!!」

聞き覚えのある声が私の背後から響き渡った。

スーツ姿の男「え?ひぇっ!?」

続けて、私の斜め後ろから聞こえる男の人の声。

声の主である男の人は、おぼつかない足取りで後ろの車両へと逃げて行く。


そして……私は後ろを振り返り…


アヤ「まったく…だから言ったじゃない。ガツンと一発くらわせてやらないとダメって」

友達の…アヤの姿を見ました。


マキ「アヤ……アヤァ………」

アヤ「おー、よしよし。怖かったね、もう大丈夫だよ」

アヤに肩を抱かれ、泣きじゃくる私。


アヤの手がポンポンと私の頭を撫で……

カチリ……と、私の中で何かが動いたのを感じた。


ただ………


それが、正しい位置に戻ったのか…

それとも、更に間違った方向にずれてしまったのか…


当時の私には、それを知る由も無かったのです。

アヤ「身体の方は大丈夫?」


マキ「うん……一人で帰れる程度には大丈夫」

アヤ「ゴメンね。アタシも一緒に行ってあげたいんだけど、どうしても外せない用事があって……」

マキ「うぅん、ありがと。その気持ちだけで嬉しいよ」


放課後……アヤと別れて下校する私。

身体は重たいけれど…それ以外は問題無い。

そう自分に言い聞かせながら、駅までの道を歩いていると……


ふと…トレンチコート姿の異様な男性とすれ違った。

そしてその男性は、私の方に振り向き………こう言ったのです。


「アンタ……さわられたね?」


マキ「………え?」

カチリ…カチリ…と私の中で動き続ける何か。


これが…私と『さわり屋』さんとの出会いでした。

コートの男「って、ちょっと待って!?何で防犯ブザーに手をかけてんの!?ストップストップ!話を聞いて!!」

マキ「私…決めたんです。もう、やられっ放しじゃいないって…!」


コートの男「いやいやいや!何で俺が、成長の証を示すためのやられ悪役的な立ち位置なの前提で話が進んでんの!?」

マキ「だって、明らかに怪しいじゃないですか。こんな季節にコートなんて着た初対面の男の人がいきなり話しかけて来たんですよ?」

コートの男「ぐっ………いや、順を追って説明させてくれるか?とりあえず、人目があるからそのブザーは下ろして、な?」

マキ「だったら、話は聞きますけど…変な事をしたら叫びますよ」


………と言う事で、私は男の人の話を聞いてみる事にした。


コートの男「まずは自己紹介をしとこう。俺は…『さわり屋』をやっている………って、だからそのブザーを下ろして!?ねぇ!?」

マキ「『さわり屋』って…何なんですか、そのいかがわしさが満点通り越して振り切った名前」

さわり屋「オーケーオーケー…じゃぁそこから説明させて貰おう。この世には…『障り』と言う物が存在する」


マキ「『障り』……ですか?」


さわり屋「最近…体が妙に重かったり、寒気が走ったりしてないか?」

マキ「何でそれを……あ、顔に出てた?でも…多分風邪か何かだから、病院に行けば…」

さわり屋「病院に行っても治せやしない。気から来る病とでも診断されるのが関の山だろうな」


マキ「何でそんな事……」

さわり屋「それがさっき言った「障り」だからだ」

マキ「………え?」


さわり屋「で…そんな『障り』を『触って』落とす。それが『さわり屋』だ」

マキ「でも、そんな事…いきなり言われても、信じられる訳……」

さわり屋「……だろうな。だから、料金は落とし終えた後の成功報酬として貰う事にしてる。言質だけは先に貰うけどな」


マキ「あ、お金取るんですね」

さわり屋「そりゃぁ、慈善活動じゃないからな」


マキ「でも…今、2000円しか持って無いんですけど」

さわり屋「なっ……くっ、じゃ、じゃぁそれで良い。ったく……何で俺はいつっも貧乏クジばかり引くかなぁ」


こうして私は…半信半疑ながら、さわり屋さんのお世話になる事になった。

しかし今思うと…弱っていたとは言え、我ながら何とも不用心な行動でした。

マキ「私の名前は赤神マキ、16歳です。高校一年生やってます。えっと、今日は……」


みるからに怪しい部屋の中…ベッドの上に座って、ビデオに向けて自己紹介する私。

何でも…さわりを落とした後に踏み倒す人が多いから、その予防策としての証拠撮りと、診断を兼ねているらしい。


マキ「2000円で…お触り…でしたっけ?今まで知らなかった世界?初めての体験をしちゃいます」

さわり屋「って、ちょぉっと待てぇぇぇ!!!??」

マキ「え?」


さわり屋「わざとか!?それわざとなの!?何だそのいかがわしいビデオのオープニングみたいな自己紹介!こんなん誰かに見られたら俺がお縄になるわ!!」

マキ「すみません、いかがわしいビデオとか詳しく無くて。さわり屋さんは詳しいんですか?」

さわり屋「…………」

さわり屋さんは押し黙り、そのまま固まってしまった。


さわり屋「いいから、こっちの言う内容に答えて貰えるかな?それじゃ撮り直すからな?」

あ、無かった事にして仕切り直したようだ。

マキ「私の名前は赤神マキ16歳、解阪高校の一年生です。家族構成は、父・母・姉。交友関係は、友人が一人。あと―――」


さわり屋「最近何か変わった事は?特に、身体に触られるような事は無かったかい?」

マキ「それは…その……ここ最近、毎日のように痴漢に遭いましたが…何か関係あるんですか?」


さわり屋「『障り』と言う物は大抵『障り屋』が相手に触れる事で起こる物だ。だから多分……」

マキ「あの痴漢が…『障り屋』」


さわり屋「その痴漢の特徴とかは?」

マキ「すぐに逃げられてしまったので…スーツを着た男性という事以外は何も」

さわり屋「成程……ね。手掛かりは少ないが…後は実際におとしながら確認するとしよう」


そう言ってさわり屋さんは、包帯でぐるぐる巻きになった右手を私に向けた。

そして、右手からその包帯を解くと…


マキ「その手…」

包帯の下から現れた手は、赤黒く変色して…所々に、ひびのような亀裂が走っていた。


さわり屋「これかい?まぁ何て言うか…職人の手ってヤツかな。それはそうと…障りを落とすのに必要だから、血を一滴貰うぜ?」

マキ「え?あ…はい」

そう言ってさわり屋さんは私の手を取り…取り出した針を、私の親指に刺した。


マキ「っ…!」

そして今度は、血の付いた針を自分の右手に突き刺し……



  さわり屋「さぁ……さわりおとしの始まりだ」

目を閉じ…ベッドの上に横になる私。


マキ「あの…私は何かしなくても良いんですか?」

さわり屋「あぁ、アンタはそのまま寝転がっててくれれば良い。あぁでも…」

マキ「でも…何ですか?」


さわり屋「アンタの場合…頭の天辺から膝まで、手広く触られてるみたいだからな。少し長く我慢して貰うかも知れねぇな」

マキ「我慢って…え?――――」


ビデオカメラから微かに聞こえて来る、さっきの録画の声。

さわり屋さんは、その映像を見ながら顔をしかめ……重苦しく声を絞り出した。


そして、さわり屋さんの手が私の頭に触れた…その瞬間………


マキ「ッ―――――!?」

触れられた場所を中心に…頭の中にまで響く電撃のような物が駆け抜けて行くのを感じた。


さわり屋「コイツは…思った以上に深くまで浸み込んでやがるな」

マキ「ァ……ツッ…………」


正座で痺れた足を掃除機で吸うような感覚……それを何十倍にもしたような物と表現でもすれば良いのだろうか?

頭の中がビリビリと痺れ、ズキズキと鈍い衝撃が駆け巡る。


そして、さわり屋さんの手が頭から首へと滑り……

マキ「ん……くっ………ふっ……」

首筋から指先まで…延髄を伝って全身に走る衝撃。

私は思わず声を上げ…それに伴ってか、さわり屋さんの手が止まる。


さわり屋「気休めか知れないが…一応の山場はここまでだ。アンタの場合、頭を最後に残しとくと危なかったからな」

と言って、今度はその手を肩に乗せるさわり屋さん。


マキ「っ…はぁっ……はぁっ……………んっ!!」

そこからさわり屋さんの手は、腕へ…肘へ…手へと滑り……

ピリピリと走る電気のような物が、身体の奥から正面へと這い出て行くような感覚を覚えた。


喉の奥から溢れた熱い息が、口の端から溢れ出る。

電気が走る度に、私の身体は小刻みに震え……

一際大き刺激が走った時、私の身体は大きく跳ねた。

さわり屋「さて…これで一丁上がり…と」

全身から力が抜け落ち…荒いだ息が零れ落ちる。


気が付けば私の全身は、噴き出た汗でぐっしょりと濡れ…

マキ「終わっ………て………あ…れ………?」


それまで感じて居た、不快な身体の重さと寒気は消え去り…

憑き物が落ちたような身体の軽さと、身体の奥から溢れ出る体温を実感する事が出来た。


さわり屋「どうだい?楽になったろ?」

そして、つい先程まで私の身体に触れて居たと思われる…さわり屋さんの手は……


マキ「その………手…」

手の平を中心に水泡が浮かび…袖の奥まで焼けただれたように赤く変色していた。


さわり屋「あぁ、これなら心配すんな。いつもの事だ」

マキ「いつもの事って…」

尋常ならざるその光景に、私はさわり屋さんの心配をせずには居られなかった。

けれど………


さわり屋「さぁこれで…タッチダウンだ」

マキ「タッチダウン……」

さわりおとしだから、タッチダウン…と言いたいのだろうけど………うん


つい先程までの心配など、どこ吹く風ぞ…

私はそこに触れるべきか否か迷った挙句、無言で生暖かい視線を送る事にした。

さわり屋「ひぃ…ふぅ…よし、確かに。良かった……これで首の皮一枚何とか繋がったぁ…」


謝礼を支払い…それを確認するさわり屋さん。

さわり屋さんの安堵の表情から、余程困窮していた事が伺えるけれど…

金銭関係に首を突っ込むのも何なので、私はそれをスルーした。


さわり屋「そんじゃぁ後は……」

マキ「後って…まだ何かあるんですか?」


さわり屋「何かも何も…アンタを障ったヤツの事だ。解決してないだろ?」

マキ「あ、そう言えば……」


さわり屋「マッチポンプを疑われるのもアレだしな。アフターケアでその辺りも何とかしてやるって言ってんだ」

マキ「あ、ありがとうございます…」


さわり屋「で、例の痴漢だが……また手を出して来る可能性が高いか、ら囮作戦が有効だとは思うんだが……」

マキ「何か問題でも?」


さわり屋「いや、さすがに危ない橋を渡らせるのは―――」

マキ「いえ………私、やります。どうして私にあんな事をしたのか…知りたいです」


さわり屋「…………本当に良いんだな?」

マキ「………」


さわり屋「……判った、だったら明日から張り込むとしよう。アンタはいつも通りの時間に電車に乗って、またそこで落ち合おう」

マキ「………はい」


さわり屋「あ、そうだ。一つ確認しておきたいんだが―――――」


こうして……さわり屋さんは、原因究明へと向かってくれた。

けれど………


次の日、さわり屋さんが電車に現れる事はありませんでした。

無闇に人にさわる物じゃぁ無い…

そんな事は、子供だって知っている。


そして…それがさわり屋だとすれば、尚の事だ。


人にさわれば、人も自分の手に触れる。

それを忘れてさわり続ければ、いずれ自分もさわりに触れる。


そんな当たり前の事を忘れちまったのか…

あるいは……

さわり屋「成程…ね」

少し…ほんの少し、さわり程度の調べ物で、いとも簡単に真相へ辿り着く事が出来た。

しかしそれは、余りにも下らなく…余りにも馬鹿馬鹿しい。


何がこんな事を始め…何故こんな事になったのか…


いや、それは直接本人に聞くのが一番早いだろう。

俺は、マキの背後に居る…マキを障ろうとする障り屋に近付き……その手を掴んだ。


アヤ「……………」

さわり屋「………………」


その障り屋…マキの友人アヤは、ほんの一瞬驚き身じろぎするもすぐに諦め…そこから先は、言葉は不要。

お互いマキに気付かれぬよう、黙したまま車両を移り…人目に付かない手洗いの中へと場所を移した。

さわり屋「しっかし…よくもまぁ、今の今までばれなかった物だな。振り向かれでもしたら、それだけで一発アウトだろ」

アヤ「…マキの性格なら、振り向けやしないわよ。そのまま我慢し続けるのは判ってたから」

さわり屋「成程ね…そんだけマキちゃんの事を理解してる訳か」


アヤ「……そんな事より、今度は私の番。どうして…私が障り屋だって判ったの?」

さわり屋「頭の天辺が…な。髪フェチってセンも無い訳じゃぁ無いが、痴漢で頭を触るってのは考え難いからな」

アヤ「…………」


さわり屋「で、確認してみたんだが…案の定。誰がどこに触れたか、マキちゃんから貰った証言と照らし合わせた結果……な」

アヤ「あぁ…そう言う事……」


さわり屋「で、念のため調べてみたら…昨日以外もアンタはこの電車に乗っていた、と」

アヤ「そんなの別に…あぁでも、そこまで調べたんなら当然住所も知ってるわよね」

さわり屋「そう…アンタの住んでる所は逆方向。偶然乗り合わせる事なんてありえない。なのに…この電車に乗っていた。マキちゃんを障るためにな」

アヤ「そうよ…アンタの言う通り」


さわり屋「なぁアンタ…マキちゃんの友達なんだろ?何で障った?」

アヤ「そこまでは調べなかったんだ……でも、余計なお世話って言葉知ってる?って言うか、それを聞いてどうすんの?」

さわり屋「落とし所があれば、擦り合わせるって手もあるからな。どうしようも無い恨みがあるってんなら別だが…な」


アヤ「恨みなんて…別に無いわよ。全部、お金のため」

さわり屋「金のため…ねぇ。そいつは俺にはどうしようも無いが…その金は、友情よりも大切な物なのかい?」

アヤ「はん…何?同業者がそれを言うの?」


さわり屋「痛い所を突いて来る…と言ってやりたい所だが、俺はさわりおとし専門でね。障り専門のアンタと一緒にされたかぁ無いな」

アヤ「…アンタみたいな偽善者…死ぬ程反吐が出るわ。だったら良いわ、私が障り屋をやってる理由を教えてあげる。うちに来なさい」


こうして俺とアヤは、次の駅で電車を乗り換え……終始無言のまま、アヤの住むアパートへ向かった。

さわり屋「コイツは………」

アヤ「外からでも判るでしょ?でも…直接見て貰うわよ」


部屋に入る前…いや、そもそも敷地内に入る前からでも判る程の、巨大な『障り』の気配。

俺は…尋常ならざる『障り』の存在を、肌のみならず全身で浴びながら…部屋の中へと足を進めた。


アヤ「この子の名前はエンジュ………私の妹よ」

さわり屋「…………っ……」


そこには…小学生くらいの幼い少女が居た。


そして………


そこには………『障り』の塊とでも言うべきか…途轍もなく巨大な『障り』があった。

アヤ「私が…未熟だった私が、うっかりエンジュを触ってしまって…そのせいで…!!」


エンジュ…そう呼ばれた少女は『障り』の渦巻く中で目を閉じ、身じろぎ一つしない。

微かながら生命の息吹を感じるも、その姿はまるで物言わぬ人形のようで………


さわり屋「もう長い事、目覚めていない…って所か」

アヤ「そうよ…これで判ったでしょ?だから私にはお金が必要なの!!」


さわり屋「確かに…これだけの障りをおとすとなれば、命を落とす恐れもある。少なく見積もっても、三千万……」

アヤ「前に他のさわり屋に見せた時は、五千万って言われたわ」

さわり屋「そうだな…そのくらいは当然ふっかけられるわなぁ…」


アヤ「お父さんとお母さんの遺産は親戚中に取られて…私みたいなのがそんな大金を稼ごうと思ったって、簡単には行かないの!」

さわり屋「まぁ当然そうなる…な」


アヤ「『障り屋』だけじゃ無い。他にもお金を稼ぐ手段があるなら、何だってやるわ!」

さわり屋「…………」

アヤ「それこそ、身体を売ってでも身体を切り売りしてでも…どんな事をしてでも、私はお金が欲しいの!」


さわり屋「と………熱くなられてる所を悪いんだが…」

アヤ「……何よっ!!」

さわり屋「このお嬢ちゃん…エンジュちゃんに付いてる『障り』…こいつは、アンタのじゃぁ無いぜ?」


アヤ「………え?」

さわり屋「あと…知ってるとは思うが、自分で自分を『障る』事は出来ないから、エンジュちゃんでも無い」

アヤ「ちょっと待って、話についてけない」


さわり屋「『障り屋』やってるだけだと、まず気付かないと思うが…『障り』にも、ちょっとした違いがあってな?」

アヤ「……は?」


さわり屋「細かい事は、実際に観てみなけりゃ判らねぇが…この『障り』は、明らかにアンタの物じゃぁ無ぇんだよ」

アヤ「な……何よそれ!そんな事いきなり言われて、信じるとでも思ってるの!?」

さわり屋「まぁ、どこからどこまで信じて貰えるかは判らねぇが…とりあえずの証明なら出来るぜ?」

アヤ「そんな事、どうやって――――」


アヤが戸惑い、問いかける中…

俺はコートの中からビデオカメラを取り出し、電源を入れる。そして……


ビデオカメラ「私の名前は赤神マキ――――」

後はまぁ、論より証拠。


このビデオカメラに使ってるレンズは、知り合いに作って貰った特注品で…『障り』を視覚化する事が出来る。

つまり…俺が見た『障り』を、アヤにも見せる事が出来ると言う逸品な訳だ。

そしてアヤの『障り』は、表面を撫でるように渦巻く『障り』である事が見て取れる訳だが……


さわり屋「マキちゃんの身体に纏わり付いてる黒いのが見えるだろ?これがアンタの『障り』だ」

アヤ「これが…アタシの?でも………これ、アンタが加工した訳じゃないって証拠も無いわよね?」

さわり屋「だから、その点だけは証明にならないかも知れないんだが…まぁ、この後……」


ビデオカメラ「2000円で…お触り…でしたっけ?今まで知らなかった世界?初めての体験をしちゃいます」

アヤ「…………………」

さわり屋「………違うぞ?これは、マキちゃんが言い間違えてるだけだからな?」

さて、脱線してしまったので話を戻そう。


俺は改めてアヤの妹…エンジュにビデオカメラを向け、その姿を画面に映す。

すると、画面には………


アヤ「………え?……何…これ………」

さわり屋「少なくとも…アンタ以外の二人の『障り屋』に障られてる…ってのが判る筈だ」


人間の骸骨と肋骨が百足のような形を成した『障り』と…

無数の棘が生えた薔薇の蔓のような『障り』。

全く異なる形の…それも、とびっきりに強力で凶悪で狂暴な『障り』の姿が映っている。


さわり屋「俺の言葉やコレが信じられないってんなら、あくまで『もしも』の話で聞いてくれ」

アヤ「………」


さわり屋「この子…エンジュちゃんを蝕んでる『障り』はアンタのモノじゃぁ無い。つまり…今のこの状態はアンタのせいじゃぁ無い」

アヤ「…………」


さわり屋「アンタの責任感は勘違いで、エンジュちゃんのためにアンタが犠牲になる必要は無い」

アヤ「……………」


さわり屋「それでも…アンタはエンジュちゃんのために金を稼ぐのか?『障り』を振り撒き、他人を傷付け…自分を追い込みまでして」


少々意地悪な物言いをする事になってしまったが……まぁ、これは仕方が無い。

何も知らず……間違った思い込みだけで、あんな事を続けるアヤの前で…それを伏せ続ける事が出来ないってのが……


俺の性分だからな。

アヤ「………っ…でもっ……」


さわり屋「ん?何だ?」

アヤ「それっ…でもっ!アタシはエンジュを助けたい!例え異母姉妹でも、たった一人の妹だから!何を犠牲にしても助けたい!」

さわり屋「……目覚める事が良い事とは限らねぇぜ?自分が目覚めるために、姉さんが何をしたか知ったら…」


アヤ「それでも!」

さわり屋「場合によっちゃぁ、このまま何も知らずに眠り続けてる方が幸せかも知れねぇ。全部投げ出したって、誰も文句は言わねぇだろ」


アヤ「それでもっ…私はエンジュに目覚めて欲しい!無理かも知れなくても、あの頃の笑顔を取り戻したい!!」

さわり屋「そもそも…状態が状態だ。最悪『障り』をおとしても、目が覚める保証は無いんだぞ?」

アヤ「それでも!何もしなかったら目覚める可能性が無いどころか…このままじゃ……」


さわり屋「十中八九死に至る。いつ『障られた』かによって多少の前後はあるが…もって、あと三から四ヶ月って所だろうな」

アヤ「……………」

さわり屋「まぁ普通に考えて…四ヶ月で五千万なんて大金を稼ぐのは無理だ。となると、ローンでも組んで長期返済くらいしか手は無い訳だが…」


アヤ「判ってるわよ……こんな理由でお金を貸してくれる人も居なければ、そんな条件で引き受ける『さわり屋』も居ない」

さわり屋「ま、常識的に考えて当たり前だよな。後はまぁ、よっぽどでかい仕事でもやらなけりゃぁ……」


アヤ「……機会さえあれば、やってやるわよ……エンジュのためなら、例え他の誰かの命を奪う事になっても!!」

さわり屋「あぁ……コイツはまた、とんでもなく重症だ。完全にタガが外れちまってらぁ」


アヤ「そんな事は百も承知よ!って言うか何なの!?アンタって結局、何が言いたいの?!」

さわり屋「言いたいって言うか…むしろ聞きたかっただけなんだよな。アンタの苦労話」

アヤ「アンタって………最っ…低ね!!」


さわり屋「まぁ所詮は偽善者だからなぁ……っと、そうそう。あと一つ……」

アヤ「…何よ」


さわり屋「アンタ……『障り』で人を殺した事はあるか?」

アヤ「………はぁ?」

さわり屋「良いから答えてくれ」


アヤ「……そんなでかい仕事をこなしてたら、今頃こんなに苦労してないわよ」

さわり屋「仕事以外でもか?怨恨や私怨で誰かを殺した事は?」

アヤ「少なくとも…アタシが知ってる範囲で、アタシの『障り』で誰かが死んだって事は無いと思う。でも、それが何だって言うのよ!」


さわり屋「妹のためだったら、何だって出来る…それこそ、越えちゃぁいけねぇ一線だって越えられるってのは判った」

アヤ「そうよ、それが何なの?」


さわり屋「んでも…今までそれを越えずに踏み止まってる、ってぇのも判った」

アヤ「だから何だって言うのよ!」


さわり屋「話を戻すが……俺は、常識とは無縁の…『さわり屋』の中でも異端児だ」

アヤ「………は?」


さわり屋「稼ぎは悪ぃし、仕事はいっつも決まって貧乏くじばかり……」

アヤ「……………」


さわり屋「あ、くどいようだが一応また言うぞ?俺はあくまで偽善者だ!頂く物はちゃんと頂くからな!」

アヤ「……え?ちょっと待って、それって」


さわり屋「とりあえず…暫くの間の衣食住の面ど…もとい、負担はして貰う!それから…本当は即金が良いんだが、社会人になったら残りも返済して貰うからな!」

アヤ「受けて…くれるって事?エンジュの……『障り』をおとしてくれるって事…?でもさっきは……」


さわり屋「だから言っただろ、常識とは無縁だって。それと……こういう貧乏くじを引くのは俺の役目だって…な」

アヤ「――――――――――」

さわり屋「―――って事で、さっき言った通りの質問に答えて貰えるか?」

アヤ「…はい。私の名前は、苦死刺 殺。解阪高校の一年生で、15歳」


さわり屋「じゃぁ次に、エンジュちゃんの方」

アヤ「名前は、苦死刺 怨呪。解阪中学の二年生で、13歳」


さわり屋「家族構成は?」

アヤ「私の両親とエンジュのお母さんは既に他界してて…私の父とエンジュのお母さんは『障り屋』だった」


さわり屋「それぞれの死因は?」

アヤ「エンジュのお母さんは…エンジュを産んですぐに『障り』で他界。私の両親は、交通事故」


さわり屋「確信は無くても良いから、エンジュちゃんを『障る』ような相手に心当たりは?」

アヤ「エンジュは元々身体が弱くて、殆ど家から出なかったから…家族以外と関わるような事さえ無かったと思う」


さわり屋「アンタ…いや、アヤちゃんが…アンジュちゃんを『障ってしまった』と思ったのは?」

アヤ「一年前…両親が交通事故で死んで、精神的に不安定になっちゃった時。制御がきかなくなってて、エンジュを『障った』と思ってたんだけど…」


さわり屋「それ以上の事は判らない………か」

アヤ「うん…ゴメン」


さわり屋「となると…『障り』の正体も相手も不明。毎度の事ながら…ぶっつけ本番でゴリ押しするしか無い訳か」

アヤ「毎度の事って……大丈夫なの!?」


さわり屋「エンジュちゃんへの負担は必要最低限にするし…報酬もあくまで成功した時だけだ。心配すんな」

アヤ「そうじゃなくって……あぁでも……あぁもう!!」


さわり屋「あ、そうそう…障りを落とすのに必要だから、エンジュちゃんの血を一滴貰うぜ?」

アヤ「………うん、分った」


姉であるアヤちゃんの許可を得た所で、俺は懐の薬袋から針を取り出し…それをエンジュちゃんの親指に軽く刺す。

そして今度は、エンジュちゃんの血が付いた針を自分の右手に刺し………


  さわり屋「さぁ……さわりおとしの始まりだ」


景気付けのセリフをキメて、さわりおとしを始めた。

さて………これは判って居た事なんだが……


痛ぇぇぇぇぇ!!

死ぬほど痛ぇぇぇ!!!

無茶苦茶痛ぇぇぇぇ!!!!


皮膚が焼けただれる痛みと、神経に直接響いて来る『障り』……

と言う所は今までと同じなんがだ…今回のそれは、前回の比じゃぁ無い。


歯にドリルで穴を空けて、そこにまたドリルを突っ込んで神経を無理矢理削り取るような痛み…が手の平全体から全身に駆け巡っている。

人一倍治りが早い事を自負している右手も、表面は完全に焼け焦げて筋肉にまでかなりのダメージが来ている事が判る。


安請け合いなんてするんじゃぁ無かったか?いやいや…今は少しでも実入りが無いと困る。

後悔しながらも…それでも自分の行動を肯定しなければ、とてもじゃなければやっていけない。


しかし…今回の『障り』は本気で不味い。気を失ってしまったら、多分そのまま『障り』に殺されてしまうかも知れない。

エンジュちゃんに余り負担はかけたく無いんだが…ここは、一気に引き剥がして落とす他は無いだろう。


エンジュちゃんの奥底にまで沈む……骸骨百足も茨もまとめて…右手で掴んで引き摺り出し…その『障り』をおとす。


エンジュ「――――ッ!!」

意志を持った言葉では無く…あくまで、反射として肺の奥から絞り出される、エンジュちゃんの声。

少々手荒にはなった物の、これでエンジュちゃんの「障り」は――――


さわり屋「…………え?」


そう…手順に間違いは無かった……手応えも確かにあった。

俺は確かに、エンジュちゃんの『障り』をおとした筈だった…その筈なのに………


さわり屋「おいおいおいおい…コイツは一体何の冗談だ?」


エンジュちゃんの身体には、骸骨百足の『障り』が絡み付いたまま残っていた。

おかしい………こんな事はありえない。


俺は確かにエンジュちゃんの血を使い…『障り』を誘き寄せてそのままおとした。

例え『障り』が一つでも…それこそ百の『障り』が付いていようとも、この方法でおとせない筈は無い。


なのに…何故この『障り』は残っている?


迷い…戸惑い、思考が迷走する。

この骸骨百足の『障り』は普通じゃない。

下手に関わり続ければ、それだけ命を持っていかれる可能性が上がってしまう。


ただでさえも不味い方向に追い詰められている……

ってのに、そんな俺に向けて追い打ちが襲い掛かって来る。


さわり屋「嘘……だろ?おいおいおいおいおいおいおい!!」

そこに残った骸骨百足だけでも、文字通り手を焼いているって言うのに…


少しずつではある物の……

さっき落としたばかりの筈の、茨の「障り」が…またじわじわと、エンジュちゃんの身体を這い回り始めた。

さわり屋「何なんだ…一体何なんだよコイツは。こんな『障り』見た事無いぞ」


アヤ「…………」

思わず零してしまった言葉に、アヤちゃんが不安そうな瞳をこちらに向けて来る。


あぁ…判ってる。報酬を貰う以上は、エンジュちゃんから『障り』をおとして見せる。だから、そんな目を向けないでくれ。

と……半ば自分に言い聞かせるように心の中で呟く。

だが、一体何をどうすれば良いのか……どうすればあの『障りを』おとす事が出来るのか…


幸いな事に、今すぐ落とさなければ死ぬと言う訳では無い。

時間が経てば経つだけ、容態が悪化してしまうが…ここは一旦退いて、体制を立て直すのが得策だろう。


となればせめて…手掛かりを得るためにも、この二つの『障り』の事を出来るだけ細かく記憶しておく必要がある。

それぞれの『障り』はどんな特徴を持って居るのか…どこからどこまでを、どんな形で『障られ』ているのか……

少々失敬して、服の下の肌を直接診る。


そして、そこで………


さわり屋「…………ん?」

とある…奇妙な事に気付いた。


骸骨百足の肋骨…足?は、茨を避けるようにエンジュちゃんの身体に張り付き…

逆に茨は、骸骨百足を避け…その合間を縫うように広がって行っているようだ。


今回とは別件で、複数の『障り』が付いていた事もあったが……

あの時は、両方の『障り』が重なっていた部位が陣地争いを繰り返していた。

しかし今回に関しては、示し合わせたように二つの『障り』が綺麗に区切られ…更に言えば、その境界線から新たに茨が広がっていく。


何故こんな奇妙な事が起きているのか………

何か…ほんの些細な事でも良いから、手掛かりが無いか…今ある情報を改めてかき集め……


さわり屋「…………いや…まさか………なぁ?」

ふと………とある仮定の下で生まれる、仮説がある事に気付く。

『…はい。私の名前は、苦死刺 殺。解阪高校の一年生で、15歳』

『名前は、苦死刺 怨呪。解阪中学の二年生で、13歳』

『私の両親とエンジュのお母さんは既に他界してて…私の父とエンジュのお母さんは『障り屋』だった』

『エンジュのお母さんは…エンジュを産んですぐに『障り』で他界。私の両親は、交通事故』


頭の中で反復したのは、先のアヤちゃんの言葉。

よくよく考えるとおかしな部分があって……そこを深く考えた時点で、ピンと来た。


この場は一度退いて、裏付けと確認を取ってから再挑戦…という手も無いでは無いんだが……

さわり屋「そこでこれを聞いちまうのは…偽善者としての、俺の性分から外れちまうよなぁ」


となれば…残された道は一つしか無い。

さわり屋「これまたぶっつけ本番になっちまうが…やるしか無ぇよなぁ」


俺は左手の包帯を解き…

それを……骸骨百足が纏わり付く、エンジュちゃんの顔へと持って行く。

そして、親指を口の中へと突っ込み……


エンジュ「――――ッ!!」

再び姿を現した、茨の『障りを』もう一度おとす。

それと同時にエンジュちゃんの顎が締まり、歯が俺の指へと食い込んで……


   さわり屋「さぁ…改めて、さわりおとしの始まりだ!!」

今度はその左手を、骸骨百足の頭に添えた。

右手と左手……両手の指先に始まり、脳天から足の指先に至るまで…全身を余す事無く襲う激痛。

ほんの少しでも気を緩めれば、意識と命をそのまま持って行かれてしまうのは目に見えている。

だが…苦しみを味わっているのは俺だけじゃぁ無い。


エンジュ「ッ……!!ぅぅっ…!!――――!!」

さっきみたいな機械的な呼吸とは全く別の…苦悶を含んだエンジュちゃんの声。


意志は無くとも、意識の片鱗がそこに見える…それはつまり…『障り』をおとした先に、僅かながらも期待が持てると言う事。

俺は、歯を食いしばって意志を失うの堪え……右手で茨の『障り』を…左手で骸骨百足の『障り』をおとしていった。


さわり屋「……………っ――――――!!」

アヤ「えっと……終わったの?やった…の?」

さわり屋「いや…わざわざやれてないフラグ立てるような発言しないでくれねぇか!?」


アヤ「え?そ…そうなの?」

くっ…これがジェネレーションギャップというヤツか。


まぁ良い…残念ながら、俺は常識から外れた、お約束を守らない男だ。

その点はぬかり無く、エンジュちゃんの『障り』は落とし切った……のだが…


さわり屋「一応、今エンジュちゃんについてた『障り』は全部おとし切った」

アヤ「じゃぁ……」

さわり屋「んでもな…今回の場合は、ちょっと複雑みたいでな。事はこれだけ終わらないらしい」


アヤ「………それって、一体どう言う…」

さわり屋「まぁ…そこん所も含めて、エンジュちゃんが起きたら話をしようと思う。そんなに時間はかからないだろうから、少し待ってくれ」


偽善者的には、その理由を口にするのははばかられる。

だが……それを語らずして解決は見込めない以上…結局はそれを突き付ける他は無い。

私は誰なのか…

私は何なのか……


…判らないのです。


私は……

私は………


多分…

何も知らない方が……


何も考えない方が……いいのです。

マキ「ごめんね……私、アヤの事何にも知らなかった」

アヤ「そんなの…何で……アタシの方こそマキに酷い事したのに……」


どこからとも無く…声が聞こえて来る。


さわり屋「っと…仲直りしてる所を悪ぃが、エンジュちゃんが目ぇ覚ましそうだ。少し静かにしてやってくれ」

誰かが…私の名前を呼んでいる。お父さんとは違う…知らない男の人の声。


私は、重たい瞼をゆっくりと上げ………ぼやけた視界の中で声の主を探した。


エンジュ「………あれ…?」

アヤ「エンジュ!…エンジュ!エンジュ!!」

一人…二人…三人………ぼんやりと人影が見える。


一人はお姉ちゃん…一人はお姉ちゃんと同じくらい…最後の一人は、もっと背が高い。

私は…ぼやけた目を擦るために、手を上げようと思ったのだけど……

どうしてだろう、身体が上手く動かない。喉もガラガラになっていて、声が上手く出せない。


さわり屋「おっと、一年ぶりのお目覚めなんだ。無理はすんなよ?そうでなくても弱ってるんだからな」

エンジュ「一年………?」

この人は一体何を言っているのだろう?私は言っている事の意味がわからなくて、その人に聞き返した。


さわり屋「これから重要な話をする事になるんだが…あぁそうだ、先に自己紹介をしておこう。俺はさわり屋だ」

マキ「あ、私はアヤの親友のマキだよ。よろしくねっ!」

エンジュ「お姉ちゃんのお友達と…えっと……お父さんとお母さんの、仕事の同僚の人なのですか?」


さわり屋「直接面識は無かったが…まぁ、同業者って意味じゃぁそうだな」

エンジュ「そう…なのですか」


さわり屋「って事で…自己紹介が終わった所で本題に入らせて貰う」

そう言って男の人…さわり屋さんは私の横に座り直し…言葉を続けた。


さわり屋「率直に言わせて貰うが…エンジュちゃんには、少しでも早く『障り』を制御出来るようになって貰う。でなければ…遠くない内に命を落とす事になる」


エンジュ「……え?私が…『障り』を…なのです?」

さわり屋「あぁ、そうだ。エンジュちゃんは珍しい体質で…一つの器の中に二つの『障り』…いや、二つの身体が混ざり合っているんだ」


エンジュ「…………え?」

さわり屋さんが何を言っているのか…私にはわからなかった。

エンジュ「すみません…言っている事が判らないです…」


さわり屋「言葉通りの意味だったんだが……まぁアレだ。漫画なんかでよくあるだろ?右と左で炎と氷みたいな…」


マキ「右拳と左拳を近付けて、サイクロンを生み出すみたいな?」

さわり屋「連載時に生れても居なかったよなぁ!?ってか、そんなマイナーな…」


アヤ「アタシは…炎の中に手を突っ込んで忠誠の証を取るのを…」

さわり屋「そっちも生れる前だよなぁ!?いや、ある程度メジャーだが…」


私は私で別のキャラクターを連想していだけれど…

話が進まなくなりそうなので、口を挟まないようにした。

さわり屋「とまぁ、そんな訳で…エンジュちゃんは、異なる二つの『障り』が炎と氷みたいにぶつかり合ってお互いに『障り』合ってる訳だ」

エンジュ「それは判りましたですが…その…何で……」

さわり屋「お袋さんの腹ん中に居る時…本当は二人で生まれて来る筈だった命が、混ざり合って生まれて来ちまう事がある。で…エンジュちゃんがそれだ」


エンジュ「……………」

言いたい事は判る…理解出来る。でも……それが自分の事だと実感する事は出来なくて…どこか他人事のように聞こえてしまう。


さわり屋「あー…って言ってもだな。その事に付いて、意味を深く考えたり何を気負うような必要は無ぇ」

エンジュ「だったら…何故こんな事をです?」


さわり屋「至って冷徹に機械的に…仕組みだけ理解が必要だったからだ」


必要?何に?何をするために?『障り』を防ぐために?どうして?

そんな疑問が頭の中をぐるぐる回って…その回転の真ん中あたりに、ついさっき聞いた言葉が浮かんで来た。


エンジュ「一年ぶりって……その…じゃぁ私は…一年間、ずっと眠ってて………」

さわり屋「そうだ」


エンジュ「え?でもその間……」

さわり屋「お姉さん…アヤちゃんがずっと面倒を見てた」


エンジュ「何で…そう……私が…自分で自分を『障って』……?」

さわり屋「そうだ」


エンジュ「あれ?でも……『障り』って…相手を―――――ー」

そして、その言葉を出しかけた時……


私が気を失う少し前……一年前に何があったのかを思い出した。

「ほら、あの子よ?実の母親に続いて、今の両親まで…」

「あらでも、先に生まれたお姉ちゃんの方が今の奥さんの子供なのよね?」

「嫌だわ…それって、不倫相手の子供を引き取ったって事?奥さんも不憫だったわね」

「それに……あその家って、何かいかがわしい仕事をしてたって聞いたわよ?」

「まぁ怖い」


「ふん…あんな事をしていたから罰が当たったんだろう。面汚しめ」

「あの親にしてあの子あり…と言った所よのぅ」

「それよりも、あの子達は誰が引き取るの?」

「知った事か。施設にでも預けておけば良いだろう」


「お姉ちゃん……」

「止めてよ!!アタシだって今、いっぱいいっぱいなんだから!これ以上手間をかけさせないで!!」

「……………お姉……ちゃん」


そう……思い出した………

私は全部思い出した。


エンジュ「そうだ…私は……いらない子……いちゃ…いけない子………」

アヤ「エンジュ!?」


私の心の奥底から…何か黒くて熱い物が込み上げて来る。

そしてそれが『障り』だと言う事はすぐに判った。

けれど…………


私はそれを抑えようとは思えなかった。

さわり屋「コイツはまた……予想を飛び越えた『障り』じゃねぇか……」

マキ「そんな…さわり屋さん!どうにか出来ないんですか!?」


何か…声が聞こえる。

でも…どうでも良い。


アヤ「お願い!エンジュを助けて!!」

大丈夫だよ、お姉ちゃん…無理してそんな事を言わなくても済むようになるよ。


さわり屋「やれやれ、こっちはもう限界ギリギリだってーのに…無茶を言ってくれるねぇ」


身体も…心も…私の中から溢れ出す『障り』に飲み込まれて行く。

そう…これで良い。

こうするのが、一番良い。


私さえ居なくなれば、全部上手く行く…お姉ちゃんも楽になる……

私は『障り』の奥深くに目掛けて、心ごと飛び込んだ。


それなのに―――――


エンジュ「………え?」

私の心から…そして身体からも、いつの間にか『障り』が消え去りっていた。


さわり屋「よォ……どうした?よっぽど気に『障る』事があったみてぇだが…これで打ち止めかい?」

よくわからない…よくわからないけれど、この男の人が邪魔をしている。

そうだ…お父さんが言っていた『さわり屋』と言うのが、この人の事なのだろう。


さわり屋「残念だなぁ?こっから俺がもっともっと気に『障る』事を言ってやるってのによぉ!」

何言っているのか…何を言っているのか、本当にもう判らない。ただ判るのは…

この人は私の邪魔をしている……私に嫌な事をしようとしているという事だけ。


だったら私は………

もっともっと…もっと。この人が邪魔を出来なくなるくらいまで『障り』を溢れ出させるだけ。

さわり屋「ぐっ……っっ。何だい何だい、この程度かぁ!?父親にも母親にも見放されて先立たれて、その悲しみがこの程度か?」

やっぱりだ…この人は私に嫌な事を言ってくる。


さわり屋「親戚中をたらい回しにされて…その挙句に、したくも無い世話を無理矢理アヤちゃんにさせて…そんな自分が許せねぇんだろ?」

それ以上言わないで…もう聞きたくない。これ以上何かを聞く前に、消えて無くなってしまいたい。

私は更に…更に奥底からドス黒い物を絞り出し……


アヤ「違う!!!」

エンジュ「………え?」

お姉ちゃんの言葉で…ほんの一瞬、それが止まってしまった。


アヤ「勝手な事言わないで!アタシは…アタシはエンジュの事をそんな風に思ってない!!」

さわり屋「おいおい、詭弁はよせよ!エンジュちゃんの面倒を見てたのは、アヤちゃんがエンジュちゃんを『障った』って思い込んでたからだろ?」


やめて……


アヤ「そうだった…そうだったけど、そうじゃない!!」

さわり屋「ほら言った!今はどうあれ、最初は責任感があったから面倒を見てたんだ!アヤちゃんこそ本当の偽善者じゃねぇか!」


やめて……それ以上……


アヤ「そんなの関係無い!偽善者だって良いもん!!アタシはただ、エンジュに元気で居て欲しいだけなの!!」

エンジュ「それ以上…お姉ちゃんを虐めないで!!!」


私の中から溢れ出した何かが……さわり屋さんの身体を、反対側の壁まで物凄い勢いで弾き飛ばした。


さわり屋「ぐげっ!!!?」

潰れたヒキガエルのような声と共に、壁にぶつかるさわり屋さん。


アヤ「………え?」

エンジュ「………え?」

お互いの言葉に…今起きた出来事に、目をパチクリさせる私とお姉ちゃん。


そして、うつぶせに倒れたさわり屋さんが、首だけをこちらに向けて……

さわり屋「そら……そうやって自分の意志で溢れ出せんなら……逆も何とか出来そうだろ?」


その言葉を聞いた時…私は初めて、さわり屋さんが何をしようとしたのかわかった。

エンジュ「あの……一つだけ教えて貰えますか?」

さわり屋「ん…何だい?」


エンジュ「お母さんは…私を生んだお母さんは……私の『障り』のせいで死んでしまったのですか?」

さわり屋「さすがにそこまでは判らねぇなぁ」

エンジュ「そう…ですか」


さわり屋「エンジュちゃんの『障り』のせいで死んだのか…それとも、誰かの『障り』のせいで、エンジュちゃんがこうなったのか。それは神のみぞ知るってヤツだ」

エンジュ「………」


さわり屋「ただ、どちらにしても…一つだけ確かな事がある」

エンジュ「それは…一体何なのですか?」


さわり屋「『障り』の大本である胎児…エンジュちゃんを下ろせば、少なくとも母体の『障り』はおとす事が出来た筈だ」

エンジュ「…………じゃぁ、やっぱり…」

さわり屋「っと、人の話は最後まで聞く物だぜ?」

エンジュ「…え?」


さわり屋「でもな…エンジュちゃんのお袋さんはそれをしなかった」

エンジュ「ぁ………」


さわり屋「例え自分の命に代えてでも…エンジュちゃんに生まれて来て貰う事を選んだ。それだけは、俺に言えるたった一つの確かな事だ」

エンジュ「――――――――うぅ……ぅっ……」


私は…目頭の奥から溢れ出す涙を止める事が出来ず……

疲れ果てて眠りに落ちるまで泣きじゃくりました。

全てを失ったアタシには……エンジュが全てだった。

エンジュ以外には何も無い………


お父さんやお母さんが残した家も何も……何もかも無くなった。


『障り屋』としての力は…所詮力で、守るべき物じゃ無い。

人を不幸にする事しか出来ない力…誇れるような物じゃ無い。


この力のせいで、エンジュが目覚めなくなってしまって……


でも…

この力でエンジュを守る事が出来るなら…

そう思って、今まで何人もの人を『障って』きた。


でも……

全部間違ってた。


だとしたら……

アタシがやってきた事は………

マキ「エンジュちゃん…寝ちゃったね」

さわり屋「まぁ……目覚めてすぐにあんだけ激しく立ち回ったんだ、無理も無ぇだろ」


『さわり屋』の事は両親から聞いた事があったし…エンジュの件で、実際に会った事もその手管を見た事もあった。

でも、目の前のこの『さわり屋』は…そのどれとも違っていた。


アヤ「あのさ…さわり屋。さっきのって……」

さわり屋「あぁ…ぶっつけ本番だったが、中々上手くアドリブ出来てたじゃねぇか」

アヤ「って…え!?じゃぁ、あれって演技だったの!?」


さわり屋「……は?」


アヤ「…………」

さわり屋「…………」


だらしなくうつ伏せで倒れながら、額に汗するさわり屋……と、同じように汗するアタシ。


マキ「まぁうん……何とかなったんだから、結果オーライ?」

耐えられなくなった沈黙に、助け船を出してくれるマキ。

途中、色々とヒヤヒヤさせられる事態はあったけれど…


アヤ「でも、これで…エンジュは……助かったのよね」

さわり屋「あぁ、そうだ。ちょいとばかし、勢いに任せた荒療治になっちまったが…これでひとまずは大丈夫だろ」


エンジュが…………エンジュが戻って来てくれた。

泣き腫らしながらも安らかな寝顔を浮かべるエンジュを見下ろし…私はそれを実感した。

そして……私は思う存分…今まで貯め込んでいた分全てを流し切るように泣いた。


アヤ「ありがとう……ありがとう…ありがとう………」


さわり屋「これも仕事だからな。それに…アフターケアもまだ完全って訳じゃぁ無ぇし、まだまだ二人にも頑張って貰………ん?」


さわり屋は勿体を付けて言うが、私からしてみれば、今の時点でも十分過ぎる結果を出して貰っている。

もしも他の『さわり屋』に頼んでいたとしたら、絶対にここまでの事はして貰えない。

その事を口に出して伝えようとしたのだけれど……何故か、さわり屋は言葉を途中で止めた。


そして、視線を玄関の方へと向け…私もそれにつられるように視線を向けると………


そこには…開け放たれた扉と……その向こう側に、夕日を背にした人影があった。

合羽の男「いち…にぃ……おまけが一つと…どうでも良いのが一つ…」


その人影を…目を凝らして見る。

全身を雨合羽で覆い、顔はマスクと潜水用ゴーグルでよく見えない。

左手には大き目のビニール袋を持ち……右手には………


コンバットナイフを握り締めていた。


アヤ「な………何なのよアンタ!!」

その様相もさる事ながら…口ずさむ言葉からも、これでもかと言う異様さが見て取れる。

アタシはエンジュを庇うように、合羽の男の前に立ちはだかる。


合羽の男「あーぁ…そうか……俺の事なんて覚えて無いと来たか。そうかそうか……一体何人の男を同じような目に遭わせて来たんだ?なぁ?」

男の口ぶりからして…アタシに対して恨みを持ってる事は何となく判った。

でも…肝心の顔が見れないから、ソイツが一体誰なのか判らない。


多分…アタシが今まで『障った』誰か。

その中の一体誰なのか……必死に思い出そうとした所で……


さわり屋「昨日の…電車で痴漢冤罪をかけられた奴だな?」

どこか確信を持った口調で…さわり屋がそれを呟いた。

合羽の男「せぇいかぁい……ってか何だ?何でお前が答えてるんだよ!あぁ!?」

さわり屋「生憎と…この子はアンタ以外も多方から恨みを買うような事をやってたんでね。話を進めるために口を挟ませて貰うぜ」


合羽の男「………まぁ良い。どうせお前等この後すぐに死ぬんだ!いいや、すぐには殺さねぇ!なぶり殺しだ!!ひひっ…ひひひひっ!!」


マキ「な…何?何か、かなりイっちゃってるんだけど…」

アヤ「ゴメン……アタシにも、何が何だか……」


さわり屋「丁度良い機会だから教えとくが……『障り』ってーのは、身体に止まらず、心にまでに影響する事がある」

アヤ「何それどう言う事!?」


さわり屋「『触った』相手の気に『障って』そのままそいつの、気が『ふれ』て狂っちまったり…壊れちまったりするんだわ、これが」

アヤ「えっ………それって……エンジュが…」

さわり屋「そう…エンジュちゃんが自分にしたのがそれだ」


アヤ「じゃぁ…そこの男も?そんな…そんな事するつもりじゃ無かったのに!じゃぁ、どうすれば良いの?!」


さわり屋「意図せず相手の気に『障って』しまったんなら…その気が『ふれ』ちまう前に、それを抑える他は無ぇ」

アヤ「え…えっとだったら…あの合羽の男には…どうすれば………」

さわり屋「もしもの話は嫌いなんだが……まぁ、冤罪をかけちまった時点で、それを撤回して謝っとくべきだったんだろうな」


合羽の男「あぁあ、そうだなぁ!あの時そうしてれば、こんな事にはなってなかったよなぁ!!」

アヤ「っ………ご…ごめんなさい!!」


合羽の男「はぁぁぁん!?手前は馬鹿か!?今更謝ったって遅いんだよ!全部手遅れなんだよ!!」

アヤ「ヒ――ッ!?」


合羽の男はナイフの切っ先を私に向け、怒鳴り声を上げた。


合羽の男「お前の……お前のせいで俺はもうお終いだ!!」

さわり屋「………」


合羽の男「自称正義の味方の馬鹿な男達に追い回されて…電車に轢かれそうになって、動画も撮られて、拡散されて!!」

マキ「………」


合羽の男「あっと言う間に身元まで特定されて…やっとの思いで出社したと思ったら、弁明の機会も無しにいきなり解雇だぞ!?」

アヤ「そん……な……」


合羽の男「俺はもうお終いだ……だからせめて…恨みの一つも晴らさなけりゃぁ、やってられねぇんだよぉぉぉ!!!」

さわり屋「成程…な。今の情報化社会じゃぁ、些細な事で根も葉もない噂が飛び交い生き辛くなる。確かにアンタには同情する」


その場に居る誰一人として動けない…合羽の男に対して、下手な言葉を向けられない。

そんな中で…さわり屋だけは男に対し、その意を汲むような言葉を向けるのだけど……


合羽の男「だったらそこで黙ってろ!茶々入れて邪魔すんじゃぁねぇよ!!」

さわり屋「…でもな?ちょいとばかし…俺の嫌いな、もしもの話をさせて貰うぜ?」

合羽の男「………はぁ!?」


さわり屋「その子が冤罪をかけなければ…こんな事にはならなかった。それは百も承知で、大前提だ。でもな?」

アヤ「………っ」

さわり屋「もしものその時、その場に残って身の潔白を証明していたら…もし次の日、マキちゃんを尾行なんてしなければ…」

マキ「えっ?私?…私、尾行されてたの…?」


さわり屋「そしてもしも……復讐なんて考えて、実行に移そうとしなければ……こんな事にはなって無かった。そうは思わねぇかい?」

合羽の男「ふっ……ふざけるな!!そんなお前等に都合の良い事ばっかり並べてんじゃねぇ!!」


さわり屋「あぁ…確かにそうだ。都合の良い事ばかり並べてる…が、そっちの方がマシだった筈だ。そして、アンタはそれを選ばなかった」

その言葉を語り終えた後、さわり屋はゆらりと立ち上がった。


合羽の男「ふざけるな!ふざけるなよ!そんな加害者に都合の良い理屈があるか!」

さわり屋「加害者も何も…起きちまった事は起きちまった事だ。どっちにも原因があって、どっちにも落ち度がある。だからな?俺はこういう時、こう考えるんだ」

合羽の男「……はぁ?」


さわり屋「そこに悪意があって、悪意が被害を生むってんなら…俺はそいつを阻んで、被害者の方を助けるってなぁ!」

合羽の男「ふっ…ざっ!けるなぁぁ!!!どっからどう見たって俺の方が被害者だろうが!だったら俺を助けてみせろよ!!」


さわり屋「そう……そこなんだよなぁ」

合羽の男「はぁっ?」


さわり屋「もしこれが、アヤちゃんが『障って』気が『ふれた』って事なら、力になれるんだが…」

もしも何も…今までの話を聞いて居る限りでは、間違いは無い筈。

私は、さわり屋が何を言っているのか判らず…今はただ、その言葉の続きを待った。


さわり屋「アンタ……気が『ふれ』て、狂ってる訳じゃぁ無ぇだろ」


アヤ「……は?」

合羽の男「なっ…何を…さっきから何を訳の判らねぇ事を言ってやがる!」


さわり屋「まず第一に…気が『ふれ』ちまった奴にマトモな判断なんて出来やしねぇ。それこそ……」

そう言ってさわり屋は、合羽の男が持ったビニール袋を指さし…更に言葉を続ける。


さわり屋「相手を殺す時、返り血を浴びないための準備に…殺した後の隠蔽工作の準備なんて出来やしねぇ」

合羽の男「………っ」


アヤ「ど…どう言う事なの?だったら何でこんな…」

さわり屋「コイツは、アヤちゃんに『障られ』て気が『ふれ』たんじゃあ無い。他人のせいにして、狂ったフリをしてるだけだ!」


合羽の男「違う…違う違う!!俺は何も悪くない!全部そこの糞女が悪ぃんだよ!!だから…俺には復讐する権利があるんだ!」

さわり屋「そうだ…そうやって復讐を言い訳にして、手前ぇは自分の歪んだ願望を叶えようとしてるんだよ!!」


合羽の男「黙れ…黙れ黙れ黙れ!!」

さわり屋「被害者で収まっている事を捨てて、立場を振りかざす方に回った手前ぇはもう被害者じゃねぇ!」


合羽の男「黙れって言ってんだろぉがよぉぉぉ!!!」

さわり屋「でもな……目の前の『障り』をそのまま放ったらかしにするってぇのも俺の性分じゃぁ無ぇ」


合羽の男はナイフを構え…さわり屋に向けてそれを勢いよく突き出す。

そしてそのナイフが、さわり屋の腹部に突き刺さった…そう思ったのだけど……


さわり屋「その『障り』おとしてやるよ。ただし……気ぃ失う程キツいから覚悟しとけよ!!」

さわり屋はそのナイフを左手で握り締め……右手で、以前私が掴んだ合羽の男の右手首を掴んだ。


そして、それとほぼ同時に………


合羽の男「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

合羽の男の口から、この世の終わりのような悲痛な叫び声が絞り出された。

恐らくは…『障り』を無理矢理に引き剥がしたのだろう。


あくまで、さわり屋…この男の今までの手順を見比べた上での憶測でしか無いけれど…

血や唾液といった物を手に取り込んで居たのは、あくまで疑似餌的な物で……

『障り』をおとす際に、対象にかかる負担を肩代わりしていた物だと言う事は目に見えて明らか。


だが今回に限っては、その手順を省略した事で……

さわり屋が肩代わりする筈だった苦痛は。全て合羽の男自身が味わう事になった…と言う所だろう。


アヤ「………」


悲鳴とともに合羽の男の意識はおとされ……

同時に…そのショックでか、頭頂の髪がはらはらと抜け落ち……膝を突いてうつ伏せに倒れ込んだ。


さわり屋「さぁ…これでタッチダウンだ」

アヤ「…………それで…この後コイツどうするの?」


合羽の男は……自身が持って来た、ビニール袋のその中に入っていた拘束バンドで後ろ手に縛られ、身動き一つ出来ない。

もし万が一目覚めたとしても、私達に危害を加える事が出来る状態では無いのだけど……かと言って、このままここに置いておく訳にも行かない。


アタシ自身が撒いた種とは言え…エンジュに危険が降りかかる可能性放置する訳にはいけない。

何をするべきか…どう処分するべきか……そればかりが頭の中を駆け回る中…


マキ「事が事だし…あ、そうだ。二度と手出しが出来ないように、再起不能になるまでアヤが『障る』って言うのはどう?」

マキが、とんでもない事を口走った。


アヤ「怖っ!!」

さわり屋「マキちゃん…意外とエゲつねぇ事考えるなぁ…」

マキ「えぇー……そう?」


普段の…いや、以前のマキからは考えられないような、とても大胆で容赦の無い提案。

それに対して私は驚きを隠す事が出来ず、ついつい声を上げた。


アヤ「でもマジメな話…どうにかしないと、いけないのよね…」

さわり屋「まぁ…このまま逃がしちまったら、いずれまた仕返しに来るだろうし…かと言って『障った』としても、それをおとされたら意味が無ぇ」

マキ「……あれ?と言う事は、ドン詰まり?」


そう……こうなってしまうと、後は物理的にそんな事が出来ないようにするしか…考える事も出来ないようにするしか無い。

そして、その意味を考えて…ごくんと固唾を呑み込んだのだけど……


さわり屋「まぁ、その件に関しちゃぁ俺に考えがある。こいつもアフターケアの内だしなぁ」

さわり屋のその一言の後……事態は無事に収束を迎える事になった。

こうして……私とさわり屋さんの出会いから始まった騒動は、一旦の収束を見せました。

ちなみに、その後はどうなかったと言うと……


マキ「警察…よく逮捕してくれましたね」

さわり屋「状況証拠に加えて…マキちゃん達の証言。あと、撮りっ放しにしてたビデオに一連のやり取りが音声で残ってたのが決め手になったからな」

マキ「刑期はどのくらいになりそうなんですか?」

さわり屋「俺達4人に対しての殺人未遂と…殺人予備にその他諸々。まぁ少なく見積もっても、エンジュちゃんが成人するまで顔を見る事は無いだろ」


マキ「…にしても『障り』のくだりとか…よく信じて貰えましたね」

さわり屋「いんや?信じて貰える訳無い無い」

マキ「…えっ?」


さわり屋「その辺りは、アヤちゃんのカウンセリングの一環として作った設定…って事にしてある」

マキ「設定って…と言うかカウンセリングって…カウンセラーでも無いのに、よく信じて貰えましたね」

さわり屋「いや俺、心理カウンセラー資格持ってるし」


マキ「……えっ!?」


さわり屋「そこまで驚く事か!?まぁあれだ…職業柄、持ってた方が色々便利だから取っとけって言われてそのまま取っだけなんだがな」

マキ「まぁ…確かに、今回みたいな時には便利ですよね」


と…あれやこれやと話している内に、アヤの住んでいるアパートの前。

あ、言い忘れてましたが…一緒に登校しようと、アヤを迎えに来た所です。

マキ「あ、おっはは~エンジュちゃん。今日からもう登校?ってかあれ?眼鏡かけてたの?」

エンジュ「あ、いえ…これは……『障り』を抑えるためにさわり屋さんがくれたのです」

マキー「へぇー」


先に出て来たエンジュちゃんに挨拶をして、ドアの隙間から部屋の中を覗き込む私。

少し遅れて出て来たアヤに向かい…すかさず抱き着く。


マキ「おっはっは~アヤ!」

アヤ「うわっ?!って、マキ!?何してんのよ!」

マキ「いつものお返し~っ」


ドッキリ作戦大成功。

見事にアヤを驚かせ、私は手を放す。


そしてアヤは一呼吸ついて……落ち着いてから、再び口を開く。

アヤ「えっと…その………二人とも、昨日は……ありがとう」


マキ「いいっていいって、私達友達なんだからっ」

さわり屋「俺にしてみりゃぁ、あくまで仕事だからな」

………とは言っている物の、さわり屋さんが照れ隠しをしているのは周知の事実。

羞恥を煽らないよう、私は黙っておこうと思った。


アヤ「あ、ところで…一つ気になった事があったんだけど聞いても良い?」

そして不意に…アヤがさわり屋さんの方を向いて問うのだけど………


さわり屋「ん?何だ?」

アヤ「タッチダウンって………何?アメフトが何か関係あるの?」

アゥチ!それは大暴投だよ、アヤ……


さわり屋「それは…だな?そら、俺がやってるのって、さわりおとしだろ?」

そして更に…さわり屋さんはさわり屋さんで、解説まで始めてしまう始末。


いけない……それ以上はいけない。


アヤ「あー……でも、タッチダウンは無いわ」

さわり屋「えっ?」

止めてあげて!さわり屋さんのライフはもうゼロよ!!


アヤ「さわりおとしなら…タッチドロップ?タッチフォール?だよね?」

私があえて触れなかった部分に…アヤが触れてしまった。

アヤ「まぁ確かに?タッチダウンの方が語呂は良いけど…意味は大分変っちゃうよね?」

マキ「えっと……アヤ?」


アヤ「あ、まさか……素で間違えてたってオチ?…は、さすがに無いわよね?」

さわり屋「…………」

あ、さわり屋さんが視線を逸らしてプルプルと震えている。不味い…これは多分図星なコースだ。


マキ「えっと…あんまり言っちゃうと、さわり屋さんの気に障っちゃうよ?ほら、気がふれたら困るよね?」

と……すかさずフォローを入れる私。


さわり屋「こ…このくらいでふれるか!!」

口元からこめかみ辺りまでのヒクヒクと痙攣させ…ちょっと裏返った声で答えるさわり屋さん。

そのダメージは計り知れない…けれども、まだまだ余裕は残っていそうだ。


マキ「………と言うか、障る方は否定しないんだ……と思ったけど、それは口にしないでおこう」

さわり屋「いや、してるからな!?」

マキ「心の琴線に触れる、ウィットなジョークです」

さわり屋「おまっ…………」


と言う訳で…ついつい私も便乗して、さわり屋さんをからかってしまった。

さわり屋「……ってーかお前等。時間は良いのか?」


アヤ「あ、そうだ!ゴメン、マキ!」

マキ「ん?何?」


アヤ「来て貰って悪いんだけど…エンジュの復学にあたって、保護者がちょっと話を聞かないといけないみたいなの!だから、先に行ってて!」

マキ「判った。じゃぁ先生にも伝えておくね」


こうして私達は――――


さわり屋「って、ちょっと待て」

っと、さわり屋さんからまだ何かあるらしい。


マキ「どうしました?」

さわり屋「さわりおとし代の一部を支払う、って言われたから来たんだが?」

アヤ「あ、それね!ちょっと待ってて、今持って来るから」


と言って、再びアヤは部屋の奥へと戻って行った。

この場に残ったのは、私とさわり屋さんとエンジュちゃん。

そして、不意にエンジュちゃんが私達を見上げ………


エンジュ「あの…遅れてしまいましたが…私からも、ありがとうなのです」

マキ「私は別に何もしてないよ?」

さわり屋「さっきも言ったが、俺のは仕事だからな。これ以上感謝されたら、報酬の過払いになるから勘弁してくれ」


エンジュ「でも本当に…マキお姉ちゃんとさわり屋さんが居てくれなかったら…お姉ちゃんは、あんな風に笑えなくなっていたと思うのです。だから……」

マキ「おっと、そう言う事ならおあいこだよ?」

エンジュ「おあいこ…なのですか?」


マキ「そう!エンジュちゃんがこうして目覚めて『障り』?と向き合ってくれなかったら、マキは笑えてなかったと思う!」

エンジュ「………でも」


マキ「それに、さわり屋さんも絶対『アフターケアまで含めてのさわりおとしだからな。報酬のために二人に笑顔になって貰うだけだ』って言うしね」

さわり屋「おまっ…本人の前でそれを言うか!?ってかまず、人のセリフを取るんじゃねぇよ!!」

マキ「ほらね?」


エンジュ「…………プッ…」

と……ついには堪え切れなくなって噴き出すエンジュちゃん。


私はその様子を微笑ましく…さわり屋さんはやれやれと言った表情で見詰める中…


アヤ「お待たせ!いやぁ、変な所に入っちゃってて見つけるのに時間かかっちゃったわ!…って、ん?何の話してたの」

戻って来たアヤが…私達の様子を見るなり、不思議そうに首を傾げた。

さわり屋「んじゃぁ、話を戻すが……」

アヤ「報酬でしょ?はいこれ」


改めて…切り出したさわり屋さんと、それに向けて鍵を差し出すアヤ。

鍵を受け取ったさわり屋さんは、それをいぶかしげに眺め…


さわり屋「これは……」

アヤ「帰って来るのは7時くらいになると思うから…出かける時は忘れず鍵をかけてってね?」

さわり屋「…………は?」


アヤ「だから、この部屋の合鍵」

さわり屋「いやだから、何がどうなってこうなったんだって聞いてるんだよ!!」


アヤ「当面の衣食住…報酬の一部でしょ?」

さわり屋「いや、だからそれは―――」

アヤ「別々に用意したら2倍かかっちゃうし…この方が効率良いでしょ?」


あぁうん……さすがにこれには私もびっくり仰天だ。


さわり屋「だからって…おま……」

アヤ「それに…『障り屋』辞めて普通のバイト始めるから、色々厳しいのよね。まぁ、『障り屋』続けろって言うならそれでも良いんだけどー………」

さわり屋「―――ッ…………」


さわり屋「だっ…第一だな!素性の判らん男と同居なんて、親御さんが―――」

アヤ「もう知らない仲じゃないし、既に居ない両親は関係無いっ!」


さわり屋「ぐっ……そ、それに!もし万が一問題が起きたらどうするんだ!」

アヤ「そこはもう、成人のさわり屋さんの責任だし…責任取って貰えるなら、ローンも無くなるよね?」

そう言ったアヤの目は、獲物を見据える肉食獣の目をしていた。


………うん。

完全に言いくるめられてしまって、さわり屋さんに勝ち目は無い。それはもう誰の目から見ても明らかだった。

アヤはエンジュちゃんと一緒に中学校に向かい…

持て余した時間で駅まで歩いて向かう私……と、さわり屋さん。

そんな中…不意にさわり屋さんが口を開いた。


さわり屋「マキちゃん…アンタはこの後どうするんだ?」

マキ「黄巻マミ…多分アヤちゃんに依頼したその子と、話してみたいと思います」


さわり屋「もしかしたら…知りたくも無い事を知る事になるかも知れない。それでも良いのか?」

マキ「そうなるかも…いえ、多分そうなると思います」

さわり屋「だったら何で……」


マキ「因果応報…って言うんですか?今回の件で思い知っちゃって」

さわり屋「ん?」


マキ「何事にも理由があって…自分が何かしたら、自分に返って来る。だから…その子が私を恨んでるなら、それがどうしてか知りたいんです」

さわり屋「成程…ね」


マキ「それに……」

さわり屋「それに?」


マキ「わだかまりが晴れたら、友達になれるかも知れない…そう思ったら、俄然やる気が出て来ますからっ!」

さわり屋「………強いねぇ」


マキ「人は苦難を乗り越えて成長するものです」

そう言って私は、満面の笑みを浮かべた。

マキ「……っと、そうそう。聞きたい事があったんです」

さわり屋「俺に答えられる事なら良いんだが…何だ?」


マキ「今更何ですけど…さわり屋って何なんですか?どうしてこんな力を持った人達が居るんですか?」

さわり屋「あぁ、それか。まぁ、これはあくまで俺が聞かされた話なんだが……ちょっと長くなるぞ?」


マキ「どんな話ですか?構わないので聞かせて下さい」

さわり屋「昔々…遥か昔。まだ神様達が、普通に人間と一緒に暮らしてた頃。とある祟り神が、人間の女を襲って出来た子供…その末裔が俺達さわり屋らしい」


マキ「…………それで?」

さわり屋「以上」


マキ「って、全然長く無いじゃないですか!一行で終わりましたよね!?」

さわり屋「そこはまぁ、さっきのお返しって事で」

マキ「うわ…大人気無っ」

さわり屋「うっせぇ!」


そんなやりとりの中……不意に私の中の何かが…カチリと音を立てて動き……

あるべき物が、あるべき場所に戻った…そんな気がした。


と言った話をしている内に…目的地である駅が見えて来る。

さわり屋さんと話をしている時間はもうあまり無い。

私は最後に………気になった事を聞いてみる事にした。


マキ「ところでさわり屋さんは…今のお仕事、いつまで続けるつもりなんですか?」


さわり屋「この世から障りが無くなって…食い扶持が無くなるまで、かな」

マキ「あたりさわりのない答えですね」



   さわり屋「『さわりおとし』だからな」




             さわりおとし  完

さわりおとしを書き始めた時点で「想定の二倍くらいになりそうだなぁ」と思って居たら
終了した時には更にその二倍の分量になってしまったのはいつも事…
初盆終わったと思ったら夏バテでそのまま死んでいた1です。

>83 こんな流れのこんなオチでした!
>84 ボルトでもそのセリフありましたか
>85 実は無関係でした
>89 すぐにでもお金が必要な時があるもので…
>90 だいたいそんな感じです。いらない物を落としてリフレーッシュ!
>94 仕様です。未成年相手なので確実にアウトにされます。
>96 >100 来ていたけど、マキが気付いてないだけだったりしました。
>101 あんな感じのおぞましい物でした。
>107 何だかんだで勘違いだったので、返って来るような物もありませんでした!
>110 広い意味で言えば、『障り』を含めたらそれら全てに違いも境界も無いのかも知れません。
>115 すみません。ぐぐってみましたが、疫病の擬人化くらいの情報かしか出て来ませんでした!
>119 ダメージ思いっきり残っています。少し休めば回復しますが、無茶しすぎると死にます。
>120 JC2少女の口腔内の体液を拝借しました。
>129 YES!忌み名を付けて厄を払う風習!
>130 むしろ、くしざし姉妹がチョロイn(ry
>139 しかし本当にそれが正しいのか間違って居るのかは…本人のみぞ知る所。
>140 危なっかしい人を野に放てないので、大人しく塀の中に隔離しました。
>145 ただの伊達眼鏡です、プラシーボ。ちなみに、ビデオカメラのレンズを作った『メガネ屋』(24歳女)なる人物も居ますが、それはまた別のお話。
>151 そりゃぁもう名前の通りです。尚、マキの活躍や深い所の設定は、またの機会に!(あれば)
>152 尻に敷かれて、帳消しにならない「わけがない(断言)」
>153 ありがとうございます!キャラとか展開とか、酷い時は思い付いた単語から広がる感じで溢れて来る感じです。むしろ形にする速度が追い付かない…
>154 されたらいいなぁぁ!されたいなぁぁ!!でもそんな予兆は全くありません(異世界食堂まだ見てない)
>155-156 バイオリン弾きの続編が出たのかと思ってwktkしながらぐぐったら…そういう投稿サイトがあったのですね
>157 「とりあえず元気っ子系メインヒロインやらせとけ」な風潮は絶対に許さない!因みに脳内再生の時のイメージは
さわり屋(CV:藤原 啓治) アヤ(CV:斎藤 千和) エンジュ(CV:水瀬 いのり) 痴漢(CV:保志総一朗 ) マキ(CV:悠木碧)で
>158 何かしらの関連あれば良かったんですけどね…さわり屋がアメフト経験者とか………いや、無いわー
>159 異世界ネタのストックは結構な数ありますが…とりあえず、黒胡椒輸入するような話や、特典TUEEする系のありきたりなのは避けてくと思います。
>160 ポピーざパふぉーまー?

電波四発目は……箸休め的な感じで、定番の戦うヒロイン物『私たちはトリフォリウム・レーペンス』
「裏切り」をテーマにした「オヤクソクを守らないオヤクソクもの」です。

ストーリー自体は完結してなくても…エピソードが完結してれば良いデスヨネ?


かつて……地球から遥か彼方の星系で、宇宙を二分する戦争があった。


数多の文明からなる宇宙連合軍と、ダイオーグ率いる宇宙帝国の戦い。

争いは熾烈を極め、最後に勝利したのは宇宙帝国だった。


だが…その戦争で力を使い果たしたダイオーグは、上位次元に意識のみを飛ばし休眠へと入ってしまった。


残された宇宙帝国は、ダイオーグを復活させるため…

知的生命体が発生させるマイナス感情のエネルギー…ネガティブエナジーを集め始めた。


そして宇宙帝国の魔の手は、辺境惑星地球にまで伸びるのだが……

それに立ち向かう者達が現れた。


地球の精霊、アニマの力を借りて戦う少女達。その名は、トリフォリウム・レーペンス!


これは…宇宙帝国とトリフォリウム・レーペンスの闘いを描いた物語である。



    第一話『戦うニューヒロイン誕生!私達トリフォリウム・レーペンス!』




『この星に…危機が迫っています。世界の滅びを避けるため…今こそ目覚めるのです』


赤沢アカネは夢を見た。


見た事も無いような服を来た、見た事の無い女性。

そして背後には…見た事も無い景色。


更に気が付けば、右手には…これまた見た事の無い杖が握られ…

かと思えば、その杖はスゥ…と、手の平の中へと消えて行った。


アカネ「………何この夢」


目が覚めて尚、瞼の裏に鮮明に残る夢。

しかし…赤沢アカネは、後にこの夢を見たのが自分だけでは無い事を知る事となる。

昼休み……屋上で昼食を取るのは、赤沢アカネとクラスメイト。

男勝りのショートカット少女…青山アオイ。

いかにもと言ったカールのかかった髪のお嬢様…黄金谷アカリ。


アオイ「えぇっ?アカネもあの夢見たのか!?」

アカリ「と言う事は…アオイさんもですか?」

アカネ「なになに?って事は、三人一緒に同じ夢を見たって事?」


三人は顔を突き合わせ、昨日見た夢を語り合っていた。


アカリ「もうこうなると、本当に何か…と言いたい所ですが、実の所は…」

アオイ「昨日やってたロードショーのせいだろうなぁ」

アカネ「にしては、妙に――――――」


しかしその語らいも長くは続かず……

耳をつんざくような爆音により、三人の会話は遮られた。

ザイン「我が名は暗黒将軍ザインダーク!偉大なる宇宙大帝ダイオーグが帝国、デッドカルチャーの幹部である!」

爆音の後に続いたのは、どこからとも無く響き渡る男の声。

そして示し合わせたように皆が空を見上げると…そこには、声の主の姿が映し出されていた。


蟲か…はたまた機械か。

鋭い光を宿す甲殻の奥から、瞳とおぼしき赤が鈍い光を浮かべるその姿。

だが……そんな男の姿に、目を奪われている暇は無かった。


男の姿の更に奥…天高くから舞い降りる、無数の影。

やがてそれは人の形を…否、巨人の様相を呈して街へと降り注いだ。


ザイン「さぁ…恐れよ!嘆き悲しめ!己が運命を呪い、その恨みを燃やし憎しみのまま消え行くが良い!」


果たして一体何が起きたのか…何が始まろうとしているのか…

それを三人が理解するよりも早く、運命の歯車は忙しなく回り始めた。

『今こそ…目覚めの時。奥底より湧き出る言葉を唱えるのです』


アカネ「え?何この声…」

アオイ「嘘だろ…?皆にも聞こえてるか?」

アカリ「言葉……呪文?」


アカネ「何だか判らないけど…やってみよう!」

アオイ「そうだな…アタシ達に出来る事があるんなら!」

アカリ「それでは、ご一緒しましょう!」


「「「トリフォリウム・ブルーミング!!!」」」

アカネ…アオイ…アカリ……三人がその言葉を唱えた瞬間…三人は眩い光に包まれ………


ザイン「ネガティブエナジーはどうなっている?」

配下「予定値に届かない物の…順調に……いえ、これは……」

ザイン「…どうした?」


ザインダークの戦艦…その船橋。

作戦を進める最中のザインダークは、それに直面する事となる。


配下「収集率が急激に低下…そんな、まさか…」

ザイン「報告しろ」

配下「ネガート兵が撃墜されました」


ザイン「………何?」


配下「二体…三体……次々と撃墜されて行きます」

ザイン「現行のこの星の文明レベルで、ネガート兵にダメージを与える兵器が存在すると言うのか?」

配下「事前情報ではそのような……いえ、事前情報に無い個体です」

ザイン「個体…だと?」


配下「一体でネガート兵を上回る出力を持った個体が…三体」

ザイン「………ほぅ?」

配下「いかが致しますか!このままでは……」


ザイン「……ネガート兵を下がらせろ」

配下「それでは……ま、まさか!」


ザイン「…………俺が、出る!」

レッド「凄い…凄い!何これ!身体が軽い!」

花弁のような形の赤い服に身を包んだ、赤沢アカネ…トリフォリウム・レッド。


ブルー「って言うか、軽いを通り越して飛んじゃってるんだけど!?」

同じく花弁のような形の…青い服に身を包んだ、青山アオイ…トリフォリウム・ブルー。


イエロー「それに、このパワー…体の奥から湧き出て来るみたいです!」

更に同じく…花弁のような形の黄色い服に身を包んだ、黄金谷アカリ…トリフォリウム・イエロー。


ネガート兵と呼ばれた巨人兵達は、三人の波状攻撃によりあえなく各個撃破され…その数を着実に減らされて行く。

だが……そのネガート兵達の動きに変化があった。


イエロー「妙…ですわね」

そして、それに最初に気付いたのはイエローだった。


レッド「敵の動きが…って言うか、これ…逃げてる?」

ブルー「いや、待て。奴らが逃げてる方から何か来るぞ!」

ブルーがそう叫ぶと、皆が続いてその方角を見る。


そして、その視線の先には………

禍々しい気配を放つ、異様な存在……先程空に映し出されていた、ザインダークの姿がそこにあった。

ザイン「貴様等…一体何者だ?」


レッド「私達は…トリフォリウム・レーペンス!この地球を守る、正義の味方よ!」

レッドの口からその言葉は…正に、心の奥底から湧き出た言葉だった。

ブルー「って言うか、アンタこそ一体何者なんだ!」


ザイン「トリフォリウム・レーペンス…か。さて解せん、俺の事は先の通告で聞き及んだとばかり思っていたのだが?」

イエロー「そういう事を聞いて居るのではありませんわ!何故こんな事をするのかと聞いて居るのです」


ザイン「……よかろう、答えてやる。全ては、宇宙大帝ダイオーグ復活のため…ネガティブエナジーを集めるためだ!」

ブルー「ネガティブエナジー…?ダイオーグ?」

レッド「よく判らないけど…そいつが悪の親玉って事ね?」


イエロー「と言うよりもまず…貴方を倒せば、その計画も頓挫する筈ですわよね!」

ザイン「それはそちらも同じ事!我が計画のため…ここで消えて貰う!」


切り結ぶザインの剣と、トリフォリウム・レーペンスの杖。

互いに一歩も譲る事無く、一太刀毎に互いの命を削ぎ落として行く。

その戦いは拮抗し、果て無く続くかに見えた。


だが、しかし………

ザイン「どうした!目に見えて動きが鈍くなったようだな!!」

レッド「くっ……力が……」

徐々にではある物の…トリフォリウム・レーペンスが圧され始めていた。


ザイン「成程…時間制限か、あるいはエネルギー切れか…どちらにせよ、余り長続きする力では無いようだな」


ブルー「ヤバいぞ!どうする!」

イエロー「こうなったら…出来る事は一つ!」

レッド「皆の力を…一つに合わせるっ!!」


ザイン「…ぬ…ッ!?」


ブルー「この星の平和は…」

イエロー「私達が守ります!」

レッド「悪い奴らなんかに…絶対負けない!!」


「「「トリフォリウム…サイクロン!!」」」


三人の様子…力の流れその物が多く変わった。

今までバラバラに働いていた力が一点に集約され………

いや、それだけでは説明が使い程の…かつてない程強力な力場を形勢し始めた。


そして、逸早くそれに気付いたザインは、直撃を避けるべく剣を構え…

「「「トリプル!フィナーレ!!」」」

ザイン「この力は…まさか!!」


現にその試みは功を奏した。

だが、直撃を避けた上で尚…流し切る事が出来なかった威力により、その外殻を砕き…貌の左半分に大きな傷痕を刻み込んだ。

ザイン「そうか…そうか、そういう事か!クク……クハハハハ!!!」

イエロー「な…何ですの!?」

レッド「まさか…あれも効いて無いって言うの!?」


ザイン「トリフォリウム・レーペンス…その名、確かに刻んだぞ!!」

ブルー「ッ……」


ザイン「今日の所はこれで退こう。だが…いずれまた近い内に逢う事になるだろう!」

レッド「………え?」


一方的に言い放ち…そのまま姿を消すザインダーク。

残されたトリフォリウム・レーペンスは、事態すら飲み込めないまま立ち尽くす。

だが………


ブルー「とりあえず…とりあえずだけどさ。アタシ達、アイツらを追い返した…んだよね?」

レッド「そう…だね。うん!私達は勝ったんだよ!」

イエロー「でも…また来るって言ってましたわよね?」


レッド「うん…でも、その時はまた追い返す!それで良いよね!」

イエロー「それは……いえ、そうですわね。もしまた現れても、その時はまた追い返しましょう」

ブルー「だよな!!」



 こうして……彼女達トリフォリウム・レーペンスと宇宙帝国デッドカルチャーの戦いの火蓋が切って落とされた。


ザイン「クク…クククク……ハハハハハ!!」

配下「ザインダーク様!お怪我は…」

ザイン「見付けた…ついに見付けたぞ!!まさか、こんな辺境の星であの力を見付けるとはなぁ!!」

配下「ザインダーク…さま…?」


ザイン「全軍に伝達しろっ!!」

配下「はっ、はい!?内容は…」


ザイン「地球侵攻作戦を、大幅に変更。詳細は追って伝えるが、それまでは一切の侵攻を禁ずる!」

配下「他の地域への侵攻も…ですか?本当に宜しいのですか?」

ザイン「あぁ……そうだ」


配下「畏まりました。しかしその…ザインダーク様……」

ザイン「………何だ」


配下「何故……そのように嬉しそうな貌をされているのですか?」

イエロー「ネガート兵を」

ブルー「アタシ達の偽物に変身させて」

レッド「悪事を働かせるなんて絶対に許せない!」


「「「トリプル!フィナーレ!!」」」


ブルー「…よし、これで一丁上がりっと」

イエロー「私達、大分戦いにも慣れてきましたわね」

レッド「そうだね。ネガート兵も…毎回毎回厄介なのが来るけど、一度に何体も出て来なくなったし」


イエロー「それだけ、向こうの戦力を削っているという事なのでしょうね」

ブルー「よーっし!勝利は目の前だな!」

レッド「って、コラコラはしゃがない。って言うか、こういう時だからこそもっと気を引き締めないと、ね?」


イエロー「そうですわね」

ブルー「はーい」

宙帝国デットカルチャー旗艦内部…長距離通信室の中。

ザインダークはその部屋の中央で跪き、通信を行ってた。


ケライ「貴殿よ…判って居るのだろうな?」

通信の相手の名は、ケライモン・グリューステッド。宇宙大帝ダイオーグ直属の部下であり、現状における最高指揮官である。


ケライ「宇宙大帝ダイオーグ様が、再びこの次元に現れるためには、生物の悪感情…ネガティブエナジーを集めなければならない」

ザイン「重々承知しております」


ケライ「だが貴殿は、ネガティブエナジーを集めるどころか目の前の小石にさえ躓く始末。もし此度の作戦にも失敗するようであれば…」


ザイン「ご心配には及びません。今回の作戦で…全てが我らの意のままになる事でしょう」

ケライ「ほぅ…その口ぶり、余程自身があるようだな?」


ザイン「はい…先の襲撃で全ての仕込みが終えた所です。必ずや、ダイオーグさまのご期待に添えられる結果になりましょう」

ケライ「大口を叩いておいて失敗すれば…どうなるか判っているだろうな?くれぐれも、貴殿の母星と同じ末路を辿らぬように…な?」


ザイン「…当然。全てが終われば、そのような杞憂は無用であったと笑い飛ばす事となるでしょう」


    第二話『大ピンチ!?人質に取られた幼稚園バス』




ザイン「よく来たな…トリフォリウム・レーペンス!」

レッド「ザインダーク!またアナタなの?もう何度も何度も、性懲りも無く…」

ブルー「しかも今度は幼稚園バスをジャックするなんて、絶対に赦せない!」

イエロー「今日と言う今日は、再起不能にして差し上げますわ!覚悟しなさい!」


ザイン「と、粋がっている所を悪いが…今日は、お前達と正面からやり合う気は無い。いや…金輪際無いと言うべきかな」

レッド「大人しく降参する気になった…って訳じゃ無さそうね」

ザイン「察しが悪いようなので説明してやろう。この園児たちの首を見るが良い」


ブルー「これは…首輪?」

イエロー「まさか……」

ザイン「そう、そのまさか…首輪型の爆弾だ」


レッド「何て酷い事を……」

ザイン「さて…言いたい事は判るな?」

ブルー「くそっ…何て卑怯な!!」


レッド「こうなったら……」

イエロー「レッド、何をする気ですの?!」

レッド「オーバードライブを使って…ボタンを押す前にあの起爆装置を奪って見せる!」

ブルー「馬鹿!今まで使いこなす事が出来なかったオーバードライブを、こんなぶっつけ本番でっ…」

レッド「でも……今ここでやらなきゃ!」


ザイン「いや、それ以前に丸聞こえだ」


一番前に居た園児の首輪から乾いた破裂音が響き……吹き飛ばされた頭部が、勢いよくイエローの顔にぶつかる。


イエロー「ヒィ―――――ッ!?」


レッド「な………な……な…なんて事を!!」

ザイン「おっと、動くなよ?それ以上動けばまた犠牲者が出るぞ?こんな風に……なっ!!」


そして今度は最後尾に居た園児の首が飛び…狭い車内を跳ねまわった。


レッド「ッッッッッ………!!!」


ザイン「さて……お前達に思い知って貰った所で、場所を移すとしようか。あの丘の上でどうだ?」

ブルー「そんなの…素直に従うと……」

ザイン「思っている。君達に選択権は無いのだからな?」

ブルー「ん…の…………っ!!」

イエロー「……ダメです。人質が居る以上、ここは堪えて」


ザインと三人は、丘の上へと飛んで行く。

ザイン「それでは再開させて貰うが…これとは比較にならない程の威力の爆弾を、この町のいたる所に仕掛けさせて貰った」


ブルー「……は?」


ザイン「全てを一度に爆破させれば、塵一つ残さず焦土と化すだけの熱量を発生させる事が出来るだろうな」

イエロー「そんな嘘…信じる筈が…」


ザイン「信じられないと言うなら、試しに幾つか爆発しても良いのだが?」

レッド「くっ……一体何が望みなの!」


ザイン「………スカウトだ。お前達には、今後我が組織のために戦って貰いたい」


ブルー「だ……誰がそんな事!」

イエロー「そうよ!そんな戯言に従うとでも思ってますの?」

ザイン「ふむ?思ったよりも頭が悪いようだな。それを断ればどうなるか、判らない訳では無いだろう?」


レッド「クッ…………判ったわ。あなたの命令に従う。何をすれば良いの?」

ザイン「そうだなぁ…それじゃぁまずは、他の二人の名前と学校…学年と、住所を答えて貰おうか」


その言葉を聞いた瞬間……イエローの顔が蒼白になった。

レッド「そ………そんな事、答えられる訳…」

ブルー「な、何だ今更そんな事!別に構わないだろ!」

ザイン「そうだそうだ、答えなければ町は火の海だ、住人…当然お前達の家族やクラスメイトも死んでしまうのだぞ?」


イエロー「そ、そうですわよ!人質が居る以上、今更そんな……」

ブルー「何言ってんだ!だったらアタシが自分で………」


ザイン「…あぁ、やっぱりそうか」

イエロー「……え?」


ザイン「レッドもブルーも…友達思いじゃあ無いか。知ってて庇うつもりだったんだな?」

レッド「ちょっと待って…え?どういう事?」

ブルー「何?何なんだ一体!?」


イエロー「そ…そうよ!何を言っているのか判らないわよ!?」


ザイン「あー…言ってしまって良いのか?まぁ、皆にとぼけられてたら話が進まない以上、言ってしまうか」

イエロー「待っ―――」


ザイン「イエローの家族は…今この町に居ないのだろう?」

イエロー「―――――――ッ」


レッド「………え?」

ブルー「いや、それって………」


ザイン「まさか正義のヒロインが、自分の家族だけ助けるために仲間の家族を犠牲にする筈が無い!二人してイエローを庇ったんだよなぁ?」

ブルー「そ…そうなのか?私が気付かなっただけでそうなんだよな?」

レッド「ちがっ…私も……」


ザイン「おやぁ?まさかまさか…バレないと思って自分だけ逃げようとした…と言う訳では無いよな?」

イエロー「ち…違う…私は…私は―――」

言うか否か、ザインに向けて斬りかかるイエロー。そしてそれをレッドが止める。


イエロー「何で!?何で止めますの!?」

レッド「判ってるでしょ!?コイツが死んだら、その瞬間に爆発するような仕掛けがしてあるに決まってる!」

イエロー「だからって!!ここで殺さないと、パパとママが!!」


ブルー「いや…待て…待てってば!自分の家族さえ助かればそれで良いって言うのか!?」

イエロー「誰も助からないよりはマシでしょう!!」


ザイン「いやいやいや…助かるぞ?助かるとも。ちゃんとお前達が帝国のために尽くしてくれるなら…な?」


レッド「くっ……この…クズ…」

ザイン「そらそら、無駄口を叩いてないで早く教えてるんだ。特定出来れば、無駄な人質を取らなくても良くなるんだからな」


レッド「っ………ブルーの…本名は……小石川ミサキ。イエローは……小鳥遊サヤカ。学校は―――――」



ザイン「よしよし、素直で宜しい。今の内容で間違い無いな?」

レッド「間違い無い……だから………」


ザイン「お前の事は聞かないで欲しい…と、命乞いをするフリでもするつもりか?レッド…いや、赤沢アカネ」

レッド「なっ……何で私の名前を!?」

ザイン「お前の事だけでは無い。ブルー…青山アオイと、イエロー…黄金谷アカリの事も知っている。学校も住所もデタラメという事もな」


ブルー「ど…どうしてだよ!変身中は、私達が誰だか判らなくなってる筈だろ!?」

イエロー「そうですわよ……何でばれて…違う、そうじゃ…いえ…じゃぁ……何でわざわざあんな事を……?」


ザイン「まず特定方法だが…これは簡単だ。お前達が到着するまでの時間からある程度の居住地域を割り出して、その範囲の学校にスパイを潜入させて貰った」

レッド「隣のクラスの転校生って…じゃぁ…」

ザイン「で…後は簡単だ。お前達の出現時に居なくなった生徒を探せば…この通りだ」


イエロー「え?ちょっと待って?じゃぁ……つまり……」

ザイン「当然、お前の両親のにも爆弾は仕掛けさせて貰った」


イエロー「―――――――ッッッ……」

イエロー「……っ!!………―――ッ!!」

ザイン「敵を前にして嘔吐とは…戦士の風上に置けぬ程に脆弱だな」


レッド「っ…それで………私達はまず何をすれば良いの?どうすれば皆の家族を…町の皆を開放してくれるの?」

ザイン「いや、勘違いしているようだが…開放するつもりは無い、その必要も無い」

ブルー「………は?何言ってるんだ!?」


ザイン「要は…この町の皆は、これまで通り…普段通りだと言っているのだ」

イエロー「…………え?」


レッド「そういう………事っ…」

ブルー「いや、どういう事なんだよ!」


ザイン「判らないか?現時点でこの町の住民は、何も知らない…お前達が原因でいつ死んでもおかしく無いと言う事さえ知らない。そう…日常を送っているのだ」

ブルー「ちょっと待て?それって裏を返せば……」

ザイン「だから言っているだろう?開放するつもりは無いし、その必要も無い。お前達には…ずっと組織に従って貰う」

レッド「………………!!」


ザイン「それで…して貰う事と言えば…とりあえずは、このセンサーを首と両手首に付けて貰おうか」

レッド「これ自体も爆弾になってて…気が変わって反逆した時は、私達もドカンって事よね」


ザイン「ご名答。あぁちなみに…組織の中には、お前達に恨みを持ってる者も少なくは無いのだが…仲良くやるのだぞ?」


こうして…彼女達の地獄の日々がまくをあけた。

エグみを省いた各話ダイジェスト(書くのが面倒になったわけじゃないよ)



第三話『誰か助けて!とらわれた私たち!』


ネガート兵「ったく、しぶてぇなぁオイ。なぁ、教えろよ…地球人のメスってのは、一体どんな事をされるのが嫌なんだ?」

ブルー「そんなっ…事………教える筈……」

ネガート兵「言えば…お前にはそれをしねぇって約束してやるよ」


ブルー「そん……………」



ザイン「さて、お前達には…ダーク・トリフォリュウムとして活動して貰う」

レッド「黒い…スーツ?何でこんな物をわざわざ…」

ザイン「おや…トリフォリュウムの姿のまま、我らが手先として動く方が良かったか?」

ブルー「……くそっ!くそっ!!」


ブルー「やだ…もうやだ…こんなのもうやだ!!殺せ!いっそ殺せば良いだろう!?」

イエロー「止めて下さいブルー!あなたが勝手な事をすれば、皆に迷惑がかかりますのよ!」

ブルー「迷惑?迷惑って何さ!!今更どの面下げてそんな事を言ってるのさ!」


レッド「私達が街の皆にした事……もう取り返しの付かない事ばっかりなんだよね…」

イエロー「っ………」


レッド「ねぇ……私たちいつまで…いつまでこんな事続けなくちゃいけないのかな?」

イエロー「…………」


ネガート兵「おっと、いたいた。おいそこの…イエローで良い、ちょっと来い」

イエロー「……え?何ですの?え?何で私が――――」


ブルー「………………」

レッド「…どうしたのブルー?」


ブルー「………ごめん」


レッド「え?やだなぁ…どうしてブルーが謝るの?」

第四話『新たな仲間!?トリフォリュウム・グリーン登場!』


グリーン「私の名前は、トリフォリュウム・グリーン!」

ザイン「おや…また新しいのが出て来たようだな。どうすれば良いのか…判るだろう?」

イエロー「……………」

ザイン「引き込めるようであれば良いが…出来ない時は………消せ。お前達の立場なら難しくは無い筈だ」



ザイン「イエロー…貴様は本当にどうしようも無い女だな。本気でこの俺を出し抜けるとでも思ったのか?」

イエロー「っ…………」


ザイン「仕方が無い…罰を与えるとするか」

イエロー「えっ………ちょっ、ちょっと待って!何をする気なの!?」

ザイン「俺が罰を下すのでは無い。レッド…お前がイエローの父親を殺せ」

レッド「……………え?」


ザイン「どんな方法でも構わん、イエローの父親を殺せ。出来なければ、お前とブルーの父親を殺す」

ブルー「……はぁっ!?な、何で私の父さんまで!?」

ザイン「連帯責任だ。イエローを止められなかったお前達にも責はある」


ブルー「そんな…そんなの……っ……イエロー!何て馬鹿な事をしてくれたんだ!」

イエロー「何よ!ブルーだって知ってて止めなかったじゃない!あわよくば便乗しようと思ってたんでしょ!?」

ブルー「なっ………」

イエロー「貴方っていつもそうよ!自分の手は汚そうとしないくせに!自分可愛さで何もしないくせに!!」


ザイン「ふむ……ならブルー、お前がやるか?」

イエロー「………え?」

ザイン「このまま言われっ放しで終わるのも癪だろう?レッドの代わりにお前が行けば良い」

ブルー「私が…私が?私が…私がイエローのお父さんを…?私がやらなきゃ…お父さんが……」

イエロー「待って…嘘よね?嘘よね?ねぇ?冗談よね?」


レッド「っ…………」

ザイン「どうした?」

レッド「私が……私がやるっ………」

ザイン「声が小さいぞ!!」


レッド「私がやる!私がイエローのお父さんを殺して来る!!」

ザイン「そうだ…それで良い。最初からそう言っておけば良かったのだ」

第五話『束の間の安らぎ!ただいま私たちの街』


アカネ「……え?何言ってるの?私だよ私、出席番号一番の赤沢アカネ」

クラスメートA「えっと………」

クラスメートB「あの…」


アカネ「何何?思い出してくれた?」

クラスメートB「私、出席番号一番の井伊谷イマリって言います。その…アカネさんは、クラスを間違えているのでは?」

アカネ「嫌だなぁイマリちゃん。そんな、冗談………え?」



アカリ「どうして!どうして誰も思い出してくれませんの!?お父様もお母さまもコウタも!!」

母親「思い出すも何も…私がお腹を痛めて産んだ子は、コウタだけです!」


アカリ「止めて下さいませ…そんな事……言わないで」

母親「お願いです……出て行って下さい!私は何をされても良い、だからコウタには手を出さないで!!」



ブルー「…………」

ザイン「どうした?戻りたがって居たのはお前達の方だろう?」


ブルー「……いや、もう良い。言いたかった事も全部引っ込んだ」

ザイン「そうか…では戻るぞ。他の仲間達にも伝えておけ」


ブルー「…………殺してやる」

第六話『敵?それとも味方?宇宙連合軍からの使者』


スパーク「私は宇宙連合軍所属のテンペウス星人、名前をスパークと言います。もう大丈夫、私は貴女達を助けに来ました」

ブルー「助…け?じゃぁ、やっと…やっと解放されるの……?」

スパーク「はい、もう大丈夫です。貴女達の家族ももう心配いりません、後は貴女達の爆弾を取り除くだけです」


イエロー「…え?ちょっと待って下さいませ」

ブルー「何だよ…横槍入れるなよ……っ」


イエロー「テンペウス星人って…30年前に地球を侵略しようとして、アルティメット・ワンに撃退された宇宙人ではありませんか!」

ブルー「…………え?」

テンペウス星人「……………」



配下「ザイン様、緊急事態です」

ザイン「何事だ」

配下「艦内に侵入者です。痕跡から見るに…恐らく、テンペウス星人かと」

ザイン「テンペウス星人か…宇宙連合軍め、よりにもよってこの星に奴らを送り込んで来たか」


ザイン「人質…トリフォリウム達の家族はどうなっている?」

配下「それが、既に……」

ザイン「ふむ……」


配下「いかが致しますか?」

ザイン「今の所はまだ泳がせておけ」

配下「その…よろしいのですか?」


ザイン「構わん。テンペウス星人と奴等の出会いがどう転ぶか…見ものでは無いか」

第七話『明かされる秘密!ダイオーグの正体?』


スパーク「と言った事があり…我々は、アルティメット・ワンの下で日々宇宙の平和に尽力しているのです」


イエロー「事情は分かりました。でも…貴方を簡単に信用する訳には行きませんわ」

ブルー「そう…だよな……次から次へと…敵の正体も判らないって言うのに、もう何が何だか」


スパーク「おや…貴方達はダイオーグの正体も知らずに彼の者達と戦っていたのですか?」

レッド「だって…そんな事考える余裕も無かったから…」

スパーク「でしたら、私が説明して差し上げましょう。彼の者達の目的…復活させようとしているダイオーグとは何者なのか―――」


イエロー「そんな……人間の悪感情を糧に姿を現して、宇宙の平和を乱す化け物って…」

ブルー「止めてくれよ…そんなのを相手に、アタシ達にどう立ち向かえって言うんだよ」


スパーク「諦めてはいけません。貴方達は敢然と立ち向かうのです!ダイオーグの復活さえ阻止してしまえば――――」

ザイン「……そこまでだ。お前の役目はもう終わった」

レッド「スパークさん!!」


ザイン「無駄だ、もう死んでいる」

レッド「くっ…………」


ザイン「それよりも…全容は既にこのテンペウス星人から聞いたのだろう?もうすぐダイオーグ復活だ、お前達も立ち会わせてやろう」

第八話『最終決戦!!取り戻せ私達の未来!!』


―――うん…私全部判った。


――――私が……私達がやらなくちゃいけない事。


―――――だから………私達は立ち上がるんだ。



「「「トリフォリウム・ブルーミング!!!」」」

と言った感じで駄文を垂れ流し、お目汚し失礼しました。

>173 乙ありです! フルネームは『ダイオーグ・ソームシーク1999世』です
>174 ぐぐっても本編にはたどり着けませんでしたが…既に似たような物があったのですね、無念…
>182 されたくなくても、されないと話が進みませんからね…(遠い目)

五発目は…ちょっと初心に戻りつつ、王道な異世界ファンタジー『D/RtoAnoBeginning』
どこかで見たようなキャラ達が登場します。

………一話完結?例によって長編作品の序盤だけお披露目ですが何か?(開き直り)

「……くたばれ…異世界転生」



―――プロローグ―――



草木も眠る…と形容するのが相応しい、静かな夜。

20メートル程の頑強な城壁に囲まれた国…『木の国』とも呼ばれる『ブルーフォレスト国』

その城下町から、一つ…また一つと灯りが消えて行く。


今日一日の仕事の疲れを癒し、訪れる明日に備えて身体を休める国民達。

いつものように…また明日が来る事を信じて疑う事の無い国民達。


当たり前のように…生と言う営みを繰り返すその国を…歌を口ずさみながら、見下ろす者が居た。


キルト「あーめのひーも…かぜのひもー…くーじけずーにすすむのさー………」


その者の名は…『キルト』


小柄な体躯に、くすんだ赤褐色の肌。長く尖った鼻に、額には二本の角。

小鬼族とも呼ばれる種族…ゴブリンである。


しかし、その様相は一介のゴブリンとは一線を画し…

二本の角を囲むよう装飾の入った鉢がねに、様々な種類のプレートを幾重にも重ねた…豪華ながらも機能性を備えた鎧。


そして…その名と同じ、キルトを履いた姿が特徴的なゴブリンである。


また加えて言うならば…その恰好だけでは無く、その出で立ちや一挙一動に至るまで…その全てが、異質。

姿さえ違えば、どこぞの貴族や王族であろうかと錯覚してしまうような…そんな雰囲気を醸し出していた。


ヴェイル「キルト様、万事滞り無く配置完了しました」

突如…キルトの背後から声を上げたのは、ゴブリンスカウトのヴェイル。

黒装束に身を包み…こちらはむしろ、その正体を告げられても尚疑いの眼を向けずには居られないような…ゴブリンらしからぬ姿。


そしてキルトは、突然のヴェイルの出現に驚いた様子も無く…

キルト「………そうか」


ただ一言……小さく短く、その言葉を零した。

キルトは僅かに視線を落とし…城壁付近に群生した林にそれを移す。


そこに居るのは…肉眼では見分ける事が不可能なまでに、精巧に草木に擬態したゴブリンの兵士達。

その手には、剣や槍…銃と言った獲物が握られており……

今はまだ…まるで石のように息や気配を殺し、来るべきその時を待っていた。


キルト「では、合図があるまでそのまま待機していろ」


と……ここまで語った上では、最早無粋な捕捉にしかならないであろうが…あえて彼等について説明をさせて貰う。

彼等『ゴブリンフォース』と呼ばれる物達は、他ならぬ『キルト』の配下。

キルトが手塩にかけて育て上げ、キルト自らが作り上げた武器をその手に携えた精鋭である。


そしてその多くを構成するのは、一見してオーガと見紛うような屈強なゴブリン達だが…

中には、小柄ながらも己の肉体を磨き上げた者や…

角さえ無ければ人間の少女と殆ど差異の無い…メスゴブリンの姿さえあった。


キルト「周囲の状況に…何か変化はあったか?」

ヴェイル「王都は依然として沈黙を保ったまま…ただ我等の侵入を警戒してか、関門の警備は強化されているようです」


キルト「『草』はどうしている?」

ヴェイル「予定通り、火の国への書状を届け終え…今夜中には帰還を果たす事でしょう」

キルト「……そうか」


ヴェイル「ただ……」

キルト「何だ?」


ヴェイル「些末ながらも、不測の事態が一つ」

キルト「…ほぅ?」

―――時を遡る事、約半日


商人「いやぁ一時はどうなる事かと思ったけど、無事だったみたいで良かった良かった」

馬を繰りながら…ブーメランのような髭の商人が、馬車の中へと向けて声をかける。


リーゼ「…ありがとう、助かった」


返事を発した者…少女の名前はリーゼ。

歳の頃は11か12程…地に付く程に長い銀髪と、銀色の瞳が特徴的な容姿。

服装は…下は黒いスカートにニーハイソックス。上は黒地に銀縁のコート……と

この周辺の地域ではあまり見られない異色な服装。


だが当の本人はといえば、特にこれと言って不信な挙動も無く…むしろ

これでもかという自然体のまま、袋の中のクッキーに手を伸ばし…それを頬張っていた。


アウィス「ははは、そんなに慌てなくてもまだまだあるから大丈夫だよ。」


そして…そんなリーゼの様子を見守る少ね……少女。

アウィス「………」


リーゼ「…どうかした?」

アウィス「いや…何となく、誰かにとっても失礼で不本意な名誉棄損をされた気がしただけだよ」


少女の名はアウィス。


歳は14前後。金色の髪と、碧色の瞳。そして『やや』中性的と言えなくもない容姿。

魔術紋様にも似た黒い模様が描かれた、白い鎧を着こんでいて……

何故かその手に武器は無く、持って居るのは身の丈ほどあろうかと言う大きな盾のみ。


リーゼとはまた別の意味で異様な姿をしている少女…少女…少女である。


アウィス「…………」

アウィス「ところで…リーゼはどうしてあんな所で倒れて居たんだい?」


リーゼ「…迷っていた」

アウィス「いや、それはそうだろうけど……」


リーゼ「…アウィスは、どうしてこの道に?」

アウィス「ぼく?ぼくは普通に…木の国に行く途中だったからね」

リーゼ「木の国に…何をするために?」


アウィス「騎士になるための修行…目下の所、冒険者登録をするためかな。日の国にはそういうのが無かったから」

リーゼ「…騎士………」


アウィス「そう言えば…リーゼは冒険者なの?見た事の無い恰好してるし…あ、でも…西のドラグネスト大陸の服にちょっと似てるかも?」

リーゼ「…私は冒険者じゃない。けれど、少し興味が湧いた」

アウィス「あ、じゃぁ一緒に登録しに行こうか。見た感じ、武器とかは持って無いみたいだけど…リーゼって、魔法なんかは―――」


少女同士…内容が年頃の少女相応かはさておき、少女同士の会話が盛り上がりかけた頃…

それを遮るように馬車が傾き、二人の身体が一瞬宙へと跳ね上げられた。


アウィス「な…何事!?」

馬車が止まり…外に身を乗り出すアウィス。

それに応えるように商人が振り向き…道の先、今この状態に至るまでの原因となった物へと指先を向けた。


商人「ゴ……ゴブリンだ!ゴブリンが出た!!」

数は…4体。


剣を持ったゴブリンに、斧を持ったゴブリン。三角帽子を被り、大袋を持ったゴブリンと……

見慣れない…先に穴の開いた杖か棍のような物を持ったゴブリン。

いずれも、通常のゴブリンが持つような石製の武器では無く…明らかに不釣り合いな、鉄製の武具を手にしていた。


アウィス「ここはぼくに任せて!ゴブリンなんてすぐに追い払うから、そこで待っててよ!」


馬車を飛び出し…ゴブリン達の前に立ち塞がったアウィスが叫ぶ。そして、アウィスに続いてリーゼも馬車を降り…

リーゼ「…私も手伝う」


と、加勢を申し出るのだが……


商人「いや、そうしたいのはやまやまなんだが…馬が怯えちまって、ここに留まるのは無理そうだ!」

アウィス「えぇっ………」


商人「このまま少し先に進めば、村がある!悪いが…先に村で待っているから、片付いたら後から追い付いて来てくれるかい!?」

アウィス「そういう事なら…判った!先に行ってて!」

商人「恩に着る!くれぐれも無理はしないようにな!」


アウィス「大丈夫!後でまた!」


そう言うや否や、馬車がゴブリン達の脇に向けて突き進み…

剣を持ったゴブリンが、馬車馬に向けて飛び掛かる。


が………


刃が馬車馬に届く事は無く…側面から襲い来た巨大な盾により、刃の担い手たるゴブリンは数多の肉片へと変貌させられた。


アウィス「さぁ…次は誰だい!!」

手元の鎖を引き…盾を引き戻すアウィス。


ゴブリン達がたじろぎ後ずさる中…馬車は道の先へと消えて行った。

ヴェイル「……鉄【くろがね】の八番隊を向かわせたのですか?」


キルト「何か言いたいようだな?」

ヴェイル「はい…お言葉ですが、念には念を入れ白銀【しろがね】を向かわせるべきかと」


キルト「案ずるな。見越した上で偵察兵も配置しておいた」


ヴェイル「では、鉄の八番隊は最初から……っ!?」

キルト「大事の前の小事だ。些細な犠牲を恐れて手を誤れば、思わぬ小石に躓く事もある。不確定要素は、念には念を入れて排除するべきだろう」

ヴェイル「………………」


キルト「……ヴェイル」

ヴェイル「はっ!」


キルト「…俺が怖いか?」

ヴェイル「はい、この上無く恐ろしくあります」


キルト「………そうか」

ヴェイル「…………ですが」

キルト「…何だ?」


ヴェイル「そのようなキルト様であるからこそ…皆、ここまで従って来たのです」

キルト「………そうか」

ヴェイル「………はっ」


キルト「皆に伝えよ!!」

ヴェイル「何と?」


キルト「今宵…俺は、この国を落とし…ゴブリンカイザーとなる!!我が名…キルトの名を恐れよ!称えよ!!その魂に刻み込め!!」


さて、それでは………

キルト……彼が如何にして今の彼となったのか…それを語ろう。

彼の者の名は………

ハンドルネームの『キラ』で呼称する事としよう。


キラ「やっべ…寝すぎた……」

午後6時…本来の予定から3時間遅れて、キラは目覚めた。


お世辞にも、健康的とは言えない時間の起床の後……

すぐに行ったのは、三台のパソコンの起動…そして、ネットゲーム『ヴァルハラオンライン(通称VO)』の起動である。


寝ぼけ眼を右手の甲で擦り…三台のディスプレイの中央に、クライアントアップデートのバーが表示され……

ようやくアップデートが終わった所で、ヴァルハラオンラインのクライアントを起動。

しかし、映し出されたゲーム画面の中には…


キラ「って…まだメンテ終わって無いじゃん」

『ただ今ゲームサーバーのメンテナンス中です』という文章が表示されていた。


キラ「メンテの終了予定時刻は……っと、ついでに鳩達が生き残ってるかも確認しておくか」

キラの右手が、瞬く間に3つのマウスと3つのキーボードを往復し…所持している複数のアカウントで、公式HPへログインして行く。


ゲームのサーバーはメンテナンス中…だが、アカウントの状態自体は公式HPから見る事が出来る。

加えて、アカウントへの処理は毎週午後2時の時点で行われるため…キラはそれを確認する。


キラ「全員生存確認…と」

いずれのアカウントも凍結されていない事を確認した後、続いて行うのは掲示板での情報収集。


キラ「ジオセントリックが神器作成クエに失敗!?アホだろコイツら…」

掲示板に書き込まれていたのは…まず、メンテ前の出来事やそれまでの状況報告。続いて、メンテ延長に対する愚痴。


キラ「ぁー…やっぱり罠入り使ってるヤツはBANされやがんの。ってか本垢でBOT使うとか馬鹿だろ」

更にそれに続いて連なる、主に不正利用者達のアカウント凍結報告。


キラ「まぁ…お陰でRM相場も上がってくれてるし、後で一気に売りぬくとして……ん?」

そして…その種の書き込みが途切れた辺りで、少々毛色の違う単語がキラの目に飛び込んだ。


キラ「転生システムび実装……あぁ、メンテの延長もそれでか」

転生システム………


廃…ハイレベルプレイヤーのために用意されたやり込み要素。

レベルが99に到達したキャラクターに、更なる育成の幅を与えるシステムである。


概要としてはまず、ヴァルキリーの待つ『現世への門』へと行き…そこでもう一度生を受けて、人生をやり直す。

そして再びチュートリアルで死亡しヴァルハラへと送られる……と言う設定だ。


尚、転生したキャラクターはレベル1へと戻され…ステータスに補正が入り、特殊なスキルを得る等の転生特典を得る事が出来る。

と言う仕様なのだが……


キラ「そもそも…現時点でレベルカンストしてる一般プレイヤーが、一体どれだけいるのやら…」


キラが発した言葉の通り…

レベルが99に達しているキャラクター自体が、まだ殆ど存在していない。


キラのような一部の例外的プレイヤーを除けば、それこそ全てのサーバーを合わせても100人にも届かず…

ライト層のプレイヤーがレベル99に到達するには、あと一年かかるとまで言われている。

とどめのつまり……多くのプレイヤーにとっては縁が無いに等しいシステムであった。


キラ「一応、カンストキャラがどっかの垢に居た筈だが…転生方法の詳細とかまだ不明な点が多いんだよな」

そしてキラは転生システムを利用出来る立場に居るのだが…事前情報が余りに少ないため、尻込みする。


しかし…情報が少ないと言う事は、裏を返せば自分が先行してそれを得る機会でもある。

転生にあたって必要になるアイテムやスキル構成…それらを掌握する事で、相場の変動に干渉する場合もある。

開拓の手間と、それにより得られる利益…その二つを天秤にかけ……


キラ「………よし、行ってみるか」


悩んだ末に、再びゲームクライアント画面に切り替え……そのままログインを試行。

あれこれしている間にメンテナンスは終わったらしく、そのままキャラクターセレクト画面に進み……


キラ「居た居た。種族はゴブリンで、ジョブはウォーリアー…名前は『キルト』…っと、コイツで良いか」

エンターキーを押して、ヴァルハラオンラインへとログインした。

キラ「転生の条件は…まずレベル99である事と、所持重量0…何も装備も所持もしていない事…と」


公式HPの転生システム説明ページを開き、手順を進めて行くキラ。

まずは所持品…先週の7日間でキルトが稼いだアイテムと装備を、倉庫の中へと移動して行く。


キラ「お?BOSSドロップのアクセ拾ってんじゃん、ラッキー。んでもあの狩場でBOSSなんて…あぁ、誰かがまた召還したのか」

所持品を全て倉庫の中に仕舞い終え…次は所持金。転生に必要な金額だけを残し、残りの全てを倉庫に預け終える。


キラ「で…このまま神殿の地下に新しく出来たMAPに移動……と」


事前準備を終え……いよいよ転生へと乗り出すキラ。

公式HPのチュートリアルに従い、新MAPへと移動し…そのまま『現世への門』へと続くダンジョンを突き進む。


特定の法則に従って進まなければいけない回廊…モンスターを避けながら進む迷路。

良く言えば、キャラクターの性能に捕らわれる事無くプレイヤーのスキルを試される。

悪く言えば…事前情報無しのぶっつけ本番で挑むには面倒な事この上の無い鬼仕様。

そんな道のりをやっとの事で乗り越え、ついに『現世への門』へと辿り着くのだが………


キラ「…………は?」


1000 1000 1000 1000 1000 と…キルトの頭の上に飛び出す、計5000のダメージ表示。

そして、画面の端には……


キラ「ヴァル…キリー…?それも、NPCじゃなくてモンスター扱いだと!?」

ヴァルキリーと呼ばれるモンスターが、槍を構え…今まさに追撃を繰り出さんと、ゲージをチャージしていた。



キラ「いやいやいや!ってか、今の何だ!?画面内無限射程じゃねーか、ふざけんなよ!?」

完全な不意打ちにより呆気に取られ、一瞬思考が停止するキラ。だが次の瞬間には我を取り戻し…本来の目的を思い出す。


目の前にそびえ立つ『現世への門』

いかに邪魔をされようとも、この門さえ通過してしまえば良いだけの事。


ヴァルキリーのチャージが完了する前に、キラはキルトを『現世への門』の前に移動させ、扉を開こうと試みる。

だが………


現世への門「扉はヴァルキリーの力によって閉ざされている。ヴァルキリーを倒さなければ先には進めないようだ」

キラ「………はぁ?!」

そのメッセージが表示されるのとほぼ同時に、キルトの頭上から光が降り注ぎ……


9999のダメージを受けて、キルトはその場で戦闘不能となった。

キラ「……………………」


続く沈黙…ただただ無言で画面を見続けるキラ。

そんな状態が数十秒続いた所で、キラはやっと言葉を発する。


キラ「いや、ねーわ」

諦め…と言うよりは、怒りや憤りを含んだ声。

キラ「装備もアイテムも持ち込み不可の場所で戦闘!?しかもあれを倒せってか!?ふざけんな!!」

デスクを拳で叩きつけ、声を荒げるキラ。


しかしその怒りも、数回の深呼吸により鎮め……今度は一転して、分析へと思考を転化する。


キラ「装備もスキル発動アイテムも持って行けない以上…ダメージソースは自前のスキルだけに絞られるよな」

キラ「そうなると…回復が出来るヒーラーや、攻撃魔法が使えるウィザードが有利……」


キラ「一応、ゴブリンウォーリアーなら固定ダメージのエアハンマーがあるが…問題はヴァルキリーの耐久力か」

キラ「せめて遮蔽物があれば、物陰に移動してゴリ押しが出来ないでも無いが…」

キラ「いや…正面からの殴り合いになる事が前提なら、耐久力も低く設定されてる筈か。でないと倒しようが無いよなぁ」


キラ「んで後は…スキルスクロールでも……いや、重量チェックと同時に転送だからそれは無理か」


と……分析と対策が終わった所でリベンジ開始。

しかしその結果は…………


キラ「ざっけんなよ!!?あんなのどうやって倒せって言うんだよ!」

あえなく惨敗。


キラ「非戦闘状態に入って一定時間経過で、HP回復とか、ゾンビアタックまで封じやがって!課金か!?課金アイテム使いまくれってか!?」

思い付く限りの戦法を試した物の、それら全てが徒労に終わる始末。


キラ「良いぜ…そっちがその気だってんなら、こっちにも考えがあるって物だ」

いや…訂正しよう。


思い付く限りと言ったのは、あくまで正規の手段の中に限った話だった。

キラ「まずは自分の位置座標を偽装して…無限射程のエアハンマー。これでスタックしたら…っと?」


ゲームのクライアントとは異なるツールを起動し、再びヴァルキリーに挑むキラ。

キラ「スタック対策でワープか?だったらこっちはこっちで仕返しだ!」


ヴァルキリーの攻撃が被弾し…ダメージ表示が行われると同時に、他の場所へとワープ…それにより、ヴァルキリーの攻撃を無効化。

パケット送信の処理順序を利用して、ダメージを無効化する…ダメージキャンセルという戦法である。

ただ本来、ここはワープ出来ないMAPの筈なのだが…キルトは、ツールを用いる事によりこれを可能に…それも自動で行えるようにしていた。


キラ「ははは!痛く無ぇ痛く無ぇ!」


そして…その上で、ワープ直後にエアハンマーによる固定ダメージの連続。

シンプルながらも、絶対に負ける事無くダメージを蓄積させる戦法を確立し……


キラ「よっしゃぁ!!撃破!ってか何だこの耐久力、ふざけてんのか!?こんな普通の方法じゃ倒せねぇだろ!!」

30分近い激闘の末、キラは見事ヴァルキリー討伐に成功した。


深いため息の後…荒いだ呼吸を落ち着かせるべく深呼吸。

改めて『現世への門』へと手をかけたその時………


ヨシヤス「おつー」

キラ「――――!?」


チャットログウィンドウに発言が表示され…キラの背筋に悪寒が走った。


キラ「やばい…見られてたか!?あぁくそっ!とにかく先に進むか!」

他にプレイヤーの存在…それはつまり……

正規ならざる方法でヴァルキリーを下した、その瞬間…下手したら、一部始終を他プレイヤー見られていたかも知れないと言う事。


折角ここまで来たと言うのに…下手に波風を立てられて、今後の活動に支障が出るような事態は望ましく無い。

だが…今となっては後の祭。

誤魔化そうにも、今更出来る事は何も無く…下手に弁明すれば、粘着される恐れさえもある。


となれば後は……

このプレイヤーがその現場を見ていなかった事を祈るか…自分のキャラクター名まで見て居ない事を祈るばかり。


あるいは………名前を確認される前に移動してしまう事くらい。


そんな焦りに背中を押されるまま、キラはキルトを操作して『現世への門』を開き…


ヴァルキリー「よくぞ試練を乗り越えました。それでは―――」


―――その先へと踏み込んだ。

眩い光に包まれ…瞼を閉じるキルト。

そして、再び瞼を開くと………


そこには、見知った景色が広がっていた。


キルト「ここは…始まりの森、イーストウッドのゴブリンの集落か?」

最初のキャラメイクの際に、チュートリアルで見た景色。

どこか懐かしく落ち着いた雰囲気のその中で…キルトは大きく深呼吸をして……


キルト「まぁ何だかんだ、転生は成功したって事だよな。それじゃ、このキャラはこのくらいにして、他のキャラの起動を……」


現状の把握と共に、次に行うべき作業への頭の切り替え。

そしてそれを実行しようとするのだが………


キルト「…………え?…何だこれ……ログアウト………出来ない?」


事態はキルトの理解を遥かに超え…現実を振り切る程に加速していくのだった。


D/RtoAnoBeginning 第一話『転生【リーンカーネイター】』


キルト「いや……いやいやいやいや、ログアウト出来ないって何だよ!」

キルトは声を張り上げていた。


キルト「おかしいだろ!ありえないだろ!そもそも…VOは……フルダイブどころか、VRですら無いんだぞ!!」


何がどうしてこうなったのか…訳が判らず、頭を抱えるキルト。

そして…その視界の中で、一つの違和感に気付く。

目の前の手が、自分の手では無い事…ゴブリンの手である事までは、ある程度予想が付いていた。


しかし……


キルト「何だこの手……ゴブリンの…子供?いや、まるで赤ん坊の手じゃないか」


頭の中で沸々と沸き上がる、嫌な予感。

キルトはそれを確かめるために、必要な物を探し…おあつらえ向きな小さな池を見つける。

池に向けて足を進めるキルト。だがその歩幅は余りにも小さく…その事実が、嫌な予感を裏付けて行く。


キルト「あぁ、やっぱり……嘘だろ…おい………」

やっとの事で、池の近くに辿り着くキルト。

そして、水面に映った己の姿を見るなり…落胆に肩を落とした。


キルト「レベル1どころか、赤ん坊…ゴブリンベビーって……」

自分の意識が、ゲームのキャラクターの中に入り込んでしまっている…そこまでは、納得こそ出来ない物の理解はした。

だがそれが…スタートライン以前の物となれば、ありとあらゆる事の難易度が桁違いに跳ね上がる。


落胆が放心へと変わり、頭の中が真っ白になって行く最中…キルトは…ふと、とある事を思い出す。


キルト「そうだ、ステータス!肝心のステータスは………」

そう……現状の変化に次いで問題となるのは、自身のステータス。

それを確認すべく、ステータス画面を開こうと試みるのだが………


キルト「開けない……いや、ステータス画面…どうやって開くんだ?」

試みは失敗に終わり…事態は更なる泥沼へと沈み込んでいった。

キルト「本当もう…何だってんだよ一体………」

再び頭を抱えながら…それでも先ほどまでよりは幾分落ち着いた所で、キルトは再び思考を巡らせ始める。


キルト「現実の世界の俺は昏倒していて、オフラインでも意識だけがVOの中に取り込まれてしまっている。パターン…H」

キルト「オンライン状態でログインしたまま、現実では意識が無くなってしまっている。パターンS」

キルト「現実の記憶をコピーして、エミュレーターサーバー内で疑似人格として活動している…まぁこれは確証無いけれども、パターンL」

キルト「VOの世界こそが本当の世界で、現実だと思っていた世界は夢だった…パターンM」

キルト「今いる世界は異世界で…ネットゲームのキャラをシステムごと召還された…パターンO」


例に挙げた物は…キルトの知識にある限りでの、今の現状に説明を付ける事が出来る設定。

だが…そのいずれを口に出す際にも、どこか投げやりな口調で…

更に続ける言葉も、どこか重苦しくなり………


キルト「そして……クソったれの最大公約数。異世界転―――」

そう言いかけた所で言葉が止まり、キルトの視線が後方の草むらへと向けられる。


キルト「……っ…誰だ!!」

現状の把握と考察に没頭し過ぎた故に…

加えてゴブリンの集落の中と言う場所が、セーフティーゾーンであると過信していた故に…

周囲への警戒を失念していた。


今しがた草むらの奥から聞こえた音が、もし外敵の物だったとしたら……そんな不安がキルトの脳裏に過る。


ドクン…ドクン…と脈打つ心臓。

そして…ガサガサと草むらをかき分けながら、その音の主が姿を見せた時…


キルト「…………え?」

先の予想や懸念とは全く異なる理由により……キルトは絶句する事となった。

キルト「ライディーニ…フーディーニ…?」


キルトの目の前に現れたのは…二体のゴブリン。

左肩に黄色の肩当を装備したライディーニと、右肩に緑色の肩当を装備したフーディーニ。


両名共に…キラの所持する、別アカウントのキャラクターだった。


キルト「二人とも何で……転生システムは無関係なのか?と言うかそもそも、俺が動かしてないのに何で……」

思い掛けない二人の登場により、キルトの中で僅かな安堵と途方もない困惑が入り混じる。


考え…考え……ひたすらに考えるキルト。

だが…常に進み続ける現実が、キルトが追い付くのをご丁寧に待ってくれる筈も無く…


ライディーニ「ライディーニ」

フーディーニ「フーディーニ」

ニコリと笑みを浮かべ、自らを指さして名乗るライディーニとフーディーニ。


そして今度は、二人の指先が同時にキルトを指さし

ライディーニ「キルト」

フーディーニ「キルト」


キルト「そうだ…俺はキラ…いや、今はキルトだ。二人とも、俺の事が判るのか!?」

二人の行動に、キルトが応えるのだが………


ライディーニ「ゲギル キルト ラガルゲ オーラ」


キルト「…………は?」

次から次へと…今度は、言葉の壁という難問がキルトの前に立ち塞がるのだった。

キルト「…………」

その日の夜……ゴブリンベビー達の寝床。


他の赤子達がいびきをかきながら眠る中…

キルトだけは静かに屋根裏を見上げ、改めて今日の出来事を思い返していた。


キルト「いつも通りにVOにログインして…新規実装された転生システムでキャラを転生させようとしたら、何故かこの有様」

キルト「ゲーム内の転生特典どころか、ステータスやスキルさえ不明…おまけに言葉まで判らない、数え役満と来た物だ」


もうどうすれば良いのか……目下…それこそ一歩先に置くべき標さえも判らない。

と言うかあまりにも現実離れし過ぎていて、理解に対して実感すら追い付いていない始末。


そして…そんな事を考えて居る所に……


キルト「…あてっ!?」

ライラ「くー………ごががが………」


ライラ…キルトと同時期に生まれたメスのゴブリンベビーの足が、不意に頭の上に降り下ろされた。

キルトはその足を押しのけ、再び己の寝場所を確保して……


キルト「もしかしたら、これはただの夢で…寝て目が覚めたら、元の現実に戻っているかも知れない………よな」

最後にそんな独り言を残して、キルトの意識はまどろみの中へと飲まれ……深い眠りの中へと落ちて行った。

しかし…現実と言う物は、常に無慈悲で無常で無感情な物である。


キルト「………だよなぁ」

目を覚ますなり…現実と向き合う事で零したため息から、一日を始める事になったキルト。

まだ皆が目覚めぬ内に、寝床を抜け出し…朝靄の晴れない集落の中を、四つん這いで歩いて行く。


そして…辿り着いた先は、ここに来て最初に自分を見た小さな池。

キルトはそこで再び己の姿を見据え……物思いに耽っていた。


キルト「俺は…一体どうなっちまったんだ?これから一体どうなるって言うんだ?」


ヴァルハラオンラインのチュートリアル通りなら…

ある程度キャラクターが成長した所で、住んでいる村や集落が敵対種族に襲われ全滅。

村を守るために戦って死亡したキャラクターが、ヴァルハラに送られ改めてそこから本編がスタート…と言った流れなのだが……


キルト「この…中途半端にゲームと入り混じってるのかいないのかも判らない世界だからなぁ……」

そう…ゲームと同じようになると言う保証は一切無い。いや、それどころか…


キルト「やっぱり…死んだら終わり………だよな」


つい先日まで自分が暮らしていた、安全な世界とは全く異なる…常に死の危険と隣り合わせの世界。

今の今まで真面目に考える事すら無かったそれと、真向から向き合う事になる。

死…そして、生きるために必要な事全て……その重圧をひしひしと感じながらも……心の奥底で、何かが湧き上がって来るのをキルトは感じた。


キルト「あぁ………そうか」

おぼつかない足取りながらも、二本の足で立ち上がり…水面に映った己の姿を見据えるキルト。


キルト「今…俺は、生きてるんだ。他でも無いこの世界で…俺と言う存在はここで生きてるんだ」

キルト「元の世界の俺がどうとか…元の世界に戻る方法なんかは後回しで…まずは生きなけりゃ始まらないんだよな」


当たり前と言えば当たり前の事だが…その自覚は、キルトにとっての始まりの第一歩だった。


キルト「元の世界と同じ、人間…とはいかないが、元来この世界で生きてく事が前提な身体な訳だし」

キルト「腕もある、足もある…五体満足で、これ以上の何かを求めるのは贅沢って物だよな」


キルト「よし、決めた……俺は…この世界で生きる。どこまでも…生き抜いてやる!!」


この日…この瞬間…キルトはこの世界に生まれた。

D/RtoAnoBeginning 第二話『世界【ハローワールド】』


キルト「そう言えば…VOでも、人間キャラの時はゴブリン語習得クエストなんてのがあったなぁ…」


キルトがまず着手したのは、情報収集。そして、その手始めとしてゴブリンの文字を覚える事だった。


キルト「こう言うのって…普通はこっちの世界に来た時点で読めるようになったり、せめて話せるようになってる物じゃ無いのか」

新たな言語……本来ならば長い年月をかけて習得して行く物なのだが…

ゴブリンの言語に限って言えば、他のそれとは大分勝手が違った。


まずゴブリン文字の構成は…母音と子音を組み合わせた、いわゆるローマ字形式。

左側に子音、右に母音を現す記号が用いられ…それらを組み合わせる事で一つの文字と成す、という物で…


それ故に基礎を覚えるのが容易である事に加え、単語の種類自体が少ない事。

更にキルトには日本語の下地があったため、習得にさほど時間はかからなかった。


キルト「ギギレ ボゴン ミドガ」

ガレル「ゴレル レレド ゼゼ」

キルト「セセレ」


これは、集落の戦利品倉庫での見張り番『ガレル』との会話である。

直訳すると…


キルト「探している 本 世界」

ガレル「奥の方 下の方 棚」

キルト「ありがとう」


となる訳だが……

このままでは読み辛いと思われるため、ニュアンスによる翻訳を挟ませて貰う。


キルト「世界の事について書いてある本を探しているんだけど、どこかにあるか?」

ガレル「それなら、奥の棚の下の方にあったと思うぜ」

キルト「ありがとう、探してみるよ」


ガレル「それにしても…ちょっと前までまともに話す事も出来なかったキルトが、そんな難しい本を読むようになるたぁねぇ」

キルト「おいおい、そんな赤ん坊の時の事は忘れてくれよ」

ガレル「って、まだまだ赤ん坊のくせして何言ってやがんだ」

キルト「ははっ、それを言われると言い返せねぇや」


尚…正確には、話す事が出来なかったでは無く異世界の言葉を喋っていたのだが…無用な騒動を避けるため、キルトはその事を隠している。

キルト「この世界は…中央と東西南北、五つの大陸に分かれている」

キルトは小さな池のほとりに座り、書物を読み進める。


キルト「まずここ…中央大陸は日の神を最高神に頂き、天の神…海の神…冥の神。更にその下の、水…金…火…木…土の神の加護を受けている」

キルト「また大陸内においては、それぞれの信仰する神に属した国が存在し…様々な特色を有する」


キルト「北の大陸は魔族と天族…有翼種の多く生息する大陸で、教会の総本山所在地。通称『サンクフロンティア』」

キルト「信仰による抗争が絶え間無く続いており…天族においては、他種族他宗派に対しての攻撃性が異常なまでに高い」


キルト「西の大陸…通称『ドラグネスト大陸』竜族や、それに準ずる亜人が数多く生息する大陸」

キルト「国は…『インゴルト帝国』と『アルテリック龍皇国』の二つの国が勢力を二分し、他の殆どの国はいずれかの属国となっている」


キルト「南の大陸…『サンパラディア』中央大陸に次ぎ、多数の種族が共存する大陸」

キルト「国は部族単位で形成され、その全てを把握する事は至難。また、大陸の南半分は未だに調査の手が伸びていない暗黒地帯である」


キルト「そして最後に、東の国…『亜ノ国』人間族以外では、獣人や鬼人族等が生息する大陸」

キルト「東の更に端の国………多分ここが、日本に相当する国なんだろうな……」


と…一部主観を交えつつの、地理や世界情勢の確認。

書物自体の古さもさる事ながら、翻訳のされていない部分など…

不確かな部分を憶測で埋めながらも、基本的な事は頭に詰め込む事が出来たのだが……


キルト「で…ワールドマップはVOとは別物なんだよな。いや…俺の知ってるVOは天界で、ここは地上界って違いかも知れないが…」

知る事で…また一つ浮かび上がる疑問。


どこまでが同じで、どこまでが別物なのか…更にそれを突き詰めるべく、キルトは次の課題に移る事にした。

キルト「ゴロド!! サンダー!! 雷よ!! ブリッツ!! トニトルス バレーノ!! エクレール!! 」

集落から少々離れた場所…切り立った崖の上に出来た広場。

崖の下を流れる川を挟み、対岸に聳え立つ大樹に…手の平を向けながら、キルトは叫ぶ。


………が、周囲にその声がこだまするのみで、見て取れる変化は一切無し。

キルトが言葉を終えた後は、何事も無かったかのような静寂が訪れた。


キルト「ゴブリン語もさる事ながら…日本語で唱えるだけじゃぁ無理、他国語も以下同文。さすがに…これだけで魔法は使えないか」

試みは…言語による魔法の行使。

しかし…当然ながら、思い通りに事が運んでくれる訳も無く…結果は見ての通り。清々しいまでに成果無しであった。


キルト「遠征中の部隊には、ゴブリンシャーマンが居るって話だし…魔法自体は存在してるって事で良いんだよなぁ?」

ファンタジー世界において、定番とも言える技能………


 『 魔法 』


キルト「転生前のクラスが原因…って線は薄いよな。そもそも、今の俺にクラスが設定されてるかどうかも怪しい所だしなぁ」


独学で学ぼうにも、あまりにも漠然とし過ぎて掴み所の無いその分野。

キルト自身は手を付け始めたつもりでも、その実は片鱗に触れる事すら叶ってはいない。

始めて早々に行き詰まり、大きなため息をついた所で……


フーディーニ「どこかで聞いた声だと思ったら…キルト、やっぱりお前か」

キルト「げっ……フーディーニ」


集落の守衛…フーディーニが現れた。

フーディーニ「この辺りは人間が出て危ないから来るな…と、一体何回同じ事を言わせるつもりだ?」

フーディーニ……キルト、ライディーニに続き、ヴァルハラオンラインでキラが使用していたキャラクター…その中のゴブリン族の一人。

ゲーム内では転生間近のレベル98という、かなりの高レベルキャラクターだった。

そしてそれは、この世界でも同様らしく…集落の中でも5本の指に入り、正門の守衛を任される程の実力の持ち主である。


キルト「悪かった、次回からは気を付ける」


フーディーニ「俺の覚え違いで無ければ…確かお前に、何回も同じ事を言わせてしまっているな。これは俺に問題があるのかな?」

キルト「いや……俺が悪い。俺の行動に問題がある、悪かった」

フーディーニ「判れば宜しい。で…話は変わるが、こんな所で一体何をしていたんだ?いつぞやのように、変な言葉を発していたようだが?」


キルト「あれは…何とかして魔法が使えないかと思って…な。シャーマンのゴーゲンが遠征から帰って来るまで待ちきれなくて、色々試してたんだ」

フーディーニ「あぁ成程……だが、ゴーゲンが帰って来たとしても、習えるかどうかは判らないぞ?」

キルト「え?」


フーディーニ「ゴーゲンでなければ直せない施設の修理待ちが幾つか。で…それが終わってからも、次の遠征の準備なんかがあるだろうから…」

キルト「…………」

フーディーニ「っと、そんな顔をするな。俺で良ければ仕事の合間にでも基本的な事を教えてやるよ」


落胆するキルト…そして、そんなキルトに提案するフーディーニ。

会話の流れ自体は、別段何もおかしくは無い。違和感を覚えるような事など無い。

だが……キルトはそこで大きく目を見開き、確認するように問いかけた。


キルト「はっ……?ちょっと待ってくれ。フーディーニ…お前…魔法が使えるのか!?」

ヴァルハラオンライン内で…キラがキャラクターとして使用していたフーディーニは、完全な近接特化…魔法とは無縁の存在だった。

だが、目の前のフーディーニはそれとは異なり………


フーディーニ「そこまで驚くような事か?まぁ、とは言っても…魔術で風を少し操れる程度だけどな」

キルト「クラスが違っても魔法が使える…いや、そもそも俺の知ってるフーディーニとは別の存在なのか?」

フーディーニ「クラス?お前…最近また変な事を言うようになったよな」


キルト「あ、いや。何でも無い、忘れてくれ。と言うか…それよりまず、魔法の使い方を教えてくれ!」

フーディーニ「お、おう…?」


類似点と相違点の狭間…未だに、この世界について確かな事は何一つ得られていない。

キルトの行動が、己の立場を知るための手段なのか…あるいは、知識を求めるただの欲望なのかは判らない。


ただ、キルトは高ぶり躍る想いに身を任せ…それを求めた。

フーディーニ「まず始めに……魔力は世界のいたる所に存在している」

再び場所は変わり…集落の門の前。

守衛としての持ち場に戻った後、フーディーニはキルトに魔法の仕組みを教えていた。


フーディーニ「俺やお前の体内…草木や大地…空気の中と、どこにでも魔力はある」

キルト「ふむふむ」


フーディーニ「そして魔法を使う上では、これは大きく二つに別けられる」

キルト「二つ?」

フーディーニ「生物の個体…自分自身が体内に保有する内魔力と、それ以外の外魔力だ」


キルト「えーっと…ちょっと良いか?」

フーディーニ「何だ?」

キルト「その場合、他人の体内に保有された魔力はどっちになるんだ?」


フーディーニ「良い質問だな。他人はあくまで他人…外魔力に該当する。その辺りもついで説明しよう」

キルト「頼む」

フーディーニ「内魔力と外魔力だが…まず、魔法を使うには内魔力を消費する事になる」

キルト「まぁそれは基本だよな。でも、何で外魔力は使えないんだ?」

フーディーニ「内魔力ってのは自分自身の身体の中にある魔力の事だ。で…それは自分の身体の一部に近い物だから、比較的自由に扱えるんだが…」


キルト「自分の外にある物は、扱えない…って事か?」

フーディーニ「そう言う事だ」


フーディーニの話を聞き、キルトが頭の中で思い描いたのは…脳から末端まで電気信号が駆け巡る映像だった。

明確な原理こそ判らない物の、大体のニュアンスを把握し、イメージを固めていく。


キルト「でも…内魔力も外魔力も要は同じ魔力なんだよな?そこの境界を取り払えば、外魔力を使う事も出来るんじゃないのか?」

フーディーニ「またまた良い所に気が付いたな。だが…それは無理だ」

キルト「その理由は?」


フーディーニ「外魔力ってのは、流れの向きも密度も性質もバラバラで…とてもじゃ無いが、そのまま扱う事なんて出来やしないんだ」

キルト「そのまま…って事は、使えるようにする方法が………あぁ、そうか。自分の中で外魔力をろ過したのが内魔力か!」

フーディーニ「ご名答。そうやって自分専用にした魔力が内魔力な訳だから、一部の例外を除けば他人の魔力も同様に使えない」


キルト「例外って言うと?」

フーディーニ「俺とライディーニみたいに双子だったりすると、稀に魔力の性質が近くなってお互いに譲渡したり使えるようになったりするんだ」


キルト「双子設定…ちゃんと反映されてるのか」

フーディーニ「設定?」

キルト「いや、気にしないでくれ。それより、他にもその…例外はあるのか?」


フーディーニ「あぁ、そうだな…判り易い例なんだかと、魔法陣や希少な魔道具なんかもあるな」

キルト「その辺り詳しく」

フーディーニ「まず魔法陣…平面なんかに魔術式を描いて、そこに外魔力を集める事で魔術を発動させる形式だ」

キルト「魔法陣自体がろ過装置になって外魔力を使えるようになる…か。でもその代わり、魔法陣を書く手間が…いや、予め書いておけば…あぁ、そうか」

フーディーニ「おっと、これは後半の説明は必要無さそうか?」


キルト「スクロール…あるいは、別の何かに魔法陣に変わる物を刻んでおけば…外魔力を使う事も出来る。それが魔道具か」

フーディーニ「頭に『希少な』が、漏れなく付くけどな」

キルト「そうなのか?」


フーディーニ「まずスクロールだが…コイツは、誤作動を塞ぐための特殊な用紙が必要になる」

キルト「あぁ、それもそうか」

フーディーニ「しかもその殆どが、1回使ったらダメになる。何度も繰り返し使えるようなスクロールなんてのは、伝説やおとぎ話の存在だな」


キルト「って事は…聞くまでも無い事かも知れないんだが、スクロール以外の魔道具も同様か」

フーディーニ「その通り。常用出来ない上に手に入れるのも難しい…ま、珍し過ぎて俺達には縁の無い話だがな」


キルト「じゃぁ…話を戻すが、俺が魔法を使えるようになるにはどうすれば良いんだ?内魔力を使えば魔法を使えるんだよな?」

フーディーニ「あぁ、それなんだが…もう一つ説明を挟んでおこう。魔法と魔術の違いだ」


キルト「魔法と…魔術の違い?ってか、違いがあるのか?」


フーディーニ「まず…魔法って言うのは、魔力を扱う上での法則…ルールその物の事だ。魔法を使うって言葉も間違いじゃないが、厳密には変な言葉だぞ」

キルト「あぁ…そう言えばフーディーニはずっと魔術って言ってたな」

フーディーニ「そうだ。で…その魔法の範囲の中で魔力を使い、現象を引き起こすのが魔術。これは簡単だろ?」


キルト「パソコン使えるって言うのと、C言語でコード組めるって言うのの違いみたいな物か…」

フーディーニ「パソコン?C言語?コード」

キルト「あぁ悪い、いつものヤツだ忘れてくれ」


フーディーニ「お…おう、判った」

キルト「それで、原理が判った所で話は戻るんだが…結局の所、魔術を使うには具体的にどうすれば良いんだ?」


フーディーニ「そうだな…一番良いのは、魔力を直感で操作出来る場合なんだが…」

キルト「残念ながら、俺にその才能は無いらしい。でも…一番って言うからには、他の場合もあるんだよな?」


フーディーニ「あぁ、ちなみに次点は…魔力は感じるが、制御が苦手って場合なんだが…この場合は、さっきの魔道具の内魔力版を使う」

キルト「内魔力版?そんなのもあるのか?」

フーディーニ「あぁ、むしろ一般的に魔道具って言うとそれになる。代表的な物だと…杖なんかだな」


キルト「あぁ…『希少な』が付かないのが内魔力版か」

フーディーニ「その通り。で、それを使えば予め術式を用意しておいたり安定性を高める事が出来るんだが……」


キルト「そもそも魔力を感じる事も出来ない俺には、その方法も無駄…だろ?ここまで聞いた感じだと、物凄く絶望的な感じなんだが…」


フーディーニ「なぁに、落胆するにはまだ早い。実の所、ゴーゲンも今のキルトと同じなんだぞ?」

キルト「同じ?じゃぁどうやって………いや、待てよ?まさか…」


フーディーニ「ヒントは、自分以外の力…と言っても、もう殆ど気付いてるみたいだな」


キルト「神との契約…あるいは信仰で、魔法を使えるようになる…って事だな?だからゴブリンシャーマンなんだよな?」


今まで見聞きした事…ここに至るまでの説明を繋ぎ合わせる事で、キルトはその答えに辿り着く。


フーディーニ「その通りだ。更に言うと…自分で術式を組み立てなくて済む分、不安定さを解消する事も出来る」

キルト「なるほど……至れり尽せりじゃないか!」


フーディーニ「あぁ…ただ、それには………」

キルト「頼む!教えてくれ!どうすれば良い?どうすれば神と契約する事が出来るんだ?」


好奇心と向上心が捻じれて絡み合った導火線…それに火が付いたキルト。

フーディーニも、そうなったキルトを止めるのは容易では無い事を知っていた。

それ故に………


フーディーニ「判った。それじゃぁ今から言う物を持って来い」

キルトの気が済むまで…とことん付き合う事を覚悟したのであった。

キルト「…………」

フーディーニ「………」


そして時は夕刻。空が茜色から夜の闇色へと変わり始めた頃。

キルトとフーディーニの周囲には、一見してガラクタのような物が幾つも転がっていた。


キルト「各々の神々に縁のある品を通じて…神との契約を試みる。契約が結ばれれば、神がそれに応える……だったよな?」

フーディーニ「……あぁ」


キルト「誰か一人の神に絞らなかったから、そっぽ向かれたとかって訳じゃぁ無いよなぁ?」

フーディーニ「それは無い筈だ。現にゴーゲンは、十曜の神の内の火と金と水の三柱と契約をしている」


キルト「じゃぁ……この結果は…」

フーディーニ「思っている通り、どの神からも契約を結んで貰う事が出来なかった…という事になるな」


そう……転がっている数多のガラクタは、神々に縁のある品々である。

それこそ、中央大陸の神に止まらず…五大大陸の神々に片っ端から契約を試みたキルトであったのだが……


その結果は、見ての通り…惨敗である。


キルト「ぁー……じゃぁつまりはアレか?俺の信仰心が無かったからとか、そういう話か?」

フーディーニ「それは考えにくいな。始めは信仰心が無くとも、恩恵を受けている間に自然と育まれる物だからな…最初の契約の時点でこれは…」


キルト「………これは?」

フーディーニ「神々との相性が悪かった…としか、言いようが無いな。それに、付け加えるておくと…」

キルト「おくと?」


フーディーニ「通常は、幼ければ幼い程に契約を結びやすい物なのだが…この結果を見るに、将来性を期待するのも難しい」

キルト「…は?」

フーディーニ「早々に魔術は諦め、別の道に進んだ方が良い…と言う事だ」


キルト「いやいやいやいやいや、おかしいだろ!?ここはむしろ、転生特典で全ての神と契約結べちゃったりしても良い所じゃないのか!?」

フーディーニ「何を言っているのか判らんが…これが現実だ。諦めろ」


キルト「………………」


自力で魔術を使う事が出来ず…神との契約さえ叶わない。

事実上…魔術を使う事が出来ない……キルトは、その事実を幼い身で痛感した。

そして………


この事が、後にキルトの運命を大きく左右する事となった。


D/RtoAnoBeginning 第三話『邂逅【エンカウント】』


―――キルトの転生から、二年の月日が流れた。


赤子だったキルトは青年となり……

集落その物にも、幾つかの大きな変化があった。


一つは…農耕技術の確立、並びに畜産による食料供給の安定化。

それにより、今まで食料調達の要であった遠征の必要性が減少し…それに伴うリスクを大幅に削減出来るようになった。


一つは…工業技術の向上。

それまで遠征に費やしていた労力を、内部の増強に回す事が出来るようになった結果、集落の防衛力の飛躍的な強化に成功。

そして更には防衛以外の各種施設…建築物全般の強化行う事で、住環境の改善にも繋がった。


一つは…衛生環境の改善

水道インフラを開通する事により、生活水準その物が大幅に上昇。

今まで掃き溜めになっていた汚物の処理はもちろんの事、衣服や食器の洗浄にかかる時間や手間を大幅に短縮出来るようになった。


………等々


実に様々な改革を実行した結果。ゴブリンの集落は、要塞と呼んでも差し支えない程の防衛力を備えるに至った。


そして、これらの変化の中心には常にキルトの姿があり…

キルトは、ゴーゲンやライディーニやフーディーニに次ぎ…集落の中でも一目置かれる存在になっていた。

ライラ「あーー!キルト、またこんな所で油売ってる!」

キルト「………ん?」


集落の中にある池のほとり…二本の木の間に吊るされたハンモックの上で、読書をするキルト。

そんなキルトを目にするなり、声を張り上げたのは…ライラ。キルトと同時期に生まれたゴブリンの少女である。


ライラ「ん?じゃ無いわよ。水車の調子が悪いみたいだから、ちゃんと見に行きなさいよね」

キルト「今日の俺の仕事はもう終わってるんだが…と言うか、水車はガロットとグロットの担当だろ?」

ライラ「ガロ兄達がマジメに仕事なんてすると思う?」

キルト「………そうだな」


パッチリと開いたややツリ目の目がキルトに向き…

ゴブリンにしては珍しい、サラサラな髪質のショートヘアが微かに風に靡く。


キルトが気だるげにハンモックから降りる間、腕を組みながらため息交じりにその様子を眺めるライラ。

そして、そんなライラの視線に気付いたのか、キルトの視線もまたライラへと向かう。


腰みの一丁のオスゴブリンとは異なり、上がチューブトップ下が簡素な前掛け状の越布、というメスゴブリン特有の服装。


組まれた腕で押し上げられながらも、まだその存在を誇示するだけの威厳の無い胸部。

しかし言い換えれば、無駄な肉が無くしなやかな曲線を持ち、健康的と言って差し支えの無い身体。


低いながらも細い鼻だちに薄い唇。先にも述べた通りの、ややツリ目の目。

額に二本の角が生えている事を除けば、ゴブリンと言うよりも人間に……いや、人間の美少女と言っても差し支えの無い容姿をしている。


ライラ「そう言えば……もうすぐ、成年の儀よね」

キルト「あぁ…もうそんな時期か。参加者発表の時は舟を漕いでいたんだが、今年は誰が参加する事になったんだ?」


また補足程度に加えて言うと、本日は普段付けない貝殻のネックレスを付けて、少々おめかしをしているのだが…


ライラ「レーガス兄貴にアガン兄貴に…それにガロ兄とグロ兄と…キルト…アンタよ」

キルト「あぁ…俺も今年だったか…」


そんな乙女心などつゆ知らず。キルトはマイペースのまま水車小屋へと向かって行った。


ライラ「………バカ」

そして、水車小屋近く……河原を歩く最中。

キルトは、木々の合間で光る何かを捉え…足を止めた。


そして、次の瞬間……

キルトのすぐ目の前を、一本の矢が通り過ぎた。


もしあのまま歩みを進めていれば、矢は確実にキルトのこめかみを捉えていた。

にも拘わらず、キルトは戸惑いの表情すら浮かべる事無く射手を見据え…口を開いた。


キルト「居るんだったら、仕事くらいしたらどうだ?」


ガロット「……けっ、お前の方こそ少しくらいビビったらどうだ?」

林の中から姿を現したのは、ガロット…ライラの兄にあたるゴブリンだった。


キルト「当たっても死なないような物を相手に、どう怯えろって言うんだ?殺す覚悟も無いくせに粋がるな」

そう言ってキルトが視線を向けた先は…ガロットが持つ矢。

ただしその矢は、戦闘や狩りで使われるような通常の石の矢とは異なり…矢尻が樹脂で作られた、訓練用の矢であった。


この矢であれば殺傷能力は低く、もし万が一当たったとしても致命傷にはなり難い。

……とは言え、矢は矢。当然、当たり所が悪ければ怪我も負いかねない。


だが…こうして淡々とキルトが語る事が出来るのは、そうならない事を確信していたからである。

どちらに転ぶにしろ、ガロットが下手な矢を射る事はない…と言う確信。だが…あえてそれを口にはしない。


ガロット「……まぁ良い。お前がそうやって粋がってられるのも、成年の儀までだ」

キルト「おいおい…成年の儀の最中に何かやろうって言うのか?予告してくれるなんて、随分と親切になったじゃないか」


グロット「邪推……するな……」

そしてキルトとガロットが見えない火花を散らす中…ガロットの背後から、グロット…ガロットの双子の弟が姿を現した。

ガロット「あぁ、そうだぜ。俺達はただ…キルト、お前が成年の儀を乗り越えられず赤っ恥をかくんじゃぁ無いかって心配してるだけだぜ?」

キルト「へぇ……失敗ねぇ」


グロット「何が起こるか…判らない。だから…お前のように…調子に乗っている奴は……どこかで躓く」

キルト「御忠告痛み入るぜ。だったら…躓かないように、小石も取り除いておいた方が良いって事だよなぁ?」


一触即発…まさにそんな言葉で言い表すのが相応しい状況。

ガロットは、訓練用の矢では無く石の矢を握り…グロットは、鉈を構える。

それに対し、キルトもまた腰の短刀に手をかけたその瞬間………


ライラ「あーーーーーもう!!いい加減にしなさい!!」

ライラの怒鳴り声が響き渡り…キルト達の間の張り詰めた空気を吹き飛ばした。


グロット「ラ…ライラ……お前…いつの間に……」

ライラ「いつの間にじゃないわよ!何?アタシが居たら何か不味いっての?アタシが居なかったら何しても良いの?」


ガロット「いや、俺達は…」

ライラ「言い訳しない!!」


有無を言わせぬライラの怒号。

つい先程までの勢いを失ったガロットとグロットの様子に、キルトは苦笑を零した。

だが……それがいけなかった。


ライラ「キルトもキルトよ!何でガロ兄とグロ兄にだけそんなに敵意持ってるの?他の兄貴達とは別に仲悪く無いわよね!?」

ライラの矛先はキルトへと向いてしまった。


キルト「いや、それこそガロットとグロットに聞いてくれよ!俺だってあんな風に喧嘩を売られなければ――」

ライラ「売られたからって買うからこんな事になるんでしょ?判ってる!?」


こうなってしまうと、後はライラの気が済むまで収まらない。

そして、いつの間にかガロットとグロットの姿は忽然と消え去っており……

日が暮れるまでの間、キルトは一人でライラの相手をさせられるのであった。


―――といった流れ…これが今のキルトの日常である。

だが……そんな日常さえも、全く同じ日は一日たりとも存在しない。

そして…ほんの僅かな亀裂から始まった変化が、瞬く間に瓦解へと進む事に…その時のキルトは、気付いていなかった。

それは……いつもの遠征部隊の帰還から始まった。

そう、いつも通り…いつも通りの筈だったのだが………


まず違和感を覚えたのは…獲物の量だった。


食料に困窮する事は無くなった物の、遠征部隊の需要が無くなった訳では無く…

猪や鹿など…集落の付近では余り捕る事が出来ず普段は食べられない食料を、遠征部隊に期待している者は少なく無い。


そして、遠征部隊の方もそれを十分に理解しており…多少予定を過ぎてでも、多めに獲物を獲ってからの帰還するのが恒例になっている。

しかしながら今回は…獲物の量が目に見えて判る程少ないにも関わらず、本来の予定よりも少々早い帰還となった。


いつもの帰還とは明らかに異なる…事の異様さ。それに皆が気付いたのか、門の前ではざわめきが起き始めていたのだが…それが長く続く事は無かった。


ゴーゲンに手を引かれ

………メスゴブリンの少女が姿を現したのだ。


僅かに紫がかった…膝の辺りまで伸びた黒髪、髪よりも鮮やかな紫色の瞳。

ゴブリンにしては色素の薄い、浅い褐色の肌。身体を包むのは、白いワンピース。

角は短く、殆どが髪に隠れ…腕は細く、筋肉も贅肉もあまり付いておらず…体格からしても、全身が腕と同様に細い事が伺え…


ライラとはまた別系統の美少女であり…ライラよりも、より人間に近い印象を与えていた。


「おい…メスだぞ」

「他の集落のメス…だよな?何で集落の外に…」


再びざわめき立つゴブリン達。

だが…それが広がり切るよりも先にゴーゲンが手を挙げると、皆が押し黙り……

ついさっきまでの騒ぎが幻だったのではないかと錯覚する程に、周囲が静まり返った。


ゴーゲン「この子の名は『ホタル』だ。ここから南の集落に住んで居たのだが…その集落が先日、人間の襲撃を受けて滅ぼされた」

そして連ねられる、ゴーゲンの言葉。皆の表情には目に見て判る程の険しさが浮かぶ物の、今度は誰一人として声を上げる事は無かった。


ゴーゲン「幸い…集落を襲撃していた人間達はその場で始末する事が出来たのだが…この子以外の住民は既に……」

ゴーゲンの口からそれ以上続けられる言葉は無かった。だが…同時にその場の誰もが、その言葉の先を理解していた。


こうして………ホタルは、新たに集落の一員として手厚く迎え入れられた。

そして、討伐隊の帰還から一週間。

キルトは、襲撃された集落から密かに書物を何冊か拝借し…持ち帰ったそれを、ハンモックの上で読み耽っていた。


キルトの数少ない趣味である読書…それを行う憩いの一時。

…だがそんな一時に、本来ある筈の無い影が一つ。


ホタル「………」

ハンモックを吊るす木の傍に、ホタルが佇んでいた。


キルト「なぁ……」

ホタル「……何…?」


声をかけられた事に対し、意外そうに問い返すホタル。

そしてキルトは小さくため息をついた後、言葉を続ける。


キルト「…何で俺なんだ?」

ホタル「え?」


キルト「懐くにしても…同性のライラなり、助け出してくれたゴーゲンなり…もっと頼り甲斐のあるライディーニやフーディーニが居るだろ?」

ホタル「ライラ…せわしない。ゴーゲン…遠征中。ライディーニ…フーディーニ…忙しい」


見た目よりも幼い…たどたどしい言葉遣いで返すホタル。

対してその言葉を受け取ったキルトは、またもため息を吐いた後…問いを連ねる。


キルト「つまり……暇そうでのんびりしているから俺を選んだ…と?」

ホタル「それも…ある。でも…それよりも………」

キルト「何だ?」


ホタル「どうしてか…どこか…懐かしい感じが……したから」


キルト「……………」

ホタル「………」


キルト「妹が居たら…こんな感じなんだろうかな……」

ホタル「…え?」


キルト「最初に言っておくが…俺について来ても、面白い事なんか無いぞ?退屈する事うけあいだぞ?」

ホタル「…構わない……ありがとう」


そう言ったホタルは、心なしか嬉しそうに口元を緩めていた。

ホタルの面倒を見る事になった、その日の夜………

流石に寝床まで一緒になるのは問題があるとキルトは考え、同じメスゴブリンのライラとその母…バーラに一時的にホタルを預けた。


そして自室に帰るその足で、散策がてらに夜の森を歩いて居たのだが…いつの間にか、崖の上の広場に辿り着いていた。

何もする事が無い時など…自然とこの場に足が向かう事は少なくは無い。

今日もそんな、いつもの癖で広場に辿り着いた…ただそれだけの筈だったのだが……キルトは、広場の様子に違和感を覚えた。


キルト「獣の鳴き声が…近付いて来ている?いや、違う。これは……」

対岸の、とある地点を中心に…鳥や獣が蜘蛛の子を散らすように逃げていき……その中心の木々が薙ぎ倒されていく。

そうして開けた景色の先に居た物は………


キルト「何だ…あれ?」


サイ…あるいは恐竜のような角を持った、全長10メートルはあろうかという未知の生物。

その頭部は、角と目以外の部分が皮袋のような物に包まれ…上半身は毛皮、下半身は鱗…と、見るからに異常な様相を呈していた。


見るからに獰猛…見るからに狂暴…見るからに危険。

そう……本来ならば、そんな怪物になど間違っても関わろうとはしないのだが……


キルト「って言うか…ちょっと待てよ。アイツの進行方向…集落の方じゃ無いか!」

とてもでは無いが、見なかった事に出来るような状況では無かった。


キルト「戻って皆に知らせ……いや、それじゃぁ間に合わないっ!」


キルトが偶然この場に居合わせたのは、果たして幸か不幸か…まるで見えない何かに弄ばれているような、嫌な感覚が身体の奥から沸き上がる。

そしてそれが背筋をぞわぞわと這い上がり、身体を内側から縛り付けるようなような…そんな錯覚を感じながら、キルトは崖を滑り降りる。


キルト「さすがにアレを止めるのは無理だとしても…何とかして集落からは逸らさなけりゃなぁ…っ」

そしてキルトは、唯一の手持ちの装備…腰にかけたナイフに手を添え、愚痴るように呟いた。

キルト「にしても…勢い勇んで来ては見た物の、一体どうやってアレの進路を逸らせば良い?」


キルトと怪物との距離は、約200メートル。

何かしらの小細工を講じようにも、余りにも時間が無さ過ぎる。となれば、残された手段は……


キルト「正攻法…真正面からって言うのは苦手なんだが……くそっ」

真っ向勝負…とは言っても、本当に正面からぶつかり合う訳では無い。


キルトはまず、手近な木によじ登り……怪物が木々をへし折りながら近付いて来た所で、その巨躯の上へと自由落下。

着地に失敗して危うく転がり落ちそうになるも、毛皮を掴んで何とかしがみつき…そのまま頭部へと辿り着く。


キルト「で…ここから何とかして舵を切れば良いって話なんだが…」

しかし…そこでまた問題が立ち塞がった。


進行方向を変える…ただそれだけで良いのだが…ただそれだけの事が、これまたとてつもなく困難であった。


最初は角をハンドル代わりにしての舵取りを試みたが…キルトの腕力では到底無理。

下手に悪手を打ってしまった事で、警戒される事を懸念もしたのが…それどころか、怪物はキルトの存在にすら気付いていない様子。

気付かれなかったのは幸いながらも、それは裏を返せば全く影響を与えていないという事だった。


素手による解決は早々に諦め、次にキルトが選んだのは…少々手荒な方法。

手持ちのナイフで顔を刺して、刺激を与えようと試みるのだが……


ナイフは表皮を貫く事さえ叶わない。


キルト「まぁ…そうだよなぁ。こんなので気を変えてくれるってんなら、木にぶつかった時点で曲がってるよな」

と…あれこれ試行錯誤している内に、視界の先から木々が途切れ…更にその先にある河原が見え始める。


河原……更に進んでしまえば、その先に控えて居るのはキルトの住む集落。

いくら防壁を強化したとは言えば、これだけの怪物の襲撃は想定外。侵入を許せば、決して少なくは無い被害を被る事になる。

怪物の侵攻から集落を守るべく、今すぐにでも手を打たなければいけない状態で…キルトは選択を迫られ……


キルト「……悪い。お前に恨みは無いが、背に腹は代えられないんでな」


手に持って居たナイフを、怪物の…角の下に隠れた眼球へと突き刺した。

怪物「グ……ブッ…………グヴォォォォォーーーー!!!」

キルトのナイフが眼球を貫き…僅かに間を置いてから、怪物が苦悶の叫びを上げる。

そして、それと同時に怪物の身体が大きく跳ね上がり………


キルト「っ……うおぉぉ!?」

キルトは、振り落とされまいと必死に怪物の体毛を掴んで抵抗する…が、その甲斐も無く小さな体が宙に舞い…地面へと叩き付けられた。


キルト「ぐっ……あがっ……」


幸いにも、怪物が薙ぎ倒した木々の枝が緩衝材代わりになり、致命傷は免れる。

だが…墜落の衝撃が全身に響き、激痛により指一本動かす事すらままならない。


キルト「っ………マジ……かよっ…」

当初の目的を果たし、集落への襲撃を防ぐ事は出来た。だが…その代償として、今度はキルトが怪物の標的となり…

いや…標的などと言う、まだ逃げられる可能性のある物では無く……それこそ手も足も出ない、ただの餌食になろううとしていた。


キルト「後は…集落とは逆方向に逃げるだけで、終わりだってのに……くそっ…動け…動けよ!」

顔面から指先に至るまで…体中のありとあらゆる場所がビリビリと痺れて動かない。


対して怪物の方は、この上無い程の怒りが籠った眼をキルトに向けながら、全体重を乗せた突進を始め……


キルト「………えっ?」

次の瞬間……怪物は、無数の肉片へと姿を変えて居た。


降り注ぐ血の雨と、肉片のつぶて…

一体何が起きたのか…訳が分からないまま、キルトは唖然とした表情を浮かべていた。


そして。束の間の静寂の後……


男の声「レナッツェラ! テレーネ ツォリナ!」

聞き慣れない言語を耳にした直後、森の奥から一人の男……剣士らしき装備に身を包んだ、人間の男が姿を現した。

一難去ってまた一難…とはまさにこの事だろう。


キルト「ぶっちゃけありえねぇー………」

命からがら…満身創痍になりながら、やっとの事で怪物の脅威から集落を救った…と思った矢先の出来事。


恐らくは目の前の人間の男が放ったであろう魔法か何かにより、怪物の脅威は消滅した。

だが今度は、ある意味怪物よりも性質の悪い…人間を相手に立ち回らなければならない。


キルト「平和的に解決…出来る程、友好的な相手には見えないよな」

誰に語り掛けるでも無く…キルトはただ小さく独り言を呟いた。


痛みや痺れは先程よりかは幾分かマシになり、多少は動く事も出来るようになってはいる。

だが…交戦を行えるまでの状態には、まだ程遠い。


そして、目の前の相手…人間の男は、案の定臨戦態勢を取っている。

左手で鞘を握り締めた後、右手で得物を引き抜き…それをキルトへと向ける。


………が


キルト「ん?………え?」

目にした得物を前に、キルトは疑惑の声を上げた。


キルト「日本……刀?」

男が手にしていた武器は…日本刀だった。


元々が日本人であったキルトにすれば、身近では無い物の縁遠くは無い…と言った程度の、伝統的な武器である。

もしそれを持って居たのが、侍のような和風の剣士ならば、特に違和感は無い…

いや、こんな場所に居る事に違和感はあるだろうが…最低限、ミスマッチとは思わない。


だが…目の前の男の防具は、どちらかと言えば西洋寄りの物。

何故そんな組み合わせの装備なのか…目の前の男は何者なのか……

そもそも、この世界に日本刀が何故存在しているのか…あるいは、キルト自身が知らないだけで意外と一般的な武器なのだろうか…


思考が一回りして、どうても良いような内容のループに入ってしまった辺りで…その答えが明らかになる。


人間の男「お前…今、何て言った?日本刀って言わなかったか?」


男は……『日本語』でそう問いかけた。


D/RtoAnoBeginning 第四話『裏側【アンロック】』


ヨシヤス「いっやぁ…まさか君もこの世界に転生していたとはねぇ」


怪物の死骸から少し離れた、開けた場所。

焚火を囲み語り合う、キルトとヨシヤス…日本刀を持った人間の男。

それと、ヨシヤスのパーティーメンバーと思われる修道服姿の女と魔法使い風の女。


修道服姿の女の名前は、レナ。

見るからに回復役と言った感じの修道服の下に、スレンダーながらも出る所は出ている身体。

ショートカットの金色の髪と、蒼い瞳が特徴的な人間の女。


魔法使い風の女の名前は、ミア。

黒ずくめの服装に、つばの広いとんがり帽子。ぐかぶかな服のせいか体格まではよく判らないが、背は低く小柄。

腰まである濃い紫色の髪と、同じく紫色の瞳を持つ女。


二人の女は警戒を露わにし、得物を握り締めながらキルトを睨み続けている。

だが、それとは対照的に…ヨシヤスはあくまで自然体で、胡坐を組んで手を後ろにつけながら談笑を続ける。


キルト「俺の事を何処で…あぁ、現世への門か?」

ヨシヤス「そそっ、一瞬だったけど覚えててくれたんだねぇ」

キルト「それじゃぁ、あのヴァルキリー戦は…」


キルトの中には、一つの懸念があった。

今となってはどうでも良い事なのだろうが…キラであった頃の自分が行った、不正行為の件である。


あの時あの場所に居合わせたと思われるキャラクター、そのプレイヤーと思われる人物が目の前にいる。

もしかしたら、不正行為を見られて居たかも知れないと言う懸念。どう転ぶにしろ、それをハッキリとさせるべく問いかけたのだが…


ヨシヤス「ヴァルキリー戦?俺が来た時には丁度倒れた所だったんだけど…何かあったのかい?」

キルトの懸念は、無駄な心配に過ぎなかった事が明らかになった。


キルト「いや…もしかしたらあれが今の俺達になった原因かもって思っただけだ。そっち…えっと、ヨシヤスさんだっけ?何か心当たりは?」

喉の奥につっかえていた小骨が取れたような感覚に、キルトは安堵した。

そして、思考に余裕が戻った所で改めて…核心に迫るべく問いを続ける。


ヨシヤス「呼び捨てでヨシヤスで良いよ。ってか、心当たりも何も…あぁ、そうだ。どのルーンを選んだんだい?」

しかし、ヨシヤスから帰ってきた言葉は、キルトの意図した物とは異なり…それどころか、また新たな謎を呼ぶ事となった。

キルト「ルー…ン…?」

聞き馴染みこそ無いものの、どこかで聞いた事はある単語。それを耳にしたキルトは、ヨシヤスに聞き返す。


ヨシヤス「そら、転生の時のあれだよ」

キルト「転生の時?いや…俺は、ヴァルキリーを倒した後すぐに扉を潜って…そのまま転生したみたいだったから…」

ヨシヤス「すぐに?あぁ……まさか」


キルトの言葉を吟味するように、考え込むヨシヤス。

自分が被った異世界転生について、初めて有力な手掛かりを得る事が出来るかも知れない。

キルトはそう考え、ヨシヤスの返答に期待を寄せる。


しかし……


レナ「ヨシヤス! ッアルーベ ケルナ ヴェデーラ!」

ヨシヤスの連れの一人、レナが…これまた絶妙なタイミングで横槍を入れた。


ヨシヤス「レナ! ユーヴェリ アヴォル リッァテーネ!」

キルトからすれば、何を言っているのか判らないが…口論している事だけは目に見えて明らか。

そしてその内容が、他ならぬキルトの事である事は容易に想像する事が出来た。


どうせ碌な事は言われて居ないのだろう…そんな事をキルトが考えた時、ある事に気付く。


キルト「…ん?言葉?こっちの言葉を普通に喋れて…いや、見た感じ20くらいだし覚えるには十分…いや、待てよ?」

ヨシヤス「どうしたんだい?」

キルト「物凄く自然にこっちの世界の言葉を使ってるみたいなんだが、転生したのって…何年前だ?」


キルトは、浮かんだままの疑問を投げつける。そして、キルトの質問に対してヨシヤスは、間を置く事無く答えた。

ヨシヤス「転生したのは…まぁ、20年くらい前かな。言語はさすがに、スキルポイント使って取ったけど」


しかし…今度は、聞き馴染みがありながらも久しく耳にしていなかった言葉を聞く事になった。

キルト「スキルポイントって……え?スキルポイント…いや、そもそもVOのシステムが残ってるのか?」


ヨシヤス「残ってるも何も…普通に、念じればメニューウィンドウが出るだろ?そこから…」

キルト「いや、メニューウィンドウの気配すら無い。と言うかそもそも、先に門を括った筈の俺が転生したのが2年前なんだが…」


同じ転生者でありながら、根本的な何かが食い違っているキルトとヨシヤス。

しかし、困惑するキルトとは対照的に、ヨシヤスは至って落ち着いた様子で考え込み…


ヨシヤス「もしかしたら俺達は…全く別のシステムで転生してしまったのかも知れないね」

その仮説を口にした。


新たな情報を得る度にまた謎が深まり、翻弄される。

見えない何かを掴もうとして、それが指の隙間をすり抜けるような…霞を掴むような感覚に苛まれるキルト。

だが、そんなキルトの耳をレナの怒号が揺さぶる。


レナ「ズゥイーレ!デリア!ゴブリン!!」

ヨシヤス「ディレ ゴブリン スティーア ニレ ヒュームヌ レアム」

しかし…ヨシヤスの一言によりレナの勢いは瞬く間に静まり、畏怖にも似た表情を浮かべながら黙り込んだ。


ヨシヤス「いやぁすまないすまない、レナが少々興奮してしまってねぇ。で…申し訳無いんだけど、白黒付けようと思う」

キルト「白黒って…一体何の事だ?」


事態を飲み込む事が出来ず、戸惑うキルト。だが、そんなキルトに構わずヨシヤスは言葉を続ける。


ヨシヤス「あんまり腹の探り合いは好きじゃぁ無いから、単刀直入に聞く」

キルト「だから何なんだ?」


そして、ヨシヤスの口から飛び出したそれは…

ヨシヤス「ゴブリンの集落はどこだ?」


余りにも不穏な言葉だった。

キルト「…確かに、急所に単刀直入してくる質問だなそれは。同じVOプレイヤーとは言え、今日会ったばかりの相手にそれを教えるのは無理な話だ」


人間とゴブリン…先にあった襲撃の事からも判る通り、両者の種族間に浅からぬ因縁がある事は容易に想像出来た。

そしてヨシヤスの口調からも、それが穏やかな意図の物では無い事が判る。


当然ながら、キルトはその回答を拒んだ。


ヨシヤス「そうか…じゃぁそれは宣戦布告と取って良いんだよな?」

キルト「どうしても俺達に危害を加えたい、って言うならそうなるが……もう少し穏便に…見なかった事には出来ないのか?」


ヨシヤスは得物の日本刀に手をかけ…キルトは、腰のナイフに手をかける。

何がきっかけで戦闘が開始するかも判らない、緊迫した状況の中…ヨシヤスは、大きくため息を吐いてから言葉を続けた。


ヨシヤス「無理な事はお前も判ってる筈だ。答えてみろ…お前の居る集落には、一体何人の女が捕らえられている?」

キルト「女って…人間の女の事か?」


そして…ヨシヤスの口から飛び出した言葉は、キルトが予想だにしていない物だった。


ヨシヤス「あぁ、そうだ。お前達が人間を攫う以上……」

キルト「いや、ちょっと待ってくれ!」


たまらずヨシヤスを制止し、話を遮るキルト。


ヨシヤス「…どうした?」

キルト「女を捕えてるとか攫うとか、一体何を言ってるんだ!?」


ヨシヤス「………は?」


次から次に沸き上がる、致命的なまでの二人の認識の違い。

その溝を僅かでも埋めるべく、キルトは問答を続ける事にした。

キルト「俺達は…そんな事はしない!した事が無いし、する気も無い!」


ヨシヤス「はぁ!?なに寝言を…だったら君ははどうやって生まれたって言うんだ!君の母親は人間じゃないのかい!?」

キルト「いや…実際に会った事は無いんだが……俺の母親は、ゾイって名前のゴブリンらしい」

ヨシヤス「……は?って事は……メスゴブリンが居るって事かい?あ、いや…でも、その口ぶりだと…」


キルト「あぁ、俺を生んだ時に死んだらしい。で、バーラが母親代わりに俺の面倒を見てくれて…」


語り始めたそれは、キルトの生い立ちその物。

その姿を目にする事も無く死に分かれた母と、母親代わりのメスゴブリンの事を話し始めたのだが…


ヨシヤス「いや、ちょっと待ってくれ」

さわりの部分も語り始めない内から、早々に遮られた。


キルト「いや、まだ何も…」

ヨシヤス「キルトの母親以外にも、メスゴブリンが居るのか?」


まるで信じられない物を見たかのように、大きく目を見開いて問い詰めるヨシヤス。

そんなヨシヤスに気圧されそうになりながらも、キルトは言葉を連ねて行く。


キルト「え?あぁ…今言ったバーラと、幼馴染のライラ。それと、最近襲撃を受けた他の集落から助け出された、ホタルって子が居る」

ヨシヤス「襲撃を受けたって…ここから南南西の方角のゴブリンの集落か?」


キルト「あぁ、そうだ」


正直に答える事に、抵抗が無かった訳では無い。

だがここで下手に嘘を吐けば、ボロが出たり裏目に出る可能性が極めて高い。


そう判断したキルトは、ヨシヤスの問いに答えた。

ヨシヤス「なるほど………そう言う事か」

キルトの話を聞いて納得したのか、ヨシヤスは頷きながら考え込む。


一先ず、先程までの険悪な空気を吹き飛ばす事は成功した。

しかし相変わらず、キルトは話の全容を見渡すが出来ず…僅かな糸口でも掴めない物かと、思考を巡らせる。


そして…先の会話を反芻した所で、ある事に気付いた。

いや…その時は向き合う事を意図的に避けていた、それ を切り出した。


キルト「いや、一人で納得してないで説明してくれよ!さっきの話だと、まるで……まるで、ゴブリンが人間の……」

ヨシヤス「説明も何も…お前が想像している通りだ」


ヨシヤスの肯定により、キルトの背筋に寒気が走る。


キルト「それじゃぁ…」

ヨシヤス「そう…この世界での一般的なゴブリンは、人間の女に子供を産ませて繁殖してるんだ。それこそ…苗床扱いにして…な」

キルト「いや…いや、待ってくれよ?でも…少なくとも俺の居る集落は違う!」


寒気を振り払うように、キルトは言葉を放つ。


ヨシヤス「あぁ、それは聞いてて判った。嘘を吐いてるように見えないし……と言うか、今の今まで他のゴブリンを知らなかったんだろうなってのも判る」

闇の中を手探りで進むような、先の見えない対話。そんな中で見付けた光明に向かい、一歩…また一歩と歩み続ける。


キルト「だったら……」

ヨシヤス「でもな…それがいつまで続く?」


だが…そんな足元もおぼつかないような歩みでは、目的地になど到底辿り着けない。


キルト「…え?」

ヨシヤス「その様子だと、キルトはメスゴブリンが生まれて来るのが普通だと思ってたんだろうね」

キルト「それって……」


ヨシヤスの口調から、その真意はある程度汲み取る事が出来る。


ヨシヤス「察しは付いて居ると思うけど…聞いてて判る通り、メスゴブリンってのは本来滅多に生れない…希少な存在なんだ」

キルト「……」


言いたい事、意図している事は既に察している。

だがキルトは、それを説き伏せるだけの言葉も材料も持ち合わせていない。


ヨシヤス「もし…次の世代のメスゴブリンが生まれないまま、今のメスゴブリンが死んだら…そのまま大人しく衰退を受け入れられるのか?」

キルト「………判らない。だが、必ずそうなるとも限らない。少なくとも、今の俺達は人間に危害を加える気は無いんだ!だから!!」


結果…キルトが返す言葉は、説得力に欠ける稚拙な主張に過ぎなくなった。


ヨシヤス「……………」

キルト「……………」


長く続く沈黙。

キルトはそれ以上の言葉を連ねる事が出来ず、ただ真っ直ぐにヨシヤスの目を見据え…


ヨシヤス「…あー、まったく、判ったよ!判った!」

キルト「え?じゃぁ……」


その眼差しに折れたのか、ついにヨシヤスが音を上げた。


ヨシヤス「ただし…あくまでキルト達の集落のみ、人間に危害を加えないのが大前提だ。他の集落や、人間に襲い掛かって来る奴らは論外だからね?」

キルト「あぁ…勿論だ!恩に着る!!」


ヨシヤスの連れの二人…修道女姿のレナと、魔法使い風の女…ミアは、最後まで戸惑い気味な表情を浮かべていた。

しかし主導権はあくまでヨシヤスが握っているらしく、正面切っての反論は出来ないらしい。


万事が滞り無く…とまでは言えないまでも、上々と言って差し支えない程の成果を得て……

キルトはヨシヤスと和解し、二人はお互い帰路へと着く事になった。

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