「校庭にドラゴンが出現しました」 (31)
「3年1組の駒棋くん、3年4組の引森さん、3年7組の重波くんは放課後まで卵を守り抜いてください」
校内に放送が流れると同時に、重波(しげなみ)は席から立ち上がり窓際まで走った。
1秒前まで一緒に授業を受けていたクラスメート――のみならず全校生徒――は消滅していた。
校舎の4階から校庭を見ると、巨大な竜が出現していた。
「お前は……フロストドラゴン!!」
重波は、かつての想い人であった竜神まきなの描いたらくがきを思い出し、叫んだ。
・5th dragon
「フロストドラゴン(gelida draco)」
出身:西洋の竜
体長:12.2m
重さ:22ton
特徴:全身が氷で覆われた白銀の竜。冷たい地域に生息する。氷の息吹はあらゆるものを凍結させる。
まきなとの思い出:他の竜がキャンプファイアーを楽しんでいるのを遠くから見ていると、抜け出してきてホッカイドウの話を聞かせてくれた。
「準備はできてるな!!」
重波は廊下で大声を出して尋ねた。
「僕はね!だけど引森さんが学校に来てない!」
また不登校だ。
「しょうがない。二人で行くぞ!」
「毎回ながら緊張するね」
二人の男子生徒は窓を開け、校舎の4階から校庭に向かって飛び降りた。
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数日に1度のペースで投稿します。
登場人物が多いため(4人程度)、特徴に基づいた名前をつけています。
しばらくかけていなくて申し訳ありません。
仕事の都合で続きを書けるのは来月になりそうです。
男子と女子の机と机の間には、いつも微妙な隙間が空いている。
この隙間は、学校に恨みを持つ悪魔が創り出していると聞いたことがある。
うちは公立中学校で、30人のクラスが7クラスほどある。
地域には3つの公立小学校があって、それぞれの小学校の生徒がこの中学校に進学する。
僕の小学校のあるA地域は、田舎の雰囲気は強いが土地や家屋の値段が高く、裕福な家庭に育った生徒が多く、治安も良い。
B地域は、A地域の近くにあり、より裕福な層が多い。有名な企業の社長も住んでいることで有名だった。頭の良い小学生も多く、私立の中学校に進学することが多い。
そんなわけで、A地域の生徒も、B地域の生徒も、小学生なりの問題は抱えながらも、健全な小学校生活を送ることができた。
C地域は、問題だった。
治安も悪く、荒れていることで有名だった。
小学校高学年の時に友達と、C地域に探索に出かけたことがある。
これといった暴力的な現場にこそ遭遇はしなかったけれど。
ゴミの散らかった町並みや、一人で悪態をつぶやいているおじさんなんかを見ているうちに、心が疲れてしまった。
町の雰囲気が濁っていると感じた。
1時間ほど自転車を漕いで着ける地域が、何故こんなにも違ってしまっているのかと驚くくらいに、あらゆるものが汚かった。
帰り道はみんな無言だった。
中学校に進学して、C地域の人と合流したからだとは断言できないが。
1クラスに最低1人、不登校になっていた。
幼馴染の引森も、いじめられて学校に通わなくなってしまった。
出身で人を差別してはいけないというまっとうな倫理観を踏みつけて、C地域の生徒を毛嫌いしていたが。
そんな僕が一生の恋に落ちた女の子もまた、C地域出身の生徒だった。
「ゴミ箱の中に入ってるガムを食べさせられる。教科書を田んぼ横の用水路の中に捨てられる。授業中に後ろから髪の毛をハサミで切られる。C地区の小学校で実際にあった話だよ」
C地区出身の生徒がどこか自慢げに話した。
「A地区出身もB地区出身もいいやつばっかでびっくりしたよ。先生の言うことも真面目に聞いて、自習の時間に黙って自習していた時は頭おかしいんじゃないかって思ったな」
「Cだって全員が不良なわけじゃないだろ?」
「そりゃそうだ。C地区の荒れた空気が元々嫌いだった奴もいる。だから中学に入って、AやBの出身者と仲良くつるみ始めるようになる。クラスの数も多いから、小学生時代の同級生ともばらばらになっちまうしな。品の良い奴らと出会って、ほっとしたやつも多いだろうよ」
実は俺もそのうちの一人なんだ、と、細眉のクラスメートは笑った。
「それでも悪い奴らは悪いままだ。7クラスあって、最低一人は不登校になってるんだぜ?多いクラスだと3人だと」
「そうらしいね」
「それでも俺らは1年生の時はうまくやっていたと思わないか?あの事件からだよ、クラスが荒れ始めたのは。あの、神隠しの……」
その時先生が教室に入ってきて、クラスメートは話を中断した。
「席に戻るわ。授業が始まっちまうからな。真面目に聞かないと」
いかにも嘘っぽい言葉を吐いて、席に戻っていった。授業中に彼を見てみたが、机に伏せて寝ていた。
7組は平和だ。
女子の間にわだかまりはあるし、不登校の女子生徒も一人いるが、激しいいじめや学級崩壊とは無縁だ。
ありふれた普通のクラスだった。
呪われた、4組と違って。
10年程前、憤怒の果てに自殺した学生がうちの中学にいたらしい。
学年や性別などは聞く噂によってまちまちだけど、どの噂でも共通する箇所があった。
4組の学生だったということ。
激しいいじめを受けていたということ。
C地区出身の学生だったということ。
それからというもの、若手教師の退職や、生徒の不登校が著しく増えたそうだ。
地方の新聞に載るような軽犯罪を生徒が起こすこともあった。
鉄道会社による地域開発により、B地区周辺の利便性が増し、移住者数も増え、毛並みの良い学生も増えてはきたのだが。
それでも、その学生の自殺以来この学校には不穏な空気が漂っているという。
いつまでも雨が降らない灰色の雲のような、不気味な静けさが。
ところが。
奇跡とでも呼ぶべき出来事が、自分たちが中学1年生の時に起きたのだった。
同学年の1年間の不登校者、0人。
新入生が2年生に進学するまでの間、不登校になった学生が全クラスで1人も現れなかった。
校長先生や教頭先生は、長年の環境改善への取り組みの結果だと朝会で自慢げに話していたけれど。
現場の教師は、何かいつもと違うイレギュラーが生じたのだと思っているようだった。
実際に、2年生にあがったら、4月に一人の女子生徒が"行方不明"になり。
それを皮切りに、教師へのいじめ、教師によるいじめ、自殺未遂をした生徒、不登校の生徒が急激に増加し、以前よりも、暗い空気の立ち込めた学校になってしまったのだけれど。
1年生の間は、A,B,C地区の生徒が、いずれも、平和に、幸せな共存生活を共有していたのだった。
そう。
行方不明になった女の子こそイレギュラーな存在で。
慈悲深き心と、愛おしき笑顔の持ち主で。
その子が、現在机上にある理論や数式を超えた感性を以て全てを好転させていたのだと思う。
存在するだけで周囲の人々が幸せになるような。
そんな、重さを持った女の子だった。
【2年前】
「沼の底から 泡がいくつもあがってきた」
「兎と杵の休火山などもはっきり映し」
「月だけひとり。動かない」
「ぐぶう」
「と一と声。蛙がないた」
黒板の前で、草野心平の『河童と蛙』、を音読し終えた僕らの班は、拍手を受けて席に戻っていった。
班ごとに音読をするという授業内容だった。
"ぐぶう"
4人の班で3分以上の音読をする中、僕が喋ったのはその一言だけだった。
席に戻ると、俺ではなく、B地区出身の駒田君が不満を言った。
「『立った。立った』しか言ってないんだけど僕」
女子二人を見ると、クスクス笑いを堪えていた。
「思春期だもんね」
C地区出身の女子が言ったその言葉に、俺の幼馴染である引森は一層クスクス笑って、顔を赤らめてさえいた。
これだからC地区出身のノリは嫌なんだ、そう心につぶやいて、竜神まきなのクスクス笑いを授業が終わるまで聞いていた。
「駒田くん、将棋の教室の都合で最近中々学校にも来れてなかったでしょ?忙しそうだったじゃない。だから気を利かせて音読の範囲は極力短くさせてあげようってまきなが言ってたの」
学校からの帰り、ちょうど自宅付近で出くわした引森と話していた。
「極端だろ!というか俺も短くする必要ないだろ!」
「ほら、一人だけだといじめみたいでかわいそうだって」
「本番当日まで大丈夫大丈夫って言ってたから、暗唱しないで教科書見ながらやるつもりなんだと思ってたよ」
俺はため息をついた。
「そうは言っても正直楽しんでたろ」
「ちょっとだけね。だって、ぐぶうしか言わないんだもん。それに、駒田くんも……」
引森は思い出したようにまたクスクスと笑った。
「今の班、楽しいね。中学にあがるのって凄い不安だったけど。まきなみたいな親友が出来てよかった」
「もう親友か。入学したばっかだろ。これだから女子は」
「月数は関係ないの。誕生日何あげたら喜ぶかなぁ」
「近いんだっけ?」
「12月25日」
「遠っ!しかもクリスマスかよ!」
「一緒に祝ってあげようよ。でもその頃には彼氏さんができちゃうかなぁ?」
「しらねーし」
「あんな美人さんの隣の席になって幸せなスタートですねぇ」
「興味ねーし。1番窓際の後ろの席になれたのは嬉しいけどな。少年漫画の主人公ポジションだから」
「まきなはヒロイン?」
「知らねえって」
「何と戦うの?色欲?」
「テロリストだよ!」
「いたっ!」
俺はヘルメット(自転車通学者に装着が義務づけられている)をかぶったまま引森に頭突きをした。
たしかに。
学校は、退屈だけど、毎日たのしかった。
「ねえねえ」
「何?」
「これは?」
英語の授業の時間中、隣の席の女子が小声で話しかけてきて机を指差した。
「机」
「This is a desk.じゃなくて!」
「発音流暢過ぎない?」
「そんなことはどうでもいいの!」
隣の席の女子が何を聞きたいかわかっていた。
「引森さんから聞いたよ。あなた、物の重さ測れるんでしょ?」
「あいつすぐ嘘つくからなぁ」
斜め前に座っている幼馴染が舌打ちをした。
「そんなことないでしょ。あのさ、この机って」
「7kg」
俺は持たずに答えた。
「えっ?」
「椅子は4kg。俺の筆箱は220g程度。小学生の時から何度も聞かれてるよ」
「本当にわかるの?」
「1g単位だとけっこう外すけどね。この前も1円玉何枚か数え間違えたし」
「1円玉?」
「えーっと、うちにある貯金箱で……」
「複数の1円玉を紙か何かの上に乗っけて、総重量から1円玉1枚あたりの重さで割って数を求めたってこと?」
「ええと…………多分そう」
相手の理解力のはやさに少し遅れをとった。
「すごいなあ。1円玉って1枚どれくらいの重さなの?」
「ちょうど1gらしい」
「へー!」
かなり興味を惹かれたようだった。
「天才なんだね」
「俺なんかただの体重計だよ。天才は駒田だよ」
駒田は今日も、将棋の教室の都合で学校を欠席していた。
「将棋の世界で生きることになるかもしれないらしい。朝方に帰宅する時に、出勤するサラリーマンの群れに逆らって帰宅したこともあるって言ってた」
「着々と狂気の道に進みつつあるね。凄いなぁ。ねっ、引森」
「えっ、わたし?」
引森が少し驚いて振り返った。
「天才男子二人に囲まれて私達も大変だね」
「うーん、重波は天才というより努力家だからなぁ」
「そうなの?重波くん?」
「努力家じゃないって!俺はただの天才だって!」
「さっきと言ってること違う」
引森は不意打ちでこういうことを言ってくるから困る。
よく言えば天然で、悪く言えば空気が読めなくて、人によってはそれを不快に思うことがあるみたいだけど。
俺はこの幼馴染から、心を救って貰うことの方が多かった。
国語の授業の時間になって、俺は気になることを隣の席の女子に聞いた。
「なんで引森のこと苗字で呼んでるの?」
「重波くんだって苗字で呼んでるじゃん」
「男と女じゃ別だろう」
「なんかさ。苗字で呼んでるのに仲が良いってギャップがいいじゃない」
「引森は下の名前で呼んでるじゃん」
「それは、私が私の苗字をあんまり好きじゃないって言っちゃったからだよ」
そう言うとシャーペンを手に持ち、俺のノートに名前を書き始めた。
竜神(りゅうじん)まきな。
「竜の神だよ。人間なのに。自己紹介の時にいつも恥ずかしいんだって」
「確かに珍しい苗字かも」
「しかも、西洋のリュウの字だよ。確かに一時期西洋で過ごしてたけど」
「西洋のリュウ?過ごしてた?」
「ほら、二種類漢字があるでしょう」
そういうと竜神は、"竜"と"龍"と書いた。
「"竜"は西洋のリュウを指すの。人間と仲が悪くて、ヨーロッパの森の中に住んでいて、ゲーム機の中で戦ってる方。一方、"龍"は東洋のリュウを指すの。人間から讃えられていて、中国の雲のかかった山の頂に現れて、7つのボールから飛び出してくるような方。いいのかな、東洋の人間なのに」
「龍の字だったら毎回書くの大変じゃない?」
「うーん……」
竜神まきなは考え込んだあと口を開いた。
「まあ、漢字にとらわれず、仲良くやりましょう。人間さん」
魅力的な笑顔だった。
学校。
多種多様な価値観を持つ、別の環境で育った大勢の、理性が未成熟な人間が、1年中同じ密室で拘束され続ける場所。
人間関係でつらい目にあっても、耐え難きことを耐えても報酬なんかなくて。
国の秘密機関から、高額な報酬と引き換えに依頼でもされないと精神的にやっていけないような生活を、孤独に無給で送っているような学生もたくさんいて。
脱獄した大人たちが「やっぱりあそこはおかしかった」ということもあるくらいだけれど。
世界中の先人達が一生懸命システムを考えて。
思春期に、同年代の同性と、異性と、共に学ぶ場所をつくってくれて。
大人になってから見ても大嫌いなその4階建ての建物を見て芽生える感情の中には、切なさも多分に含まれていて。
失われたもの、手に入れたかったものと同時に。
自分が手に持っていた大切なもの、自分がほしいと思っていた輝きがあったことにも気付かされる。
だから。
ここだけは、守り抜かなければならない。
次回「1匹目の竜」
自分が好きな人が好き物ならば、自分がそれを大嫌いであっても守るよ。
読んでくださっている方々へ。
簡単な流れだけつくってからスレを立て、いざ書いてみたのですが、自分でも思うような物語にならずに苦悩していました。
上手く行ってる時に感じるような、自分で自分の物語の続きが気になるから書く、というような状態になることができずにいました。
最後まで書くのが誠意だと思っていましたが、30日経って27レスまでしか進んでいない現状を鑑み、スレを落とすことにします。
次回投稿する際には、既に何十レス分か書き終えた状態で投稿したいと思います。
期待してくださった方々、申し訳ございませんでした。
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