エミリー スチュアート「恋ぞつもりて 淵となりぬる」 (44)

エミリー「仕掛け人さま,今お時間大丈夫ですか?」

俺のことを『仕掛け人さま』と呼ぶ変わったこの子の名前はエミリースチュアート,大和撫子を目指し日々アイドル活動に励んでいる。

P「ああ,大丈夫だよ」

エミリー「よかったらこれ,やりません?」

P「これは……百人一首か?そういえば,この前歳の市で買ってたな」

エミリー「はい,そうなんです!実は,最近練習してましてようやく上の句と下の句を覚えてきたところなんです。そこで私の腕をお見せしたくて……」

P「そうだな,エミリーがあのときやってたダルマの真似をもう一回見せてくれたらいいぞ」

エミリー「ぷくっー!……これでどうですか?」

かわいい。


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エミリー「はい,次は仕掛け人さまの番です」

P「え,俺もやんの?」

エミリー「もちろんです。女の子にさせておいて,自分はやらないのはいけませんよ。どうぞ♪」

ぷくーっ!

誰が得するんだこれ……。

そんなこんなでエミリーと百人一首をすることになった。

本来は畳の上でするべきなのだが,事務所には和室がないので,札は来客用の机の上に置き,ソファーに向かい合って座ることにした。

百人一首は文字通り百首あるのだが,そのうち半分の50首しか使わない。

その半分の25枚は自分に近いスペース(自陣)に置き,もう25枚は相手の近く(敵陣)に置かれる。

もちろん自陣に置いた札の方が自分に近いので,取られたら不利になっていく。

ちなみに使われない50首は空札となり,空札が読まれたときに,場にある札にさわってしまうとお手つきとなる。

自陣に置く札は自分の好きにおいてよい,だからこそ敵陣の札をみれば相手のスタイルも分かる。

エミリーの置き方には特に規則は見られないように見える。

もちろんその方が相手に覚えられにくいのでそれも戦術の一つではあるが。

読み手はスマホから適当に音源を引っ張ってくる。
(カセットテープを持ち歩いていた時代がなつかしい)

改めてエミリーと向き直り,お願いしますと一礼をする

一応,気持ちだけスマホにも一礼しておく。

さて序歌が終わり,より一層神経を研ぎ澄ませる。

次の歌が聞こえた途端,俺の右手は札に向かって動き出していた。

エミリー「仕掛け人さま,本当にお強いんですね。参りました……」

結果は1枚もとらせることになく勝利

少し大人げないかもしれないが勝負の世界の厳しさを伝えておくのも大事だろう。

本音をいうと百人一首をする際,必然的に前かがみになるのでエミリーに胸元が気になって仕方なく,早く終わらせたかったというのもある。

エミリー「どうすればそんなにお上手になれるんですか?」

P「まず,1字決まりを覚えてみたらいいじゃないか」

エミリー「1字決まり……ですか?」

P「む・す・め・ふ・さ・ほ・せ,だな。これらから始まる歌は1首しかない。だからこの音が聞こえたら札を取りに行っていいんだ」

エミリー「なるほどなるほど」

エミリーがふんふん,とうなずく。

P「あとは自分の得意札を作ることかな。自分の得意札があれば願掛けにもなるし,自分のモチベーションアップにもつながる。どんなに格上相手でもそれさえとれば一矢報いた感じになるしな。まずは1枚ずつからとっていければ実力も伸びるはずさ」

エミリー「得意札ですか……?」

P「どれにしてもいいと思う。なんとなく音が心地いい歌だとか。意味が気に入る歌でもいいな」

エミリー「そうですね……」

エミリーは読み札を繰っていく。

エミリー「これにします!えっと,ちはやふる~って歌です。事務所の先輩に千早さんがいますので,まさにぴったりという気がいたします!」

ちはやふる 神代に聞かず 龍田川 からくれないに 水くくるとは

ちはの札か。あの漫画を思い出す。

エミリー「ちなみにどんな意味の歌なのでしょう」

P「神代の昔にも,こんな神秘的なことがあったとは聞いたことありません。龍田川の水面に紅葉が舞い散って,水を真っ赤にしぼり染めにするとは」

エミリー「なるほど!紅葉が川に浮かんでいる様子を表したのですね。鮮やかな絵が想像できます。龍田川にいきたくなりますね。」

P「それだけじゃないけどな」

エミリー「それだけじゃない……とおっしゃいますと?」

エミリーはしっかりしているけどまだ13歳,これを説明するにはちと早いか。

P「なんでもないよ。他に気になる歌はあるか?」

エミリー「はい,まだまだあります!他にはですね……」

今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな

エミリー「この歌の意味はなんとなく分かります」

エミリー「もうすぐ行くよと言ってくれた男の人をずうっと待っているうちに9月の月がでてしまったという女性が待ち続ける歌ですよね?」

P「そんな感じ」

エミリー「これを歌った女性は男の人に会いに行くことができなかったんでしょうか?」

P「結論からいうとそうなる」

エミリー「なぜでしょうか?」

P「昔の貴族の女の人は結婚するまで顔をみせることはできなかったんだ」

エミリー「Really!?本当ですか?でも……結婚することさえも難しいのでは?」

P「だからこそ親や使用人がわざときれいな女性がいると噂を流し,男の人に短歌という名のラブレターを送らせたんだな」

P「女性がその短歌を気に入ると返歌が帰ってきて,男性は結婚する権利を得る」

結婚といっても通い婚だが。

エミリー「なんだが素敵ですね」

P「だが,当時は一夫多妻制みたいなもので,男性に新しく好きな人ができたら,もう会いに来てくれないんだ」

エミリー「それは……寂しいですね。この歌を歌った女性の元に,再び男性は現れたのでしょうか?」

P「……分からない」

エミリー「来るか分からない男性をひたすらに待ち続ける女性……とても慎ましいですがこの人を大和撫子と例えるにはあまりにも辛すぎます」

P「かもな」

P「じゃあそろそろ俺は仕事に戻るな」

エミリー「はい!今日はありがとうございました。私も百人一首についていろいろ調べてみます。また分からないことがあれば,聞いても大丈夫ですか?」

P「もちろんだ」

このことをきっかけにエミリーと話すことが増えていった

「仕掛け人さま,この歌ってどういう意味なのでしょうか」

「見てください!このパンフレットに乗っている写真!あの歌が詠まれた土地ですよ」

「千年も前の人と気持ちを共有できるなんて素晴らしいです!」

「う~ん,行ってみたいなぁ!……あっ!はしゃぎすぎですか?」

「いっいえ,真の大和撫子への道はまだまだ遠いです」

「仕掛け人さま,今度の日本舞踊のお稽古見に来ませんか?」

「もちろんです,ぜひいらっしゃってください」

「いかがでしたか?」

「大丈夫です。踊りは理解するものではありませんから,仕掛け人さまがどう感じたか,です」

「――っ!仕掛け人さまはズルいです」

「仕掛け人さま,珍しい和菓子が手に入ったんですよ。よかったら一緒に食べませんか」

「日本茶にとってもよく合いますね。はぁ~おいしいでしゅ~♪」

ある日のこと

P「エミリー,今日はファンの人と握手会だ。けっこう長丁場になるが大丈夫か」

エミリー「はい!ごヒイキ様と直接触れ合える機会はなかなかないですからね。大切にしていきたいです」

P「握手の際,ファンが声を掛けてくると思うが,それにはリラックスして,エミリーなりに返事していけばいいと思う」

エミリー「わかりました」

P「ないと思うが,万が一のことがあったら俺がなんとかする。タイムキーパーも兼ねてそこにいるから」

そんな心配もどこ吹く風,エミリーの握手会は順調に進んでいった。

ファンA「エミリーちゃん,大好き!応援しています!」

エミリー「はい,ありがとうございます」

ファンB「エミリーさん,英語しゃべってみて」

エミリー「ごめんなさい,大和撫子を目指してる身である以上,できないんです」

ファンC「エミリーちゃん,結婚しよう!」

エミリー「あはは……。私まだ13歳ですよ?」

よく考えると,異国の地でアイドルをするほど肝が据わっているんだ。これくらいなら余裕だろうな。

エミリーと過ごすたびに彼女の可能性に気付かされる。

きっと大物になるんだろうな。

さて,今日は久しぶりの俺のオフだ。

いつも通りの時間に目覚めてしまったことに苦笑いしつつ,

オフを満喫するために再びベッドに入り,いい感じに眠りに落ちそうな瞬間

携帯のバイブ音が鳴りだした。

それはエミリーからの着信だった。

P「どうした,エミリーも今日オフだろ?」

エミリー「ごめんさい。休日にお電話してしまって」

P「いや,しょっちゅう765からくるから別になんも思わん。なんかあった?」

エミリー「なんだか私分からなくなってしまって。ちょっとお声が聴きたくなりました」

P「うん?」

何が言いたい?

エミリー「いえ,もう大丈夫です。ありがとうございました。」

P「いや大丈夫じゃないだろ?はっきり言えって」

エミリー「……千早さんにもよろしくお伝えください」

ガチャ

強制的に通話は切られた。

訝しんで,電話をかけなおすものの電話はつながらない。

どうするべきだろうか。

そういえば,さきほどの通話で気になる点があった

千早にもよろしくと言われたが,エミリーと千早ってそこまで仲良かったけ?

もちろんグループでからませたこともあるし,一緒に釣り番組にだしたことがあるが

一応連絡をとってみるか

携帯を鳴らす

P「あーごめん千早か,エミリーからなんか聞いてる?何も?そっかありがとう」

なんもないらしい

なんかしっくりこないと思いつつ,ふと机の上の百人一首の札が目に入る。

エミリーに教えるために最近,引っ張りだしたアレだ。

もしやエミリーは……

勘違いだったらそれでいい,ただの小粋な一人旅行だ。

そう思いながら,俺は奈良県にいくことに決めた。

とりあえず,新幹線で京都にいくのが早いかな?

龍田川

桜が舞う川べりで金髪の少女が物憂げに川眺めていた。

最初は会ったときには,大和撫子には程遠い髪色,顔立ちだと思っていたが

彼女のことを知れば知るほど,なるほど大和撫子とは彼女のための言葉だったのではないかと思うようになった。

まさに絵となるような光景に水を差すのもあれだが,彼女に声をかけた。

P「やあエミリー,きれいな桜だな」

エミリー「仕掛け人さま,本当に来てくださったんですね」

今にも泣き出しそうな笑顔だった。

P「とりあえず座るか」

俺はそのまま土手に座ったが,エミリーはポケットからハンカチを取り出し,その上に座った。いやはや一貫している。

P「千早さんにもお伝えください,なんていうのがヒントだろ?本当は『ちはやぶる』に出てくる龍田川を一緒にみたいと言いたかったんだよな」

エミリー「……」

P「だけど急に仕事のオフに県外を呼び出すなんてことはできなかった。だからこそ気付いてくれたらいいなと慎ましい気持ちを込めて電話をくれたんだ」

エミリー「なにもかもお見通しなんですね」

P「たまたまだ」

エミリーは俺が来ることを信じていたのだろう。

俺が来て本当に驚いたのなら,英語が飛び出すだろうしな。

P「もう1歩踏み込んでもいいか?」

エミリー「……」

エミリーは答えない。

だけど,踏み込ませてもらう。そうしないとここまで来た意味がない。

P「好きな人がいるんだろ?」

エミリーの顔は確認せずに,流れる川を見ながら続ける。

P「ちはやぶるの歌の意味上は川に落ちたもみじがきれいでしたという歌になるが,読まれた背景はそれだけじゃない」

P「かの在原業平は高子と恋人同士であったが,身分の違いにより引き裂かれてしまった」

P「そんな彼が高子のやしきに参上した折に,高子は屏風ごしに言うんだ。この屏風に歌をつけなさい」

P「この歌はその時に歌われたとされている」

P「龍田川を真っ赤に染め上げるほどに今もあなたのことを慕っておりますよ,と」

P「その思いを確かめるためエミリーはここまできたんだな」

そういえば,今は春で紅葉は確認できないけど,ここは桜の名所でもあったんだな。

エミリーには桜が似合う。

視界のはしでコクンとうなずく姿がみえた。

エミリー「私は川を染め上げるほどにお慕い申し上げている殿方がいらっしゃいます。だけれども,だからこそ私は大和撫子を続けていいのか分からなくなりました」

P「この前の握手会か」

エミリー「はい。お慕いしている方がいらっしゃる状態でごヒイキ様に会うことは,それはもう……してはいけないことです」

P「あれは,本気だとは思えないけどな。しかも女性だったし。誰だってあこがれの人に会えたときは大げさに話すだろう?」

エミリー「……本気でないという確証もございません」

エミリーはあまりにも,真面目すぎる。

なんていったって,大和撫子を目指すあまり,かたくなにカタカナを使おうとしないのだから。

だからこそ俺もより声を真剣なトーンにかえていく。

P「千年前の人も恋愛で悩み,千年たった今でも恋愛で悩み続ける。多分,あと千年たっても悩む人はいるんだろうな」

P「俺は恋愛感情を持ったままアイドルを続けても悪くないと思っている」

P「もしエミリーの好きな人が振り向いてくれなかったらどうする?」

エミリー「それは……」

P「こんなこと聞くのは酷だったよな。ごめん」

P「俺は好きな人に相手がいたとしても,好きであり続けてもかまわないし,さっさとあきらめて他の相手を探すってのもかまわないと思っている」

P「要はエミリーの自由だ」

エミリー「もし一生成就しない恋をしても?」

P「それはそれで幸せかもしれないしな」

エミリー「……どっちがですか?」

P「どっちも」

P「さてエミリーはもし,好きな人が振り向いてくれなかったら,その人を恨むか?」

エミリー「いえ……」

P「なら大丈夫だ。ファンの人も同じはず。エミリーを好きでい続けてもいいし,さっさと他の人を探してもいいだろ」

P「世の中には,逆恨みするような奴もいるがそれはルール違反だ。好きな人を傷つけるようなことはしてはいけないはず。一番本人が分かっているんだろうけど」

P「万が一,エミリーに危害を与えるファンがいたら,俺を頼ってくれ。絶対なんとかしてやる。……頼りないかもしれないけどな」

エミリー「あなたがそう言ってくださるのは,あなたが仕掛け人さまだからですか?それとも……」

それともの後の言葉は出てこない。だけれども……その沈黙で察せたと思う。

エミリーのお慕いしているのは俺だったんだな……。

俺はプロデューサー,もとい仕掛け人を続けたいと思っているし,エミリーもアイドルを続けるべきだと思っている。

だからこそ言うべき言葉は

仕「俺が仕掛け人だからだ」

エミリー「……そうですよね。あなたは仕掛け人さま,なんですよね」

エミリーがまた一つ,悲しそうな顔をした。

仕「さて,そろそろ帰るか?」

エミリー「最後に一つ歌を詠ませてください」

仕「……」

うなずきで先を促す。






筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる



エミリー「い,いかがですか?」

仕「さてそれはどういう意味だったっけか」

エミリー「What!?本当は分かってますよね!?ズルいです。こんなことを私にいわせてておいて。返歌をください!返歌!」

仕「そんな気が利いたことできん」

エミリー「うう……」

仕「ならこれを代わりにやるよ」

エミリー「これは……さっき詠んだ歌の読み札?」

仕「そうだ。それで取り札は俺がずっと持っておく。なんかあったらその歌を詠め。俺がすぐ駆けつけてやる」

エミリーは大きな目をしばたたかせ,やがて笑い声をもらした

エミリー「ふふっ……なんですかそれ。新しすぎます」

帰りは同じ新幹線で帰ることにした。

エミリーは疲れたのか。横でぐっすり眠っている。

俺はさっきの取り札を見つめて,エミリーが詠んだ歌について思い出していた。

筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる

筑波山の頂上から流れる男女川が,だんだん大きな流れになり,ついには深い淵になる。

それと同じように自分の恋心も最初はほのかだったけど,時とともにゆっくりと大きく深くなってしまった,という意味になる。






ちなみに陽成院が思い人に送った歌とされているが,のちにこの恋は実り,2人は婚約することになる。

おわり





今年のコナン映画見てたら思いついた
エミリーと京都奈良にいけたら楽しいでしょうね
星梨花「わるいこせりか」もよろしく

機会があればまたお会いしましょう

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