平原――
賢者「(私は賢者、魔道のエキスパート)」ハッ ハッ
賢者「(勇者様の旅立ちを知り、仲間になるべく旅に出ました」ハァッ ハヘッ
賢者「(ですが、そこには大きな問題があったのです)」グヘッ
賢者「(私の家から勇者様の旅立ちの地は遠く、私は体力がない……)」ウエエ
賢者「ああーん、もう歩けませんよっ!」ペタン
賢者「どーして勇者様の仲間になるために旅をしなきゃならないんですかー!」
賢者「私の噂を聞き付け、勇者様の方からやってくると思ったのにィー」ジタバタ
剣士「」ダダダ
賢者「やや!? 男の人が殺人蜂の大群を引き連れて走っていますね」
殺人蜂の大群「「ピーーッ!」」ブブーン
賢者「あやー、こっちに向かってきていますねえ」
剣士「何している。逃げろ!」ダダダ
賢者「え!?」ビクッ
剣士「巻き込まれるぞ!」
賢者「うふふっ、大丈夫ですよ。実は足が棒で逃げられそうにないんですぅ」グスン
剣士「う、嘘だろう!? くそッ!」ヒョイ
賢者「ちょっ、お姫様だっこですか!?///」テレッ
ダダダダ ブブーン
数分後――
剣士「ゼッ、ゼッ、グハッ…… なんとか逃げ切れたか」ガクッ
賢者「やー、体力ありますねー。助かりましたよ」
剣士「いや、すまない。君を巻き込んでしまっ――!?」
殺人蜂「ピィーッ!」ブーンッ!
剣士「殺人蜂!?」ビクッ サッ
賢者「何を驚いているんです。たかが一匹じゃありませんか?」
剣士「麻痺の恐怖を知らないのか?」
剣士「奴の針は強力な毒針、刺されれば全身が痺れて動けなくなる。一匹だろうと脅威だ」
賢者「この程度の毒なら解毒草で治りますよ。脅威と言うほどでは……」
剣士「仲間がいればだろう。一人ボッチメンにはそんな対処は出来ないんだよ!」
賢者「それなら魔法ですよ。広範囲の炎魔法だったら一瞬です!」
剣士「魔法?」
賢者「はい。こんな感じで、ファイアー!!」ボウ
殺人蜂「ピーー……」ボトッ
剣士「魔道師なのか?」
賢者「はい、それも優秀な!」エッヘン
剣士「ありがとう。お陰で助かった」
賢者「どう致しまして」ニコッ
賢者「あ、色々あって自己紹介が遅れましたね。私は魔道のエキスパート、賢者です」ペコ
剣士「えと俺は、ただの旅人だ」
賢者「旅人ですか?」
剣士「ああ」
賢者「え、えっと、ただの旅人さんはどうして殺人蜂に追われていたんですか?」
剣士「大した理由はないよ。彼等の縄張りに踏み込んでしまっただけだ」
賢者「気をつけなければなりませんよ。魔王が復活した影響で魔物達は凶暴化しているんですから!」
剣士「これからは気をつけるよ」
剣士「賢者は何故あの場に?」
賢者「私、勇者様の仲間なるべく旅をしているんです」
剣士「勇者の?」
賢者「はい。でも、その旅の途中で疲れて倒れてしまい……お、お恥ずかしい///」テヘヘ
剣士「知らないのか? いや、それもそうか。勇者の死を知っている者は少ない……」
賢者「今、なんていいました!?」
剣士「勇者は死んだ」
賢者「嘘ですよね? だって勇者様には女神の加護があって死なないはずで……」
剣士「確かに勇者は加護に守られており蘇る。しかし、それを打ち破る方法があった」
賢者「そ、その方法とは……?」
剣士「魔王が魔剣で勇者を倒すこと。おそらく勇者の聖剣と同じようなものだろうな」
賢者「そ、そんな……」ガクッ
剣士「魔王は旅立って間もない勇者を襲い確実に殺したんだ」
賢者「間もないって。こんな場所まで魔王が迫っていたのなら騒ぎになっているはず……」
剣士「今回の魔王は人魔、もっとも人に近い魔族だ」
賢者「暗殺されたってことですか?」
剣士「おそらくな」
賢者「な、納得できませんよ。そんなのあり得るんですか?」
剣士「残念ながらそれがあり得た。認めたくはないが、事実だ」
賢者「それで魔王は今どちらにいるんですか? まさか、そのまま王宮を……」
剣士「いや、勇者を倒し終えた魔王は自城に戻ったそうだ」
賢者「どうしてですか? 大国を支配してしまえば人間に大きな打撃を与えられたのに」
剣士「勇者との戦いで深手を負ったのか、それとも何か思惑があってのことか――」
剣士「まあ、その意味を考えたところで俺達にはどうすることもできないが……」
賢者「そんなことは……」
剣士「とにかく勇者は死んだ。これ以上旅を続けても意味はないよ」
賢者「そう言われましても……」
剣士「無理に信じることもないか。国王は勇者の死を隠すつもりのようだしな」
賢者「隠す……? どうしてそんなことを?」
剣士「勇者の死が世に知れれば大混乱が起こると判断したためだ」
賢者「確かに、勇者様は人々の希望。死んでしまわれたら私達に未来はない……」
剣士「ああ。だから国王は魔王に対抗できる策が見つかるまで公表しないと決めた」
賢者「見つかるんですか?」
剣士「さあ? 俺にはわからない」
賢者「そ、そうですよね……」
剣士「どうする? このまま勇者を探す旅を続けるか?」
賢者「い、いえ……」
剣士「よかった。死んだ勇者を探し続ける旅など考えただけでも辛い」
賢者「……!」グッ
剣士「?」
賢者「私、決めました。勇者様の遺志を継ぎ、私が魔王を倒します」
剣士「無理だな。勇者にしか倒せない相手をどうやって倒すつもりだ?」
賢者「それは、そうですけど……」
剣士「何処かに仕官してはどうだ。そこで人々を守ると言うのは駄目なのか?」
賢者「ですが、諸悪の根源たる魔王を倒さなければ……」
剣士「無駄な抵抗か?」
賢者「……はい」
剣士「例え滅ぶ定めだとしても、一秒でも長く生きられるのなら意味はある」
剣士「生きてさえいれば、いつの日か魔王を倒せる手段だって見つかるかもしれない」
賢者「生きてさえいれば……?」
剣士「ああ。国王がそう言っていた。自棄を起こしても道は開かないと」
賢者「いい言葉ですね。目が覚めましたよ」
剣士「……そうか、それはよかった」
賢者「わかりました。私、貴方の言う通りにしてみようと思います」
剣士「だったら、この先の城を訪ねるといい。兵募集の御触れが出ていたはずだ」
賢者「色々とありがとです」ニコ
賢者「――で、貴方はどうして旅を? 剣を腰に携えていますし、遊歴ですか?」
剣士「話さなければ駄目か?」
賢者「い、言えないようなことなんですかっ!?」
剣士「あーいや、人に会いに行くだけだよ」
賢者「えっ、普通じゃないですか?」
剣士「まあ、そうなんだが。少し照れくさくて……」
賢者「ってことは、恋人さんに会いに?」キャッ
剣士「違う」
賢者「羨ましいです。実は勇者様とのラブロマンスを夢見ていたんですけども……」
剣士「勇者と恋愛? えと、君は女の子だよな?」
賢者「失礼ですね。男の子に見えますか?」ズーン
剣士「あー、今回の勇者は女性だったから。それにメンバーも全員……」
賢者「え゙っ!?」
剣士「愛の形が色々あるとは知っている。べつにそのことでとやかく言うつもりは……」
賢者「か、勘違いしないで下さい。男性の方だと思っていて……///」アゥ
剣士「す、すまない」ペコッ
賢者「い、いえ……///」カーッ
剣士「じゃここで。俺は城に用はないから。君も道中気をつけて」クルッ
賢者「ま、待って下さーいっ!?」アセッ
剣士「まだなにか?」
賢者「じ、実は……」ヨロリッ
剣士「まさか、おぶって城まで送ることになるとは……」テクテク
賢者「やー、すみません。今日はもう歩けないみたいで……」ユラユラ
剣士「大丈夫なのか?」
賢者「ただの疲労ですから。それより本当に良かったんですか?」
剣士「一日を急ぐ旅でもない。それに置き去りにはできないだろう?」
賢者「優しいんですね」
剣士「普通だろう」
賢者「ふふっ、照れているんですか?」エイッ
剣士「違うよ」
賢者「あ、そうだ。あの、一つ聞いてもいいですか? さっきのことで……」
剣士「?」
賢者「貴方はどうして知っていたんですか、勇者様のこと?」
剣士「そういえば話してなかったな」
賢者「話しづらいのなら話さなくって大丈夫です。すみません」
剣士「構わないよ。気になるのもわかる」
剣士「俺は勇者に近しい人間だったから幸運にも知ることが出来たんだ」
賢者「近しい?」
剣士「勇者は俺の特別な人、許嫁だったから……」
賢者「私、何も知らずに……?!」アセッ
剣士「気にしなくていいよ。それより綺麗だな、夕暮れ。ほら」ピタッ
賢者「あっ、はい。本当に綺麗――って、ややッ!?」ジー
ドドドド ドシンドシン
剣士「少し地面が揺れている。この振動は……?」
賢者「こっち、見て下さい」グイッ
剣士「なっ、あれは魔王軍か!?」グキッ
賢者「やっぱり、ですか?」
剣士「武装したオークなどそれ以外に考えられない」
賢者「魔王の魔の手がここまで迫っていたなんて……」
剣士「どうやらこの近くの村を襲うつもりらしいな」
賢者「助けに行かないと!」
剣士「(数が多い。それに魔王の魔力で強化された魔族。勝てるとは思えないが……)」
賢者「どうかしました? 行きましょう!」ペシペシ
剣士「見捨てることもできないか」
賢者「はい。村を救いに行きましょう!」
村入口――
剣士「ぐっ、全力疾走で、しかも人を担いで……これは苦しい」ゼェハァゼェハァ
賢者「す、すみません。まだ足が痺れてて……」
剣士「だが、奴等よりも僅かだが先に辿りつけた。一刻も早くこの危機を知らせに行こう」
賢者「その前に私を下ろしてください。ここで敵の侵攻を止めます」
剣士「何を言っている。動けないだろ!?」
賢者「はい。ですから村に入ってもお役に立てません」
賢者「でもまだ魔法は使えます。足止めくらいはできるはずなんです」
剣士「危険だが…… わかった。村長に伝えたらすぐ戻る」ダッ
賢者「村の方々を頼みましたよ!」
下級オーク群「「「オオオオオオン!!」」」ドドドドド
賢者「つつつ、ついにきましたーっ!?」ブルブル
グループA「「オオオンン」」ドドド
賢者「ぎゃう! 逃げたいけど逃げられない。こうなれば広範囲の爆発魔法でえ!」ドーン
グールプA「「グギャー……!!」」バタバタッ
賢者「案外なんかなるものですねぇ」フゥー
下級オーク「ギャワ(遅いわ!!」スッ
賢者「しまった、背後に回られて…… や、やられるぅっ!!」
ザン!
下級オーク「ギャーース(やられた」バタッ
剣士「無事か?」スタッ
賢者「た、助かりましたぁー……」ホッ
剣士「すまない。遅くなった」
賢者「避難は終わったんですか?」
剣士「いや、まだだ。だが村長には伝えた。その時間を稼ぐぞ」
賢者「は、はい!」
剣士「敵を俺が引き付ける。賢者は後方から援護を」
賢者「わかりました。では危険になったら治癒魔法を使いますね」
剣士「治癒?」
賢者「私は優秀ですからね。攻撃魔法や治癒魔法、さらには補助魔法まで使えますよ」ニヤッ
剣士「その魔法で足は治らないのか?」
賢者「疲労は無理なんですよ、これが!」テヘペロッ
剣士「……」イラッ
数十分後――
「「ポギャーー……!」」バタバタッ
剣士「くっ、流石にキツイか……」ゼッゼッ
賢者「でもオオクのオークをやりましたよ。うぷぷっ!」クスクス
剣士「……」ムッ
ドシンッ ドシンッ
ミノタウロス「なんということだ。冒険者二人に苦戦してるとは情けない!」ドシンッ
賢者「まー、物凄い牛男の魔物ですよ。立派なツノです。あと鼻息が荒そうです!」
剣士「右手に持っているのは鉈なのか。なんて大きさだ、両手剣――いや、それ以上」
ミノタウロス「俺の名はミノタウロス。魔王様よりここを任された魔族の将!」
剣士「この部隊の長というわけか?」
ミノタウロス「そうだ。カッコイイだろう、素敵なモノだろう!!」
剣士「退こう」グイッ
賢者「ど、どうして!?」
剣士「時間ならもう十分稼いだ。潮時だろうな」
賢者「逃げちゃだめですって。もう少しじゃないですか?」
剣士「勝てる見込みがあるのか?」
賢者「ここで逃げたら村や畑は滅茶苦茶にされてしまいます。今倒せば……」
剣士「だから勝てる見込みはあるのか?」
賢者「それは、気合いと根性で……」
剣士「どうにかなるとは思えない」
賢者「まだわかりません。負けると決まったわけじゃ……」
剣士「無理だな。互いに限界は近いはず。返り討ちにあうのが関の山だ」
賢者「それは貴方の見解でしょ? まだです、まだ私は戦えます!」
剣士「動けない魔道師に何が出来る?」
賢者「できます、やってみせます!!」
剣士「死にたいのか!?」
賢者「うっ……」
ミノタウロス「ん、どうした? 竦んで動けないのか?」
剣士「チッ、これ以上は……」タジッ
ミノタウロス「来ないのか? そうか。ならば、コッチから行くぞー!」ズンッ
剣士「こうなったら引きずってでも」ガッ ヒョイッ
賢者「あぅ、痛い。や、やめて下さい!」バタバタ
ミノタウロス「ほーう、逃げるか。やはり人間とは弱い生き物よのォー」ガハハッ
オーク「見逃して良かったのですか?」
ミノタウロス「構わん。優先すべきは村の制圧、逃げる者は二の次だ」
ミノタウロス「それにいずれこの俺が狩ることになる。早いかの遅いかの違いよ」
オーク「はあ」
ミノタウロス「では奴等が見捨てた村を滅ぼすとするか」ドシンドシンッ
オーク「実は、それが……」
ミノタウロス「も、もぬけの殻だと!?」
ミノタウロス「そうか。奴等の目的は村人を逃がすための時間稼ぎだったのかーっ!?」
オーク「まったく気づいていなかったとは、この牛ダメだな……」
ミノタウロス「ぐぉーっ、このような屈辱は始めてだ。ゆ、ゆるるぞォーッ!!」
平原――
村長「おお、ご無事でしたか!」
村長「貴方達のお陰で無事にここまで避難できました。後は私達だけで……」
剣士「まだ安心はできません。野党や魔物が襲ってくる可能性があります」
剣士「ですから、どうか私達に城まで護衛させて下さい」
村長「そこまでして頂けるとは。こ、こちらこそお願いいたしますぞ」ペコペコ
賢者「」ジーッ
剣士「もう歩けるか? 歩けるようなら後方の安全を確認して欲しい。俺が先導するから」
賢者「……」コクン
剣士「まだ根に持っているのか?」
賢者「……」プイッ
剣士「他に何が出来た? あのまま戦えば俺達は、それに村の人達だって……」
賢者「」テテテッ
剣士「ぐっ……」ギリッ
城内――
領主「旅の者よ、村人達を助けてくれたこと感謝する」
領主「――ところで、村を襲ったものは魔王軍だと言うのはまことなのか?」
剣士「はい。先ほど騎士長殿にも報告いたしましたが間違いなく魔王軍です」
領主「そうか。ではあの村を足がかりに、次はここを攻める気なのかもしれんな」
剣士「それは十分に考えられるかと」
領主「旅の者よ、無理を承知で頼みたい。我が城の兵力は乏しく、侵攻を防ぐこと困難であろう」
領主「どうかワシに、村人達を救ったその力を貸してはくれないだろうか」ペコッ
賢者「もちろんです、私はそのつもりでここにきました!」
領主「おお、ありがたい。で、そちらの旅の方は……」
剣士「申し訳ございませんが、自分は力にはなれません。先を急ぐ旅なのです」
領主「そうであったか、こちらこそ無理を言ってすまない」
剣士「……」
領主「しかし、急ぐと言っても今すぐ旅立つというわけではあるまい?」
領主「もしそうであるなら今日のところはここに泊まっていかれよ。ささやかではあるが、村人達を救ってくれた礼がしたい」
剣士「ご厚意、感謝いたします」ペコッ
城内 客室――
剣士「くそっ」ゴロンッ
剣士「駄目だ、寝付けない。体は疲れているはずなのに……」ムクッ
剣士「日もまだ高い、外の様子でも見て来るか」ガチャッ
賢者「あっ!」ビクッ
剣士「どうした、人の部屋の前で?」
賢者「えっと、昨日こと謝りたくて……」モジモジ
剣士「謝る?」
賢者「私、貴方の言っていることが理解できなくて。あのまま戦っていたら、きっと……」
剣士「そのことか……」
賢者「なのに生意気なことまで言って。本当にすみませんでした」ペコッ
賢者「お礼も言わせて下さい。貴方のお陰で私は……」
剣士「感謝されても困る。俺は奴を倒したわけじゃない」
賢者「え?」
剣士「君の言う通り、あのまま戦えば勝てたかもしれない」
賢者「い、意地悪言わないで下さいよ」アセッ
剣士「事実だろう?」
賢者「だとしても、他者の命をなによりも優先した貴方の行動は正しかった」
賢者「今は本当にそう思います。私がどうかしていたんです」
賢者「だから、そんなこと言わないで下さい」
剣士「あ、いや、俺の方こそどうかしていたな。すまない……」
賢者「じゃ受け取ってもらえますね、私の気持ち」ニコッ
剣士「律儀にどうも。それじゃ……」キィィ
賢者「あ、待って下さい。聞きましたか、誘拐事件のこと?」ガッ
剣士「誘拐事件?」
賢者「実は……」
剣士「長くなりそうだな。部屋に入らないか?」
賢者「えっ!? でも男の人の部屋に入るのは、その……」ドキッ
剣士「では、どこか落ちつける場所にでも……」
賢者「誰かに聞かれると困る話なので、城内は……」
剣士「なら町まで出ようか」
賢者「えー、そこまで行くんですかーっ!?」
剣士「はあ、ここで良いな」グイッ
賢者「あっ、ちょっま!」キャッ バタン
剣士「適当に掛けてくれ。それで誘拐とはどういうことだ?」ストン
賢者「あわわっ! お、男の人の部屋に入ってしまいました」ドキドキ
剣士「何もしない。話を聞くだけだ。それで?」
賢者「えっと、私の上官なる人から聞いたんですけど――」
賢者「領主様の娘さんが先日、とある盗賊団にさらわれたそうです」スワリ
剣士「人間の?」
賢者「はい。魔族や魔物の盗賊団じゃありません」
剣士「解決したのか?」
賢者「いえ、お城から救出部隊が出動したようですが、皆返り討ちにあい……」
剣士「返り討ち?――と言うことは盗賊団の居場所はわかっている?」
賢者「あ、はい。アジトは突き止めたそうです」
剣士「へー……」
賢者「すみません。要領よく話せなくって……」
剣士「こちらこそ質問ばかりですまない。それで彼等の目的は?」
賢者「要求は食糧などの物資とお金だそうです」
剣士「身代金目的か。しかし、わざわざ領主相手に要求するものなのか?」
賢者「どういうことですか?」
剣士「食糧は村から略奪した方が早い。金も同じだ。旅商人を狙った方がいい」
賢者「でも村は魔王軍に襲われて……」
剣士「昨日までここは平和だった。その誘拐は昨日今日の話じゃないんだろう?」
賢者「じゃ、別の狙いがあると?」
剣士「さあ、そこまでは。ただ、領主の娘をさらう労力に見合わない要求だと思って」
賢者「相手の狙いが別にあったとしても、こちらとしては困ります」
剣士「そうだが…… それで要求は飲むことになっているのか?」
賢者「昨日までは要求を飲むつもりだったみたいです。でも魔王軍の侵攻を知り、やむなく――」
剣士「娘を諦めた?」
賢者「はい。魔王軍との戦いになれば、僅かな武器や食料でも命取りになるという結論に至ったそうで」
剣士「領主としては正しい判断なのかもな」
賢者「皆さん嘆かれていました。自分達は無力だって、少女一人すら救えないって」
賢者「私、何て声をかけていいのかわかりませんでした。勇者様も、もうこの世には……」
剣士「……」
賢者「あ、すみません。なんか愚痴っぽくなっちゃいましたね……」
剣士「いいよ、助けに行こうか?」
賢者「えっ? いやや、あのっ!?」ガタッ
剣士「少しは期待していたんだろう。でなければ話さない」
賢者「そうじゃありませんよ。私はただ、知っているのかなって、本当にその……」
剣士「なら力を貸してくれないか? 俺は今夜領主の娘を助けに行くつもりだ」
剣士「だが一人で助け出すには厳しい。人質を取られているわけだしな」
賢者「本気ですか!?」
剣士「ああ」
賢者「相手は救出部隊を何度も撃退した盗賊団です。死ぬかもしれませんよ?」
剣士「どうかな? 同じ人間。なら勝ち目もあるはずだ」
賢者「で、でも……」
剣士「助けたいと思っているんだろう?」
賢者「思っていますけど……」
剣士「だったら行こう。まだわからない、そうだろう?」
賢者「そ、そうですよね。ありがとうございます」ペコッ
剣士「それはおかしい。俺が頼んでいるんだ」
賢者「そりゃ、そうかもですけど……」
剣士「じゃあ、今夜またここで。お互い昨日の疲れが残っているだろうし今は休もう」
賢者「あ、ここで休んでもいいですか?」
剣士「え?」
賢者「兵舎で休んでしまったら、抜け出すの大変かなーって」エヘッ
剣士「それでいいのか? てか、兵舎!?」
賢者「あぅー、駄目ですか?」
剣士「いやまあ、好きにすればいいんじゃないかな?」
賢者「わーい、やったー。ではでは、お休みなさい」ポフンッ
剣士「こいつ何の断りもなく一つしかないベッドをっ!?」
賢者「むにゃむにゃ」スヤァ
剣士「まあ、いいか……」
夜更け 城の外――
賢者「案外簡単に出られましたね。何か一言二言聞かれると思いましたが……」
剣士「賢者が寝ている間に事情を話しておいたからな」
賢者「え゙っ!?」
剣士「当然だろう。変な誤解は生みたくない」
賢者「よく許可が貰えましたね」
剣士「領主には諦めるように言われ、騎士長には怒鳴られたがな」
剣士「そうそう。許可だけでなく馬も一頭貸して貰えた。こいつでアジトまで行こう」
賢者「場所、調べたんですね。私も知っていたんですけども」
剣士「盗賊団の情報も出来るだけ集めたつもりだ」スッ
賢者「紙に文字がぎっしりと……」
剣士「では行こうか」
賢者「はい!」
盗賊アジト――
賢者「ここが盗賊団の隠れ家ですか?」コソッ
剣士「ああ。彼等は閉山した鉱山をアジトにしているようだ」
賢者「洞窟だなんて如何にもって感じですね、ベターというか……」
剣士「俺達にとっては都合がいい。鉱床までは長い一本道、囲まれることはない」
賢者「でも飛び道具とか飛んできそうです。身を潜める場所はないでしょうし」
剣士「矢は剣で叩き落とす」チャキッ
賢者「魔法の場合はどうするんですか?」
剣士「炎などの衝撃が強い魔法を使えば洞窟が崩れかねない。使用できる魔法は限られているよ」
賢者「こ、困りました。攻撃系魔法は衝撃が強いのしか扱えませんよーっ!?」
剣士「回復、頼もうかな?」
アジト内部――
剣士「薄暗いな、差し込む月明かりじゃどうも…… 灯りをつけるか」ゴソッ
賢者「待って下さい。私が照らします」
剣士「できるのか?」
賢者「はあい。でや!」パァァッ ピカーーッ
剣士「うっ、眩しい。魔法にはそう言うものもあるんだな」
賢者「これは古の魔法ですけどね」
剣士「いにしえ? 一般的じゃない?」
賢者「もうこんな魔法を使う魔道師はいなくなりましたよ」
剣士「便利だと思うが?」
賢者「やー、最近のダンジョンはどこも明るいですからねぇ……」
剣士「?」
賊A「侵入者のようだぜ」
賊B「それは本当か? くっ、お頭が留守のときに限って……」
賊C「どーすんだよ?」
賊B「留守を預かっているんだ。私達だけでなんとかするしかないだろう」
賊A「おっしゃ、やってやろうじゃない!」
賊C「ならまずは、この毒矢のクロスボウを喰らってもらうかな」チャッ
賊A「狙ってくれと言わんばかりに光ってるもんな!」
賊C「それじゃ、先手必勝。いっくぞォー!!」ボシュッ
ヒュンッ
剣士「来たか、わかりやすい」バシッ
賊C「け、剣で矢を払ったのか!?」ビクッ
剣士「……ッ!」ダダッ ヒュッ
賊C「ぐあッ!」グサッ
賢者「な、なにを!?」
剣士「ナイフを投げた。敵の位置が特定できたからな」
賢者「だ、大丈夫なんですか!? やっちゃった的な意味で、ですけども」
剣士「無事だとは思うが当たり所が悪ければやった」
賢者「次の矢は飛んでこないですし……」ゴクッ
剣士「それはアテにならない。ナイフには痺れ毒が仕込んである」
賢者「殺人蜂のような?」
剣士「その殺人蜂の毒を仕込んだナイフだ」
賢者「もしかして殺人蜂に襲われていたのって……」
剣士「さあ、先に進むぞ」スタスタ
賢者「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」タタタ
賊C「あが、あがッ!」ビリビリッ
賊B「Cィーー!!」
賊A「驚いたぜ。矢の方向からコチラの位置を割りだし、ナイフを当てるとは」
賊A「射程だってそれなりにあったってのに、なんてイイお肩!」ウホッ
賊B「仇は私が!」
賊A「どうする気だ?」
賊B「相手はまだ私達の位置を完全には把握していない」
賊A「んま、こんな暗闇だからな」
賊B「次は私の魔法を喰らわせてやる。今度は防ぎようがない」
賊A「だが衝撃の強い魔法はアウトだぜ?」
賊B「安心しろ、私はこの盗賊団一の魔道師。洞窟には無害な風の魔法で仕留める」
賊A「そうだったな。なら、決めてやれよ。幾度となく騎士団を迎撃した、お前の魔法で!」
賢者「(魔法の気配!? 誰かが暗闇の奥で詠唱を……)」ビクッ
剣士「……ッ!」ヒュッ
賊B「ぐああっ」グサッ
賢者「ちょ!? どうして暗闇の奥から魔法がくるとわかったんですかーっ!」
剣士「気配がした。空気が変わったというか……」
賢者「それは魔道を心得ている者にしか感じられないものなんですよ」
剣士「らしいな。だから俺は習得するのに二年半かかったよ」
賢者「あのー、魔法は使えないんですよね?」
剣士「ああ、俺に魔道の才はない。だから習得するのが大変だったと……」
賢者「えっと、そもそも魔道師以外の人が習得できるものなんですか?」
剣士「友人の魔道師に頼んで血の滲むような特訓をしたからな」
賢者「で、できるものなんですね。驚きです」
剣士「お陰で彼女が使える魔法なら大体わかる。今の、おそらく風魔法だ」
賢者「詠唱段階で魔法を判別できるんですか!?」ビクッ
剣士「おかしいか?」
賢者「はい。少なくとも私はまだ無理です。気配を読み取るだけで精一杯で……」
剣士「へー」
賢者「ところで、そのご友人は?」
剣士「意地悪な魔法使いだったよ」
賢者「いえ、そうじゃなくて。そのご友人とは一緒じゃないんだなーって」
剣士「アイツには関係のない旅だからな。――それより進もうか。次の手が来る前に」
賢者「あ、はい!」
賊B&C「あが、あががッ」ビリビリッ
賊A「Cに続いて、Bまでもがやられた。なんだ、あの侵入者は!?」
賊A「ぐぬぅ…… どうする? 人質を盾にするか?」
賊A「いや、駄目だ。侵入者の狙いが人質だと決まったわけじゃない」
賊A「もし仮にそうだとしても、俺なんかが勝手に人質を交渉に使っていいわけもない」
賊A「となりゃ、やっぱ覚悟を決めて行くしかねーよな、俺!」
賊A「大丈夫だ。きっと奴は遠距離攻撃に優れてるだけ――」
賊A「接近戦なら俺に分があるはず。よおし、この盗賊団一の剣術を見せてやるぜ!!」
賊A「ウオオオオオッ!」ダダダッ
賊A「ォォォオオオオオーー!!!!」ダダダダ
賢者「なにかが近づいてきますよ。どうします、ナイフ投げます?」
剣士「ナイフは人質を盾にされた時の事を考えて温存したい。向かってくるのなら」チャキッ
賊A「オオオオッ、ナニィー、二人いたのかよ!? だが、もう止まらんぜー!」ブンッ
剣士「浅いッ!」ガキンッ
賊A「なっ、防がれたッ!?」ギイィン
剣士「はああ!」ゲシッ
賊A「ぐあっ、カウンターだとーっ!?」ヨロッ
剣士「……ッ!」ダッ ガンッ
賊A「ぐええ!」ドシャッ
賢者「下腹部を蹴り、よろけてかがんだところに柄頭で後頭部に一撃を……」ゴクッ
剣士「よし、進むか」
剣士「人影?」
賢者「かげ、かげぇー? って、どこですか?」
剣士「下」
賢者「ぎゃっ!!」
剣士「先に倒した二人か。片方はクロスボウを握って倒れている」
賊B&C「あが、あが」ビリビリッ
賢者「よかった、生きているみたいですね」ホッ
剣士「とりあえず一人連れていこう」
賢者「ですね、交渉できるかも」
賊C「」ズルズル
賢者「(襟首をつかんで引きずるんだ……)」
賊D「どういうことだよ。あの三人がやられるなんて…… もう僕だけじゃないか!?」
賊D「くそー。こんなときに限って、どーしてお頭は出かけてるんだよ!!」
賊D「こうなったら言い付けなんてどうでもいい。人質を盾にして帰ってもらおう」
娘「むにゃむにゃ」スースー
賊D「起きるんだよっ!」ユサユサッ
娘「うぅーん、どうなさったのですか?」ムクッ
賊D「侵入者が来た。人質としての役目を果たしてもらうぞ」
娘「なんと! ついに私がご活躍する時がきたのですね!?」
賊D「う、うん。そうだけど……」
娘「楽しくなってきましたわ。ささ、参りましょう!」
賊D「ええー!? なんで乗り気なんだよーっ!?」アタフタッ
賊D「止まれよ、侵入者!」バッ
娘「きゃああ、やめてぇー!」モダモダッ
剣士「!?」ピタッ
賊D「娘の命が惜しければ…… へへっ、わかってるよな?」チャキッ
娘「ああーん、おーたーすーけー、ですわ!」
賢者「(なんでしょう、この微妙な雰囲気は。まったく緊張感がありませんよ!?)」
賢者「(でも、彼の顔は険しいような……)」チラッ
剣士「止まれ」
賊D「へっ? いや、それはお前等の方で……」
剣士「アンタじゃない。後ろにいる奴だ」
賢者「後ろ?」クルッ
お頭「へー、アタイの気配に気づくとは」スゥ
賊D「お頭ー、遅いですよぉーっ!!」
お頭「これでも急いだんだけど?」スタスタ
剣士「止まれと言った(チッ、挟まれた。厄介だな)」
お頭「止まらないとどうなるんだい? お前さんが捕らえてるアタイの仲間を斬るって?」
剣士「いや、賢者が魔法を放つ。そうなればこの洞窟がどうなるかわかるだろう?」
賢者「え゙えーっ!?」ビクッ
お頭「こっちが人質で動じないと悟れば相討ち覚悟かい」
剣士「(こうなるとこちらの人質は邪魔なだけだな。こいつのせいで片腕が使えない)」
剣士「(しかし、どうする? 今の脅しが通用しないとなると終わりだ……)」
お頭「わかったよ、アタイ等の負けだね。さあ、娘さんを返してやりな」
賊D「僕等が確実に優勢。今のは脅し、ブラフですって!」
お頭「わかってるよ。でも交渉が決裂した以上、もうその娘に用はないだろう?」
賊D「どういうことですか?」
お頭「そのままの意味だよ。城の様子を探りに行ったらさ、やっぱ交渉しないってさ」
賊D「けど、これで引き渡したりしたら僕等かなり格好悪くありません? それに……」
お頭「もう十分だって。役目は果たしたはずだよ」
賊D「わ、わかりました。そう言うことなら……」パッ
娘「ええー!? そ、そんなーですわ!」
賊D「ほら行けよ」ドンッ
娘「あーれー」タタッ
お頭「素直にその娘を返したんだからさ。当然、アタイ等の事は見逃してくれるんだろう?」
剣士「え、ああ……」
お頭「よかったー、話が通じる人で」ホッ
剣士「それはこちらも同じだ。折り合いがついてよかった……のか??」
お頭「しっかし、凄いね。たった二人で助けに来るなんて。普通じゃないっていうか――」
お頭「あ、もしかして舐められてた?」アハハッ
剣士「いや、まさか」
お頭「ふーん。でもやっぱり普通じゃないよ。今時珍しいっていうか…… 眩しいね」
賢者「フッ、古の魔法ですからね」
剣士「……」ジー
賢者「意味わかっていますよ。でもほら、お約束じゃないですか!
剣士「用も済んだことだし、この辺りで失礼したいのだが……」ジリッ
お頭「んじゃ、一つ忠告!」
剣士「忠告?」
お頭「どうやらコッチにも魔王軍が来てるみたい。近いうちに本格的な攻撃があるかもね」
剣士「それは牛の魔族が指揮する部隊のことか?」
お頭「そうそう、牛人間の部隊――って、あれ? 知ってた?」
剣士「まあ」
お頭「んまっ、そういうわけだからさ。早くここから離れた方がいいよ」
賢者「そうしたいですけど、私は!」
お頭「ここにとどまろうって言うのかい?」
賢者「私に力があるのなら、力を持たぬ人達を守りたい」
お頭「健気だね。けど、それは無理ってもんだよ」
賢者「まだわかりませんよ」
お頭「わかるんだよ、奴等と一度でも戦えばさ。魔王軍の強さは尋常じゃない」
賢者「で、でも……」
お頭「賢者ちゃんの気持ちもわかるよ。けどね、アタイ達に出来ることは限られてる」
お頭「頼りの勇者だってもういないんだよ?」
剣士「どこでその情報を?」
お頭「勇者が旅立って数カ月、未だにその武勇は聞かない。死んでいないにしても諦めたに違いないよ」
賢者「だとしても私は最後まで諦めません。諦めたくない……」
お頭「そう、仕方ないね。それが賢者ちゃんの生き方だって言うのならさ」
剣士「忠告感謝する。勇者のことも」
お頭「どう致しまして。引きとめて悪かったね」
娘「では最後に私から盗賊団の皆さんに別れの一言を」
お頭「なんだい?」
娘「ここでの暮らしもなかなかでしたわ」
娘「意外と快適でしたし、貴女達の生き方や考え方は嫌いではありませんでした」
お頭「人質にそう言われるとは、なんとも複雑だねー」
娘「それと貴方」ズイッ
賊D「な、なんだよ?」ビクッ
娘「貴方には随分とお世話になりましたわ」
娘「こんな洞窟でも快適に過ごせたのは、貴方のお陰だと思っています」
賊D「礼なんて変だ。僕は下っ端で、お頭の命令に従っただけで……」オドッ
娘「そんな些細な事はどうでもよいではありませんか」
娘「私としては外の世界を知れたわけですし、人質になれて良かったと思っていますわ」
賊D「なんておめでたい頭なんだ!?」
娘「これは感謝の気持ちです。良ければ受け取って下さいな」スッ
賊D「これって、君が大切にしていた髪飾りじゃないか!?」ビクッ
娘「それなりに高価なモノですから、お金になりますわよ」
賊D「う、売らないよ。く、くそっ///」テレッ
娘「うふふっ///」ニコッ
賢者「あのー、これはどういう……」コソ
剣士「この盗賊団、元は義賊だったらしい」ボソ
賢者「義賊? 民衆の味方ですか?」
剣士「ああ。殺しはせず、貧しい者からは決して奪わず。それ以外にも色々と掟があったそうだが……」
賢者「そうではなくなってしまった。やっぱり魔王の復活のせいですかね?」
剣士「聞く限りそうだろうな。しかし、それにしても……」
賢者「どうされました?」
剣士「領主の娘だが、緊張感がないなと思っただけだ」
賢者「魔王軍の侵攻も勇者の死も知らなかったわけですから仕方がないような……」
剣士「そういうものか……」
アジト出口――
賢者「まだ外は暗いですね」
剣士「夜が明ける前に救えてよかった」
賢者「早く帰りましょう。寝たりないですよー、ふわぁー……」
剣士「城に帰るのは賢者だけだ。俺はもう城に用はない」
賢者「えっ!?」
剣士「それに一頭の馬に三人は乗れない。乗れても厳しいし、そんなのは乗りたくない」
賢者「ここでお別れと言うことですか?」
剣士「ああ」
賢者「うぅー……」シュンッ
剣士「わかっていたことだろう?」
賢者「ありがとうございました。私、貴方のお陰で本当に……」
剣士「それはおかしい。まだ領主の娘を城に送り届けていなんだぞ?」
賢者「それは、そうですけど……」
剣士「だから娘さんのこと頼むよ」
賢者「は、はい!」
娘「貴方は城にこないのね」
剣士「ええ、護衛は賢者一人で大丈夫でしょう」
賢者「名残は尽きませんが行きますね。貴方の旅が無事に終えられることを願っています」
剣士「ありがとう」
賢者「では行きますよ、娘さん」
娘「お願いしますわ。では、さようならー!」
剣士「行ったか。――で、アンタはいつまでそこに隠れているつもりなんだ?」クルッ
お頭「気づいていたのかい!?」
剣士「まだ俺になにか?」
お頭「そう身がまえなくともいいよ。アタイはただ、お前さんの旅の目的を知りたくてさ」
剣士「知ってどうする?」
お頭「興味心って言ったら怒るかい?」
剣士「怒りはしないが困る」
お頭「人には言えないってこと? 極秘任務中とかなのかい?」
剣士「いや、そうじゃないが……」
お頭「じゃ、なんなのさ?」
剣士「俺は魔王城を目指して旅をしている」
お頭「な、なんだって!?」ビクッ
剣士「驚くようなことじゃない。死んだ勇者の代わりをやろうとする奴は幾らでもいる」
お頭「話したろう!?」
剣士「だから言いたくなかった」
お頭「言いたくなかったって…… わかってるんじゃないか」
お頭「勇者や勇者の仲間以外には無理だってこと。普通の人間じゃ敵わないって!」
剣士「だが、それでも挑まずにはいれない。それが男の――いや、剣士の性だ」
お頭「そんな自殺まがいまでして、それで何が得られるって言うんだい?」
剣士「満足して死ねる」
お頭「生きようとは思わないのかい?」
剣士「生きて何かあるわけじゃない。だったら試したい、俺の剣がどこまで通じるのか」
お頭「なんだい、それ?」
剣士「カッコイイだろう?」キリッ
お頭「馬鹿げていると思うよ、正直さ。……でも止められない。意地ってわけ?」
剣士「ああ」
お頭「本気みたいだね。ちょっとカッコ付け過ぎだよ」
剣士「いいじゃないか。そういう奴がいても。――じゃ、そろそろ行くよ」
お頭「あ、うん。何度も引きとめて悪かったね」
剣士「いや」クルッ スタスタ
お頭「驚いた。そんな覚悟を見せつけられちゃ困るよ、こっちも……」
賊D「お頭、僕……」ギュ
お頭「なんだい、髪飾りなんか握りしめて」
賊D「だって、あの子は……」
お頭「あーもう! わかってる、わかってんだよ。アタシが一番ね……」
城内――
領主「おお。まさか、本当にあの盗賊団から娘を救出するとは。なんと礼を言えばいいものか」
賢者「礼は不要です。私がしたことなど些細なこと、本当に感謝しなければならないのは彼です」
騎士長「ああ、あの旅の剣士か。ここにとどまってくれれば心強いものであったが……」
領主「剣士殿には成さねばならぬことがあるのだ。そこまでして貰うわけにはいかん」
領主「それにもう大丈夫であろうよ。事件解決により士気高揚している」
騎士長「はい」
領主「そして賢者殿と言う頼もしい仲間も加わったのだ。凌ぎきれるはずだ」ジッ
賢者「わ、私ですか?」
領主「期待しておるぞ、賢者殿」
賢者「は、はい。ご期待に応えられるよう、努力致します」ペコッ
城内 廊下――
賢者「はあ、困りました……」トコトコ
娘「ちょっと良いかしら、賢者さん」バッ
賢者「娘さん!?」
娘「浮かない顔をしていますわね。あの剣士の事が気になっているのでしょ?」
賢者「ち、違いますよっ!」
娘「あら残念」
賢者「騎士長さんも領主様も、私に過度な期待をしているみたいで……」
娘「プレッシャーを感じていると」
賢者「はい。私の力なんてショボイものです」
娘「貴女は私を救った英雄、もっと自信を持ってもいいんじゃなくて?」
賢者「あれは全部彼の功績です。私なんて隣で光っていただけで……」
娘「そういえば剣士、何をそんなに急いでいたのかしら? 褒美も受け取らずに」
賢者「会いたい人がいるそうです」
娘「誰?」
賢者「さあ?」
娘「聞かなかったの?」
賢者「はい。言いづらいみたいで聞けずに……」
娘「うーん、気になりますわ」
賢者「(本当に誰だったんだろう? 生き別れの兄弟とかだったのかな?)」
平原――
剣士「はあ、流石に疲れたな……」スタスタ
剣士「そう言えばここ数日一睡もしていない気がする」
剣士「馬鹿だな。カッコつけずに城に戻ればよかった。仕方ない、少し休憩を――」
剣士「!?」
剣士「静かすぎる。獣や虫の音が聞こえない。これは……?」
ドシンドシンッ
ミノタウロス「久しぶりだな、剣士。よもやここで出会えるとは」
剣士「(近くにいたのか? まったく気づかなかった……)」
ミノ「早速で悪いが、この前の借りを返させてもらうぞ!」
剣士「借り?」
ミノ「そうだ。我らを出し抜き、村人を逃がすとは。生まれて初めて屈辱を味わったぞ」
剣士「そんなことで恨まれるとは思わなかった」
ミノ「言うな、剣士。では礼を尽くさせて貰う!」クイッ
ザザザッ
下級オーク群「「ギャーースッ!」」ババッ
剣士「(やはり囲まれていた。くそっ、どうして気づかなかった)」
下級オーク群「「ギャーース!!」」ジリジリッ
剣士「(オークの数は約十、始めから俺だけを狙っていた? それともこの数だけで城を落とせる計算か?)」
剣士「(いや先発隊、偵察隊と色々あるか。なんにせよ、俺はここまでだ……)」
ミノ「良い表情だ。どうやら己の運命を悟ったようだな」
剣士「くっ!」チャキッ
ミノ「だが、あくまで抵抗するか。イイ覚悟だ、そうでなくてはなあ!!」
剣士「(一度に何人も同時に襲いかかれるわけじゃない。上手く捌けば――)」
剣士「(それに夜明けが近い。朝日が差し込めばオークは弱体化する)」
ミノ「よし、皆の者ゆけ!!」バッ
剣士「まだだ、まだ勝機はある」グッ
下級オーク部隊「「ギャー!!」」チャッ
剣士「(オークの武器は棍棒が主、剣で防ぐのは難しい。だが足を使い、立ち回りを工夫すればッ!)」ダッ
剣士「!?」フラッ
下級オーク部隊「「オオオン」」ドドッ
剣士「身体が重い。ここにきて疲労が一気にきたのか!?」
下級オークA「ギャッ!」ブン!
剣士「くッ!」ヒラリッ ザン!
下級オークA「ギャゥー……」ドサッ
剣士「まずは一匹…… うっ!?」グラッ
下級オークB「ガギャッ(剣を振ってよろけるとか無いわー」ブゥン!
ガッ ゴキッ
剣士「ぐあっ!?」ヨロッ
ミノ「その調子だ。やってしまえーっ!」ハハハ
剣士「(重い一撃を貰った。動けないわけではないが、これではいずれ……)」フラフラッ
下級オーク部隊「「ギャアアア!!」」ドドドッ
剣士「(となれば、これ以上の抵抗は無意味か……)」スッ
下級オークB「ギャース!(その首、俺が貰った!」ドッ
剣士「所詮この程度か、惨めだな……」クソッ
ヒュ グサッ
下級オークB「ギャギャー!?(馬鹿な、どこから!?」ドシャ
剣士「クロスボウの矢?」
賊D「だらしないじゃないか、剣士さんよおお!」バッ
剣士「どうしてここに!?」
お頭「嫌な予感がしてね。後を追ったのさ」バッ
賊A.B.C「「俺達もいるぜ!」」バババンッ
剣士「奴等に歯向かうなど、馬鹿げたことなんじゃないのか!?」
お頭「感化されたんだよ、お前さんの覚悟に!」
賊D「僕は惚れた女を守るためだけどな!」
お頭「雑魚はアタイ達が預かる。行くよ、野郎ども!」
賊一同「「うおおおおおおおお!!」」ダダダ
ミノ「ええい、何人集まろうと敵ではないわ。ものども行けー!!」バッ
剣士「なんて馬鹿だよ、俺は。こうなることは予想できたろうが……!」グッ
ミノ「剣士、貴様の相手は俺だ!!」ドシンドシンッ
剣士「ミノタウロス、くるのか!?」バッ
ミノ「いくぞー!」ブゥン!
剣士「(大振り、剣筋は読みやすい。だが今の俺にかわせるのか?)」
ヒラリッ ドシャンッ!
剣士「かわせた!? しかし、なんて力だ。岩をも砕くとは……」
ミノ「見たか、次は貴様の番だ!」グワッ
剣士「これが魔族、人智を超えた力!?」
ミノ「ウオオッ!!」ブゥンッ
剣士「臆した、これでは……っ」ヨロッ
ミノ「これで終わりだーッ!!」ブンッ
賊D「剣士ーーッ!」ドンッ
剣士「……っ!?」ドシャッ
賊D「ぐあああああっ!!」ザシュッ
ミノ「ええい、邪魔立てしよって!」イラッ
剣士「どうして!?」
賊D「お前は僕よりも強いからな。だから僕が代わりに、その方が彼女の……」ブハッ
賊A「Dィー、死亡フラグなんか立てるから!」
剣士「まだ息がある。だが、ここで俺が敗れれば……」
ミノ「仕切り直しだ、ゆくぞー」ガチャ
剣士「勝ってやる、意地でもッ!!」ダッ
ミノ「格の違いを教えてやるわ」ドシンドシンッ
剣士「臆するな、俺の方が速い!!」ブンッ
ザシュッ
ミノ「グッ…… しかし、その程度の剣では!」グラッ
剣士「くッ!」バッ
ミノ「この一太刀で終わらせてくれるわッ!!」ブゥンッ
剣士「……ッ!」ヒラリ ザン!
ミノ「グ、グアッ!?」グラッ
剣士「(固い、毛や皮膚が鎧のようだ。こうも固いと、手数で攻めたところで……)」
サッ ザン!
ミノ「グぅうッ、ちょこまかと!」グラッ
剣士「(くっ、嫌な汗が止まらない。明らかに先程のダメージが響いている)」
剣士「(長引けばこちらが不利。だが、決め手がない……)」
ミノ「もう我慢ならん。武器などに頼るから駄目なんだ。この自慢のツノで!」ポイ グワッ
剣士「(武器を捨てた!? 本当のようだな、興奮すると頭のツノで攻撃すると言うのは)」
ミノ「モオオオオオオオ」ドドドッ
剣士「この一撃、かわせれば……」バッ
ミノ「ガアアッ!」ゴッ
剣士「見えたッ!」ヒラリッ
ミノ「グアアッ!??」ガシャガシャッ
お頭「自ら岩に激突した? 周りが見えていなかったのかい、牛らしい」ニヤッ
賊B「よそ見は厳禁ですよ、お頭」
お頭「はいはい。じゃ、残りをかたすよ。なんかオーク弱ってきたし!」
剣士「動きが止まった。――いける!」ダッ
ミノ「グヌヌヌぅ……」モダモダ
剣士「その頭、カチ割るッ!!」ザン!
ミノ「ゥボアアアーー……!!??」ブシュゥーー ドサッ
オーク「ボーースっ!?」
剣士「やったか?」スタッ
オーク「まさか、ただの人間が上位魔族を討ち破る日がこようとは……っ!」
オーク「これ以上の戦闘は無意味だ。退けー、退けーッ!」
ドドドドド…
賊B「敵が退いていきます。やった、やりましたよ!」ガッツポーズ
お頭「アッハハハ、気分がいいね」
剣士「大丈夫か?」サッ
賊D「へへっ、なんとか。こんなところで死んだら、彼女に合わせる顔が……」グフッ
お頭「はいはい。臭い芝居はいいから、これを傷口に当てるんだよ」スッ
賊D「すみません」イテテッ
剣士「もう大丈夫のようだな。安心した……」ホッ
お頭「アタイの仲間だよ。そう簡単に死ぬわけがないでしょ!」
剣士「ありがとう。貴女達のお陰で助かった」
お頭「なあに感謝するのはこっちだよ」
お頭「実は少し前まで義賊を名乗っててね、それなりに誇りもあったんだ」
お頭「でも魔王軍に慄き、何もかも捨てた。その小さな誇りさえも……」
剣士「それが正しい。意地を張って死ぬことはない」
お頭「けど、それは恥さ」
剣士「だが……」
お頭「後悔はないよ。現に今、満足してる。清々しい気分だよ!」
お頭「ありがとね。お前さんの覚悟のお陰さ」
剣士「俺は格好を付けただけだ。そこに本物の覚悟があったわけじゃない」
お頭「嘘嘘、見栄で魔族に挑めないよ。まして勝つなんてね」
剣士「それは貴女達の助けがあったから……」
お頭「そんなにアタイ達が心配? 大丈夫だよ、後悔しないって言ったろう?」ニッ
剣士「……」
お頭「あ、そうだ。忘れないうちに…… ほーれ!」ポイッ
剣士「腕輪?」パシッ
お頭「親愛の印ってことでどうか受け取っておくれよ」
剣士「いいのか?」
お頭「断る気かい?」
剣士「まさか。ところで、この腕輪には魔法石がついているが何か特別な力でもあるのか?」
お頭「兄さんお目が高い。そう、それには魔法の効力を弱める力があるんだ」
剣士「こんな貴重なものどこで?」
お頭「そ、そりゃあ秘密だよ」アセッ
剣士「もしかしてあの城から?」
お頭「まっ、細かいことはいいじゃない!」
剣士「……あ、ありがとう」
お頭「それと癒しの効果も弱めるから気を付けなよ」
剣士「無用な心配だな」
お頭「でも仲間が増える可能性だってあるだろ?」
剣士「賢者のことを言っているのか? 残念だが彼女は城に残った」
お頭「また会うかも知れないじゃないか?」
剣士「ないだろう」
お頭「わからないよ? 出会いってのは数奇なものだからねー」
剣士「否定はしないが……」
賊D「僕も早くあの子に会いたいなー」
剣士「騎士になれば叶うだろう、それは」
賊D「無理だよ。賊が騎士になるなんて。それに盗賊とお嬢様ってのが燃えるじゃないか!」
剣士「ロマンか、追い求め過ぎるのもどうかと思うが……」
お頭「それじゃ、名残惜しいけどお別れだ。そろそろ行かないとね」
剣士「互いにやるべきことがあるか……」
お頭「剣士、アタイ等は信じてるよ。お前さんは必ず魔王を倒すって」
剣士「そ、それは……」
お頭「今さらなに照れてるのさ。胸を張りなよ」ハハハ
剣士「べつに照れているわけじゃ……」
お頭「おーし、野郎ども行くよー」グワッ
賊一同「「おおおおお!!」」ダダダダッ
剣士「……」
城内 廊下 朝方――
賢者「うー、早朝から訓練とかあり得ないですよ。でも一日目からサボタージュなんてことは……」トボトボ
騎士長「魔王軍が撤退しただと!?」
賢者「あれ? なんか騒がしいですね」コソッ
騎士長「どこの情報だ」
兵「それが正義の盗賊団と名乗る者達が町でそのような噂を広めておりまして――」
兵「紅蓮の剣士がミノタウロスを討ち、魔王討伐に名乗りをあげたと」
騎士長「まさか、あの旅の剣士のことか。紅い髪の……」
兵「今、真相を確かめております。時期にわかることでしょう」
騎士長「うむ。真相が明らかになってからだ、領主様にお伝えするのは」
兵「ハッ!」ビシッ
娘「剣士の会いたい人が魔王だったなんて驚きですわね」スッ
賢者「娘さん!?」
娘「貴女はどうなさるおつもり?」
賢者「どうって、私は……」
娘「本当は気になっているんでしょ?」
賢者「はい。彼に恩を返したいって思っていまして。でも、ここも守りたくて……」
娘「なら決まりじゃない。これを逃したら二度と会えなくなりますわよ?」
賢者「娘さん…… では短い間でしたけど、お世話になりました。ありがとです」ペコ
娘「こちらこそ、ですわ」
賢者「剣士さんを追います!」タタタッ
娘「はーい、お気をつけてー!」
平原 夕暮れ――
賢者「はっ、はへっ…… け、剣士さーん!!」タタタッ
剣士「賢者!?」クルッ
賢者「や、やっと追い付きましたぁー……」グテ
剣士「どうしてここに?」
賢者「私、決めました」ハアハアッ
剣士「なにを?」
賢者「貴方について行くって!」
剣士「なにを言っているんだ?」
賢者「とぼけても無駄です。この辺ではもう噂になっていますよ。貴方がミノタウロスを倒したってこと」
剣士「噂? それで、なのか?」
賢者「はい。貴方の旅の目的は、魔王を倒すことですよね?」
剣士「確かに、俺は魔王城を目指して旅をしている」
賢者「どうして話してくれなったんですか? 言ってくれれば私も……」
剣士「だが、魔王を倒せないことを承知の上でだ」
賢者「ど、どういうことです? だって貴方は言っていたじゃないですか――」
剣士「例え滅ぶ定めだとしても一秒でも長く生きられるのなら意味はある、か?」
賢者「なのに、なんで……」
剣士「耐えられないからだ。彼女の、勇者のいない世界に。だから――」
賢者「だから死に場所を求めている。そういうことなんですか!?」
剣士「そうだ。俺は成せない復讐に酔っているだけだ。君が思い描く勇者の旅とは違う」
賢者「う、嘘ですよ。貴方はそんな人じゃない。誰かの為に一生懸命で――」
賢者「そう、まるで勇者様のような貴方が自棄になっているだけなんて思えません」
剣士「勘違いさせてすまない。俺は誰かの為に戦ったことは一度もない」
剣士「どうせ死ぬなら見栄を張りたかった、格好良く見られたかった。ただ、それだけだ」
賢者「自己満足だって言うんですか!?」
剣士「俺の好意など、その場かぎりの善意――」
剣士「他人を利用し、自分の死を正当化しようとしているだけの身勝手な優しさだ」
賢者「信じませんよ。だって、だって貴方は……」
剣士「もうわかっただろう? 俺からは何も得られない」
賢者「うっ!?」
剣士「城に戻れ。君には君のすべきことがある」
賢者「いえ、城には戻りません……」
剣士「聞いていなかったのか? 俺は……」
賢者「聞いていましたよ。それでも――いいえ、だからこそ私は貴方の力になりたい」
剣士「信念はどうした? 君は言っていたじゃないか、力を持たぬ者を救いたいと」
剣士「その命は生きたいと願う者に使うべきだ。死を願う者に使って何になる?」
賢者「貴方に尽くすのは無駄だって言うんですか?」
剣士「君のすべきことは救いを求めている者を助けになることだろう?」
賢者「それも果たします。どちらかを諦めなければならない理由なんてありませんよ!」
剣士「どうやって?」
賢者「貴方と魔王を倒します」
剣士「不可能だ。いや可能だとしても、俺はその術を知らない」
賢者「見つければいいんです」
剣士「この旅で? 無理だ」
賢者「無理じゃありませんよ。現に貴方はミノタウロスを倒しているじゃないですか?」
剣士「あれは偶然、奇跡と言ってもいい」
賢者「なら何度でも奇跡を起こせばいいんです」
剣士「例え全てを乗り越えたとしても、魔王に奇跡は起きない」
賢者「起きますよ、魔王にだって!」
剣士「何故そう言い切れる?」
賢者「そう思えるからです」
剣士「答えになっていない」
賢者「そう思っちゃいけないんですか? まだわからないじゃないですか!」
剣士「魔王に相対できるのは勇者だけ、これがこの世界の摂理だ」
賢者「ブッ壊せばいいんです、そんなもの!」
剣士「本気で言っているのか?」
賢者「ええ、本気ですよ。貴方だって本当は私と同じ気持ちなんでしょ?」
賢者「頭では魔王には勝てないって理解している。でも納得できない」
賢者「だから無謀だと知りつつも魔王に挑む――、挑戦しようとしている!」
剣士「違う!」
賢者「じゃあ、どうして私を救ったんですか?」
剣士「言ったはずだ」
賢者「だったらあの時、逃げずに私と一緒に死んでくれてもよかったじゃないですか?」
賢者「でもそうしなかった。いいえ、そう出来なかったのは誰かを守りたいと言う強い想いがあったからでしょ?」
剣士「何が言いたい?」
賢者「復讐に酔っている人が、誰かの命を優先できるはずがないんです」
賢者「貴方は死んだ勇者の想いを繋ごうとしているだけ、復讐なんか――死なんか望んでない!」
剣士「だからなんだ? 勇者の遺志を継ぎたいと願い、祈ったところで何が変わる?」
剣士「復讐にしろ、遺志を継ぐにしろ、行きつく先は死だ。何も変わらない」
賢者「そうです。だから貴方は苦しんでいる。無力な自分を恨み続けて――」
賢者「でも恨みきれないから、諦めきれないから、今も必死で足掻いている!」
剣士「それがわかるのなら……」
賢者「わかるから力になりたい、支えになりたいんです」
剣士「やめてくれ!」
賢者「やめません!!」
剣士「俺は君を殺したくない」
賢者「やっぱり私を想って嘘をついていたんですね」
剣士「嘘なものか!」
賢者「私は絶対に死にません。お約束します」
剣士「約束できることではないだろう!」
賢者「それでもお約束します。私は今よりも強くなって貴方の力になるんです」
剣士「その気持ちは嬉しいが……」
賢者「だったら仲間にして下さいよ!」
剣士「そういう話じゃない」
賢者「お願いします」
剣士「されても困る」
賢者「……」ジッ
剣士「今度はなんだ?」
賢者「賢者が仲間になりたそうな目で見ている、どうしますか? >はい、いいえ」
剣士「ふざけているのか!?」
賢者「違いますよ。ただ、ちょっと場をほぐそうと……」
剣士「求めていない」
賢者「本当お願いしますよー、何でもしますから」ペコリ
剣士「聞くな。答えは変わらない」
賢者「よーし、ならばー!」バッ
賢者「えい!」ダキッ
剣士「なにしてる?」
賢者「ぎゅ、しました」ギュ
剣士「はあ!??」
賢者「ど、どうしますか?///」ドキドキッ
剣士「これは酷い」
賢者「だって……」
剣士「本当に困る」
賢者「私だって困っています……///」テレッ
剣士「わかったから離れてくれ」
賢者「!?」
賢者「いいんですか?」
剣士「諦めただけだ」
賢者「あ、ありがとうございます!」
剣士「礼は良いよ。気が変わればいつでも去ってくれて構わない」
賢者「ないですよ、絶対」ニコッ
剣士「それは困ったな」
賢者「うへへぇー///」ニタァーッ
剣士「じゃあ行こうか。日が落ちる前に次の町に着きたい」
賢者「はいっ、行きましょう!!」
剣士「そういうことだから離れてくれないか?」
賢者「置き去りにしません?」
剣士「しない。だから早く……」
賢者「あっ、問題発生ですよ!!」
剣士「どうした?」
賢者「疲れてきました」
剣士「それはそうだろう」
賢者「そうじゃなくて、その――」
賢者「ここまで全力疾走だったので、足が『もう歩けないよ!』と訴えていまして……」
剣士「嘘ではない?」
賢者「残念ながら」
剣士「……」
賢者「あぅー、足が棒です。どうしましょう?///」テヘッ
剣士「置いて行っても……」
賢者「約束したじゃないですかー、死んでしまうます!」
剣士「おぶって運ぶしかないのか?」
賢者「わーい、やったーっ!!」ギュウッ
剣士「はあー……」
賢者「よーし、行きましょう!」ペシペシ
剣士「なんでこんなことに……」
賢者「うふふっ!!」ニコッ
乙
あれの続きか?
続きはよ
>>97
設定を考え直すのが面倒だったので世界観そのまま使っているだけですかね
あれはあれで完結しているので続きものでもそうでなくてもいいかな、みたいな
あれから数日 夕方――
賢者「国境を越えて隣国、風の国に来ましたよ!」ユラユラ
剣士「風と言うだけあって空気が澄んでいるな」スタスタ
賢者「そうそう、この地方に吹く風は女神の息と言われるほど神聖だそうです。風の丘と呼ばれる聖域があり、女神が吹いているだとか」
剣士「へー、詳しいな」
賢者「優秀ですからね! 他に知りたいことありますか、何でもお答えしますよ!」
剣士「そうだな。賢者殿はいつになったらご自分のアンヨでお歩きになられるのですか?」
賢者「あやー、それは大変難しい質問ですねぇ」エヘヘ
剣士「……」
賢者「すみません。おんぶしてもらっちゃって……」シュン
剣士「べつに」
賢者「じゃ、いいんですか? わーい、やったー!!」ギュッ
剣士「はあー……」
町――
剣士「町についたが……」
賢者「国境近くの町ですから、やっぱりさびしいですね」
剣士「いや、国境の近くと言えば活気があるものじゃないのか?」
賢者「交流があればじゃないですか? チラホラとしか人いませんよ」キョロキョロ
剣士「まあ情報を集めれば訳もわかるだろう。とりあえず宿を探そうか」
賢者「はい。疲れちゃいましたよー」
剣士「それをどの口が言うんだよ」ギュゥ
賢者「いはい、いはいれふ」イテテッ
宿屋――
剣士「」ガチャッ
宿屋「旅人の宿にようこそ」
賢者「(お客がいないですね。綺麗なところなのに)」ジー
剣士「二部屋、二泊でお願いし……」
賢者「え? 二部屋ですか?」
剣士「俺は男、賢者は女。部屋は別のほうが良いだろう?」
賢者「でも一部屋二人みたいなことって書いてありますよ」ビシッ
剣士「部屋が余っているのならそれに従う必要はないはずだ。金は払う」
賢者「悪くありません? 掃除とか手間ですし、相部屋の方が……」
剣士「そんなことを気にするのか!?」
宿屋「旅のお方、二泊ですか?」
剣士「も、問題でも?」
宿屋「いえ、こちらとしては何も問題はないのですが、長居するのは……」
剣士「長居?」
宿屋「実は先日、魔王軍の奇襲を受け王城が落ちたとのこと。ここもいつ襲撃されるかわからない状態でして……」
剣士「お、王城が落ちた!?」
宿屋「はい。ですから、すぐにこの国を離れた方が……」
賢者「でも、いきなり過ぎじゃありませんか? 王城が真っ先に狙われるなんて」
宿屋「相手は四天王のグリフォンだと聞きました。空飛ぶ侵攻部隊、奇襲など御手のものだったのでしょう」
剣士「四天王?? なんだ、それは?」
賢者「魔王軍の中における四人の優れた実力者のことですよ。簡単に言えば中ボスですね」
剣士「な、なるほど……」
賢者「宿屋さんは逃げないんですか?」
宿屋「ええ。故郷を離れることが、どうしても出来ず……」
宿屋「それに訪れる旅人に危機を知らせなければと言う正義感もあったりしましてね」テレッ
賢者「そ、そんな!」
宿屋「私が勝手にやっていることです。気になさらないで下さい」
剣士「いえ、助かります……」
宿屋「二部屋でしたね。こちらが鍵になります、どうぞ」スッ
賢者「あ、一部屋で大丈夫です。ね、剣士さん?」
剣士「……」
宿屋「どうなさいますか?」
剣士「一部屋、一泊でお願いします」
宿屋「では、ごゆっくりお休み下さい」ニコッ
部屋――
剣士「無理だな。王城を奪還するのは」
賢者「やっぱり、ですか?」
剣士「四天王と呼ばれる実力者が占拠している城だ。勝てるとは思えない」
賢者「私達に出来ることはないと?」
剣士「この事態を諸国に伝え、騎士団を動かしてもらえるよう進言することくらいか?」
賢者「そ、それは……」
剣士「まあ無理だろうな」
賢者「では、どうするおつもりですか?」
剣士「情報を集め、すぐここを離れるべきなんだろうが……」
賢者「逃げるんですか?」
剣士「いや、それはしたくない」
賢者「ここを突破しない限り魔王城には辿り着けませんよ?」
剣士「どうかな? おそらく敵は王都を掌握し、そこから侵略の輪を広げるはずだ」
賢者「つまり王都周辺を避ければ突破は不可能ではない?」
剣士「遠回りにはなるだろうが」
賢者「でも、それって……」
剣士「わかっている。俺達は曲がりなりにも魔王討伐を目指している身だ」
剣士「四天王ごときに逃げ出すようでは魔王討伐など名乗れない」
賢者「戦うんですね!」
剣士「このまま魔王討伐を目指すのならな」
賢者「え?」
剣士「俺は玉砕覚悟で四天王に挑むつもりだ。君はどうする?」
賢者「私は貴方と運命を共にします。約束、したじゃないですか」
剣士「本当にいいのか?」
賢者「しつこいですよ。私の意思は何があっても変わりません」
剣士「わかったよ。もう二度と聞かない」
賢者「えへへ、絶対勝ちましょうねー!」
剣士「はああー…… 俺はこれから町の人達に話を聞きに行くが賢者もくるか?」
賢者「私は留守しています」
剣士「暗くなる前には帰るよ。鍵を頼む」
賢者「はあい! ではでは、お気をつけてー!」
ガチャ バタン
賢者「よーし、剣士さんが帰ってくる前にお風呂と夕飯を用意しよーっと!」
町――
剣士「(本当に人がいない。やはり多くの人はこの地を離れたか)」
剣士「(まあ、当然と言えば当然だが…… これでは宿屋以上の話は聞けそうにないな)」
???「何かお困りですかな、旅人よ。よければこの爺に訳を話してはみてくれぬか?」
剣士「え?」
爺「驚かせてすまん。ワシはホモ爺。皆からそう呼ばれ疎んじられておる」
剣士「……」
爺「どうしたのじゃ? ホレ、遠慮せず話してみなさい」
剣士「あ、いや……」
爺「ホホッ、年寄りを舐めちゃいかんよ」
爺「無駄に長く生きとる分、知識と経験だけは豊富じゃからな。役に立つかもじゃぞ?」
剣士「では……」
爺「なんと!? 城に住み着いた四天王を倒そうとしておるじゃってーッ!!」
剣士「いや、まだ何も話していない」
爺「なんじゃ、違うのか……」シュン
剣士「そういうわけでもないんだが……」
爺「ホホッ?? まさか、まさかの、当たりじゃあああああ!!!!」
剣士「は?」
爺「いやいや、実はのう、この町に立ち寄った旅人全員にそう言っておるのじゃよ」
爺「助かりたい一心で旅人に泣きつく。まさに爺、まさに糞爺。でもワシはホモ爺!!」
剣士「……」
爺「なんじゃ、どうした?」
剣士「それだけか? 他にはなにもないのか?」
爺「そこまでワシは腐っておらんよ。まあ腐男子ではあるが、それはそれで意味が違うしのー」
剣士「で?」
爺「せっかちさんじゃのー。それにその期待してないって目、酷いのー」プンプン
剣士「はあ……」
爺「ワシね、実はあの城の元騎士だったんじゃよ」
剣士「城の内情に詳しい、ということか?」
爺「そうじゃ、だから城のことは誰よりも知っておる。現国王よりかもしれん」
剣士「それは言い過ぎだと思うが……」
爺「本当じゃよ。ワシはあの城の秘密の抜け道を知っておる」
剣士「ば、馬鹿な!?」
爺「その昔、訓練をサボタージュしようと聖堂に隠れた際に見つけたんじゃ」
剣士「そのような偶然で見つけられるものじゃないだろう?」
爺「あの城はちょっと特殊でな。見つけちゃったんじゃよ」
剣士「しかし、その話が本当だとしても使えるとは思えないが?」
爺「奇襲じゃぞ? 逃げ出す余裕があったかどうか。王族が逃げ延びたと言う話しは聞かんしの」
剣士「つまり使える可能性が高いと?」
爺「そうじゃ、使えれば敵に気づかれず城に侵入できる。なれば親玉の暗殺も……」
剣士「不可能ではない?」
爺「お主にその度胸があれば、じゃがな」
剣士「……」
爺「ホホッ! どうするかね、剣士殿?」
部屋――
賢者「ご飯、よし。湯浴び、よし。ふぅーっ、完璧ですね」
賢者「剣士さんが帰ってきたらお約束的なアレをやっちゃいますか!」
コンコンッ
賢者「噂をすれば帰ってきました。これはテンション上がりますねー!」テテッ
賢者「はーい、今開けますよー」ガチャッ
賢者「お帰りなさい。ご飯にしますか? お風呂にしますか?」パッパッ
賢者「そ・れ・と・も…… きゃぅ、恥ずかしくて言えませんよー///」テレ
魔法使い「なにしてるの?」
賢者「ぎゃわっ!! お、お姉様ー!?」ビクッ
魔法使い「久しぶり、元気してた?」
賢者「どーしてここに?」
魔法使い「どうしてって貴女の姿が見えたから」
賢者「王宮に勤めていたのでは? お手紙を頂きましたよ」
魔法使い「辞めたわ」
賢者「えっ!?」
魔法使い「ところで何をしてるの? 一人ではないみたいだけど」チラッ
賢者「わ、私ですか? 魔王城を目指して旅をしているんですけども」
魔法使い「そう言えば勇者の仲間になることが夢だったわね。でも……」
賢者「知っていますよ。勇者様は魔王に倒されたんですよね?」
魔法使い「ええ。ということは勇者の代わりに魔王討伐を?」
賢者「はい。剣士さんと二人で目指しています」
魔法使い「剣士さん?」
賢者「私の勇者様です」ウフフ
魔法使い「ププッ、ごめんなさい。笑えたわ」クスッ
賢者「なんで笑うんですかー、笑う所じゃないですよね!」ムッ
魔法使い「どんな人?」
賢者「ど、どんな? うーん、真面目で優しい人かな??」
魔法使い「真面目って、他には?」
賢者「他に、ですか? ええーっと、んー……」
賢者「不器用と言いますか、素直じゃないと言うか、そこが凄くもどかしくて……」
魔法使い「男の人なの?」
賢者「はい、男の人ですよ。炎のような紅い髪が特徴で――って、そうでした!」
賢者「紅蓮の剣士と呼ばれている人です」
魔法使い「魔王軍のミノタウロスを撃退した?」
賢者「あやー、最初からそう言えば良かったですね」
魔法使い「じゃ、その人と一緒に魔王討伐を目指しているのね?」
賢者「はい!」
魔法使い「でも本当に魔王討伐なんて出来ると思っているの?」
魔法使い「その剣士さんがいくら強くても、勇者には遠く及ばないのよ」
賢者「出来ますよ」
魔法使い「根拠はなに?」
賢者「ありません。でもそう思えるんです、剣士さんとなら!」
魔法使い「呆れた。ただの願望じゃない」
賢者「うふふっ、すみません」
ガチャ
剣士「鍵がかかっていない? 賢者、今帰ったんだが……」バタン
賢者「あ、噂をすれば剣士さんです!」
魔法使い「妹がお世話になっている人だし、挨拶くらいしないとね」チラッ
剣士「誰かいるのか?」チラッ
魔法使い「……」ジト
剣士「!?」プイッ
賢者「(剣士さんが光速で目を逸らした!?)」
魔法使い「ねえ、あの人が剣士さん?」
賢者「そ、そうですけども……?」
魔法使い「ふーん」ジッ
剣士「賢者、知り合いなのか?」
賢者「はい、実の姉です――って、お二人ともどうしました?」
剣士「そういえば言っていたな。三つ下の妹がいると」
賢者「あれ? 知り合いだったんですか?」
剣士「前に話しただろう。ほら、特訓に付き合ってもらっていた――」
賢者「魔道師のご友人って、お姉様だったんですか!?」
魔法使い「ご友人? お友達!? そー、お友達だったの私達。知らなかったわ」
剣士「え?」
賢者「違うんですか? ま、まさかっ!?」
剣士「いや、賢者が考えているような関係ではない。あくまで俺達は友人――だな?」
魔法使い「違うでしょ?」
剣士「話を合わせてくれないか?」ボソ
魔法使い「なんで?」
剣士「なんでと申されても……」
魔法使い「本当のことを言えばいいじゃない」
賢者「ほ、本当のことってなんですか!?」ガタッ
剣士「いや、その……」
魔法使い「私、この人に仕えてたの」
剣士「ちょっと待て!」
賢者「あー、剣士さんも王宮の人だったんですね。で、お姉様が仕えて――いた?」
剣士「……」
賢者「もしかして剣士さんって……」
魔法使い「王子よ。勇者がいた大国の」
賢者「え゙ーっ!?」
剣士「すまない。素性を明かさず、騙す様な真似をして……」
賢者「いいんですか? 王子様がこんなところで、しかも魔王討伐だなんて!」
魔法使い「大問題よ」
剣士「言うほどか? 俺がいなくても何の問題も……」
魔法使い「忘れたの? 貴方は次期国王。第一王子がホモで跡継ぎに困るからって……」
賢者「だ、第一王子がホモ?」
魔法使い「ええ」
賢者「そ、そんな理由で移っていいものなんですか?」
魔法使い「それが重度で女性相手だと全く、その……アレが機能しなかったとか」
賢者「ア、アレってぇ……///」ドキドキ
剣士「だが、それは勇者が生きていた時の話だ」
剣士「勇者の力を王家に取り込む為だとかで、今はどうでもいいだろう!?」
魔法使い「よくないわ。第一王子はホモ以前に王の器じゃなかったもの」
魔法使い「快楽思考で、毎晩違う男を部屋に連れ込んでたって有名だったんだから!」
剣士「そ、そういうことなら弟が……」
魔法使い「貴方の弟君、第三王子は貴方と違ってお身体が弱かったでしょ!?」
剣士「あ……」
魔法使い「王の激務に耐えられると思うの?」
剣士「い、妹……」
魔法使い「姫!? 姫様は無理よ。まだ幼いし。それに重度のブラコンなのよ!?」
剣士「それがなんだ。兄を大事にして何がおかしい? 王の資質とは何の関係も……」
魔法使い「重度なのが問題なの。あれは絶対第一王子に恋してるわ、それも病的に!」
魔法使い「兄妹以前にホモ相手じゃ実るはずないのに、もー……」
剣士「そ、そうだったのか?」
魔法使い「とにかく、これでわかったでしょ?」
剣士「しかし、だからと言って今ここで旅を止めるつもりはない」
魔法使い「国よりも、己の意思を選ぶって言うの?」
剣士「王子として生きて、何が変わる?」
魔法使い「人々を安心させることができるわ。貴方の言葉には力がある」
剣士「嘘の言葉で人々を導けと? 俺はそこまで器用にはなれない」
魔法使い「身勝手よ。できない、したくないからって国を捨てて、そんなに楽になりたい?」
賢者「違います。剣士さんは勇者様の遺志を継ごうとしているだけです!」
魔法使い「笑わせないでよ。一国の王子に過ぎない貴方が、勇者の遺志を継いだところで」
魔法使い「それこそ何が変わるって言うの!」
剣士「何も変わらないだろうな。王子として生きても、剣士として生きても――」
剣士「この世界は救えない。なら俺は、己の浴するままに生きる。そう決めた」
賢者「け、剣士さん……」
魔法使い「情けない。貴方はもっと強い人だと思っていたわ」
剣士「すまない」
魔法使い「でも貴方の意思は伝わった。もう何も言わないわ」
剣士「君には今まで苦労ばかりかけたな」
魔法使い「本当よ。貴方のお目付け役なんて買って出るんじゃなかった……」
剣士「だが、そのお陰で俺は楽しかったよ。父上達にどうかよろしく伝えて欲しい」
魔法使い「悪いけど、城には戻らないわ」
剣士「俺を連れ戻すまで帰れないのか?」
魔法使い「違うわ。国王も大臣も貴方のことはもう諦めているもの」
剣士「では?」
魔法使い「わからない?」ジッ
剣士「そうか。君の妹、賢者のことだな?」
賢者「わ、私ィ?!」ビクッ
魔法使い「」イラッ
剣士「賢者を巻き込んだことは本当にすまないと思っている。何と詫びればいいか……」
魔法使い「べつに詫びなくていいわ。私も貴方の旅に加わるから」
剣士「は?」
魔法使い「は? って、なに?」
剣士「おかしいだろう。普通は止める、妹の無謀を」
魔法使い「一度言ったら聞かない子だもの。止めたって無駄なのは知ってるわ」
剣士「だから自分もって言うのはおかしい」
魔法使い「なに? 私が一緒じゃ困るの?」
剣士「そういう話じゃない」
魔法使い「そういう話になるでしょ?」
剣士「ならない」
魔法使い「なるわ」
賢者「あ、あのー、本当にいいんですか? お姉様、無理していません?」
魔法使い「そっちこそ無理してない?」
賢者「していませんよ!」ブンブン
魔法使い「ふーん。――で、どうなの? 私が貴方達の旅に加わるのは嫌なわけ?」
賢者「私は嫌じゃないですけど…… こ、困りました」チラッ
剣士「……」
賢者「お姉様、少し時間を下さい。剣士さんと相談するので隅っこで待機ですよ」
魔法使い「早くしてね」
賢者「えっと、まずは謝ります。剣士さんを困らせちゃっていること」コソッ
剣士「べつに困っているわけでは……」
賢者「とにかく、姉も私と一緒で言いだしたら聞きません。説得は難しいと思います」
賢者「そこで私からも頼みます、姉を旅の仲間に加えては貰えないでしょうか?」
剣士「君はそれでいいのか。実の姉を巻き込むんだぞ!?」
賢者「姉も覚悟あってのことです。心配いりません」
剣士「そうは思えないが?」
賢者「姉は私よりも賢い人です。そんなことはありませんよ、大丈夫ですって!」
剣士「……わかったよ。これは君達姉妹の問題だしな」
魔法使い「終わった?」ズイッ
賢者「はい。よかったですね。剣士さんがいいって言ってくれましたよ」
魔法使い「じゃ、いいのね?」
剣士「あ、ああ」
賢者「ではでは、これからよろしくですよ。仲良くしましょうね!」
魔法使い「はい、よろしくー」
剣士「……」
魔法使い「……」ジー
賢者「う、うーん。――あ、そうだ。ご飯にしませんか?」
剣士「ご飯?」
賢者「今日のご飯は凄く美味しいですよー」
剣士「いつもありがとう」
賢者「では用意してきますね。ちょっと待っていて下さい」テテテ
剣士「……」
魔法使い「驚いた。まさか、生きていたなんて……」ジッ
剣士「そこに驚くのか?」
魔法使い「もちろん、妹と一緒だったことにも驚いたわ」
魔法使い「でも一番は貴方が魔王軍を討ち破り、生き延びたと言う事実……」
剣士「あれは偶然だ。奇跡と言っても過言じゃない」
魔法使い「でしょうね。人の身では敵わない存在だもの」
剣士「やはりわからないな。それを良く知っている君がどうして?」
魔法使い「貴方と同じよ」
魔法使い「私も大切な人を失う悲しみには耐えられないわ」
剣士「なら何故止めない? 俺とは違うだろう」
魔法使い「これでも頑張って止めたつもりなのだけれど?」
剣士「それはどういう……」
魔法使い「まだわからない?」ジッ
剣士「失望したんじゃないのか?」
魔法使い「ええ、凄くしたわ。こんな時だからこそ、しっかりして欲しかったのに――」
魔法使い「貴方ときたら感情任せに行動して、おまけに妹までたぶらかして……」
剣士「賢者が勝手にあらぬ幻想を抱いているだけだ」
魔法使い「ふーん。まあいいわ。とにかく私は貴方を失いたくないだけ」
剣士「その為なら命すら厭わないと?」
魔法使い「貴方のいない世界に未練なんてないわ」
剣士「重いな……」
魔法使い「ごめんなさい。これは卑怯よね……」
剣士「魔法使い……」
賢者「お待たせしましたー!」バーンッ
魔法使い「遅かったわね」
賢者「はい、スープを温め直していて――って、あれ?」
魔法使い「どうしたの?」
賢者「いえ、剣士さんが青ざめていたので……」
魔法使い「酷い人」ムッ
賢者「またお姉様が何か言ったんですか?」
剣士「べつにそういうわけじゃ……」
賢者「気にしちゃ駄目ですよ。ケチをつけるのが趣味みたいな人ですから」
賢者「――ところで例の作戦は思い付きましたか?」
魔法使い「例の作戦?」
賢者「四天王を倒す作戦です!」
魔法使い「い、挑むの?」
賢者「私達は魔王討伐を目指しているんですから当然ですよね!」
剣士「そのことなんだが……」
賢者「思い付いたんですか!」
剣士「あ、いや……」
賢者「そう簡単に思い付きませんよね。すみません、急かせちゃって」
剣士「(話せば死ぬだろう。一か八かの奇襲など愚策だ。ならいっそここで諦めるのも……)」
魔法使い「随分と腕を上げたのね。悔しいけど美味しいわ」モグモグ
賢者「素材が良いだけですよ」
魔法使い「謙遜なんて珍しい」
賢者「ここの気候と土壌がお野菜に適しているそうで他で取れるものよりも美味しいそうです。宿屋さんが言っていました」
賢者「だから次もこの味が出せるとは限りません。期待しちゃ駄目ですよ!」
魔法使い「ふーん」ズズッ
剣士「(ああ、そうだった。俺は大切なことを忘れていた……!)」グッ
賢者「あ、剣士さんも食べて下さい。作戦は食べながらみんなで考えましょう」ニコッ
剣士「賢者、そのことで話がある。聞いてくれないか?」
賢者「え!?///」ドキッ
町の外れ 夜更け――
賢者「抜け道、ですか?」
剣士「ああ。城、それも王城ともなれば脱出用の抜け道が必ず存在する」
賢者「でも、そんなものがあればとっくに……」
剣士「俺もそう思うんだが、どうやら使える可能性が高いらしい」
魔法使い「だからって、どうしてこんな夜更けなのよ?」
剣士「時間を指定されたんだよ」
賢者「確かに夜の方が人目につかないですけど……」
剣士「とにかく行こう。ここから少し北にある橋の下で待っているそうだ」
魔法使い「罠に思えるのだけれど?」
剣士「その時はその時だ。諦めよう」
魔法使い「あ、そう」
北の橋――
爺「ホホッ、やはり来おったか。……ん? その二人は?」
賢者「私は賢者。で、こちらは姉の魔法使いです」
爺「なんじゃ女か。しかも、ちょいと臭う」
魔法使い「失礼な爺ね。もしかして、この糞爺が例の元騎士なの?」
爺「糞爺でもあるが、ワシはホモ爺じゃよ」タワケ
魔法使い「は?」
剣士「それで抜け道とはどこにあるんだ?」
爺「相変わらずせっかちじゃなー。いいよ、いいよ。すぐに見せちゃる」
魔法使い「すぐって、この近くに? 王城まで馬でも二日はかかるわ」
爺「それがあるんじゃよ」
剣士「ここ、橋台に?」
爺「まあ見ておれ。確かこのレンガじゃったかな、ポチっと!」グイッ
賢者「一部の石壁が消えましたよ!?」
剣士「魔法の仕掛けか?」
魔法使い「そのようね。それも随分と古臭い……」
剣士「驚いた。まさに抜け道、隠し通路というわけか」
魔法使い「貴方のところは普通なの?」
剣士「普通と言うより変だな。謎の塔に続く抜け道だから」
賢者「奥は狭いですよ。とても道があるようには見えませんけど……」
爺「下を良く見てみ、魔法石の床じゃよ」
剣士「まさか、転移魔法?」
爺「そうじゃ、それなら一瞬じゃろう?」
剣士「納得した。だからこのような場所にあるのか」
爺「よかったわい。見た限りじゃが、使われた形跡はないぞ」
剣士「では行けるのか、本当に……?」
魔法使い「怖いの?」
剣士「ああ、転移魔法も始めてだしな」
爺「大丈夫じゃよ。ワシが保証するぞい。勇者も頻繁に使う魔法じゃし!」
賢者「ありがとうございます、御爺さん!」
爺「待て待て、ワシもゆくぞ!」
剣士「爺さんも?」
爺「当然じゃ、案内人は必要じゃろ?」
剣士「そうして貰えると助かるが……」
爺「なあに、お国のためじゃ。こんな老骨が役に立つなら何でもするぞい!」
剣士「……わかった。行こう」
城 地下室――
剣士「着いたのか? 転移魔法だと実感が薄いな……」
賢者「ちょっと頭がクラクラするんですけども……」フラフラ
魔法使い「で、ここはどこなの? 暗くてよく分からないわ」
爺「ここは礼拝堂の下にある地下室じゃよ」
魔法使い「魔法の抜け道というわりには普通ね」
剣士「あくまで魔法なのは時間と距離を稼ぐ為だろう」
賢者「出口はどこですか?」
爺「剣士殿の丁度真上が出口じゃな。ちと重いが、天井を持ち上げてくれんか?」
剣士「ああ、わかった」ズッ ゴゴ
礼拝堂――
賢者「ぷはーっ、出られました!」ヒョコッ
剣士「爺さん、グリフォンはどこにいると思う?」
爺「おそらく玉座か、中庭じゃと思うが……」ジーッ
賢者「どうしたんですか?」
爺「女神像が邪神像に変わっておったからな。驚いたわい」
剣士「それが?」
爺「おかしいとは思わんか?」
剣士「魔族も神に祈るだろう。邪神を信仰しているわけだし」
爺「そこじゃない。誰がこの像を彫ったのかじゃよ」
剣士「持ち込んだものじゃないのか?」
爺「魔族も祈るとはいえ、こんな大きな像を戦場には持ち込まんじゃろ?」
剣士「まあ、確かに」
爺「聞けば鳥魔族の奇襲によって落ちたとか。鳥魔族に手先の器用な者がおるとは思えん」
剣士「後から他の魔族が合流したとも考えられる。そこまでおかしいことでは……」
爺「いや、そのような話は聞かん。合流できたとして精々不器用なオークじゃろう」
剣士「つまり?」
爺「この像は人間によって彫られたものじゃ。技術的にもそう見える」
魔法使い「城の者が捕まっていると言うの? 魔族は支配ではなく破壊が目的なのよ?」
爺「そりゃそうなんじゃが……」
剣士「もし捕らえられているとしたら何処だと思う?」
爺「普通に考えれば主塔の地下にある牢獄じゃろうな」
魔法使い「た、助けに行くつもり?」
剣士「ああ」
魔法使い「?!」
塔――
剣士「あっさりここまで辿りつけたな。巡回は愚か、見張りの兵すらいないとは……」
賢者「夜だからじゃないですか? 相手は鳥魔族なわけですから、鳥目で」
剣士「魔族に常識が通用するのか? いや、それ以前に夜行性の鳥も多いだろう」
賢者「じゃあ、人出が足りないとかじゃないですか? 魔族ですし……」
爺「ともかく相手は無警戒と言えるのう。内部からの攻撃を想定しておらん」
賢者「抜け道の存在を知らなければ警戒しないと思いますけど、どーなんでしょ?」
剣士「罠の可能性は……考え過ぎか?」
爺「ときに戦場では慎重さよりも行動力が求められるそうじゃよ?」
剣士「それはそうなんだろうが……」
魔法使い「考えても仕方ないわ。ここまで来たのだから行ける所まで行きましょう」
剣士「あ、ああ」
塔 内部――
剣士「見張りがいるな」コソッ
魔法使い「本当に捕らえられていると言うの?」
剣士「ここに兵を配置する意味を考えれば十中八九と言ったところだが……」
賢者「どうします? 見張りは鳥人間ですよ。鷲の頭に翼、それに鋭い爪にクチバシです」
剣士「屋内であれば翼は脅威じゃない。やれると思うが」チャキッ
魔法使い「待って。塔の中は明るいわ」
剣士「本当に暗闇では目が利かないと言うのか?」
魔法使い「鷲は昼行性よ」
剣士「しかし……」
魔法使い「確かめればわかるわ」スッ
剣士「どうする気だ?」
魔法使い「明りを消すの」
剣士「やれるのか?」
魔法使い「私は魔道師よ。当然でしょ?」パァァッ
ガルダ「な、風……?」
ヒュウウ スッ
ガルダ「あ、明りが消えた!? こ、これはどういう……」キョロキョロ
賢者「見えてないみたいですね」
剣士「いや、まだ目が暗闇に慣れていないだけかもしれない」
賢者「にしても、あの慌てようは……」
ガルダ「火、火を、火を灯さねば……」ゴソゴソッ
剣士「決まりか?」
魔法使い「ええ、そう思うわ」
賢者「私もそう思います」
爺「ワシはホモ」ボソッ
剣士「では……」スッ
ガルダ「だ、誰かそこにいるのか?」ガチャ
剣士「(気づかれた? ――が目線は定まっていない)」
剣士「(本物の鷲はどうだか知らないが、こいつらは見えていない)」
ガルダ「あ、悪霊なのかー!?」ブルブル
剣士「すまない」ガンッ
ガルダ「うっ……」バタッ
剣士「これは、もしかすれば本当に……」
塔 地下 牢獄――
城兵「うっ、眩しい。まだ朝ではないはずだが……?」
魔法使い「信じられない。本当に捕らえられていたなんて……」
城兵「き、君達は?」
賢者「救いのヒーローとヒロインですよ。さあ、ここから逃げて下さい!」バッ
城兵「まさか、勇者なのか!?」
剣士「残念ながら。ですが貴方方を助けにきたのはと言うのは本当です」
城兵「ゆ、勇者ではない?」
剣士「ええ」
城兵「そうか、そうか……」シュン
剣士「?」
王女「申し訳がないのですが、そういうことなら私達は放っておいて下さい」
剣士「貴女は?」
王女「この国の王女です。といっても、この様な身なりではわからないと思いますが……」
剣士「それで放っておけとはどういう意味です?」
王女「見ての通り、私達は自らの意思で魔族に降伏しました」
王女「奇襲により私の父、国王は亡くなり騎士団の半数はやられ……」
剣士「降伏せざるを得なかった、それはわかります。しかし、それが一体どうして?」
王女「聞けば勇者も既に魔王に討ち取られたとか――」
王女「それでなぜ抵抗しようなどという考えに至りましょうか。ならいっそのこと……」
剣士「魔族のドレイとして生きると言うのですか?」
王女「グリフォンは約束して下さいました。魔族のドレイとなれば命だけは、と」
剣士「彼等が約束を守るという保証はありません。用が済めばいずれ……」
王女「その時は心静かに己の運命を受け入れるだけです」
王女「ごめんなさいね。危険を冒してまで私達を助けに来てくれたと言うのに……」
賢者「諦めちゃ駄目ですよ。まだわかりません、まだ!」
王女「既に希望は断たれていた。どう足掻こうと滅びの運命は変えられないわ」
王女「だから、だから私達はこうして……」
剣士「戦うことを、いや生きることを諦めたのか」
魔法使い「お、王子?!」
剣士「わかっている。境遇を鑑みれば無理もない。彼女を責める気はないよ」
王女「なら早く去って下さい。彼等が貴方達に気づく前に、何処か遠くへ……」
剣士「すまないが、それはできない」
魔法使い「王子は本気なの!?」ガシッ
剣士「いけないか?」ペシッ
魔法使い「戦えば、貴方が彼女等を殺すことになる!」
剣士「勝てばいい。勝てば全て救える。ここにいる者達も、心優しい宿屋の主人も……!」
魔法使い「その覚悟が本当にあると? 貴方は死に場所を求めているだけでしょ!?」
剣士「違う、今は違うッ!!」
賢者「!?」
城兵「待ってくれ。君は四天王に挑むと言うのか、それは無謀が過ぎるぞ!?」
剣士「確かに無謀だ。だが無理じゃない。勝機はある」
城兵「き、聞かせては貰えないか? 君達がここまで辿り着いた経緯を含めて」
剣士「ええ、実は……」
城兵「なるほど。抜け道を通って。だからここまで無事に辿りつけたと言う訳か……」
城兵「それで四天王に勝てるとは一体……?」
剣士「敵はこちらの侵入に気づいていません。加えて彼等、鳥魔族は暗闇では十分に見えないようです」
剣士「四天王グリフォンの元に辿り着くのはそう難しくはないでしょう」
城兵「つまり今、敵の主力は弱体化しているわけか……」
城兵「しかし全ての敵が鳥魔族ではない。先日、数十匹のオークが合流したのを確認した」
剣士「そういった夜戦が可能な魔族は、城門や側塔で外部を警戒しているはず――」
剣士「ならば嗅ぎつけられる前にグリフォンを倒せばいいだけのこと。すれば崩れる」
城兵「肝心のグリフォンだが…… 倒せるのか、君に?」
剣士「グリフォンとて鳥魔族。暗闇では飛べない。地上戦に持ち込めば勝てる!」
城兵「そう言うが、グリフォンの半身は獅子。地上とて脅威にかわりはない」
剣士「俺は以前、魔族の将と戦い勝ちました。その経験を生かせれば……」
城兵「魔族の将を!?」
剣士「たった一度だけですが……」
城兵「そ、それを考慮しても本当に僅かな可能性だろう。上手くいくとは……」
剣士「この程度のリスクで各上に挑める。それだけで上等。賭ける価値はある」
城兵「確かに、もっともだな。むしろ千載一遇のチャンスだと捉えるべきか……」フッ
王女「貴方まで何を?!」
城兵「王女よ、どうか許して頂きたい。この者と共に戦うことを」ペコッ
王女「ば、馬鹿なことを言わないで」
城兵「もう耐えられないのです。誇りを捨て、魔族の家畜に成り下がるなどと……」
兵一同「「私達からもお願い致します!」」
王女「ず、ずるいわ。そんなの、皆にそんな風に言われたら頷くしか……」
城兵「感謝いたします、我が王女よ」
剣士「ま、待ってくれ。俺は勇者じゃない。こんな無謀に付き合う必要などどこにもない」
剣士「貴方達は王女を連れてここから……」
城兵「王女を確実に逃がす為にもここに残り戦う者は必要だ。これだけの数が一斉に逃げ出せば気づかれぬはずはない」
剣士「この暗闇ならば……」
城兵「それでもだ。それに敵を引き付けられれば剣士殿の助けにもなることだろう」
剣士「しかし、武具を持たない貴方達では!」
城兵「武器に代わるものなら幾らでも見つかるだろう。それに城内であれば構造を熟知している我等に分がある」
城兵「それとも剣士殿の我等が邪魔なるとお考えか? そうであるなら私達は……」
剣士「いえ、そうわけでは……」
城兵「なら戦わせてくれないか。騎士としての責任を果たさせてくれ!」
剣士「わ、わかりました……」
城兵「王女よ、隠し通路は御存じで?」
王女「それが、よく思い出せなくて……」
剣士「では魔法使いに案内させます」
魔法使い「わ、私!? 案内なら爺にやらせればいいじゃない」
剣士「護衛も込みだ。爺さんには荷が重いだろう?」
魔法使い「賢者じゃ駄目?」
剣士「グリフォンとの戦いに癒し手が欲しい」
魔法使い「そ、そう……」シュン
剣士「頼まれてくれるか?」
魔法使い「約束してくれたらいいわ。絶対に死なないって……」
剣士「約束は出来ないが努力はする。それでは駄目か?」
魔法使い「嘘でも約束しなさいよ。そうすれば納得したのに」
剣士「嘘は苦手だな」
魔法使い「不器用な人。でも、その飾らないところが貴方の魅力なのかも知らないわね」
剣士「どうだか……」
魔法使い「まぁいいわ。引きうけてあげる。その代わり努力してよ」
剣士「あ、ああ」
魔法使い「さて、役割も決まったことだし行動しましょうか」
城兵「うむ。では我等は行きます。ご武運を!」バッ
賢者「私達も行きましょうか、剣士さん」
剣士「ああ。爺さん引き続き案内を」
爺「了解じゃよ!」
魔法使い「で、のこりが王女とその護衛と使用人か――」
魔法使い「では私から離れないようにして下さい。何があるか分かりませんので……」
王女「ま、魔法使いさん。そ、その、お願いがあるのですが……」
魔法使い「?」
中庭――
グリフォン(以下グリ)「風が騒がしい。これは一体どういう……?」
オーク「どうやら何者かが城内に侵入し、ドレイ達を解放したようです」
グリ「お前は先日、我が隊に合流した元ミノタウロス隊のハイオーク!」
オーク「これはマズイことになりました」
グリ「それが本当なら一大事だ。城内からの攻撃など想定していなかった。どうやって?」
グリ「まさか、お前らの中に裏切りモノが……」
オーク「御冗談を。確かに城門を内側から開ければ侵入は容易い――」
オーク「しかし、人間に恨みを持つ我々がそれを行うとお思いですか?」
グリ「では翼を持たぬ者がどうやって城壁を越えたと言うのだ?」
オーク「それはわかりません。しかし、これでは敗北は必須です」
グリ「いや、まだだ。私がいる限り敗北はあり得ん」
オーク「敵を甘く見ないことです」
グリ「知っているか、侵入者を?」
オーク「おそらく我が部隊を討ち破った剣士かと」
グリ「例の剣士か、魔王様が危惧していた……」
オーク「報告は以上です。私は持ち場に戻ります」
グリ「待て。お前の部隊も侵入者とドレイを!」
オーク「これは陽動かも知れないのですよ。城門を手薄にすることはできません」
グリ「我々鳥翼族だけで城内の敵を掃討しろと言うのか。この暗闇で!」
オーク「先程、ご自分で申されたではありませんか。四天王いる限り敗北はないと」
グリ「下級魔族の分際で……」ギリッ
城 中庭――
賢者「感動しましたよ、剣士さんの言葉!」
剣士「安い感動だな。啖呵を切るだけなら誰でもできる。問題はそれを実現する力があるかどうかだ」
賢者「どうしたんです、いきなり?」
剣士「希望が絡み過ぎた作戦、いや作戦とも呼べないイチバチだ。それなのに俺は……」
賢者「剣士さん、もっと自分のこと信じてもいいんじゃないですか?」
剣士「信じる、自分を?」
賢者「だって剣士さんはこの状況であれば絶対に勝てるって思ったんでしょ?」
剣士「絶対とまでは……」
賢者「少なくとも私は信じています、剣士さんのこと――」
賢者「だから信じましょう、大丈夫だって!」ニコッ
剣士「!?」
爺「コォラ! イチャコラしよって、独身ホモの気持ちも考えて欲しいものじゃわい!」
賢者「えーっ、イチャイチャなんかしていませんよー!」
剣士「イチャコラ、イチャイチャ……?」
賢者「男女が睦まじくスライムのごとくネチャネチャ戯れることです」
爺「べつに男女に限らんと思うがのぅ」
爺「そんなことよりじゃ。あれが目に入らんか? 彼奴が中庭に居たぞ!」ビシッ
剣士「中庭、やはりか……」
賢者「あの巨体じゃ、玉座は窮屈そうですからね。翼なんかは特に邪魔になりそうです」
剣士「爺さん、ここまで案内してくれてありがとう。後は俺達に任せてくれ」
爺「うむ。気をつけてな」
賢者「何処か安全な場所に身を隠していて下さいね!」
剣士「じゃ行くか!!」ダッ
ガルダA「侵入者だと!? やはりあのハイオークの言っていたことは本当だったのか!」
ガルダB「お、臆するな。我等魔族が人間に劣るようなことはない」
ガルダC「しかし、たいまつの明りだけでは……」
剣士「四天王とは言え、やはり衛兵はつけるか!」ダッ
ガルダB「き、きたぞ。明りを背にして戦え!」モタモタ
剣士「遅いッ!!」ザン
ガルダ一同「「ぐあああああ」」グシャアア ガシャガシャ
グリ「瞬く間に衛兵を!?」ビクッ
剣士「あとは大鳥だけ……」ユラリッ
グリ「ま、間違いない。奴が剣士だ。魔王様がおっしゃっていた紅蓮の――ッ!?」
剣士「速攻で仕留める!」
賢者「は、はいい!!」モタモタ
グリ「しかし、私はそう簡単にはいかんぞ!」
剣士「」スッ
グリ「闇に身を隠してもだな!」グルン
剣士「なにィ!?」
グリ「この私が他の者と同じく暗闇では目が利かないと思ったか?」
グリ「魔界四天王の一人であり、天空の覇者である私が鳥目なわけがなかろう!」
剣士「くっ、ここまでか……」ガクッ
賢者「剣士さん、諦めるの早すぎですっ!?」
剣士「冗談だよ」チャキッ
賢者「笑えない冗談は止めて下さいよー、もーっ!!」
剣士「だが半分だ。さて、どうしたものか……」
グリ「フハハハッ! 見せてやろう。驚きたまえよ、四天王の力!!」バサッ フューンッ
剣士「飛んだ? やはりあの巨体でも飛べるのか!?」
賢者「グリフォンの羽は風を纏うと聞いたことがあります。その力かも知れません」
剣士「魔法のようなものか」
グリ「仕掛けがわかったところで何ができる。いくぞ!」バサ
剣士「!?」ガシッ ヒョイ
賢者「きゃっ、剣士さん何を?」
グリ「喰らえ、はばたきを!」ビュオッ
剣士「ぐっ!?」ズシュッ
賢者「剣士さん、私を庇って……」
グリ「ほう、今の一撃をかわすか!」バサバサ
剣士「(直撃は避けられたが、賢者を抱えながら避け続けるのは至難だな……)」
賢者「あのはばたきは真空魔法と同等の力を持っていますよ」
剣士「纏った風を放つ、と言ったところか。だが、かわせないわけじゃない。死角はある」
賢者「で、でも私には無理そうです……」
剣士「だと思って担いだ」
賢者「す、すみません」シュン
剣士「(暗闇で飛べるとは予想外だった。同じ鷲頭なのに、ガルダとは違うのか?)」
賢者「名誉挽回、炎で撃ち落します!」ボウッ
グリ「ぬるい! その程度の魔法など、吹き飛ばしてくれるわ!」ビュオッ
賢者「こ、渾身の一撃がぁ……」ガーン
剣士「打つ手なし、ここまでか」
賢者「本当に、ですか?」
剣士「地上戦に持ち込めれば可能性もあったが、飛ばれては手も足もでない」
賢者「勇者様だったらどうなんでしょう?」
剣士「勇者? 魔法だろうな。勇者だけが使える“聖なる雷撃”で奴の翼を焼いて……」
賢者「あう、雷の魔法は使えませんよ。でもお姉様ならそれに変わる魔法くらい……」
剣士「魔法使いか。しかし彼女はここにはいない」
グリ「よそ見を!」バサッ ビュオッ
剣士「チッ!」ダッ
賢者「きゃあ!」
グリ「またも回避する。想像以上に素早いな」
剣士「(無理なのか、俺には……)」ギリッ
グリ「これでは埒が明かないか、それなら!」ビューンッ
賢者「上昇しましたよ!?」
剣士「急降下し、体当たりを仕掛ける気だ」
賢者「そんなのをくらえば昇天ですよ。違う意味でお空じゃないですか!?」
剣士「だが、こちらと接触する。――チャンスだ!」
賢者「え゙えーっ!?」
剣士「賢者、離れろ。走れ!」
賢者「え、あっ、はい!」タタタ
剣士「さあ、どちらを狙う?」
グリ「決まっている。お前だ、剣士ィ!」ヒューンッ
剣士「だよな!」バッ チャキッ
グリ「このスピード、かわせるものか!!」ドーン
剣士「ぐッ!」ザン
グリ「手応えあった――が、なにィ!?」フラッ
剣士「こちらもな」ヨロッ
グリ「衝突と同時に斬りかかるとは……!」ボタッ
剣士「チッ、翼を傷つけただけか……」グラッ
グリ「フフ、この程度であれば問題はない。もう一度ゆくぞ!」バサッ
剣士「くっ、本当にやれるのか……?」
賢者「剣士さんが遠い。治癒魔法が届かない!」タタタッ
剣士「くるな。衝撃に巻き込まれるぞ!」
賢者「で、でもっ!」モダモダ
剣士「(弱気になってどうする。決めたんだろう、死んでも勝てよッ!)」
グリ「ウオオオオ!!」ビューンッ
剣士「臆するな、剣は通じる!」グッ
グリ「捉えたぞッ!!」
剣士「(先程の攻撃で致命傷を与えられなかったのは翼だったからだ)」
剣士「(奴の翼は風を纏っている。それが膜となり剣戟を防いだ)」
グリ「これで終わらせてくれる」グワッ
剣士「ならば胴体に一撃。カウンター気味に入るはずだ。貫けえッ!!」ガッ
ドーンッ ズシュッ
グリ「グオッ!」
剣士「ぐああッ!」
ドシャァァァッ
グリ「まさか、まさかここまでやるとは思わなかったぞ……」ボタボタ
剣士「ガハッ(身体が動かない、右腕が明後日の方向を。こ、これでは……)」ズキッ
グリ「しかし、あと一歩及ばず。私の勝ちだ!!」ブワンッ
剣士「(胴体に一撃を与えられたが、トドメには遠かった……)」
賢者「剣士さん、剣士さぁーんッ?!」タタタッ
剣士「け、賢者!? ぐっ、うおおおおおおおッ!」グワッ
グリ「馬鹿な、まだ立ち上れるのか!?」ビクッ
剣士「誰が、誰がここで死なせるかよッ!!」ジャコッ
グリ「左腕で腰のダガーを? フッ、そんなものでは私の心臓は貫けんぞ!」フューン
剣士「(突撃の構え!? 所詮は鳥頭か、それならば勝てる!)」
グリ「今度こそ最後だ。ゆくぞ、剣士ィィーッ!!」グワッ
剣士「いいぜ、こい!!」バッ
ヒュオオオオ ブワッ
グリ「ぬう!? こ、これは、グ、グワアアッ!!??」ズシュッ ヨロリッ
剣士「グリフォンが崩れる?」
賢者「この冷気の風、吹雪の魔法は――」
剣士「魔法使い!?」
魔法使い「どうやら間に合ったみたいね」ザカ
剣士「王女はどうした?」
魔法使い「主塔で傷ついた兵達の手当てをしているわ」
剣士「なぜ連れていかなかった!?」
魔法使い「王女様もこの国の為に生きると決めたのよ」
剣士「……!」
魔法使い「大丈夫、あと私に任せて」
剣士「やれるのか?」
魔法使い「ええ、やってみせるわ」スチャッ
グリ「魔道師一人増えたところで何が変わるか。全員まとめて…… んんっ?!」ピキーン
魔法使い「さっきの冷気で貴方の片翼は凍りついた。本来の力は出せないはずよ」
グリ「馬鹿な、あり得ん。我が翼がこの程度の魔法で凍るなど――」
グリ「そうか!? 剣士の初撃が、ここにきて……」ヨロヨロ
魔法使い「完全に捉えた。これで終わせる!」キラッ
グリ「氷の矢だと!?」
魔法使い「いきなさい!」ビュオ
グリ「ヌガアアッ!」ズブシュウウッ
グリ「四天王であり、天空の覇者と言われた、この私がああああ!!」ベチャ
魔法使い「もう一撃!!」バーン
グリ「涼やかな風吹くこの地で私だけの王国を築くこと夢見ていたのに……」ブシューーッ
グリ「ブハッ、夢は途絶えたか……?」バタンキュー
剣士「やったのか?」フラッ
魔法使い「ええ。それより身体は平気? 肩を貸すわ」スッ
剣士「ありがとう。お陰で助かった……」
魔法使い「うふふっ、どう致しまして」ニコッ
賢者「わ、私、あの……」オドオド
魔法使い「いたの!? いたのならさっさと治癒しなさいよ!」イラッ
賢者「す、すみません。すぐします!」アワアワ
賢者「剣士さん、終わりましたよ」パアア
剣士「やはり魔法は凄いな、短時間でここまで回復するのか。ありがとう」
賢者「い、いえ……」
剣士「どうした?」
賢者「なんでもありませんよ。なんでも……」
剣士「?」
賢者「(何しているんだろう。剣士さんの力に、支えになるって決めたはずなのに――)」
賢者「(ただ守られていただけじゃないですか。それに比べてお姉様は……)」
魔法使い「もう大丈夫なの? 見せて見せて」クイクイ
剣士「見る必要あるのか?」
魔法使い「安心したいのよ、駄目?」
剣士「それで満足するなら……」スッ
賢者「(力が欲しい。剣士さんの傍にいられるだけの力が……)」
剣士「……」
魔法使い「どうしたの?」
剣士「以前、君は言っていたな。ただの人では魔王は愚か、魔族にも勝てないと」
魔法使い「嫌み?」
剣士「いや、そういうつもりじゃ……」
魔法使い「その言葉に嘘はないわ。この勝利だって多くの偶然が重なった奇跡でしかない」
剣士「だが……」
魔法使い「ええ、わかってる。ただの偶然じゃないってことも――」
魔法使い「そう、貴方が剣士として生きなければこの奇跡は生まれなかった」
魔法使い「悔しいけど認めてあげるわ。貴方のその馬鹿みたいな意地を」
剣士「魔法使い……」
魔法使い「さて、もどりましょう。大将を討ち取って終わりってわけでもないわ」
魔法使い「城内に残った敵を追いだし、この城を取り戻さないと」
剣士「だな。王女達のことも気になる」
魔法使い「まだ戦える?」
剣士「ああ」
魔法使い「無理はしないでね。――じゃ、行きましょうか」
賢者「え、あ! ま、待って下さーい!」アセッ
こうして長い夜が明けた。そして――
大広間――
王女「貴方方のお陰でこうして無事に城を取り戻すことができました」
王女「なんと礼を申して良いものか……」
剣士「いえ、私達だけでは決して成しえなかったこと。力を合わせた結果です」
剣士「それにこれで魔王の脅威が去ったわけではありません。むしろ戦いはこれからです」
王女「剣士様は本当に魔王討伐を?」
剣士「ええ」
王女「……わかりました。必ずやこの国を再興し、その手助けをするとお約束致します」
王女「それがきっと私達ができる最大の礼になることでしょう」
王女「待っていて下さい。強い国にしてみせます。――できますよね?」チラッ
城兵「はい。王女がそれを望むのであれば」ニコッ
剣士「その日を楽しみにしております」
王女「剣士様、ご武運を!」
平原――
剣士「……」
魔法使い「また難しい顔して、どうしたの?」ヒョコ
剣士「爺さんのことを考えていた」
魔法使い「ホモ爺とかいう? な、なんで?」
剣士「この戦い、爺さんが抜け道を知らなければ勝負にもならなかっただろう」
魔法使い「それが?」
剣士「今思っても爺さんが抜け道を知っているのはおかしい」
剣士「城の者に聞いても爺さんの事を良く覚えている者はいなかったという話だ」
魔法使い「あんな糞爺、一番に忘れたい存在じゃない?」
剣士「真面目な話をしている」
魔法使い「ま、確かに。魔族のこともやけに詳しかったような気もするわ」
剣士「俺には詳し過ぎるように思えた」
魔法使い「女神の使いだとでも言うつもり?」
剣士「そこまでは言わないが…… とにかく腑に落ちない点が多すぎる」
魔法使い「考えても仕方ないわ。気味が悪いことだとは認めるけれど」
剣士「それはそうかもしれないが……」
魔法使い「相変わらずね。素直に喜べばいいのに」
剣士「水を差したか?」
魔法使い「そんなことないんじゃない? あの子も珍しく大人しいし」
剣士「賢者が? そう言えば大人しいな」
賢者「はあ……」シュン
剣士「どうした?」
賢者「え……?」キョトン
剣士「体調でも悪いのか?」
賢者「そ、そんなことないですよ!」ブンブン
剣士「本当に?」
賢者「私はいつでも元気です。ほらほら!!」ピョンピョン
剣士「無理をしているようにも見えるが……」
賢者「それは剣士さんが変な事を言うからですよ!」
剣士「すまない」
賢者「さあ、行きましょう。こんな事で時間を使っちゃ駄目ですよ!」
剣士「あ、ああ」
魔法使い「それで次はどこに向かうの?」
剣士「とりあえず西に。海に出なければ魔王の大陸には辿り着けない」
魔法使い「魔王がいる大陸に向かう船なんてあるとは思えないのだけれど?」
剣士「なければ買うなり盗むなりすればいい」
魔法使い「はあ、呆れた……」
剣士「じ、実はかなり無計画で……」
魔法使い「でしょうね」
剣士「これからは考えて行動するよ。仲間も増えたわけだしな……」
賢者「な、仲間?」
剣士「俺達はこの世界を救う為に立ち上った仲間――違うか?」
魔法使い「ププッ、くっさ。わざわざ口にしなくてもいいのに。歯が浮くー」クスクス
剣士「……い、いけないか?」
魔法使い「いいえ、貴方らしくて良いんじゃない。剣士さん!」ニコッ
数日後 平原――
賢者「うおおう、ファイアーッ!!」ボウ
魔物「ワ、ワオーン……」バタン
賢者「やりましたよ。見ましたか!」グワッ
剣士「え、ああ」
賢者「あーっ、剣士さん腕怪我しているじゃないですか!?」
剣士「かすり傷だよ、舐めときゃ治る」
賢者「駄目ですよ。大きな怪我の影には小さな怪我がーって言うじゃないですか!」
剣士「本当に大した怪我じゃ……」
賢者「とにかく治癒します。はい、傷口見せて下さい」
剣士「そこまで言うのなら……」スッ
魔法使い「何があったか知らないけど、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃない?」
賢者「普通ですよ。昨日までの私がちょっとおかしかっただけで」
魔法使い「じゃ、ずっとそうであって欲しかったわ」
賢者「相変わらず酷いこと言いますねー。――あ、剣士さん、治りましたよ!」パア
剣士「あ、ありがとう」
賢者「さてさて、戦闘後のケアも終わったことですし、ガンガンいきましょう!」
剣士「そんなに急いで大丈夫なのか?」
賢者「何を言うんです。こうしている間にも私達の助けを待っている人達がいるんですよ?」
剣士「そうじゃなくて……」
賢者「大丈夫です。私のことは気にしないで下さい。絶対に足手まといにはなりません!」
剣士「いや、だから……」
魔法使い「好きにさせたら? 駄目なら置いて行けばいいじゃない」
賢者「そうですよ!」
剣士「……わかった。だが辛くなったら遠慮せずに言ってくれ。いつものようにおんぶするから」
魔法使い「おんぶ?」
賢者「ななな、何を言うんですかー!? 変なこと言わないで下さいよーっ///」
剣士「はあ!?」
賢者「とにかく私は大丈夫です。おんぶもだっこも必要ありませんからね!」テテテ
剣士「何なんだ、一体?」
魔法使い「さあ?」
剣士「(もしかして魔法使い前では恥ずかしいのか?)」
魔法使い「……」クイクイ
剣士「どうした、人の袖なんか引っ張って?」
魔法使い「疲れたわ、私が」ボソッ
剣士「え?」
魔法使い「だ、だから疲れたの。さっき戦いもあったし……」マゴマゴ
剣士「じゃあ休憩にしようか。強がってはいるが賢者も疲れているだろう」
魔法使い「そ、そう。助かるわ」
賢者「気なんか使わないで下さいよ。調子狂っちゃいます」
魔法使い「は? 貴女に使うわけがないでしょ」
賢者「相変わらず素直じゃないですね。でも、ありがとうございます……」ペコッ
魔法使い「だから違うって言ってるでしょーっ!」
剣士「どうして素直になれないんだ、あの姉妹は……」ハァ
都市――
賢者「わあ、大きな街ですね。人がいっぱいです。あ、でも人ごみに酔いそう……」ウプッ
魔法使い「はぐれないようにね」
賢者「大丈夫ですよ!」
剣士「手、つなごうか?」スッ
賢者「もーっ、子供扱いしないで下さいよー!」ムッ
賢者「で、でもはぐれたら大変ですよね。お言葉に甘えようかなー」ソソッ
魔法使い「はい」スッ
賢者「なんでお姉様が……」
魔法使い「嫌なの?」
賢者「べ、べつに嫌じゃないですけども……」
魔法使い「私は嫌だけれど」
賢者「じゃ、差し伸べないで下さいよ!」ムカッ
都市 宿屋――
宿屋「部屋ですか。むむむ、空いていませんねぇ……」ペラペラ
剣士「なら別のところを探さないと」
宿屋「んー、どこも同じだと思いますよ」
剣士「そうなんですか?」
宿屋「はい。隣国が魔王軍に攻め入られたとかで越してきた人が多いんですよー」
剣士「ここは大丈夫なんですか?」
宿屋「なにを言うです!? 貴方達も見たでしょう。強固な塀に囲まれたこの都市を!」
剣士「それは見えましたよ。随分と立派な高い防壁でしたね」
宿屋「なーんて簡素な感想だあ。もっとこう、あるでしょうにィー!」
剣士「は、はあ……」
剣士「えと、ここは要塞かなにかだったんですか?」
宿屋「はあい。大昔、魔王軍との戦いにおいて重要な拠点だったとか!」
剣士「魔王軍との戦いで……?」
宿屋「おおっとー! お客さは運がいい。一部屋空いていましたよ」
剣士「え? あ、本当ですか?」
宿屋「すみません、目が回るほど忙しくて見落としていましたー」ハハッ
宿屋「あー、でも三名様ですかー。空いていた部屋は小部屋なので……」
剣士「構いません。選べる状況ではないみたいですし、借りられるのならどこでも」
宿屋「不自由をさせて申し訳ございません。値引き、させて頂きますよ」
剣士「助かります」
宿屋「ではごゆっくりどうぞ!」スッ
部屋――
賢者「うわーっ、綺麗な部屋ですよ」
剣士「しかし狭い」
魔法使い「野宿よりはマシでしょ?」
剣士「まあな」
賢者「きゃー! ベッドさん、お久しぶりです」ポフン
剣士「そのベッドのことで、二人に頼みがあるんだが……」
魔法使い「なに? おそらく却下するだろうけれど一応聞いてあげるわ」
剣士「それでベッドが二つだろ?」
魔法使い「賢者、床で寝なさい」
賢者「え゙えーっ!!」
剣士「最後まで聞いてくれないか」
魔法使い「毛布でも借りれば大丈夫よ」
剣士「難しいんじゃないか? 毛布とかの余裕もなさそうだ」
魔法使い「じゃ私のローブ貸してあげる」ヌギ スッ
賢者「う、嬉しくないですよー」
剣士「二人が同じベッドで寝るという言うのは駄目か?」
魔法使い「なにそれ拷問?」
賢者「そんなー、姉妹仲良く同じお布団で寝ましょうよ!」ギュッ
魔法使い「てい」バシッ
賢者「ぎゃばっ!」コテン
剣士「情報を集めて来るから、その間に考えておいてくれないか?」
魔法使い「今から? 明日にしなさいよ。どうせ二日は滞在するんでしょ?」
剣士「酒場ならこの時間に行った方がいいだろう?」
賢者「あ、私も行きたいです!」
剣士「賢者は無理だよ」
賢者「子供扱いしないで下さいよ!」
剣士「お酒飲めないだろう?」
賢者「甘酒なら……」
剣士「あ、あま? とにかく賢者は待っていてくれ。土産あれば買って帰るから」
賢者「それ、完全に子供扱いじゃないですかーっ!!」
魔法使い「賢者ちゃん、パパのお邪魔をしたら駄目でちゅよー」
賢者「それは赤ちゃん扱いです。子供扱いよりも酷いじゃないですか!」
剣士「頼みまちゅからママと仲良く待っていてくだちゃい」
賢者「剣士さんがそんな安っぽい悪乗りするとは思いませんでした。幻滅しました、ファンになります!」
剣士「じゃ決まりだな」ガチャ バタン
賢者「うわああん、やってしまいましたぁああー!??」
魔法使い「泣かないの。ママが魔道書を読んであげまちゅから」
賢者「って、いつまでやっているんですかー!」
魔法使い「明日までかな?」フフッ
賢者「長っ!?」
酒場――
コノ イッパイガ タマランゾ ガハハハッ
ワシハ ピチピチノ ギャルニ… ガヤガヤ
剣士「大した情報はなさそうだな。ふわー、眠くなってきた……」ゴシゴシ
???「じゃ僕が有益な情報を提供するとしようかな」ストン
剣士「え?」
詩人「これは失敬、僕は流離うホモの吟遊詩人。よろしく」ニコッ
剣士「ホモの、吟遊詩人?」
詩人「うん」
剣士「……」ザザッ
詩人「あー逃げないで。僕は敵じゃない、色んな意味でね」
剣士「しかし、そう言って近づかれては……」
詩人「ちょっとお話しするだけさ。それに知りたいんでしょ、魔王軍のこと」
剣士「な、なに!?」
詩人「そんなに驚くことかい?」
剣士「それはそうだろう……」
詩人「ふふ、とにかく聞くだけ聞いてよ」
剣士「――それで?」
詩人「時期に魔王軍、それも四天王率いる部隊がここを攻めにくる」
詩人「おそらく君がここを訪れることを見込んでの抜擢だろうね」
剣士「ま、待ってくれ。どこでそんな情報を!?」
剣士「数時間ここにいたが魔王軍の侵攻のことは愚か、四天王の名など何一つも……」
詩人「姉が魔王直属の伝兵をやっていてね。定期的に僕に情報を流してくれるんだ」
剣士「魔族なのか!?」
詩人「あー、大きな声出さないで。誰かに聞こえたら大変じゃないか」ハハッ
剣士「わからないな。魔族が人間に味方をする理由はないはずだ」
詩人「君に惚れたからじゃ駄目かい?」
剣士「人間に惚れた程度で仲間を、同胞を裏切れるのか?」
詩人「ホモは異端。君はまずそれを理解した方がいい」
剣士「冗談はよせ!」
詩人「大真面目だよ。愛のパワーは偉大、それはわかってくれるよね?」
剣士「教える気はないということか……」
詩人「嘘はついていないんだけど…… ま、信じるか否かは君に任せるよ」
剣士「……」
詩人「――で、相手がまた四天王だってところまでは話したね」
剣士「グリフォンと同格。もしくはそれ以上の相手というわけか……」
詩人「大地の覇者ケンタウロス。上半身が人、下半身が馬の魔族だ」
剣士「随分とまた奇形な」
詩人「けど実力は確かだよ。少なくとも今の君達じゃまともに戦っても勝ち目はないかな」
剣士「それは、そうだろうな」
詩人「でも大丈夫。今回も上手く立ちまわれば勝てるよ」
詩人「人馬一体、その形体ゆえに広い平地では無双の強さを誇る――」
詩人「けど、ここ市街地に誘い込めれば……」
剣士「市街戦に持ち込めと!?」
詩人「入り組んだ複雑な地形、これほど奇襲戦に適した場所はないよ」
詩人「それにこういう戦いは君の得意とするところだろう?」
剣士「理屈はわかる。立体的な戦いが不得意な相手、そこに付け入る隙がある。だが……」
詩人「罠だと分かっていて真正面から向かってくる馬鹿はいない、かい?」
詩人「けど今回の相手はそんな馬鹿だと聞いているよ。小細工を嫌う武人気質な――」
詩人「正面から敵を討ち取ることこそが美だと考えている古臭い魔族だって」
詩人「古臭いって言っても、魔族の認識としてはこれが普通なんだけどね」
詩人「彼等は人間よりも優れた種族だと信じている。ましてや四天王ともなれば尚更だ」
剣士「驕っていると?」
詩人「ああ。だから迷わず突撃してくる」
詩人「罠だとわかっていても、罠ごと突破する気でね。これは賭けてもいい」
剣士「そうは言うが……」
詩人「だね、賭けるものがなかった。――これで話しは終わりだよ。なにか質問ある?」
剣士「いや……」
詩人「もう時間はそんなにないはずだ。準備は怠らないようにね。それじゃ健闘を祈るよ」
剣士「……」
剣士「(ホモと名乗る者が二度も俺に魔王の情報を与える。偶然じゃないよな……)」
部屋――
剣士「ただいま。すまないがドアを開けては貰えないだろうか?」コンコン
賢者「はーい。開けますねー」ガチャ
剣士「ありがとう。遅くなると言うのに鍵を持って行くのを忘れていた」バタン
賢者「気にするほどじゃありませんよ。閉めちゃった私も悪いですし」テテテ
賢者「で、なにか情報掴めましたか?」ポフン
剣士「あ、いや……」
魔法使い「落ち込む必要ないわ。明日また聞き込みをすればいいじゃない」
剣士「なあ、二人に聞きたいことがあるんだが……」
賢者「なんですか?」
剣士「魔法の中に姿を変えられるものってあるか?」
賢者「変化の魔法ですか? あるには、ありますけど……」
魔法使い「かなり高度な魔法よ。人間が唱えられるような魔法じゃないわ」
剣士「つまり?」
賢者「高質な魔力を持つ妖精族のエルフにしか扱えないと言われているんですよ」
剣士「じゃ魔族はどうなんだ?」
魔法使い「魔族? 無理だと思うけど。魔族はどちらかと言うと人間に近いから」
剣士「そうか……」
魔法使い「ねえ、どうしてそんなこと聞くの?」
剣士「あー、それが使えれば旅路も随分と楽になるかなって」
魔法使い「本当にそれだけ?」
剣士「いや、実を言うとピチピチギャルになりたい爺さんが酒場にいて――」
剣士「その爺さんの願いを叶えるにはどうすればいいのかなって……」
魔法使い「ふーん」
剣士「しかし、二人は本当に魔法に詳しいんだな。聞いてよかった」
賢者「そりゃそうですよ。お婆様に鍛えられましたからね!」
剣士「お婆さん、二人の?」
賢者「あれ? お姉様、剣士さんに話してなかったんですか?」
魔法使い「そういえば言ってなかったわ。色々と面倒なことになりそうだからって」
剣士「なにかあるのか? もしかして二人は……」
魔法使い「ええ、クォーターエルフなの」
剣士「クォーター!? ハーフではなく、クォーターなのか?」
魔法使い「お母様はハーフよ。お婆様が純潔のエルフだから」
賢者「ふふっ、驚きました?」
剣士「と言うよりは納得したかな。二人は魔術に長け過ぎている」
魔法使い「魔術は才能で決まるようなものだからね……」
剣士「そうなのか?」
魔法使い「ええ、例外を除けばね」
魔法使い「勇者との契約。勇者と契約すれば、魔力は格段に高まるわ」
剣士「女神の加護というやつか。やはり勇者は別格なんだな」
魔法使い「当然でしょ、勇者は神に選ばれた存在なのよ?」
剣士「選ばれた存在、血統か……」
魔法使い「悔しい?」
剣士「まあな。魔法が使えればと思うことはある」
魔法使い「人間には出来ることと出来ないことがあるわ」
魔法使い「頼りなさいよ。仲間なんでしょ、私達」
剣士「そうだな……」
魔法使い「じゃ、そろそろ寝ましょうか」ポフ
剣士「――って、ベッドの件はどうした?」
魔法使い「あーっ! なにドサクサに紛れて貴女がベッド使ってるのよ!?」
賢者「あやー……」シュン
剣士「提案は?」
魔法使い「却下されたわ」
剣士「どうしても?」
魔法使い「姉妹だからとか同姓だからとかって理由で一緒に寝させるなんて酷くない?」
剣士「う……」
賢者「すみません、ちょっと借りるつもりで…… すぐどきますね」ノソッ
剣士「待て、賢者!」
賢者「?」ゴテッ
剣士「俺が床で寝るよ」
魔法使い「貴方が一番疲れてるでしょ?」
剣士「疲れているのは一緒だろう?」
剣士「てか、こうなると俺が床に寝るのが一番なんだよ。俺の精神衛生上の問題で!」
魔法使い「うわっ、面倒臭」
賢者「私は大丈夫ですから剣士さんがベッドを使ってください。剣士さんに床で寝られては私が困っちゃいます」
剣士「しかし……」
賢者「じゃ順番にしましょう。もし次こう言うことがあったら私が使います」
剣士「わかった、そうしようか」
魔法使い「決まったの? じゃ、明かりを消すわね」フッ
数十分後――
剣士「」スースー 魔法使い「」スヤスヤ
賢者「!」ムクッ
賢者「剣士さんもお姉様も寝ましたね。ふふっ、今こそベッドに侵入するときです!」
賢者「寝ているんだから気づきようがありません。ではお姉様、失礼しまーす」モゾッ
魔法使い「なにしてるの?」
賢者「マ、ママが恋しくなっちゃって」テヘッ
魔法使い「……」
賢者「バ、バブー……///」
魔法使い「このダメな子、ダメな子! 大人しく寝てなきゃダメって言ったでしょ!」ゲシ
賢者「あぅっ!」コテッ
魔法使い「バイバイ」
賢者「ネグレクトはいけませんよーっ」シュン
更に数十分後――
剣士「」スースー 魔法使い「」スヤスヤ
賢者「!」ムクッ
賢者「先程は失敗しましたが、今度こそです!」テテテ
賢者「お姉様のとき以上に緊張しますね」ゴクリッ
賢者「ふぅー、剣士さん、失礼しましゅ……」モゾッ
賢者「……」ポフン
剣士「……」
賢者「あれぇ? 気づかれていない?」ゴロ
賢者「せ、成功してしまったーっ!?///」ドキーン
賢者「このまま添い寝が出来てしまうのですか? それはそれで――」
賢者「ドキドキして寝られません! はふーっ、はふーっ///」ドキドキ
剣士「……寝ろよ」ボソ
賢者「ぎゃわー! 起きていたんですかーっ!?」
剣士「起きたんだよ」
賢者「あのー、嫌じゃないんですか?」
剣士「俺は気にしない」
賢者「それはそれで凹みますね」シュン
剣士「じゃどう反応すれば良かったんだ。てか、賢者は嫌じゃないのか。男と一緒だぞ?」
賢者「い、嫌だったら潜り込みませんよ!」
剣士「そりゃそうか」
賢者「で、本当にここで寝て良いんですか?」
剣士「賢者が嫌でなければ。窮屈だが床よりは休めるだろう?」
賢者「あ、はい。暖かくて柔らかくて気持ちいいです///」テレ
剣士「休める時にしっかり休んだ方がいい。俺はそれを怠って死にかけた」
賢者「し、死にかけた……?」
剣士「ああ、ミノタウロスとの戦いで」
賢者「あー、懐かしいですね」
剣士「身体は思う様に動かないし、集中力はきれるし……」
賢者「あ、集中力で思いだしたんですけど。可愛いペットを思い浮かべると集中力って回復するそうですよ」
剣士「へー、でもペット飼ったことないから難しいな」
賢者「王子様なのになかったんですか?」
剣士「それは関係ないだろう……」
賢者「じゃあ私を思い浮かべて下さい!」
剣士「賢者を?」
賢者「ふふっ、お婆様に言われていましたからね。賢者は子犬みたいだねって!」
剣士「そ、それで良いのか?」
賢者「なにか問題ありました?」
剣士「いや、べつに……」
賢者「そう言えば昔にもあったんですよね。お姉様のベッドに忍び込もうとしたこと」
剣士「どうしてまた?」
賢者「七年くらい前ですかね? あの日は雷が酷い夜でした」
賢者「鳴り響く雷が怖くて、一人じゃ眠れなくて。だからお姉様の部屋に行ったんですよ」
剣士「それで?」
賢者「決まっているじゃないですか。今日と同じく蹴飛ばされましたよー」
剣士「魔法使いも雷が怖かったんじゃないか? それを賢者には知られたくなくて……」
賢者「お姉様に限ってそれはないですって」フフ
剣士「わからないさ。今日だって何か恥ずかしい理由があったのかもしれない」
賢者「寝相が悪いとか、ですか?」
剣士「寝言が酷いとかな」
賢者「剣士さんも結構酷いこといいますね。お姉様に聞かれたら怒られちゃいますよ」
剣士「だな。この辺でやめておこうか」
賢者「ですね」
剣士「じゃあ、お休み」
賢者「え!? もうおしまいですか?」
剣士「おしまいって……」
賢者「もっと剣士さんとお話したいなって。お姉様の話題は終わりで良いんですけども」
剣士「話ならいつでも出来るだろう?」
賢者「でも二人っきりでお話しすること、お姉様が加わってからなかったから……」
剣士「それは、まあ……」
賢者「えと、何を話そうかな。うーん、話したいこといっぱいあるんですけどねー」
剣士「俺と話して楽しいか?」
賢者「ん? 楽しいですよ??」
剣士「物好きだな」
賢者「そんなことないと思いますよ。剣士さんはいつも真剣に話を聞いてくれますし――」
賢者「上手く言えないですけど。そういうところ含めて大好きです」
剣士「そんなこと言って、恥ずかしくないのか?」
賢者「恥ずかしいなんて。剣士さんは私の誇り――」
賢者「出会えたこと、こうして一緒にいられること。それが何よりも嬉しい。だから私は、私は……」シュン
剣士「賢者……?」
賢者「剣士さんは私と出会って…… あ、いえ、すみません」
賢者「やっぱり今日はもう寝ましょう。しっかりと休まないとだし、おやすみなさーい!」
剣士「あ、ああ……」
翌日――
賢者「ふわーっ、おはようございます」ムクッ
魔法使い「おはよう」
賢者「あれ? 剣士さんは?」
魔法使い「もう出かけたわ」
賢者「そうだったんですか。あ、その、これは……///」
魔法使い「なに変な声を出して」
賢者「やー、どうして私がベッドで寝ていたのか気になるかなーって」
魔法使い「べつに気にならないけれど」
賢者「そ、そうですか?? あっ、特にいやらしいこととかないですからね///」テレッ
魔法使い「……」
賢者「あくまで、しっかり休む為です。間違っちゃ駄目ですよ///」テレテレッ
魔法使い「わかってるわよッ!!」
賢者「!?」ビクッ
魔法使い「ご、ごめんなさい」
賢者「いえ、こちらこそすみません。――それで、えっと、お姉様は出かけないんですか?」
魔法使い「んー、そろそろ出かけるかな」パラッ
賢者「あーっ!! それ、お婆様の魔道書じゃないですか!?」
賢者「家に一冊ないと思っていたらお姉様が持っていたんですね。よかったー」ホッ
魔法使い「ごめんなさい。どうしてもこれだけは持っておきたくて――」
魔法使い「ん?? かわりに書き写した物を置いてかなかった?」
賢者「あるれぇ?」
魔法使い「なくしたのね」
賢者「ふーっ。さて、私も出かけよう!!」
魔法使い「ちょっと!」
賢者「行ってきまーす」タタタッ バタン
魔法使い「はあ……」
門――
剣士「城壁のような、か。確かに立派ではあるが……」
武闘家「魔族の進撃を止めるには心細いって言うか、無力だよな」
剣士「え?」
武闘家「だろ?」
剣士「あ、ああ」
武闘家「ただ岩を積み上げた程度で重量級の魔族が止まるわけないし、そもそも鳥魔族には意味がない」
剣士「だが、安心感は得られる。人が生活する上でとても大事なことだ」
武闘家「けど、それじゃいざって時はあっという間だぜ。何も出来ずに奪われちまう」
剣士「……何か事情がありそうだな」
武闘家「まあな。だから今、魔王討伐なんてことをしてる」
剣士「魔王を?」
武闘家「なあ、紅蓮の剣士って知ってるか?」
剣士「紅蓮?」
武闘家「四天王を倒した人間の剣士ことだ。その実力は勇者に匹敵するって話だぜ」
剣士「その男に興味があると? 同じ魔王討伐を目指す身として」
武闘家「そりゃな。どうやって魔王を倒すつもりでいるのかとか知りたいことは山ほど」
剣士「魔王を倒す方法か……」
武闘家「魔王は勇者、それも聖剣でなければ倒せないとされている。いや、そもそも――」
武闘家「人間と魔族の差をどう埋めているのか、気になるじゃあねーか!」
剣士「もし何も考えていなかったらとしたら?」
武闘家「流石にないだろ?」
剣士「ん、んー……」
武闘家「なんでそんなことを? そういえば紅い髪だな、腰には剣を携えてるし――」
武闘家「ま、まさか?! あんたが、いや貴方が紅蓮の剣士殿なのか!?」
剣士「だとしたら……?」
武闘家「仲間になってくれねーか? いや俺達をしてくれか? もー、どっちでもいいや!」
武闘家「とにかく協力し合おうぜ。目的は同じなんだしよ!!」
剣士「あ、えと、証明できるものが何一つないんだが……」
武闘家「そんなことか。なら簡単だぜ」ダンッ ブオ
剣士「!?」ヒラリッ
武闘家「こ、この距離でかわすか!? ハハ、あんた本物だな……」
剣士「(なんて鋭い殴打だ。この男も覚悟と実力があって言っているということか……?)」
武闘家「悪い悪い。試す様な真似してよ」
剣士「あ、いや。これで納得したのならそれで……」
武闘家「したした。剣士殿が初めてだぜ、俺のパンチをかわした人間は」
武闘家「――んじゃどこか落ち着いた場所で話そうぜ。腹も減ったし」
剣士「さっき言っていた俺達って、君にも仲間がいるのか?」
武闘家「いるぜ。あ、丁度いい所に……」
狩人「どこをほっつき歩いていた。ん、この男は……?」
武闘家「聞いてくれよ、このお方が俺達の探していた――」
狩人「紅蓮の剣士かッ!?」
剣士「あ、どうも……」ペコッ
狩人「確かめたのか?」
武闘家「おう。間違いないと思うぜ」
狩人「確かに噂通りの風貌をしているが…… まあいい、お前を信用しよう」
剣士「は、はあ……」
飯屋――
武闘家「とりあえず今すぐ用意できるのを三人分ねー!」
店員「かしこまりましたー」
狩人「ゴホン。落ちついたところで本題に入ろうか」
狩人「剣士殿はどのようにして魔王に対抗しようと考えている?」
剣士「うっ……」
狩人「見ず知らずの、それも名もなき冒険者相手に手の内は明かさないか」
剣士「いえ、そうではなくて。本当に何も考えていないだけです……」
狩人「何も? じゃ四天王を倒したと言うのは……」
剣士「本当のことです。ですが俺一人の力といわけではありません」
剣士「多くの助けがあったからこそ。それと敵の不意をつけたのも大きかった……」
狩人「ふむ。つまり運が良かっただけで、勇者に代わる力は備わっていないんだな?」
剣士「ええ。実際は明確な答えを見出せないまま漠然と旅を続けているだけです」
剣士「すみません。俺は貴方達が望むような答えも力もまだ持っていない……」
狩人「噂話には尾ひれがつくものだ。ま、そんなところだとは思っていた」
狩人「じゃ俺の考えを話そう」
剣士「何か対抗する策があると?」
狩人「剣士、妖精族のエルフのことは知っているか?」
狩人「エルフとは、外界との交流を拒み独自の文化を築く知識に長けた高貴な種族だ」
剣士「ええ、それが?」
狩人「彼等のその高度な知識は女神と邪神、二柱から授かったものだと聞いたことがある」
狩人「もしそれが本当であるなら。いや、そうでなくても彼等の知識を授かれれば……!」
剣士「巻き込むのか!? 争いをなによりも嫌う彼等を、人間と魔族の戦いに」
狩人「甘っちょろいことを。このまま何も出来ず奴等に蹂躙されてもいいと言うのか?」
狩人「傍観が許される時代ではなくなったんだ。わかるだろう!?」バンッ
剣士「だが上手くいくとは思えない。彼等は中立を保つことで平穏を築いてきた」
剣士「いや、それ以前に彼等の里にただの人が立ち寄れるはずが……」
狩人「エルフの中には里を飛び出し、人界近くに住むはぐれ者もいると聞く」
剣士「!?」
狩人「その者と接触できれば、里に立ち入る手だても知ることができよう」
魔法使い「無理よ。里を飛び出たエルフは自身の記憶に封印をかけ秘密を守っているもの」
狩人「だ、誰だ!!」ガタッ
剣士「魔法使い、どうしてここに?」
魔法使い「え? お腹が空いたからだけれど」
剣士「それはそうか……」
狩人「仲間か?」
剣士「ああ」
狩人「で、その話は本当なのか?」
魔法使い「さあ? そういう話を耳にしたことがあるだけ、貴方と同じ眉唾よ」
武闘家「ほへー、やっぱエルフには色んな噂が飛び交ってるんだな……」
狩人「だが、それが本当だとしても里は存在しているのだから入れる方法はあるはず――」
狩人「俺は諦めんぜ。どんなことをしてでも絶対につきとめてやる!」グッ
剣士「……」
魔法使い「ところで、どうして貴方達は魔王に挑むの? 地位? 名誉? それとも……」
狩人「ば、馬鹿にしているのかッ!?」
剣士「聞くにしても聞き方ってものがあるだろう」
魔法使い「濁してなんになるの。仲間になるかも知れないんでしょ?」
剣士「だからって……」
武闘家「復讐だよ」
狩人「おい!!」
武闘家「今さら隠すことでもねーだろ?」
狩人「むう……」
武闘家「故郷を魔王に滅ぼされたんだ。生き残りは俺達だけ――」
武闘家「だからなにがなんでも魔王を倒さなきゃいけねーんだ。皆の無念を晴らす為にも」
剣士「そう、だったのか……」
狩人「俺達を笑うか? それとも復讐などくだらないと正すか?」
剣士「いえ、亡くなった人を想い続けるのは大切なこと。その人を忘れない為にも……」
狩人「知ったような口ぶりだな」
剣士「俺もそうでした。死んだ勇者の為に始めた……」
狩人「お前も?」
剣士「ええ、だから気持ちはわかるつもりです」
狩人「剣士にとっての勇者とは……?」
剣士「家族のような大切な存在でした……」
狩人「そうか。それはすまなかったな」
剣士「こちらこそ踏み入ったことを」
狩人「なあ、よかったら俺達と組まないか?」
剣士「それは貴方達と一緒にエルフの里を探すということですか?」
狩人「他にいい案があるか?」
剣士「……」
狩人「何を迷うことがある? 闇雲に挑んでも勝ち目のない相手なのは知っているんだろう」
剣士「仲間と相談する時間を貰えないだろうか?」
狩人「いいだろう」
狩人「俺達はあと二日ここに滞在するつもりだ。それまでに答えを聞かせてくれ」
剣士「わかりました」
武闘家「いい返事を期待してるぜ。じゃな、剣士殿!!」タッ
魔法使い「私は貴方の意向に従うわ。貴方が素性を明かせと言うのなら明かすし、里のことも調べるわ」
剣士「いや、彼等の仲間にはならないよ」
魔法使い「エルフを巻き込みたくないから? それはもう通らないわ。私達のこと知ったでしょ?」
魔法使い「それに彼等の案も決して悪くないわ。当てもなく旅を続ける貴方より遥かにね」
剣士「魔王だけならそれもいいんだろうな」
魔法使い「?!」
剣士「賢者と話してくる」タッ
魔法使い「ちょ、ちょっと待って!」ガタッ
店員「あの、お客さん。お会計を……」
魔法使い「なによ、あの男ども払ってなかったの!?」
剣士「宿にはいなかった。一体どこにいるんだ。こうも人が多いと……」
ガヤガヤ ワーワー
剣士「子供の声。この先から……?」
賢者「わー! 順番、順番ですよーっ!!」アセアセッ
剣士「賢者、子供たちと遊んでいるのか?」ヒョコ
賢者「あ、剣士さん。はい、みなさんの運勢を占っていたんですよ」
剣士「占い?」
賢者「剣士さんも占いましょうか?」
剣士「いやいいよ。それよりどうして……」
賢者「最近はよそから来た人が多くて広い場所では遊べないそうです。だからこの路地で遊んでいたんですよ」
幼女「お姉ちゃーん、さっきどうやったの? どうやって編んだの?」クイクイ
賢者「それは花の裏に茎を通すんですよ。あ、逆ですね。もう片方の茎の方で……」
剣士「花冠の作り方まで教えているのか?」
賢者「こういうこと得意なんです」フフン
男の子「ねーねー、もう一回占ってよー」
女の子「草のお船どうやって作ったのー、もう一回作ってよー」
賢者「ちょ、ちょっと待ってー」アセッ
剣士「俺でよければ手本見せようか? 花の冠や草船くらいなら作れる」
賢者「剣士さん作れるんですか?」
剣士「ああ、昔妹にせがまれて良く作ったものだ」
幼女「えー、嘘だー」
剣士「嘘じゃない。見てろよ」キュキュッ
幼女「はっ、早い。早いよー。もっとゆっくりー」
剣士「え、そうか? それはそれで難しいな……」モソモソ
男の子「ねー、お兄ちゃんは草笛吹ける? お姉ちゃんは草笛吹けないんだってー!」
剣士「草笛? ああ、できるよ」
男の子「ほんと!? 吹いて、吹いてー!」
剣士「花冠を作り終わったらな」
男の子「作りながら吹いてよ」
剣士「それは無理だってっ!」アセッ
賢者「剣士さん……」ジー
剣士「どうした?」
賢者「ううん。なんでもありませんよ」ニコッ
剣士「?」
ゴーンゴーン
剣士「鐘の音、この鐘は……」
武闘家「剣士殿、ここにいたか。外がかなりマズイことになってるみたいだぜ」
剣士「そうか、ついに来やがった。想像以上に早いじゃないか!」ガタッ
武闘家「え、ああ。魔王軍が見えたって……」オドッ
剣士「賢者、子供たちを頼む!」
賢者「わかりました。……剣士さんは?」
剣士「武闘家と準備してくる。待っていてくれ」
賢者「は、はい……!」
武闘家「あの子も剣士殿の仲間か?」
剣士「ああ。それより馬を手に入れたい。場所を知らないか?」
武闘家「馬? あー、なるほどな。任せてくれ。知ってるも何も俺達の寝床だぜ」
剣士「寝床?」
武闘家「どこもいっぱいでよ。馬小屋に泊まらせて貰ってたんだ」ハハッ
剣士「そ、それはなんというか……」
武闘家「悪いことばかりじゃないぜ。お陰でどの馬が優秀か見分けられた」
剣士「本当か!?」
狩人「剣士殿は見つかったのか!?」ダッ
武闘家「おう、ばっちりよ」
狩人「すまんな。もう悠長に待っていられなくなった」
剣士「聞いている」
武闘家「んじゃ、さっさと馬パクってトンズラしようぜ」
狩人「そういう算段か。いい判断だ」
剣士「いや、俺は逃げない」
狩人「奴等と戦うというのか!?」
剣士「ああ。確かに多勢に無勢。加えてこちらは戦う準備すら出来ていない。だが――」
剣士「一対一の決闘ならば……!」
狩人「なにを言ってるんだ、お前……?」
剣士「大将は武人気質の馬鹿だそうだ。おそらく一騎打ちを申し出れば成立するだろう。俺の名も敵に売れているみたいだしな」
狩人「成立したとして、勝てる確信はあるのか? 今度は小細工なしだぞ!!」
剣士「ない。だが……」
狩人「なら諦めろ!」
剣士「ここの人達はどうなる?」
狩人「剣士、チェスは知っているな。駒を犠牲にしなければ勝てないゲームだ」
剣士「ここにいる人達が全て駒だと、貴方はそう言うのか?」
狩人「仕方のない犠牲だ。わかるだろう? 犠牲なくして大事は成せない――」
狩人「何かを捨てない限り、俺達のような人間に魔王は倒せないんだよ!」
剣士「……」
狩人「ここはクールになろうぜ、剣士」
剣士「なあ、勝てるから戦うのか? 勝つ為に戦うんだろう」
狩人「は?」
剣士「俺は彼女の期待に応えたい。ただ、それだけだ」
狩人「か、彼女を想えばこそだろ。命あれば復讐のチャンスは訪れる。だから今は!」
剣士「すまない、俺は貴方とはもう違う」
狩人「何を言ってる? 愚かだぞ、それの選択はナンセンス、バットチョイスだ!!」
武闘家「剣士殿、馬をパクってきたぜ。それも最高の馬をよ」
狩人「お、お前!!」
剣士「ありがとう。あとは外にでるだけか……」
剣士「門番、ここを通してくれ。俺が奴等を追い返す」
門番「え! そ、そう言われても誰も通すなと市長から申し付けられており……」
剣士「俺が紅蓮の剣士だと知ってもか?」
門番「紅蓮? 一体なにを……」
狩人「知らないのか? 魔王軍の将を二度も撃退した剣士の通り名だぞ!」
門番「ビックネームでしたと! そ、それは失礼しましたー!」
剣士「ありがとう、助かった」
狩人「気持ち悪いこと抜かすな。さっさと死んでこいッ!!」
剣士「ああ。そうさせて貰おうか!」
ケンタウロス(以下ケンタ)「ここに我が友を討ち滅ぼした例の剣士が潜伏していると?」
オーク「はい。諜報部隊の情報が正しければ」
ケンタ「同胞を疑うような言い方はよそうぜ。信頼しようじゃないか」ニカッ
オーク「も、申し訳ございません……」
ケンタ「しっかし、物騒な壁だ。市街に突入するのは少し骨が折れそうだな」
ケンタ「よーし。あの壁を一番に突破した者には俺から褒美を贈る!」
「「おおおお!!」」
ケンタ「いい返事だ。後れを取るなよ!」アハハッ
オーク「お待ちください、門が開きます!? 中から一騎だけ? こちらに向かって……」
ケンタ「まさか、降伏の使者なんていう盛り下がるもんじゃないよな?」
オーク「こ、降伏なんてものではない。あれは、あの男は――ッ!?」
剣士「俺は紅蓮の剣士。そちらの大将との一対一の勝負を所望する!」
剣士「この一騎打ちにこちらが勝った場合はただちに侵攻を中止し撤退して頂く」
剣士「そちらが勝った場合は――」
ケンタ「街の武装を解除し降伏するか?」ザカッ
剣士「ああ」
ケンタ「アハハ、そいつは面白いな。いいぜ、受けて立とうじゃないか!」
オーク「そう易々と敵の誘いに乗っては!? それに奴の言葉が本当かどうかも……」
ケンタ「十中八九嘘だろうな。紅蓮の剣士とはいえ、この街の決定権まではないだろうよ」
ケンタ「それに降伏されてもこちらとしては困る。捕虜を抱えるだけの力はないからな」
オーク「ではなぜ?」
ケンタ「言っただろう、面白いからだ」ニヤッ
オーク「なんて頭の悪い?!」
ケンタ「僅かではあるが俺の部隊に身を置いたと言うのになぜ理解できない」
ケンタ「理屈や理論では決して満たされないこの魂の渇きを!?」
オーク「で、ですが……」
ケンタ「それともお前は俺が負けるとでも言うのか。このフィールドで?」
オーク「あり得るから申しているのです。あの男に限り、それが!」
ケンタ「なら尚更だぜ。約束された勝利など不要。死闘の果てにある勝利こそ俺の求めるもの!」
オーク「そう申されましても……」
剣士「じゃ、いいんだな?」
ケンタ「一騎を囲い殺したとなれば四天王の名折れ。是非もなし、受けて立つ!」
剣士「感謝する。――いくぞ!」ダッ
ケンタ「魔界四天王の一人、迅雷のケンタウロス。いくぜ!!」ダッ
壁の上――
武闘家「どうやら一騎打ちは成立したようだぜ」
狩人「だからなんだっていうんだ。問題はその先だろう!」
賢者「やっぱりこの騒ぎは剣士さんが……!?」オドッ
武闘家「あんたは剣士殿の仲間の…… 来ちまったのかよ!?」
狩人「この女も……?」
武闘家「しかし歯がゆいな。見守ることしかできないなんて……」
狩人「水を差せば後ろに控えている大群が襲ってくる」
武闘家「こっちにだって街の自警団がいるんだぜ。それにこの壁だって何かの役に……」
狩人「ああ、そうだよ。戦うにしてもこの街の奴等を巻き込むこともできた!」
狩人「それが定石なんだ。市街戦なら罠を仕掛けることも、敵の機動力だって……!」
狩人「なのに、なぜ……」
賢者「やっぱり剣士さんは他者の命を優先して……」
狩人「なに?」
賢者「市街戦になればこの街は崩壊します、死者も大勢出ることでしょう」
狩人「だからなんだ。いや、まさか…… まさか剣士は!?」
賢者「そうです。一騎打ちに勝利すればこの街を、この街の人々を守れます」
狩人「だからって、だだっ広い平原で人馬と真っ向勝負だと。馬鹿だろう!!」
賢者「勝ちますよ、剣士さんは」
狩人「あんたも相当だな。勝てる見込みはないぜ」
賢者「剣士さんは賢明な方です。勝ち目のない戦いは絶対にしません。何か策が……」
狩人「一騎打ちだぞ。策などあるか!」
賢者「なら力でねじ伏せます!」
狩人「グリフォンの時だって仲間と協力し奇襲してやっとだったんだろう!?」
狩人「無理なんだよ、勇者でなければ力でなど!」
賢者「剣士さんは勇者をも越える人です、いつの日か必ず…… だから勝つんです!」
狩人「努力でなんとかなる話じゃない。特別な力を授からない限り、俺達では絶対にッ!!」
賢者「それでも剣士さんは勝ちますよ。私は信じる、あの人の持つ無限の……」
魔法使い「止めなさい。みっともないわ」ガシッ
賢者「お、お姉様!?」
魔法使い「もう下がりなさい」
賢者「お姉様も無理だって言うんですか!?」
魔法使い「残念だけれど、今回は無理よ。どう考えても勝てる要素はないわ」
賢者「そ、そんな、そんなことは……」オドッ
武闘家「けど相当だぜ、剣士殿の覚悟は。正直、興奮しちまってる。収まりがつかねえよ」
狩人「馬鹿を言え、覚悟で敵は倒せない」
武闘家「でも熱くならないか、魂が震えるって言うか……」
狩人「魂がなんだ。格好だけで勝てたら苦労はない!」
武闘家「お、俺はただ凄いって。……ごめん」
魔法使い「(そう、この男が正しい。見栄で戦えても勝つことは決してできない)」
魔法使い「(貴方もそれはわかっていたんじゃないの?)」
魔法使い「(ねえ、教えてよ。何が貴方をそこまで駆り立てるの?)」
賢者「大丈夫。剣士さんは絶対に勝つ。だから、だから私は……」ギュッ
魔法使い「――ッ!?」
平原――
ケンタ「この様な形でお前と相見えるとは思わなかったぜ。搦め手を好むと奴だと聞いていたんだがな」
剣士「アンタみたいな魔族ばかりじゃないからな」
ケンタ「俺にあわせたって事か。――ハハ、そいつは上等だ。相手とって不足なし!」
ケンタ「最初から本気で行かせて貰う。この一合で終わっても文句言うんじゃないぜ」ダンッ
剣士「早い。だが――ッ!!」バッ
ケンタ「受け太刀? ンハッ、この突撃は受け切れんぜ!」ズバンッ
剣士「ぐぅ……ッ!?」ガキンッ
ケンタ「ほう、この一刀を受け流すとはやる!」ズダダ
剣士「なんだ、腕ごと持っていくようなこの一撃は……」ビリビリ
ケンタ「脚力だ。お前達人間はどう頑張っても鞍の上で踏ん張る事しか出来ない――」
ケンタ「だが、人馬一体である俺は違う。下半身の力を剣にのせる事が出来る」
ケンタ「わかるかこの違いが。そう、これが魔族と人間の差だ。決定的な!」
剣士「わかってはいたがこれほどなのか…… くっ、突撃を許せば負ける!」ダンッ
ケンタ「俺の後ろに付こうってか。人馬の俺に食い付けるかなー?」ダッダッ
剣士「いけ!」バン
ケンタ「へー、後ろに付くか。アハハッ、馬の扱い上手じゃないか!」
剣士「これでも一国の王子だ。馬術は幼いころから習っている」
ケンタ「にしたって人馬の俺に食い付くとは、お前は勇者以上だよ!」
剣士「知らない癖に……ッ!」
ケンタ「だから悔しい。女神の化身とも言われた最強と剣を交えられなかった事が!」
剣士「捉えたッ!」シュッ
ケンタ「甘いな!」グンッ スワッ
剣士「なにィ!?」ガキン
ケンタ「左後方を取れば優位だとでも? 残念、お前らとは柔軟性が違うんだよー!」キンッ
剣士「弾かれた――がッ!」バッ ブン
ケンタ「グッ、とは言えなあ、振りぬきながら剣戟をいなし続けるのは……」ガキン
剣士「苦しいか? さっさと沈め!!」サッ シュ
ケンタ「マジで良くやる。離れやしない…… こうなりゃ、パワー全開でえ!」ググッ
剣士「加速するのか!?」
ケンタ「振り切るぜ! ハイヨーケンタァアーッ!!」ダッダッ
剣士「ふざけた掛け声。だが早い、離される?!」
ケンタ「最大速度からの急旋回ッ!」グルンッ
剣士「向き合う形に、またあの突撃がくる……!」ギリッ
ケンタ「さーて、全力疾走からの突撃だ。もう一度凌げるかー?」グワッ
剣士「くっ、やるしかない!」ダカッ
ケンタ「逃げないとは見上げた度胸だ。けどな、お前の運命決まったぜ!」ダッ
剣士「――ッ!」チャキッ
ケンタ「学べ、受け切れないことをーッ!」ブォン
剣士「見切った!!」スッ クルッ
ケンタ「馬鹿な、馬上戦でフェイントだとッ!?」スカッ
剣士「ここだ――ッ!」シュッ
ケンタ「いや、まだああッ!!」バンッ
剣士「横っ跳び?!」
ケンタ「ふーっ、驚いたぜ。こっちの斬撃を誘導しギリ避けからのカウンターとはよ」ザッ
剣士「足が馬だというに、あのように避けるのか……」
ケンタ「言ったろうが、俺は人馬一体。ただの馬ではないってなあ!」
剣士「何度も同じ事を、他に言葉を知らないのか……!」ギリッ
ケンタ「しかし何たる感動、胸が躍る。これ程の強者と戦える俺はラッキーホースだぜ!!」
剣士「(くっ、アイツ等の言う通り俺では…… いや、まだだ。まだ認めわけにはいかない)」
剣士「(臆するな、証明して見せろ。俺は紅蓮の――賢者の勇者なんだろうッ!!)」
ケンタ「さあ、次も驚かせてくれよ!」ダッ
剣士「(またあの速度からの突撃がくる。防がなければ今度こそ終わる。だが――ッ!!)」
ケンタ「ぐっ、ウオオ!!」ザッザッ
剣士「?!」
ケンタ「く、くそっ……」ザッザ
剣士「遅い。明らかに勢いが落ちている。体力を切らしたのか?――いや、違う!」
剣士「所詮奴はただの馬だった。やはりあの横っ跳びには無理があった!」
ケンタ「ああ、足首を痛めちまった。けどよ、それがなんだってんだァ!」ザカッ
剣士「やれる!」チャキッ
ケンタ「勢いづくな、剣士ィ!!」ブォン
剣士「くッ!」ガキンッ
ケンタ「受け止めやがった!?」ビクッ
剣士「これで互角だな!」キンッ
ケンタ「あとは上半身の、人の部分が勝敗を分けるってか? そいつは面白いッ!!」
剣士「ここからだ!」ダッ
ケンタ「ハハ、もう切返してきやがったァ!」
剣士「いけ!」シュ
ケンタ「させるかよ!」ガキンッ
剣士「――ッ!」キンッ
ケンタ「凄い、凄いぜ。この高揚感。これこそ雄の戦い。俺が求めたもの!!」
剣士「はああ!」ガッ
ケンタ「最高だよ、剣士。もっともっと斬り合おうぜぇーッ!」
壁の上――
武闘家「長いな。これほど長い一騎打ち、それも馬上戦なんて見たことないぜ……」
狩人「だが、もう終わりだ。斬り始めた頃の勢いはない。決着は近いぞ」ガチャガチャ
武闘家「何してんだ!?」
狩人「見てわかるだろう。ここを去る準備だ。お前も早くしろ」
武闘家「剣士殿が負けるってのか?」
狩人「勝てる要素あるか? いけると思えた場面もあったがもう駄目だ。持久戦で魔族に勝てるわけがない」
武闘家「けど!」
狩人「それに勝ったとしても相手が素直に要求を受け入れるとは限らんだろ?」
魔法使い「逃げるなら早くしたら?」
狩人「ふん、馬鹿な男に惚れた馬鹿な女か……」
魔法使い「皮肉のつもり? 器量の小さい……」
狩人「俺は勝ち目のない戦いに挑むほど愚かじゃないんだよ」
魔法使い「死にたくないだけでしょ?」
狩人「なっ!?」
魔法使い「貴方は復讐なんて端からする気はない。言い訳を探しているだけ、違う?」
狩人「あんたは……!」ガタッ
魔法使い「エルフの里を見つけて、そこで望む答えが手に入らなかったらどうするの?」
狩人「そんなことはない、彼等は必ず知っている!」
魔法使い「つまり見つかるまで探し続けるって事? それって逃げるのと何が違うの?」
狩人「奴のように戦えと言うのか?」
魔法使い「復讐ってそうでしょ? 後先なんて考えず、渇きを癒す為だけに戦って……」
狩人「成せない復讐に何の意味がある!」
魔法使い「貴方は復讐に意味を求めるの?」
狩人「俺の復讐はただの復讐じゃない。世界を救う復讐だ!」
魔法使い「ならここを救ってみせなさいよ」
狩人「今は無力だ。だから、だからまず力を手にし、そしたら必ず……!」グッ
魔法使い「あ、そう」
狩人「現実を、無力を認めて何がいけないッ!?」バンッ
魔法使い「賢いと思うわ。だから貴方は絶対に挑まない」
狩人「どうすればいい!? それが世界の摂理だと言うなら、俺達には何も……」
魔法使い「馬鹿になればできるわ」
狩人「なッ!?」
魔法使い「認めるわ、剣士は馬鹿よ。頭で考えて諦めがつくほど利口じゃない」
魔法使い「だから今戦っている。その身を焦がし、灰になるまで……」
狩人「理解できん、馬鹿げているとしか……」
魔法使い「本当にね。剣士にも私達の様な弱さがあればよかった――」
魔法使い「だけど、あの子が信じ続ける限り決して認めないわ。己の弱さを」
狩人「あの子?」
賢者「……!」ギュッ
狩人「彼女の、賢者の期待に応えるため……?」
魔法使い「ええ……」
狩人「まるで勇者様だな」
魔法使い「誰も勇者にはなれないのにね。――で、どうするの?」
武闘家「俺は逃げないぜ。最後まで剣士殿の戦いを見届けてえ」
狩人「ふん。好きにしろ、俺は行くからな」クルッ スタスタッ
魔法使い「お友達行っちゃったけどいいの?」
武闘家「多分、何処かで見てるはずだ。それにもういいんだ、あいつは……」
魔法使い「そう」
武闘家「ありがとうな。えーっと、魔法使いさん?」
魔法使い「礼を言われるようなことした?」
武闘家「実は俺も変だって思ってたんだ。無力を言い訳にして戦いから背を向けてるだけなんじゃないかって」
武闘家「けど、そう言える確信はなくて。だからハッキリ言ってくれて助かったぜ」
魔法使い「じゃ、もういいって……」
武闘家「ああ。俺も誰かの期待に応えたい、剣士殿のように……」
魔法使い「正しい選択だとは思わないけれど?」
武闘家「けど糞が漏れるほどカッコイイじゃねーか。身を削ってでも意地を通すなんて」
魔法使い「あっ、そう」
武闘家「さて、そうと決まれば俺も覚悟を決めないと!」グワッ
魔法使い「そうね。それはすぐにも訪れるかもしれない……」
賢者「剣士さんは勝ちますよ」
武闘家「それでもこっちの要求を飲むとは限らないだろ?」
賢者「絶対に飲みます。だから……」
魔法使い「どうして貴女はそう楽観的でいられるの!?」
賢者「私は剣士さんを信じているだけです!」
魔法使い「いい加減にして。貴女のその過度な期待が剣士を追い詰めているって――」
魔法使い「殺す事になるって何で気づかないのよッ!」
賢者「わ、私が剣士さんを殺す……? え、あ、う、うぅ??」オロオロ
武闘家「おいおい、なんで喧嘩してんだよ!?」
ケンタが人気で驚き。最近誤字多いので気を付けます
平原――
ケンタ「つう!?」ガキン
剣士「ぐッ!」キッ
ケンタ「チッ、これで何度目の突撃だ? 流石に頭がぼんやりとしてきたぜ」ダッダッ
ケンタ「だが、それは剣士とて同じ。いや、俺以上に疲れはきているはずだ」
剣士「ハァ、ハァ……」クルッ ダッ
ケンタ「そりゃそうさ。奴は馬の体力まで気を配らなきゃならないんだからな」
ケンタ「その体力にしたって魔族と人間の差を考えれば限界はとっくに……」
ケンタ「ハハ、本当に大した奴だよ。賞賛に値するぜ。――だが、ここまでだ!」ダカッ
剣士「!?」
ケンタ「ウオオリャアアア」ブオン!
剣士「――ッ!」サッ
ケンタ「!!??」スカッ
剣士「はああッ!」ザシュッ
ケンタ「グッ…… まさか、このタイミングであの極限フェイントだと!?」ドバァ
剣士「逃がすかよッ!」ダッ
ケンタ「チィ、駄目だ。利き腕を斬られちゃ、一度距離を取って……」ヨロッ
剣士「いけえッ!」ダンッ
ケンタ「じょ、冗談だろ。追いつかれる!?」グラグラ
剣士「うおおおお!」ザン!
ケンタ「グオオアアアアア!!??」グシャァーーッ
剣士「ハァ、ハァ……」
ケンタ「じ、地べたに跪く、この俺が、馬上戦で……っ?!」バタ
剣士「まだ息があるか、流石にしぶといな」
ケンタ「だろう? だが、それだけだ。もう、ガハッ、立ち上れもしない……」グテ
剣士「では……」
ケンタ「ああ。剣士、お前の勝ちだ……」
ケンタ「安心しろ。俺達は誇り高き大地の戦士。約束は守る」
剣士「そうか」
ケンタ「にしたってこいつは予想外だぜ」ブハッ
剣士「仕掛けるのが早かったな」
ケンタ「焦っちまったのか。ハハ、俺ともあろうものが我慢比べで負けるとは……」ゴホッ
剣士「残念だが、我慢比べじゃ俺には勝てないぜ」キリッ
ケンタ「言い切ったな。かっこいいじゃないか……!」グッ
剣士「でなければ困る。かっこつけたんだからな」ドヤッ
ケンタ「アハハア! 俺を越えたのがお前でよかった。満足だ、気持ちよく終われる……」
獣魔A「負けたのか、あのケンタウロス殿が……!?」
オーク「どうする? 今、全軍で突撃すれば剣士を倒す事も将軍を助ける事も……」
獣魔B「貴様は元ミノタウロス隊のハイオーク。この弔い合戦に参加したいと我が隊に無理やりついて来た……」
オーク「そうだ。――で、どうする。もう時間は余り残されてはいない」
獣魔C「馬鹿を言え。貴様はケンタウロス殿の戦いに水を刺し辱めると言うのか!?」
オーク「いや、ただのその選択肢もあると……それだけだ」
オーク「(剣士はこの者達の性分を計算に入れて仕掛けたのか? それとも天然で?)」
オーク「(もしそうであるのなら、この先生きのこr――いや、むしろこうでなければ神に挑む資格すらないと言う事なのか?)」
オーク「(だとしたら私は、私の取るべき行動は……)」
壁の上――
魔法使い「う、嘘でしょう。あり得ないわ。こんな悪条件で勝つなんて……」
武闘家「嘘じゃねーよ。だって俺、糞が漏れそうなほど興奮してんだぜえ!」キュッ
賢者「行かなきゃ剣士さんの所に……」ガタッ
魔法使い「待ちなさい。門をそう簡単に開けるわけがないでしょ!」ガシッ
武闘家「俺の糞門は今にも開きそうなんだけどな」ハハッ
賢者「で、でも……」モダモダ
武闘家「仕方ねー、この縄で降りるか。ここに括りつければ……」グルグル
魔法使い「貴方も正気!?」
武闘家「けどよ、急がないとヤバイかも知れないだろう?」
魔法使い「駆けつけたところで、あれだけの軍勢を相手に出来るはず……」
門番「おお、魔王軍が退いてゆくぞ!」ウオオオオオ
賢者「先に降ります」ピョンッ
魔法使い「ちょっと!!」
平原――
剣士「魔王軍が退いて行く……」ジッ
狩人「魔族が約束を守るとは信じられん」ザカッ
剣士「貴方は……」
狩人「もう一度答えろ。あの人馬に勝つ確信があったかどうかを」
剣士「なかった」
狩人「では、なぜだ? なぜ挑んだ!」
剣士「勝ちたかったからだ」
狩人「まだそんな事を。ふざけているのか、ふざけて!」クワッ
剣士「言ったはずだ、俺は貴方とは違う」
狩人「死んだ勇者の為じゃないのか!?」
剣士「それもあるんだろうが、俺は死んだ者への想いだけで戦えるほど強くはない」
狩人「強くない……?」
剣士「聞こえただろう、喜びの声が」
狩人「たったそれだけの、見知らぬ奴等の為に命を賭したのか!?」
剣士「ああ」
狩人「じゃ、あんたが魔王に挑むのはあの魔法使いの言う通り……」
剣士「大切な人を守る為だ」
狩人「プッ、ククッ、アッハハハハハッ!!」
剣士「笑うなよ。自分でもわかっている。歯が浮くほど青臭いんだろう?」
狩人「浮くなんて優しい。歯が腐って抜け落ちるほどだ。流動食しか食えなくなった」
剣士「そこまでか?」
狩人「ああ、大マジだよ。その馬鹿げた見栄が、ほんと嫌んなるぜ……」
剣士「そうか。いや、そうだな」
狩人「だがな、剣士。想いだけで魔王は倒せないぜ」
剣士「上等。ならば奇跡を起こすまでだ」
狩人「もう滅茶苦茶だな。話にならん」ハハ
剣士「仕方ないだろう。それが俺達の答えなんだ」
狩人「俺達?」
賢者「剣士さん、剣士さーんっ!!」タタッ
剣士「賢者!!」バッ スタッ
賢者「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
剣士「頼めるか?」
賢者「任せて下さい!」パァ
剣士「毎度毎度すまない、ありがとう」
賢者「気にしないで下さい。私なんの役にも立たないし、これくらいしか……」
剣士「これくらい? なにを言っているんだ?」
賢者「え?」
剣士「大きな怪我の影には小さな怪我がある――」
剣士「昨日の傷をそのままにしていたら、奴の初撃は受け切れなかったよ」
賢者「あれは本当に些細な傷で、少しでも剣士さんに認めて貰いたくて……」
剣士「それだけじゃない。集中力を最後まで保てたのは君のお陰なんだ」
賢者「え?」
剣士「あの話をしてくれただろう?」
賢者「もしかしてペットの?」
剣士「ああ」
賢者「つ、つまり戦いの中で私を……?」
剣士「だから俺は勝った」
賢者「け、剣士さん……」
剣士「信じてくれていたんだろう?」
賢者「はい。信じて祈っていましたよ。貴方だけを……」
剣士「ありがとう、賢者」ニコッ
賢者「あ、ああ、あぅ……」ホロリ
剣士「なぜ泣く?」
賢者「貴方が笑ってくれた。それが嬉しくて、嬉しくて……」
剣士「おかしな事を言う」
賢者「だって、仕方ないじゃないですか……」グスグス
剣士「すまない。色々と伝えそびれていたな」ナデナデ
賢者「いいんですよ、もう……」
剣士「だが、これだけは言わせてくれ。俺も君に出会えてよかった」
賢者「あ、あの! していいですか? いえ、しちゃいますよっ!」
剣士「?」
賢者「ぎゅ、です!」ダキッ
剣士「おい!?」ビクッ
賢者「はぅー、あたたかい……」ゴシゴシッ
剣士「対応に困るんだが?」
賢者「じゃ教えてあげます。腰に腕を回すんですよ」
剣士「……こ、こうか?」ギュッ
賢者「そうです、そうです!」エヘヘ
剣士「慣れないな。照れくさいというか……」ポンポン
賢者「あ、嫌でしたか……?」チラッ
剣士「いや、そんな事はないよ。こうしていると凄く安心する」ニコッ
賢者「わ、私もでしゅ……////」カーッ
剣士「(俺の選択は間違いじゃなかった。そう信じていいんだよな? だったら俺は……!)」
門――
ガヤガヤ
武闘家「見事だったぜ、剣士殿!」
剣士「見ていたのか?」
武闘家「見るなって言う方が無理だぜ。大半の人は見守っていただろうよ」
剣士「そ、そうか……」
武闘家「お、そうだった。伝言を預かっているんだ」
剣士「伝言?」
武闘家「市長が街を救ってくれた剣士殿にお礼がしたいからお屋敷まで来てくれってよ」
剣士「断れそうにないな」
武闘家「なんで断るんだよ!?」
剣士「苦手なんだよな。そういうの……」
賢者「好意を無碍にはできませんよ。行きましょう!」
屋敷――
使用人「お越しくださりありがとうございます。市長をお呼びしますので少々お待ちを」
武闘家「ほへー、おっきな屋敷。あるところにはあるんだな」
賢者「え? なんで武闘家くんもお屋敷の中にいるんですか?」
武闘家「決めたからな。俺も剣士殿の仲間になるって」
賢者「え゙……?」
武闘家「露骨に嫌そうな顔すんなよ!!」
魔法使い「ねえ、剣士。まだ時間かかりそうだから少し話さない、二人で」
剣士「わかった……」
魔法使い「ちょっと席を外すわね」ガタッ
賢者「え、あ、はい……」
剣士「すぐ戻るよ」スクッ
魔法使い「今回の事どうして話さなかったの? なんで何も相談しないのよ!」ガッ
剣士「言えば止められると思った」
魔法使い「当り前でしょッ!?」
剣士「だから俺は……」
魔法使い「私達仲間じゃなかったの?」
剣士「それは、すまなかった……」
魔法使い「貴方の悪い癖だわ。全部自分で抱え込んで、自分だけで解決しようとして――」
魔法使い「仲間だなんて言うのも、貴方にとってその方が都合いいからでしょ?」
剣士「違う!」
魔法使い「だったらなんで……?」
剣士「知りたかった。勇者に代わる力が俺にあるのかどうかを……」
魔法使い「答えになってないわ!!」
剣士「女神の塔は知っているか?」
魔法使い「聖域だったかしら、勇者の武具が祭られている……?」
剣士「その塔には女神の守りなるものがあり、その力によって魔王すら踏み入る事ができないとか……」
魔法使い「それがなに?」
剣士「魔王を弱らせ、その塔にブチ込む」
魔法使い「ふ、封印しようと言うの!?」
剣士「そうだ。殺せなくても魔王としての機能を停止させれば勝てる!」
魔法使い「無理よ。だって……」
剣士「ああ。無理だと言われ続け、そう思い込んでいた。だが――!」
魔法使い「命がいくつあっても足りないわ!」
剣士「だな。女神の加護が欲しくなる」
魔法使い「そうよ。貴方がやろうしている事はただの……」
剣士「だったら勇者になればいい」
魔法使い「驕らないで。今回も運がよかっただけ、相手が退かなければ貴方は今頃……」
剣士「生き残ったさ。俺にはまだ余力があった。そして後ろには君が控えていた」
魔法使い「?!」
剣士「できる。俺達なら!」
魔法使い「ば、馬鹿じゃないの……?」
剣士「馬鹿でもいいじゃないか。全てを諦め、文句を言いながら死を待つより…… だろ?」
魔法使い「変ったわね、貴方……」
剣士「賢者が俺を変えてくれた。……いや、違うな。もらったんだ、勇気を」
魔法使い「――ッ!?」
賢者「お二人ともどこにいるんですか? そろそろお見えになるそうですよー!」
剣士「ああ、今行くよ。――魔法使い、また話そう。もう隠し事はしない」
魔法使い「え、ええ……」
魔法使い「(貴方はこの戦いで力を示し、答えを出した。もう止まる事はない――)」
魔法使い「(離れていく、私を置いて……)」
賢者「なにかご褒美とか貰えちゃうんですかね」ワクワク
武闘家「そりゃ謝辞を述べて終わりって事はねーだろ」
賢者「わーお!」
剣士「――気になっていたんだが、エルフの里はいいのか?」
武闘家「うん。俺も剣士殿のように誰かの助けになりたいんだ。駄目かな?」
剣士「想いが同じでは断れないか……」
武闘家「じゃ、じゃあ!!」
剣士「ああ、よろしく」
賢者「え゙ええええーー!!」
武闘家「剣士殿がいいって言ったんだ。文句ねーだろ!!」
賢者「武闘家くんなんかに剣士さんは渡しませんよ!」
武闘家「そうはいくか! これから剣士殿に色々とご指導願うんだい!」
剣士「(仲間、か……)」
剣士「(魔法使いの言う通り、俺は自分の都合で使い分けているのかもしれない)」
剣士「(わかっている。このままじゃ駄目だと言う事は。だが――)」チラッ
賢者「?」ニコッ
剣士「(俺は怖い。彼女を失う事が何よりも……)」
魔法使い「……」ジー
gomen!ukabanakute!!
数日後 平原――
武闘家「あの市長も太っ腹だよな。馬車を褒美でくれるなんて」
剣士「荷台には貴重な薬品類まで入っていた。なんだか申し訳ないな……」
魔法使い「活躍に見合った報酬だと思うけれど?」
賢者「そうですよ、好意は素直に受け取りましょう。大助かりですし!」ノリッ
魔法使い「あ、また馬車の中に!」
剣士「いいじゃないか。今のところ危険はなさそうだし、俺も休もうかな」
魔法使い「ちょ、ちょっと!!」アセッ
剣士「何かあったら声をかけてくれ」ノリッ
武闘家「オッケー!」
魔法使い「じゃ私も中で休むわね」
武闘家「え!? うっそ、俺一人ですかい!?」
魔法使い「新入りなんだから頑張って!」ノリッ
馬車――
賢者「あ、剣士さん!」
剣士「隣いいか?」
賢者「ど、どうぞ///」モソッ
剣士「そういえばまだ謝っていなかったな」
賢者「?」
剣士「一騎打ちの事話し合うべきだった、すまない……」
賢者「あれは仕方ないですよ、話し合う時間なかったですし」
剣士「実を言うとそうじゃないんだ。その前の晩、ホモと名乗る詩人が四天王の襲来を俺に告げてくれていたんだ」
賢者「え、それって……」
魔法使い「グリフォンの時と似ているわね」
剣士「魔法使い!? じゃあ今、武闘家一人か?」
魔法使い「そんな事より、その話は本当なの?」
剣士「あ、ああ……」
魔法使い「ふざけた話、偶然とはとても思えない……」
賢者「同一人物だというのなら正体は――」
剣士「だとして、エルフが人間の味方をする理由はなんだ?」
魔法使い「人間の味方、そう決めつけていいの?」
剣士「どういう意味だ?」
魔法使い「本当に人間の味方をする気があるなら貴方だけに話す?」
魔法使い「少なくとも市長には事を話し街の協力を得るべきだった」
剣士「そう簡単に信じてもらえる話でもないだろう」
魔法使い「信じてもらえる人間に変化できるのに?」
剣士「あ……」
魔法使い「でもそうしなかった。あえて貴方だけに教えた。その意味は? 目的は何?」
剣士「それは……」
魔法使い「いずれにしても警戒するべきだと思うわ」
剣士「鵜呑みにするのは危険? いや、だが……」
魔法使い「で、それだけ?」
剣士「だけ?」
魔法使い「隠し事よ。この際だから全部ゲロったら?」
剣士「他にはとくに……」
魔法使い「ふーん、そう」
剣士「じゃあ俺は戻るよ。武闘家一人に任せるのも悪いしな」スクッ
賢者「あ、はい!」
魔法使い「……」
賢者「(す、凄く気まずい……)」
魔法使い「――私は絶対に無理だと思うわ。魔王討伐なんて」
魔法使い「あれを目の当たりにした今でもその考えは変わらない」
賢者「まだ信じられないんですか?」
魔法使い「貴女は気楽でいいわね。信じていれば剣士が叶えてくれると思っているんだから」
賢者「え?」
魔法使い「確かに剣士は強くなった。勇者を越えたと断言してもいいくらいに……」
魔法使い「四天王を一人で打ち破るなんて歴代の勇者ですら成し得なかった事だもの」
賢者「あ、あぁ……!?」
魔法使い「私の言いたい事がわかったみたいね。――そう、一人の力には限界がある」
魔法使い「だから勇者は仲間を集い、力を分け与える事で魔王に対抗したのよ」
賢者「勇者との契約……」
魔法使い「ねえ、貴女にはその力がある。剣士を支え導くだけの力が?」
賢者「そ、それは……」
魔法使い「ハッキリ言って今の私にはないわ」
魔法使い「けど、それを理由にアイツが旅をやめるとは思えない。わかるこの意味?」
賢者「う……」
魔法使い「ふざけた話よね。本当にふざけてる……」ギリッ
賢者「(お姉様の言う通りだ。私はなにもわかっていなかった、何も変わっては……)」
街 夜――
武闘家「着いたぜ、二人ともー!」
賢者「随分とまた大きな街ですね」
魔法使い「首都だからね」
賢者「え!? あー、この国の……」
魔法使い「しっかりしなさい」
賢者「そ、それにしても海に面した王国なんて素敵ですねーっ!!」
剣士「船を手に入れられればいいんだが……」
魔法使い「地道に当たっていくしかないんじゃない?」
武闘家「とりあえず飯にしようぜ。腹減っちまったよ」
酒場――
ガヤガヤ ワーワー
剣士「酒場か……」
魔法使い「他になかったのだから仕方ないでしょ。それに色んな情報聞けるかもよ」
剣士「あとでマスターと話してみよう。――しかしまあ騒がしい場所だ」
魔法使い「時間も時間だし、静かだったら逆に困るわ」
剣士「活気があるのはいい事か」
武闘家「うお、飯キター! このパテうめえええ!!」ガツガツ
魔法使い「ちょっとマナーってものがなってないわ!」
武闘家「ここのマナーはただ一つ、楽しく飲み食いする事だろ。なあ剣士殿!」
剣士「楽しく食べるのは賛成だが、汚く食べていいという理由にはならないんじゃないか?」
武闘家「あー、それもそうだよな。はは、悪い」
ガシャーン
荒くれ者「ちょっとくらいいいじゃないかよー!」ガシッ
店員「そんな事を言われても困ります!?」
荒くれ者「サービスが悪すぎるんじゃないかー?」
店員「そう言われても……」
荒くれ者「酒くらいついでくれたっていいじゃねーか。金は払うからさぉ」グイ
店員「あ、ちょっ……」
荒くれ者「ほら、ここお座り。んほー、いい体してるじゃない!」サワサワ
店員「ヒィ!」
荒くれ者「げへへ」
武闘家「なんて野郎だ。あいつこそマナーがなってないぜ!」
魔法使い「いかにもって感じではあるけどね」
賢者「だからって許せるものでもありませんよ。助けに行きましょう、剣士さん」ガタッ
剣士「え?」ビクッ
賢者「え……!?」
武闘家「剣士殿が行ってくれるのか。じゃ俺はここで。全員で殴り込みに行くのもな!」
剣士「そ、そうだな」スクッ
魔法使い「嫌なら断ればいいのに……」
賢者「あ、あぅ……」シュン
魔法使い「で、貴女はなに?」
賢者「また剣士さんに頼ってしまった、無意識に……」グス
魔法使い「はあー??」
荒くれ者「ねえ、このあと暇? だったらさ、俺の部屋に……」グイ
店員「や、やめてって……」
荒くれ者「ああん? なんだってぇー!?」ゲヘヘ
剣士「ゴホン。そこのアンt……」
偽剣士「もうやめたらどうだい。レディが困っているじゃないか」バーン!!
荒くれ者「なんだテメー!」
偽剣士「私をご存じない? やれやれ、とんだ田舎に来てしまったのかな」
店員「そ、その紅い髪。腰に携えた片刃の刀剣は……!」
偽剣士「フッ……」ニカッ
荒くれ者「まさか、あの紅蓮の剣士だと!」ガタン
ガヤガヤガヤ ナニィー アレガ ウワサノ…
剣士「えぇ……」ポツン
賢者「剣士さんの偽者、ですか!?」
魔法使い「いずれ現れると思ったけど、これはちょっと……」
武闘家「いずれってどういう?」
魔法使い「勇者の偽者もよく現れたそうよ」
賢者「つまり、それは――」
賢者「人々の間でも剣士さんは勇者様に代わる存在だと思われはじめているという事ですか?」
魔法使い「随分と派手な事をやった後だし、あり得るんじゃない?」
賢者「……」
武闘家「けど運がなかったな。まさかご本人が近くにいるなんて」
魔法使い「んー、その本人がどうでるか……」
荒くれ者「ぐ、紅蓮だからなんだ。これは俺と姉ちゃんの問題だぜ、部外者が口を出すんじゃねーよ」
偽剣士「じゃ聞こうか。君はこの豚野郎と一緒にいたい?」
荒くれ者「ぶ、豚だと!」
偽剣士「そうだろう? 鼻息を荒くして、下品極まりない」
荒くれ者「こ、この!!」グッ
偽剣士「おっと。暴力はやめた方が身のためだ。君が魔王より強いなら話は別だけど」
荒くれ者「ぐぬぬ…… お、覚えていやがれー!!」ダッ
偽剣士「レディ、もう大丈夫ですよ」スッ
店員「あ、ありがとうございます。紅蓮の剣士様……///」
偽剣士「当然の事をしただけさ」ニコッ
オーオー ヒューヒュー カッコイイゾー
剣士「仕方ない、ひとまず戻るか……」クルッ
剣士「ただいま」スワリ
武闘家「ただいまって…… なんで帰ってきちゃうの!?」
剣士「あの空気では無理だろう」
武闘家「それはそうかもしれねーけど……」
魔法使い「このまま放っておくのもありじゃない?」
剣士「あー、それもありか」
武闘家「変な噂がたったらどうすんだよ、あの偽者のせいでさ!」
剣士「大げさな。酒場での些細な出来事だぞ」
魔法使い「ええ、こんなの一晩たったら忘れるでしょ。お酒入ってるんだし」
武闘家「けどよ、おさまりが悪いっつーか……」モゴモゴ
魔法使い「見下せばいいんじゃない? 哀れだなーって」
武闘家「それもそれでなんかなあ」
前作ってどれ?
誠に申し訳無く候。ukabanaino-
>>301
あ、これが一応過去作です。貼っておきやす!
魔王「もう無理だ。勇者に勝てるわけないよ……」
魔王「もう無理だ。勇者に勝てるわけないよ……」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1491946724/l50)
読まなくてもなんの問題もないです。正当な続編というわけではないので
剣士「にしても俺の偽者か……」
魔法使い「よかったわね。勇者に代わる存在として認められつつあるって事じゃない」
剣士「べつに世間に認めてもらいたいわけじゃない」
魔法使い「ふーん」
剣士「まあ、悪い事ではないんだろうが……」
剣士「さて、そろそろ宿に戻ろうか。腹も膨れたことだし」
魔法使い「じゃ先に戻ってて。マスターと話してくるわ」
剣士「なら俺が……」
魔法使い「まだここに貴方の偽者がいるのよ?」
魔法使い「せっかくだし今日くらいゆっくり休んだらいいじゃない」
剣士「気持ちは嬉しいが、あいつがくるかもしれない」
魔法使い「あいつって例の……?」
剣士「ああ、だから俺が残るよ」
魔法使い「そう、わかった。じゃ貴方に任せるわ」
剣士「すまない。何かあれば必ず話すよ」
宿屋 ロビー――
賢者「よかったんですか?」
魔法使い「例のエルフは剣士が一人の時にしか現れないのかもしれない……」
賢者「そういう事ですか。やっぱり私達って……」
魔法使い「そう思うならやめたら?」
賢者「そ、それは……」
魔法使い「考えておくことね」
武闘家「何を考えておくんだ?」ヒョコッ
魔法使い「貴方には関係ない事。気にしないで」
武闘家「えー、仲間外れにしなくたっていいじゃん。いじけちゃう」シュン
魔法使い「楽しそうでなによりだわ」ハア
武闘家「それより聞きたい事あんだけど。ここって魔王に一番近い人間の国なんだよな」
武闘家「なのになんでこんなに平和なんだろ。真っ先に狙わる場所じゃないのか?」
賢者「魔王軍の侵略ルートについては色々な仮説がたっていますね。えっと確か……」
賢者「転移魔法を使って攻めてきているのではないか、というのが有力だったかな?」
武闘家「それって勇者が使うワープの事だよな。んじゃ同じ力を持つ魔王が侵攻部隊を送ってるってわけか」
魔法使い「ちょっと違うけど、だいたいそんなところじゃない?」
武闘家「なるほどなー。だから奴らはどこにでも沸いて出てくるのか。……んん??」
武闘家「けど、それが本当ならもっとヤバイ事になってね?」
魔法使い「転移魔法は扱いの難しい魔法よ。厳しい制約が課せられているんだと思うわ」
魔法使い「だからこの程度で済んでいるのかもね」
武闘家「あー、そういう事ね。勇者のワープも万能じゃないって話聞いた事あるな」
魔法使い「ま、あくまで憶測。実際はどうか……」
武闘家「いや、あってると思うぜ。輸送船を作るための資源とかも、あの大陸じゃ確保し辛いだろうし――」
武闘家「そういった特殊な手段でしか攻め入れないんだな。ほぇー、スッキリした」
武闘家「しかし転移か。盲点だったぜ」
賢者「一般的な魔法ではありませんからね」
武闘家「勇者と魔王だけの特権魔法じゃ、俺達には馴染みねーわな」
魔法使い「(そうとは限らない。もしあの城のような転移施設が存在してるのなら可能――)」
魔法使い「(だけれど、それを見つけたところで意味はない。やはり、ここは剣士を説得して……)」
魔法使い「(くっ、ダメ。そうしたらきっと、もう二度と彼の傍にいられなくなる)」
賢者「……」
酒場 カウンター――
マスター「」スッ
剣士「え? まだ何も……」
マスター「これは俺からのおごりだ。うちのスタッフを助けようとしてくれたろう」
剣士「ええ。ですが実際に助けたのは――」
マスター「偽者様の方だったな」ハハッ
剣士「!?」
マスター「長年こういう商売やってるとわかるんだよ。――それで何を探している? 本題に入ろうか」
剣士「船を探しています。魔王のいる大陸に渡る為の……」
マスター「驚いたな。本気で言ってるのかい?」
剣士「やはり船は出ていませんか。でしたら何か他に渡る為の方法を知っていませんか?」
マスター「あーいやね。剣士殿は本気で魔王を倒す気でいるんだなと。そっちに驚いたのさ」
剣士「?」
マスター「俺だったら――いや大抵の奴なら四天王を倒して、それで満足しそうなもんだ」
マスター「見てみなよ、あの偽者を。お前さんもあれと同じように面白おかしく生きていけるんだぜ?」
剣士「……」チラッ
マスター「勇者の使命を背負ってるわけじゃない。これ以上の危険を冒す必要はないと思うんだがね」
剣士「それで他には?」
マスター「ん?」
剣士「ですから、船の他に何か知らないでしょうか?」
マスター「アッハハハッ!」
マスター「これはとんだ失礼を。もう一杯おごらせてくれ」スッ
剣士「いえ、貴方の言いたい事はわかります。だが、それはしたくない」
マスター「その志の高さは尊敬に値するが、わかってるのかい?」
剣士「所詮は伝承。勇者だけが、などという馬鹿な事はないはず……」
マスター「やはりわかってなかったか。いや、馬鹿にしているわけじゃないぜ」
マスター「今や人々にとって紅蓮の剣士は光の勇者に代わる存在――、滅亡の危機を救ってくれるかもしれない新たな希望ってわけだ」
マスター「知ってるかい? お前さんが活躍しだしてから人々に活気が戻ったんだ。もしその身に何かあれば再び……」
剣士「俺の、いや勇者の遺志を継いだ者が現れる。違いますか?」
マスター「魔族、それも四天王ほどの敵と相対できる人間がどれだけいると思ってるんだ?」
剣士「俺は希望を与えるだけの存在になりたくない。そんなものどこかの王がやればいい」
剣士「そうではなく紅蓮の名が、というのであれば好きなだけ名乗れ。くれてやるよ」
マスター「アッハハアッ! そりゃあそうだ。名前で何かが守れるわけじゃない」
マスター「本当にすまない。けど、紅蓮の剣士がどういう男なのか知りたいっていう一般人の気持ちもわかってほしいね」
剣士「満足、ですか?」
マスター「大いに満足。気に入ったよ。俺に出来る事なら何でも協力するぜ」
剣士「というと?」
マスター「こんなご時世にもかかわらず海に出ている馬鹿どもを知っている。紹介できるかもしれん」
剣士「もしかしてその船というのは……」
マスター「安心していい。それについては俺が保証しよう」
剣士「はあ……」
マスター「話は俺の方からしておく。ニ、三日したらまたこの酒場に来てくれ」
剣士「では、よろしくお願いします」
マスター「期待に添える事ができればいいんだがね」
剣士「それじゃ俺はここで。また来ます」
マスター「ああ、またのお越しを!」
宿屋――
剣士「ただいま」ガチャ
武闘家「おかえりんりん!」
剣士「え……?」バタン
賢者「それで、どうでしたか?」
剣士「あ、ああ。一応、紹介してもらえる事になったんだが……」
魔法使い「何か問題でも?」
剣士「その船というのが、おそらく……」
魔法使い「海賊船?」
剣士「まだわからないが、察するにそうかもって」
賢者「断った方がよいのでは?」
剣士「あってから考えるよ。まだそうと決まったわけじゃない。それに海賊といっても様々だろう」
魔法使い「例のエルフは?」
剣士「会えなかった。という事はこの辺りはまだ安全なのかもな」
魔法使い「信用しすぎるのは――って言いたいけどそれに関してはどうしようもないのよね」
武闘家「どこにでも現れる可能性があるんじゃあな」
剣士「魔王軍出現の話か?」
賢者「ですです!」
剣士「予兆のようなものがあるんだろうが……」
賢者「あったとしても私達に感じ取れるものじゃないですよ、きっと」
剣士「そうだな」
魔法使い「んー。じゃ、しばらくはこの街に留まる感じ?」
剣士「まあ、そうなるな」
賢者「あの、それっていつもよりゆっくりしていられるって事ですよね?」
剣士「え、ああ」
賢者「でしたら剣士さんのお時間を私にくれませんか、ほんの少しで構いませんから」
剣士「気を使わなくても。どうしたんだ?」
賢者「それは、その…… その時にお話しします!」
剣士「わ、わかった……」
武闘家「こ、これはアレじゃな!!」
魔法使い「へぇー」
それぞれを何歳でイメージすればいいんだろ?
>>318
年齢は前に軽く触れただけでしたね。主要人物のだいたい年齢はこんな感じです。
剣士20歳。魔法使い19歳。武闘家17歳。賢者・勇者・魔王16歳。
あと剣士が敬語で話す相手はだいたい年上です。
翌日――
剣士「」ソワソワ
武闘家「どうしたんだよ、剣士殿。便所か――って、あーっ!」
剣士「ああ。賢者を待っていて」
武闘家「なるほどなー」
剣士「これから出かけるんだが、馬鹿をした。昨日マスターに船の事だけじゃなく、この街についても少し聞いておけばよかった」
武闘家「そんな気使う事でもないと思うぜ」ハハッ
剣士「まあな。だが、こういう機会は滅多にないだろうから……」
武闘家「剣士殿は賢者を大事にしているんだな」
剣士「大事に、か。難しいな。こうして戦いを続けていけば危険は増していくばかりだ。いつどこで命を落とすか……」
武闘家「そりゃそうだけど、それを承知で俺達は集ったんだぜ。想いが同じだからな」
剣士「想い?」
武闘家「なーに言ってんだよ、剣士殿が言ったんだぜ?」
武闘家「ま、確かに剣士殿からみれば俺達はまだ弱くて危なっかしいかもしれねぇけど――」
武闘家「そこはもうちょっと待っててくれ。必ず剣士殿に追いついてみせるからよ!」
剣士「だが無理は…… いや、これは違うな」
武闘家「おうよ! 共に戦っていこうぜ。人々を救う為に!」グッ
剣士「ああ!」
賢者「すみませーん。待たせしてしまって」バタバタ
剣士「ゆっくりでよかったのに」
武闘家「んじゃ俺もどっか、ぶーらぶらーっとしてくるよ」
剣士「ありがとう。話せてよかった」
武闘家「ん? ……おお!?? 気にすんなって!!」
剣士「俺達も行こうか」
賢者「はい!」
街――
剣士「(外へ出たはいいが、どうしたものか。賢者は何か話があると言っていたが……)」
賢者「あの、ちょっと歩きながらお話しませんか?」
剣士「え、ああ。構わないよ」
剣士「(しかし、なんて美しい街並みだ。流石は断崖の上に築かれた王国といったところか。うちとは大違いだな)」ホケー
賢者「よく晴れてよかったですね。空も海も透き通るような真っ青で、全てがキラキラと輝いて見えますよ」
剣士「ああ、ここが水の都と言われている所以がわかったよ」
賢者「ええ。正直このような場所に自分がいるのが信じられません。よくここまで、と」
剣士「なにを。感傷に浸るにはまだ早いじゃないか?」
賢者「……」グッ
賢者「ねえ、剣士さん。この海を越えた先に魔王がいるんですよね?」バッ
剣士「あ、ああ。それが?」
賢者「私、思うんです。ちょっと急ぎすぎているんじゃないかなって。紹介してもらえる船というのもわけがありそうな感じですし――」
賢者「それに仲間も随分と増えましたよね。最初は二人だけだったのに今では多くの人達に支持されるようにもなって……」
剣士「怖く、なったのか?」
賢者「……」コクン
剣士「まあ気持ちはわかるよ。なんだか凄く期待されているみたいだし重いよな」ハハッ
剣士「でもこれはいい事だよ。人の期待を背負うという事は、その人の為に戦えているという事。このプレッシャーを力に変えていこう」ポン
賢者「そうじゃなくて。いえ、それもあるんですけど……」
賢者「わからなくなっちゃったんです。本当にこのままで、勇者と同じやり方で魔王を倒せるのかなって」
賢者「お姉様が言っていました。一人の力には限界がある。あの勇者ですら仲間を集め、力を分け与える事で魔王に対抗したと」
賢者「それだけじゃありません。勇者には女神の祝福を受けた上質な武具の数々があって。で、でも貴方には何も……」
賢者「だからこのままじゃきっと――ううん違う。私は、私の弱さがいつか貴方を……」
剣士「俺は死なないよ。約束できる事ではないが、それでも約束する」
賢者「――っ!?」
剣士「確かに伝承を信じるのであれば魔王は俺達人間には到底敵わない存在――」
剣士「だが、それは魔王に限った話でもなかっただろう? 何もかもが等しく強大だった」
剣士「それでも俺達はここまで辿り着いた。そう、辿り着けたんだ。あとはただ、己を信じて突き進むだけ。違うか?」
賢者「本当にそう信じて?」
剣士「ああ。俺はそう信じる」
賢者「貴方は、強くなりましたね。あの頃とは比べ物にならないほど」
剣士「でなければ困るだろう?」ニコッ
賢者「そりゃそうでしたね」フフッ
賢者「(私は卑怯だ。泣きついて許されようとしていた。無力である事を)」
賢者「(でも違う。そうじゃない。私も彼と同じよう足掻き続けなきゃいけなかったんだ。最初にそれを約束したのは私だったのに……!)」
剣士「さて、いい時間だな。昼食にしようか」
賢者「あ、なにか作ってくればよかったですね」
剣士「それはまた今度にしよう」
賢者「今度ありますかね?」
剣士「あるさ。なんなら明日でもいい」
賢者「ほ、本当に!? わーい、やったー!」
宿屋 昼――
魔法使い「はあ……」パタン
魔法使い「朝まるまるつぶしちゃったわ、魔導書を読むだけで」コロン バタッ
魔法使い「本当なにしてるんだろう、私……」グスン
魔法使い「……」グーー
魔法使い「お腹すいた。何か食べてこよう」ムクッ
魔法使い「あーでもお店行くのはめんど。馬車にあるもの適当に食べて済ませよ」
外――
魔法使い「賢者が作った保存食がいくつかあったはず……」ゴソゴソ
執事「失礼。貴女がその馬車の持ち主でしょうか?」
魔法使い「ほえ?」キョトン
魔法使い「ええ、そうよ。べつに盗みを働いてるわけじゃないわ」
執事「いえ、そういうつもりでは……」オドッ
魔法使い「で、貴方は? ルームサービスを頼んだ覚えはないんだけれど」
執事「見ての通り王宮に使えるものです。わけあって紅蓮の剣士を探しております。ご存じありませんか?」
魔法使い「ごめんなさい。知らないわ」
執事「では、この荷台に積まれている高価な薬品の数々は一体どこで? そう簡単に入手できるものではないと思うのですが……」
魔法使い「中身を見たの?」
執事「密輸の取り締まりも一応やっておりましてね」
魔法使い「ふーん、そういうこと」
執事「もう一度伺います。紅蓮の剣士をご存じありませんか?」
魔法使い「ふぅ、知ってるわ。それであいつになんの用? ま、察しはつくけど」ハァ
tesu
夕方――
賢者「たっだいまー!!」
魔法使い「おかえりなさい。剣士は?」
剣士「俺がどうした?」
魔法使い「昼に王宮の使者と名乗る男が訪ねてきたわ。貴方に頼みたい事があるってね」
剣士「頼み?」
魔法使い「詳しい事は聞いてないわ。直接本人に話したいって何も話してくれなかったのよ」
魔法使い「どーせ、魔族の事なんでしょうけど」
賢者「そりゃそうですよね。わざわざ剣士さんを頼ってくるくらいですし」
剣士「どうだろう。そうなら例のエルフが先に何か言ってきそうなものだが……」
魔法使い「それは事の大きさにもよるんじゃない?」
魔法使い「流石にそのエルフも魔王軍全ての動きを把握してるとも思えないし」
剣士「それもそうか」
武闘家「ただいまー! お、皆さんお早いお帰りで――って何かあった感じ?」
賢者「はい。剣士さんに王宮からの依頼が来たとかで」
武闘家「んでまた? あー、昨日の騒ぎで剣士殿がここにいるって知られちゃったからか?」
賢者「あれ? それだったら偽者さんの方に依頼がいってそうですけど……」
剣士「酒場からの紹介で来たんじゃないのか?」
魔法使い「違うと思うわ。馬車の荷から貴方を探したみたいだから……」
剣士「荷から? わざわざ調べ回ったのか。酒場に行けばすぐ済むものを」
魔法使い「事情があるのかも。表には出せないような」
武闘家「金でも握らせておけば黙っていてくれそうなもんだけどな」
剣士「そうでなくともあのマスターなら守ってくれそうだが……」
魔法使い「酒場に訪れた痕跡さえも残したくなかったとか、理由なんて腐るほど出来てくるわ。考えるだけ時間の無駄よ」
剣士「だな。――で、どうしたらいい?」
魔法使い「明日また出直すって言ってたから……」
剣士「ここにいればいいのか。出向く必要はないんだな?」
魔法使い「で、いいと思う」
武闘家「どんな依頼にせよ。こういうのって話聞いちゃうと断りにくいんだよなー」
剣士「そんな事もないだろう」
魔法使い「ほんとに? 貴方ってすぐ見栄を張るから……」
剣士「耳が痛いな」
魔法使い「とにかく慎重にね。いいように使われるのはごめんよ」
剣士「わかってる。気を付けるさ」
剣士「(確かに勇者に代わるなどと言われるようにもなれば、俺達を利用しようと考える輩も現れるか)」
剣士「(そう言えば勇者の力は、その強大さゆえに法王庁が管理していたな)」
剣士「(勇者の力を行使するには法王庁の許可が必要で、魔王討伐の旅の間も何かある事に教会に報告するよう義務付けられていたっけか)」
剣士「(まあ、今は昔ほど厳密に守る必要はないと勇者は語ってはいたが……)」
賢者「また眉間にしわがよっていますよ」ツン
剣士「あ、いや」
賢者「気になるのはわかりますけど、明日になればわかる事なんですし――」
剣士「考えても仕方ない、だろ? わかってるよ」
賢者「はあい!」ニコッ
剣士「(力には相応の責任が伴うという事なんだろうが、面倒くさい話だな)」
魔法使い「……」ムッ
武闘家「(魔法使いさん、なんか不機嫌だな。てか、剣士殿と賢者が話してるといつも――)」
武闘家「(あっ、そういう事か!?)」テコリン!
翌日 昼すぎ――
武闘家「まだかな?」チラッ
魔法使い「んー、来るならそろそろじゃない。昨日もこのくらいだったし」
剣士「なあ、全員で話を聞くのか? 俺と魔法使いに投げて遊びに行ったって……」
賢者「もしかして邪魔でした?」
剣士「いや、つまらないかなーって。話を聞くだけだしな」
賢者「こ、子供じゃないんですから!」
剣士「俺は苦手だからさ」
武闘家「そう言えば市長の時も嫌がってたな」
コンコン
魔法使い「あ、来たみたい。私が通すわ。待ってて」
剣士「あ、ああ」
魔法使い「どうぞ。中央に座っているのが剣士よ」スッ
執事「おお。これは紅蓮の剣士殿。貴方のような英傑にお会いでき光栄であります」ペコッ
剣士「話は聞いています。貴方が昨日、私を訪ねてきた王宮の方ですね。早速ですが何を私に……」
姫騎士「それについては私が話そう」バサッ
剣士「貴女は?」
姫騎士「失礼した。私はこの国の第一王女。皆からは姫騎士と呼ばれている。ソナタ達を是非そう呼んでくれ」ニカッ
剣士「聞いてないぞ?」ボソッ
魔法使い「私だってそうよ!」コソッ
姫騎士「玄関では誰かに見られる危険性があってな、正体を明かせなかった。せめて事前に私の事を伝えてくれればよかったのだが……」
執事「自重なさって下さい。今日だって私一人でここを訪れる予定でしたのに」
姫騎士「わかっている。だが、事が事だ。私が直接説明した方が事の重大さが伝わるだろう」
執事「ですが姫様が仰っていた通りの事が王宮で起こっているのなら怪しまれる事があってもならないはず。これ以上はお控え頂かないと……」
剣士「すみません。私達にもわかるように話してくれませんか?」
姫騎士「あ、ああ。すまん。見苦しい所を見せた」
姫騎士「今の会話で察したかもしれんが、個人的な頼みでな。王宮の総意ではないのだ」
剣士「姫様個人が私になにを?」
姫騎士「それなんだが、とあるエルフの秘宝を取ってきてもらいたい」
剣士「エルフの?」
姫騎士「真実の水晶という魔道具の一種なのだが、聞いた事はないだろうか?」
姫騎士「なんでも、その水晶越しに覗けば、見たものの真実の姿を映し出すのだという」
剣士「つまり変化の魔法を見破るような道具だと?」
姫騎士「ほう、変化の魔法を知っているのか。なら話が早い」
剣士「しかし、それはエルフにしか扱えないとされる古の魔法。もしや、変化の力を秘めた魔道具も存在しているのですか?」
姫騎士「察しがいいな」
姫騎士「今話した真実の水晶と変化の指輪は古来よりこの国に伝わる秘宝でな」
姫騎士「それらは北と南にある二つの祠にそれぞれ隠されていると言われてたのだが――」
剣士「何者かに変化の指輪が盗まれてしまった。その犯人を捜す為に水晶が欲しいと?」
姫騎士「そういう事だ」
剣士「盗まれたという証拠はあるのですか?」
姫騎士「もちろんある。先日、執事に二つの祠を調べさせた。そのところ……」
執事「はい。変化の指輪の祠には何者かが立ち入った痕跡が見つかりました」
執事「その見つかった痕跡というのはここ最近のもので偽者を疑うようになったのもここ最近の事なのです」
姫騎士「というわけだ。――で、私はその何者かは人間ではなく、魔族だと睨んでいる」
剣士「魔族が?」
姫騎士「というのも、その祠には侵入者を撃退する仕掛けがいくつもあり、並みの冒険者では秘宝まで辿り着けないようになっているんだ」
姫騎士「大昔の勇者が秘宝の悪用を恐れ、そのような場所に隠したとか……」
剣士「勇者でなければ盗み出せない。従って魔族が、と考えたわけですか」
姫騎士「おかしい事ではないだろう。このような時代だ」
賢者「そうだとして、どれくらいの魔族が入れ替わっていると見ているんですか?」
姫騎士「正確な数まではわからん。だが確実に一人、それも王宮で最も力を持ったものに化けているのはわかっている」
賢者「そ、それって……!」アセッ
姫騎士「私の父、この国の王だ。今は大人しくしているようだが、いずれその立場を使いこの国を滅ぼそうとするはず―――」
姫騎士「そうなる前に真実を暴き出し、魔族の野望を阻止しなければならないのだ!」
剣士「……」
姫騎士「ん? どうした? 何かあるのなら言ってくれ」
剣士「あ、いえ。魔族がわざわざ指輪を盗み出し、王宮を乗っ取ろうなど考えるだろうかと」
剣士「それ以前に盗まれているかどうかも怪しい。調べたと言っても秘宝そのものを確認したわけではないのでしょう?」
執事「え、ええ。それはそうなのですが……」
姫騎士「ではこれをどう説明するというのだ?」
剣士「勘違いという事も……」
姫騎士「あれは私が知る父ではない。間違いなく何者かが化けている!」
剣士「そう疑ってしまうのは単に変化の指輪の存在を知ってしまったからではなくて?」
執事「かもしれませんね。ですが、それも水晶があれば明らかになる事なのです」
魔法使い「かもしれない。その程度の理屈に命を賭けろっていうの?」
執事「幾度となく魔族を打ち破った剣士殿なら水晶を持ち去るくらい……」
魔法使い「噂でしか知らない癖によくそんな事が言えるわね」
姫騎士「もういい。私がとってくる。やはりこのような者に頼る事自体間違いだったのだ!」
執事「お、お待ちください! 姫様の身に何かあれば……」
姫騎士「私を誰だか忘れたか。私だって勇者に匹敵する力があると自負しているつもりだ!」
武闘家「ちょ、ちょっと待ってくれよ。何もやらないとは言ってないよな、剣士殿?」アセッ
剣士「え、ああ!」
姫騎士「そうなのか?」
剣士「すみません。細かい事が気になってしまう性分ゆえ……」
姫騎士「あ、いや、こちらこそすまん。このような事態は初めてでな」
剣士「でしょうね」
姫騎士「ではやってくれるのだな?」
剣士「……ええ」
姫騎士「ふぅ、最初から素直にそう言ってくれればよいものを……」
剣士「連絡はどう取れば?」
姫騎士「直接城に来てくれて構わない。門番に取り次ぐよう頼んでおく」
剣士「わかりました」
姫騎士「それでは頼んだぞ。吉報を期待している」
バタン
剣士「帰ったか……」
魔法使い「なんであんな事言ったのよ?」
武闘家「だって、そう言わなきゃあの姫さんあのまま突っ走っちゃいそうだったし――」
武闘家「断る理由も特にないような気がしてさ」
魔法使い「あるでしょ。姫様の早とちりだったらどうするのよ?」
武闘家「やっぱ二人は勘違いだって思うわけ?」
剣士「そう断定できないから困ってる。ただ、魔族のやり口にしては回りくどいとは思う」
武闘家「それこそ姫様の思い込みで、盗んだのは人間かもしれないぜ?」
剣士「――とりあえず、俺達の方でもこの偽者騒動を調べてみないか?」
武闘家「えー!? 取りに行っちゃえば早いじゃん!」
剣士「まあな。だが、取りに行かず真相がわかればそれに越した事はないだろう」
武闘家「まー、そうだけど……」
賢者「武闘家くんの言いたい事もわかりますけどね」
武闘家「だろ!? それにさ、変に嗅ぎまわって怪しまれでもしたら困るじゃん?」
剣士「確かにその危険性はあるが……」
魔法使い「そこまで言うなら貴方一人で取りに行ったら?」
武闘家「えっ、それは……」
賢者「なに意地悪言っているんです。危険な場所にあるって話じゃないですか!」
魔法使い「そうよ。だから行かなくて済むよう考えてるんじゃない」
剣士「あ、いや。俺は少しでも姫様の主張が理解できたらと、それだけだよ」
剣士「納得できれば取りにも行く。真実の水晶そのものに興味もあるしな」
武闘家「わ、わかったよ」
剣士「すまない。俺に時間をくれ」
剣士「じゃあ、酒場で話を聞いてくるよ。船の事もわかったかもしれない」スクッ
武闘家「俺も外の空気吸いに行ってこようかな」ガタッ
魔法使い「あ、さっきの話なら気にしないで。冗談だから」
武闘家「大丈夫、わかってるよ」
魔法使い「そう。ならよかった」ホッ
バタン
賢者「……」ジー
魔法使い「なに?」
賢者「冗談なら最初から言わなきゃいいのになって」
魔法使い「うるさいわね! 貴女はどっか行かないの?」
賢者「洗濯物を取り込まないといけないので。あと夕飯の支度もありますし」
魔法使い「夕飯? なんで?」
賢者「剣士さんが外で食べるより、私の作ったご飯の方がおいしいって!」エヘッ
魔法使い「あっそ!!」
賢者「剣士さんと言えば…… 船、手に入るんですかね?」
魔法使い「さあ?」
賢者「あ! 姫騎士さんから貰えれば……」
魔法使い「怪しいと思うけど?」
賢者「えー、うーん…… 鳥のように飛べたらなぁ――って、あるかもしれませんよ!」
魔法使い「なにが?」
賢者「風の国にあった転送施設ですよ。隠し通路に使われていた。秘密の!」
賢者「あれと同じような、こちらの大陸と魔王の大陸を繋ぐ転送施設があれば……」
魔法使い「そんな都合のいいものがあると思う? あったとしてどうやって探すのよ?」
賢者「例のエルフさんなら知ってるかもしれません。あの施設を教えてくれたのも彼でした」
魔法使い「で?」
賢者「でって…… 解決じゃありません?」
魔法使い「私はこれを理由にこの旅をやめるべきだって言ってるの。手段がなければ諦めるしかないでしょ、アイツだって」
賢者「ただ、生きていればそれでお姉様は満足なんですか?」
魔法使い「私は自分の至らなさでアイツを殺すのが嫌なのよ」
賢者「だったら強くなればいいじゃないですか」
魔法使い「無茶言わないで。そもそもそこまでして魔王に挑む必要ってある?」
賢者「ないと思います」
魔法使い「そう。ないのよ――って、えぇ!?」ビクッ
賢者「勝てるかどうかわからない魔王に挑むより、勝てる事がわかった侵攻部隊を迎撃していた方がいいって言うんでしょ?」
賢者「でもそれじゃ駄目なんです。この戦いは終わらない。長引けばもっと多くの人が……」
魔法使い「夢見る少女の戯言よ。理想でしかないわ」
賢者「だから現実にしたいんじゃないですか。――それに、もう夢物語なんかじゃない」
賢者「お姉様は言いましたよね。剣士さんは勇者を越えたって。それって私達次第で魔王に勝てるって事じゃないですか!?」
魔法使い「それは力あるものだけが言えるセリフよ。出来る事を言いなさいよ!」
賢者「私は振り向かないと決めたんです。ブーブー言うだけのお姉様に、あーだこーだ言われる筋合いはありませんよ!!」
魔法使い「そこまで言う!?」
賢者「た、確かに言い過ぎました。すみません。でも私は……」
魔法使い「もういいわ」
賢者「……」
魔法使い「そろそろ夕飯の支度をしなきゃいけないんじゃない?」
賢者「あ、洗濯物も取り込まないと……」
魔法使い「それは私がやっておくから」
賢者「じゃあ、お願いしますね」タッ
魔法使い「……」
魔法使い「貴女に言われなくたってわかってる。私だって力になりたい。でも……」クッ
待っていてくれたなんて、こんなに嬉しい事はないです!
遅くなって申し訳ない!
酒場――
カランカラン
マスター「おお。いらっしゃい」
マスター「すまんな。アイツ等からまだ連絡来てないんだ。伝わってるとは思うんだが……」
剣士「わかりました。それよりも聞きたい事が……」
マスター「なんだい?」
剣士「ここ最近で王宮に何か変わった事はありませんでしたか?」
マスター「王宮で? いや、聞かないな。姫様のおてんばは相変わらずらしいし――」
マスター「んー、しいて言えば騎士団がよく働くようになったくらいかね?」ハハッ
剣士「ここ最近で?」
マスター「ああ。なんでも周辺警護の強化とかで頻繁に出撃しているよ。ちょっと前までは余程の事がない限り動いちゃくれなかったんだがね」
剣士「どうして急に?」
マスター「さあ? 剣士殿のご活躍に感化されたから、とかじゃないのかい?」
剣士「納得できるものなんですか、それで?」
マスター「納得も何も、悪い事じゃないからね。お陰で街の不安は払拭されているし――」
マスター「騎士達も納得して任務にあたっている様子だったよ」
剣士「そうですか……」
マスター「そんな事を気にするなんて、何かあったのかい?」
剣士「あ、いえ、俺が訪れるところはどこも魔族の被害を受けていたので……」
マスター「アハハッ! それじゃ近いうち何か起こるかもしれんな」
剣士「(これだけを聞くと魔族が国王に代わっているとは思えないな。例のエルフも依然として姿を現さない――)」
剣士「(いや、もうエルフと決めつける事も出来ないのか。本当に変化の魔道具が存在しているのだとしたら……)」
マスター「すまん、すまん。冗談だよ。そんな怖い顔しなさんなって」
剣士「あ、すみません。――それじゃ、俺はそろそろ行きます。ありがとうございました」
マスター「ああ、またのお越しを――って、何か飲んでいけばいいのに」ハハッ
部屋 夜――
剣士「という話をマスターから聞いたんだが、どう思う?」
賢者「うーん、そう言われましても……」
武闘家「騎士団がよくなったのは国王が何者かに代わったからなのか?」
賢者「王としての自覚が芽生えたとも言えるんじゃないですか?」
魔法使い「魔族に結び付けるなら、計画を実行するにあたり信頼を得る必要があったとか?」
剣士「やはりこれだけじゃ何とも言えないよな。もう少し探ってみるか……」
武闘家「んな悠長に構えてて大丈夫なのかよ?」
剣士「どうだろう」
武闘家「やっぱ取りに行っちゃう方が早いんじゃない?」
剣士「それもなぁ……」
賢者「剣士さんにしては珍しいですね」
剣士「慎重になりすぎているのはわかってる。わかっているんだが……」
剣士「(納得できない事に賢者達を付き合わせたくないんだよな。かといって俺一人で盗み出せる代物でもないだろうし――)」
剣士「(そうでなくても、また単独行動するわけには……)」チラッ
魔法使い「ん? 慎重なのはいい事だと思うわよ」
剣士「そうだよな」
魔法使い「うん。何時何時までとは言われてないし」
賢者「催促はされそうですけどね」
魔法使い「それまで気楽にやっていけばいいじゃない?」
賢者「うーん、それでいいんでしょうか……」
剣士「すまない。もう少しだけ時間をくれ」
武闘家「んー……」
翌日 朝――
剣士「よし、今日は騎士団の後をつけてみようと思う!」グワッ
魔法使い「なによ、いきなり!?」ビクッ
剣士「彼等の行動を探れば何かわかるかもしれない。王宮の様子も聞けたら聞いてみる」
魔法使い「流石に騎士達に接触するのは不味いんじゃない?」
剣士「そうか。……じゃあ遠くから騎士団の様子をうかがうだけにするよ」
魔法使い「うん。とりあえず今日はそうしたら?」
剣士「――ところで武闘家は?」
賢者「修行するぞーって朝早く出かけていきましたよ」
魔法使い「ほんとに修行?」
賢者「気にしすぎですよ。昨日だってちゃんと帰ってきたじゃないですか」
魔法使い「わかってるんだけど……」
剣士「勇者が隠し場所に選んだ祠だ。おそらく魔法の罠をはじめとした難解な罠が仕掛けてある可能性が高い」
剣士「そんな場所に一人で行こうとは思わないだろう。大丈夫だよ」
魔法使い「待って。そこまで考えてるかしら?」
剣士「考えないかな?」
魔法使い「わからない。まだ付き合い短いし……」
剣士「あー、見に行ってこようか?」
魔法使い「貴方は他にやる事があるでしょ?」
剣士「しかし……」
賢者「待ってみませんか。疑うのは失礼ですよ」
魔法使い「そうよね。考えすぎよね……」
剣士「じゃあ俺はさっき話した通り騎士団を追ってみるよ」
魔法使い「え、ええ」
夕方――
魔法使い「ねえ、どこで修行してるとかは聞いてないのよね?」
賢者「え!? ええ、聞いてないですけど……」
魔法使い「修行にしては帰り遅くない?」
賢者「大丈夫ですよ。行ってないですって!」
魔法使い「なくはないでしょ? もしこれで死んじゃったら……」
賢者「縁起でもない。やめてくださいよ――って、あー!!」
魔法使い「なに!?」
賢者「あ、いえ、食材の買い忘れがありまして……」
魔法使い「なんだ、そんな事か……」
賢者「一大事ですよ。買いに行ってきます!!」ガタッ
魔法使い「こっちは気が気じゃないのに、もー!!」
街――
賢者「まだ市場やってるかな。急がないと。もう陽が沈みそう――って、ああー!」ビシッ
武闘家「おおぅ!?」バッタリ
賢者「こんなところで何してるんですか。お姉様が心配していましたよ。一人で祠に行ったんじゃないかって!」
武闘家「あー、それなんだけどさ……」
賢者「どうしたんですか?」
武闘家「ジャジャジャジャーン!!」ドーンッ
賢者「え……?」
武闘家「アハッ、アハハハッ!!!」アセッ
賢者「手に持っているのって、まさか……っ!?」
武闘家「そう、そのまさか――、真実の水晶さー!!」
賢者「ええーっ!?」
武闘家「すげーだろ。どやー!」
賢者「本物なんですよね?」
武闘家「多分な。確かめようにも偽ってる人間がいなきゃ確かめようがないし――」
武闘家「あっ、賢者ならわかるんじゃないか。見てみてくれよ」スッ
賢者「うーん、とてつもない魔力が秘められている事はわかりますけど」ジーッ
武闘家「マジかよ! んじゃ、やっぱこれって……」
賢者「ええ、どちらかと言えば本物っぽいですかね」
武闘家「やったぜ!」
賢者「……」
武闘家「やっぱ不味かったかな?」
賢者「そうですね。せめて何か一声欲しかったです」
武闘家「けど言い出せる雰囲気じゃなかったし、俺が引き受けちまったようなものだったからさ」
賢者「気にしすぎですよ」
武闘家「ごめん。居ても立っても居られなくて……」
賢者「それにしてもよく盗み出せましたね。大昔の勇者が隠したなんて言われていたのに!」
武闘家「ほ、褒めんなよ。照れちゃうじゃん////」
賢者「魔法の罠とかなかったんですか?」
武闘家「なんだよ、それ? 確かに罠はいくつも仕掛けられてあったけど――」
武闘家「落とし穴とか、鉄球が転がってくるとか、そんな古典的な罠しかなかったぜ」
賢者「あれ? じゃあ剣士さんの杞憂だったって事ですか……」フム
武闘家「考えすぎなんだよ、剣士殿は!」アハハッ
賢者「否定はしませんけども……」
武闘家「んじゃ、これ姫様に渡してくるな」
賢者「待ってくださいよ。二人には話さないんですか!?」
武闘家「だって気まずいじゃんか。それに、どうせ姫様の勘違いだよ」
武闘家「魔族だったとしても正体を確かめるだけで戦いはしないだろ? 大丈夫だって!」
賢者「そうでしょうか……」
武闘家「頼む。事件を解決した後の方が気持ち楽なんだよ。今謝るのも後で謝るのも変わんないって!」
賢者「万が一って事もありますし、やっぱり話した方が……」
武闘家「魔族の犯行だって思うわけ? そもそも国王が本当に入れ替わってるとも限らないって言ってたじゃーん!!」
賢者「そりゃ、まぁ……」
武闘家「お願いだ。俺にカッコつけさせてくれー!!」ドゲザッ
賢者「カ、カッコつけるって??」
武闘家「この王宮お騒がせ偽者騒動は俺が解決したぜ――って告白する方がカッコイイじゃーん!!」
賢者「そういう事ですか。――わかりましたよ。でも一つ、条件があります」
武闘家「なんだ! 馬のフンでもにぎりゃあいいのか?」
賢者「気持ち悪い事を言わないでください。そうじゃなくて、私も一緒にいきます」
武闘家「へ? それが条件なの?」
賢者「この事を二人に黙っているなんて私には出来ませんからね……」
武闘家「すまねえ。恩に着るぜ」
賢者「じゃあ行きましょう」
武闘家「おう! サクッと依頼達成して帰ろうぜ。あと後で一緒に謝ってくれい」
賢者「それは嫌です……」
城門 夜――
賢者「あのー……」コソッ
門番「ああ、君達あれだろう。話は聞いているよ。姫様が頼んでた骨董品を届けにきた冒険者だよね?」
賢者「え、ええ」
門番「こんな夜遅くまでとは可哀想に。どれだけ急かしてるんだか、あの馬鹿姫は」ボソッ
賢者「え……?」
門番「あー、申し訳ない。急ぎだというのに。ささ、中へどうぞ」アセッ
門番「入ったら係りの者が案内しますので指示に従ってください。くれぐれも無礼のないように」
賢者「あ、はい」
武闘家「そういう話で通してたのか。本当の事は言えないもんな」
賢者「(もしかして姫様は城の者に好かれていない?)」
城 客室――
姫騎士「おお。待ちかねたぞ」
武闘家「これがそうです」スッ
姫騎士「ほう、これが……!」パシッ
姫騎士「しかし、見た目だけではわからんな。ただの丸玉の水晶にしか見えんぞ?」
執事「学者に調べさせますか?」
姫騎士「馬鹿を言え。どう説明するつもりだ。彼等を信用していないわけでも――」
姫騎士「ん? そう言えば剣士の姿が見えんがどうかしたのか?」キョロキョロ
武闘家「あー、それはその…… そうだ。あの後すぐ高熱出しちゃって!」アセッ
賢者「え゙?!」
姫騎士「私が帰った後に風邪を? では誰がこの水晶を?」
武闘家「俺です。俺が剣士殿の代わりに取ってきました!」
姫騎士「疑うわけではないが、本当なのか?」
武闘家「剣士殿の辱めるような事をするわけないじゃないですか。信じてください!」
賢者「なに嘘ついているんですか」ボソッ
武闘家「俺が取ってきたのは事実だろ?」
姫騎士「よし、確かめてみるか!」グッ
賢者「い、今からですかっ!?」
姫騎士「ああ。この時間なら王はもう寝室に戻っているはず。都合がいい。ソナタ達も一緒に来てくれるな?」
武闘家「はい。もちろんです!」ガタッ
賢者「だ、大丈夫なんでしょうか?」
武闘家「心配性だなあ。寝込みを襲うんだぜ。大丈夫だろ?」
武闘家「それによ、変化を使って王宮を陥れようとするような奴が強いとは思えないぜ」
賢者「まぁ、確かに……」
姫騎士「何してる。行くぞ」
武闘家「今行きます! ――大丈夫だって。行こうぜ!」
賢者「え、ええ」
寝室 前――
武闘家「見張りが二人いますぜ。――って、国王の寝室にいなかったら逆におかしいか」
姫騎士「水晶が反応しない。ではあれが真実の姿か。魔族であれば切り捨てるのだが……」
執事「本物の近習相手にそれは出来ませんね。ここは訳を話して通してもらいましょう」
姫騎士「信じると思うか? 私は思わんな。ここは少し荒っぽいが……」チャキッ
執事「暴力はいけませんよ。それに上手くいくかどうか……」
武闘家「俺と姫様が同時に飛び掛かれば、と思ったけど。確かに絶対じゃないか(姫様の実力知らねえしな)」
賢者「なら私に任せてもらえませんか?」
執事「何か策があるのですか?」
賢者「策と呼べるほどのものじゃないんですけど、魔法で眠らせてみます」
姫騎士「催眠術が使えるのか?!」
賢者「た、たぶんですよ。成功するかちょっと自信ないんですけど……」
姫騎士「まあいい。物は試しだ。執事もいいだろう、眠らせるだけなら?」
執事「そうですね。それなら、まあ……」
賢者「では唱えますよ! でやあ!!」パァ
ナンダ マブタガ キュウニ オモク… バタッ
賢者「ふぅー、よかったぁ。ちゃんと眠ってくれました」ホッ
姫騎士「見事なものだな。あの二人を眠らせるとは、大した魔導師じゃないか!」
賢者「お姉様に負けていられませんからね」フフン
姫騎士「部屋の鍵は近習が持っているはず…… よし、あった」ゴソゴソ
武闘家「なあ、ここまでして姫様の勘違いだったら困っちゃうな」ボソッ
賢者「こんな時に何言ってるんですか!?」
武闘家「いやだってその可能性もないわけじゃないだろ。むしろその方が高いっつーか……」
賢者「それならそれでいいじゃないですか。何もなかった事がわかるだけでも」
武闘家「あー、だよな。ごめん、なんか落ち着かなくって。緊張してんのかも」ハハッ
姫騎士「おい、静かにしろ。突入するぞ」
武闘家「あ、すみません!」アセッ
ガチャ キィ
寝室――
姫騎士「暗くてよく見んが、ベッドはあそこだな……」ジリッ
パッ!
姫騎士「ま、まぶしっ!? 燭台に火が、どうして急に……」ビクッ
国王「夜遅く、それもノックもせずとは一体何事だ。訳を話しなさい、我が娘よ」
賢者「(見つかった!? というより来る事が最初からわかっていたような……)」ゾッ
姫騎士「娘だと!? どの口がほざく。貴様の正体はわかっているんだぞ!」
国王「何を寝ぼけておる?」ハハッ
姫騎士「笑っていられるのも今のだけだ。これを見ろ!!」バン
国王「ほう、それは真実の水晶。手に入れたのか……」ジッ
賢者「不味いっ!?」
姫騎士「水晶よ、真実の姿を映したまえ!!」ピカー
呪術師「やれやれ。思ったより早かったの。さて、どうしたものか……」フゥ
武闘家「老けやがった!? おっさんが爺になるとは、水晶は玉手箱だったーっ!?」
賢者「何言っているんですか。よく見てください」
賢者「あの頭に生えた角に、エルフほどじゃありませんが縦に伸びた耳。あれは――」
武闘家「人魔の魔族だよな。やっぱ見間違いじゃなかったか。こいつはたまげたぜ」
賢者「ええ。最悪の事態です……」
武闘家「いや、そうとも限らないぜ。人魔ならまだ何とかなる。人魔は戦闘に不向きな魔族。見た目通り、実力も人間と大差ないぜ」
賢者「確かに一般的にはそう言われています。ですが、あのお爺ちゃんは違う――」
賢者「一瞬で、それも正確にこの部屋にあるすべての燭台に魔法で火を灯しました」
武闘家「そんなに凄い事なのか? 一見、戦いにはなんの関係もなさそうだけど」
賢者「あれが警告だとしたら? 感じるんです。計り知れない異様な魔力を……」
呪術師「ほう。儂の魔力をそのように感じ取る者がいるとは……」
姫騎士「気圧されるな。しっかりしろ」
武闘家「そうだ。数じゃこっちが勝ってる。それにどんな魔力秘めてようが所詮は人魔だぜ」
賢者「や、やらないとは言っていませんよ!」
賢者「(わかってる。ここで怖気づくようじゃ剣士さんの力になんて一生なれっこない。だけど、この不安感は……)」
呪術師「見事な覚悟じゃが、儂が三魔将の一人、灰の呪術師だと知ってもまだそう申すか?」
武闘家「は? なんだ、それ?」
呪術師「やはり知らんか。この時代から生まれた新たな地位じゃし、驚きはせんが……」
賢者「名を冠した将軍? 四天王のような実力者だと言いたいんですか?」
呪術師「わかってもらえたようじゃな。その通り、実力も四天王に優るとも劣らないと言われておる」
姫騎士「なるほど。虚勢を張ってこの場から逃げようという魂胆か。如何にも人を欺いてきた奴が言いそうなセリフだ!」
呪術師「勘違いしておるようじゃが、儂はこの国を滅ぼそうとは思っておらん。少し利用させてもらっただけじゃ」
姫騎士「黙れ。どう言い逃れしようと貴様は我が国を愚弄した。その事実は変わらん!」
呪術師「やはり戦いは避けられぬか。なれば致し方なし――」
呪術師「場所を移すとしよう。ここは戦いづらいのでな。よいか?」
姫騎士「仲間と合流する気か!」
呪術師「はて? 水晶を使い確認したのではないのか? 魔族はこの王宮に儂一人じゃよ」
武闘家「たった一人で乗り込んできたってのか!?」
呪術師「言ったはずじゃ、四天王にも劣らぬと。その気になれば儂一人でこの王宮など落とせる」
姫騎士「減らず口を! どこでも変わらん。この場で叩き斬ってやる!」ダンッ
呪術師「戯けが!!」ボシュッ
姫騎士「ぐわあああ」ドシャアア
呪術師「やれやれ。お主のせいで豪奢な寝室が台無しになってしまったではないか」
賢者「なんて早い火球!? そうか。炎系魔法を極めた魔導師、だから灰の……」
呪術師「これでわかってもらえたかの。なぜ儂が三魔将と呼ばれ恐れられておるのか」
姫騎士「なんだ、あれは。一瞬チカっと光ったと思ったら火の玉が目の前に……」ヨロッ
呪術師「ほう。加減したとはいえ自力で立ち上がれるとは……」
姫騎士「当たり前だ。鍛え方が違う!」
呪術師「まったくじゃよ。流石は王宮に伝わる秘宝の鎧と盾じゃ。魔法を軽減する効果が付与されておったとは恐れ入ったわ」
呪術師「それを快く与えてくださった優しきお父様に感謝する事じゃ、姫騎士よ」
姫騎士「き、貴様ァ!!」バッ
呪術師「待て待て、今度はボヤではすまなくなるぞ」
姫騎士「くっ!?」ピタッ
呪術師「ついてまいれ。そちらもそれでよいな?」
武闘家「ああ、いいぜ」
賢者「執事さん、戦いの間他の人が近づかないようにしてもらえますか?」
執事「ええ、そうするつもりです。――ですから姫様の事を頼みます。どうか」ペコッ
賢者「……はい」
玉座の間――
武闘家「ここは玉座の間か?」
呪術師「城内で戦うのであればここしかあるまい。偽の国王との決着をつけるわけじゃしな」
姫騎士「またも愚弄して……!」ギリッ
呪術師「半分は冗談じゃよ。儂等の戦いに他の者を巻き込みたくなくてな。ここならその心配もない。何より戦いやすかろう」
呪術師「まあ城外で戦えるのが一番じゃが、それは儂を逃がすのと同義。困るのじゃろ?」
武闘家「凄い自信だな、爺さんよ」
呪術師「自信がなければここにはおらんよ。――そうじゃ儂は半端な覚悟で来たのではない」
呪術師「お主等には悪いが、ここで終わるわけにはいかんのじゃ」
賢者「それは私達も同じです。引けない理由がある」
呪術師「この国にそこまで肩入れする事もなかろうに。――まあよい。そろそろ始めよう。夜が明けては騒ぎになる」
賢者「(ついに始める。剣士さん不在の魔族戦。出来る限りを全力でやれば、きっと!)」
賢者「(だけど、どう戦う? 魔法から身を守るには魔法と言うけど、力の差は歴然――)」
賢者「(こちらの魔法で相手の魔法を相殺できるとは思えない。いや、完全に防げなくたっていい。少しでも軽くなれば、それで)」
賢者「(そうだ。私には治癒魔法だってある。守りに徹しよう。そうと決まればつかず離れず一定の距離で二人の援護を……)」チラッ
武闘家「先手必勝、いくぜ!」ダンッ
賢者「ちょっ!?」
武闘家「(悪いな、賢者。こうなっちまったのは俺のせいだ。見栄を張ったばっかりによ)」
呪術師「勇ましいの。策があっての特攻か、それとも……」フム
武闘家「(大丈夫。あれくらいの火球、俺なら躱せる。食らったって一二撃なら……)」
武闘家「自分のケツは自分で拭く。懐に飛び込んじまえば魔導師なんてー!!」ダッ
呪術師「ではいくぞ」スッ
武闘家「構えたな。杖の向きからして射線は……」バッ
呪術師「ほあ!!」キラン ドカーン
武闘家「か、火球じゃない!? こ、これは…… ぐおおああああ」ズシャアア
姫騎士「なんだ、火の塊が現れたと思ったら爆発したぞ!?」
賢者「広範囲の爆発魔法です、それも最上級の。それをあれほど短い詠唱時間で唱えてしまうなんて、そんな……っ!?」
武闘家「くそ、なんなんだよ、あれは……」ヨロリッ
賢者「動かないでください。今、治癒しますから……」タッ
呪術師「一か所に固まらず、ばらけた方がいいと思うがの」スッ
武闘家「くんな。巻き込まれちまうぞ!」
賢者「で、でも……!」
呪術師「ほあ!」キラン ドカーン
姫騎士「二人とも下がれ!」ドン!
賢者「ぎゃあ!」コケッ
姫騎士「くっ……」ズサッ
武闘家「おい、大丈夫か!?」アセッ
姫騎士「心配には及ばん。聞いていただろう。この鎧と盾には魔法を軽減する効果がある。これくらいなんともない……」フラッ
姫騎士「二人は?」
賢者「大丈夫です。お陰で助かりました。ありがとうございます」
武闘家「ご、ごめん。俺、何とかしなきゃって思って、その……」
姫騎士「いや謝るのは私の方だ。自分の力を過信したばかりに、こんな事になってしまった」
武闘家「謝る事じゃねぇよ。俺だってそうさ。相手を甘く見てた」
姫騎士「力を合わせよう。悔しいが私の力だけでは奴には敵わん。だが三人なら!!」
武闘家「そうだな。俺ももう自分だけで何とかしようとは思わない。協力するぜ」
賢者「その前にこれを」パァ
武闘家「傷が、治っていく……」
姫騎士「驚いた。治癒魔法も使えるのか?」
賢者「ええ。こう見えても私は魔導のエキスパート。攻撃魔法はもちろん、治癒魔法や補助魔法だって使えます」
姫騎士「本当に頼もしいな。――よし、これなら勝てる。絶対に!」
呪術師「(頼もしいか。確かに。正直ここまでやれる人間がおるとは思わなかった)」
呪術師「(儂が見るに二人は勇者に近い力を持っておる。ただの人間がこれほどの力を持つなど本来あり得ん)」
呪術師「(契約せずして何故? まさか、儂等と同じように秘術の力で――いや、それこそあり得ん話か)」
姫騎士「反撃開始だ。いくぞ!」
呪術師「(いかん。覚悟を語っておきながら態勢を整える時間を与えてしまうとは……)」
武闘家「だけど本当にいいのか?」
姫騎士「私の事は気にするな。賢者のサポートもある。とにかく今は勝つ事だけに集中しろ」
武闘家「わ、わかった。無理はすんなよ」バッ
呪術師「(姫騎士を先頭に縦一列に並んだ? なるほど。防御力の高い姫騎士を盾にし、儂の懐に飛び込もうという作戦か)」
姫騎士「奴の魔法はすべて私が!」
賢者「防具に付与された軽減効果に加え、私の魔法でさらに守りを固めれば……」
武闘家「あとの事は任せろ。近づけりゃ魔導師なんて敵じゃない!」
呪術師「やれやれ。困ったものじゃな。どこまで火力を上げてよいものか……」
姫騎士「突撃ィー!!」タンッ
呪術師「ほああ!」キラン ドカーン
姫騎士「ぐぅっ、流石は賢者だ。先ほどよりダメージが少ない。これなら……」タッ
賢者「(二段構えなのに完全には防げなかった。詠唱速度が違いすぎる。時間があればもっと強力な結界が唱えられるのに……)」
呪術師「無茶な事をする」ドカーン
姫騎士「ぐっ!? まだだ、まだ私は……」グッ
武闘家「耐えてくれ、姫様。あと少し、あと少しで!」ジリッ
呪術師「(むっ、これ以上は姫の体が持たんな。ここまでか……)」ドカーン
姫騎士「ぐわああっ!」ガクッ
賢者「ひ、姫騎士さんっ!!?」アセッ
姫騎士「い、いけッ! 武闘家ァー!!」
武闘家「この距離、もらったァ!!!」ダンッ
呪術師「本当によくやりおる。じゃがの――ッ!」
ヒラリッ
武闘家「躱された!? でも、まだだ。取りついちまえば!」ブオンッ
呪術師「なんて鋭い殴打じゃ。やはり普通ではないの……」ヒラリッ
武闘家「くそっ、どれも紙一重で躱される。なんなんだよ、この爺さんは!?」ブオッ ブンッ
呪術師「むッ、壁か……!」ピタッ
武闘家「追い詰めた。これでぇ!!」グアッ
呪術師「甘いぞ!」フワッ
武闘家「飛んだ!? 嘘だろ……」スカッ
呪術師「残念じゃったな。風の魔法を纏えばこのような動きも出来る」スタッ
賢者「風の魔法まで自在に使いこなすなんて。それもグリフォンの翼のように……」
武闘家「くそ、くそォッ!!」
呪術師「もうよいじゃろ。その真実の水晶を渡してくれればお主等の事は見逃す、じゃから――」
姫騎士「そんな事、誰がするものか……っ!」ヨロッ
姫騎士「あと少しだったじゃないか。もう一度だ。もう一度、同じ方法で……」
呪術師「治癒魔法とて限度がある。あれは人の治癒能力を高めているだけに過ぎん。負った傷に応じ体力を消耗する。もう同じようには動けんじゃろ」
姫騎士「そ、そんな事は……」フラフラッ
呪術師「それに武闘家の攻撃ではな。惜しい所まで来ておるんじゃが、儂を仕留めるにはあと一歩足りん」
武闘家「くっ……!」
呪術師「命を奪うつもりはない。素直に負けを認めてくれんか?」
武闘家「そいつは素晴らしい申し出だけどよ。断るぜ、爺さん」
呪術師「無駄に体力を消耗するだけじゃぞ?」
武闘家「そんな事もねぇよ。爺さんが言ったんだぜ。俺の攻撃はあと一歩足りないって。つまりそれってあと少し強くなりゃ通じるって事だよな?」
呪術師「先ほどの攻撃は全力ではなかったと?」
武闘家「いや全力だったさ。だから限界を越える!」
呪術師「越える? ま、まさか……」
武闘家「賢者、俺に身体能力強化の魔法をかけてくれ!!」
賢者「え……っ!?」
武闘家「補助魔法も使えるって言ったよな?」
賢者「言いましたけど、あれは……」
呪術師「その子の言う通りやめるべきじゃ。あれは肉体にかかる負担が大きすぎる」
呪術師「勇者達が強化負荷に耐えられるのは、再生の力を持つ女神の加護のお陰なのじゃぞ!?」
呪術師「強化魔法の強さにもよるが、常人が使えばどうなるか……」
武闘家「悪いな、爺さん。俺の体はそんなやわに出来ちゃいないぜ」
呪術師「待て。儂はお主等を殺す気はない。水晶を渡し、儂を見逃してくれさえすれば……」
武闘家「そういうわけにもいかねぇんだよ。――さあ、やってくれ。覚悟は出来てる!」
賢者「や、やれと言われましても……」
賢者「(確かに強化魔法を唱えればこの状況を打破できるかもしれない。けど武闘家くんの体が魔法に耐えられる保証はどこにも……)」
賢者「(それに使えると言っても人に使った事はない。昔、練習で虫にかけただけ――)」
賢者「(力の加減を間違えばあの時のバッタのように、今度は武闘家くんの体が……)」
武闘家「構う事ないぜ。どの道これしか手は残ってねぇんだ!」
賢者「む、無理です。出来ませんよ。私にはとても……」
武闘家「頼むよ。俺も誰かの期待に応えたいんだ。ここで終わったっていい。だから!」
賢者「うっ……」
呪術師「自信がないのなら尚更やめるべきじゃ。自身の手で仲間を壊したくないじゃろ!?」
賢者「どうしたらいいの? 私はどうしたら……」
武闘家「ぶっ壊れたっていい。やってくれ、賢者!!」
賢者「剣士さん、私は……」ギュッ
剣士「――呼んだか?」ザカッ
賢者「あ、ああ、あぁ……」ペタン
武闘家「嘘だろ。本当に、本当に剣士殿なのか……?」
剣士「待たせたな。あとは俺に任せろ」
武闘家「気を付けてくれ。相手は三魔将とかいうとんでもねぇ手練れだっ!!」
剣士「名を冠した魔族の将だって……?」ジッ
呪術師「ほう、あれが噂に聞く。この国にいるというのは本当じゃったか……」
剣士「(魔族なのか? そうか、あれが人魔族か。聞いてはいたが本当によく似ている)」
剣士「(細かな差異はあるが骨格は同じだ。ここまでくると似ているというより――)」
剣士「(いや、考えるのは後だ。こいつは賢者をいじめた。その報いは誰であろうと受けてもらう)」チャキッ
魔法使い「作戦はどうする? 私は貴方のサポートに徹した方がいいわよね?」
剣士「それより賢者達の手当てを頼むよ」
剣士「それと流れ弾が飛んでくるかもしれない。君の魔法で守ってあげてくれないか?」
魔法使い「ちょっと待って。一人で戦うつもりなの?」
剣士「ああ。相手は魔導師なんだよな? なら試してみたい事がある」
魔法使い「試すってあれの事? 冗談でしょ!?」
剣士「本気だよ。実戦でなければ意味がない。――下がっていてくれ」
呪術師「(仲間を後退させた。何を考えておる? まさか、決闘のつもりか……?)」
呪術師「(随分と慢心しておるな。四天王を打ち破った自信からじゃろうが――)」
呪術師「(装備は貧弱、鎧はおろか盾すら持たずどう魔法に対抗するつもりじゃ。剣のみで勝てるほど魔族の魔導師は甘くないぞ)」
剣士「……」ジリッ
呪術師「(間合いを測っておるな。残念じゃが、そこはもう儂の距離じゃよ)」スッ
呪術師「ほああ!!」キラン バーン
剣士「――!」ヒラリ
呪術師「な、なんじゃと!?」
剣士「確かに恐ろしいな。あの詠唱時間で、これほど強大な魔法を撃てるのか」
呪術師「(広範囲の爆発魔法を見てから躱すなど勇者とて不可能――)」
呪術師「(じゃが奴はいとも簡単に、態勢を崩す事もなく躱しおった?!)」
剣士「(試しに撃たせてみたが危なかったな。狭い場所であれを撃たれたら躱しようがない)」
剣士「(やはり定石通り詠唱を潰すしかないか。問題は潰せるのかどうか、か)」ジリッ
呪術師「偶然か、それとも……」スッ
剣士「(いけるか?)」タンッ
呪術師「早い!?」ビクッ
剣士「――ッ!」ザン
呪術師「ぐっ、かすめた……」ブシュ
剣士「やるな。爺の身のこなしじゃない!」バッ
呪術師「風の魔法を纏い、距離を置いて態勢を……」フワッ
剣士「離脱? ――させるかッ!」タンッ
呪術師「なんと!?」ビクッ
剣士「悪手だったな。その足運びでは躱せまい!」ザンッ
呪術師「魔法での移動に追いつくじゃと…… ぐ、ぐおぁ!?」ドシャー
剣士「終わりだ!」バッ
呪術師「なんて力じゃ。同等などではない。剣士は既に勇者など遥かに越えて……」
呪術師「じゃが、じゃがのーッ!!」ボシュ
剣士「く――ッ!」キン
呪術師「き、切り払い――、弾いたじゃと!?」
剣士「詠唱が異様に早いとは言え、瞬時に撃てる魔法はこの程度が限界か」
呪術師「儂の火球を、この程度とあしらうか!?」
剣士「勝負あったな」チャキッ
呪術師「甘く見ておったのは儂の方か。紅蓮の剣士、これほどとは……ッ!!」
武闘家「化け物かよ……」
魔法使い「ほんとにね。だけどそれは今更なんだって気づいたわ。既に剣士は三度も魔族を撃退している」
武闘家「だからってここまでか? 次元そのものが違うじゃねぇか!?」
賢者「そう感じるのは相手が魔導師だったからかもしれません」
武闘家「え?」
賢者「剣士さんは詠唱段階で魔法の種類がわかるんですよ。ですから――」
武闘家「先読みって事か? けど、そんな事出来んのかよ?」
魔法使い「無理よ。どんなに優れた魔導師でも完全に読み切る事は出来ない」
賢者「お姉様にも、ですか?」
魔法使い「私どころか御婆様――いえ、あの勇者ですら不可能でしょうね」
賢者「え゙っ!?」
賢者「勇者様でさえ出来ない事を、どうして剣士さんが……?」
魔法使い「あれが勇者を倒す為に身に着けたものだから、としか言えないわ」
賢者「勇者様を倒す??」
魔法使い「べつに勇者が憎くて殺したかったわけじゃないわ。ただ純粋に勇者に勝ちたかったのよ、アイツは」
賢者「剣士さんは勇者様と戦った事があるんですか?」
魔法使い「勇者のちょっとした勘違いでね。なんでも、剣士を山賊と間違えたとか」
賢者「二人は婚約していたんじゃ……」
魔法使い「あの頃はまだ話だけで、勇者は剣士の顔を知らなかったのよ」
魔法使い「で、結局その誤解は解けず戦う事になって。剣士は負けた。勇者の使う神の魔法に手も足も出ずに」
武闘家「だから相手の魔法を丸裸にする技術を身に着けたってのか!?」
魔法使い「ええ、そうよ」
武闘家「ぶっ飛んでやがる……」
魔法使い「(確かに今ならそう言わざるを得ない。あの頃は感知できたところで身体がついていかず躱す事は出来なかった)」
『ただ生きていればそれでお姉様は満足なんですか?』
魔法使い「(それだけじゃないわ。私はアイツに必要とされたい、求められたい。だけど、こんなひどい差を見せつけられてどうしろと言うのよ……)」
呪術師「何故殺さん。決着はついたはずじゃ」
剣士「聞きたい事がある。アンタの目的はなんだ。どうして国王なんかに……?」
呪術師「何かと思えばそんな事か……」
呪術師「戦略的な意味はない。人手が欲しかっただけじゃ。儂一人では探しきれなくてな」
剣士「探していた? 一体何を?」
呪術師「初恋の女性と言ったら信じてもらえるかの?」
剣士「は?」
呪術師「知っておるか? 勇者に敗れた魔族の末路を……」
剣士「あ、いや」
呪術師「じゃろうな。知る由もない」
剣士「どうしてそんな話を急に……」
呪術師「儂はな、前大戦の生き残りなのじゃよ」
剣士「生き残り? 魔族は魔王と共に滅ぶんじゃないのか?」
呪術師「お主がよく知る魔族――、邪神の加護なしには身体を維持できん種はそうじゃな」
呪術師「じゃが、儂等のような加護を必要とせずとも生きられるものはそうではない」
剣士「人魔がそうだと? その違いはなんだ?」
呪術師「さあ、そこまではわかっておらん。単に人魔が人間に近い形だからなのか、それともその役目からそう作られておるのか――」
呪術師「理由はどうあれ人魔は魔族の中では異端。ゆえに虐げられていた時代もあったが――おっと、関係のない話じゃったな」
剣士「その姿では、やはり……」
呪術師「とにかく儂等は魔王亡き後も生きなければならなかったのじゃ。次代の魔王を迎える為にも死ぬ事は許されなかった」
剣士「迎える?」
呪術師「おかしいとは思わなかったのか? 魔王が復活したからと組織がいきなり機能するわけがない」
剣士「人魔は次代の魔王が復活するまでの間ずっと陰で生きていたっていうのか?」
呪術師「そうじゃよ。それがどんなに過酷な事か、お主にはわからんじゃろうな……」
呪術師「加護なくして資源の乏しいあの荒れ果てた大陸では、生き残ったもの全てを養う事は出来ず――」
剣士「(邪神の加護には生理的欲求を補う力もあるのか。いや、死してなお蘇る勇者の再生力も突き詰めれば同じようなものか)」
呪術師「儂等に残された選択は一つだけじゃった」
剣士「人口の抑制、切り捨てか……」
呪術師「儂もその切り捨てられた一人でな。じゃが、運よくこの大陸に流れ着き、あるものに救われた」
剣士「あるもの?」
呪術師「エルフじゃよ。儂はとあるエルフに救われたのじゃ」
剣士「つまり爺さんは前の戦いで助けてもらったエルフの女性を探していただけだと?」
呪術師「ああ、そうじゃ」
剣士「わからないな。仲間の力を借りればよかっただろう。変化の魔道具を盗み出してまで、人間に探させる必要はなかったはずだ」
呪術師「こんな色惚けた爺の酔狂に仲間を巻き込む事など出来んよ。それにそのエルフは人間と結ばれておってな……」
剣士「人間と結ばれていた? そのエルフというのは――」
呪術師「俗に言うはぐれエルフじゃ。里を離れ人界近くに住むな」
呪術師「だから今度は儂が助けよう、そう決めておった。今回ばかりは人間が敗れると確信しておったからの」
剣士「――で、見つかったのか?」
呪術師「いいや。あれから百年ちょっと。エルフの寿命であれば生きておると思うが……」
賢者「もしかしてそのはぐれエルフさんってお婆様の事でしょうか?」
魔法使い「そういえば昔はこの辺に住んでたって言ってたわね」
魔法使い「里を離れた、それも人間と結ばれていたエルフなんてそういないでしょうし」
呪術師「ん? 言われて見れば面影があるような……」ジッ
賢者「本当ですか!?」
呪術師「二人の婆さんは本当にエルフなのか?」
賢者「ええ、そうですよ」
呪術師「どうりで強いわけじゃ……」
呪術師「それで今は、今はどこに? 元気にしておられるのか?」
賢者「始まりの国の国境近くの森の外れに住んでいます。おそらく今も元気に魔法の研究に勤しんでいると思いますよ」
呪術師「そうか。変わらず元気で、よかった……」
呪術師「しかし何という因果じゃ。その孫が剣士と共に魔王討伐とはな」
呪術師「思い残す事はない。剣士よ、妬くなり煮るなり好きにするがよい」
剣士「なら早くここから立ち去るんだな」パチン
呪術師「鞘に納めると? 見逃すと言うのか!?」
剣士「ああ」
呪術師「何故じゃ。儂は三魔将という地位を与えられた立派な敵じゃぞ!」
剣士「その立場を利用し、愛に生きた貴方を俺は殺せそうにない。それに貴方の事だ。本物の国王は殺していないんだろう?」
呪術師「確かに本物の国王は鳥に変えただけで命までは奪っておらん。しかし、だからと言って納得できるものではないじゃろう!?」
剣士「どうだろう。エルフのお婆さんを探す為だったとはいえ、貴方はこの国の騎士を改心させた。お陰で以前より住みやすくなったと……」
呪術師「甘いぞ、剣士。そうであったとしても儂が人間の敵である事に違いない!」
剣士「本当にそうか?」
呪術師「お主が魔王に逆らう限り儂等は敵じゃよ。またあのような悲劇が繰り返されるというのなら儂は、儂は……」
剣士「(爺さんはエルフを通じて人間の優しさを知ったんだろうな。だから苦しんでいる。魔王の意志に従いきれずに……)」
剣士「(それは俺も同じか)」
呪術師「どうした、剣士。怖気づいたわけではあるまい!」
剣士「なあ、爺さん。一つ提案なんだが……」
呪術師「提案?」
剣士「もし俺が魔王に敗れたら爺さんの出来る限りでいい。人間達を助けてくれないか?」
剣士「逆に俺が魔王に勝ったら出来る限りの魔族を助けると約束するよ。だから――」
呪術師「本気で言っておるのか?!」
剣士「ああ。これで済む話じゃないのはわかってる。だが、もし爺さんに人間を想う心があるのなら……」
呪術師「お主はどうなのじゃ。魔族を恨んではおらんのか!?」
剣士「恨むも何も、俺は魔族をよく知らない。大切な人を守る為に戦っているだけで――」
剣士「そうだ。爺さんが敵であろうと殺す理由にはならない。少なくとも今は……」
呪術師「剣士、お主は女神ではなく、人間の為に戦っているというのか……」
呪術師「――わかった。儂は去るとしよう」
剣士「ありがとう」
姫騎士「行かせるものか。剣士が刺せないと言うのなら私が!」ダッ
剣士「よせ!」ガシッ
姫騎士「止めるな。こいつはお父様を、我が国を愚弄した!!」
剣士「気持ちはわかる。だがここはこらえてくれ」
姫騎士「ふざけるな!」
剣士「殺して何になる?」
姫騎士「誇りを奪われた。取り戻さなければ生きてはいけない!」
剣士「それで戻るものでもないだろう!」
姫騎士「血迷ったか。アイツは魔族だ。我等人間の敵ゾ!」
剣士「爺さんは俺達を本気で殺そうとしていなかった。それに俺との約束だって……」
姫騎士「うるさい! お前に私の何がわかる!」
武闘家「剣士殿、流石に信用しすぎじゃねぇか?」
姫騎士「ほら見ろ。武闘家もお前の愚行に呆れているぞ!」
武闘家「そ、そこまで言うつもりねぇけどよ。資源不足を解決する為にそういう事が過去にあったのは本当だろうし――」
武闘家「ただ、なんでそれを爺さんが身をもって知ってるんだよ? 人魔族の寿命も人間と変わらないはずだぜ」
剣士「人魔は長寿じゃないのか?」
武闘家「ああ。そうだよな、爺さん?」
呪術師「詳しいな。人魔族の寿命は人間とそう変わらん。じゃから儂は秘術を使い寿命を永らえさせた」
剣士「秘術?」
呪術師「進化の秘術、聞いた事はないか?」
剣士「いや、初めて聞いた。魔法使いはどうだ?」
魔法使い「私も聞いた事ないわ」
呪術師「そうか、やはり……」
剣士「どういうものなんだ?」
呪術師「そうじゃな。平たく言えば生物の能力を著しく成長させる術といったところかの」
剣士「成長? 強化魔法とは違うのか?」
呪術師「似て非なるものじゃろうな。強化魔法は肉体の限界を引き出す術じゃが、進化の秘術は言葉通り使用者を進化させる。成長の過程を無視してな」
剣士「どういう事だ? 特別な力を授ける術という事か?」
呪術師「間違ってはおらんよ。事実、儂は秘術の力でエルフ並みの寿命を得た」
剣士「だけか? 何か他に得た力は?」
呪術師「お主が考えている事はわかる。しかし残念ながら、勇者を越えるほどの力を得た者はいなかった。儂を含め誰一人も……」
呪術師「いや、ある意味では越えたのかもしれんな。この時代まで生きながらえたのだから」
剣士「前大戦で得た知識か。確かに脅威ではあるが……」
呪術師「フッ、少しおしゃべりが過ぎたかの」
剣士「最後にもう一つだけ教えてくれ。その秘術は魔族に伝わるものなのか?」
呪術師「答えてやりたいが、儂はそれを知らん。じゃが、その術を知る者――側近はこう言っておったよ。勇者を討つ為に蘇らせたと」
剣士「蘇らせた? その側近というのは何者なんだ?」
呪術師「哀れな復讐者じゃよ。奴の憎悪怨恨の念は計り知れん。勇者を、いや人間を滅ぼす為ならどんな手段をも厭わない」
呪術師「儂が滅ぶ確信を得たのも奴を知ったからじゃ。あの男なら必ずや成し遂げるだろうと。現に側近は勇者を倒してしまった」
剣士「そいつが?」
呪術師「もちろん止めを刺したのは魔王じゃよ。じゃが、前代の勇者から魔剣を取り戻し、この時代の勇者を早期に突き止めたのは奴」
剣士「秘術で得た力を存分に使い、勇者を追い詰めたって事か……」
呪術師「――さて、知る限りの事は話したつもりじゃ。信じてもらえるかの?」
剣士「俺は信じるが、どうだろう?」
武闘家「ああ、俺も信じるよ。嘘をついてるようには思えねぇや」
呪術師「よかった。これで駄目ならエルフのお婆さんに会わせてもらう以外にないからの」
姫騎士「私は、私は……!!」
武闘家「悔しいのはわかるよ。だけど爺さんに戦う意思はなかったんだ。ここは剣士殿に従おうぜ」
姫騎士「私の国だぞ。いいように弄ばれたんだぞ」
武闘家「なら剣士殿をブッ倒してやるんだな。そうすりゃ誰も文句言わねぇよ」
姫騎士「な!? くぅ……!」ギリッ
武闘家「――爺さん、話は終わったぜ。早く行きな」
呪術師「すまん。国王は寝室の鳥かごの中じゃ、真実の水晶を使えば元の姿に戻ろう」
剣士「わかったが、傷は大丈夫なのか?」
呪術師「心配無用じゃ。そこまでの傷は負っておらんよ。――ではさらばじゃ!」バッ
武闘家「窓から文字通り飛びやがった。相変わらず身軽な爺さんだぜ」
姫騎士「なんなんだよ。剣士、お前はどうして……」
剣士「……俺はもう行くよ」
姫騎士「ああ。早くどっか行ってしまえ!!」
執事「お待ちください。この度の礼を……」
剣士「必要ない。俺は姫様の要望に応えられなかった」
剣士「それより姫様と国王の事を頼むよ。あの様子じゃ心配だ。ついてあげて欲しい」
執事「言われるまでもなくそうするともりです。ですが……」
剣士「?」
執事「剣士、貴方は勇者の遺志を継いだのではなかったのですか?」
剣士「そのつもりだったんだがな」
執事「失望しましたよ、紅蓮の剣士。貴方は姫様とは違う。覚悟がある人だと……!」
剣士「すまない」ペコッ
執事「私が言えるような立場ではないのは重々承知。ですがあえて言わせてもらいます」
執事「貴方は甘い。半端な覚悟では自身も仲間も殺す事になるでしょう。それ程の力があったとしても!」
剣士「肝に銘じておくよ」
城 門近く 帰り道――
剣士「(本当に無様だな。仲間を危険にさらせまいと動いたつもりが、逆に危険にさらす事になるとは)」
剣士「(武闘家の言う通り、考え過ぎず素直に取りに行った方がよかったんだろうな)」
剣士「(それだけじゃない。爺さんの事もそうだ。どう言いつくろったところで俺が殺す事を恐れたのは事実。罪悪感から逃れようとしただけ……)」
賢者「剣士さん、あの……」
剣士「あ、大丈夫だったか? 怪我とかは、魔法使いに治してもらったんだよな?」
賢者「それは大丈夫というか、そもそも私は何一つ傷を負っていませんから……」シュン
剣士「本当に?」
賢者「はい……」コクン
剣士「よかった」ソッ ギュッ
賢者「え、あ////!?」カーッ
賢者「すみません、ご心配をおかけして。でも、あの、これは……////」
剣士「痛かったか? 強く抱きしめたつもりは……」
賢者「大丈夫です。びっくりしちゃっただけで」
剣士「そうか」ニコッ
賢者「うん」ギュッ
武闘家「あれ、毎回やってんの? 見てるこっちが恥ずかしくなるんだけど」
魔法使い「なんで私に聞くの? 知るわけないでしょ!」ブチッ
武闘家「ヒェ!?」
魔法使い「(どうして、あの子にはああいう態度なのよ。あの子だって私と同じで何もしてないのに!)」
魔法使い「(一体私と何が違うの? どうしてあの子ばかり求められてるのよ!)」ギリッ
武闘家「剣士殿、ごめん。いい感じ所ちょっといいかな?」アセッ
剣士「あ、いや、これは別に……////」
賢者「どうしたんですか?」
武闘家「ほら、内緒で水晶を取りに行っちゃっただろう? だから謝りたくて……」
剣士「それについては慎重になりすぎていた俺も悪い。謝る必要ないよ」
武闘家「そんな事はねぇよ。結果的にそうだっただけで」
剣士「どうだろう? 俺が……」
魔法使い「もうみんな悪かった、それでいいんじゃない。煽った私が一番悪いと思うし」
武闘家「行っちゃった俺が一番でしょ、そこは。取りに行ったならまだしも、それを城に持っていっちゃったんだぜ?」
賢者「うふふっ」クスクス
魔法使い「何笑ってるのよ。貴女だって悪いのよ!」
賢者「わかっていますよ。でも謝りあっているのがおかしくて」フフッ
剣士「そうだな。みんな悪かったって事でこの件については終わりにしよう」
賢者「そうですね」ニコッ
魔法使い「だから最初からそう言ってるじゃない」ムッ
剣士「そうだ。武闘家、俺も君に話があるんだ」
武闘家「なんだよ、改まって……」
剣士「爺さんが教えてくれた進化の秘術。あれは君達が探していた力なんじゃないか?」
武闘家「でもあれって勇者を越える力は得られなかったって話だろう?」
剣士「だとしても力を得られる事に違いはない」
武闘家「んー、じゃ逆に聞くけどさ。剣士殿はそれを手に入れようとは思わないのか?」
剣士「手掛かりがあれだけだからな。それに人間に効果があるかどうかも怪しい……」
武闘家「それを言っちゃ俺だってそうよ!」
剣士「だが狩人は知りたいんじゃないか?」
武闘家「アイツはアイツで探し出すんじゃねぇかな?」
剣士「そうか……」
武闘家「俺はこのまま剣士殿と一緒に戦いてぇよ。駄目かな?」
剣士「本当にいいのか? 俺は魔族を見逃すような男だぞ?」
武闘家「だからだよ。俺はその優しさに惚れ直したんだ」
剣士「優しさ? 甘さの間違いじゃないか?」
武闘家「それの何が悪いんだ?」
剣士「死ぬ事になるかもしれない」
武闘家「いいよ。俺達の為に甘さを捨てるくらいならそれがいい」
剣士「馬鹿な事を言うなよ」
武闘家「本当だな」ハハッ
剣士「――じゃ、帰ろうか。流石に俺も眠い」
武闘家「ありがとうな。助けに来てくれて――って、そういやどうして城にいるってわかったんだ?」
剣士「武道着の怪しい男が祠から出てきたと騎士達が騒いでいたから、もしかしたらと思って。間に合ってよかったよ」
武闘家「そっか。じゃ今度は俺が――あいや、なんでもねぇや」
剣士「?」
武闘家「(今度は俺が助けるぜ、なんて言えるほどの力はまだない。そう言えるように強くならなきゃな)」
翌日 宿屋 昼過ぎ――
武闘家「ふわぁーっ、よく寝た。――って、寝すぎたな。もう日が沈みそうじゃんか」
魔法使い「おはよう。昨日の疲れは取れた?」
武闘家「んー、まだ節々が痛いかなー」イテテ
魔法使い「しばらくは養生につとめる事ね」
武闘家「そういうわけにもいかねぇよ。もっともっと修行して強くならねぇと!」
魔法使い「その事だけど、ほんとによかったの?」
武闘家「え?」
魔法使い「進化の秘術だっけ? それを探す旅に戻った方がよかったんじゃない?」
武闘家「魔法使いさんも知らなかったんだろ、秘術の事は?」
魔法使い「お婆様が知らなかっただけで他のエルフは知ってるかもしれないわ」
武闘家「そうかもしれねぇけど。やっぱ俺はこのまま剣士殿と一緒に……」
魔法使い「それがわからないのよ」
魔法使い「剣士は人魔の呪術師に情けをかけた。魔族を恨んでいるだろう貴方がどうしてそれを許せたの?」
武闘家「そ、それは……」
魔法使い「何かあるの?」
武闘家「わかった。ちゃんと話すよ。いつかは話さなきゃいけないって思ってたし」
武闘家「俺は、人間と魔族の混血児なんだ……」
魔法使い「嘘でしょ!?」
武闘家「呪術師の爺さんの話を聞いたろう? いたんだよ。切り捨てられた魔族の中には人間に助けられたものが」
魔法使い「じゃあ魔族に滅ぼされた貴方の里っていうのは……」
武闘家「ああ。魔族と人間が暮らす小さな里だった」
魔法使い「……貴方も邪神の加護を受けているの?」
武闘家「でなきゃここまで戦えてねぇよ。薄まってる分、純血には劣ってると思うけど」
武闘家「だから滅ぼされた――いや、違うな。単純に存在そのものが邪魔だったんだろうな」
武闘家「人間の情けで生きながらえた惨めな魔族を魔王が許すわけがない。ましてや人間と魔族の間に子が生まれるなんてなりゃ……」
魔法使い「もういいわ。話してくれて、ありがとう」
武闘家「しっかし、ふざけた話だよな。魔王に逆らう気なんてありゃしない。ただ静かに暮らしていたかっただけなのに……」
魔法使い「そうね……」
武闘家「だから嬉しかった。剣士殿が生き残った魔族を助けてくれるって言ってくれたのが。あの人には人間も魔族も関係ないんだなって」
魔法使い「ええ。アイツは生まれを気にするような人じゃないわ。もちろん私も」
武闘家「俺と同じ混血だからか?」
魔法使い「まあ、そういう事になるのかしらね」
武闘家「剣士殿も?」
魔法使い「アイツは普通の人間よ。混ざりっ気のない」
武闘家「そうなんだ。――って、んん?」
酒場 同時刻――
カランカラン
マスター「やあ、剣士殿。待ってたよ。ささ、こっちこっち」
剣士「ああ、どうも。待っていたという事は……」
海賊「はあーい。貴方が噂の剣士さん?」
剣士「(三角帽子にジュストコート、それに眼帯。古典的というか、あからさまな……)」
海賊「なあに? あまりの美貌に見惚れちゃったぁ? ――って、そんな顔じゃないね」
海賊「ふふん。何を隠そう、私は海賊。と言っても商船や沿岸なんかは狙わない、お宝探し専門の海賊だけど」
剣士「海賊と呼べるんですか、それで?」
海賊「海の無法者はみーんな海賊よ。それに商船を襲わないだけで同業者からは遠慮なく頂戴するし。お姉さん、こう見えて怖いんだから!」ムフッ
剣士「戦わないわけじゃないんですね」
海賊「そりゃ海賊だもん。――で、話を戻すけど貴方が私達を必要としているっていう剣士さんよね?」
剣士「ええ。私達は向こうの大陸へ渡る船を探しています。無理な願いとは存じますが、乗せて行ってはもらえないでしょうか?」
海賊「それなんだけど、どうしよっかなぁー?」ウフフッ
剣士「え?」
海賊「まず貴方が本物の剣士だっていう証拠を私に示して欲しいんだけどいい?」
剣士「証拠と言われても……」
海賊「難しく考えなくたって大丈夫。とーっても簡単な事よ」
マスター「おい。まさか、何かやらかすつもりじゃ……」
海賊「飲んだくれのごく潰し共、耳の穴かっぽじってよく聞きなッ!!」
ガヤガヤ ナンダナンダ
海賊「見えるかい? このパンパンに詰まった金袋が!」ドンッ
海賊「何も見せびらかす為に声を荒げたんじゃないわ。今からお前らにこれを手にする機会をくれてやろうって言ってんだ」
海賊「安心しな。難しい条件を突きつけるつもりはない――」
海賊「あたしの隣に座っている優男がいるだろ。この優男を地面に叩き伏せるだけでいい。つまりコイツと喧嘩やって勝つ。単純だろ?」
海賊「昼間っからこんな所で安い酒をチビチビ飲むしかないお前らには勿体ないくらいの話だろう。やらない手はないよなァ!」
ガヤガヤ マジカヨ イカレテンナ
剣士「有無を言わさない、これが海賊流か?」
海賊「うふふっ、手っ取り早いでしょう?」
剣士「気に入らないな」
海賊「あっちにとってもそう悪い話じゃないと思うけど? 私だってリスク背負ってるし」
マスター「おいおい、勘弁してくれ。うちはそういうのお断りなんだよっ!?」
海賊「そう言われても、もう言っちゃった後だしなぁー」エヘッ
マスター「備品もただじゃないんだぜ!?」
海賊「でも、すっごい盛り上がると思うよ?」
マスター「嬉しくないって。あー、頼む。なるべく俺の店は壊さないでやってくれー!」
客A「なかなか面白い事言うねぇ、海賊風の姉ちゃんよ」
客B「ああ。んな条件じゃただでくれてやるって言ってるのと同じだぜ?」
客C「なんたってこっちにゃ紅蓮の剣士様がいらっしゃるからなー!」ドヤッ
海賊「え? どういう事? だって剣士様は――」チラッ
剣士「偽者、まだいたのか……」ハァ
偽剣士「待ってくれよ。こんなくだらない事に私が付き合うわけがないだろう」
客A「いいじゃねぇですかい。どうせ、あの金は善良な我々民から奪い取ったもんですよ」
客B「違ない。そうだ。此処は一つ剣士様のお力で取り戻しちゃもらえませんかね?」
偽剣士「そう言うけどね……」
店員「あたしも見てみたいな。剣士様のカッコイイところ。いいでしょう?」
偽剣士「ふぅ、皆がそこまでいうのなら仕方がない。少し懲らしめてやるか……」スクッ
オーオー イイゾ ヤレヤレー ワーワー
偽剣士「(まあ、偽者を名乗るだけの力はあるつもりだ。こんな酒場にくる賊もどきに負ける事もないだろう)」
偽剣士「さあ、かかってきたまえ!」バッ
剣士「(中途半端な事では認めてはくれないんだろうな。気が進まないが、やるか……)」
客A「なあ、お前どっちに賭ける?」
客B「馬鹿言ってんなよ。賭けが成立するとでも思ってん……」
ガシャーン!
偽剣士「ガハッ!!??」ドテンッ
客一同「「へ?」」
剣士「叩き伏せたぞ。これで満足か?」
海賊「え、あ…… うん」ポカーン
剣士「すまないが、彼の介抱を頼むよ」
店員「えっ?」
剣士「目覚めたら伝えておいてくれ。こんな事に巻き込んですまなかった、と」
店員「は、はい……」コクン
マスター「こいつはすげえ。瞬きする間もなく終わらせちまいやがった……」
海賊「ごめん。盛り上がるどころか凍り付いちゃったね」
マスター「あ、いや、俺としちゃ店がブッ壊れずに済んでよかったよ」
海賊「そう? ならいいんだけど……」
剣士「不味かったか?」
海賊「ううん。問題ないって」
剣士「そうか。――で、どうだった?」
海賊「もちろん。信じるわ」
剣士「じゃあ、連れて行ってくれるんだな?」
海賊「んー、それはまたべつのお話かなー……」
剣士「はあ!?」
海賊「私の一存で決められる事じゃないし、うん……」
剣士「アンタが船長なんじゃないのか?」
海賊「そうなんだけど、船長の独断で決めちゃうわけにもいかないのよ。こればっかりは」
剣士「まあ、仲間の同意は必要か……」
海賊「剣士を信用してない仲間もいて。少し説得に時間がかかるかも――って、そうだ!」
海賊「ねえ、私と一緒に説得してくれない。そうすれば仲間もすぐわかってくれると思うんだけど、どお?」
剣士「俺が海賊の仲間をか?」
海賊「うんうん!」
剣士「アンタ自身はどうなんだ? いいのか?」
海賊「もっちろん。今から楽しみにしてるくらいだもん。貴方との船旅!」ウフフッ
剣士「わかった」
海賊「ありがと。じゃ申し訳ないんだけど私達のアジトまで来てもらっていい?」
剣士「ここを拠点にしているわけじゃないのか?」
海賊「ここはちょっとね。色々と監視が厳しくって海賊船なんてあった日には……」
剣士「なるほど。――で、そのアジトここから遠いのか?」
海賊「そこそこってところかなー」
剣士「じゃあ、仲間にも伝えないと」
海賊「え、仲間?」
剣士「ここを離れる事になるんだろう?」
海賊「う、うん。そうだけど……」
剣士「伝えてくるよ。待っていてくれ」ガタッ
海賊「剣士に仲間なんていたんだ……」
マスター「仲間は三人だ。魔導師が二人に、武闘家っぽいのが一人」
海賊「知らなかった」
マスター「だろうな」
海賊「噂ほど当てにならないものもないね。紅蓮の剣士は孤高でもなければ、熊みたいな大男でもなかったし」
マスター「アハハアッ! 今はそんな事になってるのか。凄い尾ひれがついたもんだ」
海賊「今後はもっと凄い尾ひれがつくんじゃない?」チラッ
客A「出てったぞ、さっきの男」
客B「一体何もんだったんだ。剣士様をブッ飛ばしちまうなんて……」
客C「髪をみなかったのか? あっちが本物だったんだよ。きっと偽者が気に食わないもんだからやっちまったんだろ」
客B「にしたって、やばかったな。人間の動きしてなかったろう?」
客C「ああ、ありゃバケモンだ。魔族を食っちまうのも納得だ……」
マスター「ひでぇ言われようだな」
海賊「だけど実際その通りなわけで。化け物でなければ本物の化け物は倒せないんだろうね……」
漁村――
武闘家「ここが海賊のアジトなのか? どう見たって――」
魔法使い「ただの漁村じゃない。それも寂れた」
海賊「ひっどぉーい!? とってもいい村よ、ここ!」
魔法使い「海賊をかくまう村をいい村とは言わないんじゃない?」
海賊「べつにかくまってもらってるわけじゃないもん。お世話になってるだけだもーんっ!」
賢者「私は好きですよ。都会よりこっちの方が!」
海賊「ありがと。賢者ちゃんはいい子ねぇー」ヨシヨシ
賢者「わーい」エヘヘ
魔法使い「そんな事よりどうするの? 日も暮れちゃったし、宿とかあるわけ?」
海賊「あるよ。とびっきりの宿がね。案内するからついてきてちょーだい!」
魔法使い「ハァ……」
剣士「(ため息ばかりついているな。まあ、当然と言えば当然か。この旅自体まだ納得できていないんだろうし……)」
魔法使い「何?」チラッ
剣士「苦手か、あの手のタイプは?」
魔法使い「貴方は?」
剣士「俺か? どうだろう。嫌いじゃないが……」
魔法使い「ふーん」
剣士「――なあ、宿についたら二人で話さないか?」
魔法使い「やだ」プイッ
剣士「え?」
賢者「何しているんですか。置いていっちゃいますよー!」
魔法使い「行きましょうか」タッ
剣士「(冗談、だよな……?)」
宿――
海賊「こんばんはー。おばさん、客連れてきてやったわよー!」バーン
宿屋「誰かと思えば海賊ちゃんじゃないの。お客さんって――ああ、いらっしゃいな」ニコッ
剣士「どうも。こんばんは」
海賊「部屋、借りられるよね?」
宿屋「わかりきった事を聞くんじゃないよ。好きな部屋を好きなだけ使うといいわ」
武闘家「へー、好きなだけか。んじゃ、せっかくだし二部屋借りちゃう?」
剣士「そうしようか」
海賊「男同士、同室、夜間。何も起きないわけもなくぅー……」
武闘家「起きるわけないんだよなあッ!」
賢者「……本当ですか?」
武闘家「疑ってんじゃねぇよ!!」
海賊「二部屋なんてケチ臭い事言わず一人一部屋借りちゃえばいいじゃない」
宿屋「うちは問題ないわよ。むしろそうしてくれる方がありがたいくらい。なーんて」フフッ
魔法使い「じゃ、それで。貴方もそれでいいでしょ?」
剣士「あ、ああ」
ガチャ ドアバーン
操舵手「姉御、やっぱもうこっちに戻ってきてたんですね!」
海賊「な、なんで操舵手がここに……」ビクッ
操舵手「うちの占い師が当てたんですよ、珍しく」
占い師「残念、村の入り口で船長を見かけたって話を聞いただけなのでした」ウププ
操舵手「はあ、そうじゃないかと思ってたけど。いつになったら当たるんだよ……」ヤレヤレ
剣士「この人達は?」
占い師「ふっふっふっ! よくぞ聞いてくれた。僕達は泣く子も笑ちゃう――」バッ
操舵手「愛と正義の女海賊団よッ!」キメッ
剣士「え、ああ。これは、ご丁寧にどうも……」
占い師「ノリ悪ぅーい。ポーズまで決めたっていうのにねー」ムッ
操舵手「当然の反応だよ、これが。やっぱこの名乗り方は引かれるって……」
海賊「うん、そだね」ハハ
操舵手「ほら姉御も引いてるじゃないか!」
占い師「えー!?」
海賊「あーでも面白かったよ? 採用は絶対しないけど……」
占い師「一生懸命考えたのになぁ。不採用かぁー」
魔法使い「この海賊団大丈夫なの? 不安になってきたんだけど……」
剣士「結束力があっていいんじゃないか? たぶん……」
海賊「誤解しないで。腕はいいのよ、こんなんだけど!」アセッ
占い師「じゃ次はそっちが名乗る番。誰さん達なの?」
武闘家「やべぇ、ポーズなんか思いつかねぇよ……」
賢者「私はもう自分のポーズ決まりましたよ」キリッ
剣士「なんで対抗心を燃やしてるんだよ。普通でよくないか、普通で」
海賊「ああ、待って。私が紹介するわ。――彼等は紅蓮の剣士とその仲間」
海賊「前に紅蓮の剣士が船を探してるって話がうちにきたでしょ? 覚えてる?」
操舵手「そいつがそうなんですか!?」
占い師「く、熊じゃない……」ジッ
剣士「熊?」
操舵手「よ、弱そ。まだ村にいる男どもの方が……」
海賊「もう! 失礼にも程があるでしょー!」
剣士「なんだ? また力を示せばいいのか?」
操舵手「おっ、言ったな。そうこなくっちゃ!」
海賊「煽らないでよ!」
占い師「でも道理じゃない? 力を示し権利を奪い取る。海賊らしいじゃん!」
海賊「じゃ聞くけど誰が剣士の相手するの? ルールに従うってそういう事でしょ!」
操舵手「そりゃうちらの頭である姉御が……」
海賊「私は剣士の力を認めたからここに連れてきたの。それに見なさいよ、剣士の面を!」
海賊「どう見たって世界を救おうと決意した男の面でしょ。力になってあげたいじゃない!」
操舵手「そこまで言うならやっぱり姉御が戦ってみんなに示すべきじゃありません?」
占い師「そーだ、そーだ!」
操舵手「姉御を打ち負かすような男なら、あたし等だって納得しますよ」
海賊「ちょっと待ってよぉー!!?」
剣士「つまり貴女達の前で船長と戦い勝てば乗せてくれるって事か?」
操舵手「あたしはそれでいいよ。きっと他の連中も同じ事を言うだろうさ」
占い師「魔族を何とかしたいって思ってるのは同じだしねー」
剣士「どう戦えばいい? 酒場の時と同じでいいのか?」
操舵手「酒場の喧嘩なんかと一緒にしないでくれる。全力でやってもらわなきゃ」
剣士「真剣での斬り合うって事か、危なくないか?」
海賊「命のやり取りまではしないよ。そう、しないの。しないで下さい……」
占い師「がんばれー!」
海賊「何が頑張れよ。うちで一番強いのはアンタでしょうに。私の代わりに戦ってよ!」
占い師「やってもいいけど…… 剣士、燃えちゃうよ?」
武闘家「ぷっ、あはは。燃えるわけねぇんだよな」
占い師「……もしかして馬鹿にされてる?」ムッ
武闘家「されるも何も、少しは考えろって。剣士殿は魔族の将を倒してるんだぜ?」
武闘家「それも一度や二度じゃない。レベルが違いすぎて戦いにもなりゃねぇよ」
武闘家「船長さんはそれを理解してるからやめようって言ってんだ。わかってやれよ」
占い師「こいつぅー!」イラッ
操舵手「待ちなって。あたしは違うよ。それを見越して姉御に頼んだんだ!」ドヤッ
海賊「こやつぅー!」イラッ
剣士「――で、俺はどっちと戦えばいいんだ?」
占い師「じゃ、三人で!」
剣士「三人? この三人を同時に?」
操舵手「巻き込んだなあッ!!」
海賊「よし、それでいこう。この三人を倒したとなりゃ全員否応なしに納得するでしょ!」
操舵手「姉御ォオオ!!!」イラッ
賢者「私達は戦わなくていいんですか?」
剣士「この戦いは俺が本物かどうかを確かめるものだし、必要ないんじゃないか?」
海賊「うん。そもそも戦い自体必要ないっていう……」
剣士「こういう説得は楽でいいけどな」
海賊「そお? ならよかった。私がもっと仲間に信用されていれば済んだ話だからさ……」シュン
剣士「それを言うなら俺だってそうだよ。熊みたいに強そうな見た目だったらな」
海賊「ふふっ、そだね。ありがと。――じゃ、また明日。迎えに行くからここにいてよ!」
剣士「いつ頃?」
海賊「んー、昼までにはかなぁ? 他の子達にも説明しないとだし」
剣士「わかった」
占い師「といわけだから明日覚悟しなよ!」ビシッ
武闘家「そっちこそ!」ビシッ
剣士「ようやく落ち着いたか。――って、魔法使いは?」キョロキョロ
宿屋「とんがり帽子のお嬢ちゃんなら部屋に行ったよ」
剣士「え?」
宿屋「はい、どうぞ。これが貴方の鍵ね。支払いは後でいいから」スッ
剣士「ありがとうございます。お世話になります」
宿屋「ゆっくりしていってちょうだいね」
剣士「(それにしたって魔法使いの奴。あれ、本気だったのか? いや、まさか……)」
武闘家「なんか用あったのか? あるなら訪ねたらどうよ」
剣士「あーいや、疲れていたのだとしたら悪いし明日にするよ」
賢者「お姉様、ですか……」
剣士「何か知っているのか?」
賢者「う、うーん。すみません、なんと言ったらいいのか……」
剣士「(二人の間に何かあったのか? そう言えば最近は特にぎこちないような。それも明日聞いてみるか……)」
翌日
海賊船 甲板――
ガヤガヤ ワイワイ
剣士「(くそっ、魔法使いと話せないまま対決の時がきてしまった。やはり昨日、部屋を訪ねておくべきだったか……)」
武闘家「んー、やっぱ変な感じだな。牧歌的な漁村に海賊船が浮かんでるってのは」
賢者「村の人達は気にしていないようでしたね」
武闘家「馴染んじまったんだろうな。良好な関係を築けてる証拠でもあるんだろうけどよ」
武闘家「それはそうとこの海賊団、女の人多くねぇか? 男を見ないっていうか」キョロキョロ
賢者「女海賊団って言っていましたよ」
武闘家「うっそ!?」
賢者「全船員が集まっているわけじゃないでしょうけど、見た限り嘘ではなさそうですね」
賢者「嬉しくないんですか?」
武闘家「なくはないけど、男同士の方が楽だからなぁ。気使わないし」
賢者「ほほー、男の方が嬉しいと」
武闘家「そうは言ってねぇだろ!!」
海賊「ようこそ、紅蓮の剣士。この海賊団を頼ってきてくれた事を嬉しく思う」
海賊「改めて自己紹介する必要もないだろうが、あたしがこの海賊団の頭をやらせてもらってる二代目女海賊船長だ」
海賊「それでアンタの魔王討伐の為に船を出して欲しいという頼みなんだが、昨晩仲間達と話し合って決めさてもらったよ」
海賊「魔王を倒せる力――、すなわち勇者に代わる力があるというなら船を出してやってもいい。というのがあたし等の答えだ」
海賊「そういうわけだから証明してもらうよ。あたし等三人を相手に、その力をね。アンタが噂通りの剣士だっていうなら簡単なはずだろ?」
剣士「決着はどうつける?」
海賊「相手に負けを認めさせればいい。もちろん命のやり取りはなしだ」
剣士「了解した」
武闘家「どうしたんだ、海賊の姉ちゃん? 昨日とは様子が違うけど……」
賢者「あれが船長としての姿なんじゃないですか?」
武闘家「確かにあの方が海賊らしいか。賊が舐められたら終わりだもんなー」
剣士「(海賊と操舵手の武器はサーベルか。如何にもではあるが、確かにあれなら小回りが利く分、船上でも扱いやすい)」
剣士「(占い師の武器はなんだ、あれは水晶? 水晶なんかで詠唱できるのか?)」
賢者「珍しいですよね。補助具が水晶って」
剣士「補助具?」
賢者「魔導師が持っている杖等は武器じゃないんですよ。これ等は集中力を高める為の補助具であって、極端な話なくても魔法は唱えられるんです」
剣士「へー」
賢者「それともう気づいていると思いますけど、占い師ちゃん詠唱を始めちゃってます。開始と同時に高威力の魔法を撃つ気なのかもしれません」
剣士「やはりか。撃たせないで終わらせるつもりだったんだがな」
賢者「あの時のように痺れ毒の投げナイフを使えば……」
剣士「怪我をさせたくない。君がいるとはいえな」
賢者「あっ、そうですよね。ふふっ、すみません」
魔法使い「……」ムスッ
武闘家「(あ、拗ねてる。解説役を賢者にとられたのが悔しいんかな、やっぱ)」
海賊「そろそろ始めようか。準備の方は?」バッ
剣士「いつでも」シャキッ
占い師「それじゃ先手必勝! 魔法をくらえー、ちょわーっ!!」キラッ
ドカーン
海賊「何やってんのさ!? 少しは船の事を考えてーっ!」アセッ
占い師「だって操舵手が全力でやっていいって!」
操舵手「言ってなーいッ!!」
海賊「で、剣士はどこに……」キョロキョロ
操舵手「姉御、上ーっ!!」
剣士「――ッ!」ガキン
クルクル カランカラン
海賊「きゃう!?」ペタン
操舵手「ジャンプで躱したっての、占い師の爆発魔法を!?」
剣士「(あれだけ時間をかけてこの威力か。呪術師の半分にも満たない。弱いな……)」タンッ
操舵手「こっちくんな!」ブンブンッ
剣士「(武器を取り上げてしまえば傷つけず勝てる、が……)」サッ
占い師「射線入ってる。邪魔、撃てないっ!」
操舵手「んな事言ったって…… ぎゃわああーっ!」ガキン
カランカラン
剣士「(残すはアイツだけ。流石に水晶は飛ばしたら割れるか。面倒だな……)」ジリッ
占い師「やっと撃てる!」パァ
剣士「(くるのは火球か。躱し喉元に剣を突きつけ――いや、躱すまでもない)」タッ
占い師「はや、どこへ……」
剣士「ここだ」スッ ピタッ
占い師「っ!?」
剣士「俺の勝ちだな」パチン
操舵手「本当にやりやがった。あたし等三人を相手に、たった一人で……」ゾッ
海賊「それだけじゃない。剣士は最初の一撃を除き一度も魔法を使わせなかった。武闘家の条件さえもクリアしてみせたんだよ。私達に怪我を負わせずにね」
操舵手「弾かれた手、痛いんですけど……」イテテ
海賊「んもー、そんなの怪我のうちに入んないでしょー!」
剣士「まだやるか? 次は海賊団全員が相手だって構わない」
操舵手「ば、馬鹿言ってんじゃない!!」
剣士「じゃあ認めてくれるんだな?」
海賊「ああ、もう十分だ。そうだろう、みんなァ!?」
ウンウン ナットク シタヨー
海賊「だってさ」
剣士「しばらく世話になるな。よろしく」
海賊「こちらこそ」ニコッ
操舵手「よぉし、今夜はパーティーだ。歓迎会やらなくっちゃな!」
海賊「だねー!」
操舵手「姉御の許可が出たぞ、みんな。今日はとことんやるからなー!」
ワーワー ヤッタァー!
海賊「その前に、どっかの馬鹿が甲板に穴空けやがったからその修理!」
剣士「手伝おうか?」
海賊「あ、大丈夫よ。人手は足りてるから!」
剣士「そうか。まあ、素人だしな。船に関しては……」
操舵手「そそ、船はあたし等に任せりゃいいの」
海賊「よーし、そうと決まれば早いとこ終わらせちゃおう。宴の支度だってしなきゃだし」
賢者「それって食べる物とか用意しますよね。手伝わせて下さい。お料理得意なんです!」
海賊「ほんと? うち料理できる子少ないから助かるわ。船の厨房にあるものならなんでも使って!」
賢者「お借りしますね!」
占い師「はあ……」シュン
武闘家「反省はしてんだ、一応。偉いじゃん」
占い師「あ……」
武闘家「俺の言った通りだっただろ? 剣士殿には通用しないって」
占い師「だけど、ここまでとは思わなかったなぁ。魔法の腕だけは自信あったのに……」
武闘家「そっちで凹んでんのかよ!?」
占い師「穴空くとかいつもの事だし、べつにぃ……」
武闘家「反省しとけよ、そこは。――てか、そんなに悔しかったのか?」
占い師「僕、戦う以外みんなの役に立てる事ないから。占いまったく当たんないし……」
武闘家「んじゃ、修行するしかないな」
占い師「め、面倒くさぁ……」
武闘家「なら俺と一緒に修行するか? 二人なら飽きる事もねぇだろ」
占い師「え、えぇー?!」
剣士「さて、時間もできた事だしいい加減魔法使いと話さないとな。――って、どこ行った?」キョロキョロ
操舵手「何かお探し?」
剣士「魔法使いを――あー、とんがり帽子をかぶった俺の仲間を見なかった?」
操舵手「船内に入っていったのを見たよ。だけど船内は散らかってるからあんまり……」
剣士「船の中か。ありがとう」タッ
操舵手「話聞けや!!」
海賊「どしたの?」
操舵手「剣士とその仲間が船内に入っちゃって!」
海賊「いいじゃない。盗られて不味いものもないし、そもそも盗んだりしないでしょ」
操舵手「恥ずかしいじゃないですか。散らかってるの男性に見られんのは////」
海賊「意外、乙女な部分まだ残ってたんだー……」
操舵手「姉御、あたしを何だと思ってるんですかァ!!」
船内 倉庫――
剣士「ここにいたのか。探したよ」
魔法使い「わざわざ私を?」
剣士「話したいって言っただろう?」
魔法使い「やだ」
剣士「なんでだよ!」
魔法使い「冗談よ。で、なあに? 他に人もいないし聞いてあげる」
剣士「賢者の事なんだが……」
魔法使い「やっぱりやだ。あの子の話はしたくない」プイッ
剣士「どうしてそこまで嫌う。最近は輪をかけてないか?」
魔法使い「べつに。昔からよ。最近ってわけでもないわ」
剣士「昔から?」
魔法使い「……ねえ、才能の話を覚えてる?」
剣士「魔法の?」
魔法使い「あの子、私より優れてるでしょ。だから嫌いなの。生まれた時から……」
剣士「そんな事はないんじゃないか?」
魔法使い「少し考えればわかるわ。あの子は私と違って癒しの魔法も使える」
剣士「それが全てじゃないだろう?」
魔法使い「全てでしょ? 私はどんなに努力しても攻撃魔法だけしか会得できなかった。それだって、いずれ私を追い抜いて……」
剣士「考えすぎだよ。それに戦いにおいて最も大事なのは立ち回りと技術だ。才能が努力を上回る事はない」
魔法使い「じゃあ、どうしてお婆様は私を見限ったのよ!?」
剣士「お婆さん、エルフの?」
魔法使い「お婆様はあの子の才能を見抜いてからは私に構わなくなったわ」
魔法使い「それに気づいたお母様は今まで以上に私に優しく接してくれた。でもそれが堪らなく嫌だった」
魔法使い「だって、それはお母様もあの子より私が劣ってるって認めたって事でしょ?」
魔法使い「だから十五の時に家を出たの。世間じゃ十五歳で成人だって聞いたから……」
剣士「いや、正しくは十六歳からだ」
魔法使い「どーでもいいでしょ。一、二歳なんて!!」
剣士「あ、ああ。すまない。――それで?」
魔法使い「それからは知っているはずよ」
魔法使い「あの森で貴方に出会って、何も聞かずに私を城に雇ってくれた……」
剣士「あれはそういう事だったのか……」
魔法使い「あの頃は本当に幸せだったわ」
魔法使い「よくわからない修行に付き合ったり、時には城を抜け出して冒険者の代わりに賊や魔物を討伐したり――」
魔法使い「自分の居場所が確かに感じられた。この人には私が必要なんだって……」
剣士「それは今も変わらない」
魔法使い「嘘よ」
剣士「嘘じゃない。君に黙って旅立ったのは俺に覚悟が足らなかっただけで、本当は一緒に……」
魔法使い「そんな昔の事を言ってるんじゃないの。私が言いたいのは、またあの子が私の居場所を奪おうとしてるって事」
剣士「また、奪う?」
魔法使い「ここまで言ってもわからない?」
魔法使い「貴方、あの子に出会ってからずーっとずーっとあの子に夢中じゃない!」
剣士「夢中、俺がッ?!」
魔法使い「知ってるんだから。貴方が私よりもあの子の事が好きだって!!」
剣士「妬いているのか……?」
魔法使い「笑いたければ笑えば。私は妹に嫉妬し続けているの。滑稽でしょ?」
剣士「思っちゃいない!」
魔法使い「じゃ哀れんでる? それで勇者の時のように今度は私を選ぶ?」
魔法使い「私は嫌よ。もう大好きな人にそんな風に見られたくない!」
剣士「落ち着け。それに俺は哀れんで婚約を受け入れたわけじゃない」
魔法使い「本気で愛してたって言うの!?」
剣士「魔王討伐の旅を終えて、それでも勇者が変わらず俺の事を好きでいてくれたなら受け入れられる。そう思えたから……」
魔法使い「もっともらしい事言って。でもあの子は違うでしょ?」
魔法使い「惰性から生まれる愛情なんかじゃない。心から惹かれるような深い愛情――」
魔法使い「わかるのよ、貴方が好きだから……」
剣士「確かに俺は彼女に惹かれている。だが、それが愛かどうかは――」
魔法使い「まだわからないって?」
剣士「あ、いや、考えた事がなかった。考える必要もなかったからな……」
魔法使い「へぇー、それで? だから何?」
剣士「だ、だから……」
魔法使い「ちゃんと答えてよ。どうして貴方はいつも、いつも……」グスン
剣士「す、すまない」
魔法使い「何に謝ってるの?」
剣士「それは、俺が君の気持ちを考えもせずに、その……」
ガチャ!
賢者「あー、ここにいたんですね。探しちゃいましたよー!」
剣士「け、賢者!?」ビクッ
賢者「焼き菓子を作ったんですけど食べませんか?」ニコッ
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