【ダンガンロンパ】辺古山「猫のいる生活」 (86)

猫好きの星君ともふもふ好きのペコちゃんが中心のSSです。
育成計画次元。


※星君が  “猫”  になっています。そうした要素が苦手な方は閲覧非推奨。
※CP要素はありません。
※視点が星君とペコちゃんでくるくる切り変わります。
※ペコちゃんに思いっきりもふもふしてもらいたいという>>1の願望でできています。
※猫好きな星君に猫になってもらおう!という深い理由も意味もなく、ただただ理不尽な理由でできています。

後先考えていないので、続けられるか不安しかない。
ゆっくり進行していきます。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1489164587

辺古山 「殺気を抑えられないということはこの先、強敵と対峙することになった場合、居場所を把握され形成不利となってしまう」

辺古山 「最近は、殺意を抑える訓練もしたほうがよいだろうかと考えている」

 辺古山 ペコという、一風変わった可愛い響きの名前の女から発せられる気配は確かに、業物のように研ぎ澄まされた剣先を思わせる。
 その気配を眼光に宿して睨めつければ、喉元に刃物をスレスレにまで突きつけられているような気分を味わうだろう。

「理由はそれだけか?」

辺古山 「け、決して動物に触れたいという不純な動機ではないぞ…!?」

「ふっ、お前さんが動物好きなのは承知なんだ。焦って隠すこともないだろ」

辺古山 「うっ…確かにそうだが…」

 どれだけの強者でも、感情を捨てていなければ人間らしい表情をみせる。こうして好きなものを意識している内はこいつも、武装している殺気や、緩むことのない表情が柔和になる。
 普段からこうだったら、動物に逃げられることもねぇだろうに。

「だがそうだな…必要もないときに殺気を垂れ流したままというのは良くねぇかも知れねぇな」

辺古山 「やはりそう思うか? 今までは護るべきお方のために、剣技を磨くことにだけ集中していたが故、気配を殺すことは考えていなかった」

辺古山 「まさかそれを必要に思う日がくると思わなかった…」

 憂うように目を伏せて、辺古山は嘆息する。動物に触れないことにそれほどに思い悩んでいるのか。確かに、こちらは好意があるのに、相手から幾度も怖がられたりしたら、さすがにメンタル削られちまうか。

「お前さんにやる気があるなら、いつかは触らせてくれるヤツが現れるだろうよ」

辺古山 「ああ。いつかこの手にもふもふを…」

 苦い表情で、歯の隙間から感情の籠った言葉をこぼしながら血が滲むんじゃねぇかというくらいの力をいれて拳を握る。

 俺なんかと違って辺古山には生きていればまだ先がある。未来がある。何ができるワケではないが、辺古山の願いが成就するよう、応援くらいはしてやろうじゃねぇか。



 そう思っていた。
 しかしまさかこの辺古山の願いを、俺自身が叶えてやることになるとは想像もつかなかった。




「……」

 剣道場にてひとり、正座をして眼を閉じる。
 止水明鏡。静寂の中に自分の意識を落とし込み、この場の空気と一体になるよう心を鎮める。
 ここまではいつもと変わらない。しかし、この先へ進むためには私が自然と放ってしまっている殺気も鎮めなければならない。
 
(気配を消すということが、これほどに難しいモノだったとは……)

(しかしだからこそ、これを極めれば私はより高みへと登りつめられるということ)

(坊っちゃんを確実にお護りできる力にする)

 自分から発されている殺気を、また自分の中へと閉じ込めるイメージを描く。なかなかうまくいかないが、これを続けていれば、いずれはモノにできるはずだ。

 何者かの気配が、背後に現れたのを感じる。閉じていた眼を開き、背後の気配へ呼びかける。

「……誰だ」

 私の問いに答えた声は

猫「にゃー」

「?!」

 予想だにしなかった可愛らしい声に、私は弾かれるように振り向いてしまう。その視線の先には、頭頂部だけ茶色で黒い毛並みの猫がたっていた。

「ね、猫…ま、迷い込んで来たのか?」

 この学園は広い。故に迷い込んでここまで来てしまったのかもしれない。その猫を外へ帰してやろうと思い手を伸ばそうとしたのだが、その手をとめる。
 触れようとすれば、おそらく私の殺気に恐れた猫が、またあらぬ場所へ逃げていってしまうかもしれない…と。

「そのままここで待っていてくれないか? …と言ったところで、猫に私の言葉は通じないか……」

 詫びしい気持ちを抱えながら、私の代わりにこの猫を外へ逃がしてくれる人間を探そうと、なるべく猫から離れて出口へ向おうとしたのだが

猫「にゃー」

 その一声が、私を引き止めているように聞こえ、足をとめてしまう。
 薄い灰色の双眸が真っ直ぐ私を見つめている。

(私を…恐れていないのか……?)

 私を前にした動物は、私の殺気を恐れて一目散に逃げてしまう。坊っちゃん達の犬も、自分で飼っている文鳥でさえも、私を受け容れてくれなかった。
 こんなことははじめてだ。もしかしたら、私の動向を伺っているだけで、動いてしまえば逃げてしまうのではないかとも思う。
 けれども、私は賭けてみたい。この猫が、私に触れることを許してくれるかもしれないと。

 再び、中腰になって猫に向かって手を伸ばす。期待と不安で手が震える。口が開いたままになって呼吸が荒くなる。今の私は人にみせられない酷い顔をしていることだろう。
 しかし、そんなことよりも今私が優先するべきは、目の前にいる猫に触れられるか触れられないかを確かめること!!

 私の手が近づいていくにも関わらず、黒猫は私の瞳を見つめて逃げようとしない。こんなことは、はじめてのことだ。

 もふっ

「ふぉおっ!!」

 はじめて触れる生きた猫の毛の柔らかさと艶やかさに、私は喜びと感動で妙な声を出してしまう。
 しかし夢にまでみた、もふもふした動物に触れている! なんて気持ちがいいのだ! 撫でる手がとまらん!!

猫「にゃー」

(はっ!!)

 さすがに撫ですぎてしまったか! 鬱陶しがってなのかなんなのかは解らないが、身を引きながら鳴かれてしまった…。

「あ…」

 人間だって、好意をもっていない相手からの過度の接触はイヤなモノ…猫だって同じだろう…。私はなんということをしてしまったのだ…。
 
「すまない…」

 私が謝罪をすると猫は、まだ頭上にある私の掌に鼻先をちょんと押しつけた。
 猫のその行為に、私の胸はきゅうっと締まるような衝動的なトキメキが襲いかかってきた。

 まるで私の言葉や心の内を理解しているように思えて私は────

 私は────







「……」

  俺の1日は陽が登ろうかという時間からはじまる。これは監獄にいたことにより身についた習慣だ。
 体を起こそうと身を捩ったが、腹筋に力が入らない。少し浮いたとしても、すぐに背中が後ろに引かれたように戻っちまう。

「?」

 体を起こすだけの簡単なことだ。だが、2、3度同じことを繰り返してみるが…

「にゃー (動かねぇ」

「!?」

(今の…にゃーって声はなんだ……?)

(いやいや…聞き間違いだろう…?)

 イヤな予感に焦りが生まれる。しかしまさか、俺が“にゃー”なんて口に出すワケがねぇ。自分の馬鹿げた思考に自嘲してから、もういちど言葉を発してみた。

「にゃー」

 間違いなく、俺から発された声だった。

(冗談だろ?! どうなってやがる!?)

 上体を起こせないならと、体を横向けて起きあがる。それから真っ先に立ちあがろうと脚に力を入れる。

(立てねーことはねぇな…だが、やはり不安定だ)

 立っていられたのも数秒間だけで、すぐに上体が前に傾く。そして、確かめるように視線を落として、手をみてみる。

(はっ…)

 乾いた笑いが込み上がる。そこにあったのは人間らしさの欠片もねぇ、毛むくじゃらで肉球のついた前足だった。

(まったく…笑えねぇなぁ)

(アンジーじゃねぇが、こいつは神様からの“人間をやめろ”っつーお告げかも知れねぇな)

 非現実的な状況にありながら、どこかそれを受けとめて諦めている自分がいる。悪足掻きしなけりゃならない理由が、俺にはないからだ。
 俺は冷たい地獄のような監獄の中で、いずれ処刑されるその日をただ待つだけの人間。
 自分の人生を自分で捨てる覚悟をきめて、マフィアを潰したんだ。人間としての価値はない。だったら逆にこの先、猫として生きてみるのも悪くねぇかもな。

(しかし、猫になっちまうとはな…部屋から出られねぇな)

(ずっとここでおとなしくしているつもりはねぇ)

 この部屋の扉は内開き。しかもノブは押して引かなきゃならねぇタイプだ。今の姿じゃ、この部屋をひとりで出ることはできねぇだろう。

(連絡なしに休んだとなれば、先公が部屋を訪ねるかも知れねぇが…いつになるかねぇ)

 そんなことを考えてから、扉を仰ぐのをやめ、することも限られているため、寝ちまおうとベッドに戻ろうとした時。

ピンポーン

 部屋のチャイムが鳴った。時計をみれば6時。大体のヤツは今から起きだすような時間だろう。今起きているようなヤツは体育会系で朝練しているヤツらだろうが…この時間にわざわざ訪ねてくるようなヤツは思いあたらねぇ。
 とりあえず、扉を爪で引っ搔いてみることにした。
 木製ではない扉を引っ掻けば、爪からイヤな感覚と金切り音が響いた。すると、相手に聴こえたのか? 唐突に扉を叩きはじめた。しかしそれはすぐにやんだ。

(なんだったんだ?)

 静かになったところで踵を返してベッドに飛び乗る。猫になっちまったせいなのか、布団が暖かくなってくるとすぐに眠気がさしてきた。

(このまま目を閉じちまえば、気持ちよく眠れそうだな。二度寝なんざ、何年ぶりかね)

 忘れてしまおうとしてきた在りし日の自分を、ふと振り返っちまった。このまま戻れないようなら、この学園を卒業した後に、監獄に戻ることもない。そうすればどれだけ楽だろうな。

(しかしそいつぁ、逃げだな。カッコつきやしねぇ)

 いろいろと考えている内に、そのまま眠りに落ちそうになったとき、扉からガチャガチャと奇妙な音が聴こえてきた。

(なんだ?)

 なかなか鳴りやまない音を不審に思い、ベッドからおりようと体を起こした瞬間、ガチャンと大き音がするのと同時に、聞き覚えのある声と姿が賑やかに部屋へ入ってきた。

見てるよ

星くん主役のSSは珍しいし期待

>>7
>>8
ありがとうございます! 流れも具体的に考えてないので、どうなるか自分でも解りませんが、ゆっくりやっていきます。

獄原 「ほ、星君! 大丈夫?! あ、あれ?」

王馬 「あー? なんだよゴン太ぁ。星ちゃんいないじゃーん」

(獄原と王馬?!)

王馬 「っていうか、いたらピッキングしてるときになにかしら反応あるってー」

王馬 「やっぱどっか散歩してるだけだって。星ちゃん、あんな見た目だけどさ、迷子になっちゃうようなお子ちゃまじゃないよ」

王馬 「心配ないって。あ、これ嘘じゃないからね」

獄原 「で、でもゴン太がチャイムを鳴らしたとき、キィィィッて、金属を爪でこするようなイヤな音がしたんだ!!」

 どうやらあのチャイムは獄原だったようだ。確かに、あいつの朝も早い。用務員といっしょに花に水やりして、それから虫を探したりしているのをよく見かける。
 いつもの時間に俺の姿がなくて心配で訪ねてきたってところか。

獄原 「星君、いつもだったら校庭を散歩している時間なのに、今日はいないから、どうしたのかなって。一応校舎にいるかもしれないと思ってみてまわったんだ!」

獄原 「それでもいないから、病気かなにかで動けなくなっちゃってるんじゃないかって、心配になっちゃったんだ…」

獄原 「チャイムを押したら変な音がしてきたし、やっぱり確かめないとって!!」

 やはりそうか。こいつは本当に底抜けのお人好しだな。
 しかし、マスターキーを借りればいいはずだが…途中で王馬のヤツに出くわしたか? こいつもこいつで“悪の総統の朝は早いんだー♪”とかぬかしながら校庭をぶらついていたりするからな。

『おい』

獄原 「え? あっ!!」

王馬 「んー? 猫?」

 俺の声…今は鳴き声か…をきいた獄原と王馬は一斉に俺へと視線を移す。

獄原 「猫さんだ! おはようございます、猫さん!!」

王馬 「ありゃりゃ。星ちゃんってば部屋に猫持ち込んじゃってんの?」

獄原 「猫さんは物じゃないよ、王馬君!」

王馬 「寄宿舎は動物を研究しているような才能があるヤツくらいにしか、ペットは許可されてないはずだけど」

獄原 「か、隠して飼ってたのかな? そんな違反する人じゃないと思うんだけどなぁ……あ、さっきの変な音は猫さんが原因だったんだね!」

王馬 「にししっ! 星ちゃん、いっけないんだー! 先生にいってやろー!」

獄原 「うーん…それよりも星君が見あたらないし…お腹でも空いたのかな?」

獄原 「ひとまずは王馬君の心配ないっていう言葉を信じるよ!」

獄原 「おいで、猫さん! ご飯をあげるよ!!」

獄原 「それからキミのご主人の星君を探すから、安心してね!!」

 獄原は見た目のゴツさに反して、幼い子供みてーな満面の笑顔を向けて両手を広げているが…まあ、飛び込んでやってもいいが、とりあえず遠慮しとく。

『飛び込む気はねぇが、飯の用意は助かるぜ』

 俺が言葉を発した瞬間、獄原の顔が明るくなった。

獄原 「わあっ! ペットは飼い主に似るっていうけど、声と喋り方まで似てるんだね!! スゴイよ!!」

「!」

獄原 「キミのお名前は?」

 こいつ、動物の言葉が解るのか?! そういや昔、狼に育てられたんだったか。なるほどな。だったら話は早いぜ。

『似てるもなにも、俺がその本人だぜ、獄原』

獄原 「え? キミが星君? 星君は人間だよ?」

『それがな、朝目覚めたらこの姿になってやがったんだ』

獄原 「ええっ?! そうなの!?」

王馬 「何ひとりで喋ってんのゴン太。気持ち悪っ」

獄原 「ち、違うよ! この猫さんがね、自分は星君だって言うんだ!!」

 獄原の言葉に、王馬の目が訝しむように細められる。

王馬 「ゴン太の頭はついに壊れちゃったみたいだね」

 まあ、ふつうならそう思うだろうよ。

獄原 「本当だよ! ど、どうしたら信じてもらえるかな…」

 しかし獄原も、にわかには信じられない現象を王馬に納得して欲しいようで、言葉をみつけようと頭を抱える。紳士をめざしている獄原からすれば、嘘を吐いていると思われるのは気分のいいもんじゃないだろうな。
 俺を前に獄原と王馬が押し問答しはじめる。猫の姿だと、うるせぇと一喝することができねぇのが面倒だな。

『獄原、王馬は俺の言葉が通じねぇ。理解させようとするだけムダだ』

獄原 「で、でも…」

『行こうぜ』

 そういってベッドから飛び降りて、獄原に部屋から出る意思をみせるが、俺の体が急に上へと引っ張られ足が地面から浮いた。そのままぐんと体は持ち上がり、体を回転させられる。俺を持ち上げた犯人は王馬だった。

王馬 「なー、おまえ本当に星ちゃんなの? 元々マスコットぽい見た目なあのに、また随分と可愛くなっちゃったよねー!」

「……」

 俺の伸びた胴をぶらぶらと揺らして遊びながら、ニヤニヤ楽しそうにしやがる。クールじゃねぇが、相手がこいつとあってか、可愛いと言われてちょいと頭にきた。
 猫の足のバネの強さを知っている。今、両の前足の付け根を持って支えられ、胴は伸びた状態だ。そこから俺は支えを軸にして、胴体を振り子のように勢いをつけて王馬の胸元を蹴りつけた。

王馬 「いって!」

獄原 「えぇっ?!」

 王馬が掴む力を緩めた隙に蹴りつけた反動をつかって脱出する。

王馬 「反抗的な猫だなぁ。ま、それならそれでつまらなくないけどさー」

 不機嫌そうに唇を尖らせながら胸元をさすっていたが、すぐに口元を歪めてにやりと笑う。こいつの変わり身の早さが不気味だ。

獄原 「星君! イヤならイヤだって言ってくれたら、ゴン太が王馬君に通訳するのに!! 蹴るのはヒドいよ」

獄原 「王馬君も王馬君で、星君にイタズラしたらダメだよ!」

王馬 「え? オレがいつ星ちゃんにイタズラしたのさー? 変な言い掛かりやめてよねー!!」

王馬 「夢でも視てんじゃない? やっぱりゴン太の頭、かなりヤバいよー。 心配だから腕の立つ闇医者紹介しようか?」

王馬 「ゴン太みたいな底抜けにバカ正直なヤツは珍しいから、ちょっと頭覗かれたり、人体改造されたりするかもしんないけどねー」

 ゴン太が俺たちの間に必死でわってはいる。王馬とゴン太はいつものような中身のない会話を繰り広げはじめる。
 ゴン太とキーボのヤツは大体王馬の暇潰しの相手をさせられている。とはいっても、ゴン太の方はそれを理解しちゃいねぇだろうが。

 このまま放っておいたら始業までここに居ついちまいそうだな。仕方ねぇ。

『……悪かったな』

 俺の謝罪をきいた獄原は王馬から目を離して俺に振り向いた。

ゴン太 「解ってくれたんだね! 王馬君、星君が謝ってくれたよ!」

王馬 「へぇ……」

 訝しむように呟いて俺を一瞥するが、いつもの調子のいい胡散臭い笑顔へ切りかわる。本当にこいつは、腹になに抱えてやがるのか解りやしねぇ。

王馬 「うん! 全然オッケーだよー! 大好きな星ちゃんをオレが許さないワケないじゃーん!!」

王馬 「まあ、ゴン太はオレと違ってクソがつくくらいのバカ正直なヤツだから信じてやるけどさ」

王馬 「ご飯だっけ? 用意したげるから詳しく聴かせてよね」

星君と、猫星君のイメージ
http://i.imgur.com/Sa8axWU.jpg


近い内に続きも投下できたらなと思います。

王馬 「うわぁ…猫缶食べてるー」

王馬 「マジで星ちゃん、人としてのプライド捨てちゃってるの?」

王馬 「もう獣じゃーん!」

 用意された皿の中の飯を、当然、猫のように食べていると、王馬が言葉とは正反対の好奇心に満ちた目をしながら俺をジロジロと観察している。
 鬱陶しいが、相手すればつけあがるのは解っている。目の前の飯を黙々と食う。案外いけるんだな、猫缶。

獄原 「王馬君、人が食事している邪魔をするのはマナー違反だよ!」

王馬 「人じゃないじゃん。猫だよ」

獄原 「そ、それはそうなんだけど、そうじゃなくて…ね、猫さんにだってしちゃダメだと思うよ!」

 ……いつものがはじまるのか?。

王馬 「今はとりあえず、その話は置いとこうよ」

王馬 「星ちゃんの話聴きたいからさ」

獄原 「あ、うん! そうだね!」

 不毛な会話に発展するかと思ったが、王馬が俺に向きなおる。普段は余計なことしか喋らないクセに、優先して話さなきゃならねぇ話があるときは、自分から外しにいっていたとしても、軌道をすぐに自分で修正しやがる。テキトーなのか、意図的なのか、よく解らん。
 飯を食べ終えた俺も、座ってふたりをみあげて話す体勢になる。

『つってもな…俺も朝起きたらすでにこうなってやがったからな』

『むしろ俺の方が説明してもらいたいもんだな』

 この現象を説明しろといわれても、当事者である俺が1番理解できていない。それを示すようにやれやれと首を振ってみせる。

獄原 「朝起きたら、すでにこうなっていたそうだよ」

 獄原も首を傾げながら、王馬に俺の言葉を通訳する。

王馬 「じゃあさ、猫になにか祟られるような悪さしたりしてなーい?」

王馬 「よく言うよね。猫の祟りは強くて執拗だって」

獄原 「ね、猫さんの祟り?!」

王馬 「そのせいだったりしてー」

 猫の祟りときいて、獄原の顔色が蒼ざめる。こいつはこうした類の話を間に受けちまいそうだな。

 ふつうなら、そんなモンありえねぇと一蹴してしまうところだが、今のこの状態じゃあ、それもあるかもしれねぇと思えてしまう。だが、今明確に答えられるのは……

『するわけないだろ』

 短くそれだけ答えた。今の生活で猫に関わる機会なんてそうない。あったとしても、祟られるようなマネをするワケがねぇ。

獄原 「してないって」

王馬 「ふーん。だったら、他に思いあたることないの?」

 猫…猫といえば、飼っていたあいつくらいしか…まさか…あいつの身になにかあったか?

『今は預けちまってるが…飼っていた猫くらいしか思い当たらねぇな』

獄原 「星君、猫飼ってたんだ! うーん…もしかして、その子になにかあったのかな?」

獄原 「ねぇ、星君。その預けた人の連絡先が解るなら、僕が代わりに連絡して確認してみるよ」

 獄原の表情や声色から、俺の猫の心配をしているのが解る。確認をすれば、俺も獄原も、安心はできるが…。

『確かに気にはなるが、そこまで面倒みさせらんねぇよ。気持ちだけ受け取っとくぜ』

獄原 「……本当は気になるんじゃないの?」

『……まぁな』

 それをしちまうと、未練ができちまいそうだからな…なるべくなら確認しないでおく方がまだいい。そいつに何かあってこうなってるってんなら、全部このまま引き受けてやるから、元気にやっていって欲しいと願う。

王馬 「訳さなくても、ゴン太の独り言でなんとなく察したけど…」

王馬 「飼ってた猫なんでしょ? 薄情なんだねー、星ちゃん」

王馬 「さすがは殺人テニスでマフィアを潰しただけあるよね!」

『どうとでも言え』

獄原 「違うよ! 星君の声が寂しそうなの、ゴン太解るよ!!」

 王馬の言葉をきいた獄原は真剣な眼差しで王馬を見据えて反論する。

獄原 「星君は薄情な人なんかじゃないって、ゴン太は知ってる!」

王馬 「あいにくと、オレにはソレがさっぱりなんだよねー。殺人犯だし。だから死刑囚なんでしょ。悪いヤツじゃん」

獄原 「王馬君はどうして悪意のある言い方ばかりするの? ゴン太は悲しいよ……」

『もういい。この話はなしだ』

 今度はぶつかりあおうとしているふたりを制止する。俺なんかのことでわざわざ争う必要はない。
 俺の言葉に、獄原は驚きながら身を乗り出す。

獄原 「ダメだよ! もしかしたらその猫さんがなにか手がかりになるかも知れないんだよ?!」

『俺はこのままでいい』

『獄原。俺は戻してくれなんて頼んでないぜ』

獄原 「それは…そうだけど!! 星君は人間なんだよ? 猫さんのままなんて、いいワケない!!」

 少しずつ感情的になりだす獄原には悪いが、俺は嘆息する。

『お前さんが熱くなったところで、俺の考えは変わらねぇよ』

獄原 「どうして? どうして諦めてるの?」

 獄原の瞳に涙が溢れていく。
 どうして俺のことなんかで涙を流そうとしているんだ? 真剣になれるんだ?

(こいつのお人好しには参るぜ…)

(こんな世話の焼かれ方は苦手だ…慣れちゃいねぇんだ)

王馬 「星ちゃん、ゴン太泣かしたんだー。健気に星ちゃんのことを考えてるゴン太を泣かせるなんて、どうしてそんなヒドいことするのさ!」

『お前は少し黙ってろ』

 俺の言葉自体は通じないが、鳴いて睨めば俺がなにを言っているかの想像はつくはずだ。とくにこいつだからな。解らないはずがねぇ。

王馬 「それ、怒ってるつもり? 迫力に欠けるねぇ」

 挑発するように両腕を広げてくつくつと笑う。こいつを黙らせるなら、確かに人間に戻った方がよさそうだ。

獄原 「どうしてふたりは直ぐに争うの? こんな大変な問題があるときは協力し合おうよ……」

 睨みあう俺たちに、悲しそうな表情をした獄原は弱々しく呟くと、ついにその瞳から涙が伝い落ちていく。

王馬 「あーあ、マジで泣いちゃったよ」

王馬 「星ちゃんのせいだからね!」

「……」

 それに関しては否定できない。王馬と言い争うことで、結果、涙は流れたが、大元の原因は俺にある。
 このままそっとしておいてくれたほうが、俺にとってはありがたいんだが…やれやれだぜ。

『獄原…お前さんの気持ちは充分伝わってる』

『だけどな、戻れるのか戻れないのかは解らねぇが、罪人である俺にこの先がない以上、今の姿の方がまだ生きている意味を見いだせるかも知れねぇんだ』

『しばらくこのままでいさせて欲しい』

獄原 「……うぅっ」

 俺の言葉で獄原がなにを思ったのかは解らないが、なにかを言い返すことはなく、黙ってさらに涙を零す。

(悪いな、獄原)

王馬 「ねぇ、俺さっぱりなんだけどー? 仲間ハズレやめてくんなーい?」

 獄原の通訳がなければ、ただの猫の鳴き声にしか聞こえていない王馬は、自分が理解できないうちから話を進めているようすの俺たちに、不満気に唇を尖らせていた。

獄原 「星君…しばらくこのままでいたいって……」

王馬 「あー。そりゃそうだよねー。人間に戻ったって、ここを出ちゃえば、いずれは絞首刑で処される身だもんね」

王馬 「そりゃ戻りたくないよねー」

獄原 「あ…」

 王馬の言葉で、獄原は俺がいずれ来る処刑される日までは、このつかの間の自由を許されている存在なのだと思い出したようだ。

獄原 「でも…それでもやっぱり…間違ってるままは…」

王馬 「だったらオレが星ちゃん飼うよ!」

『は?』

獄原 「えええっ?!」

 唐突にこいつは…本気で言ってやがるのか?

王馬 「元人間、元クラスメイトの猫なんて、ペットとしてつまんなくなくてサイコーじゃん!」

王馬 「喋れたらもっとレアだったのになぁ」

王馬 「このままでいいっていうけどさ、星ちゃんだって、本当なら困るでしょ? 自分のことを自分でできないんだからさ」

王馬 「野生の獣としてやってくつもりなら、それならそれで構わないよ? 星ちゃんが選んでよ」

 確かに、いきなり猫になっちまった俺がいきなり外に出て、いきなり野生の猫の生活をするというのは難しいモノがある。だが、あの監獄の中にも慣れたんだ。どれだけ過酷だろうが、劣悪だろうが、いずれは順応するはずだ。

『テメェに飼われるのだけはゴメンだぜ』

獄原 「えっと…王馬君に飼われるのだけはイヤだって……」

王馬 「だよねー! 知ってた!」

王馬 「じゃあ、ゴン太が飼う?」

獄原 「飼うって言いかたはしたくないから、一緒に暮らすって言わない?」

『それはそれでどうなんだ……?』

 というか、なぜ当然のように俺を飼う飼わないの話になってやがるんだ? 田中のような才能持ちに任せるだとかの発想はないのか?

王馬 「とにかく、星ちゃんがどうしたいかなんだよね。ガチで野生の猫になりたいなら、これまでの星ちゃんとの思い出も泣く泣く忘れて、学園に迷い込んだ目の前の猫を、今すぐにでも引っ掴んで追い出さないといけないからさ」

獄原 「そ、そんな…」

王馬 「だってそうでしょ? 中身が元人間だからって、人間捨ててるようなヤツは特別扱いにはできないよ。学園側だって、おもしろい実験体だっていう利用価値があるとみなさない限りは、ただの猫。すぐにでもおん出すんじゃないのー? 置いとくだけムダだもん」

 学園の生徒でなくなってしまったとなれば、王馬の対処は間違っていない。正論だ。王馬の話に獄原の顔色が蒼白になる。

『おちつけよ、獄原。お前も昔は山で過ごしていただろう』

獄原 「で、でも、それは山の家族がゴン太を育ててくれたからで…」

『大丈夫だ。俺はガキじゃねぇ』

獄原 「ゴン太は星君を大切な友達だと思ってるんだ…だから、ゴン太は星君と一緒にこの学園を卒業したい…もしそんな形で学園から出ないといけなくなっちゃったら、ゴン太は悲しいよ」

 他のヤツらなら、その場限りの言葉で納得させようとしているようにしか受け取れないが、こいつの場合は純粋に心と言葉が直結していて、一切の誤魔化しはないことを解っている。
 だからなのかも知れねーが“大切な友達”という、簡単に使える道徳的な安い言葉でも、ここまでの言動が獄原の俺に対する考え方の全てなのだろうと思うと、なかなかくるものがある。

王馬 「ゴン太の発言から推測すんの面倒だなー」

 また体がヒョイっと浮き上がって、何かの上に座らされた。その何かは、王馬の膝の上だった。
 しかも、さっきは対面していたから蹴りをかませたが、今度は後ろ向きにして前足の付け根を持ってやがる…引っ掻くこともできねぇ…。

王馬 「星ちゃんの意向としては、もうこの学園をでる方向で固まってんだし、いいじゃん?」

王馬 「じゃあ、外へ行こうか?」

 俺の顔を上から覗きこんでから、俺を抱えたまま王馬は立ち上がって扉に向かう。そのまま学園の外へ俺を連れ出そうとしている王馬に、獄原が慌ててその進路を塞ぐ。

獄原 「ま、待ってよ! 王馬君!! もう少し話し合おうよ!」

『……王馬、ちょいと待ってくれ』

獄原 「あ、星君も待ってって言ってるよ!」

王馬 「んー? 星ちゃんは野生猫になりたいんでしょ? それとも、やっぱり人間に戻りたいっていう捨てきれない未練でもあんの?」

『そうじゃねぇ』

獄原 「違うみたい…」

王馬 「じゃなに?」

 俺は思い出した。この姿だからこそやれること…辺古山の夢を叶えてやれる。
 俺だったら、あいつを怖がったりして逃げたりもしない。中身が俺だという点を除けば、今まで触りたくても触れなかった動物に触れられるということだ。

『学園を出る前に寄りたいところがある』

獄原 「うう…学園を出る意思は変わらないんだね……え、えっと、寄りたいところがあるんだって」

王馬 「ふーん? どこに行きたいの?」

 上から、俺の考えていることを探ろうとしているのか、瞳を覗き込む。瞳の動きで動揺しているかを判断するためだろう。

『とりあえずこの部屋から出してさえくれりゃ、自分で行く』

王馬 「目的を言い渋るその感じ、女のとこに行くんでしょー? やらしいんだー」

『勝手に想像してろ』

王馬 「うん! 想像しとく!」

 満面の笑顔で答えたかと思うと、イヤにあっさりと手を離した。もう少し鍔迫り合いするもんだと思っていただけに、肩透かしをくらった気分だ。

王馬 「ゴン太ー、星ちゃんの代わりに扉開けたげてよ」

獄原 「え? う、うん!」

 獄原は王馬に言われるままに、扉を開いた。開かれたその先の光景は、見慣れているはずなのに、この部屋とは比べものにならないほど広い世界が広がっている。

『……王馬、どういうつもりだ?』

獄原 「王馬君。星君がどういうつもりだって訊いてるよ?」

獄原 「寄りたいところにいってらっしゃいってことじゃないの……?」

王馬 「一度この学園から出ちゃったら、星ちゃんはそのまま、やりたいことを諦めて去るタイプだろうからっていう、オレなりの情けをかけてあげてるんだよ」

王馬 「これは本当。嘘じゃないよ」

「…………」

 嘘つきのこいつだが“嘘じゃないよ”と言ったときは、本当に嘘じゃなく本気なんだということは解っている。情けをかけるなんてことを、こいつでもするのか。

王馬 「用が終わったらこの部屋の前にでも居てよ。さよなら言わずに出ていかれるのは寂しいからさ」

獄原 「王馬君…」

 ああ、こっちは嘘だな。

『嘘なんだろ』

獄原 「え? 嘘?」

王馬 「にししっ! 嘘だけどね!」

獄原 「えええええっ?!」

『こいつが殊勝なこと言うはずがないだろ…』

王馬 「さっすが星ちゃん! オレの良き理解者だよね!」

 扉は開いた。なら、こいつにこれ以上付き合ってやる必要はねぇな。

『獄原、いろいろと済まなかったな。オレのことで真剣になってくれたこと、礼を言う』

『ありがとう』

 俺の言葉をきいた獄原は、複雑な顔をして目を伏せていたが、寂しさを隠し切れていない笑顔をオレに向ける。

獄原 「後でここに戻ってきてね? 王馬君も言っていたけど、さようならを言ってからお別れしたいな」

『解った。一度戻ってくる』

『王馬』

獄原 「あ、王馬君」

王馬 「え? なに?」

『獄原の説得に関しては礼を言う』

獄原 「僕を説得してくれたこと、ありがとうだって」

王馬 「ふーん?」

『獄原…もっと正確に伝えてくれ』

獄原 「あれ? ゴン太間違ってる?」

王馬 「え? 間違えてんのゴン太」

獄原 「ま、間違えてないよ?! あれ? 間違えてるのかな???」

王馬 「あーあー、まったくゴン太は使えないよねー。猫の通訳もまともにできないのー?」

 また意味があるのかないのか解らないやりとりをはじめちまいそうなふたりを置いて部屋を出た。付き合って眺めているつもりはない。

(この時間に向かうなら剣道場か)

 目眩がしそうなほど広大な敷地を駆け出す。不思議と開放感に胸が高揚する。人生を捨ててから動くことがなかった、心が動いている感覚を思い出す。

(俺は…間違いなく生きてるんだな…)

 忘れていたモノを全身に感じながら、目的地の剣道場を目指した。



 私は…私はなにをしているのだろうか?
 今、私の腕の中にある柔らかくて暖かい、心を至福に満たしてくれるソレを……猫を……衝動に任せて部屋に連れ込んでしまった……。

猫 「にゃー」

 この学園の寄宿棟は、動物に関する才能を持つ者以外のペット飼育は禁止されている。私の才能は《超高校級の剣道家》…自分が動物から嫌われていることを合わせても、ペットを飼うなどとは縁遠い。

(だが! 手離したくない!!)

猫 「にゃーッ!」

 私を見つめている猫を抱き締める。力が入ってしまったのか、苦しそうに猫が身じろぐ。

「す、すまなかった」

 ハッとして猫を床へとおろす。すると、猫は背筋を伸ばして、両足を床に着いてちょこんと座り込む。

 可愛い。存在がもう可愛い。

(まず形からして反則だ! この全体的に丸く、頭から尾にかけてしなやかな曲線!! 耳の形なんて最高ではないかっ!!)

(はっ!)
 
 私になにか訴えかけているのだろうか? 先ほどからずっと、私と目を合わせてくる。

(ご飯か? トイレか?)

 どうして私には田中のような才能が備わっていないのだ…猫の気持ちがまるで解らない…。
 しかし、猫の目線が私の後ろに向いた。私の背後には扉しかない。それはつまり…

「外に出たいのか?」

 私の問いかけに、猫は“にゃー”と鳴いて、答える。
 もしかして、言葉が解るのか? いや、解っていようといまいと、いきなりこんな場所に連れ込まれたら、不安にもなるか。
 その気持ちはよく解る。解るのだが…

「私はお前を手離したくない…」

「できることなら、ずっと私の飼い猫として、ここにおいておきたい」

 私から目を離さない猫の頭を撫でる。たったそれだけなのに、幸せになれる。
 なんど試みても、この手触りをおさめされなかったのだ。こんな機会がまたあるとは限らない。ならばせめて、もう少しだけでも時間が欲しい。許して欲しい。

「……しかし、それは私の都合だ…お前はここから出たいようだからな…」

 私を哀れんだ神が、ひとときの幸せを与えてくれたのだと思って、諦めてしまおう。
 どうにしろ、この部屋はペット不可なのだ。隠しながらうまく飼える保証もない。
 猫に対する執着、未練を断ち切ることを決めてから、私は撫でる手をとめた。

「……外に……出してやろう」

 猫を抱えようと両手を差し出しすと、猫が後ろへと退がった。

「え?」

 出たがっていたであろうはずの猫が踵を返し、元から備え付けられいたソファの上へと飛び乗り、座り込んだ。
 まさか…私の気持ちを察して、残ろうとしてくれているのか?話かければ鳴いて答えるような聡い猫だ。つまりは、そう捉えても良いのか?

 戸惑う私を一瞥した後、猫はそのまま体を丸め、寝る体勢に入った。この部屋に腰を落ち着けようということか?
 そうなのか? そういうことなのか? そうならば、そうなのだとしたら……確かめてみよう。

「私の飼い猫になってくれるということか?」

猫 「にゃー」

 愛らしい鳴き声が、私の問いに答えた。
 今、人生の1/3の目標を達成できた瞬間だった。もちろん、残りは、坊ちゃんの命をお護りする使命だ。

(あぁ、あぁ…なんて幸福な日だろうか!!)

 胸をこみ上げ、昂ぶる感情に、涙が溢れてしまいそうだ。寝付こうとしている猫を驚かせてしまうのを避けるため、猫を抱き締めたい衝動をぐっと抑え込んで耐えた。

「そろそろ、私は部屋を出ないといけない。休みの時間に戻ってくる」

「それまで、いい子にしていてくれ」

 それに答えるように、猫は短く鳴いた。

http://i.imgur.com/dX59w93.jpg


ほっしゅほしゅー!
近い内に投下できればと…

保守のみで申し訳ございません

この進行の仕方だから、前後入れ替わっても問題ないんで、先にできてるのを出すべきか…とか思うけども…でもまた1レスしかないのは忍びない

保守
今、Rの現行中のスレが終わったら、こちらに集中して進めていきます。

軽い気持ちで複数スレ立てするとロクなことにならないってばよ
こっちも向こうのも好きだから時間かかっても完結させてくれや

ごゆっくり~ あとRの作品名とか教えて欲しいっす

◆AZbDPlV/MMでググって上の方に出てくるサイト辿れば分かるよ

保守


>>33
2スレ進行してないと落ち着かない…でも、それは片方が1日で済ませられるくらいの安価スレである場合なんで、完璧に首が絞まってますね…活字嫌いが身の丈にあわないことをしてはいけなかった
エタる気はないですが、>>1でも書いてるように、進められる気もしないという…星君視点が行き詰まってる

>>36
>>37
検索かけられるとかメッチャ恥ずかし…
過去に2回トリップ大公開して現在のトリップなんで、全部はでないと思いますが

短いですが少し進めます



 辺古山が出ていってから、寝たフリをやめて目を開ける。まず考えたのは、部屋で別れた獄原のことだ。

(用が済んだら戻ると約束しちまったからな…獄原は確実に俺の心配をするだろうな)

(……考えなしに居座るのはマズかったか)

(あいつのことだから、しばらくは俺を探しまわるかもしれねぇな…)

 戻ると約束をしたクセに、無責任にそれを破るようなマネをしたことを反省する。

 改めて、体を起こして辺古山の部屋を見回す。こざっぱりとしていて、あまり女の部屋という感じではない。
 ゴテゴテと飾りたてた部屋より、気持ち的には遥かに過ごし易いか。

(俺が自ら飼い猫生活を選ぶとはな)

 俺はもう、学園の外へ出ると決めていたはずだったが…辺古山のヤツがらしくない寂しげな表情をしやがるから、つい同情してして残ることにしちまった。

(らしくねぇな…)

 部屋の中とはいえ、自由度の低さは檻の中とそう変わらない。食事と睡眠を繰り返しながら、辺古山の帰りを待つだけの飼い猫…か。だが、ホンモノの檻の中よりマシなのは、間違いねぇか。

 新入りが受ける“歓迎”という名の洗礼からはじまって、看守に目をつけられない程度の陰湿な嫌がらせ…避け方を覚えるまでの間は、まさに地獄といってもいい環境だったあの頃と比べれば、なんてことはない。

 しかし、なにもすることがないってのも困ったモンだな。ここを出たほうが、やることは多そうだ。ここでは思考を巡らせるくらいしか、することがない。だが、余計なことばかりを考えてしまいそうだ。
 先をみようとしても途切れている。ならば後ろを振り返るしかない。しかし、情熱を注いで打ち込んでいたすべてを不意にした愚かしさ──大切なものを自分の手からとり落とした愚かしさ──それらをわざわざ振り返るなんざ、なんともお笑い種だ。

(だが……)

 ここに来るまでの間に蘇った、あいつがいて、テニスができさえすれば概ね満たされていた頃のような“生きている”と実感し、高揚したあの感覚──

 全てが許された気がした

 喜びが全身に溢れた

 自分という存在に意味があるように思えた

 ──それらが嘘のように今は残っていない。

(アレはなんだったんだろうな。名残惜しく感じちまうのは未練か……)

(…………まったく……クールじゃねーな……星 竜馬……)

 あんなモノ、忘れてしまった方がいい。

(忘れてはいけないのは、自分の過ちの方だろう?)

(死にたくはねぇ。けど、その日はどんな姿だろうと訪れる。ケジメはつけなきゃならねぇ)

(あいつを不幸にした罰と、テニスで殺人を行使した罪の清算は、死をもって終える)

(忘れるべきは自ら棄てた“未来”への“期待”と“希望”だ)

(……それでいい…それが正解だろう……?)

 幸い、今の俺はただの猫だ。猫にテニスは必要ない。余計な期待や希望をもたなくて済む。
 “あの頃の星 竜馬はもういない”と、言ってきていたが、結局は過去を気にして、戻りたがっている自分をみつけ、ふいに乾いた自嘲を零す。

(今の俺は辺古山に飼われる、ただの猫だ)

(俺の存在する意味も理由も、それでいい)

(…………猫らしく寝ておくか)

 ようやく思考を止める。瞳をとじただけの不完全な闇から、意識が落ちてほんとうの闇へ落ちていく。




(私が猫を飼う…か)

 今、こうしている間にも、自分の部屋で猫が留守番をしているのだろうと考えると、自然と頬が緩んでしまう。

(今頃はもう夢の中かもしれんな)

 しかし、浮かれてばかりではダメだ。必要なモノを買い揃えなければならない。放課後にホームセンターに向かわねばな。ペットショップだと、動物たちが私に怯えて騒ぎだしたりしてしまうからな……。

「あ」

(いやまて……放課後に買いに行くまで…餌がないということではないか…。トイレだって…)

 今、こうしている間にも、自分の部屋で猫は過ごしている…猫に必要なモノがなにひとつとして備わっていない部屋で、だ。
 気分が舞いあがってしまって、なにも考えていなかった! 休んでしまうか?
 この学園は、才能テストで結果を出せてさえいれば、出席や授業態度に関して問題はないしな。

(今日は休んでしまおう。坊っちゃんに連絡しておかねば)

 スマートフォンを取り出し、見慣れた番号にかける。それほどの時間もかからず、電話はとられた。

九頭龍 『おう、ペコ。朝っぱらから電話してくるたぁ、どうした?』

「申し訳ありません。今日は授業を休もうと思いまして、ご連絡をさしあげました」

九頭龍 『休むって、オメー体調悪ぃのか?!』

「いいえ。むしろ体調はよいぐらいです」

九頭龍 『? んじゃあ、なにか用事か?』

「はい。急なことで申し訳ありません」

九頭龍 『…なんか妙なことじゃねーだろうな?』

「血を見たり、複雑な内容ではありません。ご安心ください」

九頭龍 『そんならまぁ…いいけどよ』

「今日はあなたのお側に着けません。周りにはくれぐれもお気をつけください」

九頭龍 『学園内なら、オメーが心配するような事態はそうそうおきねぇよ。むしろオメーが安心しとけ』

「……ありがとうございます」

「それでは失礼します」

 通話を切ると、私は部屋へ戻るために踵を返した。

(制服のまま学園の外に出るのは、さすがに目立ってしまう。いちど着替えてから、ホームセンターへと向かおう)

(あの猫は今頃、夢の中だろうか? 起こさぬようにせねば)

 そんなことを考えながら、いつもに比べ足取りも軽く感じながら、自室へと戻った。


最初、ホムセンのことが頭になくて

辺古山 「ペットショップへと向かっても、動物を怯えさせてしまう…どうしたものか…」

辺古山 「口の固い者に同行してもらい、私は店前で待機し、同行者に店内での商品選びを頼んでみるか…さて、誰に頼むか…」

辺古山 「罪木ならば問題なさそうだな……ないよな……? 荷物は自分で持つしな」

みたいな感じで罪木ちゃんと買い出しいくのを予定してました。すぐに“ホームセンターあんじゃん。バカ野郎”と気づき、罪木ちゃんの出番が削れてしまいました。

乙。待ってました 無理なさらないように頑張ってください

>>44
ありがとうございます!ゆっくり少しずつでも進めていきます!


問題ないとは思いますが、一ヶ月音沙汰なければ>>1は死んだと思ってください、ガチで
一ヶ月以内には保守なり続きなり投下しますんで、投下されていればこれは見なかったことにして下さい。

保守!

保守!
と、ボツにしたけど残していた、星君がペコちゃんに会いにくと王馬君に言っていた場合のルートを投下しときます。浮かんだセリフだけぱかぱか先に書くと、大体はボツになる。



王馬 「えー? 辺古山ちゃんに用事ってあっやしーんだー」

王馬 「それに、辺古山ちゃんって九頭龍ちゃんの女でしょ?」

王馬 「あっ! もしかして星ちゃん、NTR?! ヤクザ相手に星ちゃんやるぅー!!」

『……』

獄原 「わわわっ!! 王馬君!! ゴン太には単語の意味は解らなかったけど、星君がスゴく怒ってるよ?!!」

王馬 「今の可愛い星ちゃんに怒られたところで怖くな…イッテ!!」

獄原 「わ、わーっ!! 星君、落ち着いて!! 怒ってても人を引っ搔いたらダメだよ!!」

王馬 「うっわ、星ちゃんってこういう野蛮なことするヒト…おっと、今は猫だったねー?」

王馬 「獣だったらしかたないかー。 知性ある行動なんて、とれるわけないもんねー」

『この野郎…言いたいこと言ってつけ上がりやがって…っ!』

獄原 「ストップ! ストップだよ!! 喧嘩はダメだってば!!!」

獄原 「そうだ! こんなときは虫さんをみんなでみて和むのが一番だと思うんだ!」

星・王 「あ」

獄原 「ふたりが仲直りできるように、今からゴン太のへ……」

王馬 「いやあ! 悪かったよ、星ちゃーん! オレってば嘘が過ぎたよねー!!」

王馬 「大好きな星ちゃんをオレが許さないはずないじゃーん!!」

『……俺もついカッとなって熱くなり過ぎちまったみてーだ』

王馬 「鳴き声しか聞こえないけど、きっと通じあってるよね! うんうん! お互い様だね! もうこのことは忘れよう! 仲直りだね!!」

『ああ』

獄原 「ふたりが解りあってくれて良かったよ! もっとふたりが仲良くなれるように、みんなで虫さんを……」

星・王 「!!!」

獄原 「あ、あれっ? ふたり共どうしたの?!」

https://i.imgur.com/Jk76ruy.jpg

保守
まだまだおまたせしてしまうと思いますが、気長にお待ちいただければと思います。

保守
誤字脱字とかもそうなのですが、加筆とかもしたい部分もあるので、保守忘れて消えたりした場合、pixivでそれらを修正しつつ続きを書くかもしれません
ペコちゃんと九頭龍君の部分加筆したい…めっちゃしたい
今の運営状況なら早々消えたりはしなさそうではありますが、万が一のための御報告です

保守!

ガチンッ

ガチャッ

「!?」

 鍵を解錠する音と、扉を開ける音で闇に沈み込んだ意識は浮上し、自然と瞳がひらく。

(……辺古山が出て行って、そう時間は経ってねーはずだが…)

 見上げて時計をみれば、HRがはじまる時間だ。

(……忘れものでも取りに帰ったのか?)

 顔をあげると、部屋に入ってきた辺古山と目があう。俺をみた辺古山は幸せそうな笑顔で俺の元に駆け寄る。はじめてみる辺古山の満面の笑顔に驚いて思わず固まってしまう。

辺古山 「ああ、よかった! やはり夢ではないのだな…!」

辺古山 「実はこれまでのことは夢で、扉を開けたらお前はいないのではないかと不安だったぞ」

 これまで動物に触れたくても触れさせてもらえなかったせいか、触れても逃げない存在が現れたことを、なかなか現実のできごとだと信じきれていないようだ。そんな辺古山に少し同情する。

辺古山 「起きていたのか? それとも起こしてしまったか?」

辺古山 「起こしてしまったのなら、すまない」

 体を丸めている俺に申し訳なさそうに謝る辺古山に、意味が伝わるかは解らないが、尻尾を揺らして問題ないことを示す。その動きをみて、辺古山の頬と目元が、これ以上は緩まないだろうというくらいに緩みきる。

(しかたないとはいえ…崩れすぎだな…)

辺古山 「私はだいじなことに気付いたのだ…私がいない間のお前の食事やトイレについてだ」

(……なるほど)

辺古山 「心配になって戻ってきた。今日の授業は出ずに、今からお前のモノを買い揃えてこようと思う」

 辺古山はこちらにまで歩み寄り、俺と視線をあわせるように屈む。今日で何度めになるだろうか、頭を撫でられる。長年竹刀を握り続けたことでできたタコの硬さを感じとる。こいつからは何者にも負けてはならないという気概が常にみえる。テニスで常に上をみていた、あの頃の俺を思い出させる。

(チッ…また余計なことを…どうにかなんねーもんかね…)

ㅤどうにも癖になっているようで、気分が悪い。しかし、そこであることにふと気がつく。

(……ちょっと待て……トイレ……?)

 俺は失念していた。生物にはつきものの、排泄という生理現象。これから辺古山のペットとして飼われるとなれば、出したモノを見られる挙句にその後始末をさせることになる……。

(なんの面識もない人間なら、多少の羞恥心はあっても、すぐにやりすごせるだろうが…それなりの交流がある人間にその手の世話をされるのはさすがに耐えられねぇぞ…!?)

(クソッ! なんで居座ることにしちまったんだ!!)

 自分の覚悟の甘さと短慮さに嫌気がさす。
 そんな俺の心境なんて知りもしない辺古山はクローゼットを開けて着替えをはじめていた。

(自我まで猫になっていたら、こんなことで悩みもしなかっただろうに…なんでこう中途半端なんだ!!!!)

 そう、人間としても、猫としても、今の俺は半端者だ。改めて覚悟しないとなんねーな。

(でなけりゃ、羞恥心で心が潰れちまう……)

 頭がと胃が痛んでいるところに、着替え終えた辺古山が戻ってきて、先ほどと同じように頭を撫でる。

辺古山 「改めていってくるからな」

「……にゃー」

 辺古山が部屋を出るときと同じように、しかし、すぐには返してやれないながらも短い返事でもう一度送りだした。
 せっかくあいつが俺のために、いろいろと買い揃えてくるってんなら、興味を示すくらいのことはしてやらないとな…。飼い猫ってのも大変だな。まあ、あいつらはそんな殊勝なことは考えちゃいないだろうが…。興味のあるモノと、ないモノへの反応が素直だ。そんなところが可愛いんだがな。
 しかし、辺古山にとっては俺がはじめて触れあえる猫なんだ、できる限り落ち込ませないようには努めるか。

(……帰ってくるまでに腹を括っとかねぇと……)

ㅤ買い物はなるべく時間をかけてくれと願った。




ㅤ(飼うとなれば、名前をつけてやらねばな)

ㅤㅤホームセンターへ向かう道中、猫の名前を考えることにした。なにかに名前をつけるというのは、はじめてのことだ。故に、自分のネーミングセンスにいまいち自信がもてない。

(どんな名前がいいだろうか?)

(幸い、あいつは賢い。気に入れば返事をしてくれるだろう)

ㅤ“自分の言葉を理解できるだろう”と、招いてまだ初日の猫に、なぜかそんな絶対的な信頼を寄せている。いや、実際に理解しているように思う。

ㅤ(不思議な猫だ)

ㅤ相応しい名前をつけてやりたい。

ㅤ(あいつが気に入り、かつ、似合うような名前……)

ㅤ(…………)

ㅤ(む…難しいな……)

ㅤ猫の名前をあれこれ考えるあまり、前方を見ることをつい怠りがちになりながらも目的地となるホームセンターを目指す。
ㅤふと前を見れば、一匹の茶トラが塀の上で尻尾を垂らし寛いでいる姿をみつける。

ㅤ(猫…!)

ㅤ数分前にはじめて猫に触れられたとあって、猫との接触に自信がついた私は、期待と高揚で暴れる心臓を抑えきれないまま茶トラへと近づいた。

茶トラ 「ニ゛ャ゛ヴヴヴヴッッ!!」

「あ……」

ㅤおそらく私は、ただならぬ殺気を発していたのだろう。威嚇しつつ飛び跳ねながら塀を降り、見えてはいないが音からしてその場を一目散に去ってしまったようだ。

(やはりあいつが特別なのだな……)

ㅤ物悲しさが胸に去来するが、私にはあの猫がいるじゃないかと気持ちを立て直す。

(あいつとの出会いは運命なのかもしれないな)

ㅤ運命などと、らしくないとは思うが、そう感じずにはいられない。あの猫への愛着と、元よりその気だが、だいじにしなければという想いがいっそう湧いてしかたがない。胸がほんのりと熱くなるのが解る。

(あぁ、あいつを撫でたくなってきた…早く買い物を済ませて帰ろう!)

ㅤ急がずとも部屋で待ってくれていると解ってはいても、1秒でも早く帰り、1秒でも長くいっしょに今日を過ごしたいと思ってしまう。坊っちゃんをお護りする道具でなければならない身でありながら、なんと無様なことか。解っている。解ってはいるのだ。しかし口元の綻びを引き締めることも、弾む心を抑え込むことができないまま、私は止めていた歩みを再開した。

少しですが進んだので投下。やっぱり手軽な安価スレもやりながらの方が筆が進むなぁ…

お久し振りです。1から誤字脱字、読み難い箇所の修正したモノを投下と、新しく1レスだけ投下します。未だにラスト全く決めていませんが、ゆっくりお待ち頂ければなと思います。
https://imgur.com/a/SJJ3EgQ




辺古山 「これまでは危機感を抱くほどの相手がいなかった。だがこの先、強敵と対峙することになった場合、垂れ流しになっている私の殺気で、居場所を把握され、形成が不利になってしまいかねない」

辺古山 「最近は殺意を抑える訓練もしたほうがよいだろうか、と考えているのだが……どう思う?」

 そう語るのは辺古山 ペコという、一風変わった可愛い響きのする名前の女。しかし、名前の響きに反して、辺古山から発せられる気配は、研ぎ澄まされた業物のように鋭い。
 その眼光で一度睨めつければ、刃物を喉元スレスレにまで突きつけられているような気分を味わうことだろう。

「理由はそれだけか?」

 辺古山が語るソレが、表向きの理由だということを解っている俺は、薄く笑いながら隠している“本心”を意地悪く聞き出そうとする。

辺古山 「け、決して動物に触れたいという不純な動機ではないぞ……!?」

 語るに落ちるとはいったモンだ。焦って“本心”がまろびでている。俺が笑うと、辺古山は“しまった”という顔をすると、諦めたように俯いて肩を竦めた。

「ふっ、あんたが動物好きなのは、こっちは承知なんだ。焦って隠すこともないだろ」

辺古山 「うっ……確かにそうだが……」

 どれだけの強者でも、機械でもなければ、どこかで人間らしい表情をこぼす瞬間はある。こうして好きなものを意識している内は、辺古山だって全身に武装している殺気や、固い表情が柔和になる。
 普段からこうだったら、動物に逃げられることもねぇだろうに。

「だがそうだな……必要もないときに殺気を垂れ流したままというのは良くねぇかもな」

辺古山 「やはりそう思うか? 今までは護るべきお方のために、剣技を磨くことにだけ集中していたが故、気配を殺すことは考えてこなかった」

辺古山 「まさか必要に思う日がくるとも思わなかったが……」

 憂うように目を伏せて、辺古山は嘆息する。動物に触れないことを、よほど思い悩んでいるようだ。確かに、こちらは好意があるのに、相手から幾度も怯えられたりしたら、さすがにメンタルを削られちまうか。

「まあ、気配を消す問題が解消できれば、いつかは触らせてくれるヤツが現れるだろうよ」

辺古山 「ああ。いつかこの手にもふもふを……」

 苦い表情で歯の隙間から感情の籠った言葉をこぼしながら、血が滲むんじゃねぇかというくらいの力をいれて拳を握る。これじゃあ、猫が逃げちまうのも仕方がない。

 俺なんかと違って、辺古山は生きていればまだ先がある。未来がある。俺に何ができるワケではないが、辺古山の願いが成就するよう、応援くらいはしてやろうじゃねぇか。



 そう、思っていた。
 しかしまさか、この辺古山の願いを、俺自身が叶えてやることになるとは、この時はどうしたって想像もつかなかった。




「……」

 剣道場にてひとり、正座をして眼を閉じる。
 明鏡止水。静寂の中に自分の意識を落とし込み、この場の空気と一体になるよう心を鎮める。
 ここまではいつもと変わらない。しかし、この先へ進むためには、私が自然と放ってしまっている殺気も鎮めなければならない。
 
(気配を消すということが、これほどに難しいモノだったとは……)

(しかしだからこそ、これを極めれば私はより高みへと登りつめられるということ)

(坊っちゃんを確実にお護りできる力にしてみせよう)

 自分から発している殺気を、自分の中へと閉じ込めるイメージを描く。なかなかうまくいかないが、これを続けていれば、いずれはモノにできるはずだ。

 集中している中、何者かの気配が背後に現れたのを感じる。閉じていた眼を開き、背後の気配へ呼びかける。

「……誰だ」

 私の問いに答えた声は

猫「にゃー」

「?!」

 予想だにしなかった可愛い声。私は弾かれるように、自分でも驚くほどの速度で振り向いていた。その視線の先には、黒い毛並みの、しかし頭頂部だけ赤茶色という特徴のある猫が立っていた。

「ね、猫……? ま、迷い込んでしまったのか?」

 この学園は一般的な学園にくらべ、遥かに広い。故に、迷い込んでここまで来てしまったのかもしれない。迷い猫を外へ帰してやろうと、立ち上がって手を伸ばしながら距離を詰めていくが、その脚を止める。
 触れようとすれば、私の殺気に恐れた猫が、またあらぬ方向へ逃げていってしまうかもしれないと危ぶんだ。一度目を閉じ、深呼吸をして感情の昂りを自制をする。しばらくの間を置き、落ち着いたところで目を開け、猫へ語りかける。

「そのままここで待っていてくれないか? お前を外に出してくれる者を連れて……と言ったところで、猫に私の言葉は通じないか……」

 詫びしい気持ちを抱えながら、私の代わりにこの猫を外へ逃がしてくれる人間を探そうと、なるべく猫から離れて出口へ向おうとしたのだが

猫「にゃー」

 その一声が、私を引き止めているように聞こえ、足をとめてしまう。
 薄い灰色の双眸が真っ直ぐ私を見つめている。

(私を……恐れていないのか……?)

 私を前にした動物は、私の殺気に怯え、一目散に逃げてしまう。坊っちゃん達の犬も、自分で飼っていた文鳥でさえも、私を受け容れてはくれなかった。だから、動物と触れ合うという夢を半ば諦めていたのだ。だというのに、これはどうだろうか?
 いや、もしかしたら、私の動向を伺っているだけで、近づけば逃げてしまうのかもしれない。

「…………」

 けれども、私は賭けてみたい。この猫が、私に触れることを許してくれるかもしれないと。

 再び、中腰になって猫に向かって手を伸ばす。期待と不安で手が震える。口が開いたままになって呼吸が荒くなる。今の私は人にみせられない酷い顔をしていることだろう。しかし、そんなことよりも今、私が優先するべきは、目の前にいる猫に触れられるか触れられないかを、確かめること!!

 私の手が近づいていくにも関わらず、黒猫は私の瞳を見つめて逃げようとしない。こんなことは、はじめてのことだ。

 もふっ

「ふぉおっ!!」

 はじめて触れる生きた猫の毛の柔らかさと艶やかさに、私は喜びと感動で奇妙な声を出してしまう。しかし夢にまでみた、もふもふした動物に触れている! それも気持ちがいいのだ! 撫でる手がとめられないのだ!!
 興奮しながら何度も何度も頭から腰の辺りを繰り返し撫で続ける。

猫「にゃー」

(はっ!!)

 さすがに撫ですぎてしまったか! 鬱陶しがってなのか、それ以外のなにか不満があったのか、身を引きながら鳴かれてしまった……。

「あ……」

 それはそうだ。人間だって、好意をもってもいない相手からの過度な接触はイヤなモノ……猫だって同じだろう……。私は欲望に任せてなんという酷いことをしてしまったのだ……。
 
「すまない…」

 私が謝罪をすると、猫はまだ頭上にある私の掌に鼻先をちょんと押しつけた。
 猫のその行為に、私の胸にきゅうっと締めつけるような、衝動的なトキメキが襲いかかってきた。

 まるで私の言葉や心の内を理解しているように思えて私は────

 私は────





「……」

  俺の1日は陽が登ろうかという時間からはじまる。これは監獄にいたことにより身についた習慣だ。
 しかし、体を起こそうと腹筋に力を入れたが、その腹筋に力が入らない。少し浮いたとしても、すぐに後ろに引かれたように背中がベッドへと戻っていく。

「?」

 体を起こすだけの簡単な動作。しかし、2、3度同じことを繰り返してみるが──

「にゃー (動かねぇ」

「!?」

(今の……にゃーって声は、なんだ……?)

(いやいや……さすがに聞き間違いだろう……?)

 イヤな予感に焦りが生まれる。いやいや、まさか、俺が“にゃー”なんてそんな猫のモノマネ紛いなこと……。自分の馬鹿げた思考に自嘲してから、もういちど言葉を発してみた。

「にゃー (あー」

 間違いなく、俺から発された声だった。

(冗談だろ?! どうなってやがる!?)

 上体を起こせないならと、体を横に向けて起きあがる。起き上がることができ安堵したが、まだ確認しなくちゃならない。気を引き締め、次に立ちあがろうと脚に力を入れた。バランスを崩しつつも、なんとか立ち上がれた。しかし、立っていられたのも数秒間だけで、すぐに上体が前に傾く。

(立てねーことはねぇけど……やっぱり不安定だな)

そして次に、不安と疑念を取り除くために、視線を手へ落とす。

(はっ……)

 乾いた笑いが込み上がる。そこにあったのは、人間らしさの欠片もない、毛むくじゃらで肉球のついた、可愛い前足だった。

(まったく……笑えねぇなぁ)

(アンジーじゃねーが、こいつは神様からの“人間をやめろ”っつーお告げかも知れねーな)

 非現実的な状況にありながら、どこかそれを受けとめて諦めている自分がいる。悪足掻きしなけりゃならない理由が、俺にはないからだ。冷たい地獄のような監獄の中で、いずれくる処刑される日を待つだけの囚人。それが俺だ。
 マフィアを潰すために、殺してまわり、俺の人生も一緒に添えて、恋人への手向にした。生きていたって、お天道様の下を堂々と歩けないような、もう社会的には死んでいるも同然の人間。世間様だって、もうすでに俺は処刑されて、死んでいると思っているヤツも、いくらかいるだろう。だったら逆にこの先、猫として生きてみるのも悪くないのかもしれないと、らしくなく考えた。

(しかし、猫になっちまうとはな………だとすりゃ、簡単に部屋からは出られねーか)

(かといって、ずっとここでおとなしくしているつもりもねーが……さて……)

 この部屋の扉は内開き。しかも、ノブは押して引かなきゃ開かねぇタイプだ。今の姿じゃ、この部屋をひとりで出るというのは、やはりムリ筋だろうな。

(連絡なしに休んだとなれば、先公が部屋を訪ねるかも知れねぇが……しかし、それはいつになるかねぇ。今日とは限らねぇからな)

 そんなことを考えてから、扉を仰ぐのをやめた。することも限られているしで、寝ちまおうとベッドに戻ろうとした時──

ピンポーン

 部屋のチャイムが鳴った。時計を見れば6時。大体のヤツは今から起きだすような時間だろう。だとすれば、今起きて活動しているようなヤツは、体育会系で、朝練しているようなヤツらぐらいだろう。この時間に、わざわざ俺なんかを訪ねてくるようなヤツは思いあたらねぇ。
 とりあえず、扉を爪で引っ搔いてみることにした。木製ではない扉を引っ掻けば、爪にイヤな感覚がはしり、不快な金切り音が脳天と耳に響いた。すると、相手に聴こえたのか、扉を何度か叩かれた。その後、なにもなかったように、部屋にまた静寂が戻ってくる。

(なんだったんだ?)

 しばらく扉を仰ぎ見ていたが、これ以上なにも起こらなそうだと判断したところで、踵を返してベッドに飛び乗る。猫になっちまったせいなのか、しばらくして、自分の熱が布団に移って暖かくなってくると、すぐに眠気がさしてきた。

(このまま目を閉じれば気持ちよく眠れそうだな。二度寝なんざ、何年ぶりかね)

 忘れてしまおうとしてきたはずの、在りし日の自分を、ふと振り返る。このまま戻れないようなら、学園の卒業を気にしなくていいし、あの監獄に戻ることもなくなる。そうすればどれだけ楽だろうな。

(しかしそいつはただの逃げだ。殺人を犯しといて、罪を清算しないなんざ、カッコつきやしねぇ)

 いろいろと考えている内に、そのまま眠りに落ちそうになったとき、扉からガチャガチャと奇妙な音が聴こえて、眠りを妨害される。

(なんだ?)

 なかなか鳴りやまない音を不審に思い、ベッドからおりようと体を起こした瞬間、ガチャンと大きな音がするのと同時に、聞き覚えのある声と見覚えのある姿が賑やかに部屋へ入ってきた。

獄原 「ほ、星君! 大丈夫?! あ、あれ?」

王馬 「あー? なんだよゴン太ぁ。星ちゃんいないじゃーん」

(獄原と王馬?!)

王馬 「っていうか、居たらピッキングしてるときに何かしら反応あるってー」

王馬 「やっぱどっか散歩してるだけだって。星ちゃん、あんな見た目だけどさ、迷子になっちゃうようなお子ちゃまじゃないよ」

王馬 「心配ないって。あ、これ嘘じゃないからね」

獄原 「で、でもゴン太がチャイムを鳴らしたとき、キィィィッて、金属を爪で擦るようなイヤな音が中でしたんだ!!」

 どうやらあのチャイムは獄原だったようだ。確かに、あいつの朝も早い。用務員といっしょに花に水やりをして、それから虫を探したり観察しているのをよく見かける。いつもの時間に俺の姿がなくて、心配で訪ねてきたってところか。

獄原 「星君、いつもだったら校庭を散歩している時間なのに、今日は見かけから、どうしたのかなって。一応校舎にいるかもしれないと思って見て周ったんだ!」

獄原 「それでもいないから、病気かなにかで動けなくなっちゃってるんじゃないかって、心配になって…」

獄原 「チャイムを押したら変な音がしてきたし、やっぱり確かめないとって!!」

 やはりそうか。こいつは本当に底抜けのお人好しだな。
 しかし、マスターキーを借りればいいはずだが……途中で王馬のヤツに出くわしたか? こいつもこいつで“悪の総統の朝は早いんだー♪”とかぬかしながら校庭をぶらついていたりするからな。

『おい』

獄原 「え? あっ!!」

王馬 「んー? 猫?」

 俺の声……今は鳴き声か……を聞いた獄原と王馬は、一斉に俺へと視線を移す。

獄原 「わっ! 猫さんだ! おはようございます、猫さん!!」

王馬 「ありゃりゃ。星ちゃんってば部屋に猫持ち込んじゃってんの?」

獄原 「猫さんは物じゃないよ、王馬君!」

王馬 「寄宿舎へのペットの連れこみは、動物に関する才能があるヤツくらいにしか許可されてないはずだけど」 

獄原 「か、隠して飼ってたのかな? そんな違反する人じゃないと思うんだけどなぁ……あ、じゃあさっきの変な音は猫さんが原因だったんだね!」

王馬 「にししっ! 星ちゃん、いっけないんだー! 先生に言ってやろー!」

 俺の安否を案じながらも、猫姿の俺に笑いかける獄原とは対象的に、小学生しか使わないのようなことを言いながら、王馬は楽しそうにしている。

獄原 「うーん……星君が見あたらないし……お腹でも空いたのかな?」

獄原 「ひとまずは、王馬君の心配ないっていう言葉を信じるよ!」

獄原 「おいで、猫さん! ご飯をあげるよ!!」

獄原 「それから、キミの御主人の星君を探すから、安心してね!!」

 獄原は見た目のゴツさに反して、幼い子供みてーな満面の笑顔を向けて、両手を広げている。飛び込んでやってもいいが、とりあえず遠慮しとく。俺のキャラじゃない。

『あんたに飛び込む気はねぇが、飯の用意は助かるぜ』

 俺が言葉を発した瞬間、獄原の顔が明るくなった。

獄原 「わあっ! ペットは飼い主に似るっていうけど、声と喋り方まで似てるんだぁ!! スゴイよ!!」

「!」

獄原 「キミのお名前は?」

 こいつ、動物の言葉が解るのか?! そういや昔、狼に育てられたんだったか。なるほどな。だったら話は早いぜ。

『似てるもなにも、俺がその本人だぜ、獄原』

獄原 「……? 本人……? キミが星君って言いたいの……かな? えっと、星君は人間なんだ。それから、キミは猫さんで、キミのお名前を……」

 獄原は獄原なりに頭を悩ませながらも、俺は猫という存在であること、飼い主である俺とは別の存在だという、俺以外が聴けば、何言ってんだと言われても仕方のない説明をしようと頑張っている。頑張っているところを悪いが、バッサリと斬り込んで会話の主導権を奪う。

『それがな、朝目覚めたらこの姿になっていやがった』

『つまり、俺が正真正銘の星 竜馬だぜ』

 獄原の動きが止まる。しかし直ぐに獄原の眼と口が大きく開き、驚きの声を発した。

獄原 「ええっ?! そうなの!?」

王馬 「何ひとりで喋ってんのゴン太。気持ち悪っ」

 獄原が隣で大きな声を出したために、王馬は耳を塞いで、げんなりした顔で獄原を見上げる。

獄原 「ち、違うよ! この猫さんがね、自分は星君だって言うんだ!!」

 獄原の言葉に、王馬は“あー?”と言いながら、眼は訝しむように細められる。

王馬 「ゴン太の頭はついに壊れちゃったみたいだね」

 まあ、ふつうならそう思うだろうよ。俺だって同じ立場なら、一瞬だけでも獄原を疑う。なぜ一瞬なのかは、獄原の為人がそうさせる。こいつが嘘を吐くはずがない。むしろ疑う自分の方がどうにかしていると思うくらいには、信頼している。だから、疑うとしても一瞬だ。
 だが、王馬が本心で疑っているのかは疑問だがな。王馬は獄原の揶揄い易さだけではなく、嘘を吐けないところも気に入っているだろうからだ。

獄原 「本当だよ! ど、どうしたら信じてもらえるかな…」

王馬 「可哀想にゴン太……」

獄原 「どうしてゴン太が可哀想なの……? あ、そうじゃなくてね?!」

 王馬の胸中は解らないが、しかし獄原も、にわかには信じられない現象を、王馬に理解させたくて、言葉をみつけようと頭を抱える。紳士をめざしている獄原からすれば、嘘を吐いていると思われるのは、気分のいいもんではないだろう。
 しかし俺を前に繰り広げられる、終わりの見えない押し問答に辟易して嘆息する。猫の姿だと、うるせぇと一喝することができねぇのが面倒だ。一喝したところで可愛い鳴き声なんて、やるせなくなる。

『獄原、王馬は俺の言葉が通じねぇんだ。理解させようとするだけムダだ』

獄原 「で、でも…」

『行こうぜ』

 ベッドから飛び降りて、獄原に部屋から出る意思をみせるが──俺の体が急に上へと引っ張られ、足が地面から浮いた。そのまま体がぐんっと持ち上がり、体を回転させられる。対面した相手、俺を持ち上げた犯人は王馬だった。

王馬 「なー、おまえ本当に星ちゃんなの? 元々マスコットっぽい見た目だったのに、また随分と可愛くなっちゃったよねー!」

「……」

 俺の伸びた胴をぶらぶらと揺らして遊びながら、楽しそうにニヤニヤしてやがる。クールじゃねぇが、相手がこいつとあってか、可愛いと言われてちょいと頭にきた。
 今、両の前足の付け根を持って支えられ、胴は伸びた状態だ。猫飼いの俺は、猫の足のバネの強さを知っている。付け根の支えを軸にして、胴体を振り子のように勢いをつけて王馬の胸元を蹴りつけた。

王馬 「痛って!」

獄原 「えぇっ?!」

 王馬が掴む力を緩めた隙に、蹴りつけた反動をつかって脱出する。

王馬 「反抗的な猫だなぁ。ま、それならそれでつまらなくないけどさー」

 不機嫌そうに唇を尖らせながら胸元をさすっていたが、すぐに口元を歪めてにやりと笑う。こいつの変わり身の早さが不気味だ。

獄原 「星君! イヤならイヤだって言ってくれたら、ゴン太が王馬君に通訳するのに!! 蹴るのはヒドいよ……!」

獄原 「王馬君も王馬君で、星君にイタズラしたらダメだよ!」

 少々良くない空気が俺と王馬の間に流れたため、獄原は慌てて俺達をそれぞれ悪いと、諌めようと割って入る。

王馬 「え? オレがいつ星ちゃんにイタズラしたのさー? 持ち上げただけじゃん。変な言い掛かりはやめてよねー!!」

王馬 「夢でも視てんじゃない? やっぱりゴン太の頭、かなりヤバいよー。 心配だから、腕の立つ闇医者紹介しようか?」

王馬 「ゴン太みたいな底抜けにバカ正直なヤツは珍しいから、ちょっと頭覗かれたり、人体改造くらいは されたりするかもしんないけどねー」

 しかし、相手は王馬だ。暖簾に腕押し。のらりくらりと話を逸らそうとする。
 ゴン太とキーボのヤツは大体こんな調子で、王馬の暇潰しの相手をさせられている。キーボはともかく、ゴン太の方は都合よく使われているなんて、理解しちゃいねぇだろうが。

 このままコイツらを放っておいたら、始業までここに居ついちまいそうだな。仕方ねぇ。

『……悪かったな』

 俺の謝罪をきいた獄原は、王馬から目を離して俺に振り向いてから、もう一度王馬に満面の笑顔を向けて振り返ると、興奮に声を弾ませながら通訳をする。

ゴン太 「王馬君ッ! 今、星君が謝ってくれたよ!」

王馬 「へぇ……」

 訝しむように呟いて俺を一瞥するが、いつもの調子のいい胡散臭い笑顔を貼り付ける。本当にこいつは、腹になに抱えてんのか解りやしねぇ。

王馬 「うん! 全然オッケーだよー! 大好きな星ちゃんを、オレが許さないワケないじゃーん!!」

王馬 「それに、ゴン太はオレと違ってクソがつくくらいのバカ正直なヤツだから、この猫が星ちゃんだってのも、信じてやるけどさ」

王馬 「ご飯だっけ? 用意したげるから詳しく聴かせてよね」






王馬 「うわぁ…マジで猫缶食べてるー」

王馬 「マジで星ちゃん、人としてのプライド捨てちゃってるの?」

王馬 「もう獣じゃーん!」

 猫になってしまった俺が、箸やスプーンを握れるはずもない。用意された皿の中の飯を、猫のように口だけで食べていると、王馬が言葉とは正反対の好奇心に満ちた眼で、俺をジロジロと観察している。
 鬱陶しいが、相手すればつけあがるのは解っているから、目の前の飯を黙々と食う。しかし案外いけるんだな、猫缶。

獄原 「王馬君、人が食事しているところを邪魔をするのはマナー違反だよ」

王馬 「人じゃないじゃん。猫だよ」

獄原 「そ、それはそうなんだけど、そうじゃなくて……ね、猫さんにだってしたらダメだと思うよ!」

 ……ふたりでまた不毛な会話をはじめる気か? コイツらは本当に、俺の話を聴く気はあるのか?

王馬 「ま、今はとりあえず、その話は置いとこうよ」

王馬 「星ちゃんの話聴きたいからさ」

獄原 「あ、うん! そうだね!」

 不毛な会話に発展するかと思ったが、王馬が俺に向きなおる。普段は余計なことしか喋らないクセに、優先して話さなきゃならねぇことがあるときは、自分から外しにいっていたとしても、軌道をすぐに自分で修正する。テキトーなのか、意図的なのか、よく解らん。
 飯を食べ終えた俺も、座ってふたりを見あげて話す体勢になる。

『つってもな……俺も朝起きたらすでにこうなっていたからな……』

『むしろ、俺の方が説明してもらいたいもんだぜ』

 この現象を説明しろといわれても、当事者である俺が1番理解できていない。それを示すように、やれやれと首を振ってみせる。

獄原 「朝起きたら、すでにこうなっていたそうだよ」

 獄原も首を傾げながら、王馬に俺の言葉を通訳する。

王馬 「じゃあさ、猫になにか祟られるような悪さしたりしてなーい?」

王馬 「よく言うよね。猫の祟りは強くて執拗だって」

獄原 「ね、猫さんの祟り?!」

王馬 「そのせいだったりしてー」

 猫の祟りと聴いて、獄原の顔色が蒼ざめる。こいつはこうした王馬のテキトーな嘘をすぐに信じちまう。いい加減学んでくれと思う。とはいえ、いつもなら、祟りなんてそモンありえねぇと一蹴してしまうところだが、今のこの状態じゃあ、その可能性が高いのかもしれねぇと思えてしまう。だが、今明確に答えられるのは……

『するわけないだろ』

 短くそれだけ答えた。今の生活で猫に関わる機会なんてそうない。あったとしても、祟られるようなマネを猫相手にするワケがない。

獄原 「してないって」

王馬 「ふーん。だったら、他に思いあたることないの?」

 猫……猫といえば、飼っていたあいつくらいしか……まさか……あいつの身になにかあったか?

『今は預けちまってるが…昔飼っていた猫くらいしか思い当たらねぇな』

獄原 「星君、猫さん飼ってたんだ。うーん…もしかして、その子になにかあったのかな?」

 俺が猫飼いだと解った獄原も、俺と同じことを考えたようだ。

獄原 「ねぇ、星君。その預けた人の連絡先が解るなら、ゴン太が代わりに連絡して、猫さんの安否を確認してみるよ」

 獄原の表情や声色から、上辺だけの心配ではないことが解る。確かに確認すれば、俺も獄原も安心はできるが……。

『気にはなるが、そこまでの面倒はみさせられねぇよ。気持ちだけ受け取っとくぜ』

 俺の返答に、獄原は寂しそうに見つめてくる。

獄原 「……本当は気になるんじゃないの?」

『……まぁな』

 それをしちまうと、未練ができちまいそうなのが困る。なるべくなら確認しないでおく方が、まだいい。あいつに何かあってこうなってるってんなら、なおさら。全部このまま引き受けてやるから、元気にやっていて欲しいと願う。

王馬 「訳さなくても、ゴン太の独り言でなんとなく察したけど……」

王馬 「飼ってた猫なんでしょ? 薄情なんだねー、星ちゃん」

王馬 「さすがは殺人テニスでマフィアを潰しただけあるよね!」

『どうとでも言え』

 笑顔で煽る王馬を短くあしらう。コイツの煽りをまともに相手するのは時間の無駄だ。

獄原 「違うよ! 星君の声が寂しそうなの、ゴン太解るよ!!」

 王馬の言葉をきいた獄原は、勢いよく立ち上がり、真剣な眼差しで王馬を見据えて感情的に反論する。

獄原 「星君は薄情な人なんかじゃないって、ゴン太は知ってる!」

王馬 「あいにくと、オレにはソレがさっぱりなんだよねー。殺人犯だし。だから死刑囚なんじゃん。立派な悪いヤツだよ」

獄原 「王馬君はどうして悪意のある言い方ばかりするの? ゴン太は悲しいよ……」

『もういい。この話はなしだ』

 今度はぶつかりあおうとしているふたりを制止する。俺なんかのことでわざわざ争う必要はない。殺人犯であることは、間違いのないことだからな。
 俺の言葉に、獄原は驚きながら身を乗り出す。

獄原 「ダメだよ! もしかしたらその猫さんがなにか手がかりになるかも知れないんだよ?!」

『俺はこのままでいい』

 獄原の眼が大きく見開く。

『獄原。俺は戻してくれなんて頼んでないぜ』

獄原 「それは……そうだけど!! 星君は人間なんだよ? 猫さんのままなんて、いいワケない!!」

 獄原には悪いが、一瞥してから嘆息する。

『あんたが熱くなったところで、俺の考えは変わらねぇよ』

獄原 「どうして? どうして諦めてるの?」

 獄原の瞳に涙が溢れる。どうして俺のことなんかで涙を流そうとしているんだ? 真剣になれるんだ?

(こいつのお人好しには参るぜ…)

(こんな世話の焼かれ方は苦手だ…慣れちゃいねぇんだ)

王馬 「星ちゃん、ゴン太泣かしたんだー。健気に星ちゃんのことを考えてるゴン太を泣かせるなんて、どうしてそんなヒドいことするのさ!」

『お前は少し黙ってろ』

 俺の言葉自体は通じないが、鳴いて睨めば俺がなにを言っているかの想像はつくはずだ。とくにコイツだからな。解らないはずがない。

王馬 「それ、怒ってるつもり? 迫力に欠けるねぇ」

 挑発するように両腕を広げてくつくつと笑う。こいつを黙らせるなら、確かに人間に戻った方がよさそうだ。

獄原 「どうしてふたりは直ぐに争うの? こんな大変な問題が起きているときは協力し合うべきだよ……」

 睨みあう俺たちに、悲しそうな表情をした獄原は弱々しく呟く。ついに気持ちが決壊した獄原の瞳から、涙が伝い落ちていく。

王馬 「あーあ、マジで泣いちゃったよ」

王馬 「星ちゃんのせいだからね!」

『……』

 それに関しては否定できない。王馬と言い争うことで結果、獄原の涙は流れた。大元の原因は俺にある。このままそっとしておいてくれたほうが、俺にとってはありがたいんだが……やれやれだぜ。

『獄原…あんたの気持ちは充分伝わってる』

『だけどな、戻れるのかどうかは解らねぇが、死刑囚である俺にこの先がない以上、今の姿の方がまだ生きている意味を見いだせるかも知れねぇんだ』

『しばらくこのままでいさせて欲しい』

獄原 「……うぅっ」

 俺の言葉で獄原がなにを思ったのかは解らないが、なにかを言い返すこともなく、黙ってはらはらと涙を零す。

(悪いな、獄原)

王馬 「ねぇ、キミらが何話してんのか、俺さっぱりなんだけどー? 仲間ハズレやめてくんなーい?」

 獄原の通訳がなければ、ただの猫の鳴き声にしか聞こえていない王馬は、自分が理解できないうちから話を進めている俺達の様子に、不満気に唇を尖らせていた。

獄原 「星君…しばらくこのままでいたいって……」

王馬 「あー。そりゃそうだよねー。人間に戻ったって、ここを出ちゃえば、いずれは絞首刑で処される身だもんね」

王馬 「そりゃ戻りたくないよねー」

獄原 「でも……それでもやっぱり……間違ってるままなのは……っ……ゴン太には解らないよ……」

ㅤ獄原の啜り泣く音だけが聞こえる中、王馬が口を開いた。

王馬 「だったらオレが星ちゃん飼うよ!」

『は?』

ㅤ自分の耳を疑い、次に王馬の頭を疑った。

獄原 「えええっ?!」

 この発言に、さすがの獄原も困惑の声をあげた。
 唐突にこいつは……本気で言ってるのか?

王馬 「元人間、元クラスメイトの猫なんて、ペットとしてつまんなくなくて、サイコーじゃん!」

王馬 「喋れたらもっとレアだったのになぁ」

 俺達の困惑に構わず、王馬は愉快気で饒舌に、勝手なことを言いはじめた。

王馬 「このままでいいって言うけどさ、星ちゃんだって、本当なら困るでしょ? 自分の面倒を自分でできないんだからさ」

王馬 「でも、この学園基本ペット禁止だから、この提案って、星ちゃん次第なんだよね」

王馬 「野生の獣としてやってくつもりなら、それならそれで構わないよ? 星ちゃんが選んでよ」

 確かに。いきなり猫になっちまった俺が、そのままいきなり外に出て、いきなり野生猫の生活をするというのは難しいモノがある。だが、あの監獄の中にも慣れたんだ。どれだけ過酷だろうが、劣悪だろうが、いずれは順応できる自信はある。

『テメェに飼われるのだけはゴメンだぜ』

獄原 「えっと……王馬君に飼われるのだけはイヤだって……」

王馬 「だよねー! 知ってた!」

王馬 「じゃあ、ゴン太が飼う?」

獄原 「飼うって言いかたはしたくないから、一緒に暮らすって言わない?」

『それはそれでどうなんだ……?』

 というか、いつの間に当然のように、俺を飼う飼わないの話になってやがる? 一番安心できる、田中のような才能持ちに任せるだとかの発想はないのか? いや、そもそも俺の意見をきけ。

王馬 「とにかく、星ちゃんがどうしたいかなんだよね。ガチで野生の猫になりたいなら、これまでの星ちゃんとの思い出も泣く泣く忘れて“目の前の迷い猫”を今すぐにでも引っ掴んで追い出さないといけないからさ」

獄原 「そ、そんな…」

 獄原の顔が青褪め、俺を見る。

王馬 「だってそうでしょ? 中身が元人間だからって、人間捨ててるようなヤツを、オレなら特別扱いしないよ。学園側だって、星ちゃんが一芸でも披露して、つまらなくない実験体だって、なんらかの利用価値があるとみなさない限りはただの猫。すぐにでもおん出すんじゃないのー? 置いとくだけムダだもん」

 学園の生徒でなくなってしまったとなれば、王馬の対処は間違っていない。正論だ。王馬の話に獄原の顔から、ことさら色が消えて白くなる。

『おちつけよ、獄原。あんたも昔は山で過ごしていただろう』

獄原 「で、でも、それは山の家族がゴン太を育ててくれたからで……」

『大丈夫だ。見通しは甘いのかもしれないが、俺はガキじゃねぇし、覚悟もある』

獄原 「ゴン太は星君を大切な友達だと思ってるんだ…だから、ゴン太は星君と一緒にこの学園を卒業したい……もしそんな形で学園から出ないといけなくなっちゃったら、ゴン太は悲しいよ……」

 他のヤツらなら、その場限りの言葉で納得させようとしているようにしか受け取れないが、獄原の場合は、心と言葉が純粋に直結していて、一切の誤魔化しがないことを解っている。
 だからなのかも知れねーが“大切な友達”という、簡単に使える道徳的な安い言葉でも、獄原が言うと、すんなりと受け取れる好い言葉に変わってしまう。ここまでの言動が、獄原の俺に対する考え方の全てなのだろうと思うと、なかなかクるものがある。

王馬 「ゴン太の発言から推測すんの面倒だなー」

 また体がヒョイっと浮き上がって、何かの上に座らされた。その何かは、王馬の膝の上だった。
 しかもさっきの蹴りを学習したこいつは、今度は俺を後ろ向きにして前足の付け根を持つことで対策しやがった。引っ掻くこともできねぇ……。

王馬 「星ちゃんの意向としては、もうこの学園をでる方向で固まってんだし、いいじゃん?」

王馬 「じゃあ、外へ行こうか?」

 何を考えているのか読めない瞳で、俺の顔を上から覗きこんでから、俺を抱えたまま王馬は立ち上がって、扉に向かう。そのまま俺を学園の外へ連れ出そうとしている王馬に、獄原が慌てて進路を塞ぐ。

獄原 「ま、待ってよ! 王馬君!! もう少し話し合おうよ!」

王馬 「もう充分話したと思うけど? まだゴネる気?」

 立ち塞がる獄原に、王馬は眉を顰めて見上げ、溜息を吐く。話し合いたい獄原と、さっさと行動に移したい王馬との対立。対立の原因である俺としては、獄原が大人しく退いてくれる方が助かるんだが。いや、待てよ ────

『……王馬、ちょいと待ってくれ』

獄原 「あ、星君も待ってって言ってるよ!」

 俺の待ったに、獄原の顔が安堵で少し明るくなる。悪いが、獄原が望んでいるような話ではないと、心の中で断っておく。

王馬 「んー? 星ちゃんは野生猫になりたいんでしょ? それとも、やっぱり人間に戻りたいっていう捨てきれない未練でもあんの?」

『そうじゃねぇ』

獄原 「っ! …………違うみたい……」

 願いとは真逆の俺の返答に、獄原は沈痛な面持ちになり、がっくりと肩を落とす。

王馬 「じゃあなに?」

 ── 俺は思い出し、気付いた。今、この姿だからこそやれること。それは──辺古山の夢を叶えてやれる、と。
 俺だったら、辺古山を怖がったり、逃げたりもしない。中身が俺だという点を除けば、辺古山が、今まで触りたくても触れなかった動物に、触れられるということ。こんな俺でも、できることがあるなら、最後にやれることをやってから出て行きたい。

『学園を出る前に寄りたいところがある』

獄原 「うう……学園を出る意思は変わらないんだね……え、えっと、寄りたいところがあるんだって」

王馬 「ふーん? どこに行きたいの?」

 上から俺の考えていることを探ろうとしているのか、瞳を覗き込まれる。瞳の動きで動揺しているかを判断するためだろう。

『とりあえずこの部屋から出してくれさえすれば、自分で行く』

獄原 「出してくれたら自分で行くって」

 獄原の通訳に、王馬は眼と口許を三日月のように歪めて笑う。

王馬 「目的を言い渋るその感じ、女のとこに行くんでしょー? やらしいんだー」

 俺に何を期待しての発言をしてるんだ? コイツは。

『勝手に想像してろ』

獄原 「か、勝手に想像してって」

王馬 「うん! ねっちょりな想像しとく!」

 満面の笑顔で答えたかと思うと、イヤにあっさりと手を離した。もう少し鍔迫り合いするもんだと思っていただけに、肩透かしをくらった気分だ。

王馬 「ゴン太ー、星ちゃんの代わりに扉開けたげてよ」

獄原 「え? う、うん!」

 獄原は王馬に言われるままに扉を開いた。開かれたその先の光景は、見慣れているはずなのに、この部屋とは比べものにならないほど広い世界が広がっていた。

『……王馬、どういうつもりだ?』

獄原 「王馬君。星君がどういうつもりだって訊いてるよ?」

獄原 「寄りたいところにいってらっしゃいってことじゃないの……?」

王馬 「一度この学園から出ちゃったら、星ちゃんはそのまま、やりたいことを諦めて去るタイプだろうからっていう、オレなりの情けをかけてあげてんだよ」

王馬 「これは本当。嘘じゃないよ」

「…………」

 王馬は嘘つきだが“嘘じゃないよ”と言ったときは、それが本気なのだということは解っている。情けをかけるなんてことを、こいつでもするのか。

王馬 「用が終わったらこの部屋の前にでも居てよ。さよなら言わずに出ていかれるのは寂しいからさ」

獄原 「王馬君……」

 獄原は真に受けているみたいだが、俺には見え見えだ。

『嘘なんだろ』

 訊かなくてもいいが、溜息混じりに一応、訊ねる。

獄原 「え? 嘘?」

王馬 「にししっ! 嘘だけどね!」

獄原 「えええええっ?!」

 寂しがっている王馬に共感していたのだろう獄原は、王馬の嘘にショックを受ける。

『こいつがこんな殊勝なこと言うはずがないだろ…』

王馬 「さっすが星ちゃん! オレの良き理解者だよね!」

 扉は開いた。なら、こいつにこれ以上付き合ってやる必要はねぇ。王馬の軽口には答えず、獄原に話しかける。

『獄原、いろいろと済まなかったな。オレのことで真剣になってくれたこと、礼を言う』

『ありがとう』

 俺の言葉をきいた獄原は、複雑な顔をして目を伏せていたが、寂しさを隠し切れていない笑顔を俺に向けた。

獄原 「後でここに戻ってきてね? 王馬君も言っていたけど、さようならを言ってからお別れしたいから」

『解った。一度戻ってくる』

 伝わるかは判らないが、俺も笑って答える。

『王馬』

獄原 「あ、王馬君」

王馬 「ん? なに?」

『獄原の説得に関しては礼を言う』

 王馬に礼を言う日が来るとは想わなかったが、ありがたかったことに間違いない。獄原とサシだったら、話の決着がつかなかっただろうからな。

獄原 「ゴン太を説得してくれたこと、ありがとうだって」

 いや、それだとニュアンスがだいぶ違ってくるだろ……。

王馬 「ふーん?」

 王馬は意外だと言いた気な顔で俺を見下ろす。

『獄原…正確に伝えてくれ』

獄原 「あれ? ゴン太間違ってる?」

 俺の指摘で、獄原は疑問符を浮かべていそうな顔で、俺と王馬をあたふたと交互に見やると、王馬はオーバーに反応する。

王馬 「え? 間違えてんのゴン太」

獄原 「ま、間違えてないよ?! あれ? 間違えてるのかな???」

王馬 「あーあー、まったくゴン太は使えないよねー。猫の通訳もまともにできないのー?」

 また王馬が獄原で遊ぶだけの、意味のない会話をはじめた。付き合って眺めているつもりのない俺は、構わず部屋を出た。

 一歩、部屋の外へ踏み出す。今の自分が猫だからだろうか? 見慣れたはずの外が、全くの別世界に映って見える。あらゆるモノに見下ろされているような錯覚さえするほど、広く、大きい。

 辺古山の居所はどこだろうかと、なるべく探しまわることのないように、目ぼしい場所を考える。

(この時間に向かうなら剣道場か)

 目眩がしそうなほど広大な敷地を駆け出す。不思議なほどの開放感に胸が高揚する。人生を捨ててから動くことがなかった、心が動いている感覚を思い出す。

(俺は……間違いなく生きてるんだな……)

 忘れていたモノを全身に感じながら、目的地の剣道場を目指した。






 良くないことをしている自覚からの罪悪感と、猫に触れている興奮で、心臓は今にも爆散して臓物をぶち撒けてしてしまうのではないかと、危機感すら覚えるほど荒々しい。呼吸も喉で詰まるようでままなっていない。

猫 「にゃー」

 私は……私はなにをしているのだろうか?
 今、私の腕の中にある柔らかくて暖かい、心を至福に満たしてくれる生きた毛玉を……猫を……衝動に任せて部屋に連れ込んでしまった……。

猫 「にゃー」

 この学園の寄宿棟は、動物に関する才能を持つ者以外のペット飼育は禁止されている。私の才能は《超高校級の剣道家》……自分が動物から嫌われていることを合わせても、ペットを飼うなど縁遠い。

(だが! 手離したくない!!)

猫 「ゔにゃーッ!」

 私を見つめている猫を抱き締める。力が入ってしまったのか、苦しそうに猫が身じろぐ。

「す、すまなかった」

 ハッとして猫を床へとおろす。すると、猫は背筋を伸ばして、両足を床に着いてちょこんと座り込む。

 可愛い。存在がもう可愛い。

(まず形からして反則だ! この全体的に丸く、頭から尾にかけてしなやかな曲線!! 耳の形なんて最高ではないかっ!!)

(はっ!)
 
 私になにか訴えかけているのだろうか? 先ほどからずっと、私と目を合わせてくる。

(ご飯か? トイレか?)

 どうして私には田中のような才能が備わっていないのだ……猫の気持ちがまるで解らない……。
 しかし、猫の目線が私の後ろに向いた。私の背後には扉しかない。それはつまり──

「外に出たいのか?」

 私の問いかけに、猫は“にゃー”と鳴いて答える。もしかして、言葉が解るのか? いや、解っていようといまいと、いきなりこんな知らない場所に連れ込まれたら、不安にもなるか。その気持ちはよく解る。解るのだが──

「私はお前を手離したくない…」

「できることなら、ずっと私の飼い猫として、ここにおいておきたい」

 私から目を離さない猫の頭を撫でる。たったそれだけなのに、幸せになれる。
 なんど試みても、このふわふわとした手触りをおさめられなかったのだ。こんな機会がまたあるとは限らない。ならばせめて、もう少しだけでも時間が欲しい。許して欲しい。

「……しかし、それは私の都合だ……お前はここから出たがっているようだからな……」

 私を哀れんだ神が、ひとときの幸せを与えてくれたのだと思って、諦めてしまおう。どうにしろ、この部屋はペット不可なのだ。隠しながらうまく飼える保証もない。


 猫に対する執着、未練を断ち切ることを決めてから、私は撫でる手をとめた。


「……外に……出してやろう」

 猫を抱えようと両手を差し出しすと、猫が後ろへと退がった。

「え?」

 出たがっていたであろうはずの猫が踵を返し、元から備え付けられいたソファの上へと飛び乗り、座り込んだ。
 まさか……私の気持ちを察して、残ろうとしてくれている、のか? 話かければ鳴いて答えるような聡い猫だ。つまりは、そう捉えても良いのか?

 戸惑う私を一瞥した後、猫はそのまま体を丸め、寝る体勢に入った。やはりそれは、この部屋に腰を落ち着けるということだろうか?
 そうなのか? そういうことなのか? そうならば、そうなのだとしたら……! 確かめてみよう。思い上がりの勘違いだったら……悲しい。

「私の飼い猫になってくれるということか?」


猫 「にゃー」


 愛らしい鳴き声が、私の問いに答えた。電光石火の速さで胸がギュウッと締めつけられた。即死級の衝撃だった。勿論これは比喩で、死にはしない。しかしその次には、満開の花が咲き乱れる、春の陽気のような暖かさに包まれた。
 今、人生の1/3の目標を達成できた瞬間だ! もちろん、残りは、坊ちゃんの命をお護りする使命だッ!

(あぁ、あぁ……なんて! なんて幸福な日だろうかッ!!)

 胸にこみ上げ、昂ぶる感情に、涙が溢れてしまいそうだ! 

 寝付こうとしている猫を驚かせてしまうのを避けるため、猫を抱き締めたい衝動をグッと! グッと! 抑え込んで耐えた。

「そろそろ、私は部屋を出ないといけない。休みの時間には様子をみに戻ってくる」

「それまで、いい子にしていてくれ」

 私の言葉に答えるように、猫は短く鳴いた。







 辺古山が出ていってから、寝たフリをやめて目を開ける。
 まず考えたのは、部屋で別れた獄原のことだ。

(用が済んだら戻ると約束しちまったのにな……アイツは確実に俺の心配をするだろうな)

(しばらくは俺を探しまわるかもしれねぇな……朝でアレだったからな……)

(……考えなしに居座るのはマズかったか)

(悪いことしちまったな……すまない、獄原……)

 戻ると約束をしたクセに、無責任にソレをあっさりと破るようなマネをしたことを反省する。

 改めて、体を起こして辺古山の部屋を見回す。こざっぱりとしていて、あまり女の部屋という印象を受けない。原因は、元々ある備え付けの家具を使っているからかも知れない。まぁ、ゴテゴテと飾りたてたような、女っ気のする部屋より、気持ち的には遥かに過ごし易いか。

(しかし、俺が自ら飼い猫生活を選ぶとはな)

 学園の外へ出ると決めていたはずだったが……辺古山のヤツがらしくない寂しげな表情をするもんだから、つい同情して残ることにしちまった。

(ったく、らしくねぇよな……)

 部屋の中とはいえ、自由度の低さでいえば檻の中とそう変わらない。

(これからは、食事と睡眠を繰り返しながら、辺古山の帰りを待つだけの飼い猫……か)

(だがまぁ、ホンモノの檻の中よりマシなのは、間違いねぇか)

 新入りが受ける“歓迎”という名の洗礼からはじまって、看守に目をつけられない程度の陰湿な嫌がらせ……避け方を覚えるまでの間は、まさに地獄といってもいい環境だったあの頃と比べれば、なんてことはない。

 しかし、なにもすることがないってのも困ったモンだな。ここを出た方が、やること、やれることは多そうだ。この部屋でできそうなことなんて、思考を巡らせるくらいしか、することがない。だがそれだと、余計なことばかりを考えてしまいそうだ。
 囚人である俺が、先をみようとしたところで、すっぱり途切れている。ならば後ろを振り返るしかない。しかし、情熱を注いで打ち込んでいたすべてを不意にした愚かしさ──大切なものを自分の手からとり落とした愚かしさ──それらをわざわざ振り返るなんざ、なんともお笑い種だ。

(だが……)

 ここに来るまでの間に蘇った、あいつがいて、テニスができさえすれば概ね満たされていた頃のような“生きている”と実感し、高揚したあの感覚──

 全てが許された気がした

 喜びが全身に溢れた

 自分という存在に意味があるように思えた

 ──それらが嘘のように今は残っていない。虚しさの去来。

(アレはなんだったんだろうな。名残惜しく感じちまうのは……生への未練か……)

(…………まったく……クールじゃねーな……星 竜馬……)

 あんなモノ、忘れてしまった方がいい。

(忘れてはいけないのは、自分の過ちの方だろう?)

(死にたくはねぇ。けど、その日はどんな姿だろうと訪れる。それまでに、ケジメはつけなきゃなんねぇ)

(あいつを不幸にした罰と、テニスで殺人を行使した罪の清算は、死をもって終える)

(忘れるべきは自ら棄てた“未来”への“期待”と“希望”だ)

(……それでいい……それが正解だろう……?)

 幸い、今の俺はただの猫だ。猫にテニスは必要ない。余計な期待や希望をもたなくて済む。

(…………)

 “あの頃の星 竜馬はもういない”と、言ってきていたが、結局は過去を気にして、戻りたがっている自分をみつけ、ふいに乾いた自嘲を零す。

(今の俺は辺古山に飼われる、ただの猫だ)

(俺の存在する意味も理由も、それでいい)

(…………猫らしく、寝ておくか)

 ようやく思考を止める。瞳をとじただけの不完全な闇から、意識が落ちてほんとうの闇へ落ちていく。




(私が猫を飼う…か)

 今、こうしている間にも、自分の部屋で猫が留守番をしているのだろうと考えると、自然と頬と口許が緩んでしまう。

(今頃はもう夢の中かもしれんな)

 しかし、浮かれてばかりではダメだ。必要なモノを買い揃えなければならない。放課後にホームセンターに向かわねばな。ペットショップだと、動物たちが私に怯えて騒ぎだしたりしてしまうからな……。

「あ」

(いやまて……放課後に買いに行くまで……餌がないということではないか………。トイレだって……)

 今こうしている間にも、猫は私の部屋で過ごしている。猫に必要なモノがなにひとつとして備わっていない部屋で、だ。腹を空かせて鳴いていたり、トイレをしたがっているかもしれない……!
 すっかり気分が舞いあがってしまって、なにも考えていなかった! 休んでペット用品を買いに行ってしまうか?! この学園は才能テストで結果を出せてさえいれば、出席や授業態度に関して問題はないのだしな!

 逡巡した後、結論を出す。

(よし! 今日は休んでしまおう。先に坊っちゃんに連絡しておかねば)

 携帯機を取り出し、見慣れた番号にかける。それほどの時間もかからず、電話はとられた。

九頭龍 『おう、ペコ。朝っぱらから電話してくるなんざ、どうした』

「申し訳ありません。今日は授業を休もうと思いまして、ご連絡をさしあげました」

九頭龍 『なっ?! 休むって、オメー体調悪ぃのか?!』

ㅤ坊っちゃんの声色が焦っている。九頭龍組に拾われた、道具に過ぎない私に、いつだってこのお方は、お心を砕いてくださる。坊ちゃんの道具たる私に、その必要はないのに。それでも……嬉しく思ってしまう私は道具であることをつらぬけないダメな道具だ。

「いいえ。むしろ体調はよいぐらいです」

九頭龍 『? んじゃあ、なにか用事か?』

「はい。急なことで申し訳ありません」

九頭龍 『……なんか妙なことじゃねーだろうな?』

ㅤ坊っちゃんに事前に予定を伝えていないということが、これまでなかったことだったためか、探るように問われる。猫を飼うための道具を一式揃えるためなどと、言えない。

「血を見たり、複雑な内容ではありません。ご安心ください」

「極めて個人的な用事です」

九頭龍 『そんならまぁ……いいけどよ』

 坊っちゃんにならば、隠す必要はないのかも知れないが……校則を破っているという後ろめたさからか、つい隠してしまった。

(くっ! 主人に隠し事をするダメな道具で申し訳ありませんっ!!)

「今日はあなたのお側に着けません。道具でありながら、申し訳ありません」

九頭龍 『学園内なら、ペコが心配するような事態はそうそう起きねぇよ。つーか、自分を”道具だ“ってのをやめろって言ってんだろ』

「いいえ。私は道具です」

「それより、くれぐれも周りにはお気をつけください」

九頭龍 「……オメーも気をつけろよ」

ㅤ嘆息しているのが電話越しでも解る。私が道具であることを、坊っちゃんが否定しても……どれだけダメな道具だとしても、私自身は否定してはいけないのだ。

「はい。ありがとうございます」

「それでは失礼します」

 通話を切ると、私は部屋へ戻るために踵を返した。

(私がいない間、なにもなければいいが……しかし、猫も急を要する)

(制服のまま学園の外に出るのは、さすがに目立ってしまう。いちど着替えてから、ホームセンターへと向かおう)

(あの猫は今頃、夢の中だろうか? 起こさぬようにせねば)

 そんなことを考えながら、いつもと比べ足取りも軽く感じながら、自室へと戻った。




ガチンッ

ガチャッ

「!?」

 鍵を解錠する音と、扉を開ける音で闇に沈み込んだ意識は浮上し、自然と瞼があがる。

(……辺古山が出て行って、時間はそう経ってねーはずだが…)

 見上げて時計をみれば、HRがはじまる時間だ。

(……忘れものでも取りに帰ったのか?)

 顔をあげると、部屋に入ってきた辺古山と目があう。俺をみた辺古山は幸せそうな笑顔で俺の元に駆け寄る。はじめてみる辺古山の満面の笑顔に驚いて思わず固まってしまう。

辺古山 「ああ、よかった! やはり夢ではないのだな…!」

辺古山 「実はこれまでのことは夢で、扉を開けたらお前はいないのではないかと、不安だったぞ」

 呆然としているところを持ちあげられ、抱えられる。これまで動物に触れたくても触れさせてもらえなかったせいか、触れても逃げない存在が現れたことを、なかなか現実のできごとだと信じきれていないようだ。そんな辺古山に少し同情する。

ㅤ舞い上がっていることが恥ずかしくなったのか、辺古山はすぐに俺をおろす。

辺古山 「起きていたのか? それとも起こしてしまったか?」

辺古山 「起こしてしまったのなら、すまない」

 体を丸めなおしている俺に、申し訳なさそうに謝る辺古山。意味が伝わるかは解らないが、尻尾を揺らして問題ないことを示す。その動きをみて、辺古山の頬と目許が、これ以上は緩まないだろうというくらいに緩みきる。

(しかたないとはいえ……これは……崩れすぎだろう……筋肉が崩壊しているレベルだぞ……)

ㅤ幸せそうなのはいいことではあるんだが……これほど俺が猫になったことで、辺古山に多大な影響を与えるとは思わなかった。

辺古山 「私はだいじなことに気付いたのだ。私がいない間の、お前の食事やトイレについてだ」

(……なるほど)

 辺古山はクローゼットを開け、制服を脱ぎはじめた。着替えを見ないように顔を伏せる。衣擦れの音は耳を伏せても、どうしたって届いてしまう。深く考えもせずに、男である俺が居座ってしまっていることを申し訳なく思う。知らない内に、男を部屋に上げているうえに、一つ屋根の下なんざ、辺古山からしたら卒倒モンだろ。

辺古山 「心配になって戻ってきた。今日の授業は出ずに、今からお前のモノを買い揃えてこようと思う」

 着替えを終えた辺古山はこちらにまで歩み寄り、俺と視線をあわせるように屈む。今日で何度めになるだろうか、頭を撫でられる。長年竹刀を握り続けたことでできているタコの硬さを感じとる。こいつからは何者にも負けてはならないという気概が常にみえる。テニスで常に上をみていた、あの頃の俺を思い出させる。

(まただ……)

 投げ捨てておきながら、ふいに片鱗を見つけたら、また自分から拾いに行ってしまう。自分の頭の悪さに眩暈がする。


(あ? ちょっと待て……トイレ……?)


 俺は失念していた。生物にはつきものの、排泄という生理現象。これから辺古山のペットとして飼われるとなれば、見られる挙句にその後始末をさせることになる……ってことだよな……?
 排泄しているところ自体は、頭が見える程度の低い仕切りがあるとはいえ、看守に見られながらするからまだ慣れている。だが、排泄物自体を見られるとなると、話はまた別だ。

(まだなんの面識もない人間なら、多少の羞恥心はあっても、すぐにやり過ごせるだろうが……それなりの交流がある人間にその手の世話を……しかも女にされるのはさすがに耐えられねーぞ……!?)

(クソッ! ホントになんで居座ることにしちまったんだ!!)

 自分の覚悟の甘さと短慮に嫌気がさす。

(自我まで猫になっていたら、こんなことでいちいち悩みもしなかったんだろうが)

 人間としても、猫としても、今の俺は半端者だ。改めて覚悟しないとなんねぇようだ。

(でなけりゃ、胃と心が潰れちまう……)

 頭と胃が痛んでいるところに、辺古山が先ほどと同じように、俺の頭を撫でる。

辺古山 「改めて行ってくる」

「…………にゃー」

 そして、はじめに辺古山が部屋を出たときと同じように、短い返事を返してもう一度送り出した。

 もう、なるようにしかならならねーんだ……せっかくあいつが俺のために、いろいろと買い揃えてくるってんなら、興味を示すくらいのことはしてやろうじゃないか……。あいつにとって初めて触れ合うことができた猫であり、飼い猫なんだ。できる限り、落ち込ませないようにしないとな。
 飼い猫ってのも大変だな。まあ、あいつら猫は、そんな殊勝なことを考えちゃいないだろうが……。興味のあるモノと、ないモノへの反応が素直だ。そんなところが可愛いんだがな。

ㅤ重いため息を吐いてから、いろんな思考を振り払うために瞼を閉じた。






(あいつの名前を考えてやらねば……どんな名前がいいだろうか?)

ㅤホームセンターに向かう道中、猫の名前をどうするかを考えていた。考えてみて解るが、名付けというのは、なかなか難しい。自分のネーミングセンスに自信がない。しかしこの先ずっと呼ぶ名前なのだから、慎重に、大事に決めてやりたい。あの猫にすっかり魅了されてしまっている私は、頭の中はあの猫のことばかりだ。ㅤ“自分の言葉を理解できるだろう”と、招いてまだ初日の──それどころか、たった一時間程度の猫に、なぜかそんな絶対的な信頼を寄せている。


(そういえば……統領はどのように私の名前を考えて授けて下さったのだろうか……?)

ㅤ私は生まれて間もなく捨てられた身の上。それを拾ってくれたのは九頭龍組だ。私に名前をくれたのは、御頭様。私の人生は九頭龍組の中に在った。それはこれから先も変わらない。

 しかしこの悩む時間も楽しいモノだな。猫のことが頭にあるだけで、胸が暖かくなる。これが、尊いという気持ちか……!


ㅤ猫の名前をあれこれ考えるあまり、前方を見ることをつい怠りがちになりながらも目的地となるホームセンターを目指す。
ㅤふと前を見れば、一匹の茶トラが塀の上で尻尾を垂らし寛いでいる姿をみつける。

ㅤ(猫…!)

ㅤ数分前にはじめて猫に触れられたとあって、猫との接触に自信がついた私は、期待と高揚で暴れる心臓を抑えきれないまま茶トラへと近づいた。

茶トラ 「ニ゛ャ゛ヴヴヴヴッッ!!」

「あ……」

ㅤおそらく私は、ただならぬ殺気を発していたのだろう。威嚇しつつ飛び跳ねながら塀を降り、姿が見えてはいないが、音からしてその場を一目散に去ってしまったようだ。

(やはりあいつが特別なのだな……)

ㅤ物悲しさが胸に去来するが、私にはあの猫がいるじゃないかと気持ちを立て直す。

(あいつとの出会いは運命なのかもしれないな)

ㅤ運命などと、らしくないとは思うが、そう感じずにはいられない。あの猫への愛着と、元よりその気だが、大切にしなければという想いがいっそう湧いて仕方がない。胸がほんのりと熱くなるのが解る。

(あぁ、あいつを撫でたくなってきた…早く買い物を済ませて帰ろう!)

ㅤ急がずとも部屋で待ってくれていると解ってはいても、1秒でも早く帰り、1秒でも長く一緒に今日を過ごしたいと思ってしまう。
 坊っちゃんをお護りする道具でなければならない身でありながら、なんと無様なことか。解っている。解ってはいるのだ。しかし口元の綻びを引き締めることも、弾む心を抑え込むことができないまま、私は止めていた歩みを再開した。






辺古山 「お前の名前を決めたぞ」

 部屋に入って来た辺古山は、手にした大荷物をその場に置くと、直ぐにこちらへ駆け寄り、俺を抱き上げる。辺古山は見たこともないほどの輝いた笑顔をみせていた。

 名前……そうか。飼い猫になるのなら“星 竜馬”ではなくなるのは当然か。新しく名前が与えられるとなれば、いよいよ猫としての人生が始まるのだという実感が沸くな。

辺古山 「お前は“リュウ”だ」

 “リュウ”か ── 悪くない。

辺古山 「これから宜しくな、リュウ!」

「ニャウ」

 新しく名付けられた名前を呼ばれ、短く答えた。
 感極まったらしい辺古山は、俺を抱き締めると、身体を左右に揺らしながら、どこからそんな音を発しているのか、不安になるような甲高い唸り声を漏らしている。

(この先の生活が思いやられるな……)

 それなりに一緒に過ごしていけば、今よりは落ち着いていくだろうが……落ち着く、よな? いや、落ち着いてくれ、頼むから……。

 猫側から見た人間がどう映るのか、身に染みた。反応を示さない猫達の気持ちが、解った気がする。無反応が、全てをやり過ごす最適解だと学んだ。

辺古山 「まずはご飯と水を用意するから、待っていてくれ」

(朝飯なら、獄原と王馬のヤツにもらったんだが。どうしたもんかね……)

 そんなことを考えていると、辺古山が荷物から深皿を二枚取り出し、バスルームへと消え、直ぐに戻ってくると、皿の水気を拭いて俺の前に置いた。どうやらこれが俺の食器らしい。

辺古山 「カリカリとウエットの、どちらがいいのか解らなかったから、両方買ってみたのだが……食べてくれるだろうか?」

 さっき食べたのは、ウエットタイプだったからな。乾燥タイプはどうなんだろうな? 食べてみたくなった俺は、乾燥餌の袋に近づいた。

辺古山 「どうした? こっちを食べたいのか?」

 問われたので、鳴いて答えた。辺古山は破顔し、デレデレと弛んだ顔で俺を撫でる。

辺古山 「ならば、こちらを用意しよう」

 乾燥餌の袋を開封すると、中身を皿の中へ適量移していく。乾燥餌が袋から雪崩れるザラザラという音と、餌が皿と打つかる、カランカランと軽やかな音が響いて、餌の匂いが鼻腔を擽る。その様子を眺めているうちに、俺の意思と関係なく、尻尾が勝手に左右に揺れていた。コレは、猫化の影響か? 餌が入った皿から、辺古山に視線を移すと、俺は面食らう。

「?!」

辺古山 「ぐすっ……と、尊い……」

 餌を待つ俺の姿に感極まったらしい辺古山が、涙を流していた。

辺古山 「本当に……本当の本当に、私が猫に餌を与えているのだよな? リュウは待ってくれているのだな? 可愛いさの極みッ! 愛くるしいッ! うぐぅぅ……っ!!」

 次から次へと、瞳から涙を零して泣いているが、どうしていいのか解らない俺は、気まずさを覚えながらも、カリカリを口にしてみた。
 ウェット餌と違って、噛めば硬いペレットが砕け、カリゴリという音が歯から伝導して頭蓋骨に響く。なるほどな。こっちも悪くない。視線を上げると、辺古山が泣きながらカメラを構え、しきりにシャッターを切った。

辺古山 「くぅ……っ! メモリを大量に買い込まなければっ!!」

(おいおい……どれだけ俺の世話だかで金を溶かす気だ?)

 辺古山の懐具合を心配しながら、ゆっくりとペレットを味わった。



やっと星君のペット名まで辿り着きました。星 “竜”馬と九頭“龍”で、どちらにもリュウが付く共通点があったため、名前はリュウにしました。ペコちゃんは恩がある九頭龍組由来で付けてます。

後もう1レス分ありますが、まだ先になる予定で、しかもそこに至るまでが未定です。早く投下できるように、なるだけ頑張ります。

見てます

>>83
ありがとうございます!
こちらは月1ペースでやっていけたらなぁと思ってますので、よろしくお願いします。

ペコちゃんとリュウ(猫星君)
https://imgur.com/a/

https://imgur.com/a/XIKp0te

貼れてない?




「よしっ! 爪研ぎと、トイレの準備は終えた」

 私はリュウを振り向き、爪研ぎとトイレを指しながら声をかける。

「お前のトイレはここだからな。爪はコレで研ぐのだ」

 さすがに、爪研ぎやトイレの意味までは解らないかもしれないが、何度か言って聴かせれば、リュウならその内覚えてくれるに違いない! なんといっても、リュウは賢いからな! 親バカだという自覚はある。しかし実際、リュウは間違いなく賢い! そして可愛い!

リュウ 「にゃー」

 うむっ! いい返事だ! さすがはリュウだ!

「それから……遊ぶかも、気に入ってくれるのかも不安だが、オモチャを買ってきたのだ……どうだっ!?」

 猫の定番オモチャの猫じゃらし、ネズミのぬいぐるみ、抱き枕にできる形のぬいぐるみに、ボール。ソレらをリュウの前に並べた。本当はもっと購入したかったが、私ひとりでは持ちきれなさそうだったため、泣く泣く諦めた。しかし今、ネット通販で、キャットタワーの購入は検討している。

猫 「にゃー」

 猫は右前脚でボールをコロコロと控えめに転がしはじめた。すかさずカメラを構え、連写する。角度を変え、また連写する。他の画も欲しくなった私は、猫じゃらしを手にする。

「お前は猫じゃらしに戯れてくれる猫か?」

 まず、リュウの眼前で猫じゃらしを左右に振ってみせた。すると、リュウの顔が猫じゃらしの動きに合わせて顔を左右に振って追っている。

「コレは……っ!! 動画の方がいいなっ!!」

 そう考えた私は、動画モードに切り替え、撮影を開始した。次に猫じゃらしを上下に動かしたり、反復横跳びさせてみたりすると、猫じゃらしを掴もうと、両の前脚がワタワタと動いている。ああ……息苦しさを覚え、胸が痛いくらにいキュンと締め付けられてしまっては、天に召されてしまいそうだ……っ!!

 しばらくして、猫じゃらしに飽きたのか、ネズミのぬいぐるみを咥え、ソファに飛び乗り、ぬいぐるみを置き、また降りたかと思えば、抱き枕形のぬいぐるみも咥えてソファに運ぶと、ソレを抱き抱えて目を瞑った。突如、心臓が絞りあげられるような痛みに襲われ、胸を押さえ、荒くなる呼吸を落ち着けようと深呼吸をする。

「くっぅぅっ!! 天使……っ! 天使がいるっ!!」

 私は眠りに就こうとしているリュウをカメラに収めた。
 
 校則を破ってしまっているが、リュウを連れて来て良かった。至高の幸福感が、心どころか、全身に至るまで包まれてしまっているのだ。見つかってなんらかの罰が下るとしても、今をリュウと過ごせるならば、何だって受け容れよう。

 満足するまでシャッターを切り終え、カメラを置く。ぬいぐるみを抱きながら健やかに眠るリュウの近くに頭を置き、天使の寝顔を眺めつつ、私も仮眠を摂ることにした。




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