エルサ「夜明け前の夢」 (67)

*狼と香辛料SS
*↓よかったら先にこちらをお読みください
エーブ「狼より愛を込めて」
エーブ「狼より愛を込めて」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1364872479/)

*立て直しです。半分近く元のスレと同じ内容になります
*原作4巻ありきの話です。かなり端折ってます、未読だと分かり辛いかもしれません

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1375717718


+幕間+


ガラガラ…


ホロ「…」アグアグ

ノーラ「…」ボーッ

エーブ「…」グビ…

ロレンス「…」

エーブ「…暇だな」

ノーラ「そうですか?」


エーブ「お前はそうでもないのか」

ノーラ「ええ。荷馬車での旅と言うのはあまり経験のないことですし…」

ノーラ「それに」チラ

ロレンス「?」

ノーラ「今は隣に、ロレンスさんがいらっしゃいますから」

ロレンス「…ノーラさん」

ノーラ「…」ニコ

エーブ「…。あ、そ」グビ


ホロ「…」アグアグ

エーブ「お前はどうなんだ?」

ホロ「…」フン

ホロ「見ての通りじゃ。暇などありんせん」

ホロ「賢狼の尾が乱れておっては格好がつかぬからの。手入れが欠かせぬ」アグアグ

エーブ「ほお」


エーブ「なんだ…それは手入れだったのか

ホロ「む?」アグ

エーブ「てっきり口寂しいのかと」

ホロ「!? なあっ…」

ホロ「た、たわけ! この賢狼に向かって――な、なんてことをぬかしんす!」

エーブ「くくははは。冗談だよ」


ギャーギャー


ロレンス「…」

ロレンス「…」ハア

ロレンス「エーブさん。暇だからと言ってホロをからかって遊ぶのはよしてください」

ホロ「…そ、その…わっちを子ども扱いしたような言い方はやめてくりゃれ?」ノウ

エーブ「くく。悪い悪い」


スス――


エーブ「じゃあ仕方ない。お前をからかって遊ぼうかな」

ロレンス「……」

ノーラ「エ、エーブさん。近いです」グイグイ

エーブ「おや。お前をからかうつもりではなかったんだが」

ホロ「のうぬしよ。さっきの言葉は撤回してくりゃれー」グイ


グイグイ


ロレンス「…」

ロレンス(俺は何をやってるんだろうか)ハア…


+テレオ・エルサ編+


+第一幕+



ロレンス「何か用かな」

エヴァン「あーいや、用と言うか、何と言うか…」

エーブ「ふうん。ちんけな村だな。大した儲け話もなさそうだ…」ゴロ

ノーラ「の、のどかで、よい村のように見えますよ?」

ホロ「この村のどこにのどかさを感じたんじゃぬしは」モグモグ


ワイワイ


エヴァン「…あんた、行商人…だよな?」

ロレンス「実は俺も自信がない」


ロレンス「クラフト・ロレンス。一応、旅の行商人だ。よろしく」スッ

エヴァン「……」

エヴァン「あ、ああ! 俺は、ギヨーム・エヴァンだ!」ゴシゴシ


ガシ


ロレンス「うん。覚えておくよ」

ロレンス(最近まともに同性と話せていないからな。滞在中は貴重な話相手になってもらえるかもしれない)

エヴァン「へへ」ブンブン

エーブ「…」グビ


エーブ(こいつ粉挽きか。苦労しているようだな…)

エーブ(くく。このお人好しがどう出るか見物と行くか)

ホロ「なにを一人で笑っておるんじゃ」モグモグ

エーブ「おっと失礼」

ノーラ(…この方、髪の毛や鼻にまで粉で白くて……何だか羊さんみたいだなぁ)フフ…

ホロ「…」モグモグ

ホロ「わっちの周りには変な奴しかおらんの」モグモグ

エーブ「お前にだけは言われたくねえよ」


エヴァン「俺が言うのも何だけど辺鄙な村だ。でも……ゆっくりして行ってくれよ」

エヴァン「それとよかったらまた声をかけてくれ!」

ロレンス「そうするよ。じゃあまた」

エヴァン「ああ!」ブンブン


ガラガラ…



ヒョコ


エーブ「で、この村へは何をしに来たんだ?」

ロレンス「異教の神々の物語を収集に熱心な修道士様がいると聞き及びましてね」

ロレンス「ここの司祭が、その方のいる修道院をご存知だそうです」

エーブ「それはそれは。見上げた聖職者だな」

ノーラ「そ、そんなことをして、平気なんでしょうか…」

エーブ「頭の回るやつなんだろう」

ロレンス「そのようですね」


ホロ「…」

ホロ「の、のう。ぬしよ、それはもしかして」

ロレンス「…ついでだついで。別にお前のためじゃないからな」

ホロ「…そうかや…」

ホロ「♪」パタパタ

エーブ(お、何だかいい感じだな。この二人)

ノーラ「むぅー」

エーブ「…」

エーブ(俺も他人事じゃないか)


+第二幕+



カンカン

ゴト…


エルサ「どなたですか」

ロレンス「突然申し訳ない。私は旅の行商人で、名をロレンスと言います」

エルサ「…」ジッ

ロレンス「な、なにか」

エーブ「…」

ホロ「…」

ノーラ「こ、こんにちは」ペコ

エルサ「…」

ロレンス「…」ハハ…


エルサ「えっと」

エルサ「何か告解にでも来られたのでしょうか」

ロレンス「ち、違います。道を尋ねに来たんです。探している修道院があるんです」

エルサ「はあ」

ロレンス「ディーエンドラン修道院」

エルサ「…」

エルサ「存じません」

ホロ「くふ」

エルサ「…?」


スタ


ホロ「ぬしは嘘をついておるな」

エルサ「え?」

ロレンス「ホロ」

ホロ「くふふっ」


ホロ「ぬしさまも遊びで旅をしておるわけではないじゃろ?」

ホロ「あまりわっちのことに時間をかけさせるわけにもいかぬからの」

ロレンス「…そうか」

ホロ「…」ニコ

ホロ「さて小娘よ」

エルサ「…は」


ピコピコ


エルサ「…っ…――そ、…れは……!?」

ホロ「わっちの耳は嘘を見分ける……無論それがどのような内実の嘘であるかまでは知れぬ。じゃが」

ホロ「わっちに下手な嘘はつかぬ方がよいと思いんす」ニコ

エーブ「同感だな。ましてここは修道院だ」

ノーラ「…」コクコク

エルサ「っ…」


フラ…


エルサ「い、一体…あ、あなた方は、何者なんですか…」

ホロ「くふふ。なにもわっちは特別な何かではありんせん」

ホロ「だれもがそうするように当たり前に――故郷を焦がれる普通の者でありんす」

エルサ「…」

ロレンス「…」


ロレンス「ええと、要するに」

ロレンス「彼女の故郷の手掛かりを求めてここへ来たのです」

エルサ「…それが…ディーエンドラン修道院に行きたい理由ですか」

ロレンス「ええ。それだけ、です」

エルサ「…」

エルサ「…」ハア

エルサ「わ、分かりました。ならばご案内します」


クル


ノーラ「?」

エルサ「ここがお探しの修道院です」







ゴゴゴ…


ホロ「礼を言う」


タッ


ロレンス「おい。気をつけろよ」

エルサ「…」

ロレンス「…すいません。何だか強引なことをしてしまって」

エルサ「…」

エルサ「いえ。お気になさらず…」ギュ

エーブ「…」







エーブ「お前はこのあとどうするんだ?」

ロレンス「とりあえずは……ホロの様子を見に行こうと思います」

エーブ「あの狼が食事も取らずにだからな。俺でさえ気になる」

ロレンス「はは」

エーブ「…」

エーブ「さっきの話、覚えているか」


ロレンス「エンベルクとの関係のことですか?」

エーブ「ああ。この様子だと面倒が起こるのも時間の問題だろうぜ」

ロレンス「…ご忠告、ありがとうございます」

エーブ「忠告じゃない」

エーブ「これは相談だ。俺たちはいま旅の仲間だろう?」

ロレンス「…」

エーブ「くく」

ロレンス「…そうですね。ありがとうございます」

エーブ「いいえ」


ノーラ「…」

ノーラ(何の話かな……難しくて、分かんないや)

ノーラ「はあ…」

エーブ「おい」

ノーラ「は、はい?」

エーブ「俺たちは宿に戻るか。ここにいても仕方ない」

ノーラ「あ、は、はい。そうですね…」パタパタ


エーブ「…」

エーブ「まあ、変なところで気に病むことはないと思うぜ」

ノーラ「へ?」

エーブ「この村に来てから自分だけ仲間外れなのを気にしているんだろう」

ノーラ「…あ…」

ノーラ「そ、その…」

エーブ「分かり易いからな」

ノーラ「…ぅぅ」


ポン


エーブ「この手の話はお前の領分じゃないだろ。無理はするな」

エーブ「また旅の道中あいつの力になってやればいい」

ノーラ「…はい」

ノーラ「あ、ありがとうございます」

ノーラ「エーブさんは…お優しいんですね」

エーブ「…。くく」

ノーラ「? どうしました」

エーブ「いーえ。何でもない」

エーブ(まさか優しいと言われる日が来るとは)

エーブ(案外俺も…牙が抜けつつあるのかもしれないな)

エーブ「…ったく。誰のせいだか…」ハア

ノーラ「??」


+第三幕+



コト…


ロレンス「お疲れ」

ホロ「くふ。ありがと」

ロレンス「パンももらって来たぞ。こぼさないようにな」


ズズ…


ホロ「…ん。おいし」

ホロ「…ふむ…」モグモグ


ペラ


ロレンス「…」


ロレンス「…その、なんだ」

ロレンス「少しくらい休んだらどうだ。続きは任せてくれてもいい」

ホロ「ううん」フルフル

ホロ「気にせんでくりゃれ。ぬしこそ休むとよい」

ホロ「旅の道中わっちは寝ころんでおるだけじゃからの…」コクコク

ロレンス「尻尾の手入れが大変なんじゃなかったか」

ホロ「茶化すではありんせん」クス

ロレンス「あ、ああ。悪い悪い」


ホロ「…」

ホロ「ぬしは優しいの」

ロレンス「そうか?」

ホロ「…んむ。なんだか…不思議な気持ちになりんす」

ロレンス「…かつては豊作の神として崇められていたんだろう?」

ロレンス「優しくされることなんて、珍しくないと思うが」

ホロ「たわけ」


ポスン


ホロ「…そういう…ことではありんせん」

ロレンス「…ホロ?」

ホロ「くふふ」

ホロ「さて。ではお言葉に甘えて…少しだけ眠ろうと思いんす」

ホロ「続き、読んでいてくりゃれ?」

ロレンス「あ、ああ。分かったよ」

ホロ「んむ」


ギュ


ホロ「…」

ロレンス「…」


ナデ…







コツコツ…

ロレンス「…」

ホロ「…」

エルサ「…おや」

エルサ(二人重なってお休みに…ふふ。微笑ましい)

エルサ「…」

エルサ「…私とエヴァンも、…この人たちのように自由になれたら…」ボソ…


ガンガン!!

ガン


エルサ「?」


タタッ


エルサ(夜明け前に……。一体誰だろう)


ガタ

バンッ!


エルサ「きゃっ」

ノーラ「わ、とと…。す、すいません」ペコ

エルサ「ノーラさん?」

エーブ「二人は……ここでいいか」ゼェ…

エルサ「え、ええ。今は下でお休みになっているところですが――」

エーブ「まずいことになった」


+第四幕+



ロレンス「…はは…」

ロレンス「…ずいぶん…強行策に出たようですね。エンベルクは」ハア

エーブ「ああ。まったく笑うしかない」

エーブ「だがまあ、俺たちがここにいることも含めて考えれば……悪い手ではないよな」

ロレンス「ええ」

エルサ「そ、それはどういう…」

ロレンス「我々旅人は生贄にするには格好の存在です。嫌疑も向けやすい」

エルサ「……い…生贄…?」


ホロ「どうするんじゃ?」

ロレンス「どうしような?」

エルサ「い、今すぐにでも村を出てください」

エーブ「ちょっと今からでは無理だろう」

ロレンス「……そうですね」

エルサ「無理でも何でも、このままでは…!」


ガタッ


エルサ「……」

ロレンス「……」

ロレンス「少し、考えさせてください」







コンコン


ロレンス「はい」


キィ…


ノーラ「…あの…」

ロレンス「ノーラさん。どうしました――も……何もないですね」ハハ

ノーラ「は、はい」

ノーラ「…その、なにか用というわけではないのですが…」ゴニョ

ロレンス「…。では、私から、少し話をしてもよいですか?」ギシ

ノーラ「? は、はい。なんでしょう」


ロレンス「旅というのは往々にして――こうした揉め事をいかに無事すり抜けるかです」

ロレンス「羊飼いをされていたあなたにも、これは分かって頂ける道理と思います」

ノーラ「は、はい」

ロレンス「なので私は、あなたに頭を下げるわけにはいきません。今回の騒動に巻き込んでしまって申し訳ない、とは言わない」

ノーラ「…はい」


ロレンス「ですが」

ロレンス「そうではないところで、私はノーラさんに謝らないとなりません」

ノーラ「え?」

ロレンス「お二人が教会の戸を叩く前から、この村が遠からず騒動の場になることは分かっていました。本当はその時点で逃げ出すべきだということも」

ノーラ「…」

ロレンス「“ノーラさんと旅をする者としては”」

ノーラ「…」ニコ

ノーラ「だとしたら、やっぱり、謝らないでください」

ロレンス「…」

ノーラ「いまロレンスさんは、“私と”旅をしているわけではありませんから」

ノーラ「それに…わ、私は、そんなロレンスさんのことを、お慕いしています」

ロレンス「……っ…」

ロレンス「そ、うですか…」

ノーラ「はい」


ロレンス「はは、まったく…」

ロレンス「何年も行商人をやって、分かっていたはずなのに、困ったものです」

ロレンス「欲張って高価な荷を抱える旅は気苦労が絶えない」

ノーラ「けれど、その分見返りも大きいのでしょう?」ニコ

ロレンス「……ええ。その通りです……。はは、本当、我ながら呆れるほど…行商人というやつは向こう見ずで欲深い」

ノーラ「そうですね」

ノーラ「はあ。私どうしてこんなに強欲な方に惹かれてしまったのでしょうか」

ロレンス「う。す、すいません…」

ノーラ「ふふ。はい、少し反省してください。今はこれだけで許しあげますから」

ロレンス「…はい」

ノーラ「はい」


キィ…


エーブ「なにか妙案でも浮かんだか?」

ロレンス「残念ながら」

エーブ「そうか」

ホロ「…」

ホロ「のう、ぬしよ」クイ

ロレンス「うん?」


ホロ「わっちは賢狼でありんす。元の姿に戻れば、ぬしらを抱えて逃げおおせることは造作ない」コソ

ロレンス「…その中にはエルサさんたちは含まれていないんだろう?」

ホロ「む」パチクリ

ホロ「…そ、そうじゃな。あの娘を入れて……四人かや。さすがのわっちでもその人数は…」ムゥ

ロレンス「エヴァンを忘れるなよ」

ホロ「……」ポカン…

エーブ「くっく。部屋に篭ってどんな策を練っているのかと思えば」

ロレンス「…すいません」

エーブ「俺は構わないがな」チラ

ホロ「…。わ、わっちもじゃ!」

ホロ「そ、そもそも、そんな風にお人好しなぬしでなければ――」

エーブ「…」

ノーラ「…」

ホロ「……わっちらは、ここにこうしてはおらんのじゃからな」

ロレンス「…うん」


エーブ(しかし)

ノーラ「…?」

ロレンス「…」


ギュ


エーブ(願わくば、いつかこいつの横に立ちたいものだ)

エーブ「…とりあえずは空いている方の手で我慢するか…」ハア

ロレンス「??」

ホロ「くふ。その手もいつまでも空いておるとよいのー」

エーブ「はいはい。だがあんたにだけは譲らねえよ」

ホロ「なんじゃとー」

ロレンス「ん??」ナンノハナシダ?


ドンドン!!


エルサ「…あ、あの」

エルサ「村人の方々と、村長さんが、お見えに…」

ロレンス「分かりました」ザッ

エーブ「ロレンス」

ロレンス「はい」

エーブ「俺に考えがある。だから」

エーブ「信じて待っていてくれるかい」

ロレンス「……」

ロレンス「もちろんです」

エーブ「……はっ」


クル


パシッ


エーブ「よし。行くぞ賢狼」

ホロ「む? ど、どこへじゃ?」

エーブ「おい、なにをぼさっとしてる。お前も来いよ」

エルサ「? わ、私ですか?」


タタッ…


ロレンス「…我々も表へ出ましょうか」

ノーラ「はい」


ガンガン!

  ガン、ガン!


ノーラ「…」

ロレンス「…怖いですか?」

ノーラ「…はい」

ロレンス「私もです」

ノーラ「…ふふっ。では同じですね」

ロレンス「はい」


ギュウ


ノーラ「私は、ロレンスさんを守ります」

ロレンス「では私はノーラさんを守ることにしましょう」

ノーラ「なら怖くはありませんね」

ロレンス「ええ」

ロレンス「では、行きましょう」


ガタ… キィィ…


+第五幕+



タタッ


ホロ「の、のう。どういうことか、きちんと説明してくりゃれ」

エーブ「どうもこうも助けを呼びに行くのさ」

エルサ「ど、どこへですか?」

エーブ「レノスという町だ。そこへ行けば俺はそこの教会の庇護を受けることができる。この騒動を治めることもできるはずだ」

ホロ「……。ふん。散々ばかにしておったくせに」

エーブ「同じ狼だろ?」

ホロ「こんなときだけ都合のいいことを言うではありんせん」ベッ

エルサ「??」


エーブ「誰かが残らないといけなかった」

エーブ(…だからこそ、ロレンスはあえて自分からこの手を掲げることはしなかったんだろう。俺はあいつに一杯食わされたわけだ)フン

エルサ「…それは」

エーブ「はは。その分母にお前たちも含んでいるのだから、あいつの思考回路には恐れ入る」

ホロ「くふ。あの男が行商人に戻ることはもはや叶わぬ夢かもしれぬの」

エーブ「かもな」

エルサ「なっ……お、おかしいじゃないですか! なぜロレンスさんが残り私がこうして!」

エーブ「答えは単純だが難しい」

エルサ「…?」

エーブ「その問いには“あいつはそういう男だから”としか答えようがないからな」

エルサ「……」

ホロ「くふふふっ……。まったく難儀なことでありんす」

エーブ「ああ。あいつも、そして俺たちも、な」

ホロ「んむ」

エルサ「…あなたたちは…なんという……」


ホロ「さて。怯えたりしたら――分かっておるな」

エーブ「狼は狼を見て怯えたりはしない」

エルサ「…は、はい」ゴクッ

ホロ「…」ポリ




ホロ『…くふふ』

エーブ「…。いい毛並みだ」

ホロ『ありがと』クックッ

エルサ「……」

ホロ『ほれ。早く乗りんす』

エルサ「あ、は、はい」


ザザ――


ホロ『夜明けまでには悠々と戻れそうじゃな』

エーブ「そいつはなにより」

エーブ「それにしても早いな。うちで使いたいくらいだが」

ホロ『下らぬことを言っておると舌を噛む』

エーブ「気をつけるよ」


エルサ「…」

エーブ「どうかしたか」

エルサ「…あ、いえ」

エルサ「……なんというか……。昨日一日いろいろなことがあって」

エルサ「ただこうしているだけで、今回の騒動が収まるかと思うと――少し現実感がないというか…」

エーブ「ただとは言え、いま俺たちは必死にこの狼にしがみついているわけだが」

ホロ『くふふ。少しペースを落とすかや』

エーブ「けっこうだ」

エルサ「…」クス


エルサ「…」

エルサ「……本当に私の村はこれで救われるのでしょうか」

エーブ「…」

ホロ『…』

エーブ「さあな。俺が証書でもなんでも書かせて、来る司教様に見せつければ事は収まるだろうさ」

エーブ「ついでにせいぜいテレオの村をよろしくと一筆添えさせれば、これからもあの村は安泰だろう。それが――」

エーブ「お前の言う“救われ”たことになるのか、どうかは知らん」

エルサ「……はい」


ホロ『そろそろ見えて来たの』

エーブ「着いたら俺の出番か。あんたらは……まあ少しくらい、街で休憩して戻るか」

ホロ『懸命じゃな』

ホロ『くふふふ。せいぜいわっちらのために頭を下げてくりゃれ』

エーブ「…はいはい。ふん、いいさ。どうせ俺自身のためでもあるんだ」

ホロ『ほう。ずいぶん素直じゃのう』

エーブ「ひねくれたあんたに言われたくねぇ」

ホロ『なんじゃとぅ』


ザザザザ…


エルサ「……」

エルサ(私は…)


+第六幕+



ノーラ「……」コク…

ロレンス「ノーラさん」

ノーラ「…?」

ノーラ「あ、は、はい…なんでしょう?」ゴシ

ロレンス「眠たいのなら、無理をすることはありません。先に横になってください」

ノーラ「…いえ」

ノーラ「ホロさんたちが今頃頑張ってくれているのに――私だけ暢気に眠っているなんて、そんな…」

ロレンス「…」


ロレンス「自分で口にするのも、なんですが」

ノーラ「?」

ロレンス「ここに残り、三人の帰りを待つことはとても勇気のいることです。これも立派な頑張りです。なにも恥じることなんてない」

ノーラ「……はい」

ロレンス「それに、この緊張感の中で休むくらいの度胸がないと、明日やって来る敵に立ち向かうことは難しいかもしれません」

ノーラ「…ふふっ…。かもしれませんね」

ロレンス「はい」

ノーラ「…」フ…


ノーラ「では…少しだけ。お言葉に甘えて…」

ロレンス「はい。ごゆっくり」

ノーラ「…」パタ

ノーラ「…あの」

ロレンス「はい?」

ノーラ「…ロレンスさんも、ご一緒にどうですか?」パサ

ロレンス「……」

ロレンス「わ、私は大丈夫です」

ノーラ「あら。残念です……」

ロレンス「…はは…」

ノーラ「くふふ?♪」

ロレンス(…旅をすると似てくるものなのかな…)ハハハハ…


ロレンス「そ、それに」ゴホン

ノーラ「?」

ロレンス「私はべつに、ノーラさんを守るという役目もありますから」

ノーラ「……ふふ」

ノーラ「嬉しいです」

ロレンス「…そうですか」

ノーラ「はい」

ノーラ「じゃあ……お休みなさい」

ロレンス「はい」








トントン


ロレンス「…? …はっ」

ロレンス(しまった。少しうとうとしていたか…)ゴシゴシ


トントン


ロレンス「……」

ロレンス「さて」

ロレンス(夜明けとともに来たのは、悪魔か、それとも――)


キィ――


+終幕+



ロレンス「…」

ホロ「…」バクバクバクバク

ロレンス「…」

ロレンス「…筋肉痛でも顎は動くんだな」

ホロ「みゃあにょ!」

ロレンス「食べながら喋るな」

ホロ「…」バクバクバクバク

ロレンス「…」ハア…

ノーラ「…」クス


ロレンス(結局、エンベルクの一団がやって来るよりも早く、エーブさんたちは書状を手に村へ戻ることができた)

ロレンス(大逆転でもなんでもない。ごく当たり前のように事態は収束した)

ロレンス(麦を返納にやって来た憎き商人と司教の苦々しい顔、ただそれだけが、テレオの村が得たこの騒動への報酬だった)


ガヤガヤ


エルサ「…」

エルサ「そう簡単に、変わるものではありませんね」

ロレンス「え?」

エーブ「…そうだな」グビ…

エーブ「とくにこの村の連中のようなぬるま湯に浸かり切った野郎どもは、言って聞かせたってなにも分かりゃしない」

エーブ「くく。もう少し頃合いを見計らって戻って来るのが吉だったか」

ロレンス「いや、それはそれでちょっと」

ホロ「はぐはぐ」

ロレンス「ああっだからこぼれてるって。どうしてそうお前は落ち着きがないんだ」

ホロ「筋肉痛で腕が上手く動かんでのー。だったら食べさせてくりゃれ?」

ロレンス「なぜそうなる」

エルサ「…」クス


エーブ「だが」

エルサ「?」クピ

エーブ「あんたは変わったんじゃないか?」

エルサ「…」

エルサ「…」チラ



ホロ「もっと肉を載せて欲しいの」

ロレンス「このくらいか?」

ホロ「もうちょっとじゃ!」

ノーラ「ホロさん、野菜も食べないといけませんよ?」ゴゴゴゴ…

ホロ「もが!?」モサモサ



エーブ「……」ナニヤッテンダアイツラ…ハア…

エルサ「ふふ」

エルサ「そうかもしれません」


ホロ「な、なにをするんじゃ!」

ノーラ「ふ、ふん。ロレンスさんのお手は、手綱と私の手で手いっぱいなんですよー」

ロレンス「の、ノーラさん…」

ホロ「なんじゃとー!」


ギャーギャー


エーブ「…」

エーブ「まあ、俺たちも変わったからな。だれのせいとは言わないが」

エルサ「だれのせいとは」

エーブ「言わない」

エルサ「はい」


エルサ「…ふふ。でも私は少し違います」

エーブ「あ?」グビ

エルサ「夜明け前に夢を見たんです。信じ合う旅の仲間たちの夢を」

エーブ「……」チビ

エーブ「ほう。それで?」

エルサ「はい」

エルサ「父の言っていた――神の、“あり方”というものが分かった気がしました」

エーブ「……はっ」

エーブ「俺ぁ神とかなんとかは分からんね」

エルサ「そうですか? 私よりよほど通じていらっしゃいそうですが」

エーブ「……ふん」

エルサ「ふふ」


ノーラ「ほら。私が切り分けてあげますよ」

ホロ「…」チョコン

ホロ「こ、こんな切れ端で切り分けたつもりかや。いいかの、わっちは野で粛々と生きる羊飼いとは違うんじゃ! 賢狼じゃ!」

ノーラ「あらー。でも狼さんはいつも能天気に野を走ってばかりで…」クス

ノーラ「それに私もう羊飼いじゃありませんから。言い返せないなら、ホロさんも一度狼をやめたらどうですか?」

ホロ「……こ、こんの小娘ぇ…!」

エーブ(あいつは変わり過ぎだな)

ロレンス「ふ、二人とも、ちょっと落ち着いて……」オロオロ

エーブ(情けねぇなおい)


クイ


ロレンス「?」

エルサ「……」


ロレンス「…」

ロレンス「どうかしましたか?」

エルサ「……はい」ギュ

エルサ「あの、お願いがあるんです。ロレンスさんに――いやみなさんに」

ホロ「む?」

ノーラ「?」

エーブ「?」

エルサ「…」ゴク

エルサ「どうか私も一緒に――」



+エルサ「夜明け前の夢」+おしまい

以上です。お付き合い頂きありがとうございました。

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