トール「小林さんから生えてきました」 小林「ああああ!」 (112)

~自宅~

~朝~


トール「おはようございます!小林さん!」

カンナ「コバヤシ、おはよー」

小林「ああ、おはよ……」

トール「小林さん?」

カンナ「元気、ない?」

小林「うん、ちょっと身体がだるい……熱あるのかも」

トール「はわわわわ、た、大変です!」

トール「お薬飲みましょう!お薬!こんな事もあろうかと色々秘薬を準備してるのです!」

小林「いや、いい、何か変な副作用が……獣耳が生えてきたり、変な器官が股間についたりしそうだし……」

トール「もう、そんな事になったりしないですよ、ただちょっと不老不死になるだけです!」

小林「寝てればなおるって……」

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カンナ「コバヤシ、だいじょうぶ?」

小林「うん、私は平気だよ、カンナちゃんはそろそろ学校の時間でしょ、なら」

カンナ「……やすむー」

小林「……行ってきなさい、大丈夫だから」

カンナ「いや」

小林「もう……」

トール「さ、小林さん、長話は体に毒です、早く横になりましょう」

小林「……うん」

トール「何か暖かい物を用意しますね」

トール「お薬だって、副作用の出ない物をちゃんと用意してますから」

トール「心配しないでください」

小林「……あり、がと」

トール「はい♪」

部屋に戻って、ベットに横になると少しだけ楽になった。

これは重傷だな。

頭がボーっとして、物事を深く考えられなくなる。

何だか、独りぼっちになってしまったかのような気分だ。


そんな私の耳に、扉の向こうにいる二人の声が聞こえた。


「よし、カンナ、今から料理を作ります、滋養の良い物を小林さんに食べさせるのです」

「おー」

「まずは私の尻尾でしょうか、これを食べれば物凄く精がつきますよ」

「今のコバヤシはツッコミする体力がないから、やめておいたほうがいいー」

「むう、なら肝はどうですか、私の肝」

「コバヤシ、消化しきれないとおもう」

「難しいですね、それだともう温かいお粥と梅干しと卵くらいしか思い浮かびませんが」


うん、それでいいんだよ、トール。

それでいいから。

それで……。


2人の声を聞いて安心したのか。

私はそのまま眠ってしまった。

ぴーぴー、がーがー。


気が付くと私は手術室に居た。

傍には2人の医者がニヤリと笑って立っている。


小林「トール、カンナちゃん、何してるの」

カンナ「せんせー、患者さんが目をさましたー」

トール「ふふふ、小林さん、手術です、今から手術をするのです」

カンナ「しゅじつー」

小林「手術ってなにさ」

トール「当然、小林さんの体内にある毒素を取り除く手術です」

トール「それを取り除けば、風邪なんてあっという間に治ります」

小林「い、いや、トール医者じゃないんだし、手術なんて無理でしょ」

トール「大丈夫です、人間に出来てドラゴンである私にできないはずはありません」

トール「やさしく、やさしくしてあげますから、平気ですよ、小林さん」

トール「さあ、まずは服を、服を脱がせましょう、裸にしましょう、こう、メスでゆっくりと切って行って」

小林「や、やめろ、やめて」


トールはやめてくれない。

ニコニコと笑いながら、上手に服を切っていく。

私は暴れようとするが、拘束されていて身動きが取れない。

そうこうしているうちに、私は生まれたままの姿で。


ぴーぴー、がーがー。

小林「はっ……」

小林「ゆ、夢か……」

トール「どうしたんですか、小林さん」

小林「いや、何か変な夢を、見ちゃってさ……」

トール「ほうほう、どんな夢でした?」

小林「うーんと、恥ずかしい話なんだけど、トールに服を切り取られて裸になっちゃう夢を……」

トール「ああ、私それ、知ってます、デジャブってヤツですね」

小林「いやあ、デジャブはちょっと意味が変わってくるんじゃないかな」

トール「そうですか?」

小林「うん」

トール「……」

小林「……あれ」

 



「わたし、裸じゃん!」



 

トール「もう、違いますって、小林さんが汗でびしょびしょだったから服を着替えさせていただけです」

トール「決して、やましい気持ちでやった訳じゃありませんよ?」

トール「脱がせる時に小林さんが、なにか凄く扇情的で、尻尾がピーンとなってしまったのは否めませんが」

トール「えっちな事とかしてないのは誓います、ドラゴンの名に賭けて」

小林「いいよ、もう、判ってるからさ」

トール「それで、ご気分はどうです?」

小林「うん、さっきまではすごく体が冷えてたけど、今は何か温かいや」

トール「よかった、ご飯の時に酷くボーっとした感じだったから、心配しました」

小林「あれ、私、ご飯食べたっけ」

トール「はい、食べてらっしゃまいしたよ、私が出したお薬も」

小林「……全然記憶にないな」

トール「ちょっと、熱を測らせてもらいますね」


そう言うと、トールは額を当ててきた。

顔が近いけど、酷く真面目な顔をしている。

それを見て、私は何か申し訳ない気持ちになった。

心配、かけさせたんだろうな。

トール「うーん、熱は下がった……気がします」

トール「けど、人間の体温とドラゴンの体温は違いますし、あんまり判らないですね」

小林「ポーズだけかよ」

トール「はい、本にこうすると良いって書いてありましたから!」

小林「ふふふ、そっか」


まだ体は重いし、フラフラする。

喉だって、さっきからイガイガする。

けど、私は思わず笑ってしまっていた。


もし私が一人だったなら。

こうやって、笑う事なんてなかっただろう。

ありがとうね、トール。


そう考えた時、ゴホンと咳が出た。


血がベットの上に散った。

小林「……あれ」

トール「……え」

小林「おか、しいな、なんで……」


ゴホン、ゴホンと、連続して咳が出る。

その度に、ベットの上の血痕は増えて行った。


トール「……じ」

小林「トール、わ、私……」

トール「時間凍結!」


小林は、ピタリと動くのを止めた。

口から垂れる血も、停止する。


トールの魔力が小林を包み、その時間経過を歪めたのだ。

厳密にいうと、時間の進む速度を極限まで遅らせている。

トール「え、え、ま、待ってください、どうして」

トール「どうして、吐血なんて、なんで」

トール「風邪、じゃなかったんですか、何か別の病気?」

トール「いえ、いえそれはおかしいです、小林さんに先ほど飲ませたのは万病に効く薬」

トール「仮に人間社会において不治の病だったとしても、急速に悪化するなんてありえない」

トール「ど、どうしよう、どうしたら、時間停止も永遠には続かない、どうしたら……」

トール「……そ、そうです、エヘカトルに連絡して助言を」

トール「……」

トール「いいえ、直接向かいましょう、小林さんを連れて」

トール「ニンゲンに文明を齎した彼女なら、ニンゲンの医者なんかよりも役に立つはずです」

~翔太宅~


カンナ「コバヤシ、コバヤシー」ユサユサ

トール「時間停止してるので声は届きませんよ……カンナ……」

ケツァルコアトル「トール君」

トール「ど、どうです?何か原因は判りましたか?治療方法は!?」

ケツァルコアトル「ボクも、今調べるまで判らなかったけど」

ケツァルコアトル「小林さんは、呪われているよ」

トール「……呪い?呪いで、こうなったって言うんですか?」

トール「誰が……誰が小林さんにそんな事を!」

ケツァルコアトル「ボクやトール君に気取られずに水面下で進行する呪いなんて、その辺の連中に使えるもんじゃないよ」

ケツァルコアトル「そんな事ができる存在は、まあ1つだけだろうね」

トール「……アイツですか」

トール「けど、けどおかしいです、アイツがこの世界に来たのなら、私は判るはずです」

トール「アイツの匂いは、絶対に忘れませんから」

ケツァルコアトル「なら、間接的な方法を使ったのかもしれない」

ケツァルコアトル「例えば、何か聖遺物に小林さんが触れてしまったとか」

トール「……それは」

トール(確かに、確かに心当たりがあります)

トール(そうです、あの時、あの夜、あの山の中で)

トール(瀕死だった私の前に、小林さんが現れたあの時)

トール(私の身体に、突き立てられた剣を、抜いて貰った)

トール(触れた者に神の呪いを齎す、あの剣を)

トール(けど、けど小林さんは平気でした)

トール(平気だったんです)

トール(だから、だからてっきり)

トール(小林さんに信仰心が無かったから、神の呪いも効果が無かったのだろうと)

トール(楽観して、何も、何も対策を取らずに、私は、ワタシハ)


私とカンナは小林さんを自宅へ連れ帰った。

何をするにしても、この部屋の方が都合がいいだろう。


「大事な事だから、隠さずに言うよ」

「小林さんは、もうじき死ぬ」

「3日後の朝まで、多分持たないだろう」


別れ際に言われたルコアの言葉を、思い出す。

頭の中が、真っ赤な憎悪で染まる。

小林さんが、死ぬ。

あと、3日で。

何故?

そう、全ては、アイツのせいだ。

アイツの。

許してはおけない、絶対に、あの存在を、私は、ワタシは。

腕が、歯が、無意識のまま形状を変えて行く。

人間の姿を保てなくなる。

必要ない、今のワタシは。

アイツを殺す事だけを、考エレバ。

「トール」


その声を聞いた瞬間。

私は、人の姿を取り戻した。


「どうしたのさ、怖い顔して」


私は、自然に笑顔を作り上げた。

今、小林さんに真実を教えるわけにはいかない。

隠さなければ。

怖がらせてしまう。


「何でも無いですよ、小林さん」


上手く笑えたと思う。

「私、何時の間にか眠ってたのかな、何か変な夢見てた」

「また、デジャブですか?」

「うーん、口から、何か血を吐いちゃう夢でさ」

「あー、それは夢じゃありません、実は昨日飲んで貰った薬のせいでして」

「小林さんの唾液がトマトジュースになる副作用があったのでした」

「何それ、変なの」


小林さんは、クスクスと笑います。

私も、クスクスと笑い返します。

とても自然な時間でしょう。

けど、私は考えなくてはなりません。

打開策を。

小林さんを治す方法を。

トール「カンナ、準備は出来ましたか」

カンナ「……うん」

トール「私も、外からサポートはします、けど実際の行動は貴女に委ねるしかありません」

トール「私では、魔力が大きすぎます、下手をしたら小林さんを内部から破壊しかねない」

トール「けど、貴女なら……生体電流を操れる貴女なら、恐らくは私がやるよりも上手く」

トール「潜り込めるはずです、小林さんの中に」

カンナ「がんばる」

トール「……」

カンナ「トール様」

トール「お願い、します……今は、今は貴女に頼るしかありません」

トール「小林さんを、小林さんを……」

カンナ「……わかってる」

カンナ「小林の中ある、呪いの核を壊す」

カンナ「そして、小林を助ける」

カンナ「きっと、きっと、明日からは」

カンナ「また、笑って三人で過ごせるの」

トール「……はい」

トール「小林さんは、眠らせてあります」

トール「制限時間は、1時間とします、それ以上は小林さんと貴女が危険です」

カンナ「いってきます」

トール「……いって、らっしゃい」


カンナは、ベットに横たわる小林の額に触れる。

「身体」はただの門にしか過ぎない。

呪いがあるのは、もっと深遠。

小林の「心」の中だ。


カンナから放たれた微弱な魔力電流が、小林の脳を活性化させ、門を僅かに開く。

その僅かな隙間から、カンナは小林の心の中へと、旅立って行った。

カンナの台詞一部修正

「小林」→「コバヤシ」

~心象世界~

~公園~


古びた公園があった。

管理がされていないのか、各所に草が茂り、小石が散乱している。

ブランコは、鎖が錆びつき千切れそうで。

シーソーは片側が折れていて。

滑り台には穴が開いている。

そんな中、カンナは1人実体化した。


「ここは、公園?」

「……」

「誰も、いない」


夕焼けが、公園を赤く染めていた。

きっと、ここがコバヤシの心の中なのだろう。

この公園が。

いや、この街が。

コバヤシの心象風景なのだ。

そして、この街に、呪いの元凶がある。

それを探して、破壊しないと。


地上を歩いていても、キリがない。

まずは空から地上を眺めて、目星をつける必要がある。


「とう!」


カンナは竜化し、飛翔。






……出来なかった。

空を飛ぶどころか、竜化すらできない。

「……あれ」

「力が、消えてる?」


何度やっても、竜化出来ない。

それどころか、力が出せない。

放電も、怪力も、頑丈さも、発揮出来ない。

人間と同じ程度まで身体能力も下がっている。


「呪いの、影響?」

「それとも、コバヤシの心の中だから?」


理由は判らない。

けど、だからと言って諦めるわけにはいかない。

私は、コバヤシを助けなければならないのだから。

そう決意するカンナの耳に、妙な音が聞こえてきた。

ザクザク、ザクザク、何かを掘る音。

良く見ると、公園の砂場には、人影があった。

子供だ。

カンナと同じくらいの子供が、砂場で遊んでいるのだ。

夕焼けの中、1人で。


「なにしてるの」


カンナは、声をかけてみた。

この子供に聞けば、何か判るかもしれない。

街の何処かにある、呪いの元凶の位置が。


「砂のお城、作ってるだけだよ」

「ひとりで?」

「そう、ひとりで」

「ともだち、いないの?」

「もう、帰っちゃった」

「あなたは、帰らないの?」

「帰っても1人なんだ、お父さんもお母さんも、遅くまで仕事だから」

「そう……」

「君、さっき変な事してたね、何度もジャンプして」

「ドラゴンになって、空飛ぼうとしてた」

「ふふふ、変なの」

「変じゃない―」

「ごめんごめん……」


何故か、その子供と話をするのは、心地よかった。

そっか、きっとこの子供は。

コバヤシなんだ。

子供の頃の、コバヤシなんだ。

「ドラゴンになって、何処に行こうとしてたの?」

「この世界を、壊そうとしてる、悪い魔物を探しにいくの」

「へえ、君は勇敢だね、私にはそんな事は出来ないや」

「けど、出来ないと、この世界はほろんじゃう」

「それは嫌だな、このお城がまだ完成してないのに」

「コバヤシは、魔物の居場所知ってる?」

「居場所は知らない、けど、あの人なら知ってるかも」

「あの人?」

「うーん、このお城作るの、手伝ってくれたら教えてあげる」

「けど、時間が……」

「……だめ?」


夕焼けに照らされたコバヤシの顔は、酷く寂しそうだった。

もしかしたら。

実際のコバヤシも、こうだったのかもしれない。

お父さんもお母さんも仕事で忙しくて。

夕焼けの中、友達が帰っても、まだ砂場で遊び続けるような。

そんな子供だったのかもしれない。

だから、私は。


「あっちの砂も、持ってくるの」

「ありがとう」


私とコバヤシは、お城を作った。

砂を集めて、水で固めて、トンネルを掘って。

スコップで形を整えて。

そうやって、出来あがったのは。




私とコバヤシとトール様が住んでる。

私達のお家だった。

「やっと完成したね」

「……うん」

「けど、私達の家は、この中の一部なんだ」

「……知ってる」

「そんなに広くなくて、ごめんね」

「……かまわない」

「完成したお礼に、教えてあげるね」

「きっと、大人の私なら、カンナちゃんの質問に答えてあげられると思う」

「大人の私は、あそこにいるよ」


コバヤシは、町の中で一番高いビルを指さして、そう言った。

子供のコバヤシと別れた私は

ビルまで走り、階段を上り。

ようやく最上階に到着した。

凄く辛い。

息が切れる。

ニンゲンは、何時もこんな苦労をしてるのかな。

凄い。


目の前のディスクにコバヤシの後ろ姿が見える。

彼女は何か、仕事をしているようだった。


「コバヤシ、コバヤシー」


私は声をかけるが、コバヤシは反応しない。

近くまで行って、コバヤシの手を引く。


「コバヤシ、聞いてほしいの」

「……カンナちゃん、今仕事中だから」


冷たく返される。

けど、これは緊急事態なのだ。

仕事なんてしてる場合じゃない。

一刻も早く、呪いの現況を見つけないと。


「……知ってるよ、そんな事は」

「けど、カンナちゃんには無理だよ、あの呪いを壊すなんてことは」


コバヤシは、画面から目を逸らさず、キーを打ち続ける。

何をしてるのか判らない。

何がしたいのか判らない。


「そんな事、やってみないと判らない、私だってドラゴン」

「トール様も手伝ってくれる、絶対、絶対に呪いを壊せる」

「……うるさい」


手を振り払われた。

「カンナちゃん、仕事の邪魔しないで、怒るよ」


コバヤシに、睨まれた。

あんな目で見られた事はない。

あんな冷たい目で。

私は、悲しくなった。

涙が、出そうななった。

けど、我慢した。

だって、一番辛いのはコバヤシなんだから。


「じゃあ、コバヤシの仕事が終わるまで、まつ」

「勝手にしなよ」

私は、待った。

コバヤシの仕事が終わるのを。

私がココに来て、どれくらい時間が経っただろう。

トール様は、一時間が限界って言ってた。

けど、この世界は、ずっと夕暮れなのだ。

時計もバラバラだし、時間を把握する方法が、ない。

体内時計も、狂わされてしまっている。

けど、限界まで待つつもりだ。

先ほどのコバヤシの様子からすると、呪いの元凶の居場所は判明してるはず。

なら、コバヤシから聞けさえすれば……。

聞けさえ、すれば……。

小林は、自分の中の記憶データを繰り返し確認していた。

その中に、不自然な部分がある。

理屈に合わない部分がある。


「……うん、やっぱりそうだ」

「この記憶だけ、おかしい」

「途中経過が、抜けてる」

「多分、この時に、呪いが私の中に入ったんだろうな」

「なら、呪いの元凶は、アレって事になる」

「という事は……」


気がつくと、カンナちゃんが足元で寝ていた。

私を助けに来てくれた、可愛くて強いドラゴンだ。

この世界で風邪をひく事はないだろうけど、せめて毛布だけでも……。


そう席を立った小林の目に、ソレが目に入った。

それは、巨大だった。

それは、光の柱だった。

空から街に突き立てられた、巨大な光の柱。

それが、ビルに向けて突進して来ていた。

途中にある全ての物を飲み込んで。

飲み込まれた物は、建物も、道も、車も全て消滅して行く。


「カンナちゃん!」

「んぅ?」


私は寝ぼけるカンナちゃんを掴んで、思いっきり投擲した。

窓へ。

窓の外へ向かって。


ここは、私の世界だ。

腕力程度なら大きく補強できる。

その甲斐あって、カンナちゃんはビルの窓を突き破り、外に飛び出ていた。

「カンナちゃん!」


そう呼ばれると同時に、私は覚醒した。

だが、状況を把握するのに暫くかかった。

だって、コバヤシが私を掴んで窓の外に放り出すなんて、想像してなかったから。


窓の外。

つまり、空だ。

私は空を舞っている。

飛行能力を失っている私は、当然落下するしかない。

何故?

どうしてコバヤシはこんな事を。

その答えを、私は目撃した。

巨大な光の柱が、ビルを飲み込んだのだ。

コバヤシがいた、あのビルを。

私がさっきまでいた、あのビルを。

あの光の柱は、なんだ。

なんなんだあれば。


「あれが、呪いだよ」


振り向くと、子供のコバヤシが居た。

彼女は、フワフワと浮きながら、私を支えてくれていた。


「ここは私の世界だからさ、空を浮くくらいなら出来るんだ」

「コバヤシは、コバヤシはどうなったの」

「うん、大人の私は、消えちゃった」

「そんな、そんな……」

ビルを飲み込んだ光の柱は、町を縦横無尽に破壊する。

あの公園も。

あの砂場も。

沢山飲み込まれて。


それでも、町は生きようとしていた。

信号機はまだ点滅している。

誰も居ない車からは、駆動音が響く。

学校からは下校を促す曲が流れる。

だが、だがそれが何時まで続くだろう。


あんな、あんな呪いに、打つ手なんて。

例え私がドラゴンの力を取り戻していたとしても。

トール様の力を借りたとしても、あんなのどうやって。

「カンナちゃん」

「な、なに」

「今まで、ありがとうね」

「……え?」

「カンナちゃんと、トールが来てくれて、私、楽しかった」

「毎日、騒がしくて、落ち着かない日々だったけど」

「それでも、私は嬉しかった」

「こんな私と一緒に居てくれて」

「……やめて、コバヤシ」

「ありがとうね」

「私の家は、そのまま使ってくれて構わないよ、ちょっとお金は必要だけど」

「けど、やっぱりカンナちゃんには、自分の家に一度戻ってほしいかな」

「ほら、お父さんとお母さんと一度ちゃんと話してさ」

「何をするにしても、それから始めないと」

「コバヤシ、やめて」

「トールにも、言っておいてほしい、ありがとうって」

「私は、トールが来てくれたから、色々変われた」

「トールの愛情に応えられなかったのだけが、ちょっと気がかりだけど」

「……うん、これだけは、言ってもいいかも」

「やめ、て、こばやし」

「……大好きだったよ、トールも、カンナちゃんも」


どうして。

どうして、もう二度と話が出来ないみたいな言い方を。

「ほら、カンナちゃん、そんな顔しないの」

「ごめんね、悲しい思いをさせちゃったね」

「けど、外の私の意識が何時戻るか、わからないからさ」

「これだけは、言っておこうと思って……」

「ほら、もう時間だ」

「これ以上は、カンナちゃんの身体が持たない」

「だから」


コバヤシは、私を思いっきり、放り投げた。


「……ばいばい」


ここはコバヤシの心象世界。

彼女の力は、膨大に強化される。

その力で、私は更に上空へと射出された。


コバヤシが、凄い勢いで離れて行く。

町が、凄い勢いで離れて行く。

星が、凄い勢いで離れて行く。

離れて行く。

離れて。

行く。

~現実~

~小林の部屋~


ポトリ、と小林のベットからカンナが落下する。

失敗した。

失敗してしまった。

コバヤシを、助けられなかった。

床に倒れたまま、カンナは泣いた。


ごめんなさい、ごめんなさい。

ごめんなさい、コバヤシ。

ゴメンナサイ、トール様。

ごめんなさい、ごめんなさい。


「……なら、もう残る手段は一つですね」

「アイツを殺す、それ以外に方法はありません」

「ルコアに調査させてますから、大体の場所は判るはずです」

「あとは、私がそこに赴けば」

「向こうから、軍勢を引き連れて狙って来るでしょう」

「そうすれば、そうすれば」

「殺せます、今度こそ、今度こそアイツを」


殺気に満ちるトールの手を、そっと誰かが握った。

小林の手だった。


「どこかに、いくの?」


もう殆ど聞こえないほど小さな声で、小林はそう呟く。

トールは、ニコリと笑って答えた。


「小林さんのお薬が足りなくて、ちょっと補充に行ってきます♪」

「うそが、へただなあ、トールは」

「嘘じゃ、ありませんよ」

「……少しまえから、ふたりの声がきこえてた」

「わたし、呪いががかってるんだよね」

「……」

「かくさなくても、いいって」

「……はい、けど、大丈夫です」

「私が、私が小林さんに呪いをかけたアイツを、倒して来ますから」

「それで、それで解決です、また以前のような生活に戻れるんです」

「……むりだよ」


小林の言葉に、トールの頭は怒りに染まった。

今まで、小林の前で見せた事のない怒りだった。

「どうして無理だって判るんですか小林さんに!」

「人間如きに、どうして竜である私の勝敗が判るんですか!」

「私は、私は強いんです!」

「前回だって不意を突かれなければ私は……!」

「だって、トール泣いてるもん」

「……!」

「私はドラゴンの戦いとかよくわかんないけど」

「泣きながら勝てるあいてじゃ、ないんでしょ」


それは、そうだ。

ドラゴンと化したトールは、感情の向きにより発揮できる力の質が変わる。

怒りと欲望のまま力を使えば、破壊の力を。

悲観と絶望のまま力を使えば、自滅の力を。

それぞれ齎す事になる。

「……じゃあ、どうすれば、いいんですか」

「私に、どうしろっていうんですか……」

「そばに、居てほしいよ」

「いつもみたいに、私のそばに」

「けど、けどそれじゃ……」

「トール、わたしはメイドのトールが、好きなの」

「……」

「ね、おねがい、わたしの好きなトールでいて」

「……ずるい、です、そんなの、そんな言い方」

「ずるいのが、ニンゲン、だからね」

「そうだ、トール、あのくすり、あったよね」

「秘薬、ですか?」

「うん、そう、ふくさようが、あるやつ」

「あれさ、飲ませてくれるかな」

「……判りました」

「……」

「小林さん、お薬ですよ」

「ありが、と……」


ゴクリ


「……うん、ちょっと、楽になった、かも」

「ははは、ふくさようが、怖いけど、ね」

「さすが、トールのおくすりだ」

「……そうです、私のお薬は、良く効くんです」

「ですから、きっと治ります、小林さん、すぐに元気になって」

「うん……」

嘘です。

嘘です、全部嘘です。

嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。

あんな薬、今さら効果があるはずない。

全部嘘なんです。

小林さんだって、あんな物で楽になるはずがない。

けど、けど。



小林さんが、笑ってくれたから。

私も、笑い返してあげました。

それが、きっと、小林さんの見たいものだから。

48のメイド技の一つに「視覚共有」というものがあります。

その力を使って、私は心象世界でカンナが見た物を、全て目撃していました。

案の定です、呪いの原因は予想どおりでした。

あの巨大な光の柱は、まさしく「アレ」でした。


だったら、私にも考えがあります。

最初からそうしておけばよかったんです。

そうすれば、こんなに悲しむ事も無かった。

だから。

コバヤシは、明日の朝、死ぬ。

その事が判っていても、私達は何もできなかった。

私達に呪いを破壊する方法は、無い。

そしてこの呪いを齎した「神」を倒す方法もない。

何もできない。

ただ、コバヤシの傍に居てあげるだけ。


今日は朝からトール様の姿が見えない。

気配は近くにあるから、近くにいると思うのだけど。


ふと、コバヤシを見ると、目が開いていた。


「コバヤシ、おはよう、今日もいい天気なの」

「……うん、そうみたい、だね」

「カーテン、開けるー」


カーテンを開けると、とんでもない物が見えた。

黒い珠だ。

巨大な黒い珠が、私達の家の上に、浮いている。

あれは、あれは、魔力の珠?

あんな膨大な魔力の珠、何時の間に。

破裂させればこの街、どころか国、いや隣国すら撒きこんで崩壊させる程の威力を持つ魔力の珠が。


「あれは、トール君が産んだ怨嗟の珠だよ」

「トール君は、小林さんの死と同時に、あの珠を破裂させるつもりみたいだね」


何時の間に現れたのか。

部屋の中に、ケツァルコアトルが居た。

「トール様が、この街を、怖そうと?」

「そうだよ、それがトール君の望みだ」

「翔太君の家族は、一時的にボクが保護した」

「だから、ボクも止めるつもりはないよ」

「そんなの、そんなのダメ、トール様、止めないと!」


カンナは、部屋から飛び出して行った。

残されたの小林に、羽のある蛇、ケツァルコアトルは、こう取引を持ちかけた。

「小林さん、聞いてるよね」

「動けるように、してあげようか」

「ほんの10分だけだけど、以前のように動けるようにしてあげられるよ」

「ただ、これには反動がある」

「まあ、簡単に言うと、10分が経過した後に、小林さんは死ぬ」

「残り1日の寿命を、10分間で消費するんだ」

「どうだい、小林さん、この取引に、乗るかい?」

「もしかしたら、トール君を止められるかもしれないよ」

それに対して、小林はこう答えた。


「しぬのは、いやだな」

「それだけは、ぜったいに、いやだ」



 

~マンション屋上~


カンナ「トール様!」

トール「……カンナ、ですか」

トール「貴方は、小林さんの世話をしてあげてください」

トール「私も、もう少ししたら戻りますから」

トール「お昼には、オムライスを作りましょう」

トール「晩御飯は何にしましょうか、最後ですから」

トール「何か奮発しないといけませんね」

トール「そして今夜は」

トール「私と、貴女と、小林さんで」

トール「朝まで、お話していましょう」

トール「きっと、きっと楽しいです」

トール「それで、終わりです、終わりにします、全て残さない、何も残さない」

カンナ「そんなの、そんなのダメなの……」

カンナ「この家は、この町は、コバヤシの居場所だった」

カンナ「大切な、大切な場所だった」

カンナ「それを、それを壊すのは、コバヤシが生きてきた事を、否定する事なの」

カンナ「そんなの、そんなのダメ」

カンナ「トール様、そんな事は止めて!」

トール「……貴方なら、判ってくれると、思ってたんですけどね」

トール「所詮は子供ですか」

カンナ「トール様……」

トール「この魔力の珠は、私がここ数日溜めてきた物です」

トール「これを破裂させても、この星を破壊する事は出来ないでしょう」

トール「しかし、星の形を変えることはできます」

トール「それは全世界に天変地異を齎すでしょう」

トール「そのうち、星は自重を耐えきれず、グシャリと崩れます」

トール「そうすれば、神も少しは悔しがるでしょう」

トール「全て、全て、あいつの思惑通りだったんです」

トール「私を助けようとした者に、呪いがかかるようにしたのも」

トール「私が、その相手を愛するのも」

トール「呪いが水面下で密かに進行するのも」

トール「全て計算ずくです」

トール「ルコアの時間逆転能力を使えば、1カ月程度は遡ってやり直す事が可能です」

トール「けど、この呪いは、半年以上前に種がまかれた物」

トール「もう覆せない」

トール「だから、もうこれくらいしか方法が、無いんです」

トール「だから、邪魔はしないでください、カンナ」

カンナ「……駄目」

トール「……」

カンナ「駄目!駄目駄目!やだ!そんなのやだ!」


カンナの体内から放電が始まる。

それはトールの魔力蓄積を、妨害し始めた。

トール「……カンナ、貴女には失望しました」

トール「いいです、貴女も」


魔力放出を停止したトールは、カンナの首をガシリと掴み、壁に叩きつける。

そのまま、ガリゴリと、壁にめり込ませる。


カンナ「と、トール様、やめて……やめて……」

トール「貴方も、ここで死んでください」

トール「小林さんの死は、私だけで看取ります」



「トール!やめて!」

トール「……小林さん?」

カンナ「コ、コバヤシ……」

小林「もう、もう止めてよ、トール、こんな事……」

小林「私、私、言ったよね、メイドのトールが好きだって」

トール「……そうですか、ルコアですね」

トール「余計な事を……」

トール「小林さん、判ってるんですか、貴女は自分の寿命を高速で消費しています」

トール「呪いを受けた状態でそれをすると……」

小林「判ってる、死んじゃうんだよね」

トール「……死ぬのが、怖くないんですか」

小林「そりゃ怖いさ、少しでも長く生きたいに決まってるよ」

小林「けど、それはね」

小林「皆と一緒に、生きたいからなんだ」

小林「私は、私は誰も欠けてほしくない」

小林「自分が死ぬまで、いや、死んだ後も、皆には一緒に生きていて欲しい」

小林「だから」

トール「……だから、ルコアとの取引に応じた、と」

小林「うん」

トール「人間は、愚かですね」

小林「そう、かな?」

トール「だって、そんな事をしても私は止まりませんから」

ギリギリと、トールの手がカンナの首を締めあげる。


カンナ「かっ、くぅぅっ……」

小林「や、やめて、トール、カンナちゃんを放して」

トール「嫌です、私はもう決めました、小林さんの死を看取る資格があるのは、私だけです」

トール「ですから、カンナは、ここで」

小林「や、やめろって!」


私は、トールの腕に飛びつく。

しかし、あっさりと振り払われる。


トール「駄目ですよ、小林さん」

トール「貴方は、貧弱な人間にすぎないんですから」

トール「私達ドラゴンの行動を阻害できるほどの力はありません」

トール「ほら、私が振り払った程度で、掌を擦りむいてる」

トール「貧弱な存在です」

トール「そこで、座って、私の行動が終わるのを、見ていてください」

小林「そう、そうだよ、私は人間だ」

小林「貧弱な、人間だよ」

小林「けど、けど、だからって」

小林「何もしないわけには、行かないじゃないか!」

小林「家族が殺し合いをしてるのを、黙って見てるわけにはいかないじゃないか!」

小林「だから!私は!トールを止める!」


私は、今度はさっきよりも力強く。

体重をかけて。

トールに体当たりをした。

掴みかかるように。

私は、最後まで気づかなかった。

自分の手が熱いのは、擦りむいたからだと、そう思っていた。

だから、その掌から短い「何か」が生えているのに、気付かなかった。

そんな余裕はなかったのだ。

私の手が、トールの胸に触れた時。

その「何か」は、ズルリと私の手から這い出し、彼女の心臓を貫いた。

気がつくと、私はトールに抱きしめられていた。

暖かい、凄く温かい。

トールの体温だ、そうだ、きっとトールは判ってくれたのだ。

良かった。

けど。

どうして、だろう。

トールの背中から、何かが飛び出ている。


それは翼ではなかった。

金属だ。

赤い金属。

いや、ただの金属ではなく。


それは、剣だった。

トールの背中から、血塗られた剣の切っ先が、飛び出ていた。


その剣には、何故か見覚えがあった。

なんで、どうして。

困惑する私の耳に、声が聞こえる。

「我は、汝を祝福する」

「人の身でありながら、よくぞ偉業を成した」

「よくぞ、神の宿敵を打倒した」

「祝福あれ」

「祝福あれ」

「祝福あれ」


キラキラとした輝く物が、空から舞い落ちてくる。

光が、私を照らし続ける。


「祝福あれ」

「祝福あれ」

「祝福あれ」

「ああ、良かった、何とか、間に合いました」

「トール?これは、これは何なの」

「簡単です、神の祝福ですよ」

「あいつは、あの糞野郎は、一般人は絶対に救いません」

「けど、けど偉業を成した者には、祝福を与えるんです」

「例えば、息子の命を差しだした預言者」

「例えば、自分の命と引き換えに信仰を広めた救世主」

「例えば、神の宿敵を打ち滅ぼした英雄」

「小林さんは、最後のヤツですね」

「英雄に、なったんです」

「竜殺しの英雄に」

「小林さんの体内に巣食っていた呪いは、全て祝福に転換されているはずです」

「減っていた寿命も、元に戻ってます」

「これで、これで、小林さんは、元に……」





トールの言葉を聞きながら、私は思い出していた。

あの時の、事を。

そうだ、あの日、私は、あの山の中で。




「何?この剣抜けばいいんでしょ?」

「そいやー!あっはっは!抜けた―!」

「これで痛くないでしょ?んん?」

「……あれ、あの剣、何処に行った?」

「えーと、思いっきり抜いた後に……」

「どっか、飛んでっちゃったのかな」

「ま、いっかー、あっはっは!飲もう飲もう!」

「お酒あるから!」


あの時、あの剣は何処かに行ったのではなかったのだ。

私の体内に、隠れたのだ。

そうして、呪いが成立するまで潜伏し続けたのだ。


あれは「竜を殺す為の剣」だ。

アレは私の中を蹂躙し、半ば同化し、私の意思に反応したのだろう。

「トールを止める」という意思に。

「ドラゴンを止める」という意思に。

その結果。


私の手から、あの剣が生えた。

あのタイミングで。

私がトールに組みついたタイミングで。

私は、トールを。

トールを。

「ああああああ!嘘、嘘だ、こんなの」

「ごめんなさい、小林さん、嘘ついちゃって」

「けど、けど小林さんは、これくらいしてくれないと」

「本気になってくれないかなって」

「あの剣は、アイツが作った剣です」

「実体化後に、自動で竜を追尾する性能が、ついてるんです」

「ホント、糞厭らしい武器を作りますね」

「けど、私の命を絶ったあの剣は、もう、消えます」

「役目を果たして、消えるんです」

「ですから、小林さんが神に縛られる事は、もう」

「ないです」

「よかった」

「まにあって、よかった」

笑顔のままで、トールの身体は、崩れていった。

光りの粒になって、少しずつ。

少しずつ。

私は、トールの身体を抱きしめる。

けど、幾ら力を入れても。

サラサラサラと崩れて行く。

嫌だ、嫌だ、こんなの嫌なのに、どうして。

 



最後に、トールはこう言ってくれた。


「小林さん、大好きです」


私がそれに返事する前に、トールの身体は地上から完全に姿を消した。



~自宅~

~朝~


カンナ「コバヤシ、いってきますー」

小林「行ってらっしゃい、カンナちゃん」


あれから随分経つ気がする。

けど、実際は1カ月程度なのだ。


最初は、辛かった。

身体ではなく、心が現実を拒絶していた。

涙すら出なかった。

だが、私にはカンナちゃんが居てくれた。

毎日、私を励ましてくれた。

毎日、ご飯を作ってくれた。

その甲斐あってか。

私は、何とか日常生活を送れている。


そろそろ、仕事に復帰する事も考えないと。

貯金も、底をついてきてるのだから。

私の身体は、驚くほど頑丈になった。

身体が軽いし、以前よりも徹夜に強くなった気がする。

もしかしたら、心も。

これも神の祝福のお陰だろうか。

そんなものは、必要ないんだけど。


気分転換の意味も込めて、私は冷蔵庫の整理をしていた。

トールが居なくなってから、随分と無精をしてしまっている。

賞味期限切れの食品が幾つも出てくる。

その中に、お皿に乗せられた、何かがあった。


「私の尻尾肉です!食べてください!」


トールが何かと私に食べさせたがっていた、お肉である。

何となく、ラップを剥がして机の上に置いてみる。

肉は新鮮さを失い、黒く変色していた。

これでは、もう食べられないだろう。


「絶対美味しいですから!食べてみてください!」


そう、トールは言っていた。

一度くらい、食べてあげれば良かったかも、しれ










その波は、突然来た。

そうだ、私は、もう、トールのこんな簡単な望みも、叶えてあげられないんだ。

そう、思うと、視界が歪んだ。

もう、無理なんだ、トールに、恩返しする事も、トールの愛情に応えてあげる事も、もう。

出来ないんだ。

 


私は、その時、やっとトールがもう戻って来ないのだと、認めた。

涙が、溢れて来る。

私は子供のように、泣きじゃくった。

トール、トール、トール!


 

ああ、けれど、一つだけ良かった事がある。

私とトールの寿命は、違う。

つまり、本来なら私が先に死ぬはずだったのだ。

必然的に、私が感じている悲しみを、トールは背負うはずだったのだ。

けど、彼女は。

トールは、もう、その悲しみを、味合わなくても良い。

それだけが。


それだけが、今回の事件で「良かった」と思えた事だった。

私の日常は、これからも続いて行くのだろう。

トールを置いて。

これからも。

ずっと。





おわり。

「小林さん」


トールの声が、聞こえた気がした。

私が涙を拭きながら前を見ると。


尻尾肉から、トールの頭が生えていた。


ぼんやりとトールの顔を眺めていると、ズルリと音を立てて、今度は腕が生えてきた。


「小林さん、すみません、ちょっと引っ張ってください」


言われるままに、トールの手を引っ張る。

ズルズルズルと、トールの身体が出てきた。

「いっやー、何とか復活できました」

「尻尾の中に、私の種を幾つか入れておいたんですよね」

「だって、私は小林さんに殺されないといけませんでしたし」

「けど、これからも小林さんと一緒に過ごしたかったですし」

「上手く行くかは賭けでした、苦肉の策、という訳です」

「けど、何とか記憶と経験の複写も出来てるみたいですね」

「で、どうでしたか、私はあの朝の事を記録できていませんが」

「上手く行きました?あの糞野郎を出し抜けましたか?」

「まあ、小林さんが生きているのが、成功の証なんですけど!」

「流石は、私です!」

「ね、小林さんもそう思……ひゃっ!?」

私は、トールを抱きしめた。

何だっていい、どんな理由だって構わない、トールが、トールが戻ってきてくれたのだ。

嬉しい、凄く嬉しいに決まってる、こんな、こんな事。

私は、また泣いてしまいそうになったけど。

照れ臭くて、トールの胸に顔をうずめていた。


「小林さん……すみませんでした、悲しませちゃいましたね」

「そうですよ、小林さん可哀そう」

「所で私の順番はいつなんでしょう、そろそろ代ってくれても」


んー、幻聴かな。

トールの声は3つ聞こえた気がするんだけど。

顔を上げてみると、尻尾肉から3人目のトールが這い出て来る所だった。

え、なにこれ。


1「ちょっと、何なんですか貴女達」

2「何って、私はトールですけど、小林トール」

3「小林さんの嫁です」

1「いえ、トールは小林さんのメイドですから、貴女達は偽物ですね」

2「いえ、多分、尻尾に種を撒きすぎただけかと思います」

3「過剰孵化」

1「た、確かに……あの状況だと復活できるか判らなかったので幾つか余分に植えましたが」

2「まあ、いいんじゃないでしょうか、3人でもきっと小林さんは受け止めてくれます」

3「小林さん、壊れないでしょうか、性的に」

1「壊れるって、何ですか、貴女、ちょっと不謹慎じゃないですか」

2「そ、そうですよ、こんな状況何ですから、今は小林さんとの再会を喜ぶべきです」

3「けど、私は小林さんとえっちしたいです、ねっとりと」

1「3番目の私、何か性欲強くないですか?異常です」

2「個体差とか、出ちゃいましたかねえ」


3人のトールが対話している横で、尻尾肉から4人目の頭が生まれていた。

というか、3人の会話内容が何か嫌な方向に向かってる気がするんだけど。


1「うっわ、4人目が出てきちゃいましたよ、どうしましょうこれ」

2「う、うーん、まさか殺すわけにもいきませんし」

3「これ以上増えると、分け前が減ります」

1「分け前って?」

3「私が4人になると、小林さんの摂取量は1/4になる計算」

1「ですから!そんな不謹慎な考えはやめましょうって!」

2「いいえ、それは流石に聞き捨てなりません」

1「2番!貴女まで!」

2「だって、嫌じゃないですか、小林さんの摂取量が1/4になるなんて」

3「今後も増えるかもしれない、だったら、今がチャンスです」

1「チャンスって、何がです?」

3「レズレイプのチャンスです」

2「え」

1「え」

小林「え」

1「3番、貴女やっぱりおかしいです、自重してください!」

3「すみません、間違えました」

2「何と間違えたんですか」

3「集団ドラゴンレズレイプです」

2「それなら、良しです」

1「良くないですよね!?」

2「あー、もー、面倒臭いです、多数決で決めましょう多数決で!」

3「小林さんを襲いたい人~」

1「はーい」

2「はーい」

3「はーい」

4「はーい」

5「はーい」

6「はーい」

小林「は、反対!反対反対!」

こうして、小林さんは。

増え続けるドラゴン達に集団ドラゴンレズレイプされて。

幸せに暮らしましたとさ。


めでたし、めでたし。

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