二宮飛鳥「セカイは1つの」 (39)

・モバマスss

・キャラ崩壊の可能性

・地の文

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セカイのどこかで、ゴトンと歯車が回り始める音が聞こえた、気がした。



ボクには何もなかった。誰かを華やがせる笑顔も、一心に何かを追い求めるひたむきさも、ヒトを惹きつける魅力も。

ボクはただこの灰色のセカイで、誰と馴合うのでもなく、ただ独りで一生を過ごすのだろうという空っぽの未来を空想していた。

居場所など学校にも家にもなく、ただ風と雲を感じることのできる場所を求めて歩みを進める。

高台にある、街を一望できる公園が好きだった。ボクを馬鹿にしてくる連中がアリのようにちっぽけになったような気がしていた。

けれどちっぽけなのはボクとて同じだった。いや、それ以上に愚かだった。群れからはぐれた鳥が、果たして1人で生き抜くことなどできるだろうか?

それでも、景色は刹那に優等感を与えてくれたし、募る劣等感はあっという間に流れる雲と強い風が吹き飛ばしてくれた。

だからココが好きだった。知っている者など誰も来ない、「ボクがここに居ていい」場所が。

ここで携帯ラジオから流れてくるナンバーを口ずさむのが、半ば日課と化していた。


そんな日常は壊されてしまうことになる。

いつものようになんの役に立つのか理解できない授業を聞き流し、学校を後にし向かうはボクの場所。

さびれたジャングルジムに腰を掛け、携帯ラジオのスイッチを入れ、チューニング。

流れ始めた番組に耳を傾け、そのセカイに没入する。

「ハイ!それでは今日のお悩み相談のコーナー!
 今日のお便りは・・・ラジオネーム・フライングバードさん14歳!お便りありがとうございます!」

フライングバードというのはボクが送ったハガキに間違いなかった。

どうせ読まれないだろうと思って冗談半分に投函したこれが誰かに届いて少しはやった。

「『いつも楽しくラジオを聴かせてもらっています。』ありがとー!
 『私は今中学二年生ですが、人間関係に悩んでいます。
  自分の周りの世界がつまらなく、くだらなく思います。
  こんな灰色な人生を変えるにはどうすればいいでしょうか?』」

正直なところの、今のボクの悩みだった。このMCは、ボクのセカイの灰色雲を吹き飛ばすような回答を出してくれるのだろうか?


「人生がつまらないかぁ・・・14歳だと色々考えちゃう年頃だよね!
 私もそう思う時期があったけど、人生って思っているほどつまらないものばかりじゃないよ?
 私がこの業界に入ったきっかけはスカウトなんだけど、その後は驚きの連続だったの!
 新しい世界に飛び込んで、色んな新しいことを体験して、それだけでもキラキラした毎日だったの。
 だから、誰かに出会って新しいことに挑戦してみてみるっていうのが私の答えかな!」

そういえば新しいことと言えば、とMCが自分語りを始めたのを聴いてから、力強く電源を切った。

何が出会いだ、馬鹿馬鹿しい。そう吐き捨てた。

この街には付和雷同というべき愚かなヒトしか存在しない。そんなヤツと出会ったところで、一体何の得になるというんだ?

きっとさっきのMCは特別恵まれた才能を持っているのだろう。だからスカウトされ、冠番組を持つに至ったのだ。

この狭く苦しい街で、何の解答も見いだせず、空っぽに死んでいく。そこに意味なんて、ない。


膝上に置いたラジオに集中した視線を上げる。やっぱり今日変わらず、雲は流れ風は吹いていた。

しばらくボーッとしていると、視界の隅に誰かがいることに気が付いた。スーツ姿の男性らしかった。

きっとボクがラジオに集中してるうちに入り込んできたのだろう。1人になれないのなら、もはやここに居る意味などない。

ジャングルジムから飛び降りる。着地の砂利音でこちらに気が付いたのか、男性が振り返る。

さて次はどこへ行こうか、と公園出口に足を運んでいたその時、背後から声が聞こえた。

「君!ちょっと待ってくれ!」

キミ、が指すのは、この空間にはボクしかいない。ナンパか?詐欺か?それとももっとあくどいものか?

「・・・なんだい?」

わざと嫌味を含めたトーンで彼に返す。顔を見ると、興奮したような、なにか重大なものを見つけたといった感じに目を見開いている。

ジャリッジャリッと小気味よく音を立てて、彼は近寄ってきた。ボクの数m前にまで近寄ると、鞄を開け何かを取り出した。

鈍色に輝くケース、そこから一枚の紙を取り出してこう言った。

「アイドルに、興味はないかい?」

「アイドル、だって?」

「うん、そうだ」


思わず聞き返して、変な声が出た。対して彼は、まっすぐな瞳でボクを捉えていた。

落ち着いて、差し出された紙を受け取る。アイドルプロダクション、プロデューサー。そこにはそう確かに書いてあった。

「東京の最近できたアイドルプロダクションなんだけど・・・今はここにあるアイドルの営業のためにきてたんだ。
 神崎蘭子って言うんだが、知らないかい?」

「申し訳ないけど知らないね。アイドルっていう職業には興味がなかったものでね」

アイドル、偶像ーーテレビ等で可愛げを振りまき、精一杯媚びる仕事。ボクはそう認識していた。

「何を見い出したのかは知らないが、ボクは生憎そういう人間じゃないんでね。他を当たってくれ」

一瞬だけテレビでくねくね踊ってる自分を想像して、唾を吐きたくなった。彼は少しだけ残念そうな顔をしたが、しかし諦めているようには見えなかった。

「多分Cuteアイドルのことを想像してるな・・・ちょっと待ってくれ」

またも鞄を開きごそごそとまさぐると、彼はDVDプレイヤーを取り出した。芸能界の人間の必需品なのだろうか?


ディスクを入れ、再生する。どうやら何かを見せてくれるらしい。背後に回り込み、ディスプレイを見る。

『闇に!飲まれよ!』

『今こそ創世の時!』

『蒼の剣を受けよ!アイオライトブルー!』

『我が闇の力…今こそ解放せん!』

なんというか、奇怪と言うほかなかった。少なくともボクが抱いていたアイドル像とはかけ離れた台詞が飛び交っていた。

「このツインテールの方・・・この子がさっき言ってた神崎蘭子っていうんだ。
 聞いててくれれば分かったと思うだろうけど・・・こういう一見『痛々しい』言動を売りにしてアイドル活動している。
 本人の希望で、ね」

続いて映像はLIVEのモノに切り替わった。映像の中の彼女は真剣そのもので、派手な動きは見られないものの
フルコーラスが終わると観客は沸き立った。

『みんなー!ありがとー!』

その笑顔は、確かに媚びているとも思えずそして惹きつけるものだった。無意識的に、ボクは静かに拍手をしていた。

「これはちょっと極端な例と言えばそうなんだが・・・ともかくウチの事務所は本人のよさを売りにしていく方針なんだ。
 この子もそうなんだが、キミはCool部署で輝く逸材と見た。どうだい、やってみないか?」

クールなアイドル、そういうのもあるのかと内心呟く。だが本当に、このボクが輝けるというのか?

「大丈夫さ。君が輝くことは、俺が保証する」


どこまでもまっすぐだった。きっと彼は本気でスカウトするつもりなのだろう。もし本当の自分のまま輝くことができたなら、
それは何よりの理想ではないか?

「新しいことに挑戦してみる、か」

先程のMCの言葉を反芻する。きっとここで断ってしまったら、ボクはこの街で灰色のままなんだろう。

「いいよ。その誘い、受けようじゃないか」

「本当か!?」

「あぁ、嘘はつかないタチでね。なんならさっさと東京に引っ越してすぐにでも始めてもいい。
 親はボクが説得するさ」

よしっ、とガッツポーズをした彼、改めプロデューサーはハッと何かに気づいた。

「そういえば名前を聞かせて貰ってないな。契約上も必要だし、教えてくれるかな?」

自己紹介か。そうだな、自分自信を売りにしていくっていうんだから、じゃあボクらしく「痛々しい」挨拶とでも行こうじゃないか。

瞳を閉じて、深く息を吸って。

「ボクはアスカ。二宮飛鳥。ボクはキミのことを知らないけど、キミはボクを知っているのかい?
 あぁ、キミは今こう思っただろう。『こいつは痛いヤツだ』ってね。
 でも思春期の14歳なんてそんなものだよ」

流石に面食らっただろう、と思っていた、しかし彼は相変わらずのまっすぐな瞳で、こう返すのだった。

「二宮飛鳥、と。痛かろうとなんだろうと、僕たちは歓迎する。よろしく、飛鳥」

プロデューサーが右手を差し出したので、すかさず返す。

雲が少し晴れたのか、なんだか明るく暖かかった。

そこからの一年はあっという間だった。

彼の約束通り、ボクはいわゆる「中二病」キャラで売り出していくことになった。

もちろんその道程は楽なものではなくて、きついレッスンと地道な営業を繰り返していくことに嫌気をが刺すことだってあった。

けれど確実に増えていったファンという存在が、ボクに「アイドルを辞める」と言う選択肢を消していってくれた。

素直に、けれど痛々しいともとれるボクの言葉を理解し応援してくれるということが、かつてないほど嬉しかった。


そんな激動の中、ボクはこのセカイに飛び込むキッカケとなった神崎蘭子とともに、ユニット「ダークイルミネイト」を結成することになった。

魔王然とした喋り方をした、ファンタジーの世界に君臨するような蘭子。

斜に構えて現実を皮肉り、アンチ-リアルのセカイに存在するボク。

以前から人気だった蘭子の抱き合わせではないかと思ったものの、どうやらボクたちは互いにうまくいっていたらしい。

女子寮で隣の部屋になっていた蘭子と日夜会話をして、彼女は見た目の言葉と裏腹に優しいということが分かったし、

ぽつりと話したボクの悩みも蘭子は受け止めてくれた。これが、絆というものなのだろうか。

そうして、「闇の輝き」と題打たれた14歳の2人は、一部界隈で人気を博し、ボクはさらに加速していくことになる。


9月ごろ、ボクはオーストラリアに向かうことになった。

他事務所の4人、栗原ネネ、的場梨沙、結城晴、堀裕子が同行メンバーだった。

ボクはこの旅のなかで、再び劣等感にさいなまされることとなった。

ボクがこの番組においている意味は?唯の数合わせなのでは?

そんなときでも、プロデューサーは支えてくれた。ボクの新たな可能性を見出したからだと、腐るボクを奮い立たせてくれた。

見知らぬ地の森奥で暗がりの中にいたとしても、キミがいるのならボクは怖くない。

この旅は、ボクのこれからのマスターピースになるような予感がした。

12月、大きなソロの撮影会があった。
設定は「アブソリュート・ゼロ」だそうだ。

真冬の寒さの中、ボクはその日プロダクションの屋上にいた。

タンブラーにやけどしそうなほどの熱をもったコーヒーを注ぎ、安全柵にもたれかかる。

初雪がちらちらと舞って、体感温度をジワリと下げていった。

ボクを探しに来たプロデューサーとともに、今や見慣れた都会のビル群を見やる。

そのなかから突出した煙突に、ボクはヒトと似た何かを見た。

白い煙を吐く煙突とボクら。吐くことを止めず、自分が「生きている」ことを示し続ける。

孤独という真の寒さから、ボクはあの日抜け出した。だからもうボクは、心まで凍えてはいない。

ならば、どこかにいる「凍えている」誰かにこの声を届けたい。そうボクが1人しゃべっていると、彼はやはり真面目に返すのだった。

だからキミはボクの心を溶かしてしまうんだ。心を叫ぶうちに、それを受け止めてくれるから。

きっと彼となら、もっと輝ける気がした。

2月2日の夜を迎えて、ボクの胸中はというと多少穏やかではなかった。

今年1年「中二病の14歳」というキャラで売りだし、そこそこ人気が出たことは間違いなく嬉しかった。

しかし明日は2月3日、つまるところボクの誕生日だ。

何処かのウサミン星人じゃあるまいし、延々と14歳を名乗っていくつもりもない。

帰る前にプロデューサーそれとなく相談してみたところ、「考えはある、明日明かすつもりだ」とのことだった。

ボクをここまで導いてくれた彼のことだから、きっといい秘策なのだろう。どんなないようであれ、ボクは信じるだけだ。

女子寮の隅っこで、なにやら蘭子がそわそわしていた。優しい彼女のことだ、恐らくボクへのサプライズプレゼントを渡すつもりなのだろう。

ボクはそれに気づかぬふりをしながら、ボクに与えられた部屋に戻る。

部屋の窓から星が見えた。ボクは誰かのセカイに輝く星になれただろうか。つまらないと吐き捨てていた退屈な日常から抜け出せただろうか。

胸の中には確かな充足感。ここまで歩んできたキセキが、これからの道を照らしてくれる。ボクはもう、独りじゃない。

1人で満足にふけっていると急に眠気が襲ってきた。次のライブに向けた特訓がたたったのだろうか。

こういうときは無理せず休め、と言ってくれたのもプロデューサーだ。彼の言葉に従って、ここは一時のまどろみに落ちるとしよう。

寝巻に着替えベッドに横たわると、睡魔はあっという間にボクを覆いつくしていった。


セカイの歯車が、ギギギと音を立てて逆回転していくような、そんな音がした。



翌朝、目を覚まし意識を完全に覚醒させたボクを包む感情は戸惑いだった。

昨晩女子寮に帰り、強い睡魔に襲われてそのまま睡眠欲に身を任せ寝てしまったまでは覚えている。

見慣れたベッド、見慣れた勉強机、見慣れた洋服タンスーーーそう、見慣れた光景だった。「一年前ならば」。

何故だ?何故、ボクは実家の自分の部屋で目覚めるなんて事態になっているんだ?

新手のドッキリ企画?東京から静岡まで運んでおいて目覚めないほど、ボクは図太いつもりはない。

ならば女子寮の部屋を実家の部屋に偽装したか?窓枠の配置を一晩で変えるような工事なんて、寮である限り不可能なはずだ。

じゃあ一体何だというんだ?不安とイライラばかりが募る。ふと、彼の言葉を思い出す。

何か不可解なことがあったらすぐに連絡してくれ、と言っていた。当時は暴漢に気を付けろ、という意味で言ったのだろうが、こうも不可解な現象なら彼も取り合ってくれるだろう。

スマホを探すと、机の上に充電コードが刺さっている状態で見つかった。一体なんだっていうんだ?

ロックを解除し連絡先のリストに目を通すと、絶望が込み上げてきた。

「なんで・・・なんでないんだ・・・!?」

「プロデューサー」の名で登録されている連絡先は、どこにも見当たらなかった。

それどころか、蘭子も、梨沙も、ネネさんも。アイドルになってから知り合った人達の名前が一切見当たらない。

ドッキリだとしたら、あまりに悪質すぎる。急に動悸がひどくなって、手が震え始めた。

分からない。分からない。分からない。一片たりともこの状況を理解できない。

一秒でも早くこの部屋から抜け出して、このセカイはおかしいってことを証明しないとーーー!

近場に「何故か」あったかつて通っていた中学のジャージをみつけ素早く袖を通すと、一目散に扉を開けた。ひどくきしむ音がしたが、気にする余裕はなかった。

扉を開けると「見慣れた」廊下。「見慣れた」玄関には「見慣れた」靴が並べてあった。

吐きつぶして、数か月前に捨てたモノと全く型が同じの、「ここにあってはいけないもの」。


それ以外に履くものもない。急いで紐を結んで、玄関を開ける。通学中の学生が驚いてこちらを一斉に見た。

キミ達に付き合ってる暇はないんだ。どこへ向かうでもないボクの足は、自然にかつての居場所へと向かっていた。


それから二時間後、かつての居場所である高台の公園でボクはより絶望することとなった。

所属していたプロダクションの電話番号をネットで調べ、電話をかけた。

「二宮飛鳥」は弊社には所属していません、と淡々と返された。

ダークイルミネイトは?オーストラリアに行ったことは?アブソリュートゼロなるテーマの撮影会は?冗談なんだろ?頼む、そうだと言ってくれーーー

一縷の望みは、いかにも厄介なヤツに引っかかってしまったといった調子に語気を荒げ始めた電話口の声により、粉々に粉砕されてしまった。


じゃあ一体、ボクのやってきたことは全てなかったことになったっていうのか?

まるで漫画みたいだなと自嘲して笑い飛ばすことすらできなかった。

あの輝くセカイにいたというのは、ボクのみた夢に過ぎなかったのだろうか。

ボクが灰色のセカイから抜け出せたと思ったのは、ただのまやかしだったのだろうか。

新しいことに挑戦し、それが成功するっていうのも、全て幻想に過ぎないっていうのか?

形にならない心の叫びが渦を巻く。吐き出したくて、吐き出したくて。でも、もうボクはそんな立場じゃなくて。

なにより心を痛めたのは、あのセカイに連れ出してくれた彼ーーープロデューサーがいなくなったことだった。

彼が「1年前」にここから連れ出したから、ボクは輝けた。ボクは心中を吐露しながら理解ってくれる人が増えていった。

「キミがいないのなら・・・ボクはどうすればいいんだ・・・!」

絞りだした声が、昼前の公園に響く。何をどうすればいいか分からない。

そこに、別の声が指した。

「じゃあアイドル、始めてみない?」

アイドル、という言葉を本能的に聞き取り振り返る。スーツに身を包んだ、若い女性だった。

「街を走り抜けてるとこ見つけてさ、その横顔に『これだ!』って思っちゃって。ウチの事務所でよければ、歓迎するよ。あ、これ名刺ね」

そういうと彼女は手際よく鞄から名刺入れを取り出すと、見覚えのあるサイズの紙を突き出してきた。

前の事務所と、別な名前のプロダクション。仕事していた時に見たことのある事務所名だった。

「まぁいきなりこんなストーカーじみたことされていきなり信じろなんてほうが無茶だと思うけど・・・どう?社長と掛け合って好待遇に扱ってもいいよ?」

ボクは困惑していた。今までがなかったことになってしまって、スカウトされたかつての居場所に急いで来たら、再びスカウトされることになるとはなんの因果だろうか。

「昨日」までの彼のおかげでボクはあのセカイに立てた。しかしそんな事実は消え失せて、そこにまた別の手が差し出された。

「トップアイドルになる」という彼との約束は、まだ果たされていない。ならば、とる行動は一つ。


「理解った。なろうじゃないか、アイドルに。ただしボクは誰とも違う。ボクはボクだ。よろしく頼むよ」

そういえば、まだ自己紹介をしていないことに気が付いた。どうせなら大仰に、前と同じようにやってみようか。

今度のプロデューサーはどんな反応をするだろう?

「ボクはアスカ。二宮飛鳥。ボクはキミのことを知らないけど、キミはボクを知っているのかい?あぁ、キミは今こう思っただろう。
『こいつは痛いヤツだ』ってね。でも思春期の14歳なんてそんなものだよ」

「う、うん!よろしく!」

ちょっと面を食らったような表情をした後、急にお腹をさすり始めた。もしかして彼女は、ボクと同じ「痛いヤツ」なのだろうか?

「無かったことになったセカイ」で積んだ経験は決して無駄ではなかったようで、新人向けレッスンプログラムを完璧にこなしたボクは期待の新人として注目されるようになった。

それが直接的な原因となっていたのかは知るところではないが、すぐにでもユニットを組ませるという話が持ち上がった。

ユニット相手は、趣味欄に「失踪」なんて書くほど自由奔放が服を着たような存在である天才化学娘、一ノ瀬志希。

「一」之瀬と「ニ」宮からとったのか、ユニット名は「Demension-3」だそうだ。

幾ら他アイドルに比べおよそ1年のアドバンテージがあるとはいえ、志希という存在を理解するのはたやすいものではなかった。

アメリカの大学を齢18にて飛び級卒業してきたという彼女は知的好奇心からアイドルになるという異様な経歴で、

あるときは妖艶に、あるときは儚げに、くるくると表情を変えつつも本質を掴ませない言動はまるで猫のようで(某ネコチャンアイドルが聞いたら憤慨しそうなものだが)。

プロデューサーに「年の割にしっかりしてるから、志希のストッパーになりうるかもしれないから」と言われたことを思い出したが、その思惑は的を射ていなかった。

あるLIVEを控えた前日のレッスンで、彼女は練習をおわらせるなりふらっと部屋を出ていった。

お得意の失踪かと思い、トレーナーに謝罪を入れつつボクは後を追った。

失踪の文字通りどこへ行くでもなく、目的はないようでそれは放浪ではないのかと内心でツッコんだ。

何も言わず後ろをついてくる分には何の問題もないらしく、数時間は無言で後ろについていた。

海浜にまでたどり着くと日は完全に落ちていて、ようやく足をとめた志希にボクは声をかけた。

「やぁ天才娘。ここが失踪の終点かい?」

「あ、飛鳥ちゃんいたんだ」

あたかも今気づいたかのように言ってのける。志希の嗅覚ならあの距離を感知できないわけがない。

「・・・海は、果てしないな」

「果てはあるよ。今は飛行機っていう文明の利器があるし?その気になったらばびゅーんっとあっという間に飛び越えちゃうよ」

「そういうことを・・・まぁいい。目的があってここに来たわけじゃないんだろう?」

「大正解!飛鳥ちゃん凄いね、もしかして志希ちゃんマスター?」

「本質を理解できないのに、マスターもドクトルもあったものじゃないだろう。
 
 ボクが言いたいのは・・・そうだ、いなくなる、ってわけじゃないだな?」

「いなくなるって?」

オウム返しされた質問は、若干鋭くなった目からただの疑問ではないということが見て取れた。

「明日のLIVEにはでるのか、って話だ」



「うん、でるよ。なんたってDemension-3の初ライブだし?一度の実験もしないまま観察をやめるだなんてありえないしー?」

「そうか。なら、いいんだ」

志希の瞳が元に戻り、少し安堵する。どうやら彼女の機嫌は損ねずすんだようだ。

そんなボクに志希は逆に返す。

「じゃあ志希ちゃんからもしつもーん。飛鳥ちゃんは、『何処から来た』のかにゃ?」

「・・・どういうことだ?」

一瞬、質問の意図が理解できなかった。その問いの意味は、ボクの心を覗くような目で端を感じ取れた。

・・・もしかして、彼女はボクが1度「無かったことになったセカイ」を体験していることを見抜いているとでもいうのか?

ここで正直に話すか?世界5分前説じゃあるまいし、そんないかにもファンタジーな体験談なぞ、話したところで意味があるとも思えない。

なにより、前のセカイの体験は、全てボクの中にしまっておきたいことだった。

「何処から来たかなんて、ボクは平凡な街で生まれて此処にきた、ただの14歳に過ぎないさ。起源を知ったところで、今という情報へは終息しえない。違うかい?」

だからそれっぽい言葉を吐いてごまかした。志希はというと不満足そうにしていた。

「・・・ま、いっか。誰にも知られたくないコトくらい、あるよね。それならそれでいーや」

口ぶりからするに、やはり彼女はアタリをつけている。
だが、話題は終わった。

「じゃあ、ボクは戻るとするよ」

「あらら、監視を頼まれてたんじゃなかったのかいワトソンくん?」

「誰が助手だ。キミはつまらない嘘はつかない。やりたいといったことはやる。ボクはそれを信じて、自分の体調を万全に整えるだけだ」

結果から言うと翌日のLIVEリハーサルの時間には来ず、本番直前になって志希はやってきた。

焦るプロデューサーをよそに真面目に待っていたボクをみるなり「ホントに待ってたんだ」というあたり、ボクを試していたのだろう。

結成して1月も経たない異色ユニット「Demension-3」は、変幻自在のパフォーマンスで観客を魅了していった。

それからというものの、ボクは何となく志希という人間が掴めた気がしていた。

日々移ろう彼女は真面目とはいえないが挑むべきと感じたことへの努力は惜しまない。

そこは「現」プロデューサーも理解していたようで、慌てながらもボクたちのことは信頼していた。

天才の称号たるギフテッドで、一見難解な言葉を発していたとしても彼女もヒトの子であるには違いないようだった。

お目付け役をそれとなく言い渡されたボクだったが、志希への対応はつかづ離れずを保っていれば問題ないことが分かってきた。

・・・一度だけ「実験」と称して匂いを嗅ぎつくされたっていうことはあったが、それは彼女の「ボクへの興味」がまだ尽きていないことの証左だったのだろう。

ボクと志希の関係は周りに不信を抱くことが多々あっただろうが、ボクの目指す目標はただ1つ。

トップアイドルになること。無かったことになったセカイの灯火から受け継がれた陽炎のリレーは、まだ終わっていない。

志希はボクを「研究」する。ボクは志希を「利用」する。

健全な関係とは決して言えなかったけれど、ボクたちは言い合わずとも互いに割り切っていた。

そうしてLIVEや雑誌の仕事に忙殺されていると、あっという間に年の瀬は過ぎ、1月末となっていた。

そして来た新たな仕事。

「バレンタインデーLIVE、か」

胸中は穏やかではなかった。現状から言うと、ボクはシンデレラガールに選ばれることなく今までを過ごしていた。

「前のセカイ」が無かったことになった2月2日と2月3日の狭間。再びあの日を迎えることになってしまった時、ボクは一体どうなるっていうのだろうか?

聖バレンティヌスになぞらえたそのイベントは2月14日。もし、もしも、だ。またセカイが無かったことになってしまったら?

ボクがシンデレラガールにまた一歩近づくこの足がかりは、当日を迎えることなく消滅してしまうだろう。

「---そんなファンタジー、望んではいなかったはずなんだがな」

もぬけの殻になった事務所に独りごとが響く。が、それは独り言ではなくなってしまったようだ。


ぎぃと音を立てて事務所の入り口ドアが開く。この一年間、ボクらに振り回された、しかし舞台の用意は完璧だったプロデューサだ。

「あ、お疲れ飛鳥。机の上においてた資料、目を通してもらえた?」

「あぁ、いい企画だねこれは。この段階を経てボクはまた高く飛び上がることが出来る」

さきほどの心理などしったことか、あたかも順風満帆なアイドルのペルソナを被る。

「灰色だったセカイの住民が、こともあろうか同じ灰色セカイの誰かへチョコを配る。なかなかユーモラスじゃないか」

「ふふ、気に入ったのなら良かった」


流石に志希と比べるのは酷というものだが、プロデューサーは突出して感情を読む能力にたけているわけではなかったようで、ボクの動揺はしっかり隠せていたようだった。

それとも、あんなことがあってからボクはペルソナで心を隠すことが「上手くなってしまったのか。

正味どちらでも良かった。結果として本心を見破られていなければ。

ボクの答えを受け取ったプロデューサーは満足そうにしていた。そして口角がさらに上がったと思うと、深呼吸のあとにもったいぶってこう言った。

「さて!飛鳥にはもう1つ重要な仕事があるんだ!なんだと思う?」

バレンタインデーLIVEを越えるような仕事、だろうか。大きな合同フェスへの参加だろうか。あるいは、

「・・・ソロCD発売の決定、かな」

言い当てたことに面を食らって、彼女は鳩に豆鉄砲だった。

もういちど深呼吸して、鞄の中からファイルを取り出し、ついでにデモ音源が入っていると思わしきCDを添えて突き出した。

「・・・なんか悔しいなあ」

「え?」


「悔しいなって。一年前に飛鳥に出会ったときから、この子は只者じゃないなって思ってた。
 けどなんだろ、その輝きを、私は十分にプロデュースできてなかったような気がしてさ。
 もっと飛鳥にはふさわしいプロデューサーがいたのかもって」

私はここに居てもよかったのかななんて、普段の彼女らしからぬ感情の吐露だった。瞳はうっすらと湿り、肩が震えているようにも見えた。

「そんなことはないさ。キミが差し出してくれた手は、決して無駄なものなんかじゃない。
 志希とユニットを組ませたことだって、川辺の小悪魔という役を与えてくれたことだって。

 その一つ一つが今までのボクにはない、特別なものだったんだ。だから、卑下なんてしないでくれ」

この事務所がボクのセカイにもたらしたものは、前のセカイと同じものが一つもなかった。

だから、ボクをここまで導いてくれた彼女が自虐的になっていると、こちらまでむなしくなってしまう。


「・・・キミの声は、ボクに届いてるさ。存在意義は、それだけで十分さ」

手元にわたったファイルの中の歌詞をさわりで解釈して伝えてみた。改めて歌詞の全文を見て、まさにこの曲は「ボク」なのだなと感じた。

たとえボクをこのセカイに引き込んだ相手だろうと、その声が消えそうだというのなら、ボクは拾い上げて見せよう。

何か感じるところがあったのだろうか、震えは止まった。三度目の深呼吸のあと軽く謝罪されると、彼女の顔にもう曇りはないようだった。

それから数日は、デモCDを繰り返し聞いて覚えることに専念していた。

「共鳴世界の存在論(オントロジー)」。ボクがここにいると叫ぶボクの曲。

おおむね、いやひょっとしたら公になることなく消えて行ってしまうかもしれない曲を、体にしみつくまでリピートさせつづけた。

そして、2月2日が来た。



その日はバレンタインデーLIVEの衣装合わせだった。さすがはプロデューサーといったところか、

期待通り、いやそれ以上の装いでLIVEに臨めそうだった。

今日という日を越えて、明日という日がくればの話だが。

この一年、「もしかしたらまた無かったことになるんじゃないか」なんて疑心にかられながら過ごしていた。

でもそれは杞憂であって、ただの徒労であることを切に願っていたが、心の片隅に追いやったそれは消えることなく居座りつづけた。

時刻は23時28分。あと30余分で、ボクのセカイはどちらにせよ大きく変わる。

「飛鳥ちゃんはっけ~ん。どう?残り30分の中2ライフ楽しんでる?」

背にした戸の方から声が聞こえる。振り返らずともわかる。志希だ。

「・・・なんだい志希?ついに14歳じゃなくなるボクのことを冷やかしにきたのかい?」

「ノンノン。そんなつまらないことじゃ志希ちゃんはうごかないよ」

彼女の飽くなき追及具合からして、どうやら今日は教えるまで寝かせるつもりはないといった感じか。


「・・・ミステリーとしてタメは十分かな。じゃあ、種明かしといこうか」

それから20分ほどかけて、ボクの顛末を語った。

最初の灰色のセカイ。「前」のプロデューサー。「前」の二宮飛鳥。その全ては「無かったことになった」こと。

そしてそれがちょうど1年前だったことで、ボクは今恐怖に直面していることを。


簡潔にまとめたつもりの全てを話し終えると、机に置いた時計は日のまわる8分前を指していた。

「・・・時がさかのぼるなんていささか非科学的で滑稽な話だと思うけど、きっとキミの世界はそうなんだろうね」

確かに話してて信憑性のある話だとはとても思えなかった。突然世界は繰り返されているなんて告げられてすべて信じる人間がいるだろうか?

「いくらギフテッドと言われた志希ちゃんでもあと数分で世界の理を明かしつくすなんてことはできないかな」

もっと早くいってくれれば面白い研究材料になりそうだったのにとぼやく。

「まぁそんなわけだ。もしかしたらまた無かったことになるかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

彼女らはもし「無くなって」しまったらどこに行くのだろうか。

ボクの記憶の中にしかいない「何か」になってしまうのだろうか。

「もしそんなのただの夢物語でしかなかったっていうときは、そのときはまたよろしく頼むよ」

あと、2分。


「さて、そろそろ運命の時間だ。他になにかあるかい?」

「あるよ。たくさん。けど時間がないから1つだけ」

ととと、と裸足がカーペットにこすれる音を響かせながら近づいてきて、ボクを柔らかく抱きしめた。

スンスンと鼻を鳴らし、いつものようにボクの匂いを嗅いでいた。

「キミの匂いは覚えた。キミは、私を忘れないでいて」

「・・・理解った」

秒針は、残り数秒。今までが走馬灯のようによみがえって、時の流れが遅くなるような気がした。

やがて秒針が12を指すと、ボクは強いめまいに襲われた。

ぐらっとセカイが揺れ、視界の隅で志希が何かわめいている気がする。何を言っているかは、さっぱり聞き取れなかった。


やがてボクの意識はフェードアウトしていった。

セカイの歯車は逆回転していたのか正回転していたのか。どちらにせよ、ギギギといった音が聞こえた、気がした。

以上です。

誕生日ssのつもりで書き始めたのはいいがこんなに日が立ってしまったので
とりあえずでも終わらせた方がいいと思い終わらせました。


テーマもぶれて、誕生日に書きあがらず、限定飛鳥も引けない。
非力な私を許してくれ

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