冒険者「は? 鑑定額1億Gですか?」(82)

冒険者「冗談ですよね?」

商人「いえ間違いありませんね。それも『最低でも』という意味での1億Gです」

冒険者「いや、谷底で拾ったただの黄色い石ですよ?」

商人「それなんですがね、その谷底辺りは百年ほど前まで古代竜の棲家だったんですよ」

商人「百年前の事なので正確な記録はありませんがね、どうも討伐されたようで」

商人「その名残なのか、あの辺りは魔物が近付かないと聞きますが……と、脱線しましたな」

商人「で、この黄色い石、竜の胆石なんですよ」

冒険者「胆石? それがなぜ1億Gに?」

商人「これは稀に見る高濃度の魔力結晶なのですよ。数百年以上竜の魔力を体内で浴び続けて変化した物ですな」

商人「資源価値だけで1億G、好事家に売り付ければ数倍の値が付くでしょうな」

冒険者「……」 ポカーン

商人「で、どうしますかな?」

冒険者「どうすると言われましても、その」

商人「はは、まあ迷うのが当然の話ですよ。しかし、それを個人で持ち続けるのはお勧めできませんよ」

商人「それだけ高濃度な魔力結晶を持っていれば、隠したところで魔法使い連中に気付かれますからな」

商人「世の中善人ばかりではない、という事ですな! はは!」

冒険者「笑えないです……」

商人「おっと、これは失敬」

商人「ふむ、そうですな。冒険者殿、この竜の胆石を売る権利を1億Gで売却していただけませんか?」

冒険者「売る権利を、ですか?」

商人「ええ。冒険者殿からすれば、突然湧いた幸運を誰かに騙し取られやしないかと不安でしょう」

商人「私としては、他の商店に持ち込まれて商機を失うのが一番の不安でしてね」

商人「ですからまず私が冒険者殿に1億Gを支払って竜の胆石を預かり、最も良い条件の相手に売る」

商人「そして売り払った額から、そうですな、20パーセントの仲介料をいただきましょう」

商人「少々高く感じるかもしれませんが、これは私の培った人脈にはそれだけの価値があると御理解いただきたい」

商人「仮に冒険者殿がお一人で売り先を探しても1億に毛が生えた程度。そして他の商店に私に優る人脈など期待できはしません」

商人「最後に、残りの額から1億Gを差し引いた額を冒険者殿が私から受け取る事になりますな」

商人「つまり1億Gは竜の胆石を預かるための担保ですな」

商人「そして高く売れば売るほど仲介料も増すのですから、私も手を抜きはしますまい?」

商人「冒険者殿は即金を受け取り、私は商機を確実なものとできる。お互いが得をするわけですな」

商人「いかがですかな?」

冒険者「……わかりました、この話お受けします!」

冒険者「お、おおおお……」

冒険者(手に入れてしまった、1億G……)

冒険者「どどどどどどどど、どうしよう」

女戦士「お、冒険者じゃん!」 バシ

冒険者「ひっ! おお、女戦士!?」

女戦士「なんだよ、そんなに驚いて。悪いことでも企んでたのか?」

冒険者「ま、まさか! とんでもない!」

女戦士「はは、そっか。……元気そうでよかったよ」

冒険者「へ?」

女戦士「いや、ほらさ。この前の冒険の時に、その、色々あっただろ?」

女戦士「お前も悩んでるみたいだったし心配してたんだよ」

冒険者「ああ、その事か……」

女魔法使い『才能のない人と一緒にいると、こっちまで落ちぶれそうで嫌なんですよ』

女魔法使い『パーティーから抜けてください。もう二度とあなたとは組みたくありません』


冒険者「まあ、俺に才能がないのは本当だからな」

女戦士「冒険者……」

冒険者「実質荷物持ちになってた俺を、ずっと仲間として扱ってくれてたお前には感謝してるけど……」

冒険者「もう、潮時なのかもな……」 冒険者(だって俺今1億G持ってるし!)

冒険者(あの竜の胆石が売れるのを待ってれば更に何億Gも手に入る可能性だって! やっほーい!)

冒険者(竜の胆石が売れた後は、誰にも知られずひっそりこの街を去って、広い農地と農奴を買って悠々自適に過ごすぜ!!)

女戦士「冒険者……ぐすっ、そんな事ねえよ!!」

冒険者「え?」

女戦士「お前が今まで必死に頑張ってきたのは私が一番よく知ってんだ! 今はただ少し壁にぶち当たってるだけだ!!」

女戦士「誰がなんて言おうと私はお前を信じてる! お前に才能がないなんて二度と言わせねえ! 一緒に頑張ろうぜ!!」

冒険者「え……うん……」

冒険者(どうしよう)

冒険者(ここで『実は俺ってば今1億G持ってるから隠居するつもりなんだよーん!』とか言えない)

冒険者(雰囲気的に絶対無理)

冒険者(それに俺が大金を手に入れたなんて話が広まるのも困る)

冒険者(何の後ろ盾もない俺が大金持ってるなんて知れたら、そんなの翌朝には一文無しの死体にされて転がってるよ)

冒険者(女戦士とは付き合いも長いし信用できる奴だとは思ってるけど、事は命に関わる)

冒険者(それに、1億Gだし。信用できるって言ったって、1億Gだし。うん、1億Gだもの)

女戦士「なんだよ? もしかして私達とパーティー組むのが嫌になっちまったのか?」

冒険者「え! いや全然! パーティー組まずに冒険なんて無理だろ? 組みたい、今すぐパーティー組みまくりたい!」

女戦士「そっか良かったよ! 実はメンバーを増やそうと思ってたんだよ! 3人ってのもキリが悪いだろ?」

冒険者「ええっ!? 今ぁ!?」 冒険者(なぜ大金を手に入れた今信用できない新メンバーを!?)

女戦士「え、嫌なのか。もしかして……」

冒険者(今疑われるのも困る!) 冒険者「いや全然! 新メンバー最高!」

女戦士「よし、一緒にメンバーを探しに行こうぜ!」

酒場の店主「あらいらっしゃい、今日は何の用なの?」

女戦士「新しい仲間を探そうと思ってさ。な?」

冒険者「え、うん」

酒場の店主「どんな仲間を探しているのかしら?」

冒険者(金に執着のない人がいいな)

女戦士「金勘定が好きな奴がいいな」 冒険者「ぶぇぇ!?」 女戦士「うわっ、なんだよ!?」

冒険者「いいい、いや、別になんでもないけどその、な、なんで? なんで金勘定の好きな奴?」

女戦士「私達三人ってそういうところ雑だろ? 一人そういうのが得意な奴がいれば、報酬の交渉や消耗品の購入で苦労しなくていいだろ?」

女戦士「その、お前に才能がないとは思わないけど時間は必要だろうしさ、長い目で冒険生活考えるならそういう奴がいいかと思ってさ」

冒険者(何こいつ、なんでそんないい奴なのお前)

冒険者「お、おう……」

冒険者「で、でもさ、それは冒険で直接必要になるわけじゃないじゃん?」

女戦士「ん、まあな」

冒険者「長い目で物事を考えすぎて足元が疎かになるとさ、うっかり冒険の途中で死んじゃうかもしれないじゃん?」

女戦士「なるほど、確かに考え違いをしてたかもな。お前のそういう考え方、なんつーの、物事を俯瞰できるっていうの? やっぱパーティーに必要だよ」

冒険者「お、おう。まあ、そういうわけだから、まずは冒険に必要な奴を選ぼうぜ」

酒場の店主「そう。それで、どういう人が御希望なのかしら?」

冒険者「どうするんだ?」

冒険者(俺は竜の胆石が売れればパーティーから抜けちまうから責任持てないしな、ここは女戦士に任せよう)

冒険者(できれば信頼できそうで金に汚くなさそうな、そうだな、僧侶なんかがいいな)

女戦士「盗賊を頼む」 冒険者「ごぶぇぇ!?」 女戦士「ちょ、唾が掛かっただろ!!」

冒険者「いいいいや、いやいやいやいや!! なんで盗賊!? よりによって盗賊!? 盗賊だぞ!? ほぼ犯罪者だろ!?」

女戦士「お前は何を言ってるんだ? 犯罪者がこんな所にやってくるわけないだろ!」

女戦士「盗賊ってのは鍵明けや罠解除が得意な偵察要員だろ」

女戦士「辞めた後はともかく、ギルドに登録してる者は身元がある程度ハッキリしてるし。こんなの常識だろ」

女戦士「で、私は剣で敵を倒すしか能がねえし、女魔法使いもその辺は適当だし」

女戦士「盗賊がいれば突然敵に襲われたりもしねえし、罠の危険だって避けられるし、冒険の実入りも良くなる」

女戦士「前々からその辺りの事は気になってたしな。冒険の負担が軽くなって安全になるってわけだ」

女戦士「私だって色々考えてるんだぜ? ……つーかお前、さっきからいったいどうしたんだよ。なんか変だぞ」

冒険者「そ、そんな事ないぞ?」

冒険者(まずい)

冒険者(Iどうも大金を持ってると思うと、言動に落ち着きがなくなる)

冒険者(なんだか誰もかれもが俺の金を狙ってるような気がする……)

女戦士「何そわそわしてんだよ。やっぱりお前……」

女魔法使い「……二人で何をしているんですか」

女戦士「うわっ! お、女魔法使いか、ビックリさせるなよ」

女魔法使い「ああ、元パーティーメンバーのその人の再就職先でも探していたんですか?」

女戦士「元って、お前……」

冒険者(そうだよな。女戦士がどう言おうと女魔法使いの気持ちは変わってないよな。よし!)

冒険者「はは……やっぱり、俺って才能ないよな……」

女戦士「冒険者!?」

冒険者「悪い、お前の邪魔をするつもりはなかったんだ。……女戦士、俺の事はもう気にしないでくれ」

冒険者「お前ら二人は伸びるよ、俺が保証する。だからさ……俺の分まで、頑張ってくれよな!」

冒険者(よし! よし! よし!)

冒険者(女戦士には悪いが、これで違和感なく引退できる! 俺は才能に見切りを付けて引退しただけの冒険者!)

冒険者(言われた時は少し傷付いたけど今となっては素直に女魔法使いに感謝できる!)

冒険者(俺を罵倒してくれて、心からありがとう!)

女魔法使い「あなたは……あなたはなんでそうなんですか!?」

冒険者「ん、んん??」

女魔法使い「私がどんな気持ちでいると思ってるんですか!?」

女魔法使い「私だって本当は、本当はあなたと一緒に冒険がしたいんです!」

女魔法使い「でも、でもあなたは、いつからか諦めたようにいつも笑うようになって!」

女魔法使い「本当のあなたはそんな人じゃないじゃないですか!!」

女魔法使い「昔のあなたは、私が尊敬していた先輩冒険者だったあなたは!!」

女魔法使い「いつだって大きな事しようとしていて、誰よりも凄い冒険者になろうとしていたじゃないですか!!」

女魔法使い「だから私、私……っ、昔のあなたに戻って欲しくて……っ、うっ、うぅ……っ」

冒険者(いやあの、そんな事を言われても、あの、1億Gがですね)

冒険者(いや確かにそういう風に夢見ていた頃もあったよ? でも現実って壁とか色々あるじゃん?)

冒険者(それに最終的に、その何、冒険の果て的な、目指してた老後生活的なゴール?)

冒険者(それ今すぐ実現できちゃいそうなんだけど? ゴールできちゃいそうなだけど?)

ザワザワッ ザワザワッ

女戦士「冒険者」

冒険者(酒場の客達と女戦士からの『お前がなんとかしろよ』的な視線が俺の心に突き刺さります……)

冒険者「な、なあ女魔法使い。お前がそんな風に俺を想ってくれてたのはさ、すげえ嬉しいよ」

女魔法使い「冒険者さん……」

冒険者「確かに俺、お前の言う通り色々な事を諦めてた」

冒険者「所詮自分なんてこんなもんだって、自分に見切りを付けながらダラダラ冒険してた」

冒険者(それがまさか、偶然拾った石のおかげで大逆転する事になるなんて予想外だったよなぁ)

冒険者(だって俺ってば1億G持ってる男だぜ?)

冒険者(お前ら1億G持ってる? 持ってないよなー。でも俺は持ってますぅ! 1億G持ってまーす!)

冒険者(俺は君らとは違って持ってる人間でーす!)

冒険者(と、今はそれより女魔法使いを説得して自然に引退する流れにしていかなくちゃな)

冒険者「でもさ、今は」 冒険者(今はスッキリした気分なんだ、お前という後を託せる奴がいるからな!)

女魔法使い「今は……先輩、昔と同じ顔をしてます」

冒険者「え?」

女魔法使い「自信に満ち溢れてて、自分は周りの奴らなんかと違う人間なんだって、そういう顔してます」

女魔法使い「冒険者の頂点を目指してた、あの頃の先輩の顔です!」

冒険者(お前俺の心読めるの? なら今の俺のこの気持ち察して? 冒険者やめたい気持ちも察して?)

女魔法使い「先輩、失礼な事ばかり言ってすいませんでした」

冒険者「いや全然失礼なんかじゃなかったし、正論だったから全然大丈夫だから」

女魔法使い「いえ! 先輩がフォローしてくださっても私、自分が許せません!」

冒険者「いやフォローとかじゃなくて本当に」

女戦士「こいつはお前を本当に許してるんだよ」

女魔法使い「女戦士さん……」

女戦士「お互い不器用だった、それだけのことじゃねえか。だろ?」

冒険者「まあ、うん、それでいいわもう」

女戦士「な?」

女魔法使い「……はい!」

女戦士「よし、それじゃ祝杯をあげようぜ! ここから再び始まる、私達の伝説に!」

女魔法使い「乾杯です!」 冒険者「か、乾杯……」

冒険者(誰か助けて)

冒険者「あぁぁ……」


女戦士『ぷはぁ! それで新メンバーの話なんだけどよ』

女魔法使い『新メンバー?』 キョトン

冒険者『そそそ、その話なんだけどさ、せっかく仲直りできたんだからひとまず3人でいこうぜ!』

冒険者『おお、俺達の絆を深めるためにも、さ!』

女魔法使い『……?』

女戦士『冒険者……へへ、そうだな。この3人でどこまでやれるか、試してみようぜ!』


冒険者(なんて、どうにか信用できない奴を身内に入れるのは阻止できたけど)

冒険者「冒険、行きたくねぇ……全力で行きたくねぇ……」

冒険者(いやだっておかしくね?)

冒険者(冒険者ってようはあれだぞ、一獲千金を夢見て戦う命知らずだぞ?)

冒険者(既に一攫千金してる俺が冒険なんて、それ『命知らず』しか残らねえじゃん!)

冒険者(え、俺馬鹿なの? 更に何億Gも手に入るかもしれない時に命捨てに行くとか、俺ただの馬鹿なの?)

冒険者「……そうだ、逃げよう」


商人「これはこれは、冒険者殿!」

冒険者「ど、どうも」

冒険者(さっさと竜の胆石を換金してもらって、それでこの街からおさらばしよう)

冒険者(そこから始まる俺の隠居ライフ! メイドは3人雇おう! そしてスタイル抜群の本妻を迎えて妾と毎日交互に……!)

冒険者(と、今はそれどころじゃねえや)

冒険者「あ、あのですね、事情がありまして換金を……」

商人「ふふふ、冒険者殿。実はこれからあの竜の胆石を10億Gで買い取りたいというお方と交渉するのですよ」

冒険者「じゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅ!? 10億G!?」

商人「私も10億の大台には驚いておりますよ。しかしこれが思いのほか手応えがありましてな」

商人「しかし。先方は大貴族の収集家なのですがね、現金の持ち合わせが足りないそうなのですよ」

商人「まあ10億程度、先方の総資産に比べれば微々たるものですから現金化に時間が必要というだけのこと」

商人「そのお手伝いをしつつ取引を確実のものにするのが私の仕事ですな。腕が鳴ります」

冒険者「よろしくお願いします!」

商人「ほほ、これは私にとっても商機ですからね、頑張りどころですよ。それでは失礼」

冒険者(10億G! 俺の取り分8億G! 8億Gだぞ! 俺の人生何個分だよ!)

冒険者(これは田舎に隠居生活どころじゃねえ! ちょいとした爵位くらい買えるぞ!)

冒険者(そうだ立派な髭を生やそう。そして領主になるんだ。村娘とアバンチュールだ!)

冒険者(領主様、ああ領主様! よいではないか、よいではないか! 領主様、ああ領主様……t!)

冒険者「で、換金の話をしそびれたと」

冒険者(でもあと少し待てば8億Gだろ? 8億Gあれば俺の人生何個買えるよ? 俺の人生なんて大安売りだぞ?)

冒険者(そうだよ、何も冒険に行ったら死ぬわけじゃねえ。今までだってなんだかんだ生き抜いてきたんだ)

冒険者(8億G手に入るまでこの命、守り抜いてやろうじゃねえか!)

冒険者「目標は、命を大事に!」


冒険者「一番いい装備を頼む」

鍛冶屋「一昨日きやがれ」

冒険者「いや本気の話で」

鍛冶屋「ほらよ」

冒険者「いや明らかに売れ残りのボロ装備とかじゃなくて」

鍛冶屋「あー? お前よー、鏡見たことねえのか?」

鍛冶屋「その薄汚い痩せこけた顔! 壊れかけの皮鎧! 繕いだらけの下着!」

鍛冶屋「てめえのどこに一番いい装備を買う金があるって? ああ? うちを乞食の店か何かと勘違いしてんのか? ああ?」

鍛冶屋「うちに喧嘩売ってんなら買うぞ?」

冒険者(うん、もし俺が逆の立場なら無言で叩きのめしてる。よくできた人だわ)

冒険者(まあ右手はハンマーを掴んでるし? 額に血管浮いてるし? 物凄い形相で睨んでるけど?)

鍛冶屋「とっとと失せやがれ、おい」

冒険者(しかしですなぁ、俺にも生きて8億Gを手にするという目的があるのですよ)

冒険者(装備を整えて生存率をあげる、これは必要な事なのですよええ)

鍛冶屋「ちっ、分かったら貧乏人は消え」 冒険者「ほい」 チャリチャリチャリ 鍛冶屋「は?」

冒険者「んん? 足りんかね? んん?」 ジャラジャラジャラ

鍛冶屋「はあああ!?」 女魔法使い「ええええ!?」 冒険者「うげえええ!?」

女魔法使い「せ、先輩、そのお金……」

冒険者(バレた)

冒険者(俺が実は成金1億G野郎だと完全にバレた)

冒険者(冷静になれ、そうだ実はこれは金貨じゃなくチョコレートなんだ今すぐ目の前で食べれば誤魔化せる、わけないぃぃ!)

冒険者(いやだ! 身包み剥がされて死ぬのやだ! 死にたくない! 8億G手に入れるまで死にたくない!)

冒険者(……そうだ、女魔法使いを殺そう)

冒険者(まずこの場を誤魔化そう。『後で大事な話がある』とでも言えばいい。そして呼び出した先で不意を突いて女魔法使いを殺害)

冒険者(死体は切り刻んで魔物に食べさせればいい。そして女戦士には『女魔法使いは急な依頼が入って街を離れてる』とでも言えばいい)

冒険者(後は8億Gを手に入れてすぐにトンズラ、女魔法使いの失踪が明るみになる頃には俺は名前を変えて有り余る金で自由な生活をするんだ)

冒険者(愛する妻と子供に囲まれて静かに暮らすんだ。でも、ああ、窓に! 窓に! 違うんだ許してくれ女魔法使い! 俺には、俺には殺すしかなかったんだよおお!)

女魔法使い「借金、したんですか」

冒険者「そうっ! そうっ! それっ! それぇ! それだぁ! そうなんですぅぅ!!」

女魔法使い「ひっ!?」

冒険者「あーうん、そう借金ね。借金だよね。なんでバレたのかな?」

女魔法使い「なんでって、貧乏な先輩がそんな大金持ってるなんて盗んだか借りたかしかないじゃないですか」

冒険者「だよねー! いやーバレるよねー! 俺が人の金を盗むはずもないしねー!」

女魔法使い「あ、いえ、さっき商人の店から出てきたのを見かけたので借りたんだろうなって」

冒険者「へええええ!? あああうんそうそう! あそこで借りたの! そう!」

女魔法使い「あ、あの、大丈夫ですか?」

冒険者「何が? 全然平気だけど? 逆に? 逆に女魔法使いが心配だけど?」

女魔法使い「え、私ですか?」

冒険者「いやほら、あれだよあれ、えーと、その杖な!」

女魔法使い「杖ですか?」

冒険者「お前出会った頃からそれ使ってるじゃん!? そのローブもかなり傷んでるだろ!?」

冒険者「高いレベル目指してく俺らには新装備が必要なわけ! おい親父、その金貨で一番いい杖とローブ用意しろよ!」

女魔法使い「え、でも悪いです。それより私も一緒に行きますから商人さんの所に返しに」

冒険者「親父ぃぃぃ!! 早く杖とローブぅぅぅ!!」

鍛冶屋「うちとしちゃ高いもんが売れて嬉しいけどよ、本当にいいのか? それ借金なんだろ?」

冒険者「いいんだよ! いいの! この金は将来有望なこいつの装備を買うためのものなの!!」

女魔法使い「せ、先輩……私のためにそんなに……っ」

鍛冶屋「へっ、泣かせるじゃねえか。後輩のために借金こさえててめえはボロ装備か」

鍛冶屋「決めたぜ兄ちゃん、俺ぁお前を応援したくなっちまった! 金はいらねえ、二人ともうちで一番いい装備をやらぁ!」

冒険者「い、いやいや! 金はいるだろ? そのための金なわけだし?」

鍛冶屋「俺がいいって言ってんだ、男が一度言った事を引っ込める気はねえ!」

女魔法使い「あ、あの……そのお金で女戦士さんの分の装備を買うのはどうですか?」

鍛冶屋「ん? 女戦士? 誰だそりゃあ」

女魔法使い「私達の仲間です。私達、3人で冒険をしてるんです」

鍛冶屋「ふんふん、そうか。よし、お前としても一度出した金を引っ込めるのは気が引けるだろ! この金で全部請け負ってやらぁ!」

女魔法使い「先輩! もうこの借金は先輩だけのものじゃありません! 私達3人のものです! 一緒に頑張って返しましょうね!」

冒険者(辛い)

冒険者(女魔法使いの俺を信頼し切った笑顔、なんだかすごく辛い)

冒険者「……ビールくれ」

酒場の店主「はい」 ドン

冒険者「……」 ゴキュゴキュ

冒険者(なんでだ、なんで大金を手に入れた俺がこんなに疲れてるんだ……)

冒険者(これから以前の冴えない冒険者暮らしの頃の方がマシじゃねえか……)

冒険者(他人にバレやしないかと不安で、周りの目を気にして金はろくに使えず……)

冒険者(こうして未だに安酒を煽って、贅沢なんぞろくにできてねえ……)

冒険者「はあ……」

冒険者(8億G手に入れて早く隠居してぇ……)

お嬢様「ふうん、ここが荒くれ者の溜まり場なのね」

護衛「このような場所、お嬢様のような高貴なお方の来るところでは!」

お嬢様「しつこいわね、私がいいと言ってるのよ?」

冒険者(あれだろ、平民の暮らしが物珍しい箱入り娘が来たんだろ?)

冒険者(いるんだよな、この手の勘違いくん。常連客も心得たもんで無視してら)

冒険者(こっちは疲れた心を安酒で癒やすために来てるってのに。俺の癒しを邪魔するとか馬鹿なの?)

お嬢様「ねえねえ、そこのあなた? あなたは他の方達と違って視線を逸らさないのね?」

冒険者「はあ」

お嬢様「私、あなた達に興味があるの。色々聞かせてもらえるかしら?」

護衛「このような下賎な者の話など」 冒険者「いやだ」 護衛「なんだと?」

冒険者「静かに飲ませてくれ。疲れてるんだよ」

護衛「貴様、お嬢様が頼んでいるのだぞ!」

お嬢様「ふふ、いいのよ護衛。対価も支払わずにあなたの時間を奪おうなんて虫がいい話だったわね」

お嬢様「そうね、金貨1枚でいいかしら? 平民は金貨1枚で1年を過ごすのでしょう? 護衛、渡してあげなさい」

護衛「お嬢様の御厚意に感謝しろよ」 チャリン 冒険者「いらない」 護衛「なんだと?」

冒険者「頼むから酒を飲ませてくれ。最近色々大変なんだよ」

護衛「お前酔っているのか? この金貨でその酒が何百杯飲めると思ってるのだ?」

冒険者「酔ってるように見えるか? 俺はここにある一杯を今飲みたいんだよ。頼むから大人しく飲ませてくれよ」

冒険者(大体なんで9990万G持ってる俺が金貨1枚で自分の時間を売らにゃならんのだ)

お嬢様「ふ、ふふ、あなた交渉上手なのね。面白いわ、そうね金貨を5枚」 冒険者「いらない」

お嬢様「で、では10枚に」 冒険者「いらない」 お嬢様「20枚!」 冒険者「いらない」 お嬢様「さん、いえ40枚よ!」 冒険者「いらない」

お嬢様「ええ、ええ分かったわ! あなたって本当にお上手なのね!」

お嬢様「あなたのその冷静な交渉力に敬意を表して100枚よ!! これ以上は」 冒険者「いらない」 お嬢様「このぉぉぉ!」 バシャア 冒険者「うぇぶ!?」

お嬢様「私がぁぁ! この私がこんなに頼んでるのにぃぃぃぃ!!」 バシバシ

護衛「お嬢様、落ち着いてください! それは淑女の振る舞いではありません!」

お嬢様「むきぃぃぃぃ!! 放しなさいぃぃぃぃ!!」 ジタバタ

常連客A「おい見ろよあれ」 常連客B「色気も何もねえな」

護衛「貴様ら、見世物では……! くっ、おい御車! お嬢様をお屋敷に連れ帰るぞ、手伝え!」

御者「は? しかし私のような下賎な者がその、お嬢様に触れるなど畏れ多く……」

お嬢様「放しなさいぃぃぃぃ!! その男を跪かせてやるぅぅぅぅ!!」

護衛「ぐぅ、お嬢様のこのような姿を見世物にしておくわけにはいかんだろうが! さっさとしろ!」

御者「は、はいぃ!」

お嬢様「放せぇぇぇぇ! 覚えてなさいよぉぉぉぉ! 絶対にその顔を地面に擦り付けてやるぅぅぅぅ!」


冒険者「……」

冒険者(なんでだろう)

冒険者(俺はただ、静かに安酒を飲んで心を癒やしたかっただけなのに)

冒険者(ビールで服はびしょ濡れで、顔は引っ掻き傷だらけで髪はぐしゃぐしゃ、周りの客は俺を見て笑ってる)

冒険者「泣きそう」

なんかキリ悪いし>>29の「9990万G」は「9999万G」でお願いしやす

5日後 魔物の森

冒険者「キェェェェェ! キョェェェェ! オキョォォォォォォ!」 ザザザクズシャ

冒険者「インバリョリャァァァァ!! ムリョリョンラァァァァァ!!」 ゴリゴリグサッ

冒険者「オキョ! オキョキョォォ! ボグダギャアアアアア!!」 ザクザクザクザクッ

女戦士「……」 ポカーン

女魔法使い「……」 ポカーン

冒険者「イヒ、イヒヒヒ! モット! モット殺スゥゥ!!」

女戦士「おい」

女魔法使い「はい」

女戦士「どうすんだよこれ」

4日前 自室
冒険者「もういやだ、何もしたくない。もう疲れた」

3日前 自室
冒険者「みんな俺の金を狙ってるんだ。ここか、地面の下に隠れてるんだなお前!」

2日前 自室
冒険者「絶対誰にも奪わせないぞ、これは俺の金だ! そうだ奪われる前に……ヒヒヒ……」

1日前 酒場
冒険者「ああもう俺は大丈夫だ何も問題ないアヒヒヒヒヒィ!」


女戦士「酒場で会った時も様子が変だと思ったんだよ」

女魔法使い「で、でもほら、人間離れした動きで魔物を倒してますよ」

冒険者「モケロォォ! オギョギョギョォォォ!!」 ガリガリガリガリ

女戦士「ていうか人間じゃないだろあれ」

冒険者「アヒャ、アヒャヒャヒャ!」

女戦士「うーん」

女魔法使い「せんぱーい! 正気に戻ってくださーい!」

冒険者「ウ?」

女戦士「おい、こっち向いたぞ」

女魔法使い「せ、先輩? 私達のこと分かりますよね? ほ、ほら、仲間ですよね?」

冒険者「ナ……ガマ……」

冒険者「ウ……ウウ……アタマ……イタイ……」

女戦士「お、いい感じだな! おい冒険者、ほらこの装備見ろよ!」

女戦士「お前が買ってくれたすげえいい装備だぞ! ほら!」

冒険者「ソウビ……カネ……ウ、ウバウ……カネウバウヤツコロスゥゥゥゥ!!」

女戦士「うおぉぉぉ!?」

冒険者「……う……ここは……」

女戦士「はあ、はあ、やっと正気に戻ったか……」

女魔法使い「私、今までの冒険で一番死を覚悟しました……」

冒険者「女戦士……女魔法使い……? どうしたんだ二人とも、そんなボロボロになって!」

女戦士「覚えてないのかよ。やってられねえぜ」

女魔法使い「とにかく、先輩が元に戻ってくれて良かったです」

冒険者「二人とも、まさか俺がお前らを……う、うぁぁぁ! 俺のバカ野郎!」 ゴスッ

女戦士「え?」 女魔法使い「先輩!?」

冒険者「仲間を傷付けるなんて! このバカが! 死ね、死んじまえ!」 ゴスッ ゴスッ

女戦士「お、落ち着けよ冒険者! ほ、ほら! 私達大した怪我なんてしてないって!」

女魔法使い「わ、私達仲間じゃないですか! お互い助け合うのが当たり前ですよ!」

冒険者「お、お前ら……ありがとう、大好きだ! お前達が俺の最高の宝だ!」 ガシッ

女戦士「うわ!」 女魔法使い「ひぇ!?」

冒険者「さて、それじゃあ帰ろうぜ」

女戦士「い、いや、もう少し行けば休憩できる泉もあるし、採取依頼もこなせるから行こうぜ」

冒険者「ダメだ」

女戦士「は? なんでだよ。ここまで来てただ働きなんてお前もいやだろ?」

冒険者「怪我してるじゃないか」

女戦士「怪我って、お前なぁ」

女魔法使い「あの、先輩? お言葉ですが私達は命懸けでこの仕事をしてるんですよ?」

女魔法使い「このくらいの怪我は日常茶飯事ですし、死ぬ覚悟だっていつでもして……」

冒険者「う、うぅ……」 ポロポロ

女魔法使い「せ、先輩!?」

冒険者「不安なんだ……お前達が死んじまったら……俺、生きてけねえよ……っ」

女戦士「い、いやおい冒険者? 落ち着けよ? 私らの仕事ってそういうもんだろ?」

冒険者「そうか! こんな仕事やめればいいんだ!」 女戦士「は?」 女魔法使い「え?」

冒険者「実は俺、もうすぐ8億G手に入るんだ!」

冒険者「偶然拾った石に10億Gの値が付いたんだよ!」

冒険者「仲介料に2億G取られるけどさ、8億Gあればこんな仕事する必要ねえよ!」

冒険者「だから3人でもっと安全で大きな仕事をしようぜ!」

冒険者「本当は俺一人で田舎暮らしをするつもりだったけど、よく考えればお前達がいないんじゃ意味がねえ!」

冒険者「8億Gもあるんだ、なんだってできるさ! 俺達3人で世界を変えようぜ!」

女戦士「冒険者、お前疲れてるんだよ」

女魔法使い「すいません先輩、気付いてあげられなくて」

冒険者「本当なんだよ! 本当に8億G手に入るんだ!」

女戦士「あーはいはい、お前が本当に8億G持ってたらお前を誘惑して玉の輿にでも乗るよ」

女魔法使い「あはは、それいいですね。じゃあ私はお妾さんにでもなりますね」

冒険者「分かった。二人とも結婚しよう」

女戦士「は?」 女魔法使い「はあ?」

冒険者「お前達がそう望むなら俺は喜んでお前達と結婚しよう。ひもじい想いはさせない。できるかぎりの贅沢だってさせる」

冒険者「子育ても手伝うし、家事も分担しよう。いやそうだな、メイドを雇おう。寂しい想いはさせない。ずっと側にいる。お前達一筋だ」

冒険者「だから女戦士、女魔法使い。俺と結婚してくれ」

女戦士「はあ……」 女魔法使い「はあ……」

酒場の店主「はいよ、ビール2つ」

女戦士「おう……」 女魔法使い「どうも……」

女戦士「ん、ん……」 ゴクゴク 女魔法使い「ん、ん……」 ゴクゴク

女戦士「ぷはぁ」 ドン 女魔法使い「ぷはぁ」 ドン


冒険者『お、二人とも帰る気になってくれたのか!』

冒険者『え、なんだよ二人で俺の腕を掴んで。はは、照れるじゃないか』

冒険者『病院? 俺はどこも怪我なんてしてないぞ?』

冒険者『でも心配されるってのも嬉しいもんだよな!』


女戦士「……なんか疲れたな」 女魔法使い「……はい」

女戦士「おまけに、あの金……」 女魔法使い「ああ……」


冒険者『ほら、これが前金の1億G、の手持ち分の1万Gだ!』

冒険者『さすがに1億Gを手元に置いとけないからな、これが残りの預かり証』

冒険者『これで信じてくれただろ?』


女戦士「また金借りたんだよな、あれ……」

女魔法使い「おまけに書類偽造なんて……」

女戦士「あいつ、あれで本気で私達を騙せると思ってるんだよな」

女魔法使い「これからどうしましょうね、私達」

女戦士「でもさ、ちょっとだけ嬉しかったんだよな」

女魔法使い「え?」

女戦士「あいつさ、意外に本音とか言わないタイプだろ?」

女戦士「そのあいつがさ、あんな必死に嘘をついてまで、私達をこの稼業から引き離そうとしてたじゃん?」

女戦士「ま、迷惑ではあるけどさ、あいつも言ってた通り、心配されて悪い気はしないよな」

女魔法使い「ふふ、そうですね。しょうがない人ですけど、だから嫌いになれないんですよね」

女戦士「だな。あーあ、2万Gの借金を返していくなんて気が遠くなるな」

女魔法使い「一緒に頑張りましょうね」

冒険者「うぐぅ……」 ズキッ

冒険者(頭が痛ぇ。なんだ、俺どうしたんだ?)

冒険者「二日酔いか? 昨日は確か、酒場に行って、変な女にビールぶっ掛けられて……」

冒険者「ってうわっ!? なんだこの部屋、床板剥がされてるじゃねえか!?」

冒険者「俺の金、俺の金は……! あ、あった、良かった……」

冒険者(ちくしょう、誰かが俺の金を狙ってやがる!)

冒険者「これ以上この部屋にはいられねえ、他のねぐらを探さないと」

ドンドン ドンドン

女戦士「んー、誰だよー」 ガチャ

冒険者「よ、よう女戦士、朝早くに悪いな」

女戦士「私明け方まで飲んでたんだよ。寝かせろよ」

冒険者「そ、そうか悪い。……じ、実はお前に頼みがあって来たんだよ。その、しばらく泊めてくれないか」

女戦士「はあ?」

冒険者「その、ちょっと事情があって」

女戦士「事情? ……ふふ、そうだ。お前1億G持ってるんだろ? 私の家なんかじゃなく豪邸でも買って住めばいいんじゃないか?」

冒険者「は? ……え、な、何の話だよ……お、お、お、俺が? 俺がいいい1億Gなんて持ってるわけないだろ!?」

女戦士「おいおいどうしたんだよ、急に謙虚になっちゃってよー。8億G手に入るんだろ? 1億Gくらい小銭みたいなもんだろ?」

冒険者「はははははははは8億G!? お、お、お前、その話どこで……!?」

女戦士「どこでって、お前何言ってんだ?」

冒険者「他に誰が知ってる!? 言え!!」

女戦士「は? 私と女魔法使いだけだよ。さすがに言えるわけないだろ、こんな身内の恥」

5日分やね

冒険者(女戦士と女魔法使い? そうか、例の8億Gの話を聞きに行った時、女魔法使いに目撃されて……!)

冒険者(鍛冶屋での件で不信感を持った女魔法使いは裏を取りに商人の店へ! そして店の人間から事情を!)

冒険者(女魔法使いはこの事を女戦士に相談! そして二人は共謀して俺の金を奪おうと俺の部屋の家探しを!)

冒険者「なんてこった……お前ら、俺の金を狙って……」

女戦士「あ?」 ガシッ

冒険者「うげっ!?」

女戦士「てめえがどんだけトチ狂ってもいいけどよぉ、仲間疑うのは筋が違ぇんじゃねえのか? おい?」

冒険者「あ……」

冒険者(俺は、何を考えてたんだ)

冒険者(そうだよ、戦士は俺が自信を無くして荷物持ちに甘んじてた時も、ずっと俺を仲間として扱ってくれてたじゃねえか)

冒険者(女魔法使いだって、俺が立ち上がるのを信じて、奮起するように厳しい言葉をぶつけてくれてたんじゃないのか)

冒険者(その仲間を、俺は……)

冒険者「うぐっ、ぐすっ、うぅぅ……」 ボタボタ

女戦士「うわっ、お、おい!?」

冒険者「ごべん……ほんどにごべんよぉ……っ」 ボタボタ

冒険者(俺は、自分が大金を手にした途端に仲間の事までずっと疑って……)

冒険者(女戦士や女魔法使いが仲間の金を盗んだりするはずないのに、俺は、俺は……)

冒険者「う゛ぇぇぇぇ……!」 ボタボタ

女戦士「お、おい! 悪かったって! ちょっと私も大人げなかった、ってだから泣くなよ!」

冒険者「お、おれ……おれぇ……!」 ボタボタ

女戦士「分かったから! 泊めてやるから! とにかく中入れよ!」


冒険者「ぐす……そうか、お前達にはとっくに知られてたんだな」

女戦士「いや、知られてたというか……いや、もういいか、なんでも……面倒臭いし……」

冒険者(必死に隠そうとしてた自分がバカみたいだな)

冒険者(だけど。という事は、あの家探しは別の誰かがやったって事になるわけだ)

冒険者(俺の金を狙ってる人間は別にいる。もう俺の命も、長くはないんだろうな)

冒険者「人生とは冒険である、か」

女戦士「ん?」

冒険者「なんでもないよ。お前寝てないんだろ? ひと眠りしたら酒場に行って依頼でも受けて来ようぜ」

女戦士(ああ、こいつ2万Gの借金あるんだもんなぁ)

女戦士「ぐごぉぉぉ……ぐごぉぉぉ……」

冒険者(もう、金に執着するのはやめよう)

冒険者(1億Gも8億Gも、ただの数字じゃないか)

冒険者(金で仲間が買えるか? 買えやしないさ)

冒険者(そうだ。短い命でも、俺は俺らしく生きよう)

冒険者(仲間と一緒に、冒険をする)

冒険者(それ以上に意味のある事なんてないさ)

女戦士「ぐごぉぉぉ……ぐごぉぉぉ……」

女戦士「ふぁ~あ、寝たりねえ」 女魔法使い「私もです……」

冒険者「さあて、どんな冒険が俺達を待ってるんだろうな!」

女戦士(こいつ大丈夫か?) チラッ 女魔法使い(不安ですけど見守りましょう) チラッ

酒場の店主「あ、冒険者さん! 丁度よかった、あなたに指名依頼が入ってるの!」

冒険者「え、俺にですか?」

酒場の店主「そうなの! 簡単な護衛依頼、一週間ほどの仕事なんだけど受けてくれる?」

冒険者「もちろんですよ!」

女戦士「っておい、詳しい話を聞いてからじゃなくていいのかよ」

冒険者「わざわざ俺を指名してくれたんだ、期待に応えないわけにはいかないだろ?」 ニコッ

女戦士(やっぱこいつ変じゃねえか?) チラッ 女魔法使い(み、見守りましょう) チラッ

お嬢様「あら、依頼を受けてくたのはあなた達ね」

お嬢様「ふふふ、実は前の護衛を首にしてしまったの。次の護衛が見つかるまでの間よろしくお願いするわね、うふふふ」

冒険者「パーティーを代表してご挨拶申し上げます。私は冒険者です。あなたを守るために最善を尽くしますので、よろしくお願いいたします」

お嬢様「……」

冒険者「私の顔に何か付いていますか?」

お嬢様「う、うふふ、いいえぇ? なんでもないわ、うふふふ。それじゃあ屋敷を出る時にはよろしくお願いするわねぇ、うふふふふふ」

冒険者(よく笑う人だなぁ)

女戦士「なあ冒険者、護衛対象のお嬢様がやけにお前の方ばっか見てた気がするんだけどよ」

冒険者「ん? ああ、そうだな。なんでだろうな」

女魔法使い「先輩って一目惚れされるような顔してないですしねー。何か身に覚えはないんですか?」

冒険者「酷いなお前、実際そうだけどよ。しかし身に覚えかー、特にないなー」

ベキベキベキッ

女戦士「ん?」

女魔法使い「どうかしましたか?」

女戦士「いや、なんか変な音しなかったか?」

冒険者「気のせいじゃないか?」

冒険者「そんな事より、お嬢様が家にいる間は屋敷の警備も俺達の仕事だろ? しっかり仕事しようぜ」

女魔法使い「確かに、先輩の言う通りですね」

女戦士「私はこういうの苦手なんだよなー。暴れたりないっていうかさー」

冒険者「こういう小さな仕事でもさ、しっかり真面目にやってれば誰かが見ていてくれるもんだと俺は思うぜ」

女戦士「お、おう……」

冒険者「それじゃ俺は向こうの方を見回りしてくるぜ」 スタスタ

女戦士「……あれ、なんか気持ち悪くないか?」

女魔法使い「そういう事は思っても言っちゃダメです」

冒険者「ふう」

冒険者(今日で依頼も3日目か。弛みが出る頃だ、しっかり気を引き締めていこう)

お嬢様「おはよう、護衛の方々。少々お話があるのだけどいいかしら?」

冒険者「これはお嬢様、どうかいたしましたか?」

お嬢様「実は昨晩窓の外に人影が見えた気がしたの」

女魔法使い「人影、ですか? でしたら屋敷に詰めている使用人の方にお話をした方が」

お嬢様「いえ、きっと私の気のせいだとは思うの。だから今日だけ特別な警備をして欲しいの。あなた達を、そうね……」

お嬢様「あなたは庭の方を」 女戦士「はあ」

お嬢様「あなたは正門の方を」 女魔法使い「はい」

お嬢様「そしてあなたは、私の部屋の前を警備して欲しいの」

冒険者「私、ですか?」

お嬢様「ええ、やっぱり男性の方が側にいてくださると頼りになりますもの、うふふふふ」

冒険者(依頼人の頼みという事もあるが、それ以前に歳若い女性の不安な気持ちを考えると、ここは大人しく従うおう)

冒険者「わかりました! お嬢様が安心してお過ごしできるよう、そうさせていただきます!」

お嬢様「感謝いたしますわ、うふふふふふふふふ」

冒険者「それじゃしっかりやれよ」

女戦士「へいへい」 女魔法使い「先輩もですよ」

冒険者「ふう」

冒険者(冒険者の仕事も色々だよな。この護衛も仕事、魔物討伐も仕事)

冒険者(でも仕事の大きさは違っても人の役に立ってる事に変わりはないんだよな)

冒険者(よし、今日も一日頑張ろう)

ガチャ

お嬢様「冒険者様……冒険者様……」

冒険者「ど、どうしたんですか、お嬢様?」

お嬢様「私、心細いのです。一人で部屋にいると、あの影が私を浚いにやってくる気がして」

冒険者「では人を呼んでまいります!」

お嬢様「いえそれは結構です!」

冒険者「遠慮などなさらずに!」

お嬢様「いえ本当に! 本当に結構なので!」

お嬢様「わ、私はただ、ほんの少しだけ冒険者様に一緒にいて欲しいのです……」

冒険者「いえですが、私如き護衛がお嬢様の部屋に入るなど」

お嬢様「ああ! もう私不安で心がどうにかなってしまいそうです!」

冒険者「医者を呼んでまいります!」

お嬢様「ちょやめて!! やめろ!! やめろって言ってるでしょ!!」

冒険者「……本当に大丈夫なのですか?」

お嬢様「大丈夫だから……あの、ですから……少しの間だけ、一緒にいてくださればそれで大丈夫なので……」

冒険者「ですが私如き護衛が」 お嬢様「あ、窓から侵入者が!」 冒険者「なんだと!?」 ダッ

冒険者「んん? 侵入者など何処にも」 お嬢様「かかったなアホがぁぁ、施錠!!」 ガチャ 冒険者「え?」

お嬢様「はあ、はあ……やっと、二人きりになれたわね、うふふふふ」

冒険者「すいません、お嬢様」 お嬢様「何よ?」 冒険者「今の俺は冒険一筋なのでお嬢様の愛には答えられません」

お嬢様「は……? 何……? は……? 何様なの……? 死にたいの……? は……?」

冒険者「お嬢様?」

お嬢様「大丈夫、大丈夫よ、この日を待ってたんだもの、大丈夫、大丈夫……うふふ……」

お嬢様「ええ、ええ、ひとつずつあなたの誤解を解いてあげるわ、ええ」

お嬢様「この私が? あなたを? 愛してる? わけがないでしょぉぉぉがぁぁぁぁ!!」

冒険者「そうなのですか? 私と一緒に過ごしたいとあんまり強くおっしゃるので、てっきり」

お嬢様「それはぁぁぁぁ! あんたをぉぉぉぉぉ! 跪かせるためぇぇぇぇぇ!!」

冒険者「はあ、こうですか?」 スッ

お嬢様「違う!! 私に屈服して!! 哀れを誘う顔で!! 跪くの!!」

冒険者「演劇の練習か何かですか?」

お嬢様「違ぁぁぁぁぁう!! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 ドンドン

お嬢様「いい加減思い出しなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 何なのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

冒険者(お嬢様が何かすごく怒っている様子なのは分かるし)

冒険者(できれば依頼を穏便に済ませたいとは思うんだが)

冒険者「あの」 お嬢様「思い出したぁ!?」 冒険者「人違いでは?」 お嬢様「ぐぎぃぃぃぃぃ!!」

お嬢様「ひ、ひ、ヒントをあげるわ、さ、酒場よ、私とあなたは酒場で会ったの」

冒険者「酒場。もしかして」 お嬢様「思い出したぁ!?」 冒険者「一緒に冒険を」 お嬢様「してないっ!!」

冒険者「では以前依頼を」 お嬢様「受けてないっ!!」 冒険者「酒を一緒に」 お嬢様「飲んでないっ!!」

冒険者「実は生き別れの」 お嬢様「妹じゃないっ!!」 冒険者「俺の両親を殺した」 お嬢様「仇じゃないっ!!」

お嬢様「あなたふざけてるのっ!!? 大体あなたの両親は生きているでしょっ!!」

冒険者「な、なんで俺の両親の事を?」

お嬢様「ふふふふ、そう、そういう顔が見たかったのよ。あなたの事はぜぇぇぇんぶ調べたわ」

お嬢様「住所も、年齢も、趣味も、職歴も、収入も、能力も、故郷も、女の趣味も、交友関係も」

お嬢様「ぜぇぇぇぇぇんぶ丸裸にしてやったわっ!!」

冒険者「お嬢様」 お嬢様「なぁに?」 冒険者「やっぱり俺の事が」 お嬢様「好きじゃないっつってんだろぉぉぉ!!」

お嬢様「うふ、ふふふ、別にいいのよぉ? 私ねぇ、知ってるの」

冒険者「はあ、何をでしょうか?」

お嬢様「あなたのその余裕の理由。ぜぇぇぇんぶ知ってるの」

お嬢様「10億Gだったかしら?」

冒険者「え?」

お嬢様「あなたが偶然手に入れた竜石の値段、10億Gなんでしょう?」

お嬢様「そうよねぇ、あなたみたいな庶民が、いきなり10億G手に入ったら」

お嬢様「勘違い! しちゃうわよねぇ! 自分が偉くなったみたいな! 気になるわよねぇ!」

お嬢様「この私に対して! 無礼な振る舞いも!! しちゃうわよねぇぇ!!」

お嬢様「でもねぇ」

お嬢様「その10億Gの買い主は私のパパでぇぇぇす!!」

お嬢様「わかるぅ? 私の一言で今すぐその商談、破談にできちゃうのよぉ?」

お嬢様「ねぇぇ? 私に取るべき態度ってあるんじゃないのぉぉぉ?」

冒険者「そろそろ警備に戻りますね」 お嬢様「無視するなぁぁぁぁぁ!!」

冒険者「なあ。人を金で屈服させるのって、そんないいもんか?」

お嬢様「あなたみたいな道理の分からない人間を跪かせるのよぉぉ! 最高の気分だわぁぁ!」

冒険者「俺が何をしたのか知らないけどさ、そんな風に金の力でやり返すのは絶対に間違いだよ」

お嬢様「あ、あ、あなた如きが私に偉そうにぃぃぃぃ! 何様のつもりよぉぉぉぉぉ!!」

お嬢様「いいっ!? あなたの10億Gは私が一言パパに言えば」 冒険者「言えよ」 お嬢様「は?」

冒険者「金で売り渡す魂なんて持ち合わせちゃいない、そういうこと」

冒険者「あんな石、欲しけりゃタダでやるよ。ああ、商人の取り分の2億Gでいいぞ」

お嬢様「へ、へ、平民が、つつ、強がりを言わない方が身のため」 冒険者「契約書でも書くか?」 お嬢様「ううっ」

冒険者「金で買えない物はいくらでもあるんだ。勉強になったな」

お嬢様「わわわ私をここここ、コケにするのも、そそそそ、そのくらいにししししし!? しておきなさいよっ!?」

お嬢様「こ、ここが何処だかあなた理解してるぅ!? ここはねぇ、大貴族の娘の寝室なのよぉ!!」

お嬢様「そこに平民が入り込んで! 服の乱れた貴族の娘が! 大きな悲鳴をあげるのっ!! どうなると思うぅ!?」

冒険者「死ぬかもな」

お嬢様「そぉぉぉぉう! そうよぉぉぉぉぉ! あなたは死ぬのっ!! ほぅら、許しを乞いなさいよっ!!」

冒険者「いやだね」 お嬢様「は?」 冒険者「絶対にお断りだ」

お嬢様「あ、あ、あなたに選択の権利なんてないわよっ!! 許しを乞いなさいよぉぉぉぉ!!」

冒険者「死ぬ覚悟はいつでもできてる。そんな覚悟もない人間に、この仕事は務まらないんでな」

お嬢様「そそそ、そこまで言うならいいわよ!! 悲鳴をあげてやるわよぉぉ!!」

女戦士「それはやめた方がいいんじゃねえか?」 女魔法使い「そうですね」

お嬢様「え?」

女戦士「窓の外からで悪いけど、話は聞かせてもらったぜ? こうなっちゃその狂言、あんたが恥掻くだけじゃないか?」

お嬢様「きょ、きょきょ、狂言!? 何よそれ、変なことを言わないでもらえるかしら!!」

女戦士「で、冒険者? 何がどうなってるんだこれ?」

冒険者「まあ、俺がちょっと彼女の父上から金をね。その事を盾に媚び諂うように言われたんだけどさ」

女魔法使い「もしかしてあの? (2万G)」 女戦士「ああ、あの (2万G)」 冒険者「そう、その (10億G)」

冒険者「でもさ、そんなはした金で俺達の魂は売り渡せないだろ?」

女戦士「はっは! 確かに! 私らの魂はとびきり高いんだ! 欲しけりゃその1万倍は必要だぜ! (2億G)」

お嬢様「1万倍!? (10兆G)」

冒険者「俺達は確かに平民で、いつ死ぬかも分からない危険を金で請け負って生きてる」

冒険者「でもそれは俺達自身が望んでやってるんだ、魂まで売った覚えはない!」

お嬢様「そ、そんな……お金に屈しない平民が、こんなにいるなんて……」

お嬢様「う、うぅ……も、もういい、出て行って! もう屋敷に来ないで!! 私の前に顔を見せないで!!」

冒険者「でも依頼が」

お嬢様「報酬は払うから、だからいなくなって!! 私を一人にしてっ!!!」

酒場 夜

冒険者「乾杯!」 女戦士「乾杯!」 女魔法使い「乾杯!」

ゴクゴクゴクッ

冒険者「かー! 魂が潤う!」

女戦士「私達にゃこれなくちゃな!」

女魔法使い「ですねー!」

女戦士「私らの魂はビールで出来てるようなもんだよ! かはは!」

冒険者「はは! 確かにこれだけ黄金色なんだ、俺らの魂も黄金の魂ってわけだ!」

女魔法使い「あはは、ですねー!」

女戦士「……でよぉ、大丈夫なのか?」

冒険者「ん? 何が?」

女戦士「例の金だよ。あんな啖呵切っちまったけどよ、向こうが何してくるか分からないだろ?」

冒険者「いや、もう金の事は決着は付いた」

女戦士「本当か!?」


商人『……本当にいいのですか? いえ、私としては損のない取り引きですからいいのですが』

商人『こう言ってはなんですが。……長い商人生活で、8億Gをドブに捨てる人を見たのは初めてですよ』


冒険者「綺麗さっぱりゼロだよ」

女魔法使い「これで安心して頑張れますね!」

女戦士「これは祝いに飲むしかねえな!!」

冒険者「うぃー、ひっく……うー……」

酒場の店主「お客さん、寝ちまう前にお勘定お願いね」

女戦士「うー、わかってるってば……あれ、あー、お金ないや。女魔法使い?」

女魔法使い「あー」 ジャラ 女魔法使い「銅貨2枚しかないです」

酒場の店主「……冒険者さん?」

冒険者「うぃー? さいふからっぽー」

酒場の店主「みんな? 覚悟はいいかしら?」

女戦士「おおお、落ち着こうぜ店主さん! か、必ず払う、払うから!」

酒場の店主「貴方達の必ずは信用しません!!」

女戦士「ど、どうすんだよ」 女魔法使い「知りませんよー!」

酒場の店主「今日という今日は……!」

チャリン

酒場の店主「え?」

商人「これで足りますかな?」

酒場の店主「え、ええ、もちろんですけど、その、いいんですか?」

商人「ええ、今日は大きい商談がまとまって美味い酒が飲めましたからな」

酒場の店主「……貴方達、商人さんに感謝しなさい」

女戦士「ありがとうおっさん!」 女魔法使い「ありがとうございます!」

商人「なに、2億Gの儲けに比べれば微々たるものですよ」

女戦士「え?」 女魔法使い「え?」

商人「冒険者さんに、いい儲け話をありがとう、と伝えておいてください。では」

冒険者「ぐがぁぁぁ……ぐがぁぁぁぁ……」

女戦士「……」 女魔法使い「……」 女戦士「まさか……」 女魔法使い「ですよねぇ……」

おわりで
金の力で大冒険とかしたかったけど、それはそれで冒険者のドヤ顔が浮かんでむかつくんでやめました

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