【ポケモン】ヨウ「ブログを始めてみた」 (1000)

 
┃ はじめまして

 2016-11-18
 テーマ:ブログ

 皆さん、アローラ。おはよう。こんにちは。こんばんは。はじめまして。
 
 僕はアローラポケモンリーグ初代、というか現チャンピオンのヨウといいます。
 本当は気が進まないけど、皆がやってみればと勧めるので、ブログを始めることにしました。

 まあ、気が向いたら覗いてみて欲しい。僕も肩の力を抜いて、とりとめもなく、適当にやっていくから。
 これからよろしく。
 

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┃ 退屈だ

 2016-11-19
 テーマ:ブログ
 
 僕は今、ラナキラマウンテン山頂のアローラリーグ本部で挑戦者を待っている。

 挑戦者もあまりやってこない。一日に2~3人来ればいい方だ。

 本当に退屈だ。

 僕をこの玉座から引きずり落とす人が早く訪れないだろうか。
 

  
┃ 書くことがない

 2016-11-20
 テーマ:ブログ

 結局昨日は誰も来なかった。今日も来る気配はない。

 ハウもグラジオもククイ博士も忙しいのかな?

 バトルだってしてないのに、ブログに書くようなことなんて何もない。
  

 
┃ 時間の無駄

 2016-11-22
 テーマ:ブログ
 
 何も起こらない。
 こんなことをブログに書き残す意味ってあるのか?
 

 
┃ 嫌い

 2016-11-24
 テーマ:ブログ
  
 あまりに書くことがないが、三日坊主になるのもなんだから、なんとかして書こうと思う。
 とりあえず個人的なことを書いていく。

 何が嫌いかって、僕はアローラ地方の料理が嫌いだ。

 いや、「アローラ地方の料理」とひとくくりにすべきじゃあない。おいしいものだってある。
 嫌いと言うよりかは、好みじゃない。食べられないわけでもないが、好きじゃない。

 でも、聞いてくれ。

 アローラの料理はどうも味付けが濃いし、極端だ。
 甘いものなら虫歯になりそうなくらい甘ったるくて、辛いものなら火を吹きそうなくらい辛い。
 カントーやジョウトの料理を出す店もあるが、大体はアローラ風アレンジをされてる。
 つまり、やたらめったら味が濃い。

 料理にはもう少し繊細さってものが必要なんじゃないだろうか?
 どうもアローラの人は大らかすぎる。
 

 
┃ 僕が悪かった
 
 2016-11-26
 テーマ:ブログ

 どうもこのブログは、僕が思っているよりも注目されているらしい。
 一昨日の記事をアップしてすぐ、マオが僕のところに乗り込んできた。
(つまりこれは昨日の話なんだけど、帰る頃にはヘトヘトだったので、今日こうして書いている)

 マオっていうのはアーカラ島のキャプテンの一人だ。
 明るくて元気いっぱいな女の子で、しまクイーンのライチさんの妹分という感じ。
 コニコシティのアイナ食堂の看板娘だ。知ってる人もいるんじゃないかな?

 それはともかく、どうも僕がアローラ料理を好きじゃないというのが気に障ったらしい。

 別に君のところの料理が不味いってわけじゃないと釈明したが、彼女は納得せず、
 勢いのままハウオリシティのカフェやレストランを食べ歩くことになってしまった。
 当然のように支払いは僕。

 今のうちに言っておくよ、マオ。
 行列のできるマラサダの屋台で、君が一番高いやつを頼んでいたことは忘れてないぞ。

 しかし、なるほど確かに、僕の好みに合う店が何軒か見つかったのは、マオのおかげだ。

 たまには外に出てみるのもいいものだ。ありがとう。
 今度君のうちに食べに行くよ。
 

 
┃ 世間話

 2016-11-27
 テーマ:ブログ
 
 今日は珍しい来客があった。元スカル団幹部のプルメリさんが僕を訪ねてきたんだ。

 彼女はいかにも姐御って感じの人で、見かけはちょっと刺激的だが、優しい人だ。
 スカル団が解散した今でも、ポケモントレーナーとして修行するかたわら、
 したっぱ達の働き口を一緒に探してやったりとか、色々やってるみたい。

 今日はチャンピオンに挑む挑戦者としてではなく、単に世間話をしに来たようだった。
 グズマさんとハラさんの話とか、マオの実家で働いているしたっぱの話とか、
 お節介なマーレインさんの話とか、陰ながら自分達を助けてくれているクチナシさんの話とか。
 
 自分ではない誰かのことを話すプルメリさんは、時々、とても暖かい微笑を浮かべる。
 お姉さんのようで、母親のようで、きっとこのプルメリさんこそ、嘘偽りない本当の彼女なんだ。
 少なくとも僕はそう思うようにしてる。
 よく言うだろ? 人を見た目で判断しちゃいけない。

 なんというか、話ができてすごく安心した。本当だよ。
 プルメリさんとの時間は2時間ほどで終わってしまったけど、また来て欲しい。

 どうせチャンピオンなんて暇なもんだし、ロズレイティーの淹れ方くらい覚えておく。
 

 
┃ 防衛戦

 2016-11-29
 テーマ:ブログ
 
 今日は久しぶりの防衛戦だった。

 四天王を突破して僕の元にやってきたのは、ポニ島のしまクイーンのハプウ。
 じめんタイプの使い手だが、手持ちはみずやくさで弱点が一貫しないよう工夫されている。
 味方であればとても頼もしいパートナーで、対戦相手であれば油断ならない強敵だ。

 久しぶりに、本当に久しぶりに楽しいバトルだった。
 結果? このブログを読んでいる人ならわかるだろう。今回も僕が勝った。防衛成功だ。

 ハプウは玉座に戻ろうとする僕を呼び止めて、
 僕をしゃがませ(ハプウの背丈は僕の肩くらい)、帽子を取って頭を撫でてきた。
 彼女の家のニャースにするみたいに。
 たまにはポニ島に遊びに来いと、ハプウは優しく笑った。
 
 ハプウは僕が退屈なチャンピオン生活に飽き飽きしているのを知っているんだ。

 ハプウの優しさが嬉しかった。感謝している。でも、僕はポニ島にはあまり行きたいと思えないんだ。
 あの島は、僕の大切な人を思い出させるから。大切な人との冒険の思い出を。
 今の僕には、それが辛いんだ。
 

 
┃ ハノハノリゾートで

 2016-12-2
 テーマ:ブログ

 今日はこの間マオと出かけたみたいに、美味しい店でも探してブラブラしていることにした。
 幸い、アローラ地方はリゾート地。気分転換のための場所には事欠かない。
 気持ちの整理がついたら、ハプウの家にも遊びに行きたい。

 するとハノハノリゾートのビーチで意外な人に会った。リラさんだ。
 彼女は国際警察の捜査官で、僕と彼女はとある事件で出会った。
 国際警察が関わっている事件だ、残念ながら事件の詳細を書くことはできないが、
 大変な厄介ごとだったとだけ言っておく。

 そういえばリラさんは、あの事件の後に有給を取ってしばらくアローラを観光すると言っていた。
 しかし、仕事を休んでバカンスだというのに、相変わらずスーツ姿というのはどうなんだろう。
 まあアローラシャツなんて着て浮かれてるリラさんというのも想像しにくいけど……

 せっかくしばらくぶりに会ったのだから、ということで、そのままビーチサイドで食事をしたり
 二人でナマコブシ投げに興じたりしていると、いつの間にか夜だった。

 真面目そうなリラさんがナマコブシを海に放り投げてはしゃいでる姿を見れたのが今日一番の収穫だった。
 ポケファインダーで写真を撮っておけばよかったと今でも後悔してる。
 

 
┃ 連絡

 2016-12-14
 テーマ:ブログ

 しばらくブログを更新していなくて申し訳ない。12月に入って、色々忙しくなったんだ。

 知ってのとおり、アローラリーグは島巡りの総仕上げである大大試練という側面もある。
 だから四天王もそれぞれの島のしまキングやキャプテンから選ばれてる。

 でも年末年始はしまキングもしまクイーンもキャプテンも色々と忙しくなるから、
 リーグを休む時期について詰めていた。
 後は、クリスマスのイベントとか……チャンピオンとして顔を出さなきゃいけない行事が
 思ってた以上にたくさんあるんだ。まったく勘弁して欲しい。

 とりあえず今言えるのは、12/26~1/3までリーグは閉鎖するから、来ても無駄だよってこと。
  

 
┃ ところで

 2016-12-15
 テーマ:ブログ

 コメント欄を見ていて思ったんだけど、どうもひどい誤解を受けている気がする。

 曰く、「連日女の子をとっかえひっかえしてる奴でもチャンピオンになれるのか(呆れ)」だってさ。
 
 一応言っておくけど、僕はそんなプレイボーイじゃあないし、
 彼女達は、僕が島巡りと、それに関係する様々な冒険の中で知り合った、大切な友達だ。
 友達が訪ねてきたり、街でばったり会って遊んだ。それだけの話だよ。
 
 それに同性の友達がいないわけじゃない。ただ、連絡がつかないだけ。
 彼らも、お互いに忙しい身の上だからね。

 特に僕なんか、会いに来たければまず四天王を倒せと来たもんだ。
 別に挑戦者じゃなくてただの客人としてなら、いつでも歓迎なんだけど。

 とにかく、マオ達とは君達が考えるようなことは何もないよ。あるわけがない。

 そう、あるわけがないんだ。
 

 
┃ サンタクロース
 
 2016-12-21
 テーマ:ブログ
 
 今思えば、アセロラに誘われるままにクリスマスの買出しに出かけたのがそもそも間違いだった。

 四天王のアセロラはウラウラ島のキャプテンで、エーテルハウスの孤児達のお姉さんだ。
 僕の同僚達の中では一番歳が近いこともあって、彼女とは普段から仲良くしてる。
 ただ、僕を倒してチャンピオンの座を奪うことに殊の外意欲的であることも僕は知っている。

 そんな彼女に、近々エーテルハウスでクリスマスパーティーを開くから、
 マリエシティで買出しに付き合ってくれとせがまれ、僕は軽い気持ちでOKした。
 
 だけど、女の子の買い物の付き添いがいかに過酷で忍耐力の必要なことかを僕はすっかり忘れていた。
 お菓子やジュース類はまだいい。雲行きが怪しくなってきたのはみんなへのプレゼントを選ぶときだ。

 僕は男の子向けにはサッカーボールとかダンバルとメタングの合体するオモチャ、
 女の子向けにはトゲデマルやヌメルゴンの人形でいいんじゃないかと主張したが、
 アセロラは次から次へとプレゼント候補を挙げてきて一向に決まらない。
 結局オモチャ売り場で2時間も激論を交わす羽目になった。

 その上、パーティーで着るサンタクロースの衣装を選びにブティックにも行った。
 スーパーメガやす辺りで売ってそうなパーティー用品で済ませられないかと聞いてみたが、
 そこはこだわりがあるらしく、赤いドレスとかファーコートとか帽子とか、
 とにかくどんどん試着しては感想を聞いてくるんだ。

 僕は思ったまま「可愛い」と言ってあげたが、感想がワンパターンすぎても不満みたいで、
 汲めど尽きぬ泉のような多種多彩の褒め言葉を並べ立てなければならなかった。
 そして極め付けに、買ったものを運ぶのにマリエシティ~エーテルハウス間を
 リザードンに乗って4往復はさせられた。

 なあアセロラ。
 買い物に付き合うのは別に構いやしないんだけど、次はもっと楽をさせてくれないかな。
 

 
┃ メリークリスマス

 2016-12-25
 テーマ:ブログ
 
 メリークリスマス!

 ここ数日で、このお祝いの挨拶を何回言ったかわからない。
 連日、あちこちのクリスマスパーティーやイベントに参加していたからだ。

 22日はトレーナーズスクール、23日はエーテルハウス、24日はロイヤルドーム、
 そして今日はラナキラマウンテン。こんなにパーティー続きだったことなんて今までなかった。
 楽しかったけど、正直、しばらくケーキは見たくない。

 ところで24日のロイヤルドームのクリスマスイベントは、それぞれの島から腕自慢が集って
 僕を交えてバトルロイヤルを戦うというものだったんだけど、そこでリラさんとマツリカさんと会った。

 マツリカさんはポニ島のキャプテンだけど、試練などはしておらず、絵を描くために
 アローラのあちこちを放浪している、マイペースな風来坊。
『例の事件』のときには情報提供者として僕達に協力もしてくれた。

 聞けば、ハノハノリゾートでナマコブシ投げのバイトをしてたリラさんを見かけて、
 彼女を誘って一緒にロイヤルドームまで来たんだとか。
 ……リラさん、ナマコブシ投げにハマっちゃったの?

 そうとくれば、あとはもちろんバトルだ。
 僕、リラさん、マツリカさん、そしてロイヤルマスクの4人によるバトルロイヤルは
 その日一番の盛り上がりを見せた対戦カードだ。ネットで中継を見た人もいるんじゃないかな。
 
 バトルイベント後のパーティーでは……これはちょっと大変だった。
 マツリカさんにお酒を勧められたリラさんがああもあられもない姿を……おっと、やめておこう。
 リラさんの名誉のためにも、ブログに書き込めるのはここまでだ。
 
 ラナキラマウンテンでのパーティーのことは、また別の日に書こうと思う。
 

 
┃ 余談
 
 2016-12-25
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 リラさんは感情が昂ぶってきたり、気持ちに余裕がなくなってきたり、お酒が入ったりすると
 一人称が「わたし」から「ボク」に変わる。

 あるいは、「ボク」のほうが素だったりするんだろうか?
 結構可愛いよね。

 ……って話をマツリカさんにしたら、「知ってる。今頃気づいたの?」みたいな反応をされた。
 なんか悔しい。
 

 
┃ アローラリーグのクリスマス

 2016-12-26
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 さて、予告どおり、ラナキラマウンテン山頂にあるアローラリーグ本部での話だ。

 ご存知のとおり、霊峰ラナキラはアローラ地方で一番高い山だ。
 太陽と月にもっとも近い場所とされていて、大昔から信仰の対象となっていたらしい。
 アローラリーグの提唱者であるククイ博士は、この場所にポケモンリーグを作ることは
 古くからの歴史と伝統に敬意を表する意味もあると、僕に語ってくれた。

 島巡りの総仕上げである大大試練、確かにここ以上にうってつけの場所はない。

 だがクリスマスの夜に限って、アローラの聖地にはポケモントレーナーが押し寄せてお祭りだ。
 目玉は僕達がアローラ中を巡って探してきた強豪トレーナー達を交えたエキシビジョンマッチ。
 
 とりわけ観客の目を引いたのは、カントーから来たというレッドさんとグリーンさんだ。
 この2人は10年ほど前にカントーのポケモンリーグを制しチャンピオンにもなった古強者で、
 特にレッドさんは二ヶ月バトルツリーにこもって戦い続け、つい先日前人未到の1000人斬りを達成した。
 
 こんな人達とのバトル、燃えないわけがない。

 それに、これは公式試合じゃない。
 時として伝説級と言われるような珍しいポケモンだって飛び出してくる、夢の舞台だ。
 まさに勝っても負けてもお祭り騒ぎ。

 僕もそのときばかりはチャンピオンではなく、一人の参加者として、大いに楽しませてもらった。
 

 
 ……と、ここで終われれば、日頃の退屈を吹き飛ばすエキサイティングな体験の記録なのだが、
 そうは問屋が卸さなかった。

 僕が大盛り上がりのエキシビジョンマッチが終わった後にパーティー会場に顔を出すと、
 宴もたけなわといったところでまさに酩酊も最高潮なライチさんに絡まれてしまった。

 ライチさんは四天王の一人であり、アーカラ島のしまクイーンでもある。
 控えめに言って大人のお姉さん。ハッキリと言えば美人で頼りになる大人のお姉さんだ。
 ……なのだが、そのときばかりは少々事情が違った。

 僕にとっても意外なことに、ライチさんは絡み酒の上に泣き上戸の気がある。
 キテルグマみたいに強く抱きつかれ、「ヨウくんが10年早く生まれてればなぁ」とか
「今年も結婚できなかった」とかリアクションに困るような発言ばかり吐き出してくる。
 それもメソメソ泣きながらだ。

 お酒が入ってこんな風になる人は、恋をすると自分の感情を抑えられなくなるタイプが
 多いと聞いたことがあるけど、まさかそれが原因で……?
 いや、やめよう。ライチさんはとても魅力的な人だ。だから誰か貰ってあげて欲しい。

 僕が前後不覚のライチさんから解放されたのは、マオが駆けつけてくれたからだ。
 マオはライチさんをなだめすかし、よしよしと落ち着かせて別室に移動させ、
 酔い覚ましにとても効くというオレンの実とマトマの実のミックスジュースを作ってあげた。

 やけに手馴れていることを僕が指摘すると、マオも苦笑いをして、
 たまにこうしてしこたまお酒を飲み、ひどい二日酔いになることがあると語った。
 流石ライチさんの妹分だけある。一度や二度ではないってわけだ。

 この夜に僕が得た経験や教訓はいくつかあるが、それ以上に謎が残った。
 どうしてライチさんみたいないい人が結婚できないのか。どうもこの謎は僕には解明できそうにない。
 自信のある人は、どうぞコニコシティのジュエリーショップを訪れてくれ。
 

 
┃ 感傷
 
 2016-12-28
 テーマ:ブログ
 
 騒がしいお祭り騒ぎの時期も終わり、すっかり静かになった。
 忙しさが一段落すると、僕は思い出したかのように、落ち込んだ気分になることがある。
 
 ここに来る前まで、僕は自分があまり感情的な人間ではないと思っていた。
 ロボットのように感情がないわけではないが、悲しみに暮れたりもしない。感情の波が小さいんだと。
 ところがそうではないということを、このアローラ地方に来てから思い知らされたんだ。

 正直なところ、詳しい話はしたくない。
 
 彼女がもういないのはわかってるし、そのことは受け入れてる。
 人生には出会いと別れが付き物で、新しいスタートへ踏み出していかないといけない。
 だからブログを始めた。その日にあった楽しいことやくだらないことやバカみたいなことを書き留めて、
 自分の過去と現在を見つめなおしてみるのがいいと勧められたから。

 でも、それでも、彼女との別れは悲しいものにしたのは僕自身の過ちだ。僕のせいなんだ。
 こればかりはどんなに日にちが経っても、過去のことにはできそうにない。
 

 
┃ 申し訳ない
 
 2016-12-29
 テーマ:ブログ
 
 僕がときどき書く『彼女』について、詳細を聞きたいという要望のコメントがあった。

 申し訳ないけど、今はまだそんな気にはなれない。
 僕の気持ちの整理がつくかどうかに関しては、それは時間が解決してくれるのかもしれないけど、
 少なくとも今じゃないのだけは確かだ。
 

 
┃ 釣り

 2016-12-30
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 自宅にいても気が滅入るだけなので、今日はとにかくどこかに出かけたかった。

 静かで、あまり人がいなさそうで、気持ちを落ち着けられそうな場所。候補地はそう多くない。
 そんなわけで、僕はメレメレ島3番道路のカーラエ湾にやってきた。
 海繋ぎの洞穴を通って行ける釣りスポットにはあまり人が来ないことも知ってたからね。 

 カーラエ湾に着くと、そこにはアーカラ島のキャプテンの一人、スイレンがいた。
 彼女は一見すると、同じアーカラ島のキャプテンのマオやカキと比べると地味に見えるかもしれない。
 しかしとんでもない。スイレンは真顔でジョークを言ったり、不意にしょうもない嘘をついて
 周囲を振り回すところがある。僕が島巡りの試練で一番苦戦したのは、彼女の試練かもしれない。

 スイレンも今しがた来たばかりのようで、釣竿の準備をしているところだった。
 せっかくなのでご一緒に、とスイレンが誘ってくるので、僕もリュックから釣竿を取り出した。
(余談だが、僕の使っている釣竿は、試練をクリアした後に彼女から贈られたものだ)

 二人して岩場に座り、海に向かって釣り糸を垂らしながら、色々話した。
 驚いたのは、スイレンも僕のブログを読んでいることだった。
 考えてみればマオが僕のブログを読んでいたのだから、親友のスイレンにも勧めていてもおかしくない。
 スイレンは「これで私もブログに出してもらえますね」と言って笑っていた。

 それから……スイレンは、いくつか僕が触れられたくないと思っていることについて聞いてきた。
 そのときはつい声を荒げてしまった。本当にごめん。
 自分でもそのことをどう扱っていいかわからないんだ。

 でも、この言葉にはちょっとグッときたよ。
「大切な人との別れが辛い気持ち、スイレンにはよーくわかります。
 私もヨウさんがどこか遠くへ行ってしまったら、泣いてしまうかもしれませんから」
 たとえいつもの嘘やジョークだとしても嬉しかった。本当にありがとう。
 

 
┃ 今年最後の
 
 2016-12-31
 テーマ:ブログ
 
 あと少しで新年を迎えるというのに、まったく、なんて一日だったのだろう。

 今日の朝早く、家にエーテル財団からの使いの人がやってきて、エーテルパラダイスに招待された。
 いきなりにも程がある。おかげで年末年始の予定をすべてキャンセルする羽目になった。
 ……いや、ごめん。嘘だ。見栄を張った。本当は予定なんて何もなかった。

 それはそうと、僕を迎えに来たのはエーテルパラダイスの副支部長ビッケさんだった。
 優しくて大らかな女性で、一般の職員からも広く慕われている。僕も島巡りのときにお世話になった。
 確か今は、エーテル財団代表代理のグラジオの個人秘書のようなことをしていたはずだ。

 それで、そのグラジオがどうしても僕に言いたいことがあるらしく、こうして僕を呼びつけたわけだ。
 ビッケさんもすまなそうにしていたが、どうせ予定なんかなかったからそれはいい。
 それよりも問題は、僕が彼と少々ギクシャクしていたということだ。
 あるいはビッケさんは、このことも含めて僕に申し訳なさを感じていたのかもしれない。

 しかし、断る口実もない。ここで無下にするのもビッケさんに悪い。
 そんなわけで、僕は連絡船に乗ってエーテルパラダイスへ向かうことになった。
 

 
 エーテルパラダイスに着いたのはお昼前くらいだった。
 この場所に来るのもずいぶんと久しぶりに思えるが、実際には2ヶ月も経っていない。
 そしてこの場所での思い出は、大体が厄介ごとだ。機会があればブログに書いてもいい。

 船着場からエレベーターに乗り、エントランスを抜けて、宮殿のようなお屋敷に通されると、
 果たしてそこにはグラジオが待っていた。
 グラジオはエーテル財団代表のルザミーネさんの息子で、『彼女』の兄でもある。
 今は病床に伏せっている母の代理として働いている。財団代表の多忙さはハウ達から聞いていたけど、
 心なしか以前より痩せたようにも見えた。

 グラジオとの久しぶりの再会だったけど、僕達はしばらくの間無言だった。
 だってそうだろう? 一体全体、何を話せばいいのか。第一、呼びつけたのは向こうの方だ。

 気まずい沈黙がずっと続くように思えたけど、やがて観念したように、グラジオが口火を切る。

「単刀直入に言う」と前置きしてからグラジオは、僕にカントーへ行く気はないかと言う。
 頭を殴られたような衝撃だ。よりによって、僕の故郷であり、『彼女』が旅立った先のカントー地方へ
 行くつもりはないか、だなんて聞かれたんだ。

 グラジオの言い分はこうだ。
「ブログにいくら言い訳を並べ立てたところで現状は変わらない。
 妹に会って詫びを入れるなりなんなり、好きなようにして来い。
 お前がそのつもりなら、飛行機のチケットくらい手配してやる」
 
 正直、グラジオの言うことは正しい。『彼女』にはやるべきことがある。だから僕が動くべきだ。
 僕のためにそこまでしてくれることには感謝しかない。

 でも、それでも、僕はその提案に即答することはできなかった。
 その場でできることは「考えさせてくれ」と言うことだけだった。
 
 グラジオは何か言いたげだったが、結局それ以上追及しなかった。
 

 
 グラジオとのそう長くもない会話の後、僕はすぐにメレメレ島に戻った。
 彼の提案を受けるか否か、そればかりが頭の中をグルグル回っていた。

 2016年最後の日に、僕は大きな課題を渡されることになってしまった。

 難しいことじゃない。ただ僕が決心を固めればいいだけだ。
 でも、今更どんな顔で『彼女』に会えばいいんだ? 僕は何と言って『彼女』に謝れば?
 僕に『彼女』に会う資格自体、あるかどうかわからない。

 グラジオ。君の友情には感謝してる。
 でももう少しだけ時間が欲しい。本当にすまない。
 

 
┃ ハッピーニューイヤー
 
 2017-1-1
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 ハッピーニューイヤー。

 新年早々、とんでもないことが起きてしまった。
 急に忙しくなってしまい、一連の出来事を整理するのに少し時間がかかるかもしれない。
 

 
┃ 近況
 
 2017-1-4
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 ここ数日あまりに忙しくて、事の次第をブログに書き込む暇もなかった。

 アローラタイムズにも載ってしまった。アイランド・マガジンの特別号にも僕の写真が載ることだろう。
 明日までにはなんとかまとめておきたい。
 

 
┃ 宴と儀式

 
 
 2017-1-5

 テーマ:ブログ
 
 改めて、ハッピーニューイヤー。

 世間は年始明けのどこか気だるげな空気が漂っているが、僕は年始の休みが全部潰れてしまった。
 おかげで全然休んだ気がしないままにまたチャンピオンとしての仕事が始まって、憂鬱だ。
 何はともあれ、今年もよろしく。

 さて、新年早々に起こった出来事を話していこう。長いので記事はいくつかに分けておく。
 事の始まりは1月1日だ。

 その日、僕はリリィタウンで新年を祝う宴に参加していた。
 この手のパーティーは他にもいくつか誘われていたけど、リリィタウンのお祭りごとなら
 参加しないわけにはいかない。この村は僕の冒険の始まり、思い出深い場所だ。

 それに、形や用件はどうあれ、前の日にグラジオにも久しぶりに顔を合わせていたんだ。
 せっかくだからハウにも『彼女』の件を相談したいと思っていた。

 ここで僕の親友について紹介しておこう。
 リリィタウンのハウは僕がアローラに来て最初の友達で、最初のライバルだ。
 一緒に島巡りに挑み、競い合い、高め合った仲だ。僕のチャンピオン就任後も何度か挑戦者として
 ラナキラ山頂の階を登ってきた。強さと優しさを持った、尊敬できる男だ。

 しかし、宴の最中に彼の姿を見つけることはできなかった。彼がいないはずはないのに、どうしたのか。
 彼の不在についてハラさんに聞いてみると、ちょっとした準備があるから遅くなるとのことだった。
 その準備とやらが一体何だったのか、明かされるのは数時間後のこと。
 

 
 18時を回った辺りで、僕はハラさんに外に連れ出された。

 宴の会場であるハラさんの家の前には広場があって、中央には大きな土俵がある。
 そこでアローラ相撲の稽古をしたり、ポケモンバトルをしたり、まあ色んなことに使われるんだけど、
 この日、何のために使われたかは、わかるよね。

 土俵の上では、ハウが僕を待っていた。
 相撲をやろうって雰囲気じゃない。僕はこれから何が行われるのか、すぐに察した。
 
 ハラさんの言うことには、毎年1月1日の夜には守り神に捧げる戦いの儀式を行うのが慣わしだという。
 それも、村で一番強い男達による戦い。そう、僕とハウのポケモンバトルだ。

 ハウは島巡りの冒険の日々を通して、今やしまキングのハラさんをも凌ぐ実力を身につけた。
 僕はリリィタウンの出身ではないが、アローラリーグのチャンピオン。役者不足だとは言わせない。
 メレメレ島の守り神に捧げる戦い、それに相応しい対戦カードだ。
 
 僕にとってはとんだサプライズイベントだが、悪い気分じゃない。
 村の人達が大人も子供もみんな土俵の周りに集まってくる中、土俵の上のハウを見やれば、
「かかってきなよ、チャンピオン」とでも言いたげだった。

 以前、僕は自分が感情的な奴じゃないと思っていたが、そうではないらしいと書いた。
 そう、アローラに来て気づいたが、僕はどうも勝負となると熱くなってしまう。
『彼女』のことをハウに相談しようと思っていたことさえ、このときは頭からすっぽ抜けていた。

 手持ちのポケモン達のコンディションは良好、僕だってすっかりその気だ。
 かかってこい? 上等だ、チャレンジャー。いや、親友。思いっきりやろう。

 そして、僕とハウのポケモンバトルが始まった。
 

 
┃ バトル
 
 2017-1-5
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 前回の続き。

 バトルのルールは3vs3の交代あり。道具の使用はなしだ。バトルに出す3匹は手持ち6匹から選ぶ。

 戦いの興奮にアドレナリンが沸騰する中で、頭の中はしんと冷え切っていた。
 モンスターボールを握る手に力を込めながら、僕は思考をフル回転させた。

 これまでの経験上、ハウは先発にライチュウを繰り出してくることが多い。
 素早く、サイコキネシスなどの強力な技を使うライチュウで速攻を仕掛けるのは彼の常套手段だ。
 だが、これまで何度も戦っている僕を相手にしているんだ。何か考えがあるに違いない。
 
 僕がライチュウに有利なタイプのポケモンを繰り出してくるのを読んで別のにするか?
 それともきあいだまやくさむすびを頼りにライチュウで突っ張ってくるか?
 ハウならばどうするだろう。

 実際の思考時間はほんの数秒だっただろうけど、僕の脳裏には今までのハウとのバトルの記憶が
 次々に浮かんでは消えていった。
 結論を出し終え、お互いに土俵の上にモンスターボールを投じるのはほとんど同時だった。

 僕の先発はドヒドイデ。
 そしてハウが繰り出したのは――僕にとって予想外のことに――ハッサムだった。
 

 
 今まで彼の手持ちでは見たことのなかったポケモンだ。
 しかも、向こうははがねタイプ。どくタイプの技が通用しない。
 ドヒドイデのどくどくで攻撃の起点を作ろうとしたが、出鼻を挫かれた格好だ。

 土俵の反対側のハウと目が合う。彼はしてやったり、とばかりにニヤリと笑って見せた。
 まったくやってくれた。さて、ここからどう攻めるべきか。

 僕のドヒドイデにははがねタイプへの有効打がなく、このままハッサムに居座られては何も出来ない。
 どくびしを撒くか? いや、どっちみちつるぎのまいを積まれれば後続のポケモンが不利になる。
 ハッサムは物理耐久が高いから、交代先で倒しきれるか、これは賭けだった。

 僕は意を決し、ドヒドイデを戻した。僕の次のポケモンはカイリューだ。
 ハウも知っていることだが、僕のカイリューはほのおのパンチを覚えている。
 ドラゴンタイプの広い技範囲でプレッシャーをかけるのが僕の狙いだった。

 だがハウはそれさえ織り込み済みだった。

 僕がカイリューを繰り出したのを見るやいなや、ハウのハッサムがまばゆい光に包まれた。
 まさか? そう、そのまさか。

 メガシンカだ。
 

 
 進化を超えた進化。限界を突破した新たな姿への変身。
 それがメガシンカだ。このアローラ地方で使いこなせるトレーナーはそう多くない。
 
 ハウがメガシンカを使うとは思っていなかった。まさか『準備』ってこれのことだったのか?

 こちらの動揺した一瞬の隙を突き、姿の変わったハッサムがカイリューに襲いかかった。
 メガハッサムは弾丸のようなスピードで急接近し、鋭いパンチを放つ。
 回避を指示したが間に合わず、カイリューは一撃をもらってしまった。

「俺もヨウに勝つために色々鍛えてたんだー」と、ハウは間延びした調子で言う。

 ああ、鍛えた甲斐はあったよ、ハウ。正直かなり驚いた。だけど燃えてきたぜ。
 
 つるぎのまいではなくバレットパンチを選んだということは、正面からの殴り合いが望みか。
 だったら乗ってやる。

 体勢を立て直したカイリューの右手に炎が燃え上がり、反撃のほのおのパンチを放つ。
 対するメガハッサムは両腕をクロスして守りの体勢を取った。

 ほのおのパンチの衝撃でメガハッサムは大きく後ずさったが、倒れない。
 まもるを使ったのか。やはり唯一の弱点であるほのお技を素直に喰らってはくれまい。

 このバトル、俄然面白くなってきた。
 

今更ですがバトル描写がガバガバなのは許してください


 カイリューが翼を広げて飛び上がり、急降下して地面に拳を叩きつける。
 メレメレ島全体を震わせるかのようなじしんが巻き起こり、メガハッサムにダメージを与える。

 じしんに足を取られた今がチャンスと追撃を指示したが、そこは相手もさるもの。
 メガハッサムが目にも留まらぬスピードでカイリューに追いすがり、でんこうせっかの一撃を加える。
 
 メガハッサムはバレットパンチで確実に先手を打ってくるが、カイリューに耐えられない攻撃ではない。
 しかしこちらのほのおのパンチもタイプ不一致、弱点ではあるものの今一歩火力不足。
 至近距離からの応酬で互いに決定打を与えられぬまま、一触即発のにらみ合い。
 りゅうのまいやつるぎのまいをする隙も与えてはもらえない。

 かと思えば互いに弾かれたように距離をとり、はねやすめで体力回復を図る。

 一進一退の攻防は続く。僕もハウも互いに一歩も譲らない。
 しかし、メガハッサムの方が防御力が高い分、これ以上長引いてもジリ貧だ。

 だがハウは僕とのバトルに関しては踏んだ場数が違う。
 少しでも交代を匂わせればそれに付け込んでくるだろう。まだだ、まだ交代は早い。
 
 逆襲のチャンスは一瞬。それに賭ける。
  
 僕が勝負をつけにくる気配が伝わったのか、ハウも表情を引き締めるのが見えた。
 

 
 僕の指示を受けたカイリューが拳に炎を燃え上がらせ、飛んだ。
 渾身の力を込めたほのおのパンチだ。これで決められなければ!

 対するメガハッサムは……繰り出す技の構えはバレットパンチじゃない。まもるでもない。
 ならば何を狙っているのか?

 カイリューは雄叫びを上げ、拳を振り上げる。

 メガハッサムはそれを真っ向から受けて立ち……次の瞬間、カイリューが吹き飛ばされた。

 あの一瞬で何をしたのかは明らかだ。カウンターだ。
 ハウのメガハッサムはカイリューのほのおのパンチの威力を利用し、手痛い反撃を喰らわせたのだ。
 弱点を突かれて大きなダメージを受けただろうが、それ以上の痛手を負わせてきた。

 ハウは僕が勝負に出たと見るや、こちらの攻撃を逆手に取ってきた。
 瞬きほどの時間でカウンターという賭けを決断できる勝負勘。さすがは僕のライバルだ。

 幸いカイリューはまだ戦闘不能にはなっていないが、追撃のバレットパンチで瀕死に追い込まれるだろう。
 残念ながらアローラ地方ではカイリューにしんそくを覚えさせることができないのだ。
 
 メガハッサムはすぐさまバレットパンチの体勢に入り、カイリューにとどめを刺そうと迫る。
 
 ハウはこのとき、完全に僕の裏をかいて出し抜いたものと思っていただろう。
 先発の選出、メガシンカ、そして土壇場のカウンター――確かに、僕は何度も君に驚かされた。

 だから、君にも驚いてもらわなきゃ不公平ってもんさ。
 

 
 バレットパンチがカイリューに突き刺さろうとするその瞬間、カイリューをモンスターボールに戻し、
 ポケモンを交代した。交代先は先発のドヒドイデ。

 技の勢いはそのまま、交代してきたドヒドイデにバレットパンチが命中する。

 ドヒドイデは体力満タン、余裕で受けきる。
 そして……ドヒドイデを殴ったメガハッサムは、そのまま倒れこんだ。

 メガハッサム、戦闘不能。まずは僕の一本先取だ。

 ハウは驚きに目を見開いたが、すぐにハッサムが倒れたからくりに気づいたようだった。
 そう、僕のドヒドイデの持ち物はゴツゴツメットだったのさ。

 僕がドヒドイデを居座らせなかったのはハッサムに対して不利だというだけじゃなく、
 ハウにドヒドイデの持ち物や特性を知られたくなかったからでもあった。

 僕のドヒドイデは特性:さいせいりょくに持ち物はゴツゴツメット。
 こんなポケモンを見せられては殴り合いを仕掛けてはきまい。だから早々に交代した。

 メガシンカは強力だが、反面持ち物がメガストーンで固定され特性もひとつだけだ。
 対して僕の方は先発で不利な体面を引いて後手に回ったように見えて、情報戦の面では勝っていた。
 ギリギリゴツゴツメットで削れる体力まで調整できたのは完全に偶然だが。

 ともあれ、ハウのポケモンを一匹落とすことに成功した。
 バトルはまだ始まったばかりだ。この勢いのまま攻めきってやる。
 

 
┃ 決着
 
 2017-1-4
 テーマ:ブログ
 
 さらに前回の続き。

 バトルは序盤から白熱した展開を見せるが、しかし次にハウが繰り出したポケモンには
 再び驚かされることになった。

 それはグラジオの相棒のシルヴァディ、その進化前の姿であるタイプ:ヌルだったのだ。
 鉄仮面をかぶった四足の獣という印象的な姿だ。見間違えるはずもない。

 タイプ:ヌルはエーテル財団が研究していた人工のポケモンで、『例の事件』に関係する
 あるポケモン達に対抗するため開発されていた。
 僕の聞いた限りでは少なくとも三匹が存在し、そのうちの一匹はグラジオが持っている。
 そして研究施設に残されていた二匹のうちの一匹を、グラジオがハウに預けたのだろう。

 まったく、その日のハウは僕をビックリさせてやらなければ気がすまなかったらしい。
 いや、内心ではかなり驚いていたよ。ただ僕は表情から感情の動きを読み取りにくいと言われるので
 伝わっていなかった可能性は大いにあるんだけどね。

 内心の驚きはともかく、今はバトルだ。
 タイプ:ヌルの登場は予想外だったが、まだ対処は可能と僕は考えた。

 僕とグラジオはハウほどではないが何度もバトルしている。
 当然、タイプ:ヌルの大まかな特徴と弱点はすでに把握済みだ。

 ハイバランスな能力に反して覚えられる技の範囲はそう広くなく、物理アタッカー寄り。
 重たい鉄仮面のせいで本来のスピードが殺されているが、拘束具となる鉄仮面は同時に防具でもあり、
 特性:カブトアーマーとして機能している。
 

 
 僕は交代はせず、ドヒドイデをそのまま居座らせることにした。
 まずはどくどくで消耗させ、三匹目を引きずり出すのを目指す。

 僕はドヒドイデにどくどくを指示するが、ここではやはりタイプ:ヌルが先攻した。
 向こうの初手はでんじは。ドヒドイデは回避する間もなく麻痺してしまう。
 これによって、ドヒドイデは体が痺れて動けず、どくどくは失敗に終わってしまった。

 これは少々厳しいか? しかしここで戦闘不能寸前のカイリューを出す選択肢はない。

 シルヴァディならいざ知らず、カイリューとタイプ:ヌルならまず間違いなくカイリューが先攻を取れる。
 最悪でも毒状態にさえできれば後はこちらが有効打を当てられるはずだ。
 何より、相手より先に三匹目を晒すのは危険すぎる。

 戦いの儀式のルールの厄介なところは、ギリギリまで相手の出方を見てからポケモンを選べることだ。
 たとえば、ドヒドイデ・カイリューに続いて三匹目に僕が何を選ぶか。
 それを見てから、ハウはこちらに有利に立ち回れるポケモンを手持ちの4匹の中から選べるというわけ。
 このバトルにおいて、相手に決定的な情報を掴ませないことは最も重要な戦略だ。

 麻痺こそしているが、物理アタッカーを受けられるドヒドイデならギリギリまで粘れる。
 そう判断し、僕は再度どくどくを指示した。
 
 今度こそどくどくは成功。タイプ:ヌルは猛毒を浴びた。
 

 
 だがハウのタイプ:ヌルの攻撃はこちらの予想を裏切った。
 
 タイプ:ヌルのやぶれかぶれのような体当たり攻撃に、ドヒドイデは大きく吹っ飛ばされる。
 見た目にはわかりにくかったが、受けたダメージの量から察するに撃ってきた技はからげんきだ。

 先発ははがねタイプを含むメガハッサムで毒を無力化し、二番手のタイプ:ヌルでは
 状態異常を逆に利用し攻撃の威力を上げてくる。二段構えの作戦というわけだ。

 だが、からげんきは接触技。ゴツゴツメットに傷つけられたタイプ:ヌルもダメージを受け、
 さらには猛毒で体力が消耗していく。

 からげんきを持っていたのは想定外だが、毒状態にするという当初の目的は完遂できた。
 ここはカイリューに交代だ。死に出しになるかもしれないが、特性:さいせいりょくにより
 交代すれば体力が回復する。これでドヒドイデはもうしばらく耐えることができる。

 そのとき、「そういうのは許さないよー」というハウの声が耳朶を打った。

 交代を指示した瞬間、ドヒドイデは突然の一撃を喰らって沈んだ。
 おいうちだとわかったときにはもう遅かった。
 

 
 内心で舌打ちしながら、僕はカイリューを繰り出した。
 カイリューはボロボロだが、タイプ:ヌルも同様だ。ゴツゴツメットのダメージと猛毒で
 もはや向こうの体力は風前の灯のはず。

 あと一押しでタイプ:ヌルは落ちる。そして三匹目が引きずり出される。
 わずか一手の差。されど、この一手の差でバトルのイニシアティブは僕のほうに転がってくる。

 カイリューは満身創痍の身体で、最後の力を込めてドラゴンクローを放った。
 素早さの差は歴然。カイリューの爪はタイプ:ヌルを切り裂いた。

 だが――ハウのタイプ:ヌルは倒れなかったんだ。

 カイリューのドラゴンクローを受けきったタイプ:ヌルは、咆哮とともにからげんきを繰り出す。
 タイプ一致、さらには威力が2倍になっているからげんきを受けきれるわけもなく、
 ついに僕のカイリューは戦闘不能となった。

 そして、ハウのタイプ:ヌルも体力の限界を迎えて崩れ落ちた。

 カイリューの攻撃をギリギリで耐えられた理由はすぐにピンと来た。しんかのきせきだ。
 タイプ:ヌルはシルヴァディの進化前。つまり、しんかのきせきで耐久力を上げられる。
 まさか、僕が三匹目を先に出すわけがないと踏んで、カイリューを道連れにするための罠だったのか?
 
 ポケモンリーグを目指すアローラのトレーナー諸君。これが僕の親友さ。
 僕の思考を読み、対策を立て、裏をかくことにこれほど長けた奴はそうはいない。
 人畜無害そうな顔に騙されちゃいけないよ。

 ハウ。君とのバトルはいつだって楽しくて、心が踊る。最高だ。
 

記事の日付2017-1-4じゃなくて2017-1-5でしたセンセンシャル!

 
 さて、ここからが本当の勝負だ。
 二匹目までが相打ちの形で終わったため、お互いに三匹目は同時に出し合うことになる。
 
 戦術上の意思決定の参考になる情報は一切ない。
 これまでハウが、今まで使ってきたことのないポケモンを繰り出してきているのを考えれば、
 ハウはこのバトルに備えて手持ちを総入れ替えしてきた可能性すらある。
 彼の手持ちに関する知識はむしろ邪魔になるだろう。忘れたほうがいい。

 そして、それはハウにとっても同じことが言える。僕はひとつのパーティを使い続けることはしない。
 島巡りのときから、多くのポケモンを捕まえては育て、手持ちから入れ替え、戦ってきた。
 だから今、情報の面でどちらが有利ということはない。

 ならば、この場面でもっとも信じられる相棒をこそ、三匹目に選ぶべきだ。

 僕の手持ちは残り三匹……いや、うち一匹はモンスターボールから出てきてくれない。実質二匹だ。

 この局面を任せられるのはこいつしかいない。

 僕は、僕の持っている中で一番古くて傷だらけのモンスターボールを投げた。
 そして、ハウも。

 僕が選んだのはガオガエン。
 ハウが選んだのはジュナイパーだった。
 

 
 対峙するガオガエンとジュナイパーを見て、僕は二ヶ月前のことを思い出していた。
 その日も今日とまったく同じ。お祭りの日、守り神に捧げる戦いとして、二人でバトルした。
 僕はニャビーを貰ったばかりで、君のジュナイパーもまだモクローだった。

 それからたくさんの冒険を経て、僕達はまたここに戻ってきた。
 たくさんのものを得て、いくつかのものを失った。たくさんの人と出会って、別れてきた。
 僕にはこのバトルが、その集大成のように思えてならなかった。

 ガオガエンはほのお/あくタイプ。ジュナイパーはくさ/ゴーストタイプ。
 タイプ相性の上では僕が有利。これ以上の交換はできない。なら一撃で勝負を決めにくるはず。

 僕達の左手首にはめられたZリングが輝く。

 そう、ゼンリョクのZわざのぶつけあい。ここまできたらそれしかない。

 まったく、ハウ。君はどこまで僕と同じことを考えてるんだ。
 ここまでお膳立てされちゃあ、やるしかないじゃないか。
 
 僕とハウはほとんど同時に、ゼンリョクポーズの構えを取った。
 

 
 結論から言えば、最後まで立っていたのは僕のガオガエンだった。

 互いのZ技のぶつかり合いの中で、お互いが大きなダメージを受けた。
 あとはもう気力だけだったろう。
 僕のガオガエンは、最後の力を振り絞って立ち上がったんだ。

 ハウのジュナイパーが力尽きて倒れ、モンスターボールに戻される。
「勝者、ヨウ!」と、勝負の決着を告げるハラさんの声が聞こえた。
 そのときの僕にはただ、心地よい疲れと達成感だけがあった。
 親友とのゼンリョクを尽くしたバトルを制すること。これ以上の快感はないと断言できる。

 僕が土俵の上に立ち尽くしていると、対面に立っていたハウが倒れこむのが見えた。
 急いで駆け寄って抱き起こすと、ひどく体力を消耗していた。無理もない。
 メガシンカもZわざもトレーナーにかかる負担は大きい。それを両方使ったんだ。
 ハウは、「また負けちゃったー。ヨウはやっぱり強いなー」と呟いて笑い、やがて意識を失った。

 よせよ、ハウ。僕だって負けてもおかしくなかった。
 君は強い。このチャンピオンが太鼓判を押すんだ。誰にも疑いの余地なんてないさ。
 僕を倒して、次のチャンピオンになるのは君かもしれないんだ。
 
 最高のバトルをありがとう、親友。
 

 
 ハラさんと一緒にハウを支えて土俵を降りると、みんなが僕達を褒めちぎった。
 素晴らしいバトルだった、二人ともすごい、これで土地神さまもお喜びになる、って調子だ。

 ああ、と僕は思い出した。そういえばこれはカプ・コケコに捧げる儀式だったんだ、と。
 ハウとのバトルにすっかり夢中で、何のためのバトルかなんて忘れていた。
 まあ、僕もハウもあれだけやったんだ。満足してもらわなきゃ立つ瀬がない。

 でもゼンリョクのバトルでさすがに僕も疲れきっていた。
 賞賛の声を受け止めるのもほどほどに、ハラさんの家に戻って休ませてもらおうと思っていた。

 だが、僕を放っておいてくれない者が、この島にはもう一人いたんだ。

 突然雨雲が立ち込め、ゴロゴロと雷が鳴り出した。
 スコールかと思って空を見上げると、轟音とともに、さっきまで僕達が立っていた土俵の上に
 かみなりが落とされた。

 村の人々がビックリして騒いでいる中、僕は土俵の上に何者かが立っているのを見た。
 雷鳴を引き連れ、かみなりとともに現れた『そいつ』の名を知らない者は、この島にはいない。

 そこには、メレメレ島の守り神――カプ・コケコが立っていた。
 

 
┃ 守り神の挑戦
 
 2017-1-6
 テーマ:ブログ

 またまた前回の続き。
 
 ハウとのバトルを制した僕の前に、守り神カプ・コケコが現れた。

 突然の出来事にリリィタウンは騒然となっている。
 普段島中を飛び回っているという気まぐれな神が目の前に現れたんだ。無理もない。
 僕だって、カプ・コケコと会うのは二ヶ月ぶりだ。

 急展開に頭がついていかないが、ひとつ言えることは、カプ・コケコは僕とハウのバトルを
 ちゃんと見ていたらしいってことだった。
 
 その証拠に、土俵の上に立つカプ・コケコは、僕とハウのバトルに触発されたのか、
「俺と戦え」とばかりに僕をじっと見据え、手招きしていた。

 神に捧げる戦いは、好奇心旺盛な守り神の闘争心に火をつけたらしい。
 ああ、僕としてもこんなバトル、断る理由はない。やってやろうじゃないか。
 と、その前に。

 僕は気を失ったままのハウをハラさんに預け……彼のバッグからモンスターボールをいくつか拝借した。

 ハウ。この場を借りて謝っておく。勝手に君のポケモンを使ってすまなかった。
 でも、このときは手持ちの回復をする暇なんかなかった。君も知っているように、
『彼女』から預かったあいつはここのところずっとモンスターボールから出てきてくれないんだ。
 残りたった一匹でカプ・コケコと戦えるか? さすがの僕もそこまで自信過剰じゃない。

 まあ、意識のなかった君に代わって守り神とのバトルをやらせたってことで、堪えてくれ。
 

 
 ともあれ、僕が土俵に上がってくると、カプ・コケコの周囲から聞こえるバチバチ音が強くなった。
 
 やる気満々のカプ・コケコの雄叫びが、バトル開始の合図だった。
 僕はまず残り一匹の手持ちであるドサイドンを繰り出した。

 カプ・コケコがでんきタイプ、ないしでんきタイプのわざを使えるポケモンなのは明白。
 しかしわかるのはそれだけだ。
 でんきタイプの他のタイプは? 空を飛べるからひこうか? 神様だからゴーストかエスパー?
 それともでんきタイプだけなのか? まずはそこから探る必要があった。

 でんき技の利かないじめんタイプで、高い耐久力を持つドサイドン。
 カプ・コケコ相手の様子見ならこいつが一番いい。ドサイドンを使わなかったのはラッキーだった。
 
 僕のドサイドンとカプ・コケコが睨み合う。すると、カプ・コケコの足元から電気が広がって、
 バトルフィールドである広場の土俵は電気に包まれた。

 フィールドを電気で包む、エレキフィールドだ。でんきタイプの技の威力が上がる効果がある。
 だが技として使った様子はなかった。僕はこれがカプ・コケコの特性なんだと察した。

 そしてカプ・コケコは、鋭い眼光で僕とドサイドンを見据えた。くろいまなざしだ。
「逃げることは許さない、とことんまでやるぞ」と言っているようだ。宣戦布告なら今更だけどね。
 第一、僕のほうだって逃げる気はない。

 僕はドサイドンにこおりのキバを指示した。
 まずはカプ・コケコがでんき/ひこうタイプであると仮定しての攻撃だ。
 

 
 冷気を帯びた牙を剥き、ドサイドンが突っ込む。だがカプ・コケコは避けない。
 それどころか両手についた外殻を閉じて防御の姿勢を取り、鶏の頭のような形になると、
 ドサイドンの攻撃を真正面から受け切って見せた。
 敢えて技として見るなら……からにこもる、かな?

 さすがにタイプ不一致のこおりのキバでカプ・コケコの外殻は壊せない。
 それに、抜群に効果があるようには見えない。どうやらひこうタイプではなさそうだった。

 ドサイドンはひと吼えすると、そのまま両手で外殻を押さえつけ始めた。
 自慢のパワーでも外殻に傷ひとつつけられなかったのでムキになったようだ。
 力比べでドサイドンに勝てるポケモンもそうはいない。外殻を壊すまではいかなくとも
 カプ・コケコの動きを封じることはできるかもしれない。いいぞ、そのまま押さえるんだ。

 しかし、僕の見立ては甘かったようだ。
 カプ・コケコの外殻に描かれた目のような模様が光ったと思うと、ものすごい力で
 ドサイドンの両腕は弾かれ、そのまま空へ飛び出して拘束から逃れてしまったのだ。

 飛び上がったカプ・コケコは急降下し、地面に腕を突き立てた。
 するとカプ・コケコを中心に波紋のようなエネルギーが溢れ出し、ドサイドンに向けて殺到した。
 ドサイドンは大きなダメージを受け後ずさる。何らかの技を使ったのは明らかだったけど、
 僕はあんな技は見たことがない。

 念のためロトム図鑑でドサイドンの状態を確認すると、体力は半分も削られていた。
 さすがにアローラの守り神の一柱。一筋縄でいく相手じゃない。
 

ヨウの手持ち数に数え間違いが発覚したので修正の上再投下します

ぶっちゃけると
ガオガエン/ドヒドイデ/カイリュー/ドサイドン/???/ソルガレオ(モンボから出てこない)
が現在のヨウの手持ちとなります

 
 さて、ここからが本当の勝負だ。
 二匹目までが相打ちの形で終わったため、お互いに三匹目は同時に出し合うことになる。
 
 戦術上の意思決定の参考になる情報は一切ない。
 これまでハウが、今まで使ってきたことのないポケモンを繰り出してきているのを考えれば、
 ハウはこのバトルに備えて手持ちを総入れ替えしてきた可能性すらある。
 彼の手持ちに関する知識はむしろ邪魔になるだろう。忘れたほうがいい。

 そして、それはハウにとっても同じことが言える。僕はひとつのパーティを使い続けることはしない。
 島巡りのときから、多くのポケモンを捕まえては育て、手持ちから入れ替え、戦ってきた。
 だから今、情報の面でどちらが有利ということはない。

 ならば、この場面でもっとも信じられる相棒をこそ、三匹目に選ぶべきだ。

 僕の手持ちは残り四匹……いや、うち一匹はモンスターボールから出てきてくれない。実質三匹だ。

 この局面を任せられるのはこいつしかいない。

 僕は、僕の持っている中で一番古くて傷だらけのモンスターボールを投げた。
 そして、ハウも。

 僕が選んだのはガオガエン。
 ハウが選んだのはジュナイパーだった。
 

 
┃ 守り神の挑戦
 
 2017-1-6
 テーマ:ブログ

 またまた前回の続き。
 
 ハウとのバトルを制した僕の前に、守り神カプ・コケコが現れた。

 突然の出来事にリリィタウンは騒然となっている。
 普段島中を飛び回っているという気まぐれな神が目の前に現れたんだ。無理もない。
 僕だって、カプ・コケコと会うのは二ヶ月ぶりだ。

 急展開に頭がついていかないが、ひとつ言えることは、カプ・コケコは僕とハウのバトルを
 ちゃんと見ていたらしいってことだった。
 
 その証拠に、土俵の上に立つカプ・コケコは、僕とハウのバトルに触発されたのか、
「俺と戦え」とばかりに僕をじっと見据え、手招きしていた。

 神に捧げる戦いは、好奇心旺盛な守り神の闘争心に火をつけたらしい。
 ああ、僕としてもこんなバトル、断る理由はない。やってやろうじゃないか。
 と、その前に。

 僕は気を失ったままのハウをハラさんに預け……彼のバッグからモンスターボールをいくつか拝借した。

 ハウ。この場を借りて謝っておく。勝手に君のポケモンを使ってすまなかった。
 でも、このときは手持ちの回復をする暇なんかなかった。君も知っているように、
『彼女』から預かったあいつはここのところずっとモンスターボールから出てきてくれないんだ。
 残りたった二匹でカプ・コケコと戦えるかい? さすがの僕もそこまで自信過剰じゃない。

 まあ、意識のなかった君に代わって守り神とのバトルをやらせたってことで、堪えてくれ。
 

 
 でんき技こそ無効にしているが、正体不明の技で体力が半分も削られた今、
 ドサイドンの耐久力といえど過信はできない。
 
 カプ・コケコのタイプはでんき/ひこうではなく特性もふゆうではない。
 ならばドサイドンのじしんは通る。しかしカプ・コケコはかなりの俊足だ。捉えられるだろうか?
 正直ドサイドンだけで勝てる相手だとは思えない。

 僕の次の指示を受けたドサイドンが地面を激しく踏み鳴らし、じしんが巻き起こる。
 しかし、ドサイドンの動きを見て取ったカプ・コケコはこうそくいどうで回避してしまう。
 そして揺れが収まった瞬間を狙って接近し、でんこうせっかを当ててくる。
 ドサイドンの攻撃は大振りなものが多く、素早いカプ・コケコ相手にはこの繰り返しになってしまった。

 そしてついに、カプ・コケコの会心の一発がドサイドンを倒した。
 外殻を翼のように広げて振り下ろすあの一撃。あれは多分、はがねのつばさだ。

 カプ・コケコは予想以上の強敵だ。ここまでの相手は『例の事件』でもいなかった。
 だが、少しずつでもダメージは蓄積させたはず。あとは僕の狙い通りに行くかどうか。
 くろいまなざしで交代を封じられていたせいで時間がかかりすぎてしまっていた。

 ロトム図鑑の画面に表示されている手持ちポケモンの一覧に目を走らせる。
 今の僕のパーティにカプ・コケコの意表を突く攻撃ができるポケモンがいるとすれば、たった一匹。
 そしてこの機を逃せばそれすらできなくなるだろう。

 僕は、ハウのモンスターボールからライチュウを繰り出した。
 

 
 次の相手が現れ、カプ・コケコは滾る闘争心のまま飛びかかってくる。
 だがそれこそ僕の狙いだ。

 ライチュウは僕の意図を汲み取ってくれたのか、尻尾に乗ったまま爆発的なスピードで飛び出し、
 カプ・コケコと一瞬ですれ違った。
 さしもの守り神も予想だにしていなかったに違いない。

 アローラ地方のライチュウの特性、サーフテール。
 バトルフィールドがエレキ状態のとき、素早さが2倍に跳ね上がる特性だ。

 確かにカプ・コケコは速い。だが僕はもっと素早いポケモンだって見たことがある。
 そして、サーフテールが発動したライチュウより速いポケモンはアローラ地方には存在しないんだ。
 エレキフィールドの効果は時間とともに消えてしまうが、間に合ってよかった。

 カプ・コケコの背後を取ったライチュウはボルトチェンジを放つ。
 雷光のような一撃を与え、そして瞬時にライチュウはモンスターボールへ戻ってくる。
 僕は不意を突かれよろめくカプ・コケコに向けて最後のポケモンを繰り出す。

 ボールから飛び出したミミッキュのシャドークローがカプ・コケコの急所を捉え、
 勝負を決める最後の一発を喰らわせたのは、まさに一瞬の出来事だった。
 

 
 土俵に着地したミミッキュの頭(?)がコテッと倒れ、ばけのかわが剥がれる。
 それと同時に、カプ・コケコが両手を地面につく。

 恐るべきことに、ミミッキュがシャドークローを放ったあの一瞬でさえも、
 カプ・コケコは目の前の相手への反撃を繰り出していたんだ。なんという闘争心だろう。
 ハウのライチュウがいなければ、膝を屈していたのは僕のほうだった。

 だが、勝負はついた。カプ・コケコは戦闘不能。

 このバトル、僕の勝ちだ。

 ……と、そこで初めて気づいたんだけど、そのときリリィタウンはしんと静まり返っていた。
 お祭りムードはどこへやら、守り神とチャンピオンの戦いを村の誰もが固唾を飲んで見守っていたんだ。
 
 僕が村のみんなを見回していると、不意にどよめきが沸き起こる。
 見れば、カプ・コケコが立ち上がって僕のほうへ近づいてきていた。

 僕の目の前までやってきたカプ・コケコは、黙って僕をじっと見つめたまま動かない。
 
 このとき僕は、彼が何を考えて何を望んでいるのか、ハッキリとはわからなかった。
 ただなんとなく、「お前のしたいようにしろ」と言っているような気がしたんだ。
 僕が問いかけるように見つめ返すと、カプ・コケコは黙って頷いた。

 そして僕は、バッグからモンスターボールを一個取り出して、彼の胸にこつん、と押し当てた。
 


 
 
 
 
 ……とまあ、長くなったけど、これが1月1日に起きた事件の顛末。


 親友とのバトルと、カプ・コケコの挑戦。
 これをきっかけに、新年早々メレメレ島はとんでもない大騒ぎになった。

 そう、太古の昔から信仰されている守り神をゲットしたんだ。騒ぎにならないほうがどうかしてる。

 地元の新聞や雑誌には一通りインタビューを受けたし、ローカルTVの特番にも何本か出た。
 今でもひっきりなしに取材の申し込みが来てる。だいたい断ってるけど。

 とにかく忙しいったらない。
 また何か変わったことがあったらブログに書き込むから、待っててほしい。
 


┃ アローラの王
 
 2017-1-10
 テーマ:ブログ
 
 最近の僕がなんと呼ばれているか知ってる? そう、記事のタイトルのとおりさ。
 無敵のチャンピオンから『アローラの王』ときたもんだ。
 
 古代アローラ王朝を興したとされる王は、四柱のカプ神をさえ従えたと伝えられている。
(マリエ図書館に文献が残っているし、四天王のアセロラは古代アローラ史に詳しいから聞いてみるといい)
 アローラの古い伝承になぞらえての呼び名だ。冗談キツイよ、まったく。
 僕が王様なんてさ。

 それで、アローラの王に対する世間の反応は大きく分けて二通り。肯定派と否定派にまっぷたつだ。
 肯定派は、彼は守り神に選ばれた素晴らしいトレーナーだ、カプ・コケコの意志を尊重しよう、
 彼ほどのトレーナーならば悪いことはないだろうって感じ。

 否定派は、守り神をゲットするなんてなんと罰当たりなことか、今すぐカプ・コケコを解放しろ、
 第一あいつは余所者じゃないか……というところだ。

 幸い、僕の同僚達はおおむね肯定的というか、特にハラさんはしまキングとして格別の思いだという。
「カプ・コケコは君とともに戦いたいと思ったからゲットされたのです。胸を張るのですな」とは、
 あの熱い夜が明けた朝にハラさんが僕に言った言葉だ。

 さて、僕のブログの読者のみんなは今回の事件をどう感じただろうか?
 とりあえず僕は、『アローラの王』なんて大げさな呼び方は勘弁してほしいと思ってる。
 

 
┃ カフェで
 
 2017-1-11
 テーマ:ブログ
 
 ラナキラマウンテンのポケモンセンターのカフェでのひと時は、僕の数少ない憩いの時間だ。
 近頃はアセロラもついてくることが多い。彼女は決まって、甘い甘いミックスオレを頼む。

 やれ取材だTV出演の依頼だと忙しい合間を縫っての休憩だ、どうしても近場で済ますことになる。
 そんな僕を見かねたからか、アセロラはニコニコ笑顔で僕とおしゃべりしてくれる。
 君という同僚がいてくれて僕も助かってる。この場を借りてお礼を言おう。

 ところで、彼女は古代アローラ王朝の王族の血を引くとされ、彼女自身も自分の血筋について意識してる。
 でも、余所者の僕がアローラの王だなんて呼ばれることに関して何か思うところはないのかと問うと、
「ヨウが王様でアセロラが王女様なら最高じゃない?」なんて言って僕をからかってくるんだ。

 それに、と、彼女は言う。
 古代のプリンセスと自称してはいるが、アローラ王朝はすでに滅びて久しい過去のものだ。
 血筋という自分のルーツに思いを致すことはあってもそれに縛られる必要はないと。
 自分が守るべきなのはエーテルハウスの子ども達であって、滅びてしまった王族の誇りではないと。
 
 まったく、アセロラはしっかりしてる。自分がどこで何をすべきか、彼女にはちゃんとわかってるんだ。

 でも、でもだ。アセロラ。最近は僕へのからかいが度を越していないだろうか?
「王様のヨウと結婚して女王様になるのも悪くないかも!」
 なんて、性質の悪い雑誌記者に聞かれてみろ。ろくなことにならない。

 それに、僕だって王様なんかじゃない。
 君がプリンセスじゃなく、一人のポケモントレーナーであるのと同じように。
 

 
┃ 大変だ
 
 2017-1-12
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 どうやら今年は厄年らしい。年明けからこっち、大変なことばかり起きる。

 1月1日の事件以降、アローラの島々はとても騒がしくなっている。
 台風の目は『アローラの王』こと僕(自分で名乗るのも恥ずかしいので早く風化してほしい)。
 争点になっているのはカプ・コケコをゲットすることの是非に加えて、他の島の守り神がどうなるか。

 アローラ地方は古き知恵を大事にしている場所だ。
 守旧的な考え方を持つ人々にとって、僕は守り神を冒涜する侵略者と思われているらしい。
 もちろん、僕の行動を肯定し支持してくれる人も大勢いる。
 だから、今アローラのあちこちでは論争が絶えない。

 中には、僕をチャンピオンの地位から降ろすべきだとか、アローラリーグ自体を廃止すべしという
 ちょっとばかり飛躍した意見まで飛び交っている。

 事ここに至って、ハラさんとライチさんはしまキング・しまクイーンとして、それぞれの島の
 ゴタゴタを解決しなければならなくなった。
 加えて時期の悪いことに、もうすぐツワブキ杯ホウエンオープンが始まり、カヒリさんが留守にする。

 結果、四天王のうち三人が長く不在ということになってしまう。
 このままではリーグの運営もままならない。
 僕はアセロラと話し合って、四天王代理を務めてくれるポケモントレーナーを探すことになった。
 
 そんなわけで、明日からしばらくアローラリーグは閉鎖する。
 再開時期は、決まったらホームページやこのブログで告知する。続報を待っていてくれ。
 

 
┃ 一人目
 
 2017-1-13
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 四天王代理を探すといっても、実のところ候補になる人物はそんなにたくさんいるわけじゃない。
 現四天王に比肩する、あるいはそれを上回るほどの実力者となれば当然のことだ。

 しかし、心当たりはあった。それも僕の家から歩いて10分ほどの距離にね。

 僕は朝早くからリリィタウンへ向かい、ハウを訪ねた。
 ハウの実力の程は、僕のブログの読者ならすでにご存知だろう。
 僕のライバルであり、カプ・コケコを熱くさせたバトルの立役者の一人。彼なら四天王に相応しい。

 ハウもその辺の事情はハラさんから聞いていたみたいで、四天王代理を快く引き受けてくれた。
 ありがとう、ハウ。やっぱり持つべきものは親友だよ。

 けど、彼は四天王をやるにあたってひとつだけ条件を出した。
 しばらくの間四天王代理を務めるけれども、これまでと変わらず僕への挑戦もさせて欲しい。
 僕に否やはない。元より、僕の寝首を掻こうと思ってる同僚が約一名いるわけだしね。

 ともあれ、一人目はすんなり決まった。
 メレメレ島・リリィタウンのハウ。僕の親友であり、しまキングのハラさんの孫だ。
 リーグ挑戦者は心してかかってくるといい。
 

 
┃ 二人目
 
 2017-1-15
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 二人目の四天王代理を探して、僕はアーカラ島に来ていた。
 だが実のところ、僕はアーカラ島の四天王候補にはあまり期待していなかった。

 ぶっちゃけた話、四天王候補っていうのはアーカラ島の三人のキャプテンのことだ。
 しまクイーンのライチさんに次ぐ実力者といえば、マオ、スイレン、カキの三人しかいない。
 でも僕には、彼らが首を縦に振ってくれるとは思えなかったんだ。

 まず、マオとスイレンはそれぞれ家業の手伝いがある。
 キャプテンとして島巡りのトレーナーに試練を課すかたわら、家の手伝いもしなくちゃいけない。
 マオの家は食堂、スイレンの家は漁師だ。どちらの家にもお邪魔したことがある。

 カキはもっと大変だ。彼はプロのダンサーになるために留学を希望していて、そのためのお金を
 アルバイトをして貯めている真っ最中。正直、奨学金だけでは厳しいって言ってた。
 今もいくつかのバイトを掛け持ちしている状況だと聞いている。

 自分で言うのもなんだけど、マオもスイレンもカキも僕みたいな暇人じゃない。
 ああ、ハウやアセロラが暇だって言いたいんじゃない。ただ、彼らには彼らの事情ってものがある。
 だから僕は、マオ達には話だけしてすぐに帰ろうとさえ思っていた。
 

 
 マオの実家であるコニコシティのアイナ食堂に向かったが、そこにマオの姿はなかった。

 どこに行ったのだろうと店の中をキョロキョロと見回していると、店員のバッドガールが
 僕に声をかけてきた。
(余談だが、このバッドガールは元スカル団。今ではすっかり更生して料理人を志している)

 聞けば、マオもスイレンもカキも揃ってアーカラ島外れの岬へ出かけているらしい。
 はて? 三人揃ってそんな場所に行くなんておかしい。
 試練とは全然関係ない場所だし、何よりこんなときに限って三人ともだなんて。
 
 しかし、今日は遊びに来たんじゃなく四天王代理の件を打診しに来たんだ。
 どうせ断られるんだとしても行ってみないわけにはいかない。
 僕はリザードンにライドしてアーカラ島外れの岬に向かった。

 岬に着くと、果たしてそこには僕の探していた三人が揃っていた。
 それにしてもこの場所、メロドラマだな。痴情のもつれで誰か突き落とされそうじゃないか?
 そうなったら僕の出る幕はないし、もちろんそんな展開にはならなかったけどね。

 リザードンを降りた僕を見て、スイレンは悪戯っぽく笑って言った。

「ふふ、釣られましたね」と。
 

 
 スイレンの笑みを合図にして、三人はモンスターボールを投げた。
 マオはジャローダ。スイレンはダイケンキ。そしてカキはエンブオーを繰り出した。

 なんてこった。崖から突き落とされるのは僕のほうだったのか? マジでメロドラマじゃないか。
 
 三人のキャプテンに囲まれて困惑する僕に、マオが言う。
「ハウから聞いてるよ。私達のうちの誰かを四天王にするんでしょ?」

 続いて、スイレン。
「せっかくの機会ですから、チャンピオンに私達の実力をアピールしようと思いまして」

 そして、カキ。
「俺達三人とバトルして選んでくれ。誰が選ばれても恨みっこなしだ」

 正直、三人揃って人気のない場所へ出かけていること自体が何らかの罠だということは薄々わかっていた。
 しかし断られるとばかり思っていた彼らだ。思いの外の食いつきに僕は戸惑いを隠せない。

 だけど、簡単な話だった。彼らもポケモントレーナーなんだ。
 いくら忙しいからっていって、こんな面白そうな話を逃す手はない。やってやる。そう思ったんだろう。
 何故なら、僕が彼らの立場でもそう思ったに違いないからだ。

 そういうことなら話は早い。まとめて相手をしてやるよ。バトルロイヤルで来い!

 ……とまあ、アーカラ島での一幕は、おおよそそんなところだ。
 僕とマオとスイレンとカキは思いっきりバトルを楽しみ、僕は全員を叩き伏せた。いつものことだ。
 そして僕はバトルの後に小一時間ほども悩んだ結果、二人目の四天王代理としてマオを選んだ。

 理由?
 いや、特にないよ。三人とも、同僚として一緒にバトルできたら楽しいだろうと思えたしね。

 強いて言うなら、クリスマスの夜に酔っ払ったライチさんをなんとかしてくれたからかな。
 

 
┃ ポニ島にて

 2017-1-18
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 三人目の四天王代理。これについては、僕の中で誰を誘うかはもう決まっていた。
 ポニ島のしまクイーンであるハプウだ。
 何度も四天王を突破して僕に挑戦してきているし、実力の程は申し分ない。

 ハプウの住んでいるポニ島は『彼女』との思い出が多くてあまり気の向かない場所だが、
 今はポケモンリーグの危機だ。事ここに至って私情を差し挟むわけにもいかないだろう。
 それでも一人で向かう気にはなれず、僕はハウ・マオ・アセロラの三人も一緒に来てもらうことにした。

 ポニ島の玄関口である海の民の村で、ハウはマラサダショップがないのが残念だとぼやいていたが、
 いつもどおりの彼がとてもありがたい。
 
 マオは、手に持ったバスケットからお手製のマラサダを出してハウを感激させていた。
 途中で食べるようにと、出かける前に揚げておいたらしい。君らしい気遣いには頭が下がる。

 アセロラはマラサダを頬張りながら、ハプウに会うのが楽しみだと言って笑った。
 彼女達は年も近いし、四天王と挑戦者として何度もバトルしている仲だ。僕もハプウに会うのは楽しみだ。

 ややもすればピクニック気分になりそうなところだが、しかし今回は真面目な用件だ。
 ここはハプウが首を縦に振ってくれるのを祈るばかり。そうでなければ振り出しだ。
 僕らはポニの原野を乗り越えて、大峡谷に続く古道へと向かった。
 

 
 ポニの古道沿いにある、広い畑のある一軒家。そこがハプウの家だ。
 僕達に気づいたバンバドロが大きくいななくと、畑のほうからハプウが歩いてきた。

 アセロラが元気よくあいさつしたのを皮切りに、各々ハプウに思い思いの言葉をかける。
 ハウはともに僕へ挑むチャレンジャー仲間として。
 マオはバトルツリーで修行していた時期にお世話になったお礼を。
 アセロラは久しぶりにバトルしようとハプウを誘い。
 そして僕は、チャンピオンの良き理解者への感謝を込めて。

 再会の挨拶もそこそこに、ハプウの家の居間へと通された僕達は本題を切り出した。
 ハプウに四天王代理としてアローラリーグで戦って欲しいと伝えると、彼女は難しい顔をした。

 ひょっとして嫌なのかと問うと、嫌ではないが、ひとつだけ条件があるのだと言う。
 はて、また条件か。まあそれでハプウが来てくれるならお安い御用だ。
 何でも言ってくれと応じると、ハプウは神妙な顔つきで僕の目を見ながら言った。

「ならば、今すぐ彼岸の遺跡へ行き、カプ・レヒレに会うのじゃ」

 僕が数回瞬きをすると、ハウとマオとアセロラの驚いた声が響いた。

 ハプウの出した条件とは、僕がポニ島の守り神に認められることだった。
 

 
 さて、突然だがちょっとした歴史の話。

 古代アローラ王朝の時代、現在のしまキングやしまクイーンは『カフナ』と呼ばれていた。
 カフナはそれぞれの島の守り神に仕える神官で、カプ神を従えるアローラの王の補佐役でもあった。
 古の王に付き従う四人のカフナは、王佐の賢人として王に次ぐ絶大な権力を誇ったという。
 ちなみに四人のカフナは王が直々に指名していた。

 この手のことに詳しいお主なら知らぬはずはない、とハプウはアセロラに水を向ける。
 アセロラは「そうだったっけ~?」ととぼけていたが、これは確実に知っていた顔だ。

 考えて見れば、チャンピオンとアローラの王。四天王代理と四人のカフナ。そして守り神。
 そこには奇妙な符合があるように思えた。アセロラが面白がって黙っていたのもわかる。

 そして古の王はカプ神を従えていたというが、それは単に力で上回ったからだけじゃない。
 王が守り神達を選び、そして王自身も彼らに選ばれたからこそ、彼らと力を合わせて
 アローラの島々を束ねることができたのだ。

 ハプウは、カプ・レヒレは僕に会って確かめたがっているのだと言う。
 果たして僕が古のアローラの王の再来かどうか。

 ……僕は王様なんかじゃないし、王の再来かどうかなどと問われれば違うと答えるだろう。
 だがしかし、カプ・レヒレが僕に興味を持っているというのは光栄なことだ。
 一人のポケモントレーナーとしては俄然興味をそそられる。

 マオはしきりに「危なくない? 大丈夫?」と心配してくれていたが、大丈夫。心配いらない。
 僕は僕だ。神様が僕に会いたいっていうのなら、ありのままの僕を見せてやる。

 まあ最悪、カプ・レヒレともバトルすることになるかもだけどね。
 

 
┃ カプ・レヒレの試練
 
 2017-1-18
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 ハプウの四天王入りの条件は、カプ・レヒレと会ってかの神様に認められること。
 僕と彼女の仲でも、これだけはしまクイーンとして譲れないという。ならば是非もなしだ。

 ハプウの家で待っていればいいのに、ハウもマオもアセロラもついていくと言って聞かなかった。
 今思えば、守り神が人間を試すということの意味を、彼らは僕よりよく知っていたのだろう。
 一歩間違えれば僕が帰ってこないのではないかと、そう考えていたんだ。

 当然、僕はそこまで深刻というか、悲壮な覚悟を持っていたわけではない。
 カプ・レヒレが僕と会って、どう感じるかなんて、王様でも神様でもない僕には想像もつかない。
 確かめたいというのならどうぞ、だ。僕としてはしばらくの間ハプウを連れ出していくことを
 許して欲しいだけだったんだ。

 そんなわけで、僕達一行はハプウの家のすぐ近くのポニの荒磯を抜けて、守り神カプ・レヒレを祀った
 彼岸の遺跡に向かった。

 僕がこの場所に来るのは二回目だ。一回目は言うまでもなく、島巡りの冒険の中で。
 ハプウがカプ・レヒレの声を聞き、しまクイーンになる瞬間に立ち会ったことはよく覚えている。
 そして、その場には『彼女』もいた。

 ある意味で、この彼岸の遺跡も僕の忘れられない場所のひとつだった。
 

 
 だがその彼岸の遺跡は、前に来たときとは少々様子が違っていた。
 遺跡の入り口まで辿り着いた僕達は、常夏のアローラ地方にあるまじき底冷えした空気に晒された。
 遺跡の奥からはドライアイスでも焚いてるかのような深い霧が立ち込めていた。

 ハプウは、カプ・レヒレが僕を遺跡の奥深くへ誘っていると言う。
 この深い霧は人の目と心を惑わせる。これはカプ・レヒレが僕に課す試練なのだと。

 ここまでくると、さすがに緊張もしてくる。ちょっと挨拶して終わりじゃなさそうだ。
 でも今更やめて引き返す? それはもっとない。少し不安もあったけど、それ以上にワクワクしていた。
 その気になったらとことんまで行くよ、僕って奴はね。

 遺跡に入る前に一度だけ振り返り、みんなに向けてニコッと笑ってサムズアップ。
 大丈夫、僕の戻ってくるところは決まってる。あとは前へ進むだけだ。

 霧に包まれた彼岸の遺跡に生物の気配はまったくなく、コラッタ一匹だっていはしないだろうと思えた。
 内部は不気味な静寂に包まれ、石造りの床を踏みしめる僕の足音だけが響き渡っていた。

 以前に訪れたときは、確かカイリキーにライドして遺跡の中の仕掛けを解いて進んだ。
 大して複雑な構造ではなかったはずだが、深い霧に閉ざされた遺跡内部は数メートル先も
 わからないし、心なしか祭壇への道筋も違っているような……いや、それは気のせいだ。多分。
 なに、大したことない。単に足元が不安なだけならフェスサークルのホラーハウスの方がよっぽど怖い。
 そう心の中で繰り返しながら、僕は慎重に歩みを進めた、
 
 そして、僕は霧の奥に何者かが立っているのを見た。
 

 
 それは……『彼女』だった。

 そう、僕が時折ブログに書く『彼女』だ。見間違えるはずはない。錯覚などではないと自信があった。
『彼女』が現れたとき、僕は何かに捕らわれてしまったかのようだった。
 その声が聞こえ、その姿が見えて……心臓が凍りついたような気分だった。

 あまりに信じがたく、あまりに抗しがたい。最悪の恐怖だったと言っていい。
 気づけば、僕の身体は指の先まで冷え切っていた。

『彼女』は僕に甘く囁いてきた。

「お久しぶりです。さあ、一緒に旅に出かけましょう。いっぱいポケモンさんと出会って、それから……」

 僕に記憶にあるままの微笑みをくれ、踵を返して先を歩いていく。
 思わず彼女の後を追いそうになり、僕は自分の膝を思い切り掴んでいなければならなかった。

 落ち着け。『彼女』がこんな場所にいるはずがない。
 これこそカプ・レヒレの罠……いや試練なんだ。惑わされちゃいけないんだ。

 自分にそう言い聞かせてゆっくりと歩き続ける。『彼女』とは別の方向へ。

 やがて『彼女』の声が聞こえなくなって、僕は『彼女』の歩き去ったほうに目をやった。
 果たして、その先は道が途切れていた。向こうに行ってたら水の中へドボン、だ。
 
 僕は内心で冷や汗をかいた。カプ・レヒレは案外、どぎつい性格をしているみたいだった。
 

 
 惑わされたら迷子じゃすまない。とにかく無心になって幻覚を見せる霧の中を進んだ。
 僕の前に現れたのは『彼女』だけじゃなくて、多くの友人達が僕を脇道に逸らさせようとしてきた。

 ハウやアセロラが、バトルしようと誘ってきた。
 マオが、一緒に食べようと揚げたてのマラサダを差し出してきた。
 スイレンが、今日の私に嘘はありませんとでたらめな道を教えてきた。
 マツリカさんが、アローラの王の姿を描かせてくれと呼び止めてきた。
 リラさんが、今は仕事を忘れて楽しみましょうと手招きしてきた。
 ハプウが、少しは休んだらどうかと僕を引き止めてきた。
 グラジオが、いつまで『彼女』から逃げる気だと僕を責めてきた。

 黙れ。黙れよ。お前達なんか偽者だ。カプ・レヒレの作った幻だ。僕に構うな。
 心の中でそう唱えるのに必死だった。

 後から確認したら一時間も経っていなかったが、そのときの僕には遺跡の祭壇への道のりが
 永遠にさえ感じられた。

 そして、芯まで冷え切った身体を震わせながら、僕は遺跡の最深部へと辿り着いたのだった。
 

 
 カプ・レヒレは僕に試練を課し、僕はここまで辿り着いた。
 僕を確かめたいというなら手短にして欲しい。このままだと風邪を引きそうだ。

 かつてハプウがそうしたように、僕は祈るような気持ちで祭壇に安置されている石像に手を触れた。
 すると……不意に、何者かの気配を感じた。
 振り返ると祭壇の下の広場に誰かが立っていたが、霧が濃くてよく見えない。
 僕は警戒しながら祭壇を降り、そいつのいるところまで歩いていった。

 そこにいたのは『彼女』――いや、こいつはカプ・レヒレの作り出した幻だ。騙されるな。
 悪趣味な試練はまだ続いているみたいだ。油断してはいけない。

 しかし、目の前にいる『彼女』を幻とは思えない。そう思いたくない気持ちも心のどこかにあった。
 そんなはずはないとわかっているのに。

 ああ、そうだ。お前は偽者だ。こんなのわかりきってる。
 いくら守り神だって、アローラとカントーだぞ? どれだけ距離があると思ってる。
 地球の表と裏側にいる僕と『彼女』を引き合わせるなんてできっこないんだ。
 いくら神様だってそんなことができてたまるか。

 懊悩する僕の目の前で微笑む『彼女』が、僕に問いかけてくる。
 寒さで朦朧としながらも、その問いかけだけは鮮烈に印象に残っている。一言一句違えずに思い出せるほど。
 

 
「どうしてそんなにがんばれるんですか? 『私』はもういないのに」

 心臓が一際大きく跳ねるのがわかった。カプ・レヒレはいきなり核心をついてきた。

「ヨウさんは私のために戦って、危険を冒して、傷ついて、それでも助けてくれましたね。
 でも私はもういません。ヨウさんと一緒に旅をすることも、冒険することもありません。
 私に必要とされなくなったあなたはどうしてがんばれるんですか?」

 知った風な口を利くな。『彼女』の声と姿でそんな言葉を吐くな。
 そう怒鳴ってやりたかったが、凍えた喉からかろうじて呻き声を搾り出すのがせいぜいだった。

 ああ、そうだ。そんなことはわかってるよ。僕の冒険は『彼女』がいてこそだった。

 僕は『彼女』が必要としてくれたから戦った。誰にも負けないようにしゃにむに腕を磨いた。
 今じゃアローラの王なんて呼ばれるが、僕の原点はそこにある。

『彼女』にすごい奴だと思われたくて、こっそりポケモンについて勉強もした。
 ロトムの奴に「実はネットで調べてるんだロト~」とバラされたときはいつか殺してやると思った。

『彼女』の少しばかり複雑な家庭の事情に深入りしてしまったのも、『彼女』を助けたかったからだ。
 笑うのに慣れていないようなぎこちない笑顔さえ、僕は守りたかった。

 じゃあ、今は?
 僕はどうしてチャンピオンなんてやってるんだ。あれほど退屈だ、つまらないだなんて言っておいて。
 
 自分にそう問いかけて……僕の中に、その答えはふたつあった。
 

 
 ひとつは単純明快。本当の僕は、どうしようもなくバトルが好きだと気づいたから。

『彼女』のことを抜きにしても、誰かと戦って勝ち負けを決めるのは面白かった。
 相手が強ければ強いほど、負けることが許されない状況でこそ、最高にゾクゾクした。
 挑戦者が来るのを待つだけのチャンピオンなんて退屈で死にそうだったけど、
『例の事件』もカプ・コケコとの戦いも、誰よりもバトルを楽しんでいる僕がいたんだ。

 そしてもうひとつは、『彼女』と約束したからだ。

「約束?」と目の前の『彼女』は問い返す。
 ほら見ろ、偽者め。知りもしないくせに偉そうに。
 
 そう、僕と『彼女』はあの夜に約束したんだ。
 いつまでも、何があっても、僕は僕のままでいると。

 残念ながら、この約束は僕が一方的に反故にしたようなものなのだけど……だからこそ、
 もう一度『彼女』に会う日まで、僕は僕のままでい続けるんだ。

 あの島巡りの冒険の日々の僕のまま。
『彼女』と旅した日々のような、姑息で見栄っ張りで、意地っ張りでお節介焼きで、
 最高に強くてカッコいいチャンピオンのままでい続けなければならないんだ。

 だから僕はチャンピオンの座を守り続ける。ポケモンリーグも終わらせない。
『彼女』との約束のために。
 

 
 僕の言葉を聞いた『彼女』は、それきり何も言わなかった。
 ただ満足したように、優しく微笑んで消えていった。霧が晴れていくのと同調するように。

 そして、カプ・レヒレの気配は消えた。
 ドッと疲れが押し寄せ、いつからかシャツが汗でぐっしょりと濡れているのに気がついた。
 
 さて、カプ・レヒレは僕がチャンピオンとして戦う理由を聞いて、どう思ったんだろうか?
 戦うことでしか満足を得られないおかしな奴?
 それとも、呪いのような約束に縋りついている可哀想な奴?
 自分で自分を見つめなおしてみれば、傍目には相当気持ち悪い奴だという自覚はある。

 まあ、それはどっちでもよかった。どうせその場で確かめることもできなかった。

 何故なら、深い霧の中を歩き続けて凍えきった僕は、その場でぶっ倒れたからだ。
 氷のように冷たい床に倒れこみ、遠くから響く四人分の足音を聞きながら僕は意識を失い。

 気がついたときにはハプウの家のベッドに寝かされていたのだった。
 

 
┃ 三人目
 
 2017-1-19
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 後から聞いた話では、カプ・レヒレが遺跡からいなくなって間もなく、ハウ達四人は
 彼岸の遺跡を包む霧が晴れたのを見て、急いで駆けつけたらしい。

 僕の身体がユキワラシのように冷たくて、まさかカプ・レヒレに「連れて行かれて」しまったのではと、
 マオやアセロラはひどく取り乱したそうだ。
 そんな中、的確に脈を取ったりして僕のまだ息のあるのを確認したのはハウだったとか。
 彼も島巡りを通じて相当に胆が据わった。この僕が言うんだから間違いない。
 
 ハプウのバンバドロに乗せられて運ばれ、それから丸一日眠っていたらしい。
 僕が目を覚ましたとき、最初に気がついたのは布団の上に乗っかっているニャースだった。
 枕元に置いてあるねむけざましやこおりなおしは、きっと彼が気を利かせてくれたのだろう。

 それからは、まあ、みんな大騒ぎだった。考えてみれば凍死寸前だったんだからそれも当然か。

 ハウはマラサダあげると言ってくれたが、今はマオが作ってくれたスープのほうがいい。
 仕上げにザロクのみの果肉を加えたことで、甘辛い味わいとともに身体をポカポカと温めてくれる。
 海の民の村で食べたマラサダといい、君がいてくれて本当に助かった。感謝してるよ。
 

 
 さて、食事も終えたところで一番大事なことをまだ聞いていなかった。
 果たしてカプ・レヒレは僕を認めてくれたのだろうか?

 ハプウにそのことについて聞くと、ハプウはニカッと笑って言う。
 曰く、「面白い人間だと言っておった」とのことだ。
 どうも、あの幻覚を見せる霧に惑わされて自滅しないだけ、他の人間よりはマシらしい。
 
 カプ・レヒレの当面の方針としては「静観」の一言だという。
 カプ・コケコのようにともに戦うのではなく、一歩引いたところで僕を観察しているのだそうだ。
 そのうち気が向いたら戦いに来るかも知れぬとハプウは言う。
 カプ・コケコみたいに突然乱入されるのも困りものだが、まあ今はそれでいいだろう。

 ともあれ、なんとかハプウを連れ出す許可は取り付けたようだ。

 三人目の四天王代理はポニ島のしまクイーンであるハプウで決まり。
 役者は揃った。ようやくアローラリーグ再開の目処が立ちそうだ。

 君達が再び僕らに挑んでくる日が楽しみだよ。
 

 
┃ 意外な初仕事
 
 2017-1-22
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 まず大事なお知らせ。
 リーグ再開は2月1日からに決定した。リーグのホームページでも告知はしてある。
 みんなの挑戦、待ってるよ。

 で、ここからが今日の話題。
 
 四天王代理の三人をラナキラマウンテンのアローラリーグ本部に迎え、新生四天王である
 ハウ・マオ・アセロラ・ハプウの四人がそれぞれトレーニングや練習試合に励んでいる頃、
 ククイ博士から僕宛にメールが届いた。

 なんでも、アローラリーグのホームページに載せる写真を撮りたいので、ハウオリシティの
 スタジオに五人で来て欲しいということだった。

 僕らは実力的には申し分ないと自負しているが、いかんせん子どもばかりのチームだ。
 ハラさんやライチさん、カヒリさんに比べれば迫力不足の点は否めないところ。
 そこで服装やメイクをビシッとキメたカッコいいポスターでも作ってアピールしたいらしい。

 まあ、ククイ博士の言いたいこともわかる。チャンピオンや四天王はメディアへの露出も多いし
 アローラリーグは始まってまだ日も浅い。そういうイメージ戦略というのも大事なのは理解できた。
 僕は四天王を召集し、写真撮影の後はマラサダでも食べに行こうとみんなに提案し、スタジオへ。

 このときはまだ、僕達みんな、あんなことになるとは思いもしなかった。
  

 
 スタジオにいたのはククイ博士と、スタッフさんが数名。カメラマンにスタイリストだ。
 僕達が到着するや、すぐさま全員が別々の部屋に連れて行かれた。
 衣装合わせにメイクで時間がかかるらしい。当然僕もだ。

 さて、この撮影で僕達がどんな格好をさせられたのか?
 撮影したポスターの画像はアローラリーグのホームページのトップに載ってるから、
 まずはそれを見てきて欲しい。

 見てきた? じゃあそれぞれ説明しようか。

 まずハウだ。彼は上半身裸に剥かれたあと、顔や肩や腕に複雑な模様をペイントされていた。
 これは古代アローラ王朝のカフナの姿をイメージしたとのことで、実際にこの模様は
 魔除けとしての意味が込められているらしい。
 髪型もラフな感じにアレンジされて、カメラマンにとてもセクシーだと絶賛されていた。

 次にマオ。彼女はいかにも踊り子といった感じの衣装。フェイスベールで口元を覆い、
 薄紅色のダンスドレスに身を包み、守り神を象徴するという花のアクセサリーを着けている。
 カプ・テテフに祈りの舞踊を捧げたという巫女がモチーフになっているということだったが、
 それにしても露出度高すぎじゃないか? まあ格別に似合っていたのは確かだ。それは保証しよう。
 
 それからアセロラ。彼女はズバリ、古代アローラ王朝の王妃。純白のドレスと、ほしのかけらで飾られた
 煌びやかなティアラやネックレスが天真爛漫な彼女を気品ある女性に演出していた。
 ただヒールの高い靴は履き慣れておらず、いつもみたいにくるっとターンしてポーズを取ろうとしたら
 バランスを崩して転びそうになるので、何回も支えてやらないといけなかった。
 

 
 ハプウは守り神の言葉を人々に伝えたという古代の女シャーマンがモチーフ。僕達の中ではもっとも
 装飾品が多く、フェイスペイントもして、ゴチャゴチャしすぎだとハプウは文句を言っていた。
 確かに、いくらお洒落な女性でも手の指全部に指輪をつけるなんてなかなかやらないだろう。
 それと、ハプウが結った髪を解いてウェーブロングの髪型にしてるのは初めて見た。可愛い。

 そして、僕だ。ポスター中央の玉座に座っていることからわかる通り、モチーフはアローラの王。
 古式ゆかしい黒の礼服を着込んで、アローラの海と空を表すという青地に、それぞれの島を表す
 黄色・ピンク・赤・紫の糸で刺繍がされた豪奢なマントを羽織った。
 ご丁寧に王冠まで被せられ、南国のアローラでこれは少々暑い。

 着替えが終わって僕達五人が顔を合わせたとき、なんともいえない沈黙が舞い降りたのは言うまでもない。
 いくらなんでも凝りすぎだ。芝居がかってるにもほどがある。
 チャンピオンと四天王? 旅芸人の一座と言われたほうが説得力を感じる風体だ。

 僕は仕掛け人のククイ博士を恨みがましく睨んでやったが、博士は僕の視線などどこ吹く風で
「はかいこうせんみたいにインパクト抜群だぜ!」と感想を述べてくれた。
 今度博士が挑戦してきたら、お礼も兼ねて僕達一同、念入りに歓迎するのでそのつもりでいてください。

 着替えだけでずいぶん疲れたけど、さっさと撮影を終わらせてしまおう。
 幸い僕は真ん中の玉座でふんぞり返っていればいいので楽なものだ……と思ったけど、始まってみると
 カメラマンから「もっと不敵な表情で」とか「王妃の肩を抱いてみて」とか色々と演技指導が入った。
 
 世間様のチャンピオン、そしてアローラの王へのイメージはどうなってるんだろう。
 そりゃあ、『彼女』に恥じないチャンピオンでいることは僕の信条だが……
 

 
 撮影が終わって、僕達はククイ博士に連れられてショッピングモールのバトルバイキングに行った。
 バトルバイキングでは食べたい料理は他のお客とバトルして奪い取るのが常だが、僕が行くと
 じわれのように他の人達が避けていくので選ぶのに苦労はしなかった。
 あ、ここは博士の奢りなので遠慮なく食べさせてもらったよ。当然だよね?

 ハプウは「あの服は動きにくかったが面白かった。たまには悪くないのう」と意外にも上機嫌だった。
 当然ハプウはいつもの髪型に戻していたが、僕としてはもう少しアレでいて欲しかったかなぁ。

 アセロラは妙に僕の隣に座りたがった。「アセロラは王妃様だから当然でしょ?」とは彼女の弁。
 僕はいつものことだと思ってスルーしたけど、放っておくと今後ランチとか奢らされそうな予感がする。

 マオはあの踊り子の服で何枚も写真を撮られ、あまつさえホームページに載せるというんだから、
「きっとスイレン達にこのネタでからかわれる」と恥ずかしそうにしていた。大丈夫、僕も大概恥ずかしい。

 ハウは体中に塗料を塗りたくられたのを「くすぐったかったー」と言って笑っていた。
 実は魔除けの模様のペイントが一番時間がかかっていたし、あの格好で戦えと言われなくてよかったよ。

 さて、繰り返しになるが、リーグ再開は2月からだ。
 念のため言っておくけど、僕達は普段の格好で挑戦者とバトルする。
 あんな派手な格好は金輪際するつもりはないので、頼むから物見遊山な気持ちで来ないでくれ。
 
 絶対もうあんな格好はしないからね。絶対だ。
 

 
┃ バトルツリー配信
 
 2017-1-28
 テーマ:ブログ
 
 みんな、この間の配信は見てくれたかな?
 PikaTubeでライブ配信した後に動画もアップロードしたから、まだ見てない人は是非見て欲しい。

 何の話だって? 僕達のバトルツリー挑戦生放送の話だよ。
 代理とはいえ新体制のアローラリーグ。僕も含めてみんなプレティーンからローティーンの子どもだ。
 そんな僕らの実力を疑問視する声もあるということはもちろん知っていた。
 なので、僕達のバトルを多くの人に見てもらおうということで、僕が企画したんだ。

 アローラのチャンピオンと新四天王がバトルツリーに乗り込み、三人がシングル、二人がダブルに挑戦。
 ひとまずの目標は全員合わせて200勝とする。というか、200勝するまで帰らせない。

 僕がこの企画の趣旨を説明したとき、「そんなもんでいいの?」と言ったのはハウだ。
 強豪ひしめくバトルツリーで各自50勝のノルマを、大したことはないと事も無げに言ってのけた。
 マオもアセロラもハプウも、ちょっと時間はかかるけどできないことじゃないと意気込みは十分。
 それでこそ僕が選んだ四天王。そうこなくちゃね。

 僕が挑戦したのはダブルバトル。パートナーに選んだのはマオだ。
 僕は以前からマオの手持ちやバトルの傾向を見ていて、彼女はシングルよりは
 ダブル向きじゃないかと思っていた。
 この配信や動画を見てくれた人なら、僕の考えが正しかったことはわかってくれるだろう。
 

パートナーがいるならダブルじゃなくてマルチじゃね?

 
 マオのジャローダは、彼女がポニ島で修行していたときに出会ったと言っていた。
 ちょっと臆病で人見知りだが、僕と組んでのダブルバトルでは大活躍してくれた。

 素早い行動でいち早くひかりのかべやリフレクターを張って、へびにらみで相手を麻痺させ、
 やどりぎのタネやこうごうせいでしぶとく居座るといった具合で、相方の僕としては
 非常にやりやすかった。

 そしてそれがうまくいっていたのは、マオが僕に合わせてくれていたからだ。 
 君が僕を徹底的にサポートしてくれるから、僕は安心して攻撃に集中できたんだ。
 どうやら君と僕は最高の相性だったらしいね。

 ……ということをマオに言ったら、彼女は顔を赤くして照れていた。
 僕がそんな風に言ってくれるなんて思ってなかったって。
 失敬な、僕だって人を褒めることくらいある。君だってこのブログを読んでいるならわかるだろ?

 ハウ達も順調に連勝を重ね、気づけば僕達五人合わせて300勝を数えていた。
 僕とマオのペアはそのうち70勝ほどだったが、僕の予想以上にみんながんばってくれた。

 このバトルツリー挑戦はおおむね満足いく結果に終わった。
 生放送のときのアクセス数も結構なものだったしね。

 あ、でもアセロラのほうの放送のアクセス数がダントツだったっけ。
 ちょっと悔しいけど彼女は元々四天王の一人だったし、仕方ないか。
 彼女の可愛い仕草は動画映えするもんね。みんなそれが目当てだったんだろう?
 

>>172
素で間違いました。センセンシャル!

 
┃ バトルツリー配信
 
 2017-1-28
 テーマ:ブログ
 
 みんな、この間の配信は見てくれたかな?
 PikaTubeでライブ配信した後に動画もアップロードしたから、まだ見てない人は是非見て欲しい。

 何の話だって? 僕達のバトルツリー挑戦生放送の話だよ。

 代理とはいえ新体制のアローラリーグ。僕も含めてみんなプレティーンからローティーンの子どもだ。
 そんな僕らの実力を疑問視する声もあるということはもちろん知っていた。
 なので、僕達のバトルを多くの人に見てもらおうということで、僕が企画したんだ。

 アローラのチャンピオンと新四天王がバトルツリーに乗り込み、三人がシングル、二人がマルチに挑戦。
 ひとまずの目標は全員合わせて200勝とする。というか、200勝するまで帰らせない。

 僕がこの企画の趣旨を説明したとき、「そんなもんでいいの?」と言ったのはハウだ。
 強豪ひしめくバトルツリーで各自50勝のノルマを、大したことはないと事も無げに言ってのけた。
 マオもアセロラもハプウも、ちょっと時間はかかるけどできないことじゃないと意気込みは十分。
 それでこそ僕が選んだ四天王。そうこなくちゃね。

 僕が挑戦したのはマルチバトル部門。二人一組でペアを組んで挑戦するルールだ。
 パートナーに選んだのはマオ。
 僕は以前からマオの手持ちやバトルの傾向を見ていて、彼女はシングルよりは
 ダブルやマルチ向きじゃないかと思っていた。
 この配信や動画を見てくれた人なら、僕の考えが正しかったことはわかってくれるだろう。
 

 
 マオのジャローダは、彼女がポニ島で修行していたときに出会ったと言っていた。
 アローラじゃ滅多に見ない珍しいポケモンだけに、どこか運命的なものを感じさせる。
 彼はちょっと臆病で人見知りだが、僕と組んでのダブルバトルでは大活躍してくれた。

 素早い行動でいち早くひかりのかべやリフレクターを張って、へびにらみで相手を麻痺させ、
 やどりぎのタネやこうごうせいでしぶとく居座るといった具合で、相方の僕としては
 非常にやりやすかった。

 そしてそれがうまくいっていたのは、マオが僕に合わせてくれていたからだ。 
 君が僕を徹底的にサポートしてくれるから、僕は安心して攻撃に集中できたんだ。
 どうやら君と僕は最高の相性だったらしいね。これからもこの調子で頼むよ。

 ……ということをマオに言ったら、彼女は顔を赤くして照れていた。
 僕がそんな風に言ってくれるなんて思ってなかったってさ。
 失敬な、僕だって人を褒めることくらいある。君もこのブログを読んでいるんならわかるだろ?

 ハウ達も順調に連勝を重ね、気づけば僕達五人合わせて300勝を数えていた。
 僕とマオのペアはそのうち70勝ほどだったが、僕の予想以上にみんながんばってくれた。

 このバトルツリー挑戦はおおむね満足いく結果に終わった。
 生放送のときのアクセス数も結構なものだったしね。

 あ、でもアセロラのほうの放送のアクセス数がダントツだったっけ。
 ちょっと悔しいけど彼女は元々四天王の一人だったし、仕方ないか。
 彼女の可愛い仕草は動画映えするもんね。みんなそれが目当てだったんだろう?
 

 
┃ 島巡り
 
 2017-1-31
 テーマ:ブログ
 
 いよいよ明日からアローラリーグ再開だ。

 一月中、本当に色々なことがあった。実に多忙な日々だった。
 けど、不思議と悪くない日々でもあった。自分から何かに取り組むっていうのは充実感があって、
 疲れよりもやりきった達成感が勝っている。

 だからというわけではないけど、この日に限ってはラナキラマウンテンではなく
 別の場所で息抜きをしたい気分だった。
 ホクラニだけの天文台に足が向いたのも、きっとなんとなくさ。

 このアローラで二番目に高い山に登るのも島巡り以来だった。
 いや、リザードンにライドしてきたから登るというより降り立つというほうが正しいかな。
 僕がリザードンから降りてポケモンセンターに寄ると、カフェスペースにプルメリさんがいた。

 彼女とも久しぶりに会う。少なくとも年が明けてからは初めてだ。
 最近はホクラニだけ周辺で修行を積んでいるらしくて、特に天文台は彼女の言うところの
「お節介焼きのマーレイン」と「ひきこもりのマー坊」の根城だ。
 プルメリさんは口では彼らを煙たがっていても、結構仲良くやっているらしかった。

 プルメリさんはロズレイティー、僕はモーモーミルクを頼んで、しばらくの間談笑した。
 聞けば、マーレインさんの厚意で天文台に泊まらせてもらってるそうだが、マーマネと打ち解けるまで
 結構大変だったそうだ。確かにプルメリさんはマーマネの苦手そうなタイプだしね。
 でも一度か二度バトルをしてみれば、お互いの実力を認め合えたらしい。

 プルメリさんもマーマネも僕に挑戦してきた者同士、通じ合えるものがあったのだろう。
 

 
 アローラリーグ再開に合わせて、島巡りからの挑戦者も増えるだろうとプルメリさんは言う。

 島巡りのことを語るプルメリさんは、複雑な表情を浮かべていた。

 スカル団のメンバーの多くは、島巡りをリタイアしてアローラの社会から落伍した人達だった。
 島巡りはアローラの伝統であり、一人前の大人と認められるための儀式という意味合いも強い。
 それに失敗するということはつまり、落ちこぼれの烙印を押されるに等しいのだ。
 幹部だったプルメリさんや、ボスだったグズマさんもその一人だった。

 それは、残酷なことだと思う。
 けれどこれに関して、島巡りに成功した側の僕が何かを言う資格があるだろうか?
 言うべき言葉を見つけられずに黙ってしまった僕に、プルメリさんは気にするなと言ってくれた。

 それからカプ・コケコをゲットしたことについても言及された。
 このことは新聞や雑誌に載ってるし、マーマネから僕のブログの話を聞いてそれも読んでいたらしい。
 僕のブログの読者をまた一人見つけてしまった。いや二人か。マーレインさんも読んでるなら三人だ。

 島巡りを達成し、いくつかの陰謀事件を解決に導き、アローラリーグ初代チャンピオンになり、
 さらには守り神とバトルを繰り広げゲットまでしてみせた。
 そんなチャンピオンに挑むことは、僕が思っているよりも多くの人々の目標になっている。
 だから、僕には『彼女』との約束以上の責任があるとプルメリさんは言った。

 チャンピオンとしての責任と言われると、僕はそこまで重く考えたことは今までなかった。
 僕は僕だ。今までブログに書いてきたとおりの僕だ。
 みんなが僕を見上げて、僕を目指して、時にそれぞれの夢や希望を投影しているなんて。
 そりゃあ、考えてみれば確かに、相応の社会的責任というものはあってしかるべきなのかもしれない。 

 けれど……僕はそんなヒーローじゃない。まして王様でもない。
 そういう存在に祭り上げられることに僕はどうしても慣れない。

 せいぜいが島巡りのラスボス。その程度さ。君らだってそう思うだろう?
 

 
┃ 天使のような悪魔
 
 2017-2-2
 テーマ:ブログ
 
 突然だけど問題だ。
 記事のタイトルの「天使のような悪魔」とはいったい誰のことだと思う?

 アローラリーグ再開初日は大勢の観客で賑わった。
 山頂のポケモンセンターのカフェでも、中継モニターに多くの利用客が釘付けになったらしい。
 この日に限っては一部の試合をネット配信していたので、見た人もいるんじゃないかと思う。

 新体制のアローラリーグ四天王はその実力を遺憾なく発揮できたと思う。
 というか……まあ、チャンピオンの僕としては、少々張り切りすぎだったんじゃないかと思う。

 何しろいつもの何倍もいた挑戦者が、誰一人として四天王を突破できなかったんだからね。
 おかげで暇で暇で仕方なかった。
 公平を期すために僕は挑戦者と四天王のバトルを見てはいけないことになってるので、
 僕が彼らの戦いぶりを確認したのはすべてが終わった後にバトルビデオを観てからだ。
 
 さて、冒頭の問いに立ち戻ってみようか。
「天使のような悪魔」。
 この言葉はあるSNSで見つけた、アローラ新四天王を形容した言葉だ。
 要するに全員を指して言ってるわけ。

 今も挑戦者が来なくて暇なので、今日はこれについての所感を述べようと思う。
 

 
 僕としては同性の友人を指して「天使のような」などと言うのは抵抗があるけど、
 ハウはいつも笑顔を絶やさずゼンリョクでバトルを楽しむ。まあ見る人が見れば天使のようだろう。
 それでいて、今の彼は勝負の鬼だ。いつでも誰とでも、僕と戦うのと同じくらいのゼンリョクだ
 
 マオだっていつも元気で明るくて、気遣いができて他人をサポートすることに慣れている。
 彼女の手料理は(一部を除いて)美味しいし、天使のようだというならば、その見方も大いに肯定するところだ。
 しかしマオはバトル全体を俯瞰して冷静な判断ができる。甘く見ていると喰われるぞ。

 アセロラを天使のようだというのはあまりに安直だが、それだけに正しい物の見方でもあるだろう。
 僕は一人っ子だけど、アセロラは妹みたいに思えることもある。天真爛漫で実に可愛らしい。
 でも、誰よりも残酷だ。彼女のゴーストポケモン達は反撃の暇も与えず相手の体力を刈り取っていく。

 僕の価値観からすれば、ハプウは天使というよりは聖母とでも言おうか。優しくて大らかな子だ。
 しまクイーンとしての貫禄もついてきて、アセロラとは逆に姉のようにも思える。
 だがバトルでは別だ。どっしりと構えたバトルスタイル、打ち崩すのは容易なことではない。

 ……うん。振り返ってみたところ、あながち間違った形容でもなさそうだ。

 勘違いしないで欲しいのは、別に彼らを腐してるわけじゃない。
 好き勝手に言わせてもらってるのは実力を認めているからだし、大事な友達だと思ってるからこそだ。
 それに彼らが悪魔なら僕はなんだ? 魔王かなにかかい?

 アローラの魔王? いよいよ冗談じゃない。
 いい加減、これ以上大げさなあだ名がつかないように願いたい。
 
 だからみんな。挑戦者を追い返すばかりじゃなくて、僕のところにも寄越してくれないかな。
 

 
┃ どうすればいいんだ?
 
 2017-2-4
 テーマ:ブログ
 
 四天王が強すぎる。
 このブログや、PikaTubeのアローラリーグチャンネルに寄せられるコメントはその文句ばかりが並ぶ。
 これについて、「君達が弱すぎるからだ」なんて切って捨てるのは簡単だが、僕にその気はない。

 いや、僕も正直言って、ここまでとは思っていなかったんだ。

 もちろん手加減をしてバトルすることはできるだろう。リーグ用に新たにパーティを育て直してもいい。
 だが今更そんなことはさせられないよ。ハウ達はマジだ。

 ハウが僕に勝つためにメガシンカを会得したことは以前ブログに書いた。
 だが、四天王代理を揃えてからリーグ再開までの十日ほどの間に、マオ達も調整を重ねていた。
 マオはメガフシギバナ、アセロラはメガゲンガー、ハプウはメガガブリアスという新戦力を加えて
 手持ちを強化していたんだ。

 マオ達までもがメガシンカを使いこなすようになったのを知ったのはつい一昨日だ。
 僕をビックリさせようとみんなして黙っていたらしい。ハウといい、そんなに僕を驚かせたいのか?

 それはともかく、ハウ達がゼンリョクを尽くして挑戦者達をなぎ倒すのを見るにつけ、
 チャンピオンとしてはこのままでいいのだろうかと考えずにいられない。
 彼らは、君達挑戦者の向こう側に僕を見ている。
 僕を倒すことが、四天王の……少なくともハウはそれが最終目標だ。

 僕に挑戦する以前に、四天王に誰も勝てないし、勝たせる気もない。
 参った。また退屈で死にそうになってしまう。

 とりあえず、リーグのエントランスにミルタンクを座らせておいたよ。
 一戦するごとに彼女のモーモーミルクでポケモンを回復させてから挑めるというわけだ。
 こんなにもチャレンジャーフレンドリーなチャンピオンは史上初じゃないか?

 本当に、これでいいのだろうか。
 

 
┃ 待望のチャレンジャー
 
 2017-2-7
 テーマ:ブログ

 久しぶりに、本当に久しぶりに僕のもとに挑戦者がやってきた。誰だと思う?
 僕が想像もしていなかった人さ。国際警察のエージェント、リラさんだ。

 思えばリラさんともクリスマス以来だ。
『例の事件』の後、有給休暇でアローラを観光していたリラさんだが、リーグを訪れたことはなかった。
 ハノハノリゾートのホテルに滞在して、ロイヤルドームでロイヤルマスクと熱いバトルを繰り広げ、
 ビーチでナマコブシを投げ、マツリカさんの絵のモデルになったりする。
 そんな優雅な休暇を満喫しているらしいと、クリスマスのときにマツリカさんから聞いた。

 そのリラさんが、いよいよアローラリーグへ挑戦しに来たんだ。それも、四天王を下し僕のもとへ!
 ああ、リラさん。あなたは素晴らしい人だ。まるで女神だよ。
 新体制アローラリーグ始まって以来、最初のチャレンジャー。それがあなただ!

 ところでリラさんがチャンピオンの間へやってきたとき、玉座の周りに散らばる大量の花びらと、
 虚ろな目で花占いを続ける僕を見てギョッとしていたよね。驚かせて申し訳ない。
 
 いや、違うんだ。あれはこの一週間あまりにも暇だったから、花占いでもしないと間が持たなかったんだ。
 決して一ヶ月少々会わないうちに僕が正気を失っていたわけじゃあない。
 挑戦者を待っている間、暇で暇でおかしくなりそうだったのは確かだけど。
 
 とにかく、リラさんとは最高の時間を過ごさせてもらったよ。
 ハウ達ともしばらくバトルできていなかったから、僕の退屈は最高潮だった。
 それをまとめてブッ飛ばすようなバトルをありがとう。まあ、勝つのは僕だけどね。

 リラさんとのバトルの詳細は、次の記事で詳しく書こう。
 

 
┃ 世界最長の900秒
 
 2017-2-8
 テーマ:ブログ
 
 リラさんと戦う前から僕のワクワクは最高潮だった。

 この一週間、誰一人として僕のもとへ通さなかった四天王を降し、ついに現れた挑戦者だ。
 抑えようと思っても無理だ。普段あまり仕事をしない表情筋が勝手に笑顔を作ってしまう。
(ハウによれば、獲物を見つけた肉食ポケモンのような獰猛な顔に見えるらしい。失礼な)

 バトルフィールドに立った僕の目には、もうリラさんしか映らなかった。
 何しろ、ずいぶんと長くお預けを喰らっていたからね。禁断症状と言ったっていい。

『例の事件』のときにリラさんとバトルしたことがあるし、後で聞いた話ではバトルツリーにも
 足を運んで腕試しをしていたそうだ。
 そして何より、四天王を倒してここまで来た。彼女の実力を疑う余地はもとよりない。
 確実なのは、楽しいバトルができそうだってこと。重要なのはそれだけだ。そうだろう?

 試合開始を告げるサイレンが鳴り、僕とリラさんは同時にモンスターボールを投じた。

 ちなみに、後日この試合のバトルビデオを見てみたら、きっかり15分、つまり900秒で決着がついていた。
 たった900秒。だが、僕とリラさんにとっては世界で一番長い900秒が始まった。
 

 
 僕の先発はガルーラ。対するリラさんが繰り出したのはボーマンダ。
 様子見? とんでもない。初っ端からバトルは大荒れだ。
 お互いのポケモンが現れた次の瞬間、僕達の持つキーストーンとメガストーンが共鳴し合った。

 バトルフィールドは眩い光に包まれ、僕のメガガルーラとリラさんのメガボーマンダ、
 二匹のメガシンカポケモンが相対した。

 ガルーラと、お腹の袋から飛び出した子ガルーラが僕に視線を向ける。僕に指示を仰いでいるんだ。
 メガボーマンダの能力、特性、そして何よりもリラさんがどう出てくるか。
 永遠のような一瞬の中で思考を巡らせる。ああ、ゾクゾクしてきた。たまらない感覚さ。

 まずリラさんのボーマンダの特性はいかく。おかげでこちらは攻撃力を下げられてしまい、
 その分物理技でのダメージレースにおいてはこちらが遅れを取ってしまうだろう。
 加えてボーマンダは技範囲が広く、メガシンカによって突破力がさらに高くなった。
 普通ならこちらが不利だ。普通なら、ね。

 僕は彼らの視線に頷いて応える。大丈夫だ、君達ならやれる。

 メガボーマンダが動き出した。おそらくはいかくを頼りにりゅうのまいを積むつもりだろう。
 しかしそうはいかないよ。

 メガボーマンダに先んじてメガガルーラの親子がとびかかり、相手の鼻先で両手を突き出し、
 掌を合わせて大きな音を立てた。ねこだましだ。
 不意を突かれたメガボーマンダは怯んでしまい、技を出し損なった。
 そして隙を晒したメガボーマンダに、子ガルーラがついでとばかりに一発喰らわせる。

 やはり思ったようなダメージは出なかったが、それでいい。
 

 
 僕のメガガルーラのねこだまし、火力で劣る相手に悪あがきで一矢報いただけとも見える。
 実際りゅうのまいを潰しているからまったく意味のない行動ではないが、決定打にはならなかった。
 普通のトレーナーなら、メガボーマンダの能力で押し切れると判断して攻めてくるだろう。

 しかし、リラさんは普通のトレーナーとは違う。
 メガガルーラの行動、そして受けたダメージ量から、こちらの意図を正確に読んできたんだ。
 僕がガルーラの親子にアイコンタクトを取り次の行動を指示するのと数秒遅れて……いや、遅らせて、
 リラさんはメガボーマンダを引っ込めた。

 ここで迷わず逃げの一手を打てるのはさすがに冷静だ。
 交代してきたのはマニューラ。
 そして僕がメガガルーラに指示していたのはれいとうビームだった。

 ガルーラと子ガルーラの連続攻撃がヒットするが、マニューラは涼しい顔だ。
 マニューラの特殊耐久はそこそこ程度といったところだが、こおりタイプ相手にこおり技、
 それもとくこうの低めなメガガルーラのタイプ不一致のれいとうビームではほとんどダメージはない。

 そう、僕のメガガルーラは物理特殊両方の技を覚えさせてある。
 こういう育成方針で育てたきっかけはハプウのガブリアスのメガシンカ前の特性がさめはだだからだが、
 メガボーマンダやガブリアスのようにこおり技が特に効く相手に強く出ることを狙っていたんだ。
 
 しかし、物理耐久の低いマニューラをよくメガガルーラ相手に繰り出せたものだ。
 僕のメガガルーラが両刀型であると読み切っていなければこんな大胆な手は使えまい。
 

 
 リラさんがマニューラをこのまま居座らせておくとは考えにくい。
 けたぐりやかわらわりを覚えている可能性はあるが、耐えられないほどではないだろう。
 タイプ一致と特性:おやこあいを加味すれば、おんがえしを当てられればマニューラは倒せる。

 そしてこのことはリラさんだって百も承知のはず。
 ならここは交代しかない。
 メガガルーラを落とせる可能性があるとすれば同じメガシンカポケモンのメガボーマンダだ。
 リラさんならきっとそうするだろうという確信を持って、僕はメガガルーラを引っ込めた。

 本当は交代読み交代なんて、ハウとやるときくらいしかやらないんだけどね。
 ああ、みんなが僕を驚かせたり意表を突いたりしたがるんだ。たまには僕だって、ね。
 リラさんが驚きに目を見開いている表情、みんなにも見せたかったくらいさ。

 果たして僕と同時にマニューラを引っ込めたリラさんは、メガボーマンダを繰り出した。
 そして僕が繰り出したのは――アローラ地方の誰もが知ってるアローラの守り神が一柱。
 メレメレ島の守り神、カプ・コケコだ。

 バトルフィールドに電流走り、ボールから飛び出したカプ・コケコが降り立つ。

 公式戦では初の実戦投入、彼の戦いぶりはまさに本邦初公開だ。前にブログに書いたけど。
 さあ、思いっきり暴れてくれよ。神様。
 

 
 ところで知っての通り、カプ・コケコは気まぐれで気分屋な戦の神だ。
 彼に力を認められた僕の下にあってすら、たまにモンスターボールから出てこなかったり、
 勝手にボールを出てどこかへ行ってしまったりする。
 正直、今日は運がよかったと言うべきだろう。

 僕は彼が言うことを聞いてくれることに内心でホッとしていたのだが、翻ってリラさんは
 見たことのないポケモンに警戒している。
 タイプすらわからないのだからそれも当然。僕だってそうだった。

 その心理的余裕のなさが次の一手を鈍らせる。
 その点、僕は強気に行った。何故なら、カプ・コケコのタイプはでんき/フェアリーだと知っているからだ。

 メガボーマンダもかなり速いポケモンだが、僕らの守り神はその上を行った。
 目にも留まらぬスピードで駆け抜け、跳躍し、一気にメガボーマンダに肉薄する。
 両手に幻想的に煌く光をまとわせたかと思うと、それをメガボーマンダに放射した。
 事前にわざマシンで覚えさせたマジカルシャインだ。

 ドラゴンタイプにフェアリー技は抜群の効果を発揮する。
 カプ・コケコの一撃は一瞬でメガボーマンダの体力を奪い去った。

 バトルフィールドに沈むメガボーマンダの姿に、さすがのリラさんも動揺を隠せない。
 だが、やはり彼女も国際警察の捜査官。すぐに切り替えてきた。
 
 次のリラさんのポケモン、なんだったと思う?
 なんとリラさんは、ジョウト地方の伝説のポケモンの一体、ライコウを繰り出したんだ。

 
 本物を見るのは初めてだ。ネットでの目撃情報の不鮮明な画像しか見たことがない。
 バトルフィールドにライコウが現れると、肌がピリピリと痺れるような威圧感を放つ。
 特性はいかく、いやプレッシャーか?

 カプ・コケコも僕もライコウのプレッシャーに晒されながら、しかし、心が躍るようだった。
 伝説のポケモンとのバトルなんて願ってもない。

 ライコウは雷とともに地上に降りてきたと言われている伝説のいかずちポケモンだ。
 でんきタイプであることはまず間違いない。
 ここでリラさんがライコウを繰り出したのは、でんきタイプ同士で真っ向から殴りあうためだろう。

 今、バトルフィールドはカプ・コケコの特性でエレキフィールドになっているから、
 でんきタイプの技の威力が上がっている。もちろんリラさんにとっても条件は同じだ。
 下手なタイプ不一致技よりマシな威力が出るだろう。

 OK、殴り合いがお望みならやってやる。

 次の瞬間、バトルフィールドに光が舞った。

 カプ・コケコがライコウのワイルドボルトをかわし、10まんボルトを放つ。
 ライコウは10まんボルトをものともせず突っ込み、かみなりのキバでカプ・コケコに喰らいつく。
 すかさずからにこもるで防御し、距離を取ってエレキボールを乱射。数発がライコウに当たる。
「やったか?」と思ったが、エレキボールを喰らったのはみがわりだった。ライコウは依然健在だ。

 カプ・コケコとライコウの攻防はフィールドに弾ける電光よりも速く、鋭い。
 リーグのホームページでこの試合のバトルビデオが公開されてるけど、正直何をやってたのか
 全然わからないと思う。僕も当事者でなければ観てて首をひねっているところだ。
 

 
 カプ・コケコとライコウの戦いは、エレキフィールドの効果が消えると同時に、唐突に終わりを告げる。
 両者は同時にボルトチェンジを放ち、スパークの閃光とともにモンスターボールへ戻っていく。

 そして僕らは次のポケモンを繰り出す。
 リラさんはマニューラ。そして僕は三匹目、マッシブーンを繰り出した。

 こいつを見たことも聞いたこともない読者も多いだろうから、写真を何枚か載せておく。
 むし/かくとうタイプのポケモンで、どういう性格の奴かはまあ見てのとおり。
 自分の肉体美によほどの自信があるらしく、事あるごとに筋肉を見せつけるポーズを取る面白い奴だ。

 このマッシブーンについては、リラさんはよく知っていた。
 何を隠そう『例の事件』絡みのポケモンで、こいつを手持ちに加えたりバトルに使ったり
 ネットにポケファインダーの写真をアップロードしたりすることの許可を取り付けるのには苦労したよ。
 
 マッシブーンは上腕二頭筋を誇示しながら現れて、次に腰に拳を当てて大胸筋を見せつけた。
 だがマニューラはマッシブーンの筋肉に興味は皆無。素早く接近してれいとうパンチを浴びせた。

 さすがにこおり技はむしタイプの弱点、かなりのダメージを受けた……と思っただろ?
 生憎、僕のマッシブーンにはきあいのタスキを持たせてあったのさ。
 マッシブーンはどんなに大きなダメージを受けてもギリギリで踏みとどまることができる。

 実際かなりのダメージだったが、マッシブーンは厚い胸板でマニューラのれいとうパンチを受け止め、
 返す刀で大木のような太い腕をマニューラに振り下ろした。

 マッシブーンのばかぢからをモロに喰らったマニューラはバトルフィールドに叩きつけられ、
 メガガルーラのれいとうビームのダメージも合わせて戦闘不能となった。
 

 
 戦況はもはや1vs3。僕の圧倒的優勢だが、最後まで油断はできない。
 勝負は決まったも同然? まさか。これくらいで終わる相手が四天王を突破できると思うかい?

 追い詰められたリラさんの行動はなおも的確だった。
 戦闘不能になったマニューラに代わって、ライコウが場に出てくる。
 もちろん僕はそれを見越して体力の潤沢に残るメガガルーラに交代する。

 ライコウの持っている技はカプ・コケコとの攻防で見た。メガガルーラを一撃で落とせるような技はない。
 僕のメガガルーラはじしんを覚えさせていないが、他の技で十分負担をかけることができるはずだ。

 だが、リラさんはまたしても僕の読みを超えてくる。

 リラさんがおもむろにスーツの袖をまくり上げると、そこにはデンキZのはめ込まれたZリングがあった。
 我が目を疑ったよ。それも、リラさんがゼンリョクポーズを取るまでだったけどね。

 ライコウにZパワーが流れ込み、ゼンリョクの技――スパーキングギガボルトが放たれた。
 おそらくベースになった技はかみなりか何かだ。
 圧倒的な威力で放たれたZワザの前に、メガガルーラはあえなく沈む。

 メガシンカに加えてZワザ。リラさんもまた、新たな戦術を手にしていた。

 考えてみればアローラリーグは島巡りの最終試練、大大試練でもあるんだ。
 リーグ挑戦に先立ってリラさんも各島を巡って試練を受けていたのかもしれない。
 観光気分でやるにはヘビーだが、リラさんならきっと軽々クリアしていただろう。
 

 
 傷ついたマッシブーンを出したところでやられるだけだ。

 ライコウを相手に戦えるのはカプ・コケコただ一匹だろう。 
 
 メガガルーラを戻してカプ・コケコに交代する準備をしつつ思考を巡らせる。

 ふと視線を上げると、バトルフィールドの反対側に嬉しそうな笑顔のリラさんがいた。
 彼女も僕とのバトルを心から楽しんでるんだとわかった。

 ただ……リラさんの笑顔の意味はそれだけじゃなかった。
 リラさんと目が合い、どちらともなくひとしきり笑い合うと、不意に彼女は僕に言った。

「最後にあなたとバトルできてよかった」

 って。

 一瞬、僕は頭の中が真っ白になったみたいだった。

 僕は忘れていた。いや考えないようにしていたんだ。
 彼女が国際警察の捜査官で、『例の事件』が終わった今、このアローラ地方には単に有給休暇で、
 骨休めのバカンスでいるだけだって。

 リラさんはあと数日でアローラ地方を去る。
 世界中どこにでも、例えば十数年前カントーやジョウトの裏社会を席巻したロケット団や、
 それよりはるかに小物ながらかつてのスカル団のように、ポケモンを悪用しようとする連中は後を絶たない。
 またここではないどこか遠くで、そういう奴らを捕まえるための任務に就くのだという。
 
 このリーグ挑戦は最後の思い出作りだったと、彼女は語った。

 彼女がそんなことをするとは思えないが、これが僕の動揺を誘う作戦なのだとしたら、
 悔しいけどてきめんに効果があったと言える。

 あんな気持ちにさせられるのは『彼女』だけでたくさんだったのに。
 せっかく友達になれたと思ったのに、お別れなんて。
 

虫タイプに氷タイプは等倍ですよ、むしろ格闘分半減しますよ

>>223
よくよく確認したらマッシブーンに氷は等倍でしたセンセンシャル
後日修正版投下するんで許してください! グラジオがなんでもしますから!

 
 カプ・コケコとライコウの戦いは、エレキフィールドの効果が消えると同時に、唐突に終わりを告げる。
 両者は同時にボルトチェンジを放ち、スパークの閃光とともにモンスターボールへ戻っていく。

 そして僕らは次のポケモンを繰り出す。
 リラさんはマニューラ。そして僕は三匹目、マッシブーンを繰り出した。

 こいつを見たことも聞いたこともない読者も多いだろうから、写真を何枚か載せておく。
 むし/かくとうタイプのポケモンで、どういう性格の奴かはまあ見てのとおり。
 自分の肉体美によほどの自信があるらしく、事あるごとに筋肉を見せつけるポーズを取る面白い奴だ。

 このマッシブーンについては、リラさんはよく知っていた。
 何を隠そう『例の事件』絡みのポケモンで、こいつを手持ちに加えたりバトルに使ったり
 ネットにポケファインダーの写真をアップロードしたりすることの許可を取り付けるのには苦労したよ。
 
 マッシブーンは上腕二頭筋を誇示しながら現れて、次に腰に拳を当てて大胸筋を見せつけた。
 だがマニューラのほうにマッシブーンの筋肉に興味は皆無と見える。
 縦横無尽にフィールドを跳び回り、マッシブーンを翻弄しながら鋭い一撃を喰らわせてくる。

 つばめがえし……ひこうタイプの技! これはまずい!

 タイプ不一致でさほど大きな威力ではないにせよ、ひこう技はマッシブーンのもっとも苦手とするところ。
 体力や物理耐久はマッシブーンが圧倒的だが、素早さはマニューラに大きく劣る。
 マッシブーンは反撃を試みるが、大振りな攻撃はヒラリとかわされてしまう。
 このまま削られ続ければまずい。マッシブーン自身もそれはわかっていた。

 だから、僕とマッシブーンは一瞬のチャンスに賭けた。
 そのために、いくつかの攻撃を敢えて受け、体力をギリギリまで削っていった。

 勝利を確信したマニューラがマッシブーンの鼻先へ飛び込み、つばめがえしを放つ!

 ……だが、マッシブーンはギリギリで耐え切った。
 僕の信頼に応えるように、最後の力を振り絞って踏みとどまった。よくやってくれた!

 厚い胸板でマニューラの鋭い爪を受け止め、返す刀で大木のような太い腕をマニューラに振り下ろした。
 カウンターのばかぢからをモロに喰らったマニューラはバトルフィールドに叩きつけられ、
 メガガルーラのれいとうビームのダメージも合わせて戦闘不能となった。
 

 
┃ さよならは言わない

 2017-2-9
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 実を言えば、一昨日の記事は努めて楽しいことだけを思い出して、必死にテンションを上げて書いた。
 あの試合のことを思い返すたび、バトルの興奮が蘇るとともに楽しい気分が失せていくのがよくわかった。

 あんな楽しいバトルをしてくれるリラさんは、あと数日でいなくなってしまうのだから。

 だが、考えてみれば『彼女』のときよりマシかもしれない。
 リラさんはこうして僕に会いに来てくれた。自分の口からアローラ地方を去ることを告げてくれた。
 それに引き換え『彼女』は僕に一言も告げずに行こうとしたんだもの。まあ、とっくに許してるけどさ。

 僕にだって、親しい人との別れの辛さはよくわかるつもりだ。
 でもリラさんはやらなきゃいけないことのために行くんだ。僕に彼女を引き止める権利なんてない。
 なら僕のすべきことは、別れたくないと嘆くことじゃない。
 最後の思い出を作りたいというリラさんの望みを、精一杯叶えてあげることだ。

 それが、『彼女』に恥じないチャンピオンでいるってことだ。

 僕は決意を込めてモンスターボールを投じる。
 カプ・コケコとライコウ、二匹の伝説のポケモンが再びバトルフィールドに立った。
 

 
 この試合の勝敗を決する伝説同士のバトルは熾烈を極めた。
 エレキフィールドに電撃が乱れ飛び、轟く雷鳴がラナキラマウンテンを揺らすかのようだった。

 でんげきは、ほうでん、10まんボルト、エレキボール、ワイルドボルト、かみなり。
 まるででんき技の見本市だ。
 カプ・コケコもライコウもエレキフィールドという地の利を最大限に活かし、ノーガードの
 殴り合いを繰り広げた。

 まさに一進一退の攻防。
 だが、先に動きに精彩を欠いてきたのはカプ・コケコのほうだった。

 カプ・コケコのほうがスピードで勝る分、耐久力ではライコウに一歩譲ると見えて、
 なんとかこうそくいどうで攻撃をかわしてはいるものの、ダメージと疲労は確実に蓄積している。
 
 ……それでも、僕には勝算があった。
 互いにでんき技で殴り合っている今、決定打になる大ダメージは出せずにいる。
 ロトム図鑑を見る暇さえないので正確にはわからないが、体力はまだ半分から六割程度は残っているはず。

 いやむしろ、リラさんのライコウにはでんき技以外のサブウェポンがないと見るべきだろう。
 ここまででんきタイプ以外の攻撃技を見せてこないのはさすがに不自然だ。

 ならば付け入る隙はある。均衡を破るのはエレキフィールドが切れた瞬間だ。
 

 
 果たしてそのときは来た。

 カプ・コケコとライコウの息詰まる高速戦闘の最中、フィールドを包んでいた電気が消えていく。
 特性:エレキメイカーで発生したエレキフィールドの効果が切れたんだ。

 僕は待ってましたとばかり、カプ・コケコにある技を出すよう指示を出した。
 かつて僕のドサイドンの体力を半分にまで削ったあの技。
 他じゃ見たことがないから、敢えて名づけるならしぜんのいかりとでも呼ぼうか。

 増幅された波紋のエネルギーがライコウへ注がれ、ライコウの体力を奪っていく。

 実験して調べたところ、しぜんのいかりは相手の残りの体力の、きっかり半分のダメージを与える技だ。
 コラッタやラッタの覚えるいかりのまえばと同じ性質の技だったわけだ。
 相手の体力を強制的に半分にする効果は、いかに相手の耐久が高かろうと関係ない。

 しかし、体力を半分にするということはもちろん、相手を一撃で倒すことは不可能だということだ。
 しぜんのいかりを受けたライコウも倒れはせず、そのままかみなりのキバで反撃してくる。

 だけど思い出してほしい。
 エレキフィールドの効果ででんきタイプの技の威力が上がっていてなお、あの熾烈な攻防の中で
 カプ・コケコは半分近くの体力を残していた。

 つまり、エレキフィールドが切れた今、ライコウのでんき技でカプ・コケコは倒せない!
 

 
 かみなりのキバを受けたカプ・コケコはライコウを自身に喰らいつかせたまま、
 両腕でライコウを押さえつける。
 カプ・コケコがちらと僕に視線を寄越し、僕もそれに頷いて応えた。

 僕は精神を集中してゼンリョクポーズを取った。
 ポニの大峡谷でマツリカさんに教わった、フェアリーZのゼンリョクポーズだ。
 カプ・コケコは全身にZパワーをまとわせ、ひときわ高い声で嘶いた。

 フェアリータイプのZ技――ラブリースターインパクトがゼロ距離で放たれ、
 眩い閃光がラナキラ山頂を輝かせた。この光は麓からでも見えたと、後で聞いた。
 
 光が収まったとき僕の目に飛び込んできたのは、力尽きたライコウがフィールドに倒れこむのと、
 ゼンリョクを込めた技を放ってなお厳かにフィールドに立つカプ・コケコの姿だった。
 
 勝った。僕の勝ち。防衛成功。楽しいバトルが終わってしまった。

 熱いバトルの後、そんな実感が湧いてくるのはいつも少し経ってからだが、このときは、
 対面のリラさんと目が合って、二人でサムズアップして笑い合ってからだった。

 ああ、本当に――楽しかった。
 何よりも、リラさんもそう思ってくれていたのが嬉しかった。

 こうして、僕とリラさんの世界で一番長い900秒は終わった。
 

私はバトル描写が得意ではありません。それだけははっきりと真実を伝えたかった

 
 お互いのポケモンをモンスターボールに戻すと、まるでさっきまでのバトルが夢だったみたいに、
 チャンピオンの間に退屈な静寂が戻ってきた。
 けれどバトルフィールドに生々しく残る焼け跡が、戦いの激しさを物語っていた。

 僕はリラさんに「最高のバトルをありがとう」って言って、手を差し出した。
 リラさんは「ボク……あ、いえ、わたしも楽しかったです」って言って、僕の手を握り返す。
 やっぱり可愛いな、この人。

 けれど、これで最後なんだ。そう思うと何も言葉が出てこない。
 言葉にできない気持ちを込めて、僕はリラさんの紫色の瞳をじっと見つめるしかなかった。
 リラさんも、僕を見つめ返した。僕と同様、それくらいしか思いつけなかったみたいに。

 するといつの間に来ていたのか、ハウ達が僕らに駆け寄ってきた。
 彼らは口々に「すごいバトルだったねー」とか「また挑戦しに来てよ」とか。
 ああ、みんな。気持ちはわかるよ。僕だってそう思ってる。でもこれで最後なんだよ。
 リラさんだって困った顔をしてたじゃないか。

 ハウとアセロラの勢いにたじたじのリラさんに、ハプウがまず食事でもどうだと提案した。
 マオも元気よく、私のスペシャルメニューをご馳走してあげると言う。
 マオの独特なアレンジをきかせた料理の強烈さを知っている僕としては苦笑いを漏らすしかなかったけど、
 ハプウのナイスアイディアに僕も乗っかることにした。

 そうさ。思い出作りならまだ終わってない。まだ終わらせない。
 

 
 僕達はリラさんを連れ出して、思いつく限りの場所に遊びに行った。

 というか、僕がそうさせた。
 珍しく積極的に遊びに行きたがる僕を見てハウ達も何か察するところがあったらしく、
 何も言わずに僕に付き合ってくれた。ありがとう。君達の友情に感謝だ。

 まずコニコシティのアイナ食堂に、日替わりZ定食を食べに行った。
 当然、マオが腕を振るったスペシャルをね。
 リラさんがどろどろのスープをスプーンでひとすくい口に運ぶと、ピタリとその場で静止して、
 青ざめた顔で「ボクはもっと薄味のほうが好きです」と震える声を絞り出した。

 リラさん、本当に申し訳ない。僕はもうマオスペシャルの味にだいぶ慣れていたし、ライチさんも
 マオスペシャルを家庭的な味だと言って褒めてるから、てっきり大人の味ってやつなのかと……。
 さらに彼女の名誉のために言っておくと、マオの料理の腕前は素晴らしいものだ。太鼓判を押してもいい。
 普通に作る限りは、という但し書きはつくけどね。

 それはさておき、今度はハウオリシティのマラサダショップで期間限定のZアマサダを食べた。
 丸いマラサダに、色とりどりのチョコペンでカプ・コケコの殻の模様が描かれている。
 今流行りの『アローラの王』人気に当て込んだ新商品らしい。いったい誰のことだろうね?

 ハウはこのマラサダショップの常連らしく、店員のお姉さんとすっかり仲良しみたいだった。
 というよりハウは基本的に誰とでも仲良くなれる。一度バトルしたこともあってリラさんとも打ち解けて、
 一緒に甘い甘いマラサダに舌鼓を打っていた。
 バトルとあらば鬼となるハウだが、いつも鬼や悪魔でいるわけもない。
 それは僕も、他のみんなだって同じだ。天使のような悪魔? 風評被害も甚だしい。
 

 
 今度はマリエシティのブティック。
 以前はアセロラの買い物に付き合って、ボキャブラリーの限りに彼女を褒めちぎったものだが、
 その日の着せ替え人形役はリラさんに勤めてもらった。
 
 せっかくのバカンスをスーツ姿で過ごすところからわかるように、リラさんは平素から服装に
 特別気を使うタイプではない。「キレイなのにもったいなーい!」とはアセロラの弁だ。
 今は遠き生まれ故郷のMOTTAINAI精神に海を隔てたアローラでも出会えるとは思ってなかったが、
 まあそれは置いとこう。リラさんという素材を放っておくのはアセロラの言うとおりもったいないしね。

 さて、ここからは女性陣の出番だ。
 僕とハウはファッションショーの観客兼審査員を決め込んで、マオとアセロラのチョイスで
 次々と着替えさせられるリラさんを眺めることにした。
 
 マオはリラさんの凛々しさやかっこよさを重視したコーディネートを好み、アセロラは逆に
 ふとしたときに覗かせる可愛さを際立たせるようなアイテムを選んでいた。
 キャップをかぶってタンクトップの上にパーカーを羽織り、タイトなスキニーを履いてみたり、
 紫色の花をあしらったリゾートハットに真っ白なワンピースで清楚なイメージを強調したり。

 ああ、そうそう。そのうちにハプウも巻き込まれて着せ替え人形にさせられていたんだ。
 ハプウの家は農家だから、彼女も作業しやすい格好を好んで、あまり着飾ったりはしないからね。
 リラさんやハプウの強い意志で写真の掲載は控えるが、実に有意義な時間だったとだけ言っておくよ。
 

 
 それから、まだ日が高いというのにスーパー・メガやす跡地で肝試しをした。
 当然ながら僕達が今更ゴーストポケモンに遭遇したくらいで肝を冷やすわけもなく……
 と言いたいところだったが、アセロラがしばらく留守にしていたせいで他所からやってきた
 オーロットやフワライドが多数棲みついていて、彼らに襲われたときはとても驚いた。

 フェスサークルに皆を招いて、いろんな屋台やアトラクションで遊んだ。
 女性陣が興味を惹かれていたのは、やはりというかなんというか、占い屋だった。
 でもあの占い屋はダメだよ。デタラメもいいところだ。なんといってもリラさん達全員に
「あなたの運命を変える人はすぐそばにいます」なんて言うんだからね。

 陽が暮れてからはホクラニ岳の山頂で星を見た。
 アローラ地方で二番目に高い山から見る星空は、吸い込まれてしまいそうなほど雄大で美しい。
 島巡りのときはマーマネの試練でのドタバタ劇で空を見上げる余裕もなかったし、
 こうしてみんなで一緒に星空を見つめる日が来るとは思ってなかった。先のことなんてわからないものだ。

 僕達とリラさんの『思い出作り』は日付が変わるまで続いた。
 リラさんに「子どもはいい加減に帰りなさい」と叱られるまでね。

 ああ、確かに僕らは子どもで、リラさんは大人だ。島巡りを達成したってチャンピオンになったって、

 そこだけは変えようがない。子どもがこんな夜中に出歩いてるなんてよくないよね。 
 

 
 ただ、僕には最後にひとつだけ言いたいことがあった。
 それを言うまでは帰るわけにはいかなかったし、それを抜きにしちゃ思い出作りの意味がなくなる。

 ハウ達を帰したあと、僕とリラさんはハノハノビーチに行った。
 僕が楽しい思い出を作れましたかと問うと、リラさんは「はい。楽しかったです、とても」と、
 優しい笑顔を見せてくれた。
 
 アローラ地方を好きになれましたかと問うと、「はい。ここはとても素敵な場所でした」と。
 僕達と出会ったことを忘れないでいてくれますかと問うと、「はい。きっと、ずっと覚えています」と。
 また一緒にバトルしましょうと言うと、「はい。いつかまた、必ず」と。

 一言一言を噛み締めるみたいに、僕はぎこちなく問い続けた。
 でもこれは、最後の一言のための前振りみたいなものだった。僕の心の準備も必要だったからね。

 ……そして、僕とリラさんは、「またね」って言ってお別れした。

「さよなら」なんて言葉は要らなかった。

 そうさ。こういうとき、「さよなら」なんて言わないんだ。どうして「さよなら」が必要なんだい?
 少なくとも僕は、「さよなら」じゃなくて「またね」がいいと思う。

「またね」がよかったんだ。

「またね」って言わなきゃ、もう会えないような気がしていたから。
 

 
 ……さて、ここからは蛇足だ。読み飛ばしてくれても構わない。

 
 
 僕がリラさんと別れてから間もなくのことだ。


 ビーチ脇の階段を上っていくと、ハノハノリゾートの入り口の前でハウが待っていた。
 どうやら数分前からの一部始終を見ていたらしい。
 からかわれるかと思ったけど、ハウの表情はいやに神妙だった。

 そんなハウの顔に少々面食らいながら、僕は帰宅を促した。遅くまで付き合わせて悪かった、
 今度埋め合わせはするよと、取り繕ったような言葉を言いながら。

 でもハウは、僕に困ったような目を向けてこう言うんだ。

「ヨウは誰かと別れるとき、絶対『さよなら』って言わないよねー」

 ってね。

 彼の一言に、心臓が迸るような動悸がしていたのをよく覚えている。
 僕自身よりも僕を理解している親友は、僕が「さよなら」でも「またね」でも終われなかった、
『彼女』との別れに思いを馳せたんだろう。
 そしてそれは、実に悔しいことに図星だった。

 ハウ。君は何でもおみとおしだ。なんなら、僕専属のカウンセラーかセラピストに任命しようか?
 

 
┃ 伝える

 2017-2-12
 テーマ:ブログ
 
 リラさんは今朝方アローラを発ったそうだ。見送りには行ってない。
 改まって別れを惜しむようなことはしない。だって、僕らは「またね」と言って別れたんだから。

 とは言うものの、やはり友達と当分会えなくなってしまったというのは寂しい。
 こうしてみると、リラさんに言いたかったこと、伝えたかったことがまだまだたくさんあったように
 思えてきてしまう。でも時間は巻き戻せない。今更考えるのは一種の逃避だろう。

 僕がするべきことは、この寂しい気持ちを少しでも前向きに活かしていくことだ。
 
 そう、いくら親しい友人同士でもいつ別れのときが来るかはわからない。
 だからこそ、言うべきだと思ったことはすぐに伝えるべきだ。
 いいところを褒めるのでもいい。不満や直してほしいところを指摘するのでもいい。
 なんにしろ、後悔の種は撒かないに越したことはない。そしてこれは今すぐにでも実行できることだ。

 幸いにして、僕には支えてくれる同僚達がいる。万人に誇れる友達がいる。
 簡単で陳腐な言葉でも、彼らに伝えることに意味があるんだ。
 
 だが、僕の決意の行動は早くも暗礁に乗り上げてしまった。
 

 
 挑戦者の来ない昼下がり、僕は四天王の間まで降りてハプウの部屋に顔を出した。
 僕が四天王の間に降りるのは珍しいことだ。四天王と挑戦者のバトルを見ることは禁止されてるし、
 別に降りてくる用事があったりするわけでもない。
 
 ハプウも僕が来たのを不思議がっていて、さてはあまりに退屈だから暇つぶしに来たのかと言う。
 まあ、僕が暇なのは君達のおかげさまなんだけどね。さっきもハプウが挑戦者を一人追い返したところだ。
 
 思い返せば、ハプウともなかなか長い付き合いになった。
 島巡りの最中にアーカラ島で出会ってからというもの、彼女には何度も助けられた。
 挑戦者の一人として僕に挑んできたことも二度や三度ではない。
 そして今は四天王の一人として、何より僕の理解者の一人として、僕を支えてくれる。

 ああ、僕が言いたいことがわかるかい?
 ハプウの好いところを挙げていけばいくだけ、僕の口は熱烈な褒め言葉を吐いていくんだ。

 会話のとっかかりとして、ハプウがこの間ブティックで買ったらしいヘアピンを着けているのを指摘し、
 それがとても似合ってると褒めてみたのを皮切りに、僕は言いたいことを言った。

「君にはいつも助けられてる。本当にありがとう。君がいないと僕はダメかも」と率直な感謝を言い。
「ハプウと一緒にいると安心するんだ。君はとても優しいから」と嘘偽りのない事実を述べ。
「君のことを大事に思ってる。これからも僕を支えてほしい」と、これからの希望を伝えた。

 ……はて?
 勢いのまま僕の話したいことをまくし立ててしまったが、この言い方は少々大げさだっただろうか?
 客観的に見ると、まるでハプウを口説いてるみたいに聞こえるんじゃないか?

 僕がそう思い至ったのは、ハプウが今まで見たことのないような真っ赤な顔をして、
 酸欠のコイキングみたいに口をパクパクと開け閉めさせているのを目にしたときだった。
 その尋常ならざる様子に面食らったが、結局ハプウは「ほにゃあ~!」という声を上げながら
 四天王の間を走って出て行ってしまった。真っ赤な顔を隠しながらね。
 
 参った。どうしよう。たぶん僕とハプウの間には大きな誤解が生まれてしまった気がする。
 明日ハプウと会ったら、まともに会話ができるだろうか。
 

 
┃ ハプウと
 
 2017-2-13
 テーマ:ブログ
 
 昨日の記事を更新してわずか一時間でマオから僕にメールが来た。
 何と返信すべきか考えているうちに夜が明けて、そしたらマオが僕の家に乗り込んできた。

 僕のブログが原因でマオが怒鳴り込んできたのはこれで二度目だ。
 マオは僕のブログの読者だが、メールの速さを見るに彼女のアカウントで更新通知を設定しているのかな?
 いや、まあ、それはどうでもいい。問題はマオがオコリザルみたいに怒り心頭だということだった。

 うん、マオの言いたいことはわかってるよ。
 僕がハプウに対して、口説き文句のような台詞を吐いたことが問題なんだろう。
 あのとき言ったことは混じりっけなしに僕の本心だ。しかし、表現に問題があったことは認めざるを得ない。

 僕は彼女を大切な友人だと思っている。だが僕らの友情に恋愛感情が介在する余地はない。
 少なくとも僕の側に、ハプウに対する恋愛感情はない。
 が、振り返ってみればアレは確かに誤解を招く言い方だった。なんならプロポーズしていると思われても
 おかしくない。自分の想いを率直に伝えようとするあまりの暴走だったと言える。

 が、マオは僕の現状への認識を聞くこともなく「いいからさっさと謝ってきなさい」と一喝した。
 
 こういうときのマオは非常に頑なで、僕にはそれ以上何か言うことは許されなかった。
 ともあれ、この手の誤解は早めになんとかしたほうがいいのは明白。僕はハプウに会いに行くことにした。
 

 
 マオはハプウとも連絡を取り合っていたらしく、ハプウはロイヤルアベニューにいると教えてくれた。
 
 ハプウと初めて会ったのはそのロイヤルアベニューのすぐ近く、6番道路でのことだった。
 スカル団のしたっぱに連れ去られそうになっていたフワンテを助けようとするハプウに協力したのが
 僕とハプウの出会い。
 ずいぶん前のことのようにも思えるが、実際のところは半年も経っていない。

 ハプウがこの場所にいるのは偶然か、それとも彼女に何か考えがあってのことだったのだろうか。

 ロイヤルアベニューに着いてからハプウを見つけるまでそう時間はかからなかった。
 ハプウは広場のベンチに座って、薄紅色の花々の咲き誇る花壇を眺めていた。
 僕が近づいていくとすぐに気づいて、「よく来たのう」といつもと同じ調子で声をかけてくれた。

 誤解は早めに解くべきだと思ってはいたが、しかしどう切り出したものだろうか。
 いざハプウを前にしてみると気の利いた言葉のひとつも出てこなかった。困った僕は、とりあえず
 ハプウの隣に座ってみる。

 しばらくの間お互いに無言だったけど、僕は意を決して口火を切った。

 昨日君に言ったことは全部、僕の本心だ。君は大事な友達だ。そのことに関して、誓って嘘はない。
 だけど、ちょっと興奮しすぎて言い方が大げさになった。もし勘違いさせてしまっていたらすまない。
 僕は君にそういう感情は抱いていない。これだけはハッキリと言っておかなきゃいけなかった。
 
 ……というようなことを話すと、ハプウはお腹を抱えて大笑いした。
 

 
 僕が困惑していると、ハプウは呆れた風な顔で、そんなことだろうと思ったとまた笑う。

 聞けば、昨日はいきなりあんなことを言われて混乱してしまったが、よくよく考えてみれば
 僕が自分を口説くようなことがあるはずがないと冷静になったという。
 僕の心の奥の、誰にも触れられない場所にはもう『彼女』がいる。
 だから、そんなことはありえなかったのだ、と。
 ハプウはリラさんとのお別れに何か思うところがあったから、ああいう行動に出たのだろう、とも。
 
 参ったね。まったくその通り、反論の余地もない。
 僕はそんなにわかりやすい奴かい? そう聞いてみると、ハプウはうんうんと頷いて答え、
 少なくとも『彼女』が絡んでいる問題に関してはものすごくわかりやすく、そして僕の行動の大部分は
『彼女』の影響が大きいので大体読める、と言ってくれた。

 そんなわけで、ハプウは僕を許すどころか、怒ってさえいなかった。そればかりか何もかもおみとおし。
 無敵のチャンピオン? アローラの王? まったく滑稽だね。僕はハプウ一人にだって勝てはしない。
 ハプウの度量にすっかり感服させられてしまった僕だった。完敗だよ。

 どうなってしまうかと思ったけど、今回の件は思いの外あっさりと解決した。
 その後、僕とハプウはラナキラマウンテンに戻って、いつもと同じ四天王とチャンピオンに戻った。

 ただ――僕の自惚れでないのなら、もしかしてもしかすると、僕の熱烈なプロポーズまがいの台詞を
 受けて、ハプウ自身にも何か感じるところはあったらしいんじゃないかと思う。
 僕と彼女の関係が恋愛に発展することなどありえないと思いながらも、ね。

 何故って、今日のハプウはおさげを解いて帽子を脱いで、ウェーブロングに髪をセットしていたんだ。
 いつか僕が可愛いって褒めた髪形にさ。衝撃的な事実だろう?
 

 
┃ バレンタイン
 
 2017-2-14
 テーマ:ブログ

 突然だけど、ハウって結構モテるんだよ。知ってたかい?

 地元ではしまキングの孫で、島巡りも達成した将来有望なトレーナーってことで結構有名だ。
 やがてはキャプテン、あるいはハラさんの後を継いで次期しまキングかと目されている。
 そして四天王代理になってからは、その高い実力をアローラ中に知らしめることになった。

 SNSを通じてファンの子に話を聞いてみたら、人懐っこい笑顔がとても可愛いんだってさ。
 確かにハウはバトルが終わった後に興奮気味のファンの子に話しかけられても如才なく受け答えできるし、
 誰とでも仲良くなれる。まさにコミュニケーション能力の権化のような男だ。
 その上、ここぞというときの度胸もある。モテるはずだよね。

 あと手前味噌だが、僕のブログにも多少の宣伝効果はあったものと確信している。
 この間もアクセスランキングで結構上位だったし、ハウとのバトルの記事も多くの人の目に触れている。
 ハウ、君がモテてるのは僕のおかげと言っても過言じゃないぞ……なんてね。

 ああ、どうしてこんな話をするかというと、それは今日がバレンタインデーだったからさ。

 彼が貰ってたのはチョコレートじゃなくてマラサダだったけど、可愛らしくラッピングされた箱や袋を
 両手いっぱいに抱えて苦笑いする彼を見られたのは貴重な体験だ。

 僕もそうだが、マオもアセロラもハプウも目を丸くしていた。
 ハウが好人物であるのは僕ら全員の見解の一致するところだが、こうして目に見える形で
 世間様の評判の芳しいことを見せられると何も言えなくなるものだ。
 

 
 それで、午前中はずっとファンの子達からもらったらしい大量のマラサダを食べていたんだけど、
 さすがに辛そうだったから「僕もいくつか食べようか」と聞いてみたんだ。
 でもハウは「みんながおれのために作ってくれたんだから、おれが食べてあげなくちゃー」って言って、
 僕の援護を断った。

 こういう実直さもハウの美点のひとつであることは言うまでもない。
 午後はマラサダの食べすぎで動けなくなっていたが、ハウがこうまで真摯に向き合ってくれたのなら、
 ファンの子達も本懐を遂げたと言っていいだろう。というか、そんな彼だからファンがつくんだ。
 
 僕がこうしてハウの人となりをブログに書き込むことによって本来僕につくはずのファンが
 彼に流れていっているという仮説も立てたが、仮説を検証するまでもなく、こういう僻み根性丸出しの男が
 モテるはずもあるまい。すでに勝負はついていたようだ。

 
 
 
 おかげ様で、今年僕が貰えたチョコは3個だけだ。

 この情けないチャンピオンに義理を果たしてくれる同僚達には感謝しかない。

 マオ、アセロラ、ハプウ。君達は素晴らしい女性だ。
 

 
┃ 波乱
 
 2017-2-15
 テーマ:ブログ
 
 この日、アローラリーグは大荒れに荒れた。
 ツワブキ杯ホウエンオープンを制したカヒリさんがアローラへ帰ってきたからだ。

 アローラ地方のトレーナーでカヒリさんの名前を知らない者はいないだろう。
 かつてすべての大試練を突破して島巡りを達成し、その後は世界中を飛び回ってプロゴルファーとして
 名声を得、そしてアローラリーグ完成に際してククイ博士に呼ばれて四天王の一員となった人だ。
『アローラ地方のチャンピオン』としては、僕の先輩と言っていいのかもしれない。
 
 そのカヒリさんが、およそ一ヶ月ぶりにアローラリーグ本部へやってきた。
 もちろん、四天王の一人としてだ。

 カヒリさんは長らく留守にしてしまったことを詫び、今日から四天王に復帰すると言った。
 彼女が戻ってくること自体はいい。元々、カヒリさんが正式な四天王で、ハウ達はあくまで代理だ。
 元の鞘に戻るだけ……そのはずだったのだが。

「それで、誰を外しますか?」というカヒリさんの一言で、その場の空気が凍った。
 
 元々四天王だったアセロラとカヒリさんは当然残留ということになろう。
 なら、メンバーから外れるのはハウ、マオ、ハプウの三人のうちの誰かだ。
 

 
 しかし、ハウもマオもハプウも、代理とはいえ四天王として僕を支えてくれた面々だ。
 僕のブログの読者なら知っての通り実力に何ら不足はない。友達としても無上の信頼を置ける。
 この中の誰を外す選択肢も僕には選べない。
 かと言って四天王が五人というのもおかしな話だ。

 だけど、すぐに結論を出せずにいる僕を見て、カヒリさんは冷ややかに言うんだ。
「お友達を追い出すのは気が引けますか? ポケモンリーグは仲良しクラブではないんですよ」
 ってね。図星を突かれた僕は、ぐっ、と息を詰まらせた。

 このカヒリさんの言葉に真っ先に反発したのはマオだ。
「そんな言い方はひどい」と言うマオに、カヒリさんも一歩も引かない。
 なんなら今ここでバトルして決めてもいい、と、今にもポケモンを繰り出しそうな険悪なムードが漂う。
 カヒリさんの言い様に、さすがのハウもハプウも面白くなさそうな顔だ。

 と、ここで場を収めたのはアセロラだった。
 
 誰が四天王の座を辞するべきか、逆に言えば、誰がチャンピオンを守る四天王に相応しいか。
 それを決めるのはあくまでチャンピオンであるヨウであって、自分達がいがみ合っても仕方ない。
 ここはお互い冷静になってから、改めてヨウに自分の魅力をアピールするのはどうだろうか?
 誰がヨウに選ばれても恨みっこなしということでいいじゃない。

 ……というのがアセロラの言い分だ。
 ところどころ気になる言い方だったが、カヒリさんもひとまずはそれでいいとして矛を収めてくれた。
 しかし、僕が見る感じアセロラはこの状況を楽しんでる。明らかにマオやカヒリさんを焚きつけていた。

 それによくよく考えてみれば、古代の四人のカフナはアローラの王による直接指名制であり、
 図らずも古代の歴史をなぞる格好になった。おそらくアセロラも気づいているのだろう。

 ともあれ、今日のところは解散となったが、これは頭の痛い案件だ。
 かくも優柔不断なアローラの王を、どうか笑ってやってくれ。
 

 
┃ 頂点
 
 2017-2-16
 テーマ:ブログ
 
 結局のところ、結論を出すのは一週間後に先送りされた。

 ハラさんやライチさんもまとめて戻ってきてくれるならこんなことにはならないのだが、
 残念ながら二人ともまだまだ忙しくてリーグへは戻ってこれそうにないらしい。
 ハラさんなんて、祖父の欲目を抜きにしてもハウは自分より強いから、そのまま正式に四天王として
 チャンピオンとともに戦っていけばよろしい、なんて言うんだ。

 だが僕の苦悩はさておき、まずカヒリさんと話をしなくちゃいけないだろう。
 カヒリさんはとてもストイックで、自分の美学やポリシーを重んじ、己を厳しく律する人だ。
 
 だが、ああも露骨に挑発的な態度を取る人でもない。
 あまり付き合いの長いほうではないが、自分の留守を守っていた四天王代理の面々に対して
 あんな物言いをするとはどうにも違和感があった。
 このことについて、カヒリさんの真意を確かめる必要がある。
 
 そう思った僕はカヒリさんに会うため、ハノハノリゾートのゴルフ場を訪れた。
 ツアーがないときのカヒリさんは決まってここで練習をしている。何度か見に行ったことがあったんだ。
 

 
┃ 頂点
 
 2017-2-16
 テーマ:ブログ
 
 結局のところ、結論を出すのは一週間後に先送りされた。

 ハラさんやライチさんもまとめて戻ってきてくれるならこんなことにはならないのだが、
 残念ながら二人ともまだまだ忙しくてリーグへは戻ってこれそうにないらしい。
 ハラさんなんて、祖父の欲目を抜きにしてもハウは自分より強いから、そのまま正式に四天王として
 チャンピオンとともに戦っていけばよろしい、なんて言うんだ。

 だが僕の苦悩はさておき、まずカヒリさんと話をしなくちゃいけないだろう。
 カヒリさんはとてもストイックで、自分の美学やポリシーを重んじ、己を厳しく律する人だ。
 
 だが、ああも露骨に挑発的な態度を取る人でもない。
 あまり付き合いの長いほうではないが、自分の留守を守っていた四天王代理の面々に対して
 あんな物言いをするとはどうにも違和感があった。
 このことについて、カヒリさんの真意を確かめる必要がある。
 
 そう思った僕はカヒリさんに会うため、ハノハノリゾートのゴルフ場を訪れた。
 ツアーがないときのカヒリさんは決まってここで練習をしている。何度か見に行ったことがあったんだ。
 

 
 ゴルフ場に着いたとき、タイミングのいいことにカヒリさんは休憩中だった。

 カヒリさんが有名人であるのと同様、僕もアローラ地方ではそれなりの知名度を得ている。
 僕みたいな子どもがプロの休憩中に押しかけるなんて、普通ならつまみ出されるところだが、
 アローラ地方の誇る無敵のチャンピオンがやってきたってことで思いがけず歓迎されてしまった。
 せっかくの機会だが、おもてなしを受けるのはまたの機会にしておいた。
 今はカヒリさんが優先だ。

 向こうもどうやら僕が来ることは予測済みだったらしく、場所を移してゆっくり話をしようという。
 カヒリさんに連れられて、僕は静かで洗練されたカフェの個室に通された。

 芳しい香りのロズレイティーで口の中を湿らせてから、僕はカヒリさんに切り出した。
 昨日、どうしてみんなを挑発するようなことを言ったのか?

 確かに僕は、あのとき誰を四天王から外すかと問われて即答できなかった。
 あの場にいる誰もが僕に必要な人だとそう思えてならなかったから。
 それを「仲良しクラブ」的だと言うのなら、まあ、そう言われても仕方ないだろう。

 でも、カヒリさんが僕を戒めるために厳しいことを言うのはわかるが、なにもハウ達に当たることはない。
 僕には、わざと挑戦的な言動を取っていたようにも見えた。一体どうしてなんだ?

 僕の問いに対してカヒリさんは、「あなたには高みに留まっていて欲しいから」と答えた。
 

 
 ククイ博士からアローラリーグの四天王に誘われたとき、カヒリさんはあまり乗り気ではなかった。
 島巡りという通過儀礼的な意味合いの強い試練こそあれど、他の地方にあるような競技性の高い
 ポケモンリーグのような組織はアローラにはなく、トレーナーのレベルもたかが知れたもの、
 参加するだけ時間の無駄だと思っていたらしい。

 だが自分と同じように島巡りを達成した活きのいい奴がいるということでしつこく勧誘され、
 結局その一回だけのつもりで四天王になり……そして僕とカヒリさんが出会い、戦った。

 結果はみんな知っての通り。
 僕はカヒリさんを含めた四天王に勝ち、ククイ博士との初防衛戦を勝ち、今に至るわけだ。

 プロゴルファーとしてはもちろん、ポケモントレーナーとしても鍛錬は欠かしていなかった。
 決して手を抜いたつもりはなく、ゼンリョクのバトルだった。しかしチャンピオンは自分の上を行った。
 僕とのバトルは、自分の驕りに気づかされ、またトレーナーとしての自分を見つめ直す契機になり、
 カヒリさんにとって僕は大きな目標であり憧れとなったのだという。

 ところがその僕が、憂さ晴らしの一環として始めたブログに書き込んでいる内容に関して、
 カヒリさんは不満を禁じ得ないのだそうだ。
 
 カヒリさんが僕のブログの読者であったことに関しては驚かなかった。ここまでくると僕の知り合い
 ほとんど全員が僕のブログを読んでいるだろうなと思っていたからね。
 まあ、問題はカヒリさんがブログを読んでどう思っていたかだ。
 

 
 曰く、退屈だからと言ってトレーニングもせず遊び歩いて、それも女の子とデートしたことばかり。
 あまつさえ誰か一人に定めることもせず、日によって違う子と遊んでいる始末。
 アローラ地方のトレーナー達の頂点に立つ者として、自身の言動が周囲に影響を与えることを自覚し、
 バトル以外の部分でもしっかりしてもらわなければ困る。

 曰く、四天王代理を自ら探し、アローラリーグの立て直しを図ったことは立派だ。彼らの実力に
 不足がないことも認める。しかし仲のいい友人ばかりで周囲を固めて、自らはそれに甘えきって
 堕落してはいないか。彼らもそれをよしとしてはいないか。

 曰く、みんなのためにもあなたは高みに留まっていなければならない。
 誰もが認めるヒーローでなければならない。少なくとも自分はそうあって欲しいと思っている。

 だから、僕らの馴れ合いのような関係がポケモンリーグを仲良しクラブに堕落せしめるのなら、
 チャンピオンである僕を弱くするかもしれないのなら、それを排さねばならないと考えたのだという。
 
 カヒリさんは、これが自分のエゴだということは承知していた。
 馴れ合いでも仲良しクラブでも、新体制アローラリーグは今のところうまくいっている。であるなら
 無理に変える必要もないのでは? とも思っていた。
『アローラの王』とも呼ばれるようになったチャンピオンがそう易々と王座を明け渡すわけもない。

 だが、それでも、カヒリさんは僕にヒーローでいて欲しいと願っていた。
 そんな自堕落で情けない奴にコテンパンにやられたのかと思うと我が身が哀れだし、自分を倒した
 チャンピオンの姿は彼女にとって心からの憧れなのだから。
 

 
 正直、「あなたの勝手なイメージを押し付けないでくれ」と言えるならどれほど楽だったろうね。
 でも僕にはそんなことは言えなかったし、思いもしなかった。

 結局、僕が強くあり続けることは、カヒリさんにとって自分の自尊心を担保するもので、それだけ偉大な
 相手と戦ったんだと、自分を守るためにあれこれ理屈をつけているだけなのかもしれない。
 だけど、彼女だって僕の同僚の一人。その彼女が僕を諌めるために敢えて厳しいことを言ったのは確かだ。
 その行動の意味を知れば、感謝こそすれ、文句を言うことなんてできやしないさ。

 それに、あれこれ期待されたり、妙なイメージがついて回るのは今に始まったことじゃない。
 無敵のチャンピオン、アローラの王、守り神に選ばれた男、神々の冒涜者、みんなの友達、軋轢を呼ぶ者。
 みんなアローラ・タイムズやアイランド・マガジン、週刊メレメレの特集記事でつけられたあだ名だ。
 それにカヒリさんのヒーローが加わったところでどうってことはない。

 カヒリさん。あなたのヒーローでいられるかどうかはわからないけど、少なくとも僕は勝ち続けるよ。
 堕落なんてしない。いつだってゼンリョクを尽くして戦い続けよう。燃え尽きるまで。
 こうやって話してみて、あなたの気持ちを知ることができてよかったよ。

 最後はそのように結んで、僕とカヒリさんの語らいは、あまり長い時間をかけずに終わった。

 これで僕の悩みが解決したわけじゃなかったが、それでもカヒリさんの気持ちがわかってよかった。
 厳格でストイックなアスリートである彼女も、人間だったということだ。
 
 僕の周りは、僕のことを考えてくれる人達ばかりだ。
 それがわかったなら、この悩みにも少しは前向きな気持ちで向き合えそうな気がする。
 

 
┃ 大人と子どもと
 
 2017-2-17
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 テンカラットヒル最奥空洞は一人で考え事をするには絶好の場所だと僕は思う。
 四方を岩山で囲まれ、ポケモンの助けなしでは入り込めないこの場所は、まるで外の世界から
 切り離されたように静かだ。

 険しい崖の中腹辺りの、ヒコウZが納められていた台座に背を預けながら、僕はこれからのことを
 考えていた。もちろん挑戦者が来ればラナキラマウンテンへ戻らなければならないが、それでも
 一人になりたい気分だった。

 カヒリさんの気持ちはわかった。耳の痛い言葉でも、それは僕のためを思っての言葉だ。
 無碍になどできない。真摯に受け止めなければならないだろう。

 けれど、今のみんなとの在り方が心地よいのも確かで、何より僕が彼らといることを選んだんだ。
 彼らを手放したくない気持ちだって大きかった。
 しかしハウ達は結局のところ四天王代理であって、やがて来るべきときが来たにすぎない。

 どういう方法を取って、どんな答えを出せば、みんなが……いや、何よりも僕自身が納得できるのか。

 そればかりを考えていた。
 

 
 まとまらない考えを持て余していると、そこに意外な人物が現れた。
 ポニ島のキャプテン、マツリカさんだ。会うのはクリスマス以来になる。
 マツリカさんは「あ。やっほーアローラの王様ー」と片手を挙げてキツイジョークを飛ばしてきた。

 突然のことに面食らって絶句していると、「近頃女の子はべらせて遊んでるらしいね。このこのー」と
 棒読みで言ってくるので、すっかり毒気を抜かれたような気分にさせられてしまった。
 これは怒るべきなのか笑うべきなのか。読者のみんなにも意見を聞きたいところだ。

 ひとまずマツリカさんのジョークを表面上スルーしておいて、僕はそのままマツリカさんと
 あれこれとりとめもない話をした。

 何しろ絵を描くために放浪生活をしているマツリカさんだけあって、話題には事欠かない。
 僕が特に興味を引かれたのは、ポニの樹林の片隅でポケモンの卵が孵る瞬間に立ち会った話だ。
 野生のポケモンの卵が孵化する瞬間なんてそうそう見られるものじゃない。
 その上、卵から出てきたのは黄色い毛並みの珍しいリオルだったっていうんだ。

 でもその色違いのリオルをゲットしないで、まずスケッチブックに描いたっていうのがマツリカさんらしい。
 むしろ、即刻ゲットしようなんて考える僕のほうが即物的で浅ましいのかもしれない。
 
 マツリカさんに頼んでスケッチブックを見せてもらうと、ある人物が何度か描かれていたことに気づいた。
 それはリラさんだった。
 

 
 そういえば、リラさんがアローラに滞在してた頃、マツリカさんとリラさんは結構仲がよかった。

 リラさんとは『例の事件』で知り合って以来の仲だったけど、絵のモデルとして魅力的だったかと
 聞くと、マツリカさんは「お姉さん可愛かったよねー」と頷いた。
 マツリカさんは独特な感性の持ち主だが、リラさんの人物評に関する限り、僕とマツリカさんは
 完全に意見が一致している。

 本来のリラさんはもっと子どもっぽくて無邪気な性格だけど、大人としての振る舞いをするために
 それを押し込めていた。でもふとしたときに子どものリラさんが顔を出す。「わたし」と「ボク」の
 一人称のブレはその最たるもの。
 そんなリラさんを、いつかマツリカさんは「子どもでいられなくなった大人」だと評した。
 
 僕とマツリカさんがリラさんに好意的なのは、まさにその在り様にシンパシーを感じるからかもしれない。
 僕はチャンピオン、マツリカさんはキャプテンと画家として、決して小さくない責任のある身だ。
 リラさんは国際警察の捜査官だし、子どものままでは務まらない仕事だろう。

 マツリカさんは気ままな風来坊だと思われがちだが、すでに若き天才画家としての名声を得ていて、
 個展も開くし画集も何冊も出している。百貨店やギャラリーと契約して絵を描くこともある。
 時にはスポンサーやクライアントからのリクエストに応えなければならないときもある。

 自分の実力が社会に認められていくにつれて、様々なしがらみが増えていき、だんだん描きたいから
 描くというだけでいられなくなっていくのを、マツリカさんは感じていたに違いない。
 

 
 僕だって、アローラリーグの陣頭に立つチャンピオンの地位になければ、今抱えている問題なんて
 誰か頼りになる大人に丸投げしていただろう。
 でもそうも言っていられないから、僕は僕の責任のもとで決断を迫られている。

 子どもでいられなくなった大人、あるいは大人として振舞わざるを得ない子ども同士。
 僕とマツリカさんの間には奇妙な親近感があった。悪友めいた関係だと僕は思っている。
 こうして愚にもつかない雑談をしたり、ゼンリョクでバトルをする時間はとても心地いい。
 子どものままでいられる時間は、今の僕らには貴重だ。

 結局この日、僕とマツリカさんは日が暮れるまでテンカラットヒルにいた。
 それこそ特に何をするでもなく、のんびり、ダラダラしてた。
 ああ、そうだ。せっかくだし、マツリカさんが描いてくれた僕の似顔絵も載せておこうかな。

 目下の問題になにか進展があったわけじゃない。マオとカヒリさんの仲が険悪だとか、アセロラが
 何を企んで暗躍しているのかとか、依然頭の痛い問題さ。
 でも、少しくらいの息抜きは許して欲しいよ。ポケモンリーグのチャンピオンがこういうことにまで
 心を砕かなきゃいけなかったなんて、みんなには想像できたかい?

 そうだ、今度時間ができたら、グラジオのところにも顔を出そうかな。
 ずいぶんと長い間放っておいてしまったけれど、『彼女』のことについて話してもおきたい。

 それに財団代表代理の君だって、大人として振舞わなければいけない子どもだからね。
 お互い、たまには子どものままでいよう。僕達まだ十代だろ?
 

 
┃ パーティーの夜
 
 2017-2-20
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 アセロラとカヒリさんが僕を迎えに来たのは、ちょうど午後4時くらいだったと記憶してる。
 急な約束だったが、僕のほうも支度は済んでいたし、ちょうどいいタイミングだった。

 ああ、わかってるよ。読者諸君はどうせ「またデートか」とでも言いたいんだろう?
 両手に花なのは認めるし、実に夢のある話だが、ちょっと違う。
 この夜僕らが出かけたのは、アローラリーグの資金集めのパーティーだったんだ。

 当然ながら、ポケモンリーグを運営していくのもタダってわけにはいかない。
 あれやこれやと膨大な額のお金がかかっている。ではそのお金はどこから湧いて出てくるのか?
 ククイ博士が代表を務めるアローラリーグ運営委員会が資金調達に奔走し、アローラ地方の名士や
 大企業を口説き落として出資金や寄付金を集めているからさ。
 ついでに言うとカヒリさんの実家も出資者の一人ってわけ。
 
 ポケモンリーグには四天王とチャンピオンだけいればいいってわけじゃない。
 むしろ僕ら所属選手はサファリゾーンの客寄せの珍しいポケモンみたいなもので、こうしてパーティーに
 出席してスポンサーに愛想を振りまかなきゃいけないときもあるのさ。
 今まではハラさんとライチさんに任せていたんだけど、その二人が不在である以上は僕らの出番だ。

 まあ、アセロラとカヒリさんがいてくれたらパーティーは心配ない。
 二人とも、僕なんかよりずっとこういう場に慣れてるみたいだからね。
 

 
 パーティー会場はハノハノリゾートホテルだ。道中、ハウオリシティ発の連絡船の中で出席者の名簿に
 目を通していたんだけど、まさにアローラ地方の長者番付上位常連が揃いも揃ったりという感じ。

 その中には僕と同じくらいの年齢のお子さんやお孫さんがいる人も多く、近々島巡りに出るから
 チャンピオンにバトルの指南を頼みたいと言ってくる人もこれがまた多いわけだ。
 スポンサーに対してこんなことを言うのもなんだけど、たまにお見合いか何かの場だと思ってるのか、
 娘さんやお孫さんを紹介してくる人がいるのにもちょっと困っているんだけどね。

 最初は驚くことも多かったけど、まあ、これも社会勉強のひとつだと思ってる。
 若くしてその道のプロとして活動しているカヒリさんやマツリカさんも、きっと僕と同じ驚きや
 戸惑いがあったんだろうと推測してるけど、彼女達ならなんだかんだで僕よりうまくやるんだろうな。

 ……ところで、アローラリーグ設立にあたって結構な額の寄付金を出した団体があるんだ。
 みんなはそれがどこだかわかるかい? そう、エーテル財団だよ。
 それは当然、このパーティーに彼が来るってことを意味している。

 名簿にグラジオの名前を見つけたとき、僕は最初驚き、次にどうすれば彼と二人きりになれるか考えた。
『彼女』の件を抜きにしても、大晦日の日以来、話したいことがたくさんできてしまったからね。
 でも僕はチャンピオンで彼は財団代表。さて、うまく抜け出せるかな?

 僕もグラジオもお互い面倒な身分になったものだと、溜め息を吐いてしまう僕だった。

 
 
 
 この夜の話は、あと何回か続けようと思う。

 

 
┃ 戦いの夜
 
 2017-2-20
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 アローラリーグの資金集めパーティー。
 この種の夜会に僕が参加するのは二度目か三度目だったが、スポンサーやそのご子息ご令嬢から
 どういうお誘いを受けるかはあまり違いがない。

 一緒に写真を撮ってくれとか、チャンピオンとしての仕事について聞かせてくれというのは容易い
 お願いだけど、バトルしてくれという申し出は少々困る。

 なにせ向こうは出資者とその家族であるわけだから、手も足も出せず瞬殺となれば気分を害するかも
 しれないし、かといってチャンピオンは強さを売りにしている稼業。接待バトルで負けてあげて
 アハハと笑っていてはアローラリーグの鼎の軽重が問われるというものだ。
 それに僕としては、こういう場でカプ・コケコや、『彼女』から預かったあの子を見世物にするのは嫌だ。

 幸い、『アローラの王』なる胡乱なあだ名の効果か、僕と同じくらいの子をボコボコにやりこめても
「さすがはチャンピオン!」という反応が返ってくることが多い。
 ただその場合、対戦相手が男の子なら弟子入りを、女の子なら連絡先を教えて欲しいとの申し出が
 続くこともあるので万事OKとも言い難い。

 けれどこの夜に限っては、少々違う展開が待っていた。
 ホウエン地方への遠征を終え、四天王に復帰したカヒリさんがいたからだ。
 

 
 きっかけはアローラタイムズの社長が僕に四天王の話をしてきたことだ。

 カヒリさんが復帰した今、三人の四天王代理達は二人ずつ持ち回りで四天王をやっている。
 ハラさんとライチさんが復帰するのも時間の問題だが、ハラさんは孫のハウに四天王の座を譲っても
 いいと考えているし、ライチさんだってマオが四天王でもいいのではないかと言っていた。

 まあ、現状のアローラの四天王に各島のしまキング・しまクイーンの代理人という意味合いもある以上、
 守り神に認められるなどの附帯条件こそあるが、彼らの実力は今や誰もが認めるところだ。
 現役のしまクイーンであるハプウについては言わずもがな。

 しかし正式な四天王が定まらぬ現状をどう考えているかという問いかけは、僕には即答できかねる。
 いつまでもこのままではよくないがが、その件について結論は出ていないし、今でも悩んでるんだ。
 社長さんに僕の偽らざる心境を語ると、そこにカヒリさんがやってきた。

「そうまで悩んでいるというなら、今ここで私とバトルしてください。
 少なくとも、私がアローラリーグに、そしてあなたにとってなくてはならない存在だと証明してあげます」

 カヒリさんは韜晦した物言いをしない。自分こそ四天王に相応しいと直球でアピールしてきた。
 いや、この間のことも影響してるんだろう。カヒリさんが僕に本心を打ち明けてくれたときから、
 彼女は特に僕に対して隠し事をしていないと感じている。
 
 カヒリさんの申し出に、周囲もにわかに盛り上がっていた。
 確かにアローラ地方が誇るトッププレーヤー同士のバトルだ。主催者サイドとしても、パーティーの
 余興としてこれ以上の見世物はそうそう出せないよ。
 

 
 そのまま屋外のバトルフィールドに移動し、僕とカヒリさんがフィールド上で向かい合う。

 ルールはシングルバトルの1vs1。見せ合いもなしで、今ここにある手持ちだけが頼りだ。
 実力を示すにしても長々とやるよりは手短にするほうがいいし、今日はギャラリーも多い試合だから、
 傍目にもわかりやすい試合形式を選んだんだろう。プロらしい判断だと思う。

 考えてみれば、カヒリさんは僕のチャンピオンとしての先輩のような人だ。
 言うなればこの試合は新旧アローラチャンピオンのバトル。そう思うと俄然やる気が燃えてくる。
 カヒリさんが僕に実力を見せるというのなら、僕だってあなたに自分の実力を見せてやるさ。
 
 互いに手持ちの中から一匹を選び、モンスターボールを構える。
 と、そのとき、僕はカヒリさんの構えたボールの種類に目が行った。
 彼女のポケモンを納めたボールはハイパーボールで統一されていたはずだったのだけど、そのとき
 カヒリさんが持っていたのはくすんだ鈍色が特徴的なヘビーボールだったからだ。

 体重が重いポケモンを捕まえやすくなるあのボールをひこうタイプ使いが持つのは非常に珍しい。
 ひこうタイプは空を飛ぶためか体重が軽いポケモンが多く、ヘビーボールではかえって捕まえにくく
 なってしまうからだ。いわタイプやはがねタイプの使い手ならたまに見かけるのだが……。

 一体カヒリさんはどんなポケモンを繰り出してくるつもりなんだろうか?

 その疑問が氷解したのは、それから間もなくのこと。
 審判から試合開始が告げられると同時に僕らはボールを投げ、ポケモンが現れた。

 僕が繰り出したのはアローラのすがたのガラガラ。
 カヒリさんが繰り出したのは、10m近い巨体を持つ緑色のロケットのようなポケモン――テッカグヤだった。
 

 
 この巨大なポケモンを、僕のブログの読者諸君の大部分は見たことがないと思う。
 ぶっちゃけた話、こいつもマッシブーン同様『例の事件』に関係するポケモンだ。アローラ地方に
 現れた個体は僕が捕まえたのだが、まさかこんなところで別個体の存在を知ることになるとはね。

 後で聞いた話では、カヒリさんがホウエン地方で遭遇したのを必死に追跡して捕まえたそうだ。
 テッカグヤはロケットのような両腕から可燃性のガスを噴射して空を飛ぶ。
 小回りは利かないが航続距離はかなりのものだ。過去に国際警察が取り逃がした個体がはるか遠くの
 ホウエン地方まで飛び去っていっていたのだとしてもおかしな話ではない。

 ちなみに、カヒリさんはテッカグヤ捕獲のために滞在予定を一週間延ばしたらしい。
 テッカグヤの足取りを追うのもそうだけど、その巨体とその規格外の重さからヘビーボールが有効だと
 推測して、実家からそれを送ってもらうのに時間がかかってしまったわけだ。

「おかげさまで、我が家の蔵から秘蔵のボールを引っ張り出した甲斐がありました」と嬉しそうに語る
 カヒリさんは、未知のポケモンを放っておけないポケモントレーナーの顔をしていた。

『例の事件』のポケモンを使うトレーナーなんてこの僕しかいないものだと思っていたけど、
 まさかカヒリさんがね。
 僕の周りは僕を驚かせたり意表を突いたりするのに血道を上げる奴らばかりだというのを忘れてたよ。

 でもこういうの、僕は全然嫌いじゃないけどね。
 

 
 テッカグヤはその見た目に違わず鈍重なポケモンだけど、ガラガラはそれより足が遅い。
 バトル開始直後、先手を取られるのはこの際仕方がない。それよりも重要なのはタイプ相性だ。

 テッカグヤのタイプははがね/ひこう。
 アローラのガラガラのタイプはほのお/ゴースト。

 エアームドと同じタイプを持つテッカグヤにはほのおタイプかでんきタイプの技が有効だ。
 幸い、僕のガラガラにはフレアドライブを覚えさせてある。加えて持ち物はふといホネ。
 タイプ一致に加えて攻撃力は倍増。反動は痛いがそれを補って余りある火力がある。

 物理・特殊両面に高い耐久力を誇る空飛ぶ大鉄塊、それがテッカグヤだ。
 しかし、いかにテッカグヤでもガラガラのフレアドライブを受ければただではすまない。
 というより、ガラガラにでんきタイプの技はないから決定打になりうるとすればそれしかない。

 ガラガラとテッカグヤがこうして相対してみると、まったく冗談みたいな体格差だ。
 身長は10倍、重さに至っては30倍近い差がある。普通に考えれば倒せるなんて考えられない。
 だけどその大きさこそ付け入る隙だ。
 ポケモンバトルは身体が大きければいいってもんじゃない。
 

 
「セレスティラ、ブラストオフ!」とカヒリさんの鋭い指示が飛び、テッカグヤの腕の先端に火が点る。
 噴射口からもうもうとガスが噴射され、凄まじい推力でテッカグヤの巨体が空高く打ち上げられた。

 ああ、ちなみに、セレスティラとはカヒリさんがテッカグヤにつけたニックネームだ。
 テッカグヤはポケモン図鑑に載っていないし正式な名前がわからないからフィーリングで決めたんだってさ。
 僕もあとで見せてもらったけど、腕にカヒリさんの字で『Celesteela』と書かれていた。

 上空へ飛び上がったテッカグヤは、今度は腕を180度回転させて地上へ向かって降りてきた。
 それも、打ち上げのときと同じ……いや、それ以上の速度で。
 この技はそらをとぶ? いや、違う。ヘビーボンバーだ。

 ヘビーボンバーは自分と相手の重さの差によって威力が変わる。そして彼我の重量比は30倍。
 そうでなくとも重さ1トン近い超重量級のテッカグヤが放つヘビーボンバーだ。
 どんなポケモンであれ、当たったらただじゃすまないことは確実だろう。バトルは身体が大きければ
 いいってもんじゃないけど、身体の大きさ自体が武器になることも往々にしてあるってことさ。

 僕はすかさずガラガラに回避を指示。しかしテッカグヤも腕の角度を微調整してガラガラを追う。

 数秒後、テッカグヤはバトルフィールドに文字通り突っ込んだ。
 身体を地面にめり込ませ、着地の衝撃でちょっとした地震が起きた。ギャラリーの皆さんも
 立ち上る土埃や地面の揺れに不安を感じてざわついている。

 僕達? 当然、その程度は慣れっこだし、そんなことよりも大事なものが今目の前にある。
 マグニチュード10のじしんが起きたって、這いつくばってなんかいられないんだ。
  

 
 こんな大技を繰り出した直後ならすぐには動けないだろう。今が攻撃のチャンスだ。
 いまだ晴れない土煙の中から、ヘビーボンバーを回避していたガラガラが飛び出し、ふといホネを
 大きく振りかぶって投擲した。ガラガラの得意技、ホネブーメランだ。
 
 テッカグヤの額を直撃したふといホネは回転しながら大きく弧を描き、ガラガラの手元に戻ってくる。
 すかさずガラガラは二撃目を放る。が、テッカグヤは右腕を振り上げ、噴射口から炎を噴き出して
 その噴射圧で飛来するふといホネを押し返した。
 
 しかも、かえんほうしゃでホネブーメランをいなしただけでなく、今度は左腕の噴射口を右手と逆方向に
 向けてガスを噴射して、1トンの巨体を無理矢理回転させた。
 そしてコマのように回転しながら飛び上がり、テッカグヤは両腕をガラガラに叩きつけてきた。
 僕は当然回避を指示。ガラガラもなんとかその攻撃をかわすが、テッカグヤの両腕でフィールドは
 爪痕のように大きく抉られていた。
 
 テッカグヤはこうそくスピンを覚えないから、多分ぶんまわすだろうか?
 本来そこまですごい威力でもないはずの技でこれだ。まったく、スケールが違う。

 もちろん、このテッカグヤを捕まえ従えているカヒリさんもまた規格外だと言わざるを得ない。
 でも公式戦の場じゃなく、ここでテッカグヤをお披露目するあたり、案外可愛いところもあるよ。
 カヒリさんも珍しいポケモンを自慢したかったんだろう。僕に対しては特に、ね。
 

地面技が飛行タイプに当たらないのは空飛んでるからとか動きがすばやいからとかだろうとは思うけど
テッカグヤみたいな大怪獣相手ならひょっとして当たるんじゃないかな~と思った。今は反省している

 
 さて、バトルに集中しないとね。

 ガラガラのホネブーメランは当たりこそしたもののほとんどダメージはなさそうだ。
 まあじめんタイプの技をひこうタイプに当てられただけでも御の字といったところだろう。
 だけど僕のほうも大きなダメージを期待してたわけじゃない。これは探りを入れただけだ

 さっきのホネブーメランでわかったことがいくつかある。
 まずテッカグヤの技だ。ヘビーボンバーにかえんほうしゃにぶんまわす、さすがに技範囲は広い。
 次に、テッカグヤの技の威力とそこから生まれる隙。一挙手一投足が大振りで、技を放った後に
 大きな隙を晒してしまうのは避けられないようだ。それに技をかわすこと自体は難しくない。

 さらには持ち物に関するヒントが得られた。これはカヒリさんを観察しての印象からの推理。
 元々耐久力の高いテッカグヤにきあいのタスキは考えにくいが、体力をわずかにも削られた際の
 カヒリさんの反応を見ているとそれはなさそうだ。
 加えて体力を回復したり持久戦に持ち込もうとする素振りを見せないのでたべのこしでもない。
 複数の技を撃ち分けてきたことからこだわりハチマキやこだわりスカーフでもない。
 
 カヒリさんのテッカグヤはかなり積極的に攻撃してくるから、ゴツゴツメットかとつげきチョッキ、
 あるいは何かしらのZクリスタル辺りが怪しいかな?
 ほのお技やでんき技をじゃくてんほけんで待ち構えているという可能性もあるけど……。

 とにかくまあ、相手の情報が手に入るだけでも大きな一歩だ。
 ここから反撃開始。見てろよ、カヒリさん。
 

 
 ところで、僕のガラガラは性格の問題もあってかなりの鈍足だ。
 先手を取れるポケモンはもとより多くない。だからテッカグヤに対しては後手に回らざるを得なくなる。
 だけどカヒリさんのテッカグヤを倒すためには、少なくとも一手、相手の裏をかく必要があった。

 さっきも書いたように僕の周囲には、僕の裏をかいたり意表をついたり驚かせたりすることに関して、
 並々ならぬ情熱を注ぐ奴らばかり揃っている。おそらくは趣味と実益を兼ねて。
 バトルに勝つためには駆け引きや搦め手も大事だということを彼らはよく理解しているんだ。
 そしてもちろん、この僕もね。 

 カヒリさんのテッカグヤが先に動く。両腕を勢いよく地面に突き立てると、揺れとともに地面から
 無数の尖った岩が 隆起してガラガラに襲いかかった。ストーンエッジだ。

 ストーンエッジをどうにか避けながら、だが僕のガラガラも同じ行動を取っていた。
 バトルフィールドから生えたストーンエッジが押し合いへし合い、荒れ放題だ。
 平坦なフィールドがかなり立体的になったが、ひこうタイプの上に規格外の巨体を持つテッカグヤには
 関係のない話。今のところこちらの足場が悪くなっただけだ。

 あるいはそれもカヒリさんの狙い通りだったのか、テッカグヤは再び噴煙を撒きながら空へ飛び上がり、
 そして急降下してヘビーボンバーを放った。 
 的の小さい相手ならばフィールドを荒らして退路を断ち、上からまとめて踏み潰せばいいってわけだ。
 

 
 今夜のカヒリさんの戦い方はまったく苛烈で容赦がない。
 普段のカヒリさんの、ひこうタイプ使いの華麗なイメージとは裏腹に、惚れ惚れするくらいに力任せだ。
 テッカグヤを活かすにはその圧倒的パワーで蹂躙するのが一番だと彼女は知っている。

 けれどカヒリさんはひとつだけ思い違いをしている。
 僕に逃げ場はないって? さて、それはどうかな。
 確かに退路は断たれた。断たれたように見えるだろう。でも僕がこのまま大人しくしているわけないだろ?

 テッカグヤの巨体が着地して、地響きとともにフィールドに林立する石の杭が砕け散った。
 砂埃が舞う中で、きっと誰もがガラガラの戦闘不能と僕の敗北を予感しただろう。

 最初に異変に気づいたのは、やはりというかなんというか、カヒリさんその人だった。
 あるいは僕が少しも顔を赤くしたり青くしたりしなかったことを見て取ったのか。
 テッカグヤが身じろぎして着地点を離れてみれば、僕のガラガラがいなかったのさ。

 そして次の瞬間、テッカグヤの背後の地面が盛り上がって、ガラガラがふといホネを振り上げて飛び出した。
 

 
 ぶんまわすやストーンエッジの応酬でフィールドは荒れ放題。こうも足場が悪いと、鈍足で空も飛べない
 ガラガラにとっては完全に退路を塞がれていたと言っていい。
 派手な技を駆使したバトルは目晦ましで、地上を制圧することがカヒリさんの狙いだった。

 そこで、なら土の中は? と考えたわけだ。

 前後左右や上に逃げられないなら下、土中に逃げ道を求めるしかなかったし、ストーンエッジの撃ち合いで
 バトルフィールドの地盤は脆くなっていた。
 賭けに出る価値はあると思ったよ。

 ガラガラにかわらわりで地面を割らせ、さらにボーンラッシュで掘り進んで地面にもぐらせたんだ。
 言うなれば、擬似的なあなをほるを試してみたというわけ。
 アローラ地方のガラガラはあなをほるを覚えないし、わざマシンもなかったから、技のノウハウはない。
 完全に一か八か。でも、うまくいった。

 テッカグヤが図体の大きさから小回りが利かないのは実証済み。すぐに反応はできない。
 そのまま地面を掘ってテッカグヤの背後に回りさえすれば、このバトルの勝ちは見えていた。

 果たして奇襲は成功し、ガラガラはテッカグヤの無防備な背中にフレアドライブをぶちかました。
 効果は抜群だ。大ダメージを受けたテッカグヤの巨体は大きく傾いた。
 

保守がてら業務連絡
明日あたりから更新再開します

 
┃ 心乱れる夜
 
 2017-2-21
 テーマ:ブログ

 僕のガラガラの渾身のフレアドライブがカヒリさんのテッカグヤを捉えた。
 テッカグヤの耐久力は相当なものだが、ふといホネを持たせたガラガラの全力の攻撃、
 ただで済まされてはそれこそ沽券に関わる。

 確かにテッカグヤに与えたダメージは甚大だった。だが、しかし。

 大きく傾いた巨体を2本のロケット型の腕で支えたテッカグヤは、辛うじて踏みとどまったんだ。
 なんてガッツだ! さすがの僕も目を瞠ったよ。
 思わずカヒリさんのほうを見やれば、彼女もまったく戦意を失っていなかった。
 
 テッカグヤの体力は風前の灯だが、まだ倒れていない。倒れていない以上、まだ戦える。
 最後の一瞬まで勝負は捨てない。クールに見えるカヒリさんの内側の熱さが乗り移ったようだった。
 そしてカヒリさん自身も、テッカグヤとともに最後の賭けに出た。

 カヒリさんは羽ばたくように両腕を振り、ヒコウZのゼンリョクポーズを取った。
 

 
 ここにきてZワザ! そう、テッカグヤの持ち物はヒコウZだったんだ。
 テッカグヤは最後の力を振り絞って空へ飛び上がり、はるか上空から猛スピードで急降下した。
 カヒリさんはひこうタイプのZワザ、ファイナルダイブクラッシュに勝負を賭けた。

 このファイナルダイブクラッシュで決め切れなければ、テッカグヤは自滅するだろう。
 だけど僕のガラガラではこのスピードの攻撃を避けきれないし、フレアドライブの反動ダメージも大きい。
 また見よう見まねのあなをほるで逃げようにもそんな時間はない。
 そしてZワザはまもるをも貫通する。当然受け止めるのも不可能だ。
 だったら、僕の取るべき道もたったひとつしかない。

 僕はガラガラにフレアドライブを指示し、テッカグヤに真っ向勝負を挑んだ。
 逃げも隠れもできやしないなら、真正面から叩き伏せる! 

 テッカグヤが地表に到達するまであと数秒。ガラガラが全身に炎をまとって迎撃の態勢を取る。

 間もなく、島全体を震わせるような衝撃が走るだろう。そのはずだった。

 果たして、次の瞬間。

 突然ガラガラが足を踏み外したように身体を滑らせたかと思うと、バトルフィールドの地面が崩れて、
 まるで流砂のようにガラガラを飲み込んでいった。
 カヒリさんのテッカグヤも同様、着地と同時に砂に埋もれていく。
 衝撃はやわらかいすなの海と化したフィールドに吸収され、周囲に大量の砂が舞い上がる。
 

 
 なんだこれは? いったい何が起きた?
 予想だにしない展開に、僕もカヒリさんもすっかり目を丸くしていた。

 だけど、少し冷静になって考えればすぐにわかることだった。
 こんな芸当ができるポケモンと、それを従えることのできるトレーナーの心当たりなんて、僕には
 一人しか思いつかないからね。

 砂の原が生きているように蠢いたかと思うと、僕のガラガラが、ペッ、という感じで吐き出された。
 ガラガラはすっかり目を回してこんらん状態だった。
 そしてフィールドを覆う砂が急速に一箇所に集まっていき、一匹のシロデスナを形作った。
 見間違えるわけもない。こいつはアセロラのシロデスナだ。

 今のはシロデスナのすなじごくだったんだ。だとすれば、それを命じたのは?
 賢明な読者のみんなにはもうわかるだろう。
 僕とカヒリさんの勝負に横槍を入れたのは、アセロラだったんだ。

 アセロラはシロデスナをボールに戻すと、僕とカヒリさんの間に悠々と歩いてきた。
 当然、僕もカヒリさんも怒りと困惑の声を上げずにはいられなかった。
 どうして邪魔をしたんだ! いいところだったのに。
 

 
 するとアセロラはこう言うのさ。

「ヨウもカヒリさんも熱くなりすぎ。周り見てみなよ、お客さんドン引きだよ?」

 アセロラにそう言われた僕達は、周りを見渡してみる。確かにフィールドは荒れ放題に荒れている。
 それこそ天変地異が起こったのかというくらいの荒れようで、ギャラリーも巻き添えを恐れて避難して
 僕達を遠巻きに見ていた。

 残念な話だが、僕もカヒリさんも目の前の相手に夢中になるあまり、周りが見えていなかった。
 今の僕達はホスト、お客さんを招く側だ。自分達だけで楽しんで、周囲の危険も顧みないのでは、
 確かによくなかった。
 本気も本気で僕とやりあったカヒリさんもさすがにバツが悪そうにしていた。

 認めよう、お互い、私的なことで熱くなりすぎてしまっていた。
 僕らが着ているタキシードもドレスも、土埃と砂で薄汚れてしまって、髪もボサボサだ。
 スポンサーの人達にはずいぶんみっともないところを見せていたようだ。
 勝負は不完全燃焼に終わったけれど、かえってそのほうがよかったのかもしれなかった。

 僕とカヒリさんはお互いに顔を見合わせて苦笑いを交わした。
 まったく、こんな格好じゃパーティーの続きはできないや。
 僕達はお騒がせしたことを詫びて、ガラガラとテッカグヤをボールに戻して、着替えのために
 控え室として宛がわれていた部屋に引っ込んだ。
 

 
 控え室はホテルの客室を借りているから、当然シャワーもある。
 激しいバトルの後だったし、テッカグヤがフィールドに落ちてきた際に砂をかぶったこともあって、
 まずは熱いシャワーを浴びて身体を洗ってから着替えたかった。

 しかし僕ら一人ひとりに個室を用意してくれるなんて太っ腹な話だ。いくらカヒリさんの実家とはいえ、
 眼下に広がるアローラの海を一望できる最高級スイートルーム。
 仕事でなければこんなところに泊まることなんかないだろう。チャンピオンの役得というわけだ。
 
 さて、汗と埃を洗い流して浴室を出ると、招かれざる客がいた。いつの間にか、アセロラがふかふかの
 ベッドの上に寝そべっていたんだ。
 彼女は、さっき会ったときとは違うドレスを着ていた。
 僕達の初仕事のときに来ていた、王妃のドレスだ。またあのスタジオから借りていたのだろうか?
 いや、それよりどうやって入ったんだ? ドアはオートロックだろう。 

 僕が問うと、アセロラは悪戯っぽく笑ってドアを指差す。正確には、ドアの下。
 アセロラの謎かけの答えはすぐにわかった。ドアの下の絨毯に細かい砂が散らばっていたからだ。

 シロデスナは砂の身体を持つゴーストポケモン。その気になれば、ドアのわずかな隙間からでも
 身体を潜り込ませることができるだろう。僕がシャワーを浴びている間にアセロラが命じて
 シロデスナが部屋の中に侵入、内側から鍵を開けさせて入ってきた。そんなところだろう。
 

 
 こういう悪戯はあまり感心しないよ、アセロラ。そんなに僕の裸に興味があったのかい?
 彼女に対抗して僕も小粋なジョークを言ってみたつもりだったけど、こうかはいまひとつだったらしい。
 アセロラは僕の軽口を笑い飛ばして、手に持っていたものを僕に投げてよこした。
 それは、あの撮影のときに僕がかぶらされた、おもちゃの王冠だった。

「着替えるんでしょ? せっかくだし、また王様のヨウが見たいな。みんなも喜ぶよ」

 そう言うアセロラに、僕は肩をすくめてため息を吐くしかない。勘弁してくれよ、もう。
 君はいいさ、アセロラ。王妃のドレスがとてもよく似合ってる。君の可愛らしい姿なら
 みんなが見たがるだろう。
 でも、僕の場合はそうはならないよ。誰も得しない。やめておいた方が賢明だ。

 けれどアセロラはそんな僕の真っ当な言い分に対して、やれやれといった感じの反応だ。
 やれやれと言いたいのは僕のほうなんだけどなぁ……。

「知ってる? この王様のマント、ウラウラ島の男の子の間ですっごく流行ってるんだよ」

 ドレスの上から『アローラの王』のマントをまとって見せて、アセロラは言った。
 一山いくらの土産物が飛ぶように売れて、今じゃ生産が追いつかないくらいだという。
 本人からすればおもちゃの王冠をかぶってけばけばしいマントを羽織った姿を衆目に晒して
 恥ずかしいかもしれないけど、周りはそんな勇ましい姿のチャンピオンを求めている。

「みんな、ヨウのことが好きだから」と、アセロラは最後に付け加えた。
 

 
 じゃあ、アセロラもそんな僕を求めてるのか? そんなの本当の僕じゃないと知っているくせに。

 少々ムッとした気分でそう聞くと、アセロラは、ちょっと違うと答えた。
 彼女達――この場合、ハウやマオやハプウやカヒリさんも含めて――にとって姿形や態度は問題じゃない。
 ヒーローであって欲しいと僕に求めたカヒリさんでさえ、本当はそうじゃない。
 僕と一緒にいること。僕に選ばれることをこそ求めている。

 つまり差し当たっては四天王だ。
 僕に選ばれること、替わりの効かない価値を認められること、一緒にいてほしいと求められること。
 みんな程度の大小こそあれど求めているものはそれなんだ。
 あの時はマオやカヒリさんを煽るようなことを言ったが、自分にだってヨウに選ばれたいという
 気持ちはあったとアセロラは語った。

 ……僕だって、ここまで言われて気づかないほど鈍くはない。

 アセロラの服装は、行動は、僕という王様にとっての王妃になりたいって言っているんだろう?
 彼女の言葉を借りるなら、「ヨウのことが好きだから」。
 誰よりも素直に、明け透けに、貪欲に、アセロラは僕にそう言い続けていた。

 僕の中の誰も触れられない場所、言うなれば僕の心の宮殿に、『彼女』がいることも承知の上で。
 

 
 アセロラ。同僚として、友達として、君はかけがえのない存在だ。僕は決して君を失望させない。
 君の友情と信頼に精一杯応えていこうと思っている。この気持ちに嘘はない。
 でも君の『好き』が僕の考えている通りの意味なら、僕はそれに応えることはできない。
 それは君だってわかっているはずだ。

 いつだったか、ハプウに釈明したときも似たようなことを言った気がする。
 僕がアセロラ達に友情を感じてはいても、恋愛の対象にはならない。それは変わらないんだ。

 けれどアセロラは、簡潔に「知ってる」とだけ答える。そして、
「ヨウの気持ちは知ってるけど、アセロラがヨウを好きでいちゃいけない理由にはならないよ」と言った。
 いつもの可愛らしい笑顔で。

『彼女』への未練や、約束とやらを言い訳にして逃げを打つのなら好きにすればいい。
 自分も好きにさせてもらう。きっと僕を夢中にさせてみせる……というのがアセロラの言い分だった。
 妹みたいに感じられていた女の子から発せられた、明確な宣戦布告だった。

 唖然とする僕をよそに、アセロラは僕の脇をすり抜けて部屋を出て行ってしまった。
 すれ違いざま、僕にマントを渡して、「王様の服で来てよ? みんな楽しみにしてるから」と言い残して。
 

 
 ……正直、カイリキーに殴られたような衝撃だったよ。
 僕自身は、こう見えても恋愛には奥手なほうだし、『彼女』に対しては片想い的だったというか、
 ああもあからさまに好意を言葉にしたことはない。
 ただ、冒険の日々を通じて、心が通じ合えていたと……錯覚していただけで。

 自分でやらないことを他人にやられるとここまでショックだとは思っていなかったよ。
 僕にはアセロラの気持ちをどう受け止めたらいいのか、全然わからなかった。
 あるいは今のところ、それを受け止める覚悟ができそうになかった。
 
 だけど差し当たり僕がやるべきことは明瞭だ。それは服を着ることだ。
 さすがに風呂上りの、パンツ一丁にバスタオルを肩にかけたスタイルでパーティー会場には戻れないもの。
 僕は観念して、クローゼットにかけてある詰襟の礼服に袖を通したのだった。
 

 
┃ 過ちと向き合う夜

 2017-2-21
 テーマ:ブログ
 
 もしもこの記事を読んでいる読者の中にあの夜のパーティーに出席していた人がいるのなら、
 僕がカヒリさんとのバトルの後、お色直しのために三十分ほど席を外してから、派手なマントを羽織って
 現れたことを知っているだろう。

 アセロラの求めに応じて再び『アローラの王』のコスチュームを着て出て行った僕だったけど、
 予想外にみんなの反応がいいんで戸惑ってしまったくらいだ。
 ひとつ確認したいんだけど、君達は本当にこんな僕を求めているのかい?
 それとも、僕の隣に陣取って離れなかった、王妃のドレスを着たアセロラを見たいがための口実?
 是非ともみんなの本音を聞きたいところだね。
 
 ともあれ、パーティーは盛況。実際バトルをして見せたこうかはばつぐんだったみたいで、
 アローラリーグのチャンピオンと四天王の面目躍如といったところかな。
 
 その後カヒリさんとも合流したけど……まあ、アセロラとカヒリさんが少々揉めたね。
 なんといっても、アセロラがカヒリさんの目の前で僕と腕を組んで、彼女を挑発的な目で見てたから。
 アセロラの言うようにカヒリさんも、僕のことを『そういう意味』で好ましく思っているのかな?
 だとすれば光栄な反面、やはり困ってしまうのだけれども。
 

 
 僕が両手の花々を持て余していたところ、別の方向から小さなどよめきが起きた。
 釣られてそっちを見ると、そこには彼がいたんだ。
 誰だと思う? ヒントは……そう、そのときの彼は真っ白なスーツ姿だった。余所行きの服だ。
 それからもうひとつのヒントは、彼が僕の親友の一人だってこと。本人は否定するだろうけどね。

 もうわかった? そう、エーテル財団代表代理のグラジオさ。

 何日か前のアローラタイムズにエーテル財団の若き指導者として特集が組まれていたのは記憶に新しい。
 なるほど、彼はまさしく貴公子と言っていい家柄の男で、しかもイケメンだから、話題性も高いだろう。
 実際、パーティーの出席者の若い女の子達の中にはグラジオのファンは多いみたいだったし。

 インタビュー記事では財団のポケモン保護活動をさらに推進していく意向を語っていて、
 特にポリゴンのような人工ポケモンや化石から復元されたポケモンといった現代の生態系や
 食物連鎖から弾き出されてしまうポケモンを研究・保護していくらしい。

 彼と会って話をするのはこの夜の目的のひとつだった。向こうから来てくれてありがたい。
 その上、グラジオとしても形式的な挨拶に時間を浪費するつもりはなかったらしく、
 僕が「やあグラジオ」と言ったのに対して、「話したいことがある。ついて来い」ときたもんだ。
 まあ、こっちとしても話が早くて助かるけどさ。
 
 一旦アセロラとカヒリさんと別れて、僕はグラジオの後について、会場の隅っこのほうへ行った。
 どうでもいいけど、正装した彼と並んだ僕の滑稽さといったらない。白いスーツが似合う貴公子と
 おもちゃの王冠を頭に載せた坊やのツーショットだ。せめてマントだけでも脱ぎ捨てたくなってくるね。
 

 
 グラジオと向かい合って、改まって何を話したかと思えば、まあ去年の大晦日の話の続きだ。
「例の件、決心はついたか」とズバリ聞いてくる彼だったが、心なしか少々痩せたように見えた。
 財団代表としての生活は僕の20倍は忙しいだろう。グラジオの苦労が偲ばれる。
 
 僕もあれから何かと忙しくなっていたけど、当然カントー行きについては考えていた。
 というか、旅費は財団持ちで僕は行くだけ。破格の格安ツアーだ。迷うことなんかない。
 僕が今更『彼女』に会う資格があるかどうかを別にすれば。要するに、未だあと一歩踏み出せないでいる。

 こんな優柔不断な奴に「くたばれ」と言う資格を彼は持っていたと思うけど、グラジオは、
「家族を救ってくれたことは感謝している」と言ってくれる。

「妹を傷つけたことは許しがたいが、妹にも落ち度はあった。思い込みの激しいところは母上とよく似てる」
「過去は変えられないが現在と未来はお前次第だ。俺ならお前の力になってやれる」
「お前が正しいと思うことをやれ。それを妹も望んでいるはずだ」

 グラジオのこの言葉に涙が出そうになったのは、彼に悟られずに済んだだろうか?
 彼の友情に対する感謝と、こんなにも僕や『彼女』を思っているグラジオに対する後ろめたさで、
 いたたまれなくなってくる。

 僕が『彼女』に向けた最後の言葉を、彼も知っているだろうに。
 

 
 ……今まで、『彼女』との間にあったことをブログで語るのは避けてきたけど、いい機会かもしれない。

 気持ちの整理がついたというよりは、『彼女』との経緯を文章にすることでもって気持ちの整理を
 つけてみたいというほうが正しいけど、とにかく、かいつまんで話そうと思う。
 僕と『彼女』の冒険の終わりの話だ。

 みんなも知っての通り、僕は去年の10月にカントーからアローラに引っ越してきた。
 アローラに住み始める前からネット上で親交のあったククイ博士にもずいぶんお世話になった。
 余所者の僕がアローラの伝統である島巡りに参加できたのもククイ博士の口添えがあったからだろう。

 僕と『彼女』は島巡りを始める直前の、リリィタウンのお祭りの夜に出会った。

 第一印象としては、相当に育ちのいいお嬢様っぽいってところかな。肌は透き通るように白いし、
 歩く姿勢もちゃんとしてる。ああいうのは日頃から意識してなければできない。
 アローラ地方に関してあまり詳しくないみたいだったし、地元の子じゃない。
 あとで聞いた名前からしても、カロス地方あたりの子じゃないかって思ってた。

 言葉にしてみるなら、真昼の月のような女の子だった。
 確かにそこにいて、とても美しいと思えるのに、どこか小さくおぼろげだった。僕より背が高かったのに。

 そんな女の子が、ククイ博士のところで助手をしていて、少々複雑な事情を抱えていることを
 知ったのはもう少し後の話だった。

 残念ながら、彼女の抱えていた事情に関しては、詳細を書くことはできない。
 エーテル財団はもちろんのこと、『例の事件』にも関係してくる話なので、国際警察から直々に
 口止めされている。僕は何も喋りませんよ、エージェント・リラ。ご安心を。
 

 
 僕の島巡りの旅は二週間ほどだったけど、『彼女』と一緒に島巡りをしたのはその半分にも満たない。
 だけど僕にとって、その数日間は他の何物にも換えがたい大切な思い出だった。

『彼女』はポケモントレーナーではなかった。ちょっと珍しいポケモンを連れてはいたけれど、
 ゲットしたわけではないし、モンスターボールにも入れてなかった。
 ポケモンが戦って傷つくのを見たがらなかったし、モンスターボールに入れるという行為――
 もっと言えば、ポケモンをどこかに閉じ込めるという行為に抵抗があったんだろう。
 時としてバトルの必要に迫られることもあったけど、そのときは僕が戦った。

 あのときの僕を『彼女』を守ることだけを考える戦闘マシーンだったと言う奴もいる。
 だけどそれの何が悪いっていうんだ? 『彼女』の笑顔を守ることは僕にとって何よりの報酬だ。

 ああ、正直に言って、一目惚れだったね。生まれて始めての感覚だった。
『彼女』みたいな可愛い子、今まで見たことなかったし、頼られて嬉しかったのはあった。
 そんな憧れの女の子と一緒にいられて嬉しくない男がいるかな? 僕はいないと思うね。

『彼女』にすごい奴だと思われたくて色々勉強もしたわけだし、好きな子の前でいい格好したいという見栄が
 知識や理論の面での僕の基礎を作ったとも言える。
 だから、『彼女』との冒険の末にアローラリーグ最初の挑戦者としてラナキラ山頂を目指した頃には、
 今の僕は生まれていたんじゃないだろうか。
 

 
 最初の挑戦者として四天王と戦い、最初のチャンピオンとして君臨し、最初の防衛戦を制して、
 僕は名実ともにアローラ地方初のチャンピオンになった。
 そして僕の肩書きに『アローラの王』が追加されるのはしばらく後の話だ。早く忘れてほしいけど。

 その夜、リリィタウンではアローラリーグ創立と初代チャンピオン誕生を祝うお祭りが開かれ、
 僕の知り合いはほとんど全員が出席していた。もちろん、その中に『彼女』もいた。
 そうだ、カプ・レヒレの試練のときの記事を覚えているかな?
 いつまでも、何があっても、僕は僕のままでいる。その約束はこの夜に交わされたんだよ。
 お祭りを二人でこっそり抜け出して、ね。
 
 お祭りが終わっても、明日になればまた会えると思っていた。明後日も、その次の日も、ずっと。
 僕のほうはチャンピオンになんてなってしまったけれど、自由な時間がないわけじゃない。
 また一緒にどこかへ行って、色んなものを見て……一緒にいられると思ってた。

 実際には、『彼女』は病床に伏せたお母さん――ルザミーネさんの看病で動けなかったんだけど、
 それもやがて時間が解決してくれるものだと思ってた。
 きっと、これから何もかもがいい方向に行くんだと、そう無邪気に信じてたんだ。
 

 
 僕の期待が裏切られたのは、チャンピオン就任から三日後のこと。

 あのとき、朝早くから僕の家にハウが転がり込んできたのには面食らった。
 彼はとても慌てた様子だったけど、僕のほうはというと、
「やあハウ。アポもなしでどうしたんだ? 握手? 写真? 贈り物ならククイ博士を通してくれよ」
 なんて小粋なチャンピオンジョークを飛ばしていたのを覚えてる。

 もちろん僕の下手な冗談はスルーされた。
 それにハウが慌てていた理由を聞いたら冗談を言う余裕も吹き飛んだ。
 まあ、実際には説明する時間も惜しいからと手を引っ張られながらハウオリシティまで走らされ、
 事情は現地で聞かされたんだけどね。

 きっと、目の前が真っ暗になったというのはああいうのを言うんだろう。
 家で理由を聞いていたならハウが僕を騙そうとしていると思ったに違いない。だって、そんなこと、
 絶対にありえないと思ったはずだ。そんなことがあるわけがないと。

『彼女』が、アローラ地方を去るだなんてことが。
 

 
 ハウオリシティの乗船所に着くと、そこには『彼女』がいた。
『彼女』は、ルザミーネさんの身体を治す手がかりを見つけるために、病身のルザミーネさんと一緒に
 カントー地方へ渡るのだという。僕にも告げずに、地球の裏側へ旅立とうとしていたわけだ。

 アローラを離れることに寂しさもあるけれど、カントー行きに胸を膨らませてもいると『彼女』は言う。
 素敵なポケモンと出会ってトレーナーになり、島巡りのようにあちこちを旅するのだと。
 ルザミーネさんも元気になって、自分も僕に負けないような立派なトレーナーになって、
 きっといつかアローラに帰ってくると、『彼女』は語ったんだ。

『彼女』はか弱い女の子だ。育ちのせいかそれなりに世間知らずでもあった。
 でも、こうと決めたら曲げない意志の強さを持ってる。
 どんな危険な状況でも、『彼女』は涙を見せたことはなかった。心はいつも前を向いていた。
 無力であったかもしれないけれど、僕はその姿にどれほど勇気づけられただろうか。
 だから僕は『彼女』を傷つけるものに立ち向かった。『彼女』の笑顔を守ろうと思った。

 理屈では、『彼女』が自分の意志と力で物事を良い方向へ導こうと努力していると理解していた。
 応援こそすれ、引き止める道理はない。僕は『彼女』を笑って見送るべきだった。

 でも僕の感情はそうじゃなかった。
 笑って見送る? 無理だ。そのときの僕には作り笑いのひとつも浮かべられなかった。
 

 
 僕は『彼女』を詰問するように言葉を並べた。
 一言一句違わず、とはいかないが、大体の内容は覚えてる。

 君の決心が固いのはわかった。でも、少し冷静になってくれ。アローラとカントーがどれほど遠く
 離れているか知ってるか? 言ってやろうか、ざっと17000キロだ。その船で行くつもりなら、
 40日以上かかる。飛行機で行っても24時間。そんな遠い場所へ君が行かなければならない理由はなんだ?
 誰か大人の人に任せればいい。なんなら、ザオボーさん辺りなら暇そうだしちょうどいいだろ。

 いや、わざわざカントーに行かなくたって、専門家の人をアローラに呼ぶことはできないのか?
 長旅をするほうがルザミーネさんの身体に毒だ。家で養生すればいいじゃないか。
 君んの家は敷地も広いし、プールもテニスコートもシアタールームもある。ベッドも最高だ。
 いい環境だよ。どうしてアローラを出て行かなきゃいけないんだ?

 大体、毎度のことだが、君は良かれと思ってやってるのかもしれないけど、僕のことなんかお構いなしだ。
 こんな大事なこと、どうして僕に相談してくれなかった? いや、いいさ。僕は君のためなら地球の
 裏側にだってついて行くよ。助けが必要ならいつでも駆けつける。
 それは僕が、君を大事に思っているからだ。なくてはならない人だと思っているからだ。
 君が僕を必要としてくれたから、僕は今までやってこれたんだ。
 それがこの仕打ちだ。僕のことなんかもう必要ないって言いたいのか。どうなんだ?
 
 こんなことをまくし立てている最中、頭の中の冷静な自分が、「こんなことを言うのはやめろ」と
 必死で叫んでいた。その場にいたハウやククイ博士も「よせ」「やめろ」と僕を制止していた。
 でも、止められなかった。それくらい、僕にとって、『彼女』がいなくなることはショックだった。
 

 
 不実を詰る言葉を並べ立てる僕に、『彼女』は泣きそうな顔をして、僕の目を見返していた。
『彼女』のあの悲しい目で見つめられたら、僕のほうが泣きそうだった。
 そして、『彼女』は僕に決意を語った。

 曰く、このことを伝えなかったのは、僕のことが必要なくなったとか、一緒にいたくないからじゃない。
 むしろ僕に相談していれば、きっと万難を排して助けてくれたに違いない。
 でもそれじゃ、いつまでも僕に頼り続けてしまう。僕の助けがなければなにもできなくなってしまう。
 そんな自分になりたくない。僕と肩を並べていられる自分になりたい。
 だから、カントーへの旅は自分の力でやり抜かなければいけないと思った。

「ヨウさんを必要としないわたしにならなければ、きっと、ヨウさんと一緒にいる資格がないんです」
『彼女』ははっきりとそう言った。

 わかっていたはずなんだ。僕が今更なにを喚き散らしたところで、『彼女』を引き止められはしないって。
 そう、『彼女』の気持ちを考えていないのは僕のほうだ。僕がワガママを言っているだけだった。
 けれど引っ込みがつかなくなっていたのも実際のところで、僕はついに、決定的な一言を口にしてしまった。

「もういい。もうたくさんだ」「君のことなんか、大っ嫌いだ」

 僕の言葉を聞いて……ああ、僕は、なんてことをしてしまったんだろう。『彼女』は。
 島巡りの冒険の中で、一度も涙を見せなかった『彼女』は、ついに、泣き出してしまった。

 そして僕は、それ以上『彼女』を見ていられなくなって、その場から逃げ出した。
 

 
 とにかくその場から遠ざかろうと思って、がむしゃらに走った。心臓がはち切れそうだった。
 やがてトレーナーズスクールを通りすぎ、ククイ博士の研究所に程近い砂浜で膝をついて、
 ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した。

 そのときの僕には、ついさっき自分の言い放った言葉が信じられなかった。
『彼女』の泣き顔が目に焼きついて離れなかった。
 僕は、『彼女』にあんな顔をしてほしくなくて、今まで戦ってきたんじゃなかったのか。
 目の前がチカチカして、視界が歪んで、ひどい吐き気を催していた。

 パニックに陥っていた僕を現実に呼び戻したのは、僕を追いかけてきたハウだった。
 ハウは今まで見たことないようなこわいかおをして、僕の胸倉を掴み、頬を殴りつけたんだ。
 予想外の一発に、僕は受身も取れずに熱い砂の上に倒れこんだ。

 不思議だけど、パニック状態のときに更なるパニック要素をぶちこまれて、急速に頭が冷えていった。
 ああ、彼が人を殴るなんて想像もつかなかった。それが僕であるとは尚更想定外だ。
 逆にヒートアップしていったのはハウだ。「なんであんなこと言ったんだよ」と、ハウは僕を問い詰めた。

 どうして? ああ、そうだ、どうして僕はあんなことを言ったんだ?
 それも、この世界で一番大切な人に向けて。
 

 
 ハウは、何も答えられない僕に馬乗りになって、襟首を掴んで揺さぶってきた。
「どうしてなんだよ」「答えろ」「あれがヨウの本心なの」
 そう言って『彼女』を傷つけた僕を詰るハウもまた、泣きそうな顔をしていた。
 怒りも、哀れみも、絶望も、全部噛み潰したような表情だった。 

 それでも、僕は、何も答えることができなかった。
 ただ、自分が『彼女』と一緒に冒険する資格を永遠に失っただろうということだけは、
 はっきりとわかっていた。

 やがてハウはわけがわからなくなって泣きじゃくり、僕も、熱い砂を枕にしながら泣いていた。
 それぞれ違う理由で、二人して泣いた。ククイ博士がやってくるまで。

 僕は、真っ白で小さな真昼の月をアローラの空から追い出した。
 でもそれは、僕にとっての太陽だった。それに気づいたときはもう遅かった。
 夜明けはもう二度と訪れない。やり直せはしない。

 あの日以来、僕はずっとそう思っていた。
 

 
 ハウとはしばらくギクシャクしていたけど、仲直りはできた。ただ、彼は僕の謝罪を受け取らなかった。
「ヨウが謝らないといけないのはおれじゃない」って言ってね。その通りだ。

 グラジオともずいぶんやりあったけど、大晦日にカントー行きを打診してくれたことから見ると、
 完全にとはいかなくとも許してくれてはいるらしい。現に今、彼は僕の力になると言ってくれてる。

『彼女』から託されたあるポケモンは、僕に失望したのかモンスターボールから出てこなくなった。
 思えば、『彼女』が彼をエーテルパラダイスから連れ出したことからすべては始まったのだろう。
 こんな結末を迎えてしまったのは僕のせいだ。彼の怒りは正当なものだ。

 それからの僕は、まあ、おおむねブログに書いてきたとおりだ。

『彼女』との関係を引き返せない後悔として抱えながら生きていくのは、時々、死にたくなるほど辛い。
 チャンピオンとしての仕事に逃避することもある。僕の年齢で「仕事と結婚したと思ってる」なんて
 おかしいかもしれないけど、そう思って目の前のことに集中しないとやっていけないときもあるんだ。

 何より、僕のような奴が許されていいのか? やり直してもいいのか?
 いや、それ以前に、『彼女』は僕を許すだろうか。僕と会ってくれるだろうか。わからない。自信もない。
 

 
 僕は、今まで考えてきたことをそのままグラジオに吐き出した。
 グラジオは僕の長話を黙って聞いていてくれた。僕が話し終えると、グラジオは苦笑いしながら、
 僕と『彼女』はやはりもう一度会って心ゆくまで話し合うべきだと言った。

「お前達は似たもの同士だ。お互いを想うあまりに極端な行動に走る辺りは特にな」

 グラジオはそう言ってまた笑い、僕の肩を叩いた。

「ひとつだけ言えるのは、あいつはお前の身投げのような献身など望んじゃいないってことだ。
 あらゆる危険から妹を守ろうというのはわかるが、もっと自分自身を大事にするんだ」

 僕を諭すグラジオは、実にお兄さんっぽかった。普段の彼はもっと斜に構えていて、口数が少ないのを
 かっこいいと思ってそうな感じだと思っていたけど。

「思い悩んでいても現実は変わらない。行動しろ。そのためのサポートはしてやると言ってるんだ。
 後ろ向きな話題ばかりでお前のブログの読者も辟易してるだろうから、明るいネタを提供してやる」

 最後のは、彼にしてはやけに冗談めかした言い方をした。僕を気遣ったんだろうか。
 それにしても、彼には似合わない。僕もつられて笑って、ただ、「ありがとう」と言った。
 

 
 ずっとグラジオとおしゃべりしていたかったけど、やがてパーティーもお開きの時間になった。

 僕にしては珍しく、二次会と洒落込みたい気持ちもあったけど、残念ながら子供は寝る時間だ。
 あとのことはカヒリさんとククイ博士が引き受けて、僕とアセロラは控え室へ戻って寝ることにした。

 ちなみに、僕の部屋の鍵は開けておいた。どうせアセロラが数十分前と同様の手口で侵入してくる
 だろうと予想できたし、実際僕の予想は的中したからね。

 アセロラは夜更かし上等のテンションで、ベッドを占領しながらもっと遊ぼうと誘ってくる。
 だけどアセロラと王様ごっこして遊ぶ気分じゃなかったから、僕は強硬手段に出た。
 手持ちのマシェードにキノコのほうしを部屋中に充満させて、僕とアセロラを眠らせたのさ。 
 キノコのほうしは強力な催眠技だから、これで朝が来るまで二人ともグッスリというわけだ。
 
 ……ただ、翌朝、胞子まみれのスイートルームの清掃費用がいくらになるんだろうと寝起きの頭で
 ぼんやり考え、考えているうちにカヒリさんにめちゃくちゃ怒られる結果となったけどね。
 
 まあ、これで楽しい夜会はおしまい。ククイ博士も大口の寄付の約束をとりつけたみたいだったけど、
 最高級スイートルームの清掃費用の請求がリーグの運営に影響しないことを祈ろう。
 

 
 ところで……仮に僕がカントーへ行くとして、しかしこのままだと、ひとつだけ心残りがある。
 それは僕がアローラリーグのチャンピオンだってことだ。アローラリーグを放り出して旅には行けない。

 僕にしてみればチャンピオンの地位なんて、あの二週間の島巡りの冒険の日々がしんそくのように
 過ぎ去って、手元にたまたま残った数少ないもののひとつだ。
 だけど、今は僕の仕事だ。責任がある。解決しないといけない問題もいくつかある。

 初恋の人を追いかけて地位も名誉も捨てるなんてドラマチックだが、そんな無責任な奴は僕じゃない。
 少なくとも、『彼女』に恥じないチャンピオンとは到底呼べないだろう。

 しかしアローラリーグの選手規約にはチャンピオンの座を誰かに譲る手続きについての取り決めはない。
 あくまで、挑戦者との防衛戦に敗北して王座を明け渡さなければならないわけだ。
 かといって、わざと手を抜いて負けるなんてことはできない。それはリーグの看板に泥を塗る行為だし、
 僕を信じてついてきてくれたみんなに対する背信だ。

 だから、グラジオ。暇があったらリーグへ挑戦しに来てくれないか?
 そして、ゼンリョクで僕とバトルして、僕を倒してくれ。
 ダサいマントを羽織った王様気取りの勘違い野郎を、このアローラ地方から叩き出してくれよ。

 こんなこと、君かハウくらいにしか頼めない。

 たぶん、僕が君にする、最初で最後のお願いだ。
 どうか、前向きに考えておいてくれないかな。
 

 
┃ マオとプルメリさんと
 
 2017-2-22
 テーマ:ブログ
 
 カヒリさんとのバトルが新聞の見出しを飾ったことは言うまでもない。
 チャンピオンと四天王のバトル、しかも誰も見たことのない珍しいポケモンが飛び出しての戦いを前に、
 招待客だったメディア各誌の偉い人が記事の掲載を決意したとしても不思議じゃない。

 その後の僕はというと、パーティーの夜が明けてから帰宅したあと、まず忘れないうちにざっとブログの
 下書きをして、ポケモンセンターで手持ちを入れ替え、みんなにポケリフレをしてあげていたら、
 気づいたら昼過ぎになっていた。
 
 読者諸君は僕が暇を持て余していると思っているだろうし、実際以前はそうだったんだけど、
 今はそうでもない。仕事は増える一方だ。だからこの日は、僕にとって貴重なオフになった。
 
 落ち着いた環境で心と身体を休めて、リフレッシュするのはとても大事なことだからね。
 僕は、自分が結構気分の浮き沈みが激しい人間だとわかったから、休暇を取ることの大事さはそれなりに
 わかってるつもりだ。
 だから、休むときはちゃんと気力を充実させられるように休んでるし、この昼下がりもそうだった。
 とてもいい気分で、明日からまた仕事をがんばろうと思えたよ。
 
 あんなことが起こりさえしなければね。
 

 
 僕が足を運んだのはコニコシティのアイナ食堂。つまりはマオの実家だ。

 目当てはもちろん、マオが腕を振るったZ定食スペシャル。あのメニューは実に奇妙なことに、
 食べ終わった直後は「もう二度と食べるもんか」と決心させられるのに、2~3週間ほど経つと
 何故だか無性にまた食べたくなるんだ。あのZ定食スペシャルを身体が求めてしまうんだよ。
 いつの間にかすっかり癖になってしまったらしい。

 それに、四天王の件についてマオともじっくり話をしておきたかった。
 具体的には、たとえば、「君はカヒリさんが嫌いなのか?」とかね。あまり掘り下げるべき話題では
 ないかもしれないけど、チャンピオンとしては聞いておかないといけない。気は進まない。本当さ。

 アイナ食堂に着いたのはお昼時を外れた午後2時ごろ。お客さんも少なくてちょうどいい時間だった。
 食堂に入ると、カウンター奥のキッチンにはマオがいて、眩しい笑顔で挨拶してくれた。
 そしてカウンター席にはプルメリさんがいた。

 前にも書いたと思うけど、プルメリさんは今ホクラニ岳天文台を拠点に修行してる。
 だけど彼女は時折こうして、元スカル団のメンバーの様子を見に他の島に足を運んでいる。
 この場合は料理人を目指して食堂で働くバッドガールだ。

 元スカル団の幹部とはいえ、今やプルメリさんの面倒見のいい人柄はよく知られている。
 マオも、今じゃすっかり馴染みのお客さんとして、プルメリさんを歓迎してるみたいだ。
 僕のブログのおかげだと言い張りたいところだが、まあやめておこう。プルメリさんの人徳だよ。
  

 
 Z定食スペシャルを注文して出来上がるのを待っている間、プルメリさんとおしゃべりすることにした。

 プルメリさん自身や元スカル団の人達の近況を聞くと、順調に受け入れられている人もいる一方、
 元スカル団の経歴が知れた途端に仕事をクビになる人もいると言っていた。
 みんながみんな、マオのご両親のように寛容ではない。わかっていたことだけど、辛いものがある。
 なんならリーグ本部の清掃員とか、そんな仕事なら僕にも紹介できるかもしれないけど……。

 あと、プルメリさんはグズマさんと連絡が取れないと言っていた。
 あの人も自分を鍛えなおすために修行しているのだろうけれど、どこで修行しているのかは不明だ。
 僕にとってもまた会えることを楽しみにしている一人だ。もう一度バトルしたい。

 ……こうして話していて、あるいはたまにチャンピオン防衛戦を戦って、思うことがあるんだ。
 四天王を抑えて僕に挑戦することのできるプルメリさんを、四天王に加えたらどうかってね。
 リーグ再編以来、四天王の防御率は格段に上がっている。それは取りも直さず四天王のレベルが
 上がっているということだが、それでもなお僕に挑んでくることのできるトレーナーなんだ。

 プルメリさんはアローラで随一のどくタイプのエキスパート。
 彼女の四天王入りは、単なる妄想で終わらせるには惜しいように思われた。

 だけど、この考えについてはその場ではとりあえず保留にせざるを得なかった。

 お待ちかねのZ定食スペシャルが出来上がったというのもあったし、僕がマオの手から皿を受け取って
 スプーンを手に取った瞬間、じしんが起きたかと思うと、表の通りで何かが崩れるような轟音が
 響き渡ったからだ。
 

 
 慌てて外を見た僕らは揃って目を丸くした。
 コニコシティの中央を突っ切る道路――入り口の門から灯台のある岬までをまっすぐ繋ぐ道が、丸ごと
 地盤沈下を起こして崩れていたからだ。
 深さおよそ3~4メートル近い谷ができ、コニコシティが真っ二つに分断されていた。

 なにせ突然の出来事だ。道路上にいた人やポケモン達は崩落に巻き込まれて生き埋めになっているかも
 しれない。現に自動車が何台か飲み込まれている。

 まったく、冗談じゃない。勘弁してくれよ。島巡りの冒険の中でずいぶん修羅場慣れしたかと思ったけど
 こんな災害の現場に居合わせるなんて初めてだ。どうしたらいいんだ?

 さすがの僕もあまりの状況にパニックを起こしそうだったが、僕の傍らで不安げな表情を浮かべて、
「ねえ、どうしよう」と繰り返しているマオを見たらなんだか気持ちが冷えてきたのを覚えている。
 自分よりうろたえている人を見ると冷静になる法則だ。うん、冷静になった。ありがとうマオ。

 少なくともハッキリしていたのは、この場に居合わせた全員が力を合わせなければ多くの人命が
 失われる可能性が大だということだった。

 一応言っておくが、僕はポケモントレーナーであって警察官でも医者でもレスキュー隊員でもない。
 僕にできることなどたかが知れている。むしろ二次被害を防ぐためにはじっとして、救助を待って
 いたほうが賢明だ。普通ならそうすべきだ。
 だけどそれは今じゃない。
 
 僕はマオとプルメリさんに目配せして、行動を開始した。
 

 
 まずロトム図鑑に、警察と救急隊への通報と、病院とポケモンセンターへの連絡をさせた。
 それから現場の状況をあちこちから撮影して、必要な情報は逐一僕らに連絡して共有。
 写真をSNSに投稿して拡散もした。「コニコシティには近づくな」ってコメントつきでね。
 あとはアドレス帳に載ってる、助けてくれそうな人達に片っ端から電話をかけさせた。
 ハラさん、ライチさん、クチナシさん、誰でもいい。僕達だけじゃどうにもならないのは明白だ。

 次にプルメリさんには、手持ちのクロバットで空から助けが要りそうな人を見つけてもらうことにした。
 僕は手持ちからワルビアル、パラセクト、ジャラランガを出して生き埋めになった人の救助をする。
 特にあなをほるを使えるワルビアルには働いてもらった。
 プルメリさんの手持ちのゲンガーやペンドラーも活躍してくれたよ。すごく助かった。

 また、その場に居合わせた人達に、手持ちの空を飛べるポケモンをありったけ貸してもらった。
 どうせ道路がこの有様じゃ救急車は来れない。
 崩れた通りに面した店の戸板やらなにやらを引っ剥がして担架の代わりにし、怪我人は担架に乗せてから
 鳥ポケモン達に道路の向こうのポケモンセンターまで空輸してもらうことにした。

 少々乱暴だったけど緊急事態なんだ、許してほしい。修理代はアローラリーグにツケといてくれ。
 鳥ポケモン達の指揮は僕のヤレユータンのさいはいに任せ、僕はワルビアル達への指示に専念した。

 マオには手持ちのキュワワーで、怪我人にいやしのはどうを使っていくよう頼んだ。
 怪我が快復するわけじゃないけど、鎮静剤の代わりにはなる。痛がって暴れないだけ手当てもしやすい。
 それにマオのきのみに関する知識も役に立った。ノワキのみにあんな使い方があるなんて知らなかったよ。
 
 とにかく僕達は、手持ちのカードをこれでもかというほどに切って、最善を尽くしたつもりだ。
 

 
 救急隊が到着したのは行動開始からそれほど経たないくらいだったと思ったけど、こんなに心身が
 疲弊したことは今までなかった。またしても僕は全身砂まみれ泥まみれ。とんだ休日だ。
 僕もマオもプルメリさんも、慣れない状況に声も出ないほど疲れきっていた。

 ロトムの連絡を受けて駆けつけたハラさん達には、やはりこっぴどく叱られた。
 特にキツかったのはやはりカヒリさんだ。こんな危険なことはするなってね。
 まったくその通り。どうも僕は自分から進んでヤバイ状況に首を突っ込むきらいがある。
 カヒリさんは僕にヒーローであることを望むが、自警団気取りのヒーローごっこは望まない。
 あくまで僕の身を案じてくれているわけだ。あなたのような同僚がいると気づけることは多いよ。

 それからは、警察署で事情聴取を受けたりとかして、帰ったのは10時過ぎだ。冗談だろ?
 
 ああ、そうだ。警察や報道関係者から漏れ聞いたところによれば、中央通りの地中にトンネルのような
 空洞ができていて、それが原因で大規模な地盤沈下が起きたらしいんだけど、おかしな話だと思わない?
 ダグトリオが20ダースくらい大移動しなきゃそうはならないだろう。
 それとも、テッカグヤくらい大きなディグダがあなをほるをやったのかな?

 なんにせよ、謎は残ったし、Z定食スペシャルも食べ損ねた。散々な一日だ。
 
 ただ、まあ。僕らの行動で、一人でも多くの人が助かったんならそれは大きな成果だ。

 それに今度、マオとプルメリさんと一緒に、『今日は災難だったねお疲れ様』パーティーをやる約束を
 取り付けた。場所はホクラニ岳天文台。綺麗な星空を見ながらバーベキューなんてどうだろう。
 ついでにマーマネとマーレインさんも誘おう。
 当日ホクラニ岳が噴火でもしない限り、それはそれは楽しいパーティーになるはずだ。楽しみにしてるよ。
 

 
┃ 挑戦者達
 
 2017-2-23
 テーマ:ブログ
 
 さて、今日はいよいよ、アローラリーグ四天王についての重大発表を……行うつもりだったんだけどね。
 昨日の騒ぎのせいで色々時間を取られて、それどころじゃなくなってしまった。
 また新聞に載ってしまったよ。2日続けて一面トップ、こんなのはお正月以来だ。

 アーカラウィークリーのインタビュアーは僕から面白いコメントを引き出そうとがんばっていたけど、
 残念ながら、今回の件について僕が言えることはひとつだ。
「そのときやるべきと思ったことをやった」。正直これに尽きる。
 ただ、カヒリさんに怒られるネタを増やしてしまったのは、迂闊だったかもしれないけどね。

 それに、ちょっと面白いことを思いついてしまったものだから、僕のほうから同僚達に頼み込んで
 もう一週間ほど準備期間を取らせてもらうことになった。
 楽しみにしていてくれ。みんなが納得するかどうかはさておき。

 というわけで、今日は別の話題について書こう。
 せっかくだし、リラさん以降、僕に挑戦してきたチャレンジャー達について触れたい。
 

 
 思い返してみれば、リラさんが四天王を突破し僕に挑戦してきてから二週間ほど経った。
 その間に僕に挑んできたトレーナーは3人いる。色々タイミングが悪くてブログに書けなかったんだ。
 別に彼らが印象に残らなかったとか、忘れていたとか、そういうことじゃないよ。

 まず一人目は、ウラウラ島のキャプテンの一人、マーマネ。

 インドア派の彼はホクラニ岳の天文台からあまり出てこないが、それでも時々僕に挑戦してきていた。
 近頃はプルメリさんの修行に付き合わされて外に連れ出されることもあるらしく、この間会ったときは
 ちょっと日焼けしていた。
 強引に外に連れて行かれることへの不満を口にしてはいたけど、僕から見れば姉弟みたいさ。
 引きこもり気味のマーマネと世話焼きのプルメリさんの相性はいいと思う。 

 彼のバトルスタイルは理詰めで徹底している。常に手持ちのポケモンの役割遂行を考えて、
 どうすればこちらが一番嫌がるかを追求しているんだ。彼の相棒である特性:がんじょうのトゲデマルは
 まさに彼を象徴するようなポケモンだと思うよ。

 二人目はスイレン。マオと同じくアーカラ島のキャプテンだ。何回かこのブログに登場したよね。

 四天王候補の一人だったけど、そのときは惜しくも落選だった。でも、しばらく会わないうちに彼女は
 見違えるように強くなっていた。まるでからをやぶるを使ったみたいに。
 元々妙な嘘や冗談で相手を翻弄するようなトリッキーな性格だったけど、それをバトルにも活かしていた。
 僕の中に彼女はみずタイプの使い手だという先入観があったんだけど、それを逆手にとってきたんだ。
 どこで捕まえたのか、ゾロアークのイリュージョンで僕を騙してきたのには驚かされたよ。

 あるいはゾロアークはマオを出し抜くための策だったのかもしれない。ゾロアークはかえんほうしゃを
 覚えるし、うまく騙せればくさタイプとみずタイプの相性差をひっくり返す一手となりうる。
 競い合うライバルの存在はポケモントレーナーを強くする。確かに、僕にも覚えがあるよ。
 

 
 そして三人目はプルメリさん。元スカル団幹部で、今はいちポケモントレーナーとして修行中。

 昨日の現場に居合わせた中で、すんなり僕の指示に従ってくれたのは意外と言えば意外だった。
 非常事態だというのもあったんだろうけど、警察署での事情聴取の合間にそのことについて尋ねると、
「命令ならできるはずだろ? だってあんたは『アローラの王』さ」と皮肉を利かせてくれたものだ。
 生憎、その手のジョークを言うのはマツリカさんで間に合ってるよ。
 プルメリさんはあの状況で力を合わせて事に当たる重要さを理解していたし、自分の仕事をやってくれた。

 相手のポケモンをどく状態にしてペースを掴み、一気に畳み掛けるバトルスタイルが彼女の持ち味だけど、
 どくタイプ統一で組まれたパーティーはある意味では対策がしにくくて意外とやりづらい。
 状態異常で相性を無視した戦いを仕掛けるのが基本戦術だし、毒が効かないはがねタイプを繰り出しても
 そういう相手はニドクインで荒らしてくる。弱点のエスパータイプにはあくタイプ複合のドラピオンだ。
 修行の成果は確かだと認めざるを得ないね。

 読者のみんなの中にも、この3人のチャレンジャーの知り合い、あるいはライバルがいるかもしれない。
 正直言って、彼らは強い。アローラ地方のトレーナーのレベルは着実に向上してる。実に素晴らしい。
 
 彼らのような挑戦者がどんどん来てくれれば、僕も退屈しないで済む。

 僕は常にオープンだ。いつでも挑戦者を待ってるし、いつでも戦う準備はできている。
 まだ見ぬ君達の挑戦を心待ちにしているよ。以前ブログに書いたように今四天王は5人の持ち回りだから、
 苦手な相手がいる日を避けてきても全然卑怯なんかじゃない。だから是非挑戦しに来てくれ。
 

 
┃ Do It Yourself
 
 2017-2-25
 テーマ:ブログ
 
 君達は、仕事の合間に慣れない日曜大工に精を出すリーグチャンピオンをどう思う?
 家庭的ではあるかもしれないけどあんまりかっこよくはない。僕はそう思うんだけど、どうかな。
 それとも、いいパパになれそうだとか思う? 是非、意見を聞きたい。

 コニコシティの大規模地盤沈下の影響で、通りに面した店は軒並み休業状態。
 道路の復旧工事に何匹ものカイリキーがあくせく作業していた。
 実に遺憾なことに、マオのZ定食スペシャルは向こう1ヶ月は食べられなさそうだ。
 それで、僕が被災地のコニコシティに何の用があったかというと、マオのうちの手伝いだ。

 いや、何せ、緊急事態だったとはいえアイナ食堂のドアを大部分引っぺがしたのはやりすぎだった。
 トイレと風呂場のドア以外は全滅だよ。火事場泥棒に遭ったと言われたら信じてしまいそうだ。

 一般家庭やそこらの飲食店に都合よく担架があるわけがないからその代わりに戸板を拝借したのは
 ブログに書いたとおりだけど、マオには悪いことをした。
 君の部屋のドアのドアノブと鍵と蝶番はもう生き返らない。惜しい奴を亡くしたよ。

 決して年頃の女の子のプライバシーというやつを軽く見ているわけじゃない。誤解しないでほしい。
 アローラの人々は実に大らかな気質の持ち主だけど、限度ってものがある。
 保険で賄える部分もあったらしいけど、僕個人の感情として、償いをさせてほしかった。
 つまり責任を感じてたってわけだよ。我ながら無茶をやったし、その結果だからね。
 

 
 そんなわけで、僕とマオはカンタイシティのホームセンターの資材コーナーへ来ていたわけだ。
 木製ドアを作るなんて初めてだけど、まあ最初は誰でもビギナーだ。
 マオの好みに合うドアが出来上がるかの保証はできかねるが、がんばってみよう。

 それに工具の類はマオのお父さんが貸してくれることになった。作り方についてもロトムにネットから
 探させてるし、なんとかなるだろう。というか、なんとかなると信じたい。 

 色々な木材を前にああでもないこうでもないと話して、たまにポケモン用の遊具を作れないかとか
 脱線したりしてたんだけど、まさかマオとこういう会話をするなんてね。
 あまり想定していなかったシチュエーションだ。新鮮な気分だったよ。
 デート? ああ、見る人が見ればそうかもしれない。だけど下衆の勘ぐりって言葉もあるんだ。知ってた?

 マオも、僕が結構楽しんでることを見抜いていて、意外だと言ってきた。
 そりゃまあ、自分でもこんなにワクワクするとは思わなかったからね。
 ホームセンターで資材を選んでいる間も、実際に木を切ったり削ったりするのも、なかなかどうして
 楽しいものだった。自分自身の意外な一面を見つけてしまったかも。
 僕の親友兼プロファイラーのハウなら、僕のこの嗜好をどう分析するのかな。ちょっと気になる。

 マオの部屋のドアはまだ未完成。加工と組み上げにまだかかりそうだし、塗装も含めるとまだまだだ。
 勢い込んで始めたはいいものの、先の見通しがどうにも甘かった。
 でもマオは、また明日も続きをやろうと言ってくれる。手伝ってもくれるし、夕飯もご馳走してくれた。
 僕のせいで不便を強いたのに、気を遣わせちゃったかな。

 マオ。すまないけど、もうしばらくドアのない生活を続けてくれ。できるだけ速く完成させるよ。
 

 
┃ トリックスター
 
 2017-2-26
 テーマ:ブログ
 
 アーカラ島のキャプテン、スイレンはみずタイプの使い手だ。
 その彼女が何故、彼女の得意とするところとはまったく別のあくタイプであるゾロアークを育てたのか。

 この素朴な疑問についてはスイレン本人から三通りの回答を貰っている。
 つまり彼女に真実を語る気はないわけだ。
 あるいは嘘のオブラートに包んだ真実が含まれているかもしれないし、全部真実なのかもしれない。
 だけど、それを知る方法はない。別にそこまでして知りたいとも思ってないしね。

 ただ、ゾロアークという新しい相棒を得たスイレンの悪戯が少々際どいものになりつつあるのは確かだ。
 ばけぎつねポケモンのゾロアークは人間や他のポケモンに化けるのが得意なポケモンで、当然、
 スイレンや僕に化けるのも朝飯前だ。

 ゾロアークをスイレン自身に化けさせて、僕をからかおうとしてきたこともあった。
「どちらが本物かわかりますか?」なんて言ってね。これがまた、鏡に映したみたいにそっくりなんだ。
 だが、僕はカプ・レヒレの試練を乗り越えた男だ。偽者を見破る力に関してはちょっとしたものだと
 自負している。姿形は似せられても、ふとしたときの癖なんかはなかなか真似できないものだ。
 今のところ、僕が本物のスイレンを見破れなかったことはない。

 スイレンは「すごいです。家族でも見分けがつかないのに」というけど、じゃあ僕は家族以上って
 ことになるのかな?
 

 
 またあるときには、ゾロアークを僕に化けさせて、一緒にハネムーンのかんこうきゃくやみずぎカップルの
 格好をして写真を撮って、一種の釣り画像としてSNSに投稿していたことがあった。
 これが発覚したのは、マオが僕に問題の画像を突きつけて問い詰めてきたからだ。
 
 さすがにこれは少々悪質だったので文句を言ってやろうと思ったが、僕がマオへの弁明を終えた直後に
 スイレンが釣り宣言をしてしまったので、僕は振り上げた拳の持って行き場を失ってしまった。
 まったく、できすぎなくらいのタイミングでオチをつけてくれたよ。してやられたと思ったよ。
 ひょっとしてどこかで僕を見張っていたのか? まさかね。

 二人でいるより一人のほうが多くのことを決断できるけど、一人でピアノの連弾はできない。
 信頼できるパートナーを求めるのはポケモントレーナーの性と言っていいだろう。
 その点、スイレンとゾロアークは息ピッタリだ。ずっと昔から一緒だったみたいに。

 僕に言われるまでもないかもしれないけど、読者のみんなも、相棒と定めたポケモンは大事にしてあげよう。
 信頼は築き上げるまでに長い時間が必要だけど、信頼が崩れ去るのは瞬きほどの時間があればいい。
『彼女』から僕に託されたポケモンは、『彼女』にひどい言葉を投げかけた僕を見限った。
 僕の力を認めて仲間に加わったカプ・コケコも、僕が情けない姿を見せたらすぐさま姿を消すだろうね。
 人間がポケモンを選ぶだけじゃなく、ポケモンだって人間を選ぶ。そのことを忘れないように。 

 最後に、読者のみんなにクイズを出題しよう。
 僕とスイレンのツーショット画像を何枚か貼っておくから、本物の僕が写ってる写真を当ててみてくれ。
 他は全部スイレンのゾロアークが化けた僕だ。さて、わかるかな?
 

 
┃ 警告
 
 2017-2-28
 テーマ:ブログ
 
 最初に言っておく。今日は真面目な話だ。
 こういう風に書くと普段僕が不真面目みたいだけど、僕は普段から真面目に仕事に取り組んでるし、
 まあとにかく大事な話なんだ。聞いてくれ。

 今朝のニュースでやってたと思うけど、昨日ディグダトンネルで落盤事故があったんだ。
 トンネルが崩落して12人が閉じ込められた。知ってる人は多いだろうし、僕も現地を見てきた。
 事態は容易ならざるものだったけど、事故発生から6時間後には全員が救助されてる。
 怪我人はいたけど誰も死ななかった。それは不幸中の幸いと言っていい。

 さて、本題はここからだ。
 この落盤事故の件で、僕は今朝早くからライチさんとハプウに呼び出されて、ロイヤルアベニューの
 ポケモンセンターにやってきていた。
 珍しい組み合わせの二人だけど、二人はしまクイーン同士、それぞれの島で起こる出来事について
 情報交換をしていたらしい。
 そしてライチさんはカプ・テテフから、ハプウはカプ・レヒレから、アーカラ島によからぬ『モノ』が
 棲みついて悪さをしていると警告を受けていたという。
 

 
 数日前のコニコシティの地盤沈下事故を思い出してほしい。
 あのとき、僕は半ば冗談のつもりで巨大ディグダがあなをほるをやったのかと書いたけど、どうやら
 まったくの見当違いの話でもなかったらしい。
 もちろん巨大ディグダなんかじゃなく、もっとヤバい奴がアーカラ島に潜んでいる。

 ライチさんは命の遺跡でカプ・テテフの声を聞き、アーカラ島を荒らす何者かの存在を知った。
 ハプウもまた、ライチさんの話を聞いてから彼岸の遺跡でカプ・レヒレに尋ねたところ、かの守り神も
 アーカラ島に災いをもたらすものありと彼女に告げ、早急な討伐の必要性を示唆した。

 そして二人のしまクイーンは、このアローラ地方の誰よりもその手のヤバい奴に詳しいだろう僕に、
 アーカラ島の危機に関して意見を聞きたがっていたわけだ。
 自慢じゃないが、僕は危険なポケモンと戦った経験の豊富さでは人後に落ちない。
 とはいえ、現時点ではわからないことが多すぎる。とりあえずロトム図鑑に登録されたポケモンの
 データを二人に渡しておいたけど、これからどうなるかな。

 まだ情報が揃わないからハッキリとしたことは言えないけど、僕の推測が正しければ……いや、よそう。
 とにかくこの件については僕のほうでも詳しく調べてみる。何か判明したらすぐに知らせるよ。

 大丈夫。どんな奴が出てきたって僕達がなんとかする。だから君達は、今は危険に備えていてくれ。
 

 
┃ ウラウラ島のエンジニア
 
 2017-3-1
 テーマ:ブログ
 
 まずは業務連絡といこう。もうすぐアローラリーグについての重大発表だ。
 四天王関係のゴタゴタはもうたくさん、内輪揉めをするより面白い展開を提案するつもりだ。
 僕達だけじゃなく君達にも関係ある話だからね。もう少し待っててくれ。

 さて、今日はマオの部屋のドアがようやく完成した。せっかくだし写真を載せておくよ。
 取り付けも終わって、これでマオのプライバシーは守られる。DIYはなかなか楽しかったね。
 
 このドアだけど、もちろん僕一人で作り上げたんじゃない。資材選びにマオと一緒に出かけたのは
 前に書いた通りだし、マーマネにも相談に乗ってもらった部分がある。
 途中でただ作るだけじゃ物足りなくなってきて、なにか機能を追加したくなったんだ。
 写真を見ればわかると思うけど、指紋認証のロックをつけた。この辺りに彼の手が入ってるんだよ。
 これでマオの部屋にはマオと僕しか入れないってわけだ。
 あと内側に小さいモニターがついてて、外の人感センサースイッチとカメラと連動して誰が来たかわかる。

 マーマネは機械いじりやパソコンに強いし、非常に優秀な発明家だ。
 試練に使われていたぬしポケモンこいこいマーク2は彼とマーレインさんの共同開発なんだよ。
 彼に相談して正解だった。こういう分野のことは僕じゃとてもできないからね。
 

 
 僕が図面を広げて「この何の変哲もないドアになにか面白い機能を追加したいんだ」と言うと、
 マーマネは「顔認証や網膜認証をつけてみようか」と乗り気だ。
 しかしそれは装置が大げさになりすぎないかと思ったし、費用の面でもどうなるかわからないので、
 その後も二人であれこれと話し合った。
「この辺にカップホルダーをつけるのはどう?」「どうせつけるならエアコンがいいな」って具合にね。

 もちろん、マオにもアイディアを出してもらった。モニターは彼女の発案だよ。
 三人寄ればレアコイルの知恵っていうからね。カントーのことわざだ。知ってる?
 最終的に指紋認証のロックで決まったけど、マオは記念ということで僕の指紋も登録させてくれたよ。
 マーマネを登録するのは拒んでたけど、ちょっとくらいいいんじゃないかな。彼も協力してくれたのに。

 作業が終わった後はロイヤルアベニューのマラサダショップで打ち上げをした。
 マーマネは早くも次回作に意欲的だ。無論、僕も。努力の成果や技術の向上を実感するとやる気に
 つながるのはポケモンバトルも日曜大工も同じだね。
 君達の家のドアが壊れたときは僕達に任せてくれ。かっこよくてカップホルダーつきのドアを作るから。

 そうだ、ひとつ思いついた。マーマネ、今度は全自動マラサダ揚げマシーンなんてのはどうかな?
 マシーンがマオの作るマラサダを再現できるかどうか試してみたい。
 彼女のマラサダはとても個性的で、刺激的だからね。もちろん普通に作る分には普通に美味しいし。
 科学の力を見せてやろうよ。どうだい?
 

 
┃ 四天王vsイレギュラーズ
 
 2017-3-2
 テーマ:ブログ
 
 僕が朝早くに四天王に召集をかけたのは、挑戦者が来たわけじゃなく、着替えとメイクのためだった。
 新体制アローラリーグの初仕事を覚えてるかい? あのときに着た衣装をまた着たわけさ。
 そのときいなかったカヒリさんには、黒のクラシカルなドレスを着てもらった。アクセサリーや
 髪飾りはスタイリスト任せだったけど、シックで上品な印象が際立ついいコーディネートだったよ。

 無論僕も例の『アローラの王』スタイル。最近はずいぶん慣れてきた。
 チャンピオンと四天王一同が着飾った姿を見て、カヒリさんが「今日はオペラのリハーサルですか?」と
 皮肉を言ってきたけど、まあ似たようなものかもしれない。
 何故なら、これから四天王のみんなには公開試合をやってもらうからだ。

 常々言っているように、僕は王様じゃない。ただのポケモントレーナーで、たまたまチャンピオンなんだ。
 それを言葉だけじゃなく態度で示すべきだったと気づいたんだよ。
 ハウ達四天王代理を選ぶ際にも僕が直接彼らを指名する形でリーグに招聘した。
 そして、図らずもそれは古代アローラ王朝の歴史をなぞる形になっていたからね。

 繰り返すが僕は王様じゃない。
 僕が直接決めたほうが確実かもしれないが、物事はもっと民主的に決めないとね。
 

 
 四天王をチャンピオンの間に集めてから、僕は彼らに説明を始めた。
 ちなみにこのときにはもうカメラを回してたし、配信もスタートしてた。見ていた人もいるかもだね。
 
 僕は代理を含めた5人の中から誰を外すかを考えていたけど、それは間違った考えだった。
 四天王は4人でなければならない。それはわかる。四天王が5人も6人もいたらおかしいもんね。
 だけどこの5人の中から決める必要もないと気づいたんだよ。
 アローラリーグの守護者として四天王の間に立つ資格のあるトレーナーは他にもいるんだ。
 それに、僕から選ばれたという程度のことをあまり特権的に捉えられても困る。
 
 そういうわけで、僕はアローラリーグに新たに3人のトレーナーを迎え入れることにした。
 四天王の面々や読者のみんなも知っている。リラさん以来、僕に挑戦してきた3人だ。
 ちょっとした演出だけど、事前の打ち合わせどおり、僕が指を鳴らすとマーマネ、スイレン、
 そしてプルメリさんがチャンピオンの間に入ってきた。

 今後は彼ら3人――アローラリーグ・イレギュラーズを加えた8人に、リーグ登録選手として
 対等な条件で競い合ってもらう。
 公式戦・野試合を問わないポケモンバトルの勝敗はもちろん、Pikatubeにアップしたバトルビデオの
 再生数やリーグのホームページで行われるファンの人気投票、それらすべてを公平に数値化した上で
 ポイント制のランキングを作る。
 そして、その上位4名を四天王として採用し、四天王の間を任せることにする。
 ランキングのほうは大体一ヶ月ごとに更新していく予定だ。
 

 
 四天王のみんなはさすがに驚いた顔をしていたよ。事前に説明していたハウを除いてね。
 そしてハウが四天王の列を離れて、イレギュラーズの側についたときはもっと驚いてくれたよ。
 今回は僕がみんなの意表を突いた。実に小気味いいね。

 実を言えば、以前からハウにはこの構想について話していた。
 ハウは四天王代理として目覚しい戦績を挙げていたが、心情的には一介の挑戦者としての気概を
 失ってはいない。だから敢えて外すなら彼かとも思ってた。
 だけど、同僚としてかけがえのない存在であるのも事実だったから、ハウにだけはアローラリーグの
 今後の方針について相談していたんだ。
 せっかくだから自分達を競い合わせたらどうかと意見を出してくれたのもハウだったんだ。
 そこから、ファンの投票も含めたランキングによる順位付けを思いついた。

 マオ、ハプウ、アセロラ、カヒリさん。君達が今のアローラリーグ四天王だ。
 もちろん、今後ともにそうあり続けられるかどうかは君達次第。
 舞台は整えたよ、カヒリさん。さあ、自分こそリーグに必要不可欠だと証明してくれ。

 マーマネ、スイレン、プルメリさん、そしてハウ。
 君達はアローラリーグを変える『イレギュラーズ』だ。その実力を存分に発揮してほしい。
 もちろん、いつでも僕に挑戦しに来てくれていい。君もそれが望みだろう、ハウ。
 

 
 この重大発表の直後、四天王とイレギュラーズによるチーム戦を行った。
 4人チームでの戦いで、2対2なら代表者同士で決戦をするルールだ。イレギュラーズのお披露目と
 四天王の実力の再確認のふたつの意味があった。

 当然、バトルビデオは全部Pikatubeにアップ済みだし、リーグの公式サイトに投票フォームも設置した。
 今日この瞬間から新しい戦いは始まったのさ。

 そしてチーム戦の結果は、3対2でイレギュラーズの勝利に終わった。
 意外な番狂わせに配信もずいぶん盛り上がってたね。だけど僕に言わせればこれは当然の結果だ。
 四天王は、今や誰もが認めるトッププレーヤー達。それにはみんな頷かざるを得ないだろう。
 でも彼女達はチームになってなかった。

 ポケベースと同じで、4番バッターを9人集めても強いチームになるとは限らないし、チームワークも
 バラバラだ。エレブーズ黄金時代ってわけにはいかないみたいだね。

 とはいえ、それぞれ得るものはあっただろう。
 お互い刺激しあって、アローラリーグがよりレベルアップしていけたらいいと思ってる。
 僕としては、8人の中の誰が四天王になっても面白いし、登録選手としてランキングに挑戦したい人が
 いるならどんどん参加してくれて構わない。当然、それに相応しい実力は示してもらおう。

 さあ、明日からどうなるかな。ワクワクしてきた。実に楽しみだね。
 

 
┃ 近況
 
 2017-3-10
 テーマ:ブログ
 
 一週間が経った。あれから色々なことに進展があった。
 
 イレギュラーズを加えたアローラリーグは荒れ模様だけど、選手達が今まで以上に鎬を削っている。
 僕への挑戦の回数も増えてきた。ほとんどはハウ達だけど、中にはルール改正に触発されて
 修行をやり直し、四天王を突破するまでになった人もいる。
 メレメレ島のキャプテンのイリマさんや、アーカラ島のキャプテンのカキも僕の下へやってきて、
 彼らのランキング参加も検討している。いい傾向だ。

 もちろん批判もある。アローラリーグは競技としてだけじゃなく、島巡りの大試練でもあるから、
 しまキングやしまクイーンといった島巡りの運営に関与しない人間が四天王になる可能性がある点が
 問題視されたのさ。
 とはいえ、それはプルメリさんだけじゃなく元から四天王だったカヒリさんにも当てはまる話。
 ハウだってしまキングの孫ではあっても、今は一介のポケモントレーナーでしかない。

 アローラ地方におけるポケモンリーグの意義は理解している。
 だけどそれは本当に実力のあるトレーナーの参加を妨げるものであってはならないとも思っている。
 競技でもある。けれど儀式でもある。逆もまた然りだ。
 

 
 この前のチームとしての敗北が一番堪えたらしいのはカヒリさんのようだった。
 2勝2敗からの決勝戦に、四天王代表としてバトルしたのはカヒリさんだったからね。
 しかしそこはハウのほうが一枚上手だった。
 改めてハウの実力を目の当たりにし、そしてチームを勝たせられない自分に忸怩たるものがあって、
 さらに精力的にトレーニングに励んでいる。

 その甲斐あってか現在カヒリさんのランキングは2位をキープ。
 バトルの実績と人気は流石と言うほかないけど、そんなことで満足する彼女ではない。

 だけど、僕が伝えたかったこととはちょっと違う。
 もちろん、個人の実力を磨くのは大事だ。だけどカヒリさんはプロゴルファーとしての経験からか、
 どこか自分と他人に線を引いてしまうところがあると思うんだ。

 大抵の相手には勝てるくらいの実力はあるし、誰かの手を借りなくても自分でなんとかできる。
 そうした個人としての自立こそ望むところだと、自分の考えと他人の考えをすり合わせられず、
 自分と周りの間に「線」を引いてしまう。僕にはそういう風に感じられた。
 単なる印象なんだけど、そんなに間違っているとも思ってない。

 四天王やイレギュラーズとは、ライバルである以上に、同僚であり仲間であると思ってほしかった。
 そのためのチーム戦だったんだけどね。自分が勝てばそれで済むという気負いが先行しているように
 僕には見えた。

 小さなヒビがいつの間にか大きな溝になって、埋められない断絶になる。僕にも覚えはある。
 だけど埋められない溝はない。僕達、今までうまくやってきたじゃないか。
 

 
 一方、アーカラ島に潜む何者かの件も調査を進めている。
 アーカラ島で小さなじしんが多発していることも、この件と無関係じゃないと思う。

 今、マーマネとマーレインさんに頼んで、そいつを探し出すためのマシーンを作ってもらってる。
 僕の推測が正しければ、そいつは『例の事件』に関係のあるポケモンだ。
 マッシブーンやテッカグヤと同じような、あるいはもっと危険な。
 そしてそのポケモン達は、ある種の匂いのようなものを感じ取ってそれに惹きつけられる性質がある。
 その匂いを分析し、再現することができれば、そいつを誘き寄せることができるかもしれない。

 こいつに関しては島から追い出すとかそんなんじゃダメだ。探し出して捕まえるか、駆除するしかない。
 さもなければ、アーカラ島は比喩ではなく地図上から姿を消す。山も、森も、街も、一握りの土塊すら
 残さず消えうせることになる。それくらい危険なポケモンだ。

 言っただろう? この件は『真面目な話』なんだ。

 国際警察にも協力を要請してある。大丈夫、僕達が必ずそいつを始末する。
 カプ・テテフに言われるまでもなく、このアローラ地方で好き勝手はさせない。

 僕に任せてくれ。
 

 
 アーカラ島に災いをもたらすものを誘き寄せる装置を作っているのは、当然マーマネのラボだ。
 近頃ホクラニ岳天文台は僕達の作業場になっているし、イレギュラーズの溜まり場にもなっている。

 僕とマーマネとマーレインさんが作業している最中、トレーニングを終えたプルメリさんが顔を出す。
 そして流し台の三角コーナーに溜まったドリップコーヒーのカスを見てこう言うんだ。
「まったく、誰もコーヒーのカスを片付けやしない。ここは場末のモーテルかい?」

 あるいは、マーレインさんのシャツの襟がよれよれだったり、シミがついていたりすると、
「洗濯くらい毎日やりな。これだからオッサンはだらしないったら」って感じ。
 でもマーレインさんにオッサンはひどくないかな。
 ククイ博士とそんなに変わらないくらいの歳じゃなかった?

 それで、それに応えてマーマネは
「クイズ。この中で役立たずは誰でしょう? 口うるさいのは誰? ヒント、僕達は大事な作業中」
 とかなんとか、めんどくさそうに言う。それでプルメリさんに「生意気言うな」と言われる。
 最初はプルメリさんにビビってたらしいのに、すっかり馴染んだもんだと思う。
 

 
 あるいは、僕達の作業をいつの間にか来ていたスイレンが見ていることもある。
 人数分のコーヒーを淹れてくれてたこともあった。てっきりマーマネが作った妙なマシンで
 自動的に用意されてるのかと思ってたけど。

 スイレンは結構聞き上手というか、彼女と話しているとストレスなく色んなことを話せる。
 休憩中にスイレンとおしゃべりするのも最近の癒しの時間だ。
 まあそんなときにもゾロアークを使った悪戯を仕掛けてくることがあるんだけど、慣れてきたせいか
 淹れてくれたコーヒーの味で本物のスイレンかゾロアークのスイレンかわかるようになってきた。
 こういう部分にも真似できないものがあるんだね。

 あとは、アセロラかな。彼女の場合は、僕にくっついて天文台に来ることがほとんどだ。
 アセロラは特に僕達の作業に興味はないし、僕についてきても退屈そうにしていることが多いし、
 たまに「ヒマだよー」とか言って抱きついてきたり、とにかく作業を妨げてくることがあるのが困る。

 そしてそのたびにマーマネが「わざマシン64はどこにしまったっけ」とか言うんだよね。
 大丈夫、マーマネ。だいばくはつのわざマシンならもう持ってるよ。
 それより僕にまとわりつくをしてくるアセロラをどうにかしたい。マシーンの製作は難航してるんだからね。

 ……ああ、ちょっと脱線したかな。まあ、僕達の作業風景の一幕ということで、ね。

 とにかくこっちの件も進めてる。近々国際警察から担当捜査官が派遣されてくることにもなってるんだ。
 きっとうまくいくと思うけど、事は急を要する。油断せずに行こう。
 

 
┃ アーカラ島調査隊
 
 2017-3-11
 テーマ:ブログ
 
 ロトム図鑑をパソコンに繋いで情報の検索をさせるのは、最近の僕の毎朝の日課になっている。
 ニュース、ラジオ、ネットの掲示板やSNSの書き込みなど、情報を集められるだけ集めて分析させる。
 キーワードは、『アローラ アーカラ島 事件 ポケモン』辺りかな。もちろん、例の奴のことだ。

 図鑑の中に入ってるロトムは普通のロトムだけど、彼はポケモン図鑑に入り込んだことで言葉を覚え、
 僕が何度もポケモンバトルについて検索しているのを見ていてその手の機能の使い方も覚えた。
 今では僕の頼れるサポート役だ。特にこういう作業に関してはね。
「図鑑使いが荒いロト~!」と文句を言ってくることもしばしばだけど、アローラ地方の危機だから。

 朝食を食べ終えて部屋に戻ってきたとき、ロトムが集めてきた情報の中に気になるものを見つけた僕は、
 早速現地へ向かった。
 その情報とは、とあるサイトの掲示板の書き込みで、内容は以下の通り。
 
『昨日の夜、7番道路の離れ小島で大きな黒いポケモンを見た。暗くてよく見えなかったけど、
 きっとあれは超巨大な色違いヤブクロンだ』

 この書き込みをした人、どうもありがとう。実に有用な目撃情報だ。
 ひとつ訂正するなら、そいつはヤブクロンじゃないよ。もっと危険だ。近づかなくて正解だったね。
 

 
 ハプウと一緒に7番道路を訪れた僕が見たものは、想像通りでもあり、想像を上回ってもいた。

 ヴェラ火山公園の目と鼻の先にある7番道路は海に面していて、対岸にそれなりの大きさの小島が見える。
 そこには小ぢんまりとした釣りスポットがあって、ヨワシやヒトデマンが釣れるんだ。
 だけど、今やその小島は、僕の記憶にある大きさの半分以下になっていた。
 島が沈んだり、縮んだりしたわけじゃない。今は満ち潮の時間でもない。

 食べられたんだ。

 ……画面の向こうの君、僕が冗談を言ってると思っただろ? とんでもない。マジだ。
 奴に食べられないものはない。僕の考えるところ、そいつは今アーカラ島の地中深くに潜んでいて、
 土や岩や地中に棲むポケモンを見境なく食べながら移動しているんだ。
 だからコニコシティやディグダトンネルで崩落事故が起きた。
 この小島は小腹が空いたんでつまみ食いしたってところかな。

 こいつの厄介なところは、本当に何でも食べてしまえるところだ。山でもビルでも、それこそ島でも。
 究極の雑食生物だ。これで人間を好んで食べるような性質があるんなら、街とかの人の多いところに
 現れるだろうと予測が立つけど、残念ながらそうはいかない。
 きっと奴には、このアーカラ島が色とりどりの野菜が盛られたサラダボウルにでも見えてるに違いない。
 
 マーマネ達と製作中の『なぞのポケモンこいこいマーク4』の完成が待たれるところだ。
 いよいよもってこれ以上野放しにはしておけない。
 

 
 陸の上の調査を一通り終えたら、次は海の中だ。
 僕とハプウは水着に着替えて、ダイビングを使えるポケモンに捕まって海底に異変がないか調べた。
 これがバカンスで水着になってるんならいいけど、あくまで調査だからね。遊んでるわけじゃない。

 念のために言っておくんだけど、ハプウの水着はハギギシリみたいなビビッドな柄のフレアワンピースだ。
 彼女がこんな水着持ってるなんて意外だったけど、マオやアセロラと一緒に買ったんだそうだ。
 ハプウには悪いけど、君にはちょっと派手すぎるかもしれないな。もっと落ち着いた色のやつがいい。
 まあ、気になる読者もいるかと思ってね。一応、念のためだよ。

 調査の甲斐あって、北側の崖の釣りスポット近くに大きな横穴ができているのがわかった。
 周辺にいるトレーナーに聞き込みしてみても、こんな穴がいつできたのかと誰もが首を傾げた。
 決まりだ。奴がこの穴を通って7番道路に出現したと見て間違いなさそうだ。
 当然、この穴を開けたのもそいつに間違いない。
 一応釘を刺しておくんだけど、物見遊山な気持ちでこの穴を通ってみようなんて考えないでくれ。

 調査結果は逐一ライチさんや国際警察に報告してるし、今回もそうだ。
 ついでに言うと、調査と並行して、ロトムに今までの活動場所から次どこへ現れるかの予測もさせてる。
 当てになるデータが少ないからあてずっぽうみたいなものだけど、ないよりマシだ。

 7番道路をあらかた調べ終わった僕達は、すっかり小さくなった小島で休むことにした。
 

 
 敵は危険なポケモンだが、ポケモンであることに違いはない。
 現に僕は一度、別の固体と戦ってそれを捕獲している。
 次にどこに現れるかさえわかれば迎え撃つことができる。
 敵の正体を知っていることは大きなアドバンテージと言えるだろう。

 それに、ブログに書き込むことはできないが、すでに国際警察の許可も得てハラさん、ライチさん、
 クチナシさん、ハプウの4人には敵の図鑑登録データを渡してある。
 アローラの島々を守るしまキング・しまクイーンが力を合わせて対策を練っている。
 マーマネの装置も合わせれば必ず奴を倒せるはずだ。

 だけど、考え込む僕にハプウはこう言ったんだ。
「念のため聞いておくのじゃが、この件から手を引くつもりはないのか?」ってね。

 僕にとって、それは非常に意外な問いかけだった。
 何故って、この事件を解決することは僕のやるべき仕事だと思っているし、事態が悪いほうへ向かうのを
 黙って見ているなんて僕にはできないからだ。

 けれどハプウは、
「アローラ地方の危機ならば、この事態を収束させるのはしまキングやしまクイーンの役目。
 あとは国際警察とやらの仕事のはず。カプ・コケコにも認められたチャンピオンとはいえ、
 ヨウが危険を冒さなければならない理由はないはずじゃ」
 と、暗に僕に手を引くよう勧めてきた。ハプウなりに僕の身を案じていたのだろう。
 なにせ相手が相手だ。命の危険もある。彼女の懸念も当然のものだ。
 
 でも、僕はそのとき、カプ・レヒレの試練のことを思い出してちょっと笑ってしまった。
 そういえばカプ・レヒレにも聞かれたっけ。「どうして頑張るんだ」ってさ。
 笑いを漏らした僕に、ハプウは「笑いごとではない!」と怒ったけど。
 

 
 まあ、確かに、不思議かもしれない。なんたって僕はカントー出身の余所者だからね。
 考えてみれば、こっちに引っ越してから半年かそこらしか経ってない。

 でも、僕がアローラ地方の危機に立ち向かうのはごくごく自然なことだ。少なくとも僕にはね。

 いいかい、ハプウ。
 僕にとって、アローラ地方は第二の故郷なんだ。
 今ここにいる僕は、アローラに引っ越してきて、君を含めたたくさんの人達に出会って、バトルして、
 心が通じ合ったからこそ、ここにいられるんだ。
 
『彼女』に恥じないチャンピオンでいる。もちろんそれは第一にある。
 だけど、この件に関して言えば、『彼女』というよりはハプウ達のためだ。
 故郷の気のいい友人達が困ってるなら、当然、助けてあげたくなるだろ? そんなもんなんだよ。
 僕が危険を冒す理由があるとするならね。

 もし僕がアローラに引っ越してこなくて、カントーでジム挑戦の旅を始めていたなら、そこには
 全然違う僕がいたはずだ。「めざせポケモンマスター!」なんて言いながら、見果てぬ夢を追いかける、
 そんな僕がいたのかもしれない。
 実際、こっちに越してきた直後くらいまではそんなことを考えていた気がする。

 でも、ポケモンマスターを目指していた男の子はもういない。ここにいるのは別人だ。
 このアローラ地方の空と海と、かけがえのない人達に育てられた僕がいる。
 だから、僕がアローラの危機を救おうとするのは、何も不思議なことなんかじゃないんだよ。
 

 
 第二の故郷を救う意気込みを語る僕に、ハプウも呆れたような笑みをこぼした。
 あるいは、そう答えるものと予想していたみたいな。
 いや、きっとそうだろう。ハプウは僕の良き理解者だからね。

「お主のような友を得て、わらわ達は果報者じゃの。
 何事につけても一番危険な場所に身を置きたがるのが玉に瑕じゃがな」

 あるいはそんな部分をカプ・レヒレやカプ・コケコが認めたのかもしれないと、ハプウは言った。

 僕とハプウは改めて、一緒に危機に立ち向かうことを誓い合った。
 アローラリーグチャンピオンとして、しまクイーンとして、なにより友達として。

 だけど状況はだんだん悪くなっていくんだ。目撃情報が増えるってことはそれだけ活発に動いてるって
 ことでもあるし、そのたびにアーカラ島は奴に食い荒らされていく。
 僕達が止めないと。

 行くべきところに行って、やるべきことをやる。ただそれだけだ。
 この第二の故郷を救うために必要なことは。
 心配はいらない。ハプウやみんなと一緒なら、きっとできることだ。必ずね。
 

 
┃ 帰還
 
 2017-3-15
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 最近暗い話や真面目な話ばかりなので、楽しい話をひとつしよう。

 まず、『なぞのポケモンこいこいマーク4』が完成した。
 完成の糸口を掴んだきっかけを与えてくれた人物とは、誰あろうマツリカさんだったんだ。

『例の事件』のポケモン達が特定の匂いや気配に引き寄せられる性質があるというのは前に書いたと思う。
 でも、僕達は匂いという先入観に囚われていて、匂いの再現という課題に固執していた。
 正確にいえばそれは生命エネルギーの波――波動と呼ばれるもので、必ずしも匂いではなかったんだ。

 天文台に遊びに来たマツリカさんが、僕の淹れたロズレイティーをちびちび飲みながら、
「すごい絵とか彫刻には引き寄せられるよね。なんかこう、オーラみたいなもの?」とジャスチャーつきで
 語ってくれたことで僕達はインスピレーションを得た。

 新たにマツリカさんの手持ちに加わった色違いのリオルが波動をコントロールし、僕のマッシブーンが
 誘引される固有の波長の波動を特定。それを再現する装置を作り上げた。

『なぞのポケモンこいこいマーク4』はすでに5機製造してある。次に現れそうな場所の付近に設置すれば
 奴を誘導することができるはずだ。
 マツリカさんには感謝してもしきれない。マーマネやマーレインさんも、今日はぐっすり眠れそうだね。
 

 
 それから、国際警察から今回の事件の担当捜査官が派遣された。
 僕がわざわざ「楽しい話」と言うくらいだ、誰が来てくれたのかわかるよね。
 そう、一ヶ月前に別の任務のためにアローラ地方を去ったリラさんが、またアローラへ派遣されたんだ。

 ちょっとした買い物から帰ってきたら家の前にすごい車が停まってたからビックリしたね。
 その車に乗って僕の家を訪ねてきたのがリラさんだったってのが二重にビックリさ。
 思ったよりも早い再会になったけど、でも、不思議じゃない。僕らは「またね」と言って別れたのだから。
 二度と会えないなんてことはありえないんだ。君達もそう思うだろ?
 
 とはいえ、積もる話もあるけど、まずは仕事だ。今は気楽に構えていられる状況じゃない。
 数日前にも奴の目撃情報があったばかりで、今度はシェードジャングルだった。

 今までは奴の動向に対して後手に回っていたけど、国際警察の支援が受けられるなら話は別だ。
 あの組織は少々秘密主義の過ぎるところはあるし、『例の事件』でも僕みたいな一般人をいいように
 こき使ってくれたけど、まあ頼りになる。それは間違いない。
 少なくとも情報収集能力では僕らの比ではない。
 僕の気持ちとしては、国際警察が頼りになるというよりかはリラさんが頼りになると言ったほうがいいけど。
 

 
 僕達みたいな素人が得られるくらいの情報は、当然国際警察でもすでに把握済みだったけど、
 リラさんは『なぞのポケモンこいこいマーク4』には驚きを隠せないようだった。
 波動を利用してポケモンをコントロールする研究は既存のものだけど、そういう装置を実際に見るのは
 初めてだそうだ。存分に驚いてほしい。これはアローラ一の発明家の作品だからね。

 あと、僕がロトム図鑑に情報の検索と分析をさせているのにも驚かれた。
 ここまで賢いロトムは見たことがないというけど、そんなことはないと思う。ネットサーフィンをする
 ロトムくらいたくさんいるよ。今後のポケモン図鑑の主流がロトム図鑑になれば、もっと増える。

 それに僕のロトムにも苦手分野はある。たとえば、彼は食べ物に関することには徹底的に断定を避ける。
「成分分析の結果、これは74%の確率で酸っぱくて苦くて甘いと思われるロト」
 とかよくわからない言い方に終始するんだ。
 生まれてこの方、一度も食べ物を食べたことがないから、味の想像がつかないと本人は言ってる。
 おしゃべりで不平屋な割に、妙なところで真面目だ。

 ああ、ちょっと脱線したかな。とにかく、心強い味方が増えた。またよろしく頼むよ。

 そうだ。せっかくだから今夜リラさんと食事にでも行こうかな。美味しい店を知ってる。
 あと8番道路のモーテルを借りるとか言ってたけど、僕の家に泊まってくれても全然大丈夫だよ。
 部屋は空いてるし、一緒にいればすぐに仕事に取り掛かれる。いい考えだと思う。そうしない?
 

 
┃ 不機嫌なカヒリさん
 
 2017-3-18
 テーマ:ブログ
 
 この日、カヒリさんが機嫌を損ねたきっかけらしき出来事を正確に特定することは、僕にはできない。

 いくつか考えられるんだけど、そのいずれも僕の希望的観測というか、益体もない仮定というか、
 どうにも都合のよすぎる考えに基づくものであって、正しさの保証はできかねる。
 なんにせよ、今日の午後、カヒリさんが僕と口を聞いてくれなかったことだけは確かな事実だ。

 まず第一に考えられるのは、今朝カヒリさんが僕の家を訪ねてきたとき、リラさんと鉢合わせたことだ。

 リラさんは一昨日から僕の家に泊まってる。今回の任務でアローラに滞在している間だけだけどね。
 僕が何かと家を留守にすることも多いからか、母さんはこの新たな同居人に歓待の限りを尽くしていた。
 もちろん、僕もリラさんが来てくれて嬉しい。仕事も捗るしいいこと尽くめだ。
 リラさんも、せっかく泊めてくれるのだからと、家の片付けの手伝いをしてくれたりしてね。

 恐ろしいことに、去年の10月に引越ししてきたというのに、いまだに僕の家には引越しのダンボールが
 いくつも放置されている。母さんが片付けられない人だというのもあるし、忙しさにかまけて整理整頓を
 二の次にしている僕にも責任はあるけど、いずれなんとかしなくちゃと思っていたんだ。
 改めて言わせてほしい。リラさん、あなたは素晴らしい女性だ。
 

 
 で、だ。
 今朝のことだけど、朝食の後に唐突にチャイムが鳴って、珍しいことにカヒリさんが訪ねてきたんだ。
 母さんは洗い物してたし、僕はロトムの集めた情報を確認するのに忙しかったので、応対したのは
 当然リラさんということになる。いつものスーツ姿じゃなく、リラックスした部屋着姿でね。

 僕はそのとき自分の部屋にいたから、カヒリさんとリラさんとの間でどのようなやりとりがあったのかは
 与り知らぬところだ。
 ただ結果として、リラさんに呼ばれた僕はちょっとムッとした雰囲気のカヒリさんと対面することになった。

 今思うと、「アローラ、カヒリさん。どうしたのこんな朝から」と何事もないように挨拶をしたのは
 最高に間抜けな振る舞いだったかもしれない。
 
 カヒリさんは「この方は誰ですか?」と詰問するような感じで聞いてきた。
 僕のブログを読んでいるなら大体の見当はつくんじゃないかと思ったけど、どうやら僕の口から直接
 聞き出したいらしいというのは伝わってきたので、素直にリラさんを紹介することにした。
 正直ちょっとうろ覚えだけど、
「この人は国際警察のリラさん。今取りかかってる仕事のパートナーってところかな」
 みたいなことを言ったような気がする。

 それを受けてカヒリさんが発した「そうですか」の一言は、ぜったいれいどのように冷たかったけれど。
 

 
 僕はエスパーではないので、他人の心の中を覗き込むことはできない。当然だ。
 しかしこの時点でカヒリさんのいかりのボルテージが上がりつつあることはよくわかった。
 それでも彼女は表面上落ち着き払って、朝早くから押しかけてしまったことを詫びた後、
「話があるんです。二人きりで話したいんですが」と言う。

 カヒリさんはやけに「二人きり」を強調したけど、それほど大事な話なんだろうと思って、
 僕はリラさんに「昼までには戻るからロトムと次の作戦の内容を詰めてて」と言い残し、カヒリさんと
 連れ立って家を出た。
 とりあえず二人きりで話せる場所をと考えて、僕はカヒリさんとハウオリシティへ向かった。

 何故って? 僕とハウはあそこのマラサダショップのVIP会員だから、いつでも奥の個室が使えるんだ。
 あのZアマサダが売れに売れたらしくてレギュラー商品のひとつになって、『アローラの王』なる
 謎の人物にゴマをすろうとでも思ったのか、僕にVIP会員のパスが送られてきたのさ。
 ハウは単純に年に何百回も通ってる上客だからだろうけど。

 ライドポケモンを使わず、ビーチサイドエリアをゆっくり歩いて目的地に向かうのもいいものだね。
 でもこのときは、カヒリさんと何を喋ったらいいかわからなくて色々話題を振ってみてたんだけど、
 それがまた、地雷原でフラフラダンスをするパッチールみたいな気分だった。

 というわけで第二の心当たり。マラサダショップに着くまでに僕がカヒリさんに振った話題。
 

 
「僕とカヒリさんが並んで歩いてたら目立っちゃうかな? 僕達、アローラじゃ有名人だもんね。
 ハウオリシティはまだいいけどさ、マリエシティのパパラッチはしつこくて参っちゃうよ。
 この前アセロラとブティックに服を選びに行ったときなんて、ひどかったもんさ。
『お二人は恋人ですか?』とか、そんな質問ばっかりでうんざりしちゃったよ。アセロラも悪ノリして
 結婚を前提に付き合ってますとかいい加減なこと言うし」

 ……この話題はダメだった。カヒリさんは面白くないみたいだ。

「ああ、マリエシティといえばさ。ローリングドリーマーっていうお店知ってる?
 カントー風の懐石料理を出すんだけど、やっぱり純カントー風ってわけじゃなくて、ところどころ
 アローラ風にアレンジされてるんだ。でも僕はホドモエロールもスシだと思ってるし、
 マオみたいに焼きヨワシにタルタルソースをかけるのもアリだと思うんだ。結構美味しかったし、
 僕の生まれ故郷の味を作ろうって腕を振るってくれたんだしね」

 ハズレ。押し黙るカヒリさんの不機嫌オーラが気まずい。

「そうそう、話は変わるけど、最近スイレンがんばってるよね。手持ちも変えて、すごく強くなった。
 ゾロアークだけじゃなくてゲッコウガまで育ててるし、あくタイプのZ技も使うようになったしさ。
 でも最近悪戯がひどいんだよ。彼女の淹れるコーヒーは美味しいけど、8回に1回の割合で塩が入ってる。
 この間なんて僕とのツーショット写真をSNSで公開するしさ。もちろんゾロアークの偽者だよ。
 僕もいつものことと思って強く言わないし、仕事で煮詰まってるときはいい気分転換になるんだけど……」

 不正解。とうとうカヒリさんはそっぽを向いてしまった。
 


 
 そんな具合に、なんとなく気まずい空気を引きずったままマラサダショップへ着いてしまって、
 店に入ってすぐ顔パスでVIPルームに通された。

 VIP会員用の個室なんてものがある辺り、チェーン店の割に高級志向のようなものも感じられる。
 アローラ地方で一番の都会であるハウオリシティに店を構えていることも無関係じゃなさそうだ。
 まあ、ハノハノリゾートホテルのラウンジと比べればこんなもんかって感じだけどね。
 だけど、ショップのVIP会員なんて具体的にはどうしたらなれるんだろうね。株主にでもなればいいのかな?
 
 大きくてふかふかのコの字型のソファに腰掛けて、僕とカヒリさんはテーブルを挟んで向かい合う格好だ。
 何か食べようかと言ってはみたけど、カヒリさんは「いえ、朝食は食べてきましたから」とにべもない。
 奇遇だね、僕もそうだったんだ。お腹は空いてなかった。当たり前だよね。でも喉渇かないかな?
 愛想笑いにもだいぶ疲れてきてたし、何か飲んで一息つきたかった。

 僕はモモンシェイク、カヒリさんはグランブルマウンテンを注文して、席に届くまでのしばらくの間、
 二人きりの気まずい時間を持て余した。
 飲み物が届いて、冷たいモモンシェイクを一息に飲んで頭をキーンとさせてから、僕は切り出した。

「それで、二人きりで話したいことって、なに?」ってね。
 

 
 いや、当ててみようか。
 カヒリさんの話っていうのはズバリ、アローラリーグのことじゃないか?

 僕としては、我ながらうまくやったと思ってたんだけどね。新たなリーグをオープンな組織にして、
 そこにいる選手達は常に競争に晒され、観客からの客観的な評価を受け、その序列は可視化される。
 アローラ地方のポケモンリーグが島巡りの、つまり古くからの伝統の一部として万人に受け入れられる
 ためには、こうした仕組みは必要不可欠だと思った。

 しまキングだろうとキャプテンだろうと関係ない。相応しい実力と人格を持った者が四天王になり、
 大試練の執行者としての資格を得る。それを決めるのは僕じゃなく、僕達を見ているみんなの意思だ。
 それに、歴戦のトレーナー達が鎬を削り、時に僕に挑戦してくるその姿を、誰よりも僕自身が見たいと
 思ってる。たった4人だけに絞り込むなんてもったいないよ。

 その点、カヒリさんはアローラリーグのスター選手と言っていい。
 ランキングも常に1~3位あたりをキープしているし、誰もカヒリさんが四天王であることに異議を
 唱えることはできない。僕も見ていて安心できる。やがてチャンピオンの玉座に座るのは彼女かもしれない。

 前と変えた部分も色々あったけど、今のところはうまくやれてると思う。
 それとも何か不安要素があったかな? もしあるなら遠慮なく言って欲しい。いや、僕とカヒリさんの
 仲だし、今更遠慮することもないだろうけど。
 

 
 しかして僕の推理は、どうも見当違いだったらしい。

 カヒリさんは今のアローラリーグに特に不満はないと言った。
 元々プロのアスリートとして活躍していた彼女だ、激しい競争に身を置くことはむしろ望むところ。
 勝ち続けて自身の価値を証明することがつまり、自分こそ必要不可欠な存在だと証明することになる。
「今のアローラリーグはあたし向きのルールで、むしろ願ってもない変更です」とカヒリさんは言う。

 では、改まって僕と話したいことっていうのは何なんだろう。

 ひょっとして、現在進行形のアローラの危機についてかな?
 確かにこの仕事にかかりきりで留守にすることも多いけど、こればかりは見逃してほしい。
 その地方のトラブルを解決するのもチャンピオンの社会的責任のひとつらしいし、それを抜きにしても
 かなりヤバい相手なんだ。人の命がかかってる。僕がやらなきゃいけない。

 けれど、カヒリさんはやはり首を横に振る。
「むしろ誇らしい気持ちです。あなたはこのアローラ地方を自分の第二の故郷だと言ってくれましたから。
 故郷のための仕事なら、あたしに手伝えることがあれば何でも言ってください」

 国際警察絡みの事件に巻き込みたくはないのだけれど、いよいよとなればその言葉に甘えるかもしれない。
 だけど危険な仕事だし、カヒリさんに頼るのは最終手段だよ。
 

 
 リーグの運営に関しても、リラさん達との仕事に関しても、カヒリさんは肯定的だ。
 今の僕が抱える大きな懸案事項なだけにそれはありがたいんだけど、だとしたら、カヒリさんが僕と
 話したいことってなんだろう? わからない。

 まさか愛の告白でもないだろう。まさか、ね。カヒリさんまでアセロラみたいになるのは正直厳しい。
 カヒリさんもとても素敵な女性だと思うけど、魅力のベクトルが違うというか、つまり、その、まあ、
 彼女まで僕とやたら腕を組んだりベタベタしたがるのはどうかなって思ってさ。

 そんな僕の内心はさておき、促されたカヒリさんは胸のうちを明かした。
 実際のところ、カヒリさんの話したいこと、というか僕に聞きたいことはひとつだけだった。

 僕はアローラリーグの運営方針を転換したり、アローラ地方の危機を救うため行動を起こしていた。
 それ自体はいい。だけど、カヒリさんは僕のその姿にひっかかるものを感じていたんだ。
 こうして仕事に励むのは、これから自分がいなくなった後のことを見据えての行動ではないのか。
 自分がチャンピオンでなくなり、アローラ地方を去るときが来ても、第二の故郷の愛すべき友人達が
 うまくやっていけるようにと。そんな風に考えているように見えていた。

「あなたは本当に、カントー地方へ行くつもりなんですね」
 カヒリさんは、問いかけるというよりは確認するように僕に言った。
 僕は、少しだけギクリとしながら、頷いた。
 

 
 カヒリさんの読みは大体当たっていたよ。

 僕は自分がやるべき仕事をすべて片付けてからカントーへ行こうと思っていた。カヒリさんを始め
 リーグ登録選手のみんなにはより高いレベルに到達していて欲しかった。
 万人の認めるアローラ地方トップクラスのポケモントレーナー達と、僕を降した新チャンピオン。
 そんなポケモンリーグがあれば、僕は何の憂いもなく旅立てる。それで僕の役目は終わる。
 
 それにアローラ地方に危機が迫っていて、それをほったらかして地球の裏側へ行ってしまうなんて、
 今の僕にできるはずがない。
 アローラのみんなのためでもあるけど、自分に何かができるのにやらなかったら、きっと後悔する。
 それで誰かが傷ついたり、命を落としたりしたら、『彼女』のときと同じくらいに辛いだろう。
 
 つまりこれらの仕事には、やがて僕がカントー行きの旅へ出るって前提がある。
 迷いも憂いもなくして、僕は僕のやりたいようにやるための準備なんだ。

 もう決めたんだ。僕は、『彼女』に会いに行く。
 カントーへ行って『彼女』に会って、何を話して何をするかなんて決めてないしわからない。 
 それどころか『彼女』の邪魔をしてしまうかもしれない。でも、そうしないと、僕は前に進めないと思う。
 

 
 僕の意図が自身の予想したとおりだと知ったカヒリさんは、僕の目をじっと見据えて、それからまた数分間、
 僕とカヒリさんの間に沈黙が横たわった。

 そして、カヒリさんがようやく顔を上げた。
 目は口ほどに物を言うって諺があるけど、カントーやジョウトでなくても似たような言葉はあると思う。
 そのとき、まさに、カヒリさんの青い瞳は多くのものを雄弁に語っていたように思えた。
 カヒリさんは、それでも気丈にこう言った。「ヨウ。あたしを誰だと思っているんですか」って。

「あなたの目の前にいるあたしを誰だと思ってるんですか。
 アーカラ島屈指の大富豪で、世界で活躍するアスリートで、現四天王のカヒリです。
 当然、アローラ地方であたしに並ぶひこうタイプの使い手はいません。
 リーグのランキングも上位3位から外れたことはありませんし、これからもそのつもりです。
 何より、あなたの信頼を裏切るようなことは、あたしは絶対にしない」

 この他にもカヒリさんは自分を褒める言葉を並べたけど、つまるところ、言いたいことはひとつだった。

『彼女』のためにカントーに行くのではなく、自分のためにアローラに留まって欲しい。

 自分を選んで欲しい。

 あのパーティーの夜にアセロラが言ったように、カヒリさんは僕にそう求めていた。
 

 
 カヒリさんはとてもストイックで、プライドが高い人だ。
 彼女が僕に対して隠し事をしないとはいえ、わざわざ自分のいいところを並べ立ててアピールするなんて
 伝え方を選んでしまうのは、無性にカヒリさんらしいとも思えた。

 それに、僕にはカヒリさんの気持ちが痛いほどよくわかった。
 今のカヒリさんは、あのときの僕と同じだったからだ。『彼女』の旅立ちを笑って見送ることのできなかった
 あのときの僕と。

 僕は自分で思っていたよりナイーブで、頑固で、自分本位で、気の利かない奴だ。
 カヒリさんには悪いけど、僕はカントー行きの決意を撤回するつもりはフラベベの体重ほどもない。
 そのことはカヒリさんにもわかっているはずだ。けれど、言わずにはいられないに違いない。
 僕も『彼女』を引き留めたい一心で必死に言葉を吐き出して、ついにはあんなことを言ってしまった。

 自分が何を言ったって相手の心を変えられないのは薄々わかってる。
 でも、一縷の望みをかけて訴えかける。どうか行かないでくれ、この僕のために、と。
 君がやらなければならないと決心していることなんかよりも、僕のほうが大事だと言ってくれ、と。

 今のカヒリさんはあのときの僕だった。そして、今の僕はあのときの『彼女』だったんだ。
 

 
 カヒリさんの揺れる眼差しを受けて、僕は考えた。
 僕は、カヒリさんに何て言ってあげればいいんだろうか。
 あのときの僕は、『彼女』に何て言って欲しかったんだろうか。

 いっそのこと、「カヒリさんも僕と一緒にカントーに行こうよ」なんて言えたなら。
 でもそれは無責任な夢想にすぎないとわかっていた。彼女はプロだ。
 僕には想像もつかないくらい、多くのしがらみがある。それは例えばマツリカさんのように。
 当然、カヒリさん自身がそれを一番よく理解しているから、やり場のない気持ちを持て余しているんだろう。
 
 だから、僕にできるのは、ただ告げることだった。多分、あのときの『彼女』と同じように。

 僕がカントーに行って『彼女』に会いに行こうっていうのは、誰のためでもない。
 もちろん『彼女』のためでもない。過去の過ちにケリをつけたいという僕の都合だ。僕のためなんだ。
 結局、僕はただ許されたいと期待してるだけで、そのために何をすべきか、何をもって償うべきか、
 具体的なことは何一つ考えられてない。

 カヒリさんが自分のためにアローラに留まって欲しいという気持ちはわかる。僕もそうだったんだ。
『彼女』のときに。でも、それでも、僕は自分の感情を優先しようとしてるし、実際そうする。
 悪いけど、多分誰も僕を引き止められないよ。僕の事情だ。カヒリさんには何の関係もない。
 然るべきときが来たら、僕はアローラを発つ。もう決めたことだ。
 

 
 ……とはいえ。

 この計画は今の時点では、所詮絵に描いた餅に過ぎない。だってそうだろう?
 僕はチャンピオンとしての仕事は最後まで全うするつもりでいる。誰かが僕を倒し、王座から引きずり
 降ろしてくれなければ、飛行機のチケットも取れやしないだろうからね。
 言い方を変えると、カヒリさんが四天王として僕を護り続ける限り、僕はここにいるわけだ。

 こんなことを言ってもあなたへの慰めにはならないかもしれないけど、今すぐアローラを出て行こうって
 わけじゃないし、僕もできる限りカヒリさんやみんなと一緒にいたい。これも僕の偽らざる本心だ。
 カヒリさんだって、僕の自惚れでなければ、きっと僕らとのバトルを楽しんでくれてると思う。
 ある一側面においては、僕らの利害は一致してる。あくまで一側面だけど。

 僕はカヒリさんのためにアローラ地方に留まる決断はできない。僕は僕のための旅をする。
 今はお互い、自分にできることを精一杯やろう。
 僕はチャンピオンとしての責任を果たす。あなたは四天王としてポケモンリーグを守る。
 今更御託を並べる必要もない。いつもやってきたことだ。それを全うすることで、結果的には、カヒリさんの
 望みは叶う。少なくとも僕がチャンピオンである間はカントーには行かない。
 

 
 ……正直、この辺りが妥協点じゃないかな。単なる現状維持とも言えるし、何も進展してないけど、
 僕に言えることはこの程度がせいぜいだ。

 カヒリさんも、100%納得とは言いがたかったけど、ひとまずはこれでよしとしてくれそうだった。
「わかりました。今はそれで結構です。あたし、絶対あなたを逃がしませんから」
 とはカヒリさんの弁だ。「逃がさない」とは、これまたカヒリさんらしいかな。

 そう、アローラリーグには僕の信頼するポケモントレーナー達がいる。
 きっと彼らがいる限りは、そうそう簡単に僕への挑戦者を通しはしないし、僕をカントーへ行かせても
 くれないに違いない。
 もちろん『彼女』には会いたい。けど、みんなとの時間も惜しい。矛盾しているようだけど、本心だ。
 楽しい時間が長引くのを喜ぶべきか、それとも先延ばしになることを悩むべきか。難しい問題だよ。

「朝早く押しかけてすみませんでした。あたしはこれで失礼します」と、カヒリさんが席を立った。

 ここで僕は、ふと気がついたことがあった。
 それに気がついたとき、僕も席を立って、思わずカヒリさんの手を取っていた。カヒリさんの手のひらは
 思っていたよりも硬くて、これがプロゴルファーの手なんだと感じ入ってしまった。
 カヒリさんは今日一番驚いたような顔をして僕を見返していた。
 それから僕は、「来週あたり、時間あるかな。僕と一緒にどこか出かけない?」と聞いた。
 

 
 いやね、僕はカヒリさんのことを信頼しているよ。でも、それはポケモンリーグでのことであって、
 プライベートの彼女のことはあまりよく知らないと気づいたんだ。ハウやマオや、他のみんなと違って。
 多忙なカヒリさんだから仕方ない面もあるけど、せっかくだし、もっとお互いを知るべきだと思ったんだ。

 僕の申し出に対してカヒリさんは、目をパチクリさせて、ボーっとしているヤドンのように口を開けて、
 まるでこんらん状態になってしまったみたいだった。僕はそんなに突拍子もないことを言っただろうか。
 そして、ひでりの下のポワルンみたいに顔を赤くしてから、「考えておきます」とだけ言って、そのまま
 足早に出て行ってしまった。

 それからは、会計を済ませてから家に帰って、リラさんと仕事の話をした。カヒリさんと何を話したかは
 リラさんは教えてくれなかったけど、まあ、それはそれだ。
 午後にはラナキラマウンテンに向かったけど、冒頭に書いたように、カヒリさんの機嫌を損ねたのか、
 僕が話しかけてもプイッと顔を背けて口を利いてくれなかった。
 帰る直前まではいい感じだったのに、突然どうしちゃったんだろう。

 第三の推察としては……僕に遊びに誘われたのがよほどショックだったのかな。
 僕はカヒリさんに嫌われてはいないだろうけど、軽薄だと思われたんだろうか。

 カヒリさんと腹を割って話せたのはいい。とても有意義だったけど、最後に謎が残ってしまう結果になった。
 本当に、なんだっていうのかな? そのうち、お誘いの返事も一緒に教えてくれればいいけど。
 

 
┃ カプ・テテフの試練
 
 2017-3-22
 テーマ:ブログ
 
 まずは近況報告。
 マーマネとマーレインさんが『なぞのポケモンどこどこマーク7』を新たに開発した。
 特定の波長の波動を検知して例のポケモンの居場所を割り出すマシンなんだけど、そいつが地中に
 潜んでいるせいか微弱な波動しか捉えられず、居場所の特定は難航している。

 だけど気になることに、ある地点で反応を見失ってから、アーカラ島のどこを探しても反応がないんだ。
 食べすぎでお腹を壊すようなタマじゃないが、僕とリラさんは、休息のためしばらく眠っているのでは?
 という見解で一致した。
 いつまた動き出すかわからないけど、それまでにマーク7を改良して精度を上げておかないとね。

 あと、一昨日カヒリさんからメールが来たよ。「次の土曜日なら空けられます」だそうだ。
 僕に否やはない。もちろん、「楽しみにしてる」と返信した。カヒリさんと遊びに行くなんて初めてだ。
 生まれも育ちも混じりっけなし純度100%の庶民である僕としては、セレブに受けのいいスポットなんて
 心当たりはないんだけど、きっと大丈夫さ。タブンネ。
 
 さて、近況報告はこれくらいにしておこうかな。何しろ、今回も大変な冒険をする羽目になったからね。
 事の始まりは昨日の朝、ライチさんが僕を訪ねてきてからだった。
 

 
 しまクイーンであるライチさんは、カプ・テテフの声を直接聞くことができる数少ない一人だ。
 カプ・テテフは以前にも、アーカラ島に巣食う例のアイツについてライチさんに警告した。
 そして今回も、そいつの対処のために動き回っている僕達に向けて、カプ・テテフはまたメッセージを
 発してきたという。

『アローラの王』を私の前に連れて来い、と。

 まさか、ただ僕の顔を見て挨拶したいだけなんてことはないだろう。

 もしカプ・テテフの考えていることが、あのカプ・レヒレと同じだとすれば、覚悟を決めておかないと
 いけないかもしれない。守り神がまた僕を試そうとしているのなら、今度はどんな難題を課されるか。
 カプの神々がなかなかいい性格をしているらしいってことは身に染みたし、何しろカプ・レヒレのときは
 凍死しかけた。臨死体験なら一生に一度で十分だよ。

 とはいえ、尻尾を巻いて逃げるという選択肢はありえない。アーカラ島の危機を前にして、カプ・テテフに
 協力してもらえるのならこれ以上心強いことはないからね。
 それにはおそらく、守り神様に僕がタフな男だとわかってもらう必要がある。
 
 というわけで、急遽アーカラ島の命の遺跡に行くことになったんだけど、僕達に同行を願い出た者がいた。
 
 現四天王の一人であり、アーカラ島のキャプテンであり、ライチさんの妹分であり、僕の信頼する同僚。
 つまり、マオだ。彼女も僕に着いて行くと言い出したんだ。
  

 
 マオもカプ・レヒレの試練のときに、凍えきって倒れた僕を見ているから、心配になるのはわかる。
 でもカプ・テテフが指名したのは僕一人だ。マオを連れて行っていいものだろうか。
 カプ・テテフの試練がカプ・レヒレのものより過激で危険じゃないという保証はどこにもないんだ。

 しかし、それでもマオは行くと言って聞かなかった。
 彼女がアーカラ島の出身であり、カプ・テテフの気性を多少なりとも知っていることも無関係じゃない。
 下手するとカプ・レヒレよりもヤバいということを地元民であるマオは予感していた。
 だけど最大の理由は、僕の敢えて火中の栗を拾いに行く悪癖を、看過しておけないということだった。

 カプ・レヒレの試練はなんとか乗り越えた。コニコシティでの崩落事故のときも、目の前の人を助けるため
 飛び出して、己の身の危険を省みなかった。今もアーカラ島に潜む謎のポケモンを追っている。
 コニコシティの惨状に驚き、竦み、動けなかった自分に比べれば勇気があるかもしれないけど、マオは、
 僕がブレーキの壊れたマッハじてんしゃのように思えてならないときがあると語った。
 それも自動的に危険な場所へ向かってルート変更していく機能付きときてる。
 
 そういう危なっかしい奴のハンドルはしっかり握っておかなきゃいけないと、マオは言う。
 自分はリーグチャンピオンも認めたポケモントレーナーなのだから、役者が不足とは言わせないとも。

 ……マオの指摘は、まあ、正しいものだと言わざるを得ないと思う。
 僕自身は正しいと思ってやっているけど、事故は起こる。それがいつかは知らないが可能性はゼロじゃない。
 少なくとも、ハンドルを手放さないでいる努力は必要だ。

 マオのような、信頼できる友人の手に委ねるのも、そう悪くないかもしれない。 
 

 
 結局、僕はマオの同行を承諾した。ライチさんは難色を示したが、なんとか説得した。
 僕とマオの相性は抜群だからね。マルチバトルなら負けなしだ。彼女ならうまくサポートしてくれる。
 カプ・テテフが何を企んでいるかはわからないけど、この際だ。味方は多いほうがいい。

 かくして、僕達はリザードンに乗って命の遺跡へ向かったわけだけど、守り神を祀る遺跡はまたしても
 異様な雰囲気に包まれていた。
 遺跡の奥から、入り口の広場までの地面が色とりどりの花々で覆い尽くされ、むせかえるような芳香が
 辺りに立ち込めていた。こんなところまでカプ・レヒレのときと同じだ。あのときは深い霧だったけど。
 カプ・テテフは花の香りがエネルギー源だとも言われているが、ずいぶん歓迎されてるみたいだった。
 
 注意深く周囲を警戒しながら命の遺跡へ踏み入った僕とマオ、そしてライチさんだったけど、石像が
 安置されている深部までの道中は拍子抜けするほど何もなかった。
 石畳の床が花で溢れかえり、常に誰かに見られているような感じがするのを除けば、の話だけど。
 その後、深部の祭壇に辿り着くまでは10分もかからなかったと思う。
 
 ライチさんが祭壇の石像に手を触れ、祈りを捧げる。僕とマオはそれを固唾を呑んで見守った。
 もちろん、僕の手にはガオガエンの、マオの手にはジャローダのモンスターボールが握られていた。
 相手は神様だ。一切油断はできない。
 

 
 ふと視線を上げると、石像の上2メートルほどの場所に、ふわふわと浮いているものがあった。
 そいつは卵のような形の外殻から上半身を出し、僕らを見下ろしていた。
 音もなく現れ、いつからそこにいたのかさえ判然としなかった。

 古い文献や目撃情報で見たとおりの姿で、アーカラ島の守り神、カプ・テテフがそこにいた。

 アローラの神々の一柱に対面したんだ。過去に似た経験のある僕やしまクイーンのライチさんはともかく、
 守り神に初めて対面しただろうマオの緊張は隣にいる僕にも伝わってきた。
 モンスターボールを握り締めるマオの手に、僕の手を添えてあげると、少しは落ち着いたみたいだったけど。

 高みから僕達を見下ろすカプ・テテフへ、ライチさんは僕を紹介した。
「カプ・テテフ。彼が今代の『アローラの王』です」とサラッと紹介されたけど、僕はそんな胡乱な身分を
 誰かから受け継いだ覚えは一切ない。周りが勝手に言ってるだけだ。

 ともあれ、僕を見るカプ・テテフの目は楽しげだった。珍しいポケモンを見つけたみたいな目だった。
 カプ・テテフは僕達の高さまで下りてきて、今度は僕の周りを漂い始めた。前から後ろから観察され、
 どうにも居心地のよくないひとときだ。
 

 
 カプ・テテフが満足したように笑うと、不意にカプ・テテフの外殻の模様の線が光りだした。
 そしてなんと、僕の頭の中に声が響いてきたんだ。
“お前が今の『アローラの王』? カプ・レヒレの言うとおり面白そうな人間だね”……って。

 エスパータイプのポケモンはテレパシーを使ってトレーナーに直接自分の気持ちを伝えることがあるけど、
 ここまでハッキリと、しかも僕達人間の言葉でもってコミュニケーションを図ってきたのは珍しい。
 よくある「なんとなくそんな気がした」なんてもんじゃない。
 知能レベルはかなり高いし、テレパシー能力も相当に高度だ。

 面食らって思わずマオやライチさんのほうを見ると、彼女達も同様に驚いていた。どうやらテレパシーは
 この場にいる全員に向けて発されているようだ。
 特にライチさんからすれば、しまキングやしまクイーン以外の人間にカプの神々が直接語りかけるのは
 とても珍しいことらしい。驚くのも無理はない。

“私の島を守るために働くなんて感心な人間だね。気に入ったよ。あの忌々しい太っちょを滅ぼすんでしょ?
 それならいいよ、力を貸してあげてもいいかな”

 ニコニコ顔のカプ・テテフはずいぶん饒舌だ。まあ、声は発さず直接僕達の頭に語りかけてるんだけど、
 とにかく好感触で何よりだ。
 
 だけど、カプ・テテフが次に言った一言には、僕らは揃って疑問符を浮かべた。
 

 
“本当にお前は気の利くいい人間だね。私の島を守るだけじゃなく、私の巫女を連れてきてくれたんだから”

 巫女? なんだそれは。
 ここにいるのはしまクイーンのライチさんと、チャンピオンの僕と、四天王のマオだ。
 カプ・テテフは誰のことを言っているんだ?

“お前への用は済んだから帰っていいよ。ライチ、お前も下がれ。私は巫女と遊ぶから”

 だから、巫女っていうのは誰のことなんだ?
 ひょっとしてマオのことを言ってるのか? 消去法でいけばそうなるけど、マオはアイナ食堂の看板娘では
 あっても、カプ・テテフの巫女なんかではない。ライチさんは巫女じゃなくしまクイーンだし、古代では
 しまクイーンはカフナ、つまり神官と呼ばれていた。

 当然、同様の疑問を抱いたライチさんは、
「カプ・テテフ。巫女というのは誰のことですか? この場にはそのような者はいませんが」
 と尋ねたが、カプ・テテフはジロッと目を細めてこう言う。

“いるじゃん。そこに”

 アーカラ島の守り神が指差した先は、僕の隣。つまり、カプ・テテフに指名されていたのはマオだった。
 

 
“その娘が今代の巫女なんでしょ? てれびで見たもん。さあ、その子を私にちょうだい”

 カプ・テテフはそう言ってマオを手招きする。この「テレビで見た」という言葉でピンと来た。
 カプ・コケコがそうであるように、カプ神は自分の島なら気の向くままどこへでも行ける。
 それぞれの島を誰よりもよく知っているし、誰にも見つからずどこでも見て回れる。

 マオが踊り子の衣装を着てバトルをしたのはイレギュラーズとの対抗試合の一回のみだけど、あの試合の
 バトルビデオはネットにもアップされているし、ポケモンバトル専門のチャンネルでも特集が組まれた。
 カプ・テテフがアーカラ島を散歩している最中、カンタイシティかコニコシティの街頭テレビを見て、
 それに映ったマオを巫女とやらと勘違いしたんだろう。

 ライチさんが「あの子は巫女じゃない」と言っても、カプ・テテフは「その子を渡せ」の一点張りだ。
 さすがのライチさんにも焦りの表情が見て取れたけど、どうも様子が変だ。
 なんとなく嫌な予感がしてきて、僕はロトムに指示してエーテルハウスにいるだろうアセロラに
 電話を繋いだ。僕の知り合いの中で古代アローラ史に一番詳しいのは彼女だ。
 

 
 2コールでアセロラは電話に出た。ここで僕が確認したいことはふたつ。
 第一に、古代アローラ王朝時代において踊り子はどのような宗教的・儀礼的意味を持つ存在だったか。
 第二に、カプ・テテフが「巫女と遊ぶ」と言う場合具体的にどのようなことをしたのか。

 急に歴史の質問をしてきた僕をアセロラは訝しんだけど、スクールの先生よりわかりやすく教えてくれた。
 マオの衣装のモチーフになった古代の踊り子は、かつてカプ・テテフを称える儀式で祈りの舞踏を捧げた。
 これはククイ博士が言ったとおり。

 重要なのはここからで、その踊り子――正確には巫女は未婚かつ未成年の女子しかなれなかった。
 カプ・テテフに気に入られた巫女は神々の世界へ誘われ、守り神に選ばれた巫女を輩出した家系は末永く
 栄え続けると言われていたし、儀式の成否は時のカフナにとっても重要な関心事だったらしい。

 そしてカプ・テテフの言う「巫女と遊ぶ」とは具体的にどういうことか。これに関しては資料が存在しない。
 なにしろ当の巫女が神隠しに遭うんだから当然だ。しかも歴史上、カプ・テテフに誘われた巫女は
 誰一人として人里に帰ってこなかったという。
 時代によっては守り神に見初められたとか、カプ・テテフに迎えられたとかいう表現が用いられた。

 カプ・テテフがマオを渡せと言っているのはつまりそういう意味だった。
 アセロラの講義を聴いて、僕もマオも、揃って血の気が引いたのをよく覚えている。
 

 
 古代アローラ王朝が滅びてからこのような因習は風化していったが、現代のアローラにおいても、
 神隠しに遭ったとしか思えないような不可解な行方不明事件は十数年に一度起きている。
 それももしかしたら、カプ・テテフが気に入った人間をいずこかへ誘っているのかもしれない。

 というか、僕らの目の前にいる守り神の様子を見ればさもありなんと思えてくるね。
 カプ・テテフはライチさんの説得にもまったく耳を貸さず、とうとう床に転がってじたばたしながら
 ヤダヤダヤダと駄々をこね始めていた。
 その上“一生男に縁がなくなるのろいをかけてやる”などと喚き散らしている。
 ライチさんにはこうかはばつぐんだったみたいだけど、これは守り神としてどうなのか……。

 アセロラのありがたい歴史の授業は実に役に立った。ありがとう。でも残念ながら、問題は解決していない。
 
 カプ・テテフの協力は欲しい。ここでかの神様の機嫌を損ねるのは得策ではない。
 だけどマオは僕の大事な友達だ。くれと言われてハイそうですかとくれてやることなんかできない。
 ましてカプ・テテフの下に行ったら二度と帰ってこれないというなら尚更だ。
 

 
 どうすべきかと考え込んでいると、僕のシャツの裾をマオがちょいちょいと引っ張って、駄々っ子の
 守り神に聞かれないようにコソッと耳打ちしてきた。
 何かと思えば、マオは「私の肩を抱いて笑って」と言ってきたんだ。

 いきなり何を言うんだと思ってマオに聞くと、
「巫女になれるのって結婚してない女の子なんでしょ? なら、特定の相手がいるってことにしちゃえば、
 カプ・テテフも諦めてくれるかもしれないから」
 と、冴えた提案をしてくれた。
 要するに、僕に彼氏のふりをしろって言うわけだ。

 ……正直、気は進まない。気は進まないけど、僕にカプ・テテフを言い包めるいいアイディアはなかった。
 実を言うとバトルを仕掛けてちからずくで従わせるのも視野に入っていたところだ。勝てるかどうかは
 さておくし、こういうことを書くとまたネットで叩かれるけど。

 そういうわけで、偽装彼氏作戦以上の代案を用意できなかった僕には、遠慮がちにマオの肩に手を回して、
 ぎこちなく笑うより他に選択肢はなかった。
 カプ・テテフへの説明はマオにお任せだ。
 

 
 イヤイヤ期の子供みたいなカプ・テテフに向かって、おずおずとマオが手を挙げて言った。

「あの、カプ・テテフ? 実は私達、付き合ってるんです。だから私、あなたの巫女にはなれません」

 マオの発言に、カプ・テテフの駄々はピタッと止まった。ついでにライチさんも表情を失っていた。
 あんな真顔をしたライチさんは見たことがなかった。いや、別にそれはどうでもいい。
 問題は床から起き上がったカプ・テテフもまた、背筋が寒くなるような眼差しで僕達を見ていたことだった。

“それ、ホント?”とカプ・テテフが問い詰めてくる。
 守り神の迫力に気圧されながらも、マオは「ちょっと前から付き合い始めたんです」とか、「仕事も一緒で
 自然と仲良くなって」とか、口から出まかせを並べてくれていた。

 神様に嘘をついて騙すのかって? とんでもない。嘘なんかついてないよ。僕達は付き合ってたんだ。
 つい数分前から、このときだけ限定でね。だからマオを連れて行こうとするのはやめて欲しい。

 僕はひたすらに作戦の成功を祈っていたけど……結論から言えば、作戦は失敗だった。

 不意にカプ・テテフが放ったサイコキネシスで、僕はマオから引き剥がされ、吹っ飛ばされたからだ。
 

 
┃ 無邪気で残酷な守り神
 
 2017-3-22
 テーマ:ブログ
 
 カプ・テテフの攻撃を受けながらも生き残れたのは、本当にラッキーだったとしか言えない。

 サイコキネシスで勢いよく弾き飛ばされて、下手したら壁の染みになっていたかもしれない。その日の
 僕の手持ちにエルフーンがいて、咄嗟のコットンガードで僕の身体をふわふわの綿毛で包み込んで
 衝撃を吸収してくれたから、なんとか背中の打撲で済んだ。

 とはいえ、まずい状況だった。
 マオとライチさんとは引き離されたし、不意の攻撃でガオガエンのボールを落としてしまったし、
 背中を強く打ったおかげで呼吸が苦しかったし、何よりカプ・テテフはずいぶんとご立腹だ。
 君の偽装彼氏作戦は完全に失敗だよ、マオ。いいアイディアだと思ったんだけどな。
 
 床に這う僕を見下ろして、プリズムの瞳を憤怒の色に輝かせながら、カプ・テテフは言った。

“私の巫女を横取りするとか、ありえなくない? ……人間のくせに、いい気になるなよ、『アローラの王』”
 
 正直に言おう。僕は危険なポケモンと戦った経験は年齢の割には豊富だと思っていたけど、これほど
 明確な命の危険を感じたのはこのときが初めてだった。
 

 
 もはや説得は不可能だ。戦うしかない。というか、そもそも最初から説得に応じるような相手じゃなかった。
 
 僕のエルフーンの特性はいたずらごころだ。変化技ならカプ・テテフにも先制を取れるはず。
 相手の戦力が未知数なら、まずはやどりぎのタネで持久戦に持ち込んで、マオと合流する時間を稼ごう。
 そう判断した僕は、エルフーンにやどりぎのタネを指示した。
 だけどその目論見は呆気なく頓挫することになる。

 不意に、遺跡深部のフィールド全域にサイコパワーが満ち、フィールドが不思議な感じになったんだ。
 迂闊だった。カプ・コケコが自身の特性でエレキフィールドを張れるように、カプ・テテフも戦闘時に
 サイコフィールドを作り出す特性を持っていたんだ。
 そしてサイコフィールド下では先制技は無効になる。いたずらごころも実質無効だ。

 カプ・テテフが放ったムーンフォースがエルフーンを打ち据え、その余波で僕も壁面に叩きつけられる。
 エルフーンは戦闘不能となってモンスターボールに戻ったけど、カプ・テテフは僕とポケモンバトルを
 しているつもりはないようだった。

 倒れているのをサイコキネシスで無理矢理立たせられ、壁に押し付けられて身動きも取れない。
 やがて、じわじわと呼吸が苦しくなってくるのを感じた。ねんりきで首を絞められていたんだ。
「真綿で首を絞める」って表現があるけど、まさにそれだ。ゆっくり、ゆっくりと、息が止まっていく。

 それは、これまでどんなポケモンと戦ったときにも感じたことのない焦りと恐怖だった。
 

 
 気づけばカプ・テテフは僕の目の前まで近づいて、苦しむ僕の顔を覗き込んでいた。
 目を細めて、実に楽しそうな顔だった。小さな虫を殺して遊ぶ子どもみたいな、無邪気で残酷な顔だ。
 どうやら神様にとって、『アローラの王』とやらも虫ケラと変わらないらしい。
 あのまま僕を殺したところで、カプ・テテフはひとかけらの罪悪感も覚えなかったに違いない。

 だけど意識を手放しかけたそのとき、横合いからの素早い一撃でカプ・テテフは弾き飛ばされた。
 マオのジャローダが、尾を鞭のようにたたきつけたんだ。
 カプ・テテフが離れると同時にねんりきが解けて、僕は解放された。死ぬかと思ったよ、冗談抜きで。
 
 吹っ飛ばされたカプ・テテフは身体を外殻にすっぽりと収めて、床と壁に一回ずつバウンドしてから
 サイコパワーでふゆうして体勢を立て直し、すぐさま逆襲のサイケこうせんを放った。
 しかしマオのジャローダは油断なくひかりのかべを張っていて、大きく威力が減殺される。

 駆け寄ってきたマオに肩を貸してもらいながら、僕はなんとか立ち上がった。
 マオは「私のせいで、ごめんなさい」と言ったけど、多分、君の彼氏を騙らなくてもこうなっていたよ。
 何故って、僕と君の関係が友達でも同僚でも恋人でも、僕は君を守り神に売り渡す気はないからだ。

 マオが拾っておいてくれたボールを受け取り、僕はガオガエンを繰り出した。
 あくタイプはフェアリータイプは等倍だけど、エスパータイプの技なら無効だ。使った技や特性から、
 カプ・テテフのタイプはエスパー/フェアリーで確定。ガオガエンなら強気に行けるはず。
 

 
 そしてさらにもう一匹、ライチさんが繰り出したアバゴーラがカプ・テテフの前に立ちはだかる。
 ライチさんはなおもカプ・テテフを説得しようとしていた。カプ・テテフへ「落ち着いてください。
 彼はアーカラ島を救うために必要な人間です」と訴えたけど、帰ってきた答えは冷淡なものだった。
“要らないよ、そんな奴”だってさ。

“巫女は私のものなのにそれを盗もうとするんだもん。そんな奴要らないし、罰を与えなきゃ。
 お前もだよ、ライチ。お前には目をかけてあげたのに、私に背くんだ?”

 と、カプ・テテフは冷ややかに言う。この神様は自らが選んで任命したしまクイーンであっても、
 自分の意に沿わなければ躊躇いなく殺すことができるだろう。壊れたオモチャでも捨てるみたいに。
 だけどライチさんも一歩も引かない。

「もちろん、私を選んで頂いた恩は忘れていません。あなたに選ばれたから私はしまクイーンになれた。
 けれど、私のしまクイーンとして最も大事な使命は、アーカラ島に住む人々を守ることです。
 ……あなたがヨウ君を殺してマオを奪うつもりなら、私はあなたとも戦います」

 守り神相手に啖呵を切る度胸、そんじょそこらの男より男らしい。これこそまさにしまクイーンだ。
 カプ・テテフに一生独身でいる呪いをかけてやるぞと脅されても身じろぎひとつもしない。
 やっぱりライチさんは頼りになる人だ。だからみんな、いつでもライチさんの彼氏に名乗りを上げていいよ。
 

 
 一方ライチさんの突きつけた最後通牒に一層気分を害したらしいカプ・テテフは、

“あっそ、じゃあもういいや。次はもっと物分りのいい子を選ぶから。
 ……ああ、そうだ。なんなら、ライチの後釜に巫女を選ぶのも悪くないかもね。どう? お前さえ
 その気なら、今からお前をカフナにしてあげる”
 
 と、あっさりとそれを跳ね除け、あまつさえマオに誘惑を囁いて見せた。
 だけど、カプ・テテフは甘かったね。僕の隣にいる女の子も、最高に頼りになるポケモントレーナーだって
 ことを知らなかったんだから。

 マオは、カプ・テテフの誘いを「ふざけないで」の一言で一蹴した。

「守り神だからって、何でも好きにできるなんて思わないで。ライチさんも私もあなたのオモチャじゃない。
 大体、私は巫女なんかじゃないし、私がヨウを好きでいて何が悪いの? 恋愛くらい自由にさせてよ!」

 守り神へ怒りを露に叫ぶマオを横目で見て、少々演技に熱が入りすぎじゃないかと思ったけれど、
 見事カプ・テテフをちょうはつすることには成功していた。すぐにでもカプ・テテフは癇癪を起こして
 僕らに襲いかかってくるだろうと思われた。

 そして、チラッと僕とライチさんへアイコンタクト。マオが仕掛ける気だとすぐにわかった。
 ライチさんもそれを汲み取って、アバゴーラへ指示を下した。
 

 
 最初に動いたのはマオのジャローダだった。ひかりのかべを再展開して防御を固め、カプ・テテフの
 サイコショックの威力を半減させる。おそらくカプ・テテフは物理技を覚えていないだろうから、
 これはいい判断だったと思う。

 次に飛び込んだのは僕のガオガエン……じゃなく、ライチさんのアバゴーラだ。
 もちろん、これも作戦のうちだ。からをやぶるですばやさをグーンと上げて、ガオガエンに先行させたんだ。
 ぼうぎょととくぼうは下がってしまうけど、そこはジャローダのひかりのかべでカバーできてる。
 アバゴーラのふいうち気味のアクアブレイクで、カプ・テテフは体勢を崩した。

 そして最後に僕のガオガエンだ。アバゴーラの甲羅を踏み台にジャンプして、一気にカプ・テテフに接近。
 ビルドアップからのじごくづきをお見舞いした。
 エスパー/フェアリーのカプ・テテフに対しては弱点でこそないものの、等倍のダメージは与えられる。

 まずマオのジャローダが先行して、変化技やリーフストームでカプ・テテフを撹乱する。
 その後は僕のガオガエンはからをやぶったライチさんのアバゴーラとの波状攻撃だ。
 しかもアバゴーラの特性はがんじょう。からをやぶるで耐久が下がっているけど、一撃で落とされることは
 まずない。ひかりのかべとアバゴーラの特性を組み合わせてメインアタッカーのガオガエンの盾にもなり、
 時にはエスパー技の効かないガオガエンがジャローダとアバゴーラをまもる。

 三位一体の連携攻撃で、カプ・テテフは徐々に追い込まれていったのがわかった。

 確かにカプ・テテフの力は絶大だ。だけど僕達がチームとして協力して戦えば、守り神が相手でも有利に
 戦える。事前打ち合わせ一切なしの完全なアドリブだったんだけど、うまく行ってよかった。
 

 
 だけど、僕達の予想外の猛攻に防戦一方のカプ・テテフも、そのまま終わるわけがなかった。

 カプ・テテフはガオガエンのフレアドライブをからにこもるで防御して、弾き飛ばされる勢いのままに
 僕らと距離を取った。ガオガエン達は追撃を加えようと追いすがったけど、外殻から上半身を出した
 カプ・テテフが、突然遺跡深部全体を照らすような強力な閃光を放った。

 溢れる閃光のエネルギーでガオガエン達は吹き飛ばされた。敵全体に攻撃したところを考えるとおそらく
 この技はマジカルシャインだ。まだこれほどの力を隠し持っていたなんて、守り神の力は底知れない。
 
 さらにビックリすることがもうひとつ。マジカルシャインを放った後、カプ・テテフの全身にパワーが
 みなぎっていったんだ。どこか見覚えのあるそれは、まるでZ技のようだった。
 だけどトレーナーもいないのに? 困惑する僕達をよそに、ゼンリョクのパワーをみなぎらせた
 カプ・テテフはこう告げた。

“お前達、もう許さない。カフナも巫女も『アローラの王』もみんな要らない。……死んじゃえ”

 怒れる守り神が右腕を振り上げると、薄いピンク色のオーラが巨大な手の形を取った。
 巨岩のような握り拳が天井を突き破り、大樹のような腕が命の遺跡を打ち崩しながら振り下ろされた。

 ロトムの分析によれば、アレは不完全なZ技の一種らしい。
 心を通わせたトレーナーがZパワーを送っていないからおそらく本来の威力は発揮できていないが、
 さすがにカプ・テテフのゼンリョクで放たれた技は並みのZ技の比じゃなかった。
 僕達のポケモンはその一撃で戦闘不能にされ、技の衝撃の余波で遺跡深部の祭壇は崩壊し、僕らも
 それぞれ吹っ飛ばされて床に倒れ伏すことになった。
 

 
 ポケモンもトレーナーも戦闘不能。打撲に擦り傷がいっぱい、咄嗟に僕とマオをかばったライチさんに
 至っては腕の骨にヒビが入ってた。身体のあちこちが痛くて立ち上がることも難しかった。
 じきにカプ・テテフは僕らにとどめを刺しにくるだろう。

 神様だからって、こんな自分勝手な理屈で他人を殺せるのか。マオを巫女と勘違いして、彼女が自分に
 捧げられて当然だと信じ、ライチさんの諌める言葉にも耳を貸さず、その挙句、自分の思い通りに
 ならなければ癇癪を起こして『死んじゃえ』とくる。

 確かにこのアローラ地方の守り神だし、敬意を払うべきだけど、到底許せるものじゃない。
 ギャフンと言わせてやりたいところだった。でも、僕達に戦えるだけの力は残ってなかった。
 
 ……いや、ひとつだけあった。カプ・テテフに一矢報いる方法がひとつだけ。

 僕はリュックを開けて、マオにあるものを渡した。チャンスは一度きりだ。
 カプ・テテフの煽り耐性の低さを考えれば多分うまくいく。あとはマオ次第だ。
 マオは、僕のハンドルを握ってくれると言った。僕はそれを信じようと思う。どん詰まりの状況でも、
 彼女がフォローしてくれるんなら、僕は何だってできる。
 
 僕は精一杯声を張り上げて、カプ・テテフにこう言ってやった。「これで勝ったつもりか」ってね。
 

 
 カプ・テテフは僕のそばにやって来て、ねんりきで僕を空中に持ち上げた。くろいまなざしで僕を睨み、
“負け惜しみならもっと気の利いた台詞を言うべきだと思うな”と嘲笑した。

 違うね、負け惜しみなんかじゃない。お前は守り神なんて呼ばれて偉ぶってるけど、哀れな奴だ。
 神様神様って持て囃されるのは確かに気分がいいだろうけど、お前を本当に想ってくれる友達がいるか?
 気に入らないことがあればすぐに他人のせいにして、望むものが手に入るのが当然だと思ってて、
 まるで子どもの八つ当たりだ。お前は僕が出会ってきた人やポケモン達の中でもとりわけ幼稚で低俗だ。
 お前の力を借りようとしたのがそもそも間違いだったよ。お前なんかこの古ぼけて崩れかけた遺跡の中で、
 一人ぼっちでいるのがお似合いだ。
 
 思いつくまま言ってやったら、見る見るうちにカプ・テテフの表情が変わって行った。
 サイコキネシスで僕の身体をしめつけ、手足や首がちぎれそうだった。実際そうするつもりだったんだろう。
 カプ・テテフは怒りで周りが見えていない。そして、これこそ僕の狙いだった。

 どうにか立ち上がったマオが、カプ・テテフの隙だらけの背中に、こつん、とあるものを押し当てた。
 眩いばかりの青い光が輝いて、アーカラ島の守り神は小さなボールの中に吸い込まれていく。

 それは僕がかつてグラジオから貰ったマスターボールだった。
 宇宙創造に関与したと神話で伝えられるような幻のポケモンさえ確実に捕獲できる最高性能のボールだ、
 たとえ守り神でも必ず捕まえることができるに違いないと思って、賭けに出たのさ。

 果たして、カプ・テテフはマスターボールから脱出することができず、ボールはロックされた。

 ざまあみろ守り神。僕達の勝ちだ。
 

 
 かくして、カプ・テテフをゲットすることで、僕達の命がけのバトルは幕を閉じた。ゲットの瞬間、
 ねんりきとサイコキネシスが途切れて床に墜落する羽目になったけど、ここまでくると些細なことだ。

 どっと疲れが出たのか、マオはその場にへたり込んで、カプ・テテフが入ったマスターボールを
 見つめていた。まさかカプ・テテフをゲットすることになるとは思ってなかったんだろう。
 僕もライチさんも怪我のせいで動けないし、しばらくの間、その場の誰もが無言だった。
 
 ロトムがリーグ本部に連絡を入れたおかげでハウとアセロラが迎えに来てくれたけど、命の遺跡の
 惨状を見て彼らも驚いてた。まさかカプ・テテフに殺されかけてたとも思わないだろうし。

 しばらくゆっくり静養したいところだけど、そうもいかない。問題のひとつが片付いたに過ぎないからね。
 それにマオの手当てもよかった。キュワワーのいやしのはどうの鎮静作用はコニコシティの一件で実証
 されていたし、場数を踏んできたからかマオの方も手馴れてた。
 君のおかげですぐにでも仕事に復帰できるよ。
 
 僕のハンドルを握っておくのは大変だと思うけど、それを頼める人もそんなに多くないからね。
 マオにはこれからも頼らせてもらうよ。今回ゲットしたカプ・テテフも、君に預けておく。

 最後にひとつ。
 カプ・テテフをゲットしたのはマオの手によるものだけど、それは僕の指示だ。あくまで僕の責任によって
 行われたことであって、守り神をゲットしたことへの文句を言いたいなら僕に直接言ってくれ。
 関係ないとまでは言わないけど、マオの責任でもない。その辺よく覚えといてほしい。
 

 
┃ 思いがけない休日

 2017-3-23
 テーマ:ブログ
 
 一昨日のカプ・テテフとのバトルで負った怪我は、まあ、見た目より大したことはない。
 全身に打撲複数、切り傷、擦り傷、軽度の肉離れ。それ以外は元気だ。昨日みたいにブログも書ける。
 飛んだり跳ねたりしない分には何も問題ない。

 だけど、みんなからすると僕は絶対安静の重傷患者らしい。
 今朝家を出てリーグに顔を出したら「こんなところで何をやってるんですか!?」とカヒリさんに
 すごい剣幕で怒られた。昨日の記事を読んで心配してくれたのかな。

 また、他の同僚達の反応としては、
「カプ・テテフをゲットしたんだろー? また取材とかで忙しくなるから休んどきなよー」と、ハウ。
「まだあいつに動きはないよ。マーク7の改良も進めてるし、何かあったら連絡する」と、マーマネ。
「マオも休んでますし、無理して働かなくても大丈夫ですよ。どうせ誰も通しませんから」と、スイレン。
 
 と、実に頼もしく心温まる言葉を貰い――要は怪我人は大人しくしてろと言われて家に帰ることになった。
 そんなわけで、今日は一日家でゆっくり休んでいた。
 

 
 もちろん、家に帰った直後にはリラさんにも小言を頂いたが、僕が観念して休むことに決めたと言うと
「あなたはみんなを指揮する立場にあるんですから、無茶をしすぎないようにお願いします」と言って、
 ちゃんと静養するように念を押してきた。

 昼過ぎには母さんもリラさんも用事があると言って出かけてしまって、家には僕一人になった。
 思えば、家で一人で留守番なんてシチュエーション、いつぶりだろう。島巡りの冒険からこっち、
 外に出ずっぱりで家にいないのは僕だったし。

 しばらくはリビングでテレビを観ていたり、マオにメールを送ったり、ニャースと戯れたりしていたけど、
 そのうちやることもなくなって、もう寝るしかないと思ってリビングのソファーに横になった。

 リラさんのベッドを借りようかとも思ったけど、リラさんみたいな年頃の女性の部屋に勝手に入るのも
 少々気が引けたし、今の身体の調子からすると、ライチさんのベッドかルザミーネさんのベッドに
 横になりたいところだ。ハプウのベッドでもいい。おひさまの匂いというか、なんか安心するんだよね。
 匂いで言うなら、スイレンのベッドも潮風の匂いがして、海辺で横になっている気分になる。

 だけど、ただ快適に眠りたいがために知り合いの家に行ってベッドを貸してもらう手間をかけようとは
 思えなかったので、そのまま眠ることにした。
 多分、目を閉じて数分で眠りについたと思う。元気なつもりでも、やっぱり疲れてたのかな。
 

 
 さて、次に目を覚ましたときに驚いたのは、くりんとしたすみれ色の瞳とバッチリ目が合ったことだった。
 その綺麗な瞳の持ち主は誰あろうアセロラだけど、寝起きのぼんやりした頭では、何故アセロラが
 僕の寝顔を覗き込んでいたのかもっともらしい推論を立てることはできなかった。

 では状況証拠をひとつひとつ確認していこう。
 まずひとつ、母さんとリラさんが出かけていったとき、玄関や窓の鍵はしっかりとかけられていた。
 ふたつ、アセロラは僕を膝枕していた。みっつ、寝入る前にはなかったタオルケットがかけられてた。
 そしてよっつ、ダイニングテーブルの下ではアセロラのゲンガーがぐうぐう寝ていた。

 ……まあ、多分、アセロラが僕の家に不法侵入したというのは確定。今回はシロデスナじゃなくて
 ゲンガーを使って鍵を開けたんだろう。砂という痕跡を残さない手口を選んでいる辺り侮れない。
 今日のリーグの仕事が一段落したあと、僕のお見舞いに来たけど、鍵がかかっていたので開けた。
 そしたら僕がソファーで寝ていたのでタオルケットをかけてくれ、膝枕までしてくれたというところかな。

 アセロラ。いくら僕と君の仲だからって、不法侵入はそろそろやめにしないかい?
 言っても聞きやしないとはわかってるけど、言わないわけにはいかないよ。
 いくら可愛く笑ってみせたって、僕は誤魔化されないからね。
 

 
 ただ、そのときは上に書いたようにぼんやりしていたので、不法侵入については不問にしておいた。
 その代わり、僕を見下ろすアセロラに「いま何時?」とぽつりと聞いた。アセロラはにっこり笑って
「6時だよ」と答え、僕は自分が3時間以上寝ていたことに気がついた。
 少なくともアセロラの侵入に気づかない程度には深く眠っていたらしい。

 それから、「君、さいみんじゅつとか使えたっけ」なんてピントのズレたことを聞いたのを覚えている。
 予想外の熟睡が疲れからか、それともアセロラの膝枕の効果か。それが問題だ。
 いや、まあ、大した問題じゃないか。大事なのはここに僕とアセロラがいるってことだけだ。
 
 僕とアセロラはしばらくの間、ぽつぽつと短い会話を繰り返した。
「お見舞いに来てくれたんだ」「うん」とか、「怪我は大丈夫?」「見た目より軽傷だよ」とか。
 不思議と気まずい感じはなくて、なんだか楽というか、安らかな気分だった。アセロラ、やっぱり君、
 さいみんじゅつとか使えるんじゃない? 僕は君といて嫌な気持ちになった試しがない。

 僕の心の宮殿に住まう『彼女』から僕を奪ってみせると言ったあの夜は……嫌な気分というより、
 妹みたいだと思っていた君があんなことを言った驚きと、覚悟を促されるような焦り、というべきだろうか。
 誠実じゃないかもしれないけど、君の知らなかった一面を見て、君への向き合い方を決めかねているにも
 関わらず、君を嫌ったり遠ざけたりしたいとはどうしても思えない。

 なんにせよ、これはアセロラの人徳だね。彼女、結構ファンも多いみたいだし。
 

 
 アセロラの膝枕を借りたままテレビをつけてみると、ちょうどニュースが映った。
 内容? 『アローラの王、カプ・テテフをゲットする』かな。夕方ニュースの1コーナーで紹介されそうな
 実にほのぼのとした日常の風景だ。カプ・テテフに殺されかけた甲斐はあったね。

 訳知り顔のコメンテーターや僕のブログの話をまた聞きしたような人達が好き勝手な意見を言うのを、
 僕とアセロラはテレビ越しに眺めていた。まあ、言いたい奴には言わせておけばいい。
 カプ・テテフをゲットしたのは緊急避難だし、この怪我も友達を守るために負った名誉の負傷だ。
 僕とマオとライチさん、この3人がそれを知っていれば、とりあえず十分。

 大体この人達は、僕がマスターボールを使うことを思いつかなかったら、アローラリーグチャンピオンと
 しまクイーンとキャプテンが謎の失踪を遂げていただろうことについてどう思うんだろうか。
 
 僕は正直言って白けた気分でテレビを観ていたけど、アセロラは変に神妙な顔をしていた。
 そして、僕にこう言うんだ。

「2回目、だよね。ヨウが倒れてるのをアセロラが迎えに行ったの」

 アセロラの言葉に、僕の記憶も蘇ってくる。当然、1回目はカプ・レヒレの試練のときだ。
 試練を乗り越えたはいいものの、そのまま意識を失って、アセロラを含めた4人が僕を助けに来た。
 そして今回も、怪我と疲れで一歩も動けなかったところを、ロトムからの連絡を受けてハウと一緒に
 僕達を迎えに来てくれた。
 ハウとアセロラが来てくれなかったら、僕達はもう半日くらいあそこで転がってたかもしれない。
 

 
「心配かけてごめん」と、僕は素直に謝ることにした。あんなことになるとは予想もできなかったけど、
 アセロラにもみんなにもすごく心配させただろう。謝るのが遅かったかもしれない。
 
 アセロラは、「いいよ。ヨウはみんなの王様だもん」と言い、僕の頭を撫でた。
 妹みたいに思えながら時々すごく大人びて見えるアセロラの、これもそんな瞬間のひとつだった。

「でも、今度はアセロラも呼んでね。ヨウのことだから3回目だってきっとあるだろうし」と、
 どこか予言めいたことを言われて僕は思わず苦笑してしまった。
 まさにアセロラにも全部おみとおしで、この分じゃハプウやスイレンにも見抜かれてるかな。
 その3回目の機会もすぐに訪れるかもしれないし、それはアイツの出方次第だけれど。

「大丈夫だよ。ヨウがみんなのための王様なら、アセロラはヨウのための王妃様になって支えてあげる」

 僕の耳にこんな囁き声を残して、アセロラはテレビを消した。
 まるで、取るに足らないノイズをかき消すかのように。僕の中にアセロラだけを残そうとするように。
 何があっても僕の味方でいると言ってくれているようにも、他に誰がいようと自分こそ一番だと
 強調するようにも聞こえる響きだった。

 ……こんなときに限って、ウチのニャースは空気を呼んで出てこないんだよね。
「ぬにゃあ!」とでも鳴きながら僕のお腹の上に飛び乗ってくれでもすればよかったのに。
 カントー地方のニャースはアローラ地方のニャースより素直だけど、同時に薄情だ。
 

 
 ……それから? 特に何もなかったよ。ホントに。
 アセロラと二人っきりの時間はそれから10分も持たなかった。何故って、母さんが帰ってきたからだ。

 そこからは、母さんにアセロラがお見舞いに来てくれたことを言って、そのまま一緒に晩ご飯を
 食べることになったけど、食べ終わってすぐにアセロラは帰ってしまった。
 あんまり遅いとエーテルハウスのみんなが心配しちゃうから、ってさ。

 いきなり来て、さっさと帰っちゃって、まるでぼうふうみたいだったけど、まあ、お見舞い自体は
 嬉しかったし、不法侵入さえしなければいつでも普通に遊びに来てくれて全然構わない。
 君の膝枕はどうやらとても効果があったみたいだし、またリクエストしたいくらいだ。

 それから……君を危険な場所に付き合わせるのは、ちょっと気が引けるといえばそうだったんだけど、
 でも、マオが僕が暴走しないようにハンドルを握っていてくれると言ったように、アセロラも
 アローラのために働く僕を、いやさ僕だけを支えてくれると言った。

 せっかくだから、君の好意に甘えさせてもらいたいと思う。今後もどんな思いもよらない危険が
 待っているかわからないからね。
 それに、君が僕を支えると言った以上に、僕も君達を守るよ。君達はかけがえのない大切な友達だから。

 ただひとつ、王妃っていうのは考え直さない? 僕が王様って辺りも、要修正だ。違う呼び名を考えよう。
 僕がアセロラに要求するのは、差し当たってはそれだけだ。検討しておいてほしい。
 

 
┃ カヒリさんと

 2017-3-25
 テーマ:ブログ
 
 いつもは7時くらいに起きる僕だが、今日はちょっと早めに6時に起きた。
 何故かといえば、今日カヒリさんと遊びに行く約束があったからで、それはブログに書いていた通り。

 だけどみんなも知ってるように、今日カンタイシティで大変なことが起こってしまった。
 本当に、またしてもとんだ休日になってしまった。僕がトラブルへ向けてルート修正するように、
 トラブルのほうも僕に向けて走ってくるらしいね。

 さて、順を追って書いていこう。

 今日までの数日の間、僕とカヒリさんとの間でメールのやり取りをして、朝イチで映画館に行って
 話題の新作映画を観に行こうってところまでは決まっていた。
 もちろん僕達は有名人だし、多少の変装はしたよ。いつもと髪型を変えて、眼鏡もかけてね。
 カヒリさんは長い髪を束ねてポニーテールにしてた。元々アスリートではあるんだけど、より活動的な
 感じの印象で、これにスポーツタイプのサングラスをかけたら一目ではわからないかも。

 観てきたのは、一人の男の子が10歳の誕生日に旅に出て、最初のポケモンと友達になり、仲間と一緒に
 冒険をしながら伝説のポケモンに会いに行くっていう筋書きの映画だ。
 実話を基にした映画で、テレビでもネットでも評判の大作だけど、さすがに朝イチの上映となると
 そんなに人は入っていなかった。悠々と真ん中の席を取れたし、誰も僕達の正体に気づかなかった。
 お互い、サインをねだられなくて助かったね。
 

 
 ネタバレに配慮して、映画の詳しい感想を書くのは控えよう。一言で言えばすごく面白かった。

 こう言うとちょっと失礼かもしれないけど、カヒリさんって映画を観て感極まって泣いちゃうんだよ。
 少し意外だったけど、でも、カヒリさんはクールなように見えて情熱的な人だしね。僕が確認した限り
 3回はハンカチを目許に当てていたと記憶している。
「素晴らしい映画でしたね」と興奮気味に語るカヒリさんはとても生き生きしていた。

 映画が終わったのが9時過ぎ頃。食事を取るにも早すぎるし、久しぶりにナマコブシでも投げようかと
 思っていたら、映画館の前でジーナさんとデクシオさんに出くわした。
 この二人はカロス地方から来ていて、ちつじょポケモン・ジガルデの調査のために去年からアローラに
 滞在している。僕も島巡りの中で何度か会うことがあったし、調査に協力もした。

 ジーナさんとデクシオさんも映画を見ていたみたいで、ジーナさんは「もう3回観ましたわ」と
 胸を張っていた。デクシオさんもジーナさんに付き合って3度目の観賞だったとのこと。

 この二人、僕の記憶している限りほとんど常時行動を共にしていたんだけど、これで付き合ってないのかな?
 傍目にはラブラブカップルのデートにも見える。それもかなり美形の。
 聞くところによれば、カロス地方にいる間もずっと一緒に行動してたらしいし……。
 
 まあ、本人達がデートじゃないって言ってたしそうなんだろう。
 僕とカヒリさんだってデートだと思ってないし、ダブルデート? まさかね。
 

 
 その後は、ジーナさんとデクシオさんも交えてカンタイシティを散策した。
 カヒリさんはちょっと不満そうだったけど、久しぶりに会った知り合いと旧交を温めているだけだし、
 何より二人きりでなくてもお互いをもっとよく知ることはできるから大丈夫だと思うよ。
 
 それにこの後、それどころじゃなくなったわけだからね。

 カンタイシティのブティックを出た辺りで、ロトムに着信があった。相手はマーマネだ。
 電話に出てみると、マーマネは慌てた様子で「マーク7に反応があった」と言った。マーク7、つまり
『なぞのポケモンどこどこマーク7』。アーカラ島に潜むアイツを探し出すためのマシンだ。
 反応があった地点はカンタイシティ郊外。すぐに地中に引っ込んだからか、反応は途切れてしまったけど、
 近くにいるのは間違いないとマーマネは言う。

 この通話中、地面が小刻みに揺れ始めていることを僕達は感じていた。
 過去最大級で猛烈に嫌な予感がしてたね。僕とカヒリさんは顔を見合わせて、お互いの強張った表情を
 確認しあった。

 そして小さなじしんが何回か起きた後、ブティックのすぐ近くの広場の噴水が突然地面へ沈み込んだ。
 コンクリートに放射状の亀裂が走り、やがてそいつが唸り声を上げながら地の底から這い上がってきた。

 マーマネが「マーク7の探査範囲を広げよう」とか言っていたけど、それは必要なかったよ。
 何故なら、ご本人が僕達の目の前にいたんだから。
 

 
 ニュースサイトやSNSで『カンタイシティに謎の巨大ポケモン出現!』って感じの見出しがたくさん
 見られたと思うけど、改めてこいつを紹介しようか。
 
 じわれの間から這い出してきたこいつの名前はアクジキング。タイプはあく/ドラゴン。
 たかさ5.5m、おもさ888.0kg。とんでもなく大きな口を持っていて、口の中に入るものなら
 なんだって食べられる。常に目の前にあるものを有機物も無機物も関係なく食べ続ける。
 アーカラ島を穴だらけにしていたのは他ならぬこいつだ。

 かなりの鈍足で防御力もそこまで高くない。だけど無尽蔵の体力とスタミナの持ち主で、『例の事件』で
 別個体と戦ったときも苦戦を強いられた。

 繰り返すけど、こいつは究極の雑食性だ。人里に現れたということが何を意味するか、わかるよね?
 今日は土曜日で街を歩いている人も多かった。目と鼻の先にあるホテルしおさいにも大勢の宿泊客が
 いただろう。
 加えて、アクジキングは今まで地中に潜んでいてマーク7に捕捉されなかった。
 おそらく身体を休めるために休眠状態に入っていたんだろう。そして、それはアクジキングが喉を乾かし
 腹を減らしているということでもある。

 今やカンタイシティはアクジキングの狩場、いやレストランというわけだ。
 

 
 アクジキングは雄たけびを上げ、コンクリートの地面を貪り喰いながらホテルしおさいへと進む。
 奴にかかればホテルの高層ビルなんてお菓子でできた家みたいなものだ。壁はウエハースみたいに
 バリバリと食い破り、中にいる人もポケモンもお構いなしに口の中に放り込むに違いない。

 ジーナさんもデクシオさんも唖然として、「あれが君のブログに書いていたヤツかい?」と聞いてきた。
 また一人僕のブログの読者を見つけたけど、残念ながらそんな場合じゃなかった。
 カンタイシティを廃墟にしないためにもアクジキングを食い止めなきゃいけない。
 だけどそのときの手持ちがまずかった。

 あく/ドラゴンタイプへ4倍弱点を突けるフェアリータイプの技を持つポケモンがいなかったんだ。
 普段ならカプ・コケコを手持ちに入れているところだけど、間の悪いことに、カプ・コケコは昨日の晩から
 ボールを抜け出してどこかへ行ってしまっていた。
 今頃はメレメレ島を自由気ままに散策していることだろう。

 アクジキングの無尽蔵のスタミナを考えると、生半可な攻撃では捕獲可能なほど弱らせるのは難しい。
 第一、接近する自体かなりの危険を伴う。一発殴っても倒しきれず、そのままペロリと食べられてしまう
 かもしれないと考えると、カプ・コケコの不在はかなり痛い。

 なら、マオに連絡してカプ・テテフを連れて来てもらうか? いや、この状況ではそうせざるを得ない。
 カプ・テテフが僕達の言うことを素直に聞くとは到底思えないが。
 

 
 僕がロトム図鑑でマオに電話をかけてる最中、カヒリさんはヘビーボールを投げてホテルとアクジキングの
 間にテッカグヤを割り込ませた。テッカグヤの巨体ならアクジキングに飲み込まれる危険はない。
 パワーも重さも十分すぎるほどある。ありがとうカヒリさん、しばらくはこれで時間を稼げる。

 テッカグヤとアクジキングが取っ組み合いを始めたそばで、ジーナさんとデクシオさんも動いてくれた。
 デクシオさんはフーディン、ジーナさんはユキノオーを繰り出し、ともにメガシンカさせた。

 メガユキノオーの特性:ゆきふらしであられが降り始め、強化されたれいとうビームがアクジキングの
 足を止める。いかに膨大な体力があっても、ドラゴンタイプである以上はこおりタイプの技は有効だ。
 さらにメガフーディンがテレポートでアクジキングの頭上へ瞬時に移動して、きあいだまを放った。
 タイプ不一致とはいえメガシンカで強化されたかくとうタイプの特殊技。こうかはばつぐんだ。

 アクジキングは2匹のメガシンカポケモンの集中砲火を受けて怯んでいる。
 だけどそれでも一向に倒れる気配がない。あの個体はかなりレベルが高いし、単純に強い。

 デクシオさん達の攻撃を隙を突いて、アクジキングは大きな口から体液の塊を吐き出して反撃してきた。
 なんとかメガフーディンもメガユキノオーも避けられたけど、着弾した地面や民家が凄まじい悪臭とともに
 ドロドロに溶け出していく。あれはヘドロばくだん? それともいえき? どちらにせよ当たったらヤバい。

 というか、奴が手足をぶんまわすだけで、じだんだかあばれるかもわからないくらいに強烈な攻撃になる。
 カヒリさんのテッカグヤとバトルしたときも思ったけど、身体の大きさはそれ自体が武器だ。
 
 早く僕もバトルに加わりたかったけど、そのときくらいにようやくマオと電話が繋がったところだった。
 

 
 しかし、今度は電話口のマオの様子が変だった。ぜいぜいと息が上がっていて苦しそうだったし、
 周りではガシャンとかパリンとか何かが割れたり壊れたりする音が聞こえる。
 まさかと思って、何があったのか聞くと、

「カプ・テテフが全然言うこと聞いてくれないの。今もポケモンフーズの味が気に入らないって暴れだして、
 なんとか押さえつけてマスターボールに戻さないとお店がメチャクチャになっ」

 最後まで言い終わらないうちに、一際大きな破砕音とともに通話は途切れた。

 あまりにもあんまりな展開に、僕は思わず天を仰がずにはいられなかった。頼みの綱は最初から切れて
 いたし、現在進行形で友達が危険な目に遭っている。こんなことってあるか?
 できれば助けに行きたかったけど、目の前のアクジキングを放っておくわけにはいかない。

 まず、家が近いスイレンならあるいは、と思い、スイレン宛てに「マオを助けてくれ」とメールを送った。
 そして電話帳の「四天王」のフォルダを開いて、マオとスイレンとカヒリさん以外の面々に一斉送信。
「今すぐカンタイシティに来てくれ」と打てば、僕がどんな状況に直面しているかは察しがつくはずだ。
 
 とにかく、アクジキングを止めることが最優先だ。マオには無事でいてくれと祈るしかなかった。
 いや、こいつを一秒でも速く倒して駆けつければ済む。じきに増援も来るし、マオにはスイレンがついてる。
 きっと大丈夫だと、僕は自分に言い聞かせた。

 僕がアブソルを繰り出すと同時にキーストーンが輝き、メガアブソルが降り立った。
 目の前にはメガフーディンとメガユキノオーの攻撃を物ともせず、テッカグヤと力比べをするアクジキング。
 ゼンリョクで奴を倒す。このときはそれだけを考えることにした。
 

 
┃ 真昼の悪夢
 
 2017-3-25
 テーマ:ブログ
 
 アクジキングは無限とも思えるタフネスの持ち主だが、決して不死身じゃない。
 一気に体力を削りきることは難しいが、攻撃し続ければ当然弱らせることはできる。
 捕獲ないし駆除は十分可能だ。以前別個体を捕獲した僕が言うんだから間違いはない。

 だが問題は、この個体は以前僕が捕獲した個体よりもはるかにレベルが高いということだ。しかも
 よりにもよってカンタイシティの市街地に出現した。突然アクジキングが現れて、逃げ惑う人達で
 街はパニックだ。巻き込まないようにしんちょうに戦わなくちゃいけなかったし、バトルの過程で
 色々物が壊れるかもしれないし、まあ実際壊れた。
 
 たとえば、テッカグヤと取っ組み合いをしていたアクジキングが、テッカグヤを振り払ってジャンプした。
 この技は見たことがある。パーティーの夜にした僕とカヒリさんのバトルを覚えている読者もいるだろう。
 アクジキングは見た目によらないジャンプ力で真上へ飛び上がり、黒い巨体を落下させて攻撃してきた。
 そう、ヘビーボンバーだ。

 しかし、カヒリさんもテッカグヤもアクジキングを前にひるむことはない。
 テッカグヤに迫る重さから繰り出されたヘビーボンバーに対して、カヒリさんはハガネZのゼンリョク
 ポーズを取ることで応じた。ゼンリョクパワーがみなぎるテッカグヤは、両腕の噴射口から炎を吐き出し、
 その場でこうそくスピンのように回転し始めた。

 はがねタイプのZ技、ちょうぜつらせんれんげきだ。
 その全身を巨大なドリルと化したテッカグヤは、上空から落下してくるアクジキングを迎え撃った。
 

 
 果たして、テッカグヤのZ技とアクジキングのヘビーボンバーのぶつかり合いは相討ちに終わった。
 両者弾き飛ばされ、アクジキングはブティックや観光案内所をなぎ倒し、テッカグヤはホテルしおさいの
 正面玄関に倒れこんでロビーをオープンステージみたいにしてしまった。
 ハッキリ言って死人が出なかっただけラッキーだとしか言えない。
  
 僕やジーナさんやデクシオさんにしたって、街の人達の避難状況を見ながらも結構な無理をした。
 メガアブソルが覚えてる技の中でアクジキングにこうかはばつぐんなのは、むしタイプのメガホーンだ。
 だけどメガアブソルの耐久力はメガシンカ前と変わらないから正面から突っ込んでいくのはリスクが高い。
 メガフーディンやメガユキノオーに注意を引きつけてもらって、隙を突いて叩き込む作戦で動いた。

 アクジキングを釘付けにするために、メガユキノオーのふぶきでこおらせることを狙ったし、そこら中の
 瓦礫をサイコキネシスでなげつけて質量弾として使った。
 そして二人の攻撃にひるんだアクジキングの背後に回り、メガアブソルがメガホーンを叩き込んだ。
 さすがのアクジキングもダメージの蓄積は大きく、おたけびを上げて倒れ、それでまた民家が潰れた。
 
 ……結果論だけど、アクジキングを阻止するためとはいえ、色々と壊すことになってしまった。
 ほとんどがアクジキングの仕業だし、僕達に非はないと思うし、保険も効くと思うけど、賠償金の話なら
 ククイ博士としてほしい。
 
 ククイ博士にとっては頭が痛い話だろうし、申し訳ないと思ってる。
 命の遺跡の修繕費用だって、コニコシティの役場からアローラリーグで負担しろと言われてるらしいからね。
 

  
 瓦礫の中に蹲ったアクジキングを包囲する形で僕達は陣取った。
 カヒリさんのテッカグヤもホテルしおさいをもういくらか壊しながら起き上がって、アクジキングの
 真正面に立ちふさがった。

 見た感じアクジキングはかなり弱っていた。このまま捕獲することもできそうだと僕には思えた。
 カヒリさんに視線を向けると、カヒリさんは頷いて、「このまま捕まえましょう」と言わんばかりに
 僕にリピートボールを投げて寄越した。彼女が僕のブログをかなり読み込んでいるらしいことが、
 この行動から伺える。確かに一度捕まえたことのあるアクジキング相手なら有効なボールだ。

 本当なら『例の事件』関係のポケモン専用のボールがあるんだけど、今のところリラさんに預けてある。
 何せ一個ウン百万円はするという値の張る代物だ。転売できるものでもないが子どもに持たせるには
 ちょっとばかりお高いだろう。アレならおそらく確実に捕獲できると思うんだけどね。

 まあ、この際贅沢は言いっこなしだ。ボールが何であれ捕まればそれでいい。
 このリピートボールを投げて奴を捕獲すれば、この白昼の惨劇にも幕が引かれることになる。

 ……だけど、アクジキングは僕達の予想を上回る狡猾な奴だったんだ。

 僕も、もう身動きも取れないだろうと油断していた。けれどアイツは、僕達が近づいてきたのを
 見計らって、四方へ恐ろしい悪意のエネルギーを放射した。
 ふいうちのように繰り出されたあくのはどうは、僕達をまとめてひるませるには十分すぎた。
 


 
 弱っているように見えたのは演技だった? そんなバカな。
 確かに僕のメガアブソルのメガホーンを喰らって、大きなダメージを受けていた。それは間違いなかった。

 あくのはどうに吹き飛ばされそうになりながら奴を観察してみると、実のところ答えは簡単だった。

 アクジキングは僕達の攻撃で足止めを食い、弱点タイプの攻撃を受けてダメージを受けながら、なおも
 食べることだけはやめていなかった。這い出してきた噴水、なぎ倒した建物、それらを少しずつ食べていた。

 つまり、アクジキングはバトル中にたくわえるを使っていたんだ。
 僕達に追い詰められながらもあくのはどうで反撃できたのは、のみこむで体力を回復したからだ。
 それも、僕達の誰にも気づかれないままに。

 確かに僕達は、常に目の前のものを食べ続けるというアクジキングの生態に目が行って、それが奴の
 技の一部とまでは考えが及んでいなかった。
 だけどそれを差し引いても、なんて狡猾なポケモンだろう。チャンピオンと四天王を罠にかけるなんて。

 アクジキングは僕達を出し抜いたことがそんなに愉快だったのか、大きな口を歪めて笑い声のような
 奇妙な鳴き声を発した。
 恐ろしい相手だ。やはりこいつはここでなんとかしないといけない。
 こいつを放置していたら、本当にアーカラ島は地図上から消えてなくなる。
 

 
 のみこむで元気を取り戻したアクジキングは、真正面のテッカグヤに向けて突き進んでいく。

 体力をほとんど全快したアクジキングに対して、テッカグヤはヘビーボンバーとちょうぜつらせんれんげきの
 ぶつかり合いで小さくないダメージを負っていた。
 アクジキングを食い止めようと再びの取っ組み合いになるも、明らかにテッカグヤが押されている。
 苦戦するテッカグヤを援護するために僕達もメガアブソル達に攻撃を指示したけど、体力満タンに近い
 アクジキングにはどうにも決定打に欠けてしまう。

 この個体は常に目の前のものを食べることで、たくわえるとのみこむを交互に使い続けている。
 つまりこいつは常時たくわえる状態でぼうぎょととくぼうがアップしているし、危なくなればのみこむで
 即座に体力を回復できる。ただでさえタフなポケモンなのに厄介極まりない。
 やはりフェアリータイプの高火力攻撃で一気に体力を消し飛ばすしか方法はないだろう。

 僕達はこいつを止めるために奮戦したが、弱点とはいえタイプ不一致の技では決定力に欠ける。
 ならばメガユキノオーが頼りだと思ってふぶきをお見舞いしようとしたけど、アクジキングはテッカグヤを
 押し返すと振り向きざまに大きな口の奥から伸びる触腕を振りかぶり、先端をメガユキノオーにぶち当てた。
 メガユキノオーは吹っ飛ばされ、あっという間に戦闘不能にさせられる。

 あの技はたぶんアームハンマーだ。かくとうタイプが弱点なのは僕のメガアブソルもなのに、正確に
 メガユキノオーを倒しにきた。野生の勘か、高度な知能のなせる業か。

 このままではジリ貧だ。そして、それはこの場の誰もが感じていたことだった。
 

 
 もはや僕達に興味を失ったアクジキングは、アーカラ乗船所へ向かって歩き出した。
 自分に致命傷を負わせられる相手はもはやいないと完全に僕達をナメている。

 だがそれはそれとして、非常にヤバイ展開だった。
 ロトムが絶えず傍受しているラジオや警察無線の内容によれば、乗船所に停泊している連絡船は避難者を
 乗せて臨時の避難船として使われているらしかった。
 しかし、当然全員が乗り切れるわけもなく、多くの人が乗船所で足止めを食っていた。
 そこにアクジキングがすべてを食い尽くす勢いで迫っていく。建物も船も、人もポケモンも、何もかもをだ。
 
 この状況、カヒリさんならどう見る? ジーナさんやデクシオさんはどう判断する?
 何より、僕ならどう動く? ……決まってる。なんとしてでも止めてみせる。腹を据えて進むのみだ。

 僕はメガアブソルを引っ込めて、メタモンを繰り出した。
 このメタモンの特性はかわりもので、バトルに出た瞬間に相手のポケモンにへんしんできる。
 メタモンは瞬時にアクジキングにへんしんして、奴とまったく同じ5m以上の巨体でとおせんぼうした。
 
 メタモンのへんしんは基礎的な能力も、技の効果で強化された部分も丸ごとコピーできるけど、体力だけは
 コピーすることができない。つまりアクジキングの無尽蔵のスタミナは再現できない。
 カヒリさんのテッカグヤと組んでも果たして抑え込むことができるだろうか。
 わからないけど、今はこれしかなかった。
 

 
 一方、ジーナさんはメガユキノオーを引っ込め、バルジーナを。
 デクシオさんはメガフーディンに代わってメタグロスを繰り出した。
 アクジキングを倒せるかどうかわからないけど、乗船所へ向かうのだけは食い止めなきゃいけない。
 僕達4人は乗船所を死守するためにゼンリョクで戦った。

 ……けれど、やはり僕達だけではダメだった。
 カヒリさんのテッカグヤはダメージの蓄積が大きく、他の手持ちも総動員したけどアクジキングを
 倒すまでには至らない。既にZ技を使っていたのも火力不足に拍車をかけた。
 デクシオさんの手持ちがエスパータイプ一色で、あくタイプに一貫されてしまうのもキツかったし、
 ジーナさんがこおりタイプのポケモンを出すや否や即座に潰しにかかるアクジキングも悪辣だった。

 そして僕のメタモンも、へんしんの特性上、スタミナ勝負になるとどうしても勝てない。
 なんとか粘って避難船が来る時間は稼いだけど、それが限界だ。僕達だけでやれるのはここまで。

 だけど時間稼ぎに成功したのならそれで十分だった。
 何故って、僕が四天王やイレギュラーズのみんなに援軍を頼んでいたからさ。
 メレメレ島やウラウラ島に向かった避難船がアーカラ乗船所に戻ってくるくらいの時間があれば、
 みんながカンタイシティに駆けつけられない道理はない。

 手持ちの多くが戦闘不能になり、戦える最後の一匹のタテトプスを繰り出すと同時に、強い風を伴って
 砂嵐が吹き始めた。それが合図で、僕は心底ホッとしたよ。
 
 最初の援軍はハプウ。それに――まったく予想外だったけれど、グリーンさんが来てくれた。
 

 
┃ 反撃

 2017-3-25
 テーマ:ブログ
 
 このときのことを思い出したり、ロトムが撮っていたバトルビデオを見返しながら書いていたら
 思ったより長くなってきたけど、もう少しで終わるから安心してほしい。

 一番最初に援軍に駆けつけてくれたのはハプウ、そしてグリーンさんだったってところまで書いたね。

 二人はちょうどバトルツリーでバトルの真っ最中だったそうだ。バトルの結果としては僕からのメールを
 受け取ったハプウが棄権したことでグリーンさんの勝利だけど、只事ならぬ雰囲気を察知したグリーンさんが
 助力を申し出てくれ、グリーンさんのピジョットに乗ってカンタイシティへ駆けつけたんだ。

 ハプウはガブリアスを、グリーンさんはバンギラスを繰り出して、僕達とアクジキングの間に割って入った。
 育てている最中でレベルの低いタテトプスじゃ到底敵うまいと思っていただけに、本当にありがたい。
 そしてバンギラスの特性:すなおこしですなあらしが吹き始めたと思うと、ガブリアスがメガシンカした。

 アクジキングを相手に、ハプウも出し惜しみはせずゼンリョクだ。グリーンさんにしても、目の前の奴が
 相当にヤバいってことは察していたようで、だからこそメガガブリアスとの連携を考えてバンギラスを
 繰り出したんだろう。

 ところで、レッドさんは? ふと気になってグリーンさんに聞いてみると、
「知らん。ま、アイツならそのうちひょっこり現れるさ」
 とのことだった。
 

 
 ガブリアスはメガシンカによって特性がすなのちからに変わっている。
 天候がすなあらしのときに効果を発揮するこの特性をバンギラスのすなおこしでサポートしつつ、
 メガガブリアスが一気呵成にアクジキングを攻め立てた。

 メガシンカとすなのちからで強化されたじしんで足元を崩して動きを止め、さらにストーンエッジが
 アクジキングを打ち据える。ひるんだ隙を狙って繰り出されるドラゴンクローも強力だ。
 
 特に目を瞠るべきは、メガガブリアスとバンギラスのコンビの耐久力の高さだ。
 すなあらしでいわタイプのポケモンはとくぼうが上がるし、元々バンギラスはぼうぎょが高い。
 それでも4倍弱点になるかくとう技には注意が必要だけど、それに対してはメガガブリアスが対処した。
 ガブリアスの攻撃性能の優秀さは言うまでもないけど、メガシンカで防御面もかなり強化されてる。
 2匹はアクジキングの攻撃にも耐えて、堅実にダメージを蓄積させていた。

 ハプウのバトルスタイルはどっしり構えて相手の攻撃をいなし、強烈なダメージを与えていくもので、
 メガガブリアスはそのスタイルにバッチリハマっているポケモンと言える。
 そこに歴戦のトレーナーであるグリーンさんが抜かりなくサポートしているんだ。

 ポニ島のしまクイーンとバトルレジェンドのタッグ、みんなにも見せたいくらいだった。
 

  
 ハプウは「遅くなってすまぬ」と短く言い、満身創痍の僕らに代わってアクジキングを倒すと言った。
 グリーンさんも「レッドほどじゃないが、俺もこの手の奴には慣れてるからな。任せろ」と言ってくれる。
 本当に、これ以上ないほど心強い言葉だ。
 苦し紛れに育成途中のタテトプスを出していた僕は、きっと場違い感がすごかっただろう。

 そしてハプウ達を皮切りに、続々と援軍がやってきた。

 突然、すなあらしが一層強く激しくなったかと思うと、アクジキングの足元の地面が液状化して、
 黒い巨体がすなじごくに沈み込んだ。
 見覚えのある技だ。この技を出したのは何者か、考えるまでもなかった。アセロラのシロデスナだ。
 空を見上げると、フワライドに掴まってそらをとぶアセロラの姿が見え、すぐに僕のところに降りてきた。

「遊びに行くならアセロラも誘ってくれたらいいのに。さてはカヒリさんとデートしてた?」
 と、若干膨れっ面だったけど、今はそんな場合じゃない。その話は後でゆっくりしよう。

 アセロラの次に駆けつけてきたのはハウだった。
 シロデスナのすなじごくにハマって身動きの取れないアクジキングに、乗船所側の道路から飛び出してきた
 ハウのタイプ:ヌルが思い切り頭突きをお見舞いした。技としてはアイアンヘッドだったと思う。
 
 メレメレ島からの高速船に乗ってやってきたらしいハウは、タイプ:ヌルを戻すと今度はジュナイパーを
 繰り出し、すかさずのかげぬいでアクジキングの動きを縛った。
 これでアクジキングはしばらくの間、この場から逃げ出すことはできない。
 
「大丈夫ー!? 早くこいつやっつけちゃおうよー!」と両手を振るハウに、僕も手を振って答えた。
 

 
 さらにハウに続いて現れたのは、マーマネとプルメリさんだ。

 メガガブリアスとバンギラスの脇をすり抜け、かげぬいで動きを縛られたアクジキングに猛スピードで
 プルメリさんのペンドラーが急接近、身体を丸めてハードローラーをぶちかました。
 アクジキングがよろめいた隙を狙い、今度はマーマネのトゲデマルがアクジキングにほっぺすりすり。
 ダメージこそ微少なものだけど、ほっぺすりすりは確実にまひ状態にさせられる技だ。
 ほっぺすりすりを受けたアクジキングはまひしてさらに動きが鈍くなった。

 マーマネはでんじふゆうしたジバコイルに乗り、プルメリさんはクロバットに掴まりそらをとんで来た。
「アイツの行動パターンのシミュレーション、もっとデータを集めておくんだったよ」と、マーマネ。
「ここで倒せば全部おしまいさ。遅れんじゃないよ、マー坊」とプルメリさん。

 そして最後に駆けつけてきたのはリラさんだった。

 ところでリラさんが乗ってきたポケモンって何だったと思う?
 みんなが知ってるライドポケモンじゃないよ。それよりずっと速い。

 なんと、リラさんはジョウト地方の伝説のポケモン、エンテイに乗ってカンタイシティへやって来たんだ。
 アローラ地方では指定されたライドポケモン以外にライドするのは違反なんだけど、伝説のポケモンに
 ライドして違反切符を切られるならポケモントレーナー冥利に尽きるだろうね。
 それにしてもライコウといいエンテイといい、リラさんは一体どこでゲットしたんだろう。

 リラさんがエンテイから飛び降りて、そのままエンテイはアクジキングへ炎をまとってとっしんした。
 いや、アレは多分ニトロチャージかな。みなぎるパワーですばやさを上げて、ほのおのキバで追撃もした。
 このバトルビデオをPikatubeにアップしたら再生数はどれくらいになるか、ワクワクしてくるね。
 

 
 スーツの埃を払いつつ、「遅れて申し訳ありません。さあ、アクジキングをゲットしましょう」とリラさんは
 僕に促した。言われなくても、カヒリさんから貰ったリピートボールでゲットしてやるつもりだ。

 ハウ、アセロラ、ハプウ、マーマネ、プルメリさん。それにグリーンさんにリラさん。 
 四天王にイレギュラーズ、バトルレジェンドの揃い踏みだ。
 アローラ地方のトッププレイヤー達が、アクジキングを倒すためチャンピオンの下へ集まってくれた。

 残念ながら、肝心のチャンピオンは戦力になれそうもなかったし、実際それ以降出番はなかったね。
 それでもみんなが集まる時間を稼いだんだからそれで勘弁して欲しいところだ。

 目の前に集まった凄腕のトレーナーとそのポケモン達を見て、アクジキングもいよいよ年貢の納め時だと
 思い知っただろう。あれほど悪賢いポケモンなら自分の圧倒的不利は理解したはずだ。
 観念して大人しくボールに収まってくれれば、これでこの騒動にも幕が引かれる。
 引かれるはずだった。

 ……そう、事ここに至ってもアクジキングは諦めちゃいなかったんだ。
 悪賢いってことは、彼我の戦力差をしっかり理解した上で、自分に取れる最善の手を打てるってことだ。
 それも、相手が一番嫌がる方法を選んでね。

 アクジキングが目をつけたのは、手持ちのほとんどが戦闘不能になり、戦線離脱を余儀なくされていた
 僕やカヒリさんや、ジーナさんやデクシオさんだった。
 

 
 客観的に見て、今の僕はハウ達のお荷物で足手まといだ。手持ちの戦力はもう残っていないんだからね。
 それに、自惚れるわけじゃないけど、僕はリーグチャンピオンで彼らの中心人物。リラさんも言ったように
 みんなの指揮を執る立場にいる。もしも僕になにかあったら、彼らに動揺を与えてしまう。
 つまり、このときの僕の存在は彼らのウィークポイントになってしまっていたわけだ。

 それを知ってか知らずか、アクジキングは僕達を意図的に巻き添えにできるような攻撃を選んだ。
 不意に大口を開けていえきを吐き出し、ヘドロウェーブを放ったんだ。
 毒液の大波は広範囲に広がり、僕やカヒリさん達をも飲み込もうとしていた。ビルや民家を溶かせるような
 液体を被ったら生きてはいられなかったに違いない。

 僕がこうしてブログを書けているのは、アセロラのシロデスナのおかげだ。
 なす術のない僕達の前にシロデスナが立ちはだかり、すなあつめで周囲の砂をかき集めて自分の身体を
 膨張させて、見事に堤防の役割を果たしてくれた。
 シロデスナがヘドロウェーブを防いでいる間にライドギアでリザードンを呼び出して空中へ逃れたけど、
 全方位へ浴びせかけられたヘドロウェーブで、ハウ達の攻撃の手はわずかの間止まってしまった。
 彼らも、彼らのポケモンも、攻撃の回避に意識を割かなければならなかったからだ。

 そしてこの一瞬の隙を見逃すアクジキングじゃなかった。
 奴は太陽を背にすると、そのまま足元のコンクリートの地面をシャラサブレみたいにガツガツと食べ始めた。
 またたくわえてからのみこんで体力を回復するつもりかと思ったけどそうじゃなかった。

 アクジキングは自分の影を食べていた。正確には、自分の影を縫いとめているジュナイパーの矢羽を。
 盲点だった。まさか、かげぬいをこんな方法で破るなんて、思いもよらなかった。
 

 
 ハウ達もすぐにアクジキングの意図を察して無防備な背中に攻撃を集中したけど、アクジキングは
 意に介さず地面を食べ続け、そのままあなをほるの要領でまんまと逃走に成功した。

 逃げられた。逃がしてしまった。何から何まで、このアクジキングは僕達の想像を上回っていた。
 ここにチャンピオンと四天王が勢揃いしていながら、たった一匹のポケモンにしてやられたんだ。
 
 バトルの後に残ったのは、大きな穴がふたつも空いて、中心街を瓦礫の山と化したカンタイシティだけだ。
 いつもの賑やかさは失せて、まるで廃墟のように静かなカンタイシティが。

 アローラリーグでのバトルの最中にも、自分の目論見を見透かされたり、用意した作戦がご破算なんてのは
 よくある。相手が自分が考えていた以上の戦術を用意してきて、まんまと引っかかってしまうこともある。
 けれど、そのどのときとも違う。この徒労感、敗北感は一体何なんだろう。

 追い払えこそすれど、僕達は勝っていない……いや、負けた。悔しいけど、そう認めざるを得ない。
 そう感じているのは僕だけじゃなく、みんな同じみたいだった。
 本当に、どうしようもないやるせなさだけが残っていた。
 

 
 ……だけど、個人的に、わずかでも希望を感じることはあった。

 ひとつは、アクジキングの進路と居場所はほぼ特定できたことだ。マーマネがアクジキングの逃走ルートの
 シミュレーションをし、マーク4の反応から追跡して、奴がヴェラ火山付近にいることがわかった。
 地下に潜っているために反応は見失っているけど、これまでの行動パターンからほぼ確実だろう。
 奴が再び動き出すまでに対策を立て直して、次こそは倒さなきゃだ。

 ふたつ目は、マオが無事だったこと。後のことをリラさんに任せてすぐにコニコシティへ飛んだら、
 マオとスイレンがボロボロになりながらもマスターボールを僕に掲げて見せた。
 スイレンの助けもあって、あばれるカプ・テテフをなんとか抑え込むことには成功していたんだ。

 ただしその代償としてかわからないけど、アイナ食堂の窓ガラスは一枚残らず割れていた。
 ドアに続いて窓ガラス、マオの実家も大変な災難に見舞われているものだと思う。今回の原因の半分ほどは
 僕かもしれないのだけれど。

 二人がかりで、だいぶ手こずったとはいえ、カプ・テテフを抑えることはできている。
「この調子で手懐けて見せるから」と、マオは僕に語った。
 あまり無理はしてほしくないけど、戦力として期待していいのならそれに越したことはない。スイレンも
 ついているなら大丈夫だと信じたい。
 
 それから最後に、朝から付き合ってもらったカヒリさんには本当に悪いことをしてしまった。ごめん。
 せっかく時間を作ってくれたのに何もかも台無しだ。
 次の機会、この事件が片付いたときにでも、また一緒に映画でも観に行こうか。
 そのためにも、次は必ずアイツをやっつけよう。絶対に。
 

 
┃ 会見
 
 2017-3-26
 テーマ:ブログ
 
 今日のことは僕が全面的に悪かった。申し訳ない。本当にごめんなさい。

「ついカッとなってやった」としか言いようがないんだけれど、チャンピオンらしくない言動だった。
 今は反省してる。

 よりによって生中継されている場であんなことをしてしまったのは、本当に、らしくなかった。
 つまりそれだけ昨日のことを引きずっているってことなんだけど、それを表に出してしまうこと自体、
 あの場に相応しくない態度だった。

 ……僕が何のことを謝っているか、わからない人もいるかもしれないから、一応説明しておくと、
 今朝の記者会見のことだ。昨日のカンタイシティでの戦いと、僕達が戦ったアクジキングについて。
 アクジキングへの今後の対策とか、そういうことを大勢の記者団の前で喋ることになったんだ。

 まあ、実際に詳しい話をするのはククイ博士やリラさんで、僕はアローラリーグ登録選手の代表兼
 アクジキング第一発見者みたいなポジションで席に座っていたんだ。
 多分、動画サイトにもアップされてると思うよ。ちょっぴりばかりセンセーショナルな動画タイトルでね。
 

 
 問題の箇所は、ククイ博士がアクジキングの生態や特性についての説明をし終えて、国際警察から
 提供されたデータを元にリラさんがいくつかの対策案を話し、僕も実際にバトルしたときのことを
 バトルビデオの映像を参照しながら解説して、その後質問を受け付けていた辺りだ。

 記者の一人がこう言ったんだ。
「チャンピオンと四天王がいながら問題のポケモンを取り逃がしたことに関して、アローラリーグ登録選手の
 実力を疑問視する声が上がっていますが?」
 ってさ。

「観測上類例のない特殊個体との戦闘だったから」とかククイ博士が釈明したけど、矢継ぎ早に別の記者が
「そもそもあのような大規模な戦闘に発展したこと自体チャンピオンの判断ミスだったのでは」だとか、
「フェアリータイプの手持ちがいなかったのは対策を怠っていた証拠ではないか」だとか、色々言ってくる。

 正直に言うと、この辺りで僕はだんだんムカムカしてきていた。
 僕達は確かに勝てなかったけど、勝てないまでも追い払うことはできた。そうでなければカンタイシティは
 本当に死の街に成り果てていただろうことは想像に難くない。
 それを褒めてほしいわけでもないけど、言い分があまりに一方的じゃないかと思えてきたんだ。

 大体、大事なときに限ってどこかへ行ってるカプ・コケコや、僕の言うことを聞かないカプ・テテフにも
 大いに問題があると言わざるを得ないじゃないか。彼らがいれば勝てた公算は大だ。
 こっちの事情も考えないで、どいつもこいつも何様なんだと、苛立ちが募るばかりだった。
 

 
 昨日からの疲れもあったし、こんなことをしている場合じゃないんじゃないかっていう焦りもあった。
 アローラリーグの顔役として矢面に立つのが仕事だと理解してはいても、徐々に会場にい続けるのが
 嫌になってきていた。

 極め付けにひどかったのが、
「四天王のカヒリ選手がテッカグヤというポケモンを投入したことで結果としてホテルしおさいに
 大きな被害が出たが、彼女のご実家がハノハノリゾードホテルであることと関係は?」
 とかなんとか。

 それがきっかけだったかは覚えていないけど、程なくして僕は椅子を蹴って立ち上がった。
 下衆の勘繰りに付き合っていられるか。こんな記者会見、馬鹿馬鹿しくてやってられない。頭の中は
 その考えでいっぱいだった。

 僕はククイ博士からマイクを奪い取って、
「心配しなくても、次にアクジキングが現れたら僕が必ず倒しますよ。これで十分でしょ」
 と言い残し、会場を後にしたんだ。

 あのときは本当に、れいせいじゃなかった。僕らしくもなく。
 

 
 ところで動画で映っている分はここまでだけど、実を言うと少しだけ続きがある。
 それは僕がこうして会見のときのことをブログに書こうと決意したきっかけでもある。

 会場の廊下を早足で歩いていると、同じく会見に出席していたカヒリさんが僕を追いかけてきたんだ。
 険しい顔をしたカヒリさんは僕の手を掴んで、「どうしてあんなことを?」と問い詰めてきた。

 僕からすれば、あんな下らない、野次に等しいような質問をされて、カヒリさんこそ怒るべきだと
 感じていたんだけど、カヒリさんの考えは違っているようだった。

 僕があんなこと言われて腹が立たないのかと聞くと、
「いいえ。ですがあたし達は公衆の面前でミスを犯しました。何を言われても受け止めるべきです」
 ときっぱりと言った。
 何がミスだったんだと聞けば、「アクジキングを仕留め損なった。これに尽きます」と言い切った。

「いいですか、ヨウ。あたし達はプロです。プロの仕事は一生懸命練習することじゃない。
 勝負の場で必ず勝つことです。それはプロゴルファーもポケモンリーグ登録選手も変わりありません」

 カヒリさんは僕の目をまっすぐ見据えながら、そう言った。
 それはゴルフとポケモンバトル、ふたつの場所でプロとして戦っているカヒリさんだからこそ言える言葉に
 違いなかった。

「僕達がいなかったらどうなっていたか」なんていうのは責任逃れの言い訳でしかなくて、アクジキングに
 負けたという事実は事実だ。それをしっかり受け止めなきゃいけない。そういうことなんだろう。
 

 
 その後は「一人にして欲しい」なんて言って無理矢理カヒリさんと別れたけど、実際のところ、
 カヒリさんの言うとおりだ。アレはプロ意識が足りないと言われても仕方がない。
 重ねて言うけど、アレは不見識な行動だったと反省してる。僕もカプ・テテフを笑えない。
 自分がチャンピオンであることをよく弁えていなかった。本当に申し訳ない。

 その上で、もう一度言わせてもらいたい。僕は、次こそは必ずアクジキングを倒す。
 アイツからアーカラ島を守り抜くことを改めて宣言する。
 
 僕を信じて欲しいとか、今更そんな調子のいいことは言わないことにする。
 君達が信じようが信じまいが、これは僕の仕事だからね。勝つべき戦いに勝つ。それだけだ。

 そうでなければ、プロの仕事とは言えないんだから。
 

8ヶ月もダラダラ続けといてなんですがウルトラサンムーンが発売するまでには完結させたいと思ってます(願望)

 
┃ 友よ
 
 2017-3-30
 テーマ:ブログ
 
 このブログを読んでいるみんなに提案がある。
 まず、テレビをつけてみて欲しい。それから番組表を見て、適当なニュースやワイドショーに
 チャンネルを合わせてくれ。
 そうすれば、学者先生や有識者の方々が僕を名指しで非難しているのを目にすることができるはずだ。

『今回の事件においては、カンタイシティを襲ったポケモンのみならず、それを止めようとして戦った
 リーグチャンピオン・ヨウ氏にも責任があると言わざるを得ない』とか、
『一体どのような法的根拠の下に戦い、無闇に被害を広げるようなことをしたのか』とか、まあ、色々。

 もちろん、僕を擁護する意見も多少はある。しかしここ数日の僕に対する世間の評判といえばそんなものだ。
 まったく、我ながらやらかしてしまったね。
 記者会見を放り出して帰ったのが決定的だったみたいで、一時の感情に任せて行動するとろくなことに
 ならない。肝に銘じておくべき教訓だと思う。
 
 とはいえ、世論を気にしていられる状況でもない。正直言うとネットで叩かれるのにもいい加減慣れた。
 リーグチャンピオンともなれば常に毀誉褒貶と隣り合わせだし、『アローラの王』と呼ばれるようになって
 からは特に酷かったからね。
 

 
 さて、ここ何日か僕が何をしていたかというと、実はウラウラ島に行ってたんだ。
 アクジキングがヴェラ火山付近に姿を隠してからまったく動きを見せないけど、その間にアイツを倒す
 戦力を整えるためにあちこちを走り回って、最後にウラウラ島に立ち寄っていたわけさ。

 それで僕がウラウラ島で何をしていたか。ハッキリ言ってしまうと、カプ・ブルルを捕まえに行ってた。

 いや、わかってるよ。このことでまたブログのコメント欄が炎上するだろうし、カプ・コケコのときみたいに
 大きな反響を呼ぶだろうと思う。

 とにかくアクジキングを倒すために僕も必死だってことだ。相手は僕達の予想をはるかに超える怪物だ。
 この際、すべての守り神の力を借りたい。

 だけどカプ・ブルルとはカプ・コケコのように個人的に面識があったわけじゃないし、ましてカプ・テテフや
 カプ・レヒレのように、彼が僕に興味を持っているわけでもなかった。
 早い話、僕のほうからカプ・ブルルの下へ出向いて、いざとなれば実力行使も辞さじという心構えでいた。
 実際そういう展開になったわけだしね。

 しまキングのクチナシさんに事情を話して許可を貰い、アセロラを連れてすなあらしのハイナ砂漠を越え、
 カプ・ブルルのいる実りの遺跡に乗り込んだのは、昨日の夕方頃のことだった。
 

 
 カプ・コケコ、カプ・レヒレ、そしてカプ・テテフに続いて、ついにアローラの守り神全員に会う。
 だが今回に限っては向こうからの招待ではなくこちらからの殴り込みに近い。
 もちろん、偶発的な戦闘だったこれまでと違い、相手のことはよく研究してからここに来ている。

 カプ・ブルルはものぐさで滅多に自分のテリトリーから出ることはないが、かつてのカプの村や
 スーパーメガやすのときのように、人が侵すべからざる領域に土足で踏み入ったとき、激しい怒りと
 ともに姿を現すとされている。
 
 守り神を描いた壁画や、数は少ないけどカプ・ブルルが現れた際に撮影された写真も見た。目撃証言に
 よれば、カプ・ブルルが戦いを始めるときにはどんな荒野にもすぐさま緑の草木が生い茂るという。
 それがカプ・ブルルが豊穣と繁栄をもたらす神だと言われる所以であり、彼を祀る遺跡が実りの遺跡と
 名づけられた理由でもある。

 さて、これまでカプの神々はすべて、バトル開始時にフィールドの状態を変化させる特性を持っていた。
 実際に戦ったカプ・コケコとカプ・テテフはもちろん、おそらくカプ・レヒレのときの深い霧も、
 特性によって発生したミストフィールドと思って間違いない。
 そして、カプ・ブルルが戦う際には大地に草木が生い茂る。つまりグラスフィールドだ。
 つまりカプ・ブルルはくさタイプ。これまでの傾向から考えるとくさ/フェアリーと断定していい。

 さらに伝承の数々を紐解けば、カプ・ブルルの力自慢の逸話は数多く存在する。
 つまりとくこうよりこうげきが高い物理型の能力の持ち主だと推測できる。ぼうぎょやすばやさがどうかは
 わからないけど、それに関する目立った記述はなかった。

 文献を元にしたカプ・ブルルの分析をするにあたって、誰よりも頼れる助手になってくれるのはやはり
 アセロラをおいて他にはいなかった。彼女の古代アローラ史に対する造詣の深さには大いに助けられている。
 

 
 僕達はカプ・ブルルをくさ/フェアリーだと仮定した上で仮想敵に設定し、手持ちを調整してきた。
 弱点はほのお・こおり・どく・ひこう・はがねの5つ。特にどくタイプは4倍弱点になる。
 アセロラのメガゲンガーは切り札になるはずだ。

 本当はどくタイプのエキスパートのプルメリさんも連れてきたかったところだけど、プルメリさんは
 グリーンさんやスイレンと一緒にアクジキング対策の特訓をしている。
 他にもマオはカプ・テテフを手懐けるためにあれこれ手を尽くしているし、マーマネはマーク4の監視や
 捕獲のための装置の開発で多忙を極めている。リラさんも同様だ。
 カプ・テテフに3人がかりで結局押し切られたのを思えばあと2人は欲しかったけど、仕方ないか。
 
 なんにせよ、カプ・ブルルをゲットすることができれば対アクジキングの大きな戦力になるのは間違いなく、
 万全かどうかはわからないけどそれなりの準備はしてきていた。
 守り神をゲットすることについての是非なんてのは、アクジキングを倒してからゆっくり議論しよう。
 申し訳ないけど、外野の連中があれこれ文句を言うのに付き合ってる暇なんかはないからね。

 少々脱線したけど、続きを書こう。
 僕とアセロラが実りの遺跡に足を踏み入れたとき、異様な雰囲気を感じ取っていた。
 実りの遺跡の床の石畳の隙間から大小様々な草木が生えて、遺跡内部は緑のにおいで溢れていたんだ。
 これがカプ・ブルルのグラスフィールドであろうことはすぐに見当がついた。

 でも、おかしいと思わない? だって、カプ・ブルルは僕達がここに来ることを知らないはずなんだ。
 僕と戦うつもりでもないのに、どうして既にグラスフィールドが展開されているのか?
 アセロラも同様の違和感を持っていたようで、「アセロラ達の他に誰かいるの?」と疑問を口にした。
 

 
 その疑問に答えが出たのは数分後、僕達が遺跡最奥の広間に着く直前だった。
 通路の奥からは何かがぶつかり合ったり砕けたりする音が聞こえてきていて、カプ・ブルルと誰かが
 戦っているのは明らかだった。だけどそれは誰か?

 岩と砂と草木で埋め尽くされた最深部に踏み込むと同時に、カプ・ブルルのいななきが響き渡った。
 そして僕とアセロラの下へ、傷ついたポケモンとそのトレーナーが転がってきた。
 それはひんしのローブシンと、ボロボロになったハウだった。
 
 一瞬、頭が真っ白になったみたいだった。何故君がこんなところにいるんだ? どうしてカプ・ブルルと
 戦っている? 当然だけど、僕は何も聞いてない。予想すらしていなかった。

 だけどこの状況、いつまでも困惑している時間もなかった。
 カプ・ブルルは怒り狂っている。彼に挑んだハウがそうさせたのだろうか、それこそハウの息の根を
 止めなければ収まらないような勢いだ。そして彼を助け起こした僕も、僕達の前に躍り出てギルガルドを
 繰り出したアセロラも、カプ・ブルルには排除すべき敵に映ったことだろう。

 この場を収めるには結局戦わなくちゃいけないみたいだ。予想していたのとは少々違うけど、まあいい。
 けれど、僕もカプ・ブルル対策に用意したポケモンを繰り出そうとしたら、ハウが僕の手を掴んで止めた。
 ハウは顔を上げて僕の目を見て、「大丈夫、おれはまだやれるから」と言った。

 そんなボロボロになってて何を言ってるんだ、ここは僕達に任せてくれと言いはしたものの、ハウは
 首を縦に振ってはくれなかった。
「ヨウもアセロラも、手を出さないで。カプ・ブルルはおれが捕まえる」と、常になく強い口調でそう言い、
 ローブシンを戻してタイプ:ヌルを繰り出した。
 

 
 彼が何か大きな決意をしているらしいのはわかった。だけどハイそうですかと納得できるものじゃない。

 カプ・ブルルがカプ・テテフより優しく紳士的で、ハウに丁重な扱いをしてくれるとは思えない。
 ハウの決心がどうあれ、手持ちの全滅がハウの死をも意味するかもしれないのなら、止めないわけには
 いかない。僕はハウの言葉を無視して、手持ちのボールからウツロイドを繰り出した。

 このトサキント鉢をひっくり返したようなポケモンも『例の事件』絡みのポケモンだ。画像を見れば
 わかると思うけど、メノクラゲやプルリルに似た感じの見た目で、みずタイプだと思うだろ?
 実はこいつ、いわ/どくタイプなんだよ。そのくせ、とくこうとすばやさはなかなかのものだ。

 まずはカプ・ブルルの先手を取ってどく技を撃ち込む作戦だったけど、僕が指示を出そうとすると、
 ハウが僕に叫ぶように言った。

「手を出さないでって言ったろ! ……おれを手伝ったら、絶交だから」

 アセロラのギルガルドを飛び越したタイプ:ヌルがカプ・ブルルの前に立ちはだかり、にらみつける。
 カプ・ブルルは頭に生えた2本の角を突き出してタイプ:ヌルへとっしんする。いや、とっしんというより
 メガホーンだっただろうか。それともしねんのずつきか。
 カプ・ブルルの角と、タイプ:ヌルの鉄仮面がかち合う音が遺跡深部にこだました。

 ハウはカプ・ブルルを見据えて、タイプ:ヌルに細やかな指示を下している。四天王として、今は
 アローラリーグ登録選手の一人として、メレメレ島の戦鬼とも評される彼だ。彼は本気でカプ・ブルルを
 捕まえようとしている。

 しかし、ハウがあんなにも頑なになる理由は何だ? 僕にもアセロラにもそれがわからなかった。
 

 
 僕とアセロラが見守る中、タイプ:ヌルとカプ・ブルルのバトルは互角だった。
 カプ・ブルルはグラスフィールドの恩恵を大いに受けていて、強化されたくさタイプの技はいちげき
 ひっさつの威力を持っている。だけどハウのタイプ:ヌルはしんかのきせきを持たせて耐久力を上げているし
 グラスフィールドの効果でたいりょくを少しずつ回復していて、予想以上に粘っている。

 また、頭に血が上ったカプ・ブルルがつのでつくやロケットずつきといった直線的な攻撃ばかりするのも、
 ハウにとっては都合がよかっただろう。要所要所で回避を選択してダメージを最小限に抑えられている。
 その上隙を見てのニトロチャージで弱点を突き、すばやさを上げる抜け目のなさだ。

 改めて、僕の親友の実力を見せ付けられた思いだ。ハウは僕のようにカプ・ブルルに対して徹底的に対策を
 してきたのではないけれど、真っ向勝負の総力戦を挑んで互角のバトルをしていた。
 後で確認したらローブシンだけじゃなく、ライチュウやシャワーズも戦闘不能になっていたけど、ハウは
 手持ちの犠牲を無駄にはしない。それまでのバトルで得た情報を活用しているし、常にカプ・ブルルを
 ちょうはつし続けることでれいせいさを失わせている。
 
 僕に「手を貸したら絶交だ」とまで言うものだから彼自身もかなり熱くなっていると思ったんだけど、
 それとこれとはまったく別らしい。守り神が相手でも怯まず、バトルの流れを引き寄せようとしている。
 
 僕達はハウのバトルを固唾を呑んで見守った。
 ハウは強い。彼ならばカプ・ブルルをゲットできるかもしれない。僕もアセロラもそう思わされた。
 まあ、それでも、万一のときのためにウツロイドとギルガルドは待機させていたけどね。
 

 
 ハウのタイプ:ヌルとカプ・ブルルのバトルが大きく動いたのは、それから間もなくのことだった。

 頭の角を振りかざしてメガホーンを繰り出すカプ・ブルルの懐に飛び込み、タイプ:ヌルがアイアンヘッドを
 ぶち当てた。そしてカプ・ブルルが仰け反ると同時に足元に繁茂する緑の絨毯が朽ち始めた。
 カプ・ブルルの特性で展開されたグラスフィールドの効果が終わろうとしているんだ。

 相手に有利なフィールドにあっても、守り神相手にこうも食い下がっているハウのことだ。その有利が
 帳消しになれば勢いに乗って反撃に転じるだろう。当然、彼自身もグラスフィールドの効果時間を
 計算の上で戦っていたはず。このままちょうどいい距離を保って立ち回り、確実に攻撃を当てていけば
 さしものカプ・ブルルも倒される。僕もアセロラも、ハウの勝利を予感していた。

 カプ・ブルルは手近にある木を引っこ抜いて、ブンブンと振り回し始めた。それはグラスフィールド下で
 急速にせいちょうしたきのみのなる木で、この動作は明らかにウッドハンマーの構えだった。

 くさタイプの大技で一気に勝負をつけるつもりなのだろうが、いくら当たればタダではすまないとはいえ
 当たらなければ意味はない。実際、タイプ:ヌルもウッドハンマーの直撃を避けるために距離を取っていた。
 ウッドハンマーを回避して隙だらけの背に一発喰らわしてやろうって魂胆さ。

 だけど、カプ・ブルルもまたアローラの守り神の一人。そう易々と勝たせてくれるような相手じゃなかった。
 

 
 カプ・ブルルは手に持った木でウッドハンマーを何度も繰り出し、タイプ:ヌルは何度もかわし続けた。
 木がたたきつけられるたびに床の石畳は砕け散り、枯れ草と一緒に乾いた砂と土が舞い上がった。
 グラスフィールドはとっくになくなっているけど、なりふり構わず後先考えずの猛攻だ。けれどそれでも
 当たったときのリターンは大きい。

 ハウも守り神の攻撃は破れかぶれの暴走だと踏んでいた。実際のところ僕もそうだった。
 だから当然、大振りのウッドハンマーを回避させて強かな反撃を喰らわせるチャンスを見逃すわけがない。
 何発めかのウッドハンマーをギリギリのところで避けて、タイプ:ヌルがアイアンヘッドの体勢に入った。
 振り下ろしきった木を構え直すにせよ捨てるにせよ、逆襲のアイアンヘッドをかわせはしない。

 ……だけど、タイプ:ヌルはその絶好のチャンスを物にできなかった。
 何故なら、石畳が砕かれて剥き出しになった砂地からツルが伸びて、タイプ:ヌルの脚にガッチリと
 からみついていたからだ。

 ハウも、僕もアセロラも、一瞬言葉を失った。
 野生の勘か、それともいかりのままに暴走していると見せかけたカプ・ブルルの作戦だったのか。
 ウッドハンマーの連続攻撃はむしろ囮で、この遺跡内の床をたがやすことこそ彼の目的だった。

 派手な技で僕達の注意を引き付け、気づかれないようにこっそりやどりぎのタネを地面に落としていたんだ。
 たがやすの効果か、それともグラスフィールドの影響が残っていたのか、やどりぎのタネがせいちょうして
 太くしなやかなツルを伸ばし、タイプ:ヌルの動きを止めた。

 数秒間、タイプ:ヌルの動きは止まった。だけどたった数秒間あれば十分すぎた。
 カプ・ブルルは身動きの取れないタイプ:ヌルに、ウッドハンマーをぶち当てた。
 

テテフ・レヒレのめざパ炎厳選を諦めたので今週中に再開します

 
┃ 友よ②
 
 2017-3-30
 テーマ:ブログ
 
 カプ・ブルルのウッドハンマーを食らい、タイプ:ヌルはかなりのダメージを受けた。
 守り神はただ怒り狂ってあばれるだけじゃない、荒ぶる戦神の一面を垣間見せ、ハウを罠にかけた。

 だけど、僕が見る限り、勝負はまだ決まっていなかった。

 さすがにしんかのきせきを持たせたタイプ:ヌルだ。ぼうぎょもとくぼうもかなり高い水準にあるし、
 タイプ:ヌル自身もよく鍛えられている。
 グラスフィールドがなくなっていたこともあって、なんとか戦闘不能は免れていた。

 まんたんのくすりを使って体力を回復させてやれば、まだ戦うことはできそうだった。
 ハウもカプ・ブルルに意表を突かれて動揺はしていただろうけど、それでもまだ行けるとわかっていたはず。

 だから、タイプ:ヌルが床に倒れ込み、カプ・ブルルがさらにおいうちをかけようとしたとき、
 僕とアセロラのがまんは限界に達していた。
 

 
 ウッドハンマーの構えに入ったカプ・ブルルの前に、アセロラのギルガルドが立ちはだかった。
 そのまま振り下ろされた木をキングシールドで受け止め、おまけにこうげきも下げてやった。
 ギルガルドは元々くさタイプは半減、しかもシールドフォルムだ。文字通り盾役にはもってこい。

 そしてすかさずカプ・ブルルの前に躍り出たウツロイドがヘドロばくだんを放つ。
 さすがに4倍弱点のどくタイプの技だ。ふいうち気味だったとはいえ大人しく喰らってはくれない。
 危険を察知したカプ・ブルルにバックステップで回避されたが、それで十分。
 カプ・ブルルとタイプ:ヌルを引き離して、態勢を立て直す時間は稼げた。

 僕はその隙にタイプ:ヌルにまんたんのくすりを与えて体力を回復させた。
 言うまでもなく、こうするのが最善だ。ギルガルドもしんかのきせきを持ったタイプ:ヌルも
 要塞のような防御力を持っているけど、すばやさに不安が残る。

 一方ウツロイドはカプ・ブルルの最も苦手とするだろうどくタイプの特殊技に長けているけれど、
 物理防御力はまさにガラス細工のような脆さだ。有利な対面だと思うが、相手の一撃が怖いところだ。
 できるだけ1対1の状況を作るのは避けたい。
 
 つまり、ギルガルドとタイプ:ヌルに盾役を任せ、カプ・ブルルの注意を引く。
 そしてすばやさに優れるウツロイドが隙を突いてヘドロばくだんをお見舞いしカプ・ブルルの体力を奪う。
 状況的にこれしかなかったし、僕達にならやれると確信していた。
 
 ただひとつ問題があったとすれば、ハウはそうは思っていなかったらしいってことだ。
 僕がタイプ:ヌルを回復させて彼のほうに視線を向けたら、いきなり胸倉を掴まれてしまった。
 

 
「どうしておれを助けるんだよ。何もするなって言ったのに!」

 険しい表情で言うハウに、正直なところ、僕は少々ムッとしてきていた。何をそんなに意固地になる
 必要があるのか理解不能だったし、今が危険な状況なのは火を見るよりも明らかだ。個人的なこだわりは
 ともかく、力を合わせて戦うべきだ。

 それに「絶交だ」なんて、僕らの友情を盾に取るようなことを言うのも気に入らなかった。

 僕もハウの手首を掴んで彼の目を見据え、「今は君の意見を聞くつもりはない」と言ってやった。
 もちろんハウも引き下がらない。「そんなのいつもだろ!」ってね。今にも取っ組み合いのケンカに
 なりそうな剣呑な雰囲気の中、アセロラも慌てて僕達を止めに入った。

「ケンカしてる場合じゃないよ」とアセロラは言う。それは当の僕達が一番よくわかっている。
 実際、カプ・ブルルがおたけびを上げてすてみタックルを仕掛けてくるのを見れば、すぐに応戦しなきゃ
 いけないと悟らずにはいられない。
 僕とハウはお互いを突き飛ばすようにして手を離し、それぞれ自分のポケモンに指示を飛ばす。

 僕がウツロイドをギルガルドの後ろに下がらせてパワージェムによる援護射撃を指示する一方、ハウは
 タイプ:ヌルを前に出してアイアンヘッドを命じた。
 

 
 カプ・ブルルは外殻を盾にして、パワージェムを物ともせず突っ込んでくる。
 だけどいしあたま合戦ではタイプ:ヌルに軍配が上がった。アイアンヘッドは弱点のはがねタイプの技だ。
 流石に効き目があるらしい。カプ・ブルルはたまらず後ずさった。

 怯んだ隙を逃さず、ブレードフォルムにチェンジしたギルガルドがフリスビーのように盾を放り投げた。
 なげつける? いや、実はこれはジャイロボールだ。ちょっとイメージと違うかもだけどね。
 投げた盾はかわされはしたものの、そのまま壁や天井で跳ね返ってカプ・ブルルの進路を遮り、見事に
 足止めをしてくれた。そしてタイプ:ヌルが再び守り神へ立ち向かっていく。
 
 僕はバトルを見守りながら、ハウに疑問をぶつけた。
 どうしてたった一人で守り神の下へ乗り込もうだなんて、そんな無茶をやろうと思ったんだ? って。
 そしたらハウは、僕をキッとにらみつけて、溜まりに溜まった不満をぶちまけるみたいに話し始めた。

 ――そう、ヨウはいつだってそうなんだ。口ではおれ達を頼りにしてるとか、大事な友達だと言ったって、
 いざというときには誰にも相談しないし、最終的には自分ひとりで決めようとする。
 そうしてヨウが危険な目に遭ったり死にかけたりしても、おれがそれを知るのは後になってからだ。

 この間のアクジキングのときはまだいい。倒せなかったとはいえ、助けに駆けつけられた。
 でもカプ・レヒレのときもカプ・テテフのときも、直接的にはなにも力になれなかった。
『例の事件』とやらでアクジキングのようなポケモンと戦っていたことですら、知ったのはごく最近のこと。
 

 
 ハウは、おれにも『彼女』の気持ちはよくわかるよ、と言う。

 ――つまるところ、ヨウはそういう奴だ。こんな危険に向かって一直線に進んでいくような奴を放って
 おいたら、いつか取り返しのつかないことになる。
 だから自分を鍛えて、それこそヨウに勝てるくらいになって、一緒に肩を並べて戦えるようになって
 食らいついていくしか方法がないんだ、と。

 だけど、悔しいけれど、ヨウは強い。おれだって今まで一度も勝てたことはなかった。
 格下扱いされてるとか、見下されているとは思わない。ヨウはそんな奴じゃない。でも、だからこそ、
 おれを一番の親友と思ってくれているのなら、おれを一番に頼ってほしい。
 友達と危険を分かち合えないことがこんなにモヤモヤすることだったなんて、知らなかった。

 アクジキングを仕留め損ねて、ヨウが残る守り神のカプ・ブルルの下へ向かうことは予想できた。
 ヨウと一緒に戦うために、ヨウを守るために、先回りをして自分ひとりの力でカプ・ブルルを捕まえる。
 今のおれには、それしかないと思ったから。
 
 ……親友が吐露した心のうちを聞いて、僕は戸惑った。彼の気持ちに胸が熱くもなった。
 だけど同時に、何故わかってくれないんだ、という苛立ちも覚えていた。

 正直に言ってしまえば、ハウの指摘は正しい。確かに僕は口先では彼らとの友情を謳いはすれども、
 本当のところはこの手の危険なバトルは自分ひとりだけでやりたい。
 アセロラを誘ったのも戦略半分、義務感半分だ。アセロラがああ言った手前、無視するのも気が引けたし。
 でも大切な友達を失うかもしれないなら、僕一人のほうがいい。それはカプ・テテフの一件で身に染みた。
 
 チャンピオンの責任。そんなものはいくらでも背負ってやる。
 でもかけがえのない友達の命にまで責任は持てない。それは僕には重すぎるんだ。
 

 
 僕達が力を合わせれば守り神にだって勝てる。そのことには確信がある。だけどそれとこれとは話が別だ。
 一緒に戦った結果ハウやアセロラやみんなの身に何かあったらと思うと、それが最善の選択肢なのかどうか
 自信が持てない。
 プルメリさんを連れてこれなかったのは戦力的な意味では残念だったけど、ホッとしたのも事実だ。

 対カプ・ブルル戦略を考える理性と友達を失いたくない感情とは、いつだって僕の中でせめぎ合ってる。
 ハウのほうこそ、少しは僕の気持ちを汲んでくれてもいいじゃないか。

 僕が吐き出した本心を、しかしハウは呑み込んではくれなかった。
 おれ達を信じてるならそんなのは余計なお世話だと、僕の心配を一蹴した。こうなると平行線だった。
 そこからはもう、僕もハウも、お互いを説得する(あるいは言い負かす)ことに躍起になって、
 守り神とバトルしながら口喧嘩に夢中になった。

 ハウがブレイククローを指示しながら僕のいじっぱりさ加減を詰り、僕がステルスロックを撒かせつつ
 分からず屋の彼に反論する。カプ・ブルルを追い詰めながらも売り言葉に買い言葉の舌戦は続いた。
 我ながら器用なことをしていたものだと思う。

 喧々諤々の応酬の中で、ギルガルドと一緒に僕達のフォローに走り回ったアセロラには感謝したい。
 

 
 考えてみれば、こうしてハウと喧嘩らしい喧嘩をするのは初めてだったかもしれない。
 喧嘩の定義にもよるけれど、こんな風に剥き出しの気持ちをぶつけ合うことを喧嘩なのだとすれば。

 初対面の頃から僕達は妙にウマが合ったし、互いに競い合うライバルではあれど衝突することは少ない。
 実際のところ、彼のほうが僕に合わせてくれているのだろうけど、問題らしい問題は起きていなかった。
『彼女』のときのアレは……喧嘩とは呼べないが、彼が心から怒りを露わにした、数少ない場面だった。

 彼を親友と呼びながら、僕は彼のことでまだまだ知らないことが多いような気がする。
 もっと言えば上っ面だけだったかもしれない。彼を僕の理解者と言いつつ、僕は彼を理解していなかった。
『彼女』のときと同じだ。僕には、僕の目に映る彼らしか見えてなかったんだ。

 だからなのか、ハウが僕に向けて心のうちを吐き出すたびに困惑し、ムカつきもしたけれど、それでも
 どこか安心したような気持ちでもいた。
 ハウが、僕がハウ達を思うのと同じくらい、僕を思っていることを再確認できたから。

 不思議なことだけど、僕もハウも、お互いを向き合って口喧嘩をしているときのほうが活き活きと
 バトルできていたようにさえ思えるよ。
 カプ・ブルルを視界の端に捉え続けながら、言い争いとポケモンバトルを同時並行してやっていたんだ。
 両者ともに脳細胞をフル回転させてね。
 

 
 さて、口喧嘩の話題が僕の私生活に関する部分に移ってきた頃、そのときはやって来た。

 追い詰められたカプ・ブルルは一際大きなおたけびを上げて、ゼンリョクのパワーを漲らせ始めた。
 そう、カプ・テテフのときと同じだ。トレーナー不在の不完全な、しかし強力無比の守り神のZ技。
 以前に書いたとおり、戦況をひっくり返す威力が秘められているだろう。

 ただし、僕達がそれを初めて見たなら、の話。
 当然、カプ・テテフのときにあれだけ痛い目を見ておいて、対策を立てないわけがない。
 アセロラと組んだ時点で作戦には織り込み済み。

 僕は満を持して、後衛に下がらせていたウツロイドを前に出した。

 僕の指示を受けたウツロイドは、力を貯めるカプ・ブルルの周りを飛び回って注意を引く。
 カプ・ブルルはZ技で僕達をまとめて吹っ飛ばすつもりだったろうけど、自分の周りをうろちょろする
 ウツロイドに気を取られて、標的をそっちに変更したようだった。

 これで僕達の勝ちは決まった。
 

 
 カプ・ブルルから立ちのぼる怒りのオーラが腕の形になって、空中のウツロイドに向けて振り上げられた。

 ウツロイドはかろうじて直撃は避けたけれど、それでも威力は凄まじかった。守り神の怒りの一撃は
 遺跡の天井に大穴を空けて、ウツロイドもZ技の余波に巻き込まれただけで大ダメージを負ってしまう。
 見るのは二度目だけど、やっぱりとんでもないパワーだ。

 普通なら、ここで一撃でひんし状態に追い込まれている。普通ならね。
 僕はウツロイドが破れて散ったきあいのタスキの切れ端を落としたのを確認してから、ハウとアセロラに
「今がチャンスだ」と叫んだ。カプ・ブルルはウツロイドに夢中で、無防備な横っ腹を僕達に晒していたんだ。

 僕達は勝負を決するチャンスを掴んだ。ハウのタイプ:ヌルがアイアンヘッドを、アセロラのギルガルドが
 ジャイロボールを直撃させてカプ・ブルルに大きなダメージを与えて、彼は大きくよろめいた。
 神様相手で悪いけど、反撃の隙も与えるつもりはない。

 そして最後のトドメは、きあいのタスキを使ってギリギリの体力で踏みとどまったウツロイドの攻撃だ。
 この瞬間のために、ギルガルドを護衛につけて徹底的に守らせていた。1ポイントでもダメージがあれば
 きあいのタスキで囮にする作戦はご破算だからね。

 渾身のヘドロウェーブはくさ/フェアリーのカプ・ブルルには4倍の弱点。文句なく体力を削り切った。
 

 
 今やカプ・ブルルは弱りきっていた。あとはボールを投げて捕まえるだけだった。
 このとき、僕達全員の気持ちはひとつだったね。この千載一遇のチャンスを逃がすまいと必死だ。
 示し合わせたみたいにほとんど同時に、僕達はボールを投げていた。
 アセロラはダークボール、ハウはタイマーボール、そして僕はフレンドボール。

 果たしてカプ・ブルルを捕らえたのは、ハウの投げたタイマーボールだった。

 ボールが当たったのはほんの一瞬の差だったけれど、彼のボールの選択もクレバーだ。
 ハウは僕とアセロラが到着する前から戦っていたから、タイマーボールの効果を十全に発揮させられる。
 彼は強敵との長期戦を見越して準備していたんだろう。
 
 一瞬の閃光とともにカプ・ブルルが吸い込まれて、さほどの抵抗もなくボールはロックされた。

 僕、そしてマオに続いてアローラの守り神を捕まえたのは、ハウだった。
 

 
 先を越されて悔しくなかったかって? まあ、そりゃ悔しかったよ。
 僕だってカプ・ブルルを捕まえてやるっていう意気込みは負けてなかったつもりだし。

 でも僕の一番の親友がやり遂げたんだ。一番大事なのはそこさ。
 多少の戸惑いや悔しさは当然あったけど、ハウがカプ・ブルルを捕まえたのならそれは喜ぶべきことだ。
 ついさっきまで喧嘩していたとはいえ、やっぱり彼が友達であることに変わりはない。

 僕達はポケモン達をボールに戻して、静けさを取り戻した遺跡の中でしばらく無言でいた。
 疲れもあったけど、やっぱりちょっと話しかけにくかったからだ。気まずかったと言ってもいい。
 何て言って話を切り出そうか考えてたけど、ここはストレートに行くべきだなと思い直した。
 
 やったな、ハウ。おめでとう。
 カプ・ブルルは強敵だったけど、やり遂げた。ちょっと想像してたのとは違うけど、君のおかげだ。
 なんだかんだ言っても、僕達だけじゃもっと苦戦したかもしれない。君がいたから僕達は勝てた。
 色々言って本当に悪かったよ。ごめん。君になら守り神を任せても安心できる。
 君はいい奴だし、今にカプ・ブルルも君を認めるに違いないよ。
 

 
 大体こんなことを言って、僕はハウに右手を差し出した。仲直りの握手のつもりだった。
 けれどハウは険しい顔で、差し出された手を払いのけて、僕を突き飛ばしたんだ。
 当然、尻餅をついた僕に駆け寄ったアセロラは抗議の声を上げた。

 ハウは、どこか悲しそうにこう言った。
「ごめん。やっぱりおれ、ヨウが思ってるようないい奴じゃないみたいだ」って。

 当の僕は驚いて目を白黒させていた。ハウが言い出したことは僕にとっては実に唐突で、予想外だった。

 でもハウが語ったところによれば、彼には僕達が初めて会ったときから抱えている思いがあった。
 それは「ヨウに勝ちたい」ってことだった。
 思い返せば島巡りの冒険の中でも、僕がチャンピオンになってからも、僕はハウと何度もバトルした。
 そして僕は一度もハウに負けたことはなかった。リリィタウンで初めてバトルしたときから。

 しまキングの孫であるハウには周囲の期待も大きかったし、ポケモンと仲良くなる才能もあるから、
 ポケモンスクールでも頭ひとつ抜けた成績で皆の人気者だった。授業のバトルでも負けなし。

 でもそんなハウをして一度も勝ちを掴めない奴が現れた。
 つまり僕だ。
 

 
 勘違いして欲しくないんだけど、ハウは僕とバトルしたり友達でいることが苦痛だったわけじゃない。
 でも島巡りの最中に何度もバトルして、ハウの中で僕の存在が日に日に大きくなるのを感じていたらしい。

 1月1日の、新年を祝うバトルでもそうだ。
 もしあのバトルでハウが勝っていたら、カプ・コケコはハウと戦っていただろう。
 ひょっとしたらカプ・コケコに認められ彼をゲットしていたのはハウだったかもしれない。

 そんな「もしも」を考えると、心の中に刺さった棘のようなものを自覚せずにはいられなかったという。
 嫉妬とか、コンプレックスとか、そういうものだ。

 カプ・ブルルを捕まえに来たのだって、アクジキングを倒すための戦力としてというのは勿論ある。
 一番の親友を守らなくちゃと思った気持ちにも嘘はない。
 だけど、いずれ僕と戦うときのためにもっと強いポケモンを欲していたというのも否定できない。

 僕のために戦ったのも本当。でも、自分自身のために戦ったのも本当だ。
 それこそ僕が戦って死んだりしたら、自分はここから先へ進めないような気がしていたから。

「おれの島巡りはまだ終わってないんだ。ヨウとゼンリョクでバトルして、おれが勝たないと終われない。
 おれがおれを認められない。『おれはまだ何も始めてないんだ』……って」

 だから、おれはいい奴なんかじゃないんだ。
 そう言い残して……どこか泣きそうな顔で、ハウは早足に遺跡を立ち去ってしまった。
 

 
 彼の偽らざる本心を垣間見たのは、その日二度目だった。

 ハウの気持ちを聞いて、考えさせられる部分はある。
 当然、僕がチャンピオンである以上、僕がハウの「勝ちたい」という気持ちを蹴散らし続けてきたのは
 当たり前の事実だ。それがプロの仕事だし、挑戦者がどう思っているかなんて考えもしなかった。
 ゼンリョクで戦ってるんだ。友達だから悔しくないなんてことはないのに。

 そして、その「当たり前」を一番身近にいる友達から改めて突きつけられたような格好だ。
 正直言って、少しショックだった。
 明日からハウとどんな顔をして会えばいいんだろうと、僕はアセロラに聞いてみた。

 するとアセロラは、「うーん、いつもどおりでいいんじゃない?」と悩むふりをしながら言った。

「ハウの気持ちを聞いたんならわかるでしょ? ハウはいつもどおりのヨウに勝ちたいんだよ。
 気を遣われたり手加減されたりしたら、それこそ取り返しがつかないと思う。ハウ、すっごく怒るよ。
 だから、ヨウはただゼンリョクでバトルすればいいの。そんなヨウに勝つのがハウの夢なんだから」

 アセロラの意見も、僕の自覚していない傲慢さを気づかせてくれた。
 確かに、ここで明日からハウへの接し方を変えたりしたらそれこそ彼への侮辱になるだろう。
 危うくかけがえのないものを失うところだったかもしれない。
 まあ、完全に何事もなかったかのように、というわけにはいかないと思うけれど。
 

生存報告
PCを修理に出してるのでもうしばらくお待ちください

 
┃ 特訓
 
 2017-4-1
 テーマ:ブログ
 
 今日は何の日か知ってるかな? そう、エイプリルフール。
 だけど、僕はエイプリルフールの嘘ってどうも苦手だ。真面目を気取るわけじゃないけれど、他愛のない、
 罪のないような嘘を考えるのって意外と難しくないかい?
 僕がそういう冗談を言っても、なんだか深刻に受け止められることが多い。何故だろうね。

 それに近頃の僕の日常は、みんなエイプリルフールの嘘じゃないかと疑いたくなるようなことばかり。
 できれば今日限りの嘘と笑い飛ばしたいと思うような厄介ごとに事欠かない。

 例えば、先日のハウとカプ・ブルルの一件もそうだ。
 メレメレ島のしまキングの孫であるハウがウラウラ島の守り神をゲットしたことは、僕の想像以上の
 意味を感じさせることだったらしい。政治的というか、あるいは島の人々の感情の問題なのかな。
 
 僕に言わせれば、ハウがカプ・ブルルに認められて力を貸してもらえるのなら、彼にだって『アローラの王』
 とやらの資格はあるんじゃないだろうかと思う。別に彼に押し付けようとかそういう意味じゃなく。
 まあとにかく、また議論の種が撒かれたことは事実だ。この種がどんな花を咲かすかについては僕も関知できない。
 

 
 さて、それはそれとして、僕とマオは今、アーカラ島を離れてポニ島を訪れている。

 当然、休暇やバカンスであろうはずはない。特訓のためだ。

 カプ・テテフやカプ・ブルルが見せた不完全なZ技――トレーナー不在でも遺跡の壁や天井を突き崩す
 威力をもったあの技について、僕のブログを読んでいる人は知っているはずだ。
 あれは守り神達が共通して覚えている、しぜんのいかりという技がZ技化したものだということがわかった。
 不完全な状態でもあれほどの威力だ。使いこなせればきっとアクジキングへの切り札になる。

 そしてこれが一番重要で、しぜんのいかりはフェアリータイプの技なんだ。

 というわけで、アローラでは指折りのフェアリータイプの専門家であるマツリカさんの下で特訓するって
 ことになったのさ。

 普段は気ままにアローラ地方をぶらついているマツリカさんだけど、彼女もテレビでカンタイシティの
 事件を見ていたのか、アクジキングの危険性をよく理解していた。
 電話をかけたらワンコールで出てくれたし、僕達の特訓の申し出にも二つ返事で快諾してくれたよ。

 あるいは、今回もリラさんを通じて国際警察に協力していたのかもしれない。
『例の事件』のときにも情報提供者として国際警察に手を貸していたからね。
 

 
 僕とマオは朝からずっとポニの原野でトレーニングしていたけど、意外だったのはマツリカさんが結構
 スパルタ指導だったことかな。

「一日千回、感謝のフェアリーZポーズだよー」といつもの茫洋とした調子で言うものだから、てっきり
 最初は冗談を言ってるのかと疑ったくらいだよ。もちろん冗談なんかじゃなく、僕達は本当に千回もの
 フェアリーZポーズの練習をした。ホント、これこそエイプリルフールの嘘みたいだ。

 何しろフェアリーZのポーズって、数あるゼンリョクポーズの中でも特に女の子っぽい感じなんだ。
 手でハートを作ったりしてさ。マオやマツリカさんがやるのはわかるけど、僕が一日千回もやるような
 ポーズとは到底思えない。いや、例え女の子であっても千回はやらない。

 当然、ゼンリョクポーズだけじゃなくバトルの訓練もしているよ。

 特に大事なのはマオとカプ・テテフがうまく連携できるか、もっと言えばカプ・テテフが言うことを
 聞いてくれるかどうかだ。マスターボールの拘束力でゲット自体はできたけど、未だにカプ・テテフは
 人からもらったポケモンみたいにマオの指示を無視するからね。
 フェアリータイプの専門家のマツリカさんも、他所の島の守り神のご機嫌を取る術までは知らなかったし。

 ついでに言うと、カプ・コケコも気がついたら勝手にボールから抜け出している。
 放浪癖のある神様にも困ったものだけれど、ここは勝手知ったるメレメレ島ではないのだから、どうか
 迷子になんてならないで欲しい。

 特訓一日目で何かと前途多難ではあるけど、今は時間の許す限りやっていこうと思う。
 次こそアクジキングと決着をつけるために。
 

 
 ……それから、もし今日の記事を読んでいたら、ハウ、ぜひ君にも参加して欲しい。

 君とじっくり話したい気持ちもあるし、せっかくバトルの特訓をしてるんだ。納得のいくまでバトルしよう。
 これからカプ・ブルルと一緒に戦うつもりなら得るものは多いはずだ。

 とりあえず……今言えるのはこのくらいだ。ごめん。僕も何を言うべきか整理できてない。
 とにかく、君に会いたいと思ってる。できるだけ近いうちにさ。
 

「メアリー・スーは悪い」という説は根拠を明確に説明できない
そもそもメアリー・スーの定義が曖昧なのに、読者が「自分はこの作品はメアリー・スーと共通点が多いからよくないと思った」という感想を述べたり
逆に作者が「メアリー・スーを避けました」という前置きで作品を出しても、
「何が悪い・何の悪さを取り除いた」の要点が伝わりにくく、無意味とまではいかないが、悲しいすれ違いになりやすい。

個人の匙加減で意味が無限に変わるこの言葉は、読者からは「言っておけばなんでもけなせる便利なマジックワード」として使われ
同様に作者からも聞き入れる利点の薄い単なるマジックワードとして無視されがちなのが現状である。
作品の欠点を指摘したい批判者は、このような言葉を使うより、自分の言葉で具体的に批判した方が伝わりやすいだろう。

↑は引用だが「メアリー・スー」も「なろう」もどこがどのようにと明確に述べなきゃ意味が無い「言っておけばなんでもけなせる便利なマジックワード」だしね

あと読み返せばSSの良い所やSSの好きなところは沢山挙げられてるが都合が悪い物は見えないのかな?

ブーメランですよっと

 
 ともあれ、カプ・レヒレの協力を取り付けることはできたらしい。
 また濃霧の中の幻と戦うことになるかもしれないと考えていただけに、非常にありがたい話だ。
 これでまた一歩前進、久しぶりに手放しに喜べるいいニュース。
 
 そんなわけで、午前中の特訓が一段落したところで、いい報せを持ってきてくれたハプウも交えて
 みんなで食事をとることにした。せっかくだから盛大に、楽しくね。

 何だと思う? 大きなホットプレートを囲んでアローラ風パンケーキパーティーだよ。

 最近は他の地方でもアローラパンケーキのお店は多いし、結構みんな知ってると思う。
 生地は厚みがあるけどふんわりと軽くて、色んな木の実やミツやクリームでデコレーションするんだ。
 ネットで見た人気店のやつはパンケーキ5~6枚を花びらのように並べて、真ん中にホイップクリームを
 10cmくらい乗せてた。程度の差こそあれ、大体ああいう感じかな。

 友達と一緒にパンケーキパーティーなんてカントーにいた頃以来だ。
 マオお手製のパンケーキは何度か食べさせてもらったことがあるけど、マツリカさんやハプウは
 どんな風にデコレーションするんだろうって、準備しながらワクワクしてた。
 マツリカさんがノメルのみ(とてつもなくすっぱい)を包丁でカットしてたのには見ない振りをしたけれど。
 

 
 みんなで焼いてみんなで食べるパンケーキはやっぱり美味しい。
 デコレーションはもちろん、パンケーキの大きさとか形にもそれぞれ個性が出るし、見てるだけで楽しい。

 たとえばハプウはあの場の誰よりも大きくて厚いのを焼く。けどケーキ自体の大きさに反して生クリームや
 きのみはそこまでたくさんは乗せない。特にシロップは少ない。生地のふわふわ感が好きなんだ。
 生地を流しすぎて隣にあった僕のと合体してしまって、それをシェアしたりしたっけ。

 マツリカさんは……チャレンジャーだ。あくまでひかえめな表現に留めるなら。
 ノメルのみとかオッカのみとか、甘くてふわふわのパンケーキに合わせるには癖の強いトッピングをやる。
 そしてそれをこっそりマオやハプウの皿に忍ばせようとする。フェアリー使いにしても悪戯が過ぎるね。

 マオはこのメンバーの中では一番安心感があるというか、コンピューターで計算したみたいに僕の好み
 ドンピシャのを作ってくれる。特にモーモーミルクのバターとマゴのみを煮詰めたシロップで作った
 バタークリーム。マオの手作りだけどあれはホントに最高。アイナ食堂のメニューに加えれば即完売だ。

 友達っていうのはいいものだとつくづく思うよ。
 ホントに、特訓の疲れも吹っ飛ぶような楽しいひと時を過ごすことができた。

 ただし、楽しいひと時はずっとは続かない。そういうのは番組の合間合間のCMみたいなものなんだ。
 ここからがまさに本題。またしてもあのカプ・テテフがやってくれたよ。ホント最悪。
 

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