理樹「小毬さんと付き合ってる実感がない」 (79)
夜
理樹部屋
理樹(日曜日の夜。僕はみんなに数週間近く悩んでいる事をとうとう打ち明けた)
恭介「なに、実感がないだって?」
理樹「うん……」
理樹(事故の後、記憶をおぼろげながらにも思い出した僕は、恭介達と行った二度目の修学旅行の後、小毬さんに想いを伝えた。小毬さんにも『あの時』の記憶があったかは知るところではないが、僕の告白を聴いて3日目に返事をもらい、めでたく付き合ったのだけど……)
真人「ま、まさかもう小毬と何か喧嘩でもあったのか!?」
理樹「い、いやそういう訳じゃないんだけど……」
謙吾「倦怠期という訳だな?ううむ、流石の俺もそういう問題は少し荷が重いな……」
理樹「だから違うってば!」
鈴「じゃあなんなんだ?」
理樹「ただ……小毬さんと付き合ったのは良いけど、付き合う前から何も変わってない気がするんだ」
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謙吾「というと?」
理樹「……実は僕たち、まだ手すら繋いでないんだ」
理樹(数秒の沈黙の後、みんなが口をあんぐりと開けた)
「「「ええーーーっっ!!」」」
恭介「な、な、な、なんだと!?」
真人「お前ら……俺が言う事じゃねえが大丈夫なのか?」
謙吾「悪いが本当に付き合ってるんだろうな?もしかして理樹が勝手に付き合っていると思い込んでいただけとか……」
理樹「いや……まあ……」
理樹(予想通りの反応を示す恭介達。無理もない。付き合った当時、あれだけ盛大に祝われたというのに、あれからなんの進展もないなんて…)
鈴「どうしたんだ?手なら繋げばいいじゃないか」
理樹「それがどうもそんな雰囲気にならないんだよね……なんというか、小毬さんと二人でデートをしても、ご飯を食べても手を繋ぐとか、恋人っぽいムードにならないというか…」
恭介「由々しき事態だな……」
理樹(恭介が眉をひそめて言った。どうやらこの事態をかなり深刻に受け止めているようだ)
謙吾「……ああ……まったくだ……」
真人「やれやれだぜ」
理樹(謙吾と真人も汗を垂らして恭介の言葉に大きく頷いた)
恭介「理樹」
理樹「は、はい!」
恭介「悪かった!お前がそんな悩みを抱えていたにも関わらず気付けてやれなくて……!」
理樹「えっ、いや……」
謙吾「だが心配するな。その話を聞いたからには、俺たちがお前ら二人の関係を必ずアツアツにしてやる!」
真人「そう、まるで筋トレしてる時に激しく燃焼する全身の細胞のようにな!!」
理樹「例えが長ったらしい上に分かりにくい!」
理樹「……じゃなくて!別にそういう事をしてもらうつもりで言った訳じゃ……!」
恭介「大丈夫だ理樹、俺たちに任せろ」
理樹(ああ、こうなったらもう聞かない奴だ……まあ、どのみちこのままではどうにもならなかったとは思うけど……)
恭介「まず話を整理しよう。何故確か理樹が小毬と付き合ったのは結構前のことだったよな?」
理樹「うん。付き合ってから僕らは何度か遊びに言ったし、二人だけの時間を増やしたんだけど……」
謙吾「だが、小毬は特に前と変わった所がないと」
理樹「……まるで友達のようなんだよ。確かに一緒にいて小毬さんはよく笑うし、僕も楽しいんだけど……それがデートかと言われるとただ学校で会話しているのと一緒というか、ただ場所が変わっているだけで本質は同じにしか思えないんだ」
鈴「楽しいならそれでいいんじゃないか?お前の言う恋人っぽさってなんなんだ」
理樹「ぼ、僕の……?」
恭介「いや、それは違うぞ鈴。理樹が現状に満足していないということは足りない物があるということだ。そりゃ理樹だって男なんだ。好きな女の子には他の男とは違う特別な”何か”を求めたくなるものなんだ」
鈴「なんだか間違ってない気がするが言い方がきしょいな」
恭介「き、きしょ……」
理樹(静かにダメージを受ける恭介)
謙吾「だがそういう事なら話は簡単だ。ようは理樹が神北に対して恋人っぽいアプローチをすればいいんだ」
恭介「ご、ごほん!とにかくそういう事なら俺たちは理樹の恋を全面的にバックアップしようじゃないか。作戦名はリトルラブラブハンター2(ツー)だ!」
理樹「2?」
恭介「厳密には違うがこの作戦を行うのは二度目だからな」
理樹(二度目……いつの間にやったんだろう)
恭介「まあとりあえず内容を聞け。まず謙吾、真人、俺の3人が明日誰かに恋人っぽいことをする。理樹はその中で一番良いムードになった方法を実践するだけでいい。そうすればきっと小毬との仲も思い切り縮まるはずだ」
理樹「う、ううん……なんだかとても嫌な予感がするんだけど……」
謙吾「理樹、お前の相棒は100戦無敗…負け知らずの男だ。信じろ」
理樹(今回ばかりは説得力がないなあ……)
恭介「とにかく今のうちに小毬をデートに誘っておけ。明日、早速実践出来るようにな!」
理樹(今日はそのまま解散となった。よくよく考えたら皆はどうやって付き合ってもない人と恋人っぽいムードを出すんだろう。そんなことを考えながら今日も夜は更けていく………)
……………………………。
………………。
……。
はるちん
佳奈多
クド
昼
中庭
葉留佳「ふんふふーん……」
理樹(恭介達に連れられて中庭に行くと、遠くのベンチで鼻歌を歌いながら音楽を聴いている葉留佳さんがいた。どうやら最初のターゲットは彼女になるようだ)
恭介「では早速ミッションスタートだ。最初は誰が行く?」
真人「ふっ……任せな」
理樹(真人が名乗りを上げた)
恭介「やけに自信満々だな」
謙吾「一体何を考えているんだ……?」
………………………………………………
ベンチ
真人「よお三枝」
葉留佳「ふんふふ………おっ、真人君?やはー」
真人「ふっ、突然だが三枝、俺と踊りませんか?」
葉留佳「へっ?」
理樹(そう言って腰を低くし、手を差し伸べる真人。映画でも観て影響されたのだろうか)
恭介「おおー!これはポイントが高いな謙吾!」
謙吾「うむ。普段ガサツな真人が紳士な態度を見せるこのギャップ。アイツにしては上手いやり方だ」
理樹「ええ……」
葉留佳「えーと……踊るってダンス?」
真人「アーハン」
理樹(真人も調子に乗り始めて葉留佳さんの手を自分から握った)
葉留佳「にゃ!?」
恭介「い、行った!!」
理樹(そして真人は手の甲に唇を……)
ガサッ
理樹(付けかけた瞬間、何かが真人の後ろから飛んできた)
葉留佳「えっ?」
真人「ん?」
理樹(そしてそれは止まる気配も見せぬまま、真人を真横に蹴り飛ばした)
ドゴーッ!!
真人「グァァーッ!?」
理樹(勢いよく吹っ飛ぶ真人。そこには例のあの人が立っていた)
「私の葉留佳に何をした……?」
理樹「な、なんだって……!」
恭介「なんてこった……」
佳奈多「………………」
理樹(元風紀委員長、二木佳奈多。まさか彼女は葉留佳さんの叫び声で飛んできたのか!あの速度は人間が出せるそれなのか!?)
真人「うっ、や、やべえ……」
葉留佳「あっ、お、お姉ちゃん!違うよ!さっきのは多分真人君もおふざけで……」
佳奈多「葉留佳は黙ってて!」
葉留佳「はひぃっ!」
理樹(空気が凍るとはまさにこのことか。数メートル離れている僕たちでさえ二木さんのオーラに何も言えなくなった)
佳奈多「あなた今、葉留佳の手に口を近づけたわね?そのカツ臭い口を!」
真人「ま、待て!話せば分かる!」
理樹(ゆらりと近く二木さん。あの目は『こいつはメタメタにしてから学校の晒し首にしてやる』って感じの目だ!)
謙吾「ええい、行くしかあるまい!」
理樹(と、謙吾が立ち上がった)
理樹「け、謙吾!なにを!?」
謙吾「俺が二木を口説く!そしてそれが叶わないとしてもなんとかうやむやにして真人を逃す!」
理樹「そ、そんなの無茶だ!」
謙吾「やってみなくては分からん!うぉおおお!!」
佳奈多「あなたもそこに座っていなさい」
謙吾「はい…………」
恭介「謙吾ーー!!」
理樹(謙吾はあのあと二木さんに近づき、『お前の味噌汁が飲みたい』と言った後……いや、思い出したくもない)
恭介「くそう、ただ理樹に見本を見せようとしただけなのに我らが部隊が壊滅状態じゃないか!」
理樹「むしろトラウマになりそうなんだけど……」
佳奈多「あなた達、これからどうなるか分かる?」
真人「くっ……殺すなら一思いにやれ!」
葉留佳「お姉ちゃん…そろそろ、そこら辺で……」
「わふー?皆さんなにをしているのですか?」
佳奈多「クドリャフカ……今はどこかに行っていなさい」
クド「の、除け者ですかー!?それに井ノ原さんと宮沢さんはどうして正座をしているですか!?」
理樹「ねえどうしよう恭介……このままだとあの2人は……」
恭介「仕方がねえ、色々用意したかったが、予定変更だ。俺が出る!」
理樹「えっ!?でもまた火に油を注ぐだけじゃ……」
恭介「いや、狙うのは奴さんじゃない、能美だ!あれなら確実に動揺を誘えるだろう!その隙に2人だけでも助ける!」
理樹(もはや作戦内容が変わってきている気がする)
理樹(カオスな状況に遭遇したクドに恭介が向かった)
恭介「能美!」
ザザッ
クド「き、恭介さん?」
佳奈多「棗先輩……?」
真人「き、恭介!お前まで……!」
理樹(場に緊張が走った。しかし恭介だけはまったく気にしていないのか、クドに歩み寄った。そして、彼女の両肩を掴んだ)
クド「わ、わふ!?どうしたんですかー!?」
恭介「能美…………」
恭介「俺の母になってくれ」
続く
ピキーン!
理樹(場の空気が凍った)
佳奈多「なっ……!?」
葉留佳「へ、変態だーー!!!」
クド「わ、わふ?私がお母さんに……ですか?」
恭介「ああ」
佳奈多「『ああ』じゃありません!」
理樹(二木さんが我慢出来ずに怒鳴った。当たり前だ。意図が分からなかったら僕でもドン引きしていただろう。しかし、これは恭介の策略だ。混乱を起こして2人を救うためにあえて思ってもみないことを言っているのだ)
恭介「なんだ文句でもあるのか?」
佳奈多「大アリです!!棗さんほどの人が、なんて事を言ってるんですか!?」
謙吾「真人…っ」
真人「ああ……」
理樹(こう言い争いしているうちにも真人と謙吾は意図に気づきその場を静かに離れていった)
恭介「なんだと!能美は俺の母になってくれるかもしれない女性だ、重度の妹依存のお前に言えたことか!」
佳奈多「そ、それは貴方も同じでしょうが!」
恭介「よし能美。こんなうるさい奴なんか放っておいて俺と何処か静かな場所で色々と今後のことで語り合おうじゃないか」
理樹(と、恭介がクドに歩み寄る)
クド「な、なんだか恭介さんがおかしくなってます!?」
理樹(クドが混乱しつつも恭介から逃げ出した)
恭介「おいおい、どこへ行くんだ能美」
理樹(それを追いかける恭介)
佳奈多「あっ、待ちなさいー!!」
理樹(クドに並々ならぬ危機を感じ、恭介を捕まえようとする二木さん。3人がお互い三角に走りあって回る構図となった)
葉留佳「な、なんだかいつの間にか凄いことになってますネ……」
理樹(流石の葉留佳さんも少し引いていた)
理樹「そ、そうだね……」
理樹(今の3人の様子を見ているとなんだかグルグル回ってバターになる虎を彷彿させた)
佳奈多「待ちなさいって言ってるでしょう!!」
クド「た、助けてくださーい!!」
恭介「アハハ!待て~っ」
ザッ
理樹(と、しばらくその光景を眺めていると後ろから足音が聞こえた。そして振り返ってみると……)
小毬「………な、なにこれ……?」
理樹「あっ、こ、小毬さん!」
理樹(小毬さんが3人の様子を見て動揺していた)
葉留佳「あー……こりゃ物凄いタイミングで来ましたネ」
理樹(諦めた様子の葉留佳さん。真人と謙吾もいつの間にか逃げ果せたようだ。さて、僕も……)
理樹「ええと、これは、なんでもないよ小毬さん。それより今から少し話がしたいんだ。時間ある?」
小毬「そ、それはいいけど皆大丈夫なの……?」
理樹「大丈夫。さあ離れよう」
佳奈多「コラァァアーーッッ!!」
クド「わ、わふーー!!」
恭介「ママ~!」
……………………………………
…………………
…
屋上
小毬「それでお話ってなに?」
理樹「ああ、うん……」
理樹(小毬さんと恋人っぽい雰囲気になりたい。しかし、3人の色んな提案は僕には少し荷が重かった。さて、どうしたものか……)
理樹「ええとさ……来週の土曜日またどこかに行かない?」
小毬「うんっ、グッドアイデアだよ!ちょうど私もそう思ってた所なのです」
理樹「よし!それじゃ、どこにしようか」
理樹(僕はそう言いつつ、右手を少しづつ隣の小毬さんの左手に近付けていった。偶然を装うとはいえ、流石にそろそろ手を握るぐらいの事はしないとな)
小毬「うーん……映画はこの間見ちゃったしねえ…」
理樹「迷うなぁ……」
理樹(さりげなく身を寄せて、街を見下ろす小毬さんの死角からゆっくりと手を伸ばす。あともう少し……)
小毬「あっ、それじゃあ久々に食べ歩きデートはどうですかー?」
理樹(ここだ!)
理樹「ああ、それがいい!」
スッ
理樹(名案に身を乗り出す振りをして上半身を大きく小毬さんの方に向けた。そして小毬さんの手に自分の手を被せた時だった)
小毬「あっ……」
パシッ
理樹「っ!」
理樹(そこからは一瞬だった。僕が手のひらを小毬さんの方の手の甲に乗せ、指を絡めると、小毬さんの手は脱兎のごとく素早く逃げ出した。あわよくばそこから良い雰囲気に漕ぎつけようという僕の希望が一瞬で弾かれたのだ)
小毬「あっ……!」
理樹(小毬さんはそれを反射的にやってしまったようで、手を自分の方に引っ込めた後、すぐ血の気の引いた顔で僕の方を見た)
小毬「あ……ぅ……理樹君…ち、違うの、これは……っ」
理樹(バツの悪い顔で僕に弁解のようなものをする小毬さん。僕は今どんな顔をしているだろうか?少なくともただ手を退けられただけの男の顔ではないだろう)
小毬「これは……ほら!急に触れてビックリしただけだからっ!だから、ね?ごめんなさいっ!」
小毬「ほ、本当に……」
理樹(確かに僕自身を拒否されたようでショックな気分だったが、あそこまで謝られてはむしろ僕が事を大袈裟に扱いすぎていたようで申し訳なくなった。小毬さんがそう言うんならそう言う事なんだろう。どのみち、うな垂れながらスカートの裾を強く握る小毬さんに何かを言う気にはならなかった)
理樹「あはは……いや、全然気にしてないよっ。それより食べ歩きだったよね?それなら昼御飯時より少し早めに着くように集合しようよ。11時くらいでいいよね?」
理樹(取り繕うために作った言葉は自然とスラスラ頭から口に流れ出た。だが、表情までそれらしく変える余裕はなかった)
小毬「うん……そうだね……」
夜
理樹部屋
謙吾「ほう…神北がそんな事を…」
理樹(夜、再び会議を開いた)
理樹「うん……」
真人「そうだなぁ、やっぱり他に何か理由でもあったんじゃねえのか?じゃなきゃそこまで慌てねえだろ」
鈴「そんな訳ない。きっと理樹が卑怯な手に出たからキモくて手を離したんだ」
理樹「それって理由の内に入るんじゃないかな……」
謙吾「しかし、神北は見る限りいつも慌てているような印象だ。案外お前の思い込みなんじゃないか?」
理樹「そう言われてみると分からなくなってきたな」
理樹(確かに、状況と台詞だけ思い出せばそこまで異常ではない。だいたい小毬さんと触れる事なんてこれまでにも何度かあったが、その時もこんな感じに取り乱していたかと言われるとそんなこともない。きっと本当に突然でびっくりしただけなんだろう。まるで猫が後ろから急に声をかけられたのと同じように)
ドタドタドタッ
バンッ
鈴「な、なんだ!?」
理樹(会議が終焉を見せたと同時にドアが勢いよく開いた)
恭介「はぁ……はぁ……!」
理樹(扉の向こうには制服に草や土をまとわりつけた恭介が息を切らせて立っていた)
真人「んだよ、恭介か!びっくりさせやがって!」
理樹「す、凄いことになってるね」
恭介「いや、少し追っ手から逃れてたんでな。会議も参加し損ねたようだ。悪いな」
謙吾「というと今までずっと二木と追いかけっこしていたのか……」
鈴「追いかけっこ?」
真人「ああ、鈴はどっか行ってて知らなかったんだな。実は今日の昼、恭介がクー公にさぁ……」
恭介「それ以上言うとお前を頭から土に埋める」
理樹(恭介の目は本気だった)
深夜
真人「うへへ……そんなに食えねえぜ……」
理樹(来週のデート……次こそは手をしっかりと繋いでやろう)
理樹「そうさ、僕らしいじゃないか…あせらずに一歩ずつだっ」
理樹(流石の小毬さんでも頼まれて断りはしないだろう。例えば人混みが多い時でもいい。2人きりになった時だったとしても少し勇気を出して小毬さんに聞けばいいんだ。ちょっとそこの物を取ってって風に『手を繋がない?』と聞けば)
理樹「手を繋がない……?」
理樹(軽いシミュレーションをしてから今日はもう寝ることにした。とにかく全ては来週だ)
理樹(こうして夜は更けていく……………)
……………………………………………………
…………………………………
……
続く(∵)
次の日
街
小毬「ほあっ!見て理樹君!あんなに長いソフトクリームが売ってるよ!」
理樹「えっ、本当だ!?よし、せっかくだしこれも食べていこうか」
小毬「うんっ」
理樹(天気に恵まれ、絶好のデート日和となった今日。僕らは順調に街の屋台通りを闊歩していた)
理樹「すいません、これ二つください」
店員「はい、600円いただきます」
小毬「うわ~すっごく大きいね~」
理樹「いやはや」
理樹(小毬さんも周りの美味しそうな匂いを吟味するのに夢中で昨日のちょっとした出来事も既に頭の隅に追いやられているようだ)
小毬「んふふ……甘いねぇ」
理樹「ふふっ……」
理樹(やっぱり小毬さんにはこの笑顔が一番似合っている)
理樹(しばらく歩いていると前の方に2人の大柄な男と、その真ん中に挟まれた華奢な女の子の姿が見えた。赤いハチマキと剣道着、そしてあの後ろに結んだ鈴のアクセサリーを見るに3人とも僕らの共通の友人だろう)
理樹「おおい、3人とも!」
鈴「ん?おお、2人もこっちに来てたのか」
真人「り、理樹か…それに小毬…よ、よお……」
謙吾「き、奇遇だな……」
理樹「げっ!?」
小毬「う、うえぇ?ふ、2人とも大丈夫なの…?」
理樹(後ろからだと見えなかったが、男2人は両手に曲芸師顔負けの詰め込み方で缶詰を持っていた。よく見るとそれは鈴がいつも猫にやっている『モンペチ』という奴で、僕もセールの日には毎度買い物に付き合わされていたものだった)
謙吾「いや、まあ……俺の方は全く問題はない……っ」
鈴「だ、そうだ。真人の方はどうだ?」
真人「へっ!お、俺だってこんなの余裕のよっちゃんだぜ!」
理樹(ああ、なるほど。鈴は上手く2人の心理を利用した訳だ。どうやら2人がいかにモンペチを持てるかで張り合わせて、自分はその成果を丸ごと頂くという寸法だ)
鈴「いや、しかし本当は理樹にも手伝ってもらうつもりだったんだがな。せっかくのセールだしまだ予備に置いておきたかった」
理樹「いやいやいや!!」
理樹(一体どれだけ買うつもりなんだ……)
鈴「まーもう理樹は小毬ちゃんの物だからな。存分に使ってくれ」
理樹「人を奴隷か何かみたいに言うのはやめてよ!?」
小毬「……………」
理樹「…………ん?」
理樹(鈴がその言葉を言った瞬間、ふと横の小毬さんの瞳が揺れた気がした。しかし一瞬のことだったのでもしかしたら気のせいだったかもしれない。どちらにせよ今はなんともない)
真人「まったくだぜ鈴さんよ!俺だってこういう腰を痛めるだけの効率的じゃねえ筋トレはしたかねえんだよっ!」
鈴「帰りにジュース買ってあげる」
真人「ま、マジで!?うひょーーっっ!」
謙吾「だ、大の高校生が100円で釣られていいのか……?」
鈴「じゃあ2人ともまたな」
小毬「うん…また明日ねっ」
理樹(僕らが別れを告げると3人はそのまま駅の方向に歩いて行った)
理樹「じゃあ僕らも行こうか」
理樹(後ろの小毬さんに声をかけたが返事がなかった。聞こえてなかったのかと思い、後ろを振り向くと、小毬さんはぼうっと鈴達が去った方向を黙って見ていた)
小毬「……………」
理樹「小毬さん?」
小毬「あっ!え、えと……ごめん、なんだっけ…」
理樹「いや、声をかけただけだよ。次はどうしようかなって…」
理樹(今日は小毬さんの調子が出ないのだろうか?やはりどこか上の空になる時があるようだ)
小毬「そ、そうだね……じゃあ次は作戦会議を兼ねて喫茶店でゆっくりしちゃいましょーっ!」
理樹「うん、そうしよう」
理樹(とはいえいつも通りの小毬さんだ。あまり気にしないのが吉だろう)
喫茶店
理樹「………」
小毬「………んふふ」
理樹(現在、小毬さんはお気に入りの喫茶店でお気に入りのパフェを食べている。どうも彼女は甘い物を食べている間はひと段落つくまで口を挟まず目の前の作業に集中するタチの人らしい。僕もデートを重ねる毎に緊張しなくなってきたし、せっかくなので作戦を考えがてら彼女を観察する事にした)
小毬「……………っ」
理樹(小毬さんは今、パフェの中枢までスプーンを進軍させていて、ちょうどコーンフレークの城壁を削りにいっている)
理樹(フレークとすぐ下のプリンを器用にスプーンに乗せると、満足気に口に運んだ。それをゆっくり目を閉じて咀嚼すると心地よさげに飲み込んだ。小毬さんはどの一口も『最初の一口』を食べているかのように大事にする人なので、こういう動作は何度見ても飽きない)
小毬「おいしっ」
理樹(普通のカップルなら、相方が何かを食べていたらここぞとばかりに間接キスを狙うんだろうけど僕はこういう彼女の触れてはいけない聖域のような姿を見るととてもそんな気にはなれなかった)
小毬「…………?」
理樹(そうやって見ていると流石に視線に気付いたのかスプーンの手を止めて僕を見つめ返す小毬さん。何か言いたげだったが、今食べているぶんをよく味合わないまま飲み込もうかどうかで葛藤しているようだ)
理樹「ゆっくりでいいよ。ゆっくりで」
理樹(大人しく僕の言うことに従ってから水を一口飲むと小毬さんは言った)
小毬「理樹君の分も頼む……?」
理樹(自分の分を渡す気はさらさらないらしい。もっとも後から聞くと僕のパフェ代は出すつもりだったようだけど)
理樹「そういえば今日は夜に予定とかある?」
小毬「えっ?ううん、別にないよ~」
理樹「じゃあ今回は晩御飯もここで食べてく?」
小毬「あ……でも理樹くん、いつも鈴ちゃん達と一緒に食べてるんでしょ?悪いよ……」
理樹「気にしないでいいよ。メールで真人から伝えておいてもらうからさ。大丈夫、消灯までには帰るから」
小毬「う、うん……」
理樹(なんとか小毬さんから了承をもらった。これで僕の編み出したデート作戦はなんとか形になりそうだ。よし…恭介、真人、謙吾…みんなの犠牲をなんとか成功の糧に結びつけてみせるよ!ミッションスタートだ!)
あけおめ!今年もリトルバスターズをよろしく
年末年始が忙しくてしょうがないが再開!
公園
カモ「グァッグァッ!」
小毬「ぐあっぐあーっ」
理樹「ふふっ…」
理樹(夕方頃。この時刻の公園は、子供らが去り、カップルが多めとなるスポットだった。今も僕ら以外に何組かそれぞれ楽しんでいるようだ。ここへ来たのはもちろんそれが目的で、こういう周りから恋愛ムードが流れているような場所なら手を繋ぐのも自然に出来るだろうという寸法である)
理樹「ね、小毬さん。ベンチに座ろうよ」
小毬「え?うんっ」
理樹(湖を背にすると、芝生に寝転がって音楽を聴きあっている人達や、僕らのように何かを話し込んでいるのもいた。どれもみんな幸せそうな顔だ)
小毬「うわぁ、みんなこれ付き合ってる人なのかな……」
理樹「かもね。現に僕らもカップルだし」
小毬「あ…うん。そうだった」
理樹「みんなラブラブだね」
小毬「えっ、あっ、うん……」
理樹「うわ、見てっ。あの人なんか肩に手を回してるよ」
小毬「そ、そ、そうですねー……」
理樹「ああいうのってやっぱり憧れちゃうなー」
小毬「えっと……」
理樹(ここだ!)
理樹「小毬さん、もう付き合ってから結構経つしさ……手、繋いでみたいな」
小毬「!」
理樹「小毬さん?」
小毬「え、えっとー……それは……」
理樹(小毬さんは困ったような顔で僕の視線を右へ左へ交わしていたが、そういう仕草も相まってとても愛らしくみえた。もはや、返事を待てる余裕はなかった。先程出した勇気のせいか僕にそのまま手を繋ぐ積極性が出来てしまったのだ)
理樹「小毬さん……」
理樹(小毬さんの右手を僕の左手で、今度はしっかり指を絡めた)
小毬「ひっ……!」
理樹(しかし、またしてもその手が1秒と同じ位置に留まることはなかった)
小毬「い、嫌っ!」
パシッ
理樹「えっ!?」
小毬「私、出来ないよ!」
理樹(小毬さんはそう言うと僕の手を振り払って立ち上がり、そのまま僕から出来るだけ遠ざかるように走っていった)
理樹「こ、小毬さん!」
理樹「ちょっと待って!」
………………………………………
………………………
…
理樹(僕もすぐさま立ち上がって小毬さんの後を追いかけた。周りの人が見守る中、公園を出て住宅街の方まで追いかけるはめになった。流石に相手が相手なので見失うことなく最終的に追いつくことは出来たが、いったいどうしてしまったんだろうか)
理樹「こ、小毬さん!」
理樹(路地の真ん中で立ちすくむ小毬さん。その震える肩から逃げ出したのはおふざけでもなんでもない事が分かった)
小毬「ごめんなさい理樹くん……でも、私、そんなことされる資格なんてないよっ!」
理樹(小毬さんはそう叫ぶと、今まで堪えていたんであろう感情と共に涙をぽろぽろとコンクリートにこぼしていった)
理樹「なんでさ……」
小毬「り……んぐ……り、鈴ちゃんが……鈴ちゃんを裏切ってるから……!」
理樹「えっ……?」
小毬「私、バカになれなかったの……鈴ちゃんは何にも言わないけど、鈴ちゃんも理樹君をずっと見てたこと、ずっと前から気付いてた……気付いてたのに私……」
小毬「理樹君から告白された時、とっても嬉しかった。だけど本当は凄く迷ってたの……ずっと前から理樹君の横にいた鈴ちゃんを差し置いて私がそこに立っていいのかって……でも結局……私、自分のこと考えちゃって……鈴ちゃんを裏切って私……自分の幸せだけ……」
理樹(そういうことだったのか。小毬さんが鈴の前になると様子がおかしかったのも、僕が彼女に触れようとしたら拒否したのも全部、小毬さんの優しすぎる心から来る罪悪感からだったのか)
小毬「だから……理樹君と手を繋ごうとか思ったり、出来なかったから……ううっ…!」
理樹(彼女は足が震え、今にも倒れそうだった。それでも小毬さんは自分を更に鞭打とうとしている。そんな姿を見て僕は半ば無意識に行動していた)
理樹「小毬さん!」
小毬「り、理樹君!?」
理樹(小毬さんを抱きしめた。彼女の身体にはまったく力がこもっていなかった。しかし、僕が抱擁するとそれを全力で拒否しようと体を動かしてきた)
小毬「い、いや……!理樹君!嫌だっ!!」
理樹(無駄な抵抗だった。いくらもがこうとしても今の力ない小毬さんでは数センチでさえ僕から離れることは出来そうにない。僕はそのまま右腕で胸元にある小毬さんの顔を自分の顔に無理やり近づけて、強引に唇を奪った)
小毬「ん……んっ!!……やめっ………ふぅっ……!!」
理樹(全くもって気持ちの良くないキスだった。だが、僕は情熱を込めた。小毬さんがいくら唇を離してもその度にもう一度迫った)
小毬「なんで……っ!んぁ……なんでこんな事するの!?」
理樹「……………」
理樹(問いかけには答えず、ただ小毬さんが大人しくなるまでずっと続けた。それまで小毬さんは何度も僕の背中を引っかいたり胸を殴ったりしてきたが、結局最後まで体勢が崩れることはなかった)
小毬「はぁ……はぁ……んぐっ……」
理樹「……………」
理樹(小毬さんを解放した。お互い、腕で拭うまで口元が涎まみれだった)
小毬「理樹君……どうして……」
理樹「どうして!?」
小毬「ひっ……」
理樹(僕はムカムカしていた。アドレナリンが頭を駆け巡り、誰にもぶつけた事がない程の興奮が全身に溢れた)
理樹「くそっ!そんな事だったのか!そんなことで僕等の間に壁があったのか!」
理樹「ちくしょう!一体僕がどれだけ心配した思ってるんだ!小毬さんはなんだってそこまで自分の幸せを考えられないんだよ!鈴のことなんか関係ないだろ……僕は小毬さんが好きなんだ…他の人のことなんか考えないでよ……」
小毬「理樹君……」
小毬「……ごめんなさい理樹君…私、理樹君のこと全然考えてなかった……私のことばかり考えて……」
理樹「いや……僕の方こそ、勝手に暴走して、ごめん……」
小毬「……………」
理樹「………帰ろう」
小毬「………うん」
電車内
理樹「………………」
小毬「………………」
理樹(帰り道はお互い何も喋らなかった。学校へ戻った時には既に空は暗くなっていた。はたから見れば僕等はなんと冷え切ったカップルに見えただろう。だけど、行きよりも僕らの心はとてもすっきりしていた)
次の日
屋上
鈴「それでもうみんなノミだらけだったんだ!」
小毬「あははっ……」
鈴「そこであたしは………」
小毬「……ねえ、鈴ちゃん」
鈴「……ん、どうした?」
小毬「私……その……理樹君とぉ、私。幸せになってもいいのかなぁ……」
鈴「急にどうしたんだ?まーあたしはいいと思うぞ」
小毬「本当に?」
鈴「ああ。というか幸せになる他道はない。小毬ちゃんと理樹の両方に詳しいあたしが言うんだ。間違いない」
小毬「そっか……ふふっ…」
鈴「なんで笑うんだ!」
小毬「ううん。ありがとう鈴ちゃん!本当に…本当にありがとう」
鈴「ああ。小毬ちゃんが幸せになってくれるとこっちも幸せになるからな」
小毬「あっ、それ私の……」
鈴「あー。良さげな考えだから私もやる事にした」
小毬「あははっ!」
鈴「ふふっ…」
理樹(人というのは必ずどこかですれ違う。運が悪い時にはそのまま冷え切って二度と修復されないこともあるだろう。そういうことにならないための唯一の手段は、お互いがもう一度分かり合おうとする努力をすること。それ以外にないんじゃないだろうか)
終わり(∵)
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