翠星石「キスってどんな味ですか?」 (18)
百合
うん年前に書いたのが出てきたから供養
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昼下がり。高く高くまで澄み渡った抜けるような青空は今日の穏やかな様子を象徴したかのように揺れていた。
その空と違わず過ごしやすい気温もあり珍しく彼女らのマスターであるジュンは外出中、のりは当然のようにラクロス部の練習へと出ており家の中に人の気配は無かった。
とは言えこの家には「人」以外の「モノ」が存在するわけで。平穏とは少々遠いところに位置するのである。
「はぁ…翠星石もいつかこんな風に…」
ぱたり、というよりはどさりと重そうに分厚い漫画雑誌を閉じた彼女、翠星石は惚けたような顔にうっとりと手を当て窓の外を眺めていた。手にしていたのは家の主人とも言えるのりの持っていた漫画。ニンゲン嫌いである彼女であっても少女の心を持つものであるが故かそんなニンゲンのラブストーリーに憧れを写し込んでいたのだった。単純と言えば単純であるがそこに自らを代入することも一般的な楽しみの一つであろう。
「へぇ。君がそういったものに興味があるとは思わなかったな。お相手はやっぱりマスターかい?」
そんな自分の世界に浸っている中かけられる声。
「そ、そんなことねーです! チビ人間なんかとキッスだなんて、あ、あるわけねーです!」
ベッドの上から飄々とした声を投げられた彼女はそちらに向き直り噛み付くように答えるーーこの律儀さも彼女の少女性を表すようで揶揄った本人は楽しんでいるのだがーーそれに気がつかないほどには翠星石も恥ずかしがっているのか。
「違ったかい? でも君がそんなに心を許しているのは彼だけだろう?真紅あたりに聞かれないようにね」
実際のところは真紅もノリやジュンと同じく家にはおらずピクニックーー本人が言うにはティーパーティであり淑女の嗜みであるらしいがーーに出かけていていないので聞かれることは無いだろうが。
「そ、そんなこと言ったら蒼星石だって一緒に読んでたですぅ! 翠星石だけじゃないです!」
尚もにやにやとした表情で追及する彼女、蒼星石も手元の本を丁寧に閉じると椅子代わりにしていたマスターのものである枕からちょこんと降り、居住まいを正して彼女の反撃に応じる。
「違う違う。これはマスターの本…学校に行く手伝いが出来たらと思ってね」
そう言って先ほどまで読んでいた学校指定の教科書を掲げてみせる。当然人形である彼女たちは勉学に触れる機会など殆ど無かったのであるが今のマスターが俗に言うヒキコモリ……から脱却しようとしているのだ。ならばその手助けくらいは、ということか。
「蒼星石はチビ人間との距離が近いですよ。翠星石たちが居てやるだけで十分ですぅ!」
ついさっきまでの自分の失態を棚に上げ自信満々にそうやって腕組みしてみせる彼女。しかしながら胸を張るには胸が、見下ろすにはベッドの分だけ背丈が足りずにやや滑稽でありお世辞にも広いとは言えない部屋に小さな笑いが漏れだした。
「な、何ですかっ! 酷いですぅ!」
自分の誤魔化しが暴露たと思ったのか。はたまたその体に不釣り合いに大人ぶった態度を笑われたことに気がついたのか無機物の顔をほんのりと朱に染めるとベッドの上へと鞄を足場にしてよじ登る翠星石。怒らせる原因になってしまった蒼星石が手を差し伸べているから余計に子供らしく映ってしまっているものだ。
「翠星石がそんなにお熱だとは思ってなかったからさ。取られたくないんだろう?」
意地を張り差し出した手を無碍にされたことに腹をたてるでもなく綽々とそんなことまで言ってのける彼女とペアに扱われるからこそ少々子供らしく見られることがあることに気がついていないのか。距離を縮める翠星石はじゃれつくように蒼星石の帽子に手を伸ばす。
「そんなこと言って蒼星石だって頭撫でられて喜んでるのを知ってるですよ! 翠星石はおねーさんですから」
見様見真似で蒼星石の帽子をそっと外すと小さな手で髪をくしゃりと撫でていく。撫でるというよりはさする、という言葉のほうが正しいだろうか。ドールの均整な顔立ちに不釣り合いに髪の毛は逆立っていく。それを意に介さず意趣返しとばかりにそっと蒼星石はそんな姉の頬に触れて囁きかける。
「逆だよ……僕が嫉妬しているのはこんな可愛い姉がお熱なマスターの方さ」
そんな吐露に翠星石が反応する間もなくその幼い唇を姉の陶器のような肌、その耳へと押し付ける。片割れが意味を理解するまでには若干のタイムラグを要した。それも見越してか己の指をそっと球体である翠星石の手首へと這わせると一度離した唇を、再び耳元へと運び言の葉を紡いでゆく。
「キスの相手は僕じゃ不満かい? ……マスターとの練習でも、代わりでも良いんだ」
そんな風に上目遣いに蒼星石に迫られて戸惑いを押し隠すことすら出来ずに頷くことも突き放すことも選べないままどれほどか時間が流れたかーーもっとも彼女らの時間の概念ほど曖昧なものも無いがーー答えを待つ間にも蒼星石は優しく関節をなぞっていく。彼女の指は軽くひっ掻くように肌を刺激していき翠星石の心を乱していた。
「そ、蒼星石のことは嫌いじゃねーですけど…」
そっぽを向きながら小声で語る翠星石。そのセリフが言い終わるのを確認することもせずに強引に振り向かせられた翠星石の唇は同じくこちらも強引にーー蒼星石の唇が重なられていた。耳に当てられた戯れるようなそれではなく熱く滾った唇同士、その感触が人工の脳を激しく射止めるように刺激していた。
「ん、ふぅ…! んむ…ぅ!」
驚きと息苦しさからシーツを握りしめ顔を背けようと小さな抵抗をするが妹はそれを許さない。追い詰めるように右手を背中、首、肩へと回していく。逃げることを許さないように、もう戻れないように。
蒼星石はそれだけに留まらず口腔内まで貪るように舌を這い入れていく。歯をそっとなぞるように舌を沿わせると喉奥まで唾液を流し込んでいくと翠星石の口元からもお互いの唾液が零れ落ちて、愛するマスターが普段より使い込んでいるベッドへと染み込んでいく。その様子を見てか足先までピンと伸ばした翠星石の姿を楽しむように自虐的な笑みを浮かべた蒼星石は更に左手を胸元のボタンへと手を伸ばしていく。
「プハッ……ま、待つです!」
本人が思っていた以上に強く押し出された両手は片割れの胸を押し退けた。人形の?らしく軽い音をたてて床に転がり落ちた彼女を見て、片一方はやり過ぎたかも知れないと不安げにベッドから彼女を見下ろすくらいしか出来ない。
「あはは…揶揄い過ぎちゃったかな。ごめんよ、翠星石」
腰を叩きつつ立ち上がり、取り落としたトレードマークの帽子を慈しむように優しく指先で払いながらかぶり直す彼女。何事も無かったかのように振る舞うその妹の顔を直視することも叶わずに翠星石は不安げに体を縮こまらせたかと思うと一思いにベッドから飛び降りた。
「さ、そろそろ真紅も戻ってくるです。下で一緒にクンクンを見るですよ」
強がってその心情を隠すようにドアを押し開け振り返りもせずにほんのりと震えた声をかける。彼女はそのまま無かったことにするつもりか。蒼星石もその背中を見送るだけに留めその扉はそっと閉じられた。
「やっぱり君はーーー僕じゃなくてマスターを選ぶんだね」
そう自嘲気味に呟いて零した雫の行方を知るのは彼女を除いては一匹の白兎だけだった。
終わりです
単行本派なので0の発売が待ちきれないものです
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