勇者「デブとハゲと皇帝と」 (189)

キャスター「プピイブァボピャ氏が、何者かによって刺殺されました」

小さな港町に、大きな衝撃が走った。
誰よりも温厚で働き者だった町長のプピィブァボピャ氏が、あっさりと殺されてしまったのだから。
ニュースを読み上げるキャスターの声も、若干ながら震えている。
誰が殺したか、その犯人はまだ分かっていない。
テレビの画面がパッと移り替わり、端正な顔つきの女性アナウンサーが笑顔で掛け声をあげる。

アナウンサー「さ~あ、今日も1日、頑張っていきましょう! レッツゴ~!」

勇者「町長が殺されておいて、何がレッツゴーだ。まったく、ふざけてやがるぜ。ここのテレビ局はよ」

テレビの前でぼやく青年が1人。
重いまぶたをこすって、皿の上に盛られたクッキーの山へ手を伸ばす。

勇者「まったく、命がいくつあっても足りねぇな」

勇者は一人暮らしをしている。
朝は近くの畑で収穫した野菜で料理を作り、食べる。
無論、その畑は全て勇者のものだ。

勇者「明日はデブの野郎、来るかなぁ。メシ用意するの面倒なんだよな」

勇者の隣人であるデブは、働かずにいつも寝てばかり、名前通りの肥満児だ。
ほぼ毎日、勇者の家に押しかけ友人であることを口実に、食事を与えてもらっている。

勇者「あいつの態度にはもう、ほとほと愛想が尽きたよ。できれば、来ないでほしいんだけどな」

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ある日、町長の娘・パプポプが何者かに殺された。
それはすぐにニュースに流れた。
午前2時のことだった。

勇者「なんだ、また殺人事件か……」

その時、画面がパッと変わり、今度は山の崩れる映像が流れた。
次に津波が小さな島を襲う映像、次に猛り狂った牛が闘技場の観客席に踊り込んで、人を突き殺す映像。
矢継ぎ早に様々な映像が流れる。
間違いない、この世界には何かが起こっているのだ。

勇者「行くぞ!!!!」

勇者は荷物をまとめ、デブの家に走って行った。
ドアをドンドンと荒々しくノックする。
それでもデブは出てこない。
多分、デブは夢の世界で揚げ物の海に呑まれているのだろう。
こうなればしかたがない、手段を選ばずである。

勇者は窓を剣で叩き割り、ひっそりと侵入した。
テーブルの上に、昨日デェブが食い散らかしたパンが落ちていた。
物音を立てず、寝室に入る。
そこではデェブがよだれを垂らし、馬鹿笑いしながら寝ていた。
勇者は彼をベッドから引きずり下ろした。

デブ「ん……なんだぁ……?」ムニャムニャ

勇者「荷物をまとめろ!」

デブ「え!?」

デブ「なんでだよ! どっか旅行行くのか!?」

勇者「うるせぇ! 良いからまとめろ! この町を出るぞ! 世界を平和にするためにな!」

デブはのろのろと荷物をまとめはじめた。
数分後、荷造りが済んだらしく、デブは立ち上がった。
勇者とデブは家から出て、町の終わりまでなりふり構わず走ったのだった。

やっと関所に着いた。
町と外界は高い塀で遮断され、扉はかたく閉ざされている。
塀を乗り越えるより他に、町を出る手段はなさそうだった。

勇者「俺が塀の向こうにロープを引っかけて上に登る」

勇者「デブは後から来い。お前は運動が苦手だから俺の支援が必要だろう」

デブ「いやいやちっと待ってくれよ勇者さんよォ! 僕は家でゴロゴロ……」

警官「やいやい! テメェら何もんだゴラ! 待てぇい!」

背後からキィキィ声が聞こえた。
二人をテロリストと見間違えた警官が追いかけてきたのだ。
確かに、深夜に大人の男がたった二人で、暗がりでゴソゴソやっているのだ。
テロリストが爆弾をしかけていると勘違いしても、おかしくない。

勇者「デブ! 乗り越えるぞ! 俺についてこいッ!」

デブ「待ってくれ! 僕の足が言うことを聞いてくれないんだ!」

警官がマシンガンを取り出した。
勇者は華麗な身のこなしで、あっという間に塀の上まで登っていった。
太いロープを垂らし、下にいる無気力な友人に呼びかける。

勇者「デブ! このロープに掴まれ!」

デブ「おう!」ノソノソ

勇者「遅いぞ、デブ! やっぱ腹に駄肉がくっついてるから、登るのがおせぇのか!」

デブ「舐めてもらっちゃ困るなぁ! こう見えて僕、昔は町のレスリング大会で金メダルを勝ち取った男だぜ!?」

パパン! パンパン!

マシンガンが火をふき、塀に無数の穴が開く。

デブ「どわあああ! おっかねぇなオイ!」

勇者「落ち着け、デブ! くそッ警官の野郎、一般市民になんてモン向けてやがんだ」

警官「降りてこい、コラ! じゃないとブッ殺すぞ!」

デブ「ヒエエエ! ワァワァワァワァ!!!!」

勇者「もうすぐだろデブ! マシンガンに怯えんな!」

デブ「勇者! 勇者! 僕、死んじまうのか!? こんなところで死んじまうのか!? 警官のマシンガンに打たれて落下死なんて、あんまりにもダサくて死んでも死にきれねぇよおおお!」

勇者「大丈夫だ、デブ! お前は死なねぇ! あの警官は威嚇射撃をやっているだけだ、早くこっちに来い! 登っちまえば、恐れる必要なんてないぜ!」

デブ「フウッフウッハアッ」

ようやくデブが登り切った時、信じられない光景が目に飛び込んできた。

関所を乗り越えたはいいものの。
勇者と肥満児の前に広がる光景は、想像を絶するほど過酷なものであった。
肥満児が息を切らせながら、弱弱しく呟く。

デブ「ははは、岩と砂しかねぇや……腹減った」

勇者「俺がまだガキだった頃、おばあちゃんがよく話してくれてたな。塀の向こうには緑の草原が地平線まで続いてるって」

勇者「ありゃ、嘘だったんだな……」

デブ「んで、これからどうすんのさ。僕は今、腹がとても減っている。欠片でもいいからパンを口に入れたい気分だ」

デブ「聡明な勇者ならば、僕の言いたいことは分かるね?」

勇者「ああ、分かるさ。でも今デブの願いを叶えるわけにはいかない」

勇者「俺達、何も持たずに家を飛び出して来ちまったんだからな」

デブ「はぁ?」

勇者「俺らの目指す町はハゲーン町。礫砂漠の彼方に光が見えるだろう。あれがハゲーン町の灯台の光だ」

勇者「あそこの権力者に俺の友人がいる。ついたらメシをおごってもらおう」

デブ「今ほしいんだよ!!!! パンが!!!! 肉が!!!!」

勇者「黙れ、俺だって腹が減ってる。お前には少し『我慢』って言葉を教えなきゃならないな」

勇者はロープを垂らすと、デブと共に砂地に下りた。

もぞっ

デブ「んん?」

勇者「おい、どうした。いきなり立ち止まったりなんかして」

デブ「いいや……なんでもないんだ。行こうぜ、僕は腹ペコでグールになっちまいそうだ」

突然、背後でドドッと砂の落ちる音がした。
勇者達が振り向くと、そこには巨大な昆虫がいた。

勇者「なんなんだこいつは……」

その昆虫は九つの複眼を持ち、大きな二本の棘のある腕が特徴的だ。
足は四本あり、いずれも丸太のごとく太い。

デブ「喩えるなら、バカでかいカマキリといったところか! 食えそうなとこある?」

勇者「そいつはシャレかい? なら、笑えねぇな。今の状態でエサになりそうなのは、俺達の方なんだからよ!」

デブ「ほほう、見たところ、昆虫の身長は3m54cmだね」

勇者「なんだって!? かなり大きいじゃないかッ!」

デブ「困ったねぇ、僕ら肝心の武器を持ってないよ。死んじゃうよ……」

勇者「なら素手で闘えばいい! どうせ逃げても食われるだけだ、早めのブレイクファアストが来たと考えればいいさ!」

勇者はまず足を狙うことにした。

勇者「デブ、奴の足を潰して動きを抑えるぞ」

デブ「ま、マジかよ……。下手に刺激したらヤバいんじゃないの?」

勇者「感じるんだ! こいつは怒らないって!」

デブ「ええ~……」

勇者とデブはカマキリの足に、そこいらで拾った石を投げだした。

デブ「いいぞいいぞ! この調子なら、足だけでなく命まで奪えるかもしれねぇな!」

勇者「油断は禁物だ」

『こはかなわじ』と悟ったか、カマキリもどきは鎌を使って地中へと潜っていった。

デブ「なんか、油断とか関係なかったね」

勇者「ま、ざっとこんなもんよ」

勇者とデブが出発しようとした時、背後でまた砂の落ちる音が聞こえた。
さきほどのカマキリもどきである。
性懲りもなく二人を喰らおうとノコノコ出てきたのだ。

デブ「邪魔」

デブはご自慢の腕力を活かして、石をカマキリの頭へ投擲した。
石は見事、カマキリもどきの額に命中し、脳まで突き通した。
砂塵を巻き上げて斃れたカマキリもどきを、デブは食べようと提案した。

勇者「何言ってんだ。そいつの皮には毒がある。焼いても消えねぇ毒があるんだ」

デブ「はぁ? でも君はさっき早めブレイクファアストであると……」

勇者「悪いが、それは俺達のことじゃないぜ。砂地の生き物に対して言ったセリフなんだぜ」

デブ「ちょ、ちょっと意味が分からないんだけど」

勇者「だーかーら、あの化け物が死んだら、その死骸を他の生物が食うだろ? 俺らは砂漠の生き物に朝飯を馳走してやったのよ」

デブ「ああ~ん?」

デブには勇者の言葉がさっぱり理解不能であった。

勇者「のどが渇いた……」

デブ「たしかに、何か飲みたい気分だね。マヨネーズとか」

勇者「そいつはシャレかい? なら笑えねぇな。マヨネーズなんか飲んでも、のどの渇きは癒せないぜ」

デブ「どうかな……アッ! 勇者、見てごらんよこれ!」

勇者「ああん? なんだこの枯草は」

デブ「これはミズソウという。枯れているのになぜか水分が豊富なんだ。毒もないし、飲んでみようじゃないか」

勇者「枯れてるのに、水分豊富? 頭イカれてんのかお前」

デブは飲食物のことなら何でも知っている。
だから太っているのだ。
勇者はミズソウを切り、口に含んだ。
噛めば噛むほど、甘い汁が溢れてくる。
久々に生き返ったような気がした。

数日歩いて、勇者達はハゲーン町に着いた。

勇者「いいか? ハゲーン町の内部には至る所に赤外線センサーが張り巡らされている」

勇者「もし、センサーに触れてしまえばライフルロボットに狙撃される仕組みになっているんだ」

デブ「じゃあどうするんだよ。僕なんか格好の餌食じゃないか」

勇者「そんなことだと思ったよ。それなら四つん這いになって進めばいいのだ」

勇者とデブは四つん這いになってセンサーを潜り抜け、城までやってきた。
ハゲーン町は市町村の一つであるが、何故か城が立っている。
町長が権威を諸地域に示すため、建てさせたものだろう。

デブ「そろそろか……」

城の門をくぐり、ハゲーン町の王に謁見する時が来た。
勇者は、友人でもある王を旅の仲間に加えようと考えていた。
彼の財力があれば、きっと安心して旅を進められるからだ。

大臣「王様の、おなーーりーー!!!」

勇者「あいつが来るぞ、毅然とした態度で迎えるんだぞ」

デブ「え、偉そうな態度を取ったら首を刎ねられちゃうよ」

勇者「面白ェな。そうなったら、斬首される前に自分で首を刎ねるさ。勇者のプライドってやつだ」

デブ「やっぱり、僕は君のことがよく分からないや」

玉座に、つるッパゲの友人が座った。

ハゲ「ハゲーン町第43代マハーラージャ(町長という意味)。ハゲ=エルモア=ファブリーズである」

デブ「町の名前から疑ってたけど、ガチでつるッパゲじゃないか! ハゲが町長をやるなんて、こんなのおかしいよ!」

デブは驚愕し、思わず殴りかかった。
リーブ大臣が止めに入る。

リーブ大臣「コラ! 王様に殴りかかるのは死刑と同等の罪であるぞ!」

ハゲ「まぁよい、大臣は下がっておれ」

ハゲ「久しぶりだな、勇者。朕になんの用か」

勇者「俺の用件はなぁ。ハゲよ! 旅の仲間になってくれないか!? ということだぜ!」

ハゲ「いいぞ!」

デブ「はぁ!?」

リーブ大臣「な、なんてことをおっしゃられます! そんなことをしてはこの町が……」オロオロ

ハゲ「いや、この町にはもう飽きた」

リーブ大臣「何ですとッ!?」ガビーン

ハゲ「よろしく頼むぞ、勇者」

勇者「随分と簡単に決めた様だが、そこがお前のいいところさ」

デブ「なんだよこれ……なんなんだよあんたら、ちょっとおかしいよ! ネジが外れちまってるよォ!」

リーブ大臣「そうです、あなた様が抜けては、誰がハゲ―ン町の長を務めればよいのです!」

ハゲ「そなたがやれ、リーブ大臣」

リーブ大臣「マジか。もうあんたに言うことはねぇや。勝手にしろい」

ハゲは群がる人々を押しのけ、城を出ていった。
勇者一行も彼の後を追って、城を出る。
この時、王の地位をハゲは永久に失ったのだ。

~ハゲーン町武器店~

デブ「へぇ~色んな武器が置いてあるんだね」

勇者「デブにはハンマーがお似合いだな」

デブ「僕が太っちょだからそんなこと言ってるんだ!」

勇者「俺はこの錆びた剣にするが、ハゲはもう決めたか?」

ハゲ「ん? うむ、決めたぞよ。朕は普通の剣にする」

デブ「おい、ハゲ。君はもう王位を失ったんだ。そんな喋り方しなくてもいいんだぜ」

勇者「人は一朝一夕には変われないものさ。デブ、お前が一番よく知っていることじゃないか」

デブ「う……」

勇者は錆びた剣、デブは鉄の玉、ハゲは鉄の剣を選んだ。
会計に出すと、レジの老人は目を丸くして錆びた剣を見つめた。

レジの老人「これは……伝説の剣ですぞ!」

デブ「あんだって!?」

レジの老人「い、いつから私はこんな代物を売っていたのかいやはや……」

デブ「ジイさん、あんた知っていて売っていたのかよ!?」

勇者「待ってくれ、話がかみ合ってないぞ。二人とも落ち着けって」

レジの老人「私はガチで知らんのです。ただのくっそボロい剣とばかり……」

勇者「誰から貰ったんだ?」

レジの老人「貰ったのではありません。店の屋根に突き刺さっていたので、避雷針として使用していたのですが、どうにも使えん」

レジの老人「なので、いっちょ売っぱらってやろうと思ったのです。しかし、よくよく見ればこれはでんせ」

勇者「そうか、では買おう」チャリンチャリン

デブ「おい! あの自慰さんまだ説明中だぜ?」

勇者「言いたいことは理解した。スキップ機能ってやつさ」

しかし、こんなボロい剣を買っていいのか。
錆びている箇所が十か所もあり、ホコリだらけである。
いつ折れてもおかしくない。

勇者「おいデブ、たらいに水をいれて持ってこい。洗ってみよう」

デブ「ケッ。こういう仕事はハゲにやらせるのが一番だよ。彼は貧弱そうだからね」

水で剣の表面を洗うと、それは立派なプラチナ製の魔剣に変貌した。
一瞬、まばゆい光が店内を包みこんだ。
光が消えた後も、魔剣はキラキラと輝いているようであった。

デブ「すげぇな!」

勇者「ようし! では諸君、ぼちぼち出発するとしようか」

ハゲ「出発といっても、どこへ参るのかね?」

勇者「ハゲーン町から北北西に向かって2kmの所に魔物の巣があるそうだ」

デブ「行って何をするんだよ。それよりハゲーン町でメシをおごるって約束、忘れたわけじゃないよな」

勇者「本当なら、ハゲにご馳走してもらう予定だったんだけどな。無理になっちまったよ」

デブ「うぐぐぐ……」

ハゲ「そのことに関しては誠に申し訳ない。せめてそなたらをもてなしてから決断すべきであったか」

デブ「いいからアンタはその変な喋り方をやめてくれよ! 平民のくせに貴族風の喋り方とか意味不明だよ!」

勇者「興奮するな。いらだつ気持ちは分からんでもないが、興奮すれば腹が減るぞ」

デブ「わぁーってるよ! 自分の腕でもかじって我慢するぜ!」

勇者一行はハゲーン町を出た後、北北西に突き進んだ。
しばらくは砂と岩だらけの荒地であったが三日後、壁のような崖に道を塞がれた。

勇者「この崖を越えたら、魔物の巣だ。俺が先に行き、デブを引き上げる。ハゲはしんがりでよろしく頼む」

デブ「あのさぁ……結局さ、僕達はどうして魔物の巣に行くんだ?」

勇者「とりあえず、魔物をブチ殺しに行くためだよな。世界中でテロが発生している間接的な要因の1つかもしれんし」

ハゲ「その通り。芽は早いうちに摘んでおくのが上策なのだ。というわけで、早く魔物をブチ殺しに参ろうではないか」

デブ「腹ペコで動けないんですけど」

勇者「おいおい、道中でイナゴさんざん食ってただろ。あれでも満足できないの?」

デブ「ハハッ、君の頭は本当に『おめでた』だね。昆虫ごときじゃ、僕の腹は膨れやしない」

ハゲ「昆虫はタンパク質が豊富だ。パンより遥かに健康的な食事だったではないか」

デブ「なんでだよ! パンを食わせろよ! 炭水化物がないとエネルギーが作れないだろ! おまけにイライラする!」

勇者「……魔物の巣にはパンが山ほど落ちているらしい」

デブ「まーた見え透いた嘘を。僕はもう騙されないからね!」

~魔物の巣~

勇者「おい、用心して行けよ。武器は持ったか」

ハゲ「フム、禍々しい気が充満しておるな」

デブ「な、なんだか不気味だね。木の枝がこう……荒ぶってるし」

勇者「木の枝くらいどうってことないぜ。ただ、デブの抱えてる鉄球が俺の足に落ちてこないかが心配だぜ」

デブ「大丈夫だよ、僕は君の後ろを歩くから」

魔物の巣は霧が大変濃く、歩いている内に三人は別々の方向へはぐれてしまった。

デブ「お~い、勇者~! ハゲ~! どこに行ってしまったんだよ~う!」

デブ「……これってヤバくないか。完全に僕だけ遭難してるってことじゃないか」

デブ「所持品と言えばこの鉄球に、途中で拾った火打ち石だけ……」

デブ「勇者の嘘つきめ! やっぱり魔物の巣にパンなんて落ちてなかった!」

肥満児は腹立ちまぎれに、近くの草むらへ鉄球を投げつけた。

「アギッ!」

デブ「ヌヌッ!?」

骨の砕ける鈍い音がして、草むらからヨロヨロと一匹のゴブリンが這い出してきた。
思わぬ収穫にデブは、鉄球を火打ち石代わりにして、ゴブリンのステーキを心ゆくまで堪能したのだった。

デブ「へへっ、このダンジョンもそんなに悪くないね」モグモグ

一方、勇者とハゲは行く手を阻む魔物を斬り捨てながら奥へと進んでいた。
魔物の巣とは言っても遠くから見れば、ただの巨大な森である。
方向感覚が狂い、自分がどこを進んでいるかも分からなくなる。

勇者「まさか、こんなに魔物が隠れているとは思わなかった」ズバッ

ハゲ「魔物との激戦は免れぬと入る時点で気がつかなかったのかね?」ドシュッ

勇者「いやね、少しは予想してたけどここまでかと。ホラ見ろよ、道を埋め尽くしちまってるぜ」バキッ

ハゲ「魔物の巣はかつて、新人兵士の修練場として用いられていたという」ガスッ

勇者「へぇ。そんな大人気のスポットなのに、どうして人っ子一人いないんさね?」シャシャシャシャ

ハゲ「最深部に『主』が棲み始めてから、誰も近寄らなくなったと朕は聞いている」スパァン

勇者「『主』ってのがクソ強いから死を恐れて挑戦しなくなったと?」ズドドドドグワッシャーン

ハゲ「否、奴の口車に乗せられてまんまと殺されたそうな」ピシャンピシャンドンガラガッシャァァァァン

勇者「そいつはご愁傷さま。俺達は賢いんで、口車には乗せられないよ」アジュッズyズズズズ

ハゲ「その前に、まずは肥満児を探さねばならぬな」hドォイhcwphdjヲdjd@jwp@dpdジェ@dジェw@dk

しばらく走ると、不意に視界が開けた。
最深部へと到達したのだ。
霧は晴れ渡り、中央に木製の椅子が揺れている。
そして、その椅子に鎮座するフード姿の男が一人。
勇者とハゲがフード男の放つ静かな殺気に圧倒されていると、デェブが駆けてきた。

フード男「おっ血まみれの諸君……」

フード男の第一声を受けて、勇者は自分の服を見下ろした。
確かに服は魔物の血で赤黒く染まっていた。
デブやハゲも同じようである。

勇者「デブ、お前も魔物と闘ったのか」

デブ「そうだぞ。鉄球でブチのめしてきた」

ハゲ「やれやれ」

フード男が椅子から立ち上がり、話しかけてきた。

主「ところで、だ。私はここの森番、すなわち『主』なのだが、諸君らはどうしたいのかね?」

主「魔物の巣を通りたいのかね?」

デブ(おい勇者、こいつなんなんだよ。森番ってやつ?)ヒソヒソ

勇者(俺に聞かれても困る。ただの変態かもしれないし、ガチで森番かもしれない。ここはうやむやにして受け流そう)ヒソヒソ

主「通りたいのか、通りたくないのかはっきりせんか!」

勇者「まぁそういうことですよ」

主「ああ~ん? 通りたいのか?」

勇者「まぁそういうことですよ」

主「通りたいということで良いのだな? ではこれを飲みなされ」サッ

森番が取り出したのは、小さな金色の杯であった。
赤色の液体がなみなみと注がれている。
杯からこぼれた液体が地面に落ちると、白色の煙が立った。

主「塩酸の毒素を強めた塩化ピポ水だ。これを飲めたら通してやってもいいが、どうする」

勇者「塩化……ピポ水……だとッ!?」

森番の足元を見ると、頭蓋骨と思しき骨が転がっている。
以前、ここを訪れた修行者のものだろう。
デブは青白い顔でブルッと震えた。

勇者「おいおい、マジかよ……」

主「ククク……さぁ飲みなさい! この液体には人間の肉を溶かす力があるのだ!」

主「魔物の巣にある樹は全て、溶けた人間の肉体で育っているのだ。バカな修行者が騙されてくれたおかげでな。ナーッハッハァ!!」

デブ「秘密を大声で漏らしちゃうあんたも大バカだけどねー」

主「ヌヌヌ?」

デブ「いや、なんでもないっす」

ハゲ「では、頂戴しよう」

勇者「ヴォイ! ハゲお前、好んで死にに行くこたねぇだろ!」

ハゲ「大丈夫だ。朕には策がある」

そう告げた刹那、ハゲは目の前のフード男に塩化ピポ水を叩きつけた。

主「ぬぁにうぉしゅるッ!!!」

ハゲ「朕が他人から渡された物を飲むと思っているのか? もう少し頭を使ってから罠をしかけるんだったな、森番よ!」

主「だからって投げ返すなど……その発想は……なかった……」

主「ぐぬぬ……この私がァァァァ!!!! ハゲなんぞにィィィ!!!!」

勇者「まだ頭が溶け切ってないな。復活したら困るし、デブ頼むぜ。お前の出番だ」

デブ「合点承知ィ!」

デブは森番に駆け寄ると、鉄球を無表情で落とした。
グシャリと潰れる音がして、森番の呪詛は永遠に終わった。
同時に周囲を囲っていた禍々しい木々が、次々に枯れ果てていった。

デブ「こいつぁすげぇや……」

ハゲ「ふふふ、魅せてくれるのう。森の主、とやらも」

勇者「これで、新たな進むべき道が示されたってことだな」

青空の下、勇者の目の前には地平線まで続く草原が広がっていた。

そよ風を顔に受けながら草原を進んでいると、こんこんと地下水が湧きだしている場所についた。
泉の近くに巨大なニレの樹が1本立っていた。
勇者達は泉で小休憩を取ると、ニレの樹を見上げながら通り過ぎた。

しばらくして。

デブ「見ろよ、またニレの樹が立ってるぜ。しかもさっきと同じで1本だけだぜ」

勇者「本当だ、誰が植えたんだろうな。一里塚みたいな感じで距離の標識的な役割を果たしているのではないか?」

ハゲ「ぬぬっ、こちらにも……ああ、あちらにも! 困ったぞ、勇者よ。朕ら……囲まれておる!」

デブ「樹に囲まれてる!? ば、馬鹿を言え。樹が動くかってんだよ!」

ニレの樹「ぐふふ、お前たちは逃げられない」

勇者「きッ……樹が動いているッ! それにいつの間にか木の枝が剛腕に変化しているッ!」

デブ「信じられない……僕の両目はどうかしてしまったのかい!?」

ニレの樹「久々の人間の肉じゃあ~。樹液が口から垂れてくるわいウホッ」

勇者「あの剛腕に殴られたら痛そ~だな~」

デブ「痛いってもんじゃねぇ、即死に決まってるよ!」

ハゲ「落ち着くのじゃ、二人とも。これを使おうぞ」

ハゲは冷静にバケツを取り出した。
中には赤い液体が入っている。
勇者は目を丸くした。

勇者「こ、これは塩化ピポ水ではないか。どこで手に入れてきたんだ」

ハゲ「湖があったのだよ。そこから少し取ってきた。何かに使えるのではと思ってな」

デブ「では早速、樹にかけてみようぜ!」

ニレの樹「む……それは塩化ピポ水! まさか、何をするやめ……」

樹は次々に溶けていった。

勇者「早く包囲網を突破するぞ! こんな場所にいては、一緒に仲良く溶けちまうからな!」

勇者「ただ、デブは脂肪燃焼の意味合いもかねて残った方が良かったと思うぜ!」

デブ「変な冗談は良してくれ。脂肪だけじゃなくて骨まで溶けちまうよ」

ハゲ「しかし妙であるな。いつの間に朕らを囲んでいたとは……」

勇者「ここから魔物は強くなりますよってか?」

ハゲ「うむ、旅人への警告であるやもしれぬ」

デブ「じゃ、じゃあさ。もう家に帰ろうぜ!」

勇者「ああん?」

デブ「家にはパンもあればふかふかのベッドもある。もう『ヘルシィ』な食べ物を口にしなくて済むんだ!」

ハゲ「昆虫は貴重なタンパク源だ。食通であるなら、知っていてほしい基本知識であったのだが」

勇者「そうだそうだ。その『ヘルシィ』な食い物があってこそ、俺達は今こうして旅を続けられるわけだ」

デブ「そもそも、僕は好きでこの旅に参加してるわけじゃない! 勇者の野郎に無理矢理つき合わされて」

勇者「なら帰るか? 1人トボトボと、暗い獣道を帰っていくか? 言っとくが、鉄球だけじゃ魔物は狩れないぜ」

デブ「ぐ、ぐうううう!!!!」

話が終わる頃、勇者達はニレの樹の包囲網を突破した。

日が暮れる頃、パーティーは星形の奇妙な建物に着いた。
人はおらず、中は暗い。
何かの研究所であるのだろうか。
玄関を過ぎるとすぐ横に、見たことのない魔物の標本があった。
それを見て、デブがハッと思いだしたように叫んだ。

デブ「おい勇者! この建物の名前を思い出したぞ!」

勇者「あんだって!?」

デブ「ここはパピプペポ実験所! 世界中から色々な魔物を集めて、自由に変形させていたんだ!」

勇者「クッ、面白ェな」

ハゲ「魔物を変形させて、どうするのかね? 目的もなしに変形、というわけではなかろうに」

デブ「それは僕も知らんぜ!!」

デブ「ところで、ここは暗いなぁ。誰か電気つけてくれよ」

勇者「電気をつけようとしたが、ブレーカーが落ちてやがる。ブレーカーの位置が分からんから無理だ」

ハゲ「こんなことがあろうと電灯を持ってきた。ありがたく使うがよい」

勇者「礼を言うぜ。これで進むのがだいぶ楽になったみたいだしな」

デブ「ハゲは一見すると汚らしい坊主なのに、なんでも持ってるんだね」

ハゲ「ハゲーンの町を散策している間にくすねてきた」

デブ「え、それダメなやつなんじゃないの……?」

透明な机の上にはガラクタが沢山あった。
そのガラクタの中には人骨とも思えるような物体があり、とても不気味に思えた。
さらに進むと、看板らしき板が立っていた。

勇者「えーと……『ビャンビャン山を登山したい人はこちら』とあるぜ」

デブ「ああ? 研究所なのに登山案内だと? どういうこっちゃ?」

ハゲ「研究所と登山専門店が併設しているのだろう。どうやら近くに朕らの越えねばならぬ山があるようだ」

ハゲ「見てみるだけ損はないだろう」

すると、建物の反対側へ繋がる扉がありそこから冷たい風が吹きこんでいた。
扉は木製で、虫に食われボロボロになっていたのだ。

デブ「ファイファイオウウァッエウウウンアオーウ!」

勇者「ああ? 風が強くて唇がめくれ上がるのは分かる。だが、お前さっきから何を言ってんだ?」

ハゲ「おいおいどうやって進むんだよ~う! と叫んでいるのではないのかね」

勇者「ハゲお前、頭いいな。てか風が強くて髪が……ぶぁっ」

ハゲ「その点、私は心配ご無用。髪がないとかえってすがすがしく感じるものだ」ズンズン

デブ「フヘエ! ハイフ、フンフンフフンへハアフ(すげぇ! あいつ、ずんずん進んでやがる!)」

勇者「もうお前は何もしゃべるな」

勇者「そうだ、この扉を開けて外に出たら風は止んでいるのか?」

ハゲ「その可能性は限りなく低いだろう。この先に強い魔翌力を感じる。強風はビャンビャン山の魔物が起こしていると思われる」

勇者「じゃあ、風を避ける楯が必要になってくるな!」

ハゲ「途中で円形のテーブルを拾ったのだが、これを楯として使えないだろうか」

勇者「うーん。中々の材質だが、問題は俺とお前とデブ、三人収まりきるかだよ」

勇者「俺とお前はガリンガリンだからまだいい。しかし巨漢であるデブは……」

ハゲ「あやつは大丈夫だ。魔物ごときの風で吹き飛ばされる御仁ではあらぬよ」

勇者「そうだな、俺とお前で楯を使うとするか」

扉を開くと、黄昏色の光が風に乗って三人を照らし出した。
目の前には鋸の刃に似た山が天高くそびえ、まるで世界を呑みこもうとしているかのようだ。
一歩、また一歩と慎重に踏みしめていく。
視界の隅で肥満児がのけぞる様子が目に入った。

勇者「あいつ大丈夫か……風に押し負けてんぞ」

デブ(そうだよッ! 押し負けてるよッ! 助けてくれ!)

ハゲ「演技だろう、気にする必要はない」

デブ(おい!)

勇者「しかし、なんだか悪いような気もする」

ハゲ「しっかり楯を構えて! 心の乱れこそ死を招き寄せる最大の食餌なり!」

勇者「は、はいッ!」

ハゲ「それより、ビャンビャン山の麓には村がある。どんな山か村人からレクチャーを受けねばならん」

勇者「ふーん、なら急ごうぜ、そろそろ日が暮れる。1人でも多く、聞いておきたいところだよな」

デブ(あいつら~!)

麓の村を訪れた勇者は、まずそこら辺をほっついている男に質問した。

勇者「ビャンビャン山について知って……」

男「ああ~ん!? んなもん知らねーよハゲ!」

勇者「俺はハゲじゃねぇッ!!!」

ハゲ「まぁまぁ、聞いた人が悪かったのだ」

ハゲ「この村には見たところ、101歳になる老人が住んでいる。その方に伺うのがよいだろう」

~御年101歳の老人の家~

老人「ビャンビャン山に!? もうあそこは宇宙生物に支配されて10年も経つぞ!」

デブ「へん、宇宙生物なんてどうだか。ボケてんじゃねーのか?」

老人「わしの頭は聡明だ! 断じて間違ったことは言ってない! その宇宙生物はバカでかいのじゃ!」

デブ「いかにも妄想って感じの内容だな」

勇者「そう疑いの目で見るな。ビャンビャン山について多くを知りたい俺にとっては神からの啓示、女神の囁きにも聞こえるね」

老人「そうじゃ! わしの頭は聡明であるから、ビャンビャン山についてこれでもかというほど知っておる!」

ハゲ「ご老人、宇宙生物の知能は高いのか?」

老人「おう、高い高い! アイスクリームのコーン並みに高いぞ! わしの頭は聡明であるので、これくらいのことならバッチシじゃ!」

デブ「あ、あん? 何を言ってるんだこの人は……」

勇者「ともかく、聞くには聞けたからレストランにでも行こうか」

デブ「よっしゃあ! やっと肉汁の溢れるステーキが食えるぜ!」

3人はすっかり腹ペコであった。

~レストラン~

デブ「この肉かてぇな! スジとかそういう問題じゃなくて、肉自体が石みてぇにかてぇんだ! シェフが間違って石化魔法をかけたとしか思えねー!」

ハゲ「下賤の者は、いつもこのようなマズい肉しか食っていないのか?」

勇者「う~ん、俺もここまでマズいステーキを食ったことないから、何とも言えないよ」

ハゲ「宇宙生物のせいかもしれぬな」

デブ「おいおいハゲさんよ。まさか君、あの老人の言葉を本気にしているのかい?」

ハゲ「もし、本当に宇宙生物がいて食料の供給を妨害しているのだとしたら」

ハゲ「牛にストレスを与えて肉の質を落としているのだとしたら……」

勇者「あり得る」

デブ「ハァ!? いや有り得ないよそんなバカみたいなこと!」

勇者「ここまでステーキがマズいんだ。どう考えても肉の質が悪い」

勇者「牛が何かにストレスや恐怖を感じて、肉の質が落ちているんだ」

ハゲ「その原因を排除したら、報酬が貰えるかもしれん」

勇者「ま、その時は俺たちゃ山の反対側に行ってるんだけどな」

ハゲ「がはははははは」

勇者「わはははははは」

デブ(は、話についていけねぇぇ)

夕食を済ませて、三人はついにビャンビャン山を登り始めた。
満天の星空を背景に、傾斜のある砂利道を歩いてゆく。
振り返れば、村の明かりが遥か下に見えた。
額の汗を拭うと勇者は近くの岩に腰かけ、おにぎりをズボンのポケットから取り出した。

デブ「なんだい、それ」

勇者「店からくすねたおにぎりだよ。見れば分かるだよ」

デブ「……今食べるんだね」

勇者「行動食にはチョコやキャンディが最適と昔、おばあちゃんに教わった」

勇者「だが俺はおにぎりでいかせてもらうぜ。チョコやキャンディだと食った気がしないんだよな」

勇者「そうだ、デブにもやるよ。ここまでついてきてくれたお礼に」

デブ「え!? くれるの!? いよっしゃー!」

デブ(悪いことだけど……もう知らねぇや!)

デブ「はぐはぐもぐもぐくちょくちょぱくぱく」

勇者「デェブの奴、いい食いっぷりじゃあねぇか。ハゲはなんか食わないの?」

ハゲ「いや、朕は水で結構。もともと小食なのでな」ゴキュ

勇者「だよなぁ、いっつも断食してる感じだもんなお前」

ふと、星々の中でひときわ輝くものがあった。
光球は落ちてゆき、山の頂上に隠れた。
直後、激しい揺れが三人を襲った。
勇者は食べかけのおにぎりを放り出し、正体を確かめるために頂上へ急いだ。

~頂上~

勇者「見ろ! 石が割れるぞ!」

ハゲ「何かが這い出してくるぞ……。あれは、ゴキブリ?」

勇者「ああ、ゴキブリだ。……っておい! ゴキブリが立ち上がるぞ!」

デブ「見たところ、身長は10m74cmだね。僕と勇者が最初に出会ったカマキリもどきが幼児に見えるくらいの大きさだ」

勇者「へぇーイイじゃん」チャキ

デブ「まさか、戦う気?」

ハゲ「このゴキブリは、隕石に乗ってやってきた。こいつが牛にストレスを与えていることは明白であろう」

勇者「くふふ、久々の戦闘ッスか。俺のエクスキャリバーが早く敵を蹂躙したいとウズウズしとりまっせ」コキコキ

デブ「マジかよ……踏み潰されるに決まってんだろ!!」

勇者とハゲが飛び出そうとした瞬間、横合いから黒い影が先に飛びかかり、ゴキブリを襲った。
ゴキブリと同じ大きさのライオンである。
2体の宇宙生物はたちまち取っ組み合いをはじめた。

デブ「おい! 今のうちだ。血が降りかかるかもしれんが、気にするな。逃げようぜ!」

勇者達はゴキブリとライオンの間を通り抜け、下山道に入った。
その途端、再び地面が激しく揺れた。
どこからともなく今度は巨大なタコが現れ、争う二者の仲裁に精を出している。
タコの口から墨が発射され、ゴキブリを撃ち抜いた。
ゴキブリはバラバラになってしまった。

勇者「すげぇ」

デブ「ヴォイ!! 見とれてないで、逃げろよ! 巻き添えなんてくらいたくないよ!」スタコラサッサ

ハゲ「う、うむ」

勇者達は急いでその場を離れた。

下山道に入った三人は、ゆるやかな坂道を下っていった。

デブ「クソッ、クレバスのせいで道が途中で断ち切られてやがる……向こう岸に行くにはジャンプしなければならんぜ」

勇者「ジャンプってもこのクレバス、幅が見たところ10mもあるぞ。普通に飛んでは谷底に落ちるに決まってる」

ハゲ「……逆に、谷底へ飛び込んではどうだろうか」

デブ「ああ? この高さから落ちたら死ぬでしょ」

ハゲ「いや、川が流れているから死なん。試しに朕が最初にゆく。そなたらは待っておれ」ピョーン

デブ「ああっ!」

ハゲはどんどん落ちていき、水しぶきを上げて急流に突入した。

ハゲ「大丈夫だ! 少し体を打ったが、骨が折れるほどではない!」

勇者「あんだって!? それは本当なのか!?」

ハゲ「流れは急だが、岩にしがみついておけば問題ない!」

デブ「はぁ……」

ハゲ「現に朕がこうしてそなたらに呼びかけているだろう! 心配せずにこっちへ来い!」

勇者「分かった! 今ゆくからスペースを空けておいてくれ!」ピョーン

デェブ「無茶やるよなぁ。うちのリーダーさんもよォ」ボヨーン

勇者「……プハァッ! ハァ、ハァ……二人とも、無事か!?」

デブ「足が底に着かないが、なんとか立ち泳ぎしているぜ」ザブザブ

ハゲ「朕も無事じゃ。しかし、本当に流れが速いな。岩を掴まねば簡単に流されてしまうぞ」ザバァ

デブ「てか、流されるとかそういう問題でなくて」

勇者「あん?」

デブ「ハゲの提案で谷底まで来たわけだけど、これからどこを目指して進めばいいんだよ!」バシャバシャ

デブ「あの程度のクレバスなら、近くから手ごろな丸太を持ってきて橋として使えば良かったのに!」

デブ「僕らって本当に馬鹿だね!」グギギ

ハゲ「川あるところに村あり。遭難した際、人里へ出るにはまず川を見つけることが最優先事項なのじゃ」ヒトサシユビピーン

勇者「なるほど、川に落下したのは逆に幸運だったと……」

ハゲ「さよう」

デブ「いや、もしこの川が猛烈に巨大な滝に通じていたら、ドーム型の地下湖に通じていたらどうするんだい?」

デブ「特に後者はヤバいぜ! 日の目が一生、拝めなくなるかもしれんのだぜ!」

ハゲ「その時はその時。臨機応変に対応するのも従者の務めであろう。とにかく今は急流に身を任せ、人里へ出ることが重要だ」

デブ「なんで僕が勇者の従者になってんの!? 主従の関係を結んだ覚えないけど!」

勇者「ゴチャゴチャとうるさいピッグだな。藻を口ン中に突っ込んでやろうか?」

デブ「藻はダメだ。できればパンをお願いしたいね」

川の流れに身を任せた三人は、昆布のように流れ流れて、人里の近くへと出た。

勇者「ハゲの言った通り、川沿いに人里があるぜ。ここで少し休もうか」

デブ「ハァーッ! ここまで来るの生きた心地しなかったよ」

デブ「尖った岩にぶつかるわ、鉄砲水に揉みくちゃにされるわ、藻が足首に巻き付いて溺れかけるわ」

デブ「もう腹いっぱいご馳走を食べないと、僕は地面に頭を打ちつけて憤死しちまうよ!」

ハゲ「まぁそこまで言うことはなかろう。あれを見よ、風に乗って肉の焼ける匂いがするぞ」

勇者「それに、女の子の悲鳴も聞こえるな」

デブ「女だと!? 女がいるのか!? あの村に!?」ズンッ

勇者「いや……女は普通にどこにでもいるだろ……なんでそんな詰め寄るんだ」オロオロ

ハゲ「このパーティー、よく見れば野郎しかおらん。そろそろ若い女の子を投入する時、であるか」

デブ「ヒロインは僕のものだ。世間一般に流通している騎士道物語ではヒロインは勇者のものになる」

デブ「しかし、この旅ではそうはさせない。パンが貰えないのなら、僕がヒロインをパン代わりにしてやる」フフンガフーン!

勇者「落ち着け落ち着け。パンならあとでいくらでもやるよ。まずは村に入って食べ物と寝床を所望しよう」

勇者「そうじゃなきゃ本末転倒だぜ?」

デブ「う……うむ」

~川辺の村~

少女「あたしはただ……」

マッチョ「うるせぇんだよ! 米を耳揃えて返せよ!」

少女「嫌よ! 食べちゃったんだから! 一粒たりとも持ってないわ!」

勇者「かよわい少女に筋骨隆々な男が何を必死になってるんだい」

ハゲ「しっ、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんであろう。ならば草陰に隠れて、しばらく様子を見ようではないか」

勇者とデブとハゲは草陰に隠れた。
助けるつもりはなかったのだが、事の顛末がどうなるか見届けたかったのだ。

マッチョ「米を返せない? ならしかたねぇな……」ニヤリ

少女「……なによ。なにニヤニヤしてんのよ」

マッチョ「貴様を返してもらおうじゃないか」

少女「あたしを返す? 何言ってんのあんたっ……痛い!」

勇者(あっ! マッチョが少女の髪を掴んで引きずり倒したぞ!)ヒソヒソ

デブ(くぅ~! 僕の義侠心がグチュグチュうずいてやがるぜッ! あのマッチョを殴りてぇ!)ヒソヒソ

ハゲ(そなたのだらしない肉体では時間稼ぎにもならぬ。ここは朕に任せておけ)ヒソヒソ

勇者(いや俺だ。伝説の剣を持ってる俺が行くしかないだろう)ヒソヒソ

マッチョ「お前を奴隷として異国に売り飛ばす。お前は美しいから、高値で売れるはずだぜ」

少女「うぅ……ふざげるなッ!!!」

マッチョ「ふざけてないぜェ。強気な女をいたぶるのが大好きなんだよなァ~俺!」

勇者「おいおい、そこのマッチョさんよ。娘さんが嫌がってるじゃないか。放してやれよ」ババッ

デブ(あぁ~、草陰から飛び出しちゃった。ああいうのは僕の役目なのにィ)ヒソヒソ

マッチョ「ああ~ん? 何者だオメェ!?」

勇者「通りすがりの旅人……ってとこかな」フッ

少女「待って、このマッチョは村一番の力持ちよ! たぶんあんたじゃ勝てない! あたしのことは良いから、早く逃げて!」  

勇者「どちらが強いかなんてのは」

勇者「この剣がきっと教えてくれるさ」スラリ

マッチョ「ヒッヒッヒ、見たところそいつはただのボロ剣だ。かぼちゃ1個すらロクに斬れはしまいよ」

勇者「それは……どうかなッ!」バッ

マッチョ「はっは、ってうおッ!? 速ぇ!」ザシュッ

マッチョ「ぬ……ぐおッ。脇腹をすれちがいざまに……斬るとはッ」

デブ(見てみろよハゲ! 勇者の剣が光り輝いているぜ!)ヒソヒソ

ハゲ(なんと! 聖剣のアウラが勇者の基礎能力値を上げ、一瞬で敵の脇腹を斬り裂くという人間離れした妙技を出現させたのだ!)ヒソヒソ

村長「おやおや、随分と外が騒がしいと思ったら、喧嘩かのう」

マッチョ「そ、そんちょ……!」

マッチョ「村長! こいつを潰してください! 潰してくれたら、この女をあげます!」

村長「ほほう、この娘をわしに……」チラッ

少女「見るなよ、くそじじい!」キッ

村長「よかろう、このわしが全身全霊で目の前にいる若武者を成敗してくれようぞ」ソンチョウセントウタイセイニハイルッ

マッチョ(ウヒヒ、変態の力は偉大なりって格言を教えてやるぜ、ガキども!)

村長「喰らえィ! 村長パンチ!」ヒュンッ

勇者「うっ! 重いぞ、このパンチ! 重いぞ!」ガキィン

デブ(まずいぜ! 村長の拳は鋼鉄なのか!? 勇者の剣が火花をあげて弾かれてしまった!)ヒソヒソ

ハゲ(村長の家に代々伝わる伝家の奥義『村長パンチ』。朕も闇市で仕入れた古文書でしか知らぬ、伝説の技じゃ)ヒソヒソ

ハゲ(山一つを簡単に破壊するエネルギーに加え、相手のスタミナを奪う疲労属性もついている。このままでは勇者が負ける!)ヒソヒソ

村長「ほれほれ、その程度か旅人どの! 高貴な剣も、雰囲気も形無しでござるな!」

勇者「う、うう……まずい。デブ! ハゲ! 出てこい、あの娘を頼むぞ!」

デブ・ハゲ「おう! 合点承知の助りんこッ!!」ダダッ

村長「させぬわァ! 『村長回し蹴り』!」グルグルヒュヒュヒュンッ

デブ「オムブァッ!!!」グシャッ

ハゲ「朕に子供騙しの技は通用せぬよ」ヒラリ

ハゲ「さぁ娘よ、勇者殿が戦っている間に朕の背中に乗るのだ!」

少女「いや、いい。あたし、一人で歩けるもん」

ハゲ「なにぃ!? あれだけマッチョから被害を受けていて、歩けると言うのか!?」

少女「あたしから見ると、あんたらの方が危ないよ。ついてきて、良い隠れ家を知ってるんだ」ピョンピョン

ハゲ「あっ! 待ちたまえ!」

デブ「ぐぞぉ……ハゲの野郎、まんまと上手くやりやがって」

デブ「ヒロインは渡さねぇ……僕が必ず手に入れてやる」

村長「まだ生きておるか! 『村長かかと落とし』!」ヒュゴォ

デブ「んばァ!」

~少女の隠れ家~

アーチャー「あたしの名前はアーチャー。貧しい狩人の娘よ。だから、他の人に食べ物を借りていたの」

ハゲ「フム、アーチャーという名からして、そなたは弓を得意とするのだな?」

アーチャー「ええ。弓の腕には自信があるわ。それに、料理の腕もね」

アーチャー「なんか食べる? ゴマ粥とかあるわよ」

ハゲ「はて? ゴマ粥とは一体なにか?」キョトン

アーチャー「ゴマに湯を浸しただけのものよ。米が無い家は、ほとんどゴマ粥で飢えを凌いでいるの」

ハゲ「それは粥というよりはただの湯、なのでは……」

アーチャー「助けてくれてありがとう」ジーッ

ハゲ「礼を言う相手が違うのう。一番最初に飛び出して来た、やけに格好つけた若者がいたろう」

ハゲ「あやつは直情径行だが良い奴でな。困っている人がいるとついつい助けに入ってしまうのじゃ」

ハゲ「朕をあての無い旅へ引きこんだのもあやつじゃ。一見アホらしくても、勇者は何かでっかいことを考えておる」

アーチャー「でっかいことってなに?」

ハゲ「分からん。ただ、あやつの瞳には光が宿っていた。強い意志を秘めた者だけが持つ、聖なる炎じゃ」

ハゲ「もしかしたら、そなたの様な貧しい身分の者がまっとうな生活を送れるよう、世直しを考えているのかもしれぬ」

ハゲ「どうかな? そなたも朕らと共に勇者が世直しする瞬間を眺めたくはないか?」

ハゲ(ここで娘をパーティーに引き入れねば、野郎三人組のまま旅を続けることになる。正念場の到来であるぞ)

アーチャー「えっ、そんな急に言われてもあたし」オロオロ

ハゲ「ここでゴマ粥をすすり一生を終えるか、朕らについてきてご馳走にありつくか」

ハゲ「どちらがそなたにとって幸せであるか、考えてみれば明らかであろう」

ハゲ(エサで釣っているようにも取れるが、この娘に一番効くのは食べ物や財産関連の話!)

勇者「ハゲ! 娘は無事か!?」トビラバーン

ハゲ「おお、勇者! どうしてここが分かったのだ?」

勇者「デブに大体の道を教えてもらった。こいつ意外と抜け目ないんだよな」

デブ「うぐぐ……」ニヤリ

アーチャー「うわぁ、酷い怪我! 待ってて、薬草を調合して薬を作ってくるから」

ハゲ「そなたは調薬の知識もあるのか」

アーチャー「昔、お母さんに教わったことがあって。材料が少ないから期待はしないでよ」

勇者「なんでもいいから早く持ってきてくれ! 無駄話を叩くヒマあるなら調薬しろ!」

アーチャー「……ふんっ」トビラバーン

ハゲ「デブを救いたい気持ちは分かるが、少し言い過ぎではないのかね」

ハゲ「怒って出ていってしまったぞ」

勇者「命を救ってやったんだ、これくらい当然さ! 今度はあの娘が俺らを救う番だ。これでおあいこだ」

アーチャー(なにあいつ! 人が親切に薬を作ってやろうとしてるのに! 悔しい、あんなクズに救われた自分が猛烈に悔しい)ギリギリ

ハゲ「ところで、村長はしっかり倒したのだな? 息の根を止めたのだな?」

勇者「ああ、手強い相手だった」

ハゲ「……朕らは今すぐにでも、この村を出て行かねばならんな」

勇者「は? なんで?」

ハゲ「村長を殺されて、他の者が黙っていると思うか? そなたは間違いなく、勇者などとは認識されておらぬ」

ハゲ「村長が村人から慕われていたら、なおさらじゃ」

勇者「な、なにがなおさらなんだよ」

ハゲ「あの娘も含め、朕らが大罪人であるということじゃ」

勇者「……ッ!」スック

ハゲ「どこへ行く」

勇者「決まってんだろ、外にいるあの子を連れ戻すんだよ。1人で行かせたら確実に捕まる。捕まったらあの娘は……おしまいだ!」

ハゲ「やめておけ、どうせ敵は屈強な男が数人じゃ。ヒョロガリのそなたが助けに入ったところで、完敗するのが見えておる」

勇者「ハゲは知らないようだが、この剣は」チャキッ

勇者「光で俺を導いてくれるんだ。正しい道へとな。俺は死なん。まだ死ねるかよ、新しい世界を見届けてねぇってのに」

デブ「ゆ……う、しゃ……」

勇者「どうした、苦しいのか」

デブ「は……や、く、いけ。ポー、ズ、をとっ、て、る、ひ、ま、は、な、い」

勇者「おうッ!」ダッ

〜村の裏山〜

アーチャー「毒を消す薬草に腫れを抑える薬草、傷口を塞ぐ薬草……っと」

アーチャー「ふぅ、意外と集まったわね」

アーチャー「早く帰って薬を作らないと。捨て身であたしを救ってくれた、太っちょの方に申し訳ないわ」

その時、彼女の背後にぬうっと影が現れた。
自分を痛めつけていたマッチョだ。
なぜ、ここに。

マッチョ「ヒヒッ。やっと見つけたぜ、かわいい弓使いちゃんよォ」ニヤニヤ

アーチャー「……どうやって嗅ぎつけたの。あたし以外は道を知らないはずよ」

マッチョ「ハッ! おめでたい奴だなテメェは。村長まで引っ張り出すほどの騒ぎを起こしといて、テメェを見逃す者がいると思うか? 来いッ!」パチン

マッチョB「ウッへへイ」

マッチョC「ウヒッウヒッ」

マッチョ「この二人がはっきり見てたのよ。ハゲと一緒に森へ消えてくテメェをよ! こいつらは隠密一筋20年のツワモノだ」

マッチョ「音を立てずに尾行なんざ、屁をこくよりも簡単だぜ!」

アーチャー「……それで?」キッ

マッチョ「ああん? なんだその目は?」

アーチャー「あたしをどうするつもり? 晒し首にする? そうでもしないと、村長の気が収まらさそうね」

アーチャー「伝家の奥義をよそ者なんぞにあっさり打ち破られたんですもの。あのクソジジイも大したことない。小物だわ」

マッチョ「黙れィ!」バチン

アーチャー「あうッ! ……図星なようね。女を叩いて気が済んだ? ならさっさと巣に帰りな、汚らわしいドブネズミども」

マッチョ「う、うがあああ!」

マッチョ「このッ! このッ!」ゲスッゲスッ

アーチャー「うぐッ! あぎッ!」

マッチョ「こっちが大人しくしていれば、つけ上がりやがって! だ〜れがドブネズミだッ! ああッ!?」ボスッボスッ

マッチョB「ウヒッ! オンナ、ナグルノ、タノシイ!」ガンガン

アーチャー「あ、あうぅ……」ガクッ

マッチョC「旦那、この女もう気絶しましたぜ。強気な態度の割にあっけねぇもんです」




「そりゃあ、屈強な男が寄ってたかって殴る蹴るの暴行を加えてるんだからな」




鋭い光が一閃した。
立て続けに剛腕が六つ、青空に舞い上がり落ちてゆく。
鮮血が緑の大地を瞬時に赤く染める。
腕を失ったマッチョらは、戦意を喪失し両膝を地に着いた。

マッチョ「テメェは……村長と戦っていたよそ者か!」

勇者「飽きれたもんだぜ、まったくよ。あれだけ痛めつけられて、まだ懲りてねぇんだもんなぁ」

勇者「安心しろ、それでは他人を二度と殴ることもできまい。彼女をリンチした罰だ」

マッチョ「罰だと!? その女は村長を殺す原因を作った、悪女なんだぞ! それに昔、俺たちから借りた米を返してねぇ!」

勇者「過去も未来も見るな。現在、この状況下で彼女はどちらだ? 加害者か? 被害者か? 答えは決まっている」

マッチョB「カガイシャ!」

勇者「被害者だ! アホが!」

勇者「美しい手弱女(たおやめ)を凶悪な男共が囲んで、腹を蹴ったり髪を掴んで頭ごと地面に叩きつけたりする」

勇者「見方によれば、貴様らが縄についていてもおかしくなかったのだぞ!」

マッチョC「ひいッ」

勇者「疾く去ね。二度とそのきたねぇツラを見せるな」

マッチョ「は、はひぃぃぃぃ! ずびばぜんでじだああああああ!!!」ドタドタ

勇者「一件落着、と」フゥ

アーチャー「う……いたたっ!」

勇者「もう目が覚めたのか、見た目に寄らず頑丈なんだな君は」

勇者「暴漢は成敗した。さぁ帰ろう、俺の背中に遠慮なくおぶさってくれ」

アーチャー「帰り道も知らないくせに……よく言うよね。別にいいよ、あたし歩けるから」ムクリ

勇者「おいおい、無理すんなよ。全身あざだらけではないか。それに切り傷もある! そんな体で歩いたらばい菌入るぜ?」

アーチャー「そんなわけない」スタスタ

勇者「破傷風てのがあってなぁ、これはおばあちゃんの受け売りなんだが」

アーチャー「おいてくよ。来たくないなら別にいいけど」スタスタ

勇者「ちょいと待ってくれよ! なぜそうスタスタと歩けるんだ!? 俺には分からんぞ!」

勇者「もうデブやハゲから聞いたかも知れんが、俺はとある町で勇者をやっていた者だ。勇者と気軽に呼んでくれ」

アーチャー「勇者にしては、乱暴な性格してるんだね。さっきあたしに暴言吐いてたし。さっさと薬を作れって」ホッペタプクー

勇者「あ、ああ……それについては謝る。ごめん、気持ちが逸っててそれで」

アーチャー「あんたはあたしを助けてくれた。さっきのでおあいこ。もう謝らなくて大丈夫だよ」

勇者「ただいまー」

ハゲ「やっとか。デブは昏睡状態だぞ」

アーチャー「安心して、薬草を採ってきたの。打撲傷に結構効くと思うわ」

勇者「それよりこの子が危ないんだ。切り傷を作ったまま、裸足で獣道を上ってきたもんだから」

勇者「デブの世話は俺がやる。あんたは早く水浴びをして、身を清めてきてくれ」

アーチャー「余計なお世話よ、あたしの身体はあたしが一番よく知ってる。それにあたしの名前はアーチャーよ」

勇者「アーチャー? 変な名前」

アーチャー「あんた、調薬の知識はある?」

勇者「ないけど」

アーチャー「だったらあれこれ指図しないで。ゴマ粥は残り物だけど、あそこの鍋にあるわ」

勇者「了解、ありがとな」

ハゲ「どこの馬の骨とも知れぬ朕らに、これほどの厚遇をして下さるとは。ハゲーン町の王として、感謝申し上げる」

勇者「悪いけどハゲよ。過去のことは口にしないでくれ。俺らは地位も幸せな生活も捨てた、いわば世捨て人だ。だから……」

ハゲ「ああ、そうだった。そなたに同行している以上、朕は王ではなくただのハゲだ」

ハゲ「朕というのも止めよう。身をやつし、一人称を私にすれば、関所を通る際もただのみすぼらしい僧侶と思われる」

ハゲ「間違っても、ハゲーン町に連れ戻されることはあるまい」

勇者「賢明な判断だ。これからも頼りにしてるぜ、ハゲさんよ」

ハゲ「こちらこそ、新しく生まれ変わった私をよろしく頼む」

アーチャー「ほらどいたどいた! 枕元に座ってちゃ、薬が塗れないでしょ!」

勇者「うわっ! とと……。危ないなぁ、できたらできたで言ってくれれば良いのに」

アーチャー「これで良し……っと!」

勇者「随分ベタベタと塗るんだね。おい、鼻の穴までガッツリ塞いじゃってるじゃんか! 窒息するだろ!」ズボ

アーチャー「薬を塗る際は鼻の穴までしっかりとあますとこなく。あたしの家では代々、そう伝えられてきたわ」

ハゲ「むむむ、しかしこの状態は泥パックより酷い。逆効果なのではないか?」

アーチャー「もし逆効果なら、あたしは今ここにいないわ。幼い頃、一度だけお母さんにこの方法で治療してもらったの」

アーチャー「苦しかったけど、一日過ぎたら嘘みたいに全快。人の身体って本当に分からないものよね」

勇者「泥パックってなんだ」

ハゲ「美肌を保つための方法だ。顔全体に海や湖の泥を塗りたくるのだよ」

勇者「へぇ、もちろん頭にも塗ったのかい?」ニヤニヤ

ハゲ「……毛が無い以上、当然そうなるであろうな」ムスッ

アーチャー「ところで、あんたらこれからどうするの? 行くあてとかあるの?」

勇者「明日あたり村を発つよ。そう長く居座るつもりもなかったしね」

アーチャー「太っちょ……さんは大丈夫?」

勇者「デブね。こいつは馬鹿みたいに生命力が強いんだ。ちょっとの打撲じゃへこたれねぇ」

ハゲ「問題は、この地域の地図を拙僧らが持っていないことだ。今、我々がどこにいるのかさっぱりなのだよ」

アーチャー「そうね、ここから北に進んだ場所に帝都があるわ。帝都は東西流通の要所で人も多いから、地図くらい手に入るわ」

勇者「帝都への道が分からん」ボソ

アーチャー「人に聞くしかないわね」

とっぷり日が暮れ、西方から闇が忍び寄ってきた頃、肥満児はやっと目を覚ました。
何がなんだか、まだ状況が掴めていない彼に、勇者は村長と闘ってからの流れをつぶさに話し、自分らが救った少女の紹介をした。
それから、顔全体に薬を塗られているからあまり動かないようにとも。

デブ「なんてこった! これじゃあ食べ物を口にできないじゃないか!」

勇者「ゴマ粥がある」

デブ「僕がしてるのは固形物の話なんだ! 例えばパンとかね! ベーコンと卵を挟んでオーブンで焼いたアツアツのパンとかね!」

ハゲ「それは贅沢というものだ。ソラト殿は少ないながらも私達を厚遇してくれた。感謝すべきであるぞ」

デブ「あ!? 私!?」

ハゲ「これは失礼。ハゲーン町の王と悟られぬよう一人称を朕から私に変えたのだ」

ハゲ「この絹でできたトーガも、ただの糞掃衣にチェンジしようと思う」

デブ「いまさら何を言ってるんだよ」

勇者「そうそう、デブ。次の行き先が……」

ドッドッドッドッドッ

馬蹄が地を揺るがす。
慌てて外に出ると、はっきりと見えた。
薄暗い山道に見え隠れする、松明の群れ。
村長とマッチョ親衛隊の仇として、村人らが全員で決起したのだ。
悪女を討たん、魔女を討たん。

勇者「ヴォイ! これマズくねぇか!?」

ハゲ「やはりな、早急にここを発つべきであった。荷物をまとめる! 勇者殿は動けぬ肥満児を背負え!」

アーチャー「クッ……!」

ハゲ「アーチャー殿も来い。もう村におることはできぬ。自ら望んで死を賜るか、あるいは私らと共に世界へ臨むか!」

ハゲ「どちらにするか、そなたが決めよ!」

騎馬の動きは予想以上に速かった。
躍動する逞しい筋肉。
飛び散る汗。
黒い土が霧の如く、宙へ巻き上げられる。
村人達は皆、恐ろしい馬の乗り手だ。
厩なんて一つも見当たらなかったのに!

勇者「立てるか? デブ」

デブ「まだ身体の節々が痛むけど、なんとか動けるぜ」

勇者「では酷かもしれんが、自分の足で歩いてくれ。お前は重い。背負っていたら忽ち追いつかれてしまう」

デブ「あ、ああ……頑張るよ」

ハゲ「そなたら、まだいたのか! 騎馬隊はそこまで来ているぞ! ……アーチャー殿は? アーチャー殿はどうした」

勇者「知らねぇ。俺もさっきから姿を見てないんだ。もしかしたら捕まってしまったのかもしれん」

デブ「ああッ! 勇者、後ろッ!」

弓を構えた剽悍な騎馬が一騎、勇者の背後に躍り出た。
2騎が同じ格好で、後に続く。
逃げようにも敵の方が速く、跳ね飛ばされてしまうだろう。
勇者が観念して両目をつぶったその時。

騎馬兵A「ぎゃっ!」

騎馬兵B「うぐぇっ!」

ハゲ「見よ! 騎馬兵が鞍から転げ落ちてゆくぞ! 何者かが矢で騎馬兵の手を射抜いたのだ!」

先陣を切った3騎が射落とされたのを見て、残りの村人は浮き足立った。
いくら騎馬兵といえども、元は土いじりを本職とする農民である。
戦の経験はもちろん、剣をろくに振るったこともない。
そんな雑兵の寄せ集めなど、少し刺激を与えれば簡単に崩れ去るものだ。

騎馬兵D「ひっ退けー! やっぱ怖ぇ!」パカラ

騎馬兵E「おいら、牛の乳搾りさまだやっでねぇっぺよ! 家さ帰るべ!」ドヒュ-ン

騎馬兵F「女房とガキを残して死ぬわけにゃいかねぇもんな!」ダダダ

勇者「殺してないのに、みんな世界の終わりみたいな顔して逃げていきやがる」

ハゲ「して、矢を放った者は誰か?」

アーチャー「あたしよ」ツルヲユビデハジクッ

勇者「君が……手綱を握る騎馬兵の手をピンポイントで射抜いたというのか!?」

アーチャー「えぇ。弓術には自信があるの」

ハゲ「弓に刻まれている紋様の見事なこと見事なこと。鏃は深淵のサファイアで作られている。高貴だ……私も見たことがない」

ハゲ「何故そなたが持っている? 米一粒さえも返せない者がなぜ? よもや、盗品ではあるまいな?」

アーチャー「事故で亡くなったお母さんの形見よ。家財道具一式を全て売り払っても、この弓と矢だけは手放さなかった」

勇者「なんで?」

アーチャー「だって、一時の空腹を満たすためにお母さんの魂を売るなんて、言語道断だもの。人間のする所業じゃないわ」

アーチャー「さぁ、3頭だけど馬も手に入ったことだし、先を急ぎましょう。夜が明ける頃には帝都に着きたいところね」

勇者「えっ、では君は俺達と一緒に……」

勇者が言葉を紡ぎ終えるまでに、アーチャーは馬の腹を蹴って走り出していた。

勇者「少し聞きたいことがあるんだ」ニコニコ

アーチャー「妙にニコニコしてるわね。気持ち悪いからあっち向いてて」ツン

アーチャーの隠れ家がある裏山を抜けて、川沿いをしばらく駆けるとあぜ道に出た。
闇の中を貫く一筋の白線を辿り、松明で足元を照らしながら進んでゆく。
群青色の空に星々が踊り、草むらでは虫の演奏会が幕を開ける。
心の奥にわだかまっていたモヤモヤした感情が、澄み切った空気で綺麗サッパリ洗い流された。
また、勇者は仲間が増えたこともあって密かに高翌揚していたのである。

勇者「どうして村人達は馬術に優れていたんだ? 舗装もされてない山道を馬で登るのは、軍人でない限り至難の技だぜ」

勇者「それに、馬はどっから引っ張ってきた? 厩なんて村には1つも見当たらなかったぞ?」

アーチャー「放牧してるのよ」

勇者「は?」

アーチャー「今は真夜中だから見えないけれど、普段はここら辺や裏山の向こう側で馬や羊の放牧をしてるの」

アーチャー「あたしの村は東から来たトクズ族……遊牧民が定住化した集落だから馬や弓の扱いには長けているわ」

デブ「なるへそなるへそ! だから君は僕にパンをくれるというわけなんだね!」

勇者の前に座る巨漢が喚いた。
ゴマ粥だけでは腹が満たされなかったのだろう。
だからといって、大人しくパンを渡すわけにもいかない。
勇者パーティーは、何も持っていない流浪の民であった。

ハゲ「果たして、帝都に向かう道はこれで合っているのでしょうか」ボソ

勇者「どういう意味だよ?」

ハゲ「行けども行けども建物一つ現れません。夜明けまでに着くとソラト殿は仰られていたが、もし違えれば野宿」

アーチャー「心配しないで。『テングリの瞳』が夜空に強く輝いているから。こっちが北よ」

勇者「あ? 『てんあんちゃら』だって?」

ハゲ「北極星をトクズ族ではそう呼ぶのでしょう。頼むから彼女をそう挑発しないでくれませんか」

勇者「なんで?」

ハゲ「手練れの狩人は、怒らせたら怖いのですよ」ゾッ

勇者「つか、お前口調変わってね?」

ハゲ「より僧侶に近づくためです。違和感があるかもしれませんが、よろしくお願いしますぞ」

〜月が西へと傾きかけた頃〜

勇者「ファ〜……あ〜ねみぃ」シパシパ 

ハゲ「一晩かければ着くとはいえ……ハードな登山を昼間してきた私には……ちと、厳しいのでファッ!?」グラァ

勇者「寝るな。寝たら落ちるぞ」

デブ「ぐぴーぐぴーぐぴー」

勇者「って言ったそばから寝てやがるし! おい起きろ、お前の身体支えながら馬を操るの難しいんだよ」

デブ「ぐおーぐおーぐおー」

アーチャー「ほんっと、だらしないわね」ハァ

勇者「どうしてアーチャーは平気なんだ? 瞼に接着剤でもつけているのか?」ショボショボ

アーチャー「あんた、不眠の番犬ってご存知?」

勇者「知らねぇな、犬に足を噛まれたの?」

アーチャー「トクズ族ではメジャーな忍耐力の訓練法よ。三日間ぶっ通しで草原を走り続けるの。時々乗馬も交えながらね」

勇者「絶対寝る奴いるだろ」

アーチャー「もちろん途中で寝ちゃう人もいるわ。でも、そういった人は訓練終了後に監督から呼び出されて首を落とされる」

勇者「ひゃー、そいつは怖いな」

勇者「ま、俺らは生憎トクズ族ではない。そろそろ休む宿を見つけないと、今後の旅に支障が出るぜ」

アーチャー「宿が見つかれば良いけど。こんなだだっ広い草原のどこにあるのかしら?」

ハゲ「諸君、待ち給え」

勇者「どうした? 何か見つけたか?」

ハゲ「白くぼんやりと光る物が草原の彼方に見えるのですが……あれは何でしょう?」

勇者「白い光? 見えないぜ、全く。眠気で頭がおかしくなったんじゃないの? さっきも変なこと口走っていたしさ」

勇者「ほら、ビャンビャン山を登山した時間のことだよ。お前は昼間だと言っていたが、ありゃ間違いだぞ。多分、午後8時くらいだ」

ハゲ「確かによく思い返してみればそうであった……。やはり、どこかで仮眠をとらばならぬ」

アーチャー「でも、白い光は本当みたいね。あたしも見えるわ。ゆらゆら揺れて……まるで炎みたい。素敵ね」

勇者「民家だったらありがたいな」

ハゲ「そう焦ってはなりません。何もない草原の中、一軒だけポツンと宿があるなど、都合が良すぎる。魔物のまやかしかもしれませんな」

勇者「もしそうなら、戦うだけさ」ピシャ

勇者の馬「ひひぃん」ドドッ

ハゲ「勇者殿! 馬も夜通し歩かされて疲れている。そう鞭で尻をビシバシ殴ったらかわいそうですぞ!」ビシィ

ハゲの馬「ひぃん」バカラッ

アーチャー「言行が矛盾してるわよ! 待ちなさい、あんたたち!」ドゴォ

アーチャーの馬「おぐふぅ!」

白い光はアーチャーが推測した通り、炎が揺れる姿であった。
地面が少し落ちくぼんだ場所に薪が置かれ、炎が舌をちらつかせながら踊っている。
辺りに響く、火の粉の爆ぜるパチパチとした小気味よい音。
勇者は安堵のため息をつくと、焚き火の前に腰を下ろした。
隣に薄汚い格好をした僧侶もあぐらをかく。
アーチャーは眠っているデブを無造作に放り投げ、勇者の反対側に座った。

勇者「……今日は色々なことがあった。いや、あり過ぎた」ホッ

ハゲ「ハゲーン町で拙僧を勧誘してから、魔物の巣、ニレの樹、魔物変形実験室、ビャンビャン山、アーチャー殿との出会い。これ全て、今日あったことですからな」

勇者「明日は帝都に行き、皇帝に謁見する」

ハゲ「皇帝ですと!? 身分もない我らが赴いたところで、門前払いされるに決まっております。賄賂を渡そうにも金がない」

勇者「この光輝く聖剣を見りゃ、誰だって道を開けるさ」スチャ

ハゲ「磨いてないから輝きが鈍っていますな。ボロボロです」

アーチャー「ねぇねぇ勇者」ズイッ

勇者「何だ。もう俺は寝るぞ」マブタコスコス

アーチャー「どうしてあんたは勇者って呼ばれてるの? みんな自然に勇者勇者と言うけど、皇帝から勲章を受けたの?」

勇者「俺は……生まれながらの勇者だ」

アーチャー「ふむふむ、で?」

勇者「……それだけさ」コテン

アーチャー「ちょ、どういうこと!? 説明が少な過ぎて訳が分からないわよ!」

勇者「ぐぅ……ぐぅ……」

アーチャー「え、ええ? まだ話が終わってないじゃない!」

ハゲ「私も休ませていただく。睡魔が今にも意識を刈り取っていきそうだ」

長身痩躯の僧が草原に音もなく倒れこむ。
アーチャーは空を見上げた。
冴え冴えと光る月に表情はない。
ただ少し、青ざめて見えた。

ーーーーーーーー

足元に、黒い物体がある

手に掴むと脆く崩れ、風に攫われていく

これは、ただの燃えかすだ

煙突の内側によくこびりつく、見るのも厭わしいただの、燃えかす

にも関わらず、掌から離れてゆくたびに涙が止まらないのはどうしてだろう?

罪をこうむるのは俺だけで良かった

辱めを受けるのも、俺だけで良かった

なのになぜ





俺は生き残ってしまったのか




今日はここまで

デェブに既視感あるけど書き直し?

>>53
書き直しです
今度こそ完結させたい

〜明け方〜

勇者「わぁああああッ!?」ガバッ

デブ「どうした、勇者!」テッキュウブゥン 

ハゲ「魔物でしょうか!」シャキィィン

アーチャー「戦闘準備オッケーよー」ツルビンビン

勇者「いや、夢だッ!」

デブ「テメェ!!」ゴチン

勇者「あっで! 何しやがる!」

デブ「いきなりデカい声を出すんじゃねィ! おかげで目が覚めて、食ってたパンが消えちまっただろうが!」

勇者「俺だって、好きで叫んだわけじゃない。耳元で酷く寂しそうな声を聞いたんだ」

勇者「どうして俺だけ生き残ったのか、とね。悲しみと怒りと自嘲に満ちた、一言では表せない感じだった」

デブ「なんだいそれ、くだらないったらありゃしないや」

アーチャー「身に覚えはない? 前世の記憶を追体験してるとか」

勇者「前世の記憶なんて、覚えているわけないだろ」

アーチャー「不思議ね……。正夢にでもなったりしたら怖いわね」

勇者「正夢だって?」

アーチャー「そう。あなた以外みんな死ぬの」

勇者「……」ゾッ

デブ「や、やめろよ。僕はご馳走をたらふく食べるまで、絶対に死なないからな」

ハゲ「まぁ、良い目覚ましになりました。早起きは三文の徳。帝都へ急ぎましょう」

デブ「その前になんか食わせろよ」グウゥ

銀色の陽光に包まれて、勇者達は無限に広がる草原をゆく。
ハゲとアーチャーはともかく、勇者とデブの2名はいくらか精悍さが増していた。
最初の町を発ってから、一週間近く。
短い期間にあった様々なことが、2人を成長させたのだ。
不意に、草原の海を黒影が覆った。

アーチャー「見て! ドラゴンよ!」

勇者「おお、流石にでかいな!」

デブ「金と銀のまだらて……食いしん坊の僕でも食べたくないよ」

ハゲ「彼についていけば、そのうち帝都に行けるでしょうか」

アーチャー「ドラゴンの首に月を紋章が刻まれた輪っかがはめられてる。月の紋章は帝国のトレードマークよ」

勇者「じゃあまさか、皇帝はあのドラゴンを飼ってんの?」

アーチャー「そういうことになるわね。きっと異国から取り寄せたんだわ。皇帝は派手好きだから、ケバい動物を揃えているのよ」

アーチャー「後を追いましょう。帝都に着けるかもしれない」ドドッ

デブ「いっちまった」

勇者「なんでまだ会ってもない王様なのに、あれほど詳しいんだろな」

ハゲ「もしや、彼女はかつて王家の一員だったのではないでしょうか? ただの憶測ですがね」

勇者「貧しい生活を送っている彼女が? 考え過ぎだ、バカ」

ハゲ「うぬぬ」

勇者「俺もこんな話題を振ってすまなかった。お先、失礼するぞ。ヤッ!」パカラ

2つの大河に挟まれて、その要塞都市は悠然と佇んでいた。
商隊や巡礼者で賑わう城下町を鋼鉄製の壁が二重、三重に覆い、周囲に堀が巡らされている。
堀と言っても幅は左右を流れる大河並みにあり、跳ね橋程度では到底届きそうにない。
馬車1つがやっと通ることのできる幅の細長い石橋だけが、帝都と草原地帯を結ぶ唯一の連絡路だ。

アーチャー「もともと、この地には『神聖帝国』っていう別の宗教国家があったの」

勇者「神聖帝国? なんだか神をすごい信じてそうな名前だな」

アーチャー「ええ。ご想像通り、宗教の伝道に力を入れていたわ。でもその代わり、軍事がおろそかになっていたの。兵隊の調練はロクに行ってないし、都を囲む塀すらなかった」

ハゲ「フム。しからば、もし外部から攻められるとイチコロですな」

アーチャー「周辺に凶暴な民族がいなかったから、戦争の脅威に晒されなかったのよ。少なくとも、今から100年前まではね」

勇者「100年前に何かあったのかい?」

アーチャー「……何があったか、城下町に入ればすぐに分かると思うわ。さぁ、行くわよ」

勇者「あ、ああ」

勇者が馬を進めると、下から吹く冷たい風が彼の赤い髪をすくっていった。
思わずたじろぐ勇者を置き去りにして、遊牧民の少女は颯爽と歩を進める。
高い所などまったく気にしていないかのようだ。
勇者の馬が急かすように鼻をブルッと鳴らした。

勇者の馬「ひひぃん」

勇者「おっとごめんな。こんな太っちょが首の辺りに座ってるもんだから、早く休みたいのだね」

デブ「おいおい、まるで僕だけがクソ重いみたいな流れになってるが、そもそも2人乗るからいけないんだ」

デブ「勇者は頑丈だし、怪我もしてないから徒歩で追いつけば良かったんだよ!」

勇者「そいつは困るぜ。いくら俺が勇者の血を引いてるからって、歩きで馬に追いつけとは暴論さ」

勇者「さてと、アーチャーの後を早く追おうぜ。ここで立ち止まってちゃ邪魔になるだろうしな」

デブ「おう」

勇者の馬「ひひん!」パカラ

ハゲ「フッ、すっかり勇者殿に馴れておりますな」

ハゲの馬「ブルルッ! グアアアア!!」

ハゲ「……こっちはまだ、躾がなっとらんようですが」ペシペシ

相対して座る竜の銅像に睨まれながら門をくぐる。
石畳の通りが王宮へと一直線に伸び、道具屋や宿屋、鍛冶屋が所狭しとひしめいていた。

勇者「すげぇ……」

朝早くからラクダを数十頭連れた西方の商人が、露天商となにやら舌戦の真っ最中。
トンカチを片手にいそいそと奔走する日に焼けた少年。
店先でガラガラと音を立てながら回るマニ車。
様々な人種が、様々な文化が、帝都では交錯していた。

ハゲ「さながら『文明の十字路』といったところですな」

勇者「アーチャーの言っていた意味が、理解できた気がするぜ」

勇者「確かに宗教に縛られた国じゃ、ここまでの多様性は生み出せなかっただろうよ」

ハゲ「神聖帝国は清貧を国家第一の信条とされたとしています。滅亡して民に活気が戻るとは、何たる皮肉でしょうか」

アーチャー「……」

門番「やいやい! 君達、待ち給え! 門を今さっきくぐった君達!」

勇者「は、はい」

門番「困るんだよねぇ、旅牌も無しに勝手に入ってこられてはさぁ!」

勇者「りょ、旅牌? なんすかそれ……」

アーチャー「旅人なら必ず持ってるパスポートみたいな物よ。まさか、持ってないの?」

勇者「何も携帯せずに飛び出してきた」

勇者「デブなら町を発つ前に荷物をまとめていたから、所持してるはずなんだが」ジロ

デブ「あんっ? どうして僕を見るんさね?」キョトン

勇者「ああ、ダメですね。ハゲは?」

ハゲ「私はただのみすぼらしい僧侶であります。どうして旅牌などと高級な物に手が出せましょうや」

勇者「うーん、ハゲも全てを捨ててきたみたいだし、旅牌はありませんよ」

門番「では、回れ右をして早々に立ち去り給え。牌を持たざるは人にあらず」

門番「帝都の地を踏む価値はないッ!!」

勇者「ちょ、そんな言い方はあんまりなんじゃないすかね!!!」

デブ「そうだそうだ! パンの1つくらい恵んでくれたっていいじゃないか!」

デブ「白パンをくれ! ふわっとした中にモチモチとした食感が微かにする白パンを!」

門番「あんだって!? 白パンだと!? いいぜ、恵んでやる! だがその前に唾でも食らいな!」ペッ

デブ「ぢぐじょお~!」

アーチャー「はぁ~呆れた門番ね。教育がなってないんじゃないかしら」

門番「なんだと? おい小娘、今なんつった」

アーチャー「何度でも言ってあげるわ。あんた、呆れた門番ね。帝都を守る資格なんてないアホだわ」

門番「は? あんまふざけてっとブチ殺すぞゴラ」

???「おやおや、たかが旅人相手に何をムキになっておるのかね」

門番「あなた様は……!」

勇者「……で、門番を諌めに来た人物がまさか」

アーチャー「皇帝様だったなんて……」

デブ「皇帝は着替え中か、早く来てほしいね。食べ物が目の前にあるのに食べられないなんて苦しいよ」

4人は刺繍が施されたクッションに各々腰を沈め、緊張した面持ちでため息をついた。
あの後、どういう訳か勇者達は皇帝に朝食会へ招かれたのだ。
旅牌すらない自分らがどうして、最高権力者に目を留められたのか。
やはり、勇者が聖剣を佩いているのを認めたゆえの待遇か。

デブ「てか、なんで皇帝が単独で外をほっつき歩いとるん?」

アーチャー「ただの視察でしょ、政治熱心なことね。従者もつけないなんて、やっぱりただのバカよ」

ハゲ「こら、陛下に対してバカとは失礼な! 口がひん曲がりますぞ! いや、口だけじゃなく全身もひん曲がりますな!」

アーチャー「だって、あまりに無防備なんですもの」プイ

勇者「……ちょっと素朴な疑問だけど、聞いてもいいかな?」

アーチャー「何よ」

勇者「君は皇帝を随分と見知ったような発言をするね。前に会ったことでもあるの?」

アーチャー「なっ……そんなことあるわけないでしょ! あたしはただの村人Aよ?」

アーチャー「あんたらも見たはずよ、村であたしがマッチョに襲われていたのを。借りた米を一粒も返せず、暴力を受けていた姿を」

勇者「うん、でもなんだか引っかかるんだよね~。君の言葉」

ハゲがその話はやめにしないかと口を開いた時、絨毯を踏む柔らかな足音が聞こえた。

勇者「皇帝陛下のおでましか」

大きな襟付きの黒い衣装をまとった男が、ゆったりとした足取りで玉座へ向かう。
陶器の如き純白の肌、繊細な長いまつげ、キイチゴの様に赤く艶っぽい唇。
金粉の散りばめられた漆黒のマントが微風に揺れるたびに、甘い香りが鼻をくすぐるような、奇妙な錯覚に襲われる。
彼が玉座につくと、両耳の横に括ってある長い髪の束がふわりと一瞬だけ浮き上がった。

デブ「……女?」

勇者「残念だけど、男だ。よく身体つきを見てみろ。肩がちょっとがっしりしているじゃないか」

デブ「う、うむ。胸も平たいな。くううぅうううう」

ハゲ「陛下の前で何をくだらぬことを。早く平服なさい!」ペタンコ

デブ「えっなんで頭下げんの!?」

勇者「俺達より遥かに偉い存在だからだよ。首が飛びたくないなら、変なプライド捨てて下げろ下げろ!」

皇帝「苦しゅうない、苦しゅうない。面を上げてよいぞ、旅の方達よ」

皇帝「ようこそ、我が帝国へ」ニコ

勇者「かわええ……!」

デブ「なんて美しい娘なんだ……!」

ハゲ「私も一晩だけ夜伽を……!」

アーチャー「フン! ほんと、男ってそういうことしか考えないのね。くっだらない!」

皇帝「今朝の一件で汝らも知っているだろうが、朕は早朝の視察を好む」

勇者(やっぱ朕キャラ出てきたな)ヒソヒソ

ハゲ(フフフ、キャラを変えておいて正解でしたな)ヒソヒソ

皇帝「城の外で様々な音が聞こえるのだ」

皇帝「馬車が石畳をゆくガラガラと喧しい音、愛を囁く小鳥らの声、まだ意味の取れぬ異民族の奇妙な言葉」

皇帝「それら全てが朕には愛おしい。自分の国が豊かであること、平和であること、そして……」

皇帝「魔王の脅威に晒されていないこと」

勇者(魔王……?)ピク  

皇帝「この身に実感できたら、なんと素晴らしいか!」

ハゲ「全く同感でございます」

アーチャー「でも、どうやって抜け出したの? 城には近衛兵が配置されているんでしょう? すぐに見つかっちゃうと思うけど」

皇帝「朕しか知らぬ秘密の抜け道があってな。皆が出仕する前に、ちと視察に参っているのだよ」

皇帝「おっと、これは内緒だぞ。大臣にバレたら大変だ。ハッハッハ」

勇者「あの、僭越ながら、陛下に少し伺いたいことがあるのですが」ボソ

皇帝「何でも訊くがよいぞ」

勇者「さきほど仰られていた『魔王の脅威』とは何です?」

皇帝「なんだ、汝は勇者の血統にも関わらず魔王を知らぬのか」

勇者「いや、あの……はい。すみません。知らないっす。俺みたいな無知でどうしようもないクズ、陛下はお嫌いですよね。アハハハハ」

アーチャー「あんたね、もうちょっと返し方ってもんがあるでしょ。今の返事じゃ、完全に性根ひねじ曲がったクソ野郎よ」

皇帝「まぁよい」フッ

皇帝「汝が勇者だからこそ、その剣も主人として選んだのだ」

皇帝「手入れの不届きさから今はただの鉄くずに見えるが、いざ魔王と刃を交えるとなれば太陽よりも強く輝き、勇者の威光を世界にあまねく示すはず」

勇者「しかし、俺は……」

皇帝「剣を見よ。淡い光を帯びているだろう。それが勇者であることの証よ」

勇者「でも」

皇帝「いやぁ、今日は実に愉快だ。勇者と食卓を囲み、雑談しているのだから」

勇者「は、はぁ」

皇帝「そうそう。魔王討伐に赴くなら、強い仲間が必要じゃ」

デブ(強い仲間だと? 僕達では不足だというのか)ヒソヒソ

ハゲ(陛下が直々に紹介してくださるのです。余計なことを言わないッ)ヒソヒソ

皇帝「神聖帝国人の末裔のみを集めた騎士団に、よく戦う者がおってな。魔王討伐に用いようとかねてから考えていた」

皇帝が、華奢な手を静かに二度叩く。
彼の背後にある唐草模様のカーテンが揺らめき、鎧姿の美少女が現れた。
空色の瞳はまるで凪いだ湖の如く静かで、等身大の蝋人形が助っ人に来たかのようだ。

女騎士「陛下の勅命で勇者様の護衛を務めさせて頂きます。よろしくお願いします」ペコリ

勇者「あ、はい。よろしくです。俺は勇者、それで隣にいるのが相棒のデブ」

ハゲ「私はしがない僧侶にございます。こちらはアーチャー殿。私の許嫁」

アーチャー「なにナチュラルにウソ吹きこんでんのよ、このなまぐさ坊主!」

デブ「ふむふむ」

デブ「身長は見たところ163cm、神聖帝国人の末裔、肩にギリギリかからない程度の金髪、空色の瞳、クール系 職業は騎士」

勇者「急にどうした?」

デブ「新たな女の子出現だからね〜。まず手始めに、標的の分析をしてるのさ」

アーチャー「うわ、ちょっと勘弁してよ……」

皇帝「女騎士よ、勇者達に街の案内をしてやりなさい。道具を買ったり武器を新調する必要があるだろう」

皇帝「汝に金貨1000枚の袋を預けておく。くれぐれも、酒宴なぞに使ってはならんぞ」

女騎士「ありがたく頂戴いたします」

女騎士「ではクソニートの勇者様、身の程知らずのデブ様、なまぐさ坊主の情婦であるアーチャー様、みすぼらしい僧侶様、参りましょう」

勇者「ク、クソニートですか」

デブ「ヴォイ! 身の程知らずとはなんだ、身の程知らずとは!」ムキ-

アーチャー「なに情婦って! 口悪くない!? クソハゲが変なこと言うからよ、も〜!」プンスカ

ハゲ「まぁまぁ、陛下が用意をせよと仰るのです。女騎士の指示に従おうではありませんか」

デブ「僕は行かんぜ! こんな感じ悪い奴と一緒にいるより、ここでご馳走を食べてる方がマシだよ!」

ハゲ「ふむ、ならば勇者殿、ソラト殿、私、女騎士殿の4人でタブルデートと洒落込みましょう」

皇帝「それはならぬ。禿頭の汝は後で余の寝室へ参るように。少し話があるゆえ」

ハゲ「え」

勇者「あんだって!? 寝室だと!? やったなハゲ、皇帝は日頃の御勤めでイロイロと溜まっているのかもしれん」

勇者「お前が癒してやるんだ。ははは」

ハゲ「会談の件。つ、謹んでお受けします。どうぞお手柔らかに」ゲソ

アーチャー「ふふ、良い気味だわ」

デブ「ガツガツムシャムシャハフッハフッズルズルズゾゾゾピュルッ!」

皇帝「よく食べる男よの。それほど飢えておったか。ならばもっと食え食え」

皇帝「つまらぬ当て推量じゃが、汝の職業はおおむね戦士あたりだろう。岩の如き屈強な身体こそ、戦士の看板じゃ」

皇帝「宰相を呼べ!」パンパン  

宰相「いかがなされましたか陛下……ウッ! くせぇ! てかきたねぇ! 何だこの豚は!」

豚「ハフッハフッグチョグチョアップ!」

皇帝「老臣の汝がさような言葉遣いをすな。羊を1000頭、追加で買ってくるのじゃ」

宰相「せ、千頭!? そんなにでございますか!?」

皇帝「偉大なる戦士をもてなすには、少な過ぎると思うが」

宰相「羊は貴重な獣です。一頭で金貨が1000枚もするのですぞ! 1000頭も買ったらいくらになると存じます? 財政が破綻致しますぞ!」

皇帝「分かった、もう贅沢を控える。無駄に絹のトーガも注文したりしない。これでよかろう?」

宰相「うぐぐ。生活態度を改めるなら、仕方ありませんね。これきりですからね!」

皇帝「それでよい、それでよい」

ー皇帝の寝室ー

皇帝「汝だけ急に呼び出してすまない。ただ、勇者のことで伝えたいことがあってな」

皇帝「茶を淹れさせるから、それまでは朕のベッドでくつろぎ給え」

ハゲ「陛下のベッドに腰掛けるなど、卑賤の身には過ぎた行為でございます。私は床におりますので、どうぞ陛下がお掛けになって下さい」

皇帝「汝は堅物であるな。では隣にテーブルと椅子が一式ある。そこで話そう」

皇帝「朕の話を、決して勇者に伝えてはならぬぞ。もし彼が思いつめて自殺なぞしたら、魔王討伐から大きく後退することとなる」

ハゲ「デブ殿はともかく、アーチャー殿はなぜお呼びにならないのですか? 彼女も日は浅いものの、立派な勇者の仲間でしょう」

皇帝「愛しているがゆえじゃ」

ハゲ「はい?」

皇帝「アーチャーは朕の妻……皇妃なのじゃ」

ハゲ「皇妃!?」

皇帝「聞こえはいいが、有力な部族を抑えるための、言わば政略結婚のようなものだ。愛の無い、乾き切った契りよ」フッ

皇帝「それでも、朕は精一杯ソラトに愛情を注いだ。財宝なら何でも与えたし、異国より楽団を招いて、彼女をイメージした美しい歌も演奏させた。城の北門に彼女を神として祀るための礼拝堂まで建てたのだぞ」

ハゲ「それは結構でございますな」

皇帝「精一杯……愛してきたつもりだった。アーチャーが去年、城を抜け出すまでは」

皇帝「朕に何が足りなかったのだ!? なぜ、彼女は朕のもとから去ってしまったのだ!?」

皇帝「もしこの場に呼んで、アーチャーが勇者に想いを募らせたら、朕はきっと耐えられぬ。毒酒を呷り、死すであろう」

ハゲ「フム」

ハゲ「私が愚考を申し上げますに、アーチャー殿はおそらく、城の生活に窮屈さを感じていたのではありますまいか。遊牧民という民族性も考えて」

ハゲ「アーチャー殿と数日過ごして分かったのですが、やはり彼女は自由奔放な性格です。金銀財宝に囲まれて、豪華なドレスを着て、おしとやかに談笑する。そのような一般的に貴族と称される人物ではないのです」

ハゲ「陛下のご結婚は決して無意味ではありません。必ずや、後悔のない幸せなものとなるでしょう」

ハゲ「ただ、それを叶えるには陛下自身の行動も問われます。陛下は富を与えることを女性を愛することだと勘違いをしているようですが、そこから改めねばなりません」

ハゲ「心から愛しているならば、相手が本当に求めている物を理解し、且つそれほど積極的に歩み寄らず、そっと見守るものです」

ハゲ「率直に表現すれば、アーチャー殿は陛下の過度な愛情が『鬱陶しい』のかと」

皇帝「ひどい」

ハゲ「これは私の見解ですので、お信じになられなくても結構ですが、陛下がお変わりにならぬ限りアーチャー殿のハートを射止めるのは難しいでしょう」

皇帝「……うむ。汝の諌言、しっかり心に刻みつけた。ちょうど茶と菓子も来たところだ。本題に入ろうぞ」

ハゲの前に置かれたのは、淹れたばかりで湯気が立っている紅茶と、砂糖をまぶした立法体のグミ菓子であった。
紅茶を一口すすると爽やかな味と香りが沁み渡り、図らずもため息をついてしまう。
砂糖菓子も劣らず絶品だ。
口に含むなり、砂糖の甘味と柑橘類の酸味が溶け合ってたちまち消えてゆく。

ハゲ「なんと美味な……」

皇帝「西方の砂漠地帯より仕入れた。どちらも一箱で金貨2000枚。勇者のお仲間をもてなす時が来るとは。とっておいて良かった」

皇帝「紅茶にはわずかながら生姜を刻んである。まぁ積もる話だ。美味い菓子を味わい、ポカポカ温まりながら聞いてもらおう」

皇帝は書斎と思しき奥の部屋に入り、分厚い一冊の本を持ってきた。
少しページを開き、すぐさま閉じると埃がバフッと宙へ舞う。
深緑色の表紙にはハゲには読めぬ、古代文字がつらつらと記されている。

皇帝「建国史じゃ」

ハゲ「建国史ですと? それが勇者と何の関係があるのです?」

皇帝「ざっと100年前、トクズ族の長であるヤグラカルがこの地に栄えていた神聖帝国に目をつけ、10万の騎兵をもって、これを滅ぼした」

皇帝「国を滅ぼすとは、民族を滅ぼすとはいかなることか、汝は知っておるか?」

ハゲ「はい。領地や人民を自国の物にしてしまうことでしょう?」

皇帝「いや、汝は分かっておらぬ」

皇帝「1人残らず民を殺し尽くし、建造物を全て破壊し、『民族がいた』という事実自体を消し去ることじゃ。我がトクズ族は完璧ではないにせよ、それをやった」

皇帝「当時、神聖帝国で流行っていた魔女狩りを、残忍な殺し方という理由で自国の制度とし、神聖帝国民のほとんどを火刑に処したのじゃ」

ハゲ「だから、勇者と何の関係が? ないでしょ?」

皇帝「大アリじゃ!」

皇帝はいきなり立つと、建国史の25ページ目を開き、ハゲに見せつけた。
当然、ハゲには読めない。
首をかしげていると、皇帝は苛立たしげにかぶりを振って舌打ちした。
彼が勢い良くかぶりを振ると、頭の横に結ってある髪の束が両方とも鞭の如く頬を打つ。

皇帝「3行目に、『勇者ト名乗ル者在リ』との記述がある。古びた神聖帝国の鎧を着て、ボロボロの状態で忽然と現れたそうだ」

ハゲ「この勇者は、もちろん今の勇者とは別人ですよね?」

皇帝「そうじゃな。『初代勇者』とでも呼ぼうか」

皇帝「さて、隣の行へ目を移してみよ。初代勇者がその日の内に謎の失踪を遂げた記述がある」

ハゲ「私は異国の古文書など読めません」

皇帝「もうよい! 問題は、初代勇者が消えた3日後に帝国の領内各地で、村が次々と魔族に襲われていることじゃ」

ハゲ「春が来たので発情したのでは?」

皇帝「否! 季節は夏! 加えて当時の魔族は温厚で、人と共存する種もおったそうな」

皇帝「なぜ、穏やかな魔族が流血を好むように変貌したのか。理由は明白」

ハゲ「初代勇者が魔王となりて、魔族を率いていると?」

皇帝「そうとしか思えぬわ。故郷を滅ぼされた恨みでのう」

ハゲ「初代勇者が魔王ですか、にわかには信じがたいですな」

皇帝「だが、可能性は高い。勇者が初代勇者の血を引いているならば、彼は自分の親族を討伐せねばならんことになる」

皇帝「それどころか、勇者も魔王になる素質を持っていることになるのじゃ」

ハゲ「まさか、陛下……」

皇帝「隙を見て、魔族化の兆候が見受けられたならば勇者を殺せ。これは女騎士にも命じてある」

今日はここまで

名前が元のやつになっている箇所(アーチャーがソラトになっている)があります
そこは、どうかご勘弁ください

名前あるのになんでアーチャー呼びなの?

>>70
元々はソラトって名前だったのですが、それだと勇者パーティーの中で一人だけ固有名詞ということで、何を得意とするか分かりにくいかなと

今の名前はアーチャーでお願いしますm(_ _)m

ハゲが皇帝と談話している間、勇者とソラトと女騎士は城下町へ繰り出していた。
無論、魔王討伐の下準備のためである。
白と青を基調にした煌びやかな建物が、門へ続く石畳を挟んで立ち並ぶ。
奇妙な幾何学模様の描かれた建物から、ターバンを巻いた子供らが我先にと出て行く。

勇者「あれはなんだい?」

女騎士「帝都で最も有名な法学院です。塀かを補佐する知識人の養育。暴力だけで国は治められませんので」

勇者「みんな、すげぇ嬉々として出て行ってるけど」

女騎士「たぶん朝食をとりに外出あるいは一旦帰宅しているのかと」

勇者「しっかし美しい校舎だな」

女騎士「見惚れている暇はありません。早くこちらも準備を済まさねば、陛下及び残りのお仲間に申し訳ないでしょう」

勇者「女騎士さんも、この法学院で勉強とかしてたわけ?」

女騎士「個人的な質問には一切答えませんので、ご了承下さい」

勇者「おいおい、俺とお前は仲間だろう? ちょっとくらい個人的な質問に答えてくれたっていいじゃん」

女騎士「わたくしは『勇者様を護衛する任務』に就いているのであって、それ以下でもそれ以上でもありません。もちろん、あなたの仲間でもありません」

勇者「あ……そう、なん、だ」

アーチャー「ほらほら、がっかりしてないで早く装備を買いに行くわよ。女騎士さんは必需品をお願いね。あと金貨500枚貰うわ」

勇者「急にどうしたんだよ、無理矢理パーティーを2つに分けてさ」

アーチャー「あたし、あの女が嫌い」

勇者「女騎士さんは俺の護衛だ。任務をきちんとこなしている、真面目でいい娘じゃないか」

勇者「……さっきのは少し効いたけどね」グスン

アーチャー「普通に仲良く接すればいいのに、ひねくれた返答しかこないんですもの」

勇者「バッサリ斬り捨てられたよ」グスン

アーチャー「あんたも泣かないの! 仮にも勇者でしょ? 皆をまとめるリーダーが弱々しくてどうするの!」

勇者「ご、ごめんなざい」

〜武具店〜

勇者「おい! ちょっと来てくれ! これって最新武器のマシンガンじゃないか!?」

アーチャー「あ〜も〜、人が集中してる時にデカい声で呼びかけないでよ。そうね、魔力を弾丸に変えて打ち出す魔銃型マシンガンよ」

勇者「なんでアーチャーはダガーを選んでるの? お前には弓があるじゃないか」

アーチャー「いざという時、役に立つかもしれないでしょ。そういうあんたもどうしてマシンガンなんか持ってるのよ」

勇者「最初の街を出る際に、警官からマシンガンで出立の祝砲を受けてね。鋼鉄の壁も蜂の巣にする破壊力に舌を巻いたのさ」

アーチャー「くだらないわね。この店はどうやら鍛冶屋も兼ねてるみたいだし、破邪の聖剣を鍛えてもらったら?」

アーチャー「自分では気づいてないみたいだけど……あんたの剣、なかなか終わってるわよ」

勇者「何日も磨いてないしなぁ。うっし、いっちょ頼みますかね!」

鍛冶屋「ヴォイ! ならさっさとブツをよこしやがれ! もたもたすんねィ!」

勇者「ブ、ブツって代金のことかな?」

鍛冶屋「代金は鍛えてからだヴォケ! その鉄屑みてぇな煤けた棒をよこせってんだよ、2回も言わせんな!」

勇者「は、はい!」

鍛冶屋「オルァ! ゴルァ! こんちくしょうが! ブッ壊れろやァ! ドルァ!」ガンガン

勇者「アーチャーは弓を鍛えないのか? お前の弓も終わってんぞ」

アーチャー「はぁ? 意味が分からないので却下」

〜雑貨店〜

女騎士(買い物に出る直前……)

女騎士(陛下に囁かれた)

女騎士(万が一、勇者が少しでも魔族化する兆候を見せたならば、その時はわたくしが彼を斬らねばならぬと)

女騎士(まだ彼が魔王の子孫などと、確固たる証拠もないのに)

女騎士(いや、だからこそ彼らと馴れ合う必要はないのだ。互いに殺す殺される関係にある者と仲良くなったところで、どうにもならない)

女騎士(わたくしは、ただ陛下から任された護衛の任務を完璧に遂行するだけでいい)

雑貨屋「金がすっからかん、ですと?」

女騎士(あら? 何やら揉めている様子)

魔法使い「いや〜ごめんごめん! 喫茶店でコーヒー飲んだらね〜、エヘ☆」

雑貨屋「入店する前に財布をご確認なさらなかったのですか? お客様」

魔法使い「そうだねぇ、転移魔法で財布を取りに行ってくるよ。待ってて!」

雑貨屋「フム、ではそのつばの広い魔女帽を担保として頂きましょう」

魔法使い「え〜! だめだよ! この帽子はボクがボクである証明書みたいな物だから!」

雑貨屋「背負っているハープは?」

魔法使い「小さいとはいえ、ボクの生活を支える大黒柱だよ。だめだめ〜☆」

雑貨屋「勘弁して下さいよ。なら商品を置いていってもらいましょう」

魔法使い「やだよ〜だ」

雑貨屋「おい、いい加減にしろよクソガキ。死にてぇのか?」

魔法使い「その言葉、そっくりそのままお返ししま~っす☆」

女騎士「雑貨屋さん」

雑貨屋「ああ!? 今度は何だね!」

女騎士「合わせて金貨100枚……ご確認ください」

雑貨屋「……ああ、建て替えてくださるんですね。助かりましたお客様! ほら、騎士様にお礼を申し上げなさい!」

魔法使い「ありがと! お金持ちなんだね!」

女騎士「いえ、礼を言われるほどのことはしておりません」

魔法使い「ぐふふ、商品はボクのものになったのだー☆」

雑貨屋「まったく……」

魔法使いを助けた後、女騎士は残りの金貨400枚をきっかり使い、必需品を買い揃えた。

雑貨屋「いつにない出費だが、一体どうしたんさね? また遠征にでも行くのかい?」

女騎士「はい、魔王討伐の任を受けまして」

雑貨屋「陛下も酔狂だねぇ。魔王なんてここ数百年、ほとんど動きがないじゃないか」

女騎士「人に紛れて、機を待っているのではないでしょうか」

雑貨屋「そんな面倒なことするかねぇ」

雑貨屋が遠くを見るような目で呟いたその時、賑やかな通りを悲鳴が駆け抜けた。
直後、逃げ惑う人間の波が一気に雑貨店を飲み込み、通りに面する窓が血飛沫に赤く染まった。

雑貨屋「あ、あああんた、騎士様なら助けに行った方が良いんじゃないのかね」

女騎士「……そうですね」

女騎士が雑貨店の扉を開けて外に出ると、いつもの美しい街はどこへやら。
血みどろの死体が累々と積み重なっていた。
その中に、ひっそりと佇む黒い影。
女騎士は目をみはった。

女騎士「あれは、狼だ」

長身の狼が、片手に携えた曲刀の先から血を滴らせている。
おそらくコボルドの類であろうが、戦闘力が多種に比べて圧倒的に違う。

女騎士「短時間でこれ程の人数を屠るなど、普通の魔族には不可能……」

狼がふと顔を上げ、こちらを向いた。
無言のまま殺気の応酬が交わされる。
剣の柄を握る手に汗が滲む。
下唇を噛み締め、震えを必死に抑える。

女騎士「ぐッ……!」

歴戦の勇者でさえも、膝の震えが収まらないのだ。
幹部クラスの大物に違いない。
先に口を開いたのは、狼だった。

狼「ん? 何か声が聞こえたと思えば、逃げ遅れたアホ野郎か」

女騎士「わたくしは神聖騎士団所属の女騎士だ。駄犬、逃げ遅れたのは貴様の方ではないのか」チャキ

狼「おうおう、オレ様を駄犬呼ばわりとは言ってくれるじゃないの、糞ガキ」

女騎士「名前もモラルもない犬コロを、駄犬と呼んで何が悪い」

レーテ「オレ様の名はレーテ。魔王から直々に20000の兵を任されている魔将軍よ」

女騎士「魔将軍!?」ビクッ

レーテ「魔将軍と聞いて怖気付いたみてぇだな。人間の戦士も所詮、そんなモンか」

女騎士「ふざけるなッ!」

女騎士は腰に吊った聖剣を鞘走らせた。
同時にタンッと軽く地を蹴り、無防備な敵へと一直線に躍りかかる。
白光が弧を描き、コボルドの眉間を狙った。

レーテ「おっと」

レーテと名乗るコボルドも、只者にあらず。
女騎士の突きを難なく弾き飛ばし、ユラリユラリと追撃を避けてゆく。
数十合打ち合ったところで、急にコボルドが曲刀を投げ捨てた。
訝しむ女騎士をよそに、黒影はサッとその場から跳び去った。 

女騎士「逃げるのか! 卑怯だぞ!」

周囲を巡る荒い息づかい。
まだ、敵は自分のそばにいる。
緩やかな楕円を描いて走りながら、自分が見せる隙を狡猾に窺っている。

女騎士「どこから来る……」

女騎士「わたくしは魔王を討伐する身だ。貴様の如き小物に構っている暇はない」

女騎士「しかし、小物といえど魔族を率いる魔将軍。後顧の憂いの無いよう、ここでわたくしがきっちり成敗してやる」

中段に構えた剣が光を点滅させている。
警告……敵が近い!
右に建物から飛び降りる影あれば、左に高く跳躍する影あり。
どこから敵が攻撃をしかけてくるか、流石の女騎士でも予想がつかない

レーテ「こっちだぜ、糞ガキ」

背中に強い衝撃を感じ、女騎士は地面にうつ伏せの状態で叩きつけられた。
右手で首を掴まれ、動きを封じられる。
しかし、彼女も黙ってはいない。
口を塞いでいるコボルドの左手にかぶりつくと、隙をついて拘束を解いた。

女騎士「舐めるなよ、駄犬!」

お返しとばかりに女騎士のアッパーが、レーテの下顎に炸裂する。

レーテ「大分、息があがってきたようだな」ハァハァ

女騎士「それは貴様も同じことだろう」ゼィゼィ

レーテ「残念、まだオレ様は精神的に余裕があるぜ。何故か分かるか?」

女騎士「何故って………」

レーテ「魔将軍のオレ様が、どうして兵を誰も連れてきてないのか」

レーテ「もちろんオレ様が強いという理由もあるが、他にもあるんだぜ」

女騎士「まさか」

レーテ「おうよ。オレ様の兵がそろそろ来るぜ。全方位から、一斉にな」ニィ

女騎士「外道め……」

レーテ「帝都はもう終わりだ。皇帝を道連れにして死ぬのさ!」

レーテ「魔王様の復讐はこれで完遂する。それも、オレ様の働きによって」

レーテ「おい、今の内にオレ様に謝っておけよ。駄犬呼ばわりしてすみませんでした、人間の癖に歯向かってすみませんでした!」

レーテ「奴隷にしてやってもいいぜ? ただし、使い捨ての性奴隷だがな。ワハハハ!」

女騎士「……遺言はそれまでか?」

レーテ「あ?」

女騎士「死ね」ダッ

〜王宮〜

勇者「ただいまー」

アーチャー「おかえりー! じゃないでしょ。なんであんたの家みたいになってんのよ」

ハゲ「おお、勇者殿! 戻りましたか」

勇者「おーハゲか。お前の武器を勝手に選んじゃったけどいいかな?」

ハゲ「錫杖ですか。フム、世捨て人の私には丁度いい。デブ殿には何を?」

勇者「あいつは太っちょだから、とりあえず打撃武器にした。メイスとかいうらしい」

デブ「ヴォイ! ヴォイ! 勇者!」ガツガツ

勇者「まだ食ってんのかよ。汚いからこっち寄るなって。麺のつゆ飛ばすなバカ」

デブ「一人さ、足りなくね?」

勇者「ああん?」

デブ「あのクールな女騎士だよ。君達と一緒に買い物に出たのではないのかね?」

アーチャー「あら、ホントね。一人酒でもしてるんじゃない? 肴は犬の干し肉で」

勇者「ははッ。だったら面白ェな」

ハゲ「しかし念のため、迎えに行った方がよろしいのではないでしょうか」

勇者「それもそうだな」

魔法使い「ふんふ〜ん♪」

魔法使い「ボクはかわいい魔法使い〜とってもかわいい魔法使い〜☆」

魔法使い「でっかい魔女帽とハープがトレードマークの、華麗で小さき戦士さ〜」

ドドドドドドドドドドドドドドド

魔法使い「ん〜? なんだろ、あれ」

猫の魔物「シャアアアアアア!」

猪の魔物「ブルアアアアアア!」

ゴリラの魔物「ウッホァアア!」

ハムスターの魔物「チュチュッ!」

魔法使い「うっひゃ〜レーテのやつ、本当に帝都を攻め落とすつもりだよ」

魔法使い「こ〜ゆ〜のはさぁ〜兵糧攻めにでもしてジワジワ潰した方が簡単で楽しいでしょ〜。これだから脳筋は困るよね〜☆」

魔法使い「魔王様もどこに雲隠れしちゃったのかな〜?」

デブ「どけどけどけ! そこの女!」ドン

魔法使い「きゃっ! いった〜い!」

勇者「クソッ! 魔族が町になだれこんで来ているぜ! 誰が手引きしたんだ!」

デブ「知らん。しかし、女騎士が危機に晒されていることは変わらんぜ!」

勇者「それにしても、お前がここまで必死になるなんてな。ちょっと意外」

デブ「なぜ僕が必死か知りたい?」

勇者「ああ、理由を教えてくれ」

デブ「女騎士はヒロインだろ!? この旅において、ヒロインは全て戦士の役職にある僕の物にならねばならぬ!」

デブ「彼女が死んでしまっては計画が頓挫するではないか!」

勇者「いや、戦士だからヒロインと恋に落ちる云々は、少々おかしいと思うぜ」

デブ「うるせぇ! おいしい白パンをむざむざ捨ててなるものか! 行くぞ、勇者!」

勇者「わ、わぁ〜待っちくり〜」

シーン……

魔法使い「勇者、ね」フッ

魔法使い「ボクも見物しに行こうっと」

王宮でも変化が起こっていた。
魔族の侵攻から逃れるため、暴徒と化した民衆が大挙して押し寄せたのだ。
近衛兵や警備兵が必死に押しとどめるも、それほど持ちそうにない。
東門、西門、南門、北門、全て魔将軍レーテが率いる獣人軍に破られた。
全方向より魔族が襲いかかる様子は、さながら腐りかけの蜜柑に蟻が群がるかのようだ。
帝都はもはや、風前の灯火。
ひとつの帝国史がここに幕を閉じる。
狼の手に、ゆっくりと握り潰されて。

民衆「ヴォイ! この門を開けろ! 皇帝だけ引きこもってんじゃねーッ!」

宰相「陛下、民衆がシェルターに入れさせろと殺到しております!」

皇帝「シェッ、シェルターじゃと!?」

宰相「彼らは王宮を巨大な核シェルターと勘違いしておるようなのです。これも、平和という禄を食んでいた我々への天罰なのやもしれませぬ」

皇帝「勇者はどこにおる! あの肥満児は! 神聖騎士団の女騎士は!」

ハゲ「出て行きましたな」

皇帝「どうすればいいのだ、アーチャー。民衆を鎮めるにはどうすれば……」オロオロ

アーチャー「ふん、臆病者ね」

アーチャー「武器を持て、朕と共に闘おう。たかが獣になぜ怯むか」

アーチャー「……これくらいの鼓舞もできないで、皇帝ですって? 笑わせないでよ」

皇帝「汝は朕の妃であろう。緊急時にこそ妻は夫に寄り添い、励ますべきではないのか」

アーチャー「悪いけど、あんたにかける言葉はないわ」

皇帝「なッ」

アーチャー「あんたの廟号はきっと『恵帝』になるでしょうね。皮肉も交えてね」

ハゲ「2人とも、喧嘩をしている場合ではございませんぞ」

ハゲ「陛下、こうなれば帝都はもう駄目です。南のエディスに落ち延びましょう」

陛下「エディスとは……聞いたことがないな。どんな町なのだ?」

ハゲ「勇者殿の故郷です」

レーテ「オレ様が潜入してから数分」

レーテ「それが、帝都に与えられた命」

女騎士「ごはッ!」

獣の脚が堅牢な鎧を突き破り、柔らかい腹部にまで到達している。

女騎士(なぜ、わたくしは負けたのだろう)

頭がくらくらして、考える気力も起きない。
はっきりしているのは、自分がこれから死ぬということ。

女騎士(わたくしは、神聖騎士団でNo.1だったのに。皇帝から直々に推薦して頂いたのに)

女騎士(コボルトに殺されるなど、生涯最大の恥)

レーテ「じきに歩兵らが来る。オレ様は皇帝の首を獲る大仕事が残ってっから、後はそいつらに遊んでもらいな」

女騎士「嬲り殺しか……最後まで下衆だな」

レーテ「俺が、なんだって?」

女騎士「呪われろ……下衆め」

レーテ「ふーん、決めた。侮辱罪ね。お前は今すぐ殺す」ブゥン





「「ヴォイ、コラ待てよテメェ」」





レーテ「あん?」ジロ

燃えるような赤髪の青年と、大きく腹が膨らんだ肥満児が背中合わせに立ち、どちらもレーテに武器を向けている。
青年は女騎士と同じ、光り輝く聖剣。
肥満児の方は巨大なメイスだ。
対してレーテは丸腰である。
先ほど、格闘戦へ移行する際に曲刀を投げ捨ててしまったのだ。
だが、さほど危機感は感じていなかった。

レーテ「……へへッ」

レーテ「お前ら、マジもんのアホかよ。『かっこいい』ポーズをとっちゃうようなザコ2人で、魔将軍の俺サマひいては魔族軍に勝てると思ってんのか?」

レーテ「おそらく、助けに馳せ参じた白馬の王子様を気取ってんだろうけどよ」

勇者「もちろんそのつもりだ。俺とデブでお前を殺し、女騎士さんを救い出す」

レーテ「ヘッ! どの口がほざきやがる。オレ様には精肉処理場に自らノコノコやってきた、バカ豚2名様(笑)にしか見えねぇ」

レーテ「殺す気にもなれんわ」フッ

勇者「一丁前に笑うな、駄犬が」ピキ

勇者「そこに斃れている美少女は、俺の護衛を引き受けてくれた女騎士だ」

勇者「ニートな俺なんぞの護衛、嫌だったろう。地味な任務で嫌だったろう。どうせなら神剣を掲げて駿馬に乗り、戦場を駆け巡る英雄になりたかったろう!」

勇者「テメェはそれを奪った。彼女の可能性を潰したんだ! そう、まるで不毛な土地で懸命に育とうとする新芽を、ギチリギチリと足の裏で踏みしめるようにな!」

デブ「そうだそうだ!」

デブ「僕にとって、女騎士は白パンだ。ふわっとした外見の中にモチモチとした食感を隠している、偉大な白パンだ! それを君は焼いた! 焼いて殺した!」

レーテ「意味わからん」

ハムスターの魔物「チュチュッ! レーテ将軍、無事でチュか〜!」ドドドド

レーテ「おお、ハム夫か! ちっとこいつら捻り潰してくれ! 500人も率いてりゃ、2人くらい余裕だろ!」

ハム夫「了解でチュ!」

ハム夫「とチュげきィ〜!」

魔族軍「ウオオオオ!!」

ドドドドドドドドドドドドドドドドド

レーテ「ありゃあ死んだな、良いザマだ」

レーテ「悪く思うなよォ。こっちは魔族、そちらは人間。オレ様のご主人様が憎むべき存在と断言した種族」

レーテ「根絶やしにするのが普通だろ?」

狼が踵を返し、立ち去ろうとしたその時。
ひしゃげた肉塊が2、3個レーテの目前に、鈍い音を立てて投げ出された。
レーテが足を踏み出す度に、落ちてくる肉塊の数は増える。
何が、何が起こっているのだ。

ハム夫「みんな、退却で……ブグォッ!」

ゴリラの魔物「な、なななななな、ギャ!」

猫の魔物「ダメだ、こいつら普通じゃないですぜ将軍! 鬼だ! 助けて! あああああ!」

デブ「ドルァ! オルァ! 邪魔だァ!」

群がる魔物を肥満児がメイスで吹き飛ばし、道を切り開いている。
歯をきつく食いしばり、眦を裂き、返り血を全身に浴びて棍棒を振り回すその姿は、まさにオーガと称しても遜色ない。
赤髪の青年も女騎士を背負いながら、迫る敵を回転斬りのコンボで屠る。
500人をたった2人で相手取るとは、なんたる猛者か。

レーテ「さっきの女騎士とはまるで格が違う……フヒッ」

レーテ「フヒフヒフヒフヒフヒフヒ」

レーテ「フヒッフヒッ! やべぇよォ、闘いたくなってきちまった。フヒッ! 武者震いってヤツだぜ、こいつぁ……」

レーテは落ちていた自分の曲刀を取ると、兵を始末し終えた2人に対峙した。
一陣の風が通りを吹き抜ける。
こいつらを、オレ様の手駒にしたい。
レーテは勇者とデブの雄姿に、すっかり惚れ込んでしまっていた。

レーテ「ハム夫はオレ様の片腕だったハムスター。それを打ち倒すたぁ、やるねぇ」

勇者「次はテメェの番だ。俺の仲間を殺しておいて、無事で帰るとは話が良すぎる。払うモン払ってから帰ってもらおう!」

勇者が台詞を紡ぎ終える前に、デェブが無言で打ちかかった。
金属音が響き、飛び散る火花で双方の顔が一瞬、蒼く照らし出される。
近くの建物が衝撃波により崩壊した。

レーテ「遅ェな!」

レーテは瞬時に足払いをしかけ、転んだ巨体の鳩尾に正拳突きを叩き込んだ。
刹那。
右耳が空気の揺らめきを察知しバク転すると、頭のあったところをメイスが唸りながら通り過ぎてゆく。
あれを食らえばひとたまりもないだろう。
けれども、分はレーテにある。
手に取るように、次の攻撃が分かるからだ。
神より授かった野生の勘もあるが、そもそもデブの動きが緩慢過ぎる。

デブ「ゴラァ! アァ! ホワァ!」

レーテ「力はあるが、鈍いなお前」

一撃必殺の打撃を刀身でうまく受け流し、隙だらけの脇腹に数発ジャブを食らわせる。
殺すつもりはない。
力の差を見せつければいいのだ。
遂にデブが地に膝をついた。

勇者「大丈夫か、デブ!」

デブ「まだいけるぜ! 勇者は早く女騎士を止血してくれ! 死因が失血なんて、僕も彼女も洒落にならんぜ!」ブン

勇者「俺は止血ができん! 腹に穴が空いてんだぞ! どうすればいい!」

デブ「知らんぜ! とにかく僕はこの犬を片付ける。勇者は近くの薬局にでも行って治療道具を奪ってくるんだ! ドルァ!」ガキン

勇者「ちょっと待て、お前もよく見りゃボコボコではないか! どけ、俺がやる!」

デブ「嫌だね! ちぇい!」ヒュッ

勇者「なら俺も! ちぇい!」ビュン

勇者の聖剣とデブのメイスが、一気にレーテの曲刀へ振り下ろされる。
魔将軍に与えられた選択肢は、防御のみ。
対抗すれば、死は免れぬ。
だが、これは一体どうしたものか。
曲刀は半ばから折れ、破邪の聖剣が哀れなコボルドを肩から胸にかけて斬り裂いた。
デブのメイスは少し外れて、地面に大きな亀裂を走らせた。

レーテ「ぐ……わッ」

勇者「手ごたえあったぜ!」

レーテ「負けなんて認めねぇ、断じて負けなど認めねぇ! 俺は魔将軍レーテなり!」

勇者「まだ生きてんのか!」

デブ「今だ、勇者! トドメを!」

勇者「おっし」

レーテ(クソッ……)

魔法使い「ちょ〜っと待ったぁ!」

勇者「ああん? 何だテメェは」

デブ「この子、さっき僕達が突き飛ばした魔法使いちゃんだ。乱暴な口調はよせ」

デブ「ねぇねぇ、なぜ僕達はコボルドの処刑を中止せねばならぬのかな? こいつは魔将軍だよ? 討ち取れば大手柄だよ?」

魔法使い「う〜んとね、率直に言うとボクの仲間だからだよ。エヘへ☆」

勇者・デブ「「あんだって!?」」

魔法使い「勇者クン演説してたよね〜。仲間の可能性がうんたらかんたら♪」

魔法使い「レーテはどうしようもない奴だけど、ポテンシャルは高いと思うんだよね。秘めたる能力みたいな? フフフ☆」

魔法使い「だから、こいつはボクが回収してくね〜。久々に面白い物が見れたよ」ズズ 

勇者「待て! テメェは何者なんだ!」

魔法使い「あ、そうそう」

魔法使い「人間が治める帝都は今日でおしまい。みーんな人間は死んで、めでたしめでたし。じゃね、バイビ〜☆」ズズズズ

手負いのコボルドを抱えた魔法使いは、黒煙と共に2人の前から姿を消した。
門は解き放たれ、後陣の魔族が続々と列をなして荒れ果てた街を行進してゆく。
襲撃を嘆く者も、憤激する者もいない。
今宵、帝都は陥落したのだ。

玉座に1匹、狼が腰かけている。
輝く王冠と対照的に、勇者に斬られた傷は治療したものの、まだ生々しく残っていた。

レーテ「……ハァ」

その顔は渋い。
将軍から皇帝といった異例の昇進に、どう反応すべきか困惑しているようだ。
加えて、彼の心の中には未だに勇者とデェブの闘う姿が映写機の如く、カタカタと音を立てて何度も流れている。
朝から帝都を攻めて、夜までかかった。

レーテ「たかが平和ボケした街ひとつ、たとえ守備が堅固でもブッ潰せると踏んでいたのに」

自分が城下街に潜入して数分を合図とし、全方位から一斉に圧殺する作戦。
門を打ち破り攻め込むまでは良かったが、その先が悲惨だった。
宰相の指揮する近衛軍が、予想以上の働きを見せたのだ。
なんとか全滅させたものの、魔王軍も半分ほど持っていかれた。
それから、片腕であるハム夫を屠り、自分を斬った赤髪剣士と肥満児の存在。

レーテ「……魔法使いがいなければ」

レーテ「ハム夫と同じ道を辿っていた」

レーテ「勝っても嬉しくねぇ……結局、皇帝も取り逃がしちまったし」ギリ

魔法使い「ププッ、そーだね☆」ボゥ

レーテ「ま、魔法使い!? いつからそこにいやがったんだ!?」ビクッ

魔法使い「ずーっと前からだよ♪ レーテが悩んでる姿が面白くて面白くて☆」

レーテ「面白いだァ? 喧嘩売ってんのか」

魔法使い「まぁまぁ落ち着いて。せっかく玉座がキミの物になったんだからさ。景気付けになんか宴でもパーッとやろうよ」

レーテ「……どうして魔法使いは玉座をオレ様に渡したんだ? 元の関係なら、オレ様でなく魔法使いに権利があるだろう」

魔法使い「あ〜人間だった頃の? くだんないこと気にするね、キミって」

魔法使い「あのね、ボクは玉座なんて冷えた鉄塊なんぞいらないの。魔王だけがいれば、ボクは幸せなんだ♪」

魔法使い「そして今日! ボクは魔王へ近づく偉大なる第一歩を踏み出したのだぁ!」デデ-ン

レーテ「どういうことだよ」

魔法使い「魔王がいた」

レーテ「魔王がいただと? どこだ、なぜ知らせてくれなかった!」

魔法使い「まだ眠ってたし、キミが見てもどうにもならないからいいよ」

魔法使い「ヒントを言えば、もうキミは会ってる。加えて刃も交えてる」

レーテ「オレ様が闘ったのは赤髪剣士と、肥満児と、女騎士だけだ。まさか、その中にご主人様がいるってのか」

魔法使い「う〜ん……そうかもね☆」

レーテ「確定要素がないなら言うな。まったく、期待させやがって」ケッ

魔法使い「ま、そんな訳でボクは旅に出ます! いずこへ消えた魔王を探す長い長い旅! 帝都はキミに任せておくね☆」

レーテ「魔王を探すんなら、ついでに封印されてる戦士も開放してやってくれ」

レーテ「100年もずっと、孤独に立ち尽くしたままなんだ」

魔法使い「ダメだね」

魔法使い「彼は魔王の命令に背いた。封印も魔王が自らの意思でしたこと」

魔法使い「戦士を呪縛から解放できるのは魔王しかいない。もっとも、本人にそんな気は毛頭ないだろうけどね〜☆」

レーテ「やはり無理か……クソッ!」

魔法使い「んじゃ、無駄話はここまでにしたいんで、そろそろお暇しま〜っす☆ 吉報を待て!」ズズズゥ

謁見の間には、王冠をかぶった狼だけが残された。
静寂を保つ闇に向けてため息をつく。

レーテ「戦士もいねぇ、魔法使いもいねぇ、おまけにご主人様もいねぇ。目前に誰もいない玉座なんざ、魔法使いの言う通りただの冷えた鉄塊なのかもしれねぇな」

レーテ「オレ様の役割は、ご主人様が戻るまでヒヴァラを守り切ることだ。手に入れた帝都を奪われてたまるか」

レーテ「もう、あの時のような思いは絶対にしたくねぇんだ。救える者を救えなかった悔しい思いは……」

今日はここまで
>>90で帝都がヒヴァラになってる部分がありますが、気にしないでください



固有名詞と一般名詞が混じってるね
元々全部名前があったのを消したのかな?

>>92
そうですね
改訂前は固有名詞のオンパレードでした
飼い犬の名前はともかく、それ以外の部分を限りなく一般名詞に近づけた感じです
それから、地の文をセリフに変えてみたりしてますね

ーーーーーーーー

さらさらと、暖かい風が頬を撫でる。
潮騒の如く寄っては消える、トンビの声。
花の香りと、柔らかい草のベッド。
木漏れ日にくすぐられてゆっくり瞼を開いた少年は、隣で丸くなっている柴犬に優しく声をかけた。

少年「行くよ、レーテ」

少年「姉さんが就職試験に合格したんだ。魔法使いになって、神聖帝国の都から帰ってくるんだよ」

レーテと呼ばれた柴犬は夜空の様な澄んだ瞳で少年を見つめると、無邪気に鳴いた。
再び風が少年と柴犬の間を通り抜けてゆく。
タンポポの種が風に乗って舞い上がり、祝福の踊りを披露している。
大樹の下で寝ていた彼は静かに身を起こし、地平線まで続く草原を歩き始めた。
白い物体が点々と確認できる。
トクズ族のゲルだ。
天井の窓から煙がたなびいているのを見るに、多分朝食が完成した頃だろう。

少年「きっとご馳走だぞう。羊の丸焼きとか、ひょっとしたらチーズも食べられるかも。チーズなんて滅多に出ないからなぁ」

レーテ「きゃんきゃん!」フリフリ

少年「あはは、喜んでら」

少年「じゃあ、家まで競争しようか。勝った方がチーズ独り占めだ!」

レーテ「わん!」

運動音痴な少年は、あっという間に差をつけられてしまった。
ゲルの前でレーテが尻尾を振り、期待に両目を輝かせて待っている。

少年「あ〜ん、やっぱレーテには敵わないや。チーズは君に全部あげるよ」

レーテ「わんわん!」ハッハッ

少年がレーテを撫でていると、袖をたくし上げた老人が血の付いた刀を携え、こちらに駆けてきた。
話を始める前に、軽く少年の頭を叩く。
だいぶ探したようだ。

父「やっと帰ったかタトパル! このドラ息子! お前が見えないもんだから、家族総出で探したんだぞ!」

少年「ごめんなさい、父さん。ご馳走を作る手伝いなら俺、いくらでもします」

レーテ「くーん」ショボン

父「反省しているならよろしい」

父「お前にできる仕事といえば……そうさな、ヤギを捌いてくれんか。少し前にやり方を教えたはずだが」

少年「ヤギの解体くらいお茶の子さいさいですよ。もうそんなに子供でもないですし」

父「よし、レーテはこちらで預かる。なんか肉とかつまみ食いしそうで監督せねばならん」

少年「はは、そんな食い意地張ってないですよ。俺のレーテは」

父「レーちゃんよ。チーズやるから、大人しくこっちに来なさい」

レーテ「わん♪」ススス

少年「エサで釣るなんて卑怯です!」

父「頭を使え、頭を。ドラ息子に飼われてるやんちゃな犬が注意だけでなんとかなるなど、最初から思っとらんわ」

父「はよヤギを捌いてこい。近隣の部族も招くんだ。1頭だけじゃ、足りんかもしれないからのう」

少年「うぐぅ、分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」

ヤギ「メェ〜」

少年「……」

少年「偉大なるテングリよ、我らが造物主よ。天の恵みに感謝致します」ボソボソ

祈りを終えると少年はヤギの足を縛り、そっと横に倒した。
後の展開を感づいたのか、ヤギは怯えた色を瞳に見せ、しきりに身じろぎしている。

少年「はぁ」

彼は動物の殺生が嫌いだった。
自分の手で、他者の幸せを奪うこと。
そんな残酷なこと、考えられない。
先ほど父親に威勢良く答えたのも、勝手に抜け出したのを叱られないため咄嗟に口から飛び出た、逃避策であった。

少年「引き受けたからには、やらなくちゃいけないのかな」

1頭だけいなくても、大量のご馳走が出されるのには他ならない。
逃してしまおうか。
ヤギの足を縛る紐をほどきかけたところで、少年は観念したように目を閉じた。
ヤギは高級な食材だ。
もし肉が1頭分でも足りなければ、こっぴどく叱られるに違いない。

少年「……イヤだな」

自分は別に叱られても構わない。
けれど、そのことで姉さんのための祝宴を台無しにしたくない。
これまでに何度かヤギを食べてきた。
焼いたり、蒸したり、煮てみたり。
幸福な家庭の裏側では、いつもこのような殺戮が行われていたのだ。

少年「ごめんよ、本当にごめんよ」

ヤギ「メェッ!? メメッ! メメメェ!?」

少年「えいッ!!」ザシュ

鮮血が少年の白い顔に飛び散った。

少年「初めて、生き物を殺した……」

震える手で解体した肉を、木の桶へと移していく。
血に染まった両手を眼前にかかげても、少年は未だに実感できていなかった。
暴れるヤギを全体重かけて押さえつけた時の自分が、別人のようにさえ思えた。
だが、目の前にはヤギの死体がある。
これは紛れもない現実なのだ

少年「行くか。父さんを待たせちゃ悪いしな」

返り血が乾いて罪悪感と共に剥がれ落ちてくれることを祈りつつ、少年は立ち上がり肉を積んだ桶を抱えた。
遊牧民である以上、共同体に属している以上、家畜の屠殺は必ずついてまわる。
頚動脈を断ち切った時、その事実が恐ろしい速さで我が身に肉薄してきた。
目を逸らしても、生きていく上では絶対に逃がれられない。

少年「まだ甘ちゃんだなぁ……俺も」

〜調理場〜

父「遅かったな、ハルシャ。ヤギ1頭を捌くのにどれだけかかっとる」

少年「すみません、久々に見る血にちょっと動揺しちゃって」

父「フフン、まぁ良いだろう。弱虫のお前にしちゃあ上出来だ。褒美に良いことを教えてやる。耳貸せ」グイ

少年「あいたたた! いきなり耳を引っ張らないでくださいよ……それで? 何です?」

父「お前がもたくさもたくさ捌いてる間にな、来たんだよ」

少年「来たって? 偉い人とかですか?」

父「家の前にいるだろうから、早く行ってこい。多分、お前が一番会いたい人物だ」

少年の名前はタトパルなのかハルシャなのか

ゲルの前に、なにやら人だかりができていた。
熱狂する群衆を押しのけ無理矢理、輪の中心へ入る。
ひ弱な少年はこの動作だけでも息を切らしてしまった。

「ハルシャー! 我が愛しの弟よー!」バッ

何かが猛烈な勢いで少年に衝突し、少年は謎の物体ともつれあったまま仰向けに倒れた。
周りの群衆がざわめき、一歩退く。
うっすら目を開くと、感涙にむせぶ少女の姿が飛び込んできた。
もう二度と離すまいと少年を強く抱きしめ、涙に濡れた顔で少年に頬ずりしてくる。
神聖帝国から帰ってきた、少年の姉だ。

少年「他の人もいるし、そろそろ落ち着いたらどうだい、姉さん」

魔法使い「ふおぉ……こんなに大きくなって、ボクは本当に誇らしいよ! ああハルシャ、ボクだけのハルシャ! 早くあの丘へ行こう、ボク達の秘密の場所に!」ギュウウウ

少年(ぐっぐるじい)

少年「うん、数年ぶりだもんね。まずは父さんに会いに行こうよ。姉さんの帰りを一番待ってたの、やっぱり父さんだと思うんだ」

少年「それにご馳走もあるしね。神聖帝国ではヤギとか滅多に食べられなかったでしょ?」

魔法使い「なんだい、やけに淡白だなぁ。頼れる姉さんが帰って来たのに、キミは嬉しくないのかい?」ムス

少年「う、嬉しいよとっても。だから腕の力をちょっと弱めて……苦しいんだ!」

魔法使い「やだ、離したらどっか行きそうだもん。ハルシャはボクといなさい。これは姉の命令だよ☆」

少年「いや、これ立てないし」

魔法使い「抱き合ったまま立ち上がればいいでしょ! 愛の力があれば、ボク達2人にできないことはないッ!」

「くそが見せつけんなよ」チッ

魔法使い「ん!?」

魔法使い「誰だぁ! 今ボクに舌打ちしたの! 出てこーい! んもぉー!」

少年(あー。予想した通り、帰って早々やかましいなぁ。早く父さんやおじさんと会ってもらわなくちゃ)ハァ

>>99
あれ、タトパルになってた?
すみません、ハルシャが少年の名前です
ちょっとした事情がありまして、変更しました

ー宴会用のゲルー

父「魔族と協力、じゃと?」

魔法使い「うん。なんか王様が西端の国を滅ぼすために、人間・魔族連合軍の編成を検討してるんだって☆」

魔法使いは一番奥の席に座り、ヤギの煮込み料理を口に運んでいた。
右側に座る老父と神聖帝国について、対談中のようだ。

少年「人間が魔族と手を組む? そんなの無理に決まってるじゃないか」

少年は邪魔にならないように若干身を引きながら、聞き耳をそばだてていた。

父「魔族なんぞ信用できん。あやつらは確かに平和を好む。じゃが、テリトリーを許可なく侵犯されれば、たとえ共同戦線を張るための使者だとしても容易に牙を剥く」

父「要するに、目先の物しか認識できないアホの集まり。作戦も指揮官も理解せぬ、烏合の衆というわけじゃよ」

魔法使い「だからこそ使いやすいんじゃないか。動物なら餌と財宝で釣ればいい」

魔法使い「塵も積もれば山となるってね☆ 魔界に生息する魔族の数は億単位だよ。それを数百万の隊に分けて、定期的に波状攻撃をしかける。相手が勢力を立て直す、ちょっと前にね。辺境の安っぽい砦なんざ、すぐにボッコボコさ」

父「魔族が何を食うか知っておるのか。億単位の魔族を養う財力が、今の神聖帝国にあると思うか。ドラゴンやらゴーレムやら大食漢もおるじゃろう。その養育は誰がする」

魔法使い「知らな〜い。そんなの神聖帝国の王様に言ってよ〜。まだ決定事項じゃないしさ〜☆」

父「ぐぬぬ」

魔法使い「ねぇねぇハルシャ! 口開けて、はいあーん」

レーテ「わんわん! わんわん!」ババッ

魔法使い「ちょッお行儀よくして、レーテ! このチーズは弟へ向けた愛のメッセージ」

少年「姉さんは、このまま集落に残るの?」

魔法使い「え?」

レーテ「もぐッ! もしゃもしゃ」

魔法使い「あーッ! 愛のチーズがー! 油断したから盗られちゃったよ」

少年「神聖帝国にはいつごろ戻るの?」

魔法使い「……それを聞いて、キミに何の得があるのかな」

少年「いや、ずっと姉さんが集落にいてくれたら、賑やかで楽しいのになぁって。そう思っただけさ」

少年「別に聞き流してくれていいよ」

魔法使い「うぐ……」ポロポロ

魔法使い「キミって奴は……ボクも良い弟を持ったもんだよ!」ギュウウウ

少年「うげげッ苦しいよッ」

祝宴もたけなわになった頃、魔法使いは少年を草原の真っ只中に連れて行った。
太陽はもう、地平線へ顔を半分隠している。
黄昏色の草原で、2人の影はさながら身体から抜けかけた魂の如く、うっすらと伸びてかすかに揺れていた。
馬乳酒をたらふく呑んだせいか、まだ姉の顔はほんのり赤い。

魔法使い「明日ね」

魔法使い「明日帰るんだ」

寂しげに微笑むと、彼女は聞こえるか聞こえないか程度の大きさで呟いた。

少年「でも、また戻ってくるんでしょう? 今日みたいに」

魔法使いは静かにかぶりを振った。
宴会時のやかましい彼女からは想像もつかないほどの静寂さ。
自然と少年も背筋を伸ばす。

魔法使い「無理だよ。ここには二度と戻らない。国王直属の部署に配属されたからには、ボクは故郷を忘れて国に忠誠を尽くさなければならない。それがしきたりだから」

少年「姉さんは、それでいいの?」

少年「家族と一緒にいたいなら、ずっとここにいればいいじゃない」

魔法使い「……自分の家ならまだしも、他国のしきたりは変えられないよ」

魔法使い「そうだ、キミに歌を贈ろう。トクズ族に古くから伝わる歌だ」

魔法使いは背負っていたハープを腕に抱えると、その場に座った。
少年も体育座りで彼女を見つめる。
不思議な気分だった。
姉と二人きりで沈みゆく太陽を背に語らうのは、これでおしまいなのだ。

魔法使い「愛し合う少年と少女がいた。二人は運命によって一度、会えないほど遠く彼方の地へ引き裂かれた。けれど、偉大なる天の采配で彼らは再び相見えた……そんな内容の歌さ。キミも聞いたことあるだろう?」

少年「……」

魔法使い「あるよね?☆」

少年「うん」

魔法使い「なら良し☆」ポロン...

透明感のある柔らかな歌声が、壮大な自然の劇場を優しく包み込む。
少年は目を閉じて彼女の声に耳を傾ける。
聴いている内に、彼の目から涙がぽろぽろとこぼれ始めた。

ハープを弾く姉の姿がぼやけて見えない。
もう絶対に会えないのに、この目にしっかりと焼き付けておきたいのに。
拭えば拭うほどますます涙が溢れ出す。
演奏を止めた魔法使いは、嗚咽をあげて泣き出した少年の頭を、さも愛しそうに撫でた。
彼女もまた、涙を流していた。

魔法使い「昔からキミの泣き虫ぶりは変わらないなぁ……」

魔法使い「大丈夫、きっとまた会えるさ」

少年「ああ」

少年「俺、決めたよ」

少年「いつか魔導師になって、姉さんのところへ行く。何年かかってもいい。姉さんが待っていてくれるなら」

魔法使い「……待つさ、命ある限りね」

深い絆に結ばれた姉弟は、太陽が完全に沈み切るまでお互い手を取り、名残惜しげにずっと見つめ合っていた。

ガタガタゴトゴトガタガタゴトゴト

勇者「なんだこの酷い揺れは、この狭い箱は一体どこなんだ」

4人乗りの小さな馬車に勇者は乗っていた。
目の前にみずらヘアーの皇帝と、腹に包帯を巻いた女騎士が座っている。
デブやハゲの姿は見えない。
左隣から棘を含んだ声が聞こえた。

アーチャー「帝都発、エディス行きの馬車よ。長い間眠っていたみたいだけど、またどこかで暴れてきたんでしょ」

勇者「たしか、女騎士を助けに王宮から飛び出して、レーテとかいうクソ犬を追い詰めて、女魔法使いに奪われて……そっからの記憶がまるでねぇ」

勇者「そんで、夢を見た。クソ犬と女魔法使いの過去話みたいな? よく分からなかったが、あの少年は今頃どうしてんのかな。ちゃんと魔導師になれてりゃいいが」

皇帝・女騎士「少年!?」ビクッ

アーチャー「わっ! びっくりしたー。いきなり大声ださないでよ」

勇者「てか、女騎士さん無事だったんだな。あのまま死んだらどうしようかとヒヤヒヤしてたぜ」

皇帝(その少年は多分)

女騎士(魔王が人間だった頃の姿)

女騎士(記憶を見たということは、魔族化の兆候なのだろうか……)ゾッ

勇者「だんまりすんなよ。俺とデブを相手取った犬がそんなにヤバい奴だったのかい?」

皇帝「汝が闘ったのは、魔王も全幅の信頼を置く、超強力な魔族じゃ」

皇帝「この似顔を見てみよ」

勇者「ふむふむ、左の狼がレーテで、真ん中は誰だこいつ、右の少女が魔法使いか」

皇帝「下級の魔族どもを現在動かしているのは、レーテと魔法使いじゃ」

皇帝「勇者よ、汝はまずレーテと魔法使いを討たねばならぬ」

勇者「へェー、猛獣を殺すにはまず手足からってか?」

皇帝「そうじゃな。魔王とこやつら全員を同時に滅ぼすのは、聖剣の所持者である汝とて難しいであろう」

勇者「レーテと魔法使いが魔族? 夢の中だと、魔法使いは人間だったぞ。トクズ族とか言ってたからアーチャー、お前に何か関係があるんじゃないのか?」チラ

アーチャー「夢と現実を混同させないで。それに皇帝もトクズ族よ。彼の方がよっぽど怪しいわ」

アーチャー「過去に魔族の恨みを買うようなことをガンガンしてきたんでしょ。じゃないと、あんな大群で魔族が攻めてこないもの」

皇帝「魔族の凶暴化は何の脈絡もなく発生したものじゃ。強いて言えば初代勇者が……いや、なんでもない」

皇帝(初代勇者の話は、ここではタブーじゃ)

勇者「おーい! デブ、ハゲ!」

デブ・ハゲ「ぺちゃりんくちゃりんぺちゃくちゃりん」

勇者「ちきしょう、聞こえてねぇ」

勇者「皇帝、ちょっと馬車の天井ブチ抜いてもいいか? あいつらに聞きたいことがあるんだ。どこに行くのだとか詳細にな」

アーチャー「穴? もし明日とか雷雨になったらどうすんのよ。もうちと深く考えてから提案してくれない?」

勇者「気にすんな、小さい穴だよ。それに雨が降ったら毛布やなんやら、あるもので傘の代用すればいい」

皇帝「よかろう、許可する」

勇者「サンキュー!」

女騎士「こら、陛下に対しサンキューとはなんと無礼な。いくら勇者様でも、容赦は致しません」

皇帝「いや、よいよい。帝都を捨てた以上、朕はもはや皇帝でない。無礼な態度なぞ気にせぬ。どうぞ気軽に話しかけてくれい」

女騎士「ですが!」

皇帝「汝らが堅い言葉だと、かえって余が疲れるわい」

アーチャー「ふん、少しは成長したみたいね。以前のあんたなら権力に固執して、勇者の態度を許さなかったでしょうけど」

皇帝「挫折を味わったからよ。人生で幾度とない、大きな挫折を」

アーチャー「あとはそうね、自分のことを『朕』って呼ぶのやめなさいよ。容姿で緩和されてるけど、なかなかキモいわよ」

皇帝「努力します」

勇者「さてと、んじゃ開けますかね。人が1人上がれるくらいの穴だから、そう気にする必要はないぜ」ブスグリグリガラガラ

アーチャー「ちょ、開け過ぎじゃない!? 星空が綺麗に見えてるわよ!」

顔に受ける夜風が気持ちいい。
帝都はもう見えない。
前も後ろも、ただ黒き草原が広がるだけだ。

勇者「おい、デブ! ハゲ!」

デブ「どわっと! 勇者、なんでそんなところにいるんだ」

勇者「聞きてぇことがあってな。馬車の中からじゃ声が伝わらなかったみたいだから、天井をブチ抜いてきたわけよ」

デブ「御者を代わってくれるのかい?」

勇者「あんだって!?」

デブ「だから、君の馬が全然言うことを聞かなくてな! 今はなんとか走ってるが、隙あらば僕にヨダレを引っかけようとしているんだ! ハゲの馬は正常なのによォ!」

勇者「お前が以前、首に乗ってたからだろ。俺の馬だってペガサスじゃねぇ、好き嫌いも当然するさ」

勇者「それよりだ、聞け! 肥満児!」

デブ「あんだ!」

勇者「次に俺らが行くのは南端の港市・エディスなのだろ!? それまでに越えなきゃならんデカい障害物があるよな」

デブ「ビャンビャン山のことか? あれはダメだ。君も下山時に見たろう? 10mのクレバスを馬車でどう渡れっての」

勇者「それで、どの道を行く?」

デブ「ハゲの提案で、麓を反時計回りに進むことにしたよ」

勇者「なぜだ、教えろ」

デブ「途中にエルフ族の住む集落があるらしい。ハゲによると、彼らは人間に対しあまり敵意を抱いていないそうだ」

勇者「テメェはどう思う」

デブ「思うも何もね。着いたらどっか、宿屋を探すよ。それよりだいぶ苛ついているようだが、糖分は足りてるか? 揚げパンでも食うか?」

勇者「うるせぇ! なんかこう……知らねぇけどイライラすんだよ! 俺の脳内にあるパラボラアンテナが、イライラ電波のみ受信してる状態なんだよ! 怒りファイバー絶賛開通中なんだよダボッ!」

デェブ「意味不明なことをグダグダほざくんじゃあないよ。僕までイライラしてきたじゃないか」

ハゲ「チッ」イライラ

勇者「ちきしょお! みんなイライラしてやがるぜぇ! くああああ!」

ハゲ「魔族の仕業かもしれませんな」

勇者「魔族だと?」

ハゲ「見なされ、あれを」

4時の方角から、なにやら巨大な影が猛烈なスピードで馬車に迫っている。
星々の煌めく夜空に突如現れたそれは、翼を広げた死神にも見えた。

勇者「なんじゃありゃ」

ハゲ「人を苛つかせる電波を放つ魔族が西方の砂漠にいると、私は聞いたことがあります。おそらくその類でしょう」

勇者「西方? なんだってそんなモンが大陸中央にいるんだよ」

皇帝「朕が仕入れたのだ。国立動物園を少しでも華やかにしようと思うてな」

勇者「あんだと!?」

声のした方を振り向く。
皇帝が白い華奢な両手を用いて、屋根に登ろうとしている。
吹きすさぶ強風で、肩にかかる髪束が後方へ流れてゆく。
勇者と対峙した皇帝は、決意に満ちた目で口を開いた。

皇帝「これは余の問題だ。シルバーゴールドドラゴン……シゴドンを帝都に引き入れたのは、魔王の手駒にしたのは朕だ」

勇者「シルバーゴールド? ああ、あれか。帝都に行く前に見たよそれ。金と銀のかわいくもねぇまだらドラゴンのことだろ?」

勇者「ハゲ、あんときゃどうしてこうも苛つかなかった? 俺が5を数える前に答えろ。さもなくばテメェを潰す」

ハゲ「以前は月の紋章を刻んだ首輪をしていた。あの首輪にはストレス電波を抑える効果があった。そうですね? 陛下?」

皇帝「そうだ。魔族の輩が破壊したのだろう。下等種族の癖に調子付きおって……許さぬ、絶対に許さぬ」ギリ

勇者「いやテメェ、勝手に歯を食いしばってるのは良いけどよ、武器もないテメェなんざにドラゴンが果たして討てますかっつー話なんだよウンカスエンペラーさんよ」

皇帝「ななッ……!」グヌヌ

デブ「ぐああああああああああああ!」

勇者「うるせぇ!」

デブ「パンが食いてェ! 食いてェんだ! 今すぐに! エディスにいれば、勇者なんぞに着いてかなきゃ今頃は、フランスパンをたらふく腹の中に収められたんだ」

デブ「君のせいだぞ、勇者! 目的のない無謀な冒険に連れ出したのは君だ! 真夜中、いきなり他人の家に不法侵入し『荷物をまとめろ!』だァ? 狂ってるのか君は! パンの無い生活はもうたくさんだ! 帝都で少し食べたけど、あんな量じゃ『ヘルシィ』な昆虫料理の埋め合わせなぞ到底できはせぬよ! 普通の生活が人間、一番幸せなんだ。朝起きて、パンを食べ、寝る! 冒険好きな君からすれば、確かに退屈に見えるかもしれないさ。でも僕はこれで十分だった! 無駄な冒険なんて必要なかった! なのに! なのに! どうして僕はコイツに着いてきてしまったんだああ! んごおおおああああああああああ」

アーチャー「うるさ〜い! 黙ってろデブ!」

女騎士「……フンッ」

ブスッ

デブ「あだ〜ッ! 女騎士さん、剣でケツをブッ刺すのやめで! あでッ! あでッ!」ヒィヒィ

ハゲ「もうみんな限界ですな、勇者殿。退治せねばパーティーは空中分解しますぞ」

勇者「分かってる、やるしかねぇよな。イライラするが、克服するぜ」チャッ

今日はここまで

初めの方が良かったとは意外
やっぱ帝国云々の入りが唐突過ぎたか

そりゃパピプペポ研究所とかビャンビャン山とかの世界でいきなり神聖帝国とか出てきたら
世界観違ってファッ?!ってなる。あと魔王は滅ぼされた旧帝国の人間のはずなのに
トクズ族の少年になってておかしいし、皇帝もアーチャーも政略結婚なのに同じトクズ族で混乱してる

>>117
ああ~たしかに
でも、ここまで来ちゃどうしようもないから、納得のいく説明をできるだけ自然に溶かします

デブ「勇者、ドラゴンが馬車と並んだぜ! こいつぁヤバいんじゃないのか!?」

勇者「知ってるさ。けどよ、どうやって馬車からクソッタレドラゴンに攻撃を当てるんだ。間違いなく剣じゃ届かない」

デブ「僕らがカマキリもどきを殺した時みたいに、石ころを拾って投げつけりゃいいんじゃないかな?」

勇者「まずこの速度で、どうやって地面の石を拾うんだよ。ボケるのも大概にしろ。頭ン中が脂肪でギュウギュウになってんのかテメェは」

どう戦うか攻めあぐねていると、突然無数の矢が雨のごとく竜へ飛来した。
竜は巨躯を回転させ、小枝のような矢を全て弾きとばす。
その風圧で、馬車の車輪が浮く。
けたたましい馬のいななき。

アーチャー「あたしの矢を弾くなんて、やるじゃない」

勇者「今の矢すべて、お前が放ったの!?」

アーチャー「ふふ、驚いた? ならもっと驚かせてあげるわ」

いつの間に屋根の上へ登っていたアーチャーが、腰を屈めて矢を放つ。
矢は弧を描いて竜の右翼に深く突き刺さり、そのまま爆発した。
ぐらり、と竜の身体がつんのめる。
轟音と共に土煙が夜の草原に立ち昇った。

アーチャー「徹甲矢。奴の翼を内部から爆発してやったわ」フフン

勇者「喜ぶのはまだ早いぜ。よく見てみろ、鱗がちょいと剥げただけだ」

ドラゴン「グルオオオオ!!!」ドドッ

ハゲ「捨て身で突っ込んできますぞ!」

アーチャー「徹甲矢でも軽傷なの!? どんだけ鱗が硬いのよアイツ!」

皇帝「ここは朕の出番じゃな」サッ

勇者「アーチャーでさえ足止めできなかったんだぞ。手ぶらのお前に何ができる」

皇帝「武器は振るえぬがな……」フフッ

皇帝「古代魔法なら齧っておるぞ!」

勇者「古代魔法だって?」

皇帝「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」パアアアアッ

皇帝の前に魔法陣が形成され、そこから熱線と稲妻がほとばしった。
山ひとつ蒸発させるほどの極太な熱線である。
たちまち横から迫り来るドラゴンの顔面を呑み込んだ。

勇者「すげぇ!」

アーチャー「まだよ、敵の方が強いわ。まるで鮭が滝を登るように、熱線の中をかき分けて進んできてる。まずいわね」ゴクリ

皇帝「この程度で、シルバーゴールドドラゴンが沈むとは思えぬ。下等種族とはいえ、一応ドラゴンであるからのう。じゃが、心配するな」サッ

突き出された5本の指から、それぞれ黒い紐が伸び、ドラゴンの四肢を貫く。
それでもまだ致命傷には至らない。
馬車とドラゴンの距離は縮まるばかり。

アーチャー「みんな飛び降りて! 馬車ごと食べられてしまうわ!」

勇者「どっちにしろ、俺ら死ぬじゃねーか」ハァ

アーチャー「じゃあどうすんのよ!」

勇者「俺が殺る。この破邪の聖剣でな」

勇者「ハゲ、脚の筋肉を異常に発達させる補助魔法とかないか」

ハゲ「ありますが、目的はなんぞや?」

勇者「ドラゴンにとりつくのさ、ダニみてぇにな。んで、脳天に破邪の聖剣をブッ刺す」

勇者「いくぜッ!」

助走をつけ、勇者は血に飢えた竜めがけて大きく跳躍した。
足下を幾つもの燃え盛る火球が掠めていく。

勇者「おい、何しやがる!」

皇帝「汝だけにカッコつけさせるわけにはゆかん。後方支援だと思って、ありがたく受け取るがよい。ハッ! ハアッ!」ボンッ

不意にドラゴンが首をもたげ、銀色と金色の業火を連続して放射した。

ハゲ「勇者殿、来ましたッ」

勇者「分かってらァーーーー」

輝く聖剣を振り上げ、眼前に広がる2つの大炎を軽々と斬り裂く。
その時、勇者の全身を強烈な痺れが襲った。
聖剣も何故か凍りついている。

勇者「動かねぇ……。手も足も、全部動かねぇ!」

皇帝「気をつけるのじゃ! 金色の炎は麻痺属性、銀色の炎には凍結属性がついておる!」

勇者「聖剣でも無効化されないなんて、そんな……ぶほッ!」

勇者はドラゴンの突進を食らい、恐ろしいスピードで馬車へと吹き飛ばされた。

アーチャー「ハゲ、バリア!」

ハゲ「ダメです! 間に合わない!」

派手な音を立てて、勇者は馬車の中に墜落した。
敗者と入れ替わりに跳躍する影がある。

皇帝「あれは女騎士!? 傷の癒えていない汝に、ドラゴンの相手が務まるとは到底思えぬ。帰ってこい!」

女騎士「わたくしには勇者様を守る義務があります。ハゲ様、陛下、補助魔法はいりません。わたくしだけで始末します」

アーチャー「こんな非常時に単独行動だなんて、信じられないわ」

ハゲ「どうします!?」

アーチャー「もう跳んじゃったのはどうしようもない。彼女をできるだけ援護するのよ!」

女騎士「ハアッ!」

勇者同様、金銀の炎を斬り抜ける。
不思議と、痺れもせねば凍りもしない。
逆に彼女の身体が、ほんのりと淡く光を帯び始めている。

ドラゴン「キシャンショアアアアアッ」

ドラゴンが咆哮と共に鞭の如くしなる尾で、女騎士を遥か天上へとかち上げた。
それでも彼女は冷静沈着な表情で、下から飛んでくる金と銀の火球を斬り捌く。

女騎士「どっちが空なのか地面なのか、もう判別つかない」

女騎士「けど、わたくしの落ちている先に斬るべき相手がいる。それだけは感じる」

剣を構えて静かに目を閉じる。

女騎士「わたくしは、剣だ」

女騎士「勇者様を護る、希望の剣」

女騎士「この一手に、全てを懸ける!」





「あなたなら、きっとできます。ファイト!」





刮目一閃。
ドラゴンの身体は頭から尾の先まで、真っ二つに切断されていた。
勝利の血潮を身に浴び、女騎士は地面に強く叩きつけられた。

女騎士(……相討ち? 意識が朦朧としてよくわからない)

女騎士(何がともあれ、勇者様を守ることができた。わたくしは従者としての義務を果たせたんだ)

最悪の結末にならず、本当に良かった。
安堵のため息と共に、彼女の意識は暗転した。

ーーーーーーーー

時計の針が規則正しく時を刻む。
蝋燭は灯されておらず、部屋は薄暗い。
ベッドの上にある羽毛布団がもこもこ動く。

少女「ううぅん……」

金色の髪をぐしゃぐしゃとかきむしり、しきりに寝返りを打っている。
幼さの残る顔を苦悶に歪ませ、助けを求めるように青白い手を宙に伸ばす。
うなされているのだろうか。
ならば、なおさら早く起こさねばならぬ。
今日は彼女にとって特別な日なのだ。

時計「ジリッ(失敗はできぬ)」

遂にやってきた、今日は彼女の就職試験。
僧侶になるための重要なテストだ。
絶対に遅れてはならない。

チッチッチッチッチッチッ……

時計「ジッ(いくぜ!)」

長針が6の数字に重なった。
震える全身。

時計「ジリリリリリリリリリ!!」

少女「うるさいッですッ!」ガンッ

時計「ちーん」

少女「むにゃむにゃ。おにぎり食べれないですぅ」

少女「今ッ! 何時ですかッ!?」ガバッ

時計をはたき落とした数分後、少女はハッと目を覚まし、毛布を跳ね除け飛び起きた。
部屋のドアを開け、階段を勢い良く下りていく。
ダイニングルームにはベーコンの焼ける、芳しい匂いが立ち込めていた。

少女「お母さん!」

少女の母「あら、髪がぐちゃぐちゃね。ちゃんと櫛でとかしなさい」クスクス

少女「あっ」

頬を赤らめた少女は洗面所に引っ込み、近くにあった櫛を掴んで丁寧にとかした。
なかなか整わない。

少女「か、髪の毛がゴワゴワですッ」

少女の母「身なりの汚い人は、誉れある神聖帝国の僧侶になれませんよ」

少女「ううう」

少女はなんとか普段のボブヘアに整えると、ベーコンを数枚口にして外へ飛び出した。
帝都の中央に居座る巨大な純白の尖塔。
塔のてっぺんには小部屋があり、試験開始の時刻になるとそこから鐘の音がする。
道行く人を上手く避けながら、少女は城を目指し一目散に駆けていった。

少女「よ、ようやく間に合った、みたいですッ」ゼェゼェ

門をくぐっても油断はできぬ。

少女「戦士科、剣士科、僧侶科、魔導師科、弓箭兵科……。あ~ん、ぜんぜん分からないですよぉ~」

夢中で家を飛び出したので、どこが僧侶科の会場か分からない。
少女はとりあえず僧侶志望の様な顔つきの人を探したが、ほとんどが戦士あるいは弓箭兵に流れている。
そう右往左往している内に、誰かにぶつかってしまった。

少女「いたた……」

少年「大丈夫ですか?」スッ

少女「あ……こちらこそすみません。急にぶつかってしまって」

少年「いいんですよ、早く行きましょう。受験する科目は何ですか?」

少女「そ、僧侶ですッ」

少年「魔導師科と僧侶科の受験会場は同じ棟なんですよ。良かったら一緒に行きませんか? 俺、道を知ってますし」

少女「え? ああ、そうなんですか? 良かった! 僧侶科の受験会場が分からなくて、人に尋ねようにもみんな戦士とか剣士の方へ流れていて」

少女には、救いの手を差し伸べてくれた少年が光り輝く菩薩の様に見えた。
のんびりとした言葉の訛りからして、彼はおそらく神聖帝国人ではないだろう。
それでも同じ境遇にあるせいか、不思議と不安は感じなかった。

少女「あの、初対面で立ち入ったことをお聞きするのですけれども」オズオズ

少年「はい」ニコ

少女「あなたはどうして、魔導師を志望したのですか?」

少年「フム」

少女「いやッあのッ別に他意はなくてッ単なる興味といいますか、知的好奇心といいましゅか……」

少年「姉に追いつくためですよ」

少女「え?」

少年「俺には姉がいましてね。頭の出来が大層良くて、家族をほっぽりにして魔導師長になっちまったんですよ。ははは」

少年「3年前に1度会ったんですけど、それきりで。姉に再び会うには魔導師になるしかない。隊商の手伝いやら何やら必死で働いて、参考書代と帝都までの往復・滞在代を工面して」

少年「俺は遊牧民出身なんですけど、ほとんど読み書きしない生活を送ってるんですよ。だから、分厚い参考書を理解する時なんざ、血反吐を吐く思いでした」フフッ

少女「そ、そうなんですか……」

少女(世の中にはこういう人もいるんだ。自動的に金が出てくる中で勉強できる私は、本当に恵まれてる)

少女(私より不幸な人なんかいないと思った時もあったけど、そんなんじゃない。この人の苦労や背負うべきものは……私よりずっと重い)

少年「ほら、もう着きましたよ。右手が僧侶科、左手が魔導師科です」

少女「ありがとうございます! 受けたご恩は一生忘れません!」ペコリ

少年「大袈裟ですよ。お互い、頑張りましょう! 健闘を祈ります!」グッ

少女「はい!」

こうして少女と少年は、それぞれの試験会場へ歩を進めていった。
持てる自分の力を信じ、前を見据えて。
偉大なる天の采配により2人はその後、予想だにせぬ再会を果たすことになる。

女騎士「ハッ」

揺れる馬車の中で、女騎士は目覚めた。
勇者が墜落したせいで、ほぼ半壊している状況だ。

女騎士「額が痛む……」

ふらつきながら手探りで自分の得物を手に取り、鏡代わりに照らしてみる。
応急処置として包帯が巻かれているものの、血が染みて見るからに痛ましい。
屋根の上に出ると、肥満児と坊主の声が風に紛れて聞こえてきた。

ハゲ「デブ殿、ビャンビャン山が近づいてきましたぞ。ここから迂回してエルフの里に参りましょう。そう遠くはなかったはず」

デブ「やっとか〜もうお腹ペコペコだ。それに疲労も限界。腕に乳酸が溜まり過ぎて、そろそろ滴り落ちてもいい頃だよ」

ハゲ「はて? 乳酸が滴るとは?」

デブ「もう疲れきってるってこと。旅に出てからロクな目に遭ってない。早く家に帰りたいな。そんで、パスタやら唐揚げやら美味の極致を心ゆくまで堪能するんだ」

ハゲ「私も疲れておりますぞ。しかし、勇者殿のことを想えばこそ、力が湧いてくるものです」

デブ「勇者を想うゥ?」

ハゲ「彼はあのなよなよしい双肩に、魔王討伐という計り知れない重荷を背負っている。優しく後ろから支えてやるのが、私らの役目ではありますまいか」

デブ「魔王討伐とか勝手にやれよ。あーあ、やだやだ。もう早くエディスに帰りたい。あそこには僕の家があるからね」

デブ「そんで、家に着いたら揚げ物パーティー。唐揚げのケーキに北京ダックのホットプレート、シメにコロッケのパンナコッタ。最高だね、ヨダレが出て来るよ」

ハゲ「ハハハ、胃もたれが怖いですな。私は遠慮しておきますぞ。ま、その前に陛下と女騎士殿が許さぬと思いますがね」

デブ「あ〜女騎士ね。いたね、そんなの」

ハゲ「先ほどの剣技、凄まじかったですなぁ。山の如き巨竜を一刀両断。真の勇者と呼んでも不思議ではないですぞ」

デブ「ありゃすごかった。でも、なんか引っかかるよな」

ハゲ「はて? 何が引っかかるのでしょう」

デブ「どうして女騎士はドラゴンのブレスを斬っても大丈夫だったのだろ。普通なら、勇者みたいに痺れちまうよな?」

ハゲ「その点は私も奇妙に思えてなりません。女神の加護でも付いていたのかも」

デブ「女神の加護ねぇ。ますます勇者様な感じだな。もうそいつ勇者でいいや」

ハゲ「それでは、現在いる勇者殿はいったい何者か。もしや、ま……!」ハッ

デブ「育毛を司る神! ……わはは、なんてな。腹が減るとつまらん冗談も面白く聞こえるから困るぜ」

ハゲ「ハハハ、そうですなぁ」

女騎士「……」

女騎士「おそらく、ハゲ様の考えていることはわたくしと同じだろう」

女騎士「陛下から話も聞いていたようだ。勇者様が魔王であると恐れるのも無理はない」

女騎士「今のうちに、殺るべきか? 魔族化してからでは、遅い気もする」

女騎士は剣の柄に一瞬かけた手を、ゆっくりと放した。

女騎士「……やめておこう。まずは陛下と相談せねば。確たる証拠がない今、勇者様に手を出すのはまずい」

女騎士「わたくしは一応、勇者様の護衛でもあるのだから」

女騎士は夜空を仰いで呟くと、半壊した馬車の中に戻り横になった。
魔王と共に、魔王を殺す旅に出る。
もしそんな状況があるとしたら、勇者はどんな行動をとるのだろう。
月は蒼白く、冴え冴えと輝いている。

今日はここまで
次回からエルフの里編に入ります

デブ「ところでさ、エルフってどんな種族なんだ? 人間に敵意がないってのは分かったけど」

ハゲ「一言で申すならば、まさに『和』の種族ですな」

デブ「ワ?」

ハゲ「エルフ、特にハイエルフは100年前に人間と接触しています。その時、東洋の文化をそのまま吸収したのですよ」

デブ「東? あっちにはデケェ怪物の住処があると学校では教えられたんだけど」

ハゲ「それは今の話でしょう。少なくとも、昔は愛と平和に満ちた島国があったみたいですよ」

デブ「100年の間に何があったんだよ」

ハゲ「天国から地獄へ。これも魔王降臨の影響やもしれませんな」

デブ「あん? 魔王だって?」

ハゲ「いや、ただの冗談ですよ。聞き流してくだされ」

デブ「……マジで腹が減ってきた。ガムでもいいから噛める物をくれ」ゲソ

ハゲ「そいつぁ無理な相談ですな。エルフの里に着いたら、存分に温泉まんじゅうでもカステラでも食べなされ」

デブ「うぐ~、早く着いてほしい」

〜エルフの里〜

白樺の樹林を抜けると、ビャンビャン山の麓とは思えない、東洋的な光景が現れた。

デブ「うわ、くっさ! なんだこの、卵が腐ったみたいな臭いは!」

ハゲ「ど、どうやら向こうにある浅葱色の温泉が、悪臭の源であるようですな」

デブ「こんなところ、早く通り過ぎちまおうぜ!」

ハゲ「そうは参りません。エディスまでは遠いです。エルフの里で休まねば、馬も私らも倒れてしまいます」

デブ「あんまり長居したくないよ。臭いが全身に染み付きそうだし。見ろよ、馬だって苦しんでる」

勇者の馬「ブルルッ! ブギョッ!?」

ハゲの馬「グルアアア! アギャガギャ!」

デブ「落ち着け、落ち着けったら!」

勇者の馬「パポ!? パピプペポ!?」

ハゲの馬「ゴアアアアリャリャリャリャリャリャア!?」チュド-ン

デブ「グハァ! 馬のよだれが……!」

ハゲ「くっさいですなぁ」

デブ「ああ、くさいとも。見ての通り、馬が狂っちまうほどにね」

ハゲ「観光地である故か、旅の宿が溢れんばかりにありますな。デブ殿ならばどの宿に泊まります?」

デブ「もうどこでもいいよ。メシと寝床と熱々の湯さえあれば。それより勇者と愉快な仲間達を起こしてくれ。御者を代わってもらう。これは揺るがぬ決定事項だ」

ハゲ「ふむ、ちとお待ちなさい」

長身の坊主が後ろに下がった後、デブは半ば閉じきった目で前方を眺めた。
『温泉まんじゅう』と荒々しく書き殴られた看板の前に、フード姿の者が数人たむろしている。

フードA「クソッ! ここも閉まっていたか!」ガンッ

フードB「ダメだダメだ、時間が悪かったのだ。人の多い昼に行動せねば、やはり事は上手く運ばん」

フードC「そうじゃ。わしもそう思う」

フードA「バカなことを言うな! 真昼間なんぞに出ていけば、きっとオレ達は駆逐される。エルフの糞野郎共にな」

フードB「行きたくない気持ちは分かる。しかしな、息子よ。店は今準備中だ。昼の間しか、この温泉まんじゅう店は開店しないのだよ」

フードC「そうじゃそうじゃ」

フードA「クッ! エルフの技術なぞに頼るのも屈辱だってのに、この仕打ちときた……絶対に許さない!」シュン

フードB「待て。妹が病気で苦しんでいるなら、それを治すのが先決だ! 待て!」シュン

フードC「そうじゃそうじゃ」シュン

デブ「……消えやがった。何だよ今の」

デブ「もうこれ以上、面倒事に巻き込まれるのは御免だぜ」ハァ

エルフの里から北に歩いて三日、ビャンビャン山の中腹にダークエルフの集落はあった。
もともと麓には彼らが住んでいたのだが、突如西方から攻めてきたハイエルフの集団によって、北へ追いやられてしまったのだ。

ビャンビャン山の中腹は峻険な岩山が聳え立ち、冷たい風が終始吹きすさぶ。
畑を耕そうにも柔らかい土や、肥やしとなる動物の糞すらない。
仕方なく領土境界線上にある森で、細々と狩りをしている状況なのである。
フード姿の三人組は、岩山をくり抜いて作った洞窟の前に立っていた。

フードA「瞬間移動も楽じゃねぇ」バサッ

1人がフードを脱ぐ。
それはまんじゅう屋の看板を殴りつけていた、血気盛んなエルフだった。
絹の如く滑らかな白銀色の髪が、彼の鬱血した顔面の上をさらさらと流れる。
いや、鬱血しているのではない。
ダークエルフ族は他種と異なり、血液に闇の魔素が流れているため肌の色が紫色なのだ。
『ドブエルフ』と忌み嫌われる所以だ。
残りの2人も次々にフードを脱ぐ。

兄「いつになったら、オレ達は自分の土地を取り返せるんだろう」

親父「我らダークエルフは闘争に負けた。土地を奪還するのは夢のまた夢。考えるだけ悲しくなるぞ、息子よ」

祖父「そうじゃ、わしもそう思う」

兄「何でだよ! 西から来た意味の分からん野郎共に、先祖代々守ってきたビャンビャン山を盗られて良いってのか!?」

兄「今こそ決起すべきだ!」

親父「ダークエルフも随分と数が減った。今では我々しか残っていない。最新鋭の武器を操るハイエルフにどう対抗しろというのだ」

祖父「そうじゃのう、無理じゃて」

兄「最新鋭!? ふざけるな、どうせボウガンとかそこいらだろう。弓矢に毛の生えた武器なぞ、ちっとも怖くない!」

祖父「歩兵でもマシンガンを装備しておる。騎兵に至っては対戦車ロケット弾じゃ。破壊力が桁違いなのじゃよ」

兄「なんだよ、なんなんだよ! おじいちゃんも親父も、昔は数多の戦場を駆け巡っていたのだろ? 弱音とか吐くなよ!」

親父「弱音ではない、賢く生きろと言っているのだ」

兄「あ、あんだって!」

妹「お兄ちゃん」

兄「妹ではないか! 病気なのに、外を出歩いちゃいけないよ!」

妹「今日は気分がいいの。一緒にピクニックしましょ」

兄「ああ、もちろんだとも。でもお前に何かあったらオレは……」

親父「少しぐらい外出させてやれ。戻ったらまた寝たきり生活に入るのだからな」

祖父「そうじゃ。わしも付いてくがの」

親父「お父さんはこちらに」グイ

祖父「おひょ〜」

兄「そこ、デカい岩があるから足元に気をつけろよ」

妹「あ、うん。ありがとう」

兄「夜のピクニックは初めてだよな」

妹「そうだね……お兄ちゃんと行けてうれしいよ」

妹は大きめの麦わら帽子をかぶっていた。
純白のワンピースが夜闇に包まれた山道で、幽霊の様に薄ぼんやり浮かんでいる。
彼女の痩せ細った手を取ると、兄は胸にズキンと鋭い痛みを感じた。
まだ生まれてから10年と経っていない純粋無垢な彼女が、どうして残酷な罰を受けなければならないのか。

兄「お前の欲しがってた温泉まんじゅう、買ってこれなくてごめん。もう少しの辛抱だから、待っててな」

妹「うん、我慢する。だって、我慢したらしたぶんだけ、おまんじゅうさんも美味しくなるでしょ?」

兄「フッ、確かにそうだ」

妹「一緒におまんじゅうさん食べようね」

兄「……ああ」

妹「ねぇ、大丈夫? 疲れてない?」

兄「疲れるって、なにが?」

妹「毎日毎日、お兄ちゃんたらとっても怖い顔で帰ってくるんだもの。おじいちゃんも言ってたよ、わしらはギャクサツの準備をしとるんじゃって」

兄「あのジジイ、なんつー言葉を孫に教えているんだ」

妹「ねぇ、ギャクサツってなぁに? お兄ちゃんと何か関係あることなの?」

妹「お兄ちゃん、怪我しちゃやだ……」ウルウル

兄「心配するな、おじいちゃんは変なお話を読み過ぎてるだけさ」

ジャラール「オレは虐殺なんかしない。だから、もう泣くな」ギュ

妹「うん」グス

兄「行こうぜ、この時間帯ならそろそろ朝日が顔を出す。瞬間移動で山頂まで連れていこうか?」

妹は俯いて首を横に振った。
彼女は大好きな兄と、少しでも長く一緒にいたいのかもしれない。
兄は暗い気分になった。

兄(虐殺をしないと言ったが、あれは嘘だ。頭の中では望んでいたんだ。ハイエルフを八つ裂きにしたいって)

兄の葛藤に気付かず、無邪気に微笑みながら不治の病と闘う妹を見るのが辛かった。
しかしそれは現実からの逃避であることを、彼は十分に悟っていた。

あーまた名前が入ってしまった
すみません

〜山頂〜

妹「うわぁ、きれい……!」

兄「赤、青、緑、橙。まるで宝石箱みたいだな」

妹「こんな綺麗な星空、知ってるのって私とお兄ちゃんだけだよね!」

兄「ああ、オレとお前だけの秘密さ」

妹は不治の病を患っている。
傷口から微粒子並みに小さい魔物が侵入し、体内を食い荒らしていく類のものだ。
ハイエルフの作る温泉まんじゅうには抗体を生み出す成分が含まれているが、完治には程遠い。
病気の進行を遅らせるぐらいなのである。

兄(それでも、まんじゅうを手に入れなくちゃならねぇんだ)

妹「見て見て! 太陽が昇ってくるよ」

穏やかな橙色の光が山肌を舐めるように照らし、静寂に凍結された世界を生ある物へと引き戻す。
太陽の息吹を浴びて、雲海がうねる。
天の宝石が雲の波間にかき消されてゆく。
笛や太鼓の音でも聞こえてきそうな程の、荘厳な景色であった。

妹「お兄ちゃんと一緒に見たかったの」

兄「オレと?」

妹「こうやって兄妹で朝日を眺めるなんて、いつもじゃあんまり無いことでしょ」

兄「そうだな」

妹「雲海の向こうに何があるのかな」

兄「いつか、連れてってやるよ。それこそいつもお前が書いてる小説の『勇者』みたいに、空を飛んでね」

妹「ホント? 絶対に連れてってくれる?」

兄「落ちたら怖いぞ。お兄ちゃんは揺れが激しいからな」

妹「わぁい、お兄ちゃん大好き!」

兄は嘘を重ねたことを悔やんだ。
しかし、一方では本当に妹と空の彼方まで飛んでゆく姿を夢想する自分もいた。

兄「オレが、お前の勇者になる」

妹「なら私は僧侶だね!」

命を賭してでも妹を救う。
無邪気に微笑む彼女を見ながら、若きダークエルフはそう心に誓った。

なんで固有名詞使おうと思ったんや?
固有名詞有りならモブ以外の全員にないと統一感なくてごちゃごちゃするし

>>138
うーん、特に理由はないですね
使いたかったから固有名詞をブッ込んだ
書きたいものを書いてる状態なんで、深い理由を問われても明確に答えるのは難しいです

~朝・エルフの里~

デブ「おい! ちと待ってくれよ!こんなの絶対おかしいよ! 騙されてるよ僕達!」

アーチャー「あ〜も〜朝からうるさいわね。折角親切なエルフが紹介して下さったんだから、文句言わないの」

デブ「だからってな、こいつぁおかしいぜ! あまりに高級過ぎるのだぜ!」

早朝、宿を決められずに温泉街を彷徨っていた勇者達は、親切なエルフの案内で高級そうな旅館に位置していた。
長旅で疲れている彼らは、すぐに客室へどかどか上がりこんだ。
とりあえず男子勢は15畳の和室A、残った和室Bとツインの洋室を女子勢で使うことになった。

勇者「洋室はツインなのだろ? ベッドが足りてるなら、お前ら洋室だけで良いじゃん」

アーチャー「はぁ? 見てみなさいよ。洋室と和室Aの間に襖がないじゃない! あたし達はどこで着替えればいいの?」

勇者「洋室でしょ。俺ら見てるけど」

アーチャー「最ッ低、やっぱり和室Bはあたしが頂くわ。女騎士さん、さっさと荷物を置いちゃいましょう」

女騎士「分かりました」

皇帝「待て、和室Bを朕に渡すのじゃ。これは勅命であるぞ」

アーチャー「今さら皇帝の権利を発動しないで。あんたの影響力はゼロよ」

女騎士「陛下……!」

アーチャー「あら、女騎士さん? 早くこちらにいらっしゃい。元皇帝の言いなりに決してなってはいけませんわ」

アーチャー「加えて、あんたは女よ。好きでもない男に裸を見られて嬉しいの? 例えば、勇者や元皇帝とかがやりそうね」

勇者「待て待て、覗きは勿論するかもしれないがそれは一瞬だ。そう、最後の一葉が枝から離れて地に落つる時間。あれくらい微々たるものなのだよ」

アーチャー「結局覗いてるじゃない」

皇帝「アホらしい、帝都を奪還しさえすれば朕も皇帝の座へ舞い戻るのじゃぞ。女騎士よ、男子勢に和室Bを寄越すのじゃ」

女騎士「申し訳ございません。たとえ陛下の命令とあれど、他人の前に裸を晒すのは我慢なりませんので」スス

デブ「あっ待ちたまえ!」バッ

女騎士「鳩尾スマッシュ」ドシュ

デブ「んぐぇ、鳩尾は反則……」ドタ

デブが畳に膝をついた瞬間、木製の扉をコンコンと叩く音が聞こえた。
返事をすると、浴衣姿のハイエルフが静々とした足取りで進み出た。
この旅館を紹介した女エルフである。
若葉色のポニーテールが特徴的だ。
彼女の一礼に、勇者達も倣う。

エルフ長「本日はお越し下さり誠にありがとうござる〜。支配人を務めております、エルフ長でござる〜」

満面の笑顔でそんなことを言うものだから、勇者達は吹き出しそうになった。
『和』を意識するあまり、斜め上の方向へ迷走したのだろうか。
朝から続く奇妙な出来事の連続に、勇者は若干疲れていた。

エルフ長「夕方頃に係りの者がお布団の方を敷きに来るでござる〜。何かありましたら、玄関にドアにある魔石を軽く握って頂ければ、すぐに駆けつけるでござる〜」

エルフ長「大浴場は2階、食堂は1階にあるでござる〜。それではごゆっくり〜」

浴衣姿のエルフが部屋から出ていくと、地響きと共に肥満児が崩れ落ちた。
人心地ついた瞬間、一気に昨晩の疲労が押し寄せてきたのだ。
ハゲも座布団を枕にして横になっている。
鼾が占領する前に部屋を出ようと考えた勇者は、聖剣を片手に立ち上がった。

勇者「買い物に行ってくる。留守番頼むぞ」

アーチャー「待ちなさい、あんただけじゃ変な物を買いそうで不安だわ。あたしもついてく」スック

女騎士「わたくしも勇者様の護衛ですので、お供させて頂きます」スック

勇者「ふむ、監視かな?」

アーチャー「当たり前でしょ。あたしがいないと、あんた暴走するじゃない」

女騎士「護衛です。監視ではありません」

勇者「それぞれ、同伴する目的は違うんだな。良いぜ、ついでに魔王の情報も聞き込み調査してみよう」

アーチャー「ふん、ご立派なことね。しっかり調査できるのかしら?」

勇者「んじゃ皇帝、留守番頼んだからな。肥満児には適当な物を食わせておけ、あいつ空腹だと所構わず喚き散らすから」

皇帝「……よかろう」

しばらくして。
肥満児の鼾を背に、皇帝は3階の窓から外を眺めた。
勇者と皇妃が何やら言い争っている。
しかし、とても楽しそうだ。

皇帝「後宮にいた時は、何者も寄せつけぬ氷山の如き冷徹な気を放っていたのう」

常に無口で、陰気で、滅多に笑いもしない。
アーチャーという人物は、死んでいた。
彼女を生き返らせたのが勇者だとしたら、自分はもう用済みなのかもしれぬ。

皇帝「愛する者の幸せを守るためなら、身を引いてでも構わない」

それが、真の愛なのだろうか?
他の男と添い遂げる妻を見守ることが?

皇帝「余は皇妃を愛している……」

呟いてみたものの、彼にはそれがまるで別人の声の様に聞こえた。

上空から俯瞰すれば一目瞭然なのだが、エルフの里には湯畑が広がっている。
地中より湧き出す湯の温度はおよそ100℃。
そのまま温泉施設に引いてしまっては大変なことになるので、木樋に流し適温まで冷ます必要がある。

勇者「魔王討伐が済んだら、みんなを集めて、ここで流しそうめんでもしようかなー」

アーチャー「圧巻だよね、この景色! 生まれてこのかた18年、こんなに長い樋なんて見たことないわ! 流しそうめんできそうね!」

勇者「俺も同じ考えだぜ」

アーチャー「魔王討伐が終わったら、みんなでしましょうよ。きっと美味しいわよ」

女騎士「皇妃様、それはなりません。この水には毒が含まれております。腐った卵の如き臭いが証拠です。さらに」

女騎士「水の流れが速すぎますし、終わりが滝になっております。結局熱湯を浴びるだけの、最悪の宴となるでしょう」

アーチャー「女騎士さんにはロマンがないのね。それから、皇妃様って呼ぶのやめなさい」

女騎士「何故ですか」

アーチャー「あたしは地位も何もかも捨てて、勇者についてきた。肥満児やハゲも同じよ。だから、過去の話を思い出させるような呼び方はしないで」

女騎士「帝都を奪還すれば陛下は皇帝の座に戻られます。その時、あなた様も皇妃として後宮入りせねばなりません」

アーチャー「あたしは皇妃じゃない」

女騎士「皇妃様には陛下を支え、元気な御子を産む仕事があります」

アーチャー「もういい、黙って」

ソラト「聞き飽きたから、そういうの」

女騎士「お言葉ですが、あなた様の義務はまだ続いております。それを途中で放棄するのは、陛下ひいては帝国を裏切ることになります。どう責任を取られるおつもりですか?」

ソラト「黙れって言ってるでしょ。義務だの責任だの、どうして避暑地に来てまでそんなこと考えなきゃなんないのよ。もういい加減にして!」

女騎士「しかし」

アーチャー「ほら勇者、いくわよ。聞き込み調査するんでしょ、ボサッとしてないで少しは動いたらどうなのよ」グイ

勇者「お前が皇帝の嫁さんだなんて初耳だぞ。どうして教えてくれなかったんだよ」

アーチャー「皇妃っても、トクズ族同士の繋がりをより堅固にするための政略結婚まがいのものよ。身も心も許してないですからねッ」

勇者「しかし、形式でもお前には皇帝を支える義務があるんだろ? ほっぽりだしていいの?」

アーチャー「もう女騎士の発言は全部忘れて。あたしはただの弓使い。それでは駄目かしら?」

勇者「はいはい、了解了解。お前は弓使い以外の何物でもありません」

アーチャー「絶対皇妃なんて口にしないでよ? 約束だからね?」

勇者「ああ勿論さ。大体、こんな小うるさいババアをどこの誰が娶るんだっブグォ」ドゴッ

アーチャー「あんたにだけは絶対嫁ぎたくないわ」

今日はここまで
また挟んじった……

〜駄菓子店〜

老婆エルフ「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、百年の歴史を誇る老舗だよ!」

アーチャー「これってもしかして温泉まんじゅうじゃない? 買ってよ、ねぇ!」

老婆エルフ「試しに一個、どうだい」

アーチャー「ありがとうございます! ……もきゅもきゅ。ん〜! あまぁ〜い!」

勇者「ほほぅ、小豆に甘さが凝縮している。見事な職人技だ」

アーチャー「買ってよ! 買いなさいよ! あとで半分わけてあげるから!」

勇者「調査はどうする」

アーチャー「食べながらでもできるでしょ! 皇妃の命令よ、購入なさい!」

勇者「皇帝といいお前といい、自分の意見を押し通したい時はすぐ、権力を振りかざすんだな。似た者同士って奴か」

アーチャー「あんなのと一緒にするな!」

勇者「あーはいはい、了解しました。女騎士、皇帝から貰った金貨あるか?」

女騎士「ありません。使い果たしました」

勇者「500枚近くあったろ? 」

女騎士「必需品を購入したのですが、残りを魔将軍の買い物代に肩代わりしてしまいました」

勇者「うーん、お前はアホなのかな?」

女騎士「申し訳ございません、敵の顔を知らなかったもので。国家の柱である騎士たる者が、国民を支えずしてなんたるかと」

勇者「それは立派な心がけだが、俺のパーティーで金銭を管理する以上、魔王討伐に関係のない出費は控えてほしいものだね」

女騎士「すみません」

勇者「今回の件は水に流すけど、もうお前も大人なんだからさ。これをしたらどうなるかとか予想して行動しような」

女騎士「すみません」

勇者「ま、いいだろう」

アーチャー「随分と調子乗ってるわね、あんた」

彼らが揉めている間に、店内では別の争いが繰り広げられていた。
店主が皺だらけの額に青筋を浮かせ、フード姿の客に唾をぶちまけている。

老婆エルフ「あんだって!? お前さん、これ全部買い占めちまうのかい!?」

兄「そうだ。店内にある温泉まんじゅう、煎餅、カステラ、その他菓子類を全て買い取らせてもらう」

兄「看板には、個数制限など書かれていなかった。金ならある」

老婆エルフ「常識ってもんがあるだろう! お前さんのせいで、残りのお客さんが売り切れの憂き目を見ることになるんだよ!」

兄「俺は妹を救わねばならん」

老婆エルフ「知らん! 帰れ!」

兄「それが客に対する態度か」

老婆エルフ「お前さんこそ、礼儀知らず常識知らずの野蛮人だね! まるでドブエルフみたいだよ!」

兄「ああ、そうさ」

老婆エルフ「は?」

兄「俺はドブエルフだ。貴様らが忌み嫌っている、穢れた種族だ」

フード姿の男は右手を老婆の顔にかざした。
手の中で闇の波動が渦巻く。
直撃すれば、死は免れない。

その時、彼の横顔に剣が突きつけられた。

兄「誰だ」

勇者「俺だが」

兄「人間か」

勇者「それがどうしたってんだ」

兄(人間を味方につければ、ハイエルフの討伐など赤子の手を捻るのと同じくらい楽になる)

兄(だが、この様子じゃ無理みたいだ)

兄「お前には後々、声をかけようと考えていた。よもや、剣で語り合うことになるとはな」

勇者「ヘッ。テメェが何者かは知らん。でもよ、真昼間にフード姿で駄菓子屋に乱入、挙げ句の果てにゃ黒魔法で脅しときた。これはどう考えてもテメェ」

勇者「完全に不審者だろ」ザッ

青年の剣が旋風を巻き起こし、首筋に迫る。
咄嗟に黒魔法でレイピアを生成した兄は、強撃を辛くも受け止めた。

兄(重いッ!)

拍子に、頭を覆っていたフードが取れる。

勇者「顔色悪いな、テメェ……!」

青年が息を飲んで自分の顔を凝視した。
紫色の顔面を見るのは、初めてなのだろう。

兄「どうした、動きが止まっているぞ」

兄がレイピアを振りかざした時、青年の横から猛烈な速度で肉薄する影があった。
闇色の刃と銀色の刃が噛み合う。
派手な金属音に店内が震える。
今度は甲冑に身を固めた金髪の女騎士だ。

女騎士「勇者様、惚けている暇はありません。この者はダークエルフ、魔王の眷属と一説には言われています」ガキィン

勇者「魔王の眷属だと!? やっぱり、言動から怪しいと思ってたんだ。ここで討たねば、町に被害が及ぶよな!」

女騎士「もちろんです。半殺しにして、魔王の居場所を吐かせるのも良いでしょう」

勇者「ほう、そりゃ名案だな」

アーチャー「弓を忘れてきちゃった」

勇者「なら寝てな! すぐ片付けてやんよ」

言語が違うため、話の内容はちんぷんかんぷんだが、青年の対応で理解できる。
女騎士との戦闘に、剣を構えた青年が参入してきたのだ。
左右から死が軌跡を描いて飛んでくる。
無駄な動きが少ないことから、敵は相当の手練れであろう。

兄「2人がかりなど、小癪なッ……!」

10合、20合と剣撃の応酬を重ねる内に、斬り合いは熾烈を極めた。
3人とも身体の至る所から血を流し、それでも膝をつくことはない。

兄「瞬間移動しようにも、詠唱している間に斬られてしまう。やりにくい敵だ」

女騎士「斬撃がすべてかわされている! これがダークエルフの力……」クッ

勇者「気を付けろ、女騎士。奴の剣にはまだ余裕がある。エルフと言いながら魔法も見せてこないしな」

普通に会話してるのに言語が違うの?

女騎士はダークエルフから距離を取ると、聖剣を縦と横に振り抜いた。
剣光が刃となり、商品棚の商品棚を破壊し尽くしながら兄へ襲いかかる。

兄「それだけか!? まだ道化の域を脱してないな!」

兄「一気にケリをつけてやる」

ダークエルフも胸の前で十字を切り、素早く呪文を唱えると細剣を斬り上げた。
細長い紫色の稲光が、女騎士へ無数に手を伸ばしてほとばしる。

勇者「うわ、なんだかヤバそうなのが来たぞ。あれを喰らったら……」

女騎士「死、あるのみですね」

勇者「ちょ、ちょいと待ってくれ。喰らったら即死だって? その割には随分と冷静じゃないか」

女騎士「ええ。護衛たるもの、いかなる状況にも対応せねばなりませんので」

女騎士は再び、剣を振り下ろした。
紫電と白い剣光の激突で生まれた衝撃波が、戦士達を吹き飛ばす。
窓ガラスが悲鳴と共に砕け散る。
辺りに立ち込める硝煙の匂い。
兄が顔を上げた時、真っ先に目に入ったのはマシンガンの銃口であった。

エルフ長「はい、そこまででござる〜」

マシンガンを抱えているのは、若草色の髪をリボンでまとめたハイエルフだ。
こいつが、今のハイエルフの頭領か。
ダークエルフは討つべき存在、侵略者だと曲がった教育を受け続けてきたのだろう。
兄は悔しそうに歯を噛み締め、憎悪の孕んだ目で睨みつけた。

エルフ長「あらあら〜そんな目で見ちゃ怖いでごさる〜。現在、お主の命はそれがしが握っているのでござるよ〜? もっと大人しくできないのでござるか〜」フフフ

アーチャー「あの、エルフ長さん? どうしてここに?」

エルフ長「他のお客様から温泉街で騒ぎが起きていると、知らせがあったのでござる〜。予想通り、やはりダークエルフのご子息でしたか〜」

勇者「昔からの知り合い?」

エルフ長「知り合いというか、腐れ縁というか。ダークエルフの連中がちょいちょい麓で暴れていくんでござるよ」

エルフ長「やんちゃな猛獣をしつけているような感覚でござるね~」

エルフ長「ですが、もう今回で終わりにするつもりでござる」

>>146
あ、ミスった

兄「誰だ」

勇者「俺だが」

兄「人間か」

勇者「それがどうしたってんだ」

ここの下りはまるごと無しと考えてください
またミスった……

少しは推敲したら?

エルフ長の瞳が怪しげに輝く。
これは、殺戮者の目だ。
エルフ長は確実に自分を殺す。
至近距離から大量の弾丸を撃ち込まれれば、動体視力と素早さに自信のある自分でも全弾回避できるか怪しい。

兄「このまま終わっていいのか?」

兄「妹は、家族はどうなるんだ?」

何としても、この場を切り抜ける。
妹を守る勇者として。
兄の脳裏にとある策が閃いた。

兄「おい、お前は元を辿ればオレと同じエルフだろう。どこでそんな近代兵器を手に入れた」

「潔くないでござるね〜。助けを待っても無駄でござるよ? それがしのマシンガンと、人間様の卓越した剣技で一掃するでござる〜」

兄「いいから教えろ!」

エルフ長「仕方ないでござるね〜。マシンガンを製造する技術は、実は人間様が伝授して下さったのでござる」

兄「人間だとッ!?」

エルフ長「細部にまで至る丁寧なご指導にそれがし、感謝感激したでござる。それ故、それがしの宿では人間様に限って無料でサービスさせて頂いてるでござるよ」

兄「人間はいつから、お前らと結託していたんだ」

エルフ長「100年くらい前からでござるね〜。つい最近でござるよ? お主は何年生きてるでござる?」

兄「……50年」

エルフ長「みじかッ! まだまだケツの青いクソガキでござるね~」

兄「そうか、最初から勝負はついていたんだな……くそォ!」ダンッ

兄は悔しさのあまり思わず地面を拳で叩いた、体を装った。
内心では本当に腸煮え繰り返る思いだったのかもしれないが、これは作戦である。
周囲の土が墳墓の如くこんもりと盛り上がり、たちまち兄を包み込んだ。
異変に気付いたエルフ長がマシンガンを連射し、勇者は聖剣を槍投げよろしく投げつけ、女騎士は光刃を再び放った。
全て土の壁に阻まれ、おそらく地中を猛烈な速度で潜行中であろうダークエルフには届かなかった。

勇者「なんだ! あれ!?」

エルフ長「土遁でござる。見事にしてやられたでござる」

アーチャー「彼にとっては、地面を叩くきっかけさえ掴めれば良かったのね」

エルフ長「許せないでござる〜! 次会ったら問答無用で蜂の巣にしてやるでござるぅ〜!」プンプン

勇者「過ぎたことは致し方ない。エルフさんは宿に戻ってな、支配人なんだろ? 俺達はまだ寄るところあるからさ」

アーチャー「大浴場は二階にあるでござる。森と隣接していますので、くれぐれも柵を越えて飛び込んだりしないよう」ムス

勇者「ご忠告ありがとよ。さぁ、バアさん起こして魔王の居場所調査再開だ! 店を壊しちまったお詫びに、温泉まんじゅうでも買ってやるか。アーチャーを担保に」

アーチャー「嫌ですー! あたしもついてきますー! まんじゅうとかいりませんー!」

女騎士(魔王が魔王を捜す姿……見ていて滑稽ね。後で陛下にこのことを報告しよう)

>>149
一応しているはしているんですけど、まだ見落としがちな部分が
そろそろストックも尽きるんで、このようなミスは少なくなると思います

~宿屋~

勇者「収穫ナシ」ドサッ

アーチャー「こらー! 汚れた身体であたしのベッドに寝転ぶな!」ボカスカ

勇者「貴重な一日を無駄にした……」

アーチャー「魔王の情報が掴めなかったこと? 馬鹿ね、元からこんな辺鄙な場所に期待なんかしてないわよ」

勇者「そういうお前も、俺以上に走り回ってたろ。頼むから汗だくの状態でこっち来るな、ああ臭い臭い」

アーチャー「臭いですって? それ、女子に向ける言葉じゃなくない? どんなにおいがするってのよ」

勇者「つぶれた銀杏みたいな感じ。吐きそう。おげげげ」

アーチャー「つッつぶれた銀杏ですって!? ふんだ、あんたの方が100倍も1000倍もくっさいんだから!」

デブ「おいおい、ガキの喧嘩かよ。たしかにくっさいのは事実だけどさ。それは温泉が原因かもしれないじゃん?」

デブ「それより、誰か僕のために食べ物を買ってきた人はいるのかい? 宿のお菓子だけじゃ腹がふくれないよ」

皇帝(フム……)

皇帝(喧嘩するほど仲が良い、か……)

女騎士「陛下」

皇帝「なんじゃ?」

女騎士「どうぞこちらへ。ご報告したいことがあります」

女騎士は皇帝と一緒に見晴らしの良いバルコニーを訪れた。
最上階にあるので、温泉街を一望できる。
手すりに寄りかかりながら、皇帝は遠くを見る様な目つきで、温泉街を歩く浴衣姿の観光客を眺めていた。
2人きりで来たのには勿論、理由がある。
勇者が魔王の末裔であるか否か、これまでの戦いも考慮してもう一度語らうためだ。

女騎士「ドラゴン戦で、勇者様は炎に付加された麻痺属性と凍結属性の影響を受けました」

皇帝「しかし、汝は影響を受けなかった。おまけに威力の高い徹甲矢でも破壊できなかった鱗を、一撃で斬り裂いた」

皇帝「聖剣を使っていた勇者があっけなく敗れ、普通の剣を使っていた汝が勝利した……」

女騎士「勇者様の剣が偽物であると?」

皇帝「そうかもしれぬし、否かもしれぬ。竜を斬った時、どの様な状態じゃった?」

女騎士「そうですね。身体が焼けるように熱くて、勇者様を助けることしか考えていませんでした。それから、声が聞こえました」

皇帝「声? じゃと?」

女騎士「可愛らしい女の子の声援です。夢に出てきた女の子と同じ……」

皇帝「夢も見たのか? 詳しく教えてくれ」

???「ヴォイ、ちと待てよ。人っ子一人いない場所で、何をコソコソ話してるんだい」

皇帝「汝は!」ビクッ

壁の陰から現れたのは、ビール腹を揺らした肥満児であった。
皇帝と女騎士の間に漂うただならぬ雰囲気を察知して、こっそり盗み聞きをしていたのだ。
勇者の持っている聖剣は偽物だとか、そうでないとか。

デブ「てっきり愛の告白かと思っていたから、ホッとしたよ」

女騎士「は?」

デブ「女騎士さんが皇帝のモノになっちまったら、僕の野望が崩れ去るからね」

皇帝「朕が愛しているのはアーチャーだけじゃ。妙な誤解をするでない」

女騎士「わたくしも公私を混同するほど、愚かではありません」

デブ「すまねぇすまねぇ、僕も気が逸ってたんだ。ところでさっきのは何の話だ」

皇帝「帝都を魔族から奪還した後についてじゃ。汝には関係なかろう」

デブ「嘘をつけ、勇者がどうだとか言っていたぞ。僕の聴力を舐めるなよ」

肥満児の毅然とした面持ちに皇帝は、もはや隠しきれないと観念の目を閉じた。
結局、いつか明らかになることなのだ。

デブ「勇者やアーチャーやハゲには言ってあるのか?」

皇帝「ハゲは朕が伝えた。あとの2人には絶対に伝えてはならぬ」

デブ「なんで?」

皇帝「勅命じゃ。言ってはならぬぞ」

アーチャーと勇者本人には、その反応を恐れてまだ伝えていない。
魔王の末裔だと決めつけられて、嬉しい人間などいるはずないからだ。
愛する皇妃は自説を受け、どう思うのだろう。
あれほど楽しげに話していた勇者が討伐対象だと判明し、彼に弓を引くことができるのか。
それとも、魔王側に寝返って彼と共に歩むのか。

女騎士「ではわたくしからデブ様に詳しい説明をします」サッ

女騎士「ついでに先ほど遭遇したダークエルフについても報告したいので。陛下もお聞きください」

皇帝「ふむ、なら好きにするとよい。朕は湯の香りを優雅に楽しみながら汝の話を聞くとしよう」

彼は再び手すりに両肘を乗せて、観光客を数える作業に戻った。
どうして神は、自分を今の世に送り出したのか。
平和な場所の、平和な時代の、普通のつまらない皇帝でいたかった。
魔王と対峙するような、血肉躍る冒険は自分に似合わない。

女騎士「陛下、大丈夫ですか」

皇帝「う、うむ」

今日はここまでです

勇者とエルフ普通に会話してるよね?
ダークエルフもエルフと普通に会話してるよね?
でも勇者とダークエルフは言葉通じないの?
全部別の言葉で話してるのかな

>>157
ハイエルフと人間は100年前に接触しているので、人間の言語を知っている
ダークエルフとハイエルフ間では独自のエルフ語を用いて会話している
そんな設定がありましたが、うまいこと受け流してください
ちょうどジョジョ3部みたいに

〜ビャンビャン山〜

エルフの里より土遁で逃走した兄は、洞窟のあるビャンビャン山に戻ってきた。
綿菓子の様な白い雲が、水色の空を悠々と流れてゆく。
近くの木を切り倒して作った物干し台に、妹の物と思しきワンピースやその他諸々の洋服が揺らいでいる。
洞窟に入ると、年老いた祖母が腰をさすりながら洗濯していた。

兄「腰、痛いなら代わろうか?」

祖母「余計な心配せんでええ。孫が外で頑張ってるちゅうに、のんびり過ごしてるババアがどこにおるさね」

兄「キツかったらいつでも言ってくれよ。夕方までここにいるからさ」

床から突き出した鍾乳石を利用して追いかけっこ中の末弟達を横目に、兄は洞窟の最奥部へと進んだ。
ベッドが1つ置かれ、その上に寝巻き姿の少女が横たわっている。

妹「お兄ちゃん」

兄「妹よ……」

抱きつこうとした彼女は、すぐに口元に両手を当て、悲鳴を抑えた。
満身創痍の状態で兄が帰ってきたのだ。
妹の不安を吹き飛ばさんと、兄はいつもより大きな声で笑った。

兄「崖から転んじまったんだ。よくあることさ、薬をつけとけば治る」

妹「そうなのかな……。くれぐれも無理しちゃ駄目だよ。大事な人が傷だらけで帰ってくるの、あんまり見たくないから」

彼は妹の傍らにある本を手に取った。
どこで入手したのか、上質な羊皮紙が使われ、表紙には黄金の刺繍が施されている。
頬を赤らめて単行本を取り戻そうとする妹をかわし、数ページめくってみる。

『8月5日 晴れ』
今朝、お兄ちゃんと一緒にビャンビャン山のてっぺんまで真っ暗ピクニックをしました。まだ太陽さんが顔を出してないので、とても寒くてぶるぶる震えました。でもお兄ちゃんがいつか私を空の彼方まで連れてってやると言ってくれて、嬉しくてぽかぽかしました。

兄「日記か? 三日坊主のお前でも珍しく続いているな」

妹「は、恥ずかしいよぉ」

兄「お前が日々どう思って生活しているのか、気になってたから嬉しいぞ。へぇ〜なるほどなるほど」ペラペラ

妹「お兄ちゃんも日記つけなよ。私に渡してくれれば何か書いたげる」

兄「フッ、よろしく頼みますよ。ダークエルフの作家さん」

妹の頭を優しく撫でながら、こんな時間が永遠に続くことを兄は願った。
ふと、背後に感じる気配。

親父「もう帰ったのか。どうだった」

兄「人間との協力は絶望的だ。奴ら、ハイエルフと遠い昔から手を組んでいやがった。それだけさ」

親父「フム……稽古をつけてやろうと思っていたが、その傷では難しいだろう」

兄「いや、すぐ治る」

妹「お、お兄ちゃん……?」

兄「お前はもう寝てろ。こっからは大人の話だ。親父、外に出よう」

兄「おじいちゃんはどうした?」

親父「ノームだのドワーフだの、知り合いがいる種族に協力を要請している。ウチの爺さん、ああ見えて顔が結構広いからな」

兄「人間が敵に回った以上、エルフの里を潰すには相当の兵力が必要になる。他種族を総動員してハイエルフに対抗する一大勢力を作り上げるんだ。おじいちゃんにはしっかり仕事をしてもらわねば」

親父「まぁそう焦るな。ビャンビャン山付近に住んでいる人間は指で数えるほど。その殆どが鍬や鋤しか持ったことのない水呑み百姓か、あるいはニートだ。北の帝都や南のエディスから援軍が来たら話は別だが、風の噂で帝都は魔族により陥落したと聞く」

兄「そうだ! 親父、魔族の力を借りてはどうだ? ハイエルフの後ろに人間がいるなら、敵対する魔族をこちら側に引き寄せればいい!」

親父「我らダークエルフは古より、魔族にだけは頭を下げなかった。奴らは野蛮で知能が低いからだ。眼前に金をちらつかされれば、敵方へすぐに寝返る。知恵のある魔族なら我らに協力するのでなく、魔族繁栄のための足がかりとして利用するだろう」

兄「今さら手段は選べない」

親父「頑固な奴だ。魔族と協力するつもりなら、私を倒してからにしろ」

洞窟から外に出ると、親父は枯れ草色のローブを脱ぎ去った。
赤いふんどしを残し、全裸の状態である。
兄は親父の剽悍な肉体に目を見張った。

兄「これは、いやはや……」

運動している姿を見ていないものだから、どうせ柳みたいな痩せぎすなのだろうと高を括っていたのだ。
創痍の縫い跡が痛ましい。
惚けている彼に、親父はぴしゃりと言った。

親父「稽古を始める。お前も脱げ」

兄も親父にならった。
瑞々しく生気に満ち満ちた肉体が、乾いた外気に晒される。
親父とは対照的に、彼のふんどしは青い。
妹が誕生日プレゼントとして編んでくれた宝物だ。
縁起担ぎということで毎日履いている。
傷はまだ完治と言い難いが、稽古をする分には十分だろう。

親父「イイ肉体だ。流石は我が息子よ」

兄「さぁ始めようぜ、親父。夕方まで打ち合い続けるが、体力はもつか?」

親父「お前の傷次第だな。肉体が使えなくなる一歩手前まで攻める。覚悟せよ」

どちらが号令するまでもなく、2人は瞬時に互いの得物を創造し、激突していた。
周りからだと、彼らの姿は凄まじい速さで点滅しているようにしか見えない。
瞬間移動で翔んでは打ち合い、翔んでは打ち合いの繰り返し。
兄の細剣が相手の喉元へ迫る。
親父は彼の強撃を大剣にて軽々と弾く。

兄「なめんなッ!」

弾かれた勢いを利用してすぐさま右回転、脇腹を狙い刺突にかかる。
兄のレイピアが貫いた時には、既に親父は背後へ回り大剣を振り下ろしている。
空中に飛び散る色鮮やかな火花。
まるで巨大な線香花火が、その場に出現したかのようだ。

兄「親父め、攻撃が全然当たらねぇぞ。瞬間移動の間隔が早すぎるッ!」

親父「鍛錬が足らんな。その程度の技倆でハイエルフに勝てると思うか。私が本気を出せば、お前の首などとうに吹き飛んどる」

剣戟を重ねるにつれ、激しさはさらに増し、紫色の光が飛び散る。
彼はかつて、ダークエルフで最強の戦士と謳われた男であった。
どんな軍師の策略も力と速さで打ち破り、数々の部族を征圧してきた。
彼の姿が目に入った瞬間、その場にいた敵兵の首は全て胴から離れている。
親父の卓抜した剣技と祖父の遠距離魔法の存在で、ダークエルフは幾多の困難を乗り越えてきたのだ。
遂に、親父の大剣が兄のレイピアを叩き落とした。

親父「動きがまるでなっとらん。それに攻撃速度も遅い」

兄「攻撃の、速さ……」

親父「1秒間に10人を殺す。これができなければハイエルフとの戦いは厳しい」

兄「1秒に10人!? そんな無茶な!」

親父「私や祖父はそれ以上のことをやっていた。それでもハイエルフに負けたのだ」

親父「幸いエルフの里に駐屯している兵士は見積もって3000。お前にもせめて1000は倒してもらいたい」

兄「親父、ハイエルフが一筋縄でいくとは思わねぇ。やっぱり戦いを避ける方法は……」

親父「馬鹿者ッ! ハイエルフを憎む気持ちが最も強い、お前が怖気づいてどうする」

親父「死ぬ気で鍛錬せよ。血反吐を吐くほどに剣を振るい、魔力を高め、万全の態勢で戦に臨むのだ」

兄「クッ……」

兄は拳で膝を殴った。
刻々と迫る戦争の雰囲気に気圧された自分が、恥ずかしかったのだ。

稽古を終えて洞窟の最奥部に戻ると、妹はすやすやと微かな寝息を立てていた。
手を伸ばし、そっと頬を撫でる。

妹「お、に、い、ちゃん……」スヤァ

兄「フッ、よく眠ってるな」サツ

兄はきびすを返した。
今から自分が行うことに、ひょっとしたら親父は激怒するかもしれない。
しかし、これは妹を想ってのことだ。
我が家を戦火に包まれない様にするためだ。

兄「……誰にも邪魔はさせない」

親父「どこへ行く」

兄「親父」

親父「決意に満ちた表情をしているな。また何かしでかす気だろう」

兄「オレは決めた。誰も傷つかず、ハイエルフを追放する方法に賭ける」

親父「お前は、ハイエルフを八つ裂きにしたくはないのか。腹を裂き、眼を抉り、首を斬って晒したくはないのか」

兄「もちろんさ。けどな、妹の寝顔を見て思い出したんだ。オレはこいつを守らなくちゃならない勇者なんだって」

兄「戦争を起こしたら、いつ妹に飛び火してもおかしくない。ジジイや婆さんがいても、やっぱり不安は拭えない」

親父「講和は無理だぞ。奴らは我々を薄汚い下等種族と思い込んでいる。人間に至っては魔王の眷属とやらだ」

兄「仲直りなど、はなから考えてないさ」

兄「まぁ、親父は黙って見てるんだな」

~宿~

女騎士「ごちそうさまでした」

勇者「ふぅ~食った食った!」

デブ「懐石料理とか言うんかね、この類は? あんま食べた気しなかったな」

アーチャー「量より質よ。いつもパンばっか考えてるデブさんには分からないでしょうけど」

デブ「なんだと、君だって口を開けばいつも勇者のことばっかりではないか!」

アーチャー「違うわよ。このボンクラがいつも変なことしてるから、あたしがなんとかしないとダメなの」

勇者「いつ俺が変なことをした?」

アーチャー「しょっちゅうよ! だいたい夕食の時だって山椒を……」

3人が舌戦を繰り広げる傍で、皇帝とハゲは語らい合っていた。
にごり酒の入った盃を傾けて、ハゲがうっとりと呟く。

ハゲ「上物ですな。大陸東部の国々から輸入しているのでしょうか」

皇帝「そうじゃろう。極東に住む民族は工芸品に関して、比類なき技術を擁する」

皇帝「社寺建築も大したものでな。ヴァーミヤンはもはや一つの都市じゃ」

ハゲ「ヴァ―ミヤンといいますと、仏教美術で有名な大伽藍のことですかな?」

皇帝「その通り。汝らが討つべき魔将軍・戦士もそこに眠っているらしい」

ハゲ「封印されているのですか?」

皇帝「余が幼い頃、宮廷の歴史学者からそう学んだ」

皇帝「崖の上にそそり立つ大伽藍。その中に、ポツンと銅像が立っている」

皇帝「永久に時を凍結された、哀れな大剣使いじゃ。なぜ戦士が封印されたのか、誰が封印したのか」

ハゲ「それは未だ闇に包まれたまま」

皇帝「うむ」コク

ハゲ「戦士は魔族だったのでしょう? 他の魔将軍は銅像にはなっていないのですか?」

皇帝「勇者や会った魔法使いや、女騎士が戦ったコボルド。話が本当なら確実に魔将軍じゃ」

ハゲ「なぜ、戦士だけ封印されたのでしょうね」

~温泉~

白い湯気が辺りを包み、黒い山の端に沈む夕陽を背景にもくもくと立ち昇ってゆく。
浴槽の底まで見えるほど透き通った水は、木樋に流れていた浅葱色の湯とは違うものの、すぐ近くの間欠泉から引いている。

デブ「メシが済んだら、久々の入浴と参ろうぜ!」

勇者「やべぇなここ、完全に森の中だ。入浴のついでに森林浴もしろってか? 素敵なんだかどうだか理解に苦しむぜ」

デブ「森林浴なんてどうでもいい。やっとちゃんとした湯に浸かれるんだ! これまでの旅を思い返してみろ。砂漠に森に激流に、どう考えてもリラックスできる場所じゃなかったよ!」

ハゲ「嬉しいのは分かるのですが、武器を持ったまま入浴してはいけませんぞ。こちらにロッカーがあるので、まとめておきましょう」

デブ「ヴェッ!? ぐうぅ、一番乗りできそうだったのにぃ〜」

勇者「さてと、肥満児がもたついている間に風呂場へレッツゴーしますかねぇ」ガラ

皇帝「綺麗な夕陽じゃな」

勇者「ふおぉ……」

髪を背に流した美男子が勇者の隣に立つ。
お前の方が綺麗だよ、と勇者は思わず口説きそうになった。
ここが男湯であることを思い出し、小さく咳払いしてから口を開く。

勇者「あの太陽を掴んで、湯の中に溶かして、夕焼け色の温泉を作り出すことができたら、どんなに素晴らしいだろうなぁ」

皇帝「浸かりすぎて、真っ黒に焦げないようにせんとな」フフッ

勇者「ははは、どこまで焼けるか挑戦だ」

勇者はざんぶと温泉に飛び込み、顔を出しては潜り、顔を出しては潜った。
皇帝も長髪をふり乱して、湯にダイブする。
この旅館において人間のみ与えられた特権を、2人は最大限に謳歌した。
全裸のハゲと肥満児が来た。
武器の整理に時間がかかったようである。

デブ「もう僕は入浴だけじゃ満足せんぞ」

皇帝「フム、他に何をしたいのかね?」

デブ「決まってるだろ、覗くんだよ! 隣接している女風呂をな!」

勇者「あんだって? またろくでもないことを思いついたみてぇだな」

デブ「デュフフ! ぎゃあぎゃあ喧しい弓使いが果たしてどんな身体をしているか、いっちょ観察と洒落込もうぜ!」

ハゲ「確かに女風呂と此方を阻むは、竹でできた透垣のみ。覗くには申し分ない環境です。しかし……」チラ
 
皇帝「ならんならん! 我が妻の裸体を他の男に見せるわけにはいかん!」フルフル

勇者「いやいや、皇帝さんよ。逆に隠す方が、まるで疚しいことがあるみたいで嫌なんだけどなぁ」

デブ「そうだね、誠実ではない」

皇帝「疚しいとか誠実だとか、それ以前の問題じゃ! あれは朕の妻なのだぞ!」

勇者「仲間の裸を見て何が悪いってんだ!」

皇帝「この曲者が……」

勇者「おーおー、どうとでも言え! 俺は覗くけどな! フムフムと鑑賞するけどな!」 

ハゲ「静かに、静かに。隣に聞こえますぞ」

透垣の向こうで、扉の開く音がした。

バスタオルを身体に巻いた美女達は、漂う湯煙の中を裸足で歩いていった。
隣で男共の騒ぐ声が聞こえるが、気にしないことにした。
長い間、後宮に閉じ込められていた彼女にとって、温泉は未知の経験なのだ。
桶で湯を掬い、肩から腹にゆっくりかける。
温かさと同時に、鋭い痛みを踝に感じた。

アーチャー「なに……これ……」

彼女は愕然とした。
右の踝が青紫色に染まっている。
どうやら傷口から菌が入ったらしい。

アーチャー「勇者に初めて会った時、マッチョに襲われて切り傷を作っていたんだっけ」

どうせ大した傷ではない、と洗いもせずにこれまで放置してきたのだ。
日頃の行いが祟ったとしか思えぬ。
しゃがんだままのアーチャーに、金髪碧眼の少女が無表情で尋ねた。

女騎士「皇妃様、いかがなされましたか。のぼせなさったのならば、宿まで運ばせて頂きますが」

アーチャー「来たばかりなのにのぼせるわけないでしょ。さ、早くお湯に浸かるわよ。いつ馬鹿共が覗いてくるか、予測不可能だからね」

彼女は先ほどの激痛で入浴にやや躊躇していたが、意を決して再び足を湯につけると、今度は痛まなかった。
奥の方まで泳いでいき、石に頭を乗せる。
冷んやりとした感触が、アーチャーの白く細いうなじを撫でた。
思わず、ほぅと溜息が出る。

アーチャー「知らないって本当に恐ろしいことなのね。あたし、今までこんな気持ちいい水浴び、いや湯浴みなんてしたことないわ」

女騎士「そうですか」

アーチャー「草原にいた頃は、黄土色の川にサッと入るだけだったもの。毎日全身が泥臭くて泥臭くてしかたなかったわ。でも、お母さんはそれもトクズ族の修行だって言ってた」

女騎士「そうですか」

アーチャー「ねね、あんたの親ってどんな人だったの?」

女騎士「覚えていません。修行に修行を重ねた日々だったので」

アーチャー「それは、あたしも同じだったわ」

女騎士「ただ、いつも鞭で叩かれていたことだけは覚えています」

女騎士「お前の先祖は大罪人を生み出した。それゆえ、我ら子孫が国に貢献せねばならない。そんなことばかり言われてきました」

アーチャー「随分と厳しい家庭だったのね。ごめんなさい、こんなこと聞いちゃって」

女騎士「いえ、皇妃様からの質問とあらば、答えるのが臣下のつとめ……」

疲れが押し寄せてきた女騎士は目を閉じて、深く息を吐き出した。

ーーーーーーーー

少女「今日が僧侶科の試験、結果発表の日……」

少女「名前は忘れずに記していたかな? 回復呪文のつづりは間違っていなかったかな? 僧侶として最低限の基礎知識問題は、しっかり得点できたかな?」

少女「もう過ぎたことだけれど、どうにも心配で心配でなりませんよぉ~!」

結果が貼り出されているようだ。

少女「32571……32571……あった!」

燦然と輝く自分の受験番号。
少女の瞳が大きく見開かれた。

少女「あった! あった! あった! あったぁ!」

少女はその場で小躍りして、掴んだ幸福をしばらく噛み締めた。
この達成感と喜びを、一刻も早くお母さんとあの少年に伝えたい。
魔導師長の姉を追って、遥々遠くから受験しに来たトクズ族の少年に。

少女「あの人、どこにいるんだろう」

「教皇様だ! 教皇様がいらっしゃった!」

少女「え、教皇様?」

厳かに鐘が鳴り響く。
城の隣にある教会から1人の老人が粛々と出てきた。

教皇「こんにちわ」

黄金の三重冠をかぶり、十字架のついた杖を高々と掲げる。
割れる様な拍手と歓声が周囲で起こった。
教皇がゆっくりと歩を進めると、次に枢機卿が左右を固めるかの如く現れた。

少女「教皇様が、どうしてここにいらっしゃるの?」

神聖帝国において、教皇は皇帝をも凌ぐ絶対的な現人神だ。
尊顔を拝むだけで、寿命が何十年も延びると言われる。
教皇は少女の前で歩を止めた。

教皇「受験番号32571……君だね?」

少女「ふぇ?」


教皇「君が、受験番号32571だね?」

少女「ひゃッひゃいッ!」

教皇「……ほう、確かに賢そうな顔をしている。おめでとう、君は今回の試験をほぼ満点で通過した天才だ。是非、未来の枢機卿と握手願いたいのだが」

少女「ふぇ!? ま、まま満点だったんですかッ!? ど、どうぞよろしきゅ……」

緊張で震える彼女の手を、教皇は神の慈愛を以って優しく包み込んだ。
凝り固まった心が、時が経つごとにほぐされ、光の中へ溶けてゆく。
教皇は愛娘に向けるような眼差しで、少女へ語りかけた。

教皇「ちと、頼みたいことがあるのだよ」

少女「た、頼みたいことですか?」

教皇「本来ならば寄宿舎に入って、神の教えや様々な作法を学んでもらうところだが、君の成績を見て確信した」

教皇「この成績ならば、きっと勇者の供をさせても十分だろう、とな」パチン

少女の前に進み出たのは、自分を試験会場まで案内してくれた、あの少年だった。
双方、驚きのあまり声も出ない。

少年「……おめでとう、僧侶科にトップで合格したんだね」

少女「……あなたは」

少年「受かったよ。ギリギリだけどね」

少女「じゃ、じゃあどうして職業が勇者なんですか? 合格したならお姉様と同じ魔導師になれたはずですよ!?」

教皇「私が許さなかった。この男には『主』の加護がある。勇者としての天性の素質がある」

少女「そんなの、分かりっこありません」

教皇「昨夜、枕元で『主』が仰られた。受験番号13131。この者が初代勇者となり、大陸西端の大国・バナーナを滅亡せしめ、我が帝国に巨大な富と繁栄をもたらすであろう……と!」

少女「う……」

教皇「昼食後に教皇庁へ来たまえ。初代勇者の叙任式を行う」

少女「勇者様はそれでいいんですか? せっかく勉強して試験に合格したのに、お姉様と会えないんですよ?」

少年「ああ、その点なら大丈夫だ。だって……」

魔法使い「ボクの弟はどこだい!? 勇者に任命された、ボクの片割れはどこに行ったのだい!? やっと2人きりで旅できるんだ、かくれんぼはもうよそうじゃないかぁ!」

少女「探してますねー」

少年「僧侶代表は君、魔導師代表は僕の姉さん。みんな教皇様のお計らいによるものさ」

少女「魔導師長が抜けて大丈夫なのでしょうか……ちょっと心配です。そもそも勇者なんて新しい職業を創設した理由が不明ですし……」

ステンドグラスを通して、柔らかな光が建物内に差し込む。
神聖帝国の教皇庁は、尖塔アーチで有名なゴシック式の建築物であった。
全体的に尖ったシルエットで、時計塔の役割も同時に果たしている。
ここで初代勇者の叙任式が行われるのだ。

教皇「じゃ、いきますよ」

荘厳な雰囲気の中、祭壇に安置された剣を教皇は手にした。
水で清めながら祝福の言葉を小声で呟く。
『主』の加護を受けた破邪の聖剣は鞘に収められ、少年へ渡された。

教皇「神の御名において、汝を初代勇者に任ずる」

両手で慎重に受け取り、そのまま佩剣する。
柄を握りしめ鞘から引き抜くと、眩い光が建物全体を照らし出した。
神がその場に降臨したかの様にも見える。

少年「す、すごい」

再び剣を鞘に収め一礼すると、栄光ある初代勇者は凛とした表情で出口へ向かった。
僧侶に就いた少女は、教皇庁から出てきた初代勇者を真っ先に迎えた。

僧侶「勇者様! 勇者様! 私も僧侶になりました!」

初代勇者「その服装、なかなか似合うじゃない。さぁ、宴に行こうか」

僧侶「えッ!? 昼食が終わったばかりなのに、また宴ですか~」

初代勇者「これも儀式の一環だからね。あと姉さんを連れてかないと」

僧侶「ところで、結局勇者様の任務は何だったのです?」

初代勇者「西端の大国・バナーナを倒すためには、おそらく数に勝る魔族の協力が必要だ」

僧侶「まさか、魔族と軍事同盟を結ぶために勇者という職業を創設したのでは……」

初代勇者「そのまさかさ。でも魔族は温厚な種族と聞く。彼らの流儀に従えばきっと仲良くなれるはずだよ」

僧侶「そうですか……」

道の両脇を民衆に固められて、2人は宴会場へ進む。
彼らの期待が大きいほど、僧侶の緊張もますます増していった。
うつむいて歩いている彼女の背中に、誰かの手が添えられた。

僧侶「勇者様」

初代勇者「顔を上げて、しっかり前を見るんだ。大丈夫、どんな時でも俺がそばにいるから」

僧侶「あ、ありがとうございましゅ……」

就任の宴を終えた後、初代勇者と僧侶は豪奢な宿に位置していた。

僧侶「こ、こんな豪華な宿に泊まってもよろしいのでしょうか」

初代勇者「教皇が紹介してくださった宿だ。遠慮なく泊まっていいんだよ」

初代勇者「それに僕らは正規軍だ。正規軍はたしか、どの宿に泊まっても無料なんだよね」

僧侶「ほぇ~そうなんですか~」

これから魔族に協力を要請し、バナーナ王国を征服する旅に出る。
初代勇者は遊牧民出身だ。
もちろん、バナーナ王国のことなどさっぱり分からない。
神聖帝国で数年間魔導師長を務めた姉に聞いてみる。

魔法使い「う~ん。バナーナはね~厄介だよ。色々とね」

初代勇者「厄介というと、例えば具体的にどんな所が厄介なの?」

魔法使い「山とか沼とか周囲に目立った障害物はないよ。ま、そこは置いといて」

魔法使い「ボクが嫌なのはね、バナーナの精強な兵と戦わねばならんってことさ」

初代勇者「魔族を味方につけても攻略は難しいのか?」

魔法使い「あそこの海軍はバカ強いからね~。是非とも海戦は避けたいところ。でもね……」

初代勇者「でも? どうしたの?」

魔法使い「東から来る魔族軍にバナーナが気を取られている隙をつき、西からボクらが上陸して攻める」

魔法使い「あ、この作戦は理想だから。提督が生きている限り、苦戦は免れないだろう」

初代勇者「提督? 誰だいそれ」

魔法使い「相手側の戦神さ、特に海上のね。彼が指揮する艦隊は負け知らずなんだってさ」

初代勇者「少し会ってみたい気もするけど」

魔法使い「だめだめ、今のキミじゃ比較にならんよ。カマキリとゴリラ、キミはどっちが強いと思うね?」

僧侶「そんなの、カマキリに決まってるじゃないですか。ちっぽけな勇気が、いずれ覇者の驕慢を打ち砕くんです」

魔法使い「ふぅん……無謀だね、僧侶ちゃんは。そんなんじゃ、勇者様の付き添いは務まらないよ」

魔法使い「キミなんかで本当に大丈夫なの〜? ボクすっごく心配だな〜」

初代勇者「姉さん! 彼女を試すのはやめてくれ」

魔法使い「試してなんかないよ~。質問してるだけだよ~ん」

僧侶(違う……溺愛する弟に、どこの馬の骨とも知れぬ私が同伴すべきかどうか見極めているんだ)

僧侶(明確な答えを出さなくちゃ。何かお姉様が満足するような言葉を)

僧侶「……お言葉通り、私はまだ僧侶として未熟です。だから、この旅で成長したいと思ってます。勇者様のお荷物にならないよう、微力ながら精一杯お手伝いさせて頂きます」

魔法使い「お手伝いっても、キミは何ができるの? ボク達と一緒に提督や他の豪傑をブチのめす手段はある?」

僧侶「今はありません。幼少時、母から回復魔法を習っていたのでそれを極めていくつもりです。ど、どうでしょう?」

魔法使い「……ふーッ」

魔法使い「教皇も老いたな〜。経験も知識も不足してる嘴の黄色いヒナを、重要な国家任務に就かせるなんてね☆」

僧侶「え……」

初代勇者「待ってよ、嘴の黄色いヒナなんて言い過ぎじゃない? 俺も僧侶も、数年かけて一生懸命頑張ってきたんだ。姉さんの方こそ、もふもふな毛皮のソファーにふんぞり返って気楽な生活を送っているでしょ」

魔法使い「いやいや、キミ達の数年とボクの数年は密度が圧倒的に違うんだよ。魔導師長なんて聞こえは良いが、内情は間逆でね。朝から晩まで、窓の無い部屋で呪文を延々と読まされ続けるんだ☆」

魔法使い「どうやら国が映像授業? みたいなのを始めたらしくてね。ボクの授業を魔素に変換して、おっきい試験管みたいなグラスに貯めるの。全部溜まったら収録終わり。定時にそれが放送される。達成感はあるけどね、次から次へと仕事が来るんだ。きっついよ〜年中無休はさ〜☆」

僧侶「国の仕事って、そんなに厳しいんですか……」

魔法使い「そそ、だからボクは新人を勇者の従者に任命した教皇の気が知れんのだよ☆ あとねキミ、どうして弟と帰ってくるかな? ボクはがっかりだよ」

僧侶「え? 何が……」

魔法使い「先回りして、部屋でかわいい弟とあんなことやこんなことしようと夢想してたのに。蓋を開けたらなんとまぁ、尼さん同伴とはね! お優しい勇者様は帰りを待つ姉の存在も忘れて、知らない女の子のお相手をしていたと見える! ぷんすか!」

初代勇者「ごめんよ、姉さんがあまりに血眼で探してたもんだから、近寄りにくかったんだ。宿屋に待機していたことも見当つかなかったし……な、僧侶?」

僧侶「え? え、ええ! 勇者様の仰る通りです! 嘘偽りはゼロです! 皆無です〜!」

魔法使い「もういい寝る! カンテラの火、きちんと消しといてね! 明日は東へ驀進するから早起きするんだよ!」

魔法使い「ぐがー! ぐがー!」

初代勇者「……俺達も寝ようか」

僧侶「そうですね」

今日はここまで

ーーーーーーーー

ぴちょん、ぴちょん。

女騎士「ん……」

頬に冷たい水滴が落ちてくるのを感じて、女騎士は目を覚ました。

女騎士「今のは夢だったのか」

周囲は真っ暗で、一寸先すら見えぬ。
先程まで入浴していたはずが、夢から覚めたら洞窟の中に放り込まれ、全身を縄できつく縛られている。
ロッカーに預けたせいで、剣すらない。

女騎士「エルフ長め、謀ったな。道理でおかしいと思っていた。人間だけ無料? そんな上手い話があるか。陛下と皇妃様、そして勇者様をお通ししてしまったわたくしも愚かだが」

縄抜けなら慣れている。
すぐに身体を拘束する物から逃れると、アーチャーの縄解きに取りかかった。
微かな声で耳元に囁く。

女騎士「皇妃様、皇妃様。わたくしです、女騎士です」

アーチャー「う、ううん……もう食べられない……勇者ぁ……」

女騎士「勇者様はここにいらっしゃいません。わたくしと皇妃様だけです。お目をお覚ましください」

アーチャー「……え?」パチ

アーチャー「なにここ。あたしら温泉に入ってたはずよ。どうしてこんな汚らしい場所にいるの」

女騎士「宿の主人に謀られました。おそらく勇者様や陛下も、別の場所で拘束されていると思われます。さぁ、行きましょう。ここにいても死を待つだけですから」

アーチャー「あったりまえよ。うう、寒い! バスタオル巻いてきて良かったわ!」

女騎士「ご興奮なさらないでください。敵の位置が不明な以上、大きな物音を立てて移動するのは上策ではありません」

アーチャー「分かってますぅー!!!!」

アーチャー「あ痛ッ」

右の足を抑えてしゃがみ込む皇妃。

アーチャー「患部が広がってる……」

女騎士「大丈夫ですか?」

アーチャー「うん。しっかりあたしに着いて来なさいよ? 遅れたら承知しないから!」

女騎士「承知いたしました」

女子勢がダークエルフによって拉致された一方で、勇者達は未だ危難に気づかず呑気に入浴していた。

勇者「そろそろ出るか」

のぼせてきた勇者は、全身から湯気を立たせながら武器のあるロッカーへ向かった。
破邪の聖剣は自分が勇者であることの証だ。
ロッカーの扉を開け、中を確認する。
勇者は瞠目した。

勇者「お前ら! 俺の剣が真っ赤に光ってやがるぞ!」

デブ「あんだって!? そ、そいつは本当なのか!?」ドタドタ

勇者「ああ! 見てみろ!」

デブ「うわ、マジで光ってら。然らば、どういう意味だい!?」

勇者「知らんぜ。俺もたった今、初めて目にした光景なんだ。だが、意味もなく光るわけがねぇ。赤く点滅するなんてな……」

ハゲ「おそらく、パーティーの誰かが命の危険に晒されている、またはそれに近い状態ではないかと思われまする」

皇帝「赤は警告を示す色でもあるからのう。それも差し迫った危機じゃ。朕らはこうして普通に入浴していた。ならば、危機に晒されておるのは女風呂。妻と女騎士じゃな」

勇者「まさか、長く入浴し過ぎて脱水症状になってるのか!?」

ハゲ「分かりませぬが、一刻も早く助けに行かねばならない状況のようですな」

皇帝「皆の者、武器を持て! 今こそ汝らの武勇を示す時ぞ! さぁ、朕と共に女風呂へ乱入するのじゃあああ!」

デブ「うぉらァ!」

肥満児がメイスを振るい、竹でできた透垣を粉砕した。
イケメン勇者、肥満児、長身痩躯の僧、美しき皇帝が全裸で女風呂へなだれ込む。
女風呂には誰もいない。

勇者「連れさられたのか!?」

ハゲ「そうとしか考えようがありますまい。どこへ拉致されたのか……」

デブ「温泉街だ! あそこなら人も多いし、紛れてるかもしれないよ!」

勇者「名案だ、では早速参ろうぜ!」

全裸の勇者パーティーは、失踪した仲間を探しに温泉街へ猛進していった。

~温泉街~

少女エルフ「イヤーッ! 露出狂よ! 全裸の露出狂が街で暴れ回ってるわ!」

勇者「違う、違うんだ! 俺達は仲間を探していて、それでひょっとしたら温泉街にいるのではないかと……」

少女エルフ「イヤーッ!」ドゴッ

勇者「グワーッ! ってそんな茶番やってる暇じゃねぇ! とっとと教えろクソガキ!」

少女エルフ「あれーッ」シュタタタタ

勇者「ああ、逃げられてしまった……」

デブ「無理もないよ。だって僕ら、こんな格好なのだからね」

ハゲ「一刻も早くアーチャー殿と女騎士殿を見つけねば、今度はこちらが不審者として成敗されてしまいますぞ」

勇者「ふぅむ……ならば仕方ない」

皇帝「どうする? 人を雇うか?」

勇者「それじゃ、間に合わねぇ。強行手段を取るぞ、テメェら」

勇者「旅行店、食堂、駄菓子屋、漆器店、もう種類は問わぬ。片っ端から全部侵入して、お騒がせ弓使いと女騎士を引っ張ってこい!」

デブ・ハゲ・皇帝「応ッ!!」

エルフ長「させないでござるよ」ジャキ

勇者にマシンガンの銃口を突きつけたのは、ハイエルフの長であった。
若草色の髪をリボンでまとめ、浴衣でなく物々しい鎖帷子を着込んでいる。

デブ「う、うわぁ……。なんかヤバめな雰囲気」

彼女の背後には、同じくマシンガンを構えた兵士が延々と続く。
ピリピリと肌が痛むのは、彼らの放つ静かな殺気がゆえか。

勇者「ダークエルフ戦以来だな。そんなに武装して、厳めしい部下を何人も連れてどうした?」

エルフ長「ここらに変態がいると聞いたのでござるよ。相当腕の立つ、女神の加護を受けてる、偉大な偉大な変態でござる」

皇帝「そして、失われた物を取り戻しにゆく、勇敢な変態達じゃ」

エルフ長「えっ」

ハゲ「ご心中お察ししますぞ。友人とも呼べる人間の代表が、全裸で温泉街を全力疾走する。確かに失望しても仕方がない。ですが、こちらは一大事なのです」

ハゲ「皇帝の奥方と騎士殿が謎の失踪を遂げた。今ここで足止めを食らっている間にも、彼らは死へ近づいているかもしれません」

勇者「見捨てるわけにゃいかねぇよ。大切な仲間を犬死にさせるのが、勇者のやることか? 否々! あり得ぬよ!」

エルフ長「ですが全裸のままはちょっと」

勇者「止めてくれるな。この全裸が気に入らぬとあれば、全てを終えた後、存分に処罰するといい。だが、だが今は! ……これも正義のため、仲間の命を絶やさぬため。立ち塞がる者は全て斬って捨てる!」

デブ「そうだぞ! 君に決意を固めた変態を蜂の巣にできるか。撃てるもんなら撃ってみろ! ケツ晒してやっからよ?ッ!」

勇者「いや待て、それはやり過ぎだ」

ハゲ「毛をむしられたくなければ、挑発もほどほどに。ちなみにこれは、ハゲーン国で有名な格言ですぞ」

エルフ長「あっはっは! こりゃいいでござる!」パチパチ

勇者「いきなりどうした」

エルフ長「実は、それがしも皇妃失踪事件で武装して来たのでござるよ」

勇者「どういうわけだ? 何故テメェらが知っている? 俺達が風呂を出てからそう時間は経っていないはずだ」

エルフ長「ビャンビャン山周辺に明るい地元民から、連絡があったのでござる」

エルフ長に連れられてきたのは、黒髪を茫々と伸ばした風采の上がらぬ男であった。
ギョロッと突き出た眼球は炯々とぎらつき、醜く曲がった鷲鼻も皮脂が溜まって、まるで形の悪い苺のようだ。
これが果たして人間なのか。
流石の勇者も気圧され、一歩退く。

ニート「外見で人を判断するな、豎子。本当に見たのだ。ビャンビャン山の中腹へ消えゆく黒影を。両脇に美女を抱えておった」

エルフ長「ビャンビャン山中腹といえば、ダークエルフの巣があるでござるね」

皇帝「もしや、人質として朕の妻と女騎士をさらったのではあるまいな」

エルフ長「人質説は有力でござるが、単に性欲の捌け口としてさらった可能性もあるでござる」

皇帝「性奴隷……じゃと……」

勇者「決めたぜ」

エルフ長「何を決めたのでござるか」

勇者「ダークエルフをブッ潰す! テメェら、俺について来やがれ! 火計をしかける! そんで奴らの屍でバーベキューしてやらァ!」

ハゲ「まぁまぁお待ちなされ。近くに巣があるとは言え、まだ確証は持てないではありませんか。それに敵兵の数、種類、布陣する場所さえおぼつきません。また、勇者殿も山岳戦に精通しているわけでなし。ここは少し様子を見てじっくり作戦を……」

勇者「やかましい! ハゲのくせに無用な諫言はするな! エルフ長、こちらの兵力はどれくらいだ。戦える程にはいるんだろうな?」

エルフ長「エルフの里に駐屯している兵はおよそ3000でござる。敵方には勇者様もご存知、まんじゅう大好き息子さんがいるでござる。しかし、実際のところ彼は危険視せずともよろしい」

皇帝「ということは、他に手練れの戦士がいるのじゃな?」

エルフ長「いかにも。一番警戒すべきは父親と祖父でござるね。かつて、近接と遠距離の神と畏れられた戦士。老いても実力は健在と思われる。彼らの本拠地は特定済み、まず勇者御一行様は500の兵を授けるから、偵察に行ってもらいたいでござる」

勇者「なんか少なくね」

エルフ長「偵察任務であるゆえ、少人数であればあるほど良い。交戦時を想定してそのくらいの数に増やしたでござる」

皇帝「汝はどうする?」

エルフ長「ここを守っているでござる。彼らの目的はエルフの里奪還。銃器兵部隊をズラリと並べておくでござるよ」

勇者「なるほど、よく分かった。ならば馬を用意しろ」

勇者の馬「バヒッ」

ハゲの馬「ヒヒンッ」

勇者「うむ、よく肥えているし毛並みも素晴らしい。よほど良い待遇だったと見える。硫黄の香りを嗅いでも発狂せんしな」

ハゲ「私の馬もよだれを垂らしませんぞ。ストレスがほとんど解消されています。そうだ、陛下。私の馬にお乗りください」

皇帝「うむ、ありがとう」

勇者「では諸君、出発とゆこうか」

勇者は馬の背にひらりと飛び乗ると、500の銃器兵を率いてエルフの里を出た。
馬を持たない肥満児と皇帝に譲ったハゲは、徒歩での従軍となる。

デブ「つぅかさ、どうして僕達は耳長ござるババアの命令を聞かねばならんの!? 皇帝さんよ、君の権威も相当に堕ちたみたいだね。ハイハイ従ってばかりじゃない」

皇帝「あの者は、朕よりもここいらの地理に詳しい。賢い選択をしたまでじゃ」

デブ「だいたい勇者も勇者だよ。あんなキモいニートを道案内に任じてさ。果たして大丈夫なのかな!? もぐもぐ!」

皇帝「人は外見では計れぬ。柘榴も見た目はグロテスクじゃが、味は中々のものではないか。デブ、汝も同じぞ」

デブ「……さりげなく酷いこと言ってない?」

皇帝「ただの喩えじゃ。気にするでない」

~ビャンビャン山~

太陽は地に堕ち、月が宙天に躍り出た。
洞窟の入り口、1人の若きダークエルフが腕組みをして立っている。
彼こそが、アーチャーと女騎士をさらった張本人、そして病床に臥す少女の兄であった。

親父「おい、息子よ」

兄「なんだ、親父よ」

親父「人間の人質をとったそうだな、お前」

兄「偉い人間様2人と麓の土地、交換するには十分だと思うぜ」

親父「浅はかな奴よ。私はお前を人質に頼るような卑劣漢に育てた覚えはない」

兄「全ては妹を守るためだ。誇りを捨てる覚悟なんざ、とうの昔にできあがってんだよ」

親父「お前の行動で、家族全体が卑劣であると見なされる。他部族間での発言権を失うのだ。狩場も取り上げられるかもしれない」

兄「勝てば官軍。勝ちさえすれば、ハイエルフを追い出して元の森を復活すれば、誰も文句なんて言わないはずだ」

親父「相手はハイエルフだぞ。人質を1人や2人取ったところで、麓の温泉街を手放すとは思えないが。逆に、我らを滅ぼす良い口実を与えたこととなる」

兄「知るか。今がチャンスなんだ」

兄「親父も、エサであるミミズの形状を気にしてデッカい魚を逃す釣り人には、絶対になりたくないだろ?」

親父「喩えが難解すぎる」

兄「フッ」

兄「人質を連れてくる。いつ敵方が攻めてきても良いように、おばあちゃんや弟達を非難させておいてくれ」

親父「……了解した」

岩の間を流れる清水の音。
天井から垂れ下がる氷柱状の鍾乳石。
素足に食い込む角ばった砂利。
2人の少女が、ダークエルフの牙城をふらつきながら歩く。

アーチャー「まるで怪物の体内にいるみたい」

つと、アーチャーがしゃがんで足をおさえた。
足の裏が痛くてたまらない。

アーチャー「勇者……」

勇者は今頃どうしているのだろう。
血眼になって自分を捜索中なのだろうけど、心配をかけて本当に申し訳ない。
涙で岩だらけの地面が、ぼんやりと滲む。

女騎士「お泣きになっているのですか」

アーチャー「違うわよ、目に埃が入っただけ。泣いてなんかないもん。ばか」

女騎士「失礼致しました。なにぶんこのような悪路ですので、宮廷で暮らしてきた皇妃様は歩くのが厳しいのではないかと……」

アーチャー「あんたね、ちとあたしを見くびり過ぎじゃない? あたしは腐っても騎馬遊牧民よ。どれだけ贅沢な生活を送ろうが、その矜持だけはずっと守ってきた。洞窟の悪路程度で心が折れる軟弱者なら、とっくにこんなパーティー抜け出してるわよ」

女騎士「そうですか」

アーチャー「行こう。早く洞窟の出口を探して、みんなに無事を知らせなきゃ」

〜数時間後〜

女騎士「妙ですね」

アーチャー「妙ってなにが?」

女騎士「縛られていた場所から相当歩きました。けれども、見張りの姿を全く見ない。ハイエルフの長とあろう人物が、重要な人質に対しこれほど杜撰な監視体制を取るでしょうか? 裏があるとしか思えませぬ」

アーチャー「そう疑わせる策かもしれないわ」

女騎士「人がいないように見せることで、裏があるように思わせ、わたくし達を混乱に陥れる策であると? あいや、そんなはずはございません。あまりに回りくどい」

アーチャー「とにかく進んでみましょ」

さらに少し歩いた後、2人は揃って足を止めた。
狭かった通路が突如開けたのだ。
ドーム状の空間で、地面には柔らかい黄緑色の苔や小さな花が咲いていた。
中央にベッドがあり、誰かが寝ている。
ダークエルフの少女だった。

女騎士「おや」

アーチャー「ダークエルフね。こんなに痩せ細って……かわいそう」

女騎士「容易に接近してはなりません。それは昼に遭遇したダークエルフの関係者でしょう。病床に臥しているとはいえ、魔王の眷属です。君子危うきに近寄らずと古い格言にもあるではありませんか」

アーチャー「見て……この子の腕……足……」

アーチャーは青ざめた顔で振り向いた。
ダークエルフの腕や足には、彼女と同じ青紫色の痣があったのである。

女騎士「これは、もう助かりませんね。何せ魔族に体内を食い荒らされているのですから。治療法もまだ確立されておりません。ですが、魔王の眷属に慈悲など不要。この場に剣があれば成敗していました」

アーチャー「そ……そう……」

ふと、アーチャーの首筋に鋭く研がれた刃物が当てられた。
低めの若々しい声が背後から聞こえる。

兄「動くな。すぐさま妹のそばを離れろ。さもなくば斬る」

言語が違うため、相手が何を言っているのかさっぱりである。
多分、動けば斬るだの殺すだの穏やかでない台詞を吐いているのだろう。
アーチャーは物言わず両手を挙げ、部屋の入口にじりじりと後退した。
女騎士も彼女と同様の格好をとり、無抵抗であることを示す。
妹のいるベッドから大分離れたところで、兄は小声で叱咤した。

兄「お前らは人質だ。勝手な行動は控えて頂きたい」

妹「お兄ちゃーん。人間のお客様がいらっしゃったのー?」

兄「……」

兄「ああそうだ。久しぶりのお客様だよ。だからお前は寝てろ」

妹「どうして? 人間の方と前から話してみたかったのに」

兄「お前はまだ知らないかもしれないが、人間は口から猛毒ガスを噴射するんだ。お前みたいな幼いエルフは特に危ない」

妹「危ない? 何が?」

兄「毒にやられてお陀仏しちまうってことさ。頼むから寝ていてくれ」

妹「最近、お兄ちゃん変だよ」

兄「オレはどこもおかしくない」

妹「おかしいよ。人間が恐ろしい存在とか言ったり、傷だらけで帰ってきたり。きっと、間違った知識を他の人から教えられているのよ」

兄「いつだって、オレの言っていたことは正しかったろ?」

兄「人間は悪だ。ハイエルフに加担した裏切り者だ。だから、もう二度と関わりを持とうなんて考えるな。絶対に、絶対に!!!!!!!」

妹「ねぇ」

兄「なんだ」

妹「……前の優しいお兄ちゃんはどこに行ったの?」

今日はここまで

一応生存報告

兄「……すまん。だが、人間は危険な存在なんだ。分かってくれ」

妹「そんな……」

兄「オレは仕事に行ってくる。親父が避難させてくれると思うから、大人しく待っているんだぞ」

妹「お兄ちゃんと離れたくないよ、お願いだから行かないで……」

兄「必ず生きて戻る。それまでの辛抱さ」

兄は2人に、歩くよう顎で指示した。
両手を挙げたまま、移動を始めるアーチャーと女騎士。

アーチャー「どこへ連れていくのかしら?」

女騎士「分かりません。芳しくない状況であることは、火を見るよりも明らかですが」

アーチャー「あたし達、ひょっとしたら餌にされるのかな」

女騎士「餌?」

アーチャー「そうよ。巨大なバケモノの餌か、はたまた肉食昆虫の餌か。そろそろ、腹を据えなくちゃならないわね」

女騎士「死の覚悟、ですか」

アーチャー「違うわ。逆境を切り抜ける覚悟よ。生半可な心持ちでは、きっとこの牢獄を抜け出すことはできないもの」

女騎士「フム」

兄「喋るな! 道具は道具らしくひっそりとしていろ!」

アーチャー「ねぇ、なんて言ってるの?」

女騎士「聞き流しておきましょう。古の格言にも『馬の耳に念仏を吹き込んだら、蹴り飛ばされて死んだ』とあります」

アーチャー「たしかに、その通りね」

勇者パーティーを含めた500の斥候軍は、ついにビャンビャン山の麓にたどり着いた。
先頭をゆく汚らしいニートが振り返り、全軍停止の号令をかける。
兵士らは次々と担いでいた荷を下ろし、勝手に飯を炊いだり鎧を外して磨いたりし始めた。

勇者「なんだか、まるであのニートが指揮官みてぇだな。どう思うよ、皇帝さんよ」

皇帝「あの者は軍を統率する力がある。ぜひとも麾下に置きたいところじゃが」

勇者「そういう問題じゃねーよ。まるっきり、この場の指導権をあんなボロきれに奪われてるじゃないか」

皇帝「皆が一丸となってダークエルフを討つ時ぞ。有能な家臣の言葉には、しっかり耳を傾けるべきじゃ」

勇者「なにィ?」

皇帝「覚えておけ、朕らがあくまで『客人』であることを」

皇帝は馬から降りて、兵士が焚いた火に近寄っていった。
呆然と立っている勇者の肩を、何者かがポンッとたたく。

勇者「よう、ハゲ」

ハゲ「家臣の隠れた実力を見抜くとは、陛下もまた一歩成長したようですな。勇者殿も肩の力を抜いて、夜空を仰いでみてくだされ」

勇者「綺麗な星空だ。それに、天を衝いてそびえるビャンビャン山……ん? おいハゲ、崖の上に誰かがいるぞ」

ハゲ「おやおや、本当ですな」

勇者の指差した先には、ダークエルフがマントを風になびかせて、こちらを見下ろしていた。
まだ勇者とハゲの他には誰も気が付いていないようだ。

勇者「相手はたったの1人か。今なら、俺達だけでブチのめせんじゃねぇの!」

ハゲ「お待ちください。よくよく見れば、あのダークエルフはアーチャー殿と女騎士殿を連れていますぞ」

勇者「本当だ! 何をする気だ、まさか公開処刑に踏み込むんじゃ」

ハゲ「いえ、それではデメリットしかありません」

勇者「あんだと?」

ハゲ「おそらく、相手は2人を人質として取引を考えているのです。もし『商談』が上手くゆかなければ、その時こそ、おぞましい処刑が始まるでしょう」

勇者「ダークエルフのクソ野郎が求めている物か、まったく予想もつかねぇ」

バスタオルを身体に巻いたアーチャーが進み出て叫んだ。

アーチャー「勇者、あたしのことは気にしないで! ダークエルフの首を刎ねるのよ! この距離なら皇帝を呼んで魔法を詠唱させれば届くはずよ!」

兄「意味は知らないが、余計なことを言うな!」バシン

アーチャー「あッツ! 痛い!」

鞭で背中を強く叩かれたアーチャーは、苦しそうに顔をゆがめてうずくまった。

勇者「……ハゲよォ」

ハゲ「なんでしょうか」

勇者「あのダークエルフ、殺っちまってもいいか?」

ニート「やめろ、豎子。ここは私がゆく」

勇者「あァ?」

遅くなってすみません
今日はここまで

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